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高経大がわかるプログ・サイトPart2

1凡人:2017/07/08(土) 07:06:57 ID:vq4jwV7U0
60周年を迎えた高経大。その歴史は凄まじく湾曲している。凡人は高経大の在り方や伝統に大きな疑問を投げかける一人である。その疑問は主に民主主義に関してである。世界の大学、殊に著名大学を見渡せば学問の最高学府と民主主義の間には正の相関関係がある。それは教養が多少ある者なら理解されるし、否定できない。たとえば日本の例を取ると京都大学が「自由・民主主義・リーダーシップ」のスーチー女史を招き、名誉博士号を授与(2016/11)の記事が記憶に新しい。ところがそうなっていないのが高崎経済大学と言える。ではどうなっているのか?次の120周年を輝かしいものにするのか、それとも今のままの地方の滑り止め大学に留まるのか。大学発展をどう実現可能にしたら良いかがその底辺をなす。高経大の姿をなんら隠さず、直視するのがこのスレの役割となろう。

前スレ
高経大がわかるプログ・サイト
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/3750/1303996264/

235凡人:2019/06/27(木) 22:25:45 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは

八木秀次氏
高崎経済大学専任講師・同大学助教授・同大学教授(2006年)。2014年から麗澤大学教授。(Wiki)

学者とは名ばかりで、全く右翼プロパガンダにすぎない人物(事実を都合よく曲解して、右翼思想をプロモートしている人物)が
専任講師・助教授を経て教授になれてしまう大学である。

236凡人:2019/07/02(火) 09:35:43 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

>>89
89: 凡人 :2017/09/27(水) 07:22:21 ID:R.OzoZ.k0
高経大の学生部長時代に今の高経大応援団の元を築き、高崎経済大学学長となった時に、国会法務委員会で暴力団の幹部との交流が問題にされる。「非常に右翼的な考えの持ち主である。西暦という年号を使わずに、あえて紀元という年号を使う。あるいは日本帝国憲法はいまだに生きておるのだ」。そんな高崎経済大学学長の三潴信吾氏とはどんな人物か?面白い記事をネットで見つけたので紹介する。

三潴信吾「日本憲法論要論」(洋販社,1986年)。
****
この本が旧字で書かれていること、何より本を開いて一番最初の序文を書いているのはなんと「岸信介」というあたりを紹介すれば、普通の人でもわかってもらえるだろうと思う。巻末には「天照大神の天孫降臨の神勅」だの「教育勅語」だのが資料として掲載されている(そのくせ日本国憲法は掲載せず)。Karu356(2015/6/5) https://plus.google.com/108678441385523871015/posts/Smic2KZAy7X
***
三潴信吾氏は、『現行占領憲法』は「憲法」ではないとされ、「有効ならしむべき何等の筋合も無い」と断じているのである。そして、「一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」と論じてゐる。即ちこの文章は、『現行占領憲法』無効、『大日本帝国憲法』回復を論じているのである。四宮 正貴 2015年4月19日 http://shinomiya-m.txt-nifty.com/diary/2015/04/post-0254.html

237凡人:2019/07/02(火) 17:09:12 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

高崎経済大学元学長(7期14年間) 石井學 - 広島県出身、名誉教授(銀行論)(明大卒と記憶している-凡人)

言い換えれば、創立以後50年に満たない大学なのに、同一人物が14年間も学長をやっていた大学。

238凡人:2019/07/02(火) 17:31:21 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

この記事はつまり、教授会ですら自治がままならない大学と指摘している。優秀な教授たちは辞める一方、思想選考によって高崎経済大学の職につく教員たちは大学を機能させるには能力的に不適格な人材なのだろう。まるで内部抗争を繰り返して止まないやくざや右翼暴力団組織を彷彿させる。
*****
■ 高崎市長法人化を検討 ■
(2007年5月10日 読売新聞)

 高崎市の松浦幸雄市長は、9日の定例記者会見で、学生の自殺や学長の授業数不足などの問題が起きている市立高崎経済大(木暮至学長)について、「旧態依然とした教授会で運営している。そろそろ、法人化しなければならない」と述べ、地方独立行政法人法に基づく「公立大学法人」への移行を含めた改革を検討する考えを明らかにした。

 松浦市長は、問題の背景に、教授会の閉鎖的な体質や、学長選での内部対立があるとの見方を示した上で、「大学の自治を尊重し、口を挟んでこなかったが、あまりもめるようだと(設置者として)何か言わなければならない」と話した。

 国立大学は2004年に一斉に独立行政法人に移行したが、公立大学を法人化するか否かは設置者である地方公共団体の判断に委ねられている。法人化には、効率性や透明性の向上に効果があるとされる。

239凡人:2019/07/03(水) 11:58:04 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

元高崎経済大学学生・星野文昭さんが亡くなられたことを伝える記事を読んで。

チェゲバラの人生をご存知ですか。彼の手記をもとにして、ハリウッドの映画にもなっています。私はそれで名前は聴いてはいたものの、彼の生い立ちを知りました。それがきっかけとなっていろいら記事を読んでいます。凡人はマルキストではありません。芸術家として自由をこよなく愛するがゆえに、その自由を制限する共産主義は好みません。そもそも反共のアメリカにいるのも、そうしたことが無意識に働いているのでしょうか。余談ですが、論理を無視し、腕力や脅しを武器に日本の街を闊歩している暴力団ややくざはそれより大嫌いです、笑。だけれどもイケメンで医学生のチェゲバラがマルキストに傾倒していった前半の人生は心に響きます。当時、若い彼の心を痛める社会の不合理や貧困の存在、彼の理想、その正義観は人間としてとても共感できます。

星野文昭さんを知ったのは大学入学と同時です。当時彼はすでに獄中で、彼の冤罪要求活動が学内で活発でした。立て看板もありました。不思議にも応援団や体育会がまったく無視するなかで、同じ高崎経済大学学生だったとして無視するなんてできませんでした。同じ元同級生が冤罪で獄中生活を余儀なくされている可能性があるのに、それに関心がないなんておかしいではないでしょうか。

もし彼がこの醜い大学に入学さえしなければ、彼の人生は多分違った物になったであろうと推測します。彼は高校で生徒会長つとめていることから分かると思いますが、多分高経大の名を高める活躍を社会に出てもできる人物と解します。それに比べたら応援団や体育会の連中の出身高校での経歴はなにも特筆するものがないでしょう。なにも高経大の応援団や体育会に偏見があるわけではありません。その実、凡人は中体連の市大会で個人と団体で優勝経験があるほと部活に熱中した人間です。話を戻すが、そんな彼がこの高崎経済大学に入学して、そこで知った高崎経済大学側の横暴の数々。学問の最高学府とか戦後生まれた新制公立大学とは名ばかりです。もしあなたが大学入試を受けて合格証書を受け取り、入学金や授業料を払って入学し、将来に希望をもって、晴れて高崎経済大学の学生になったにも関わらず、当時不正入学が公然と目の前で行われていた事実を知らされたのなら、憤りを感じませんか?星野文昭さんはそんな学生の一人でした。彼はのちに学生自治会の委員長になり、高経大民主化の運動の矛先になって学生をリードするまでになったのです。ドキュメンタリー映画「圧殺の森」にも彼の姿が少ないですが出てきます。
1-4

240凡人:2019/07/03(水) 12:04:44 ID:aa/QkHo60
「高崎経済大学には小川プロのドキュメンタリー映画「圧殺の森」に描かれているように暗い歴史があります。不正入学阻止闘争(1965年4月)や私学化阻止闘争(1965年8月〜9月)、聴講生本科編入問題(1965年末〜1966年初)といった、高崎市・大学当局と学生との衝突、その紛糾の歴史です。その後は安保問題も絡み、全国のいろいろな大学同様に学生運動が激化していきました。そのなかでは、後援会も標的になりました。おそらくはその支出に疑問が持たれたのか、学生たちが入学時における後援会費一括徴収に反対しました。」(https://www.himekuri.net/d38/yanooffice/20059/9.html

そんな彼がいつマルキストの活動家を目指すようになったのかは知りません。ただわかることは、そうした高経大での大学側との闘争を通じて、彼のマルキストへの人生が強固されたのは疑う余地がありません。彼がマルキストの革命家かそうでないかよりも、国家の犯罪/警察・検察側のデッチ上げにより罪なき者が刑を受ける事件は無視できません。いつこの身に起こるかもわかりません。過去にたくさん起こった他の冤罪事件と同様に、冤罪の臭いが強くする刑事犯罪で、高崎経済大学元学生(大学側が除籍)が終身刑で獄中生活を余儀なくされていることには当時としても、とても悲しく思いました。真理や事実が最後に勝つ世の中であってほしいと信じたかったのです。ご冥福をお祈りいたします。
*****
星野文昭さんを追悼する
発行日: 2019年6月27日 第3047号 弾圧との闘い
週刊『前進』02頁(3047号02面02)(2019/06/27)

(写真 文昭さんの出棺を全国から集まった大勢の葬儀参列者が見送り、別れを惜しんだ【6月8日 東京都杉並区・光明院】)
(写真 星野文昭同志の絶筆 「アフガン、山の学校で学ぶ」【2019年5月】)

 星野文昭さんの逝去に際し、全国・全世界から続々と追悼のメッセージが寄せられています。一部を紹介します。(編集局)
2-4

241凡人:2019/07/03(水) 12:07:30 ID:aa/QkHo60
権力の悪暴く闘い進める
 元参議院副議長/弁護士 角田義一さん
 星野文昭氏の訃報(ふほう)に接し、深い悲しみと非道な国家権力に対し、強い憤りを覚えます。同君の信念を貫いて、闘い抜いた生きざまに、あらためて強い感動と心からなる敬意を表します。
 暁子夫人には、お慰めの言葉もございません。ともに闘った夫婦愛に、あらためて深い感銘を受けております。
 同君のご冥福を心からお祈り申しあげると同時に、星野君を支えていただいた同志と語らい、星野君の遺志を引き継ぐと同時に、国家権力の悪を暴く闘いをともに進めたいと思います。

団結して戦線を拡大する
 元参議院法務委員会筆頭理事 小森龍邦さん
 謹んで星野文昭さんの死を悼み、日本の平和と人権のことについてあらためて決意を固めました。
 安倍自民党政権の検察権力の横暴を糾弾しなければなりません。
 星野文昭さんの闘われた沖縄の問題は、「核抜き本土並み」と言った自民党政権の欺瞞(ぎまん)を暴露し、アジア、世界の平和のための動きでありました。文昭さんは、暁子さんの愛を胸に抱き、われわれが闘いを継続し、成功に導くことを信じて旅立ちました。
 文昭さんの思想は、生きてますます日本国民の間に広がることと思います。文昭さんの霊前に、われわれは団結して戦線を拡大し、必ず勝利の道を切りひらいていくことをお誓いします。
 どうぞ安らかにお眠りください。
 文昭さん、それではさよなら、敬意を込めて合掌します。
3-4

242凡人:2019/07/03(水) 12:10:21 ID:aa/QkHo60
戦って君の無罪かちとる
 高崎経済大学OB 秋葉秀雄さん
 5月30日の夜、ベランダにおり、「神がいるなら神に祈ろう、仏がいるなら仏に拝もう」と夜空をあおぎ星野文昭君の回復を願った。しかし23時13分に君が死んだとメールが入る。
 君とは大学時代は短い時間であったがスポーツをして楽しんだ。46年間、音信不通であったが3年前、仙台市の絵画展で「姿なき再会」となった。君は獄中に41年間いたんだね。
 君は学生運動家から獄中でマルキストとなり革命家となった。君はすごい人間だよ。獄中で暁子さんと恋をして夫婦となった。誰にも負けない素晴らしい夫婦だと思う。
 私は暁子さんや星野修三さんや星野誉夫さん、そして君を支援する多くの仲間と一緒になってこれからも戦うよ。
 君はそちらの彼岸で待っててくれ。私は君の無罪を勝ち取ってから行くから。

あなたの生き方引き継ぐ
 杉並区議会議員 洞口朋子さん
 星野文昭さんの容体が急変した日の夜、東京は雨だった。全国の仲間が文昭さんのことを想い、祈りながら過ごしていたと思う。
 文昭さんが亡くなった日の夜は、悲しみと悔しさとともに国家権力への怒りがこみあげて眠れなかった。
 翌日、杉並区議会の一般質問で星野さんの再審闘争について訴えた。星野さんが獄死したこと、44年間無実を訴え闘い続けたこと、法務省・徳島刑務所・四国地方更生保護委員会によるがん隠し、命を軽んじる非人間的な対応は断じて許せない、暁子さんとともに再審闘争を闘っていくと訴えた。とても緊張したけれど、「文昭さんに届くように」と思いながら発言した。その模様は杉並区議会のホームページで生中継され、傍聴に来れない多くの区民が見ていたそうだ。  6月1日、文昭さんのご遺体に会いに行った。文昭さんはとても穏やかで清らかな顔をしていた。暁子さんは「文昭よくがんばったよね。44年だよ」と微笑んでいた。棺(ひつぎ)越しだが、2人が並んだ姿を見て、涙が止まらなかった。
 文昭さんが貫いた生き方、生きられなかった未来を私たちが引き継ごう。暁子さんとともに、全国・全世界の仲間とともに、再審無罪をかちとろう。文昭さんが目指した「基地のない沖縄」「搾取や抑圧のない社会」「人間が人間らしく生きられる社会」を実現しよう。文昭さんはずっと私たちの中に生き続けます。
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星野文昭さんの命を奪った法務省・国家権力弾劾
7・5法務省包囲デモ
 7月5日(金)
 正午 日比谷公園霞門集合
 午後0時30分 デモ出発

7・6全国再審連絡会議総会
 7月6日(土) 午前10時〜午後4時
 すみだ生涯学習センター・ドーム(墨田区東向島2―38―7)

7・26星野文昭さん追悼、獄死・国家犯罪を許すな全国集会
 7月26日(金) 午後6時
 杉並公会堂(杉並区上荻1丁目23―15)
 ○主催/星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議

http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2019/06/f30470202.html
4-4

243凡人:2019/07/09(火) 09:59:31 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

分かりやすいように、他大学と比較していままでの話を中間的にまとめてみた。これを起稿したのはサンタモニカで、プリンストン大学の現役女子学生とたまたま出会い、話した数日後です。それに刺激を受けて両大学を比較してみた。高経大はよい大学と全く対照的なので面白い。

プリンストン大学/カリフォルニア工科大学(カルテック)VS 高経大との違い
世界ランクでトップ10大学 VS 良くて日本における限りなく底辺大学/悪くて短大・高校レベル・滑り止め大学。

アルバート・アインシュタイン崇拝 ノーベル賞受賞者、その他。頭脳の巨人  VS 三潴信吾崇拝。「天照大神の天孫降臨の神勅」「教育勅語」が日本国憲法より大切。

真理尊重(勉強好き、毎年多数が卒業後進学) VS 虚偽/カルト信仰(勉強嫌い、大学院に進学するのはたった数人)。
将来ビジョン VS 過去の遺物崇拝、将来見えず。
人権擁護 VS 人権の大切さが見えない。

立憲デモクラシー擁護 VS 廃棄された大日本帝国憲法崇拝/現行日本国憲法無視・改憲運動
世界の知識人/文化人が支持 VS 日本のやくざ・暴力団が支持
人類の進歩を目指す VS 天皇・血統・応援団崇拝・特権による私利私欲が根底(三潴信吾は天皇に進講した筧克彦の娘婿)に見え隠れする。

1-2

244凡人:2019/07/09(火) 10:18:26 ID:aa/QkHo60
数日前に仕事で、プリンストン大学の女子学生と話す機会があった。名前は忘れてしまったが、アメリカ生まれ育ち、生粋のアメリカ人。多分ユダヤ系ではないかと思う。UCLAの女子学生でもそうだが、ユダヤ系の学生は凡人の話にも気軽に耳を傾ける好奇心を持ち、勉強や学問への情熱や熱心さが凡人に伝わってくる。彼女もそんな面を見せたからだ。これはただの凡人の偏見であろう。物理学専攻である。彼女は大学の夏休みを利用してパサデナにあるカルテック大学の夏プログラムに参加して興味ある宇宙、特に火星への勉強を今しているとのこと。参加するため東海岸から来ていた。カルテックは、同じくパサデナにあるNASAの有名なJPL(ジェット・プロパルション・ラブ)に深くかかわっている。そことの連携プログラムであろう。いまカルテック大学寮に住んでいる。プリンストン大学はニュージャージー州ですねと念を押したら驚いた様子で、ほとんどの人は知らないらしい。夏休みを利用してのプログラムが終わったら、プリンストン大学に戻ると言っていた。このカルテック大学とプリンストン大学はアインシュタインと関係が深い。ドイツのナチスから逃れ、カルテックは夏を過ごした場所である。凡人が話をしたフレンチ・カナディアンのカルテックの院生から聞いたところによると、カルテックはアインシュタインに職を与えなたっかために、プリンストン大に移ったと話してくれた。そのことはカルテック大学にとっての最大の後悔らしい。このプリンストン大生にとってはそうした経緯は初耳らしい。彼女の話によると、プリンストン大学にはアインシュタインの手によるE = mc2の黒板書きがそのまま保存されているそうである。プリンストン大学にあるアインシュタイン専用の教員用事務室は病院に運ばれて以来そのまんまの状態で保存されているのは記事で、写真とともに知っている。

<<参考>>
https://jamesclear.com/albert-einstein-desk

タイムズ世界大学ランキング2019 - TOP10校
THE世界大学ランキングTOP100【2019】
https://hotnews8.net/society/THE-world-university-rankings2019
1 オックスフォード大学 UK
2 ケンブリッジ大学 UK
3 スタンフォード大学 USA
4 マサチューセッツ工科大学(MIT) USA
*5 カリフォルニア工科大学 USA
6 ハーバード大学 USA
*7 プリンストン大学 USA
8 イェール大学 USA
9 インペリアル・カレッジ・ロンドン UK
10 シカゴ大学 USA

245凡人:2019/07/11(木) 12:16:12 ID:aa/QkHo60
前代未聞の大学・高崎経済大学とは?

高崎経済大学の学生はまさしく、安倍晋三氏や三潴信吾氏が日本の若者たちに求める理想的日本人像の鏡である。大笑

「日本という国は、特権階級が楽しく幸せに暮らせるように凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立ってる。特権階級の人たちがあなたたちに何を望んでるか知ってる?
 https://twitter.com/LoudminorityJP/status/1148581535827681280

246凡人:2019/07/13(土) 12:48:38 ID:aa/QkHo60
生長の家と高崎経済大学の関係?

憲法学者・三潴信吾先生への追悼文を書かせて頂きました。
三潴信吾先生をお偲びして

四宮政治文化研究所代表 四宮正貴

三潴信吾先生のご高名は『生長の家』の機関誌などで高校時代から存じ上げてをりました。また、その後、色々な會合で先生のお姿を拝し、お話をうかがふ機會もございましたが、親しくご指導を頂けるやうになりましたのは、『薫風會』の會合に小生が出席させて頂くやうになってからでございます。そして『憲法懇話會』へのお誘ひを頂き、憲法論・國體論などについてご指導を頂き、ご講義を拝聴するやうになりました。
先生の國體論・憲法論には汲めども尽きぬ深いものがございました。先生が常に「本立ちて道生ず」と仰ってをられました通り、現代日本の混迷の根本原因を正す為には、日本國體の真の姿を回復する以外に道はありません。今こそ、正しき國體論・憲法論によって國家を救済しなければならない時なのであります。その意味で、三潴信吾先生のご逝去は文字通り國家的損失であります。
 最後にお目にかかったのは、昨年十一月二十九日に神田學士會館で行はれた『憲法懇話會』でございました。終了後、學士會館の玄関前でタクシーに乗られる先生をお見送りしたのが、先生のお姿を拝する最後となりました。
 三潴先生は、今年一月六日に逝去されたと承ってをります。昨年十二月の末かあるひは今年の一月になってからか、記憶が定かではないのですが、三潴先生よりお電話を頂きました。ご用件は、一月十七日に横浜で行はれる予定になってゐた『わが師 谷口雅春先生を語る講演シリーズ』といふ會合での小生の講演を聞きに行きたい、といふことでございました。まことに有難いお言葉でございました。このお電話が先生との永久のお別れとなりました。このお電話のことは、一生忘れることはできないでせう。
 三潴先生は、小生のやうな若輩者に対して『先生』といふ敬称を付けてお呼び下さり、また、小生が発表した文章などに対して常にお褒めの言葉を頂きました。それはまさに身に余る光栄でありました。三潴先生のご期待どれだけお応へすることが出来たかと思ふと申し訳ない気持で一杯です。
 三潴先生の御冥福を祈らせて頂きますと共に、今後とも天界から小生をお導き下さいますやう心からお願い申上げる次第でございます。

愛國の憲法論を説きつづけ命燃え尽きし大人の面影
上野山夕暮れ時にのぼり来てみはふりの庭に立つが悲しき

247凡人:2019/07/13(土) 13:11:02 ID:aa/QkHo60
日本会議の前身団体のひとつ
「日本を守る国民会議」と高崎経済大学の関係?

「日本を守る国民会議」の呼びかけ人、発起人一覧。
http://poligion.wpblog.jp/archives/3879

日本会議の前身団体のひとつ「日本を守る国民会議」の呼びかけ人・発起人の名簿。『「政治」の風景』(すずさわ書店)より。これによると取材・執筆を担当した朝日新聞東京本社社会部が、国民会議の昭和56年10月当時の(国民会議の発足は昭和56年10月27日)の資料から作成したとのこと。

発起人の欄に名を連ねている。
三潴信吾信吾(高崎経済大学教授)

248凡人:2019/07/13(土) 16:29:55 ID:aa/QkHo60
教育勅語とは?

高崎経済大学の現体制を作り、完成させた人物、生長の家や日本会議と深い関係があった故三潴信吾高崎経済大学元学長の愛して止まない教育勅語とは何かを探ってみました。

高橋源一郎氏による口語現代訳(かなり砕けた日本語表現になっているが、言葉の意を深く汲んで原文にかなり近い。他の訳文では国民を形容する「天皇家の臣下」という言葉が意図的に削除されている。)

「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね

きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです

その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと

そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません

もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください

というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです

いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです

そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」

訳者後記
たとえば、「朕惟フ」と言うと、ふつう「私は思う」と訳す。もちろん間違っていない。でも、なんか違う。「朕」を使えるのは、天皇ただひとり。同時代で、「朕惟フ」を読んだ人は、「私は思う」とは受けとらなかったんじゃないかな。正確だけれど「正しくない」訳、そんな気がする。

以上ソースhttps://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/what-is-mizuhonokuni20
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249凡人:2019/07/13(土) 16:33:02 ID:aa/QkHo60
「教育勅語は、正式には教育ニ関スル勅語といいます。明治天皇の命により、井上毅(いのうえこわし)と元田永孚(もとだながざね)が文章の起案に当りました。起案者の中心となった井上毅は、フランスに留学した経験から、教育勅語が思想や宗教の自由を侵さないようにすることを重視したと伝えられています。当時の大日本帝国憲法(明治憲法)では「凡(すべ)テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅(しょうちょく)ハ国務大臣ノ副署(ふくしょ)ヲ要ス」と定められていましたが、教育勅語は明治天皇ご自身が国民に親しく語られるお言葉であり、国務に関する詔勅に該当しないものとして、国務大臣の副署を付けない勅語として発布されました。

教育勅語は、明治23年(1890年)10月30日に発布されて以来、学校などで50年以上の間、四大節(しだいせつ)の式典に朗読されてきました。また、各学年の修身(しゅうしん)の教科書の最初のページに掲載されていました。

昭和20年(1945年)8月の敗戦後、日本を占領した連合国軍の最高司令官総司令部(GHQ)は、教育勅語の朗読と神聖的な取りあつかいを禁止しました。ついで占領下の日本の国会では、昭和23年(1948年)6月19日に衆議院が「教育勅語等排除に関する決議」を、参議院が「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議し、それに代わるものとして、教育基本法が制定されました。」

教育基本法の第二条には、次のように日本での教育の目標がうたわれています。
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 <ことば豆辞典> その二
【井上 毅】 1844〜1895。熊本藩士。明治政府の司法省に出仕。フランスに留学。国学にも通じ、伊藤博文と共に大日本帝国憲法や皇室典範、教育勅語の起草に参加し、のちに文部大臣となる。
【元田永孚】 1818〜1891。熊本藩士。儒学者。明治政府の宮内省に出仕。宮中顧問官となり、教育勅語の起草に参加。
【詔 勅】 天皇が意思を表示する文書。詔書(しょうしょ)と勅書(ちょくしょ)と勅語がある。

【副 署】 明治憲法下で、天皇の文書的行為の場合、それを助ける任にある者が天皇の名に添えて行う署名。
【四大節】 1945年まで行なわれた四つの祝日。四方拝(しほうはい・一月一日)・紀元節(きげんせつ・今の建国記念の日)・天長節(てんちょうせつ・今の天皇誕生日)・明治節(めいじせつ・明治天皇の誕生日、今の文化の日)。
【修 身】 道徳を実行し徳性をみがくことを目的にした旧制の学校の教科目。第2次大戦後廃止。

ソースhttp://chusan.info/kobore8/4132chokugo.htm
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250凡人:2019/07/13(土) 16:57:15 ID:aa/QkHo60
日本人の鏡であり、しかも学生たちの代表である高崎経済大学直属応援団員のお言葉を拝聴しましょう。これはたかけい学報に載ってあるものをそのまま転載(もちろん無許可)。応援団になった理由は就職がいいからと書いています。正直でよろしい。今までに学ランを着た女子応援団員は皆無。先例がない上に、雇用や賃金で男女不平等の現状なんかは知らなくても、またそれに悩まなくて良いのです。教育勅語にとてもかなっていて、とてもよくできた文章になっています。高経大の先生から2重丸や花丸がもらえることでしょう。まあ冗談はさて置き、良いところに就職できることを祈ります。凡人は女子に甘いです。笑

平井 聖奈 さん 応援団
経営学科 2年生

応援団女子になった2つの理由
 理由は2つあります。1つ目は、今までに女性団員がいないという話を聞いて「パイオニアになりたい」と思ったからです。2つ目は、卒団された先輩方から「就活で役に立つ」と聞いたからです。入団時の私は、目立つことと就活に使えることだけを考えていたようです。応援団そのものに興味はなかったのです。

初めての夏合宿の想い出
 私は中学、高校で吹奏楽部に入っていて、夏はクーラーをつけながら、冬は暖房をつけながら練習をしていました。しかし、応援団の夏合宿は砂浜で朝から夕方まで練習します。汗が止まらない、日焼けをする、筋肉痛がひどすぎる。頭の中には「帰りたい」の4文字が居座っていました。ですが、同期や先輩が自分を励ましてくださったので何とか合宿を乗り切ることができました。ちょうどその頃、やればできるということを学びました。
 また、体が高校生の時と比べてムキムキになりました。久しぶりに私を見た母が「背中がデカい!!」と驚いたのを今でも覚えています。

メッセージ
 団員全員が最初から応援団に興味があったわけではありません。先述したように、自分は無関心の状態で入団した人間です。それでも活動を続けるうちに一生懸命になっていくのを感じています。辛い、辞めたいと感じることは何百回、何千回とあります。しかし、それを乗り越えるたびに自分が精神的、体力的に強くなっていくのがわかります。得るものは大きいです。応援団員としての大学生活もいいと思いますよ(注)。

251凡人:2019/07/13(土) 18:16:19 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち―古い新聞記事。歴史の記録として転載。
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自民党が改憲「集い」計画
「つくる会」会長がパネリスト
2005年7月5日(火)「しんぶん赤旗」

 自民党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は、七日に改憲要綱を発表したあと全国十カ所で「新憲法――国民の声を聞く集い」を計画しています。

 その一回目のパネリストに、侵略戦争を美化する歴史教科書を作成した「新しい歴史教科書をつくる会」の八木秀次会長(高崎経済大学助教授)を招いていることが同党のホームページで明らかになりました。

 「集い」は、自民党が「新憲法制定に向けた立党50年記念事業」と位置付けているもの。第一回は十五日に札幌市で開催されますが、記念講演(中曽根康弘元首相)につづく、パネルディスカッションに、八木氏や与謝野馨政調会長、舛添要一参院議員、評論家の上坂冬子氏らを登場させる予定です。

 六月の日韓首脳会談では、韓国の盧武鉉大統領が歴史教科書問題で、「自民党の中心勢力が(つくる会が作成した)扶桑社教科書の採択を支援しているのではないかとの報道もあり、深い関心を持って見ている」と発言しました。

 「つくる会」会長を招いてのパネルディスカッションは、盧大統領の懸念を裏付けるとともに、改憲勢力と侵略戦争美化勢力が一体であることを改めて示すものです。

252凡人:2019/07/13(土) 20:16:09 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち
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中曽根康弘元総理大臣と高崎経済大学との関係は?

