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教養(リベラルアーツ)と場創り(共創)に向けて

34田中治:2007/12/01(土) 14:32:35
ヨーロッパにとって古から敵は常に「東」から攻めてくるのであり、その「東」に対抗するには、ローマ帝国以降のキリスト教を精神的な屋台骨に据えて求心力を持ち対抗せねばならない。「東」は主に、古くはアッティラに代表されるフン族、その後はイスラムのオスマン・トルコ、最近ではロシアを核にした共産主義勢力であった。そして少し前までの日本、現在の中国やインドの経済発展は同様に脅威的な存在であろう。オットー・フォン・ハプスブルグは1989年ベルリンの壁崩壊の直前、汎ヨーロッパ・ピクニックとして、東欧(この場合ハンガリー)から西欧(この場合オーストリア)へ人々が渡るのをバックアップしているし、時の法王は当時共産圏にあったポーランド出身だったことを考えると、これまた興味深い。また現法王はバイエルンの出身で、もとはミュンヘン教区の司祭であった。ウィーンを中心としてオーストリアや南ドイツのバイエルン地方は、「間脳幻想」の中で“ウルトラ思想の巣窟”だと藤原博士は述べているが、メッテルニッヒのウィーン体制以降、確かに欧州における保守反動の牙城のようだ。実際に旅をしても、その保守性は様々なところに感じられる。政治的にも、ミュンヘンにはバイエルン州を基盤に州内でしか活動をしないキリスト教社会同盟(CSU)が存在しており、ドイツの二大政党のひとつで戦後アデナウワーやコールを輩出したキリスト教民主同盟(CDU)と政治目標の上では一致しているが、これより右は極右しかないとされるほどドイツの中ではもっとも右よりの政党として知られる。
ちなみにリヒャルト・シュトラウスもミュンヘンの出身であるが、彼は音楽家の息子として生まれた生粋の音楽家かつ芸術家肌であり、ユダヤ系としても知られるホーフマンスタールとの共同作品としてたくさんのオペラを作曲していることからもナチスの信条に100%追従していたわけではないように思う。実際、オペラ「無口な女」の初演当時、ヒトラーに楯突いてまで作家シュテファン・ツヴァイクを擁護している。芸術家としては、美しいものをこの世に構築して残したいという欲求を叶える為には、すなわち生き延びるためには、時の悪魔に芸を売ったが、魂までも売ったかどうかは窺い知れない部分があるように思う。


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