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マト ー)メ M・Mのようです

129名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:27:06 ID:LaKfohcg0

 そうして彼女は一拍置き、真実を告げる。


マト゚ー゚)メ「あの時。物音がする瞬間まで、あの人はこの建物にいなかった」

(;^ω^)「…………は?」

マト゚ー゚)メ「あの人はブーンさんが呼ぶまでここにはいなかった。呼ばれたその直後にテレポートしてきたんです」


 つまり。
 あの物音はテレポートしてきた和傘の少女が着地した音であり。
 ミィが驚き、「気を付けてください」と言ったのは――相手が超能力でこの場に来たのだと分かっていたから、だった。


(#゚;;-゚)「説明の手間省いてくれておおきにな。それ聞いたら、兄さんもさっきの事件分かるやろ」

( ^ω^)「……僕が言った通りの真相だって言うのかお」

(#゚;;-゚)「ああ」

(;^ω^)「本当に、ジェット機の中にいきなり現れ、その場にいた人間を殺して……そのまま消え去ったって?」

(#^;;-^)「そや。分かりやすいやろ?」

130名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:28:32 ID:LaKfohcg0

 「高度一万メートルの空中を時速数百キロで航行するビジネスジェットの機内に犯人は突如として現れ、全員の首を落とした後、飛行機から消え去った」。
 そう。
 それは、それだけのことだった。


(;^ω^)「……お前みたいなのがいるって知ったせいで、これから密室系のミステリが楽しめなくなりそうだお」

(#^;;-^)「面白いこと言うなあ。うちも迷惑しとんやで? 密室で起きた事件はぜーんぶ『殺戮機械』のせいになって」


 まあ大体はうちがやったんやけどな、とディは笑った。


(#゚;;-゚)「じゃあ次はうちが質問する番やな。ずっと訊きたかったんやけど、アンタ等、何しに来たん? 兄さんがチャイニーズの代わりしてくれたわけやないやろ?」

( ^ω^)「代わり?」

(#゚;;-゚)「うちにその子引き渡して、報酬受け取って帰るってことや」

( ^ω^)「報酬が用意されてるなら考えたかもしれないが……。お前、金払うつもりなんて最初からないんだろ?」

(#^;;-^)「鋭いやん。ご名答、その通りやで。今うちは帰りの電車賃にも困る状況でな」

131名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:29:17 ID:LaKfohcg0

 ミィを連れて来た時点でもう用済み。
 殺す、までは行かずとも記憶を消して有耶無耶にする程度のことはするだろうと思った。
 どうやらあのニット帽の男には依頼主を選ぶ能力はないようだ。

 僕は訊く。


( ^ω^)「じゃあもう一度僕が質問するお。お前はミィを捕まえて何をしたい?」

(#゚;;-゚)「言ったやろ、バイトや」


 言い換えるなら、と続けて彼女は咥えていたキャンディを噛み砕く。
 残った棒を吐き捨てて、天を指差し、告げた。



(#^;;-^)「うちは全能の存在になりたいんや。俗に言う、『神様』って奴になりたい。お嬢ちゃんはその為に必要ってわけやな」



 さあ、と黒髪の少女は言う。
 そろそろ問答にも飽きてきたしやろうやないか、と。
 そんな、最後通牒を。

132名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:30:24 ID:LaKfohcg0

 *――*――*――*――*


 正体不明の少女が訊ねる。
 あなたは私のことを知っていますか?

 同じく正体不明の少女が答える。
 さあどうやろうなあ、と謎めかして。

 向かい合うのは二人の少女。
 どちらも条理の外に立ち、どちらも異能の力を持つ。
 どちらが勝るのかは僕には分からず、ただ行く末を見つめている。


(#゚;;-゚)「一つ、ゲームをしよやないか」


 ディと名乗った少女は和傘を回しつつ指を鳴らす。


(#^;;-^)「お嬢ちゃん。もしアンタがうちに勝ったら、アンタの質問疑問に全部答えたる」

マト-ー-)メ「私が勝った時にあなたが生きている保証はありません」

133名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:31:05 ID:LaKfohcg0

 挑発的な、しかし真理を突いた言葉にも『殺戮機械』は笑みを崩さない。
 確かにそうやともう一度パチンと音を立てた。


(#゚;;-゚)「なら片膝付けたらでええで。うちが膝付いたらうちの負け。生憎と今日この後用事あってな、長いこと遊んでられへんねん」


 急いでいるなら無駄口を叩かずに襲い掛かればいい。
 だが彼女はそうしない。
 その余裕の姿勢が示している。

 詰まるところ、これは『殺戮機械』にとっては遊びに過ぎない。
 奪おうと思えばいつでも奪えるのだから、今じゃなくても、今日じゃなくても構わない。
 絶対的な強者の余裕。
 それが弱点にならないほどに彼女は圧倒的なのだ。

 そうしてディはまた指を鳴らした。


(#゚;;-゚)「ところで兄さん。逃げんでええんか? 今から殺し合い始まるで?」

( ^ω^)「大丈夫だ。僕は、コイツを信じてるから」

(#^;;-^)「へえ、カッコええやん。なら兄さんは狙わんといてやるわ。見届け人やな。大した戦闘力もないみたいやし。……流れ弾までは保証はせんけど」

134名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:32:06 ID:LaKfohcg0

 ちょっとした縛りプレイやなと言い、続けて、


(#゚;;-゚)「さて兄さん。ここでクイズや」

( ^ω^)「……戦いを始めるんじゃなかったのかお?」

(#^;;-^)「そう急かすなや。うちはお喋りなんやって」


 僕は横目で隣のミィの伺った。
 彼女は敵を見つめたまま動かない。


(#゚;;-゚)「で、兄さん。将棋やる人か? チェスでもええけど」

( ^ω^)「お遊び程度なら。それがどうした?」

(#^;;-^)「オセロとかもそやけど、ああいうゲームでスパコンに勝つのは不可能や。全部の手計算できる相手に勝つんは無理、って言った方がええか?」


 全部の手を計算できる相手。
 それは『未来が見える』という存在と似ている。
 きっとディはこう問い掛けているのだ。

135名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:33:29 ID:LaKfohcg0
 
 未来が見える相手に勝つ為には、どうすればいいか?――と。

 答えを聞くまでもない。
 それは呆れるほどに簡単な解答だ。

 全ての手を計算できる相手。
 未来が見える敵。
 チェスでコンピュータに勝ちたければ、「同じスペックのコンピュータをぶつければいい」。


(#^;;-^)「巫女の持つ予知能力。ある能力者の未来視。羅経盤の八卦。うちが持つ『未来を知る能力』の三つを今発動させた」


 そして。
 異能者同士の戦いが始まる。



(# ;;-)「さあお待たせしました! バイトの時間や。アンタの能力――いただくで」



 ―――いただきます。

 右腕を振り上げ、ディが飛び掛かる。
 捕食の始まりを告げる一言と共に『殺戮機械』が牙をむく。

136名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:34:18 ID:LaKfohcg0


  彼女の左目が全てを見通す魔眼であるように奴の右手は全てを奪う悪魔の腕だった。
  過去も生命も能力も、気の向くままに殺して奪う。
  略奪し強奪し簒奪する。

  ここに集うは二人の異能者。
  見えないはずの未来を掴む彼女の瞳が神の視界であるのなら、その神の力すら奪い去る奴の右腕は何なのか。
  思えば彼女の物語を終わりまで眺めてみても、奴ほど危険な敵はいなかったかもしれない。 
  そんな『殺戮機械』との決着があんな風だったのはなんて皮肉なのだろう。

  いや、本当に皮肉なのは、何もかもを奪う奴とのやり取りの中で――僕達が様々なものを手に入れたということだろう。  




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第三話:咎人」





.

137名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:35:45 ID:LaKfohcg0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:本名は不明、現在の呼び名は「ミィ」
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:現在はボディーガード、記憶を失う前は不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色はヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝く。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な教養は備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。

138名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:37:07 ID:LaKfohcg0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・前回までの合計 3,010,700円
・タクシー代 約5,700円
・ホテル代(二泊) 約22,000円
・コインロッカー使用料金 約300円
・コインランドリー代金 約400円
・雑費 約34,000円
・電車賃 約520円
・??? 約7,000,000円
______

・合計 10,073,620円


【手に入れた物品諸々】

・回転式拳銃(S&W M610) 残弾数九発
・衣服、鞄その他諸々

139名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:38:10 ID:LaKfohcg0

第三話は以上です。
何気に最後のデータの性別の部分のクエスチョンが消えているのが笑いどころ。
下着の色と言い、しっかり見てんじゃねぇか。

サクッと読める作品を目指してるので次回の能力バトルもサクッと終わらせて話を進めたいと思います。
次回もよろしくお願いします。

140名も無きAAのようです:2013/11/02(土) 22:46:46 ID:mcd4haxw0

サクサク読めておもしろい。
続き待ってまする。

141名も無きAAのようです:2013/11/03(日) 01:01:21 ID:Ht7C.zpA0
おつ
面白いわー
金の桁がやばいな…

142【第三話予告】:2013/11/19(火) 16:01:33 ID:h1UvHhpY0

「そう言えば何か好きなものってあるかお?」

「好きなものですか? なるほど、私の誕生日のプレゼントを選ぶ為のリサーチですね」

「記憶喪失の人間の誕生日をどうやって祝うんだお……。そうじゃない、ただの好奇心だ。深い意味はない」

「そうですか。ではお答えします。私の好きなものは時計です」

「時計? てっきりニット帽って答えると思ってたお」

「これは変わった色の髪を隠す為に被っているだけで、好きというわけではありません。誕生日に頂くとすれば時計が嬉しいです」

「まだ言ってるのかお……。ちなみに、なんで時計が好きなんだ? やっぱり時間に関係する能力を持ってるからかお?」

「さあ、どうしてでしょうね。私にもよく分からないんです。ただ私の体内時計は正確で、秒単位で時間を計測できます。だから安心するのかもしれません」

「秒単位で時間が分かるのは凄いと思うが、それでなんで安心するのか分からないお」

「自分の感覚と、時計の秒針。その二つが合っていると世界と繋がっている気がしますから」



 ―――次回、「第四話:Muddied Message」

143名も無きAAのようです:2013/11/19(火) 16:02:26 ID:h1UvHhpY0

第四話の投下は11月22日金曜夜の予定です。
予定は未定、延びることもあるかもしれませんがその場合はまた連絡します。

144名も無きAAのようです:2013/11/19(火) 16:08:03 ID:qphOKODU0

待ってる。

145名も無きAAのようです:2013/11/20(水) 19:03:30 ID:P0v3NIJU0
おおう金曜か、楽しみ

146名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:47:05 ID:E4.cAemc0


  僕は時折、IFの世界に思いを馳せる。
  「もしもあの時、あの選択肢を選んでいなかったら」などと夢想する。
  尤も想像したところで何が変わるわけでもないし、実際にその選択肢を選んだ場合にどうなったかなんて分かりようがないのだが。

