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「本流対策室/4」

1146復興G:2012/11/27(火) 09:33:38 ID:vWpLkCzM

>>1140 :ハマナス様!

ありがとうございます!

≪谷口雅春先生著『限りなく日本を愛す』P.89より

   君民一体の生命把握の自覚

 天に仰ぎ、地を見下ろせば、天と地とは感覚的には別個のものであるのである。しかしその根元を「一」として捉え、その「一」に中心を見出して、それに万法の帰一することを捉えたのが日本民族であるのである。≫

 そうです! これです!

≪その生命の流動は、全体として「高天原」(たかあまはら)なる生命顕現の「場」を形成するのである。「場」は単なる場所でなくして、生命の流動そのものの展開又は表現としてのそれであるがゆえに、それは直に「成りませぬ」生命そのものである。≫

 ――この「成りませぬ」は「成りませる」の誤植ですね。

≪「成り」は「鳴り」であり、コトバであり「生命の流動」である。「高天原」に偏在して「鳴」りわたるコトバはそのまま「生命の流動」であり、それがそのまま「天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)であるのである。高天原と云う容器(いれもの)の中に天之御中主神が発生したと云うのではなくして、高天原そのままが「中」(みなか)の顕現であるのである。「中心」と「周辺」とを分割するような思想は、日本的なものでない。

 天皇と臣民とを分割するような思想は、日本的なものでない。日本人は天皇に於いて自分の生命の本源の象徴を見出し、天皇はみづからの手身(たみ)であるところの国民を見出したのである。頭首は手身なくして生きないし手身は投手なくして生きない。君臣一体の生命把握が、日本民族の最初の中枢的自覚であったのである。≫

 そうです! これを外して突っ走ることは、生長の家における“暴走”になると、私は思っています。


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