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182竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/25(土) 00:04:34 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第21話「CALL その声はすぐ近くに」

 天井を突き破って上へと打ち上げられたマモンを追い、真冬は背中に翼を生やし、茜空を抱えたまま上へと飛んでいた。
 そんな中、彼女の腕の中にいる茜空が口を開く。
「……いませんね。一体どんだけ飛ばしたんですか?」
「それほど強く力を込めてはいないと思うのだが……今のは強かったのか?」
 真冬は考えながらそう言う。
 しかし、茜空は実際に先程の攻撃を受けたわけではないので、威力は分からない。何階か越えているので、まあそれぐらいの威力はあるのだろう、としか言葉は返せない。
 茜空は真冬の背中から生える赤い炎の翼を眺めながら、
「それにしても、こんなに飛ばして大丈夫ですか? ここに来る前かなり疲弊してボロ雑巾みたいでしたけど」
「マモンと戦ってボロ雑巾みたいになってたお前には言われたくない一言だな」
 真冬は嫌味のように言い返すが、茜空には効いていない。
 ぶっちゃけると、真冬はマモンと奏崎がいた階の天井を突き破る前に、霧澤の血を吸っていた(勿論キスをした)ので、炎の量は最大値の状態でマモンと戦えるのだが。
 彼女自身、マモンをこんなにも高く打ち上げるとは思っていなかったので、全体の一割程度を飛行に割いてしまっているだろう。
 本末転倒だな、と茜空は思う。
 真冬が、想像よりもマモンを高く飛ばしたのは、炎が最大値だったのも関係していると思う。

「……貴女って、意外とお馬鹿さんですよね」

「ッ!?」
 いきなりの言葉に真冬は声にならない反応をした。
 まさか彼女に言われるとは思っていなかった。『マモンに突っ込んでいったお前も馬鹿だろ』と言いかけたが、彼女の言葉は声には出ない。
 茜空の目が『自分も馬鹿ですけど』と告げているように見えたからだ。
 真冬は軽く息を吐くと、
「じゃあ馬鹿コンビ、さっさとマモンを倒すか!」
 そう意気込んだ瞬間、

 ゾッ!! という鈍い空気を裂く音とともに、大量の鋭利な針のような物が上から降り注いだ。

 それに真冬は反応すると、僅かに舌打ちし、
「マモンか……? 茜空、もう少し私にくっつけるか!? 範囲を狭めたいのだが……」
 茜空は首を傾げながらも、真冬の頼みどおり身体を真冬によりくっつける。
 真冬は全身から炎を噴出し、近くにいる茜空もともに包み込んだ。攻撃ではなく防御のために。
 彼女が『四星殺戮者(アサシン)』との戦いで使った『一身炎(いっしんえん)』という高度な技だ。
(……生で初めて見ました。さすがですね……)
 茜空はそんな感想を抱き、真冬の腕の中に収まっていた。
 針の雨が止み、一つ天井を越えるとそこにはマモンがいた。
 しかし、今までの真冬たちが知るマモンの姿ではなかった。

 オールバックにした緑色の髪は腰の辺りまで伸び、彼の腕や脚は人のものより細くなり、爪が獣のように鋭く尖っている。さらには口には牙までも生えていた。
 中でも異彩を放つのは、彼の背中だ。
 彼の背中には、針山のように無数の鋭く細い針が生えており、背中だけはハリネズミを連想させていた。
 マモンは『ククッ』と笑うと、

「人間の感性じャァ、俺様マモンッつー悪魔は動物のハリネズミが象徴となッちャァいるが……俺らは『大罪の悪魔』は象徴の動物のようになることが出来る。レヴィアタンだッて、分かりにくかッたみてェだが、アイツは蛇が象徴なんだと」

 つまりは、今のマモンが真の姿。今までの人の形は仮の姿というわけだ。
「随分なワイルドな見た目になったじゃないか。そっちの方がカッコいいんじゃないか?」
「ま、どっちにしろ倒しますけど」
 二人の言葉を聞いたマモンが愉しそうに笑う。
 愉しそうに。愉しそうに。愉しそうに。

 引き裂いた笑みを浮かべながら。
「イイね。だッたらこの狂宴(きょうえん)を愉しもうぜェ!!」

183竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/08/31(金) 22:30:37 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 赤宮真冬、茜空九羅々、マモンの三人はそれぞれ動けずにいた。
 真冬と茜空は姿が変わったマモンにどう対処して良いか分からず身構えながら立っていた。一方のマモンは余裕すら感じさせる笑みで、二人を交互に見つめている。
 どうも動けない二人を嘲笑うかのようにマモンが口を開く。
「何でェ何でェ? お前ら何もしねェのかよォ? くッだらねェなァ」
 茜空の金棒の柄を握る腕が僅かに動く。
 相手の挑発だと分かっていても、彼と長年戦い続けた彼女ならではの反応だろう。そんな気持ちだけが先走る茜空を制するように、真冬は彼女の肩に手を置き首を左右に振る。
 その行動の意図を理解したのか、彼女は小さく『分かってますよ』と返し怒りを無理矢理に鎮める。
 一方で挑発が失敗したマモンはつまらなさそうに溜息をついた。
 マモンの言葉に、真冬が返答した。
「何もしないのはお前も同じだろう。数の上では私達が有利だ。そのままじっとしていても、お前の勝機は無いぞ」
 ククッとマモンが笑みをこぼす。
 そのまま彼は笑いが堪えきれなくなったように、空気を入れすぎて破裂した風船のように笑いが爆発する。

「クハハハハハハハハハッ!! コイツァいいねェ! お前、まさか自分達と俺様が同等ッていう勘違いをしちャッてるイタイ奴かァ? んなワケねーだろが、アホが」

 バッ!! とマモンが上へと飛び立った。
 室内なので、天井を数枚ぶち抜いてだ。真冬が開けた穴よりも大きく、天井のほとんどを破壊していた。
「そォいう勘違いはテメェの脳内だけでやッてろ!! 悪いが俺はフルーレティよりも! レヴィアタンよりも! そして赤宮真冬、お前よりも上だ!!」
 叫びながらマモンは背中から生えた鋭利な針を緑の炎を纏いながら発射する。
 反応できなかった真冬はそのまま動けず、彼女元へ無数の針が向かい、彼女の身体を串刺しにするはずだった。
 だが、
(―――これで終わり、なワケがねェ)
 そう。
 フルーレティやレヴィアタンを退けた赤宮真冬が、あの程度の攻撃を回避できないはずが無い。
 土煙が舞う地上から、弾丸のような速さで茜空九羅々が突っ込んでくる。
「やッぱりなァ!!」
 マモンは腕で茜空の金棒を受け止める。
 茜空の目にはマモンを潰す事しか頭に無いような、そんな闘志が燃え盛っている目だった。
「ケッ! お前のその戦う理由は、怒りの理由は何だ? 奏崎薫か? 危険な目に晒した俺が、そんなに憎いかよッ!!」
「分かってんなら話は早いじゃないですか……ぶちのめされる覚悟はあるって事で―――」
「まさか、アレで終わりッて思ッてるんじャねェだろォなァ?」
「ッ!!」
 瞬間、茜空が戦慄する。
 相手の言葉の意味は、相手が作る不気味な笑みと、下の階に僅かに感じる魔力から察しがついた。
「……今更気付くとか、遅ェよ」

 霧澤夏樹と奏崎薫のいる場所に、下級悪魔達が迫っているということだ。

184月兎ヤオ ◆PaaSYgVvtw:2012/09/01(土) 22:54:38 HOST:pc-202-169-158-234.cable.kumin.ne.jp
面白い♪

185竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/01(土) 23:26:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 下の階にいる霧澤と奏崎は動けずにいた。むしろ、奏崎を抱えている霧澤が、動ける状態ではなかった。
 彼が動けない理由は周りにいる数体の魔人だ。人の形、に見えないわけではないが、断言するにはどこか歪な人の形をした魔人を目の前に霧澤はどうすることも出来なかった。
 この魔人が、他校の不良生徒だったなら? ―――その時は殴り倒してでも逃げ道を作るだろうが、少しだけ喧嘩の経験がある元不良の霧澤の拳など、本物の魔人に敵うはずも無い。届いたところで、相手には痛くも痒くもないはずだ。
 霧澤一人だけなら、この状況で何とか逃げ回って逃げ道の一つでも作るだろうが、奏崎を抱えている分、逃げ道を作るのだけでも難しくなる。折角救出できた奏崎をおいていくわけにもいかないし……。
 まさに絶体絶命だった。
 魔人が僅かに漏らす声が嘲りにも聞こえてきた頃、

 タァン!! という乾いた銃声と共に一体の魔人が頭部から赤い鮮血を吹き出しながら、身体を横へと傾け倒れこんだ。

 魔人の視線が一点に集中する。霧澤の視線も自然にそちらへと向き。魔人を倒した、自分達を助けてくれた人物を確かめる。
 ―――いや、確かめる必要はなかったのだ。
 救世主が誰かなど、霧澤にとってはすぐに分かるヒントがあったじゃないか。銃声。たったそれだけで、救世主が分かってしまう。
「……勝手に、退場者扱いしてんじゃないわよ……!」
 声の持ち主が構える銃。放たれる声は振り絞った感じの口調で、持っている銃からは白煙が立ち上っていた。
 白い髪に青い瞳を持ったその少女の名は……、
「白波涙を退場させたきゃ、息の根止めるくらいしなさいよ!!」
 白い救世主が、朧月昴に肩を借り、朱鷺綾芽とともに戦場へと戻ってきた。

 一方で、上にいるマモンも下の階に現れた白波の魔力を感知していたため、表情を帰る。
 余裕の笑みから、計算を狂わされた苦渋の表情に。
「クソが……! やッぱ殺しとくべきだッたか……!」
「やはり、アイツを信じておいて正解だったよ」
 何処からともなく聞こえる、赤髪女性の声。
 前ではない。左右でも上でも下でもなければ、背後からしかない。
 赤い『ヴァンパイア』は拳に赤き炎を纏わせながらマモンへ叩き込もうと構えているところだった。
「……ッ!?」
 いつの間にかさっきまで競り合っていた茜空の姿も無く、マモンに完全なる大きな『隙』が生まれた。
 今真冬と正面を向いているため、障害となる針の邪魔も無い。
 決定的な一撃を、決める事が出来る。
「確かにお前は、フルーレティやレヴィアタンより強いかもしれん」
 だが、と真冬は言葉を区切って、
 拳と共に言葉を告げた。

「その二体より強いお前の上に位置するのが、私達の『絆』だ!!」
 真冬の拳がマモンの防御の無い腹部を捉えた。

186竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/02(日) 16:57:59 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 真冬の拳はマモンの腹部に致命的なダメージを与えた。
 茜空がマモンと一人で戦っていた時にも、真冬が駆けつけ攻撃を加えたが彼が偶然持っていた通信用の水晶で、ダメージを与える事は出来なかった。
 だが、今回マモンにとってそんな偶然的なラッキーは起こるはずも無かった。
 茜空との競り合いの途中に、下の階での異変に気付き、いつの間にか目の前の茜空がいないことに気付き、背後に回っていた真冬の攻撃への防御が間に合わず、彼の身体は完全にノーガード状態なのだから。彼にラッキーは起こらない。
 
 ―――ただ、そんな奇跡が起こらないだけである。
 
 真冬の拳はマモンとの間五〇センチ程度のところで止まっていた。
 真冬自身が動きを止めたわけではない。拳が止まった理由は、彼女の腹部に、肩に、足に突き刺さっている鋭利な針が教えてくれた。針が何処から出ているか目で追うと、マモンの背中に生えている針の山から伸びたものだ。
「……な」
 真冬は目を疑い、小さい吐息のような声を漏らした。
 彼女の口の端からは声と共に一筋の血が流れ、針が突き刺さっているところからも当然のように血が流れている。
 そんな状況を理解できていない真冬に、マモンは嘲りと共に告げる。
「残念だッたな。大方、俺様の正面から攻撃を食らわせば致命的なダメージを与えられると思ッたんだろうけどさァ……この姿に死角はねェんだよ」
 真冬の身体から針が引き抜かれ、マモンが彼女を頭を掴み、そのまま地面へと叩き落した。
 彼は上空で高笑いをしながら、
「誰が針は飛ばすだけだと言ッた? 誰が針は俺様の意のままに操れないと言ッた? 誰が針は伸縮自在じャないと言ッた? あァ!? この俺様が! 仮にもこの強欲を司りし俺様でも、死角なんて欲するわけねェだろォが単細胞どもが!!」
 マモンの罵声が、真冬と茜空の耳に不快に入り込んでくる。
 彼はそんな二人のことなど考えずに、構わず続けた。
「お前らには万に一つの勝機もねェ!! 今のが、たッた今さッきのが、俺様の最大にして最後の隙だ!! お前ら如きじャ勝てねェよ!!」
 マモンの言葉に真冬と茜空は歯を食いしばる。
 茜空は地面に倒れている真冬へと駆け寄り、心配そうな表情をしながら声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
 茜空の言葉に真冬は頷く。
 彼女は口の端から垂れる血を手の甲で拭いながら、針が突き刺さり上手く動かない足を震えさせながら立ち上がる。
「……大丈夫に見えるか? だがまあ安心しろ。お前が思っているよりは平気だ」
 二人は上空で笑っているマモンを睨みつけるように見据える。
 二対一、という不利な状況に置かれても、フルーレティやレヴィアタンがそうであったように、マモンも余裕を見せている。
 だが、あの四人は『余裕』が確実に『隙』に変わる瞬間があったのだが、マモンにはそれがない。彼が言った『最大で最後の隙』も恐らく間違ってはいない。
 そのため、真冬と茜空が思うことは同じである。
(……打つ手は限られてきている。ならば!)
(……その僅かな隙を見逃すことなく、どれだけ大きい攻撃を与えられるか、ですね)