  けれど、それでも考えてみるだけは自由だと思っている。
  だから今日も考えてみよう。

  あの時の――今、僕が語る物語の中にいた僕達の『もしもの可能性』について想像してみようか。


  ……とは言っても、何も「彼女と出逢わなければどうなっていたか」などと語るつもりはない。
  彼女がどうなっていたかは分からないが、少なくとも僕は父がどういう人間であったか知ることはできなかった。
  こうして彼女の物語を語ることもなかったはずだ。

  ここで考えてみたいのは、あの『殺戮機械』との邂逅についてだ。

  もしも、過去も生命も能力も、あらゆるものを奪い尽くす奴の右腕に彼女が屈していたら。
  その左目に宿った未来を見る力を奪われていたら。

  奴が狙っていたのは彼女の能力であり、それさえ頂けば僕達は用済みだ。
  だが奴の性格を踏まえると、目撃者を始末なんて面倒なことはせず、目当てのものを奪った後はさっさと帰ってしまったと思う。
  まあ運良く生き残ったとしても彼女の力が失われたのでは過去がどうとか父親がどうしたとか言っていられず、追っ手から逃れる為に海外逃亡が関の山か。
  きっと僕は彼女を自分の家に連れ帰って、これからどうするかと相談しながら、穏やかに毎日を過ごしていたことだろう。
  それはそれで幸せなエンディングだと言えるかもしれない。

147名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:48:04 ID:E4.cAemc0

  だが、そうはならなかった。
  最初に述べたように、そんな結末を想像したところで過去も現在も何も変わらない。

  そうはならなかった僕達は手掛かりを見つけ、少しずつ真実の闇へと近付いていくのだ。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第四話:Muddied Message」




.

148名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:49:08 ID:E4.cAemc0

 僕は超能力という概念をよく理解していないが、それでもミィの持つ『未来予測』が強力極まりない力だということは承知しているつもりだった。
 それがどれほどに埒外な力なのかはこれまでの戦闘で十分目にしていたし、少し考えただけでもその無茶苦茶さは分かる。 

 負けようがない。
 無敵だと思った。
 だからこそ、僕はミィと契約した。
 彼女を選んだ。

 ミィは「自分と一緒にいると危険な目に遭うかもしれない」と言っていたが、僕だってそういうリスクを抱えている。
 けれど彼女ならば大丈夫だと思っていた。
 実際今までの戦いでは、なんだかんだと言いつつも安心して見ていられた。

 なのに。


(;^ω^)「(アイツは……ヤバい)」


 身体が警鐘を鳴らす。
 本能が奴を拒絶する。
 この『殺戮機械』は危険過ぎると。
 
 奴がその気になればその右腕で記憶も生命も能力も、何もかもを奪える。
 それは、一人の人間の存在そのものを奪い去ることができるということなのだから。

149名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:50:13 ID:E4.cAemc0

マト −)メ


 そんな相手を前にして、ミィは一瞬間笑みを消した。
 だがそれだけだった。




マト ー)メ



 次の瞬間には、彼女はいつもと同じように微笑んでいた。
 あのふわふわとした笑みを湛えていた。
 そして異能者同士の戦いが始まった。

 立ち上がりは不気味なほどに静かだった。
 飛び掛かってきたディの、振り下ろされるその悪魔のような右腕を、ミィはまるでダンスのように軽やかに躱す。

 しかし相手とてこの展開は予測済み、つまり『目に見えていた』ものだった。
 空振った右腕の指が鳴らされる。
 音と同時に彼女が左手に携えていた和傘が分離した。
 傘の部分と柄の部分が分かれ、いやというよりも柄が抜けたのだ。

150名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:51:05 ID:E4.cAemc0

 現れたのは全長五十センチほどの刃物。
 仕込み刀。
 僕が驚きの声を上げるよりも速く、斬撃がミィを狙う。

 刀身が光を反射し刃が大気を切り裂いた。
 けれどもこれも予測していた彼女は上半身を後ろに逸らすだけで紙一重に、しかし計算し尽くし完璧に回避した――はずだった。

 ……血が一滴、コンクリートの地面に落ちた。


マト゚ -゚)メ「あ……」


 ミィの動きが止まった。
 見れば、彼女の露出した首元がうっすらと一筋、切り裂かれていた。

 細く細い血の一文字。
 手当てすら必要ないほどに些細な切り傷。
 だが、それが意味していることは重大極まりない。


(;^ω^)「(『未来予測』が、破られた……?)」

151名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:52:04 ID:E4.cAemc0

 攻撃を受けたということは。
 傷を負ったということは。
 つまりは、そういうことではないのか――?


(#゚;;-゚)「どないしたんや? まさか、怪我したことなかったわけやないやろ?」

マト-ー-)メ「……いえ、始めてです。少なくとも記憶を失ってからは、怪我をしたのは始めてです」


 追い打ちをかけることもなく問い掛けるディに彼女は微笑んだままそう返す。
 浮き世離れしたままに、ふわふわと。


マト-ー-)メ「痛み……。痛いです……。でも少し、懐かしい」

(#゚;;-゚)「記憶喪失かなんか知らんけど、よー分からんやっちゃなあ。で、続けるか?」

マト^ー^)メ「私の勝ちにしてくれるんですか?」

(#゚;;-゚)「そんなわけないやろ」


 瞬間、戦いが再開した。

152名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:53:06 ID:E4.cAemc0

 刀が突き出される。
 見切っていたミィは容易く避ける。
 指が鳴る。
 その人差し指から一直線に炎が吹き出る。
 またも回避。
 息吐く暇なく今度は逆袈裟に切り裂くように刃が投擲される。
 だが既にミィは射線上から逃れている。
 連続で二度指が鳴る。
 『殺戮機械』が笑った。
 一度目のそれに呼応し背後に飛んだはずの凶器がブーメランの如く戻ってくる。
 二度目のそれと同時に発生したのは不可視の斬撃。
 旋風が刃となりミィを襲う。
 後ろからは回転する仕込み刀。
 どちらかを避ければどちらかに当たる挟撃。
 二者択一。
 ミィは前方から迫り来るカマイタチを軽やかに躱す。
 更に振り向かないまま後方から迫っていた刀身を指二本で掴み止めた。
 また指が鳴った。
 そのままミィは刃の持つ勢いを殺さぬままに前方へと投擲。
 その刹那に光が瞬く。
 指の音によって呼び出された稲光が空間を裂く。
 狙いは勿論彼女だ。
 しかし間には一本の刃がある。
 電撃はそれに吸い寄せられ結果ミィには当たらない。

153名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:54:06 ID:E4.cAemc0

 そんな風に、ものの数秒の間に何度も両者は交錯した。

 未来が見えている者同士の戦いはルーブ・ゴールドバーグ・マシンのようだ。
 散りばめられた雑多な要素は一貫性がなく、けれども明確に連鎖し繋がっていく。
 力学的であり決定論的。

 そんな戦闘が再度途切れたのはミィが幾度目かの攻撃を地面を転がり避けた時だった。
 彼女は立ち上がらず、俯いていた。


(#゚;;-゚)「なんや、タンマか?」


 相変わらずこういう場面では追撃しようとしないディの問いに「はい」と端的に答える。
 そうして僕に言うのだ。


マト -)メ「……ブーンさん」

( ^ω^)「なんだお」

マト -)メ「一つ、謝りたいことがあります」

( ^ω^)「なんだ」

154名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:55:06 ID:E4.cAemc0

 両目を閉じ、一拍置いて彼女は続けた。


マト -)メ「買って頂いたこの鞄……。良い色ですし気に入ってたんですが、早速駄目にします。服も、多分。ごめんなさい」

(;^ω^)「…………は?」


 僕は今日の戦いで何度も絶句する場面を見たつもりだったが、今この瞬間は本当に心の底から言葉を失った。
 鞄だとか服だとか。
 ミィが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 けれど、彼女の姿を改めて見て気が付いた。
 あれほどまでに壮絶な切った張ったを演じておきながら、ミィの姿は、この廃墟に足を踏み入れた時から全く変わっていない。

 厳密には「姿が変わっていない」のではない。
 首元には薄く傷が残っているし頬には煤が付き汚れている。
 だがそれだけだ。
 橙色の鞄や洒落た服には――傷一つない。

 だとしたら、ミィは。


(;^ω^)「お前……まさか……!」

155名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:56:15 ID:E4.cAemc0

(#゚;;-゚)「つまりアレか? お嬢ちゃんはうちと戦う最中、ずっと鞄や服やなんやを汚さんように気ぃ付けとったってことか?」


 そう。
 ミィは鞄や服を守りながら戦っていたのだ。
 今の今まで、ずっと。


マト ー)メ「そうですが……。気付きませんでしたか? 目に見えていたことなのに」


 ふわふわとした笑みを浮かべ紡ぐ言葉には煙のように掴みどころがない。
 ただただ意味不明で、浮き世離れしている。

 避け切れない攻撃があったのは当然だ。
 無数の超能力を持つ『殺戮機械』を相手にしておきながら衣服に気を使っていたのだから。
 あの死闘でそんな部分にリソースを割いていたら苦戦するのも無理はない。


