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教養(リベラルアーツ)と場創り(共創)に向けて

1尾崎清之輔:2007/11/04(日) 22:20:25
まず、はじめに、このスレッドのタイトルを付けるにあたって、数日ほど悩んでしまった。

当初は、秋という季節にちなんで『芸術と読書と食について』というような名称にして、そこから徐々にリベラルアーツへ展開していくことを目論もうと考えたが、『食』については長い間このテーマを文明論的な視座で捉えられている素晴らしい塾生の方がいらっしゃるし、読書については既に『戦後日本の十大名著とは』と『最近読んで印象的だった本』の2つのスレッドが存在しているため、残りは『芸術』ということになるが、これも既にフィボナッチ数列やラチオについて語られているスレッドが存在していること、芸術のサブセットである音楽ひとつとっても、たかが1000枚程度のクラシックCDやDVDの所有と、実際の鑑賞に出向いた数が100回にも満たないくらいではこのようなテーマを専門にして語ることは誠に恐れ多い。
更に「秋という季節にちなんで」という考え方では、一過性もしくはそのシーズンにならないと盛り上がらなくなってしまいかねない危険性がある。
よって、このようなタイトルを付けさせて頂くに至ったが、良く考えてみたら(…というより実は考えるまでもなく)最も大層なタイトルを付けてしまったため、提唱者である私にとっては文字通り『無謀な挑戦』となること必定であろうが、このテーマを出来るだけ長期に亘り続けていくことで、藤原さんの近著(KZPやJZP)で触れられていたリベラルアーツに少しでも近付くことができるよう、私自身、修養を重ねていきたいと思うが、実際のところ本場のリベラルアーツである「自由七科」を学んだわけではないので、教養(リベラルアーツ)とカッコ付きにさせて頂いたことをご了承願いたい。

もう1つのテーマである場創り(共創)については、これまでも何度か取り上げられてきた内容ではあるが、本来あるべき姿としての「場」は広がりを持つ系であり、私が「場」と言われて出向いたその多くについては、残念ながら閉じた系である「空気」でしかなかったことだ。
従って、これも前者の教養や修養と密接に関わりを持つことで、開いた系としての「場創り」に向けられるのではないかと考えたことから、この2つのテーマを一緒にさせて頂くことにした。

さて、前置きが長くなり過ぎて辟易としたでしょうから、そろそろ本論(まずは序文)に向かいたいと思う。
「共創」と言えば同音異義語に「競争」があるが、これは、いみじくも正慶孝さんが自著で看破されていた、現代のIT社会を司る「Communication」「Control」「Computation」といった3つの「C」に対して、私からもう1つ「Covetous(貪欲な)」を加えさせて頂くと、たちまちにして「賤民資本主義(パリア・キャピタリズム)」という人造ダイヤの4℃を構成することになってしまい、これが現代における「競争」の本質を示しているのではないかと考える。
日本におけるマックスウェーバー研究の泰斗である中村勝巳慶大名誉教授が20年前から仰せのように、まともな躾を受けぬまま「カバレリア・ルスティカーナ」の限りを尽くし続けてきたことが、最近のクライシスの根底にあると私も考えているが、これは亡国云々以前に、人間のあり方そのものの問題として捉えられるべきではないかという意味で、中村博士の意見に共鳴を覚える。
尚、蛇足だが、今夏来日したパレルモ・マッシモ劇場の「カバレリア・ルスティカーナ」を観て、これまで何度も同じ作品を観たにも関わらず、中村博士の仰った意味が漸く正しく理解できた気がする。
場創り(共創)に向けては、同じ「Communication」という言葉であっても、「通信(としての手段)」ではなく「人間同士の意思の疎通」が肝要であり、これに「Confidence(信頼、信用)」「Conscience(良心、分別)」「Coexistence(共存)」または「Covivence(共生。但しsymbioticという意味とは関係ない)」を加えて磨き続けることによって、自然が創り出した原石である天然ダイヤに4℃の輝きが増していくのではないかと思っている次第だ。

※上記の「ダイヤ」はメタファーとして使わせて頂いた。

2尾崎清之輔:2007/11/06(火) 00:19:20
1ヶ月半近く前のことになりますが、スタジオ・ジブリの絵職人として知られる男鹿和雄さんの展示会を鑑賞された方より、その作品群のアニメとは思えない美しさや繊細さについて高い評価をされていたことから、その後、所用で近くへ出向いた際に、折角の機会なので、近代美術館へ立ち寄ってみることにしました。

アニメ(ジブリ作品をアニメという括りにして良いかどうかは別として)には全く縁の無い私ではあるものの、数年前に行われた脱藩会の後、藤原さんを含む数名で二次会と称して他の店に移った際に、様々な話題に花が咲きましたが、その席上で、藤原さんとは非常に長いお付き合いのある方より、宮崎駿さんの作品群の話題が出ていたことを思い出したことも、このたび出向いた理由の一つでした。
また、男鹿さんご自身は分かりませんが、宮崎駿さんに関しては八切止夫史観に相当影響を受けていると伺ったことがあるので、それが男鹿さんを通じて実際の絵画にどのような影響を与えているかについても少々興味があったからです。
(ちなみに宮崎駿さんの作品群と八切止夫史観の関係性については、いずれ古史古伝大系を論ずる際に項を改めて行いたいと思います)

しかし、残念なことに連休中に出向いてしまったことから、チケット購入と入場までに90分待ちとなっていたため諦めることにしましたが、隣で「磯辺行久展」なるものが開催されており、空いていたのでこちらを鑑賞することにしました。

この美術家&環境計画家の磯辺行久さんは、御年72歳ながら、非常にユニーク且つ強烈なメッセージを、その作品群を通じて提示されてきている方であり、1950年代の抽象画から始まり、60年代にはワッペン型のモチーフを反復させたような作品群を数多く発表しており、そのワッペンの中には多くのシンボル(国旗、欧州の貴族の紋章、日本の家紋、企業体や各種組織体のマーク、王冠、ラベルなど)が、さながらミランダのオンパレードの如く大小取り入れられた作品もあったので、これはこれで大変興味を引きました。

その後60年代半ば頃の渡米により、二十世紀のダビンチと呼ばれた、科学者、哲学者、美術家の顔を持つ天才バックミンスター・フラーとの出会いにより大きな影響を受けた彼は、造形的な実験を通じて、より大きな枠組み、つまり自然環境を視座に置いた作品活動に従事することになったようです。

「ランドスケープ」と呼ばれることになるこれらの作品群は、70年の第1回アースディにおいてはエア・ドームという名称の作品を発表しておりますが、このドームの中では、船の帆の形をした非常に低消費エネルギーのスピーカーがあり、このスピーカーから流れる自然の音色がエア・ドームの中全体に渡って何とも言えない優しさを奏でておりました。

その後も数々のランドスケープ作品を制作してきた彼ですが、何と言っても圧巻であると感じたのは、2000年頃に発表された「イル・ド・フランス」作品であり、これはパリとその周辺地域を記した大きな地図(十畳か十二畳くらいの大きさ)の上に、生態系に影響を与える各種施設や汚染など(原発やBiohazard Facilitiesのある場所、強い電磁波の流れる場所、SO2やNO2が空気に乗った流れなど)の情報を重ねた形で表していたことから、その場に座り込んで暫く凝視してしまったと申し上げておきましょう。

今世紀に入ってからの磯辺さんの活動主体は、自然環境のあり方そのものに対するメッセージを強める方に向かわれているようで、自然体系に対してテクノロジーで挑戦し続けようとする人知の愚かさを、信濃川において元々あった川の流れを治水という名目で強引に変えたことに対する痛烈な批判を「川はどこへ行った」などの作品を通じて行っているようです。

それにしても出会いというものは不思議なもので、このジブリを見に行くことが無かったならば、磯辺行久という一人の個性的な芸術家のメッセージを知ることなく終わっていたでしょうから、全くの偶然とはいえ、私にあの「場」へ出向く切っ掛けを示して頂いた方に対して、ここで改めて感謝の意を表したいと思います。

3尾崎清之輔:2007/11/08(木) 01:20:19
『経済的合理性を超えて』(みすず書房)において、『日本人の考えている「経済的合理主義」に対して対抗原理として働く要因として、芸術ないし美という領域ないし観点があります』と喝破された中村勝巳博士は、その一例として、企業の社名や製品名を知らせるために多額の広告費を使い、ビルの屋上に巨大な広告塔を設置し、夜になるとネオンだらけになってしまう都市の夜景や、電車の中刷りや新聞の中にある広告だらけの状況に対し、果たして世界中を見渡してこのような行為が可能な社会は一体どこの地域に限られているかを考えてみる必要があるのではないかと述べており、そのような経済至上主義的な要求を抑える対抗軸として、芸術や美的な要求、また市民自治の伝統への誇りといったことが、欧州社会の根底に存在していることの重要性を語っております。

これは『人は何で生きるか、人は何のために生きるか、人はいかに生くべきか、社会や国家はいかにあるべきか、という究極の価値基準から一貫した組織的生活態度をとって生きようとする要求』であり、『人として倫理的命令に絶対に服しようという生活態度こそ、「経済的合理性」に真正面から対立』できるものであるとしております。

この緊張関係とバランスのとり方が肝要であり、「して良いこと、してはいけないこと」の判断基準になるはずですが、(特に昭和初期から現在に至るまで)日本はこのような形による社会の発展がされてこなかった(というより最初から対抗原理自体が欠けたまま経済的合理性の支配と貫徹が為されてきてしまった)ため、手段の目的化のみならず、行き着くところまで行ってしまい、結果、社会の分裂と内部崩壊により、その歴史的役割を終えて滅んでしまいかねない危険性を説いております。

但し、『健全な人間精神をもった人々がここで深い学問、高貴な芸術、すぐれた哲学と高い宗教を生み出し、広く国境と時代をこえて人類に貢献する途と可能性』は残されているとも指摘しており、そのためには永い眼(少なくとも100年きざみ)で見て、世紀単位で考えていけるような大戦略が必要ということになりますが、これは欧州社会が辿ってきた長い歴史にその範を求めることで何らかの道筋が見えてくるのではないかと考えます。

さて、そうは言っても、いきなり100年単位で考えていくことは、余程の訓練と冴えた目を持つ者でなければ、なかなか到達できる次元ではないでしょうから、一介の凡夫としては、そのようなことを頭の片隅に置きつつも、日々の生活に決して埋没されることのない自分、つまり藤井尚治博士が仰った『自由とは「Free from」ではなく「Free to」である』という言葉の重みを十分に感じつつ、平たく言えば『自由気ままに生きて』いけるだけの心の余裕は常に持っていたいものです。
正しく「忙しい」という言葉が「心が無くなる=心の余裕が無くなる」ことを防ぐ意味でも。。

このような心の余裕の持ち方こそが、自分の仕事とは全く関係の無いもう一つの(または二つ以上の)世界観を持つことに繋がり、延いては、専門バカという病弊に侵されないための知恵ではないでしょうか。
そして、このもう一つの(または二つ以上の)世界観を持つことが、より大きな枠組みの中で認められ、更に人類の共通言語や共通財産に繋がるような普遍的な妥当性にまで至ることによって、その人間の懐の深さや嘘・偽りのない衷心を示すことが可能となり、尚且つ人類の普遍的課題を自らの課題と同じくすることの出来る、本当の意味でグローバルに通用する人間へと育つことは間違いないのではとも考えます。

そのための第一歩として、余分な周りの状況から離れて音楽に親しんだり、無心・虚心になって絵を描いてみたり、自然の美を楽しんでみたりすることから始めてみるのも良い切っ掛けになると思います。

