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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

57ウルトラ5番目の使い魔 21話 (2/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:29:05 ID:kt/u.sO.
「だが、楽しい時代はあっという間だったな。すぐにふたりともやんちゃ坊主ではいられなくなり、俺はろくな魔法も使えない
無能で、お前はまれに見る天才だと、俺たちは真っ二つに分けられた。おれはひがんでそねて、歪んでいったよ。けれども、
思えばひがんですねてられるだけ俺は幸せだったんだ。お前が死んでしまったら、もう思い出の街並みも箱庭のようなものだ」
 今は亡き弟に語りかけるようにジョゼフはつぶやき、感情のない目でリュティスを見渡した。そこには、幼い日の思い出に
いくら胸を焦がしても、決して戻ることはかなわないという虚無感が浮かんでいる。自分はもう、決して取り戻すことのできないものを
失ってしまった。ならば、その入れ物だけ残していてもなんの価値があるだろう。
 少し離れたテーブルの上には、貴族や市民からの、この事態をなんとかしてほしいという嘆願書が山と積まれているが、
ジョゼフはその一枚にも目を通してはいない。最初からやる気がないのと、第一それらは無能な大臣たちが責任を押し付けようと
こちらにまわして来た物だ、無能王なら失敗しても当然だからどうとでもなるというわけだろう。笑う気にもなれない。
 それでもジョゼフが王の座から引き摺り下ろされないのは、単に代わりがいないからに他ならない。ジョゼフが王位につくときに
敵対する貴族は粛清され、王位の継承権のある人間はジョゼフの娘のイザベラしかおらず、ジョゼフに換えてイザベラをなどと
考える人間は皆無である。タバサことシャルロットを担ごうとするオルレアン派は権力から遠い少数派に過ぎない。
 誰からも好かれない無能王だが、いなければ国がつぶれるので仕方なくいてもらっている。ジョゼフはそのことを十分に
自覚しており、それを最大限に利用してやるつもりでいた。そのためなら、無能と蔑まれようが痛くもかゆくもない。
 無能王の仮面の下の悪意に、彼をあなどるガリアの人間は気づかない。気づいているのは、彼の悪意を利用しようとする
ロマリアの人外の者たちだけで、彼らの野望はまだジョゼフを必要とし、ここに使者を送り込んでいた。
 それは、ジョゼフを居丈高な美丈夫とするなら、対してすらりとした美少年であり、その双眼にはオッドアイが光っていた。
今や教皇とジョゼフのパイプ役を担うジュリオの人を食った笑顔が部屋の奥からテラスのジョゼフを見ていたのだ。
「ご機嫌ですね。人の不幸を喜ぶのは、あまりいい趣味とは言えないと世間では言いますよ。リュティスの市民も気の毒ですねえ」
「ふっははは、その不幸を作り出した張本人がよく言うわ。これ以上白々しい文句は他にあるまいな。それに、余は市民の不幸など
喜んではいないぞ。使い飽きた玩具を捨てられるのでほっとしているだけだ」
 ジョゼフはジュリオのまるで人事のような態度に愉快そうに笑った。
 しかし、ジョゼフとジュリオの互いを見る目は少しも笑ってはいない。互いに相手を利用する存在としては認めても、信頼関係などは
生まれるはずもないことを最初から承知しているからだ。
 それゆえか、ジョゼフはジュリオから眼を離すと、まるで最初からそこに誰もいなかったように虚空に話し続けた。
「シャルル、俺と血を分けたのになにもかもが似ていなかった弟よ。俺はなんのために生まれてきたのだろうな? 俺が生まれず、
お前だけ生まれていたら、今頃ガリアはまれに見る名君をいただいて大いに繁栄していたろうに。そんな弟を持った兄の俺は
本当に大変だったんだぞ。だがそれでもよかった。俺はお前を一度でも見返して、悔しがらせてやることだけを思ってあの頃を
生きてきた。しかし、それが絶対にかなわないとなった今、俺にできるお前へのはなむけは、お前の愛したこの世界を壊しつくす
ことだけじゃないか。どうだ? あの世とやらで、少しは怒ってくれているかな」
 人はひとりでいるときにもっとも多弁になるというが、ジョゼフもそうした面では人間らしかった。ただし、同席しているジュリオを
人間と見なしていないという意味と、独語する内容はもっとも非人道性に値しているが、相対する相手はそもそも人間ではない。
「先の両用艦隊とロマリア軍の戦いで何人が弟さんのところに行かれたんでしょうねえ? 地獄の特等席はあなたの予約でいっぱいでしょう」
「なるほど、それは我ながら善行を積んだものだな。これで本来地獄行きになるはずだった悪人が救われることになる。いったい
何百何千人の盗賊や詐欺師が余に感謝してくれるのか、むずがゆいものよ」

58ウルトラ5番目の使い魔 21話 (3/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:32:25 ID:kt/u.sO.
 ロマリアの陰謀に加担し、両用艦隊をロマリアに攻め入らせたことに後悔はない。無能王という蔑称はあくまで他人が勝手に
呼んでいるだけで、ジョゼフは自分のやることがどのような結果を招くのかを想像できない暗愚の器どころか、世界をゲーム盤に
見立てて遊ぶような悪魔的な頭脳を持っている。
「お前たちと組んだことを、余は今のところは正解だと思っている。このまま日が差さなければ作物は腐り、民は飢えで遠からず
死に絶えることになるだろう。たいした力を持っていると、褒めてやってもいい。しかし、どうにも地味で退屈だな。余としては
やはり英雄譚のように派手なほうがよい」
「できますとも、陛下にご承認いただければ、血沸き肉踊る最高の活劇が幕開くでしょう。どうです? エルフを相手に世界の
覇権を争ってみるつもりはありませんか」
「うわっはっはっはは! 馬鹿め、最初から誰にも勝たすつもりもないくせによく言うわ。お前たちに比べたら、余は公明正大な
善君だとよくわかる。だがまあいい、余と対局できる相手も耐えて久しい。勝ち目のないゲームで世界を道連れにするのも
また一興かもしれん」
「では、陛下」
「うむ、ガリア王国はロマリアの要請に応じて聖戦に全力で参戦する。ふはは、日ごろ始祖への信仰を口やかましく唱える
貴族どもは教皇様の勅命には逆らえん。自分で言い出したお題目どおりに死地に赴けるなら本望だろう」
 ジョゼフは何十万人という命を奪う決定をしたというのに、まるで夜店でくじを当てた子供のようにうれしそうにわらった。
あの日、ロマリアで起きた天使の奇跡と聖戦の開始はガリアにもすでに届いていた。だが、大臣たちが二の足を踏んでいる
うちに、ジョゼフは何のためらいもなく決めてしまったのだ。
 こうなってしまったら、聖戦に反対する者は異端者として罰せられる。ジュリオは満足というふうに、うやうやしく頭を垂れた。
「ご英断に感謝します。陛下のように理解あるお方がおられたことは我々にとってたいへんな幸福です。もうあと短いことと
思いますが、今後ともよろしくお願いいたします」
「なに、お前たちには借りがある。始祖の円鏡か、なかなか使えそうなおもちゃよな」
 そう言うとジョゼフはテーブルの上に目をやった。そこには、乱雑に詰まれた書類に混じって古ぼけた小さな鏡が置いてあった。
だが、一見すると町の古道具屋にでも行けば二束三文で手に入りそうなこの鏡こそ、始祖の祈祷書と同じ始祖の四つの秘宝の
ひとつであり、ロマリアに伝わっているものであった。
「それはお譲りします。わたくしどもにはすでに不要なものですが、陛下のお役になら立てるでしょう」
「フ、お前たちには虚無の力などは、大衆をその気にさせる奇跡だけ演出できればいいのだからな。だが、余がこれでさらなる
強力な虚無を身につけて、お前たちをもつぶしにかかったらどうする?」
 教皇たちは、ジョゼフが虚無の担い手であることをかなり前から知っていた。別に見せびらかしてきたつもりはないが、
何百年も前から虚無を研究してきたロマリアのこと、虚無の系統は始祖の血統から現れるという伝承を頼りに、その可能性の
ある人間をマークし続けていたのだろう。

59ウルトラ5番目の使い魔 21話 (4/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:34:37 ID:kt/u.sO.
 もっとも、ジョゼフには秘密にするつもりは毛頭なかった。火竜山脈でメルバを復活させるためにエクスプロージョンを使ったときでも、
おもしろそうなおもちゃをひとつ手に入れたくらいの感覚しかない。むろん、虚無の担い手の使命感などは欠片もない。
 そのことをジョゼフが強調すると、ジュリオは予定していたように笑いながら答えた。
「そのときは、我々も真の力をお見せいたしましょう。まあ当面は、我々の利害は一致しております。血迷ってロマリアに攻め込んだ
狂王ジョゼフは実はエルフに操られていましたが、教皇聖下は寛大なる慈悲の心でこれをお許しになられました。そして改心した
ジョゼフ王は教皇聖下の素晴らしき友人としてともにエルフと戦う。よいシナリオでしょう? ぜひ共演願いますよ」
 ジョゼフは失笑を抑えきれずに、くっくと喉を鳴らした。
 国民からロマリアに弓引いた悪王と、過去最悪の評判のジョゼフだが、国民の支持を取り戻す方法はたやすい。リュティスの中で
適当に怪獣を暴れさせ、それをジョゼフがエクスプロージョンなりを使って倒す芝居をする。そしてそれをロマリアが虚無の系統だと
認定して褒め称えれば、凶王一転して英雄王の誕生だ。
 笑える笑える。あまりに簡単すぎて笑うしかない。ほんの一時間ほども道化を演じれば、無能王ジョゼフはガリアの歴史に
燦然と輝く名君になれる。努力? 才能? なんの必要もありはしない。
「ああ、確かにいいシナリオだ。大衆というやつは、こういう単純な美談が大好きだからな。そして、我がガリアが動けば
ゲルマニアや、トリステインも黙ってはいられない。さて、ゲルマニアの野蛮人やトリステインの小娘はどう出るか? 確かに
見ものではあるな。教皇聖下には、ジョゼフが友情を誓っていたと伝えてくれたまえ」
 そう言ってジョゼフはジュリオを下がらせた。後には、また人気のなくなった部屋が茫漠と広がっている。
 恐らく、もうジュリオはこの城のどこにもいないだろう。ジョゼフは、教皇たちの持つ魔法ならざる異世界由来の力を
別に恐れてはいなかった。この世には、思い通りにならないことやわからないことが山のようにある。いちいち驚いているのも
面倒くさいことだ。それに、大事なのは力の意味や質ではない、それをどう利用するかにある。
 そう、ゲームは手駒がなければはじまらない。それも優秀なものが必要だ。多少腕に自信があったところでキングだけで勝てる
チェスなど存在しない。ポーンはしょせん捨て駒、ビショップやルークは優秀だが派手好みのジョゼフの趣味からすれば地味だ。
ならば、縦横に動いてキングの望みをかなえるクイーンがなくては話にならないだろう。
 ジョゼフは呼び鈴を鳴らした。使用人の待機する部屋の扉が開き、黒い髪の女性が入ってくる。
「お呼びですかジョゼフ様」
「話は聞いていたろう。ロマリアの奴らめ、余を絞りつくせるだけ利用するつもりのようだぞ。はは、プレゼントまでくれおったわ。
どうやらもう勝ったつもりでいるようだが、ゲームとは不利なときからはじめるほうが楽しいものよ。お前も連中には借りを
返したかろう? ともに逆転の秘策を練ろうではないか」
 楽しげにジョゼフが話しかけると、女は顔を上げてジョゼフを見返した。
 シェフィールドであった。
 しかし、その顔は左ほほに引きつったような火傷の痕が残り、心なしか左足をかばっているように見える。それは、あの
ガリア・ロマリア間の戦争の際、才人たちのメーサー車の爆発で受けた傷であった。
「私は、すべてジョゼフ様のお心のままに」
「ミューズよ、傷はまだ癒えぬか?」
 沈んだ様子で答えたシェフィールドに、ジョゼフは短く問いかけた。その言葉には、相手を思いやる愛情が込められている
わけでもなく、ただイエスかノーかを問うそっけなさだけがあるようなものだったが、身を案ぜられたシェフィールドは、
喉になにかが詰まったような声で、苦しげに口を開いた。

60ウルトラ5番目の使い魔 21話 (5/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:35:26 ID:kt/u.sO.
「なぜで、ございますか?」
「なぜ、とは?」
「なぜ、私を生かしたのでございますか? 私はあのとき、トリステインの虚無に敗れて死ぬはずでした。あの炎の熱さ、
皮の焼けていく感覚はしっかりと覚えています。事実、私は今日まで死線をさまよっていました。ジョゼフさまのご期待に
応えることができなかった負け犬の私めに、なぜでございますか!」
 シェフィールドは一気にまくしたてた。
 事実、彼女はあの戦いの最後に、確実に死んでいたはずであった。それを救ったのは、驚くべきことにジョゼフだった。
「ふむ、なぜかと問われたら一応答えねばならんか。とりあえず、新しく覚えた魔法を使ってみたかったからかな。
始祖の円鏡が教えてくれた、『テレポート』か。いろいろ役立ちそうな魔法だ」
 そう、ジョゼフは『テレポート』を使い、焼死寸前のシェフィールドを救い出していたのだ。ただし、ルイズの使った『テレポート』と
魔法は同じであるものの、跳ぶ距離がルイズの場合は見える範囲がせいぜいだったのに対して、ジョゼフはガリアから一気に
ロマリアへとケタが違う。また、再びガリアへと瞬時に戻ったことでルイズたちに存在をまったく気取られなかったことも含めると、
ジョゼフの才覚はルイズのそれを大きく凌駕していた。
 しかし、無傷ですんだわけではない。ほんの一瞬でも灼熱地獄に身をさらしたことは、ジョゼフの身にも少なからぬ痛みを強いていた。
魔法薬で治療してはいるものの、ジョゼフの体のあちこちにはまだ水ぶくれや腫れが残っており、痛みもかなり残っているはずだ。
「ご期待に添えられないばかりか仕えるべき主人に助けられるなど、私は役立たずの能無しでございます。いかなる罰をも
お与えください」
「ううむ、そうは言ってもな。正直、罰といっても何も思いつかんのだよ。余は命じた、お前はしくじった、ただそれだけのことではないか」
「お怒りではないのですか?」
「怒る? 俺がか? そういえば三年ほど、怒った覚えがないなあ。もっとも、怒れるほど余が感情豊かであれたら、世界を
灰にしようなどとは思うまいが」
 ジョゼフは自嘲げに言った。普通の人間なら持っていて当たり前なものを失ってしまい、それでも狂うことも壊れることも
できない、心に大きな虚無を抱えた人間のあがきを自分自身であざ笑う。そんな笑いだった。
「では、なぜお怪我を負ってまで私をお救いになられたのですか? 私のような非才の身、代わりを見繕われたほうが
よろしくありましょうに」
「ほほう、お前でもそこまで落ち込むことがあるのだな。うらやましい限りだ。もう一度正直に言うが、余はお前を怒ってなどおらん。
代わりをなどと言われても、次がお前より優秀である保障もないしな。なによりめんどうくさい」
 言葉を飾っている様子はなく、シェフィールドはジョゼフの言葉がすべて本音だと呑み込むしかなかった。
 要するに、自分はジョゼフにとって適当な駒であり、ゲームの上で必要であるから助けられた。一心に忠誠を尽くしても、
人格はどうでもよくて求められるのは能力のみ、それだけの価値なのだと、悲しげに目を伏せた。
 だが、ジョゼフはそんなシェフィールドの葛藤に気づく様子は見せないが、彼女に驚くことを告げた。
「だがまあ、そんなことよりも、余はお前に頼みたい仕事がある。お前にしか頼めないことだ」

61ウルトラ5番目の使い魔 21話 (6/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:36:47 ID:kt/u.sO.
「は……」
「これまでどおり余に仕えよ。そして、余よりも長生きしろ」
「は、えっ……?」
 シェフィールドは意味がわからなかった。ジョゼフの言葉を何度反芻しても理解できず、思わず呆けた顔になってしまう。
 するとジョゼフは、くっくといたずらを成功させた子供のように笑った。
「神の頭脳の異名のお前も意外と頭が固いものだな。簡単なことだ。余がこれからなにをどうするにせよ、勝とうが負けようが
余はあと一年も生きてはいまい。しかし、その果てに余がどんな形で最期を迎えるかは問題だ。世界最悪の大罪人として
後悔と絶望の中で死ぬのか、それともほかのなにかか……興味は尽きぬが、どんな形になるにせよ、それを見届ける役が
必要だ。お前は余の死に目に立ち会って、余がどんなふうに死んでいくのかを余に教えろ。そして、いずれあの世とやらで
まとめて聞かせろ……そのために、一分、一秒でも長く余より生きて見届けるのだ。どうだ? お前にしか頼めないことだ」
「はい……はい、ジョゼフ様」
 シェフィールドは涙声になっていた。失敗を重ねて、自己の存在価値をすらなくしかけていたのに、それどころか主人の
残りの人生にすべてを捧げろと言ってもらえたのだ。
「これに勝る光栄はありません。ジョゼフ様」
 
 と、そのときであった。彼らのいるグラン・トロワの床が揺れ、次いで街の方向に火の手が上がるのが見えた。
 
「ジョゼフ様、あれを」
「ほう、なるほど仕事の早いことだ。奴らめ、本格的にガリアを道具にするつもりらしいな」
 ジョゼフはあざけるように言った。
「怪獣だ」
 街では、巨大な一つ目を持つ甲虫のような怪獣が暴れていた。片腕が鎌になっており、それで建物を破壊し、さらに家々を
踏み潰しながら、またたくまに街の一角を火の海に染めている。
 しかも一匹だけではない。同じ姿をした怪獣がさらに二匹、計三匹で街を蹂躙していた。
「ロマリアの連中のしわざでしょうか?」
「ほかに誰がいる? 教皇め、確かに協力するとは言ったが気の早いことだ。せっかくの酒がこぼれてしまったわ」
 他人事のように、迷惑げにジョゼフはつぶやいた。
 空気を震わせて、およそ数十リーグはあるかなたから怪獣の暴れる振動が伝わってきてジョゼフとシェフィールドの顔をしびれさせる。
 ガラス窓が震え、テーブルの上に置いてあったワイングラスが床に落ちて赤い水溜りを作っていた。このワインは、産地がオークに
襲撃されて全滅したために、今ではもう手に入らない逸品ものの最後だったのに、もったいないことだ。
「代わりを持て」
 つまらなさそうにジョゼフは命じた。すぐさまシェフィールドが走るのを横目で見て、ジョゼフはテラスの手すりに大柄な体を寄りかからせた。
 眺める先では、三匹のグロテスクな容貌を持つ怪獣が彼の国の街を破壊している。普通なら、自分の国が壊されていくのを
目の当たりにした王は激昂するものなのだろうが、ジョゼフの心にはなんの機微もない。

62ウルトラ5番目の使い魔 21話 (7/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:38:08 ID:kt/u.sO.
 人間の街というものはよく燃えるものだ、と、ジョゼフは妙な感心をした。あの炎の下では、何十か何百かの人間が悲鳴を
あげてのたうっているはずだが、そんなものは数十リーグのかなたまでは届かない。もっとも、届いたとしてもジョゼフは
うるさいという感想以外は抱かないであろうことだけは確かといえるが。
 そうそう、うるさいといえば大臣の一人が血相を変えて飛び込んできたが、ジョゼフは適当に手のひらを振って追い返した。
わめいていた内容は聞かずともわかるので一字たりとも耳孔の通過を許可していない。
 そうこうしているうちにシェフィールドが新しいワインを用意してやってきて、ジョゼフは乾いていた喉をうるおすと、再び燃えている
街に目をやった。
「見てみろ、我がリュティスの街が稚児のたわむれに使う積み木のようだ。いやはや、なかなかの破壊力であるな。しかし、
なんとも醜い姿ではないか。あれがこの世でもっとも尊く美々しい教皇陛下の僕だとは、まったく世も末じゃないか」
「なかなかの破壊力でありますね。ですが、あれほどの数の怪獣をどこから呼び出してきたのでしょう?」
 シェフィールドの疑問は案外すぐに解決することになった。暴れる三匹の怪獣を食い止めようと、やっと出動してきた
竜騎士隊の姿が認められたとき、空を覆っている黒雲から数千、数万匹の虫の群れが舞い降りてきたかと思うと、それが
合体して同じ怪獣になってしまったのだ。その数二匹、合計して五匹。
「なるほど、あの雲は太陽をさえぎる以外にも使えるのか。おお、さっそく意気込んで出て行った竜騎士どもが蹴散らされているぞ。
簡単に作り出せる割にはなかなか強力な怪獣じゃないか」
「ですね。チャリジャが残していった、我々の残りの手駒の中で、あれより強力なものはありますが、もしも空を覆いつくしている
虫をすべて怪獣に変えられるのなら、話になりませんね」
「戦はなにをおいてもまず数であるからな。無尽蔵の数を相手に勝てるものはおらん。ははあ、なるほど、教皇め。ここで
圧倒的な力を誇示して、余に逆らうだけ無駄だと間接的におどしをかけるつもりだな。念の入ったことだが愚かだな、余は
進んでお前たちの暴挙に協力してやろうと言うのに」
 ジョゼフは呆れたようにつぶやいた。今言ったことは嘘ではない……世界を滅亡させるなどという、歴史上のいかなる王も
嗜んだことのない遊戯が目の前に転がっているというのに、ここで台無しにするのはもったいないではないか。廃墟に転がる
何万という屍を眺めて、無限の後悔を得られるか否かを試すまで、裏切る必要などないではないか。
「さて、街にもいい塩梅に火が回ってきたし、竜騎士どもも適当な数が落ちたな。そろそろ頃合かな、ミューズよ?」
「はい、今なら市民と軍の両方の視線を釘付けにできます。これ以上は、観客を減らす一方になるかと。ジョゼフさま」
「では行くか、主演俳優という柄でもないが、たまには自分の体を動かすのも悪くない」
 ジョゼフは背伸びをしながら立ち上がると、愛用の杖を持って歩き出した。その先には、シェフィールドが飛行用のガーゴイルを
用意して待っている。
 シナリオは確認するが簡単だ。暴れる怪獣をエクスプロージョンで吹き飛ばす、待機しているロマリアの手のものが伝説の虚無の
力だと騒ぎ立てる、英雄が誕生する。以上で終わりで、田舎劇場の三流脚本家でも書ける単純極まりない筋書きである。もっとも、
愚民を騙すにはこの程度の三文芝居で十分であろう。
 今頃はジュリオが手を回して、ジョゼフの登場するのを今か今かと待っているに違いない。お膳立てはすべて整った。
「シャルルよ、見ているか? 無能王と呼ばれているお前の兄は今日から英雄王だ。お前は王子だったころ、将来はガリアの
歴史に残る賢王になるとうたわれていたが、俺は英雄だ、英雄だぞ。どうだ、俺はすごいだろう? いくらお前でも、英雄には
なれなかったろう。だがまあ心配するな、いずれ世界の人間どもをみんなお前のところに家来として送ってやるから、そうしたら
お前は天国でハルケギニア大王でも名乗るがいい」

63ウルトラ5番目の使い魔 21話 (8/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:39:10 ID:kt/u.sO.
 空を見上げてジョゼフは独語した。闇に包まれた空のかなたに天国があるかどうか、そんなことは知らない。
 ただし、ひとつだけ確信があるとすれば、自分が行くのは生であれ死であれ地獄だということだ。そして自分は、その地獄を
望んで深くしようとしている。幾万という魂を冥府にに送り、暗い望みを満たそうとしている。
 果たして神がいるとしたら、どういう罰を自分に下すのだろうか? いいや、神など存在しない。なぜなら、このでたらめな
世界のありさまと、自分という人間のできそこないがいることがそのなによりの証だ。
「準備できました、ジョゼフ様」
「行け、そして我が親愛なるガリア国民たちに希望をプレゼントしようではないか。今まで王様らしいことをしてこなかった
無能王の罪滅ぼしだ。お前たちの前に天国の門を開いてやろうじゃないか!」
 その言葉に嘘は一片も含まれてはいなかった。完全に、文字通りの意味で。
 希望からいっぺんに転落したとき、人はもっとも深い絶望に包まれる。その絶望を抱えたまま、天国の門をくぐることになる
罪なき民はいったいどんな顔をするのか、興味は尽きない。そしてうらやましい。なにを奪われようが失おうが、反応する
感情はとうに枯れ果ててしまった。
 だからこそ求める、真の絶望と後悔をこの心に取り戻すために。そのために、この世は地獄になってもらわねばならないのだ。
 
 ジョゼフとシェフィールドを乗せたガーゴイルは飛び立ち、怪獣が暴れるリュティスの市街へと向かう。
 破壊と絶望を約束した茶番劇の幕が上がった。脚本・ヴィットーリオ、演出・ジュリオ、主演・ジョゼフの豪華キャストが自慢の
この劇の鑑賞券の代金は命と流血である。
 
 
 だが、完全にジョゼフの箱庭と化してしまったかに見えるリュティスにあって、強い意志で彼らに逆らおうとする者たちがいた。
 怪獣が暴れるリュティスの、その地下数十メートルの地底。トリスタニア同様に、無数の下水道や地下道がクモの巣のように
行き交うその中を、二人分の足音が響いていた。
「本当に、この下水道が王宮までつながってるのかね? なんかさっきから同じようなとこばっかり回ってる気がするのね」
「そりゃ当然だ。抜け道ってのは追っ手を撒けるように作ってあるんだから。心配するな、方角は確かに王宮のほうへ向いている」
「でも、暗いし怖いし汚いし、さっきネズミの家族が足元走っていったのね。きれい好きのシルフィとしてはたまらないのね、きゅいい……」
 カツンカツンという義足交じりの足音と、ペタンペタンというたよりない足音がせまい石壁の通路に響いている。
 ひとりは町娘の着こなしながらも引き締められた肢体と鋭い眼光が野性味を覗かせ、もうひとりは大人びた容姿ながらも
おどおどしていて長身にも関わらず幼い雰囲気を出している。だが、ふたりとも先に進もうという意思だけは強く瞳に宿していた。
 何者か? などと聞くまでもなく、こうしてヴェルサルテイル宮殿を目指す者はジルとシルフィードのふたりしかいない。
 レッドキングとゴルザが戦った、あのファンガスの森での戦いから、ふたりはリュティスにやってきて機会をうかがっていたのだ。
 目的はもちろん、宮殿に幽閉されているタバサの母とキュルケを奪還するため。だが、警戒厳重な宮殿に侵入する方法が
見つからずに、日に日に焦燥に駆られていたのだが、意外な人物が救いの手を差し伸べてくれた。

64ウルトラ5番目の使い魔 21話 (9/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:40:20 ID:kt/u.sO.
「そこの横穴を入れば、今は使われていない水道跡に出られる。そこから、王宮内部の噴水につながる水道へ出られるはずだ」
「本当に、その地図信用できるのかね? あのわがまま王女のことだから、衛士隊の宿舎のまん前に出たなんてことになったら
冗談じゃすまないのね」
「……疑うということは、安全を保つ上で必要なことだ。だが、行動を起こすには信じないと始まらないよ。あのお姫様、イザベラ様だっけ?
私はそんなに悪い子には見えなかったけどね」
 
 そう、ふたりにこの抜け道を教えてくれたのは過去何度もタバサを苦しめてきたはずのイザベラだった。
 
 もちろん、イザベラのことを好いていないシルフィードはイザベラに力を借りようなどとは考えていなかった。出会ったのは偶然で、
施しのパンを求めて立ち寄った聖堂で、たまたま隣に並んだ黒いフードを目深にかぶった女性に、ジルがなにげなく声をかけたのだが。
「もし、さっきから顔を伏せられていますが、具合でも悪いのですか?」
「……うるさいね、ほっといてくれよ」
「んなっ! なんなのね、ジルがせっかく親切で言ってあげてるってのに! ん? お前……あっ! バ、バカ王女!」
 それがイザベラだったのだ。
 もちろんその後、シルフィードの大声で騒ぎになりかけ、慌てたジルがふたりを無理矢理に連れ出してなんとか事なきを得た。
 だが、突然わけもわからずに連れ出されたイザベラはたまったものではない。
「なんなんだいお前たちは! わたしをどうしようって言うんだ。人買いか? 身代金でもとろうってのかい!」
「キンキンうるさいのねバカ王女! おねえさまにこれまで散々ひどいことしておいて、ここで会ったが百年目なのね」
「おねえさま? 誰のことだい? わたしはあんたなんか知らないよ」
「タバサおねえさまのことなのね! あんたの悪行、わたしがきっちり思い知らせてあげるの」
「タバサ? そう、お前たちシャルロットの知り合いってことかい」
 それでシルフィードがイザベラと乱闘になりかけたのを、ジルがおさえたのは言うまでもない。
 しかし何故こんな街中に王女のイザベラが? ジルも、無能王の娘の悪い評判はしばしば耳にしていたが、実際に目にするのは
初めてというよりも信じられないのが大きい。そのため事情を納得するまでには少々時間がかかったが、要約するとイザベラの身が
危険になってきたということであった。
「こないだの両用艦隊の反乱くらい知ってるだろ。あれで、王権への信頼が一気になくなったのさ。それで、カステルモールの
奴が言うには、一部の貴族たちの中でとうとう王の暗殺まで持ち上がってるらしい。当然、王の娘のわたしも安全じゃないから、
プチ・トロワから逃げ出してきたわけさ」
 吐き捨てるようにイザベラは言った。普通に考えたら、王宮の中にいたほうが安全と思われるが、イザベラはそれを捨てていた。
今の王宮に、いざとなったときイザベラを本気で守ろうとする兵士がどれだけいるか? イザベラは少なくとも、兵士は主君に
無条件の忠誠と奉仕をおこなう人形ではないということを、今は知っていたのだ。
 権力あってこそ、人は人にかしづく。イザベラの横暴は、その権力を失ったときへの恐怖の反動でもあったかもしれない。
「わたしは嫌われ者で、家臣たちは本音ではシャルロットを好いていることくらい理解してるさ。カステルモールのやつくらいかね、
わたしの味方なのは……ま、そいつも各地の小反乱を抑えに出て行って、もう、宮殿でわたしの安全なとこはないのさ」
「あんたの父親、ジョゼフ王に守ってもらおうとは思わなかったのかい?」

65ウルトラ5番目の使い魔 21話 (10/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:42:00 ID:kt/u.sO.
「父上は、会ってさえくれなかったよ。バカ娘に愛想を尽かしたのか知らないけど、わかってるさ……父上は、わたしに愛情なんか
持っちゃいない。物は与えてくれるけど、思い返せばそれしかしてくれたことないんだ」
 そうして、イザベラは生まれてから今日まで、あの父に頭をなでてもらった思い出のひとつもないと自嘲げにつぶやいた。
 そんなイザベラの、冷え切った親子関係を聞いて、ジルとシルフィードも心にやりきれない思いを抱かざるを得なかった。
 ジルは以前、家族の復讐のために命をかけた。そうするだけの愛が家族にあったからだ。
 シルフィードも、タバサの使い魔になる前は両親と暮らしていた。厳しいながらも、大切にしてくれた父と母だった。
 けれども、イザベラにはそれがない。家族に愛されることなく育たなくてはいけなかった、そんな苦しみを吐露した彼女に、
憎らしさを感じ続けてきたシルフィードでさえも言葉を詰まらせずにはいられなかった。
「なんだい、同情なんかいらないよ。それより、お前たちシャルロットの連れなんだろ? 呼び出した覚えもないが、あの人を
バカにした面が見えないがどうしたんだい」
 それでやっと、シルフィードは自分の目的を思い出した。
 ただこのとき、シルフィードにイザベラに助けを求めようという気持ちはなかった。ひねくれた育ち方をした環境には同情するが、
その腹いせにタバサに無理難題を何度も押し付けてひどいめに合わせてきたのは事実だ。そのことを思い出すとむかっ腹が立ち、
シルフィードはジルが止めるのも聞かずに、タバサの身に起きたことをイザベラに洗いざらいぶちまけた。
「シャルロットが、行方不明? しかも、叔母上が宮殿に幽閉されてるですって!?」
「そうなのね、全部あんたのお父さんのせいなのね。お前なんかに関わってる暇なんかなかったのね! ジル、行こうなのね」
 嫌いな相手に思う様言い尽くせたことで、シルフィードはもう顔も見たくないというふうに立ち去ろうとした。
 だが、肩をいからせて立ち去ろうとするシルフィードをイザベラは呼び止めた。
「待ちな、意気込みはいいが、どうやってヴェルサルテイルに忍び込むつもりなんだ? わざわざ捕まりにいくようなもんだよ」
「そ、そんなこと、お前に言われなくてもわかってるのね。だから困ってるのね!」
「ふん、嘘のつけない奴だね……まあいい、こいつを持ってけ」
 そう言うと、イザベラはジルに畳まれた羊皮紙の紙片を投げ渡した。それが、王宮へとつながる地下道の地図だったのだ。
「あんた、これは!」
「少し前ならわたしが連れて入ってもよかったが、今のヴェルサルテイルは要塞みたいなもんだ。だが、その抜け道は王族が
万一のときのために用意されたもんで、存在を知ってるのは王族だけだ。やる気があるなら使ってみな、たぶん気づかれずに
忍び込める唯一の方法だよ」
 そんな大事なものを惜しげもなく……さすがのジルも驚いたが、イザベラは一顧だにしなかった。
「勘違いするんじゃないよ。別に罪滅ぼしなんてつもりじゃない。あのシャルロットが簡単にくたばるものか、わたしがなにを
やってもいつも悔しがらされるのはこっちだった。いずれまた、わたしを笑いに帰ってくる。だから、あいつの一番大切なものを
わたしのものにしておいてやるのさ。「あんたの母上はわたしのおかげで助かったんだよ」ってさ! ははっ、あいつは一生
わたしに頭が上がらなくなるんだ!」
 そうやって一方的に笑うと、イザベラはすっとジルとシルフィードに背を向けて歩き出した。なかば唖然として見送るジルと
シルフィードの前で、粗末なフードに身を隠したイザベラの姿はあっというまに町の風景の中に溶け込み消えていく。
 どこへ向かったかはさだかではない。去り際に、ジルがどこへ行くのかと尋ねたときも、知人のところでしばらく身を隠して、
あとはそれから考えると言い残しただけであった。
 しかし、嫌われ者のイザベラをわざわざかくまう奴がいるのだろうか? まして権力も金もない今のイザベラをかくまうなど、
そんな物好きな人間が……?

