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現代人が納得できる日蓮教学

574犀角独歩:2006/04/16(日) 21:58:32

いまざっと数えたのですが、‘本覚’という語彙は真跡遺文では『八宗違目抄』に『蓮華三昧経を引用して、『本覚心、法身常に妙法の心蓮台に住して、本より来三身の徳を具足し、三十七尊 金剛界の三十七尊なり 心城に住したまへるを帰命したてまつる。心王大日遍照尊、心数恒沙、諸の如来も普門塵数、諸の三昧、因果を遠離して法然として具す。無辺の徳海本より円満、還って我心の諸仏を頂礼す』」」と1回使用されるのみです。

それに対して、真跡が確認できない文献ではざっと70以上の使用が見られます。1:70、この差異を深刻でしょう。日蓮が「本覚」語を意識していたとは、とても思えません。

また、田村芳朗師の指摘であったと記憶しますが、そもそも「本覚思想」が云々されるのは、近代のことであって、明治以前にこのような認識があったのでしょうか。
もちろん、「本覚」語が登場する不明遺文類を持って構築された教学はあったでしょう。

確実な日蓮義に有らざるものを持って、信仰を云々することを、わたしはナンセンスと考えます。


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