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ジョジョ×東方ロワイアル 第八部

1 ◆YF//rpC0lk:2017/12/27(水) 20:28:42 ID:gcTLuMsI0
【このロワについて】
このロワは『ジョジョの奇妙な冒険』及び『東方project』のキャラクターによるバトロワリレー小説企画です。
皆様の参加をお待ちしております。
なお、小説の性質上、あなたの好きなキャラクターが惨たらしい目に遭う可能性が存在します。
また、本企画は荒木飛呂彦先生並びに上海アリス幻楽団様とは一切関係ありません。

過去スレ
第一部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1368853397/
第二部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1379761536/
第三部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1389592550/
第四部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1399696166/
第五部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1409757339/
第六部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1432988807/
第七部
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1472817505/

まとめサイト
ttp://www55.atwiki.jp/jojotoho_row/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16334/

671名無しさん:2020/08/06(木) 17:58:47 ID:K2Dptq.w0
投下乙です
FFが霊夢ガチ勢になってる…このまま霊夢の元に来たら霊夢以外殺しそうだな

672 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:17:54 ID:nr6s2DUA0
投下します。

673Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:20:15 ID:nr6s2DUA0
 ちょっとぉー。ニワトリみたいに意味もなくバタバタ飛んでんじゃないわよ。見ての通り、私いま境内の掃除中なんだけど?

 ───。

 アンタの羽根がそこら中に抜け落ちてたまったもんじゃないからよ。これだから鴉天狗って連中は嫌いなのよね。
 ハイハイどいたどいた。とっとと帰らないと、この竹箒が明日には黒い羽根帚に変わることになるわよ。

 ───。

 魔理沙ならとっくにここを出たわよ。茶と煎餅だけ貰ってってね。
 あー? アンタには無いわよ。客でも何でもないんだし。(アイツも客じゃないんだけど)

 ───。

 別に特別扱いなんかしてないって。魔理沙は……まあ付き合い長いしね。

 ……友達?
 そうね。友達よ、魔理沙は。腐れ縁とも言うかしら。アンタは違うけど。

 ───。

 いや、別に親友ってわけでも……。
 んー……その辺の線引きって分かんないわねえ私には。

 え? 弾幕ごっこ?
 あー。たまにやってるわね、確かに。
 ていうか、さっき〝やらされた〟ばかりよ。
 毎度毎度、後片付けするこっちの身にもなって欲しいわ。何でわざわざウチの神社でやるのか。

 ───。

 そーよー。大抵、仕掛けてくるのは向こうから。
 私の都合なんて二の次みたいよ。
 まあ、もう慣れたけど。

 ───?

 そんなこと訊いてどうするのよ。

 ───!

 わかった、わかったってば。
 ていうか……もしかしてこれ、取材されてんの? 私。

 ───。

 はぁ〜……。ホントでしょうね?

 いや、私がというより、魔理沙が怒るわよ。
 あの子、ガサツなようでいて結構繊細だから。
 悪いこと言わないから新聞には載せない方がいいわよ〜。絶対面倒臭いから。

 ───。

 勝ったわよ。
 ……ったくもー。負けたんなら負けたで掃除ぐらいして帰って欲しいもんだわ。こういうのは普通、敗者の役目よね。敗者の。

 戦績? いや、覚えてないわよそんなん。何回やらされてると思ってるのよ。
 魔理沙なら記録してんじゃない? 訊いた所で門前払いでしょうけど。

 ……負けること? なくもないけど。

 ───。

 油断とかじゃなくって。
 魔理沙は〝普通〟に強いわよ。アンタも知ってんでしょ?
 そりゃこんだけやってれば、負けること位あるわ。

 こだわり、ねー。
 特に無いわね。少なくとも私の方は。
 そもそも『スペルカード・ルール』をスポーツみたいに考えてる輩が多すぎる。

674Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:22:14 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 知ってんならわざわざ私が説明する意味ある?

 そーよ。アンタみたいなわからず屋の妖怪と、力の弱い人間とかを対等に近づける為の均衡が『スペルカード・ルール』。
 人間同士で楽しむ娯楽とか思ってる時点で頓珍漢ってワケ。新聞にするならこっちの方を広めて欲しいものだけど。

 ───。

 魔理沙、ね。
 アイツも実は努力家で負けず嫌いだからなー。
 多分、この先ずっと私に挑んでくるでしょう事よ。勝つまで。

 ───?

 ん? まあ、何度か負けてるけど。
 でもきっと、アイツは〝勝った〟なんて思ってないんじゃない?
 私に心の底から〝負け〟を認めさせるのが当面の目標っぽいわ。

 ───。

 そういう訳じゃないけど。
 こればかりは当人の気持ちって奴でしょ。私もアイツのそういう所には好感持てるし。

 ───!

 ライバル?
 無い無い。だから魔理沙とはただの〝友達〟なんだってば。そんな気恥ずかしい間柄じゃないって。


 でも……ちょっと理解できない所はあるかしら。
 〝負けて悔しい〟なんて気持ち。

 私には、よく分からないわ。


 ───。

 弾幕ごっこの勝敗自体には大した意味なんて無いのよ。そりゃそうでしょって話だけど。
 人と妖との間のバランスを擦り合わせる。そういうルールを設け、拡散させること自体に大きな意味があるの。
 勝ちとか負けとか、どうでもいいわ。アンタら力のある妖怪にとっちゃ不満もあるんだろうけど。

 ───。

 ま。そういう事よ。
 ……ちょっと。そろそろ離して欲しいんだけど。掃除が終わらないわ。

 さあ。香霖堂にでも居るんじゃない?
 そこのやる気ない店主に今日の愚痴でも聞いてもらってるんでしょ。霖之助さんには同情するわ。

 はあ? お賽銭?
 要らん。さっさと帰れ。
 参拝客でもない妖怪から賽銭なんか貰っても気味悪いだけだわ。信仰減っちゃうかもしれないし。

 ───!

 あ! ちょっと文ーーー!!
 今の話、魔理沙には言うんじゃないわよーー!
 オフレコだからねーーー!!

 違う!! 賽銭の話じゃなくって!!


 ………………速。


 ……はあ。
 どいつもこいつも、ウチの神社を休憩所くらいにしか思ってないのかしら。


 あーあ。
 今日も参拝客はゼロかあ……。


            ◆

675Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:23:00 ID:nr6s2DUA0
『博麗霊夢』
【夕方】B-5 果樹園林


「霊夢」
「何よ」
「お前はさ。私のなんなんだよ」
「は? 知らないわよ、何それ」
「知らないってんなら教えてやる。お前は私の友達で。ライバルで。憧れで。嫌いな奴だったぜ」
「そうだったの? 最後のは初耳ね」
「今初めて言ったし、今初めて自覚したからな」
「あっそ。それで?」
「じゃあ、私はお前の……何なんだ?」
「私にとっての魔理沙?」
「この際だ。是非、博麗霊夢の本音って奴を聞きたいもんだな」
「普通に友達だけど」


 そしてまたひとつ、重たい響きが辺りに伝わった。
 抉られるような痛みと共に刻まれる生傷は、霊夢の身体を呪印の様にして重ねられる。
 〝友達〟である筈の霧雨魔理沙の小さな拳が、躊躇なく霊夢の頬に入れられる。喧嘩という範疇には到底収まらない、過激な殺し合いであった。
 木々の間をすり抜け、地面へと転がされる霊夢。雪がクッションに、などという安易な気休めでは収拾がつかない数の転倒を味わわされている。

 その数だけ、少女はゆったりという動きで立ち上がり続ける。まるで屁の河童、と言わんばかりに涼しい顔をしていた。
 その態度が気に食わず、魔理沙はまた拳を握る。走り、握り締め、顔面目掛けて振り抜く。愚直なセットプレイを、今度は霊夢が捌いてカウンター。堪らず魔理沙も後方に吹き飛ばされ、また立ち上がる。
 先程から何度も何度も繰り返される光景であった。

「スマン、よく聞こえなかったぜ。もっかい聞いていいか?」
「友達よ。それ以上でも以下でもない……アンタは私の友達。どこに殴られる理由があったのよ?」
「……あぁ、そうかよ。知ってたけどな」

 もはや顔面の三割を流血塗れにさせ、魔理沙は俯きながら次第に笑い顔を作った。
 肩を揺らし、腹を抱え、最後には大笑いにまで発展する友人の狂気を、霊夢もまた血に塗れながら眺めていた。

「私、そんなに可笑しいこと言った?」
「ハハ、ハ……ッ! は、いやぁ……悪ぃ悪ぃ。私の勝手な思い込みみたいなもんだ。ちょっぴりだけ期待してたような答えが、やっぱり返ってこなかったもんで……ちとイラってなっただけさ」
「その度に殴られちゃあ、やってらんないわよ」

「でも殴り足りんッ! お前のその態度が一番ムカつくんだよッ!!」

 同じ事の繰り返しが、またも始点へとループする。殴り掛かるのは、決まって魔理沙の方からであった。
 いい加減、腕が使い物にならなくなる段階にまで差し迫った負傷だ。素手で人体を猛烈に殴ればダメージがあるのは受け側だけではない。
 それらの負傷をものともせず強引に筋肉を動かしているのは、本人の意思だとか感情だけではない。他人の闘争本能を限界以上に膨れ上がらせる『サバイバー』の齎しが無ければ、両者共々とうに行き倒れている。
 この負の恩恵を魔理沙が好機と捉えたかどうかは定かでない。サバイバーとは身内争いを強引に誘発させる地雷ではあるが、打ち付ける拳に本人の意思が介在しないと言い切れる者は誰も居ない。

 誰しもが心に押し込んで隠す本音を無理やりに引き摺り、炙り出す。人と人の醜悪な関係性を暴露させる。肉体的だけでなく、精神的にも互いを傷付ける。
 両者共に、よしんば生還したとして。
 本音の刃で抉られた心の修復は、困難だろう。
 まして互いは、まだ少女だった。
 心身共に周囲からの影響を大きく受け易い、精細な心を育む多感な時期である筈なのだ。
 これが赤の他人との闘争であったならどれだけ気が楽だったろうか。


 この〝大喧嘩〟を終えた時……二人の心に残った傷痕が、どれ程に少女を苦しめる要因となるか。
 そんな事を危惧する余裕さえ与えない。
 サバイバーというスタンドが齎す───何よりも恐ろしく、残酷な本質であった。

676Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:24:54 ID:nr6s2DUA0

「さっきから聞いてれば、随分と自分勝手な理屈じゃない」

 数を数えるのも馬鹿げた殴打を喰らい、尚も霊夢は立ち上がる。
 その見て呉れは健常者のそれ。受けた拳の数とはどう考えても釣り合わないコンディションが、逆に魔理沙を追い詰める。
 怪我人であった筈だ。幾ら限界以上に肉体を酷使させるサバイバーでも限度というものがある。送り込まれる石炭燃料を蒸かし、心臓というボイラー室で蒸気エネルギーを生む。結果、肉体を暴走させる蒸気機関車を無秩序に作り出すのが、サバイバーの性質である。
 この暴走機関のそもそもの燃料である石炭は無限ではない。人が身体を動かすには、生命活動に必要な運動能力を消費する。つまり体力なのだが、ここにはサバイバーではどうしても賄えない部分が出てくる。
 大きく体力を失っていた筈の霊夢が、こうして魔理沙と互角以上に渡り合っている。この事実は、二人の間に亀裂を生んでいた〝差〟を更に引き離す因となった。


「アンタは、さぁ」


 鼻血を袖口で拭き取りながら、霊夢が立ち塞がる。
 激しい高揚感の裏で魔理沙は、自分を友達だと言ってくれた目の前の少女へと畏怖すら感じ始めた。


「結局、私をどうしたいのよ」


 決まっている。
 初めてコイツと出会った時から……だったろうか。もう、覚えちゃいなかった。
 でも、それくらい昔から必死だったように思う。


 霧雨魔理沙は、博麗霊夢を。

 殺───

 こ、


「───っ ……こっ、こ……ッ!

 こ、んな……ふざけた話があるかよ……っ!」


 頭にかかった黒いモヤを、力ずくで吹き飛ばすように。
 言葉を捲し立て、取り繕う。
 嘘でも本音でも、なんだって良かった。
 霊夢の冷たい視線を受け流せるならば、自己から目を背けて壁を作れば良かった。
 どうせ目の前の女の眼には、自分の存在なんて微塵も映っていない。
 魔理沙の姿の、もっと遠く。
 もはや手の届かない場所に行ってしまった存在を、焦がれるように見つめている。

 そんな霊夢を見たくないが為に、魔理沙は躍起になる。なるしかなかった。
 お誂え向きに、今では〝暴力〟を盾にして訴えかけられる理由を得たのだから。

 言葉は留まることを知らずに、止めどなく溢れ始める。

「こんなふざけた話があるかッ! お前、私、わたしが……今までどんな気持ちでお前の背中に追い付こうと努力してきたか……ッ」
「知ってるわ」
「死ぬほど頑張った!! 憧れていた『魔法使い』にもなれた!! 代わりに『家族』を捨ててまでだッ!!」
「それも知ってる」
「後悔なんかしてないッ! ずっとお前に並びたかったんだッ!! それなのに……それ、なのによ……!」
「それなのに、私はアンタを眼中にも入れてない。だから怒ってる……って?」
「それだけならまだマシだ! 結局、それは私の力不足って事でまだ納得できる……ッ!」
「……ジョジョの事を言ってるなら」
「そうだよ!! なんだよ、それ!! そんなぽっと出の男が、私の目標を全部かっ攫いやがって!! 納得できるわけ、ないだろ!! ふざけんな!!」
「でも死んだわよ。アイツなら」
「だから怒ってんだよ!! 徐倫と三人で弔いまでしてやったろ! お前だって割り切ってたんじゃないのかよ! 死んだジョジョの意志を継いで、さあ今から反撃開始だって、足並み揃えようとしてたんじゃねえのかよ!?
 私はあん時、結構感動してたんだ! 〝あの〟霊夢が、仲間作って異変に立ち向かおうって姿勢見せるなんて! お前、異変の時は大体いつも独りで飛んでっちゃうからさあ! ああ、コイツにもこんな面があったんだなって、お前をいつもより近くに感じられて、私は少し嬉しかったよ正直!
 それが何だよ!? 全然受け入れられてないじゃんかよ!? 何がジョジョだっ!! 現実見ろ!! お前はそのジョジョに負けて! ずっとそこで立ち止まって! 前にすら踏み出せない弱虫だろ!! そんなの、ちっとも霊夢らしくねぇ!! どうしちまったんだよお前!!」

677Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:25:39 ID:nr6s2DUA0
 拳の代わりに投げつけたのは、言葉だった。
 霊夢の全てが憎いと、負の感情を全開に顕にした。
 後半は殆ど息が持たず、叫び通した後には動悸が止まなくなっていた。
 醜い、ドロドロとした一過性の感情に過ぎないという自覚は、興奮状態における魔理沙の〝ライン〟を一歩、割らせた。今までおくびにも出さなかった本心が、タガが外れたように心の蓋から溢れ出て。

 己が空条承太郎に嫉妬しているのだと、大声で知らしめた。

 どれだけ腕を伸ばしても届かなかった〝そこ〟に、いつの間にか知らない男が我が物顔で居座っている。それを思うと、湧き上がるドス黒い感情は殺気にすら昇華し。今では言葉のナイフで相手を滅多刺しにしている。

 違う。当人の霊夢はこれ程までの感情をぶつけられて尚。
 取り澄ました顔で、魔理沙の主張をただ耳に入れている。
 刃物である筈の言葉は、霊夢の心に傷一つ入れられない。
 やっぱり自分では、霊夢の心を揺さぶることも出来ない。

 今まで幾度も味わってきた敗北感の様な何かが、此処でもまた魔理沙の心を苦しめる。
 震え上がるような戦慄がついに闘争心を上回り、未熟な少女の足を一歩だけ退かせた。


 全てを聞き遂げた霊夢は、依然として冷めた顔のまま言い放つ。
 気圧された魔理沙へと、追い討ちを掛けるように。


「まあ、色々言いたい事はあるんだけど……とりあえずさぁ」


 クシャクシャと頭を掻きながら、一度の溜息と共に霊夢は。
 恐るべき速度の足取りで魔理沙の間合いに詰め寄り、隙だらけだったその頬をブン殴った。



「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」



 血染めの雪上に、更なる鮮血が重ねられた。


            ◆

678Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:26:28 ID:nr6s2DUA0

 ……で、今度は遥々この『香霖堂』にまでお邪魔して暇潰しってわけか。

 ───っ!

 私からすれば天狗の新聞なんてのは暇人集団の道楽にしか見えんがな。長命ってのも一長一短で考えものだぜ。

 あーウソウソ冗談だぜ冗談。だからペンを刺してくるな、それめっちゃ痛いんだからな。
 それで、ウチの怠けた店主に何の用だ? 残念ながら香霖は今出掛けてるぜ。

 え、私? ヤダよ、面倒臭い。
 霊夢に言われたって? あのヤロ、適当に面倒押し付けやがって……。

 ───?

 霊夢の弱点〜? そんなモン、私が知りたいくらいだぜ。今度あそこの賽銭箱を破壊してみたらどうだ? きっと鬼のように怒り狂って、その羽全部毟られるだろうよ。

 弾幕ごっこだぁ? ンなもん訊いてどうすんだよ?
 あー負けたよボロ負け。本日もコテンパンだった。腹いせに棚の奥に仕舞ってた煎餅、全部食ってやったぜ。

 ───。

 だから知らねーよ、霊夢の強さの秘密なんて。
 特に修行なんかしてる様子無いっぽいし、本当に人間なんかね。実は大妖の血を継いでるとかじゃねーのか?
 お前、鬼と仲良いんだっけ? 今度知り合いの鬼たちに聞き回ってみろよ。その昔、幼い娘を橋の下とかに捨てませんでしたか、ってさ。

 ───!

 そもそもお前だって随分強いはずだろ? 頑張りゃ勝てるんじゃねーの? アイツに。

 ───。

 あー、スペルカード・ルールなあ。
 まっ。お前さんら妖怪様にとっちゃあ不服も多いかもしれん体裁だわな。

 ん? そうなんか?
 天狗ってプライド高い奴らばっかだからそんな印象あんま無いけどな。
 何にせよ、スペカルールなら霊夢は最強クラスだろ。今んとこ勝てる気しねー。

 ───。

 ……霊夢から聞いたのか?
 あん時はまあ、勝ちは勝ちかもしれんが。
 どうにもルールに助けられたって感じが強かったしなあ。勝ったとはとても言えないぜ。いつかは絶対勝つけどな。

 ───?

 一番厄介なの? んー、夢想天生とか色々あるがなあ。アレは相当インチキ技だが。
 なんだろうな。それ抜きにしても、マジで当たらないんだよ、こっちの弾幕が。お前も体感しただろ?
 見てから避けてる訳じゃないね。天性の勘とやらが、避けるべき方向をアイツの頭ン中で囁いてるんじゃないかと思うね。それくらい当たらん。
 私は結構理屈で弾幕張ったり避けたりする方だと思ってるんだが霊夢は逆だ。完全に感性で弾を避けてる。
 踊るみたいにスイスイと弾避けして、自分の弾だけはサラッと当ててきやがる。そんで気が付けば毎回こっちだけがボロボロになってるんだな。

 要はアイツの強さってのは、経験に裏付けされた『勘』って事になるのかね。釈然としないけど。
 その半分でもいいから私にくれないかなー。賽銭でも放れば喜んで差し出してくれそうなもんだが。

679Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:27:39 ID:nr6s2DUA0

 ───。

 ライバル……そうだな、色んな意味でライバルだ。
 私にとっちゃあアイツは『特別』なんだよ。
 『普通』の魔法使いが『特別』に勝つ。まるで王道ストーリーの主人公だな。

 ───。

 異変解決で? いや、あんま記憶には無いな。少なくとも霊夢の方から声を掛けられた試しはない。
 霊夢は基本、異変解決には一人で向かう。で、大概の場合、私も独自に解決に出掛ける。その途中でアイツと鉢会うってのはよくあるな。
 その度に私は一緒に行こうぜって誘ったりもしてんだぜ。

 ───?