4牧野:2007/11/08(木) 13:10:13
久しぶりの読み応えのある記事に拍手喝采です。忙しいというのは心が亡びることを文字が示していますが、貧すればドンするというように余裕がなくなるとドンするわけです。今の日本人がそんな感じでして、国も個人も本当のゆとりがなくなったために、まともなことが考えられなくなったのでしょう。
中村先生もピューリタンについて書いていて、高利貸し、投機、売春などのようなハイエナのビジネスが、いかに人間の貧しさを現しているかを論じています。日本ほど大きな町の駅前にサラ金という高利貸しの看板が並んでいて、それを放置しているというのは情けない限りですね。

5尾崎清之輔:2007/11/09(金) 01:02:52
牧野様。過分なるお褒めの言葉を頂きまして、誠に有難うございます。
また、「忙しい」を「心が無くなること」から「心が亡びること」へ修正して頂いたことにつきましても、感謝申し上げます。

尚、牧野様が仰せの「読み応えのある記事」として成立できましたのは、決して私の筆力によるものではなく、中村博士の著書がそれだけ優れていたことの証左でしょうし、私は多くを引用させて頂いたに過ぎません。
このような名著が絶版になって久しく、再販の目途さえ立っていないことは賤民化の現れと考えますが、巷間では相変わらず「表紙付き紙屑」の大量生産が続けられておりますので、正に貧すれば鈍するが如きといったところでしょうか。

さて、中村博士の著書から引用を続けさせて頂きたいと思いますが、西洋文化を解くマスターキーとして、

◆「ヨーロッパとは何かときかれた時、ぼくはキリスト教と数学と音楽と答える。音楽はヨーロッパ理解の手掛かりなんです。」(矢野暢「朝日新聞」1987年5月14日、夕刊)と指摘されていますが、ヨーロッパ文化はマックス・ヴェーバー的な意味で「合理主義文化(ラチオナリスムス)」だと言い換えることもできるでしょう。一つの文化を解くには、マスター・キーというものがあるのです。「音楽家」でない人がバッハとモーツァルトとベートーヴェンを愛するというだけでたちまち人間として信頼をうることができるのは、鍵があうからです。

からはじまり、続いてその意味するところを詳細に渡って述べておりますが、このような考え方をヨーロッパ中心志向と批判する方々に対しては、

◆不満があるのならば、日本の在来文化の中から人類の共通財産になりうるものを、共通の述語を通して掘り起し、持ち出せばよいのです。そういう普遍的座標軸の批判に堪えるものを産み出すことができるならば、ヨーロッパ以外にも普遍妥当性をもつ文化があるということですから、喜ばしいことであるわけです。

と正鵠を射た指摘をしております。

また、音楽がヨーロッパ社会に与えてきた影響を、そこに生きる人々おいては全存在がかかっている場合もあり、音程の高い低いという次元の問題ではないとも喝破しております。

これはヨーロッパの音楽が、そこに生きる人々の精神生活に対する不可欠な要素を為していて、若い人のみならず、中高年や老年の方々に至るまで、見識を備えるための「場」として存在していることが、何よりの証拠であるからと考えます。

そういう意味で日本を捉え直しますと、昨年夏頃まで長期間に渡り位人臣を極めた男は、トップとしての責任感は全くなく、国内外の様々な危機的状況への対処より、オペラ観劇を優先されていたと見え、その様子は幇間的なマスメディアを通じて、日本版ポピュリズムとしてのプロパガンダによく利用されていたようです。

嘗てはカール・ベームやカルロス・クライバー、最近ではリッカルド・ムーティーやワレリー・ゲルギエフ等(記憶違いの可能性もありそのような発言をしていない方もいたかもしれませんが)といった方々から、日本人の鑑賞や観劇に伴う行儀の良さを高く評価されておりましたが、私の知る限り、ただ一度だけ「ブーイングの嵐」に見舞われたのが、この現代版パヴァリアの狂王(こんなことでルートヴィヒ二世と比較したらあの世からルートヴィヒ二世にお叱りを受けそうであるが「狂王」という言葉については適切と考えるのであえてそうさせて頂きます)でした。

このボローニャ歌劇場の来日公演(昨年6月)に現れた際の演目は、その男の好むワーグナーではなく、ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」というフランス革命前後の実在の人物(実名はアンドレ・シェニエ)をベースに少しフィクション化したオペラでしたが、ミーハーなこの男がどうして「アンドレア・シェニエ」のような演目を観劇しにきたのか、その時は不思議に思いつつもプロパガンダの一環くらいにしか思っていなかったのですが、この件を古くからの最も信頼できる方へ話したところ、『多くの国民を断頭台へ導くことに成功したことに対して優越感や恍惚感を抱いていたのでは』という大変貴重なコメントを頂いております。

最後に余談ではございますが、この「アンドレア・シェニエ」の内容を存じ上げていない方は以下のサイト等でご確認願えれば幸いです。

◆アンドレア・シェニエ(ウィキペディア(Wikipedia)より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%A8

6尾崎清之輔:2007/11/10(土) 02:07:07
先の投稿でルートヴィヒ二世やワーグナーに触れてしまった以上、何かしら続きを書く必要性を感じておりますが、実は三十代後半になるまで、ワーグナーの持つ毒にやられないようにするため、意識的に出来るだけ聞かないよう観ないようにしてきました。
特に例の「無限旋律」を聞くと、いつまで経っても解決の付かない抜けられない状況に陥ったような感じが何とも言えず、余程優れた演奏家や演出でもない限り、逃げ出したくなる気持ちがあったからです。

四十代になってから普通に観劇・鑑賞できるようになりましたが、その理由の一つとしては『丸山眞男 音楽の対話』中野雄(著)(文春新書)との出会いが大きいと思います。

それにしても、ワーグナーの超大作『指輪(リング)』四部作が、作品完成までに四半世紀を費やしたことは余りにも有名ですが、その間に『ニュルンベルクのマイスタージンガー』と『トリスタンとイゾルデ』という、これまた4時間強に渡る大作を2本も作り上げているのですから、これはもう驚愕を禁じえません。

これらの作品群とそこから得た感想については別の機会にさせて頂きますが、先に述べた『丸山眞男 音楽の対話』も教養と創造に値する素晴らしい書籍の一つと考えており、この本を通して丸山博士の思想と音楽、特にワーグナーやベートーヴェン、そしてフルトヴェングラーについて語りつつ、芸術から政治へと展開したいと思っておりますものの、丸山思想について云々申し上げるには、私にはまだまだ時間が必要と感じておりますので、まずは序章として、この書籍で私が線を引いた部分から2点ほど以下にご紹介させて頂きます。

◆本当に身につく教育はやはり1対1.それも学ぶ方が積極的に吸収する資質がなければダメです

◆何事によらず、自分がこれと思った人に徹底的に喰らいついて、何から何までわがものにする−、これが結果的にはいちばん効率的な勉強法です。しかし、喰らいつく相手は必ず当代一流であること。喰い尽くしたら、独自性は自然に出てくる。それが本当の『創造行為』です。

7尾崎清之輔:2007/11/11(日) 22:32:53
『投機』という言葉は、一般的には賤民資本主義社会を構成する「金銭またはそれに準ずる取引における短期的な利鞘の獲得行為」として捉えられておりますが、その語源が禅語であったことは、『New Learder』10月号の編集後記で初めて知りました。
(尚、編集後記者ご自身も芥川賞作家の玄侑宗久氏に会って初めて知ったとのことです)

その編集後記から該当する箇所を以下にご紹介させて頂きます。

◆本来、投機とは「機に投ず」と読み、修行者が真理の世界に参入して道と合一する体験を指す言葉だった。それがいつのまにか商取引の世界に転用され、「私」の欲得を示す言葉になった。本当の投機とは、身につけてきた一切の概念を捨てからだ一つに戻る勇気のことだという。

玄侑宗久氏も自らのエッセイにて、『いつのまに、どうして商取引などという概念だらけの世界に転用され、「私」の欲得を示す言葉になってしまったんだろう。』と仰っておりますが、ちょっと歴史を振り返れば、マネーが価値交換媒体としての役割以上の存在になってしまってから、非常に長い歳月を経てきたことが良く分かります。
しかも、マネーは今やほぼ完全に電子化されてしまったため、本当に文字通りの単なる概念でしかなくなくなってしまい、その概念があたかも実体の如く振る舞ってやりたい放題、といったところですが、申し上げるまでもなく、このような状況はオイルピークや食糧ピークなどの実状と併せて間もなく大崩壊するでしょうし、その前の残飯あさりの加速度がますます上がることは必定ですが、そのような中でもパニックに陥ることなく、クライシス後の秩序構築へ向けた準備を怠らないよう日々努めたいと思います。

◆『日本人の新しい「気概」の創造―戦後の腑抜け日本人を蘇生させるのは老荘思想だ』日下藤吾(著)(日新報道)

著者の日下藤吾さんは、今年5月に100歳を目前にして大往生されましたが、あの中野正剛の弟子であり、中野正剛、廣田弘毅、緒方竹虎などを輩出した修猷館の出身で、戦時中は企画院の調査官を、戦後は専修大、拓殖大、青山学院大の教授ならびに名誉教授を努められており、坂口三郎さんと同じタイプの毒を持つ個性的なご老人という印象がございますが、書籍の説明文に『「正義」と「恥」が失われた日本に未来はあるのか。暗黒の中から抜け出て、新しい光を得るべく、中国の老子、荘子の思想を語る。』とございますように、老荘思想(著書で触れられているのは主に荘子)を通じて、現代の暗黒と間近に控えたクライシスからの脱却を図るための良書の一つと考えております。

また、この本では「捉われ」や「こだわり」を捨て去るべく、禅の教えについても幾つか散りばめられておりましたが、一読して、『正法眼蔵』における雪峰義存と庵主の話を思い出し、『道得』という難解な世界へ至るにはまだまだ多くの時と修養が必要であると、改めて考えさせられました。

8尾崎清之輔:2007/11/13(火) 00:18:02
昨夜の私の文章に余りにも飛躍し過ぎて分かりにい部分がございましたので、追記させて頂きます。

『投機』という言葉の語源が、禅語で「修行者が真理の世界に参入して道と合一する体験を指す」ことや、「身につけてきた一切の概念を捨てからだ一つに戻る勇気のこと」であったにも関わらず、『いつのまにか商取引などという概念だらけの世界に転用され、「私」の欲得を示す言葉になってしまったのはどうしてなのだろうか』、と玄侑宗久氏が仰ったことに対して、私の昨夜の文章では、

>ちょっと歴史を振り返れば、マネーが価値交換媒体としての役割以上の存在になってしまってから、非常に長い歳月を経てきたことが良く分かります。

に続く形で、

>しかも、マネーは今やほぼ完全に電子化されてしまったため、本当に文字通りの単なる概念でしかなくなくなってしまい、

となっており、これでは肝心な説明(私見)が全く為されていないことに、恥ずかしながら読み返してみて気が付きました。

この『非常に長い歳月を経てきたことが良く分かります。』の文章の後に、

◆本来の『投機』を意味する「身につけてきた一切の概念を捨てからだ一つに戻る」ための一環としては、自ら築き上げてきた「財」を捨て去ることも含まれており、これは元来「浄財」と呼ばれ、「布施」とか「喜捨」と同様の意味を持つ、愛他的精神に結び付いた、公共や公益また慈善事業に使われるお金のことを示すはずであると思いますが、この「浄財」という言葉さえも、今や横文字にすると文字通りの「マネー・ロンダリング」になってしまい、本来の「浄財」が持つ意味とは大きく懸け離れてしまっていることから、嘗て藤原さんが自著で喝破した「革命」という言葉と同様に、「浄財」も矮小化されてしまったのではないかという私見を持っております。従いまして、『機に投ず』が、短期決戦的な即時的満足(つまり市場原理主義社会や賤民資本主義社会においてはマネーないしそれに準ずる存在)という意味に捉えられてしまうようになったのではないかと思う次第です。

