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靖国問題について考える
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賛否両論様々な意見のある、靖国参拝について、勉強したいです。
自分は神道は宗教というより、自然や先祖を敬う日本人の民族性に則った文化のような気がするのですが。
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なかなかこれなくて申し訳ない
ちょっとコピペだけ
1975年 8月 三木首相「私人として」参拝(以後「私人か公人か?」が論点になる。)
1975年 11月 昭和天皇の靖国参拝(6年ぶり。結果としてこれが最後)
1975年 11月 社会党が天皇陛下の参拝の「公私」について難癖(天皇陛下の参拝が途切れる)
1978年 いわゆるA級戦犯合祀
1985年 中曽根参拝、中国の靖国非難開始(←中国の非難はここから。合祀から7年も後)
1986年 中曽根参拝中止(首相の参拝が途切れる)
1987年 9月22日 歴代天皇で初めての開腹手術。
1988年 4月28日 「私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され〜私はあれ以来参拝をしていない。それが私の心だ」
という天皇の発言メモが当時の宮内庁長官、富田氏の『手帳に張り付けられる』(←今回の)
1988年 9月19日 天皇が大量の吐血、以後重体が続く。
1989年 1月7日 昭和天皇崩御
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【重大な疑問】
1 「昭和天皇と交わされた会話を日記や手帳に克明に書き残していた。」のになぜかこの部分だけは手帳に貼り付けてあった。
2 「だから私はあれ以来参拝していない。」
天皇陛下は75年(三木首相私人参拝)から参拝していないのに、
「私はあれ(3年も後の78年のA級戦犯合祀)以来参拝していない」では辻褄が合わない。
3 あったとされる「発言」が合祀から十年後の昭和63年(1988年)の4月。崩御の前年。
4 天皇陛下が自分の(個人的な)意思で参拝したり、参拝を取りやめたりすることはそもそもできない。
それをできると思うのは、外国人か日本の官僚機構を知らない人達。
5 何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。
6 白鳥を白取と誤字。普通間違えるか?
7 論理構成、概念、時系列が中国共産党にあまりに都合が良すぎるステレオタイプのような文章。
「平和に強い考え」?何それ?中国共産党の影響力の強い旧社会党や社民党がいかにも使いそうな言葉。
8 「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。」
「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
合祀された78年ならまだしも、合祀から10年経った崩御の前年の88年に語ったとするとあまりに不自然な発言。
9 メモの日付は88年4月28日
徳川侍従長の任期は85年10月1日〜87年4月13日なので陛下の言葉としては不自然。
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剣恒光さん
>5 何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。
単語の意味としては、戦犯(処刑されたものも、その後の死亡者も)は戦没者とは言いませんが、「合祀」に匹敵するような確たる文書かなにかがあるのでしょうか?
あるとすれば、宗教がらみでないとはいえ、全国戦没者追悼式にも問題がありそうな。
とはいえ、追悼と参拝や顕彰は違うものとも思うし・・・今後考えていくためにも文書などの存在についてお教えください。
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Wikipediaに載っていますね。
こんなこと考えたことありませんでした。
ゆっくり考えてみます。
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>友引さんへ
自己完結したみたいですが、相変わらず調べもしないで相手に証明を求めるように突っ掛かるのは止めた方がいい。
>剣恒光さん
日付から考えると天皇誕生日に招かれたのではと考えられますね。ただ、先帝陛下は東條首相を初め戦犯とされた方たちはお嫌いではなかったですし、あのメモ自体は文字が切れ気味でよくわからないですね
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>>761
つまり、ガセネタ、って事?
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「私」って誰のことだろう?
昭和天皇は一人称は「朕」を使用してたぞ。
日経新聞はちゃんと検証したのかな.....
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http://sakuratan.ddo.jp/imgboard/img-box/img20060720181150.jpg
ていう意見もありますね。
>>760-761
はmixiからのコピペだが、確かにおかしい点が有りますね。
昭和天皇はA級戦犯という言葉自体を使わなかったと聞きますし。
まぁ真偽はどうであれ、なぜ今とか・・出所(発掘者)は?
とかいろいろと妄想のネタは尽きないですな。
というか、天皇の政治への関与に近いことであるよね。
その辺の憲法解釈はどうなのでしょうか。
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疑問派のまとめサイトが有った。
http://blog.goo.ne.jp/tech_innovation/
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剣恒光さん
事実がどこにあるかは分かりませんが、大きな政治問題になってしまっていますから、今後も当分、天皇が靖国神社に参拝することはできないでしょう。
参拝とは意味が違うとはいえ、全国戦没者追悼式の方は戦犯が含まれていることがほとんど知られていないので(私も今日まで知らなかった)問題になっていません。
それとは関係なく、私は全国戦没者追悼式にも、追悼施設にも否定的ですが。
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>剣恒光さん
憲法的には私的な述懐の形式なので問題はないと思います。
ただ、>>仕古利人さんも言われていますが、一人称が「私」や「A級戦犯」という言葉はやはり不自然ですね。
出典は日記で遺族が持ってたそうですが、確か大分前に亡くなっているので遺族ではなく別の第三者が見つけたようですね。
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>>768
前提にガセありきではねえ、客観的な検証になるかどうか、疑問は残るが。
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>>770
>述懐
自体はよいと思うのですよ。
ただ、それを政治目的に使っている現状に疑問。
朝日新聞の姿勢とかねw
>>771
まぁ何かの仮説を立てて、それを立哨するというのが科学的手方であるのだから、それはよいのでは。
というか、きちっと検証されていない、メモで以て不用意な発言をする政治家やマスコミはどうかと思うよね
これ、ガセだったら永田メールなどの比ではないよなw
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>>772
確かにこういうのを政治的に利用する姿勢には疑問がありますね。
本当なら影響は少なくないのですが、発掘した人の名前が出てこないのが不思議です。多分、左の人なのでしょう。
もしこれがガセなら何人かは殺されるでしょうね。
あと、78年で退官後で、このメモがどうやって書かれたかが書いていないですね。本当だと仮定したら考えられるのは
・天皇誕生日で呼ばれて会った時
・前に言われたことを天皇誕生日でゆかりで思い出した
の二つでしょうか。この点大事なこと(当日の日記か、後で思い出したのか、伝聞か直接聞きか)なので前後関係からきちんと書いてしかるべきなのに書いていないですね。
>イカフライさん
疑いありき、肯定ありきどっちでも良いとは思いますが(厳密には良くないがまぁ仕方ない部類でしょう)、ただ疑うに足る(肯じるに足る)根拠を挙げられるかだと思いますよ。
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78年というのは富田朝彦氏が宮内庁長官に就任した年で、
退官した年ではないですよ。次の藤森昭一氏が就任した
のが1988年6月14日ですから、メモが書かれた1988年4月
28日はまだ在職中ということになります。その後も宮内
庁参与となっていました。
宮内庁参与というのは皇室の重要事項について天皇陛下
の相談役にもなるので、メモは宮内庁参与であったとき
に書かれたのかもしれません。
富田朝彦氏は2004年11月に心不全で亡くなるわけですが、
誰が発掘したかと考えると当然ながら遺品の整理をする
中で家族が見つけたと考えるのが妥当でしょう。政治的
意図を推測するより、一級の歴史資料としてこのメモを
理解する方が適切なのではないかと思いますね。
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ちなみに、メモと言ってもその部分だけが書かれた
一枚のメモ用紙であれば信憑性が疑われるということ
もあるでしょうが、在職中の記録がつづられた手帳の
一ページですから、疑いようがないと思います。手帳の
記録を全て捏造とするのは無理がありますからね。
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>上田さん
はじめまして。
78年と間違えて書きましたが、上田さんの言われる通りメモの書かれた日は88年でしたね。
ちなみに亡くなったのは2003年で3年前なので、時間的に見て遺族が今回発見したのではなく、第三者が政治的意図を持って今回発表したと考えられるのではと思います。
メモは新聞にも写真で数冊のメモ帳が写っていたので、確かにあれだけを見ると捏造の可能性は低いと言えますね。
ただ、問題としては単語が途切れ途切れの文体なので、他の部分と比較して
・他の部分は文が途切れ途切れではない→途切れ途切れだったのは陛下の言葉
・他の部分も途切れ途切れ→もともとこういう書き方
と、どれだけ正確に書き写していたかに違いがでますね。
また、前にもあげましたが単語についても不自然な点があるので、これは書いた人が意訳で書いたと考えられるでしょう→つまり正確に書き残したのではない
今の段階ではこれが考えられますね
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はじめまして、大神さん。
遺族が公表に踏み切るにはある程度の時間が必要だろうことは
推察できますね。手帳自体は遺品整理の段階で発見されていた
でしょうが、公表していいものかはしばらく遺族も悩んだで
しょう。しかしそのまま歴史の闇に埋もれさせるにはあまりに
資料的価値の高いものであることは否定できません。また、遺族
がそもそも公表に応じなければ世に出ることはなかったはずの
ものだと思いますね。場合によったら富田氏の家族に火炎瓶が
投げ込まれたっておかしくないわけです。
それと、手帳へのメモ書きはシチュエーションにもよります
からね。その場で聞き取りながら書くのに近いような書き方
だと途切れ途切れになるのも理解できます。もともとメモと
言うのは他人に見せることを意識しないものですし、書いた
本人さえわかればいいはずのものですから。ですから単語が
違っていたり、白鳥が白取になっていたとしても不都合は
なかったはずですね。
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>>777 上田氏
>書いた本人さえわかればいいはずのものですから。
それ故にこのメモは書かれた内容の発言者が誰か特定が困難なわけですね。
以下参考までにメモとその全ページの内容のコピペ
<3頁(報道されたメモの前頁)>
63.4.28
xPressとの会見
(1) 昨年は
(1)高松薨去間もないときで
心も重かった
(2)メモで返答したのでつく
していたと思う
(3)4.29は吐瀉したがその前で
やはり体調が充分でなかった
そxで xxに今年はの記者の
印象があったのであろう
=(2)については記者も申して
おりました
(2)戦争の感想を問われ、
嫌な気持と表現したが
それは后で云いたい
そして戦后国民が努力して
平和の確立につとめてくれた
ことを云いたかった
”嫌だ”と云ったのは奥野国土庁長
の靖国発言中国への言及にひっかけて
云った積りである
<4頁(報道されたメモ)>
前にあったね どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったか
藤尾(文相)の発言。
=奥野は藤尾と違うと思うが
バランス感覚の事と思う
単純な復古ではないとも。
私は 或る時に、A級が
合祀され その上 松岡、白取
までもが、
筑波は慎重に対処して
くれたと聞いたが
・ 松平の子の今の宮司がどう考
余そ えたのか 易々と
りう 松平は平和に強い考えが
関で あったと思うのに 親の心子知
係す らずと思っている
もが だから 私あれ以来参拝
知が していない。 それが私の心だ
ら多
ずい 早速質問 関係者もおり批判になるの意
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戦前のある問題を研究するために、かかわりのあった人の遺族に資料提供を求めて何年もその家に通っている人がいます。「もう残されたものはありません、それで全てです」と言われていたのに、次に行くと、こんなものがありましたと、今まで以上の超一級資料が出てきたりするものだそうです。
ということで、亡くなって何年もしてからメモが出てくるなどということは珍しくないと思います。
ただ、自分が出しておきながらなんですが・・・天皇の発言や気持ちということを大きく取りあげることはかなり問題かな、と思います。
右からにしろ左からにしろ、天皇を政治的に利用することは慎むべきことだと。
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友引さん、こんにちは。
歴史好きの私から見ますと、天皇ご自身による証言というのは
資料的価値としても一級品ですからね。こうしたメモ以外にも、
真意を直接聞き取りながら慮って口にしない側近も多かった
