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「本流対策室/4」
1073
:
神の子さん
:2012/11/22(木) 10:39:52 ID:vWpLkCzM
>>1062
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(1)≫
私は、今日の日本が、(今はちょっと元気がないと言われますが)国際社会で一定の名誉ある地位を保っているのは、戦後生長の家が谷口雅春先生の憂国の獅子吼によって天皇国日本を守る運動を展開してきたことが、大きな要因になっていると確信いたします。もし生長の家がなかったら、日本は暴力革命が起きてズタズタになり、今はロシアや中国の属国のような惨めな状態に成り下がって、一つの「日本」は消えているかも知れないと思うのです。
もちろん、歴史に“IF”(もし……)はないし、「生長の家が日本を守った」とはっきり言える現実的根拠があるわけでもありません。しかし、住吉大神に導かれた谷口雅春先生のご発言は、生長の家信徒のみならず、多くの心ある日本人の魂に響き、この国を革命から守る大きな力になり、今日の経済大国日本を築き上げる因になったと、私は信じています。
私は昭和一桁生まれ。小学生時代は大東亜戦争の戦時下で、教育勅語を拝し、日本は神国なりとして尊皇愛国の教育を受けました。一転、敗戦後はその教科書に墨を塗らされ、歴史教育は禁止されました。
マッカーサーを司令長官とする占領軍は「日本は侵略戦争を起こした悪い国であった」とラジオなどを通じ繰り返し繰り返し放送して日本国民を洗脳し、詫び証文のような前文をつけた新憲法を押しつけ、東京裁判という、裁判に名を借りた、戦勝国が敗戦国を裁く報復を行いました。そして「民主主義」が謳歌される時代になったのです。
それは占領軍の日本弱体化政策の具体化でした。それが功を奏して、日本人の多く、特に若者が洗脳され、悪い日本は早くつぶしてしまえとばかり、赤旗を乱立させ、天皇制を打倒して暴力革命を起こそうという大波のようなうねりを起こしていた。日本は、革命運動の波に呑まれて沈没してしまいそうな社会情勢でした。
戦前・戦中は日の丸を振って天皇陛下万歳と戦争を謳歌していたような人が、戦後は一転、豹変して“民主主義”の旗を振り、革命運動をあおるような“進歩的文化人”といわれるような人もたくさん出てきた。
戦時中は、戦争に協力しない者が「非国民」と非難されましたが、戦後は民主主義を守らない者が「非国民」扱いされるような社会の雰囲気になっていました。
そのような社会情勢の中で、谷口雅春先生は敢然として「民主主義を再検討せよ」「天皇国日本を守れ」「諸君は赤旗に組するか、日の丸に組するか」とほとばしる愛国の情熱をもって叫ばれたのです。
しかしこの谷口雅春先生の愛国の情熱、使命感は、単なる右翼的ナショナリズムの愛国心ではない。その奥には、「人間は肉体ではない、霊的存在である。神の子である」 「現象なし、実相独在」の真理のお悟り、そしてすべてが自分である、全人類は神の子の兄弟姉妹であるという深い愛のみ心があった。そして「神の創造の根本構図は中心帰一のすがたであり、その理念を地上に実現するのが人間の使命である。しかして、この神の構図、釈迦が説いた金波羅華の世界、イエス・キリストが言った“み心の天に成る国”を最も如実に顕してきたのが日本であるから、万教帰一・世界平和の実現のために、天皇国日本を護らなければならない」という使命感があられた。神のため、世界人類のために日本なるものを守らなければならない、という使命感。――それが、戦前も戦中も戦後も一貫して谷口雅春先生のご教示の底に流れている「通奏低音」の偉大な響きであると、私は思います。
<つづく>
1074
:
訊け奴
:2012/11/22(木) 10:43:55 ID:???
>>それよりも、激怒させるほどの復興G様の書き込み内容に問題があると思います。<<
・・・・・・・・・・・。
拝
1075
:
復興G
:2012/11/22(木) 10:51:12 ID:vWpLkCzM
上記、
>>1073
は復興Gでした。
1076
:
神の子さん
:2012/11/22(木) 11:02:15 ID:vWpLkCzM
>>1073
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(2)≫
それは、「久遠天上理想国実現の神示」を拝しても明らかなことです。『第二青年の書』にも、次のように書かれています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
≪谷口雅春先生『第二青年の書』より≫
神の創造を貫く根本的構図は“中心”が一つあること
神に設計された形は、小は簡単な原子から、大は太陽系統に至るまで色々の形がありますが、その中で最も複雑で、神の如く、自主的に“想念”を起して事物を創造し得るのは人間のみでありますから、「人間」は神の最高の自己実現であると、「生長の家」ではいっているのであります。神の最高実現であるからこそ、宇宙の万物を見て神様の設計を知り、神様の御心を推し量ることが出來るのであります。(中略) 既に中心があって、左右陰陽釣合型になっている根本構図は雪の結晶にも見られるし、植物の幹や葉脈にも見られるし、脊柱動物にも見られるし、そしてそれらの生理作用を統一している意識は無形の中心であり「一つ」であります。“中心”が二つあったら、それは分裂病であり、病的であります。
世界にも「一つ」の“中心”がなければならない。
ところが今世界の国々は、残念ながら“中心”が一つになっていない、分裂病の様相を呈していまして、国々互いに分立して、相争い、どの国が中心か判らない。(中略)それだから、吾々は戦争が何時起るか判らんというので常におびやかされていなければならないのであります。結局争いは、やがて争いのない安定のところへ落着くための動揺であることは明かでありまして、やがて“中心”が一つになるという時代が来るということを吾々は察することが出来るのであります。
ところが、世界のどの国でも建国以来、連綿として一系統の“中心”は変らないという神の「根本構図」を持続している国家は神武天皇が建国された日本国のみであり、これは、神の「根本構図」即ち「真理」を如実に体現している唯一の国家でありますから、私たちは日本の国を「真理国家」と称するのであって、私たちは是非ともこの世界に冠絶せる「中心帰一国家」「真理国家」を護待しなければならぬのであります。私は『我ら日本人として』という本に、仏教でいう「蓮華藏世界」の説明をしておいたのでありますが、「蓮華藏」というのは蓮華の花の形を、理念(精神的原形)として、内に藏するところの世界であるという意味であります。その蓮華藏世界を国家として体現したのが日本国家であります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
上記のような「神の国の構図」を実現するため、谷口雅春先生は天皇国日本を守る運動を「日本の実相顕現運動」として獅子吼し展開されてきた。
<つづく>
1077
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:05:01 ID:vWpLkCzM
すみません、またもや「神の子さん」になってました、
>>1076
は復興Gです。
1078
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:13:35 ID:vWpLkCzM
>>1076
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(3)≫
谷口雅春先生は前記のような使命感から、戦後、猛烈な愛国運動を展開された。当時、革命運動の波に呑まれて日本が沈没してしまいそうな社会情勢の中で「日の丸擁護会」→「日本を守る会」を結成され、他の愛国団体とも結束して起ち上がられた。
谷口雅春先生は、『日本を築くもの』のはしがきに、次のように記されています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
はしがき
いま日本は、あらしの中に立っている。私は此の日本を限りなく愛する。
今、日本が危機に面しているということは知識人たらずとも、普通の常識のある人ならば誰もが知っているのである。それは澎湃(ほうはい)たる唯物論の波である。唯物論は人間を肉体的物質人としてとらえて、その肉体的要求を基本人権として主張することを民主主義だと穿きちがえているから、それは個人の肉体的利益のみを追求する利己主義への墜落となる。「わたしの利己主義遂行を邪魔する者は敵だから、戦おう」これが現代の平和主義者の精神である。議会をとり巻く陳情デモも、街頭のジグザグ行進も、その奥を割ってみれば、自己の利益追求の利己心を民主主義の旗じるしでカムフラージュしつつ、個人的利益を暴力で闘いとろうと犇(ひし)めき合っているのである。“力が正義である”として、“暴力”が“実力”という名称で横行している。忠孝仁義の如きは封建的感情の残渣にすぎないとして排斥せられ、本当の正義は唯物論側からは反動として顧みられないのである。
このような思想的怒濤の中に小さな孤島のように浮んでいる日本の国は、岸を洗われ、沈下し、浸水し、陥没して、その本当の姿を没しようとしているのである。誰か、真に日本を愛する者にして歎かずにいられるであろうか。私は力足らざるものであるけれども、日本を愛する者の一人として渾身の力をふるって懸命に日本国の陥没を支えずにはいられないのである。私は本書において、「根本的に何が正しいか」の真理の探求から出発し、西洋と東洋との使命の相異に言及し、その融合への道を明かにし、世界平和を招來するために我ら日本人として即今、何をなすべきかを説いたのである。(中略)
私は人類を愛し、同時に日本を愛する人たちに、是非とも本書を読んで下さることを希わずにはいられない。日本を本当に愛することは同時に全人類を本当に愛することになるのだから。
昭和三十五年五月一日
著者識す
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
<つづく>
1079
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:23:14 ID:vWpLkCzM
>>1078
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(4)≫
私はある先輩から、次のような話を伺ったことがあります。大東亜戦争終戦後間もない頃の、ある先輩と谷口雅春先生の問答の話です。
その先輩というのは、大東亜戦争のとき少年戦車兵として戦地に行っていた。生長の家を信仰していたので、自分は傷つかないだけでなく、敵兵を一人も殺すことなく帰還することが出来た。しかし、無残な戦死を遂げた戦友がたくさんいる。その戦友達が、夜な夜な先輩の寝床の上方に現れて恨み言をいうので、寝られない。先生、どうしたらよろしいでしょうか、と先輩は谷口雅春先生に質問したそうです。
そのとき、先生は――ひと言もお答えにならずに、ただ涙をひとしずく落とされて、そのまま去って行かれたそうです。
先生は、そのときには一言もお答えにならなかったけれども、昭和27年の『生長する青年』(『理想世界』誌の前身)10月号に「霊の選士としての青年の使命」と題する御文章に、大東亜戦争の意義についてつぎのように書いておられる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
日本は大東亜民族の解放の旗幟(きし)をかかげて戦ったのである。そして日本は侵略国として色々の汚辱を蒙ったけれども、それは恰もキリストが十字架に釘けられたのと同じことである。「人を救いてみずからを救い得ざる者よ」と当時のユダヤ人は十字架上のキリストを嘲笑したけれども、この汚辱ある刑罰の中に彼は全人類を解放したのである。それと同じく、日本は「侵略国」と云う汚名の下に侮辱され、戦争犯罪人と称して裁判にかけられ、上衣を奪われて十字架上にのぼったキリストのように領土の十分の四を奪われたけれども、その犠牲によって、東洋民族は自己の内部に、西欧民族と同様に尊ぶべき人権が、尊ぶべき「神性」が宿っていることを自覚することを得たのである。それまでは多くの東洋民族はみずからの無自覚によって自縄自縛していたために白色民族の支配下に土地はその植民地となり、人間は奴隷の如き生活を送っていたのである。日本の蹶起のために多くの東洋民族は目覚めた。西洋民族と同じように彼らも神が平等に造った神の子であり、「何でも出来るぞ」と云う自覚を得たのだ。かくて東洋民族は続々として白色民族の桎梏(しっこく)から解放されて独立したのである。
(『生長する青年』昭和27年10月号より)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして昭和35年から毎年8月15日の終戦記念日に、生長の家本部で戦没者慰霊祭を行い次のような「大東亜戦争無縁戦没者英霊に献ぐる辞」を奏上されています。
<つづく>
1080
:
志恩
:2012/11/22(木) 11:25:10 ID:.QY5jUA6
トキ様
私も、再度、靖国見真会参加者様のご文章を拝見しましたが、復興G様の身元がばれるような
書き込みをされたとは、思えないのです。
私が、先日、復興G様の過去の経歴があまりご立派なので、それをうっかり書いてしまいまして、
それをトキ様に注意され、私はお詫びしまして、それを書いたコメントを、即座に削除していただきましたが、
あの事は、具体的に書き過ぎまして、私が、確かに至らなかったと反省しております。
しかしですね、これは、いいわけになりますが過去のコメントの中で、復興G様自らが、身バレするような
数々のご自分についてのことを、自ら話されてこられたのです。
それについては、私も同じですから、決して批判しているのでは、ありません。
私も、身バレはしていると思いますけれど。
例えば、復興G様は、かって、辻村彦次郎理事長の「0000」という著書を出版するにあたり、その編集に自分は
深く関与した、、とか、子どもも4人、孫も4人とか、パソコンとあと、コーラスが趣味とか、、
その他、いろいろ、ご自分でおっしゃってこられたのです。
つい先日も、ご自分のことを語って下さいましたが、東京の国立大学に合格された事についても話されておられました。
東京の国立大学は、T大としか、どなたも思い浮かびませんよ。
それで、今は地方講師でいらっしゃることと、
昔から自分は「雅宣総裁の擁護派」だということは、公言されておられるわけですから、
ご自分で、ヒントを前もってたくさんだされているのです。
それで、「さて、私はだれでしょう?」と、質問してるみたいな状況で、特に、古い本部関係の方達には、
ばればれでおられるのです。
今更、トキ様が、おっしゃっても、遅いです。
1081
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:26:35 ID:vWpLkCzM
>>1079
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(5)≫
私はある先輩から、次のような話を伺ったことがあります。大東亜戦争終戦後間もない頃の、ある先輩と谷口雅春先生の問答の話です。
その先輩というのは、大東亜戦争のとき少年戦車兵として戦地に行っていた。生長の家を信仰していたので、自分は傷つかないだけでなく、敵兵を一人も殺すことなく帰還することが出来た。しかし、無残な戦死を遂げた戦友がたくさんいる。その戦友達が、夜な夜な先輩の寝床の上方に現れて恨み言をいうので、寝られない。先生、どうしたらよろしいでしょうか、と先輩は谷口雅春先生に質問したそうです。
そのとき、先生は――ひと言もお答えにならずに、ただ涙をひとしずく落とされて、そのまま去って行かれたそうです。
先生は、そのときには一言もお答えにならなかったけれども、昭和27年の『生長する青年』(『理想世界』誌の前身)10月号に「霊の選士としての青年の使命」と題する御文章に、大東亜戦争の意義についてつぎのように書いておられる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
日本は大東亜民族の解放の旗幟(きし)をかかげて戦ったのである。そして日本は侵略国として色々の汚辱を蒙ったけれども、それは恰もキリストが十字架に釘けられたのと同じことである。「人を救いてみずからを救い得ざる者よ」と当時のユダヤ人は十字架上のキリストを嘲笑したけれども、この汚辱ある刑罰の中に彼は全人類を解放したのである。それと同じく、日本は「侵略国」と云う汚名の下に侮辱され、戦争犯罪人と称して裁判にかけられ、上衣を奪われて十字架上にのぼったキリストのように領土の十分の四を奪われたけれども、その犠牲によって、東洋民族は自己の内部に、西欧民族と同様に尊ぶべき人権が、尊ぶべき「神性」が宿っていることを自覚することを得たのである。それまでは多くの東洋民族はみずからの無自覚によって自縄自縛していたために白色民族の支配下に土地はその植民地となり、人間は奴隷の如き生活を送っていたのである。日本の蹶起のために多くの東洋民族は目覚めた。西洋民族と同じように彼らも神が平等に造った神の子であり、「何でも出来るぞ」と云う自覚を得たのだ。かくて東洋民族は続々として白色民族の桎梏(しっこく)から解放されて独立したのである。
(『生長する青年』昭和27年10月号より)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして昭和35年から毎年8月15日の終戦記念日に、生長の家本部で戦没者慰霊祭を行い次のような「大東亜戦争無縁戦没者英霊に献ぐる辞」を奏上されています。
<つづく>
1083
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:32:33 ID:vWpLkCzM
>>1081
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(6)≫
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「大東亜戦争無縁戦没者英霊に献ぐる辞」
(谷口雅春先生)
大東亜戦争に忠勇無双の奮闘をつづけ つひにこの戦争に肉体の生命を献げつくして霊界に旅立ち給へる諸霊に告げ奉る (中略)
惟(おも)ふに大東亜戦争は卿等(けいら)の忠勇無比なる奮戦にも拘らず 日本の敗戦となりたれども決して卿等の奮戦は無駄に終りたるにも 犬死せられたるにも非ず あの戦ひの目的は当時すでに明瞭に「大東亜民族の解放戦」と名づけられたるに非ずや これは人類進化の一周期の完了期が近づきたるが故に 今まで白色人種に侵略され その原住国土を白色人種の属国 保護領 植民地とされ 有色民族たる原住民は奴隷のごとく待遇されいたる大東亜およびアフリカの有色民族も この人類進化の宇宙周期の完了に際して 白色人種と同等に「神の子なり」との自覚を得て独立すべき宇宙プログラムを現象界に実現する時機至りたれば 有色人種といへども 白色人種を圧倒する力を有するといふ実例を示して 有色民族たちの自立独立の精神を自覚せしめる契機を与ふる必要ありて あの戦争には宇宙の人類進化の神界のプログラムを達成する役割を演ずる偉大なる犠牲者出現せざるべからざりしなり その偉大なる役割を演ずるために開かれたるがあの大東亜戦争なり その偉大なる犠牲的役割を演じて自己の生命を献げて人類進化に道をひらきたるが あの大東亜戦争において戦死されたる卿等日本軍の将兵たちなり 卿等の戦死はまことに無意義にも犬死にも非ざりしなり キリストが一身を献げて人類の身代りとなりしがごとく 卿等は一命を捧げて大東亜諸民族およびアフリカ諸民族の魂の自覚の進歩のために貢献せるなり 卿等の功績決してキリストの人類救済の功績に優るとも劣るものにあらず すでに大東亜の民族はすべてその原住国土において独立せり すでにアフリカの民族もそのほとんどは原住国土において独立せり かくて「大東亜民族の解放戦」と称したりしかの戦争目的はすでに達したり 戦争目的の達成は勝利といふべきなり 日本は勝利せるなり
卿等はみじめに敗戦して犬死せる者には非ず 人類進化の周期完了に近づきて偉大なる功績を果せるなり
今上天皇陛下が平和愛好の御心にて あの大東亜戦争開始に反対の意志をなされ
「四方(よも)の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」といふ明治陛下の御製を御前会議の席上にて朗詠せられたるにも拘らず戦争を抑止することを得ず 軍の真珠湾爆撃後 陛下はつひに宣戦布告の詔勅において「豈(あに)朕が志ならんや」の一句を挿入せしめられたるごときは まことに以てあの戦争が人類進化の過程として道を拓くべき宇宙的プログラムにして何れの国民かが犠牲となつて大東亜およびアフリカ民族の自覚促進に貢献する宇宙的必要必須の使命を果す必要ありたるが故なり かくて卿等は一身を献げてすでにこの偉大なる目的を達成せられたるなり
讃ふべきかな卿等の犠牲的精神よ 宇宙の大神 今卿等の功績を称讃し 霊界において一層高き位に進められんとす
