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現代人が納得できる日蓮教学
1
:
管理者
:2005/07/16(土) 10:06:55
新しいスレッドテーマの提案が有りましたので、立ち上げます。提案文は以下の通りです。
1721 名前: 顕正居士 投稿日: 2005/07/16(土) 06:59:06
ここは「つぶやきすれっど」なので1700 1705 1706 1709 1718 1720などの内容について意見を交換するスレッド
を作ってはどうでしょうか?「現代人が納得できる日蓮教学」とか。
わが国の仏教の「現代」はいつ始まるのか?飲光慈雲が悉曇学を復興し、富永謙斎が経典成立史を解明した
18世紀だろうとおもいます。この時点では睡眠中の仏徒は未だ覚醒せず明治の廃仏に至った。ようやく各宗は
欧州へ留学生を送って、現代仏教学が誕生した。以後、わが国の仏学の発達はめざましい。だが各宗の先哲、
さまざまに改革の努力をしたけれども、ついに葬式仏教から脱化しなかった。現代仏教学の知見は薄弱にしか
普及せず、伝統宗学の学習すら衰退した。そこで人民の宗教需要はほとんどが新興宗教に吸収されていった。
結局、わが国の仏教は今は整然、3種類に分かれるに至った。学問仏教、葬式仏教、仏教系新興宗教である。
伝統宗学も学問仏教に属する。いつの時代でも高等な学問は少数学僧のことで、在家信者の多数は基礎的な
宗学も知らなかったといえばそうであろう。問題は間を繋ぐ一般僧侶の教養である。かつて日蓮宗諸派の壇林
では能化に至るのには20年ほどかかった。天台の六大部を隅々まで学習するのにはそれくらい必要であった。
今日では僧侶と在家信者の教養には大差がないから、仏教学者、宗学者たちは直接に在家信者を対象にした
著作をよく出すようになった。葬式仏教、新興宗教に満足しない読者は増加しているようである。読書仏教の
隆盛である。わが国の仏教が結果的に当たり前のところに到着したのだといえる。現代仏教学の見識の上に
立った仏学書を手引きにして、次には自ら仏典を読む、それが在家仏教徒の基本である。中国、台湾の仏教
はまったくこういうあり方である。漢文がわれわれよりも楽に読めるからであるが、仏教学が発達した日本では
サンスクリット語、パーリ語からの現代日本語訳経典も溢れており、仏教を学ぶにはわが国が最高の環境です。
558
:
文殊
:2006/04/09(日) 08:54:56
花野充道氏は「慧心流の七箇法門の展開を、椙生流の皇覚─範源─俊範
─静明─心賀─心聡─という系譜を頭に入れて考える時、心賀の仰せを
記したものが一海の『二帖抄』と『八帖抄』であり、心聡の仰せを記し
たものが豪海の『蔵田抄』であるとすれば、『一帖抄』はその奥書に
記されているように俊範の作と見なければならない。俊範は叡山にお
ける日蓮の学師であるから、その俊範にすでに四重興廃が見えること
は重大である。俊範にすでに四重興廃があるとすれば、日蓮が叡山を
はじめとする京畿遊学を終えて数年後に著わした『十法界事』(12
59年)に四重興廃が説かれていても何ら不思議ではない」(「印
仏研」第51巻1号169頁)と俊範を学師と前提として『一帖抄』
四重興廃説が初期遺文に思想的影響を及ぼしていることを論じてい
ます。但し『十法界事』には天台・妙楽釈義引用あるのの『一帖抄』
引用がなされていません。それに同書は日蓮教学学術ルールで偽撰
とみなされていますが、顕正居士さんは大崎・興風談所の遺文真偽
鑑定にどのように考えられていますか。椙生流相続をめぐる情念が
鎌倉布教という烈しい行動に駆り立てられたと拝察されます。歴史
は情念によってつくられるのでしょうか。
559
:
文殊
:2006/04/09(日) 19:27:48
所詮召合真言禅宗等謗法諸人等令決是非と「諸人御返事」では公場対決の
動きがありましたが、日蓮門下の俊英として三位房日行が選ばれましたが
日行は断ったといわれます。そこで師弟の関係が悪化して日行は教団を
離脱したのでしょう。日蓮は真言禅宗等の諸宗と公場対決で教理の理非を
決して法華一乗に帰伏せしめ日本国一同為日蓮弟子檀那という強烈なまで
の自負がありました。ところが朝幕は日蓮に公式な異国調伏祈祷を招請し
なかった。真言僧を重用したことに憤りがあったと思われます道善房追善
には「報恩抄」に対し俊範には書状の一つもなっかったことは両者に何か
蹉跌があったことではないでしょうか。
560
:
顕正居士
:2006/04/10(月) 13:08:24
「本覚」という一語についても真蹟遺文には『八宗違目鈔 』に蓮華三昧経の偈を引用する以外にない。写本遺文に
は相当ある。『総勘文抄』には30箇所もある。真蹟遺文には本覚思想が明確ではない。したがってそれら写本遺文
が日蓮の撰述か否かは疑う必要があります。
しかし真蹟遺文にあらわれた思想が「始覚的」かといえば、そうはいえない。真蹟が存在する『日女御前御返事』に
「此の宝塔品はいづれのところにか只今ましますらんとかんがへ候へば、日女御前の御胸の間、八葉の蓮華の内
におはしますと日蓮は見まいらせて候」とあり、妙法曼荼羅が大日経の心蓮華の説によっていることがいわれる。
両密への批判は教判上のことで、密教が表現しようとした内容はむしろ目指すところであり、ただしその教理的な
根拠は天台の一念三千であるという。
最近は本覚思想と新仏教を対立するものと考える傾向は後退しているようです。
「絶対的な現実肯定の上に立つ本覚法門は、まず密教より極めて大きな影響を受けて成立したというのがひとつ。
しかしながら、現実絶対肯定に立ちながらも、それは修行の意義を見失ったのではないということが第二。最後に、
その観点から新仏教を見たとき、そこには、積極的な思想的差異は認められない」
http://homepage1.nifty.com/seijun/pre-page/11-15/11-15.htm
真蹟遺文には本覚思想特有の表現は見られないが、本覚思想と矛盾する内容もまたない。釈尊の本因行を不軽
菩薩とする俊範の説、無始無終本有の釈迦という心賀の説などは真蹟遺文の内容に一致します。写本遺文の真偽
を思想内容から判断するのは困難であると考えます。
561
:
文殊
:2006/04/11(火) 07:35:36
「只管打座・心身脱落」「身心一如」「性相不二」「生死即不二」「生死即涅槃」
「一大法界」「心性大総相の法門」を論じた道元も智邈の諸法即実相論がきわ
まって成立した天台本覚思想と決して矛盾するものではなかったといわれます。
道元が厳しく批判の矢を投じたのは、自性清浄心、客塵煩悩の如来蔵思想の系
譜に成立した『起信論』・華厳系・空海・安然の「心性本覚」思想・心常相滅論
に対してという。「総勘文抄」を本覚思想があるから斥けている現代日蓮教学に
は何かが欠けているかんじがします。
562
:
文殊
:2006/04/11(火) 19:50:06
近現代の日本の知識人は禅を欧米の哲学に唯一対抗できるもの、近代の
超克という観点から解釈した。末木文美士氏は「禅研究という枠から出
て、広い思想史・精神史の中で、禅がどのように機能し、またどのよう
に批判されてきたかという問題にも迫ろうとする」(「思想」960)
と対世間に仏教思想を提案する。この末木氏の動きに小川隆氏は「しか
し、禅に何らかの意味の現代性があるとすれば、それは唐代禅なら唐代
の、宋代禅なら宋代の、それぞれの同時代における「現代性」を読み
とるところから考えられるべきではあるまいか」と反論する。この
禅をめぐる関心の高さに比べ、日蓮教学は「思想」のような哲学の
議論に載っていないのは残念です。
563
:
パンナコッタ
:2006/04/15(土) 15:14:32
文殊さん、
三世諸仏総勘文教相廃立が、蓮祖の述作としてみられないのは「本覚の如来〜」等の
語彙だけではない為だと思えますね。
【『刊本録内』本書奥には「弘安二年十月日」の年次の記載がある。『境妙庵目録』
『日諦目録』『日明目録』『高祖遺文録』『縮刷遺文』『定本』『新定』はそれに従う。
本書は恵心の『自行略記』覚超の『自行略記註』に多分に依拠しており、
また文中智証の『授決集』が肯定引文されるなど、両師を徹底的に破折された「撰時抄」「報恩抄」以降、
ことにこの時期の書としては疑問がある。本書は成立そのものを疑問視せざるを得ない】
(御書システムより引用)
写本遺文の取り扱いには、やはり慎重を期した方がよいと思えますね。
欠けていると感じた部分は、現代の研究にこの様な意味に於いての
スタンスがあるためでしょう。
564
:
顕正居士
:2006/04/15(土) 17:16:10
「釈迦如来五百塵点劫の当初、凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知しめして
即座に悟りを開きたまひき」は東寺密教の即身成仏の説そのままであり、本行菩薩道の思想
とは矛盾します。偽作でない場合でも、この抄は日蓮の思想そのものではなく、レジメのような
ものではないかとおもいます。
565
:
文殊
:2006/04/15(土) 23:51:20
日蓮教学の主流派である立正大学の学術ルールによれば、写本遺文は
慎重を期すべきであり、本覚思想は排除すべきものであるというの
でしょう。これはカルト対策もあり、カルトに陥ることを防ぐために
も日蓮遺文から『総勘文抄』『十八円満抄』『御義口伝』に見る濃厚
な本覚思想を危険視・異端視していると考えます。現に日朗門流から
はカルト系在家教団が出ていません。仏教社会福祉を中心に穏和な活
動を展開している。日本山妙法寺の反戦運動は別に改めて論じます。
確かに関東天台慧心流本覚思想は危険な香りがします。麻薬のような
陶酔感がありますから。但し、私は宗教的実践者であるので、立正
大学の見解には意見を異にしています。『総勘文抄』の後期ロマン派
リヒャルト・ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」を思わせる流麗
な文体に限りなく魅了されますが。
566
:
文殊
:2006/04/16(日) 00:18:16
川澄勲氏の思想的影響は強いと思います。興風談所が石山圏から離脱し、
戒壇本尊にこだわらなくなったのも、川澄神秘主義の刻印があります。
保田妙本寺文書の全容解明は宗門史が大きく薄墨色から緑色に塗り替え
られるでしょう。21世紀日蓮教学は何処に向かうのかを思惟する時、
川澄神秘主義教学は参照され得るでしょう。ただ川澄氏が生前神道から
何故富士石山教学研究に向かったのかについてその動機を独白して欲し
かったとの憾みはあります。
567
:
顕正居士
:2006/04/16(日) 02:40:45
文殊さん。
日本天台の教義が色濃くあらわれた遺文には悉く真蹟が存在せず、伝承経路も多くが不明です。
対して確実な遺文では日本天台諸師の説に依らず、智邈、湛然、最澄の釈によって自説を主張
します。相違は明瞭です。しかし問題の遺文群が必ず後世の創作かというと、日本天台の教義
に対する日蓮の態度についてどういう仮説を立てるかに依ります。浅井要鱗師の仮説は台密を
批判した日蓮は中古の教義を用いなかったであろうとする。けれども台密の批判は教判上のこと
です。三師の釈のみに依り自説を主張するのを基本とするが、中古の教義を否定していたわけ
ではない可能性がある。次に田村芳朗師の説は問題の遺文群には日蓮以後に成立した教義が
散見するというものです。
日本天台の本覚思想といわれるものは荒唐無稽な教相を離れた合理的な思索であって、これは
原理主義や教条主義とは反対です。日蓮宗の分派中、最も社会的に問題があったのは不受派
です。本覚思想とは関係がありません。大石寺派の孤立化は日寛師以後、本門宗離脱に至る
期間に進行したもので、牽強付会の自山正統説を基本とし、本覚思想とは無関係でしょう。
中古天台の教義が宗祖本仏論を生じ、宗祖が本仏なんというのは附仏法の外道であるから、
創価学会や顕正会などのカルトが出て来るんだというのは単なる俗説です。
568
:
文殊
:2006/04/16(日) 08:57:10
日本天台の本覚思想が荒唐無稽な教相を離れた合理的な思索とのご教示
学恩に感謝します。中古天台が堕落であったとは『天台宗全書』『続天
全』の豊饒な思索の結晶を見てもそれが俗説であることがわかります。
ただ立正大学・興風談所が本覚思想遺文を完全に排除して純正日蓮義を
確立する動きの背景に何があるのかを究明する必要があります。福神系
も真蹟遺文重視の方向をよりいっそう強めようとしているわけです。
『観心本尊抄』よりも『総勘文抄』が何か低く見られているとすれば、
現在の日蓮研究者の影響があまりにも強いというべきでしょう。パンナ
コッタさんがよく引用される興風談所「御書システム」は客観性を装い
ながら本覚思想排除の意図が隠されいると思われます。川澄勲氏も『総
勘文抄』を斥けていたことも重要です。六老門下全体を見ても読まれなく
なっている傾向があります。今起きている教学の動向は真蹟遺文絶対・
本覚思想排除です。教団間の確執の陰影があります。私は個人的には
日蓮は本覚思想を自身の思想的基盤としていたと考えます。佐渡配流時代
に最蓮房との邂逅が再び封印していた本覚思想遺文執筆の動機となった
のでしょう。
569
:
犀角独歩
:2006/04/16(日) 09:13:12
文殊さん
本覚思想を斥けているという見方は、わたしは納得できません。