はずです。政治的にどうかというより、歴史的にどう評価する
かというのはまた別の価値があります。
昭和天皇がそのようにお考えだった、という事実をどうとらえ、
活かしていくのかについては、これはもう人間の品性の問題です。
よりよく活かすことも、政治的混乱を引き起こすこともできる。
靖国神社が天皇参拝の再開のために自己改革をするきっかけに
なればそれはそれで望ましいことでしょう。歴史を教訓に明日を
考えることも私たちには必要なことですから。そのためにはまず
何事も「知る」ことが必要です。
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上田 勝さん
戦後の天皇は、憲法の枷である「国政に関する権能を有しない」という条を守るために、国政を動かしてしまう恐れのある発言をいっさいひかえて来ました。
私的に発言した場合にも、それを聞いた者たちが表に出さないということを守ってきました。
「天皇がA級戦犯合祀に不快感を示していた」ということは以前から言われていましたから、メモ内容にも疑いがないと私は思っています。
そしてもちろん、今回に限れば、私は「利用したい側」にいます。
それでも天皇発言を重視してはならないと、今は思いはじめています。
「歴史資料として」大切だし保存しておくことにも賛成ですが・・・それを「だからこう」に繋げないようにしたい・・・・と。
「靖国神社が天皇参拝の再開のために自己改革をするきっかけになればそれはそれで望ましいことでしょう」と「自己改革」を他者が望むことも含めて、私は今のところ慎もうと思います。
その点では、正反対の立場である剣恒光さんの政教分離論を支持しています。
その上で、小泉純一郎がプライベートに(報道陣にも知れないように)参拝するのは自由ですが、報道されるとそこで政教分離に反してしまうから、バツです。
安倍晋三の統一教会への祝電も、統一教会側がそれを利用報道した段階で、バツです。
発言や行為が一定の重みを持つ場合には、持たない庶民とは違いますから。
一介の社会保険庁職員に過ぎない人が「休日に」共産党機関紙を配布したことに対して、東京地検は「国家公務員法に違反する」との判決を下しました。
一介の公務員と首相や内閣官房長官の公共性は比較にならないし、天皇発言はそれ以上に影響力が強いですから。
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>>780
>資料的価値としても一級品
自分も歴史が好きなのですが、歴史資料ってものは捏造・曲解・誤解がつきもので、
それゆえに、歴史家と言う専門家による検証議論が必要になるのだと思います。
その上、その専門家による検証自体もまた、新たな資料で覆されることも多い。
この一連の報道で、問題だと自分が思う点は
検証がなされていない。
日記の一部分のみを取り上げている。
などです。
全文、ないし、その前後の文章を公開する等は必要なことであると思われますし、
検証がすんでいない物を確定情報のように報道するのは問題が有ると考えます。
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友引さん、剣恒光さん、どうもです。
天皇発言メモに触れたとき、国民の中には「そんな馬鹿な」と
疑いを持つものと、「やっぱりそうか」と思うものと、大きく
分けるとその二者になるんではないかと思います。私の場合は
後者ですが。
今回のメモにはそれに先立って徳川侍従長への取材記事があり、
靖国崇敬者総代会の合祀決定に反して合祀を止めていた筑波宮司
の存在という、合祀にあたって昭和天皇の真意をうかがわせる
事例があります。ですから合祀に関するメモの内容は突然出て
きたというより私にとっては既出のことを裏付ける新情報が出た
という印象しかありません。ですから今更政治利用もないだろうと
楽観しているんでしょうね。
メモ自体は合祀に関する部分のみならず、昭和天皇の晩年の様子を
理解する上で貴重な資料だと思います。なんにしても日本の激動期
を体験した天皇に関するものですから、現代史に残るいくつかの謎
に光を当てることにもなるでしょう。今のところ、報道が先立って
いますが、いずれ関連資料の発掘も進んで書籍として世に出ること
になると思いますね。
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>>783 上田 勝氏
以下はそれぞれ別の問題だよ。
「あなたにとって問題となっているメモを信じられるかという事」
「実際に昭和天皇陛下はA級戦犯合祀に反対の意向であったか否か?」
「問題となっているメモは本当に昭和天皇陛下の発言を綴ったものなのか」
ガンバレ>>上田 勝氏
引き続きコピペ、ガイシュツな内容ですが。
メモの前頁、報道されたメモについて
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では昭和天皇陛下の発言とした場合、以下の矛盾点が生じます。
イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。
ハ.発言者は自身を「私」と言っている。天皇陛下であれは公式な場は「朕」と言う筈である。
-----
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>>777
上田さん
返事が遅くなりまして済みません。
私も今回のメモは歴史の闇に埋もれさせるには惜しいものだったと思います。
新聞報道の写真を見る限りでは数年間分のメモ帳がみつかったみたいですので、
合わせて読んでいけば侍従と言う立場からの昭和史の優れた史料になると思います。
また、白鳥と白取の間違いはこれは仕方ないと思います。音は同じ「しらとり」
ですから書く人間が思い浮かんだ感じによるので。
ただ、>>778で仕古利人さんが言われているように前後を続けて読むとやはり
意味が判別しないというのがあります。
問題の箇所も新聞やマスコミでは 「陛下の言葉発掘!!」
とありましたが、下手したら主語も判別しないような言葉にも見えます。
侍従と言う立場と、新聞の見出しからどうしても先入観をもってしまいますが
続けて読むと今一つ全体の意味も余り分からないですし、誰の誰に対する発言を
どのように聞いたのかも分かりづらかったりします。
ただ、上であげたようにこの手帳自体は偽物ではなくて本物だと思います。
が、これを有効に活用しようとしたら史料の解読が必要なものではと思います。
さしずめ
ダイヤの原石
というものでしょうか。政治的意図のための印象操作ではなく、歴史的史料の
発掘として見るならもう少し時間がかかりそうだなと思います。
政治的意図のための印象操作なら、嘘でも本当でもどうでもいいので
「Aという情報がある」
と世間に流布させれば情報の発信者の目的は達成されるのでしょうが。
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仕古利人さん、こんにちは。
いろいろ背景を調べていくと、A級戦犯は鎮霊社の方に一時
祀られていたようです。おそらく筑波宮司の判断でしょう。
それから松平宮司に変わり、鎮霊社から本殿に移されました。
昭和天皇がメモの中で「筑波は慎重に対処してくれた」と述
べた部分から考えると、少なくとも本殿への合祀は望んでい
なかったようですね。それに対して松平宮司が本殿に合祀した
ことを強く憤っている。A級戦犯合祀に反対だったというのは
徳川侍従長の証言とも合致しますから、反対であったのは確か
でしょう。
さらに、日経新聞に連載された、4.28のメモ以外の記述を見て
も、富田長官と昭和天皇は頻繁に会話しており、強い信頼関係
があったことがうかがわれます。したがって4.28のメモのみを
疑う理由はみつかりません。私は昭和天皇の言葉は本物である
と思います。
ご指摘になった矛盾点ですが、日付については4月25日に記者
会見が行われたようです。実際の報道は誕生日の29日。これは
事実のようです。一時は4月28日の記者会見の内容を記録した
のではないかという憶測もありましたが、この日のメモは25日
の記者会見のことに関連して昭和天皇が感想を述べられたこと
を記録したもので、合祀に対するお考えもこのとき述べられた。
ですから、記者会見で語られた内容とは違い、よりお気持ちを
率直にのべられた内容になっていますね。
もとより、公式の会見の場での発言ではありませんし、昭和天皇
は公式の場でも戦後は「朕」という呼称は使わず「私(わたくし)」
で語られるのが通常のはずです。昭和天皇が「朕」という言葉を
使用しているのを私は聞いたことがありません。よく終戦特集
番組で流される玉音放送では「朕」を使っていましたけどね。
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大神さん、こんにちは。
会話をメモに記録する場合、どうしても要点を記録することに
なりますよね。特に思いつくままを語っている場合、文章を書く
ときのように話の流れが整理されているものでもありません。
そのために前後のつながりが判然としないということはある
でしょう。逆にそうであるから作為性を感じさせないのでは
ないでしょうか。
4.28の日付のメモはセンセーショナルに報道されましたから
なおさら真贋が議論になったのですが、それ以外の日記や
メモにある昭和天皇と富田長官の交流からはとてもあたたかい、
家族的な印象を感じましたね。正直もっと読みたい気分です。
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>上田さん
おはようございます。上田さんの言われるようにメモ帳というのは自分が分かるように書くものでしょう。ただ、それが論理的に書くか、前後の繋がりが分かるように書くかどうかはこれは人によるでしょうね。上田さんの周りの人もメモ帳の書き方は人それぞれではないでしょうか。
ただ、問題としては書いてあることを見ると主語すらもイマイチ判別しないように見えます。何故なら書いてあることが断片的ですし、その前も別の人が出てきたりしています。
これがハッキリ書かれていればこういったことも起きないのでしょうが。本人だけが分かればいいメモ帳なので仕方ないのでしょうね。
できるなら編集したり手を加えたものではなくて原文そのままを読んでみたいですね。
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鳥の声よりせみの声の方がやかましい朝です。
毎日新聞ニュースです。
生き神様か?
靖国の神様というのは、いい加減なものですね。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060727k0000m040113000c.html?&notification_id=21572&message_id=21572
靖国神社:生存者ら韓国人19人が名簿抹消申請へ
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>>789
まぁ何時誰が戦死したかは厚生省の報告でね。
今までにも何人も取り消されているよ。
横井上等兵も小野田少尉も取り消しになったよね。
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>>786 上田 勝氏
> 仕古利人さん、こんにちは。
これはご丁寧に。こんにちは。
> いろいろ背景を調べていくと、A級戦犯は鎮霊社の方に一時
> 祀られていたようです。おそらく筑波宮司の判断でしょう。
> それから松平宮司に変わり、鎮霊社から本殿に移されました。
> 昭和天皇がメモの中で「筑波は慎重に対処してくれた」と述
> べた部分から考えると、少なくとも本殿への合祀は望んでい
> なかったようですね。それに対して松平宮司が本殿に合祀した
> ことを強く憤っている。A級戦犯合祀に反対だったというのは
> 徳川侍従長の証言とも合致しますから、反対であったのは確か
> でしょう。
矛盾していませんか?
徳川侍従長の証言にて昭和天皇陛下がA級戦犯合祀に反対だったのが分かっていたのならなぜ今回のメモを日経新聞が取り上げる必要が会ったのでしょうか?
私が聞き及んだ範囲では、徳川侍従長の言葉から「昭和天皇陛下が靖国神社参拝しなくなったのはA級戦犯合祀と関係があるらしい」と推測した人がいるとい程度のものです。
上田 勝氏が主張されます徳川侍従長の証言とはいかなる内容のものなのでしょうか?
昭和天皇陛下の戦犯に関するお言葉のコピペです。
木戸幸一日記(八月二十九日)
「戦争責任者を聯合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳には行かないだろうか」
木戸幸一日記(十二月十日)
「侍従長より戦争犯罪容疑者となりたる今日或は御遠慮申上ぐるにはあらずやと言上せしに、聖上は米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり、若し遠慮する様なれば料理を届け遣せとの御諚ありしとの話を承り、感激。」
昭和天皇独白録
「元来東条と云ふ人物は、話せばよく判る、それが圧制家の様に評判が立つたのは、本人が余りに多くの職をかけ持ち、忙しすぎる為に、本人の気持が下に伝らなかつたことゝ又憲兵を余りに使ひ過ぎた。」
「東条は一生懸命仕事をやるし、平素云つてゐることも思慮周密で中々良い処があつた。」
「私は東条に同情してゐるが、強いて弁護しようと云ふのではない、只真相を明かにして置き度いから、之丈云つて置く」
昭和20年9月11日の閣議でのご発言
「昨日まで朕の信頼した臣僚を朕の名において処刑することはできない」
※戦犯の裁判を日本の手で行う事をGHQに要求することを決定した時のお言葉
> さらに、日経新聞に連載された、4.28のメモ以外の記述を見て
> も、富田長官と昭和天皇は頻繁に会話しており、強い信頼関係
> があったことがうかがわれます。したがって4.28のメモのみを
> 疑う理由はみつかりません。私は昭和天皇の言葉は本物である
> と思います。
>
問題はメモにあるのが昭和天皇陛下のお言葉か否かという事の証明にはなっていないのでは?
<続く>
-
<続き>
> ご指摘になった矛盾点ですが、日付については4月25日に記者
> 会見が行われたようです。実際の報道は誕生日の29日。これは
> 事実のようです。一時は4月28日の記者会見の内容を記録した
> のではないかという憶測もありましたが、この日のメモは25日
> の記者会見のことに関連して昭和天皇が感想を述べられたこと
> を記録したもので、合祀に対するお考えもこのとき述べられた。
> ですから、記者会見で語られた内容とは違い、よりお気持ちを
> 率直にのべられた内容になっていますね。
核心部分ですね。ここがポイントだと私も思います。
25日に記者会見では実際に昭和天皇陛下は「戦争の感想を問われ」て「大戦のことが一番厭な思い出であります。」と答えております。
内容的にも非常に一致しているように思えます。
これにより昭和天皇陛下のお言葉のメモで有る可能性が高くなったのではないでしょうか?
