したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば

1避難民のマジレスさん:2020/06/23(火) 08:14:59 ID:wCRrWiVM0
前スレ
鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 5- なんでも避難所 -
URL: https://jbbs.shitaraba.net/study/8276/

947避難民のマジレスさん:2023/03/30(木) 11:50:47 ID:zHMDf6U60
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1605702581/
↑からのつづきであります。
荘子70.
大宗師第六(10)
子祀、子輿、子犁、子來四人相與語曰。孰能
以無爲首。以生爲脊。以死爲尻。孰知死生存
亡之一體者。吾與之友矣。四人相視而笑。莫
逆於心。遂相與爲友。俄而子輿有病。子祀往
問之。曰。偉哉。夫造物者將以予爲此拘拘
也。曲僂發背。上有五管。頤隱於齊。肩高於
頂。句贅指天。陰陽之氣有沴。其心間而無
事。跰◯(𧾷+鮮)而鑑於井曰。嗟乎夫造物
者。又將以予爲此拘拘也。子祀曰。女惡之
乎。曰亡。予何惡。浸假而化予之左臂以爲
鶏。予因之以求時夜。浸假而化予之右臂以爲
彈。予因之以求鸮炙。浸假而化予之尻以爲
輪。以神爲馬。予因乘之。豈更駕哉。且夫得
者時也。失者順也。安時而處順。哀樂不能入
也。此古之所謂縣解也。而不能自解者。物有
結之。且夫物不勝天久矣。吾又何惡焉。

子祀(しし)、子輿(しよ)、子犁(しり)、子來
(しらい)四人相與(あいとも)に語りて曰く。
孰(たれ)か能く無を以て首と爲し。生を以て
脊(せき)と爲し。死を以て尻と爲す。孰(た
れ)か死生存亡の一體たるを知る者ぞ。吾れ之
と友たらんと。四人相視て笑ふ。心に逆らふ
こと莫し。遂に相與に友爲り。俄にして子輿
病有り。子祀往いて之を問ふ。曰く。偉な
る哉。夫(か)の造物者將に予を以て此の拘拘
(こうこう)たらしめんとす。曲僂(きょくろ)
背に發す、と。上に五管有り。頤(おとがひ)
齊(へそ)を隱し。肩項(うなじ)より高く。句
贅(くがう)天を指す。陰陽の氣沴(みだ)るゝ
こと有り。其の心間にして無事。跰◯(𧾷
+鮮)(へんせん)として井に鑑みて曰く。嗟
乎(あゝ)夫(か)の造物なる者。又將に予を以
て此の拘拘(こうこう)爲(た)らしめんとする
やと。子祀曰く。女(なんぢ)之を惡むかと。
曰く亡(な)し。予何ぞ惡まん。浸假(しんか)
して予の左臂(さひ)を化して以て鶏と爲さ
ば。予は因って以て時夜(じや)を求めん。浸
假して化予の右臂を化して以て彈(たま)と爲
さば、予因って以て鸮炙(げうしゃ)を求め
ん。浸假して予の尻を以て輪(りん)と爲し。
神を以て馬と爲さば。予は因って之に乘ら
ん。豈に更に駕せんや。且つ夫れ得るは時
也。失ふは順也。時に安んじて順に處(を)れ
ば。哀樂入ること能はざる也。此れ古の所謂
縣解也。而して自ら解くこと能はざる者は。
物之を結ぶこと有れば也。且つ夫れ物天に勝
たざること久し。吾又何ぞ惡まんやと。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

948避難民のマジレスさん:2023/03/30(木) 11:52:52 ID:zHMDf6U60
注:

子祀、子輿、子犁、子來;仮設的人物なり。
首、脊、尻;首尾始終の意なり。
莫逆於心;意気相投じて心中逆らふ所なきな
 り、親友のことを莫逆(ばくげき)などと云
 ふは此の意なり。
偉;大なり
拘拘;物事にとらわれて融通のきかない様。
 拘繋(こうけい)伸びざるなり。
曲僂;曲身の貌なり。セムシなり。
發背;瘡(きず)背に発するなり。
五官;五臓の穴にて、肛門なり。
頤;あごなり。
齊;臍なり。
句贅;髻(もとどり);髪の毛を頭の上に束ね
 た所。
沴(レイ、よどむ、とどこお);亂なり。陰陽
 の気和せずして、病を爲す。別字、濔;(み
 ちる)数が多い様。
跰◯(𧾷+鮮);蹒跚(ハンサン?);よろよろ
 と歩くさま.ふらつくさま。と同じ。病を
 勉めてよろげ行く状なり。
浸假而化予之左臂以爲鶏。予因之以求時夜;
 浸;漸なり。假;使なり。今もし陰陽二気
 が漸々(ぜんぜん)自分の左臂(ひじ)を化し
 て鶏とするならば、自分は幸ひ時を告げる
 であらう。
浸假而化予之右臂以爲彈。予因之以求鸮炙;
 又、右臂を化して弾とするならば、自分は
 幸ひ焼鳥を求めよう。
浸假而化予之尻以爲輪。以神爲馬。予因乘
 之。;又、尻を化して車輪と為し、魂を化
 して馬としたら、自分は幸ひ之に乗って四
 方に遊びに行かう。
豈更駕哉;さうすれば別に駕(馬に乗る)を求
 めるまでもなからう。
且夫得者時也;(思ふに人となり、僂となり、
 鶏となり、弾となり、其の形を得るのは、)
 時の自然てわあり、
失者順也;(其の身死して、)造化に復帰する
 のは物の順理である。
安時而處順;されば、生の時に安んずれば、
 生を厭はす、死の順に処すれば、死を惡ま
 ず、(千変万化、一として自適の境に非ざる
 はない。)
哀樂不能入也;故に哀楽の情も決して此心を
 侵すことは出来ぬ。
縣解;懸りしものを解きおろせし如く、心に
 係累なきをいふたり。
而不能自解者。物有結之;(若し哀楽の為に束
 縛せられて、)自ら解脱することの出来ない
 者は、外境の事物が愈々(いよいよ)むすぼ
 り著いて、累(わずら)ひを為すのである。
且夫物勝天久矣。吾又何惡焉;且つ夫れ凡て
 の物は、皆天の命ずる所であって、到底天
 に勝つことは出来ない。そは今に始まった
 ことではない。何うして疾など惡むやうな
 ことがあらう。
(´・(ェ)・`)つ

鬼和尚、いつもありがとうであります。
前スレの末尾に質問を載せました。
宜しくお願いいまします。

949鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/03/31(金) 00:11:06 ID:p8IlWA5E0
子祀、子輿、子犁、子來の四人がともに語っていたのじゃ。
 無を首として、生を背中だとしたら死は尻だというのじゃ。
 みんな笑って認めたのじゃ。

 生も死も一体だというのじゃな。


 子輿が病になり子祀が見舞にいったらこう言ったのじゃ。
 自分をこのような病にした造物主は偉大だと。

 子祀はそれを憎むのかと聞いたのじゃ。

 
 子輿は憎まないといったのじゃ。
 病になった体でいろいろやればよいというのじゃ。
 肉体を得れば失うのは天の順序であるというのじゃ。
 それに安じていれば悲しんだり楽しんだりすることもないのじゃ。
 肉体が天に勝てるものではないと知るゆえに憎まないのじゃ。
 


 死は生があれば必然的についていくるものであるから、生死一体なのじゃ。
 病も肉体を得た時からあるべきものであるから、天を憎むこともないというのじゃ。

950避難民のマジレスさん:2023/03/31(金) 15:40:56 ID:wdU94hBM0
荘子71.
大宗師第六(11)
俄而子來有病。喘喘然將死。其妻子環而泣
之。子犁往問之曰。叱。避。無怛化。倚其戶
與之語曰。偉哉。造化又將奚以汝為。將奚以
汝適。以汝為鼠肝乎。以汝為蟲臂乎。子來
曰。子於父母東西南北唯命之從。陰陽於人不
翅於父母。彼近我死而我不聽。我則悍矣。彼
何罪焉。夫大塊載我以形。勞我以生。佚我以
老。息我以死。故善吾生焉。乃所以善吾死
也。今大冶鑄金。金踴躍曰。我且必為鏌鋣。
大冶必以為不祥之金。今一犯人之形。而曰。
人耳人耳。夫造化者必以為不祥之人。今一以
天地為大爐。以造化為大冶。惡乎往而不可
哉。成然寐。蘧然覺。

俄にして子來病有り。喘喘(ぜんぜん)然とし
て將に死せんとす。其の妻子環(めぐ)りて之
を泣く。子犁往きて之を問うて曰く。叱(し
つ)。避けよ。化を怛(おどろ)かすこと無かれ
と。其の戶に倚りて之と語って曰く。偉なる
哉造化。又將に奚(いかん)ぞ汝を以て爲さん
とする。將に奚(いづく)にか汝を以て適(ゆ)
かしめんとする。汝を以て鼠肝(そかん)と爲
すか。汝を以て蟲臂(ちひ)と爲すかと。子來
曰く。父母の子に於ける。東西南北唯命に之
れ從ふ。陰陽の人に於ける。翅(ただ)父母に
於けるのみならず。彼吾を死に近くして。我
聽かずんば。我則ち悍(かん)なり。彼れ何の
罪ぞ。夫れ大塊(たいくわい)。我を載するに
形を以てし。我を勞するに生を以てし、我を
佚(いつ)するに老を以てし、我を息(いこ)は
するに死を以てす。故に吾が生を善しとする
は乃ち吾が死を善とする所以也。今大冶(たい
や)金を鑄(い)んに。金踴躍(ようやく)し
て。我れ且(まさ)に必ず為鏌鋣(はくや)爲ら
んとすると曰はば。大冶必ず以て不祥の金と
爲さん。今一たび人の形を犯して。而して人
のみ人のみと曰はば夫(が)の造化者必ず以て
不祥の人と爲さん。今一たび天地を以て大爐
(たいろ)と爲し。造化を以て大冶と爲さば。
惡(いづく)にか往いて可ならざらんや。成然
として寐(い)ね。蘧然(きょぜん)として覺め
ん。

注;
叱。避。無怛化;静かに、あまり近づかない
 方が良い。臨終の人を驚かせてはいかぬ。
虫臂鼠肝;「虫臂」は虫の肘。「鼠肝」は鼠
 の肝。取るに足ない、くだらないこと。ま
 たは、物事の変化は人間には予想すること
 が難しいということのたとえ。
彼近我死而我不聽。我則悍矣;今、造化は自
 分を死に近づかせたから、若し之に従わな
 かったならば、自分は陰陽に逆らふことに
 なる。悍;迕逆(ごぎゃく。逆らうこと)
彼何罪焉;造化其のものには固より罪もなに
 もない。
佚;閑逸ならしむる
鏌鋣;古の名刀
今一犯人之形。而曰。人耳人耳。夫造化者必
 以為不祥之人;一たび人間に生まれ出て、
 人間に限る、他の物になるのは嫌だ、など
 といふならば、造化は、それこそ不詳の人
 として、もう二度と人間にしないかもしれ
 ぬ。
惡乎往而不可哉。成然寐。蘧然覺;何処に住
 くとして自適しないことがあらう。胸中酒
 酒安んじて死に就き、楽しんで生を受ける
 のみである。
(´・(ェ)・`)つ

951鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/03/31(金) 23:58:58 ID:HgjaGfF.0
今度は子來が病になったというのじゃ。
妻子は歩き回って泣いていたのじゃ。
子犁が来て嫁たちに騒いではいかんと叱ったのじゃ。
そして子來に言ったのじゃ。
造化は偉大でおぬしを変化させたのじゃ。

子來は答えたのじゃ。
父母よりも従うべき造化のすることに従うのみなのじゃ。
造化が与えた生を善とするならば死も善だというのじゃ。
自然なままに死に、安楽に覚めるのみなのじゃ。



これもまた生死が一つであるというのじゃ。
さらに生も死も善であり、楽しんだらよいというのじゃ。
それが造化の与えたものであるからなのじゃ。

952避難民のマジレスさん:2023/04/03(月) 19:12:28 ID:CNrs9E1s0
荘子72.
大宗師第六(12)
子桑戶、孟子反、子琴張三人相與友。曰。孰
能相與於無相與。相為於無相爲。孰能登天游
霧。撓挑無極。相忘以生。無所終窮。三人相
視而笑。莫逆於心。遂相與爲友莫然。有間而
子桑戶死。未葬。孔子聞之。使子貢往待事
焉。或編曲。或鼓琴。相和而歌曰。嗟來桑戶
乎。嗟來桑戶乎。而已反其真。而我猶為人
猗。子貢趨而進曰。敢問臨尸而歌。禮乎。二
人相視而笑曰。是惡知禮意。子貢反。以告孔
子曰。彼何人者邪。修行無有。而外其形骸。
臨尸而歌。顏色不變。無以命之。彼何人者
邪。孔子曰。彼游方之外者也。而丘游方之內
者也。外內不相及。而丘使女往吊之。丘則陋
矣。彼方與造物者爲人。而游乎天地之一氣。
彼以生爲附贅縣疣。以死爲決◯(疒+丸)潰
癰。夫若然者。又惡知死生先後之所在。假於
異物。托於同體。忘其肝膽。遺其耳目。反覆
終始。不知端倪。芒然彷徨乎塵埃之外。逍遙
乎無爲之業。彼又惡能憒憒然爲世俗之禮。以
觀衆人之耳目哉。

