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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

677ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:33:08 ID:Meqm5SJY
「おいおい!今度はまた随分と可愛らしい挑戦者じゃないか。お前さんの知り合いかい?」
「まぁな、ちょいとここへ足を運んできたときに知り合って今は一緒にいるんだ。ちなみに、そいつの後ろにいるのも私の知り合いだ」
 勝ち馬男は頼んでいたクラッカーを片手に魔理沙と親しげに話しており、彼女も笑顔を浮かべて付き合っている。
 ついさっき知り合ったばかりだというのに、彼女は既に周囲の空気に馴染みつつあった。
 その様子を不思議そうに見つめているとふと周りの客たちが自分をじっと見つめている事に気が付く。
 
 どうやら魔理沙を含め、いまテーブルを囲っている人たちは急に参加してきた自分を待っているようだ。
 これはいけない。謎の焦燥感に駆られたルイズはとりあえず手持ちの現金の内三十エキュー分を、チップに変えて貰う事にした。
 どっしりと幸せな重量感を持つハルケギニアの共通通貨として名高いエキュー金貨が、シューターの手に渡る。
 そして息をつくひまもなく、そのエキュー金貨が全て木製の古いチップとなって自分の手元へ帰ってきた。
 金貨とはまた別の重みを感じるそのチップを貰ったのはいいが、次にどのポケットへ置くか悩んでしまう。
 何せ計三十七個の番号を含め黒と赤のポケットまであるのだ、ギャンブルに慣れていない彼女はどこへ置けばいいのか迷うのは必然と言えた。

 
「ひ、ひとまずさっき魔理沙がいれてたポケットへ…」
 周りからの視線に若干慌てつつも、ルイズは手持ちのチップをごっそり黒色のポケットへ置こうとした直後――――
 いつの間にか賭博場へと足を運んでいた霊夢が彼女の肩を掴んで、制止してきたのである。
「ちょい待ち、アンタ一回目にして盛大に自爆するつもり?」
 突然自分を止めてきた彼女に若干驚きつつ、一体何用かと聞こうとするよりも先に彼女がそんな事を言ってきた。
 ルイズはいきなりそんな事を言われて怒るよりも先に、霊夢が矢継ぎ早に話を続けていく。
「あんたねぇ…折角あれだけの金貨を払ったっていうのに、それ全部黒に入れて外れたらパーになってたわよ」
「えぇ?そんな事はないでしょうに、だって番号はともかく…黒と赤なら確率は二分の一だし、それに当たったら―――ムギュ…ッ!」
 彼女の言葉に言い訳をしようとしたルイズであったが、何時ぞやのキュルケの時みたいに人差し指で鼻を押されて黙らされてしまう。
 霊夢はそんなルイズの顔を睨み付けながら、宿題を忘れた生徒を叱り付ける教師の様に彼女へキツイ一言を送った。

「そんなんで楽に勝てるのなら、世の中大富豪だらけになってても可笑しくないわよ。ったく…」
 指一本で黙った彼女に向かってそう言うと空いていたルイズの左隣の席に腰かけ、右手に持っていたデルフをテーブルへと立てかけた。
 清楚な身なりの少女には似合わないその剣を見て、何人かの客が興味深そうにデルフを見つめている。
 しかしここでインテリジェンスソードという自分の正体バラしたら厄介と知ってるのか、それともただ単に寝ているだけなのか、
 先ほどまで結構賑やかであったデルフは、まるで爆睡しているかのように無口であった。
 ひとまず人差し指の圧迫から解放された鼻頭を摩りながら、ルイズは自分の横に座った霊夢に怪訝な表情を向けた。
「…レイムまでなにしてんのよ」
「もうすぐ日暮れよ?魔理沙みたいにチマチマ張ってたら真夜中まで続いちゃうじゃないの」
 彼女の言葉にルイズは懐に入れていた懐中時計を確認すると時刻は15時40分。確かに彼女の言うとおり、もうすぐ日が傾き始める時間だ。
 夏のトリステインは16時には太陽が西へと沈み始め、18時半には双月が空へと上って夜になってしまう。
 その時間帯にもなればどの宿も満室になってしまうし、そうなればお金を稼いでも野宿は免れない事になる。

678ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:35:07 ID:Meqm5SJY

「うそ…こんなに過ぎてるなんて…」
「だから私が手っ取り早く稼いで、早く良い宿でも取りに行きましょう。お腹も減ったし、そろそろお茶も飲みたくなってきたわ」
 時刻を確認し、もうこんなに経っていたのかと焦るルイズを余所に霊夢は腰の袋から金貨を取り出した。
 出した額は五十エキュー。少女の小さな両手に乗っかる金貨の量に、客たちは皆自然と目を奪われてしまう。
 シューターもシューターで、まるで地面の雑草を引っこ抜くかのように差し出してきた金貨に、思わず手が止まっている。
「何してるのよ?早く全部チップに換えてちょうだい。こっちは早いとこ終わらせたいんだから」
「え?あ、あぁこれはどうも…失礼を…」
 ジッと睨み付けてくる霊夢からの最速にシューターは慌てて我に返ると、その金貨を受け取った。
 五十エキュー分の金貨はとても重く、これだけで自分の家族が一週間裕福に暮らせる金貨がある。
 思わず顔が綻んでしまうのを抑えつつ、受け取った金貨を専用の金庫に入れてから、その金額分のチップを霊夢に渡した。

 年季の入った五十エキュー分のソレを受け取り自分の手元に置いた霊夢へ、今度は魔理沙が話しかける。
「おーおー、散々人の事バカとか言っておいてお前さんまでそのバカの仲間に加わるとはな」
「言い忘れてたけど、バカってのは真っ先に賭博場へ突っ込んでいったアンタの事よ?私とルイズはその中に入らないわ。…さ、回して頂戴」
 得意気な顔を見せる黒白をスッパリと斬り捨てつつ、霊夢はチップを張らぬままシューターへギャンブルの再開を促した。
 勝手に仕切ろうとする霊夢に周りの客たちは怒るよりも先に困惑し、シューターは彼女からの促しに答えてルーレットを回し始める。
「あっ…ちょっ…もう!」
 霊夢に止められ、チップを張る機会を無くしてしまったルイズが彼女を睨みつけようとした直前―――――気付いた。
 ホイールを走る白いボールを見つめる霊夢の目は、魔理沙や他の客たちとは違ゔ何か゛を見つめている事に。
 客達や魔理沙は皆ポケットとボールを交互に見つめて、どの色と数字のポケットへ入るか見守っている。
 だが霊夢の目はホイールを走る白いボールだけを見つめており、ポケットや数字など全く眼中にない。
 まるで海中を泳ぐアザラシに狙いを定めた鯱の如く、彼女の赤みがかった黒い瞳はボールだけを追っていた。
 
 表情も変わっている。見た目こそは変わっていないが、何かが変わっているのにも気が付いた。
 一見すればそれはこの賭博へ参加する前の気だるげな表情だが、その外面に隠している気配は全く違う。
 ルイズにはまだそれが何なのか分からなかったが、ボールを追う目の色からして何かを考えているのは明らかである。
「レイ…」
 参加した途端に空気を変えた彼女へ声を掛けようとしたとき、大きな歓声が耳に入ってきた。
 何だと思って振り向いてみると、どうやら赤の三十五番ポケットへボールが入ったらしい。
 番号へ本命を張っていた者はいないようだが、魔理沙を含め赤に張っていた者達が嬉しそうな声を上げている。
 シューターが彼女の張っていた三十エキューの二倍…六十エキュー分のチップを配った所で、魔理沙はすっと右手を上げた。
「ストップ、ここで上がらせて貰うよ。チップを換金してくれ」
「おぉ、何だ嬢ちゃんもう上がるのか。勝負はこれらだっていうのに、もしかしてビビったのかい?」
「私の知り合いが言ってたように今夜は宿を取らないといけないしな。何事も程々が肝心だぜ」
 彼女と同じ赤へ張っていて、チップを待っている勝ち馬男が一足先に抜けようとする魔理沙へ挑発の様な言葉を投げかける。
 しかし、賭博の経験がある魔理沙はそれに軽い返事をしつつ近づいてきたウエイトレスに今まで稼いだチップ――約105エキュー分を渡す。
 どうやら換金は彼女の担当らしい。その両手には小さくも重そうな錠前付きの鉄箱を持っており、脇には金貨を乗せるためのトレイを抱えている。
 彼女はチップを手早く数えると持ってきていた鉄箱を開けて、これまで見事な手つきで中に入っていた金貨をトレイの上に乗せていく。
「アンタもう抜けちゃうの?あんだけ勝ってたのに」 
 そんな魔理沙へ次に声を掛けたのは、彼女と交代するように入ってきたルイズであった。
 思わぬ稼ぎ手となっていた黒白が一抜けたことを意外だと思っているのか、すこし信じられないと言いたげな表情を浮かべている。

679ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:37:29 ID:Meqm5SJY
「何迷ってるのよ?時間が無いって言ってるでしょうに」

 ポケットと睨めっこするルイズに呆れるかのような言葉を投げかけて来た直後、左隣からチップの山が目の前を通過していくのに気が付いた。
 それは彼女が手元に置いていた残り二十五エキュー分のチップの山をも巻き込み、数字のポケットがある場所へと進んでいく。
「は…?」
 ルイズは目の前の光景が現実と受け入れるのに数秒の時間を要し、そしてそれが致命傷となってしまう。
 周りの客達やシューターもただただ唖然とした表情で、夥しい数のチップを見て絶句する他なかった。
 自分のチップの山ごと、ルイズのチップを数字のポケットへと置いた霊夢はふぅっ…と一息ついてから、シューターへ話しかけた
「ホラ、さっさと回して頂戴。時間が無いんだから」
「え?――――…あ、あ…はい!」
 彼女からの催促にシューターはルイズと同様数秒反応が遅れ、次いで慌ててルーレットを回し始める。
 霊夢へ視線を向けていた客たちも慌てて回り出すルーレットへと戻した直後、ルイズの口から悲鳴が迸った。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!あ、あああああああああんた何をぉッ!?」
 その悲鳴は正に地獄へと落ちる魔女の断末魔の如き、自らの終わりを確信してしまった時のような叫び。
 頭を抱えながら真横で叫んだルイズに霊夢は耳を塞ぎながらも「うるさいわねぇ」と愚痴を漏らしている。
「すぐ近くで叫ばないで欲しいわね。こっちの鼓膜がどうにかなっちゃいそうだわ」
「アンタの鼓膜なんかどうでもいいわよッ!…っていうか、一体なにしてくれるのよ?コレ!」
 元凶であるにも関わらず自分よりも暢気でいる彼女を睨み付けつつ、ルーレットを指さしながらルイズは尚も叫んだ。
 魔理沙がついさっき丁寧にやり方を見せてくれたというのに、この巫女さんはそれを無視して無謀な勝負に出たのである。
 それに、まだ赤と黒のどちらかで大勝負していたなら分かるが、よりにもよって数字のポケットへと全力投球したのだ。
 
 当たる確率は三十七分の一。それ以上も以下も無い、大枚張るには無謀なポケット達。
 魔理沙の勝っていく様子を後ろから見て、やらかした霊夢の制止を無駄にせぬよう慎重に勝とうとした矢先にこれである。
 彼女と自分のチップ、合わせて七十五エキュー分のチップはもはやシューターの手によって回収されるのは、火を見るより明らかであった。
 ボールは既にホイールを回るのをやめ、数あるポケットのどれか一つに入ろうとしている音がルイズの耳に否応なく入ってくる。
「なっんてことしてくれるのよアンタはぁ!?私の大切な三十エキューが丸ごとなく無くなっちゃったじゃないの!」
 今にも目をひん剥かんばかりの勢いで耳をふさぎ続ける霊夢へ詰め寄るルイズの耳へ、あの白いボールがポケットへ入る音が聞こえてくる。
 もはや後戻りすることは出来ず、何も出来ぬまま一気に七十五エキューも失ってしまったのだ。
 一体この怒りはどこへぶつけるべきか、目の前の巫女さんへぶつけてみるか?そう思った彼女の肩を右隣から掴んできた者がいた。

 誰なのかとそちらへ顔を向ける前に、肩を掴んできた魔理沙が霊夢へと詰め寄るルイズを何とか宥めようとする。
「まぁまぁ落着けってルイズ、何はともあれ勝ったんだから一件落着だろ?」
「な、なな何ががッ!一件落着です…―――――……って?……あれ?」
 この黒白まで自分の敵か、そう思ったルイズは軽く激昂しつつ彼女へ掴みかかろうとした直前――――周囲の異変に気が付く。
 静かだ、静かすぎる。まるで周りの時間が止まってしまったかのように、ルーレットの周囲にいる者達が微動だにしていない。
 客達やシューターは皆信じられないと今にも叫びそうな表情を浮かべて、先ほどまで回っていたルーレットを凝視していた。
 ふと魔理沙の方を見てみると、彼女はまるでこうなる事を予想していたかのような笑みを浮かべており、右手の人差し指がルーレットの方へと向けられている。
「ボールがどのポケットに入ったか見てみな?霊夢の奴が私以上の化け物だって事がわかるぜ」
 彼女の言葉にルイズは思わず口の中に溜まっていた唾を飲み込んでから、ゆっくりと後ろを振り返った。

680ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:40:07 ID:Meqm5SJY
 …確認してから数秒は、ルイズも他の者達同様何が起こったのか理解できずその体が停止してしまう。
 何故なら彼女の鳶色の瞳が見つめる先にあったのは、三十七分の一の奇跡が起こった事の動かぬ証拠そのものであったからだ。

 そんな彼女たちを観察しながらニヤニヤしている魔理沙は、勝負を終えて一息ついていた霊夢へ茶々を飛ばしている。
「それにしても、賭博での勘の冴えようは相も変わらずえげつないよなお前さんは?」
「アンタがちゃっちゃっと大金稼いでくれてたら、こんな事せずに済んだのよ」
 それに対し霊夢はさも面倒くさそうに返事をしつつ、ルーレットのボールが入ったポケットをじっと見つめていた。

 彼女の目が見つめているポケットは、先ほどのゲームでボールが入った赤の三十五番。
 三十五……巫女である霊夢を待っていたかのように、年季の入った白いボールが入っていた。
 これで七十五エキューの三十五倍――――二千六百二十五エキューが、ルイズと霊夢の手元へと一気に入ってきたのである。
 



 ――――――自分は一体、本当に何者なんだろうか?
 ここ最近は脳裏にそんな疑問が浮かんできては、毎度の如く私の心へ不安という名の陰りを落としてくる。
 何処で生まれ、育ったのか?どんな生き方をしてきたのか?記憶を失う前はどれだけの知り合いがいたのか?
 記憶喪失であるらしい私にはそれが思い出せず、私と言う人間を得体の知れない存在へと変えている。
 カトレアは言っていた。ゆっくり、時間を掛けていけば自ずと思い出せる筈よ…と。
 彼女は優しい人だ。私やニナの様な自分が誰なのか忘れてしまった人でも笑顔で手を差し伸べてくれる。
 周りにいる人たちも皆…多少の差異はあれど皆彼女に影響されていると思ってしまう程優しく、親切だ。
 そんな彼女の元にいれば、時間は掛かるだろうがきっと自分が誰なのか思い出すことも可能なのかもしれない。

 だけど、ひょっとすると…自分にはその゙時間゙すらないのではないか?
 何故かは知らないが、最近―――多くの人たちが暮らす大きな街、トリスタニアへ来てからはそう思うようになっていた。
 

 王都トリスタニアは、トリステイン王国の中でも随一の観光名所としても有名な街だ。
 街のど真ん中に建つ王宮や煌びやかな公園に、幾つもの名作が公開されたタニアリージュ座は国内外問わず多くの事が足を運ぶ。
 無論飲食方面においてもぬかりは無く、外国から観光に来る貴族の舌を唸らせる程の三ツ星レストランが幾つもある。
 店のシェフたちは日々己の腕を磨き、いつか王家お墨付きの店になる事を夢見て競い合っている。 
 平民向けのレストランも当たり外れはあれど他国と比べれば所謂「アタリ」が多く、外れの店はすぐに淘汰されてしまう。
 外国で売られているトリスタニアのガイドブックにも「王都で安くて美味しいモノを食べたければ、平民が多く出入りする店へ行け」と書かれている程だ。
 それ程までにトリステインでは貴族も平民も皆食通と呼ばれる程までに、舌が肥えているのだ。
 無論飲食だけではなく、ブルドンネ街の大通りにある市場では国中から集められた様々な品が売りに出されている。
 
 先の戦で当分は味わえないと言われてプレミア価格になったタルブ産のワイン、冷凍輸送されてきたドーヴィル産のお化け海老。
 シュルピスからは地元の農場から送られてきた林檎とモンモランシー領のポテトは箱単位で売っている店もある。
 他にもマジックアイテムやボーションなどの作成に必要な道具や素材なども売られ、貴族たちもこの市場へと足を運んでいた。
 他の国々でもこういう場所はあるのだが、トリスタニアほどの満ち溢れるほどの活気は見たことが無いのである。
 ガリアのリュティスやゲルマニアのヴィンドボナなどの市場は道が長く幅もある為に、ここの様な密集状態は中々起こらないのだ。
 だからここへ足を運ぶ観光客は怖いモノ見たさな感覚で、ちょっとしたカオスに満ちた市場へ足を運ぶ事が多い。

681ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:42:08 ID:Meqm5SJY
 そんな市場の中、丁度真ん中に差しかかった太陽が容赦なく地上を照りつけていても多くの人が出入りしていく。
 老若男女、国内外の貴族も平民も関係なく色んな人たちが活気ある市場を眺めながら歩き続け、時には気になった商品を売る屋台の前で止まる者もいる。
 その中にたった一人―――外見からして相当に目立っているハクレイも、人ごみに混じって市場の中へと入ろうとしていた。
 周りにいる人たちよりも頭一つ大きい彼女は、自分の間を縫うように歩く人々の数に驚いていた。
「凄いわね…。こんなに人がたくさんいるなんて」
 彼女は物珍しいモノを見るかのような目で貴族や平民、そして彼らが屯する屋台などを見ながら足を進めている。
 そして、ここでば物珍しい゙姿をした彼女もまた、すれ違う人々からの視線を浴びていた。
 
 市場では物珍しい品や日用品がズラリと並び、あちらこちらで客を呼ぶ威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
 どこかの屋台で焼いているであろう肉や魚が火で炙られる音に、香ばしい食欲を誘う匂いが人ごみの中を通っていく。
 ふと右の方へ視線を向ければ、串に刺して焼いた牛肉を売っている屋台があり、下級貴族や平民たちがその横で美味しそうな肉に齧り付いている。
 屋台の持ち主であろう人生半ばと思える男性は、仲間から肉を刺した串を貰いそれを鉄板の上で丁寧に焼いているのが見えた。
「わぁ……――っと、とと!いけないけない…」
 油代わりに使っているであろうバターと塩コショウの匂いが鼻腔に入り込み、思わず口の端から涎が出そうになるのをなんとか堪える。
 こんな講習の面前で涎なんか垂らしてたら、頭が可笑しいと笑われていたに違いない。

 その時になってハクレイは思い出した。今日は朝食以降、何も口にしていなかったのを。
 懐中時計何て洒落たものは持っていないが、太陽の傾き具合で今が正午だという事は何となくだが理解していた。
 自分が誰なのかは忘れてしまったが、そんなどうでもいい事は忘れていなかった事に彼女はどう反応すればいいか分からない。
 ともあれ、今がお昼時ならばカトレアがいる場所へ戻った方がいいかと思った時…ハクレイはまた思い出す。
 それは自分の失った記憶ではなく今朝の事、ニナと遊んでいたカトレアが言っていた事であった。
「そういえば…お昼はニナの事を調べもらうとかで、役所っていう場所に行ってるんだっけか…?」
 周囲の通行人たちにぶつからないよう注意しつつ歩きながら、ハクレイは再確認するかのように一人呟く。
 空から大地を燦々と照りつける太陽の熱気をその肌で感じつつ、何処かに涼める場所を探す為に市場を後にした。



 ―――カトレア一行が一応戦争に巻き込まれたゴンドアから馬車で離れ、王都へ来てからもうすぐ一月が経とうとしている。
 タルブを旅行中にアルビオンとの戦いに巻き込まれ、地下へと隠れ、王軍に救出されてゴンドアまで運ばれたカトレア。
 しかし彼女としては誰かに迷惑を掛けたくなかったのか、程々に休んだあとで従者とニナを連れて馬車で町を後にしたのである。
 ハクレイは救出された時にはいなかったものの、何処で話を聞いてきたのかカトレアが休んでいた宿へフラリとやってきたのだ。

 謎の光によりアルビオンの艦隊が全滅して三日も経っていない頃の夜、あの日は雨が降っていた。
 艦隊を焼き尽くした火は粗方鎮火し終えていたものの、この天からの恵みによって完全に消し止める事ができた。
 そのおかげでタルブ村や村の名物であるブドウ畑が焼失せずに済んだというのは、トリスタニアへついてから聞く事となる。
 軍の接収した宿で御付の従者に見守られながらベッドで横になっていた彼女の元へ、ずぶ濡れの巫女さんが戻ってきてくれた。
 自分の為にあの恐ろしい怪物たちと真っ向から戦い、行方知れずとなっていたハクレイの帰還に彼女は無言の抱擁で迎えてあげた。
「おかえりなさい。今まで何処にいたのよ?こんなにも外が土砂降りだっていうのに…」
「ごめんなさい。このまま消えるかどうか迷った挙句…気づいたらアンタの事を探してたわ」
 こんなにも儚い自分の事を思って、助けてくれた事に感謝しているカトレアの言葉に彼女は素っ気なく答えた。

682ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:44:09 ID:Meqm5SJY
 
 その後、ニナからも熱い抱擁ついでのタックルを喰らいつつもハクレイは彼女の元へと戻ってきた。 
 御付の従者たちや自分と一緒にカトレアの薬を取に行って、無事に届けてくれた護衛の貴族達からは大層な褒め言葉さえもらった。
「お前さん無事だったのか?あんな化け物連中と戦ったっていうのに、大したモノだよ」
「百年一度の英雄ってのはお前さんの事か?とにかく、本当に助かったよ。ありがとな」
「カトレア様がこうして無事なのも、全てはお前さのお蔭だな。感謝する」
 十分な経験を積み、 護衛としてそこそこの実力を得た彼らからの感謝にハクレイは当初オロオロするしかなかった。
 何せ彼らの魔法もあの怪物達には十分効いていたし、実質的にカトレアを助けたのは彼らだと思っていたからである。

 なにはともあれ、思わぬ歓迎を受けてから暫くしてカトレアたちは前述のとおり静かにゴンドアの町を後にした。
 町にはアンリエッタ王女が自ら軍を率いてやって来てはいたが、業務の妨げになると思って挨拶はしないことにしていた。
 屋敷へ泊めてくれたアストン伯にお礼の手紙をしたためた後、足止めを喰らっていた王都行きの駅馬車を借りて彼女らは町を出た。
 本当なら直接顔を合わせて礼を言うべきなのだろうが、彼もまたアンリエッタと同じく戦の後の処理に追われていたため敢えて邪魔しないという事にしたのである。
 無論機会があればまたタルブへと赴いて、きちんとお礼をするつもりだとカトレアは言っていた。
 幸い町と外を隔てるゲートを見張っていた兵士たちも連日の仕事で慌ただしくなっていたのか、馬車の中を確認もせずに通してくれた。
 
 
 そうして騒がしい町から離れた一行は、ひとまずはもっと騒がしい王都で一時休憩する事となる。
 王都から次の目的地でありカトレアの実家があるラ・ヴァリエールと言う領地までは最低でも二日はかかるという距離。 
 カトレアの体調も考えて夏の暑さが引くまでは王都の宿泊できる施設で夏を過ごした後にヴァリエール領へと戻るという事になった。
 その間従者や護衛の者たちも一時の夏季休暇を味わい、カトレアはタルブ村へ行く途中に預かったニナの身元を調べて貰っている。
 そしてハクレイはというと、特にしたい事やりたい事が思い浮かばずこうして王都の中をふらふらと歩き回る日が続いていた。

「みんなは良いわよねぇ。私は自分の事が気になって気になって…何もできないっていうのに」
 大きな噴水がシンボルマークとなっている王都の中央広場。トリスタニアの中では最も有名に集合場所として知られている。
 その広場の周囲に設置されたベンチに座っているハクレイは、自分の内心を誰にも言えぬが故の自己嫌悪に陥っていた。
 ここ最近は、カトレアの従者が用意していだ別荘゙の中に引きこもっていたのを見かねたカトレアに外へ出るよう言われたのである。
 無論彼女は善意で勧めているのは分かってはいるが、それでも今は騒音の少ない場所でずっと考えたい気分であった。

「とはいえ、お小遣いとかなんやでお金まで貰っちゃったし…ちょっとでも使わないと失礼よね?」
 ハクレイはため息をつきつつも、腰にぶら下げている小さめのサイドパックを一瞥しつつ呟く。
 茶色い革のパックにはカトレアが「王都の美味しいモノを食べれば元気になるわ」と言って渡してくれたお金が入っている。
 枚数までは数えていないが、中に納まっている金貨の額は八十エキューだと彼女は渡す時に言っていた。
 その事を思い出しつつ改めてそのサイドパックを手に持つと、留め具であるボタンを外して蓋を開ける。
 パックの中には眩しい程に金色の輝きを放つ新金貨がずっしりと入っており、ハクレイは思わず目をそらしてしまう。
「このお金なら美味しいモノも沢山食べれるって言ってたけど、何だか無下に使うのはダメなような気が…」
 そう言いつつ、ハクレイはこれを湯水のごとく消費してしまうのに多少躊躇ってはいた。
 これは消費すべき通貨なのだと理解はしていたが、比較的製造されたばかりの新金貨は芸術品かと見紛うばかりに輝いている。
 
 試しに一枚取り出しじーっと見つめてみるが、その輝きっぷりはまるで小さな太陽が目の前にあるかのようだ。
 再び目を背けながら手に持っていた一枚をパックの中に戻してから、ハクレイはこれからどうするか悩んではいた。

683ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:46:09 ID:Meqm5SJY
 時間は既に昼食時へと入っており中央広場にいても周囲の民家や飲食店、それから屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。
 それらは全て彼女の鳴りを潜めていた食欲に火をつけて、瞬く間に脳の中にまで入っていく。
 八十エキューもあれば、ちゃんと節制すれば平民のカップルは三日間遊んで暮らせるほどである。
 そんな大金を腰のパックに入れたハクレイは、何か食べないと…と思いつつ本当にこの金貨を使って良いモノかとまだ思っていた。

「そりゃあカトレアの言うとおり何処かで食べてくれば良いんだけど、一体どこを選べばいいのやら………ん?」
 一人呟きながらどこかに自分の興味を惹くような店は無いかと探している最中、ふと広場の中央に造られた噴水へと視線が向く。 
 百合の花が植えられた花園の真ん中にある大きな水かめから水が噴き出し、それが花園の周りに小さな池を作っている。
 ハクレイはその噴水から造られた池に映っている自分の顔を見て、自分の頭の中に残っている悩みの種が首をもたげてきた。
 腰まで届く長い黒髪に、やや黄色みがある白い肌。そして黒みがかった赤い目はハルケギニアでき相当珍しいのだという。
 カトレアとの生活で彼女の従者からそんな事を言われていた彼女は、改めて自分が何者なのか余計に知りたくなってしまう。
 けれどもそれを知っている筈の自分は全ての記憶を失い、自分は得体の知れない存在と化している。

 それを思いだしてしまい難しい表情を浮かべようとしたハクレイは…次の瞬間、ハッとした表情を見せた。
 まるで家の何処かに置いて忘れてしまった眼鏡の場所を思い出したかのような、ついさっきまでの事を思い出した時の様な顔。
 そんな表情を浮かべた彼女は慌てて首を横に振ってから、水面越しに見る自分の顔を睨みつけながら呟く。
「でも…あのタルブで出会ったシェフィールドっていう女なら、何か知っているかもしれない…」
 彼女はタルブの騒動の際、あの化け物たちを操っていたという女の事を思い出していた。
 シェフィールド…。不気味なほど白い肌にそれとは対照的に黒過ぎる長髪と服装は今でも忘れられない。
 彼女が操っていたという化け物たちのせいで多くの人たちが犠牲になり、カトレア達までその手に掛けさせようとしていた。
 良くは知らないがそれでも次に会ったらタダでは済まさない程の事をしたあの女と彼女は戦ったのである。
 
 その時はカトレアを探しに来ていたという彼女の妹とその仲間たちを自称する少女達と共闘した。
 周りが暗くて容姿は良く分からなかったものの、声と身長差ら十分に相手が少女であると分かっていた。
 しかし途中で乱入してきた謎の貴族にその妹が攫われ、ハレクイ自身が囮となって仲間たちに後を合わせた後、捕まってしまった。
 キメラの攻撃で地面に縫い付けられ、運悪く手も足も出ない状況にに陥った時…あの女は自分へ向けてこう言ったのである。

 ―――――そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――
 ――――――一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゙見本゛

 何故か額を光らせ、信じられないモノを見る様な目つきと顔でそんな事を言ってきたのである。
 言われた方としては何が起こったのか全く分からないし、当然しる筈も無い。但し、その逆の立場であるあるあの女は何かを知っていたのだろう。
 でなければあんな…有り得ないと本気で叫んでいた表情など浮かべられる筈が無いのだから。
「本当ならば、その時に詳しく聞く事ができたら良かったけど…」
  
 ――――――あの後の事は、正直あまり覚えていなかった。
 あの女が自分の事を゙見本゙と呼んだ後の出来事だけが、ポッカリと穴が出来たかのように忘れてしまっているのだ。
 忘れてしまった時の間に何が起こり、どの様な事になったのか彼女自身が知らないでいる。
 ただ、気づいた時には疲労のせいか随分と重たくなってしまった体は木漏れ日の届かぬ森の奥で横たわっていた。

684ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:48:09 ID:Meqm5SJY
 目が覚めた時にはあの女はおろか、自分がどこにいるのかも分からず…思い出そうにもその記憶そのものが抜け落ちている始末。
 暫し傍にあった大木に背を預けて思い出そうとしても、単に頭を痛めるだけで何の進展も無かった。
 そして彼女にはそれが恐ろしかった。呆気なく自分の頭から記憶が抜け落ちて行ってしまったという事実が。
 自分ではどうしようもできない゙不可視の力゙が自分の記憶を操っている――――そんな恐ろしい考えすら思い浮かべていたのである。

 その後はほんの少しの間、自分でもどうすれば良いのか分からない日々を過ごした。
 森を捜索していた兵士たちの話から、カトレアを含めタルブ村の人たちが何処へ避難したかを知った時も真っ先に行こうとは思わなかった。
 自分の頭から忘れてはいけない事が抜け落ちた事にショックし続けて、まるでを座して死を待つ野生動物の様に彼女は森の中で休んでいたのである。
 けれども、それから暫くして落ち着いてきたころにカトレアやニナ達の事が気になってきて、ようやく避難先の町へ行くことができた。
 最初はただ様子だけを遠くから見るだけと決めていたのに、結局彼女を頼ってしまい今の様な状況に至ってしまっている。
 カトレアは屋敷の傍で起こった騒ぎの事は知らなかったようで、ハクレイ自身もまだその事を―――その時の事を忘れたのも含め――話す覚悟は無かった。
 はぐらかす様子を見て離したくないと察してくれたのだろうか、出会った時以来カトレアもタルブでの事を話さなくなった。
 ニナはしつこく何があったのだと話をせがんでくるが、カトレアやその従者たちがうまいことごまかしてくれる。
 

「…けれども、いつかは話さないと駄目…なのかしらね?」
 水面に映る自分の顔を見つめながらもハクレイが一人呟いた時、ふとこんな状況に似つかわしくない音が鳴った。
 ―――……ぐぅ〜!きゅるるるぅ〜
 思わず脱力してしまいそうな間抜けな音が耳に入った直後、ハクレイは軽く驚きつつも自分のお腹へと視線を向ける。
 アレは明らかに腹から鳴る音だと理解していた為、まさか自分のお腹から…?と思ったのだ。
 恥かしさからかその顔を若干赤くさせつつも自分のお腹を確認したハクレイであったが、音を出した張本人は彼女ではなかったらしい。
「あ…あぅう〜…」
「ん?………女の子?」
 今度は背後から幼く情けない声が聞こえ、後ろへと振り返ってみると…そこには一人の女の子がいた。
 年はニナより三つか四つ上といったところか、茶色いおさげを揺らしながらじっと佇んでいる。
 まだ幼さがほんの少し残っている顔はじっとハクレイを見上げながらも、翡翠色の瞳を丸くしていた。
 服は白いブラウスに地味なロングスカートで、マントを身に着けていないからこの近所に住んでいる子供なのだろうか?
 そんな疑問を抱きつつ、自分を凝視して動かない少女を不思議に思いながらもハクレイはそっと声を掛けた。
「どうしたの?私がそんなに珍しいのかしら?」
「え…!あの…その…」
 見知らぬ、そして見たことない格好をした大人突然声を掛けられて驚いたのだろうか、
 女の子はビクッと身を竦ませつつも、何を話したら良いのか悩んでいると…再びあの音が聞こえてきた、女の子のお腹から。
 ―――――ぐぅ〜…!
 先ほどと比べて大分可愛らしくなったその音に女の子はハクレイの前で顔を赤面させると、彼女へ背を向ける。
 てっきり自分の腹の虫化と思っていたハクレイはその顔に微かな笑みを浮かばせると、もう一度女の子へ話しかけてみた。

「貴女?もしかしお腹が空いてるの?」
 彼女の質問に対し女の子は無言であったものの…十秒ほど経ってからコクリと一回だけ、小さく頷いて見せた。
 首を縦に振ったのを確認した後、彼女は女の子の身なりが少し汚れているのに気が付く。
 ブラウスやスカートは土や泥といった汚れが少し目立ち、茶色い髪も心なしか油っ気が多い気がする。
 ここに来るまで見た子供たちは平民であったが、この女の子の様に目で分かる汚れていなかった。

685ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:50:40 ID:Meqm5SJY
 更によく見てみると体も少し痩せており、まだ食べ盛りと言う年頃なのにそれほど食べている様には見えない。
(家が貧乏か何かなのかしら…?だからといって何もできるワケじゃあないけれど…あっ、そうだ)
 女の子の素性を少し気にしつつも、その子供を見てハクレイはある事を思いついた。
 
 彼女はこちらへ背中を向け続けている女の子傍まで来ると、落ち着いた声色で話しかけた。
「ねぇ貴女。良かったら…だけどね?私と一緒に何か美味しいモノでも食べない?」
「……え?」
 見知らぬ初対面の女性にそんな事を言われた女の子は、怪訝な表情を浮かべて振り返る。
 いかにも「何を言っているのかこの人は?」と言いたそうな顔であり、ハクレイ自身もそう思っていた。
「ま、まぁ確かに怪しいと思われても仕方ないわよね?お互い初対面で、私がこんな格好だし…」
 言った後で湧いてくる気恥ずかしさに女の子から顔を背けつつも、彼女は尚も話を続けていく。

「でも…そんな私を助けてくれたヤツがいて、ソイツが結構なお人よしで…私だけじゃなくて女の子をもう一人…、
 たがらってワケじゃないし、偽善とか情けとか言われても仕方ないけど…何だかそんな身なりでお腹を空かしてる貴女が放っておけないのよ」

 自分でも良く、こんなに長々と喋るのかと内心で驚きつつ、女の子から顔をそむけながら喋り続ける。
 もしもカトレアがこの場にいたのなら、間違いなくこの女の子に施しを与えていたに違いないだろう。
 どんな時でも優しさを捨てず、体が弱いのにも関わらず非力な人々にその手を差し伸べる彼女ならば絶対に。
 そんな彼女に助けられたハクレイもそんな彼女に倣うつもりで、お腹を空かせたあの子に何かしてやれないだろうかと思ったのだ。