...という情報&考察が先に欲しかったですね>上田 勝氏
上田殿の先のレスの内容では信じたいから信じているという希望的観測しか読み取れませんから。
でも、調査して答えを導き出そうという姿勢には好感がもてました。
これからも頑張ってください。そして願わくばあともう一歩踏み出して>上田 勝氏
> もとより、公式の会見の場での発言ではありませんし、昭和天皇
> は公式の場でも戦後は「朕」という呼称は使わず「私(わたくし)」
> で語られるのが通常のはずです。昭和天皇が「朕」という言葉を
> 使用しているのを私は聞いたことがありません。よく終戦特集
> 番組で流される玉音放送では「朕」を使っていましたけどね。
これは私の知識が足りなかったようです。失礼しました。
正しくは戦後は「朕」という一人称も使用されていたが、「私」も私的には使用されていたようです。
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ムーブ06/8/3 富田メモは世紀の大誤報か!?
http://www.youtube.com/watch?v=Nx8P_RPJtxc
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>>193
やっぱり嘘だったんですね。情報を流した日経は慰安婦の時の朝日と同じようにイメージを流布するのが目的だったんでしょうね。
これを流した記者は言論の自由の責任を取るべきですが、まぁ朝日も読売もイメージの押し切りで逃げるんでしょうね
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つまり日経新聞はメモをちゃんと検証せずに報道してたって事ですか。
しかも手帳の中身&全てのメモを公表する気も無いと。
・・・社員のインサイダー取引の報道を隠す為のでっち上げと言われても仕方ないな。
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>>795
所詮は日経新聞ですからね。とりあえずこの記者は死んで償わなせれば
[責任ある言論の自由]
の役に立つのでしょうが。まぁガセ流す人間は言論責任なんてのは微塵もないでしょうが。
元々あのメモだけでは「誰が言ったか」すら判明しがたい点がありましたからね。
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週刊新潮の記事は、富田元侍従長発言である可能性を前提に
まとめられた記事かと感じますが、富田侍従長発言説は
「富田侍従長の発言に似ている」という印象ぐらいしか
根拠がないんですよね。あの記事の内容で富田メモがガセ
だと信じるのは無理ですよ。
週刊新潮の記者が実物を確認した上で記事をまとめたのか
はわかりませんが、日経以外の報道機関は日記やメモの実物
を見た上で関連報道をしていますから、信憑性に疑問があれば
他の主要紙にも冨田メモに関する異論が報道されるはずです。
いくらなんでも主要各紙全てが日経の記事をうのみに追随報道
するとは考えづらいですからね。
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>>797
徳川侍従長ではないかと思いますが、
行幸としていなくて参拝としているのがガセとしているのが決定的だと思います。
宮内庁関係者が、しかも侍従長が専門用語を、しかも陛下に謙譲語を使うのはおかしいですからね。
それと週間新潮に公開していないのを見ると他の新聞にも公開していませんね。ブブカとか三流誌に公開しないならまだしも日経が新潮に公開しないのはどう考えてもおかしい。
あとこの日記はメモ紙を手帳に張り付ける形式ですので偽物としての可能性としては
[後から捏造した紙を張り付ける]
というのがあります。
で、それを検証するのに前後のページの文字から
筆跡鑑定
をする、紙質、インクなどから見てみるというのがあります。が、公開しないとそれが出来ません。ついでに言えばこの日記を筆跡鑑定の専門家が検証したのか出ていません。歴史学者が検証したのはありますが。
ただそれもそのページの部分だけという有様です。
ちなみに新聞の写真を見ると前のページに比べて「い」の字が違って見えますね。
まぁ、そういう考えを打ち消すためにも公開するべきなんですが日経はしない。
他の各紙についてですが、は日経に抜かれたので慌てて掲載しています。日経以外は検証が一日しか出来なかった時点(日経の次の日に発行するなら)で単に日経の追随になっていますし、嘘や誤報だった場合は日経と同じ共犯になってしまいます。
そうなると各紙はよほどのことがない限りは自らの誤りを認めることはしないでしょう。
あと、他の各紙にはまともに検証していない、他の各紙は追随だったことの証拠として以下の点があげられます。次の日に各紙が発行していますが、新聞は朝日、読売、毎日、西日本などのローカル紙を含めればゆうに十を超えるのに
メモは一つしかない
それから各紙は物理的にも時間的にも検証していなかったと言えます。
これを打ち消すには他の各紙が日経発行前に情報を掴んでいないといけませんが、それは日経が他紙を抜いている時点で否定されます。
また上述のことから世紀のメモが出たのに続報が無いのは
・日経以外=日経が公開しないから情報が無い
・日経=世紀のメモはこれで用済み
だからでしょう。
ですからこう考えると「他の各紙も書いている」というのは余り意味がなく(追随なら単なる焼き直し)、また日経の悪意が見えますね。
まぁ、参拝として行幸としていないのが決定的でしたね。
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>>798
[ガセとしているのが]を[ガセとして]
に訂正します
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小泉首相はやはり運が強い
昨日の参拝でマスコミから徹底的に叩かれていたが、ロシアの日本漁船拿捕、日本人射殺で外交問題が靖国神社参拝からこっちに移った。
三人は抑留なのですぐにでも送還出来るが、死んだ人間は帰らない。しかもロシアの発表だと[日本漁船が警告を無視して警備艇に体当たりをしてきた]となっているが、これが非難かわしのための嘘発表だとするとまたこじれる(多分嘘だと思うが)。
今回は漁船の乗組員が携帯電話で報せたからその通話の発信記録と、家族が関係機関に連絡した際に電話を受け付けた担当者の受け付け記録が残ってるだろうからしっかりした証拠がある状態なのが日本にとっては運が良かった。
これがもし相手が中国か韓国だとすると双方望まずとも当分の間は関係がこじれてしまう(相手が中国や韓国だと白を黒にしても日本が100%悪いように捏造してでも折れることはない)。が、相手がロシアなら小泉首相が退陣するまでの短期間くらいで解決が出来る。
それを考えるとやはり小泉首相は運がいい。参拝の注目をそらせたから。
ちなみに昨日の靖国神社の参拝は近年で最高だったそうだ。やはり小泉首相のお陰だろう。さてマスコミはこれをどう見るのか。
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ちなみに共同通信の世論調査では
「参拝して良かった・・51% 次期首相の反対は44%」
とのことです。富田メモ以後は世論調査では反対派が上回っているとマスコミ各社の世論調査で言われてますが、もしそうなら今回の小泉首相の参拝で反対派から賛成派に流れたのでしょう。実際に実行すると反対派が減ってくるのはカンボジアのPKOの時と同じですね。
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コピペ
分祀でも靖国参拝容認せず 韓国政府が内部確認
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060817&j=0026&k=200608173998&ref=rs
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=012006081613800&FirstCd=01
A級戦犯の分祀が現実となっても、
▼過去の軍国主義を美化する歴史観の不変
▼韓国併合に関与した人物をあがめる現象
▼韓国人犠牲者の合祀(ごうし)状況
――などが変わらない限り、政府は日本の指導者の靖国神社参拝を容認できないという考えのようだ。
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>>802
双方の歩み寄りに見える分祠論を否定することによってかえって日本の参拝反対派の勢いを削ぐというのが分からないのでしょうね。相変わらず彼らの外交は拙い。「夷を以って夷を制す」中国は彼らの論理から見て明らかにそうであっても決してそういうことは言わないですから。
日本の参拝反対派の中の分祠論者は
「A級戦犯さえ外せば中韓は納得する」
としていたのが韓国のこれによって否定されてしまったわけで。
もし仮に新しい追悼施設を作っても今度はその追悼の在り方に文句を言うでしょう。平和への追悼がメインだったら「過ちに対する反省が無い」と。
韓国一般大衆は儒教的な思考で 日本の過ち=主人に対する不忠・反逆
のような認識なので絶えず韓国に忠誠を誓うが如く反省しないといけないのでしょう。
ちなみに普通の日本兵も彼らにとってはヤクザの手下くらいの認識しかないでしょうし、平和遺族会なんてのも
犯罪者の身内
くらいしか思ってないでしょうね。
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参考までに中国での調査。
こちらは政府の言っていることでは無く、一般の意識調査かつ「政治家」全般との事なので一概には比較できませんが。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6700/news/20060805i211.htm
日本側は、「政治家は参拝すべきではない」が18%だった。中国側は、「どんな状況でも参拝してはいけない」が51%で、「戦犯をはずせば参拝してもよい」は30%だった。
分祀しても3割の中国の国民は不満?
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>>804
戦犯がA級だけなのかB・C級だけなのか。
B・C級も含むと100人斬りも含めた冤罪戦犯も外せ ということになりますね。
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中共の御用新聞、人日報では
http://www.people.ne.jp/2006/08/11/jp20060811_62149.html
・・・・・靖国神社は中韓の人々の血で手を染めたA級、B級、C級の戦犯が祭られているだけでなく・・・・・
A級が済めば、次はBC級だと図らずも漏らしている訳で。
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>>806
次は
南京大虐殺の後に死んだ兵士(例:京都の20連隊)で訴追されなかった者を取り下げろ
と言うような形で 実質戦犯 と言うようなのを持ち出すでしょうね。
で、こういった抗議の度に 合祀取り下げ をしていくと
中国・韓国に靖国神社の合祀対象を決めてもらう
という今までよりも更に激しい構図が出来上がりますね(笑)。
ちなみに今回の参拝を肯定的に評価したのは60代以上の年配の人が多く、
次に多いのは20代以上の若い人だそうです。
年配の方は非戦闘員をも焼き殺し(アメリカ)、搾取・略奪の対象にした敵国(中国・ソ連)
の掲げる正義の欺瞞に気づいていて、若い人は中国韓国の抗議を冷静に
【外交カード】と看破したというところでしょうか。
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忘れさられないうちに張っておきます。
一応、靖国参拝8/15繋がりという事で。
http://www.sankei.co.jp/news/060818/sha078.htm
http://www.chosun.com/international/news/200608/200608170007.html
8/15に自民党の加藤紘一氏の家を放火した犯人は堀米正広(65歳)
大日本同胞社という右翼団体の所属組織員との事。
なぜか...
「大日本同胞社の所在地」(東京都新宿区歌舞伎町2-19-7の403号室)は
「朝鮮総連新宿新宿支部」(東京都新宿区歌舞伎町2-15-3)と隣接している。
両方ともたまたまコリアタウンにあるという事かな???
そしてなぜか「大日本同胞社」は収入支出0
http://www.soumu.go.jp/senkyo/kanpo/shikin/20050930g00223/pdf/20050930g002230416.pdf
活動してないの??
「同胞」って日本人は使わない気がするが....使うなら「同志」とか...
考えすぎか....な.......
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>>798
大神さん、遅ればせながら…
>行幸としていなくて参拝としているのがガセとしているのが決定的だと思います。
>宮内庁関係者が、しかも侍従長が専門用語を、しかも陛下に謙譲語を使うのはおかしいですからね。
私はここ、不自然に感じないんですよね。私は天皇陛下本人が「行幸」という言葉を
使うだろうかと、そちらの方が不自然に感じます。徳川侍従長(侍従参与)の発言とする
ならば「行幸」とか「御親拝」と書かれているのが自然ですね。さらに徳川参与が
参拝しなくなった理由を述べる道理がありませんから、昭和天皇の言葉を富田氏に伝
えたのであれば「私」ではなく「陛下」もしくは「お上」と言うでしょう。「お上の
心だ」と。
「行幸」ではなく「参拝」が使われているからガセだ、と言う場合、発言者は徳川侍従長
ですらなく、メモそのものがでっち上げの捏造だということになります。徳川侍従長に
せよ富田長官にせよ、陛下に対して「参拝」という言葉は絶対に使わないはずですからね。
参拝という言葉が出ているからこそ、私は昭和天皇その人の言葉だと思うんですよね。
当然のことながら、陛下ご自身は自分のことを「現人神」とは考えていなかった。
神ではないことをご自分が一番よくわかっていたはずです。とすれば天皇のために戦い
死んで英霊となった以上は、護国の神ですから、昭和天皇自らへりくだって「参拝」
と述べる方が自然です。自らの行為を「行幸」もしくは「行く」と述べる場合、護国
の神よりも自分が神聖な存在である、現人神であるという自覚があったということです。
さすがに昭和天皇が自ら進んで「私は神である」と公言する光景は想像もつきません。
-
>>809
>上田さん
こんばんは
>私は天皇陛下本人が「行幸」という言葉を使うだろうかと、そちらの方が不自然に感じます
確かにそれも言えなくもないですが、その場合はやはり「行く」という言葉を
使うでしょうね。謙譲語ではなくて。
>昭和天皇の言葉を富田氏に伝えたのであれば「私」ではなく「陛下」
>もしくは「お上」と言うでしょう。「お上の心だ」と。
と 、
>「行幸」ではなく「参拝」が使われているからガセだ、と言う場合、発言者は徳川侍従長
>ですらなく、メモそのものがでっち上げの捏造だということになります。
>徳川侍従長にせよ富田長官にせよ、陛下に対して「参拝」という言葉は絶対に使わない
>はずですからね。
これですが、陛下以外が主語なら
①主語が「私」
②行幸の代わりに「参拝」
だとすれば矛盾しませんね。
逆に 上田さんはあのメモから
主語が陛下だと言えますか?
-
>上田さん
>参拝という言葉が出ているからこそ、私は昭和天皇その人の言葉だと思うんですよね。
>当然のことながら、陛下ご自身は自分のことを「現人神」とは考えていなかった。
>神ではないことをご自分が一番よくわかっていたはずです。とすれば天皇のために戦い
>死んで英霊となった以上は、護国の神ですから、昭和天皇自らへりくだって「参拝」
>と述べる方が自然です。自らの行為を「行幸」もしくは「行く」と述べる場合、護国
>の神よりも自分が神聖な存在である、現人神であるという自覚があったということです。
>さすがに昭和天皇が自ら進んで「私は神である」と公言する光景は想像もつきません。
別に「行く」とすれば良いのであって、何も参拝という言葉は使う必要は
ありません。
上田さん、「陛下は神ではない」と一般国民が認識しているからといって
「「参拝」ではなくて「行幸」とはけしからん。靖国の英霊よりも自分
の方を偉いと思っている」
なんてことを国民一般が思って光景は想像できません。
さらに陛下が自ら「行幸」を「参拝」に言い換えたというのも聞いたことがありません
(それとも今回だけの特別なんでしょうか?それはないですね)。
そうなると、別に参拝ではなくて行幸としたからとそれは「自分が神」と
思っているからではなくて、単に日本文化の伝統に従ったまででしょう。
戦後GHQが先帝陛下を訴追対象からかわす際のアメリカ国民への言い訳
としてキリスト教徒への改宗をせまりました。
それに対して陛下は
「キリスト教に対して敬意を表するに吝かではないが、朕は日本国天皇として
皇祖皇統の祀り主としての責務がある。決して改宗はせぬ」
と返したのでGHQが断念した経緯があります。
このような行動を取られた陛下が、崩御される直前に伝統の言葉を捨てるのでしょうかね?
