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「本流対策室/4」

1135復興G:2012/11/26(月) 12:36:09 ID:vWpLkCzM

>>1133 のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(22)

 さて、“暴走”とは、何か。

 私はこの続き物の投稿の最初に(>>1062)次のように書いていました。

     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 現在の教団の状況は、教団80年の業(ごう)の結果である、と思っています。……の現在の雅宣総裁・教団の“暴走”はなぜ起きているのかと言えば、その前に、反対方向への“暴走”があったので、その反動としての暴走ではないか、というのが私の大局観というか、思うことです。
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 “暴走”という言葉は、石原慎太郎さんも「僕は暴走老人だ」と自分でおっしゃってますから、必ずしも悪い意味ばかりではないと思いますが、私はこの言葉の定義をはっきりさせてから、上記のように思う所以を、資料をもとにして、冷静に考え、述べてみたいと思います。

   ===========

 “暴走”と言えば、「暴走車」というのは猛スピードで走るスピード違反とか、歩道走行、信号無視、高速道路逆走とか、ルール違反の走行をしてひどい人身事故や物損事故を起こすようなのは当然、「暴走車」と言われますよね。

 戦後の全学連から全共闘、新左翼・・・・といった極左の学生運動が、やがて四分五裂し、内ゲバ、リンチ殺人事件などで世間から見放され自滅の道をたどったのは、“暴走”の結果だったと言えるでしょう。

 オウム真理教の無差別殺人事件だって、「ポア」と称して熱湯で人を殺すことが人を救うことだなんて、どう考えても、とんでもない“暴走”ですよね。

 生長の家はすべての人を「神の子」として礼拝し、生かす教えですから、そのような“暴走”を起こすことがなかったのは当然で、ありがたいことです。
<つづく>


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