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現代人が納得できる日蓮教学

637文殊:2006/04/25(火) 01:05:26
でも末木さんもいいこという時があります。波が激しいといいますか、
そのときどきで振幅が激しいというべきか。石山でいえば達師に資質
が似ているかもしれません。私が末木さんの夥しい文章を読んでみて
心を捉えた一節がありました。「私は、自ら体験しえない「死」を
哲学の中に組み込むのではなく、実際にわれわれがもたざるを得ない
「死者」との関わりを原点とすることにより、現世の世俗社会に閉ざ
された哲学を突破する道が開かれるのではないかと考える。「死」を
哲学に組み込もうとするかぎり、ハイデガーの「死への先駆的決意」
というところが限界であり、「死」そのものに直接関わることができ
ない。しかし、われわれは実際に死者と関わりながら生きている。と
いうよりも、われわれは死者との関わりなしに生きることはできない」
「身近なものの死を経験した人ならば、恐らく誰でも、死者がただ無
に帰してしまったとは考えられないであろう。不在の死者に語りかけ、
また死者の声を聞く。それは身近な死者だけではない。戦争の死者、
虐殺の死者たちもまた、常にわれわれに語りかけ、われわれを責める。
それは、「無限」対「有限」という抽象的な関係ではなく、きわめて
具体的な関係である。そして、その関わりの中から仏陀を見出し、
また倫理の可能性を見出していくことができるのではないかと考える」
(「仏教の非神話化とそのゆくえ─今村仁司『清沢満之と哲学』を
めぐって─」「思想」2004年11月号127頁)かくして私は末木さんに
傾倒しています。片っ端から読んでいます。


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