 誘えば断らないんだよな、アイツは。まあどっちかっていうと、私が勝手について行ってる形ではあるが。
 でもって、途中には邪魔してくる奴らや黒幕なんかが立ち塞がるわけだ。妖怪とか神とか。お前もそうだったろ?
 スペカのルールってのは基本一対一だ。当然、私か霊夢のどっちが闘うって話になるよな。ジャンケンの時も多いけど。
 で、霊夢が出陣の時は私も後ろで観戦してる。客観側へ回った時にしか気付けないポイントってあるだろ?
 まずはアイツの異様な被弾数の少なさだ。さっきも言ったが、弾が全然当たってない。死角から撃とうが、四角に撃とうが三角に撃とうが、全部読み切って回避してる。それも最小限の動きでな。

 ───。

 そういうのは天狗とかの方が詳しいんじゃないのか? 目が良いだろお前ら。知らんけど。

 他には……表情かな。
 霊夢ってさ、結構喜怒哀楽激しい奴だろ? 特に怒の比重が偏ってるような気もするが……日常のアイツは怒ったり、笑ったり、哀しんだり、泣いたり……は無いか。まあ色々忙しない顔面だ。
 でも異変解決モードになってる時のアイツは、そりゃもう容赦も慈悲も無いんだぜ。
 なんだろ、私は毎回ウキウキしながら異変解決やってる節はあるんだが、アイツは真逆でな。作業だよ作業。弾幕ごっこ中のアイツの顔は平坦としてて無変無感動無表情の三拍子さ。
 普通、見たこともないような大量の弾幕とか避け切れない密度の弾幕を目の当たりにしたら、緊張したりするだろ?
 アイツはしないんだよ、緊張。アイツが緊張する時なんて、月終わりに賽銭箱の中身を確認する時ぐらいだぜ。息切れしてるとこすらとんと見た事が無い。

 ───。

 プレッシャー知らずなのは能力というよりも性質っつった方が近いかもな。淡々と弾幕張ってるアイツの顔見て、逆にこっちが緊張するぐらいだ。
 肩の力を抜き過ぎてるというか、勝負ってのはもっとこう……ぶつけ合いだろ? 技とか力とかもそうだが、気持ちというかさ。勝ちたい!って感情が勝利を呼ぶと思うんだ。

 ───。

 うるせーよ。
 ま、色んな意味でアイツは『普通』じゃないな。だからこそ私としても燃えるんだが。

 ───。

 あ〜。そんな風に言われるとアレなんだが。照れちゃうぜ。

 でも、結局の所……よく分からんってのが本音だ。霊夢とは腐れ縁だが、未だに理解不能な所が多すぎる。
 こんくらいの方が丁度いいのかもしれんな、友達なんて関係は。もっとも、私にとっちゃあただの友達ってモンでもないが。

 ───。

 アイツが私のことどう思ってるか、ねえ。
 そういうのはホラ、口に出すもんじゃないと思うぜ。特にパパラッチ天狗のお前相手には。

 ───!

 ああ。いつかはな。
 いつか、絶対に勝ってみせるぜ。

 おーそうだ。そん時はお前もカメラ持って観戦しに来いよ。
 博麗霊夢を弾幕ごっこで初めて悔しがらせた美少女魔法使い・霧雨魔理沙の特集記事だな。

 あ、今の霊夢には言うなよ。
 オフレコで頼むぜ、文。


            ◆

680Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:28:54 ID:nr6s2DUA0
 長きに渡って良好な関係を続けてきた友人の、慟哭のような本音を受け入れた博麗霊夢がまず初めに思ったことは。


(ああ。やっぱりコイツ、私のことを全然理解してないのね)


 で、あった。

 魔理沙にとってはひどく残酷な懐抱を浮かべた霊夢は、目の前の友人に落胆と───それ以上の怒りを覚えた。
 魔理沙の言う霊夢への認識とは、何から何まで的外れだ。すれ違いだと一言に済ませるには、二人が付き合ってきた年月はほんの少し……長かった。

 魔理沙は、霊夢という人間をまるで分かっていない。
 具体的に何処をどう誤認しているのかを一々指摘し、正そうとするのも癪だ。そういった事柄は口に出して言うものではなく、本人同士の更なる関係の発展上において自然と悟っていくものが〝本来〟だと思ったからだ。

 時間が解決する問題。
 〝本来〟ならばそうである。
 しかし今という状況において、その本来を霊夢は望もうと思わない。
 口を噤むばかりでは、この関係性は永遠に不変のままでしかない。
 だから、暴力に頼った。
 友人関係に不和をもたらす筈であるその行為に、不思議と抵抗は覚えなかった。


「アンタがアイツを、ジョジョって呼ぶな」


 これまでで最も無慈悲と化した暴力が、魔理沙を抉った。
 凍り付くような視線と共に振り抜かれた巫女の拳が、幾度目かも分からない殴打を受けてきた魔理沙の頬をまた穿つ。
 実際の所、いま霊夢が語った言葉に深い意味は込められていない。魔理沙が承太郎をジョジョと呼ぶことについては、癪には感じるが怒りを覚える内容でもないのだ。

 理由など、必要ないと思った。
 ただ、心にぽっかり空いたスキマを埋められるのなら。
 そしてそれが、目の前で勝手に憤る無理解な友人を陥れることで慰められるのなら。
 殴ればいい。身を任せればいい。
 元より霊夢は、自然体に身を任せることを恒常とする者なのだから。

 しかし、理由と呼べるような気持ちはやっぱりあって。
 口に出す必要こそ無いけども、ただ激情に身を任せるのであれば魔理沙を狙い撃ちにする必要だってない。

 結局、魔理沙にとって霊夢は『特別』な人間らしい。
 魔理沙だけでなく、他の皆にとっても。
 それこそ、この幻想郷にとっても霊夢は何より特別を意味している。
 そしてそれは、きっと事実だ。
 誰が決めたのかは知らないが、博麗霊夢とはそういう運命を背負って生まれたのだろう。

「……ふざけやがって」

 思いの外、汚い言葉となって吐露された霊夢の台詞を、ボロボロで立ち上がった魔理沙は聞き入れた。
 短く、力無く呟かれたその罵倒には、霊夢の数少ない本音が漏れたものだと悟った。

「……は。ちょっと見ない間に……随分と、ご執心だな。その〝ジョジョ〟に」

 霊夢の呟きは、本人の意図しない形で魔理沙に伝わる。
 アンタに言ったんじゃないわよ、と。そう弁解する気さえ起きない。魔理沙のあからさまな挑発にも、軽々乗ってやったりはしない。


 代わりに、別の口実を与えてやることにした。
 お互い、自分を正当化させる為の口実。
 お互い、相手を否定してやる為の口実。

681Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:30:04 ID:nr6s2DUA0

「アンタは博麗霊夢を『特別』に思ってる。だから、私に並びたい。そういう事よね」
「前半は否定しないぜ。だが欲を言うなら、後半はちょっと違う。どうせなら霊夢の前まで抜き去りたいもんだな。こりゃ流石に自惚れか?」
「どっちだっていいわ。じゃあ丁度いい機会じゃない。
 ───今、ここで。私に追い付いてみなさい」
「あ?」
「私に勝てば、アンタは私を『特別』には思わなくなる。普通の魔法使いを自称するアンタが『特別』に勝っちゃえば……私はもう『特別』とは言えない。〝楽園の普通な巫女〟爆誕ね」
「それはお前を、殴り倒して進め……って意味か?」

 不敵に笑う魔理沙を、否定するようにして。
 霊夢は〝いつもみたいに〟構えた。
 友人の血痕に塗れた両の手で、二枚ずつの札を取り出す。


「当然───」


 たかだか〝喧嘩〟にこの決闘法を宛てがうのは、創案者でもある霊夢からすれば不本意ではある。
 しかし、ここが幻想郷の形を取った箱庭であるならば。
 二人の『決着』には、やはりこのルールが相応しい。


「弾幕ごっこよ」


 初めから、これで無ければ意味が無かったのだ。
 美しくもなんともない、ただの粗末な暴力でコイツを平伏させても……意味が無い。


「待ってたぜ───その言葉」


 トレードマークを被り直す友人の顔が、少しだけ。
 いつものあの、燃えるような表情に戻っている気がした。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

682Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:16 ID:nr6s2DUA0
『ジョセフ・ジョースター』
【夕方】B-5 果樹園小屋 跡地


「…………で、アンタはあたしになんか言うことないわけ?」
「痛ッ〜〜……! さ、先に殴ってきたのはオメーの方だよなァ……!?」
「あんなドえらいDISCを取り出したのはアンタでしょ」
「あーそうかいそうだともよ。全部オレが悪ぅござんしたよ……! スイマセンデシター」


 ひと組の男女が雪の上に大の字となっていた。顔面という顔面をアザに覆われた、見るも無惨なジョセフと徐倫の姿だ。
 二人の仲は良好などとはとても言えないが、少なくとも先程までのような一触即発な雰囲気は既に霧散している。
 ジョセフの波紋が徐倫を正気に戻したのだ。その犠牲にジョセフは顔面と、徐倫は身体の麻痺を引き換えとした。サバイバーが巻き起こす終末を考えれば、随分と安い買い物だ。
 節々の痛みを耐え忍びながらジョセフは何とか体を起こす。次いで行うのは波紋による治療だ。当然のように彼はそこに転がる女性ではなく、まずは自身の回復を優先した。

「ちょっと……こういうのって普通、女であるアタシをまず労わらない?」
「回復したお前さんが唐突に立ち上がって『さあ第2ラウンドだ!』なんて叫ばない保証があるんなら、先に治療してやるぜ」
「アタシはもう正気だっつーの!」

 首のみを回し、勝手で無軌道な男へと自身の怒りを露わにする徐倫。彼女の言う通り、サバイバーによって伝播された狂気の電気信号は、既に二人の体内には残っていない。
 徐倫は波紋のカットによって。そしてジョセフは元々影響が少なかった。この傍迷惑な能力は、基本的には時間経過による自然消滅でやり過ごすしかないというのが徐倫の語った体験談。ジョセフが波紋使いでなければ、事態はもっと深刻だったろう。

「つまりはオレが功労者ってワケよ。感謝されこそすれ、オレが謝る道理なんて」
「あるでしょ」
「……あるがよ。まあ、終わったオレ達についてはもういいさ。問題は───」

 痛みに暮れるジョセフが、果樹園林の方向を振り向く。霊夢と魔理沙は戦いの最中、あの林へとフィールドを変えた。
 サバイバーの影響が少なかったジョセフでさえ、たった今まで闘争を続行していたのだ。ならばあの二人は、今なおあの中で殺し合っている可能性が高かった。
 それに肝心要のジョナサンを確保に向かわせたてゐ達も心配だ。被害の深刻・拡大化を防げる人材が彼女らしか残っていなかった為、止むを得ず向かわせたが……。

(クソ……! どっちも切実だぜ、オレのせいで!)

 心中でジョセフは、事態の鎮静が毛ほども進んでいない現状を悔やむ。急を要するのはどちらかと言えば霊夢たちの方角だ。

「徐倫……まだ動けねーのか? 早いとこアイツら何とかしてやらねーとヤバいぜ」
「マダ ウゴケネーノカ?じゃないだろ……。この、ハモン?っての、もうちょっと手加減出来なかったの? 全然動かねーぞ」
「うるせーな仕方ねーだろ。オメー、本気で殴り掛かってくんだからよ」

 迎え撃つ側のジョセフが、鬼気迫る徐倫の暴走に臆したのは仕方ないことだと言える。
 何にせよ、彼女の波紋が抜け切るのはもう少し掛かりそうだ。自分の怪我だって決して軽いもの ではない。

 もどかしい気分だった。焦慮がジョセフの心を覆い始める。
 虫の知らせ、という感覚かもしれない。
 嫌な予感がした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

683Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:31:51 ID:nr6s2DUA0
『F・F』
【夕方】C-5 魔法の森


 空条承太郎が死んだ。
 博麗霊夢だけは、絶対に護らなければ。

 脳裏を反芻するのは、さっきからこの二つだけ。

 時間を……5秒。

 6秒…………。

 7秒……………………。



 『9秒』もの時間を、止めていられた。



 F・Fを襲う焦燥が、時間操作の枷を圧倒的な速度で外しに掛かっていた。
 その事実は〝F・F〟と〝十六夜咲夜〟の肉体が、段々と合致に近付いてゆく証明であった。
 肉体に燻っていた〝十六夜咲夜〟の意識が、少しずつF・Fの意思に重なっていくのを感じる。

 だが、まだまだ。
 こんなものでは、まだ足りない。
 〝十六夜咲夜〟はもっと、凄まじい時間の中を動けていた筈だ。

 こんな、少ない時間では、まだ。
 霊夢を……護れやしない。
 霊夢の敵を……排除など出来ない。



   ピシ

        ピシ…



 時空間の壁に、亀裂が入る音がした。
 暴走の如き時間停止の乱用。原因は、それだった。
 時を止めては、動かし。
 また止めては、すぐに始動。
 さっきからF・Fは、全力疾走しながらこんな無茶を続けている。
 停止時間の増加という、破格の性能を得た犠牲とは……予測不能の現象だった。

 時間が壊れ始めている。
 あるいは、壊れ始めているのは自身の胸の内にある時間か。

 関係ない。
 霊夢はきっと、すぐ近くにいる。
 護らなければ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

684Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:34:54 ID:nr6s2DUA0


『───ジョジョは私に勝ったのよ』



 なんの感慨もなさげに。
 ただつらつらと、事実を述べるようにして。
 あの時、霊夢は憤る徐倫へと語った。
 それは確かに、傍から聞いていた魔理沙へ驚愕をもたらす内容だった。

 博麗霊夢が敗北した。その一報を初めに見聞きしたのは確か、人里での花果子念報の記事だったか。
 紅魔館から運ばれた霊夢と承太郎の重体が視界に入り、魔理沙の心には大きな動揺と困惑が芽生えた。
 しかしそれ以上に、〝ジョジョは私に勝った〟と語る友人の表情に、魔理沙はこれまでにない違和感を覚えた。敗北した事実そのものよりも、その事を宣言する霊夢自体に違和感を。

(あの時……霊夢は一体、どんな気持ちで娘の徐倫にそれを伝えたんだろうな)

 驚く程に冴え切った頭の中で、魔理沙は一人生き残ってしまった友人へと思いを馳せる。
 その狭間である今、こんなにも冷静でいられるなんてのは、心中の不満をブチ撒けてやった後遺症に過ぎないからだ。オーガズムの直後に陥る虚ろな期間が、魔理沙を淀みなく〝闘いの準備〟へと移行させていた。
 今ならば、待ったをかけるには遅くない。眼前にて構える霊夢へとこの不毛なぶつかり合いの無意味さを説けば、彼女ならばあっさり承認の後にこれまでの失言失態を忘れてくれる確信がある。何だかんだで霊夢が魔理沙を袖にする事は無いのかもしれない。
 だがそれは魔理沙のプライドが許すものでは無い。闘う前から降伏宣言に等しい理屈を言い聞かせるなんて御免だし、そもそもこれから始まる決闘が無意味なものだとは魔理沙には思えなかった。無駄を美徳とする決闘法だというのに、ちゃんちゃらおかしい矛盾である。
 内に仕込まれた〝闘争本能への刺激〟は、完全に収縮した訳では無い。一時的に隅へ置いているだけであり、ひとたびゴングが鳴れば爆発的に暴走を再開する予感すらあった。


 スッキリさせよう。良い機会だ。
 互いへと溜まった鬱憤は、清めればいい。
 頭から被る清水が無いのなら、血で構わない。

685Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:35:35 ID:nr6s2DUA0
「決闘前のこの緊張感って良いよな。否が応でも血が騒ぐ……って奴だ」

「緊張ねえ。アンタはそれで弾が見えたりするの?」

「おっと。お前には縁のないステータス異常だったな。緊張とボルテージは比例するパラメータだぜ」

「そもそも魔理沙は〝スペルカード・ルール〟を誤解してる。これはアンタの思うような娯楽スポーツなんかじゃない」

「まるでお前がルールを考えたような物言いだな」

「私が考えたんだけど」

「あれ、そうだっけ? まあどうでもいいぜ。でも弾幕ごっこが〝遊び〟なのは同じだろ?」

「遊びも度を越すと、遊びではなくなる。この決闘法はあくまで、幻想郷に不和をもたらす脅威を平坦に落とし込む為の施策なのよ」

「私が霊夢と弾幕ごっこで遊ぶのに、そんな建前は関係ないじゃないか」

「アンタの場合、そろそろ度を越しているって話よ。弾幕ごっこに勝ち負けはさして重要ではない。魔理沙ってば、昔から結果にこだわり過ぎだわ」

「まるで自分はそうじゃないとでも言いたげな物言いだな」

「…………どういう意味よ」

「『勝負』にこだわってんのは、お前の方じゃないのか? そう言ったんだぜ」

「私が? アンタとの勝負に? 馬鹿も休み休み……」

「違うだろ。お前が『勝負』したがってんのは、私じゃないだろ」

「…………っ!」

「お前言ってたよな。『約束』をしてたって。あの主催二人を倒した後に、また戦うって『約束』を」

「……さい」

「でも死んじまった。これじゃあ『約束』は果たせない。仕方ないから主催をとっちめることで、勝負に勝った事としよう。これがお前の───」

「うるさい……っ」

「───お前の求めていた、ジョジョとの『勝負』だ。お前自身が言っていた事だぜ。
 さて。『勝負』にこだわってんのは、一体どっちなんだろうな?」

「うるさいッ!!! それとこれとは関係ない!!」

「お。やっと私の言葉に揺れ動いてくれたみたいだな。頑張った甲斐があるってもんだ」

「アンタなんかに!! アンタに……私の何が理解出来るってのよ!!?」

「それをこれから理解するところさ。そして、お前が私を理解するのもこれからになる」

「ワケ、分かんないこと、言ってんじゃ……」

「ワケ分かんないってのは、やっぱり私を理解出来てないって意味と同義だぜ。これで互いに条件は同じだな」

「もう、いいわ。口で言って分かんないなら、力ずくで分からせる。今までもずっと、私はそうやってあらゆる異変を鎮めてきた。
 言っとくけど……当たり所が悪くて死んだなら、ルール上では死んだ奴の負けよ」

「分かりやすくて好きだぜ。……ああ、そうだともよ。『勝負』にこだわるってのは、そういう事なんだ。
 ───霊夢」

「耳障りだから、文句言うんなら〝死んだ後〟にお願いするわ。
 ───魔理沙」


 弾幕ごっこ開催のゴングは、いつだって会話の終点からだった。
 無意味な言葉遊び。世界一美しい決闘を飾るのは、こんなにも洒落の効いた世界観の下だからこそ。

 この決闘が、美しい終わりで幕を引くとは限らなくとも。
 もはや二人に後は退けなかった。ここで退いたら、大切なモノを喪う予感が胸中に渦巻いていた。

686Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:36:44 ID:nr6s2DUA0


「今日こそ私の持論を証明してやるよ」


 揚々と懐から『それ』を取り出した魔理沙のその腕が震えているのは、緊張や負傷のせいだけではないだろう。


「弾幕ってのは、やっぱ──────」


 いつもの弾幕ごっこであり。
 いつもの弾幕ごっこではない。
 取り出されるミニ八卦炉に込められた魔力の膨大さは、いつもの〝遊び〟の比では無かった。


「パワーーーーーーだぜェェえええ!!!!」


 少女の最も得意とするこのスペルに、躊躇の様子が微塵も感じられないのは。
 外部から促された殺意や狂気……その増幅が、本来のスペルカード・ルールに引かれた予防線を容易く割らせたからであった。

