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現代人が納得できる日蓮教学
627
:
文殊
:2006/04/23(日) 00:12:08
「一に諸行を廃して念仏に帰せんが為」「二に念仏を助成せんが為に」
「三に念仏諸行の二門に約して各三品を立てんが為に」(「浄土九品の
事」)「難行易行・聖道浄土・雑行正行・諸行念仏、法然房の料簡は諸
行と念仏と相対なり」と「此れを分かちて二と為す。一には化他、二
には自行」(「総勘文抄」)の二分法論理と「法然房の料簡」とがあまり
にも酷似していることが分かりました。「浄土九品の事」(西山本門寺)
という普段では滅多に読まれない遺文を引用される犀角独歩さんに、
並ならない教学センスを感じました。「廃立」の論理が浄土のロジック
であることを。問題の「本覚」の真蹟遺文に見る用例ですが、「八宗
違目抄」(京都妙顕寺)に「華厳宗は一念三千の義を用いるや」の問い
に対して経証として蓮華三昧経の「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に
住して本より来た三身の徳を具足し」と並列的に挙げているのみです。
「八宗違目抄」のみが「本覚」であれば、まさに本覚思想であるとい
うことはできないです。では始覚思想かといえばそうでもない。「心の
月くもりなく身のあかきへてはてぬ、即身の仏なり・たうとし・たうと
し」(「光日尼御返事」小泉久遠寺)「日女御前の御胸の間・八葉の心蓮華
の内におはします」「日女御前の御身の内心に宝塔品まします」(京都
本能寺)と女性信徒に対する教導に本覚思想を部分的に援用していた
と考えます。然し「新田殿御書」にあるように「経は法華経・顕密第一
の大法」「仏は釈迦仏・諸仏第一の上仏」「行者は法華経の行者」の三事
相応が檀那の一願成就の前提と為すので、中古天台とは完全に一線を画
しています。「新田殿御書」(大石寺)は大石寺では忘れ去られていま
すが、「21世紀日蓮義」再構築に向けて手がかりになる真蹟遺文では
ないでしょうか。
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