66ウルトラ5番目の使い魔 21話 (11/11) ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:42:57 ID:kt/u.sO.
 イザベラの考えはシルフィードにはわからない。しかし、大切なことは、念願であった王宮への侵入方法が手に入ったということである。
「あいつ、本当におねえさまを助けるつもりなのかね……?」
 わからない……シルフィードの知っているイザベラは残忍酷薄で、タバサの不幸を知っても笑いこそすれ助けようなんて
絶対にしなかったはずだ。
 それでも、立ち止まることは許されない。今の自分たちには、あえて虎穴に飛び込むしか道はないのだから。
 
 イザベラの地図を頼りに、ふたりは下水道から迷路のように地下道を歩き、とうとう宮殿の真下に位置する終点にたどり着いた。
「ここだ、上がるぞ」
 暗い通路の行き止まりに、古びた鉄のはしごが十数メートルの高さにまで伸びている。その上はふたになっているようで、
人一人分くらいのすきまから地上の光がわずかに漏れてきている。
 ジルがまず、さびだらけのはしごを昇り始めた。それに続いて、シルフィードも昇り始める。
「うう、汚いはしごなのね。シルフィはきれい好きなのに」
「文句を言うな。シャルロットはきっと今頃、もっと大変な戦いをしているんだぞ」
「そ、そうね! おねえさまのためなら、ばっちいのくらいなんてことないの!」
 シルフィードは甘えてなんかられないと自分を叱りつけた。だがそれにしても、ジルはするすると猿のようにはしごを昇っていく。
とても片足が義足だとは思えない身軽さに、さすがはおねえさまのおねえさまだと信頼を深くした。
「出るぞ、これから先は私がいいと言うまでは一言もしゃべるな」
 天井のふたに手をかけてジルは言った。シルフィードは慌てて手で口を抑えようとして、はしごから手を外しかけてまた慌てて戻した。
 抜け穴のふた、多分外からはマンホールのようになっているのであろうそれを、ジルは力を込めて持ち上げた。
 パラパラと砂が降ってくる。そして、そっとすきまから顔を覗かせてあたりを確認し、素早く外に飛び出すと、シルフィードに
上がってこいと合図した。
”ここは……やった! 間違いなく王宮なのね”
 そこはヴェルサルテイル宮殿西花壇の水車小屋の片隅であった。ジルが注意深くあたりをうかがっているが、どうやら回りに
衛兵はいないようであった。
「案内できるか?」
 ジルの問いに、シルフィードは自信たっぷりにうなづいた。幸いなことに、ここからキュルケとタバサの母がとらわれている
牢はさして離れていない。王宮の地形は何度も空から見てバッチリ頭に入っている!
 シルフィードは駆け出し、ジルは辺りを警戒しながら小走りで続く。よくわからないが、今王宮の中は手薄なようだ。
”おねえさま、あなたの使い魔は立派にお役に立ってみせますなの。がんばるの!”
”おかしい。宮殿の中だってのに妙に人の気配がしない。いやな予感がする……思い過ごしならいいんだが”
 ふたりは走る。キュルケとタバサの母を奪還し、帰りは抜け道を使ってリュティスの郊外まで逃れる。
 あとは頃合を見てシルフィードで一気にトリステインに飛び込む。そうしたらもうガリアは手を出せない!
 
 
 だが、ふたりの計画が成功する可能性はこの時点で限りなく低くなっていた。
「ジョゼフ様、王宮に侵入者が……おや、これはこれは。シャルロット様の使い魔の仔竜ですよ」
「ほお、おもしろい。シャルルへのみやげ話がもうひとつできそうだな。遊んでやれミューズよ、なんなら殺してもかまわんぞ」
 
 
 続く

67ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2014/06/25(水) 02:44:16 ID:kt/u.sO.
以上です。これからも本作をよろしくお願いいたします

68名無しさん:2014/06/28(土) 05:51:04 ID:6lwmgzz6
うおお、シェフィールド生きてた。
助けは間に合うのか、それとも知恵と勇気で切り抜けるのか。
どちらにせよ続きを楽しみにしてます。

69ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:22:17 ID:WGhDb4EY
皆さんこんばんわ。、ウルトラ5番目の使い魔22話投下準備できましたので始めます。

70ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:25:35 ID:WGhDb4EY
 第22話
 必殺必中! 暁の矢
 
 岩石怪獣 ゴルゴス 登場!
 
 
「おめでたい子たちね。逃げたあなたがいずれ残ったふたりを取り戻しにやってくるのは明白。そちらの片足さんは少しは手こずりそうだったから、ずっと前から罠を張って待たせてもらっていたわ。おもしろいくらいにかかってくれたわね」
「きゅいいい、卑怯なのね。それに、あんたがバカ王様と組んでおねえさまを苦しめていたのね。ぜったいに、ゆるさないのね!」
「落ち着け、カッカしたら奴の思う壺だぞ。まあ、どうせ罠があるとは思っていた。さて、これだけ分が悪い戦いはキメラドラゴン以来だな。矢玉の数が足りればいいが」
 
 ジルとシルフィードは今、最大のピンチに立たされていた。
 キュルケとタバサの母を助け出すために潜入したヴェルサルテイル宮殿の奥深く、異様なまでにたやすく潜り込めたと思ったが、やはりそれは甘かった。
 牢獄には警備のガーゴイルがいるはずなのに、脱出のときにあれだけ苦労させられた奴らはまるで見えなかった。そして、牢獄にたどり着けたと思ったとき。
「赤いの! 助けに来てやったのね!」
「バカ! これは罠よ。早く引き返しなさい!」
「そんなことは当に見当がついているよ。ご丁寧に牢の前に鍵がぶらさげてあれば馬鹿でも疑う。とはいえ、ほかに方法もなかったようなのでね……ほら、来たぞ」
 ジルが牢の鍵を開けた瞬間、轟音が鳴って牢獄自体が崩れ落ちた。一同は、ドラゴンの姿に戻ったシルフィードの影に隠れて降り注いでくる瓦礫から身を守り、レンガ作りの貴人用の牢獄は積み木の建物のようにバラバラになった。
 空が見える。牢獄が崩れた粉塵が収まり、シルフィードの影から這い出たジルとキュルケはそう思った。タバサの母も、眠ったままで毛布にくるまれて無事である。
 しかし、無事であったことに、『今のところは』というただし書きをつける必要があることを一同は思っていた。
「囲まれてるな」
 ジルは、やっぱりなというふうにつぶやいた。隣ではキュルケが、まったくもう、とばかりにため息をついている。
 状況はまさに、一瞬にして最悪に陥っていた。たった今まで牢獄だった瓦礫の周りを、無数のガーゴイル兵が取り囲んでいる。数は見たところ、適当に見積もって三十体以上。どいつもこいつも剣や槍、長弓や斧などぶっそうな装備を身につけていた。
 それだけではない。ガーゴイル兵たちのすきまを埋めるように、狼の形をしたガーゴイルが凶暴なうなり声をあげて、鋭い牙をむき出しにしてこちらを睨んでいた。その数はこちらも三十体ほど、逃げる隙間などどこにもありはしない。
 そして、包囲陣を強いているガーゴイルたちのなかで一体だけ空を飛んでこちらを見下ろしているコウモリ型のガーゴイルから、あざける女の声が響いてきたのである。
「ウフフ、アハハ、ようこそ韻竜のお嬢さん。待っていたわよ」
 その声を聞いた瞬間にシルフィードの背中に悪寒が走った。この声の主は、シルフィードにとってジョゼフとイザベラに次いで憎むべき相手である。
 怒りの念がシルフィードの心にふつふつと湧いてくる。こいつらだけは許すことはできない。
 そして、この場に及んでジルとキュルケも腹をくくった。見え透いた罠だったが、どのみち遅かれ早かれこうならざるを得なかったのだ。
 シェフィールドの勝ち誇ったあざけりにシルフィードとジルが買い言葉を返し、続いて初対面となるジルとキュルケが視線を合わせた。
「ふぅん、シャルロットから話は聞いていたけど、あんたがあの子の友達か、なるほど……ふぅむ」
「なにあなた? 勝手に人の顔をジロジロ見て、失礼じゃありません?」
「いいや、感心しているのさ。これだけ長く閉じ込められて、なお狩人の目をしているのはなかなか根性あるね。これはあんたの杖だろ? ご丁寧に隣の部屋においてあったよ」
「それはありがとうございます。あの女、完全にわたしたちを舐めているわね。希望を持たせた上でなぶり殺しにしようという腹でしょうが、ふっ、ふふふ……このキュルケ・アウグスタ・フォン・ツェルプストーをバカにするとどうなるか、思い知らせてあげようじゃない!」
「ふっ、いい目だね。私はジル、しがない猟師さ。まあ、狩る獲物は少々ゲテモノが多いが、今回は格別だな。シャルロットはこんな奴らと戦わされてきたのか……いいね、あの子の怒りと悲しみ、私にも伝わってきたよ」
 キュルケとジルは背中合わせにして陣を組んだ。ふたりとも、出会ってまだ数分であるが、相手が信頼に足る人間だと感じていた。ジルはキュルケの熱い言葉にタバサが誇らしげに語っていた話と一致させ、キュルケはジルがタバサの本名をなんの抵抗もなく呼んだことで、ふたりのあいだに並々ならぬ信頼があるのだと読み取っていたのだ。

71ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:28:12 ID:WGhDb4EY
 そして何よりも、ふたりとも若くても歴戦の戦士である。戦場での決断の遅さが致命を招くことをよく知っていた。
「フフフ、トライアングルクラスとはいえしょせんは学生。もうひとりは魔法も使えないただの平民。新しいガーゴイルのテスト代わりに遊んであげましょう。シャルロット姫のいないあなたたちなど、私の敵ではないわ」
「どうかな? お前はシャルロットをそれなりに見てきたようだが、なにも学ばなかったようだね。私は、あの子からはいろいろ教わったよ。赤毛の、あんたはどうだい?」
「どうかしらね? ただ言えるのは、わたしをタバサより弱いと思うのは大間違いということ! あなたこそ、平民がこれだけのガーゴイルにどう挑むのか、拝見させていただこうじゃない!」
 その瞬間、シェフィールドの指揮ガーゴイルの目が光ると同時にガーゴイル軍団がいっせいに仕掛けてきた。
 ジルとキュルケは、猛然と襲い掛かってくるガーゴイルの攻撃に対して、ぱっと身をかわす。戦士の姿をした鉄人形の剣や槍がたった今までふたりのいた場所を刺し貫き、しかし間をおかずに後続の軽装のガーゴイルがレイピアのような剣を振りかざして向かってくる。
 だが、突撃してくるガーゴイルを真正面にしてキュルケは杖を振りかざし、その燃えるような赤毛よりさらに赤い火炎をガーゴイルに叩きつけた。
『フレイム・ボール!』
 ラインクラスの中級攻撃魔法。しかし、その威容はガーゴイル一体をまるごと飲み込む小型の太陽さながらの豪火球であった。
 直撃、そして半瞬後に鎧騎士の人形は黒焦げの鉄くずに変わり、バラバラに崩れ落ちてしまった。熱で溶けることすら許されずに、一瞬の灼熱で砕かれてしまったのだ。
 バカな! こんな威力はトライアングルクラスではありえない! シェフィールドは我が目を疑った。
 けれども、それは目の錯覚でもまぐれでもなかった。キュルケはその後、三体もの歩兵ガーゴイルを同じように血祭りにあげたからである。
 これにはシルフィードも驚いた。キュルケの魔法は何度も見てきたが、これほどまでの火力はなかったはずだ。
 するとキュルケは、優雅に髪を払い、しかし眼光は鋭いままでその疑問に答えた。
「別に驚くことではないわ。魔法の力は使い手の心の力に比例する……火の系統の真骨頂は、情熱と、怒り。わたしの心は今、これまでにないくらい燃えているのよ。わたしをコケにしてくれたあなたたち、そしてなによりも、タバサを助けてあげられなかったあのときのわたしの無力さへの怒りでね!」
 そのとき、シルフィードはキュルケの後ろにゆらめく陽炎のようなものを見た気がして、ぞくりと身震いをした。

72ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:29:46 ID:WGhDb4EY
 キュルケが怒っている。いつもは人を食った態度を崩さず、感情を表に出すときも、どこか優雅さを漂わせるキュルケが感情むきだしで怒っていた。
「牢獄につながれているあいだ、ずっと思い続けていたわ。あのとき、わたしにもっと強い力があれば、むざむざとタバサを犠牲にすることはなかった。なにがあの子を助けてあげるよ、自惚れていた自分をこれほど憎んだことはないわ。タバサから借りひとつどころじゃないこの屈辱……覚悟なさい。今日のわたしは悪魔より恐ろしいわよ!」
 怒りと後悔と屈辱と誇りが、今のキュルケの魔力を過去なかったほどに引き上げていた。キュルケは自信家で、その自信にまったく恥じないだけの実力を有しているが、それは裏返せば自惚れにも値する。それが敗北と幽閉という二重の屈辱で打ち砕かれて、幽閉されていた期間に練り上げられていた怒りと、溜め込まれてきた魔法力がシェフィールドの登場で一気に解放されて爆発したのだ。
「すごいのね。タバサおねえさまと同じくらい……いえ、それ以上かも」
 めったにタバサ以外を褒めないシルフィードが本気で驚いていた。元々、タバサに勝るとも劣らない才能の持ち主であったのが、自分の限界を突きつけられたことで一気にその壁を超えたのだ。今のキュルケは間違いなくスクウェアクラス、いや、昇格した勢いが有り余っている今ならば、あの『烈風』などにも匹敵するかもしれない。
 キュルケは今度は自分に向かってきた重装騎士のガーゴイルを一撃で消し炭にした。しかし数十体のガーゴイルはなおも目だって数を減らした様子はない。まだシェフィールドの側が圧倒的に有利であった。
「おのれこしゃくな。だが、このガーゴイルたちはただの騎士人形ではない。いずれもかつてメイジ殺しと恐れられたつわものを再現した特別製なのよ。そして、あなたたちを取り囲んでいる狼型のガーゴイル、フェンリルは本物の狼と同等の俊足と獰猛さを持っているわ。逃げることは絶対に不可能! 赤毛の小娘のランクアップは意外だったけど、あなたひとりでどこまで耐えられるかしらねえ?」
 シェフィールドの言うとおり、いくらキュルケが強くなったとはいってもガーゴイルはまだ何十体も残っていた。しかも、キュルケを手ごわしと見るや、うかつに近づくのをやめて、遠巻きにしながら弓や銃を持ち出してきたのだ。風の系統と違って火の系統は守りに弱い弱点を持っている。
 四方八方から矢玉や銃弾を送り込まれたら、いくらスクウェアクラスに昇格したキュルケでもやられる。しかもガーゴイルはシェフィールドの言うとおり、動きに無駄がなく素早い。飛び道具の狙いが外れることは期待できそうもない。おまけに、狩りの名手である狼の力を持つというフェンリルもいるなら、逃げ回りながら戦うのも難しい。
「ちょっと、まずいかもね……でもないか」
 少しだけ焦りを見せたキュルケだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべてくすくすと笑った。

73ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:30:47 ID:WGhDb4EY
 彼女を包囲しているガーゴイルから銃弾や矢が飛んでくることはない。なぜなら、ガーゴイルたちはそれどころではない事態に陥っていたからだ。
「あらまあ、わんぱくなワンちゃんたちだこと」
 なんと、ガーゴイルたちに向かって、味方であるはずのフェンリルが襲い掛かっていた。本物の狼同様に鋭い爪と牙を持つフェンリルが食らい付いていく度に、ガーゴイルたちの鎧がちぎられ、体の一部であった鉄の破片が飛び散っていく。
 こうなると、ガーゴイルたちもモデルになった人間の思考パターンの一部を受け継いでいる以上、反撃せざるを得ない。あっというまに場は鋼鉄のガーゴイルと鋼鉄の狼が互いに相食む混乱の巷と化した。そしてむろん、これはシェフィールドの意思などでは断じてなく、慌てたシェフィールドが指揮ガーゴイルの目を通して原因を探し回ったところ、涼しい顔をしているジルが視界に入ってきた。
「この始末はお前の仕業か、こじき女! いったい私のフェンリルになにをした!」
「フン、今頃わかったかバカめ。別にたいしたことじゃない、ちょっと薬を嗅がせてやっただけさ」
 そうしてジルは、パラパラと砂のように細かい薬がこぼれてくる小袋をかざして見せた。
「ファンガスの森のマンドラゴラなどから作った毒薬さ。私の家系は代々猟師で薬には詳しいんでね。人間には無害だが、鼻の効く狼や熊なんかが嗅げば、当分のあいだ錯乱して暴れ続けるのさ。フェンリルとか仰々しい名前をつけるだけに、嗅覚も本物なみにすごいようだからよく効くね」
「き、貴様っ。よくも舐めた真似をっ!」
「舐めた真似はあんたのほうだろ。赤毛の嬢ちゃんに気をとられて、私が風上に回ってるのに気づかなかったのが悪いのさ。おまけに自分の飼い犬の弱点も忘れてるなんてね。シャルロットは小さいときから相手を舐めたりしないいい子だったけど、自称飼い主のお前たちは飼い犬にも及ばないようだね」
「なっ、に……っ!」
 あざけるジルの言葉に、シェフィールドはガーゴイルの向こうで奥歯が削れるほど歯を食いしばった。
 単純にプライドを傷つけられたことだけではなく、タバサ以下とののしられたことがシェフィールドの血液を沸騰させた。
”私が、私がシャルロットより劣るだと? 冗談ではない、このガリアで一番有能な者はこの私だ。ジョゼフ様のおそばにいる私がそうでなくてはならないんだ!”
 シェフィールドの脳裏に、絶対的な戦力を与えられていながら敗北を喫したロマリアでの記憶がまた蘇る。
 いやだ! また無様をさらしてジョゼフ様のお役に立てないのはいやだ!
 不問にされたとはいえ、シェフィールドにとってあの敗北は大きなトラウマになっていた。このガーゴイルの兵団はロマリアに攻め込む前から、いずれジョゼフのために役立てようと準備していた虎の子で、晴れやかにお披露目できるのを心待ちにしていたというのに、この惨状はなんだ? ゲルマニアの小娘と泥臭い平民ふたりに一方的にやられている。

74ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:32:16 ID:WGhDb4EY
 シェフィールドはこんなはずではなかったと、名誉挽回のチャンスが崩れていく音を自分の中に聞いた。
 今、シェフィールド本人はジョゼフと共にリュティス上空にガーゴイルで来ている。これから街で暴れている怪獣をジョゼフの虚無魔法で倒し、ロマリアのお膳立てで救世主の光臨ショーをはじめようという大事なときに、その門出に花を添えるどころか泥を塗るなど許されることではない。
 しかし、ジョゼフのこととなると我を忘れるとはいえ、シェフィールドも本来は怜悧な頭脳の持ち主である。悔しいが、このふたりはタバサに匹敵する手ごわい相手だということを認めるしかない。そうなると、怒りに代わって憎悪がふつふつと湧いてくる。
 この私の栄光の邪魔をするうじ虫ども、お前たちはもう許さない! なぶり殺しにするつもりだったが、もう一思いに息の根を止めてくれる。しかし、そのためにはやつらの弱みを突いて攻めなくては……そうだ!
「ガーゴイルどもよ、シャルロットの母親を人質にとれ! その半死人を肉の盾にして小娘どもを叩き伏せろ」
 キュルケははっとなった。タバサの母はまだ深い眠りについていて、守りはシルフィードしかいない。しかも、今飛び上がれば咥えて持ち上げるにせよ背中に乗せるにせよ、ガーゴイル兵の銃弾や矢が無防備なタバサの母を襲うだろう。
 ガーゴイル兵の一団がタバサの母を守っているシルフィードに襲い掛かる。キュルケはファイヤーボールで妨害しようとしたが、うかつに撃てば火の粉が飛び散ってかえって危険だと気づいた。
 いけない! 母親にもしものことがあったらタバサに向ける顔がない。
 だが、焦るキュルケにジルが落ち着いた様子で告げた。
「大丈夫さ、見てな」
「え?」
 ジルの落ち着き払った顔に、キュルケも一気に毒気を抜かれて思わず立ち尽くしてしまった。
 だがそんなことをしているうちにも、手に手に恐ろしい武器を持ったガーゴイルたちはシルフィードに迫っていく。
「ちょ、ちょーっと! 赤いのにジル! なにしてるのね、助けてなのねーっ!」
 当然シルフィードはおもいきり慌てて叫ぶけれども、ジルはそ知らぬ顔である。これにシェフィールドは、相手はなにを思ったか知らないが、これでうるさい子竜は始末してタバサの母を奪えると確信した。
 しかし、あと一歩までガーゴイルがシルフィードに迫ったとき、ジルはシルフィードに向かって叫んだ。
「おびえるな! なぎはらえ!」
 その一声が恐怖に固まっていたシルフィードの体を反射的に動かした!
「きゃあぁぁぁーっ!」
 悲鳴をあげながら、シルフィードは思い切り前足で目の前に迫ってきたガーゴイルを殴りつけた。
 するとどうか? ガーゴイルは一撃でひしゃげて吹っ飛ばされ、後ろから来ていた二体を巻き添えにしたあげく、立ち木にぶつかってバラバラになって果てた。鉄でできたガーゴイルがである。

75ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:33:19 ID:WGhDb4EY
 唖然とするキュルケ。しかし一番信じられないのはシルフィードのほうだ。
「あれ? シルフィ、今、いったい……?」
 きょとんとするシルフィード。たった今、ガーゴイル三体を自分が破壊したのだが、まるで実感が湧かない。
 すると、ジルがシルフィードに当たり前のように告げた。
「不思議がることはない。お前には元々、そのくらいのガーゴイルを倒せる力はあったんだよ。いや、身についていたけど気がついていなかったんだな」
「シ、シルフィに、そんな力が?」
「なにもおかしくなんかないさ。お前はドラゴンだ、ドラゴンは地上で最強の種族だ。お前は子供だが、裏を返せば成長期でもあるんだよ。これまで、シャルロットを助けて冒険を続けてきたんだろう? その中で、お前も強くなっていたのさ」
「で、でも、おねえさまはそんなこと一回も……」
「シャルロットは優しいからね、お前を必要以上に戦わせたくなかったんだろう。だが、今のお前に必要なのはシャルロットを取り戻すために戦う力だろう? 自信を持て、お前はドラゴン、しかも人に劣らぬ叡智を持つ韻竜の末裔だ!」
 その瞬間、シルフィードは平手打ちをされたような衝撃を体の芯まで受けた。
「っ! そうね。シルフィだって、戦わなくちゃいけなかったのね。おねえさまに甘えてちゃいけない、シルフィが誰より強くなれば、おねえさまが危ない目に会うこともなくなるのね! よーっし、こんな人形なんかまとめてぶっ壊してやるのね」
 意を決したシルフィードは即座に腕をふるってガーゴイルを二体まとめてふっとばし、一体を咥えて投げ捨てた。たちまちバラバラになり動けなくなるガーゴイル。
「やったのね、シルフイもやればできるのね」
 しかし襲ってくるのはガーゴイルばかりではない。暴走したフェンリルの数体がシルフィードの尻尾に噛み付き、いたーい! と、悲鳴をあげてしまう。
「調子に乗るからだ。そんなんじゃシャルロットに怒られるぞ」
「ぐぬぬぬ、ジルはおねえさまのおねえさまだからって偉そうなのね。見てるのね、シルフィの本当の力を見せてあげるの!」
 尻尾を振って、シルフィードは食いついていたフェンリルを振り払った。瓦礫に投げ出されたフェンリルに、ジルが爆薬つきの矢を、キュルケが火炎魔法を放ってとどめを刺す。
 もはや形勢は完全に逆転していた。統制を失ったガーゴイルとフェンリルを、ジル、キュルケ、シルフィードはそれぞれ各個に破壊していき、シェフィールドの鋼鉄の軍団は見る影もないスクラップの山へ変わり、劣勢は覆うべくもなかった。
 残数は数えれば足りるほどに減り、そいつらを片付けてしまえば弓矢や銃で狙われる心配なくシルフィードで空へ逃げられる。
 対して、シェフィールドに現状を再度逆転する策はなかった。兵力は壊滅状態で、フェンリルは暴走を止められない。よしんば兵力の再編成ができたとしても、もう戦って勝てる数はいない。

76ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:34:44 ID:WGhDb4EY
 こんなはずでは、こんなはずではなかった。シェフィールドは屈辱に身を焦がしたが状況は変わらない。彼女はタバサの実力は正当に評価しているつもりでいたが、ゲルマニアの小娘はともかく、ただの平民とあまったれな韻竜がここまで障害に
なるとは夢にも思っていなかった。
「負ける、私はまた負ける……」
 敗北の恐怖が死神の鎌のようにひやりとシェフィールドの喉元をなでていく。だが、巻き返す手段がない。予備のガーゴイル兵はいくらかあるものの、いまさら投入しても歯が立たずに破壊されてしまうのは目に見えている。
 このままでは、また私はジョゼフ様の期待を裏切る。その恐怖に押しつぶされそうだったそのとき、彼女の主が笑いかけてきた。
「どうしたミューズよ? なかなか楽しんでいたようだが、どうやら詰められかけているようだな」
「ジョ、ジョゼフ様!? い、いえ決してそのようなことは」
「隠さずともよい。お前の顔色くらい簡単に読めるわ。ふっふっふっ、愉快ではないか、シャルロットがいなくとも、まだ余にはこれだけの敵がいてくれるのだ。おもしろいではないか」
 恐縮するシェフィールドに、ジョゼフは意外にも上機嫌な表情を見せた。しかし、だからこそシェフィールドにはたまらなく怖かった。
「ジョゼフ様、非才の我が身、もはや弁明のしようもありません。あのような小娘たちに、私は」
「くはは、気にするな。単に連中が強かったというそれだけのことだ。昔の余とシャルルのようにな……言ったところで仕方のないこと、お前はまだ復讐のチャンスがあるだけ余より恵まれているぞ? 少しは余の気持ちがわかったか? いくら勝とうとしたところで、誰かが自分の上で立ちふさがってくる。際限なくな」
「は、ジョゼフ様……この無念、屈辱。主の御心の内を今日まで理解できずに来たとは、私は最低の不忠者でございます」
「そうでもない。なぜなら、今まで余の心中を理解した人間はひとりもいなかったのだからな。つまり、一番に余の胸中を理解したお前は最高の忠義者ということだ。まぁ、今の余は、その屈辱と怒りを取り戻すためにあがいているのだがな」
 喉をくくっと鳴らして、ジョゼフは自嘲げに口元をゆがめた。その暗い笑顔と、吸い込まれそうに虚ろな闇が広がる瞳はシェフィールドもこれまで何度も見てきたが、いまだにその奥の奥を知ることはできていない。
「まったく人生というものは思ったことの反対になることのなんと多いことよ。だが、余はともかくお前には屈辱と怒りは不要だな。そういえば忘れていたが、余からお前への復帰祝いがある。受け取るがいい」
 するとジョゼフはシェフィールドに、あることを教えた。
「えっ! あ、た、確かに! いつのまに、このような」
「くくく、こんなことがあろうと思っていたわけではないがな。まあ大人もたまにはいたずらをしたくなるときがあるものよ。それを使って屈辱を晴らすといい。余はこれからロマリアの奴らのために英雄と救世主を演じねばならん。忙しくなるから、あとは頼むぞ」
「はっ、おまかせください」
 シェフィールドは腹を決めた。ジョゼフが与えてくれたチャンス、それがたわむれによるものだったとしても、今度こそ無駄にはできない。なによりこの胸の煮えたぎる屈辱を晴らさなくては死んでも死に切れない。
 そのころ、キュルケたちはガーゴイルとフェンリルの掃討をほぼ完了し、いよいよ撤退にかかろうとしていた。

77ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:36:01 ID:WGhDb4EY
「ようし、これでもう邪魔者はいないわね。久々に暴れたわ、少しは胸がスッとしたわね」
「頼もしい限りだね。今なら追っ手もかからないはず、急いで逃げるよ」
 雑魚は片付けた。長居は無用だと、ジルはシルフィードに合図した。
 派手に戦ったがヴェルサルテイル宮殿は広大で、しかも牢獄は僻地にあるために衛兵が気づいて駆けつけてくる様子はない。よしんば気づいたとしても、衛兵は外からの侵入者を防ぐことに意識の大半を置いているから、中から外へ出て行く者に対しては対応が鈍くなるはずだ。
 だが、あとはシルフィードに乗ってひとっ飛びという段になって、唯一残っていた飛行ガーゴイルからシェフィールドの恨みがこもった声が響いた。
「逃がさないわよ小娘ども、お前たちだけは絶対に生きてここから帰さない。私の顔に泥を塗ってくれたむくい、お前たちの全滅でしか晴らす道はないわ!」
 その瞬間、飛行ガーゴイルの体が爆発した。
 なんだ! 自爆?
 だが、爆発した飛行ガーゴイルの体内から鈍く光る大きな岩のようなものが現れて、ガーゴイルの残骸の山に落ちた。するとどうか、ただのガラクタの山であった残骸が動き出し、周りのほかの残骸や建物の破片、岩石などもが光る岩に吸い寄せられていくではないか。
「なんなのねなんなのね!」
「ちっ、このまま黙って見逃してくれたらありがたかったが、来るぞ!」
「しつっこい女性は殿方の一番嫌うタイプだってこと知らないのかしらね。出たわね怪物、大岩のお化けかしら!」
 シルフィード、ジル、キュルケの前に、ついに最後の強敵が現れた。
 全身が岩石やガーゴイルの残骸を寄せ集めて作られ、四本足で這い回るその全長はおよそ四十メートル。らんらんと光る目と大きく裂けた口から白い蒸気を吹き出し、圧倒的な威圧感を持つ叫び声をあげて迫ってくる。
「ああっはっはっ! 踏み潰せ。もう命乞いをしても許さないわよ! これでお前たちの勝ちはなくなったわ」
「あんた、まだこんな怪物を隠し持ってたのね。でも、こんなでかいのが暴れたら宮殿もただじゃすまないわよ!」
「知ったことではないわ。どうせ遠からず全世界が同じ目に会うのよ。安心なさい、お前たちはほんの少しだけ先にその恐怖を味わうだけ、不幸に思うことはないわ」
 シェフィールドの哄笑とともに、小山のような怪獣は岩石質の巨体からは信じられないほどの俊敏さで突進してきた。
「危ないっ!」
 猛牛のような怪獣の突進を、キュルケとジルはとっさに跳んでかわした。怪獣の通った跡は、地面はへこみ、岩は粉々に踏み潰されて形あるものはなにも残っていない。
 さらにすれ違い様にキュルケが火炎弾を、ジルが爆薬付きの矢を打ち込んだが、怪獣の体にはわずかな焦げ目と小石を少々はがした程度の跡がついただけでダメージとは到底呼べない残念さでしかなかった。

78ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:36:42 ID:WGhDb4EY
 魔法が効かない! 火薬もダメか! ガーゴイルを相手には大活躍したふたりの武器が、この怪獣にはものの役に立たないことが早くも証明されてしまった。
「っつ、固いわね」
「当然だね。奴は山がそのまま命を持ったような怪物だ。それこそ山を崩すくらいの力がないと倒せそうもないってことね」
「せめて土系統のメイジがいればいいんだけど……それにしても、あんな怪物をジョゼフ王はどこから用意してきているのかしら?」
 キュルケの疑問ももっともであった。ジョゼフはこれまで複数の怪獣を使って、数々の暗躍をしてきたことはすでに説明するまでもない。その多くは、以前にジョゼフと手を組んだ怪獣商人チャリジャから譲り受けたものであるが、この怪獣に関しては違った。
 この怪獣は岩石怪獣ゴルゴス。かつて地球でも富士山の裾野に出現した記録が残っている鉱石生命体の一種であるが、この個体はハルケギニアを出身としている。
 その出自は、今から一年ほどを遡る。その頃、ハルケギニアはヤプールの出現の影響によって、眠っていた怪獣が次々と目覚め、地球で言う怪獣頻出期に近い様相を呈していた。むろん、そのすべてをウルトラマンたちが対処したわけではなく、人間だけで解決に導いた事件も数多くあった。それらの事件の中に、このゴルゴスが出現したものもあったのだ。
 それが起きたのはトリステインの東の隣国ゲルマニア。この国は人口の多さと、ハルケギニアでは工業の発達したほうであったので、怪獣出現の例が多かった。以前にアンリエッタ王女が魔法学院に立ち寄った際に、岩石の怪獣がゲルマニアに現れたという話をしたが、その情報はガリアにも伝わっていた。これを聞くなり秘密裏にジョゼフは手を回して、ゴルゴスの核というべき生きている岩石を探させて、ゲルマニア人が倒したものとは別個体を同地で発見入手することに成功していたのだ。
 だがむろん、キュルケやジルたちにとってそんな事情を知ろうが知るまいが状況に変わりはない。ゴルゴスは凶暴な性格で、突進をかわされた腹立ちからか、のしのしと不恰好に方向転換して再度突進しようとしてくるようだ。
「どうやらあのお岩さん、わたくしたちとダンスがしたいご様子ね。ジルさん、あなたお相手してあげたら?」
「丁重にお断りするね。舞踏会は貴族のたしなみだろう? ワン・ツーステップでレッスンしてやったらどうだ」
 ふたりとも減らず口を叩きあってはいるものの、自分が相手をしたくないということに関しては本音だった。ふたりとも怪物退治はベテランと呼べるくらいに経験を積んできたが、別に趣味でもなんでもない。貴族は名誉、狩人は食うために戦うことはあっても、どちらにもならないのに痛い目だけ見る気は毛頭なかった。
 とはいえ、正攻法で勝てる相手ではない。ならばどうするか? 簡単だ、奴はどう見ても空は飛べそうにないから、さっさとシルフィードに乗っておさらばするに限る。
「シルフィード!」
「待ってたのね! ここがシルフィーの見せ場なのね」
 勢い込んでシルフィードが飛んできた。さすが伝説の風韻竜だけあって速い速い、怪獣の向こう側から地面スレスレを滑空してもうすぐそこだ。
 しかし、そのまま飛び乗ってと思った瞬間、ジルとキュルケの眼に恐ろしいものが映った。
「シルフィード! 危ないわ、避けて!」
「へあっ? わっ、なのね!」
 とっさに右に急旋回したシルフィードの眼に、自分とスレスレのところを飛び去っていく無数の弾丸が見えた。

79ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:39:31 ID:WGhDb4EY
 今のは銃撃? けど、鉄砲を持ったガーゴイルはジルとキュルケがみんなやっつけたはず。
 そう思ったシルフィードが弾丸の飛んできた方向を見やると、そこには怪獣がいるだけだった。しかし、よくよく眼を凝らすとシルフィードの体に冷たい汗がどっと湧いてきた。なんと、怪獣の体からガーゴイルの上半身や腕などが銃を持ったまま生えて
こちらを狙っているではないか。
「あ、あああああ、こっち見ないでなのねーっ!」
「離れてなさい! なんてこと、完全に壊したと思ってたのに、怪獣の体になってもガーゴイルが生きてるなんて」
 なんとも気色の悪い光景だが、鉄で出来たガーゴイルの一部がゴルゴスに吸収されてなお活動を続けていたのだ。これでは飛び立とうとしたら狙い撃ちされてしまう。
「こいつを倒さない限り、わたしたちは宮殿から逃げられないというわけね」
「仕方ないわね、タバサはもっと苦しい戦いを毎回していたんだし。シルフィード! タバサの母君を守って待ってなさい。なに、すぐに終わらせるから」
 即座に脱出する道は閉ざされた。残されたのは力で突破する道のみだ! キュルケとジルは真っ向勝負を覚悟した。どのみち長引けば魔法力と武器に限りのあるこっちが不利、無傷で逃げ切れる相手でもない。
 逃げるそぶりも見せないふたりに、形勢逆転と勝利を確信したシェフィールドは、いまやゴルゴスの一部となったガーゴイルの眼ごしに笑ってみせた。
「あははは、まだ戦うつもりなの? 本当にあなたたちはあきらめが悪いわね。そういうところはシャルロットと、あの小娘とよく似ているわね。不愉快だわ、お前たちのような邪魔者がいなければ、ジョゼフ様は今頃はハルケギニアのすべてを手中にできていたものを」
 身も震えるばかりの憎悪の波動だった。確かに、種々の偶然はあったものの、才人たちをはじめとする仲間たちの活躍がなかったらジョゼフはハルケギニアの大半に陰謀の根を張り巡らすことができたであろう。
 しかし、キュルケたちからしたらとんだ逆恨みでしかない。どころか、長年に渡ってタバサを苦しめてきた仇敵だ。恨まれるべきなのは向こうで、おじける理由はなにひとつとしてない。
「あんなのに負けて死んだらフォン・ツェルプストー一代の大恥ね。さあて、タバサならどうやってこの窮地を切り抜けるかしらね? あなた、タバサの先生なんでしょ。なにかいい作戦はないの?」
「お前こそ、ずっとシャルロットに張り付いてた割には考えはないのか? 頭の中身はその無駄に大きい胸にとられてるのかい」
「あら、平民はジョークもお下品ですこと。あなたもそれなりのものをお持ちのようですけど、私はどちらかというと真っ向勝負を所望する家訓で育ったものでしてね。男性も勝負事も、すべて炎のような情熱で我が物といたします。なので、情熱が届かない無粋な輩との戦いはちょっと、苦手かしら」
「フン、貴族はなにかにつけて回りくどくて嫌だな。作戦らしいもんなんて私にもないさ、だが、生き物には必ずなにかしらの急所があるものだ。例えば心臓をつぶされて生きてられる生き物はいない」
「心臓って、あの岩の化け物にそんなものが? はっ!」
 キュルケは、心臓という言葉を聞いて気がついた。あの怪獣は、全身が鉄と岩石でできているけれどもそれがすべてではない。最初に見た、あの光る岩石が無数の瓦礫や残骸を集めて今の形になったのだ。ならば、あの光る岩が怪獣の心臓か脳かはわからなくても、核だということにはなる。つまりは、あの光る岩石を破壊できれば怪獣を倒せるということだ。
「けれど、あの巨大な怪獣のどこに心臓の岩があるというの!?」

80ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:41:29 ID:WGhDb4EY
 キュルケは叫んだ。十万トンはある岩石怪獣のどこに核があるか知る術などあるのか? かつて地球に出現した個体は背中の位置に核の岩石が露出していたからそれを引き抜いて倒せたが、今目の前にいる個体の核は体の中に隠れていて、外から見ることはできない。
 のんびり話させてはくれず、ゴルゴスは口から蒸気を吹き、闘牛のようにふたりを押しつぶしにかかってくる。それをひらりとかわし、さらにガーゴイルからの銃撃もなんとか避けきると、ジルは矢筒から一本の矢を取り出して見せた。
「それは、凍矢(アイス・アロー)?」
 軍の名門の家系に育ったキュルケは、その青い石が矢尻になった矢が特別な魔法武器であることを知っていた。
 ”凍矢” 水の魔法力を込められた矢で、命中すれば強烈な冷波が対象を一瞬で凍結させ死に至らしめる恐ろしい武器だ。その威力は大型の猛獣、幻獣でも一撃で倒せるほどで、かつてジルがキメラドラゴンを倒そうとしたときも、切り札としてこれを用意していた。
「わたしにとって、験担ぎのお守りみたいなものでね。こいつを使って奴を倒す」
「でも、相手は岩でできてるのよ。多少冷やしたくらいで倒せるかしら?」
「そうだろうね。けど、こいつには小さいけれど強烈な冷気が溜め込んである。そこに同じくらいの高熱を叩き込んだらどうなると思う?」
 不敵な笑みを浮かべたジルの言葉にキュルケははっとした。
 凍矢にはブリザードに匹敵する冷気が詰め込まれている。そこに高熱、つまり自分の火炎魔法を加えれば、超高温と低温のふたつの相反するエネルギーはゼロに戻ろうとして一気に膨れ上がる、水蒸気爆発だ。
「恐ろしいことを考え付く人ね。でも、それでもあいつを倒せるかしら?」
「ああ、普通にやったら少々表面の岩をはがす程度で終わるだろう。だから、これを奴の口の中にぶち込む!」
 ニヤリと笑い、言ってのけたジルにキュルケは今度こそ戦慄に近い衝撃を味わった。
 口の中にぶち込む、つまり体内で炸裂させるということだが、言ってたやすく実行してこれほど困難なことはない。なぜなら、怪獣の体内奥深くまで撃ちこむには、奴の真正面から、しかも至近距離で発射する以外に手はないのだ。下手をすれば、そのまま突進してくる怪獣に踏み潰されて終わる。
「過激な作戦ね。見直したわ、格好いい死に様にこだわる貴族は山ほど見てきたけど、あなたほど平然と命を投げ出す平民は始めてだわ」
「わたしたち狩人は、命を奪って命は生きることを知ってるだけだよ。で、どうする? お前が乗ってくれないなら、もう玉砕しかないんだけど」
「フフ、愚問ね。挑戦されて逃げたらフォン・ツェルプストーの名折れ、タバサと二度と肩を並べられないわ。なにより、こんな無茶でスリルに満ちた挑戦、情熱の炎がたぎってしょうがないもの!」
 話は決まった。ジルとキュルケは、その命をチップにしてのるかそるかの大博打に挑むのだ。
 ジルの凍矢は一本、キュルケの精神力も一発に全力を注ぐ。死のうが生きようが二度目は絶対にない。
 瓦礫と足跡だらけになり、荒れ果てたヴェルサルテイルの庭に立つジルとキュルケは、こちらへと狙いを定めて突進の力を溜めているゴルゴスを睨みつけた。対してシェフィールドも、感覚的に戦いの終焉を悟って、興奮を隠しきれずに声をあげる。
「どうやら死ぬ覚悟を決めたようね。ヴェルサルテイルの花壇の真ん中に、お前たちの墓を立ててやるわ。光栄に思って死んでいきなさい」
 シェフィールドの憎悪が間接的になのにゾッとするほど伝わってくる。いい迷惑だが、その憎悪には真正面から応えてやろう。

81ウルトラ5番目の使い魔 22話  ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:42:16 ID:WGhDb4EY
 ふたりに頭を向けたゴルゴスが、口から蒸気を吹きながら突進を始めた。同時にゴルゴスの全身のガーゴイルも銃口のすべてをふたりに向ける。まだ距離は数十メートルはあるというのに、まるで巨大な要塞が動いてきているようなすごい圧迫感だ。
 そして、なによりも寸足らずな見た目をしているくせにゴルゴスの口から放たれる叫び声は猛々しく、声だけは王者のように轟いてふたりを圧倒しようとしてくる。
 だが、覚悟を決めたジルとキュルケは動じない。逃げてと慌てて叫んでくるシルフィードに、黙って見ていなさいと叫び返してゴルゴスに真正面から眼光をぶつけ返した。
「いくぞ、この一発で、奴の息の根を止めてやる」
 ジルが愛用の弓に凍矢をつがえて引き絞った。並の腕力ではビクともしない固いつるがギリギリと大きくしなり、生身の足と義足でしっかと地面を踏みしめて狙いを定める。
 さらにキュルケも杖を高く掲げて、残った魔法力を注ぎ込んでいく。溢れた炎の力がキュルケの周りで揺らめき、彼女の赤毛がまるで本当に燃えているかのようだ。
「光栄に思いなさい。このわたしとパートナーを組めるなんて、タバサのほかは誰もできなかったことよ。さすが、タバサのお師匠ね、敬意を払って、わたしも魔法の全力を出すわ。でもね、正直、今のわたしが全力を出すとどうなるのか自分でもわからないのよ。いっしょに丸焦げにしちゃっても恨まないでね」
「それは心強いな。シャルロットもいずれ、すべてを凍りつかせるすごいメイジに育つだろうから、相棒ならそれくらいはつとめてやらないと足手まといだろう。太陽が落ちてきたようなすごい赤を期待するよ」
 軽口を叩き合い、ジルとキュルケは己の敵に再び眼を向けた。ジルが弓を引き絞り、キュルケが一歩下がって杖を握る。
 すでにゴルゴスとの距離は十数メートル。しかし、不思議なことにふたりの眼には猛スピードで向かってくるはずの怪獣の突進が豚の散歩のようにゆっくりと見えた。シェフィールドがなにかをわめいているようだが、もうふたりの耳には届かない。
 狙うは怪獣の口。それも喉を通り抜けて胃袋にぶち込まなくては意味が無い。だがその代わりに、特別効く薬を調合してやる。体が固くて注射が嫌なら無理にでも飲んでもらおう。心配はいらない、副作用はてきめんだ!
 ゴルゴスが大きく口を開いた瞬間、ジルは矢を放った。白く輝く冷気の帯を引いて、凍矢はゴルゴスの口腔を通り抜けて喉の奥へと飛び込んでいく。
 一瞬を置き、キュルケも魔法を放った。魔法力を最大限に注ぎ込んだ『フレイム・ボール』だ。しかし、それは巨大な火球などというものではなく、むしろ小さな、人の頭程度の大きさくらいしかなかった。
 だが、キュルケの放ったそれが目の前を通過していったとき、ジルは太陽が目の前を通っていったのかと錯覚した。炎ではなく煮えたぎるマグマが凝縮されたような灼熱の玉。わずかでも触れたら肉も骨も残さずに蒸発してしまうだろう。
 白と赤の光がゴルゴスの喉の奥の闇に吸い込まれていき、ジルとキュルケは身を翻した。地面を蹴って左右に飛びのき、頭から庭園の芝生に突っ込んで、体中を芝の葉だらけにしながらゴロゴロと転がった。そのすぐ横をゴルゴスが象の大群のように、体も浮き上がるほどの地響きをあげて通り過ぎていく。ふたりは芝生に体を伏せたままその激震に耐え、そして通り過ぎていったゴルゴスに対して、短く別れを告げた。
「ごめんなさいね」
 突如、ゴルゴスの岩石の全身から蒸気が噴出した。
 そして、次の瞬間。リュティスの街に虚無の光が閃き、ヴェルサルテイル宮殿の庭園に火山が出現した。
 この日、リュティスの市民は救世主の存在を知る。しかし同時に、偽物の希望を打ち砕ける本物の勇者たちが薄氷の勝利を得ていたことを知る者は、まだ誰もいない。
 
 
 続く

82ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2014/08/11(月) 01:44:30 ID:WGhDb4EY
こんばんわ、お久しぶりです。
前回の投下から一ヶ月以上も過ぎてしまいました。ハーメルンへの同時掲載ははじめたのですが、あちらの仕様に合わせて手直しするのに各話かなりの時間を食ってしまっています。
ですが、そのおかげでかなり前に書いた話も見直しできていますので、昔と整合性のない話を書いたりしないよう気をつけるようにしたいと思います。

さて今回はジルとキュルケの初共闘です。本来ではすでに故人のジルが他のキャラとは会うことすらできないのですが、もし生きていたらあの人柄ですからけっこう友人を多く作っていたような気がします。
それではまた次回。まだまだ、かっこいいところは続きますよ。

83名無しさん:2014/08/13(水) 20:55:15 ID:bFl0lw8k
乙です
シルフィが肉弾戦で活躍するとはw

84名無しさん:2014/08/14(木) 20:18:41 ID:PQhymlbM

少しずつだが希望が見えてきたかな

85ウルトラ5番目の使い魔  ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:46:58 ID:kjHCfTJM
皆さんこんばんわ。なんとか、ウルトラ5番目の使い魔23話投下準備できましたので始めます。

86ウルトラ5番目の使い魔 23話 (1/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:49:53 ID:kjHCfTJM
 第23話
 あの湖に希望を込めて
 
 古代怪鳥 ラルゲユウス 登場!
 
 
「いまよ! シルフィード、飛んで!」
「わかったのね! あとはシルフィーにまかせるのねーっ!」
 怪獣ゴルゴスの爆発の炎と煙がヴィルサルテイル宮殿の庭園を焦がす。
 飛び散る岩。かつて建物やガーゴイルの一部だった残骸が白い尾を引いて四方に飛び散っていき、その爆発の起こした強烈な爆風を翼に受けてシルフィードが大空高く飛び上がっていく。
「うわーぉ! やっぱりあなたの背中は最高ね。前より速くなったんじゃないの」
「ふふん、シルフィも日々成長しているのね。さ、こんなところはおさらばしてトリステインまで急ぐのね。しっかり捕まってるのねっ!」
 背中にジルとキュルケ、タバサの母を乗せてシルフィードは一路西を目指して飛んだ。あの爆発の中、超低空で飛んでジルとキュルケを拾い上げて、その大きな体で守って飛び上がったシルフィードもまた、以前に比べて大きく強くなっていたのだ。
 翼を大きく広げ、高空の風を掴んだシルフィードは風韻竜本来の力を存分に発揮して、鳥よりも速く飛翔する。もう王宮警護の竜騎士が気づいても手遅れだろう。風韻竜はこの世のどんな生き物よりも速い、その誇りがシルフィードの胸に芽生えつつあった。
 しかし、リュティスから急速に遠ざかりつつあるシルフィードを背後から猛追する複数の影があった。
「おい、後ろから何か来る。鳥じゃない……ちっ、追手だよ!」
 ジルの狩人として鍛えた眼が、かなたからの刺客を素早く捉えた。黒い点のようなものが次第に大きくなり、コウモリのような翼を持ったガーゴイルの形をとっていく。数はざっと二十体、こちらより速い、このままでは追いつかれる!
「きゅいい! わたしより速いって、どういうことなのね!」
「向こうは余計な人数を乗せてないからな、軽い分速いんだろう。しかしあの女、しつっこいものだね」
「声色からプライドの高さはうかがえたものね。わたしにも見えてきたわ、空中戦用の鳥人型ガーゴイルみたいね。ゲルマニア軍が似たようなものを使っているのを見たことがあるわ」
 キュルケの視力でもわかるくらいだから、かなり近づいてきていると言えるだろう。実際、両者の距離は急速に縮まりつつあった。それはガーゴイルが魔法先進国であるガリア製であることと、もうひとつ、送り込んできた張本人であるシェフィールドの執念によるものだった。
 ゴルゴスが爆破されたとき、シェフィールドはゴルゴスに一体化していたガーゴイルとの交信がすべて消えたことで敗北を悟った。しかし、もはや追い詰められるところまで追い詰められたシェフィールドは、なりふり構わずに手持ちの最後のガーゴイルを使ってまで追ってきたのであった。
「貴様らだけは、貴様らだけは何としてでも生かして帰すわけにはいかない。殺してやる、私のすべてと引き換えにしてでも殺してやる!」
 ガーゴイルやゴーレムは、その操る人間の技量と感情に応じて能力が上下する。今、怒りと屈辱の極致に達したシェフィールドの執念が乗り移ったガーゴイルは、小鳩を見つけた猛禽がごとくシルフィードに襲いかかろうとしている。
 振り切れない! さらにガーゴイルたちはジルが見たところ近接戦用の爪などだけでなく、腹部に奇妙なふくらみがある。
「まずいな。あのガーゴイルども、腹の中に爆薬を抱えてるぞ」
「ええっ! それってもしかして、シルフィーに抱きついて……ドカーン! きゃーっ!」
「落ち着きなさいよ。わたしだってまだ死にたくないんだからね。まったく、もうほとんど精神力は残ってないってのに、度を越えたアンコールは無粋の極みよ!」
 追撃を阻止するため、ジルとキュルケは再び武器をとった。弓に矢をつがえ、杖をかざして呪文を唱える。
 だが、すでに矢玉も精神力も尽きかけている。はたして二十体ものガーゴイルを撃退することができるかどうか。
「きゅいい! ジルにキュルケ、お願いだからお願いするのね! あんなのといっしょにドッカーンなんて絶対イヤなのね!」
「好きな人間がいたらお目にかかりたいわね。あなたは黙って飛んでなさい。ちょっとでも速くね! 疲れたなんて言ってたらみんな揃って花火よ!」

87ウルトラ5番目の使い魔 23話 (2/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:50:55 ID:kjHCfTJM
 シルフィードは全力で飛んで、少しでも敵が追いついてくるのを遅らせようとがんばった。本来ならガーゴイルの到達できないほどの超高空まで逃げるか、雲に飛び込んで撒くかするのだが、これ以上高く飛べば虫の雲に突っ込むことになる。また、こんなときに限って身を隠せるほどの雲は無い。
 つまり、ひたすらに真っ直ぐ飛んで逃げるしかないわけで、シルフィードが振り切れない以上、運命はジルとキュルケに託された。
「残りの矢は三本か。キツいねえ、狼の大群に囲まれたときのことを思い出すよ」
 まずはジルが弓を引き絞り、先頭のガーゴイルに矢を放った。狙いは違わず、矢尻はガーゴイルの頭に突き刺さり、次いで巻きつけられている火薬筒に引火して赤黒い炎がガーゴイルを両隣と後ろにいたのを合わせて四体ほどスクラップに変えた。
 しかし、炎の中から別のガーゴイルが群れをなしてまた出てくる。生き物ではないからひるみもしない様子にジルはうんざりしたように言った。
「狼ならリーダーを潰せば逃げ出すんだけどねえ。これだから貴族の作るものは嫌いだよ、値段だけは張るくせにかわいげがない」
「凍矢をお守りにしてる人がよく言うわね。でも、ガリアの商品はダメなのが多いわよねえ。あの国でショッピングしようと思うと錬金の真鍮めっきと混ざりものの宝石のアクセサリーばっかり。寮で隣の部屋の子に買っていってあげたら、「だから高級品はトリステインの上品なものに限るわ」って言うんだけど、よく見たら『トリステイン王国・クルデンホルフ公国立工房製』って保証書に書いてあるのよね。だから目利きは大切なのよ、まあわたしは目利きされなくても美しいけど」
 芝居の台詞のように早口でまくしたてながらも、キュルケは流れるような繊細さで杖を振るい、凝縮した火炎弾を撃ち放った。
 爆発! またも数体の不運なガーゴイルが使い物にならないゴミになって空に舞い散っていく。まったくもったいない話だ。今ぶっ壊したガーゴイルに使われた分の税金でいくらの没落貴族が仕事にありつけることか。
 ジルとキュルケがほぼ同じくらいの数を撃破したことによって、敵の数はぐっと減った。が、脅威は変わらずに迫ってくる。一体でも取り付かせたらこっちの負けだ。
「ははは、早くなんとかしてなの! 怖い気配がどんどん近づいてきてるなのお!」
「うるさいよ。こっちだって疲れてるんだ。揺らさずにまっすぐに飛びな」
 ジルの矢とキュルケの魔法がガーゴイルたちを狙い撃って吹き飛ばす。しかし、相手も今度は編隊を広く取ってきたので同時に倒せた数はさっきより少ない。
「これが最後の矢だ」
「奇遇ね。わたしも次の魔法で打ち止めみたいよ」
 ふたりは同時に魔法と矢を放った。ガーゴイルの編隊のど真ん中でふたつはひとつになって、先にゴルゴスを粉砕したほどではないが、それなりに大きな爆発を引き起こしてガーゴイルたちを吹っ飛ばした。
 そして……それによってふたりの武器は尽きた。
 ジルは、ふうと息をつくとシルフィードの背中に腰を下ろした。次いでキュルケも杖をしまうと、ポケットから櫛を取り出して髪をすきはじめた。
「ちょちょ! どうしたのねふたりとも! まだガーゴイルはふたつ残ってるのね! すぐ後ろまで来てるのね」
「矢がない」
「精神力もないわ」
 簡潔にきっぱりとふたりは答えた。使える攻撃手段は今ので使いきり、今のふたりはなんのあらがいようもできないただの人間にほかならなかった。
 目の前に迫ってきているガーゴイルに対して打てる手は、ない。この期に及んでじたばたとするよりは、逃げ切れるほうに懸けて余計なことはしないほうがいいだろう。

88ウルトラ5番目の使い魔 23話 (3/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:52:05 ID:kjHCfTJM
「と、いうわけで。シルフィード、あとはよろしくね」
「ええええええええ!!」
 最終的に責任を丸投げされたシルフィードは当然のように仰天した。当たり前だが、彼女としてはジルとキュルケがなんとかしてくれるものと期待していた。なのに、最後がコレとはきつすぎやしないか。
「ちょちょ! シルフィーじゃ逃げられないって言ってるでしょ! まだ二体もガーゴイル残ってるでしょ! ドッカーンてなっていいの! ドッカーンって!」
「矢がなくちゃどうにもならないよ。風韻竜は世界一速いんだろ、もうトリステインとの国境間際じゃないか。根性みせろ」
「ジルの鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
 シルフィードは、平気で無茶ぶりしてくるところもやっぱりタバサの師匠だと思った。超実戦主義で、毎回背水の陣のスパルタを当たり前のようにやってくる。こちらの意思なんかちっとも考えちゃいないのだ。
 追いつかれたら爆弾で丸ごとにドカーン。それが嫌なら必死で逃げるしかないので、シルフィードは文字通り死んだ気になってがむしゃらに飛んだ。
「へえ、ガーゴイルどもが引き離されていくぞ。やればできるじゃないか」
 ほめられてもちっともうれしくなかった。今回一番肉体労働してるのは間違いなく自分だろう。そっちはやることやりきって気が楽だろうけど、こっちだって疲れているんだ、もう少し感謝のこもった言い方はないものか。
 しかし、シルフィードが速く飛べば飛ぶほど疲れるのに対して、ガーゴイルたちは疲労などなく同じ速さで追撃してくる。一度は引き離したものの、またも距離がぐんぐんと近づいてきた。
 まずい……シルフィードは一気に力を出した分スピードが衰えている。そこへ、それを見通したかのようにガーゴイルからシェフィールドの声が響いてきた。
「あははは! どうやらそこまでが限界のようね。あなたたちもよく頑張ったけど、勝負はより多く駒を持つほうが勝つものなのよ。さあ、もう遊ぶのも飽きたわ。このまま揃ってハルケギニアの空に輝く星にしてあげる!」
 勝ち誇るシェフィールドの笑い声。しかし今回は前までと違って油断してはおらず、ガーゴイルたちは無駄な動きをせずにまっすぐに迫ってくる。あの女は今度こそ本気だ。取り付かれたら、有無を言わさず大爆発を起こして吹き飛ばされるだろう。
 対して、こちらには打てる手が尽きている。シルフィードは、羽根の感覚がなくなりそうな中で必死に叫んだ。
「ふたりともーっ! お願いだからなんとかしてーっ!」
 すると、ジルは深々とため息をついてつぶやいた。
「……ふぅ、やれやれ、どうにか逃げ切れてくれと期待したんだけれど、やはり少し無理だったか。仕方ない、できれば使いたくなかったんだけど、奥の手を使うか」
 そうしてジルは片ひざを立ててしゃがむと、義足に打ち込まれているピンを数本引き抜いた。それで義足はジルの足から外れて、ごろりと転がった。
「やれやれ、こいつを作るのには苦労したんだけどな本当に」
「なんですのそれ? ああ、おっしゃらないでもわかったわ。爆弾でしょ、その義足」
 キュルケのQ&Aに、ジルは軽く口元をゆがめると、義足のももの部分の奥に火縄を突っ込んで火をつけた。
 これで爆発する。起爆は十秒後、投擲するタイミングを計っているジルにキュルケが呆れたように言った。
「驚いた人ね。爆弾を足に仕込んだまま、これまで跳んだり跳ねたりしてたの。わたしも大概だけど、あなたほど危険な香りのするレディは見たことないわ」
「使えるものは全部使うのが狩人の流儀でね。前に足をドラゴンに食われたから、今度は腹の中から吹き飛ばしてやろうと思って作ったのさ。シルフィード、腹減ってるなら半分食わせてやってもいいぞ」
「死んでもお断りするのね!」
「そうか、なら向こうにくれてやるとしよう」
 そう言って、ポイとジルと義足を宙に放り出した。義足はそのままくるくると宙を舞って、近づいてくるガーゴイルのほうへと飛んでいく。
 そして、ガーゴイルたちの正面に到達したとき、火縄が火薬に届いて起爆した。そう、例えるならばルイズの失敗魔法くらいの規模の爆発で。

89ウルトラ5番目の使い魔 23話 (4/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:53:46 ID:kjHCfTJM
「うわっ、と! すごいわね、ここまで衝撃が来たじゃない。あなた、いったいどれだけ火薬詰めてたのよ」
「うーむ、昔の恨みで詰めれるだけ詰めてたんだが、ちょっとやりすぎたかな。次はもう少しは減らすか」
「いえ、できれば金輪際やめてくださいなの。歩く爆弾抱えて飛ぶなんておっかないことイヤすぎるの!」
 爆発が晴れると、後にはガーゴイルのカケラも残ってはいなかった。奥の手というよりは最終兵器というんじゃないかという威力で、こんなものを抱えた人間とさっきまで火の粉が舞い散る戦場で戦っていたかと思うとぞっとする。
 それなのに、当のジルはといえば他人事のように涼しげで気にした様子も無い。今度はシルフィードだけでなく、キュルケもジルがタバサの師匠なのだとしみじみ思った。涼しい顔をして当たり前のように過激なことをする。それも冗談ではないレベルで実行するので心臓に悪いったらない。
 とはいえ、ジルの奥の手のおかげでどうにか追手を撃退できたようだ。後ろから迫ってきていたガーゴイルの姿はもうなく、キュルケはやっと一息をついた。
「やっと終わったみたいね。シルフィード、もうゆっくり飛んでもいいわよ」
「きゅい? も、もう大丈夫なのね?」
「ええ、もう追手の姿は見えないわ。それに、いつの間にかもうトリステインの領内に入ってるじゃない。ここから先はのんびりいきましょ」
「そ、そうね。シルフィーもやっと休めるのね。ふぅー」
 全力を出し切って疲れきったシルフィードは、気が抜けたように息を吐いて、ゆっくりとした飛び方に変えた。
 ここまで来たら、もう大丈夫だろう。トリステインに入ってしまえば、あとは魔法学院までたいした時間は必要ない。長い幽閉生活から解放されて、キュルケは懐かしい自分の部屋を思い出して思わずほおを緩めた。
 
 だが、シルフィードが安心して速度を落としたのを見計らったかのように、彼女たちの真上から二体のガーゴイルが逆落としに降ってきたのだ!
 
「きゅいーっ!」
「っ! しまったぁ!」
 二体のガーゴイルにがっちりと組み付かれ、シルフィードは悲鳴をあげ、ジルは怒りの叫びをあげた。
 完全に油断した。ガリアの領域を抜けたとばかり思っていて、自分としたことが気を抜きすぎてしまった。
「くそっ、しつこい女め!」
「言ったでしょう。お前たちは必ず死んでもらうと! こうしてお前たちが油断する時を待っていたわ。勝負は、最後の最後まで切り札をとっておいたほうが勝つのよ」
 シェフィールドの勝ち誇った声がガーゴイルから響く。ジルとキュルケは、必死にガーゴイルを引き剥がそうとするが、人間の力ではビクともしなかった。
「無駄よ。このガーゴイルは自爆用の特別製、一度食いついたら二度と離れないわ。さあ、あと十秒よ、始祖にお祈りでも捧げなさい」
「ふざけるんじゃないわよ!」
 キュルケもジルジルも、とりついたガーゴイルをなんとか引き剥がそうとした。不意を打たれてしまったのは自分たちが油断してしまったせいだ。目的地に着くまでは安心すべきではなかったのに。

90ウルトラ5番目の使い魔 23話 (5/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:55:03 ID:kjHCfTJM
 しかし、ふたりの懸命さもむなしくガーゴイルは離れず、シェフィールドの声だけが愉快そうに響く。
「あはは、そんなことをしても武器も精神力も尽きたあなたたちにはなにもできないわ。ここは高度千メイル以上、不時着しようとしてももう遅い。選ぶなら爆死するか、飛び降りて墜落死するかだけよ」
「ざっけんじゃないってば! タバサなら、あの子なら絶対にあきらめないわ」
「ふん、シャルロット姫ね。ならばお前たちも今すぐに後を追うといいわ!」
「きゅいーっ! そんなことないの! おねえさまはきっとまだ生きてるのね!」
 激昂したシルフィードの声が、あと数秒の命だというのにガーゴイルに突き刺さる。するとシェフィールドはガーゴイルを通して、三人に絶望を叩きつけるべく言い放った。
「なら教えてあげるわ! シャルロット姫はもうこのハルケギニアのどこにもいないのさ。ロマリアの妖怪どもの術によって、別の世界に追放されてしまったんだそうよ。死んで魂になってさえ戻ってこれないような、そんな異世界へね!」
「異世界……!?」
 シルフィードとキュルケは、タバサの屋敷での戦いでタバサを吸い込んでしまった空の穴を思い出した。
 あれが異世界への扉? そういえば、ヤプールもあんなふうに空に穴を開けて違う世界からやってきていた。ならば、タバサを救う方法など……
 キュルケ、ジル、シルフィードの心に雹が降る。やれる限り、できる限り戦い抜いてなお、望みが叶わないものなんだと打ちのめされる絶望が心を掴む。
 そしてなによりも、もう時間がない。シルフィードに取り付いたガーゴイルの体は赤熱化して、あと瞬き一回分で爆発してしまうに違いない。
 打つ手はもはや三人ともなにもなく、墜落していくシルフィードとともにすぐに全員が同じ運命を辿るだろう。もはや勝利を逃すわけもなくなったシェフィールドの笑い声が不愉快に響くが、どうしようもないどうすることもできない。
「さあフィナーレね。最後の情け、お前たちの死に顔だけはこの目に焼き付けておいてあげるわ!」
 起爆の時間が来た。ガーゴイルの体内に仕掛けられた爆弾が膨れ上がり、シェフィールドの興奮も最高潮に達する。
 
 ガーゴイルの目を通したシェフィールドの視界の中で、対になるガーゴイルの体表にひびが入り、炎が噴出すのが見えた。
 終わった。これで連中は死んだ! 爆発を見届けたシェフィールドは、爆発の閃光で自分の目までやられないようにガーゴイルとのリンクを切った。それに一瞬遅れて、ガーゴイルの自爆を証拠としてすべてのコントロールも消滅した。
 やった……これであの連中は死んだ。満足げに微笑むシェフィールドに、ジョゼフが問いかけてくる。
「ミューズよ、片はついたのか?」
「はっ、ジョゼフさま! シャルロット姫の母君と使い魔と他数名、たった今トリステインとの国境近辺にて爆死いたしましてございます」
「そうか……これで、シャルロットの忘れ形見も消えたか。また、なんとも悲しいことだな」
 そんな感情など微塵も感じさせずに言うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げたまま尋ねた。
「死体を回収いたしましょうか?」
「無用だ。シャルロットに見せ付けてやるならまだしも価値はあるが、今はただの屍よ。それよりも、余はこれから忙しくならねばならぬようだ。余は無能王だからな、つまらぬ仕事でこれ以上疲れたくない、すまぬが面倒を引き受けてもらえぬか?」
 そう言ってジョゼフの見下ろした先には、丸こげの死骸と化したカイザードビシどもの哀れな姿が累々と転がっていた。

91ウルトラ5番目の使い魔 23話 (6/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:56:23 ID:kjHCfTJM
 やったのは、もちろんジョゼフである。彼の発動したエクスプロージョンの威力によって、当て馬として用意された怪獣たちは与えられた役目どおりに派手に倒され、彼らの目論見どおりにリュティス中の人間の目を引いていた。
 
「おお、なんだ……あの化け物たちが一瞬で」
「魔法、魔法なのか? けど、あんな魔法見たこともないぞ」
「見ろ! あれ、あの空の上!」
 
 市民の何万、何十万という目が自分へ向いてくるのをジョゼフは感じていた。
 さて、ここまでは作戦どおり。リュティスの市民の頭の中に、エクスプロージョンは最高の形で刷り込むことができた。あとは、市民たちの頭の中が真っ白なうちに、伝説の虚無の名と救世主の存在を刻み込めばいい。
 が、ここまで来てなんだが、ジョゼフは市民に向かって名乗りをあげて演説をぶるということに、気乗りがまったくしなかった。ジョゼフにしては珍しいことに、自信がないと言ってもいい。
「民に語りかける仕事か。シャルルのやつならうまくやったであろうなあ。しかし俺はどうも、なにを言えばいいのか皆目わからん。シャルルとはいろいろ張り合ったが、こいつばかりはな」
「ジョゼフさまは凡人には理解できぬお方。それゆえ、愚民の機嫌とりなどは似合いませぬ。わかりました、ここはわたくしめがジョゼフさまの口となって、愚民どもに甘美な夢を見せてやりましょう」
「フフ、では任せるぞ。では、余はせいぜい偉そうに立っていることとしよう」
 おもしろそうに、ではお手並み拝見とばかりに不敵な笑みをジョゼフはシェフィールドに見せた。
 そしてジョゼフはガーゴイルの上に胸を張って立ち、リュティス全域を鋭い眼光を持って見渡した。その、たくましくも精悍な姿に人々の目は吸い込まれ、まるで神話の英雄のようにさえ神々しく見えた。
 
「あれはジョゼフ王! もしや、いやまさか」
「まさか、あの無能王が! い、いや、しかし」
 
 流れを察した市民たちの動揺が大きくなる。ジョゼフの精悍な姿に見惚れる心と、無能王を疑う心が人々の中でぶつかり合っているのだ。
 しかし、迷い戸惑う気持ちは心を混沌にして、どんなに聡明な人間の心にも空白を生じさせてしまう。
 シェフィールドはまさにその心の空白を突き、全リュティスの市民の心に影のように滑り込んだ。
 
「すべてのガリアの民よ、聞きなさい! この地を襲った悪魔の使者は今倒されました。あなたたちは救われたのです! 見たでしょう、怪物を倒した神々しい光を! あれこそ、始祖ブリミルの与えたもうた伝説の系統、”虚無”なのです! そして虚無を操り、奇跡を起こしたお方こそ誰でしょう! ガリアにあって始祖の血を引くお方! この国の正当なる統治者、ジョゼフ一世陛下なのです!」
 
 風魔法のマジックアイテムで増幅されたシェフィールドの声がリュティス全域に響き渡った。
 市民たちの中をいままでで一番の衝撃と動揺が走った。虚無、まさか! ジョゼフ王が、まさかそんな!
 人々の心は揺れ動き、一部ではすでに壮観なジョゼフの偉容に見惚れている者も出始めている。

92ウルトラ5番目の使い魔 23話 (7/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 01:57:58 ID:kjHCfTJM
 それでも、無能王ジョゼフを疑う目はなお多い。しかし、それでいいのだ。シェフィールドの呼びかけはあくまで呼び水なのだから。ほら、もう本命がそこまで来ている。
 
「リュティス市民の皆さん! 我々はロマリア宗教庁、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の使いの者です。我々は、今この時を持ち、始祖ブリミルの御名においてジョゼフ一世どのを虚無の担い手と認定いたしました!」
 
 聖獣ペガサスを駆って飛び、ジュリオが準備していたロマリアの神官団がジョゼフを前にして高らかに宣言した。
 そして、大勢はこの時に決したと言ってよかった。
 
「おお、あれは本物のロマリアの! すると、やはり本当だったんだ」
「虚無の担い手。始祖ブリミルの再来だ! おお、なんて頼もしいお姿だ」
「ジョゼフ王こそ救世主、ガリアの英雄だ」
「英雄王ジョゼフばんざーい! ばんざーい!」
 
