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「本流対策室/4」

1153ハマナス:2012/11/27(火) 10:43:08 ID:x2zmnlqw

訂正版です。申し訳ございません。


谷口雅春先生著 『限りなく日本を愛す』P.89より 

 君民一体の生命把握の自覚

 天に仰ぎ、地を見下ろせば、天と地とは感覚的には別個のものであるのである。しかし

その根元を「一」として捉え、その「一」に中心を見出して、それに万法の帰一すること

を捉えたのが日本民族であるのである。その生命の流動は、全体として「高天原」(たか

あまはら)なる生命顕現の「場」を形成するのである。「場」は単なる場所でなくして、生命

の流動そのものの展開又は表現としてのそれであるがゆえに、それは直に「成りませる」

生命そのものである。「成り」は「鳴り」であり、コトバであり「生命の流動」である。

「高天原」に遍在して「鳴」りわたるコトバはそのまま「生命の流動」であり、それがその

まま「天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)であるのである。高天原と云う容器(いれ

もの)の中に天之御中主神が発生したと云うのではなくして、高天原そのままが「中」(みなか)

の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。

 
 天皇と臣民とを分割するような思想は、日本的なものでない。日本人は天皇に於いて自分の

生命の本源の象徴を見出し、天皇はみづからの手身(たみ)であるところの国民を見出した

のである。頭首は手身なくして生きないし手身は頭首なくして生きない。君臣一体の生命把握が、

日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。

(旧かな使いを新かな使いに変換致しました。)

感謝合掌


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