という一文を付け加えさせて頂きます。

9尾崎清之輔:2007/11/13(火) 00:50:38
話題はガラリと変わりますが、本日は『場創り』に関連して、身近な話から少し述べさせて頂くことをご了承願えますと幸いです。

以前から『社会への恩返しのすすめ』のスレッドでも触れさせて頂いておりますが、日常の狭い範囲や枠組みに囚われることなく、様々な「場」への単独行を通じて、素敵な出会いを多く持つことができるよう、ここ数年そのように努めてきた中で、若手フォトジャーナリストの方々、場の研究の一環である「勧の目と行の目」から野たる現場へ「行」として赴くことを選んだ方、最近ではとても秘めたる輝きを持つ表現者の方などに邂逅する機会に恵まれてきました。

そのような邂逅は、彼ら彼女らの作り上げた作品群から気が付くこともあれば、対話を通じて気付くこともあり、最初お会いした際は分からなかったものの、2度目には片鱗に気が付き、3度目にはやや確かさを感じつつ、4度目になって確信へと至る、といったケースもございます。

これらの方々は、世界を舞台に活躍し始めている方、これから飛躍しようとしている方、既に一定のポジションを築き上げつつも、より広い世界や高みへと自らを見出そうとしている方など様々ですが、いずれにしても、彼ら彼女らには「共通する一種のエネルギーやポテンシャル」を感じます。

私はそれをあえて「才能」とは呼ばずに「資質」と呼びたいと思っており、それは一般的に言われる「才能」という響きに『世間にスグ役立つ「モノ」としての能力』といった意味合いが込められているようで、『無用の用』の重要性を考える私にとっては、どうしても違和感を覚えてしまうからです。

また、彼ら彼女らは、自らが活躍している「場」を通じて、「場」を構成する各要素が互いに自発的な活動を起こすことによって、新たなる創造へと至ることが出来るような『リアルタイムの創出知』と呼ばれる優れた面を見せることの出来る可能性を感じさせることも間々あり、私は、このような方々との出会いを通じて、お互いを大切にできる関係性へ発展させていくことの肝要さを痛切に感じております。

このことは、私にとっても、時には自らのパフォーマンスやポテンシャルをアップさせたり、時には自然の中での平穏や安らぎに近いものを覚えたりもしますが、それは先に述べた、『共通する一種のエネルギーやポテンシャル』が互いの中で増幅し合い、それがフィードバックループすることで、「良いひとときを過ごすこと」へ至るからではないかと思っているためです。

このような素晴らしい可能性を持つ方へ、以前ご紹介した藤井尚治博士の著書から再び引用する形でご紹介させて頂きますが、『「大局観」で捉えつつ、「些細なこと」には拘らず、「一生新手」の面白さを楽しみ、そこで得られた「自分の楽しみ」と「他人に役立とう」という2つの観点を持ちつつ』人生を歩んでいきましょう。

10尾崎清之輔:2007/11/14(水) 00:21:10
小学生のお子様をお持ちの親御さんへお勧めしたいと思っている書籍の一つに、『タオのプーさん』ベンジャミン・ホフ(著)(平河出版社)がございます。
これは書名から察することが容易なように、タオイズムについて書かれた児童文学の系統に属する本であり、同じ著者による『タオとコブタ』という姉妹書もございます。

ここの掲示板を訪れる方々の多くは、タオイズムや老荘思想についてはおそらく一通り学んでこられており、今更といったところでしょうが、数年前の『きっこの日記』でも評価されていたように、実は「今の大人」が読んでもそれなりに面白い内容でした。

さっと一読してみてスグに譲ってしまったため、何が書いてあったかは殆ど忘れてしまいましたが、一つだけ覚えていることとして、山水画の中の「空白」部分の重要性や、ドビュッシーのピアノが奏でる鍵盤と鍵盤の間の「無音」部分に着目している文章があったことです。
(蛇足ですが、ドビュッシーの方はベルガマスク組曲の第3曲『月の光』のことかなと察しました)

所謂「描かれていない」または「あえて描かなかった」向こう側に何があるかを想像してみることや、「空」の考え方について、若い頃から身につける意味では良い本の一つといえるでしょう。

ところで山水画で思い出しましたが、過日、僅か1時間で風景画のスケッチを描いた方の実物写真との比較を拝見させて頂いたところ、遠近法の妙による美しさはもちろんのこと、写真には存在していない(と思われた)部分まで描ききっていたことには思わず脱帽しました。

書籍については、行間を読む訓練のみならず、書かれていない部分についても読み取ることが出来るよう努めてきたつもりでしたが、絵画の世界に対してはまだまだであることを再認識した者としては、同じように挑めるよう、芸術の秋を堪能したいと思います。

そういえば、藤原さんが20年ほど前の共著『日本の危険』の「あとがき」で、山水画に関して若干言及している部分を思い出しましたので、以下にご紹介させて頂きます。

◆ひとつの発想、あるいはひとつの構図との出会いを通じて、新鮮な共感を分かちあえるような年齢になると、山水画や俳画の世界が楽しいものになるらしい。

『ひとつの発想、あるいはひとつの構図との出会いを通じて、新鮮な共感を分かちあえるような』場創りが肝要ですね。

11尾崎清之輔:2007/11/17(土) 04:53:32
暫く連続で書き続けておりますと、たとえ1日でも合間を作ってしまうことは、何となく気持ち悪いと思いつつ、書き溜めた文章が幾つかあるものの、発表するには若干考察を行う必要性を感ずることから、本日も私事に近くなってしまうことをご了承願いたいと思います。
私が世事に疎かったことを思い知らされたこととしては、11月15日(木)0:00をもって、ボジョレー・ヌーボーの解禁日であることを、一昨日、行きつけのワイン主体のお店で知ったことでした。

ワインとクラシックに大変造詣の深い、私より一回り上の世代にあたるこの店のオーナーは、「シャトーマルゴー90年モノ」とのたまう初見の客に対して「お客様。残念ながら品切れで…」と即答する矜持をもった方でありますが、会話を通じて、ひとたび信頼関係、つまりお互いの「場」の繋がりを感じさせるだけの関係性が出来上がると、メニューに載っていない品はもちろんのこと、彼の趣味である、真空管のアンプと複数の高級スピーカーが奏でるクラシック群(少なくとも私の十倍とか二十倍以上の作品所有者)を一般客が引いた後、営業時間後でも暫く楽しませて頂ける器量の持ち主です。

当日がボジョレー・ヌーボーの解禁日の直前であることを知らなかった私は、全く違ったタイプのワインを嗜んでおりましたが、折角の機会なので、お願いしましたところ、勧められたのは、マルセル・ラビエールという生産者の手による品で、ボジョレー・ヌーボーのような、熟成ワインとは懸け離れた葡萄酒は数年ぶりに口にしてみましたが、この生産者は有機農法ワインの作り手としては相当古くから有名らしく、昨今の有機農法ブームの作り手たちとは全く違った歴史の重みを感じさせるだけの味覚を楽しませて頂きました。

その骨子がどのようなものか、後程調べさせて頂きましたところ、以下の通りであることを知った次第です。

1.補糖を一切行わない。
2.培養酵母ではなく、葡萄の実の皮に付く天然酵母のみで発酵させる。
3.除草剤や化学肥料を使わない。この際ボルドー液さえも使わない。
4.酸化防止剤を加えない。自然に発生するSO2(35mg/リットル程度)を含有するのみ。
5.濾過処理をせずに瓶詰めを行う。
6.蝋キャップを使用する。

これは、いわば、欧州版の身上不二といっても過言ではないと思い、わざわざ日本まで輸入することの「もったいなさ」という一種の矛盾さえ感じてしまいました。

そんなこと考えつつも、実はワインについて語るのは憚ること(=恥ずかしいこと)であると思ってきました。
それは、この種の語り手である多くの政財界人や文化人の殆どが、ある種のいかがわしさ、ワインで申し上げればブショネ率5%(このくらいだとワインの味と仰せのソムリエまで今やいらっしゃるそうですが)や10%どころか、30%(端的には腐ったワインと一緒)のような方々がしたり顔で薀蓄を申し上げることにどうしようもない胡散臭さを感じざるを得なかったためです。
(その一種には例の日本版クルティザンヌとそのパトロンの方々もいらっしゃいます)

それに比べますと『世界を変えた6つの飲み物』トム・スタンデージ(著)(インターシフト)は、飲み物を通じてメソポタミアから現代のグローバリゼーションの代名詞の一つであるコカコーラまでの長い世界史を語っているだけの素晴らしさを持っており、詳細についてはいずれご紹介したいと思いますが、この書籍に限らず重要なこととしては、我々人類はその長い歴史の中で、常に「水」の獲得に相当のエネルギーと闘いを繰り返してきており、今後は更に激化するであろうということです。

古来「水」に恵まれた風土を持っているにも関わらず、実は「水」の消費大国である日本に生きる我々にとって、世界を見渡したときに、何が起こっているか、考えてみる必要があるのではないでしょうか。

12尾崎清之輔:2007/11/17(土) 13:07:05
11.の文章に間違いや不足を見つけましたので、他で気が付いた部分とあわせて正誤表を提示させて頂きます。
(さっと読み返しただけなので他にも幾つかあるかもしれませんが)

◆11
誤:「水」の消費大国
正:「水」の輸入大国

誤:飲み物を通じてメソポタミアから
正:飲み物を通じてメソポタミアにおけるビールから

◆9
誤:勧の目と行の目
正:観の目と行の目

◆7
誤:名誉教授を努められており
正:名誉教授を務められており

13尾崎清之輔:2007/11/18(日) 00:50:28
【いつわりを受け入れることは自殺行為に等しい】

これは、過日、ダニエル・バレンボイム率いるベルリン国立歌劇場の来日公演のひとつ『トリスタンとイゾルデ』を観劇した際、公演プログラムに記載されていた『トリスタンとイゾルデ』の演出家ハリー・クプファーのインタビュー記事のタイトルです。

他のスレッドでも若干言及させて頂きましたように、今年10月に行われたベルリン国立歌劇場の来日公演へは、この作品と『ドン・ジョバンニ』の2作品を観劇しましたが、現在のワーグナー作品の名演奏家のひとりであるバレンボイムは、モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』よりか、こちらの方が相当レベルの高さを窺わせる演奏と劇であると思いました。

数年前のシカゴ響との来日公演では「これが??」と思わせる程度の上演内容であっただけに、このたびの『トリスタンとイゾルデ』の方は期待以上であったと申し上げておきます。

さて、ハリー・クプファーは、現代におけるワーグナー作品の代表的な解釈者とのことですが、冒頭のタイトルにも少し表されているように、この『トリスタンとイゾルデ』という作品を、単なる情念の世界としてではなく、社会一般へ通用するような冷静なる解釈をもって、その演出に反映させていると感じたことは、私が嘗てDVD等で観た他の方々の『トリスタンとイゾルデ』と比べてみても明白と思われましたが、それを裏付けるが如く、彼へのインタビュー(引用者抜粋)では以下のように語っておりました。

◆『トリスタンとイゾルデ』の登場人物たちは世間的なしがらみの中を名誉やしきたりといった硬直した規範に縛られて生きています。そこでは、トリスタンとイゾルデの愛は決して許されない。しかし、それよりもむしろ問題なのは、彼らがそうした社会的規範に反発する姿勢を一度として見せないことなのです。それどころか、彼らは社会の硬直した規範を受け入れ、自分を犠牲にしてしまう。

(中略)