そのための悟りの彼岸に渡すべき如来の願船としてここに聖経『甘露の法雨』を読誦す これ観世音菩薩の願船なり 塩椎大神の目無堅間(めなしかつま)の小船なり この如来の願船たる聖経に乗りたまひて悟りの彼岸に渡り給へと生長の家信徒一同卿等を敬つて合掌礼拝して感謝の意を述べ奉る 頓首再拝
昭和三十五年八月十五日
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
<つづく>
1084
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:37:48 ID:vWpLkCzM
>>1083
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(7)≫
そして昭和38年10月には宇治別格本山に「精霊招魂神社」を建立して英霊達を祀られることになるのですが、その精霊招魂神社落慶の年8月15日、和歌山県の寺森仁一氏が、有田市に戦没者無縁寺を建てているのがあることを知り、未明にそこへ行って祈りを捧げたときの体験が、『生長の家』誌昭和38年11月号に載っています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
無縁塔に捧げる平和の祈り
昭和三十八年八月十五日未明、突然私は寝床を脱けだして唯一人聖経『甘露の法雨』と「大東亜戦争無縁戦没者英霊に捧ぐる辞」を持って、無縁寺に登って行きました。夜露は足をしっとりとぬらします。あたりはまだほの暗く、東の空はかすかに白み、山には人影一つなく、静寂そのものです。
香華をくゆらし正坐合掌瞑目――時刻は正に午前五時十分――。三千有余柱の無縁の英霊よ眠りませ……。唯一人霊前に額ずいて、神想観のできる喜びを天地万霊に感謝しつつ、この声全宇宙に響けと、音声(おんじょう)朗々と招神歌を唱え全く神人合一の神想観に入った。終って谷口雅春先生がお示し下さった「大東亜戦争無縁戦没者英霊に捧ぐる辞」を、本当に全身全霊をもって読誦、英霊に感謝を捧げました。
「キリストが一身を献げて人類の身代りとなりしがごとく、卿等は一命を捧げて、大東亜諸民族およびアフリカ諸民族の魂の自覚の進歩のために貢献せるなり」
と読んで来た時、雲流れる大空の果てに、或いは炎熱の南太平洋の怒濤に、或いは酷熱のジャングルに、散華された幾多の英霊達よ、さぞ辛かったろう、口惜しかったろうと涙がとめどなく流れてきました。その悲惨な最期を想起し本当に心の底から慰めてやりたい気持で読誦を続けました。
「讃うべきかな卿等の犠牲的精神よ 宇宙の大神今卿等の功績を称讃し霊界において一層高き位に進められんとす」まで読んできた時には、万感胸に迫り、ワァッとばかり大声をあげて泣いてしまいました。朗々の声も声にならず、ただ滂沱(ぼうだ)の涙が膝をぬらすばかり。
深い深い世界平和の祈りの内に聖経『甘露の法雨』を誦(あ)げ、大調和(みすまる)の歌を終って二拍手の後、目をあけてふと眼前を見ると、無縁塔が黄金色に輝き後光が射しています。不思議、と振返れば、はるかに東の山上から太陽が昇り始め、金色の光芒燦然(こうぼうさんぜん)と輝くその神々しさ、思わず合掌した時、パッと頭に閃くものがありました。
昔神武御東征の折、賊軍長髄彦(ながすねひこ)が押し寄せて皇軍が危くなった時、いずこからともなく金の鵄(とび)が飛び来り、神武天皇の御弓の筈(はず)に止り金色燦然(こんじきさんぜん)たる後光に賊軍は退散したという神話から、軍人の最高栄誉である金鵄(きんし)勲章が制定されたが、光は“真理”であり退散した賊は”迷い“である。今こそ“真理の御言葉”によって、今まで迷っていた三千有余の無縁の英霊は、高き霊界にのぼられて我等を守り給い世界平和の礎となられた神啓であると拝しました。
更に不思議なことは、下山しようとした六時二十分頃、急に雨が降り出しやがて沛然(はいぜん)たる大雨となって身動きもできません。思えば三世の霊魂達がこの谷口先生の讃辞により、霊界に於て懐しい親子兄弟との再会を果した随喜の涙でなくて何でありましょう。……
今こそ全信徒一丸となって世界平和の祈りと実践運動に徹し、世界平和の先達であり人類光明化の尊い犠牲となった二百三十万の英霊に、谷口雅春先生の讃辞を捧げて霊界より人類光明化運動に参加して戴き、全世界を愛の霊波で覆いつくそうではありませんか。
(『生長の家』誌 昭和38年11月号より)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
<つづく>
1085
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:43:25 ID:vWpLkCzM
>>1084
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(8)≫
元生長の家本部講師の村田圭介氏は、次のような「きこしめし給え ――英霊に捧ぐ――」という詩を作って、『理想世界』誌に投稿されました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
きこしめし給え ――英霊に捧ぐ――
村田 圭介 作詞
田中舘貢橘 作曲
おとうさん 見てください
あなたも どうぞ見てください
にいさんも 見てください
おお 弟よ 見てくれ給え
ああ 愛するわが子よ 見てやっておくれ
戦争に逝(ゆ)いた 日の本の
高き御魂(みたま) みそなわしめ給え
世界の アジアの アフリカの
今 その国々の あけぼのを
この たくましい 美しい 民族精神を
独立自尊の精神を
色とりどりの 国々の 旗を
おとうさん
この旗は あなたが立てたのです
あなたの 播かれた 尊い種が
花咲き みのったのです
あなた
あなたが 解放されたのです
にいさん
あなたのつけた火なのです
愛する子よ 愛する子よ
お前が播いたのです
遠い 遠い 遠い 海の果てに
そして 地の果てに 空の果てに
還らず 逝かれた
あなたがたの 賜物です
この誉れは あなたがたのものです
世界は一つ みな兄弟姉妹という
不滅の 真の日本
美しい 花を咲かせ みのらせてくださった
その栄光です
世界はいま
太陽が昇ったばかり
美しい すがすがしい 朝です
おとうさん
見てください
聴いてください この妙なる音を
あなたも
見てくださいまし
聴いてくださいまし
にいさん
あなたも聴いてください
おとうとよ
君も 聴いてくれ給え
愛するわが子よ 愛するわが子よ
お前も聴いてやっておくれ
誉(ほま)れ高き 尊き御魂たちよ
いざ きこしめし給え
わたしたちと ともに
きこしめし給え
きこしめし給え
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
後に上の詩は音楽家で元新教育者連盟講師の田中舘貢橘(たなかだて・こうきつ)氏により混声四部合唱曲に作曲・編曲されて、私たちはそれを歌い、録音したテープを靖国神社へ奉納しました。それは靖国神社の社頭で、スピーカーで放送されていたことがあるのでした。
<つづく>
1086
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:48:01 ID:vWpLkCzM
>>1085
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(9)≫
谷口雅春先生は、「日本は侵略国ではない」と力説されてきました。
それは、月刊誌『動向』(武藤貞一氏主幹)にも昭和57年11月号から14ヶ月にわたって、「日本は侵略国ではない」という主題の寄稿を続けられ、連載されました。ここでは昭和58年12月号に執筆された副題「日本の教科書に誇りを」を謹写掲載させていただきましょう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「日本の教科書に誇りを」 (谷口雅春先生)
中国や韓国が日本の過去を侵略ときめつけ、東南アジアまでも反日風潮に巻き込もうとしている。これに対して我が政府当局は、ひたすら反省と陳謝をもって応え、文部省では、早くも教科書の再改訂作業をはじめているやにきく。これは実に由々しき大事であって、歴史の真の公正を期する上においても、また民族将来の栄辱を考える上においても到底黙止すべき事柄ではないと思う。
大東亜戦争で確かに日本は東南アジアに進撃した。いづれも白人諸国によって侵略しつくされた植民地ばかりである。フィリピンとかマレーとかインドシナとかビルマとかいってもそれは単なる植民地の地域に過ぎず、日本軍が一時占領したのは白人侵略領土そのものだった。
侵略地解放のため「進撃」した。これがどうして「日本の侵略」と言えるだろうか、白人諸国は日本撃滅後直ちにこれらの領士を元の姿に戻そうとしたが、そうは行かなかった。一度日本軍の進出によって白人支配からの離脱、すなわち独立の味を知った彼等は、二度と植民地住民たることを肯んぜず、一斉に民族独立の旗を挙げはじめた。
東南アジアは全域にわたり果敢な独立戦争のるつぼと化し、この独立戦争には日本の残留兵士も多く参画している。東南アジア住民が独立国としての国名を持つに至ったのは、この時以後である。
もちろん印度も独立した。白人侵略国はその殆どすべてを失った。十六世紀以来の世界侵略史に終焉の日がやってきたのである。もしも日本の進撃がなかったならば、どうしてこの様な世界地図の塗り替えが出来たであろうか。
日本軍、それは「天兵到る」と言っても過言ではない。日本は英米蘭仏と戦ったのだ。
ただ、その戦場が東南アジア地域であり、住民中、侵略側にかり立てられたものが、戦火の犠牲となったことは、やむを得まい。しかしこれをもって全般的に日本軍にうけた損傷と言ふものは、真実を歪曲するもので、現に印度、支那、マレー、ビルマその他には今でも日本軍に親愛と信頼度をもっているものが、多数いる。日本軍の残虐を殊更にいいたてるものは華僑の多いシンガポールなどに限られており日本によって独立を勝ち取ったとする正統な認識は冥々裡に東南アジア大多数の人々の胸奥にひそんでいるに相違ない。これを思えば日本人は自虐どころか大なる誇りをもって、事実の検証にあたるべきである。
そもそも二十世紀前半までの世界は白人の有色人種支配の世界であって、この世界秩序が容易に覆えるものでないことは、何人も思念するところであった。が、案外脆く崩壊した。天地がひっくりかえる程のこの大動力はどこから起ったのか、一言に尽せば、それは日本である。
<つづく>
1087
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:53:43 ID:vWpLkCzM
>>1086
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(10)≫
<谷口雅春先生御文章のつづき>
日本という国がゆくりなくも極東に勃興した。そして日露戦争でロシア帝国と一戦を交えて勝った。このことは単に日本、朝鮮、中国を侵略の危機から救ったばかりではない。欧州最大最強のロシア帝国自体が、この為に崩壊の端緒を開いた。延いては白人支配の威信は失墜し、まず印度が目ざめはじめた。爾後、ヨーロッパの沈衰が目に見えてきた。第二次大戦を経てついにピリオドを打つことになってきたのである。世界歴史は日本が変えた。
日本人なしに世界の全有色人種の独立と自由はあり得なかったのだ。誰が何と言おうとも我が日本及び日本人が世界史に銘刻した偉績は、永遠に払拭されないものである。
我々自身これを子々孫々まで伝え残さねばならぬ義務がある。すなわち日本教科書には何を措いても、誇りあるこの事実こそ特筆大書すべきだが、我が文部省は一体何を考えているか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
<つづく>
1088
:
復興G
:2012/11/22(木) 13:58:54 ID:vWpLkCzM
>>1087
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(11)≫
谷口雅春先生は、「日本は敗戦後も(精神的に)負け続けている。日本人は正しい誇りと自信を取り戻し、その世界的使命を果たさなければならない」として、上記のように愛国の説法を続けられたのであります。
――ところが、谷口雅宣 現総裁は、平成4年、当時は「副総裁」という立場で、『理想世界』誌に、「ネットワーク考」というタイトルで連載されていた文章の中で、谷口雅春先生が力説されてきたことと、全く反対のことを書かれたのであります。「日本は侵略戦争をしたのだ」と。
これは、それまで谷口雅春先生のご教示に歓喜して、教えの布教伝道に、そして日本を守る愛国運動に全生命を懸けてきた信徒たちに、冷水を浴びせるものでした。ですから、信徒の間に大きな動揺、大波紋を巻き起こしました。
そのことについて書く前に、青年会の『理想世界』誌百万運動について、当時の社会情勢を振り返りながら、書かせて頂かねばならぬと考えますが、今日はこれから夜まで出かけなければならない予定行事がありますので、続きは明日以後になります。
なお、その間、レスを頂戴しましても、お返事は、この連続書き込みが完結するまでお待ちいただきたく思います(緊急を要すると思われるものは別として)。ご了承をお願い申し上げます。
合掌
1089
:
神の子さん
:2012/11/23(金) 22:18:12 ID:vWpLkCzM
>>1088
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(12)≫
前記
>>1088
で、
>>青年会の『理想世界』誌百万運動について、当時の社会情勢を振り返りながら、書かせて頂かねばならぬと考えます。<<
と書きました。
『理想世界』百万運動というのは、昭和47年(1972)1月2日、第24回青年会全国大会で打ち出された、『理想世界』誌拡大100万部達成を目標とした青年会の熾烈な運動で、その目標誌数は、4年後の昭和51年(1976)1月に達成。
『理想世界』誌の同年3月号に、当時の青年会中央執行委員長T氏は次のように書いています。
○
「今、我らは感動の一瞬を迎えた。一月十日調べで遂に『理想世界』誌が百万部を突破したのだ。この青年会運動史上に燦然と輝く偉大なる金字塔を打ち樹てた全国の同志の献身的な活躍には、頭の下がる思いである。
嗚呼! 百万は遂に突破せり! 両眼のはいったダルマと百万の数字を見つめながら、胸底から万感の思いがこみあげてくる。昭和四十七年以来、四年に亘り、雨の日も、風の日も、『理想世界』百万突破のこの日をただひたすら夢に見て、献身的に生命を、生活をこの運動に賭けてくれた全国の素晴しい同志達の感動的な姿がまぶたの奥に鮮やかに蘇える……。(中略)
鳴呼! この百万に託した全国の同志の夢とロマンが、祖国再建・日本実相顕現への熱き祈りが、涙ぐましい努力が、躍大なるエネルギーとなって、今ここに“霊の弾丸”『理想世界』百万へ結晶化されたのだ。
同志よ。我らはかくして組織の限界を打ち破ったのだ。日本実相顕現運動の新たなる一ぺージを切り拓いて、我らの進撃は続く。この『理想世界』百万突破の感動とよろこびと自信をもって、“日本一の青年集団”をめざして、更なる進撃を開始しよう!」
と。
○
さて、その当時の日本の国情を振り返ってみましょう。
前に、
>>1073
で
>>……占領軍の日本弱体化政策の具体化でした。それが功を奏して、日本人の多く、特に若者が洗脳され、悪い日本は早くつぶしてしまえとばかり、赤旗を乱立させ、天皇制を打倒して暴力革命を起こそうという大波のようなうねりを起こしていた。日本は、革命運動の波に呑まれて沈没してしまいそうな社会情勢でした。<<
と書きましたが、左翼の学生運動が盛んでした。
「学生運動」といえば、昭和35年(1960年)のいわゆる“60年安保闘争”のころまでは、「全学連」(全日本学生自治会総連合)というのが統一行動をしていて全盛期でした。
安保闘争というのは、1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)、1970年(昭和45年)の2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)に反対する国会議員、労働者や学生、市民が参加した日本史上で空前の規模の反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争です。当時世界はは米ソ(共産主義と自由主義)の二大陣営が鋭く対立し、力の均衡によりかろうじて平和が保たれている状態でしたが、安保反対を唱える者は「安保条約は戦争につながる」と詭弁を弄して政府を転覆し革命をと企てていたのです。
<つづく>
1090
:
神の子さん
:2012/11/23(金) 22:23:31 ID:vWpLkCzM
>>1089
は、復興Gです。
>>1089
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(13)≫
「全学連」は1948年に145大学の学生自治会で結成され、当初は日本共産党の強い影響下にありましたが、1955年の六全協(日本共産党 第6回全国協議会)で日本共産党がそれまでの武装闘争方針の放棄を決議してからは、日本共産党への批判派が主流派となり、「全共闘」が結成され、1960年代から1970年代にかけて安保闘争などで過激な学生運動を展開していました。
1970年代以降は安保改定の成立や、党派間の内ゲバ、連合赤軍事件などもあり運動は退潮となりましたが……。
そうした中で、生長の家の学生が学園の正常化、学生運動正常化のため各地の大学に次々と「生長の家学生会」をつくって行きましたが、圧倒的な左翼勢力の前には微々たるものでした。昭和40年(1965)7月に開かれた大学生練成会は「生長の家学生会全国総連合(生学連)結成準備大会」と銘打って行われ、翌41年(1966)5月全国大会を機に、生学連を結成。1年の間に100校以上の大学に生学連の拠点がつくられ、戦後左翼勢力によって支配されていた学生運動に対して、『生命の實相』哲学を信奉する新しい学生運動の潮流を築いて行きました。
生長の家青年会では、昭和44年から「徹底伝道、家庭訪問」の運動が始まった。そして翌45年から『理想世界』誌を拡大することが運動方針の最重要課題として取り上げられ、百部一括愛行者が増えて行く。谷口雅春先生は、同年10月号の『理想世界』誌で、「『理想世界』拡大のための祈り」を贈られました。それは――
○
『理想世界』拡大のための祈り
神さま、私たちは善き言葉の創化力にて人類の運命を改善せんが為に善き言葉の雑誌を人類に普及し真理をもつて人類を光明化し、地上に天国を建設せんとするものであります。
吾らの機関誌『理想世界』が一冊ひろがる事は、吾らの地上天国建設の祈りが一歩前進することであります。吾らの機関誌『理想世界』が百冊ひろがる事は、吾らの地上天国建設の祈りが百歩前進することであります。
吾が祈りは、神の祈りであり、吾が行動は神が行動せしめ給ふのであります。
今日、吾ら地上天国建設の大理想を実現せんがために、何をなすべきか、如何になすべきか、誰を訪問すべきか、誰と如何に語るべきかを、その時、その場、その人につき最も適切なる智慧を授けたまへ。
神の叡智われに流れ入りてわれを正しく導きたまふのである。われと神とは一体なり、われと神の智慧とは一体なり。ありがたうございます。
○
という祈りのお言葉だったのであります。
<つづく>
1091
:
復興
:2012/11/23(金) 22:25:31 ID:vWpLkCzM
>>1090
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(14)≫
そうして、青年会総裁であった谷口清超先生は、昭和46年の年の第23回全国大会に際しては、次の如き大号令をかけておられる。
《そもそも谷口雅春先生は、立教の当初何をなさろうとされたのであったか。日本の実相顕現、神の子の自覚の徹底、勿論その通りであるが、しかし具体的には、その真理の書かれてある『生長の家』誌を一千部、無代進呈されたのであった。そしてその後も、毎月、ただひたすらにこの神誌を拡大され、拡大され、拡大された。そして現在の生長の家があり、数多くの救われたる「神の子」が輩出し、日本の危険も又幾たびか回避されたのであった。(中略)
「生長の家」の運動から、この神誌拡大をのぞいてしまったら、一体どういうことになるのであろうか。私は、そのことを今、全青年会員が痛切に反省しなければならない時だと思うのである》(『聖使命』5月25日号)
こうして昭和44年から始つた『理想世界』拡大運動は、昭和47年の1月に開かれた第24回青年会全国大会を期して、いよいよ『理想世界』百万突破を運動目標として、青年会の総力を上げてそれに取組むことになる。
谷口雅春先生が『生長の家』誌を一千部、無代進呈されたことから生長の家は始まった。吾らはその尊師のみ跡に続こう、と一千部一括愛行をする者も続々と現れた。
そうして青年会員の昼夜を分たぬ奮迅の努力によって、4年後の昭和51年1月8日にはついに『理想世界』百万部突破の目標を達成したのでした。
<つづく>
1092
:
復興G
:2012/11/23(金) 22:47:30 ID:vWpLkCzM