真蹟遺文を基本に日蓮遺文を見れば、そうなっている。ただ、それだけのことです。日蓮に本格的な影響があるというのであれば、確実な資料、すなわち、現存真蹟遺文からそれを証明すればよいだけのことです。
また、最蓮房との邂逅とのことですが、これはどのような確実な資料に選るのでしょうか。
総勘文抄が低く見られることに疑問があるとのことですが、わたしは、むしろ当然のことであろうと思います。日蓮の真蹟でもないものに、日蓮の名を充てて真蹟を装うようなことは、ペテンです。そんな姿勢にわたしは正道を見ません。
総勘文抄が日蓮真蹟であるというのであれば、別です。そのためには、この書が確実に日蓮遺文であることを証明する必要があるでしょう。
本覚に重を置くのであれば、それを何も日蓮に仮託する必要はなく、日蓮を離れて本覚を信仰すれば、それでよろしいのではないでしょうか。
ここの掲示板では、事実究明に重きを置きます。本覚重視、日蓮重視をオーバーラップして、一つのものであってほしいという願望は、その究明を妨げるものであると、わたしは思います。
570
:
犀角独歩
:2006/04/16(日) 09:14:21
【569の訂正】
誤)本格的な影響
正)本覚的な影響
571
:
顕正居士
:2006/04/16(日) 12:09:49
以下の現宗研への勝呂師の寄稿はすでに何かのスレッドで紹介されたようにおもいますし、
皆さんご存知かも知れませんが、念のために。
勝呂信靜 御遺文の真偽問題
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho32/s32_086.htm
勝呂博士は日蓮宗の方ですが、宗学者ではなく、インド仏教の研究者です。仏教全体という
視点から見ますと、真蹟遺文の思想と問題写本遺文の思想との間に大きな差異は認められ
ないという感想が生じるのでしょう。
文殊さんのおっしゃる幾分の弊風は昭和戦前期の浅井要鱗師の文献学が今、ようやく一般
僧侶に膾炙して来た。しかし現在の研究は天台本覚思想と新仏教を連続してとらえる方向
に行っている。これは田村芳朗師以後の傾向で、研究者は日蓮宗学専門でない方、海外の
方、国史の方、つまり大崎以外の人が多い、学際的でもある。そういうズレがあるかとおもう。
別に批判仏教という禅宗内部の自己批判が一般にかなり読まれたせいもあるでしょう。
ところで問題写本の真撰可能性を主張するためには、何でそれらには真蹟も時代写本もない
んだという疑問に答える必要があります。これは最蓮房諸書がまとめて煙滅した可能性を
いうしかないだろう。最蓮房に関する新史実が何か出てこないと決め手になりませんね。
572
:
パンナコッタ
:2006/04/16(日) 18:37:30
文殊さん、概出ですが、
【『法華経』の場合は『法華経』を聞かなければ「無一不成佛」ではなく、衆生が悉く仏の子だと表明しても、
それが既に仏であるとか仏をやどしているとは表明していない。たとい聞法や小善といったことでも菩薩行を要求する。
また『妙法蓮華経方便品第二』の五千帰去は、『法華経』の聞法すらしない者を「退亦佳矣」と退けている。
あまりにも、東アジアに影響を与えた思想であり、この問題は現代までの日本仏教や今後の仏教のあるべき姿を
考える上で大変重要なことである。 ただ、『法華経』の一切衆生に対して平等に成仏の可能性を説く立場や、
仏子という考え方は、如来蔵思想に影響は与えたかも知れない】
【日本では如来蔵思想が「本覚思想」として仏教の本質をあらわすものと誤解されてきた。それはつい最近までにも色濃くあり、
いまだにそのことに固執する教団や僧侶が少なくない。
無理もないことである。日本の仏教宗派の多くは鎌倉仏教であり、それらの開祖は比叡山で勉学した。そのころの比叡山は、
中古天台本覚思想が蔓延している時期である。たとえ祖師が本覚思想に染まらなくても、その後の弟子たちが本覚思想にとっぷりつかり、
祖師に仮託した偽書をあらわすということも行われた。そして、それにまつわる口伝が一子相承によって相伝されて来て、
未だにその呪縛を信念としているむきもある。
あまりにも、東アジアに影響を与えた思想であり、この問題は現代までの日本仏教や今後の仏教のあるべき姿を
考える上で大変重要なことである】
http://www.kosaiji.org/Buddhism/nyoraizo.htm
教団間の確執は直接関係はないと思いますし、単に、明確な資料をもって
蓮祖に遡れないだけの事で、興風談所にしても排除している気は無い
のではないでしょうか。
それと、日持門下(永精寺さんでしょうけど)、日頂門下(重須北山)は、
今現在、明確な門下形式の教団なのでしょうか?
573
:
れん
:2006/04/16(日) 19:36:20
僭越ながら横レス失礼いたします。
三世諸仏総勘文抄については、中山法華経寺三世日祐師の本尊聖教録の写本目録の部にあったと記憶しております。とすれば日祐師の時代=南北朝時代には一応の成立を見ていた書であることは確かだと思いますが、蓮師上代門下の本書に対する記述は祐師のが上限で、蓮師直弟子・孫弟子の記述はと言えば皆無ですから、本書を確実な蓮師真撰文献とする根拠は見当たりません。
身延山には、いわゆる御遺文以外にも蓮師真蹟の膨大な聖教類が曽存した由ですが、もしかしたら、その中には、顕正居士さんの仰るような蓮師によるレジメのようなものがあったかもしれませんが、明治八年の大火で、その聖教全てが灰燼に帰したため不明としかいいようがありません。
最蓮房関係の遺文で、上代門弟の写本が残っているのは立正観抄の身延三世日進師写本のみですから、一応進師本を信用すれば、最蓮房という蓮師門弟は実在した可能性はあるが、最蓮房を対告とした“御遺文”の殆どは後世に最蓮房に託けて作られたものと見た方が自然と思います。
574
:
犀角独歩
:2006/04/16(日) 21:58:32
いまざっと数えたのですが、‘本覚’という語彙は真跡遺文では『八宗違目抄』に『蓮華三昧経を引用して、『本覚心、法身常に妙法の心蓮台に住して、本より来三身の徳を具足し、三十七尊 金剛界の三十七尊なり 心城に住したまへるを帰命したてまつる。心王大日遍照尊、心数恒沙、諸の如来も普門塵数、諸の三昧、因果を遠離して法然として具す。無辺の徳海本より円満、還って我心の諸仏を頂礼す』」」と1回使用されるのみです。
それに対して、真跡が確認できない文献ではざっと70以上の使用が見られます。1:70、この差異を深刻でしょう。日蓮が「本覚」語を意識していたとは、とても思えません。
また、田村芳朗師の指摘であったと記憶しますが、そもそも「本覚思想」が云々されるのは、近代のことであって、明治以前にこのような認識があったのでしょうか。
もちろん、「本覚」語が登場する不明遺文類を持って構築された教学はあったでしょう。
確実な日蓮義に有らざるものを持って、信仰を云々することを、わたしはナンセンスと考えます。
575
:
文殊
:2006/04/16(日) 23:16:42
田村芳郎氏の所説にたいして、1970年代後半から早大院在籍中の
花野充道氏が「東哲研」に本覚思想肯定説を主張していくことから
始まったといえるでしょう。その花野氏も法華講青年部指導講師と
して教団間抗争に巻き込まれ、東洋哲学研究所と袂を分かつことに
なった。政治的に敗北して八丈島で挫折の日日。その後10年余の
沈黙を破って「道心」誌発行、論文集・印佛研等に学術論文再開し
て再び田村氏批判、盟友の末木文美士氏が花野氏に同調する形で、
現在に至る本覚論争が続いているわけです。
576
:
文殊
:2006/04/16(日) 23:37:39
1970年代後半から80年代はじめの富士系教団間の確執はやはり
暗い影を落としています。興風談所系の学僧は花野充道氏と同学です。
同じ仏御飯を共にした仲です。三鳥派について共同研究までしていま
すから。「蓮華」誌を拠点にしていた。それと今では伝説の雑誌で「
慧橙」も。高橋粛道氏の上代文書研究も「慧燈」からはじまった。70
年代は今の大石寺では考えられないくらい自由な言論・公共空間が存在
していました。彼らの政治的敗北は、より深く天台三大部・本覚思想・
上代文書に潜行させることになったといえます。大量濱斥事件は今でも
花野氏をはじめとする石山僧侶にとってトラウマになっています。だから
戒壇本尊真偽問題についても自由に発言しようとは思わないのです。
「道心」創刊号に花野氏はここ10数年の忸怩たる思いをぶつけている。
577
:
文殊
:2006/04/17(月) 00:03:21
日持門下は今は日朗門下すなわち日蓮宗に完全に統合されているはず
です。重須本門寺根源は戦前の統合で身延山から学僧・片山日幹氏を
屈請して爾来、牛の像・馬頭観音といった富士系寺院では考えられな
い身延化が進んでいましたが、佐渡から日満系の系譜に連なる本間俊雄
氏が新貫首に入山してから、生御影信仰を全面に打ち出し、薄墨五条
袈裟着用、それに「御義口伝」「生死一大事血脈抄」等のいわゆる本覚
遺文見直しが行われています。れんさんが示唆していただいた「総勘文
抄」南北朝成立説ですが、この時代南朝イデオローグの北畠親房『神皇
正統記』成立を見ても、危機の時代認識に立って自派の正統性を証明・
挙証しようと学僧が腐心していたことが窺えます。
578
:
パンナコッタ
:2006/04/17(月) 12:45:57
コピペをミスってしまいましたね。これは失礼しました。
六老僧門下(石山系を別として)は、包括している日蓮宗という認識でよいのですね。
結局、蓮祖の思考を順に考察していくというのではなく、祖師信仰に帰結するための
”教学の資料”という扱いなのですね。
579
:
文殊
:2006/04/17(月) 21:00:28
北山本門寺は薄墨袈裟に象徴されるように日興日頂門流回帰の動きがあり
ます。ただ末寺数が少ないので尊門のように日蓮本宗として独立すること
は難しいとは思いますが。生御影と曼荼羅本尊一体三宝奉安で朗門主導の
日蓮宗にあって異彩を放っています。朗門から隆門が出ていますが、同じ
釈迦本仏論でも教理は異質で、隆門は法華宗として日蓮宗には包括され
ないとの共通認識があります。法華宗からは在家色の強い本門仏立宗が
有名です。隆門は要式曼荼羅といって首題と四天王のみ勧請されていて
黒い御影とともに奉安しています。身延とも富士とも全く異質です。
後段のご質問の意味が図りかねないのですが、私の認識といたしまして
は、蓮祖の思考を順に考察していくに際して、遺文御書の選定が果たし
て確実に真蹟が現存している遺文のみに限定して考察するのか、それ
とも写本遺文に外延していくのか、所謂本覚思想真偽未決遺文まで含
めて学術ルールそのものを再考していくのか。現在は大崎の立正大学が
ルールを決めているのです。ゆえに小林正博氏も松岡幹夫氏の東哲系も
学術論文には『定遺』を用いているのです。これに挑戦しているのが、
花野充道氏なのです。知をめぐる権力闘争です。
580
:
犀角独歩
:2006/04/17(月) 21:16:38
やや、言葉足らずであったようで、わたしは石山という狭き井中を申し上げたわけではなく、近代の島地大等師・田村芳朗師・ 硲慈弘師等の、件に就き、申し上げたものでした。
それにしても、彫刻にトラウマを懐く程度の者が本覚を云々するなど、片腹痛いというか、お話にならないというのが正直な感想です。
敢えて宣言しておきますが、彫刻の真偽を論じることも出来ない者が日蓮遺文の真偽を云々し、本覚を論じるなど、およそ馬鹿馬鹿しいかぎりであると断言せざるを得ません。
偽物を偽物とい言えないような者が偉そうに何を言っても説得性のかけらもありません。
581
:
犀角独歩
:2006/04/17(月) 21:26:06
もう少し、記しておきます。
花野さんは、袴谷さんや、松本さんにいくら鼻息を荒げても、結局、自分はニセ彫刻を担ぐ宗派で、その真偽を言えないわけです。
「挑戦」??するのであれば、1800万人を欺き、金を集めた戦後最大の宗教被害にそれなりの、責任をとらない限り、そんなものは挑戦でも何でもなく、ただの食法餓鬼を一歩も出ません。
「謂徒才能」、才能を惜しむ故に敢えて、わたしは記します。
もちろん、このことは、興風談所諸師にも同様に申し上げます。
わたしは、この点については、いっ差異、破に衣を着せる気はありません。
それぞれの諸師が、この投稿を読んで下さっているのであれば、自分たちの責務をどうか果たして欲しいと念願するばかりです。
どのような崇高な論文を記し、古文書を研究しようと、あの彫刻の真偽を論じない限り、その信用は、耐えてないことを認識していただきたい。
これはトラウマなどというくだらない感情論ではなく、解決しなければならない最大の日蓮への報恩義であると心得ていただきたいのです。
582
:
犀角独歩
:2006/04/17(月) 21:28:23
なお、文殊さんには、よろしく、最蓮坊実在の証拠と総勘文抄真筆の証拠を提示いただくことを、ここにお願いしておくことにいたします。
石山門下の下らぬ確執など、どうでもよいことです。
583
:
犀角独歩
:2006/04/17(月) 21:46:34
【581の訂正】
誤)わたしは、この点については、いっ差異、破に衣を着せる気はありません。
正)わたしは、この点については、一切、歯に衣を着せる気はありません。
584
:
顕正居士
:2006/04/18(火) 01:43:59
>>575
末木さんと花野さんが「盟友」というのは何かエピソードがあるんでしょうか?