 二人が見据える先には倒すべき敵、マモンがいる。

187竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/09(日) 21:56:39 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「ぷはっ!」
 白波涙は床に倒れこむ。
 彼女の額には痛々しく包帯が巻かれており、額の中心から赤いものが滲んでいるので、彼女の怪我が完全には治っていないことを言外に語っていた。
 彼女は額の痛みが残るのか、時折苦しそうな表情をして、額に軽く手を添える。そんな彼女を、同行して来た朧月昴と朱鷺綾芽は心配そうに見つめていた。
 そんな彼らの視線が気になったのか、白波は眉間にしわを寄せながら二人を睨むように見つめる。
「なんて顔してんのよ、辛気臭い! 別にこの程度で死にはしないわよ!」
 二人も死ぬとは思っていないだろうが、重傷なのにここまで無理してきたことに心配しているのだ。
 朱鷺は呆れたようにため息をつきながら、
「別に生死を心配してるわけではありませんわ。それはそうと、私は貴女がそこまで無理する理由が分かりませんわ」
 白波の目が、僅かに大きく見開かれる。
 質問の内容がまずかったのか、と思い朱鷺は申し訳なさそうに視線を彼女から逸らした。
 はあ、と息を吐くと、白波は腕を組んで、偉そうな態度を取りながら迷い無く答えた。

「真冬ががんばってる! 戦友の私が、一度叩き伏せられたくらいでダウンするもんですか!」

 朱鷺は質問の答えにきょとんとする。
 彼女はてっきり、奏崎薫に個人的な恩があるだとか、マモンに個人的な因縁があるだとか、そういう理由で戦っていると思っていたようだ。朱鷺としては『たったそれだけの理由』で動くことが、何よりびっくりしたのだろう。
 きょとんとする彼女に気付かずに、白波は言葉を続ける。
「いつも、あの子はがんばってるのよ。『四星殺戮者(アサシン)』の時だって、フルーレティの時だって、レヴィアタンの時だって。彼女は私の何倍も傷を受けて、私なんかよりも、身体と心にダメージを負いながら、私よりも強い力と心を見せてくれる! それは私の支えになってるんだ!」
 だから、と白波は言葉を一度区切り、

「アイツががんばってれば、私は力を貸す! 『七つの大罪』の悪魔だろうが、知ったこっちゃないってのよ!!」

 ふ、と朱鷺は納得したように笑みをこぼす。その表情も扇子でうまく隠しているわけだが。
 そんな感情に、彼女は駆られたことなど無い。
 だが、それに近いことを感じてはいる。自分からしても、赤宮真冬が頑張っていれば、手を貸したいとも思うし、彼女の頑張ってる姿が支えになっていることも分かる。
 だからこそ、彼女の後を追うためにここまでついてきてしまったのかもしれない。
「……まったく、驚きですわ。どんな熱いお言葉が返ってくるかと思えば……ただ暑苦しいだけでしたわね」
「なにおう!? 男同士の友情よりはまだ聞けた方でしょ? 女同士の友情の方がまだ美しくって見応えあるわよ!」
 ええ、と朱鷺は相槌打つ。
 そして上階で戦っているであろう真冬を見つめ、穴が開き、上の様子までは全然把握できない真っ暗な穴を仰ぎ見ながら言う。

「否定してしまっては、自分の友情も否定してしまうのですから」

188竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/14(金) 18:49:32 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 マモンが作る、ほんの一瞬にしか満たない隙でさえも見逃すまいと彼から目線を逸らさなかった真冬と茜空だが、二人が同時にまばたきをしたその一瞬で、マモンは二人の視界から消えてしまった。
 突如消えた標的に二人は驚きを隠せず、慌てて辺りを見回す。
 だが、それこそが隙だった。
 マモンは身を屈めて、茜空の懐に潜り込んでいた。身を屈めても視界に入るだろう長い針を、わざわざ最小サイズにまで縮めて、だ。
 ようやく相手の接近に気づいた茜空。だが、今更気付いてもマモンの勢いづいたパンチをかわすことも、金棒で防ぐことも間に合わない。
「く……っ!?」
 彼女は僅かに声を漏らす。接近に気付いたため、僅かに身体を後方に逸らすが、そんな程度では彼の攻撃をかわすことは不可能だ。彼女の華奢な身体の腹に強烈な一撃が叩き込まれる。
「ぐふっ……?」
 茜空は口から血を吐き、そのまま後方へ勢いよく飛ばされ壁へと強くぶつかった。かなり小柄な茜空がぶつかったのに、壁には亀裂が入る。
 なんていう攻撃だ、と茜空は思う。彼女は手の甲で血を拭い、真冬に叫ぶように指示を飛ばす。
「今です!」
「分かっている!」
 真冬が振り返り、マモンの顔目掛けて蹴りを繰り出そうとするが、

 ズッ、と先程感じたものと同じ鈍い感触が足に伝わる。
 感触の正体は、マモンが縮めた針を再び伸ばし真冬の足に突き刺した音だ。

「……ッ!!」
 真冬は痛みを声に出さず、歯を食いしばって耐える。
 声を出さないように頑張る真冬にマモンはつまらなそうな表情で彼女に呼びかける。
「オラオラァ!! 必死に痛みに抗ッてんじャねェぞ!! 痛いなら痛いッて、苦しいなら苦しいッて、逃げたいなら逃げたッていいんだぜェ!?」
 言いながらマモンは拳を真冬に放つ。反応が遅れなかった真冬は両手を重ねて拳を受け止める。痛みが残る足を震わせながら、彼女は必死に立っている。表情は苦痛に歪み、額や頬を冷や汗が伝っている。
 拳を受け止められたマモンがニヤリと笑いながら言う。
「まだまだ元気じャねェか。そうこなくッちャなァ」
「……心配させたな。だが、安心しろ。お前は私達が必ず討滅する」

 ぐっと、
 真冬が押さえていたマモンの拳をぎゅっと、彼女の方から握ってきた。

 行動の意味が分からないマモンは僅かに首を傾げる。彼が目の前の敵にだけ集中しない奴であれば、すぐに感づかれただろう。
 逃がさないために握っているのだと。
「……何のマネだ?」
「気付かんか。……それは好都合」
 真冬はにっと笑い、そして自信とともに告げる。
「へし折れろ!!」

 背後には金棒を振りかぶった茜空九羅々。
 マモンが気付くが、それはもう手遅れだった。背後から迫る攻撃に右腕は握られ動かせない。向きを変えようにも中々上手くいかない。
 隙だらけのマモンの腹に、茜空の金棒が思い切り叩き込まれる。

189竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/14(金) 23:29:38 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 ついに、マモンの身体に決定的な一撃を与えることが出来た。
 横っ腹に金棒の一撃をくらい、マモンの身体はくの字に折れ曲がり、そのまま横方向へと勢いよく飛ばされてしまう。マモンは横の壁へと激突し土煙を巻き上げた。真冬と茜空の位置ではマモンの安否を確認できない。だが、無事ではないだろうということは確認していた。
 真冬は足の痛みに僅かに表情を歪めるも、茜空の隣に立ち彼女に問いかける。
「……やったか?」
「どうでしょうね。手応えはありましたが、奴も『七つの大罪』の悪魔ですからね。奴らのしぶとさは、貴女が一番分かってるでしょう?」
 言われればそうだ。
 真冬は一度レヴィアタンという『七つの大罪』の悪魔と戦っていた。彼との戦いは真冬の体力的な関係もあってかしぶとい、というよりは手強いという表現の方がしっくりくるような気がする。マモンも彼ほど手強かったら、戦いは長引きそうだと真冬は思っていた。
 しかし、彼女の不安を断ち切るかのように土煙からは一向に音もしなければ人影が揺らめく気配も無い。
 二人の表情が緩む。
「……やった、のか……?」
「そろそろ、安心してもいいと思いますよ」
 歓喜の声を上げそうになった。
 だが、二人は上げなくてよかったと思い知らされる。何故なら、

「勝手に終わらせてんじャねーよ、ボケが」

 ゴバッ!! とマモンが飛んでいった方から瓦礫が弾けるような音が鳴り、土煙がかき消される。その中心には一人の人物が立っていた。
 口から血を流した緑髪の悪魔、マモンだ。
 彼の目は血走っており、今までの彼の余裕は欠片にも感じさせてくれなかった。それほど、今の一撃は彼にとっても決定打だったのだ。
 マモンは口から血の塊を吐き出すと、手の甲で口を拭いながら言う。
「ッたくよー、ふざけたマネしやがッて!! お前らごときが、俺様に勝とうなんざ一〇〇年早いッつんだ!!」
 マモンは巨大な緑色の炎の塊を二人目掛けて放つ。
 二人とも左右に飛んでかわすが、一発だけでなく二発、三発と立て続けに放ってくる。
 交わし続ける真冬と茜空はそれぞれ打開するための作戦を話し合う。
「くそっ! このままじゃ埒が明かない!」
「どうします? 僕がこれ打ち返してもいいですけど―――」
 茜空の提案の瞬間、炎の玉の雨がやんだ。
 すると今度はマモンが巨大な炎の玉を作り出していた。大きさは計り知れない。建物の内壁や天井をも巻き込み、粉々に砕いてゆく。それほど巨大な緑の炎の玉。
 その大きさに二人は圧倒されていた。
「……馬鹿な……!」
「まさか、次はアレを放つつもりですか!?」
 圧倒されている二人にマモンは高笑いをしていた。
「ヒャハハハハハハハハハッ!! これでお前らも、下の契血者(バディー)どもも終わりだ!! お前ら全員焼き尽くしてやる!!」

 真冬は何も言わなかった。
 彼女は今、下にいる霧沢達の事を思い浮かべていた。
 ―――夏樹がいる。だから、ここで私が倒れるわけにはいかない。
 ―――涙が昴が朱鷺が来てくれている。私が諦めるわけにはいかない。
 ―――薫がいる。守り通さなければ意味が無い。
 彼女とほぼ同様のことを、茜空も考えていた。彼女は深呼吸をし、自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、前に金棒をすっと慣れた手つきで構えた。
「ねぇ、やっぱり僕達が負けるってのは反則ですよね」
 真冬は首を鳴らし、両手に赤い炎を纏わせると、
「当たり前だ!!」
 当然のように言い放った。

「かッ消えろ!! クソ『ヴァンパイア』ども!!」
「消えるのはお前だ、マモン!!」
 巨大な緑の炎の塊と、赤と茜が混ざった炎が激突する。
 決着は、焦らずともすぐに明らかになる。

190竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/15(土) 01:55:00 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 建物全体が激しく揺れた。
 それは下の階にいる霧澤達も気付かざるを得ないほど大きな揺れで、むしろ気付かなかった方がおかしいくらいだ。霧澤達はこの揺れの正体が分かっているのか、ほぼ同時に上へと視線を向けた。
 上では今真冬と茜空がマモンと戦っている。
 今の揺れは終戦を告げる合図だったのか。それとも未だ戦い続けているのか。どちらにしいろ確かめなければいけない。霧澤達は駆け足で階段を上り、真冬と茜空がいる階へと急いだ。

 一方で、上の階で激戦を繰り広げていた赤宮真冬と茜空九羅々は肩で息をしていた。
 先程の巨大な炎の塊を何とか防ぎきり、真冬はマモンに拳を一発お見舞いしてやったところだ。その証拠に、今二人の目の前には大の字になったマモンが転がっている。ハリネズミのような容姿はしておらず、普通のマモンに戻ってしまっていた。
「……、」
 マモンは何も話せないようだった。
 何かを言いたがっているのは分かるが何を言っているのかは分からない。茜空は彼の側に寄り、懐を漁って『金瞳(こがねのまなこ)』を回収する。それだけで去ろうと思ったのだが、偶然マモンと視線が合ってしまい何か言わなければいけない空気になってしまった。
 茜空は何を言おうか迷っていた。
 彼女が考えに考え出した結果、彼女が紡いだ言葉は―――、

「ありがとう」

 それを聞いたマモンは満足げな笑みを浮かべた。今まで見たことが無い、マモンの最高で最後の美しい笑みだった。
 彼はその笑みを浮かべたまま、茜空に声をかける。
「―――、―――」
 茜空も優しい笑みを浮かべた。
 彼女は今まで競い合ってきた相手を称賛するように、そっと彼の頭を撫でた。
 その瞬間、