1.2017、2016年に中曽根康弘元首相が塾長を務める公益財団法人青雲塾の恒例の第8と9回(少なくとも確認が取れたものだけで2回)の青雲塾・中曽根康弘賞論文選考委員長に石川弘道・高崎経済大名誉教授がなっている。
2.2007年に高崎経済大学50周年記念式典に登山家の田部井淳子氏とともに講演。中曽根氏は、「若き君たちへ、日本と世界を語る」と題し、中国との友好、協力関係の必要性や外交の重要性を語り、田部井氏は、「世界の山々をめざして」と題し、自らが登った山々などの話を基に体験することの素晴らしさを語りました。
3.1998年に高崎経済大学で行った高崎経済大学地域政策学会主催の講演と質疑応答。当時の大学長(7期14年間)は石井學(銀行論)

 第3回 平成10年度学術文化講演会
  日 時 平成10年12月14日(月)午後 2時30分〜 4時
  場 所 高崎経済大学2号館221番教室
  講 師 (財)世界平和研究所会長・元内閣総理大臣 中曽根康弘氏
  演 題 20世紀の点検と21世紀への展望
http://www1.tcue.ac.jp/home1/c-gakkai/kikanshi/ronbun2-1/nakasone.pdf

学生
2点目は、先生は、常々改憲についてお話されていると思うのですけれども、現行憲法のどのような点が今の時代にそぐわないのか、改憲するとするならば、どのような点について改正していくのがベターなのかというところ、先生のお考えをお聞かせいただければ幸いだと存じますが、よろしくお願いいたします。

中曽根
憲法の問題については、日本国憲法はマッカーサーが英語で持ってきたものを、日本語訳したものであるため日本語としても無理があり、また憲法で主権在民と謳われているにもかかわらず、マッカーサーから与えられた憲法をそのまま頂いているというのは主権在民ではない。主権在民の国民であるならば、独立したらマッカーサーの憲法をもう1回再点検して、良いところは残し、悪いところは直す。これが民主主義であり、主権在民である。「そのスタートラインに立とうではないか」そういうことで次の春の議会で、国会に憲法問題の調査の常任委員会を多分つくることになると思います。そこでどういう議論が出るか、どこを改正したらいいか、どこを守ったらいいか、そういう議論を国民の前で公開して皆に聞いてもらい、そして国民の判断を求める。そういったことを10年ぐらいかけて行うべきだと思っています。私としては前から首相公選を唱えています。それは県市町村の長は直接投票で選ばれるのですから、総理大臣も間接投票でなく国民投票で選ぶように変えたら良いと考えています。

学生
教育改革はどこが中心ですか。

中曽根
教育基本法の改正について私は賛成であり、先程申し上げたように、先生や親に自信がない、その原因は教育基本法にあります。これは昭和22年、大東亜戦争が終わり日本がアメリカの支配下にあるときにつくられたので、あの教育基本法を見ると、日本をある程度弱くしようという意図はなかったにしても、書いてあることは、民主主義とか、自由主義とか、平和主義とかということであって、民族の伝統とか、家庭とか、歴史とか、そういうものはほとんどない。また国家というものをどう考えるかという、そういう定義もないのです。この基本法はマッカーサーがそういう時に作ったものだから、韓国に持っていっても適用できるし、ブラジルへ持っていっても適用でき
る、蒸留水みたいな基本法なのです。日本人の基本法は、日本の味がした、日本の水の味がするものでなければ駄目です。そういう基本法をこれからいよいよ直す時がきたと思っています。だいたい日教組は教育基本法に日本の伝統や歴史が書いてないから、「君が代」も歌わなかったし、国旗も揚げなかった。しかし日本に生まれた以上、また世界に日本が立っていく以上は、オリンピックでも見たように、日の丸が揚がれば、みんな手を叩くし、涙ぐむのです。そういう自然的共同体というものを大事にする憲法や基本法もなければいけないと思っています。教育基本法はその基本になるものであります。

253凡人:2019/07/13(土) 20:59:13 ID:aa/QkHo60
改憲の役者たち
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中曽根康弘氏と生長の家やその他の関係?
http://poligion.wpblog.jp/archives/5147

自主憲法制定国民会議(略称、自主憲、1969年結成)の設立には生長の家の他、統一教会(国際勝共連合)や佛所護念会会の宗教団体も加わり、初代会長は岸信介、現会長は中曽根康弘。(2017年現在)/現在2019年は清原淳平氏が会長。

(1975年)5月3日の集会で配られた資料の中に、自主憲法制定国民会議の参加団体の名前が列挙されております。78団体だそうです。この中には国際勝共連合とか全貌社などというような、だれが見ても右翼団体と見られるものがたくさんあります。右翼事典の中に名前を連ねている団体が約三分の一です。

衆議院会議録情報 第075回国会 法務委員会 第19号(昭和50年5月14日)1975年
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/075/0080/07505140080019a.html

岸信介と生長の家と自主憲法制定国民会議と日本会議との関係?

「改憲運動を、岸が提唱したような現行憲法に手を加えることを目指す流れと、谷口(雅春ー生長の家)が唱えた現行憲法(占領憲法)を破棄し、明治憲法復元を目指す流れに大別した場合、前者を推し進める最大の運動体が自主憲法制定国民会議で、後者は日本会議ということになるだろう。」

254凡人:2019/07/13(土) 21:07:08 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘元首相と従軍慰安婦問題
2018年8月の記事。
http://rapt-neo.com/?p=28575

朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。

「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
 
大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

何かというと左翼のでっちあげとわめきたてて自分たちを正当化しようとする保守派やネトウヨのみなさんには申し訳ないが、これは捏造でも推測でもない。

中曽根元首相は自分の”手記”の中で自らこの事実を書いており、しかも、防衛省にそれを裏付ける戦時資料が存在していたのだ。そこには、部隊の隊員によるこんな文言が書かれていた。

「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」

まず、”手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。

タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。

「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」

おそらく当時、中曽根は後に慰安婦が問題になるなんてまったく想像していなかったのだろう。その重大性に気づかず、自慢話として得々と「原住民の女を襲う」部下のために「苦心して、慰安所をつくってやった」と書いていたのだ。

ところが、それから30年たって、この記述が問題になる。2007年3月23日、中曽根が日本外国特派員協会で会見をした際、アメリカの新聞社の特派員からこの記載を追及されたのだ。

このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の”手記”のほうがデタラメということになってしまう。

だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 

国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。

資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。

第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。

同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
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255凡人:2019/07/13(土) 21:08:30 ID:aa/QkHo60
本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。

すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる

主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。

それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。

バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

そして2つの地図を見比べてみると、”ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。 

もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。

そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。

つまり、中曽根首相がこうした”強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。

一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。

----------------(転載ここまで)

このように、「中曽根康弘」は戦時中に「慰安婦」を集めて「慰安所」を作り、それを自慢げに記録に残したりするような人物なのです。
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256凡人:2019/07/13(土) 22:29:11 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の母体である高崎市出身の元総理たち・中曽根康弘氏と故福田赳夫氏と生長の家との関係は?
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<本澤二郎の「日本の風景」(2324)
日本会議と谷口雅春・生長の家教団
2016年4月14日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52135475.html

<神道を軸にした宗教政治イデオロギー>
 安倍内閣を背後で操る日本会議は、どうやら新興宗教・生長の家教団が神社本庁と深く連携・関与して立ち上げた政治組織であることが分かってきた。生長の家という新興宗教は、むろんのこと一般人はわからない。早大中退の谷口雅春が創始者。彼は皇室の宗教である神社神道を軸に宗教政治イデオロギーを打ち立てたとされる。そうして、右翼勢力に食い込んだ。一時は自民党右翼グループと連携して、政治の分野に深く食い込んだが、現在は、一歩距離を置いた、と報じられている。人脈をたどると、中曽根康弘と谷口、谷口門下の玉置和郎・村上正邦と中曽根の深い関係を見てとれる。

<反共・反憲法の岸信介人脈>
 戦後の右翼政治の系譜は、東條内閣の商工大臣で敗戦時、A級戦犯となった岸信介と、もう一つが海軍主計中尉の中曽根康弘である。両者の間に、戦後右翼暴力団のドンといわれた児玉誉士夫が君臨してきた。児玉と同様の笹川良一は、岸人脈に接触して、その後継者と安倍はゴルフ仲間ともなっている。中国にも羽を伸ばしている。
 日本右翼の共通点は、靖国信仰・国家神道復活・改憲軍拡に特段の関心を抱いていることだが、これは神社神道を正当化(国家神道復活)するための行き着く先でもある。日本国憲法が否定する天皇制国家主義である。
 ちなみに、岸人脈は福田赳夫・安倍晋太郎・石原慎太郎・森喜朗・小泉純一郎・平沼赳夫・安倍晋三らで、森の「日本は天皇中心の神の国」という時代錯誤の宗教イデオギー論者で知られる。
 現在は、日本会議の誕生によって、岸と中曽根の二つの右翼勢力が一体化したことになる。ここが深刻な日本政治を現出させている元凶である。その政治思想は、神道信仰と谷口信仰の合体で、カルト・神がかりに特徴がある。

<「人間は神の子」と谷口イデオロギー>
 キリスト教徒なら「人間は神の子」といっても不思議はないだろうが、多くの日本人にとって「日本人は神の子」といわれてもピンとこない。むしろ不気味に映るだろうが、これこそが谷口宗教なのだ。
 神は、天皇のことであろう。「天皇は神」、「国民は神の子」は、まさに戦前の天皇制国家主義の祭政一致の政治体制を意味する。生長の家の教義は、神道を礼賛することにあるらしい。

<皇国史観>
 「天皇中心の神の国」という明治の天皇主義の観念が、谷口の皇国史観を現出することになるのであろうか。神がかりの歴史認識は、近代合理主義を前提とした客観的な史実とかみ合うことはない。
 アジア諸国との歴史認識の大きすぎる落差は、この皇国史観に発する。靖国神社の歴史館は、これに従っているといって、リベラル派の加藤紘一(元自民党幹事長)らが強く反発、指摘している。
 皇国史観を受け入れる国は、目下存在しないだろう。谷口教は、国粋主義に立った主張なのだ。

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257凡人:2019/07/13(土) 22:30:50 ID:aa/QkHo60
<「日本国憲法は日本弱体化のため」と決めつける>
 すなわち、天皇中心の神の国を否定した日本国憲法を、谷口は「日本弱体化のため」と決めつける。自民党右翼議員の認識でもある。
 生長の家が自民党右翼と連携・一体化する理由なのだ。戦後体制の破壊が、谷口イデオロギーにほかならない。

<「戦前の大日本帝国憲法に復元せよ」と叫ぶ>
 「戦前の大日本帝国憲法に復元せよ」と叫ぶ谷口の訴えに共鳴する政治グループが、今の安倍・日本会議の本音に相違ない。平和憲法を敵視する日本会議の立場ということになろうか。
 さすがに、戦後体制を正当化しているワシントンなど欧米諸国や侵略された隣国の反発を想定して、日本会議の面々は言葉を濁しているが、その正体はこの谷口イデオロギー?で露呈している。

<玉置和郎の宗教政治研究会>
 この谷口の熱心な信者が玉置和郎だった。彼は右翼系の教団の票をちらつかせて、議員の取り込みに躍起となった。
 筆者の現役時代には、なんどか国会裏手の1億円マンション内の広い玉置事務所をのぞいたものだ。元秘書の話では、事務所内の金庫には、数十万円や数百万円の札束が、いくつも積んであった。「株にも手を出して資金を集めていた」という。
 右翼の宗教票と金を武器にして、彼はとうとう大臣ポストをつかんだ。中曽根内閣である。中曽根と谷口の仲を利用したと見られた。

<村上正邦が日本会議の黒幕?>
 玉置の秘書からのし上がった政治屋が、村上正邦である。彼も谷口と中曽根の関係を利用して、ついには「参院のドン」と言われるような実力をつけた。しかし、自身の腐敗の発覚で検察に逮捕、有罪判決を受けたが、出獄するや、最近の情報では彼が力づくで「日本会議」を発足させたようだ。
 村上の配下の者が安倍ブレーンとの声も聞く。村上事務所は、玉置が活躍した1億円マンションにある。事務所内に谷口の色紙を掛けている、との報道もあった。

<中曽根康弘の陰謀>
 平和憲法破壊に執念をたぎらせた岸と中曽根である。
 二つの右翼人脈を「日本会議」で、1本に束ねた中曽根と彼の広報官のような読売のナベツネの二人三脚の実績なのか。
 両者の強みは、1%・財閥を糾合した点にある。さらに言うと、集票マシーンで知られる創価学会をからめとったことだ。改憲3分の2議席確保へとまっしぐらだ。
 既にNHKも抑え込んだ。日本国内に敵なしの布陣に驚くばかりだ。まさに、それゆえに、日本共産党が清水の舞台を飛び降りたのだろう。民主と維新は、合体して民進党を誕生させた。小沢の生活・吉田の社民も、必死となって野党統一に政治生命をかけている。
 「戦争か平和か」の戦いを目前にして、安倍内閣は日本社会をハチャメチャにするTPP先送りを決める。それを読売が公表した。10%消費税も凍結するはずだ。
 改憲・戦争勢力と、リベラル・平和勢力の戦いの序盤戦が、北海道5区の衆院補欠選挙(24日)だ。結果いかんで、日本会議・中曽根の陰謀の行方が決まることになる。
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258凡人:2019/07/13(土) 23:41:00 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学の教壇に立ち憲法学を教え、専任講師・同大学助教授・同大学教授(2006年)と順調に昇進、2014年から麗澤大学教授になられた八木秀次氏に再登場して頂きましょう。大学直属の顧問も務めた御方です。テレビ等に出演され、高崎経済大学の名を笑いの渦で有名にされた方です。高崎経済大学には早稲田大出身の方が大勢おられますが、彼らを代表した超一流の学者様でございますので、謹んで御教授を承りたいと存じます。
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八木秀次氏の憲法観
http://www.moo-azumino.com/main/Diary/2013.1/yagi.html

第2次安倍内閣発足後につくられた「教育再生実行会議」の委員の一人に八木秀次という方がいらっしゃいます。この方をお迎えするなど、いかにも安部総理らしい。敬服の至りです。その立場はご自身でも「保守主義」と言っていらっしゃるのですが、私には、チョー右翼御用学者としかいいようのないお方に思えます。事実右翼的論壇ではしょっちゅうお顔をお見せになる「若手」学者さんです。

最近、PHP選書の一冊である「明治憲法の思想」というのを読ませていただきました。読みつつ、果たしてこのお方は大学(高崎経済大学)でどんな憲法論を講義なさっているのか心配になってきました。このお方は、「(現行憲法が)マルクス主義思想と社会契約論を基軸としているとして、日本国憲法のあり方を批判している」(Wikipedia)というのですから、まずタマゲてしまいます。え〜〜っ、GHQ民政局メンバーはマルクス主義者の集まりだったのかあぁぁ〜〜〜。また、「天皇は女系を排して男系にすべきだ」という強硬な主張を展開していることでも有名で、その根拠に「Y染色体の男系連続性」をあげていることでも知られ、Wikipediaでは「擬似科学あるいはトンデモとの批判がある」と書かれているお方です。そういえば、誰かが「おいおい、『物語』の世界で『科学』をふりまわすんじゃないぜ」と書いていましたっけ・・・。いやいや、このお方は何を隠そう、天下の早稲田大学のご出身ですぞ!まいったか!

さて、その「明治憲法の思想」です。少し彼の持論を聞いてみることにしましょう。

まず、第2章の「今なぜ明治憲法か」で八木教授は「(明治憲法が)ヨーロッパの物まねではなく、日本の歴史・伝統・文化をふまえて日本人によって起草されたはじめての憲法である」ことを強調します。ところが、やがてこの明治憲法も「西洋に留学した次代の学者たちによって西欧由来の精緻な中小理論にもとづいて解釈されて」起草時の精神がむしばまれていったと嘆くのです。そして「この時代にして既に明治憲法ではあらたなファッショの時代に対応できないという主張が強力に展開された」と書き、「明治憲法こそが超国家主義や軍国主義を導いたとする今日でも依然流布している認識とは大きく異なる」「明治憲法は外来思想たる『ファッショ』に幻惑された者によって排斥されようとしたのであり、また多くの憲法の理念に反する運用が行われた」と、明治憲法擁護の一大キャンペーンを張るのです。明治憲法は悪くな〜い。悪用した連中が悪いのだ〜〜。

そして、「なぜ(現行)憲法の見直しが必要なのか」と問い、今世界各国はグローバル化という「アメリカ化」に対応すべく「国家の存立をかけて従前にもまして国家意識・国民意識を明確にしようとしている」「国家としてのアイデンティティを明確にしていかないことには国家として生き残れない」というきわめて特異な現状認識を披瀝します。もちろん、明治憲法がそれにこたえる内実を持っていた、それなのに、GHQが真っ赤っかな憲法を押しつけたと言いたいわけです。それゆえ、彼はこれに続けて、「第3の開国ともいうべきこの時代に、現行の日本国憲法のもとで日本は果たして生き残れるのか」と問うのです。

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259凡人:2019/07/13(土) 23:45:16 ID:aa/QkHo60
彼によれば、現行の憲法は次のようにしてつくられたものと描かれます。

1.現行憲法は、敗戦後の米占領時代に「日本が再びアメリカの脅威となったり世界平和と安全の脅威とならない」ようにすることを究極目的として”占領政策の一環として”GHQによって原案がつくられた。
2.軍隊の解散、戦力の不保持という武装解除、神道を軍国主義・超国家主義のイデオロギーと見なして弾圧するといった精神的武装解除を通して、我が国のアイデンティティを解体した。
3.本来なら、このような憲法は占領が終了し、我が国が主権を回復して国際社会に復帰した時点ですでに見直されてしかるべきだった。

中でも、彼が最も重視しているのは「国家のアイデンティティ」という概念です。今日の憲法論議では、この視点を完全に欠落させていると憤慨するのです。明治憲法下で、朝鮮、中国など近隣諸国の国家・民族のアイデンティティを根こそぎ奪いさったことをコロッと忘れて、国家のアイデンティティを連発する八木教授。彼の頭の中ってどうなっているのかしら。そして、「国柄こそ議論すべき」であるとして、次のように述べます。

1.現行の憲法はGHQ民政局によって原案が作成され、日本政府は事実上それを拒否できない状況の中でつくられた。従って、この憲法に付着する”占領色”を一度は払拭して真に主権国家に相応しい憲法のあり方を求めるべきである。
2.前文や9条の見直しだけでは「第3の開国」には対応できない。国家としてのアイデンティティを明確にするためにこそ憲法論議はすべきである。そのためには「憲法」の本来の意味に立ち返ることである。
3.憲法論議はまず「国柄」に関するものでなければならず、国家のグランドデザイン、国家としての哲学をふまえるべきである。
4.憲法は、「自国の歴史と伝統の上に成り立つ」ものでなければならないとすれば、まさにそのようにして起草された明治憲法の再評価が必要となる。

まだ若いのに、何という「ノスタルジジイ」的懐古趣味でしょうか。ただし、あの戦争の時代を苦しんで生き抜いた高齢者の方々は、絶対主義的な天皇制のもとで「お国のために、天皇のために」死ぬことを強制されたことを忘れてはいません。そしてまた、戦後憲法制定時に、オーストラリア、ニュージーランドなどの天皇戦犯攻勢に対して、象徴としてであれ天皇制度を守ったのはマッカーサーでした。伝統輝く皇国日本のアイデンティティ、天皇制はマッカーサー将軍が守ってくれたのですぞ。八木さん、マッカーサーに感謝しないさいっ!

このノーテンキな学者先生の明治憲法に対する評価は、たとえば次のような「人権」問題で最も鮮明になります。

日本国憲法において保障されている自由や権利も決して無制限なものではなく、法律によってしばしば制限されているのであり、その意味では日本国憲法における人権保障と明治憲法におけるそれとの間には、さほどの距離はない。


2-3

260凡人:2019/07/13(土) 23:47:26 ID:aa/QkHo60
げえぇ〜〜!初めて聞いた。驚いた。たまげた。びっくりした。
こうした認識のもとで、彼は「明治憲法から何を学ぶべきか」としてさらに驚くべき評価を書き連ねます。

1.明治憲法は、当時の欧米の最新の国家理論を取り入れながら起草されたもので、欧米社会以外で制定された事実上最初の近代憲法として、制定当時、国内外ともに高く評価されたものである。
2.昭和初期の動乱や戦争は明治憲法の精神がないがしろにされ、憲法を無視したところに発生したものである。予断を排してこの憲法を眺めてみれば、一般に誤解されているような悪法ではなかったことがわかる。
3.起草者たちが憲法を自国の歴史や伝統に基づかなければならないと考え、我が国の伝統的な政治理念と近代国家の統治理念とを何とか融合させようと苦慮した点などの制定の姿勢に学ぶことが必要である。

このあと、明治憲法の成立過程、そこに盛られた内容の検討に入るのですが、次の二つの点だけを確認しておけばじゅうぶんでしょう。

第1は、明治憲法は立憲君主制を原則としており、あくまで立憲主義がその本義であったこと。天皇は平時においては立憲君主であり、非常時においては「民の父母」という役割を担っていた。これは大東亜戦争の開戦と終戦の手続きに典型的に現れている。今日なお続く天皇の戦争責任問題はこの二つの天皇観の相違が理解できていないことに端を発する。
第2は、昭和天皇の"憲法の師"であった清水澄(とおる)の説を援用し、天皇が憲法上の大権行使についてはすべて必ず国務大臣の輔弼を必要とし、輔弼なくして天皇が独断で大権を行使することはできず、敢えてそれを行おうとすれば憲法違反となる。
「兵役の義務」「納税の義務についても、こうした義務があることを定めることに主眼があるのではなく、法律によらなければそれらを課すことができないところに条文の趣旨がある。いくつかの権利についても、自由・権利を制限する規定ではなく、逆に権利保障のプラス面に力点を置いている。これらを「天皇の権力は無制限である」と曲解・歪曲したのが美濃部天皇機関説後の歴史であった。これは明治憲法の起草者とは大きく異なる。そして明治憲法が特徴としていた「権力の割拠性」が攻撃され、この過剰な「割拠性」がわざわいして「国家機関の一部が独走しても押さえのきかないシステムになっていた」。そして戦時体制によって明治憲法体制は葬られたのである。

そして彼の結論はこうなります。

「戦争責任」は明治憲法そのものが負うべきものではない。問題とすべきは明治憲法の立憲主義の精神を歪曲した解釈や運用である。明治憲法起草の経緯や思想を忘れ、条文に書かれざる”不文の憲法”を顧みなかったことがこのような”昭和の悲劇”をもたらしたものである。明治憲法は負わなくてもよい”罪”を負っている。その汚名はすすがれなければならない。

まあ、言論は自由ですから、主張なさるのは自由ですが、いやはや「大日本帝国憲法」のどこからこのような「学術的」評価が生まれるのか、頭の悪い私にはさっぱりわからないのです。誰か教えてくださあぁぁ〜〜い。
3-3

261凡人:2019/07/13(土) 23:52:12 ID:aa/QkHo60
大学直属の顧問も務めた御方です。→訂正:大学直属応援団の顧問も務められた御方です。
応援団が抜けておりました。悪しからずです。

262凡人:2019/07/15(月) 10:08:55 ID:aa/QkHo60
高崎経済経済大学の現体制を築いた高崎経済経済大学元学長・故三潴信吾氏は具体的にはどんな憲法論を学生に講義していたのか?
*****
四宮政治文化研究所
http://shinomiya-m.txt-nifty.com/diary/2017/04/post-1865.html

2017年4月 6日 (木)
故三潴信吾氏の國體論・憲法論

以前掲載した文章ですが、大事なことですので、再度掲載いたします。
            〇
平成十一年五月八日に開かれた『憲法懇話会』にて、故三潴信吾氏が「自主憲法制定の基本方針」と題して講義され、次のように語られた。

「吉田茂首相は自主憲法制定の意志があった。『二十八年の主権回復と共に、自由党として自主憲法制定をする』とはっきり言って、自主憲法制定の組織を作るように岸信介氏に命じた。吉田茂は憲法に手を付ける意図がなかったというのは真っ赤な嘘。高柳委員會以前に自由党の憲法調査會があった。

日本の祭政一致が外國人にはよく分からなかったので、祭祀は皇室の私的行事であり、國家公共機関がやってはならないとした。明治のはじめに立憲政体になった時、神祇官を太政官の下に置いたのが間違い。

『帝國憲法』には『万世一系の天皇が統治する』と書かれている。憲法は祖宗の皇統・國體に基づく政体規定。天皇条項は『祖宗の皇統としての天皇』を明確にすべし。美濃部達吉氏は『天皇は政体においては一つの機関だ』と言った。國體の天皇を機関だと言ったのではない。美濃部氏は戦後『帝國憲法の第一条・第二条は変えるべきはではない』と言った。憲法はステート(國家権力機関)の基礎法。ステート(権力機構としての国家)と成文憲法の拠って立つ基盤が國體。

