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マト ー)メ M・Mのようです

229名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:47:14 ID:I.IFIRxc0

 この空の続く何処かで息絶えた父。
 息子だというのに僕は、あの人のことをロクに知らないままだった。

 何を考えていたのか。
 何を思っていたのか。
 今更ながら、それを知りたい。


(、 *川「知っているとは思うけれど、『ミストルティン』という名前の企業は存在しないわ。所在地はデタラメよ」

( ^ω^)「ああ。それは知ってるお」


 ねえ、と彼女は続ける。


(、 *川「でも実際、気付いてるんでしょう? 父親が真っ当じゃない仕事をしてたか……そうじゃなければ、誰かに狙われたってこと」

( ^ω^)「……それは、」


 そうか。
 この女は。

230名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:48:10 ID:I.IFIRxc0


(、 *川「そうじゃなければ、お父様の自室やあなたが宿泊していたホテルの部屋が荒らされたりなんて……するわけないものね」



 そのことも――知っているのか。

 そう。
 父の悲報が届いてから少し後、僕の自宅に泥棒が入った。
 書斎はこれ以上ないほどに荒らされたが、その父の部屋以外の被害は全くなく。

 更には僕が以前宿泊していたホテルの部屋も同じように荒らされた。
 けれどノートパソコンや記憶媒体が失くなっていただけで金目の物は一切無事だった。


(、 *川「そのことで疑問を持ったの? いえ、確信に変わったのかしら」

( ^ω^)「……そうだな」


 いくらなんでも、あんな被害状況はおかし過ぎるのだ。
 だって、あれではまるで。

 父に関係する何かのデータだけを狙っての犯行みたいじゃないかと―――。

231名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:49:14 ID:I.IFIRxc0

 情報屋の女は言う。


(、 *川「あなたのお父様に関する情報はある程度集めておいたわ。予想通り、真っ当とは言い難くて……名前や経歴を詐称して働いてたみたいよ」

( ^ω^)「……そうか」


 そうして彼女は今までよりも遥かに小さな声で、ある多国籍企業の名前を告げた。
 それは本社を僕の母国に置く有名な製薬会社だった。
 きっとここのターミナルビルの薬局でもその企業の製品は見つけられるだろう。

 でも、そうか。
 ずっと何処にいるのかと思っていたが、もしかしたら同じ国で働いている日もあったのかもしれない。


(、 *川「内容としては結構色々なことに携わってたらしいけれど、主にフィールドワークが多かったらしいわ。海外での調査ね」


 どうやら「海外を飛び回っている」という父の言葉も嘘ではなかったらしい。


(、 *川「それ以外の詳しい経歴はUSBに纏めておいたけど……」

232名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:50:09 ID:I.IFIRxc0

 そこまで続けてから、彼女は言い淀む。
 次いで、ごく自然に鞄からタブレットを取り出すと文書ソフトでデータを開く。
 まさかこんなところで?と言葉を失ったが、見れば、内容は駅前の看板が云々という広告会社の会議用資料だった。
 カモフラージュらしい。

 指先で円グラフの大きさを微調整しながら彼女はもう一度「ごめんなさい」と謝った。 


(、 *川「具体的にどんな研究をしてたとか、どんなプロジェクトに関わってたとかはまだ調査中なの。だからこれも今は言えない」

( ^ω^)「調査中、か」

(、 *川「予定では今日までには成果が出るはずだったんだけどね……。潜ってた人がミスっちゃったらしくて。昨日、死体で見つかったわ」

(;^ω^)「したっ……」


 絶句。
 さっきの話で出ていた「企業に潜入している情報屋」はもうこの世にはいないらしい。


(ー *川「でも気にしなくていいわよ。あの企業を調べてる人は結構頻繁に事故死するから」

( ^ω^)「……まったく剣呑なことだお」

233名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:51:09 ID:I.IFIRxc0

 こんな話題も大概に剣呑か、とそれとなく辺りを見回してみるが、幸いなことに他の客は近くに見当たらない。
 少なくとも僕達の会話を聞こえるような距離には、誰も。
 きっとこの二番ホームに空白が生まれる時間帯を狙って取引しているのだろう。