そちらの光景の方が想像できません。もしこれを上田さんが否定するならば
「陛下が行幸ではなくて参拝という言葉を使っていた」
というのを示す必要があります。
-
>上田さん
ところで、メモの検証の件はどうでしょうか?
前に私は書きましたが、>>809では触れておられないようですが・・・。
ご同意頂けましたかな?
-
>>810
大神さん、どうも。
昭和天皇が「行く」ではなく「参拝」を使ったとしても不思議では
ないと私が述べたのは、靖国の英霊に対して陛下がどういう気持ちを
持っていたかを想像するからです。世間一般の人なら、「靖国に行く」
でもいいですが、昭和天皇にとっては靖国の英霊は特別な存在である
はずですよ。自分が下した大命に忠義を尽くし死んでいった者たちです
からね。昭和天皇のお人柄から言えば、「参拝」を使うだろうと。
>主語が陛下だと言えますか?
私の考えるところ、どう考えても陛下だと思いますね。4月28日付けの
メモの内容全体を考えるとそうなりますよ。参拝中止について述べた
部分の発言者が徳川参与だとすると、突然に徳川参与の参拝中止の話
が挿入されるのは不自然です。4月28日付けのメモが全て徳川参与の
発言だと確信できれば別ですけれどね。
-
>>811
>このような行動を取られた陛下が、崩御される直前に伝統の言葉を捨てるのでしょうかね?
伝統の言葉とおっしゃいますが、それが皇室内の日常用語かと言うとそれは違う
でしょう。日常的に陛下や皇族が自ら「行幸」という言葉を使っていたとも思われ
ません。第三者が陛下への尊崇を込めて「行幸」または「行幸啓」と使うはずで
しょうから。それに行幸は主に各地の催しに出席する場合などに使われますよね。
神社に行かれるときには「御親拝」が専ら公式には使われます。ですからなおさら
「行幸」は似つかわしくないでしょう。
なお、靖国神社に参拝するという用語を日常陛下が使われていたかは知りません。
自ら「親拝」を使っていたかもわかりません。しかし陛下が靖国の英霊に対し
謙譲語となる「参拝」を使うはずがないという論には違和感を感じますね。
-
>>812
筆跡や紙質等の物理的な検証作業についてはなんとも言えないですね。
私も専門家ではありませんから。内容面についてだけで言えば信憑性
はかなり高いという認識ですけどね。
-
>>813
上田さんこんばんは
>靖国の英霊に対して陛下がどういう気持ちを持っていたかを想像するからです。
>世間一般の人なら、「靖国に行く」でもいいですが、昭和天皇にとっては靖国の
>英霊は特別な存在であるはずですよ。
>自分が下した大命に忠義を尽くし死んでいった者たちですからね。
>昭和天皇のお人柄から言えば、「参拝」を使うだろうと。
上田さんの言いたいことは分かりますが、ただ、それが
参拝という言葉を使うという根拠になりますか?
例えば昭和陛下は相手に対して「呼び捨て」をされました。
戦後において戦争終結に努力した米内光政に対してですら「米内」と。
上田さんの言うような陛下のお人なりからすればそれはありえないことでしょう。
「あっ、そう」にしてもそうですが。
靖国神社の英霊は特別な存在であるからと、だからとそれが即ち「参拝」
という言葉を使う根拠にはなりません。
心と言葉とは別物なので
逆に上田さんにお尋ねしたいのですが、
陛下は戦後からプライベートな時にはずっと
参拝という言葉を使っていたのですか?
ついでに言えば言葉は周りの影響を受けるので、周りが陛下の周りで「行幸」
という言葉を使えば当人も同じ言葉を使います。
さらに、古文を高校のときに勉強していれば分かりますが、謙譲語、丁寧語、
尊敬語、絶対敬語、自尊語など色々あるわけですが、今の陛下は別として
天皇陛下が謙譲語を使いますかね?
-
さらに我々一般人はなるほど、神社の神様に対して立場は下です。
が、天皇陛下は伊勢神宮のような皇祖皇統の時代と関係のある神や、明治神宮
のような明治陛下を祀ったものに対するように、東郷神社や日光東照宮の神を
遇するのか。
少し考えればそうではないと言うのは分かりますね。
上田さんの言われることは
・陛下は人となりが良い
・陛下は靖国の英霊に対して特別な思い入れがある
を根拠にあげていますが、それは謙譲語を使うという根拠にしては弱いです。
別に行幸という言葉を使ってもそれに自尊を意識しないで、自然に出た言葉なら
上田さんが挙げられた二つの根拠に矛盾しないのですから。
もし本当に陛下が上田さんの言われる通りなら、そもそも行幸という言葉は
使いません。
公的な場合に謙譲語、プライベートな時は普通の言葉(「行く」)
なら分かりますが、
公的な場合に「行幸」、プライベートな時には謙譲語
では全く逆ですし、そもそも何のためにしているのか分かりません。
-
>>813
>私の考えるところ、どう考えても陛下だと思いますね。4月28日付けの
>メモの内容全体を考えるとそうなりますよ。参拝中止について述べた
>部分の発言者が徳川参与だとすると、突然に徳川参与の参拝中止の話
>が挿入されるのは不自然です。4月28日付けのメモが全て徳川参与の
>発言だと確信できれば別ですけれどね。
とありますが、メモはどう書かれていたか見てみましょう
http://oiradesu.blog7.fc2.com/blog-entry-1359.html
「藤尾(文相)の発言。
=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。」
とあります。藤尾氏の言葉であることを示すために「藤尾(文相)の発言」の
次の段に「=」が文頭に来ていますね。
これだと普通の頭で読めば主語は「藤尾氏」ですね。
-
>>814
>伝統の言葉とおっしゃいますが、それが皇室内の日常用語かと言うとそれは違う
>でしょう。日常的に陛下や皇族が自ら「行幸」という言葉を使っていたとも思われ
>ません。第三者が陛下への尊崇を込めて「行幸」または「行幸啓」と使うはずで
>しょうから。それに行幸は主に各地の催しに出席する場合などに使われますよね。
>神社に行かれるときには「御親拝」が専ら公式には使われます。ですからなおさら
>「行幸」は似つかわしくないでしょう。
>なお、靖国神社に参拝するという用語を日常陛下が使われていたかは知りません。
>自ら「親拝」を使っていたかもわかりません。しかし陛下が靖国の英霊に対し
>謙譲語となる「参拝」を使うはずがないという論には違和感を感じますね。
「思われません」は感想ですから、根拠の方をお願いします。
例えば、 陛下が普段は謙譲語を使っていた
とか。
-
>>815
>筆跡や紙質等の物理的な検証作業についてはなんとも言えないですね。
>私も専門家ではありませんから。内容面についてだけで言えば信憑性
>はかなり高いという認識ですけどね。
髪質や筆跡については上田さんには求めませんが
>>798
>他の各紙についてですが、は日経に抜かれたので慌てて掲載しています。日経以外は検証が一日しか出来なかった時点(日経の次の日に発行するなら)で単に日経の追随になっていますし、嘘や誤報だった場合は日経と同じ共犯になってしまいます。
>そうなると各紙はよほどのことがない限りは自らの誤りを認めることはしないでしょう。
>あと、他の各紙にはまともに検証していない、他の各紙は追随だったことの証拠として以下の点があげられます。次の日に各紙が発行していますが、新聞は朝日、読売、毎日、西日本などのローカル紙を含めればゆうに十を超えるのに
> メモは一つしかない
>それから各紙は物理的にも時間的にも検証していなかったと言えます。
>これを打ち消すには他の各紙が日経発行前に情報を掴んでいないといけませんが、それは日経が他紙を抜いている時点で否定されます。
>また上述のことから世紀のメモが出たのに続報が無いのは
>・日経以外=日経が公開しないから情報が無い
>・日経=世紀のメモはこれで用済み
>だからでしょう。
>ですからこう考えると「他の各紙も書いている」というのは余り意味がなく
>(追随なら単なる焼き直し)、
についてですが、これについては他の各紙も書いていても、「元は日経に
拠っている」というのには
ご同意頂けましたか?
ということなのですが・・・。
勿論、上田さんが
・他紙も事前に知っていて、検証する時間もあった。が、申し合わせたように
他紙にすっぱ抜かせた
と、主張されるなら別ですが。
-
>上田さん
と、言いますか「藤尾(文相)の発言」については上田さんは触れていませんね。
富田メモは
前のページの「・外務次官」とかを見れば分かりますが、小見出しやタイトルの
内容に関しては上から下に書かれていますね。
それとも 藤尾(文相)の発言 だけは下から上なのでしょうか?
この文章の挿入ですが
「前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。」
ということで、「藤尾(文相)の発言」の挿入の範囲が「前にも」からの2行なら、
「藤尾(文章)の発言」の次に「=」という言葉はいりません。
「藤尾(文章)の発言」の挿入が文脈からは別のもので、そしてそれが前の2行だけに
かかっているのなら、次の
「=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。」
という形になっていますが、「=」という言葉は要りません。文章が普通の
状態に戻ったのならば殊更「=」という言葉を出す必要は無いからです。
つまり、上田さんは「藤尾(文章)の発言」が「下にかかっていない」と
言われるならば
・富田メモは「上から下」に読んでいく形式だが、「この部分だけが違っている」ことの説明
・文章が普通の状態に復したのに「=」が入ることの必要性
を示さなければなりません。で、出来ますか?
そしてこれが出来ないのならば陛下の言葉だという論理的に不可能です。
-
>例えば昭和陛下は相手に対して「呼び捨て」をされました。
>戦後において戦争終結に努力した米内光政に対してですら「米内」と。
天皇という地位から考えれば、それ以外は米内であっても「臣民」の一人
ですから、敬称はつけないでしょう。しかし死して護国の神となった英霊
はもはや生前の階級、身分の違いに関わらず「神」ですからね。天皇が
唯一謙譲語を使うとすれば人ならぬ神に対してでしょう。そこから考え
れば、天皇自ら「参拝」という言葉を使っても不自然ではないということ
ですよ。
戦前であれば「現人神」として絶対視された地位でしたが、戦後の天皇
はもはや神ではありえないし、十分な自覚を持っていたからこそ戦後の
皇室は親しみをもって国民に迎え入れられたわけですね。天皇が「参拝」
という謙譲語を使うことなどありえないという発想は、大日本帝国時代
の産物で、戦後の天皇陛下の人となりを理解する役には立たないと思い
ますね。ちなみに、園遊会などでは来賓の方々に対して陛下自ら敬語を
使ってますから、時代はやはり変わったのだと理解してます。
-
>>821
「前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。」
この部分ですが、この会話が記録された当時は奥野発言が取り沙汰されて
いた時期ですね。これに絡めて「前にもあったがどうしたのだろう」という
ご感想を述べられた。そう私は理解しています。なお、「=」以下の部分
は富田長官が陛下に対して述べた部分でしょう。他のメモにも冨田長官が
発言した部分には「=」がつけられている例があります。
奥野発言を調べていただくと、参拝に関して陛下が発言した理由がわかり
ますよ。奥野国土庁長官が1988年4月22日に記者会見した際、靖国神社参拝
について「参拝が公人か私人かでいま問題になっているが、戦後43年たった
のだから、占領軍の亡霊に振り回されることはやめたい。中国はいろいろ
誤解しているが、共産主義国家だから宗教への理解が少ない」などと述べた
ことが様々な批判を呼びました。それとの関連で靖国参拝中断の理由を
述べたとすれば、内容的にもしっかりつながるわけです。
-
ちなみに、「前にも〜」の前にあった文章は何かと言うと、次の文章
でしたね。
「"嫌だ"と云ったのは 奥野国土相の靖国発言、中国への言及に
ひっかけて云った積りである」
このあたりからも、靖国参拝についての発言が、奥野国土庁長官の
靖国発言に関連してのものだったということが説明できます。また、
4月25日の記者会見で「嫌だ」という表現を使ったのは昭和天皇
その人でしたから、靖国中断の理由を述べた部分との前後関係から
判断すると陛下ご自身の言葉としか思えません。
-
こんばんは上田さん
>>822は前の繰り返しですね。で、
実例として
陛下が参拝という言葉を使っていますか?
>>園遊会などでは来賓の方々に対して陛下自ら敬語を使ってますから、
>時代はやはり変わったのだと理解してます。
ちなみにその場合の敬語は丁寧語ではなくて謙譲語でしょうか?