西欧デモクラシーは数だけで考えるから衆愚政治になる。質をチェックする必要があるので上下両院が設けられた。衆議院は量、貴族院は質に重点を置いた。数を質で評価する機関が枢密院。宮中に内大臣府があり、天皇の大御心を基として質的柱が立っていた。

國會は内閣が招集し、最高裁に違憲立法審査権があるのだから、國會を國権の最高機関と言うのはおかしい。

皇祖皇宗へのお祭りは決して私事ではない。國家の行事としての祭祀である。

エンペラーの語源は最高権力者であるから天皇をエンペラーと訳してはならない。

英國・デンマーク・オランダという王制の國に行って『貴國は民主主義國家ではない』と言ったら笑われる。

現行憲法には、『帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる』とあるにもかかわらず、『日本國民は…主権が國民にあることを宣言し、この憲法を確定する』と書かれているように、天皇が公布せしめたのに國民が確定したという嘘が最初から書いてある」と語られた。  

千駄木庵主人曰く。「君主制國家が民主國家ではない。君主制はやがてなくなる」という議論は現実によって完膚なきまでに否定されている。民主主義・人民を國家の名称にまで用いている國(朝鮮民主主義人民共和國)が世界中で最も独裁的・侵略的な國であり人民が貧困と飢えに喘ぎ餓死している。ロシア・支那・ラオス・イラン・朝鮮などを見て明らかなように王制・君主制を打倒した國は民主國家になるどころか全く正反対の独裁専制國家になっている。三潴先生には本当に色々貴重なこと大切なこと教えて頂いた。心よりご冥福を祈らせていただきます。

263凡人:2019/07/16(火) 11:24:52 ID:aa/QkHo60
高経大・高木理事長ら再任
(2019年03月31日高崎新聞)

4月1日付役員・管理職
公立大学法人高崎経済大学は、任期満了に伴い、平成31年4月1日付の理事長、監事、役員、管理職をこれまでに内示した。

理事長:高木賢(75歳・再任)
監事:井上雅行(75歳・再任)
監事:高見澤隆(62歳・新任・税理士)
副理事長(学長):村山元展(61歳・再任)
理事(学外非常勤):児玉正蔵(75歳・新任・高崎商工会議所会頭)
理事(学外非常勤):絲山秋子(52歳・再任)
理事(副学長):唐澤達之(57歳・再任)
理事(副学長):水口剛(57歳・再任)
理事(事務局長):堀越秀之(55歳・新任)
経営審議会学外委員:中村六郎(82歳・再任)、古川雅子(71歳・再任)、富澤好隆(71歳・新任・会社会長)、仙波憲一(68歳・再任)
教育担当副学長:唐澤達之(再任)

管理職
研究担当副学長:水口剛(再任)
学生部長:佐藤公俊(地域政策学部長)
経済学部長:高松正毅(キャリア支援センター長)
地域政策学部長:友岡邦之(学生部長)
地域政策研究科長:増田正(再任)
経済・経営研究科長:阿部圭司(再任)

264凡人:2019/07/16(火) 11:31:35 ID:aa/QkHo60
公立大学法人高崎経済大学理事長(初代、2011年ー現在)の高木賢氏とは

高木 賢(たかぎ まさる、1943年(昭和18年)8月14日 - )は、日本の農林官僚。元食糧庁長官。弁護士。
略歴
1967年(昭和42年):東京大学法学部卒業
1967年(昭和42年)4月:農林省 採用
・・・
2005年(平成17年)7月:財団法人大日本蚕糸会会頭理事(現・一般財団法人大日本蚕糸会代表理事会頭)
2011年(平成23年)4月:公立大学法人高崎経済大学理事長  (ソース:ウィキより)
*2015年(平成27年)7月:一般財団法人大日本蚕糸会顧問(現在)
*2019年(平成31年/令和1年)4月:公立大学法人高崎経済大学理事長再任(75歳)
*凡人が追加

新会頭に小林芳雄氏 大日本蚕糸会 高木氏は顧問へ
2015年7月7日(火) AM 06:00 上毛
 一般財団法人の大日本蚕糸会(東京都)は6日までに、評議委員会と理事会を開き、新会頭に元農林中金総合研究所顧問の小林芳雄氏(65)が就任した。前会頭の高木賢(まさる)氏(71)=高崎市出身=は同会顧問となった…
****
一般財団法人大日本蚕糸会定款
(顧 問)
第39条 この法人に顧問を若干名置くことができる。
2 顧問は、学識経験者のうちから、理事会の決議を経て、会頭が任期を定めて委嘱する。
3 この法人は、法人の事業運営に関して必要な時に顧問に対して意見、助言を求めることができる。
4 顧問に報酬並びにその職務を行うために要する費用の支払いをすることができる。
5 前項の支払いに関し必要な事項は、理事会の決議により別に定める。

265凡人:2019/07/16(火) 11:34:38 ID:aa/QkHo60
一般財団法人大日本蚕糸会とは?
http://www.silk.or.jp/silk_history.html

財団の沿革
明治25年4月 大日本蚕糸会創設(任意法人)
目的 蚕糸業の改良発達
事業 調査、海外販路拡張、業界連絡、品評会、表彰、建議、図書刊行、講習会など
組織 会員制、各県に支会設置
明治38年8月 社団法人認可
初代総裁に、伏見宮貞愛親王殿下を奉戴
大正2年8月 総裁に、閑院宮載仁親王殿下を奉戴
昭和15年3月 財団法人蚕糸科学研究所設立許可
当時ナイロンの発明と戦争による生糸需要の変化に対応するため、生糸および絹に関する研究の推進が強く要請され、民間寄付金171万円(内基本金50万円)をもって、総合研究機関として設立
昭和17年5月 社団法人大日本蚕糸会は財団法人蚕糸科学研究所と合併のため解散し、新しい財団法人大日本蚕糸会に事業などを継承
昭和20年9月 総裁に、梨本宮守正親王殿下を奉戴
昭和22年8月 全国蚕種研究会(昭和31年協同組合全国蚕種研究会に改組)の受託事業(蚕品種の育成に関する研究、原々蚕種の製造、蚕種製造技術の指導など)を開始
昭和22年9月 総裁に、節子皇太后陛下(貞明皇后)を奉戴
昭和27年7月 文部、農林両省の共管に移行
総裁に、高松宮宣仁親王殿下を奉戴
昭和28年4月 貞明皇后蚕糸記念事業を開始
蚕糸科学研究所小平養蚕所を同小平支所に改称
昭和49年4月 蚕糸科学研究所小平支所を茨城県稲敷郡阿見町に移転し、名称を蚕品種研究所に改称
昭和56年4月 総裁に、常陸宮正仁親王殿下を奉戴
昭和58年4月 旧蚕糸会館を取り壊し、新蚕糸会館を建設
昭和62年7月 蚕糸科学研究所建物(新宿区百人町)を取り壊し、サンケンビルヂングを建設
平成3年5月 先進国型養蚕業推進協議会(現 先導的養蚕農家育成推進協議会)を設置
平成4年4月 創立100周年
平成11年12月 蚕品種研究所を蚕業技術研究所に改称し、研究領域を拡大
平成15年8月 JAS法に基づく、生糸についての登録認定機関として登録
平成17年6月 天皇皇后両陛下、蚕糸科学研究所へ行幸啓
平成20年2月 蚕糸・絹業提携支援センターを設置し、蚕糸・絹業提携支援緊急対策事業を実施
平成21年11月 天皇陛下御在位20年慶祝 蚕糸絹文化シンポジウムを開催
平成24年4月 創立120周年
平成24年12月 社団法人日本絹業協会解散に伴う事業継承
平成26年4月 公益法人制度改革に基づき「財団法人大日本蚕糸会」から「一般財団法人大日本蚕糸会」へ移行登記(行政庁は内閣府)

266凡人:2019/07/16(火) 11:37:32 ID:aa/QkHo60
皇室と養蚕
1859年(安政6年)、開国直後の日本にとって生糸、茶、蚕種は最大の輸出品目であった。1871年(明治4年)、それまで長らく途絶えていた宮中での養蚕(ご養蚕)を昭憲皇太后が吹上御苑内にて復活。その後火災や戦災などにより中断していたが、1879年(明治12年)には英照皇太后が青山御所に御養蚕所を新設し再開。同皇太后の崩御により中断の後、1908年(明治41年)に貞明皇后よって再開。1914年(大正4年)に当地を新設。1928年(昭和3年)に香淳皇后が引き継ぎ、1989年(平成元年)から1990年(平成2年)の間に上皇后美智子が引き継いだ。

歴代の皇后のほか、眞子内親王や華族の子女などが作業をされることもある。節子皇太后時代の貞明皇后や親王などが大日本蚕糸会の総裁を務めており、1981年(昭和56年)4月からは常陸宮正仁親王が務めている。

ソース:紅葉山御養蚕所 ウィキより

267凡人:2019/07/16(火) 12:04:42 ID:aa/QkHo60
前代未聞の高崎経済大学とは

皇立法人 高崎経済大学(直属応援団)

天皇家は金を出していない?が、やっている経営陣や教授会の頭の中はこんなかんじなのだろうか。

268凡人:2019/07/16(火) 12:41:17 ID:aa/QkHo60
前代未聞の高崎経済大学とは?

高崎経済大学の本当の歴史はたったの最初の10年間であった。全国の学生運動の気運のきっかけとなった圧殺の森の意味したものは、単なる高崎経済大学の学校側の不正入学にとどまらないことがわかる。それはデモクラシーを愛する日本人にとって、その骨髄を震撼させる深い意味が隠されていた。

これが大学案内書には絶対書かれない本当の高崎経済大学の中身。

高崎経済大学の過去50年間の経営陣の大学運営・経営目的は国や市からの補助金・学生の学費/授業料・同窓生の同窓会費・後援会費・寄付金は高崎経済大学理事会、教授会、同窓会、後援会、直属応援団の組織やあらゆる行事を通じ直接的、間接的に、天皇家に奉仕し、その秘密主義・民主主義と思われるものの否定/排除/排他(過去に体験している)を実践し、天皇主権とした明治憲法を復活/あるいは平和主義の日本国憲法の改憲や、また民主主義の転覆や基本的人権の否定に寄与するものであるということと言えないだろうか?。

269凡人:2019/07/16(火) 12:44:36 ID:aa/QkHo60
>>267 書き直し
前代未聞の高崎経済大学とは

皇立(生長の家)宗教法人 高崎経済大学(直属応援団)

天皇家や右翼団体は金を出していない?が、やっている経営陣や教授会の頭の中はこんなかんじなのだろうか。

270凡人:2019/07/16(火) 12:51:49 ID:aa/QkHo60
いくら凡人がここで民主主義をいままで大声で叫んでみても、
宗教法人としての高崎経済大学にはほんのひとかけらも
合理的に考えるブレインがないのだから恐れ入ります。笑

271凡人:2019/07/16(火) 14:35:26 ID:aa/QkHo60
>>262

故三潴信吾氏の國體論・憲法論は教授というよりも宗教家の話としたほうが正しい。少ない事例を持ち出して、自分の持論に都合よく当てはめ、あたかも普遍のように語る。無知な学生や社会人にとって「おお、そうだ、そうだ」となり、彼らを操るのならたやすいが、すこし物知りになってくると、とんでもない当てつけを言っているとなる。西欧デモクラシーの本家本元、「数だけで考える衆愚政治」のアメリカに、コテンパンにのされ、日本国滅亡にまで追い詰められ、ついに無条件降伏した優秀な政治の国・大日本帝国とは話に辻褄があうのか。明治憲法下、富国強兵で隣国侵攻していった日本。戦争を開始拡大し、その結果日本人の兵隊や市民が玉砕という形で記録的な大量死をとげた。アメリカは太平洋で日本とまたヨーロッパではナチスと2前線で戦っていたのに、アメリカ人の犠牲者は日本人よりもかなり少ない。日本人の大量死。そうした事実があっても、彼らを死にやったことへの反省は一切みせないで、ヌクヌクと大学教授として、無知蒙昧な学生や社会人や天皇崇拝者や旧皇族を相手に明治憲法の復活を唱えている。国民はただの天皇の使い捨て奉仕者だからだろう。いまだクラス社会を唱え、天皇を元首とする日本を叫んでいる教授。冷血そのものである。

272凡人:2019/09/11(水) 06:05:18 ID:aa/QkHo60
カルト性を前面に出す高崎経済大学。

今まで、このスレッドで凡人が取り上げてきた高崎経済大学の問題は、一連の大学のスキャンダルや反民主主義のスタンスをとる稀な大学経営側や同窓会や教員たちは、そのカルト信仰のアングルから説明される。

右翼国粋天皇主義の反対語は立憲民主主義。左翼暴力革命主義の反対語は立憲民主主義。

西欧の近代的民主主義を自分の言葉に置き換えて輸入した福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」「すべて国民は、法の下に平等」という言葉はとても近代的で道理や現実に鑑みてもすんなり理解できるのだが、どうだろうか。国や国境に関係なく普遍的な真実を表現しているとは思わないか。とても科学的と言ってもよいだろう。ところが、安倍晋三の右翼も共産主義左翼も目的の為という名目で、憲法や法律を無視。天皇家をトップとするクラス社会の天皇主義や暴力革命を信奉する左翼グルーブにとって、彼らは憲法や法律の上に存在すると自ら信じているだろう。安倍晋三の一連の憲法や法律違反やその対処の仕方がそれを物語っている。国民の人権や財産や生命の大切さは無視。オウム真理教と同様、一見まともに見えるがあらゆる面でカルト信仰集団、犯罪テロ組織である。安倍晋三首相から科学性を読み取れない。右翼も左翼も、この両者はまったく同じ穴のムジナなのである。天皇主権や暴力革命後の一党独裁。天皇の背後で操る闇将軍たち。暴力団が右翼実行部隊。満州で日本軍がとった統治政策からその本質が読み取れる。一部のグループによる支配体制の確立のため’伝統’を強調し、傀儡の皇帝を歴史から再来させ、国民に崇めさせる政策はその典型なのである。

273凡人:2019/09/11(水) 08:08:31 ID:aa/QkHo60
香港デモと「圧殺の森」。

かつて高崎経済大学の学生が決起した「圧殺の森」にみられる大学民主化の学生運動と相通じるものがある。三潴信吾学長体制前(60年~50年前)の高崎経済大学。約十年間の短い期間には、かつて政治的に世界に胸を張れる頭脳をもった優秀な学生がいたのだろうと推測される。世界大学ランキング100位にも入っている優秀な大学が5校集中する香港地域にあって、市民や学生を含んだ政治活動が激しいのもうなずける。当地の暴力団が体制側の手先になって、活動家とやりやっているビデオをみたが、国が違えども全く構図は同じである。学生運動がエスカレートしているようであるが、彼らの体を張っての勇気や行動力には敬意を払うが、中国警察の強硬逮捕等の暴力に対する活動家たちの安否が気がかりでならない。これ以上怪我人が出ないうちに平和のうちに収拾することを願いたい。

香港はその面積が東京23区の約2倍、沖縄本島や札幌市と同程度(1,104 km2)にありながら人口700万人を超える世界有数の人口密集地域。(sauceインターネット)その香港には世界大学ランキング100位に5校も入っている。日本も同じ5校である。それと比べても、その凄さがわかるというもの。今年2019年の4月あたりに、香港の大学、多分The Hong Kong University of Science of Technologyだと思うが、(凡人は香港大学と思っていたが、こんな大学があるとは思っていなかった)夏休みに勉強しに行くという、あるUCLAの理系の女子学生とそんな話をした。その時は香港デモのことは全く念頭にはなかった。今そのアメリカ人学生が香港デモに遭遇して何を考えているかと思うと面白い。UCLAと香港のその大学は提携しているようである。UCLAと中国の繋がりはそれだけではない。UCLAの建築学科の女子院生と出会い、面白いことを話してくれた。いま上海やその他、中国の諸都市でビルの建設ラッシュが続いているが、UCLAの建築学科の教授たちがたくさん関係しているという話である。

the QS World University Rankings 2020:英国のクアクアレリ・シモンズ(QS)社は2019年6月19日、世界の大学を6つの調査項目をもとに順位づけする「世界大学ランキング2020」を公表した。アジアの大学ランキングは以下の通り。
11 National University of Singapore (Singapore
11 Nanyang Technological University, Singapore(NTU) ( Singapore
16 Tsinghua University (Mainland, China
22 The University of Tokyo (Japan
22 Peking University (Mainland, China
25 The University of Hong Kong (Hong Kong
32 The Hong Kong University of Science of Technology (Hong Kong
33 Kyoto University (Japan
37 Seoul National University (South Korea
40 Fudan University (Mainland, China
41 Korea Advanced Institute of Science & Technology (South Korea
46 The Chinese University of Hong Kong(CUHK) (Hong Kong
52 City University of Hong Kong (Hong Kong
54 Zhejiang University (Mainland, China
58 Tokyo Institute of Technology
60 Shanghai Jiao Tong University (Mainland, China
69 National Taiwan University (NTU) (Taiwan
70 Universiti Malaya(UM) (Malaysia
71 Osaka University (Japan
82 Tohoku University (Japan
83 Korea University (South Korea
87 Pohang University of Science And Technology(POSTECH) (South Korea
89 University of Science and Technology of China (Mainland, China
91 The Hong Kong Polytechnic University (Hong Kong
95 Sungkyunkwan University (SKKU) (South Korea

274凡人:2019/09/17(火) 13:02:07 ID:X3mQg1qs0
「いい加減、目覚めなさい。」

「日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?

今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。」

https://buzzap.jp/news/20150620-2015-japan-class-of-empress/

https://twitter.com/LoudminorityJP/status/1148581535827681280

275凡人:2019/10/01(火) 06:56:40 ID:aa/QkHo60
安倍晋三と高崎経済大学

安倍晋三政権のスキャンダルやその他赤裸々な部分、憲法や法律破りを含め多くが、高崎経済大学の過去と現在の行き末とまったくと言っていいほどにオーバーラップしているということに凡人は気付いても、まったくおどろかない。天皇主義思想の持ち主たちの知的レベルや隠された私利私欲が根底にある行動はそうなるのがむしろ当然といえるだろう。安倍晋三と高崎経済大学の歴史の類似点についてはすでに至る所で触れているが、時間が見つかり次第後にまとめという形で言及してみたい。

276凡人:2019/10/06(日) 04:52:59 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学と反民主主義。

Takasaki City University of Economics (TCUE) Is The Public Enemy of True Democracy.

You don't have to take my words for it. This institute was and still is build on the ground of religious/imperial cult beliefs and practices. They hide and don't show you the true identity. So I have been here to reveal the truth, the whole truth and nothing but the truth of this school. All of the past history of scandals or whatnot of this institute give me this conclusion. If you have a working brain, you should search for what I have found so far by yourself.

277凡人:2019/10/06(日) 04:58:32 ID:aa/QkHo60
Must Read:

CAVEAT EMPEROR
The Religious Cult Secretly Running Japan
Nippon Kaigi, a small cult with some of the country’s most powerful people, aims to return Japan to pre-WWII imperial ‘glory.’ Sunday’s elections may further its goal.

Jake Adelstein/Mari Yamamoto
Updated 04.13.17 3:25PM ET / Published 07.10.16 12:15AM ET

Photo Illustration by Kelly Caminero/ The Daily Beast
TOKYO — In the Land of the Rising Sun, a conservative Shinto cult dating back to the 1970s, which includes Japanese Prime Minister Shinzo Abe and many of his cabinet among its adherents, finally has been dragged out of the shadows.

The group is called Nippon Kaigi (Japan Conference) and is ostensibly run by Tadae Takubo, a former journalist turned political scientist. It only has 38,000 members, but like many an exclusive club, or sect, it wields tremendous political influence.

Broadly speaking, Shinto is a polytheistic and animist religion native to Japan. The state-sponsored Shintoism promulgated here before and during World War II also elevated the Emperor to the status of a God and insisted that the Japanese were a divine race—the Yamato; with all other races considered inferior.

Nippon Kaigi originally began in the early 1970s from a liberal Shinto group known as Seicho No Ie. In 1974, a splinter section of the group joined forces with Nippon o Mamoru Kai, a State-Shinto revival organization that espoused patriotism and a return to imperial worship. The group in its current state was officially formed in May of 1997, when Nippon o Mamoru Kai and a group of right-leaning intellectuals joined forces.

The current cult’s goals: gut Japan’s post-war pacifist constitution, end sexual equality, get rid of foreigners, void pesky “human rights” laws, and return Japan to its Imperial Glory.

With Japan’s parliamentary elections to be held on July 10, the cult may now have its chance to dominate policity completely. If the ruling coalition wins enough seats, the door will open to amending Japan’s modern democratic constitution, something that has remained sacred and inviolate since 1947.

Indeed, for Japan, these elections may be a constitutional Brexit—deciding whether this country moves forward as a democracy or literally takes a step back to the Meiji era that ended more than a century ago. Then, the Emperor was supreme and freedom of expression was subservient to the interests of the state.

The influence of Nippon Kaigi may be hard for an American to understand on a gut level. But try this: Imagine if “future World President” Donald Trump belonged to a right-wing evangelical group, let’s call it “USA Conference,” that advocated a return to monarchy, the expulsion of immigrants, the revoking of equal rights for women, restrictions on freedom of speech—and most of his pre-selected political appointees were from the same group.
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278凡人:2019/10/06(日) 05:00:38 ID:aa/QkHo60
Sounds incredible… In any case, this would worry people.

That is the American equivalent of what has already taken place in Japan with Prime Minister Shinzo Abe and his cabinet.

Abe, a third-generation politician, is the grandson of Nobusuke Kishi, who was Japan's minister of munitions during WWII and arrested as a war criminal in 1945 before becoming prime minister in the 1950s.

Abe is a staunch nationalist and historical revisionist, who also served as prime minister, from 2006 until 2007, before resigning abruptly mid-term. His ties to the Nippon Kaigi organization go back to the ’90s.

In line with fellow members of his imperial and imperialist cult, Abe has said the revision of the constitution is his lifetime goal. In an interview in Nikkei Asian Review, published in February 2014, Abe stated, “My party, the Liberal Democratic Party (LDP), has been advocating amending our constitution since its founding almost 60 years ago.”

So, now, Abe and his party, at least the extremist factions, are at last coming very close to that goal.

Japan’s Parliament, also known as the Diet, is composed of an upper and lower house. Article 96 of the constitution stipulates that amendments can be made to the constitution if approved by super majority of two-thirds of both houses of the Diet, and by simple majority in a referendum.

At present, the LDP and its coalition partners only have a two-thirds majority in the Lower House and a simple majority in the Upper House. They hope to have the needed two-thirds majority in the Upper House after Sunday’s elections.

The Asahi Shimbun and the independent press in Japan have called this year’s campaign “The Hidden Agenda Elections.” Local media have reported that the LDP and partner political parties have made sure their candidates avoid mentioning constitutional revision in their stump speeches.

The ruling coalition is toeing the party line that: “It’s all about Abenomics.”

And those are?
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279凡人:2019/10/06(日) 05:02:25 ID:aa/QkHo60
Abenomics is the economic policy Prime Minister Abe promised to put into action in 2012. It is based upon "three arrows" of fiscal stimulus, monetary easing and structural reforms. It was supposed to revitalize Japan’s long stagnant economy. The third “arrow” has yet to be fired and on June 20, this year, the International Money Fund essentially declared it a failure and suggested Japan raise wages.

The ruling party wants to focus all talk on the economy and the hope that Abenomics eventually will work, while the opposition parties, united by The Democratic Party of Japan (DPJ), are cooperating to field single candidates in areas of Japan where they have a good chance of winning—all under the banner of blocking constitutional revision.

DPJ leader Katsuya Okada has warned, “Under the Abe administration basic human rights such as freedom of speech and the public’s right to free access to information (about their government) have been threatened… the pacifism of the constitution will be destroyed.”

The LDP’s internal crackdown on mention of constitutional revision is savvy, notes Koichi Nakano, a professor and expert on Japanese politics at Sophia University. “Abenomics was simply a way of repackaging Abe’s nationalism as something sexy so he could return to power,” says Nakano. He notes public opinion is opposed by a large margin to the revision of the constitution.

“Abe is using the same tactics he did in two previous elections since 2012 to emphasize that the vote is about the economy and then proceed to do what he intended to do once the election is over. He did this with the passing of the State Secrets Laws and then with the strongly opposed Security Laws last year after the December 2014 snap elections. Perhaps he is getting advice from his deputy prime minister, who once remarked that the LDP should learn from the Nazis about how to quietly change the constitution.”

The LDP’s proposed constitution, which has been strongly influenced by Nippon Kaigi alumni, according to reports by the Asahi Shimbun and other media, would scrap Article 9, which forbids Japan from engaging in warfare as a means of settling international disputes. It would also severely curtail freedom of speech, taking away the right to speak out on issues “if it is against the public interest.”

Presumably, the government would decide what is “the public interest.”

It eliminates the words “basic human rights” from key sections, as constitutional experts have noted.

The LDP argues that revision is necessary for a modern Japan to deal with the threat of China and break free “of the post-war regime.”

The ideology behind Prime Minister Abe and his cabinet had received only modest scrutiny from Japan’s mainstream media until this May. All that changed with the publication of the surprise best seller, Nippon Kaigi No Kenkyu (Research into Japan Conference) by former white-collar worker turned journalist, Tamotsu Sugano, on April 30.

Japan’s leading constitutional expert, Setsu Kobayashi, who is also a former member of Nippon Kaigi, says of the group, “They have trouble accepting the reality that Japan lost the war” and that they wish to restore the Meiji era constitution.
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280凡人:2019/10/06(日) 05:04:50 ID:aa/QkHo60
Some members are descendants of the people who started the war, he notes.

Kobayashi is so vexed with his former brethren, that in May he created a new political party to promote and protect constitutional rights called, somewhat amusingly, Kokumin Ikari-no Koe aka The Angry Voice of the People. For Nippon Kaigi, he is a traitor and a nightmare. For Prime Minister Abe, he is an angry loud-mouthed headache.

And Abe is having other headaches before the election. Seicho No Ie, the spiritual forebear of Nippon Kaigi, has turned its back on the LDP and the ruling coalition as well—its first overt political action in decades.

The organization told the Weekly Post last month, “The Abe government thinks lightly of the constitution and we are opposed to their attempts to change Article 9 (the peace clause). In addition, we feel distrust in their failure to uphold policy determined by law.”

Despite Nippon Kaigi’s small numbers overall, half of the Abe Cabinet belongs to the Nippon Kaigi National Lawmakers Friendship Association, the group’s political offshoot. Prime Minister Abe himself is the special advisor.

Former Defense Minister Yuriko Koike, who is running for Governor of Tokyo, is another prominent member.

Sankei Shimbun and others have reported that Nippon Kaigi even tried to pressure the publisher, Fusosha, into dropping the book on April 28. The protest letter sent to the publisher was surprisingly under the name of the group’s secretary general, Yuzo Kabushima, not the name of the Chairman Tadae Takubo.