天台本覚思想の研究者なんて幾人かしかいない以外に。
末木さんは田村教授の「直弟子」。中国仏教だが、ちょっと後におられたのが
菅野博史さん。花野さんは田村先生の御義口伝講義を聴講生として受講された
そうだから、田村先生の準弟子ということでしょうか。
585
:
文殊
:2006/04/18(火) 20:09:24
院生当時、お互い大学こそ違いながらも知己の仲です。
末木文美士氏『日蓮入門』(ちくま新書)あとがきに「いわゆる
日蓮学にはまったくうといので、菅野博史、佐藤弘夫、花野充道、
松戸行雄氏など、日蓮に詳しいすぐれた友人たちに、ごく初歩的
なことまで含めて、さまざまなご教示を頂いたり、議論の相手を
していただいた」と書いています。充道さんも暁雲研究会の講演
で末木氏との交友と業績を述べています。本覚思想擁護でも二人
は一致しています。
586
:
犀角独歩
:2006/04/18(火) 21:00:47
文殊さん、ここの掲示板は質問されたことには応えながら、議論をつづけています。
582のわたしの質問並びに、ついでに、あなた自身のあの彫刻に関する見解を披瀝ください。
現段階で、あなたの応答は、自分に都合の悪いことを無視するという、実に不誠実な態度と映じています。まあ、よくある石山門下の対応ではありますが。
あなたもその類の人なのでしょうか。
587
:
文殊
:2006/04/18(火) 21:18:15
宮崎英修氏は最蓮房実在説につき「諸説入り混じって未詳の部分が多い」
と疑義を投げかけています。(『日蓮辞典』東京堂出版、昭和53年
78下)末木文美士氏は「ところが、これらはいずれも本覚思想の影響
が強く、近代の研究者によって、『当体蓮華抄』や『十八円満抄』と同
様に偽撰の疑いが持たれている。そこから、最蓮房という人物自体が
いなかったのではないかと考える研究者さえいた。しかし、今日では
最蓮房は恐らく実在したであろうと考えられており、またこれらの遺文
のうちには禄内御書に採録されていたり、古い写本があったりして、その
由来が信頼できるものもある。とすれば、簡単にそれを否定することは
できない。しかし、これらの中には『当体蓮華抄』や『十八円満抄』に
通じるところもあり、簡単に真撰と決定することもできない。このように、
これらはなお今後の検討を要する遺文である」「従来の日蓮論は多くの
これらの疑問のある遺文を無視して、確実な遺文だけでその思想をうかが
おうとしてきた。それはきわめて厳密な態度に見えるが、これらの遺文
にははなはだ興味深い思想が見られ、それを全く無視するのも一面的に
なってしまう」(末木『前掲書』198)
588
:
犀角独歩
:2006/04/18(火) 21:26:53
文殊さん、繰り返しますが、自分の言いたいことだけ、単に知るし続けるというのは、どうかと思いますね。
質問に答えたら道でしょうか。
589
:
犀角独歩
:2006/04/18(火) 21:31:20
末木さんの言っていることは、ある面、わからないこともありませんが、たとえば、ネッシーに例を採ってみましょうか。
恐竜が現在に生き残っていないとするのは、もっともな意見であるが、そうするといろいろな可能性を塞いでしまう。しかし、実際、いないものはいないのだから、いないと考える以外はないでしょう。
末木さんの論法の欠点は感情論に引きずられて、実際にそれが存在した証拠を何も提示していない点にあります。採用するに足りない意見と捨て去るほかありません。
590
:
犀角独歩
:2006/04/18(火) 21:33:52
文殊さんにとっては、最蓮房は、あなたが記してきたことにおいて、いないと困る。
そんな個人的な都合で事実を枉げられては迷惑です。
592
:
管理者
:2006/04/18(火) 21:44:46
文殊さん
犀角独歩さんとの議論がかみ合っていません。このまま、投稿を続けられると、当掲示板のルールに抵触します。ご一考お願いいたします。
593
:
管理者
:2006/04/18(火) 21:52:50
抵触する可能性を指摘したルールは以下の通りです。当掲示板は話し合いを重んじて戴く事が基本原則です。相手の発言を無視して、自分の言いたい事を書き込み続けた場合、ルール違反として対処する事になります。ご注意願います。
【書き込みの基本原則】
1.意見交換、相互理解の場との主旨から、話合いを重んじてください。
594
:
顕正居士
:2006/04/18(火) 22:14:18
最蓮房関係論文
http://www.inbuds.net/search/namazu.cgi?key=%BA%C7%CF%A1%CB%BC&max=20&result=short
中條暁秀、影山堯雄、宮崎英修等の諸師いずれも最蓮房の実在を主張されているそうです。
なお石川修道師が藤原能茂説を唱えておられます。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/03/03_096.htm
595
:
文殊
:2006/04/18(火) 22:27:16
管理者さん、犀角独歩さん、投稿が前後して申し訳ないです。
先に顕正居士さんのご返事から書き、犀角独歩さんからのご質問を
順に書く予定でした。途中で所用のためPCから離れたので、意が
伝わることなく大変ご迷惑をおかけしました。私は唱題仏教の実践
を日日行じている在家信徒です。ですから十界互具曼荼羅本尊が
なければ当惑することになります。鬼子母神像に拝むことは私には
できません。でも他門の伝統をここで教義的に批判するつもりは
ございません。掲示板の投稿に際しましても護教論ははさむつもり
はございません。またそうしないよう努力はしていますが、大崎系
の学術ルール設定にどうしても強い違和感があります。真蹟遺文
絶対・本覚思想全面排除には意見を異にしています。この点では
末木・花野両氏に同調しています。私にとって最蓮房はいないと
困る人ではありませんが、「立正観抄」「生死一大事血脈抄」「
諸法実相抄」は当時の叡山の顕教系二大潮流慧心・檀那の思想
動向が窺えますし、凡夫成仏の平等思想があって私にとっては
感じるところが多いです。「感じる」ことがそのまま立正大学の
学術ルールで証明するとなると厳しいです。このことは率直に
認めます。戒壇の大御本尊真偽問題の見解ですが、安永弁哲氏
『板本尊偽作論』「河辺メモ」そして「現宗研」の犀角独歩さん
の学術発表を存じ上げています。ただ私は宗教的に実践していま
すので、では戒壇やめて保田妙本寺の万年救護御本尊を拝みま
しょうかとなるとこれは別な話なのです。誤解あるようですが、
私は大石寺の権威主義的体質とは無縁です。
596
:
一字三礼
:2006/04/18(火) 22:46:07
横レス失礼します。
文殊さん。
> 本覚思想全面排除には意見を異にしています。
勘違いされているのか、意図的に論点をずらそうとされているのかわかりませんが、誰かそのようなことを言っておりましたでしょうか。
日蓮の思想を知る上での遺文の資料評価。
1、日蓮の真蹟が存在する遺文を第一次資料として最も尊重する。
2、真蹟がなくとも日蓮と同時代に生きた弟子の写本が存在するものを二次的資料とする。
3、日蓮からかなり下った時代の弟子の写本しか存在しないものは、資料的価値は格段に下がる。
これらの事は、「大崎系の学術ルール設定」でもなければ「立正大学の学術ルール」などというものではなく、研究者にとっては常識ではありませんか。
597
:
犀角独歩
:2006/04/18(火) 22:46:52
文殊さん、重ねて問いましょう。
あなたが信仰しているのは、日蓮聖人の教えですか、それとも、それ以降、塗り固められた解釈ですか。
結局のところ、あなたは、わたしの質問に何一つ答えていない。そのような不誠実でしか、守れないあなたの信仰とは一体なんでしょうか。
あなたは、わたしから見れば、至極、日蓮聖人を、さらに日興上人を裏切っていると映じます。
あなたは石山の権威主義とは無縁と仰っていますが、自ら形成する権威主義の殻の中に閉じこもっていませんか。
598
:
顕正居士
:2006/04/19(水) 00:15:32
興門八本山はそれぞれ自山を正系と主張して本門宗は総本山を決められなかった。といっても
決して譲れないのが三山で、要山、石山、重須です。それぞれ両巻血脈、戒壇本尊、二箇相承
をもって正系を主張した。この三箇の寺宝ともに問題があるものです。これに加えて日目師譲状、
これらについて創価学会は盛んに教宣活動を行なっています。そのかわりに創価学会の教義が
何なのかもうわからなくなっていますが。日蓮正宗の僧侶も檀徒もそろそろちょっと真面目にこれ
を考えないとまずいと思います。独歩さん仰るように正信会もまだ戒壇本尊については曖昧です。
599
:
日蓮見直し隊
:2006/04/19(水) 00:37:08
本来の「法体」とは、法華経の教えの本体、法華経の本質となる教え、所謂法華経の肝心である教えを言います。ですから、「南無妙法蓮華経」は法華経という優れた教え、特に寿量品を中心とした教えへの信心となります。その信心を以て、人生を懸命に修行して真理・真実に至らんとするのです。勿論、法華経の教えを謗る世の中或いは人達の中に交わって、法華経の教えこそ最勝であると「南無妙法蓮華経」と唱えて宣伝するならば、法華経を説かずとも、法華経の哲学を理解するに至らずとも、その功徳はとても大きいでしょう。
ところが、中古天台的な本覚思想に影響された人達、そして彼等が創りだした日蓮聖人の書にあらざるものを日蓮聖人の書と信じてきた人達は、「法体」とは即ち「真理(妙法)」であるからと、前述の「南無妙法蓮華経」を置き換えます。即ち「南無妙法蓮華経」そのものが真理の名称であって、その真理をただ口に出して唱えていれば、真理を悟る身になる、本来自分が仏であることを覚ると、仏教の常識では有り得ない極端な事を言うわけです。ですから、彼等にとっては釈尊も法華経も必要なものではなくなるのです。そして日蓮聖人の教えを、矮小なカルトとしてしまいながらも、最も優れた教えであると自負するに至ります。
日蓮門下にあっても、近代の文献的な研究を尊重せず、或いは日蓮聖人の御遺文を勉強せず、その本来の宗教的・哲学的思想を理解せずして、創価学会と同じようなことを言う僧侶が結構います。まあ、最近は本覚思想に影響されていると言うよりも、面倒な勉強も厳しい実践もしなくて楽だからのようですが。一方で堕落した教えに満足できない人、日蓮聖人の教えを誤解している人達は、心の持って行き場がないので、荒行に入って祈祷を学んだり、或いは慈善活動に傾倒したりしているようでもあります。
以上は転用です。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/
600
:
文殊
:2006/04/19(水) 00:53:26
一字三礼さん、外出していましたのでご返事遅れました。
意図的に論点をずらしてはいません。本覚思想全面排除は浅井要麟氏
以後の近代の日蓮研究者の研究姿勢のことを指して述べています。
顕正居士さんがご教示の勝呂氏論文にも懸念されているように、真蹟
遺文のみの遺文集編纂に見られる本覚思想全面排除・純正日蓮義志向
の思潮は、「一面的になってしまう」(末木『前掲書』198)ので
はという趣旨です。顕正居士さんの先ほどのご投稿にも石川修道氏の
最蓮房実在説が出ているではありませんか。そうなるとやはり蓮祖は
部分的にせよ(唱題行による実修実証がありますから)本覚思想思想
を援用されていたということになりませんか。もちろん、慧心流の本
覚思想とは一線を画します。叡山から決別鎌倉で唱題仏教の教祖とし
て天台宗とは完全に独立した教団を率いたのですから。興師の「富士
一跡門徒存知事」に「スキカエシ」「火に焼き」と仮名文字御書正本
が紛失しているとの記述がありますので、現存真蹟遺文第一主義では
聊かどうかなと思います。立正大学は小樽問答以後、創価学会教学に
対抗するために、釈迦本仏論を護教するために、「凡夫は体の三身に
して本仏ぞかし」(「諸法実相抄」)に見る蓮祖の凡夫本仏義では都
合が悪くなるので本覚遺文はすべて排除という背景があります。第一
次資料尊重は世間の諸学でも仏教学でも常識であることは熟知してい
ます。この日蓮教学の研究者世界では教団間の抗争・反目が激烈である
ので学術ルールの選定に強度の政治的な要素が濃いのです。
601
:
パンナコッタ
:2006/04/19(水) 00:57:25
だいぶ脱線してしまいましたが、元は自分が提示した興風談所の資料を文殊さんがお気に召さない事が
原因のひとつなのでしようが、結局、”本覚”にしろ「総勘門抄」にしろ明確な根拠の提示はどれなんですか。
本覚思想が無いければ”ない”で仕方ないし、「総勘門抄」が確たる証拠がなければ、真蹟とは一線を画すのは
当たり前の結論でしょう。今現在、その様な対応をしている。ただそれだけの事でしょう。
自己の(本仏論も含めた)祖師信仰の概念の、根拠がなくなる事に怯えているように思えますが。
602
:
文殊
:2006/04/19(水) 01:23:34
犀角独歩さん、私は犀角独歩さんの2005年8月6日の日記に感銘を
受けています。不誠実でも裏切りでもありません。私は宗教的実践者の
立場があり言えることと言えないことがあるのです。独歩さんの本尊研
究は明晰です。数多くの本尊鑑定をしているはずの八木日照氏も内心で
は河辺メモと同じ結論でしょう。八木氏も公言したら総監の地位を失う
でしょう。筆禍事件で左遷された充道さんも今度は濱斥処分です。正宗
の存在意義のためにも、寺院経営のためにも、戒壇本尊を第三者による
鑑定にかけることはまずはないと思います。ある方が他スレッドで証言
