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靖国問題について考える

791仕古利人:2006/07/28(金) 23:24:48
>>786 上田 勝氏

> 仕古利人さん、こんにちは。
これはご丁寧に。こんにちは。

> いろいろ背景を調べていくと、A級戦犯は鎮霊社の方に一時
> 祀られていたようです。おそらく筑波宮司の判断でしょう。
> それから松平宮司に変わり、鎮霊社から本殿に移されました。
> 昭和天皇がメモの中で「筑波は慎重に対処してくれた」と述
> べた部分から考えると、少なくとも本殿への合祀は望んでい
> なかったようですね。それに対して松平宮司が本殿に合祀した
> ことを強く憤っている。A級戦犯合祀に反対だったというのは
> 徳川侍従長の証言とも合致しますから、反対であったのは確か
> でしょう。

矛盾していませんか?
徳川侍従長の証言にて昭和天皇陛下がA級戦犯合祀に反対だったのが分かっていたのならなぜ今回のメモを日経新聞が取り上げる必要が会ったのでしょうか?

私が聞き及んだ範囲では、徳川侍従長の言葉から「昭和天皇陛下が靖国神社参拝しなくなったのはA級戦犯合祀と関係があるらしい」と推測した人がいるとい程度のものです。
上田 勝氏が主張されます徳川侍従長の証言とはいかなる内容のものなのでしょうか?


昭和天皇陛下の戦犯に関するお言葉のコピペです。

木戸幸一日記(八月二十九日)
「戦争責任者を聯合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳には行かないだろうか」

木戸幸一日記(十二月十日)
「侍従長より戦争犯罪容疑者となりたる今日或は御遠慮申上ぐるにはあらずやと言上せしに、聖上は米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり、若し遠慮する様なれば料理を届け遣せとの御諚ありしとの話を承り、感激。」

昭和天皇独白録
「元来東条と云ふ人物は、話せばよく判る、それが圧制家の様に評判が立つたのは、本人が余りに多くの職をかけ持ち、忙しすぎる為に、本人の気持が下に伝らなかつたことゝ又憲兵を余りに使ひ過ぎた。」
「東条は一生懸命仕事をやるし、平素云つてゐることも思慮周密で中々良い処があつた。」
「私は東条に同情してゐるが、強いて弁護しようと云ふのではない、只真相を明かにして置き度いから、之丈云つて置く」

昭和20年9月11日の閣議でのご発言
「昨日まで朕の信頼した臣僚を朕の名において処刑することはできない」
※戦犯の裁判を日本の手で行う事をGHQに要求することを決定した時のお言葉

> さらに、日経新聞に連載された、4.28のメモ以外の記述を見て
> も、富田長官と昭和天皇は頻繁に会話しており、強い信頼関係
> があったことがうかがわれます。したがって4.28のメモのみを
> 疑う理由はみつかりません。私は昭和天皇の言葉は本物である
> と思います。
>

問題はメモにあるのが昭和天皇陛下のお言葉か否かという事の証明にはなっていないのでは?

<続く>




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