>>1091
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(15)≫
当時の国情、社会状況の中で重要な「60年安保闘争」について、補足しておきましょう。
安保反対闘争が激烈を究める中、1960年6月10日には東京国際空港(羽田空港)で、アイゼンハワー大統領訪日の日程を協議するため来日した大統領報道官(当時は新聞係秘書と報じられた)ジェイムズ・ハガティ(報道は「ハガチー」表記)が空港周辺に詰め掛けたデモ隊に包囲され、アメリカ海兵隊のヘリコプターで救助されるという事件が発生(ハガチー事件)、6月15日には、ヤクザと右翼団体がデモ隊を襲撃して多くの重傷者を出し、機動隊が国会議事堂正門前で大規模にデモ隊と衝突し、デモに参加していた東京大学学生の樺(かんば)美智子さんが圧死。国会前でのデモ活動に参加した人は主催者発表で計33万人、警視庁発表で約13万人という規模にまで膨れ上がった。
安保条約は参議院の議決がないまま、6月19日に自然成立。またアイゼンハワーの来日は延期(実質上の中止)となった。岸内閣は混乱を収拾するため、責任をとる形で、新安保条約の批准書交換の日である6月23日に総辞職した。岸は辞任直前に暴漢に襲撃され重傷を負った。
左翼の「60年安保闘争」は空前の盛り上がりを見せたが、戦前の東條内閣の閣僚でありA級戦犯容疑者にもなった岸とその政治手法に対する反感により支えられた倒閣運動という性格が強くなり、安保改定そのものへの反対運動という性格は薄くなっていたため、岸内閣が退陣し池田勇人内閣が成立(7月19日)すると、運動は急激に退潮した。
池田勇人内閣は所得倍増計画を打ち出し、社会党も経済政策で対抗したため、安保闘争の影は薄くなっていった。11月20日の総選挙では、自民党は追加公認込みで300議席を獲得する大勝を収めた。安保条約の改定が国民の承認を得た形になり、現在(2012年)まで半世紀以上にわたり、安保条約の再改定や破棄が現実の政治日程に上ることはなくなっている。
報道機関は日米安全保障条約の改定を巡る報道において、岸内閣が衆議院に警官隊を導入して強行採決を行ったことを厳しく批判し、人々の大衆行動を加速させていたが、1960年6月15日に全学連をはじめとするデモ隊が国会議事堂に突入し、機動隊との衝突の中で樺美智子が死亡するという事件が発生すると、報道各社は態度を一転させ、6月17日に東京に本拠を持つ産経新聞社・毎日新聞社・東京新聞社・読売新聞社・東京タイムズ新聞社・朝日新聞社・日本経済新聞社の主要紙7社が「暴力主義を排し議会主義を守れ」と称する共同宣言を発表した。その中で議会主義を守ることが民主主義を守ることであり、「その事を依ってきたる所以」を問わず一切の暴力を排除することを宣言した。これに全国の地方紙など48社も同調して宣言を紙面に掲げた。だが、その実は機動隊の行動に対する責任を問わず、デモ隊の行動のみを批判して政府に事態収拾を求めながらもその責任追及を行うことはなかった。
その後日本の報道機関からは民主主義の擁護を名分として過度な政府批判・体制批判を控えられるようになり、「マスコミは安保で死んだ」と批判する者もあった。
また、安保闘争における過程で岸が右翼をデモ隊に対抗する行動部隊として動員させる過程で、児玉誉士夫などを使いヤクザを動員した結果、一部の右翼とヤクザなどの反社会勢力との関係が深まり、右翼=ヤクザとみられるきっかけとなったという評価もある。
ソビエト連邦は安保改定を自国への挑戦と受け止め、社会党や共産党、総評の安保反対活動に対して多大な援助を行うとともに、1956年(昭和31年)の日ソ共同宣言で確約された「平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を返還する」約束を撤回し、米軍が駐留可能となる地域が増えることは好ましくないとして、日本政府に対して一方的に不返還を通告した。日本政府は、共同宣言発効の際には既に安保条約が存在しており、双方は矛盾しないとして抗議、結局ソ連が不返還通告を撤回することで収束した。
1093
:
復興G
:2012/11/23(金) 23:06:08 ID:vWpLkCzM
>>1092
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(16)≫
上記のような60年安保闘争は、「敗北」と総括した共産主義者同盟(ブント)をはじめ、急進派学生には、強い挫折感が残ることになった。全学連指導者の一人だった唐牛(かろうじ)健太郎は、安保闘争の終結直後に運動から身を引き、香山健一、森田実などは、「体制側」(保守側)に身を転じていく。新左翼党派は、ブントが四分五裂の分裂を開始することになる。
こうした社会状況の中で昭和44年(1969年)から始つた『理想世界』拡大運動でありました。
百万運動が始まった昭和47年度の青年会運動方針の冒頭には、「吾らは何故百万部突破を目指したか」についてつぎのように述べています。
《生長の家青年会員の年齢層に合致する青少年の数は、実に4,400万にも数えられる。この膨大な数の青年の中、吾々の力は未だ、18万誌友数であり、全国大会動員数は僅か7,500でしかない。(中略) 同志よ、吾々はこんなことでよいわけがない。神性を本質とする青少年の中、1,000人に僅か4人しか、その神性を開発し得ない等ということが続いてよいだろうか。更に、それら一人一人の問題もさることながら、全人類の運命を一体誰が切り拓くのか。吾が祖国日本に生を享けた青少年ではなかったのか。日本の建国は、歴史は、民族は、その為にこそあつたのではなかつたのか。(中略)
同志よ、このやうな中から、吾らは3年後、50人の青年に1人の青年信徒を確立しようとしたのだ。小・中・高校では先づ、クラスに1人の割合で光明化運動の芽が出来ることになるのだ。100人の社員を持つた会社なら2人の社友が、1万人の学生を持つた大学なら200人の生学連の前進した姿勢の学友が出来ることになる。中学・高校の教員なら全国夫々で約4,000人が日教組解体、教育正常化への歩みを始める。これが百万誌友のヴィジョンなのだ。それは全国約5,000万にふくれ上つた青少年人口の中の50人に1人の選士を見出さうとする目標である。(中略)
必ず、吾々生長の家青年会運動は、巨大な祖国日本の実相顕現運動の渦を全県下に巻き起し、青少年の神性開発の驚異の状況はもとより、吾々の手で、復憲(明治憲法復元)への強力な前進、日教組解体から教育正常化、生命の教育体制の確立、地方自治体正常化から雄大な天皇中心神意展開の政事へと政治中枢の現状を充分に脅し、日本実相顕現、天皇実相顕現へのたくましい全国的スケールの巨大な潮流が完成するであろう。
同志よ、吾等はこのやうな理想の下にこそ起たうではないか》
――これが、『理想世界』百万運動の理念、夢であったのでした。
<つづく>
1094
:
復興G
:2012/11/23(金) 23:29:21 ID:vWpLkCzM
>>1093
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(17)≫
これまでざっと書いてきたような社会状況の中で、「尊師のみ跡に続け」と、祖国復興の夢とロマンをもって、命がけで、生活をかけ、青春の情熱を燃やして熾烈な『理想世界』百万運動に、多くの青年会員が身を投じてきました。それによって、多くの人材が磨き出されてきたことは事実です。
かなり、無理もあったと思います。しかし、『理想世界』誌の百万達成を聞かれた谷口雅春先生は、これをねぎらって、
《青年会が百万を突破して、103万もの『理想世界』に成つたことを聞いて、非常に感動しました。青年会は随分無理をしたとのことでしたが、無理の出来ない組織は世の中を変へることはできないのです。ともかく、限界を超克する、さうでなければ、現状は破ることが出来ないと私は思ひます。
この生長の家の運動を大きく拡大するのは、今、民族精神勃興時代であるから、民族精神をかきたてることによつて、より多くの若い人達はついて来るのです。『理想世界』が大いに、あんなにふえて来たのも、日本民族を守らなければならない、日本国家を守らなければならない、今の憲法では日本の国はなくなつてしまふといふ危機感もあつて、日本民族はどうしても、今の状態でいかん、それを救ふのは、生長の家の他にはないといふやうな、さういふ気持があるからです。
それで住吉本宮の建立といふ問題も、民族精神に直接関係してゐる住吉大神が、出現せられて宇宙を浄化せられて、そして天照大御神がお生れあそばして、その光、あまねく六合に照り徹らせりといふやうになる。その天照大御神が日本国家の創立の御祖先の神様といふわけなんでありますから、この住吉大神の御徳を顕彰して行くといふことは、自ら民族精神勃興時代に恰度歩調を合はせるといふことになる。
それだから、今後いよいよ益々『理想世界』拡大といふことは重要な課題になつてゐると私は思ふのです》
と、愛念深いお言葉を拡大最高首脳者会において賜ったのでありました。
1096
:
復興G
:2012/11/23(金) 23:33:59 ID:vWpLkCzM
トキ様
すみません、上記
>>1095
は二重投稿になりましたので、削除をお願いします。
1097
:
神の子さん
:2012/11/24(土) 16:22:10 ID:vWpLkCzM
>>1094
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(18)
私はこの連続投稿文を書きながら過去を振り返り思うことは――今の若者は覇気がないとか元気がないとか言われますが、戦後の混乱期から日本が高度成長に向かっていた時代は、善きにつけ悪しきにつけ、青年たちが一途に何かを求め、驀進するエネルギーに満ちていたと思います。それは、時には暴走することもあった。
60年安保のころまでは、マスメディアも政府を批判するのが使命と心得ていたか、「反体制」、政府批判一色のような感じでした。それは、戦時中、戦争に協力する翼賛的な記事ばかり書いていたことの反省、反動であったかも知れません。
私の学生時代は、学生運動が極めて盛んでした。それも、日本共産党系の左翼、全学連の学生運動一色という感じでした。学生運動に参加しない者はノンポリ、日和見主義者として軽蔑される風潮でした。
左翼一色の学生運動はその後いろいろ紆余曲折があり、分裂抗争が激しくなってほとんど消えてしまいましたが、百万運動の背景として認識しておくべき事だと思いますので、ここにざっと日本における戦後の学生運動を振り返り、前にも(1092−1093)触れましたが、もう少し詳しく、ウィキペディアも参照しながら書かせて頂きましょう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
学生運動の起源は、中世ドイツにおける大学自治権要求運動である。学生には社会への批判・懐疑を抱きやすい特性があり、近現代において、社会変革の大きな勢力の一つとなった。
日本の学生運動は、大正デモクラシーの時期に始まり、戦後になって盛んになった。1960年の安保闘争、1968年 − 1970年の全共闘運動・大学紛争に盛り上がりを見せるが、全共闘や過激派による暴力、100名以上の殺害等により、以後急速に後退し、現在に至るまで下火の状態が続いている。現在では、多くの大学ですでに衰退している。
<全学連の結成から安保闘争へ>
第二次世界大戦中は完全に解体されていた学生運動は戦後すぐに復活した。多くの大学で大学民主化運動が行われ、その高揚を背景に昭和23年(1948年)に全日本学生自治会総連合(全学連)が結成された。全学連は当初は日本共産党の影響が強く、その活動方針と軌を一にしていた。しかし、1955年の日本共産党第6回全国協議会(「六全協」)で、共産党が現場の運動家を半ば置き去りにする形で大幅な路線変更を行ったことを契機として徐々に距離を置くようになり、共産党から除名された学生達が中心となった新左翼共産主義者同盟(ブント)が、全学連を握った。
国民的な議論となった1960年の日米安全保障条約改定をめぐる反対運動(安保闘争)では、この全学連(安保全学連・ブント全学連)が運動の中心を担った。この闘争の最中、東京大学文学部の学生だった樺美智子(かんば・みちこ)が機動隊とのもみ合いの最中に死亡し、象徴的事件となった。
安保闘争後、ブントは四分五裂、全学連も分裂し、学生運動も下火となる。
<つづく>
1098
:
神の子さん
:2012/11/24(土) 16:23:52 ID:vWpLkCzM
>>1097
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(19)
<全共闘と全国学園闘争>
1960年代半ばになるとベトナム戦争反対などの運動を通して、再び学生運動が盛んになってきた。
その戦いに多くの学生が参加し、ヘルメットにゲバ棒というスタイルが学生運動の定番になっていく。三派全学連は再び統一されたブント(第二次ブント)、そのブントをしのぐ勢力を誇る中核派などがヘゲモニー(覇権)を握っていた。これら新左翼三派や革マル派など5流13派と呼ばれる新左翼党派が、様々な色のヘルメットをかぶって自派を特徴づけ、学生運動での勢力を競い合った。新左翼系の学生達と日共系の学生達、そして新左翼同士でも暴力的な対立があったものの、街頭で各学園で学生運動は高揚していく。
1968年(昭和43年)頃から東大闘争、全学共闘会議(全共闘)と呼ばれる運動形態が現れた。全共闘は、それまでの全学連のような特定の政治党派の影響が強い既存の学生自治会に拠る運動とは異なり、党派や学部を越えたものとして組織作られ、ノンセクト・ラジカルと呼ばれる党派に属さない学生が数多く運動に参加した。彼らは武装を辞さず、大学をバリケード封鎖することによって主張の貫徹を試みた。東京大学で始まった全共闘運動は1969年(昭和44年)には燎原(りょうげん)の火のごとく全国に広がり、国公立大学や私立大学の大半が、何らかの闘争状態・紛争状態となった。
街頭闘争でも1968年、1969年の国際反戦デーでは全国で投石や火炎ビンなどによる闘争が繰り広げられ、さながら市街戦状態になった。また三里塚や沖縄デーなどでも、学生達は激しく機動隊とぶつかり合った。
日大闘争中の出来事として1968年10月、日本大学経済学部本館のバリケード封鎖解除に出動した機動隊員が重さ約16kgのコンクリートの塊を校舎の4階から落とされ頭に直撃させられその日の内に死亡する事件が発生した。この時代、大学生はエリートであったため、警察も彼らの未来を潰さないよう、出来る限り穏便に事件を解決しようとしていた。しかし、警察は死亡者が出た事で方針を転換、少人数の集会でも数倍の人数で一気に制圧するなど、強硬手段を執るようになる。
(その半年後の1969年4月12日にも、岡山大学において、学生の投石により機動隊員が頭部に直撃を受けて重傷を負い、同日夜に死亡する事件が起こった。)
<「内ゲバ」 − 暴力の激化>
1970年頃までは、このような学生運動に共感を持つ人々も存在していた。この背景には「学生は世の中をよくするために身を挺して立ち上がっている」という意識や、学生運動を「若者のエネルギーの発露」としてそれを許容する空気が広く存在したことが挙げられる。権力側も一部には学生運動をする学生たちを「左翼の国士」と見るような風潮もあった。しかし、内ゲバ(左翼派内の暴力)や武装のエスカレートなどで市民の支持は徐々に失われていく。1960年代の新左翼党派の再編過程、路線対立の過程で暴力的衝突は日常と化していた。
学生側には分派が生まれ、党派闘争が発生し、1970年以降は殺し合いに発展していく。1971年、法政大学での中核派による海老原事件と、それにたいする革マル派の報復から、両派は凄惨な内ゲバを繰り広げ、ここに革労協と革マル派の間での内ゲバも加わり、1970年代は全国の大学で暴力の恐怖が蔓延した。
こうした内ゲバや、赤軍派に代表される爆弾や銃による武装のエスカレート、連合赤軍での12名のリンチ殺人事件などが発覚したことで学生運動は急速にその支持を失っていく。
――こうして、左翼の学生運動は分裂しながらも激しく暴走を続けていたわけです。
<つづく>
1099
:
神の子さん
:2012/11/24(土) 16:31:32 ID:vWpLkCzM
>>1097
・1098は復興Gでした。
1100
:
復興G
:2012/11/24(土) 22:20:14 ID:vWpLkCzM
>>1098
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(20)
さて、「ウィキペディア」には、日本の学生運動の中で「民族派」の学生運動として、次のように記されています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<「民族派」の学生運動>(「ウィキペディア」から引用)
戦後日本の大学では、1945年(昭和20年)8月の日本敗戦とその後の米軍による7年間にわたる占領政策の影響、そして世界的な共産主義思想の流行によって、左翼運動の独壇場ともいえる情況が現出していた。
しかし、これら左翼学生運動の勃興に対する危機感から、「民族派」と呼ばれる右派学生組織も次々と結成された。これら民族派学生組織の多くは、左翼による大学のバリケード封鎖に反対する「学園正常化」を掲げ、また、日本敗戦後の米軍による「日本弱体化」政策(ポツダム支配)と、米ソによる世界分割支配「ヤルタ体制」を厳しく批判して運動している(2つをまとめて「YP体制」と蔑称する)。 主な民族派学生組織には、全国学協、日学同、生学連、日本学生会議、民社学同、反憲学連、全日本学生文化会議等がある。
1980年代以降、日本社会が豊かになると、左翼学生運動同様「民族派」学生運動も次第に衰退していった。
(以上は、ウィキペディアからの引用です。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『理想世界』百万運動が熾烈に展開された時代の背景はどのような状況であったかを知って頂くために、少々長文をアップさせていただきました。
学生運動と言えば左翼勢力が圧倒的にほとんどすべての大学の自治会を支配していた中で、長崎大学生長の家学生会から自治会委員長の座を勝ち取り、「民族派」学生運動進撃の突破口を開いたA氏などが、『理想世界』百万運動リーダーとして献身されたのでした。
暴力的闘争が日常的に蔓延していた中で、生学連(生長の家学生会全国総連合)の活動も、時には左翼と衝突して生長の家の学生が傷を負うようなこともありました。そのようなことが谷口雅春先生のお耳に届くと、先生は悲しまれ、「負傷した学生の親の気持ちにもなって、暴力的闘争を離れ祈りに徹した行動をするように」諭されたと伺っています。
『理想世界』百万運動は、前に書きましたように、谷口雅春先生のやむにやまれぬ愛国、憂国の獅子吼に呼応した青年たちの猛烈熾烈な命がけの運動でありました。私もそのとき、すでに青年会員の年齢制限は超えていましたが、光明実践委員は希望すれば45歳までその資格で活動できる特例が認められていましたから、その特典を享受し、この運動に「命がけ」の気持でお役に立たせて頂いた者です。
この運動にも、現実には「光と影」の両面があり、その影の面を見て強く否定し、敵視するかのごとく排除して行かれた現谷口雅宣総裁に反撥し、「谷口雅春先生を学ぶ会」などをつくって頑張っておられる方たちの心情も私は理解できます。
しかし、私はこの続き物の投稿の最初に(
>>1062
)次のように書いていました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
現在の教団の状況は、教団80年の業(ごう)の結果である、と思っています。……の現在の雅宣総裁・教団の“暴走”はなぜ起きているのかと言えば、その前に、反対方向への“暴走”があったので、その反動としての暴走ではないか、というのが私の大局観というか、思うことです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
“暴走”という言葉は、石原慎太郎さんも「僕は暴走老人だ」と自分でおっしゃってますから、必ずしも悪い意味ばかりではないと思いますが、私はこの言葉の定義をはっきりさせてから、上記のように思う所以を、資料をもとにして、冷静に考え、述べてみたいと思います。
<つづく>
1101
:
復興G
:2012/11/24(土) 22:25:35 ID:vWpLkCzM
今夜はこれで終わりにしまして、続きは明後日から書き込みたいと思います。
明日は一日、出かける予定行事がありますので。
合掌礼拝
1102
:
トンチンカン
:2012/11/25(日) 03:54:08 ID:9yITXFI2
そこに、愛と知恵があれば、、
>>[生長の家傍流掲示板/別板1]417 名前:さくら 投稿日: 2012/11/21(水) 09:00:48
トキ管理人さまは、
「そこに、愛と知恵とがあれば、なにを言っても、よい」と言われていて、そんな方針のようですが、
「そこに、愛と知恵があれば、そんなこと言わないだろう」
というのが、
わたしの、率直な感想です。<<
『そこに、愛と知恵があれば、そんなこと言わないだろう』、、、 そうなのですね!!