されているように戦争中の避難で楠板が腐食、赤沢朝陽さんの復元作業
で最悪の事態を免れたことは蓋然性が高いでしょう。私も何度か戒壇
本尊を間近で拝していますが、700年前にしては表装が新しいとの
印象があります。
603
:
文殊
:2006/04/19(水) 01:37:29
パンナコッタさん、投稿が前後しているようです。ただそれだけの事
ではないです。現在日蓮教学の学術ルールを決めているのは立正大学
です。その証拠に『定遺』を引用しなければいけないでしょう。小林
さんも菅野先生も松岡さんも学会版御書ではなくてわざわざ対立関係
にある身延本引用しているでしょう。最初にルールを決め都合が悪く
なったらルール変更も自由にできる立場にあるのが立正大学です。
例えば、石油決済にユーロでなく必ずドル決済、外交会議ではフランス
語でなく英語とアメリカ主導のグローバリズムに近似しています。
604
:
顕正居士
:2006/04/19(水) 02:06:35
昭和定本以外に論文に引用できる遺文集はないですよ。学会版って延べ書きでしょう。
仏教学の世界に宗派の対立はありません。それ以前に日本仏教にもう宗派の抗争は
ありません。日蓮正宗(宗務院)が勝手に孤立しているだけです。だから、学力がある
坊さんなら花野師のようによそに通用するし、興風談所の評判も良いではありませんか。
605
:
日蓮見直し隊
:2006/04/19(水) 02:29:50
研究者の指摘している「本覚思想」というのは、疑わしき御遺文にある中古天台的な本覚思想のことです。子細に述べれば真蹟も「仏界互具」「教主釈尊は己心の古仏」「凡夫成仏の可能性」を説くのですから、文殊さんが感じているように本来の意味での本覚を否定しているわけではないと思いますよ。
606
:
顕正居士
:2006/04/19(水) 06:17:33
浅井要麟師の遺文見直しの提唱は昭和の戦前です。創価学会などと何の関係もありません。
大石寺とも関係ありません。最蓮房諸書や御義口伝はどの派も用いて来たのです。
諸法実相抄の凡本仏迹の説は衆生と仏と体用で本迹を論ずればそうなるに決まっているので
必ずしも室町時代にならないと出ない考えではありません。一念染心本具三千倶體倶用です。
浅井要麟師の説は台密を批判した日蓮聖人が台密と一体的な中古の説を採用しないはずとし、
四重興廃、八葉蓮華、無作三身、五大体大等の説があらわれた遺文を疑問とし、これらには
いづれも真蹟が存在しないと指摘したのです。しかし台密そのものである八葉蓮華の説は実は
真蹟遺文に存在します。四重興廃は台密と一体的な教義とはいえない。無作三身は無始古仏
と差はない語とも考えられる。五大体大は阿仏房書にあり、妙法五字を五輪に配当しています。
真蹟の有無以外に疑問とする理由は薄弱で、台密と一体的な中古の説を採用しないはずという
仮定が問題です。四重興廃の説が日蓮の時代にすでに成立していたのかについては一帖抄の
奥書を信用すれば成立していたことになる。凡本仏迹については述べました。文殊さんが問題
にされるのがこういう内容なら賛成できます。大石寺や創価学会とは何の関係もありませんし、
大崎学報にそれほど特殊な論文投稿規定があるとおもえないし、第一、大崎学報以外に印仏研
そのほかの学術雑誌が存在します。
607
:
顕正居士
:2006/04/19(水) 07:08:42
さらにしばしば指摘されるのが妙法曼荼羅は不空三蔵の観智儀軌によっているではないか、故に
台密の批判は教判上のことであると。より正確には蓮華三昧経によっていると見える。
大興善寺三藏大廣智不空譯 妙法蓮華三昧祕密三摩耶經
http://www.suttaworld.org/Collection_of_Buddhist/Successive_Tripitaka/pdf/X02/X02n0204.pdf
本化の四菩薩が存在するのが観智儀軌による法華曼荼羅と異なります。ただしこの経の本文が
成立したのは確実には室町時代とされる。八宗違目抄に引用される本覚讃は通常のと少し異なる。
日蓮の妙法曼荼羅と同時並行的に蓮華三昧経本文、註本覚讃が成立したのかも知れない。
この曼荼羅の中尊は円珍が釈尊の本師と決定した無量寿命決定王如来である。対して妙法曼荼羅
は首題五字七字である。本尊問答抄の冒頭の問答はこのこの辺に関係しているのではないかと思う。
608
:
犀角独歩
:2006/04/19(水) 10:02:59
文殊さん
> 私は宗教的実践者の立場があり言えることと言えないことがある
わたしは、このようなお考えには首を傾げざるを得ない。
そもそも、当掲示板で投稿され、かつ富士門信徒を自負され、しかも、わたしの如く、彫刻本尊を批判する者は、では、あなたから見ると、宗教的実践者ではないと映じるのでしょうか。言えることと言えないことを分けて実践を嘯くなど、歯に衣を着せぬとして申し上げれば、まさに似非実践者ではないでしょうか。
今回、奉安堂で「御正骨拝観」が行われたそうですが、こんなものが本物であるわけはありません。後ろに奉安される彫刻も偽物、最初仏も、灰骨も、一切合切偽物でしょう。
こんなところに登山をして、それが偽物であることを知りながら、「言えないことがある」ということが、宗教実践であれば、お化け屋敷の営業と異なりません。
わたしは、ここに正直な信心を見ません。
なお、誤解があるようにお見受けしますので申し上げますが、当掲示板における一連の疑儀書に関する批判は、本覚批判と連動しているわけではありません。大崎学派とも連動していません。
では、何に連動しているのか、確実な資料から見られる事実と連動しているのです。つまり、真跡遺文です。浅井説に拘泥するものではありません。
パンナコッタさんもあなたに問うていますが、総勘文抄が確かな遺文であれば採用します。諸法実相抄も同様です。しかし、大概、これらのものを援用しようとする人々は、真跡主義の批判は盛んに行うことでこれに対抗しようとしますが、実際のところ、これら疑偽書が真筆であることを証明する証拠や理論を提示することがない。一連のあなたの投稿もやはり同様です。学派間の立場の相違、争いに収斂して、話をごまかしています。
あなたは、たいへんな学識を有し、宗教的実践を信条とされるのであれば、日蓮聖人の真実に基づいて語ることこそ、真の実践といえるのではないでしょうか。わたしの彫刻鑑別に同意をいただけるのであれば、もはや、そこに真実がないことは明白ではありませんか。
日蓮聖人は、(たぶん自作の)釈迦立像を持仏とされ、拝んでいらっしゃった。そのお像にお題目を唱えていたのではないでしょうか。この事実は石山門下には受け容れがたい事実であり、また、仏像を拝むことには大きな抵抗があるでしょう。しかし、この抵抗こそ、日蓮その人と、自負する信仰の相違・異轍であることはもはや動かし難い事実です。
彫刻が偽であることを「言えない」こととして、日蓮御立の法門に非ざることを実践するのが、果たして日蓮に名を借りた宗教実践といえるかどうか。当掲示板は役に立ちます。再考されることをお薦めします。
609
:
きゃからばあ
:2006/04/19(水) 10:13:24
横レスすみません。
文殊さん、はじめまして。
ひとつだけ教えてください。
>603
筆禍事件で左遷された充道さんも今度は濱斥処分…。
濱斥処分は驚きました。
いつの事なのでしょう。またその理由は?
スレッドに関係ありませんが、よろしくお願いします。
610
:
きゃからばあ
:2006/04/19(水) 10:20:21
訂正
誤 >603
正 >602
611
:
通りすがり
:2006/04/19(水) 11:16:48
>>609
横レスですが、花野先生の「濱斥処分」とはきゃらばあさんの読み違いだと思います。
603には
「数多くの本尊鑑定をしているはずの八木日照氏も内心では河辺メモと同じ結論でしょう。八木氏も公言したら総監の地位を失う
でしょう。筆禍事件で左遷された充道さんも今度は濱斥処分です。」
となってますので、あくまでも仮定の話(しかも予測)で書かれたんだと思います。
612
:
きゃからばあ
:2006/04/19(水) 12:13:38
通りすがりさん。ありがとうございました。
どうやら私の読解力の無さを知らしめてしまいました。
みなさん、御迷惑をお掛けしました。
はっずかし〜っ!!
613
:
文殊
:2006/04/20(木) 17:34:15
犀角独歩さんのご指摘真摯に受け止めています。久遠寺第三世日進写本が
ある『立正観抄』は真蹟曾存蓋然性が比較的高いと思われますので、少々
考察を試みます。京都出身の最蓮房が叡山の止観勝法華劣新義の動向と教
判を求める書簡を日蓮に出した。この最蓮房なる天台学僧の書簡正本は存
在していないのですから、何ともいえませんが・・この書簡に日蓮が眼を
通して法華経と止観との同異を決したと伝えられています。この『立正観
抄』制作当時に、「将又、世流布の達磨の禅観に依るか」とありますが、
対破者は「みずから達磨宗と称し、日本天台が取入れた北宗禅にたいし、
教外別伝の南頓禅の新風を、わが国に鼓吹した」(田村芳郎「日本天台
本覚思想の形成過程─とくに宋朝禅との関連について─「印度仏教学研究」
昭和37年)大日能忍を特定するのか、それとも栄西かそれかなぜか現存
真蹟遺文に言及されていない道元なのか、後世偽作とすれば等海「宗大事
口伝抄」にインスピレーションを偽作者が受けたのかという疑問が生じま
す。日進写本の書誌学的考察はれんさんお願いできますか。
614
:
れん
:2006/04/20(木) 21:51:36
「立正観抄」身延三世日進師写本には奥書に「正中二年乙丑三月於洛中三條京極最蓮房之本御自筆有人書之今干時正中二年乙丑十二月二十日書写之也 身延山元徳二庚午卯月中旬重写也」「立正観抄送状」同師写本奥には「正中二年乙丑十二月廿日 今元徳二年庚午卯月十二日於身延山久遠寺重写之也」とあります。この奥書によれば、日進師が、京都三條京極において最蓮房之本(最蓮房所持本の意?)御自筆(蓮師自筆?)をある人が正中二年三月に書き写した本を日進師が得て同年十二月に書写し、元徳二年に身延山にて重ねて写本を作成したという文意になりましょうか。
有人が誰か特定出来ないため、日進本の底本が誰の筆かわからないのが残念ですが、鎌倉末期の正中二年には洛中・三條京極において最蓮房之本・御自筆と称する「立正観抄」ならびに同書「送状」が現われたことは確かでということであろうと思います。
この日進師の奥書を信用するならば最蓮房は実在し、蓮師から「立正観抄・同送状」を贈られたのは史実とみてよいのではないかと愚考します。
615
:
文殊
:2006/04/21(金) 00:01:39
れんさん、学恩に深く感謝します。この日進師写本奥書は貴重な史料です。
蓮師は東陽房忠尋(1065-1138)の「法華玄義見聞」に見る四重興廃義を
存知していたことになります。忠尋は真蹟遺文「大田殿女房御返事」(
中山法華経寺)「但天台の第四十六の座主・東陽の忠尋と申す人こそ
此の法門はすこしあやぶまれて候」「然れば天台の座主の末をうくる人」
と評されています。蓮師が著述の際に批判的な見地からであっても参照
していたことは確かということになります。「当世の学者」が「天台己
証の妙法を習い失い」「禅宗の一門」の「松に藤懸る松枯れ藤枯れて後
如何」「上らずして一枝なんど云える」公案を「深く信ずる」状況が
記述されていますが、田村芳郎氏が示教されるように叡山に禅宗が急速
に流入し、「それが形にあらわとなってくるのは、俊範の弟子の静明
あたりからであろうと想像される」(「前掲論文」)つまり、日蓮と同学
の静明が円爾弁円(1202-1280)に師事し、弁円の教説に「感服おくあたわ
ざるもの」があって、四重興廃義の成立を見ると論じています。そうなる
と蓮師が俊範─静明椙生流と完全に袂を分かち、終生禅に染まった叡山に
批判的であった理由が分かります。
616
:
文殊
:2006/04/21(金) 00:40:37
追加ですが、「送状」では最蓮房に「問答有る可く候か」と天台宗に
問答をすすめていますが、蓮師は天台最新義に強く関心を示し、京都
からの手紙で叡山の動向を記した手紙を読んでいたことになります。
どうしても真撰が証明されず最蓮房も実在しないとなると、「立正観
抄」制作者・制作集団は、禅宗の急速な拡大に神経を尖らせていたこと
になります。偽作にも強い執筆動機がなければ書けないはずです。
日有師が甲州で禅宗と交渉した経緯がありますが、どうなのでしょう。
話は問題の「総勘文抄」に変わりますが、系年が弘安二年十月になって
いますが、果たしてその事情は奈辺にあるのでしょうか。天台宗と確執
が頂点に達した熱原法難の時期に重なります。智証のことを「先徳大師」
と。偽撰にしては、この撰述者の制作意図が見えてこないのです。
617
:
犀角独歩
:2006/04/21(金) 01:10:45
文殊さんは、日蓮が全集に関心を寄せた時期を一体いつ頃であると考えているのでしょうか。
俊範から日有と話が、あまりに2次元過ぎて、時系列が意識されていないように思えますね。
なお、総勘文抄の件は、答えを待つこととします。
618
:
犀角独歩
:2006/04/21(金) 01:11:30
【617の訂正】
誤)日蓮が全集
正)日蓮が禅宗
619
:
顕正居士
:2006/04/21(金) 19:30:28
わたしは立正観鈔送状はたいへん疑問の書だと考えます。
「己証既に前方便の陀羅尼なり、止観とは説己心中所行法門と云ふが故に、明かに知んぬ
法華の迹門に及ばずと云ふ事を。何に況や本門をや。若し此意を得ば檀那流の義尤も吉なり」
