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Web誌友会 板/2

1トキ:2013/01/20(日) 11:50:32 ID:UVsStHb2
「今の教え」と「本流復活」を考える・「web誌友会」 板 です。

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管理人「トキ」 敬白

512rei:2013/03/10(日) 07:37:46 ID:bo95azFI
おはようございます。

復興Gさま
いつもありがとうございます。

生長の家で繁栄の法則を教えられていながら、何故、教勢が落ちていくのか
不思議でならなかったです。
また、やってもやっても自分が真に明るくなれないのはどうしてだろうと、
読み方が足りないのか、伝道が足りないのか、といつも自分をせめていました。
わたしはまじめな信徒だったので、生長の家から発行されるものを無批判に全部読んでいました。 
雅春先生の教えと雅宣総裁の教えと区別がつかなかったのです。
雅宣総裁のお話を聞くと、人間は少ない方が地球環境の為に良いのじゃないのと
いつも思えて来てしまうのを変だなあと考えておりました。 


人間は素晴らしいんですよね。
私は神の子なんですよね。
わたしの本体は神そのもので、真清浄真無垢なる素晴らしい存在だったんですね。


先回の誌友会にてご指導いただいた時にはっきりわかりました。
茶茶を入れる様な文章をよんでは中和されてしまって、真理の効果が無くなってしまうと。

人間神の子と教えられながら、自分に自信が持てず悶々とした日々をおくっていた私と決別致します。

わたしは今日から新生致します。

ありがとうございました。


合掌

513復興G:2013/03/10(日) 07:41:22 ID:AB6RqYXc

>>511 :あさひ様。

>>実相はそうである。現象はない。しかし、目の前にある認知症の老人に対してどう対応すればよいのだろうか。
現象処理との問題、例えば人間の栄養摂取などもある程度現象処理的に考えねばならない。
実相独在とのバランス感覚が必要ですが、そのあたりの問題があります。
神の子人間が実は現実遊離の統合失調型になっていたのでは困ります。このあたりをお教えください。 <<

そう。

現実問題というのは、いろいろありますよね。

具体的なお答えにはならないと思いますが、「信仰生活の神示」を拝読して、考えてみましょう。

   * * * * *

   信仰生活の神示

 信仰生活とは無用意の生活ではない。すべてに於て完全に用意されている生活である。
 凡そ信仰生活ほど完全に用意されている生活はない。それは心が完全に用意されているだけではなく、物質にも完全に用意されている生活である。
 物質は心の影であるから心が完全に用意されているとき物質も必要に応じて完全に与えられるのである。
 家庭は一つの有機体であるから、良人が明日の用意をしないときには妻が明日の用意をするようになる。妻が明日の用意をしないときには良人が明日の用意をする。
 右の手が利かなくなったら左の手が利くようになるのも同じことだ。
 それは自然の代償作用でそう成るように計らいがあるのである。
 それは有難い自然の計らいであるから、夫婦互いに感謝するが好い。

 信仰生活とは明日の用意をしない生活だと思って、明日の用意をする配偶(つれあい)を信仰がないと思って夫婦が争っている家庭があれどもみんな誤った信仰である。
 『明日のことを思い煩うな』と言う意味は『明日の用意をするな』と言うことではない。
 信仰生活とは冬が来てから綿入を縫えと言うような生活ではない。秋から冬に要る綿入を縫うて置いても、それは『取越苦労』ではない。心が整えば秋から冬に要るものがちゃんと判って、自然法爾(ひとりで)に其の要る物を用意したくなるのである。
 自然法爾と言うものは、外から自然に与えられることばかりではない。内から自然に催して来るこころの中にも自然法爾がある。
 心が乱れて病気になったとき心が調えばその病気を治すに適当な食物が欲しくなるのも自然法爾である。
 野の鳥も卵を産む前に自然に巣を造りたくなる。卵を産む前に巣を造っても小鳥は取越苦労をしているのではない。
 『生長の家』の生活は物質に捉われない生活だと言っても、物質をきたながる生活ではない。金銭を穢いもののように思ってそれを捨てねば気が安まらぬような心も物質に捉われているのである。
 物質は影であるから綺麗も穢いもない。卵を産む前に小鳥が巣を造りたくなるように自然に用意したくなる時には内からの囁きに導かれて好い、心が調えばその心の展開として用意すべきものは適当の時に用意したくなる。
 すべて用意するものを信仰浅きものと思うな。用意しないで取越苦労をしている生活もあれば、取越苦労をしないで自然に用意している生活もある。
   (昭和六年十二月五日神示)

   * * * * *

ありがとうございます。

514復興G:2013/03/10(日) 07:57:25 ID:AB6RqYXc

>>512 :rei様。

ありがとうございます。

>>人間は素晴らしいんですよね。
私は神の子なんですよね。
わたしの本体は神そのもので、真清浄真無垢なる素晴らしい存在だったんですね。<<

そう!

すばらしいんですね!

そのまま、ただありがたいんですね!

ありがとうございます。

515rei:2013/03/10(日) 08:15:49 ID:bo95azFI
あさひさま

わたしは経験ないのですが、地方講師のかたの体験談で
認知症の方への対応で、正しいことを言うのではなく、完全に相手に寄り添ってあげることによって
全治したひとを三人は知っています。
そのお蔭だと思いますが、私は母が同じことを繰り返しても、その都度初めて聞くわというように
対応したり、母の間違いを指摘しないでそのまま時間の経過に任せると
不思議に元の母に戻ってるということを経験しています。
お話を聞いていたせいで、認知症を未然に防いでいると思ってます。

朝ドラの純と愛の主人公のお母さんへの対応はとてもいいなあと思って見ています。

現実遊離ととらえるかは紙一重で違うと思いますが、
愛を実行しているかどうかではないかと思っています。

合掌

516あさひ:2013/03/10(日) 09:32:40 ID:/3nxKE2Q
復興G様

信仰生活の神示
御提示くださりありがとうございます。

>自然法爾と言うものは、外から自然に与えられることばかりではない。内から自然に催して来るこころの中にも自然法爾がある。<

>用意しないで取越苦労をしている生活もあれば、取越苦労をしないで自然に用意している生活もある。<
   
そうですよね。有難うございます。

517あさひ:2013/03/10(日) 09:35:21 ID:/3nxKE2Q
rei様

ご教示ありがとうございます。

                            合掌

518a hope:2013/03/10(日) 10:12:11 ID:TqpbsVIM
みなさま おはようございます。

>>512reiさま

web誌友会へのご参加ありがとうございます!
reiさまの投稿を拝見していると、本当に、わたにに似ていらっしゃる方だと感じます。
わたしも、とてもまじめな性格で(生活態度はまじめではないのですが・・・笑)人をすぐに信じてしまいます。
子供のころから、「世の中に悪い人なんていないんだ!」という信念のようなものがありました。
だれかが人の悪口を言っていると、いつも心の中で悪口を言われている人よい所を一生懸命さがしていました。

そんなわたしだからこそ「人間神の子」「悪なし」「善一元」の「生長の家の教え」にこのようにのめりこんでいるのでしょうね。

わたしは、この掲示板で雅宣総裁先生の教え(著書や、経本、祈りの言葉等)の批判をけっこう激しくしています。
ですが、雅宣先生自信を「悪」であるとは少しも思っていません。
むしろ、わたしをここまで導いてくださった、観世音菩薩様だと思って心から感謝しているんですよ。
きっと、雅宣先生に直接お会いしていれば、雅宣先生の良い所さがしをいっぱいできるような気がして残念でなりません。

また、>>515のあさひさまへのコメントも共感させていただきました。
雅宣先生にしてみても、周りの人たちが真の愛を持って雅宣先生に対応されたら、
雅宣先生は正気に戻ってくださるのではないかと感じています。

ただ、雅宣先生は、認知症ではないので

<<私は母が同じことを繰り返しても、その都度初めて聞くわというように
対応したり、母の間違いを指摘しないでそのまま時間の経過に任せると
不思議に元の母に戻ってるということを経験しています。>>

これはありえないと思いますが・・・

愛を実行も相手によって変えていかなければいけないのかもしれませんね。

519a hope:2013/03/10(日) 10:15:35 ID:TqpbsVIM
>>518

reiさま みなさま、すみません。
今日は、日曜日で家族がいるので、落ち着かず、誤字脱字ばかりでした。
お許しください。

520復興G:2013/03/10(日) 10:54:34 ID:AB6RqYXc

a hope様。

a hope様が>>507

>>復興Gさまやトキさまは、雅宣先生が東日本大震災の後に書かれた「自然と人間の大調和を観ずる祈り」をご存知ですか? まるで、上で復興Gさまが紹介してくださった雅宣先生の文章がそのまま祈りになったような感じがして、わたしは読んでいて、とても気持ち悪くなります。
その原因が、やはり、復興Gさまがおっしゃるように、「汝ら、罪の子人間よ、地球上の害獣よ」という心で作られた祈りの言葉だからと感じています。<<

と書かれたことについて、お答えしていませんでしたね。

「自然と人間の大調和を観ずる祈り」は、もちろん知っています。そして、それを読んだときに、とてもいやな感じを受けたことも、思い浮かびます。
その祈りの言葉を抜粋しますと――

   * * * * * * * * * *

  自然と人間の大調和を観ずる祈り

 (前略)人間が自然を敵視すれば、その迷い心の反映として、自然の側から“敵”として扱われるような事態が現れてくるのである。人間が山を削り、森を切り倒し、川を堰き止め、湖や海を埋め立てて、人間だけの繁栄を画策しても、それは神の御心ではない。それは神が「はなはだ良い」と宣言された実相世界とは似ても似つかない“失敗作品”である。実相でないものは、必ず破壊と滅亡を迎える時が来る。それは偽象の崩壊であり、業の自壊である。
 
 しかし、これを“神の怒り”ととらえてはならない。広大な農地を破壊しながら猛スピードで突き進む津波を見て、神が怒りに燃えて破壊を進めていると考えてはならない。神は山を崩して海を埋め立て給わず。海岸に農地を作り給わず。工場を造り給わず。空港も、原子力発電所も造り給わず。それらすべては、人間が自己利益を考えて、動植物の絶滅を顧みずに行った行為である。日本列島やニュージーランド周辺で地震が起こるのは、太古から繰り返されている地殻変動の一部であり、決して異常事態ではない。それが異常事態に見えるのは、人間の視野が狭く、考える時間軸が短く、自己中心的だからである。
 
 多くの生物を絶滅させ、自然の与え合い、支え合いの仕組みを破壊しておいて、人間だけが永遠に繁栄することはありえない。生物種は互いに助け合い、補い合い、与え合っていて初めて繁栄するのが、大調和の世界の構図である。それを認めず、他の生物種を“道具”と見、あるいは“敵”と見、さらには“邪魔者”と見てきた人間が、本来安定的な世界を不安定に改変しているのである。その“失敗作品”から学ぶことが必要である。

 大地震は“神の怒り”にあらず、“観世音菩薩の教え”である。我々がいかに自然の与え合いの構図から恩恵を得てきたかが、それを失うことで実感させられる。我々がいかに人工の構築物を、田畑を、港を、道路を、送電線を、インターネットを築き上げても、自然界の精妙かつ膨大な仕組みとエネルギーを軽視し、蹂躙する愚を犯せば、文明生活は一瞬にして崩壊することを教えている。我々の本性である観世音菩薩は、「人間よもっと謙虚であれ」「自然の一部であることを自覚せよ」「自然と一体の自己を回復せよ」と教えているのである。(後略)

   * * * * * * * * * *

 この中に「人間が自然を敵視すれば……」という言葉が出てきますが、私は「人間が自然を敵視するしたことがあっただろうか?」と、とても疑問に思いました。

 「人間よもっと謙虚であれ」というのは、「至上者の自覚の神示」からすれば、

≪『自己は神より出でた神の子である、従って神そのもののほか何者でもない』と言う真理を何らの抗(さか)らいもなしに承認することである≫

 ということでなければなりませんよね。

521復興G:2013/03/10(日) 11:04:47 ID:AB6RqYXc

>>512でrei様が
>>雅宣総裁のお話を聞くと、人間は少ない方が地球環境の為に良いのじゃないのと、いつも思えて来てしまうのを変だなあと考えておりました。

人間は素晴らしいんですよね。
私は神の子なんですよね。
わたしの本体は神そのもので、真清浄真無垢なる素晴らしい存在だったんですね。<<

と書き込んでくださいました。本当にその通りだと思います。

522トキ:2013/03/10(日) 11:16:40 ID:oCgfGKnI
復興G様

 おはようございます。まず、最初にお詫びしなければならないのは、パソコンの調子が悪くて、復興G様が
書いてくださったのと同じ部分を、私が気がつかずに書いてしまった点です。ごめんなさい!

 ところで、昨晩、本流光明掲示板に「森のオフィス」について、北杜市土地利用審議会の議事録が書いて
りましたが、審議会で生長の家の人が退席後、地元の委員が痛烈な表現で生長の家側を批判しておりまし
た。これは、本当に胸が痛む気持ちです。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&amp;mode=res&amp;log=1310

 かって長崎県の総本山を建立するときに、八日市屋二三雄先生が地元の議会で説明をしたところ
居合わせた議員が感激し、生長の家招致委員会を作ったのと対照的な話だと思います。今の組織
の指導部が信徒に迷惑をかけているだけならまだしも、外部の人たちにも迷惑をかけだしたのは
困ったものです。

 ただ、最近、こういうことが続くのは、ミクロで見たら、もちろん生長の家教団の指導部や本流復活派
の一部の人たちの言動が原因だと思います。しかし、もっと大きな視点で見たら、何か神様のご意志が
働いていると感じます。すると、マクロの視点から言えば、誰も悪くないし、立派に使命を果たしていると
も思います。

 そういえば、高校の世界史で、中世のカソリックでは教皇様が神の代理人である、という立場で組織の
運営をし、そのために信仰の腐敗や形骸化が始まったのを憂いたルターが、個人の信仰という立場での
信仰の刷新運動をはじめ、それが宗教改革になったと習いました。(もし、違ったら、ごめんなさい)

 復興G様がご指摘をされた「一人ひとりの法灯継承」というのが、これから本当に大事になってくると
思います。

523復興G:2013/03/10(日) 11:27:20 ID:AB6RqYXc

>>516 :あさひ様。

「光明皇后様の施浴」の伝説が思い出されます。

<光明皇后様は、千人の俗人の垢を洗い流す悲願をたて、実行された。最後の千人目にあらわれたのは、全身に血膿をもつ悪疾の患者でした。しかし、皇后は厭うことなく、背中を流し、さらに患者に乞われるまま膿まで吸い出してやりました。その瞬間、浴室に紫雲がたなびき、患者は立ち上がって黄金の光をはなち、「我は阿閃(あしゅく)如来なり」と言葉を残し消え去りました。>

ということでしたね。感動です。

524あさひ:2013/03/10(日) 11:59:10 ID:/3nxKE2Q
復興G様

ご教示ありがとうございます。

        合掌

525復興G:2013/03/10(日) 12:57:01 ID:AB6RqYXc

>>522 :トキ様。

 「北杜市土地利用審議会会議録」や、「光明掲示板」の投稿文を、よく読ませて頂きました。

 情報、ありがとうございます。

 教団本部の担当者も、ご苦労が多いと思います。

 なんとか、ご苦労が報われることを祈らずにはいられません。

526a hope:2013/03/10(日) 15:32:03 ID:TqpbsVIM
みなさま

前回の、web誌友会の時にわたしは「虚説」「二元論」という言葉を使い、
雅宣先生の教えを否定させていただきました。
そのことに関しては、わたし自身もたくさんの知識があるわけではなく、
ただ、「生命の實相」を拝読して理解したままをレポートにまとめたり、述べさせていただきました。

二元論という人は、自分自身の考え方も二元論なのではないかと、
批判される方々もいらっしゃるかと思います。

わたし自身は、完全に実相世界をさとったわけではないので、自分は二元論者だと思っています。
現象世界にいながらも、善一元の実相世界を生きることができるのは、聖者以外いないと思います。

そんななかでも、わたしたち生長の家の教えを信仰していく者は、その聖者の姿に少しでも近づくために、
神想観をしたり、聖典聖経を拝読したり、愛行をしたりするのではないでしょうか?