子桑戶(しさうこ)、孟子反(まうしはん)、子
琴張(しきんちゃう)三人は相與(あいとも)に
友たり。曰く。孰(たれ)か能く相與にするこ
と無きに相與にし。相爲すこと無きに相爲さ
ん。孰か能く天に登り。霧に游び。無極に撓
挑(ぜうてう)して相忘るゝに生を以てし。終
窮(しゆうきう)する所無からんと。三人相視
て笑ふ。心に逆らふこと莫し。遂に相與に友
として莫然爲り。間(しばらく)有りて子桑戶
死す。未だ葬らず。孔子之を聞き。子貢をし
て往いて事を待たしむ。或るものは曲を編
し。或るものは琴を鼓し。相和して歌って曰
く。嗟(あゝ)來たれ桑戶や。嗟來たれ桑戶
や。而(なんぢ)已に其の眞に反りて。我猶ほ
人爲り猗(あゝ)と。子貢趨(はし)って進んで
曰く。敢へて問ふ尸(し)に臨んで歌ふは禮か
と。二人相視て笑ふて曰く。是れ惡んぞ禮の
意を知らんと。子貢反つて以て孔子に告げて
曰く。彼は何人ぞや。修行(しうこう)有るこ
と無くして。其の形骸を外にす。尸に臨んで
歌ひ。顏色變せず。以て之に命ずる無し。彼
何人ぞやと。孔子曰け。彼は方の外に游ぶ者
也。而して丘は方の内に游ぶ者也。外內(ぐわ
いだい)相及ばず。而るに丘女(なんぢ)をして
往いて之を吊(てう)せしむ。丘は則ち陋(ろ
う)なり。彼方(まさ)に造物者と人爲り。而し
て天地の一氣に游ばんとす。彼は生を以て附
贅縣疣(ふぜいげんいふ)と爲し。死を以て決
◯(疒+丸)潰癰(けつくわんくわいよう)と爲
す。夫れ然るが若くば。又惡んぞ死生先後の
在る所を知らんや。異物に假り。同體に托
し。其の肝膽を忘れ。其の耳目を遺(わす)
れ。終始を反覆して。端倪(たんげい)を知ら
ず。芒然として塵埃の外に彷徨し。無爲の業
に逍遙す。彼又惡んぞ能く憒憒(くわいくわ
い)然として世俗の禮を爲し。以て衆人の耳目
に觀(しめ)さんや。

注;
無相與;無心に 無心を以て相与し
無相爲;無為なり 無為を以て相為す
無極;止まる所無き。極まりなし。
撓挑;踊躍(ようやく);喜んで、おどり上が
 る。別訳、宛転(えんてん):言葉、声など
 がよどみなく、なめらかに発せられる様
終窮;=困窮
是惡知禮意;お前などに礼の真意など解らぬ
游方之外者;世俗の外に超然たる者。(死生を
 一視し、区区たる礼法に依って拘繋せられ
 ない人
游方之內者;世俗の内に住して規範礼法に牽
 (ひ)かれる者
丘則陋矣;自分(孔子)の過ちであった。別
 訳、卑陋(ひろう);卑しい、下品なこと
彼方與造物者爲人;彼らはまさに形体を人に
 仮らるも心を造物者と同じうして
而游乎天地之一氣;天地混沌たる一気の初
 め、即ち不生不死の域に遊ばしむる者。
付贅懸疣;余計な厄介もののたとえ。ひっつ
 いているこぶや、引っかかっているいぼの
 意から。
決◯(疒+丸);腫物破れて膿出づるをいふ。
潰癰;同じく、潰れて膿出づるをいふ。
端倪;物事の在り方・成り行きを見通すこ
 と。 端倪すべからざる(=推し量れない
 ほどの)
(´・(ェ)・`)つ

953鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/04(火) 00:34:41 ID:zrDxbZtE0
子桑戸;、孟子反、子琴張の三人がかたりあったのじゃ。
 無心でことにあたり、無為でものごとをなすものがいるのかと。
 また天に昇り、霧に遊び、物質を超越して跡もとどめず、生死を超越して永遠の境地に入るものがいるじゃろうかと。
 
 三人は笑いあい心合わせて友になったのじゃ。

 子桑戸は死んだのじゃ。
 まだ葬らないうちに孔子が子貢を弔いにいかせたのじゃ。
 するとみんな歌ったり琴をひいていたりしのじゃ。

 子貢は人が死んだのに歌うのが礼であろうかと、問うたのじゃ。
 二人は笑ってこれが礼の本当の意味だといったのじゃ。

 子貢が帰ってそのことを孔子にいったのじゃ。
 すると孔子は彼らは世間の外に住むもの、我は世間の内に住むものといったのじゃ。
 内のものは外のものにかなわんのじゃ。
 わしがおぬしを弔いに゛したのは間違いじゃった。

 彼らは造物主と同じ心で、天地が一つの境地に遊んでいるのじゃ。
 生を余計なもの、死をも腫れ物のように見るのじゃ。
 そのようでなければ生れるまえと死後までしることができないのじゃ。
 世間の外にあるものであり、無為の業をなすものなのじゃ。
 そうであるから世間の礼をして、人に見せることもないのじゃ。


 今度は生死も余計なものであり、体にできるできもの程度のものというのじゃ。
 俗世間から離れて天地も一気と見るものには、俗世間の葬式もしないというのじゃ。

954避難民のマジレスさん:2023/04/06(木) 11:59:05 ID:rJ/r/6PM0
荘子73.
大宗師第六(13)
子貢曰。然則夫子何方之依。孔子曰。丘天之
戮民也。雖然,吾與汝共之。子貢曰。敢問其
方。孔子曰。魚相造乎水。人相造乎道。相造
乎水者。穿池而養給。相造乎道者。無事而生
定。故曰。魚相忘乎江湖。人相忘乎道術。子
貢曰。敢問畸人。曰。畸人者。畸於人而侔於
天。故曰。天之小人人之君子。人之君子天之
小人也。

子貢曰く。然らば則ち夫子は何(いづれ)の方
にか依れると。孔子曰く。丘は天の戮民(りく
みん)也。然りと雖も。吾汝と之を共にせん
と。子貢曰く。敢へて其の方を問ふと。孔子
曰く。魚は水に相造(いた)り。人は道に相造
る。水に相造る者は。池を穿(うが)てば養(や
しな)ひ給( つ)ぐ。道に相造る者は。事無け
れば生定まる。故に曰く。魚は江湖に相忘
れ。人は道術に相忘ると。子貢曰く。敢へて
畸人を問ふと。曰く。畸人なる者は。人に畸
にして天に侔(ひと)し。故に曰く。天の小人
は人の君子。人の君子は天の小人也。

注;
夫子何方之依;先生は、世俗の内か外か何れ
 に依って生活をなさいますか
戮民;天の刑を受ける者(俗塵の外に出ること
 の出来ぬもの)
吾與汝共之;汝と共に修養して世俗の中に在
 って而も世累を超越する境地に進もう。
魚相造乎水。人相造乎道;魚は水によって生
 育し、人は道によって生育する。
相造乎水者。穿池而養給;水中に生育するも
 のは、池を穿てば養をとれる。給(つ)ぐ ;
 物資が足りる。
相造乎道者。無事而生定;道に生育する物
 は、逍遙として天然を保つ
魚相忘乎江湖;魚は江湖に相忘れて従容自
 適(しょうようじてき)し、
人相忘乎道術;人は道術に相忘れて、不死不
 生に入、従容自適す。
畸人者。畸於人而侔於天;天に異にして、天
 に侔(ひと)しき者なり
故曰。天之小人人之君子。人之君子天之小人
也。

明日は、荘子74.を載せます。
(´・(ェ)・`)つ

955鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/07(金) 00:34:13 ID:L4aFwqMo0
子貢は孔子にではあなたは世俗のどちらに属するのかと。
孔子は自分は俗世間のうちにいきるしかない者だと言ったのじゃ。
しかしおぬしと共に道を学ぼうと言ったのじゃ。

子貢はその方法を聞いたのじゃ。
孔子は魚は水によって生き、人は道によって生きると言うのじゃ。
魚は池によって生きられる。
人は道によって生が養われるのじゃ。
魚は川海によって水に入っていることも忘れる。
人は道によって生きているのに道を忘れるのじゃ。

子貢はあえて道に達した畸人についてきいたのじゃ。
孔子は畸人は人とは違い、天と等しい者と言ったのじゃ。
それゆえに天では小人でもこの世では君子なのじゃ。
この世で君子であって、天では小人になれるのじゃ。



道とは人を生かしているものだというのじゃ。
しかしそれを人は忘れてしまうのじゃ。
魚が水によって生きているのにそれを忘れるようなものというのじゃ。
道とは全てであるのじゃ。ものな

956避難民のマジレスさん:2023/04/07(金) 12:22:54 ID:33SmhiDY0
荘子74.
大宗師第六(14)
顏回問仲尼曰。孟孫才其母死。哭泣無涕。中心不戚
。居喪不哀。無是三者。以善喪蓋魯國。固有無其實
而得其名者乎。回壹怪之。仲尼曰。夫孟孫氏盡之矣
。進於知矣。唯簡之而不得。夫已有所簡矣。孟孫氏
不知所以生。不知所以死。不知就先。不知就後。若
化爲物。以待其所不知之化已乎。且方將化。惡知不
化哉。方將不化。惡知已化哉。吾特與汝。其夢未始
覺者邪。且彼有駭形而無損心。有旦(且)宅而無情死
。孟孫氏特覺。人哭亦哭。是自其所以乃且也。相與
吾之耳矣。庸詎知吾所謂吾之乎。且汝夢爲鳥而厲乎
天。夢爲魚而沒於淵。不識今之言者。其覺者乎。其
夢者乎。造適不及笑。獻笑不及排。安排而去化。乃
入於寥天一。

顏回仲尼に問うて曰く。孟孫才(まうそんさい)其の
母死して。哭泣(こくきふ)するに涕無く。中心戚(い
た)まず。喪に居て哀しまず。是の三者無くして。善
喪(ぜんさう)を以て魯國を蓋(おほ)へり。固より其の
實無くして其の名得る者有るか。回壹(一)に之を怪
しむと。仲尼曰く。夫(か)の孟孫氏は之を盡(つく)せ
り。知よりも進めり。唯(々)之を簡にすることを得
ず。夫れ已に簡にする所有り。孟孫氏は生くる所以
を知らず。死する所以知らず。先に就くことを知ら
ず。後に就くことを知らず。化に若(したがう)て物と
爲し。以て其の知らざる所の化を待つのみか。且方
(まさにまさに)將(もつ)てに化するの。惡(いづく)ん
ぞ化せざるなるを知らんや。方(まさ)に將(もつ)て化
せざるを。惡んぞ已に化せるなるを知らんや。吾れ
特(ひと)り汝と。其の夢未だ始めより覺めざる者か
。且彼は駭形有れども損心無く。旦宅(たんたく→且
宅;しょたく?)有れども情死無し。孟孫氏は特り覺
めたり。人哭すれば亦哭す。是れ其の乃ち且とする
所以に自(よ)るなり。相與に之を吾とする耳(のみ)。
庸詎(いづくん)ぞ吾が所謂之を吾とする者なるを知
らん。且汝夢に鳥と爲つて天に厲(いた)り。夢に魚
と爲つて淵(ふち)に沒(い)る。識らず今の言ふ者は。
其れ覺めたる者か。其れ夢むる者か。適に造(いた)
れば笑ふに及ばず。笑(わらひ)を獻(けん)ずれば排す
るに及ばず。排に安んじて而して化を去れば。乃ち
寥天(れうてん)一に入ると。

注;
無是三者;涕無く、戚まず、哀しまず。
以善喪蓋;喪事を善せしとの評判が蓋った
進於知矣;死生を無視して知者の域に逹せり
唯簡之而不得;至情の開する所、之を簡易に
 せんとするも得ず。
夫已有所簡矣;しかるに彼は已に之を簡易に
 せり
若化爲物;造物者の化するがままに其の時々
 の物となりて
以待其所不知之化已乎;我々が知らざる所の
 化を待つのみならんか
且方將化。惡知不化哉;今将に死せんとする
 も実は不死かも知れぬ
方將不化。惡知已化哉;将に死せざらんとす
 るも、実は已に死んでいるのかも解らぬ
其夢未始覺者邪;(死を見て悲しいことと思っ
 て居るのは、)夢を見て未だ覚めざる者と謂
 ふべきであらう
有駭形而無損心;形に変化あるも、心を損す
 ることなく。駭形;死生の形に驚くべき変
 化あるをいふ
有旦(且)宅而無情死;生を以て且(しばら)く
 の仮住居と思って居るから、実の死と云ふ
 ものは認めない。旦宅(→且宅;しょたく)
孟孫氏特覺。人哭亦哭。是自其所以乃;孟孫
 氏は生死を一と悟って居るが、(強いて世俗
 に随ひ)人が哭すれば、己も哭するのは、是
れ自られ其暫くの仮住居とする所以なり。
相與吾之耳矣。庸詎知吾所謂吾之乎;(然るに
 人は)各自ら信ずる所のみを固執して是なり
 とし、何ぞ吾が是とする所を以て単に吾が
 徒丈のこととなさざるを知らんや。
不識今之言者。其覺者乎。其夢者乎;今汝は
 喪事を云々するも、其の言ふ所果して覚め
 たるか夢なるかを知るべからず。
造適不及笑;意に適するも笑ふに及ばず
獻笑不及排;人より笑ひを呈し来るも排し去
 るに及ばず
安排而去化。乃入於寥天一;人の排する所に
 安んじて去らば、天地と同化して彼の大宗
 師の道に達することを得ん。寥天一;寂寥
 天(せきりょうてん)と一致する。=大宗師
 の道
(´・(ェ)・`)つ

957鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/07(金) 23:35:54 ID:V0ftDjTE0
顏回が孔子に言ったのじゃ。
孟孫才という者は母が死んだのに儀礼的に泣き声をあげるだけで涙を長さなかった。
心に悼むこともなく、喪につくこともなかったのに、魯国ではよく母親を弔ったと評判だったが実のない名誉かと。

孔子は答えたのじゃ。
孟孫氏は母親を完全に弔ったのじゃ。
知者がするより良い弔いなのじゃ。
ただ世間にあわせて簡略にしなかっただけなのじゃ。
孟孫氏は生死を忘却し、取捨選択をもしないのじゃ。
造化に従って不知の知を持つのじゃ。
造化がなすところをありのままに受け入れるのじゃ。

わしとおぬしは夢の中にいるようなものじゃ。
孟孫氏は目覚めているのじゃ。
世間にあわせて儀礼的になくまねをしただけなのじゃ。
人が恐れる死をも嫌がらずに受け入れれば天と一致するのじゃ。