 本当はシェフィールドとジュリオの差し向けた神官とのあいだに、あと二言三言の言葉のやりとりがあったのだが、もはやそれはどうでもよかった。
 怪獣を倒した魔法という直接的な証拠と、なによりハルケギニアで絶対的な権威を持つロマリア宗教庁の公認。それらが絶対的なインパクトと説得力を有して人々の思考を完全に支配してしまったのだ。
 かくして、無能王は英雄王になった。
 リュティスの市民たちは、昨日まで蔑んでいた相手に歓呼の声を送り、ジョゼフもそれに応えてかっこうよく杖を掲げる。
 しかし、ジョゼフの本当の心を知る者は誰もいない。
 なんともはや、予定通り、計画通り。ジョゼフはあまりのたやすさに興奮などなく、ひたすら馬鹿馬鹿しさばかりを感じていた。
”シャルルよ見ているか? 俺は今、英雄になったんだぞ。実に簡単だった、俺は今こそお前を超えることができたのかもしれん”
 心中で棒読みの言葉を並べつつ、ジョゼフは形だけは完璧な英雄王を演じ続けた。もはや眠気さえ覚えてくるけれど、これも英雄のつとめだと思って我慢した。
”それにしてもシャルルよ。俺とお前は昔、この国の民のために国をもっとよくしていこうと誓っていた。しかし、民とはいったいなんなのだろうな……?”
 そしてシェフィールドは、輝ける存在になったジョゼフの勇姿に感動しつつ、精一杯の演出に心を砕いていた。
 無言を貫くジョゼフに代わって弁舌をふるい、ジョゼフの威光をさらに高めるべく訴える。たとえそれがわずかな期間だけの、虚構で作られたものだったとしてもシェフィールドは構わなかった。
 彼女は思う。ジョゼフさま、あなたは今まさに何者にも負けないくらい輝いております。たとえあなた様がそれを望まなかったとしても、ジョゼフさまほどの王の才覚を持つ人間などおりませぬ。憎むべきは、類まれな才能をさずかった天才を活かせずにあなどり続ける愚劣なガリアと、世界の人間たちのほうです。ならば、シャルルさまのお耳に届くよう、ヴァルハラまで響く愚民どもの断末魔のオーケストラを奏でてやりましょう。わたくしは永遠にあなた様にお供いたします。そしてすべてが終わった後で、地獄でわたくしが酌をしながらあなた様の覇業を語りましょうと。
 ジョゼフの心に根ざす闇の詳細は、シェフィールドさえせいぜい表層しか理解できていない。従って、こうした行いが本当にジョゼフの喜びになるのか、実のところ彼女にも自信などなかった。

93ウルトラ5番目の使い魔 23話 (8/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:00:27 ID:kjHCfTJM
 しかし、シェフィールドはそれでいいと思っている。自分の考えで計りきれるほどジョゼフの器は小さくも浅くもない。それでも、今の自分にはジョゼフから与えられた役割がある。それがある限り、自分はジョゼフにとって不要なものではないはずなのだから。
 シェフィールドの見渡すリュティスの景色は、すでにジョゼフへの歓呼一色となっていた。これから、ロマリアの口からジョゼフが無能王と呼ばれてきた所業のすべてはエルフによるものだということが語られて、ジョゼフはその洗脳から解放されて救世主として現れたのだと言えばすんなり受け入れられるに違いない。
 そして、憎むべきはエルフだということになり、高らかに『聖戦』が宣言される。ガリアの人間は奇跡の虚無の力に浮かれて、エルフ討つべしと気勢をあげるのも目に浮かぶ。その先に用意されているのは地獄だというのに。
 ともあれ、茶番劇の幕は開いた。あとは大団円まで引っ張れるかは演者の腕にかかっている。だが、世界の破滅の懸かった茶番劇だ、腕のふるいがいがある。なにより、シャルロットをはじめとする邪魔者はもはやいないのだ。
 そう、我らの大望をはばむ者はもういない。ガリアはこれで完全に支配下におき、ロマリアの教皇の権威が後押ししてくれている以上、遮る者はすべて異端者として処理できる。ゲルマニアもロマリアには逆らえないし、小国トリステインなど歯牙にもかからない。もはやハルケギニアをあげた聖戦の発動は決まったも同然なのである。
 邪魔者が消えた以上、自分の残りの人生はジョゼフさまの望みを成就させる一点にのみ使う。シェフィールドの心は情熱で燃え上がり、それ以外のすべてを忘れて輝いていた。
 
 
 が、シェフィールドはこのとき、たったひとつ計算違いをしていたことに気づいていなかった。
 それは、確実に始末したと思ったキュルケたちの生死についてである。
 あのとき、シェフィールドは爆発寸前のガーゴイルから、自分の目がやられることを恐れてリンクを切った。ところが、リンクを切ってから実際にガーゴイルが爆発するまでの間に、ほんのコンマ数秒だけタイムラグがあったのだ。
 もちろん、そんな瞬きひとつするだけで終わってしまう時間でキュルケたちに打てる手などあるわけがない。しかし、シルフィードの必死の努力によってかろうじてトリステイン領空へと飛び込めていたことが、キュルケたちの運命を天国への門から引きづり戻すことになったのだ。
 
 爆発寸前のガーゴイルに組み付かれて墜落していくシルフィード。だが、その様子をトリステインに入ってから、彼女たちの頭上より、ずっと鋭い視線で睨み続けていた者がいたのだ。
 それは、最初は空を飛んでいても誰も気に止めないほどの小さな存在でしかなかった。その正体とは、白い文鳥のような一羽の小鳥である。それゆえ、シェフィールドにもシルフィードにも気づかれていなかったのだが、全速力で飛ぶシルフィードにやすやすとついてくる速さとスタミナは文鳥のものではない。
 そしてその小鳥は、目の前で繰り広げられた戦いをじっと見守り続けていたが、シルフィードがガーゴイルに組み付かれて墜落していくのを見ると、シルフィード目掛けて雷のように急降下を始めた。
 小鳥の視界の中でシルフィードが見る見るうちに大きくなっていく。シルフィードの背に乗っているキュルケやジルの姿も、すでにくっきりとその眼に捉えていた。
 シェフィールドが、ガーゴイルとのリンクを切ったのはちょうどその時である。強いて言えば、このときシェフィールドの視界に小鳥は入ってはいた。ところが、あまりにも小さくありふれた小鳥の姿だったので、シェフィールドは完全にそれを見過ごしてしまっていたのだ。
 だが、もしもあとほんの一瞬でも長くシェフィールドがガーゴイルと視界を共用していたら、彼女はとてもジョゼフの演劇に気持ちよく参加することはできなかったに違いない。
 なぜなら、シェフィールドが目を離したまさにその瞬間だった。それまで手に乗るほど小さかった小鳥が、一瞬にして翼長五十メートルもの巨鳥へと変貌し、シルフィードとのすれ違い様に爪の一撃で持ってガーゴイル二体をバラバラに引き裂いたのである。
 決着はそれで着いた。バラバラにされたガーゴイル二体は風圧で数百メートルは吹き飛ばされ、そこで起爆して空のチリとなった。もちろんシルフィードにはなんの影響もない。
 そして、巨鳥はくるりとUターンして戻ってくると、墜落し続けていたシルフィードを鷹が雀を捕えるように空中で掴みあげて、そのままトリスタニアのある方角へと飛び立った。

94ウルトラ5番目の使い魔 23話 (9/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:01:14 ID:kjHCfTJM
 シルフィードと、ジルやキュルケはあまりに一瞬の出来事にわけもわからず、ショックでそのまま気を失った。しかし、巨鳥はシルフィードを守るようにがっちりと掴んだまま、音の速さにも近い猛速で飛んでいく。その行く手を遮ることは、何人たりとて許さないという王者の飛翔。行く手の山々で猛禽は逃げ出し、オークやトロルも脅えて巣穴に引きこもる。圧倒的な威圧感を振りまきながら巨鳥は闇に包まれた空の下を飛翔して、やがて人里近くにやってくると速度を緩めて、王都トリスタニアのトリステイン王宮の中庭へとゆっくりと降りていった。
 
 
 それから、およそ半日ほど時間が過ぎた頃になる。戦いの疲れから深い眠りについていたキュルケは、どこか見覚えがあるような寝室で目を覚ました。
「ここは、えっと……ヴァルハラ、じゃないみたいね」
 質素ながらこぎれいに片付けられた寝室のベッドから身を起こし、周りを見回したキュルケは、自分がまだ天国とやらに導かれたわけではないらしいことを悟った。
 手は動く、足も動く。胸に手を当てれば、ルイズが血涙を流して悔しがる豊満なふくらみを通して心臓の鼓動が伝わってくる。心配せずとも、まだ幽霊でもゾンビでもないらしい。
「どうやら、助かっちゃったみたい」
 口に出して言うことで、キュルケは自分自身を安心させた。
 完全に死ぬかと思ったけれども、死なずにすんだようだ。しかし、いったいどうして助かったんだろうかと、キュルケは寝ぼけが残る頭を揺さぶって、自分がどうなったかを確かめようと試みた。
 服は清潔な寝巻きに着替えさせられているが、自分の杖は枕元に置いてあった。六人分のベッドが並べられた寝室には自分以外には誰もいないけれど、自分に危害を加えてきそうなものは見当たらない。
 ここはどこか? 少なくとも、かなり大きめの施設か屋敷のようだけれど、不思議とどこかでこの部屋を見たような気がする。どこだったろうか? その答えが見つかるかもと思い、キュルケは窓辺に歩み寄ると、板戸で閉ざされていた窓を大きく開けて外の景色を見渡した。そして、さしものキュルケも驚いて自分の目を疑った。
「ここって、トリステイン王宮じゃないの!」
 夢の続きかと思ったが、紛れもない現実がキュルケの網膜に飛び込んでくる。窓の外に広がっていたのは、何度も訪れたことのあるトリステイン王宮の光景そのままであった。
 見回りをしている兵士がいる。庭の草木の手入れをしている庭師が窓の下で働いている。右を見れば城門が、左を見れば高い尖塔が幾本もそびえる王宮がある。王宮の建物に刻まれた、メカギラスとの戦いの際の火災の跡もそのままだ。
 完全に思い出した。見覚えがあるのも当然。ここはバム星人との戦いがあったときに、一休みしていた兵士の控え室ではないか。それに気づくと、記憶と風景が見事に合致する。ここは天国でもヴァルハラでもなく、間違いなくトリステイン王宮だ。
「ど、どういうことよ! わたし、ええっ!?」
 パニックに陥りかけ、なんとか落ち着こうと自分に言い聞かせるものの、納得できる答えなど思いつけるわけもなかった。
 最後の記憶はトリステインの国境線の空の上。それがなにをどういう経緯を辿れば王宮に来ているのか、キュルケは豊かな想像力を持っているほうではあったけど、これらをつなぐシナリオを推理しろというのは神業でもなければ無理だったろう。
 と、そうして騒いでいるのが聞こえたのだろうか、部屋のドアのノブがガチャガチャと回される音がしてキュルケは振り向いた。
「おっ! 赤いのやっと目が覚めたみたいなのね」
 入ってきたのはすでに元気いっぱいに回復したシルフィードだった。また人間の姿になっているが、彼女の身につけているものはトリステインの女性兵士の衣装であった。
「シルフィード、あなた。無事だったのね。ああ、さっそくで悪いけど教えてちょうだい。あのときいったいどうやって助かったの? あなたが王宮まで運んでくれたの?」
「わわわ、そんなにいっぺんに言われてもわからないのね。えっと、えっと」

95ウルトラ5番目の使い魔 23話 (10/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:02:07 ID:kjHCfTJM
 シルフィードの頭では矢継ぎ早の質問にはパンクしてしまいそうだった。それでも、なんとかリクエストに答えようと頭をひねるものの、口数の少ないタバサを相手にするよりずっと難しいキュルケにどう答えたものか脳みそがついていかない。
 だが幸いにも、キュルケの疑問はシルフィードの後から入室してきた麗人によって氷解された。桃色の髪を持つルイズに良く似たその麗人に睨みつけられると、興奮していたキュルケの血液も一気に冷え込んでしまう。そして、麗人は息を呑んでいるキュルケの目を見据えて言った。
「それだけ元気が余っていれば余計な前置きはいりませんね。お久しぶりですね、ミス・ツェルプストー」
「は、はい、お久しぶりです。ヴァリエール、せ、先生」
 恐縮しながらキュルケは答えた。不遜が服を着て歩いているようなキュルケでも、この人に直接睨まれると子兎のようになってしまう。この、『烈風』カリンことルイズの母親カリーヌ・デジレ。学院で前学期に教師をしていたころは生徒たちを例外なく恐怖のどん底に叩き込んだ眼光はいささかの衰えも見せてはいない。
「さて質問に答えましょう。簡単なことです。ガリアからあなたたちがトリステインに入ったときから監視していたのですよ、私の使い魔がね」
「使い魔……あっ!」
 キュルケは、カリーヌの肩に止まっている小さな文鳥を見てはっとした。
「わかったようですね。私は、世界中の空が閉ざされた時から使い魔を放って、トリステインに敵が侵入する気配がないかを監視し続けていたのです。そこに偶然、あなたたちが飛び込んできたというわけです。事情はどうあれ、あなたたちは私の教え子のひとり。ガーゴイルどもを破壊させて、気を失ったあなたたちをここまで運ばせてきました。理解できましたね?」
「は、はい!」
 そういうわけかとキュルケはすべてを飲み込んだ。カリーヌの使い魔、巨鳥ラルゲユウスの力は主人ともどもハルケギニアでは伝説となっている。爪の鋭さは竜を上回り、五十メイルを超える巨体が音よりも早く飛べば眼下の町はその羽ばたきだけで灰燼に帰す。あらゆる幻獣を上回るパワーだけでなく、あるときは手のひらに乗るくらいまで小さくなることもできるので、それを利用して多様な計略をおこなうこともできる。『烈風』カリンがいるために、小国トリステインが他国から侵されなかったのはこの文鳥のように愛らしい守護神がいたおかげでもあるのだ。
 なるほど、『烈風』の使い魔となればあの絶望的な状況をひっくり返すことも不可能ではない。キュルケは、あらためて最上級の形で礼を述べ、そしてこれまであったことの知っている限りを伝えた。
「……というわけです。ガリアのジョゼフ王は恐ろしい男です。無能王などと呼ばれていますが、実際は悪魔的な底知れなさを持つ破滅主義者です。側近のシェフィールドとかいう女を使って、恐ろしい謀略の数々をおこない、タバサも奴の手で……」
 訥々と話すキュルケに、カリーヌは黙ってじっと聞いていた。ガリアの無能王の暗部、それが世界を滅ぼそうとしているほどのものとは常識的には信じがたいが、しかし。
「わかりました。数ヶ月間の幽閉生活、本当に大変でしたね。生徒の窮状になにもできなかったことは、教師の立場として申し訳ありませんでした。ガリアに対しては、私から女王陛下に具申して対策を練りましょう」
「あ、ありがとうございます!」
 意外にあっさり信じてくれたことにキュルケは驚いた。実際のところ、話半分でもいいところだと思っていたのだけど、しかし『烈風』は嘘をついたりはしない。
 だが実は、カリーヌにはキュルケの言をすでに信じざるを得ない材料が揃っていたのだ。キュルケが眠っている間にガリアから届いた速報、ジョゼフ王の虚無の担い手であることのロマリアの証明と聖戦への参加、これに裏がないと思うほどおめでたい頭をカリーヌはしていない。ただ、目覚めたばかりのキュルケにこれ以上の心労をかけてはいけないと気を遣ったのである。
 そしてカリーヌは、さらにキュルケに驚くべきことを告げた。
「学生の身の上でありながらの貴女方の奮闘は賞賛に値します。ですが、事態はすでに貴女たちの力を超えて巨大化しているようです。これからは、貴女たちは私の指揮下として働いてもらいましょう」
「えっ! ですが、わたしはゲルマニアの。いえ、それよりもわたしたちには」

96ウルトラ5番目の使い魔 23話 (11/11) ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:02:46 ID:kjHCfTJM
「わかっています。事情のおおまかなところはそちらの風韻竜からも聞きました。貴女方にはまずシャルロット姫の救出をおこなってもらいます。あまりきれいなやり方ではありませんが、ジョゼフ王に対抗するにはシャルロット姫こそが最大の切り札となりましょう。わかりますね?」
「それはもちろん、タバサもきっとジョゼフを止めようとすることでしょうし……けれど、タバサはもう」
 カリーヌの意外な提案に、キュルケは喜ばしくも逡巡した。確かにカリーヌやトリステインが味方についてくれれば心強いことこの上ない。しかし、すでにタバサは奴らの手によってハルケギニアから消されてしまったのだ。
 ところが、そんなどうしようもない絶望に打ちひしがれるキュルケの元に希望がやってきた。カリーヌの後ろから扉をくぐり、義足の代わりに松葉杖を突いたジルが入ってきて言った。
「そのことなら、もう私たちが見通しをつけてある。お前は寝すぎなんだよ。シャルロットを取り返せるかもしれないわずかな可能性、見つかったぜ」
 誇らしげに語るジルと、唖然とするキュルケ。そしてジルの後ろからもう一人、優しげな笑みをたたえてカリーヌから覇気と烈気を抜き、柔和さと温厚さを代わりに抱かせたような女性が現れた。
「シャルロット姫が異世界に飛ばされてしまったということは聞きました。ですが、可能性がないわけではありません。トリステインに伝わる伝説のひとつに、ラグドリアン湖の底には異世界へとつながる扉があるというものがあります。ミス・ツェルプストー、あなたには妹のルイズがお世話になったようですね。姉として、そのご恩に報いるために力を貸させてくださいな」
 キュルケの手を握り、穏やかに述べた彼女の眼には偽りならぬ光が宿っていた。
 ルイズと同じ桃色の髪と、正反対にふくよかな体つき。およそ争いごとには向かないであろう印象を与える彼女は、しかし『烈風』の血を引く意志の強い瞳をして、自らを「カトレア・ド・フォンティーヌ」と名乗った。
 
 
 続く

97ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2014/09/24(水) 02:05:24 ID:kjHCfTJM
こんばんわ、またまたお久しぶりです。
またもかなりの時間が空いてしまって申し訳ありませんでした。プロットは組んであるのですが、リアルが忙しくなったのと、ハーメルンへの転載が思ったよりも手間で時間を食われてしまって、すみません。

ですが、これでなんとかガリア脱出も完了です。シェフィールドさん、お疲れ様でした。
ジル、キュルケ、シルフィードのトリオを書くのはけっこう楽しかったです。ドS二人に挟まれてシルフィードの心労はいかばかりか、タバサ早く帰ってきてあげて。
というわけで、次回からは闇のラグドリアン編です。キュルケたちの新しい冒険に、ご期待くださいませ。

98名無しさん:2014/09/24(水) 21:56:33 ID:30FFsHaA

そういえばカリンとその使い魔の事、すっかり忘れてたw

99名無しさん:2014/09/27(土) 22:27:19 ID:apbtDP.Q

うわあー、自分も忘れてた!!
こちらのゼロ魔にはとんでもないジョーカー主従がいたことをw
ここまで温存してついにきってくるとはさすが
さらにはカトレアさんも参戦なんておれ得すぎ

100ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:19:08 ID:AELr9ruI
おはようございます。ウルトラ5番目の使い魔24話の投下を開始します。

101ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:20:22 ID:AELr9ruI
 第24話
 希望と絶望の伝説
 
 蘇生怪人 シャドウマン 登場!
 
 
 タバサを、異世界から連れ戻すことができるかもしれない。その淡い期待を胸に抱いて、一台の馬車がトリステイン王宮からラグドリアン湖へ向けてひた走っていた。
 
「殿方の噂に、ヴァリエール公爵家に女神の寵愛を一身に受けた美姫がいると小耳に挟んだことはありますが、根も葉もないものと忘却の沼地に捨てていました。いえ本当に、人間の常識などというものは当てにならないものですわね」
「お褒めいただき光栄です。けれど、わたくしにレディの手ほどきをしてくださったのはお母さまです。母は、他人にも自分にも厳しい人ですから苛烈に見えてしまいますが、母ほどの貴婦人はわたくしの知る限りおりませんわ」
「ええ、わたしもそう思いますわ。ミス・カトレア」
 馬車の中で揺られながら、キュルケは前の席で温厚そうな笑みを浮かべているルイズのひとつ上の姉を見つめた。
 彼女はカトレア・ド・フォンティーヌ。『烈風』カリンの娘であり、エレオノールを姉に、ルイズを妹に持つヴァリエール三姉妹の次女である。しかし、他の姉妹や母の苛烈なイメージとは反対に、カトレアの穏やかでのんびりとした笑顔は、キュルケの頬をも緩ませていた。
「それにしても、今こうしてわたしがお姉さんといっしょにいると知ったら、ルイズはどう思うかしらね」
「たぶん、血相を変えて怒り出すんじゃないかしら。あの子はあれで嫉妬深いから。昔なんか、アンリエッタ王女でもお姉さまのだっこは譲らないって領土宣言していたんですよ。ふふ」
 キュルケとカトレアは、幼いルイズとアンリエッタがむきになってカトレアのだっこを取り合うのを思い浮かべて、思わず声を出して笑った。
「あっはははっ、これはルイズが帰ってきたときにからかってあげるネタが増えたわね。すぐにでも、タバサにも教えてあげたいわ」
 そう、この旅の目的はジョゼフによって異世界へと追放されてしまったタバサを助け戻すことがなによりの目的である。普通に考えれば、そんなことは絶対に不可能だと誰もが思うだろう。しかし、藁にもすがるような今にあって、カトレアの提示してきた伝承は単なる希望以上のものとなってキュルケの胸を占めていた。
 
 
 それはキュルケがトリステイン王宮で目を覚まし、シルフィードやジルとともにカリーヌに救われたことを知ったあのときのことである。
 異世界という、人間には手の出しようもないところに追放されてしまったタバサを救う希望を失ってしまっていたキュルケ。そこへやってきたカトレアは、ラグドリアン湖に伝わる伝承を教えてくれた。それこそがトリステイン王家に水の精霊との盟約とともに語り継がれる伝説。

102ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:21:12 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖に、異世界への扉が……? そこを通れば、タバサを連れ戻せるって言うの!」
「はい、ラグドリアン湖の底には水の精霊の都があると言われ、代々トリステインの王家は水の精霊と盟約を交わしてきました。その伝承の中に、水の精霊の都にはこの世でもっとも深い海へと通じる扉があり、水の精霊はその扉を通ってラグドリアン湖にやってきたのだというものがあります。恐らく、それもミス・タバサが呑まれたという異世界への扉なのでしょう」
 キュルケは、何度も訪れたことのあるラグドリアン湖にそんな伝承があったとはと驚いた。しかし、それだけではあまりにあいまいな伝説に過ぎない。
「異世界への扉が、ラグドリアン湖に……けど、そんなものがあるならどうして誰も知らなかったの?」
「わたくしどもにも確証はありません。伝えるものも、王家に残るこの伝承だけなのです。しかし、想像は出来ます。ラグドリアン湖は、その沿岸部の浅瀬までは漁師たちにもよく知られていますが、中央部はまるで断崖のように深くなっていて、その底の深さは数千メイルに及ぶとさえ言われています。つまり、その扉にはそもそも誰も近づけなかったのです。ですが……」
 カトレアの説明に、キュルケは怒りを覚え始めていた。近づけもしないというのであれば、いくら異世界への扉があったとしても意味がないではないか。
 しかし、キュルケが激情を破裂させるより早く、カトレアはその難題を氷解させる答えを提示してくれた。
「そちらの韻竜のお嬢さんから聞きました。あなた方は以前、水の精霊と友好を結んだそうですね。人間の力では到底、深さ数千メイルに潜ることはかないませんが、水の精霊が助力してくれたとしたら、あるいは」
 はっ、と、キュルケは目の前で手を打ち鳴らされたように気がついた。
 そうだ、どうして忘れていたんだろう。以前、タバサとラグドリアン湖で砂漠化を進めている怪獣を倒したとき、自分たちは水の精霊に貸しを作っている。それを差し引いても、自分たちに対する水の精霊の心象は悪くないに違いない。さらにシルフィードがキュルケに言った。
「人間と違って精霊は恩を忘れたりしないのね。それに水の精霊は何千年も昔から叡智を溜めてきた偉い精霊なのね。きっといい知恵を貸してくれるなのね!」
「そうね。あの水の精霊なら力を貸してくれるかも。ジョゼフたちも、まさか精霊の力を借りるなんて予想もしてないに違いないわ! 見えてきたわね、希望が!」
 元より前向きな気質のキュルケは、絶望からの出口が見つかると切り替えは早かった。
 人間には解決不可能な問題でも、精霊ならば別かもしれない。そうなると、後は真っ直ぐ情熱のままに突き進むのが微熱のキュルケの本領である。
 行こう、ラグドリアンへ!
 目先の困難などまったく目に見えていない。親友であるタバサに近づける可能性があるのなら、それに懸けない道がどこにあるだろうか。
 キュルケとシルフィードは意気投合して、今すぐにでもラグドリアン湖へ飛んでいきそうなくらい盛り上がっている。ところが、竜の姿に戻って飛び立とうとするシルフィードをカリーヌが静止した。
「待て、このトリステインにもどこにガリアの草が潜り込んでいないとも限らん。ジョゼフにお前たちが生きていることを気づかせないためにも、風竜になって行くのはやめておけ」
 言われてみればそのとおりだった。せっかく執念深いジョゼフとシェフィールドを撒けたと思っているのに、こっちが生きていることがバレたら台無しになってしまう。目立つ移動手段は使えない。
 と、なれば後は徒歩か馬車かということになるが、そこでカトレアがキュルケたちにとって驚くことを提案してきたのである。

103ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:22:15 ID:AELr9ruI
「ラグドリアン湖までは、私がヴァリエール家の馬車でお送りしましょう。お母さま、よろしいですね?」
 それを聞いてキュルケは驚いた。知恵を貸してくれるのはありがたいが、自分たちの旅はいつどこで死んでもおかしくないような危険なものなのだ。ルイズやエレオノールならまだしも、このスプーンより重いものを持ったこともなさそうな儚げな”お嬢様”を連れて行くのはとんでもない話だった。
 しかし、キュルケが止めようとすると、母親のカリーヌが事も無げに言った。
「いいでしょう。こちらのほうは我々でなんとかしておきます。ミス・ツェルプストーたちに力を貸して差し上げなさい」
「え、ちょ! ミセス・ヴァリエール! なにを言われるんですか。これは安全な旅じゃないんですよ、またいつジョゼフに気づかれて追手がかかるか。とても、ミス・カトレアを守っているような余裕はありませんわ!」
 遊びではないのだ。ジルくらい腕が立てばまだしも、足手まといを連れて行って万一のことがあっても責任は持てない。
 ところが、だ。カリーヌは娘の身を案ずるどころか、平然として言ったのだ。
「心配は無用ですよ。カトレアは、あなたの百倍は強いですから」
 仮にも私の娘ですよ、と、言外に付け加えてキュルケを見た。すると、カトレアも温厚そうな笑みを浮かべながら。
「もしも足手まといになるようでしたら、置いていってくださって構いませんわ。なんでしたら、ここで私と一戦交えてみますか?」
 カトレアの表情は穏やかだったが、その笑顔の奥にまるで神仏のそれのように底知れないものを感じてキュルケは息を呑んだ。
 そういえば、ヴァリエールの血筋の人間は皆化け物揃いだった。『烈風』カリンに『虚無』の担い手のルイズ、エレオノールは実戦に出ることこそ滅多にないものの、弱いという印象はない。
 思えばそうだ。タバサと初めて出会ったときも、とても強そうには思わなかった。メイジを見た目で判断するととんでもないことになるのは基本であった。戦えば死ぬ! 蛇に睨まれた蛙どころではなく、ドラゴリーに解体される寸前のムルチが感じたような恐怖が背筋をよぎり、キュルケはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
 ところがである。キュルケに本能的な恐怖を与えたカトレアであるが、すぐに剣呑さなどひとかけらもない温和な表情に戻ってキュルケの手をとったのである。
「ごめんなさい。わたくしも遊びではないことはよく存じているつもりです。ですが、あなた方のお噂は母や妹からよく聞かされていましたのよ。幼い頃のルイズは、友人らしい人間もおらず、わたしたちもずっと心配していました。そしてそのルイズに友達ができたと聞いたときは、どれだけうれしかったか。特に、あなたがね、キュルケさん」
「え? わたし、ですの?」
「ええ、知ってのとおりヴァリエールとツェルプストーは不倶戴天の敵同士。けれど、あなたは何度もルイズを助けてくれたと聞きました。あなたとルイズのふたりなら、ふたつの家のいさかいだけの歴史を終わらせて架け橋となることができるかもしれない。だから、わたしにも少しだけお手伝いさせてもらいたいの」
 カトレアの言葉に偽りがないことはキュルケにも伝わってきた。
 そして同時に、キュルケは自らを恥じた。自分はこれまで、ツェルプストーはヴァリエールに対して勝者として伝統をつむいできたことを誇りとしてきた。しかし、今現在はどうか? 今のヴァリエール家に対してツェルプストー家は、いいや自分は強者であり勝者だと言えるのか?

104ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:23:28 ID:AELr9ruI
 考えて、キュルケはカトレアを正面から見返した。
「……わかりました。タバサを救うために、ミス・カトレア、あなたの力をお借りします」
「ありがとうございます。わたくしの力、遠慮なく使ってくださいませ」
「それはもちろん。ただし、ひとつだけ訂正しておきたいことがありますわ」
「なんです?」
「わたしとルイズは友人ではありません。あくまでツェルプストーのわたしはヴァリエールの宿敵。しかし、わたしとルイズはこれまでに多くの借りと貸しを作り作られてきました。その清算が片付くまでは少なくともルイズとは休戦いたしましょう。あと何十年かかるかわかりませんけれども、ね」
 にこりと笑い、キュルケとカトレアは手を取り合った。
 それはキュルケにとって、プライドを天秤にかけたギリギリの譲歩だった。しかし、口に出さなくても伝わる思いというものはある。建前の裏に隠されたキュルケの本音を、カトレアはきちんと見抜いていたのだ。
 カトレアは思う。「とても熱いけれども、とても暖かい人。でも、本当に大切なところを表に出せないところは、うちの子たちと似てるわね」と。多くの動物や怪獣たちと触れ合い、物言わぬ彼らの心と触れ合ってきたカトレアにとっては、キュルケの虚勢を見破る程度は造作もないことだったのだ。
 そして同時に思う。ルイズのためにも、彼女を死なせるわけにはいかないと。
「よろしくお願いします。では、さっそく出かけることにしましょう。お母さま、後のことはよろしくお願いいたします」
「わかっております。ヴァリエール家の人間として、ふさわしい活躍を期待していますよ」
 カリーヌに激励されて、カトレアは杖に誓ってヴァリエールの次女として使命を果たすことを制約した。
 
 
 そして十数分後には、キュルケたちはカトレアの用意してくれた馬車に乗って、トリスタニアの市街を横切ってラグドリアン湖への旅に出発したのだった。
「ジルが抜けたのは痛かったですが、代わりに百万の援軍を得た気分ですわ。必ずタバサを助けて、帰ってきましょう!」
 この、常な前向きさこそキュルケのなによりの武器である。カトレアが、本当にカリーヌに認められるようなメイジなら、その魔法を見るのは自分にとっても大きなプラスになるはずだ。それがきっと、タバサを救うためにも役立つ。
 そう、火の系統のメイジがくすぶっていても美しくなどない。火は燃え盛ってこそ光を放つのだ。
 情熱の本分を取り戻したキュルケはやる気に溢れ、ヤメタランスでもこの炎は容易に消すことはできないだろう。馬車の中が、キュルケひとりの熱気で室温が二、三度上がったようにさえ思え、カトレアはそんなキュルケを頼もしそうに見つめている。
 また、シルフィードは竜の姿のままでは目立つので人化してもらっていっしょに乗り込んでいる。しかし人化には大きな負担も同時にかかるらしいので、今シルフィードはカトレアのひざを枕にしてすやすやと眠っていた。

105ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:24:33 ID:AELr9ruI
「うーん、おかあさま……イルククゥは大きくなったのね……」
「あらあら、この子ったらお母さんの夢を見ているみたいね」
 カトレアがシルフィードの髪を優しくなでると、シルフィードは寝ながら気持ちよさそうに笑った。その様子は、まさに仲のよい母と娘のそれそのもので、キュルケはルイズもこんなふうにカトレアに甘えていたのかなと、その情景を想像して、思わず口元をにやけさせていた。
 ただしかし、大家族でもゆうに乗せられそうな大きさを持つこの馬車には、残念ながら三人しか乗っていなかった。出発の前、ジルも当然同行するものと思われたのだが、ジルは早くいっしょに行こうと急かすシルフィードにこう言ったのだ。
「悪いが、お前たちだけで行ってきてくれ。私はここに残るよ」
「えっ! な、なんでなのね? ジルもいっしょに行こうなのね」
「忘れたかい? 私の足はこれだ」
 そう言い、ジルは義足を失った片足を見せた。
「あっ……」
「この足じゃお前たちの足手まといにしかならないよ。新しい義足を作ってくれるそうだけど、出来上がるには時間がかかる。それに、武器や道具も使い果たした私はただの平民だ。私が行けるのは、ここまでさ……」
 寂しげに言ったジルは、無念さをにじませながらもシルフィードとキュルケの肩を叩き、「シャルロットに会えたらよろしく言っといてくれ」と告げて去ろうとした。ところが、シルフィードはかみつくようにジルの前に出て押しとどめると、ぐっとジルの目を見つめて言った。
「ジル、ジルはこれまでずっとおねえさまやわたしを助けてくれたのね。だから、そんな自分を役立たずみたいに言わないでなのね。ジルがいたから、わたしたちはここまで来れたのね。タバサおねえさまはシルフィたちがきっと連れて帰るのね! だからおねえさまが帰ってきたときに、ジルは一番に「おかえりなさい」って言ってあげてほしいのね!」
 シルフィードのその必死な目は、これまで数え切れないほどの凶暴な猛獣と睨みあって来たジルをもたじろがせるものだった。しかし、恐ろしいものではない。それどころか、胸につかえていたものが取り除かれたように、ジルは愉快な気持ちになるのだった。
「ああ、わかったよ。じゃあ、わたしはしばらく骨休めをしているから、ちゃんとシャルロットを連れ戻してくれよ。あの子のお母さんのことなら心配はするな。ここより安全な場所はハルケギニアのどこにもない。だから、気負わず頑張って来い」
 ジルは、今度は信頼と期待を込めた手でシルフィードの肩を叩いた。
 タバサの母は、今王宮の別の部屋で休ませている。王宮の中にガリアのスパイが紛れ込んでいる可能性は無きもあらずだが、バム星人の件以来、王宮で働く人間の身元は徹底して洗ってある。そうして選ばれた王宮医が診ているので安心だ。もちろん、口の固さでも信頼はおける。
「カトレアさん、このじゃじゃ馬娘たち、手に余ると思いますが、よろしくお願いします」
 別れるときのジルの顔は、まさに母であり姉である人間のそれだった。カトレアは、その重責をしっかりと感じ取り、必ずふたりを守り抜きますと誓約した。
 王宮に残ったジルのためにも、タバサは連れ帰らなくてはならない。水の精霊に必ず会って、異世界への扉へとたどり着かなくてはすべてが無駄になってしまうのだ。
 揺れる馬車の中で、カトレアはすやすやと眠るシルフィードの頭をひざに抱き、その温厚な表情とは裏腹に胸のうちに宿った強い決意を確かめた。そんなカトレアをキュルケは微笑しながら見ている。ふたりの間に溝はもうない。キュルケはカトレアの人柄を知ると、元々気さくな性格を表に出して、今ではすっかりカトレアと打ち解けていた。
 
 
 それが、今これまでの話である。しかし、希望という光が強くあれば、それに比例して大きな闇もまた伴ってくることを、今のキュルケは知らなかった。
 
 カトレアはキュルケに対して、ルイズに向けるようにずっと温和な態度を続けてきた。しかし、キュルケと打ち解けて彼女の人となりを確かめると、カトレアは、温厚そうな表情を引き締めて告げた。

106ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:25:38 ID:AELr9ruI
「キュルケさん、あなたのミス・タバサを救いたいという気持ちはよくわかりました。けれど、いくらあなた方が水の精霊に恩を持っているとはいっても、水の精霊が交渉に応じてくれる可能性は限りなく小さいことを覚悟しておいてください」
「なんですの? 今になっておじけずいてきましたか。大丈夫、もし水の精霊がノーと言っても、わたしの炎でラグドリアン湖を干からびさせてでも言う事を聞かせて見せますわよ」
「そういう意味ではないのです。私たちも、可能性に懸けたい気持ちはあなたと変わりません。ですが、ラグドリアン湖にある異世界への扉、そこを潜った先には水の精霊が本来住んでいた世界があるはずですけれど、水の精霊はこちらの世界のものが向こう側へ渡ることを極めて嫌うそうなのです」
「そんなわがままな。それじゃ、まるでハルケギニアのものが汚いみたいじゃないですか。失礼なことですわね」
「その理由をこれからお話します。どうせ、ラグドリアン湖に着くまでに、知っておいてもらわねばならないことですから……」
 キュルケの疑問に答えて、カトレアは自分の知っている限りのことを伝えようと試み始めた。そう、ラグドリアン湖に伝わる水の精霊と異世界への扉への伝承の残りのすべてである。
「あなたにお話いたしましょう。ですが本来これは、トリステイン王家と血筋に近しい貴族にだけ伝えることを許された秘密です。他言はしないよう、あらかじめお願いします」
「ご心配なく。わたしの名誉と杖にかけて秘密は守ります」
 貴族の杖にかけた誓約は神に誓うことに等しい。真剣な表情になって聞く姿勢をとったキュルケに、カトレアは信頼を込めてうなづいた。
「あなたを信じます、キュルケさん。この伝承は、ヴァリエールの血筋でも二十を越えた者にはじめて明かされます。そのため、ルイズもまだ知ってはいないのです。しかし、世界の危機にこれ以上秘匿していても意味はないでしょう」
「信頼にはお応えするつもりですわ。ですが、それほどまでに秘密にこだわる理由はなんですの? これまでの話ですと、確かに衝撃的ではありますけれど、強いて秘密にするものでもないと思われるのですが」
「それは、水の精霊の伝承に、ハルケギニアの民ならば誰もが知っているブリミル教の……始祖ブリミルの動向が重なっているからなのです」
 その瞬間、キュルケの背中に冷たい汗が流れた。ブリミル教の威光と権力はハルケギニアのすべての民が恐れるものであって、睨まれれば死というのは王家や貴族も例外ではない。
 だが、つまりはその伝承がブリミル教の教義にしたら不愉快なものであるということだ。ならば王家がひた隠しにするのもわかるというものだが、聞くからにはこちらにも相応の覚悟がいる。キュルケはそれを決めた。
「外に漏れたら異端審問ものというわけですのね。上等です、続けてくださいませ」
「わかりました。伝承の時代は、今からおよそ六千年の昔に遡ります。その時代は、誰もが知っているとおりに始祖ブリミルがこの地に現れたと言われていますね。ラグドリアン湖はその時代からすでにあり、その当時は水の精霊は湖から頻繁に現れて、湖畔の人々と交流していたそうです」
「あの、気難しいと言われている水の精霊がですか? 冗談じゃありませんの」
 一度とはいえ、水の精霊と直接対面して、その人外の雰囲気を直に感じているキュルケとしては信じられなかったのも無理はない。
「あなたは一度、水の精霊とお会いしているのでしたね。嘘のように思われるかもしれませんが、同じように疑問に思ったヴァリエールの先祖が、水の精霊に直接確認して、間違いのないことを誓約されたと言われています」
「確かに、水の精霊は別名を誓約の精霊……決して、嘘はつかないのでしたね」
「そう、そして水の精霊がなぜ誓約の精霊と呼ばれるようになったのかも関係しているのです。話を戻しましょう。六千年前のその当時、ラグドリアン湖の周りにはまだ国と呼べるものは無く、わずかな人間の集落が点在するだけの、森に囲まれた穏やかな湖だったそうです。そこで、水の精霊は水害などから湖畔の人々を守って、守り神と称えられ、人々も決して湖を侵そうとはせず、共存の関係であったと伝えられています」
「今の水の精霊は、時に水害を起こして畏れられているのにまるで反対ね。それで、その湖畔の人々が、今のトリステインの人たちの先祖なわけですのね?」
「先祖、ですか……確かに、そうとも言えなくもないですが」

107ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:26:36 ID:AELr9ruI
 そこでカトレアは言葉を濁して、表情を暗く曇らせた。キュルケは、その様子にこれからの内容にただならぬものを感じたが、カトレアの話そうとしている言い伝えはさらに想像の上にいくものであることを、カトレアの額に浮かぶ汗は示していた。
 実を言うと、内心でこのときカトレアは話を始めたことを後悔しはじめていた。母と共に、秘密を明かす必要は感じていたが、やはりこの伝承を人に聞かすのは重過ぎるかもしれない。
「繰り返しますが、ここから先の内容は秘中の秘です。それゆえに、伝承も完全に口伝で、書類などには一切残されていません。いえ、それよりも、聞かなければよかったと後で後悔するかもしれません。最後に尋ねます。それでも、よいですか?」
「今さら、毒を食らわば皿までですわ。それに、わたしたちはこれまでハルケギニアのあちこちで、常識の通用しない出来事に対面してきました。異世界からタバサを救い出すなんて、奇跡を越えた大それた事をしようとしているんです。水の精霊に関して、少しでも多く知っておかないと、後で後悔してからでは、それこそ取り返しのつかないことになりますわ」
 キュルケにとっては、ブリミル教が敵になろうと正直どうでもよかった。元々それほど信仰心の強いタイプではない。タバサを助けるために邪魔になるのなら、神官でも神でも叩きのめしていくのが偽らざるキュルケの覚悟だった。
 カトレアは、この人は引くことを知らないのだなと悟った。常に前向きで力強いさまは、どこかしらルイズに似ているようにも思える。ならばきっと、どんな残酷な真実が待っていても受け止めることができる。
「続けます……六千年前まで、ラグドリアン湖では数百年に渡って人間と水の精霊が平和に共存してきました。ですが六千年前、そこに奇怪な人間たちがやってきたのです」
「奇怪な、人間たち……ですか?」
「はい、見たこともない異国の衣装に身を包み、不思議な力を操る者たちであったそうです。空を自在に飛び回る丸い船に乗って現れ、病人を瞬く間に癒し、あらゆる食物を与えてくれ、望めばどんな不可思議をも叶えてくれました。当時、その土地には魔法を使える者はおらず、今で言う平民のみが住むところであったために、人々はその異邦人たちを大いに歓迎しました。しかし、それは最初のうちだけだったのです」
 キュルケは、カトレアの暗い眼差しに、ごくりとつばを飲み込んだ。
 空飛ぶ船に乗って現れる、見たこともない姿をした者たち……それって、まるで……
「最初に現れた異邦人の空飛ぶ船はひとつだけでした。ですが、それからすぐに後を追うようにして同じ空飛ぶ船が何隻も現れて、それぞれの船が湖畔の集落の人々を次々に囲い込み始めたのです。それまで、集落同士は争いも無く自由に行き来できたのですが、異邦人たちは自分の囲い込んだ集落の人間に、よそに移ることを禁じました。それでも人々は、異邦人たちが与えてくれる、暑さも寒さも通さない家の中で働かずに遊び呆けていられるので平気でした。ですがその間にも、異邦人たちはラグドリアン湖の周りの土地を競い合うように我が物としていき、そしてとうとう異邦人たちのあいだで衝突が起こったのです」
 その瞬間、暗雲に覆われたトリステインの空で雷鳴が轟き、稲光がカトレアとキュルケの横顔を冷たい光で照らした。
 カトレアはじっと聞き続けているキュルケに伝承の続きを語った。
 ラグドリアン湖周辺を我が物とした、複数の異邦人たちの集団はそれぞれの縄張りを主張するかのように争いを始めた。そして、その争いに駆り出されたのが元々湖畔に住んでいた人々だったのだ。
「っ! 自分たちの争いのために、無関係な人たちを駆り出したというの?」
「そうです。異邦人たちは自分で戦って傷つくことを恐れて、現地の人間をてなづけていたのです。しかしそのときすでに、異邦人たちの強大な力を目の当たりにしていた人々は命令に逆らえず、また、与えられたなんでも欲望の叶う生活を取り上げられるのを恐れて、必死にかつての隣人たちと戦いました。水の精霊は、湖からじっと見守っていることしかできませんでした……」
 水の精霊が強大な力を有するとはいっても、それはあくまで湖の中に限っての話だ。水の精霊がどうすることもできずに見守るしかできないなかで、異邦人たちは最初に人々に見せた友好的な姿勢を脱ぎ捨てて、人々をまるで奴隷のように戦わせた。
 それはまさに、見るに耐えない凄惨な光景であったそうだ。異邦人たちは人々を戦わせるに際して武器を与え、それが惨劇をさらに広げていった。
 水の精霊の知識では表現は難しいものの、異邦人たちが与えた武器というものは現代の銃に似た飛び道具だったらしい。その殺傷力はすさまじく、人々は次々と倒れていった。しかし異邦人たちの技術は医療でも神がかっており、瀕死の人間すら蘇らされて戦わされた。

108ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:03 ID:AELr9ruI
「ちょっと待ってくださいな。死に掛けても無理矢理生き返させられるなんて、そんなものをみんなが使っていたら、まともな決着がつくわけがないじゃないですか?」
「そうです。苦労して敵の土地をとってもまた取り返され、そんなことが何回も繰り返させられました。異邦人たちの力は拮抗しており、戦いは長引く一方となったのです」
「まさに地獄ね。水の精霊も、さぞ無念だったでしょう」
 誇り高い貴族であるキュルケにとって、自ら血を流そうとしないその異邦人たちの愚劣な所業は許せるものではなかった。憤ったあまりに殴りつけた馬車の扉が激しく鳴り、寝こけていたシルフィードがびくりとなる。
 が、カトレアの話はまだ続いた。
「キュルケさん、あなたが高潔な人間であってくれてうれしいですわ。けれども、これだけなら今の戦争とあまり差はありません。本当に重要なのは、これからなのです」
 そこでカトレアは一度言葉を切り、息をついて呼吸を整えた。
「異邦人たちが、自らの争いのための道具として湖畔の人々を駆り出したところまではお話しましたね。互角の力を持つ者同士の戦いは日々無益に続き、ラグドリアン湖の水面までも震わせたそうです。しかし、異邦人たちは決着のつかない戦いにいらだちを募らせていきました」
 異邦人たちに抵抗する力を持たない人々の、無間地獄にも似た戦いは異邦人たちの気まぐれによって唐突に終わったとカトレアは語った。
 しかし、湖畔の人々はそれで異邦人たちの支配から解放されたわけではなかったのだ。
 互角の力を持つがゆえに終わらない戦いなら、より強い力を持たせればいいと異邦人たちは考えた。そして人々に対して、身の毛もよだつような所業を始めたのである。
「異邦人たちは、湖畔の人々の中から一度に数人ずつを選び出し、それまで決して人々を立ち入らせることのなかった自分たちの船の中に連れてゆきました。その中で、なにがおこなわれたのかはわかりません。ですが、その人たちが船から降りてきたとき、彼らには……」
「え……?」
 カトレアの口から出た言葉を耳にしたとき、キュルケの心は真空となって、それを受け入れることを拒否しようとした。
 呆けた表情となったキュルケの横顔を、窓から差し込んできた雷光が照らし、褐色の彼女の肌を、今の彼女の心と同じように白く染める。しかし、一度望んで秘密という堰を切って流れ出した真実という奔流は、カトレアの口からキュルケの心へと怒涛に流れ込んでくる。
「彼らは船に乗せられる前は、確かになんの力も無いただの人間でした。しかし、異邦人たちは彼らの頭の中をいじくり、無理矢理その力を植えつけてしまったのです」
「そ、そんな馬鹿なことがあるはずないわ! そ、その力は血統でしか伝わらないのは昔からの常識よ!」
「エレオノールお姉さまによれば、この力の源泉は脳に由来するそうです。もちろん私たちの技術では不可能ですが、理論上は可能なのだそうです。話を続けましょう。そして人々は、与えられたその力で戦争を再開させられました。それを持つ人間と持たない人間の戦いがどういうものになるかは、あなたもよくご存知でしょう? 戦いは一時、一方的なものになりました。しかし、ほかの異邦人たちもすぐに同じことをしたのです」
 戦いはふりだしに戻った。しかし異邦人たちが満足することは、なかった。

109ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:28:50 ID:AELr9ruI
「戦いは激化し、異邦人たちの所業は、見る間にエスカレートしていったそうです。手を加えてない人々に対しても、より強力な力を付与するだけでは飽き足らず、ある者には鳥の翼を植え付け、さらには人々が家畜にしていた豚や犬に手を加え……」
 見る見るうちに、キュルケの顔も青ざめていく。一体何だ? その神をも恐れぬ所業の数々は。しかも、水の精霊の見ていたという、それがそのとおりだとするならば。
「ハルケギニアの歴史がひっくり返るどころじゃすまない話じゃないですの! まるで、それらは今で言う……」
「そうです。そしてこれと同じことが、もしもハルケギニアのあちこちでおこなわれていたとしたら……?」
 その瞬間、キュルケは猛烈な吐き気を覚えて口を抑えた。
 ハルケギニア全土……それはすなわち、自分の故郷であるゲルマニアも当然含まれる。そこで、ラグドリアン湖で水の精霊が見たものと同じことが繰り返されていたとしたら。
”まさか、そんなことって!”
 キュルケはありえないことと否定しようとした。しかし、明晰な彼女の知性は、本人の思うに関わらずに裏付けを進めてしまう。
 そう、ハルケギニアには人間以外にも様々な亜人がいるが、それらのどれもが戦うことに優れた能力を持っているのは果たしてなぜなのか。そして、その大元になったものは当然ながら、そのすべてを超えたものであるはず……そして、ブリミル教徒であれば誰もが知っている。この地に現在のハルケギニアの基礎を築いたのは誰だったのか。
 であるならば、まさか! そして、現在の自分を含めたハルケギニアに生きる者たちとは。
 つながる。偶然ではありえないほどに、パズルのピースが埋まっていく。
 キュルケの顔から血の気が引いていくのを見たカトレアは、やはり彼女も同じショックを受けたかと思うと、ルイズにそうしていたようにキュルケの体を抱きとめて言った。
「少し、休憩にしましょう。まだ、旅の先は長いのですから」
「ミス・カトレア。わたしは……いいえ、その異邦人たちとは、まさか」
「それはこれから先の話になります。ともかく、気を落ち着けなさい。大丈夫、伝承はどうであれ、それはすでに六千年も昔のこと。今のあなたに心配することはなにもありませんよ」
「……少し、ひとりで風に当たってきますわ」
 カトレアは、キュルケの意を汲んで馬車を止めさせた。周りはすでにトリスタニアから離れて、郊外の森の中へと入っている。人影もなく寂しい道だが、今のキュルケにはそれくらいがよかった。
「私はここで待っています。こちらは気にしないで、落ち着いたと思うまでゆっくりしていてください」
「ありがとうございます。わたしは、きっと大丈夫ですから」
 
 
 カトレアの馬車と別れて、キュルケはひとりでゆっくりと森の中の道を歩き始めた。
”あんな伝承、とても人に知られるわけにはいかないじゃない”

110ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:29:28 ID:AELr9ruI
 キュルケは、数分前の自分の威勢よさを呪うしかなかった。タバサを救うという大目標のためなら、どんな大きな壁でも超えていけると思っていたけれど、このハルケギニアという世界そのものに、まさか、あんな……
 嘘であってほしい。しかし、これまでに自分たちは数々の伝説が現実であったことを見てきた。それに、この世には自分たち人間の及びもつかない悪魔的な力を持つ者たちがいることも見てきた。しかし、自分たちはそれらとは違うと思っていたのに。
 歩きながら、キュルケは自分の杖を取り出して見つめた。それは、メイジならば誰でも使える魔法の象徴。これまで自分は、その力があることを当然と思って生きてきた。だが、考えてみれば平民は持っていないこの力の起源はなんなのだ? いったいどこでどうやって、メイジの祖先はこの力を得たのだ? 自分に流れる血の源流は……そして、ルイズやタバサ、自分が知っている皆の血の源流は何なのだ?
 さらに、キュルケは静まり返った森の中を見渡した。人間だけではない。この、ハルケギニアには数多くの亜人や幻獣種がいるが、それらも過去を遡れば……
 信じたくない。自分たちの世界が、そんなものであってほしくないと、キュルケは悩みながら歩き続けた。
 
 
 そして何十分、どれくらい歩いたことだろう。ふと気づくと、キュルケは森の中に小さく開けた場所にたどり着いていた。
「墓場、ね」
 ぽつりとキュルケはつぶやいた。どうやら考えながら歩いているうちに、トリスタニア郊外の共同墓地に入り込んでしまったらしい。苔むした墓石が何十と並び、日の差さないここには時節もあってか墓参りの人間もなく、静まり返っている。
「ある意味、今のわたしにはふさわしい場所かもね」
 ふっ、と、自嘲げに息をついてキュルケは歩き出した。墓場といえば、周りにいるのは死人ばかり、人間は死んだらあの世に行くというが、ならば人間以外のものが死んだらどうなるのだろう?
 わからない、わかるはずもない。ほとほと、人の知る事の出来る真実のなんと少なくてあいまいなことか。
 
 ところが、である。なかばぼんやりと墓地を歩いていたキュルケの耳朶に、突然ありえない声が響いてきた。
”引き返せ!”
「っ! なに? 今の、誰かいるの!」
”引き返すんだ。ここは、危険だ!”
「だから何? なにが危険なの!」
 戸惑いながら周りを見渡すものの、墓地には自分以外誰も見当たらない。しかし、空耳ではなく確かに真剣に訴える男の声が聞こえたのだ。
 なにがなんなのよ? 声に従うべきか迷うキュルケは、わけもわからずその場に立ち尽くして周りを見渡し続けた。
 しかし、声が嘘でなかったとはすぐにわかった。墓場の中に立ち尽くすキュルケを取り囲むように、不気味な人影が何十人もいきなり現れたのである。
「なっ! これは大勢の殿方……わたくしになにかご用ですの?」
 ぞくりと危険を感じ取ったキュルケは、感情を困惑から戦闘に切り替えて啖呵を切った。

111ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:31:12 ID:AELr9ruI
 これは、尋常ではない。いつ近寄られたのか、キュルケの周りは完全に囲まれている。見た目は普通の人間の男女で、いずれも喪服のようなみすぼらしい姿をしており、さらに例外なく表情には一切の生気が感じられない。まるで死人だ。
 不気味な集団はキュルケを囲んだまま、じりじりと包囲を狭めてくる。呼びかけにも答えない。こいつらは普通じゃないと思ったキュルケは、ふと連中の姿が半透明で背後が透けているのに気がついた。
「あなたたち、人間じゃないわね!」
 迷わずキュルケは正面の相手に『ファイヤーボール』を撃ち込んだ。大きな火炎弾が一直線に相手に迫る。
 だが、どうしたことか! キュルケの魔法は相手を素通りして、そのまま後ろにあった墓石を焼き払うだけにとどまったのだ。
「魔法が効かない!?」
”無駄だ、ミス・ツェルプストー。そいつらは死者の霊魂が強力な念動力で操られたもの。どんな攻撃も通用しない”
「また! だからあなた誰なのよ?」
 再び聞こえてきた男の声。しかも、自分を知っている? 見渡すが、やはり周囲には誰もいない。
 いや、そんなことより今のピンチが問題だ。こいつらがなんであれ、どう見てもいい雰囲気は持っていない。しかも、相手が霊魂、すなわち幽霊となればスクウェアの魔法でも役に立たないだろう。
「異世界に行くどころか、幽霊に取り殺されたなんて冗談にもならないわ。どうすればいいの、タバサっ!」
 なにか手立ては? キュルケは考えるが、いい考えはそう都合よく浮かばない。幽霊たちはもうすぐ、手を伸ばせば届くところまで迫ってくる。
 やられるっ! キュルケがそう観念したときだった。
 
「地の精霊よ! 濁流となって、汚れたものたちを深淵の底へと押し流せ!」
 
 突然聞こえてきた透き通るような声。するとその瞬間、墓地全体の地面が大きく鳴動して、まるで流砂になったかのように地上の墓石や木々をまとめて飲み込みだしたのだ。
「なっ、なんなの! わ、わたしも沈むっ!」
”飛べ! 君たちの魔法なら飛べるだろう”
「そ、そうか。なんで忘れてたのよ! わたしのバカ」
 声の指示に従って、キュルケは『フライ』を唱えて飛び上がった。たちまちたった今まで立っていた場所が泥の海になり、墓石が沈んでいったのを見てキュルケは肝を冷やした。
 墓地はすでに根こそぎ沈んで跡形もない。幽霊たちも、墓の下の遺体が沈んだためか姿を消していた。
「なんてこと……少し遅れてたらわたしもいっしょに……けど、墓地を丸ごと沈めるなんて、まるで話に聞くエルフの先住……」
「精霊の力と言え」
 はっとして、キュルケが振り返ると、そこにはまたいつの間に現れたのか、白いフードを目深にかぶった人物がキュルケの近くに浮遊魔法を使って浮いていた。
「これは、どこのどちらさまかしら?」
 警戒心をあらわにして、キュルケはその相手に杖を突きつけながら問いかけた。
「ご挨拶だな。結果的にとはいえ、お前を助けたのはわたしだぞ? お前がまずすべきことは、わたしへの礼ではないのか?」
 見下したように告げる相手の言い様に、キュルケは内心で腹を立てたが、冷静な部分では別のことを思っていた。
 この声は、女だ。顔は見えないが、間違いない。しかし、さっき何度も警告したりしてくれた声とは別人だ。あちらの声は、やや年齢を重ねた男性の声だった。だが、この声は若い女性の……いや! そういえばさっき、精霊の力と……それに、よく見たら彼女は宙に浮いているというのにメイジの証である杖を持っていない!
「……危ないところをお助けいただき、ありがとうございます。けれど、あなた人間じゃないわね」
「ほぉ、蛮人の割には察しがいいな。しかし、わたしをさっきの連中と同類とされたら不快だな」
 そう言って、相手はフードを取り去って素顔を見せた。そこに現れたのは、透き通るような白い肌に金色の髪。そして長く伸びた耳。その容姿はエルフ! 間違いない。だが、それよりも相手の顔つきを見てキュルケは愕然とした。
「テ、ティファニア!? いえ、似ているけど、違う?」
 すると、素顔を見せたエルフの少女は興味深そうに笑った。
「なに? なるほど、わたしの従姉妹を知っているのか。これは、大いなる意思も味な導きをしてくださるものだ」
「ティファニアの、従姉妹!? いえ、そんなことよりなんでエルフがこんなところにいるの!」
 動揺しながらもキュルケが問い詰めると、その相手はティファニアに似ながらも鋭い目つきをした顔に薄い笑みを浮かべて告げてきた。
「わたしはアディール水軍所属、ファーティマ・ハッダード上校だ。ネフテス評議会の大命である。大いなる意思の導きに感謝して、我が従姉妹と仲間たちの下に案内願おうか」
 
 
 続く

112ウルトラ5番目の使い魔 24話  ◆213pT8BiCc:2014/12/12(金) 07:47:01 ID:AELr9ruI
以上です。ずいぶん間が空いてすみませんでした
次回は、もっと早く書き上げられればいいなと思います

ともあれ、ここで旅のメンバーの交代です。我ながら、まったく関わりのない人物同士が集まったものだと思いますが、だからこそ自由度があって
腕の見せ所でありますね。しかしこんな顔ぶれでタバサ救出は大丈夫なのか?
では、次回は2章で行ってきたサハラのことも少し明らかになります。じゃあ、また

113名無しさん:2014/12/13(土) 23:29:56 ID:2ZnDP6Bo

しかし気分が悪くなる伝説
果たして過去を乗り越えて希望を取り戻せるか

114名無しさん:2014/12/16(火) 00:10:25 ID:W0mtEcew
新作アップありがとうございます。

まさか、ハルケギニアのメイジたちにそんなおぞましい呪われた運命と出生の秘密があったとは、まるでショッカーに改造人間にされた仮面ライダーを思わせますね。

思わず読んでて背筋が凍り付きました。

115ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:47:23 ID:yME8DVLc
皆さんこんばんわ。ウル魔25話ができましたので投下開始いたします

116名無しさん:2015/01/25(日) 22:49:58 ID:7V63W30o
待ってました

117ウルトラ5番目の使い魔 25話  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:54:46 ID:yME8DVLc
 第25話
 狙われたサハラからの使者
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 このハルケギニアと呼ばれる世界で、六千年の昔に大きな戦争があった。
 それはエルフの伝承では大厄災と呼ばれ、一度世界中を完膚なきまでに破壊しつくしたと言われ、恐れられている。
 しかし、それほどの大戦争がなにが引き金になったのか、何者が引き起こしたのについては今なお謎が多い。
 時間軸を遡り、六千年前の過去に飛ばされてしまった才人はそこでヴァリヤーグと呼ばれていた光の悪魔を目の当たりにした。怪獣を次々と凶暴化させてしまうこのヴァリヤーグによって、世界が滅亡への道を辿ったのは間違いない事実であろう。
 それでも、謎は残る。
 六千年前、ヴァリヤーグという存在によって大厄災が引き起こされた。しかし、その前はどうなのかはほとんどの記録が沈黙している。
 大厄災が起きる前のハルケギニアはどんな土地だったのか? どんな人々が住んでいたのか? どんな文化があったのか? 翼人のような亜人はどうしていたのか? エルフはどうだったのか?
 不思議なことに、どんな記録や伝説を見ても、六千年前以前の歴史は切り落とされたかのように消滅しているのである。失われた古代史……エルフや翼人は、大厄災の混乱で記録が消失してしまったのだと結論づけているものの、いくつか残された古代の遺跡にも大厄災以前についての記述だけはないのだ。
 
 だが、唯一六千年前より以前からハルケギニアで生き続けてきた水の精霊だけは、その秘密を知っていた。
 当時、わずかな人間たちしか住んでいなかったラグドリアン湖に前触れもなくやってきた奇妙な異邦人たち。彼らは最初こそ友好的な態度を示したが、やがて本性を表した。
 異邦人たちの目的は、自分たちの勢力拡大のための戦争に使う生きた駒として住民を利用することだった。
 苦痛だけ与えられて、勝敗のつかない堂々巡り。そんな茶番劇が延々と続くと思われたが、これは悪夢の序章に過ぎなかった。
 カトレアが語るのをためらい、キュルケでさえ聞いたことを後悔するような所業。それを水の精霊は見てきたのだという。
 
「こんなこと、絶対に世の中に知られちゃいけない。けど、このハルケギニアって世界は、いったい……」
 
 話のあまりの重さに苦悩するキュルケ。だが、運命の潮流は彼女に迷っている時間を与えてくれなかった。
 
 迷い込んだ墓地で突然襲ってきた亡霊たち。そして、続いて現れた、キュルケの見知らぬ砂漠の民の女。
「アディール? ネフテス? それって確か、ルクシャナの言っていたエルフの国の都と政府のこと? あなたが、エルフの国の使者だっていうの?」
「声のでかい蛮人だな。だが、あの変人学者のことも知っているならなお都合がいい。連中のいる場所までの案内を重ねて要請する。わたしはネフテスから全権を預かってきた者である」
 警戒心を隠しもせずに睨みつけるキュルケと、尊大に命令するもう一人の女。しかし、この誰も予想していなかった邂逅が、彼女たちにとってもハルケギニアにとっても極めて重大な意味を持つことを、まだ彼女たちも知らない。
 
 
 そして、墓場での戦いから十数分後、招かざる配役を交えて物語は再開される。
 
 
 がたん、ごとんと馬車の車輪が道を踏み、車内の椅子に心地よい振動を伝えてくる。
 しかし今、馬車の中は一種異様な空気が充満していた。

118ウルトラ5番目の使い魔 25話 (2/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 22:59:02 ID:yME8DVLc
「なんであなたがわたしたちの馬車に乗っているかしら? ミス・ファーティマ」
「気にするな。命を救ってやった貸しを親切で安く取り立てているだけだ。正直歩き疲れていたのでな、乗り物が見つかったのはちょうどいい」
「あらあら、まあまあ」
「え? なに? なんなのこの眺め。シルフィーがお昼寝してるあいだに何があったというのね?」
 まるで、鉢合わせしたドラコとギガスのように一触即発の空気。唖然としているシルフィードの目の前で、視線の雷がぶつかりあって見えない大戦争を繰り広げている。
 キュルケと相対して、殺伐とした空気を振りまいている招かれざる同乗者の名はファーティマ。フルネームはファーティマ・ハッダードといい、元はエルフの水軍の少校を勤めていた。
 もしここにティファニア本人がいたならば、喜んで歓迎の意を表しただろう。しかし、ティファニアの従姉妹だといい、エルフの評議会からの使者だというファーティマをキュルケは信用できないでいた。どうしてかといえば、確かに容姿は目つきの鋭さを除いてティファニアにそっくりではあるけれど、ティファニアや、百歩譲ってルクシャナと比べても、ファーティマの人間に対する蔑視は露骨であったのでキュルケも不快を禁じえなかったのだ。
「あなた、本当にテファのご親戚なの?」
「そう言っている。血統書でも見せなければ満足できんか? いいから黙ってあの娘たちのいるところへ連れて行け。それがなによりの証明になるとなぜわからん」
「怪しい相手を友人の下に連れて行くバカがどこにいるっていうんですの?」
 そもそも、エルフの国からティファニアの元へと使者が送られてくるということ自体がキュルケにとっては寝耳に水だった。むろん、ティファニア個人に対してではないが、想像もしていなかったのは事実である。
 なぜなら、才人たちが東方号ではるか東方の地のサハラへの遠征をしているちょうどその頃、キュルケはガリアに囚われて幽閉され、外部の情報からは完全に隔離されていたからである。だから東方号のことや、アディールで起こったヤプールとの一大決戦についても何も知らなかった。対してファーティマは、キュルケがそれらについてティファニアやルクシャナの知り合いならばわかっているだろうという前提で話しているので、両者が噛み合うはずがなかった。
 キュルケは、図々しくも馬車に同乗を決め込んできたファーティマを苦々しく睨んでいる。シルフィードはあまりの空気にどうすることもできずにいて、カトレアだけが物珍しげに笑顔を浮かべていた。
「こんなところでお友達を連れてらっしゃるなんて、キュルケさんの交友関係はとても広いのですね」
「ミス・カトレア、わたくしは友人は選んで付き合っているつもりですのよ。と、いうより今日初めて会ったばかりの、こんな横柄なエルフを友人にする趣味なんて持ち合わせていませんわ」
「エルフエルフとうるさい女だ。サハラもハルケギニアも変わらぬと言いにきたのは貴様らだったろう。なら、エルフのわたしがどこにいてもそれは自然の摂理というものだ」
「それならば、海の上とか火山の噴火口でとかをおすすめしますわよ。サラマンダーと輪舞をなさるなら、極上のお相手を紹介いたしますわ」
 互いに相手を牽制しあい、歩み寄りの気配など微塵もなかった。ファーティマに対し、キュルケは始めから機嫌が最悪だったこともあり、考えたいことがほかに山ほどあって、この無礼なエルフに対してとても愛想よくする気にはなれなかったのだ。
 ファーティマは、どこへ向かっているのか聞いてもいない馬車に揺られながらも、特に焦ってはいないように見えた。大方、どうせ案内させることになったら方向転換させればいい、とでも思っているのであろうが、その図々しいまでの神経の太さだけは感心に値した。思えば、エルフが一人で堂々とハルケギニアに乗り込んでくることなど正気のさたではない。ルクシャナにしても、当初は念入りに正体を隠していたのだ。
 人間のエルフへの恐怖はそれほど深く、同時にエルフの人間に対する侮蔑もまた深い。このふたりの対立は、まさに人間とエルフという二種族の縮図ともいえた。
 しかし、その一方でキュルケの心の片隅では、先ほどカトレアから語られた伝承が消えずに繰り返されていた。あの伝承が正しいとすれば、その人間とエルフの対立自体、まったく意味のないものになるのではないだろうか。気に入らない女だが、そう思うと少しだけキュルケにも冷静さが戻ってきた。
「とりあえず、先ほど助けられた恩義だけはありますから、借りは返したいけれど……はぁ、まったく、乗ってきたものは仕方ないとしても、ミス・ファーティマ、わたしにはあなたを悠長にエスコートしている時間はないんですわよ」
「時間がないなら作ればよかろう。お前の用がなにかは知らないが、わたしの用より重要だとは思えん」

119ウルトラ5番目の使い魔 25話 (3/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:00:24 ID:yME8DVLc
 できるだけ柔和にお断りの意志を伝えてもファーティマはにべもなかった。そういえば、水軍の士官だと名乗っていたなと思い出した。軍人ならば居丈高な態度も納得できるというものだが、だからといって要求にこたえてやるわけにもいかないのも事実だ。
 今の自分たちにはタバサを救うという大切な使命があるのだ。余計なことに関わっている時間はないと、キュルケは焦っていた。
 すると、そんなキュルケのいらだちに気づいたのか、カトレアが両者をなだめるように、キュルケの抱いている疑問を代わりにファーティマに尋ねた。
「まあまあ、お二人とも。そんなに自分の意見ばかりを主張しては始まりませんわ。ところでファーティマさん、わたしは少し前にあなたのお国にお邪魔したお転婆娘の姉なのですが、よろしければそのときのことを少しお聞かせ願えませんか? お土産話を楽しみにしていたのに、あの子ったらとても忙しいらしくって」
 カトレアの柔和な表情と声が、馬車の中の張り詰めた空気をやや解きほぐした。しかしなぜ彼女がこうした質問ができたかといえば、アンリエッタを通して以前のルイズたちの活躍をすでに知っていたからであった。
 ファーティマは、カトレアの温和な空気に少し毒を抜かれたようで、軽く息を吐くと以前のアディールでの戦いを語って聞かせた。
 サハラの地にやってきた人間たちの船『東方号』。人間とエルフの和睦を目指してやってきた彼らと、それを妨害せんとするヤプール。そしてアディールでおこなわれた大怪獣軍団との決戦。結ばれた、人間とエルフの間の確かな絆。
 それらのことを、キュルケやシルフィードはこのときはじめて知ったのだった。
「ルイズやテファたちが、そんなことを……!」
「シルフィたちが捕まっているあいだに、あのちびっこたちすごいのね!」
 このときの彼女たちの心境を地球流に表現すれば、浦島太郎というほかなかったろう。ほんの何ヶ月か牢の中にいただけだというのに、まるで何十年も時間が経ってしまったかのように思えた。とても信じられなかったが、つこうと思ってつけるような嘘ではないことは確かだった。
 すると、ファーティマのほうもようやくキュルケたちとの意識の差を理解した。
「呆れたものだな。トリステインから来た蛮人たちのことは、今やサハラで知らない者はいないぞ。それなのに、こちらでは民はおろか連中の友人たちすら知らぬとは、どうなっているのだ」
「わたしたちは、少々込み入った事情があるんですのよ。ミス・カトレアはこのことを?」
「ええ、聞き及んでおります。しかし、事が事だけに、公にするにはいましばらくの用意がいると姫様からはうかがっておりましたが」
 エルフに対して、悪鬼の印象を植え付けられているハルケギニアの民に、その意識を百八十度転換させるには上からの押し付けではとても無理なことをアンリエッタも理解していた。そのため、周到に根回しを進めていたのだが、まさかそれを始める前にこんなことになるとは予想だにできなかったことだろう。
 キュルケとシルフィードは、自分たちが留守にしているうちに世界がめまぐるしく動いていたことを知った。ルイズや才人たち、クラスメイトや友人たちは自分がいないあいだにも世界を救おうと必死に努力していたのだ。
 だが、引き換え自分はどうか、こんなところでつまらない問題につき合わさせられている。まあ、事情を最初から知っていたとしても、このファーティマというエルフは気に食わなかったであろうが、心の中の嵐が静まってくると、キュルケはある思いを持ってファーティマの顔をじっと見た。
「なんだ? わたしの顔になにかついているのか」
「いえ、失礼いたしました。そして、どうやらあなたのおっしゃることは正しかったようですわね。無礼を、お詫びいたしますわ」
 相手はエルフ、ハルケギニアでの恐怖の象徴。しかし、今のキュルケはそのエルフを恐れる気持ちにはどうしてもなれなかった。
 人間とエルフは不倶戴天の敵。しかしそれは宇宙が始まったときからの法則に記されているわけではなく、後年の誰かが勝手に決めたことだ。そしてその起源は……あの伝承が確かだとすれば、根底から無価値だったということになる。
 ファーティマは、怪訝な様子で押し黙ってしまったキュルケを見ている。しかしその瞳には、侮蔑や傲慢とは違った光が少しだけ隠されていた。