 しかし、現実は意外と非情だという事を彼女は忘れていた。
「だから…さ、自己満足とか言われても良いから…――――…って、ありゃ?」
 逸らしていた視線を戻しつつ、もう一度食事に誘おうとしたハクレイの前に、あの女の子はいなかった。
 まるで最初からいなかったかのように消え失せており、咄嗟に周囲を見回してみる。
 幸い、女の子はすぐに見つかった。…見つかったのだが、こちらに背中を向けて中央広場から走って出ていこうとしていた。
 恐らく周囲の雑踏と目を逸らしていて気付かなかったのだろう、もう女の子との距離が五メイルも空いてしまっている。
「……ま、こんなもんよね?現実ってのは…」
 何だか自分だけ盛り上がっていたような気がして、気を取り直すようにハクレイは一人呟く。
 ニナもそうなのだが、子供が相手だとこうも上手くいかないのはどうしてなのだろうか?
 自分と同じく彼女に保護されている少女の顔を思い出したハクレイは、ふとある事を思い出した。
「そういえば、カトレアは「お姉ちゃん」って呼んでべったりと甘えてるのに…私は呼び捨てのうえに扱いが雑な気もするわ」
 子供に嫌われる素質でもあるのかしらねぇ?最後にそう付け加えた呟きを口から出した後、腰に付けたサイドパックへ手を伸ばす。
(仕方がない。無理に追いかけるのもアレだし…何処か屋台で美味しいモノ食べ――――あれ?)
 気を取り直してカトレアから貰ったお小遣いで昼食でも頂こうと思ったハクレイの手は、金貨の入ったパックを掴めなかった。
 軽い溜め息を一つついてから、パックをぶら下げている場所へ目が向いた瞬間――――思わず彼女の思考が停止する。

686ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/01(土) 00:53:30 ID:Meqm5SJY
 無い、無かった。カトレアから貰った八十エキュー分の金貨が満載したサイドパックが消えていた。
 パックと赤い行灯袴を繋ぐ紐だけがプラプラと風に揺られ、さっきまでそこに何かがぶら下げられでいだと教えてくれている。
 まさか紐が切れて何処かに落とした?慌てて足元を見ようとしたとき、通行人の大きな声が聞こえてきた。
「おーい、そこの小さなお嬢ちゃん!手に持ったパックから金貨が一枚落ちたよ〜!」
「――――…は?」
 小さなお嬢ちゃん?パック?金貨?耳に入ってきた三つの単語にハクレイはすぐさま顔を上げると、
 自分の背後でお腹を鳴らし、逃げるように走り去ろうとしていた女の子が地面に落ちた金貨をスッと拾い上げようとしている最中であった。

 両手には、やや大きすぎる長方形の高そうな革のサイドパックを抱えるように持っているのが見える。
 それは間違いなく、カトレアからお小遣いと一緒に貰った茶色い革のサイドパックであった。 

「ちょっ……―――!それ私の財布なんだけど…ッ!?」
 驚愕のあまり思わず大声で怒鳴った瞬間、女の子は踵を返して全速力で走り出した。
 





――――――以下、あとがき―――――

以上で八十一話の投下は終了です。もう四月に突入してしまいましたね。ハルデスヨー!
まだまだ寒い日々が続きますが、近所の霊園に植えられてる小さな桜の木が花を咲かせていたのを見てほっこりしました。
本編はこれからも続きますが、無理の無い月一投下でまったり進めていきたいと思います。それでは!ノシ

687ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:31:42 ID:esn0CqG6
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、57話ができました。これから投稿をはじめます。

688ウルトラ5番目の使い魔 57話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:35:36 ID:esn0CqG6
 第57話 
 虚無を超えて

 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
 ハルケギニアの伝説に語られる偉人にして聖人、始祖ブリミル。
 しかし、彼の人生は決して平坦なものではなかった。彼は宇宙船の中でマギ族の人間として故郷を知らずに生まれ、たどりついた惑星でなに不自由ない少年時代を送った。
 マギ族の繁栄の日々は、そのまま彼の人生の絶頂期そのものであり、それはマギ族の凋落とも一致する。
 そして青年時代、本当のブリミルの人生はここから始まったと言ってもいいかもしれない。何も知らないでマギ族の仲間のなすがままに自分も流されていた子供の時代から、己の足で土を踏みしめて生きていかねばならない時代に入った。
 少年時代とは比べ物にならない過酷な旅の日々。けれど、それはブリミルに温室の中では決して得られない多くのものを与えた。知識、技術、友情、信頼、愛情、旅路の仲間たちから教えられたことは、確実にブリミルを大人に成長させていった。
 だが、運命はブリミルに残酷な試練を課した。同胞も、故郷も、仲間たちもなにもかもを奪いつくされたブリミルに残ったのは、底知れない虚無の感情だけだったのだ。
 それに囚われたブリミルが思いついた、『生命』の魔法とはなにか。それを問われると、現代のブリミルは苦しげに答えた。
「ろくでもない魔法さ。僕は最初に覚えた魔法のほかにも、応用していくつかのオリジナルの魔法を作ったけど、その中でもこいつは二度と使うまいと思ってる。『生命』って名前も皮肉なもんさ。ともかく、すぐわかるから見ていたほうが早い」
 彼にとって、もっとも忌まわしい記憶。しかし、忘れてはいけない記憶がここにある。
 
 ブリミルは何をしようとしているのだろうか。彼が、始祖と呼ばれる人物になった、その転換点……そして、絶望を前にしてサーシャは何をブリミルに示すのか。
 巨大すぎる絶望を前にして人が出す答えと、運命がそれに与える回答とはいかに。始祖伝説の最後の秘密が今こそ明かされる。
 
 マギ族の首都の崩壊から生き延びたブリミルとサーシャ。完全に水没した都市から、なんとかどこかの海岸に流れ着いた二人だったが、ブリミルは謎の言葉を残してサーシャの前から姿を消した。
「もう、この世界は滅ぶしかない。希望なんて、幻想に過ぎなかったんだ……けど、責任はとらなきゃいけない。この星の間違った生命を、正しい方向に戻すんだ」
「ブリミル……あなたいったい、何を言っているの?」
「サーシャ、今日まで僕なんかのためにありがとう。僕はこれから、この星の生命を元に戻す。それできっと、この星は生き返るはずだ。さよならサーシャ、僕は地獄に落ちるけど、君は天国に行ってくれ」
 その言葉を残して、ブリミルはテレポートの魔法を唱えて消えた。そのタイミングで、現代のサーシャはブリミルの手を握り、ここからはわたしの記憶で話を進めるからねと告げた。イリュージョンの魔法は熟練すると他人の記憶の投影もできるようになるらしい、記録の魔法との複合かもしれないが、今のルイズには無理な芸当だった。
 物語を再開する。ブリミルが消えた後、サーシャは必死で、ブリミル、蛮人、と声を張り上げて探すが、ブリミルの姿は目に映る範囲のどこにもなかった。

689ウルトラ5番目の使い魔 57話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:36:40 ID:esn0CqG6
「いけない! あの蛮人なにかやるつもりだわ」
 サーシャはブリミルの最後の言葉を思い出して、強い危機感を覚えた。
 あのときのブリミルの様子はどう見てもまともじゃなかった。自殺? いや、あの意味ありげな台詞は、もっと別のなにかを思いついたに違いない。しかも、とても悪いことが起きることを。
 見つけ出して止めないと。サーシャは走り出した。
「いったいどこへ行ったのよ蛮人。確か、あのテレポートの魔法はそんなに遠くまで飛ぶことはできないはず。まだそんなに離れていないはずだわ。けど、いったいどこへ?」
 サーシャは道なき荒野をあてもなく走った。このあたりの地理は自分は詳しくなく、逆にブリミルにとっては自分の庭先も同然なくらいに知り尽くしている。きっとブリミルは記憶を頼りにして、この近くのどこかに向かったのだろう。
 だが、いったいどこへ? 首都が崩壊した今、この近辺で人間の生き残っている可能性のある街や施設はほとんどないはず。サーシャはブリミルから雑談の中で聞かされていた、この地方の様子を必死で思い出した。
「このあたりで、まだ行く価値の残っている場所。落ち着いて思い出すのよ、さっきブリミルはこの星の生命を元に戻すって言ってた……生命と関わりのある場所、もしかしてあそこに?」
 ひとつだけ心当たりがあった。ブリミルが前にしゃべっていた内容に、こんなものがあった。
「僕が小さいころのこと? 君も変なことに興味持つねえ。そうだねえ、僕が小さい頃はマギ族はこの星の開拓に忙しくて、大人とはほとんど遊んでもらったことがないなあ。あ、でもひとつ思い出深いことがあるよ。首都の南にね、この星の動植物のことを研究するためのバイオパークがあったんだけど、小さかった頃の僕にとっては動物園や水族館みたいで毎日遊びに行ってたよ。見たこともない動物や魚が生きて動いてるところは、いくら見ても飽きなかったなあ。研究が終わってバイオパークは今じゃ閉鎖されちゃってるけど、あの頃はほんとに楽しかったよ」
 閉鎖されたバイオパーク……生命が関わって、ブリミルが行きそうな場所といえばそこしか思い当たらない。首都の南とブリミルは言っていた、太陽の位置からだいたいの方角を割り出して南へとサーシャは急いだ。
 しかし道のりは楽ではなかった。この近辺にも危険な怪獣や生き物はウヨウヨしていて、行く先で地底怪獣パゴスとウラン怪獣ガボラがエサの放射性物質を取り合って乱闘していたので、これを避けて海よりの道に逸れたら今度はさっきの二匹が撒き散らした放射能の影響で突然変異したらしい巨大フナムシの大群に襲われ、さらにこいつらをエサにしようと集まってきた火竜の群れからも逃げ回ることになり、いかにサーシャがガンダールヴと精霊魔法を使えるとはいっても相当な足止めと遠回りを余儀なくされた。
 テレポートで一気に飛んでいけるブリミルがうらやましい。逃げたり隠れたりを繰り返して、まだたいした距離は来ていないというのにヘトヘトだ。
 岩陰で休息をとりながら、サーシャはブリミルのことを思った。
「わたし、なんであんな奴のためにこんな苦労してるんだろう?」
 冷静になれば自分でも不思議だった。あんな奴、放っておいて自分だけで安全な場所に逃げればいいのに、どうして危険を冒して後を追っているのだろうか? どうせあいつは全ての元凶のマギ族なのだし、自分にこんなものを押し付けた勝手な奴なのだからと、サーシャは左手のガンダールヴのルーンを見た。

690ウルトラ5番目の使い魔 57話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:40:01 ID:esn0CqG6
 いっそこのまま、ひとりで自由に生きてみようか。サーシャはふとそう思った。仲間はすべて失い、もう自分だけ、これ以上あんな奴のために苦労する必要があるのだろうか。どうせ別れを言い出したのはあいつなんだから……
 
 けど、そうもいかないのよね……
 
 サーシャは苦笑して、さっきまでの考えを振り払った。
 確かにブリミルはバカで阿呆で間抜けでトンチキの、魔法を除けばどうしようもないダメ人間だ。増して、憎んでも余りあるマギ族の男……けど、ひとつだけサーシャも認めている美点がある。それは、頑張り屋なところだ。
「蛮人、行く場所のなかったわたしたちに道を与えてくれたのはあなたじゃない。魔法の練習を欠かさずに続けて、努力して報われることがまだあるんだって教えてくれたのもあなた。行く手にどんな障害や怪獣が立ちふさがっても、あきらめずに乗り越えてきた、その先頭に立っていたのはあなたでしょ。その頑張りを、あなたから無駄にしようとしてどうするの。きっとみんなも、残ったわたしたちがあきらめちゃうことなんて望んでないわ」
 ここで逃げ出したら、死んでいった仲間たちに顔向けができない。死んだ者とはもう会えないが、その意思は生きている者が背負ってゆかねばならない。そのことをブリミルに教えないといけない。
 サーシャは岩陰から立ち上がり、再び南に進もうと足を踏み出した。が、なにげなく草むらに踏み込んだ、その瞬間だった。
「きゃっ! いったぁ、なに? えっ!」
 なんと、サーシャの足に太くて緑色のつるのようなものがからみついていた。自然に絡んだのではない、その証拠につるは草むらの陰からヘビのように這い出してきてサーシャの体にも巻きつこうとしてきたのだ。
「なによこれっ! つるよ、離しなさいっ! 魔法が効かない? ただの植物じゃないわ!」
 草木の精霊に呼びかけようとしても、ヘビのようなつるは操れなかった。つるはどんどんサーシャの体や手足を絡めとろうと伸びてくる。とっさに剣を抜いて、ガンダールヴの力で切り払おうとしたが、つるのほうが多く、一瞬の隙にサーシャは剣ごと全身を拘束されてしまった。
 完全に身動きを封じられて、地面に張り付けになってしまったサーシャは首だけをなんとか動かして周りを見回した。よく見ると、草むらの陰には血にまみれた衣服の残骸が散らばっている。
「しまった、ここは吸血植物のテリトリーだったのね。なんとか逃げ出さないと、わたしもこの服の持ち主みたいにっ」
 つるはどんどん力を強めて締め付けてくる。このままでは全身の血液を搾り取られてしまうだろう。サーシャはなんとか脱出しようともがいた。
 だが、事態はつるに絞め殺されるのを待つほど悠長ではなかった。草むらの陰から、今度は青黒い色をした大きなクモのような化け物が何匹も現れたのだ。
 たまらず悲鳴をあげるサーシャ。それはベル星人の擬似空間に生息する宇宙グモ・グモンガに酷似した小型怪獣で、紫色の有毒ガスを吐きながらサーシャに迫ってくる。擬似空間と同様に、吸血植物とは共生関係にあって、獲物を待ち構えていたのだろう。
 身動きできないサーシャに迫るグモンガの群れ。このまま生きたまま血肉を貪られ、骨も残さず食い殺されてしまうのだろうか。

691ウルトラ5番目の使い魔 57話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:41:03 ID:esn0CqG6
「いやあぁぁぁっ! ブリミルーっ!」
 顔の間近まで迫ったグモンガにサーシャの絶叫が響き渡る。だが、そのとき突如突風が吹いてグモンガたちを吹き飛ばし、さらに巨大な影が射したと思うと、大きな手がサーシャを掴んでつるを引きちぎり、大空高くへと運び去っていったのだ。
 死地から一気に大空へと運ばれたサーシャは、冷たい風に身を任せながら、自分を手のひらの上に優しく乗せている巨大な青い鳥の姿を呆然と見上げていた。それは、才人やタバサも見知っている、あの優しく勇敢な大鳥の怪獣。
「リドリアス……」
 現代と過去で同時にその名が呼ばれた。何度となく世界を守るために共に戦った、今では戦友とも呼ぶべき怪獣。
 リドリアスはしばらく飛ぶと、安全な場所にサーシャを優しく下ろし、サーシャはリドリアスを見上げて、笑顔で声をかけた。
「ありがとう、助けてくれて」
 リドリアスは礼を言われたことに照れるかのように、のどを鳴らして穏やかな鳴き声を返した。それにサーシャも笑い返す。この時代のサーシャも、リドリアスのことは知っていたのだ。
 なりは大きいが、リドリアスはこれでも渡り鳥の一種であり、この星でも以前は普通に見られた存在だった。だがマギ族の起こした騒乱で数を減らし、今ではほとんど見られなくなっていたが。
「あなたも、厳しい世界の中で生き残っていたのね。こんな世界でも、ずっと」
 サーシャは、生き残っていたのが自分たちだけではなかったことに胸を熱くした。ところが、サーシャはリドリアスが片足をかばっているような仕草をしているのに気がつき、彼が傷を負っているのを見つけた。
「あなた、怪我してるじゃないの。待ってて、わたしが治してあげるから」
 リドリアスに駆け寄ると、サーシャはリドリアスの片足の傷に手をかざして呪文を唱えた。この者の体を流れる水よ、という文句に続いて魔法の光が輝き、リドリアスの負傷を癒していく。
「あなたも、いろんなところでつらい思いをしたのね。けど、まだ希望は残ってる。この世界はまだ、死に絶えちゃいない。そうでしょう……?」
 それはリドリアスに問いかけたのか、それともここにいないブリミルに問いかけたのか。あるいはその両方だったのか。
 リドリアスの傷を癒したサーシャは、ほかの怪獣が気がつく前に遠くに逃げなさいとうながした。しかしリドリアスはサーシャから離れる様子を見せなかった。
「わたしを守ってくれるっていうの? まったく、どっかの蛮人よりよっぽどナイト様ね。わかったわ、いっしょに行きましょう」
 そう答えると、リドリアスはうれしそうに鳴き、サーシャに顔を摺り寄せてきた。サーシャはリドリアスのくちばしの先をなでながら、優しくつぶやいた。
「そっか、あなたもひとりで心細かったのね」
 かつて、群れで飛ぶ姿も見られたリドリアスも、今ではこの一匹になってしまった。仲間もなく、凶暴な怪獣たちが跋扈する中で生きていくのはさぞつらかっただろう。
 けれど、もうひとりじゃない。これからは仲間だ、誰かがいっしょにいれば寂しくはない。

692ウルトラ5番目の使い魔 57話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:43:38 ID:esn0CqG6
 サーシャは胸の中で、まだこの世界に希望があると、もう一度強く思った。無くしたものは大きいけれど、まだこうして見つけられたものもある。この希望のともしびの熱さを、ブリミルにも教えなくては。
「リドリアス、お願いがあるの。わたしを、この先に連れて行って欲しいの。もうひとり、助けなきゃいけない仲間がいる」
 その頼みを受けると、リドリアスはサーシャの前に頭を下ろして、乗っていいよというふうにうながした。
「ありがとう」
 サーシャが頭の上に飛び乗ると、リドリアスは翼を広げて飛び立った。上空の冷たい風が肌に染み、眼下の風景がすごい勢いで流れていく。
 リドリアスの飛行速度はマッハ二。サーシャに気を使ってそこまで早くはしていないものの、それでもサーシャの体験してきた何よりもリドリアスは早かった。
「すっごーい。あのバカのテレポートよりずっとはやーい!」
 しれっとブリミルに対して毒を吐きながらも、サーシャは行く先をじっと見つめて目を離さなかった。
 この先にブリミルがいる。何をする気か知らないけれど、どうか早まった真似だけはしないでちょうだい。そして願わくば、自分の勘が外れていないことを祈った。
 やがて行く先の荒野に小さな町があるのが見えてくる。サーシャは近くに怪獣がいないことを確認すると、リドリアスにあそこに下ろしてちょうだいと頼み、町の入り口にリドリアスは着陸した。
「ありがとう、すぐ戻るからあなたはここで待ってて。体を低くして、目立たないようにしてるのよ」
 リドリアスにそう言い残すと、サーシャは町の中へと走っていった。
 町に人の気配はなく、やはりここも怪獣の襲撃を受けたことがあるように建物はのきなみ崩れ落ちた廃墟となっていた。いや、怪獣に壊される前から、すでに町は数年は放置されたゴーストタウンであったらしく、残った建物の壁にはこけがこびりつき、窓ガラスはすすけて曇っている。
 やっぱりここがブリミルの言っていた……確信を深めて町を散策するサーシャの前に、マギ族の文字、今のハルケギニアの文字の原型になった文字で書かれた看板が現れた。
「第五水産物試験研究所……ビンゴね!」
 どうやら間違いはなさそうだ。この町が、ブリミルの言っていた思い出の場所だ。
 しかし肝心のブリミルはどこに? 地上の建物はただの廃墟で、ろくなものが残っているようには見えない。なら考えられるのは、首都と同じく地下にある施設だけだ。
 どこかに入り口がある。サーシャは飛び上がると、空から地上を見回した。すると、倒壊した建物のそばに、ぽっかりと開いている地下への階段の入り口があった。
「つい最近に入り口の瓦礫を動かした跡がある。ここで違いないようね」
 自分の推理が当たっていたことを喜ぶ間もなく、サーシャは覚悟を決めると、暗い通路の中を地下へと向けて降りていった。
 地下はあまり被害を受けていなかったらしく、少し歩くと通路はきれいになった。それどころか、地下三階ほどの階層まで来ると電源も生き残っていたのか電灯で通路は明るくなり、その先にはかつてこの施設で使われていた設備の数々が往年のそれと同じような姿で生きていた。

693ウルトラ5番目の使い魔 57話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:44:27 ID:esn0CqG6
「わぁ……」
 思わずサーシャは感嘆の声を漏らした。通路の左右はガラス張りの巨大水槽となっており、それが延々と先へと続いている。
 まさに水族館の光景だ。サーシャは、まだマギ族が優しかったころに街に作ってくれた水族館に行ったときのことを思い出した。
 水槽はクジラでも楽々入りそうな奥行きがあり、以前はここで星のあちこちから集められた魚介類が研究されていたのが察せられた。今では水槽はカラになり、水槽の底には魚の骨と小さなカニかエビのような生き物がうろついているだけの寂しい光景となっているが、往年は本当に夢のような光景が色とりどりに輝いていたのだろう。
 ここで子供のころのブリミルが……サーシャはその様子を想像しながら通路を進み、声をあげて彼を呼んだ。
「蛮人ーっ! ここにいるんでしょーっ! 返事をしなさい! 怒らないから出てきなさい。ブリミルーっ!」
 澄んだ声は反響して奥へ奥へと響いていくが、返事はなかった。
 いいわ、ならこっちから行くから。と、サーシャは歩を早めて通路を進んでいく。幸い施設はほぼ一本道で、迷う心配はなさそうだ。
 やがて水産物試験場の最奥部まで進むと、目の前に大きなエレベーターが現れた。ゴンドラは最下層で止まっている。サーシャはゴンドラを呼び出して乗り込むと、迷わず最下層のスイッチを押した。
 ゴンドラはゆっくりと地下へと下がっていく。どうやら階層ごとに水産物や畜産物、その他の動物や昆虫や植物の研究施設になっていたらしく、ガラス張りのエレベーターからは、かつては動物園や植物園のようになっていたらしい光景が透けて見えた。
 ここはまさに、かつてのマギ族にとって希望の城だったのだろうとサーシャは思った。ブリミルは、狭い船の中で何十年も過ごしてきたマギ族にとって、生命にあふれたこの世界はまさに理想郷だったと言っていた。豊富な生命は、万物の根源となる究極の宝だと。だが、驕ったマギ族は、その宝の使い道を誤った。
 生き物を無邪気に愛でる、夢のある心を持ち続けていれば余計な争いなどしなくてよかったものを。たとえば動物たちと話ができて、触れ合って遊べるテーマパークみたいなものがあれば、みんな荒んだ心を溶かされ子供に戻って楽しく過ごせたろうにと思う。
 エレベーターは地下深く深くへと下り続け、やがて最下層に到達した。そこは各階層での研究内容をまとめるコンピュータールームになっているらしく、これまでと打って変わって通路の左右には休止状態のスーパーコンピューターが低いうなりをあげながら陳列されており、さながら鉄で出来た広大な図書館を思わせた。

694ウルトラ5番目の使い魔 57話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:49:27 ID:esn0CqG6
 ここが最奥部……サーシャは息を呑みながら通路を進み、呼びかけた。
「ブリミル、いるんでしょ! 答えなさい!」
「聞こえてるよ。こっちだよサーシャ」
 唐突に返ってきた返答にサーシャが振り返ると、そこにはブリミルが何かの操作パネルを前にして立っていた。
 身構えるサーシャ。十メートルばかりを挟んで対峙しながら、ブリミルは無感情に話した。
「よくここがわかったね。君にこの場所を教えたことはあったけど、あんな何気ない話を覚えてるとは思わなかったよ」
「あいにく、物覚えはいいほうなのよ。そんなことより、こんな場所でなにをしてるの? 答えてもらうわ」
「もちろんいいさ、君に隠し事をする気は僕にはないよ。順を追って話すとね、ここにはマギ族がこの星の生き物に関して集めた情報が詰まってる。マギ族は、このデータを元にして君たちエルフのような改造生命を作り出したんだ。ここまではいいかい?」
 サーシャは無言でうなづいた。サーシャにも、最低限の科学知識はエルフに改造されたときに脳に刷り込まれている。
「マギ族は、もう数え切れないほどの人工生命を作り出した。けど、それら全ての人工生命には、ある特殊な因子を遺伝子に組み込んで完成させた。僕は、その因子を調べるためにここに来たんだ」
「因子……なんのために?」
 意味がわからないと、問い返すサーシャ。現代でその光景をビジョンごしに見守る才人たちも、過去のブリミルの言葉を聴き逃すまいと沈黙して耳をすませた。
「マギ族が人工生命を作った理由はさまざまだけど、人工生命を作る過程でマギ族は用心をしていたんだ。つまり、もしも自分たちで作った生命体が想定外の行動を見せて危険になったとき、特定のシグナルを与えることで、その生命体を強制停止させる。安全装置としての、自爆因子をね」
「なんですって! それじゃ、わたしたちは体の中に爆弾を埋め込まれてるようなものじゃないの」
 愕然とするサーシャ。しかしブリミルはゆっくりと首を横に振った。
「心配することはないよ。その自爆因子に働きかけるシグナルは、マギ族同士で戦争が始まったときに誰かが消去してしまって、もうどこにもデータは残ってない。そんなものが残っていたら戦争にならないからね。君たちにも因子は埋め込まれてはいるけど、それはベースになった改造プログラム上のなごりなだけさ」
「じゃあ、そんな役に立たない因子のことを調べてどうするのよ?」
 問いかけると、ブリミルは軽く杖を振って見せた。魔法の光が輝いて、車ほどの大きさがあるスーパーコンピューターの一機が塵に返る。

695ウルトラ5番目の使い魔 57話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:54:42 ID:esn0CqG6
「僕の魔法は、物質を構成する原子に直接働きかける力があるらしい。適当に使えば破壊するだけだけど、イマジネーションさえしっかりすれば、あらゆる物質を反応させることもできる。当然、その因子にもね」
「あんたまさか! 自分のやろうとしていることがわかってるの!」
 ブリミルの考えに気がついたサーシャが絶叫する。しかしブリミルは冷然として言った。
「もちろんわかっているさ。僕がその魔法を唱えた瞬間に、マギ族が手を加えたすべての生物は一瞬にして死に絶える。ドラゴンも、グリフォンも、メイジも、エルフも、そしてもちろん」
「わたしもあなたも死ぬ。この世界を道連れにして無理心中をはかる気なの!」
「違うよ、この世界を元に戻すだけさ。マギ族が荒らす前の、平和な世界にね。すでにここのコンピュータから、自爆因子の情報は引き出した。あと、必要な条件はひとつだけ……それが揃えば、とうとう完成するんだ。間違った命を正しい方向にやり直させる最後の魔法、『生命』がね!」
 虚無に支配されたまなざしで、高らかにブリミルは宣言した。
 その恐ろしすぎる魔法の正体に、現代の才人やルイズたちも戦慄する。
「『生命』なんて、とんでもないわ。悪魔のような絶滅魔法じゃないの」
 ルイズの言葉に、現代のブリミルは沈痛な面持ちでうなづいた。
 『生命』。なんて恐ろしい魔法だ……ハルケギニアにおいて、マギ族の手が加わっていない生き物のほうが少ないくらいなのに、そんなものを発動させたら世界はめちゃめちゃになってしまう。
 しかも、それが虚無の系統とともに現代にも受け継がれているとしたら。アンリエッタはルイズとティファニアを見て、納得したように言った。
「教皇が虚無の担い手を狙っていたのも、間違いなく『生命』の魔法を手中にせんがためだったのでしょうね。彼はあわよくば生命で人類とエルフを滅ぼし、一挙に全世界を手中に収める算段だったのでしょう」
 ほぼ、それで間違いないだろうと皆は思った。しかしブリミルに比べて力の劣る現在の虚無の担い手では生命の発動は難しい上に、ルイズやティファニアが言いなりになるわけはない。それに現在のハルケギニアの生態系は壊滅してしまうので、教皇としては使えれば幸運な手札の一枚として考えていたのだろう。
 ともあれ、恐ろしい魔法だ。エクスプロージョンや分解など比較にもならない、世界にそのまま破滅をもたらしてしまう。メイジの人口割合はハルケギニアの中でそこまで高くはないが、六千年のうちに平民とメイジの混血がおこなわれ、現在先祖にメイジがいると知らずに生きている平民は膨大な数に上るだろう。つまりは、ハルケギニアの人間のほとんどに自爆因子は潜在していると考えていい。
「でも、いくら始祖ブリミルでも、世界中の生き物にいっぺんに魔法をかけるなんて、そんな無茶なことができるの?」
 キュルケが、いくら始祖でも人間にそこまでのことができるのかとつぶやいた。確かに、仮に命と引き換えにしての魔法だったとしても限界はある。ましてあの当時のこと、ひとつの星を覆うほどの魔法をたったひとりのメイジがおこなうなど、ルイズが百人いたって不可能だ。

696ウルトラ5番目の使い魔 57話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:56:44 ID:esn0CqG6
 しかしブリミルは、静かに口を開いた。
「確かに、僕ひとりの力では命と引き換えにしたって不可能だ。だけどね、虚無の系統にはそれを可能にする方法があるんだ。虚無の系統の使い魔のこと、知っているかい?」
 ブリミルがそう尋ねると、ティファニアがおずおずと手を上げた。
「あの、わたし聞いたことがあります。いいえ、わたしに忘却の魔法を教えてくれた古いオルゴールが、魔法といっしょに教えてくれた歌の中にそれが。確か、ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルンと、最後に語ることさえはばかられるというのが一人」
「そう、主人を守る盾の役目のガンダールヴ。獣を操り主人を運ぶヴィンダールヴ。魔法道具を操るミョズニトニルン。今の僕はヴィンダールヴとミョズニトニルンはまだ召喚してないけど……最後のひとつ、リーヴスラシルというのが要なんだ」
 始祖の四番目の使い魔、リーヴスラシル。誰もが初めて聞く名前に、それがどういう意味を持つのかと息を呑んだ。
 エレオノールやルクシャナもすら、推論のひとつも口にしようとはしない。まったく想像できないからだ。使い魔である以上、なにかしら主人の役に立つ能力を備えているのだけは間違いなくても、まるで見当がつかない。
 しかし使い魔ということは、これからブリミルが召喚するということなのだろう。だが才人はおかしいと思った。ブリミルの使い魔はサーシャ以外には現在いないはずだ、何故? いや、尋ねるだけ無駄なことだ。なぜならこれからすぐにわかることなのだから。
 過去のビジョンは再開され、『生命』を使おうとする過去のブリミルと、それを止めようとする過去のサーシャが対峙する。
「蛮人、馬鹿なことはよしなさい。今さらマギ族の痕跡を消したって、世界は元に戻ったりしないわ。あなたは自分の手で世界を完全に滅ぼすことになるわ」
「サーシャ、それは視野が狭いよ。この狂いきった世界を蘇らせるには、一度完全にリセットしないといけないんだ。そうすれば、この世界は何万年か後に必ず元のように美しい世界に蘇る。僕はわかったんだ、なぜマギ族の中で僕だけが生き残ったのか、マギ族の痕跡を完全に消し去ること、それが僕の運命だったんだよ」
「違う! 人に決まりきった運命なんてないわ。運命なんて、そうあるように見えるだけよ。あんたのやろうとしてるのはただの虐殺だわ、そんなもの、絶対にやらせない!」
「なら、どうするね?」
 サーシャの怒声にも冷談な態度を崩さないブリミルに対して、サーシャはついに怒りを爆発させた。
「力づくでも、止めてやるわ!」
 床を強く蹴り、サーシャは雌豹のようにブリミルに飛び掛った。しかし、その行動は完全にブリミルに読まれていた。
「君ならそう来るだろうと思ってたよ」
 ぽつりとつぶやくと、ブリミルの姿が掻き消えた。サーシャの手はむなしく宙を掴む。

697ウルトラ5番目の使い魔 57話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:57:38 ID:esn0CqG6
「テレポートね。どこに行ったの?」
 この手はこちらも読んでいた。ほぼ詠唱なしのテレポートならわずかな距離しか動けないはず、ならばこの部屋のどこかにまだいる。
 サーシャは周囲の気配を探った。前、右、左、そして。
「誰かをお探しですかぁ?」
 後ろからヌッっと声をかけられ、サーシャの背筋に震えが走った。
 振り返ろうとした瞬間、肩に何かが乗せられる感触がして視線だけを動かすと、ブリミルがすぐ後ろで肩に顎を乗せて笑っていた。
「きゃあぁぁぁーっ!」
 絹を裂くような悲鳴をあげてブリミルに殴りかかるサーシャ。しかしブリミルは一瞬早く身を引いていた。
「はぁ、はぁ……変態か!」
 息を切らせて空振りに終わった拳を震わせながら怒鳴るサーシャ。見守っていた才人たちも、「うわぁ……」と、犯罪者を見る目つきで顔を伏せている現代のブリミルを見ていた。
「せっかくだから、こういうのを最後にやってみたかったんだよ」
 過去のブリミルはいやらしい表情で、現代のブリミルは心底後悔してる様子で言った。
 人間、落ちるところまで落ちると色々な意味で吹っ切れるらしい。今のブリミルは、以前の面影がないほど闇に染まりきっていた。
 一方のサーシャは、怒り心頭といった様子でついに剣を抜いた。無理からぬ話だが、しかしブリミルはにやけ顔を崩さずに杖を振った。
「かっこいいねえ……いつまでも君と遊んでいれたら幸せだろうけど、ここでこれ以上消耗するわけにはいかない。君はここで僕のやることを見ていてくれたまえ」
 ブリミルが後ろ手でコンピュータのスイッチを押すと、停止していた大型ディスプレイが点灯した。薄暗い部屋に慣れていたサーシャの目が一瞬くらみ、その隙にブリミルは後ろに作り出した世界扉のゲートに飛び込んだ。
「じゃあね」
「しまった! 待ちなさい!」
 慌ててガンダールヴの力で飛び掛ったが、一瞬遅くブリミルはゲートの先に消え、ゲートもサーシャの眼前で蛍のように掻き消えてしまっていた。
 逃がしてしまった! まずい、今度はいったいどこへ?
 ブリミルを追って部屋を飛び出そうとするサーシャ。しかし慌てるサーシャの後ろのディスプレイから、ブリミルの声が響いてきた。

698ウルトラ5番目の使い魔 57話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 14:58:18 ID:esn0CqG6
「僕を探す必要はないよ、サーシャ」
「蛮人っ!? そこは」
 起動したコンピューターのディスプレイに、ブリミルの姿が映っていた。彼の手にはなにやら端末のような機械が見える。彼が画像を動かすと、ブリミルはこの町の近くの荒野に立っていることがわかった。
「君がどんなに急いで走っても、もう間に合わない。けど、せめて最後は見守っていてくれ。僕の最後の仕事を、ね」
 ディスプレイからブリミルの声が聞こえる。サーシャは歯軋りしたが、ここから全力で走って向かったとしても二十分はゆうにかかってしまう。いくら虚無の系統の詠唱が長いとはいえ、間に合うものではない。
 本当に見守るしかできないのか、焦るサーシャの耳にブリミルの言葉が響いてきた。
「さて、今すぐ全世界に『生命』をかけたいところだが、そうもいかない。僕の精神力ではとても足りないからね」
「ならどうするっていうの? もったいぶらずにさっさと答えなさい!」
 こちらからの声も向こうに通じるだろうとサーシャが怒鳴ると、ブリミルは当然のように笑いながら言った。
「リーヴスラシル。僕の系統にはね、主の魔法力の消耗を代替する使い魔が存在するのさ。今まで君に遠慮して他の使い魔の召喚は避けてきたけど、見せてあげるよ。世界を終わらせる、僕の最後のパートナーをね」
 つまり、リーヴスラシルとは虚無の系統の補助燃料タンク、あるいは電池だということか。現代で見守っている面々は、確かにそれなら使い手の許容量を超えた魔法も使えると納得した。
 ブリミルはモニターごしに見守っているサーシャの前でサモン・サーヴァントの魔法を唱え始めた。いったいどんな使い魔が来るんだ? 息を呑んで見守る面々の前で、ブリミルが杖を振り下ろす。
 すると、召喚のゲートが現れた。ブリミルの前と、そしてサーシャの目の前に。
「これ、は……」
 サーシャは突然目の前に出現したゲートの輝きに困惑した。何故、ゲートがわたしの前に? わたしはすでにガンダールヴになっている、それなのに。
 現代で見守る面々も、まさかの出来事に目を丸くしている。
 つまり、リーヴスラシルに選ばれたのは……サーシャ自身。
 サーシャはその皮肉に笑いつつ、ディスプレイの中で使い魔を待っているブリミルを見ながらつぶやいた。
「そういうことなのね……っとに、さっきはああ言ったけど、運命ってやつはどこまでわたしにイヤがらせをすれば気が済むのかしら。でも、これならわたしがゲートを潜らなければ、あのバカはリーヴスラシルを得られなくて『生命』を使えない」
 そう、それが一番合理的だとアニエスやタバサはうなづいた。
 しかし、ルイズやミシェルらはわかっていた。サーシャは、そういうことができる人間ではないことを。