「……! いきなり大技じゃない。相変わらずスマートに欠けるわね」

 先手を許した霊夢の目前一杯に広がるは、飽きるほど見てきた友人の代名詞マスタースパークの光条だ。この規模の弾幕を見るのは、この土地だと『二度目』だろうか。

 一度目は、そう───。

(ジョジョの奴に、撃たれたんだっけ……)

 少女にとっては苦い敗北の記憶。アヌビス神を携え斬り掛かる博麗霊夢へと、あの容赦ない男は支給されたミニ八卦炉でもって擬似マスタースパークを放ってきたのだ。
 その折は『夢想天生』で(霊夢だけは)事なきを得たが、今回の『本家マスタースパーク』は流石に威力が目に見えて違った。
 いや、承太郎の放ったソレも本家との見劣りは無かったように霊夢には思えた。だが〝今回〟はどうも勝手が違ったらしい。

「死っねぇぇえええーーーーーー霊夢ゥゥううううーーーーーーーーーッ!!!!」
「ちっ……! あの馬鹿、完全に殺す気ね!」

 見慣れた筈の青白い極太光線。コレに対し霊夢が二の足を踏んだ理由は、見慣れていたが故である。
 完全に範囲と間合いを掌握していたと思い込んでいた巨大ビームは、いつもより一回り〝デカかった〟。想定とズレた超レンジから察せられる魔理沙の意図など、殺傷目的以外には無い。

 スペルカード・ルールとはそもそも、基本的に意図的な殺傷は禁止されている。弾幕の威力や量を調整し、可能な限りは〝ごっこ遊び〟の範囲に収めるのが目的である。
 主に力の強い大妖や神クラスに重く強いられるルールであり、その恩恵を受けるのは弱き側……すなわち人間である魔理沙のような者達だった。
 とはいえ、である。霧雨魔理沙の弾幕は火力に比重を置いている為、こと『殺傷力』という点では〝ルール〟 に触れない程度の調整は普段から成されていた。
 今回は、それに気を遣う必要など無かった。弾幕ごっこという名目ではあったが、殺生禁止ルールなどあってないようなものだ。加えて、サバイバーの性質が弾幕の威力向上に一役買っている。

 ブレーキを取っ払われた暴走トラックを前にして、霊夢は一の手である正面回避の択を直ちに棄てた。
 マトモに避けようとしたのではギリギリ被弾する。その崖際を狙って魔理沙はミニ八卦炉に魔力という名の薪を焚べ、範囲を広げたのだ。
 表択を棄てた霊夢は、即座に裏択───二の手を選び切った。空も飛べやしない現状では、いつもは空にて舞う弾幕ごっこも、地上での純粋な身体能力に依存せねばならない。

 その命綱である身体能力を、ここは敢えて棄てる。
 霊夢の二の手は『亜空穴』。空間の結界に忍び込み、零時間移動を可能にする技……いわゆるワープだ。果樹園にそびえ立つ木々をまとめて焼き尽くしていくマスタースパークの照準から姿を消し、彼女は容易に魔理沙の頭上を取った。
 魔理沙は元々勇み足の者だ。それが弾幕ごっこにしろ日常の中にしろ、我先にと一等を目指す真っ直ぐな性格は、美点ではあったが闘いの中では減点である。
 敢えて先攻を取らせてやったに過ぎない。マイペースな性格の霊夢という事でもあるが、両者のスタイルの差は〝後の先を取る〟という形で、霊夢が第一ターンを制した。

687Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:00 ID:nr6s2DUA0

「誰に向かって『死ね』だなんて言えたわけ?」
「げっ……!?」

 大技を放ち、隙だらけのまま硬直していた魔理沙の頭上に結界を繋げた霊夢は、そこからお祓い棒を振り抜く。
 本日二度目の爆撃。魔理沙の魔女帽と、その〝下〟諸共吹き飛ばしかねないスイングだ。これは弾幕ごっこだが、得物を使用しての打撃はなんら反則とはならない。

「ん!? この手応え……!」

 強靭なお祓い棒から伝わる感触に、違和感。
 昏倒させる勢いで殴ったつもりだが、この攻撃は『防御』されたのだと分かる感触と音が、霊夢の更なる追撃を急遽中断させた。
 こちらに背を向けたままの魔理沙が、ニヤリと笑った気がした。彼女の冠に乗せた魔女帽……その〝下〟から、数多の蠢く生物が顔を出していた。お祓い棒のスイングをミットも無しに止めたのは、コイツらだった。

「掛かったな……『ハーヴェスト』!」
「……気持ち悪! 何、コイツら!」

 ハーヴェストと宣誓を受けて飛び出したこれらの生物は、DISCを経て獲得した魔理沙のスタンドである。彼女が帽子やスカートの下にマジックアイテムを収納する癖がある事は霊夢とて知ってはいたが、ペットの飼育も行っていた事実は初耳だった。

「悪ィな霊夢! 新手のスタンド使い、霧雨魔理沙だぜッ」
「『スタンド』……! 話に聞いたDISCって奴か」

 魔理沙がDISC経由でスタンド使いとなっていた背景など霊夢は聞いていない。つまり意図して隠されていたわけだ。彼女らしい秘中の秘であった。

「次からルールに『スタンドの使用は禁ずる』って記しとこうかしら」
「悪いが、コイツらも立派な弾幕なんだぜ。そして残念だが、お前に『次』は無い!!」

 帽子の中から、スキマ妖怪よろしく恐るべき数の小型スタンドが、ワラワラと増殖しては霊夢へと突進を開始する。三桁には達する数だろうか。
 一匹一匹の被弾は大したことも無さそうだ。しかしスタンドが生み得る能力の可能性を考えた時、迂闊な接触は回避すべきだという結論が百戦錬磨の脳裏を過ぎる。
 幸いなのは、コイツらには速度と弾幕のような対空性能が不足している点だ。物量で被せてこようが、全て躱すのに難儀な技術は要らない。

「呆れたわね魔理沙! こんなモンがアンタの『努力の結晶』ってワケ!? この調子じゃあ100年経っても私には追い付けないわよ!」
「うるせえ! いつまでも上から見下ろしてんじゃないぜ!!」
「あら? 負けて落っこちたヤツを上から見下ろす口実を得るのが『弾幕ごっこ』だって、知らなかったかしら!?」
「今日は随分と御託が多いじゃないか! イラついてるせいか!?」
「アンタのおかげでイラついてるのよねえ!?」
「そりゃホントに私のせいか!? 無関係な人様のせいにするのはお前の得意分野だからな!」
「……っ 減らず口をッ!」
「私の口は増える一方だぜ! スペルカードは黙らされたヤツが負けのルールだッ!」

 高々と張り叫んだ魔理沙は、次に高々と飛翔した。
 弾幕ごっこを嗜む少女らの多くが飛行能力を有しており、霊夢と魔理沙も例外では無い。魔理沙は魔法使いらしく箒での飛行を好み、霊夢は持ち前の能力で飛翔していたが、このゲームにおいては飛行制限が掛けられている。
 だがどうやら、魔理沙の支給品には当たりが紛れていたらしい。箒にまたがり空を飛ぶ彼女は、制空圏というアドバンテージを得た。

「誰の前で、飛んでんのよ……っ」

 地をうねるハーヴェストの軍勢を身軽なステップで避けながら上を仰ぎ、霊夢は毒づくように舌を打った。
 博麗霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』は、現在使用不可能とされている。勿論、制限という名目で主催から奪われた結果だった。

 自分は、空を飛べない。
 この能力は単純に空に浮く、というだけでなく。
 この世のあらゆる重力や圧からも無重力とされる、自身の『自由』を意味する性質であった。

 『十六夜咲夜』の命を奪ってしまったという罪の意識は、彼女の精神から『自由』を奪った。もう、以前のように自由そのものとはいかないかもしれない。
 単なる主催からの制限だけでなく、霊夢は自身の犯した罪により枷を嵌められた。この上なく惨めな意識が、生涯自分にまとわりつくのだと覚悟した。

 魔理沙(アイツ)は違う。
 彼女は、自分自身の力で空を翔ぶ資格を所持していた。箒を使っているのも、道具の力に頼るのではなく単なる嗜好の問題だ。
 だってアイツはきっと、自信家だから。
 自分の力を信じ、研磨し、これからの未来も己の努力を変に誇示することなく、強くなっていくに違いない。

 だから、魔理沙は空を翔べる。

 私は翔べない。
 アイツは翔べる。

 私だけが翔べない。
 アイツだけが翔べる。

 魔理沙には、私の気持ちなんて理解出来ない。
 私も、アイツの気持ちを理解する必要は無い。

688Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:38:35 ID:nr6s2DUA0



(だったら───殺せばいい)



 此処がピークだった。
 不慮の事故により侵入を許してしまった、殺意と憎悪を煮え滾らせる罠。
 これによる波長の最大点が、今この瞬間。
 霊夢の脳髄を、無尽蔵に占領した。

 生存者(Survivor)は、一人で事足りると。
 だったら、殺せばいいと。
 重力に敗北した少女の耳元で、囁いた。


 霊夢は、その囁きを───した。


「私の上を…………」


 地上からはハーヴェスト軍の自動追尾弾。
 空中からは魔法使いの自機狙い星弾空爆。

 幾度も避けてきた、見た目ばかりの流星群だ。
 霊夢がこれを攻略するのに、時間は要らない。


「───翔んでんじゃないわよ!!」


 刮目し、自らの血痕で作り上げた札を地に設置。
 常置陣の札である。この地雷を踏むことで、対象者は大きく跳ね上がるという性質の罠だ。
 かつて十六夜咲夜に対抗する術の一つとして、霊夢が放ったものでもあった。

「おいおいマジか」

 冷や汗を垂らす魔理沙の頭に、影が被る。
 霊夢の跳躍ではまず届かないであろう高所からの攻撃だった筈だ。敵は悠々と、空地から挟み込む弾幕を器用に抜けて飛んで来たと言うのだから、魔理沙の反応は一瞬遅れをきたす事となる。

 常置陣で跳躍すると言っても、その軌道は直線とならざるを得ない。馬鹿一直線に空中へ飛んだのでは、魔理沙の星弾の餌食なのは目に見えていた。
 常置陣を〝空中〟にて二重、三重に使用。札を次々と靴裏に差し込み、霊夢は軌道を続けざまに変更させる。魔理沙の目から見た霊夢は、もはや天狗のそれと大差ないスピードだった。
 空気を炸裂させるような発破音だけが、魔理沙の鼓膜を打つ。星弾の数は大量に仕込んでおいたが、霊夢はその全てを無傷で潜り抜けている。神懸かりとしか言えなかった。

 直線と、曲線を、天才的な判断力で使い分け。
 時に緩やかに、時に激しく飛び交う巫女の姿。
 彼女自身が正確無比の追尾弾だと見紛いかねない、変化自在の卓越した身のこなし。

 ストレートな自分にはとても真似出来ない動作。
 魔理沙が、霊夢を一番に羨む技能の一つであった。

「〝上下〟には興味無いけど……今日ばかりは、アンタが『下』よ! 魔理沙!!」
「……ッ! く……っそ!」

 いつの間にかだった。
 気付けば、魔理沙が霊夢を見上げる形になっている。
 思わぬ方法で自分の上を行った相手の影が重なり、魔理沙は『詰み』の一歩手前に追い込まれたのだと悟る。

「繋縛陣、か!」

 魔理沙を中心とした上下左右の計4ヶ所に、結界が浮き出ていた。博麗霊夢の『繋縛陣』が、見事に魔理沙を挟み込んだのだ。

(いや違う! 私をこの場所へ追い込んだんだ! コイツ、初めから此処にこの陣を設置してやがったッ!)

 上下左右から迫る陣形には、抜け道が存在した。前と、後ろである。
 後ろ───つまり魔理沙の背後には、ご丁寧に一本の巨木が立っていた。幹に激突する痛手を嫌うならば、残るルートは前方───霊夢の方向しか無い。
 誘っていたのだ。霊夢は地面を飛び立つ直前に、既にこの場所へ『詰み』の土台を形成していた。縦横無尽に飛び交う霊夢に圧され、此処に後込んだのは魔理沙の失態だった。

689Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:17 ID:nr6s2DUA0


「アンタの──────ッ」


 空すら翔べない巫女が、空を跳びながら差し迫る。
 逃げ場は無い。
 残されたルートは、前方。
 博麗霊夢の、方向のみ。


「──────敗けよッ!!」


 霊夢の腕から、一発の弾が射出される。
 たった一発。魔理沙を地へ堕とし、敗北させるには充分な一発。
 いや。敗北するだけならばまだマシだろう。
 通常の弾幕ごっことは異質なのだ。まともに直撃して死なないという保証はなかった。


 死にたくないなら、後ろに下がりなさい。


 眼前の友人の視線がそう語っているように、魔理沙には見えた。
 背後の回避ルートを取れば、少なくとも死にはしない。巨木の幹に激突し、地面へと墜落するのみに留まるかもしれない。



「駄──────」



 不意に聞こえた気がした。



 〝敗けてしまえばいい〟

 〝いつもみたいに、敗けてしまえば〟

 〝死ぬことはない〟

 〝また、挑戦できる〟

 〝死ぬことさえなければ、また〟

 〝博麗霊夢に、リベンジマッチを宣誓できる〟

 〝だから〟

 〝退け〟

 〝後ろへ飛べよ〟

 〝敗ければ、いいんだ〟

 〝飛べないのなら……〟





 〝死ぬしかないよな。魔理沙〟





 死神の声か、あるいは───





「──────駄目だぁぁあああ!!!!」






 霊夢の腕から一発の弾が放たれたのと。
 魔理沙の最後の一撃が充填され始めたのは。
 殆ど、同時であった。


(あ…………駄目だ。死ぬ──────)

690Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:41:53 ID:nr6s2DUA0
 最後の一撃には魔力充電が必要だ。その間にも霊夢から繰り出された一発の被弾は免れないだろう。
 後退を嫌い、前方へ飛出た魔理沙。少女は端から詰みだった。霊夢の完璧なゲームメイクに、またしても勝てなかったのだ。
 魔理沙のラストスペルは間に合わない。この近距離で、威力の調整を排置した霊夢の本気を喰らえば死ぬ事になる。

 意図した殺傷力の弾幕による、決闘相手の殺害。
 事故でないならばルール上は認められない?
 これは霊夢の反則負け?
 そんな些細な判定は、魔理沙の頭には無い。

 被弾すれば、敗北。
 あるいは……戦意を失った者は、敗北。
 結局の所、それが弾幕ごっこである。
 
 後者で敗けるよりも。
 前者で死んだ方が、まだマシだ。
 被弾と引き換えに魔理沙が前へ飛び、最後のスペルを唱えた瞬間には。


 全てが、遅かった。


(霊夢は──────)


 ミニ八卦炉を前に構えた魔理沙の、すぐ目の前。
 霊夢の放った……〝最初で最後の〟弾幕を据えて。

 魔理沙の時間は〝止まった〟───。


(霊夢は何故……攻撃しなかった?)


 スローモーションに変換されゆく周囲の光景の中、魔理沙の思考はゆっくりに研ぎ澄まされる。

 そう言えば、そうだ。
 この霊夢は。
 あの時も。
 あの時も。
 また、あの時も。
 まともには弾幕を放っちゃいなかった。


 魔理沙の先手───マスタースパーク。
 霊夢は敢えて、魔理沙に先攻を譲った。
 後の先を取るため。

 本当にそうだったのか?

 亜空穴で躱され、楽に頭上を取られた。
 お祓い棒で殴られたが、防御は出来た。
 霊夢の虚を衝けた。

 本当にそうだったのか?

 制空圏を支配し、地の利をモノにした。
 空から攻めれば、霊夢に反撃は不可能。
 弾幕など届かない。

 本当にそうだったのか?

 四方の繋縛陣に囲まれ、退路が消えた。
 あの繋縛陣自体には、攻撃能力は無い。
 だが触れれば終了。

 本当にそうだったのか?



 霊夢は本当に、本気を出していたのか?

 私を、殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 少なくとも……


(私は、本気で霊夢を殺すつもりで───)

691Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:42:21 ID:nr6s2DUA0



 ベチャッ



「!?」


 スペルカードを放つと同時。
 魔理沙の顔に、なにか冷たくて気色の悪い感触が伝った。


 プラムの実。
 この果樹園に生る、果物だった。
 花言葉は『甘い生活』。
 意味通りに、魔理沙の舌に甘い食感が巡った。
 これは当てつけか何かだと、思考が止まる。

 霊夢が右手で投擲しただけの。
 最初で最後の一発は。
 弾幕ですら無かった。



 ───霊夢は本当に、私を殺すつもりで決闘に臨んだのか?