120ウルトラ5番目の使い魔 25話 (4/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:06:40 ID:yME8DVLc
”おかしな女だ。怒ったと思ったら急に沈みこんだり。しかし、素直に謝罪の言葉が出るとはなかなかできた人物ではあるようだな。少なくとも、少し前のわたしにはできなかったことだ”
 内心で自嘲したファーティマは、それまでキュルケたちに見せていた傲慢な態度とは裏腹な感想を抱いていた。
 そう、一見して人間を見下している態度に徹しているかのように見えているファーティマだが、その本心ではかつてティファニアが命を懸けて灯した友情の炎が消えずに灯っていたのである。
 が、ならばなぜファーティマはキュルケをあおるような態度を続けるのだろうか? いや、それはエルフが人間と変わらない心を持つ生き物だということをかんがみれば、察することもできると言えよう。そして彼女は、実はずっとキュルケたちを観察していたのだった。
”ものわかりの悪い女だが、わたしの素性に確信がいくまでテファに会わせまいとするあたりは情のある人物ではあるようだな。不満は残るが、ようやく信用に足る人物を見つけられたか”
 重ねて述べるが、トリステインはエルフにとってはいまだに敵地である。そこへ踏み込み、特定の任務を果たすためには一時の油断も許されないのだ。
 実際、ここに来るまでにファーティマは誰も信じられない孤独な旅路を送っていた。ルクシャナの百倍は生真面目な彼女が、人間に対する態度を硬化させたとしても仕方がないであろう。
 本当にキュルケたちを見下していたのであれば、キュルケに案内の役が務まらないことを知った時点で馬車を去っていればいい。しかしそれをしなかったのは、任務遂行の使命感と、かつて自分を救ってくれたティファニアを忘れていなかったからだ。
 ただし、それらとは別に、彼女には使者としてのほかに、もうひとつ隠された目的があった。
”魔法学院とやらで連中の行方を聞いても、どうにもわからず行き詰まっていたが助かった。しかし、この国をざっと見てみたが、やはりテュリューク統領やビダーシャル卿は変わり者だ。あのときやってきた連中はまだしも、まだ蛮人たちの大半は大いなる意思の加護も理解できず、この国も国内すら統一しきれていない。こんな連中と接触したところで、我々に害をなすだけではないのか? だがまあ、任務は任務だ、もうひとりの女は多少は話がわかるようだし、わたしの運もまだ尽きてはおらんだろう。ともかく、これをあの連中に渡すまで、万一のことがあってはいけない”
 ファーティマは心の中でつぶやき、懐の中に忍ばせた”あるもの”を確かめた。
 それは、彼女がサハラから来るに際して、テュリューク統領とビダーシャルから厳命された任務だった。
「よいかね、ファーティマ上校。君にはネフテスの名代として人間たちの国へと向かってもらう。道筋は、以前ルクシャナ君の記したものがあるから海から回ってゆくとよいじゃろう。本来なら、ビダーシャル君にまた行ってもらいたいが、あいにく今は彼を欠いては蛮人、いや人間世界に詳しい人物がおらなくなってしまうからのう。君には苦労をかけるが、使者としてティファニア嬢と血縁関係にある君以上の適任がいないのじゃ」
「先のオストラント号の件で、歴史上はじめて人間がネフテスに来て以来、多くの者が人間と接触はした。だが、まだ大衆はあの船の人間だけしか知らず、ハルケギニアの人間の大多数が我らを恐れていることへの実感が薄い。今のうちに理想と現実の差を埋めておかねば、後で大変なことになるのは目に見えているからな。それから、使者としても当然だが、君に預けるそれは、恐らく今後の世界の命運を左右する可能性を秘めている。必ず、あの船の人間たちに届けてくれ」
「はっ! 鉄血団結党無き後、水軍を放逐されていておかしくなかったわたしに目をかけてくれた統領閣下方のためにも全力を尽くす所存です。ご安心ください」
 ネフテスから人間世界への使者へと、もうひとつ、東方号へと、ある重要な物品を届けることがファーティマに課せられた使命であった。それを果たすまでは、些事にこだわって余計な遠回りをするわけにはいかない。
 しかし、任務の重大さとは別に、ファーティマ自身はこの任務に必ずしも乗り気ではなかった。なぜなら、ファーティマは以前に才人たちがサハラに乗り込んだとき、反人間の過激派組織である鉄血団結党の一員であり、その手によってティファニアの命が脅かされたこともある。現在は鉄血団結党は解体したけれど、ファーティマ自身人間への偏見を完全に忘れたわけではないし、自分の素性を知っている向こうにしても少なくとも好んで顔を見たい類の相手ではないであろう。

121ウルトラ5番目の使い魔 25話 (5/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:09:18 ID:yME8DVLc
 ただし、今はそんなことまで口にする必要はない。ファーティマは、相手の警戒心を解くために、現在のサハラが今どうなっているのかを語った。それによれば、現在のサハラは先のヤプールとの決戦で甚大な被害を受けたアディールを一大要塞都市に作り変えて、反攻のために戦力を整えている。そして、そのリーダーシップをとっているのが、先の戦いで信望を深めたテュリューク統領なのだとキュルケたちは聞かされた。
「エルフは完全に戦うつもりなのね。それなのに、わたしたち人間ときたら、いまだに各国の意思の統一すらできていないんだから、うらやましい限りだわ」
「当たり前だ。我々砂漠の民は、滅ぼされるのを待ち続ける惰弱の民ではない。過去の人間たちとの戦い同様に、侵略は断固として迎え撃つ。しかし、先の戦いで敵の戦力がお前たちと戦うよりずっと強力であることがわかったのでな。お前たちのようなものでもいないよりはマシだろうと、来るべき決戦に参加させてやりにわたしが来たまでだ」
「そういう態度をこちらでは手袋を投げつけに来た、と言うのよ。けど、実際に的を射ているから頭が痛いとこなのよね。まったく、せめてジョゼフさえいなければねえ」
 エルフの世界に比べて、ハルケギニアのなんというガタガタ具合かとキュルケは呆れたようにつぶやいた。
 ベロクロンの戦いの後、現在のアンリエッタ女王はヤプールの侵略に対して各国で協力体制を作るよう呼びかけてきたが、それは一年以上経った現在でも成し得ていない。アルビオンとは友好国であるし、ゲルマニアは信頼関係こそ乏しいがアルブレヒト三世が現実主義者であるため同盟国という立場はとれている。ロマリアは立場上中立としてもいいが、問題はガリアであった。アンリエッタがいくら呼びかけても、のらりくらりと回答をかわして、今に至ってもまともな関係は築けていない。それがどうしてかというならば、キュルケにはもうわかりすぎるくらいわかっていた。
「ジョゼフがいる限り、ハルケギニアの一体化を邪魔し続けるでしょうね。しかしそれにしても、あなたみたいなのが使者に遣わされるなんて、統領さんはなにを考えているのかしら」
 と、キュルケがつぶやくと、ファーティマはつまらなさそうに答えた。
「知らん。だが、とにかくわたしは自分に課せられた使命には忠実でいるつもりだ。お前たちに危害を加えるつもりならば、とうの昔にやっている。わたしがこの地に出向いてきた、テュリューク統領の意思は平和と友好のふたつにこそある」
 そう言いながら、ファーティマは自分が言ってこれほど白々しい言葉もないなと自嘲していた。ほんの半年ほど前の自分には夢にも思わないことだ。あの頃の自分だったら、いずれ水軍の大提督になって人間世界へ攻め込むことを夢見ていただろう。
 人間のことが気に食わないのは今でも変わっていない。しかし、あの頃の自分は今思えば血塗られた夢に酔っていたのかもしれない。砂漠の民の力があれば、蛮人など鎧袖一触と無邪気に思い込んでいた無知な自分。ただエスマーイルの言葉に踊らされて、鉄血団結党の一員であることに有頂天になっていた。それでいい気になって蛮人どもを襲撃したら、軽く返り討ちにあったあげくにその相手に助けられているのだからざまはない。
 そして、奴らのひとりはこう言った。お前だけが不幸だなんて思うなよ、あんたみたいな復讐者は何人も見てきたと。あのときほどの屈辱は、それまでになかった。おまけに、あのシャジャルの娘ときたら、まったく心底自分の器の狭さを思い知らされた。
 しかし夢は夢、覚めてしまえば夢は過去へと流れていく。表面は蛮人に対してとげとげしく取り繕って、内心では心を許せないもどかしさを感じていたファーティマだったが、その葛藤は意外な形で晴らされることになった。
 
「まあ、まあまあまあ! 素晴らしいですわ。ファーティマさん、私、小さいときからいつかエルフの国へ行ってみたいと夢見てましたの。エルフと人間の友好、こんなにうれしいことはありませんわ」
 
 カトレアの、喜びに満ちた声が馬車の中のよどんだ空気を吹き飛ばし、思わずカトレアを見たキュルケとファーティマの目に、カトレアの満面の笑顔が太陽のように映り込んで来た。

122ウルトラ5番目の使い魔 25話 (6/9)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:10:49 ID:yME8DVLc
 驚いて、とっさの言葉が出てこないキュルケとファーティマ。しかし、カトレアは立ち上がってファーティマの手をとると、優しげに口を開いた。
「慣れない土地での旅、ほんとうにご苦労様でした。こうしてここであなたとめぐり合えたのは、始祖のご加護と、あなたには大いなる意思のお導きがあったからなのでしょう。これほど祝福された出会いはないと思いませんか?」
「あ、ああ、出会いに感謝を。このめぐり合わせは偶然ではない。正しきことを後押しする大いなる意思の見えざる手が導いてくれたのだ」
「でしたら、もっとうれしそうな顔をしましょう。あなたが正しいことをしにはるばる参られたのなら、わたくしたちは心から歓迎いたしますわ。さっ、あなたたちもこっちにいらして」
 そうして、カトレアは唖然としているキュルケとシルフィードを呼び寄せると、彼女たちの手をとってファーティマの手に重ねた。
「今はわたくしたち四人だけですけど、エルフと人間と、韻竜も、こうして手を結び合うことができるのだと証明されましたわ。ファーティマさん、手を繋げばどんな種族でもこんなに近い。とてもすばらしいことですね」
「う、うむ。い、いや! 形は形だ。実際の交渉や同盟が、そんな甘いものではないことくらい承知している」
 カトレアの優しすぎる笑みに、思わず納得してしまいそうになったファーティマは慌てて現実を盾に取り繕った。また、キュルケやシルフィードも、異なる種族がそう簡単に近くなれるものではないと、額にしわを寄せている。
 だが、カトレアはわかりあうことへの抵抗を除けないでいる三人の手を両手で包み込むと、諭すように語り掛けた。
「では、まずはここにいる四人から友情をはじめていきましょう。すてきだと思いませんか? ハルケギニアがどんな種族でも仲良く生きられる世界になる第一歩をわたくしたちの足で踏み出すんですよ」
 カトレアの言葉に、三人はしばらく呆然とするばかりだった。腹の探りあいと、どうしてもぬぐい得ない不信感をぶつけあっていたのに、カトレアの笑顔にはひとかけらの濁りもなかった。
 この人は、いったい? 返す言葉がとっさに浮かんでこない三人。そのうちのキュルケが、どうしてそんな無防備な笑みができるのかと目で尋ねているのに気づいたカトレアは、そっとささやくように答えた。
「キュルケさん、あなたの言いたい事はわかりますわ。けれど、思い悩んだところで生まれを変えられる者などいません。わたしも、何度も自分の存在が世界にとってあっていいものだったのかを思い悩みました。でも、その度に思い出すことがあるんです」
「思い出す、こと?」
「ええ、皆さん、わたしは実は昔、大病をわずらって長くは生きられないと言われていました。でも、ともすれば自ら命を絶ってもおかしくなかった日々で、わたしを支えて生かしてくれた友達は、必ずしも人間ではありませんでした」
 そう言うと、カトレアはシルフィードのほうを見た。するとシルフィードははっとして、いまさらながら気づいたように言った。
「そういえば、カトレアお姉さまからいろんな生き物のにおいがするの。こんなにたくさんの生き物のにおいを持ってる人、これまで見たこともないのね!」
 驚くシルフィードにカトレアは語った。自分の住むラ・フォンティーヌ領では、多くの動物や、中には怪獣までもが仲良く住んでいることを。
 シルフィードはそれで、自分がカトレアに対して不思議な安心感を持てていたわけを悟った。自分が鈍いからと言うだけではない、それほどに多くのにおいを持つカトレアは、人生のほとんどを自然の中で生きてきたシルフィードにとって、まるで故郷に帰ってきたかのように安らげる空気の持ち主だったからだ。

123ウルトラ5番目の使い魔 25話 (7/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:12:54 ID:yME8DVLc
 そう、カトレアにはラ・フォンティーヌ領で世話をしてきた数え切れないほどの生き物のにおいが染み付いている。それも、そのすべてがカトレアに対して好意を持っていることを示す香りであったために、シルフィードは疑問に思うことすらもなかったのだ。
「最初は、思うように動けない自分の代償のつもりだったかもしれません。けれど、病気が治った後も、彼らはずっとわたしの友達でいてくれました。そして気づいたんです。生き物が生きていく上で、共に生きるべき相手は必ずしも同族でなければいけないということはないということに」
「きゅい、シルフィも誇り高い韻竜だけど、人間とは仲良くしたいと思うの。ねえ赤いの、前にお姉さまといっしょに、人間と翼人を助けたのを思い出さないかね?」
「そうね。あれは、タバサとわたしたちでやった初めての冒険だったわね。もう、あれからずいぶん経つのねえ」
 懐かしそうに、キュルケは思い出した。
 エギンハイム村での、翼人と人間のいさかいから始まったあの事件のことは忘れない。軽い気持ちでタバサの手助けをしようとして、そのまま宇宙人と怪獣を交えての大決戦にまでなったあの事件では、人間と翼人の両方が力を合わせなければ勝てなかった。そしてその後誕生した人間と翼人の夫婦の幸せそうな顔。思えば、自分たちは一度すでにいがみあっていた異種族をつなげることに成功している。増して、ルイズたちは自らエルフの首都に赴いて帰ってくるという前代未聞な冒険を成功させているではないか。
 異種族が共存することは、決して不可能ではない。その前例は、すでにたくさんあった。キュルケは、そのことを知っていたはずの自分を恥じて、しかしそれでも納得のいく答えを求めてカトレアに視線を移した。
「あなたにも、忘れてはいけない大切なことがあったのですね。ねえキュルケさん、さきほどの話の後で話そうと思っていたことがあるんです。ファーティマさんとシルフィードちゃんも聞いてください。確かにこの世界では、人間とそれ以外の生き物でバラバラに別れています。そして、わたしたちはそれぞれに簡単に相手を信用することのできない理由も抱えているでしょう。けれど、だからこそそのしこりをわたしたちの代で消し去っていこうと思うのです」
「しこりを……消し去る?」
「そうです。事はわたしたちだけの問題ではありません。わたしや、キュルケさん、ファーティマさん、シルフィードちゃん、それにあなたたちの知っているすべての人の子供や孫の世代にも関わっていくのです。率直に聞きますが、皆さんがいずれ子供や孫を持ったときに、友達を残してあげたいと思いますか? 敵を残してあげたいと思いますか?」
 その答えは決まっていた。キュルケもシルフィードも、ファーティマでさえ言葉には出さなくても顔には同じ答えを浮かばせている。
「確かに世の中には、どうしても理解しあえないような卑劣で邪悪な相手もいます。けれども、人間やエルフの多くの人はそんなことはないということを、あなた方はもう知っているでしょう?」
 カトレアの言葉に、三人はじっと考え込んだ。世に悪人は間違いなくいる。しかし、毎日を正しく一生懸命に生きている人はそれよりはるかに多くいることに。
 かつて、ウルトラマンタロウは言った。少ない悪人のために、多くのいい人を見捨てることはできないと。カトレアも、数多くの命と向き合ううちに、本当に邪悪な相手はほんの一握りだと思うようになっていっていたのだ。
「わたしはこれまで、多くの生き物の生き死にを見てきました。動物の寿命は、人に比べればとても短いものもあります。けれど、そんな彼らも世代が進んで仲間が増えていくごとに、生き生きと力強く生きるようになっていくのです。それで思うようになりました。わたしたちはみんな、次の世代に幸せをつなぐために生きているのだと」

124ウルトラ5番目の使い魔 25話 (8/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:14:39 ID:yME8DVLc
「次の、世代に……?」
「そうです。過去になにがあったにせよ、わたしたちの後に続く人たちが平和に楽しく暮らせる世の中が来るのならそれでよいではありませんか。そうして積み重ねていけば、大昔のことなんか笑い話ですむ時代がいずれやってきます。その一歩を、わたしたちの手で進める。この上ない名誉と幸福だと思いませんか?」
 どこまでも純粋で優しいカトレアの笑顔を見て、三人はそれぞれ自分の中での葛藤を顧みてみた。だが、三人共に共通していたのは、いずれも今の自分たちのことしか考えていなかったということだった。
 対して、カトレアは次の世代のそのまた先。十年後、百年後、いいや千年後まで視野に入れて考えている。三人は、それぞれ思うところは違いはしたけれど、カトレアの思う生き方に比べたら、自分たちのこだわりが笑えるほど小さなものに思えて口元がほぐれてきてしまう。
 ただ、現実にハルケギニアの異種族同士はわかりあえずに六千年を過ごしてきている。それを忘れてはならないという風に、ファーティマは言った。
「お前の理想論、険しいという言葉では済まされない道だぞ」
「わかっています。今日初めて会ったばかりの相手を、すぐに信用できなくて当然ですわ。けど、今ここにいる四人はこれからきっといいお友達になれます。大丈夫ですよ、だってほら、誰の手のひらにも同じようにあったかい血が流れているんですから」
 カトレアの重ねた四人の手からは、ゆっくりとそれぞれの体温が相手に伝わっていった。それは、熱くも冷たくもない、生きているものの発する生命の暖かさ。人間もエルフも韻竜も、魔物でも幽霊でもないことを示すぬくもりを感じて、キュルケ、シルフィード、それにファーティマは、言葉に表すことは難しいけれど、自分の中でのなにかが変わっていっているような不思議で、しかし快い感触を覚えていた。
 人は、大きなものを見据えることで小さなこだわりを捨てることができる。そして、人と人は小さなこだわりを捨てることで友情を結ぶことができる。大自然の中で自由に心を育んできたカトレアの思いが伝わって、重なり合った手のひらに誰からともなく新しい力が加わっていった。
 
 
 けれども、カトレアは豊かな心を持っていても、無知な野生児ではない。キュルケやファーティマが持っていた警戒心が薄れたことを確信すると、その瞳に鋭い知性の光を宿らせてファーティマに問いかけた。
「ところでファーティマさん。聞けば、先ほどはキュルケさんが亡霊に襲われて危ないところを助けていただいたとか。しかし、キュルケさんには亡霊などに襲われる所以はありませんし、そもそも亡霊などというものに早々お目にかかれるとは思えません。もしかすると、本来亡霊に追われていたのはあなたなのではないですか?」
 その瞬間、ファーティマの背筋がびくりと震え、表情に明らかな動揺が見えた。
「そ、それは……」
「それに、最初から気になっていたのですが、サハラからトリステインへの大事な使者であるにも関わらず、あなたはたった一人でここまで来られたのですか? いくらエルフが人間に比べて強いとはいっても、普通なら水先案内や護衛のために、あと数人はいっしょにいておかしくないはず。ひょっとしてファーティマさん、あなたには他にまだ隠している役目があるのではないですか?」

125ウルトラ5番目の使い魔 25話 (9/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:17:35 ID:yME8DVLc
 ファーティマはすぐに肯定も否定もしなかったが、その短い沈黙だけでもシルフィードはまだしもカトレアやキュルケは過不足なく察することができた。
 再び馬車の中に緊張が走る。しかし、対峙する姿勢に入りかかったキュルケとファーティマをカトレアはすぐに抑えた。
「落ち着いてください。キュルケさん、ファーティマさん。わたしは尋問をしようとしているわけではありません。ですがファーティマさん、わたしたちは今、大事な目的を持って旅をしています。もしかすると、この世界の行く末を左右するかもしれない重大な意味を持つ旅です。正直に言って、あまり時間はありません。けれども、できればあなたの望みもかなえてあげたい。ですからお互いに、隠し事はやめて打ち明けあいましょう。そうすれば、もっとあなたの助けにもなれるかもしれません」
 カトレアに諭すように告げられて、ファーティマは金髪を伏してじっと考え込んだ。カトレアはキュルケとシルフィードに視線を移し、話してよいですかと目で尋ねた。キュルケは一瞬躊躇したけれど、意を決して自分から旅の目的をファーティマに語って聞かせた。
 タバサのこと、ジョゼフのこと、異世界への扉を求めてラグドリアン湖に向かおうとしていることなどを、キュルケはすべて包み隠さず話した。そしてファーティマの反応をうかがうと、ファーティマは驚いたようではあったが、ふうとため息をついてからキュルケやカトレアを見返して言った。
「異世界へ、か。どうやら、わたしがお前たちとめぐり合ったのは本当に大いなる意思の導きらしい。わかった、わたしも全てを話そう。わたしのもうひとつの使命は、ある物をお前たちの仲間に届けることなのだ」
 ファーティマは、懐から小さな小箱を取り出して、その中身を見せた。
「なんですの? 見たことない形の、カプセル……かしら?」
 それを見てキュルケは首をかしげた。小箱の中身は、手のひらに収まるくらいの楕円形の金属でできたカプセルで、表面には焼け焦げた跡があった。
 しかし、よく見てみると表面には細かな文字でなにかが書いてあり、それに汚れてはいるけれど、文字の上にはなにやら紋章のようなものが描かれていて、キュルケはふと既視感を覚えた。
「先日、我らの聖地の近辺で発見されたものだ。そのときは、もっと大きなケースに入っていたのだが、すでに何者かに攻撃された形跡があった。ともかく、その字を読んでみろ」
「ううん、かすれてて見にくいけど……あら? このマーク、どこかで同じものを見たような。それに、この文字は……えっ!」
 キュルケは、カプセルに書かれていた文字を読んで愕然とした。それは、つたないトリステインの公用語で書かれていたが、その中に記されていた固有名詞や人物の名前は、キュルケにとってとてもよく知っているものだったからである。
「思い出したわ! この翼のようなマークは、確かタルブ村で……」
 
 だが、キュルケが記憶の淵から呼び戻してきたそれを口にする前に異変は起こった。
 
 突如、爆発音とともに激震が馬車を襲い、中にいた四人はもみくちゃにされた。頭をぶつけたシルフィードが悲鳴をあげ、馬車を引いていた馬の悲鳴もそれに重なって響く。
 高級馬車の車軸でも吸収しきれない揺れにより、車内のランプが落ちて割れ、灯油がぶちまけられて刺激臭が鼻をつく。だが、そんなものに構っている者は一人もいなかった。それぞれが多寡は違えども戦いの中を潜ってきた経験を持つ者たちである、今の不自然な揺れと爆音が、自分たちを危機へと追い込む悪魔の角笛だということを理解していたのだ。

126ウルトラ5番目の使い魔 25話 (10/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:20:00 ID:yME8DVLc
「なに! 今の爆発音は、まさか」
「そ、外なのね! うわっ! 森が燃えてる。きゅいぃぃぃ! みんな、空を見てなのね!」
 頭のたんこぶを押さえながら窓から外を見たシルフィードの絶叫。続いて窓を開けて空を見上げた三人の目に映ってきたのは、空に浮かぶ三十メートルはあろうかという巨大な鉄の塊だったのである。
 なんだあれは!? 異様すぎる浮遊物体の巨影に、キュルケやシルフィードは唖然とし、まさかジョゼフの放った刺客かと身を固めた。
 しかし、それはジョゼフの刺客などではなかった。百メートルほど上空にとどまり、こちらを見下ろしてくるような鉄塊を見て、ファーティマが忌々しげに吐き捨てたのだ。
「くそっ! もう追いついてきたのか!」
「なに? あなたあれを知ってるの」
「今の話の続きで話そうと思っていた。サハラを出てからこれまで、ずっとあいつに付け狙われていたんだ。共にアディールから出た仲間はみんなあいつにやられた! まずい、攻撃してくるぞ、飛び降りろ!」
 その瞬間、鉄塊に帯状についている無数の赤いランプが断続的に輝き、ランプからそれぞれ一本ずつのいなづま状の赤い光線が馬車に向かって発射された。七本の光線は一本に集約して馬車に直撃し、馬車は火の塊になって飛び散る。
 だが、ファーティマの警告が一歩早かったおかげで、馬車から飛び降りた四人は間一髪で無事だった。
「きゅいいい、し、死ぬかと思ったのね」
「あと一瞬逃げ出すのが遅れてたら、わたしたちは丸焼けだったわね。ミス・カトレア、大丈夫ですの?」
「ご心配なく、こう見えて野山を駆け回るのが日課ですから。それよりも、ファーティマさんにお礼を言わなければいけませんね」
「勘違いするな。せっかくの大いなる意思の導きを台無しにしては冒涜だからだ。だがそれも、生き延びれたらの話ではあるが……下りてくるぞ! 気をつけろ」
 燃える馬車の炎に照らされる四人の前に、空飛ぶ鉄塊がゆっくりと下りてきた。敵意を込めて、鉄塊を睨みつける四人。その眼前で、鉄塊は真の姿を現していく。
 
 まず、上部の穴から頭がせり上がってきた。洗面器を裏返したようなツルツルの表面に、かろうじて目と口だと見えるくぼみが三つついている。
 続いて、左右から腕が生え、下部から足が生えて地面に着地した。その胸元には、先ほど破壊光線を放ってきたランプが赤く輝いている。この人型の巨大ロボットこそが鉄塊の正体だったのだ。
 
「きゅいい! で、でっかい人形のおばけなのね!」
「なんて大きさ。こんなガーゴイルがこの世にいたなんて」
「いえ、これはガーゴイルじゃないわ。きっと、以前にトリステイン王宮を襲った機械竜と同じもの。そして、あのときの亡霊といい、そんなことができるものといえば」

127ウルトラ5番目の使い魔 25話 (11/11)  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:22:11 ID:yME8DVLc
「そういうことだ。こうなったらお前たちも一蓮托生だ。奴の思うとおりにさせたら、砂漠の民も蛮人もすべて滅び去る。だから知らせねばいかんのだ。ヤプールが再び動き出したのだということを!」
 
 聞きたくなかった忌まわしい侵略者の名が吐き捨てられ、巨大ロボットは電子音と金属音を響かせながら動き始めた。
 
「モクヒョウヲカクニン。ケイコクスル、タダチニコウフクシテ、ソノソウチヲアケワタシナサイ、サモナケレバ、キミタチゴトハカイスル」
「断るわ!」
 
 シルフィードがドラゴンに戻り、キュルケ、カトレア、ファーティマが魔法攻撃の体制に入る。
 燃える馬車の炎に照らされ、逃げ去っていく馬の悲鳴を開幕のベルとして戦いが始まった。
 
 
 だが、その一方で、始まったこの戦いを離れたところから見守っている目があった。
「あれはガメロット……確かあれはサーリン星のロボット警備隊に所属するロボット怪獣だったはずだが、やはりロボットだけでは星を維持できなくなってヤプールの手に落ちたか。しかし、このシグナルに従って来てみたが、リュウめ、相変わらず荒っぽい作戦を思いつくやつだ」
 彼の手には、激しいシグナルを発し続けているGUYSメモリーディスプレイがあった。そして、ファーティマの持つカプセルにもまた、メモリーディスプレイに記されているのと同じ翼のシンボルが描かれていたのだ。
 
 
 続く

128ウルトラ5番目の使い魔 あとがき  ◆213pT8BiCc:2015/01/25(日) 23:44:53 ID:yME8DVLc
以上です。待っていてくださった方、ありがとうございました。
実は先週の水・木には投下するつもりだったのですが、直前でちと某アニメで精神的ショックを受けてしまいまして…
ですがそれを置いても遅れてすみませんでした。今回は特にシチュエーションや台詞回しが重要なので、何度も書いては消してを繰り返してました。
しかし怪獣も出た以上はテンション上げていこうと思います。あ、一応いっておきますけど原作どおりに誰かを特攻させたりとかはしませんのでご安心を

ハーメルンのほうでの投下も続けていますので、そちらもよかったらいらしてください。
では、今回はこのへんで失礼します

129名無しさん:2015/01/26(月) 06:24:12 ID:WB8.oUFg
乙です

>>某アニメ

あれですねあちこちでもめてますが設定上しゃあないっちゃそうですが

130名無しさん:2015/01/26(月) 22:08:32 ID:DRpYE9cM
乙です
ファーティマも丸くなったなあw
あんな目にあってまだ目が覚めなければ救いようが無いけど
どうこの危機を乗り越えるのか

131ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:13:35 ID:cq4lwDYU
皆さんこんにちは、ウル魔の26話の投稿準備ができたので投下開始します。

132ウルトラ5番目の使い魔 26話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:18:18 ID:cq4lwDYU
 第26話
 魂のリレー
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
 異世界ハルケギニアを舞台にした、ウルトラマンAと異次元人ヤプールの戦いが始まって、一年あまりの月日が流れた。
 その戦いを顧みてみて、エースは苦しい戦いを、多くの人々の助力を得て乗り越えてきた。
 そう、ウルトラマンといえど限界はある。圧倒的な闇の力に対抗するためには、仲間の力が欠かせないのだ。
 ヤプールを倒すため、ハルケギニアの人々は勇敢に立ち向かい、さらに地球と光の国からもエースを救うべく勇者たちが立ち上がった。
 だが、次元を超えて地球からハルケギニアへと渡ろうとしたCREW GUYSの試みはヤプールによって妨害され、亜空間ゲートは完全に封じられた。
 その後、才人たちは地球からの援軍を失ったことで苦戦を強いられながらも、エルフの都アディールでの決戦で、なんとかヤプールの怪獣軍団を撃退することに成功した。
 しかし、ヤプールがこのまま黙っていると思う者は誰もいなかった。遠からず奴は、さらなる恐ろしい力を持って攻めてくる。そのときまでに、どれだけ戦力を整えていられるかで勝敗は決まる。
 怨念と執念を込めてハルケギニアを滅亡せんと狙うヤプール。対して人間たち、エルフたちもいずれ必ず襲ってくるヤプールとの戦いに備えて、可能な努力を惜しまずに進めた。
 
 だが、来るべき時のために最大限の努力を傾けているのはハルケギニアの民やヤプールだけではなかった。
 忘れてはいけない。道を閉ざされたとはいえ、次元の向こう側には悪を許さない勇者たちがいることを。
 
 時をさかのぼり、才人たちが東方号でネフテスからハルケギニアへと帰還の途にある頃。
 この時、地球からさして離れていない宇宙空間でCREW GUYSが一発の大型ロケットを打ち出していた。
「超光速ミサイルNo.9、軌道に乗りました。弾頭内の各発信機、自動追尾シグナル、オールクリア! このままウルトラゾーンの亜空間断層へと突入します」
「ようし、時空を越えて行ってきやがれ。一個でいい、あの世界に届くんだ!」

133ウルトラ5番目の使い魔 26話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:19:53 ID:cq4lwDYU
 リュウ隊長の見守る前で、GUYSの希望を乗せたロケットは異次元空間へと消えていった。行く先は宇宙の墓場・ウルトラゾーン。GUYSも一度だけ突入したことがあるが、命からがら脱出してきたほどの宇宙の難所だ。
 その不安定な時空に彼らは賭けた。非常に不安定な時空の果てがどうなっているのか、生きている者で確認できた者はいない。しかし、このロケットにはGUYSのテクノロジーの粋を集めた、数千にも及ぶ”ある装置”が詰め込まれていたのだ。
 
 超光速ミサイルはウルトラゾーンのかなたに消え、やがて自爆して搭載されていた”装置”をばらまいた。
 それらのほとんどは無駄となり、永遠に時空のはざまをさまよい続けることになる。だが、たった一個の奇跡が、すべてを変える大いなる大樹の種となった。
 
 
 それから時は流れて、舞台は再び時空のかなたへと戻る。
 
 
 ”それ”が、彼らの手に渡ったのは、まったくの偶然といってよかった。
 事の次第はある日のこと、エルフたちの国ネフテスにおいて、海上哨戒中の水軍が嵐と遭遇したことがきっかけだった。
 アディール近海……ヤプールの手に落ちた竜の巣、聖地を望むその海は今や地獄と化していた。
「艦長! 船体傾斜率が三十度を越えました。残念ですが、これ以上竜の巣に近づいたら、艦が持ちません!」
「おのれ、竜の巣はもう間近だというのに。特別に訓練した、この鯨竜を持ってしてもだめだというのか」
 激しく動揺し、なにかに掴まっていなければ立っていることもできないほど悲惨な状況にある鯨竜艦の艦橋で、艦長が悔しげに吐き捨てた。
 海は天を貫く巨峰のような波が無数に逆立ち、風はマストに掲げたネフテスの旗を引きちぎっていきそうなほど強い。
 以前の戦いで、壊滅的打撃を受けた水軍。それからようやく立ち直りかけ、手塩にかけて育て上げた鯨竜と乗組員で竜の巣の詳細を偵察してこようともくろんだ艦長の狙いは、想像をはるかに超えた嵐の前に打ち砕かれてしまった。
 むろん、これは自然の嵐ではない。竜の巣を手中におさめたヤプールが、近づくものを排除しようと人工的に起こしているものである。その威力は絶大そのものであり、空からは暴風雨によりいかなる飛行獣も飛行船も近づけず、かといって海中も水流がでたらめに渦巻いているので、潜ればバラバラにされてしまうだろう。残る、わずかに危険度の少ないと思われる海上からの接近さえ、比較的近くに寄ることが精一杯というありさまであった。
「艦長、鯨竜が疲弊しています。このままここにとどまったら、海中に引きづりこまれて一巻の終わりです!」
「くそっ、止むを得ん。進路反転百八十度、この海域から離脱する!」