(;^ω^)「(どころか、コイツは服装気にしながら戦ってあのレベルの動きができるのか……?)」


 信じられない。 
 そして驚愕はまだ終わらなかった。

156名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:57:05 ID:E4.cAemc0

 彼女が目を開いた。



マト^ー^)メ「ああ、気になっていたことを言ったからですね。今までよりも、もっとよく――目に見える」



 双眸が変化していた。
 片目ではなく、両の瞳が光を放っていた。
 またその色は紫から更に濃く鋭い洗練された紅へと。

 未来予測の超能力。
 彼女の魔眼が『目に見えて』――変わっていた。


(# ;;-)「笑えんなあ、そういう冗談は……!」


 言葉を否定するように『殺戮機械』が身を翻しミィへと襲い掛かる。
 だがその一撃を彼女は一歩動くだけで躱してみせる。
 続く斬撃も当たらない。
 攻防は先ほどまでと同じようで全く違う。

157名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:58:04 ID:E4.cAemc0

 ミィが動く度に瞳のアカイロが暗闇に淡く光の線を引いていく。
 それは攻撃を嘲笑うかのようで、ただ美しい。

 命のやり取りの中で彼女はあのふわふわとした笑みを浮かべ言う。


マト-ー-)メ「目には目を、未来予測には未来予測を。たとえ相手が自分の動きを予測していても、自分が相手の動きを予測していたのなら同じこと」


 ディの攻撃が肩を掠める。
 掛けていたバッグが切り裂かれ落ちる。 


マト-ー-)メ「どちらも未来が分かるのならば、最早分からないのと同じこと。ああ、それは確かにそうなんでしょう」


 彼女は身体から離れていく鞄を掴み、遠心力を利用して相手にぶつけようとする。
 けれどそんな攻撃は当たるはずもなく躱された。
 バッグは手から離れ空へと。
 次いでディは一気に距離を詰めた。

 攻撃と回避が一瞬の内に繰り返された。
 きっと目に見えない次元でも手の読み合いが繰り広げられていた。

158名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 20:59:05 ID:E4.cAemc0

マト ー)メ「ですが―――」


 ディが真空の刃で辺りを薙いだ瞬間だった。
 発砲音が廃墟に響き渡り、黒のセーラー服に風穴が開いた。
 血が飛び散る。
 黒髪の少女の動きが止まった。

 何が起こったのか分からないという顔を『殺戮機械』はしていた。
 いや、何が起こったのかは明白だ。
 拳銃で撃ち抜かれたのだ。

 だから疑問なのは、その過程。


(#゚;;-゚)「拳銃……何処から……?」

マト^ー^)メ「これは、あなたが出してくれたものです」


 彼女の言う通りだった。
 傍から見ていた僕には分かった。
 あの銃を出したのは他ならぬディなのだと。

159名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:00:05 ID:E4.cAemc0

 肩掛け鞄に入っていた回転式拳銃。
 その鞄を切り落とし、側面を裂いて中から銃を出したのはディ自身だ。
 ミィは出てきたそれを拾って撃っただけだ。

 詰まるところ、あの『殺戮機械』は誘導されていたのだ。
 都合の良いように動かされていた。

 チェスでコンピュータに勝ちたければ同じスペックのマシンをぶつければ良い。
 それは紛れもなく一つの解。
 だがその方法で実際に何が起こるかと言えば、少しでも演算能力の高い方が低い方を一方的に蹂躙するだけだ。
 大前提として完全に同等の能力を持っていなければ成立しない攻略法だった。

 そして、その前提をディは満たしていなかった。


マト^ー^)メ「あなたが持つ予知能力を全て合わせたところで、私の『未来予測』に及ばない。それだけのことです」


 どころか、服に気を使っている状態の彼女にさえ仕留め切れなかった。
 同系統の能力ではあるのだろうが、その差は圧倒的だった。
 行動を支配されてしまうほどに。

 あの『殺戮機械』の選択はミィが作る未来に組み込まれたのだ。

160名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:01:05 ID:E4.cAemc0

(# ;;-)「なるほどな……。うちの能力は取るに足らないっちゅうわけか」

マト-ー-)メ「考慮している要素の数が少ない。敵の動きの予測を優先し過ぎてそれ以外が疎かです。未来予測では世界の全てを知覚している状態が理想です」

(#゚;;-゚)「ラプラスの悪魔ね。ホンマに……やれやれや」


 ディは指を鳴らした。
 今度は能力を発動させたわけではなく、既に発動中だった能力をオフにしたのだろう。
 役に立たないと分かった三つの『未来を知る能力』を切ったのだ。

 拳銃を弄びながらミィが訊いた。


マト^ー^)メ「どうしますか? まだ続けますか?」


 そこで僕は気が付く。
 いつの間にやらセーラー服を紅く染めていた血が止まり、脇腹の傷が塞がっていた。
 もう勝負は決したと思っていたが、流石『殺戮機械』と言うべきか。
 そんなに甘くはなかったらしい。

 彼女は「無論やろ」と端的に答える。
 つい数秒前に拳銃で撃ち抜かれたとは思えないほど平然と。

161名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:02:05 ID:E4.cAemc0

 彼女は言った。


(#゚;;-゚)「うちはまだ全然本気を出してない。負け惜しみやないで。お嬢ちゃんやってそうやろ?」

マト-ー-)メ「はい」


 頷いたミィは一瞬間黙って。
 そうしてから僕に向かって告げる。


マト゚ー゚)メ「ブーンさん。逃げてください。私のことはいいですから」


 ミィが本気を出せていなかったのは服や鞄を気にしていたからだ。
 だが、理由はそれだけではないのだろう。

 きっと彼女は服や鞄以上に僕を庇い続けていた。
 ディは僕を狙わないと明言していたが、それは狙わないというだけでご丁寧に戦いの余波の影響まで考えるということではない。 
 例えばとばっちりを受け空気の刃なんかでこの身体が真っ二つになっていてもおかしくなかったのだ。
 でも現実にはそうなっていない。

 どころか、僕はロクに動いてすらいない。

162名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:03:05 ID:E4.cAemc0

 攻撃を避ける必要もなかった。
 彼女が相手の動きを操作してこちらに破壊が向かわないようにしてくれていたから。

 僕を――守っていてくれていたから。

 何が「他者を守ることは向いていない」だ。
 ちゃんと守ってくれたじゃないか。
 全くコイツは、と思わず笑みが溢れてしまった。


( ^ω^)「分かったお」


 そう答えて、ちょっと考えてからこう続けた。


( ^ω^)「鞄のことは気にするな。この戦いが終わったらまた買い物にでも行こう。……信じてるぞ、労働力」

マト^ー^)メ「はい。私も、ブーンさんを信じています」


 些細な言葉だけを残して、僕は廃墟を後にする。
 外に出たところで自分の発言は所謂死亡フラグに該当するんじゃないかと思ったが、まあ、別に訂正するまでもないだろう。

 僕はそんな迷信よりも、彼女と彼女の作る未来を信じているのだから。

163名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:04:03 ID:E4.cAemc0

 *――*――*――*――*


かつては老人ホームだった施設。
今はもう廃墟でしかない建物の階段を夕焼けような色合いの髪を持つ少女が駆け上がっていた。

部分的に崩落した場所もあるのだが、苦にする風もなく彼女は走って行く。
その両の瞳に宿った超能力はただ未来を知るというものではなく、状況の高度な分析からの予測だ。
階段のどの場所が脆くなっているかが分からないはずもない。
自分の名前も分からないのに、なんて少女は自らのちぐはぐさに笑みを漏らす。

いや、今はもう『ミィ』という名前があるのだったか。


(# ;;-)「……にしても分からんなあ」


声と共に指を鳴らす音が響いた。
その瞬間、少女――ミィが上り終えた階段がレーザーのようなものに撃ち抜かれて爆発した。

しかし未来を見る魔眼で展開を予測していた彼女は完璧にその攻撃を避けた。
だが直後に気付く。
これは攻撃ではなかったと。

164名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:05:07 ID:E4.cAemc0

数秒前まで階段があった空間に黒いセーラー服を纏った少女が浮いている。
『殺戮機械』という異名と全てを奪う右腕を持つ彼女は多分、上るのが面倒というそれだけの理由で階段を吹き飛ばした。
自分が飛びやすいようにと建物を粉砕した。
そういう奴だった。

彼女、ディと呼ばれた少女は空中に浮遊したまま続けた。


(#゚;;-゚)「いまいち分からんわ」

マト゚ー゚)メ「何が分からないんですか?」

(#゚;;-゚)「分からんことが多過ぎて、何から言えばええんか分からんけど……」


トンと三階の地面に着地するディ。
指を一度鳴らして言った。


(#゚;;-゚)「まず、なんでお嬢ちゃんが兄さんと一緒におるんかが分からんわ。あの人、あんま役立つとは思えへんし。彼氏とかやないんやろ?」

マト-ー-)メ「ブーンさんは私の雇用主です」

(#゚;;-゚)「ふーん。それならそれでここまで一緒に付いてきた意味が分からんけど」

165名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:06:04 ID:E4.cAemc0

ディの感覚では、付いてくるまでは分からなくもないが、戦闘が始まってからもその場に留まり続けることが理解できない。
戦いが始まる直前に「逃げなくて良いのか?」と訊ねたのもそれが疑問だったからだ。
あの時、あの青年はなんと答えたのだったか。


(#゚;;-゚)「(確か……)」


「信じているから」と答えたはずだ。
自分が雇った少女が勝つと、自分のことを守ってくれると信じていたから、その場に留まった。
その割には邪魔になると思ったのかもう去ってしまっている。
よく分からんなあと思う。

自分には自分の事情があるように、彼女達には彼女達の事情があるのだろう。
そういう風に納得し、またディは疑問を口にする。


(#゚;;-゚)「でも、彼氏やないんやったら鞄を大事にしとった理由が分からんわ。好きな人から貰ったもんやから大事にしとったんとちゃうんか」

マト-ー-)メ「そういう解釈でも構いません。私は、頂いた物は大事にしたい」

(#゚;;-゚)「物は大事にする主義っちゅうわけか」

マト゚ー゚)メ「ブーンさんに頂いた物は大事にしたいだけです」

166名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:07:05 ID:E4.cAemc0

それ好きってことやないんかと言いかけ、止める。
どうでもいいことだ。

『殺戮機械』は言った。


(#^;;-^)「さあて、そろそろお喋りは終わりにしよか。うちはこの後、帰って誕生日会の飾り付けせなアカンねん」

マト-ー-)メ「誕生日会ですか。なら、早く帰らないといけません」

(#゚;;-゚)「協力してくれるんか?」

マト゚ー゚)メ「はい。ですが多分、あなたが考えているのとは違う形で」


早く負ければ早く帰れます。
言外にミィはそう主張していた。

理解した上で首を振る。
ディはやることをやった上で早く帰りたいのだ。
つまりは、相手の『未来予測』という能力を奪ってから。

そうして一瞬間、廃墟を静寂が支配した。

167名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:08:05 ID:E4.cAemc0

そして次の瞬間。
二人は小休憩を終え、戦闘を再開した。

内容としては変わらない。
ディの多種多様な攻撃を対するミィが回避するというものだ。
その攻防は宛ら舞踏のようだった。
まるで二人で呼吸を合わせ踊っているかのように噛み合っているが、選択を間違えれば致命傷は避けられない。