檀那流の義というのは「檀那流には止観は迹門に限る」と前にあります。
止観は奪っていえば爾前である。与えていっても迹門である。止観は玄文に劣ることになる。
これは日蓮の思想と全く整合しない。玄文には百界千如しかなく、真の一念三千は明らかではない。
それは止観の正修章にのみある。そして依文は寿量品である(智論ではない)というのが一貫した
日蓮の思想である。
写本の検討が必要だとおもう。もっとも写本の時代性が確認されても、こんなに混乱した内容は
真書とおもえないし、かえって上代だからこその偽書であろうとおもいます。
620
:
文殊
:2006/04/21(金) 21:54:07
犀角独歩さん、真蹟遺文に見る禅宗対破は「安国論御勘由来」(中山
法華経寺、47歳)を以って稿矢と為すと思われます。大日能忍は
法然とともに「二人の増上慢の者」として指弾されています。一時
日蓮から寵愛を一身に受けていた三位房日行に対する「法門申さる
べき様の事」(中山法華経寺、48歳)に「叡山の正法の失するゆえ
に大天魔・日本国に出来して法然大日等が身に入り」「名は天台真言
にかりて其の心も弁えぬ高僧・天魔にぬかれて」「禅は・はるかに天台
真言に超えたる極理なり」この時点で日蓮は叡山教学が急速に禅宗に
よって席巻されていることを存知していたことになります。
621
:
犀角独歩
:2006/04/21(金) 22:20:38
文殊さん
620のごとく時系列であるとすれば、日蓮が俊範のもとに学んだ時点で禅を云々する根拠は崩れると思いますが、この点が如何でしょうか。
622
:
文殊
:2006/04/21(金) 22:35:02
犀角独歩さん、「総勘文抄」真偽問題についてですが、「録内御書」に
分類されていますが、このことは全くの偽書と断定できるのかという問
題が生じます。偽書と断定するならば「総勘文抄」は系年も含めて、なぜ
大部の天台系文献を駆使して誰に、何の目的のために(自山宣揚のため
とか、京都布教で山門衆徒と対立関係にあり理論武装に必要だった)わざ
わざ宗祖に化託して「偽書」をこしらえたのか?源信の「自行略記」を
底本にしているといわれます。手元にありませんので、厳密な校本対合は
顕正居士さんにお願い致したいのですが。在家の素人教学ですが、私なり
に「総勘文抄」を読んでみまして「然るに宿縁に催されて生を仏法流布の
国土に受けたり。善知識の縁に植いなば」の「善知識」に着目してみまし
た。「三三蔵祈雨事」(大石寺、54歳)に「されば仏になるみちは善
知識にはすぎず」「善智識たいせちなり」「一眼のかめの浮木に入り」
に照応するのです。「本覚」の用語はともかく、「善知識」の重要性を
説示するところは真蹟遺文とも思想的な整合性があると考えます。
623
:
文殊
:2006/04/21(金) 22:45:32
犀角独歩さん、投稿が前後してしまいました。京畿遊学中に禅宗を
強く意識したという遺文は現時点では新史料が発見されていません。
日蓮が40代のとき、当時の最側近三位房を通じての情報によるもの
が大きかったのではないでしょうか。50代で最蓮房なる天台学僧の
「音信」を通じて「禅勝止観」義を知ったということでは。
624
:
犀角独歩
:2006/04/22(土) 07:10:24
文殊さん、二点。
一点。わたしを含めて皆さんは、総勘文抄を、正確には『三世諸仏総勘文教相廃立』というべきでしょうが、この書を直ちに偽書であると言っているわけではありません。真跡を遺さない故に日蓮の教学の定規にすべきではないといっているのです。これは真跡主義全般に言えることでしょう。
日蓮その人の教学を知るうえで定規とすべきなのは、第一に注法華経であり、次に真跡遺文である、これらを基準にして、いわゆるその他写本と言われるものを考えるということです。真跡のみを取るか・御書全体を取るかといった選択論ではありません。あくまで基準を何に定めるのかという人文科学的、書誌学的判断です。
ですから、先より話題になっている「本覚」ということならば、真跡:写本=1:70という著しい使用頻度の差異があれば、この考えを日蓮は採用していなかったという判断が至当なものであることになるという次第です。
この書を文殊さんは、読み直してみたうえで、真跡の可能性を『三三蔵祈雨事』のことからさぐったというのが直前のご投稿の意味でしょうか。
わたしはこの書の冒頭「夫一代聖教とは総て五十年の説教なり。是を一切経とは言ふなり。此を分かちて二と為す。一には化他、二には自行なり」、この一節だけでも、二つの問題を感じます。
一つは「総て」という語の用法です。この用例は、真跡遺文から見るとき、『日妙聖人御書』(文永九年5月25日 51歳)に一度、「総(總)て」と使われていますが、他にはないようです。「總」の字の使用数は、ざっと数えただけですが、70余り、多くの使用法は「総じて」また、総罰といった漢成句の冠頭での使用です。つまり、日妙に宛てた書の「総て」は真跡遺文中では特例に属します。日蓮が「すべて」と書く場合の用例は「都て」で、真跡遺文中では、だいたい20の使用例があります。それにも拘わらず、総勘文抄では「総て」を使っています。やや首を傾げざるを得ません。
もう一つは「一切経…化他…自行」ということです。日蓮の一切経分類は「一代五時」であり、曽存に枠を広げれば内外大小顕実本迹と言ったものです。自行・化他という分類は見ません。語句として、真跡遺文の自行の使用例は3箇所、化他は2箇所で、しかも自行・化他という相対で使用されているものではありません。つまり、真跡遺文から見る日蓮義では一切経を自行・化他に分かつという分類はないのです。
さらに一つを加えれば、そもそも題名の『三世諸仏総勘文教相廃立』の‘廃立’ですが、この用例は、真跡遺文では、ただ1箇所のみ、それも『浄土九品事』で「諸行を廃して念仏に帰せんが為に而も諸行を説くなり」ということを廃立といい、これは廃立・助正・傍正という浄土教学の3分類の説明に使用する語です。それが総勘文抄ではまったく違う意味によって題名とされています。
以上、冒頭の1行を取っても、この書が日蓮真筆であるということを、わたしは訝しく考えます。
2点め。日蓮の禅の認知ということですが、この点を考えることについても二つに分かち、記します。
一つ。先の投稿で、文殊さんは日蓮(蓮長といったほうがよいのかもしれませんが)が俊範に師事していた段階で禅を認知していた如く論じていましたが、これは先ず有り得ないでしょう。ただし、38歳の『守護国家論』の段階で「禅宗」という表現をされています。ただし、ここでいう「禅宗」は、現在で言う○○宗といった宗派分類とはニュアンスが違うでしょう。
もう一つ。日蓮が禅を意識するのは、北条家が大陸から禅師を迎え、それが武家に伝播し、鎌倉仏教の新主流になっていった危機感にあるというのが、わたしは至当な見方であると考えます。つまり、日蓮が言う禅とは、この禅を指すのでしょう。この時期は、日蓮が流地から鎌倉に戻った頃ではないでしょうか。この認知は、別段、三位房、最蓮房という人々を引き合いに出すまでもないことであろうと思います。
重要な点は、日蓮が四箇格言などといわれる念仏・禅・真言律と論じるとき、その教義比定もさることながら、常に、具体的な人間を意識していたということです。その意味において、実に日蓮は人間くさいと、わたしには思えます。
なお、日蓮の禅批判は、仰るような最蓮房「禅勝止観」などということではなく、禅天魔の所為とは「教外別伝」を以て捌くのが日蓮の在り方です。
625
:
犀角独歩
:2006/04/22(土) 15:42:38
ちょっと、補足します。
> 日蓮が四箇格言などといわれる念仏・禅・真言律と論じるとき…具体的な人間を意識
これは要するに、日蓮がライバル視というか、批判の対象とする人々という意味です。
法然、良観等の類ということです。
626
:
文殊
:2006/04/22(土) 18:34:50
「三世諸仏総勘文教相廃立」は弘安二年十月との系年になっていますが、
なぜ農民信徒斬首事件の渦中にあってかくも冷たい思索に終始しているの
かは私にとって長年の疑問です。「なごへの尼せう房・のと房・三位房」
(「聖人御難事」十月十日、中山法華経寺)「種種の秘計を廻らし近隣の
輩を相語らい遮つて跡形も無き不実を申し付け」(「滝泉寺申状」十月、
中山法華経寺)と緊迫していた状況でした。この時は三位房の離反事件
があり、京畿遊学経験の三位房に代わって、関東天台出身の日興が頭角
を現した時期でもあります。苅田狼藉事件農民信徒逮捕拘留にあって、
日蓮が源信の「自行略記」を参照しつつ「総勘文抄」を「執筆」して
いたと仮定すれば、「善知識」(日蓮は教団内の秩序として「師弟」義
と同じ意味で用いていたと考えます)の重要義を説示したのでしょう。
但し、「総勘文抄」のどこからどこの部分が「自行略記」からの引用
であり、肝心の日蓮の独自思想はどこにあるのかは、「自行略記」と
の厳密な検証が必要です。さしあたり、私は結論部分に着目してみた
のです。「春の時」「風雨の縁」「秋の時」「月光の縁」「三世の諸仏と
一心に和合して妙法蓮華経を修行」師匠の日蓮に従って一心に唱題
行に励むならば成仏できる。これを知るを本覚・仏であり、これに
迷うを無明・凡夫であるぞよ、いかなる障り(法難)も日蓮とともに
乗り越えていこうとの趣旨でしょうか。犀角独歩さんのような明晰・
合理的な書誌学的考察には及びません。「總」の用例については思い
もつきませんでした。長くなるので続きは数時間後に改めて投稿します。
627
:
文殊
:2006/04/23(日) 00:12:08
「一に諸行を廃して念仏に帰せんが為」「二に念仏を助成せんが為に」
「三に念仏諸行の二門に約して各三品を立てんが為に」(「浄土九品の
事」)「難行易行・聖道浄土・雑行正行・諸行念仏、法然房の料簡は諸
行と念仏と相対なり」と「此れを分かちて二と為す。一には化他、二
には自行」(「総勘文抄」)の二分法論理と「法然房の料簡」とがあまり
にも酷似していることが分かりました。「浄土九品の事」(西山本門寺)
という普段では滅多に読まれない遺文を引用される犀角独歩さんに、
並ならない教学センスを感じました。「廃立」の論理が浄土のロジック
であることを。問題の「本覚」の真蹟遺文に見る用例ですが、「八宗
違目抄」(京都妙顕寺)に「華厳宗は一念三千の義を用いるや」の問い
に対して経証として蓮華三昧経の「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に
住して本より来た三身の徳を具足し」と並列的に挙げているのみです。
「八宗違目抄」のみが「本覚」であれば、まさに本覚思想であるとい
うことはできないです。では始覚思想かといえばそうでもない。「心の
月くもりなく身のあかきへてはてぬ、即身の仏なり・たうとし・たうと
し」(「光日尼御返事」小泉久遠寺)「日女御前の御胸の間・八葉の心蓮華
の内におはします」「日女御前の御身の内心に宝塔品まします」(京都
本能寺)と女性信徒に対する教導に本覚思想を部分的に援用していた
と考えます。然し「新田殿御書」にあるように「経は法華経・顕密第一
の大法」「仏は釈迦仏・諸仏第一の上仏」「行者は法華経の行者」の三事
相応が檀那の一願成就の前提と為すので、中古天台とは完全に一線を画
しています。「新田殿御書」(大石寺)は大石寺では忘れ去られていま
すが、「21世紀日蓮義」再構築に向けて手がかりになる真蹟遺文では
ないでしょうか。
628
:
犀角独歩
:2006/04/23(日) 09:17:37
文殊さん
少し遡りますが、
> 録内御書
録内と言っても、その編纂は蓮祖滅後100年以上を経てのことですから、まあ、録外より信頼度は高いけれど、その程度の基準にしか今はなっていないわけでしょう。門下伝説としては、蓮祖三回忌かなんかで行われたと言われてきた。しかし、実際は100年程あとのことであった。2年と100年ではこれはずいぶんと信頼度は違ってきます。真偽の判断基準にすることには躊躇いが生じることになったのでしょう。
また、今成師のご指摘であったと思いますが、たとえば『如説修行抄』を師は偽書であると断定されるわけですが、では、それが造られた時期はいつ頃かと言えば、日蓮在世であるというわけです。この説にわたしは吃驚させられましたが、しかし、あり得ないことではないと思います。日蓮は虚御教書には悩まされたようですし、偽書との格闘は既に在世に始まっていたと見るのは至当であると思えるからです。
日興の遺言であるとされる『日興遺誡置文』に
一、御抄何れも偽書に擬し当門流を毀謗せん者之有るべし、若し加様の悪侶出来せば親近すべからざる事。
一、偽書を造って御書と号し本迹一致の修行を致す者は師子身中の虫と心得べき事。
という2項がありますが、仮にこの置文が本当に日興によるとすれば、蓮祖滅間もなく、このような事態が生じていたことを物語っています。それが仮託であったとしても、録内編纂の頃には、既にこの事態は生じていたのではないでしょうか。わたし自身は、この100年の間に録内に突っ込まれたいま現在信頼されている写本にこそ、慎重になっています。特に日興写本には神経を払います。より具体的に言えば、真蹟を残さない日興写本を手放しでは信頼していません。その代表が『本尊問答抄』です。「末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。答へて云はく、法華経の題目を以て本尊とすべし」という一節を真蹟遺文の次に置く理由もここにあります。
偽書問題は、日蓮門下一般のみの問題ではなく、当時の日本全般の出来事であったのであろうと推測されます。
> 偽書…誰に、何の目的のために…わざわざ宗祖に化託して「偽書」をこしらえたのか?