“マサノブ総裁”に、愛と知恵があれば、“原宿教団の人事”においても、<左遷>や<いじめ>なんかはしないだろう。 ましてや、谷口家ご兄弟達を “教団から追放” なんてしないだろう、、、、、
“さくらさん”もその様に思われているのでしょうか??
ならば、”さくらさん”も、和解派の トキ管理人が提唱している <和解の絶対条件> を マサノブ総裁 に諫言すべきではありませんか?
<和解の絶対条件> = <谷口家ご兄弟の 和解、大調和>
『ここはひとつ、和解派のみなさまが、侍になってください』と述べている“さくらさん”。
“さくらさん”ご自身が、「七人の侍」のリーダーとして、<和解の絶対条件> 達成に向けて徹底して尽力すべきではありませんか??
“さくらさん”が動けば、『すばらしいご縁のあった、宗教団体での争いは、胸が痛いです。それが生長の家であることが、とても残念です。』、、、なんてい
うことも、立ち所に無くなりますよ!!
1103
:
さくら
:2012/11/25(日) 10:36:09 ID:e8ieIrPA
「智慧の言葉
愛語は魂の傷を包んで、その痛みを和らげる。
◯
愛なしに見れば、すべては欠点に見え、愛を以って見れば、すべてが美点に見える。皆心の影。
◯
喜べば喜びが来り、怒れば怒りが来り、憎めば憎みが来り、悲しめば悲しみが来り、人を審判けば自己も亦さばかれる
◯
平和なるもの神の国を嗣がん。
◯
野蛮な暴力は、優しい愛の力には及ばない。
◯
荒れ狂う暴風の力は、優しい太陽の力に及ばない。
◯
「心の角で自分自身を傷つけるな」尖った心、イライラした心は、自分自身の容貌と健康と運命を傷つける。
◯
実相の円満完全さを心に描けば現象はどうあろうとも心に傷つくようなことはない。」
『叡智の断片』谷口 雅春 先生著P169〜…ランダム抜粋
1104
:
さくら
:2012/11/25(日) 10:36:39 ID:e8ieIrPA
トンチンカンさま
生長の家には、智慧と愛の言葉が満ちておりますね。
ところで、えいがのおはなしなら、しまのほうでおねがいいたしますね。
…「七人の侍」を率いる勘兵衛役は、復興Gさまでお願いいたしとうございます。
拝
1105
:
志恩
:2012/11/25(日) 11:35:48 ID:.QY5jUA6
『新版 叡智の断片』を謹写して下さった復興G様の過去のご投稿文
>>web誌友会 板
269:復興G 2012/05/28(月) 15:51:38I
『新版 叡智の断片』に、谷口雅春先生は次のように書かれています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○
私を哲学者だと思っている人があるが、私は哲学者ではない。
私は神の啓示を、取りついだものである。
そして神の啓示にしたがって生きんことを希い、また努力しつつある者である。私は聖者ではなく、聖者たらんと修行しつつあるものである。
これは『生命の實相』第一巻に、「生長の家と私」という項で書いた通りである。
今もその通りで私も時には躓くし、間違うこともある。
好い体験ばかり発表したら信用を博すること位は、よくよく私も知っているけれども、
正直に失敗のことも発表するのは、私自身の失敗を隠して神に祭り上げられたくないからである。
○
失敗と見えることが、実は尚一層良いものが出て来る前提であることがある。
○
哲学的の思索は間違うことがある。
唯物論の次には唯心論が現れる。思索というものはより多く頭脳的なものであり、論理的なものである。
それだけ人間には合理的に見えるけれども、哲学というものは、時代を超えることが出来ない。合理は時代に即して合理だと思われるのである。
時代に即しない合理は人から不合理だと思われる。或る時代に合理的だと思われたものは、次の時代には不合理だと思われる。
人間の作った合理などは決して当てにならないものである。
○
終戦前とその後とで、説き方が変って来なけれぼならないのはそれは現象的合理の方面であって「真理」そのものは終戦前も後も同じことである。
現象を取り扱った言論や人間の頭脳的思索は、やがて時代に適合しなくなるものが出来るのは当然である。
しかし神の啓示によるところの真理は超時代的なものである。雨がふるときに傘をさせと教えても、天気になったら、傘をさすなと教えるのは当然である。
現象を取り扱うときには、時代を超えることは出来ないし、環境を超えることは出来ない。
時処相応のことを説くのである。時代に即して変りながら終始一貫した真理を説くのが本当である。
○
「あの時は、傘をさせと教え、今は傘をさすなと教えるのは、前後矛盾である。先生は矛盾している」と言うのは間違いである。(『新版 叡智の断片』198〜200頁より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
谷口雅春先生が、戦前・戦中と戦後で、「日本の実相」「日本の世界的使命」についての説き方においては時処相応のことを説かれたということはあり、
それが表面だけ見れば「戦前の考えを改められた」と見えることがあるようでも、神の啓示による終始一貫した中心真理を説かれたことにおいて、
いささかの変わりもなかったことを、しっかり確認しなければならない。それが「法燈継承」の中心的な、極めて重要な課題であると、私は思っています。
1106
:
さくら
:2012/11/25(日) 12:00:52 ID:EPwWC/eU
いま、一人一人の「法燈継承」の中心的な、極めて重要な課題とは、
信徒一人一人が、生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」であると、私も感じております。
拝。
1107
:
トンチンカン
:2012/11/25(日) 12:36:07 ID:9yITXFI2
命令口調の“さくらさん”
>>1104 名前:さくら 投稿日: 2012/11/25(日) 10:36:39 ID:e8ieIrPA
トンチンカンさま
生長の家には、智慧と愛の言葉が満ちておりますね。
ところで、えいがのおはなしなら、しまのほうでおねがいいたしますね。
…「七人の侍」を率いる勘兵衛役は、復興Gさまでお願いいたしとうございます。<<
・『智慧と愛の言葉が満ちている』のは、“今の教え”つまりは <マサノブ教> ではありませんよ。
・マサノブ氏は <言行不一致> な人であり、自作自演の “法灯継承” を称え、総裁の座に居座っているだけでありますから、、、、、
・“今の教え”に満ちているのは、<疑心暗鬼>だけですね?
・『智慧と愛の言葉が満ちている』のは、谷口雅春先生の説かれた“生長の家”です!!
・『えいがのおはなしなら』とか、『復興Gさまでお願いいたしとうございます』とか、“さくらさん”が命令されるのですか??
1108
:
志恩
:2012/11/25(日) 12:40:07 ID:.QY5jUA6
>>いま、一人一人の「法燈継承」の中心的な、極めて重要な課題とは、
信徒一人一人が、生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」である>>
こととは、ただ、ひたすら正座して、実相を念じていることでは、ありません。
われわれは、現象世界で修行しながら、生きているのです。悪い行ないやまちがった行ないをした人間に対して、
黙認する事は、愛では、決してありません。
黙っている事は、間違った事をしている人間に、加担してしていることになるのです。
皆様、勇気をもって、発言しましょう。ご一緒に!そして、本来の生長の家を取り戻しましょう。
:*****************
以下は、光明掲示板より
信徒連合さまのご投稿文の一部です。
「雅宣総裁は何故に、信徒の激減、教勢の急落に平気で居られるのか?
雅宣総裁の最終目的が「生長の家」を地上から抹殺してしまうことにあり、
彼にとっては全てが計画通りに進んでいるからであります。
全員が“茶坊主”と化した教化部長・教区五者・本部理事参議・部課長達は頼むに足らず、
末端信徒に広く実情を知って頂く運動を広めるのが目下の急務です。微力ながら吾々も可能な限りの努力を続け、
一日も早き“雅宣更迭”と“雅宣独立”の日が来る事を目指し頑張りましょう!・・・再拝」
///////////////////////////////////////////////////
雅宣総裁、「雅宣教」の正体を明かす!
① 日本国家の否定!
② 天皇制の否定!
③ 鎮護国家祈願の放棄!
11月22日の「総本山・秋季大祭」スピーチで、
11月20日の「教化部長懇談会」で発表!
★ 日本を天皇制国家とすることは間違いである。
★ “国”と言う言葉は“宇宙”のことであって、“日本国家”だと解釈するのは間違いである。
★ したがって、住吉本宮の祭祀は、“鎮護国家”祈願から “世界平和”祈願へと変更するのが正しい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
こんな「雅宣教」の教義は開祖・谷口雅春先生の『御教え』に反逆するもの!
正しい「生長の家」の教義は消える!
全国の地方講師の皆さん!これで良いのですか?
猛烈抗議せよ!
本当の「生長の家」の復活を望む信徒より
1109
:
「訊け」管理人
:2012/11/25(日) 13:27:51 ID:???
>>1106
『信仰の科學』344頁より謹写――
もし私が今まで成功していなかったならば――
多分私は、
自分自身を、神の子たる自己を
信ずる信仰が足りなかった。
神の実在を信ずる信仰が足りなかった。
他の人々を〝神の子〟として
信ずる信仰が足りなかった。
人々に対し恐怖感を抱いてきた。
勇気を喪(うしな)っていた。
憤怒の心を抱いていた。
人々を疑っていた。
感謝の心に欠けていた。
真理の瞑想で心を調律することを怠っていた。
行動を引き延ばすようなことをしてきた。
欠点ばかりを見つけていた。
嫉妬心が深く羨望心が強過ぎた。
劣等感を抱いていた。
人との接触に神経を使い過ぎた。
〝失敗の習慣〟を身につけてきた。
<了>
1110
:
志恩
:2012/11/25(日) 13:37:57 ID:.QY5jUA6
>>1109
以下の真理の言葉を、失敗ばかり 積み重ねている雅宣総裁に
贈ります。
私は、おかげさまで、成功の連続なんです。
>>『信仰の科學』344頁より謹写――
もし私が今まで成功していなかったならば――
以下、省略 >>
1111
:
トンチンカン
:2012/11/25(日) 13:55:45 ID:9yITXFI2
唯神実相の信仰に生きること
>>1106 名前:さくら 投稿日: 2012/11/25(日) 12:00:52 ID:EPwWC/eU
いま、一人一人の「法燈継承」の中心的な、極めて重要な課題とは、信徒一人一人が、生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」であると、私も感じております。<<
・『いま、一人一人の「法燈継承」の中心的な、極めて重要な課題とは』、、、この部分がトンチンカンにはイマイチ理解し難いのですが?
・『いま、(下層の信徒)一人一人(にとって)の 「法燈継承」(というコトバの意味合い)の中心的な、極めて重要な課題とは』、、、、、こんなのでイイのでしょうか??
・『(下層の)信徒一人一人が、生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」である』、、と、“さくらさん”は感じているそうです。
ここなのです!! 問題の基本となるところは、、、、、
(下層の)信徒達一人一人、特に“谷口雅春先生の謦咳”に接してこられた信徒達にとっては、生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」に精進しようとしているのであります。
超下層のトンチンカンもその一人?
ところが、マサノブ総裁ご自身は、“唯神實相哲学”ならぬ “唯物的環境論” を超全面に出し <今の教え> の舵を切ったのであります。
これが下層の信徒に対する <大ウソ> であります。
1112
:
さくら
:2012/11/25(日) 14:02:59 ID:EPwWC/eU
>>1108
『叡智の断片』より謹写P61〜
「奇跡を生ずる原動力
「ただ有り難い」と念ずることが生長の家の坐禅であり、念仏であるのである。
坐禅しておるだけが坐禅ではない。神想観するときだけ神想観ではない。仏の自分であり、仏の世界であると、わからせて頂いて、ただ有り難くなって、「ただ有り難い」と感謝しているとき、行住坐臥其処に仏が動いているのである。坐禅する時だけが仏であって、坐禅を止めたら仏でなくなってしまうのだったら、、我々は仕事をしていることも出来ず、坐ってばかりいなければならない。「祗管打坐」というのは坐っていても立っていても寝ていても、仏のいのちが坐っていると知ることが坐禅である。
我々の全ての生活は、物質の生活にあらず、肉体の生活にあらず、「我常に此処にありて説法す」と言われた釈迦牟尼仏の生活が坐禅である。
「久遠の我」が此処に生きているのである。何という有り難いことであろうと知って、念々「有り難とうございます」と感謝出来るのが、新たなる自己の発見であり、キリストの復活であるのである。
十字架とは「今此処」にある。
旧我の磷殺と、新我の肯定とである。
それが✖と➕との同時存在であるところの十字架であるのである。
この「十字架」を背負って我らはキリストとともに歩めば、これが本当の洗礼であるのである。
ヨハネの洗礼は「水のバプテスマを施す」のであったが、キリストの洗礼は「我は霊にて洗礼を施す」と仰せられたのである。
それにも拘らず、水ばかりの洗礼を受けてクリスチャンになったと思っている人もあるが、それでは真の復活はないのである。
だから、今までの教会キリスト教では奇跡が余り出てこないのである。霊によって、自覚によって洗礼を受けなければならない。自分と「生命」との結びが出来なければならない。
ところが生長の家では何故奇跡が起きるかと言うと、霊によって洗礼を受け、自分の内にキリストが蘇りたまうことを知り「我往きて汝等に来たるなり」とヨハネ伝でイエスがいいたまうた「内在のキリスト」を自己の内に自覚し、その「内在のキリスト」こそ真の自分であるとしり、罪の自分が解放されるのであるから、ただ、「有り難い」と称名するだけで奇跡的な功徳があらわれて来るのである。」
1113
:
志恩
:2012/11/25(日) 14:07:33 ID:.QY5jUA6
>>1111
:トンチンカン様と同じ気持ちです。
私も.現在、下層の信徒です。
下層にばかり、やりなさい、やりなさい、と命令される、
あんたは、どうなんじゃい!!!
雅宣さんは、どうなんじゃい!!!
雅宣さんは、
どんどん どんどん 生長の家の根幹を抜き取る ”ばい菌マン””。
>>ここなのです!! 問題の基本となるところは、、、、、
(下層の)信徒達一人一人、特に“谷口雅春先生の謦咳”に接してこられた信徒達にとっては、
生長の家の唯神実相の信仰に「生きること」に精進しようとしているのであります。
超下層のトンチンカンもその一人?
ところが、マサノブ総裁ご自身は、“唯神實相哲学”ならぬ “唯物的環境論” を超全面に出し <今の教え> の舵を切ったのであります。
これが下層の信徒に対する <大ウソ> であります。 <<
1114
:
志恩
:2012/11/25(日) 14:28:10 ID:.QY5jUA6
皆様へ
おじいさん、おばあさん、ころされても、
おとうさん、おかあさん、ころされても、
おこさん、ころされても、
悪を見るな、ただ有り難いと実相を祈っておれ!
咎めるなよ、
和解派軍団に
「真理」を悪用されて、
これと同様な説教を、われわれは、されています。
みなさま、
洗脳されては、いけません。
おじいさん、おばあさん、ころされても
おとうさん、おかあさん、ころされても、
おこさん、ころされても、
皆様は、ただ黙って、笑っておられるのですか。
雅宣さんは、生長の家の根幹の教えをころしました。
ごかぞくを、ころされたのと、おなじことを
雅宣さんに、されたのです。
黙ってにこにこしていては、なりません。
実相は完全ですが、
迷いの行動が起こっている場合は、強くノーと拒否して、
迷いの暗雲を吹き飛ばそうでは、ありませんか。
われら日本のために、どうか皆様も、発言をされて下さい。
本来の生長の家の根幹を取り戻す運動にご参加ください。
1115
:
さくら
:2012/11/25(日) 14:28:34 ID:EPwWC/eU
>>1111
トンチンカンさま
…トンチンカンさまのさくら宛ての、一連のご文章からは、どこからがご冗談で(笑ってツッコミをいれた方がよいのかしら、とか)
どこからが本気なのか、にわかにはご判断つきかねますですが、
…つまり、トンチンカンさまは、誰の、どの教えを信じ、実践されたいのでしょうか。
わたしは、トンチンカンさまからお言葉を頂いたので、ここへ書いてしまい奥へ入ってしまい申し訳ないですが、
今、復興Gさまが、書いて下さっている、一連の生長の家の歴史の軌跡を読ませて頂き、
この生長の家のみ教えにご縁があり、この貴い日本に生かされているのは、
雅春先生や先人達が命がけで伝えて下さった、この生長の家のお陰だと改めて、感じさせて頂きました。
改めて、自分自身が生長の家のみ教えを生きて行くことが、生長の家を存続させることだと、個人的には感じた次第です。
拝
1116
:
さくら
:2012/11/25(日) 14:29:06 ID:EPwWC/eU
叡智の断片より謹写
「運命を支配するには
人間の運命を支配するのは、真理を知りさえすれば容易なことであるのである。真理を知らないために人間は悲惨なる運命の虜になる。
悲惨なる運命を心に描くがゆえに、愈々恐怖心の虜になりて、尚一層悲惨なる運命に巻き込まれるのである。
我らの心が正しい方向に向かわないで、「悲惨」の方向を向いている限り、「悲惨」の陥穴に墜落するほかないのである。我々が幸福になるためには「幸福」の方向へ心が正しくむくことが必要である。「不幸」の方向へ心を向けながら「幸福」の都へ到達することは不可能である。「幸福」の都へ到達するためには、暗室におかれたる植物が、僅かの光線の方でも、その新芽を振り向けて伸びて来るように、一寸の「明るさ」でも「楽しさ」でも探して、その方向へシッカリと心を向けて突進することである。
凡そ、神の造りたまう世界には、不幸などというものはないのである。それは日光の輝く世界に暗黒が存在しないのと同じである。
しかし日光輝く世界にも影はあるという見方もある。
しかしそれは日光の方を向かず、日光に背を向けているからである。影はあるが如くであるが、それは、自分が日光の方向に向かぬからである。
不幸も、それと同じく本来ないのであって、ただその人が幸福の方向に向かぬだけである。心の方向をかえよ。
今迄事物の暗い方面ばかりに向いていた心を、事物の明るい方面ばかりに向きかわれよ。
其処から、人間の運命の転回が始まるのである。真理を知るとは、神のつくりたまうた人間には不幸はないという実相を知ることである。この実相を知ることによってのみ、人間は不幸なる運命から解放されるのである。
人間は神の子でるから、運命は、自分の自由にそれを支配することが出来るのである。」
1117
:
トンチンカン
:2012/11/25(日) 14:35:45 ID:9yITXFI2
“さくらさん”が引用している文章は?
“さくらさん”が引用している文章は、“『叡智の断片』谷口 雅春 先生著”であります。 マサノブ氏の著書ではありません?
#1103の 『智恵のことば』 にしても、#1112の 『奇跡を生ずる原動力』にしても、、、、、
“さくらさん”は、谷口雅春先生のご文章をフル活用して <説得> にかかり、マサノブ氏の実際の問題行動、問題発言、等々の ゴマカシ に荷担しようとしているのです!!
下層の信徒といえど、もうダマされませんよ!! ノー、ノー、ノー、、、、、
今問題になっている、『鎮護国家』の抹殺なんかは、、、もう、マサノブ氏の “最後のアガキ” としか考えられません。
“志恩さん”と同じ思いであること、嬉しい限りです!!
1118
:
さくら
:2012/11/25(日) 14:37:29 ID:EPwWC/eU
…おーい、だれか〜、ここどこ?
生長の家の掲示板だと思ってたら、
迷ったか?
さくら拝
1119
:
「訊け」管理人
:2012/11/25(日) 14:39:13 ID:???
アーメン。
拝
1120
:
さくら
:2012/11/25(日) 14:39:33 ID:EPwWC/eU
>本流派がまた「歪曲・曲解で暴走」するんで、面倒なだけなのです。
(時間が勿体ないですものね。)
ということで、
ごきげんよう…。
1121
:
「訊け」管理人
:2012/11/25(日) 14:57:33 ID:???