 満足したマモンの心を理解したかのように、マモンは風化して消えてしまった。

 茜空はしばらく座ったままだった。
 そんな彼女の背後に立った真冬は腕を組みながら、
「……悲しいのか?」
 聞いた。
 しかし茜空の返答は決まっている。
「……悲しくはないですよ……」
 返答はひとつと決めたはずだった。
 だが失ってから初めて気付く大切さを、茜空はここで知ってしまった。たとえそれが敵だったとしても。
「……悲しくは、ないですよ……」
 涙混じりに答える。
 真冬はふっと笑いながら、茜空の頭を軽く撫でた。
「悲しく『は』ないか。……そろそろ戻るぞ」
 真冬は一点を見つめながらそう言った。
 彼女の見つめる先には霧澤、彼におぶられた奏崎、朧月、白波、朱鷺の五人がやって来ていた。
 茜空は国利と頷き立ち上がる。
 それから、汚れたままの袖で涙を拭うと目いっぱいの笑顔を向けながら、真冬とともに霧澤達のもとへと駆け寄っていった。

 ―――一人の『ヴァンパイア』と一人の悪魔の『鬼ごっこ』は、これで終結した。

191竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/15(土) 10:30:58 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 奏崎はうっすらと目を開けた。映る景色はどこかの建物の天井と思われる白いタイル。ここで彼女は今まで自分が眠っていたものだと気付かされた。
 まだはっきりとしない意識の中、彼女は身体の上体だけを起こし辺りを見回してみる。個室だった。清潔感に溢れ白のイメージが強いその部屋は一目で病室だと分かるほどだった。
「……病院……?」
 奏崎は漠然とした答えを言った。
 自分自身あまり覚えていないのだ。記憶にあるのは緑髪の男に襲われているところを霧澤が助けに来てくれたところまで。あの男の正体も知らなければ、彼女は今回の事件とは無縁なのである。
 だが、自分を助けてくれた人物が霧澤だけではないことも知っている。彼の他にもう二人、赤宮真冬と茜空九羅々がいたことは覚えている。
 すると自分の病室の扉が開き、四〇代くらいの白衣を着た男性が入ってきた。
 彼は病室で目を覚ましている奏崎を見ると、優しい笑みを浮かべた。
「目が覚めたかい。良かった。まあ君は気絶していただけだから、そろそろ目を覚ますんじゃないかと思っていたよ」
「……あの、ここは……?」
 奏崎が男性に質問すると男性は優しく答える。
「病院だよ、見ての通りね。まったく、馬鹿息子が携帯電話で『個室を一個用意しろ』なんて上から出るものだから、どんな患者を連れてくるかと思えば……友人さんだったか。しかし、昴にこんな可愛いお嬢さんと知り合っていたとは。涙ちゃんというものがいながらあいつは」
 男性は一人で話を進めていた。
 そのペースに流されてしまった奏崎だが、彼が朧月昴の父親だと分かった。だとすると涙というのは、彼と一緒にいる白波涙のことだろう。白波はどうかわからないが、自分は朧月とはそんな関係じゃない、と言い返すことも出来なかった。
 ははは、と苦笑いする奏崎に朧月の父親は続けた。
「まあいいか。そういえば、君が病院に来た時たくさんの友達が一緒だったよ。女の子二人は傷だらけで治療しようとしたが断られてね。なんでも『寝たらある程度回復する』だそうだ。今では息子の部屋にいさせてるよ。名前はたしか、霧澤くんというのがいたかな」
「夏樹が!?」
 奏崎は思わず大きな声を出してしまった。
 その声に朧月の父親は『院内では静かに』と警告する。奏崎はしまった、という感じで口をふさぐ。
 朧月の父親は奏崎に、
「そういえば霧澤くんからメッセージを僅かっているよ」
「メッセージ?」
 奏崎が聞き返すと、朧月の父親は話し始めた。

「『今まで隠していてすまなかった。もしお前がこの事を知っていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。あとで全部話す』だそうだ。もし君が彼らより早く目が覚めたら伝えておいてくれ、と頼まれた」

 全部話す、というのは今回のことだろうか。
 真冬に良く似た長い赤髪の女性のこと、茜空九羅々の正体、そして自分を狙ってきた緑髪の男のこと。
 霧澤は全部知っていたのだ。知っている上で、多分自分を巻き込まないために今まで内緒にしていたんだと思う。霧澤は、奏崎の大好きな人はそういう男だ。
 朧月の父親は扉の方へと歩きながら、
「とりあえず君は早くお家に帰りなさい。制服は洗って妻に渡してあるから受け取るんだ。私は馬鹿息子とその友人達を起こしてくるよ。今日は大事をとって君は学校を休みなさい。馬鹿どもは遅刻してでも行かせるがね」
 時刻は七時三七分。
 今から起こして学校へ向かわせれば余裕で間に合うだろう。
 彼女は朧月の母親から制服を受け取り、それを着て病院から出て行く。

 学校には間に合う。
 霧澤達も、そして自分も。

192竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 03:22:44 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 病院で朧月の父親から叩き起こされた霧澤、真冬、朧月、白波の四人は駆け足で学校へと向かっていた。走ったため朝のホームルームには間に合ったらしく、校舎に入っていく生徒達を見て四人は安堵の溜息をつく。
 霧澤と朧月はそうでもないが、真冬と白波は二人以上に息を切らしていた、二人とも前日のマモンとの戦いで体力が完全に回復しきっていないため、急な運動で疲労が重なったのだろう。肩で大きく呼吸をするほど疲れていた。
 そんな二人を眺めていた男性陣二人は、相手の背中を擦ってやる。
「……大丈夫か、赤宮。やっぱお前は休んだ方が良かったんじゃねーの?」
「……ううん。私なら平気だから、ね?」
 息を切らしながらも頑張って作った笑顔を霧澤に向ける真冬。
 そんな仕草や行動すべてが健気に思えてきた霧澤は、真冬の頭を軽く撫でる。突然のことに真冬は頬を赤くして俯いていたが、心地よさに目を細めていた。
「……あんま無理すんなよ。必要なら力貸すし、遠慮せずに頼んでいいんだぜ? 頼まれなくても貸すけどさ」
「……うん。ありがと、夏樹くん」
 抱き寄せていてもおかしくない二人の雰囲気を楽しそうに眺める二人の人物がいる。
 こちらも傍から見ればカップルに見える朧月と白波はニヤニヤしながら、

「ひゅーひゅー、朝っぱらから見せ付けてくれやがってー」
「熱いねー、熱いねー。あらま、今年の夏は酷暑になりそうだわー」

 二人のからかうような口調に霧澤と真冬は顔を真っ赤にして反論する。
 『今のはそういうんじゃない!』『私達はそういう関係じゃないもん!』と。しかし反論したところでこの二人は止まらない。まだ奏崎と滝本がいないだけマシだった。あの二人が加わればもっと悲惨な結果になっていただろう。心身ともにズタボロにされていた。
 そういえば奏崎はどうしたんだろう?
 朧月の父親の話では、今日は大事をとって休むように、と言ったらしいが、そんな人の話を素直に聞く奴だろうか。奏崎なら無理してでも学校に来ると思う。苦しくても、決して表情に出さないいつもどおりの明るい様子でいるはずだ。
 そう思うと、彼は急ぎ足で教室へと向かっていく。霧澤を追おうと真冬も僅かに駆け足になっていった。
 その様子を朧月と白波はぼんやりと眺めていた。
「どうしたのかね、夏樹くん。いきなり急ぎだして」
「奏崎が気になったんだろ。あんな事があった後に学校に行こうなんて普通は思わないけどな。少なくとも俺は行かない」
 うん私も、と白波は頷いた。
 まあ昴の父親の言うことは聞かないだろうな、と考え白波は大きな欠伸をする。
 それを見た朧月は呆れたような溜息をつき、
「急ぐぞ。遅刻しちまう」
「そだね。私達も教室に行こっか」
 二人も校舎へと入っていった。

 霧澤と真冬が教室に入ると、いつもの席に奏崎薫が。昨日のことなんて無かったかのように平然と座っていた。むしろ、様子がおかしいのが変なのだ。昨日のあの出来事は皆に起こったことではなく、一部の人間に起こったことなのだから。
 二人が来たことに気付いた奏崎はいつもの笑顔を浮かべて、二人のもとへと歩み寄っていった。
「夏樹、真冬ちゃん、おはよ。ってか、二人ともなんつー顔してんのよ!」
 二人の表情は心配しているような顔だった。
 わざとらしく言ってみた奏崎も二人の言いたい事が分かっているのか、いつもの笑顔を消し暗い表情へと変わってしまった。
「……なーんて、聞くまでもないよね」
「薫……」
「私は大丈夫だよ、全然! ほら、このとおり元気だし! だから大丈夫よ。全部話さなくても」
 え、と霧澤は思わず声を漏らしていた。
 奏崎は霧澤を真っ直ぐに見つめて、
「アンタのことだもん、ちょっと考えれば分かるよ。どーせ私を巻き込まないためとかでしょ? だったらいいの。アンタが私を思ってくれてたってことだから、話さなくても大丈夫だよ」
「いや、話すよ」
 奏崎の言葉に霧澤はこう返す。
 『話しておく』じゃない『話さなきゃいけない』のだから。

「ずっと隠してた。お前を巻き込みたくなかった。でも巻き込んじまった。今更だってのは、分かってる。だけど! 俺は、お前にはやっぱり知らせておくべきだと思うんだ」
「……私も。私のことを知ってほしい。ううん、薫ちゃんには知る権利があるの!」

 二人の言葉に奏崎は思わず笑ってしまった。
 私のためにここまで真剣になってくれる馬鹿で大好きな二人に。
「……分かった、二人が決めたことなら何も言わない。でも私馬鹿だよ? 私がちゃーんと理解するまで説明してくれなきゃ許さないから!」

193竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 10:04:26 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 転校生が来るらしい。
 霧澤と真冬の話が『話せば長くなる』もので、説明は時間が長い昼休みまで持ち越しとなった。普段なら『そんな待てないよー』と奏崎は文句を言うところだが、今回は納得してくれたようだ。
 朝のホームルーム直前に来た滝本はどこで情報を手に入れたのか、霧澤達に転校生の報を伝えていた。本当にどこで知ったんだ。
「真冬ちゃんが来てからちょっとしか経ってないのに、もう転校生だってよ。うちの担任簡単に引き受けすぎじゃない?」
「まー、いいじゃんいいじゃん。その子がとんでもない萌え要素の持ち主だったらどうすんのさ」
 お前の頭の中はそれだけか、と思わずツッコミそうになる霧澤だが、いつもどおりの奏崎に安心しているようにも見えた。
 始業のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。第一声はやはり転校生のことだ。転校生が美少女だと先生が言うと、男子+ゲクイの歓声が教室に響いた。
 先生の合図に応え転校生が入ってくると、霧澤、真冬、奏崎は言葉を失った。

 入ってきたのは、銀髪ツインテールで右目には眼帯をしている、身長一五〇前後の彼らがよく知る少女だった。
 
 少女は背後の黒板に名前を書こうとするが身長のせいで、背伸びをしても上に届かない。
 頑張って書こうとする彼女に、教室の生徒は、
(……可愛い)
(頑張って! もうちょっとで届くから!)
(あーん、今すぐ抱きしめたい!)
 などという感想を抱いている。
 結局縦書きを諦め横書きに変更した彼女は、すらすらと自分の名前を書いていく。
 そして、改め皆の方向を向き直し言った。
「茜空九羅々です。偽名でも外国人でもなく本名ですので、気軽に『クララ』とお呼びください」
 まさかだった。
 彼女が転校してくるとは思わなかった。

 昼休みに霧澤達は茜空を屋上に呼び出していた。
 聞き出すのは勿論、転校してきた理由だが、聞くまでも無く茜空は答えてくれた。
「決まってますよ。僕には潜伏地点がほしかったのでここを選んだだけです。朧月さんの父親が手配してくれました。それと、これをどうするか聞きたかったんです」
 彼女の手に握られているのは、マモンから回収した『金瞳(こがねのまなこ)』。だが、今の奏崎に見せても何のことか分からないはずだ。
 奏崎はそれを手にとって空に透かして見る。
「……きれい……」
「それは貴女の身体にあったものです。それのご加護で風に引きにくい体質や、いい成績を取れるような記憶力もついきましたが、今ではほとんど効果はありません。記念に持っておきたいと言うのならいいですが」
 なんの記念だ、と霧澤は思う。
 しかし奏崎は透かすのをやめて、『金瞳』を茜空に返却する。
「いいよ。私には必要ないし、好きにして」
「分かりました。これは後で処分しときます」
 茜空はそれをポケットに戻す。
 そして奏崎はくるっと霧澤と真冬の方へ向き直る。本題に入るために。