 後ろに座る情報屋の女が僕の上着のポケットにUSBを滑りこませた。
 手際の鮮やかさに関心する僕に「ところで」と彼女が問い掛ける。


(、 *川「今日は噂の護衛の子はいないのかしら? 近くにはいるわよね」

( ^ω^)「ああ。この辺りにはいるはずだし、アイツは有能だから心配する必要はないお」


 そう言えば、と僕は思い出す。
 ミィのことも訊かないといけないんだったか。

 と。



( ^ν^)「それはどうですかねー」



 男が現れたのは――その瞬間だった。

234名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:52:18 ID:I.IFIRxc0

 *――*――*――*――*


 その男は僕の隣に腰掛けていた。

 黒のスーツに黒のアタッシュケース。
 少しズレたスクエア型の眼鏡。
 見てくれは完全に、ただの一会社員という風体だった。

 それはどうでもいい。
 そんなことよりも遥かに重要なことがある。


(;^ω^)「…………え?」


 今大事なのは――僕が、この男がいつ隣に座ったのかが全く分からないという点だ。

 音も気配も何一つとしてなかった。
 いつの間にか隣に腰掛けていた。
 本当に「いつの間にか」気付いた時には既にそこにいたのだ。

 気配を殺していた?
 そんなわけがあるか、どんな相手が武術の達人であっても隣に座られて気付かないなんてことがありえるはずがない。

235名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:53:17 ID:I.IFIRxc0

 それよりは今、この瞬間にこの場所へとテレポートしてきたと説明された方がまだ納得できる。
 あの『殺戮機械』がそうであったようにだ。

 僕の、そして情報屋の彼女の驚愕とは対照的に、眼鏡の男はそんな反応は慣れっこだと言わんばかりの態度で口火を切る。


( ^ν^)「心配する必要はない? そうかもしれませんねー。普通の人間相手ならば」

('、`;川「あなた……」


 彼女はベンチから立ち上がり身構えた。
 僕も同じくだ。

 だが眼鏡の男は座ったまま。
 逃げる意思も戦う意思も見せぬまま。
 ヘラヘラと営業スマイルのような微笑みを浮かべながら、話し続ける。


( ^ν^)「まあ私も暇じゃないのですし、説明するほどお人好しではないので、そろそろ帰ろうと思います。目的の物は頂きましたしー」

(;^ω^)「目的の物だと?」

( ^ν^)「気付きませんかー?」

236名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:54:12 ID:I.IFIRxc0

 間延びした口調と共に、男はスーツの懐からある物を取り出した。 
 USBメモリ。
 僕が情報屋の彼女から受け取ったはずの物を。

 ポケットを弄ってみるが当然のように感触はない。
 どころか眼鏡の男はアタッシュケースからピンク色のノートパソコンを取り出してみせた。


('、`;川「それ、私の……!!」

( ^ν^)「そうですねー。先ほど遊んでいた玩具ではなく、あなたが仕事で使用している物ですねー」


 彼女は咄嗟に席に置いたままだった鞄に目をやった。
 きっとそこに収納していた物なのだろう。


( ^ν^)「それでは私はお暇させていただきますねー。しばらくはこの辺りにいますので、ご用があれば声をお掛けてください」


 「まあ、私を見つけられたらの話ですが」なんて、それだけを言い残して男は姿を消した。

 さっきまで男が座っていたはずの席。
 そこには空白だけが残っていた。

237名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:55:11 ID:I.IFIRxc0

 *――*――*――*――*


 彼女は駅の地下街の一番奥にいた。
 立入禁止の立て札の先。
 老朽化の為に閉鎖され使われていない階段に腰掛けていた。

 何をするでもなく。
 ただ、視線を漂わせたまま座っていた。


( ^ω^)「……おい、ミィ」

マト -)メ「ブーンさんですか。どうかしましたか?」


 僕の呼び掛けに対して彼女はごく自然に答えた。
 いつもよりテンションは幾分か低いようだが、それでも平然と答えたように見えた。


( ^ω^)「どうかしたか……じゃ、ないだろ」


 その態度に僕は苛立った。

238名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:56:10 ID:I.IFIRxc0

 心の中で十秒数えて。
 心を落ち着けてから訊ねた。


( ^ω^)「さっき、妙な眼鏡男に襲われた。データとかを奪われて……」

マト -)メ「そうですか」


 「目に見えていた通りです」と。
 そう彼女は答えた。


(; ω)「分かって……いたのか……」

マト -)メ「はい。目に見えていました」

(; ω)「ッ……」


 なんで。
 どうして。
 口をついて出そうになる滅裂な言葉達を押さえ込み、僕は冷静さを保つよう努力しながら問い掛ける。

239名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:57:10 ID:I.IFIRxc0

(; ω)「……いつから分かってたんだ?」

マト -)メ「朝、『妙は気配はあるか』と訊かれた時くらいです。眼鏡の人がお仲間とこの地下街で最終確認をしていましたから」

(; ω)「なら、どうして教えてくれなかった……?」


 教えてくれたなら。
 そうしたら。


マト -)メ「私は『最近私達を狙っていた人はいない』『私達を狙う人は来ない』と答えました。あの人達は今までとは違う所属のようですし、まず狙われたのはデータです」

(;# ω)「そんなクイズの答えみたいなことを聞きたいわけじゃない……!」

マト ー)メ「ですが、ブーンさんは言いました。『私がいない方がいい』と」

(;# ω)「……言ってないだろ、そんなことは」


 僕はそんなこと言っていない。
 それは確かだ。
 近いことは言ったと記憶しているが、似て非なる内容だったはずだ。

240名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:58:10 ID:I.IFIRxc0

 僕は、もう一度心の中で十秒数え。
 必死に心を落ち着けながら彼女に問い掛けた。


(;# ω)「…………なんで、教えてくれなかったんだ」


 彼女は顔を伏せたままで答えた。


マト -)メ「言わなきゃ、分からないんですか?」

(;# ω)「ッ!!」


 思わず僕はカッとなって彼女の胸倉を掴んだ。
 いや、掴もうとした。
 だがそんな行動など『目に見えていた』のであろう彼女は僕の手をあっさりと躱して立ち上がる。

 そうして今にも泣き出しそうな声で言ったのだ。


マト -)メ「……だって、ブーンさんも言ってくれなかったじゃないですか…………」

241名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 21:59:11 ID:I.IFIRxc0

 僕が。
 言わなかったって、それは。
 

マト -)メ「……前に、私に似た人の写真を手に入れてましたよね。それ、手掛かりですよね? 言ってくれなかったじゃないですか」


 すぐに消去したみたいですけど普通にデリートしたくらいなら私には分かるんです。
 そもそもホテルの外の出来事くらいなら私は寝たままでも知覚できるんです。

 更に彼女は続ける。


マト -)メ「自宅の部屋が荒らされたこととか、前に泊まってたホテルの部屋に泥棒が入ったとか……。それも、言ってくれなかったじゃないですか」


 今の今まで。
 ずっと。
 言ってくれなかったじゃないですか、なんて。

 僕を責め。
 僕を詰る。

242名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 22:00:11 ID:I.IFIRxc0

 僕は言う。
 「僕にも考えがあったんだ」と。
 彼女は返す。
 「なら考えがあることくらい言って欲しかった」と。

 私は、と彼女は言い掛け、目元を拭う。
 雫こそ溢れなかったが彼女が泣いていることくらいは僕にも目に見えて分かった。


マト -)メ「……部屋のことや写真のことはブーンさんのプライバシーに関わることです。だから隠すのも当たり前かもしれません。でも、言って欲しかった」


 せめて「隠していることがある」とそれだけでも。
 言って欲しかったんだと。

 彼女は言う。


マト -)メ「信じてたのに」

(  ω)「……だからって、」

マト -)メ「私はずっと信じて――待っていたのに」

243名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 22:01:08 ID:I.IFIRxc0

 僕も信じている。
 いつかのようにそう言いたかった。
 だけど、言えなかった。

 今、口にするには――それはあまりにも空虚な言葉で。
 空っぽで、虚ろな言葉でしかなくて。


マト -)メ「……私はもう、ブーンさんのことを信じることができません。もう、無理です。待ち疲れてしまいました」


 違うんだ。
 そうじゃない。
 なんて言えば。

 胸に渦巻く言葉にならない想いを纏めようとする僕を置き去りに、彼女は歩き出す。
 僕のすぐ隣を通り過ぎて、僕は呼び止めることができなくて。



「…………さようなら」



 あれほど何度も視線で繋がっていたはずなのに――今はもう、その横顔さえも見ることは叶わない。

244名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 22:02:15 ID:I.IFIRxc0


  その情報屋の女は言った。
  「こうなると分かってさえいたら、こうはならなかったのにね」と。

  きっとそれは誰もが後悔を感じる度に呟く意味のない免罪符。
  違うんだ僕は悪くないんだと、そんな言葉を叫んでみたところで胸の痛みは消えやしない。
  ただ悲しみの涙が流れるだけで。
  涙が流れなくなった後でも心は痛み続けて。

  そうして過去に戻れない僕達は――今日も心で涙を流す。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第五話:雨の街に、心ははぐれて」





.

245名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 22:03:56 ID:I.IFIRxc0

ブーンが隠していたことが明らかになりました。
最後の二人のやり取りはもっと詳しく書いてもよかったかなーと思いますが、まあ、そこそこに。

ではまた次回

246名も無きAAのようです:2013/12/07(土) 22:14:33 ID:Rt7ad9sE0

文字通りブーンの隠していたことも目に見えていたミィ。
互いが出会った時よりも近い関係になっていたからこそ起こってしまったすれ違い。
過ぎたことは戻らない、それでも前へと進まないといけない。
いろいろ考えながら続き待ちたいと思います。

247名も無きAAのようです:2013/12/09(月) 06:41:42 ID:LrCC/XAs0
ミィも普通の女の子みたいなことも言うのね、乙

248名も無きAAのようです:2013/12/10(火) 02:08:41 ID:4mme76Ig0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:不明
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色は橙に近いヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 ディの話によれば「目元が誰かに似ている」らしい。
 彼女によく似た女性が映った写真があるが、写真の女性は黒髪で癖毛ではない。

249名も無きAAのようです:2013/12/10(火) 02:09:24 ID:4mme76Ig0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・前回までの合計 10,401,920円
・交通費 約14,000円
・ホテル代 約128,000円
・食事代 約38,000円
・観光費 約2,200円
・雑費 約4,600円
・契約料(前金) 約1,800,000円
______

・合計 12,388,720円


【手に入れた物品諸々】

・情報

250名も無きAAのようです:2013/12/10(火) 02:15:39 ID:4mme76Ig0

ちなみに費用換算はかなり適当で伏線になったりしないので安心してください。
ただし適当なりに考えてはいます。
例えば十日前後ホテル暮らしだったとして掛かった費用が十三万弱なら金持ちの割に安いところに泊まってるなーとか。
(仮に十三日間だとしたら一日当たり一人五千円弱なので、多分ビジネスホテルですね)

予定では十話完結なのでもうそろそろ後半戦です。
では。

251【第五話予告】:2013/12/15(日) 03:42:20 ID:FgARlw.Q0

「ねえねえ、おねーちゃん。ねえってばー」

「……どうかしましたか? そもそもあなたは誰ですか?」

「おねーちゃん、どっか痛いの? それとも、おかあさんとはぐれちゃったの?」

「…………私には母親とはぐれたのはあなたの方に見えますが」

「あのねー。痛い時はねー、いたいのいたいのとんでけーってするんだよー。いたいのいたいのとんでけーって」

「おまじないですか」

「ほんとにね、痛くなくなっちゃうんだよー。ほら、おねーちゃんも。いたいのいたいのとんでけー」

「……ありがとうございます。でも、私は遠慮しておきます」

「どうして? 痛いのヤじゃないの?」

「嫌ですよ。……でも、痛みが失くなって、痛かったことを忘れてしまうのはもっと嫌ですから。だからもう少しだけ、このままで……」



 ―――次回、「第六話:Must Move」

252名も無きAAのようです:2013/12/15(日) 03:43:17 ID:FgARlw.Q0

次回第六話は12月17日の火曜日投下予定です。
予定は未定。

元は短期集中連載みたいな形で、年内に終わらせるつもりだったんだけどなあ……

253名も無きAAのようです:2013/12/15(日) 07:05:24 ID:uFjzNurAO
予告乙
ミィとブーンは仲直りできるんだろうか

254名も無きAAのようです:2013/12/16(月) 00:01:41 ID:sSEfWJkU0

ブーンだけで敵に立ち向かうのか、そしてミィはどうなるんだろう。

255【幕間:Maidenly Makeup】:2013/12/17(火) 17:38:03 ID:pge1lf7A0

 いい加減に僕も我慢の限界というやつだった。

 この記憶喪失の少女、ミィと同じ時間を過ごすようになって数日経ったが、彼女には相変わらず淑女らしさというものが欠片も伺えない。
 オブラートに包まず言えば彼女には羞恥心がほとんどないらしく、それが僕を悩ませている。


( ^ω^)「(とりあえず風呂上りに全裸でいることはなくなったが、服は脱ぎ散らかしたままのことが多いから僕が片付ける羽目になるし)」


 ついでに彼女の衣服を畳んでいる際に驚くべきことに気付いてしまった。
 脱がれた物の中にブラがなかった。
 どうやらミィは下着を身に付けずにそのままシャツを着ているらしい。

 当然、彼女がニップレスのようなアイテムを知っているはずもない。
 先日は気持ちの良い秋晴れで気温も高く、ミィの服装も胸元が緩いシャツにジャケットを羽織っただけだったが、あの下に何も身に着けてなかったと思うとゾッとする。
 というか普通に馬鹿じゃないのかと思った。
 コイツ、本当に何処かの裸族の出身じゃないだろうなと。

 まあ実際、彼女の慎ましやかな胸に下着が必要かと言えば微妙なところなのだろうが。


( ^ω^)「(支える必要はなくとも隠す必要はあるだろうに)」

256【幕間:Maidenly Makeup】:2013/12/17(火) 17:39:15 ID:pge1lf7A0

 そういうわけなので言った。
 下着を身に着けろと。


マト゚ー゚)メ「パンツは履いていますよ?」

(;^ω^)「当たり前だろ、馬鹿かお前は。上の下着の話だ。下すらなかったらスカート履けないだろうが」

マト-ー-)メ「私はあまりスカートが好きではありません。ブーンさんも私のスカート姿は見たことがないでしょう?」

( ^ω^)「そう言えば見たことないな……って、それはどうでもいいんだお。お前のファッションはお前の自由だ」

マト゚ー゚)メ「では下着を身に着けるかどうかも私の自由ではないですか?」

( ^ω^)「そこは自由じゃねえお。常識だ」


 痴女かコイツ。


マト゚ー゚)メ「そうは言いましても、私はブラジャーのことはよく分かりません。それに下着を身に着けていると血管が圧迫され、ストレスになります」

( ^ω^)「なんでブラのこと知らないのにそんな知識を持ってるんだ」

257【幕間:Maidenly Makeup】:2013/12/17(火) 17:40:13 ID:pge1lf7A0

 その目か?
 その両目は下着が人体に及ぼす影響まで知覚できるのか?