◆彼らは社会と対立してでも自分たちの愛を貫こうとはしない。反対に、自分をいつわってすべての真実を心の奥底にしまい込み、ただ観念の中で夜を昼に、昼を夜に逆転させようとするのです。本当は社会の中に矛盾があるのに、矛盾のすべてを自分の内面に移し変えてしまったため、倒錯した観念の世界に生きるより他なかったのです。

◆自分の中の真実を押し殺し、現実との対決の中に解決を見出すことをはなから諦め、それゆえ共に死ぬことすらできなかった二人の招いた結果なのです。それは彼らの生き方の結果に他なりません。

◆イゾルデが最後に歌う「愛の死」は、愛するがゆえに死すという美しい愛の歌などではありえないのです。そもそも「愛の死」というタイトルはスコアには書かれていません。それは作品が成立した時代が付与した、美化されたレッテルに過ぎないのです。イゾルデの「愛の死」は、むしろ深い悲しみの歌です。特定の社会的条件、たとえば慣習であったり、ドグマであったり、いつわりであったり、そういった条件に服する限り、道ならぬ愛は成就しないということ、そして、今となってはもはや何もかも手遅れだということ、その途方もなく深い悲しみを、イゾルデは最後の輝きの中で死へと導かれながら歌うのです。

実際の作品を見終わった直後に、このインタビューを読んだこともあって、余計この演出家の語った言葉の重みを感じさせられてしまいました。
そしてインタビューは以下をもって締めくくりの言葉となっておりますが、これこそが彼の現代社会への問題提起に繋がっており、オペラという物理的に閉ざされた劇場という「場」での観劇を通して、個々の観客が自らの現実社会を捉え直す切っ掛けづくりを与えていると思わざるを得ませんでした。

◆社会も現実も変化しています。だからといって、決して社会や現実の矛盾がなくなるわけではありません。

(中略)

◆作品の何が時代との接点を持つか、何が観る者の琴線に触れるかは、時代や社会によって変化するのです。だから、私たちは作品に対して常に新たな姿勢で向き合う必要があります。また、優れた作品は、繰り返し、その時々の現実と新しい関係を切り結んでいくものです。だからこそ、作品はたえず読み直され、新たな解釈が試みられなければならないのだと思っています。

(以下、次項へ続く)

14尾崎清之輔:2007/11/18(日) 00:55:34
(前項より続く)

また、以下のインタビュー部分に関しては、私にとって別の意味でピンと閃いたものがあり、それは先のハリー・クプファーが指摘した「倒錯した観念の世界に生きる」精神構造と二重写しになっていると思われました。

◆ワーグナーの作品では、性別の枠を超えた人と人とのセクシャルな愛情関係が非常に重要な役割を果たしています。ブランゲーネのイゾルデに対する愛情も、クルヴェナールのトリスタンに対する愛情も性的なものに結びついている。とりわけ重要なのは、マルケ王のトリスタンに対する愛情です。

これは正しく、藤原さんが15年ほど前の『平成幕末のダイアグノシス』(東明社)で診断された日本の病理現象である、4種類のネットワークの構成要素のひとつであり、今に至る『 Japan's Zombie Politics 』のサブタイトル『 A Tragedy in Four Parts 』の『 One Part 』であると考えます。

更に、先述の二重写しの精神構造は、将基面貴巳さんが『反暴君の思想史』(平凡社新書)で看破されていた、マックス・ヴェーバーの「心情倫理」には決して成りえない、三島由紀夫の「心情主義」にも通ずるものがあると考えており、それがセリフ無しの映画『憂国』の音楽に『トリスタンとイゾルデ』から歌の全く入っていない抜萃曲(しかも226事件の年である1936年版)を全編に渡って使ったことが関係しているのであれば、美学や純粋性や日本的良心といった『穢れのない清明心』への只管さと憧憬と純化に邁進してしまうことと、その逆立ち現象のみしか存在しかねない危険性をも孕んでいると考えますので、そのような1300年以上に渡るとも言われている「鎖国の精神」を司る「執拗低音」に対して、「公共善」や「共通善」を浸透させていくためには、個々人がそれぞれの立場とか立場を超えて不断に探求する努力を欠かしてはならないと思います。

最後に、果たしていま多くの人間は、『いつわり』を受け入れているのか、それとも『いつわり』にさえ気が付かなくなってしまっているのか、先に申し上げましたように、このオペラ演出家は作品を通じて問題提起をしているよう見受けられましたが、社会(延いては世界)の中における「個」という存在を良く見詰めなおし、「個」が抱える問題を普遍的な問題であるとして考え行動していくことの重要性が、私たち一人ひとりに問い質されていることは確かではないでしょうか。

15野田隼人:2007/11/18(日) 17:46:33
No.2に「宮崎駿さんの作品群と八切止夫史観の関係性」とありますが、今から楽しみにしています。宮崎氏の一連のアニメですが、拙宅では息子たちが宮崎氏のアニメが好きなことから、VTR(ビデオ)ですが私もお付き合いでよく見ています。

宮崎氏の作品について深く知るには、宮崎氏自身が著した『出発点』(徳間書店)や『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』(ロッキング・オン)もさることながら、宮崎作品についての書籍として青井汎氏の著した『宮崎アニメの暗号』(新潮新書)が良いと思います。同著は青井氏にとっての処女作であり、それだけに青井氏の情熱が伝わってくるような本です。同書では宮崎の作品を解くキーとして、『最新 宮沢賢治講義』(小森陽一著 朝日選書)、『魔女の神』(マーガレット・A・マレー著 人文書院)、『ギルガメシュ叙事詩』(月本昭男訳 岩波書店)なども挙げていました。

16尾崎清之輔:2007/11/19(月) 00:04:51
野田さん。このたびは貴重な書籍をご紹介いただき、誠に有難うございます。

実は私も上記で挙げられた書籍の一部は所有しており(最後まで読了しておりませんが)、今後ご紹介いただいた他の書籍とあわせて推測すると、ひょっとしたら野田さんのお考えと似たような結論に至るかもしれません。

尚、野田さんは既にご存知のこととでしょうが、相当深遠な世界にまで言及せざるを得ないと思っており、そこへ至るには相応の時間を必要と考えますが、古代の歴史に造詣の深い野田さんには、いずれ私の推論に対して、いろいろとご指導ご鞭撻を仰ぐこともあるかもしれませんが、その際は宜しくお願い致します。

17尾崎清之輔:2007/11/19(月) 00:54:25
今、ヴィルヘルム・ケンプのシューベルトのピアノソナタ集のCDを聴きながら、この記事を進めております。
ちなみにケンプは、『丸山眞男 音楽の対話』でも触れられていた、丸山先生の最も好きであった演奏家のひとりです。
(いつもと同じく◆の部分は著書より引用)

◆ケンプも、晩年の録音だとシューベルトですね。昔はベートーヴェンがよかったけれど、七十の坂にさしかかった頃からはシューベルトがいい。彼のシューベルトは本当にいいです。シューベルトという作曲家の神髄は、ケンプのピアンを聴けばわかります。

◆「ロマンティシズムは歴史的であっても、ロマンティックな心情は永遠である。クラシックとロマンティックの対比は「学問的」であっても芸術的ではない」という文章がある。十九世紀ロマン派の嗜好や主張と、人間の心の中に潜むロマンティックな感情を混同して、後者までを否定し去り、乾いた機械的な演奏をよしとする風潮に丸山は常に批判的であった。

そんな今日は、このケンプのピアノソナタ集と、ベートーヴェンの後期ピアノソナタ集、更には、やはり『丸山眞男 音楽の対話』で絶賛されていた、ベートーヴェン交響曲第5番と第7番の1943年ライブ版まで入手する機会に恵まれました。

◆毅然たる姿勢、凛とした音楽、…。そのつもりで聴いてしまうから、そう聴こえるのかもしれないけれど、背筋をピンと伸ばして、孤高を守り抜いたという芸術です。精神の貴族性(アリストクラシー)ですね。何ものにも屈しない、現実から逃避しないという−−、一番いい時代のヨーロッパの精神的遺産です。

丸山博士の語られた言葉の通り、これらの音楽から「精神の貴族性」という意味の重要性を感じ取ることができたことは、誠に幸いであったと思います。

実は、今日は小春日和ということもあって、当初美術館巡りを兼ねた絵画鑑賞を考えておりましたが、候補とした美術館はいずれも残念なことに「これは」と思った展示会が行われていなかったことから、全く逆の発想をして、紅葉の秋を楽しむため、鎌倉へ足を伸ばしてみました。
但し、紅葉と呼ぶには、時期尚早だったようで(まだほんのりと赤みや黄色がかった状況)、あと1週間くらいは必要といったところでしょうか。

それでも、久しぶりの鎌倉(北鎌倉)の寺巡りは心を落ち着かせる何かがあり、およそ1時間半ほどの滞在でしたが、十分な心身の静養になったと思います。

滞在した寺の中で偶然発見した文面を発見し、色紙などがあるかどうか尋ねましたら「無いのでお写真をどうぞ」とのお言葉を頂きましたので、以下にご紹介させて頂きます。

********** 以下は文面をそのまま掲載 **********

高い積りで低いのが教養

低い積りで高いのが気位(きぐらい)

深い積りで浅いのが知識

浅い積りで深いのが欲望

厚い積りで薄いのが人情

薄い積りで厚いのが面の皮(つらのかわ)

強い積りで弱いのが根性

弱い積りで強いのが自我

多い積りで少ないのが分別

少ない積りで多いのが無駄

いくら立派と言われる資格を持っていても 教養がともなわなければ半人前

教養の基本は 気配り 目配り 手配り

18尾崎清之輔:2007/11/19(月) 01:07:01
実はこの寺で発見した文面の中では、先にご紹介したより「心に響いた」お言葉(臨済宗 円覚寺派 管長 足立大進老師 揮毫)があったので、ご就寝前の安らぎにどうぞ。

花も美しい

月も美しい

それに気づく心が美しい

19尾崎清之輔:2007/11/19(月) 08:11:05
No.17の文章に2点間違い&不足がございましたので、以下の通り修正させて頂きます。


誤:ケンプのピアンを聴けばわかります。
正:ケンプのピアノを聴けばわかります。


誤:絶賛されていた、ベートーヴェン交響曲第5番
正:絶賛されていた、フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲第5番

20尾崎清之輔:2007/11/20(火) 00:09:31
今夜はNo.17の続きにあたります。

良く考えてみたら、今回はじめてヴィルヘルム・ケンプの作品群を所有したことに気が付きました。
何故か今年はピアノ演奏家に縁があるらしく、ここ暫くはバックハウスを聴いており、あのスケールの大きさと卓抜な技巧は、まさしく「鍵盤の獅子王」と呼ばれるに相応しいと感じつつ、彼の奏でる「ワルトシュタイン」で毎朝を迎えておりました。
(もっとも「鍵盤の獅子王」と呼ばれた若い頃の作品は持っていないので、所有している後期の作品群から感じ取っただけですが。。)

しかし、今回ヴィルヘルム・ケンプの作品群は、僅か2日ですっかり聴き入ってしまい、特にベートーヴェンの後期ピアノソナタの30、31、32番は秀逸と思いました。
このあたり、本を読んだだけでは全く分かりませんでしたが、『音が鍵盤を押した瞬間ではなく、押した後から遅れて出てくるような弾き方』の意味が漸く理解できた気がします。

ちなみに、これ以外に個人的に好きな演奏家としてはフルトヴェングラーがおりますが、この3人に共通しているのは、いずれも名前が「Wilhelm」であるということです。これは何かの縁なのか、それともドイツにはこの手のお名前の方が多いのでしょうか。。