699ウルトラ5番目の使い魔 57話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:00:04 ID:esn0CqG6
「けどね……あのバカから逃げ出すなんてこと、わたしができるわけないじゃない。わたしの道は、いつでも前にだけあるんだから! いくわよぉーっ!」
 意を決してサーシャはゲートに飛び込んだ。傍から見れば、彼女も立派なバカの一員であるが、人間はわかっていても意地を通さねばならないこともある。
 ゲートを飛び越え、最初に見たのはブリミルの驚愕の顔であった。そのまま懐に飛び込んで、思い切り顔面を殴り飛ばす。ブリミルは派手に吹っ飛ばされて地面を転がった。
「ぐ、うぅぅ……な、なんで君が? いや、そうか、そういうことか」
「そうよ、どういうわけか知らないけど、わたしは二重に使い魔に選ばれちゃったみたいね。恨むなら、あんたの魔法を恨みなさいよ、バーカ!」
 事情をブリミルも理解し、自分の運命の皮肉に苦笑いした。なんたることか、最後くらいサーシャには負担をかけたくないと思っていたのに、とことんこの世は思い通りにならないようにできているらしい。
 ブリミルはゲートを通ってきたものがなんであれ、すぐにリーヴスラシルに契約して『生命』の魔法を使おうと思い、すでにコントラクト・サーヴァントの魔法は完成させていた。が、まさか相手がサーシャで、出てくるなり殴り飛ばされるなどとは完全に想定外であった。
「まいったねこれは。一応聞くけど、このまま僕と二重契約に応じてくれる気は?」
「死ね」
「だろうねえ」
 当たり前すぎる答えで笑うしかない。相手がそこいらのメイジや幻獣などだったら強制契約も可能だったが、相手がサーシャではそれもどうか。
 勝てないとは思わない。その気になればサーシャを打ち倒し、契約させることもできる。しかしそれは、いけない。
「弱ったね、僕にはどうしてもリーヴスラシルの力が必要なんだけれど」
「じゃ、どうする? 嫌がる女の子を押し倒して無理矢理唇を奪ってみる? それこそ最低ね!」
 サーシャを怒らせたことは山ほどある。けど、そんな強姦魔のような真似をして心を踏みにじることはしたくない。
 どうせすぐにふたりとも死ぬのだからいっしょではないか? そんなことはわかっている。けど、それでもサーシャに嫌われたくないと思ってしまうのは、人間の心の持つ矛盾というやつだろう。
 あきらめろと言ってくるサーシャ。だが、それでもブリミルは引くことはできなかった。ブリミルの心を覆う闇が、どこまでも終焉を求めて止まなかったのだ。
「仕方ない、僕だけでは不完全だけれど、それでもこの星の半分にかけるくらいはできるだろう。サーシャ、今度こそほんとうにさよならだ」
 ブリミルは杖を掲げて呪文を唱え始めた。その狂気に取り付かれた目に、サーシャは力づくでもブリミルを止めるために飛び掛る。しかしブリミルは杖をサーシャに向けて魔法を放った。

700ウルトラ5番目の使い魔 57話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:01:05 ID:esn0CqG6
『エクスプロージョン』
 魔法の爆発が炸裂し、サーシャの体が吹き飛ばされる。サーシャはとっさに受け身をとったが、その顔は驚愕に歪んでいた。
「そんな、同時にふたつの魔法を!?」
「サーシャ、僕はもう君の知っている僕じゃない。僕の中に渦巻く真っ黒い闇が、僕にどんどん力を与えてくれるんだ。今の僕にとって、生命を唱えながら君をあしらうなんて何ほどもない。そこで黙って見ていたまえ、痛くはないさ、すぐに終わる」
「確かにすごい力ね。けど、わたしはあんたほど世界に絶望しちゃいない。わたしひとりじゃあんたに勝てなくても、わたしには仲間がいるわ!」
 涼しげなブリミルにサーシャが啖呵を切った瞬間、猛烈な突風がその場を吹きぬけた。砂塵が巻き上がって視界が封じられ、そしてブリミルの動きが止まったとき、彼の体は大きな手に掴まれて宙に持ちあげられていた。
「リドリアス! 偉いわ、よくやったわね」
「なっ? こ、この怪獣は」
「わたしの新しい仲間よ。いくらあんたでも、わたしとこの子までいっしょに相手はできないでしょ。リドリアス、そのままそいつを捕まえてて、わたしがたっぷりおしおきしてあげるんだから」
 サーシャの危機に駆けつけてきたリドリアス。ブリミルも、さすがにこればかりは想定外であった。体はリドリアスにがっちりと掴まれて逃げ出せず、下手に呪文を唱えようものなら死なない程度に「ボキッ」としてやれとサーシャが命じてしまった。
「すごいねサーシャ。たったあれだけの時間で、もう新しい仲間を作ってしまうとは。本当に君には驚かされることばかりだ」
「それは違うわ。わたしはただ、前へ歩き続けただけ。歩き続けたから、巡り合いがあったのよ。ブリミル、考え直して。まだこの世界には生き残っている人が必ずいるわ。仲間を増やして、わたしたちの手で世界を作り直しましょう」
 必死にサーシャはブリミルを説得しようとした。まだ希望はある、世界を終わらせる必要なんてないんだと。
 だが、ブリミルの目に宿った虚無の光は消えなかった。いや、それどころかサーシャにとって最悪の事態が起ころうとしていたのだ。
「サーシャ、君の希望が彼にあるというのはよくわかった。しかし、君は大事なことを忘れている。この世界には、小さな希望なんかすぐに押しつぶしてしまう巨大な厄災があるってことを」
 ブリミルがそう言って空を見上げると、サーシャも釣られて空を見て、そして凍りついた。空には、いつの間にか金色の粒子が渦巻いていたのだ。
「ヴァリヤーグ!? こんなときに!」
 最悪のタイミングでのカオスヘッダーの来襲であった。
 まずい! ブリミルの魔法の強烈さに引き寄せられたのであろうか? いや、そんなことはどうでもいい。あれの目的は、ひとつだからだ。

701ウルトラ5番目の使い魔 57話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:02:23 ID:esn0CqG6
「逃げてぇ! リドリアス!」
 サーシャが叫んだときには遅かった。カオスヘッダーは一気に収束すると、リドリアスに向かって舞い降りてきたからだ。
 カオスヘッダーに取り付かれて苦しむリドリアス。ブリミルはその隙にリドリアスの手から逃れて、魔法でひらりと地面に着地した。
「仲間を作っても、どうせヴァリヤーグに奪い取られる。そんな世界に希望なんてない。だから終わらせるんだ、僕の手で」
 再び『生命』の魔法を唱え始めるブリミル。そしてリドリアスもカオスヘッダーに完全に取り付かれて、長い爪を持つ凶悪な姿のカオスリドリアスに変異させられてしまった。
 最悪に続く最悪の事態に、サーシャは悔しさで歯を食いしばった。
 けれど、それでもまだ終わってはいない。サーシャは駆けた、ブリミルの元へ。
「ブリミルーッ!」
「君は本当にあきらめが悪いね。無駄だと言っているだろう」
 エクスプロージョンの爆発がサーシャを吹き飛ばす。倒れこむサーシャを見下ろして、ブリミルは悲しげに告げた。
「そこでじっとしていてくれ。僕は、君をこれ以上苦しめたくない」
「誰が……ふざけたことを、言ってるんじゃないわよ」
 サーシャは立ち上がる。その目には、ブリミルと反対のものを宿らせて。
 しかしサーシャの敵は後ろにもいた。カオスリドリアスがサーシャを踏み潰そうと飛び掛ってきたのだ。
「リドリアス! やめて、正気に戻って」
 とっさにかわし、リドリアスに呼びかけるサーシャ。だが、カオスヘッダーに意識を乗っ取られてしまったリドリアスはサーシャの呼びかけにも応じずに、さらに口から破壊光線を放って攻撃してきた。
「きゃあぁぁーっ!」
 ガンダールヴの力でかろうじて避けたものの、余波でサーシャはまた吹き飛ばされた。全身を打ち、死ぬほど痛い。
 だが、サーシャは精霊魔法をリドリアスにぶつける気にはならなかった。リドリアスは自分の命の恩人、本当はとても心の優しい怪獣であり、今ではかけがえのない仲間なのだ、傷つけることはできない。
 一方で、カオスリドリアスにとっては人間たちの事情などは知ったことではなかった。サーシャを片付けると、今度はブリミルに向かって攻撃の手を伸ばす。だがブリミルはエクスプロージョンをぶつけて、カオスリドリアスを退けてしまった。
「リドリアス! この蛮人、リドリアスは操られてるだけなのよ」
「わかっているよ。しかし、ヴァリヤーグに取り付かれてしまうと、もう元には戻れない。それなのに君はすごいね、本当に君は……でも遅い。今、『生命』は完成した」

702ウルトラ5番目の使い魔 57話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:04:12 ID:esn0CqG6
 ブリミルは町へ向かって杖を振り下ろした。すると、町全体が光に包まれて一瞬のうちに消滅し、魔法の光はそのまま巨大な光のドームとなって膨れ上がり始めたのだ。
「は、はは。ついにやったよ、やったよサーシャ。あれこそが、『生命』の光だ。あの光がやがて世界中に広がって、その中の間違った命をすべて浄化してくれるんだ。すぐに僕らも、うっ!」
 言葉を途切れさせ、ブリミルは苦しそうにうずくまった。
 サーシャにはそれがすぐに精神力の異常な枯渇によるものだということがわかった。生命の強烈すぎる威力が、ブリミル自身を食い尽くそうとしているのだ。
 助けなくては、ブリミルは自分の魔法に食い尽くされて死んでしまう。けれどどうすれば? 生命力なら自分の魔法で回復できるが、精神力は移せない。
 いや、移せる……サーシャは、ブリミルを救える唯一の方法に気がついた。しかしそれをすれば……
「迷ってる暇は、ない。か」
 サーシャは苦笑すると、ブリミルの元に駆け寄って彼を抱き起こした。苦しげなブリミルが、うつろな瞳で自分を見上げてくる。
「サーシャ……?」
「しゃべらないで。今、助けてあげるから」
 サーシャはブリミルの頭を抱きかかえると、すっと自分の唇をブリミルの口に押し付けた。
 ふたりの三度目の口付け……死の淵にいたブリミルは、メダンの毒ガスの中でサーシャが息をくれたときと同じように、甘い蜜のような香りを嗅いだように思えた。
 そしてそれは、不発になっていたコントラクト・サーヴァントによる二度目の契約の合図。サーシャの胸元にルーンの刻まれる光が輝き、彼女は二度目となる焼け付く熱さを耐えた。
「うっ、ううぅ……っ」
「サ、サーシャ」
「大丈夫、使い魔の印が刻まれてるだけだから……」
 サーシャは痛みに耐え切った。サーシャはリーヴスラシルになった。だがそれは、ルーンが刻印されるなど比べ物にならない苦痛に襲われることを意味する。
 神の心臓、リーヴスラシル。その効果は、主の代わりになって己の命を削ることである。
「あっ、あああぁぁーっ!」
 ルーンが輝き、サーシャの全身から力が抜けていく。リーヴスラシルの力が働いて、ブリミルの代わりに『生命』の魔法がサーシャの命を吸い尽くそうとしているのだ。
 胸元を押さえて悲鳴をあげるサーシャを、意識を取り戻したブリミルが抱き上げた。

703ウルトラ5番目の使い魔 57話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:06:45 ID:esn0CqG6
「サーシャ、君は僕のために自分から。なぜだい、なぜそこまでして僕なんかのために?」
「な、なに言ってるのよ……わたしは、あんたに山ほど貸しがあるを忘れたの? それに、あんたが死んだらわたしは……わたしは、ひとりぼっちになっちゃうじゃない」
「サーシャ、僕は、僕は……」
 みるみる弱っていくサーシャを抱きかかえながら、ブリミルの心に自分でもわからない困惑が広がっていった。
「サーシャ、僕は救われる価値なんてない男だったのに、ごめんよ」
「な、なに言ってるの。蛮人の価値なんて、知ったことじゃないわ。あんたはただ、あんたでいればいいの。わたしは、それだけでいいんだから」
「うう……けど、もう遅いよ。『生命』の魔法は、もう僕にも止められない。リーヴスラシルの、君の力を吸い尽くしたら、あとは勝手に世界中に広がっていく。どのみち、もう数分の命なのさ」
 自嘲するブリミル。ほんの少し延命できても、すぐに生命の光に飲み込まれてすべてが終わる。
 だが、それを聞いたサーシャの顔に笑みが灯った。
「なあんだ、なら簡単じゃない」
「え?」
 ブリミルが反応する間もない瞬間のことであった。サーシャは片手で剣を逆手に持つと、半死人とは思えないほどの速さで、それをそのまま自分の胸へと突き立てたのだ。
 リーヴスラシルのルーンの真ん中を長剣が貫き、背中まで貫き通す。
 ごふ、とサーシャの口から血が吐き出され、サーシャの瞳から急速に生命の輝きが消えていく。そして少し遅れて、ブリミルの絶叫が響き渡った。
「サ、サーシャぁぁぁーーっ!」
 ブリミルは、いったい何が起こったのかわからなかった。抱き起こしたサーシャの体から血があふれ出し、ブリミルの手を赤く染めていく。
 しかしサーシャは、まるで勝ち誇ったかのように笑いながら言った。
「や、やった。『生命』が、わたしの命を吸って動くなら、吸い尽くされる前にわたしが死ねばいいってことよね……これで、あれは止まるわ。よかった」
 見ると、リーヴスラシルのルーンも力を失ったように輝きを消している。それに、『生命』の光も膨張をやめたようだ。
 だが、ブリミルにはそんなことはどうでもよかった。自分の腕の中で血の気を失っていくサーシャを抱きしめながら、とてつもない後悔が心を襲ってきていたのだ。

704ウルトラ5番目の使い魔 57話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:11:23 ID:esn0CqG6
「サーシャ、なんて……なんてことを。僕のせいだ、僕がこんなことをしたばっかりに」
「バカね、やっと正気に戻ったのね……よかった。最後の最後で、やっと本当のあなたに会えた」
「そんな、最後だなんて言うなよ。君はいつも、いつだって僕や誰かのために一生懸命で……僕は、僕は、ただ君のためになりたくて。君のことが大好きで」
 するとサーシャは、片手でブリミルの頬をなでながら優しく語りかけた。
「ありがとう……わたしも好きよ……バカで、マヌケで、役立たずで、明るくて、頑張り屋のブリミル。最初は大嫌いだったけど、今では大好き」
「死ぬな、死なないでくれサーシャ。僕がバカだった。やっと気づいたんだ。世界よりも何よりも、僕が大事なのは君だ! 愛してる! 君をもっともっと幸せにしたい。だから死なないでくれ。君を失ったら、僕は、僕は」
「大丈夫、あなたはきっと、ひとりでも立てるわ。そして、その力を今度は、大勢の人のために使って……あなたならきっと、世界を救えるわ」
「なぜだ、なぜ君はそこまでして他人のために……こんな、悪夢のような世界の中でも希望を持てるんだい?」
「言ったでしょ、未来に決まった形なんて無い。どんなことだって、最初はみんな夢物語だったんだよ……忘れないで、希望も絶望も、描くのはあなた……未来はいつでも、真っ白なんだよ……」
 サーシャのまぶたが閉じ、手がぱたりと地面に落ちた。
 サーシャ? サーシャ? おい、嘘だろう? ブリミルが揺さぶっても、もうサーシャが答えることはなかった。
 まさか、と思うブリミルの見ている前で、サーシャの左手のガンダールヴのルーンと胸のリーヴスラシルのルーンが消滅する。使い魔の印の消滅は、死別によるものだけである。
 ブリミルはサーシャの遺体を抱きしめ、慟哭した。
「うおおぉーっ! サーシャ! サーシャぁぁぁーっ!」
 大粒の涙を流しながらブリミルは叫ぶ。
 また……またも自分の愚かさのために、大切な人を失ってしまった。サーシャは、サーシャはこんなところで死ぬべきではなかったというのに。
 大罪人は自分のほうだ。本来ならば、この剣で刺されていなければいけないのは自分のはずなのに、サーシャは自分を犠牲にして助けてくれた。
「サーシャ、頼むから目を開けてくれ。僕は救世主なんかじゃない。ひとりぼっちで生きていけるほど強くない。僕には君が、君が必要なんだ」

705ウルトラ5番目の使い魔 57話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:13:20 ID:esn0CqG6
 サーシャは答えない。ブリミルはこのとき、サーシャの代わりに死ねたらどんなにいいだろうかと思った。
「誰か、誰でもいい、サーシャを助けてくれ! 代わりに僕の命をやる。サーシャ、僕をひとりにしないでくれえ」
 罪に気がついたときには、何もかも遅すぎた。世界を浄化しようなんてたわ言も、結局はサーシャの優しさに甘えていただけだった。
 サーシャがいつも隣にいて、笑ってくれる。それが、それが自分の原点だったというのに。
 だが、ブリミルには悲しみに浸り続けることも許されなかった。倒したカオスリドリアスが再度ブリミルを狙ってやってきたからだ。
「ヴァリヤーグ……あくまでも、僕らを滅ぼそうというつもりかい。もう僕から奪えるものなんて何もないというのに」
 サーシャを失った今、もう惜しいものなんて何もない。どうせ死ぬつもりだったんだ。いっそこのまま、サーシャといっしょに死ねれば幸せだ……けれど。
 ブリミルは涙を拭いて、サーシャを抱きかかえて立ち上がった。
「でも、僕の命は僕だけのものじゃない。サーシャが譲ってくれた、サーシャの命なんだ。僕は救世主なんかにはなれない。それでも、僕は世界のどこかで僕を待ってくれている人のために死ねない!」
 どんなにつらくても、どんなに苦しくても、もう投げ出したりはしない。サーシャの教えてくれた心で、最後まで歩き続ける。それが、サーシャに報いるための、自分にできるたったひとつの愛だから。
 光線を撃ち掛けてこようとしているカオスリドリアス。ブリミルは覚悟を決めた。もう魔法の力なんて残っていないけれども、サーシャの友人に背を向けない。絶対に、誰も見捨てない。
「僕は最後まで、あきらめない!」
 ブリミルの叫びが空を切る。
 目の前の巨大な絶望に対して、それはむなしい負け惜しみか、断末魔の叫びか。
 いいや、どんな絶望を前にしても、折れない強い意志は蟷螂の斧ではない。サーシャへの誓い、本当の愛に気づいたブリミルの魂の叫びは、その強い意志で奇跡を呼び寄せた。

706ウルトラ5番目の使い魔 57話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:23:02 ID:esn0CqG6
 星へと近づいていた青い流星が、方向を変えてブリミルとサーシャの元へ舞い降りる。それはまさに光のようなスピードで。
 カオスリドリアスの光線がブリミルへと迫り、ブリミルはサーシャを抱きしめて死を覚悟した。だがそのとき、青い光がふたりを包み込んで光線をはじき返し、神々しい輝きとなって闇を照らし出したのだ。
 
 光の中で、ブリミルはサーシャが誰かと話しているような光景を見た。
 辺りは光に包まれ、とても暖かい。ブリミルは、これが死後の光景かと思った。
「僕は、死んだのか? サーシャ、君が迎えに来てくれたのかい?」
「いいえ、あなたは死んでないわ。そして、わたしも」
「えっ? 確かに、君は」
「そう、けれどあなたのあきらめない心が、彼を呼び寄せてくれた。この世界を救える、最後の希望……ありがとうブリミル。おかげで、わたしももう一度戦える。あなたとわたしの故郷の、この大切な星を守るために!」
 サーシャの手のひらの上に、青く輝く美しい石が現れる。その輝石から放たれる光がサーシャを包み、思わず目を閉じたブリミルが次に目を開けたとき、ブリミルは荒野に立つ青い巨人の姿を見た。
 
 あきらめない心が運命さえも変える。本当の愛を知ったとき、ブリミルとサーシャの新しい旅立ちが始まる。
 さあ、歩み始めよう。君たちが掴んだ、新しい未来とともに。
 そして呼ぼう、希望の名を。サーシャの教えてくれた、青き勇者のその名前は。
 
「光の戦士……ウルトラマンコスモス!」
 
 
 続く

707ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/04/13(木) 15:24:05 ID:esn0CqG6
今回はここまでです。どうも、長らくお待たせしてすみませんでした。
ハルケギニアの過去、ブリミルの秘密(黒歴史)編もいよいよ次で完結です。
てかブリミルさんをはっちゃけさせすぎたかも。読んだら察せられると思いますけど、トチ狂ってるときのブリミルのモデルは某変態紳士です。
この次は、なんとか4月中に投稿したいと思っているのでよろしくお願いします。では。

708名無しさん:2017/04/13(木) 23:44:36 ID:KHt5FrY6
乙です。
闇の仕草(聖人)

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:50:31 ID:oww8q7tg
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした。

さて、皆さま今晩は無重力の人です。
特に問題が無ければ21時54分から八十二話の投稿を開始したいと思います。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:54:05 ID:oww8q7tg
 人の運勢と言うのは基本、極端に傾くという事は滅多に無い。
 運が良い時期が続けば続くほど後々運勢が急に悪くなり、かと思えば不幸の連続から突如幸運に恵まれる事もある。
 天気と人の気持ちに次いで、運勢というモノは人が読み当てるには難しい代物であり、占いを用いたとしても確実に当たる保証はない。 
 当たるも八卦、当たらぬも八卦とは良く言ったものである。どちらの結果になっても占いの吉凶はその人の運勢からくるものなのだから。
 運が良い人ならば凶と出てもそれを跳ね除けられるし、逆に運が悪ければどんな事をしても結果的には凶で終わってしまう。
 
 そして、最初にも書いた通り運勢という代物は決して極端にはならない。
 運が良い事が続けば続くだけ、それを取り立てるかのように不幸が連続して襲ってくるものなのだ。



 夕暮れ時のトリスタニアはチクトンネ街。夜間営業の店がドアのカギを開けて客を呼び込もうとしている時間帯。
 日中の労働や接客業を終えた者たちが仕事終わりの一杯と美味い料理、そして可愛い女の子を求めて次々に街へと入っていく。
 夏季休暇のおかげで地方や外国から来た観光客たちも、ブルドンネ街とは対照的な雰囲気を持つこの場所へと足を踏み入れる者が多い。
 街へと入る観光客は中級や下級の貴族が多いのだが、中には悠々とした外国旅行を楽しめる富裕層の貴族もちらほらといる。
 母国では名と顔が知られてる為にこういった繁華街へ足を踏み入れられない為に、わざわざここで夜遊びをするために王都へ来るという事もあるのだ。
 彼らにとって、地元の平民や下級貴族たちが飲み食いする者はお世辞にも良いモノとは言えなかったが、それよりも新鮮味が勝っていた。

 炭酸で味を誤魔化している安物のスパークリングワインや、大味ながら食べ応えのあるポークリブに、厨房の食材を適当に選んで切って、パンに挟んだだけのサンドイッチ。
 普段から綺麗に盛り付けされた料理ばかりを目にし、食してきた富裕層の者たちにとっては何もかもが目新しいものばかり。
 盛り付けはある程度適当で、食べられればそれで良いという酒場の料理に舌鼓を打っていく内に、自然と笑ってしまうのであった。

 そんな明るい雰囲気が漂ってくるチクトンネ街の通りを、一人の少年が必死の形相でもって走っている。
 短めの茶髪に地味なシャツとズボンという出で立ちの彼は、まだ十五歳より下といった年であろうか。
 そこら辺で仲間と話している平民の男と比べてまだまだ細い両腕には、いかにも重そうな革袋を抱ている。
 陽も落ち、双月が空へ浮かぶ時間帯。日中と比べて気温は少し下がったものの、少年の顔や服から露出している肌や汗にまみれている。
 無理もない。何せこの少年は両腕の袋を抱えたまま、かれこれ三十分以上も走り続けているのだから。
 ここまで走ってくるまで何度もの間、少年は何処かで足を止めて休もうかと悩んだ事もあった。
 しかし、その度に彼は首を横に振って走り続けた。――――袋を取り返そうとする゙アイヅから逃れる為に。

 赤みがかった黒目に、珍しい黒髪。そして悪魔の様に悠然と空を飛んで追いかけてくる゙アイヅは今も尚自分を追いかけてきている。 
 捕まれば最後…袋を奪われた挙句衛士達の手で牢屋に行けられてしまうに違いない。
 自分だけならまだ良い。だがしかし、彼には守らなければ行けない最後の一人となってしまった肉親がいる。
 彼女一人だけでは、自分の庇護無くして生きていく事なんてできやしないだろう。
「捕まるワケには…捕まるわけにはいかない…!」
 最悪の展開の先に待つ、更に最悪な結果を想像した少年は一人呟き、更に走る速度を上げていく。
 袋の中に入っだモノ゙―――金貨がジャラジャラ…という大きな音を立て続けており、それが彼に勇気を与えてくれる。
 この袋の持ち主であっだアイヅは言っていた。…三千エキュー以上も入っていると。
 つまりコイツさえ手に入れてしまえば―――手に入れる事が出来れば、暫くはこんな事をしなくて済む。
 ほとぼりが冷めたら王都を離れて、ドーヴィルみたいな療養地やオルニエールの様な辺境で安い家を買って、家族と一緒に暮らそう。
 畑でも作って、仕事を見つけて、三年前のあの日から奪われていた幸福を取り戻すんだ。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:56:03 ID:oww8q7tg
「―――…ッ!見つけたわよ、そこの盗人!!」

 揺るぎない意思を抱いた彼が改めて決意した時、後ろの頭上から゙アイヅの怒鳴り声が聞こえてきた。
 突然の怒鳴り声に少年を含めた周りの者たちは足を止めて、何だ何だと頭上を見上げている。
 吃驚して思わず足を止めてしまった少年は口の中に溜まっていた唾を飲み込み、意を決して振り返った。


「さっさと観念して、私たちのお金を返しなさい…この盗人が!」
 振り返ると同時に、袋の持ち主であっだアイヅ―――――博麗霊夢が上空から少年を指さしてそう叫ぶ。
 黒帽子に白いブラウス、そして黒のロングスカートという出で立ちで宙に浮く彼女の姿は、何ともシュールなものであった。



 一体何が起こったのか?それを知るには今からおおよそ、三十分程の前の出来事まで遡る必要があった。
 事の発端を起こしたとも言うべき霊夢がニヤニヤと笑う魔理沙と気まずそうなルイズを伴って、とある飲食店から出てきた所だった。  
 いつもの巫女服とは違う姿の彼女はその両手に金貨をこんもりと入れた袋を持ったまま、カウンターで嘆く店主に向かって別れの挨拶を述べた。
「じゃ、二千六百二十五エキュー。しっかり貰っていくからね?」
「に…二度と来るんじゃねェ!それ持って何処へなりとでも行きやがれ…この悪魔ッ!」
 余裕癪癪な霊夢の態度に店の主は悔し涙を流して、ついでに拳を振り上げながら怒鳴り返す。
 その様子を店内で見守っている客たちは、霊夢と同じ賭博場にいた者達やそうでない者達も関わらず、皆呆然としている。
 無理もない。何せいきなりやってきた見ず知らずの少女が、ルーレットでとんでもない大当たりを引いてしまったのだから。


 当初は彼女に辺りを引かせてしまったシューターが慌てて店主を呼び、ご容赦願えないかと霊夢と交渉したのである。
 何せ二千六百エキュー以上ともなるとかなりの大金であり、この店の二か月分の売り上げが丸ごと彼女に手に渡ってしまうのだ。
 ここは上手いこと妥協してもらい、二千…とはいかなくともせめて五百までで許してくれないかと頭を下げたのである。
「お、お客様…何卒ご容赦願いまして…ここはせめて五百エキューで勘弁して貰えないでしょうか?」
「二千六百二十五。――…それ以下は絶対に無いし、逆に言えばそこまでで許してあげるからさっさと換金してきなさい」
「れ…レイム。いくら何でもそれは欲張り過ぎの様な…」
「無駄無駄。賭博で勝った霊夢相手に交渉なんて、骨折り損で終わるだけだぜ?」
 しかし霊夢は絶対に首を縦に振る事はせず、交渉は平行線となって三十分近くも続いた。
 いきなりの大金獲得という現実に認識が遅れていたルイズも流石に店主に同情し、魔理沙もまた彼に憐れみを抱いていた。
 事実霊夢は店の人間が出す妥協案を聞くだけ聞いて無視しており、考えている素振りすら見せていない。

 店側は、何とかゴネにゴネて追い出す事も出来たが…そうなると客の信用を失うことになる。
 数年前から始めたルーレットギャンブルはこの店を構えている場所では唯一の賭博場であり、常連の古参客たちもいる。
 そんな彼らの前で、大当たりを引いた客を追い出してしまえば彼らも店の賭博を信じなくなるだろう、
 そうなれば人づてに今回の話が街中に知れ渡り、結果的にはこの店――ひいては今まで築き上げてきた信頼さえ失ってしまう。
 十五年前からコツコツと続けてきて、今日までの信頼を得ている店主にとっては、それは店の売り上げ金と同列の存在であった。
 しかし、今はどちらか一つを差し出さねばならないのである。二か月分の売上を目の前に少女に上げるか、風評被害を覚悟に追い出すか…?
 
 そして店主にとって、どちらが愚かな選択なのかハッキリと分かっていた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 21:58:03 ID:oww8q7tg
『いやぁ〜!それにしても、随分と荒稼ぎしたじゃねぇかレイム。店の人間がみんな泣いてたぜ?』
「あら、アンタ起きてたの?何も喋らなかったから寝てるか死んでるかと思ったわ」
 半年分の功績を持ち逃げされた店を後にして数分してからか、今まで黙っていたデルフがようやく喋り出す。
 今にも自分の肩を叩いてきそうな勢いで話しかけてくる剣にそう返しつつ、霊夢は両手に持っていた大きな革袋へと視線を向ける。
 先ほどの店にあった賭博場で得た二千六百二十五エキューが二つに分けられて入っており、重さ的にはそれ程変わらない。
「ね、ねぇレイム…ホントに持ってきちゃって良かったの?勝ってくれたのは嬉しいけど…後が怖い気がするんだけど?」
 そんな彼女の肩越しに金貨満載の袋を見つめていたルイズが、冷や汗を流しつつそんな事を聞いてきた。
 あれだけ贅沢な宿じゃ眠れないとか言っておきながら、いざ大金を手にした途端にかなり気まずそうな表情を見らてくれる。

「何言ってるのよ?アンタがお金無いと良い宿に泊まれないっていうから、わざわざ私が大当たりを引いてやったっていうのに…」
「いやいや…!だからってアンタ、アレはやりすぎよ!?」
 怪訝な表情を見せる霊夢にルイズは慌てて首を横に振りつつ、最もな突っ込みをしてみせた。
 確かに事の発端は自分だと彼女は自覚していたものの、だからといってあんな無茶苦茶な方法に打って出るとは思っていなかっのたである。
 それと同時に、あのタイミングでどうやって大当たりを引けた理由にも容赦ない突っ込みを入れていく。
「大体ねぇ、シューターの使ってたボールのパターンを覚えて、しかも自分の勘で数字に張ったなんて…それこそ無茶苦茶だわ!」
 人の少ない通りで、両手を振り回しながら叫ぶルイズに霊夢は面倒くさそうに頬を掻きながらも話を聞いている。
 店を出てすぐにルイズは聞いてみたのである、どうやってあんなドンピシャに当てられたのかを。
 その時は久しぶりの博打と大勝で気分が良かった霊夢は、自慢げになりながらもルイズが叫んだ事と似たような説明をした。そして怒られた。
 
「別に良いじゃないの?だって勝ったんだし、魔理沙みたいにチビチビ張ってたらそれこそ時間が掛かるし…」
「…それじゃあ、そのインチキじみた勘とパターンとやらが外れてたらどうするつもりだったのよ」
「はは!そう心配するなよルイズ。霊夢の奴なら、どんな状況でも勝ってたと思うぜ?」
 二人の会話に嫌悪な雰囲気が出始めたのを察してか、すかさず魔理沙が横から割り込んでくる。
「マリサ、アンタまでコイツの擁護に回るつもりなの?」
 突然会話に入ってきた黒白へキッと鋭い睨みを利かせるも、魔理沙はそれをものともせずに喋り出す。
「そういうワケじゃないさ。ただ、コイツの場合持ち前の勘が良すぎて賭博勝負じゃあ殆ど敵なしなんだぜ?」
「……そうなの?」
「ちなみに…一時期コイツが人里の賭博場で勝ちまくって全店出禁になったのは、ここだけの話な」
「で…出禁…?ウソでしょ…っ!?」
 訝しむルイズは手振りを交えつつ幻想郷で仕出かした事を教えてくれた魔理沙の話を聞いて驚くと、思わず霊夢の方へと視線を向けた。
 当の本人はムスッとした表情で此方を睨んでいるものの、出禁になるまで勝てる程の人間には見えない。
 しかし、現にたったの七十五エキューで大勝した所を見るに、決して嘘と言うワケではないのだろう。

 暫し無言の間が続いた後、ルイズは気を取り直すように咳払いをした。
「……ま、まぁ良いわ。アンタの言うとおり、ひとまずはお金もゲットできたしね」
「やけに物わかりが良いじゃない?まぁそれならそれで私も良いけど」
 突っ込みたい事は色々あるのだが、大金抱えたまま街中で騒ぐというのはあまり宜しくない。
 できることなら宿に…それも貴族が泊まれる程の上等な部屋を手にいれてから、聞きたい事を聞いてみよう。
 そう誓ったルイズは、ひとまず皆の手持ち金がどれだけ増えたのか軽く調べてみる事にした。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:00:02 ID:oww8q7tg
 最初にギャンブルに挑戦し、程よい勝利を手に入れた魔理沙は三百七十五エキュー。
 これだけでも相当な金額である。長旅ができる程の商人が寛げるそこのそこの宿なら夏季休暇が終わるまで宿泊できるだろう。
 次に…突如乱入し、恐らくあの店の金庫からごっそり金を巻き上げたであろう霊夢は桁違いの二千八百九十五エキューだ。
 ただしルイズの三十エキューも張った金の中に入っているので、それを半分に分けた千四百四十五エキューを彼女に渡す事となる。
 丁度金貨の袋を二つに分けて貰っていたので、ルイズは霊夢の右手の袋をそのまま頂く形で金貨を手に入れる。
 結果…。変装する際に購入した服の代金で三十エキュー減っていたが、その分を埋めてしまう程の大金が一気に舞い込んできた。
「これで私の所持金は…千八百十五エキュー…うわぁ、なんだかすごいことになっちゃったわ」
 巫女さんの手から取った袋のズッシリと来る嬉しい重みに彼女は軽く冷や汗を流しつつ、自然とその顔に笑みが浮かんでくる。
 一方の霊夢は軽くなった右手で持ってきていた御幣を握ると、ため息をつきながらも左手の袋へと視線を向けていた。
「その代わり私の手元に千四百四十五エキューまで減ったけどね。…何だか割に合わないわねェ」
『へっ、店の人間泣かすほどの大金持っていったヤツが良く言うぜ』
 彼女の言葉に軽く笑いながら突っ込みを入れているのを眺めつつ、ルイズは金貨入りの袋を腰のサイドパックに仕舞いこむ。
 パックは元々彼女が持っていたもので、遠出をする時には財布代わりに使えたりと何気に便利な代物である。
 黒革のサイドパックとそれを繋いでいる腰のベルトは共に丈夫らしく、大量の金貨の重量をものともしていない。
 これなら歩いている途中にベルトが千切れて、金貨が地面に散乱する…という最悪の事態はまず起こらないだろう。
 