 とにかく、と彼女は言って一歩僕に近付く。
 ミィが纏っているのはシャツ一枚。
 知ってしまった今では、そんな姿を見る度に心臓の鼓動が早くなる。


マト-ー-)メ「見られることが恥ずかしいことだと言うのなら、私は特に気にしません。それ以前に『未来予測』を用い本当に見えそうな時はちゃんと隠しています」

(;^ω^)「……なんて無駄な能力の使い方をしてるんだ」


 つくづく馬鹿じゃないのか、コイツは。


マト゚ー゚)メ「そういうわけですが、何か問題がありますか?」

(;^ω^)「いやでも、万が一……」

マト-ー-)メ「数秒以内の未来ならば『未来予測』に万が一はありえません」

( ^ω^)「それでもだ。それでも万が一、お前が下着を身に着けていないと誰かに知られたら、どうなる?」

258【幕間:Maidenly Makeup】:2013/12/17(火) 17:41:11 ID:pge1lf7A0

 僕は言った。


(;^ω^)「お前の隣にいる僕は、まず間違いなく『彼女に羞恥プレイさせてる鬼畜彼氏』というレッテル貼られることになるんだお……?」


 ……最悪過ぎるだろ、それ。
 そんな性癖は僕にはない。

 僕の言葉に彼女は心底驚いたようで、オレンジに近い色合いの目をまんまるにしたまま黙った。
 そうして直後に顔を伏せてばつが悪そうに視線を落とす。
 反省してくれたのだろうか?


マト* ー)メ「……そうですね。恋人同士に見られると、困ってしまいます」

( ^ω^)「(あ、コイツ反省してねえな。口元笑ってる)」


 遂に僕は諦めて、この話題を打ち行った。

 ……なのだが、どうやら少しは反省してくれたのか、ミィは下着を身に着けるようになった。
 それは重畳であるはずなのに、やはり何処か惜しいことをした気分になってしまうのは、まだまだ幼い男の悲しい性だった。

259名も無きAAのようです:2013/12/17(火) 17:42:11 ID:pge1lf7A0

“Maidenly”は、「処女の」もしくは「少女のような・乙女のような」「優しい・穏やかな」という意味合いの形容詞。
“Makeup”は、普通は「化粧」と訳しますが、今回は「性格・性質」。

なので“Maidenly Makeup”は「少女みたいな性質」「子どもっぽい感性」みたいな感じでどうでしょうか?



ちょっと加筆修正したい部分ができたので、第六話投下は延期します。
代わりにちょっとしたオマケを投下しておきました。

260名も無きAAのようです:2013/12/18(水) 18:46:17 ID:WmK4zij60
この微妙な距離感がたまんねぇなあ

261名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:01:41 ID:UPb.tg9Q0


  僕達はふと、その痛みを思い出す。

  それは夜の孤独に震える時。
  雨の空を見上げる時。
  あるいは、一人で街を彷徨っている時だったりする。

  僕達はふと、その痛みを思い出す。

  後悔という名の傷。
  僕達を形作る過去の一欠片。

  ……そして今もまた、僕はその痛みに泣いている。


  だけど俯き、涙を流してばかりではいられない。
  痛みに浸ってばかりではいられない。
  だって僕達は知っているから。

  今動き出さなければ、もっと後悔するのだということを。


  ずっと昔から知っていること。
  これまで経験してきた沢山の後悔達が、心の奥底に残る傷跡達が、僕達にそれを教えてくれる。

262名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:03:05 ID:UPb.tg9Q0

  だから僕は立ち上がる。
  震える膝に力を入れて。
  少しだけ後先を考えることを止めて、ただ心のままに。

  そして僕は、まだ間に合うと祈るように信じながら――未来へと手を伸ばす。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第六話:Must Move」




.

263名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:04:09 ID:UPb.tg9Q0

 降り始めた秋の雨は身体を容赦なく濡らしていく。
 身体の熱が溶けていく。
 けれど胸は焼けるように熱く。

 彷徨い、辿り着いた路地裏は人どころか猫一匹も通らぬような、一人になるにはうってつけの場所だった。
 直後に「何を馬鹿なことを」と自嘲する。
 一人になるにはうってつけだなんて何を言っているのだか。
 僕は既に独りになっているというのに。


(  ω)「……」


 冷えた指先を温めようと両手を合わせてみるが、凍えきった身体では何の意味も成さない。
 頬を伝った一筋の涙だけが胸の熱が流れ出たかのように温かい。


(  ω)「…………あ、」


 声を出そうとして、やめる。
 どうせ出てくる言葉は決まっているのだ。
 誰にも繋がらない唇で紡がれるのは、きっと意味のない後悔と自己正当化の免罪符。

264名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:05:13 ID:UPb.tg9Q0

 だから、僕は黙ったままで目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは彼女のあのふわふわとした笑みと、最後に見せた泣き顔。
 どちらもが僕の胸を締め付けて、心の熱を暴走させていく。

 彼女は何処へ行ったのだろう?
 今何処にいるのだろう?
 怒っているだろうか、それともまだ泣いているだろうか?
 ああ、そうだ。
 何よりも。

 一人で――寂しくはないだろうか?



(  ω)「…………ごめんな、ミィ」



 また一筋、涙が頬を伝った。
 紡がれた言葉は謝罪。
 どの口が言うのかと自分でも思った。
 でも僕は本当にそう思っていた。

265名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:06:05 ID:A6A0yNSM0
読んでる支援

266名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:06:05 ID:UPb.tg9Q0

 無神経な態度で傷付けただけなら良かった。
 でもそうじゃない。
 僕は、君のことを追いかけなかった。

 何処にも行く場所がなく、何処にも帰る場所がない。
 誰も彼女のことを知らず、彼女も自分のことを知らない。
 世界でたった一人きりの女の子。
 自分を探していた少女。

 君に謝るどころか、僕は、そんな君のことを引き止めもせずに―――。



(  ω)「……ごめん、ごめんな」



 零れ出るのは偽りのない謝罪の言葉。
 だが口にするには遅過ぎた。
 僕の声は強まり始めた雨の音に掻き消され、僕の想いは他人だらけの街に消えて行く。

 僕の言葉は。
 彼女の元には、届かない。

267名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:07:05 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


 家族の思い出というのは、あまりない。

 それなりに裕福な家庭に生まれ、それなりに大きな家に住み。
 それなりに友達はいて、それなりに勉強やスポーツも頑張って、それなりに優秀な学校へ通い。
 このまま順調に行けばそれなりに立派な会社に勤めることになるだろう。

 そんな僕の、さして特筆すべき点のなかった人生の中で特徴的なこと。
 僕には家族の思い出というものがほとんどないのだ。


 母親は物心付く前に死んだらしい。
 父は仕事でほとんど帰って来ることもなかった。

 敷地内には専属の家事使用人達が住んでいるので大体のことは彼等がやってくれた。
 だから一人ということはなかったし、言わば家族のようなものなのかもしれない。
 けれど、やはり違う。
 あの人達にはあの人達の家庭があって家族がいるのだから。

 シングルマザーやシングルファザー、あるいは両親がいない人なんて珍しくもないから、別に自分は不幸だと言うつもりはない。
 だけど事実として。
 僕には家族の思い出というものがない。

268名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:08:06 ID:UPb.tg9Q0

 だけど、それでも心に残っていることもある。

 僕が小学校低学年くらいのことだったか。
 半年ぶりに帰ってきた父と外出をした日のことだ。


 その日は二人で食事をし、ショッピングモール内の小さな遊戯施設で遊び、最後に買い物をすることになった。
 とは言っても昔からお金だけはあったので、僕としては親にねだってまで欲しい物はなく。
 結局、季節に合わせた流行りの服などを買うと決まった。

 二三の店を巡り、何着かの服を買い。
 最後に父は何故か帽子屋に車を停めた。


『「大人」っていうものがどういうものか、分かるか?』 


 帽子を物色しながら、父はふと、僕に話し掛けた。
 僕が首を振ると続ける。


『俺は「大人」ってものは、自分で選択し、その選択の責任を取れる人間のことだと思っている』

269名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:09:05 ID:UPb.tg9Q0

 自分で選択し。
 その選択の責任を取れること。
 当たり前のことなのに、難しいこと。

 父は言った。


『父親としての責任を果たせているか怪しい俺が言うのも何なんだが……お前には、そういう大人になって欲しいと思っている』


 店を出た父は、帽子屋で買ったスポーティーソフト帽を僕に被せてから続けた。


『俺の国では「元服」と言って、大人になった男は帽子を被る風習があったらしい』


 大人用の帽子。
 まだ僕には大きなその帽子。


『だから、その帽子がちゃんと似合うようになった頃には、ちゃんとそういう大人になっていろよ』


 それは僕の中に残った、数少ない家族との思い出話―――。

270名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:10:05 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


 降り続いていた雨が急に弱まった。

 いや、そういうわけではない。
 僕の身体に落ちてくる雨粒が減ったのは誰かが傘を差してくれたからだった。


('、`*川「……何やってるのよ」


 目の前に立っていたのは、あの情報屋の女性だった。
 彼女と会話したのはつい数時間前のことなのに、もう何年も昔のことのように思える。
 考えてみれば僕は彼女との商談を放り出してミィの元へ行ったのだった。
 この人にも悪いことをした。

 彼女は事情を知ってか知らずか、路地裏で倒れるように座り込んでいる僕に対しなんとも言えない表情をしている。
 一本しかない傘を僕に差し出している為にその横顔は降り続く雨に濡れていて。