そのわたしたちの目標の一番頂点に立っていただくのが、「生長の家の総裁先生」でなければおかしいと思います。
ですが実際には、その頂点立っている総裁先生が、堂々と肉体人間の罪や、自然破壊された現象世界を認めるという虚説を信徒に説いていらつしゃる。
それは、本当におかしいことだと感じています。

雅宣先生、こちらをご覧ですか?
また、雅宣先生の側近の方もこちらをご覧でしたら雅宣先生にお伝えください。
信仰歴数年のただの主婦が、この掲示板でこんなことを言っていますよと。

このような批判をするのは、本当に気が重いです。

ですが、「虚説には和解してはいけない」これが、生長の家の教えなのですから、
やはり、総裁先生がおっしゃることであっても、わたしたちは虚説には和解してはいけないのだと感じています。

527a hope:2013/03/10(日) 16:58:30 ID:TqpbsVIM

わたしは、自分の投稿に自信があるわけではないのです。
むしろ、全然自信なんかありません。

だからこそ、このトキ掲示板のどんな意見も排除しない、
そしてたくさんの「生長の家」の先輩方がご覧になっている掲示板で発言しているのです。

わたしが言っていることが、間違っていれば、どうぞ遠慮なくご指導ください。
むしろ、そう願っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

528復興G:2013/03/10(日) 19:44:38 ID:AB6RqYXc

さて、今回のweb誌友会テキストのテーマは、
「経済問題の解決」でした。

「経済」ということについて、ここで整理して考えてみたいと思います。

【生命的経済学 考(1)】

「経済」という用語は、明治のはじめ、海外から入ってきた「エコノミクス」という学問の名称を日本語に訳す際、中国の「経世済民」という言葉を参考にして作られました。「経世」とは「世を治める」、「済民」は「民を救う」という意味で、合わせて「世を治めて民を救う」。これが経済ということになります。
経済学とはどんな学問か。多くの経済学者が認める定義として「資源の最適配分を考える学問」というものがあります。
地球上のあらゆる資源は限られている。その限られた資源をどのように配分すれば、最大多数の人々の幸せが得られるのか。これを考える学問だということです。

しかし、生長の家の経済学は、地球上の資源を有限と見てその分配を考えるという従来の経済学とは基本的に違います。生命を礼拝し、生命の無限生長をもたらす幸福の経済学、ということになるでしょうか。

一、吾等は生命を礼拝し生命の法則に随順して生活せんことを期す。

二、吾等は生命の法則を無限生長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず。

三、吾等は人類が無限生長の真道(まことのみち)を歩まんが為に生命の創化の法則を研究す。

という「生長の家の宣言」(『生長の家』創刊号)に則った生命的経済学であります。

生命は、生かして使うことによって無限に生(の)びる。むろん肉体の成長には限界がありますが、心・霊(たましい)の生長には限りがなく、どこまでも伸びる。

生命は使わずに死蔵することが罪(積み)である。

テキストにはこのことが次のように記されていました。

   * * * * * * * * * *

     富の無限供給と循環

 考えてみますに、われわれは神の子であって無限の神の供給源から養われているのでありますから、われわれに与えられている能力にしましても、健康にしましても、各個人の富にしましても、それは決して有限のところから取ってくるのではないのであります。

 仮にわたしが能力を増して二人前三人前の仕事がひとりでできるようになったとしましても、わたしは無限の大生命からわたしの能力を汲んでくるのでありまして、そのために、それだけのほかの人の能力が減るというわけのものではありません。

 また仮にわたしが健康を二倍ほども増進しましたからといって、わたしはひとの健康を横どりしてくるのでもありません。わたしが健康すぎたからとて、ひとがそれだけ病気になるわけのものでもありません。

 能力とか健康とかいうものが宇宙に一定の分量しかないものならば、わたしが能力や健康を増せば増すほどほかの人の能力や健康がそれだけ減るべきはずでありますが、別にそれが減らないのですから、宇宙にある能力や健康の分量は無限だと考えるほかはないのであります。

 そうするとわたしたちは能力や健康をどこからいただいてくるかと申しますと、無限の生命の大海からいただいてくると考えるより仕方がありません。

 そこでわたしたちは「無限」というものにつながっているということが解るのであります。

 ――ここが実に大切なところであります。こうしてわたしたちの生命力は自分だけのものでない、有限のものではない。無限の大生命につながっているということがわかってきますと、非常に自分の「生命」が結構な貴いものだと解ってくるのであります。
<つづく>

529復興G:2013/03/10(日) 19:45:27 ID:AB6RqYXc

【生命的経済学 考(2)】

戦後の日本が驚異的な経済成長を遂げたのは、地上の有限な資源を奪ってきたのではなく、物質的資源はもたないのに、外国から資源材料を買ってこれに知恵と愛をはたらかせ、付加価値をつけて輸出することにより世界の人々に幸福を与えたからであると思います。

NHKの「プロジェクトX」でとりあげられた数々の胸を打つエピソードなどは、その具体的な足跡を示しています。
「与えれば与えられる」の法則によって、日本は豊かになった。

マクロ的に見たとき、日本の経済発展は肉体自我の欲望によって自然破壊をしてきた結果である、などと皮相な見方をするのは、当を得ていないと私は思います。

結果的に自然破壊をもたらした面もあった。だから悪業を積んだだけだったと見るのは間違っていると思います。

          ○

失業者をつくることは、人間生命を死蔵させることですから、最大の罪(積み)になると思います。

だからテキストには次のようにあります。
(『生命の實相』第2巻p.185)

   * * * * * * * * * *

この不景気というものは、新事業を起こさないで、今までの事業の種類だけで互いに利益を争ったり、もう既成産業は膨脹するだけ膨脹しきっていて、これ以上産額をふやしても買い手がないので、職工を解雇でもして人員をへらし、操業短縮でもするよりほかに道はないような状態でありますのに、雇われたい人間の数はますますふえて行くために起こるのでありまして、不景気だといって新しい方面に事業を開拓せず、緊縮だ節約だといって、人類の兄弟がせっかくつくってくれたものを使わないようにするために、つくってくれたものは売れない。売れないから会社は今後つくる必要はない、つくる必要がないから、職工でも社員でも新たに雇い入れるどころか、かえって減らさねばならぬ――だからとうとうたる失業者の洪水などという恐しい新聞の標題(みだし)がでてくるのもむりはありません。

 考えてもごらんなさい、今後五年間、日本国中の人間が節約だといって米と野菜のほか何も買わないことにしましたらどうなるでしょうか。実に恐しい結果になります。
 あらゆる会社という会社、あらゆる工場という工場、米屋と八百屋以外のあらゆる商店という商店、これらはみんな失業者になってしまわねばなりません。

 どうもこれでは節約というものが道徳的にも経済的にも善いということはできないのであります。
(『生命の實相』第2巻p.185より)

   * * * * * * * * * *

さて、戦後日本の経済高度成長がオイルショック、リーマンショックなどでストップし、日本経済はきびしく長い冬の時代を耐えてきました。「失われた20年」などとも言われましたが、その間もただ足踏みしていたわけではないと私は思います。「春の新芽は冬にできる」と教えられています(谷口雅春先生『人生読本』)。

今、春が近づいています。

アベノミクスと言われる安部総理の経済政策で、物価2%上昇のインフレターゲットを設けられた。途端に株価がどんどん上昇し、経済活動が活気づいて、明るい雰囲気が支配的になってきた。なぜか。

今までデフレで、先行きの不安からみんなお金を使いたがらず、「しまつ」「節約」してものを買わない、売れないから造らない、造らないから雇わない、それで失業者があふれてきた。
<つづく>

530復興G:2013/03/10(日) 19:46:01 ID:AB6RqYXc

【生命的経済学 考(3)】

安部総理が経済政策としてインフレターゲットを設けた。それでこれから物価が上昇するぞということになれば、ただ預金しておいたのでは目減りして行く可能性が出てくるので、人々はお金を使うようになる。

それで、テキストにありますように、

   * * * * * * * * * *

 がんらい、人類の兄弟がせっかくつくってくれた品物を、金を出すのが惜しいといって使わぬということが善いはずはない。
 節約が美徳だというのは、ものがたらぬ場合に、それを自分ばかりがあまり使っては、ほかの人がそれを使いたくとも使えなくなる場合に、自分は使いたいのを我慢して兄弟にその品物を譲るという意味において尊い愛のあらわれと見ることができたからであります。

 つまり節約とは物を使い惜しみをするのが貴いのではなく、兄弟に譲るという愛の行為として貴いのであります。

 ところがこのごろの節約は品物は生産過剰で有り余っている。何も自分が金を出して買って使用したからとて、ほかの使いたい人が使えないで困るというようなことはない。かえってその品物に払った金の一部は社員や職工のふところにも廻りますし、会社も引き合うし、社員や職工も解雇されずにすむのであります。

 (中略)自分が使っても他の人が使うのになんのさしつかえもなく、人々の用にたりさえすれば、兄弟のせっかくつくってくれたもの、神がせっかく与えてくださったものは、喜んでありがたく使うようにすればよいのであります。

   * * * * * * * * * *

――ということになるので、まずインフレターゲットを設けた安部さんの経済政策は、方向としては生長の家の経済学からしても間違っていないのではないでしょうか。

 むろん、ただ浮かれて浪費的に使えばよいということでなく、適切な神の智慧をいただいて、適切な愛を行ずるのでなければならないのはもちろんであります。そのとき、

   * * * * * * * * * *

(テキストp.189〜190より)
 わたくしどもでは、つかわないではもったいないからできるだけ生かして使えというのであります。

 与えられていないものまでを無理をして使うのはいけませんが、与えられているものを生かさない節約は人類の敵であります。

 われわれが生命力を出して仕事をした。その仕事をだれも使ってくれなくてはその努力が生きて来ません。
 物を生かして使うということは、人がそれをつくるために注いでくれた生命を生かすということになります。

 この世は持ちつ持たれつの世のなかでありますから、人の注いだ生命を生かすことは自分の生命を生長向上発展さすことになるのであります。

 だから「生長の家」では買うことを節約せよとはいいません。買うて生かせというのであります。

 大いに生かすためには大いに買わねばなりません。
 こうしますと購買力はふえ、製造会社や販売店の収入が増加し、職工も社員も店員もその収入が増加し、したがってますます購買力がふえ、新事業の計画もなんらの危険なく行なうことができ、したがってあとからあとから増加する人間の職業にも道がひらけてくるのであります。

 こうなれば就職難も会社のつぶれる心配もないのであります。生産者側からいっても消費者側からいっても消極と積極とではこうも異ってくるのであります。

   * * * * * * * * * *

ということになるのではないかと思われるのであります。

531復興G:2013/03/10(日) 19:52:18 ID:AB6RqYXc

さて、経済学には全くの素人である私が、直感だけで以上のような大ボラを吹いてしまいました。

どうぞ、ご批判をお願いいたします。
ありがとうございます。

533a hope:2013/03/10(日) 20:42:37 ID:TqpbsVIM
>>528>>531 復興Gさま 

わたしは、家計簿すらまともにつけられないような経済には全く疎い主婦です。
ですが、今回のテキスト範囲を勉強していて現教団の方針(雅宣先生の教え)は、
「生長の家の経済学」とは違うのではないか・・・。
という、感じがしていました。

>>489で、トキさまが

<<それで、思い出したのですが、一昨年でしたか、幹部研鑽会で、総裁が、クレジットカード会社の「買い物は世界を
救う」というキャッチコピーを批判されていました。高橋是清の論文を引用した、消費のすすめです。それを総裁は、
浪費の勧めだ、ということで否定されていました。
でも、それを聞いた人からは、感激をした、という声は私の知る限り、ありませんでした。>>

というお話をされていました。
それが事実だとすると、ますます「雅宣先生の教え」は「生命の實相哲学」から外れているということになるような気がしてしまいます。
ですが、わたしには経済学の知識がないので、この問題に対してはこれ以上の発言は控えさせていただきます。

ところで、web誌友会の閉会は、今夜23時30分ですが、わたしは、明日も早いですし、家のこともしたいので、
今夜はこれで書き込みを終わらせていただきます。
最後までお手伝いできず、申し訳ありません。

今回も、素晴らしいご指導に心から感謝しています。

合掌。



みなさま

いつものように後夜祭もあると思いますので、みなさま閉会後もご意見等、お寄せくださいね。
それでは、参加くださったみなさま、閲覧して下さったみなさま、ありがとうございました。