「とはいえ、財務庁かどこかの安全な金庫に三分の二くらい置いといた方がいいわね…」
 天下の回りもの達を入れたパックを赤子を可愛がるかのように撫でながらも、ルイズは大通りへと出る準備を終えた。
 
 ひとまずは霊夢達のおかげで、個人的には少ないと思っていた資金を大量に増やす事が出来た。
 その二人はどうだろうかと振り返ってみると、魔理沙も既に準備を終えて霊夢と楽しそうに会話している。
「それにしても、私と霊夢にしちゃあ幸先が良いよな。何せ今日だけで数百エキューを、一気に三千エキュー以上に変えたんだぜ?」
「むしろ良すぎて後が怖くならないかしら?アンリエッタからの任務何てまだ始めてもないんだし」
 箒を肩に担ぎつつ、金貨の入った袋をジャラジャラと揺らしながら喋る魔理沙に、霊夢は冷めた様子で言葉を返している。
 魔理沙はともかく、彼女は金貨がこんもりと入った袋の紐を直接ベルトに巻き付けており、ルイズの目から見ても相当危なっかしい。
 この二人に財布的な物でも買ってやったほうがいいかしら。ルイズは一人思いつつも、この大金を手に入れてくれた巫女さんをじっと見つめていた。

 今更ながら、やはりあの霊夢が狙って三十五分の一に大博打に勝ったとは未だに信じにくかった。
 しかし、すぐにでも欠伸をかましそうな眠たい表情を見せる巫女さんのおかげて幾つもの窮地を助けられたというのもまた事実なのだ。
 ギーシュや土くれのフーケに、裏切り者のワルド子爵にキメラ達との数々の戦いでは、歳不相応な程の戦い方を見せてくれた。
 やはり魔理沙の言うとおり、彼女には常人には理解しがたい程の勘の良さがあるのだろうか。
「……ちょっと、ナニ人の顔をジロジロ見てるのよ」
「え?…い、いや何でもないわよ」
 そんな事を考えている内に自然と霊夢の顔を凝視している事に気付かず、怪訝な顔をした彼女に話しかけられてしまう。
 ルイズはそれを誤魔化すように首を横に振ると、気を取り直すかのように軽く咳払いしてから、大通りへと続く道へ体を向けた。
「さぁ行きましょう。ひとまずお金は用意できたから、ちゃんとしたベッドがある宿を探しに行くわよ」
「分かったぜ。…にしても、この時間帯でまだ部屋が空いてる宿ってあるのかねぇ?」
「無かったら困るのは私達よ。大量のお金を抱えたまま道路で野宿とか考えただけでも背すじに悪寒が走るわ」
 魔理沙の言葉にそう答えつつ、さぁいざ宿を探しに大通りへ――――という直前、突如デルフが声を上げた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:02:03 ID:oww8q7tg
『―――レイム、来るぞ!』
 鞘から刀身を出す喧しい金属音と共に自分を担ぐ霊夢の名を呼んだと同時に、彼女は後ろを振り返る。
 そしてすぐに気が付く。いつの間にか背後一メイルにまで近づいていた見知らぬ少年の存在に。
 自分の腰の大きな袋――金貨入りのそれへと伸ばしていた彼の右手を目にも止まらぬ速さで掴み、そして捻り上げた。
「……!おっ…と!」
「うわ…わぁっ!」
 流れるような動作でスリを防がれた少年が、年相応の声で悲鳴を上げる。
 少年期から青年期へと移り変わり始めてる青く未来のある声が奏でる悲鳴に、ルイズたちも後ろを振り向く。
「ちょっと、一体何…って、誰よその子供!?」
「スリよ。どうやら私が気づいてるのに知らないでお金を盗ろうとしたみたいね。そうでしょ?」
 驚くにルイズに簡単に説明しつつ、霊夢はあっさりとバレて狼狽えている少年を睨み付けつている。
 魔理沙は魔理沙で、幻想郷ではとんと見なくなっだ光景゙に手を叩いて嬉しそうな表情を見せていた。
「ほぉ!霊夢相手にスリを働く奴なんて久しぶりにお目に掛かるぜ」
「そうなの?…っていうかここはアンタ達の故郷じゃないし、アイツが盗人にどんな仕打ちをしたか知らないけれど…」
 結構酷いことしてそうよね…。そう言いながら、ルイズは巫女さんに捕まってしまっている少年へと視線を向ける。
 年は大体十三、四歳といったところか、身なりは綺麗だがマントをつけていない所を見るに平民なのだろうか。
 服自体はいかにも平民が着ていそうな質素で安い服装だが、ルイズの観察眼ではそれだけで平民か貴族なのかを判断するのは難しかった。

 しかし、だからといって霊夢にその子を自由にしてやれと指示するつもりは無かった。
 子供とはいえ見知らぬ人間が彼女に対してスリを働こうとしたのだ、それもこんな暗い時間帯に。
 少年の方も否定の言葉を口にしない辺り、本当に霊夢のお金を掠め取ろうと企てていたと証言しているようなものだ。
 犯罪を犯した子供にしてはやけに口静かであったが、その代わり少年の顔には明らかな焦燥の色が出ている。
 恐らくこれから自分が何処へ連れて行かれるのか理解しているのであろう。当然、ルイズもそこへ連れて行くつもりだった。
「…さてと、ちよっとしたハプニングはあったけどその子供連れて行くわよ」
「どういう意味よ?まさか飯でも食わせて手を洗いなさいとか説教垂れるつもり?」
 出発を促すルイズに霊夢がそんな疑問を飛ばしてみると、彼女は首を横に振りながら言った。
「まさか、゙衛士の詰所゙よ。今の時期なら牢屋で新しいお友達もできるだろうから楽しいと思うわよ?」
「……!」
 ワザとらしく、「衛士の詰所」という部分だけ強調してみると、少年はその顔に明確な動揺を見せてくれた。
 実際この時期、衛士の詰所にある留置場にはこの子供を可愛がってくれる連中が大量にぶちこまれている。
 夏の時期。彼らは蒸し暑い牢屋の中で気を荒くしつつも、新しくぶち込まれる犯罪者たちに゙洗礼゙浴びせたくてうずうずしている… 
 貴族でありそういった場所とは無縁のルイズでもそういう類の話は知っており、一種の噂話として認識していた。

 そうなればこの子供がどうなるのか明白であったが、そこまではルイズの知るところではなかった。
 仮にこの子供が貴族だとしても、大なり小なりの犯罪を犯そうとしたのならそれ相応の罰は受けるべきである。
 霊夢とデルフも同じような事を考えているのだろう。彼女は「ほら、ちゃっちゃと行くわよ」と少年を無理やり連れて行こうとしていた。
 それに対し少年は靴裏で地面を擦りながら無言で抵抗しつつ、ふと魔理沙の方へと視線を向けた。
「ん?何だよ、そんないたいけな視線なんか私に向けて。…もしかして私に助けてほしいのか?」
 少年の目線に気が付いた彼女はそんな事を言いながら、気まずそうな表情を見せる。
 ルイズの視線では彼がどんな表情を浮かべているのかは知らないが、きっと自分を助けてくださいという切実な思いが込めているに違いない。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:04:02 ID:oww8q7tg
 あの黒白の事だ、自分が盗まれてないという事で情けを掛けるのではないだろうか?
 そんな想像をしたルイズが、とりあえず彼女に釘を刺そうと口を開きかけたところで、先に霊夢が魔理沙へ話しかけた。
「放っておきなさい、どうせ人様の金を盗むような奴なんか碌でもない事考えてるんだから」
「それは分かってるよ。……という事で悪いな少年、霊夢相手に盗みを働こうとした自分自身を恨めよな」
 …どうやら、二人の話を聞く分でも釘をさす必要は無かったようだ。
 無言の救難メッセージを拾われるどころか、そのまま海に突き返されたかの如き少年はガクリと項垂れてしまう。
 その様子を見てもう逃げ出すことはしないだろうと思ったルイズが、大通りへと続く道へと再び顔を向けた時、
「あ……あの、―――すいません」
「ん?」
 それまで無言であった少年が自分の手を掴む霊夢に向けて、初めてその口を開いた。
 まだ何かいう事があるのかと思った霊夢は心底面倒くさそうな表情のまま、目だけを少年の方へと向ける。
 彼はそれでも自分の話を聞いてくれると感じたのか、機嫌の悪い犬を撫でるかのように慎重に喋り出した。
「す、すいませんでした…も、もう二度としないから…見逃して下さい、お願いします」
「ふ〜ん、そうなんだ。――――そんなこと言いたいのならもう黙っててよ、鬱陶しいから」
 ひ弱そうな彼の口から出た言葉に霊夢はあっさりと冷たい反応で返すと、少年は食い下がるようにして喋り続ける。
「お願いします、どうか見逃して下さい。僕が捕まるとたった一人の家族が…妹がどうなってしまうか分からないんです、だから…」
「――――ほぉ〜ん、そういう泣き落としで私に見逃して貰おうってワケね?」
 ゙妹゙という単語に少し反応したのか、霊夢は片眉をピクリと不機嫌そうに動かしつつもバッサリ言ってやった。

「確かにアンタの妹さんとやらは可哀想かもね?――――アンタみたいなろくでなしが唯一の家族って事に」
 確かに、概ね同意だわ。――彼女の言葉に内心で同意しつつも、ルイズはほんの少し同情しかけてしまう。
 自分がヴァリエール家末っ子だという事もある。イヤな事もあったが、何だかんだで家族には大事にされてきた。
 だからだろうか、卑怯な手だと思いつつも少年の帰りを待っているであろゔ妹゙という存在を考えて、彼を詰所につれて行くのはどうかと思ってしまったのである。
(でも…ここで見逃したらまた再犯するだろうし、やっばり連れて行った方が良いわよね)
 けれども、家族がいるという情けで助けるよりも法の正義の下に叱ってもらった方が良いとルイズは思っていた。
 下手に見逃せば、今度は取り返しのつかない事になるかもしれないし、幸いにも盗みは未遂に終わっている。
 いくら衛士でもこの年の子供を牢屋にぶち込みはしないだろうし、きっと厳重注意で許してくれるに違いない。
 危うく少年の泣き落としに引っ掛りそうであったルイズは気を取り直すように首を横に振ってから、彼へと話しかけた。

「だったら最初からこんな事をしないで、ちゃんとした仕事を見つけた方が妹さんとやらの為じゃないの?」
 それはほんのアドバイス、犯罪で金稼ぎをしようとした子供に対する注意のつもりであった。
 だが、少年にとってはそれが合図となった。――――本気で相手から金を奪う為の。

「――――…………良く言うぜ、俺たちの事なんか何も知らないくせに」
「…え?」
「俺とアイツがどれだけ苦労して来たか、知らないくせに…!」
 先ほどまでのオドオドした姿からは利くとは思わなかった、必死にドスを利かせた少年なりの低い声。
 突然のそれに思わず足を止めたルイズが後ろを振り向いた時、彼の左手に握られている゙モノ゙に気が付く。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:06:04 ID:oww8q7tg

 一見すれば細長い木の棒の様に見えるソレは、ハルケギニアでは最も目にする機会が多い道具の一つ。
 ルイズを含めた魔法を使う貴族―――ひいてはメイジにとって命と名誉の次に大事であろう右腕の様な存在。
 彼女の目が可笑しくなっていなければ、少年の左手に握られている者は間違いなく―――杖であった。
 そして、それをいつの間にか手にしていた少年の顔には、自分たちに対する明確な゙やる気゙が見て取れる。
 正にその表情は、街中であったとしてもお前たちを魔法で゙どうにかしでやると決意がハッキリと見て取れた。

 レイム!マリサ!…デルフ!最初に気が付いたルイズが、二人と一本へ叫ぶと同時に、少年は呪文を唱えながら杖を振り上げ―――
「ちょっとアンタ、後ろでグチグチうるさ―――――…ッ!?」
『うぉ…マジかよ、ソイツの手を離せレイム!』
 彼の手を握っていた霊夢がその顔にハッキリとした驚愕の表情を浮かべ、デルフの叫びと共に手を放してその場から飛び上がる。
 まるで彼女の周りに重力と言う概念がないくらいに簡単に飛び上がった所を見て、ようやく魔理沙も少年が握る杖に気が付く。
「うわわ…!マジかよ!」
 今にでも振り下ろさんとしているソレを見て霊夢の様な回避は間に合わないと判断し、慌てて後ろへと下がる。
 振り下ろされた時にどれ程の被害が出るかは分からなかったが、しないよりはマシだと判断したのである。
 二人と一本が、時間にして一瞬で回避行動に移ったところでルイズも慌ててその場に伏せると同時に、

「『エア・ハンマー』!」
 天高く振り上げた杖を振り下ろすと同時に、少年の周囲を囲むようにして空気の槌が暴れ回った。
 威力はそれ程でもないが、地面や壁どころか何もない空間で乱舞する空気の塊は凶暴以外の何ものでもない。
「きゃ…っ!ちょ、ちょっと何しているの、やめなさい!」
「ったく!相手がメイジだなんて、聞いてないぜ!?」
 少し離れて場面に伏せていたルイズは頭上を掠っていく空気の塊に小さな悲鳴を上げつつ、当たる事がないようにと祈っている。
 対する魔理沙は場所が大通り以上に狭い故に綺麗に避ける事ができず、吹き荒れる風に頭の帽子を吹き飛ばされそうになっていた。
 多少不格好ではあったものの、帽子の両端を手で押さえながらも彼女はギリギリのところで『エア・ハンマー』を避けている。

 一方で、デルフと共に上へと逃げ場を求めた霊夢は既にルイズたちのいる路地を見下ろせる建物の屋根に避難していた。
 デルフの警告もあってか一足先に五メイル程上の安全圏まで退避した彼女の右手には御幣、そして左手には鞘に収まったデルフが握られている。
「全く、泣き落としが効かないと感じたら即座に実力行使…ガキのクセに根性据わってるじゃないの」
『まぁ追い詰められた人間ほど厄介なものは無いって聞くしな』
 土埃をまき散らし、空気の槌が暴れ回る路地を見下ろしながらも霊夢はため息交じりにそう言った。
 これからどう動くのかは決めていたし、あの小僧が土煙漂う中でどこにいるのかも分かっている。
『……言っておくが、子供相手に斬りかかるんじゃねぇぞ?』
「安心しなさい。相手が化け物ならともかく、人間ならちゃんと気絶だけで済ませるわ。ただ…」
 骨の一本や二本は覚悟してもらうけどね?そう言って霊夢は、タッ…と屋根の上から飛び降りた。
 狙うは勿論、今現在出鱈目に魔法を連発している少年である。
 自分から働こうとした盗みを咎められたうえで逆上し、こんな事を仕出かすのなら少しお仕置きしてやる必要があった。
 いくら人通りのない場所とはいえすぐ近くには通りを行き交う人々がいる、下手をすればそんな人たちにも危害が及ぶ。
 そうなる前に霊夢が責任もってあの子供を黙らせることにしたのだ、一応は彼を捕まえた当人として。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:08:02 ID:oww8q7tg
 飛び降りると同時に左手のルーンが光り出し、ガンダールヴの力が彼女へ戦い方を教えていく。
 どのタイミングでデルフを振り下ろすべきか、瞬時にかつ明確に霊夢の頭へと情報が入ってくる。
(…まだちょっとズレがあるけど、今はそれを言う程暇じゃないわね)
 ワルドと戦った時と比べて然程驚きはしなかったものの、左手から頭の中へ流れ込んでくる情報に多少の違和感を覚えてしまう。 
 土煙の先にいるであろう敵を倒そうと集中する中で、情報は彼女を邪魔しない様に注意を払ってくれている。
 あくまでもルーンは霊夢を主として扱い、彼女の行動を優先しているかのように動いていた。

 しかし霊夢にとっては、そのルーンの動き自体に゙違和感゙を覚えていたのである。
 焼印や首輪の様につけられた者の行動を制限する為ではなく、戦い生き残れる力を授けてくれるそのルーンに。
(まぁ今は考えても仕方がないし、それに…今は優先して片付けるべき事があるわ)
 時間にしてほんの一、二秒程度であったが、その一瞬だけでも既に地上にいる少年との距離は三メイルを切っていた。
 地面から舞い上がる土煙と、空間が歪んでしまう程のエア・ハンマーがあの子供の姿を上手いこと隠している。
 この状態でやり直し無理という状況の中、霊夢は鞘に入ったデルフの一撃で少年を止めなくてはならない。
 本当ならもしもの時に持ってきていたお札を使えれば楽だったのだろうが、あのエア・ハンマーの乱舞っぷりでは無駄遣いに終わるだろう。
 ならは御幣と言う選択もあったが、ここは実験の意味も兼ねてデルフを手にしてルーンの力を試したかったのである。

 そんな中、突然左手のルーンが明滅して彼女にタイミングを伝え始める。
 タイミングとは勿論、ルーンが光る手にもっているデルフを少年目がけて振り下ろすタイミングの事であった。
 いよいよね?霊夢が左手に力を込めた瞬間、彼女の中の時間が急にスローモーションへと変わっていく。
 地上にいる他の二人をも巻き込んでいた土煙が凝固したかのように固まり、エア・ハンマーとなった歪む空気の塊がすぐ足元で動きを止めていた。
 後もう少し遅ければ今頃あのエア・ハンマーで吹き飛ばされていたのだろうか?冷や汗ものの想像を頭の中から振り払いつつ、霊夢はデルフを振り上げる。

『忘れるなよ?しっかり手加減してやる事を』
 綺麗になった刀身と並べられるまで整備され、綺麗になったデルフが自身を振り上げる霊夢へ警告じみた言葉を告げる。
「分かっ―――――てる、わよ…とッ!!」
 そして、しつこく忠告してくる彼に若干苛立ちつつも、霊夢はそれに返事をしながら勢いよくデルフを振り下ろした。
 まずは足元のエア・ハンマーへと接触したデルフは刀身を光らせて、風の魔法で造られた空気の塊を吸収していく。
 その衝撃で飛んでいない状態である霊夢の体が宙へ浮いたものの、それはほんの一瞬であった。
 五秒も経たずにエア・ハンマーを吸収したデルフの勢いは止まることなく、少年が隠れているであろう土煙を容赦なく叩っ斬った。
 
 瞬間、大通りにまで響くほどの派手な音を立てて地面すらカチ割ってしまったのである。
 少年に近づけずにいた魔理沙やルイズ達は何とか事なきを得たが、今度は飛んでくる地面の破片に気を付けねばならなかった。
「きゃあ…!ちょ、レイム…アンタもやりすぎよ!?」
 顔や体に当たりそうな破片から避ける為またもや後ろへ下がるルイズが、派手にやらかした巫女へ愚痴を飛ばす。
 助けてくれたのは良かったものの、せめてもう少し穏便に済ませて欲しかったのである。
 ルイズは良く見ていなかったものの、恐らくデルフで少年を気絶させようとしたものの、それが外れて地面を攻撃したのだと理解していた。
 でなければあんな硬いモノが勢いよく砕けるような音は聞こえないし、もしも少年に当たっていれば大惨事となってしまう。

 しかし最悪の事態は何とか回避できたのであろう、晴れてゆく土煙越しの霊夢が悔しそうな表情を浮かべている。
 見た所あの少年の姿は見当たらず、霊夢の凶暴な一撃から何とか逃げる事ができたらしい。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:10:05 ID:oww8q7tg
そして…彼女を中心に地面を罅割ったであろう、鞘に収まったままのデルフを肩に担いだ霊夢は彼に話しかける。
「デルフ…さっきのは手ごたえがなかったわよね?」
『だな。どうやら、上手いことさっきの土煙紛れて逃げたらしいな』
 どうやら彼女たちも少年が逃げたのには気づいているらしい、霊夢は周囲に警戒しながらも悔しそうな表情を見せていた。
 そんな彼女がド派手な着地を仕出かしてからちょうど二十秒くらいで、今度は魔理沙が口を開く。

「全く、お前さんは相変わらず周りの者に対する配慮というのがなってないぜ」
 さっきまで少年のエア・ハンマーで近寄れなかった彼女も、いつもの自分を取り戻して服に付いた土埃を払っている。
 それを見たルイズも、自分の服やスカートに地面から舞い上がった土が付着しているのに気が付き、払い落とし始める。
「随分と物騒な降り方じゃないか、せめて私とルイズを巻き込まない程度で済ましてくれよな?」
「ルイズはともかく、アンタの場合は多少の破片じゃあビビるまでもないでしょうに」
 気を取り直し、帽子に付いた土埃を手で払いのける黒白に冷たい言葉を返しつつ、霊夢は周囲に少年がいないのを確認する。
 デルフの言うとおり、やはり魔法を放ってきた時点でもう逃げる気満々だったのかもしれない。
 それならそれでいいが、仮にも自分の金を盗もうとしてきたのである。お灸の一つくらい据えたいのが正直な気持であった。

 だが、自分から消えてくれるのならば無理に深追いするつもりもなかった。
 そこまであの犯罪者に肩入れするつもりはなかったし、何より今優先すべき事は宿探しである。
「さて、邪魔者もいなくなったし…ここから離れて宿探しを再開するとしましょう」
「う、うん…。そうよね、分かったわ…―――――って、アレ?」
 いかにも涼しげな淑女といった風貌で、鞘に入った太刀を肩に担ぐ霊夢の姿はどことなく現実離れしている。
 先ほどの一撃を思い出しつつそんな事を思っていたルイズは―――ふともう一つの違和感に気が付く。
 それは彼女の全体から放つ違和感の中で最も小さく、しかし今の自分たちには絶対にあってはならないものであった。

「……ね、ねぇレイム。一つ聞きたい事があるんだけど」
「…?何よ、いきなり目を丸くしちゃって…」
 突然そんな事を言ってきたルイズに首を傾げつつも、霊夢は彼女の次の言葉を待った。
 そして、それから間を置かずに放たれた言葉は何ものにも囚われぬハクレイの巫女を驚愕させたのである。

「――――アンタがとりあえずって腰に付けてた金貨入りの袋、ものの見事に無くなってるわよ?」
「え…?それってどういう――――――エぇ…ッ!?」
『うぉお…ッ!?な、何だよイキナリ?』

 目を丸くした彼女に指摘され、思わずそちらの方へと目を向けた霊夢は素っ頓狂な声を上げ、その拍子にデルフを投げ捨ててしまう。
 無理もない、何せさっきまでベルトに巻き付けていた袋―――そして中に入っていた金貨が綺麗に無くなっていたからである。
 慌てて足元をグルリと見回し、それでも見つからない現実が受け入れず路地のあちこちへ見てみるが、やはり見つからない。
 音を立てて地面に転がったデルフには見向きもせずに袋を探す霊夢の表情に、焦燥の色が浮かび上がり始めた。
「無い、無い、無い!どういう事なのよ…ッ!」
『あちゃぁ…やったと思ってたらまんまとやられちまったっていうワケか』
 始めてみるであろう霊夢の焦りを目にしたデルフは、瞬時に何が起こったのか察してしまう。
 もしもここで見つからないというのなら、彼女が腰に見せびらかせていた金貨入りの袋は盗まれたというワケである。
 正に彼の言葉通り、やったと思ったらやられていたのだ。あの平民の姿をしたメイジの少年に。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:12:03 ID:oww8q7tg
「う、ウソでしょ!?だってアイツの手を掴んだ時にはまだあったっていうのに…!」
「れ、レイム…」
 まるで自宅の鍵を排水溝の中に落としてしまった様な絶望感に襲われた霊夢は、今にも泣き出しそうな表情で金貨入りの袋を探している。
 いつもの彼女とはあまりにも違うその姿にルイズは妙な新鮮さと、その彼女から金を盗んだ少年の手際に感服していた。
 何時どのタイミングで盗んだのかは分からないが、少なくとも完全に自分たちの視線を掻い潜って実行したのは事実であろう。
 口に出したら間違いなく目の前で探し物をしている巫女さんに怒られるので、ルイズは心中でただただ感服していた。
「はっははは!あんだけ格好いい降り方しといて…まさかあの博麗霊夢が、お…お金を盗られるとはな…!」
 先程までの格好よさはどこへやら、必死に袋を探す彼女を見て魔理沙は何が可笑しいのか笑いを堪えている。
 まぁ確かに彼女の言う通りなのだが、実際にそれを口にしてしまうのはダメだろう。
「ちょとマリサ、アンタもほんの少しくらいは同情し、な……――――あぁッ!」
 彼女と同じく対岸の火事を見つめている側のルイズは、笑いを堪える魔理沙を咄嗟に咎めようとした時、またもや気づいてしまう。
 派手な一撃をかましてくれた霊夢と、その後の彼女の急変ぶりに気を取られていて、全く気付いていなかったのだ。
 あの少年が来るまで、魔理沙が手に持っていた今一番大切な物が無くなっていることに。

「うわ!な、なんだよ…イキナリ大声何か上げてさ」
「え…!?どうしたのルイズ、私のお金が見つかったの?」
 それまでずっと地面と睨みっこしていた霊夢がルイズの叫び声に顔を上げ、魔理沙も思わず驚いてしまう。
 本人はまだ気づいていないのだろうか、でなければ霊夢の事など笑っていられる筈が無いであろう。
 ある意味この中では一番能天気な黒白へ、ルイズは振るえる人差し指を彼女へ向けて言った。

「ま、魔理沙…!アンタがさっきまで手に持ってた金貨の入った袋…無くなってるわよ!?」
「え…?うぉおッ!?マジかよ、ヤベェ…ッ!」
 どうやら本当に気づいていなかったらしい。ルイズに指摘されて初めて、彼女は手に持っていた袋が無くなっていることに気が付いた。
 きっと魔理沙も霊夢の登場とその後の行動に目を奪われていたのだろう、慌てて足元に目を向けるその姿に溜め息をついてしまう。
「くっそぉ〜…、何処に落としたんだ?多分、あのエアハンマーの時に落としたと思うんだが…」
「何よ?あんだけ私の事バカにしといて、アンタも同じ穴の貉だったじゃないの」
 お金を探す自分の姿を、笑いを堪えて眺めていた魔理沙を見て、霊夢はキッと鋭く睨み付ける。
 何せついさっきま地べた這いずりまわって探し物をしていた自分をバカにしていたのだ、睨むなという方がおかしいだろう。
「うるせぇ。…あぁもう、何処に行ったんだよ、私の三百七十五エキューよぉ〜」
 霊夢の鋭い言葉にそう返しながらも、普通の魔法使いもまた地べたを這いずりまわる事となった。
 まだ分からないが、恐らく霊夢に続いて今度は魔理沙までもがスリの被害に遭ってしまった事に流石のルイズも冷や汗を流してしまう。

「こ、これはちょっとした一大事ね。まさかついさっきまであった二千エキュー以上が一気に無くなるなんて…」
 公爵家の令嬢と言えども、思わずクラリと倒れてしまいそうな額にルイズの表情は自然と引き攣ってしまう。
 幾らギャンブルで水増ししたとはいえ、流石に二千エキュー以上持ち歩くのはリスクが高過ぎたらしい。
 とはいえ近くに信用できそうな貸し金庫は無く、一番安全とも言える財務庁はここから歩いても大分時間が掛かってしまう。
 あの少年は自分たちが大金を持っている事を知っているワケは無い…とは思うが、彼にとってはとんでもないラッキーだったに違いない。
 …だからといって、このまま大人しく金を盗らせたまま泣き寝入りするというのは納得がいかなかった。
 いくら自分が被害に遭っていなくとも、一応は知り合いである二人のお金が盗られたのである。
 このまま何もしないというのは、公爵家の者として教育されてきたルイズにとって許しがたい事であった。

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:14:03 ID:oww8q7tg
 とりあえず、まず自分たちがするべきことは通報であろう。暗い路地で金貨入りの袋を探す二人を眺めながらルイズは思った。
 あの少年が盗んでいったのなら、間違いなく常習犯に違いない。それならば衛士隊が指名手配している可能性がある。
 もしそうなら衛士隊はすぐに動いてくれるし、王都の地理や犯罪事情は彼らの方がずっと詳しい。
 ドラゴンケーキの事はパティシエに聞け。――古来から伝わる諺を思い出しつつ、ルイズは次に宿の事を考える。
(いつまでもこんな路地にいるのも何だし、二人には悪いけど今すぐにでも泊まれる所を探さなきゃ…)
 王都の治安はブルドンネ街とチクトンネ街で大きく分けられており、前者は当然夜間でも見回りが行われている。
 しか後者は夜間の方が騒がしい繁華街のうえに旧市街地が隣にある分、治安はすこぶる悪い。
 
 つい数年前には、エルフたちが住まうサハラから流れてきた中毒性の高い薬草が人々の間で出回った事もあった。
 幸いその時には魔法衛士隊と衛士隊の合同摘発で根絶する事はできたものの、あの事件以来チクトンネ街の空気は悪くなってしまった。
 紛争で外国から逃げて来たであろう浮浪者やストリートチルドレンが増加し、国が許可を得ていない賭博店も見つかっている。
 特に、今自分たちがいる場所は二つの街の境目と言う事もあって人の行き来が激しく、深夜帯の事件も良くここで起きると聞いたことがあった。
 だからいつまでもこんな路地にいたら、怪しい暴漢たちに襲われてしまう可能性だってあるのだ。
 最も、自分はともかく今の霊夢と魔理沙に襲い掛かろうとする連中は、すぐさま自分たちの行いを悔いる事になるだろうが。
 
 そんな想像をしながらも、ひとまず金貨の入ったサイドパックへと手を伸ばし始める。
 可哀想だが、ここは二人に盗まれたのだと諦めてもらいすぐに衛士隊へ通報して宿探しをしなければならない。
 それで納得しろとは言わないが、ここは二人にある程度お金を渡して首を縦に振ってもらう必要があった。
 これからの事を考えている間も必死に路地で探し物をしている二人の会話が耳の中に入ってくる。
「魔理沙、もうちょっと照らしなさいよ。アンタのミニ八卦炉ならもっと調節できるでしょうに」
「馬鹿言え、これ以上火力上げたらレーザーになっちまうよ」
 どうやら、魔理沙のあの八角形のマジックアイテムを使って地面を照らしているらしい。
 ほんの少しだけ明るくなっている地面を睨みながら、それでも霊夢は彼女と言い争いを続けながら袋を探していた。
 何だかその姿を見ている内に、これまで見知らぬ異世界で得意気にしてきたあの二人なのかと思わず自分を疑いたくなってしまう。
 
 ルイズは一人ため息をつくと、その二人をここから連れ出す為にサイドパックを手に取ろうとして―――――
「ちょっと、アンタたち!いつまでもここにいた…―――…てっ、て…アレ?」
 ―――スカッ…と指が空気だけに触れていった感触に、思わず彼女は目を丸くして驚いた。
 本当なら、丁度腰のベルト辺りで触っている筈なのだ。――元々自分の私物であったあのサイドパックが。
 まるで霧となって空気中に霧散してしまったかのように、彼女の手はそれを掴むことはなかったのである。

 …まさかと思ったルイズが、意を決して腰元へと視線を向けた時、
「…え?えッ?…えぇえぇええええぇぇぇぇぇ!?」
 彼女の口から無意識の絶叫が迸った。絹を裂くどころか窓ガラスすら破壊しかねない程の悲鳴を。
 突然の事に彼女を放ってお金を探していた霊夢たちも慌てて耳を塞いで、ルイズの方へと視線を向けた。
「うっさいわねぇ!人が探し物してる時に…」
「わ、わわわわわわわわたしの…さささ財布…財布…私の、千八百十五エキューがががが…!」
 まるで八つ当たりをするかのように鋭い言葉を浴びせてくる霊夢に、しかしルイズは怒る暇も無く何かを伝えようとしている。
 しかしここに来て彼女の癖であるどもりが来てしまい、言葉が滑らかに口から出なくなってしまう。
 それでも、今になって彼女の腰にあった筈の財布代わりのサイドパックが無くなっているのに気が付き、二人は頭を抱えた。

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:16:03 ID:oww8q7tg
「えぇ?マジかよ、まさかルイズまで…」
「あのガキ…やってくれるじゃないの!」
 思わず口を押えて唖然とする魔理沙とは対照的に、霊夢は心の底から怒りが湧き上がってくるのに気が付く。
 家族の為スリだのなんだのでお涙ちょうだいの話しを聞かせてくれた挙句に、逆切れからの魔法連発。
 挙句の果てに自分たちの隙をついてあっさり持っていた金貨を全額盗られてしまったのだ。
 あの博麗霊夢がここまでコケにされて、怒るなと指摘する者は彼女に蹴りまわされても文句は言えないだろう。
 それ程までに、今の霊夢は怒りのあまり激情的になろうとしていたのである。
(相手が妖怪なら、即刻見つけ出して三途の川まで蹴り飛ばしてやれるんだけどなぁ…!)
 怒りのあまりそんな物騒な事を考えている矢先、ふと前の方から声が聞こえてきた。

「おーい!そんな路地で何の探し物してるんだよ間抜け共ォ!」
 それは魔理沙でもルイズでも、当然ながら地面に転がるデルフの声ではなかった。
 まるで生意気という概念を凝縮させて、人の形にして発したかのようなまだ幼さが残る少年の声。
 幸いか否か、その声に聞き覚えのあった三人はハッとした表情を浮かべて前方、大通りへと続く道の方へと視線を向けた。
 先ほどデルフで地面を叩いた際の音が大きかったのか、何人かの通行人達がジッと両端から覗いている小さな道。
 娼婦や肉体労働者、更には下級貴族と思しき者まで顔だけを出して覗いている中に、あの少年がいた。
 
 スリを働こうとして失敗したものの、最終的に彼女たちから大金を掠め取った、メイジの少年が。
 最初にあった時と同一人物とは思えぬイヤらしい笑顔を浮かべた彼は、ニヤニヤと笑いながらルイズ達へ話しかける。
「お前らが探してるのは、この金貨の山だろ!?」
 まるで誘っているかのようにワザと大声で叫ぶと、右手に持っていた大きな袋を二、三回大きく揺らして見せた。
 するとどうだろう。少年の両手で抱えられるほどの大きな麻袋から、ジャラ!ジャラ!ジャラ!と派手な音が聞こえてくる。
 それは三人に、あの麻袋の中に相当額の金貨が入っている…という事を教えていた。

「アンタ!それ私たちのお金…ッそこで待ってなさい!」
「喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!」
 思わず袋を指さしたルイズが、それを掲げて見せている少年の元へと駆け寄ろうとする。
 しかしそれを察してか、彼は捨て台詞と共に人ごみを押しのけて大通りへとその姿を消していく。
 通りからルイズたちを見ていた群衆も何だ何だと逃げていく少年の背中を見つめている。
 せめて捕まえようとするぐらいの事はしなさいよ。無茶振りな願望を彼らに抱きつつもルイズは大通りへと出ようとする。
 わざわざ向こうから自分たちのお金を盗ったと告白してきてくれたのだ、ならばこちらは捕まえてやるのが道理であろう。
 とはいえ、幾ら運動神経に自信があるルイズと言えど人ごみ多い街中であの少年を追いかけ、捕まえる自信はあまりなかった。

(あっちから姿を見せてくれたのは嬉しいけど、私に捕まえられるかしら?) 
 だからといって見逃す気は無いのだから、当然追いかけなければならない。
 選択肢が一切ない状況の中で、ルイズは走りにくい服装で必死に追いかけようとした。―――その時であった。
 だがその前に、彼女の頭上を一つの黒い人影が通過していったのは。
 ルイズは思わず足を止めて顔を上げた時、一人の少女が大通りへ向かって飛んでいくところであった。
 その少女こそ、今のところトリスタニアでは絶対に敵に回してはいけないであろう少女――博麗霊夢である。

「待てコラガキッ!アンタの身ぐるみ全部剥いで時計塔に吊るしてやるわ!」

 人を守り、魑魅魍魎と戦う巫女さんとはとても思えぬ物騒な事を叫びながら、文字通り路地から飛び出ていく。
 様子を見ていた人々や、最初から興味の無かった通行人たちは路地から飛んできた彼女に驚き、足を止めてしまっている。