これまではミィの側に決定打がなかったが、今の彼女は一丁の回転式拳銃を携えている。
数え切れないほどの能力を持つ『殺戮機械』も流石に脳天を撃ち抜かれてはただでは済まない。
綱渡りのような死のダンスは続いていく。


(# ;;-)「でもどうやらお嬢ちゃん、記憶がないらしいやん?」


ディが指を鳴らすと足元のコンクリートから槍が突き出る。
いや違う、音に呼応し床が変形したのだ。


マト ー)メ「ああ、そういう言い方をするということは、あなたは私のことを知らないんですね」


それを既に予測していたミィは軽やかに躱し前に出る。

168名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:09:05 ID:E4.cAemc0

(# ;;-)「知らんよ。噂で聞いただけや。うちは記憶を奪うこともできるけど、お嬢ちゃんの記憶は知らんなあ」


しかしそれはディも想定済み。
攻撃を掻い潜ってきた相手を迎撃するように右腕を薙ぐ。


(;#゚;;-゚)「ちなみにあのボウリング場の人の記憶は奪っといたから安心してええ……でッ!!」

マト ー)メ「ありがとうございます」


腕の振りよりも一瞬早くミィが心臓を撃とう銃爪を引いた。
瞬時に攻撃を中断。
ディはテレポートで間合いを空けた。


(#゚;;-゚)「(……って、引いてないやん)」


距離を取り改めて見れば回転式拳銃は弾丸は一発も消費されていなかった。
こちらが咄嗟に回避を選択したのと同時に、向こうも瞬間的に選択を変更し無駄撃ちを防いだのだろう。
それとも交錯の前からこの展開を予測していたのか。
どちらにせよ厄介な能力だとディは舌打ちを一つ。

169名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:10:05 ID:E4.cAemc0

さて、どう攻めるか。
と、ディはそんなことを考えつつ指を弾こうとする。

だが一瞬間早く、手の平大の物体が彼女を襲う。
回転し飛来するそれはガラスの破片。
何処で拾ったのか、それ以前にいつ拾ったのかといった疑問を全て押し殺し対応。
一つ目は真上に弾き飛ばし二つ目は斜め下に叩き落とす。

間合いを詰めてくるミィに対し指を鳴らし改めて能力を発動させた。


(# ;;-)「ほぉらッ!」


これまでの戦いから、あの少女は『未来予測』を限界まで活かす為に真っ直ぐに敵を見据えていることが多いと分かっていた。
今もそうだ、だからそれをディは利用する。

「目には目を」――そうして発動するのは大天使や女神が有していたと伝わる石化の魔眼。

目を合わせた相手を石像へと変える邪視を紅い両目は真正面から見る。
そのはずだった。
しかしその瞬間に中空より落下してきたガラス片が完璧な配置で鏡の役割を果たす。
呪いが反射し、ディへと跳ね返る。

170名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:10:43 ID:jvCGy9vU0
支援
読んでる

171名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:11:04 ID:E4.cAemc0

けれども、これまでの戦いの経験則から彼女とてこの展開は読めている。
爆ぜるような音が響き空間が震えた。
既に発動していた邪眼封じが石化の呪いを跳ね除けたのだ。

幾度目かの接近戦。
攻撃と回避の応酬。

再度間合いが開いた時、遂にディが言った。


(# ;;-)「ああ、もう……うざったいわお前」


戦闘力では圧倒的に勝っているのに仕留め切れない相手。
宛ら視界を飛ぶ蝿のようだ。
そんなディの心底うんざりしたような言葉にも、記憶喪失の少女はふわふわとした笑みで返す。


マト ー)メ「奇遇ですね。私もあなたと戦い続け、多彩な能力を知覚し続けるのは目に障る」


紫から紅に色を変えた両の瞳ではより高い精度での知覚・演算・予測が可能となった。
超能力という埒外の力さえも完全に見抜く魔眼は、しかしその分、その発動には通常時よりも遥かに負担がかかっている。

172名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:12:04 ID:E4.cAemc0

つまりは。
両者ともに――そろそろ本当に決着をつけたくなっていた。
この戦いの終焉を求めていた。

ディは言う。


(#^;;-^)「イライラするわ時間はなくなるわ最悪やわ。……でもな、一個気付いたことあんねん」


先ほどまでは苛つきが伺える声音であったにも関わらず、奇妙なほどに笑顔で。
また一度指を鳴らした。


(#^;;-^)「お前は能力を始めとして色々とスペシャル仕様みたいやけど、基本スペックは真人間と同じみたいやって」

マト^ー^)メ「そうかもしれません」


だったら、とディはアポートの能力を発動させ、何処からかマッチ棒大の物体を取り寄せた。

その物質が何なのかを知覚したミィは瞬時に踵を返した。
壁が崩落し外の景色が見えている場所。
そこを目指し、走る。

173名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:13:06 ID:E4.cAemc0

未来が見えていようとも、スペックは普通の人間と同じ。
彼女の能力は特別なことができるものではない。
だとしたら。


(#^;;-^)「物理的に回避も防御も不可能な攻撃は……当たるってことやん? 死んだら困るから手加減しとったけど死んだら死んだで治せばええやん?」


ミィは答えず走る。
背後でまた指の音が鳴った。
踏み切る。
空中に身を躍らせる。

そして。
結末は訪れた。



(# ;;-)「てなわけで――伸びろ、なんとか棒」



言葉と共に廃墟の三階、その天井の半分ほどが吹き飛んだ。
瞬間的に数十メートルまで伸びた神仙の秘宝がコンクリートを硝子細工のように砕いたのだ。

174名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:14:04 ID:E4.cAemc0

破壊はそれだけで終わらない。
ディは五トンを軽く超える重さのそれをあまりにも軽く振り下ろす。
度を超えた腕力強化で振り回された巨大な棒に、老人ホームだった建物は為す術もなく蹂躙され、管理会社の解体の手間を大幅に省いた。

残ったのは、地震の被害にでもあったのかというような有り様の廃墟のみ。
床面積を半分に減らしたフロアでディは溜息を吐いた。


(#^;;-^)「やっぱりこのレベルの能力を使うと疲れるなあ。でもま、これで一件落着や」


相手も能力が能力だけに死んではいないだろうが、ただでは済んでいないはず。
後は満身創痍の少女から魔眼をさっさと奪い取って帰るだけ。

さてパーティーの準備はどうしようか。
そんなことを考えつつ、ディは指を弾き如意棒を仕舞うと崩壊した三階の端へと歩いて行き、コンクリートに押し潰されたであろう少女の姿を探した。
しかし彼女の視界に映ったのは想像していたものと全く違う光景だった。



(;#゚;;-゚)「…………え?」



彼女が目にしたのは離れた位置で対戦車擲弾発射器を構えこちらを狙う男達。
次の瞬間、三階の残り半分も吹き飛んだ。

175名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:15:12 ID:E4.cAemc0

 *――*――*――*――*


 雇った男達は、僕の感謝の言葉にサムズアップやハイタッチで簡単に応えると速やかに散っていった。
 廃墟と言えど真っ昼間から対戦車兵器をぶっ放したのだ、警察だって数分も経たない内にやって来ることだろう。
 現場を後にする彼等の判断は中々賢明だと言える。
 僕もできればこんな廃墟、という砕かれたコンクリートの山からはおさらばしたい。

 さっきまで運転していたトラックに歩み寄り、声を掛ける。
 もちろん、彼女に向けてだ。


( ^ω^)「おい。生きてるかお?」

マト^ー^)メ「お陰様で無事です。負傷は覚悟していたのですが、ブーンさんは思った以上に有能でした」

( ^ω^)「そりゃ良かった。こっちもこれは一応用意してきただけで、本当に受け止められるとは思ってなかったお」

マト-ー-)メ「そうですか」


 荷台に積まれたクッションの上に彼女、ミィは寝転がっていた。
 本人の申告通りに五体無事でだ。
 三階から飛び降り、上手くこのトラックに着地したのだから全く彼女の能力は凄まじい。

176名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:16:07 ID:E4.cAemc0

 クッションの山から降りてきた彼女に僕は訊く。


( ^ω^)「いつから気が付いてた? 僕がこういう準備をしてたことに」


 ミィを受け止める為のトラックをチャーターしたのは今日だ。
 だが裏稼業の人間を雇ったのは昨日。
 ただの保険であり彼女には話していなかったのだが、一体いつ気が付いたのだろうか。


