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「本流対策室/4」

1132志恩:2012/11/26(月) 09:16:13 ID:.QY5jUA6
〜和解について ③〜

(虚説とは、雅春先生の教えをご自分の「都合のいい教え」に歪曲して解釈を加え、別の説にしてしまった説のことです。)


「生長の家」に救いを求め、教えを求めてきた人に、
「神の子人間」の真理に立った絶対的なる光明思想を正しく教えられず、光明生活を確立せしめられず、

「今の教え」という違うものを押しつけられるのであれば、それは信徒を誑かすものとなるのではないでしょうか。

人を救う力は生命の實相の真理にあるのであって、雅宣さんが語るくどくどしい説明や理屈にあるのではないことは、わかる人にはわかるのです。

 更に、谷口雅春先生の説かれた「生命の実相の真理」を人類に伝え、人類を光明生活に導くということを真っ直ぐに説かないということは、
人類光明化運動に人生を捧げてきた、又現に捧げている数百万の聖使命会員の真心を裏切ることであり、

又「生長の家」が人類に果たすべき役割を、放棄することとなっているのではないでしょうか。

では、どうしたらいいかについて、雅春先生が、お説きになっておられます。

 谷口雅春先生は

「虚説に和解してはならぬ」という見出しを敢えて掲げられて、次のように厳しく示しておられます。

  対人関係、対物関係の和解は、そういうように物そのもの、人そのものの実相を見て、それと実相において和解してしまいますと、

相手の調和した実相があらわれて相手が自分に逆らいまたは害しなくなるのでありますが、

「迷い」に対したり「誤れる見解」に対しては、われわれはいかなる態度をとるべきでありましょうか。

「迷い」に対して和解したら、真理が消えてしまうのであります。「誤れる見解」に対して和解したら実相がくらまされてしまうのであります。

だからわれわれは、決して「誤れる見解」に和解してはならないのであります。(中略)

 ・・・光は闇と和解することはできない。光が近づけば闇は消えるほかはない。

それと同じく真説は虚説に近づけば虚説を消す働きになる。

(中略)虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのもまちがいであります。

虚説を排撃することいよいよ明瞭であればあるほど、真説は明らかに照り、それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。

 ここに、「虚説を排撃することいよいよ明瞭であればあるほど、真説は明らかに照り、
      それに照らされて救われる人間も又多いのであります。」

       と、このように、雅春先生は、明示されておられるのです。


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