「じゃあ、話してもらおうか。アンタと真冬ちゃんの関係。真冬ちゃんとクララちゃんの正体。アンタが真冬ちゃんと会って起きた出来事、全部を」

194竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/16(日) 20:47:31 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤は奏崎に全てを話した。
 赤宮真冬が『ヴァンパイア』という存在であること。『ヴァンパイア』は悪魔を討滅する存在であること。悪魔を倒すために自分が真冬に力を与える契血者(バディー)であること。白波涙、茜空九羅々も『ヴァンパイア』であること。朧月昴、汐王寺百合も契血者(バディー)であること。
 一通り説明を終えた霧澤は軽く息を吐いた。じっと話を聞いていた奏崎は腕を組みながら首をただ上下に振るだけだった。頷いてはいるが、自分の話のどれだけ信憑性があるのだろう。
 奏崎は『ふーん』と返事をすると、
「そうだったんだ。そりゃ、私が分からなくても納得できるわ。だって『ヴァンパイア』とか悪魔とかって二次元の中だけだと思ってたもん」
 意外とすんあり納得していた。
 奏崎の早すぎる順応に霧澤は面食らう。
「お、おい!? 信じてくれるのか、お前?」
「だってアンタさ、『全部話す』って言ったじゃん。今のが紛れもない真実なんでしょ? だったら納得するしかないし、そんな疑り深い性格じゃないわよ」
 霧澤の言葉に奏崎はそう返した。
 言っていることは正しい。だが、いきなり『ヴァンパイア』や悪魔と言われてそう簡単に納得も出来ないはずだ。霧澤だって最初は真冬の言っていることも半信半疑だった。だが奏崎は実際に現場に居合わせていたのだ。簡単に信じてもおかしくはない。
 彼女は茜空へと視線を移して、
「それでさ、クララちゃんはまだ契血者(バディー)いないんだよね?」
「そうですが?」

「契血者(バディー)ってのは一人しかダメなんでしょ? だったら、私がクララちゃんの契血者(バディー)になる!」
 
 その言葉に霧澤達三人は驚愕した。
 霧澤が恐れていたのはこれだ。全てを話したとして、契血者(バディー)がいない茜空に奏崎が何もしないというわけが無かった。そもそも、奏崎は茜空に興味津々である。そんな彼女の契血者(バディー)になら、なりたいと申し出るだろう。
 だからこそ、彼女を危険な目に遭わせたくないからこそ、霧澤は今まで話さなかったのだ。
「……ダメですよ」
 茜空は奏崎の提案を拒否する。
 本当は嬉しいのに。本当は彼女と契血者(バディー)になりたいのに。
「僕と一緒にいたら危ないですよ。手紙にも記したとおり、僕は貴女を危険な目に遭わせたくない」
 夢で聞いていた女の人の声。
 その声の持ち主は目の前にいる。大切な人だからこそ、彼女はあえて距離を置くことを選んだのだ。
 茜空の言葉に奏崎はすぐさま言い返す。
「危険な目に遭ったっていい! 私はクララちゃんと一緒にいたい! 夏樹と同じ場所にいたい! 真冬ちゃんに負けたくない!」
 奏崎は茜空の肩をがっと掴んで叫ぶ。

「貴女が私を守ってくれる!! だったら、私が貴女を守ってあげることも出来る!! お願い、一緒にいさせて!!」

 奏崎の言葉を真正面から受け止めた茜空は、霧澤に言う。
「僕は折れますよ。彼女には勝てません。―――許可、してやってください」
 霧澤は呆れたように溜息をついた。
 彼は知っている。
 こうなった奏崎は誰にも止められない。
「わーったよ、許可する。ただし茜空。ちゃんと守ってやれよ」
 こくりと茜空は頷く。

「俺もお前を守るから、安心しろよ」
「にしし。頼りにしてますぜ!」

195竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 06:00:43 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「でさ、『けーやく』ってどうすればいいわけ? アンタと真冬ちゃんはもうやったんでしょ?」
 奏崎は軽い調子で聞いてきた。
 霧澤と真冬は答えるかどうか迷った。
 現在霧澤と真冬両者の右手の中指には指輪が付いている。それはお互いが契約した証で、これが付いている限りは契約が持続している証拠なのだ(『ヴァンパイア』の存在を知らない者には見えていないが、先程知った奏崎には既に見えている)。故に二人は契約の方法を知ってはいるのだが……、
 言えない。
 霧澤と真冬はそう思っていた。
 奏崎が自分のことを好きだ、ということを知らない霧澤だが、契約の仕方を伝えても大丈夫という保障がどこにもない。
 奏崎の霧澤に対する気持ちを知っている真冬は、契約のためにあんなことをしなきゃならないなんて言えるわけがない。
 契約には、

 二人がキスしなければいけないなんて言えるわけがない。

 奏崎は急に黙り込んだ二人をきょとんとした表情で見つめている。
 自分の質問に答えてくれないことに不満を募らせた奏崎は霧澤の服の先っちょをつまんで、駄々っ子のように揺らしながら言う。
「ねーねー、聞いてんの? どうしたら『けーやく』ってのは成立すんのさ! ねーってば!」
 いよいよ手に負えなくなる頃合だ。
 霧澤は奏崎薫という人物を知りすぎている(の割には彼女の恋心には全く気付いていない)ため、どうしようか本気で悩んでいると茜空が奏崎をつついて彼女に耳を貸すようジェスチャーした。
 聞こえないほどの小さな声で、彼女は奏崎に契約の方法を伝えると、

 ぼっと顔をゆでだこのように赤くした奏崎は大きな声で叫びだす。
「は、は、は、はいぃぃぃぃぃっ!?」
 その声は校舎中に響き、中にいた生徒もびくりと肩を震わせた。

「なななななな、ききき、キス!? そ、そそそんなことを女の子同士でしろっての!?」
 さすがの彼女でも許容範囲を大きく超えたようだ。
 意外だな。茜空大好きな彼女なら『キス? そんなことしちゃっていいの!? いっえーい、何回でもやるぜ!』とか言いそうだったのだが。
 恐らくは初めてのキスを捧げることに恥ずかしさを覚えているのだろう。彼女は僅かに考え込むと、
「わ、分かったわ……。夏樹、真冬ちゃん。目瞑って。見られたくないから」
 奏崎の指示に二人は大人しく従う。自分達の時は周りに誰もいなくて良かった。まあ、状況も場所も選んでいる暇はなかったし。
(……キス、か)
 奏崎は一人で考えていた。
 自分は霧澤のことが好きで、今からするのは人生最初のキス。
(……夏樹……。真冬ちゃんと契約してるってことは、アンタは真冬ちゃんとキスしたってことよね。……真冬ちゃんとは正々堂々って言ったけど、これは反則にならないよね)
 奏崎はしゃがんで茜空に囁くように言う。
「(……ちょっとだけ待ってね)」
「(……構いませんよ。そうすると思ってました)」
 奏崎は立ち上がり、霧澤の目の前に立つ。
 そして目を閉じている彼の胸に手を添え、身長差があるため少しだけ背伸びをし―――、

 霧澤と。
 自分の大好きな人の唇に、自分の唇を重ねた。

196竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 10:19:47 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「……!?」
 突然キスをされた霧澤は、驚きのあまりに目を開いてしまっていた。
 目の前にはかなり近い位置にある目を閉じた奏崎の顔。彼女も彼女で恥ずかしいのか、頬を赤くしている。
 時間はそれほど長くはなかったが、いろいろなことを考える時間があったかのように思えた。ほんの一瞬のような数秒が分や時間単位に思えた。
 奏崎は唇を離すと、真っ直ぐに霧澤を見つめる。
 何か言おうとした霧澤の口に、彼女は人差し指を当てて彼を牽制した。
「(……馬鹿。真冬ちゃんが気付いちゃうでしょ?)」
 言葉を封じられた霧澤は指が口から離れても何を言おうともしなかった。ただその代わりに、何故自分にキスをしたんだろう、と奏崎を見つめるだけだ。
 奏崎は僅かにもじょもじしたような様子で俯き始める。
 霧澤がその様子に気付き問いかける前に、ばっと彼女が急に顔を上げ霧澤の顔を見つめる。
 それから、

 ―――ずっと、好きだよ。

 その言葉は声には出ず、口ぱく状態になってしまった。そのため霧澤は聞き取れなかったと勘違いしきょとんとしている。
 告白だ。
 奏崎は真冬との約束を思い出したため、途中で声を出すのを諦めたのだ。再び顔を赤くして彼女は俯く。
「(……もっかい! もっかい目瞑って!)」
「(え……ああ、おう)」
 慌てたように言う奏崎。そんな珍しい彼女を見ながら霧澤は再び目を閉じた。
 それを確認すると、奏崎は再び茜空の方を向き直した。
「……長かったですね。彼は鈍感さんですから、きちんと言わないと伝わらないと思いますけど? 遠まわしの愛情表現は意味無いんじゃ……」
「うん。分かってる。……それでも」
 彼女は空を仰いで、呟くように言う。

「決着をつけるには早すぎる。今はまだ、片思いで十分かな」

 苦笑いを浮かべる奏崎。
 そんな彼女に茜空は思わず溜息を付いてしまっていた。まるで、最初から彼らの輪の中にいた友達のように。
 彼女は楽しそうに笑みをこぼした。
「さて、んじゃ契約前に改めて頼みましょうか」
「?」
 こほん、と茜空が咳払いをして奏崎を見つめる。
「―――力、貸してもらえますか?」
「喜んで!」
 もう一つ、新たな契約が交わされた。
 彼女達の指には茜色の水晶が埋め込まれた指輪が輝いている。


「夏樹くんっ! 早く行かないと遅刻するよ!」
「わ、分かってるって! ちょっと待てよ!」
 赤き契約の二人は急いで家を飛び出していく。
 そんな二人の後ろから、茜色の契約の二人はすっと追い越していく。
「あっ!? おい、待ちやがれ薫! 茜空!」
 呼ばれた少女達は振り返り、舌を出して一言。

「べーっだ!」

197竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/17(月) 10:41:50 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
〜あとがき〜

第四章完結いたしました。竜野翔太です。
四回目のあとがき、何を書いていいのやら。困っています。
何も書かずに終わるのはダメなので、今回のキーキャラクター、薫、九羅々、マモンの三人について。

奏崎薫というキャラは一章とかはほぼメインだったのに対し、二章三章辺りではぐっと登場回数が減ってしまったキャラです。
当初は主人公とヒロインの良き理解者ポジションだったのに、こうも容易くサブキャラ扱い。なんだか可哀想に思えてきました。
かといって今回の話が、出番少ない薫の救済編ではないのでご安心を。
今回の話は今までサブだった薫ちゃんが本格的に本編で活躍しだします。契血者(バディー)も出来ましたし。

茜空九羅々は薫の萌えの欲望を体現したキャラです。
普通の少女などには彼女は近づかない。よって、萌え要素てんこ盛りのツン少女に成り果てたのです。
正直言って名前もヘンテコですよね。よくギャルゲーとかに出てきそうな名前。
彼女はか弱い薫を守るキャラなので、マモンという強力な敵と戦っている設定にさせていただきました。
強いけど人付き合いが苦手な歩く萌え要素。これが茜空のキャッチコピーですかね。

マモンは『七つの大罪』最初の犠牲者です。
三章でレヴィアタンがやられていますが、彼は逃げ延びているので厳密には犠牲者ではありません。
多分彼が本当の姿になれば茜空も一瞬だったと思うのですが、それがずっと戦っていた相手に対する彼の愛なのかもしれません。
消滅寸前に茜空の『ありがとう』に対し彼が言った言葉も愛情を表す言葉。だからこそ、今まで愛を感じていなかった茜空も涙を流したのでしょう。
このキャラのお陰で茜空は色々な面で強くなったと思います。今では作者のお気に入りの一人ですね。

五章ではついに『あの子』の活躍です! 実際作者も早く『あの子』メインに突入したかったのです!
そして、茨瑠璃も活躍(の予定)!