孟孫氏は生死を全く忘却したというのじゃ。
生きるも死ぬもただ夢の中の出来事と知っているのじゃ。
目覚めた者なのじゃ。

958避難民のマジレスさん:2023/04/13(木) 08:47:11 ID:43HwC0AI0
荘子75.
大宗師第六(15)
意而子見許由。許由曰。堯何以資汝。意而子曰。堯
謂我。汝必躬服仁義。而明言是非。許由曰。而奚來
為軹。夫堯既黥汝以仁義。而劓汝以是非矣。汝將何
以游夫遙蕩恣睢轉徙之涂乎。意而子曰。雖然。吾願
游於其藩。許由曰。不然。夫盲者無以與乎眉目顏色
之好。瞽者無以與乎青黃黼黻之觀。意而子曰。夫無
莊之失其美。據梁之失其力。黃帝之亡其知。皆在爐
錘之間耳。庸詎知夫造物者之不息我黥而補我劓、使
我乘成以隨先生邪。許由曰。噫。未可知也。我爲汝
言其大略。吾師乎。吾師乎。齏萬物而不爲義。澤及
萬世而不為仁。長於上古而不爲老。覆載天地。刻雕
眾形而不爲巧。此所游已。

意而子(いじし)許由(きょいう)を見る。許由曰く。堯(
げう)何を以て汝に資せると。意而子曰く。堯我に謂
ふ。汝必ず躬(み)に仁義を服して。而して明かに是非
を言え。許由曰く。而(なんぢ)奚(なんぞ)來ることを
するや。夫(か)の堯既に汝を黥(いれずみ)するに仁義
を以てして。汝を劓(はなき)るに是非を以てせり。汝
將に何を以て夫(か)の遙蕩恣睢轉徙(えうたうしきて
んし)の涂(みち)に游ばんとするかと。意而子曰く。
然りと雖も。吾願はくは其の藩(かき)に游ばんと。
許由曰くん。然らず。夫れ盲者は以て眉目顏色の好
きに與(あづか)ることなく。瞽者(こしゃ)は以て與乎
青黃黼黻(せいくわうほふつ)の觀に與(あづか)ること
なし。意而子曰く。夫れ無莊の其の美を失ひ。據梁(
きょりょう)の其の力を失ひ。黃帝の其の知を亡(うし
な)へる。皆爐錘(ろすゐ)の間に在れば耳(のみ)。庸詎
(いかん)ぞ夫(か)の造物者の我が黥(げい)を息(け)し我
が劓(ぎ)を補ひ、我をして成るに乘じて以て先生に隨
はしめざるを知らんや。許由曰く。噫(あゝ)。未だ知
る可からざる也。我れ汝の爲に其の大略を言はん。
吾が師や。吾が師や。萬物を齏(さい)すれども義と爲
さず。澤萬世に及べども仁と爲さず。上古より長ず
れども老と爲さず。天地を覆載(ふさい)し。衆形を刻
雕(こくてう)すれども巧を爲さず。此れ游ぶ所已(の
み)と。

注;
意而子;仮設の人名
許由;堯が天下を譲らんとせしを辞せし隠者
資;助なり
服;身に體し行ふことなり
夫堯既黥汝以仁義;汝は既に堯より仁義や是
 非などのことを聞きし為大にその害を受け
 居れり
游夫遙蕩恣睢轉徙之涂乎;放蕩と果てしなく
 縦横に行き渡りて変動極りなき吾道に遊ぶ
藩;大宗師の藩籍にて道の浅近なる所
盲者;瞳子なきめくら。
瞽者;瞳子ある失明者。
無以與乎眉目顏色之好;そもそも盲者は眉目 
 顔色の美に与ることはできず、
瞽者無以與乎青黃黼黻之觀;瞽者は五色文彩
 の観に与ることができない(=汝は既に堯の
 道(仁義、是非)を聞きて失明者となりたれ
 ば、到底吾道の美観に与ることを得ず。)
無莊;美人の名なり
據梁;力士の名なり
知;知者
失;忘れ
亡;忘れ
爐錘;爐(タタラ) ;金属を溶かす入れ物。錘
 (ツチ) ;金属を鍛える器。 
〜失〜。〜失〜。〜亡〜。皆在爐錘之間
 耳;〜を忘れ、〜を忘れ、〜を忘れしは、
 皆造物者が爐と錘の間に於いて鍛え直せし
 によるなり。
庸詎知夫造物者之不息我黥而補我劓、使我乘
 成以隨先生邪;造物者が我入墨を補い、我
 が鼻の切られしを補い、我が体の完成する
 に乗じ即ち堯より聞きしことを悉く打ち忘
 るゝに至らば以て先生に就きて自然の妙道
 を聞くことを得んか。
未可知也。我為汝言其大略;汝の言の如く果
 して造物者をして汝の入墨を息め、劓を補
 はしめ得るや否やは知らざれども、折角の 
 訪問故、汝の爲に我が道の大略を語らん
吾師乎;=大宗師
齏萬物而不爲義;齏;齏粉(セイフン)こなみ
 じんになること。身を粉にして働くこと。
 粉骨砕身。秋季霜露を降ろし草木を凋落せ
 しめるな意。 (吾が師は)万物を粉砕する
 も義とせず、
澤及萬世而不為仁;恩沢を万世に及ぼすも仁 
 とせず、
長於上古而不為老;上古より長存せるも老い
 たりとせず、
覆載天地。刻雕眾形而不為巧;天を生じ地を
 造り、万物衆形を刻彫したからとて巧とし
 ない。
此所游已;而してこは吾が遊ぼうとする処で
 ある(が、御前は果して能くこゝに到り得る
 と思うか、どうか)
(´・(ェ)・`)つ

959鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/13(木) 23:44:37 ID:usvfWiWw0
意而子という者が許由にあったのじゃ。
許由は堯はおぬしに何を教えたのじゃ、と聞いたのじゃ。
意而子は仁義を行い、良いと悪いとをはっきり言えと教えられたというのじゃ。

許由はそれではもはやいかんというのじゃ。
仁義とか是非を受け入れたらもはや道と合一はできないというのじゃ。

意而子はそれでもなんとか道に入れないかと聞いたのじゃ。
許由は目が見えない者は美しいものがあっても見えないように、もはやいかんというのじゃ。

意而子はわしはそんなになってしまったがまだ何とか道にはいれないかと、聞いたのじゃ。
許由はもはや知ることもできないであろうが、大略をいうのじゃ。といったのじゃ。
我が師匠は万物を裁量しても義ではなく、万物に恩を施しても仁ではないのじゃ。
大昔からあっても老人ではなく、天地を創造し、万物を造っても巧みではないのじゃ。
それが我が境地であるが、おぬしがたどり着けるかどうかわからんのじゃ。



仁義とか是非とかに囚われていては道と合一はできないというのじゃな。
それらは人が観念によって作り上げた価値観によるものであるからなのじゃ。
万物を生み出す造化の道にはたどり着けないのじゃ。

960避難民のマジレスさん:2023/04/14(金) 05:42:28 ID:HSjSCDrA0
荘子 76.
大宗師第六(16)
顏回曰回益矣。仲尼曰何謂也。曰回忘仁義
矣。曰可矣猶未也。他日復見曰。回益矣。曰
何謂也。曰回忘禮樂矣。曰可矣猶未也。他日
復見曰。回益矣。曰何謂也。曰回坐忘矣。仲
尼蹴然曰何謂坐忘。顏回曰墮肢體黜聰明離形
去知同於大通。此謂坐忘。仲尼曰同則無好惡
也。化則無常也。而果其賢乎。丘也請從而後
也。

顏回曰く回益せりと。仲尼曰く何の謂ぞや
と。曰く回仁義を忘れたりと。曰く可なり猶
ほ未だしと。他日復た見えて曰く。回益せり
と。曰く何の謂ぞやと。曰く回禮樂(れいが
く)を忘れたりと。曰く可なり猶ほ未だしと。
他日復た見えて曰く。回益せりと。曰く何の
謂ぞやと。曰く回坐忘せりと。仲尼蹴然(しゅ
くぜん)として曰く何をか坐忘と謂ふと。顏回
曰く肢體(したい)を墮(す)て聰明を黜(しり
ぞ)け形を離れ知を去って大通に同じ。此を坐
忘と謂ふと。仲尼曰く同なれば則ち好悪無き
也。化すれば則ち常無き也。而(なんぢ)果し
て其れ賢(まさ)れるか。丘や請ふ而(なんぢ)
が後(しりへ)に從はんと。

注;
猶未也;未だ足らざる所あり
蹴然;色を変ずる貌
墮肢體;四肢耳目を堕(やぶ)りて形を離るゝ
黜聰明;知慮を去りて聡明を黜(しりぞ)くる
大通;大道

大宗師第六(17)
子輿與子桑友。而霖雨十日。子輿曰。子桑殆
病矣。裹飯而往食之。至子桑之門。則若歌若
哭。鼓琴曰父邪母邪天乎人乎。有不任其聲而
趨舉其詩焉。子輿入。曰子之歌詩何故若是。
曰吾思夫使我至此極者而弗得也。父母豈欲吾
哉。天無私覆。地無私載。天地豈私貧我哉。
求其為之者而不得也。然而至此極者命也夫。

子與(しよ)子桑と友たり。而して霖雨(りん
う)十日。子輿曰く。子桑殆ど病みなんと。飯
を裏(つゝ)んで往いて之を食はしめんとす。
子桑の門に至れば。則ち歌ふが若く哭(こく)
するが若し。琴を鼓して曰く父か母か、天か
人かと。其の聲に任(た)へざる有りて而して
趨(すみや)かに其の詩を舉す。子輿入つて曰
く。子の詩を歌ふ何の故にか是(かく)の若く
なると。曰く吾れ夫(か)の我をして此の極に
至らしむる者を思へども得ざる也。父母豈に
吾が貧を欲せんや。天に私覆(しふ)無く。地
に私載無し。天地豈に私に我を貧しくせん
や。其の之を爲す者を求むれども得ざる也。
然り而して此の極に至る者は命なるかなと。

注;
子桑;別字、子葉
霖雨;三日以上の雨を霖といふ、長雨なり。
裹飯;飯を包むなり。
趨;にはかなり
若歌若哭。鼓琴曰父邪母邪天乎人乎;歌って
 いるとも哭しているとも分からぬ哀れな声 
 で、琴を弾じながら、「こんな貧乏者に誰
 がしたのか、父か母か天か人か、」という
 てゐたが、
有不任其聲而趨舉其詩焉;(飢ゑて)ゆっくり
 声も出せないと見えて、此詩を口ずさむの
 が極めて早かった。
天無私覆。地無私載;天は万物を覆い、地は
 万物を載せているが、それには決して私も
 なく、偏することもないから、
此極者命也夫;命;自然の理、大宗師。天地
 自然の道にて天命とも云ふべきものなり

大宗師第六
(´・(ェ)・`)
(おわり)
次回より応帝王第七

961鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/15(土) 00:00:47 ID:Ph5kamMY0
顏回が孔子にわしは得た所があると言ったのじゃ。
孔子は何を得たのじゃ、と聞いたのじゃ。
顏回は仁義を忘れたといったのじゃ。
それはよいが、まだまだじゃなと孔子は言ったのじゃ。

さらに顏回は孔子にわしは得た所があると言ったのじゃ。
孔子は何を得たのじゃ、と聞いたのじゃ。
わしは礼と楽を忘れたと言ったのじゃ。
それはよいが、まだまだじゃなと孔子は言ったのじゃ。


さらに顏回は孔子にわしは得た所があると言ったのじゃ。
孔子は何を得たのじゃ、と聞いたのじゃ。
わしは坐忘に入ったといったのじゃ。
孔子は坐忘とは何じゃ、と聞いたのじゃ。

顏回は肢体を捨てて、聡明を退け、形を離れて知を去り大通に動じたと言ったのじゃ。
孔子はそれほどならばもはや好悪もないと言ったのじゃ。
わしがおぬしの後に従いたいほどじゃ、と言ったのじゃ。

仁義とか礼楽を忘れ、肉体も知識も捨てた境地が坐忘なのじゃ。
自己のすべてを忘れてしまうのじゃ。
サマーディと同じなのじゃ。

962鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/15(土) 00:08:12 ID:Ph5kamMY0
子與と子桑は友達なのじゃ。
雨が十日続いたから子與は貧乏な子桑が飯も食えぬのではないかと、食をもって訪ねたのじゃ。
すると子桑が琴を演奏してなくように歌っていたのじゃ。

子與が家に入ってなんじゃその歌はと、聞いたのじゃ。
子桑はなぜ自分がこんなに貧乏であるのかわからないというのじゃ。


それも天命であるからしかたないというのじゃ。



貧乏なのも天命というのじゃ。
イスラム教のようなすべては神のなせる業というのじゃな。

963避難民のマジレスさん:2023/04/16(日) 05:49:27 ID:sBUrDyBw0
荘子 77.
應帝王第七(1)
齧缺問於王倪。四問而四不知。齧缺因躍而大
喜。行以告蒲衣子。蒲衣子曰。而乃今知之
乎。有虞氏不及泰氏。有虞氏其猶藏仁以要
人。亦得人矣。而未始出於非人。泰氏其臥徐
徐。其覺于于。一以己爲馬。一以己爲牛。其
知情信。其德甚眞。而未始入於非人。

齧缺(げっけつ)王倪(わうげい)に問ふ。四た
び問うて四たび知らずといふ。齧缺因って躍
(おど)って大に喜び。行いて以て蒲衣子(ほい
し)に告ぐ。蒲衣子曰く。而(なんぢ)今之を知
るか。有虞(いうぐ)氏泰(たい)氏に及ばざる
を。有虞氏は其れ猶ほ仁を藏して以て人に要
(もと)め。亦人を得たり。而れども未だ始め
より非人に出でず。泰氏は其の臥するや徐
徐。其の覺むるや于于(うう)。一は己を以て
馬と爲し。一は己を以て牛と爲す。其の知情
(まこと)に信。其の德甚だ眞。而して未だ始
めより非人より入らずと。