感謝 合掌。

534復興G:2013/03/10(日) 20:56:46 ID:AB6RqYXc

さて、生長の家教団の行方はどうなるのでしょうか。

生長の家は、神の人類救済運動として神が始められた運動であるならば、このまま衰退の一途をたどって消えて行くはずはないと、私は思います。

いかなる困難も、乗りこえられないような障礙を神が与え給うはずはない。

しかし、人間の知恵才覚では乗りこえることができないような困難を与えられているのかも知れない、と思います。


私は、昨年11月、総本山での相愛会「ブロック教区連合会長会議資料」をコピーで入手しました。

それには、「連合会長の使命と役割」として、
  (前略)
 [2]相愛会員の使命感の高揚
この運動に対する燃えるような使命感を教区幹部、会員に点火することであります。具体的には、使命感をもって運動に喜んで参画し、創意工夫をして進展する相愛会運動を展開する幹部、会員を陸続と輩出することであります。
 [3]ビジョンの設定
そのために、わくわくするような自教区のビジョン(長期・中期・短期)を打ち出し、会員幹部と常に共有することであります。
  (後略)

というようなことが書いてありました。

さて、はたしてそれができるでしょうか。

私は、上記のことは絵空事、夢の中の寝言のようなものだと思います。

今の運動に、「燃えるような使命感」など湧いてくるわけはない。
総裁から「汝ら、罪の子人間よ、地球上の害獣よ」と責められ、「日本は侵略国である」と裁かれ、

>「日本の建国は世界に類例がないほど珍しく、古典に書かれた建国の理想は他国にない独特のものであるから、この理想を推し進めていけば、世界平和に貢献することができる」という意味のことが書いてありました。しかし、これは論理が混乱していて間違った考え方だと私は思います。特殊で、他に類例がないということ自体には、それほど価値はないのです。社会に受け入れられない特殊性や比類のなさは、かえって社会に有害です。単にウイルス作成の技術が優れているだけでは、犯罪者になることもある。<(建国記念の日式典での総裁あいさつ)

とおとしめられて、
「わくわくするような自教区のビジョン」なんていうのも、出てくるわけがない。

強いて「わくわくするようなビジョン」というなら、それは、
“本流”の人たちと和解し、共に手を繋ぎ肩を抱き合って神の国の実現、日本の実相顕現に一つ心で協力しあう姿、ということになる。

「万教帰一」と言いながら、生長の家の同士が分派をつくり争いあっていて、何が使命感ですか、何がわくわくするビジョンですか。寝言はやめてください、と言いたいです。

535復興G:2013/03/10(日) 21:50:35 ID:AB6RqYXc

トキ様
>>532の削除をお願いします。


皆さま、終了予定時刻の23:30にはまだ早いですが、私はこれにてやすませて頂きます。

世界平和の祈りをさせて頂きます。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

◇◇◇世界平和の祈り◇◇◇

神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。

その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い
すべての人々の心に、愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。

◇◇◇光明思念の歌◇◇◇

天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり

天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ご参加くださいました皆さま、ご協力、ありがとうございました。

 そして閲覧してくださいました皆々さま、ありがとうございました。

536あさひ:2013/03/10(日) 22:33:27 ID:/3nxKE2Q
復興G様

>神の国の実現、日本の実相顕現<

これに向けて働くことこそが、わくわくすることですね。

わくわくして頑張りましょう。      合掌

537トキ:2013/03/10(日) 23:04:11 ID:/bILsSIM
>>535

 遅れてすみませんでした。記事を削除し投稿者をアクセス禁止にしました。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

538トキ:2013/03/10(日) 23:25:41 ID:/bILsSIM
>>534

復興G様

 本日は、パソコンの調子が悪くなり、失礼をいたしました。

 一昨年の相愛会連合会長の研修会だったと記憶しておりますが、本部の講師が総裁に
中心帰一しましょう、という講話をしたら、某教区の連合会長が激怒し、

 「あなたたちは何も分かっていない! 今、現場は大変なんだ。総裁もそれをご存知ない。
私達がどんなに困っているか、総裁御自身が一度、現場を見に来て欲しい。」

と大声を出した、という話を聞きました。まさしく復興G様の言われる通りだと思います。

 長時間に渡り、素晴らしいご指導を賜った事に深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

539復興G:2013/03/11(月) 02:29:13 ID:AB6RqYXc

トキ様、a hope様、「訊け」管理人様、閲覧者様、うのはな様、reiさま、あさひ様、皆々さま。

ありがとうございました。

特にa hope様には、お忙しい中、お世話になりました。ありがとうございました。

今回の誌友会では、発言者は少なかったですが、でも、こうして続けることに意義があると思います。

50時間というのは長いような気もしますが、でも、この形体のままもうしばらく続けさせて頂きましょう。

次回は、4月第二金曜日の12日夜から14日(日)夜まででお願いしたく思います。

テキストは『生命の實相』第3巻に入りますが、第3巻は冒頭に8つの神示が掲載されています。

これらの神示は大切ですから、一回(1ヵ月)に2つずつ、4ヵ月かけてじっくりと勉強させていただいたらどうでしょうか。というのが私の提案ですが、ご意見をうかがいたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。

合掌

540元青年会員です:2013/03/11(月) 07:19:01 ID:zOkAUrF2
WEB誌友会ありがとうございました。
私も学ばせていただきました。

>>520 復興Gさま
この「自然と人間の大調和を観ずる祈り」は、私には雅宣総裁の偽らざる本心であると感じられます。
客観的な評論的な話ではない、雅宣総裁個人の心を感じます。
それは私の胸に、強烈に痛々しく響いてまいりました。

それは生長の家総裁としては、問題のある祈りであるかもしれません。しかし私は、生長の家総裁以前の人間谷口雅宣として見る時、必ずしも問題だとは思えないのです。
この総裁の祈りは現象に心とらわれた迷いであるかもしれませんが、人間の良心というものを痛く痛く感ずるからです。

そこに私は、谷口雅春先生の、日本國體や人類滅亡の危機への痛切な叫び声を重ね合わせて想います。
お二人の思想には異なる部分がありますが、その言葉の悲痛な響きがとても似ているのです。そして、その裏側には深い愛情が流れていることを感じます。

私には、雅宣総裁の述べる真理の言葉よりも、この「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の方が谷口雅春先生を連想させます。本心より発する生身の言葉だと感ずるからです。
(残念ながら、雅宣総裁の真理の言葉には、谷口雅春先生のごとき喜びが感じられません)

私が思うには、雅宣総裁は、生長の家を悟る以前の谷口雅春先生に似ていらっしゃる感じがします。
現象世界の問題に苦しみ続けられた、若き日の谷口雅春先生に。
雅宣総裁の提唱するノーミート運動にも、そうした強い傾向を感じます。

若き日の迷える谷口雅春先生は、罪にまみれた自分自身の汚らしさに苦しみもがいていらっしゃいました。
つまり、現象世界の問題は外側の問題ではなく、自分自身の問題でありました。
そうであるがゆえに、その苦悩は私たちの想像を絶する痛み苦しみであったでしょう。
それはキリストの十字架にも似た、人類全員が背負う根源的な悩み苦しみでありました。

その生きる本源からの痛ましい苦悩こそが、輝かしい光明思想の生長の家を生み出したとも言えましょう。

雅宣総裁はおそらく、魂の奥深くでご自分を審判いて(さばいて)いらっしゃるはずです。
若き日の谷口雅春先生ほどの死ぬような苦しみではないにせよ、ご自分を責めていらっしゃるはずです。
そこに、私は人間谷口雅宣の良心を感ずるのです。人間誰しもが心深くに持っている、深い苦悩を感ずるのです。

残念ながら、それは生長の家総裁としては問題があるかもしれません。
雅宣総裁が、その深き苦悩から光明思想へと飛躍すれば良いのですが、それは今世では難しいかもしれません。
なぜなら雅宣総裁は、残念ながらまだ、自然破壊する人類の問題をご自身の問題として、十分には引き受けきれていないように思えるからです。

谷口雅春先生は、全人類全生命の問題を自分自身の問題として、十分に引き受け切っていらっしゃいました。
そうであるがゆえに死ぬように苦しみ、そうであるがゆえに必死で救いを求め、そうであるがゆえに「罪なし!人間は皆、神の子である!」の真理に目覚められました。

雅宣総裁は、そこまで自分自身の根源的な心に正直になることは出来ないのでしょう。
CO2削減という物質レベルで解決しようとしていること自体に、本質に触れ得ていないものを感じます。

ですが、十分ではないにしろ、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」には、雅宣総裁の人間としての良心がある、と私には思えるのです。
それは、谷口雅春先生の良心にも通ずるものだ、と私には思えるのです。

このような雅宣総裁をいただいたことには、トキさまのおっしゃるように、神の深慮というべきものがあるかもしれません。
しかし、私にはそれ以外の理由もあるような気がしています。
それは、生長の家信徒としては禁句であるかもしれませんが、あえて言います。
「生長の家に内在する迷いが、雅宣総裁を通して顕在化している」
言い換えれば、こうです。
「谷口雅春先生に残る迷いが、雅宣総裁を通して顕在化している」
そして、こうも言えます。
「谷口雅春先生の求道を支えた良心が、雅宣総裁を通して顕在化している」

つづく

541元青年会員です:2013/03/11(月) 07:20:04 ID:zOkAUrF2
(前回からのつづき)

谷口雅春先生の書かれた『大和の国日本』の中に、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を思わせるようなご文章があります。
「一大警告!現状のままで継続するならば人類は絶滅する」というタイトルのご文章です。
内容はこのタイトルのとおりです。当時は原水爆の危機が叫ばれる時代でしたから、それを深く憂慮するご発言です。

ここでは、ただひたすら人類滅亡への危機意識が述べられています。神の子の自覚だとか光明思想の普及は全く書かれていません。「自然と人間の大調和を観ずる祈り」よりもひどいとも言いうるほどの内容です。
この谷口雅春先生の、危機を叫ぶ痛々しい魂が、雅宣総裁を通して現れているように私には思えてならないのです。

宗教的霊感というものは、後世には伝わりにくいものです。
対して、人間的な感情や理知的な知識は、伝わりやすいものです。
谷口雅春先生の人間的な迷いの部分や理知的な部分、あるいは批判精神が雅宣総裁へと伝わり、宗教的霊感や宗教的直感は伝わらなかった、というのが事実ではないかと思います。

しかし、それでもなお、雅宣総裁の強烈なまでの痛々しい祈りには人間の良心が流れているのを感じざるを得ません。
それはもちろん、谷口雅春先生の人類滅亡へのご発言にも流れている心です。

それは、表面的には迷いでしょう。現象世界・肉体人間に心とらわれていることの現れでしょう。
しかし、その裏には人間の良心があり、人類や生命への深い愛情が流れているのです。

私は、ここに実相を見ます。
仏の慈悲のこころを見ます。
どんな深い迷いに見えようとも、その奥に神のみこころが流れているのを感じます。
それは、実に実に尊く、美しい心です。

教団は、トキさまのおっしゃるように、さらに衰退の一途をたどるでしょう。
それは本当に残念なことです。
しかし、私たちはその奥に流れているものを見るべきです。
永遠に変わらざる生長の家を。

そこには人類普遍の良心が流れています。
それは程度の違いこそあれ、谷口雅春ー谷口清超ー谷口雅宣を貫く心ではありませんか?

542復興G:2013/03/11(月) 09:37:45 ID:AB6RqYXc

>>540>>541
元青年会員です 様。

拝読させて頂きました。

真摯に、生長の家 その実相と現象を受け止めて熟慮されている姿勢に、敬意を表します。

おっしゃるとおりであろうと思います。
さらに熟読、熟考させていただきます。

ありがとうございます。
合掌

543トンチンカン:2013/03/11(月) 09:39:21 ID:nFgY2khg
“Web誌友会”に参列の “元青年会員です” は、マサノブ氏でありましょうか?


早速に他の掲示板にて、『この“元青年会員です”を“マサノブ氏”であるとして見た場合、これは <自己弁護> を縷々と書き連ねているとしか思えません』、、、と書かれております。




<生長の家、新・本流復活掲示板>
========================================
“元青年会員です” = マサノブ氏 ・・?(414) 日時:2013年03月11日 (月) 09時25分
名前:サーチャー


“元青年会員です”=マサノブ氏・・?

皆さん、“元青年会員です”の下記の文章をご覧下さい!!

この“元青年会員です”を“マサノブ氏”であるとして見た場合、これは <自己弁護> を縷々と書き連ねているとしか思えません。


最後の、
『教団は、トキさまのおっしゃるように、さらに衰退の一途をたどるでしょう。それは本当に残念なことです。しかし、私たちはその奥に流れているものを見るべきです。永遠に変わらざる生長の家を。そこには人類普遍の良心が流れています。それは程度の違いこそあれ、谷口雅春ー谷口清超ー谷口雅宣を貫く心ではありませんか? 』


これは何ぞや? と言いたいです。

・現在の急速な <教勢低下> は今後も続く(衰退の一途をたどるでしょう)としております。

・それは(衰退の一途をだどること)本当に残念なことです。・・・・・バカにするな!!

・『私たちはその奥に流れているものを見るべきです』・・・・詭弁以外の何ものでもありません

・『永遠に変わらざる生長の家を。そこには人類普遍の良心が流れています』・・・・・ゴマカスな!!

・『それは程度の違いこそあれ、谷口雅春ー谷口清超ー谷口雅宣を貫く心ではありませんか?』・・・・・ノー、ノー、ノー
========================================

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=snihonryuu&amp;mode=res&amp;log=217

544a hope:2013/03/11(月) 10:08:31 ID:TqpbsVIM

みなさま おはようございます。

今朝、起きて「元青年会員です」さまの投稿を拝見しました。
その深い内容に、とても感動しています。

真に相手の実相を見るとは、そういうことなのかもしれません。

わたしは今、「虚説」という言葉を安易に使ってしまったことを、たいへん反省しています。

「虚説」とは、自分自身の見解である。
そう、アドバイスしてくださった方がいます。

心ではそれがわかっていながら、なぜわたしは昨日あのような、みささまに呼びかけるような発言をしてしまったのか、
自分でもよく理解できません。

「元青年会員です」さま

一つだけ、質問させてください。

<<教団は、トキさまのおっしゃるように、さらに衰退の一途をたどるでしょう。
それは本当に残念なことです。
しかし、私たちはその奥に流れているものを見るべきです。
永遠に変わらざる生長の家を。>>

このようにおっしゃっていますが、これが雅宣先生や、純子先生を「愛する」ということなのでしょうか?



>>543 トンチンカンさま

わたしは、「元青年会員です」さまは、雅宣先生ではないと思いますよ(笑)


わたしは、今日はこれから仕事ですので、夜戻ります。

545rei:2013/03/11(月) 12:16:06 ID:bo95azFI

新幹線が発明されているのに、徒歩で行くようなもの、という喩えがありましたよね。
人間神の子と教えられているのに、もう一度悩み苦しめと?