Kabushima is a staunch Emperor worshipper and was a key member of Seicho No Ie’s student movement. Sugano argues in his book that Kabushima is the person really running the organization.

Despite the threatening tone of the letter, the publisher didn’t budge. Originally, only 8,000 copies of the book were printed. It’s now on it’s fourth printing with over 126,000 copies sold. Five other books have now been printed on the group; magazines are running front-page stories about them.

Suddenly, Nippon Kaigi is very visible.

Sugano is surprised and relieved to see Nippon Kaigi and its influence on national policy finally getting attention. He himself is a political conservative who graduated from the University of Texas with a degree in political science before returning to Japan over a decade ago.

While he was living in Texas, where he picked up a bit of an accent, he noticed how the Christian evangelical movement exerted political influence and sees some parallels in their methods and those of Nippon Kaigi.

Sugano was still a white collar worker aka “salary-man” when he first became aware of the existence of Nippon Kaigi. Back in 2008, Sugano recalls the shift he felt in the atmosphere on the streets. “Crazy people were starting to speak out,” he says. Protests lead by groups, such as the anti-foreigner hate speech group Zaitokukai were more noticeable. He saw an ugly escalation of their activities with each passing day.

He found these hate speech movements troubling and started to infiltrate their protests, documenting the events in photos and recordings. In order to understand the motives of members and supporters, he started to dig into the conservative publications often referenced in their online comments.

The contributors that wrote for these publications puzzled him. Many were established in their field, journalists and academics, all contributing on topics unrelated to their expertise. This peculiar pattern helped him connect the dots: they all seemed to be members of one group. That realization led him down the rabbit hole, where he found the revisionist wonderland that is Nippon Kaigi.
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281凡人:2019/10/06(日) 05:05:56 ID:aa/QkHo60
Nippon Kaigi, he found, used neto-uyo (cyber right wingers who troll anyone on the internet they feel writes negatively of Japan), intellectuals, politicians, and closet sympathizers in mainstream media to exert considerable influence on policy and public opinion.

That included getting the Japanese government to reinstitute the Imperial Calendar, which was banished by the U.S. occupation government. It’s 2016 in the West, but under the Imperial Calendar, based on the reign of the Emperor, it is year 28 of the Heisei era. The system is so confusing that many reporters in Japan carry a handy chart to translate the Imperial Calendar dates into Western time.

Sugano also credits Nippon Kaigi with politically resurrecting Prime Minister Abe, whose political career was considered dead after his abrupt resignation as prime minister in 2007.

He also believes their goal may be to alter radically the parts of the constitution which define marriage and the rights of wives, thus, “rolling back sexual equality and making Japan a country pleasant for cranky old men, like themselves.”

The Daily Beast contacted Nippon Kaigi via email, fax, and by telephone and asked for clarification of what has been written about the group and their objections to Sugano’s book but did not receive a reply

While several recently published books and articles paint a picture of a masterful Machiavellian organization that has skirted the law to avoid having to register as a political group, Sugano believes they are primarily reactionary with no clear idea what they want to do once their goals are achieved.

“They have worked steadily and stealthily with local politicians and political lobbies to oppose things like gender equality, recognition of war crimes and the comfort women [sex slaves during WWII], women using their maiden names after marriage etc. It’s anti-this and anti-that but has no vision of the future.”

Other researchers have taken notice of the group’s anti-gender equality stance, but point out that Prime Minister Abe appears to be sincere about promoting women in the workplace and that the group also has female lawmakers in its ranks.
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282凡人:2019/10/06(日) 05:07:12 ID:aa/QkHo60
Sugano isn’t surprised. “Prime Minister Abe talks a lot about womenomics (the empowerment of women in the business world) but it’s all talk. It’s like a Texas racist saying, ‘I have a black friend so I’m not racist.’ The fact that there are female politicians supported by the group is the same logic. There are always some minorities in a minority that consider discrimination to be acceptable. Or these women find the support of the group advantageous to themselves—if not for women in general.”

Professor Jeff Kingston, a historian of modern Japan, has pointed out that while Abe says all the right things, he has quietly reduced his original professed goal of promoting women in management from 30 percent to 15 percent, and in reality his meager actions are “a nod to patriarchal realities that exposes Abe’s version of womenomics as a sham”.

Sugano insists the “patriarchal realities” of Japan are one reason behind Japan’s media self-censorship under the Abe administration and why they long avoided touching upon Nippon Kaigi.

He argues the mainstream Japanese media are run by misogynistic old men whose world views align with Nippon Kaigi’s sexist ideals, and since they agree with their principles, they have seen no need to report on the organization.

“It is not self censorship. It’s more like silent collusion,” he said.

Nippon Kaigi’s dismissive attitude towards women and children also explains its evident opposition to The United Nations Convention on the Rights of the Child (UNCRC).

Hideaki Kase, a prominent member of Nippon Kaigi and prolific revisionist writer, is also listed as Chairman of Japan’s Corporal Punishment Association—which advocates judicious beating of children as a means of educating them and making them strong.

If you ask Sugano why these elections are important, he will tell you why in his Kansai-accented Texas drawl:

“The LDP, Abe, and Nippon Kaigi have essentially the same agenda. The frightening thing about this election is that they have never been closer to achieving their dreams—amending the constitution to return Japan to a militaristic feudal society where women, children, youngsters and foreigners, including the Japanese-Koreans, have no basic human rights. They will only have one right: the right to shut up.”
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283凡人:2019/10/15(火) 06:21:00 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学と富岡製糸場のフィヤスコ(FIASCO)。

維持管理などに年10億円前後を投じる富岡市が採算の目安とする水準、約80万人に落ち込む(2016年ー830,719人)。出典https://www.sankeibiz.jp/business/news/170622/bsc1706220500006-n1.htm

2017―2019年はどうかを示すのが下の表である。ここに転記すると、2017ー666,227、2018ー523,572、2019(10月14日現在)ー370,663。確実に大きく右下がり。将来にはさらなる減少が予想される。

富岡製糸場見学者数(の動向)
http://www.silkmill.iihana.com/visitor/seisijninz19-9-12.pdf

高崎経済大学が大学上げて応援する富岡製糸の世界遺産登録と観光化の行く末。高木賢・現高経大理事長が長年財団法人大日本蚕糸会会頭理事として天皇家に仕えて得意とする分野である。凡人もゼミを中心にそこの学生たちも教員のもと、富岡製糸場の観光化の活動に参加している新聞記事を読んだものだ。ところが、それをあざ笑うかのように、年が経るごとに富岡製糸場を訪れる観光客が激減している。公式サイトにある富岡製糸場見学者数を示す表をみて欲しい。県政や高崎経済大学の肩書だけの教授がなんと言おうとも、統計は嘘をつかない。この大学がいかに低能、無能大学か、それがわかるといってもいいのではないのか。そうだろう。経済と地域政策を専門と自称する高崎経済大学だが、どんなに人材・金銭・学生をつぎ込んだとしても結果は知れたもの。どれだけ今までに学問を通じて地域の経済・生活を良くしたのか問うがいい。地域の将来を近視眼的にしか見れないグループのこの大学の教員が手につけると、地元群馬で高崎に近く、富岡といういたって小さな地域さえ、その経済やそこに住む人々の生活’すら’満足に改善することができないでいる。むしろ逆で、将来的に見ても悪くしていると言わざるを得ない。昔にとうに役割を終えた倉庫群にユネスコ世界登録の厳しい規定に沿うためを主目的に、維持管理費のために多額の市税を使い、日本政府や県からの補助金を目当てにし、その反面住民・市民を将来のない貧困に導くほど見返りはことさら少ない。そんな地域政策とは何ぞや。富岡市民の将来を台無しにしたとしか思えない。

284凡人:2019/10/30(水) 12:46:29 ID:aa/QkHo60
反民主主義の高崎経済大学というペテン大学。

創価大学という大学があるが、その名前からその大学がどういう大学かすぐわかるというもの。高崎経済大学がもし岸信介大学とか安倍晋三大学とか三潴信吾大学という名を冠していれば大学受験者もどんな大学か疑う余地がない。ところがそうなっていない。実際、高崎経済大学の大学案内書にはそこに触れていない。がこの大学は何を隠そう、その反民主主義の姿勢が特徴である。全国数ある国公立大学の中にあって特筆すべきなのに、そこになに一つ触れていない。つまり隠ぺいし、日本国内の大学進学者や帰国子女をだましていると言わざるを得ない。つまり俗にいうペテンである。歴史ある有力国公立大学とは違っている。私立大学のように易化受験をして、偏差値操作をし、勉強嫌いの受験生を全国から集めている大学である。スポーツと無知さ。教員の思想選考といい、それは意図的なものか、結果的なものかはわからないが、カルト大学に相応しく、カルトに染まるに十分な素地をもつ学生たちをが集まってくる。何を言われても従順に従う、’適当に’できる学生たちである。よい就職さえできれば、それに頭がいっぱいのノンポリ学生である。極右森友学園・加計学園のスキャンダルでの安倍晋三。彼が得意とする知人や支援者への違法な特別計らいと同じように、当時の右翼市長の支援者である地元有力者の子弟への裏口不正入学をした高崎経済大学。ーさすがに地域に密着した大学を標榜するだけある。笑いー 安倍晋三の選挙事務所と暴力団・やくざとの癒着が国会で暴露されたのと同じように、三潴信吾元高経大学長と地元暴力団幹部との癒着が当時地元新聞に暴露され国会の特別委員会で問題になる。安倍晋三のスキャンダルといい、高崎経済大学の悪魔的歴史を飾るスキャンダルは実質同じでものある。だから安倍晋三大学と名付けても満更間違いではない。今になって分かったのではもう遅いが、入学する前からはっきり他の国公立大学との違いが判っていたら、この凡人はこの大学は避けたと思う。福沢諭吉の法の下の平等は凡人の信念の一つであるからである。なんと民主主義の的を得た言葉なのだろう。身分制度の不合理や弊害を知り、ますます福沢諭吉の言葉の意味の重要さがます。民主主義の精神は素直に理解できるし、現実的である。たぶん獄中生活を余儀なくされ、獄中死した元高経大学生・星野文昭さんも私の意見に同調するであろう。もし彼が他の大学に入学していたら、彼の正義感は不滅でも、はたして中核派の活動家になっていただろうか。獄中死とはまったく違った人生を歩んでいたであろうことは想像に難くない。また彼の死でも冤罪の疑惑は消えない。

285凡人:2019/10/30(水) 14:11:32 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学を知るうえで、重要な単語、人物や言葉。(敬語略)

凡人は現行の日本国憲法の改憲に強く反対する。安倍晋三が目指す大日本帝国憲法復帰である。現行日本国憲法との違いが明確に示されている表がこれ。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/shakai/seiji/01_3_5_teikoku_hikaku.htm

忘れてはならないのは、高崎経済大学にしても、決して過去の話はしていない。すべて現在進行形である。例えばマスコミを懐柔し、現在権力を我が物顔で掌握した安倍晋三首相の改憲へ取り組みは現実である。

安倍晋三と三潴信吾の高崎経済大学との接点。安倍晋三は岸信介の孫であり、岸総理下で奉仕する右翼改憲推進者で憲法学者・三潴信吾とは思想的にぴったりあてはまる。(三潴信吾の著書『日本憲法要論』(昭61)には岸信介、福田赳夫が序文を寄せている。)面識云々は知らないが、安倍晋三は大きな影響を受けていることには疑いの余地はない。

今までの記事をざっと復習するとこうなる。
映画「圧殺の森」(高経大学生の学内民主主義運動の敗退の記録、学生の大量処分と学生自治会や新聞会や活動の拠点となった三扇寮の廃止。当時高経大学生たちは裏口入学という事実に端を達し、不正入学の中止を大学に要求して立ち上がった。当時大学の母体である高崎市の右翼市長や岸信介の息の掛かった高経大教授の三潴信吾らを相手に学内の民主化運動が学生を中心にスタートを切った。果敢に戦いを繰り広げたのだが、なんとその背後には中曽根康弘、福田赳夫という地元高崎出身の有力右翼国会議員が控えていた。生長の家のカルト信仰は現実である。はじめは純粋な民主化運動だったが後にどう変貌していったか。大学の強力な右翼路線を前に、孤立無援の学生活動家たちがどこに助けを求めたか。凡人の単なる推測なのだが、運動の内容が変わり、過激派中核派の代理戦争化しても全く驚かない。凡人は当初のこれらの学生活動家や学生たち、純粋に民主主義を信じ、民主主義の社会の実現のために戦った学生たちを心から賛美したい。それがこの大学の唯一の金字塔なのだと信じている。教員8人の抗議辞職によって高崎経済大学の暗黒の歴史が始まる。)

高崎経済大学直属応援団(圧殺の森以後、三潴信吾が創設。体育系の所属から、文サ協(文化サークル協議会)や体育会を超えた単一組織に引き上げる。全学生による投票なしの高経大全学生の代表となる。南方ペリリュー島で天皇万歳で玉砕した大日本帝国陸軍歩兵第15連隊(本拠高崎市)を賛美した演舞や唄を市民公開演舞で創作披露。大学の名で明治神宮に参拝する、戦前の大学応援団を模範にした右翼政治組織に他ならない。)

故岸信介(岸信介は東条英機内閣の商工大臣を務めた軍国主義者、改憲推進者、日本会議、東大法科卒。「岸信介は戦前の官僚。のちに甘粕正彦と組んで、帝国陸軍が中国東北部を植民地にし、そこに建設した傀儡国家「満州国」を牛耳った男だ。A級戦犯として逮捕されたが、米国の”操り人形”になることを条件に釈放された。甘粕正彦は陸軍憲兵大尉の時に、無政府主義者の大杉栄らを殺害したことで知られている。世に言う甘粕事件である。その後、甘粕は突然、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を陣頭指揮。その時、岸と知り合い意気投合。いわく因縁の「闇のつながり」である。」ー(sauceインターネット、自己検証要))
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286凡人:2019/10/30(水) 14:13:01 ID:aa/QkHo60
筧克彦(三潴信吾の岳父。1923 年に秩父宮、翌 1924 年に貞明皇后に進講。東大卒、東京帝大教授(憲法)。古神道にもとづく「神ながらの道」を説き、天皇中心の国家主義をとなえて軍部の主張に理論的に寄与した)

安倍晋三(成蹊大卒・学業不振で有名。現内閣総理大臣に上り詰める。岸信介の孫、スキャンダル暴露にも全く動じない。マスコミを懐柔。暴力団との関係国会で暴露、改憲推進者)、

故福田赳夫(元内閣総理大臣、群馬県高崎市選出衆議院議員、生長の家信奉、東大卒)

中曽根康弘(大戦下海軍主計中尉として、隣国で日本兵の士気高揚のため慰安婦調達翻弄、群馬県高崎市選出衆議院議員、元内閣総理大臣、生長の家メンバーとの深い関係、改憲推進者、東大卒)

故三潴信吾(前高崎経済大学学長、東大法科卒。岸信介総理下で改憲を目指す憲法調査会の有力メンバー、戦後も高経大に教壇に立つ一方、陰で暴力団幹部と癒着、憲法学を講義し、大日本帝国憲法・教育勅語を愛し、現行日本国憲法を認めない。日本会議、生長の家信奉者)

八木秀次(前高崎経済大学憲法学教授、第2次安倍内閣発足後につくられた「教育再生実行会議」の委員の一人。「新しい歴史教科書をつくる会」第3代会長として日本史美化改ざん教科書推進者、右翼プロパガンダ、改憲推進者、早大卒)

谷口雅春(生長の家創始者、早稲田大中退、靖国信仰・国家神道復活・軍拡・自主憲法推進者)

カルト信仰と高学歴(オウム真理教にも信徒に高学歴者が存在したので驚かない。日本では東大卒は高学歴であるが、世界の視点では東大は高学歴と呼んでいいのか疑問が残るが。オウム真理教の信者が現在、名前を変えて同じ教義の下、活動中である。「生長の家と密接な関係を持っている。元幹部の上祐も谷口雅宣と血縁で、鈴木邦男もオウム真理教と繋がっている。」(ウィキ))

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これら人物に共通しているのは国民主権、男女平等、三権分立、政教分離を保障する日本国憲法を完全否定・廃止・改憲し、天皇主権にたった身分制の復活、天皇側近/利権/権力側に有利に働く憲法を確立。つまり戦前の憲法に戻すことに他ならない。近代的日本国憲法の下、高度経済成長を成し遂げ世界の経済大国にのし上がった日本の歴史を無視し、アメリカに押し付けられたといって、日本国憲法が日本の弱体化の原因と嘯く。戦前の明治憲法や大日本帝国憲法が民主主義の下で国民の意思を反映し制定されたのか問うがいい。国民の大部分は参加さえさせてもらえない身分制度下で国民の意見が反映されたとどうして言えようか。また野球というスポーツを考えてみよう。今や日本の人気国技と言っても誰も否定しないであろう。そのスポーツが純粋にアメリカ起源であるとはどれだけの人が知っているのだろうか。だれもアメリカから押し付けられと文句をいう日本人に合ったことがない。つまりそれは国民・庶民を相手にするスポーツだからである。今の日本国憲法もまったく同じで、横暴になりがちな権力側の力を極力抑制するために、庶民の目線で庶民の幸福を謳ったものである。誰が改憲を推進しているのか、望んでいるのか?元戦犯者の岸信介、孫の安倍晋三や天皇信仰派、右翼暴力団、創価学会等のカルト信仰、プロパガンダに乗りやすい無知蒙昧者、懐古主義者、皇族、天皇に可愛がれた故三島由紀夫等や高学歴の東大・早大卒等等、なかなか庶民の気持ちなどわかる人種ではないだろうと推測する。

<反共・反憲法の岸信介人脈>
 戦後の右翼政治の系譜は、東條内閣の商工大臣で敗戦時、A級戦犯となった岸信介と、もう一つが海軍主計中尉の中曽根康弘である。両者の間に、戦後右翼暴力団のドンといわれた児玉誉士夫が君臨してきた。児玉と同様の笹川良一は、岸人脈に接触して、その後継者と安倍はゴルフ仲間ともなっている。中国にも羽を伸ばしている。
 日本右翼の共通点は、靖国信仰・国家神道復活・改憲軍拡に特段の関心を抱いていることだが、これは神社神道を正当化(国家神道復活)するための行き着く先でもある。日本国憲法が否定する天皇制国家主義である。
 ちなみに、岸人脈は福田赳夫・安倍晋太郎・石原慎太郎・森喜朗・小泉純一郎・平沼赳夫・安倍晋三らで、森の「日本は天皇中心の神の国」という時代錯誤の宗教イデオギー論者で知られる。
 現在は、日本会議の誕生によって、岸と中曽根の二つの右翼勢力が一体化したことになる。ここが深刻な日本政治を現出させている元凶である。その政治思想は、神道信仰と谷口信仰の合体で、カルト・神がかりに特徴がある。

(ソース<本澤二郎の「日本の風景」(2324)日本会議と谷口雅春・生長の家教団
2016年4月14日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52135475.html
2-2

287凡人:2019/10/31(木) 11:00:30 ID:aa/QkHo60
上の知識を踏まえ、国会衆議院特別委員会で触れている高経大の問題を読み返すと、より事態の重大さや高崎経済の将来が容易に理解や読み取れるというものである。
―――
高経大の現体制を築いた故三潴信吾氏(高経大学生部長ー学長)の暴力団スキャンダルを取り上げた国会特別委員会の議事録が下記のリンク。

第061回国会法務委員会第19号昭和四十四年(1969年)六月六日(金曜日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

この1969年は三潴信吾氏が高崎経済大学学長に就任した年でもある。高経大PR誌、宣伝広報の目的で定期的に出版する「たかけい学報」なるものが生まれたのもこの年。学長就任の年に、その学長の暴力団との関係が国会で討論されているのは面白い。地元新聞記事の暴露から国会の議論にいたるまでには、すでに群馬・高崎市民をはじめ日本国中の中・高校生、大学生、知識人や文化人、マスコミ・予備校・大学関係者、暴力団にひどい目にあった人などなどに、この記事ニュースが届いていると解釈して間違いはなかろう。大きな社会問題や波紋を投げかけたであろうと当時を想像するが、高崎経済大学という前代未聞の大学では三潴信吾氏の学長の座は揺るぎもしない。しかもだ、今年の「たかけい学報」には50周年記念号ということで、三潴信吾氏の当時の学長就任の挨拶文が全文そのまま再掲載。高経大のドンを崇め祭っている大学側である。それが現在の高崎経済大学の姿なのだ。過去と現在はまったく途切れていない。一線上に繋がっているのである。恐れ入りました。笑い

この暴力団問題といい、今まで凡人が書いた高崎経済大学の内外で起こっていることは、凡人の創作や作り話でない。嘘みたいな本当の話が過去でも現在でも起こっている事実。この大学の卒業生である凡人にはこれがまったくの作り話であって欲しいと願うが、現実である。そのことに対してまったく目をつぶっていられない問題だからこそ繰り返して、記憶を新たにし過去の出来事から学び将来を占っているのである。

288凡人:2019/10/31(木) 11:04:10 ID:aa/QkHo60
ツイッターからの転載
Oct 29, 2019
立川談四楼
@Dgoutokuji

河野太郎防衛相の「私は雨男」は、訓練してない人のギャグが滑ったわけで「なに調子こいてんだよ」と突っ込みゃ充分だと思う。しかし萩生田文科相の「身の丈」は別次元で、憲法や教育基本法を踏みにじる重大発言である。「教育勅語」が好きだという一点において、教育の頂点にいてはいけない人なのだ。

289凡人:2019/11/14(木) 12:58:30 ID:aa/QkHo60
Takasaki Keizai Daigaku (TCUE) Student's Movement for Democracy in 1960's and early 1970's (crashed by the ultra-right wing city Mayer & officials And the university management) is now available to be able to see in DVD form.

Assatsu no mori : Takasaki Keizai Daigaku tōsō no kiroku = The oppressed students
圧殺の森 : 高崎経済大学闘争の記錄 = The oppressed students

Responsibility: kantoku Ogawa Shinsuke ; seisaku, Kiroku Eiga "Assatsu no mori" Seisaku Jikkō Iinkai, Jishu Jōei Soshiki no Kai. 圧殺の森 : 高崎経済大学闘争の記錄 = The oppressed students / 監督小川紳介 ; 製作記錄映画「圧殺の森」製作実行委員会, 自主上映組織の会.
Language: Japanese. In Japanese.
Sound: digital; optical; mono; Dolby Digital 2.0.
Video: NTSC.
Digital: video file; DVD video; region 2.
Publication: [Tōkyō] : Kabushiki Kaisha Dimenshon, 2016. [東京] : 株式会社ディメンション, 2016.
Physical description: 1 videodisc (103 min.) : sound, black and white ; 4 3/4 in.
At the library

Media & Microtext Center: Today's hours: 8a - 9p
Ask at Media Microtext desk
Items in Ask at Media Microtext deskCall number Status
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Description:
Creators/Contributors: Ogawa, Shinsuke, 1936-1992, film director. Kiroku Eiga Assatsu no mori" Seisaku Jikkō Iinkai, production company. Jishu Jōei Soshiki no Kai, production company.

Contents/Summary
Summary: Documentary film of student movements which took place at the Takasaki Keizai Daigaku in 1967 after ongoing fraudulent admissions to the university were revealed causing much anger and resentment among the students.

Subject: Takasaki Keizai Daigaku > Students > Political activity. 高崎経済大学 > Students > Political activity. Student movements > Japan > Takasaki-shi. Violence > Political aspects > Japan.

Genre: Documentary films. Nonfiction films
Feature films: Feature films > Japan.
Foreign language films > Japanese. Local subject
Japanese DVD and Blu-ray Collection.

Bibliographic information:
Publication date: 2016
Copyright date: 1967
Title Variation: Oppressed students
English title also known as: Forest of oppression : a record of the struggle at Takasaki City University of Economics

At head of title on container: Dokyumentarī eiga no daiuchū : Ogawa Purodakushon
At head of title on container: ドキュメンタリー映画の大宇宙 : 小川プロダクション
Medium: 4 3/4 in.; stamping
Publisher Number: DIGS-1014 Dimention

290凡人:2019/11/14(木) 13:14:22 ID:aa/QkHo60
Correction/訂正: That DVD mentioned above is the documentary film of TCUE student movements taking place in 1967 and nothing more and else. Follow the summary which is right: "Documentary film of student movements which took place at the Takasaki Keizai Daigaku in 1967 after ongoing fraudulent admissions to the university were revealed causing much anger and resentment among the students."