 ───少なくとも、私は本気で霊夢を殺すつもりで………………これを〝撃った〟んだぞ。

 ───なあ。霊夢、

 ───やっぱお前の言う通り……私は、





 全然、お前の事を理解してなかったみたいだ。




 魔砲『ファイナルマスタースパーク』



 霊夢の視界いっぱいに、それは注がれた。
 何を以てしても、回避は絶望的だと悟る間合い。



 魔理沙を襲った、狂気と殺意の電気信号は。
 今ここをピークにして、爆発した。
 後はもう、時間だけが少女を正常へと戻していく。
 下り坂に転がり、角が削られ丸みを帯びてゆく魔理沙の殺意は。
 次第に、事の重大さを自覚させていくだろう。


 生存者(Survivor)は、独りで事足りると。
 最後に囁いて消えた己の狂気が、魔理沙を正気へと一気に引き戻した。


 霧雨魔理沙は、まだ少女であるというのに。
 それは何よりも、残酷な仕打ちだった。


            ◆

692Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:10 ID:nr6s2DUA0




「また、私の勝ちね。魔理沙」




 満点の星空の下。
 神社の縁側に座る博麗霊夢が、淡々と結果を述べながらプラムの実にかぶりついた。


「弾幕じゃなくて果物だったろ。まだ敗けちゃいないぜ」
「被弾は被弾よ。アンタの敗け。それとも〝果物を投げつけるのは反則負け〟って、ルールに書いてるとでも?」
「何でルールに書いてないと思う? そんな舐めた真似する馬鹿はどこにも居ないからだぜ」
「私がさっき決めたもん。スペルカード・ルールを決めるのは私なのよ」
「こりゃ参ったな。それこそ反則負けだぜ」


 互いに背中合わせで、勝負の行き先をああだこうだと揉め合う。
 この光景もまた、一度や二度ではなかった。


「そんな事よりお前、本気でやってなかっただろ」
「あら。博麗の巫女はいつだって本気よ」
「ふざけろ。お前が本気だったら私は5回は死んでたぜ」


 魔理沙の見立てでは、そういう予測だった。
 終わった後だからこそ、実感できた。
 後の祭り、である。


「本気よ。……私は、本気で闘ったわ」


 慰めの言葉、なのだろうか。
 背中越しに聞き取った霊夢の声は、いつもよりほんのちょっぴり……弱々しく聞こえた。


「〝あの時〟だってそう。弾幕ごっこじゃなかったとはいえ、〝博麗の巫女〟は立場上……戦わなければならなかった。それしか許されなかった。そんなわけ、ないのに」
「あの時?」


 魔理沙が疑問に思い、振り返ろうとする。
 途中で、やめた。
 言葉に紛れた僅かな感情が、よく知る友人のそれとはかけ離れた別種のモノに聴こえたからだった。

 霊夢はきっと、顔を見られたくない。
 魔理沙はそう思った。
 だからお互い、背中合わせのままに言葉を交わす。


「ジョジョよ。言ったでしょ。私、ジョジョと戦って、負けたの」
「……徐倫の親父さん、か」
「うん。……悔しかった。負けて悔しいなんて思ったのは、初めてよ」
「私はしょっちゅう思ってるけどな。誰かさんのおかげで」


 茶化すように、魔理沙は自嘲する。
 魔理沙が霊夢に勝てなくて悔しがるように。
 霊夢も、承太郎に負けて悔しかったんだな、と。

 そこまでを考え、ひとつ思い至った。


「なあ」
「何よ」
「私もそうだったんだ。負けて悔しかったし、ずっと勝ちたいって思ってた。お前にだ、霊夢」
「……だから、知ってるって」
「じゃあ……これで『一緒』だな」
「は?」
「お前は承太郎に負けて悔しかった。だからまた勝負して、勝ちたかった。
 私もお前に勝ちたかった。勝ってギャフンと言わせたかった。出逢った時からだ」
「…………。」
「なんだ。お前も私と『同じ』じゃないか」
「魔理沙……」
「〝普通の魔法使い〟と同じ、〝普通の巫女〟だぜ。お前もな」


 やっと、自分の心が幾分か救われた気がして。
 今までずっと努力してきた事は、無駄にはならなかったのだと安堵して。
 結局、霊夢にはまた勝てなかったけど。

 魔理沙は初めてこの友人を……少しだけ、理解出来た気がして。
 綺麗に、綻んだ。

693Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:44:57 ID:nr6s2DUA0


「……同じじゃ、ないわよ」


 霊夢のトーンが一層と落ちた。
 普段の強気な彼女とは似ても似つかぬ、幼子のような声色だった。


「アンタには、まだ次の『機会』がある。でも私には…………ジョジョは、もう」


 これも一種の地雷だろうか。
 魔理沙にとっての霊夢とは、腕を伸ばせば届く範囲に居る友達だ。何度でも挑戦して、何度でも負け惜しみを言えばいい。
 だが霊夢にとって空条承太郎は、もはや二度とは届かぬ雲の上の存在となってしまっている。
 軽々とジョジョの名を出すのは、霊夢を傷付けるだけではないのか。


「……それでも私は、お前に追い付きたかったんだ。あわよくば、お前にとっての〝ジョジョ〟になりたかった」


 拒絶される事を恐れず、魔理沙は本心を吐いてみせた。
 いつの間にか自分まで、会ったこともない空条承太郎に強く焦がれるような羨望を滲ませていたらしい。
 霊夢にとっての〝ジョジョ〟こそが、かつて魔理沙が求めた空想の居場所だったのだから。


「でも、今のお前を見てやっぱり違うって思ったよ。お前が私の後ろ姿を眺めるのは、やっぱり違う。
 高望みはしないぜ。私は、お前の隣がいい」
「……当たり前、よ。アンタは、ジョジョじゃない」
「そうだな。承太郎は承太郎で、魔理沙は魔理沙だぜ。私には私の、理想の居場所がある」


 互いに背中合わせ。
 どちらが後ろで、どちらが前もない。
 そして、隣同士でもなかった。

 魔理沙にはまだ、霊夢の隣に立つ資格は無い。
 それでも。
 今はこんなにも、霊夢を近くに感じている。


「少しはお前のこと、理解できたかねぇ」


 背中に感じる友人の体温は、暖かみと呼ぶにはやや冷たい。
 霊夢にはまだ、払拭し切れない〝汚点〟があるのだから。


「……〝まだ〟よ。まだまだ。アンタは私のことを全然理解出来てないし、理解する必要なんて無い」


 霊夢は、空を翔べなくなっていた。
 とある重力に負けて、突如として地に堕ちた。


「……そりゃあ〝咲夜〟の事を、言ってるのか」
「魔理沙。アンタは私を、理解する必要無いのよ」


 背中に感じていた重みが、唐突に消えた。
 床板の軋む音。霊夢は立ち上がり、何処かへと行くようだ。

694Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:45:36 ID:nr6s2DUA0

「お、おい……」
「アンタは……『普通』なんだから。いつもみたいに、アンタはアンタの信じる道を進めばいい」


 とうとう魔理沙は振り返る。
 そこには、いつも眺めていた友の背中なんか、ありはしなかった。

 代わりに、一瞬だけ見えた霊夢の横顔が。
 魔理沙を凍り付かせる。


 〝博麗霊夢を理解する〟
 この時の魔理沙はまだ、この言葉の意味を理解していなかった。

 ただ。
 彼女の横顔を目撃した魔理沙は、理屈も抜きに感じた。
 霊夢がこの闘いで本気を出さなかった理由。
 それは彼女が、心の何処かで魔理沙に敗けることを望んでいたからではないのか。
 敗けて、魔理沙を自分の隣へ立たせたかった。
 立たせて───本当は、理解して欲しかったのではないのか。
 『同じ気持ち』を共有させて、自分の痛みを魔理沙にも伝えたかった。

 考えすぎかもしれない。
 しかし、魔理沙は思わずにはいられない。

 霊夢は、この闘いで死ぬつもりだったのではないのか。
 魔理沙に殺され、自分の痛みを共有させたかった。
 それがどれだけ愚かな行為なのかを、知りつつも。
 どれだけ友を傷付ける〝逃げ〟になるかを、理解しつつも。


 『大切な友人』の命を、自ら奪う。

 霊夢は、十六夜咲夜を殺したというのだから。

 そして魔理沙自身……霊夢を殺すつもりでこの闘いに臨んだのだから。

 もしも……この闘いで魔理沙が霊夢を殺してしまったのならば。

 きっと、魔理沙は霊夢と同じように。
 二度とは空を翔べなくなる。
 空を堕ちるように、落ちてしまうのだ。





「───だから、私の後に付いて来ないで。お願いよ…………魔理沙」





 〝付いて来ないで〟と、霊夢は今……拒絶した。

 同じ道を辿るなと、魔理沙へと宣告した。

 霊夢の本心が、魔理沙にはやはり掴めなかった。

 〝今〟となっては、やっぱり……後の祭り、なのだから。




(それでも……私は、お前を理解したかった───霊夢)




 止まっていた時間が、急激に鼓動を始めて。

 魔理沙の全てを、変え始めた。

 夢の中の博麗霊夢は、泣いていた。


            ◆

695Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:46:16 ID:nr6s2DUA0


 〝時間〟が、動き出した。


(なん、だ……今の……)


 気付けば魔理沙は、箒と共に地面へと座り込んでいた。
 走馬灯を見るには、まだ早すぎる。第一、自分はまだ生きているのだ。
 夢にしたって、いやに……?
 まるで、止まった時間の中で会話でもしていたような。

「痛……っ!?」

 激痛が身体中を迸る。節々が思うように動かない。骨折しているようだった。
 当然だ。あれだけ殴って、殴られて。痛みが無いわけがなかった。
 自分は今までどれだけ恐ろしい行為を、友人へと刻んでいたのだろう。あの悪夢のような記憶は、残念ながら気味が悪いくらいに憶えていた。
 原因は不明。スタンド攻撃かも知れなかったが、どうやら正気には戻れたらしい。

 色々と、犠牲は多かったが───

「……って、そうだ霊夢! アイツ、大丈夫なのか!?」

 下手人であるのは自分だ。
 だが、不本意な形だった。
 最後の記憶では、確かラストスペルの『ファイナルマスタースパーク』を撃って……そこから…………


 そこ、から…………






「……霊夢か?」







 離れた地面の上で、しゃがみ込んでいる霊夢を見付けた。

 後ろ姿で、彼女の様子はよく見えなかった。

 代わりに、別の姿も見えた。






「──────咲夜?」






            ◆

696Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:00 ID:nr6s2DUA0


 私は、何が欲しかったんだろう。
 私は、何を期待してたんだろう。

 私をよく理解しようと足掻いた、私の友達───魔理沙へと。

 私は、本当に狂気へと呑まれていたの?
 私は、本当に魔理沙と闘いたかったの?

 私自身のことだった。今なら言える。
 私は、ずっと正気だった。
 魔理沙を憎もうとする間も。
 魔理沙と弾幕を交わす間も。

 魔理沙は違ったろうけども。
 私は、誰にも支配されちゃいなかった。

 それが、私だけが知る真実。

 もしかしたら、ただ。
 理由が欲しかったのかもしれない。
 慰めを期待してたのかもしれない。

 何だっていい。
 誰だっていい。
 ただ、我儘な暴力に心を浸らせて。
 ただ、感情を振るう相手を探して。

 だから魔理沙はちょうど良かった。
 私を理解してない人間だったから。
 私と違って、〝綺麗〟だったから。

 妬み、なのかな。
 友達、だったのに。

 〝自分と同じ苦しみ〟を味わえばいいって。
 そう思ってしまって……アイツを挑発した。
 戦う理由なんて、いくらでも作れたから。

 だから魔理沙が本気で私を殺そうとしていた事に気付いた時───楽になれると思った。

 そうやって博麗霊夢は、全部から逃げようとした。



(最低ね…………わたし)



 魔理沙の最後の攻撃が、霊夢の命を燃やし尽くす瞬間。
 全てが終わろうとした瞬間。
 時間が、止まったのだと。
 理由も自覚もなく、霊夢はそう直感した。







 気付けば、霊夢は地面に座り込んでいた。
 生きている。魔理沙の攻撃をあんな間近で受けながら。
 地面に横たわる『彼女』を見て、それは誤りだと気付いた。
 霊夢は攻撃なんて受けていなかった。
 時間を止めて、魔理沙の攻撃から身を護ってくれた者がいる。



「ごめんなさい。私、貴方を自由にさせてあげられなかった──────F・F」



 黒焦げとなったメイド服の少女を膝に寝かせ、霊夢は虚ろな瞳で謝った。
 十六夜咲夜の形を借りた、そのF・Fと呼ばれた少女の中身は〝フー・ファイターズ〟。
 元はプランクトンの群生である〝彼ら〟は、熱や電気に滅法弱い特性を備えていた。
 魔理沙のファイナルマスタースパークは皮肉にも、彼らの弱点を局所的に刺す属性魔法の類だった。その肉体に寄生した全てのフー・ファイターズは、残らず死滅する。魔理沙のスペルが周囲の雪や水分を余さず蒸発させた事も、絶望的な状況である要因だった。

 F・Fが近距離でまともに喰らえば、ひとたまりもある筈がない。
 ましてやその攻撃は、霊夢を殺害する目的で放った技だったのだから。

 今……霊夢の命が無事、此処に在る。
 それだけでも奇跡だ。時間でも止められなければ最悪、二人諸共死んでいたろう。

697Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:49:51 ID:nr6s2DUA0

「おい、霊夢! 無事か!?」
「魔理沙は!? 何があった!?」


 一足遅く、狂気から戻った二人のジョースターが到着した。
 内一方。空条徐倫の目線が、霊夢の膝に眠る存在を捉えた。


「………………ゎ、たし……は、……〝じ、ゆう〟……だ………た………………」


 最後の気力という言葉が、これほど相応しい様相もない。
 動いているのが不思議なくらいに、F・Fは震える腕を霊夢の頬へと添えた。
 触れた指の温度はまだ熱く、しかし急速に熱が消滅していくのを感じる。



「ぁなた、も………そ、……して…………ま、り、さ……も…………きっ、と………──────」



 こうして、霊夢の膝の上でフー・ファイターズは息を引き取った。
 最期は、驚く程にあっさりした終わりだった。
 霊夢はそれを悟ると、優しげな手つきで少女の瞼をそっと落とし、一言だけ呟いた。



「ありがとう。…………F・F」



 この言葉は、届くのだろうか。
 分かりはしない。
 それでも、彼女の生きた『時間』は。
 証となって、霊夢の記憶へと確かに刻まれた。


 ふと、黒焦げた亡骸の左手に何か握っているのが見えた。
 手紙だ。あの巨大光線の中で尚、その封書は形を保ってF・Fの手に収まっている。
 理屈に合わないが、恐らくなんらかの封印術で守られているのだろうと、霊夢は察することが出来た。

 封書の裏には見覚えのある字で「ゆかり♡」などと主張しているのだから、この得体の知れない結界術の主が脳裏に浮かぶのは自然な事だった。









「───さて」


 怪しげな手紙を懐に忍ばせ、霊夢は今もっとも懸念すべき相手を探した。
 F・Fの死は霊夢に何を齎したか。重要な課題だが、今考えるべきは自分の事ではない。
 霊夢はかつての体験から、それを知っていた。


 F・Fの死…………いや、正確には〝十六夜咲夜〟という肉体の死によって、何かを齎された者が此処にはもうひとりいる筈だ。





「──────魔理沙」





 そこからこちらを眺める少女の顔は、酷く蒼白だった。
 呼吸を乱し、焦点の合わない目で、F・Fの遺体を見つめている。

 霧雨魔理沙。
 たった今……〝十六夜咲夜〟を殺してしまった少女だ。

698Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:50:42 ID:nr6s2DUA0

 F・Fの最期の言葉には、霊夢の他に〝魔理沙〟の名があった。焼け爛れた声帯で聞き取りづらくはあったが、確かに魔理沙を呼んだのだ。
 〝F・F〟がこの時、霧雨魔理沙の名を呼ぶ道理は考えづらい。
 それならば、ここで魔理沙の名を出したのは肉体である〝咲夜〟の方の記憶が介入しているのだろう。
 もしも〝F・F〟の意思が〝咲夜〟の意思を大きく凌駕していたならば、死んでいたのはきっと……霊夢を害する敵として映った魔理沙の方だったろう。
 〝咲夜〟にはきっと、この後に起こり得る魔理沙の心情が予測出来てしまった。だから〝彼女〟は、最期に魔理沙の名前を呟いた。


 〝十六夜咲夜〟を殺した霊夢の苦痛を、魔理沙にも味わって欲しくない。
 〝F・F〟の記憶をも併せ持った、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢の苦しみを知ってしまった、この〝咲夜〟だったからこそ。
 霊夢と同じ苦しみが魔理沙にも訪れるであろう未来を危惧した。

 彼女の最期の言葉は、霊夢にとっては勿論。
 魔理沙にとっても、清き救いの言葉になる。
 霊夢はそれを、すぐに理解出来た。


 しかし……それを魔理沙が理解するには、彼女にとって多くの災厄が一度に降り過ぎた。


「ぁ……………咲夜……わたしが、ころした……のか……?」


 少女の口から漏れ出るように発されたその言葉は、少しの語弊を除いて───真実である。
 問題なのは、その〝語弊〟……すなわち、たった今、命を奪った相手が、正確には十六夜咲夜ではなく、F・Fだったのだと。
 今の魔理沙に、その差を理解する心の余裕など……微塵も残っていなかった。


 咲夜の命を奪ったのは、自分。
 正気に戻った魔理沙には、この事実しか残っていない。



「ぁ……うそ、だ………………ぁぁあ、ああ……」



「「魔理沙っ!!」」


 重なった二つの声は、霊夢と徐倫。
 二人が止める間もなく、魔理沙はその場を逃げるようにして駆け出した。
 無理からぬ悲劇だ。どうしてこんな最悪の場面で、我々を襲った狂気の罠は抜け出ていったのだろうか。
 少女を正気へと戻すには、あまりにも残酷なタイミングだった。まるで意地の悪い悪魔が、ここを覗いていたかのように。


 そろそろ、日が暮れる。
 夕闇に消えた魔女服の背中を、霊夢は重く伏せた眼で見送った。
 自分には、彼女を追う資格なんか無いとでも自嘲するような表情で。


「───徐倫」


 代わりに、傍の女の名を呼んだ。
 女は名を呼ばれると、視線を霊夢に向ける。
 霊夢と同じく、重く伏した……どこか力無い眼であった。

「……なんだ」
「徐倫は、魔理沙をお願い。……アイツ、怪我してるから」

 F・Fをこんな冷たい雪の上に置いて行くことは出来ない。
 しかしそれ以上に、霊夢には魔理沙に会わす顔がなかった。
 今は、魔理沙を追いたくない。しばらく顔を見るのですら、拒絶感が浮き出た。


 このまま、魔理沙とは会えなくなるのかもしれない。
 そんな漠然とした予感すら、霊夢の中に生まれた。


「私が、怪我させちゃったから。勝手な言い分だけど……だから、アイツを……支えてやって」
「本当に、勝手だな。じゃあその前に、ひとつだけ聞かせてくれ」

 伏し目の徐倫は、意を決したように顔を上げる。
 彼女の視線の先には、今はもう息のない亡骸が寝ていた。


「そいつは……〝F・F〟なのか?」
「…………………ええ」
「………………そっか」


 気を、回すべきだったのだろう。
 大切な者を喪ったのは、何も霊夢と魔理沙の二人だけではないという事に。

 徐倫に魔理沙を追わせる行為は、もしやすれば悪手なのかもしれないと。
 今更ながらに、霊夢は後悔した。

699Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:51:28 ID:nr6s2DUA0


「F・Fは……」


 孤独な空気の中、徐倫はもう一度だけ口を開いた。
 何かを諦めたように。
 彼女にとって大切な何かが、手を伸ばしても届かない、深い闇の中に落ちてしまったように。


「F・Fは、あたしの事を何か、言ってたか?」


 少しだけ考えて……結局、霊夢は本当の事を話すことにした。
 嘘をついても、誰の為にもならない。


「……空条徐倫は、ジョジョの娘で…………敵対していた、とだけ」
「そう、か」


 一際肌寒い寒風が、二人の間を過ぎ去る。
 徐倫は空を仰ぎ、やっぱり何かを諦めた表情で……悲しげに笑った。


「そういう事なら、そういう事でいいんだ」


 徐倫とF・F。
 本来の二人の関係性は、霊夢には分からなかった。
 ただ、何か大事なものを失った人間の脆さという共通点が、徐倫の瞳に見えた気がした。


「……ジョセフ。あたしは魔理沙を追う」
「……大丈夫なのか」
「分からない。でも〝あの災い〟は、こんな事を何度でも起こす。すぐにでもジョナサンを確保しないと、また誰か死ぬぞ」
「……すまねえ。今回のはオレのせいでもある」
「謝らないで。アンタは何も悪くないわ。ただ……ジョナサンを追って行った彼女たちが心配だわ」
「ああ。……こっちは任せて、おめェは早く行ってやれ。見失っちまうぞ」
「分かってる……ありがとう」


 徐倫は折れない。
 気高い瞳をギリギリの所で保ちながら、この場をジョセフに任せて走って行った。


「ホントに……クソッタレなゲームだよ」


 徐倫はああ言ってくれたが、事の発端はジョセフの軽率な思いつきだ。痛いほどに突き刺さるこの事実は、如何な脳天気な彼をして無力感に囚われた。
 しかし更なる発端を言うなら、あんな性格の悪いDISCを支給品に忍ばせていた主催サイドが〝真の邪悪〟に決まっている。
 まんまと奴らの掌で転がされたのだ。ジョセフでなくとも業腹にもなるし、打ちひしがれる思いで煮え切らないだろう。