134ウルトラ5番目の使い魔 26話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:21:43 ID:cq4lwDYU
 悲鳴のように叫ぶクルーの声に、艦長は悔しさをかみ締めつつ撤退を命令した。
 鯨竜は、帰ることのできるのを認められて喜ぶようにひと吠えすると、くるりと進路を来た方向に変えて泳ぎ始めた。竜の巣から離れるごとに波と風は弱まっていき、沈没の恐怖におびえていた艦橋にもやっと安堵のため息が流れるようになっていた。
「どうやら、危機は脱したようです。しかし、艦内はもうひどい状況です。このままアディールの水軍司令部に帰還します」
「仕方があるまい。くそっ、もっと我々に大きくて強い船があれば、こんな屈辱を味わわずにすむというのに」
 艦長は、割れた窓から吹き込んできた風雨でぐっしょりになった軍服を揺すって、自らの非力を嘆いた。周りでは、同じようにずぶ濡れになったクルーたちが無言で職務に勤めている。いずれの顔にも疲労の色が濃かった。
 情けない。艦長は心底そう思った。我らネフテスの水軍は、水の上にあっては最強なことを誇りとしてきたはずなのに、たかが嵐に勝つことさえままならないとは、偉大な先達の方々に合わせる顔がない。
 彼は、以前アディールにやってきた人間たちの船を思い出した。オストラント号と名乗っていた、あの巨大船を見たときの衝撃は忘れられない。
「あれほどの船を、我らにも作れれば」
 蛮人たちはどうやったのかはわからないが、とてつもない巨艦を建造して我々の防衛網を突破し、歴史上初めてのアディールに立った蛮人たちになった。これまでの蛮人たちの船ときたら、風石ばかりを無駄に食う浮かぶ標的のようなものだったというのに。
 しかし、このような評価をコルベールが聞いたら、過大評価だと顔を真っ赤にするだろう。自分たちも、異世界の技術を流用したに過ぎないのだと。
 ただ、勘違いであるとはいえ、東方号の与えた衝撃はエルフたちにも多くの影響を残していたことは間違いない。
 今に見ていろ、誇り高き砂漠の民がいつまでも蛮人の後塵を拝すなどあっていいはずはない。我が人生のすべてを懸けてでも、あれに負けない船を作り上げて無敵水軍の復興を果たす。同じように空軍も再建に血眼になっているが、負けてはいられない。
 屈辱は人を奮起させる。負けたときにそこから這い上がろうとする意思の力は、時に爆発的な進歩をもたらす。かつて地球でも、我が物顔で暴れる怪獣や宇宙人たちに対抗しようする人々が作り上げた新兵器の数々が、現在のGUYSのメテオールの原型になっているし、ウルトラマンジャックやウルトラマンレオも、敗北から血のにじむような特訓を経て新技を編み出して勝利してきた。そして、エルフたちも同じように、今自分たちの進歩のために殻を破ろうとしていたのだ。
 と、そのときであった。悔しさを噛み締めて窓の外を凝視していた艦長たちの目に、空を横切る一筋の流星が映ったのは。
「なんだ? いまのは」
「見張り所より報告します。左舷後方、竜の巣の方面から発光体が飛来、左舷前方、推定三千メイルに着水しました」
 見ると、確かに左舷前方の海上になにやら光るものが浮いているように見える。荒れる波間に漂っているので、見えたり隠れたりを繰り返しているが、明らかに自然のものではない強い輝きを放っており、艦長以下艦橋にいたクルーたちは怪訝な表情をした。

135ウルトラ5番目の使い魔 26話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:23:53 ID:cq4lwDYU
「なんでしょうね。かなり小さなもののようで、遠見でも正体が判別できませんが、敵の攻撃にしてはお粗末です」
「ええ、砲弾の破片でも、燃えた岩の欠片でもないようです。しかし、風に乗って流れてくる気配がないですし、少なくとも生き物ではなさそうです」
「海流に乗って流されていきます。なににしても、本艦に危害が加わることはないでしょう。ま、この嵐の中、すぐに沈んでしまうでしょうが」
 クルーたちは、目立つ輝きを発しながらもしだいに遠ざかっていく飛来物への興味をなくしたように口々に言った。いずれも、敵地のど真ん中であるこの海域を早く抜け出したくて、触らぬ神にたたりなしといった風に意図的に無視しようとしている。
 しかし、彼らと同じように光る飛来物をじっと睨んでいた艦長は驚くことを言い出した。
「進路取り舵、第一戦速! あの発光物に接近しろ」
「ええっ!? か、艦長、何をおっしゃるのですか。暴風圏は抜けたといえ、まだ本艦は危険な状況にあります。一刻も早く、この海域を抜けなければ」
 せっかく拾いかけた命をまた危険に晒すのは嫌だと、艦の副長ほかクルーたちは皆反対した。だが、艦長は反論を許さないという風に断固として言った。
「ダメだ! 大口を利いて出てきた以上、なにもなしに引き上げたのでは水軍の面子に関わる。ここはなんとしてでも何かを持ち帰らねばならん。速度を上げて接近し、あれを回収するのだ。これは命令である!」
 クルーたちは腹立たしさを覚えたが、軍人である以上は上官の命令に従わねばならない。ぐっとこらえて、鯨竜に進路を変えるように指示すると、鯨竜はしぶしぶといったふうにゆっくりと進路を光る飛来物のほうへと向けた。
 風雨の中を縫って前進し、接近すると速度を絞ってそばに船を静止させるには大変な手間と繊細さを必要とした。しかも、荒れる海の中で人の背丈ほどの大きさもない浮遊物を回収するのはいくらエルフでも難解を極めた。万能に近い先住魔法を操れる彼らであったが、強烈なマイナスエネルギーに支配されたこの海域では精霊の加護をほとんど得ることができずに、手作業に頼った回収がやっと終わったときには溺死者を出さなかったことが奇跡と思えるくらいに、作業に関わったクルーはずぶ濡れで疲弊しきっていた。
「報告します。飛来した物体の回収と収容が完了しました」
「うむ、ご苦労」
「はっ、次いで報告いたしますが、飛来物は一抱えほどの大きさの、金属製の丸い容器のようなものでした。光っていたのは、それにつけられていたランプだったようです」
「容器? ということは、なにかを収納しておくためのものだというのか?」
「わかりません。形からして入れ物なのは確かのようですが、中身が危険物であったときのために、回収すると同時に船倉にしまってしまいましたので。ただ、落雷にでもあったのか破損してはおりましたが、容器の作りは我々ネフテスでは見たことのないものでした」
「わかった。あとは持ち帰って専門家に渡そう。ようし、全速力でこの海域を離脱する!」
 
 しかし、離脱していく彼らを背後から憎悪をこめた眼差しが見守っていることも、このとき誰も知るよしはなかった。
「おのれ、エルフどもにあれを回収されてしまったか。まだ力が完全に戻っていない今、連中にこの世界に来られるのはまずい。エルフどもにはあれは使えまいが、確実に始末しておかねば……」
 
 その後、持ち帰られた謎の飛来物は、トリステインで言えば魔法アカデミーに相当する機関に運び込まれて調査された。

136ウルトラ5番目の使い魔 26話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:25:08 ID:cq4lwDYU
 内容物は、一見、サハラの民からすれば価値を持っているようには見えない金属製の小さなカプセル。しかし、そこに書かれていた文字を解読したとき、明らかになったその意図と機能は報告を受けたテュリューク統領を驚愕させるに充分なものだった。
 彼は即座にビダーシャルを呼び寄せると、秘密を明かして協力を要請した。
「ビダーシャルくん、忙しいところを呼びつけてすまんの」
「構いません。私もこの時節、統領閣下が戯れに呼びつけたとは思っておりませんので。それで、要件とは」
「うむ、重要な事柄じゃ。結論から簡潔に伝えよう。先日水軍の船が竜の巣近海から持ち帰ったカプセル。あれは、異世界からやってきたものじゃった。しかも、ヤプールと対立する勢力が我々に向けて送ったものなのじゃよ」
「なんですって! いえ、なるほど……考えられなくも無いですね」
 ビダーシャルは驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻して考えた。
 彼らの言う竜の巣、忌み名をシャイターンの門というそこは、伝説では悪魔たちが降り立った地とされ、現在なお製作者不明な武器や用途不明な道具がしばしば発見されることを一部の者たちには知られている。そこで見つかる道具は、明らかに人間でもエルフでも作れないような高度な製法で作られているものばかりで、それらの事象をかえりみたとき、その地の持つ意味を理解できぬほどエルフは愚かではなかった。
「君もわかったようじゃの。シャイターンの門の先には異なる世界が広がっている。ヤプールがなにを狙ってシャイターンの門を奪ったのか、目的はいまだはっきりせんが、奴は門の力を利用しようとしているのは間違いない。しかし、まだ門を制御するにはいたっておらんようじゃ」
「このカプセルが紛れ込んできたのが、その証明というわけですね。これがカプセルにつけられていたメッセージの写しですか。うん? この名は確か……なるほど、信憑性は高いと私は判断します。これに成功すれば、我々は大きな力を得れることになりますね。ですが、肝心の使い方が書いていないのが気になりますが」
「それは恐らく、悪用を防ぐためと、我々の力ではそもそも使いこなせないからじゃろうよ」
「念のいったことです。しかしそのためには、我らの中の誰かが蛮人の国まで出向かねばなりません。なにより、我ら砂漠の民がまたしても蛮人に頼ることになるというのはいかがなものでしょう?」
「ふうむ。確かに、他人の力を借りることには腹を立てる者も多かろうの。正直、わしも悔しい思いがしないでもない。君の言う事も一理あるが……本音はそうではあるまい?」
「当然です。シャイターンどころか、我々は想像だにしていなかった悪魔の脅威に今現在さらされているのです。ここは、誰に頼ることになってもまずはネフテスを守ることが重要でしょう」
 ビダーシャルはあくまで現実思考を前に出して言った。一度は撃退に成功したものの、ヤプールの恐ろしさをビダーシャルは忘れてはいない。再軍備は進めているものの、エルフだけで勝てると思うほど彼は楽観主義者ではなかった。
「ふむ、敵の敵は味方か、人間たちの言葉じゃったのう。まあよい、どのみちそろそろあの船の人間たちには連絡をとろうと思っておったことじゃし、ちょうどよい。しかし、我々の中に蛮人の国の奥深くまで使者として行けるような骨のある者が君以外におったかのう?」
「適任がおります。元より血の気の多い者ですから、汚名返上のために力を尽くすことでしょう。何より、かの地にはその者の親類がおります」

137ウルトラ5番目の使い魔 26話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:27:03 ID:cq4lwDYU
「なるほど、言いたいことがわかったぞ。それに、行く当てがなくて軍に引き取った鉄血団結党の者たちにもよい刺激になるじゃろう。きゃつらの中には、まだ愚かな夢を捨て切れん者もおることじゃし、党でなかなかの地位にあった彼女がその目で人間世界を見てきて話せば、心変わりをする者も出るであろうよ。よろしい、ビダーシャル君、多忙なところをすまんが急いで準備してほしい。わしの責任で、彼女にはできるだけの待遇を与えてやってかまわんのでの」
 こうして、テュリューク統領とビターシャルの即決によってトリステインへと使者を送ることが決定した。
 その代表として、罪は許されたものの水軍で兵卒として一からやり直していたファーティマが急遽呼び出され、上校待遇を与えられて使命を託されたのだった。
 
「頼んだぞ、ファーティマ・ハッダード。必ず、その荷をトリステインのサイト・ヒラガの元へ届けてくれ」
「はっ! この身命に換えましても、ご期待にそえてご覧に入れます」
 
 ファーティマは使命感に燃えて、ネフテスを幾人かの役人や護衛とともに旅立った。
 選んだ道は海路。陸路でゲルマニアやガリアを越えるルートは、十数人のエルフがいっしょに行動する上でトラブルが起こる可能性が高く、かつ時間がかかるということで、外洋を北周りに迂回して直接トリステインを目指すルートをとることになった。
 
 だが、ネフテスから海上に出てしばらく後、ファーティマたちの乗った船が襲われた。
「空を見ろ! 何かが近づいてくるぞ」
「なんだ、船じゃない。巨大な、鉄の、塊か?」
 空から現れた巨大な鉄塊は、船の上に影を落として静止した。そして、驚き戸惑うエルフたちの頭上から、片言の電子音で作られたエルフの言語が話しかけてきたのだ。
「ケイコクスル、キミタチノハコンデイルソウチヲアケワタシ、タダチニヒキカエシナサイ。サモナクバ、キセンヲゲキチンスル」
 突然の一方的な要求はエルフたちを困惑させた。しかし、誇り高いエルフたちが脅しに屈するわけはない。彼らは戦いを即座に決意したが、これは無謀というほかはなかった。
 宙に浮かぶ鉄塊からの破壊光線によって船は一撃でバラバラに粉砕され、エルフたちも海へと放り出された。むろん、軍属である以上は彼らは水泳の心得があったが、鉄塊は水面に浮かんでこようとする者には容赦なく光線を浴びせかけて沈めてしまう。
 情け容赦のない残忍な攻撃。仲間たちが次々と消されていくのを目の当たりにして、彼らは悟った。
「これはこの世のものの力ではない。ヤプールだ! 奴が我々の目的を知って邪魔をしにきたんだ!」
 エルフたちは水中呼吸の魔法を使うことでなんとか深く潜って耐え忍び、イルカを呼んで掴まることでかろうじて難を逃れた。
「生き残ったのは、たったこれだけか……」

138ウルトラ5番目の使い魔 26話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:29:11 ID:cq4lwDYU
 命からがらトリステインの海岸にたどり着いたとき、残っていたのはファーティマのほかはたった数名でしかなかった。
 だが、船もなくして帰る術も失ってしまった彼らには引き返す道はなかった。案内役もいなくなった今、ファーティマをリーダーに、右も左もわからないトリステインで、使命を果たすべく彼らはさまよった。
 けれども、そんな彼らを、ヤプールが見逃すはずはなかったのである。
「なんだ、どこからか、誰かに見られているような気がする……?」
 自然の気配に敏感なエルフたちは、いつからかねっとりと自分たちから離れない不気味な視線を感じていた。しかし、いくら探せども姿を確認することはできず、彼らはただじっと不快感に耐えて旅を続けるしかなかった。
 だが、その視線は決して夢でも幻でもなかった。監視されているような視線に導かれるように、あの巨大鉄塊が再び現れたのだ。
「うわぁ! また来たぞ」
「散れ! バラバラになって、ひとりでも多く生き残るんだ!」
 鉄塊の攻撃を受けるたびに、エルフたちは櫛の歯が欠けるように命を落としていった。
 どこへ逃げようと、どれだけ離れようとわずかな時間稼ぎにしかならない。その中で彼らもようやく、自分たちを監視している目が敵を引き寄せていることと、その正体に気づいて愕然とした。
 それは、死者の霊が悪の念動力によって蘇って操られるシャドウマン。ようやくその姿を認めることはできても、霊であるために実体がなく、一切の攻撃が効かないシャドウマンにはさしものエルフの戦士もなす術がなかった。何回かは、霊体の出所と思われる墓地などを丸ごと破壊して追撃を絶ったが無駄だった。なぜなら、墓場や古戦場などを含め、死人を出したことのない土地などあるわけがない。シャドウマンはまたどこからか現れてエルフたちに付きまとった。
 振り払うことはできず、かといって止まれば鉄塊に追いつかれる。しかも、敵はしだいに亡霊を使うことに慣れてきたのか、監視にとどまらずに直接シャドウマンが襲ってくるようになり、ファーティマの持つカプセルを奪い取ろうとしてきた。
 しかし、同時に彼らは確信した。ここまで執拗に追手がかかってくるということは、このカプセルはそれほどまでにヤプールにとって不利益になるものであるということだ。
 そして、ついに鉄塊に追われてファーティマが最後の仲間を失ったとき、彼はファーティマに向かって最期に言い残した。
「行け! ファーティマ・ハッダード。お前の肩にネフテスの、いや、全世界の運命がかかっているんだ」
 彼はそう叫んで、怪光線の爆発の中に消えた。
 ファーティマはひとり生き残り、仲間の犠牲を無駄にしないために、今日まで旅を続けてきたのだった。
 
 
「あと少しというところで、しつこい奴め。だが、わたしの命に換えてもこれは渡さん!」
 ファーティマは、眼前でロボット形態になり、こちらを見下ろしてくるガメロットを睨み返して叫んだ。

139ウルトラ5番目の使い魔 26話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:31:22 ID:cq4lwDYU
 使命を果たすまで、自分は絶対に倒れるわけにはいかない。ネフテスの運命のために、なにより自分に託していった仲間たちのために、やられるわけにはいかないのだ。
 だが、はやるファーティマをカトレアが優しく諭した。
「お待ちになって、ミス・ファーティマ。世界の運命を背負っているのは貴女だけではありませんわ。国はその民のものですが、世界は誰のものでもありません。焦らないで、貴女は私が守ります」
「なに、お前!」
 ファーティマは、臆した様子もなく巨大ロボットの前に立ったカトレアを見て唖然とした。
 この女はいったいなんなのだ? 先のことで、多少頭が切れるのは認めてやってもよいが、これほどの怪物を目の当たりにしても平然としているばかりか、こともあろうに蛮人が砂漠の民である自分を守るだと? この国で見てきた蛮人たちは、たまにエルフであることを明かすと、命乞いをするか襲い掛かってくるかであったというのに。
 差別というものをしないカトレアの器の広さと、ヴァリエールの血を引く者の胆力をファーティマは初めて見た。
 そして、ヴァリエールが立つ以上はツェルプストーも負けてはいない。
「あなたもお待ちになって。ルイズのお姉さんに怪我でもさせたら、あの子に合わせる顔がありませんわ。というよりも、ルイズに貸しを作ってやるチャンスねえ。そういうわけで、ミス・カトレアはわたしが守ってさしあげますわ」
「あら? それは心強いですわ。ですが、わたくしもお母さまの手ほどきで戦いには些少の心得があります。心配はいりませんことよ」
「わかりましたわ。では、烈風の愛娘の実力のほど、間近で拝見させていただきましょう」
「シ、シルフィもがんばるのね! おねえさまと冒険をともにしてきたシルフィはもう、そんじょそこらの竜なんか目じゃないのね!」
 キュルケに続いてシルフィードも気勢をあげる。
 彼女たちの歩んできた戦いの道を知らないファーティマは唖然とした。
 なんなんだこの蛮人たちは? 我ら砂漠の民の戦士団すら全滅に追い込まれた相手を見ているというのに、この余裕はなんなのだ? バカなのか? いや、もしかしたらこいつらも、あの船に乗ってきた奴らと同じ……ならば、こちらも腹をくくるのみ!
「ずいぶんと威勢がいいな。まあ、どのみちもう逃げようもないようだし。足手まといになるなよ、人間ども!」
 ファーティマが叫んだ瞬間、戦いが始まった。
 
「コウフクノイシナシトハンダン、タッセイモクヒョウヲセンメツニヘンコウ」
 
 ガメロットが金属音を鳴らして動き出し、無機質な目がファーティマたちを見据える。殺戮兵器としての本分を目覚めさせて、感情のこもらない死刑宣告を投げかけてくる。

140ウルトラ5番目の使い魔 26話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:33:02 ID:cq4lwDYU
 奴は、こちらを皆殺しにする気だ! ガメロットの胸のランプが赤く輝き、破壊光線が襲い掛かってきた。だが、ガメロットのランプが光った瞬間、彼女たちは四方へバッタのように飛びのいていた。
「ひゅう、すごい威力ね。地面にでっかい穴が空いちゃったわ。ミス・カトレア、ご無事ですの?」
「ご心配なく、こう見えて山野を駆け回って足腰は鍛えてありますの。では、出し惜しみをする余裕もないようですし、最初から全力でいくといたしましょう」
 カトレアは、ドレスを爆風ではためかせながら杖を掲げて呪文を詠唱した。温和だった表情が凛々しく引き締まり、杖を振り下ろした瞬間にカトレアの足元の大地が脈動して、みるみるうちにガメロットとほぼ同等の大きさを持つゴーレムへと変貌、カトレアをその肩に乗せて雄雄しく立ち上がったのだ。
「ひゃあ! ロン……いえ、以前に見たフーケのゴーレムの倍はあるわね。これは確実にスクウェアクラス以上……けど、土ゴーレムは大きくはできるけれども、どうしてももろいのが弱点。それで、あの鉄の人形とやりあうつもりですか?」
 キュルケの言うとおり、ゴーレムは確かに怪獣じみた大きさで作ることができ、そのパワーは絶大ではあるが、しょせんは土であるために非常にもろく、格闘戦にはまったく向いていない。これまでにハルケギニアには数多くの怪獣が現れたけれども、どこの軍隊もゴーレムで怪獣を迎え撃たなかったのはそのためだ。小型のゴーレムであればギーシュのワルキューレのように金属に錬金して強度を高めることもできるものの、大きさに比例して消費される精神力もまた膨大になるために、数十メイルクラスのゴーレムを金属に変えることは現実的に不可能と言っていい。
 しかしカトレアは、心配無用と言う風に微笑むと、ぐっと握りこぶしを作ったゴーレムのパンチをガメロットのボディに叩きつけた。轟音が鳴り、なんとガメロットの巨体が押し返されてよろめいたではないか。
「効いた! なんでよ?」
「このゴーレムは、鉄とはいきませんが鉛くらいには硬くしてあります。それでも硬さではかないませんが、重さを活かせばこれくらいはできるのですよ」
「ゴーレムに、『硬化』の魔法をかけたのね。けど、そんなことをすれば精神力があっというまに無くなって……」
「わたくしは少々、人より精神力の持ち合わせが多いようなのですの」
 こともなげに言ってのけ、ころころと笑うカトレアを見てキュルケは唖然とした。
 冗談じゃないわ、スクウェアクラスと見積もったけどとんでもない。四十メイルクラスのゴーレムに『硬化』をかけて、なお平然と維持するなんて、もはや人間技じゃないわ。これが、あの『烈風』の娘の力……
 ケタが違う……と、キュルケは戦慄を覚えた。天才だとかそういう次元の話ではなく、自分の貧弱な”常識”などというもので計れるメイジではない。これがヴァリエールの、ルイズの姉さんの力。巨大ゴーレムの放った一撃の威力には、ファーティマやシルフィードですら驚きを隠せずに固まってしまっていた。
 しかし、カトレアとてこれほどの力を何もなしに天から授かったわけではないのだ。
「ヤプールのお人形さん、あなたが命も心もない殺戮の道具だというのなら、わたしも容赦はしません。もう、誰もわたしの目の前で無為に死なせたりしないために」
 カトレアのまぶたの裏には、以前に自分を守って命を散らせたリトラの最期が薄れずに焼きついている。
 自分に、もっと力があればあのときに誰も死なせずにすんだのに。その自責の念から、カトレアはあれ以来戦いの鍛錬も重ねて、母譲りの魔法の才能を何倍にも引き上げてきたのであった。
 命を大切にせず、他人の命を奪おうとするものには容赦はしない。誰よりも優しいカトレアだからこそ、悪を決して許すまいとゴーレムの攻撃がガメロットのボディに打ち込まれる。
 だが、強固な宇宙金属でできたガメロットの体はほとんど損傷を受けてはいなかった。ガメロットの動きは少しも鈍らず、反撃に振るわれてきたパンチ一発でカトレアのゴーレムの片腕がもぎ取られてしまい、きしんだ音を立てながら殴りかかってくる度にゴーレムの体が削り取られていく。奴のボディはウルトラマンレオの攻撃をまともに受けてもビクともしなかったほどの強度を誇り、パンチは一発でレオを吹き飛ばしたほとのパワーを持つのだ。

141ウルトラ5番目の使い魔 26話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:34:06 ID:cq4lwDYU
 窮地に陥らされるカトレア。しかし、それを傍観できないとキュルケが杖を振って助太刀に出た。
『フレイム・ボール!』
 抱えるほどもある大きな炎の玉がキュルケの杖の先から撃ち出される。だが、あの頑強な鉄の塊にそんなものが通じるかとファーティマは苦い表情を見せた。
 けれど、キュルケは無謀はするけど馬鹿ではない。フレイムボールは最初からダメージを狙って撃ったものではなかった。炎の玉はガメロットの頭部に命中すると、そのまま燃え上がって顔面を覆いつくしたのである。
「わたしの情熱の炎も、無粋な鉄人形のハートはあっためられないわよねえ。けど、恋は盲目っていうのを軽く教えてあげるわ。熱くね」
 そう、キュルケの炎はガメロットの装甲ではなく目を狙ったものであったのだ。魔法の炎は魔法力を燃料にしているために、魔力が残っている限り燃え続ける。キュルケはこのフレイムボールには、ちょっとくらいでは燃え尽きないほどに多めの魔法力を注ぎ込んでいた。
 顔面を炎に覆われたガメロットはガシャコンガシャコンと、まるで古びたビデオデッキのようにやかましい機械音を鳴らしながらもだえている。確かにキュルケの炎はガメロットにダメージを与えるには届かなかったが、ロボットにも人間と同じように目はあり、その依存度は人間以上だ。高感度センサーも炎に覆われては使い物にならず、文字通り完全な盲目状態へと陥らされたガメロットのコンピュータはパニックを起こして、その隙にカトレアはゴーレムを元の形に再生することができた。
「ありがとうございます、キュルケさん」
「どういたしまして。ふふ、タバサの戦い方を見てるうちに、いつの間にか移っちゃったようね。こんなスマートじゃない戦い方、国のお父さまたちに知られたら叱られちゃうかもしれないけど……あら、怒らせちゃったかしら?」
 炎を燃やしていた魔法力が尽きて、頭部の火災が鎮火したガメロットの無機質な目がまっすぐにキュルケを見据えていた。そして奴のコンピュータは、キュルケを優先して始末せねばならない目標と見なして、胸のエネルギーランプを光らせて破壊光線を撃ちはなってきた。
 赤い稲妻が宙を走って大爆発が起こり、土と岩が撒き散らされる。しかし、キュルケはその爆発をすました顔で真上から眺めていた。
「ひゅう、いいタイミングじゃないシルフィード。さっすが、タバサから風の妖精の名前を贈られただけのことはあるわね」
「えへへ、その名前はシルフィの誇りなのね。だから、おねえさまが戻ってきたら、もうおねえさまが危ない目に会わないでいいくらいにもっと強くなるのね!」
 滑空して、キュルケを乗せたシルフィードはガメロットの破壊光線の照準を狂わそうと挑発的に飛ぶ。ガメロットの破壊光線は、かつてレオが相手をした個体が言ったことによれば、地球を破壊しつくすことも可能なほどだそうだが、当たらなければどうということはないのだ。
 体勢を立て直したカトレアのゴーレムが再度ガメロットを狙い、対してガメロットも一発が二万トンの威力を誇るというパンチを繰り出してカトレアのゴーレムを砕く。しかしガメロットは目の前をシルフィードがちょこまかと飛ぶので照準を絞り込めず、一番狙われたら恐ろしいカトレア本人はいまだ無傷である。
 その戦いの様子を、ファーティマはなかば呆然とした様子で見守っていた。
「なんなんだ、この人間たちは……」
 あの悪魔のような鉄人形と互角に渡り合っている。最初は、多少相手の注意を逸らしてくれれば上出来だとくらいにしか思ってなかったのに、我らネフテスの戦士たちですら敵わなかったあの相手と、どうして戦えるのだ?
 奴らには恐れというものがないのか? しかし、彼女たちも決して恐れ知らずに戦っているわけではないことを、漏れ聞こえてきた彼女たちの会話は示していた。

142ウルトラ5番目の使い魔 26話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:35:07 ID:cq4lwDYU
「キュルケさん、シルフィちゃん、もっと離れて飛んでください! そんなに近いと、あなたたちが撃ち落されてしまいます」
「だめなのね! シルフィだって怖いけど、シルフィが離れたらカトレアおねえさまのほうが危ないのね。大丈夫なのね、シルフィはおねえさまから、怖いのを我慢したら強くなれるってことを教わってきたのね」
「シルフィードの言う通りよ。わたしだって、かすっただけで殺されるこんな相手と戦うのは恐ろしいわ。けど、ヤプールがわたしたちよりはるかに強力な力を持ってるのは最初からわかってること。それでも恐れたら、ヤプールの思う壺になるだけ。だったらわたしたちに残った武器は、恐怖を乗り越えるための、この”勇気”しかないじゃない!」
 勇気……ファーティマは、キュルケの発したその言葉を、反芻するかのように口の中でつぶやいた。
 そうだ、思えばあの船に乗ってきた連中や、ティファニアもそうだった。無茶・無理・無謀の三重奏が大音量で流れているような惨劇の戦いを、奴らは臆することなく立ち向かって、多くの民の命を救ってくれた。我ら砂漠の民に比べたら、わずかな力しかない弱者のくせに……いや、それは間違いか。
「我らとて、あの悪魔の前では弱者に過ぎないのだな。ならば、わたしのやるべきことも、また、ひとつ!」
 ファーティマは覚悟を決めた。鉄血団結党がなくなって以来、自分はなんのために生きていて、なにをすべきなのかをずっと探していた。いまだにそれは見つからないし、正直自分には世界を救いたいという意思も、守りたいと思う誰かもいないけれども、それでも自分にもあんなふうに前を向いて戦うことができるのならば。
 そのとき、ガメロットのランプが発光し、破壊光線がシルフィードをかすめてカトレアのゴーレムの半分を吹き飛ばした。
「うあぁぁぁっ!」
「カトレアさん!」
 ガメロットはしびれを切らし、とうとうシルフィードごとカトレアを仕留めにきた。カトレアのゴーレムは半壊して、すぐには動くことはできない。ガメロットの破壊光線の威力からしたら、粉々に粉砕されていてもおかしくはなかったけれど、ゴーレムがしょせんはただの土の塊であったことが衝撃を緩和してくれたようだ。
 しかし、ガメロットの冷たい電子の頭脳は目の前の戦果よりも目標を優先して、ためらわずにゴーレムの上で身動きができなくなっているカトレアに照準を定めた。硬い鋼の拳が、サンドバッグに一撃で風穴を空けるボクサーのパンチのようにカトレアを狙って振りかぶられる。
 やられる! だが、カトレアはゴーレムの維持と操作にほとんどの力を裂いていたのですぐには別の魔法を使えない。シルフィードとキュルケも、爆風にあおられて助けにいくことができない。
 そのとき、乾いた金属音を鳴らすガメロットの背後から枝葉のこすれるざわめきが響き渡った。
「森よ、鎖となって我の敵をからめとれ!」
 周辺の木々の枝や幹が動物のようにうごめき伸びて、ガメロットの四肢に巻きついた。全身を拘束されてガメロットの動きが止まる。カトレアは、寸前のところにまで来て止まった鉄の拳に肝を冷やしつつもゴーレムを再生させながら後退し、シルフィードも爆風からやっと持ち直している。

143ウルトラ5番目の使い魔 26話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:36:59 ID:cq4lwDYU
 そして、彼女たちは今の魔法の主を悟り、視線をその金色の髪をなびかせた勇姿に向けた。
「どこを見ているデク人形。お前の欲しい宝はわたしが持っているぞ」
「ファーティマさん!」
「勘違いするな。お前たちに死なれたら案内役がいなくなるからな。それにわたしの肩には、わたしに希望を託して散っていった同胞たちの期待がかかっている。彼らの無念、晴らさせてもらうぞ」
 そう、今の自分に言えることはそれだけだとファーティマは決意した。今の自分を後押しするのは、死者たちの遺言だけ。ところがそこへ、シルフィードとキュルケの浮かれた声が響いてきたではないか。
「やったーっ! エルフの人が仲間になってくれたのね。これでもう、百万人力なのね」
「いい援護だったわ。この調子でよろしく、ガンガンいくわよぉ!」
「なっ、お前ら! わたしは別に、お前たちの仲間になったわけでは」
「いいのいいの、あなたみたいな子をわたし知ってるんだから。照れなくてもいいのよ、仲良くやりましょ。わたしたちはあんな鉄人形とは違って、熱い血が流れてる仲間ですもの。ねえ? ミス・カトレア」
「ええ、そうです。ヤプールに勝つには、人間の力だけでも、エルフの力だけでもだめだということはあなたももうわかっているでしょう。あなたが否定しても、わたしたちはもうあなたを仲間だと思っています。あとは、あなたが認めるだけ。さあ、誰でもなく、ファーティマさん、あなたが最後に決めてください」
 カトレアの言葉を受けて、ファーティマはぐっと心に重い石を飲み込んだ。
 自分で決める。これまで、自分の進む道は、使命は、いずれも与えられたものを歩んできた。それを自分で、蛮人に向かって差し出す手を出すか否かを、自分で選べというのか?
 いや、考えるだけ愚問だったとファーティマは自嘲した。なぜなら、彼女の従姉妹は、ティファニアは自分よりずっと弱いのにそれをやったではないか。どうせ一度は捨てた命、ならば古いファーティマ・ハッダードはあのときに滅んだ。今ここにいるのは、あのときとは違う新しいファーティマ・ハッダードなのだ。
「まったく、蛮勇しか知らないド素人どもが、仮にも水軍の上校にむかって偉そうに。だがおもしろい、どうせわたしも外れ者のはしくれ。なら、なってやろうじゃないか、お前たちの仲間にな!」
 そう叫び、吹っ切れたような笑みを浮かべたファーティマに、キュルケたちは皆うれしそうな笑顔で答えた。
「ようっし! 歓迎するわ。わたしのことはキュルケって呼んでね。さあ、カーニバルの時間よ!」
「お祭りなのね! 人間とエルフに韻竜も集まったら、あんなポンコツのひとつやふたつは目じゃないの」
「ええ、わたしたちはひとりひとりは弱いけれども、力を合わせれば百万の軍団をもしのぐでしょう」
「お前ら、よくそれだけの大言壮語が出てくるものだ……フッ、ならこの際ついでだ。ヤプールよ、お前はもう勝ったつもりだろうが、たったひとつミスを犯した。それは、わたしというこの世で最強の戦士を敵にまわしたことだ!」
 意気を最大に高め、空からはシルフィードとキュルケ、敵の正面からはゴーレムに乗ったカトレア、後背からはファーティマを配して戦いは再開された。

144ウルトラ5番目の使い魔 26話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 10:38:42 ID:cq4lwDYU
 むろん、ガメロットは相手の士気などには関係なく、ただひたすら機械的に役割を果たすために動き出す。木々の拘束を怪力で引きちぎって活動を再開し、怪力のパンチでカトレアのゴーレムを削り取り、破壊光線で周辺を火の海に変えた。
 対して、キュルケたちはそれぞれに連携して、考えられる限りの方法でガメロットを攻撃したものの、目に見えて効いたと思えたものはひとつもなかった。心意気は高くても、相手はエルフの部隊を全滅に追いやった相手である。最大に火力を高めたキュルケの炎も、カトレアやファーティマの物理的な攻撃も通用しない。なんとか動きを封じようと試みても、ロボット宇宙船と異名を持つガメロットは高い跳躍力や浮遊能力で軽々と回避してしまい、効果がなかった。
 それでも、彼女たちはあきらめていなかった。あきらめたらすべてが終わる。奇跡は、最後まで全力を尽くしたやつのところにだけ輝くということを、才人やタバサが教えてくれたではないか。
 そして、彼女たちの負けない闘志は届いた。しかし、それは神ではなく現世から声になって返ってきた。
 
”ガメロットの弱点は頭と腹だ! そこだけは装甲が薄い!”
 
 突然、彼女たちの頭の中に響いた男の声。幻聴とするにはあまりにはっきりとしたその声に、カトレアやファーティマは戸惑った。
 いまの声は、誰? しかしその中で、キュルケだけは敏感に反応できていた。そう、今の声は、先に墓場で死霊たちに襲われたときに警告してくれたものと同じ声。あのとき、警告どおりに自分は襲われて、指示に従ったおかげで命拾いすることができた。ならば、今回も……迷っている時間は、ない!
「頭と、腹!」
 キュルケは決意し、不死身を誇るかのように身を守る気配も無く進撃してくる巨大ロボットを睨みつけた。
 
 果たして、人間の力でウルトラマンレオも苦戦したガメロットを倒すことが可能なのか。
 いや、無理と言い切れば可能性は途切れる。
 キュルケたちとガメロットの戦いを森の中から仰ぎ見て、声の主である男はナイトブレスに寸前まではめ込んでいたナイトブレードを下ろして思った。
 
 
 続く

145ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2015/04/26(日) 11:03:25 ID:cq4lwDYU
お久しぶりです。この先の細かい展開に悩んで、何度か消しては書き直しをしていましたが、なんとか方針も決まって進行が戻ったので投下しました。
ウルトラマンギンガ、なかなか続きますね。最初は列伝の短編コーナーで終わるかもと思ったのですが、ウルトラシリーズも新しい道を歩み続けているようでなによりです。

さて今回は、人間とエルフ(韻竜も)の共闘でした。異なる者たちが協力して強大な敵に挑むというのは、自分でもメビウスの最終回を思い返します。
ファーティマ、アニメで見たかったなあ。挿絵がかなり可愛かったので残念です。
次回で、キュルケたちの旅もとりあえず一区切りです。では、今度はそこそこ早くなれるとは思いますが、また。

146ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:45:51 ID:E95BPtlw
おはようございます。27話の投下準備ができたので、これから投下開始します。

147ウルトラ5番目の使い魔 27話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:48:19 ID:E95BPtlw
 第27話
 届けられた誇りのメッセージ
 
 ロボット怪獣 ガメロット 登場!
 