第四章『金瞳編』、完結。

第五章『白弾(はくだん)編』、開始です。


真冬と薫が夏樹に告白する日は一体いつになるのか

198竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/21(金) 20:07:48 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第22話「狂気の再来」

 ズガン!! という乾いた銃声が夜の空に木霊する。銃声を鳴らしたのは、前方に銃口を向けて立っている白波涙。彼女の握っている銃からは白い煙が立ち昇っている。
 恐らく悪魔を退治したところなのだろう、彼女は銃を太ももへとしまった。
 それから物足りなそうに前髪をいじくりながら、
「んー、なんか物足りないんだよなぁ。刺激がないっつーかさ」
 白波は特に気にも留めていなかったのか、思い出したように自分の髪に視線を落とす。
 かなり伸びていた。
 通常は肩より短いくらいにしていたのだが、今では胸の辺りにまで横の髪が垂れており、肩から三センチ程度下にまで後ろ髪も伸びている。
 髪の長さに気付いた白波は溜息をつく。
「そろそろ切り時かねー。何でか私って人より髪伸びるの早いんだよね。私は長髪は似合わないんだぜ?」
 そんなことを言いながら、彼女はくるりと振り返り家に戻ろうとしたが、

 不意に、背後にある殺気を感じ取る。

「ッ!?」
 気付き振り返るが既に遅く、彼女の頭に鈍い衝撃が響き、彼女の身体はそのまま倒れこんでしまう。
 鈍器のようなものを持った人影は、倒れている白波を見下ろし、彼女を―――、

「だから、そこの答えは三なんですよ」
「……いや、だから途中式……」
「答え書いてから説明します」
「お願い。お願いだから今解説して。ホントに頼む」
 翌朝、早めに学校に来た霧澤、真冬、奏崎、茜空の四人は霧澤に宿題を教えていた。教えているといっても彼の向かいに座っているのは茜空で、真冬と奏崎は隣の席に座り、微笑ましくその光景を眺めている。
 ぎゃあぎゃあと子供のように言い合う二人を見て(厳密には霧澤しか見ていない)奏崎は、僅かに目を細めてしまう。
 真冬は言い合いを苦笑いを浮かべながら眺め、
「……あはは、いつ終わるんだろうね。数学一時間目なのに……」
「まー、いつもの事だって。気にすること無いよ」
 真冬の言葉に奏崎がそう言い切る。
 その言葉も安心できないのだが、リアクションしないのも悪いだろうと考えた真冬は、やはり苦笑いを浮かべた。
 それよりも、霧澤と茜空の勉強会が本当にダメなような気がしてきた。

「何でお前は結論ばっか急ぐんだよ! ノベルゲームとか大っ嫌いだろ、お前!」
「克服済みですよ。むしろヒロインが可愛ければ会話中の画面でも楽しめます。声も萌えますし」
「あ、薫! お前茜空にもギャルゲーやらせたのか!?」
「ふふふ、私と同居するイコールギャルゲー三昧なのだよ!」
「待ってください、薫さんを責めるのは筋違いです。責めるなら僕を責めてください」

 どんどん話の論点がズレてきている。
 自分ひとりではどうも収集できない事態になったな、と真冬が諦め本を開き始めている。
 三人のくだらない会話に終止符を打ったのは、宿題に追われてる霧澤でも、ギャルゲー大好きな奏崎でも、ギャルゲーにはまってしまった茜空でも、諦めて読書に勤しむ真冬でもなく、

 バァン!! という強く何かを叩きつけたような、教室の扉が開く音だった。

 四人が驚いてそちらを振り返ると、そこにいたのは朧月昴。彼にしては珍しく息を切らし、焦っているような表情だった。
「……朧月……?」
 意外な来客に霧澤が目を丸くしていると、朧月はずかずかと四人に近づいていき、出来るだけ小さい声で囁いた。
「……お前らに話がある。昼休み校舎裏に来てくれ」
 真剣かつ冷静な、
 朧月昴にしては珍しい声色だった。

199竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/22(土) 01:26:40 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「白波が行方不明!?」
 言われたとおり屋上へとやって来た霧澤達は、朧月の発言に思わず大声で叫んでしまった。幸い屋上には他に誰もいなかったので、このことを聞かれていはいないと思う。
 彼の話によると、昨晩に出てきた悪魔を退治しに行ったっきりらしい。白波がそこら辺の弱い悪魔に負けるような『ヴァンパイア』ではないことは誰もが知っている。
 だからこそ、行方不明の原因が分かっていないのだ。
「……白波の奴、どうしたんだ?」
「相手が本気で心配するような冗談や嘘は言わないし……」
 霧澤達も白波が姿を消した理由を考え出す。が、しかしやっぱり思いつかない。
 そこで、皆で昨日白波を見たのはいつが最後か、という話を聴くことにした。
 いの一番に口を開いたのは霧澤だ。
「俺は昨日、白波が赤宮と一緒に買い物に行くって行って、赤宮を連れて行った後から見てないぜ」
 その光景に居合わせていた真冬もこくこくと頷いている。
 次に口を開いた茜空は、
「僕は彼女のことよく知らないんで。廊下ですれ違ったかもですが、帰りは会ってないかと。僕は薫さんとすぐさま帰ってゲームしてたんで」
 早速かよ、と霧澤がツッコみそうになったが、そこはぐっと堪えた。
 朧月は白波と買い物に行った真冬に意見を求めた。
「私は涙ちゃんと買い物に行って、荷物を持っててあげたりしてたから家までついて行ったよ。涙ちゃんが家に入っていくのも見たし」
「ああ。確かに涙は家には戻ってきていた」
 朧月は真冬に賛同するように言った。
 そして悪魔が現れたのは夜の一時ごろ。その辺りまで話を遡らせていた。
「俺は赤宮と妹の梨王とでゲームしてた。『いつまでやってんの!』と母さんに怒られたからそれでやめて、俺の部屋で二時くらいまでトランプやって寝たぜ」
 真冬も頷いている。
 ちなみに、朧月が真冬に何で悪魔退治に行かなかったか、と問うと『これから出た悪魔はしばらく私に任せな。暴れたくってウズウズしてんのよ!』と買い物中に言われたかららしい。なんというか、白波らしいといえばらしい。
 その時間は、と考え出す奏崎だったが、隣にいた茜空が答えを言ってしまう。
「その時間は『今日は見たいのがありませんなぁ』と言って薫さんが寝たのはいいんですが、僕を抱き枕のように扱い悪魔退治にも行けませんでした。つまり、僕も薫さんも家にいました」
 やられていることは悲惨だが、とりあえず状況は分かった。
 当然といえば当然だが、最後まで白波と一緒にいたのは朧月だ。家から出て行方不明。普段そういうことをしそうにないだけあって、余計に心配である。

「とりあえず、放課後全員で探してみようぜ。何かあったらいけないから、『ヴァンパイア』と契血者(バディー)が組んで」

 霧澤の提案に全員が納得する。
 納得してはいたのだが、奏崎が思い出したように異を唱える。
「でもさ、私達五人じゃん? 誰か一人余っちゃうんじゃ?」
 あ、と霧澤が声をもらす。
 再び彼が考え出すと、今日の自分は冴えている! といった表情で携帯電話を取り出した。
「いるじゃねぇか。頼りになりそうかつ暇そうな奴が!」
 かなり失礼な言い方だが、許してくれそうな人物だった。
 そう、霧澤夏樹の言葉であれば、彼女は何でも許しそうだ。
 彼が電話をかけた相手は他の誰でもない、

 ―――朱鷺綾芽だ。

200竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/22(土) 21:31:02 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 学校が終わり、霧澤達は駅前で待ち合わせていた朱鷺綾芽と合流する。
 彼女はいつもどおり扇子で口元を隠しており、霧澤を見つけるやいなや彼に思い切り抱きついた。
「キャー、夏樹さーん! お会いしたかったですわ! 電話をなされた時はわたくしと契りを交わすお覚悟を決めたのかと思いましたけど……」
 頬を染めながらそんなことを言う朱鷺の頭部を、すぱーんという効果音が似合いそうな叩き方で、真冬がはたく。
 突然はたかれた朱鷺は大して痛くない頭部を押さえ、口を尖らせながら真冬に文句を言う。
「んもー、何ですの? 話すくらいいいじゃありませんの。貴女はいつも一緒にいるんですし」
「そーいう問題じゃなくて。とにかく離れたら? 暑苦しいでしょ?」
 女二人の醜い言い争いが始まる。
 男の霧澤と朧月は若干引いており、同じ性別である奏崎と茜空でさえも軽く引いている。周りの注目もかなり集めている二人だがヒートアップしてきた二人はそんなことを気にする余裕などない。むしろ注目されているからこそヒートアップしているようにも見える。
 朝の霧澤と茜空の言い合いのような『論点がずれる』論争ではなく、二人の言い合いは『論点は変わっていないが、この世で一番醜い』論争である。
 二人の論争を原因となった霧澤が間に入り、場は一時収束した。落ち着いたところで、今回朱鷺を呼び出した理由を、朧月が話す。

「ほほう。白波さんが行方不明ですか。マモンの件が終わり連絡を取っていなかったので、そんなことになっていたとは思いもしませんでしたわ。単なる家出というわけでもないようですわね」
 朧月は朱鷺の解釈に頷
 霧澤の提案により二人一組で手分けして探そう、という話になると朱鷺の眼がキラリと輝く。そう、眩しいほどに。
「ではわたくし、夏樹さんと組みますわ! 早い者勝ちですわよね!?」
 がっしりと霧澤の腕にしがみつく朱鷺。だが、それを許さないのが彼の契血者(バディー)の赤宮真冬と、最強幼馴染の奏崎薫である。
 二人は勝手なルールを決める朱鷺に反論を開始する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなルール無効だよ! ここは契血者(バディー)の私が!!」
「いやいや、ここは公平を期してくじで決めましょう! 私、こんなこともあろうかとくじを持ってきてるのよ!?」
 霧澤と組もうと必死になる奏崎に反応したのが、奏崎至上主義の茜空九羅々である。
「ちょっと待ったですよ! くじなんて不要! 薫さんのペアは僕です!!」
 止めてくれないんかい、と心の中でツッコむ霧澤。そんなやり取りを少し離れた場所から朧月が呆れながら見つめている。
 そんな中絶体絶命少年の霧澤夏樹が朧月に助けを求めようと彼と視線を合わせるが、

 ふい、と視線を逸らされてしまった。

 絶望の淵に陥れられた霧澤。
 彼が知らないところで結局ペアはくじで決めることになり、やっぱり『ヴァンパイア』と一緒の方が色々な危険から身を守れるので、契血者(バディー)と『ヴァンパイア』で同じ番号を引いた者同士がペアになることが決定した。
 この時点で霧澤とのペアが実現可能な真冬と朱鷺はめらめらと闘志が燃え盛っていたが、実現不可能になってしまった奏崎は表には出さないかなりのショックを受けていた。

201竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/09/28(金) 23:12:00 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 どうしたもんか。
 霧澤夏樹は夕方に差し掛かる前の人通りが割りと多い街で茫然と考える。
 彼が『どうするか』迷っているのは白波を捜索するための手立てではなく、彼がくじで一緒に行動することになった朱鷺綾芽のことだ。彼女は霧澤と遺書になったことで、幸せそうな表情を浮かべ完全に舞い上がっている。霧澤からしてみれば舞い上がっている理由は不明で、相談どころではない。
(これだったら話し辛いけど、茜空の方がマシだったな……)
 絡みやすさよりもまだ会話になりそうな相手を選ぶ始末だ。それだったら一番都合が良いのは真冬か奏崎であるのだがあくまで、朱鷺綾芽と茜空九羅々という『そこまで親しくない人物』を比べた時の話である。
 彼の苦悩を知る由もない朱鷺も、ただ舞い上がっているだけではない。
 彼女は幸せそうな笑みの裏には、想像しがたいほど深いところまで考えていた。
(……さて、どうしましょうかね)

 彼女は街行く人々の会話に聞き耳を立てていた。
 まずは『耳』からの情報収集だ。
(当然ながら『白髪の娘が攫われた』、という噂はないようですわね。消えたのは深夜。会社勤めの方々もとっくに帰宅しているでしょう)
 次は己の『眼』を頼りにする。
 知っていそうな、そんな人物を見つけようとするのだが……。
(当然ですわね。見当たりませんわ。まず噂がないのですし……知らない方がほとんどでしょう)
 知られても厄介ですけど、と彼女は軽く思いながら自分の思考を展開する。
(白波さんと朧月さんの仲からして家出ではない。となると、誘拐? まさかですわね……。彼女がそんな安い手に引っかかるでしょうか? 不意打ち? 考えられる可能性はいくつもありますけど、現実的なのは……)

「朱鷺!」
 突然、自分を呼ぶ霧澤の声で朱鷺はふと我に帰る。
「あ、はい?」
 彼女にしては珍しく慌てたような声。それに違和感を感じないほど鈍い霧澤ではなかった。時として彼は勘が鋭い。人の感情や気持ちに対する時には異常なほど敏感になる。
 霧澤は距離が空いてしまった朱鷺の元へと駆け寄りながら、
「一人で勝手に行くんじゃねーよ。見失ったらどうすんだ」
「……あ、すいません。少し考え事を……」
 霧澤の言葉に朱鷺は苦笑いを浮かべながらそう返す。
 霧澤は溜息をついて、
「お前な、一人で悩むんじゃねーよ。今回はお前だけの問題じゃなく、俺や真冬も協力してるんだ。皆を頼っていいんだぜ? ってか、一番近くに俺がいるんだから、俺をまず頼れよ」
 霧澤の言葉に朱鷺は頬を赤く染める。
 自分の好きな人が『俺を頼れ』と言ってくれた。
 彼女は嬉しさで爆発しそうな自分の感情を制御して、扇子の裏側でうっすらと笑うと、
(……だから、ダメなんですよ……)
 彼女は思う。
 再確認した自分の気持ちをしっかりと抱いて。

(……だから、そんな貴方だからこそ、わたくしは貴方を真冬さんから奪って独り占めしたくなりますのよ……)

 朱鷺は霧澤の手を軽く握り、小走りをしながら、
「さあ、行きましょう!」
「お、おい!? 行くってどこに!?」
 彼女は微笑みながら、
「ゆっくり話せる場所ですわ。二人で相談しましょう!」
 付け加えるように、心の中でそっと思う。
(……二人の将来のことを……。……なんちゃって)

202竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/10/05(金) 22:40:36 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 実のところ、朧月昴はこの上なく困っていた。
 理由は傍らにいる茜空九羅々であるのだが、別に彼は子どもが嫌いというわけではない(背が低いだけで同い年かもしれない)。ただ、彼女がさっきからこちらには見向きもせずに辺りをきょろきょろしている。こちらとコミュニケーションをとる、という考えは彼女の頭に無いようだ。
 朧月自身もそんなに喋る方ではないが、話を振られれば普通に答えるし、会話を続ける努力はしているつもりだ。しかし、ここまで何も話してくれないと気分的に重い。
 『どうやって涙を探そうか』とか『何で姿を消したと思う?』と聞いても『ハン、話かけないでもらえません? 今考え事してるんで』とか鼻で笑いながら一蹴されそうだ。
 しかし、沈黙が続いても嫌なので、朧月は思い切って茜空に問いかける。
「……、どうやって涙を探す?」
「ハン、話しかけないでもらえません? 今考え事してるんで」

 予想通りの言葉で鼻で笑いがら一蹴された。

 彼女は相変わらず朧月を見ずに、辺りをきょろきょろしている。
 どうやら本当に彼と仲良くする気はないようだ。
「……お前な、少しは話そうとはせんのか」
「無駄ですもん。それに僕、貴方のことよく知らないんで。得体も知れない人間と話したくありません」
 霧澤は違ったのか、と問いたくなったが、そう問うと無言で睨まれそうな気がしたからやめた。
 恐らく奏崎が信頼している人物だから大丈夫と確信したんだろう。奏崎、俺も信頼してくれと今すぐに言いたい。
「……まあ、あれです。闇雲に探したって見つかるわけねーだろうが、馬鹿アホ間抜けってとこですかね」
「……お前、俺に対して極端に口悪くね?」
 そういうもんです、と茜空が返すが朧月は納得していない。納得できない。
 朧月は思い出したように、再び茜空に話しかける。
「そういや、お前奏崎と契血者(バディー)になる前から、アイツの声を聞いてたんだってな」
 ぴたり、とすごく自然な仕草で茜空の一切の動作が止まった。
 彼女は眼帯をつけていない左目で朧月を見ると、
「誰から聞きました?」
 今までとは明らかに違う、真剣さを感じさせる口調で聞き返す。
「霧澤から」
「なるほど」
 朧月の答えに茜空は驚きもしなかった。
 彼には話したのだし、身近な人間には話しているだろうな、と思ったのだろう。茜空はくるり回り身体の向きを朧月に向ける。
 付け加えるように、彼女は口を開く。
「―――聞いていた、といえるほど手軽なものじゃありませんでしたけどね。決まって聞こえたのは僕が眠りに落ちた時。夢の中で、何度も何度も僕を読んでいたんです。……で、いきなり何ですか。そんな事を聞いて」
 茜空がふと思った疑問を口にした。
 会話の糸口だろうか、と彼女は考えたが、どうやら朧月はそんな事を考えて話してなかったようだ。
「涙が言ってたんだけどさ、『多分それ、二人が契血者(バディー)になる予兆だったんじゃないの?』ってさ」
 それを聞いた茜空は信じられないというような表情で、
「……奇想天外過ぎます。それに、僕が薫さんの声を聞いてたのって気付いたらだし、物心ついた時から声を聞いてました。出会う前から聞いていたなんて―――」
「だからさ、」
 朧月が彼女の言葉を遮るように言う。

「そういうのが、運命って言うんじゃないの?」

 ズドン!! と金属で殴られたような痛みが朧月の横腹を直撃し、彼の身体がくの字に折れ曲がる。
 彼は膝をついて激痛が走った横腹を押さえる。隣にいる茜空が手で拳を作っていたので、彼女の仕業であることには間違いないのだが、金棒を使っていなかったということにびっくりする。
「……てめぇ、何しやがる……!」
「いや、まさか貴方の口から『運命』とか言われると思ってなかったので。鳥肌肌が立って気持ち悪かっただけです」
 確信した。
 茜空九羅々は朧月昴のことが大嫌いだ、と。
「ほら、とっとと立ってください」
 彼女は膝をつく朧月に言う。
 ただ言ったのではなく、彼に手を差し伸べながら、だ。
「―――白波さん。早く見つけましょう」

 ―――こういう些細な気遣いが、彼女の良いところなのかもしれない。

203竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/10/06(土) 10:17:50 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 予想はしてはいたが、やはり見つからなかった。
 待ち合わせ時刻になってしまい、真冬と奏崎は時間が近くなってきたのに気付き、いち早く引き返していたのだが、
「ありゃ、ちょっと早かったね」
 着いたのは七分前。
 霧澤・朱鷺ペア、朧月・茜空ペアが近づいてくる気配も無く、二人は時間までここでゆっくり待つことにした。
 しかし、二人の間には会話が無い。白波を探している時も、必要な言葉だけを交わしていた。
 だがそれは決して仲が悪いから、とかではなく、

((……話しかけづらいなぁ……))

 もしも、奏崎が『ヴァンパイア』のことや真冬の正体を知っていなければ、話しづらくなることはないだろう。それまでは普通に話していたのだから。だが、今二人が話しづらくなっている理由は似通っている。
 真冬は『契約のため霧澤とキスしていることを、奏崎は知っている』で奏崎は『真冬に内緒で霧澤とキスしちゃった』ので、お互いに気まずくなっているのだ。それに付け加え、奏崎は一足先に霧澤に告白も済ませてしまっている。余計に気まずい。
 しかしここは気遣いの出来る赤宮真冬。
 彼女は意を決して奏崎に話しかける。
「……ね、ねぇ薫ちゃん」
「ふぁいっ!?」
 いきなり声をかけられ変な返事をしてしまう奏崎。
 何一つ悪いことしてないのに僅かな罪悪感に、真冬は苛まれてしまう。
 奏崎は驚きで乱れた呼吸を胸に手を当て整える。落ち着いた様子で、彼女は真冬を見つめ『どうしたの?』と問い返す。
「……あ、うん。あのさ、夏樹くんって昔はどんな人だったの? 今と同じで、人のために頑張れる人だった?」
「ああ、夏樹ね……。人のために頑張れる、というよりは……何事にも一生懸命ってイメージかな」
「何事にも?」
 真冬が聞き返し奏崎はこくりと頷く。
 奏崎は夕方の赤く染まり始めた空を見上げながら言葉を続ける。
「私はアイツを小さい時から知ってるから。でも実際物心ついたのはそれよりずっと後だから、記憶にあるのは小学校の頃ぐらいから。親が離れてる私を楽しませてくれて、知らないことを教えてくれて、困ってる時には助けてくれて、泣いてる時には励ましてくれた。その頃からじゃないかな」
 奏崎は一度言葉を区切って、

「私が夏樹を好きになったのは」

 真冬は自分が霧澤を好きになった理由を思い出す。
 彼と知り合ったのはつい最近のことだ。『四星殺戮者(アサシン)』の件では、眠ってしまった霧澤に泣き叫んだ。彼が無事だと分かって安心して、それで好きになったのは間違いないが、
 自分は日は浅いけど、奏崎には及ばないかもしれないけど、
 思い出だけはたくさんある。
 強力な悪魔のフルーレティと戦ったり、朱鷺綾芽と霧澤を取り合ったり、茜空と一緒に奏崎を守るためにマモンと戦ったり。そして、これからもそんな思い出を―――
「薫ちゃん」
 真冬は奏崎は呼ぶ。
 彼女はきょとんとした表情で振り返り、真冬と目を合わせる。
 きりっとした、一つの大きなことを決意したような赤い瞳を持った真冬と見つめ合う。

「私、負けないよ!」

 奏崎には何のことか分かったようだ。
 彼女は楽しそうな表情をして、息を吐いた。
「望むところだよ」

 ちょうど皆が帰ってきた。
 二人は決意を固めて、それぞれの家へと戻っていくのだった。

204竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/10/08(月) 17:28:08 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 翌日。
 再び白波を探すことにした霧澤達は、今の六人では見つからないだろうと思った霧澤の提案により、もう二人追加することにした。
 だが、いくら人手がいるといっても『ヴァンパイア』とは無関係な滝本美々を巻き込むわけにはいかないので、霧澤はこういう時に手を貸してくれそうな二人に声をかけていたのだ。
 捜索組六人は駅で、その二人と待ち合わせをしていた。
 場所に着くといたのは腰くらいの金髪を持った美女、汐王寺百合と彼女の契血者(バディー)である茨瑠璃の二人だ。
「って、汐王寺さん!? ってことは、あの人も『ヴァンパイア』と関係あるの? もしかして側にいるちっちゃい子? いつからなの!?」
 一番びっくりしたのは奏崎だ。
 無理もない。彼女は汐王寺とは顔見知りなわけなのだから、余計に驚いたのだろう。
「驚いたぜ。まさか奏崎も関わっていたとはな。しかも、契約の相手は夏樹と真冬ちゃんが注意しろって言ってた『ヴァンパイア』か。ま、これで以前ほどの脅威もねーだろ。で、昨日夏樹から電話で聞いてはいたが、もう一回詳しく聞かせてくれ。今回の事件を」

 説明をしたのは白波の契血者(バディー)である朧月だ。
 彼は子供の茨にも分かるように丁寧に説明した。茨も黙ってこくこくと頷いていた。
 説明が終わると汐王字は腕を組み、
「まあ任せとけ! お前らにはブルーレディの時に世話になったし、協力してやるよ!」
 フルーレティな、と霧澤はやんわりとツッコミを入れる。
 そこで昨日と同じように再びペアを決めることになった。奏崎が例のくじを用意すると、すっと茜空が手を挙げた。
 何か言うのか、と思い全員が茜空に視線を向ける。
「……薫さん、今回。僕が夏樹さんとペアで良いですか?」
「へ?」
 奏崎は間の抜けた声を出していた。
 彼女が返事をする間もなく茜空はすたすたと霧澤に近づいていき、彼の腕を掴む。
「ちょっと、話したいことがあるんで」
 朱鷺ほどの脅威も秘めていないのが分かっているのか、真冬もそこは文句を言わずに了承した。
 奏崎はぽかんとした様子で黙っていたが、彼女の次の一言で戦争が始まる。

「じゃ、じゃあ……今回はなりたい人とにする?」

 瞬間、汐王寺百合と茨瑠璃の目が光った。
 汐王寺は真冬の肩に手を置き、茨は奏崎に抱きつきだす。
「じゃあ俺は真冬ちゃんと組む! 色々話したいこともあるしな!」
「じゃあ私はこのお姉ちゃんがいい! お兄ちゃんのこといっぱい聞きたい!」
「「えぇっ!? 私!?」」
 真冬と奏崎は同様の反応をして、自分を選んだパートナーにぐいぐい引っ張られていく。
 茜空も霧澤に行くように促し、結局その場に残った朧月と朱鷺が必然的にペアを組むことになった。
「勝手な奴らだ」
「勝手な方々と関わる貴方も勝手、わたくしも勝手ですわよ。皆様に遅れを取りたくはありませんので、行きますわよ」
 結局のところ、朧月も朱鷺に促される形で捜索を開始する。

 今回、選ばれた人達は、選んだ人達にぐいぐいと引っ張られていく羽目になった。

205竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/10/13(土) 13:37:13 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霧澤は正直、茜空九羅々が苦手だ。
 あまり話したことがなく、何を話せばいいか分からないのも理由の一つだが、彼女とは性格ややり方などが、基本的に自分と一致していないと思う。正直なところ、誰かから一〇個質問されれば、茜空は霧澤と違う答えを言うだろう。それほど仲が良くない、と思える滝元であっても二、三個一致するだろうと霧澤は思っている。
 つまり、自分と何一つ一致しない茜空が、霧澤にとっては意外な天敵である。
 しかも自分から指名しておいて、白波捜索から十分程経過しているにも関わらず、未だに言葉を交わそうとしてくれていない。自分のこと嫌いなんじゃないだろうか、と勘違いしてしまうが、無口なのが彼女にとってデフォルトなのだろう。
 いよいよ気まずくなってきた霧澤は、こちらから話をかけるという手段を取った。
「……なあ、茜空。そろそろ話してくれてもいいんじゃねーの? 何で俺と一緒になったんだよ」
 茜空は視線をこちらに向ける。
 常に無表情だからか、やけに不自然そうに見える。というか視線が怖い。
 彼女は視線を逸らし、溜息をついた後口を開いた。
「では、単刀直入に聞きますけど、貴方は実際どう思ってるんです?」
 唐突だった。
 聞きたいことしか聞いていないような質問。だが、白波を捜索している今を考えると、質問の内容も推測できる。恐らく、白波が突然消えた理由をどう思う? と聞いているのだろう。
 霧澤は考えるような仕草をした後、
「どうなんだろうな。家出でないとすると、誘拐とか? でも、アイツは簡単に攫われるような……」
「それは、人が相手だった場合です」
 茜空は遮るように、霧澤の言葉に自分の言葉を重ねる。
 彼女は続けて、