注;
應帝王;此の道を修めて応に帝王たるべし。
齧缺、王倪;cf.荘子8,25,26等に既出
因躍而大喜;(之に因りて大知は到底無知にあ
 ることを悟り)小躍りして大に喜び、
有虞氏;舜帝
泰氏;古の帝王
其猶藏仁以要人。亦得人矣;仁といふ徳を懐
 きて以て人心を己へ結びつけたり、
出於非人:人を人として扱ひたるものにあらず
其臥徐徐。其覺于于;臥する時は安寛に、覚
 めたる時は自得して、眠覚ともに無心で
一以己爲馬。一以己爲牛;人が或は馬と呼
 び、牛と呼ぶに任せた
其知情信。其德甚眞;其の知は真実にして虚
 ならず、其の徳は順一にして偽なく、
而未始入於非人;始めから人を是非するよう
 な有為の中に入らぬものである。有為;因
 縁によって生じた、生滅・変化してやまな
 い現実のありさま。

應帝王第七(2)
肩吾見狂接輿。狂接輿曰。日中始何以語女。
肩吾曰。告我。君人者以己出經式義度。人孰
敢不聽而化諸。狂接輿曰。是欺德也。其於治
天下也。猶涉海鑿河。而使蚊負山也。夫聖人
之治也。治外乎。正而後行。確乎能其事者而
已矣。且鳥高飛以避矰弋之害。鼷鼠深穴乎神
丘之下。以避熏鑿之患。而曾二蟲之無知。

肩吾狂接輿(きょうせつよ)を見る。狂接輿曰
く。日中始(じつちうし)何を以て女(なんぢ)
に語れると。肩吾曰く。我に告ぐ。人に君た
る者己を以て經式義度を出さば。人孰(たれ)
か敢へて聽いて諸(これ)に化せざらんやと。
狂接輿曰く。是れ欺德也。其の天下を治むる
に於けるや。猶ほ海を涉(わた)り河を鑿(う
が)ち。而して蚊に山を負はしむるがごとき
也。夫の聖人の治たる。外を治めんや。正し
て後行ふ。確乎(かくこ)として其の事を能く
する者のみ。且鳥は高飛(かうひ)して以て矰
弋(そうよく)の害を避け。鼷鼠(けいそ)は深
く神丘(しんきゅう)の下に穴して。以て避熏
鑿(くんさく)の患ひを避く。而かも曾て二蟲
(もう)より知無からんと。

注;
狂接輿;cf.荘子53.
日中始;古の賢人
以己出經式義度;自ら身を引き当てて、常法
 制度を布き、自ら民の模範となるならば、
是欺德也;所詮不実の徳である。
其於治天下也。猶涉海鑿河。而使蚊負山也;
 其れ(虚偽の徳)を以て天下を治めるのは、
 譬へば海を徒渉し、人工を以て大河を穿つ
 が如く(労して功無く)又、蚊に山を負はせ
 るやうなもので(到底任に耐へぬであらう)
夫聖人之治也。治外乎;眞正なる聖人の治と
 いふものは、決して外形上の経式義度など
 を以てするものにあらず、
正而後行。確乎能其事者而已矣;性命の理に
 順ひ自ら正しうして而して後に行ひ、確乎
 としてそのことを能くするのみ
矰弋;矢グルミとて、糸のつきし矢を放ち飛
 鳥を射る具なり
鼷鼠;ハツカネズミ
神丘;社壇なり、人憚りて侵すことなし
熏鑿;いぶり出す
而曾二蟲之無知;(人民を治むるに、矰弋や熏
 鑿と相類する経常義度を以てせんとするは)
 人民を以て鳥鼠よりも知なしとするか、人
 民豈鳥鼠より無知ならんや。
(´・(ェ)・`)つ

964鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/16(日) 23:48:19 ID:IuN.i8S60
げっけつがおうげいにものを四度聞いたのにみんな知らんといったのじゃ。
げっけつは喜んで蒲衣子に告げたのじゃ。
蒲衣子は汝は今これを知るかというのじゃ。
有虞(いうぐ)氏に及ばないというのじゃ。

有虞は仁の人で、人が集まるのじゃ。
しかし人を超越したものではないのじゃ。

泰氏は寝てもさめても心が静まり、牛や馬に同化したりするのじゃ。
真の知があり純粋な徳をもっているのじゃ。


無知の知が実は尊いということじゃな。
世間の物事に通達しなくとも、真の知があればよいのじゃ。
自らを知る知なのじゃ。

965鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/16(日) 23:57:31 ID:IuN.i8S60
肩吾が狂接輿にあうと、日中始から何を教わったのかと聞かれたのじゃ。
肩吾は王である者は自らの身をもって法を行い、民の模範となるべきだと教わったというのじゃ。

狂接輿はそんなことはにせものの徳だというのじゃ。
蚊に山を負わせたりするようなものというのじゃ。
聖人が国を治める時は人の本能に従って法制を行うというのじゃ。
できないことを無理にやらせようとはしないのじゃ。

鳥が敵をさけ、鼠も穴を掘ってにげるように動物にも知恵があるのじゃ。


仁義とか徳とかを無理におしつけてはいかんということじゃな。
 本能の知恵を生かすようにするべきだというのじゃ。

966避難民のマジレスさん:2023/04/23(日) 18:07:39 ID:aQFgsFlw0
荘子 80.
應帝王第七(5-1)
鄭有神巫曰季咸。知人之死生。存亡。禍福。壽夭。期以歲月旬日。若神。鄭人見之。皆棄而走。列子見之。而心醉。歸以告壺子曰。始吾以夫子之道爲至矣。則又有至焉者矣。
壺子曰。吾與汝既其文。未既其實。而固得道與。衆雌而無雄。而又奚卵焉。而以道與世亢必信夫。故使人得而相汝。嘗試與來。以予示之。
明日列子與之見壺子。出而謂列子曰。嘻。子之先生死矣。弗活矣。不以旬數矣。吾見怪焉。見溼灰焉。列子入。泣涕沾襟以告壺子。
壺子曰。鄉吾示之以地文。萌乎不震不正。是殆見吾杜德機也。嘗又與來。

鄭に神巫(しんふ)有り季咸(きかん)と曰(い)ふ。人の死生、存亡、禍福、壽夭を知る。期するに歲月旬日を以てすること神(しん)の若し。鄭人之を見て。皆棄て走る。列子之を見て心醉し。歸りて以て壺子(こし)に告げて曰く。始めて吾れ夫子の道を以て至れりと爲せり。則ち又焉(これ)より至れる者有と。
壺子曰く。吾は汝と其の文を既(つ)くして。未だ其の實を既くさず。而(なんぢ)固より道を得たりとするか。衆雌(しゅうし)あるも而かも雄無くんば。又奚(なん)ぞ卵せん。與(なんぢ)道を以て世と亢して必ず信ぜられんとするかな。故に人をして得て汝を相せしむるなり。嘗試(こころみ)に與(とも)に來り。予を以て之を示せと。
明日列子之と與(とも)に壺子を見る。出でて列子に謂って曰く。嘻(あゝ)。子の先生死なん。活(い)きず。旬を以て數へじ。吾れ怪を見たり。溼灰(しつかい)を見たりと。列子入り。泣涕(きふてい)して襟を沾(うるほ)して以て壺子に告ぐ。壺子曰君。鄉(さき)に吾れ之に示すに地文を以てせり。萌乎(ぼうこ)として震(うご)かず正しからず。是れ殆んど吾が杜德機(どとくき)を見たる也。嘗(こころみ)に又與に來れと。

注;
神巫;巫女、相者(人相見)
旬日;十日
壺子;列子の師
夫子之道爲至矣。則又有至焉者矣;先生の道
 をば最上至極のものと思って居ましたが、
 尚より以上のものがあります。
吾與汝既其文。未既其實;吾が汝に授けてき
 た所は文字の限りを尽くしているが、未だ
 妙理の実を尽くしていない。
而固得道與;然るに汝は道を得たものと早合 
 点しているのか
衆雌而無雄。而又奚卵焉;鶏は雌ばかり居て
 も雄がいなければ卵は生めない。(これと同
 じで、文(理屈)を尽くしも実(実践)を尽く
 さねば、未だ道を得た者ではない。
而以道與世亢必信夫。故使人得而相汝;(未熟
 であるのに)其の道を振りかざして自ら世に
 高ぶり、人をして自分を信ぜさせようとす 
 るから、其の浅はかな心がちゃんと人相に
 現はれて、神巫などに容易に看破されるの
 だ。
以予示之;予の人相を観させよ。
明日;翌日
弗活矣。不以旬數矣;とても救うことはでき
 ないようだ。しかも十日ともたないだろう
吾見怪焉。見溼灰焉;先生の相貌は甚だ不思
 議な処があって、謂はば湿灰のような生気
 のない象が現れてゐる。
鄉吾示之以地文;先程予は彼に示すに心
 を中に蔵して地文(=土色)の如く暗く、
萌乎不震不正;生気の萌生(ほうせい)せんと
 しても未だ動かず、定まらず、寂然として
 全く勢いが無いように見える(からそう言っ
 たので、)
是殆見吾杜德機也;即ち予が徳機を杜(ふさ)
 いで灰死のようになったのを見たのである
(´・(ェ)・`)つ

967避難民のマジレスさん:2023/04/23(日) 18:13:07 ID:aQFgsFlw0
荘子 78.
應帝王第七(3)
天根游於殷陽至蓼水之上。適遭無名人而問焉曰。請問爲天下。無名人曰。去。汝鄙人也。何問之不豫也。予方將與造物者為人。厭則又乘夫莽眇之鳥。以出六極之外。而游無何有之鄉。以處壙垠之野。汝又何帠(爲)以治天下感予之心為。又復問。無名人曰。汝游心於淡。合氣於漠。順物自然而無容私焉。而天下治矣。

天根殷の陽に游びて蓼水(れうすゐ)の上(ほとり)に至る。適(たまたま)無名人に遭(あうて)問うて曰く。天下を爲(おさ)むることを請ひ問ふと。無名人曰く。去れ。汝は鄙人(ひじん)也。何ぞ問ふの不豫(ふよ)也。予は方(まさ)に將(まさ)に造物者と與(とも)に人を爲(をさ)めんとす。厭(いと)へば則ち又夫の莽眇(まうべう)の鳥に乘じて。以て六極の外に出て。無何有(むかう)の鄉に游び。以て壙垠(かうらう)の野に處らんとす。
汝又何の帠(ゆゑ)ぞ天下を治むるを以て予の心を感ぜしむることを爲すと。又復問ふ。無名人曰く。汝心を淡(たん)に游ばし。氣を漠(ばく)に合はせ。物の自然に順うて而して私を容るゝこと無くんば。天下治まらんと。

注;
天根、無名人;仮設の人名
殷陽;殷山の南
爲;治
鄙人;量見狭き人
不豫;不愉快。別字、不預;唐突、
厭則又乘夫莽眇之鳥。以出六極之外。而游何
 有之鄉;若し世が厭(いや)になったら、
 軽虚の鳥(虚無の気)に乗って宇宙の外に出
 で、何の障礙(碍)もない無何有の鄉に遊び
 莽眇之鳥;高飛の鳥。 六極;天地四方、 
 宇宙 無何有;何もないこと、無為である
 こと
以處壙垠之野;広々として涯(はて)しもない
 太虚壙垠の野に住まうとしてゐる
治天下;天下を治める(術)
汝游心於淡。合氣於漠;汝宜しく心を恬淡(て
 んたん)の域に遊ばしめて欲を去り、気を沖
 漠(ちうばく)の地に合はせて知を棄て、
 恬淡(てんたん);あっさりとしていて、名
 誉・利益などに執着しない様。 沖漠;む
 なしくひっそりとしている。ぼんやりとし 
 て定まらない
順物自然而無容私焉。而天下治矣;万物自然
 の理に順がって、一毫の私を雜(まじ)へる
 ことがなければ、天下は即ちよく治るであ
 らう。
(´・(ェ)・`)つ

968鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/23(日) 23:55:52 ID:ChGNh2Es0
應帝王第七(3)の方じゃな。

 天根が殷の陽地方に遊びにいくと無名人にあって天下をおさめる方法をきいたのじゃ。
 無名人は、去れ、汝は了見せまき人だ、不愉快じゃといかったのじゃ。
 わしは政治ではなく造物主とともに人を治めるのじゃ。
 世を捨てて世間を解脱し、無為の境地に至り、太虚の地に遊ぶのじゃ。 
 そんなわしに政治のことを聞くのは間違いじゃ、と言ったのじゃ。

 天根がまた聞くと、
 おぬしは心を淡白にして、気を漠然とした境地に合致させ、造化の自然に従って私欲をなくせば天下は治まるといったのじゃ。


 これは政治に託して、道の境地を教えたのじゃな。
 心を道に合致させれば政治も自然によくなるというのじゃ。

969避難民のマジレスさん:2023/04/24(月) 05:34:12 ID:KwPu6BvM0
荘子 79.
應帝王第七(4)
陽子居見老聃曰。有人於此。嚮疾強梁。物徹
疏明。學道不倦。如是者可比明王乎。老聃
曰。是於聖人也。胥易技系勞形怵心者也。且
也虎豹之文來田。猨狙之便。執斄之狗來藉。
如是者。可比明王乎。陽子居蹵然曰。敢問明
王之治。老聃曰。明王之治。功蓋天下。而似
不自己。化貸萬物。而民弗恃。有莫擧名。使
物自喜。立乎不測。而游於無有者也。

陽子居老聃(らうたん)を見て曰く。此に人有
り。嚮疾強梁(きゃうしつきゃうりゃう)にし
て。物徹疏明なり。道を學んで倦(う)まず。
是の如き者は明王に比すべきかと。老聃曰
く。是の聖人に於けるや。胥易技系(しょえき
ぎけい)の形を勞し心を怵(うれへ)しむる者
也。且也虎豹(こへう)の文(ぶん)は田(かり)
を來(き)し。猨狙(えんそ)の便と。斄(り)を
執(とら)ふるの狗(いぬ)とは藉を來す。是の
如き者は明王に比す可べきかと。陽子居蹵然
(しゅくぜん)として曰く。敢へて明王の治を
問ふと。老聃曰く。明王の治は。功天下を蓋
(おほ)へども己よりせざるに似たり。化萬物
に貸(ほどこ)せども民恃(たの)まず。有れど
も名を擧ぐる莫く。物をして自ら喜ばしむ。
不測に立つて。而して無有に游ぶ者也。

