レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
靖国問題について考える
-
<続き>
> ご指摘になった矛盾点ですが、日付については4月25日に記者
> 会見が行われたようです。実際の報道は誕生日の29日。これは
> 事実のようです。一時は4月28日の記者会見の内容を記録した
> のではないかという憶測もありましたが、この日のメモは25日
> の記者会見のことに関連して昭和天皇が感想を述べられたこと
> を記録したもので、合祀に対するお考えもこのとき述べられた。
> ですから、記者会見で語られた内容とは違い、よりお気持ちを
> 率直にのべられた内容になっていますね。
核心部分ですね。ここがポイントだと私も思います。
25日に記者会見では実際に昭和天皇陛下は「戦争の感想を問われ」て「大戦のことが一番厭な思い出であります。」と答えております。
内容的にも非常に一致しているように思えます。
これにより昭和天皇陛下のお言葉のメモで有る可能性が高くなったのではないでしょうか?
...という情報&考察が先に欲しかったですね>上田 勝氏
上田殿の先のレスの内容では信じたいから信じているという希望的観測しか読み取れませんから。
でも、調査して答えを導き出そうという姿勢には好感がもてました。
これからも頑張ってください。そして願わくばあともう一歩踏み出して>上田 勝氏
> もとより、公式の会見の場での発言ではありませんし、昭和天皇
> は公式の場でも戦後は「朕」という呼称は使わず「私(わたくし)」
> で語られるのが通常のはずです。昭和天皇が「朕」という言葉を
> 使用しているのを私は聞いたことがありません。よく終戦特集
> 番組で流される玉音放送では「朕」を使っていましたけどね。
これは私の知識が足りなかったようです。失礼しました。
正しくは戦後は「朕」という一人称も使用されていたが、「私」も私的には使用されていたようです。
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板