('、`*川「こんなところで何してるのよ、あなた」


 そうして僕は思うのだ。

271名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:11:09 ID:UPb.tg9Q0

 こんな美人を雨に打たれたままにしておくだなんて、男としてどうなのだろう?――と。


(  ω)『Quiet, please. I can hear.(静かにしてくれ、聞こえてるから)』


 だから僕はそう言って立ち上がる。
 差し出されたコンビニで買ったらしいビニール傘を冷たくなった手で押し返しつつ。
 溜息を一つ吐いて続ける。


( ^ω^)「……聞こえてるよ。分かってるんだ」


 そう。
 分かっている。

 誰かに言われるまでもなく。
 改めて思うまでもなく。
 ずっと前から知っていること。
 ずっと昔から分かっていること。

 子どもじゃないのだから――そんなことは、言われるまでもなく分かっている。

272名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:12:05 ID:UPb.tg9Q0

 自分の行動の責任は自分で取らなくてはならないこと。
 自分の選択が自分の未来を決めるということ。
 そして、いつだって後悔してばかりの自分でも、今動き出さなければきっとまた後悔するのだということ。

 ああ、だから。
 もう一度立ち上がって。

 僕は歩き始める。


( ^ω^)「傘は自分で差していればいい。こんな雨に打たれたんじゃ素敵な服装や化粧が台無しだお」

('ー`*川「あら、そう?」

( ^ω^)「ああ。傘を買うお金くらい持ってる」


 そうだ、と僕は続けた。


( ^ω^)「情報屋のお姉さん。まさか、あのパソコンがなければ仕事が全くできないってわけじゃないだろう?」

('、`*川「それは勿論そうだけど……」

273名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:13:06 ID:UPb.tg9Q0

( ^ω^)「なら、また取引をしないか?」


 路地裏を出て、すぐ近くのコンビニの自動ドアを潜りながら僕は話を持ち掛ける。
 びしょ濡れの状態で店員には申し訳ない限りだが仕方ない。
 カウンターの脇に陳列してあったビニール傘を買って、店を出る。

 そうして隣を歩く彼女に話し掛けた。


( ^ω^)「とりあえず雨宿りにホテルでもどうかな?」

('、`*川「随分と古典的な誘い方をするのね」

( ^ω^)「残念ながら、経験不足でそういうことには疎いんだお。洒落た誘い方なんてできない」

('ー`*川「へえ。モテそうなのに意外だわ」

( ^ω^)「お金持ちだからモテるのはモテるけどね」


 それはつまりお金目当てということで、その場合、こちらから声を掛ける必要はない。
 ただ一応断っておくと、僕だって意中の女性を誘う際はもう少し気取った言い回しをする。

274名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:14:07 ID:UPb.tg9Q0

 手近なラブホテルに入り、部屋を適当に選ぶ。
 エレベーターの中で僕はこれまでの経緯を話した。
 父のこと、手掛かりを探しに来たこと、そしてミィと出会い、別れたこと。 
 詳しく事情を語れば協力してくれるのではないかという甘い考えだ。

 部屋に着く頃には粗方説明も終わっていた。
 だから、これまでのことではなく、これからのことを僕は話す。


( ^ω^)「これから、パソコンとUSBを取り返しに行こうと思う」

('、`*川「……それはまた、どうして?」


 ベッドに腰掛けた彼女は脚を組み訊ねる。
 まるで僕を品定めするかのような視線で。


( ^ω^)「必要だからだお」

('、`*川「少し待ってくれれば私の方で取り返す努力はしてみるけど?」

( ^ω^)「それじゃ遅い」

275名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:15:10 ID:UPb.tg9Q0

 僕は続ける。


( ^ω^)「できれば今日中。パソコンとUSBを取り返して、ミィの過去についての情報を集めて……彼女に謝りに行くつもりだ」


 許してくれるかは、分からない。
 だけど、僕のせめてもの誠意を見せたいと思う。


('、`*川「一応聞いておくけど、本気で言ってるの?」

( ^ω^)「当たり前だお」

(-、-*川「先に謝って二人で取り返しに行くって手もあるし、さっき言ったように、私の不手際なんだから待ってくれればどうにかしてみせるわよ」

( ^ω^)「……いや。これは僕がやらないといけないことだから」


 あるいは。
 僕がやりたいと思うことだから――だろうか。
 合理的でないとしても、情に流された結果なのだとしても、僕がやりたいと思ったことだから。

 だから、やる。
 それだけのことだ。

276名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:16:07 ID:UPb.tg9Q0

 脚を組み換えて、彼女は言う。


('、`*川「威勢が良いのは結構なことだけどね、現実問題として、考えはあるのかしら?」

( ^ω^)「あると言えばある。協力してくれれば、の話だが」

('、`*川「……私が、ってこと?」


 頷き、僕は続ける。
 いつまでも濡れっぱなしも馬鹿らしいので断りを入れてから暖房をつけた。


( ^ω^)「あのスーツの男の現在地。それを調べて欲しい。金はいくらでも払う。できるか?」

('、`;川「あのパソコンを取り返してくれるならお代は遠慮するし、調べられるかどうかと言えば、多分できるとは思うけど……いえ、そもそもね」

( ^ω^)「そもそも?」

('、`*川「あの男が誰かくらいは分かっているのよ」

( ^ω^)「本当か?」

277名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:17:08 ID:UPb.tg9Q0

 突如として。
 そう、何の誇張もなく「突如として」現れた、あのスーツの男。


('、`*川「通称『ウォーリー』。フリーランスの何でも屋で超能力者よ。そして能力は……『知覚阻害』」

 
 情報によれば、その能力の発動中はどのような生物からも知覚されることがないという。
 光学迷彩のように「見えない」「分からない」という甘い異能ではなく、確かにそこにいて、見えているはずなのに「認識ができない」。
 知覚ができず認知ができないのである。

 たとえ、肩がぶつかったとしても「気のせい」としか考えられない。
 そういう能力者らしい。


('、`*川「だからパソコンにしろUSBにしろ、あの男は普通に取り出しただけ。私達がそれに気付かなかっただけなのよ」

( ^ω^)「絶対に見つからない、なのに名前が『ウォーリー』ね……。『見つけてみろ』ってことか。大した皮肉だ」

('、`*川「その能力の性質上、赤と白の縞模様の服を着ていたとしても絶対に見つからないんだけどね」


 それはそうだろう。
 「見えない」のではなく「見えていても認識ができない」のであれば見つけようがない。

278名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:18:07 ID:UPb.tg9Q0

 でもね、と情報屋の女は言う。


('、`*川「彼の能力も無敵というわけじゃないの。だから多分、現在地も見つけられる」

( ^ω^)「何か弱点があるのか? ほら、制限時間があるとか……」

(-、-*川「ないわ。無制限よ。彼が解除しようと思わないと、誰も、絶対に『ウォーリー』を見つけることはできない」


 深夜、通りの向こうのコンビニに行こうとして横断歩道を渡っていたところ、信号無視したトラックに牽かれかけた。
 能力をオフにし忘れていて運転手には自分のことが見えなかったらしい。

 あの『ウォーリー』に纏わるそんな笑い話が伝わってるほどだという。


('、`*川「……この話から『人間に認識できないだけで存在はしている』ということは分かるわよね?」

( ^ω^)「まあ、そうだな」


 本当に透明になっているというか、例えば物体を擦り抜けられるとしたら、トラックとぶつかることなど気にする必要はない。
 だから認識ができないだけで、その場所には存在している。

279名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:19:05 ID:UPb.tg9Q0

('、`*川「あくまで『ウォーリー』ができるのは『知覚を阻害すること』。だから、監視カメラとかには普通に映ってたりするのよ」


 なるほど。
 弱点とも言えない特徴だが、確かに無敵ではないらしい。
 思えば、奴がサラリーマン風の格好をしていたのは監視カメラに捉えられても怪しまれないようにする為だったのかもしれない。


('、`*川「だから大体の居場所は掴めると思う。だけど、それだけよ?」

( ^ω^)「何がそれだけなんだ?」

('、`*川「居場所を掴んで、上手くして相手がいる部屋の中に入ったとする。でも私達には相手の姿が見えないのよ?」


 少し考えて僕は言う。


( ^ω^)「ビデオカメラ越しなら見えるんじゃないかな。僕が見るのは相手じゃなくて、カメラの画面」

('、`;川「……え? あ、でも、それなら――って片手でカメラや携帯構えたままで戦えるわけないじゃない!!」


 そりゃそうだ。

280名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:20:05 ID:UPb.tg9Q0

 そんなことは分かっている。
 だから、それは冗談。
 他に手はある。


( ^ω^)「その辺りは心配しなくていいお。雨に打たれながら色々と考えた。……それで、協力してくれるのか?」

('、`*川「……するわよ。私が『協力しない』って言ったところで止まらないんでしょ? だったら協力するわ。そっちの方がパソコンが戻ってくる分、得だもの」

( ^ω^)「ありがとう」

(-、-*川「いいわよ、別に。あなたみたいな人は嫌いじゃないから」


 ありがとうと僕はもう一度口にした。
 僕が嫌いになりかけた自分をそう言ってくれる人がいると嬉しい。 


( ^ω^)「できれば今すぐに仕事を始めてくれ。奴の居場所を突き止めるという重要な仕事を。僕は一旦、シャワーでも浴びてくるお」


 いい加減、濡れたままじゃ風邪を引く。

281名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:21:06 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


 それからしばらくは僕にとって辛い時間が続いた。

 情報屋の彼女がスーツの男の居場所を掴むまでの間、僕にはすることがない。
 何がしたいのか、どうすればいいのかが分かっているのに、それでも今は待つしかない。
 そういう時間は辛いものだ。