注;
老聃;老子
嚮疾;嚮は響と通じ、物に敏捷なること
強梁;意志強くして物に屈せぬこと
物徹;よく事物に通徹する
疏明;聡明、利発
胥;胥徒、小役人
易;更番時に当る、宿直者
技系;技芸の巧みなる為身に系累あるをいふ
勞形怵心者也;体を苦しめ、心を労し、役目
 の為仕事の為にただ人に使はれて役々とし
 て働くに過ぎぬ
虎豹之文;虎豹の皮には文飾ある(=美しい)
 をいふ
來田;田獵(猟)捕獲され
便;便捷(べんしょう);動作が早い、すばし
 っこい
斄;=狸
來藉;藉=縄、藉糜;繋ぎ止める縄(猿や狗は
 能力ある故に禍いを招く)
蹵然;安らかざる貌、顔色を変えて、
化;徳化
貸;施す
而民弗恃。有莫擧;民は之を忘れて、君を頼
 ることを知らず、功徳百姓に及んで其の名
 を顕さず
使物自喜;唯民をして欣然として自得せしむ
 るのみである
立乎不測。而游於無有者也;此の如く明王は
 神妙不測の地に立ち、心を虚無にして遊ば
 しめて、其の跡を絶し、天下を治めること
 を以て事としないのである。
(´・(ェ)・`)つ

荘子80.は、>>966であります。

970鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/24(月) 23:00:57 ID:9X9iqe/Q0
陽子居が老子に言ったのじゃ。
鋭敏で物事に通じていて、道を学んで飽きない人は明王であるか、と。
老子は答えたのじゃ。
そんな者は小役人程度じゃ。
心身を疲れさせるばかりであるからなのじゃ。
縄でつながれる犬のようなものじゃ。

陽子居は、では明王の政治とはどんなものかと聞いたのじゃ。
老子は答えたのじゃ。
天下に比類なき仕事をしても自分がしたとは思わせず、
万物を教えても民にはそう思わせないのじゃ。
名声を求めず、民を自ら喜ばせるのじゃ。
測ることもできず、無為に遊ぶものというのじゃ。


これもまた政治に託して聖人の境地を教えたものじゃな。
知識や仕事に通じていても、それだけでは小役人なのじゃ。
無為の心境で万人を自ら動くようにするのが聖人の政治というのじゃ。

971鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/24(月) 23:09:59 ID:9X9iqe/Q0
鄭に季咸という人相見がおったそうじゃ。
列子がこれを見て心醉し師匠の壺子に、先生より優れたものを見た、と言ったのじゃ。
壺子はそれを聞いてつれてこいといったのじゃ。
季咸は壺子を見て死相が出ているから死ぬといったのじゃ。
列子はそれを聞いてないたのじゃ。
壺子は自分は塞がりの相をみせたから当然だと言ったのじゃ。
またつれてこいと言ったのじゃ。

972避難民のマジレスさん:2023/04/25(火) 18:28:26 ID:y.TCDgrI0
荘子 81.
應帝王第七(5-2)
明日又與之見壺子。出而謂列子曰幸矣。子之先生遇我也有瘳矣。全然有生矣。吾見其杜權矣。列子入以告壺子。壺子曰。鄉吾示之以天壤。名實不入。而機發於踵。是殆見吾善者機也。嘗又與來。

明日又與之見壺子。出而謂列子曰。子之先生不齊。吾無得而相焉。試齊。且復相之。列子入以告壺子。壺子曰。鄉吾示之以太沖莫勝。是殆見吾衡氣機也。鯢桓之審爲淵。止水之審爲淵。流水之審爲淵。淵有九名。此處三焉。嘗又與來。

明日又之と與に壺子を見る。出でて列子に謂つて曰く。幸(さいはひ)なり。子の先生我に遇(あ)うて瘳(い)ゆること有り。全然として生有らん。吾れ其の杜權(とけん、けんをとつる)を見たりと。列子入つて以て壺子に告ぐ。壺子曰く。鄉に吾れ之に示すに天壤を以てす。名實入らずして。而して機踵(くびす)に發す。是れ殆んど吾が善者機を見たる也。嘗(こころみ)に又與に來れと。

明日又之と與に壺子を見る。出でて列子に謂ひて曰く。子の先生齊(ひと)しからず。吾れ得て相すること無し。試みに齊(ひと)しくせよ。且(まさ)に復た之を相せんとすと。列子入つて以て壺子に告ぐ。壺子曰く。吾鄉に之に示すに太沖莫勝(たいちうはくしょう)を以てす。是れ殆んど吾が衡氣機(かうきき)見たる也。鯢桓(げいくわん)の審(はん)を淵と爲し。止水の審を淵と爲し。流水の審を淵と爲す。淵に九名有り。此れ三に處(を)れり。嘗みに又與に來れと。

注;
吾見其杜權矣;杜權;不動中の動 不動の中
 に微(すこ)しく活気の動くのを認めた。
鄉吾示之以天壤。名實不入;先に吾天地
 の気を以て示した。蓋し心を大虚に遊ばし
 むるが故に天下地上に一団の生気ありて名
 付くべからず
而機發於踵;生動の機が最も深き所から発す
 るに依って一点の動を認め得たのである。
是殆見吾善者機也;即ち彼は我が善徳微発の
 動機を見たのであらう。 
太沖莫勝;大虚であって、動静何が優勢を占
 めるといふことなく、静中動あり、動中静
 あり、往来屈伸、気機変化極りない状態
是殆見吾衡氣機也;予が陰陽動静其の一に偏
 せず、気機を均しうしているのを見た
鯢桓之審爲淵;大魚のくねり回る所は、水が
 渦を巻いて淵を為す
止水(流水)之審爲淵;止水(流水)の渦巻く所
 も淵を為す
淵有九名。此處三焉;淵には九種類あり、こ
 れは其の内三種類であるが、(これと同じく
 予が道の妙用も、千変万化限りはないが、
 前には、地文、天壤、太沖莫勝の三つを示
 したに過ぎない。
(´・(ェ)・`)つ

973鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/25(火) 22:48:05 ID:bsk6jBDI0
次の日にきた季咸が壺子を見ていったのじゃ。
汝の師匠はわしにあってよくなったから死相が消えた。よかったのじゃ。

列子がそれを告げると壺子は天の壤の気をみせたからじゃ、また明日こさせるとよいといったのじゃ。

また次の日にきた季咸が壺子を見ていったのじゃ。
おぬしの師匠は相が一定していないから見れない。

列子がそれを告げると壺子は、わしはまだ気が安定していない相をみせたからなのじゃ、 
わしの気は水の相に似て九つあるがまだそのうちの三つをみせただけなのじゃ。
また明日来させるとよいのじゃ。と、言ったのじゃ。

974避難民のマジレスさん:2023/04/27(木) 03:40:32 ID:CHJszw3Y0
荘子 82.
應帝王第七(5-3)
明日又與之見壺子。立未定。自失而走。壺子
曰。追之。列子追之不及。反以報壺子曰。已
滅矣已失矣。吾弗及已。壺子曰。鄉吾示之以
未始出吾宗。吾與之虛而委蛇。不知其誰何。
因以為弟靡。因以為波流。故逃也。然後列子
自以為未始學而歸。三年不出。爲其妻爨。食
豕如食人。於事無與親。雕琢復朴。塊然獨以
其形立。紛而封哉。一以是終。

明日又之と與に壺子を見る。立つて未だ定ま
らず。自失して走る。壺子曰君。之を追へ
と。列子之を追へども及ばず。反りて以て壺
子に報じて曰く。已に滅せり已に失せり。吾
及ばざる已(のみ)と。壺子曰く。鄉に吾之に
示すに未だ始めより吾が宗(そう)を出さざる
を以てす。吾之と與に虛にして委蛇(ゐい)
す。其の誰何(すいか)たるを知らず。因つて
以て弟靡(たいび)爲(た)り。因つて以て波流
(はりう)爲り。故に逃れたる也と。然る後列
子自ら以て未だ始めより學ばずと爲して歸
る。三年出でず。其の妻の爲に爨(かし)ぎ。
豕(し)を食(やしな)ふこと人を食ふが如く。
に於て與(あづか)り親(みづか)らすること無
し。雕琢(てうたく)を朴に復(かへ)し。塊然
(くわいぜん)として獨り其の形を以て立つ。
紛として封(まも)り哉。一に是を以て終れ
り。

注;
自失而走;(容貌の変幻測る可ざるを知り)茫
 然自失して走り去った
不知其誰何;相するに由なく
波流弟靡(はりゅうたいび):変化し続ける
 世の中の形容。世の中の変化に従って生き
 ていくこと。また、自分に定見がなく、世
 に流されること。 弟靡;草木が風になび
 くこと。外の世界の物事になびき従うこと
示之以未始出吾宗;始めより吾が本領を示さ 
 ずに。  示すに、泰初の無を以てした。 
吾與之虛而委蛇;終に至ては、虚無にして自
 然に順ひしを以て相する。 委蛇;順
列子自以為未始學而歸;列子は壺子の本領を
 学び得ざりしを悔い、我が家に帰りて、
豕;豚
於事無與親;俗事を自らすることなく、
雕琢復朴: ものはすべてはじめは細工をほど
 こしたり磨いたりするが、最後にはそのよ
 うな飾りを取りのぞいて、素朴にかえるの
 がほんとうだ。人間も、学問をし知識を広
 めるが、しまいには素直な天然自然の形に
 かえるのがよい
塊然;孤立している.不動であるさま
獨以其形立。紛而封哉。一以是終;形を以て 
 立つも、さながら枯木死灰の如く、事物紛
 乱の間に処るも専ら無心虚淡を得て、道に
 達した人として一生を終わった。
(´・(ェ)・`)つ

975鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/27(木) 23:26:47 ID:j.X/.RCc0
次の日にまた季咸が壺子を見ると、いきなり逃げたのじゃ。
追いかけてもつかまらなかったのじゃ。

戻ってきた列子が壺子に告げると、このように言ったのじゃ。
あたりまえなのじゃ。
わしはまだ概念もない原初の姿を見せたのじゃ。
造化の自然に従い、無我の境地を見せたから季咸はなにかわからず逃げたのじゃ。

それを聞いた列子は自分はまだ壺子の法を初歩すら知らなかったと反省したのじゃ。
それからは三年間も家にこもって修行したのじゃ。
自己の根源に帰り、無我無心の道と合一した境地に到達して生を終えたのじゃ。


相を見ることなどは自らの心を操縦する法には及ばないということじゃな。
悟りの相が見られるならは、もはや悟った者なのじゃ。
悟っていなければわからないから相を見る者は逃げるとしかないのじゃ。

976避難民のマジレスさん:2023/04/28(金) 08:26:53 ID:XKChfn0A0
荘子 83.
應帝王第七(5-4)
無爲名尸。無爲謀府。無爲事任。無爲知主。體盡無窮。而遊無朕。盡其所受乎天。而無見得。亦虛而已。至人之用心若鏡。不將不迎。應而不藏。故能勝物而不傷。

南海之帝爲儵。北海之帝爲忽。中央之帝爲渾沌。儵與忽時相與遇於渾沌之地。渾沌待之甚善。儵與忽謀報渾沌之德曰。人皆有七竅以視聽食息。此獨無有。嘗試鑿之。日鑿一竅。七日而渾沌死。

名の尸(し)爲(た)ること無かれ。謀(はかりごと)の府爲ること無かれ。事の任爲ること無かれ。知の主爲ること無かれ。無窮(むきう) を體盡(たいじん)して。而して無朕に遊び。其の天に受くる所を盡して。而して得るを見(あらは)すこと無かれ。亦虛なる已(のみ)。至人の心を用ふるは鏡の若し。將(おく)らず迎(むか)へず。應じて而して藏(をさ)めず。故に能く物に勝(た)へて而して傷(そこな)はず。

南海の帝を儵(しゅく)と爲し。北海の帝を忽と爲し。中央の帝を渾沌と爲す。儵と忽と時に相與に渾沌の地に遇へり。渾沌之を待つこと甚だ善し。儵と忽と渾沌の徳に報いんことを謀りて曰く。人皆七竅(けう)有り。以て視聽食息す。此れ獨り有ること無し。嘗試(こころみ)に之を鑿(うが)たんと。日に一竅(きょう)を鑿(うが)ち。七日にして渾沌死す。

注;
無爲名尸;尸;主 名誉の主となることな
 かれ
無爲謀府;謀を其の心に運らすことなかれ
無爲事任;衆務の責に任ずることなかれ
無爲知主;知の主となることなかれ
體盡無窮;此の四無為を体尽して無窮に応
 じ、  別訳、無窮を体し尽くして  
而遊無朕;心を無始の境に遊ばしめ、 兆
 し、始め  別訳、跡を現すことなく
盡其所受乎天。而無見得;己に固有の天性を
 極めて道を得るも之を外に示すことなかれ
亦虛而已;終始虚無で一貫すること
至人之用心若鏡;至人の心を用ふる様は宛も
 明鏡の如く、
不將不迎;物來りて之に映し、物去て消える
 に任せて、送らず、迎へず  將;送る
應而不藏;物に応じて而も留めない 藏;留
 める  形、物に応じて見はするが、心に
 留めない
故能勝物而不傷;(物にさからはない)故に物
 に勝へて其の本体の明を傷けることはな
 い。(畢竟至人の心は虚明である。)

儵、忽;どちらも「短い時間」を意味する。
 人為的であることを意味している。それを
 擬人化している。
待之甚善;大変よくもてなした。
人皆有七竅以視聽食息;人には皆七つの穴
 (=目・耳・口・鼻)があって、それを使
 って見たり聞いたり食べたり呼吸したりし
 ている。

内篇
應帝王第七
(´・(ェ)・`)
(おわり)

次回より外篇、駢拇第八

977鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/04/28(金) 23:33:23 ID:Jz/at8F.0
名声を求めず、謀をせず、仕事を引き受けず、知識を求めずにいるのじゃ。
無窮を体得して、無我に遊び、天のもたらすことを受けても己のものとはしないのじゃ。
至人の心は鏡のようで、なにも招かずむかえず、ただありのままに写ることを受け入れるのじゃ。
そうであるからものごとに惑わされないのじゃ。

