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靖国問題について考える

761剣恒光 ◆yl213OWCWU:2006/07/21(金) 00:53:32
【重大な疑問】
1 「昭和天皇と交わされた会話を日記や手帳に克明に書き残していた。」のになぜかこの部分だけは手帳に貼り付けてあった。
2 「だから私はあれ以来参拝していない。」
  天皇陛下は75年(三木首相私人参拝)から参拝していないのに、
  「私はあれ(3年も後の78年のA級戦犯合祀)以来参拝していない」では辻褄が合わない。
3 あったとされる「発言」が合祀から十年後の昭和63年(1988年)の4月。崩御の前年。
4 天皇陛下が自分の(個人的な)意思で参拝したり、参拝を取りやめたりすることはそもそもできない。
  それをできると思うのは、外国人か日本の官僚機構を知らない人達。
5 何故、毎年、天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象となっている全国戦没者追悼式に毎年参列して、御言葉も述べているのか。
6 白鳥を白取と誤字。普通間違えるか?
7 論理構成、概念、時系列が中国共産党にあまりに都合が良すぎるステレオタイプのような文章。
  「平和に強い考え」?何それ?中国共産党の影響力の強い旧社会党や社民党がいかにも使いそうな言葉。
8 「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。」
  「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
  合祀された78年ならまだしも、合祀から10年経った崩御の前年の88年に語ったとするとあまりに不自然な発言。
9 メモの日付は88年4月28日
  徳川侍従長の任期は85年10月1日〜87年4月13日なので陛下の言葉としては不自然。




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