真偽問題を考えるとき、わたしは、このような「推理小説まがい」と言えば失礼かもしれませんが、疑義の立て方はかえって事実を探る邪魔になるものであると考えます。
以前も例に引きましたが、わたしが件の彫刻を北山所蔵の日禅授与漫荼羅を原本とし臨模・作為した模造品であると断定したとき、やはり、同じような視点から。わたしの鑑別を批判した人がいました。「なんで日禅授与漫荼羅を使わなければならないのか、北山にあったものをどうして、原本にできるのか、その点が説明されなければ採用できない」というわけです。
目的とか理由など、知る由もありませんが、しかし、日禅授与漫荼羅と石山彫刻の二つを比較するとき、画像として相似しているのは動かぬ事実です。つまり、捏造の経緯や、動機などがわからなくても、相似していることは一目でわかることです。
北山所蔵の日禅授与漫荼羅と酷似していると言うことは、要は石山所蔵の同漫荼羅は、北山のそれと酷似していることを意味するのであって、そのことから、いまは石山所蔵となっている同漫荼羅を原本としたという結論に達することになります。別段、その捏造動機など考慮する必要はありません。
翻って当て推量で申し上げて恐縮ですが、文殊さんが『総勘文抄』について、偽書仮託の動機を挙げることは、これは裏返せば、ご本人の信念体系から、この書が偽書であっては困るという“事情”があるからではないでしょうか。この点は本覚論についても、言えます。
そもそも真偽を云うときに証明の義務を追うのは偽を言う者であるというより、真を言う者であるというの世間の常識です。「本人であることを確認できる証書を提示してください」とか、「鑑定書はありますか」といった形で、一般社会では常に真である証拠の提示を求められます。
ところがおかしなことに、殊、日蓮、もっと言えば創価学会を含む石山圏という信念体系ではまったく逆のことを求められることになります。そして、肝心の真を証明すべき彫刻であるとか、文献類に関して、その真たる証拠を求めると、あろうことか逆に「偽であることを証明しろ」と開き直る始末です。何をか言わんやとは、このことでしょう。
629
:
犀角独歩
:2006/04/23(日) 09:20:06
―628からつづく―
では、このような開き直りが(文殊さんの622のご投稿が「開き直りである」というのではなく、石山の開き直り論法に引っかかっているのでないのかという憶測ですが)何故、起きるのか、それは、それまで、自分が信じてきたことに対する執着があるからではないでしょうか。これは文殊さんのことを申し上げると云うより、わたしの自分史がそうであったから、そう記すわけです。しかし、この掲示板にいたり、議論に徹底してつきあってくださる皆さん、特に問答名人さんの学恩によって、過去半世紀近くも自分が信じていたことを変えられない自分とは、抑もいったい何なのか、信仰に対する強い思いがあるからかなどと自己分析もしたわけです。結局のところ、自分が信じてきたことを批判されることに対する拒絶反応に原因があると考えられるわけです。先にも挙げた今成師の摂折論争の現場で顕本法華宗辺りでもたいへんなものがあったわけですが、ここでも守られようとしているのは、日蓮とその教えであるという見かけがありながら、実のところ、それぞれ、自分が信じていることに対する執着とそれをいじられることに対する憤りがその奈辺で蠢いていると観察できたわけです。
しかしながら、例を日蓮に採れば、権実を云うに、そこで権(かり)を簡んで実を取ると言う、それは正直捨方便ということでも善いのですが、結局のところ、事実、真実を採るというところにその精神があるとわたしは観察します。
日蓮は法華題目の人というのは建長5年以降の話なのであって、子供のときに清澄寺に上った善日麿(薬王麿?)は後に出家して蓮長となっても、そこで修学していたことに信仰があったわけでしょう。それが普賢信仰であったのか、称名念仏であったのか、あるいは真言混交の日本天台の当時の教えであったのか杳としていますが、ともかく、幼少より培った背景の信仰があったのでしょう。しかし、日蓮はそれを捨て、真実を選ぶ道を採ったわけです。法華真実は真実かという今日的な課題はありますが、しかし、日蓮の姿勢は、真実を正直に選ぶという姿勢で一貫されていた。わたしの日蓮観はここにこそあります。日蓮は真実を信仰する実践者であったと考えます。真実・事実の探求と、その信仰です。わたしは、この日蓮の姿勢を信仰します。なぜならば、近代の真理探究という精神との、類型を見るからです。
ところが、現在の石山門下の人々は、真実を信仰しているわけではなく、反って、それどころか真実の探求に眼を瞋らせているわけです。何故か。結局、それは自分信じていることを真実であって欲しいという執着を脱し得ないからでしょう。結局のところ、真実を探求することより、自分が信じきたこと、実践してきたことを信じるという主客転倒に陥っているように見受けます。
日蓮が信じていたものは、現代の科学のもとでは次々と解体され、相対化されました。しかし、わたしは真実の探求者、その実践者であろうとした日蓮の精神は、それでも評価に値するところを大きく残していると考えています。真実の探求、真実の実践こそ、日蓮の魂なのだということを、いわば、21世紀の日蓮の根本に据えるべきところではないのかという思いは、わたしの心中では信念信条となりつつあります。当スレは空即是進化さんのご提案によって開始され、しばらくで1年が経過しようとしていますが、わたしの日蓮観は、そのお陰をもって、一つの方向性を見出すことができた次第です。
630
:
犀角独歩
:2006/04/23(日) 09:20:44
―692からつづく―
なお、本覚論ということについて、一言すれば、そもそも日蓮にはそんな認識はなかった、始覚も本覚も意識などしていなかったという実状ではないかと思います。先に記しましたが、本覚が一つの判断肢になるのは、近代の島地大等師以降のことなのであって、日蓮のあずかり知らないことでしょう。もちろん、現代から見て、日蓮の学風は、いったい、どこに分類されるのかという学術研究は可能です。しかし、いまの本覚眼からの日蓮解釈というのは、上述したような“執着”ばかりが鼻につきます。
要は真実は何かということを、いったん、自身の信仰執着から離れた視点から冷静に観察しない限り、この正確な認識は困難でしょう。そして、そこで判断基準になるのは注法華経、真蹟遺文、まあ、敢えて加えれば曽存ということになるのでしょう。石山に永らくいると、この判断肢が、それまで学んできてしまった写本に対する執着が邪魔をしますし、何より彼の偽物4点セットを否定もできないという“しがらみ”もからみつきます。結局、せっかくの学識、努力を払っても、真実を語れないというお気の毒な結果になるのが、先に文殊さんが尊敬を払って紹介された石山学僧の有様ということではないでしょうか。尤も4点セットに関しては正信会も同様で、故に、わたしなどより、遙かに研鑽、研究もしている御仁たちに、真実を探求と実践を生涯の課題とした日蓮の魂への信仰の原点に還れと言わなければならないことになるというのが、当掲示板での、わたしの発言という殊にならざるを得ないことになるわけです。
それにしても、文殊さんは「素人在家」などと自己紹介されていますが、わたしは平成初頭から数カ年、教学部と、石山宗務員内事部『大日蓮』編集室から仕事を請け負っていたので、その周辺の人々はそれなりに知っているつもりではいましたが、あなたのようが学識のある方がいらっしゃることには遂に気づけなかったのは残念でした。もう少し、早く出会いたかったと今般、思ったものでした。
長くなりましたので、627については改めてとさせていただきます。
631
:
犀角独歩
:2006/04/23(日) 09:25:36
【630の訂正】
誤)わたしの発言という殊
正)わたしの発言ということ
誤)あなたのようが学識のある方
正)あなたのような学識のある方
632
:
文殊
:2006/04/23(日) 22:26:53
「真実・事実の探求と、その信仰」「近代の真理探究」犀角独歩さんの
ご意見に賛成します。21世紀初葉現代日本にあって求められるもの
なかんづく板本尊神話・聖地信仰が瓦礫となり「荒地」となった石山
圏にあって伝統教学の何を捨てなければならないのか、漢字文化から
急速に離脱しつつある次の世代に何を遺していくのか、来るべき21
世紀中葉に向けて日蓮遺文の真実を語り継いでいくのか、行動的思想
家犀角独歩さんの思索は豊饒なイマージュに富みます。
633
:
文殊
:2006/04/24(月) 19:21:39
仏教各宗で最も尖鋭的な研究がなされているのはおそらく禅でしょう。
伊吹敦氏の禅の通史は伝統的な解釈を一変させた。高柳さつき氏は道元
抜きの兼修禅としての日本中世禅の見直しを行っている。また道元解釈
も禅僧・哲学者の往復公開書簡を通じて矢継ぎ早に斬新な解釈が生産さ
れている。日蓮がなぜ「教外別伝・不立文字」の大日能忍に批判を向け
たのか。密教禅兼修の栄西でもなく、純粋禅の道元でもなかったのか。
近年禅研究の急速な進展は、日蓮による禅対破の意味を改めて問うこと
になると思います。日本思想史に禅を位置付けようと試みる末木文美士
と参禅体験でなく徹底した中国語文法による読書仏教で中国禅の「同時
代の現代性」を犀利に追求する小川隆氏の論争。欧米における鈴木大拙
受容をめぐるオリエンタリズムと知的刺激に満ちている。浄土に目を転
じても、日蓮は親鸞をなぜ引用することなく法然破折に終始しているの
か。これもまた不思議といえば不思議です。
634
:
文殊
:2006/04/24(月) 19:33:29
末木不美士氏でした。敬称略してしまい失礼しました。
「第三文明」5月号には末木氏最新著「仏教vs.倫理」をめぐる
インタヴューが掲載されています。「理解不能の「他者」と出
会ったり、想像を絶するような出来事と遭遇したとき、それまで
の<人間>の倫理では収まりきらない部分が出てきます」
「そうしたルールからはみ出したところを扱うのが、宗教だと
思うのです」「人間の内面には、嫉妬や憎悪、あるいは殺意と
いった感情も含まれています。近代はそうした心を抑圧してき
ました」「その点、宗教は人間の善悪両面を見据えたうえで成
り立っています」
635
:
犀角独歩
:2006/04/24(月) 22:27:13
文殊さん、つかぬことをお尋ねしますが、末木さんを評価される理由は何でしょうか。
636
:
文殊
:2006/04/25(火) 00:16:39
充道さんが絶賛していることもあります。末木さんは充道さんを持ち
上げて論文に引用充道さんを「全国区」に押し上げたこともあります。
禅研究が末木さんのベースでしょうか。最近は。天台本覚思想から禅
にシフトしているかもしれません。末木さんは「第三文明」たびたび
登場でもわかるように東哲とも通用があり、かつ充道さんとも盟友と
いうまあ何といいますか忙しい方です。近年、文章がひどく荒れてき
た感じがします。『解体する言葉の世界』(岩波書店)なんか駄作
です。友人の佐藤弘夫氏は「思想」の書評で「魔物が取りついた」と
酷評しています。末木さんは近代日本の哲学者の仏教理解についても
強引といいますか勝手きままな文章を書き散らしていますね。天台
本覚思想に専念してほしいと思うのですが。ジャクリーヌ・ストーン
女史の翻訳とか。このままでは仏教界の柄谷行人さんになりかねない
ですよ。
637
:
文殊
:2006/04/25(火) 01:05:26
でも末木さんもいいこという時があります。波が激しいといいますか、
そのときどきで振幅が激しいというべきか。石山でいえば達師に資質
が似ているかもしれません。私が末木さんの夥しい文章を読んでみて
心を捉えた一節がありました。「私は、自ら体験しえない「死」を
哲学の中に組み込むのではなく、実際にわれわれがもたざるを得ない
「死者」との関わりを原点とすることにより、現世の世俗社会に閉ざ
された哲学を突破する道が開かれるのではないかと考える。「死」を
哲学に組み込もうとするかぎり、ハイデガーの「死への先駆的決意」
というところが限界であり、「死」そのものに直接関わることができ
ない。しかし、われわれは実際に死者と関わりながら生きている。と
いうよりも、われわれは死者との関わりなしに生きることはできない」
「身近なものの死を経験した人ならば、恐らく誰でも、死者がただ無
に帰してしまったとは考えられないであろう。不在の死者に語りかけ、
また死者の声を聞く。それは身近な死者だけではない。戦争の死者、
虐殺の死者たちもまた、常にわれわれに語りかけ、われわれを責める。
それは、「無限」対「有限」という抽象的な関係ではなく、きわめて
具体的な関係である。そして、その関わりの中から仏陀を見出し、
また倫理の可能性を見出していくことができるのではないかと考える」
(「仏教の非神話化とそのゆくえ─今村仁司『清沢満之と哲学』を
めぐって─」「思想」2004年11月号127頁)かくして私は末木さんに
傾倒しています。片っ端から読んでいます。
638
:
犀角独歩
:2006/04/25(火) 10:51:31
文殊さん
末木さんは、『天皇信仰と仏教』をテーマで、本年1月に話を聞きました。
まあ、コメントは避けます。
それにしても、“「死者」との関わり”といったテーマは、末木さんを典型とするものではないと思います。本来の日本という意識分析においてラフカディオ・ハーン、チェスタトンを挙げて、渡部昇一師が『日本史から見た日本人・古代編』(祥伝社)というベストセラーで、以下のように記しています。
「日本人の「死」に関する特殊な観念……日本の死者は死んでもなくならない。……死ぬというのは「退去」なのであり消散ではない…日本人が死んだ祖先のことをいつも気にしているのは、明治に日本に来た外人の目にはひどく異様に見えたものらしい。それでラフカディオ・ハーンなども、日本の特徴を、「死者の支配(レグヌム・モルトオルム)」と言っているくらいである…G・K・チェスタトンは、これ(死者のことを考えるのが正統主義のセンスである)を時間的民主主義の拡大と名付けている。普通の場合、民主主義の拡大というのは、選挙権の水平的確題に対して用いられてきたわけだが、彼は死者の意見を考慮すること、つまり伝統として残されたものに、しかるべき敬意を払うことが民主主義を拡大することになると考えたわけである」(P81〜86)