しかし死して護国の神となった英霊
はもはや生前の階級、身分の違いに関わらず「神」ですからね。天皇が
唯一謙譲語を使うとすれば人ならぬ神に対してでしょう。そこから考え
れば、天皇自ら「参拝」という言葉を使っても不自然ではないということ
ですよ。
>戦前であれば「現人神」として絶対視された地位でしたが、戦後の天皇
>はもはや神ではありえないし、十分な自覚を持っていたからこそ戦後の
>皇室は親しみをもって国民に迎え入れられたわけですね。
と、上田さんは言われていますが、もしそうなら戦後において、公式に
陛下が行幸される時にはそもそも行幸という言葉を使いませんよね。
つまり、上田さんが言われていることは
【実際】に【公式】において【行幸という言葉を使っていた】
時点で否定されるのではないでしょうか。
「現人神ではないと自覚」して「戦後に振舞っていた」のなら
-
>>823
>この部分ですが、この会話が記録された当時は奥野発言が取り沙汰されて
>いた時期ですね。
そうですね。取り沙汰されていた時期です。
気にしていたのは陛下だけとは言えませんね
が、まぁそれはおいて置いて次を見ますと
>これに絡めて「前にもあったがどうしたのだろう」という
>ご感想を述べられた。そう私は理解しています。
問題は誰かがですが、主語が陛下とは特定できません。
>なお、「=」以下の部分は富田長官が陛下に対して述べた部分でしょう。
富田長官が
陛下に対して敬語も無いタメ口
なんか使いますかね?上田さんは使うと思ってらっしゃるのでしょうか?
>他のメモにも冨田長官が発言した部分には「=」がつけられている例があります
それは 富田長官の発言だけ
なのでしょうか?我々は日常会話に対しては「○△×」という用に「」を用います。
で、富田メモの場合は=がそれに該当しているのではないでしょうか。
そして 富田氏本人の発言ではない ので特に 藤尾(文相)の発言
と書いているのではないでしょうか?
-
>上田さん
上田さんが見落としている点ですが
(1)
「前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。」
と、言うように何故に藤尾(文相)の発言が
「下から上にかかっている」
のでしょうか?他のページを見ますと トピックなどは上から下
という形になっていますが。
(2) = についてですが
=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
松平は 平和に強い考があったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ
が、「単純な復古ではないとも」で終わっている根拠は何でしょうか?
何故に「続けて書いている」とは考えられないのでしょうか?
(3)上田さんの言われているように
「前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。」が藤尾氏の発言、
=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
が富田氏の発言、
と藤尾氏と富田氏の言葉のバトンとして、次に誰かが書いていない場合に
「私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが、
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。」が藤尾氏の
言葉だとはなりませんか?
A(藤尾)「・・・」
=(富田)「・・・」
A(藤尾)「・・・」
という事に。特に但し書きが無い、そして富田氏が
敬語の無いタメ口をきいている
という点から考えてみると。
-
>>808
仕古利人さん
大日本同胞社はほとんど活動していない幽霊団体ですね。
これは必ず上部組織がありますね。
あと住所を見ると確かに朝鮮総連と近いですね。
これから裁判が始まりますからおいおい分かっていきますね。
ただ、朝鮮人が右翼(似非右翼)になるとどちらかと言うと金儲けが目的
ですから(もちろん日本人による街宣右翼、似非右翼もそうですが)、
死んだら元も子も無いなとは思いますね。それとも売名のための鉄砲玉ですかね。
もし本当に純粋に憂国の念にかられているなら、
共産党=社民党>民主党>自民党の順番で殺意を抱くとは思いますが。
勿論、自民党の靖国参拝反対派を萎縮させてもって最大政党の自民党の
靖国反対派に打撃を与えるのが目的(靖国参拝反対派の議員だけで社民、共産の
総議員よりも多い)とも考えられますが。
いずれにしろ現段階では不明な点が多いですね。
-
>>828
大神氏
この犯人についてマスコミが殆ど報道しないのも気になります。
なにか地雷があるのかも......
-
マスコミ(と行政)では大体同和や朝鮮人はタブーですからね。
抗議(と言うより嫌がらせ)の電話が山のように来たり、何十人かで朝から晩まで押しかけて来たりして最後には
・謝罪
・差別意識撤廃のために教育用機関紙の購読 (本当の目的はこれ)
をさせるという非常にどうしようもない連中ですからね。
煩いからとりあえずは触れないでおくのもあるのかもしれません
-
>>826
>富田長官が陛下に対して敬語も無いタメ口なんか使いますかね?
>上田さんは使うと思ってらっしゃるのでしょうか?
基本的に備忘録ですからね。発言の要点だけまとめるのが自然だと思い
ますよ。陛下のご下問に対してどう答えたかを簡単に書きとめておいた
だけではないかと。
>富田長官の発言だけなのでしょうか?我々は日常会話に対しては「○△×」
>という用に「」を用います。で、富田メモの場合は=がそれに該当している
>のではないでしょうか。
「=」のかぎかっこはあくまで表記上私がつけ加えたものですからね。富田
長官自身が述べた言葉の文頭に=がつく例が他にもあるということの指摘
でした。同じ4月28日のメモの中に「=②については記者も申しておりました」
という箇所がありますね。
-
>>825
>陛下が参拝という言葉を使っていますか?
陛下が靖国参拝について公式に発言した記録を私は知りませんが、側近との
私的な会話の中であれば使ったとしても不自然ではない、ということです。
>ちなみにその場合の敬語は丁寧語ではなくて謙譲語でしょうか?
さて、私は園遊会に出席したことがないですからね。それでも少なからず
語られたお言葉が報道されたりしていますが、謙譲語も使ってますよ。公式
発言でも謙譲語はよく出てきますね。「思いを致す」なんかもそうです。
>もしそうなら戦後において、公式に陛下が行幸される時にはそもそも行幸
>という言葉を使いませんよね。
報道では見かけなくなりましたね。最近は「ご訪問」とか「ご視察」という
使い方をしているようです。侍従などの側近など皇室内ではまだ使っている
でしょうけど。
>「現人神ではないと自覚」して「戦後に振舞っていた」のなら
それは関係ないですよ。行幸というのは単に「天皇がお出かけになる」と
いう意味の皇室用語に過ぎませんから。それに天皇自身が使うことはない
でしょうね。側近や歓迎する側が使うことはあっても。
-
>>827
>と、言うように何故に藤尾(文相)の発言が「下から上にかかっている」
>のでしょうか?他のページを見ますとトピックなどは上から下という形に
>なっていますが。
「下から上にかかっている」というのはあくまで大神さんの印象なのだ
ろうと思いますが、私にはその意味がよくわかりません。奥野発言に
関連した一連の文章として私は素直に捉えてますからね。=以下の
部分が富田長官の発言部分ということは既に書きました。
>「前にもあったが どうしたのだろう
> 中曽根の靖国参拝もあったが
> 藤尾(文相)の発言。」が藤尾氏の発言、
よくわからないのですが、なぜそこで「」内が藤尾氏の発言になるのでしょう。
富田長官の言上の際に文部大臣を既に辞職しているはずの藤尾氏が同席したと
いう客観的な根拠でもない限り、それはありえないと思いますが。
それと、藤尾氏がそもそも「松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の
心子知らずと思っている」という発言をどうやったらできるのかが不思議です
よね。ここで言う松平というのは松平慶民元宮内相のことですが、この方は
昭和天皇独白録の聞き取り役五人のうちの一人で、昭和天皇の側近中の側近
だった人です。昭和天皇の信任厚い側近だった人物の子である松平宮司が、
筑波宮司が止めていたA級戦犯合祀を早速にやってしまったことに対する
不信の念がここに感じ取れますね。こういうことも考慮するとやはり昭和
天皇その人の発言としか思えないんですよね。これを徳川参与の発言として
考えた場合、かつて上司であり大先輩でもあった松平慶民元宮内相のことを
呼び捨てにするというのも信じられません。
-
>>831
>上田さん
>基本的に備忘録ですからね。発言の要点だけまとめるのが自然だと思い
>ますよ。陛下のご下問に対してどう答えたかを簡単に書きとめておいた
>だけではないかと。
敬語表現で普通に謙譲語・丁寧語を使っても大して字数は増えません。
更に、問題の文は
喋った時の言葉
です。 ○○ではないかと言ったが・・
のように喋り言葉ではないのなら敬語が入っていないのは不自然では
ありませんが、残念ながらあくまで喋った時の言葉です。
更に実例を見て見ましょう
http://oiradesu.blog7.fc2.com/blog-entry-1359.html
日記の前のページですが、
「(2)については記者も【申しておりました】」
と言うように自分の喋り言葉、話し言葉の場合は【申しておりました】
と言うようにきちんと敬語表現を使っています。
それとも上田さんは富田長官は備忘録でも
気分次第で話し言葉の表現をコロコロ変えるのでしょうか?
>「=」のかぎかっこはあくまで表記上私がつけ加えたものですからね。富田
>長官自身が述べた言葉の文頭に=がつく例が他にもあるということの指摘
>でした。同じ4月28日のメモの中に「=②については記者も申しておりました」
>という箇所がありますね。
私は別に=に「」が付くとは言っていませんが・・・。
「=付く例が他にあるという指摘」でしたとありますが、上田さんの場合は
>>823
>なお、「=」以下の部分は富田長官が陛下に対して述べた部分でしょう。
>他のメモにも冨田長官が発言した部分には「=」がつけられている例があります
と言うように = は富田氏の発言
とされています。
「=は富田長官が陛下に対して述べた部分(富田専用)」と
「長官自身が述べた言葉に=が付く例が他にもある(発言の場合の一般的用法)」
では意味合いが違いますね。〜との場合もあるという可能性ではなくて、論理的に
お願いしますね。
で、一般的用法なら藤尾文相の発言の場合に=をつけるのは普通でしょう。
-
>>832
>陛下が靖国参拝について公式に発言した記録を私は知りませんが、側近との
>私的な会話の中であれば使ったとしても不自然ではない、ということです。
その根拠が実例ではなくて、
「お人柄」で「そうされるだろう」
では 根拠の無い仮定の積み重ね
と言わざるを得ないのではないでしょうか?
上田さんの言われるように「お人柄」で「配慮されている」のなら、それこそ
公式の言葉に使わのが当然ではないですか?でもそれはしていないのでしょう?
それに
普通は私的な言葉の時こそ敬語を外すのではないでしょうか?
「行く」という形で。
また、上田さんは>>831で
「備忘録だから富田長官は話し言葉の敬語を外した文を構成した」
と言われていますが、陛下の発言の時だけ話し言葉を忠実に残すのですか?
それはチグハグではないでしょうか?
>報道では見かけなくなりましたね。最近は「ご訪問」とか「ご視察」という
>使い方をしているようです。侍従などの側近など皇室内ではまだ使っている
>でしょうけど。
あの、問題はあくまで 【当時】 なんですけど・・・
>さて、私は園遊会に出席したことがないですからね。それでも少なからず
>語られたお言葉が報道されたりしていますが、謙譲語も使ってますよ。公式
>発言でも謙譲語はよく出てきますね。「思いを致す」なんかもそうです。
あの、「致す」は【丁寧語】でもあるのですが・・・
それに上田さんの言われる通りなら、
何故に「行く」にも 同じ謙譲語
である参拝を使わないのでしょうか?片方では使ってもう片方では使わない?
上田さんの言われる通りならそれこそ最初から使うはずでしょう?
>それは関係ないですよ。行幸というのは単に「天皇がお出かけになる」と
>いう意味の皇室用語に過ぎませんから。それに天皇自身が使うことはない
>でしょうね。側近や歓迎する側が使うことはあっても。
唯一自分に対して敬語を使えるのですが、それは置いておきます。
では何と言っていたのですか?
普通に「行く」ではないのですね?
-
>>833
>上田さん
>「下から上にかかっている」というのはあくまで大神さんの印象なのだ
>ろうと思いますが、私にはその意味がよくわかりません。
私の印象ではなくて、現に、実際に前のページの(1)とかに対しては
上から下にされているでしょう?
>奥野発言に関連した一連の文章として私は素直に捉えてますからね。
>=以下の部分が富田長官の発言部分ということは既に書きました。
ですからどうしてそう捉えられるのですか? 素直に捉えたら
「=」以下が 奥野文相の発言 になりますよ。
また、仮に=が富田氏の発言でも、
奥野文相の発言→「=」(富田氏の発言)→奥野文相の発言
になりますよ。何故なら場面転換したとか何も書かれていないのですから。
場面転換していないのなら、
奥野文相と富田氏の会話が続いているのではないでしょうか?
それともどこかに 陛下のお言葉
と書かれているのでしょうか?書かれていませんよね?
そうなると、奥野文相の言葉、富田氏の言葉、奥野文相の言葉と言う形で
言葉のリレーがあったのではないでしょうか?
-
>上田さん
例えば、雑誌のインタビューとか見てみたら分かりますよ。
「○○・・・」
―△×○□・・・
「△×◎・・」
というように、インタビューされる人(「」カギ括弧)の言葉、
次(―、ハイフンですね)がインタビューする人の言葉、そしてそれに
対してインタビューされる人の言葉(「」カギ括弧)の言葉
という形で見ますよね?間違えてもいきなり「何故か第三者が出てくる」なんて
あるのでしょうか。
例えば、日記の前のページを見ると「Pressの会見」という形で場所説明を
しています。そう言った説明が特に無くて
何の脈絡も無くいきなり陛下の言葉
ではおかしいのではないでしょうか?
