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教養(リベラルアーツ)と場創り(共創)に向けて

23尾崎清之輔:2007/11/21(水) 00:32:34
(前項より続く)

さて、先にご紹介したブログの記事ひとつひとつは個々人にご確認頂くとして、直近で私が印象に残った文章のみ以下に引用させて頂きます。

・アダージョの風景、ララ・ファビアンと晩秋の仙台
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071105

このタイトルの記事では、

◆結局、日本では<現実的な批判勢力の不在>が長すぎたため、言い換えれば<現実的な批判力の意義を理解する国民意識の芽生え>が遅すぎたため、『私は、今日 も、これからも、昨日のように変わり続けなければならない』(ランペドゥーサ原作『山猫』の主人公、サリーナ公爵家ドン・ファブリツィオの言葉)という民 主主義国家にとって最も必須の精神環境が、この段に至っても、未だに凡ゆる局面において形成されていません。本来であれば、「公正 (Fairness=関係者どおしでの正義)と公平(Impartiality=客観的・第三者的な立場での正義)を保持するという意味で、あるべき普遍 的な理念としての未来」と「それを求めて変わり続ける国民・市民意識・政治」が存在するからこそ「多様で地域個性的な民主主義のあり方」がレゾンデートル (存在価値)を持ち得るのだと思います。各人それぞれの「多様な美意識」についても、これと似た構図が考えられるのではないかと思っています。しかし、情けないことですが、このような民主主義にとって最も肝要な精神環境が不在であるため、相変わらず「国民の主権」も「国民の生存権」も二の次にされ 続けており、無責任で悪徳な政治家連中が最優先するのは私益と保身、そして自らの悪徳の本性を偽装することばかり、ということになるのだと思います。日本 の政治の場面で“国民の意識が目に見えるようになる”のは、いつになるのでしょうか?

(中略)

◆ここまで日本政治の混迷度が深まると、福田&小沢の御両人のみならず日本人全体が“超老化現象”の段階に入ってしまったように見えてきます。ズバリ言えば日 本人の多くは重度のボケ・シンドロームに罹っており、殆どの想像力(イマジネール)と合理的な認知力が機能停止してしまったのではないかと思われます。今の日本で“まともに機能している”のが「軍・財・政・官複合体のダメージ・コントロール」、「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」、「ネズミ講方式のビジネス・モデル」の三点セットだけということでは、余りにも寒すぎますね。

と、一喝しており、現在の日本で『まともに機能している』のが

・「軍・財・政・官複合体のダメージ・コントロール」
・「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」
・「ネズミ講方式のビジネス・モデル」

の三点セットというのは特筆に価すると考えます。

また、同様の指摘として、

◆例えば、安全性を無視してニセモノを売りさばく日本の大衆食品市場について『残飯市場』というヒドい隠語があるそうですが、このまま「軍・財・政・官複合 体」のダメージ・コントロールに振り回されていたら、これから、多くの日本国民は“残飯”より“凄い食い物”を喰らわされることになるかも知れません。

と、日本も既に「残飯国家」に成り下がっている事実も明確に述べており、いったい毎日、口にしている食事の素材や調味料の本当の中身をどれだけの方々が知りえているか、長い人類の歴史の中で培われてきた人間の持つ新陳代謝の機能や解毒作用などに対して、全く自然発生物でない存在を身体の中に入れるということは、どのような影響が今後の長いスパンの中で起こりえるのか、十分な検証(これは単なるテクノロジーや即時的な似非サイエンスでは解決不可能)が為されないまま、人類の生命体を維持する最も大切な食糧でさえ、既に商売の効率化という名の元で賤民化の嵐の中に巻き込まれてしまっている事実を正しく認識し、それらの対抗軸(その一種としてオルターグローバリゼーションという考え方や行動様式もありますが)をハッキリと打ち出していく必要性を痛切に感じております。


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