>>和解派軍団に
「真理」を悪用されて、
これと同様な説教を、われわれは、されています。
みなさま、
洗脳されては、いけません。<<
<コメント>
該当発言を至急、こちらへ掲載されたし。そのようなケースあらば当方、速やかな
謝罪を以て応える用意あり。
以上
拝
1122
:
うのはな
:2012/11/25(日) 15:10:16 ID:GJR3i5nM
生長の家の掲示板だと思ってたら、
迷ったか?
さくら拝
1119 名前:「訊け」管理人 投稿日: 2012/11/25(日) 14:39:13 ID:???
アーメン。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ほんとに迷ってますね。アーメンだってさ。
1123
:
うのはな
:2012/11/25(日) 15:15:43 ID:zzNh6pl2
「靖国」見真会さんは、トキ掲示板などでどうしてコメントしないのかと
尋ねているのだと思いますが、訊けは「書き込み禁止処分になるのが恐いからだと
思います」とか。曲解してるみたいです。
アーメンなんて面白がってるやつが出て来ると、読む方も迷います。
1124
:
志恩
:2012/11/25(日) 15:37:13 ID:.QY5jUA6
光明掲示板より
《谷口雅宣先生、“天皇”を抜きにした“神意”があり得るのですか…?》NEW (3969)
日時:2012年11月25日 (日) 13時38分
名前:「靖国見真会」参加者
2012年11月22日のブログ記事、「“天孫降臨”とは神意の現成なり」は、あからさまなる“雅宣教”の宣言でありますね。
ここまで書いてもらうと、谷口雅宣先生がどういう考えの持ち主か、はっきりとわかって却って、良かったのではありませんか…?
生長の家総本山から、「鎮護国家」を外し、その上でこうも言い切るのですからね。
〉「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤りであります。だから、私たちは世界各地に“神意”が拡大していくことを目指さねばなりません。〈
谷口雅宣先生は、何を言っているのだろうと思いますね。
結局、谷口雅宣先生が谷口雅春先生の聖典を読み込んではいないということを図らずも露呈してしまった、その証左と私は見ます。
例えば、「八ヶ岳教団」が絶版にしていない愛国書の『限りなく日本を愛す』を繙いたらよろしいですよ。
この中で、谷口雅春先生は、こう仰っています。(115頁)
…「併し、時期が来ます。キリスト再臨の時が!天皇の實相が天降りたまひて、人の王であるところの天皇が、王の王であるところの實相をあらはし給ふ時が!!
谷口雅宣先生、“神意”というのであれば、「天皇の實相が天降りたま」うことを指すのではありませんか…。
私は、そう受け止めてまいりました。
そして、それが生長の家の「天皇信仰」の神髄なのだとも…。
ところが、谷口雅宣先生は、“神意”をどうも、今回の記事で読む限り、このように受け止めているようですね。
〉「神の御心が十分に反映した平和な世界」「神−自然−人間が大調和した世界」
つまり、谷口雅宣先生のいう“神意”には、「天皇」のご存在が完全に抜け落ちている、そのように思うのです。
いや、そうではない、勿論、“神意”に「天皇」のご存在が意識されていると抗弁するのであれば、谷口雅宣先生の口から、もっともっと「天皇の實相」について言及されてしかるべきであろうと思うのです。
それがない以上、私は、今回の記事を見て、これは「天皇」を抜きにした“雅宣教”の宣言なりと判断せざるをえないわけであります。
前々から言っているように、これは谷口雅春先生の教えとは異なる、新たな宗派、“雅宣教”以外のなにものでもありません。
それでいいという人は仕方ありません。
その代わり、私どもを「別派」というのは辞めていただきたい。
だって、谷口雅宣先生自らが“雅宣教”という「別派」を打ち立てたわけなのですから…。
1125
:
志恩
:2012/11/25(日) 15:38:26 ID:.QY5jUA6
光明掲示板より
《こうしてみんな“雅宣教”に“洗脳”されていくのです…》NEW (3971)
日時:2012年11月25日 (日) 14時05分
名前:「靖国見真会」参加者
2012年11月22日のブログ記事について寄せられた読者のコメントが興味深いです。
例えば、この方。
〉合掌ありがとうございます。
私は、この御文章を読ませていただきまして、正直少し引っかかるところがありました。それは完成の燈台の第一番目「天孫降臨皇御国成就燈」の解釈の部分でした。
これはその当時、雅春先生の願いであった天皇国日本をつくりたいとの思いから付けられた名前であると理解していたからであります。
また、文字どおりそのまま理解してもいいのだと信じてきました。そんなモヤモヤした思いで早朝神想観をいたしまして、家内にそのことを話しました。
家内は「お父さんは、日本国民としての立場だけで総裁先生の御文章を解釈しようとするから迷うんですよ。私には何の抵抗もありません」と言われてしまいました。
私もそうだったかと思い、再びこの御文章を読ませていただきますとすべて納得し理解することが出来ました。
総裁先生の、広大無辺の神意の現成を目的とした運動への想いが心に沁みました。〈
もし、私の妻がこんなことを言ったら、私はガツンといいますね。
谷口雅宣先生は間違っている。こんな解釈があるか。これで、谷口雅宣先生が谷口雅春先生の“法燈”を継承していないことが明らかになった。一緒に、教団を退会するぞ!
それに妻が従わなければ、何のための「夫にハイ」か?
そのぐらいのことを言いますよ。
ところが、どうですか、この方は。
逆に奥さんに言いくるめられてしまっているではありませんか。
何と情けない。
これでは相愛会が下火になるのも無理はない。
こうして、白鳩会ペースで、どんどん“雅宣教”に“洗脳”されていくということなのでしょうね。
1126
:
志恩
:2012/11/25(日) 15:40:10 ID:.QY5jUA6
光明掲示板より
《谷口雅宣先生、谷口雅春先生の“神意”はこれではないですか…?》NEW (3974)
日時:2012年11月25日 (日) 14時45分
名前:「靖国見真会」参加者
谷口雅宣先生が“神意”をどう捉えているか、その一端がこう記されています。
〉最後の7番目の「君民一体地上天国成就」については、第1番目の名前と一見似ているようでありますが、「君民一体」という言葉を重視すれば、それは必ずしも「天皇と国民」だけを指しているのではなく、天皇が存在しない国もあるのですから、一般に「支配者と国民」の関係を述べていると思われます。その場合、支配者と国民の間に「意思の齟齬がない」こと、さらには「感情的な対立もない」ということが「一体」の意味ですから、それが“神意”であるということです。〈
いやはや、何だか、この文意だと「天皇と国民」との関係が「支配者と国民」のような構図でとらえられているような気がして嫌な気分でしたね。
それはそれとして、前述の『限りなく日本を愛す』から、また引かせていただきます。(151〜152頁)
…日本の国体が尊いと云ふのは、それの歴史を通して実相世界そのままの立派な特徴の顕現が続けられてゐるからでありまして、中にも「中心帰一」の實相は皇位の永遠性において表現し、天津日嗣天皇と申上げる名に於いて、天の御心を正しく受け嗣ぎ給ふ理想表現として崇め奉り、全ての国民が「神の子」として、天の御心の御表現なる理想に中心帰一する姿
これが谷口雅春先生の仰る“神意”だと私は拝させていただいております。
1127
:
志恩
:2012/11/25(日) 15:41:52 ID:.QY5jUA6
光明掲示板より
《谷口雅宣先生の常套手段は“ダブルスタンダード”にあり…?》NEW (3976)
日時:2012年11月25日 (日) 15時32分
名前:「靖国見真会」参加者
生長の家総本山の祭祀の重点を「鎮護国家」から「世界平和」へ移す、その理由の根拠が「鎮座降神詞」にあることは先に紹介いたしました。
で、実は、この出典について、《教化部長懇談会資料》は『生長の家五十年史』556〜557頁と、明確に示しています。
言うまでもなく、この本は今や絶版本です。
自分で絶版にしておいて、平然とその絶版したものから、このように利用する、その姿勢にはほとほと呆れ返ってしまいます。
そして、許せないのは、今回のブログ記事のこの箇所です。
〉この「天孫降臨」は他の宗教の目指すものと違うと考えるのも間違いです。その証拠に、「大和の国の神示」には、次のように明示されています
谷口雅宣先生は、「神示」を解釈するに当たっては、それが生まれた時代背景を見逃してはならないと、常に口をすっぱくして指導してきました。
そうであれば、当然「大和の国の神示」ついても、それが生まれた時代背景を抜きにしてはいけない筈です。
ところが、谷口雅宣先生はこの観点を見事にスポイルしてしまっているのです。
この「大和の国の神示」をどう解釈するか、それについては、次の観点が要注意だと谷口雅春先生は次のように仰っています。
『大和の国日本』より引用させていただきます。(33頁)
…さてこの「大和の国の神示」は、昭和二十一年一月一日に「天皇の人間宣言」と世にいわれる詔勅が渙発された五日後の一月六日の朝に掲示されたものであります。そして当時のことを回想すると、神武天皇の「八紘為宇」の建国の理想は世界を征服して一つに統一するという侵略主義であって、その軍閥の中枢を成しているのが天皇であるといった判断を連合国がもっていて、日本を裁くところの極東軍事裁判(東京裁判)において、天皇を戦争犯罪人として出廷せしめようとする強い動きがあるなかで、私はこの啓示を受けたのであります。従って占領軍の天皇への風当たりを避けしめるためその表現には配慮がなされているわけであります。私は、天皇さまを、實相を直視して全知全能の神の御現われであるというように今も考えているのであります。そしてアインシュタインがいみじくも言った如く世界連邦が成立し、誰をその連邦の神聖な中心にすべきであるかというと、自然に日本天皇がその首座に推されるほかはないと信ずるものであります。
如何でありましょうか。
これが、谷口雅春先生の御心なのです。
最後の「信ずるものであります」
この谷口雅春先生のお言葉が、如実に示されたのが、先に私が引用した『限りなく日本を愛す』のこの箇所なのだと私は理解しています。
…「併し、時期が来ます。キリスト再臨の時が!天皇の實相が天降りたまひて、人の王であるところの天皇が、王の王であるところの實相をあらはし給ふ時が!!
谷口雅春先生のこの“真意”からすれば、谷口雅宣先生の今回の解釈は、極めて“恣意”に過ぎると言わざるを得ません。
谷口雅春先生の御心に反して、意図的に自分の主義主張に合うように、都合のいいように「神示」解釈を施している、そんな気がしてならないのです。
谷口雅春先生の“真意”に添うべく尽力するのが、少なくとも、法燈を継承したものの責務ではないでしょうか。
自分の都合のいいように、平然とダブルスタンダー使い分ける、弟子としてこれは絶対にしてはならないことだと私は考えます。
1128
:
「訊け」管理人
:2012/11/25(日) 15:49:19 ID:???
(以下は熊本鎮台殿ご発言・・・)
――――――――――――――――――――――――――――
〉「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤りであります。だから、私たちは世界各地に“神意”が拡大していくことを目指さねばなりません。〈
谷口雅宣先生は、何を言っているのだろうと思いますね。
結局、谷口雅宣先生が谷口雅春先生の聖典を読み込んではいないということを図らずも露呈してしまった、その証左と私は見ます。
――――――――――――――――――――――――――――
しかし熊本鎮台殿は、何を言っているのだろうと思いますね。
結局、熊本鎮台殿が谷口雅春先生の聖典を読み込んではいないということを図らずも露呈してしまった、その証左と私は見ます。
拝
追伸
しかも雅宣総裁のご発言を、一部しか読んでいないことも露呈しましたね。まあ、その文言〝だけ〟を引用してくれば、周囲は暴走してくれましょうから。まあ、運動家としては、素晴らしいです。素晴らしい「戦術だ」の、そんな程度の意味ですが。
さて熊本鎮台殿に問題です。
その、雅宣総裁の御発言ですが、(=「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤りであります。以下)総裁の論拠はなにになりましょう?ぜひ、お答えくださいませ。答えは総裁ブログ内に、明示されてありますがね。
1129
:
「訊け」管理人
:2012/11/25(日) 15:52:55 ID:???
<補足>
どうしても総裁を「撃ちたい」・・・・・・そうなればもっと、他に文言がある
でしょう。ええ、一見するとあたかも、雅春先生の御教えを「歪曲しているかの」
ような、そんな箇所が・・・・・
どうしても撃ちたいならば、そこを引用してくれば良いのに。そう思いますがね。
拝
追伸
なお、その箇所がどこかは、「現段階では内緒」にしましょう。
1130
:
志恩
:2012/11/26(月) 08:34:24 ID:.QY5jUA6
〜和解のこと〜
生長の家の横の真理では「環境は心の影、自分の心の顕われとして現象にあらわれてくる」とあります。
ですから、何か問題が起きたらそれも信徒である私たちの心の影であるとして、雅宣総裁の実相をわれらがまだ見つ
めきれていないからではないのかと言う信徒がいます。
そういう人は、愛ふかく 心やさしく、謙虚な人にありがちと感じます。
しかし公人として、また、宗教団体としての問題は、これとは、別次元の問題だと思います。
その考え方は、公私混同の考え方だと思うのです。
特に創始者谷口雅春先生が烈々と説かれ続けてきた天皇の実相、日本国の実相を説かず、それを周辺の真理と評し、
雅宣総裁は、それらについては時代的な特殊のことであるとして、主流からはずしてしまい、代わりに主流を環境問題、ノーミートにしてしまった
「今の教え」の状態は、別次元の問題として考えるべきだと存じます。。
雅宣総裁は、[国際平和信仰運動」の名のもとで、熱心な生長の家の信徒さん方の多くの信徒の心から、谷口雅春先生にご指導頂いた正しい国家観と愛国心を、こそぎ落としてきました。。
今度は、名を変えて「世界平和運動」ですね。
そして、「今の教え」と称して、生長の家大神・住吉大神が谷口雅春先生を通して人類に示された生命の實相の教えを変質させ、
新しい信徒さん方が、もともとの教えに触れる機会を乏しくさせています。
更に谷口雅春先生のご存在を、より薄くし、抹殺する行為も激化しており、
生長の家の人類光明化運動・目本国実相顕現の運動が次第に楼小化され無化されていく中で、
目本の国家の崩壊現象が猛烈に進み、様々な問題が噴出し、国家の将来を危ぶませるような情況となってきています。。
このような現状認識の中で、雅宣総裁は自分自身の心の影である、自分の祈りが足りないのであると感じることは、
教義上は一面の真理であるように見受けられます。しかし、その祈りが「人生を神生となし、必勝を信じて邁進」する、どのような行動となっているのかが
大問題なのでは、ないでしょうか。
和解派の皆様の言葉の数々は、雅宣総裁に妥協する誘惑の言葉となっていることが多いように感じています。 つづく
1131
:
志恩
:2012/11/26(月) 08:48:40 ID:.QY5jUA6
〜和解について〜②
『生命の実相』第十四巻倫理篇に
「和解の倫理」と題 して、われわれ信徒がとるべき、基本的な考え方が厳しく書かれてあります。
【即ち、・・・「生長の家」倫理学の中心思想は、「人と神と一体であり、万(よろ)ずのもの皆神より出でたるものであるから、なんじを害するものは一つもないのであるから、
天地一切のものと和解せよ」ということであります。
そこで天地一切のものと和解するには、天地一切のもの、すなわち異端邪説とでも和解したらよいかどうかが問題になるのであります。と書かれ、
家ダニ、結核菌、放蕩息子を例として、具体的に説かれた後、谷口雅春先生は、・・・・仮相に和解していたのでは、仮相はますますのさばって大きくあらわれて来るのであります。
(中略)仮相に和解してしまったら仮相があらわれる。それではいけない。
それで「生長の家」の聖経『甘露の法雨』には、「仮相に対しては実相をもって、相対せよ」「非実在に対しては実在をもって相対せよ」と書いてあるのであります。】
顕現を祈るべき実相とは
それは、あくまでも、生長の家大神・住吉大神が人類の中から谷口雅春先生を選ばれ、神示を通して示された、
谷口雅春先生が説かれる生命の実相の教えの宣布(人類光明化運動)を、そのまま曲げずに展開している実相以外にはありえないのではないでしょうか。
1132
:
志恩
:2012/11/26(月) 09:16:13 ID:.QY5jUA6
〜和解について ③〜
(虚説とは、雅春先生の教えをご自分の「都合のいい教え」に歪曲して解釈を加え、別の説にしてしまった説のことです。)
「生長の家」に救いを求め、教えを求めてきた人に、
「神の子人間」の真理に立った絶対的なる光明思想を正しく教えられず、光明生活を確立せしめられず、
「今の教え」という違うものを押しつけられるのであれば、それは信徒を誑かすものとなるのではないでしょうか。
人を救う力は生命の實相の真理にあるのであって、雅宣さんが語るくどくどしい説明や理屈にあるのではないことは、わかる人にはわかるのです。
更に、谷口雅春先生の説かれた「生命の実相の真理」を人類に伝え、人類を光明生活に導くということを真っ直ぐに説かないということは、
人類光明化運動に人生を捧げてきた、又現に捧げている数百万の聖使命会員の真心を裏切ることであり、
又「生長の家」が人類に果たすべき役割を、放棄することとなっているのではないでしょうか。
では、どうしたらいいかについて、雅春先生が、お説きになっておられます。
谷口雅春先生は
「虚説に和解してはならぬ」という見出しを敢えて掲げられて、次のように厳しく示しておられます。
対人関係、対物関係の和解は、そういうように物そのもの、人そのものの実相を見て、それと実相において和解してしまいますと、
相手の調和した実相があらわれて相手が自分に逆らいまたは害しなくなるのでありますが、
「迷い」に対したり「誤れる見解」に対しては、われわれはいかなる態度をとるべきでありましょうか。
「迷い」に対して和解したら、真理が消えてしまうのであります。「誤れる見解」に対して和解したら実相がくらまされてしまうのであります。
だからわれわれは、決して「誤れる見解」に和解してはならないのであります。(中略)
・・・光は闇と和解することはできない。光が近づけば闇は消えるほかはない。
それと同じく真説は虚説に近づけば虚説を消す働きになる。
(中略)虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのもまちがいであります。
虚説を排撃することいよいよ明瞭であればあるほど、真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。
ここに、「虚説を排撃することいよいよ明瞭であればあるほど、真説は明らかに照り、
それに照らされて救われる人間も又多いのであります。」
と、このように、雅春先生は、明示されておられるのです。
1133
:
復興G
:2012/11/26(月) 11:28:54 ID:vWpLkCzM
>>1100
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(21)
今朝、私のところに下記のようなメールが届いていました。
===========
<タイトル>甘露の法雨の「智慧」の文字について質問です
(Mon, 26 Nov 2012 06:03:22 )
(前略)先日、昔に購入した手帳型の甘露の法雨が出てきました。家では折本型の四部経、外では手帳型の甘露の法雨を持ち歩いています。
ところが、折本型は「知恵」、手帳型は「智慧」になっているのです。本当はどちらなのでしょうか?
意味を調べてみますと、「智慧」を使う場合は神様の智慧、実相界の智慧を指し、「知恵」を使う場合は人間知、脳髄知を指しているとのことです。当然、前者の方が良いような気がしますがどうなのでしょうか?