さて、いきなり余談からはじまってしまいましたが、『丸山眞男 音楽の対話』において、丸山博士はバックハウスには殆ど触れられておりませんが、ヒトラーはバックハウスの大ファンであり、戦後は一時期ナチス協力者の汚名を着せられたはずという記憶がありますので、そのことに丸山博士が言及していないことに不思議さを感じました。
これは著者の中野雄さんが意識的に書かなかったのでしょうか。

それに比べると、リヒャルト・シュトラウスについては、『本当に美しさが分からない作曲家』のひとりに分類されており、

◆「バラの騎士」はえん麗の極地だ。しかしフィガロの結婚のエロティシズムと、バラの騎士のエロティシズムをくらべてみるがいい。芸術におけるErhabenheit[高貴、気品・中野注]とは何かということを、これほどあからさまに見せつけてくれる対照がまたとあろうか。

とまで言い切っております。

確かにリヒャルト・シュトラウスが第三帝国におけるドイツ音楽院の総裁を務めたり、ナチス当局の要請に応じて多くの音楽活動を行った事実などから、保身汲々していたと言われても致し方ないかなと思いますが、それ以上のこととして、大日本帝国政府時代の日本にとっては、皇紀2600年を記念する祝典音楽の創作を依嘱した6ヵ国の作曲家の一人であり、その曲名が何と『皇紀弐千六百年奉祝音楽』(正確には『大管弦楽のための日本の皇紀二千六百年に寄せる祝典曲』)などという他に依嘱された作曲家の付けた題名と比べて、大層な曲名にその迎合ぶりが表されているような気が致します。
(もし私の誤解でしたらすみません>リヒャルト・シュトラウスのファンの方)

ちなみに、同じく依嘱されたベンジャミン・ブリテンというイギリスの作曲家は、『シンフォニア・ダ・レクイエム』、要するに”レクイエム交響曲”などという題名を付けたのですから(従って当時の日本政府から受け取りを拒否された)、これはイギリス人らしいアイロニーが籠もってるなと思いましたが、こちらもその後よく調べてみたら、そんな高尚な理由で付けたわけではなかったようですね。

21尾崎清之輔:2007/11/20(火) 00:57:22
皆様におきましては、さぞかしご多忙中のことと存じますが、そのような中でも、常に「微笑み」のある日々を送って生きたいものですね。
今夜は、ささやかながら明日の朝に向けた「揮毫の書」をお送りさせて頂きます。


<微笑>

微笑は人一代の身だしなみ

微笑みに勝るきれいな化粧なし

微笑は機械の油の如く

渋面は人間のサビの如し

幸福は微笑みのようだ

微笑は意識して出来るものではない

泉のように静かに湧き出ずるものだ

22尾崎清之輔:2007/11/21(水) 00:26:31
私は、少しでも良いと思った内容や、気になることが書いてあるHPやブログには、すぐブックマーク登録を行ってしまう性格のせいか、気が付いたら拙宅のPCには300以上ものブックマークが存在しており、1年以上まったく見ていないページも多々あって、既にリンク切れとなっているページもそれなりにございましたので、この際、思い切って半分程度に整理しました。

そのような中、暫く見ていなかったものの、前からお気に入りであったブログも久しぶりに拝見させて頂きました。

・toxandoria の日記、アートと社会
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/

以前は『toxandoria の日記』となっていたと思いますが、ブログ主の方は芸術にもそれなりに造詣が深いようで、他に所有されているブロクの方でもアート関連のテーマを良くご紹介されているようです。
(そういえば、確かどなたかが、前にこのブログから記事を引用されておりましたね)

ブログの冒頭ページにも

◆toxandriaはフランドル辺りの古称で、その中心の古都ブラッセルはEU(欧州連合)の首都です。歴史から学ぶ象徴として、この古地名を借用しました。トップ画像はブルージュの北東部、ヒド・ヘゼレ博物館あたりです。

という紹介文がございますように、はページ全体に渡って、四季折々の様々な自然の風景、国内外の歴史的な建造物または場所、欧州で一時代を築いた絵画群、YuoTubeに掲載された数々の名曲音楽の映像などについて語りつつ、同時に政治・経済・社会など俗界の現実に対しても歴史的な観点や先哲の考え方などをベースに非常に冴えた論評を下されていると思っており、私にとって大変貴重と考えているブログのひとつです。

小生の場合、まだ殆ど雑文レベルでしかありませんが、いずれはこのブログ主の方のような話の流れを創り出せるようになるか、または自らブロクを立ち上げた際にはそのような展開が図れることができるよう、日々積み重ねていきたいと思っております。ちなみに、日記の一覧は以下のURLから辿ると探しやすいと思います。
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/archive

(以下、次項へ続く)

23尾崎清之輔:2007/11/21(水) 00:32:34
(前項より続く)

さて、先にご紹介したブログの記事ひとつひとつは個々人にご確認頂くとして、直近で私が印象に残った文章のみ以下に引用させて頂きます。

・アダージョの風景、ララ・ファビアンと晩秋の仙台
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071105

このタイトルの記事では、

◆結局、日本では<現実的な批判勢力の不在>が長すぎたため、言い換えれば<現実的な批判力の意義を理解する国民意識の芽生え>が遅すぎたため、『私は、今日 も、これからも、昨日のように変わり続けなければならない』(ランペドゥーサ原作『山猫』の主人公、サリーナ公爵家ドン・ファブリツィオの言葉)という民 主主義国家にとって最も必須の精神環境が、この段に至っても、未だに凡ゆる局面において形成されていません。本来であれば、「公正 (Fairness=関係者どおしでの正義)と公平(Impartiality=客観的・第三者的な立場での正義)を保持するという意味で、あるべき普遍 的な理念としての未来」と「それを求めて変わり続ける国民・市民意識・政治」が存在するからこそ「多様で地域個性的な民主主義のあり方」がレゾンデートル (存在価値)を持ち得るのだと思います。各人それぞれの「多様な美意識」についても、これと似た構図が考えられるのではないかと思っています。しかし、情けないことですが、このような民主主義にとって最も肝要な精神環境が不在であるため、相変わらず「国民の主権」も「国民の生存権」も二の次にされ 続けており、無責任で悪徳な政治家連中が最優先するのは私益と保身、そして自らの悪徳の本性を偽装することばかり、ということになるのだと思います。日本 の政治の場面で“国民の意識が目に見えるようになる”のは、いつになるのでしょうか?

(中略)

◆ここまで日本政治の混迷度が深まると、福田&小沢の御両人のみならず日本人全体が“超老化現象”の段階に入ってしまったように見えてきます。ズバリ言えば日 本人の多くは重度のボケ・シンドロームに罹っており、殆どの想像力(イマジネール)と合理的な認知力が機能停止してしまったのではないかと思われます。今の日本で“まともに機能している”のが「軍・財・政・官複合体のダメージ・コントロール」、「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」、「ネズミ講方式のビジネス・モデル」の三点セットだけということでは、余りにも寒すぎますね。

と、一喝しており、現在の日本で『まともに機能している』のが

・「軍・財・政・官複合体のダメージ・コントロール」
・「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」
・「ネズミ講方式のビジネス・モデル」

の三点セットというのは特筆に価すると考えます。

また、同様の指摘として、

◆例えば、安全性を無視してニセモノを売りさばく日本の大衆食品市場について『残飯市場』というヒドい隠語があるそうですが、このまま「軍・財・政・官複合 体」のダメージ・コントロールに振り回されていたら、これから、多くの日本国民は“残飯”より“凄い食い物”を喰らわされることになるかも知れません。

と、日本も既に「残飯国家」に成り下がっている事実も明確に述べており、いったい毎日、口にしている食事の素材や調味料の本当の中身をどれだけの方々が知りえているか、長い人類の歴史の中で培われてきた人間の持つ新陳代謝の機能や解毒作用などに対して、全く自然発生物でない存在を身体の中に入れるということは、どのような影響が今後の長いスパンの中で起こりえるのか、十分な検証(これは単なるテクノロジーや即時的な似非サイエンスでは解決不可能)が為されないまま、人類の生命体を維持する最も大切な食糧でさえ、既に商売の効率化という名の元で賤民化の嵐の中に巻き込まれてしまっている事実を正しく認識し、それらの対抗軸(その一種としてオルターグローバリゼーションという考え方や行動様式もありますが)をハッキリと打ち出していく必要性を痛切に感じております。

24尾崎清之輔:2007/11/22(木) 23:42:27
読み返してみて「はページ全体に ⇒ ページ全体に」、「YuoTube ⇒ YouTube」と、相変わらずの誤字脱字の多さに恥ずかしい限りではございますが、これも心の余裕云々に繋がるものと考え、あえて削除して書き直すようなことはせず、「ありのまま」にしておきたいと思います。

さて、ここらで心機一転して、No.14で『Japan's Zombie Politics』の副題『A Tragedy in Four Parts』に少し触れさせて頂きましたので、前に少し書き溜めておきながら放っておいたままにしていた内容のものを思い出しましたので、このたび文章として再構築した上で『英語版Japan's Zombie Politicsの出版について』へ投稿させて頂きます。

25尾崎清之輔:2007/11/26(月) 01:00:02
食わず嫌いというのも何なので、百聞は一見にしかず、本日(昨夜)ドレスデン国立歌劇場の来日公演の一つ『ばらの騎士』を観劇してきました。
事情により、指揮者ならびに元帥伯爵夫人役の交代など、いろいろございましたが、当日はオケの奏でる音の素晴らしさと、元帥伯爵夫人役に急遽抜擢された「アンネ・シュヴァンネヴィムルス」の凛とした貴族女性としての立ち振る舞いや姿勢に感銘を受けました。
但し、それはあくまでも演奏や演劇上の技術の素晴らしさであって、No.20で紹介させて頂いた丸山博士のR・シュトラウスへの評価の意味するところが、今回はじめてこの作品を生で観たことで、良く理解できたと思います。
このあたりは、かつて「フィガロの結婚」を観劇していただけに『芸術におけるErhabenheit[高貴、気品]』と仰っていたところが、よけい際立っていたと感じざるを得なかったと申し上げておきます。

詳細につきましては、そのほか感じたことと併せて後日ご報告させて頂きますが、本日は取り急ぎここまでとさせて頂きます。

26尾崎清之輔:2007/11/26(月) 21:47:53
昨日の話の続きへ行く前に、今夜は少しだけ寄り道をさせて頂き、一夕の閑話をお楽しみ下さい。

2007年も余すところ1ヶ月程となりましたが、そろそろ今年1年を振り返っても「鬼が笑わない」時節になりました。

激動の現代社会に生きる我々にとっては、多種多様な悩みやストレスなどに日々追われて「振り返る暇も無い」と仰せの方々もいらっしゃるとは思いますが、ここは一つ、今年1年(≒11ヶ月)を振り返ってみて、一つ一つあった出来事や判断また決断したことなどを含めて、全て「自らを肯定」してみたらいかがでしょう。
きっと新たな発見があるのではないかと思う次第です。

また、藤原ブッククラスターの方々でしたら、藤井尚治先生や西原克成先生の書籍群もご一読されていらっしゃるでしょうから、心が脳(Mind)と内臓(Heart)の両方に宿っていることや、それら心の持ち方が実体(自らの健康)へ与える影響は良くご存知のことと思います。
従いまして、「笑い」の重要性も良くご理解されているでしょうから、「笑い」が脳や内臓など人体の健康維持や、新たな活力を生み出すことに多大なる好影響を与えていることは、申し上げるまでもございませんね。
そう。「鬼が笑わない」時節になったからこそ、こちらから笑ってあげるくらいの気持ちで日々を過ごしましょう。