 我が相棒、因幡てゐは大丈夫だろうか。
 彼女の幸運があれば、何のことなく乗り切りそうだという妙な確信もあるにはある。

 時刻を確認すると、もうすぐ第三回放送の時間帯だった。辺りは夕暮れを通り越して、闇夜が袖を伸ばしている。


 そんな中。ひたすらに祈る霊夢の姿が映った。
 身を呈して自らを護ってくれた少女。彼女への冥福を、じっと座り込んだままに。


 博麗霊夢。
 少女は、何に祈るのか。
 そして、何を祈るのか。

 自らの犯した罪。
 親しき人間が犯した過ち。
 その中心にいたのは、時を止めた少女の躯。

 道を分かち、別途を辿り始める霊夢と魔理沙。
 少女らを巡る時の流れは、二人に立ち止まることさえ許さぬように……カチカチと針を刻み続けていた。


 針は間もなく、魑魅魍魎の蔓延る逢魔時を指す。
 二度目の永き宵闇が、この地に訪れようとしていた。


【フー・ファイターズ@ジョジョの奇妙な冒険 第6部】死亡
【残り 44/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

700Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:52:37 ID:nr6s2DUA0
【B-5 果樹園林/夕方】

【博麗霊夢@東方 その他】
[状態]:意気消沈、体力消費(大)、胴体裂傷(傷痕のみ)、左目下に裂傷、身体に殴打痕
[装備]:いつもの巫女装束(裂け目あり)、モップの柄、妖器「お祓い棒」
[道具]:基本支給品、八雲紫からの手紙 、自作のお札(現地調達)×たくさん(半分消費)、アヌビス神の鞘、缶ビール×8、不明支給品(現実に存在する物品、確認済み)、廃洋館及びジョースター邸で役立ちそうなものを回収している可能性があります。
[思考・状況]
基本行動方針:この異変を、殺し合いゲームの破壊によって解決する。
0:…………。
1:有力な対主催者たちと合流して、協力を得る。
2:1の後、殲滅すべし、DIO一味!!
3:『聖なる遺体』とハンカチを回収し、大統領に届ける。今のところ、大統領は一応信用する。
4:出来ればレミリアに会いたい。
5:今は魔理沙に会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※太田順也が幻想郷の創造者であることに気付いています。
※空条承太郎の仲間についての情報を得ました。また、第2部以前の人物の情報も得ましたが、どの程度の情報を得たかは不明です。
※白いネグリジェとまな板は、廃洋館の一室に放置しました。
※フー・ファイターズから『スタンドDISC』、『ホワイトスネイク』、6部キャラクターの情報を得ました。
※ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※自分は普通なんだという自覚を得ました。


【霧雨魔理沙@東方 その他】
[状態]:パニック、右手骨折、体力消耗(大)、全身に裂傷と軽度の火傷、身体に殴打痕
[装備]:スタンドDISC「ハーヴェスト」、ダイナマイト(6/12)、一夜のクシナダ(60cc/180cc)、竹ボウキ、ゾンビ馬(残り10%)
[道具]:基本支給品×8(水を少量消費、2つだけ別の紙に入っています)、双眼鏡、500S&Wマグナム弾(9発)、催涙スプレー、音響爆弾(残1/3)、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』、不明支給品@現代×1(洩矢諏訪子に支給されたもの)、ミニ八卦炉 (付喪神化)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。会場から脱出し主催者をぶっ倒す。
1:わたしが、咲夜を殺した……。
2:何故か解らないけど、太田順也に奇妙な懐かしさを感じる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※徐倫と情報交換をし、彼女の知り合いやスタンドの概念について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※アリスの家の「竹ボウキ@現実」を回収しました。愛用の箒ほどではありませんがタンデム程度なら可能。やっぱり魔理沙の箒ではないことに気付いていません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。
※二人は参加者と主催者の能力に関して、以下の仮説を立てました。
荒木と太田は世界を自在に行き来し、時間を自由に操作できる何らかの力を持っているのではないか
参加者たちは全く別の世界、時間軸から拉致されているのではないか
自分の知っている人物が自分の知る人物ではないかもしれない
自分を知っているはずの人物が自分を知らないかもしれない
過去に敵対していて後に和解した人物が居たとして、その人物が和解した後じゃないかもしれない

701Яessentimənt:2020/08/14(金) 19:53:02 ID:nr6s2DUA0

【空条徐倫@ジョジョ第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:体力消耗(大)、全身火傷(軽量)、右腕に『JOLYNE』の切り傷、脇腹を少し欠損(縫合済み)
[装備]:ダブルデリンジャー(0/2)
[道具]:基本支給品(水を少量消費)、軽トラック(燃料70%、荷台の幌はボロボロ)
[思考・状況]
基本行動方針:プッチ神父とDIOを倒し、主催者も打倒する。
1:魔理沙を追って……どうする?
2:F・F……。
[備考]
※参戦時期はプッチ神父を追ってケープ・カナベラルに向かう車中で居眠りしている時です。
※霧雨魔理沙と情報を交換し、彼女の知り合いや幻想郷について知りました。どこまで情報を得たかは後の書き手さんにお任せします。
※ウェス・ブルーマリンを完全に敵と認識しましたが、生命を奪おうとまでは思ってません。
※人間の里の電子掲示板ではたての新聞記事第四誌までを読みました。


【ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:体力消費(中)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1、マント
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:てゐ達の帰還を待つか……?
2:カーズから爆弾解除の手段を探る。
3:こいしもチルノも救えなかった……俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
4:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

※B-5果樹園林にF・Fの支給品一部が落ちています。

702 ◆qSXL3X4ics:2020/08/14(金) 19:53:26 ID:nr6s2DUA0
投下終了です。

703 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:13:17 ID:mdXdZ3W20
投下します

704貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:14:40 ID:mdXdZ3W20

少女が目を覚ました。
そこは幻想郷のどこにでもあるような日本家屋。彼女は勢い良く布団から半身を起き上がらせる。
周囲を見渡すも納得のいかない様子。意識を落とす直前と今いる空間が繋がらなかった。
だが徐々に浮かび上がる記憶の中で決定的な決別があったことを思い出す。
我知らず両腕で自分を抱きしめていた。冷えた自分の体温が伝わる。そして、それとは別の熱があったのを微かに感じた。
もうとっくに少女は玄関を突き抜け、外へと走り出している。
意識を落としている間に外は随分と冷え切っていたが少女は物ともしない。
そこにあるはずのもっと温かなモノを目指して、小さな身体をなりふり構わず使った。

ほどなくして池に辿り着いた。
本来なら猫の隠れ里の入り口に位置する場所だが、今はそこに遠慮なく大きな水溜りが占拠している。
他の誰でもない、この少女の仕業だった。その身一つで地下水脈を呼び起こしそこに池を創り出す。その所業は正に神の御業に等しかった。
彼女の走っている様は、一対の目玉が付いた滑稽な帽子を被ったせいで、活力が漲る童のように見えたかもしれない。
しかし実際は老婆のように酷く憔悴している。目の前にある事実にただ立ち尽くしている。帽子は深く被り直しその表情は見えない。
自分の身体が濡れていることを今になって思い出し、雪が舞い降りるほどの寒さで震えが止まらない。
老婆のような童が行き付いた先には結局誰もいなかった。
そこに誰かいてほしい、という願いも叶うことなく、ここには生きた者と死んだ者が一人ずついるだけだった。

705貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:15:46 ID:mdXdZ3W20
「ごめんなさい、リサリサ」

震える身体で声までは震わせぬように。
良く通る声でそう口にした後、亡骸に頭を下げて謝った。
少女の傾いた頭の先にリサリサと呼ばれた遺体が血だまりで横たわっていた。
リサリサの名の通り、遺体は女性のものだった。脚線美と呼ぶに相応しいスラッと伸びた脚は、彼女が美しさに磨きをかけた女性であることを教えてくれる。
そして、本来ならばそのボディラインに見合ったクールなマスクをしていた。
今はもう、見る影もない。
その血だまりの全てが、彼女の頭部から流れ出ている。
ただひたすら徹底的に、鈍器のようなモノで打ち付けに打ち付けられている。
命と共にリサリサの美貌も奪う悪辣非道な所業であった。

「仇は取るよ。必ず」

そう言ってあげたかった。
ただ、その仇の事を考えた途端、言葉が出て来なかった。
決して敵の存在に臆したワケではない。しかし今は、敵と呼ばざるを得なくなった味方がいる。その存在が言葉を遮る。

「神奈子……」

八坂神奈子。
風雨の神であり山の神でもあり、闘えば天下無双の大和の神。そして折を見てはその神性を柔軟に変えてしまう大らかな気風。
敵に始まり、利用される間柄になり、いつしか友になり、きっと家族だった仲。
そして今、彼女は忌むべき敵である。

「私はどうしたら良いんだろうね」

尋ねても誰も答えてはくれない。仮に目の前に神奈子がいても答えてはくれない。それでも口に出さずにはいられない。

「同じモノを私たちは見てるって、私はそう思ってたけどなぁ」

ここにいる少女もまた八坂神奈子と同じく神の一柱。
生誕から軍事果ては耕作まで司り、背けば祟りに祟られる恐怖の象徴。命の始まりから終わりまで、その信仰を決して絶やすことはできない。
かつての栄あるその肩書きも、今は似つかわしい、弱い少女。
その神の名前を―――洩矢諏訪子と言った。

706貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:16:27 ID:mdXdZ3W20
パチパチと弾ける音がする。
ゆらゆらと炎が揺れては薪が燃えていく。
その炎はリサリサの死体を天へと還すには余りにも弱々しく、今の諏訪子には相応しかった。
彼女はぼうっとしていた。小さな火を眺めながら、ただ暖を取っている。
諏訪子は囲炉裏の前にいる。ついさっき目覚めた日本家屋に戻ってきたのだ。
彼女には強い目的があり、一刻も早くここを発つべきだった。しかし、諏訪子の状態はとても良好とは言い難い。
片腕片脚を一度切り離されるは、あわや心臓を引きずり出される手前だった死闘の連続。
そんな状態で戦いを繰り返し、雨に濡れた状態で意識を失ってしまった。
いざという時にロクに動けず、足を引っ張ったりでもしたら後悔してもし切れない。
加えて、諏訪子は誰かと落ち合う予定を立てておらず、今まで会った参加者の動向に対してかなり疎い。
さらに第二回放送の禁止エリアを聞き損じており、エリアを超えた移動に理由がほしかった。

「全部言い訳だ」

己を呪うよう言葉を吐く。自身に嫌気が差す。敗北は死を意味するこの場所で彼女は既に二度死んでいる。
故に護る者のためなら自分を犠牲にする腹積もりでさえいる。四の五の言っている場合ではない。
諏訪子は今猫の隠れ里にいる。ここで既に大規模な戦闘があったのは見て取れた。加えてつい先ほど二柱の神が激突したのだ。
戦いの爪痕深いこの場所に、好んで誰かが訪れる可能性は限りなく低い。危険を承知で移動しなければ参加者には会えない、彼女はそう踏んでいた。
ただ、それでも今は足を止めていたかった。
どうして、とそれだけが頭を埋め尽くしていて止まらなかった。

707貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:17:11 ID:mdXdZ3W20
愛を以て早苗の苦痛を祓うために殺す。それが言い分。殺すにしても筋は通したい、そういう義理はアンタらしい、のか。
でも、そこだけだ。何のために殺すのかさっぱり分からない。分かるワケないだろう。私と早苗を殺してまで成そうとする決意なんて分かりたくもない、そう思うのは高慢なのかな。
神は、しきたりに生かされる者。郷に入っては郷に従え。あの時そう言ったけど、じゃあなんで私を殺さなかった。先に会った早苗も殺してないらしいじゃないか。
殺さなくて正解だ。でもそのおかげでアンタがどこへ向かおうとしているのか、ますます分からない。
私はアンタが怖いよ、神奈子。

「郷に入っては郷に従え、か」

私は、ずっとアンタに感謝していたんだ。
ここじゃない私たちにとっての最後の故郷、幻想郷に連れて来てくれたことに。
もし仮に今も外の世界にいたのなら、アンタはまだしも私は確実に消えていた。
あの時もう誰も私のことを視えてなかったし、逆にアンタは早苗っていう巫女がいたから。
早苗は便宜上で言えば神奈子の巫女だし、早苗でさえ時には私のことが視えなくなっていた時もあったっけ。
そして夏には良く三人で行った海水浴。いつの頃だったかな。その帰りに早苗は視えなくなるばかりか私との記憶も失った。
あの時が一番絶望した。流石にそれはないだろ、って油断してた。私はひどく腹を立てて、神奈子に言ったんだ。
早苗が自分で思い出すまで決して私の話をするなって。

708貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:18:25 ID:mdXdZ3W20

結局、早苗が私のことを完全に思い出すのは幻想郷へと発つほんの数日前。
自分で私のことを思い出してくれたのかな早苗は。
まあ、私も結局あの後早苗にはちょくちょく会ってたけどね。記憶は失ったままだったけど、視えている時もあったから。
足長おじさん宜しく影で見守りながら、またある時は謎の神様として姿を現し修行の手ほどきをしてたんだ。
気になるだろう。血の繋がった『家族』なんだから。
早苗は私に会うと時折難しい顔をして、ひょっとして思い出そうとしていたのかもしれない。
だけど、早苗が思い出さないままその日を迎えてしまっていたら、絶対に幻想郷には行かせなかった。
譲れない一線だった。私が『家族』として見ていた相手から『家族』として見られてなかったのは。
だから早苗には何度会っても自分から名前と正体を明かすことはしたくなかった。
いや、あの子にはもう私が必要とされていない。正体を告げても思い出せない。そっちの方が怖かった。
この子に流れているのは私の血。
たとえそう信じていても、信仰という正に信じる力をじわじわと失い続けて来た私には、早苗との血の繋がりさえも引き裂かれたように思えてならなかった。
情けないけどさ。神奈子が早苗に私の事を教えてあげたって構わなかった。どうせ私が何で悩んでいるかなんて見抜いてしまうだろうしさ。
結局、早苗は自分で幻想郷に行くことを選んでくれたし、私は心置きなく最後の遊びとして幻想郷に渡ることが出来た。
だから神奈子ずっとアンタには感謝していたんだ。私の血を守ってくれてありがとうって。
そして今。私は貴方の血を奪わなければいけないのかな。私の血を守った貴方を、この手で。
血が繋がってないからもう二度と戻れないってそんなのはないよね…

「か、なこ……」

もう無理だって分かってる。届かないことも知っているさ。
何なのかは毛筋一本分も理解できないけど、神奈子の覚悟は本物なんだ。
そのくせ私を殺さないだけでなく、わざわざこんな場所にまで運んだ中途半端な覚悟だけどな。
ああ、嫌だ。アンタが迷えば、私も迷う。覚悟が鈍るし、やっぱり私たちは一蓮托生だって思いたい。
だけど次は無いよ。アンタだけ迷っててよ。その間に殺してやる。死して尚恐ろしい祟り神をよりにもよって生かしたんだ。
もう許さないって決めたんだから。

709貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:02 ID:mdXdZ3W20

諏訪子は深い溜息を付いた。依然として囲炉裏の前に張り付いている。冷えた身体を、何より心に少しでも、熱が宿る様に。
彼女の手には小さな紙が握れていた。四つ折りにされたそれは支給品が納めてあるエニグマの紙。
現在一切の支給品を持ち合わせていない諏訪子だったがこのエニグマの紙は都合良く、リサリサの死体の近くに落ちていた。
誰かが落としたのだろう。あの修羅場にこんな失態をするヒトがいたとは考えにくく、そうなると消去法でディアボロと呼ばれた少年ぐらいしかいない。
彼は深く昏倒していた。目を覚ましたはいいがダメージが深く意識が定まらず、何かの拍子に落としたか。
リサリサの支給品一式も紛失していた。さらに彼女の持っていたクラッカーヴォレイと死因が直結することから彼は怪しい。
当然、気絶していた諏訪子に確証はなく、ウェスが殺した可能性もある。非合理的ではあるが、残忍な印象のあの男が激昂し撲殺に及んでも何ら不思議ではない。
さて、そんな開けば収納閉じれば密封のスタンドアイテムを拾った諏訪子だが、今それを棺桶としている。
リサリサの死体を諏訪子はそこに眠らせている。
死んだ者は物も当然。物体を納められるならば、死体がそこに納まることも道理。近くに落ちていたことも幸いして、ふと閃き実行に移した。
倫理的な問題など諏訪子の眼中にない。家族としての問題を優先しての行動だった。
リサリサはついぞ口を割らなかったが、彼女の家族がここにいて、それが誰なのかを諏訪子はそれとなしに掴んでいた。

『……偶然とはいえ、同じ家族を捜す者同士』

神奈子と戦う直前のこと、諏訪子には直接言ってくれなかったがリサリサはそう言ってあの場に残ってくれた。

『かつては捨てたこの名を、再び名乗らせてもらうわッ! 我が名はエリザベス・ジョースター!』

DIOと対峙する時、諏訪子はリサリサの胸の内を初めて知ったのを思い出す。彼女の家族の姓はジョースター。

『そうか、知らないか……なら教えておこう、彼は……いや奴は危険人物だ。
街中で突如襲われて戦いになったが、卑怯な搦手ばかり使ってきて、私も間一髪だった。
なんとか動きを止めたところで戦闘不能にしようとしたのだが、奴の支給品によってグォバッッ!!』

そしてプッチ神父。奴がタコ殴りにされる直前に空飛ぶ不思議な神父は一人の名前を挙げていた。

『君達は、ジョセフ・ジョースターという男を知っているかい?』

710貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:19:58 ID:mdXdZ3W20

ジョセフ・ジョースター。
諏訪子がアタリを付けている、リサリサの、いやエリザベス・ジョースターの家族の名前だった。
あの時プッチを放っておけば殺してしまう程手酷く殴り続けていたのも、家族の繋がりを考えれば納得がいかなくもない。
せめて彼に無念のまま命を落としたリサリサの訃報を届けるつもりだった。
本当ならここで埋葬して彼を連れて来るのが筋だが、生憎こんな殺し合いの中で互いに時間の余裕などないと考えるべきだろう。
尤も諏訪子はジョセフの動向はおろか容姿さえ知らない。まずは他の参加者に会って情報を集めるところからスタートしなければならない。
そこまで考えるといよいよもって時間が足りない事実を突き付けられ、ぼうっとしているのもバツが悪くなった。

「行くか」

特別名残惜しそうにもせず、囲炉裏の火をさっさと消す。
どれだけ温めても冴えた心には何も届かない。そんなことぐらい分かっていたから。
そのまま歩き出す諏訪子だったが、何の気まぐれかフラっと囲炉裏の前まで戻ってしまう。
燻る囲炉裏の元に屈むと腕を伸ばして、ほんの少しの間待つ。目的が達成したのを確認すると、立ち上がりいよいよ玄関へ向かって歩き出す。

711貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:20:39 ID:mdXdZ3W20


「ゲェーッ!!うっッぇゴホッゴホ!うぇーげえぇ」


突如、悲鳴と咳込みが仲良く手を取りあい聞くに堪えないハーモニーを奏でる。
その指揮者たる諏訪子は廊下で突っ伏し力尽きていた。
指から細い煙がゆらゆら踊る。彼女が通り過ぎていった空間にはごく薄い紫煙が棚引いていた。
ニコチンとタールの独特の香り、その小さな指にはタバコが挟まれている。
いまいち喫煙の要領を忘れてしまった諏訪子は、あろうことか最初の煙を一気に吸い込んでしまった。
火を付けてすぐの煙は味わうのは多少の慣れが必要で、一般的に吐き出すのが正解である。
さらに付け足すと彼女は臆面もなく使っているが、そのタバコはリサリサの立派な遺品である。