南海の帝は霞であり、北海の帝は忽なのじゃ。
中央の帝は混沌なのじゃ。
ある時三人が混沌の地であい、歓待されたから霞と忽はお礼に混沌に人の七つの穴をあけてやろうとしたのじゃ。
そしたら混沌は死んだのじゃ。



前半は名声や知識を求めず、道に合一するようにというのじゃ。
後半は混沌が七つの穴で人の見聞香味触等の感覚を得たら死んだというのじゃ。
感覚によって真の意識が惑わされてしまうということの比喩なのじゃ。

978避難民のマジレスさん:2023/05/04(木) 01:59:12 ID:YkT5ogzw0
荘子 84.
外篇
駢拇第八(1)
駢拇枝指。出乎性哉。而侈於德。附贅縣疣。
出乎形哉。而侈於性。多方乎仁義而用之者。
列於五藏哉。而非道德之正也。是故駢于足
者。連無用之肉也。枝於手者。樹無用之指
也。多方駢枝於五藏之情者。淫僻於仁義之
行。而多方於聰明之用也。是故駢於明者。亂
五色。淫文章。青黃黼黻之煌煌非乎。而離朱
是已。多於聰者。亂五聲。淫六律。金石絲竹
黃鐘大呂之非乎。而師曠是已。枝於仁者。擢
德塞性以收名聲。使天下簧鼓。以奉不及之法
非乎。而曾史是已。駢於辯者。累瓦結繩竄句
游心於堅白異同之間。而敝跬譽無用之言。非
乎。而楊墨是已。故此皆多駢旁枝之道。非天
地之至正也。

駢拇(へんぼ)枝指(しし)。性に出たるかな。
而かも德に侈(あま)れり。附贅縣疣(ふぜいけ
んいう)。形(けい)に出でたるかな。而かも性
(せい)に侈(おご)れり。仁義に多方にして而
して之を用ふる者は。五藏に列なるかな。而
かも道德の正に非ざる也。是の故に足に駢(へ
ん)ある者は。無用の肉を連ぬる也。手に枝の
ある者は無用の指を樹(た)つる也。五藏の情
に多方駢枝ある者は。仁義の行に淫僻(いんへ
き)にして。而して聰明の用に多方たる也。是
の故に明に駢(へん)なる者は。五色を亂り。
文章に淫する。青黃黼黻(せいくわうほふつ)
の煌煌(くわうくわう)たるに非ずや。而して
離朱(りしゅ)是れ已(のみ)。聰(そう)に多な
る者は五聲を亂り。六律に淫する。金石絲竹
(きんせきしちく)黃鐘大呂(くわうしょうたい
りょ)の聲に非ずや。而して師曠(しくわう)是
れのみ。仁に枝(し)なる者は德を擢(えら)び
性を塞(ふさ)ぎ以て名聲を收(おさ)め。天下
をして簧鼓(くわうこ)して以て及ばざる法を
奉ぜしむるに非ずや。而して曾史是れのみ。
辯(べん)に駢(へん)なる者は、累瓦結繩竄句
(るゐぐわけつじょうざんく)して。心を堅白
同異(けんぱくどうい)の間に游ばして。而し
て敝跬(へいせつ)して無用の言を譽(ほむ)る
に非ずや。而して楊墨(やうぼく)是れのみ。
故に此れ皆多駢旁枝(たへんぼうし)の道にし
て天地の至正に非ざる也。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

979避難民のマジレスさん:2023/05/04(木) 02:01:00 ID:YkT5ogzw0
注;
外篇 駢拇;内篇は篇名に深い意味があった
が、外雑領篇は大抵篇首の二字或は三字を取
って名付けたのである。•••一篇の意は性徳と
所謂仁義礼楽との内外軽重を論じたものであ
る。(荘子 : 現代語訳 (支那哲学叢書:第7)より)

駢拇枝指。出乎性哉。而侈於德;足の四本
 指、手の六本指は生来のもの、即ち先天的
 なものであるが、天から享ける徳に対して
 は余計なものである。  駢拇;駢は合、
 拇は足の大指、拇が第二指とくっついて四
 本指となったもの
附贅縣疣;贅;瘤(こぶ)疣;(いぼ) 余計な厄
 介者の喩え
出乎形哉。而侈於性;既に生まれた後、即ち
 後天的に体に出来たもので、人間の天性に
 とりては余計なものである
多方乎仁義而用之者;凡ての方面に仁義を振
 り回して五常の節目を立て。五常;仁義礼
 智信、儒教に於いて人が常時守るべき項目
列於五藏哉;それが肉体五臓の作用に適応し
 ているというて排(配)列するけれども、
而非道德之正也;道徳の真正のものではな
 く、(人為的な無用の長物に過ぎない)
是故駢于足者。連無用之肉也。枝於手者。樹
 無用之指也;足に四指あるは無用の肉を連
 ねたるものであり、手に六指を有するは、
 一本だけ要らぬ指を立てて居るものであり
多方駢枝於五藏之情者;五体の自然なものに
 無用なものを付加するのは、
淫僻於仁義之行;仁義のために邪僻(正しくな
 い、偏っている)になり、
而多方於聰明之用也;強いて聡明を用ひて無
 用有害の行を為し、(人為を以て本然の性を
 損ふものである)
是故駢於明者。亂五色。淫文章;更に進ん
 で、目に就いて無用の明を用ふる者は、五
 色の眞を乱して、物の彩飾に淫するのであ 
 る。
青黃黼黻之煌煌非乎;青黄文色のキラキラと
 して人を幻惑するものは誠につまらぬもの
 であるが、
而離朱是已;(古の眼力が強いので有名な) 離
 朱はそれを美観としている
多於聰者。亂五聲。淫六律;耳の働きに就い
 て無用の聡を用ふる者は五声の眞を乱し、
 六律に淫するのである
金石絲竹黃鐘大呂之聲非乎。而師曠是已;か
 の金石絲竹黃鐘大呂の聲は実に下らぬもの
 であるが、古の聡敏を以て名のあった師曠
 そは是れを美音としている。
枝於仁者。擢德塞性以收名聲;仁に就いて無
 用のことを為す者は、むやみに道徳を抽出
 し、天性を抑へて、強いて仁義を行うて世
 間の評判を取り、
使天下簧鼓。以奉不及之法非乎; 天下の
 人々を惑わせて、無理な礼法を奉ぜしめよ
 うとする。  簧鼓;惑わす、扇動する
而曾史是已;曾参や史鰌のような輩は此の上
 もないことをしている。 曾参(そうし
 ん)史鰌(ししゅう);自然の徳や性を妨
 げ、名声を我がものにしようとする道家
駢於辯者。累瓦結繩竄句游心於堅白異同之
 間;弁説に就いて無用の言説を用ふる者
 は、宛かも瓦を累(かさ)ね縄で結んだやう
 に多く無用の語を集め、解らぬ文句を無理
 に作り出し、心を詭弁に馳せ  堅白異
 同;詭弁をもてあそぶ。 こじつけの論理。
 「白くてかたい石は、見たときは白い石と   
 わかるが、かたいことまではわからない。
而敝跬譽無用之言非乎;而も自ら労苦して無
 用の言を誉めはやす、
而楊墨是已;楊朱.墨翟のような徒は高尚なこ
 とと考えている。 楊朱.墨翟;弁論家、自
 愛説を唱えた
故此皆多駢旁枝之道。非天地之至正也;要す 
 るに此れ等は皆無用のことを為すもので、
 決して天下の至正ではなく、又固より宇宙
 の理法に叶ったものではない。
(´・(ェ)・`)つ

980鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/04(木) 23:51:06 ID:PIKuBXnY0
ここからまた儒教の仁義への批判とかなのじゃ。


 先天的に指が多かったりするものは天のしこととはいえ、余計なものなのじゃ。
 後天的にできたこぶとかいぼも天のしわざでも余計なのじゃ。
 それと同じように仁義というものも余計なものなのじゃ。
 道徳にとっては不正なものなのじゃ。
 内臓に余計なものをつけくわえるようなものじゃ。
 
 聡明であることも余計なのじゃ。
 目とか耳とかに余計なものをつけくわえるのじゃ。
 心が乱れるものなのじゃ。
 多弁であることもまた余計なものじゃ。

 これらすべては天地の正しい道ではないのじゃ。


 儒教の仁義とか、耳目の豪華な音色とか、弁論は余計なものだというのじゃ。
 それは道徳には不正なものというのじゃ。
 天地の正しい至正ではないのじゃ。

981避難民のマジレスさん:2023/05/05(金) 06:05:19 ID:pNCXZClw0
荘子 85.
駢拇第八(2)
彼至正者。不失其性命之情。故合者不爲駢。
而枝者不為跂。長者不爲有餘。短者不爲不
足。是故鳬脛雖短。續之則憂。鶴脛雖長。斷
之則悲。故性長非所斷。性短非所続。无所去
憂也。意仁義非人情乎。彼仁人何其多憂也。
夫駢於拇者。決之則泣。枝於手者。齕之則
啼。二者或有餘於數。或不足於數。其於憂一
也。今世之仁人。蒿目而憂世之患。不仁之人
決性命之情而饕貴富。故意仁義其非人情乎。
自三代以下者。天下何其囂囂也。

彼の至正なる者は。其の生命の情を失はず。
故に合する者を駢と為さず。而して枝ある者
も跂(き)と為さず。長き者を余ありと為さ
ず。短き者を足らざると為さず。是の故に鳬
脛(ふけい)短しと雖も。これを続がば則ち憂
ひなん鶴脛(くわくけい、つるはぎ)長しと雖
も、これを断たば則ち悲しみなん。故に性の
長は断ずる所に非ず。性の短は継ぐ所に非ら
ず。憂いを去る所無きなり。意(おも)ふに、
仁義は其れ人の情に非ざるか。彼の仁人は何
ぞ其れ憂い多きや。且つ夫れ拇((おや)ゆび)
に駢(へん)なる者は、これを決(さ)かば則ち
泣かん。手に枝ある者は、これを齕(か)まば
則ち啼(な)かん。二者、或は数に余りあり、
或いは数に足らず、其の憂いに於けるは一な
り。今、世の仁人は、蒿目(かうもく)にして
而して世の患(うれ)ひを憂え。不仁の人は、
性命の情を決して貴富を饕(むさぼ)る。故に
意ふに、仁義は其れ人の情に非ざるか。三代
より以下は、天下なんぞ其れ囂囂(がうがう)
たるや。

注;
性命之情;性命の実 性命の自然な在り方 
 性命;生まれながらの素質と天から授かっ
 た運命。
跂;奇形
鳬脛;(ふけい)カモの脛(はぎ)。カモの脚は
 短いが、これをつぎ足してのばしてやれ
 ば、カモは嫌がる。物には、それぞれに
 ふさわしい自然の特徴があるから、いたず
 らに手を加えたりしないで自然のままに従
 うのがよいということ。
性;天性 自然な在り方
无所去憂也;(仁義の如き無用のものを用ひ
 て、)憂ひを去る必要はない。
非人情乎;本来固有の性ではない。 人とし
 ての自然なあり方ではないであろう。
蒿目而憂世之患;心配そうな目付きをして世
 の患難を憂ひ
自三代以下者。天下何其囂囂也;夏・殷・周
 の三代以降は、天下は仁義を振りかざして
 騒ぎ乱れて居る
(´・(ェ)・`)つ

982鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/05(金) 23:25:03 ID:neMrB5TA0

 至正な者は生命の情を失っていないというのじゃ。
 何事にもこだわらないのじゃ。
 
 とり足が短いからと継ぎ足したりしないようなものじゃ。
 
 仁義などはそのような天から与えられた性質に逆らうものじゃ。
 仁義にしたがって生きた者は憂いが多いのじゃ。
 指が多いからと切ったりしたら痛くて泣くようなものじゃ。
 
 仁義によって生きるものはそれ故に世の中を憂いているのじゃ。

983鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/05(金) 23:26:55 ID:neMrB5TA0

 また仁義の批判じゃな。
 仁義などは天性のものではないから憂いの原因になるというのじゃ。
 大儀として戦争の原因にもなるというのじゃ。

984避難民のマジレスさん:2023/05/07(日) 22:42:47 ID:ymd.0iNA0
荘子 86.
駢拇第八(3)
且夫待鉤繩規矩正者。是削其性者也。待繩約膠漆而
固者。是浸其徳者也。屈折禮樂。鉤兪仁義。以慰天
下之心者。此失其常然也。天下有常然。常然者。曲
者不以鉤。直者不以繩。圓者不以規。方者不以矩。
附離不以膠漆。約束不以繩約。故天下誘然皆生。而
不知其所以生。同焉皆得。而不知其所以得。故古今
不二。不可虧也。則仁義又奚連連如膠漆纆索。而遊
乎道徳之間爲哉。使天下惑也。

且夫れ鉤繩規矩(こうじょうきく)を持ちて正す者
は、是れ其の性を削る者なり。繩約膠漆(じゃうやく
かうしつ)を持ちて固むる者は、是れ其の徳を浸す者
なり。礼楽に屈折し、仁義に呴兪(くゆ)して、以て天
下の心を慰むる者は、此れ其の常然を失するなり。
天下に常然あり。常然とは、曲る者鉤(かぎ)を以て
せず、直き者繩を以てせず。円き者規(き)を以てせ
ず、方なる者矩(く)を以てせず、附離するに膠漆を以
てせず、約束するに纆索(じょうさく)を以てせず。故
に天下誘然として皆な生じて、而して其の生ずる所
以を知らず。同焉(どうえん)として皆な得て、而して
其の得る所以を知らず。故に古今は二ならず、虧(か)
くべからざるなり。則ち仁義又た奚んぞ連連として
膠漆纆索の如くにして、而して道徳の間に遊ぶこと
を為さんや。天下をして惑わしむ。