( ^ω^)「(ミィも、こんな気持ちだったんだろうか)」


 僕がいつ話してくれるのかを待つ間。
 彼女もこんな気持ちを味わっていたのだろうか。

 と。


('、`*川「あまり思い詰めない方がいいわよ。あなたが今できることは身体を休めることなんだから」


 スマートフォンやタブレットを慣れた風に扱いながら、情報屋の女が声をかけてきた。
 視線は画面から外さないままだが僕の表情を見て心配してくれたらしい。

282名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:22:06 ID:UPb.tg9Q0

 そんな彼女に、僕は気になっていたことを訊ねてみることにした。


( ^ω^)「そう言えば、あの路地裏の時の話なんだが。僕を探してくれていたのか?」

('、`*川「そうよ? そりゃあね、パソコンを奪われて、これからどうしようかって時に依頼人が血相変えて何処かに走り去って行っちゃったら探しもするわよ」

(;^ω^)「それは……申し訳ないお」


 言い訳をするわけじゃないがあの時はミィのことで頭が一杯だったのだ。
 何故、どうしてと。
 とても冷静に考えられる状態じゃなかった。

 彼女は続ける。


('、`*川「でもそれだけじゃないわ。なんとなくね、分かったのよ」

( ^ω^)「分かった?」

('、`*川「仕事柄、色んな人を見るからなんとなく分かるのよね。この人はああいう人だなとか、こんなことで悩んでるんじゃないかとか」

( ^ω^)「へぇ……」

283名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:23:08 ID:UPb.tg9Q0

('、`*川「だから、あの時も『あ、この人は彼女とトラブったんだな』って分かった」

(;^ω^)「かのっ……いや、ミィはそういうのじゃないお」


 口篭りながらの僕の言葉に対し、彼女は意外そうに返した。


('、`*川「違ったの? じゃあ『大事な人』とでも言い換えましょうか」


 大事な人、か。
 確かにそれはそうだ。


('、`*川「それで、大事な人と揉めちゃったりした時って、どうすればいいか分からなかったりするじゃない?」


 誰かに話を聞いて欲しかったり。
 勇気付けて欲しかったり、背中を押して欲しかったり。
 そういう風に思うじゃない?と彼女は言う。

 きっとそれは一般的な話だけではなくて。
 彼女もかつてそういうことがあったのだろうと思わせるような口調で。

284名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:24:05 ID:UPb.tg9Q0

('ー`*川「そういう風に思ったから……何か声かけてあげようかなって思って。平たく言えば、慰めてあげようかなってね」

( ^ω^)「気持ちは非常にありがたいし、あなたみたいな美人に慰められるなんて心が踊るが遠慮しておくお」

(-、-*川「ええ。あまり必要なかったみたいね」


 全く必要なかったわけではないが、やらなければならないことは分かっていた。
 答えは持っているのだから少し頭を冷やせば動き出せる。

 それに、と皮肉っぽく続ける。


( ^ω^)「僕はもう子どもじゃないんだ。少年マンガの主人公みたいに、立ち上がるのに常に誰かの助けが必要ってことはない」

('、`*川「ふぅん、そう。少なくとも、あなたのそういう言い回しは子ども故のものだと思うけどね」

( ^ω^)「……なんだって?」


 僕の何処が子どもっぽいって?


('、`*川「だって、そうじゃない。真面目な人は『真面目にしなくちゃ』なんて言わないし、『真面目なことは大事』だなんてわざわざ口に出さないわよ」

285名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:25:10 ID:UPb.tg9Q0

 だって、それはその人にとっては当然のことなのだから。
 改めて言葉にするまでもなく。

 彼女は言った。


('、`*川「これは私見だけど、あなたは『大人にならなくちゃ』って気持ちが強いのよ。きっとお父さんが亡くなってしまったからよね」

( ^ω^)「……随分と知ったような口振りだ」


 僕のシニカルな、あるいは子どもっぽい言葉にも、さらりと「私もそうだったから」と彼女は答えた。


('、`*川「私も早くに両親を失くしたから分かるわよ。親がいなくなっちゃえば、子どもは大人にならざるを得ない。望もうと望むまいとね」

( ^ω^)「でも大人ってのはいつかはならなくちゃいけないものだお」

('、`*川「それもそうだと思うわ。ネバーランドにはいられないの。たとえ親とはぐれちゃっても、ね……」


 親とはぐれ、年を取らなくなった子どもが暮らす国。
 ネバーランド。
 お伽話の中の世界。

286名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:26:06 ID:UPb.tg9Q0

 だけど、現実には親からはぐれてしまえば、子どもは大人になるしかない。


('、`*川「……でもね。違うのよ」

( ^ω^)「何が違うって言うんだお」

('、`*川「『大人』って、子どもが思ってるほど凄くないの。完全じゃないのよ。人間だから、不完全なの」


 彼女は言う。

 自立していることは、誰も頼らないということではなく。
 選択ができることは、何も悩まないということではない。
 責任が取れることと弱音を吐かないことはイコールではないし、年を経るということは全く間違わなくなるということを意味しない。

 彼女は言う。
 大人はいつかはならないといけないが、人間はそもそも不完全な存在なのだと。


('、`*川「大人だって悩むし泣くの。当たり前じゃない」

( ^ω^)「当たり前、なのか」

287名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:27:05 ID:UPb.tg9Q0

 笑って、目の前の大人は続けた。


('ー`*川「私は一人で抱え込まずに弱音を吐けることだって、大人の条件だと思うわよ?」


 ああ、それか。
 そうなのかもしれない。

 ミィも言っていたじゃないか。
 悩んでいることがあるのなら悩んでいることがあると、隠していることがあるのなら隠していることがあると、言って欲しかったと。
 僕が一言でも彼女に何か言えていたならこうはならなかった。

 ……僕はずっと、勘違いしていたのかもしれない。


( ^ω^)「なら一つ、悩みを聞いてもらってもいいかな」

(-、-*川「いいわよ。私で答えられることならね」


 一つ深呼吸をして。
 僕は素直に訊ねる。

288名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:28:08 ID:UPb.tg9Q0

( ^ω^)「……上手く、謝れる気がしないんだ。あまり女の子に謝ったことがないものだから」

('、`*川「……そうね。男と女が揉める時っていうのは認識の違いが多いものよ。片方が大事にしてることを、もう片方は気にしてなかったり」

( ^ω^)「記念日を忘れたりかお」

(-、-*川「そういうのね。多分、そのミィって子は隠し事が嫌だったんじゃなく、あなたに隠し事をされるのが嫌だったの」


 他ならぬ、僕に隠し事をされたのが嫌だった。


('、`*川「あなたにとっての彼女は家族や親友と同じような『大事な人』だろうけど――彼女にとってのあなたは、言わば『全て』なの」

( ^ω^)「僕が、全て……」

('、`*川「そうよ。記憶を失ってる彼女にとっては、あなたという存在は、人生の全てと言っていいほどに大きいはずだから」


 そのことは僕だって分かっていたはずだった。
 生きるか死ぬかの戦闘の最中でさえ、買ってもらった服や鞄を大事にしていた彼女。
 彼女にとっては僕との些細な会話だって紛れもなく一つの【記憶(じぶん)】だと。

 分かっていたはずだったのに。

289名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:29:08 ID:UPb.tg9Q0

(  ω)「…………僕は、馬鹿だな」


 自分ではそれなりに上手くやっているつもりだったのに。
 実際は、勘違いして失敗してばかりで。

 慕ってくれている女の子も泣かせてしまって―――。


('、`*川「あまり思い詰めない方がいいってさっき言ったばかりじゃない。まだ生きてるんだから、これからどうにでもできるわよ」

( ^ω^)「……そうだな」


 ずっと昔から知っていること。
 僕達の現在が未来を決めるということ。
 今動き出さなければ、きっともっと後悔するのだということ。

 ありがとう、と僕は彼女に言い、彼女は「どういたしまして」と微笑み答えた。

 そうして少し落ち着きを取り戻した僕は、それからしばらくの間、彼女と雑談をしつつ過ごした。
 街に降り続いていた雨も弱まってきたようだった。

290名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:30:05 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


裏社会で生きていく上で何が最も大事なのかと問われれば、男は多分「第六感だ」と答えるだろう。

臆病なほどに慎重であること、計算高く狡猾なこと、時には常識では考えられないほどに大胆であること。
大切なことはいくらでもあるし何が重要なのかは人によって違う。
だが、それでも彼は「大事なのは第六感だ」とある程度の確信を持って答える。

嫌な感じがする。
そういった根拠のない直感を無碍にせず、万が一のことを念頭に置いて警戒することが長生きの秘訣だ。


( ^ν^)「……?」


そして今日も彼は研ぎ澄まされた感覚で何かを掴み取る。
ソファーから身を起こし辺りを見回す。
視界に映るのは何の変哲もない雑居ビルの一室。
不自然な点など一つもない。

しかし、万が一ということもある。
男――その筋では『ウォーリー』と呼ばれている何でも屋は立ち上がり、身構えた。

291名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:31:06 ID:UPb.tg9Q0

もしかしたら彼が第六感を重要視するのは彼自身が『知覚阻害』という異能の力を持つという事情も関係しているのかもしれない。
自分が姿を隠す類の能力を持っているものだから、同じように見えないだけで今も誰かが自分を狙っているんじゃないかと思えてしまうのだろう。

無論、彼の『知覚阻害』は基本的に身構えたところでどうしようもない類の能力だが。


( ^ν^)「(とは言っても、以前、第六感で居場所を突き止められたことがありましたかねー……)」


正確には「居場所を突き止められた」どころか「殺されかけた」のだ。
鞄や奪った物品や諸々を確認しながら彼は思い出す。

『知覚阻害』という能力は文字通り「相手の知覚を阻害する」という異能。
この能力が発動している間は彼を五感で捉えることは不可能で、仮に目の前に立っていたとしても相手には認識することができない。
青いネコ型ロボットが主役の有名なアニメ作品に似た効果をもたらす道具があるので説明する時はそれを引用している。

けれど、ごく稀になのだが、第六感で彼の場所を当てられる人間も存在する。
認識できないだけで彼はそこにいるので、もっと言えば視界には映っているわけなので、微かな気配を元に居場所を割り出してくる敵も過去にはいた。