「うーあーマズいー」

諏訪子は必死に口や鼻から煙を逃がすもヒーヒー苦しんでいる。
遺品を失敬する彼女の行いに無事天罰が下り、いよいよやっと歩き出す。かと思ったら今度は床に張り付いたまま動かなくなった。
背信者にはミシャグジの祟りを一族の末代はおろか飼い犬鳥にまで振るう。そんな権能を持つ彼女がタバコの毒で沈むとは何とも情けない話だ。
本人も動かないなら仕方ないなと、いやに諦めも良い。もう少しだけもう少しだけ。そうして逃げようとしている自分をかつて送った言葉で遮った。


「生きてて生き損、死んで死に損。誓いも、後悔も、愛も、前を向くために」

712貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:22:39 ID:mdXdZ3W20

ヒトが死に悔しくても悲しくても、誓いや後悔そんな『想い』があれば前に進める。前を向こう。そんな風にリサリサに言った。
だが、無念の死。前を向いた者は己の願いに殉じることなく散った。だからせめて、彼女の生に意味を持たせたい。そう願ってしまう。
しかし、愛する家族に会うこともなく、惨たらしくその命は断たれた。その殺した張本人も因縁のある吸血鬼ですらない。
いや、たとえリサリサが憂う全ての怨敵を打ちのめすことが出来ても、その魂が安らぐことはない。
ならば如何にして、彼女の魂は、想いは鎮まるだろう。諏訪子は考える。
家族と会うことじゃあないのか、と。
それこそがリサリサの無念を雪ぐことができるはず。
だから、死体を持っていく。
今吹かしているタバコを遺品として届けるだけでも十分なはずだった。それでも惨たらしい遺体を諏訪子は持って行く。
少なくとも今。今の諏訪子は死んでも一度は家族に会いたい。そう思ったから。
リサリサがどういった感情を抱いて家族を探しているのかは分からない。
ただDIOと対峙した時、彼女は自身の血統に強い敬意を見せていた。ならば自分の家族への愛情もまた深いのではないかと推し量れる。
そこまで考えると自分に呆れて笑った。
リサリサに何もしてやれなかった自分が何を勝手なことを、と。
彼女とは最初から一緒にいるのに何もしてやれてない、大して話せてもいないし、彼女の最期すらロクに知らないと来た。
おこがましいのだ。そんな自分が彼女の家族に何を今更。だから笑えた。
しかしそれでも構わない。余計なお世話でも差し出がましくても、今はただ目的が欲しい。
神奈子を殺す。早苗に会う。それだけじゃ寂し過ぎるから。

「そうじゃないとここで止まってしまいそう」

諏訪子は今すぐ自分の家族と向き合える自信がなかった。今の自分のあり様では、早苗に掛ける言葉の全てが偽りになる。それだけは嫌だ。
だがここでこれ以上無為に時間を過ごすなど、無念のまま死んだリサリサに殺されたって文句は言えない。
それに比べれば、自分の行動が独りよがりかどうかなんて余りにもちっぽけだ。
そして何よりも、自分の身内が家族の仲を引き裂いたのだ。たとえそれが間接的だとしても。
それなのに。親と子はもう会えないのに。家族に起きたことは家族で片付けろなんて、家族間の問題だなんて、そんなモノ絶対にバカげてる。
家族という神聖な領域を土足で踏み荒らすのなら赤の他である私こそが相応しい。
ならば、ああ、もう。本当にいい加減動き出そう。

713貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:13 ID:mdXdZ3W20

両腕に力を込めて突っ伏した身体をさっさと起こす。続いてうんっと伸びをする。打って変わって、少しだけ身体が軽い。
しぶとく焚かれ続ける煙を吸って吐けば、ほんの少しだけ気持ちも軽い。一歩一歩踏み締める。大丈夫、燻らせるのはこのタバコだけで十分。そう言いたげに足取りは軽やかだ。
玄関の戸を開ければ、身を切り付けるような冷えた空気がひゅるりと滑り込む。タバコの火を消してしまおうと舞い落ちる雪は悪さをするだろう。
それでも止まらず、むしろ走る。その傍には雪を除けるために蓮の葉が寄り添っている。
長い茎をしならせ地面を滑り必死に付いて来る。甲斐甲斐しいと言うより異様な光景だがそれもまたご愛嬌。
風を切りながら、睨む空は曇天。雪雲の向こう側にはきっと夕陽が傾いている。
何故だろう。どうしてあの厚い雲を裂いてまで日暮れを望むのだろう。夕焼けなどいくらでも見て来たのに。黄昏の思い出なんかいくらでもあるのに。
そこにある答えのようなナニカが記憶を揺さぶる。幻想郷に渡る前のあの日が私に語り掛ける。


『“あっち”に行っても同じ空の下で、私たちはこうやって同じ酒を呑むんだろうねぇ』


「ああ。“あっち”でもお酒は呑めたよ。でもアンタは今“どっち”にいるんだ」


同じ空の下にいるのに、杯はもう交わされることはない。そう思うと酒を飲んでもないのに胸が焼ける。
どうしてとか、分からないとか。そんな言葉で止まらないで、その先を知りたい。ここにいれば夕陽が見えるかもしれない。
でも考えれば考えるほど、過去が私を縛り付ける。かつて共に歩んだ情景に目を奪われてしまう。今この瞬間の私のように。
ああ、ヒトの考えなんて真に理解できない。私がそうだ。神奈子が何を考えているのか分かってやれない。
まして死に逝く瞬間リサリサが何を考えたかなんて分かるワケもない。ヒトが生きた意味なんて、考えるだけ詮無きこと。残った者が勝手に考えて勝手に行動すればいい。


「だからリサリサ。私と貴方の家族に会いに行きましょう」


せめてそれが手向けになることを切に願う。
止まりたがる私の身体を、貴方の遺志が動かしてくれる。たとえ私に貴方の血が流れずとも。
私は赤の他人。血の繋がりなんて無い。でも通い合うモノがあれば、きっと『家族』足り得る。その事を千年の付き合いの中で誰よりも分かっているつもりだから。
さあ、行きましょう。互いの無念を晴らすために。

714貴方にこの血が流れずとも:2020/09/29(火) 00:23:56 ID:mdXdZ3W20


【夕方】D-2 猫の隠れ里 
【洩矢諏訪子@東方風神録】
[状態]:霊力消費(中)、右腕・右脚を糸で縫合(神力で完全に回復するかもしれません。現状含め後続の書き手さんにお任せします)
    体力消費(小)、内蔵を少し破損
[装備]:タバコ
[道具]:エニグマの紙(リサリサの死体)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田に祟りを。
1:ジョセフを探す。
2:神奈子を殺す。早苗の生存を確認する。
3:守矢神社へ向かいたいが、今は保留とする。
4:プッチ、ディアボロを警戒。
[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降。
※制限についてはお任せしますが、少なくとも長時間の間地中に隠れ潜むようなことはできないようです。
※聖白蓮、プッチと情報交換をしました。プッチが話した情報は、事実以外の可能性もあります。

715 ◆at2S1Rtf4A:2020/09/29(火) 00:24:44 ID:mdXdZ3W20
投下終了です

716 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:15:16 ID:KeTKQLrA0
投下します。

717きっと。:2020/10/25(日) 02:24:35 ID:KeTKQLrA0
『稗田阿求』
【夕方】D-4 レストラン・トラサルディー 


 そういえば、と誠に今更めいてではあったが。


「……私、人前で筆をふるうってあまり無かったなあ」


 よく磨かれた洋風の食卓を借りて、白い紙へと一心に文字を並べ立てていく少女・稗田阿求はふと思い、筆を止めた。自分では声に出したつもりなどなかったが、虚空に打ち出された独白は、店内のもう一人の人物の鼓膜にはしっかりと届いていたようで。

「あら。私としたことが、先生の気を散らせてしまったかしら?」

 阿求とは別の、お店にもう一つだけ備えられた食卓に座る西行寺幽々子は、暖房器具の熱に手をかざしながら首だけこちらに向けて言った。この暖房器具(ストーブ)は、いよいよ肌寒くなってきたからと、八意永琳が店奥からわざわざ用意してくれた有難いものだった。それきり彼女は店を出た。もう戻って来ないかもと、漠然とした予感が阿求の頭を過ぎる。
 一抹の寂しさを覚えるのは、永琳がここを去った事とは関係ない。いや、起因にはなっているのだろうか。なにせ、今やこのレストランに居る人物は阿求と幽々子の二人のみ。ジャイロと文は迷子の捜索に出掛け、輝夜とリンゴォも先程ここを発った。

 ふたりぼっち。加えて彼女らの間で会話はあまり無い。紙の上を走る鉛筆の僅かな音と、暖房器具の上に乗せられたやかんが、シュウシュウと小さな湯気を噴き出しているだけ。
 この会場が血飛沫飛び交う戦場である事など忘れかねないほどの静寂。今のみを切り抜けば、午後のティータイムをまったり寛ぐ冬の休日と称して問題なかった。
 そのしじまな空気に耐えかねてか、阿求は無意識に声を零してしまったのかもしれない。

「あ……私、声出てました?」
「ふふ。お邪魔なら少し席を外そうかしら?」

 気品を隠せない所作の一つ一つは、すっかり成熟した大人の女性。けれどもその表情は、まるで子供のように悪戯っぽい笑顔を浮かべて。
 腰を浮かしかけた幽々子を慌てて宥めるように、阿求は身振り手振りでその行為を取り下げた。

「いえいえ! お邪魔なんてそんな! これは私が勝手にやってることですし、幽々子さんが気を利かせる必要なんて……」
「ジョーダンよ。外、雪降ってるし」

 左様で。呆れる阿求を横目に、幽々子もくすりと微笑んで再び椅子に腰掛けた。こんな時にもマイペースなお嬢様だと、どこか安堵の気持ちも自覚しながら阿求も再び仕事に戻る。
 仕事、とは言うが、この手記に日記のような項目を書き連ねていく恒例事は、どちらかと言えば半分は自己満足に近いような行為だった。これも稗田の血というべきか、やはりペンを握っていると心が落ち着くのだ。
 仕事は今までのように一枚のメモ用紙をただ重ねていく簡素なスタイルから脱出した。お店からメモ帳を拝借して、見た目だけは完全な『手記』へとグレードアップしている。この手記に未だ名前が付けられていない怠惰に目を瞑れば、およそ満足の行く体には近付いた。

「律儀なのね」

 テーブルに肘をつき、やや姿勢を楽にした幽々子がまた口を開く。流石にこの風景にも飽きてきたという彼女の心情が、弛緩した雰囲気から阿求にも伝播した。

「この手記のことですか?」
「ええ。わざわざ今の状況で書くまでもなく、『貴方』なら全てが終わった後にでもゆっくり書き留められるでしょうから」
「確かに、私の記憶力なら全く問題ありません。何時、どこで、誰とどんな会話を交わしたか。一字一句間違わずに思い出せますから」

 では何故、こんな非常時にも筆を執るか? 次に浮かんだ疑問を考えた途端、阿求の腕はピタリと止まった。

718きっと。:2020/10/25(日) 02:25:59 ID:KeTKQLrA0

 〝全てが終わった後〟と、幽々子は今述べた。

 それは果たして、いつ?
 時間にして半日か。一日掛かるだろうか。少なくとも数時間の内に終了するヤワな行程ではないだろう。
 そして自分は、この終わりの見えないトンネルの出口に辿り着けるのか? 真っ暗で薄ら寒く、砂利を踏み締める音のみが木霊するような、この訳の分からぬ細道を踏破できる力の持ち主なのか? 出口の光は未だ見えず、来た道を戻る術すら皆無だと言うのに。
 志半ば。中途にて倒れる可能性を予感した時、阿求の身に染みるルーティンが自然に選んだ行動が、この『手記』なのだった。
 人は自身の絶命を予期すると、途端の生殖本能に囚われるという話を聞いた事がある。科学的な証明はともかく、あながち与太話とも言い切れなかった。後世に何か己の証明を遺すという欲求が、阿求にとっては今やってる様な行為なのだろうから。

 いつ死んだっていいように。
 少女がこの状況で文を綴る根源たる所以は、そんな悲観が心のどこかに巣食っているからかもしれない。

「……気の回せない、短慮な失言だったわ。ごめんなさい」

 陰りを帯びた逡巡を覗かせる阿求。そんなひ弱な少女を気遣うように、幽々子はすぐさま謝罪の姿勢を見せてくれた。弱者の心象にも寄り添えられる、立場と実力を兼ねた亡霊嬢。
 本当に、よく出来た女性だ。こんな御方がもうずっと傍に居続けてくれていることを思い返せば、それだけで誇らしくもなる。

「幽々子さんが謝る必要なんて、ありません。寧ろ私は、貴方へと本当に感謝しているのですよ」
「……ありがとう。私も阿求には感謝しているわ」

 カタカタと、やかんの蓋が湯気を漏らしながら揺れる。一抹に訪れた静寂が、なんだか気恥しい空気へと変えた。
 どうにも話題を変えたい衝動に駆られ、阿求は今この場に居ない身内たちへと思いを馳せる。

「ジャイロさん……それに文さんは大丈夫でしょうか」
「強い男性よ、彼は。貴方だってそれを見てきたでしょう? 新聞屋さんだって付いてるし」

 思い出されるはあの───男たちの決闘。
 正直な話、あの決闘が何処に着地したのか、まだまだ未熟な阿求では完全には悟れない。阿求よりも幾分以上に〝女〟に磨きをかけているであろう幽々子にだって、彼ら三雄の本意を察せているかどうか。結局それは、いわゆる〝女には分からない〟という領域なのだろう。
 それでもジャイロ・ツェペリという男が逞しい人間だという事ぐらいは阿求にも感じ取れる。そんな頼れる男が、強力な烏天狗という仲間を引き連れているというのだ。そこに何の憂慮があるというのか。
 気掛かりなのは寧ろ、山の巫女とスタンド使いの少年。それに別行動中のポルナレフの方だ。こうまで音沙汰がないのでは、嫌でも最悪の想像を浮かべてしまう。
 ジャイロ達がこの店を出る前、阿求は手持ちにあった『生命探知機』を彼に貸していた。元々はポルナレフへと支給されたそれだが、迷子の子猫を捜すならとお節介を焼いたのだ。当然ながらその結果、今の阿求の手元には外敵の接近を容易に察知してくれるアイテムは無い。

 ジャイロはいない。
 射命丸文もいない。
 永遠亭の薬師も早々に出て行った。
 戦力として密かに期待していた月の姫とお付きのガンマンも、彼女らなりにやるべき事があったのか、ここを離れて行った。

 考えてみれば、このレストランのガードは現在かなり手薄だ。死を操る亡霊姫が居座る以上、そこらの賊程度であれば大した問題にもならないが。
 しかし幽々子がこの場に居なければ、阿求には泥棒ひとりだって撃退出来ないだろう。強大な生命線を常時視界に入れていなければ、こうして書のひとつも嗜めやしない。情けなくも、此処でのやり過ごし方をこれ以外に持ち得ていないのも事実。

 頼みの綱だと形容できる相手は、幽々子以外にもう一つあった。
 持ち主の不安を読み取る機能でも備わっているのか。阿求が〝それ〟へ対し思考を移らせた間際を狙ったかの如く、懐に忍ばせた道具は甲高い音を店内中に響かせた。
 それは阿求らが待ち望んでいた一報を知らせる合図に間違いなかったが、思いのほか軽快かつ大音量で知らしめる電子音ゆえ、阿求も幽々子も堪らず驚きの声を上げた。

719きっと。:2020/10/25(日) 02:28:44 ID:KeTKQLrA0

「きゃっ!? な、何何!?」
「わわ! え、え!? ……あぁ! もしかして、この『すまほ』が鳴ったんですか!?」

 あわや椅子から転げ落ちる寸前で、阿求は突如として鳴り響いた『コール音』の正体に辿り着く。
 両名が大袈裟に驚くのも無理からぬことである。阿求が懐に持っていた『スマートフォン』───広義でいう『電話』は、幻想郷では普及していない。淡とした説明用紙によって僅かな知見を得た情報によれば、携帯型の連絡端末なのだと前知識にあるにはあったが、実際の起動を目の当たりにすれば予想以上にやかましい代物である。
 兎にも角にも、この突然の連絡には心当たりがある。後に連絡するから大人しく待っていろ、と面と向かって言い放ったのは永琳その人だ。

「あ、阿求? それ、多分永琳からの連絡じゃない? 早く応対しないと……」
「わ、分かっていますが……これ、操作が難しくって」

 わたわたと基盤をあれやこれやと弄る阿求。一応永琳からも基本的な初期動作を教わってはいたが、いざとなると手元がおぼつかない。記憶力が優れている事とそつの無さとは、どうやらイコールでは結ばれないらしい。
 そもそもスマートフォンとは、現代人が触っても備わる機能を万全まで引き出すのは難儀とされる。技術革新に疎い世界で育まれた阿求では荷が重いのも当たり前と言えた。あれこれ苦戦している間も、端末から鳴り響くコールは絶えず流れ続けている。
 格闘が始まって実に十数秒たっぷりは経った頃。ようやく阿求の指が画面の通話パネルに触った。本人の目には涙が浮かび始める頃合である。

「わ! 音……止んじゃった……」
「壊した?」
「いえ、向こう側へ繋がったのではないかと……たぶん。きっと」

 我が希望的観測が誤りでないものと信じて、阿求は恐る恐る端末を耳に近付けた。いまいちピンとは来ないが、成功していれば遠く離れた永琳ともこれで会話出来るらしい。
 こんな場合、誰もが口上を立てる定型文が存在すると聞く。阿求の幅広い知識としては一応頭にはあった為、例に漏れず、また失礼のないように電話口の向こうへと語り始めた。何故か、緊張を伴った声色で。


「も……申します、申します」


 なにせ電話など初めての体験である。一際に声が上擦っていた気がするのは、多分に浮き立つ心持ちから来たものだろう。
 通話の向こうからは予想通りの人物が、波長フィルターの上から阿求の名を読み上げた。

『……阿求ね。なにか変わりはないかしら?』

 冒頭の「……」という僅かな間には、いかにも「とっとと出ろよ機械音痴め」といった無言の批判が包含されていた、と感じるのは阿求の邪推だろうか。
 どこか肌触りが冷たい永琳の声色に内心恐れを抱きつつも、阿求は努めて平静に受け答えを続行させた。

「あっ、永琳さんもご無事のようで。こっちは……変わりないと言えば変わりはありません」
『含んだ言い方ね』
「いえ、まあ。率直に申しますと、輝夜さんとリンゴォさんが此処を発ちました」

 彼女の主である蓬莱山輝夜は既にレストランを出ている。ジャイロや文はいずれ戻るとして、輝夜らの独立は阿求にとって多少予定外であったのだから、少なからず困惑の色を隠せない。リンゴォはともかく輝夜の方は自分らに味方する側だと、特に根拠もなく思い込んでいたのだから尚更である。
 店を出る直前に彼女が残した言葉は「友達(ばか)を迎えに行くわ」だった。なるほど、一刻も早く発つに足る立派な理由に違いない。当然、これを無下に出来ない阿求も、深くは語らぬ彼女の離脱を承諾するしかない。
 一方で、同じく単独行動の永琳が主の動向を聞いた反応はと言えば、極めて短い台詞で終わった。


