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現代人が納得できる日蓮教学
572
:
パンナコッタ
:2006/04/16(日) 18:37:30
文殊さん、概出ですが、
【『法華経』の場合は『法華経』を聞かなければ「無一不成佛」ではなく、衆生が悉く仏の子だと表明しても、
それが既に仏であるとか仏をやどしているとは表明していない。たとい聞法や小善といったことでも菩薩行を要求する。
また『妙法蓮華経方便品第二』の五千帰去は、『法華経』の聞法すらしない者を「退亦佳矣」と退けている。
あまりにも、東アジアに影響を与えた思想であり、この問題は現代までの日本仏教や今後の仏教のあるべき姿を
考える上で大変重要なことである。 ただ、『法華経』の一切衆生に対して平等に成仏の可能性を説く立場や、
仏子という考え方は、如来蔵思想に影響は与えたかも知れない】
【日本では如来蔵思想が「本覚思想」として仏教の本質をあらわすものと誤解されてきた。それはつい最近までにも色濃くあり、
いまだにそのことに固執する教団や僧侶が少なくない。
無理もないことである。日本の仏教宗派の多くは鎌倉仏教であり、それらの開祖は比叡山で勉学した。そのころの比叡山は、
中古天台本覚思想が蔓延している時期である。たとえ祖師が本覚思想に染まらなくても、その後の弟子たちが本覚思想にとっぷりつかり、
祖師に仮託した偽書をあらわすということも行われた。そして、それにまつわる口伝が一子相承によって相伝されて来て、
未だにその呪縛を信念としているむきもある。
あまりにも、東アジアに影響を与えた思想であり、この問題は現代までの日本仏教や今後の仏教のあるべき姿を
考える上で大変重要なことである】
http://www.kosaiji.org/Buddhism/nyoraizo.htm
教団間の確執は直接関係はないと思いますし、単に、明確な資料をもって
蓮祖に遡れないだけの事で、興風談所にしても排除している気は無い
のではないでしょうか。
それと、日持門下(永精寺さんでしょうけど)、日頂門下(重須北山)は、
今現在、明確な門下形式の教団なのでしょうか?
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