ついでに
>それと、藤尾氏がそもそも「松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の
>心子知らずと思っている」という発言をどうやったらできるのかが不思議です
>よね。ここで言う松平というのは松平慶民元宮内相のことですが、この方は
>昭和天皇独白録の聞き取り役五人のうちの一人で、昭和天皇の側近中の側近
>だった人です。昭和天皇の信任厚い側近だった人物の子である松平宮司が、
>筑波宮司が止めていたA級戦犯合祀を早速にやってしまったことに対する
>不信の念がここに感じ取れますね。こういうことも考慮するとやはり昭和
>天皇その人の発言としか思えないんですよね。これを徳川参与の発言として
>考えた場合、かつて上司であり大先輩でもあった松平慶民元宮内相のことを
>呼び捨てにするというのも信じられません。
別に陛下以外の人間が言ってもおかしくないでしょう
それと、
>昭和天皇の信任厚い側近だった人物の子である松平宮司が、
>筑波宮司が止めていたA級戦犯合祀を早速にやってしまったことに対する
>不信の念がここに感じ取れますね
と、あって
>こういうことも考慮するとやはり昭和天皇その人の発言としか思えないんですよね。
と、ありますが、残念ながら
これは論理的におかしいですよ
昭和天皇の発言かを検証している時に、その検証の元ネタがこうだからこの
検証の元ネタは正しいと言うのは。
「Aという理論は正しい」とする時に、それを別のBというものから証明
するのではなくて、Aを使って証明しているようなものですよ。
中学や高校の数学で
「sin2θ=2sinθcosθを証明せよ」
という問題があった時に、 「2sinθcosθ=sin2θ」だから
じゃ何の証明にもなっていないでしょう?それと同じです
-
>上田さん
ところで、前にも書きましたが、
日経以外の他紙は物理的に検証不可能
(※一緒に検証して日経に抜け駆けを許したというなら別)
というのにはご同意頂けたのでしょうか?
もし、 「そうではない」
と言うのならその根拠を教えて頂けないでしょうか?
-
>>834
>それとも上田さんは富田長官は備忘録でも気分次第で話し言葉の表現を
>コロコロ変えるのでしょうか?
メモをとるのに「こうでなければならない」という規則もないと思いますから、
基本的にはどう書こうが富田長官が自由に判断することだろうと思いますよ。
自分の発言と陛下の発言とをごっちゃに書いたら誤解のモトですから、何らか
の表記上の区別はあってしかるべきだし、それが富田長官の場合は「=」で区別
したんでしょう。
私たちはあくまでもメモの「読み手」であって「書き手」ではないですから、
「読み手」の都合で判断するより、「書き手」の側に立って考えたなら、
富田メモの内容ももっと理解しやすくなると思いますよ。
>「=は富田長官が陛下に対して述べた部分(富田専用)」と
>「長官自身が述べた言葉に=が付く例が他にもある(発言の場合
>の一般的用法)」では意味合いが違いますね。
意味合いが違うというより、前者は結論であって後者はその根拠ですからね。
「記者も申しておりました」という発言を富田長官の発言として考えるのは
不自然ではないでしょう。その文頭には「=」がついており、藤尾発言に
関連した部分の文頭にも「=」がつけられているならば、それを富田氏の発言
と推論するのは十分に論理的な解釈だと思いますよ。
むしろ陛下への言上の途中に藤尾文相の発言が突然に出てくる方が論理的に
説明不可能だと思いますが。なぜならその場に藤尾本人がいなくてはならない
からですね。文部大臣であれば内奏の関係でその場にいたということも可能性
としてありえますが、藤尾氏は既に辞任してますからね。また、=以下が
藤尾氏の発言箇所だとするなら、「奥野は藤尾と違うと思うが」と本人が発言
するというのは考えづらいですよ。ですから藤尾氏の発言である可能性は排除
してよいと私は考えますね。可能性はゼロではないにしても、限りなくゼロに
近いでしょうから。
-
>>835
>その根拠が実例ではなくて、「お人柄」で「そうされるだろう」
>では根拠の無い仮定の積み重ねと言わざるを得ないのではないでしょうか?
というか、それを言えば「天皇陛下は参拝という言葉を使うはずが無い」
というのも同じことになりますよ。私的な発言ならば「行く」と答える
はずだというのも同様です。私としては陛下が「参拝する」と使うのも
「行く」と使うのも、可能性としては等価だと思いますね。どちらも
不自然ではないですから。しかし、陛下が靖国神社の英霊に対して尊崇
の念を持っていたならば、「行く」とするより「参拝する」の方がより
自然であると私としては考えるわけです。
>「備忘録だから富田長官は話し言葉の敬語を外した文を構成した」
>と言われていますが、陛下の発言の時だけ話し言葉を忠実に残すのですか?
>それはチグハグではないでしょうか?
そうは思いませんね。相手が天皇陛下である場合、自分の発言よりも陛下の
ご発言の方が内容的に重いはずです。できるだけ正確に記そうとするのは
当然かと思いますよ。なんと言っても「歴史的な証言」の場に立ち会った
のなら、誰だってそうすると思いますが。
>あの、問題はあくまで【当時】なんですけど・・・
昭和天皇の在位中の話として考えても別に不都合はないと思いますが。
人間宣言をされ、各地をご訪問される過程で、昭和天皇は初めて一般
の国民とふれあった。大きな心境の変化があったでしょうね。戦後は
天皇はじめ側近も「開かれた皇室」を目指して国民との距離を縮めよう
と努力された。そうした中で「行幸」という言葉も公式には使われなく
なったのだろうと思いますね。
>あの、「致す」は【丁寧語】でもあるのですが・・・
「致す」は謙譲語ですよ。「致します」で謙譲語+丁寧語です。
何故に「行く」にも 同じ謙譲語
である参拝を使わないのでしょうか?片方では使ってもう片方では使わない?
>何故に「行く」にも同じ謙譲語である参拝を使わないのでしょうか?
>片方では使ってもう片方では使わない?
>上田さんの言われる通りならそれこそ最初から使うはずでしょう?
「行く」に対する謙譲語は「参る」です。より丁寧に「参ります」となる。
「参拝する」は神社に行くことになりますが、実際に富田メモにそう表現
した部分があるのでこういう議論になっているわけですよね。
私の記憶する中でも、また、公式の記録をいくつか調べてみても、昭和
天皇が直接的に靖国神社に関して発言した記録自体ほとんどないですね。
ただ、侍従長を務めていた入江相政氏の日記の中に「靖国神社の松平君
が『(皇太子さまが)御成年におなりになったのだから靖国神社に御参拝
になるべきだ』と言ってきた由。『そんなのほっとけば』といふ」という
部分がありますから、参拝と表現する場合もさほど珍しくなかったのだろう
と思います。
富田メモだけでなく、入江相政日記や徳川侍従長の回顧録とかからは皇室
と松平宮司との関係が極めて険悪であったことがうかがわれますね。私は
昭和天皇の参拝中断は合祀したこともさることながら、合祀した松平宮司
との関係悪化が大きな要因だったと考えています。
-
>>836
>私の印象ではなくて、現に、実際に前のページの(1)とかに対しては
>上から下にされているでしょう?
メモを書くときに下から上に向かって書く人はまずいませんからね。上から
下とか下から上とかにこだわる理由が私にはよくわからないと言うことです。
私は素直に話された内容の順に記録されていると考えてますけれども。
>素直に捉えたら「=」以下が 奥野文相の発言 になりますよ。
なんでですかね。それだと奥野国土庁長官がその場にいたという根拠が
必要になりますよ。素直に考えるなら、奥野氏自身が「奥野は藤尾とは
違うと思うが」と語るのはやはり不自然ですよ。奥野でも藤尾でもない
と考えるのが適切かと思いますが。
もう一度メモの最初から考えてみるとどうでしょうね。奥野発言に関わる
部分が出てきたのは記者会見で陛下が述べた「嫌だ」という言葉を説明
するにあたって「引っ掛けて言った積もりである」という部分からです。
一貫して記者会見の内容に関連して靖国神社のことについても述べられた
と考えるのが自然ですよ。
よくわからないのですが、どうして「場面転換」にこだわるのですか。
4.28のメモは富田長官が陛下に言上した際に交わされた会話の記録ですが
「場面転換」を読み手に意識させる必要があるとは思えません。小説の
類とは違いますからね。
-
>>837
>例えば、日記の前のページを見ると「Pressの会見」という形で
>場所説明をしています。そう言った説明が特に無くて何の脈絡も無く
>いきなり陛下の言葉ではおかしいのではないでしょうか?
4.28のメモで最初に公開されたのは4ページの部分でしたね。その前の部分
についても日経で公開されましたが、1ページ目はまず富田長官による
報告から始まっています。その1ページ目の冒頭には63.4.28 1117-115(吹上
と書かれており、日時・場所はここで明らかにされています。
「Pressの会見」部分はあくまでも会話の内容を整理する上でつけた
「見出し」のようなものと考えて差し支えないのではないでしょうか。
>別に陛下以外の人間が言ってもおかしくないでしょう
吹上御所での言上中のことですから、最も可能性が高いのはやはり昭和
天皇ですよ。むしろ昭和天皇以外の発言として考えると、かなり地位が
上の人物、少なくとも富田長官よりも立場が上の人物が同席していた
という推測しかできません。その人物を特定できない以上、現段階では
昭和天皇自身の発言と考えるのが合理的です。
>これは論理的におかしいですよ
>昭和天皇の発言かを検証している時に、その検証の元ネタがこうだからこの
>検証の元ネタは正しいと言うのは。
検証の元ネタがそもそも富田メモですよね。元ネタである富田メモ自体を
捏造と決め付けてしまったら、これまでの議論は何の意味ももちません。
それに、私は富田メモだけを検証の対象にしているわけではないですからね。
Aを正しいか否かと判断するには、他の周辺資料も考慮するのは当然です。
また、昭和天皇の参拝中断がA級戦犯合祀がきっかけだったというのは
何も富田メモが初めてではないですからね。入江相政日記や徳川侍従長
の回顧録などで間接的に明らかにはなっていたことでしたから、私とし
ては「やっぱりそうだったか」という印象でしかないんですよ。
ところで、私に対して富田メモにおける昭和天皇の発言が真正であること
の証明を求めるのでしたら、大神さんはそうではないことの証明を何に
よって行おうとするのでしょうか。否定に足る他の資料や証言の提示が
あれば私としても議論しやすいのですけれども。
-
>上田さん
>>839
>メモをとるのに「こうでなければならない」という規則もないと思いますから、
>基本的にはどう書こうが富田長官が自由に判断することだろうと思いますよ。
はい。で、その富田氏は
自分の言葉にきちんと敬語表現を
入れるという自由を選択
されています。それを尊重して解釈していくことにしていくより仕方ないですね。
上田さんは「自由」という言葉や、「○○されたとしてもおかしくない」という
のを実例という根拠ではなく、
あくまで可能性
で言われていますが、それですと
全ての可能性が言える
上に、しかも結果的に相殺されてしまいます。
で、私の場合は
・敬語表現(申す)を前のページで入れている
・公式に参拝という言葉を使っていない
という 実例を踏まえて言っている
ので、その点は失礼ながら「
上田さんの可能性とは違うのではないかな〜」
と愚考する次第です。
で、
>自分の発言と陛下の発言とをごっちゃに書いたら誤解のモトですから、何らか
>の表記上の区別はあってしかるべきだし、それが富田長官の場合は「=」で区別
>したんでしょう。
これが、やはり失礼ながら仕古利人さんの言われるように上田さんの「結論ありき」
ではないでしょうか。「=」という表現は他と区別するというのは分かります。
しかしながら、それが 陛下と自分の言葉を区別する
とまでは残念ながら導き出されません。
言えたとしても、「二人の人間の言葉を区別する」ではないでしょうか。
>私たちはあくまでもメモの「読み手」であって「書き手」ではないですから、
>「読み手」の都合で判断するより、「書き手」の側に立って考えたなら、
>富田メモの内容ももっと理解しやすくなると思いますよ。
はい、 「私たちは読み手であって書き手ではありません」
ですから実際に書かれていることから判断するしかないです。
それを「○○したとしておかしくない」を根拠も挙げずに述べられるのは
「自分を書き手と混同されているのではないのかな〜」と思います。
どうも上田さんは
・表記方法に前後に矛盾があってもそれは書く人間の自由
を挙げられていますが、そのように不安定なものですと史料価値として
書いていることの内容の正確性まで疑われてしまいます。
反論をかわすために、メモの正確性まで否定する
ことを言っても仕方ないのではと失礼ながら思ってしまいます。
-
>>839
>意味合いが違うというより、前者は結論であって後者はその根拠ですからね。
>「記者も申しておりました」という発言を富田長官の発言として考えるのは
>不自然ではないでしょう。
「可能性の列挙」と「結論」
は違いますよ。上田さんは私に最初は「結論」を言われましたが、それに対して
私が反論した際には指摘ということで「可能性の列挙」ということになっています。
論理的には残念ながらこれで
「自分の言っていることに前後に矛盾は無い」
というのは間違いでしょう。
>その文頭には「=」がついており、藤尾発言に関連した部分の文頭にも
>「=」がつけられているならば、それを富田氏の発言と推論するのは十分に
>論理的な解釈だと思いますよ。
では、これについては後述します。
>というか、それを言えば「天皇陛下は参拝という言葉を使うはずが無い」
>というのも同じことになりますよ。私的な発言ならば「行く」と答える
>はずだというのも同様です。
>私としては陛下が「参拝する」と使うのも「行く」と使うのも、可能性としては
>等価だと思いますね。どちらも
>不自然ではないですから。しかし、
一般人ですとそれは不自然ではないですが、それはあくまで公的な場合に
おいても参拝という言葉を使うからです。
で、やはりここでも 可能性で言われていますが
この二つの可能性を考えるに際して傾向と実例から考えてみましょう。
一般的に人間は私的な言葉の場合は堅苦しい敬語は外します。
私的な言葉であるのなら「今日は○○神社に行ってきた」と親しい人間に
話しかける場合において、「謙譲語を使わないから不敬だ」とは私的な
言葉では言いません。
また、陛下の場合は形式的には謙譲語を使わないのですから、謙譲語を
使わないからと不敬とはなりません。
言語空間が我々一般人とは違うのですから
そしてもし、敬意を表して謙譲語を使うのであれば公式の言葉にも使われるはずでは
ないでしょうか?