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:18:02 ID:oww8q7tg
 大通りの真ん中、通行人たちの頭上で制止した彼女も少年を見失ったのか、しきりに顔を動かしている。
 そして、先ほど以上に驚嘆している人々の中に必死で逃げるあの男の子を見つけた彼女は、そちらに人差し指を向けて叫んだ。
「……見つけたわよ!待ちなさいッ!!」
「え?…うわっマジかよ、やべぇッ!」
 左手の御幣を見て彼女をメイジと勘違いしたのか、少年は焦りながらすぐ横の路地裏へと逃げ込んだ。
 相手を見つけた霊夢は「逃がさないわよ!」と叫びながら、結構なスピードでルイズの前から飛び去って行く。
 他の人たちと同じように彼女を見上げていたルイズがハッとした表情を浮かべた頃には、時すでに遅しという状況であった。
「ちょ…ちょっとレイム!私とマリサを置いてどこ行くのよ!」
「なーに、アイツが私達を置いていったんならこっちからアイツの方へ行ってやろうぜ」
『だな。オレっち達でアイツより先に、あのガキをとっちめてやろうぜ』
 両手を上げて路地で叫ぶルイズの背後から、今度は魔理沙と置き去りにされたデルフが喋りかけてくる。
 その声に後ろを振り向いた先には…既に宙を浮く箒に腰かけ、デルフを背負った魔理沙がルイズに向かって右手を差し伸べてくれていた。
 彼女と一本の頼もしいその言葉に、ルイズもまた小さく頷いて、差し出しているその手をギュッと握りしめる。

「勿論よ!こうなったら、あの子供を牢屋にぶち込むまで徹底的に追い詰めてやるわ!」
「そうこなくっちゃ。罪人にはそれ相応の罰を与えてやらなきゃ反省しないもんだしな」
 自分に倣ってか、気合の入ったルイズの言葉に魔理沙はニヤリと笑いながら彼女を箒に腰かけさせる。
 その一連の動作はまるで、お姫様を自分の白馬に乗せてあげる王子様のようであった。


 それから約三十分以上が経ち、ようやっと霊夢は少年を再度見つける事が出来た。
 大量の金貨が詰まった思い袋を抱えて走っていた彼の体力は既に限界であり、全力で走ることは出来ない。
 その事を知ってか、御幣の先を眼下にいる少年へと突きつけている彼女は不敵でどこか黒い笑みを浮かべながら彼に話しかけた。
「さてと、いい加減観念なさい。この私を相手に逃げ切ろうだなんて、最初っからやめとけば良かったのよ」
「…くそ!舐めやがって」
 袋を左脇で抱えると右手で杖を持ってみるが、今の状態ではまともな攻撃魔法は使えそうにも無い。 
 精々エアー・ハンマー一発分が限界であり、今詠唱しようにも隙を見せればやられてしまう。
 周囲は二人のやり取りに興味を抱いた群衆で固められており、このまま逃げても背中から羽交い絞めにされて捕まるのは明白であった。

(ち――畜生!ここまでは上手い事進んでたってのに、最後の最後でこれかよ)
 八方ふさがりとしか言いようの無い最悪の状況に、少年は心の中で悪態をつく。
 思えば最初に盗むのに失敗しつつも、土煙に紛れてあの少女達から金を盗んだところまでは良かったと少年は思っていた。
 だがしかし、霊夢が自由に空を飛べると知らなかった彼はあれから三十分間散々に逃げ回ったのである。
 狭い路地裏や屋内を通過して何とか空飛ぶ黒髪女を撒こうとした少年であったのだが、彼女相手にはまるで効果が無かった。
 ある程度走って姿が見えなくなり、逃げ切ったと思った次の瞬間にはまるで待っていたかのように上空から現れるのである。
 どんなに走ろうとも、どこへ隠れようとも気づいた時には手遅れで、危うく捕まりそうになった事もあった。
 
 けれども、幸運は決して長続きはしない。既に少年は自分の運を使い切ろうとしていた。
 博麗霊夢という空を飛ぶ程度の能力と、絶対的な勘を持つ妖怪退治専門の巫女さんを相手にした鬼ごっこによって。
 もしもハルケギニアに住んでいない彼女を知る者たちが、少年の逃走劇を見ていたのなら誰もが思うに違いない。
 あの霊夢を相手に、よくもまぁ三十分も走って逃げれるものだな…と。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:20:09 ID:oww8q7tg
「さぁ、遊びは終わりよ?さっさとその袋を足元に投げ捨てて、大人しくブタ箱にでも入ってなさい」
「く、くそぉ…」
 得意気な笑みを浮かべて自分を見下ろす霊夢を前にして、彼はまだ諦めてはいなかった。
 いや、諦めきれない…と言うべきなのか。自分の脇に抱えている、三千エキュー以上もの金貨を。
 
 これだけの額があれば、もうこんな盗みに手を出さなくて済む。
 王都を離れて、捜査の手が届かない所にまで逃げられれば唯一残った幼い家族と平穏に暮らせる。
 小さな家を買うか自分の手で建てて、小さな畑でも作る事ができればもうこんな事をせずに生きる事ができるのだ。
 だから物陰で彼女たちの話を聞き、彼は決意したのである。これを最後の盗みにしようと。
 今まで細々と続けていたスリから足を洗って、残った家族と共に静かな場所で人生をやり直すと。

 だからこそ少年は袋と杖を捨てなかった。自分と自分の家族の今後を守る為に。
 今まで見た事の無い得体の知れない金貨の持ち主の一人である少女と、退治する事を決めたのだ。
「こんなところで、今更ここまで来て捕まってたまるかよ…!」
「…まぁそう言うと思ったわ。もう面倒くさいし、ちょっと眠っててもらうわよ?」
 威勢の良い言葉と共に、自分を杖を向ける少年に霊夢はため息を突きながら、左手の御幣を振り上げる。
 杖を向ける少年は一字一句丁寧に呪文を詠唱し、彼と対峙する霊夢は御幣の先へと自信の霊力を流し込んでいく。
 
 周りで見守っている群衆はこれから起こる事を察知した者が何人かいたのであろう。
 上空にいる霊夢と少年の近くにいた人々は一人、二人と距離を取り始めている。
 双方ともに手を止めるつもりも、妥協する気も無い状態で、正念込めた一撃が放たれ様としている最中であった――――
「レイムー!」
「……!」
 空を飛ぶ霊夢の頭上から、自分の名を呼ぶルイズの声が聞こえてきたのは。
 突然の呼びかけに軽く驚き、集中をほんの少し乱された彼女は思わず声のした方へと顔を向けてしまう。
 そしてそれは、地上で呪文を唱えていた少年にとって千載一隅とも言えるチャンスをもたらす事となった。
 発動しようとしていた呪文のスペルを唱え終えた彼は、杖を持つ右手に力を込めて思いっきり振りかぶる。
 この一撃、たった一撃で十歳の頃から続いてきた不幸の連鎖と呪縛を断ち切り、自由となる為に、
 そしてその先にある新しい自由で、自分の支えとなってきた幼い家族と共に幸せな生活を築きたいが為に…。

「今までどこ飛んでたのよ、あの黒白は…」
 彼女が声のした方向へ顔を向けると、そこには丁度自分を見下ろせる高度で浮遊している魔理沙とルイズの二人がいた。
 ルイズは魔理沙の箒に腰かけているようで、フワフワと浮く掃除道具に動揺する事無く彼女を見下ろしている。
 この三十分どこで何をしていたのかは知らないが、ルイズはともかく魔理沙の事だろうからきっと自分が追い詰めるまで観察していたのだろう。
 まるで迷路に入れたハツカネズミがゴールまで行く過程を観察するかのように、さぞ面白おかしく見ていたのだろう。
 自分一人だけ使い走りにされてしまった気分になった霊夢は一人呟きつつも、頭上の二人に向けて右腕を振り上げて怒鳴った。
「こらー、アンタ達!一体どこほっつき飛んでたのよ」
「いやぁ悪い悪い、何せ重量オーバーなもんだからさぁ、少し離れた所でお前さんが追いかけてるのを見てたんだよ」
 霊夢の文句に魔理沙がそう答えると、彼女の後ろに引っ付いているルイズもすかさず声を上げた。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:22:04 ID:oww8q7tg
「私は追いかけてって言ったけど、マリサのヤツがアンタに任せようって言って効かなかったのよ」
 ルイズがそう言った直後、今度は魔理沙が背負っていたデルフがカチャカチャと金属音を立てながら喋り出す。
『そうそう、しんどい事は全部レイムに任せて美味しいところ取りしようぜ!…ってな事も言ってたな』
「あぁ、お前ら裏切ったなぁ〜!」
 ここぞとばかりに黒白の悪行を紅白へ伝えるルイズとデルフに、魔理沙はお約束みたいなセリフを呟く。
 明らかな棒読み臭い言葉に霊夢は呆れつつも、何か一言ぐらい言い返してやろうとした直前、背後から物凄い気配を感じた。
 そして同時に思い出す、今自分の背後へと杖を無ていた少年の存在を。

「ちょッ―――わぁ!」
 慌てて振り返ると同時に、眼前にまで迫ってきていた空気の塊を避ける事が出来たのは、経験が生きたからであろう。
 幻想郷での弾幕ごっこに慣れた彼女だからこそ、当たる直前に察知した直後に回避する事が出来た。
 汗に濡れたブラウスとスカートがエア・ハンマーに掠り、直前まで彼女がいた場所を空気の槌が通過していく。
 本来当たる筈だった目標に避けられた空気の槌は、決して魔法の無駄撃ちという結果には終わらなかった。
 ギリギリで避けてみせた霊夢とちょうど重なる位置にいた二人と一本へ、少年の放ったエア・ハンマーが勢いをそのまま向かってきたのである。
「げぇッ!?わわわ、わァ!」
『うひゃあ!コイツはキツイやッ』
 自分たちは大丈夫だろうと高を括っていた魔理沙は目を丸くさせて、何とか避けようとは頑張っていた。
 しかしルイズとデルフという積荷を乗せた箒は重たく、いつもみたいにスピードを活かした回避が思うように出来ない。
 それでも何とか直撃だけは回避できたものの、エア・ハンマーが作り出す強風に煽られ、見事バランスを崩してしまったのである。
 箒を操っていた魔理沙は強風で錐揉みしながら墜落していく箒にしがみついたまま、背負ったデルフと一緒にあらぬ方向へと落ちていった。
「ウソッ――――キャッ…アァ!」
「ルイズッ!」
 一方のルイズは魔理沙の気づかぬ間に箒から振り落とされ、王都の上空へとその身を投げ出してしまう。
 上空と言ってもほんの五、六メイルほどであるが、人間が地面に落ちれば簡単に死ねる高度である。
 エア・ハンマーを避けた霊夢が咄嗟に彼女の名を呼び、思わず飛び立とうとするが間に合わない。
 しかし始祖ブリミルは彼女に味方したのか、背中を下に落ちていくルイズは運よく通りの端に置かれた藁束の中へと落ちた。
 ボスン!という気の抜ける音と共に藁が飛び散った後、上半身を起こした彼女はブルブルと頭を横に振って無言の無事を伝える。

 魔理沙はともかく、ルイズがほぼ無傷で済んだことに安堵しつつ霊夢はキッと魔法を放った少年を睨み付ける。
 しかし、先ほどまで少年がいた場所にはまるで最初から誰もいなかったのように、彼の姿は消えていた。
 一体どこに…慌てて周囲に視線を向ける彼女の目が、再び人ごみの流れに逆らって走る少年の姿を捉える。
 先ほどのエア・ハンマーが人に当たったおかげで人々の視線も上空へと向けられており、今ならいけると考えたのだろう。
 成程。確かにその企みは上手くいったし、魔理沙にルイズという追っ手も上手い事追い払う事ができている。
 自分の視線も彼女たちへ向いてるし、何より助けに行くだろうから逃げるなら今がチャンスだろうと、そう考えているのかもしれない。

「けれど、そうは問屋が卸さないってヤツよ」
 必死に逃げる少年の後姿を睨みつけながら一人呟くと、霊夢はバっと少年へ向かって飛んでいく。
 今の今までは此方が優位だとばかり思っていたが、どうやら相手の方が一枚上手だったらしい。
 こっちが油断していたおかげで魔理沙とルイズは吹っ飛ばされ、挙句の果てにはそのまま逃げようとしている。
 ここまで来るともう子供相手だからと舐めて掛かれば、命すら取られかねないだろう。

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:24:03 ID:oww8q7tg
 とはいえ、自分が背中を見せて逃げる少年に対して使える手札は少ないと霊夢は感じていた。
 お札を使えば簡単に済むが、周りに通行人がいる以上下手に使えないし、それを考慮すれば針は尚更危険。
 そしてスペルカードなど言わずもがな。ならば使える手札はたった一枚、己の手足とこの世界で手に入れた御幣一本。
「だったら、本気でぶっ叩いてやるまでよ」
 御幣を握る左手に霊力を更に込めて、薄い銀板で造られた紙垂がその霊力で青白く発光する。
 並の妖精ならばたった一撃で゙一回休み゙に追い込める程の霊力を込めて、彼女は逃げる少年を空から追いかける。

 見つけた時は既に十メイル以上離されていた距離を、一気に五メイルまで縮めた所で速度を緩める。
 何ならフルスピードで頭をぶっ叩いても良いが、そうなると流石に少年の頭をかち割りかねない。
 窃盗犯を殺して自分が殺人犯になっては本末転倒である。
 だからここは速度を緩めて、しかし御幣を握る手には更に力を込めて少年へと近づく。
 幸い、余程疲労しているであろう彼の足はそれほど速くなく、もはや無理して走っている状況だ。
 必死に走る少年と、それを悠々としかし殺意満々に飛んで追いかける自分の姿を見つめる野次馬たちからも離れられた。
 今こそ絶好のチャンスであろう。ここで気絶させよう、そう思った霊夢が御幣を振りかぶった時、それは起こった。

「―――お兄ちゃん!」
「……!」
 ふと少年が走っている方向から聞こえてきた少女の声に、霊夢は振り上げた手を止めてそちらの方を見遣る。
 すると、前方から彼より背丈の小さい金髪の女の子が拙い足取りで走ってくるのが見えた。
 ルイズよりやや地味な白いブラウスと、これまた茶色の目立たないロングスカートと言う出で立ち。
 その両手には何かを抱えており、それを落とさぬように気を付けつつ必死に走ってくる。
 こんな時に一体誰なのかと霊夢が訝しむと、それを教えてくれるかのように少年が少女の名を叫んだ。
「り、リィリア…!おまっ…何でこんな所に…」
 息も絶え絶えにそう言う少年の言葉から察するに、どうやらあの子がアイツの言っていた妹なのだろう。
 てっきり口から出まかせかと思っていた霊夢も、思わずその気持ちを声として出してしまう。

「何?アンタ、アレって嘘じゃなかったのね」
「え?―――うぉわ!何でこんな所にまで来てんだよ…!?」
 どうやら走るのに夢中で追いかける霊夢に気づいていなかったようだ、少年はすぐ後ろにまで来てる彼女を見て驚いてしまう。
 何せ自分の魔法で吹き飛んで行った仲間を助けに行ったかと思いきや、それを無視して追いかけてきているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「お、お前…!何で助けに行かないんだよ!?おかしいだろッ!」
「生憎様ね〜。ルイズはあの後藁束に落ちて助かったし、魔理沙のヤツは何しようがアレなら殆ど無傷だから」
 後デルフは剣だから大丈夫だしね。最後にそう付け加えて、霊夢は止めていた左手の御幣へと再び力を込める。
 それを見ていよいよ「殺られる…!」と察したのか、彼は自分の方へと向かってくる妹に叫ぼうとした。

「リィリア!は、早く逃げ――――」
「お兄ちゃん伏せて!!!」
 しかしその叫びは…いきなり自分目がけて飛びかかり、地面に押し倒してきた妹によって遮られた。
 年相応とは思えぬ勢いのあり過ぎる行動に少年はおろか、霊夢でさえも思わず驚いてしまう。
「ちょっと、アンタ何を…―――ッ!」
 予想外過ぎる突然の事に御幣を振り下ろしかけた霊夢が声を掛けようとした直前に、彼女は感じた。
 まさかここで感じるとは思いも寄らなかった、あの刺々しく荒々しい霊力を。
 そして気が付く。タルブで自分たちを手助けしてくれた、あの巫女もどきのそれと同じ霊力がすぐ傍まで来ている事に。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:26:02 ID:oww8q7tg
(気配の元はすぐ近く―――ッ!?でも、どうして…)
 一体何故?こんな時に限って、彼女の霊力をここまで近づいてくるまで自分は気が付かなかったのか。
 こんなに荒く、凶暴な霊力ならばある程度距離が離れていても感知できるはずであった。
 まるで何処かからワープして来たかのように急に感知し、そしてすぐ目の前というべき距離にまで来ている。
 唯でさえ厄介な今に限って、更に厄介なモノが近づいてくるという状況に霊夢が舌打ちしようとした―――その直前であった。

 前方、先ほどリィリアという少女が走ってきた場所から刺々しい霊力を感じると共に物凄い音が通りに響き渡った。
 まるで大きな金づちで思いっきり振りかぶって、レンガ造りの壁を粉砕したかのような勢いに任せた破壊の音。
 その音を作り出せるであろう霊力の塊が勢いよく弾ける気配を感じた霊夢は、慌てて顔を上げる。
 だが、その時既に霊夢が『飛んでくる』゙彼女゙を認識し、それを避ける事は事実上不可能であった。
 理由は二つほど挙げられる。一つは飛んでくる゙彼女゙の速度が思いの外かなりあったという事。
 体内から迸る霊力と何らかの手段をもってここまで『飛んできた』であろう彼女は、既に霊夢との距離を二メイルにまで縮めていた。
 ここまで来るとどう体を動かしても霊夢は避ける事ができず、成す術も無く直撃するしか運命はない。 

「…ッ!―――痛ゥ…ッ!」
 二つ、それはタルブのアストン伯の屋敷前でも経験したあの痛み。
 始めて彼女と出会った時に感じた頭痛が…再び霊夢の頭の中で生まれ、暴れはじめたのである。
 まるであの時の出来事を思い出させようとするかのように頭が痛み出し、出来る限り回避しようとした彼女の邪魔をしてきたのだ。
 刃物で刺されたかのような鋭い痛みが頭の中を迸り、流石の霊夢もこれには堪らずその場で動きが止まってしまう。

 そしてそれが、後もう少しで大捕り物の主役になけかけた霊夢がその座から無念にも滑り落ち、
 本日王都で起きたスリの中でも、最も高額かつ大胆な犯人を取り逃がす羽目となってしまった。
 
(――クソ…ッ――アンタ一体、本当に何なのよ!?)
 痛みで軋む頭を右手で押さえながら、霊夢はすぐ目の前にまで来だ彼女゙を睨みつけながら思った。
 自分よりも濃く長い黒髪。細部は違えど似たような袖の無い巫女服に、行灯袴の意匠を持つ赤いスカート。
 そして自分のそれよりも更にハッキリと光っている黒みがかった赤い目を持つ彼女の姿に、霊夢の頭痛は更にに酷くなっていく。
 不思議な事に時間はゆっくりと進んでおり、あと五秒ほど使って一メイルの距離を進めば゙彼女゙と激突してしまうであろう。
 激しくなる頭痛で意識が刈り取られそうなのにも関わらず冷静に計算できた霊夢は、すぐ近くにまで来だ彼女゙の顔を見ながら思った。
 良く見るど彼女゙も自分を見て「驚いた」と言いたげな表情をしている分、これは偶然の出会いだったのだろう。
 ゙彼女゙がどのような経緯でこの街にいて、どうして自分と空中で激突せるばならないのか?その理由はまでは分からない。
(アンタの顔なんか今まで見たことないし、初対面…なのかもしれないっていう、のに…だというのに―――)


―――――何でこうも、私と姿が被っちゃってるのよ? 
 最後に心中で呟こうとした霊夢は、その前に勢いよく真正面から飛んできた彼女―――ハクレイと見事に激突する。
 激しい頭痛と合わせて頭へ響くその強い衝撃を前にして、彼女の意識はプッツリと途絶えた。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:28:03 ID:oww8q7tg
以上で八十二話の投稿を終わります。今回はやや短めだったかな…?
それではまた来月末にでもお会いしましょう。それではノシ

728ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 10:58:55 ID:qB1md0Gc
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、58話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

729ウルトラ5番目の使い魔 58話 (1/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:01:37 ID:qB1md0Gc
 第58話 
 この星に生きるものたちへ
 
 カオスヘッダー
 カオスヘッダー・イブリース
 カオスヘッダー・メビュート
 カオスダークネス
 カオスウルトラマン
 カオスウルトラマンカラミティ
 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
「泣かないで、ブリミル……」
 
 自分の体が冷たくなり、意識が深い眠りの中に落ちていく中でサーシャは思っていた。
 あなたをひとりにしてごめんなさい。けれど、わたしはいなくなっても、あなたは残る。あなたには、人が持っていない特別な力がある。その力を正しく使えば、きっと多くの人を救える。
 さよなら……わたしの大嫌いな蛮人。さよなら、わたしの大好きなブリミル。
 けれどそのとき、サーシャの心に不思議な声が響いた。
 
「君は、本当にそれでいいのかな?」
 
 そう問いかける声が聞こえた気がした。
 これでいいのか? サーシャは思った。
 良いわけがない……答えは簡単だった。今頃、ブリミルは深く嘆き悲しんでいることだろう。自分だって、ブリミルと別れるのは嫌だ。
 ブリミルのことだ、ひとりで何かをやろうとしたって空回りして痛い目を見るに決まっている。獣を取ろうとすれば黒焦げにするし、野草を探せば毒草に当たるようなおっちょこちょいだ。
 できるなら、もっといっしょにいたい。魔法以外にとりえがないあいつを、支えてやりたい。
 けれど、それは無理なのだ。発動してしまった『生命』を止めるには、リーヴスラシルが死ぬしかない。この世界を救うには、自分が死ぬしかなかったのだ。

730ウルトラ5番目の使い魔 58話 (2/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:05:31 ID:qB1md0Gc
 悲しい、苦しい、帰りたい……でも、わたしの命は尽きた。もう、あいつの元には戻れない。
 
「しかし、君にはまだ意思がある。生きたいという意思が」
 
 不思議な声がまた響き、暗く冷たい深淵に沈んでいっていたサーシャを、暖かい光が掬い上げた。
 ゆっくりと目を開くサーシャ。彼女は明るく優しい光の中で、青い体を持つ銀色の巨人の手のひらの上に抱かれていた。
 
「あなたは、神様?」
 
 サーシャの問いかけに、巨人はゆっくりと首を横に振った。
 
「私は、君たちがヴァリヤーグと呼ぶ、あの光のウイルスを追ってこの星にやってきた者だ」
「じゃあ、あなたはブリミルと同じ、宇宙人なの?」
 
 巨人はうなづき、そして語った。あの光のウイルスを放っておけば、この星は滅ぼされてしまうだろう。
 サーシャが、止められないのかと問いかけると、巨人は、難しいと答えた。奴らの力は強大だ、それにこの世界はすでに大きく傷ついてしまっている。
 
「なら、もう手遅れだというの?」
 
 サーシャは悔しかった。どんなに頑張っても、命を懸けてブリミルにつないでも、もう遅かったというのか。
 いや、そんなことはない。サーシャは叫んだ。
 
「まだ終わってない! この世界には、まだわたしたちがいる。何度倒されても、わたしたちはその度に立ち上がってきた。何度焼き払われても、わたしたちは何度でも種を撒きなおす。この世界にわたしたちが生きているかぎ、りは……」
 
 サーシャは最後まで言い切る前に、どうしようもない事実に気づいて言葉を途切れさせてしまった。
 そうだ、自分は死んでしまったんだ。自分の剣で自分の胸を貫いて……死んだ人間にできることはない。

731ウルトラ5番目の使い魔 58話 (3/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:06:29 ID:qB1md0Gc
 しかしそのとき、落胆するサーシャの中に何か暖かいものが入ってくるのを彼女は感じた。
 
「これ、熱い……でもとても優しい感じ。あなた……わたしに、わたしにもう一度命をくれるの? わかったわ、この世界を救うために、わたしにもまだやれることがあるのね」
 
 途絶えていたはずの心臓の鼓動が蘇ってくるのを感じる。胸の傷はいつの間にか消えていた。
 巨人はうなづき、その姿が消えていく。
 最後に巨人はサーシャに自分の名前と、なぜサーシャを選んだのかを教えてくれた。それは、誰かを守りたいという強い意思を二人分感じたから。
 サーシャは、自分を守ろうとしてくれた誰かが誰なのかを知っていた。それは、あいつの心に絶望ではなく勇気が宿ったということを意味している。
 光の中でサーシャは立ち、そして振り返るとブリミルが呆然としながら立っていた。
 君は死んだのでは? じゃあ僕も死んだのか? と、問いかけてくるブリミルに、それは違うと答えるサーシャ。
 そう、自分は生きている。そして生きているなら、成し得ることがある。あなたの、世界の希望にはわたしがなる。
 
「ブリミル、未来はいつでも真っ白なんだって言ったよね。もうひとつ教えてあげる、絶望の色は真っ黒だけど、希望の色は虹色なのよ。見てて、あなたのあきらめない心がわたしに新しい命と光をくれた。今度はあなたの光にわたしがなる」
 
 サーシャの手のひらの上に青く輝く輝石が現れ、その光がサーシャを包んでいく。
 
「運命は変わる。どんな絶望も闇も永遠じゃない。わたしたちがそれをあきらめない限り、未来は切り開ける。だから、彼は来てくれた。力を貸して、明日のために! 光の戦士、ウルトラマンコスモス!」
 
 その輝きが、明日を切り開く力となる。
 悲しみを乗り越え、涙を笑顔に。青き慈愛の勇者が今、絶望の大地に降り立つ。
「シュワッチ!」
 光はここに。ウルトラマンコスモスの勇姿が初めてハルケギニアの星に現れ、構えをとるコスモスとカオスリドリアスが対峙する。

732ウルトラ5番目の使い魔 58話 (4/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:07:19 ID:qB1md0Gc
 ブリミルは少し離れた場所からコスモスを見上げながら、これは夢か幻かと唖然としている。だがこれは彼とサーシャによって実現した、まぎれもない現実なのだ。それを証明するため、コスモスと一体化したサーシャはリドリアスを救うべくカオスリドリアスに立ち向かっていった。
「シュワッ!」
 急接近したコスモスの掌底がカオスリドリアスの胸を打って後退させ、続いて肩口に放たれた手刀が体のバランスを崩させた。
 重心を崩されてよろけるカオスリドリアス。コスモスはその隙をついてカオスリドリアスの首根っこを押さえて取り押さえようと組み付いた。
 それはまるで、サーシャがリドリアスに「おとなしくして!」と説得を試みているようだった。
 しかし、カオスヘッダーに取り付かれたリドリアスは力づくでコスモスを振り払うと、くちばしを突き立ててコスモスを攻撃してきた。コスモスはその攻撃を腕をクロスさせて受け止め、攻撃の勢いを逆利用してはじき返す。
「ハァッ!」
 カオスリドリアスを押し返し、再び構えをとって向かい合うコスモス。カオスリドリアスも、コスモスが容易な相手ではないということを理解して、威嚇するように鳴き声をあげた。
 そしてブリミルは、夢じゃない、と現実を理解した。この足元から伝わってくる振動、空気を伝わってくる衝撃はすべて現実のものだ。
「本物の、ウルトラマン……! ウルトラマンは、本当にいたんだ」
 ブリミルは幼いころに聞かされたことがあった。マギ族は長い宇宙の旅路の中で、宇宙のあちこちの星に伝わる伝承も集めていたが、その中に宇宙には人々の平和を守る神のような巨人がいるという伝説があった。その巨人の名が、ウルトラマン。
 よくある宇宙神話だと思っていた……だが、伝説は虚無ではなく本当だったのだ。
 ブリミルの見守る前で、ウルトラマンコスモスとカオスリドリアスの戦いは再開された。コスモスに対して、カオスリドリアスは口から破壊光線を放って攻撃を始め、コスモスはそれを青く輝く光のバリアーで受け止める。
『リバースパイク』
 光線はバリアーで押しとどめられてコスモスには届かない。しかし、悔しがるカオスリドリアスが頭を振ったことで、バリアーから外れた光線が地を張ってブリミルに襲い掛かってしまった。
「うっ、あああああああ!」
 魔法力を使い切ってしまっているブリミルに避ける手段はない。光線と弾き飛ばされた岩塊が雨と降ってくる中で、ブリミルは思わず目をつぶった。
 だが、そのときだった。ブリミルの前に、閃光のようなスピードでコスモスが割り込んだ。
「シュワッ!」
 コスモスは光線を腕をクロスさせてガードすると、続いて目にも止まらぬ速さで腕を振って岩塊を弾き飛ばした。

733ウルトラ5番目の使い魔 58話 (5/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:08:28 ID:qB1md0Gc
『マストアーム・プロテクター!』
 人間の目では追いきれないほどの超スピードでの移動と防御技の連続に、守られたはずのブリミルは訳がわからずにぽかんとするしかなかった。
 コスモスの背にかばわれ、ブリミルには塵ひとつかかってはいない。ブリミルは、自分が守られたことさえすぐには理解できずにいたが、静かに振り返ったコスモスの眼差しに、どこか心が安らいでいく思いがした。
 そう、頼もしく、それでいて優しいコスモスの眼差し。ブリミルは、自分が守られているということを感じ取るといっしょに、この安らぎに自分が何になりたかったのかを知った。
「そうか、僕は……こうやってみんなを守りたかったんだ」
 なんで今まで気づけなかったんだろうか。自分には大それた使命などはいらない、ただこうして近くにいる誰かを守ることさえできればじゅうぶんなはずだった。そして誰でもない、サーシャをこうして守りたいと思ったのが自分の原点であったのに、自分はなんてバカだったのだろうか。
 敵に向き合い、味方に背を向け、誰かを守るにはそれだけでよかった。マギ族の犯した罪の重さなどに関係なく、サーシャは自分をいつも支えてくれた。自分もただそれに答えようとするだけでよかったのに。それなのに、悲しみに押しつぶされて道を過ち、サーシャさえ失いかけてしまった。答えは、こんなに単純だったのに。
 誰しも、自分の心はよく知っているようで大事なことは見落としているものだ。それゆえに道を誤るのも人の常、しかし過ちは過去のものとしなければならない。過ちを糧として未来につなげるため、コスモスは戦う。
「ヘヤッ!」
 間合いを詰めて、コスモスの掌撃がカオスリドリアスを打つ。破壊力はほとんどないが、いらだったカオスリドリアスの反撃をさらにさばいて消耗を強いていく。カオス怪獣とて生物だ、激しく動き続ければそれだけ疲れが蓄積していく。
 しかし、カオスリドリアスはコスモスと陸上で戦い続けてもらちが明かないと判断して、羽を広げると空に飛び上がった。それを追ってコスモスも飛び立つ。
「ショワッ」
 空を舞台に、コスモスとカオスリドリアスの空中戦が始まった。
 まずは、先に飛び立ったカオスリドリアスが上空で反転して、高度を利用してコスモスに体当たりをかけてきた。舞い降りる赤色の流星と、舞い上がる群青の流れ星。
 激突! しかしコスモスはカオスリドリアスの体を一瞬で掴まえて、そのまま自分を軸にコマのように回転するとカオスリドリアスを放り投げた。カオスリドリアスは空中でのきりもみ状態には慌てたものの、すぐに羽を広げて立て直し、口からの破壊光線を放ってくる。対してコスモスは腕を突き出し、青い光線を放って対抗した。
『ルナストラック』
 ふたつの光線がぶつかり合って相殺爆発し、赤い光が辺りを照らし出す。

734ウルトラ5番目の使い魔 58話 (6/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:09:35 ID:qB1md0Gc
 しかし、爆発の炎が収まる間もなく両者の空中戦は再開された。カオスリドリアスとコスモスが目にも止まらぬ速さで宙を舞い、激突し、その光景はブリミルの目にはまばゆく輝く二匹の蛍が舞い踊っているかのようにさえ見えた。
 前後左右、上下のすべての空間を使った三次元戦闘が超高速で繰り広げられることで、風がうねり、雲が裂ける。だが、空中戦のさなかにカオスリドリアスが勢い余って、静止していた『生命』の光に触れそうになり、コスモスは回り込んで突きとばした。
「ハアッ!」
 リドリアスは野生の生き物なのでマギ族の自爆因子はないはずだが、マギ族の改造処置は手当たり次第に行われていたので万一ということがある。カオス化したとはいえ、マギ族の自爆因子がもし遺伝子内にあったとしたら、リドリアスが生命に触れたら即死につながる。対して自爆因子を持たないコスモスなら生命の光に触れても影響はない。
 リドリアスを間一髪救えた事で、コスモスの中のサーシャはほっと胸をなでおろした。それと同時に、ブリミルはコスモスがリドリアスを本気で救おうとしているのを確信した。
「怪獣さえ救おうとする……いや、それは僕らの思い上がりか」
 ブリミルは自嘲した。さんざん命を弄んできたマギ族だが、命は誰しもひとつしか持っていない大切なものなのだ。生態として共存できないものはあっても、生き物は無益な殺戮をしないことで互いを生かし合っている。それがバランスを保ち、平和を保っている。互いを尊重し、誰かを生かすことは巡り巡って自分を生かすことにつながるのだ。
 いや、それは理屈だ。相手が怪獣であっても関係ない、誰かを救いたいと思う心がすべての始まりになる。サーシャはマギ族である自分を救ってくれた、だから今の自分はここにいる。その優しさを思い出したとき、胸が熱くなる。
「がんばれ、がんばれ! ウルトラマン!」
 自然に応援の声が口から飛び出していた。胸の中から湧き上がってくる、この明るく熱く燃える炎を抑えるなんてできない。できるわけがない!
 ブリミルの応援を聞き、コスモスとサーシャはさらに強く決意を固めた。なんとしても、リドリアスを救わねばならない。
〔コスモスお願い、あなたの力でリドリアスを解放してあげて〕
 リドリアスが暴れているのはヴァリヤーグのせいだ。取り除いてやれば、リドリアスはきっと元に戻る。
 幸いコスモスは今、生命の魔法の光球を背にしている。その強烈な光に幻惑されて、カオスリドリアスはコスモスを見失っており、今がチャンスだ。
 コスモスはリドリアスに取り付いているヴァリヤーグの位置を把握するために、目から透視光線を放ってリドリアスを透かして見た。

735ウルトラ5番目の使い魔 58話 (7/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:01 ID:qB1md0Gc
『ルナスルーアイ』
 見えた! リドリアスの体内で光のウイルスが集中している箇所がある。そこから取り除くことができれば、きっとリドリアスは元に戻る。
 コスモスは生命の光の中から飛び出すと、そのままカオスリドリアスに組み付いて地面に引き釣り下ろした。
「テアッ!」
 組み付き、羽を押さえることで飛行能力を抑えて墜落に追い込み、コスモスとカオスリドリアスはもつれ合いながら地上を転げる。しかしコスモスは着地の瞬間も自分が下になるように調節し、リドリアスへのダメージを最小限に抑えた。
 再び離れて向かい合う両者。だがカオスリドリアスは肉体へのダメージは少なくとも目を回している、今がチャンスだ! コスモスは優しい光を掌に集めると、子供の背を押すように優しく右手を押し出しながらカオスリドリアスに光を解き放った。
『ルナエキストラクト』
 浄化の光がカオスリドリアスに浸透していき、その体から金色の粒子が抜け出して天に帰っていく。そして変異していたカオスリドリアスの体も元のリドリアスのものに戻った。正気を取り戻したリドリアスの穏やかな鳴き声が流れると、ブリミルは奇跡が起きたのだと思った。
 しかし、まだ終わってはいない。膨張はやめたものの、『生命』の魔法の光球はまだ残っている。これを地上にそのまま残しておくのは危険すぎる、コスモスは手からバリアーを展開すると、『生命』の光球を押し上げながら飛び立った。
「ショワッチ」
 コスモスの十倍は優にある光球が下からコスモスに持ち上げられてゆっくりと上昇していく。ブリミルは光球が小さくなっていくのを呆然としながら見上げていた。
 そしてコスモスは光球を大気圏を抜けて宇宙空間にまで運び上げた。星星が瞬く中で、コスモスは空間に静止するとバリアーごと光球を押し出した。漆黒の宇宙に向かって流れていく光球を見つめながら、コスモスは右腕を高く掲げながら戦いの姿へと転身した。
『ウルトラマンコスモス・コロナモード!』
 炎のようなオーラを輝かせ、コスモスの体が赤い太陽の化身へと移り変わって闇を照らす。
 遠ざかっていく『生命』の光。そして、悪魔の光を消し去るために、コスモスは頭上に上げた手を回転させながら気を集め、突き出した両手から真紅の圧殺波動にして撃ち放った。
『ブレージングウェーブ!』
 超エネルギーの波動攻撃を受けて、『生命』の光球は一瞬脈動すると、次の瞬間には大爆発を起こして砕け散った。
 爆発の光を受けてコスモスの姿が一瞬輝き、そして爆発が収まると、コスモスは惑星を振り返った。そこには、青さの面影を残しながらも黒く濁りつつある惑星の姿があった。
 爆発の閃光は地上からも伺うことができ、ブリミルは『生命』の最後の瞬きを望んで、自分の愚かな夢が終わったのだと悟った。