291凡人:2019/11/14(木) 14:32:59 ID:aa/QkHo60
2チャンネルでは成蹊大と学生の偏差値/頭程度がよく比較・同類される高崎経済大学。成蹊大の方がより知名度、有名人輩出度や就職先でもすこぶるよく、まったくかなわないのにも関わらず。一方高崎経済大学は就職がよいことで応援団に入った女性団員に象徴される政治的無知さで彩られる。学生・院生は大学生として普通に考える能力が問われているのが高崎経済大学であろう。殊更学問の府として高崎経済大学の将来性・運命はすこぶる最悪である。
*****
AJAA 安倍晋三に反対する成蹊大学後輩による抗議声明 on strikingly
http://ajaa.mystrikingly.com/

PROTEST

1977年度成蹊大学法学部政治学科卒業生、安倍晋三さん

私たち成蹊大学後輩一同は、あなたの安全保障関連法案における、学問を愚弄し、民主主義を否定する態度に怒りを覚え、また政治学を学んだとはにわかに信じがたい無知さに同窓生として恥ずかしさを禁じえません。

日本国憲法に、集団的自衛権の行使を基礎づける条文が存在しないことを、私たちは成蹊大学で学んでいます。

憲法を、時の総理大臣が自らを責任者と称し解釈で改憲することは、法の支配に反する行為であると、私たちは成蹊大学で学んでいます。

日本国憲法は、アメリカによって押し付けられた恥ずかしいものなどではなく、日本国民が自ら選び取り70年間維持してきたものだと、私たちは成蹊大学で学んでいます。

そして、私たち成蹊大学生は、憲法学を机上の空論などと考え学者の意見を軽視することなどはせず、学問が蓄積してきた知識を大切にしています。

あなたは、本当に成蹊大学で学ばれたのでしょうか。

知っていますか。就職活動の際、自己紹介で母校の名前を答えると「ああ、安倍晋三のね」と冷笑されることを。その冷笑に含まれている意味を考えてみてください。

安倍晋三さん、あなたは成蹊大学の誇りなどではなく、ただその無知で不遜な振る舞いによって、私たちの大学の名誉と伝統に泥を塗っているのです。

私たち成蹊大学生は、先輩・安倍晋三さんの立憲主義を否定する態度に反対し、安全保障関連法案の廃案を求めます。


平成27年9月13日 発起人・成蹊大学法学部政治学科4年 秋山直斗

付記:成蹊大学の教授、職員の方々が「安全保障関連法案に反対する成蹊学園有志の会」を発足され、様々なご活動をされておりますが、現役学生は賛同者になることができないということなので新たにこちらを作りました。

UNITE!
賛同者募集

成蹊大学の現役生、卒業生の方で、声明にご賛同いただける方は、下のフォームから送信していただくか、
againstabe(実際にメールをするときには上下をつないで下さい)
@yahoo.co.jp
まで
(1) 氏名
(2) 所属(学部、学年または卒業年次)
(3) 氏名公開の可否(必ずお知らせください)
(4) 連絡先電子メールアドレス
をお知らせください。

MEMBERS
賛同者

●現役生
鈴木耕(文学部現代社会学科2年)藤沢(旧姓 西郷) 敦子(2015年文学部科目等履修生、文学部1982年卒) 、坂本優(大学院法学政治学研究科博士前期課程1年)、匿名希望:4人

●卒業生
日比和子(旧姓: 武智)(文化学科2000年中退)、鏑木睦子(文学部1979年卒)、早川行雄(法学部政治学科1976年卒)、佐藤千晴、加藤亜弥子(法学部法律学科1999年卒)、高山龍(理工学部2008年中退)、田中(文学部1971年卒)、泉祐輔(経済学部経営学科2004年卒)、和根崎いくえ(法学部政治学科1981年卒)、中川麻里(文学部日本文学科1992年卒、飯田良弘(1977年卒)、髙瀬祐子(文学部博士後期課程2012年卒)、清水康之(工学部1979年卒)、浅見清武(法学政治学研究科2003年卒)、重松久惠(文学部文化学科1978年卒)、圓城康彦(法学部1983年卒)、花上光治(政治経済学部1969年卒)、服部至道(法学部政治学科1999年卒)、矢幅美穂(文学部卒)、鈴木葉子 (文化学科1983年卒)、芳賀まき(旧姓・渡辺)(文学部文化学科1984年卒)、榎本雅文(経済学部経営学科1981年卒)、大村憲子(文学部日本文学科1975年卒)、髙橋優子(法学部1990年卒)、坂田峰人(法学部政治学科1978年)、匿名希望:27人

●学外
林嵜和彦(福岡教育大学)、神谷栄司(京都橘大学教授)、西田彩(京都精華大学ポピュラーカルチャー学部音楽コース非常勤講師)、与那覇大智 、福田良典、加藤悦子、佐藤有希、中山裕、井川雅子、匿名希望:15人

●罵詈雑言
23通

292凡人:2019/11/21(木) 23:24:19 ID:aa/QkHo60
日本が戦後民主主義でなかったら、故本田宗一郎は日本に生まれなかっただろう。このビデオは下の言葉で本田宗一郎の人柄を締めくくって終わっている。敗戦後軍国主義・天皇主義から突然、アメリカから輸入された民主主義。身分制度から解放された日本人。競争が社会に生まれ、新しく得た自由と平等が原動力となって、日本が製造業界を中心に世界の需要の供給元に躍り出る高度経済成長を達成可能にしたと言えないだろうか。
******
本田宗一郎 ー挑戦と成功ー
Sep 10, 2012 https://youtu.be/lhfYbzOh1yI

生1906年(明治39年)11月17日 - 没1991年(平成3年)8月5日)

「明治生まれの男は自由に生きることのできる民主主義が好きだった。学歴やも生まれも無関係に知恵と能力で生きていける環境が好きだった。本田宗一郎は偉大な経営者であることより、いちエンジニアであることになによりも喜びを感じた。引退後も工場へ足を運んでは若い技師たちの仕事をみて回っていたという。」

293凡人:2019/11/22(金) 00:13:57 ID:aa/QkHo60
本田宗一郎 講演 ノーカット『行政改革 』
Jan 25, 2014
https://youtu.be/8gXajczE5sw

この講演は、1982年6月19日(社団法人)本庄青年会議所、現(公益社団法人)こだま青年会議所主催にて本庄市民文化会館で開催された様子です。
第二次行政改革推進委員会委員長 土光敏夫氏のもと、副委員長であられた本田宗一郎氏が『蘇れ日本、生きがいのある故郷­を-行政と地域住民とのかかわりあい』をテーマに、60分間にわたる特別講演をなされ­ました。
〜昭和57年の国の借金は約98兆円に膨らみ、生まれたばかりの赤ちゃんから年寄りの方国民一人­が約83万円の借金になってしまった。〜
講演では『今、何とか行政改革して、国の借金を減らさないと日本は滅びてしまう』とお­話されています。
また、子供の教育についても問題視し、『人間尊重の教育が一番大事なのではないか』と­お話されております。
本田宗一郎氏の講演から37年が経ち、今日本の借金は1,000兆円を超えて約10倍­となり、また、子供の教育問題も大きな岐路にたたされております。
この講演の中に日本が蘇るヒントがあるのではないかと思います。そして、日本が蘇るの­には、今が最後のタイムリミットではないでしょうか?
是非とも、この映像を多くの方に見て頂き、行財政改革についてより一層の関心を持って頂くことが日本の蘇る手引きの一助になるのではという思いから、この講演映像を配信する­事に致しました。
ご覧頂きました皆さま方で、明るく、豊かな日本にしていきましょう。
金井福則

294凡人:2019/11/22(金) 14:35:41 ID:aa/QkHo60
高経大直属応援団とは
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/endantoha.htm

大学直属の応援団

高崎経済大学直属応援団は、名誉顧問に公立大学法人高崎経済大学理事長、特別顧問に同窓会会長と(財)高崎経済大学後援会代表理事、最高顧問に学長、更に教授7名に顧問団を形成して戴いており、大学公認の直属応援団です。入学式・卒業式・公式行事等に関与するのは、私たちが大学から高い信頼を得ているからであり、世間一般に悪いイメージでとらえられている旧態依然とした応援団とは違う、近代的な体質の応援団です。

高崎経済大学直属応援団の現状

高崎経済大学直属応援団は現在、附属吹奏楽部も含めて約80名に及ぶ人員を擁し、団の中にいくつもの部を有する総合団体として、且つ大学直属という高い信頼を戴いています。弊団は創団50年の歴史を有し、『人を応援するに足る自己の陶冶』を基本理念に掲げて活動をしています。これは他人を援助し、応援するには自分にそれだけの力量が必要である事を知り、それに近づこうとするところに成長の意義と価値を見出そうとする理論であり、他大学へも啓蒙しているところです。又、竹内健総監督の御指導のもと、基本理念に近づく為の具体的な行動規範として応援団活動を『実学』を学ぶ場として考え、諸活動に邁進しています。
現在弊団では、旧態依然とした応援団というイメージを払拭し、更に一層合理的なものを目指して、大学諸行事への公式参加、大学内の各部の応援・壮行式はもちろんの事、この様な活動を通して、全ての学友との連帯感を強め、親密な関係を構築しています。

尚、応援という意味を幅広くとらえ、更には公立大学である事の特色を生かし、日頃御世話になっている高崎市民の皆様に対するボランティア活動にも力を入れています。

『実学とは?』
礼法・決断力・勇気・相手側からの思考の分析・臨機応変の身の処し方等といった、大学の講義では学ぶ事の少ないものの、一般社会に出て実際に役に立つ能力を修得する事です。

『応援団は暴力的なのでは?』
当団では、暴力を否定しています。ところで、暴力とはどの様な事を指すと思いますか。例えば人を殴ったり、蹴ったりする事でしょうか。それを暴力とするならば、格闘技は暴力になってしまいます。座禅の際、警策で打たれる事は素手よりも物を使った暴力となってしまいます。或いは、相手に遭わなくても夜中のいたずら電話や不幸の手紙等はどうでしょう。私達は理不尽に人を傷付ける言動、行為の事を暴力と考えています。逆に、もし自分の恋人が暴漢に襲われようとしている時、あなたはどの様な行動をとりますか。拳を振り上げても自分の恋人を守るでしょう。この時の戦いに、殴る・蹴るがある場合、これも暴力でしょうか。私達は正当防衛を暴力とは思いません。

では暴力とは何でしょうか。当団ではこの様に考えています。暴力とは理不尽な行為の事であり、それは受けた側の人が判断するものと思います。例えば、前に述べた座禅の警策は、たるんだ自分の気持ちを瞬間的に立て直すものと考えれば、警策を打たれた人は、合掌し頭を下げ、感謝の意さえ表わします。つまり、その相手からの行為を自分の為と受け取った場合、それはその人によっては暴力と考えにくい事もあるでしょう。私達は、理不尽な行為を暴力と呼び、正義の為の正当防衛は、暴力には当らないと解釈しています。自らの命や、かけがえの無い家族・友人を守る為には
時に力も必要であるという事です。それらを踏まえた上で、本団では総合護身術の訓練も行なっています。
又、応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・相手側からの思考の分析…を学ぶ組織でもあり、従って、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐いというイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要と思って居ります。

295凡人:2019/11/22(金) 19:58:49 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学という名の高校。

この大学にしてこの応援団の頭の中身。全学生の代表として君臨する我が高崎経済大学直属応援団の団員の考え方がよくわかって面白い文章が上である。オフィシャルサイトから拝借したもので、誰もが読むことができる。どこの大学でも、出来の悪い学生はつきものだ。普段無視し、まったく問題にならない。ところが、なぜここで大きな問題として取り上げるか。それは高崎経済大学の場合、大学直属であり、応援団の団員が高崎経済大学の現役の全学生・学院生の学生代表として大学側で取り扱われるからである。またその応援団は同窓生/卒業生にとっても同窓会という形で、同じ役目を担っている。入学金やその他学費等や、あるいは同窓会費等の形で、現役学生・院生や同窓生から徴収している金額。払い込みしている学生・院生やその父兄等は、大学直属応援団の活動内容を知り、納得しているのであろうか。彼らのお金が直属応援団にどう使われているかの詳細を知る必要があろう。ところがそういう金額について何も問題にならないようだ。

凡人は本を読むのが好きだ。日本文・英文にかかわらずである。自己紹介を含め、あることを説明する文章にはまず論理性が必要だ。それがないと話になんの説得力がない。こうした書き物の命といってよい。ここにはそれがあるだろうか。凡人には大学生級の論理性が感じられないと言いたい。

インターネットやその他には、難しい言葉をたくさん羅列した意味のない文章があふれている。逆に小学生や中学生でもわかる言葉であるが、凡人をうならせる文章に出くわすことがある。豊富な知識や経験や優秀な人間ならだれもがもっている批判的考察。それらがなければ到達できない意見や感想やその論理性に感動する。そういった論理は中学・高校・大学で得た学習の成果だろう。またあるいはそれ以外、まったくの個人の努力で養成されたもの。正規の学校だけが学習の場ではないといいたい。

たくさんの書き物を読み込んでいると、当然だがその書いた人間のレベルが自然に読み取れる。だから凡人の応援団のこうした書き物を読んだ感想は、よくて中学・高校レベルという結論に達する。書き手は読書家ではない。多分勉強嫌いだろうということも容易に予想される。

どこが悪いのか。大学生が書いたものと言われたら驚く程度の問題だが、その結論に達するヒントは一つではない。時間がないので、すべてに触れることはできないが・・・・説明するとこうなる。

最初から物凄い。

高崎経済大学(高経大)の現体制の生い立ちに何度も触れているが、思想選抜された教員たち、理事長を含め、大学直属応援団の顧問団とはどんな集まりかを最初に知る必要がある。例えば初代で現理事長の高木賢氏や昔八木秀次氏も以前顧問であったというだけで、顧問団という集まりがどんな思想的集団かわかるはずだ。

そして言う「入学式・卒業式・公式行事等に関与するのは私たちが大学から高い信頼を得ているからであり」。こういう場合、信頼なんて言葉使うの不自然じゃない?例えば、今は知らないけど日本の株式会社には「総会屋」なるものが存在した。民主主義を具現化した会社組織で恒例の株式総会に「総会屋」なるものが現れる。同じ論理でいけば、この総会屋は会社側から高い信頼を得ていたということになる。さらに皮肉屋の凡人に言わせれば、この大学は公立大学でありながら、裏口入学をやってのける大学。暴力団幹部と学長のなれ合い大学。それが日本全土にニュースで暴露されても、学長として問題でない大学。スキャンダルが絶えない大学。そんな大学側に絶大な信頼をもらっている応援団とはすごすぎるだろ。
1-3

296凡人:2019/11/22(金) 20:00:17 ID:aa/QkHo60
「旧態依然とした応援団とは違う、近代的な体質の応援団」何が旧態なのか、何が近代的なのか?何を定義に言っているのか、論理の飛躍と申しましょうか、不思議な文章が続く。

「大切な学友を守る」なんてカッコいいことを言うが、応援団の歴史は学友を守る歴史ではなかった。現実は大学・市長の権力側の犬となって、学友を裏切り、学生たちが起こした民主主義を真っ向から潰しにかかった団体である。ここでいう「大切な学友」とは高経大の学友のことではない。ただ応援団と行動を共にする仲間たちを指すのであろう。

また「暴力の否定」とか言っているあとで、正当防衛の話を持ち出している。誰も正当防衛が暴力だなんていう人は少ない。そんなのは現行の憲法下の法律だって、警察だって正当防衛は認めていること。正当防衛も暴力とする人はいないことはないが、無視してかまわない程度。また「座禅の警策」を暴力か否かを議論するのは愚の骨頂に思える。そこに行くか行かないかは個人の自由だからだ。暴力をいうならば、生徒に対する先生による体罰とか親が子にする体罰が社会問題になっているが、そうした暴力に対する重要な問題がいくらでもある。ただここに取り上げている事例は、みな自分の意見を正当化するために、都合のよいものだけを引き合いに出している感を否めない。

「暴力の否定」を取り出すならば、暴力や恐喝を売り物にする暴力団に対する見方はどうか。直属応援団の産みの親である高崎経済大学学長故三潴信吾氏はなんとその暴力団の幹部と一緒に盃を交わす仲であった。当時、その幹部は学長室にもしばし来てたというから、当時の応援団団員とも顔なじみであったと言われてもまったく驚かない。また、「暴力の否定」がもし本当とすれば、戦争とかに言及するのが普通であろう。ところが、ここでは一切触れていない。隣国中国その他の地で、なんの罪のない婦女子供を銃剣で刺し殺し、武力でその土地を奪い、満州国を建設したような日本の歴史。岸信介のような東大卒をたくさん含む日本人が率いる天皇軍が過去に犯した侵略戦争の数々。それこそ戦争は「正義」無き暴力そのもの。それに対してどう思うか。中国や東南アジアからの留学生が少なからず勉学している高崎経済大学である。その中にあって、高経大の直属応援団は大日本帝国陸軍で玉砕した高崎15連隊を賛美する歌や演舞を自ら創作し、自慢し、公式として市民の前で公開演舞している。その事実は何をいったい意味するのであろうか。

その外にも、意味不明、矛盾する箇所がところどころに目に付く。ここまで来て、この文章から右翼の共通点を教えられる。右翼/右翼思想傾倒者は高学歴の肩書を持つものから街のチンピラにいたるまで存在するが、その共通点は何であるか。それは喧嘩するとか、肉体的に暴力をふるうとかいうのではない。そこに共通する点は自己正当化のために、矛盾することを平気で言ってはばからないことである。矛盾していることさえわかっていないのではないかと疑う。あるビデオの中に、右翼暴力団の活動家が「日本の右翼は人種差別ではないんですよ」とインタビューで断言的に答えている場面があった。そのあとのまったく違う画面で、マスコミ関係者やインタビュー者は近くにはいないが、「中国語でも話そうもんならその場で殺しちゃえ。」恐ろしいことを叫んでいる右翼活動家の言葉が聞こえる。彼らには矛盾が存在しない。わからなければまったく問題にもならないのである。
2-3

297凡人:2019/11/22(金) 20:01:26 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学直属応援団によりますと、「私達は、理不尽な行為を暴力と呼び、正義の為の正当防衛は、暴力には当らないと解釈しています。自らの命や、かけがえの無い家族・友人を守る為には時に力も必要であるという事です。それらを踏まえた上で、本団では総合護身術の訓練も行なっています。又、応援団という組織は規律・礼節・元気・勇気・相手側からの思考の分析…を学ぶ組織でもあり、従って、団体行動等は早く正確に行なう必要があります。これを外見的に御覧になると、統制された動きから、恐いというイメージに結びつく事も考えられます。しかし、警察・消防・自衛隊がそうである様に、統制の美は男性的でもあり、いざという時に大切な学友を守るという意味からは、毅然とした態度も時には必要と思って居ります。」

「正義のための正当防衛」ー日本が始めた隣国への侵略戦争が、右翼の手によると「正義のための正当防衛」になる事例を紹介しよう。アメリカ連合軍に無条件降伏した日本。その第2次世界大戦での日本とは何だったのか、戦後70年以上経つ今、彼らによるとこうなります。つまり、いわゆる「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などは中国や韓国のまったくのでっちあげで存在しない。大東亜戦争の真実は日本の正義の為の日本の正当防衛の行使であり、欧米列強による植民地支配からアジアの同胞を救い、人種差別を打ち砕く正義のための戦いであること。その戦争の結果、ようやくにして東南アジアの諸国は独立を果たすことができ、すべては万々歳となった。東南アジアの諸国は今でも日本に感謝しています、と。日本昭和史の美化。実に美しい日本である。 

最後に指定暴力団『山口組』の綱領を紹介して終わりにしたい。高崎経済大学直属応援団が違う違うといいながら、犯罪集団・暴力団の綱領と見比べると、なんらその違いがないことに気が付く。言葉は違っても意味するところはとても近い。そのことは、とても興味深い。書いたり言ったりすることはいくらでもできる。その真意を証明するのはその行いであり、またその歴史である。歴史を知ってのみ嘘を見破ることができる。右翼はそのことをよく知っている。じゃ、いっそのこと悪い歴史は消しちまえ。証明としての歴史を嘘や偽り、事実の隠ぺい、改ざんで、過去を抹殺。その試みは彼ら右翼の常套手段である。安倍首相を見るがよい。国会という重要な場ですらやってのけてしまう。子供に道徳教育の必要性を説く右翼。ところが道徳とは国民のみが守るものであって、特権階級の安倍ではないと言わんばかりである。事実があまりにも言っていることとかけ離れているために、歴史的事実を曲げてのみ自己正当化が可能。この逆立ち戦法が日本の権力たちのあいだで流行っている現象は今も昔も変わらない。成功するかは別として、自己正当化の究極だろう。右翼の極意である。

『山口組』綱領
山口組は侠道精神に則り国家社会の興隆に貢献せんことを期す。
一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。
一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。
一、長幼の序を弁え礼に依って終始す。
一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。
一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。
この5か条の「綱領」は田岡三代目時代に制定されたもので、定例会などの行事の際に唱和される。加えて、年度ごとに定められる「組指針」がある。
3-3

298凡人:2019/11/30(土) 04:57:30 ID:aa/QkHo60
欧米の歴史学者も認めている「従軍慰安婦」は中国や韓国のでっち上げか-----

「女の耐久度」チェックも! 産経新聞の総帥が語っていた軍の慰安所作り
2014.09.07 08:25
https://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

『いま明かす戦後秘史 下』(サンケイ出版)

 朝日新聞の慰安婦報道の失態で勢いづいている右派・保守陣営だが、中でも、一番大はしゃぎしているのが産経新聞だろう。産経は慰安婦が政治問題化した1990年初頭から、慰安婦の強制連行はなかったと否定し、河野談話や村山談話を批判、慰安婦を記述した教科書を糾弾するキャンペーンを展開してきた。

 さらに同紙の社説にあたる「主張」や月刊オピニオン誌「正論」では、強制連行の否定だけでなく、慰安婦は「民間業者が行っていた商行為」で、「自ら志願した娼婦」。日本軍は従軍慰安婦に「性病予防対策などで関与していた」だけ、「公衆衛生面で関与していた」にすぎないという主張を繰り広げてきた。

 そして今回、朝日が「吉田証言」の間違いを認めた事で、こうした自分たちの主張がすべて正しかったと勝ちどきをあげているのだ。

 97年に結論が出ていた「吉田証言」の虚偽を朝日が今になって認めたというだけで、どうしてそういう結論になるのかさっぱりわからないが、とにかく産経は自信満々で、日本軍に慰安婦の責任はまったくないかのような論調を繰り広げている。

 だが、彼らは自分たちの会社で中興の祖とあおがれている人物が、その「軍は公衆衛生面で関与していただけ」という主張をくつがえすような衝撃的発言をしていたことを知っているのだろうか。

 その人物とは元産経新聞社長で、フジサンケイグループ会議議長だった故・鹿内信隆。鹿内は日経連専務理事からニッポン放送、フジテレビを開局して社長を歴任した後、産経新聞の経営権を握り社長に就任。現在、フジサンケイグループの原形を築き上げた人物だ。その権力と政治力は絶大なものがあり、1990年になくなるまで、事実上のオーナーとして同グループを独裁支配。経営方針だけでなく、現在の同グループのタカ派的な姿勢もすべて鹿内がつくりあげたものだ。

「鹿内さんは産経新聞社長に就任時するや同紙を反共タカ派の拠点にする方針を掲げ、自分にさからうリベラルなスタンスの社員のクビを片っ端から切っていった。800人に及ぶそのリストラの凄まじさは当時、マスコミ界でも“産経残酷物語”といわれたほどです。こういうことがあって、産経は今のゴリゴリの右派一色に染まった訳です。この鹿内さんのDNAはもちろん、現在の経営陣、編集幹部にも引き継がれています」(産経新聞OB)

 その鹿内は戦中、陸軍経理部に招集されていたのだが、産経新聞社長就任後に桜田武・元日経連会長との対談集『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版/絶版)を出版。陸軍時代の思い出話をこんなふうに語っている。

「鹿内 (前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋が……。
 桜田  そう、慰安所の開設。
 鹿内  そうなんです。そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった」

 鹿内は召集後、1939年4月から9月にかけて陸軍経理学校で軍の後方支援のノウハウを学んでいたのだが、そのときに、慰安所の作り方も叩き込まれたというのだ。しかも、その内容は今、右派メディアがしきりに喧伝している「公衆衛生の管理だけ」というようなレベルではない。鹿内の発言に「調弁する女」という表現が出てくるが、「調弁」というのは軍隊用語で兵馬の糧食などを現地で調達するという意味。つまり、これは陸軍が慰安婦の調達に関与していたということではないのか。

 さらに衝撃的なのが「女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか(中略)といったことまで決めなければならない」という発言だ。当時の日本軍が現地の女性を完全にモノ扱いし、どんな女がいいのかを品定めする作業までをも士官に命じていたことを証明するものだ。

 断っておくが、この鹿内発言は老人の妄想でも記憶違いでもない。靖国神社の一角に靖国偕行文庫という図書館があるのだが、そこにこの鹿内発言を裏付ける一冊の本が所蔵されている。

 300ページ以上はあろうかという分厚いその本のタイトルは『初級作戦給養百題』。昭和16年に陸軍主計団記事発行部が発行した、いわば経理将校のための教科書だ。
1-2

299凡人:2019/11/30(土) 04:59:11 ID:aa/QkHo60
 表紙はハードカバーで、「日本将校ノ外閲覧ヲ禁ス」という文字。その9ページ目、第一章総説に、師団規模の部隊が作戦する際に経理将校が担当する15項目の「作戦給養業務」が解説されているのだが、その最後の項目「其他」の解説に以下の任務が列挙されていたのだ。

1 酒保ノ開設
2 慰安所ノ設置、慰問団ノ招致、演藝會ノ開催
3 恤兵品ノ補給及分配
4 商人ノ監視

 ようするに、陸軍の経理将校向け教科書に任務として「慰安所ノ設置」が掲載されていたのである。軍が関与したのは衛生面の管理だけという保守派の主張が、明らかな嘘だということがよくわかるだろう。

 もちろん、こうした事実を産経新聞をはじめとする右派、保守派が知らなかったわけはない。少し前に中曽根康弘元首相が「土人女を集め慰安所開設」していたという戦時記録を紹介したが、今回は自分たちが中興の祖とあおいでいる人物が自社の単行本で軍の組織的な関与を認めていたのだ。

 しかも、中曽根元首相の証言でも明らかになったように、軍は現地で娼婦でない女性たちも徴収している。これでほんとうに、従軍慰安婦のことを「自ら志願した高級娼婦」などと信じているとしたら、どこかおかしいとしか思えない。

 ようするに、保守系メディアはこうした事実を知っていながらそれをネグり、あらかじめ強制連行の定義を「軍が銃剣を慰安婦に直接突きつけて連行した」という非常に狭いものに限定し、それを否定することで、巧妙に情報を誘導してきたのである。朝日が歴史を捏造したというなら、産経をはじめとする保守メディアもまったく同罪なのだ。

 しかも、中曽根首相、今回の鹿内信隆フジサンケイグループ元議長の発言でもうひとつはっきりしたことがある。それは、彼らが従軍慰安婦に対していささかも自責の念を抱いていない事だ。それどころか、まるで笑い話のように、「慰安所をつくってやった」「女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとかまで決めなきゃならない」と語っている。

 狂気のるつぼだった戦中ならともかく、戦後20年以上たってもこんな発言を嬉々としてできるというのは、そのベースに「女性はセックスのための使い捨ての道具」という差別意識が横たわっているという事に他ならない。そして、このメンタリティは、従軍慰安婦像に紙袋をかぶせるような性差別ギャグを嬉々としてほめたたえる今の右派メディアや嫌韓本、百田尚樹などの右派言論人にもしっかりと引き継がれている。
 
 彼らの姿が今の日本人を代表するものだと思われているとしたら、それこそが「日本の恥」ではないか。
(エンジョウトオル)

最終更新:2015.01.19 06:01
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300凡人:2019/12/08(日) 01:01:28 ID:aa/QkHo60
偶然このサイトを見つけた。評判やうわさが本当であるか只の嘘であるか。その歩んだ「真実」の歴史を見れば一目瞭然であるが、不思議にもそこには一切触れていない。ヒトの履歴書にある経歴や学歴が雇入れる会社にとって最重要と同じに、大学の歩んだ歴史でその大学の価値がわかると言っても間違いではない。その歴史を知れば、大学の過去や現在がわかるばかりか、将来も推測できるというものである。以下は記事のコピペである。凡人がすでに高崎経済大学について書き並べたこととは意外にも、大きな違いが見つからない。この記事を読むだけでもある程度はわかる。例えば、意識の高い優秀な高校生(例外はあるものの、県内一位・二位を争う伝統ある進学高校生は敬遠する)は入ってこない。楽しく遊べて、難なく卒業でき、就職する大学。「商業高校」に毛が生えた程度の大学ということがわかる。そういうことを含めて、曖昧な言い方や気になる言葉を次のポストで凡人流に翻訳・解説してみたい。笑
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24 APR 2019
高崎経済大学の評判と偏差値【群馬県ではトップレベルに難しい】
by kpbiz0
https://life-hack-lab.com/gakureki/takasaki-keizai/

こんにちは!今回は高崎経済大学の評判について、卒業生の方にインタビューをしてきました。結論から言うと、高崎経済大学の経済学部は群馬県の中では最もレベルが高いです。群馬大学に経済学部がないということも大きいと思います。それでは、さっそく高崎経済大学の評判について見ていきましょう!今回インタビューをした方は高崎経済大学地域政策学部 です。