546復興G:2013/03/11(月) 14:19:10 ID:AB6RqYXc

>>545 :rei様。

>>新幹線が発明されているのに、徒歩で行くようなもの、という喩えがありましたよね。人間神の子と教えられているのに、もう一度悩み苦しめと? <<

――そうでした! rei様のこのお言葉で、また目が覚めた思いです。

今、「元青年会員です」様のおっしゃっている

<<教団は、トキさまのおっしゃるように、さらに衰退の一途をたどるでしょう。それは本当に残念なことです。
しかし、私たちはその奥に流れているものを見るべきです。永遠に変わらざる生長の家を。>>

とは、「神の子」、すなわち神である、と考えています。

「元青年会員です」様は、

>>そこには人類普遍の良心が流れています。
それは程度の違いこそあれ、谷口雅春−谷口清超−谷口雅宣を貫く心ではありませんか? <<

とおっしゃっています。

ここで「元青年会員です」様がおっしゃる、雅宣総裁の「良心」とは、「小懺悔」の心なのですね。

「小懺悔」にとどまっていては、自他共に暗くなってしまって、救われません。本当の幸福は得られません。

「大懺悔」の心、すなわち

「神こそすべてのすべて、神はすべてにましまして絶対なるが故に、神の外にあるものなし」

「神はすべてなるが故に、神は罪を作らざるが故に、神のほかに造り主なきが故に、此の世界に犯されたる罪もなく、報いらるべき罪もなし」

――ありがとうございます、とただ感謝の心になる。

それが「大懺悔」である。そこに、「永遠に変わらざる生長の家」がある、と思います。

生長の家の基本は「大調和の神示」にあるとも言われますが、それも、人間は罪の子として反省して和解せよというような「良心」では、永遠に人類は救われない。「人間神の子、罪なし」の「大懺悔」こそが本当の感謝であり、大調和である。それが生長の家の基本、原点なのではないでしょうか。

そこにこそ、「永遠に変わらざる生長の家」があり、そこに人類普遍の神性が実在する。

それが、谷口雅春先生−谷口清超先生−谷口雅宣先生を貫く心であるはずだ、と思います。

「元青年会員です」様。

ご覧くださっているでしょうか。

私は、上記のように考えますが、いかがでしょうか。

547木綿豆腐:2013/03/11(月) 14:41:35 ID:.QY5jUA6
>>545:rei様
>>546:復興G様

の ご投稿文に同意させて頂きます。

548復興G:2013/03/11(月) 15:19:30 ID:AB6RqYXc

>>547 :木綿豆腐さま。

ありがとうございます。

549トキ:2013/03/11(月) 15:46:14 ID:2GHp4WH2
元青年会員です 様
復興G 様
木綿豆腐 様
rei様
a hope 様
トンチンカン様

ご投稿、ありがとうございました。私も少し考えてから、ご投稿をさせていただきます。

感謝、合掌

550トキ:2013/03/11(月) 21:13:22 ID:2GHp4WH2
元青年会員です 様

 真摯な内容のご投稿を拝見し、深く感銘を受けました。基本的な部分では、同じ意見の部分が多いです。

なお、この板のご指導は、復興G様なので、私の投稿はあくまえでも一人の参加者の意見とご理解下さい。

 私も、現在の雅宣先生は、大悟を得る前のお悩みの状態だと拝察しています。その意味では、ご
本人もたいへん、悩まれていると個人としては深く心配もしています。また、雅宣先生は純粋な方だ
し、知識も豊富な方ですから、ご自分なりの理想を実現しようと思われていたと思います。
 トキ個人としては、現在の谷口雅宣先生を高く評価する部分もあります。

 ただ、私は反面、すごくドライで冷たい見方もしています。

 日本国憲法76条3項に「全て裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法
及び法律にのみ拘束される」という条文があります。ここでいう良心とは、自分の主観的な価値観
ではなくて、職務にともなう良心である、ということだということです。人間だれしも個人的な価値観
も持っているし、人間としての良心ももっています。しかし、職業人として期待されるのは客観的な
ものです。これは法律家だけではなくて、これは、全ての仕事に共通する事だと思います。
  仮に自己の良心を仕事や立場で表明するとしても、まずは自分の仕事上の義務を果たすことが
優先します。例えば、谷口雅春先生で言えば、先生は信徒の魂の救済をされた上で、ご自分の所信
を表明されています。

 総裁がティーンエイジとか20歳代とかなら、職務に要求される価値観と自己の主観的な
価値観の乖離に悩むのは立派なことだと思います。しかし、現在の谷口雅宣先生の年齢とかキャリア
を考えると、今頃、その話はないだろう、という感想も持ちます。とても残酷で冷たい話です
が、そこで総裁の主観的な良心との葛藤を理由に谷口雅宣先生を弁護するのは逆に総裁に
失礼だと思っています。ラーメンと食べに行って、そのラーメンがまずかったら、おいしいとお世辞
を言うのではなくて、正直に言うのが相手への愛情とか敬意だと思います。

  それで思い出すのは、ヤオハンの和田カツさんのご主人だった和田良平さんの話です。
和田カツさんは熱心な生長の家の信仰者でしたが、ご主人は全く生長の家には関心はありま
せんでした。ところが、ひょんなことから、ご主人が教区の相愛会の連合会長を引き受ける事
になりました。すると、ご主人はやったことがない神想観もはじめ、一から生長の家の勉強を
始めたといいます。結果、ご主人は職責を果たされたと聞いています。

 そういう主観的な良心を全面的には肯定しない部分では、元青年会員です、様のご意見とは
違う部分はあります。現在の生長の家の状態を考えると、谷口雅宣先生が強い非難を受けるのは
とても残念ですが、仕方がないと思います。(もちろん、私個人は総裁が現在の状態を反省され
対立勢力との対話と和解の努力をされ、谷口雅春先生の教えをご自身の主観を交えずに
説かれる日が来ると信じております。)

 しかし、ご投稿の内容には多くのことを学び、また感銘を受けたことも同時に申し上げます。

ご投稿を深く感謝申し上げます。

感謝、合掌

551トンチンカン:2013/03/12(火) 00:39:03 ID:nFgY2khg
生長の家総裁としては問題があっても、マサノブ総裁に中心帰一なのでしょうか?


<Web誌友会 板/2>
========================================
540 :元青年会員です:2013/03/11(月) 07:19:01 ID:zOkAUrF2
(前略)
雅宣総裁はおそらく、魂の奥深くでご自分を審判いて(さばいて)いらっしゃるはずです。
若き日の谷口雅春先生ほどの死ぬような苦しみではないにせよ、ご自分を責めていらっしゃるはずです。
そこに、私は人間谷口雅宣の良心を感ずるのです。人間誰しもが心深くに持っている、深い苦悩を感ずるのです。

残念ながら、それは生長の家総裁としては問題があるかもしれません。
雅宣総裁が、その深き苦悩から光明思想へと飛躍すれば良いのですが、それは今世では難しいかもしれません。
なぜなら雅宣総裁は、残念ながらまだ、自然破壊する人類の問題をご自身の問題として、十分には引き受けきれていないように思えるからです。

谷口雅春先生は、全人類全生命の問題を自分自身の問題として、十分に引き受け切っていらっしゃいました。
そうであるがゆえに死ぬように苦しみ、そうであるがゆえに必死で救いを求め、そうであるがゆえに「罪なし!人間は皆、神の子である!」の真理に目覚められました。
========================================


・雅宣総裁はおそらく、魂の奥深くでご自分を審判いて(さばいて)いらっしゃるはずです。

・残念ながら、それは生長の家総裁としては問題があるかもしれません。

・雅宣総裁が、その深き苦悩から光明思想へと飛躍すれば良いのですが、それは今世では難しいかもしれません。



“元青年会員です”氏は、『それは今世では難しいかもしれません』、、とまで述べています。

そうであるならば、現在の 問題のある“生長の家総裁”のもとで、信徒達はマサノブ総裁の存命中は、“迷いの渦中”にドップリと浸かっていなければなりません。

どうして、「マサノブさん、“生長の家の総裁”という立場から退いていただいて、森の中でごゆっくりと 修行 して下さい」と申し上げられないのでしょうか?

マサノブ氏が『「罪なし!人間は皆、神の子である!」の真理に目覚められました』との悟りを開かれたその時に、また戻ってこられたらいいのではないのでしょうか?


ハッキリ言って、今のマサノブ氏には “生長の家総裁” としての資質がありません。問題があり過ぎです。 今や組織内のブーイングを鎮めることはムツカシイでしょう。

552rei:2013/03/12(火) 07:23:49 ID:bo95azFI

おはようございます

復興Gさま
ありがとうございます
1を言っただけで10も分かって下さる、
生長の家の方とはどこまで素晴らしいのでしょう!

木綿豆腐さま
時々コメントを私に頂いていますよね
ありがとうございます。

私は、元青年会員ですさまの文章を読ませてもらって、
総裁は大通智勝如来のような人だと思いました。

光がすぐそこにあるのに目を閉じている人のようです。

肉体人間を神の子だと思ってしまった人のようにも思います。

悪い手本を見せていただいてるのかとも思います。
良い手本も悪い手本もどちらも、自分の師であるというように書かれてあった。
そういう意味でならば感謝出来ます。











「人」を中心にした組織だとしたら、去るよりほかにありません。

553復興G:2013/03/12(火) 07:50:00 ID:AB6RqYXc

元青年会員です 様。

トキ様が、客観的な見方で、まことに適切なご投稿をしてくださいました。私も同感します。

この際、さらに総裁の、「日本は侵略国である」発言について、あらためて私の思うところを書かせて頂きます。

雅宣総裁が、平成3年(当時副総裁)5月から4年8月まで『理想世界』誌に「ネットワーク考」と題して書かれた文章の中で「日本は侵略国であり懺悔が必要」と書かれ、信徒の間に大きな波紋を巻き起こした。当時本部講師であったF氏は、退職して“「生長の家」路線変更か−谷口副総裁が「日本侵略論」展開−「創始者の教えに反す」”と題した記事を『国民新聞』に投稿し、平成4年7月25日号の一面トップに大きく掲載された。それに対して、一教化部長の「F氏に反論す」という論文が、平成4年10月号の機関誌『生長の家相愛会』に掲載されています。

 その冒頭に、リード文として

≪「生長の家」路線変更か――とは皮相な見方、井蛙の見なり。創始者の教えに反しているのは、F氏の方ではないか。今こそ真の日本救済――小日本ではなく「大日本(ひかりあまねきせかいのくに)」の実相顕現のために起ち上がるべき時である。そのためには、「大懺悔」が必要である。≫

 とあります。

 私は、この「大懺悔」というところに注目します。

 この「大懺悔」には、わざわざ「カギ括弧」がつけられているのです。

 「小懺悔」ではいけない。「大懺悔」が必要である。

 日本は大東亜戦争で他国を侵略しました、悪うございました――というのは「小懺悔」であります。

 小懺悔も必要ではありますが、そこにとどまっていたら、かえって業の流転でまた同じ過ちを繰り返す可能性が大であります。「罪なし、実相独在」の「大懺悔」に到ったとき、はじめて業を超えることができる。

 同論文には、次のようにあります。長文になりますが、要点を転写させていただきます。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 F氏の「告発」文をきっかけに、今一度尊師谷口雅春先生の「日本は侵略国ではない」とのお言葉、そして副総裁谷口雅宣先生が「侵略したのは日本」とおっしゃったことの意味をかみしめ、整理して考えてみた。それを、次に記述させていただこう。

日本は侵略国か

 谷口雅春先生はたしかに、「日本は侵略国ではない」と説いて来られた。しかし、これは現象的な相対の世界の皮相な観点から日本無罪を主張しておられるのではない。深い生命の実相哲学から出てきたお言葉である。その奥義、秘密義に思いを致さねばならぬと思う。
『聖なる理想・国家・国民』の十五頁には、

< 日本国家の理想とは何であるか。それは「宇宙の理想」と一つのものである。「宇宙の理想」とは釈尊の説く金波羅華(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである「みこころの天に成れる世界」である。日本国を“侵略国”と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。>

 と書かれている。

 ここでも前半のお言葉から明かな如く、「実相独在」の観点から、「理念の日本」「日本の実相」を観じ、日本の使命を直観して説かれている。『日本を築くもの』の第三章に、「堅固法身・膿滴々地」と説かれ、『我ら日本人として』第四章にも「“理念の国”と“現象の国”に就いて」として詳説されている「理念の国」を直視し、「実相」の大地に立って説かれているのである。
<つづく>

554復興G:2013/03/12(火) 07:50:38 ID:AB6RqYXc

<つづき>
(中略)
 谷口雅春先生著『神と偕に生きる真理365章』83頁〜84頁には、

< パウロはこうして、「本当の我」と「我が中(うち)に宿る罪」〈過去の業(ごう=ワザ)の集積である運動慣性〉とを分離することに成功したのである。(略)

 このパウロの自己分析による「本当の自分」の発見が、宗教的悟りの要諦であるのである。私が時々コップの中の水の譬喩をもって、「本当の自分」のことを修行者にわかり易く説明することにしているのは次のようにである。――

「ここに透明なコップがあって澄明な純粋の水が入っているとする。この水の中に一つまみの泥を入れると、水は不透明になる。この時、人は“水が濁った”というのである。併し本当は水は濁っていない。水は依然としてH2Oの化学式をもった澄明な純粋の水である。濁っているのは水そのものではなくて、泥が濁っているのである。水は泥の濁りと何の関係もない。それだから漉器(こしき)で泥を漉し去れば、あとには依然として純粋な水があるのである。それと同じく “人間・神の子”の完全な実相は、どんな汚れた罪人のように見える人に於いても、変ることなく、円満な実相そのままである」>

 谷口雅春先生は、この純水のような実相の日本国を観じ、泥は水ではない、業は「人間」ではないように、真の「日本」は侵略していない、起こるべくして起こった戦争は、人類の業のなせるところである――と断じていられるのである。表面のお言葉の奥にある、先生の立っていらっしゃるところに立って、このお言葉をしっかと戴かねばならぬと思う。

 しかしながら、前掲書八十六頁に、

< 聖経に「生命の実相を知るものは因縁を超越して生命本来の歪みなき円相的自由を獲得せん」と示されているのであるから、どんな事をしても、超越すればよいと、多寡をくくって、無分別にも色々の悪業を平気でやる人がもしあるならば、その人は「生命の実相」を本当には知っていない人である。それだからその人は「生命の実相を知る者は因縁を超越して……」の恩典に浴することのできない人たちである。

 どんな小さな行為でも、それを為すことは業であり、因縁因果の世界に、業因を積み重ねつつあるのである。業には善業も悪業もあるが、どんな小さな善業でも毎日それを怠らずに積み重ねて往ったならば、「生命の実相」の悟りに入り、ついに因縁を超越することができるのである。>