736ウルトラ5番目の使い魔 58話 (8/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:49 ID:qB1md0Gc
「これで、やっと……」
 ブリミルのまぶたが重くなり、強烈な睡魔に襲われた彼は、疲労感に誘われるままに砂の上に倒れこんだ。
 
 次にブリミルが目を覚ましたときに最初に見たのは、自分の頭をひざの上に抱きながら心配そうに見下ろしてくるサーシャの顔だった。
「やあ、サーシャ。おはよう、かな?」
「ばか、寝すぎよ……朝よ、今日も昨日と同じ、ね」
 ブリミルの目に、地平線から昇る朝日の光が差し込んでくる。空には厚い雲がかかっているが、その切れ端から覗くだけでも太陽の光は美しかった。
 ああ、この世界はまだこんなに美しい。ブリミルの心を、すがすがしい気持ちが流れていく。
「サーシャ、君は……?」
「生きてるわよ。あなたのおかげ、まあ無くしたものもあるけどね」
 そう言うと、サーシャは左手の甲を見せた。そこにはガンダールヴのルーンはなく、それに胸元を睨まれながら覗いて見てもリーヴスラシルのルーンはなかった。
 つまり、あれは夢ではなかった。信じられない気もするが、傍らに目をやれば、こちらを見下ろしているリドリアスの視線と目が合って、現実を受け入れることを決めた。
「サーシャ、体は?」
「大丈夫、彼が治してくれたわ」
「彼……?」
「後でまとめて話すわ。でも、わたしたちが見て体験したことは全部真実……ねえ、ブリミル」
 そこまで言うと、サーシャは一呼吸を置いて、ブリミルの目を見つめながらゆっくりと言った。
「もう一度、希望に賭けてみない?」
 ブリミルは目を閉じて、静かにうなづいた。

737ウルトラ5番目の使い魔 58話 (9/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:02 ID:qB1md0Gc
 サーシャにはかなわない、今回は心底そう思った。最後まであきらめない力が、こんなにも強かったなんて。サーシャには教えてもらうことがまだまだたくさんある。これからも、できれば、一生かけてでも。
「サーシャ、僕からもひとつ、お願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
 ブリミルは起き上がると、真っ直ぐにサーシャの目を覗き込んで告白した。
 
「僕と、結婚してくれないか!」
 
 その瞬間、時が止まった。
 え? サーシャは自分が何を言われたのかを理解できずにぽかんとしたが、意味を理解すると顔を真っ赤にしてうろたえた。
「な、ななななななな、いきなり何を言い出すのよ! わ、わわ、わたしと何ですって!?」
「結婚してくれ。わかったんだ、僕には君が絶対必要なんだって! いや、それ以上に僕は君が好きだ。君がそばにいると幸せだ、君と話してるとドキドキする。君のためならなんでもしてあげたい。この気持ちを抑えられない! 抑えたくないんだ!」
 熱烈な愛の告白に、サーシャは赤面しながらうろたえるばかり。しかしブリミルに手を取られて再度「頼む!」と迫られると、あたふたしながらも答えようとし始めた。
「そ、そんなこと突然言われても。わ、わたしまだ結婚なんて考えたこともないし、その」
 顔は真っ赤で汗を大量に流しながら、サーシャは必死に釈明しようとしたがブリミルは引かなかった。
「僕には君しかない。君が好きなんだ! 君だって、僕のことが好きだって言ってくれただろう?」
「あ、あれは友達として、仲間として好きだってことでその……いや、でもわたしはその。別に嫌いってわけじゃなくて、その」
「ならオッケーじゃないか。僕は君がいないとどんなにダメな男かってわかったんだ。いや、僕は君にふさわしい立派な人間になれるよう努力する。もう二度と絶望してバカなことしたりしない。だから、一生のお願いだ」
「そ、そんなこと言ったって、わたしにも心の準備ってものが」

738ウルトラ5番目の使い魔 58話 (10/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:54 ID:qB1md0Gc
「ごめんよ。でも僕は君を失いかけて、君がどんなに大切だったか思い知ったんだ。もう一時たりとも君のことを離したくない。君を抱きしめてメチャクチャにしたいくらいなんだーっ!」
「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着きなさいよ、この蛮人がぁーっ!」
「ぐばはぁーっ!?」
 見事なアッパーカットが決まり、ブリミルの体は宙を舞ってきりもみしながら砂利の上に墜落した。
 危なかった。あとちょっとでカミングアウトから子供には見せられない展開になっていたところだった。
 サーシャは肩で息をしながら立ち上がると、地面に落ちて伸びているブリミルの元につかつかと歩み寄って、その頭をずかっと踏みつけた。
「あんた、何また別のベクトルで正気失ってるのよ。誰が? 誰を? どうするですって?」
「ごめんなさい、気持ちに素直になりすぎました」
「女の子を口説くときにはもっとムードとかあるでしょうが、一生の思い出になるのよ」
「ほんとにごめんなさい、許してください」
「っとに……けどまあ、あんたの正直な気持ちはわかったわ。ほんとなら五部刻みで解体してやるとこだけど、今回だけは大目に見てあげる。ほら、立ちなさいよ」
 サーシャが足をどけると、ブリミルはいててと言いながら砂を払って立ち上がった。さすがの頑丈っぷり、才人と同じで復活が早い。
 そしてブリミルは今度は真剣な表情になってサーシャに言った。
「サーシャ、好きだ。僕と結婚してくれ」
 今度は真面目な告白に、サーシャも表情を引き締める。そしてブリミルと視線を合わせると、自分の答えを返した。
「ごめんなさい、今はあなたの思いを受け入れられないわ」
「ううん……やっぱり、今の僕じゃいろいろ足りないのかな」
「そうね。けど、結婚ってのはもっとたくさんの人に祝福してもらいたいじゃない。今のわたしたちはたったのふたり、それもこんな殺風景な荒野じゃ式の挙げようもないでしょ? あなた、わたしにウェディングドレスも着せないつもり?」
「そ、それじゃあ」
 喜色を浮かべるブリミルに、サーシャは優しく微笑んだ。

739ウルトラ5番目の使い魔 58話 (11/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:15:10 ID:qB1md0Gc
「もっと仲間を集めて、平和を取り戻して、小さな家にでも住めるようになれたとき、そのときにまだわたしのことを好きでいたら、いっしょになりましょう。そして」
「ああ、世界中に知れ渡るほどの盛大な結婚式を挙げよう。そして、必ず君を幸せにする。約束する」
 ブリミルとサーシャは、今度は互いに強く抱きしめあった。そして、どちらからともなく唇を合わせる。それは、ふたりが初めて互いの意思でした口付けであった。
 唇を離したふたりの間に銀色の糸の橋が一瞬だけかかる。
「サーシャ、いつかきっと結婚しよう。そのためにもきっと、平和な世界を取り戻そう」
「そうね、それまではわたしたちはその、こ、恋人ってことでいいわね?」
「こ、恋人! サーシャの口からその言葉を聞けるなんて。ようし、じゃあ恋人らしく、もう一段階上のところまで行ってみようよ!」
「だから、調子に乗るなって言ってるでしょうがぁーっ!」
 無慈悲な右ストレートがブリミルの顔面にクリーンヒットし、野外で年齢制限ありな行為に及ぼうとしていた馬鹿者がまた吹っ飛ばされた。
 サーシャも今度は情け容赦せず、ブリミルの頭に全体重かけて踏みつけると、その傍らに剣を突き刺してドスのきいた声ですごんだ。
「ど、どうやらわたしはあんたを甘やかしすぎたようね。この際だから、あんたには女の子の扱い方といっしょに、立場の差ってやつを思い知らせてあげるわ。今日からあんたはマギ族なんかじゃなくてただの蛮人、ミジンコにも劣る最低の生き物なのよ。これからたっぷり教育、いえ調教してあげるから覚悟なさい!」
「ふぁ、ふぁい」
 なんか、ものすごく既視感のある光景が繰り広げられ、主従が逆転したようだった。サーシャはそのままブリミルの襟首を掴むと、ぐいっと持ち上げて引きずりながら歩き出した。
「んっとに! ほんとならわたしはあんたみたいな蛮人にふさわしい女じゃないのよ。あんたなんて、そこらのカマキリのメスで上等。いえミドリムシといっしょに光合成してりゃいいの。わかってるの!」
「すみません、わたくしはガガンボ以下のゼニゴケのような存在であります」
「たとえがよくわかんないわよ。ともかく、今後おさわり禁止! 今のあんたは発情期の犬より信用が置けないわ」
「そ、そんなぁ。恋人なのに手も握っちゃダメだって言うのかい」
「自分の胸に聞いてみなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの。まったく、リドリアスだって呆れてるじゃないの」

740ウルトラ5番目の使い魔 58話 (12/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:16:26 ID:qB1md0Gc
 見上げると、じっとふたりを見守っていたリドリアスも、反応に困っているというふうに首をかしげていた。
 ともかく、ブリミルが全部悪い。サーシャは女の子らしくロマンチックな展開を期待していたのに、このバカが台無しにしてしまった。というか、何をしようとしていたんだか忘れてしまった。
 ええと……? ああ、そうだ。本当なら、もっと清清しく晴れ晴れとした雰囲気でいくつもりだったのに。まったくしょうがない。
「ほら、さっさと行くわよ」
「へ? 行くってどこへ」
「ふふ、どこへでもに決まってるじゃない。さあ、旅立ちよ!」
 そう叫ぶと、サーシャはブリミルを抱えたまま地面を蹴って飛び上がり、そのまま宙を舞ってリドリアスの背中に降り立った。
 リドリアスの背中に乗り、サーシャがその青い鎧のような体表をなでると、リドリアスは「わかった」というふうに短く鳴き、翼を広げて前かがみになった。
 ブリミルをリドリアスの背中の上に放り出し、サーシャはまっすぐに立つ。そのとき、雲海から刺す朝日がサーシャを照らし、翠色の瞳を輝かせ、舞い込んだ風が金色の髪をたなびかせた。
「いいわね、この蛮人と違って太陽も風も、わたしたちを祝福してくれているみたい。運命とは違う、なにか不思議な星の導き……大いなる意思とでも言うべきかしら。さて、いつまで寝てるの蛮人、最後くらい締めなさい」
「う、うぅん。どうするんだいサーシャ?」
「決まってるでしょ。こんな殺風景な場所に用は無いわ、旅立つのよ、わたしたちが行くべき新しい世界にね!」
 リドリアスが飛び上がり、ふたりを新しい風が吹き付ける。しかしその冷たさは心地よく、サーシャの笑顔を見たブリミルの心にも新たな息吹が芽生えてきた。
「そうか、そうだね。僕らはこんなところでとどまっていちゃいけない。行かなきゃいけない、まだこの世界に残っている人々のところへ、ヴァリヤーグに苦しめられている人々を助け、平和な世界を取り戻すために」
「たとえ世界を闇が閉ざしても、わたしたちはもう絶望はしない。あきらめなかったら、きっと新しい光に出会える。そのことを、わたしたちは学んだから」
 高度を上げ、リドリアスはスピードを上げる。カオスヘッダーから解き放たれ、ふたりを仲間として認めたリドリアスは何も命じられなくてもふたりを運ぶ翼となってくれた。
 だが、前途は厳しい。カオスヘッダーの脅威はすでに星をあまねく覆っている。それと戦い、平和を取り戻すことは果てしない道に思える。けれど、ふたりには希望がある。ヴァリヤーグといえど、決して無敵ではないということが証明されたのだから。
「ところでサーシャ、そろそろ君を助けてくれたあの巨人のことを説明してくれないかな? 僕らの世界の伝説では、宇宙を守る光の巨人、ウルトラマンが言い伝えられていたんだけど」
「そうね、ウルトラマンはひょっとしたらいろんな世界にいるのかもね。けど、この世界にいるウルトラマンの名前はコスモス、ウルトラマンコスモス。わたしたちがヴァリヤーグと呼んでいる、あの光の悪魔を追ってはるばる宇宙のかなたからやってきたんだけど、もうこの星は彼一人の力で救うには遅すぎたんですって。だから、わたしたちの力を貸してほしいそうよ」
「ウルトラマンの力でも足りないくらい、もうこの星はひどいのか。結局は僕らマギ族の責任か……あの光で怪獣たちを解放していっても……いや、まてよ」
 ふと、あごに手を当てて考え込んだブリミルに、サーシャは怪訝な表情を向けた。

741ウルトラ5番目の使い魔 58話 (13/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:18:17 ID:qB1md0Gc
「蛮人?」
「わかったかもしれない。怪獣からヴァリヤーグを分離することができるなら、僕の魔法ならあの『生命』のように怪獣の体内のヴァリヤーグだけを破壊することができるかも」
 サーシャの顔が輝いた。確かに、理論上は可能のはずだ。
 ルナエキストラクトがヒントになり、破滅の魔法である『生命』が真の救済の魔法に生まれ変わるかもしれない。
「そうか、僕はこのためにこの魔法を授かったんだ。マギ族の本当の贖罪と、世界を救うために、神様は僕にこの力をくれたんだ」
 もちろんそのためには、さらなる研究と鍛錬が必要に違いない。だが、会得できたときにはそれは大きな力となるだろう。
 サーシャもブリミルの言葉にうなづき、さらに自らの決意を語った。
「そうかもしれないわね。あなたとわたしで、ヴァリヤーグからこの世界を守るために。コスモスとともに、わたしもリドリアスの仲間たちを救うわ」
 そう言うと、サーシャは手のひらの上に青く輝く輝石を乗せて見せてくれた。
「それは? きれいな石だね」
「コスモスがくれたの。君の勇気が形になったものだって、彼とわたしの絆の証……あっ?」
 すると、輝石が輝きだして、その姿をスティック状のアイテム、コスモプラックへと変えた。
 コスモプラックを手に取り、握り締めるサーシャ。そこからサーシャは、コスモスの意思と力を確かに感じ取った。
「わかったわコスモス、これからよろしくね」
「おおっ、ひょっとしてこれからいつでもウルトラマンの力を借りられるってことかい! すごいじゃないか」
「そんな都合よくないわよ。彼には強い意志があるわ、わたしが彼の力を借りるに値しないようだったら、彼は力を貸してはくれないでしょう。あなたと同じく、わたしもまだまだこれからってことね」
 ウルトラマンに選ばれた人間は、数々の次元でそれぞれ無数の試練を潜り抜けて真の強さを身に付けていった。サーシャは当然そのことを知る由も無いが、これからどんな試練でも立ち向かっていく決意があった。
 なにせ自分は一度死んだのだ。それに比べたら、ちょっとやそっとの苦難や挫折などなんのことがあろうか。
 笑いあうブリミルとサーシャを乗せて、リドリアスもうれしそうにしながら飛ぶ。その行く先はどこか? いや、考える必要などはない。

742ウルトラ5番目の使い魔 58話 (14/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:19:26 ID:qB1md0Gc
「どうする蛮人? 北でも西でも南でも東でも、どっちにでも行けるよ」
「どっちでもいいさ。どうせ世界は丸いんだ、どっちに行ったって必ず何かに出会えるよ」
「そうね、さぁ行きましょうか。まだ知らないものが待ってる地平のかなたに」
「どこかで僕らを待ってる新しい仲間のところへ」
 
 いざ、旅立ち!
 
 絶望に別れを告げ、希望を胸にふたりは旅立った。
 この先、長い長い旅路と、想像を絶する苦難の数々が待っていることをふたりはまだ知らない。
 そして、世界を救うことができずに志なかばで倒れ、世界が滅亡してしまう結末が待っていることも知らない。
 だが、彼らの意思を受け継いだ人間たちは滅亡を終焉にはせずに立ち上がり、さらに数百年をかけて後にハルケギニアと呼ばれる基礎を築き、以降六千年間も続く繁栄を築き上げることになるのだ。
 この世で、何代にも渡ってようやく完成する偉業は数多いが、それも誰かが始めなくては結果が出ることはない。そう、始祖ブリミルという偉大な先駆者がいたからこそ、今のハルケギニアはあるのだ。
 
 この後、ブリミルとサーシャはリドリアスとともに各地を旅し、生き残りの人々を集めてキャラバンを作っていくことになる。
 そのうちにブリミルの魔法の腕も向上し、ヴァリヤーグの操る怪獣との戦いを経て、彼は名実ともに歴史上最高のメイジに成長する。これが、後年に伝わる虚無の系統の源流だ。
 そして数年後に、彼らは時を越えて未来からやってきた才人と出会うことになる。その後のことは、知ってのとおりだ。
 
 始祖の語られざる伝説。これがその全容である。
 ハルケギニアはかつて、異世界人であるマギ族が作った超文明だった。しかし驕り高ぶった彼らは自滅の道を歩み、文明はさらなる侵入者によって滅亡した。
 始祖ブリミルはマギ族の最後の生き残り。偶発的な事故によって、虚無の系統の力を得た彼は使い魔としてサーシャを召喚し、世界の復興を目指して歩み始めた。

743ウルトラ5番目の使い魔 58話 (15/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:21:22 ID:qB1md0Gc
 しかし運命は彼らに過酷な試練を課した。試されたのは真の愛と折れない心、それを勇気を持って示したときに奇跡は起きた。
 
 
 舞台は現代に戻り、現代のブリミルは、長い語りを終えてイリュージョンのビジョンを消して言った。
「以上が、僕とサーシャが体験してきたことの全てだ。わかってもらえたかな?」
 伝説の謎が明かされ、場にほっとした空気が流れた。
 まるで大作の映画を見終わったような感じだ。しかし、今見たのはすべてフィクションではない現実なのだ。
 ハルケギニアはああして作られ、六千年の時を越えて今につながっている。それを成し遂げたのは誰のおかげなのか、その場にいた者たちは自然とその最大の功労者の前にひざまづいて頭を垂れた。
「ミス・サーシャ、あなたが聖女だったのですね」
「は?」
「あれー?」
 いっせいにサーシャに礼を向ける一同に、サーシャはきょとんとした顔をするしかなかった。
 ブリミルはといえば、わけがわからないよというような顔をするばかりで、彼の隣にいるのは才人ひとりだけである。
「おっかしいなあ、どこでこうなっちゃったのかなあ?」
「そりゃしょうがないっすよブリミルさん。だって、おふたりのやってきたことってブリミルさんがヘマやらかしてサーシャさんがフォローするってパターンばっかりでしたもん」
 あー、なーるほどねー、とブリミルが乾いた笑いをするのを才人はひきつった笑みで見ているしかできなかった。
 あなたこそ本物の聖女、英雄です、と褒めちぎられているサーシャを蚊帳の外から見守るしかないダメ男二人。なんなのだろう、壮大な秘密が明らかになった後だというのにこの喪失感は。
 女子の会話からもれ聞こえてくる、「だから男なんてダメなのよ」「ねー」という言葉が耳に痛い。そのとおりすぎて反論もできない。
「だから話したくなかったんだよねー。いやさあ、僕だって頑張ってたんだよ。でもねえ、僕がよかれと思ってやることって、なんでか裏目に出ることが多くってさあ。後で思えば失敗だったと思うけど、そのときは大丈夫と思ってたんだよ」
「努力の方向オンチなんですね。まあおれも人のことは言えねえけど、だから今のブリミルさんは落ち着いてるんすね。でも、そうなるまでサーシャさんの苦労は相当なもんだったんでしょうね」
「認めたくないね、若さゆえの過ちというものはさ」
 すごく説得力のあるブリミルの言葉に、才人は返す言葉がなかった。

744ウルトラ5番目の使い魔 58話 (16/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:23:13 ID:qB1md0Gc
 なお、サーシャのガンダールヴのルーンはその後に再度刻むことにしたそうだが、その際も相当に難儀したらしい。
 とはいえ、ブリミルもハルケギニア誕生の重要な功労者であることは変わりない。一同が落ち着くと、ウェールズとアンリエッタが代表してブリミルに礼を述べた。
「始祖ブリミル、紆余曲折はありましたが、あなたがハルケギニアの始祖であるということは確かにわかりました。全ハルケギニアを代表して、お礼申し上げます」
「あー、うん。もうそのことはいいよ。今の僕が言われても実感わかないしさ。それより、何かまだ質問があるならなんなりとどうぞ」
 ややふてくされた様子のブリミルに、一同は苦笑した。とはいえ、別にブリミルに対して悪意があるわけではなく、むしろ逆である。ブリミルに対して余計な警戒心がなくなり、気を許せてきたということだ。
 しかし、ブリミルがこの時代にいられるのはあとわずかな時間しかない。急がないといけない。
 ブリミルたちに聞きたいことで、大きな問題はあとふたつ。そのうちひとつに対して、アンリエッタはサーシャに問いかけた。
「ウルトラマンは、人間に力を貸すことでこの世界にとどまっていたのですね。ウルトラマンコスモス、先の戦いでトリスタニアに現れたウルトラマンのひとりは六千年前にもハルケギニアにやってきて、ミス・サーシャ、あなたといっしょに戦っていたのですか」
「そういうこと、この時代はほかにもいろんなウルトラマンが来てるのね。びっくりしちゃった」
「逆に言えば、今のハルケギニアはそれほどの危機にさらされているということでもありますね。六千年前のヴァリヤーグというものも、なんと恐ろしい。もしも、ヴァリヤーグが今の時代にもまだ生きていたとしたら……ミス・サーシャ、今でもコスモスさんとはお話できるんですの?」
 アンリエッタは、ヴァリヤーグが今の時代にも現れたときのために、できればコスモスからも話を聞きたかった。だがサーシャは首を横に振って言った。
「そうしてあげたいけど、今のわたしの中にコスモスはいないわ」
「え? それはどういう?」
「この時代にやってくるときに、わたしがコスモスになるために必要なアイテムがどこかに行ってしまったの。最初はなくしたのかと思ったけど、落ち着いて確かめたらコスモスの存在自体がわたしの中から消えていたわ。たぶん、時を越えるときにコスモスはわたしたちの時代に置き去りにしてしまったんだと思うわ」
 なぜ? それを尋ねると、サーシャはティファニアに歩み寄って目を覗き込んだ。
「理屈は知らないけど、同じ時代に同一人物がいるのはダメってことでしょうね。久しぶりね、コスモス」
「えっ、えええっ!?」
 ティファニアだけでなく、その場の人間たちの半数が驚いた。
 コスモスが、ティファニアに? すると、ティファニアはおずおずと懐からコスモプラックを取り出してみせた。
 それは過去でサーシャが持っていたものと同じ。一同が驚く中で、サーシャはティファニアのコスモプラックに触れると、独り言のようにつぶやいた。

745ウルトラ5番目の使い魔 58話 (17/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:24:26 ID:qB1md0Gc
「そう、久しぶりね。わたしにとっては一瞬だけど、あなたには六千年なのね。そう、わたしたちの後からそんなふうになったのね」
 皆が唖然と見守る前で、サーシャはそうつぶやいてから振り向いて言った。
「みんな、安心して。少なくともこの時代で、ヴァリヤーグが襲ってくる心配はないわ」
 えっ? と、皆の驚く顔が連なる。ブリミルや才人も同様だ。
 それはいったいどういう意味なのか? ティファニアがウルトラマンコスモスだったのも含めて、皆の理解が追いつかないでいるところに、サーシャはブリミルを呼びながら言った。
「驚かないでいいわよ。わたしの時代でコスモスに選ばれたのがわたしだったように、この時代でコスモスに選ばれたのが彼女だったというだけ。ブリミル、この子にイリュージョンを教えてあげて、ヴァリヤーグ……この時代ではカオスヘッダーと呼ばれているんだっけ、それが最後にどうなったのかをコスモスが見せてくれるわ」
 百聞は一見にしかずと、サーシャはブリミルをうながした。ブリミルはあっけにとられた様子ながらも、ともあれティファニアにイリュージョンの呪文とコツを教えた。
 虚無の担い手は、必要なときに必要な魔法が使えるようになる。ブリミルから呪文を授けられたティファニアは、初めて唱える呪文なのにも関わらずに口から歌うようにスペルが流れ、そして杖を振り下ろすと、ティファニアの中にいるコスモスの記憶がイリュージョンとなって新たに映し出された。
 
 それは、ブリミルたちの歴史にも劣らない、壮大な物語であった。
 青く輝く美しい惑星、地球。それは才人の来た地球とは別の、この宇宙にある地球での出来事だった。
 この地球は、才人たちの地球とは似ていながらも違う文化を育み、怪獣たちとも良い形で共存を始めていたが、そこへかつてのハルケギニアと同じように光のウィルスが襲い掛かった。
 光のウィルスは、この地球ではカオスヘッダーと名づけられ、かつてのハルケギニアと同じように怪獣に憑依して暴れさせ始めた。
 リドリアスの同族がカオスリドリアスに変えられ、暴れ始める。しかしそのとき、リドリアスを止めようと、ひとりで必死に呼びかける青年がいた。
「帰ろう、リドリアス」
 その勇気に、見守る人たちは感嘆し、リドリアスも一度はおとなしくなりかけた。
 しかし、不幸な事故によってリドリアスが再び暴れ始め、彼自身も窮地に陥ったときだった。青年の勇気に答えて、コスモスは彼の元へと降り立った。

746ウルトラ5番目の使い魔 58話 (18/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:26:07 ID:qB1md0Gc
「僕はあきらめちゃいない! 僕は本当に、本当に勇者になりたいんだ、ウルトラマンコスモス!」
 コスモスは彼と一体化してリドリアスを救い、この地球でのカオスヘッダーとの戦いが始まった。
 カオスヘッダーに侵された怪獣や、不幸によって人に害をなしかける怪獣を保護し、侵略者を撃退する。それらの日々は厳しいながらも、コスモスにとってもやりがいがあり、かつ学ぶことの多い経験となった。
 しかし、カオスヘッダーはかつてのハルケギニアと違ってはるかに人間が多く複雑な環境であるからか、次第に進化を始めていったのだ。
 コスモスの能力に対抗して怪獣から分離されないように抵抗力を付け始め、さらに人間たちにも興味を持ち始めたカオスヘッダーは人間を分析して、その感情の力を使ってついに怪獣に憑依することなく自ら実体を持った。
「実体カオスヘッダー……」
 黒い魔人、実体カオスヘッダー。その名はカオスヘッダー・イブリース、コスモスと互角に戦えるようになったカオスヘッダーの力はすさまじく、コスモスは大きく苦しめられた。
 イブリースをかろうじて倒すも、進化を覚えたカオスヘッダーはさらなる力と狡猾なる頭脳を身に付けて再度襲ってきた。
 毒ガス怪獣エリガルを囮にして、コスモスのエネルギーを消耗させたカオスヘッダーはさらに凶悪さを増した姿となって現れた。
 実体カオスヘッダー第二の姿、カオスヘッダー・メビュート。コスモスのコロナモード以上の力を持つメビュートの猛攻によって、コスモスはついに敗れ去ってしまった。
 しかし、コスモスと心を通わせていた青年と、人間たちはあきらめなかった。その心が力となって、コスモスは新たな姿を得て蘇り、メビュートを撃破した。
 だがそれでもカオスヘッダーの侵略は止むところを知らず、今度はコスモスの姿をコピーした暗黒のウルトラマン、カオスウルトラマンの姿に変わり、さらにその強化体であるカオスウルトラマンカラミティにいたっては完全にコスモスの力を上回っていた。
 何度倒しても再び現れるカオスウルトラマン。人間たちも、カオスヘッダーに対抗するために方法を模索していたが、カオスヘッダーは対抗策が打たれる度にそれに耐性を持ってしまう。
 カオスヘッダーにこれ以上の進化を許せば勝ち目はない。人間たちにも焦りの色が濃くなり、それに加え、長引く戦いでコスモスにも疲労とダメージが積み重なってきた。もはやコスモスが地球にとどまって戦えるのもわずか、誰もがカオスヘッダーとの決戦に全力をかけようと必死になる中で……彼だけは違っていた。
「戦わなくてすむ方法、それが何かないのかな」
 戦うことで皆が団結する中で、ひとりだけ戦わなくてすむ道を模索している青年の存在は異質であった。
 だが青年は完全平和主義者や無抵抗主義者ではない。悪意を持ってくる相手には断固として戦う意思の強さを持っている。しかし、誰もが戦うことだけを考えて、本来の目標や使命を忘れてしまいそうになってしまうことを彼は心配していた。
 自分たちは、コスモスは、戦うために存在するのではないはずだ。そんなとき、カオスヘッダーの通ってきたワームホールを通して、ようやくカオスヘッダーの正体をつきとめることができた。

747ウルトラ5番目の使い魔 58話 (19/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:27:07 ID:qB1md0Gc
 カオスヘッダー……それははるかな昔にどこかの惑星で、混沌に満ちた社会を統一して秩序をもたらすために作られた人工生命体だったのだ。
 つまりは、カオスヘッダーが怪獣にとりついて暴れさせるのも、社会を一個の意思に統一された組織にするための過程にすぎず、カオスヘッダー自身には侵略の意思などといった悪意はまったくない。極論すれば全自動のおそうじロボットが暴走して、部屋をゴミも家具もいっしょくたにしてまっさらに片付けようとしてたようなものだったのだ。
 かつてのハルケギニアや、この地球でおこなっていることもカオスヘッダーにとっては最初に創造主によって与えられたプログラムを遂行しているのみの行動だった。つまり、カオスヘッダーもかつてのハルケギニアでマギ族が作り出した人工生命同様に、創造主に理不尽な運命を背負わされて生み出された被害者でもあった。
 ただ、かつてと違うのはカオスヘッダーは地球人と戦いながら観察するうちに、地球人やコスモスに対して憎悪の感情を持つようになってきた。カオスヘッダーに、自我が生まれてきたということだ。
 コスモスに対しての憎しみを露にして襲い掛かってくるカオスウルトラマンカラミティを、コスモスは月面に誘い出して最終決戦に臨んだ。しかし、コスモスの必死の攻撃で倒したと思ったのもつかの間、カオスヘッダーすべてが融合した最終形態、カオスダークネスが誕生して、コスモスはとうとう力尽きてしまう。
 
 そして、それからの結末は、まさに涙なくしては見られないものであった。
 憎悪に染まったカオスダークネスへの懸命の呼びかけと、青年とコスモスの起こした奇跡。生まれ変わったカオスヘッダーの新しい姿、カオスヘッダー・ゼロの輝き。
 すべてが終わり、コスモスとカオスヘッダーが地球を去っていく。結末の有様はまさに筆舌に尽くしがたく、長い物語を見終わったとき、多くの者が感動で目じりを熱くしていた。
 
「これが、まさに真の勇者の姿なのですね」
 アンリエッタがハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。地球での出来事はハルケギニアの人間たちには理解できないところも多かったが、すでにマギ族の一件を見ることで科学文明に対する予備知識がある程度あったことと、才人が地球の文化を解説して、ティファニアがコスモスの言葉を通訳するのををがんばったおかげでおおむねの事柄はみんなに伝わっていた。
 宇宙のあちこちで破壊と混沌を撒き散らし、かつてのマギ族の文明を滅ぼしたヴァリヤーグことカオスヘッダーは、地球の人間たちとの交流を経て、今では遊星ジュランという星の守護神となっているという。かつての悪魔が今では天使に、そのことに対して、一番感銘を受けていたのは誰でもなくブリミルとサーシャだった。
「そうか、僕らの時代にヴァリヤーグ……カオスヘッダーがやってきたのは、まさにマギ族がこの星をカオスにしていたからだったんだな。結局は僕らの自業自得か、でもやっぱり愛が大事なんだな、愛が」
「ううっ……リドリアスはどこでも健気なのね。帰ったら、うちの子もうんとかわいがってあげなきゃ」
 幾千年に及んだ物語の意外な、しかし感動的な結末は、カオスヘッダーと戦い続けてきたふたりの心も熱く溶かしていた。

748ウルトラ5番目の使い魔 58話 (20/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:28:07 ID:qB1md0Gc
 才人やルイズもじんと感じ入っている。ティファニアは杖を握りながら涙を滝のように流している。さすがにタバサやカリーヌたちは気丈に立っているが、心に思うところはあったようで視線は動かしていなかった。
 ただ、エレオノールやルクシャナは少し考え込んでいて、皆の様子が落ち着くと、それを確かめるように切り出した。
「ねえ、ちょっと疑問なんだけど。未来でのこのことを知った始祖ブリミルが過去に戻ったら、歴史が変わっちゃうんじゃないかしら?」
 皆がはっとした。確かに、未来でのこの顛末を知っているなら、ブリミルたちにはやりようがいくらでもある。しかしブリミルは少し考えると、それを否定するように言った。
「いや、たぶんだけど大きな影響はないんじゃないかな」
「なぜ? 根拠を示してくださいませんこと?」
「カオスヘッダーが浄化できたのは、地球という星でそれなりの条件が揃ったからだよ。残念ながら、僕の時代では無理だね。人が少なすぎて、カオスヘッダーは僕らを観察対象にすら見ないだろう。と、いうよりも……僕らの時代はすでにカオスヘッダーの目的の、なあんにもないがゆえに秩序が保たれてる世界に近い。もう間もなくしたら、カオスヘッダーは勝手に僕らの世界から去っていくだろうね」
 ブリミルの自嘲げなつぶやきに、ふたりの学者も返す言葉がなかった。ブリミルの時代の世界人口はすでに一万人以下に落ち込んでしまっている。文明を維持できる範囲ではなく、カオスヘッダーからすればコスモスも含めて誤差の範囲となり、目的を達成したと判断したカオスヘッダーは次の惑星を求めてこの星から去っていく。そしてわずかに残った人間たちによって、数千年をかけての復興が始まるのだ。
「けれど、未来で起こることに対して、いろいろ書き残したりすることはできるんじゃないの?」
「もちろんそのつもりだよ。聞いたけど、実際この時代にも祈祷書とかなんとかの形でけっこう残ってるようだね。特に、あの首飾りは役に立ったようだね。それと、ミーニンもこっちで元気にやってるようでよかった」
「なら、過去に戻ってさらなる始祖の秘宝を残すことも」
「できるけどね、それならすでにこの時代に影響があってもいいはずだろ? でも、特になにもない。なら、それを前提にして過去で行動したら?」
「え? え?」
 頭がこんがらがる面々、これがタイムパラドックスだ。原因と結果のつじつまが合わなくなり、わけがわからなくなってしまう。時間旅行はこれがあるから難しい、何をすれば何が起こるかが読めないのだ。
 しかし、理論はめちゃくちゃになっても、この世界では実際にタイムワープができてしまう。それについては、ブリミルは投げやりに言うしかなかった。
「つまり、やってみないとわからないってことさ。心配するだけ無駄だよ、いくら考えても頭がバターになるだけさ」
 思考放棄だが、実際それしかないようだった。エレオノールやルクシャナは、学者として考えることをやめるのには抵抗があったものの、論理的に組み立てようのない問題相手に沈黙するしかなかった。
 歴史が変わるか変わらないか、それこそやってみないとわからない。そして仮に変わったとして、それを認識できるかもわからない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