マト^ー^)メ「いつからも何も、最初からです。連絡をしたことも契約をしたことも分かっていました」

( ^ω^)「最初から? ああ、だから昨日から『頼りにしてる』とか『信じてる』とか言ってたのかお」


 なんでボディーガード側が雇用主にそんなこと言うんだと思っていたが、そういうことだったのか。


マト゚ー゚)メ「私に隠れて公衆電話で話したところで距離が近ければ知覚できます。ハイテクな携帯で情報を調べたこともログを完全に消さなければ解析できます」

( ^ω^)「見てるだけでかお?」

マト-ー-)メ「はい、見ているだけで。あるいは見ていなくても。壁を透視する程度は私は能力にも数えません」

177名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:17:06 ID:E4.cAemc0

 なるほど。
 そう言えばあのディという少女が暗闇に突如として現れた時もミィはしっかり知覚していた。
 彼女の視界の前では明暗程度は全く問題にならないのだろう。

 いや、ちょっと待て。


(;^ω^)「……じゃあ服とか透けて見えるのかお?」

マト-ー-)メ「その気になればいつでも。構造的に弱い部位を探す過程ではもっと精密に知覚しています。ブーンさんの弱い点を教えましょうか?」

( ^ω^)「遠慮しとくお。それと以後、必要な時以外は僕の身体は見るな」

マト^ー^)メ「携帯端末に保存された動画から予測するにブーンさんはショートカットの女性が好みなんですね。ああ、だから初対面の時も優しかったんですか?」

( #^ω^)「お前マジふざけんなよ。その目潰すぞ」


 僕が真剣に行った抗議(というか脅迫)にも彼女はふわふわと微笑むばかりだった。

 彼女が勝つと信じていなかったわけではないが、こっちはこれでも結構、心配していたというのに。
 でもこの笑みがもう一度見れて良かった。
 素直にそう思う。

178名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:18:05 ID:E4.cAemc0

 僕の心情までは知覚できないようで、彼女は「そう言えば」と話題を変えた。


マト゚ー゚)メ「助けてくださったことはありがたく思います。ですが、ブーンさんは殺人を好まないのではなかったんですか?」

( ^ω^)「……それはそうだが、奴を僕が普段言ってる『人』に含むかどうかは議論をする余地があるお」


 人智を超えた力を有し、数え切れないほどの罪を重ねてきたというあの少女。
 人の形をした暴風雨だと自らを称していたのだったか。
 それは全く言い得て妙で、僕も『殺戮機械』のことは人間というよりかは何かしらの天災に近い存在だと認識している。

 だが、そのことはあまり関係がない。


( ^ω^)「まあ奴がどんな人間かは今回は関係がないお。もちろん、自衛の為に已むを得ないって理由もあるが」

マト^ー^)メ「では何が関係しているんですか?」

( ^ω^)「決まってるお」


 ガタガタガタ、と硬い物がぶつかる音が背後から響いた。
 コンクリートの山の一角が崩れたのだろう。

179名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:19:08 ID:E4.cAemc0

( ^ω^)「僕がここまでのことをやる気になったのは確信があったからだお」


 なあ、聞いてるんだろ?
 そう皮肉っぽく叫ぶ。
 これから目にするものに恐怖を感じていないわけではないが、それでも精一杯虚勢を張って。

 そうして僕は振り向いた。



(  ∀)「……無害そうなフリして酷いことするなお前。ビックリしたぞ」



 だが瞳に映ったのは想像していたのと全く違う光景だった。
 コンクリートの山に立っていたのは『殺戮機械』を名乗ったセーラー服の少女ではなかった。


( ・∀・)「俺ならこれくらいで死なないと思ってたのか? 俺だって死ぬんだぞ、全く」


 そこに立っていたのは黒髪の少年だったのだ。

180名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:20:06 ID:E4.cAemc0

 *――*――*――*――*


 僕は無数の超能力を持つというあの少女が建物が崩れたくらいで死ぬとは毛ほども思ってなかった。
 骨の一本でも折れれば幸運、それに怪我を負わせたところですぐ治るだろうと。
 そんな風に考えていたからこそ躊躇いなく対戦車兵器を何発も打ち込んだのである。
 それだけの話だ。

 だから、振り向いて対面することになるのはあのセーラー服の少女であるはずだった。
 だというのに僕の前にいるのは、瓦礫の下から出てきたのは、黒髪の少年。


(;^ω^)「お前は……」


 頭の中を疑問符が埋め尽くしている。
 状況が飲み込めない、問いが上手く纏まらない。

 だがそんな僕を後目にその少年は「おっと」なんて呟き、


( ・∀・)「しまった、姿を間違えた」

(;^ω^)「…………は?」

181名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:21:04 ID:E4.cAemc0

 そう言うと慣れた風に指を一度鳴らした。
 パチン。
 あの少女が能力を発動させる音。

 その音が終わった時、僕の前にはあの黒のセーラー服の少女が立っていた。


(#^;;-^)「すまんすまん、混乱させたか? うっかりしとったわ」

(;^ω^)「姿が変わっ……」


 いや。
 それよりも訊くべきことがあるだろう。


( ^ω^)「……今のがお前の正体かお?」

(#゚;;-゚)「さあ、どうやろな。一つ言えるんはうちは幻覚系も認識操作も身体変化も、どの能力も持っとるってことやな」

( ^ω^)「答えるつもりはないってことかお」

(#^;;-^)「そう解釈してくれたらええ」

182名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:22:06 ID:E4.cAemc0
 
 はぐらかされてしまったが、言ってしまえば彼女の正体などどうでもいいことだ。
 ……いや、ディという名前でないのはもちろんのこと、本当は「彼女」でもないかもしれないのか。
 何にせよ『殺戮機械』が捕まらない理由が一つ分かった。
 姿を自在に変えられるんじゃ捕まえようがない。

 さて、とディは笑う。


(#^;;-^)「確か『片膝付いたらうちの負け』……やったな。参ったわ、完敗やわ」

( ^ω^)「よく言うお」


 彼女の姿は出会った時と全く同じ。
 無傷どころか、セーラー服の穴さえも塞がってしまっていた。
 違いは和傘と棒付きキャンディがないくらいだ。


(#゚;;-゚)「うちがまだ戦えるんも事実やけど、負けたのも事実や。質問に答えればええんやな?」


 僕とミィは顔を見合わせる。
 少し考えて、彼女の方の質問に答えてもらうべきだと判断し、ミィに譲った。

183名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:23:04 ID:E4.cAemc0

 そうして僕達はディにいくつかのことを訊ねた。
 残念ながら彼女もミィの正体は知らないとのことだった。
 だが有益と思われる情報を入手することもできた。
 少なくとも無駄ではなかったと思える程度には望ましい成果を上げられたと思う。

 中でも、僕の父の会社名に使われていた『ミストルティン』という単語に関しては面白い情報が得られた。


(#゚;;-゚)「『ミストルティン』って名前の組織? そういう力を持つっちゅう奴がおることは聞いたことがあるけど、組織は知らんなあ」

( ^ω^)「そうか……」

(#゚;;-゚)「ああでも、待てよ? 組織やなくて作戦名……計画名か? そんなんで聞いた覚えはあるな」


 ああそうや、と彼女は続けた。


(#゚;;-゚)「確か――『ミッション・ミストルティン』。そんな名前の何かがあった気がする」


 それ以上のことはディも知らないとのことだった。
 知らないというか、覚えていないか。
 しかしとりあえずその辺りから父については調べてみることにしよう。

184名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:24:05 ID:E4.cAemc0

 一通りの質疑応答を終えて。
 僕達の質問に答え終わった彼女は、負けたというのに何処か満足そうに言った。


(#^;;-^)「……ほんなら、そろそろうちは帰るわ。お嬢ちゃんの目を奪うええ方法を思い付いたらまた来るし」


 どうやら今日のところは帰るというだけでミィの能力を諦めたわけではないらしい。
 縁起でもないことを言う奴だと僕は苦笑する。
 こんなことはもう勘弁願いたい。


マト-ー-)メ「できれば遠慮したいです。せめて、私が【記憶(じぶん)】を見つけるまでは」

(#゚;;-゚)「『自分』ねぇ……。過去なんて大事やないとは言わへんけど、所詮過去なんやからそこまで執着する必要はないと思うけど」

( ^ω^)「されど過去、だお。自分が何者なのか知りたいと思うのは当然のことだろ?」


 自分が何者であるのかを知りたいと考えるのは、ごく当たり前のことのはずだ。
 そう。
 僕が父のことを知りたいと願っているのと同じように。
 きっと僕とミィの唯一の共通点はそういう部分にあるのだろう。

185名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:25:07 ID:E4.cAemc0

 ふーん、とディは言う。


(#゚;;-゚)「まあ、そうかもしれへんな。でもなあ、お嬢ちゃん」

マト^ー^)メ「なんですか?」

(#゚;;-゚)「お嬢ちゃんの口振りから察するに、どうも『自分の記憶を奪った犯人がおる』って考えとるみたいやけど、そうとも限らんのちゃう?」


 ミィの返答を待たず彼女は続ける。


(#゚;;-゚)「その目。途中から色変わったみたいやけど、土壇場で進化したわけやないやろ?」


 あの時目覚めたわけではなく、そういう機能が元々あった。
 超能力戦闘に特化したバージョン――必要に応じてリミッターが解除される設定が備わっていた。
 そう彼女が指摘すると、ミィも首肯する。


(#゚;;-゚)「人間はそういうもんなんや。多分、記憶も」

( ^ω^)「どういうことだお?」

186名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:26:08 ID:E4.cAemc0

(#゚;;-゚)「自分なんて信用ならんってことや。見落としたり、目を背けたり……そんなんばっかりやろ」


 例えば。
 毎日目にしているはずの信号機の色の並びが咄嗟に思い出せなかったり。
 幼い日の思い出の都合の悪い部分を忘れていたり。
 そんなことは、人間にはよくあることで。

 だから、もしかしたら。
 ミィの記憶がないのは誰かに奪われたからではなく―――。


マト゚−゚)メ「…………」

(#^;;-^)「一般論やって、そんな顔すんなや。いくら辛い経験しても記憶全部失くすなんてことはないと思うし」


 と、その瞬間、ディが目を見開いた。


(#゚;;-゚)「あれ?」

( ^ω^)「どうかしたかお?」

187名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:27:08 ID:E4.cAemc0

 まさかコイツまで記憶が失くなってるとかじゃないだろうな。
 咄嗟にそう思ってしまったが、幸いなことにそうではなく。


(#゚;;-゚)「真面目な顔のお嬢ちゃん、誰かに似とるな。誰やろ?」

(;^ω^)「え? 誰かに似てるって……」

(#゚;;-゚)「誰やろなあ。服装とか髪型とかが全然ちゃうから分からんのやろうけど、誰に似とんやろ? 目元が誰かに似とる気がするんやけど……」


 ちょっと待て。
 ミィに似ている人?
 誰に似ているのかが分かったら、彼女の正体を探る上で大きなヒントになるんじゃないか?