注;
鉤縄規矩;物事や行為の標準・基準になるも
 ののこと。 物事の手本。 きまり  
 鉤:先の曲がった金属製の道具である「か
 ぎ」。曲線を描くための道具。
 縄:直線を引くための墨縄(すみなわ)。
 規:コンパス・ぶんまわし。円を描く道具。
 矩:四角を描く差し金
 鉤や墨繩やコンパスや曲尺(かねじゃく)
 の力を借りて規格通りの形になるのは、
削其性者;素質を削ることになる。
繩約膠漆而固者;縄で締めたり、にかわやう
 るしで固めたりすること
是浸其徳者也;生来の性格を損なうことになる
鉤兪仁義;仁義により穏やかに安らげて、
失其常然也;本質的な姿(道)を失ふことになる
纆索;縄:細いなわ、索:太いなわ
故天下誘然皆生;全て自然に具合良く出来ていて、
同焉皆得;天下の者皆自得満足して
故古今不二;古今を通じて異なることなく、
不可虧也; (徳性は)何処に於いても、備わ
 らざるはない、掛け替えのないものである
(´・(ェ)・`)つ

985鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/08(月) 23:48:07 ID:2vVrLGNM0
かぎ縄とかで正すものはその本性を削るのじゃ。
漆とかで固めるものはその徳を侵すものじゃ。
それらが仁義なのじゃ。

礼楽とか仁義に溺れる者は常然のありのままの本性を失うのじゃ。
天下に常然はあるのじゃ。
常然とは鉤で曲がるのではなく、墨縄で真っ直ぐになるのではなく、コンパスで丸になるのでもなく、漆膠でくっつくものではないのじゃ。

生じる所も得るところも知らないありのままの姿なのじゃ。
二ではなく一であり欠けるところもないのじゃ。

仁義はそのような漆膠のようなものとして天下を惑わすものなのじゃ。


さらにま仁義の批判じゃな。
仁義などは大工が用いる道具のように、本性を損なって常然のありのままの姿を失うものというのじゃ。
それは道徳とは反するものなのじゃ。
天下の人民を惑わすだけのものというのじゃ。

986避難民のマジレスさん:2023/05/11(木) 17:46:37 ID:tDyZoguo0
荘子 87.
駢拇第八(4)
夫小惑易方。大惑易性。何以知其然邪。自虞
氏招仁義以撓天下也。天下莫不奔命於仁義。
是非以仁義易其性與。故嘗試論之。
自三代以下者。天下莫不以物易其性矣。小人
則以身殉利。士則以身殉名。大夫則以身殉
家。聖人則以身殉天下。
故此數子者。事業不同。名聲異號。其於傷性
以身爲殉一也。
臧與穀。二人相與牧羊。而倶亡其羊。問臧奚事。則挾筴讀書。問穀奚事。則博塞以遊。二人者。事業不同。其於亡羊均也。
伯夷死名於首陽之下。盗跖之利於東陵之上。
二人者。所死不同。其於殘生傷性均也。奚必
伯夷之是。而盗跖之非乎。
天下盡殉也。彼其所殉仁義也。則俗謂之君
子。其所殉貨財也。則俗謂之小人。其殉一
也。則有君子焉。
有小人焉。若其殘生損性。則盗跖亦伯夷已。
又惡取君子小人於其間哉。

夫れ小惑は方を易(か)え。大惑は性を易う。
何を以て其の然ることを知るや。虞(ぐ)氏、
仁義を招(かか)げて以て天下を撓(みた)せし
より、天下仁義に奔命せざるは莫し。是れ仁
義を以て其の性を易ふるに非ずや。故に嘗試
(こころ)みにこれを論ぜん。
三代より以下の者、天下物を以て其の性を易
へざること莫し。小人は則ち身を以て利に殉
じ、士は則ち身を以て名に殉じ、聖人は則ち
身を以て天下に殉ず。
故に此の数子(すうし)の者は、事業は同じか
らず、名声号を異にすれども、其の性を傷(や
ぶ)り身を以て殉と為すに於ては、一なり。
臧(ざう)と穀(こく)と、二人相い与に羊を牧
(やしな)うて、而して倶に其の羊を亡ふ。臧
に奚をか事とせしと問へば、則ち筴(さく)を
挟みて書を読みしといふ。穀に奚をか事とせ
しと問へば、則ち博塞(はくさい)して以て遊
べりといふ。二人の者、事業は同じからざれ
ども、其の羊を亡ふに於ては均しきなり。
伯夷は名に首陽(しゅやう)の下に死し、盗跖
(たうせき)は利に東陵の上に死す。二人の
者、死する所は同じからざれども、其の生を
残(そこな)ひ、性を傷(やぶ)るに於ては均し
きなり。奚んぞ必ずしも伯夷の是にして、而
して盗跖の非ならんや。
天下は尽(ことごと)く殉なり。彼れ其の殉ず
る所、仁義なれば、則ち俗にこれを君子と謂
ふ。その殉ずる所、貨財なれば、則ち俗にこ
れを小人と謂ふ。その殉は一なり。則ち君子
あり、小人あり、其の生を残ひ性を損ずるが
若きは、則ち盗跖も亦た伯夷のみ。又た惡く
んぞ君子と小人を其の間に取らんや。

注;
小惑易方;惑ひの小なる者は(知識の確実を失
 ひ)方角を取り違へる位で済むが
大惑易性;惑ひの大なる者になると、其の天
 性を失ってしまふ 
自虞氏招仁義以撓天下也;昔舜が仁義を標榜
 して天下を紊乱してから  有虞氏;古代
 の伝説上の聖天子、舜
天下莫不奔命於仁義;萬人挙(こぞ)ってその
 わざとらしい仁義に奔走しない者はいない
 といふあり様で、
是非以仁義易其性與;それが為に天性を移し
 てしまったということではないか
自三代以下者;夏、殷、周の三代から後では
天下莫不以物易其性矣;天下萬人すべ外にあ
 る事物のために天性を変えざるはないとい
 ふ始末。
其於傷性以身爲殉一也;外物の為に其の天性
 を滅却して奪い一身を犠牲に供してゐる点
 に於ては全く同一である。
挾筴讀書;竹簡を手にして書を読んでいた
博塞以遊;賭博に興じていた
伯夷;殷代末期の高名な隠者で、儒教では聖
 人とされる。
盗跖;春秋時代(又は黄帝時代)の盗賊団の親
 分。九千人の配下を従えて各地を横行
殘生傷性;生命をそこない、本然の性を傷付
 けた
天下盡殉也;天下の人は外物の為にその身を
 殉じて顧みない
若其殘生損性。則盗跖亦伯夷已;身を殉し、
 天性を損ふ上からいへば、盗跖も伯夷と均
 しいので、
又惡取君子小人於其間哉;君子と小人の別を
 設けることはできない
(´・(ェ)・`)b

987鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/11(木) 23:23:11 ID:dxUEMAP20

 小さな惑いは方角を間違うぐらいですむが、大きな惑いは性情さえも変えてしまうというのじゃ。
 舜が仁義というもので天下を惑わしてから、万民の性情がかわってしまったというのじゃ。
 みんな仁義のために奔走するようになったのじゃ。
 そのために天から与えられた性情さえも失ったのじゃ。
 
 小人は利益のため、武士は名誉のため、聖人は天下のためという違いはあるが、皆天からあたえられた性情を破り、外物のため身をすてるようになったのじゃ。
 羊飼いは書を読んだり、博打のために羊を失ったりするがどちらも同じなのじゃ。
 聖人も泥棒も同じなのじゃ。

 皆仁義のために身を失ったのじゃ。
 それを君子と呼ぶのじゃ。
 金のためならば小人と呼ぶのじゃ。
 それらもまた同じなのじゃ。


さらに仁義が天下万人の性情を破り、身を滅ぼす事になったというのじゃ。
それは金のために身を滅ぼすのと同じというのじゃ。

988避難民のマジレスさん:2023/05/17(水) 07:03:15 ID:M1D.9BBY0
荘子 88.
駢拇第八(5)
且夫屬其性乎仁義者。雖通如曾史。非吾所謂
臧也。屬其性於五味。雖通如兪兒。非吾所謂
臧也、屬其性乎五聲、雖通如師曠、非吾所謂
聰也、屬其性乎五色、雖通如離朱、非吾所謂
明也、吾所謂臧、非仁義之謂也、藏於其徳而
已矣、吾所謂臧者、非所謂仁義之謂也、任其
性命之情而已矣、吾所謂聰者、非謂其聞彼
也、自聞而已矣、吾所謂明者、非謂其見彼
也、自見而已矣、夫不自見而見彼、不自得而
得彼者、是得人之得、而不自得其得者也、適
人之適、而不自適其適者也、夫適人之適、而
不自適其適、雖盗跖與伯夷、是同爲淫僻也、
余愧乎道徳、是以上不敢爲仁義之操、而下不
敢淫僻之行也、

且夫れ其の性を仁義に属する者は、通ずるこ
と曾史の如しと雖も、吾が謂はゆる臧(ざう)
に非ざるなり。其の性を五味に属すれば、通
ずること兪児(ゆじ)の如しと雖も、吾が謂は
ゆる臧に非ざるなり。其の性を五色に属すれ
ば、通ずること離朱の如しと雖も、吾が謂は
ゆる明には非らざるなり。吾が謂はゆる臧と
は、仁義の謂に非ざるなり。其の徳を臧する
のみ。吾が謂はゆる臧なる者は、謂はゆる仁
義の謂に非ざるなり。其の性命の情に任ずる
のみ。吾が謂はゆる聰(そう)なる者は、其の
彼を聞くを謂ふに非ざるなり。自ら聞くの
み。吾が謂はゆる明なる者は、其の彼を見る
を謂に非ざるなり。自ら見るのみ。夫(か)の
自ら見ずして而して彼れを見、自ら得ずして
而して彼れを得る者は、是れ人の得を得とし
て、而して自ら其の得を得とせざる者なり。
人の適を適として、自ら其の適を適とせざる
者なり。夫れ人の適を適として、而して自ら
其の適を適とせざれば、盗跖と伯夷と雖も、
是れ同じく淫僻を為(た)るなり。余は道徳に
愧(は)づ。是を以て上は敢えて仁義の操を為
さず、而して下は敢えて淫僻の行を為さざる
なり。
(´・(ェ)・`)
(つづく)

989避難民のマジレスさん:2023/05/17(水) 07:03:57 ID:M1D.9BBY0

注;
且夫屬其性乎仁義者。;そこで、仁義などと
 いふやうなものに天性を繋属する者は、つ
 まり仁義に殉ずる者であって、
雖通如曾史。非吾所謂臧也;その仁義に達す
 ることかの曾参は史鰌ほどであっても、決
 して予の善とする所(優れたもの)ではな
 い。 曾参(そうしん)、史鰌(ししゅ
 う);仁の心が過剰で、自然の徳や性を妨
 げ、名声を我がものにしようとする道徳家
 臧;善、善(よし)とする所
屬其性於五味。雖通如兪兒。非吾所謂臧也;
 五味に捕らわれる者は、五味に殉ずる者で
 あって、之に通ずることかの兪兒ほどであ
 っても、予の善とする所ではない。    
 兪児;登山の神様。天下に覇王があらわれ
 ると姿を見せると言われる。
人間の本性を失わせるもの
①五色;目の本性を乱し、視力を失わせる。
②五声;耳の本性を乱し、聴力を失わせる。
③五臭;鼻を刺激し、鼻すじをつまらせて額
 を痛くさせる。
④五味であり、口を濁し、口の感覚をゆがめ 
 て味をわからなくさせる。
⑤取捨選択の行為であり、心を乱し、自然の
 性をとんでもない方向に逸脱させる。
師曠;春秋時代の晋の平公に仕えた楽人。盲
 であったが琴の名手であり、酒色に耽溺す
 る平公にたびたび箴言を述べた。
聰;理解することが早い。 判断が的確ですば
 やい。 理性がある。 かしこい。
離朱;黄帝時代、古伝説上の人。視力にすぐ
 れ、百歩離れた所からでも毛の先まで見る
 ことができた。
明;物事を見分け、見通す力がある
藏於其徳而已矣;其の天然の徳を善くし、全
 うすることであって、
任其性命之情而已矣;天眞の性能に順適して
 ゆくことである。 天眞;自然のままで飾
 り気のないこと。性能;性質、能力。順
 適;逆らわずに順応すること
非謂其聞彼也、自聞而已矣;其の彼(師曠など
 の正した標準に)従って音を聞き分けること
 ではなく、我自ら自然に従って聞くことで
 ある(自分の内なる声を聞きとることだ
夫不自見而見彼、不自得而得彼者。是得人之
 得。而不自得其得者也;元来自然そのまま
 を見ないで、人の決めた標準に依って見よ
 うとしたり、自然そのまゝの眞を得ない
 で、人の善とする所を得ようとするから、
 (人の得た外的なものに支配されて、)自得
 することのできぬものである。
適人之適、而不自適其適者也、夫適人之適、
 而不自適其適;徒に心を外に馳せて、自己
 の境遇に満足できない。他人の満足してい
 る所に満足して、本当に自己の本心に満足
 しなければ、
雖盗跖與伯夷、是同爲淫僻也;(心が常に外的
 の誘惑にひかされるのであって、)(利の為
 にする) 盗跖の悪も、(名の為にする) 伯夷
 の善も等しく淫僻の行為である。 淫僻;
 道徳や風潮が度を越えてかたよっている
余愧乎道徳;(かく、自然を没却しているか
 ら、)予は所謂道徳なる者はを愧に思ふ。
是以上不敢爲仁義之操、而下不敢淫僻之行也
 ;上は敢て仁義を操守せず、下は敢て淫僻
 の行為を為さず。 操守;信念を貫き、心
 変わりがしないこと

駢拇第八
(´・(ェ)・`)
(おわり)
次回より、外篇 馬蹄第九

990鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/17(水) 23:15:11 ID:KiDqHaFU0

 本性を仁義とか、五味とか、五色などに通じる者はわしはよいとは思わないというのじゃ。
 わしの蔵とは仁義ではなく、徳を蔵する者と言うのじゃ。
 姓命の情に任じるものというのじゃ。

 わしの聡明とは他人の聞ではなく、自らに聞くもの、自らを見る者なのじゃ。
 そうすれば他人のことより、自分のことが知れるのじゃ。

 人がよいとするところをよいとしていれば、自らわよしとすることができないのじゃ。
 人のよいとするところを求めず、自らよしとするところを求めるべきなのじゃ。
 そうでなければ利益を求める泥棒も、名誉を求める聖人も同じになるのじゃ。
 