749ウルトラ5番目の使い魔 58話 (21/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:31:52 ID:qB1md0Gc
 そして、ティファニアに今のコスモスが一体化しているということについても尋ねることはあったが、それはサーシャに止められた。
「だめよ、コスモスだって難しい立場なの。彼は今度こそ、この星を守り抜こうともう一度はるばる来てくれたの。でもわたしたちが騒ぎ立てたら、彼も動きにくくなってしまうわ。コスモスがここにいるのは、ここにいる人だけの秘密よ。いいわね」
「は、はい。でも、コスモスさんがそうだったように、もしかしたら他のウルトラマンの方々も、もしかしていつもは?」
「おっと、それを詮索するのも禁止よ。コスモスもだけど、ウルトラマンは訪れる星の人たちに余計な気を遣ってはほしくないんだって。それに、ウルトラマンのみんなを、不自由な立場にしたくないならね」
 アンリエッタは、うっとつぶやくと押し黙った。確かに、世間にウルトラマンが普段は人間の姿をしていることが知れたら普通に外を出歩くことも難しくなってしまうだろう。それだけならまだしも、ウルトラマンの正体が公になっていたら、その気のない侵略者からもマークされてしまうだろう。
 才人は思う。自分やルイズなら、まだ身を守ることはできるだろうが、ティファニアくらいか弱かったら宇宙人に狙われたらひとたまりもない。
 それから、歴史を変えるということに関しては、才人はサーシャに聞いておきたいことがあった。
「サーシャさん、あっちに戻ったら、あっちの時代のコスモスに未来のカオスヘッダーのこととかを話すんですか?」
「いいえ、そのつもりはないわ。彼も聞くことを望まないでしょうし、未来が変わるか変わらないか、わたしたちはわたしたちにできることをやっていくだけよ、変わらずにね」
「サーシャさん……」
 やっぱり、この人は強いなと才人は思った。自分のやるべきことを見据えて迷いがない。
 このふたりが過去で頑張ってくれたからこそ、今の自分たちがある。それを自分たちの時代で無駄にしてはいけない。
 そして、始祖ブリミルの残した最後にして最大の謎。それをルイズはブリミルに問いかけた。
「始祖ブリミル、教えてください。あなたは始祖の祈祷書を通じても、念入りに聖地のことを言い残されました。聖地が大変な状態になっているのはわかりました。それで結局、あなたは聖地をどうなさりたかったんですか?」
 聖地は海に沈んだ。しかし、その聖地を具体的にどうしてほしいのかに関する伝承がこれまでにはない。いや、始祖の祈祷書の最後になら記述されていたかもしれないが、祈祷書はエルフへの保障の証としてネフテスに預けられたままになっている。
 ブリミルはその質問を受けて、難しそうに答え始めた。
「六千年も先まで迷惑をかけていることを本当に申し訳なく思うよ。できれば僕が生きているうちになんとかしたかったんだけど、無理だったらしいね」
 ため息をつくと、ブリミルは再び杖を振ってイリュージョンの魔法を唱えた。
「僕らは、あの後しばらくしてからもう一度聖地の様子を見に行ったんだ。だけど、聖地のあった場所での時空嵐はまだ収まらず、亜空間ゲートは海底に沈んだままで、コスモスの力でも近づくことはできなかったんだ」
 リドリアスに乗って都市の跡に近づくも、嵐にはばまれてはるか手前で引き返さざるを得なくなるブリミルたちの悔しげな表情が映っていた。

750ウルトラ5番目の使い魔 58話 (22/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:35:33 ID:qB1md0Gc
「時空嵐が収まるまで数百年はゆうにかかってしまうだろう。だが僕は、近づかなくても世界扉の魔法がまだ聖地で動き続けてることを感じた。このまま次元の特異点となっている場所をほうっておいたら、なにが起こるかわからない。けれど聖地にたどり着ける様になる頃には、僕もとても生きてはいられない。だから、僕は子孫たちに託そうと思ったんだ。聖地を刺激することなく管理してほしい。そしてできるなら……」
 ブリミルの言葉に、ルイズは合点したように毅然と答えた。
「わかりました。わたしたち虚無の担い手の誰かが聖地にたどり着けたら、そこで魔法解除の虚無魔法『ディスペル』を使ってほしい。そういうことですね?」
「そう、ディスペルは僕が使ったのを君も見てたね。世界扉をディスペルで解除すれば、聖地のゲートは少なくとも小規模化して安定してくれるだろう。ほんとはこの時代にまで来た以上、僕がやるのが筋なんだろうけれど……」
 しかしルイズは首を横に振った。
「いいえ、この時代のことはこの時代の人間でカタをつけるべきだと思います。そうですわよね、姫様、みんな」
「もちろんですわ。もしも聖地がなかったとしても、ヤプールは別のところを狙っただけでしょう。なにより、自分の身にかかる火の粉を自分で払えないようでは、わたくしたちは子孫に自分たちの歴史を誇れません。苦労は、わたくしたちの世代で解決いたしましょう、皆さん」
 アンリエッタが振り向くと、他の皆もそうだというふうにうなづいている。
 ブリミルは、子孫たちのそうした力強さに、黙って静かに頭を下げた。
 時空の特異点と化している聖地。それを鎮めることが、おそらくは虚無の担い手の最終目標になるのだろう。聖地のゲートの規模が縮小すれば、ハルケギニアに異世界から様々な異物が飛び込んでくることも少なくなる。
 虚無の担い手としての使命を肩に感じて、ルイズは手のひらににじんだ汗を握り締めた。
「わたしはきっと、これをするために生まれてきたんだわ」
 これまで、虚無の担い手であることはルイズにとって、形の無い誇りであり重荷でもあった。しかし、虚無の担い手である自分だからこそできる、一生をかけてもしなければいけない仕事ができた。聖地を鎮めること、ハルケギニアのためにこれほど誇りを持って挑める仕事はほかにないではないか。
 しかし、それはルイズがこれから起こる聖地争奪戦の渦中から逃れようもなくなるということを意味してもいる。アンリエッタやキュルケは口には出さないものの、張り切るルイズの様子を心配そうに見つめ、カリーヌは無表情の底から何かを娘に投げかけていた。
 ルイズはよく言えば責任感が強く、悪く言えば思い込みがすぎる。それを察して、軽口でルイズの肩を叩いたのはやはり才人だった。
「気負うなよルイズ、人生は長ーいんだ。明日や明後日に聖地に行けるわけじゃないだろ、てか聖地を取り戻したらディスペルひとつでパーッと終わるんだから、難しく考えるなよ」
「あんたは……せっかく人が世紀の偉業に燃えてたところによくも水を差してくれるわね。わたしがハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになれなくてもいいの?」

751ウルトラ5番目の使い魔 58話 (23/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:36:56 ID:qB1md0Gc
「英雄になりたがる奴にろくなのはいねーよ。ブリミルさんだって、なりたくって始祖なんて呼ばれるようになったんじゃないだろ。だいたい、英雄ルイズの銅像がハルケギニア中に立つ光景なんて想像したくねえ」
 才人のその言葉に、皆は「かっこいいポーズで立つルイズの銅像」が世界中に聳え立つシーンを想像した。ひきつった笑みをこぼす者、ププッと笑いをこらえられなくなる者など様々だが、誰もが一様にそのシュールな光景に腹筋を痛めつけられており、ルイズは急に恥ずかしくなってしまった。なお余談ではあるが、皆の想像の中の英雄ルイズの像の横には忠犬サイトの像が並んでいた。
「はぁ、もういいわよ。考えてみたら、教皇がいなくなってこの時代の担い手は減っちゃったし、秘宝とかなんとかいろいろあったわね。なんか一気にめんどくさくなってきちゃったわ」
 気が抜けた様子のルイズに、今度は皆から安堵した笑いが流れる。そう、それでいい、才人の言うとおり、人生は長い、まだ燃え尽きるには早すぎる。
 ブリミルとサーシャも、子孫たちの愉快な様子に笑っていた。こうしてつまらないことで笑い合える、それができる未来があるというだけで、自分たちのやってきたことは無駄ではなかった。それがわかっただけで十分だ。
 
 と、そのとき壁にかけられていた時計が鐘を鳴らして時報を告げた。どうやら、かなり長い間話し続けてしまっていたらしい。
 ブリミルとサーシャが帰らねばならない時間が近づいている。さて、残りの時間をどう使うべきだろうか? 重要なことはほぼ聞いた、あと何か聞き逃していることはないだろうか?
 時間は少ない。しかし、おしゃべり好きなアンリエッタやキュルケなどは、少しでも話す時間があるならサーシャからブリミルとの間にどんなロマンスがあったのかを聞き出そうとし、いいかげんにしろとカリーヌやアニエスから止められている。
 平和な時間、それもあとわずかしかない。そんな中で、ルイズは疲れた様子のブリミルに恐縮しながら礼を述べた。
「始祖ブリミル、どうも騒がしいところですみません。ですがあなたの子孫として、もう一言だけお伝えしておきたいのですが、よろしいですか」
「もちろん、君たちの言葉に閉ざす耳は僕にはないよ」
「では、始祖ブリミル……このハルケギニアを、わたしたち子孫をこの世に残してくれて、ありがとうございます。わたくしたちの遠い遠い、素敵なおじいさま」
 優雅な仕草で会釈したルイズに、ブリミルは照れながらも頭を下げ返した。
「こちらこそ、もうないものと思っていた未来を見せてくれてありがとう。君たちなら、僕らと同じ間違いはせずに、いつかマギ族も追い抜いていける。いつでも応援してるよ、僕らの可愛い遠い遠い孫の孫の孫たち」
 にこりと笑いあう先祖と子孫。年の差実に六千才のふたりは、今では同じものを見つめていた。

752ウルトラ5番目の使い魔 58話 (24/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:38:21 ID:qB1md0Gc
 自分の存在を探し求めていた少女、過ちからスタートした聖者。ともに愛を知って生まれ変わり、多くのものを見知って救い主となった。誇れる先祖、誇れる子孫、それを確認した彼らの胸中にあるのは、互いに相手に負けないように頑張っていこうという新しい意思だ。
 
 語り合う先祖と子孫。つかの間だが、平和な時間を彼らは楽しんだ。
 しかし、現代にほんとうの平和が訪れるための道のりはまだ長い。
 教皇が倒れ、ハルケギニアに残った災厄の根源はあとひとつ。ガリアにジョゼフがいる限り、平穏と安定は訪れず、必ず平和を乱そうとしてくることだろう。
 タバサは、和気藹々とする面々の中で、目前にまで迫っているジョゼフとの決着に胸を締め付けられていた。
 あのジョゼフのことだ、いくら状況が悪くなろうとも降参してくることなど絶対にない。いや、状況に関わらずに、常に最悪の一手を打ってくるのがあの男だ。それでも、臆することはできない。
「お父さまの仇……今度こそ、あなたを倒す」
 小さくタバサはつぶやいた。チャンスは間違いなく次が最後、長引かせたり引き伸ばせば、聖地を奪ったヤプールが本格的に動き出す。そうなればもはやジョゼフ討伐どころではなくなる。
 自分が異世界にいるとき、キュルケやシルフィードやジルまでもが自分をハルケギニアに連れ戻そうと頑張ってくれていたことを聞いたときには心から感謝した。だが、敵討ちは自分で自分に課した人生の責務、譲るわけにはいかない。
 どんな結果が待っているにせよ、決着は必ずつける。皆が奇跡を積み重ねてまで得た平和への道のりを、自分たちガリア王族のせいで台無しにすることはできないと、タバサは強く決意した。
 
 だが、確実に迫るタバサとジョゼフの戦い……それが、タバサどころかジョゼフの想像さえ超えた恐ろしいゲームとなってやってくることを、まだ誰も知らない。
 ひとつの編が終わり、幕が下りる。だが、物語はまだ終わらず、すぐに次の編に移って再び幕が上がる。
 
 それでも、今は休んで語り合おう。先祖と子孫、決して交わることがないはずの者たちの宴は、笑い声に満ちて今しばらく続く。
 
 
 続く

753ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:40:14 ID:qB1md0Gc
今回はここまでです。すみません、また一月もかけてしまいました。
ですがついにブリミルの過去話も終わって、これでロマリア編は完全終了しました。
そのぶんボリュームは大きいですので楽しんでいただけると幸いです。
では、次回からジョゼフとの最終決戦編です。

754名無しさん:2017/05/16(火) 16:27:12 ID:jp0iYTaY
乙です
最近某所でもゼロ魔SS増えてうれしい

755ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:26:44 ID:FZla3xbk
お久しぶりです、焼き鮭です。久々の続きを投下します。
開始は23:30からで。

756ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:30:40 ID:FZla3xbk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十二話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その3)」
機械獣サテライトバーサーク
地底文明デロス
装甲怪獣レッドキング
古代怪獣ゴモラ
機械獣ギガバーサーク 登場

 『古き本』も残すところ後二冊というところまで来た。五冊目の物語は、ウルトラマンマックスが
守った地球で起きた人類存亡の危機の大事件。地底人デロスが地上の全世界に向けて脅迫を行って
きたのだ。カイトとミズキはデロスとの交渉のために地底の世界へと突入を果たしたが、怪獣に撃ち
落とされてしまってミズキが重篤の状態に陥ってしまう。更には、デロス側も人類の環境破壊による
滅亡の危機に瀕しての行いだったことが判明し、交渉も行き詰まってしまった。地上人は自分たちの
行いの代償を支払う他はないのだろうか? 果たしてこの物語の行方はどこへ向かうのであろうか。

『何てこった……!』
 今もなお牙を剥いてくるレッドキングとゴモラをあしらいながら、ゼロはミズキの生命反応が
途絶えたことに絶句した。彼の中の才人も、激しい無力感に苛まれてグッと歯を食いしばる。
『何か……何か出来ることはなかったのか……!? 本当に……!』
 二人は後悔を覚えていたが、カイトは違った。
「ミズキが死ぬ運命なんて……俺は認めない……!」
 慟哭していた彼であったが、己に言い聞かせるようにつぶやくと、腕の中のミズキをそっと
地面に横たえ、顎を上に向かせる。そしてファスナーを下げて上着を開くと、人工呼吸と心臓
マッサージを開始した。
 カイトはミズキの鼓動が停止してもあきらめず、蘇生させようとし始めたのだ。
「ミズキ……帰ってこい……! 一緒に生きるんだ……!」
 脇目もふらない懸命な蘇生活動を行うカイト。才人とゼロは彼のひたむきな姿勢に強く
胸を打たれていた。
『カイトさん、決してあきらめることなくミズキさんを助けようと……!』
『こっちも、あいつの頑張りを絶対に無駄にはさせねぇぜ!』
 二人はカイトの姿に勇気づけられ、奮起してレッドキングたちを取り押さえる腕の力を増す。
何としてもカイトとミズキを守り抜く心構えだ。
「ピッギャ――ゴオオオウ……!」
「ギャオオオオオオオオ……!」
 しかしどうしたことだろうか。力を増したゼロと対照的に、レッドキングとゴモラは急に勢いが
衰えて大人しくなり始めたのだ。すごすごと後ずさるその様子に、ゼロはむしろ疑問を抱く。
『……? どうしたってんだ……?』
 カイトは必死にミズキの救命活動を続けているので、そのことには気づいていない。
「ミズキ……! 生きるんだ……! ミズキ生きるんだッ!」
 ……カイトのその想いが天に通じたのか……ミズキの唇がかすかに動いた。
「……あッ……!」
 ミズキが声を発した――息をしたという事実に、カイトとゼロたちは目を見張る。
「ミズキ……!」
「……カイト……」
 間違いではない。ミズキは……はっきりとカイトの名を唱えた。
「ミズキ……!!」
 一気に喜びに打ち震えたカイトは、ミズキを抱き起こして固く抱擁した。
 ミズキは命を取り戻したのだ!
『やった……! 生き返った!』
『ああ……! 大したもんだぜ……』
 才人もゼロも、束の間状況も忘れて二人の様子に見入っていた。
 しかしいつの間にか、カイトとミズキの周囲を無数のオートマトンが取り囲んでいた!

757ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:33:59 ID:FZla3xbk
『あッ!?』
『あいつら何を……!』
 思わず身を乗り出すゼロ。だがオートマトンはカイトたちに危害を加えるような真似はせず、
じっと二人を注視しているようであった。
「地上の人間たちのせいで、君たちが苦しんでるのは分かった……! 俺たちに時間をくれ!」
 カイトが改めて懇願すると、真正面のオートマトンの中央の顔が引っ込み、現れた空洞から
露出するコアから光が発せられる。
 その光が、白いローブで姿を覆い隠したような人間のビジョンを浮かび上がらせた。
『あれは……!』
『あれがデロスの姿ってところか……』
 デロスと思しき人間のビジョンは、カイトにこう呼びかけた。
『カイト。あなたがその人を助ける姿を見て、デロスは後悔しています。地上の人類は、
命を大切にするということを認識しました』
 デロスからの告白に、カイトたち一同は驚きを覚えた。内容的には喜ばしい報せではあったが、
すぐにだから事が解決に向かうという訳ではないことを知る。
『しかし、デロスは既にバーサークシステムを起動させてしまいました。バーサークシステムは、
デロスを守るためには、あらゆる障害を排除します。我々には、バーサークを止められないのです。
ウルトラマンもまた、バーサークの攻撃対象になっています』
 デロスの語る内容に、才人が思わず毒づく。
『自分たちで止められないの作るなよ……!』
『そんなこと言っても始まらないぜ、才人』
 デロスは続けて語る。
『ウルトラマンの能力は、バーサークによって解析されています。バーサークはマックスを、
青いウルトラマンも、確率100%で倒します』
 それが先日現れたスカウトバーサークの真の目的だったのだ。ゼロの能力もまた、地上での
レギーラとヘイレン、この地底でのレッドキングとゴモラの戦いで既に解析を行われていた。
その結果からバーサークシステムが導き出した、『ウルトラマンを100%倒す』手段とは何か……。
 しかしカイトはその言葉に怯えたりはしなかった。
「その予測も……外れになるさッ!」
 カイトはおもむろにウルトラマンマックスに変身するアイテム、マックススパークを引き抜き――
それがまばゆく輝いた! 障害が解決され、マックスがカイトとともに戦う決意を抱いたことを示す
閃きであった。
「カイト……」
「戻ろう……俺たちの世界に」
 マックススパークを握り締めるカイトに、ミズキは微笑みを向けた。
「あたし……知ってた気がする。カイトがマックスだってこと……!」
 カイトもまた微笑み、マックススパークを己の左腕に装着した。
 そうすることで、カイトの肉体はウルトラマンマックスのものへと変化を遂げた!
「シュワッ!」
 ミズキを抱きかかえるマックスは、ゼロの方へ顔を上げた。ゼロはうなずき返してマックスへ告げる。
『先に行ってるぜ、ウルトラマンマックス! ともに未来を掴み取ろうぜ!』
 ルナミラクルゼロにチェンジすると、テレポートでひと足早く地上へと移動していった。
マックスはミズキを抱えたまま高く飛び上がり、大空洞の天井を突き抜けてそのまま地上を
目指していく。
「ギャオオオオオオオオ……」
「ピッギャ――ゴオオオウ」
 マックスの去っていく姿をデロスと、ゴモラとレッドキングが見守るように見上げていた。

 地底の世界から地上の日の下へと戻ってきたゼロだったが、彼を待ち受けていたのは想像を
はるかに超えるような敵だった!

758ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:38:25 ID:FZla3xbk
『な、何じゃこりゃあッ!?』
 一体いつから現れていたのか、街のど真ん中に恐ろしく巨大な鋼鉄の塊のようなロボット怪獣が
そびえ立っているのだ。その全長、何と990メートル! 重量は9900万トンにもなる! 比較すると、
巨人のはずのウルトラマンゼロが指人形に見えてくる! 最早ロボットというより機動要塞だ!
 これは機械獣ギガバーサーク。バーサークシステムが作り出した対ウルトラマン用の最終最強の
戦闘兵器なのだ!
『圧倒的な質量で押し潰すってのが出した答えって訳か……。単純だが却って効果的なのかもな……!』
 ただ立っているだけでも肌にひしひしと感じるほどの威圧感を放っているギガバーサークを
前にするゼロだが、だからと背を向けるようなことをするはずがないのだ。
『面白れぇ! やってやるぜッ!』
 それだけでゼロの何十倍もある機首から、途方もない直径の光弾が発射され始めた。ゼロは
それに一切の恐れもなく駆けていく!
『はぁッ!』
 光弾の間を上手く抜けながら空に飛び上がるゼロ。相手が大きすぎるので、地上戦では
著しく不利との判断だ。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 しかし空中戦で優位になれるという訳でもなかった。六枚のスラッガーを縦横無尽に駆け巡らせて
ギガバーサークを何度も斬りつけるのだが、常識外の巨体のためほんのかすり傷にしかなっていないのだ。
『くッ、これじゃアリんこが象に挑んでるみてぇだ……うおッ!?』
 ギガバーサークの周囲を飛び回るゼロへ、ギガバーサーク後部の刃が振り下ろされる。
その刃もゼロを両断するどころか粉微塵にしてしまうほどのサイズなので、ゼロはたまらず
回避した。
『危ねぇ……ぐあぁッ!!』
 だが刃はかわせてもすぐに迫ってきたギガバーサーク本体からは逃げられず、ゼロは地表に
叩き落とされてしまった。あまりの質量差のため、ギガバーサークが少し身動きしただけで
ゼロには大ダメージになるのだ。
『ぐッ……くぅッ……! 確率100%とか豪語するだけのことはあるじゃねぇか……!』
 どうにか身を起こすゼロだが、今の一撃で通常形態に戻っていた。カラータイマーも既に
赤く点滅している。先ほどの戦闘より休憩なしで継戦しているので、元からエネルギーの
残量がわずかなのだ。このままでは極めて厳しい。
「シュアッ!」
 そこにゼロに後れて地上へ戻ってきたマックスが駆けつけてきた。……が、マックスも
変身してから地上まで掘り進んで帰ってくるのにエネルギーを消費しているため、カラー
タイマーが点滅している。残り時間は一分がいいところであろう。
 それなのに、二人のウルトラマンでもギガバーサーク相手では正直焼け石に水だ!
「ジュアッ!」
 ひるむことなくマクシウムソードを飛ばしてギガバーサークに立ち向かっていくマックスだが、
彼もやはり全く有効打を与えられていない。しかもギガバーサークの表面から伸びてきた鎖が四肢に
巻きつき、拘束されて磔にされてしまった!
「グアァッ!!」
『マックスッ!!』
 磔にされたマックスを電流が襲って苦しめる。助けようと走り出すゼロだが、ギガバーサークの
光弾の雨の前に近づくことすら出来ない。
『くそぉ……!』
 一方で空の彼方より、コバとショーンの駆るダッシュバード1号と2号が飛来してきた。
マックスを救うために、アタックモードになってギガバーサークに攻撃を仕掛ける。
「ウィングブレードアタック! うおおおおお―――――ッ!」
「オオオオオ―――――ッ!」
 二機のウィングブレードでマックスを縛り上げる鎖を斬りつけるが、切断することは叶わなかった。
そうしている間にもマックスはどんどんとエネルギーを失っていく。このままではマックスの命が危ない!

759ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:41:52 ID:FZla3xbk
 その時、ゼロが最後の賭けに出た!
『マックス! カイト! お前たちの未来を望む気持ちが本物なら……この光を扱えるはずだッ!』
 ウルティメイトブレスレットを自分の腕から外し、マックス目掛け投げ飛ばしたのだ!
『受け取れぇーッ!!』
 ブレスレットはウルティメイトイージスに変わり――光となってマックスとぶつかった!
「シュワッ!?」
『こ、これは……!? うわぁッ!』
 ウルティメイトイージスの秘めるエネルギーは絶大であり、制御できるのはこれまでゼロ以外に
いなかった。マックスとカイトもまた、イージスのエネルギーを抑え切れずに苦しむことになる。
 そんな二人にゼロが檄を飛ばす。
『それは未来への希望の想いが形となった光だ! お前たちの希望が決して消えねぇ本物なら……
必ず応じてくれる! その手で、未来を掴めぇぇぇぇ―――――ッ!!』
 ゼロの呼び声に応じるように、カイトは叫んだ!
『俺は……あきらめないッ! 俺だって……俺だって……マックスなんだぁぁぁ――――――――ッ!!』
 この時! イージスの光が鎖を砕き、マックスが解き放たれた!
「ジュワァッ!」
 空高く飛び上がったマックスの身体は、ウルティメイトイージスの鎧で覆われていた。
―-マックスはゼロから託されたイージスの力により、ウルティメイトマックスになったのだ!
『やったぜ!!』
 ぐっと手を握り締めるゼロ。これからウルティメイトマックスの反撃が行われる!
「シュッ!」
 マックス目掛けギガバーサークが光弾を乱射するが、マックスはウルティメイトマックスソードで
全弾切り払う。そしてソードレイ・ウルティメイトマックスを伸ばしてギガバーサーク本体を斬りつける。
「シュアァーッ!」
 長大な光の刃はギガバーサークの超巨体も貫き、右の刃を易々と切り落とした! 切断面が
露出したギガバーサークがスパークを起こして動きが鈍る。
「シュアッ!」
 そしてマックスは鎧を分離すると同時に伝家の宝刀、マックスギャラクシーを召喚。弓状にした
イージスの先端にマックスギャラクシーを接続して、鏃にする。
 マックスギャラクシーの膨大なエネルギーによって、イージスにエネルギーがフルチャージされた!
「イィィィィヤアァッ!!」
 マックスが弦を引き絞って放つ、ファイナルウルティメイトマックス! ギガバーサークに
炸裂し、貫通してどでかい風穴を開けた!
『バーサークシステム、停止……』
 うなだれるように力を失ったギガバーサークは粉々に分解し、消滅していった。これとともに
バーサークシステムは機能を失い、デロスタワーが地底に戻っていく。
 それをウルトラマンマックスとゼロが見届けていると、デロスが最後のメッセージを送ってきた。
『デロスは、地上の人類たちに期待しよう……。地球が元の姿を取り戻すまで、デロスは眠りに就く……』

「ありがとう、ウルトラマンゼロ、平賀才人君。君たちのお陰で、未来を掴み取ることが出来た。
この恩は決して忘れない……」
 夕焼けに染まる海岸線で、カイトと才人が向かい合っている。カイトは才人たちに感謝の
気持ちを伝えていた。
「いえ、そんな……。それよりカイトさんは……マックスとお別れの挨拶を交わしましたか?」

760ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:46:27 ID:FZla3xbk
 人類最大の試練が終わりを迎え、マックスもとうとう光の国に帰る時を迎えようとしていた。
カイトは才人の問いにゆっくりとうなずき返す。
「ああ。俺たちの未来は、俺たち自身の手で作っていくことを約束したよ。俺も……世代を
重ねたとしても、いつか必ず自分たちの力で宇宙に飛び出し、マックスの故郷に行くことを
誓ったんだ」
「光の国に……。その望みが叶う時が来るのを、俺も願ってます……いえ、信じてます」
 その言葉を最後に、才人はゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 変身するウルトラマンゼロ。同時にマックスもカイトから分離し、二人は宇宙に向かって
飛び去っていく。
「マックスー! ゼロー!」
 カイトは大きく手を振って、彼らの帰郷を見送り続けた……。

 ……現実世界に帰ってきた才人は、今しがた完結させたウルトラマンマックスの本を手に取った。
「これで五冊目の本が完結した……。残るは、遂に、後一冊……!」
 最後に残った一冊を見つめる才人。その瞳には、これまで以上の並々ならぬ熱意と決意が
宿っていた。
 才人の内側のゼロがつぶやく。
『これでルイズが本当に元通りになってくれりゃいいんだが……まだリーヴルのこととかの
謎がちっとも解決されてねぇ。上手く行くかどうか、大分不安があるぜ……』
 才人も同じ気持ちであったが、それでも自分にも言い聞かせるように述べた。
「でも、やるしかない。ここまで来たら最後までな……!」
 ルイズが本当に元に戻るか否か、いずれにせよその答えは、最後の本を完結させれば分かることだ。

 ……どこかも分からぬ暗黒の空間の中、何者かが謎の力によって才人の様子を監視していた。
『残るは後一冊か……。いよいよここまで来たか。もうじき『準備』も終わりを迎えるという訳だ……』
 謎の存在は独りごち、歪んだ微笑を交えながらつぶやいた。
『その時こそ……ルイズが僕の妃になる時ということだ……!』

761ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:47:58 ID:FZla3xbk
以上です。
久々だからという訳でもないですが、いつにも増してやりたい放題。

762名無しさん:2017/05/30(火) 16:05:24 ID:0JYhx9s.
やっぱり何かの罠だったわけですか。
どんな奴が出てくるか期待してまってます。

763名無しさん:2017/05/30(火) 21:30:32 ID:itaVVjcA
乙でした。いきなり二か月も音沙汰なしだったのでリアルに事故にでも会われたのではと心配していました
今回はゼロとマックスの設定をうまく合わせたいい話でした。ぜひ映像で見たいくらいの熱さだったと思います

ラスト、ウルトラの映画などで残っているのといえば、あの猿や、もうひとつの日本を代表するヒーローとの共演のやつでしょうか

764名無しさん:2017/05/30(火) 22:03:15 ID:5Hfrc36U


765ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:42:49 ID:WZ82hnBc
ウルトラマンゼロの人、久しぶりの投稿乙でした。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。

特に何もなければ20時47分から83話の投稿を開始したいと思います

766ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:47:08 ID:WZ82hnBc
 それは、少年の放ったエア・ハンマーで魔理沙とルイズが吹き飛ばされる五分前の事。
 彼女たちと同じくしてカトレアから貰ったお小遣いを見知らぬ少女に全額盗まれたハクレイは、その子を追っていた。
 広場で偶然にも出会った女の子に盗られたソレを取り返すために、彼女はあれから王都を走り回っていたのである。
 最初に盗まれたと気づいた時には、追いかけようにも人ごみに足を阻まれて思うように進むことが出来なかった。
 少女の方もそれを意識してか、体の大きい彼女には容易に通り抜けられない人ごみに混じって追ってくる彼女を何度も撒こうとした。
 幸い運だけはある程度良かったのか、 ハクレイは必死に足を動かしたり通りの端を歩くなどして少女を追いかけ続けていた。
 二人して終わらぬ鬼ごっこのような追いかけっこを延々と、されど走ってないが故に大した疲労もせずに続けていた。

「こらぁ〜…はぁ、はぁ…!ちょっと、待って、待ちなさい!」 
 そして追いかけ続けてから早数時間。大地を照らす太陽が傾き、昇ってくる双月がハッキリ見えるようになってきた時間帯。
 人ごみと言う人ごみを逆走し、体力的にも精神的にもそろそろ疲れ始めてきたハクレイはまたも人ごみを押しのけていた。
 一分前に再び女の子の姿を見つけた彼女は、いい加減うんざりしてきた人ごみを押しのけながら歩いていく。
 幸い周りの通行人たちと比べて身長もよく、女性にしては程々に体格が良いせいか容易に流れに逆らう事ができる。
 しかし少女も頭を使うもので、ようやっとハクレイが人ごみを抜けるという所でUターンして、もう一度人ごみに紛れる事もあった。
 だがハクレイもハクレイで背が高い分すぐに周囲を見回して、逃げようとする少女を見つけてしまう。
 
 正にいたちごっことしか言いようの無い追いかけっこを、陽が暮れても続けていた。
 周りの通行人たちの内何人かが何だ何だと二人を一瞥する事はあったが、深入りするようなことはしてこない。
 少女とって幸いなのは、そのおかげでこの街では最も厄介な衛士に追われずに済んでいた。
 彼女にとって衛士とは恐ろしく足が速く、犯罪者には子供であってもあまり容赦しない畏怖すべき存在。
 だから追いかけてくる女性の声で気づかれぬよう、雑音と人が多い通りばかりを使って彼女は逃げ続けていた。
 しかし彼女も相当しぶとく、今に至るまであと一歩で撒けるという瞬間に見つかって今なお追いかけ続けられている。

 一体どれほどの体力を有しているのだろうか、そろそろ棒になりかけている自分の足へと負荷を掛けながら少女は思った。
 両手に抱えたサイドパック。あの女性が持っていたこのパックには大量の金貨が入っていた。
 これだけあれば美味しいパンやお肉、野菜や魚が沢山買えて、美味しい料理を沢山作れる。
 いつも硬くなって値段が落ちたパンに、干し肉や干し魚ばかり食べているじ唯一の家族゙にそういうものを食べさせてあげたい。
 毎日毎日、何処かからお金を持ってきてそれを必死に溜めている゙唯一の家族゙と一緒に、ご飯を食べたい。

 だから彼女は今日、その家族と同じ方法でお金を手に入れたのだ。
 自分たちの幸せを得る為に『マヌケ』な人が持っているお金を手に入れ、自分たちのモノにする。
 少女は知らなかった。世間一般ではその行為が『窃盗』や『スリ』という犯罪行為だという事が。

「待っててね、お兄ちゃん…!『マヌケ』な女の人から貰ったお金で、美味しい手料理を作ってあげるからね!」
 自らの犯した罪を知らずに少女は微笑みながら走る、逃げ切った先にある唯一の家族である兄との夕食を夢見て。

767ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:49:06 ID:WZ82hnBc
「あぁ〜もぉ!あの子とニナはいい勝負するんじゃないかしら…!」
 その一方で、ハクレイは延々と続いている追いかけっこをどうやって終わらせられるのか考えようとしていた。
 追えども追えどもあと一歩の所で手が届かず、かといって見逃す何てもってのほかで追い続けて早数時間。
 いい加減あの子を捕まえて財布を取り戻した後で、軽く叱るかどうかしてやりたいのが彼女の願いであった。
 しかし少女は自分よりもこの街の事に詳しいのだろう、迷う素振りを見せる事無くあぁして逃げ続けている。
 本当ならすぐにでも追いつけられる。しかしここトリスタニアの狭い通りと明らかにそれと不釣り合いな人ごみがそれを邪魔していた。
 しかも日が落ちていく度に通りはどんどん狭くなっていき、その都度少女の姿を見失う時間も増えている。
 
(普通に走って追いつくのが駄目なら、何か別の方法でも見つけないと……ん!)
 心の中ではそう思っていても、それがすぐに思いつくわけでもない。
 一体このイタチごっこがいつまで続くのかと考えていたハクレイは、ふと前を走る少女が横道にそれたのを確認した。
 恐らく他の通行人たちで狭くなり続けている通りを抜けて、人のいない路地から一気に逃げようとしているのだろうか?
(…ひょっとすると、今ならスグにでも捕まえられるかも?)
「ちょっと、御免なさい!道を空けて貰うわよ」
「ん?あぁ、おい…イテテ、乱暴に押すなよテメェ!」
 咄嗟にこれを好機とみた彼女は前を邪魔する通行人たちを押しのけて、少女が入っていった路地の入口を目指す。
 途中自分のペースで自由気ままに歩いていた一人の若者が文句を上げてきたが、それを無視して彼女は少女の後を追おうとする。
「コラ!いい加減観ね――――ング…ッ!!」
 しかし。いざそこへ入らんとした彼女の顔に、子供でも両手に抱えられる程の小さな樽がぶつかり、
 情けない悲鳴とも呻きにも聞こえる声を上げて、そのまま勢いよく地面へ仰向けに倒れてしまう。

「うぉ…っな、何だよ…何で樽が?」
 先ほど彼女に押しのけられ、怒鳴っていた若者はその女性の顔にぶつかった樽を見て驚いていた。
 幸い樽の方は空であったものの、それでも目の前の黒髪の女性――ーハクレイには大分大きなダメージを与えたらしい。
 目を回して仰向けになっている彼女にどう接すればいいのか分からず、他者を含めた何人かの通行人が足を止めてしまう。
 その時、樽を投げた張本人である少女が路地から顔を出し、ハクレイが気絶しているのを確認してから再び通りへと躍り出る。
 最初こそハクレイの読み通り、路地から逃げようとした少女であったが、道の端に置かれていた小さな樽を見て即座に思いついたのだ。 
 ここで不意の一撃を与えて気絶させるなりすれば、上手く逃げ切れるのではないのかと。
 
 そして彼女の予想通り、投げられた樽で地面に倒れたハクレイが起き上がる気配はない。
(ちょっとやりすぎだったかも…ごめんね)
 樽は流石にまずかったのか?そんな罪悪感を抱きつつも少女は何とかこの場から離れとようとしていた。
 ハクレイとの距離はどんどん伸びていく。四メイル、五メイル、六メイル…。
 倒れたハクレイを気遣う者達とそうではない通行人たちの間を縫うように歩き、距離を盗ろうとする。
 しかし少女は知らなかった。ハクレイは決して気絶していたワケではないという事を。

768ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:51:08 ID:WZ82hnBc
(うぅ〜ちくしょぉ〜!中々やるじゃないの、あの子供ぉ…) 
 思いっきり樽をぶつけられた彼女は、あまりの痛さとこれまで蓄積していた疲労で立とうにも立てずにいた。
 重苦しい気だるさが全身を襲い、下手に気を緩めてしまえば今にも気絶してしまう程である。
 それでもカトレアが渡してくれたお金を取り戻すのと、それを盗んだ女の子を止めなければいけないという使命感で、
 辛うじて気絶するのは避けられたものの、そこから後の行動ができずにいるという状態であった。

 そういうワケで身動きが取れないでいる彼女は、ふと自分の耳に大勢の人たちがざわめく声が入って来るのに気が付く。
(でも、何だか騒がしいわね?野次馬が周りにいるのかしら)
 目を瞑っているせいで周りの状況が良く分からないが、そのざわめきから多くの人が囲んでいるのだろうと推測する。
 無理もない、何せ街中で幼女に樽を投げつけられて気絶した女はきっと自分が初めてなのだろうから。
 きっとここから目を開けて、何とか立ち上がって追いかけようとしても恐らく間に合いはしないだろう。
 あの意外にも頭が回る少女の事だ。今が好機と見て残った力で逃げ切ろうとしているに違いない。
 彼女にとって、それはあまりにも歯痒かった。カトレアの行為を無駄にし、あまつさえ見知らぬ少女の手を前科で汚させてしまう。
 もっと自分がしっかりしていれば、きっとこんな事にはならなかった筈だというのに…。

(せめて、せめて一気に距離を詰めれる魔法みたいな゙何か゛があれば…――――ん?)
―――――めね、全然だめよ。貴女ってはいつもそうね
 無力感と悔しさの二重苦に直面したハクレイはこの時、野次馬たちのそれとは全く別の『声』耳にした。
 それは外から耳が広う野次馬たちのざわめきとは違い、彼女の頭の中で直接響くようにして聞こえている。
(何、何なのこの声は?)
――――――昨日も言ったでしょう?霊力はそうやってただぶつける為の凶器じゃないの
 性別は一瞬訊いただけでもすぐに分かる程女性の声であり、声色から何かに呆れている様子が想像できてしまう。
 そして、ハクレイはこの声に『聞き覚えがあった』。カトレアでもニナのものでもない女性の声を、彼女は知っていたのである。
(何が何だか分からないけど…知ってる!私はこの声を何時か…どこかで聞いたことが…)
――――霊力にも様々な形があるけど、貴女の場合それは攻撃にも防御にも、そして移動にも利用できるのよ。俗に言う器用貧乏ってヤツよ?
 声の主はまるで覚えの悪い生徒へ指導する教師の様に、同じ単語を話の中に何度も混ぜながら何かを説明している。
 そして奇遇にもその単語―――『霊力』がどういう風に書き、用いる言葉なのかも。彼女は知っていたのだ。

(一体、これはどういう……――――!)
 突如自分の身に起き始めた異変に困惑しようとした直前、ハクレイの頭の中を何かが奔り抜けた。
 まるで電撃の様に目にも止まらぬ速さで、そして忘れられない程の衝撃が彼女の脳内を一瞬の間で刺激する。
 それは彼女の脳を刺激し、思い出させようとしていた。―――今の彼女が忘却してしまったであろう知識の一つを。
(何…これ…!頭の中で、何かが…゙設計図のような何か゛が完成していくわ…!)
 突然の事に身動き一つできず、ただ耐える事しかできないハクレイの脳内に、再び女性の声が響き渡る。
 
――――貴女の霊力の質なら、きっと地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなんて事は造作ないと思うわ。
 ――――ただ大事なのはやり方よ?足が着いている場所に霊力を流し込むイメージをするの。そう…思い浮かべてみるのよ?