 と書かれている。

 日本が戦争に敗れて劣等感や罪の意識に打ちひしがれていたときに、谷口雅春先生は声を大にして「日本は侵略国ではない」と叫ばれた。それによって私たちは希望と誇りをもって懸命に働いてきた結果、現在の日本の地位を築き上げることができた。そうしてここまで大きくなった日本が、さらに本来の神武建国の理想である「八紘一宇」――世界の真の平和実現の大きな使命を果たすためには、真の「大懺悔」「生まれ更わり」が必要なのである。それにはまず、実相と現象、偽我と真我の甄別をして、偽我を否定し、真我をこそ光り輝かさなければならないのである。

 副総裁谷口雅宣先生が、『理想世界』の「ネットワーク考」の中で「“大東亜戦争”で侵略行為を行ったのは日本」と書かれたのも、世界に大きな影響力を持つようになった経済大国日本が、さらに世界に受け入れられ尊敬される国として生まれ変わるには「大懺悔」が必要であるからである。さもなければ日本は再び大東亜戦争に突入したときのような過ちを犯し、人類は業の流転に翻弄されて永遠に世界平和は来ないからである。「大懺悔」のためにはまず「小我の否定」が必要だからである。
<つづく>

555復興G:2013/03/12(火) 07:51:34 ID:AB6RqYXc

<つづき>

「大和の国の神示」に、こう示されている。

< 大日本世界国(ひかりあまねきせかいのくに)と言うことを狭い意味に解して、日本民族の国だなどと考えるから誤解(まちがい)を生ずるのである。そんなものは小日本であり、本当の大日本国(ひかりのくに)ではない。天(あめ)の下ことごとくが『天のみこころ』で満ちひろがる世界が来ることを、「全世界五大州の国土を『天孫(てんのみこころ)』に御奉還すべき時期が来る」と教えたのである。天孫とは肉体のことではない。「肉体は無い」と言うことをあれほど教えてあるのに、やはり肉体のことだと思って執着が強いから大それた間違をして取返しがつかぬことになるのである。神からみればすべての人間は神の子であるから、特に日本民族のみを愛すると言うことはない。あまり自惚(うぬぼ)れるから間違うのである。>

 天のみこころを現し、光あまねき世界――究極の世界平和を実現すべき尊い使命を持っているのが日本であり、その日本の実相を顕現すべき生長の家の使命は重大である。この時に、「小日本」にとらわれ、言葉の表面にとらわれた妄論を吐いて、信徒や愛国の徒をまどわす言動は許されないと思う。今こそ、大いなる日本の使命実現のために、国を過まる事なきよう、神意によって法燈を継承せられた総裁・副総裁に中心帰一し、謙虚に、そして真の誇りと自信を持って、迷うことなく、明るく、人類光明化運動にひたすら勇往邁進したいと思う。
(平成四年七月二十九日)

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ――以上、長文になりましたが、平成4年10月号の機関誌『生長の家相愛会』に掲載された一教化部長の論文の要点を転写させていただきました。

 「大懺悔」して、この論文のはじめの方に引用されている、『聖なる理想・国家・国民』の谷口雅春先生の御文章

< 日本国家の理想とは何であるか。それは「宇宙の理想」と一つのものである。「宇宙の理想」とは釈尊の説く金波羅華(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである「みこころの天に成れる世界」である。日本国を“侵略国”と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。>

 という御文章を、あらためてかみしめたいと思います。

元青年会員です 様。

 私は、間違っていますでしょうか。

556クソ:2013/03/12(火) 08:00:04 ID:tar1vhs2


3、11 だと言うのに、

相変わらず、教団内論争にあけくれる、みみっちい、カルト信者ども

人の名前つかって雑誌(いのちの環とか)を申し込んでんじゃないよ 送り返したけど

消費者センターに通報しました。

557復興G:2013/03/12(火) 08:29:10 ID:AB6RqYXc

>>552 :rei 様。

>>「人」を中心にした組織だとしたら、去るよりほかにありません。<<

――そうなりますね。

人類光明化運動指針第九条に、

「生長の家大神――総裁・副総裁――御教。この三つを結び貫く神意の展開が、光明化運動の不動の中心である事を、生長の家人たるものは一瞬たりとも忘れてはならない」

とありますが、同時にそのあとに続いて

「如何にその人が有力者であろうと長年光明化運動に献身して来ようと、素晴らしき体験をもつ指導者であろうと、断じてその人を中心にしてはならない。若しも人を中心とすれば、その人が理解し把握している以上の運動の展開は不可能となり、歪んでいれば運動も歪むほかなく、その人とそりの合わぬ者、反対意見の者は身を引くか、対立して禍根を残すであろうし、若し或る人が情熱的な信仰を持つ場合、その人が真に中心を明らかに自覚している場合はよいが、唯熱心であるだけならば、何時かその人に頼り過ぎ、その人が転任或は他界した場合は、忽ち火の消えた様に衰微してしまった如き事例は往々にしてある。すべて皆中心を誤っていることに気がつかなかった為である。光明化運動に於いては人は中心ではない。神意が中心である。」

とあることを見落としてはなりませんね。
「神意が中心」です。

558「訊け」管理人:2013/03/12(火) 08:34:53 ID:???


 ご参考までに以下、掲載致します。以下はその、「侵略か否か」論争の発端となったとされる、現総裁の御文章です。(なお★印は特に重要と思われる箇所であり、私の方で付けたものです)


-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

ネットワーク考⑧「侵略か解放か」 (『理想世界』誌平成3年12月号)より謹写――

あなたの抱かれた危惧(きぐ)の念はよく分かりました。しかし、私が前回書いた文章の中でもっとも強調したかった点を、あなたはどうやら誤解されているようです。その理由の一つは、あなたが、私の文章の中の一部の〝印象〟にばかりに注意を引かれていて、その中に展開されている〝論理〟を厳密に吟味しておられないところから来ると思います。

私が「感情論」と言ったのは、まさにこのことでありますが、<<★私は、前回の文章のどこにも「大東亜戦争は一分の理もない(日本の)侵略戦争だった」とは書いていません。★>>私も、当時の日本には「一分の理」以上のものがあったと思いますが、しかし、理由がどうあろうとも、「侵略をした」という事実は認めなければならないのです。

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+



 これが一文目(抜粋)です。さてここでおそらく、諸賢は「『侵略をした』という事実は認めなければならないのです。」の部分に違和感を覚えられたのでは、ないでしょうか。(私はそうでした)この点に関しても以下、文章を掲載致します。この侵略に関しては現総裁。以下の様に定義されておられます。やや長くなりますが、二文目として掲載します。

(つづく)

559「訊け」管理人:2013/03/12(火) 08:35:29 ID:???


(つづき)

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+

ネットワーク考⑧「侵略か解放か」 (『理想世界』誌平成3年12月号)より謹写――

まず、あなたの「侵略」の定義には誤りがあります。私がここで使っている「侵略」という言葉は、国際法や国際政治で普通に使われている用法にもとつくものです。つまり、「他国に対して自らが武力攻撃を仕掛け、または海上封鎖などの戦争類似行為をすること」であり、もっと端的に言えば「ある国がその国際的義務に違反して武力を行使すること」です。従って、あなたが「侵略とはいいません」としている「他国の領土や軍隊を攻撃すること」の中には、侵略は含まれねばなりません。

あなたは、「交戦中の他国領土の一時的占領」は侵略には当たらないから日本の真珠湾攻撃は侵略ではないという不思議な解釈をしておられますが、戦争が始まる前と始まった後とでは、国際法上適用される法規の体系が異なってくることを知らねばなりません。

「侵略」は、平時の国際法の体系によって認定されますが、侵略があれば、侵略された側は自衛権を行使しますから当然、戦争が始まります。その後は、戦時国際法が適用されます。この2つは別のもので、平時に他国の領土や軍隊を攻撃すれば、一般に違法行為となりますが、戦時に於てはそうはなりません。

-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+


 あくまでも論点は、「戦時国際法」です。この法から眺めた場合は「侵略である」とのご主張が、総裁のご意見です。少なくともそう、解釈した次第です。なお、余談ながら以下例に触れることで私見真意の説明を、行います。なぜその区別が、「重要なのか」の点です。国際法的に観て「侵略だ」というのは、案外大切な点だと思えるのです。


 ・・・・・たとえば、出産近い妊婦を、「スピード違反しながら」病院へ搬送した者がいると仮定しましょう。そしてその後、警察にスピード違反の件で注意された者が、あるとしましょう。さてこの場合、以下二種類の反応のうちいずれが、「日本人らしい」と言えるでありましょうか。

1)「妻の出産のため、止むを得ませんでした。ですが、スピード違反をしたのは事実です。その点はお詫び致します。」
2)「妻が出産だったんだ!だから、スピード違反くらい大目に見ろ!」

 ・・・・私は確実に1)だと思います。

 そしてこれを、大東亜戦争に当て嵌めるならば、「戦時国際法違反を認めること」は、必要だと考えます。そして、その上で「それでも我が国には、『大義』があったのだ」という方向で説明を、すべきかと思っております。

 ・・・・話が逸れた感もしますのでまとめますが、現総裁の論点はその意味で、必要だと感じた次第です。





<私見まとめ>

○総裁が「侵略」と言われたのはあくまでも、「戦時国際法」の観点からではないでしょうか。
○ なにも、大東亜戦争全体を「侵略」だとおっしゃったわけでは、ないと思います。(一文目★印箇所をご参照)
○ 雅春先生が問題にされた点(「日本国を“侵略国”と誣(し)いる者は何者ぞ。去れ!! 」)とは、論点が違う気が致します。
○ なお、個人的には大東亜戦争ですが、「合法に非ざれども、『合徳』なり」が私見です。戦時国際法違反(無警告爆撃等)の点は素直に詫びて後、「しかれでもこれこれの大義があった(我が国には)」と述べることは、大切だと思っております。
○ もしも「国際法的に観ても、侵略ではナイ!」 ―― そんな意見あらば、それはそれで、興味を持ちます。




560「訊け」管理人:2013/03/12(火) 09:00:11 ID:???

<訂正>


<私見まとめ>欄

(×)なにも、大東亜戦争全体を「侵略」だとおっしゃったわけでは、ないと思います。(一文目★印箇所をご参照)

(○)なにも、大東亜戦争全体を「悪だ」とおっしゃったわけでは、ないと思います。(一文目★印箇所をご参照)

561クソ:2013/03/12(火) 09:16:25 ID:tar1vhs2


教祖の迷いは、そのまま信徒の迷いであり、人類の迷い。


信徒の迷いは、そのまま教祖の迷いになり、それは人類の迷いでもある。

人類の迷いは、過去の残像。

みんなまとめて迷いの家。

562木綿豆腐(=志恩):2013/03/12(火) 09:26:25 ID:.QY5jUA6

>>540 :元青年会員です:2013/03/11(月) 07:19:01 ID:zOkAUrF2
(前略)
雅宣総裁はおそらく、魂の奥深くでご自分を審判いて(さばいて)いらっしゃるはずです。
若き日の谷口雅春先生ほどの死ぬような苦しみではないにせよ、ご自分を責めていらっしゃるはずです。
そこに、私は人間谷口雅宣の良心を感ずるのです。人間誰しもが心深くに持っている、深い苦悩を感ずるのです。<<


雅宣総裁の このような苦悩は、雅宣総裁だけが、体験されてるわけではありません。様々なスピリチュアル系の本を読みますと、「悟り」の境地にまで達した多くの方々は、
ある期間、精神は暗雲たなびく中で悶々としているのですが、ある瞬間に 霧が晴れたように光明燦然とした光の中に生かされている自分に気づいている。

雅宣総裁は、悩みはじめられてから20年以上経たれる訳ですが、60歳を過ぎられた今になられても
まだまだ、深き苦悩から光明思想への飛躍が出来ず、それは 今世では難しいかもしれない、とおっしゃる。

私達が,生長の家総裁に 求めているのは、
雅宣総裁が、なぜ、いまもって 悩み続けているかという「説明」や「答」では、ありません。

生長の家の総裁になられたのですから、もともとの雅春先生がお説き下さった教えを、そのまま継承され われわれ信徒に伝えて、われわれが共に学ぶことにより『人生に 大安心を得ること』、
『教えを実践することにより、いかに毎日をハッピーにするかを目指していくこと』などが、われわれが 生長の家教団に 期待している基本の気持ちです。

総裁としての資質がないことは、雅宣総裁ご自身が一番分っておられることだと存じます。

雅宣総裁ご夫妻が、森のオフィスに引っ越されるということは、雅宣様は初めて、原宿穏田にある あの生家から独立するようなものです。あそこから離れたことは海外留学されたとき以外は、
暮らしの移動はされておられないのですから。

今後、世間の風の冷たさを肌身に感じ、少しは甘ちゃんの物事の捉え方や、甘ちゃんのご自分のご性格にも気づいて下さり、そのときこそ、潔い決断をされることを願っております。

それは、近い将来…ふいに訪れる「光の体験」か「総裁辞任のご決断」か、どちらかだと存じます…、と、

このように、トンチンカン様のように,私も、総裁の辞任につきましては、2年近く発言して来ましたが、
最近、疲れまして、トンチンカン様のような、強力な頼もしき発言者がご登場されましたので、私は、今後のことは、もう安心しておまかせしたいと思っているところです。 つづく

563トキ:2013/03/12(火) 09:32:11 ID:RT7caOUo
>>556

 この板は誌友会の板です。ご投稿の趣旨とは違います。違う板へご投稿をお願いします。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

564トキ:2013/03/12(火) 09:36:51 ID:RT7caOUo
>>561

 別の板への投稿ならお返事はしますが、この板への投稿は趣旨が違います。
ご投稿は御控え下さい。

管理人

565木綿豆腐(=志恩):2013/03/12(火) 09:47:35 ID:.QY5jUA6
雅宣総裁が何を言っても通じず,何をしても受け入れられないのは、(1000人のうちの5人にしか通じていない)

先ず、言い回しが難解で、言葉の表現がへたなのと、ご自分が行って来たことへの信頼度≠「メディア力」がないことと、
心の根底のところで、雅春先生の教えを否定していること、