 
「これで、終わりです!」
 カトレアの叫び声が戦いで荒れ果てた森の中に響き、なかば崩れかけたゴーレムが大きく身をよじって最後の拳を繰り出す。
 ゴーレムの拳は『硬化』によって強度を高められ、目の前で棒立ちになり、手足をガクガクと震わせているガメロットの腹部に突き刺さっていった。
 刹那、メカがむき出しになった腹部を貫通されたガメロットは、内部の歯車や電装系をめちゃめちゃに破壊されて大きく全身を震わせる。いかに宇宙金属製のボディといえども、体の内部への攻撃にはさしものガメロットも無防備だった。
「やった、やったのね!」
 かつて、その防御力と破壊力でウルトラマンレオを絶対絶命の危機に追い込んだロボット怪獣ガメロット。しかし、この世には無敵も不死身もありはしない。サーリン星のロボットは強力なパワーを誇るが、定期的にメンテナンスを必要とするために全身をみっちりと装甲で覆いつくすわけにはいかず、制御中枢のある腹部だけ装甲の薄いメンテナンスハッチになっていたことが弱点となっていて、かつてと、今回もそれを突かれて破壊された。
 致命的なダメージを受けて、体の各所から火花をあげてよろめくガメロット。しかし、その代償は大きかった。キュルケとファーティマは魔法の力のほとんどを使い果たし、カトレアもまた今のゴーレムの一撃で力を使いきってしまった。
 魔法による維持が効かなくなり、ただの土くれに戻っていくゴーレム。その肩からカトレアが投げ出されそうになったとき、シルフィードが飛び込んできて、空中でふわりとカトレアを受け止めた。
「きゅいい、カトレアおねえさま、大丈夫なのかね。すごかったのね」
「ええ、なんともないわ。シルフィードちゃんも、よくがんばったわね」
「えへへ、それほどでもあるのね。けど、やっぱり一番はカトレアおねえさまだったのね。見て、あの鉄人形が狂ったみたいに踊ってるの」
 それは踊っているのではなく、コンピュータが錯乱して暴走しているだけなのだが、そんなことまでシルフィードにわかるはずもない。重要なのは現実の光景である。
 無敵を誇ったガメロットも、こうなってはもはやどうしようもない。ファーティマは、唖然とした様子で、本当にこれを自分たちがやったのかと信じられない目で見ていた。
「みんな、仇は……討ったぞ」
 これで、奴の犠牲になった仲間たちもうかばれる。安らかに、眠ってくれ。
 それにしても、本当にスレスレの勝利だった。奴の弱点が腹の薄い装甲にあるとわかったとはいえ、そことてたやすく破壊できるほどもろくはないために、自分たちはあらゆる手を尽くした。
 とはいっても、あれを打ち抜けるパワーを持っているのはカトレアのゴーレムだけなので、作戦自体は簡単だった。ファーティマが先住魔法で周辺の植物や地面を操ってガメロットの動きを少しでも鈍らせ、そこへカトレアのゴーレムが拳を金属化させた上で、キュルケの炎で焼き入れをしたパンチを打ち込み続けるという、それだけのものだった。

148ウルトラ5番目の使い魔 27話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:50:59 ID:E95BPtlw
 しかし、楽な作戦ではなかった。それぞれの精神力はその時点でだいぶん落ち込んでいたし、なによりガメロットはそうたやすく弱点を攻撃させてくれるほど鈍くはないので、ファーティマが全力で動きを封じてやっと互角に持ち込めている状況だった。それに加えて破壊光線の威力と、仮に命中させることができても一発や二発ではこたえない装甲の頑丈さが彼女たちの気勢を削ごうとしてきた。
 それでも、ヤプールなどに負けてなるものかという意思が戦意を支え、とうとうガメロットの腹部装甲に先に根をあげさせることに成功したのである。
 弱点を貫かれて、体のバランスもおぼつかずによろけるガメロット。サーリン星のロボットは、かつてこの星の天才科学者であったドドル老人によって作られたというが、完成度の高い機械ほどトラブルに対しては弱い。レオが戦った個体が地球に逃亡したドドル老人を執拗に追ってきたのも、メンテナンス要員としてドドル老人が必要だったからで、レオと戦った際も緒戦はレオの攻撃を寄せ付けずに圧倒していたが、腹部の装甲を破られて中枢回路にダメージを受けてからはまったく精彩を欠いてレオに一方的に叩きのめされている。
 追い詰められたときに限界以上の力を発揮できるのは、善であれ悪であれ心持つ生き物だけだ。感情すら持たない冷たいロボットに、ピンチをひっくり返す術はない。ガメロットは戦闘能力をほぼ喪失し、破壊光線を撃つ機能も破損したらしく撃ってくる気配はなかった。
 あと一発、あと一撃を打ち込めば完全に奴を倒せる。精神力を使い切ったキュルケやカトレアには無理でも、ほんの少しだが余裕を残していたファーティマが叫んだ。
「とどめを刺してやる! 貴様にやられた者たちの恨み、私が味わった屈辱の数々、思い知らせてやる」
 怒りを込めて、ファーティマは残った精神力を振り絞って大地の精霊に呼びかけた。その呼びかけに応えて、地中から巨大な岩石が浮き上がってくる。その土地の精霊と契約を結んでいない場合の先住魔法は効果が限定されるものの、感情の高鳴りによって威力が上がるのは人間の魔法と共通する。いうなれば、術者の感情に精霊を共感させるようなものか。ともかく、ファーティマは浮き上がらせた巨岩をガメロットの破損した腹部へと向けた。これを叩き込めば、すべてが終わる!
 しかしなんということか、戦闘能力を失ったガメロットはスプリング状になったひざの関節を屈伸させて一気に宙高く飛び上がった。そしてそのまま空中で手足を胴体へと収納し、くるりと東のほうを向いたではないか。
「くそっ、逃げる気か!」
 まさしくそのとおりであった。任務遂行が不可能になったガメロットは、せめて自身の保存だけは果たそうと帰還を試みようとしていた。これは別に珍しいことではなく、自律行動するロボットなどは、エラーが生じた際に行動を開始する前の場所に戻ろうとする自己保存・自己復帰のプログラムが組まれているものがざらにある。
 ガメロットは機械であるがゆえに、非常時には自己の保存を最優先にと逃亡を選ぶことをためらわなかった。破損は帰還すれば修復することができる。ならば任務遂行のためには、ここは逃げることがもっとも合理的であると。
 ファーティマが、百メートルは上空のガメロットを悔しげに睨みつけながら毒づいても、これだけの高さではこちらからはどうしようもない。キュルケやカトレアも打つ手がなく、飛び去ろうとしているガメロットを見送るしかないと思われた、そのときだった!
 森の一角から光の柱が立ち上り、その中から青い体を持つ巨人が立ち上がる。
「あれは、ウルトラマンヒカリ!」
 キュルケが、以前に才人から教えられたそのウルトラマンの名前を叫んだ。

149ウルトラ5番目の使い魔 27話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:52:42 ID:E95BPtlw
 現れたヒカリは、逃げ去ろうとするガメロットを見据えると、右腕のナイトブレスを高く掲げてエネルギーを集中させ、一気に手元まで引き戻して、その手を十字に組んだ。ほとばしるエネルギーが青い光線となって手から放たれ、ガメロットへと突き刺さっていく。
 
『ナイトシュート!』
 
 ヒカリが放った必殺光線は、針の穴をも通す精度でガメロットの腹部の破損部へと命中した。ガメロットの装甲ならば、その威力に耐えられたかもしれないが、穴の空いた鎧などなんの役にも立ちはしない。体内の残った無事だった回路も破壊され、ガメロットは煙を吹きながら頭から墜落していった。
 そして激突。その衝撃によって、もうひとつの弱点である頭部をつぶされたガメロットは、エネルギーと燃料に引火して、大爆発を起こして微塵の塵へと帰っていった。
「やった、やったわ!」
「きゅいい、あの人形木っ端微塵なのね! ヤプールめ、ざまーみろなのね!」
 立ち上って消える赤黒い炎に照らされて、キュルケとシルフィードが歓呼の叫びをあげた。
 勝利。ガメロットは粉々に砕け散り、ヤプールの追撃は断ち切られたのだ。
 安堵感に、カトレアもほっと息を吐き、ファーティマは開放感から軽くよろめいて、はっと気を引き締めなおした。
「終わった、のか。本当に、勝てるとはな……いや、きっと散っていった仲間たちが力を貸してくれたに違いない。しかし、あの巨人、以前アディールに現れたふたりとも違う。ウルトラマンとはいったい……」
 ファーティマは、自分たちからさして離れていないところに立つヒカリを見上げてつぶやいた。エルフの世界でも、ウルトラマンは今や生きる伝説となっていた。悪魔に対抗するために現れた光の巨人、その正体がなんなのかについては様々な憶測が飛び交っている。
 と、見るとキュルケとカトレアを乗せたシルフィードがこちらに向けて降りてくる。そして、ファーティマたちの見ている前で、ヒカリはガメロットが完全に沈黙したのを確認すると、青い光に包まれて変身を解いた。
「あ、あなたは……」
 キュルケは、その男に見覚えがあった。そして、すべてを理解した。
「ミスタ・カズヤ・セリザワ! そうか、さっきまでの声はあなたでしたのね!」
 そう、かつて地球とハルケギニアが一時的につながったときにウルトラマンメビウスとともにやってきて、この世界に残ったもうひとりのウルトラマン。キュルケはあまり交流があったわけではなかったが、ヒカリの強さは才人から幾たびか聞く機会があった。
 確か、当初は魔法学院で働いていたけれど、いつからか旅に出てそれきり会わなくなっていたので失念していた。そうか、あの墓場での声も、敵の弱点を教えてくれた声も、不思議な力を持つウルトラマンであるならうなづける。
 しかし、自分はなんていうバカなのだ。いくら何ヶ月も幽閉されていたとはいえ、この世界には才人とルイズのほかにもウルトラマンがいることを忘れていたとは。

150ウルトラ5番目の使い魔 27話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:54:42 ID:E95BPtlw
「お久しぶりですわね。長らくお会いしていませんでしたが、お元気でしたか」
「しばらくこの国を離れて、敵の動向を探っていた。お前こそ、長い間学院にも帰っていなかったと聞く。いったいどこでなにをしていた?」
 セリザワは、GUYS隊長であった頃と同じように落ち着いた様子でキュルケのあいさつに答えた。どうやらセリザワのほうでも、長い間消息が絶えていたキュルケたちを捜してくれていたらしい。場所が場所だけに見つからなくて当然だが、キュルケは自分たちが相当大勢の人たちに心配をかけていたと、申し訳なさを感じた。しかし、今はそれを語るときではない。
「話せば長いので次の機会にさせてください。ただ、今わたくしたちは敵の策略に落ちてしまったタバサを救うためにラグドリアン湖へ急いでいるところですの。ともあれ、先ほどはお助けいただき感謝いたします」
 キュルケは時間をロスすることを嫌って簡潔にまとめた。嘘は言っていないことは目で証明している。詳細は語らなくても、真剣ささえ伝えられれば今はそれでじゅうぶんだ。
 だがそのときだった。キュルケとのあいだに割り込むようにして、ファーティマがひどく動揺した様子で詰め寄ってきたのだ。
「まっ、待て! お前、今セリザワと言ったな。い、いやそれより、お前が今の青い巨人、ウルトラマンだというのか? そうなのか!」
 驚愕と困惑を隠しきれない様でファーティマはセリザワに問いかけた。キュルケはそのとき、しまったと内心で思ったがすでに遅い。
 だが、セリザワは、慌てるキュルケとは裏腹に落ち着き払った表情で答えた。
「そうだ。俺の名はセリザワ・カズヤ。そして、ウルトラマンヒカリというもうひとつの名を持っている」
「なっ!」
 あまりにもあっさりと、ためらう欠片もなくセリザワが肯定したのでファーティマのほうが逆に言葉を封じられてしまった。才人とルイズのように、正体を隠すことに神経を使っているのとは反対の態度に、むしろ慌てたのはキュルケだった。
「ちょ、ミスタ・セリザワ! ウルトラマンは、ほかの人に正体を知られてはいけないんじゃないの?」
「かまわない。俺も、急いで君たちに伝えなければならないことがあって来た。話はある程度聞いていた。以前、エースが君たちを信頼したように、俺は君たちを信頼するに値する者たちと信じる。そちらの、ミス・ヴァリエールのお姉さんと、エルフの君は初対面だったな」
「はい、聞くところによると妹のルイズがお世話になったとか。カトレア・ド・フォンティーヌです。お見知りおきを」
 受容性の高いカトレアは、特に特別な態度をとるわけでもなくセリザワに礼をとった。その穏やかな笑顔に、セリザワも表情は変えないままだが軽くうなづいてみせた。
 しかし、一時の動揺が収まると黙ってられないのがファーティマだった。
「ふざけるなよ! 我々にとっても、ウルトラマンの正体はいくら調べてもわからない謎だったんだ。それをこんなあっさりと、なにがどういうことなのか説明してもらうぞ!」
「いいだろう、好きなように聞いてくれ。ただし、こちらにも急ぐ用があるので手短にな」
「くっ! なら!」
 そうしてファーティマは、セリザワにエルフがウルトラマンに対して疑問に思っていることを矢継ぎ早にまくしたてた。と言っても、その疑問は人間たちが感じていたものとの差異はほとんどなく、ウルトラマンはどこから来て、なんのために戦うのかという事柄に集中していた。

151ウルトラ5番目の使い魔 27話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:56:32 ID:E95BPtlw
 そしてセリザワはウルトラマンヒカリとして答えた。ウルトラマンとは、こことは異なる次元に存在する、M78星雲光の国に住む者たちのことで、特に自分たちは光の国にある、宇宙の平和を守るための組織、宇宙警備隊に属する戦士であること。自分はこの世界で暗躍をはじめたヤプールを追って、宇宙警備隊隊長ゾフィーの命を受けてやってきたことなどを、ファーティマの知りたがる限り話したのだ。
 ファーティマは、それらセリザワの語ったウルトラマンの秘密を唖然としながら聞いていた。異世界から来た戦士たち、ヤプールが異なる世界からの侵略者である以上は、対抗者であるウルトラマンもこの世界のものではないとする説が濃厚であったが、それを本人の口から語られると現実味が違った。ただし、それはあくまでも自分とエースたちだけで、元々この世界にいたコスモスやジャスティス、さらに別の次元から来たであろうダイナのように事例は数多くあるということも重ねて言われたが、それでも予想をはるかに超えるスケールに彼女は圧倒された。
 深呼吸をして心臓の鼓動を押さえ込む。ウルトラマンとは、そして自分たちの住んでいるこの世界とはなんなのか、ファーティマは自分の中の考えをまとめて、勇気を消耗しながら言葉に変えていった。
「わたしも、ここに来る前に統領閣下から別世界が実在することは聞かされていた。だが、この空のかなたにはお前たちのような巨人の住む国があって、ヤプールのような悪魔の住む国も無数にあるというのか。くそっ、それでは我々は知らず知らずのうちに誰とも知らない相手に狙われて、誰とも知らない相手に守られていたというのか」
「結果だけ言うとそうなるだろう。ヤプールのような侵略者だけでなく、凶暴で凶悪な怪獣たちもこの世には数多く存在している。それらから人々を守ることが我々の使命だ」
 セリザワは淡々と語ったが、ファーティマの心中は大きく荒れていた。昔よりは他者を受け入れるようにはなってきたとはいえ、まだ彼女にはエルフこそがこの世でもっとも優れた種族であるという自負が根強く残っている。それが、自分たちの運命は他人の手のひらの上で知らないうちに転がされているほど小さなものだったと知って穏やかでいられるはずもない。その憤りを、ファーティマは吐き出すようにセリザワにぶつけた。
「そうか、我々はしょせんお前たちからしてみれば、お情けで守ってもらっているほどのちっぽけな存在だということだな。それにひきかえお前たちは、全宇宙の平和を守るとは、なんとも立派なことだ。だが、それならなぜさっきはもっと早く出てこなかった! ずっと見ていたのだろう? 我らが死にそうになっている間も、もったいつけているつもりか!」
「むろん、君たちが本当に危なくなればすぐに飛び出していけるよう身構えていた。しかし」
 そこでセリザワは言葉を一度切ると、ファーティマとキュルケやカトレアたち皆を見渡してあらためて言った。
「本来、この世界は我々のような部外者ではなく、この世界に住む君たち自らの手で守り抜いてこそ価値がある。我々は、君たちが全力を尽くして、なお及ばないときに少しだけ力を貸しているに過ぎない。いずれ、君たちが力をつけて星の海へさえ乗り出していくときになれば、我々が楯になる役割も終わる。そうなるのが早いか遅いかに関しては、君たちの努力次第だ」
 セリザワは、そうきっぱりと言い切った。
 対して、ファーティマはぎりりと歯噛みをするのを抑えられなかった。悔しいが、ウルトラマンにせよヤプールにせよ、自分たちとはまるで次元の違う高みにいることはわかる。もしも、ウルトラマンに守ってもらえなければ、ヤプールの強大な力の前にエルフも人間も関係なく、今頃は跡形もなく滅ぼされていたであろうことは容易に想像ができてしまう。
 しかし、悔しさを隠しきれないファーティマにカトレアは穏やかに語りかけた。

152ウルトラ5番目の使い魔 27話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 08:58:11 ID:E95BPtlw
「ファーティマさん、あなたの悔しい気持ち、わたしにもわかります。でも、他人をうらやんでいても何も始まりません」
「うるさいっ、そんなことはわかっている」
「そうですね。それでも、手を伸ばしてもどうしても届かないものがある悔しさはあります。周りの人には力があるのに、自分だけにはない。わたしは、そんなふうに無力を嘆いてもがいている人を知っています」
 カトレアは、ルイズのことを、そして昔の自分のことを思い出しながら言った。ひとりだけ魔法を使えずに孤立していたルイズ、体をろくに動かすこともできず、ベッドの上から外を眺めているしかできなかった自分。
 だがそれでも、ひがんでいてもどうしようもないということを自分たちは知っている。厳しくても、道を自分で切り開くためにあがいてこそ、はじめて希望の光は刺すのだということを。
「人でも国でも、大きな挫折や苦難はあるものです。ただ、そこで立ち止まるか、なおあがいて上を目指すかで未来は変わってきます。あの人も言っていたではありませんか、ウルトラマンに頼る時代が終わるのが早いか遅いかは、私たちの努力しだいだと」
 カトレアの言葉に、ファーティマは奥歯を食いしばって考え込み、セリザワは静かにうなづいた。
「確かに、ヤプールをはじめとする侵略者たちの力は強大なものだ。しかし、この世に完璧というものはない。今、君たちが戦った巨大ロボットにしろ、ヤプールは絶対にやられることはないと考えていただろう。しかし、君たちは自分たちの力でそれを打ち破った。最後まであきらめない心と、他人を頼りにしない強い意志がヤプールの力を上回ったのだ。それは誇るべきことだ」
 それは世辞や慰めではなく、真実のみを語っていた。先の戦いで、ファーティマたちはウルトラマンの力を一切借りていない。ヒカリがやったことは、逃げていくガメロットにとどめを刺しただけで、そこまで追い込んだのは間違いなく彼女たちの力だったのだ。
 努力と勇気を賞賛されて、ファーティマの表情から少し険がとれた。傷ついたプライドが癒されたわけではないが、ウルトラマンは自分たちが全力を尽くしていたのをちゃんと見ていてくれた。同情ではなく、戦う人として認められたことが屈辱にまみれていた心に熱いものを取り戻させてくれた。
「我々砂漠の民は、弱者に甘んじる惰弱の民ではない。覚えていろ、お前たち異世界の者がいかに強かろうと、最後に勝つのは我々だ」
「ああ、その日を楽しみにしている」
 ファーティマの言葉に、セリザワは深くうなづいた。
 そう、誇りこそ強さの源だ。自らを弱者敗者とすることをよしとせず、常に上へと食らいついていこうとする心が進歩を生むのだ。
 セリザワも、GUYS隊長であった頃から、人間が必死に努力して、それでも及ばないときにウルトラマンは助けてくれるのだと信じていた。今は無理でも、何度も怪獣と戦っていくごとに自分たちは強くなる。ウルトラマンはその進歩をこそ守ってくれようとしているのだと。
 ファーティマや、カトレアやキュルケの姿勢には、明日のために今日を必死で乗り越えようとする誇り高い心が確かに見えた。それが見れただけで、冷や汗をかきながらでも余計な手出しを控えたかいがあったとセリザワは思った。
 
 しかし、物語はまだハッピーエンドとはいかない。立ちはだかる敵を倒しても、それはまだ問題の解決にはなっていないのだ。
 そう、違和感……カトレアやファーティマは気づいていないが、ウルトラマンとの付き合いが長いキュルケは、ある違和感を感じていた。

153ウルトラ5番目の使い魔 27話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:00:00 ID:E95BPtlw
 激昂していたファーティマの感情が収まっていくのを確認すると、キュルケはその疑問をセリザワに問いかけた。
 
「ところでミスタ・セリザワ。いえ、ウルトラマンヒカリ、先ほども申しましたけれど、わたしの見てきた限り、ルイ……いえ、ウルトラマンAは極力他人に正体がばれるのを避けていました。それを押してまでわたしたちに話したいことって、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 カトレアの手前、ルイズがウルトラマンAということは伏せて尋ねると、セリザワは軽くうなづいてから答えた。
「そうだ、それこそヤプールが恐れていたこと。そう、エルフのお嬢さん、君が俺をここに呼んだと言ってもいい」
「な、なに?」
 そう言うと、セリザワは戸惑っているファーティマに、懐からGUYSメモリーディスプレイを取り出して見せた。そして、そこに記されているGUYSのシンボルを見たとたん、彼女の顔色が明らかに変わった。
「そ、そのマークはまさか! お、同じだ」
 ファーティマは慌てて懐からサハラから持ってきたカプセルを取り出し、そこに描かれていたマークがメモリーディスプレイのものとまったく同じであることを見比べて愕然とした。そして、驚愕する彼女に、セリザワはキュルケたちも驚くようなことを語ったのである。
「それはCREW GYUS JAPAN、別の世界にいる俺の仲間たちが作ったものだ。それから発信される信号を受信して、俺はここまで来た。よくここまで運んできてくれた、感謝している」
「どっ、どういうことだ。い、いや、それよりも、これを運ぶために我々は多くの犠牲を払ってきた。ヤプールも奪おうと執拗に追ってきた。これはいったいなんなんだ! 教えろ」
 ファーティマの必死の叫びが暗い森の中にこだました。ふたりのその会話を聞いて、カトレアにキュルケ、シルフィードも答えを求めて見つめてくる。
 これだけのことを生み出した、この小さなカプセルにどんな意味があるというのだ? これには、ハルケギニアの文字で、簡単にまとめれば「我々はヤプールに対抗する者、もしこのカプセルをハルケギニアの誰かが拾ったら、セリザワ・カズヤ、平賀才人、モロボシ・ダンのいずれかの手に届けてほしい。ウルトラマンの手助けになるはずだから」という内容の文章が書かれていたものの、その用途については謎だった。しかし、エルフのものをはるかに上回る高度な技術で作られていることと、ビダーシャルが才人の名前を覚えていたことから重く見ることとなったのはファーティマも聞いていた。
 ヤプールをこれほど警戒させる、ウルトラマンの助けになるというこのカプセル。計らずも、ファーティマの旅の目的のひとつははたされた。しかし、その成果を見るまでは終わるわけにはいかない。
 セリザワは、皆の視線が自分とファーティマの持っているカプセルに集まっているのを見ると、落ち着いて口を開いた。
「それは、発信機の一種だ」
「ハッシン、キ?」
「一言で言えば、遠くにいる者に対して見えない合図を送るものだと思えばいい。実際、それから発せられるシグナルをこれで受信して私は来た」
 そう言って、セリザワはカプセルについているランプとGUYSメモリーディスプレイの画面が同調しているのを見せた。だが、それは前置きに過ぎない。
「単刀直入に話そう。それはこの世界から、我々ウルトラマンの仲間のいる世界へと助けを呼ぶための装置だ」
「なっ……なんだと!」

154ウルトラ5番目の使い魔 27話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:01:29 ID:E95BPtlw
 ファーティマだけでなく、キュルケやシルフィードも愕然とした。しかしセリザワは構わずに続ける。
「以前に二回、我々の世界とこの世界はつながった。一度目は昨年の夏のアルビオンでの戦いで、俺はそのときにこの世界にやってきた。しかし、その際のゲートは急造で不安定だったために、わずか数日で閉じてしまった」
 キュルケははっと、以前ウルトラマンメビウスとヒカリがやってきたときのことを思い出した。あのとき、彼らは日食を利用してやってきたと言っていた。しかし……
「そして二回目、それから三ヶ月後に我々の世界からこちらへとつながる半永久的なゲートを開こうと向こう側では試みた。しかし、ゲートを開きかけたときにヤプールの妨害に会い、作戦は失敗に終わった。それでも、向こうの世界の仲間たちはあきらめずに、こちらの世界へと渡る方法を模索していたんだ」
 セリザワはそれから、ファーティマたちが知りたいと思っていたカプセルの謎について答えていった。
 まず、このカプセルはヤプールや他の宇宙人、ないし関係のない人間に拾われたときに誤用や悪用を避けるために、詳しい用途や使い方は、発信される特殊な信号をGUYSメモリーディスプレイで受信することによってのみ明らかになるということ。ただし、それだけではヤプールなどの科学力の進んだ敵には構造を分析されてしまうので、ある特別なエネルギーのみで起動することが語られた。
 そして、肝心の使用用途であるが、これは端的に説明すれば、地球のある次元に対しての道しるべであるということだった。
「道しるべ、ですか?」
「そうだ、本来次空間の移動には莫大なエネルギーがいるものだが、この世界はどういうわけか他の世界とつながりやすい性質を持っているようだ。そのおかげで、扉を開くこと自体はそれほどの困難ではなかったが、どの方向に向かってゲートを開けばいいのかがわからなくては開きようがない」
 それが、GUYSが直面した最大の問題だった。この世にはウルトラ兄弟のいる世界とハルケギニアのある世界のほかにも無数の宇宙が同時に存在している。並行宇宙・マルチバース、その中から目的の世界を特定することができなければ、いくらゲートを開く技術があったとしても役に立たない。
 が、事実上無限に等しい数の並行世界からひとつを特定するのは現在の地球の科学力では到底不可能だった。前にゲートを開くことができたときは、自然発生する天然の空間のひずみ、すなわち日食を利用したものの、日食がどういうメカニズムでふたつの世界をつなげているのかということは謎のままである。次の日食が起こるのは数年後、待っている時間も研究している余裕もない。行き詰ったGUYSは苦悩した。
 だがそこで、GUYS JAPANのリュウ隊長の脳裏にひとつの事件のことが蘇った。それは、彼が隊員だったころの最初の大規模な事件であるボガールとの戦いが終結したすぐのときである。ある日、GUYSが受信した宇宙からのSOSシグナル、それは消息不明になっていた宇宙輸送船アランダスからのもので、宇宙の歪みであるウルトラゾーンの中から発信されていたのだ。これはすなわち、入り口さえあれば通常の電波でも次元を超えてやってくることができるということを意味している。実際に、最初のゲートがつながっていたときにハルケギニアに渡ったガンフェニックスとフェニックスネストは交信できたし、才人はパソコン通信で地球にメールを送っている。
 と、いうことはである。なんらかの方法でハルケギニアから信号を発すれば、それが地球に届く可能性はじゅうぶんにあるということだ。そうすれば、後は糸を手繰り寄せるようにふたつの世界をつなげることができる。
「それが、この機械というわけなのか?」
「そういうことだ。そして、俺の仲間たちはこれを届けるために可能性に賭けた」

155ウルトラ5番目の使い魔 27話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:02:21 ID:E95BPtlw
 そこが、この作戦の要諦であり、セリザワが「荒っぽい作戦」と評した理由であった。すなわち、ウルトラゾーンの次元の歪みへ向けて、無人のロケットから無数のカプセルをぶちまけ、その中のひとつでもハルケギニアへ届けばよしという作戦だったのである。成功の確率の計算など、ほぼ不可能、ただハルケギニアのある世界が他の世界とつながりやすいというあやふやな可能性にのみ賭けたとんでもない博打だったのである。
 しかし、リュウの無謀な賭けは成功した。しかも、ある意味で皮肉な原因によって。
「このカプセルは、お前たちの言うシャイターンの門から現れたと言っていたな。恐らく、ヤプールの影響で歪められた門が次元の歪みの中をさまよっていたこれを引き寄せたのだろう」
「ヤプールの……それは確かに皮肉なものだ。そして、この世界にたどりついたこれが我々の手に入り、ここまで運ばれてきた……大いなる意思よ、お導きに感謝します。仲間たちの犠牲は、無駄ではなかった」
 ファーティマは、散っていった仲間たちの冥福を改めて祈るとともに、ならばと叫ぶように言った。
「よくわかった。ならば早速それを使って、別の世界にいるというお前の仲間のウルトラマンたちを呼んでもらおうか!」
 そうだ、それでこそ仲間たちも本当の意味で浮かばれる。だが、セリザワははやるファーティマに対して、ゆっくりと首を横に振って見せた。
「残念だが、今はできない」
「な、なぜだ!」
 この期に及んで、まだなにか足りないのかと、ファーティマだけでなく、キュルケやカトレアもセリザワの顔を覗き込む。するとセリザワは、カプセルを手に持って道の先を望みながら告げた。
「カプセルの発信機を作動させても、カプセルがどこか次元の歪みを持つところになくては信号は向こうに届かない。ここで起動させても、意味がないのだ」
「なんだと! くそっ、それではまったくなんの意味もないではない……ん?」
 次元の歪みのある場所など、わかるはずはないとファーティマが吐き捨てようとしたとき、彼女の心になにかがひっかかった。次元の歪み、異世界への入り口……まてよ、そんなものを、自分は知っている? しかも、つい最近。
 そのとき、鬼の首をとったようにシルフィードが詰め寄ってきたのは、もはや必然であったといえよう。
「違う世界への入り口なら知ってるのね! シルフィたちの向かってる、ラグドリアン湖の底なのね。そこに行けば別の世界からウルトラマンたちを呼べるのね!」
「こ、こらバカ韻竜! のしかかるな、わかっているから、つぶれてしまう!」
 興奮しているシルフィードに肩に乗られて慌てているファーティマも、失念していた自分に腹を立てながらも喜んでいた。
 ラグドリアン湖。そこへ行けば、世界を救うことができる。ファーティマだけでなく、シルフィードとカトレアの表情にも笑みが浮かび、輝いている。
 だがしかし、それ自体は非常に喜ばしいことではあるけれど、自分たちの目的とは違っていると慌てて割り込んできた。
「待って! 忘れたのシルフィード、わたしたちがラグドリアン湖へ向かってるのはタバサを助け出すためなのよ。世界を救うのもけっこうだけど、時間がないのはわたしたちもなのよ」
「そ、そうだったのね! もー、シルフィのバカバカ。おじさん、悪いけどシルフィたちは忙しいのね。あっ、このエルフ、なにするのね!」
「ふざけるな、この尻軽ドラゴン! ここまで来て抜けたいなどと許されると思うなよ」
「なにを言うのね、おねえさまが帰って来なかったらジョゼフを止められなくて、ガリアもハルケギニアも大変なのね。こっちだって急いでるのね!」

156ウルトラ5番目の使い魔 27話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2015/06/20(土) 09:03:56 ID:E95BPtlw
 そう、ここにきてファーティマとキュルケたちの目的の差異が表面に出てしまったのである。世界を救うことと、タバサを救い出すこと、どちらも切り捨てるわけにはいかない重要な問題で、双方ともに妥協できない。
 けれども、あわや内輪もめになりかけたところで助けてくれたのは、またもカトレアだった。
「落ち着いて皆さん。わたしたちが争っても何にもなりませんわ。まだ、お互いの目的が反発すると決まったわけではありません。キュルケさん、実はさきほどまでの話を聞いていて思ったのですが、この世界と別の世界をつなげられるような方々なら、ミス・タバサの救出にも大きな力になってもらえるのではないでしょうか?」
「えっ……? あっ!」
 キュルケとシルフィードははっとするとともに、なんでこんな簡単なことに思い至らなかったのかと頭を抱えてしまった。情けないが、人間は慌ててしまうと普段の半分も頭が回らなくなってしまう。岡目八目と言う奴か、横で話を聞いていたカトレアのほうがずっと冷静に全体を見ていた。
 そして、そのことを問われたセリザワはゆっくりとうなづいた。
「確約はできないが、もしもミス・タバサの飛ばされた世界がわかればゲートを開くことができるかもしれない。いや、なにより彼女は我々と何度も共に戦った仲間だ、「CREW GUYSに仲間を見捨てる道はない」と、リュウならそう言うだろうな」
 キュルケとシルフィードの脳裏に、かつていっしょにヤプールの怪獣軍団と戦ったCREW GUYSやウルトラマンメビウスの頼もしい姿が蘇ってくる。彼らなら、この世界の人間の力ではどうにもできないことでもなんとかしてくれるかもしれない。
 希望が、儚げだった希望の光が胸の中で強くなっていくのをキュルケたちは感じた。そして、少し遠回りになっても、それは自分たちだけで闇雲に進むより、ずっと確実な道だと信じた。
「タバサ、ごめんね。あなたを連れ帰ってあげるのが、少し遅くなるかもしれないけど、その代わりに戻ってきたあなたがびっくりするようなプレゼントを持って迎えに行ってあげるからね」
「急がば回れ、と、前にサイトが言ってたのね。シルフィにはわかるのね。どれだけ遠く離れていても、お姉さまは元気で生きているって。だから、もう少しだけ待っていてほしいのね」
 キュルケとシルフィードの決意は固く、カトレアはそんなふたりを暖かく見守る。
 そしてファーティマは、自分がこれからなすべきことを悟った。
「ラグドリアン湖か。統領閣下、もう少しで貴方のご期待に応えることができそうです。ようし、わかった。それで、そのハッシンキとやらを動かすには特別なエネルギーがいると言ったな。それはいったいなんなんだ?」
 ファーティマが尋ねると、セリザワは右手にナイトブレスを構えてカプセルへとかざした。
「この装置は、我々ウルトラマンのエネルギーにのみ反応して、同じ波長のシグナルを発する。見ていろ」
 ナイトブレスから光の粒子がこぼれ出てカプセルへと吸い込まれていく。すると、それまで黒々としていたカプセルのダイオードのランプが点灯し、なにかを発しているように点滅しだしたのだ。
 驚いて、輝きだしたカプセルをファーティマたちは見つめる。しかしこれが、この発信機を作る上でGUYSがもっともこだわった部分であった。かつて、ヤプールは偽のウルトラサインを使ってゴルゴダ星にウルトラ兄弟をおびき寄せて罠にはめた。また、ババルウ星人も同じ手を使ってヒカリを惑星アーブにおびき出している。だが、これならば偽造は不可能だということだ。
 あとは、これをラグドリアン湖の底にあるという水の精霊の都の門へと持っていくことだ。そのためにも、まずは水の精霊に会って話をつけなくてはいけない。すんなり行くとは思えないが、なぜか今のキュルケたちには、どんな困難なことでも成し遂げられそうな、そんな確信がふつふつと湧いてきていた。


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