漫才、落語、新喜劇を観るのも良いでしょうし、自然が奏でる紅葉や雪山、また冬の澄んだ晴天を眺めるなど、爽やかで清々しく、活力と魅力溢れる毎日を過ごしていくためにも、ここは思いっきり「笑い」飛ばしてみませんか。

そして、貴方が楽しければ皆も楽しいことにきっと気が付くことでしょう。

27田中治:2007/11/27(火) 13:22:28
「教養と場作り」という素晴らしいスレッドが立ち上がり、尾崎さんが連日幅広いテーマで投稿をしてくださるおかげでこちらも大いに刺激されている。尾崎さんほどの洞察眼や幅広い知識は持ち合わせていないものの、なんとか様々な話題に絡めて投稿に参加させていただきたいと思う。
当方は、東京都心に住んでいるが、窓から外を眺めると、最近の建物はみな一様に空へ空へと向かって伸びている。以前、イタリア中部トスカーナ地方を車で走り回ったことがあるがその時、サン・ジミニャーノという中世の街が目前に現れ、その異様な様にしばし考え込んでしまったことがある。その昔富裕な商人達がその富を塔の高さで競ったというのだが、街の規模に対する塔の高さのバランスが悪くゆえに奇妙に映った。天へ向かって志向する建築といえば、時折テレビのニュースで見るニューヨークの摩天楼と合わせて、ふと頭にブリューゲルの「バベルの塔」が浮かんだ。昨年だったか、バベルという名の映画もあったが、それはともかく、「バベルの塔」は傲慢になった人間に対する戒めの意があることと合わせ、21世紀初頭に、この象徴であるツインタワーの崩壊を目の当たりにして、謙虚さと理性の必要性を感じる今日この頃である。無秩序に立ち並ぶ東京都心の高層建築群を眺めながら、かつてロマネスク様式には集中式とバシリカ式があり、一方は地から天へ向かって伸びる垂直方向、他方は入り口から祭壇に向かって伸びる水平方向が特徴であったが、そのふたつの方向性が黄金比と組み合わさったのがゴシック建築であるならば、それらが栄えた地方はどこであったかなどと頭の中で遊んでいたところ、先日偶然に、NHKのBSハイビジョン特集番組として3夜連続に「ハプスブルグ家」の題で放送されていたものを見た。当初はそれほど期待もなく見ていたのだが、大変に興味深い内容が含まれており、図らずも欧州理解の一助にもなった。15世紀にマキシミリアン1世がブルゴーニュ公国の王女マリアと結婚し勢力を拡大したが、フランドル地方の栄華を目の当たりにし、当時イタリア・ルネッサンスよりも前に栄えていたフランドルのゴシック建築や絵画、また当時他の地域にはまだなかったポリフォニー音楽に感銘し、彼はそれを積極的に取り入れて後にウィーンでも栄えることになる。ウィーンはゴシック建築の都としてはもちろん音楽の都としても数々の作曲家を排出し続けた。それは藤原・藤井両博士の「間脳幻想」にもあるように、今日でも我々は体感することができる。またこの「異国」での経験がのちの多民族国家運営の教訓になったようだ。ゴシック建築の傑作として北フランスにパリを囲んでランス・シャルトル・ルーアン・サン=ドニ、ランやパリのノートルダム寺院といったゴシック建築の最高峰として大聖堂が存在しているがその関連性と合わせて、のちにブルボン王朝に繋がる、「ブルゴーニュ公国」の歴史を紐解くことの必要性も感じた。同時に欧州においては特に、地図上の国境線はもちろん国家(Nation)を見るのと同時に地域(Region)を知ることがより深い歴史理解につながることを再認識させられた。

28田中治:2007/11/27(火) 13:27:57
地域としてみれば南ドイツに位置するバイエルン地方は歴史的に古くからハプスブルグ家の勢力範囲でウィーンからも程近い距離にある。同じドイツでも北のプロイセンやライン地方のドイツ人とはそれぞれ違った歴史と気質を持っている。第3帝国下ではナチスの音楽局総裁を務めたリヒャルト・シュトラウスはミュンヘンの出身であり、若きカラヤンはナチス党員になった上でオペラ指揮者として活動していたが、彼はザルツブルグの人であった。音楽史上、シュトラウスはワーグナーの継承者だが、そのワーグナーに傾倒して最後は非業の死を遂げたのはバイエルンの王ルートヴィヒ2世であった。ワーグナーが音楽界に現れた時、ドビュッシーもヴェルディも影響を受けたが、ドイツの音楽界で決別したのはブラームスだった。見方によっては、ワーグナーとブラームスという二人の作曲家の歩んだ道・その作品から、その後のドイツ・オーストリアの運命がすでに予感として感じられるようにも思う。「ばらの騎士」をはじめとするシュトラウスのオペラ作品も、オーストリア人であるフーゴー・フォン・ホーフマンスタールなくしてありえなかった。ホーフマンスタールは現在のチェコの人であり、つまりハプスブルク帝国領内の出身であるがユダヤ人である。彼ら合作のオペラの数々もウィーンを知ることで、強いては多民族国家ハプスブルグの歴史を知ることでまた違った味わいになるのではないかと思った。オーストリア人であるヒトラーは、若い頃ウィーンで挫折しているが、その昔ハイドンがハプスブルグ皇帝に献呈した曲に歌詞をつけて第3帝国の国歌とし、ウィーンの王宮のバルコニーで披露したという。この曲は戦後、歌詞を変えてなおドイツ国歌として歌い継がれているわけだが、ヘルムート・プレスナー著「ドイツロマン主義とナチズム(遅れてきた国民)」を再読しながら、ワイマール共和国末期の政治状況と喩えられる日本の現状、藤原博士著の「JZP」の意味するところと合わせて歴史からの教訓を探ろうとしているところである。
ちなみにこのテレビ番組によれば、ハプスブルグ家の現当主は現在EUのコミッティーにも参加しているようだ。長い歴史の中で培われた審美眼と膨大な教訓を持つ血脈がいまだ欧州におけるソフトなリーダーとして機能していることがうかがわれ、欧州の凄さを感じてしまった次第である。

29尾崎清之輔:2007/11/28(水) 00:33:50
田中さんの慧眼と素晴らしい書き込みに感謝しますとともに、私の20項ほどの拙文に対し、僅か2項に濃縮したその筆力には、思わずシャッポを脱がずにはいられませんでした。

特にリヒャルト・シュトラウスが音楽史上におけるワーグナーの継承者であった点からはじまり、ブラームスとの関係性やその後のドイツとオーストリアが辿った変遷などについては、これから展開しようと思っていた矢先だけに、見事なほど頭の中を読み抜かれてしまったと申し上げておきます。

また、田中さんご指摘の通り、若きカラヤンがナチス党員であったことは余りにも有名であり、中村勝巳先生もその辺りについては、フルトヴェングラーがベルリンフィルハーモニーとベルリン国立歌劇場の指揮者の地位等を辞するかどうかという段階の際、『この時ゲーリング元帥と組んで、後釜になろうとしゃしゃり出てきた人物はその後「帝王」となりました』と皮肉を込めた一撃を加えており、丸山眞男先生も「カラヤンは合わせものが上手い」と褒めつつ、その「合わせものの上手さ」が、却って音楽そのものを詰まらなくした最大の原因であるが如く喝破しており、それは現代に至って「消費としての音楽」という地位に貶められてしまった事実に充分表されているのではないかと考えます。

そして、欧州という存在が、地図上の国境線としての国家(Nation)を超えて、地域(Region)として再認識することの重要性が、より深い歴史理解に至るということについては、私も同意であり、まさしく正鵠を射たご指摘であると思っております。

その一つは、『ハプスブルグ家の現当主は現在EUのコミッティーにも参加』に言い表されている通り、そもそもEU(欧州連合)が成立するまでの歴史を遡れば、すぐに「国際汎ヨーロッパ連合(通称:汎欧州運動)」に辿り着けますように、ハプスブルグ家の現当主であるオットー・フォン・ハプスブルク公は数年前まで国際汎ヨーロッパ連合のトップであったこと、その前のトップは汎ヨーロッパ主義の提唱者で「EUの父」とも呼ばれたリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーということになり、このカレルギーが日本生まれの日本育ちであったことを考えるならば、その歴史を現在の方々はどれくらい知っているのか、そして当時の日本は何という大きな架け橋を失い、後の大正末期から昭和初期を経て敗戦に至るまでの暗黒時代を迎えることになってしまったのか、現在進行中の歴史を相似象として捉えて、良く考えてみる必要があるのではないでしょうか。

さて、21世紀のはじまりとともに、ニューヨークの摩天楼の象徴は、誰が見ても分かるほど大きな歴史のパラダイムシフトを経験することになり、日本では、東京はじめ首都圏のみならず、中部圏や近畿圏など、あらゆる大都市で土地の有効利用という名の無秩序な摩天楼化が進んでおりますが、前に引用させて頂いた「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」が『まともに機能』している以上、彼の地のように何かが飛び込んでこなくとも、いずれ阪神大震災が「天災ではなく人災」と喝破した藤原博士の言を思い起こすことになるのではないかと考えます。

30鈴木本田朗:2007/11/28(水) 04:11:40
いやあ、久しぶりに読み応えのある書き込みが続き、うれしい限りです。

31尾崎清之輔:2007/11/30(金) 01:36:08
記憶のみを頼りに書くと思わぬ間違いをしてしまうことがあり、先の投稿ではカレルギーを日本生まれの日本育ちと書いてしまいましたが、確かに日本生まれではあるものの、僅か1〜2歳でオーストリアへ移ったため、正確にはオーストリア育ちであるという私信を頂きましたので、ここに訂正致します。

また、私信では、彼の母「ミツコ・クーデンホーフ・カレルギー」が旧姓「青山ミツ」であることや、映画「カサブランカ」のリック・ブレインことボギー(ハンフリー・ボガート)の恋敵役の政治犯のモデルとなった人物ラズロが、カレルギーであるということにも触れておりましたので、この場をお借りして感謝を意を表します。

おかげさまで、「ミツコ・クーデンホーフ・カレルギー」が、あのゲランの香水で有名な「ミツコ」に繋がったことや、映画「カサブランカ」から、当時のフランスの植民地であったカサブランカでボギーが経営していたお店にやってきた客が、恋敵役ラズロの妻で、嘗てはボギーとはパリで愛し合い、いつの間にか消息不明となったイルザ(これがミツコという説もあり)ということになり、あの「君の瞳に乾杯(Here's looking at you, kid)」をはじめとした数々の有名なセリフを生み出したことは、今でも語り告がれておりますね。

せっかくなので、他にも有名となったセリフの一部を以下にご紹介させて頂きます。

"Where were you last night?" (昨日の夜は何をしてたの?)

"That's so long ago, I don't remember."(そんな昔のことは覚えてないな)

"Will I see you tonight?" (今夜は会ってくれる?)