 しかしディはしばらく唸って考えたが、結局思い出すことはできなかった。
 そうして最後に話を纏めるようにこう言った。


(#^;;-^)「ま、こういう感じで自分なんてアテにならんって話やな!」


 ……上手いこと纏めてんじゃねぇよ。

188名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:28:05 ID:E4.cAemc0

 *――*――*――*――*


 僕達は二人で夕暮れに染まる街を歩いていた。

 あの廃墟を後にして数時間。
 ミィを横目に伺うが、歓楽街を行くこの少女が超常的な命のやり取りを行っていたとはとても思えない。
 ただの、普通に可愛らしい女の子に見える。

 それにしても今日は本当に疲れた。
 特にディとの会話に夢中になり過ぎて駆け付けた警察に見つかりかけた時は心臓が止まるかと思った。


マト^ー^)メ「そう言えば良かったんですか?」

( ^ω^)「何がだお」

マト-ー-)メ「あの人にお金を渡したことです。ただでさえ今日は出費が嵩んでいたのに」

( ^ω^)「見過ごすわけにもいかないお」


 別れ際に僕はあの『殺戮機械』に小切手を渡していた。
 恐喝されたわけではなく、自主的にだ。

189名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:29:04 ID:E4.cAemc0

( ^ω^)「『姉さんにプレゼント買わんとあかんけど金ないし、強盗でもして帰るわ』って……。訳分かんねぇお」


 小金稼ぎに強盗ってどんな日常だとツッコミたくなった。
 そんな言葉を聞いてしまえば少しは恵んでやりたくなるのも無理はないと思うのだ。
 どうせ僕はお金持ちなのだし。
 そのお金持ちな僕としてはアイツが一刻も早く捕まることを祈るばかりだ。

 またミィはふわふわと笑って言う。
 ブーンさんは優しいですね、と。

 上機嫌なのは新しく鞄を買ってあげたからだろうか?


( ^ω^)「そう言えば僕も訊きたいことがあったんだお」

マト゚ー゚)メ「なんですか?」

( ^ω^)「鞄とか服とかを気にしてたみたいだが、そんなに気に入ってたのかお?」


 ずっとそのことが気になっていた。
 少なくとも僕はどれほどお気に入りの物でも生死の境で汚れないように気を付けたりはしない。
 しかも思い出の品というわけでもないのに。

190名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:30:07 ID:E4.cAemc0

 だから彼女が買ったばかりの服や鞄に何故拘っていたのかが気になった。
 だが、ミィはそんなことも分からないんですか?とでも言いたげに笑って答えた。


マト^ー^)メ「ブーンさんに頂いた物ですから」

( ^ω^)「随分と唐突なデレだな。そんな可愛いこと言ったって夕食は高級料理にはならないお」

マト-ー-)メ「本心です」

 
 だって、と彼女は続けた。


マト゚ー゚)メ「私にとってブーンさんから頂いた物は立派な一つの記憶です。思い出の品だから大切にしたくなるのは当然です」


 服や鞄が彼女の記憶。
 あれがミィが自分を失ってからの生活で得た過去だった。
 紛れもなく、あれも記憶の一つなのだ。

 過去を思い出すことのできるそれらを『思い出の品』と呼ばずになんと呼べばいいのだ。
 ずっと、そんな風に彼女は思っていたのだろう。

191名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:31:16 ID:E4.cAemc0

 昨日の出来事だって過去は過去だ。
 今この瞬間だって次の刹那にはそうなっている。
 自分の全ての記憶を失っている彼女にとっては僕との些細な会話だって、紛れもなく一つの【記憶(じぶん)】だったのだ。

 なるほど、考えてみれば当たり前のことだと僕は自嘲する。
 訊くまでもないことだった。


( ^ω^)「なあ、ミィ」


 できるだけ平静を保つように努め、僕は言った。



( ^ω^)「……服や鞄のことなんてそんなに気にするな。また買ってやるから。その程度の記憶なら、またいくらでも作ればいいんだから」



 僕は少し紅くなってしまった顔を隠すようにそっぽを向いた。
 夕陽に紛れて気付かれなければいいのにと気恥ずかしさに目を瞑る。
 まあでも、彼女の前では望み薄だろう。

 けれど、こんな出来事も彼女の過去の一つになるのなら。
 それはそれで悪くはないとも僕は思った。

192名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:32:05 ID:E4.cAemc0

 *――*――*――*――*


 その日の夜。

 飲み物を買いにホテルの部屋を出た時、ポケットに入れていた携帯端末が震えた。
 エレベーターに乗り込み、建物のすぐ外にあるコンビニへと向かいながら電話に出る。


( ^ω^)「もしもし?」

『お久しぶりです、坊っちゃん』

( ^ω^)『ああお前か』


 聞き慣れた声音に母国語の言葉で応じる。

 電話の相手は年配の男だった。
 僕の家で雑用をやってくれている使用人の長だ。
 色々なことがあったからか、そう月日が経っていないのに酷く懐かしい。


『心配しておりました。ご無事でなりよりです。女中の者も坊っちゃんに会いたがっておりますよ』

193名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:33:07 ID:E4.cAemc0

( ^ω^)『連絡しなくて悪かった。僕は元気だ。……あと、そういう呼び方はやめてくれ』


 本当に御曹司のようで恥ずかしい。
 何より、もう「坊っちゃん」なんて呼ばれるような年齢ではない。

 エレベーターを降り、ホテルから出ながら会話を続ける。


( ^ω^)『親父の部屋の掃除は終わったか?』

『はい。概ね終了致しました。ですが少し、気になるものが』

( ^ω^)『気になるもの?』


 コンビニの前で立ち止まり先を促した。


『奥様の写真が飾られていた写真立ての中から別のお写真が見つかりまして……』

( ^ω^)『別の写真ね……。見せてくれるか?』

『準備しておりますとも。今転送致します』

194名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:34:05 ID:E4.cAemc0

 僕は礼を言って携帯の画面を見る。
 ダウンロード中の文字。
 仮にも最新式なのに結構時間がかかるな、と思っている内に作業が終わった。
 折角コンビニに来たわけだからミィにアイスでも買っていこうと考えつつ僕は画像を開いた。

 驚愕に言葉を失った。


(;^ω^)「は……?」


 今日一日で何度も驚いたし、絶句するような場面も幾度となくあった。
 けれど、これほどまでに自らの目を疑ったのは初めてだった。

 ……画像は破かれた写真を撮影したものだった。
 少し粗く分かりにくいものの、その一葉に写っているのが白衣姿の僕の父だということは確かに分かった。
 そしてもう一人。


(;^ω^)「ミィ……?」


 そこに写っていたもう一人は――僕が今行動を共にしている、記憶を失った少女だった。

195名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:35:05 ID:E4.cAemc0


  どれほど『もしも』を積み重ねたところで過去も現在も変わりはしない。
  そう、何も変わらない。
  それは気休めにしかならない意味のないことだ。

  他愛のない想像で分かるただ一つの真実は、過去の自分の選択が現在を形作っているということ。
  そして同じように現在の自分の選択が未来へと繋がっていくということだ。

  数え切れないほどの『もしも』の中の唯一の僕達は、過去と未来の為に、また『もしも』の中から一つを選んでいって―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第四話:過去の糸口、未来の行末」





.

196名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 21:36:08 ID:E4.cAemc0

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンとは、格好付けた言い方をしているだけで、要するにピタゴラ装置のことです。
サクッと読めるように頑張ろうとしたんですが無理でした。

データとかのオマケは近い内にまた投下します。



……後書きで言おうと思ってたことがあったんだけど、僕の記憶は誰か奪ったんだろう

197名も無きAAのようです:2013/11/22(金) 22:00:01 ID:32ddNgA.0

続き待ってる。

198名も無きAAのようです:2013/11/23(土) 06:24:29 ID:pZ08DsxsO
おつ
やっぱり面白いなぁ

199名も無きAAのようです:2013/11/23(土) 23:57:40 ID:j00D4rO.0
乙!
おもしろかった!

200名も無きAAのようです:2013/11/24(日) 03:20:31 ID:w8suA8vY0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:本名は不明、現在の呼び名は「ミィ」
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:現在はボディーガード、記憶を失う前は不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色はヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 ディの話によれば「目元が誰かに似ている」らしい。

201名も無きAAのようです:2013/11/24(日) 03:21:22 ID:w8suA8vY0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・前回までの合計 3,073,620円
・襲撃依頼料 約7,000,000円
・トラックチャーター料金他 約300,000円
・交通費 約2,300円
・ホテル代 約14,000円
・食事代 約3,200円
・雑費 約1,000円
・鞄新調費 約7,800円
______

・合計 10,401,920円


【手に入れた物品諸々】

・回転式拳銃(S&W M610) 残弾数八発
・鞄
・破かれた写真

202名も無きAAのようです:2013/11/24(日) 03:22:20 ID:w8suA8vY0

結局後書きで何を言おうと思っていたのかは思い出せず……。
質問あれば答えます。

203名も無きAAのようです:2013/11/24(日) 20:04:51 ID:GdZSzttk0
おつ
戦闘かっけぇわ…

204名も無きAAのようです:2013/11/25(月) 00:26:49 ID:uIq8OtlEC
>>190って途中で切れてない、それとも演出のため不自然な終わりかたなの?