「確かにそこらの下級悪魔じゃ、攫うなんて知恵も回らないだろうし、たとえ五〇体集まろうが彼女を倒すことも、ましてや殺すことも出来ないでしょう。ですが、相手が二人以上の上級悪魔―――、もしくは僕と同じ『ヴァンパイア』だったなら、話は別でしょう?」

 霧澤はハッとした。
 いるはずだ、否、いたはずだ。白波を敵視している『ヴァンパイア』が二人以上。霧澤は記憶に鮮明に残っている。その人物の顔を思い浮かべると、直ったはずの身体の傷が疼きだしたような気がした。
 茜空は腕を組みながら、
「僕も詳しくは聞いてません。ですが、昨日捜索途中に誘拐という線を考え出した僕は、朧月さんに聞いておいたんですよ。白波さんに因縁を持っている『ヴァンパイア』はいるか、と。ドンピシャでした。彼らとの戦いには、貴方も、貴方の契血者(バディー)も参加していたようですが?」
 そうだ。
 自分が思い当たっている人物が、茜空の言う『白波に敵意を持っている相手』なら、恐らくこいつしかいないだろう。それに、自分の直ったはずの傷が疼きだす理由もなんとなく分かる気がする。
「僕が今回、貴方と一緒に行動したいと言った理由は、貴方の意見を第一に聞きたいからですよ」
 霧澤は、自分が今思い浮かべている人物を口にした。

「―――、紫々、死暗―――」
 そう、と茜空は霧澤に同意する。
 彼女は彼ら『四星殺戮者(アサシン)』が、白波を攫ったのではないかと考えていた。
「あくまで、僕の推測でしかありませんが……彼らが犯人という確率は高いです」

206竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/02(金) 23:46:53 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 茜空から真犯人という可能性が最も高い人物、紫々死暗の名を聞かされた霧澤は、急遽真冬や奏崎に集合場所に戻るように連絡をした。案の定全員が僅かに慌てたような表情をしている。
 それもそうだ。
 いきなり『今すぐ戻ってきてくれ』なんて言われたら緊急事態なのかと焦ってしまう。そんな事を言われて喜んで飛んでくるのはこの中では朱鷺綾芽ただ一人だ。
 霧澤は戻ってきた皆に茜空から聞いたことの全てを話した。前に紫々死暗に身体を斬られた、と話したら奏崎と汐王寺、茨、更には朱鷺までも表情を凍らせ、言葉を失っていたが説明を続けた。
 一通り説明が終わると、珍しく真冬が口を切った。
「夏樹くんやクララちゃんの言うとおり、彼らが関わっている可能性は高いと思う。仮にも『四星殺戮者(アサシン)』と思い切り関わった私から言わせてもらえば、だけど」
 真冬にしては妙にはっきりとした口調で告げた。
 『四星殺戮者(アサシン)』の名前を出すと、朱鷺が思い出したように挙手して発言しだす。
「そういえば、近頃魔界で紫々兄弟の行方が分かってないとか。魔界のレーダーは人間界ではうまく作動しないので、恐らく……」
「つーかそれ、恐らくじゃねーだろ」
 朱鷺の言葉を遮るように朧月が口を挟んだ。
 彼の言葉に霧澤と真冬が頷き、次いで奏崎、茜空、汐王寺、茨もこくりと頷いていく。
 満場一致の結果に朱鷺は溜息をつき、咳払いの後に言葉を変えて、
「確実に、彼らは関わっているでしょうね」

「―――遅すぎだろォがよ」

 ぞっとする聞き覚えのある声に、霧澤、真冬、朧月の三人は一斉に声の方向に振り返る。
 街頭の上。しゃがみこむような体勢でこちらを見下ろしている一人の人物。霧澤を毒で犯し、真冬との戦いで敗れた『四星殺戮者(アサシン)』のリーダーがそこにいた。
 紫々死暗だ。
 彼は右腕に装着した鉤爪のような武器をがちがちと鳴らしながら、
「遅ッせェよな、遅ッせェよ!! 俺らをだすだけでどんだけ時間食ってやがんだ、このポンコツどもが! まあ、時間はテメェらがどれだけ浪費しようが知ったこっちゃねぇけどさ、結論とかはもったいぶらずさっさと言った方が懸命だぜ?」
 紫々の言葉に、全員が眉をひそめる。
 全員の疑問を、朧月が代弁して言う。
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。さっきお前らは、俺らが何の犯人だって気付いたんだっつの」
 そこで真冬ははっとする。
「涙ちゃんに何かしたの!?」
 真冬にしては珍しく力強くも相手を威嚇するような大声。しかし、そんな真冬の声でも紫々は表情を変えない。むしろ、今まで以上に楽しそうな笑みを刻んでいる。
 鉤爪をがちがちと鳴らしながら、
「さァな。俺はぶっちゃけあの女はどーでもいいんだよ。だが、『あの人』はモノを大事に扱わねぇ。早くしないと、壊しちまうぜ?」
「……ッ!!」
 紫々は小さな紙切れを、真冬の元へと落とす。
 真冬はそれをやや不機嫌そうに受け取る。
「そこに書いてあるのは潜伏場所だ。白波涙を返してほしけりゃそこへ来るんだな」
 紫々はそう言うとその場から飛び去っていった。
 彼が消えた後、真冬は折りたたまれてある紙切れをゆっくりと開いていく。彼女の周りに霧澤達が寄り、紙切れに記されている場所を確認する。
 途端に全員が戦慄した。
「―――こ、ここって」

207竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/03(土) 22:18:40 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 白波涙は目が覚めた。
 といってもはっきりと意識があるわけではない。意識は朦朧としているし、瞳は虚ろなまま薄っすらとただ開いているだけと同じだ。そんな彼女は本能的に辺りを見回してみる。目を開けて数秒後、両腕を後ろで戒められていることに気付き、さらに数秒後にどこか分からない廃屋のようなところにいると判断できた。
 彼女は薄暗い部屋の全体を見ようと頭を動かそうとしたところで、後頭部に激痛が走る。
「……ッ!?」
 その痛みでようやく彼女は全て思い出した。
 深夜に悪魔を退治しに行った事。髪の長さを気にしていたら突然背後から襲われたこと。犯人を見ようとしたがその前に意識が途切れてしまったこと。
 ここまで来てようやく自分は拉致されたのだと理解した。
「……ここは、一体……?」
 彼女がそう呟いたと同時、右手に鉤爪を装着した男が近づいてくる。
 彼は不気味な笑みを浮かべたまま白波に近寄った。
「よォ、お目覚めかよ」
「……紫々、死暗……? 私をここへ拉致ったのはアンタってこと? それとも『四星殺戮者(アサシン)』が関係しているの?」
「キヒヒ、やっぱお前はそう考えるんだな。あらゆる可能性を考えて、その上で打開策を練る。弟みたいでイラつくぜ」
 紫々はそんなことを、鉤爪をがちがちと鳴らしながら言った。
「兄さん、僕を小賢しいみたいに言わないでよ。頭が足りてないのは兄さんの方なんだから」
 部屋の隅から聞こえる声。
 夜目にも慣れてきたせいかそこに誰がいたのか分かった。いや、言葉を聴いただけで誰かは明白だろう。紫々死暗を『兄』と呼ぶ時点で、答えは決まっている。
 そこにいるのは紫々伊暗だ。
 彼がいるのは部屋の隅だが、壁際の白波とかなりの距離がある。それだけでここはかなり広いんだと予測が出来た。
「それと白波涙だっけ? 君の予測は大ハズレだよ」
 伊暗は立ち上がりながらそう言った。
 彼はポケットに手を突っ込んで、壁に背を預けながら続きを口にする。
「今回の件に『四星殺戮者(アサシン)』は無関係さ。そもそも、誰が壊滅させたと思ってんの? 君らにやられてから日が浅いわけじゃないんだけど」
「……じゃあ、一体誰が……」
「キハハハハ!! やっぱり、魔界でのことを大体把握しているテメェでも知らなかったかァ!! 俺らが、実は『三兄弟』だったなんてなァ!!」
 白波は言葉を失う。
 紫々死暗の弟に伊暗がいることは知っていた。死暗が『四星殺戮者(アサシン)』を実質的に動かし、その作戦を綿密に立てるのが伊暗というのがスタイルだった。
 彼らの上にさらにいたということは初めて知った。
「紹介しよう! アイツこそが、俺ら紫々兄弟の長男ぐふぅっ!?」
 左手で白波から見て右側を指し、もったいぶる紫々の顔に警棒が直撃する。そのため、紫々の言葉が不自然に途切れ、彼は地面に倒れこんでしまった。
 右側から不機嫌そうな溜息が聞こえ、紫々兄弟のトップは口を開く。
「だーれが長男よ。人を勝手に男にすんなっての。えーと、シロナミ? シラナミ? まあどっちでもいっか」
 かつこつとブーツの音を鳴らしながら、紫々兄弟、改め紫々姉弟の長女が白波の目の前まで歩み寄ってくる。
 腰近くまで伸びた紫の髪に、髪と同色の鋭い瞳。ニーハイブーツを着用したスタイルの良いその女性は、転がっている警棒を拾い上げ。腰のベルトに挿し込むと、
「初めまして、だけは言っておこうか?」
 腕を組んで自分の名を告げた。

「どーもー。紫々三姉弟の長女、紫々浪暗(しし ろあん)でぃーす♪」

208竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/09(金) 23:22:23 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

「―――紫々、浪暗―――?」
 どんな敵が攻めてきてもいいように、魔界からかなりの情報を集めていた白波でも紫々兄弟に姉がいるなど初耳だった。
 兄の紫々死暗は暗殺部隊『四星殺戮者(アサシン)』のリーダーであるから、有名なのは分かる。それを裏で仕切っているのが弟の紫々伊暗だ。この話も結構有名になってしまっている。
 それに比べ、姉は表舞台に顔を見せていない。そのためか、認知度が低いのかもしれない。
 彼女はニコッと笑みを浮かべ、きょとんとする白波に、

 ゴッ!! と拾った警棒のようなステッキで白波の顔面を殴りつける。
「……ッ!?」
 何が起こったのか分からない白波。
 彼女は大きく目を見開いていた。殴られたと気付くのに数秒の時間を有した。
 浪暗は片手で器用に警棒のようなステッキを回しながら、
「あー、愉しいわ。やっぱ何度やっても飽きないわよねー。こうやって、」
 さらにもう一度。
 浪暗は抵抗が出来ない白波の頭部を強く叩きつける。抵抗も出来ず、かわすこともままならない白波は、ただただ殴られるしかなかった。
 一方で、理不尽な攻撃を加える浪暗は楽しそうな表情を浮かべている。
「無抵抗な人間をなぶるのってさァ」
 浪暗は僅かな呻きをあげる白波の顎を、警棒のようなステッキの先でくいっと上げる。視線をこちらに向けるように。
 彼女と目を合わせれば浪暗はつまらなそうな顔をして、
「そういえばさぁー、何で私がアンタを攫うように命令したか分かる?」
 白波は質問に答えようと思考を働かせるが答えが出ない。
 殴られたダメージで考えるどころではないのだ。元々疲弊していたのもあって、今の彼女にとっては殴られるのでさえ大きなダメージだ。
 白波は朦朧とする意識の中、必死に言葉を紡いだ。
「……仇、討ち……?」
「はい残念ー♪」

 ガッ!! とさらに彼女の顔を浪暗の理不尽な攻撃が襲う。

 浪暗はくるくると手で警棒のようなステッキを回しながら、
「そんなこと私が考えるわけないでしょー? 勝手に行って勝手にやられてきた弟達を哀れむかっての。私はただ個人的に赤宮真冬達が気に入らないだけよ」
「……?」
 言われても白波は納得できていない。
 今の状態で思考を働かせるのに無理がある。本人でもそれは感じていた。
 浪暗は笑みを浮かべたまま、

「ただっ、アイツらがっ、気に入らないだけよっ! だからっ、アンタを餌にしてっ、助けに来たアイツらを、ここで根絶やしにするっ!! そういうわけ」
 ガッ、ゴッ、ドンッ!! と白波を殴る音が連続する。
 散々殴られた白波はそのままぐったりと気を失ってしまった。無理も無い。疲弊しきっている上に何度も殴られたのでは、彼女じゃなくとも気を失うのはおかしいことではない。

 浪暗は壊れてしまった道具を見るような目で白波を見つめ、やがて重たい溜息をついた。
「なんだぁー、もう終わっちゃったのかー。つまんないなぁー」
「姉さん。あんなにボコったら当然だよ」
「んもー、伊暗ってば。そんな素っ気無い返事返さなくてもいいじゃーん」
 ぶー、と頬を膨らませて最大限の可愛さアピールをする浪暗だが、伊暗にばっさり『可愛くないから』と言われてしまう。
 浪暗は警棒のようなステッキをベルトの間に挿し込み呟く。

「ま、いいか。いい加減自分達が弱いって気付かせてあげるよ。強いと勘違いしてる赤い吸血鬼さん♪」

209竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/24(土) 22:46:59 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第23話「狂気粉砕へ」