高崎経済大学の評判まとめ
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#高崎経済大学の偏差値
◇経済学部…偏差値57.5 ◇地域政策学部…偏差値55

#高崎経済大学の学生の学力レベル
Marchに受からなかったレベルの学生が多い

#高崎経済大学の学力レベルを他の大学と比較すると、
駒澤大学<高崎経済大学<法政大学 といった印象。

#高崎経済大学の世間からの評判
地元では一番の大学だとされている。とは言っても高崎経済大学のある群馬県は大学の数も少なく、厳密には群馬大学の医学部もあるため、一番とは言えないと思いますが、文系だけで言えば確かに一番だと思います。北関東にある他の国公立大学よりもキャンバスがキレイで、コンパクトな敷地で移動も楽だったので良かったのではないかと言われたことがあります。

地方の信用金庫などに就職すると、それなりに高学歴扱いされると友人に聞いたことがあります。 あとは当たり前の話ですが公立なので学費が安く、コスパの良い大学とも言われています。比較的合格しやすい大学ではありますが、社会に出ると国公立大学の卒業生として、それなりに優秀であると評価してもらえます。

スポーツは弱いと言われており、どこに行っても弱小扱いされています。高崎市内の飲食店には必ずどこかしらのサークルに所属してる学生が見られますが、バイトに力を入れすぎて学業が疎かになっている学生が一定数いることも有名です。

#高崎経済大学の学生の様子
平凡である程度真面目な学生が多いです。特別優秀な学生も少なければ、特別能力が低い学生も少ないため、平均的な知能という考え方を持つ学生も多く、実際就職先を見ても、多くの学生が地方銀行、信用金庫、公務員、中堅会社を志望し、就職しているところからもわかると思います。一流大学のように、非凡で型破りな学生も少ないので、ある意味刺激的な出会いは少ないかと思います。また、一流企業や官僚、弁護士など高給取りを目指さない傾向があるので、人脈が作りづらかったり、そういった価値観が生まれにくい側面もあるかと思います。

しかしながら、性格的に扱いにくい学生や、型破りなことをする学生も少なく比較的周りとの協調性がある学生が多いので、無難に楽しく過ごすには非常に良い環境かと思います。学業に関しては特に熱意があるという訳でもなく、単位を取れるように最低限の力を注いでる学生が多いです。

また、真面目に受講する学生もいれば、寝てしまってる学生もいます。教授によってかなり違うというのが正直なところで、とある先生はマナーや礼儀に非常に厳しいため、遅刻はおろか居眠りやスマホ操作する学生は一人もいない講義もあります。一方で、半分くらいの学生が眠ってしまうような講義もあります。学生からの発言やアウトプットを重視する教授の授業には、一部の熱心な学生が積極的な授業参加をしています。
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301凡人:2019/12/08(日) 01:04:15 ID:aa/QkHo60
#高崎経済大学の就職先について
学部問わず、中堅の地方銀行や、信用金庫、地方公務員に就職する学生が多いです。 一方でビックバンクや大手上場企業に就職できる学生は少なく苦戦していると思います。地域政策学部からは、大手旅行会社に就職していくケースも多いみたいですが、離職率も高いらしいです。

中小企業に就職する学生も非常に多く、就職活動前半でビックバンクや優良地方銀行、大手企業の営業や経理、事務を志望していきますが、実際就職することができず、中盤以降少しずつレベルを落として、中堅地方銀行や信用金庫、中小企業への内定を掴むというパターンがとても多いです。MarchのようにコネもなくOBも少なく、教授と大手企業とのパイプも強くないため、学生数の少なさが多少影響しているかもしれません。

#高崎経済大学の良かったところ、悪かったところ
*良かったところ
①キャンパスがキレイです。特に7号館という新しい棟は特にキレイです。食堂も2つあり、そのうちの1つがこの7号館にあります。他の棟も掃除がしっかりされてるので、ある程度キレイだと思います。
②学費が安いです。あくまで公立なので、私立よりも安く済みます。あと周辺の家賃も安いですから独り暮らしもしやすいです。
③性格が良い学生が多いところです

*悪かったところ
①ゼミの魅力が薄いです。参加率の悪いゼミが非常に多いです。
②部活が弱いです。強い部活でバリバリやりたい人には、おすすめできません。
③駅から遠いです。市外から通う学生は高崎駅か、北高崎駅からバスで20分くらいかけて通うことになると思います。

#高崎経済大学に4年間通ってみていかがでしたか?
良かったと思います。理由は、自由に過ごせることができましたし、良い仲間にも恵まれたからです。休みの日は色々なところへ友達と遊びに行ったり、朝まで喋ったりして毎日楽しかったですし、困った時に助けてくれたり支えてくれた人たち出会えたことが財産になりましたし、周囲の人の大切さもよくわかりました。

また、教授にも恵まれたので、地域政策の知識だけでなく、人との接し方やPCスキル、経済学、英語なども楽しく学ぶことができましたし、単位もご厚意でいただけたこともあり、無事に卒業することができました。そういった経験が今、社会人としてとても役に立っており、学生生活は今にいきてます。あとは出会いに本当に感謝しております。

#高崎経済大学の基本情報
#高崎経済大学の住所と最寄駅
◇住所 〒370-0801 群馬県高崎市上並榎町1300
◇最寄駅 JR「高崎駅」西口よりバス乗り場2番(群馬バス)乗車⇒「経大前」下車。

#高崎経済大学の学費(4年間)
高崎経済大学の学費は以下の通りです(入学金含む)
経済学部…学費248万円
地域政策学部…学費248万円
奨学金情報や学費免除制度をはじめとした詳しい学費情報は、高崎経済大学の学校パンフレットでご確認下さい。

#今回のまとめ
いかがでしたでしょうか。
高崎経済大学の経済学部は群馬県の中では最もレベルが高いです。群馬大学に経済学部がないということも大きいと思います。また、奨学金やサークル情報などといった詳しい事を知りたい方は、高崎経済大学の学校パンフレットをお取り寄せ下さい。
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302凡人:2019/12/08(日) 06:01:28 ID:aa/QkHo60
「麻雀技術全般に言えることですが、初心者ほど暗記が重要で、上級者ほど自分で考えることが大切になります。」
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「初心者ほど暗記が重要で、上級者ほど自分で考える」。ふむふむ。こんな言葉が麻雀を学んでいたら出てきた。麻雀ゲームだけに使うとしたら、まったくもったいない。

日本は大学生になっても小中高と同じに板書を中心とした学習。期末試験で正解答案が書け、単位が取れる。それで卒業ができ、就職ができる。まったく困らない。もし自分で考えることが出来なければ、例えば簡単にカルト信仰に慣らされたり、他人の言うことを鵜吞みにして人生を終わるならば、まったく人間として初心者で人生が終わるのと解しても間違いではないであろう。

最近になって麻雀を勉強している。現役学生時代にはよく学友が麻雀を楽しんでいるのを、こたつを囲んで横目で羨ましそうに見ていた。けれど大学時代は超忙しく、麻雀をやってる場合じゃなかった。ハリウッド映画を見ても、中国系の国々で、庶民レベルで人気があることがわかる。麻雀ゲームは昔は覚えるのが難しく感じていたが、学習するにつれ、そうではなさそうである。中国語の言葉を覚えるのに少し閉口はある。お金を賭けないで、友人とゲームを楽しむだけなら面白そうである。日本の麻雀ルールを学んでいるが、普段は日本人とまったく会わない。日本人よりシンガポールや台湾を含む中国系アメリカ人とよく会うので、将来は中国人との麻雀が楽しめるようになりたいと考えている。

303凡人:2019/12/09(月) 10:07:35 ID:RjleDHaQ0
日本の過去の歴史をきちんと知らないで、右翼の「美しい日本」を鵜呑みにできる大学生がいること自体稀であるし、しかもそれが最高学府の大学の顔になるなんてありえない。冗談の世界である。大学とは真理や正しい知識が何よりも優先、重んじられ、それらを学生たちに伝授する教育機関だと信じるからである。リーダー養成機関としての重要な役目を担う大学において、真理や正しい知識の伝授なしには学生は日本や世界をリードする人物には育たない。それが民主主義の世界である。その意味からすると、安倍晋三氏も日本のトップの総理にはなれないはず。故に、もし日本が民主主義の国だったら、高崎経済大学は大学にあらず。では何と他に呼ぶか?レベルから判断して便宜的に高校と呼んでいる。それも普通高校ではない。卒業後はほとんどが就職、それに就職先も似通っているので商業高校がよいであろう。日本の伝統ある商業高校を軽く見ないで欲しい。卒業生のなかには日本を代表する一流トップ企業に就職する者が若干名いる。
******
Twitter から転載
沖縄県民なら知っている「沖縄戦で日本軍が沖縄住民に何をしたか」

・自決強要
・スパイと疑い虐殺
・投降しようとした住民を殺害、虐待
・ガマから強制的に追い出し
・食糧強奪&脅迫

沖縄戦では県民の4人に1人が死亡。さらに日本軍は日本人ですら平気で殺した。
歴史の授業で時間かけて教えるべき

304凡人:2020/01/08(水) 13:33:21 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘氏と高崎経済大学。

先に、故中曽根康弘氏と高崎経済大学との関係にはちょっと触れているが、深い付き合いであったことには間違いない。その中曽根康弘氏という人はどんな人なのか、表の顔はほかのいくらでも記事になっているが知らない面、彼の書いた歌を紹介したい。

「憲法改正の歌」 中曽根康弘・詞、明本京静・曲 youtu.be/x21PiXfWxSg
明本京静と言えば、高崎経済大学の学歌の作詞作曲もこの人の手による。

中曽根康弘氏が主役を演じた慰安婦強制連行はこちら youtu.be/vWyzRhCp77g

1 嗚呼戦に打ち破れ
  敵の軍隊進駐す
  平和民主の名の下に
  占領憲法強制し
  祖国の解体を計りたり
  時は終戦六ヶ月

2 占領軍は命令す
  もしこの憲法用いずば
  天皇の地位うけあはず
  涙を呑んで国民は
  国の前途を憂ひつつ
  マック憲法迎えたり

3 十年の時は永くして
  自由は今や還りたり
  我が憲法を打ち立てて
  国の礎築くべき
  歴史の責を果さんと
  決意は胸に満ち満てり

4 国を愛する真心と
  自ら立てて守るべき
  自由と民主平和をば
  我が憲法に刻むべし
  原子時代におくれざる
  国の理想を刻まばや
(この節は吹き込まれて居りません)

5 この憲法のある限り
  無条件権降伏続くなり
  マック憲法守れとは
  マ元帥の下僕なり
  祖国の運命拓く者
  興国の意気に挙らばや

ーーーーーー
Wikipediaよりー
「憲法改正の歌」(けんぽうかいせいのうた)は、1956年(昭和31年)に発表された日本の楽曲である。後に内閣総理大臣となる中曽根康弘の作詞で、明本京静が作曲した。

発表当時、衆議院議員在職5期目で「押し付け憲法論」の最右派として“青年将校”の異名を取っていた中曽根が「自主憲法制定」への思いを全5番の歌詞に込めたものである。1953年(昭和28年)にサンフランシスコ講和条約が発効し、進駐軍が撤退した後も日本国憲法は「マッカーサーによる押し付け憲法」として国民に無条件降伏の屈辱を強いているという否定的評価より“マック憲法”と呼び、4番では原子力開発の必要性を説いている。

1956年(昭和31年)4月13日に東京宝塚劇場で自主憲法制定期成同盟が主催する発表会が行われ、作曲を手掛けた明本京静と後に自民党公認で参議院議員となる安西愛子のデュエットにより初演奏が行われた。その後も散発的に憲法改正論議の中で紹介される場合があり、作詞者の中曽根自身も後年に著書『日本の総理学』で1番と4番を取り上げている。

2016年(平成28年)時点でも、中曽根は新年会や誕生会でこの曲を歌うという。

305凡人:2020/01/08(水) 15:24:45 ID:aa/QkHo60
中曽根康弘氏と高崎経済大学。

上の中曽根康弘氏作詞・明本京静作曲の軍歌調の歌は安倍晋三大学こと、高崎経済大学の学歌として唄われたとしてもなんら違和感がない。たいした成績を残せない体育系クラブにも関わらず、応援団だけ目立つ異様な右翼公立大学。日本国憲法がまずもって理解できない、民主主義や人類の進歩を反故にする勢力に加担する三流級の教員たちでかためた、正にこの大学の校風とぴったりはまっているではないか。

こんな歌作っておいて、”ロンヤス”をうたい文句に当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンと仲良くする中曽根康弘氏という詐欺師的人物像がうかがい知れて面白い。右翼や左翼には矛盾だらけの、矛盾していることに自らがわからない人物像がたくさん暗躍しているが、彼はその一人なのだろう。

306凡人:2020/01/08(水) 16:04:50 ID:aa/QkHo60
高崎経済大学ー知の拠点が笑わせる。この大学にないもので、必要なのは正しい知であり、それを支える良心である。

俺この学歌は在学時代、すきだったんだよな。覚えやすいメロディーと詞が実によい。特に「高崎経大 われら若し 真理を求めて つねに若し」のところ。大学の存在価値である学問を通じて真理を求める、しかもその精神は決して年をとらない、意気揚々とした若さで。ところがである。だんだんこの大学の醜い反民主主義を貫く歴史と現在をみてきて、その実像がわかった今、詞の中の言葉がすべて虚構の世界であり、中身が一切ないことがわかる。馬鹿げていて、歌う気がまったく失せる。嘘でしかない歌・この学歌・校歌を声たからかに歌う人の気が知れない、笑。中曽根康弘氏の「憲法改正の歌」のほうが、この高崎経済大学の実像を浮き彫りにしており、学歌にすればよいと思う、笑。中曽根康弘氏の歌は真理から目を覆い、時代錯誤や時代遅れなところが、この大学にまさにふさわしい歌と言えるだろう。
*****
高崎経済大学学歌 明本京静作詞・作曲

1
高崎経大 われら若し
真理を求めて つねに若し
西に妙義 浅間 北には榛名
きびしき試練の 嵐に耐えて
雄々しく学ぶ われら 高崎経大

2
高崎経大 われら尊し
人たる道をば ゆきて尊し
時流は如何に 荒れ狂うとも
愛 慈悲 仁の観音山を
のぞみて学ぶ われら 高崎経大

3
高崎経大 われら強し
天に合して ひたに強し
世界歴史の 流れをみつめ
日本文化の その三ツ扇
かなめを学ぶ われら 高崎経大

307凡人:2020/02/12(水) 18:16:31 ID:uliNLMcY0
UCLAの日本人留学生たちの実態ー当たらずと雖も遠からず

日本人学生は中国からのインターナショナルスチューデントと比べるとあまりお目にかからない。貴重な存在と言える。笑い。中国人留学生たちはプリメド、コンピューター、経済、建築、アンダーグラジュエイトや院生、Ph. D.などなど幅広く存在する。つい最近、anthropology を専攻する韓国からのアンダーグラジュエイトの女子留学生と話した。彼女は中国人留学生がなんだか怖いと意味が不明なことを言っていた。察するに、UCLAでは中国人留学生がアジア人の中でも数の上で圧倒しているからだろうと思われる。過去にUCLAの日本人留学生とは数人に出会った。アンダーグラジュエイトでコグニティブ・サイエンスを専攻していて、日本語を不自由なく喋れるUCLAの男子学生に出会ったが、日本ではインターナショナルの高校に通っていたと言っていた。一年前にも話した慶大卒で社会にいったんでて、UCLAのアンダーソンMBA院大学に入学した男子学生。彼がいうには9人ぐらい日本人学生が在籍していると言っていた。そこのPh. D.を勉強しているケンブリッジ大学卒の日本びいきの英国人学生と話したことは前にも書いた。それも一年前の話かな。その慶大卒の学生がいうには、詳しくは聴けなかったが、ほとんどは東大卒程度の学費も国から支給されての留学である。それから後に、UCLAのロースクールと経済学部の院にいる日本人留学生各一人と半年前ぐらいに出会い話した。ロースクール学生は奥さんと思われる無口な女性同伴である。彼によると、ロースクールに在籍する日本人留学生はほとんどは東大卒ですでに弁護士試験を受かり、弁護士になっている人が主らしい。20人前後いるらしい。務めている事務所/会社から出張というかたちで学費を支給されている人たちだ。経済学部の院も、ロースクールと同じような日本人留学生の状況である。若い顔をしている彼は、イエール大学の法律学部にもいたとほのめかした。UCLAは州立と言えども、海外留学生の学費は半端なく高い。州立で安い学費の対象になる学生はカリフォルニアを地元にする学生のみ。

308凡人:2020/02/12(水) 18:19:34 ID:uliNLMcY0
民主主義の敵である高崎経済大学ー理事や教員や同窓生は民主主義の正当性、妥当性、高尚性、未来性が理解できない集団。民主主義を教えるどころか、民主主義を圧殺した大学。仮に優秀な教員が大学に就職しても、長くは居ない。過去の歴史から、大学コミュニティーでも、高経大の本性はよく知られている存在で、大学教員を目指す優秀な人材は避けると思われる。東大院卒がいるがほとんどはロンダリング。意識の高い学生は入学しないか、仮面入学。大学もどき学校。安倍晋三大学ー過去から言えることは、レベルが低い嘘八百大学。そんな大学が就職率99%を誇っても、まともに取れない。就職のために応援団に入ったと自己紹介した女子学生がいるように、それが何を意味するかは問答無用、就職のためなら何でもする学生たちなのであろう。大笑。就職率よりもどこの会社に就職できたかのほうがより重要とおもうのは凡人だけか?第一に経済学部は就職率が他の文科系の学部より高くなるのは必然である。経済学部を有する他大学の就職率と比べるのも一理ある。だがやはり、就職の量より質が大きく議論されるべきであろう。日本を代表する他の大学の就職先と比べるとより、高崎経済大学の就職に関しての真実が明確になる。逆に「OB・OGによる手厚い支援」があってこの程度。支援がなくても日本を代表する一流と目されている会社に就職している他大学、たとえば同じ公立でしかも歴史の浅い国際教養大学の存在はなにを意味するのか、考証する必要がある。やはり大学は教員と学生の質で就職のよし悪しも決まるといえるのではないだろうか。
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高崎経済大、就職率99% 学生の意識向上カギ
2020/2/5 17:31日本経済新聞 

高崎経済大学(群馬県高崎市)は経済学部と地域政策学部の2学部6学科からなり、4000人以上の学生が通う。就職率が99%と高い背景には、入学後まもない1年生から始める就職指導とOB・OGによる手厚い支援がある。キャリア支援センター長の関根雅則氏に活動内容を聞いた。

経済大学という特性もあり、学生の就職先は金融関連が圧倒的に多い。2018年度卒業生の就職先は金融・保険業が経済学部で20.4%、地域政…

309凡人:2020/02/12(水) 23:40:56 ID:uliNLMcY0
UCLAでの中国からの女子留学生の場合。

中国の女子留学生で、UCLAのバイオロジーのPh.D.キャンディデートとの会話を忘れていた。数日前のつい最近の話。彼女はPh.D.をとったら中国に帰って、高校の教員になりたいと話してくれた。Ph.D.を持って高校の教壇って?といぶかしがったら、北京とか上海とかの大都市の周辺では給料もよく、そこでの教員への就職希望者がかなり多く、競争率が高いため、アメリカの有名大学のPh.D.というタイトルがあることで、競争に有利に働くということも計算にいれてあるらしい。へえそうなんだと感心したものだ。

このことからも、今現在の状況や未来の中国がどうなるのか、期待と羨望を同時に感じる。

310凡人:2020/03/05(木) 09:29:39 ID:mldCjOSY0
警察官の死の責任を負って無期懲役。その捜査は杜撰なものであった。つまり犯人の特定が極めて難しいケースであり、彼の牢獄は冤罪の可能性が高い。また殺人を犯しても、すぐ出所する受刑者もいる日本の刑法にあってである。冤罪のほうが凡人には今なお無視できない問題である。
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「刑務所医療 問題で病死」 警官殺害の元高経大生 遺族が国提訴
[2020/02/22]
 
 1971年に東京・渋谷の沖縄返還協定反対闘争で警察官を殺害したとして殺人などの罪で無期懲役が確定し、服役中の昨年5月に病死した元高崎経済大生、星野文昭元受刑者=当時(73)=の遺族が21日、刑務所の治療に問題があったとして、国に5500万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

 妻の暁子さん(65)は都内で会見し「死の責任を追及し、二度と繰り返さぬよう刑務所の医療改善のために闘いたい」と話した。

311凡人:2020/03/09(月) 08:00:01 ID:gtfItWFI0
“Every man dies, not every man really lives.” — William Wallace

312凡人:2020/03/23(月) 09:39:31 ID:mldCjOSY0
高崎経済大学と中曽根康弘氏と鮫島伝次郎

この3つの名前に共通するモノはなにか。その口からでるものはどれも信じられない、信じてはいけないということ。その多くが、単なる無知(博学ではない)からだったり、現状をよく見せるだけのトリックだったり、単なる嘘だったりと内容は様々だが。これらをあてにすると罰が当たる。日本の常識は世界の非常識と同様な意味合いであり、またこうも世界とネットで結ばれても、真のグローバル化には程遠いという意味も含んでいる。

鮫島伝次郎(架空人物)を知らない人もあるだろう。それは漫画はだしのゲンに出てくる人物。戦前と戦後の日本の敗戦に生き、戦前権力に喜んで迎合し、戦争を鼓舞しそれに従わない者を悪徳の限りを尽くしいじめぬき、敗戦後は自分は戦争反対をだったと平然と真っ赤な嘘をつき、そして戦後の市議会議員に立候補する。世渡り人。戦前には彼のせいでどれほどの人、家族らが身体的に精神的に虐待、傷つけられた事実も、なかったかのように振る舞う。その反省一切なし。良心の呵責はこれっぽっちもない。

それに似た人物は日本の政界にはうようよ(No Pan Intended)していそうだが、その中の一人に中曽根康弘氏の名前が浮かぶ。前にも書いたように、「日本・大韓民国・アメリカ合衆国・国際連合などで1980年代ころから議論となっている」旧天皇軍の慰安婦の国際政治問題。日本側ではそれを全面否定し、朝日新聞の作り事と世論を誘導している。そんななかにあって、真実はいかに。それにこたえられる筈の中曽根康弘氏は口を閉ざしたままで昨年の暮れに他界してしまった。まったく無視を決め込んでいた中曽根康弘氏とはどんな人間なのか、想像するがよい。また地震大国の日本に原子力発電の建設を推し進めた人物として名高い。改憲と原子力発電の推進するための歌詞を作った中曽根氏。その歌詞をつい前に投稿したので参照してほしい。世界の科学者が原子力発電の危険性の報告書や警告を出して誰もが手に入る段階でも、それを無視して建設に邁進した人物。2011年3月に起きた東日本大震災。今の福島県の惨状をみてどう思うか。数世代に及ぼす深刻な放射性による地域汚染で家を追われた住民たち。原子力発電の怖さを目の当たりに思い知らされた日本。それをみれば、彼の先見性または頭脳には大きな穴があることに気付かざるを得ない。

世界からすればそうでないが、東京大学はやはり日本のトップ大学。その大学はいやはや経済・文化と活躍する優秀な人材を輩出するが、その一方とんでもないモンスターを作り出す。いやすでに入学する当初から良心の呵責や自己責任感はないのであろう。ただ東京大学に入学できる者は試験勉強がよくでき、入学試験の筆記でよい得点がとれればいいのである。
(1の2)

313凡人:2020/03/23(月) 09:58:00 ID:mldCjOSY0
そんな人物中曽根康弘氏を祭り上げる高崎経済大学とは何ぞや。この大学は民主主義の敵。日本国憲法やその基礎になったアメリカ憲法を正しく知ることは、政治に社会科学性を持たせることで誰もが国政に参加できる健全なる社会の構築を目指すものである。ところが、それができないで明治天皇の教育勅語を信じる教授を学長に選び、それを大学教育の理念に教鞭をとった過去とその学長をいまも大学の基礎を築いたと敬う教授たち。宗教学校ならともかく、科学性を求める大学には無縁のしろものである。それがわからない愚かな教授たちが集う高崎経済大学。砂上の楼閣がまさにそれで、そこから進歩発展はまったく見込めない。建物が国立大学より新しいかそうでないかなんていう次元の問題ではない。この大学は何に貢献したか。人類の進歩ではないこと間違いない。信じがたいが、大学創立60周年には「三扇」と名のついた高崎経済大学オリジナル「日本酒」ができたことが唯一の大学の誇りである、笑。それが高崎経済大学の現状であり、将来である。真理を必要としない天皇主義を信じ、反民主主義の大学ならではである。
ーーー
高崎経済大学には地域科学研究所。2015年4月1日に開設とある。これまで2つの研究機関、産業研究所(1957年の大学開設と同時に開設)と地域政策研究センター(1998年に開設)を一緒にしたものであるが、どうもその名前、「科学」という言葉がこの大学にはまったく結びつかない。また中曽根康弘氏のNPI-中曽根康弘平和研究所(東京都港区虎ノ門3丁目2番2号 虎ノ門30森ビル6階)の「世界平和」という言葉にもどうも違和感がある。

平和という文字は、単に名ばかりだろう。「IIPSも会長は当初から中曽根康弘である。内容としては「憲法改正案」の提示、各国の選挙制度の研究、中華民国との交流、対中華人民共和国戦略研究などがある。」(ウィキ)

世界平和研究所は、国際社会が直面する重要課題について、自由な立場から深く考察し、創造的かつ建設的な提言を内外に広く発信する、開かれた政策研究提言機関として、1988年6月28日、総理府、防衛庁、経済企画庁、外務省、大蔵省及び通商産業省の6省庁を主務官庁とする財団法人として発足いたしました。
本研究所は、安全保障を中心とする調査研究、国際交流等の目的に添って、政治、経済、外交、安全保障等の重要課題の調査研究の他、内外の有識者を招いた公開シンポジウム、研究フォーラムを行っています。
これらの調査・研究結果は、平和研レポートとして会員および関係機関に配布しています。また、英文論文集「アジア・パシフィック・レビュー」を年2回発行しています。また、わが国が直面する重要課題に関し、積極的に独自の政策提言を実施しています。

2018年1月1日より、公益財団法人 世界平和研究所(IIPS)から、公益財団法人 中曽根康弘世界平和研究所(NPI)に名称を変更いたしました。また、2018年10月10日より、「中曽根平和研究所」を通称名として使用することといたしました。今後とも皆様からの変わらぬ御鞭撻・御厚情を宜しくお願い申し上げます。(オフィシャルサイトより引用)
2の2、終わり