等と記していました。日本人の「ご先祖様」といった観念は、何も末木さんの文章に依るまでもないことであると思います。
こう言っては何ですが、末木さん、花野さんといった日蓮の実像から考えるとずいぶんと距離のあるところから、日蓮を拝んでいらっしゃるのだという印象を受けます。
639
:
犀角独歩
:2006/04/25(火) 11:21:39
文殊さん
引き続き、もう一つ、質問させてください。
本覚の魅力というのは、何ですか。そこまで執着される理由は、いったい、どこにあるのでしょうか。
640
:
文殊
:2006/04/25(火) 20:35:57
私の場合は、末木・花野両氏の諸著述・諸論文を通じていわゆる本覚
思想に関心を懐いたというのが実情なのです。天台学に精通している
顕正居士さん、現代における富士上代文書の第一人者れんさんのように
白文・第一次史料に直接アプローチするのではなく、おふたりの論文
を手がかりに「立正観抄」「三世諸仏総勘文教相廃立」を読んでみた、
ということなのです。私にとって本覚思想は日蓮の信行論という文脈
でなく末木・花野両氏による「現代思想」なのです。たとえば、柄谷
行人氏がウィトゲンシュタインを「現代的」に語ったとはいえ、それ
はウィトゲンシュタインの実像を精確に把握したものではないでしょう。
むしろ、岩波文庫から「論考」の新訳を上梓した野矢茂樹氏の方が遥か
に実像に近いといえます。末木・花野氏の「現代思想としての本覚思想」
はあくまでも近代日蓮解釈のひとつであって、日蓮遺文そのものの真実を
素描するものでなく、ひとつの「美しい物語」の語り手として大衆的な
人気・大衆受容に成功しているのではないかと思われます。犀角独歩さん
ご指摘の通り日蓮には「本覚思想」の概念はありません。1970年代
後半論壇デヴューした末木・花野両氏が全共闘・新左翼運動の蹉跌の余燼
覚めやらない時代思潮にあって、フランス・ポストモダニズムの思想的
影響を受けつつ、あくまでも「現代思想」として論陣を展開していった。
私は同時代人として思想的な影響を受けているということなのです。
第二次世界大戦の「戦争の死者」は未だに全員の遺骨が収集されてはい
ない。クメール・ルージュによる「虐殺の死者」もです。末木氏の死生
観には陰影が深いと感じます。
641
:
犀角独歩
:2006/04/25(火) 21:57:50
文殊さん、640に記されるところ、なるほど、そのような意味かと拝読しました。
わたしなりの意見を述べれば、本覚解釈など、もはや「現代思想」ではなく、20世紀の遺物に等しいという感覚があります。そんな時代解釈は、精査された日蓮実像に迫る在り方に比べれば、既に近代の話という認識です。
ところで文殊さんは末木さんご本人にお会いになったことがありますか。
文章はともかくとして、「死生観には陰影が深い」という表現は、実際に本人の話を聞いた印象からすると隔たりがありますね。
日蓮を読むのであれば、日蓮その人の確実な資料を手がかりにして疑偽書を読む以外に、何故、花野さん・末木さんを選ばれるのか、わたしには理解できません。また、そこで選ばれるのが、立正観抄、三世諸仏総勘文教相廃立という選択も理解しがたい部分です。
当掲示板で、本覚論などを、真剣に信じているような方が参加されているのでしょうか。まあ、どのような方が記されることにも、特に制約はありませんでしょうが、むしろ、本覚を卒業したところからの議論のほうが話題の中心ですから、文殊さんのお求めの意図は、やや斟酌いたしかねるところがあります。
642
:
文殊
:2006/04/25(火) 22:42:42
当掲示板は、本覚を卒業したところからの議論を前提とされている
こと領解しました。他スレッドでの法華仏教思想・富士初期教団考
のレベルの高さに、拙稿の至らなさを痛感する次第でございます。
本覚についてはこれ以上当掲示板では投稿はしません。改めて勉強
し直します。私にとって末木さん・花野さんの本覚思想はいわば、
言葉は悪いですが「脳内麻薬」なのです。一度読むとまた読みたく
なる・・・ご叱正覚悟の上ですが、正直に記します。末木さんに
お会いしたことも講演をきいたこともございません。末木さん
の死生観は私なりの主観的な思い込み読み込みがありました。
広島・長崎の被爆の記憶も風化に、イラク戦争の劣化ウラン弾
も忘却の彼方になりつつある時代認識を末木さんの文章に投影
させました。
643
:
犀角独歩
:2006/04/25(火) 23:18:42
文殊さん
> 広島・長崎の被爆の記憶も風…イラク戦争の劣化ウラン弾も忘却
この二つは、ハンディーキャップ問題と併せ、日蓮以上に、わたしの主要テーマです。
しかし、ここに花野さん・末木さんの脈絡は、全くといってよいほど感じられませんが、これはわたしの誤認識でしょうか。
644
:
犀角独歩
:2006/04/26(水) 10:02:08
文殊さん、昨晩は疲れていたので、簡単に済ませましたが、改めて記します。
> 本覚…これ以上当掲示板では投稿はしません
いえ、わたしは、ご投稿を妨げる意図はありません。ただここは、挙証義務を厳しく言うことによって意義ある議論を積み重ねることができた場でしす。ですから、その筋をしっかりとお守りになれば、有意義な議論となると思います。
ただ、わたしが思うのは、学会を含む石山圏の人々が本覚を語る前提として、偽物4点セットに対する社会的・道義的な責任を果たしたうえで語らない限り、傾聴に値しないという側面があります。そもそもこの点は50年も前から指摘されていることです。
本覚という視点については、わたしはある面、ここ富士門流においては、‘言い訳の轍(わだち)’になっていないかという臭味を感じるわけです。また、日蓮を理解するうえで、この轍は、一つの結論に、つまり、特定の結論に転がり落ちていく危険をはらんだものであり、また、転がり落ちたその場所は日蓮の実像からほど遠いものになるという悲惨な結末も有しています。
本覚云々という視点は、わたしの思惟のなかでは、もはや、古層に属し、この轍を辿っても、日蓮の実像に至れないことは経験則で知っています。故に人には勧められないと言うことです。しかし、それはわたしの浅薄な知識に支えられたものですから、確実な資料から再考を迫られるのであれば、それは快く考えてみたいと思います。しかし、これらの提示する人々は轍から一歩も出ることなく、結局のところ、殊石山においては、つまらぬ偽物4点セットをよそに議論の遊技に陥っています。
> 「脳内麻薬」
これは適宜な表現であると思います。実際のところ、日蓮本仏論にせよ、「本門戒壇の大御本尊」にせよ、そういった快楽原則に基づいて、人々を誣いているわけです。
しかし、文殊さんはすでに、これらお道具が偽物であることを内心として結論に至った。その時、次の、自分の、信仰と理性に与える脳内麻薬が必要となったのではないでしょうか。少なくともわたしにも、そんな経験はありました。
文殊さんは近代思潮に強い関心を懐かれているようで、この点は死生観、つまり、本来、仏教でその答を見出そうとされてきた四苦八苦の答を仏教と関連して見出されようとされる一環ではないのかと、勝手ながら観察しています。では、このような試みは確かに近代日本では繰り返し行われてきましたが、取り分け、その中でも、この技法で自分の信念体系を肯定化しようとした先駆けは、牧口常三郎氏にその典型を見、富士門下のその後の流れを創ってしまった観があります。この最初の試みは、彼の価値論と石山教学の無理な合体でした。「木に竹を接いだような」と的確に分析されてから、既に50年が経過しています。しかし、その後もこの技法は留まることを知りませんでした。結局、第三文明社や、聖教新聞社、果ては東洋哲学研究所に至るまで、この技法で、自己正当化の論理を構築した半世紀であったとも見えます。この点は石山の日蓮本仏論、彫刻の肯定論でも活用された中世の歴史もありました。この点は、当掲示板で語り尽くしてきました。
故に、やや牧口氏にのみ触れれば、金子弁浄師は、この価値論を、Theodor Lipps、Wilhelm Windelband、Heinrich Rickert、Emile Durkheim から受けたものであると分析したわけでした。そして、彼の価値論は幸福への希求であり、それが戸田氏に受け継がれるや、先の捏造であった彫刻をして「幸福製造機」と俗化を果たし、ついにその教線を不動のものにしたという経緯があったわけです。
647
:
犀角独歩
:2006/04/26(水) 13:07:56
【644の訂正】
誤)できた場でしす。
正)できた場です。
―644からつづく―
そもそも、日蓮の教えと現代思潮をつなぐものなど、何一つありません。しかし、これら“アクセサリー”の飾りは、それを華美に見せかける効果は絶大であったのでしょう。それが先に挙げた創価学会にかかる出版の過多と経営を支えるものとなっていったのでしょう。これに警告を発したのが聖教新聞初代編集長であった石田次男氏でした。この警告は一定の意義を持ちはしましたが、しかし、彼の教学理解は、戸田氏を師匠と仰いだためにそこが蓋となってそれ以上、高みに上がることができなかった憾みがあります。石田氏の著述は今から見れば、お粗末なものですが、それでも、当時はそれなりの意義はあったと思えます。
結局のところ、石田氏の警告は、生かされることなく、今日に至っています。
文殊さんは、先に幾名かを挙げていましたが、現代思潮から日蓮を解読することほど、日蓮の実像から離れることはないと、ここ掲示板で警告を鳴らしてきたつもりです。しかし、時折、先の牧口氏以来の轍に知らず嵌った人々が、現代思潮を引っさげて、ここに漂着します。
執行海秀師は、当時の創価学会・戸田氏を見事に分析し、この現場における哲学の扱い方を「創価学会という名称の如きも、これに由来する…この価値論によって、学会に於ける教学上の学説なり、信仰なりを哲学的に根拠づけようと試みている…石山派数学の思想と、創価学会特有の価値論の思想との間に、何等の関係も見出すことは出来ないのであって、全く木に竹を繕いだような感がある」と慨嘆をもらしたうえで、また、金子弁浄師は、「哲学と宗教との区別を取除き、宗学(神学)という重要な分野が存在していることを無視しようとするなど、独断的な哲学観、宗教観を平気で記すことを許している…戸田氏が先生である牧口氏のように哲学についての勉強をしていない」と、哲学から仏教を見る過ちを正すと共に、さらに哲学の両輪の一輪である神学、敢えて仏教に当て嵌めれば宗学を無視した点を弾呵しているわけです。わたしは、この分析は実に秀でていると考えます。また、この創価学会の悪貨に実は逆に影響を受けたのが石山でした。
つまるところ、現富士門下の実情は、信行学という鼎立すべきものを解体し、それぞれ別の論を構えることによって生き残りを図るという醜い形相を呈しています。つまり、信とは彼の偽者4点セットであり、行は宗教法人の主要行事への参加で、学は現代思潮にそれを求めるという分離です。しかし、このような姿勢が正直な態度であるはずはなく、日蓮の精神に沿うものであるはずもありません。
脳内麻薬から脱却には苦痛は伴いますが、真実への道程とは、斯くあってしかるべきであると、わたしは敢えて苦悶を選択してきたものでした。四苦八苦を超えることは、快楽でこれから遁れることではなく、正面から向き合う以外に平安の方途はないというのが、元来の仏法の教えであるとも思うからです。
率直に申し上げて、文殊さんは、以上の轍に嵌っているように、お見受けするわけです。
また、影響を受けている人々も、その轍の前に敷かれた古い轍に嵌ったまま、次の轍をさらに深めた人々ばかりのように映じるわけです。
せっかくのご縁ですから、上記のわたしの愚案を少しでも斟酌していただければと存ずるしだいです。
> 広島・長崎の被爆の記憶も風化に、イラク戦争の劣化ウラン弾
この点については、他スレッドに、やや記していますので、ご高覧をいただければとも存じます。
648
:
文殊
:2006/04/27(木) 01:12:12
西洋近代の教育を受けている現代人にとって、純粋宗学の確立のために、
西洋からの影響を完全に排除することは難しいと私は考えています。13
世紀の日蓮と現代思潮とは何の相関性もなく、強いて西洋哲学という余事
をまじえると、それだけ日蓮の実像との乖離が目に見えて分かるというデ
ィレンマに陥るということになります。ご指摘の通り哲学と宗教から独立
した宗学(神学)の分野の存在には蒙昧が啓かれる思いでございます。現に
ローマ・カトリックでは西洋哲学とは完全に一線を画する組織神学が確立
しているのであって、日蓮教団に宗学があって然るべきであり、安易に哲
学との融会は禁欲を課すべきものでしょう。今後、純粋宗学の確立に向けて
努力を傾注すべきことについては異存はありませんが、然し、純粋宗学確立
のためにはやはり西洋近代の方法論をも参照する方途は避けられないのでは
ないでしょうか。近代の衝撃は仏教の近代化・合理化との帰結に至ったとの
歴史認識・共通認識とすれば、近代以前の仏教解釈に戻れるかどうかについて
懐疑があります。
649
:
文殊
:2006/04/27(木) 01:40:38
更に一重立ち入りますと、日蓮遺文から確実なる真蹟遺文を厳密に択び、
涅槃経の殺人菩薩思想を排除し、純正な法華経思想を21世紀初葉の現代
人にフィットさせるかについても西洋近代の思惟とりわけ倫理思想の参照
が求められるのであり、西洋近代の教育を受けている私たちにとっては、
こうした思考の手順を踏むことは不可避ではないでしょうか。石田次男氏
による六師義批判は当初は強い思潮となるかのように見えましたが、いつの