 白波を攫った犯人が紫々死暗だと判明した日の深夜。真冬はこっそり霧澤の部屋から出て、家からも出る。別に家出というわけではない。彼女は携帯電話で呼び出されていたのだ。場所は朧月病院の屋上。呼び出したのはこの病院の院長の息子である朧月昴だ。
 真冬が屋上へと行くとそこには朧月の他に朱鷺綾芽、茜空九羅々、茨瑠璃の姿があった。茜空と茨は真冬と同じように契血者(バディー)の奏崎を連れて来ていない。
 着いた真冬はとりあえず、契血者(バディー)を連れて来ないように、と念を押した理由を聞いた。
「白波が何処にいるか、それはもう全員分かってる。だが、場所を知った霧澤は動くかも知れねぇ。まずは作戦を立てる。赤宮、お前には奴を制止してほしいんだ」
 え、と朧月の言葉に微かに驚いたような反応を見せる真冬。
 しかしながら、扇子で口元を上品に覆っている朱鷺は、真冬に視線を向けながら反論じみた言葉を放つ。
「別に貴方が危惧しなくても夏樹さんは大丈夫だと思うのですが。夏樹さんもそこまで馬鹿じゃありませんわ。むしろ、こういう時こそ彼はよく考えて行動するんじゃ―――」
「だと良いですけどね」
 朱鷺の言葉を茜空が遮る。
 彼女は屋上のフェンスに体重を預け、腕を組みながら立っている。妙にその体勢が格好よく映っている。この体勢が似合うのはこの中では、茜空と朧月だけだろう。だが、朧月は壁に寄りかかったりはしていない。
 茜空のオレンジ色の左目が、僅かに光って見える。
「敵や囚われている人間にもよるでしょう。少なくとも、僕の時は状況が状況で考えてる余裕もありませんでしたがね。敵はかつての大敵。囚われているのは白波さん。まー、後先考えず行動しそうですよね。しかも、紫々が言った『早くしないと壊す』という宣告。この発言をどこまで信じるかは自由ですが、少なくとも僕は危機感を感じています。本当にやりかねないなっていう、危機感をね」
 発言に、朱鷺は反論する材料が無いのか黙り込んでしまう。
「過去のこともあって、煽られちゃ、お兄ちゃんも焦っちゃうと思う。今回は、ちょっと冷静さを欠いちゃうかも」
 茨の発言に、更に朱鷺は気まずくなり扇子で顔を隠してしまう。
 その光景を珍しく思いながら真冬は、朧月に問いかける。
「だとしたら、乗り込むのはいつになるの? 私もクララちゃんと同じで紫々は本気だと思う。私達が遅れれば遅れるほど涙ちゃんの命の危険性は上がるよ」
「まあ待て。最近お前霧澤に似てきたな。まずは情報収集だ。つーわけで朱鷺、お前一回魔界に戻って調べて来い」
 指名された朱鷺は、顔を隠していた扇子を払い、『はあ!?』という抗議の声を漏らす。
 彼女の甲高い声が夜空に大きく反響した。
「ええー? まーたわたくし裏方ですの? 久しぶりに暴れられると思ったのに」
「契血者(バディー)がいなくて自由に動けるのがお前しかいないんだよ。いいから従え」
「命令口調が腹立ちますわ!」
 口を尖らせて抗議体勢の朱鷺に、朧月は額に手を当てて溜息をついた。『この手を使うか』と朧月は用意していた切り札を使うような台詞を吐き、朱鷺にこう宣言した。

「任務を全うした暁には霧澤と一晩過ごせる券」
「乗りましたわ!!」
「ちょっと待ってよ昴くん!?」

 朧月の発言に朱鷺が快く(目は血走っていたが)了承し、朧月のとんでもない提案に真冬が半ギレする。
 その光景に茜空が溜息をついている。ぶっちゃけ霧澤と誰がベッドインしようが彼女には興味が無いし、その過程で霧澤との間に誰との子供が出来ようとも彼女には関係ない。そんな深いところまで考えているが、ぶっちゃけるとどーでもいい。いつの間にか三人の話し合いに『私も頑張るから今度お兄ちゃんと遊びたいー』などと茨も混ざった。こりゃ長く続きそうだと考えた茜空は馬鹿馬鹿しくなって一人だけ先に帰ることにした。
 結果的には朱鷺が任務を全うしてくるので、真冬は霧澤を全力で守ることになった。茨の提案にいたっては、好きにすれば良いという結論にいたった。

210竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/25(日) 21:21:42 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 馬鹿どもの激しい論争が白熱する中、茜空九羅々は一人でさっさと帰っていた。
 理由は馬鹿どもに付き合いきれないと思ったからである。あのままあそこにいては、自分も何らかの流れからあのどうでもいい話に巻き込まれそうな気がした。多分朱鷺あたりが『自分には関係ないと思っていたら大間違いですわよ!』などと言ってきそうな気がした。
 ぶっちゃけると、彼女は霧澤夏樹に対して特別な感情は抱いていない。友達といえばそれまでである。本来ならば嫌ってしまいそうな人格だが、奏崎の友人(片思い中の相手)なら無下に嫌うことも出来ない。だから無理矢理といえば無理矢理、彼に対して好意的に接している。しかし、それも表面的な話であって、彼と二人になれば彼へ敵意を少々向けてしまうし、嫌悪感を少なからず放出する。
 彼女があの場から去った理由はもう一つある。それは奏崎が気になったわけではない。ただ単に一人で考え事をしたかったからだ。
 彼女は暗い夜道をとぼとぼ、という効果音が似合いそうな足取りで進んでいく。時折道の端に立っている街頭の光の眩さに僅かに目を細めたりしながら彼女は家路へと向かう。
「……なんつーか、かなり悠長ですよね、あの人達」
 溜息でもつきそうな口調で茜空がぽつりと呟く。
 オレンジ色の瞳で空を見上げる。眼帯によって隻眼となっている彼女のオレンジ色の瞳には、暗い夜空に浮かぶ星々を映し出していた。きれいだ、と思う。ただ素直に、率直な感想を彼女は抱いた。
「どっちにしろ、遅かれ早かれ紫々は行動に出る。それもこっちが看過できないような。それから動くか、その前に動くか。どっちにしろ今の状態では前者の方になりそうですね」
 彼女は退屈そうに自分の髪をいじりながら言う。
 街頭の下に彼女がいれば、その銀色の髪は自ら輝きを放っているかのように光りだす。
 その美しい輝きを誰の瞳に映すこともなく、彼女は一人で呟き続ける。
「こっちの戦闘要員は僕を含めて三人。朱鷺さんを入れて四人。ちょいとキツイような気もしますね。やっぱ白波さんが抜けた穴はデカイですね」
 でも、と茜空は続けながら右手を夜空に向けて伸ばす。当然だが何も掴めはしない。
「その大事な彼女を助け出すために僕らが尽力しないと、ですよね」

 分かってます、分かってますよと言いながら彼女は家路へと向かう足を急がせた。

211竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/27(火) 16:42:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 今は何時だろう?
 目が覚めてから白波が思ったことはそれだった。
 薄暗い廃屋の中。カーテンで閉め切られている窓の光も何も無いこんなところでは時計があっても時刻を確かめることもままならない。しかし、白波は気になっていた。監禁されているとはいえ。人質になっているとはいえ。せめて今が何時なのか、それだけは把握しておきたかった。
 すると薄暗いこの部屋に一人の人物が入ってきた。
 紫々姉弟の長女、紫々浪暗だ。
 長男の紫々死暗曰く、彼女はサディスティックな性格で、身動きが取れない相手を嬲(なぶ)ることが大好きらしい。しかし、意外と乙女的な一面もあるらしく、たまにだが恥ずかしがったり照れたりすることもあるようだ。しかし、会って早々散々殴られた白波にとってはそんな一面はどうでも良かった。あってもなくても、自分への接し方は変わらないのだから。
 真っ直ぐ白波に近づいてきた浪暗は、警棒のようなステッキで自身の肩を軽く叩きながら、
「ただいま午前八時でございまーす。良い子の皆は元気に登校してる頃かな?」
 白波の心を見透かすように時刻を言った。
 あらかじめ時計か何かを見ていたのだろう、若干のズレはあるだろうが大体の時間が把握できれば問題ない。そんなに細かく分や秒を知ったってどうにもならない。
 浪暗は溜息をつきながら、
「しかしここって不便よねー。時計もないし。っていうかアンタトイレとか大丈夫なの?」
 僅かに視線を上げた白波は、睨みつけるような眼差しで浪暗に言う。
「……どうせ、行きたいって言っても行かせてくれないでしょ……?」
「馬鹿ね、行かせるわよ。女の子の失禁なんて誰が見て得すんのさ。どうせアンタの契血者(バディー)くらいしか興奮しないでしょ」
 手は鎖で繋いだまま行かせるけどさ、と付け加えるように笑顔で言った。
 すると白波のお腹が、きゅぅ、と可愛らしい音を鳴らした。
 その音を聞いた浪暗はすかさずポケットの中を探り、
「食べないよりはマシでしょ。はい、口を開けなさい」
 一つの飴玉を取り出した。
 何か変な物でも入っているんじゃないかと疑う白波だったが、やがて素直に口を開くと飴玉を口の中に放り込まれた。何てことはない、普通のみかん味の飴玉だ。
 その飴玉を口の中で転がしながら、白波は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 何故、この女は自分にここまでしてくれるんだろう?

 時刻を伝えたり、トイレに行かせると言ったり、飴玉を差し出したり。
 どう考えても監禁してる相手にする行為ではない。たとえ自分をここに連れて来た理由が、真冬達をここに誘うためでもここまでするだろうか?
 白波は彼女の真意を測りかねていた。
 浪暗は思い出したように、『あ』と呟くと、
「ちょっくら出かけてくるわね。あの馬鹿な弟どもももう少しで帰ってくるだろうけど、ちゃーんと大人しく待ってるのよ、涙ちゃん♪」
 白波の頭を優しく撫でながら微かな笑みを浮かべて部屋から退室していった。
「……やっぱり、わかんない……」
 勘繰れば余計に。
 彼女といれば余計に。
 
 紫々浪暗という人物像が掴めなくなってしまう。

212竜野翔太 ◆sz6.BeWto2:2012/11/30(金) 21:13:19 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 中々連絡が来ない。
 朱鷺が魔界へと情報を収集に出かけて二日経つが、未だに霧澤にも朧月にも何の情報ももたらされなかった。霧澤達は昼休みに屋上に集まることが習慣だとでもいうように、自然に足が運ばれていった。
 四角形になるように座った後、不安が募ってきた真冬が口を開く。
「……涙ちゃんがいなくなって五日くらい経つけど……、何の進展もないね」
 真冬の言葉に返事は無い。
 全員がどう言えばいいか分からないからだ。何て返せば正解なんだろうか。どう対応すればいいのか。励ました方がいいのか。正解の言葉も、対応の仕方も、励ます方法も思いつかない。いや、正解なんてないし、対応なんてできっこないし、方法なんてあらかじめ用意されてないのかもしれない。
 霧澤は何気なく携帯電話を開くと珍しく汐王寺からメールが届いていた。
 彼女とはフルーレティの一件以降連絡を取り合えるようにしており、メールは常に霧澤からだった。彼女とのメールの回数こそそこまで多くない。だが、今回ばかりは頻繁にするようになっており、大抵自分からメールしない汐王字からメールするなど、彼女も相当不安になっているようだ。
 内容は『進展はあったか?』という女子のメールとしては、可愛らしさが足りない味気の無い内容だ。
 『いいや』とこちらも短く返信すると『そうか。何かあったら連絡頼む』と男子とメールしているような内容のメールが届く。
「……白波さん、大丈夫だよね……?」
 奏崎が口を開く。
 大丈夫、というのは『死んでないよね』というニュアンスの言葉だろう。
 死んだ、という内容を紫々が伝えに来る可能性は極めて低い。自分達が突入したら既に死んでいた、というパターンも考えられなくない。
 そんな奏崎の肩にぽん、と茜空が優しく手を置く。
「大丈夫ですよ。感知されにくい場所にいるか、もしくはそういう結界を張っているせいか分かりませんが、僅かに白波さんの魔力を感じます。まだ生きてますよ」
 茜空の言葉に奏崎はこくりと頷く。
 だがそれもいつまで続くか問題だ。いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。
 そんな時、霧澤の携帯電話が着信音を鳴らす。
 これはメールの受信ではなく電話だ。表示された名前は朱鷺綾芽。
 霧澤は急いで携帯電話を開くと、微妙に荒くなった声で『もしもし!?』と返す。
 その様子に驚いた様子で、朱鷺が話し始める。
『……どうかなさったんですか……? びっくりしましたわ。まあいいでしょう、それでは今からわたくしが手に入れた情報をお伝えしますわ』
 霧澤は息を殺して朱鷺の言葉を待つ。
 彼女は資料を見ながら電話しているのか、紙をめくったりした時に聞こえる音が微かに霧澤の耳に届く。
 朱鷺は落ち着いた口調で、
『恐らく首謀者は三人ですわ。皆さんご存知の紫々死暗と紫々伊暗。そして、彼女達の姉―――紫々浪暗が今回の犯人ですわ』


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