 そのように名を求める世間の道徳家は恥かしいものじゃ。
 政府は仁義を守らず、民は貪欲でなく心変わりしなければよいだけなのじゃ。


 仁義は道徳より劣るものというのじゃな。
 自らの本性に従うべきだというのじゃ。
 利益を求めるのも、名誉を求めるのも同じと言うのじゃ。

991避難民のマジレスさん:2023/05/19(金) 18:05:35 ID:L4550tNs0
荘子 89.
馬蹄第九(1)
馬、蹄可以踐霜雪、毛可以禦風寒、齕草飮
水、𧄍足而陸、此馬之真性也、雖有義臺路
寝、无所用之、及至伯樂曰、我善治馬、焼之
剔之、刻之雒之、連之以羈馽、編之皁棧、馬
之死者、十二三矣、飢之渇之、馳之驟之、整
氏齊之、前有橛飾之患、而後有鞭筴之威、而
馬之死者、已過半矣、陶者曰、我善治埴、圓
者中規、方者中矩、匠人曰、我善治木、曲者
中鉤、直者應繩、夫埴木之性、豈欲中規矩鉤
繩哉。
然且世世稱之曰、伯楽善治馬、而陶匠善治埴
木、此亦治天下者之過也。

馬は、蹄(てい)以て霜雪を踐むべく、毛以て
風寒を禦ぐべし。草を齕(か)み水を飲み、足
を𧄍(あ)げて陸(おど)る。此れ馬の真性な
り。義台路寝ありと雖も、これを用う所な
し。伯楽の我れは善く馬を治むと曰ひて。こ
れを焼きこれを剔(そ)り、これを連ぬるに羈
馽(きてう)を以てし、これを編むに皁桟(そう
さん、うまや)を以てするに至るに及んで。馬
の死する者、十に二三あり。これを飢(き)し
これを渇し、これを馳せこれを驟(はし)ら
せ、これを整えこれを斉う、前に橛飾(けっし
ょく)の患ひありて、而して後に鞭筴(べんさ
く)の威(ゐ)あり。而して馬の死する者、已に
半ばに過ぐ。
陶者の曰く、我れ善く埴(はに)を治む。円な
る者は規(黄)に中(あ)たり、方なる者は矩
(く)に中たると。匠人(しゃうにん)の曰く、
我れ善く木を治む。曲れる者は鉤(こう)に中
たり、直き者は繩(じょう)に応ずと。夫れ埴
木(しょくぼく)の性は、豈に規矩鉤繩(きくこ
うじょう)に中たるを欲せんや。
然れども且お世世これを称して曰く、伯楽は
善く馬を治め、而して陶匠は善く埴木を治む
と。此れ亦た天下を治むる者の過ちなり。

注;
義臺路寝;高層な建物やりっぱな座敷
羈馽;羈(おもがい) :轡(くつわ)を固定するた
 めに、馬の頭にかける緒。馽(ちゅう):馬を
 つなぎとめる綱。
橛飾;くつわの飾り
鞭筴;むち
埴;きめの細かい、黄赤色の粘土。かわら・
 陶器の原料にした。
陶者;焼物職人
鉤;先の曲がった金属製の器具
鉤縄規矩;物事や行為の標準、基準、手本。
(´・(ェ)・`)つ

992鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/05/20(土) 00:02:26 ID:.bl4Vdew0
馬はひずめで霜雪を踏み、毛で風寒をふせぎ、草をたべ水を飲み、大地を走るのじゃ。
それが馬の真の性質なのじゃ。
立派な屋敷があっても使わないのじゃ。

馬の調教師として名高い伯楽は焼き鏝を使ったり、邪魔な毛をそったり過酷な調教で半分は死なしてしまうのじゃ。
陶器を作るものは丸いものや四角なものを適所に使うのじゃ。
木工の人も同じなのじゃ。

世間ではこれらを同じような名人と思っているのじゃ。
それは天下を治める者の過ちだというのじゃ。


伯楽は馬の本性を歪めて半分は死なしてしまうが、陶器や木材の名人は適材適所に使うのじゃ。
同じ名人でもやり方は違うのじゃ。

993避難民のマジレスさん:2023/06/04(日) 12:22:55 ID:TRrxuEIk0
荘子 90.
馬蹄第九(2-1)
吾意、善治天下者、不然、彼民有常性、織而食、是謂同徳、一而不黨、命曰天放、故至徳之世、其行塡塡、其視顚顚、
當是時也、山无蹊隧、澤无舟梁、萬物群生、連屬其郷。禽獸成群、草木遂長、是故禽獸可係羈而遊、鳥鵲之集、可攀援而闚、
夫至徳之世、同與禽獸居、族與萬物並、惡乎知君子小人哉、同乎无知、其徳不離、同乎无欲、是謂素樸、素樸而民性得矣、
及至聖人、蹩躠爲仁、踶跂爲義、而天下始疑矣、澶漫爲樂、摘僻爲禮、而天下始分矣、
故純樸不殘、孰爲犠樽、白玉不毀、孰爲珪璋、道徳不廢、安取仁義、性情不離、安用禮樂、

吾れ意(おも)ふに、善く天下を治むる者は、然らず。彼の民には常性(じゃうせい)あり。織りて衣(き)、耕して食(くら)ふ。是れを同徳と謂ふ。一にして而して党せず。命じて天放と曰ふ。故に至徳の世は、其の行ふや塡塡(てんてん)たり、其の視るや顚顚(てんてん)たり。
是の時に当たりてや、山には蹊隧(けいすゐ)なく、沢には舟梁(しうりゃう)なし。万物群生して其の郷(きゃう)に連属す。禽獸は群を成し、草木は遂長す。是故に禽獸は係羈(けいき)して遊ぶべく、鳥鵲(てうじゃく)の巣も攀援(はんえん)して闚(うかが)ふべし。
夫れ至徳の世は、同じく禽獸と居り、族(あつ)まりて万物と並ぶ。惡くんぞ君子と小人とを知らんや。同乎として無知、其の徳離れず。同乎として無欲、是れを素樸(そぼく)と謂う。素樸にして民の性得たり。
聖人、蹩躠(べつせつ)して仁を為し、踶跂(ていか、ちき)して義を為すに至るに及びて、而して天下始めて疑ふ。澶漫して楽を為し、摘僻して礼を為し、而して天下始めて分かる。
故に純樸残(そこな)はずんば、孰(た)れか犠樽(ぎそん)を爲(つく)らん。白玉毀(こぼた)ざれば、孰れか珪璋を爲らん。道徳廃(すた)れずんば、安ぞ仁義を取らん。性情離れずんば、安ぞ礼楽を用いん。

注;
塡塡;響く音 塡:ふさぐ・うずめる・みた 
 す・ひさしい。  
 是非を忘れて自得満足し
顚顚; 顚: いただき。てっぺん。はじめ。は
 じまり。たおれる。ころぶ。くつがえる 
 物事に対する考え方は直感的であった
蹊隧;径路
舟梁;舟橋
連属;一団を為して安住し
遂長;勝手に繁茂した
係羈;つらなって  よく馴れて一所に集ま
 って
鳥鵲;かささぎ
攀援;よじのぼる
闚(うかが);のぞく、示す
同乎;一様に
素樸而民性得矣;素樸にして民各々その性を
 得て、(天下おのづから治った)
蹩躠(へつさつ):めぐり歩く様
踶跂(ちき)」は、苦心して力を尽くす様
疑;惑う
澶漫;淫蕩して
摘僻;腰を曲げて礼する
而天下始分矣;天下の人心は分離していよい
 よ本然の性と遠ざかるようになった。
犠樽;鳥獣形の酒樽
毀;壊す
珪璋;礼式に用いる飾り玉
道徳不廢、安取仁義;道徳が廃れなければ、
 どうして仁義が必要になろう。
性情不離、安用禮樂;本来の生まれつきや真
 情が失われなければ、どうして礼儀や音楽
 が必要になろう。
(´・(ェ)・`)つ

994鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/06/05(月) 00:21:53 ID:esS4gL9M0

 荘子は前節のような天下の治めかたはいかんというのじゃ。
 民には日常的な本性があるというのじゃ。
 服を作り、田畑を耕して食べるのじゃ。
 徳と同じなのじゃ。
 一つであり集まりではないのじゃ。
 天の放任するところなのじゃ。
 至徳の世は全てが満たされ、還帰するのじゃ。
 そうなれば山に道なく、川に船なく、獣も喜び草木も健やかに成長するのじゃ。
 君子も小人もなく、民は無知であり、無欲であり、素僕なのが民の本性なのじゃ。

 聖人は苦労して仁義を行うから天下の人々から疑われるのじゃ。
 礼楽に溺れて天下は乱れるのじゃ。
 道徳が廃れたから仁義がおこり、性情を離れたから礼楽を用いるのじゃ。



 老子も説いている道徳が廃れたから、仁義がおこったというのじゃな。
 本来の性情がなくなって礼楽もあるというのじゃ。
 そのようなにせものでは天下は乱れるばかりというのじゃ。

995避難民のマジレスさん:2023/07/13(木) 12:26:36 ID:CDGu72g20
荘子 91.
馬蹄第九(2-2)

五色不亂、孰爲文采、五聲不亂、孰應六律、夫残樸以爲器、工匠之罪也、毀道徳以爲仁義、聖人之過也、
夫馬、陸居則食草飮水、喜則交頸相靡、怒則分背相踶、馬知已姿矣、夫加之以衡扼、齊之以月題、而馬知兀倪、 闉扼鷲曼、詭銜竊轡、
故馬之知而態至盗者、伯樂之罪也、夫赫胥氏之時、民居不知所爲、行不知所之、含哺而熙、鼓腹而遊、民態以此矣、
及至聖人、屈折禮樂、以匡天下之形、縣跂仁義、以慰天下之心、而民乃始踶跂好知、争歸於利、不可止也、此亦聖人之過也、

五色乱れずんば、孰れか文采を為(つく)らん。五声乱れずんば、孰れか六律に応ぜん。夫れ樸を残(そこな)ひて以て器を為るは、工匠の罪なり。道徳を毀(こぼ)ちて以て仁義を為るは、聖人の過ちなり。
夫れ馬は、陸居すれば草を食み水を飲み、喜べば則ち頸(くび)を交えて相い靡(したが なびか)ひ、怒れば則ち背を分かちて相い踶(け)る。馬の知は此に已(や)むのみ。夫れこれに加うるに衡扼(かうやく)を以てし、これを斉(ととの)ふるに月題を以てして、而して馬の知は兀(こつ)を倪(かぎ)り、扼(やく)をくだき曼を鷲(わし)り、銜(くつばみ)に詭(さか)らひ轡(くつわ)を竊(ぬす)む。
故に馬の知にして能く盗に至る者は、伯楽の罪なり。
 夫れ赫胥(かくしょ)氏の時、民は居るも為す所を知らず、行くも之く所を知らず、含哺(がんほ)して熙(たの)しみ、腹を鼓ちて遊ぶ。民能く此に止む。
聖人に至に及びて、礼楽に屈折して、以て天下の形を匡し、仁義に県跂して、以て天下の心を慰む。而して民乃ち始めて踶跂して知を好み、争いて利に帰し、止むべからざるなり。此れ亦聖人の過ちなり。

注;
樸;あらき、切り出したままの木材。ありの
まま。飾り気がない。
靡;なびく 寄り添う
衡軛(こうやく);牛車の軛(ながえ)の先端に
ある牛の首につける横木。くびき
月題;首木どめ(?)
兀倪;横木を折り(介倪;束縛を逃れようと横目でにらみ)
曼;馬車の幌(御者?)
鷲;突き破る(突く)
詭銜;銜(くつばみ。手綱)に詭(そむ)いて
(銜を吐き出したり)
竊轡;轡(くつわ、手綱)を竊(ぬす)無。手綱
を奪い取る。(手綱を噛んだり)
闉;くだく、ふさぐ、ふさがる 
扼;横木どめ、おさえる しめる
赫胥氏之時;太古赫胥氏の時代は、
民居不知所爲、行不知所之;民に機を狙う心
がないから、別に何を為そうとも考えず、何
処へ行こうとも考えない
含哺而熙、鼓腹而遊、民態以此矣;食べもの
をたらふく食べてたのしみ、腹つづみをう
って遊んでいた。民衆のできることはこれ
ぐらいのものであった。
屈折禮樂;儀礼や音楽に従って体を折りかが
めて、
以匡天下之形、縣跂仁義、以慰天下之心;そ
れで世界の人々の心を[むりに]やわらげ
ようとしたり、仁や義によってつなぎとめ
て、それで世界の人々の心を[むり]とと
のえようとすることになった
而民乃始踶跂好知、争歸於利、不可止也、此
亦聖人之過也;そこで、民衆ははじめてあ
くせくと努めて知識を求め、争って利益を
追求して、とてもひき止めようもないほど
になったのである。これはやはり聖人のあ
やまちである。
(´・(ェ)・`)つ

996鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM:2023/07/15(土) 00:07:18 ID:stp/RCz.0
 五色が乱れたら、誰も色彩の模様を作れないのじゃ。
 5音が乱れなければ歌も歌えるのじゃ。
 原木を傷つけて器にするのは工匠の罪なのじゃ。
 仁義によって人を誤導して道徳を失わせるのは聖人の罪なのじゃ。
 自然の馬は草を食べ、水を飲み仲良く暮らしているのじゃ。
 人が頚木をつけたり調教しようとするから、人をうらんでにらんだり馬具を壊したりするのじゃ。
 それゆえに馬が悪くなるのは調教する者の罪なのじゃ。

 古の王の時代には民は何も知らず、日々を楽しく暮らしていたのじゃ。
 聖人が礼とか楽とか仁義を教えるから、人々は知識を求め、金を争って奪い合うようになったのじゃ。
 これは聖人の罪なのじゃ。


 
 これもまた仁義の批判じゃな。
 馬が自然に暮らして何も不満がないように、民も自然に暮らせば満足だったのじゃ。
 聖人が仁義とかを教えるから知識とか利益を求めて争うようになった、というのじゃ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板