その雅宣総裁の根底の思想…

これらの点を うまく隠して論を進めても、結局うさん臭い結論にしか導かれないからだと思います。

ご自分の主義主張を論理的に説明してみても、ご本人の「根本思想」は、ごまかせないからです。

まず、読み手や聞き手を意識せず、書き 話されても、ご自分だけで自己満足し、完結してしまい、相手の意識革命を起こさせたりするのは、困難だと思います。

相手の心の中のもやもやが、晴れていくことはありません。より もやもやが増すだけなんです。

雅宣総裁は、1人1人の、神の子としての個性に向き合っていない。ゆえに、自分は正しいことを言ってるつもりなのに、次第に周囲から孤立していくのではないでしょうか。

自分の正直な姿を表すところは、自分の中ではありません。紙の上でも掲示板でもありません。それらを媒介にした『相手の中』です。 

雅宣総裁は、いまだにご自分の立場がなんなのか、まだ認識されておられません。

566うのはな:2013/03/12(火) 09:51:45 ID:HdP292ew

上記の訊け管理人様のように、雅宣先生が侵略戦争といったかどうか
の話も、誌友会の趣旨とちがう方向へいきそうな話題だと思います。

567復興G:2013/03/12(火) 10:00:52 ID:AB6RqYXc

>>558〜560
「訊け」管理人様。

雅宣現総裁(平成3年当時副総裁)の、「ネットワーク考」における大東亜戦争侵略論を、懇切に紹介、解説してくださって、ありがとうございます。
よくわかりました。その通りであると思います。

ただ、私が危惧すると言いますか、残念に思うのは、過去のことよりも、今年2月11日建国記念の日の式典での総裁挨拶でも、

>……「日本の建国は世界に類例がないほど珍しく、古典に書かれた建国の理想は他国にない独特のものであるから、この理想を推し進めていけば、世界平和に貢献することができる」という意味のことが書いてありました。しかし、これは論理が混乱していて間違った考え方だと私は思います。特殊で、他に類例がないということ自体には、それほど価値はないのです。社会に受け入れられない特殊性や比類のなさは、かえって社会に有害です。単にウイルス作成の技術が優れているだけでは、犯罪者になることもある。<
(建国記念の日式典での総裁あいさつ)

とおっしゃっていて、

>日本国家の理想とは何であるか。それは「宇宙の理想」と一つのものである。「宇宙の理想」とは釈尊の説く金波羅華(こんぱらげ)の世界であり、キリストの祈りである「みこころの天に成れる世界」である。……日本国は世界の救世主たる使命を帯ぶ。<

と谷口雅春先生がおっしゃっている日本の実相を否定しておられるように思われることです。

日本には日本の使命がある。生物にも多様性があるように、国にも多様性があって、それぞれ独自の使命があると思います。日本の使命は、「八紘為宇」(Universal Brotherhood)で、宇宙の理想と一つのものである、というのが生長の家の根本中心の教えであると私は思っております。谷口雅春先生のお教えは、そうでした。

それを、現総裁は、否定しておられるのではないか――というのが、私の危惧し、残念に思うところです。
そうでなければよいのですが。

568「訊け」管理人:2013/03/12(火) 10:47:21 ID:???


>>復興Gさま


 仕事中のためやや、無愛想な返信となります。その点をお詫びしまして以下、進んで参ります。(なお以下文には☆印を付記した箇所があります。この☆の意味はこうです。「あくまでも、現時点で私が収集した情報・資料の範囲内では、そう思います。」「ですが、新しい情報が入れば云うまでもなく、私は前言を撤回致します」 ―― なぜこんな、メンドウなことを行うのか?これは以下やり取りに於いて、正確さを期したいからであります。さらになお、☆の意味するところを一文一文に対して書くことは、読みづらくなるためです。以上、☆印の説明でございました)


――――――――――――――
 >>567それを、現総裁は、否定しておられるのではないか――というのが、私の危惧し、残念に思うところです。
そうでなければよいのですが。
――――――――――――――

 この点ですが、同意します。同意する理由ですが現総裁御文章の「悪文ぶり」を、例に挙げます。やはり総裁の御文章は雅春先生のそれを比較して、「解釈の余地がワイドである」と思います。個人個人によって読み方が、バラバラになる気は致します。ですので、私も危惧は致します。(☆)

 そして、「なんでこんなにも、読み方が変るのだろうか」と考えたのですが、一例を挙げればこんなことになると、思っております。それは、現総裁がよくお使いになられる「自然」という言葉です。これが、解釈が大きく分かれる原因ではなかろうかと(☆)。以下、解り易く説明すればこの、「自然」という言葉ですがこれが文によって、

“Nature”の意味なの?

“Truth”(實相)の意味なの?


 と、判然としなくなることがあります。これがたぶん、(現総裁に対して横行する)誤読撃ちの要因ではないかと、疑っております。(☆)仕事中のためやや、無愛想な返信となります。その点をお詫びしたしますが、貴殿がお感じになられた「危惧の念」でありますが、私もあります。そして、そんな感情が生まれるのはこの、総裁の御文章にも要因があるのでは、なかろうかと・・・・


追伸

 そして案外、よく話し合えば「分かり合える」のかもしれません。少なくとも語義を丁寧に説明して頂ければ、案外現総裁ですが、「まとも」 ―― 非常に不遜な物言いながら、方便です ―― ではないかと、思っております。論拠は総裁近著の『生長の家ってどんな教え』になります。

 ・・・・まあこんなことを書きますと、(貴殿以外の)ある方からは「頭でっかちに、総裁の言うことをそのまま真に受けて」なんて批判も、来るのです。ですが、総裁の御文章を拝読する限りですが、余りツッコミ所がないのも事実です。

余談

 御教えの抹殺意図は、「ない」と思っております(☆)。総裁の問題は思想にあるのではなく、あくまでも「組織運営の不得手さ」等に、帰結するのでは、なかろうかと・・・・

569「訊け」管理人:2013/03/12(火) 10:50:33 ID:???

<補足>

※ 現総裁御文章の「悪文ぶり」を、例に挙げます。

 ここで言う「悪文」の意味は、以下です。あくまでもこの「悪文ぶり」とは、
「雅春先生のそれと比較して(悪文)」という意味です。雅春先生の御文章と比べれば、
「解釈が分れやすいのではないか」との、そんな意味です。

 そして、これも強調しておきますが現総裁ですが、(一般の文と比較すれば)別に悪文
などでは、御座いません。(雅春先生の御文章に親しんだ方から見ればたぶん、そう映るであろう
との、そんな程度の意味であります)




570復興G:2013/03/12(火) 11:00:36 ID:AB6RqYXc

>>568 :「訊け」管理人様

>>総裁の問題は思想にあるのではなく、あくまでも「組織運営の不得手さ」等に、帰結するのでは、なかろうかと・・・・<<

生長の家は、単なる思想団体ではないでしょう。
宗教団体でしょう。

571木綿豆腐(=志恩):2013/03/12(火) 13:23:50 ID:.QY5jUA6
復興G様

私が尊敬していた雅春先生の直弟子のお方や組織の上部の方々が、神に中心帰一せず、
人間・雅宣総裁に、次々に中心帰一している 悲しい現状の中に於きまして、

復興G様は、(トキ様もそうですけれど)その中で 神に中心帰一されておられる 

いうなれば 神の良心、生長の家の良心というべき
大変ご立派で貴重なお方だと、心から 敬愛させて頂いております。

しばらくお休みさせて頂きますが,お許し下さい。

a hope様もありがとうございます。

572復興G:2013/03/12(火) 13:52:14 ID:AB6RqYXc

私は、間違ってました。

迷っていました。


>>429で、私は次のように書いていました。

>> <私は時間・空間の中に生まれてきたんじゃなかった。
私は時間・空間を生み出した、時間・空間を超えた生命だったんだ。

私は宇宙の中心主人公だったんだ。私は、一切者なんだ。

それが、「神の子」ということだったんだ。

だから、私の中にすべてがある。私はすべての創り主なんだ。

もし、この世が混乱していたら、それは私の責任なんだ。

私の心が浄まれば、世界は浄まるんだ。

生長の家の混乱は、総裁が悪いとか、“本流”と称する分派が悪いとか、いろいろゴチャゴチャ考えていましたが、そうした迷いがいっぺんに吹き飛んだ感じになりました。

自分が浄まればいいんだ! 自分が変わればいいんだ! そうだ! ありがとうございます!」

他人のせいにするから、ややこしくなるんだ! 「すべて自分の責任」と思えば、なにもややこしいことはない。自分が浄まればいいんだから。>

 ――と、そういう思いが湧いてまいりました。
 この心境を、忘れないようにしたいと思います。<<

――そう書いていたのに、もうそれを忘れかけていました。

そのときに、>>561 :クソ様が

>>教祖の迷いは、そのまま信徒の迷いであり、人類の迷い。
信徒の迷いは、そのまま教祖の迷いになり、それは人類の迷いでもある。
人類の迷いは、過去の残像。
みんなまとめて迷いの家。 <<

と書き込んでくださっていました。

クソ様、ありがとうございます。

そうでした。

おっしゃるとおりでした。

総裁の迷いは、私の迷いでした。

それは、過去の残像で、もう迷いは消えました。

私の中にすべてがある。私はすべての創り主なんだ。

私が浄まれば、世界は浄まるんだ。

すでに、浄まった美しい大調和の天国が、実現しているんだ!

その、美しい大調和の天国が、現象世界にも今、現れつつあるんだ!

ありがとうございます!

私は、ただ喜べばいいんだ!

喜ぶしかないんだ!

ありがとうございます!

573トキ:2013/03/12(火) 14:09:15 ID:RT7caOUo
>>571

 どうも当方が行き届かず、すみませんでした。

 復活を心からお待ちしています。今までのご功績に厚く御礼を申しあげます。
ありがとうございました。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

574木綿豆腐(=志恩):2013/03/12(火) 14:23:56 ID:.QY5jUA6
>>572:復興G様

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ (*>_<*)

575復興G:2013/03/12(火) 14:28:55 ID:AB6RqYXc

今朝の日経新聞「文化」欄に、

「がれきに花を咲かせよう」
<<福島の美術教諭、生徒と被災者を絵で元気に>>

という話が載っています。

≪ すべてが押し流され、色を失ってしまった風景。その中で、ピンク色の花がひときわ鮮やかだった。「桜を見ているだけで元気になれる」。がれきを片づけていた被災者の方は、1本だけ残った桜の前でそう語った。がれきに油性絵の具で花の絵を描いていく「がれきに花を咲かせよう」プロジェクトのきっかけとなったできごとだ。

 プロジェクトは、私(番匠あつみ)が美術教諭を務める保原高校(福島県伊達市)の生徒と2011年春から行っている。ヒマワリやスイセン、チューリップ。がれきの上に思い思いの絵をつける。昔話の「花咲かじいさん」では「かれき」に花を咲かせた。ならば「がれき」にも花を咲かせ、少しでも見た人に元気を出してもらえないか。美術部が中心だった活動も続けるうちに、今では30人以上がかかわっている。

 キャンバスとなるがれきは、主に震災で半壊した保原高校の校舎だ。(中略)

 プロジェクトを始めるとき、迷いもあった。住む場所や食べるものにも苦労している方がいるのに「アートなんてのんきなのではないか」という思いもあった。周りから非難を浴びることも覚悟していた。

 震災直後、半壊した校舎を見て生徒のショックは大きかった。先日まで学んでいた場所が、廃虚のようになっていることが信じられないようだった。そんな生徒たちをみて、「やろう」と決意した。がれきに花を描くことは見る側だけでなく、作る側にも元気を与えると思った。
 実際、私も描くことで救われた。……≫

 ――「花咲かじいさん」は、枯れ木にハイをまいて花を咲かせました。

 福島では、絵の具でガレキに花を咲かせました。

 生長の家では、「素直にハイ」をまいて、枯れ木にも、がれきにも、花を咲かせます。

 その「ハイ」は、「人間は神の子である、神である」という真理を素直に「ハイ」と承認すること、そして使命感に「ハイ」と従うこと。きっと、神様の花が美しく咲き香ります。

576木綿豆腐(=志恩):2013/03/12(火) 14:41:04 ID:.QY5jUA6
復興G様

おっしゃったこと 分ります。(^^)
ますます おげんきで いらして下さいませ。

合掌 ありがとうございました。

577復興G:2013/03/12(火) 14:44:23 ID:AB6RqYXc

前記、「ガレキに花を咲かせよう」の記事の続きです。

    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

≪震災が起きた際、私は学校で会議の真っ最中だった。突然、立っていられないほどの揺れが襲ってきた。長い時間それが続き、やっとのことで外に避難した。

 幸い家族は無事だった。ただ、自宅は電気が止まっており、近くの実家に身を寄せた。テレビに映し出される津波の映像や、原発のニュースを見ていると、不安で息が詰まりそうだった。「絵を描きたい、描かなきゃ」。なぜか強くそう思い、画用紙の上でボールペンを動かしつづけた。15枚を一気に描き上げたとき、心が深呼吸できたように少し楽になれた。

仮設住宅の壁にも絵

 高校では仮設校舎ができる2011年の秋まで、学年ごとに日替わりで登校し、体育館や武道場で授業を行うという状態が続いていた。生徒にも不安はあったに違いない。花を描くことが救いになったかどうかは分からない。それでも「自分たちのかつての校舎に絵を描くのは、最初は悲しかった」と言っていた生徒も、次第に楽しそうに作業をするようになっていった。

 避難されてきた方たちとも交流が生まれた。12年春からはグレー一色の殺風景な仮設住宅の壁に、絵を描かせてもらった。浜通りから避難されてきた福島県浪江町の方々からは、「海の絵を描いてほしい」と言われた。住民の方たちも参加してくれて、行くたびに新たな絵が追加されていることもあった。

 こうした活動を続けられるのは多くの人の支えがあるからだ。新聞やニュースで私たちのことを知った人から、絵の具が送られてきたこともあった。非難されるのを覚悟して始めただけに、こうした人たちに私も生徒も勇気をもらった。

東京・銀座で展示

 今年の2月には、東京・銀座で作品を展示してもらう機会もいただいた。がれきに描いた花には再生への思いが込められている。被災地のメッセージを、多くの人が集まる銀座で展示できたことは、生徒にとって貴重な経験になったと思う。

 もちろん除染し、放射線量を測った上で、問題ないがれきだけを使っている。福島というだけで色眼鏡で見られるのではとつい思ってしまう。会場には作品とともに測定器を置いた。

 プロジェクトがいつまで続くかは分からない。がれきの撤去も進む今、その段階を過ぎつつあるという気もする。それでもアートを通じ、何かを発信したいという思いが生徒たちには芽生えている。福島から何が伝えられるのか、生徒とともに考えていきたい。(ばんしょう・あつみ=美術教諭)≫

578復興G:2013/03/12(火) 14:49:35 ID:AB6RqYXc

>>576 :木綿豆腐(=志恩)様。

ありがとうございます。

お元気で、お幸せに。またそのうちにお目にかかりましょう。

579「訊け」管理人:2013/03/12(火) 17:41:25 ID:???