205204:2013/11/25(月) 00:34:15 ID:uIq8OtlEC
全部読み込んでなかっただけだった、リロードしたら全部読めた

206【第四話予告】:2013/12/06(金) 23:52:45 ID:2GlScmi60

「ねえ、名も知らないお兄さん。お兄さんには後悔してることってあるかしら?」

「あるお。数え切れないほどにはないと思うが、両手の指では足りないくらいにはある。でも、誰だってそんなもんだろう?」

「そうかもしれないわね。私もそうだもの。後悔ばっかり」

「それがどうかしたかお?」

「大したことじゃないわよ。私のね、好きだった人の親友が『ブーン』って呼ばれてたから……お兄さんと話してて、思い出しちゃっただけ」

「その、好きだった人のことをかお?」

「そうね。格好良くて、優しくて、でも不器用で。私も同じくらいに不器用だった。だから上手くいかなかったのかな……」

「今となっては分かりようがないことだお。もう過去のことだろ」

「他の人から見たらそうなのかもしれないわね。だけど私にとっては現在のことなの。あの時からずっと、心は痛いままだから……」

「…………」



 ―――次回、「第五話:Mind Meltdown」

207名も無きAAのようです:2013/12/06(金) 23:54:14 ID:2GlScmi60

というわけで第五話は早ければ明日の夜に投下します。
遅ければ来週の月曜日になると思います。

……あ、言いたかったことは「最終話付近で結末が決まる安価を実施します」でした

208名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 07:34:23 ID:SX83LCXQO
予告乙
楽しみだ

209名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:28:34 ID:I.IFIRxc0


  その情報屋の女は言った。 
  「こうなると分かってさえいたら、こうはならなかったのにね」と。
  続けて呟く。
  「それともこうなることは最初から決まっていたのかしら」と。

  僕は彼女のことを知らない。
  何処で生まれ、どんな風に育ち、何を愛し何を憎み、どのような半生を歩んできたのかを知らない。

  だけど知っていることもある。
  彼女が心の奥底に後悔を抱えていることを僕は知っている。
  僕がそうであるように、誰もがそうであるように、彼女だって傷跡を胸に秘めて生きている。


  僕達は後悔をせずに生きることができるのだろうか?
  それとも後悔こそが人生なのだろうか。
  だとしたら、僕達は痛み続ける後悔にどう向き合っていけばいいのだろう。

  僕達は生まれながらに自由と因果に繋がれた囚人だ。
  自分が何者であるか、その行動がどんな結果を招くのかも分からぬままに選択を繰り返す。

210名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:29:17 ID:I.IFIRxc0

  その時の僕は何も分からなかった。
  自分の頬を伝う涙の温かさだけが妙にリアルで。

  僕は立っていることもできず、誰か答えてくれと雨の街に慟哭したのだ―――。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第五話:Mind Meltdown」




.

211名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:30:14 ID:I.IFIRxc0

 廃墟での一件を終えてからしばらくは驚くほど平和な日々が続いた。
 あの『殺戮機械』を撃退した少女に関わろうという豪の者は裏の世界でも中々いないらしく追っ手の方も鳴りを潜めていた。
 時間にして一週間と数日。
 その間、僕達は数日おきに宿泊場所を変えつつ当てもなく移動し、名所を巡ったりしながら比較的穏やかな日々を過ごしていた。

 過去や父の痕跡を探すことをやめたわけではない。
 むしろ手掛かりを入手したところなのではやる気持ちを抑えるのが大変だったくらいだ。 

 僕達がそんな日常を送ることになったのは取引相手の都合が関係していた。


マト-ー-)メ「……本当にもどかしいですね。『ミッション・ミストルティン』という名称や私に似た人物の存在など、やっと手掛かりを手に入れたというのに」

( ^ω^)「そういう台詞は足湯から出てから言えお」


 駅に設置された無料の温泉で寛ぐ彼女に僕は言った。
 有名な観光地らしく、近くには源泉を同じくする普通の浴場もあるらしい。
 行ってみてもいいかもしれないと考え苦笑。
 気が抜け過ぎだ。

 僕は言った。


( ^ω^)「向こうが忙しいんだから仕方ないお。予定日までやることもないんだから、当てもなく動き回るよりは体力の回復に努めた方がいい」

212名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:31:26 ID:I.IFIRxc0

 『殺戮機械』との邂逅の後、僕は情報屋とコンタクトを取った。
 全員がそうだとは言わないもののお金持ちというやつは多かれ少なかれ裏社会とのネットワークを持っていることが多い。
 僕も少しはそういう繋がりを持っていたので、それを使いこの国でも有数のインフォーマーに連絡ができた。
 言葉にすると「情報屋を雇った」だけなのだが決して簡単な道程ではなかったと付け加えておこう。

 ……何にせよそこまでは良かったのだが、優秀な人間が多忙なのは世の常か、向こうの都合が合わなかったのである。
 そういうわけで取引日だけを交渉し、それまでの数日は待つことになったのだった。
 

( ^ω^)「別の人間を雇ってもいいんだけどね。でも雇うなら優秀な奴がいい」

マト^ー^)メ「私がそうであるようにですか?」

( ^ω^)「そうだな」


 下手な鉄砲も数を打てば当たるらしいが、やはり僕は量よりも質だと思う。
 彼女を見ていると余計にそう思う。
 この少女は二束三文の値で雇える殺し屋では束になっても敵わない。

 ふわふわとした微笑む姿だけでは分からないが、ミィは紛れもなく想像を絶する超能力者なのだ。
 そのことは今までの経験で十二分に理解していた。

213名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:32:32 ID:I.IFIRxc0

 と。


マト゚ー゚)メ


 僕が彼女を見ているように彼女も僕を見ていたことに気が付いた。
 平たく言えば、見つめ合っていた。

 無駄のなさが完璧さとイコールならば洗練された彼女の顔立ちは完璧に近く整っていると言えるだろう。
 切れ長の目の女性はクールな雰囲気であることが多いが、ミィは例外で、その掴みどころのない笑みが少し鋭めな目元の印象を完全に覆い隠してしまっている。
 好奇心旺盛そうな大きなヘーゼルの瞳はこうして真っ直ぐ見つめると橙にも近い色合いだった。

 数十秒ほど彼女の目を見続けた後に堪らなくなって僕は言った。


( ^ω^)「……なんだ、どうかしたかお?」

マト^ー^)メ「いえ別に」


 彼女の魔眼が心情や思考を見抜く類のものではなくて本当に良かった。
 もしそうだったら、僕が彼女のことを少なからず可愛いと思ってしまったことが見抜かれて、冷やかされていただろうから。

214名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:33:19 ID:I.IFIRxc0

 そして、そんなことよりも。


( ^ω^)「(僕には、まだ……彼女に隠したままのことがあるんだから)」


 初めて会ってから、今の今まで伝えていなかったことがある。 
 それに僕はあのことも言っていない。
 父の部屋から出てきたあの写真のことを知らせていない。

 あの一葉に写っていたのはミィではなかった。
 顔立ちは似ていたが、彼女のように癖毛ではないし色も綺麗な黒で髪型も異なっていた。
 そもそも写真の女性は僕と同じくらいの年に見えたので年齢からして違う。
 ミィと同一人物ということはありえない。

 だが――全くの無関係と言うには、顔の作りが似過ぎているし、偶然が過ぎる。


( ^ω^)「(ミィの母親……ではないにしても、姉妹か従姉妹か、その辺りの血縁関係にある人物だろう。『殺戮機械』が言っていた人物か?)」


 あの写真に写っていた女性がミィの姉だったと仮定しよう。
 だとしたら、父とミィの姉の関係性はなんだ?

215名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:34:12 ID:I.IFIRxc0

 こんな陰謀論的で荒唐無稽な推測はしたくないが、僕とミィは偶然出逢ったわけではなかったのかもしれない。
 あの出逢いは誰かによって仕組まれた必然だったのかもしれない。

 ……まさか、そんなことはないだろうが。
 何にせよミィの過去には僕の父やあの写真の女性が関わっていると見ていいだろう。
 その関係性が明らかになるまではミィには黙っておこうと僕は決めている。


マト^ー^)メ「ブーンさん、どうかしましたか? 最近は考え込むことが多いようですが」

( ^ω^)「別になんでもないお。考えていたのは事実だが」

マト-ー-)メ「私も考えます。過去の私がどんな人間だったのか、どんな家庭に育ち、生きてきたのかを」

( ^ω^)「ああ。僕も考えてるお。僕の父親が何をしていたのかって」


 僕の父。
 ミィの過去にも関わっているかもしれない人物。
 だとしたら、僕は。

 不安を誤魔化すように、「そろそろお昼にしようか」と僕は声を掛ける。
 ミィは相変わらずの考えの読めないふわふわとした笑みで頷いた。

216名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:35:13 ID:I.IFIRxc0

 *――*――*――*――*


 そして、その日がやって来た。

 九月も半ばを過ぎ、いよいよ秋も深まり始めた頃だった。
 とある地方駅の前に僕達は立っていた。
 地方とは言っても数十万人規模の街のそれなので、今日のような平日の朝は企業戦士や学生達が利用する比較的に大きな鉄道駅だ。
 ターミナルビルの存在やバス停が併設されている事情からか休日でも多くの人で賑わっている。

 そんな駅でも朝の九時を回ってしまえば人の波も治まってくる。
 取引場所に指定されたのは駅の二番ホームだが、この分だと約束の時間には人影は疎らになっていることだろう。


( ^ω^)「待ち合わせまで二十分ってところかお……。早く来過ぎたかな」


 何年か前の誕生日に父からプレゼントされた腕時計に目をやって僕は呟いた。
 単に貰った物だからと思い入れなく付けていたこれも最早形見の一つになってしまった。

 金があると物持ちが悪くなるというか、物を大事にしなくなると聞く。
 大抵の物は買い直せるからだ。
 僕もそういう面は少なからずあるのだが、それでもこの腕時計は大切にしている。

217名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:36:14 ID:I.IFIRxc0

 単なる市場価値で言えば端金で買える代物だが、『父親から貰った腕時計』は世界でこの、ただ一つだけだから。
 この時計はどんなにお金を積んでも手に入れることができない物なのだから。

 だから、あの時ミィが服や鞄を傷付けないようにしていた気持ちも僕はなんとなく分かるのだ。
 彼女が自分自身を知りたいと思う理由も理解しているつもりだ。
 それは多分、僕が自分の父親のことを、自らのルーツを知りたいと思う気持ちと同じもの。

 そんなことを考え僕は隣に立つ彼女を伺う。


マト^ー^)メ「どうかしましたか?」


 目が合ってしまい、「いや」と否定しつつぎこちなく顔を逸らした。
 今日も変わらぬふわふわとした笑みでミィはそう返してくる。
 服装こそローライズジーンズにパーカーという装いで変化しているが、その笑顔だけは初めて会った時とまるで変わらない。