それを教訓に以降、彼は自らの気配さえも消すようになった。
異能の力などなくとも普通の人間相手ならば、背後から忍び寄り喉元を切り裂き絶命させるまで気付かせないことだって可能だ。
一応は何でも屋ということになっているが彼に向いているのはまず間違いなく暗殺と窃盗だった。

292名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:32:05 ID:UPb.tg9Q0

さて。
そんな彼は奪ったパソコンとUSBが無事だということを確認すると、ビルの屋上へと向かうことにした。

理由の一つは煙草で一服するため。
もう一つは、この部屋に居続けるのは何か良くない気がすると思ったからだった。
つまりは第六感である。

敵に第六感で居場所を突き止められ殺されかけた際、彼自身も第六感で危機を察知し致命傷を回避した経験から、彼はそういう感覚を重要視するようになった。


( ^ν^)「(あの時は洒落になりませんでしたねー……。再会する前にこの仕事を引退した方が良いでしょう)」


背広の上から上着を羽織り、奪った物品を収めたアタッシュケースを手に屋上へと向かう。
能力の特性上、大事な物は肌身離さず持っている方が都合が良いのだ。

階段を静かに上り、塔屋の扉を開けて外に出る。
昼前に降り出した雨はかなりマシになっていた。
パソコンとUSBを引き渡す予定の明日の朝には空も澄み渡っていることだろう。

小雨に濡れることも構わず、鉄柵まで歩いていき、そこにもたれかかると煙草を取り出し火を付けた。
真夜中の空に煙が上っていく。

今日もこうして、誰にも見つけられることなく『ウォーリー』の一日は終わるはずだった。

293名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:33:05 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


 僕が開け放たれたままの屋上の扉をくぐろうとした時、その男と目が合った。
 思わず戦慄する僕に対して、彼は何本目かの煙草を足元に落とし「遅かったですね」と実に気さくに声を掛ける。
 夜風に流されていく煙。
 その源を彼、『ウォーリー』と呼ばれる何でも屋は踏み消した。


( ^ν^)「そんな所で立っていないで、もう少し近付いてきたらどうですかー? あまり距離があると話しにくいでしょう」

( ^ω^)「……僕と話すことがあるのかお?」


 意を決して僕は一歩、二歩と屋上を進んだ。
 そうしてある程度の間合いを保った状態で立ち止まる。


( ^ν^)「とりあえず聞いておきましょうかー。どうやって私の居場所を突き止めたんですかー?」

( ^ω^)「お前の『知覚阻害』の能力は機械には効果がないんだろう?」

( ^ν^)「ええ、その通りですー。ですが、弱点というものは知っていればどうとでも補えるものですよ」

294名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:34:06 ID:UPb.tg9Q0

 男の言う通りだった。

 監視カメラには映ってしまうという弱点は彼自身も百も承知。
 だから、この男の行動は途中まではコンビニやショップの防犯システムに記録されていたが、突如として街から消え失せ、足取りを追えなくなった。
 「死角に入ったのだろう」と情報屋は語っていた。


( ^ν^)「カメラに記録されてしまうというのなら、映らなければいい。それだけの話ですー」

( ^ω^)「確かにその通りだお。この街の膨大な量の防犯システムにハッキングし目撃情報を募ったっていうのに無駄金になるところだった」

( ^ν^)「警察や軍部ならまだしも、個人の力で行えることではないと思いますがねー」 

( ^ω^)「一定以上の財力と人脈があれば人一人くらい探すことはわけないんだお」


 とは言っても、僕は資金を提供しただけなのだが。
 あの情報屋の女性がどれだけ有能なのか見せ付けられた形だ。


( ^ν^)「しかし、答えが出ていませんねー。カメラ等の映像には映っていない、人には認識されない。なら、私をどうやって見つけたんですかー?」

( ^ω^)「答えなら出ているお」

295名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:35:05 ID:UPb.tg9Q0

 機械の記録には残さない。
 人間には認識されない。
 このスーツの男は足取りを辿らせないようにこの場所まで戻ってきた。

 だから、それが答えだった。


( ^ω^)「お前が最後に記録された地点から、どのカメラにも映らずに行ける範囲で、隠れ家として使える地点。それが答えだお」


 それがこの場所だった。
 この情報化社会で、どんな媒体にも記録されることなく何処かに行くなど、そうできることではないのだ。


( ^ν^)「……そうですかー」


 男は小さく頷く。
 多分、僕に居場所を突き止められる可能性は考慮していたのだろう。
 「遅かったですね」。
 僕を目にした際に最初に口にしたその言葉が示していた。

 仮に待っていたとして、だが、どうしてだ?
 それが分からない。

296名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:36:06 ID:UPb.tg9Q0

 スーツの男は煙草を取り出し火を付ける。
 空に上っていく煙をしばし眺め、そうして一服しつつ話し始める。


( ^ν^)y━・「この世界の裏側には様々な陰謀が渦巻いています。語るのが面倒なほど様々にです。流石に私も宇宙人に出会ったことはありませんがねー」

( ^ω^)「でも超能力者が実在するのなら、宇宙人だっているかもしれない」


 かもしれません、と男は同意し言った。


( ^ν^)「超能力に限らず、ずば抜けた才能の多くは犯罪に活用されます。ハッキング技術等は分かりやすいでしょう?」

( ^ω^)「……まあ、そうかもしれないお」

( ^ν^)y━・~「どんな天才児でも、生まれた場所がスラム街ならその才能は金庫破りに使われますー。そういうものですー」

( ^ω^)「それも、そうかもしれない。それがどうかしたかお?」

( ^ν^)y━・~「そういう風に世界はできているという話です。当たり前のお話ですー」

( ^ω^)「…………」

297名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:37:06 ID:UPb.tg9Q0

 彼は続ける。


( ^ν^)「例えばの話なんですがねー。あなたが企業の社長で、その会社の情報が凄腕のハッカーに狙われると知ったら、どうします?」

( ^ω^)「……セキュリティを強化するだろ」

( ^ν^)y━・~「そうですねー。それも、当たり前の話です」


 では、セキュリティを強化する方法にはどんなものがあるでしょうか?
 そんな問いに僕は彼が伝えたいことをなんとなく理解した。

 つまりは、「目には目を」という話だ。


( ^ω^)「お前はこう言いたいわけか? 『超能力は犯罪に使われていて、その犯罪を防ぐ為には超能力者を雇うのが一番いい』と」

( ^ν^)「察しが良くて助かりますねー。その通りです」


 現実の話として、一定以上のハッカーやクラッカーといった人種は警察や企業から雇われることがある。
 蛇の道は蛇とでも言えばいいのか。
 その手の犯罪者にはセキュリティの脆弱性が一目で分かり、対策を立てることができるらしい。

298名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:38:05 ID:UPb.tg9Q0

 もっと簡単な例ならばボディーガードだ。
 屈強な殺し屋に狙われてると知ったならば同じように屈強な護衛をつけるだろう。
 

( ^ν^)「私は今、二つの依頼を請け負っていますー。一つは情報屋のパソコンを奪うというもの。そしてもう一つは、」


 と、僕を指差して彼は言う。


( ^ν^)「あの『殺戮機械』を退けたというあなたの護衛。彼女をスカウトするというものです」

( ^ω^)「……なるほど」


 色々と合点がいった。
 要するにこの男はミィの能力がどの程度のものなのかを把握する為に、わざと僕達との交渉中にあの情報屋を襲った。
 そしてまるで力を試すようにこうして待ち構えていたのだ。
 大胆にも、また不敵にも。

 彼の、いや、彼の雇い主の目の付け所は素晴らしい。
 ミィの持つ反則じみた超能力は護衛にはうってつけだ。
 彼女がどれほど有能なのかは僕は身をもって知っている。

299名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:39:06 ID:UPb.tg9Q0

 男は吸っていた煙草を落としてから話を再開する。


( ^ν^)「この世界の裏側には陰謀が渦巻いています。それも、割とロクでもないものが」


 そう、それは例えば超能力者を集めた特殊部隊を編成しようという計画であったり。
 人工的に異能の力を作り出しそれを他の組織に売りつけようというプロジェクトであったり。
 実にロクでもない陰謀が多々存在すると彼は語った。

 裏の世界で生きる人間として。
 他ならぬ超能力者の一人として。


( ^ν^)「国家や企業がそういった陰謀を企て実行しますと、私達個人にはどうしようもありませんー」


 あの『殺戮機械』のような埒外の存在は例外としても。


( ^ν^)「そういう大きな力に目を付けられた能力者の末路は、脅されて都合良く使われるか、始末されるか、それかモルモットにされるかです」

( ^ω^)「…………」

300名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:40:07 ID:UPb.tg9Q0

( ^ν^)「私の雇い主は『レジスタンス』とか『正義の味方』とかいう名称の組織ですが、まあ、そういうことを防ぐ為の組織ですねー」


 国家や企業のような大きな力に対抗する為の組織。
 裏稼業の人間達の互助組合という、巨大な陰謀に対抗する為の一つの陰謀。 


( ^ν^)「私の事情はこんな感じですー。さて、どうされますか?」

( ^ω^)「……話は分かった。だけど、無理な相談だな」


 僕は言う。


( ^ω^)「まず、ここにお前の目当ての彼女はいない。ついでに彼女にはやらなければならないことがある。その後のことは、彼女に訊いてみるが」


 そして。
 何よりも。


( ^ω^)「ついでに僕にもお前からパソコンとUSB取り返して、彼女に謝りに行く予定がある」

301名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:41:06 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*


 スーツの男がニヤリと笑う。
 それと同時に僕は懐に隠していた四つの物体を辺りに放る。

 次の瞬間、鼓膜どころか身体を震わせる大きさの音と視界を白く染め切る閃光が僕達を襲った。
 炸裂したのはフラッシュバン。
 スタングレネードとも呼ばれる音と光で対象を鎮圧する手榴弾の一種だ。
 事前に衝撃に備え目を瞑り耳を塞いでいた僕でもふらついたほどだ、男はどうしようもなかっただろう。

