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「本流対策室/4」

1089神の子さん:2012/11/23(金) 22:18:12 ID:vWpLkCzM

>>1088 のつづき

≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(12)≫

前記>>1088で、
>>青年会の『理想世界』誌百万運動について、当時の社会情勢を振り返りながら、書かせて頂かねばならぬと考えます。<<

と書きました。

 『理想世界』百万運動というのは、昭和47年(1972)1月2日、第24回青年会全国大会で打ち出された、『理想世界』誌拡大100万部達成を目標とした青年会の熾烈な運動で、その目標誌数は、4年後の昭和51年(1976)1月に達成。
 『理想世界』誌の同年3月号に、当時の青年会中央執行委員長T氏は次のように書いています。

          ○

 「今、我らは感動の一瞬を迎えた。一月十日調べで遂に『理想世界』誌が百万部を突破したのだ。この青年会運動史上に燦然と輝く偉大なる金字塔を打ち樹てた全国の同志の献身的な活躍には、頭の下がる思いである。
 嗚呼! 百万は遂に突破せり! 両眼のはいったダルマと百万の数字を見つめながら、胸底から万感の思いがこみあげてくる。昭和四十七年以来、四年に亘り、雨の日も、風の日も、『理想世界』百万突破のこの日をただひたすら夢に見て、献身的に生命を、生活をこの運動に賭けてくれた全国の素晴しい同志達の感動的な姿がまぶたの奥に鮮やかに蘇える……。(中略)
 鳴呼! この百万に託した全国の同志の夢とロマンが、祖国再建・日本実相顕現への熱き祈りが、涙ぐましい努力が、躍大なるエネルギーとなって、今ここに“霊の弾丸”『理想世界』百万へ結晶化されたのだ。
 同志よ。我らはかくして組織の限界を打ち破ったのだ。日本実相顕現運動の新たなる一ぺージを切り拓いて、我らの進撃は続く。この『理想世界』百万突破の感動とよろこびと自信をもって、“日本一の青年集団”をめざして、更なる進撃を開始しよう!」
と。

          ○

 さて、その当時の日本の国情を振り返ってみましょう。

 前に、>>1073

>>……占領軍の日本弱体化政策の具体化でした。それが功を奏して、日本人の多く、特に若者が洗脳され、悪い日本は早くつぶしてしまえとばかり、赤旗を乱立させ、天皇制を打倒して暴力革命を起こそうという大波のようなうねりを起こしていた。日本は、革命運動の波に呑まれて沈没してしまいそうな社会情勢でした。<<

と書きましたが、左翼の学生運動が盛んでした。

 「学生運動」といえば、昭和35年(1960年)のいわゆる“60年安保闘争”のころまでは、「全学連」(全日本学生自治会総連合)というのが統一行動をしていて全盛期でした。
 安保闘争というのは、1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)、1970年(昭和45年)の2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)に反対する国会議員、労働者や学生、市民が参加した日本史上で空前の規模の反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争です。当時世界はは米ソ(共産主義と自由主義)の二大陣営が鋭く対立し、力の均衡によりかろうじて平和が保たれている状態でしたが、安保反対を唱える者は「安保条約は戦争につながる」と詭弁を弄して政府を転覆し革命をと企てていたのです。
<つづく>


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