後ろの方で上田さんは「戦後は人間天皇として国民に触れ合って・・・」
と言われていますが、それなら尚更公式の時にこそ率先して謙譲語を使われる
はずでしょう。それがなくて、
「私的な時には使う」
では、失礼ながらご都合主義的な印象を拭えませんよ。
>陛下が靖国神社の英霊に対して尊崇の念を持っていたならば、「行く」とするより「参拝する」の方がより
>自然であると私としては考えるわけです。
ですが、これは 実際に公式に使っていない
ということの実例から否定されます。
-
>上田さん
>>840
>>>最近は「ご訪問」とか「ご視察」という
>>>使い方をしているようです。侍従などの側近など皇室内ではまだ使っている
>>>でしょうけど。
>>あの、問題はあくまで 【当時】 なんですけど・・・
に対して
>昭和天皇の在位中の話として考えても別に不都合はないと思いますが。
とありますが、
昭和天皇が御在位されていたのは
最近の話ではないでしょう?
>「致す」は謙譲語ですよ。「致します」で謙譲語+丁寧語です。
「致す」は「する」の謙譲語と丁寧語の両方がありますよ
>私の記憶する中でも、また、公式の記録をいくつか調べてみても、昭和
>天皇が直接的に靖国神社に関して発言した記録自体ほとんどないですね。
>ただ、侍従長を務めていた入江相政氏の日記の中に「靖国神社の松平君
>が『(皇太子さまが)御成年におなりになったのだから靖国神社に御参拝
>になるべきだ』と言ってきた由。『そんなのほっとけば』といふ」という
>部分がありますから、参拝と表現する場合もさほど珍しくなかったのだろう
>と思います。
敬語で天皇と皇太子は違いますよ
行幸は「皇后と皇太子」と「天皇」の両方を対象とした言葉ですか?
更にご参拝としたのは松平宮司の言葉で、しかも「言ってきた由」としているところを
見ると直聞きではなくて又聞きの方に思えますね。直聞きなら「と言った」
になるので。また、
>『(皇太子さまが)御成年におなりになったのだから靖国神社に御参拝になるべきだ』
とありますが「なるべきだ」とは乱暴な言葉ですね。
言葉をそのまま書き写したのなら「なされては」という言葉を使いますね。
また、松平宮司は来てもらう方なので
最低でも「お越し戴く」
となるべきでしょう。以上より、この言葉は第三者からの又聞きですね。
敬語表現がバラバラなのであまり参考にはなりません。
-
>>841
>もう一度メモの最初から考えてみるとどうでしょうね。奥野発言に関わる
>部分が出てきたのは記者会見で陛下が述べた「嫌だ」という言葉を説明
>するにあたって「引っ掛けて言った積もりである」という部分からです。
>一貫して記者会見の内容に関連して靖国神社のことについても述べられた
>と考えるのが自然ですよ。
それでしたら、藤尾氏の発言が出る必要はないですよね。プレスでのその場の
発言ではないですし、前の言葉とも関係ないですから。追加で入れるなら、
上田さんの言われる陛下の言葉の後に入れればいいですね。流れを切る必要は
ないわけで。
が、このように流れを切るような不自然な流れではない可能性としては、
「前にもあったが・・・それが私の心だ」までが
ひと繋がり(「・関連質問 関係者もおり・・・」まで)
なら矛盾しないのではないですか?
>よくわからないのですが、どうして「場面転換」にこだわるのですか。
>4.28のメモは富田長官が陛下に言上した際に交わされた会話の記録ですが
>「場面転換」を読み手に意識させる必要があるとは思えません。小説の
>類とは違いますからね。
でも現実に「外務省」とか「プレス」とか「どこの場所での話」か書いて
いますよね。読み手を意識していないくても書いていますよ。
-
>上田さん
>>841
>メモを書くときに下から上に向かって書く人はまずいませんからね。
はい、そうですね。ですから藤尾氏の発言ときたら
その発言内容はその後に書かれていますね。
と、この時点でもう終わりなのですが、
>上から下とか下から上とかにこだわる理由が私にはよくわからないと言うことです。
>私は素直に話された内容の順に記録されていると考えてますけれども。
とされているのが最初の行と矛盾されていますね。しかも
「普通はしない(=上田さんも認めている)」
という指摘を 「どっちにこだわる理由がよく分からない」
とされていますが、「普通はしない=おかしい」と言うのは決定的なことですよ。
>なんでですかね。それだと奥野国土庁長官がその場にいたという根拠が
>必要になりますよ。素直に考えるなら、奥野氏自身が「奥野は藤尾とは
>違うと思うが」と語るのはやはり不自然ですよ。
あのう、素直に考えると 「藤尾(文相)」の発言
とあるなら奥野氏ではなくて、藤尾氏ではないでしょうか(笑)?
で、前のプレスからいきなり藤尾氏が出ているのですが
これはプレスとは別の話でしょう
プレスに藤尾氏がしゃしゃり出てきたのでなければ(勿論、しゃしゃり
出るわけありませんね)。
状況的に考えてその場に居たという根拠が必要どころか、これは藤尾氏
と富田氏の時の話の時ですね(違うところの話)。
>奥野でも藤尾でもない
>と考えるのが適切かと思いますが。
で、上田さんは「=」が富田氏の言葉と言われているわけですね。藤尾氏が
と発言しているのはこの言葉だけなので、「私は」以下は富田氏とは違う
人の言葉なので問題ではありませんね。前に前述していますが。
「・・・」
―○○○
「・・・」
という説明をしましたが覚えていますか?
-
>上田さん
前後しますが
>>840
>「備忘録だから富田長官は話し言葉の敬語を外した文を構成した」
>と言われていますが、陛下の発言の時だけ話し言葉を忠実に残すのですか?
>それはチグハグではないでしょうか?
>そうは思いませんね。相手が天皇陛下である場合、自分の発言よりも陛下の
>ご発言の方が内容的に重いはずです。できるだけ正確に記そうとするのは
>当然かと思いますよ。なんと言っても「歴史的な証言」の場に立ち会った
>のなら、誰だってそうすると思いますが。
歴史的な証言と認識しているなら
陛下に対して敬語の無いタメ口
ではおかしいですよ(笑)。自分の言葉は関連した言葉なので敬語をそのまま残すはずでしょう?
それとも陛下に対して敬語の無い言葉遣いだったのでしょうか?
それを考えると お互い敬語の要らない者同士の会話
と考えるのが合理的ですね。
>4.28のメモで最初に公開されたのは4ページの部分でしたね。その前の部分
>についても日経で公開されましたが、1ページ目はまず富田長官による
>報告から始まっています。その1ページ目の冒頭には63.4.28 1117-115(吹上
>と書かれており、日時・場所はここで明らかにされています。
>「Pressの会見」部分はあくまでも会話の内容を整理する上でつけた
>「見出し」のようなものと考えて差し支えないのではないでしょうか。
それは分かりますが(と言うよりも、「このように見出しがある」と言っている
のは私は前から言っていますが)、だから
何故に何の脈略も無く陛下の言葉が入るんですか?
藤尾氏(文相)の発言から後には特に何も注意書き(陛下の言葉とか)書かれて
いないのですから。
>吹上御所での言上中のことですから、最も可能性が高いのはやはり昭和
>天皇ですよ。むしろ昭和天皇以外の発言として考えると、かなり地位が
>上の人物、少なくとも富田長官よりも立場が上の人物が同席していた
>という推測しかできません。その人物を特定できない以上、現段階では
>昭和天皇自身の発言と考えるのが合理的です。
残念ながら
吹上御所のプレスの時の話ではないですね
藤尾氏(文相)がその場でしゃしゃり出たのではないですから。
また、問題の言葉はその時の会見で出た言葉ではありません。
今回が史上初なのでしょう?
それとも、陛下が言われた言葉をプレスが無視したのでしょうか?
それとも、陛下は富田氏を呼んで耳打ちをされたのでしょうか?
ですから、 その場に居た時の発言ではありません。
それは「藤尾氏の言葉」というのが存在することより明らかですね。
別の時の言葉です。
また、前述ですが位の高い人に対してタメ口を使いません。
大体、そもそも何故に 位の高い人間の言葉
となるのでしょうか?別に位が高くなくていいですよ。
合理的に考えれば「=」を富田氏の言葉とすれば、
同レベル同士の会話
と考えるのが合理的でしょう。
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>上田さん
あと、出来ましたら
次はこれ(>>838)に対する回答を
先ず最初にお願いします
[838 名前: 大神 投稿日: 2006/09/02(土) 05:15:51
>上田さん
ところで、前にも書きましたが、
日経以外の他紙は物理的に検証不可能
(※一緒に検証して日経に抜け駆けを許したというなら別)
というのにはご同意頂けたのでしょうか?
もし、 「そうではない」
と言うのならその根拠を教えて頂けないでしょうか? ]
と書きましたが、もし上田さんが書かれていたのを見落としていたのなら
申し訳ないので・・。
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>上田さん
あと、出来ましたら
次はこれ(>>838)に対する回答を
先ず最初にお願いします
[838 名前: 大神 投稿日: 2006/09/02(土) 05:15:51
>上田さん
ところで、前にも書きましたが、
日経以外の他紙は物理的に検証不可能
(※一緒に検証して日経に抜け駆けを許したというなら別)
というのにはご同意頂けたのでしょうか?
もし、 「そうではない」
と言うのならその根拠を教えて頂けないでしょうか? ]
と書きましたが、もし上田さんが書かれていたのを見落としていたのなら
申し訳ないので・・。
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済みません、二重投稿になりました(汗)。
勿論ご回答は一回だけで構いませんので宜しくお願いします。
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あと
>>842
>検証の元ネタがそもそも富田メモですよね。元ネタである富田メモ自体を
>捏造と決め付けてしまったら、これまでの議論は何の意味ももちません。
私は何も「日経の捏造」とは言っていませんよ。
「上田さんの論理が間違えている」
と言っているのですよ。
>>833
>昭和天皇の信任厚い側近だった人物の子である松平宮司が、
>筑波宮司が止めていたA級戦犯合祀を早速にやってしまったことに対する
>不信の念がここに感じ取れますね。
「Aということの根拠がA」
は、「論理的におかしい」と。
登山に例えて言えば
命綱の両端を腰に巻いたら命綱にならないでしょう(笑)?
>それに、私は富田メモだけを検証の対象にしているわけではないですからね。
>Aを正しいか否かと判断するには、他の周辺資料も考慮するのは当然です。
当然ですが、>>833を見ると、上田さんはAが正しいと言うのを富田メモに
持ってきて、そしてその富田メモの正しさを富田メモに求めると言う論理的な
誤りをおかしていますよ。
>また、昭和天皇の参拝中断がA級戦犯合祀がきっかけだったというのは
>何も富田メモが初めてではないですからね。入江相政日記や徳川侍従長
>の回顧録などで間接的に明らかにはなっていたことでしたから、私とし
>ては「やっぱりそうだったか」という印象でしかないんですよ。
で、その徳川氏の長男が「父の言葉と同じだ」と言っているのが
富田メモなわけですよね?
>ところで、私に対して富田メモにおける昭和天皇の発言が真正であること
>の証明を求めるのでしたら、大神さんはそうではないことの証明を何に
>よって行おうとするのでしょうか。否定に足る他の資料や証言の提示が
>あれば私としても議論しやすいのですけれども。
何か勘違いされているようですが、
メモの真偽を論ずる以前に
メモに書かれている
・藤尾(文相)発言
・=を富田氏と仮定した場合に、富田氏のタメ口ぶり
・参拝などの言葉の表現
のこれらで陛下の言葉ではないと言えますよ。
特に、富田氏のメモは問題の文以外を見ると基本的に「要点書き」です。
が、何故か問題の言葉だけは「要点書き」ではなくてはっきりと書かれています。
「=」の言葉が問題の言葉に対応しているなら、上田さんの言われるような
「敬語を除いてあえて書いてみた」というのはおかしいでしょう。
「要点書き」の場合ですら普通に「申す」と敬語を入れているくらいですから。
このように 真偽以前の問題なのですよ
更に上田さんは、陛下の言葉と言うのを「昭和天皇の過去の言葉から・・」
という書き方をされていますが、失礼ながら
上田さんの論法だと
「A級戦犯のために靖国神社に参拝していない」
という言葉は
「全部陛下の言葉」
になりますよ?