314凡人:2020/05/05(火) 11:37:16 ID:mldCjOSY0
安倍晋三と改憲とコロナ禍。

日本会議の連中が後ろで安倍政権を援護している。これほどの腐敗政治が明らかなのに誰も止められない。憲法の骨子である三権分立や政教分離が骨抜きにされ、政府が立法や司法を掌握して(権力の一極集中)してやりたい放題。これほど憲法違反を繰り返しながら、都合のよいときだけ憲法や野党のせいにする。隠ぺい、改ざんをする政府をいまだ信じるほどのカルト信仰は有権者に蔓延し、もう戦前化している。

安倍晋三大学こと、高崎経済大学。そう凡人は呼ぶ。その理由は次。三潴信吾高崎経済大学元学長が高崎経済学の現体制の創設者である。岸信介氏の孫、安倍氏と同様、改憲に尽くした人物。貞明皇后と信頼関係をもち、皇国運動を実践した筧克彦の娘婿。現行憲法は存在しないとまで大学内外で公言する三潴信吾氏。「國體は我国にあっては、如何なるものであるかといふと、約言すれば、(一)祭政一致 (二)萬世一系の天皇の統治 (三)君民一体 」の憲法論を出版。その人の支配は現行憲法の法の支配と真っ向から対立する。戦前は天皇は現人神。そうしたカルト信仰も根底にあるだろう。学生相手に教壇で説き、それを大学内外で実践した人物。暴力団の幹部とも親交があった人物。学生と教員が起こした民主主義運動を徹底弾圧し(圧殺の森)、現在の高崎経済学の校風の元を築いた。紀元節を唱え、教育勅語を信奉し、日本国憲法や教育基本法を無視。反発する教員はこぞって大学を総辞職し、それにより反民主主義体制の地盤が固まった。戦前に流行った学生応援団を昇進させ、大学のお金と権威を与え大学の象徴とし、学生自治会を潰して全学生の支配体制を築いた。だからそこの学生は大学では何が民主主義か教わらないし、わからない。知識のない高校生以下相手ならそれでも通用するだろうが、とてもじゃないが世界はおろか、民主主義を標榜するまたは愛する多くの日本の著名大学からまったく孤立していると見てよい。だから建学から60年もたってもいまだ評価されないのもうなずける。男女平等とか平和とか、経済学や地域政策学の根底に流れる重要な思考が欠如しているために、そこの学問が死んでいる。もしこの大学が人類に貢献しているものがあるのであれば指摘して欲しいものである。そこをとっても一般教養の面で世間では最低の教員が集まると見てよい。大学の採用教員は思想選別をしているという記事を読んだ。

現行憲法への攻撃は憲法制定の直後からすでに始まっていた。

三潴信吾元高崎経済大学学長は日本会議になる前組織のメンバーに名をつらねている。日本会議はいまの安倍晋三内閣を裏で操るカルト集団である。三潴信吾氏は生長の家とも深い関係を持つ。戦後直後から改憲(現行憲法の骨抜き)をめざしていたA級戦犯である総理大臣岸信介によく起用され、改憲についての憲法学からの学問的アドバイザー。これまた改憲を目指す群馬県選出の国会議員で後の総理大臣中曽根康弘氏は1959年岸信介内閣の科学技術庁長官。この三人はすでに他界したが、安倍晋三総理大臣と同様、改憲運動を語るとき無視できな人物たちである。それが群馬・高崎がもつ意味であり、高崎経済大学の存在である。成蹊大卒の安倍晋三氏を除くすべてが東大卒の右翼グループである。戦前、中国を侵略し、満州国建設で暗躍した岸信介と海軍の元主計大尉で日本軍慰安婦の実行者・中曽根康弘と日本会議と生長の家と圧殺の森の三潴信吾元高崎経済大学学長と錚々たるメンバーではないか。

そして現在安倍晋三政権で過去の一連の改憲運動が開花し、行政と立法と司法の三権を事実上掌握した今、改憲(改悪)まで実現一歩にたどり着いた。日本会議の功績は大きい。戦後一貫した自民党一党政治の支配下で、日本人が戦前から持つカルト信仰気質を呼び起こす巧妙なプロパガンダ。民主主義的思考や発想を根底から覆す、民主主義が日本を駄目にしたというプロパガンダキャンペーン。それに平行して利権を絡めてNHKや民放マスメディアや日本の各界の重要ポストを掌握。三権分立を骨子にするチェックアンドバランスの現行憲法は実質骨なし、無力状態。
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315凡人:2020/05/05(火) 11:38:18 ID:mldCjOSY0
コロナウィルスと安倍晋三の野心

安倍晋三の皮算用。東京五輪2020の成功後、国民からの多大な支持のもと、総理大臣の任期を延長し、一気に改憲をしようとする一連の野心。それが成就する一歩手前でなんとコロナウィルスで頓挫させられた。

東京五輪2020は来年に延期。今や中止が囁かれている。

コロナウィルスは安倍政権とハネムーン気分でスヤスヤ眠っていた国民に氷水を浴びせたのであった。コロナウィルス禍で裸の王様安倍右翼の本当の姿・正体・嘘や出鱈目や無能さや改憲後に来る日本の将来を垣間見させたのである。こんな緊急時でも、メディア、大学教授、芸能人、知識人、作家、音楽家、医療機関や専門家集団は国民を守るという見地を捨て、共産党国家さえ羨むような権力の都合よく利用されるオカルト集団や機関となっているということだ。すべて利権やポスト昇進を通じて成り立った日本という国家。政府に御用化された専門家グループたち。

さすがコロナ禍を前にしていう安倍氏の言葉。「敬意・感謝・絆があれば打ち勝てる。」「絆の力があればウイルスの恐怖や不安に打ち勝てる」。先の戦争の「日本は神の国だから負けない。敵が来たら、神風が吹いて追っ払う」のと同じレベル。これがきちんとした、万全な撲滅やコントロールへのコロナウィルス対策をしているのだったら許される言葉でもである。ところがまったく勝ち目無しの戦い・日米開戦に国民を突入させた大日本帝国政府とまったく同じ状況を醸し出している。国民への十分な説明なし。自粛強制と不十分な経済的救済。検査さえ国民は受けさせてもらえない状況。現在の感染者数や死者でさえ、確実に把握していない現状。すでに医療崩壊している日本。何をとっても敗戦時の日本を思わせる。そんな経済的や精神的苦悩を強いられている国民を前にテレビでの記者会見が精神論。大政翼賛会の「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「進め一億火の玉だ」。科学的根拠で政府の政策や対策や今後の展望を説明するのだったら、国民は少しは安心するだろう。ところが大戦中を思わせる精神論と前面に出したテレビ記者会見とはいやはやまいりました。他の独逸や韓国や台湾の民主主義国とはまったく違った道を行く日本。迷走する日本。戦前右翼日本の過去回帰志向型の日本政府・安倍政権を象徴している。

安倍政権とは何か。その権力の本当の姿が白日の下にさらけ出す形になったコロナウィルス禍。権力側に鎮座する橋下徹氏は自らは進んで検査を受けるが、医療崩壊を口実に国民には検査をうける資格も権利もないような口調でお茶の間テレビでプロパガンダ。強制的な自粛と経済的無給付等々、すべて教育勅語的な国民(臣民)への対応。非科学的で、精神論を前面にだしたコロナウィルス対策。驚愕するのは日本会議のカルト信仰が日本の社会を隈なく万遍なく浸透していることを教えてくれる。NHKや民放のマスメディア、検察警察はいうに及ばない。政府に従わない者への制裁。自警団や憲兵隊の過去を思わせる国民の動き。民主主義をこよなく愛する凡人にとって、安倍政権を象徴した将来無き高崎経済大学もそうだが、日本の現状がとても残念な気持ちで一杯である。
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316凡人:2021/02/27(土) 12:11:37 ID:XHJUtMzk0
アメリカは理想的な民主主義社会か?アメリカの歴史をたどれば、それを疑わせる数々の事件が起きている。今回も昨年の11月に行われた大統領選挙戦とその後の混乱は目を見張るものがあった。この大統領選をツイッター等で追っていた者にはその選挙結果は大きなショックだ。選挙に不正があったか?それが疑われる納得ができない現実とその数値。問題になっているいくつかの州の最高裁は結局トランプ陣の有効投票の厳格な調査要求を退けた。つまり真実の追及はなされず、政治的に葬られた形だ。現在のトランプ前大統領や共和党の動向はどうか?トランプ大統領の共和党への影響力は今だ強く、失脚するどころか、2024年に出馬する説が浮上している。もしそれが実現すれば、共和党から再び大統領候補としてノミネートされるという見方が強い。今まで書かなかったのは、書くことが無いからではない。生活に毎日追われていて、ニュースの記事やツイッターなどを十分読んだり、書いたりできない現実がある。ガソリンが急に値上がりしだしたのはとても気になる。その謎は以下の記事で納得する。バイデン氏は就任直後に15の大統領令に署名し、政策路線の転換に着手。カナダから米中西部まで原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン」の建設認可を取り消したほか、トランプ政権が最近許可したアラスカ州北東部の北極圏国立野生生物保護区での石油・ガス開発に向けたリース活動に停止措置を講じた。

317凡人:2021/03/04(木) 15:09:09 ID:XHJUtMzk0
高崎経済大学。戦後生まれ、高度経済成長時代を経て、現在日本経済の下降期を目の当たりにするなか、経済学や地域政策学の看板を挙げているにもかかわらず、その持つ責任さえ見えない。ただの地方自治体の労働力の埋め合わせや地方就職予備校に成り下がっている。知の拠点とはまったくのお笑い草。世界と比較して、日本列島の経済力低下が叫ばれる、こんな記事が現われても見当もつかないであろう。

大学経営者や教員の資質が問われてもしかるべきであろう。たとえば国際化にあって、海外や日本にある大学との学生や教員との学問を通じての繋がりに力を入れるべきなのだが、なぜか日本の高校生との繋がりに意義を見出す大学。学問ではなく、都留文大学とは体育系で長い繋がりの歴史はある。国際学科を作ったのはいいが、こんな教員が国際学科の教員と思うものばかり。大笑。凡人は今UCLAやUSCの学生達(アメリカ人や留学生たち、学士生や院生)やたまに教員と話す機会があるが、学生時代にそんなことができれば若いうちに学問ばかりではなく、世界観や人生観や仕事観や幸福観が深く考察でき、また日本とういう国が良く(日本の良さが)見えていただろうに。
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2021年の論点100
平均賃金は韓国以下…「貧しい国」になった日本が生き残るための“新常識”
By 加谷 珪一 source : 文春ムック 文藝春秋オピニオン
https://bunshun.jp/articles/-/42697

「日本は世界でもトップクラスの豊かな先進国である」というのは、多くの日本人にとって当たり前の話だった。

 だがその常識は近年、音をたてて崩れ始めている。諸外国と比較して日本人の賃金は大幅に低くなっており、近い将来、中国や東南アジアに出稼ぎに行く人が増えるのはほぼ確実と言われている。

 多くの読者の方は「そんなバカな」と思われるかもしれないが、日本が急速に貧しくなっているのは紛れもない事実である。私たちはこの厳しい現実を受け入れ、従来の価値観から脱却する必要がある。

平均賃金ではすでに韓国以下
 OECD(経済協力開発機構)が行った賃金に関する調査は衝撃的だ。2019年における日本人の平均賃金(年収)は3万8617ドルだったが、米国は6万5836ドル、ドイツは5万3638ドルと大きな差を付けられている。

 それだけではない。かつては途上国というイメージの強かった韓国ですら、4万2285ドルとすでに日本を追い抜いている。日本人の賃金は米国の6割程度しかなく、韓国よりも低いというのが偽らざる現実である。

写真:平均賃金ではついに韓国を下回った(写真はソウル) ©iStock.com
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318凡人:2021/03/04(木) 15:10:15 ID:XHJUtMzk0
 こうした数字を出すと、為替の影響があるので単純には比較できないという意見が出てくるのだが、OECDの調査は購買力平価を用いたドル換算なので、為替や物価の影響をすべて考慮したものである。数字の差は、各国の本質的な豊かさの違いと考えてよい。

初任給「50万」の壁
 もう少し分かりやすい例をあげてみよう。日本における大卒初任給は約20万円だが、米国では50万円を超えることも珍しくない。

 筆者は以前、香港のホテルで一杯飲もうとビールを注文したところ1500円以上取られてビックリしたことがあったが、海外では価格が高めの店に行くとビール一杯1500円から2000円というのはごく普通である。

 国内にいるとピンと来ないかもしれないが、海外にしょっちゅう行く人の間では、日本の豊かさは先進諸外国の3分の2から半分程度というのがリアルな感覚といってよいだろう。

 仮に賃金が安くても、国内の物価が安ければ生活しやすいという見方もできるが現実はそうはいかない。

 私たちが日常的に購入するモノのほとんどは輸入で成り立っており、海外の経済状況から影響を受けてしまう。海外の方が豊かであれば、輸入品の価格が上昇するので、日本人が買えるモノの量が減ってしまうのだ。自動車はまさにその典型である。

日本人にとってクルマはもはや高嶺の花
 自動車はグローバル商品なので世界中どこで買っても価格は同じである。

 トヨタ自動車の1台あたり平均販売価格は世界経済に歩調を合わせ約20年で1.5倍になった。だが日本人の賃金は横ばいなので、日本人にとってクルマはもはや高嶺の花だ。

 多くの若者が愛用するiPhoneは機種によっては1台10万円くらいするが、初任給が20万円の日本人と50万円の米国人では負担感の違いは大きいだろう。

写真:15カ国が協定に署名したRCEP首脳会合での韓国・文在寅大統領 ©AFLO

 近年、食品などにおいて価格を据え置く代わりに内容量を減らすという隠れた値上げ(いわゆるステルス値上げ)が増えている。内外の賃金格差というのは、こうした形でジワジワと日本人の生活を苦しめていく。

 日本人の賃金が上がっていないのは、バブル崩壊以降、日本経済が成長を止めてしまったからである。

 同じ期間で、諸外国は経済規模を1・5倍から2倍に拡大させたので、相対的に日本は貧しくなった。日本だけが成長から取り残された原因は、ビジネスのIT化を軽視し、従来の産業モデルにしがみついたことだが、これについては本稿の主題ではないので割愛する。
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319凡人:2021/03/04(木) 15:11:38 ID:XHJUtMzk0
 原因はともかくバブル崩壊以後の「失われた30年」で、日本経済はかなり弱体化しており、私たちはこの現実を前提に今後のキャリアや資産形成について考えなければならない。

活路は「脱日本」
 海外の方が豊かになっているのが現実ならば、今後はその富を何らかの形で自身に取り込んでいく工夫が必要となる。

 これまで日本人の資産運用はほとんどが日本国内を対象としていたが、その考え方はあらためた方がよい。30年前であれば、日本における大企業は世界における大企業だったが、今となっては国内で大企業であっても、グローバルでは弱小企業に過ぎないというケースは多い。

 株式投資の王道は優良な大手企業に長期投資することだが、その基準に合致する日本企業は大幅に減っている。投資の初心者であればなおさらのこと海外企業に目を向けるべきだ。幸い今はネットが普及しているので、オンライン証券を使えば海外企業にも国内と同じ感覚で投資できる。

 仕事という点では、海外で稼ぐことも視野に入れる必要があるだろう。シニア層であれば、これまで得たノウハウや知見を海外で生かせる可能性は高い。かつて海外で仕事をするのは商社マンなどいわゆるエリート層ばかりだったが、状況は変わっている。

 東南アジアではすでに多数の日本人コミュニティが出来上がっており、日本人向けのサービスを提供する企業も多い。こうした企業は基本的に日本人相手なので、それほど英語ができなくても問題はない。

 若い人の中には、日本の大学を出て、日本人向けにサービスを提供するアジア企業にいきなり就職する人も出てきている。海外で稼ぎ、最終的には物価の安い日本で暮らすというライフスタイルは今後、当たり前のものとなるだろう。

現状を悲観するのではなく…
 国内から出る予定がない人でも、日本のモノを海外に売って稼ぐという手段がある。

 メルカリは海外の消費者向けに商品を購入代行するサービスを提供している。日本のグッズは海外では意外と高く売れるので、センスのある人はチャレンジしてみるとよい。

 現状を悲観するのではなく、外に機会が増えたと前向きに捉えることが重要だ。
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320凡人:2021/03/04(木) 20:59:48 ID:XHJUtMzk0
こんな嘘宣言が存在する高崎市。高崎経済大学は高崎市の傘の下にある最高学府。だがその大学運営は日本国憲法の基本的人権をまったく無視した三潴体制によっている。そもそも日本国憲法の存在すら認めない三潴信吾元高崎経済大学長。その上に立っている現体制の高崎経済大学。その経過はすでに何回となく書いているので、ここでは省略。アカデミアならその矛盾や乖離に疑問を持つのが至極あたりまえだろうが、それがない/できないのは恥ずかしい限り。

いくら海外の大学との提携協定をたくさん増やしても、果たして大学としてのレベルにあるかさえの疑問は消えない。よって他の大学、特に海外大学との学問的な深い付き合いなどできるはずはない。人権は大学にあってユニバーサルに議論されるテーマだと信じているからだ。学生の人権を認めない最高学府が他にあるのか知らない。笑
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高崎市
平成7年11月30日

人権尊重都市宣言
人はだれでも、一人ひとりかけがえのない存在として尊重され、豊かに、健康で幸せな生活を営む権利をもっています。この基本的人権は、いかなる理由があっても侵害されるものではありません。

わが国では、日本国憲法に明示されている基本的人権の確立のため、人権擁護のさまざまな努力が続けられてきました。いまや、地球規模の交流時代の中で、人権の尊重がいっそう強い社会的要請にまで高まっています。

私たちは、すべての市民の人権を等しく保障するために、平和及び人権尊重について、ともに学び行動し、明るい民主的社会の実現を図る必要があります。

ここに、私たち市民は、憲法のかかげる平和及び人権の確立とその擁護のための活動を推進し、人と人とのふれあいを大切にし、いたわりの心がゆきわたる市民生活の充実した高崎市を築くために「人権尊重都市」を宣言します。

321凡人:2021/03/06(土) 14:52:24 ID:XHJUtMzk0
アメリカ憲法にほぼ沿って作られた日本憲法の大きな意味はアメリカの「法の支配」を日本に定着させ国の民主化をはかることである。明治憲法など戦前は内閣や国会はあるが、それは天皇の賛助機関としての存在にすぎなかった。つまり「人の支配」が戦前の日本である。A級戦犯の故岸信介氏、故中曽根康弘氏、安倍晋三氏が真剣に取り組んでいた戦前回帰とは「法の支配」から「人の支配」に戻すことに過ぎない。

高崎経済大学に関連して「人の支配」を例にだすとすればこうである。日本国憲法をまったく認めない故三潴信吾元高崎経済大学長は天皇の復権を夢に見ていた人物。彼は高崎経済大学内で存分にその「人の支配」を確立実践していた。暴力団との付き合いがマスコミに暴露され、日本国中に報道され、国会でも討議された。そもそも暴力団はドンが決めたことがその組織の法律であり、「人の支配」を実現させている犯罪団体である。公立大学の学長が暴力団との付き合いを暴露されても、道徳も恥もなし、すでに思考選考で雇用された教員が集まる教授会を掌握、高崎経済大学の学長の職を追われることは決してなかった。彼は言わば高崎経済大学の天皇である。いまも彼の亡霊が高崎経済大学の「圧殺の森」を象徴する反民主化の砦に居座っている。同じようなことが安倍晋三氏の首相時代に言える。道徳や憲法・法律の無視や違反のし放題でも、内閣、国会、検察を掌握していることから、犯罪を問われることがない。これぞ「人の支配」がどんなものであるか教えてくれるというもの。もし天皇が戦前のように復権し、「人の支配」に完全に戻ったら、A級戦犯の故岸信介氏、故中曽根康弘氏、安倍晋三氏や日本会議の連中達の犯した数々の憲法や法律違反は一切揉み消され、日本の偉人として改ざんされた日本の教科書に載り、子供たちは暗記させられるのはほぼ間違いない。

322凡人:2021/03/06(土) 15:47:56 ID:XHJUtMzk0
「人の支配」は少数が大勢を統制、牛耳ることができることや命令が速やかに伝わるという特性がある。トップが決めたことが、上から下部層へ流れるシステム。その逆は稀。高崎経済大学の応援団や軍隊や広域暴力団を想像すればよい。海外でいえばマフィアである。

高崎経済大学には自由な意見が公に高らかに言えない。表現の自由がない。高校にすらある生徒会組織や学生のための学生による学生新聞が高崎経済大学には存在しない。大学側の出す定期的に発行する広報誌などに、頼まれた学生の投稿する記事は見ることができる。全て大学側が決めたことに全学部生や院生が従うに過ぎない。つまり、管理されやすい学生たちであるのであろう。そういう大学は世界の大学にも稀であろう。大学は社会に出る前の準備期間とみると、まことにお粗末である。つまりここでいう社会とは多様性を含んだ社会であって、決して就職人養成だけが大学の役割ではない。就職だけだったら専門学校や就職予備校で十分。大学は学問を深めることや、民主主義を学んだり、草の根の運動や組織を学んだりと知的な活動を含む。活動は運動部だけのものではない。

問題意識を持つ学生はすでに優秀であるが、残念ながらこの大学にはかつてのように全国で通用する優秀な学生は「圧殺の森」以降は稀にしか集まらない。集まったとしても退学して他大学に入学するケースも見られる。そうした悪の伝統を作っておいて、学生をバカにできるそんな阿呆な教職員が集まっている大学でもある。

323凡人:2021/03/26(金) 13:15:41 ID:GvDJucak0
反民主主義体制の公共教育機関である高崎経済大学。相反する要素の共存を許す不思議な公立大学法人。市税が投入されている。いまだ戦前を彷彿。笑。

「人の支配」の悪い側面は高崎経済大学の歴史が教えてくれる。憲法や法律が無視され、ごく一部の権力者による都合・独裁・独断でモノゴトが決められる。故に平等・公平は無視され、自由競争が消え、コネや血縁やその他が幅を利かせる。大学の停滞がそれに付随する。「ばか」でも長期政権が望める。適材適所の人材が望めない悪の循環システムが仕上がる。そのために大学の発展が大きく阻害・挫折する。そこでの卒業生の愛校心は存在するが、ごく限られた卒業生たちの間で、権力追随の盲目による支配である。創立から60年を経過しても、いまだ滑り止め大学。地元の優秀な高校生は相手にしない。政治に無関心で、ごく生真面目で、家庭の貧しい学生に人気があるが、全国から見ても大学の存在感が空気のように薄い。これを停滞と言わずして何であろうか。

学園闘争のドキュメンタリー映画のタイトルに「圧殺の森」というのがある。1967(昭和42)年に作られた映画の舞台となったのが高崎経済大学。圧殺の森の舞台背景を知れば知るほど、この大学が正常な大学で無いことに気付く。全国で学生を募っておきながら、市内の有力者の子弟を不正入学させていたのである。その不正に当時の右翼市長住谷啓三郎氏も介入していた。それを知った教員や学生たちの純粋な愛校心からの抗議から始まったと言えよう。大学の民主化、公正化を求めての学生達の抗議。それが圧殺の森に発展していった。昔の愛校心と今の愛校心はまったく違うように思う。昔の方が知的であった。

大昔の事を持ち出すと指摘するかもしれない。「圧殺の森」が終わったことなら、そう言えるが、実は過去のことではなく、高崎経済大学にあって現在進行形である問題だと言いたい。歴史を知らないものは過ちを何度も繰り返す。それが高崎経済大学である。「人の支配」や反民主主義態度はまったく変わっていない。どれだけの者がそれを認識しているか。権力追随型の就職予備校生と化した高崎経済大学の学部生や院生には無関心でいられるかも知れないが、「法の支配」の民主主義を愛する者にはこよなく面白い話題である。

高崎経済大学の現体制を作った当時の役者たち。
高崎市長住谷啓三郎(早稲田大卒、右翼暴力団員から絶大の支持)、三潴信吾高崎経済大学学部長/学長(岸信介内閣下憲法調査会、現行憲法を認めない、日本帝国憲法を信奉、日本会議の前身のメンバー)、中曽根康弘(第2次岸信介内閣/科学技術庁長官、総理大臣、憲法改正推進)
 
国会法務委員会昭和44年6月6日での高崎経済大学が取り上げられた。昭和44年6月6日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=106105206X01919690606

高崎経済大学直属応援団の団史ー昭和30年代後半から40年代にかけての歴史を参照。
http://www1.tcue.ac.jp/home1/ohendan/danshi.htm

324凡人:2021/03/27(土) 18:01:07 ID:GvDJucak0
リンク訂正
昭和44年6月6日国会法務委員会の議事録:当時の三潴高経大学長と暴力団幹部との関係が追及される。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0080/06106060080019c.html

325凡人:2021/03/28(日) 22:17:45 ID:GvDJucak0
「I 高崎経済大学事件」を読むべし。ここに高崎経済大学の創立時や現体制への経緯がよく書かれているので参照することを勧める。高崎経済大学を知るためには必読の記事だろう。コピペが出来ないのが残念である。
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広島大学 高等教育研究開発センター 大学論集
第35集(2004年度)2005年3月発行:311-332

1965年における高崎・都留・下関の3市立大学事件
ー公立大学に関する一考察ー

高橋寛人/Hiroto Takahashi(横浜市立大学准教授・国際文化研究)

https://rihe.hiroshima-u.ac.jp/search/attachfile/63723.pdf

326凡人:2021/03/28(日) 23:27:59 ID:GvDJucak0
凡人はすこぶる現実主義者であって、妄想は信じない。もしそれをイデオロギーと呼ぶのなら、それが凡人のイデオロギーだ。過去の歴史は重要な証言者であり、将来を占う上で重要なヒントをくれる。だから歴史は無視できない。かといって歴史にがんじがらめになることにも反対する。未来を担うのは若者たちが中心だからだ。それ自体がすでにユニークを醸し出す。

凡人は妄想イデオロギーに染まった人間を嫌悪する。よって高崎経済大学のような右翼反動大学は嫌いである。大学の本来の目的は教育を通じて民主主義を広め、学生や市民の啓蒙に尽くすこと。そんなことは毛頭ない、あるいは出来ない、残念な大学が高崎経済大学。それ故権威や天皇の目線でしか考えられず、庶民の歴史やその男女平等や人権などと言ったコミュニティーの発展に係る重要なテーマの議論が存在しない。それらは世界中の一流大学がこぞって良く討論するテーマであることは知るべきである。それが大学レベルでの学識である。就職がよいとか学費が安いなんてのは別の次元である。

凡人は民主主義になってはじめて正義や平等や公平が促され、あらゆる階層の市民による市町村の活動や地域活性化への積極参加が可能になると信じる。正しい歴史や知識の探究により無知やタブーから、コミュニティーの中の住民を解放させ、それによって初めて、市民が共感や愛する文化や科学や社会の進歩・発展が可能となる。「死んだ文化」を強要する今の地方自治体の教育に大きな疑問を持つ。’大戦後軍国主義と階級の旧社会が崩壊し、民主化の波で自由と競争が社会に生れた日本にあって、高度経済成長が他のどの国より早く実現したのは十分な理由があったといいたい。本田宗一郎はそんな民主化日本を愛した成功者の一人だ。