間にかに減じていった。石田塾はどうなっているのでしょうか。花野充道氏
にも法論をしかけたはずですが、「道心」で石田塾の論議は龍樹の空思想に
基づくものであり、龍樹─天台─最澄の仏教思想の系譜を無視しているとの
反論が行われていました。日朗門流における純粋宗学に対し、非公認の霊断
師の存在は半数を超える勢いと仄聞していますが、このままでは密教化の危惧
もあります。霊断教学は1960年代に学会に対抗すべく成立したというの
ですが。
650
:
文殊
:2006/04/27(木) 02:14:22
別に論点をそらす意図はございません。牧口常三郎氏の価値論は近代学匠・
堀米日淳氏に思想的な影響を与えています。堀込氏は堀上人の古文書研究
には最晩年の三年間を除いて、批判的であり、堅樹日寛「六巻抄」を繰り
返し熟読すれば奥義にいたるという考えでした。福重照平氏「日蓮本仏論」
の先行研究もあるでしょう。しかし、近代の大石寺は宗学の組織化について
は充分ではなかったことは事実です。左へ右へと揺れ動き戦争協力まで積極
的にしてしまった。未だ今日にいたるまで公式に謝罪することなく沈黙を守
っているのが現状です。牧口思想については松岡幹夫氏による近代日蓮主義
の文脈からの研究がありますが、松岡氏とは別に私からは、地理学の思想基
盤、教育改革思想、完器講の系譜に連なる三谷素啓氏との決別の背景、長野
赤化教員の入会、大石寺との確執と全容の解明には多岐にわたります。石山
教学と近代思潮を融会した、全然異質なものを融会した・・・逆にそれをし
なければ大衆受容がなされたのであろうかと。
651
:
乾闥婆
:2006/04/27(木) 02:29:34
犀角独歩さん。文殊さん。
横から失礼します。
>> 広島・長崎の被爆の記憶も風…イラク戦争の劣化ウラン弾も忘却
>この二つは、ハンディーキャップ問題と併せ、日蓮以上に、わたしの主要テーマです。
しかし、ここに花野さん・末木さんの脈絡は、全くといってよいほど感じられませんが、これはわたしの誤認識でしょうか。
末木文美士氏の近著『仏教vs.倫理』にて、アウシュヴィッツ以降の倫理はいかに可能かを追求しているアヴィシャイ・マルガリットの著書『記憶の倫理』を紹介しつつ、その主張であるところの、宗教に替わるべきものとしての「記憶」の重要性の強調に対し、疑義を表明しています。それが以下に引用するような記憶の風化ということのようです。
「それを安易に批判することは慎むべきであるが、はたして生者の記憶の継承だけで、本当に死者たちを受け継いでいけるのだろうか、という疑問は率直に提示されうる。生者の力をそれほど信頼してよいのだろうか。あるいはまた、死者はまったくの過去の中に葬り去られてよいのであろうか。生者の記憶にしても、それを生者だけで継承していけるのであろうか。苦しみ死んだ死者が力を与えてくれなければ、生者だけでなしうることは本当にわずかしかないのではないか。
広島の平和公園の中心には原爆死没者慰霊碑があり、そこには「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」という有名な文句が刻まれている。死者に向かって、過ちをくり返すまいという生者の宣言は、きわめて重いものがあり、その前に立つものを粛然とさせる。しかし今日、はたして死者は安らかに眠っていてもらってよいのであろうか。過ちが次々とくり返され、しかも次第にひどくなってきていることは、あまりにも明らかである。死者に眠っていてもらい、生者だけで過ちをくり返さないようにすることが可能と考えたのは、いささか楽観的すぎたのではないか。
弱い生者は、放っておけば、どんなに愚かなことでも、残酷なことでも、またまた性懲りもなくくり返し、そればかりかエスカレートしてゆく。それを押し止めてくれるのは、苦しみ死んだ死者たち以外にはない。ヒロシマの風化が伝えられて久しい。生者の記憶だけに依存する限り、どんどん風化していくのはどうしようもない。死者たちの声に耳を傾け、死者たちとともに歩むことができなければ、生者の荒廃はとどまるところを知らない。」(P201-202)
その文脈の中で劣化ウラン弾への言及もあり、文殊さんの言われるところの末木氏の死生観への読み込みとは、このような部分についての思いであるのではないでしょうか。
652
:
文殊
:2006/04/27(木) 06:39:05
乾闥婆さん、ありがとうございます。私はまだ末木氏の『仏教vs.倫理』
は読んでいないのです。深く感謝します。東京新聞2006年4月11日
夕刊六面には「これまでの日本の仏教は戦争に深く関与してききた一方
で、ヒロシマの被爆者をはじめ戦争で亡くなった人たちと向かい合う
努力が足りなかったのではないか」「これからの仏教を考えるには、
もう一度過去の戦争について深く考える必要がある」との駒沢大学にて
のシンポジウム「仏教は世界平和にどう貢献できるか」のパネル発言が
紹介されています。中国・韓国との歴史認識問題を考察するにあたって
も仏教者のアクテュアルな発言が求められています。
653
:
犀角独歩
:2006/04/27(木) 06:43:52
文殊さん
わたしは分離は不可能ではないと思いますよ。
ただ、そうして、抽出した日蓮の実像と信仰が、どれだけ、現代に役に立つかどうかという問題は別にあります。つまり、日蓮とは別に、補填するために現代思潮は有効でしょう。しかし、混合はNGです。わたしは、現代思潮を不要とし、日蓮のみを採ろうと言っているのではありません。日蓮の実像と現代思潮は関係ないと言っているだけです。それを無理に融合すれば、実像から乖離すると言っているのみです。
> 日蓮遺文から確実なる真蹟遺文を厳密に択び、涅槃経の殺人菩薩思想を排除し、純正な法華経思想を21世紀初葉の現代人にフィットさせる
これはまさにわたしの管見をよく整理いただいたところですが、しかし、この条件として必要なのは、必ずしも現代思潮であるとはわたしは考えていません。ここで必要なのは世界に共通する人権感覚です。そして、むしろ、他の思考の影響を受けない澄んだ純粋性の保持が必要であると考えます。
宗学の必要性については異論はありませんが、ただし、これは石山独自で作り上げる例えば富士宗学要集を基礎にするようなものでは全くナンセンスです。この確立の基礎こそ、まさに、真蹟遺文でしょう。つまり、全日蓮門下共通の基盤の確立です。
牧口氏の価値論は、今では創価学会の中でも風化してしまい忘れ去られたもので、単に「この信心をすれば功徳がある。幸福になる」という活動と唱題に置換され霧散してしまった感があります。創価学会とか、石山という範疇では昔話に出されることはあっても、今となっては、それこそ、価値のないものとなった以上、議論を重ねる対象ともならないでしょう。ただし、獄死という悲劇に関しては、冷然院感得日常居士の冥福を祈るものです。
霊断教学が創価学会に対抗したというのは、ピンときません。
高佐氏の発想は、神本仏迹から、要は方向を変えて、戦後、日本社会でどうやって生き残りを図ろうとしたのかという視点でしか、わたしは見ません。そこで言われる教学など、およそ議論の対象にするのは時間がもったいないと思います。
乾闥婆さん
アウシュヴィッツ以降について、わたしはもっとも貢献したのは、社会心理学の研究であったと考えます。その点は既に何度か述べてきました。故に今はその点は置きます。
末木さんが劣化ウラン弾や、ヒロシマについて言及するのは、それはそれでけっこうなことでしょう。ただ、わたしは、ピンと来ないのは、たとえば、それは創価学会や、石山が「平和」を語るのと同様な点です。簡単に言えば、では、末木さんはヒロシマ、イラクに共通する核兵器問題で何をしているのか、ということです。
イラクに自衛隊を派遣している与党・公明党とイコールと見られる創価学会の、出版物に登場する末木さんに、言辞と行動に矛盾がないのかということです。
誰が言ったか忘れましたが、「平和を言うだけなら、ヒットラーでも言った」
実際に苦しんでいる人たちにとって、現代思潮で、それを説明してもらっても、何の足しにもならないし、また、その悲惨の状況をメディアを通じてしか掌握しない人々にとって、それを現代思潮でこねくり回して説明したところで、役に立たない、わたしはこの手の言葉の遊戯につきあう時間は惜しいと考えています。
> 文殊さんの言われるところの末木氏の死生観への読み込
その点は十分に承知しているつもりですが、冒頭に記したとおりです。
わたしは末木さんをここで俎上に上げたところで、日蓮の実像を探ること、もっと具体的に言えば、当スレのテーマである「現代人が納得できる日蓮教学」とは結びつかないので、やめにしようと言っているのです。
654
:
乾闥婆
:2006/04/27(木) 14:17:58
犀角独歩さんの言われているところは理解しております。まったくそのとおりであると考えます。
末木氏は『仏教vs.倫理』の中で、では記憶の風化に対して何が有効なのか、それは日本仏教の受け持ってきた葬儀を通しての死者との向かいあいだといい、葬式仏教を鍛えなおすべきだといいます。著者の熱い思いは伝わってきますが、ピンと来ません。記憶に対して制度としての葬式仏教を掲げたのでしょうが、そのような発言を通して何がどう変わってゆくのか、日本人の死者に対するあり方が意識のレベルでどうなるというのか、まったく分かりません。発言が空回りしているようにも思います。そのような制度も結局は風化の道をたどってきているのではないのか。葬儀という制度が記憶の倫理よりも強靭であるという根拠は見えません。
>しかし、ここに花野さん・末木さんの脈絡は、全くといってよいほど感じられませんが、これはわたしの誤認識でしょうか。
確かに末木氏は脈絡から外れているところで発言してしまっているのだと思います。葬式仏教を鍛えなおすることと「末木さんはヒロシマ、イラクに共通する核兵器問題で何をしているのか」ということとは直接結びつくことではありません。まさに制度の内部から核兵器問題にも言及してみた、というに過ぎないのでしょうし、それは末木氏の死生観を表明する際の一項目に過ぎないのではないでしょうか。そういったスタンスに対する苛立ちは理解できます。
>わたしは末木さんをここで俎上に上げたところで、日蓮の実像を探ること、もっと具体的に言えば、当スレのテーマである「現代人が納得できる日蓮教学」とは結びつかないので、やめにしようと言っているのです。
現代人であるところの末木氏は『日蓮入門』などの一般向けの入門書も出されているのですから、その著者の主張が現代人にいかに納得されえるのか納得されえないのかが議論されることは、私のような素人にはとても参考になります。高いレベルで議論されている方々には申し訳なく思いますが、犀角独歩さんと文殊さんの議論をROMさせていただいて、とても勉強になります。もちろん文殊さんは高い学識を持っておられるのですから、なおさらです。
655
:
文殊
:2006/04/27(木) 14:29:51
犀角独歩さん
世界に共通する人権感覚が前提であることに私は心から同意します。
基本的人権・自由の全面的な尊重・多元的民主主義・法の支配は共通
認識であり、人権諸条約に抵触する殺人思想・宗教はカルトであり、
いかなる理由があろうとも21世紀の世界にあっては不許容性を有し、
抵抗権等の違法性阻却事由は成立しません。
現代思潮から日蓮を解読することは、日蓮の実像と信仰から明らかに
乖離することになる虞があるので今後自戒していきます。
「富士宗学要集」は石山中心史観そのものであり、編纂の堀師自身、北山
文書でも石山に都合の悪い文書は載せなかったので、全日蓮門下共通の普
遍性は21世紀において普遍性は有しません。各山貫首が一同に集まり、
会議を開き今後日蓮門下として真蹟遺文を宗学の基礎とし、教義体系の
再構築を図ることを前向きに話し会うべきでしょう。各山のアーカイヴ
史料を全面的に公開し、資金を拠出して図書館の建設がまずは第一歩です。
656
:
文殊
:2006/04/27(木) 18:59:23
全日蓮門下共通の普遍性は有しませんに訂正します。
乾闥婆さん、知識人の役割と実践者の役割は重なり合うこともある
反面、違う部分も表出されるのではないでしょうか。末木氏は文献
読解中心の知識人であって、サルトルのようなアンガージュマンは
しないわけです。別にイラクに行って劣化ウラン弾被害の実態を告発
したわけでもない。それならば高遠菜穂子氏のイラク体験の重みに勝る
ものはないでしょう。それでも、宗教史の語り手がいなくていいのかと
いうとそうでもない。宗教そのものが知らない人々に啓蒙的な書籍を廉価
な新書で綴るとの役割も大事なのです。末木氏の思想が間違っているか正
しいかは別として、宗教史の、日本仏教史の素描を提示があって、それを
いわば議論のたたき台としての役割があります。
657
:
乾闥婆
:2006/04/27(木) 23:25:06
文殊さん。
言われるところは分かるのですが、知識人がある程度その非実践性を批判されることは致し方ない部分であると思います。サルトルが社会への自己投企を言うとき、是非はともかく、それは知識人としての良心が言わしめ、行動に駆り立てているのではないでしょうか。そのような行動を伴わなければ、何の意味もないとはもちろん言いません。しかしそのような批判にさらされることは一面しかたがないように思います。末木氏の『日本仏教史』が新潮文庫版で出ておりますが、そのような営為は大事なことと思います。『仏教vs.倫理』を一読して、思いのたけ述べているな、という感想とともに、これはある程度批判にさらされるのではないか、との危惧も抱きました。その意味で文殊さんの言われる議論のたたき台としての機能は十分に果たしていると思います。また新書にまとまる前の掲載紙が『寺門興隆』であってみれば、その呼びかけはある種の切実さを伴ったものではあるのかもしれません。
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