===========
それに対して、私は次のようにお答えしました。
===========
<お答え>
――谷口雅春先生がお書きになった元の『甘露の法雨』では、「智慧」です。
『生命の實相』の頭注版が出された時、谷口雅春先生がお書きになったままの、正漢字(略字を採用している当用漢字ではない元の旧字体)・歴史的仮名遣い使用から、当時の文部省が決めた当用漢字・新仮名づかい使用に書き換えられました(それは新しい教育を受けた若い人たちにも抵抗なく読めるようにとの配慮からでした)。
それは、頭注版の目次の前に掲載されている「凡例」の(一)に
「本文は文部省調査局国語課長白石大二編『当用漢字・現代かなづかい・送りがなのつけ方』(昭和35年版)に準拠したが、固有名詞はそのまま保存し、納得の行きかねる所は独自の考え方で改めたところもある。」
と記されている通りです。
その頭注版が発行されたのは昭和37年からでしたが、そのとき、大幅に漢字をかなに書き換えたり、当用漢字にない難しい漢字は当用漢字に書き換えたりすることを、編集部で勝手にやってしまったのです。
その『生命の實相』の中で聖経『甘露の法雨』が最初に出てくるのは、第20巻の最後の方の「聖詩篇」の最初のところですが、ここで「智慧」が「知恵」に書き換えられています。
以後、折本型の聖経四部経が練成会で使用するために発行されたとき、この『生命の實相』頭注版「聖詩篇」を参照したので、以後の新かな聖経『甘露の法雨』ではすべて「知恵」になっていると思います。
あなたが昔購入された手帳型の聖経『甘露の法雨』というのは、もとの旧仮名遣いのものなのでしょうね。
谷口雅春先生は、頭注版の『生命の實相』が出来上がってご覧になったとき、これは自分の書いたものではない気がすると嘆かれた、と伺ったことがあります。
「智慧」を「知恵」に書き換えたのは、谷口雅春先生の著作人格権を犯す、編集部の“暴走”ではなかったかと、私は思います。
ありがとうございました。合掌
1134
:
トンチンカン
:2012/11/26(月) 11:38:28 ID:9yITXFI2
マサノブ総裁は本当に<和解>する気があるのか?
この掲示板でも、トキ管理人は <和解の旗振り役> をさせられております。
今までにも、和解派の人達の見解もありました。
しかしですね、当のご本人である マサノブ総裁 は “素知らぬ顔” を決め込んでいるではありませんか?
和解派の人達は、本流派の人達に物申すのではなく、その矛先は マサノブ総裁 に向けられるべきであります。
マサノブ総裁がその気になれば、今すぐにも解決出来ることなのです。
問題は、マサノブ総裁が “和解のテーブル” に乗りたくないだけのことなのです、、、、、
1135
:
復興G
:2012/11/26(月) 12:36:09 ID:vWpLkCzM
>>1133
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(22)
さて、“暴走”とは、何か。
私はこの続き物の投稿の最初に(
>>1062
)次のように書いていました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
現在の教団の状況は、教団80年の業(ごう)の結果である、と思っています。……の現在の雅宣総裁・教団の“暴走”はなぜ起きているのかと言えば、その前に、反対方向への“暴走”があったので、その反動としての暴走ではないか、というのが私の大局観というか、思うことです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
“暴走”という言葉は、石原慎太郎さんも「僕は暴走老人だ」と自分でおっしゃってますから、必ずしも悪い意味ばかりではないと思いますが、私はこの言葉の定義をはっきりさせてから、上記のように思う所以を、資料をもとにして、冷静に考え、述べてみたいと思います。
===========
“暴走”と言えば、「暴走車」というのは猛スピードで走るスピード違反とか、歩道走行、信号無視、高速道路逆走とか、ルール違反の走行をしてひどい人身事故や物損事故を起こすようなのは当然、「暴走車」と言われますよね。
戦後の全学連から全共闘、新左翼・・・・といった極左の学生運動が、やがて四分五裂し、内ゲバ、リンチ殺人事件などで世間から見放され自滅の道をたどったのは、“暴走”の結果だったと言えるでしょう。
オウム真理教の無差別殺人事件だって、「ポア」と称して熱湯で人を殺すことが人を救うことだなんて、どう考えても、とんでもない“暴走”ですよね。
生長の家はすべての人を「神の子」として礼拝し、生かす教えですから、そのような“暴走”を起こすことがなかったのは当然で、ありがたいことです。
<つづく>
1136
:
うのはな
:2012/11/26(月) 15:16:39 ID:O14KGmdU
トキさんが「和解の旗振り」をしていても
トキ掲示板=争いの家
別版にも書きましたが、訊けに注意もできないようだし、
ここをいったん、閉鎖することを提案します。
1137
:
復興G
:2012/11/26(月) 15:35:52 ID:vWpLkCzM
>>1135
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(23)
生命は常に新しく前進します。一瞬たりとも停滞することなく、古いものをこわしては新しい創造をして行きます。
細胞も古いものをこわして新しい細胞を創る新陳代謝を続けて、生命体は生長を続けています。それは、神は無限のものを包蔵したまい、次々に新しいものを現象界に映し出して行かれる、人間はその神の創造の出口、噴出口だから――と言えるでしょう。
若いときには特にエネルギーに満ちていますから、善きにつけ悪しきにつけ、火山の噴火のように、内からマグマが噴き出るように行動して、それは古いものを破壊するようなこともある。それは、新たな創造のためであれば、必要なことと言えるでしょう。
だから石原慎太郎さんが「私は暴走老人」と自分で言われるのは、まだ若さがあると肯定的に“暴走”という言葉を使っておられるのだと感じられます。
それにしても、生長の家で“暴走”というのは、何を意味するか、どう定義すればよいかを考えてみたいと思います。
己れが「善」と考え「使命感」と思うことに、自我の欲望、名誉欲とか、権力欲とかが混入していることは、ままあることだと思います。また、宗教においては、「悟り」というもの、生長の家では「神の子の自覚」ということが大切な要諦になりますが、これは白隠禅師も「大悟18回、小悟は数知れず」と言われたとかで、限りなく奥深いものです。それが「小悟」の段階で、すでに最高の悟りを得たと思い上がり、増上慢に陥って独善的に行動することは、最も自戒すべきことだと思います。
谷口雅春先生も、「わたしは『生長の家』の教祖ではない。わたしは諸君と共に『生長の家』の教えを聴聞して、ひたすら、その教えのごとく生き行こうと努力する一人の求道者に過ぎない」と言われているのです(『生命の實相』第1巻p.14)。私たち信徒は、谷口雅春先生に学び、そのみ跡に続こうとするならば、先生のこの謙虚なご姿勢に学び、教えの前に謙虚さを失ってはならないと思います。
また、集団で行動するときには、「集団心理」というものが働く。集団心理とは、合理的に是非を判断しないまま、特定の時流に流されることを指します。集団心理で行動すると、時には“暴走”してしまうことになりがちです。
60年安保のときには20万、あるいは30万人ともいわれる大衆が国会前に乱入し、「安保反対」「岸(首相)を殺せ」などと叫んでデモを繰り返しました。私は谷口雅春先生の「諸君は日の丸に組するか、赤旗に組するか」という雄叫びに、「日の丸に組します」と奮い立ち、国会周辺に向かっておりました。途中で、産経新聞の記者をしている、少し遠い親戚の者に出会いました。そして夜通し彼人と無我夢中で安保について論議し語り明かしたことがありました。そのとき、この安保反対の大衆行動はまさに集団心理によるところが大きく、一人一人の参加者は、合理的理性的な判断をしないままに、“進歩的文化人”と言われた時代迎合の知識人やマスコミの煽動にあおられ乗せられて、野次馬的に行動していたのであることが、はっきりとわかりました。
このような「空気」によって、「日本」なるものが破壊されてはならないと、谷口雅春先生は「世界平和の鍵を握る天皇国日本」を守り抜くために、(
>>1078
参照)「渾身の力をふるって懸命に」叫び続けられたのでした。
前にも述べましたように、その先生の愛国、憂国の雄叫びに応えて起ち上がったのが、かつての青年会の『理想世界』百万運動であった、と言ってよいと思います。
<つづく>
1138
:
復興G
:2012/11/26(月) 21:28:02 ID:vWpLkCzM
>>1137
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(24)≫
かつての青年会の『理想世界』百万運動は、
>>1089
〜
>>1100
に書きましたように、谷口雅春先生の愛国、憂国の雄叫びに応えて起ち上がった青年たちの、燃える青春を賭けた運動でありました。
では、そこにはいささかの曇りもなく、
>>1137
で書いたような“暴走”というようなものが皆無であったかと言えば、現象の運動では、そうはいかない。左翼が暴走して日本を破壊しようとしているのに対して、それと戦って阻止するには、こちらも“暴走”するくらいのエネルギーを要したからであります。
それは、日本が大東亜戦争を戦ったのは西欧諸国に植民地化されていたアジア民族の解放、大東亜共栄圏の建設という理想がありましたが、現実の日本軍には「皇軍」らしからぬこともあった。だから「戦争は迷いと迷いと相搏(う)って自壊する」と神示にあるように、敗戦というすがたになった。しかし、聖なる戦争目的は達成されて、アジア・アフリカの民族は解放され次々に独立をかちとったのでした。
で、『理想世界』百万運動にも“暴走”はあったと、私は振り返って思います。当時の青年会は生長の家の紅衛兵(こうえいへい)みたいだ、などという評を聞いたこともあります。今、「谷口雅春先生を学ぶ会」の代表をしておられるN氏も、当時はそれに同調して百万運動を批判しておられたと思います。
紅衛兵というのは、もう40年以上も前の中国のことですから、ご存じない方のために説明すると――
中国共産党指導者だった毛沢東が、「大躍進政策」の大失敗により2000万〜4000万人の餓死者を出して失脚した後、権力回復の為に起こした「文化大革命」闘争(1965年から約10年間続く)で使われた過激な若者軍団です。毛沢東語録を手に、旧思想の打破を叫んで街頭へ繰り出し、「理想の実現のためなら何しても構わない」「古い物は全て悪」として、劉少奇や訒小平に代表される実権派、反革命分子を攻撃したほか、「造反有理(反逆することに理がある)」という毛沢東のスローガンの下、既成の秩序を徹底的に破壊しようとした。
学校においては、教師がつるし上げの対象となり、生徒が校長を追放し、授業の内容はもっぱら毛沢東の著作の研究以外は行われず、出身階級が悪い生徒をつるし上げ、殴打し、悪罵を投げつけるという凄惨な場であったという。
仏教寺院やキリスト教の教会は破壊され、凄まじい数の仏像と経典、文化的価値のある建築物が灰燼に帰した。僧侶やシスターたちは侮辱をうけ、暴行され、時には殺された。儒教と孔子も徹底的に攻撃された。
ある女性が集団でリンチを加えられているので、殴打されている理由を尋ねると、「この女は地主の娘だからだ」という答えが帰ってきた、とか……
そうして文化大革命期間中に出た死亡者、行方不明者(数百万人とも数千万人ともいわれる)の一部の虐殺に加担したとも言われています。
笑い話みたいですが、交差点の信号を紅(赤)を進行、緑(青)信号を停止にしようとしたとか、藍い目をした外国人旅行客の寝てる隙に、目にケチャップをそそいだとか、キンタマが右に寄っている人を反革命分子と勝手に決め付けて右のタマをつぶしたりしたとか、「左折禁止」の場所でも構わず左折(中国は右側通行)。逆に「右折禁止」の標識を勝手に作りまくったとかいうエピソードも伝わっています。
以上は中国の紅衛兵のことであって、生長の家青年会がそのようなことをするわけはありません。しかしそれまでのおとなしい伝道活動からみれば、まるで紅衛兵のような恐ろしいほどの雰囲気が感じられるくらい、猛烈な運動を展開していたということかも知れません。が、それによって、『理想世界』誌百万部はついに達成した――。
<つづく>
1139
:
復興G
:2012/11/26(月) 22:37:53 ID:vWpLkCzM
>>1138
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(25)≫
私は『理想世界』百万運動の渦中にいましたから、その雰囲気は身をもって感じ、知っています。その「光」の面も、「影」の面も。具体的に見聞し体験したこともありますし、文書資料もあります。が、その「影」の面を今ここに公開しようとは思いません。
しかし谷口雅宣さんは(「雅宣さん」と呼ばせて頂きます。なぜなら、その当時は総裁でも副総裁でもなく、生長の家の組織役員でありませんでしたから)、その“影”の面を見て、この運動を“悪”として激しく批判し、副総裁になられてからは、百万運動のリーダーであったM氏・A氏およびその同調者を徹底的に排除しようとして来られたようです。私は本部の外にいましたから、あまり具体的には知りませんでしたが、信頼できる本部員からの情報で、それがあったと思います。
私は今、『理想世界』百万運動のリーダーであったM氏・A氏には、心から敬意と感謝の思いを持っております。なぜなら――その後両氏は、谷口雅宣副総裁―総裁のもとで教化部長になられてからも、誠心誠意全力を尽くして伝道教化、信徒の救済指導と運動推進に献身され、講習会推進にも聖使命会員拡大にも抜群の成果を挙げられました。現在、教団が衰退気味ながらも持ちこたえているのは、両氏の貢献によるところも大きいと思われます。
「東京事件」と言われる騒ぎの中で除名処分を受けた悲劇の主人公N氏とも完全和解され、今ではN氏も、M・A両氏を熱心に支持し、むしろ雅宣総裁批判の側に立っておられていることも、知っています。
両氏は本部を退職されてからも、「(ご恩を受けた)谷口家に弓を引くようなことはできない。教団をつぶしてはならない」と言って、“本流”の方たちの心情は理解しながらも行動を共にすることはせず、ひたすら谷口雅春先生の御教えを深く学び伝えることをされていると伺っておりますから、両氏には心から敬意と感謝の思いを持っています。
<つづく>
1140
:
ハマナス
:2012/11/27(火) 00:18:25 ID:x2zmnlqw
谷口雅春先生著『限りなく日本を愛す』P.89より 謹写させて頂きます。
君民一体の生命把握の自覚
天に仰ぎ、地を見下ろせば、天と地とは感覚的には別個のものであるのである。しかし
その根元を「一」として捉え、その「一」に中心を見出して、それに万法の帰一することを
捉えたのが日本民族であるのである。その生命の流動は、全体として「高天原」(たかあま
はら)なる生命顕現の「場」を形成するのである。「場」は単なる場所でなくして、生命の
流動そのものの展開又は表現としてのそれであるがゆえに、それは直に「成りませぬ」生命
そのものである。「成り」は「鳴り」であり、コトバであり「生命の流動」である。「高天原」
に偏在して「鳴」りわたるコトバはそのまま「生命の流動」であり、それがそのまま「天之御
中主神」(あめのみなかぬしのかみ)であるのである。高天原と云う容器(いれもの)の中に
天之御中主神が発生したと云うのではなくして、高天原そのままが「中」(みなか)の顕現で
あるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。
天皇と臣民とを分割するような思想は、日本的なものでない。日本人は天皇に於いて自分の
生命の本源の象徴を見出し、天皇はみづからの手身(たみ)であるところの国民を見出したの
である。頭首は手身なくして生きないし手身は投手なくして生きない。君臣一体の生命把握が、
日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。
(旧かな使いを新かな使いに変換致しました。)
感謝合掌
1141
:
トンチンカン
:2012/11/27(火) 00:26:11 ID:9yITXFI2
トキ管理人は“訊けさん”に注意できない?
>>1136 名前:うのはな 投稿日: 2012/11/26(月) 15:16:39 ID:O14KGmdU
トキさんが「和解の旗振り」をしていても トキ掲示板=争いの家
別版にも書きましたが、訊けに注意もできないようだし、ここをいったん、閉鎖することを提案します。<<
『訊けに注意もできないようだし』とのこと、、、、、?! しかしね、トキ管理人にはそれができないのです。
何故って? “初心者さん”や“さくらさん”が “訊けさん” と実はラブラブなのですから、、、、、
“初心者さん”や“さくらさん”の 困った時 の <訊け頼み> なのです。
先日も、“さくらさん”が『1118 :さくら:2012/11/25(日) 14:37:29 ID:EPwWC/eU …おーい、だれか〜、ここどこ? 生長の家の掲示板だと思ってたら、 迷ったか? さくら拝』なんて言ったら、、、
“訊けさん”が『1119 :「訊け」管理人:2012/11/25(日) 14:39:13 ID:??? アーメン。 拝』、、、と応えていたではありませんか?? それも、即座にですよ!!
<参考>
1638 :さくら:2012/11/26(月) 07:36:24 訊けさま 商人さま
<略>
わたしは、「訊けブログ」が好きです。
<略>
訊けブログは、表題がついてて探しやすく、映像も、ことばが心に入りやすい演出があります。
これからもお世話になります。
生長の家でのご縁に、感謝しています〜、
1142
:
志恩
:2012/11/27(火) 06:28:46 ID:.QY5jUA6
トンチンカン様
ここは、【和解派の要塞】なんです。
なのに、トンチンカン様は、よくめげずに発言されていらっしゃいます。
そうなんです。
初心者様、さくらさん、訊け君たちは、トンチンカンさまのいわれるように
ラブラブのお仲間です。
ここの和解派の要塞の皆様の戦略は、本流派を虚無感に陥らせるか、
だんだんと、ここでの発言を、ばかばかしく思えさせて、
本流派を、ここから、つぎからつぎへと、追放することにあります。
別板では、訊け君やさくらさんなどの和解派が、熊本鎮台殿(靖国見真会様のこと)と志恩の
悪口を言い合っています。
訊け君は、「雅宣総裁の方が、知的で誠実さがある」と、総裁と、われわれとを比較したりしています。
まさしく「雅宣総裁擁護派」なんですね。
彼らの考えによると、生長の家が潰れてもいいのです。雅宣さんさえ、助かれば。
1143
:
志恩
:2012/11/27(火) 06:39:42 ID:.QY5jUA6
掲示板・運営/方針 板より、
別板で、和解派の皆さんが語り合ってますが、訊け君の発言を1つ貼付します。
(彼の言う、熊本鎮台殿とは、靖国見真会参加者様のことです
もう、あきれて話になりません。「愛国書なんて、「絶版でよいのでは?」」とも
言ってますから…まさしく、雅宣総裁擁護派の感覚って、こうなんですね)
>>531 :「訊け」管理人:2012/11/26(月) 20:14:07
なんか「ありき」なのは思想ではなく「結論」の様な気がしますね(笑)。
あれは雅宣総裁の方が知的誠実さがあります。しかも雅宣総裁の論拠は雅春先生
だったって言うんだから、話になりません。熊本鎮台殿、普段は「愛国思想を抹殺
した総裁!」と連呼してましたが・・・・実際に抹殺してんのは、どっちよ?
結論先にありき、なんでしょう。もう、雅宣総裁が言う事には「何でも反対!」な、
運動なんでしょう。ですんで思想ではなく、先にあるのは「結論」なんでしょうね・・・
追伸
無論、本島でも書いたように雅宣総裁御文章にも、やや疑問点はあります。
ですが、早くその話もしたいんですが・・・・・なんか、話しにならない感じ
ですね。もう、愛国書なんて「絶版でよいのでは?」なぜと申して愛国書、読まれ
たら運動が、成り立たなくなったりして・・・・・笑えない冗談ですね(笑)<<
1144
:
志恩
:2012/11/27(火) 06:45:16 ID:.QY5jUA6
訊け君を相手に論議しようとしているわけではありません。
あまりに呆れたので、訊け君の投稿文を1つ貼っただけです。
1145
:
うのはな
:2012/11/27(火) 09:24:35 ID:SXwG/Idc
別版では「それで邁進しましょう」だとか、さっそくひとり調子にのって
仕切りマンになっていますね。
今迄訊けによく利用されてきた志恩さんは、今は被害者モードになってるそうです(笑)
この男にはみんなの呆れた念や、恨みなどマイナスの気が相当集まってるだろうなと想像します。
天罰は下るから、志恩さんはまともに相手になろうと思わないほうがいいですよ。
1146
:
復興G
:2012/11/27(火) 09:33:38 ID:vWpLkCzM
>>1140
:ハマナス様!
