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「本流対策室/4」
1078
:
復興G
:2012/11/22(木) 11:13:35 ID:vWpLkCzM
>>1076
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(3)≫
谷口雅春先生は前記のような使命感から、戦後、猛烈な愛国運動を展開された。当時、革命運動の波に呑まれて日本が沈没してしまいそうな社会情勢の中で「日の丸擁護会」→「日本を守る会」を結成され、他の愛国団体とも結束して起ち上がられた。
谷口雅春先生は、『日本を築くもの』のはしがきに、次のように記されています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
はしがき
いま日本は、あらしの中に立っている。私は此の日本を限りなく愛する。
今、日本が危機に面しているということは知識人たらずとも、普通の常識のある人ならば誰もが知っているのである。それは澎湃(ほうはい)たる唯物論の波である。唯物論は人間を肉体的物質人としてとらえて、その肉体的要求を基本人権として主張することを民主主義だと穿きちがえているから、それは個人の肉体的利益のみを追求する利己主義への墜落となる。「わたしの利己主義遂行を邪魔する者は敵だから、戦おう」これが現代の平和主義者の精神である。議会をとり巻く陳情デモも、街頭のジグザグ行進も、その奥を割ってみれば、自己の利益追求の利己心を民主主義の旗じるしでカムフラージュしつつ、個人的利益を暴力で闘いとろうと犇(ひし)めき合っているのである。“力が正義である”として、“暴力”が“実力”という名称で横行している。忠孝仁義の如きは封建的感情の残渣にすぎないとして排斥せられ、本当の正義は唯物論側からは反動として顧みられないのである。
このような思想的怒濤の中に小さな孤島のように浮んでいる日本の国は、岸を洗われ、沈下し、浸水し、陥没して、その本当の姿を没しようとしているのである。誰か、真に日本を愛する者にして歎かずにいられるであろうか。私は力足らざるものであるけれども、日本を愛する者の一人として渾身の力をふるって懸命に日本国の陥没を支えずにはいられないのである。私は本書において、「根本的に何が正しいか」の真理の探求から出発し、西洋と東洋との使命の相異に言及し、その融合への道を明かにし、世界平和を招來するために我ら日本人として即今、何をなすべきかを説いたのである。(中略)
私は人類を愛し、同時に日本を愛する人たちに、是非とも本書を読んで下さることを希わずにはいられない。日本を本当に愛することは同時に全人類を本当に愛することになるのだから。
昭和三十五年五月一日
著者識す
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
<つづく>
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