他の人も言われていますが、それが上田さんの「先ず結論ありき」で問題だと
思います。
主語が不明な言葉で、直前に別の人の言葉(藤尾氏)が出ているので、
「陛下の言葉と名札が付いていない(※藤尾氏の場合は付いている)」
ということなので、これを「陛下の言葉だ」とは言えないでしょう。
で、周りの文の繋がりを見ると陛下の言葉ではないということですよ。
-
>>852
ついでに、真偽ですが、ブルーボールペンの劣化、紙の劣化はよく言われて
いますが(このために「日経は捏造している」と言われているのですが)、
前に上田さんに筆跡鑑定という形でこのように真偽の話をした場合、
上田さんは 「私には分かりません」
で回答を避けていましたよね?このように私が真偽論を述べた時には正面から
それに答えずに回答をしないでおいて、「真偽を問題にするならその根拠を出せ」
とさも私に
「根拠も無く捏造とでっち上げ」
と言うように>>842で、私に真偽の話を尋ねるのは「どうなのかな〜」と思います
が
如何でしょうか?
それとも上田さんが言う真偽が物理的な真偽ではなくて、発言を富田氏が
捏造と言う意味で言われているのなら、そもそも私は
「富田氏がでっち上げた」
とは言っていませんよ。私が言っているのはただ単に
「この言葉の主語は陛下だと齟齬が沢山ありますね(=よって陛下の言葉ではありませんね)」
と言っているだけですよ。
-
>>843
>・敬語表現(申す)を前のページで入れている
これだけでは=以下の部分が富田長官の発言ではないという根拠にはなり
えないですよ。敬語表現があるかないかだけでは判断できませんからね。
富田長官でなければ誰なのか、ということについて考えるなら、昭和天皇
を除外して考えるべきではないでしょう。それは同意できますか?
>・公式に参拝という言葉を使っていない
公式の発言だけが昭和天皇の発言全てではないという点にもご同意いただけ
ますか?そもそも富田メモは言上という公式には公開されない場での会話の
記録ですから、公式発言と比較して解釈するというのは現実的ではないの
ではないかと思うんですが、これについてはいかがですか?
>言えたとしても、「二人の人間の言葉を区別する」ではないでしょうか。
基本的に大神さんも昭和天皇の発言である可能性自体は否定されていない
のだろうと思いますが、その認識でよろしいでしょうか。「二人の言葉」
のうち一人が昭和天皇である可能性も含んでいると考えてよろしいですか?
>・表記方法に前後に矛盾があってもそれは書く人間の自由
>を挙げられていますが、そのように不安定なものですと史料価値として
>書いていることの内容の正確性まで疑われてしまいます。
メモや日記の表記方法にはそれを書いた当人の「癖」が反映されるのは
当然のことだと思います。それを「一般的な表記方法」から考察しても
無意味ではないかと私は考えるんですよね。書いた当人にとっては自明の
事柄でも読み手にとってそうであるとは限らない。直接天皇陛下と会話
した経験がないわけですからなおさらですよ。
私たちは富田メモの実物を検分したわけでもありませんから、立場的には
同じ位置におります。つまり推論を根拠としてしか議論できないという
ことです。その場合「確からしさ」の度合いでもってしか判断できない。
この点に関してはご同意願えますか?
いくつか同意点についてお聞きしましたが、議論するにあたっては
最低限互いの論点を共有する上で必要だと思うからです。それがないと
いつまでも議論がかみ合いませんので。
-
>>844
>上田さんは私に最初は「結論」を言われましたが、それに対して私が反論
>した際には指摘ということで「可能性の列挙」ということになっています。
私が「昭和天皇の発言である」としているのは、あくまでもそれが最も
可能性が高いからですよ。可能性の列挙とおっしゃいますが、当然ながら
私たちの議論は推論に基づく可能性の高さを比較検討するぐらいしかでき
ないわけですからね。4.28のメモの「私」が誰なのかという点について
可能性の程度で比較すると 昭和天皇>徳川参与>藤尾元文相>それ以外
という比較になるだろうと思います。誰が最も可能性が高いか、という
観点でしか私は結論が出せませんし、これは一貫してそうですよ。
>一般的に人間は私的な言葉の場合は堅苦しい敬語は外します。
>私的な言葉であるのなら「今日は○○神社に行ってきた」と親しい人間に
>話しかける場合において、「謙譲語を使わないから不敬だ」とは私的な
>言葉では言いません。
大神さん、それは一般化ではなくて単純化ではないかと思いますよ。私的
な間柄とは言え、年齢の差や地位の差というのがありますからね。敬語
表現はもちろんTPOによりますが、それは形式上どうかというより、心の
作用だと思いますね。むしろ私的な関係におかれた場合こそ相手を敬う
とかいたわる心が大切になってくるものだと思います。
>また、陛下の場合は形式的には謙譲語を使わないのですから、謙譲語を
>使わないからと不敬とはなりません。
不敬か不敬でないかが問題なのではありませんよ。公式においても
実際に陛下は謙譲語を使ってますからね。だからと言って私は普段
でも謙譲語を使うのだから「参拝」という言葉も使っているはずだ
とは申しません。少なくとも陛下の実際の言葉として使っている
記録については富田メモ以外に知りませんからね。
ところで大神さんは私が指摘した「致す」という表現は謙譲語と丁寧語の
両方あるとおっしゃいましたが、それは「致します」がそれにあたり
ます。「致す」とのみ表現するならそれは謙譲語ですよ。漢語辞典で一度
調べていただくとわかるかと思いますが、「致す」は「する」の謙譲語
です。
>実際に公式に使っていないということの実例から否定されます。
それでは「否定のための否定」ですよ。参拝という言葉を使う可能性
をゼロとすることはできないはずです。公式に使っていないというのは
否定のための理由付けとしては薄弱すぎますからね。
-
>上田さん
>>854
>>・敬語表現(申す)を前のページで入れている
>これだけでは=以下の部分が富田長官の発言ではないという根拠にはなり
>えないですよ。敬語表現があるかないかだけでは判断できませんからね。
誰もそんなことは言っていませんよ
「敬語があるから富田氏ではない」
なんて。私が言っているのは
「同じ人間なら片方で敬語を使っていて、別のところで敬語を使わないのはおかしい」
と言っているのですよ。pressの「要点書き」のようなところで「申す」と敬語を
入れて、
「しっかり書いているもう片方の方で敬語を書かない」
のは アベコベでしょう?
よって、=の話し相手は 敬語の要らない相手
だろうと言う至極当然なことですよ。
>富田長官でなければ誰なのか、ということについて考えるなら、昭和天皇
>を除外して考えるべきではないでしょう。それは同意できますか?
何故に除外できないのでしょうか?
>公式の発言だけが昭和天皇の発言全てではないという点にもご同意いただけ
>ますか?
でもそれが 謙譲語を使う理由にはなりません
>そもそも富田メモは言上という公式には公開されない場での会話の
>記録ですから、公式発言と比較して解釈するというのは現実的ではないの
>ではないかと思うんですが、これについてはいかがですか?
はい、これについては、上田さんの論拠である
「陛下は英霊に敬意を表して」
を否定しうる十分な根拠になります。その結果、上田さんは論拠が崩れた
ことになるのですが如何でしょうか?
更に、私と上田さんの議論とは関係なく、私的な言葉では「行く」で十分な
わけですし、実際に自分が普段使わない謙譲語を使うのは言語の頻度の可能性から
考えると、
「行く」と「参拝」は可能性は等価ではないですね
>基本的に大神さんも昭和天皇の発言である可能性自体は否定されていない
>のだろうと思いますが、その認識でよろしいでしょうか。「二人の言葉」
>のうち一人が昭和天皇である可能性も含んでいると考えてよろしいですか?
いいえ。違います。
私の書き込みを見ればお分かりになると思いますが、「藤尾氏」、「藤尾氏と富田氏」
と言うことで
陛下の言葉ではない
となっていますよ。
>メモや日記の表記方法にはそれを書いた当人の「癖」が反映されるのは
>当然のことだと思います。それを「一般的な表記方法」から考察しても
>無意味ではないかと私は考えるんですよね。書いた当人にとっては自明の
>事柄でも読み手にとってそうであるとは限らない。直接天皇陛下と会話
>した経験がないわけですからなおさらですよ。
>私たちは富田メモの実物を検分したわけでもありませんから、立場的には
>同じ位置におります。つまり推論を根拠としてしか議論できないという
>ことです。その場合「確からしさ」の度合いでもってしか判断できない。
>この点に関してはご同意願えますか?
「確からしさの根拠」を、
・私は実例
・上田さんは 「矛盾があっても書き手の自由」
でされているのには御同意頂けますか?
そして、実際に「実例」と「書き手の自由=〜あるかも知れない論(※単なる
可能性は相殺されます。根拠が必要です)」だと、
「実例」の方が「矛盾があっても書き手の自由論」よりも
確からしい
というのには 御同意頂けますか?
-
>>855
>私が「昭和天皇の発言である」としているのは、あくまでもそれが最も
>可能性が高いからですよ。可能性の列挙とおっしゃいますが、当然ながら
>私たちの議論は推論に基づく可能性の高さを比較検討するぐらいしかでき
>ないわけですからね。4.28のメモの「私」が誰なのかという点について
>可能性の程度で比較すると 昭和天皇>徳川参与>藤尾元文相>それ以外
>という比較になるだろうと思います。誰が最も可能性が高いか、という
>観点でしか私は結論が出せませんし、これは一貫してそうですよ。
むしろ陛下以外の方が
・敬語
・藤尾氏が出てくるというpressの場所から場面転換
の齟齬の問題が解決できますよ?
可能性、確からしさでは 「齟齬」が少ない方が
可能性は高いのではないでしょうか?
>大神さん、それは一般化ではなくて単純化ではないかと思いますよ。私的
>な間柄とは言え、年齢の差や地位の差というのがありますからね。
年齢の差、地位の差なら
尚のこと陛下が謙譲語を使わない方が合理的でしょう?
>敬語表現はもちろんTPOによりますが、それは形式上どうかというより、心の
>作用だと思いますね。むしろ私的な関係におかれた場合こそ相手を敬う
>とかいたわる心が大切になってくるものだと思います。
心のいたわり来るのなら
尚のこと 公式の場でも率先してしているはずでしょう?
と言うよりも、上田さんは
「謙譲語を使わないのなら陛下は国民に触れ合っていない、英霊の
ことを大事にしていない」と暗に聞こえるのは気のせいでしょうか?
「英霊を大事に思う」→「だから謙譲語を使う」
にはならないでしゅう。心の問題なら、尚のこと上田さんのように謙譲語に拘る方が
形式に拘っていませんか?
>少なくとも陛下の実際の言葉として使っている記録については富田メモ以外に知りませんからね。
上田さんは富田メモ以外は知らないのですか?
>ところで大神さんは私が指摘した「致す」という表現は謙譲語と丁寧語の
>両方あるとおっしゃいましたが、それは「致します」がそれにあたり
>ます。「致す」とのみ表現するならそれは謙譲語ですよ。漢語辞典で一度
>調べていただくとわかるかと思いますが、「致す」は「する」の謙譲語
>です。
googleで「致す 丁寧語」で検索してみて下さい。それと「致します」は
「致し+ます」で二つの言葉の合成ですよ。
>それでは「否定のための否定」ですよ。参拝という言葉を使う可能性
>をゼロとすることはできないはずです。公式に使っていないというのは
>否定のための理由付けとしては薄弱すぎますからね。
失礼ながら意味が分かりません
「公式で使っていない」
と言っているだけですが。そして、それを踏まえた上で
「心から敬意を表して謙譲語を使うのなら公式の時にも率先して使う」
と言っているのですが。これが薄弱ではない証拠に、宮内庁関係者も
「参拝」という謙譲語は馴染まないとされているのですから。
失礼ながら「否定のための否定」とか「理由が薄弱」とか、根拠を述べずに
単に言うだけですと、どうしても上滑りの印象を受けます(「私はそう思いました」とかも
そうですが)。
>参拝という言葉を使う可能性をゼロとすることはできないはずです。
実例が無いのならゼロでしょう。論理的に。
特に昭和天皇は既にお隠れになられているので、少なくとも生存している
人間のように「これから使う」という可能性もありません。
あるのは実例だけです。そしてその実例が無い。
-
あと、上田さん>>849も宜しくお願いします。
レスが多いと流れて見落としてしまいがちですが。
-
>>845
>昭和天皇が御在位されていたのは
>最近の話ではないでしょう?
今上天皇に対してであっても、報道における表記上の取り扱いはさほど
変わらないと思いますけどね。宮内庁の発表資料等では依然として行幸・
行幸啓という言葉を使用しています。
>行幸は「皇后と皇太子」と「天皇」の両方を対象とした言葉ですか?
行幸については、天皇陛下のみの場合に使います。皇后・皇太子の場合は
「行啓」となります。天皇皇后両陛下の場合「行幸啓」です。しかし通常
神社等への参拝に「行幸」は使いませんよ。
ちなみに、天皇陛下の参拝は「御親拝」、皇太子の場合は「御参拝」です。
天皇陛下にしても皇太子であった時代も当然あるので、「参拝」という言葉
については特に違和感なく使っていたと考えられます。ついでに、伊勢神宮
に行く場合には「御親謁」ですね。
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