『そう、でしょうね』


 と、だけ。

 まるで主がそう行動することを予期していたように。
 そして次に主が何処へ向かうのかも。
 更には向かったその場所で『何』が起こるのかすら、月の天才は見据えていたのかもしれない。
 間違いなく、永琳は輝夜の行動を快く思っていない。その上で、ある種の諦観すら覚えているようにも感じた。

 主従間の問題だ。
 或いは、これはそんなに単純な問題でもないのかもしれなかった。
 いずれにせよ、部外者が立ち入るべきではない。ここは早くに本題へ移ろうと、阿求は話を急かした。

720きっと。:2020/10/25(日) 02:29:24 ID:KeTKQLrA0

「それで……あの、永琳さん」
『分かってるわ。メリーと八雲紫の居場所ね』
「は、はい! あ、あと、早苗さんと花京院さん、ポルナレフさんの安否も出来れば……」
『そっちは知らないわ。残念ながらね』

 軽やかに一蹴された三名の気持ちを思えば憂鬱にもなるが、それはさておき今の発言は阿求らにとって吉報と言えた。

「で、では……!」
『ええ。メリーというのはマエリベリー・ハーンの愛称だったわね? それならば彼女と八雲紫の二名。その数時間前時点での位置なら割り出せた』

 流石の賢者と誉めるべきか。予想より遥かに早く、かの天才は二人の位置を突き止めたという。〝数時間前〟というのが気に掛かる但し書きではあるが、阿求と幽々子にとって最も欲していた人物の情報が今から開示される。必然、鼓動は高まろうものだ。

 唾を飲む音が聞こえた。
 それは阿求のものか。傍で耳を立てる幽々子のものか。


『地図で言う所の〝C-3〟に二人は居る。念を押すけど、あくまでこれは数時間前での話。正確には、今日の午後2時前時点よ』


 阿求と幽々子は同時に顔合わせる。このレストランはD-4……広大な魔法の森を挟むものの、直線距離にすればかなり近い。
 まさしく値千金の情報であった。

「え…永琳さん! メリーと紫さんの二人共が同じ場所に居るのですか!? それにC-3といえば『ジョースター邸』と『紅魔館』の二つの施設があるみたいですが……」
『阿求。私が入手した、貴方たちにとって有益な情報とは今述べた通りの内容よ。〝午後2時頃、メリーと八雲紫はC-3に居た〟……それ以上でもそれ以下でもありません』

 予想以上に『目標』が伸ばせば届く近い距離にあった事実を伝えられ、否が応にも阿求の焦りは加速する。それと反比例するように、永琳のトーンは冷淡で落ち着いたものだった。
 逆に、何故そうまで落ち着いてられるんだと抗議の声を上げたいくらいだ。それすらも相手は許してくれなさそうな程に、両者の狭間には深い温度差が混在していた。

「感謝してますが……一体そんな情報何処で……?」
『ちょっとした〝縁〟を結んでね。姫海棠はたてとの友好の証、とでも言っておくわ。それより、貴方たちは貴方たちのやるべき事を優先させなさい。ウチのお姫様がそうした様に、ね』
「姫海棠……? あの烏天狗と接触したのですか? 永琳さん、今どちらにおられ───」
『最後に、隣で聞き耳を立てている幽々子さん。八雲紫と会えたなら、彼女の〝魂〟に以前迄との変容が無いかの確認……お願いするわね。重要な事ですので』


 それでは。
 永琳は短くそう言い残し、通話は途切れた。
 最後まで一方的で、どこか拒絶的な感情すら感じ取れるやり取りに終始していた。

721きっと。:2020/10/25(日) 02:30:10 ID:KeTKQLrA0
 何かを隠している。
 彼女には元々そのような空気が纏われていたが、今回の秘匿は殊更に顕著であった。
 渡された情報の真贋を吟味するには手段と時間が足りないが、この点に限れば永琳の言葉に虚言は無かった様にも思える。
 本人が述べた通り、それ以上でも以下でもない手堅い情報は、今後の目処にすべき指針に据えるには十分以上。阿求の中にある八意永琳の人物像には、それくらいの人徳はあった。

「……メリー」

 やがて行き着くは、友人となってくれた少女の安否。訳の分からぬ内に邪仙から拉致された、外の世界の少女。

「……阿求。言わずもがなだけど、メリーの居場所が分かったとて、簡単には近寄れないわ」

 念を押すように幽々子が警告する。全くもって言わずもがな。メリーを取り戻そうとする行為はそのまま邪仙一派との戦闘を意味すると考えてよい。
 無論、いずれはぶつかり合う。それを想定してジャイロと文は今、戦力増強の為にこの場を離れているのだから。

 だがここで予期しない新情報が寄越されている。どちらかと問われれば、朗報になるのだろう。

「幽々子さん。貴方の御友人も、すぐ近くに居られます」

 警告を警告で返すようにして、阿求と幽々子の視線は交差した。両者の距離は近い。
 あのメリーと容姿を酷似させた八雲紫も近場に居るという。この複雑化した情報を正確に精査するには、些か判断材料が欠けすぎている。欠けすぎているが、幾つかの予想は組み立てられる。

「紫の安否を言ってるのなら、彼女は大丈夫」
「果たしてそうでしょうか」
「比類なき、大妖怪よ。人間の童に心配される謂れはないと、彼女がここに居たらそう一蹴するでしょうね」
「疑問を挟む余地はありません。しかし、天狗の新聞記事を忘れたわけではないでしょう」

 阿求の言葉からは、どこか勢いを感じた。逆に幽々子の方が、彼女の言葉に押されそうになる。

 思い出したくもない。
 けれども記憶から消すにはあまりにショッキングな悲劇が、天狗の新聞には悠然と載っていた。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「幽々子さん。貴方は一刻も早く、八雲紫と接触しなければならない。違いますか」

 違うものか。記事の真偽がどちらであれ、我が唯一の友人が魂魄妖夢の死に如何なる形かで関わっている。
 この大事件を野放しに出来るほど、妖夢という人物は軽々しい存在ではなかった筈だ。

 幽々子にとっても。
 紫にとっても、だ。

「メリーが連れ去られてから、もう相当の時間が経過してます。そんな中で、やっと光明が降りてきたんです」

 端的に言って、これ以上の時間は掛けられない。鋭く細められた阿求の視線は、それを如実に語っていた。
 授かった情報とはただでさえ最新のものでなく、数時間前のデータだという。尚のこと火急の事態という状況下において、今まで態度には出さずにあろうとした阿求も、流石に痺れを切らす限界だった。

722きっと。:2020/10/25(日) 02:32:30 ID:KeTKQLrA0

「幽々子、さん。私……もう、待てません。無理です。そうこうしてる内に、メリーが殺されないという保証なんか、無いじゃないですか……っ」
「あの薬師の言う通り、もしメリーの隣に紫が居るのならば。ただの人間ならともかく、あの子を紫は放っておかないわ。迫り来る邪から、きっとメリーを護ろうとする筈」
「物事が万事如意に進む保証が、無いと言ってるのです。実際にメリーと紫さんが互いに手の届く範囲に居ることも、紫さんがメリーを護ろうと動くことも、紫さん自身が危機に陥っていないことも、何処にもそんな保証はありません」

 ぐうの音も出ない、至極真っ当な反論だ。阿求の言は感情に寄ってはいるが、事態の視点を正しい高さで見据えられている。
 一方の幽々子の意見は、不動であるべき態度を貫かんとするものだった。事実としてメリーが敵の牙城に囚われている現実。門を攻め立てるには、あまりに不確定要素が多すぎる。
 ましてや目の前の少女は、戦力に換算するにも至らぬ一般人側の人間だ。幽々子の立場としては言うまでもなく迂闊な行動は控えるべきであり、少なくとも今は堪え忍ぶ時間だった。

 そんなことは、分かっている。



「そんなこと…………分かってるわよッ!!」



 間近で受けた、幽々子の怒鳴り。
 普段の温厚な彼女を知るなら、似つかわしくない振る舞いだった。

「……誰に諭されずとも、紫のことは私が一番よく知ってるわ。彼女の今が、抜き差しならない状況に陥っている事ぐらい」

 空気が萎むように、幽々子の調子は急落していく。無理やりに抑え込んでいた焦燥が、永琳からの一報でついには限界を迎えた。
 何よりも紫の身を案じ、憂慮していた彼女だ。妖夢との一件……その真相はさておき、支えるべき友人という認識は未だ捨てられる訳もなく。凡その居場所が知れた今、即座に飛び出て接したい衝動は募るばかり。
 それでも彼女は自身の立場を弁えた、ひとりの大人。全てを顧みず自分勝手な暴走を始めた結果は、目の前の阿求に刻まれた負傷が全て物語っている。

 もうこれ以上、誰かを失うのは御免で。
 そう判断した結果、今度は紫とメリーの命が危ぶまれている。

 可能性に過ぎない話。そして、終わってしまえば「ああすれば良かった」と後悔する堂々巡り。
 結局、何が正しいかなど誰にも分かりはしない。
 分からないからこうして不安に襲われ、揺蕩し、己を見失う。
 我が従者も同じように志半ばに斃れたのかもしれない。あの子は精神的にはまだまだ未熟なのだから。
 そしてひょっとすれば、紫も同様なのかもしれなかった。彼女のイメージにはそぐわないが、誰であれ『落ち目』という時期は唐突にやって来るものだ。

 率直に言って、幽々子は迷っている。
 阿求を護るべきという立場を踏まえながら、これからの身の振る舞いを。
 時間が許してくれるかすらも、正答は出ない。辺りはもうすぐ闇の支配する時間帯へ突入する。


「幽々子さん」


 阿求の手が、いつの間にかテーブルに突っ伏しかけていた幽々子の両肩に添えられる。

「私は貴方の判断に従います。この期に及んで私一人だけでも向かう、なんて馬鹿な選択は選べません」

 それを選べるほど、阿求は子供ではない。
 けれどもジャイロらの帰還を待ってられるほど、冷静な大人でもない。
 どこまでも半端な自分を押し留めるように、最終的に阿求は幽々子の意志に委ねた。

 ズルい、と思う。
 子供だから、とか。大人だから、とか。
 強いから、とか。弱いから、とか。
 こんな血生臭い戦場では何の言い訳にもならない、逃げ道とも取れる屁理屈を抱く自分。

 それでも。阿求の掛けた言葉の中に詭弁や保身の類は欠片もない。
 自分と同じように苦心する幽々子を案じた、真摯な信頼が含まれていた。そしてそれは、阿求という人間が根差すひとつの優しさだと幽々子は受け取った。


 小さな溜息と同時に、幽々子の表情が柔らかく灯った。

723きっと。:2020/10/25(日) 02:33:12 ID:KeTKQLrA0
「……深入りはしないわ。あくまで様子見。危険を感じたら、すぐさま此処に戻ってくる。私から譲れるラインはここまで。それで良ければ」

 結局の所、ここが妥協点だろう。自らが提示したこの絶対条件を幽々子自身、守れるかも怪しい。その地に足を運んだ結果、紫やメリーの状況如何によっては素直に引き下がれるとは断言出来ないからだ。

「……! あ、ありがとうございます!!」

 律儀に礼を述べる阿求は破顔する。ここまで偉そうな説を垂れたものの、所詮は負ぶわれる弱者の我儘に過ぎない。そう自覚していたからこそ、幽々子へと強くは出れなかった。
 結果的に阿求も、幽々子のウィークポイント───紫の存在へとつけ込む様な形をとった。そこに至る過程がどういう形であれ、この『選択』を最善のものにまで持っていくのは阿求と幽々子、これからの二人の行動次第でしかない。
 もしもこの選択を上から覗き見る無礼者たちが居たならば、野次を投げて呆れ返るかもしれない。危険度の高いエリアに、この矮小な戦力で自ら臨もうとしているのだから。
 気持ちは分かるが落ち着け、と。せめて仲間の帰還を待って、それから向かうべきだろう、と。当事者の溜め込む不安などお構い無しに。
 全くの正論だ。小説家の側面も隠し持つアガサクリスQもとい阿求には、そんな無責任な野次を上から投げ掛けてくる読み手の声が投げ石の如く聞こえてくるようだった。

「ジャイロ達には書き置きを残しましょう。多分怒るだろうけど、その時は二人で……いえ、四人で絞られましょう」
「はい! すぐに支度します!」


 分かりはしない。
 これから起こる未来のことなど、誰にも。

 分からないからこそ足掻くのだと、人はよく言う。
 阿求はしかし、それとは少し異なる考えを持っていた。
 たとえこれから起こる未来が酷いものだと知っていれば。
 そしてそれが、どうあっても避けられない不可避の未来だと認識していれば。
 人は、その未来を容易に受け入れられる生物なのだろうか。足掻こうとはしないのだろうか。

 そして。
 幻想郷の人妖たちは、この課題にどう向き合うものなのだろうか。
 終末を畏怖し。囲いに閉じ篭り。規律に生かされ。そうして自ら創り上げたサイクルに殉じる。
 幻想郷にいずれは訪れる〝本当の終末〟を我々が知った時。此処に住む者たちは果たして、結束し足掻こうとするだろうか。

 或いは。今がその〝本当の終末〟なのかもしれない。
 阿求個人が答えを出すには、まだまだ重い。
 重たすぎる、課題であった。

 けれども。
 阿求に言えることが一つだけ、ある。
 刻一刻と迫る酷い未来が、決して回避できない災厄なのだと知ったとしても。
 少なくとも阿求であれば、やっぱり足掻こうとするだろう。

 御阿礼の子『九代目のサヴァン』───稗田阿求。
 極端に短命である宿命を受け継ぎ、此度の『第九代目』も後十年も生きられるかというところ。今更自身の境遇に不満など、さほど抱いてはいない。
 しかし先代、先々代といった、かつての〝自分〟はどうだったろう。この理不尽な環境を変えてやろうと、足掻こうとはしなかったのだろうか。
 短命という、確定された未来。人生。
 そこに疑問を覚えぬほど、阿求は強い人間ではなかった。

 そしてその環境に対する疑問と使命は、まるで水と砂糖が融け合うように混じり。
 いつしか甘ったるい同情心へと姿を変えて、同じ囲いに住まう数多の同類たちへと向けるようになっていた。


 自分はきっと。
 幻想郷のことが大嫌いなのかもしれない。


 口には出さず。
 或いは深層下に湧いた感情も表には拾わず。
 阿求は書きかけだった手記を閉じて、早々と支度し始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

724きっと。:2020/10/25(日) 02:34:11 ID:KeTKQLrA0
【D-4 レストラン・トラサルディー/夕方】

【稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:顔がパンパン(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、エイジャの残りカス、稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:C-3を探る。
2:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
3:手記に名前を付けたい。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※八意永琳の『電話番号』を知りました。


【西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:健康
[装備]:白楼剣
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:C-3を探る。
2:紫に会う。その際、彼女の『魂』に変容がないかも調べる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

725きっと。:2020/10/25(日) 02:34:47 ID:KeTKQLrA0
『蓬莱山輝夜』
【夕方】E-3 川の畔


 奇跡、などという安易な単語を扱うのは個人的に不満はあったが、恐らくこれは奇跡に近い確率なのだろう。
 世には奇跡を操る巫女なども居るらしいし、身内には幸運の白兎も居る。どちらかと言えば後者が持つ天運とやらが、共に住まう内に自分の握り拳に移っていたのかもしれない。


「───なんてね。こんな物拾ったからと言って、どうこうするものでもないからねぇ」


 紙片に纏わり付いた雪をパタパタと削ぎ落とし、だいぶ細苦しくなってきた陽光に照らし合わせる。
 地上の撮影機による『写真』だった。本来のサイズより半分程に縮小……というより破かれている。つまりは『半分だけの写真』を輝夜は偶然にも発見出来たのだ。

 少し前から悪天候は加速の一途を辿っており、視界は悪いわ、行進が滞るわ、何より寒いわで三拍子の災難が輝夜を襲っていた。
 このような非道い環境を愛車マジックミラー号で何とかゴリ押すという状況。屋根にも当然雪が降り積もり、自慢の隠密性も形無しであった。
 そんな折、車のガラスに異物が突如張り付いた。なんぞやと車を降りて確かめた所、この半分だけの写真だったというわけだ。周囲の悪環境を顧みれば、この写真が輝夜の元に降って湧いたのは奇跡と称しても違和感なく、普通であれば気付くことなくスルーしていたろう。

「ねえ、リンゴォ? この写真に写ってる不細工に笑う女……『誰』に見える?」

 すっかり冷たくなった着物の袖をしゃらんと翻し、雪の冠を頭に乗せながら輝夜は後方から付いてくる男へと声を掛けた。
 視界の雪が邪魔なのか、はたまた輝夜本人の存在が邪魔なのか。とにかく鬱陶しそうに目を細めて、男は翳された写真を覗く。輝夜と違って薄着である自身の恰好を意にも介さず、リンゴォと呼ばれた男はひたすら平坦な口調で以て答えた。

「件の『藤原妹紅』に見えるな」
「私にもそう見えるわね。アナタが殺した、藤原妹紅の姿に」

 随分と皮肉たっぷりに言い放った様に見える輝夜の台詞は、事実リンゴォへの皮肉だった。偶然拾った半分だけの写真に収まる女は、いつ撮ったかは定かではないが確かに藤原妹紅本人の姿である。
 そして、このぎこちない笑顔を垂らした妹紅を〝妹紅でなくした〟原因とも言える男こそ、輝夜が長くお供に連れるリンゴォその人である。それが発覚した当初こそ輝夜も怒りを顕にしていたが、こうして後腐れない程まで同行するに至れた経緯とは、当人の間のみで理解出来ていれば良い話であった。(リンゴォはそう思っていない可能性が高いが)
 というわけで輝夜のリンゴォに対する恨み辛みという類の感情は、遥か彼方の過去に置いてきた今更な毒気でしかない。にもかかわらず妹紅の名を出して皮肉を綴るというのは、輝夜がねちっこいとかではなく、単に彼女元来の持つ悪戯心であった。

「……オレを非難しているつもりであれば」
「あ、あ〜〜もういいわ。アナタがジョークも通じない人間だって事を忘れてた」

 その独風な人間性ゆえに、からかい甲斐など微塵もない。男への評価を今一度改めた輝夜は、ここには居ない鈴仙の姿を夢想し焦がれた。誰よりもからかい甲斐のあるペットなのだ。

「その女の所に向かうのだろう。……居場所は分かるのか?」
「アテはある。無ければこうして雪の中、意味もなく彷徨わないわよ」

 リンゴォの問いかけに輝夜は、いかにも当然といった風に即答で返す。ここで「アテなんかない」などとぬかせば、この気難しい男は今度こそ呆れ果てて躊躇せず去り行くだろう。
 そんな事態を防ぐため、輝夜は根拠の無い台詞をどの風吹かしながら言い放ったのである。ここでリンゴォに抜けてもらっては、この後来るであろう『ひと仕事』を任せられる適任が居なくなってしまうから気を遣うものだ。

726きっと。:2020/10/25(日) 02:35:17 ID:KeTKQLrA0
「繰り返すが、オレが動くのは『一度きり』だ。恩はないが借りのあるお前だから、こうしていつ訪れるかも分からん『ひと仕事』の為だけに同行している」
「借りも恩も一緒でしょう? その辺りは私も感謝しているわ」
「感謝なぞしている暇があれば、せめて何処に向かっているかぐらいは示すべきだと思うがな」

 男からの催促に、輝夜は一応は答えの用意をしている。「アテはある」という先程の台詞は、根拠こそ無いものの全くの出鱈目でもなかった。
 含むような微笑とともに、輝夜は首のみを回して視線を促した。その射線の終着点……輝夜の『目的地』となる景色は、この悪天候の中でもシルエットだけは映し出されている。