 精々、『知覚阻害』の能力を発動し僕の認識から逃れた程度か。


(; ω)「(だが、残りの三つは隠れたお前を見つける為の物だ……!)」


 頭を振って目と耳に残る違和感を振り払い、前を見る。
 雑居ビルの屋上は先ほどとは異なる白に染められていた。

 僕が放った残りの三つの物体は発煙筒。
 視界を晦ます為に使用される手榴弾。
 一面はいつだったか学校で行った避難訓練のように真っ白な煙に包まれていた。

302名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:42:05 ID:UPb.tg9Q0

 通常ならば辺りが煙に包まれれば視覚は当てにならなくなる。
 だが、今この状況においては、僕達を覆う多量の白煙は『知覚阻害』という条理の外の力を無効化する意味を持っていた。


(;^ω^)「(『知覚阻害』が発動中、僕はアイツを認識できない。でも認識できないだけでアイツは屋上の何処かにいる)」


 何処かにはいるはずだ。
 ならば奴自身を知覚できずとも、奴がいるその場所が認識できればいい。
 奴の場所が分かればいいのだ。

 そう例えば――身体に纏わりつく煙の形なんかで。


(; ω)「(落ち着け。僕が見つけるのはアイツじゃない、煙だ)」


 夜風に流され、煙が消え去ってしまうまで数秒もないだろう。
 まったく屋内ならば焦る必要も逃げられる心配もなかったというのに。

 その瞬間だった。


(; ω)「(―――見つけた!)」

303名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:43:07 ID:UPb.tg9Q0

 西に流れていく煙が人の形を浮かび上がらせる。
 僕はポケットからスタンガンを取り出して、その人影に低い姿勢から襲い掛かる。
 狙うは脇腹。
 三十万ボルトを軽く超える電圧の前には服など何の役にも立たない。

 僕はそこにスタンガンを握る右手を突き出し―――。



「―――惜しかったですねー」



 瞬間。
 右手首に激しい衝撃が走り、僕は唯一の武器を落としてしまう。 

 そうして次の刹那には、雨に濡れたコンクリートの上に投げ飛ばされていた。


(; ω)「がっ……!」


 背中から叩きつけられ激痛が走る。
 衝撃で肺が潰れ、空気が押し出された。

304名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:44:06 ID:UPb.tg9Q0

 そんな僕を見下ろすのは、あのスーツの男。


( ^ν^)「惜しかったですねー。着眼点は良かったと思うのですが」

(; ω)「なに、を……」

( ^ν^)「スモークが風に流されることがなければ。たとえばここが室内だったならば、私が怯んでいる間に見つけることができたでしょうが」


 僕は『ウォーリー』を見つけた。
 だが、遅過ぎた。

 見つける見つけないという次元以前の問題。
 ただの一般人である僕が裏稼業の人間とまともにやり合って勝てるはずがない。
 だから、相手が音と光に怯んでいる間に決めなければならなかったのに。


( ^ν^)「惜しかったですねー。ここが外でなければ勝っていたのはあなただったのかもしれない」

(  ω)「…………ああ。そうだな……」


 本当にそう思う。

305名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:45:05 ID:UPb.tg9Q0

 だけど、一つだけ同意できないことがある。
 僕はお前が外に出てくれて良かったと思っているんだ。

 何故ならば。


(  ω)「本当に……僕は、馬鹿だ。一人じゃ何もできないな……」


 僕は屋上に転がったまま自嘲し笑った。
 真夜中の空。
 そんな一面の黒の世界にもほんの微かな星の光が見えた。

 雨雲の切れ間から覗く星を見ながら、僕は言う。
 だから、だからさ。



「…………だから、僕を助けてくれ――ミィ」



 そして彼女の声が聞こえた。

306名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:46:06 ID:UPb.tg9Q0

 *――*――*――*――*

 
 隣のビルから乗り移るようにして屋上に降り立ったのは、僕が探していた彼女だった。



マト゚ー゚)メ「―――ブーンさん」



 あの特徴的な、ふわふわとした笑み。
 彼女の姿は前に会った時とまるで変わらない。
 なのにその声は、もう何年も聞いていなかったように無性に懐かしかった。

 ああ、そうか。
 来てくれたのか。


(  ω)「……ありがとう」


 本当に、ありがとう。

307名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:47:05 ID:UPb.tg9Q0

( ^ν^)「……なるほど」


 僕と彼女の事情を知らないのであろうスーツの彼は、どうしてミィが遅れてやって来たのかを考えているのか、目を細めつつ僕から離れる。
 そうして狭い屋上で間合いを取ってミィと向き合った。


( ^ν^)「実物は写真で見るよりも可愛らしいですねー」

マト゚ー゚)メ「あなたは、私を知っていますか?」

( ^ν^)「噂では知っていますねー。それ以外に見覚えがある気もしますが、多分気のせいでしょうー」

マト^ー^)メ「そうですか」


 これまで幾度となく繰り返してきた彼女の問い。
 お馴染みのふわふわとした笑み。
 だが続けられたのは、微笑みながらもこれまでにはなかった強い意思を含んだ言葉だった。


マト゚ー゚)メ「私は、怒っています。あなたが私の大切な人を傷付けたからです」

( ^ν^)「正当防衛なんですがねー。傷付けたことに関しては、否定はできませんー」

308名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:48:05 ID:UPb.tg9Q0

 ミィの非難をスーツの男は軽く受け流す。


( ^ν^)「謝罪ならいくらでもしますが、どうですかー?」

マト-ー-)メ「気が済みません」

( ^ν^)「そうですかー。つまり、私と戦うということですねー」


 平然とした口調だった。
 思えば、彼はミィを護衛としてスカウトに来たのだから、戦闘はミィの実力を計る格好の機会だ。
 自分程度を退けられないのでは誘い甲斐がないとでも考えているのだろう。

 そうして、次の瞬間。
 『ウォーリー』は屋上から消え失せた。


(;^ω^)「ミィっ! アイツの能力は……」

マト-ー-)メ「分かっています、ブーンさん」


 知覚から逃れる相手の存在を伝えようとした僕の言葉を彼女は遮る。

309名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:49:06 ID:UPb.tg9Q0

 次いで、彼女は言った。
 その両目を洗練されたアカイロへと変化させながら。


マト^ー^)メ「ああ、あなたは全然私のことを知らないんですね。よく知っていないのであればそんな能力で挑んでくることも理解できます」


 淡く微かな光が宿った目を細め、彼女は笑う。



マト ー)メ「あなたが目に見えずとも、私にはあなた以外の全てが、目に見えている―――」



 それまで微笑んでいただけだったミィが動いた。
 不可視の攻撃を捌き、更には見えない何かを掴み、合気道のように投げ飛ばした。
 まるで屋上に叩きつけられた僕の意趣返しだと言わんばかりに。

 僕には何も見えないが、分かった。 
 倒されたのはスーツの男。
 ミィは『ウォーリー』をいとも簡単に見つけてみせたのだ。
 あるいは見つけたのではなく、最初から彼女には『目に見えて』いたのだろうか。

310名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:50:05 ID:UPb.tg9Q0

 彼女は掴みどころのない笑みを浮かべたまま言った。


マト^ー^)メ「何故? あなたは私の能力を勘違いしています。私の能力は未来を知るのではなく、現在の状況を分析し予測するものです」


 僕には何も見えず聞こえない。
 だが彼女が相手の疑問に答えているのだろうということは分かった。


マト-ー-)メ「あなたの『知覚阻害』は非常に優秀です。私の能力でもあなたを捉え切ることはできない。現に今も、あなたの声は微かにしか聞こえません」


 けれど。


マト゚ー゚)メ「ですがあなた自体が見えずとも、あなた以外の全てが見えている私には、『知覚阻害』なんて意味がないんです」


 そう。
 全てを知覚する彼女の視界。
 その中で自分の存在を隠したとしても、それは「見えない部分」「認識できない場所」に自分がいると白状しているのと同じことだった。

 彼女は未来を予め知る『未来予知』ではなく――知覚し演算し予測する、『未来予測』なのだ。

311名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:51:06 ID:UPb.tg9Q0

 そして彼女は言うのだ。
 恐らくは今、この屋上から逃げていく最中であろう男に向けて。


マト-ー-)メ「ゆーあーれありー、うぉーりー」


 たどたどしい発音の言葉。
 それはもしかしたらあの男ではなく僕に向けたものなのかもしれなかった。
 被害妄想だろうか?