 強いて言えば、ここ数日は目が合うことが増えた……気がする。
 思わずその微笑みにドキリとすることが多くなった。


( ^ω^)「(……吊り橋効果か?)」

マト゚ー゚)メ「?」

218名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:37:36 ID:I.IFIRxc0

 浮かんだ考えを打ち消し、僕は彼女に話し掛けた。


( ^ω^)「何か妙な気配はあるかお?」

マト゚ー゚)メ「気配?」

( ^ω^)「予兆と言えばいいか? 最近は僕達を狙っていた何処かの誰か達も大人しいが……今日も大丈夫かお?」


 ああ、と呟き、彼女は目を閉じた。
 そうして一つ溜息を吐くと「大丈夫です」と続ける。


マト-ー-)メ「私達を狙う人間はいないはずです。今日襲撃してくるということは、ない」

( ^ω^)「そうかお。そりゃ重畳だ」

マト゚ー゚)メ「私がいない方が良いのなら席を外しますが」

( ^ω^)「え?」


 一瞬耳を疑った。

219名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:38:32 ID:I.IFIRxc0

 いない方が良い?
 いくら襲撃される心配がないからって、いない方が良いとまで言うつもりはない。
 確かに『殺戮機械』との会話の時も僕が主に進めていた……というか、そういう頭脳労働は僕の担当になってしまった感じはあるが。

 内心で小首を傾げながらもとりあえず僕は答えた。


( ^ω^)「いない方が良いってことはないが、そこのフードコートを回ってる方が楽しいって言うのなら無理に同伴はお願いしないお」


 お前のことについてもちゃんと訊いておく、と付け加えて僕は財布から紙幣を何枚か取り出し、彼女に渡した。
 お駄賃というわけではないが彼女は基本的に無一文なのでお金を渡しておかないと自由時間でも何もできないのだ。


マト゚ー゚)メ「ありがとうございます。近くにいますので、万が一のことがあれば駆け付けます」

( ^ω^)「ああ」

マト゚ー゚)メ「では、また後で」


 ミィはお金を受け取ると、そう言って構内へとさっさと歩き出してしまう。
 駅に入るまでは同じなのだから途中までは一緒に行ってもいいと思うのだが……。
 今日はどうしたのだろう?

220名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:39:12 ID:I.IFIRxc0

( ^ω^)「(…………女の子の日か?)」


 彼女が何才かは分からないが、まさかまだということはあるまい。
 だとしたら深く触れない方が良いだろう。
 デリケートな話だ。

 ……しかし、結果的には良かった。
 彼女が情報屋との会談の場にいないのならば、あの写真のことも気兼ねなく訊ねることができる。


( ^ω^)「……まったく」


 やってられない、と母国の言葉で一人吐き捨てた。
 駅に入っていく女子高生の二人組が一瞬だけ僕に視線を投げ掛け、そのまま駅舎の中へと消えて行く。
 聞こえてしまったのだろうか?
 まあ、いい。

 僕の父と、ミィに似た女性。
 これからの数分の会話で今後僕がどうするか、ミィとどう付き合っていくかが変わるだろう。

 憂鬱さに表情を曇らせ僕は歩き出す。
 そろそろ約束の時間だ。
 父のことが分かるかもしれないという期待による高揚感は、なかった。

221名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:39:57 ID:Rt7ad9sE0
支援

222名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:40:08 ID:I.IFIRxc0

 *――*――*――*――*


 時間は九時三十分。
 待ち合わせ場所の二番ホームのベンチに僕は腰掛けていた。

 周囲には先ほどの女子高生二人組や、年配の男性、サラリーマンらしき人々などが電車を待っている。
 特に怪しい人物はいない。
 安全だとミィは言っていたが、何度も襲撃を受けているせいか、どうにも落ち着かない。
 そわそわして目立ってしまうのは良くないと分かってはいるのだが。

 視線の遠くへ向ける。
 駅のホームから見る空は、駅舎よりも高い建築物が周囲に少ないからか、何処までも続いているようだった。
 今は日差しもそれほど強くなく心地良い秋晴れだが、「女心と秋の空」という言葉もあるほどだ、夜の天気は分からない。


( ^ω^)「(人生と同じで、先のことは分からない)」


 センチメンタルで、しかしさして詩的でもない感想を僕が抱いたその時だった。

 ふわりと香水の匂いが香った。
 背中合わせのベンチ、僕の斜め後ろに誰かが腰掛けた。

223名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:41:16 ID:I.IFIRxc0

(、 *川「……時間に正確なのね」


 彼女はスマートフォンを耳に当ててそう言った。
 僕はその言葉が電話越しの相手ではなく、僕に向けられたものであると知っている。


( ^ω^)「まあね。待ち侘びていたから早く来ちゃったお」

(、 *川「それは嬉しいわ」


 肉感的と表現すればいいのか、とても色っぽい雰囲気を湛えた女性だった。
 黒く長い髪。
 縦の線が入ったオフショルダーのセーターに耳元で光るピアス。
 女性は化粧で化けるから分からないが、年齢的には僕とそうは変わらないだろうに、声の出し方一つとってもミィとはまるで違う大人の魅力が漂っている。

 高校時代の担任がこんな女性だったならさぞかし学校へ行くのが楽しかっただろうな、などと夢想しつつ僕は呟く。
 周囲には聞こえない小さな声で。


( ^ω^)「この国で有数の情報屋がこんな美しい女性だなんて、神は二物を与えるもんだお」

(ー *川「ありがとう。お世辞だとしても嬉しいわ」

224名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:42:09 ID:I.IFIRxc0

( ^ω^)「お世辞じゃないお」


 そう、お世辞ではない。
 ただの事実だ。
 きっと容姿を整えていることが彼女の戦略なのだろう。

 こんな魅力的な女性が裏社会でも有名な情報屋だと言われても誰も信じない。
 まだしも「舞台を中心に活躍する女優だ」と紹介される方がリアリティがあるくらいだ。

 そんな彼女は大きく伸びをしつつ、同じく小声で訊ねてくる。


(、 *川「で、どんな話をして欲しいのかしら。あなたの知りたそうなことはもう調べてきたから、大体のことは答えられると思うけれど」

( ^ω^)「事前に欲しい情報を伝えてた方がスムーズだったんじゃないかお? というか、会う必要もなかったんじゃないか?」


 最初の交渉の時から僕が抱いていた疑問に彼女は小さく微笑み答えた。


(ー *川「一般人ね、お兄さん。私もそういうことをやるから分かるけれど、ああいう電子的なやり取りは案外安全じゃないものなのよ。むしろ危険なくらい」

( ^ω^)「……直接会う方が安全、ね。そういうもんかお」

225名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:43:11 ID:I.IFIRxc0

 確かに僕の国の政府なんかは盗聴や傍受を平気でやっているが。
 彼女と連絡を取るまでの過程が妙に複雑だったのもそういうことなのだろう。
 誇張ではなく、一般人の僕にとってはM16が得物の超A級スナイパーに依頼するくらいに大変だった。


(、 *川「それでお兄さん。何についての情報が欲しいの?」

( ^ω^)「あなたみたいな綺麗な人の連絡先は是非知りたいところだが、今日は控えておくお」

(ー *川「賢明ね、私は高いもの」


 安い女よりはよっぽどいいだろ、と嘯いて僕は続けた。


( ^ω^)「まず始めに『ミッション・ミストルティン』という単語に関して知っていることがあったら教えて欲しい」

(、 *川「……いきなり失望させてごめんなさい。聞き覚えがないわ」


 さらりと告げられた一言に拍子抜けした。

 聞き覚えがないだって?
 知らないってことか、冗談じゃないぞ。

226名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:44:12 ID:I.IFIRxc0

 だが続けられた言葉は、流石はこの国でも有数の情報屋と唸ってしまうようなものだった。


(、 *川「でも分かることもあるわよ。私が知らないのだから、私が知らないレベルのものだってことが、分かる」


 尤もお兄さんがデタラメな単語を吹き込まれたんじゃなければだけど、なんてフッと笑ってみせる。
 そういう仕草が異様に似合っていた。


(、 *川「一口に『情報屋』と言っても色々なタイプがあるけれど、私は『情報屋の情報屋』という面を持っているわ。不動産の仲介業者と似ているわね」

( ^ω^)「色々なタレ込み屋を通じて様々な情報を握ってる……ってことかお?」

(ー *川「そ、そういう感じ。そのネットワーク故にそれなりに有能な情報屋で在り続けてるわけ」

( ^ω^)「なるほど。上手くやるもんだお」

(、 *川「街中のホームレスの話を聞いて回る奴やスパイとして企業に潜入してる人もいるから、欲しい情報が絞れるのなら私を通さず直接そういう人達に聞いた方が安上がりね」


 つまり、そんな彼女が知らないということは。

227名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:45:11 ID:I.IFIRxc0

(、 *川「だから私が知らないということは、私のネットワークに属するどの情報屋も知らないってことを意味している」


 『ミッション・ミストルティン』。
 その単語がデタラメなものではないとして、だとしたらどうなる?
 彼女のような存在が知らないということは酷くマイナーで取り留めのない事柄か。

 それとも、と僕の思考を先読みするように彼女が言った。



(、 *川「もしかしたら並の情報屋では絶対に知ることができないような、何かの組織の最高機密……なのかもね」



 噂さえも漏れることもない深い暗闇に沈む何か。
 そんなイメージを僕は思い浮かべた。


( ^ω^)「……そうかお。本職の人間でも無理なら僕じゃかなり難しいな」

(ー *川「安心して、こっちでも調べておくから。何か分かったらまた知らせるわ。このままじゃ私のメンツに関わるし」

( ^ω^)「そりゃ嬉しい限りだお」

228名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:46:11 ID:I.IFIRxc0

 これもお世辞抜きの感想。
 このままだと僕としては方々の情報屋に訊ね続けるか、そうでなければあの『殺戮機械』に連絡を取り、何処で聞いた言葉なのかを思い出してもらうしかない。
 どっちもできれば遠慮したい手だ。
 特に後者は。

 一息置いて彼女は言う。


(、 *川「とりあえずそのことは置いておきましょう。他に知りたいことはあるかしら?」

( ^ω^)「なら、僕の父について聞こう。……僕の素性くらいは調べ終わってるんだろ?」

(、 *川「まあね」


 けたたましい音に彼女の声はかき消された。
 電車が到着したのだ。
 時間の関係もあってか車両から降りたのはほんの数人、対照的にホームで電車待ちをしていた遅めの出勤若しくは登校中の人々は次々と乗り込んでいく。


(、 *川「誕生日や血液型が知りたいわけじゃないでしょう?」

( ^ω^)「もちろんだお。知りたいのは、僕の父が、本当はどんな仕事をしていたかだ」


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