"I never make plans that far ahead." (そんな先のことはわからない)

他にも、Samへ弾いてくれとお願いした時のセリフが、"Play 'As Time Goes By.' などいろいろごさいますが、リックがイルザに言った"Maybe not today, maybe not tomorrow, but soon. And for the rest of your life."というセリフを、「今はよくても、きっと一生後悔する」と訳した方の腕前には流石!と唸らざるを得ません。

もっとも、これが日本語でのセリフだったら、余りにも「キザ」過ぎて、普通は「引く」でしょうね(笑)。

尚、ハンフリー・ボガートで思い出した余談ですが、彼がフィリップ・マーロウ役で演じた映画では「ギムレットにはまだ早い」という有名なセリフがありますが、彼がいつもバーで飲んでいたギムレットについて、「本物のギムレットは、ジンとローズ社のライムジュースを半分づつ。ほかには何も入れない」という内容を、今から17〜18年ほど前に都内のあるバーで酒の肴の話として伺っていたところ、壮年のバーテンダーさんから「ジンとローズ社のライムジュースを半分づつ」使った「本物のギムレット」がございますよ(今もそうかもしれないが当時はローズ社のライムジュースを置いてある店は稀であった)、と勧められたことから、その時はじめて味わう機会に恵まれました。

32尾崎清之輔:2007/12/01(土) 01:11:32
さて、先週末に観劇した「ばらの騎士」について、先日に続いて若干思ったところを追記させて頂きます。

「ばらの騎士」は、リヒャルト・シュトラウスがナチスに傾倒していたことを踏まえて、このオペラの登場人物である、男爵の異常なまでの「貴族としての血の純血に対する拘り」について、ある種の勘が働いたのですが、その背景にはナチスというかヒトラーがあると考えており、ヒトラーは純血なゲルマンではなかっただけに、余計そういうことへの拘りがあったのでしょうか。
まさしくどこかの国の知事あたりと同じく。。

それと当時のドイツが持っていた、(第一次世界大戦の敗戦によるショックとその後の経済的社会的な疲弊からきた)逆立ちした劣等感としての優越感との相乗により、悪しきシナジー効果へ至ったのではないかということから、その辺りに「ばらの騎士」という、モーツァルトの「フィガロの結婚」と比べて、喜劇でもなく悲劇でもない中途半端なオペラを生み出した遠因があったと考えます。

また、「ばらの騎士」は元師伯爵夫人の「ただそれだけのこと」という一語に尽きると思っておりますが、それが人生でもあり、人生とは儚く無常であるというテーマを持ちながら、この中途半端さ加減が、ある意味やんごとなき方々のどうでも良い恋愛話でしかない「もののあはれ」を書いた源氏物語に通じるのではないかとも思いました。

33田中治:2007/12/01(土) 14:27:28
尾崎さんの卓越した洞察力と的確な比喩表現に改めて敬意を表すると共に、まだそのレベルに知識量としても至らない私の書く投稿がリベラル・アーツにおける修辞法の欠如をも露呈することに恥ずかしさを感じるが、続けて投稿させていただきたい。
石油の基軸通貨ドルの行く末と、新しい通貨ユーロの未来を推察しながらその向こうに見え隠れするヨーロッパの聖俗合わせた知識集団への興味は尽きない。前述のテレビ放送の中でハプスブルグ家現当主のオットー・フォン・ハプスブルグはそのインタビューの中で「庭に咲く花も、一つの花が一面に咲いているより、様々な種類の花が咲いている方が美しいでしょう?」「言語の違いというものは素晴らしいものです」と語っていたのは印象的だが、そこにはもちろん宗教の多様性についての答えは含まれていなかった。
尾崎さんが仰せのように、現在のEUの姿は20世紀初頭にクーデンホーフ=カレルギーの唱えた汎ヨーロッパ主義に遡るわけだが、その思想を最初に体現したものとして「国際汎ヨーロッパ連合」があり、本部はミュンヘンにある。前述のハプスブルグ家現当主のオットー・フォン・ハプスブルグはクーデンホーフ=カレルギーの後を継ぎ、2004年までこの組織の会長を務めている。「旗」は組織のアイデンティティを象徴するものとして、Wikipediaで「国際汎ヨーロッパ連合」の「旗」を見ると、青地の旗には左上方に黄色をベースに赤十字がついていてこの赤十字は一瞬中世の十字軍を思わせる。この組織の4原則のひとつにはキリスト教が掲げられていることの反映だろう。オーストリアやバイエルンはアルプスのちょうど北側の麓から広がる美しい牧歌的な田園地帯として風光明媚なところだが、僧院も多い。僧院はもともと人里離れた場所で修行を積む場だからいたしかたないが、ローマンカトリック教会のアルプス以北へ向けた拠点としての範囲と神聖ローマ帝国皇帝を数多く輩出してきたハプスブルグの勢力範囲は重なるだけに興味深い。

34田中治:2007/12/01(土) 14:32:35
ヨーロッパにとって古から敵は常に「東」から攻めてくるのであり、その「東」に対抗するには、ローマ帝国以降のキリスト教を精神的な屋台骨に据えて求心力を持ち対抗せねばならない。「東」は主に、古くはアッティラに代表されるフン族、その後はイスラムのオスマン・トルコ、最近ではロシアを核にした共産主義勢力であった。そして少し前までの日本、現在の中国やインドの経済発展は同様に脅威的な存在であろう。オットー・フォン・ハプスブルグは1989年ベルリンの壁崩壊の直前、汎ヨーロッパ・ピクニックとして、東欧(この場合ハンガリー)から西欧(この場合オーストリア)へ人々が渡るのをバックアップしているし、時の法王は当時共産圏にあったポーランド出身だったことを考えると、これまた興味深い。また現法王はバイエルンの出身で、もとはミュンヘン教区の司祭であった。ウィーンを中心としてオーストリアや南ドイツのバイエルン地方は、「間脳幻想」の中で“ウルトラ思想の巣窟”だと藤原博士は述べているが、メッテルニッヒのウィーン体制以降、確かに欧州における保守反動の牙城のようだ。実際に旅をしても、その保守性は様々なところに感じられる。政治的にも、ミュンヘンにはバイエルン州を基盤に州内でしか活動をしないキリスト教社会同盟(CSU)が存在しており、ドイツの二大政党のひとつで戦後アデナウワーやコールを輩出したキリスト教民主同盟(CDU)と政治目標の上では一致しているが、これより右は極右しかないとされるほどドイツの中ではもっとも右よりの政党として知られる。
ちなみにリヒャルト・シュトラウスもミュンヘンの出身であるが、彼は音楽家の息子として生まれた生粋の音楽家かつ芸術家肌であり、ユダヤ系としても知られるホーフマンスタールとの共同作品としてたくさんのオペラを作曲していることからもナチスの信条に100%追従していたわけではないように思う。実際、オペラ「無口な女」の初演当時、ヒトラーに楯突いてまで作家シュテファン・ツヴァイクを擁護している。芸術家としては、美しいものをこの世に構築して残したいという欲求を叶える為には、すなわち生き延びるためには、時の悪魔に芸を売ったが、魂までも売ったかどうかは窺い知れない部分があるように思う。

35田中治:2007/12/01(土) 14:38:05
パウロ2世時代の東欧の民主化、それに続くベネディクト16世を先頭にバチカンの次の戦略はどのようなものであろうか?欧州はその長い歴史の中で常に拡散と収縮、つまり遠心性と求心性の動きを繰り返しているように見えるのだが、21世紀の幕開けと共に、ヨーロッパ連合として通貨も統合した欧州がどのような戦略をもっているかについては、問題山積ではあっても、過去を俯瞰して必要な価値を再び未来につまみ出すだけの教訓と人材を豊富に備えている点で目が離せない。前述のようにバイエルンやオーストリアが欧州の保守反動勢力の拠点であるとすれば、東からやってくる異教徒への砦としての位置は前述の通りだし、北にはルター以来プロテスタント勢力がいてキリスト教内での勢力均衡を図っているし、その西には、啓蒙主義が発達しフランス革命以降現在まで理性による人間の営みを貫いているフランスが存在していて、欧州の中でのパワーバランスになっているように思う。また啓蒙主義以前まで脈々と受け継がれている秘教の伝統についても、フランスには特に北フランスを中心にゴシック建築の傑作が現存し、建築そのものや彫刻などに寓意として見る人が見ればわかるように扉は開かれている。これら北フランスのゴシック建築の多くは聖人化された女性を祀っており、ノートルダムの名称からも判るとおり聖母マリア信仰の源流を探る必要を感じる。秘教の源流は中東やインドにあると言われているし、それが東に伝播したルートの行き止まりである日本には、空海以来の密教の伝統があるし、正倉院の宝物殿は見るものが見れば文字通り宝の山かもしれない。因みにわが国の宮様のおひとりは古代オリエント史を専門とする歴史学者として知られていることは示唆的だ。故白洲正子が「隠れ里」として愛した近江や奈良・京都に人知れずひっそりと存在し続けている寺院や仏像や伝承の中にも、日本古来としながらもユーラシア大陸との長い歴史を示す断片が刻まれているのかもしれない。
話が拡がりすぎ、かつ欧州の歴史に偏りすぎたかもしれないが、歴史に関して「筋」を見極めていくことの大切さを改めて実感すると共に、そのことが「審美眼」を養うのではないかと考え、その際建築や絵画や音楽といった芸術の多くが、顕密における密の部分として我々に多くを教えてくれる存在として、古から賢人の多くは文武両道・芸術奨励の姿勢であったことに深く納得する次第である。

36尾崎清之輔:2007/12/02(日) 01:30:29
田中さんの叡智と機知に富んだ書き込みへ敬意を表すと共に、R・シュトラウスの「ばらの騎士」が持つ中途半端さ加減の行間まで読んで頂きまして、誠に感謝致します。

仰せの通り、R・シュトラウスがヒトラーへ100%迎合していなかった証左として、このオペラの中途半端さ加減が表されていると考えており、それがフルトヴェングラーとは全く別の意味での彼の抵抗だったのかもしれません。

また、田中さんの文章を良く読めば、私の拙文や雑文とは異なり、そこにリベラルアーツとしての自由七科における三学七科(特に、修辞学や幾何学)が存在していることは一目瞭然であり、漸くこのスレッドのタイトルが「…について」ではなく「…に向けて」とさせて頂いたことの意味するところまで読み取って頂いたようで、本当に有難うございます。

そして、これらの書き込みを切っ掛けにして、嘗ての「適塾精神」が蘇ってくることを信じておりますが、これから飛躍するであろうと私が心から信じた方々におきましても、畏まらず、恐れず、固くならずに、ごく自然体のまま、それぞれの持つ「場」で自ら進んで己を表現して頂ければ、(あえてこの場に書く必要はありませんが)誠に幸いと思っている次第です。

37尾崎清之輔:2007/12/02(日) 22:43:16
『三学七科』⇒『三学四科』ですね。失礼しました。

さて、田中さんが以前トスカーナ地方を車で走り回った際、塔の街として知られるサン・ジミニャーノについて少し触れられておりましたが、このサン・ジミニャーノを含め、トスカーナ州は世界遺産の多さで知られ、イタリアにおけるルネサンス芸術の中心であるフィレンツェをはじめとした芸術都市の宝庫でもありますね。
実は、この頃ちょうど『イタリア 美術・人・風土』三輪福松(著)(朝日選書)を精読しておりましたので、未見ではございますが、仰ることの意味と背景が私なりに消化できました。

おそらく、サン・ジミニャーノを訪れたということは、同じ世界遺産地区であるシエナにも向かわれたのではないかと察しましたが、このシエナもその歴史を辿りますと、なかなか興味深い発見がありそうですね。
特に、中世におけるシエナの都市計画が、雄大かつ審美的な思想を背景にした理想的な都市作りを目指して、全ての建築物や道路などに全体と部分の調和ならびに統一性が考慮されており、それが、あの有名なカンポ広場を生んだということを知りました。

尚、それら理想的な都市作りが、日常生活の様々な面においても規定化されていたことについては少々驚きましたが、このあたりに単なる箱(ハードウェア)としての芸術ではなく、シエナの全体としての理想的な都市作りと、当時のシエナに住む個々人の精神が反映され、統合した結果、一つの芸術品へ至ったという点で、後にシエナを訪れる方々の多くが、この街を通してインタンジブルな美や芸術性を感じることができるようになったのではないかと思いました。