>>復興Gさま


 いろいろとご指導賜りまして、厚く御礼申し上げます。ところで、でありますが
「ガレキに花を咲かせよう」に関しまして以下の歌(合唱)を貼り付けます。


 今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。





○「花は咲く」 ――東日本震災復興支援ソング
http://www.youtube.com/watch?v=hGNEIPOCllE

作曲:菅野よう子
作詞︰岩井俊二

(歌詞)

真っ白な 雪道に 春風香る
わたしは なつかしい
あの街を 思い出す
叶えたい 夢もあった
変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい
あの人を 思い出す
誰かの歌が聞こえる
誰かを励ましてる
誰かの笑顔が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう
夜空の 向こうの 朝の気配に
わたしは なつかしい
あの日々を 思い出す
傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛おしい
あの人を 思い出す
誰かの想いが見える
誰かと結ばれてる
誰かの未来が見える
悲しみの向こう側に
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
わたしは何を残しただろう
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために

580a hope:2013/03/12(火) 19:41:57 ID:TqpbsVIM

みなさま こんばんは。

あの震災から、もう2年の歳月がたったのですね。
昨日、3月11日のその時間、わたしの職場でもサイレンがなり、仕事をやめて皆で黙とうをしました。

今、「訊け」管理人さまの貼ってくださった復興ソング「花は咲く」を聴きながら、
復興Gさまの「ガレキに花を咲かせよう」の記事を読ませていただきました。

そして――

<< ――「花咲かじいさん」は、枯れ木にハイをまいて花を咲かせました。
 福島では、絵の具でガレキに花を咲かせました。
 生長の家では、「素直にハイ」をまいて、枯れ木にも、がれきにも、花を咲かせます。
 その「ハイ」は、「人間は神の子である、神である」という真理を素直に「ハイ」と承認すること、そして使命感に「ハイ」と従うこと。きっと、神様の花が美しく咲き香ります。>>

――この復興Gさまのお言葉のところで、感動して涙がこぼれました。

そうですよね。
神さまは、別の所にいるのではない。
わたしたち自身が神なのだから、わたしたち一人ひとりが咲けば、枯れ木にもがれきにも花が咲くのですよね!

わたしも大切なことを思い出しました。
復興Gさま、「訊け」管理人さま 素晴らしい投稿を本当にありがとうございます。

お二人に、心から感謝します。


志恩さまも、またすぐに登場してくださいね。
心よりお待ちしています。

581復興G:2013/03/12(火) 21:21:17 ID:AB6RqYXc

トキ様、トンチンカン様、rei様、「訊け」管理人様、うのはな様、木綿豆腐(=志恩)様、クソ様、a hope様、観覧者の皆さま、そして復興G様。(自分にも感謝します)

今日は本当に充実してうれしい一日でした。
皆々さまに、心から感謝と祝福をささげます。
ありがとうございました。

神の智慧と愛と生命の祝福をいっぱい戴いて、美しい花がいっぱい、いっぱい咲き香りますように。

では、ちょっと早いですが、おやすみなさい。

582トキ:2013/03/12(火) 21:32:07 ID:RT7caOUo
復興G様

 長時間に渡り、素晴らしいご指導を賜り、ありがとうございました。
こちらこそ、御礼を遅れました。すみませんでした。

 多くの閲覧者様と同じく、私も多くの事を学びました。深く感謝申し上げます。

今後ともご指導のほど、お願いいたします。

合掌 ありがとうございます

583元青年会員です:2013/03/13(水) 06:38:27 ID:Jt3SRsQg
皆さんへの返事を長々と書いていたのですが、どうも話が暗い方へ暗い方へと流れてしまい、「これはおかしいなあ」と思って返事できずにいました。

復興Gさまのおっしゃるとおり、私の言う「良心」は、小懺悔に過ぎないのかもしれません。
生長の家は明るい教えですから、やっぱり大懺悔が基本ですよね。

罪意識は罪なしへと飛翔する可能性を持っていますが、まだ救いの相ではありませんから、実相と呼ぶべきではないかもしれません。
罪意識は、実相を悟る萌芽が生じ始めた状態だ、というのが正しいような気がします。
殺人にすら罪意識がないような人は、罪を感じる所からスタートする必要がありますからね。

皆様、失礼いたしました。もっとよく研鑽してまいります。

584rei:2013/03/13(水) 07:19:25 ID:bo95azFI

おはようございます

復興Gさま
素晴らしすぎて目がくらむようです。
私も、ただ、喜んでいれば良かったのですね。

ようやく私も大地に足をつけれた思いです。

ご指導、本当にありがとうございました。
失礼な言葉があったかもしれません。
お許しください。

合掌

585a hope:2013/03/13(水) 09:55:28 ID:TqpbsVIM
みなさま おはようございます。

元青年会員さまが素晴らしいご投稿をくださり、それについて考え、クソさまが率直なご意見を投稿してくださったおかげで、
復興Gさまが、生長の家の大切な真理を再確認してくださって本当によかったですね。


>>583元青年会員ですさま

>>544のわたしの投稿へのお返事も書いてくださっていたのでしょうか?
お手数をおかけして申し訳ありませんでした。
お返事を拝見できないのは残念ですが、この「真の愛の実行」の課題も、
自分自身で追究していくところに意味があるのかもしれませんね。

元ところで元青年会員ですさまは、禅修行をされているのですか?
わたしも「生長の家」に出会い神想観をするようになる前は、坐禅をしていました。
ですから、元青年会員ですさまのお話にとても惹かれるのかもしません。
またそんなお話も聞かせていただけるととてもうれしいです。

ところで、復興Gさまと、元青年会員ですさまのお話の中に、「小懺悔」と「大懺悔」という言葉がでてきましたが、
これは、過去のweb誌友会で、復興Gさまがとてもわかりやすいお話を例にして説明くださっているので、
それを紹介させていただきます。

web誌友板>>1602
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1602

>>1629〜1633
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1629
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1630
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1631
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1632
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1336818752/1633

>>548でreiさまもおっしゃっていますが、復興Gさまのご指導の素晴らしさには、
わたしも目がくらんでしまいそうです。
このトキ掲示板には、あちらこちらに復興Gさまの真理の言葉が埋もれています。
みなさま、探してみてくださいね!

わたしは今日は仕事がお休みなので、「小懺悔」「大懺悔」についてお勉強しなおしてみます。
でも、その前に、久しぶりに子供たちの部屋の掃除をしてみようかと思います。
子供たちの「小懺悔」の材料がたくさん見つかりそうです(笑)

それでは「生長の家」のみなさま、今日も素晴らしい一日をお過ごしください!

586「訊け」管理人:2013/03/13(水) 10:02:52 ID:???

>>583元青年会員ですさま


 私はもっと、貴殿のお話を拝聴したいです。よろしくお願い致します。なお、スレ違いならば
他でも、構わないと思います。

 貴殿のご意見ですが、素晴らしいです。気づきが得られます。




587うめ:2013/03/13(水) 12:22:37 ID:/3nxKE2Q
元青年会員です様

私も、もっと、元青年会員です様のお話を拝聴したいです

考えさせられること大です。

元青年会員です様は今も青年の心を持ちつづけておられるのですね。素晴らしい。

588a hope:2013/03/13(水) 16:35:29 ID:TqpbsVIM
>>539 復興Gさま

<<今回の誌友会では、発言者は少なかったですが、でも、こうして続けることに意義があると思います。
50時間というのは長いような気もしますが、でも、この形体のままもうしばらく続けさせて頂きましょう。
次回は、4月第二金曜日の12日夜から14日(日)夜まででお願いしたく思います。
テキストは『生命の實相』第3巻に入りますが、第3巻は冒頭に8つの神示が掲載されています。
これらの神示は大切ですから、一回(1ヵ月)に2つずつ、4ヵ月かけてじっくりと勉強させていただいたらどうでしょうか。というのが私の提案ですが、ご意見をうかがいたいと思います。>>

こちらの提案に賛成させていただきます。
実際、今回は期間中は発言者が少なかったですが、後夜祭で盛り上がりました。
そして、素晴らしい気付きがあったと思います。
わたしもこうして続けていくことが意義あることなのではないかと感じています。

4月は年度が代わるので、仕事や、子供の学校の予定等がまだはっきりしませんが、
また、自分のできる範囲でお手伝いをさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

589トキ:2013/03/13(水) 19:55:15 ID:YhbQL.kw
復興G様

 私もご提案に賛成です。やはり、web誌友会は閲覧者様に貴重な学びの場だと感じます。

よろしくお願いします。

合掌 ありがとうございます

590復興G:2013/03/14(木) 00:19:09 ID:AB6RqYXc

皆さま

私は今日、同期会などの会合があり、只今帰ってまいりました。

元青年会員です 様、rei様、a hope様、「訊け」管理人さま、うめ様、トキ様。

ご投稿、只今拝見しました。ありがとうございました。

もう遅いし、寝ぼけていますので、また明日、必要なものにお返事あるいはコメントを差し上げます。

おやすみなさい。

591元青年会員です:2013/03/14(木) 02:39:39 ID:8TYsXug.
>>585 a hopeさま
私は、a hopeさまに愛を講釈できるほどの立派な人間ではありません。
あの私のコメントは、実相と迷いを私なりに考えてみた結果です。
私は、形ばかりの真理の(ように聞こえる)言葉よりも、心深くからの正直な声に値打ちを感じる人間ですので、あのようなお話になったのです。

禅については私なりの意見はありますが、修行をしたことはありません。
少し座禅してみたことがある程度です。
禅について詳しく述べると、この掲示板の趣旨から離れてしまいますので、ご勘弁ください。

592元青年会員です:2013/03/14(木) 02:40:57 ID:8TYsXug.
>>586 「訊け」管理人さま
>>587 うめさま
お褒めいただき大変うれしいですが、これ以上私の解釈を述べることは控えたいと思います。
私はまだ真理に達している人間ではありませんので、色々話し出すと、混乱を生み出してしまいかねません。
私の話よりも、吉田國太郎先生の「常楽への道」と藤原敏之先生の「あなたは必ず救われる」を読まれることをオススメします。
この二冊は、求道の心を知ることの出来る素晴らしい本です。
生長の家信徒であるか否かに関わらず、真理を求めるあらゆる方にオススメしたいですね。

593復興G:2013/03/14(木) 10:35:08 ID:AB6RqYXc

皆さま、ありがとうございます。

遅くなりましたが、昨夜お約束しました、昨日中の皆さまのご投稿にお返事、あるいはコメントをさしあげたいと思います。

まず、>>585 :a hopeさま。
「小懺悔」と「大懺悔」につい、過去のweb誌友会での私の投稿文を6つ、懇切に貼ってくださいまして、ありがとうございました。私もまたあらためて文献を再確認し、勉強させて頂きました。お礼を申します。

次に、>>588 :a hope様、そして>>589 :トキ様。

<<次回は、4月第二金曜日の12日夜から14日(日)夜まででお願いしたく思います。
テキストは『生命の實相』第3巻に入りますが、第3巻は冒頭に8つの神示が掲載されています。
これらの神示は大切ですから、一回(1ヵ月)に2つずつ、4ヵ月かけてじっくりと勉強させていただいたらどうでしょうか。というのが私の提案ですが、ご意見をうかがいたいと思います。>>

という私の提案に対して、ご賛同くださり、ありがとうございます。
ご両人のご協力がなければweb誌友会はできません。感謝して、次回

第13回web誌友会は
4月12日(金)21:30より、14日(日)23:30まで
テキスト 『生命の實相』第3巻「はしがき」〜p.3の終わりまで

として、開催させていただきましょう。
それまで、テキストを深く拝読しておきましょう。


次に、>>591>>592 :元青年会員です 様。

ご投稿に感謝致します。

>>私は、形ばかりの真理の(ように聞こえる)言葉よりも、心深くからの正直な声に値打ちを感じる人間ですので・・・・・<<(591)

というお言葉は、私にもずしんと響きました。

私も、「形ばかりの真理の(ように聞こえる)言葉」を発していることが多々あると思います。いっそう「心深くからの正直な声」を大切に、発して行きたいと思います。

>>592でオススメいただいた、吉田國太郎先生の「常楽への道」と藤原敏之先生の「あなたは必ず救われる」をあらためて繙いております。そして特に目にとまったところを、元青年会員です 様に代わって、謹写掲示させて頂こうと思います。しばらくお待ちください。

594a hope:2013/03/14(木) 10:38:32 ID:TqpbsVIM
>>591元青年会員ですさま

お返事ありがとうございます。

<<私は、形ばかりの真理の(ように聞こえる)言葉よりも、心深くからの正直な声に値打ちを感じる人間ですので、あのようなお話になったのです。>>

聖典を拝読するにしても、表面の言葉の意味だけ理解するのではなくて、
その言葉の奥にある真理の響きをとらえないと、魂が震えるような感動は味わえないと感じています。
わたしは、「生命の實相」やその他の雅春先生の聖典は、真理の言葉の詰まった聖典だと信じているのです。
そこは、元青年会員さまと、意見が分かれる所かもしれませんが・・・。

でも、「心深くからの正直な声に値打ちを感じる」このお言葉には、たいへん共感させていただきました。

ある講師の先生が、教えてくれた言葉を思いだしました。

「直心」(じきしん=そのままの心。我を出さない素直な心。空っぽの心。すなわち神の心)

わたしは、この掲示板に書き込みときには、神想観で心を空っぽにして、できるだけ、この「直心」になって、
書きこもうと努力はしているのですよ(笑)
まだまだ、我が出てしまいますが・・・。

禅についてですが、勝手に元青年会員ですさまが、禅修行されているんどと推測してしまい申し訳ありませんでした。
以前、どこかの板で、禅寺での修行を考えていらっしゃるというようなお言葉を拝見した気がしましたし、
今は「生長の家」も信仰されていらっしゃらないようなので、勝手に思い込んでしまいました。

でも、禅についてはご意見があられるようですね。
別に禅について語ることが、この掲示板の趣旨から外れるということはないとわたしは感じています。
他の皆さまも、元青年会員ですさま投稿からたくさん学ばれているようですので、禅のお話に限らず気が向かれましたら、
また、信仰/体験板などで、是非お話を聞かせてくださいね。