ありがとうございます!
≪谷口雅春先生著『限りなく日本を愛す』P.89より
君民一体の生命把握の自覚
天に仰ぎ、地を見下ろせば、天と地とは感覚的には別個のものであるのである。しかしその根元を「一」として捉え、その「一」に中心を見出して、それに万法の帰一することを捉えたのが日本民族であるのである。≫
そうです! これです!
≪その生命の流動は、全体として「高天原」(たかあまはら)なる生命顕現の「場」を形成するのである。「場」は単なる場所でなくして、生命の流動そのものの展開又は表現としてのそれであるがゆえに、それは直に「成りませぬ」生命そのものである。≫
――この「成りませぬ」は「成りませる」の誤植ですね。
≪「成り」は「鳴り」であり、コトバであり「生命の流動」である。「高天原」に偏在して「鳴」りわたるコトバはそのまま「生命の流動」であり、それがそのまま「天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)であるのである。高天原と云う容器(いれもの)の中に天之御中主神が発生したと云うのではなくして、高天原そのままが「中」(みなか)の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。
天皇と臣民とを分割するような思想は、日本的なものでない。日本人は天皇に於いて自分の生命の本源の象徴を見出し、天皇はみづからの手身(たみ)であるところの国民を見出したのである。頭首は手身なくして生きないし手身は投手なくして生きない。君臣一体の生命把握が、日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。≫
そうです! これを外して突っ走ることは、生長の家における“暴走”になると、私は思っています。
1147
:
復興G
:2012/11/27(火) 09:39:20 ID:vWpLkCzM
上記のうち、
<「高天原」に偏在して>は、
<「高天原」に遍在して>
が正しいと思います。
合掌
1148
:
復興G
:2012/11/27(火) 09:43:09 ID:vWpLkCzM
あ、もう一つ。
<手身は投手なくして生きない>は、
<手身は頭首なくして生きない>
ですね。
合掌
1149
:
復興G
:2012/11/27(火) 10:09:37 ID:vWpLkCzM
上記のお教えのうち、特に私は
≪高天原そのままが「中」(みなか)の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。≫
というところに、ハッと、「そうなのだ!」と気がつかせていただきました。
よく卵の黄身だ、白身だとか、中心部分と周辺(周縁)部分だとか、分けて言われますが、本当は、「中」(みなか)においてすべては「一つ」なのだ! 常に、そこに立って行ずるのが、生長の家の生き方であり、日本の心を生きることである。そして、その生き方こそが世界平和の根本になるのである。これをはずして真の世界平和はあり得ない! と、私は思いました。
1150
:
「訊け」管理人
:2012/11/27(火) 10:20:16 ID:???
○ Climb every mountain
http://www.youtube.com/watch?v=0aUXUr5rogM
>>1140
ハマナスさま
『限りなく日本を愛す』よりのご投稿を、ありがとうございます。貴女さまが今回謹写くださった箇所のうち、私は以下に赤線を引いております。
>>高天原そのままが「中」(みなか)の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。<<
これは六年前、拝読した際に感動した箇所です。谷口雅春先生とは本当に「包容力のあるお方だな」と思ったものです。そして「これぞ、八紘一宇なのではないか」とも、考えたところの箇所です。
「偏狭な考えが日本精神なのではない」――雅春先生が随所で述べられておられる、光明思想です。「八紘(世界)ひとつの家と成す」とは世界を「日ノ本だと観る」ことと、同義であろうかと思う次第です。素晴らしい箇所をご謹写くださり、ありがとうございました。
<註>
※ BGMに関し。
これは昔付き合いのあった女性が、推薦してくれた歌です。彼女はフェリスの子でして大学時代、私がフラれたんですが最近、また連絡を出来るようになりました。ところで、“Climb”とは「努力して困難に打ち克つ」てなイメージの、そんな英単語ですよね。額に汗しながら険しい山岳を、征服していくイメージでしょうか。つまり、生長の家で申すところの「自力作善」に近いものになりましょう。でもなにか、曲調は違いますね。
この歌、“Climb every mountain”ですけどもなにか、「神と偕に」という感じがします。自力作善でありながらも、神のご加護があるかのような・・・・・
1151
:
「訊け」管理人
:2012/11/27(火) 10:21:28 ID:???
>>1150
は、
>>1149
復興Gさまご投稿文、確認前でございました。内容重複ですみません。
拝
1152
:
ハマナス
:2012/11/27(火) 10:25:10 ID:x2zmnlqw
復興G様
ありがとうございます。
ご指摘して頂きありがとうございました。度々の誤植を申し訳ございません。
復興G様に同意いたします。
「君臣一体の生命把握」がなければ、日本が真理国家であると言えなくなると、思います。
谷口雅春先生の大切なご文章、訂正して再度謹写させて頂きます。
感謝合掌
1153
:
ハマナス
:2012/11/27(火) 10:43:08 ID:x2zmnlqw
訂正版です。申し訳ございません。
谷口雅春先生著 『限りなく日本を愛す』P.89より
君民一体の生命把握の自覚
天に仰ぎ、地を見下ろせば、天と地とは感覚的には別個のものであるのである。しかし
その根元を「一」として捉え、その「一」に中心を見出して、それに万法の帰一すること
を捉えたのが日本民族であるのである。その生命の流動は、全体として「高天原」(たか
あまはら)なる生命顕現の「場」を形成するのである。「場」は単なる場所でなくして、生命
の流動そのものの展開又は表現としてのそれであるがゆえに、それは直に「成りませる」
生命そのものである。「成り」は「鳴り」であり、コトバであり「生命の流動」である。
「高天原」に遍在して「鳴」りわたるコトバはそのまま「生命の流動」であり、それがその
まま「天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)であるのである。高天原と云う容器(いれ
もの)の中に天之御中主神が発生したと云うのではなくして、高天原そのままが「中」(みなか)
の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。
天皇と臣民とを分割するような思想は、日本的なものでない。日本人は天皇に於いて自分の
生命の本源の象徴を見出し、天皇はみづからの手身(たみ)であるところの国民を見出した
のである。頭首は手身なくして生きないし手身は頭首なくして生きない。君臣一体の生命把握が、
日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。
(旧かな使いを新かな使いに変換致しました。)
感謝合掌
1154
:
復興G
:2012/11/27(火) 10:52:04 ID:vWpLkCzM
ありがとうございます。
谷口雅春先生の愛国の情は、実に、この「中(みなか)」の御自覚がら出たものなのでした。
日本と他国とを分けて日本だけを愛するというようなちっぽけな愛国心ではなかった。日本の心こそ世界を生かし、「み心の天に成る神の国」なる世界平和を地上にもたらすものだ、という確信からほとばしる愛国の情だったのだ、と私は信じます。
この先生の御心を体して生きる、行ずる、伝道するのが生長の家の愛行であり、常にここをはずしてはならないと思います。この「中(みなか)」を生きることが、「今」を生きる――「久遠の今」を生きることである。
榎本恵吾講師(故人)は、『光のある内に』という著書に、次のように書かれていました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
天地(あめつち)の初発(はじめ)に立ちて (榎本恵吾)
――人類光明化運動の楽的展開論――
(前略)
終 曲
この広大無辺なる宇宙の一点に立って、真の一足を投じてあやまたざる、真の自信ある生活をおくることの出来る者は誰か。それは神の子である。神の子とは「個即全」「今即久遠」をいのちとして生きているものに他ならない。
創造とは何か。創造とは「久遠の今」の一点が進むことである。これが、尊師の教え給う「生命の純粋持続」ということである。この生命を「光」という。このほかに「光」はなく、創造はない。創造とはそこに価値を産むことである。価値があるとは実在があるということである。実在があるということは神があるということである。神は絶対であり、絶対には分裂がない。分裂がないのが「久遠の今」なのである。今と久遠が分裂せず、自己と世界が分裂せず、目的と手段とが分裂せず、今此処に自己と世界が一点に生きて完全であり、しかも無限に創造がなされてゆく。ここに真の「光」の創造的進軍がある。
「生長の家人類光明化運動にいのちをかける」とは如何なることか。この「今」にいのちを懸けることである。「今」の一点には全宇宙即「生長の家」があるのである。ここにいのちを懸ける道が開かれているのである。それは全宇宙にいのちを懸けることである。
「御教えの本(もと)に還れ」とよく言われるのであるが、実に、生長の家の御教えの本に還り、尊師のいのちに帰るとはこの「久遠の今」に還ることにほかならない。この「久遠の今」の中に日本があり、天照大御神がいまし、天皇がおわしまし、生長の家があり、尊師がおわしますのである。
尊師がこの世に、『生長の家』誌を出される決心をされたときに聴かれた声は、「今、起て!」という大いなる天徠の声であった。尊師は万物発生の枢機を握る一点において「吾れ」と「今」と「此処」とは一つであるとお説きになられる。即ち、「今」とは「尊師」のことなのである。「今、起て!」のことばは万物発生の枢機を握る一点において「吾れ」と「今」と「此処」とが実相全機の現成として響いたのである。そして、実相の世界に於いては永遠に常に「今、起て!」というコトバが全機の働きとして鳴り響いているのである。常に、実相の大地に降り立ち、尊師のいのちに参ずるものはこの声を聴くことが出来るであろう。そこにこそ運動の中において一人一人の一挙手一投足に本当の尊師のいのちへの回帰があり、帰命がある。此処においてはじめて本当の意味における尊師のいのち――生長の家人類光明化運動への情熱が吾々各個の中に生まれるのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
と。
1155
:
ハマナス
:2012/11/27(火) 11:15:39 ID:x2zmnlqw
復興G様
榎本恵吾先生の素晴らしいご文章をありがとうございました。
<この広大無辺なる宇宙の一点に立って、真の一足を投じてあやまたざる、
真の自信ある生活をおくることの出来る者は誰か。それは神の子である。
神の子とは「個即全」「今即久遠」をいのちとして生きているものに他ならない。
創造とは何か。創造とは「久遠の今」の一点が進むことである。>
<神は絶対であり、絶対には分裂がない。分裂がないのが「久遠の今」なのである。
今と久遠が分裂せず、自己と世界が分裂せず、目的と手段とが分裂せず、今此処に
自己と世界が一点に生きて完全であり、しかも無限に創造がなされてゆく。ここに
真の「光」の創造的進軍がある。>
<「生長の家人類光明化運動にいのちをかける」とは如何なることか。この「今」
にいのちを懸けることである。「今」の一点には全宇宙即「生長の家」があるので
ある。ここにいのちを懸ける道が開かれているのである。それは全宇宙にいのちを
懸けることである。>
今、運動が活発になっています。今度の白鳩活動に勇気を頂きました。
感謝合掌
1156
:
トンチンカン
:2012/11/27(火) 11:19:47 ID:9yITXFI2
和解派の要塞?
>>142 :志恩:2012/11/27(火) 06:28:46 ID:.QY5jUA6 トンチンカン様
ここは、【和解派の要塞】なんです。 なのに、トンチンカン様は、よくめげずに発言されていらっしゃいます。
そうなんです。 初心者様、さくらさん、訊け君たちは、トンチンカンさまのいわれるようにラブラブのお仲間です。
ここの和解派の要塞の皆様の戦略は、本流派を虚無感に陥らせるか、だんだんと、ここでの発言を、ばかばかしく思えさせて、
本流派を、ここから、つぎからつぎへと、追放することにあります。
別板では、訊け君やさくらさんなどの和解派が、熊本鎮台殿(靖国見真会様のこと)と志恩の悪口を言い合っています。<<
志恩さん、有難うございます!!
トンチンカンは、雨にもめげず、風にもめげず、その【和解派の要塞】とやらに“浮き脂(あぶら)の如くして、くらげなすただよへる”ように 浮遊 しております。
本来がトンチンカンだからこそ、メゲルこともなく、逆にそれらを 栄養素 として元気を得ているのかもしれません。
いやまた、トンチンカンだからこそ、“掴(つかみ)み所” がないのかもしれません。
でも、“志恩さん”や”うのはなさん”ご両人は、猛烈な 口撃 に曝されながらも、果敢に 反撃 されているのには感心して見ております。
頑張って下さい、、、
“和解派”に言いたい!!
“和解の絶対条件”は、、、 マサノブ総裁が、谷口家ご兄弟と<和解、大調和>を実践し、下層の信徒にお示しいただくことなのです。
1157
:
さくら
:2012/11/27(火) 11:29:56 ID:tmTtwX3A
復興G様
ハマナス様
訊け様
>君臣一体の生命把握が、日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。
>谷口雅春先生の愛国の情は、実に、この「中(みなか)」の御自覚がら出たものなのでした。
日本と他国とを分けて日本だけを愛するというようなちっぽけな愛国心ではなかった。日本の心こそ世界を生かし、「み心の天に成る神の国」なる世界平和を地上にもたらすものだ、という確信からほとばしる愛国の情だったのだ、と私は信じます。
生長の家の愛国心に打たれたのは、ほんとうにこのことでした。
ありがとうございます。
>「御教えの本(もと)に還れ」とよく言われるのであるが、実に、生長の家の御教えの本に還り、尊師のいのちに帰るとはこの「久遠の今」に還ることにほかならない。この「久遠の今」の中に日本があり、天照大御神がいまし、天皇がおわしまし、生長の家があり、尊師がおわしますのである。
そうでした…
生長の家の運動の中心の、また信仰の自覚の、立つべき位置が、理解できました。
…
いま、ほんとうに初心に帰ったように、胸を打たれています。
ありがとうございます。
1158
:
復興G
:2012/11/27(火) 11:49:43 ID:vWpLkCzM
ありがとうございます。
>>1154
のつづきです。
1159
:
復興G
:2012/11/27(火) 11:53:07 ID:vWpLkCzM
>>1154
のつづきです。
また、同書に榎本先生は次のようにも書かれています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
生長の家とは何か。それは、自分のいのちのことである。いのちとはこれ実在。(中略)
立教五十年を迎えて、尊師の御恩徳を思うとき、ただ涙あふれて、尊師のみ前にひれ伏し土下座して感謝の思いを表わしたい。ただ合掌礼拝 至尊尊師である。
しかし、われわれはこの御教えにふれてはじめて神の子になったのであろうか。そうではない。はじめのはじめから何ものも不足しない完全円満具足の神の子なのである。
尊師は、あの神から大啓示をお受けになってはじめて神の子となり給うたのであろうか。そうではない。久遠の昔から尊師は尽十方光明遍照の如来にましますのである。「生長の家は久遠の昔からある」と知り、「我らもまた久遠の昔から尊師の弟子であった」ということを知って、この久遠の尊師のみむねに飛び込んだとき、万物に尊師のいのちの輝きを観ることができる。(中略)
尊師がこれこれのことを人類のためにして下さったから有り難い、と思うことも、たしかに尊い心ではあろう。しかし、「何々をしていただいたから有難い」というようなことだけでは、久遠の尊師にまみゆることは出来ないと思われる。ただただ「合掌礼拝 至尊尊師」なのである。
「尊師のみあとに続こう」とも言われる。しかし、吾々は、尊師のみ光りを背に受けて尊師の光りの先となって、尊師のみ前をすすむものである。神武天皇が太陽を背にして天照大御神の光りの先となって進まれたごとくに!!
住吉大神は天照大御神の前を進み浄化のおはたらきをされる。天照大御神のみあとをしたって後から行くのでは意味をなさないのである。吾々もまた尊師の光りの先となって、尊師のみ前を進もう。私たちは今、此処、此の身、このままで光りであり、尊師の光りの先として立っており、光りは進みつづけているのである。
世を照らす光りとなるために、これまでの宗教等では、無限の年月と修行が必要であるとされていたのであったが、生長の家は“現象無し”と、その年月と修行を切って落してしまったのである。そして、此の身このまま、人間は神の子完全円満なる光りそのものの座につかせられたのである。無条件で吾等は光りに生れかわったのである。照らされる自分から照らす自分への生れかわりである。
この光りは、無条件に内より生れたものであるが故に、外の形の如何なるものによっても手をつけることも出来なければ崩すことも出来ないのである。そして、無限創造の神とともなる金剛不壊のこの光りはただ進み、拡大するのみなのである。後退はあり得ないのである。この不断に拡大する光りを観じつづけ、拝みつづけてゆくことこそが光明化の基礎であり、そして誰でも今すぐに一人ではじめられる光明化ではないか。
今、自分は光りである。畳の上に坐っておれば、その光りで畳を光りと化しつつあり、柱を、障子を、窓を、光りと化しつつあることを観じよう。道をあるけば、道路を、周囲の人々を、木々を輝かせながら歩いていることを観じよう。そして、光明の金剛不壊の第一歩を踏み出そうではないか。それは誰にでも今すぐに出来ることなのだ。今までに私たちが発したどんな小さな愛念でも、たとい形として実らないように見えたことでも、ひとたび発せられた愛念の輝きは、永遠に消えないのだということを銘記しよう。
たとえば、み教えのご本を持って人の家をたずねたが、引越してしまって誰もいなかったとしよう。それでは、道のために発した想いは形にみのらず、はいて捨てられたようなものであろうか。そうではない。ひとたび発せられた愛念の輝きは、光明化という神のノートに永遠に輝きつづけるのだ。尊師の光りの先として、輝くあなたを迎えたその家は、如何ばかり神の栄光に輝き満たされたことであろう。
この光りを観じつづけよう。無条件にわが内に神より与えられている光り、永遠に形を超えて拡大することしか出来ない光りを!!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
これこそ、真の「日時計主義」ではないでしょうか。
1160
:
復興G
:2012/11/27(火) 12:02:49 ID:vWpLkCzM
そして、これこそ、真の「法燈継承」ではないでしょうか。
1161
:
復興G
:2012/11/27(火) 12:17:23 ID:vWpLkCzM
ハマナスさま、「訊け」管理人様、さくら様
レス、ありがとうございます。うれしいです。
1162
:
ハマナス
:2012/11/27(火) 12:30:14 ID:x2zmnlqw
訊け様
ありがとうございます。
『限りなく日本を愛す』のご本は、本当に貴重なご本だと思います。
>「偏狭な考えが日本精神なのではない」――雅春先生が随所で述べられておられる、
光明思想です。「八紘(世界)ひとつの家と成す」とは世界を「日ノ本だと観る」ことと、
同義であろうかと思う次第です。<
「八紘一宇」のご文章を見つけました。
「大和の理念」が日本建国の理想 『吾ら日本人として』谷口雅春先生著
「本当の日本国」とは、現象の奥にあるところの「大和(やまと)の国」なる滅びない
「理念国家」がそれであり、その不滅国家が現象界に現われたのが即ち神武天皇のあの大和の
橿原(かしわら)で国を建て都を造り給うて、そして「八紘を掩(おお)いて宇(いえ)と
為さん」という大理想を宣言された。あそこに「理念国家たる日本」の最初の現象界への顕現が
あるのであります。「八紘一宇」というのは一時誤解されて、侵略して世界を併呑(へいどん)
する理想の如く考えられましたが、「八紘」というのは、八方の荒れた地球のすみずみまでも、
「一宇」即ち一つの家の兄弟である実をあげようという理想であります。
この理想によって建国されたのが神武建国の日本国家であります。世界の人類が、すべて一つの
家庭の家族になる。即ち、すべての人間はみんな「一つの神」より生れた神の子の生命が現われて
いるのであるから、みんな兄弟である、という大理念が「大和の理念」で日本国家の理想であります。
その「大和の理念」が、国として形を現わした最初のところが、神武天皇が橿原において建国された
あの「大和の国」であります。
ノルウエーの歌手Sisselさんの“Climb every mountain”を、ありがとうございました。
同級生にフェリスの英文科に行った友達がいました。
有名な“The sound of music”の曲ですね。この映画は何度も観て感動しました。
今でも、曲を聴きますと、涙が出てしまいます。
確か、家庭教師のマリアがトラップ大佐を愛するようになり、悩み、修道院に帰って、
シスターに相談するシーンだったと思います。
シスターがマリアに、"These wall were not built to shut out problems, you have
to face them." と言い、この歌が始まります。
“Climb”とは“ overcome difficulties”ですね。生長の家の聖典にも、
「どんな困難にも立ち向かいなさい。神様はその人に解決できない問題は与えられない
のです。」とあります。
感謝合掌
1163
:
「靖国見真会」参加者
:2012/11/27(火) 12:35:44 ID:iV4zMp.2
「復興G」様へ
こういう“デマ”の煽りはやめてほしいと思います。
〉≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(25)≫
(中略)私は今、『理想世界』百万運動のリーダーであったM氏・A氏には、心から敬意と感謝の思いを持っております。なぜなら――その後両氏は、谷口雅宣副総裁―総裁のもとで教化部長になられてからも、誠心誠意全力を尽くして伝道教化、信徒の救済指導と運動推進に献身され、講習会推進にも聖使命会員拡大にも抜群の成果を挙げられました。現在、教団が衰退気味ながらも持ちこたえているのは、両氏の貢献によるところも大きいと思われます。(略)
両氏は本部を退職されてからも、「(ご恩を受けた)谷口家に弓を引くようなことはできない。教団をつぶしてはならない」と言って、“本流”の方たちの心情は理解しながらも行動を共にすることはせず、ひたすら谷口雅春先生の御教えを深く学び伝えることをされていると伺っておりますから、両氏には心から敬意と感謝の思いを持っています。〈
「復興G」様、M氏・A氏ともに、今は「真理を生きる」というタイトルで毎月、原稿を書いておられます。
「生長の家光明掲示板」では、A氏のそれだけは読むこともできます。
それを読んでいただければ、とてもこういう間違った情報に踊らされる筈がないと思いますが…。
そんなに「心から敬意と感謝の思いを持ってい」られるのでしたら、ぜひ、それをお読みいただきたいと思います。
そうすれば、とてもではありませんが、「(ご恩を受けた)谷口家に弓を引くようなことはできない。教団をつぶしてはならない」などと言われる筈がないと思うのですがね…。
だって、大事なのは、「教団」ではない、谷口雅春先生の「教え」そのものなのですから。
「復興G」様も、そうは思われませんか?