 僕は笑って立ち上がり、口にする。


( ^ω^)「『You are really wally.(お前は本当に馬鹿な奴だ)』……だ」

マト゚−゚)メ「そう言いました」

( ^ω^)「言えてなかったお」


 不満そうな顔をしていたが、彼女はもう何も言わなかった。
 馬鹿な僕の言葉を待つかのように、ただ黙って僕を見つめ続ける。

312名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:52:12 ID:UPb.tg9Q0

( ^ω^)「(……ああ、そうか。そういうことだったのか)」

 
 今やっと分かった。
 この一週間と数日の間、ミィと妙に目が合うことが多かったのは。
 僕が彼女を見た際に彼女も僕を見ていたのは。 

 きっと――僕がいつ秘密を明かしてくれるのかと、期待して、待っていたのだ。

 そう、ちょうど。
 今、彼女が僕の言葉を待っているように。


( ^ω^)「……ミィ。ごめん、ずっと隠してて」

マト-ー-)メ「…………」

( ^ω^)「言い訳をするわけじゃないんだ。だけど、僕は怖かったんだ」


 もしかしたら僕の父親が君の過去に関わっているのかもしれない。
 どころか、君の記憶を奪ったのは父かもしれなくて。

 そしたら君に嫌われてしまうんじゃないかと、思って。

313名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:53:09 ID:UPb.tg9Q0

 怖かった。
 なんて言えばいいか分からなかった。
 ごめん。

 一つ一つ心の奥から選んでいくように途切れ途切れの僕の言葉。
 彼女は黙って耳を傾けていた。


(  ω)「こういう時って、マンガとかなら『許してもらおうなんて思ってない』とか言うじゃないか。いや、言うもんだけど……」


 僕は自嘲するように笑い、続ける。


( ^ω^)「僕は馬鹿だからさ、許してもらおうと思ってるんだ。できることならまた、君と一緒に行きたいと思ってる。都合が良過ぎるけど本当にそう思ってるんだ」

 
 だから。
 ヘーゼルに戻った彼女の大きな瞳。
 真っ直ぐに彼女の目を見つめ、僕は言うのだ。


( ^ω^)「ごめんな、ミィ」

314名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:54:06 ID:UPb.tg9Q0

 隠し事をしてて。
 期待を裏切って。
 呼び止められなくて。
 追いかけられなくて。
 言い訳すらできなくて。
 その手を取ることができなくて。
 
 何よりも僕を選んでくれた君を傷付けて一人にして。
 でも僕を助けに来てくれて。

 ごめん――でもどうか、許して欲しい。


マト ー)メ「…………ブーンさん。間違ってますよ」

( ^ω^)「謝って済むことじゃないのは分かってるお」

マト-ー-)メ「そうではありません」


 そして、彼女は言うのだ。
 あのふわふわとした懐かしい笑みを携えて。

315名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:55:13 ID:UPb.tg9Q0

マト^ー^)メ「最後の一つは謝るのではなく――『ありがとう』と、そう言うところじゃないですか」


 そうか。
 そうだな、言われてみればその通りだ。
 僕は助けてもらったのだから。

 だったら僕が言うべき言葉は『ごめん』ではなく。


( ^ω^)「……ありがとう、ミィ」

マト-ー-)メ「どういたしまして。私も自分勝手なことばかりしてしまいました。ごめんなさい」

(;^ω^)「そんな、僕が……」

マト-ー-)メ「私にとっては【記憶(じぶん)】が何よりも……いえ、とても大切なので、あの時はブーンさんの気持ちを考える余裕がなかったんです」


 でもそれって同じですよね?とミィは言った。

 そう。
 彼女も同じだった。
 不安に押し潰されそうで、自分のことしか考えられず、隠し事をした僕と同じ気持ちだった。

316名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:56:06 ID:UPb.tg9Q0

 だから許しますと彼女は続けて、「私を見捨てないでくれてありがとう」と小さな声で呟いた。
 聞き間違えたかと思い、問い返そうと思ったところでミィが口を開いた。


マト^ー^)メ「ところで、本当に裏稼業の人間に勝てると考えていたんですか?」

( ^ω^)「ん、ああ。まあ運が良ければ……とは思ってたお」

マト゚ー゚)メ「そんな曖昧な勝算を信じるなんて現実主義者とは思えません。お金持ちは現実主義者じゃなかったんですか?」

( ^ω^)「まあ『信じる』という言い方を使うなら、もっと確実なものを信じていた。……僕は、お前が来てくれると信じてたんだお」


 ミィの能力ならば屋上であんな風に煙や音や光を出せば間違いなく気付く。
 まだ僕に愛想を尽かしてこの街を出て行っていないのならきっと気付いて来てくれる、なんて。
 そう信じていた。

 だから、あの男が外に出ていてくれて、本当に幸運だった。


マト-ー-)メ「……馬鹿ですね、ブーンさんは。私が来なければ死んでましたよ」

(;^ω^)「お前が言うとリアルで怖いな……。でも、来てくれたじゃないかお」

317名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:57:06 ID:UPb.tg9Q0

 ただの結果論。
 でも、それでいいじゃないか。

 僕の掴んだ未来は――この現在は、僕の予測以上に素敵なものだったのだから。

 降り続いていた雨がようやく止んだ街にサイレンの音が響く。
 グレネードの音や光に気付いた誰かが通報したのだろう。
 この屋上に警察やら消防隊やらが踏み込んでくる前にさっさと逃げなければならない。
 僕はともかく、ミィは捕まれば困るだろうし。

 男が残していった鞄を回収し、その中身を確認してから僕は彼女に問い掛ける。


( ^ω^)「まずいな、もう結構近くまで来てるみたいだ……。逃げられるかお?」

マト-ー-)メ「言うまでもありません。警察から逃げるくらいは訳ないです。信用できませんか?」

( ^ω^)「まさか!」


 信用してるとも。
 きっと、記憶を失くした後に君が出逢った人間の中では、誰よりも。

 信じていたいと思っているとも。

318名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:58:05 ID:UPb.tg9Q0

 そうして僕達は夜の街を駆けていく。

 出逢ったあの時とは異なり手は繋がっていない。
 けれど、だからと言ってはぐれることもありはしないはずだ。

 僕達は二人で走っていく。

 もう少しだけ相手のことを思いやれるように。
 もう少しだけ正直にいられるように。
 もう今度は間違うことのないように。
 そんなことを思いながら。


「……なあ、ミィ」

「なんですかブーンさん」


 だから今日くらいは素直に思ったことを口にしようと、僕は言う。


「ずっと前から思ってて、でも、別段今言う必要はないようなことなんだけど……」

「だから、なんですか?」

319名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 01:59:08 ID:UPb.tg9Q0




「―――お前、可愛いな」





 そしてもう一度、僕は思うのだ。

 僕と過ごす日々が今の彼女の全てであり、こんな些細で気恥ずかしい出来事さえも彼女の【記憶(じぶん)】になるのなら。
 また、他ならぬ僕自身の過去となっていくのなら。
 それはきっと素敵なことで。

 願わくば、僅かに頬を染めそっぽを向いた彼女もそう考えていてくれれば嬉しいと、僕は思った。
 過去がどうであろうとも、未来がどうなろうとも、だからと言ってこの現在が無価値になることは決してないのだから。

320名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 02:00:09 ID:UPb.tg9Q0


  その時の僕達は確かに幸せだった。
  自らで掴み取った掛け替えのない今を生きていた。
  モラトリアムな日々に、僕達は少しだけ過去も未来も忘れて……。

  だがそんな御伽話のような一時は終わる。
  真実を知る時が来た。
  過去と未来と全ての因果と向き合い、その代償を支払う時間が迫っていた。
  ただ、静かに……。

  其は久遠の闇の底より出でし者。
  旅の終わりを告げ、僕達を過去へと誘うそのシ者は――彼女と同じ、名もなき怪物。




        マト ー)メ M・Mのようです


        「第六話:動き始めたこの今を」





.

321名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 02:00:52 ID:UPb.tg9Q0

余談ですが、「存在を認識されないために車に轢かれかける」という話は石ころぼうしの話で出てくるネタです。
ドラえもんに詳しい人なら分かるかな?


というわけで年内最後の投下でした。
クリスマスを一人で過ごした方や恋人と会えなかった方、若しくは年末に暇してる方等に気晴らしに読んで頂けると幸いです。
来年もよろしくお願いします。

322名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 02:17:29 ID:A6A0yNSM0

おもしろい。
来年も待ってる。

323名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 03:47:37 ID:EVkbI6es0
おつ!

324名も無きAAのようです:2013/12/27(金) 08:21:43 ID:dgdaGRgUO

よかったよかった

325名も無きAAのようです:2014/01/03(金) 16:39:21 ID:RzJoTTxkC
乙、来年(今年かな?)になってから読んだ

326名も無きAAのようです:2014/01/04(土) 00:55:56 ID:gyxCuI4M0

【現時点で判明している“少女”のデータ】

マト゚ー゚)メ
・名前:不明
・性別:女
・年齡:不明(外見年齡は15〜17程度)
・誕生日:不明
・出身地:不明
・職業:不明
・経歴:不明
・特記:『未来予測』の能力を持ち、限定的ながら未来が見える。精確に予測できるのは数秒先までで一分以上先のことは可能性が見えるのみ。
    能力を発動している間は瞳の色が変わるがデフォルトでもある程度未来は見えている。
・外見的特徴:身長160代前半。癖のある赤みがかった茶髪。白い肌。起伏の少なめな体型。整った容姿。ニット帽。ボーイッシュな服装。
       やや鋭めな双眸。瞳の色は橙に近いヘーゼル。能力発動中は左目が紫に輝き、更に集中すると色が濃くなり紅色に変わる。

・備考:
 気が付いた時には記憶(エピソード記憶)を全て失っていた。
 その当時の所有物は細工の入った銀の指輪のみ。 
 一人称は恐らく「私」。この国の言語で話しているので海外に住んでいたとは考えにくい。
 服を着る、買い物をする等のごく一般的な知識も備えている。
 知識(意味記憶)として一般には知られていない生体兵器についての知識を有する。
 ディの話によれば「目元が誰かに似ている」らしい。また裏稼業の人間から「見覚えがある」と言われたことも。
 彼女によく似た女性が映った写真があるが、写真の女性は黒髪で癖毛ではない。

327名も無きAAのようです:2014/01/04(土) 00:57:14 ID:gyxCuI4M0

【現時点までに使われた費用(日本円換算)】

・前回までの合計 12,388,720円
・ラブホテル料金 約8,000円
・依頼料 約2,500,000円
・武装費他 約23,000円 
・雑費 約1,800円
______

・合計 14,921,520円


【手に入れた物品諸々】

・ノートパソコン
・USB

328名も無きAAのようです:2014/01/04(土) 00:58:10 ID:gyxCuI4M0

九話か十話で終わるつもりなので、もう後少しです。
次の七話から終わりに向けての話ですが、よろしくお願いします。


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