 その長ったらしい説明の直後、気を失いかけた彼女は永らく忘れていた知識の一つを取り戻す事が出来た。
 先ほど自分が欲しいと願っていた、一気に距離を詰められる魔法の様な知識を。

769ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:53:16 ID:WZ82hnBc
「ん―――んぅ…」
「お、うぉわ!」
 集まってきた野次馬に混じってハクレイを間近で見ていた若者は、彼女が急に目を覚ました事に驚いてしまう。
 それで急ぎ後ずさった彼を合図に彼女がムクリと上半身を起こすと、他の者達も一様にざわめき始めた。
 何せてっきり気を失ったと思っていた女性が急に目を開けて、何事も無かったかのように体を起こしたからである。
 そんな思いでざわめく群衆を無視しつつ、ブルブルと頭を横に振るハクレイはあの少女が何処へいったのか確認しようとした。
 当然ながら近くに姿は見えない。恐らく自分を囲んでいる群衆に紛れて逃げようとしているのか、あるいは既に…

「ま、どっちにしろ手ぶらじゃあ帰れないわよね」
 一人呟いた後で腰に力を入れて、スクッと先ほどまで倒れていたのが嘘の様に立ち上がることができた。
 さっきまであんなに疲れていたというのに、その疲労の半分が体から消え去っていたのである。
 何故なのかは彼女にも分からない。何か見えない力でも働いたのか、それともあの謎の声が関係しているのか…
 色々と考えるべきことはあったが、今からするべき事を思えば横に置いてもいい事であった。
 周りにいる人々が何だ何だとざわつく中、彼女に肩をぶつけられて怒っていた若者が困惑気味に話しかけてくる。

「あ、アンタ大丈夫か…?さっき女の子にアンタの顔ぐらいの大きさがある樽をぶつけられてたが…」
「ん…心配してくれてるの?まぁそっちはそっちで痛いけど大丈夫よ。それよりも、私の近くに女の子が一人いなかった?」
「え…えっと?あぁ、そういや確か…アンタに樽ぶつけた後にあっちの通りへ走っていったが」
 てっきり怒って来るのかと思っていた彼女は少しだけ目を丸くしつつも、自分のすぐ近くにいた彼へ女の子を見なかったかと聞いてみる。
 その質問に最初は数回瞬きした若者は困惑しつつも、ハクレイの背後を指さしてそう言った。
 やはり自分が気を失っている間に逃げる算段だったようだ、彼女はため息をつきつつも若者が指さす方向へと身体を向ける。
 案の定少女が通って行ったであろう通りは人で溢れてしまっており、今から走っても見つけるのは無理に近いだろう。

「あちゃぁ〜…やっぱり逃げられたかぁ。…ていうか、今からでも追いつけるかしら?」
「追いつけるって、さっきの女の子をか?」
「他に誰がいるのよ。…ともかく、どこまで逃げたのかは知らないけれど…」
 まずは一気に詰めなきゃね。そう言ってハクレイはその場で軽く身構え、体の中で霊力を練り始めた。 
 周囲の喧騒をよそ丹田から脚へと流れていく力を、地面と同化させるように足の指先にまで流し込んでしまう。
 やがて下半身を中心に彼女の霊力が全身に行きわたり、その体に常人以上の活力で満たされていく。
 彼女は段々と『思い出し』ていく。それが何時だったかはまだ忘れたままだが、かつて今と同じように事をしていたという事を。

(不思議な感じたけど、こうやって身構えて…霊力を溜めるのって懐かしい感じがするわね)
 まだ見覚えの無い懐かしさに疑問を抱きながらも、ハクレイの全身に霊力が回りきる。
 そして…さぁこれからという所で彼女は背後の若者へと顔を向け、話しかけた。
「あ、そうだ…そこのアンタ。ちょっと後ろへ下がっといたほうが良いかもよ?」
「は?後ろに下がれって…なんでだよ」
「何でって…そりゃ、アンタ――――――」

 ――――今から軽く『跳ぶ』為よ。
 そう言って彼女は若者へ涼しげな表情を向けながら言った。

770ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:55:16 ID:WZ82hnBc
「―――…った、やった!逃げ切れた…!」
 サイドパックを両手で抱えて走る少女は、人ごみの中を走りながら自らの勝利を確信していた。
 あの路地に逃げようとした矢先に見つけた樽が、思いの外この状況を切り抜けるカギになったらしい。
 現に投げ飛ばしたアレが顔に直撃し、道のド真ん中で倒れた黒髪の女性は追いかけて来ない。
 それが幼い少女に勝利を確信させ、疲れ切った両足に兄の元へ帰れるだけの活力となった。
「待っててお兄ちゃん…!すぐにアタシも帰るからね…」
 はにかんだ笑顔で息せき切りながら、少女はトリスタニアに作った『今の家』までの帰路を走る。
 柔らかいそうな顔を汗まみれにして、必死に足を動かす彼女を見て何人かが思わず見遣ってしまう。
  
 永遠に続くかと思われた人ごみであったが、終わりは急に訪れる。
 大人たちのの間を縫って通りを走っていた少女は、街の広場へと入った。
 王都に幾つか点在する内一つである広場は、すぐ後ろにある通りと比べればあまりにも人が少ない。
 日中ならまだしも、この時間帯と時期は男や若者たちは皆酒場に行くものである。
 現に夜風で涼もうとやってきている老人や、中央にある噴水の傍でお喋りをしている平民の女性たちしか目立つ人影はない。
 確かに、こう人の少ないところは涼むだけにはもってこいの場所だろう。女や酒を期待しなければ。

「あ、通り…そうか。抜けれたんだ…」
 まるで樹海の中から脱出してきたかのような言葉を呟きながら、少女は肩で息をしながら近くのベンチへと腰かける。
 このまま『今の家』に帰る予定であったが、追っ手がいなくなったのと落ち着いて休める場所があったという事に体が安心してしまっていた。
 先ほどまでは何時あの女性が追いかけてくるかと言う緊張感に苛まれて逃げていた為に、幼い体に鞭打っていたのである。
 けれども、今は誰も追ってこないし、落ち着ける場所もある。それが彼女の緊張感をほぐしてしまったのだ。
「ちょっと、ちょっとだけ…ちょっとだけ休んだら、お家に戻ろうかな…ふぅ?」
 ベンチの背もたれに背中を預けながら、少女は暗くなる空へ向かって独り言をつぶやく。
 肩で呼吸をつづけながら肺の中に溜まった空気を入れ替えて、夜風で多少は冷えた夏の空気を取り込んでいく。
 
 薄らと見え始めている双月を見上げながら、彼女は今になってある種の達成感を得ていた。
 各地を転々と旅しつつも、お金が無くなった時は兄がいつも新しいお金を取ってきてくれる。
 自分も手伝いたいと伝えても、兄は「お前には無理だ、関わらなくても良い!」といつも口を酸っぱくして言っていた。
 でも、これで兄も認めてくれるに違いない。自分にも兄のお手伝いができるという事を。
 未だ両手の中にある金貨入りのサイドパックを愛おしげに撫でて、兄に褒められる所を想像しようとした―――その時であった。
 つい先ほど彼女が走ってきた通りから、物凄い音とそれに続くようにして人々の驚く声が聞こえてきたのは。
 まるで硬い岩の様な何かを思い切り殴りつけた様な音に、少女がハッとして後ろを振り返った瞬間、彼女は見た。

 通りを行き交う人々の頭上を飛び越えてくる、あの黒髪の女性―――ハクレイの姿を。
 ロングブーツを履いた両足が青白く光り、あの黒みがかった赤い瞳で自分を睨みつけながら迫ってくる。
 自分たちの頭上を飛び越えていくその女性の姿に人々は皆驚嘆し、とっさに大声を上げてしまう者もチラホラといる。
 少女は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に大声を上げようとした口を両手で押さえてしまう。
「ちょ、何アレ!?」
「こっちに跳んでくるわ!」

771ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:57:08 ID:WZ82hnBc
 噴水の近くにいた女たちが飛んでくるハクレイに黄色い叫び声を上げて広場から逃げていく。
 お年寄りたちも同じような反応を見せたものがいたが、何人かはそれでも逃げようとはしなかった。
 三者三様の反応を見せる中で、勢いよく跳んできたハクレイは少女のいる広場へと降り立った。
 青く妖しく光るブーツの底と地面から火花が飛び散り、そのまま一メイルほど滑っていく。
 これには跳んだハクレイ自信も想定していなかったのか、何とか倒れまいとバランスを取るのに四苦八苦する。
「おっ…わわわ…っと!」
 まるで喜劇の様に両腕を振り回した彼女は無様に倒れる事無く、無事に着地を終えた。
 周囲と通りからその光景を見ていた人々が何だ何だとざわめきながら、何人かが広場へと入ってくる。
 彼らの目には、きっと彼女の今の行為が大道芸か何かに見えているに違いない。

「…すげー、今の見た?あっこからここまで五メイルくらいあったぞ」
「魔法?にしては、杖もマントも無いし…マジックアイテムで飛んだとか?」
「さっきまで光ってたあのブーツがそうかな?だとしたら、俺も一足欲しいかも…」
「っていうかあの姉ちゃん、スゲー美人じゃね?」
 暇を持て余している若者たち数人がやんややんやと騒いでいるのを背中で聞きつつ、少女は逃げようとしていた。
 今、自分が息せき切って走ってきた距離を一っ跳びで超えてきたハクレイは、自分に背中を向けている。
 だとすれば逃げるチャンスは今しかない。急いで踵を返して、もう一度人ごみに紛れればチャンスは…。
 そんな事を考えつつも、若者たちが騒いでいる後ろへ後ずさろうとした少女であったが―――幸運は二度も続かなかった。

「ふぅ〜…こんな感じだったかしらねぇ?何かまだ違和感があるけど――――さて、お嬢ちゃん」
「…ッ!」
 一人呟きながら自分の足を触っていたハクレイはスッと後ろを振り返り、逃げようとしていた少女へ話しかける。
 突然の振り返りと呼びかけに少女は足を止めてしまい、騒いでいた若者達や周囲の人々も彼女を見遣ってしまう。
 相手の動きが止まったのを確認したハクレイは、キッと少女を睨みつけながらも優しい口調で喋りかける。
「お互い、もう終わりにしましょう。貴女だって疲れてるでしょう?私も結構疲れてるし…ね?」
「で、でも…」
 相手からの降伏勧告に少女は首を横に振り、ハクレイはため息をつきながらも彼女の傍まで歩いていく。
 そして少女の傍で足を止めるとそこで片膝をつき、相手と同等の目線になって喋り続ける。
「私は単に、貴女が私から盗んだモノを返してくれればいいの。それだけよ、他には何もしない」
「…他にも?」
「そうよ。貴女がやったことは…まぁ『犯罪』なんだけど、私は貴女を付き出したりしないわ」
 本当よ?そう言ってハクレイは唖然とする少女の前に右手を差し出して見せる。
 周囲にいて話を聞いていた人々の何人かが、何となくこの二人が今どういった状況にいるのか察する事ができた。 

 大方、この女性から財布か何かを盗んだであろう少女を諭して、盗られたモノを取り返そうとしているのだろう。
 王都は比較的治安が良いが、だからといって犯罪が一つも起こらないなんて事は無い。
 大抵は盗賊崩れや生活に困窮している平民、珍しいときは身寄りのいない子供や貴族崩れのメイジまで、
 様々な人間が大小の犯罪に手を染めて、その殆どが街の衛士隊によってしょっぴかれてきた。
 中には目の前にいる少女の様な子供まで衛士隊に連れて行かれる光景を目にした者も、この中には何人かいる。
 残酷だと思われるが、犯罪で手を汚ししてしまった以上はたとえ子供であっても小さい内から大目玉を喰らわせなければいけない。
 痛い目を見ずに注意だけで済ましてしまえば、十年後にはその子供が凶悪な犯罪者になっている可能性もあるのだから。

772ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:59:07 ID:WZ82hnBc
 そう親兄弟から教えられてきた人たちは、どこかもどかしい気持ちでハクレイと少女のやりとりを見つめていた。
「なぁ…あの女の人、衛士呼ばないのかねぇ?物盗りなんだろ?」
「物盗りといってもまだまだ幼いじゃないか、ここでちゃんと諭してやれば手を洗うだろうさ」
「甘いなぁお前さん、そんなに甘い性格してる月の出ない夜に財布をスラれちまうぜ!」
「でもいくら犯罪者だとしても、あんな小さい子を衛士に突き出すってのは少し気が引けちゃうよ…」
 少女に詰めよるハクレイを少し離れた位置から眺める人々は、勝手に話し合いを始めていた。
 幾ら犯罪者には厳しくしろと教わられても、流石にあの少女ほどの子供を牢屋に閉じ込めるのはどうかと思う者達もいる。
 そういう考えの者達と犯罪者には鉄槌を、という者達との間で論争が起こるのは必然的とも言えた。
 さて、そんな彼らを余所に少女はハクレイの口から出た、ある一つの単語に首を傾げていた。

「犯…罪?何それ…」 
 まるで他人のお金を取る事を悪い事だとは思っていないその様子に、ハクレイは苦笑いしながら彼女に説明していく。
「う〜ん…何て言うかな、そう…私の財布ごと何処かへ持っていこうとした事が…その犯罪っていう行為なのよ?」
「え?でも…お兄ちゃんが言ってたよ。僕たちが生きるためには金を持ってる奴から取っていかないと――って…」
「お兄ちゃん…。貴女、他にも家族がいるの?」
 思いも寄らぬ兄の存在を知ったハクレイがそう聞いてみると、少女はもう一度コクリと頷く。
 彼女が口にした言葉にハクレイはやれやれと首を横に振り、何ゆえに少女が窃盗を悪と思っていないのか理解する。
 恐らく彼女の兄…とやらは何らかの理由で窃盗を稼業としていだろう。この娘がそれを、普通の事だと認識してしまうくらいに。
 あくまで推測でしかないがもしそうなら自分の財布を返してもらい、見逃したとしても根本的な解決にはならない。
 日を改めた後に、また何処かで盗みを働いてしまうに違いない。そして行く行くは、別の誰かの手によって……

 そこまで想像したところでハクレイはその想像を脳内から振り払い、少女の顔をじっと見つめる。
 自分を見つめるその顔には罪悪感など微塵も浮かんでおらず、まるで磨かれたばかりの真珠のように純粋で綺麗な眼。
 ここで財布を取り返して逃がしたとしても、罪悪感を感じていなければまたどこかで同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
 きっとカトレアなら、ここでこの娘とお別れする事はない筈だと…そんな思い抱きながら、ハクレイは少女に話しかける。
「ねぇ貴女、もし良かったら私をお兄さんのいる所へ案内してくれないかしら?」
「え…お兄ちゃんの…私達が『今いる』ところへ?」
 何故か目を丸くして驚く少女に、ハクレイはえぇと頷いて彼女の返事を待った。
 もしここにカトレアがいたのなら、少女が何の罪悪感も無しに罪を犯すきっかけとなった兄を諭していたかもしれない。
 例えそれがエゴだとしても…いつかは破綻する生活から助け出すために、きっと説得をしに行くに違いないだろう。

 半ばカトレアを美化(?)していたハクレイは、ふと少女が丸くなった目で自分を凝視しているのに気が付いた。
 一体どうしたのかと訝しもうとした直前、少女はその体を震わせながらハクレイへと話しかける。
「わ、私達をどうするの?お兄ちゃんと私を、どうしようっていうの…?」
「…?別にどうもしない。ただ、ちょっとだけアナタのお兄さんと話がしたいだけよ」
 急な質問の意図がイマイチ分からぬままハクレイはそう答えると、突き出していた右手をスッと下ろす。
 しかし、それを聞いた少女の表情は次第に強張っていき、一歩二歩…と僅かに後ろへ後ずさり始める。
 それを見たハクレイはやはり警戒されているのかと思いながらも、尚も諦める事無く彼女へ語りかけた。

773ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:01:09 ID:WZ82hnBc
「逃げなくてもいいのよ?本当に、私は『何もしない』わ…ただ、アナタのお兄さんに盗みをやめるよう説得したいだけなの」
「…!」
 何がいけなかったのか、彼女の説得に今度は身を小さく竦ませた少女が大きく後ずさる。
 その様子を見て若干流石のハクレイでも理解し始める。彼女が自分におびえているという事に。
 下がった先にいた一人の野次馬がおっと…!と声を上げて横へどき、急に様子が変わった少女を大人たちが不思議そうな目で見つめる。

 少女を見つめる者たちの何人かがこう思っていた。一体この少女は、何を怯えているのかと。
 彼女の前にいる黒髪の女性は酷く優しく、その様子と喋り方だけでも衛士に突き出す気は端から無いと分かる。
 しかし少女は怯えていた。まるで女性の背後に、幽霊が佇んでいるのに気が付いているかの様に。
 ただの通りすがりであり、少女との接点が無い周りの大人たちは少女が何に怯えているのかまでは知らなかった。
 そして少女に財布を盗られ、ここまで追いかけて来たハクレイも彼女が何故自分を怖れているのかまでは理解できずにいる。
 ―――しかし、ハクレイを含めだ大人゙たちには、決してその怯えの根源が何なのかを知ることは出来ないであろう。
 何故なら、少女が何よりも怖れていたのは…『何もしない』と言い張る大人なのであるから。

 かつて少女は兄に教わった、自分たちの天敵が大人であるという事を。
 自分たちが生きていくうえで最も警戒すべき存在であり、出し抜いていかなければいけない相手なのだと。
―――良いか?大人を信用するなよ。アイツらは意地汚くて狡猾で、俺たちを子供だからっていつも下に見てるんだ!
――――俺とお前だけで生きているのがバレたら、大人たちは必ず俺たちを離れ離れにしようとするに違いない。
―――――特に、俺たちが孤児だと勘づいて親切にしてくる大人には絶対気を許すな!
――――――そういう奴こそ「大丈夫、『何もしない』よ」と言いながら、俺とお前を適当な孤児院にぶちこもうとするんだ!

――――もしそういう大人に出会ったら、お前も腰にさした『ソレ』を引き抜いて戦うんだ!
―――――俺たちは決して弱者なんかじゃない!舐めるなよっ!…という意思を込めて、呪文を唱えろ!
 
 脳裏によぎる兄から聞かされたその言葉が少女に恐怖を芽生えさせ、右手が懐へと伸びていく。
 そうだね大人は敵なんだ。こうやって優しい言葉で自分たちを騙して、離れ離れにさせようとする。
 決めつけとも、大人を知らぬ子供のエゴとも取れるその考えに支配された彼女には、これから起こす事を自分では止められない。
 ただ、守りたいがゆえに…この一年間兄に守られ共に暮らしてきた少女にとって、唯一の家族であり頼れる存在でもあった。
 それを何の気なしに奪おうとする大人たちとは戦わなければいけない。例えそれが、見た事ない力を使う女の人であっても。
 
「ちょっと、どうしたのよ?そんなに怯えた顔して…」
 そんな少女の決意がイマイチ分からぬまま、ハクレイは怪訝な表情を浮かべて少女に話しかける。
 少女の背後にいる群衆も互いの顔を見合わせながら、少女が何をしようとしているのか気になってはいた。
 そして…この場に居る大人たちが彼女が何をしようととしているのか分からぬまま、少女はついに動き出す。
 大事な家族を守る為、これからも続けていきたい二人の生活を明日へ繋ぐためにも、彼女は一本の『ソレ』を懐から取り出し、天に掲げる。
 『ソレ』はこのハルケギニアにおいて最も目にするであろう道具であり、今日までの世界を築き上げてきた力の象徴。
 同時に、平民たちにとっては最強の力であり、畏怖するべき貴族たちが命よりも大事と豪語する―――…一振りの杖である。

 後ろにいた観衆に混ざり込んだ誰かが、少女が天に掲げた杖を見た小さな悲鳴を上げる。
 誰かが「あのガキ、メイジだ!」と怒鳴ると、少女を囲んでいた平民たちは慌てて距離を取り始めた。

774ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:03:08 ID:WZ82hnBc
 正に「美しい花には棘がある」という諺そのものだ、あんな小さな子がメイジだったとは誰もが思っていなかったのだろう。
 例えどんなに小さくとも、杖を持っていて魔法を唱えられるのなら大の大人であっても簡単にねじ伏せてしまう。
 魔法の恐ろしさを十分に知っている彼らだからこそ、杖を見たとたんに後ろへ下がれたのだろう。

 一方で、少女から最も近いところにいるハクレイは周囲の反応と杖を見てすぐに少女がメイジなのだと理解していた。
 まさかこんなに小さくてかわいい子がカトレアと同じメイジだったのだと思いもしなかったのである。
 そして新たな疑問も沸き起こる。何故彼女は魔法が使えるというのに、こんな犯罪に身をやつしているのか?
 アストン伯やカトレア、そして彼女の取り巻き達の様な貴族たちとの付き合いしか無かったハクレイはまだ知らないのである。
 世の中には、マントを奪われあまつさえ家と領土すら奪われだ元゙貴族達も相当数がいる事に。
 
 少女は自分を見て硬直している相手と平民たちを交互に凝視つつ、もう数歩後ろへと下がっていく。
 逃げる気天!?そう思ってかハクレイは、慌てて少女の足を止めようと立ち上がろうとした。
「……ッ!アナタ…ッー――!」
「来ないで、私に近づいちゃダメ!」
 立ち上がった瞬間を狙ってか、少女はこちらに向けて手を伸ばそうとするハクレイへ杖の先端を向けた。
 幼年向けであろう、普通のよりもやや短い杖の鋭そうな先が彼女の額へ向いている。
 ここから魔法が飛んでくるのを想像して怯えているのか、はたまた相手を刺激せぬようにしているのか、
 ハクレイはその場でピタリと足を止めつつ、されど視線はしっかりと少女の方へと向いていた。

 彼女にはワケが分からなかった。少女が杖を隠し持っていたメイジであった事と、このような事に手を潜めている事。
 そして、何故急に怯え出した彼女に杖を向けられているのかも…ハクレイには分からなかった。
 だがそれで少女を説得する事を彼女は諦めてはおらず、むしろ何が何でも止めなければと改めて決意する。
 周囲の平民たちと同じように、ハクレイもまた魔法が日常生活や攻撃としても十分使えるという事は知っていた。
 だからこそ、少女が下手に魔法を使わぬよう穏便に説得しようとしのである。
「ちょっと待ってよ?どうしたのよ一体…」
「だ、だから近づかないでって言ってるでしょ!?」
 しかし、少女の内情を知らない彼女の説得など初めから効くはずもなかった。
 より一層冷静になるよう心掛けてにじり寄ろうとしたハクレイに気づいて、少女はそう言いながら杖を振り上げる。
 
 周りにいた平民たちは皆一様に悲鳴を上げて、更に後ろへと下がっていく。
 メイジが杖を振り上げる事は即ち、これから魔法を放ちますよと声高々に宣言するのと同じ行為である。
 何人かの平民がまだ少女の傍にいるハクレイへ「何してる逃げろ!」や「杖を取り上げろ!」と叫ぶ。
 今のハクレイには、逃げる暇や杖を取り上げる時間も無い。あるのはただ放とうとされる魔法を受け入れるしかない現実だ。
 だが…タダで喰らう彼女でもなく、すぐさま体を身構えさせて少しでも目の前で発動される呪文を防ごうとした。
 それと同時に、少女は杖を振り下ろした。口から放ったたった一言の呪文と共に。

「イル・ウインデ!」
「え?…うわぁッ!」
 口から出た短いスペルと共に、ハクレイの足元で突如小さな竜巻が発生したのである。
 唱えた魔法は『ストーム』という風系統の魔法。文字通り指定した場所に竜巻を発生させるだけの呪文だ。
 詠唱したメイジの力量と精神力によって威力に差は出てくる。そして少女に力量は無かったが、精神力だけは豊富にある。
 その為、彼女が発生させた竜巻は大の大人一人ぐらいなら簡単に飲み込み、吹っ飛ばす程の力は有していた。

775ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:05:10 ID:WZ82hnBc
 まさか足元から来るとは予測していなかったハクレイは呆気なく竜巻に巻き込まれてしまう。
 何の抵抗も出来ずに透明な竜巻の中で回るしかない彼女は、さながらルーレットの上を走るボールの様だ。
「わ・わ・わ・わわわ…ワァーッ!」
 グルグルと竜巻の中をひとしきり回った彼女は、勢いよく竜巻の外へと吹き飛ばされる。 
 地上で見守っていた人々とほぼ同時に悲鳴を上げたハクレイが飛んでいく先には、広場に面した共同住宅があった。
 丁度窓越しに食事や酒、読書を嗜んでいた人々がこっちへ向かってくる彼女に気が付き、慌てて窓から離れていく。
 後数秒もあれば、吹き飛ばされたハクレイは哀れにも勢いよく共同住宅の壁に叩きつけられてしまうだろう。
 
(不味いわね…!流石にこれは―――でも、今ならイケるかも?)
 ここまでされてから初めて危機感を抱いたハクレイはしかし、たった一つの解決策を持っていた。
 このまま勢いよく今日住宅に突っ込んでも、決してダメージを受けずにいられる方法を。
 激突まで後二メイルで時間にすればほんの僅かだが、それだけあれば充分であった。
 既に手足の方へと霊力は行きわたっている。ただ一つ気にすることは、背中からぶつからないように気を付ける。
(全ては神のみぞ知る…ってヤツかしら!)
 心の中でうまい事成功しなければという決意を抱いて、真正面から共同住宅へと突っ込み…―――そして。

「おっ!―――よっと!」
 瞬時に青白く発光した手足でもって、共同住宅の壁へと『貼り付いた』のである。
 てっきりぶつかるかと思っていた群衆は彼女が見せてくれた大道芸じみたワザに、驚愕の声を上げた。
 その声に思わず顔を背けていた人々に、共同住宅の住人達も窓越しに壁へ貼り付くハクレイの姿を見て驚いている。
 暫しの間広場で彼女を見つめている人々はざわめいていたが、何故かその外野から幾つもの拍手が聞こえてきた。
 恐らく何かの催しだと勘違いした通りすがりの者なのだろうが、最初から最後まで見ていた者達には酷く場違いな拍手に聞こえてしまう。
 そしてハクレイ自身は何で拍手が聞こえてくるのか分からず、そしてこうも『上手く行った』事に内心ホッと安堵していた。

「いやぁ〜…できるって気はしてたけど、まさか本当にできるとは思ってもみなかったわ」
 右手と両足を霊力で壁に張り付けたまま、左腕の袖で顔の冷や汗を拭う彼女の胸は興奮で高鳴っていた。
 実際、彼女がこのワザに『気が付いた』のは先ほどここまで跳んでくる前に聞こえたあの謎の声のお蔭である。
 あの女性の声は言っていたのだ、自分の霊力なら、地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなど造作ないと。
 だからあの時、目を覚ましてすぐにジャンプできたりこうして壁に貼り付いて激突を回避したのである。
 最初こそ一体何なのかと訝しんでいたが、今となってはあの声の主に感謝したいくらいであった。
 もしもあのアドバイスがなければ、今頃この三階建ての建物に叩きつけられていたに違いない。

「とはいえ…流石にあの勢いだと。イテテテ…手がヒリヒリするわね」
 そう言ってハクレイは、赤くなっている左の掌を見つめながら一人呟く。
 実際のところ成功する確率は五分五分であり、彼女自身失敗するかもという思いは抱いていた。
 まぁ結局のところ上手くいったのだが勢いだけは殺しきる事ができず、結果的に両手がヒリヒリと痛む事となったが。
 彼女は気休め程度にと左の掌にフゥフゥと息を吹きかけようと思った時、後ろから自分を吹き飛ばした張本人の叫び声が聞こえてきた。
「ど、どいてぇ!どいてよー!」
 恐怖と悲痛さが入り混じったその叫びと共に、群衆の動揺が伺えるどよめきも耳に入ってくる。
 何かと思いそちらの方へ視線を向けてみると、あの少女が手に持った杖を振りかざしながら人ごみの中へと消えようとしていた。
 右手には杖、そして左手には自分から盗んでいったカトレアからのお金が入ったサイドパック。
 恐らく魔法による攻撃が失敗に終わったから、せめて必死に逃げようとしているのだろうか。

776ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:07:08 ID:WZ82hnBc
「まずいわね…何とかして止めないと」
 このまま放っておけばカトレアから貰ったお金を全て無くしてしまううえに、あの少女を説得する事もできない。
 何としてもあの少女を止めて、もう二度とこんな事をしないようにしてやらなければ、いつかは捕まってしまうだろう。
 その時には彼女のいう兄も…だから今ここで捕まえて、何とかしてあげなければいけない。
 何をどうしてあげればいいのか、どう説得すれば良いのか分からないが放置するなんて事はできない。 
 改めて決意したハクレイは群衆をかき分けて逃げる少女を確認した後、自分の右隣にある建物へと視線を移す。
 恐らくここと同じ共同であろう四階建てのそこからも、窓越しに自分を見つめる人々がチラホラと見えている。
 マントを着けている事から貴族なのだろうが、皆いかにも人生これからという若者たちばかりだ。

「あそこまでなら、届くかしらね?」
 そう呟いてた後、彼女は両足と右手の霊力にほんの少しアクセントを加え始める。
 今この建物の壁に貼り付いている霊力を変異させて、正反対の『弾く』エネルギーへと変換していく。
 それも『今の』彼女にとって初めての試みであり、そして何故かいとも簡単に行えることができる
 何故そんな事がでるきのかは彼女にも分からないし、生憎ながら考える暇すら今は無い。
 今できる事はただ一つ。自分が忘れていた自分の力を使って、あの娘を止める事だと。
 
(距離はここから二、三メイル…まぁいけるかしら)
 目測で大体の距離を測りつつ、彼女は両足と右手へと霊力をより一層込めていく。
 少なすぎても駄目だし、多すぎれば最悪向こうの建物の壁にぶち当たるかもれしない。
 必要な分の霊力だけをストックして、一気に解放させなければあの建物の壁に貼り付く事など不可能なのである。
 向こうの共同住宅に済む若い貴族たちが窓越しに自分を見つめて指さし、何事かを話し合っているのが見えた。
 一体何を話しているのかは知らないが、間違いなく自分に関して話しているという事は分かっていた。
「とりあえず、窓から顔を出さなければそれに越した事はないけど…」
 跳び移るのは良いが、最悪窓を割るかもしれないが故にハクレイは内心でかなり緊張している。
 
 時間にすればほんの十秒足らず。その間に手足へ一定の霊力を込められたハクレイは、いよいよ準備に移った。
 壁に貼り付けている右手をグッと押し付け、青白い霊力を掌へと流し込んでいくさせていく。
 両足も同様に、際どい姿勢で張り付けているブーツ越しの足裏へ掌と同じように霊力を集中させる。
 これで準備は整った。後は彼女の意思次第で、壁に『貼り付く』力は『弾く』力へと変化する。
 目測も済ませ、覚悟も決めた。後残っているのは、成功できるかどうかの力量があるかどうか、だ。

 短い深呼吸をした後、ほんの一瞬脱力させた彼女はグッと手足に力を込めて、跳んだ。
 それは外野から人々の目から見れば、空中で横っ飛びをしてみせたも同然の危険な行為であった。
 群衆はまたもや驚愕の叫び声を一斉に上げ、彼女が飛び移る先にある建物の住人達は急いで窓から離れ始める。
 何せ隣の建物に張り付いていた正体不明の女がこちらへ跳んでくるのだ、誰だって逃げ出すに違いないであろう。
 まさか、窓を破って侵入してくるのでは?そんな恐怖を抱いた人々とは裏腹に、ハクレイの試みは思いの外上手くいったのである。
「ふ…よっ…―――――――ットォ!!」
 まるで壁に『弾かれた』かの様に横っ飛びをしてみせた彼女は、無事に下級貴族たちの住むワンランク上の共同住宅の壁へと見事貼り付く。
 てっきり今度こそぶつかるかと思っていた地上の人々は、壁に貼り付いた彼女の姿を見て再び驚きの声を上げた。


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