「復興G」様、「鎮護国家」が外されて「世界平和」に看板が変わってしまうのですよ。
それでもまだ「八ヶ岳教団」側に立って、「谷口雅春先生を学ぶ会」の悪口を言い続けられますか?
生長の家は悪口を言わないところ、その悪口というのは、「八ヶ岳教団」に対してであって、「谷口雅春先生を学ぶ会」に対しては言っていいのだということなのでしょうか?
そういうダブルスタンダードの教えが生長の家の教えだとはとても思えないのですが…。
ともあれ、「真理を生きる」を拝読させていただく限り、少なくともA氏が教団側に立っているというのは誤報であり、為にする論としか思えません。
「復興G」様は、こちらの掲示板で、影響力のある方と思っておりますので、老婆心ながら、一言、注意を喚起させていただいたということで、ご了承ください。
1164
:
「訊け」管理人
:2012/11/27(火) 12:42:49 ID:???
>>ハマナスさま
>>「八紘一宇」というのは一時誤解されて、侵略して世界を併呑(へいどん)する理想の如く考えられましたが、「八紘」というのは、八方の荒れた地球のすみずみまでも、「一宇」即ち一つの家の兄弟である実をあげようという理想であります。この理想によって建国されたのが神武建国の日本国家であります。<<
チェスト!!
"These wall were not built to shut out problems, you have to face them."
CESTOOH!!!
1165
:
「訊け」管理人
:2012/11/27(火) 12:50:22 ID:???
>>1163
熊本鎮台殿
なお当方、口は挟みません。ですので心ゆくまで復興Gさまと語り合ってくださいませ。
ただし、以下の事実はございません。同氏に於かれましてはその様な点は、過去に事実としてございませんでした。その点はご確認ください。
↓貴殿ご発言より(訂正を求む)
>>それでもまだ「八ヶ岳教団」側に立って、「谷口雅春先生を学ぶ会」の悪口を言い続けられますか?<<
>>生長の家は悪口を言わないところ、その悪口というのは、「八ヶ岳教団」に対してであって、「谷口雅春先生を学ぶ会」に対しては言っていいのだということなのでしょうか?<<
拝
1166
:
「靖国見真会」参加者
:2012/11/27(火) 13:44:05 ID:iV4zMp.2
「訊け」さんへ。
「訊け」さんは、このような掲示板で、ハッキリと悪口を書いてくれますから、私はそれはそれでいいと思っています。
変に、生長の家は悪口を言わないところと、教条主義に捉えていない点がいいと思っています。
生長の家も「浄心行」では悪口を書いていいことになっていますから…。
「訊け」さんの私への“悪口”を見ては、また「浄心行」している、そう思って笑っています。
心が浄化していないと、商売もうまくいきませんから、そういう意味で、「訊け」さんのお役に立てているのでしたら、それはそれで本望とすら思っています。
だって、大儲けしたら、こちらに支援してくれるとまで言ってくれましたから。
忘れていませんよ、だから、大繁栄するよう、祈っているんです。
閑話休題。
「復興G」様については、「訊け」さんの言うとおり、「谷口雅春先生を学ぶ会」への悪口をここで書いたりはされていません。
しかし、こういうところではないところで、「谷口雅春先生を学ぶ会」の悪口を言っているという情報が入ってきています。
それを教えていただいた方を私は信用しておりますので、そう書かせていただきました。
それが「事実」と違うというのであれば、「復興G」様からその旨、忠告していただければと存じます。
その時には、いくらでも誤る用意はあります。
そして、先の内容を「トキ」さんに削除してもらうつもりです。
これをもって「訊け」さんへの回答とさせていただきます。
さて、何で、こんなに“悪口”の話しに言及したのかといいますと、今、「八ヶ岳教団」の「谷口雅春先生を学ぶ会」に対する悪口雑言が余りにも凄まじいからであります。
先日も、ある教化部長のその悪口ぶりを目の当たりにして、気分が悪くなったという方がありました。
本当に残念ですが、「訊け」さん、それが現実です。
でも、「訊け」さん、「谷口雅春先生を学ぶ会」の悪口を言うのも結構ですが、その前に、「八ヶ岳教団」の現実の方がもっと深刻だとは思いませんか…?
「鎮護国家」から「世界平和」へ。
如何に何でも、「住吉大神」のご使命を、勝手に変えていいものかどうか。
如何に生長の家総裁と言えども、そこまで許されるべきものなのかどうか。
私は、これは、“宗教的大罪”であるとまで思っております。
日頃は温厚な私ですが(?)、今回はちょっと違います。
これは、「大東亜戦争侵略論」以上の大問題だと思っております。
思うに、谷口雅宣先生は、鎮護国家の「住吉大神」が嫌いなのではないでしょうか?
だから、生長の家のご本尊を「観世音菩薩」に絞りたかったのだと思います。
そうじゃないというのであれば、ぜひ、「住吉大神讃歌」を作っていただきたいと思います。
それが出来れば、この発言は撤回します。
しかし、きっと「住吉大神讃歌」はつくらないと思いますよ。
だって、法燈継承祭で、「法燈を継承すると言ったって、あそこの住吉本宮でちょこっと神想観するだけだから」そう言った谷口雅宣先生でありますからね。
以上、とりめもないことを書いてしまいました。
これからも引き続き、「訊け」さんの「浄心行」を楽しみにしております。
失礼いたしました。
1167
:
復興G
:2012/11/27(火) 14:21:49 ID:vWpLkCzM
>>1163
:「靖国見真会」参加者さま。
私の書き込みに対して、貴重なレス、情報提供、ご忠告、ありがとうございました。
>>M氏・A氏ともに、今は「真理を生きる」というタイトルで毎月、原稿を書いておられます。
「生長の家光明掲示板」では、A氏のそれだけは読むこともできます。<<
そうでしたか。ありがとうございます。
このところ、私はもっぱら谷口雅春先生の御文章などに真剣に取り組んでいて、「生長の家光明掲示板」は見ておりませんで、存じませんでした。
間違いがありましたら、お詫びします。
少し余裕ができましたら、「生長の家光明掲示板」を拝読させて頂きたいと思っています。
私は、「“デマ”の煽り」などするつもりは全くありません。
私は、常に「真理」の側に立っていたいという思いだけでありまして、「教団側」に立っているつもりはありません。総裁に対しても、教団に対しても、苦言を呈しており、私は「新経」は読みません、とはっきり言っています。無条件に総裁と教団に従い、これを擁護しているわけではありません。
「谷口雅春先生を学ぶ会」も、存在理由があると思っており、その“悪口”を言ってはおりません。率直な感想を言ってしまうことはありますが。
≪11月20日「教化部長懇談会」において、生長の家総本山の祭祀の重点が「鎮護国家」から「世界平和」へ移すことが発表された≫
という情報があるとのことについては、詳細を確認して、いずれ私の意見を書き込まねばならぬと思っているところです。そのための伏線、根拠となるようなことを、今この板で再確認のために書いているつもりです。
ありがとうございます。再拝
1168
:
トキ
:2012/11/27(火) 14:27:19 ID:nJCQR0VA
復興G様、すばらしいご投稿、ありがとうございました。
実は、靖国見真会参加者様からは抗議のご投稿がありましたが、私は復興G様のご文章は抑制された内容だったと思います。
百万運動の関係者の心情にもよく配慮された文章だと思います。
また、「東京事件」のNさんが、M先生、A先生と和解されたというのも初めて知りました。
しかしですよ、「靖国見真会」参加者様、もし、谷口雅宣先生が、「住吉大神讃歌」を本当に作ったら、毎日、仏前で読まれるのですか?
和解派の私でも、そんな根性はありません。さすが、スゴい勇気ですね。尊敬してしまいます。頑張って下さい。(笑)
1169
:
「靖国見真会」参加者
:2012/11/27(火) 14:47:06 ID:iV4zMp.2
「復興G」様、投稿、ありがとうございました。
〉「谷口雅春先生を学ぶ会」も、存在理由があると思っており、その“悪口”を言ってはおりません。率直な感想を言ってしまうことはありますが。
なるほど「率直な感想」でありますか。
それがその方には、“悪口”として捉えられたのでありましょう。
その方に言わせれば、「谷口雅春先生を学ぶ会」の名が出ると、途端に嫌悪の情が表に出るような印象をもったという話しでありましたから。
実際、「復興G」様は、「谷口雅春先生を学ぶ会」はそのうちつぶれるよ、と言われましたよね?
これもまた「率直な感想」だと言われてしまえば、致し方ありません。
ここの当たりの線引きは、なかなか難しいところではありますが、「復興G」様としては、“悪口”を言っているつもりはない。
そうと言われるのであれば、お約束通り、私の投稿を、「トキ」さん、お手数をかけますが、削除していただいて結構です。
どうせ、削除されるついでに、折角の機会ですから、ぜひ、「復興G」様には、今回の秋季大祭での教化部長懇談会の資料、そして22日の谷口雅宣先生の挨拶をどう捉えるか、見解を伺いたく思います。
こちらの掲示板に影響力を与えておられる「復興G」様でありますので、ぜひ、お願いいたします。
こちらの掲示板に、ご迷惑をおかけしまして、失礼いたしました。
1170
:
山ちゃん1952
:2012/11/27(火) 15:09:05 ID:pawvtx4M
復興G様へ
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影≫を読まさせていただきました。
素晴らしい文章に感服させていただきました。生長の家で影の部分を殊更に
強調したりして、すべてがそれが真実の如く言われるのが、当時の同志を見て
いたり、共に『百万運動』を戦ってきた人達の心情を犬死の如く扱われのが見て
いられない。
谷口雅春先生の思いとして、行き過ぎはあったにせよ義憤がそのようにさせたように
思っています。少しだけ百万運動を知って全てを知り尽くしたような顔をして
この掲示板に書くのを見ていられない。
昭和47年から7年間は寝食を共にして、生活をかけて活動してきましたので、
当時の状況はよくわかります。
とりわけ、専従として三年間したときが『百万運動』達成した昭和51年1月8日
は私は忘れられない日であります。
目標の為に借金をして、生活もままならぬ人も何人か見ました。職業を棄て、
全財産をこの百万運動に費やした人も知っています。
当時の左翼との台頭と赤旗が学園や会社にばら撒かれ、谷口雅春先生が『やまと新聞』
や『生長の家』誌『理想世界』『白鳩』誌に切々と書かれる文章に発奮して
行動したと思っています。
今は多くの同志は生長の家の活動はしていません。「生長の家」に裏切られた
ような気持ちすらあることを理解して下さい。
その点、この復興G様の文章は当時を思い起こさせる『良い文章』です。
続きをよろしくお願いいたします。
>1138 :復興G
>私は『理想世界』百万運動の渦中にいましたから、その雰囲気は身をもっ
て感じ、知っています。その「光」の面も、「影」の面も。具体的に見聞し体
験したこともありますし、文書資料もあります。が、その「影」の面を今ここ
に公開しようとは思いません。
しかし谷口雅宣さんは(「雅宣さん」と呼ばせて頂きます。なぜなら、その
当時は総裁でも副総裁でもなく、生長の家の組織役員でありませんでした
から)、その“影”の面を見て、この運動を“悪”として激しく批判し、副総裁
になられてからは、百万運動のリーダーであったM氏・A氏およびその同
調者を徹底的に排除しようとして来られたようです。私は本部の外にいま
したから、あまり具体的には知りませんでしたが、信頼できる本部員から
の情報で、それがあったと思います。<
1171
:
さくら
:2012/11/27(火) 15:31:31 ID:tmTtwX3A
わたしは、いまの日和見主義……もとい、「日時計主義」の活動内容で、
伝道意欲を全くなくしてしまい、組織活動から退きました。
いま、復興Gさまのようなご指導をして下さる講話には、残念ながら、いまの教団には、出会うことができません。
また、分裂した組織間で、このように冷静な見方で、生長の家の歴史を振り返ることも、できない状態のような気がします。
復興Gさまの本流対策室での一連のご文章、
>1159〜などを拝読いたしまして、
個人的には、この真理の中心把握の自覚こそが、魂の喜びとなって、伝道の原動力になることを、再確認いたしました。
感謝いたします。
老子の言葉に、
「聖人常無心、以百姓心爲心。
善者吾善之、不善者吾亦善之、徳善。
信者吾信之、不信者吾亦信之、徳信。
聖人之在天下、歙歙焉、爲天下渾渾。
百姓皆注其耳目、聖人皆孩之。」
という言葉があります。
こういう意味、みたいです、
(最も理想的な君主と言うのは、民衆はただその存在を知るだけで何をしているのか解らないくらいで良いのだ。次に良い君主は民衆がその功績を讃える様な君主で、その次は法と罰を厳しくして民衆が恐れる様な君主で、その次は民衆から愚かだと侮られる様な君主である。君主が誠実さを欠いて余計な事をすると民衆からの信頼を失うものだ。だから理想的な君主は悠然としてめったに口を挟まず、人々が力を併せて事業を為す様にさせて、民衆が「我々の力で国が良くなった」と自らを誇れる様にするのだ。)
これを読むと、いま、日本とは、一触即発の状態にあるような国が生んだ大思想家も、
理想とするような君主は、
まさに、日本の天皇陛下だと感じました。
日本人の多くが、「君民一体の生命把握の自覚」に目覚めたら、それは、日本という国だけでなく、世界の平和へ繋がる精神ではないかとおもいます。
天皇を頂いている、日本国民はたいへんすぐれた徳の高い民族です。
徳の高い民族でなければ、ここまで天皇制というのは、存続できなかっただろう、ということを考えると、
中心の徳と同時に、それを支える国民の意識というのが、とても大切であると、感じました。
だからこそ、生長の家のほんとうの真理を、おおくの方に知って頂きたいとおもいました。
…また、この掲示板で、復興Gさまからは、真理を学ぶことそして、伝えるものの姿勢というものも教えて頂いています。
本流派さまの悪口の基準が、全くわかりませんが、
今までの投稿からも、復興Gさまは、私的な感情で悪を見て「悪口」をいうのではなく、
真理の立場からご判断される方であると信じられます。
ありがとうございます。
拝
1172
:
復興G
:2012/11/27(火) 16:27:40 ID:vWpLkCzM
≪「唐松模様」11.22−生長の家総本山の祭祀の重点が「鎮護国家」から「世界平和」へ移されるということについて≫
<11月20日「教化部長懇談会」において、生長の家総本山の祭祀の重点を「鎮護国家」から「世界平和」へ移すことが発表された>という情報があり、総裁のブログ「唐松模様」で11.22 「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」での総裁のスピーチの概略が掲載されています。
これについて、ここでも
>>1166
で「靖国見真会」参加者様が、
>>「鎮護国家」から「世界平和」へ。
如何に何でも、「住吉大神」のご使命を、勝手に変えていいものかどうか。如何に生長の家総裁と言えども、そこまで許されるべきものなのかどうか。私は、これは、“宗教的大罪”であるとまで思っております。<<
と書かれました。
それについて私は、「詳細を確認して意見を述べたい」と申しました。
「教化部長懇談会」で発表されたことについてはまだ確認しておりませんが、すでに公開されている「唐松模様」の記事について、所感を述べます。
22日の記念式典で総裁のスピーチで、「七つの燈台」の名称の意味を解説され、
≪……第1番目の燈台に「天孫降臨皇御国成就燈」という名前を付けられたことの意味は、明確になると思います。先生が私たちに託された願いは、「天の下ことごとくに神の御心が満ちひろがる世界が来ること」です。「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤りであります。≫
と述べられたとあります。
私は、これはちょっとおかしいと思います。なぜ、
≪「日本に天皇制国家を樹立する」などと解釈することは、全くの誤り≫
などと言う必要があるのか。
日本はこれから「天皇制国家を樹立する」のではありません。すでに、神ながらに、天皇(すめらみこと)を中心にした「くに」が出来上がっているのです。これから樹立するのではありません。
そして、すでに神ながらに出来上がっている天皇国日本こそ、神の創造の根本構図――中心が一つあって全てのものが生き生きと生かされている「中心帰一」のすがたを、現実世界に如実にあらわしている。だから、そのすがたを護り育てることが、真の世界平和を実現するために必須必要なことである。だからこそ「鎮護国家」が生長の家総本山の祭祀の重点とされてきたのではないか。だから「鎮護国家」が「世界平和」をもたらすためには必要なのであって、「鎮護国家」を「世界平和」に変える必要は毛頭ない、と思います。
そのことは、この板の
>>1146
以下の投稿文とか、
>>1076
などをご覧いただいてもわかると思います。
そのくらいの道理が、総裁はおわかりにならないのかと思うと、まことに残念で、情けなく思います。
<つづく>
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