凡人はアメリカの民主党勢力の強い主要各都市での暴動を影で支えていた左翼系の民主党に深い不信感を持っている。ブラック・ライフ・マターなんていうのは只のマヤカシである。大統領再選挙時の共和党トランプ大統領の選挙演説を楽しく聞いていた。トランプはそこで至極もっともなことを言っていた。ところがアメリカのマスコミはトランプ前大統領を右翼とか白人至上主義者とかレイシストとかレッテルを張って、選挙以前から民主党に有利なニュースを流していた。一流紙と呼ばれるニューヨークタイムズを含む各紙もそれに同調していた。新聞記者がリベラルに染まっているのは伝統である。アメリカの一流大学と呼ばれるところもまた皆リベラルが伝統である。凡人はアメリカの現実を知っている(そこで生活している)から、やみくもにはリベラルを信じない。広く観たり、聞いたり、読んだりする。また時間をかけて、記事の正しさを検証することも忘れない。白人を人種差別している黒人間の人種差別は白人以上のモノがある。黒人文化のアメリカの基礎をなす白人文化キャンセル運動が流行っているアメリカ。アメリカの将来を本当に心配している一人である。

327凡人:2021/03/29(月) 13:03:47 ID:GvDJucak0
現在の群馬県高崎市長(3期)は富岡賢治氏である。国の教育行政に長く携わった富岡市長は今までの実績からして、高崎市に絶大な活力を与えていると信じる。すこぶる有能な人物・市長であると言いたい。市長になる前の群馬県立女子大学長時代に、凡人は彼の存在を知った。その女子大をグローバル化に対応すべく大胆な新留学制度導入したことに凡人の目を引いた。その時からすでに彼のファンである。政治信条はよく知らないが自民党王国の高崎にあって、市長選は自民党から出馬していない。つまり高崎市には幸いにも、彼は能力で選ばれたと言った方がよいであろう。

出身校: 東京大学法学部第2類
文部官僚。国立教育研究所所長、日本国際教育協会理事長、群馬 ...
所属政党: 無所属
前職: 国家公務員(文部省); 群馬県立女子大学長

328凡人:2021/03/29(月) 13:07:49 ID:GvDJucak0
広島大学 高等教育研究開発センター 大学論集第35集(2004年度)2005年3月発行:311-332

1965年における高崎・都留・下関の3市立大学事件
公立大学に関する一考察

高 橋 寛 人
広島大学高等教育研究開発センター客員研究員/横浜市立大学国際文化学部助教授

はじめに
地方自治体が大学を運営することに関して,戦後改革期,政府レベルで議論が行われた。1947年,CIEは国立の高等教育機関を,総合大学を除いて地方に委譲するプランを立て,その実現に向けて文部省に働きかけた。当時首相の諮問機関として設置されていた教育刷新委員会(教刷委)ではこの問題をきわめて重要視し,特別委員会を新設して審議を行う。特別委員会での検討をもとに同年12月26日の総会で「大学の地方委譲,自治尊重並びに中央教育行政の民主化について1)」と題する建議がまとめらた。この建議は,国立大学を地方に移譲することは不可能であると述べ,その理由を3点あげた。第一の理由は,地方行政当局が大学について十分な理解をもたず,地方の政治的利益に動かされやすいため,大学の自由・自治が保障されないことであった。第二は,日本の大学等高等教育機関が全国的な視野に立って計画的に配置されてきたこと,第三は,脆弱な地方財政によっては,大学の健全な運営は不可能であることであった。 教育刷新委員会の建議に示された危惧すなわち地方行政当局による大学自治の侵害,大学経費の過重負担という問題は,実際に様々の公立大学で発生した。なかでも,1965年に起こった高崎と都留の2つの市立大学の事件ついては,当時新聞の全国版や雑誌等でもさかんに報じられ,全国紙の社説でもとり上げられた。この年には,下関市立大学でも紛争が生じた。下関の場合は紛争が短期間に終結したためであろうか,高崎・都留ほどには報じられなかった。3大学の事件はいずれも公立大学特有の事情に起因するものであった。また,公立大学の中でも,都道府県・指定都市ではなく,一般市の設置した大学という点で,教刷委の懸念が深刻化しやすい大学であった。当時の人口を見ると,下関市が30万,高崎市は14万,都留市に至っては3万であった。1965年当時の公立大学は全部で31校あったが,ほとんどが都道府県,指定都市が設立した大学で,それ以外は一般市の設置したもので5校のみであった2)。5校のうちの3校が1965年に時を同じくして,公立大学であるがゆえの事件を起こしたのである。1965年に起こったこれら3つの市立大学の事件は,公立大学のはらむ問題性が端的にあらわれたものである。本稿は,3市立大学の事件を取り上げて,公立大学の特質の一側面を検討するものである3)。

I 高崎経済大学事件

1 高崎短期大学の誕生
高崎経済大学の前身は高崎短期大学である。1951年8月の市議会に短大の設置が提案され,満場一致で可決された。設置予算は当初わずか7万円であったが,その後61万円に修正され,さらに381万円に増額された。増えた予算は市営競馬の純益金からまわすというのであった。市議会では,市の財政では短大の経営は困難ではないか,義務教育に向けるべき予算にしわ寄せが来ないか,などの意見があったが,原案通り可決された4)。1952年4月,定員200名の商経科からなる市立高崎短期大学が,旧歩兵第15連隊兵舎を用いていた青年師範学校跡地に開校した。設置認可申請書は,短大設置の理由を2点あげている。第一に群馬県内における高等教育
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機関は群馬大学のみであり,しかもその学部は学芸学部と工学部と医学部の3学部に限られた。したがって,人文・社会科学を学ぼうとすると県外に出なければならない状況であること。第二に,青年が夜間高等教育を受ける機会がないことをあげ,「県内交通至便の位置に産業経営に関する昼夜間就学の便を有する大学の設置は県民ひとしく要望しているものである」と記している。市立高崎短期大学は,勤労青年にも門戸を開くため昼夜開講制をとったことが大きな特徴であった5)。短大の設置認可申請書に「可及的速に4年制大学の設置に総力を結集せんとする」と記されているように6),4年制大学への昇格は短大設立時からの計画であった。1955年5月,住谷啓三郎が新市長に就任した。新市長は就任直後,施政方針の談話の中で短大の廃止を表明した7)。 市立短期大学は早速廃止する。1300万円もの赤字を出しているとのことだが,短大は中途半端な教育だから意味がない。(中略)4年制大学に昇格することは財政上無理だから結局廃止する8)。 短大廃止の談話に驚いた教授会・学生自治会は,大学存続の陳情・署名運動を行った。市長はその後短大廃止の考えを改め,予算削減を行うけれども4年制への昇格を認める。12月の定例市議会で市長は,短大は商学・経済学専門の大学であるのに,教養部門の教員が多く,商学・経済学専門の学者は少ないことを問題にした。そして「現在の短期大学は最低500万円の市費の投入を減らさなくてはならん」とも答弁したのであった。ともあれ,翌1956年9月の市議会で高崎経済大学の設置案が可決された9)。

2 4年制への改組
昇格後の大学の学長には,田辺忠男が就任することになった。ところが,4年制への移行に際して,短大教授19人のうち経済大学に教員として残るのはわずか6名にすぎず,残る13人は排斥された。市当局は,短大と高崎経済大学は別の大学だから教授陣を引き継ぐ必要はない,また13名は東京から通勤していて出講率が悪いことを考慮したなどと述べた10)。解雇された大井正教授らは,「新大学は田辺忠男学長以下,渡辺銕蔵,北岡寿逸氏らを教授に迎え,われわれ13人を思想的に面白くないとして整理したのだ」と訴えた11)。『群馬県教育史』は,『高崎経済大学新聞』記事から引用して,次のように記している。排斥の対象は「短大の色に染った教授たちでありその他彼らを信奉する一部の学生を含む共産主義者であって,彼等に第一の矢が向けられた。田辺,細野両教授を先頭とする排斥運動は3ケ月間強力に推し進められ,次々と共産主義者たちは追放されて姿を消して行くか,羽をもぎ取られるかしていった12)」。後に,田辺学長は「建学の精神」を『入学案内書』に書いた。そこでは,高崎経済大学における経済学の立場を次のように記している13)。われわれの専門的研究は経済学であるが,マルクスの第19世紀的誤謬を指摘しケインズの大戦後のイギリス的諸条件に制約された抽象に失する点を批判し,現実的・社会的な学風を持って日本の再建に役立つ理論と政策を究明するとともにその応用の才能を展開することを期する。マルクスもケインズも批判する経済学であった。1956年10月,大学の設置認可申請書が文部省に提出された。短大の教授会は,短大施設を新設大学に譲渡することへの反対を表明した。これに対し,市議会では短大の廃止と4年制大学の設置を議決した。短大の昇格ではなく,大学の新設という形をとったのであった14)。こうして1957年4月に高崎経済大学が開学した。この事情を,高崎経済大学の『自治会新聞』は,後日次のように書いている。「短大当時は,革新系市長や進歩的教授陣に支えられて自治会活動は......積極的な運動を展開し,群馬大学と共に学生運動に於ける拠点校的存在でさえあったのである。しかしながら4年制大学への昇格と共に,市長は保守系の住谷氏へ変っており,それに伴って短大当時の一流教授陣もやめさせられていったのである。(中略)初代学長に,当時保守反動の大御所的存在であった田辺学長をすえた15)」。ここでは,短大から4年制への移行期に,市長の政治的なスタンスが大学の学長,教員人事に大きく影響を与えたことが指摘されているのである。 住谷啓三郎は1959年4月の市長選で再選を果たす。公約のひと
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つに高崎経済大学の校舎移転・新築を掲げていた。ただし,経費の全額を市が支出するのではなく,移転・新築のために後援会をつくって,その後援会が銀行から1億4千万円を借り入れ,市は6千万円を後援会に寄付し,移転・新築後に後援会は市へ大学施設を寄付するというものであった。市議会では,「経大は短大を国立に移管するために昇格したはずだ」との反対意見が出されたが,結局原案通り可決となった。1961年4月に新校舎が落成したものの,校舎の資金計画をめぐって田辺学長と市長とが対立し,学長は6月に辞任し,北原金司学長にかわった16)。

3 コネ入学問題と市長の私学移管発言
1964年4月,田中精一が第3代学長に就任した。1965年度の高崎経済大学の志願者は6,185人,定員は200名であったから名目上の倍率は30.9倍,508人の合格者を出したが,高崎市出身学生はわずか7名,群馬県出身者も20名だけであった。従来,補欠の繰り上げ入学では情実が働いて地元有利だという噂があった。だが,この年は,大学側が地元優先主義をやめて成績順で合格者および補欠入学者を決定した。市当局は補欠入学者を地元優先で決めるよう大学に要求したが,大学は応じなかった。だが,市の「有力者」の間では「経大の費用は年間1億2千万円で,うち7千万円は授業料その他の収入でまかなわれ,不足の5千万円は市民の税金を注ぎこんでいるのだから,地元優先は当然」だという声が強かった17)。 市当局は今度は,市議会議員などの有力者から依頼された82人について,とりあえず「委託生」として入学させ,後に本科生に編入させるよう大学に求め,大学側はしぶしぶこれにしたがった。同大学の学生自治会は学生大会を開いて,この措置に反対して授業放棄を行うことを決定した。田中学長は,「高崎市当局の大学に対する考え方があまりにひどすぎる。大学を市の一部局のように勝手気ままに扱ってきたことが,今度の事件の最大原因だ」と話した。住谷市長は「大学の創立にあたって地元の子弟教育と産業振興にあてるということが大きな目標だった。この方針にそって地元の子弟を入れるために市長の立場から努力した」と述べている18)。 田中学長は同大後援会幹部などと話し合い,問題の収拾の見通しがつくまで委託生の入学を延期するとともに,大学を休校にすることを決めた19)。さらに委託生は単位の取得ができないという文部省の見解にしたがって,委託生を聴講生に改めること,そして試験を行って成績のよい者を編入学させるという見解を示し,市長もこれに合意した20)。他方で,地元からの優先入学は今年度限りとすることも確認された21)。学生大会でも,編入試験を厳正に行うという条件付でこのプランが了承されたので,4月末に授業が再開された22)。ところが7月末,住谷市長は高崎経済大学の私立移管をほのめかした。教授会は移管反対を決め,田中学長は辞表を提出した。学生たちも文部省に市長の私学化計画を阻止してほしいと陳情した23)。8月下旬,住谷市長は,「地元の子弟教育,市の財政負担の軽減,大学の将来などを考えたうえで『私学移管』のほかはないという結論になった」として,翌年度からの私学移管を正式に表明した。地元関係者による学校法人を設立し,現在の大学を私立高崎経済大学として発足させるというものであった24)。 学生たちは,市議会における私学化案の審議を阻止するために,議場入り口へのすわりこみ・ハンストなどの行動に出た。翌年度から私学化するためには,9月末までに文部省に対して,教員の同意書を含む認可申請書を提出しなければならない。しかし,高崎経済大学の教授会は「私学化に絶対反対し,市当局から私学の教官就任に同意を求められても承諾書は出さない」との声明を発した25)。 事態の深刻化を憂慮した高崎市選出の自民党2名,社会党2名の計4名の県議たちが収拾に乗り出し,3箇条の調停案を打ち出した。①授業料を値上げして市財政への圧迫を減らす,②地元子弟を多く入学させるため,従来のような広範囲の地域からの学生を募集しない,③県立か,国立か,私学にするかは,広く市民の意見を聞いて決めるというものであった。市議会では各会派の役員会を開いて協議し,私学移管に反対する学生や保護者の要
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求にしたがって収拾案をまとめた。それは,①公立を維持すること,②大学経営は市財政を配慮して行うこと,③地方大学の建学精神の特殊性をいかすこと,④大学当局責任者の退陣であった。学生側は授業料値上げを含む調停案に反対して,9月から再び同盟休校に入った。文部省も非公式ながら調停に乗り出し,調停案を示した。しかし,市長は,大学の教授会が決定した新学長の発令を拒否し,別の教授を学長事務取扱として発令したため,教授会との対立がさらに深まった26)。


4  市議会各会派による私学化反対
市議会各会派はさらに協議を続け,私学化案が議会に提出されても共同して否決することを確認し,ここに私学化は不可能となった27)。9月下旬の議会では私学化の提案はなされず,かわりに学費と受験料の値上げが可決された。値上げは次年度からで,授業料は年間2万円から3万5千円,入学金は1万円から2万5千円,受験料は3千5百円が5千円へと,大幅な値上げであった。値上げに反対して市議会の議場前にすわりこんだ約500人の学生が警官隊に排除され,学生6名が逮捕された28)。 他方,大学当局は,9月はじめに聴講生の編入試験を行い,87人中47人を合格とした。その後12月,合格しなかった40人に対してもう一度編入試験を実施し,33名を本科生に編入することを決めた。学生側はこれに強く反対して後期試験をボイコットしたため,教授会は試験を延期せざるを得なかった。試験ボイコットをめぐって学生が3名逮捕された29)。なお,1967年度入試より合格者の数を大幅に増やした。既述のように,定員200名のところ,従来はその約2.5倍の500名前後の合格発表をしていた。この中から例年200〜300人が他大学に抜けるので,その分を補欠合格で穴埋めして,結局,500〜600人を入学させていたのである。しかし,補欠入学がコネ入学に絡んでいたことから,1967年3月の合格発表より,当初の合格発表時に従来の補欠合格分もあわせて合格者1351人としたのである。これは定員の6倍をこえる数であった。文部省は「常識をはずれるもの」とコメントし,定員より多く入学させるならば学生定員増が必要であると指摘した30)。この問題について翌1968年3月,大学の事務局長は,「定員を厳守していては収入が少なくてやっていけない。収入増によって教官や施設の充実策を図り将来は定員を増やしていきたい」と説明したのであった。その後1969年9月に市議会で定員増の議案が可決され,翌年4月,12名の新任教官を迎えて,入学定員が400名に増員されたのである31)。

注】1)文部省調査普及局『教育刷新審議会要覧』1952年,43ページ。2)これら3大学のほかは,後述するように,岐阜薬科大学(岐阜県岐阜市立,1949年開学),金沢美術工芸大学(石川県金沢市立,1955年)のみである。短期大学を見ても,政令都市を含めて10校,政令都市を除くと6校に過ぎなかった。すなわち名寄女子短期大学(北海道名寄市立,1960年設置)前橋市立工業短期大学(群馬県前橋市立,1952年)大月短期大学(山梨県大月市立,1955年)岐阜女子短期大学(岐阜県岐阜市立,1950年)三重短期大学(三重県津市立,1952年)尾道短期大学(広島県尾道市立,1950年)である。3)本論文は,地方自治体と大学との関係に関する研究の一環である。これまでの論稿に以下のものがある。拙稿「公立大学をめぐる政策に関する史的検討」『教育制度学研究』第7号,日本教育制度学会,2000年,公立大学協会編『地域とともにあゆむ公立大学』第1編第1・2章(拙著)公立大学協会,2000年,拙稿「大学大衆化以降18歳人口急増期までの間における公立大学の新増設」『横浜市立大学論叢人文科学系列』第52巻第3号,2001年,拙稿「18歳人口減少期における公立大学の急増」『経済と貿易』第184号,横浜市立大学経済研究所,2002年,拙編著『公設民営大学設立事情』東信堂,2004年,拙稿「大学と地域20世紀日本の公立大学のあゆみをふまえて」『20世紀教育学からの課題』日本
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332凡人:2021/03/29(月) 13:14:42 ID:GvDJucak0
教育学会関東地区研究会,2004年。4)戦後における群馬県教育史研究編さん委員会編『群馬県教育史戦後編』上巻,群馬県教育委員会,1966年,747〜748ページ,40周年記念誌編集委員会編『高崎経済大学40年のあゆみ』高崎経済大学,1997年,1ページ。5)昼夜開講制は当時全国に2校だけであったという(前掲『群馬県教育史戦後編』上巻,752ページ,高崎市教育史編さん委員会編『高崎市教育史』下巻,高崎市教育委員会,1981年,947ページ)。6)前掲『群馬県教育史戦後編』上巻,761ページ。7)前掲『高崎市教育史』下巻,952ページ。8)高崎市市史編さん委員会編『新編高崎市史』資料編11,高崎市,2000年,621ページ。9)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻,1492〜1493ページ。10)『朝日新聞』(全国版。以下『朝日新聞』はすべて全国版を用いた)1957年2月23日付。11)同前。
3272004年度高 橋 寛 人12)戦後における群馬県教育史研究編さん委員会編『群馬県教育史戦後編』下巻群馬県教育委員会,1967年,1494ページ。13)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻1495ページ。14)同前,1493ページ,前掲『高崎市教育史』953〜954ページ。15)三一書房編集部編『資料戦後学生運動』第7巻,三一書房,1970年,207ページ。16)前掲『群馬県教育史戦後編』下巻,1497〜1498ページ。17)前掲『高崎市教育史』下巻,957〜958ページ,『朝日新聞』1965年4月13日付。18)同前。19)『朝日新聞』1965年4月14,15日付。20)『朝日新聞』1965年4月20日付。もっとも,村松喬『教育の森』第8巻(毎日新聞社,1967年)によれば,市長は学長に対し,「聴講希望者全員を,直ちに入学させてほしい。これがいれられないなら,大学の本年度予算の執行を停止する」と迫り,大学当局がこの要求に屈服したとされている(112〜115ページ)。21)『朝日新聞』1965年4月30日付。22)『朝日新聞』1965年4月25,30日付。23)『朝日新聞』1965年8月21日付。24)『朝日新聞』1965年8月22,24日付。25)前掲『高崎市教育史』下巻,958ページ。『朝日新聞』1965年8月22,24,25,26,28日付。26)前掲『高崎市教育史』下巻,959ページ。『朝日新聞』1965年8月29,31日,9月8,9,10日付。27)『朝日新聞』1965年9月10日付。28)『朝日新聞』1965年9月21,22日付。29)『朝日新聞』1965年12月13,16,27日,1966年1月27,31日,2月3日,4月1日付。その後紛争は一時沈静化するが,翌年秋に再燃し,1969年まで断続的にくり返されるのである。ただし,それは地元子弟のコネ入学や私学化といった公立大学特有の問題をめぐるものではなかった。30)『朝日新聞』1967年3月6日付。31)『朝日新聞』1968年3月5日付,前掲『高崎経済大学40年のあゆみ』25ページ。以上が高崎経済大学における入試をめぐる紛争の経緯である。ただし,この頃,他の公立大学でも入試をめぐる問題がしばしば報道され,世間の批判を浴びていた。市立北九州大学では,1965年4月,有力市議が依頼した11名を補欠入学させた(『毎日新聞』1965年4月18日付)。横浜市立大学では,1967年2月,横浜市民の子弟や運動部員を優先入学させていることが報道された(『朝日新聞』1967年2月10日付)。奈良県立医科大学の場合,1959年以降県幹部,県会議員あるいは同大学の教授から紹介のあった受験生で合格点に満たなかった者を毎年10名程度入学させていたことが,1968年に明るみに出た(『朝日新聞』1968年5月12日付)
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333凡人:2021/04/02(金) 06:41:44 ID:GvDJucak0
高崎経済大学は大学もどき。良くて短大。知的教育機関というよりも、むしろ日本の会社組織に似ている。

現行憲法や教育基本法を無視しているゴマカシ公立教育機関である。以前にも書いているが、右翼教育を中心としたカルト教育機関である。「大学側に逆らえない風土」。学生の、学生のための、学生による学生自治会や学生新聞部が生れないように仕組んでいることからも分かる。大学側は大学直属の応援団を設立し全学生から学費と共に徴収するお金で運営している。特筆すべきはその応援団員が高経大の全学生の代表としている点。大学側が主催する大学行事があるが、応援団が学生代表として参加する。ブラック会社が御用組合を造ったり、総会屋もどきの団体を造り会社運営をする日本の伝統と同じく、高経大はその運営を都合のいいように決められる。そんな校風だから自由な思想が許されるはずはない。学生は大人として、または社会人として当然もつ個人の意見は尊重されない。入学者の大半は滑り止めで泣く泣く集まった学生たち。勉強よりもむしろ部活に精を出すタイプが多く、自分の意見を持つ学生はとても少ないのだろう。大学側もそんな学生の資質をうまく利用している。学生は校則が厳しい商業高校生や専門校生と同様に扱われても、大学卒業時に就職が出来れば御の字で、問題は何一つおこらないようである。高経大が実学重視と銘打っているのは偶然ではない。今の商業高校や専門学校がやっている商業活動を、大学の教育の特徴やメインにしていることからも、大学レベルが頷けるだろう。国内や海外の高いレベルの他大学との知的交換よりも、高大連携に高い関心を持つことも至極当然といえるのである。
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高崎経済大学は日本の会社組織に似ている。日本では大量の新設公立大学とその躍進の中で、古株の自由な思想が許されない高経大とその停滞が気になる。それが今の日本企業が他のアジアの企業と競争し、徐々に追い越されて行くイメージと重なる。今の日本企業ではいったい何がおこっているのか。読者からのコメントに興味を引いた。

「上司に逆らえない風土」「社内政治」…なぜ「東芝」不正会計事件は起こったか
2021/3/30(火) 11:00配信 デイリー新潮

不正会計事件が起きた「東芝」
 道を踏み外すのは個人に限らない。名だたる大企業、組織であってもちょっとした判断ミス、トップや関係者の保身、煩悩が連鎖すると大きな過ちを犯す。

 日本を代表する大企業、東芝とて例外ではない。2015年、同社は不正経理で世間を大いに賑わせる。しかもこの不正、ちょっとしたゴマカシのレベルをはるかに超えたスケールのものだった。

 彼らはどこで間違えたのか。そこには「上司に逆らえない風土」といういかにも日本的な組織の特徴も作用していた。この事件の背景を知ることは、ビジネスパーソンとしての必須教養と言えるだろう。

 ジャーナリスト、田中周紀氏によるレポートをお届けする(田中周紀著『会社はいつ道を踏み外すのか』の一部を抜粋)。
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334凡人:2021/04/02(金) 06:44:57 ID:GvDJucak0
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以下は上記デイリー新潮の記事の投稿者達のコメント抜粋
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日本人はすぐに「風土」だとか「文化」だとか曖昧な、醸成された空気が原因にあるという結論を出して納得してしまうが、古今東西、組織というもので上に逆らうと不利益を被るというのはどこでも同じ。

要は、上に能力があれば、下の言っている「まっとうな」話を聞いて軌道修正できる、もしくは、「まっとうな」話だけれども事業をすすめるにあたり周りをとりまく理不尽な人々を乗り越えるためにはそれでは成功できないから採用できない、などということになる。

だから上司が馬鹿だと、部下も能力も成果も出していないヒラメ社員が出世して優秀な社員がやる気を無くし、ヒラメだらけになり、会社が傾く、という負の拡大再生産が起こってしまう。

spi***** | 1日前
日本人はすぐに「風土」だとか「文化」だとか曖昧な、醸成された空気が原因にあるという結論を出して納得してしまうが、古今東西、組織というもので上に逆らうと不利益を被るというのはどこでも同じ。

要は、上に能力があれば、下の言っている「まっとうな」話を聞いて軌道修正できる、もしくは、「まっとうな」話だけれども事業をすすめるにあたり周りをとりまく理不尽な人々を乗り越えるためにはそれでは成功できないから採用できない、などということになる。

だから上司が馬鹿だと、部下も能力も成果も出していないヒラメ社員が出世して優秀な社員がやる気を無くし、ヒラメだらけになり、会社が傾く、という負の拡大再生産が起こってしまう。
逆も然りで上司が優秀であれば、正の拡大再生産が起こる。

だから、結局は上に立つ人の能力次第。
東芝で言えば、佐藤社長が間違った人間を選んだ(西室)以降はデタラメになった。

tai****** | 1日前
知人に半導体部門の人がいたが、常務レベル承認で出した社内会議のパワーポイントの資料のミスを、作った本人(主査級)3時間ぐらい社長室に呼ばれ説教されたその同僚を見て、気の毒というか本来責任を取るべき常務もそうだし、そもそも社長が一担当を呼び出して長時間ミスをあげつらう、というのも本当の話なのか、と耳を疑ったそう。

その当時の社長はかの「テヘランから来た男」で有名な方。

hon***** | 1日前
「上司に逆らえない風土」「社内政治」…まんまうちの会社。一度、経理仕事があまりにもずさんで、ヒラの私が上に意見したが最後、長年勤務した今でも係長にすら昇進させてくれません。昇進するか否かは完全に人事の好き嫌いで決まります。上は世を騒がせた元首相とすっかり同じ考えのようで。結果、何も言わず、波風立てずにおとなしくしているだけの腰掛女とその課にいても自己啓発すらしないが、上にへつらうのだけは一流の無能な男だけが昇進してます。東芝もうちも似たようなもんです。
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