わたしは最近、混乱から大きな「気付き」が生まれるような気がしてきました。

今日もこれから仕事ですので、また、夜戻ります。
それでは「生長の家」のみなさま、行ってきます。

595復興G:2013/03/14(木) 12:02:46 ID:AB6RqYXc

>>593の続きです。
元青年会員 様に<592>でオススメいただいた吉田國太郎先生の「常楽への道」と藤原敏之先生の「あなたは必ず救われる」を繙き、目にとまったところを、元青年会員です 様に代わって、謹写掲示させて頂きます。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

■ 吉田國太郎先生著『増補新版 常楽への道』p.346〜より

 皆さんはそこに坐ってらして、今、“何”が坐っていらっしゃいますか? 今坐っている自分をジッと見ていただきたいのであります。(私の顔を見なくてもいいですから……笑声)

 坐っている自分をじっと見ていただきたい。……この時足が痛くて、あるいはあの先生の話はちょっとむつかしくて、頭が痛くてというような風に、脳味噌が坐っているか、足が坐っているか。今、肉体が坐っていますか? 皆さん、そこに。

 そこに肉体が坐っておりましたらばですね。皆さんは……“有難うございます”と言っても駄目です。……生長の家でいうところの“有難うございます”ではありません。

 あるいはこうして声を出しますときに、歌を唱うときに、あるいは、私のように演壇から話すときに、あるいは雑談的に誰かと話すときに声帯でものを言っているような気がしませんか。今、今、しゃべっているのは、やっぱり喉だ、というような気がしますか。

 どうですか皆さん。休憩時間に楽しそうに話した時に、今楽しそうに“誰々さん、何々何々”と話した時に、そういった現実の主人公は、“私の喉だ”とこう思ったですか。……そう思った人は今神の子ではありません。今ここに坐っているのは肉体だと思う人は、今、神の子ではありません。

 そうしたあたりのところが、よく私たちの魂の中できれいに整理をされるところから、私たちの本当の信仰というものが生まれてまいります。

 すべて、本当の信仰というものが権威を失いまして、形式的になり、本当の教えそのものの中にはすばらしい光と有難さがあってもですね、私達の生活の中にそれが出て来なくなるのは、そうしたあたりのところが崩れて行くことが、根本なのであります。

 ともかくそうしたあたりを崩れさせて、崩れたままで、それから先きに使う、使う心の使い方ばかりを運んでいってしまうのが、いわゆる脳髄の人間であります。肉体人間であります。

 生長の家では“肉体は無い”ということがですね、“物質はない”ということが、これが教えの一つの根本になってまいります。

 皆さん、肉体はあると思いますか、無いと思いますか。
 肉体あり、と思う人は顔洗って出直して来るんです。……ここで三、四日の間に洗えばいいんですけどね。……

 肉体があると思って、肉体があると思っていて、それで“嬉しいッ”と言っても駄目ですよ。明日になったら危ない嬉しさですよ、それは。それは影にだまされる嬉しさです。物にだまされる嬉しさです。今のその自分の心を使いながら、神の子として使えばいい言葉を使って感謝していっても駄目です。

 今現実に神の子として、使えばいい言葉を、そのまま素直に使って、その通りにただやりなさいということをただやって、それでいいと言うようなそんなナマやさしいものではないのです。そういうものは神の子が行ずる行ではございません。

 『肉体は無い』ということですね。(黒板に字を書く)これを説いて下さっている教えは、この生長の家以外にはないのです。あらゆる宗教は、本当の神の光を、、本当の自分、ですから生命の解放を……本当の生命が解放されることが本当の幸福なのであります。幸福は外にあるのではないのであります。裸のままで無限の幸福なのであります。

 生命が解放されたら、青空の中に、皆さん、無限の輝きが見えるんです。雀がおどっている姿の中に、すばらしいところの、あの鳴き声の中に、あのはばたきの中に、すばらしいところの美しさや、限りない懐しさがある。いわんや、人と人との、いのちの眼差しと眼差しとのやりとりの中にそれがあるのですね。

 しかし、『肉体は無い』『物質は無い』ということを、私たちがこれを通さないで、ここがうやむやのままですね、うやむやのままで、神や仏を拝むようになってしまっているのが、あらゆる宗教なのです。ここに宗教が人類を解放出来なくなった、人類の本当の幸福をですね、与えることの出来なくなったところのガンがあるのです。このガンを摘出することを完全にやったのが生長の家なのです。

596復興G:2013/03/14(木) 12:03:32 ID:AB6RqYXc

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

■ 藤原敏之先生著『あなたは必ず救われる』p.67〜より

  乗り物を間違えた!

 京都の人が東京に行こうと思って駅に行き、新幹線の超特急のひかり号に乗りこんで、ドアがしまり発車し、大阪の方に走り出したとしたらどうでありましょう。東京にはいけないで、そのままにしておれば岡山にいってしまうのであります。もしも時間でも決めて待ち合わせでもしていたら、大変なことになります。「さあ困った、どうしよう」ということになり、あわてなければならないことになります。

 目的は東京であるのに、岡山にいったのでは、どうすることも出来ません。乗ってしまったのだから仕方がない。電車はこのままで、東京にいけますよう神様にお願いしましょうとどんなに祈ったって、東京にいけるはずはないのであります。

 この場合、まず第一に気づかなければならないことは、「乗り物を間違えたな」ということであります。その次に大切なことは、さっそく東京行に乗りかえることなのであります。これ以外に解決する方法は絶対にないのであります。

 人生に於きまして、その人その人によって、それぞれ違った矛盾があり、悩みがあるのであります。健康を願いながら病気になって苦しんでおられる人、繁栄を願って努力しながら倒産して悩んでいる人、いついつまでも仲良く暮しましょうと誓って結婚式を挙げた夫婦が、半年も経たないうちに、夫婦別れをしなければならないと悩んでおる人、世の中のため、人のために役立つような立派な人問になってもらいたいと切に願いながら、世話して育てた子供が、赤軍派やいろいろな革命組織等に入って暴れまわって、沢山の人に御迷惑をかけるような子供になって、外に出て歩くのさえも遠慮し、小さくなって生きなければならないようなお気の毒な親、せっかく育てた子供がノイローゼや分裂症になって、人様のお役どころか、何の働きも出来ないような廃人になって泣いている親、親子が互いにいがみ合ってバラバラになって生活しなければならない悲しい家庭であるとか、例をあげればきりがありません。このように大概願いとは丸っきり反対のような結果を招いて苦しむということは、何といっても悲惨という外ありません。

 このようなのを矛盾といいますが、このような矛盾がどうして現れるかと申しますと、前にかいた例のように、東京にいく目的で列車にのりこんだのが、下りで岡山行であったのと全く同じであります。これは大きな矛盾であり、困るわけでありますが、この矛盾を解決する道はただ一つ、乗り物を間違えたことに気づく(自覚)ことと、次は気がついたらすぐに正常な列車(東京行)にのりかえることであります。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ありがとうございます。

 深く打たれるところがあり、そして元青年会員 様が、真摯に「本物」を掴もうと精進していらっしゃることが、ひびいて来ます。

 うれしいです。必ず、素晴らしい真の生長の家の御教えに回帰し、生長の家は本来の使命を達成することができると思われます。

 ありがとうございます!

597うのはな:2013/03/14(木) 13:24:35 ID:beC6QScM
 ・・・以前、私が司会をした誌友会ですが、「私に落ち度はありません」です。この点を振り返りましたが、自己弁解ではなく心底からそう、思えます。(「落ち度がある」との御主張あらば、その我が投稿ですが堂々、「ここに貼られたし」であります)ええ、今、振り返っても先の誌友会ですが、司会の私に落ち度は、「ない」ことをここに、表明します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
わたしに落ち度はありませんというのなら、なぜ、責任をとって司会者を控えるといった
発言をするのでしょうか?
 訊け氏は以前、本流を書きこみ禁止になったことを、わたしの不徳のいたすところだというように
発言していましたが、その反面執拗に、本流のことを排除だ背教だとも批判しています。

 もう出てこないといいながら臆面もなく出てきます。
 訊け氏のいうことは支離滅裂で信用できません。

598「訊け」管理人:2013/03/14(木) 17:18:40 ID:???


>>元青年会員さま


 ありがとうございます。私も両書共に大好きであります。あらためて拝読させて頂きました。さて今回、私は『常楽への道』を紹介させて頂きます。たしか以前、ここに投稿される「解説者」さまも同書、拝読しておられる旨を表明されて、おられました。私は特に、この箇所が好きであります。

○ 「往相精進の境を超えて」前編
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65584652.html
○ 〃 後編
http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65585101.html

 再度拝読する機会を与えてくださり、ありがとうございました。



追伸

 ちなみに藤原先生では、「六文の定やん」が、特に気に入っております。

599うのはな:2013/03/15(金) 09:42:00 ID:IOWqcpLo

 トキ管理人さまへ

 あれだけ誌友会前後にいろいろな人から意見をいわれて、自主的に諸々の責任を
取って司会者を降板するといっていた訊け管理人さんが、最近ではぼくは全然悪いと思っていないと
表明されています。誌友会のとき、女神の部屋など訊け氏のブログのこととかでももめたと思います。
そのブログでさえ、ぼくは全然悪いと思っていない、これは僕が好きでつくったわけではない、
トキさんのためだ、というふうに話していました。

今後、訊けブログのリンクを貼らせないようにしてください。

600うのはな:2013/03/15(金) 09:48:35 ID:N1eT4w22

 訊けからいやな思いをさせられた志恩さんが休養されるにあたり、
これまで誌友会に参加し貢献してくださった方々、金木犀さんやマリーゴールドさん
などが思い出されます。

 彼女たちも、訊けからマイナスの影響を受け、それだけが原因でもないでしょうが、
ここの場から引退されたような形になっています。
 それなのに、ぼくは全然悪いと思っていない、と公言する人の神経を疑います。

 如月さんなどにも迷惑がかかったことと思います。
 わたしには何もできませんが、彼女たちの健康と幸運を祈らせていただきます。

 拝

601うのはな:2013/03/15(金) 09:59:25 ID:bT.UNkoo
30 :さくら:2013/02/05(火) 08:56:39 ID:earcshwI
>たとえ、さくらさまに理解されなくても、その気持ちに偽りはありません。


それはこちらのセリフです。
ただ、私の方が、ここでも器用に裏と表を上手に使い分けられないだけで、
真の生長の家のホープ様を混乱させ、理解されないのはこちらだと充分分かっておりますので、
どうぞお気遣いなくお願い申し上げます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜^

さくらマネは表裏の使い分けが出来なくても、訊け監督はそれができるようです。
今後は訊けブログで遊んでください。

602トキ:2013/03/15(金) 09:59:47 ID:6CVlXLL2
うのはな様

 この板は、web誌友会の会場です。個人に対する苦情やクレームは、別板でお願いします。
 また、「訊け管理人」様への苦情は、ご本人へのメールか、ご本人のブログでお願いを
します。

 この板は、誌友会の場所で、他の投稿者様へのクレームの場所ではないです。

 管理人として、強くお願いを申しあげます。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

603うのはな:2013/03/15(金) 10:07:09 ID:EebPmb4M
追伸


 もう、「さくら」も来ないそうです。

 ですんで私もそろそろ、退散します。いやだって、人に「愛」だの「智慧」だの求める前に、反省することがあるんじゃないんですかね。「アナコンダ」「頭がおかしい」等の発言はOKです。さらには「死ね」「あの世へ行け」なんてものまで許容、されてます。一方で、上記三項目程度の話すら不能ならば、まあ普通・・・(中略)・・・もう、こんな掲示板じゃ「人が来ない」ですわ(^^)。いやだって、「ツマンネエ」もの(^^)。

604うのはな:2013/03/15(金) 10:09:18 ID:waBExT6Y
 トキ管理人さまへ

 誌友会に関係する話だから誌友会版に載せたんですが?
 それと別版でも訊け氏が自分のブログの苦情をここに持って来ていいわけですねとか
 他の人もいろいろ意見をいってますが、トキさんは回答されたのでしょうか?

605「訊け」管理人:2013/03/15(金) 10:27:11 ID:???


>>602トキ理事長

 (誌友会板でこんなことは書きたくないが)

 「ブログでの苦情」は、困ります。全て「メールにて」を、ご指示ください。

 さらにこの掲示板ですが、管理人は「トキ」さまです。他女性投稿者では「ない」のです。
管理人殿が「メールでの苦情」を申されて、早や9ヶ月経過してます。「ブログでの苦情」
は、困ります。全て「メールにて」を、再々度指示ください。





606「訊け」管理人:2013/03/15(金) 10:31:13 ID:???


>>元青年会員さま

 >>598に貴殿宛の返信を、掲載しております。念のためお知らせ致します。





607うのはな:2013/03/15(金) 10:32:18 ID:s3N.v/UY
トキ管理人さまへ

 以下の記述はこの版にあったものです。以下のようなものは個人の苦情の範疇に
入らないかご検討ください。

104 :さくら:2013/02/14(木) 12:49:54 ID:xQj6jtN.
真の生長の家人じゃなくても、心があるのは、わかりますか。
あなただけじゃないんですよ。
健気に生長の家を生きているのは。

ここでは書きたくありませんが、
見えないところで、
わたしにも傷つくこともあるんです。

608トキ:2013/03/15(金) 10:33:40 ID:6CVlXLL2
>>605

「訊け」管理人  様

 了解しました。失礼をしました。「ブログ」に関する部分はお詫びして、撤回をいたします。

合掌 ありがとうございます

管理人敬白

609うのはな:2013/03/15(金) 10:35:12 ID:s3N.v/UY
101 :さくら:2013/02/14(木) 12:45:17 ID:xQj6jtN.
訊けさんには、なにがわかるんですか?

うのちゃんの気持ちも考えたことがあるのですか?


102 :さくら:2013/02/14(木) 12:46:27 ID:xQj6jtN.
こういう人の気持ちも感情も
おもいやることができない、真の生長の家って、なんですか?

きれいごとで、終わりでしょう。

610うのはな:2013/03/15(金) 10:37:03 ID:s3N.v/UY
604 名前:うのはな 投稿日: 2013/03/15(金) 10:09:18 ID:waBExT6Y
 トキ管理人さまへ

 誌友会に関係する話だから誌友会版に載せたんですが?
 それと別版でも訊け氏が自分のブログの苦情をここに持って来ていいわけですねとか
 他の人もいろいろ意見をいってますが、トキさんは回答されたのでしょうか?

611うのはな:2013/03/15(金) 10:40:20 ID:s3N.v/UY
 
 トキ管理人さまへ

 誌友会版ができる前の前夜祭では、訊け氏がうのはなさんをユカタ氏へのいけいえ
にとかマンガ絵などを掲載していました。他の方から誌友会前に苦情意見もあったと思いますが、
それらのとうこうに関して何か指示を与えましたか?


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