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「本流対策室/4」
1133
:
復興G
:2012/11/26(月) 11:28:54 ID:vWpLkCzM
>>1100
のつづき
≪生長の家教団 戦後60年の運動 その光と影(21)
今朝、私のところに下記のようなメールが届いていました。
===========
<タイトル>甘露の法雨の「智慧」の文字について質問です
(Mon, 26 Nov 2012 06:03:22 )
(前略)先日、昔に購入した手帳型の甘露の法雨が出てきました。家では折本型の四部経、外では手帳型の甘露の法雨を持ち歩いています。
ところが、折本型は「知恵」、手帳型は「智慧」になっているのです。本当はどちらなのでしょうか?
意味を調べてみますと、「智慧」を使う場合は神様の智慧、実相界の智慧を指し、「知恵」を使う場合は人間知、脳髄知を指しているとのことです。当然、前者の方が良いような気がしますがどうなのでしょうか?
===========
それに対して、私は次のようにお答えしました。
===========
<お答え>
――谷口雅春先生がお書きになった元の『甘露の法雨』では、「智慧」です。
『生命の實相』の頭注版が出された時、谷口雅春先生がお書きになったままの、正漢字(略字を採用している当用漢字ではない元の旧字体)・歴史的仮名遣い使用から、当時の文部省が決めた当用漢字・新仮名づかい使用に書き換えられました(それは新しい教育を受けた若い人たちにも抵抗なく読めるようにとの配慮からでした)。
それは、頭注版の目次の前に掲載されている「凡例」の(一)に
「本文は文部省調査局国語課長白石大二編『当用漢字・現代かなづかい・送りがなのつけ方』(昭和35年版)に準拠したが、固有名詞はそのまま保存し、納得の行きかねる所は独自の考え方で改めたところもある。」
と記されている通りです。
その頭注版が発行されたのは昭和37年からでしたが、そのとき、大幅に漢字をかなに書き換えたり、当用漢字にない難しい漢字は当用漢字に書き換えたりすることを、編集部で勝手にやってしまったのです。
その『生命の實相』の中で聖経『甘露の法雨』が最初に出てくるのは、第20巻の最後の方の「聖詩篇」の最初のところですが、ここで「智慧」が「知恵」に書き換えられています。
以後、折本型の聖経四部経が練成会で使用するために発行されたとき、この『生命の實相』頭注版「聖詩篇」を参照したので、以後の新かな聖経『甘露の法雨』ではすべて「知恵」になっていると思います。
あなたが昔購入された手帳型の聖経『甘露の法雨』というのは、もとの旧仮名遣いのものなのでしょうね。
谷口雅春先生は、頭注版の『生命の實相』が出来上がってご覧になったとき、これは自分の書いたものではない気がすると嘆かれた、と伺ったことがあります。
「智慧」を「知恵」に書き換えたのは、谷口雅春先生の著作人格権を犯す、編集部の“暴走”ではなかったかと、私は思います。
ありがとうございました。合掌
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