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「本流対策室/4」

1086復興G:2012/11/22(木) 11:48:01 ID:vWpLkCzM

>>1085 のつづき

≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(9)≫

 谷口雅春先生は、「日本は侵略国ではない」と力説されてきました。

 それは、月刊誌『動向』(武藤貞一氏主幹)にも昭和57年11月号から14ヶ月にわたって、「日本は侵略国ではない」という主題の寄稿を続けられ、連載されました。ここでは昭和58年12月号に執筆された副題「日本の教科書に誇りを」を謹写掲載させていただきましょう。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

   「日本の教科書に誇りを」 (谷口雅春先生)

 中国や韓国が日本の過去を侵略ときめつけ、東南アジアまでも反日風潮に巻き込もうとしている。これに対して我が政府当局は、ひたすら反省と陳謝をもって応え、文部省では、早くも教科書の再改訂作業をはじめているやにきく。これは実に由々しき大事であって、歴史の真の公正を期する上においても、また民族将来の栄辱を考える上においても到底黙止すべき事柄ではないと思う。

 大東亜戦争で確かに日本は東南アジアに進撃した。いづれも白人諸国によって侵略しつくされた植民地ばかりである。フィリピンとかマレーとかインドシナとかビルマとかいってもそれは単なる植民地の地域に過ぎず、日本軍が一時占領したのは白人侵略領土そのものだった。

 侵略地解放のため「進撃」した。これがどうして「日本の侵略」と言えるだろうか、白人諸国は日本撃滅後直ちにこれらの領士を元の姿に戻そうとしたが、そうは行かなかった。一度日本軍の進出によって白人支配からの離脱、すなわち独立の味を知った彼等は、二度と植民地住民たることを肯んぜず、一斉に民族独立の旗を挙げはじめた。

 東南アジアは全域にわたり果敢な独立戦争のるつぼと化し、この独立戦争には日本の残留兵士も多く参画している。東南アジア住民が独立国としての国名を持つに至ったのは、この時以後である。

 もちろん印度も独立した。白人侵略国はその殆どすべてを失った。十六世紀以来の世界侵略史に終焉の日がやってきたのである。もしも日本の進撃がなかったならば、どうしてこの様な世界地図の塗り替えが出来たであろうか。

 日本軍、それは「天兵到る」と言っても過言ではない。日本は英米蘭仏と戦ったのだ。

 ただ、その戦場が東南アジア地域であり、住民中、侵略側にかり立てられたものが、戦火の犠牲となったことは、やむを得まい。しかしこれをもって全般的に日本軍にうけた損傷と言ふものは、真実を歪曲するもので、現に印度、支那、マレー、ビルマその他には今でも日本軍に親愛と信頼度をもっているものが、多数いる。日本軍の残虐を殊更にいいたてるものは華僑の多いシンガポールなどに限られており日本によって独立を勝ち取ったとする正統な認識は冥々裡に東南アジア大多数の人々の胸奥にひそんでいるに相違ない。これを思えば日本人は自虐どころか大なる誇りをもって、事実の検証にあたるべきである。

 そもそも二十世紀前半までの世界は白人の有色人種支配の世界であって、この世界秩序が容易に覆えるものでないことは、何人も思念するところであった。が、案外脆く崩壊した。天地がひっくりかえる程のこの大動力はどこから起ったのか、一言に尽せば、それは日本である。
<つづく>


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