38尾崎清之輔:2007/12/02(日) 22:52:56
ところで、十五世紀末から十六世紀初頭にかけて、このシエナ出身の銀行家にアゴスティーノ・キジという人間がおり、当時の教皇ユリウス二世にとりいって、メディチ家にとって代わるほどの財力を持つ実力者へ成り上がったことと、メディチ家と同じく芸術を愛していたことから、ラファエロとも親交を持って(正確には目をかけていた)おりましたが、このアゴスティーノ・キジに熱愛されたのが、26歳という若さで亡くなったインペリアという、当時のローマで最も有名なコルテジアーナであり、これまで私が何度か引き合いにさせて頂いた「ラ・トラビアータ(邦題:椿姫)」のクルティザンヌをイタリア語にしたのがコルテジアーナであることを知ったことで、漸くその歴史的な背景を正しく理解することができました。

先に紹介した書籍では、コルテジアーナを「芸奴」としておりましたが、やはり日本にはそのような歴史が存在していないので、だいぶご苦労されたなと思いつつ、該当する箇所について、以下に抜粋させて頂きます。

◆コルテジアーナがローマにおいて特別な例外的地位を得たのには、いろいろな理由があった。ボルジア治下においては、上流社会の婦人たちは勢力と批判力を持っていた。とくに彼女たちは教会の堕落に対して非難をしていた。したがってユリウス二世は、これらの婦人を教皇庁から締め出すことを試みた。アレキサンデル六世の時代以来ますますいちじるしくなった風俗の退廃に対して、上流社会の婦人たちは顰蹙し、ローマに住むことを喜ばなかった。ユリウス二世の時代、教皇庁に勤めるものたちは、婦人を自分の家にとどめた。ローマは子女を教育するのに適さない都市であった。気位の高い婦人たちは、自分の代わりに主人の日常の世話をコルテジアーナに任せることを、あえてした。高級なコルテジアーナは枢機卿や外国使節、文学者、詩人、美術家たちと交じわり、彼女たちはルネサンスの「サロン」を支配した。インペリアはもちろん、そのなかでも最も有名なコルテジアーナで、枢機卿の住まいにも劣らぬ大邸宅を持ち、彼女の名前のようにローマでも最も自由奔放に振舞った。

◆彼女の住まいは、このように洗練された住まいであった。スペインの行儀の悪い使節が絨毯の上に唾を吐こうとして、そこに立っていた召使いの顔に吐きかけて、「許してくれ、ここには、お前の顔より汚いものは何もない」といったエピソードが残っている。

そして、先述の通りインペリアは26際の若さで夭逝されましたが、多くの方々に愛されていたようで、それが死を悼む数多くのエピグラムへと繋がるのですが、先の著書ではブロシウスのエピグラムが載っておりましたので、以下紹介をもってこの文章を閉じさせて頂きます。

◆二人の神がローマに二人の大きな贈り物をした。マルスは至上権(インペリウム)を、ヴィーナスはインペリアを。彼らの力は比較すべくもなかったが、この二つに対して、二人の力があった。それはすなわち、幸運と死であった。幸運はインペリウムを滅ぼし、死はインペリアを滅ぼした。われわれの祖先たちはインペリウムに対して嘆き、われわれはインペリアに対して嘆くのである。われわれの祖先たちは、この世の支配力を失った。われわれは、われわれ自身と、われわれの心を失ったのである。

39田中治:2007/12/03(月) 01:04:35
尾崎さんご推薦の書籍三輪福松著「イタリア 美術・人・風土」を偶然ですが私も所有していることに気付き早速取り出してざっと再読しました。お察しのように、トスカーナを廻った際、シエナにも立ち寄りました。カンポ広場は予想以上に広く、扇形でゆるい傾斜がついているため、人々は広場に腰を下ろしのんびり寛いでいる姿が印象的でした。私個人の印象からすると、そこに立った時に一瞬古代ギリシャの劇場にいるような感覚を持ちました。フィレンツエの賑わいに比べるとはるかに落ち着いた街で、ルネッサンスの栄華というよりは中世的な雰囲気を持ったかつての都市国家の姿を今に伝える街として印象に残っております。因みに塩野七生著「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」(新潮文庫)の導入部分は、カンポ広場の情景から始まり、この三輪福松氏の著書の中に登場するカテリーナ・スフォルツアもチェーザレ・ボルジアと闘ったことから登場しております。機会があれば、カンポ広場で1年に一度行われるパリオを見てみたいものだと思います。尾崎さんの仰るとおりトスカーナ地方には豊かな自然の中に個性豊かな街が数多く散在し、建築・絵画など見るべきものがあまりにも多すぎます。またどこの街にもポルタ・ロマーナ(ローマ門)があり、そこから南のローマへの道へ繋がっており、幼少期カルタで遊んだ際の「すべての道はローマに通ず」「ローマは一日にして成らず」などの文句が頭に蘇り、旅の途中、これからローマがどう自分の眼前に広がってくるのかも楽しみとなりました。

さて上記の著作中コルティジャーナを「芸奴」と訳しておられるのは、尾崎さんもご指摘のように、確かにご苦労のあとがうかがえますね。Cortigianaには女官という意味もあるし、Corteは中庭・宮廷の意もあることから(フランス語のCour 英語のCourtでしょうか)なんとなくニュアンスが異なると思いますが、他にあてはまる日本語がないのでしょう。

カンポ広場で感じた劇場性に絡めてもう一冊ご紹介させて頂けますならば、陣内秀信著「ヴェネチアー水上の迷宮都市」でありまして、この本を携えて実際にヴェネチアを歩いたことがありますが、都市の中の様々な機能に目を向けながら劇場としての都市を読み解くきっかけとなりました。ヴェネチアのコルティジャーナの話もあり、なかなか興味深い話が詰まっていると思います。

40田中治:2007/12/03(月) 01:21:51
ひとつ書き忘れたが、シエナにはキジアーナ音楽院(Accademia Musicale Chisiana)という知る人ぞ知る音楽院があり、その設立者がグイド・キジ=サラチーノ伯爵という名前の方であることから、尾崎さんが投稿で挙げられたシエナの銀行家アゴスティーノ・キジの末裔である可能性があると思う。もしそうであるならば、ルネッサンスのパトロン精神が今も生き続けていることになり味わいのある話であると思った次第です。

41尾崎清之輔:2007/12/03(月) 23:50:09
キジアーナ音楽院の設立者であるグイド・キジ=サラチーノ(Chigi-Saracini)伯爵が、シエナの銀行家アゴスティーノ・キジ(Agostino Chigi)の末裔である可能性を示唆された田中さんには流石と申し上げるしかございません。

先に少し述べましたように、アゴスティーノ・キジは、十五世紀後半から十六世紀前半にかけて、アレクサンデル六世、ユリウス二世、レオ十世、といった歴代のローマ教皇へ莫大な額の献上や融資を行っていたことから、相当な特権を与えられていたことは想像に難くないし、ボルジア家出身のアレクサンデル六世、枢機卿時代にはボルジア家の仇敵であったにも関わらず政治力を駆使してチェーザレ・ボルジアの支持を取り付けたユリウス二世、メディチ家出身のレオ十世、と、おそらくそれぞれの出身や立場の違い見極めて巧みに利用した可能性も否めないでしょうから、それが後にどのような結び付きへと至ったのか大変興味深いところです。

キジ(またはキージ)家はシエナの名家でしたが、「Chigi」という名前は、イタリア首相官邸のキジ宮殿(Palazzo Chigi)をはじめとして、主にトスカーナ州の観光名所の建築物に多く使用されていること、十七世紀半ばのローマ教皇はキジ家出身のアレクサンデル七世こと「ファビオ・キジ(Fabio Chigi)」であり、その甥は「フラヴィオ・キジ(Flavio Chigi)」枢機卿であること、キジ家は代々芸術家のパトロンであった事実などから、私もその可能性は非常に高いと思っております。
更に、やや歴史を遡りますと、十三世紀後半にはサン・ジミニャーノにもキジ家の塔が建てられていることから、これらの点と点を繋ぎ合わせていくことで、中世における欧州の上つ方の歴史の一端を発見できるかもしれませんね。

そして、ルネサンスのパトロン精神とは、欧州における芸術の持つ普遍性というものを、後の世に伝えるという、フィラントロピィ精神の萌芽にも繋がるものと考えており、それが通俗的な概念としてのパトロン云々とは天と地ほどの(またはそれ以上の)違いではないかと思った次第です。

それにしても、偶然とはいえ、田中さんも『イタリア 美術・人・風土』を所有されていたということは、一種の共鳴現象が働いたのかもしれません。

余談ですが、私はこのようなインタンジブルな次元の持つ力というものにも着目しており、あの有名や複雑系における「全体性」「創発性」「共鳴場」「共鳴力」「共進化」「超進化」「一回性(ないしは非線形性)」といった、それぞれの「知」が多元的に連関・連携していく中で、どのような次元へと飛躍・発展していくのか、考えただけでもワクワクしますし、その根底には、大局観とか直観とか洞察力を身に付け、磨き続けていくことで、「暗黙知」の次元へ至ることの楽しみがあるとも考えますが、別のスレッドでも若干言及させて頂きましたように、「暗黙知」をタンジブル寄りに理解しようとする経営者(経営屋さん)たちが平気で誤解を与えかねない使い方をしているため、この辺りはポランニーの『暗黙知の次元』(ちくま学芸文庫)の一読をお勧めしますが、取り急ぎ骨子だけでも知っておきたい方々へは以下のサイトをご紹介させて頂きます。

◆松岡正剛の千夜千冊『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1042.html

42尾崎清之輔:2007/12/04(火) 01:05:29
ところで、これまでとは話題はがらりと変わりますが、私が何年も前からご紹介させて頂いている仏の高級誌「ル・モンド・ディプロマティーク」から、ここ数ヶ月で印象に残った記事を幾つか以下にご紹介させて頂きます。
前にも少し言及しましたオイルピークや食糧ピークに関する最近の流れ(ウェーブ)や、また、金融ないしはそれに準ずるシステムの極限状態ともいえる「プライベート・エクイティ・ファンド」という僅か10社程度のグローバル企業体による最後の残飯あさりも加速度を増してきたようです。
このあたりは、ル・モンド・ディプロマティークのイグナシオ・ラモネ社主(兼)編集総長が以下のサイトで簡潔に述べておりますが、その中で驚いたことは、オルターグローバリズムが欧州において既に錯綜を極めた状況になっていたということです。

◆ファンドの貪欲
http://www.diplo.jp/articles07/0711.html

また、WTOの問題については既に世界中の心ある識者たちから指摘されていることですが、以下のサイトでは再度そのことに対して攻撃の手を緩めずに、次のアクションへ向けた提言も行っておりました。

◆WTOの使いみち
http://www.diplo.jp/articles07/0711-4.html

そのそも食糧という人間の生存権にとって最も大切なエネルギーを、産業社会という、人間社会が存立する上での選択権の一つにしか過ぎない、単なるサブセットシステムの維持のために、逆転現象や逆立ちした発想が当たり前の如く生み出されておりますが、「デリバティブバブル崩壊後の新世界秩序」のスレッドへ各自が投稿され、展開された幾つかの示唆的な内容の意味するところをしっかりを見極めた上で、先述の「創発性」「共鳴場」「共鳴力」の持つ「知」や「力」に注目しつつ、ポジティブフィードバック(≒遠心性)とネガティブフィードバック(≒求心性)のバランスを常に考慮した上で(このあたりは陰陽の考え方やそれを包含する太極図の思想にも通じますね)、徐々にではありますが実際の活動に反映させて頂きたいと思っている次第です。

◆人権としての食糧権の確立をめざして
http://www.diplo.jp/articles07/0710-3.html

◆アグリ燃料にまつわる5つの幻想
http://www.diplo.jp/articles07/0706-3.html


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