 北。地図で言うところの北を目指し、輝夜はレストランを出てから一心に進んで来た。
 二人が向けた目線の先。ぼんやりと、しかし悠然と聳え立つそのシルエットは───巨大な自然物。

「……山?」
「妖怪の山。この会場だと唯一の山林地帯。最北東地点に根を張るあの大きな山こそが、私たちの目的地」

 E-1、或いはF-1。いずれにしろ地図上ではかなり遠くに位置する。
 距離は勿論のこと、広大な山となればそこからたった一人の猛獣を捜索するというのはかなりの骨だ。到着して「やっぱり居ませんでした」では済まされない。

「何故そこを目指す?」

 飛んで来て当然の疑問がリンゴォの口から吐き出される。

「〝あの〟妹紅が目指すとしたら、そこ以外に無いからよ。というより、そこじゃなければもうお手上げ。ヒント0から地図をしらみ潰し作戦に出るしかなくなる」
「あの女は記憶が決壊していると聞いた。そんな有耶無耶な状態で、尚も行き先が『山』だと断定できるのか?」
「断定は出来ないけどね。でも例えば、私が妹紅だったら多分『標高』を求めるわ。即ち、地図にひとつしかない妖怪の山よ」

 求めるは『標高』。何とかと煙は高い所を目指すではないが、輝夜が自分に出来得る限りの創造性で己の思考を〝藤原妹紅〟のそれへと近付けた時、浮かんだ場所のイメージが『高所』であった。

 山。その土地が持つ魔性こそ、妹紅という人間の始まりの地とも言えた。
 彼女の来歴、その全てを輝夜は把握している訳では無い。だが少なからず輝夜は妹紅の理解者である自覚もあった。
 考えた。考えるという行為はおよそ自分には似つかわしくなく、それ故に容易な行いではない。それでも必死に考えたのは、やはり妹紅の事であった。

 記憶を失った妹紅。
 愚かにも蓬莱の薬を求めて彷徨うという妹紅。
 そんな彼女がもしも『目的地』を定めるとしたなら……。

(候補は、幾つも挙がらないわね)

 輝夜の考える妹紅という人間。己の要素を限りなく排他し、究極にまで妹紅に成りきれるよう考えた。
 輝夜と妹紅。二人の思考を限りなく限りなく擦り合わせ、一つへと重ね合わせた瞬間に。
 瞼の裏に浮上した光景は、壮大な高さを持つ標高。

 と来れば、行き着く先など一つだ。

(確信ではない。単なる直感とも言える。しかし少なくとも、妹紅は『山』という地に縁がある事を私は知っている)

 それも今や記憶が無いとなれば、無意味な予想でしかないかもしれない。だが輝夜は、説明のできない胸の昂りを感じていた。

 あの山に妹紅が居るのなら、登ろう。
 居ないなら、来るまで待っていよう。
 邪魔はさせない。例え誰であっても。

727きっと。:2020/10/25(日) 02:38:33 ID:KeTKQLrA0

「戦うのだな? あの妹紅と」

 いつまでも大きな影を仰ぐ少女の姿に何かを感じたのか。
 リンゴォは結論を急かすように、輝夜の真意を確かめた。

「そうなるでしょうね。もう慣れたもんよ」

 そうならない事を出来れば願いたいが、その祈りはきっと届かない。それ程に今の妹紅は、遠い所にまで行ってしまっている。

「それはお前自身のステージを高める為の戦いなのか?」

 見当違いな内容を問う男へと、輝夜は心の中でくすりと笑った。彼といえば彼らしい、寧ろ微笑ましい台詞にも聞こえる。

「アナタにはきっと、理解の出来ない戦いになる。『決闘』でも『殺し合い』でもない……誰が為の戦い、ってやつよ」

 手の中に収まる半切れの写真。中に独り写る少女のぎこちない笑顔を、もう一度取り戻してやる戦いだ。

「いいだろう。お前〝達〟には興味が出てきた。許されるならば立ち会わせて貰おうか」

 頼もしいことだ。苦労を掛けてしまうが、輝夜にとってリンゴォはいずれ必要となる。
 役者は揃った、というわけだ。


「───妖怪の山に、アイツは来る。……きっと。」


 もしアイツと逢えたら……掛ける第一声は何にしようか。
 懐に忍ばせた蓬莱の薬を握り締め、輝夜はそんな事を考えながら再び動き始めた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

728きっと。:2020/10/25(日) 02:38:56 ID:KeTKQLrA0
【E-3 川の畔/夕方】

【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号、蓬莱の薬、妹紅の写真、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妖怪の山へ向かう。
2:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
3:全てが終わったら、家へと帰る。
[備考]
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
※生きることとは、足掻くことだという考えに到達しました。


【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。

729 ◆qSXL3X4ics:2020/10/25(日) 02:39:23 ID:KeTKQLrA0
投下終了です。

730 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 17:53:47 ID:UVCbRvCA0
投下します

731ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:55:50 ID:UVCbRvCA0
『ヴィネガー・ドッピオ』
【午後】E-3 名居守の祠


 また、だった。
 気付けば自分は、また探している。

 かつてはすぐ傍に置いてあり、手を伸ばせばいつでも触れることが出来た物。たとえ外出していようが、少し周囲を見渡せば『それ』は自分を待ち構えるようにして鎮座している。それくらいに、街中でもありふれた物。
 言うならばそれは『眼鏡』みたいな存在だ。視力の弱い人間にとっては無くてはならぬ必需品。ふとした時にその姿を見失いもするが、部屋の中をものの五分程探し回った辺りで唐突に気付き、苦笑ののち安堵する。探し物は初めから耳に掛かったままで、自分は無意味な労力を払っていたのだと。思った以上に、探し物は身近な所にある様な。
 常日頃、傍に置いてあることが当たり前で。肉体的な、或いは精神的な拠り所として大きく依存していたが故に、『それ』がいざ目の前から消えると途端に不安となる。

 個々人にとって、そういった拠り所は各々違ってくる。
 家族だとか。恋人だとか。想い出だとか。
 仕事だとか。趣味だとか。居場所だとか。
 いつだって身近に在るべきだ。人間が人間として満足に生きるには、より近い場所に拠り所を置くべきなのだ。
 裏社会に生きる側である自分もそれは変わらない。拠り所に安寧を求めざるを得ない性質は、光の外の人々よりも寧ろ顕著と言える。


 少年ヴィネガー・ドッピオにとって『それ』は何処にでもある様な、普遍的な『電話』だった。


「……まただ。ボクとした事が、また『電話』を探してる。もう掛けないと、誓ったばかりなのに」

 名も知らぬ一人の女性を事も無げに殺害したドッピオは、疲労と寒気から逃れる為に腰を下ろしていた。
 雫の落ちた音すら響いてきそうな、静寂と神秘の同居する小さな池。畔には何を祀ってるかは知らないが、これまた小さな祠。それらを一堂に視界に入れられる場所に開けた、またもや小さな洞穴。
 雨宿りならぬ雪宿り。ドッピオは一呼吸の意味も込めて、この空間でじっと心身共の回復を図っていた。膝を抱えるように腰落とし、洞穴の外に広がる斑な白模様を睨み付けるようにして居座っている。真っ白に吐かれる息をも忌々しげに見つめ、ふとその視線は何分かおきにキョロキョロと虚空を泳ぐ。
 視線の先に『電話』など無いことは、もう理解しきっているというのに。身に染み付いた習慣とは中々にして削ぎ落としにくいものだと痛感する。それが己にとって唯一の拠り所であったなら、尚更。

 いや。電話が無いというのは、やや語弊がある。
 手に取ろうと思えば手に取れる。少年のデイパックの中には受話器の体をなした立派な『電話』が、主人を待ちくたびれるようにして今か今かと出番を待っているのだから。
 だが、これを取るわけにはいかなかった。孤独による不安に押し負け、よしんば取ったとして。この電話が『ボス』へと繋がることなど、二度とないだろう。
 少年もそれを良しとしている。なにより彼が心の拠り所にしていたボスの為であった。
 それを自覚してなお、気付けば電話を求めている辺り……まだまだ自分は親離れも出来ない青二才。未だ尻に殻を付けたままの雛鳥でしかないのだろう。今後の前途を思えば、忌むべき悪癖であった。

732ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:56:51 ID:UVCbRvCA0


「───親離れ、かぁ」


 はァ……と、白く濁った溜息が視界いっぱいに霧散してゆく。ピリピリとした眼差しも長くは続かず、ドッピオの思考は間もなく泥に沈む。
 いまさら深く懐かしむ事でもないし、それ故に普段は考えないようにしてきているが───ドッピオとて『親』はいた。
 当然だ。生物として生まれた以上、そこには古来から血の繋がりが必ずある。この図式に例外などあろうものか。
 自分を産んだ親がどのような人物であったか。ドッピオにその記憶は殆ど残ってはいなかったが、それとは別に育ての親がいたことは憶えている。心優しかったあの人は、血の繋がりのないドッピオを本当の息子のように可愛がってくれていた。

 それ、くらいだった。
 あの人に纏わるドッピオの記憶とは、その域にまで欠如した酷く曖昧な記憶でしかなかった。
 これ以上にない恩を感じていたはずの、大切な親。その存在の顔すら今はもう憶えていない。白黒のフィルターでも掛けられているかのように、昔の記憶を塗り潰しているのだ。
 今でもたまにあの人のことを考えようとすると、決まって頭痛が起こる。生まれつきの障害か何かだと決めつけ、大して深くは考えなかったが。虫に食われたセーターの、どの穴から頭や腕を通しているのかを知覚できない。そのような致命的なちぐはぐさが、頭の肝心な部分で不具合を起こし続けているかのような。

 そんなこんなで──などという言葉で片付けられる過去ではないが──ドッピオは現在、イタリアの巨大麻薬組織『パッショーネ』に身を落としている。
 この境遇に、いまさら不遇だと嘆いたりしていない。彼は新たな『拠り所』を見付けることが出来たのだから。

 親という存在は、必ずしも唯一ではない。
 真に大切なのは、血の繋がりではなかった。これを人生の教訓にもしている。
 ドッピオにとって家族(ファミッリァ)とは。
 こんなにも凡俗な自分へと才を見出し、仕事を与え、居場所を作ってくれた組織──すなわちボスその人であった。
 まるで生まれたその瞬間から自分を見守り続けてきたかのような。それは少年にとって、自分を産んだ『母』でもなく、自分を育てた『父』でもなく、代わりなど何処にもいない唯一無二の存在であった。
 生涯をかけて尽くすには十分すぎるほどの恩を受けている。この大恩を、失望という形で返すわけにはいかない。

 ゆえに、ドッピオは『拠り所』を失った今も、変わらずボスの為を想って動く。その信念の象徴が、返り血という形で少年の身体を穢していた。
 まだ十代も半ばという身なりの少年がこの穢れを受け入れるには、充分過ぎるほどの環境が彼の人生の大半を占めていた。彼は元来臆病な性格ではあったが、血生臭さに目を背けるほどヤワな世界で生きてもいない。



「──────来る」



 垢が抜けきっていない、とはいえ。
 裏社会を生きる者として最低限の警戒心。
 緩め切らない緊張感が、まだ姿を見せてもいない外敵の襲来を逸早く気取れた理由の一端を担えた。
 熟練の暗殺者でもないドッピオが、かの存在を察知できたもう一つの理由。言うまでもなくそれは、我が身に残された『帝王の遺産』による恩恵の他ない。

「女だ。真っ直ぐこっちに向かってくるぞ……!」

 すかさず迎撃態勢を整えたドッピオは、数十秒先の未来を視る『エピタフ』の予知に神経を集中させた。ひらひらと舞い落ちる雪桜の中を淀みなく進行する女の姿には見覚えがあった。
 確かあの毒ガエルの暴風域。ジョルノやトリッシュら含むゴチャついた中心地に、あの女も立っていた気がする。武装や雰囲気からして只者でないことは見て取れた。
 ドッピオはすぐに足元のアメリカンクラッカーを手に取り、再び予知をじっと凝視する。そして予知の中のドッピオが武器を構えたまま不動でいる姿に、疑問を覚えた。敵の襲撃を事前に察知した者の態勢にしては、あまりに受け身すぎるからだ。
 だがエピタフの予知は絶対だということを彼は熟知してもいる。予知の中の自分がそうであるならば、ひとまず自分もそれに倣ってみる事にした。
 やがてキュッキュッと、でんぷんを袋ごと押すような乾いた音が響いてくる。徐々に姿を現す外敵が踏み締める鳴き雪は、身構えるドッピオにとっては臓腑に響く重苦しさを含んでいた。

733ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 17:59:12 ID:UVCbRvCA0
 女は一寸の誇張もなく、壮大な艷麗を蓄えた日本美人だった。それだけに残念でならないのが、背に掛けた巨大な輪状の注連縄──ではなく、右肩に掛けた物騒なガトリング銃の存在である。砲口こそ向けられていないものの、そのトリガーには指が添えられている。怪しい真似をすれば即蜂の巣にする、という意思表示なのだろう。
 不思議なことに気付く。この雪模様の中、女は傘の類を所持していないにもかかわらず、頭や肩に雪を全く被らせていない。目を凝らしてよく見れば、女の周囲を雪が自ら避けるようにして落ちているではないか。何らかのスタンド能力なのだろうとアタリをつける。
 対応が分からずに満面の冷や汗を垂らすドッピオとは対照的に、女が見せる表情は不敵な笑みだった。一目見て『乗った側』だということが察せる女の風体を前にして、さしものドッピオも蛇に睨まれた蛙と化している。
 とうとう女が目と鼻の先にまで来た。彼女ほどの美貌であれば、そこらを歩くだけでしゃなりしゃなりといった優雅な擬音が鳴りそうなものだが、この重武装であれば白の絨毯に残る足跡だってどっしりとした力強い証にもなるだろう。美貌よりも、その重厚な存在感に目が行く第一印象だ。


「捜したよ」


 女の第一声は、向き合うドッピオの鼓膜によく馴染むような深い心地良さがあった。貫禄のある立ち姿の第一印象とは正反対のイメージを醸す、彼女本来の生まれ持つ美的なトーン。
 彼女が舞台に立ち、愛をのせたバラードを歌ったならば……きっと多くの人々の記憶に末永く残るような。そんな力強い包容感。
 嫌な気持ちには、ならなかった。

「……何だって?」

 けれどもすぐに現状の危うさを再認識したドッピオは、女の発した内容を引き気味に咀嚼する。
 捜した、とはどういう意味か。このゲームの参加者は敬愛するボス以外、全て敵だという認識を抱くドッピオ。そんな自分にわざわざ会いに来るというのは、悪い意味以外では考えにくい。先程殺した女の関係者であるなら、真っ先に思い浮かぶ理由は『報復』か。
 しんしんと降り積もる雪景色の中、己の唾を飲む音が嫌にハッキリ聞こえた。こちらから先制攻撃を仕掛ける好機くらいはあった筈だが、予知の内容を優先したばかりに、今や完全に気圧されている。


「私は八坂神奈子。通りすがりの神様さ」


 一拍の間が通り抜けて、ドッピオはこのやり取りが普遍的な挨拶なのだとようやく悟る。
 しかし、挨拶の後半には明らかに普遍的でない部分があった。

「ぁ……は、はぁ? 通りすがりの……何サマだって?」

 不意打ちだったので思わず変な声を漏らした。発言者本人の顔を窺っても、マジなのかギャグなのか読み取りづらい。

「山坂と湖の権化、八坂神奈子こそが私の名だと言っているのよ」
「い、いや……そこじゃなくて」
「なんだい? 別に神様なんて珍しくもなんともないだろうに。いや、実は珍しいのか? 幻想郷じゃあ」

 顎に手を当て、ふむむと考え込むイカれた女。ドッピオが判断する限り、その仕草に敵意はあまり感じられない。余程の天然でなければ、巧みな擬態か、はたまた特大な自信家のどちらかだろう。
 予想の斜め上からの接触に困惑するが、ドッピオは取り敢えず食ってかかる勢いで強引に対応した。

「て、テメーふざけてんじゃねえぞ! ブッ殺されたくなけりゃあ……」
「〝テメー〟じゃなくって、八坂神奈子よ。アンタの名前も聞きたいところだね。それとも幻想郷じゃあ挨拶の文化すら廃れちまってるのかい?」
「やかましいッ! ワケの分からねェことぬかしてオレを惑わせんなッ! 頭ブッ飛んでんのかテメェ!」
「おっとと……。随分とまたキレやすい若者ねえ。ブッ飛んでるのはアンタの方に見えるよ。私はただ話がしたいだけさ。この幻想郷の事とか、アンタ自身の事とか……目的は言うなら、異文化交流だね」
「だから、その『幻想郷』ってのも何だ! お前もスタンド使いかァー!?」

 互いの温度差はあれど、これは口論に等しい。先程から理解不能の売り言葉を仕掛けられるドッピオだっだが、ヒートアップの末につい失言を洩らしてしまった事に気付き、はっと口を噤む。
 お前もスタンド使いか、などという言葉は、彼自身もそうであると自らバラしたようなものだった。仮にもギャングの端くれとして情けない。この場に電話があれば、間違いなくボスから大目玉を食らう所だった。

734ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:01:09 ID:UVCbRvCA0
 ところが目の前の不躾な女と来たら、ドッピオの予想した反応とは少し異なる面持ちをこびり付かせていた。
 鳩が豆鉄砲を食らう。端的に表すなら、そういう滑稽なリアクションだ。

「…………あ? アンタまさか……幻想郷を知らないわけじゃないだろうね」

 幻想郷。聞きなれぬ単語だ。
 だが思い起こしてみれば、確か最初にこの会場まで連れてこられたあの時……主催のどっちだかがそんな単語をポロリと口にしていたような気もする。
 しかしそれだけだ。そんな曖昧な〝気がする〟程度の、ほぼほぼ初聞きの単語には間違いない。

「し、知らねーぞ。そんな、ゲンソーキョーだなんて言葉は」

 よってドッピオは、正直な答えを示した。反射的に返した台詞だったが、何故だか相手にはよく効いたらしいことが分かる。


「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」


 先までの威風堂々とした登場は既に過去となっていた。
 思いがけない成り行きに、図らずもポカンと口を半開きにする女。騙し討ちを仕掛けるなら今だろうかという邪念がドッピオの心に過ぎったが、エピタフの予知に新展開が現れない様子を見届けると、もう暫くこの微妙な空気を堪能しなければならないらしいと観念した。



「…………ワケがわからん」



 首を振りながら女は、細く呟くように零した。

 どう考えても、こっちの台詞だった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 普段から自責や悔恨といった後暗い感情に縛られることも少ない八坂神奈子。時には奸計を巡らし、大胆不敵な施策を打ち出す頭脳派な一面もあるにせよ、後を引かないサバサバした快活な性格は、周囲にとって好ましく映っていた。
 そしてそれこそが自分にとっても無二なる性質であり、持ち味でもあると神奈子は自覚している。近頃ではフランクさを売りに転換し、少しでもと信仰を掻き集めたい商売根性を考え始めているくらいだった。

 そんな神奈子が、今日。
 この地上に顕現して恐らく初めて、本気で『後悔』している。
 豪胆な気質ゆえ、これまで面に出すことは控えてはいたが……本来は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 ───早苗は幻想郷(ここ)に連れてくるべきじゃなかった。

 邪念を振り払うようにして、頭をブンと回す。最終的に幻想郷まで添う道を決意したのは早苗自身ではあったが、やはり強引にでも押し留めるべきだったんじゃないかと。
 不毛に過ぎない思惟をどこまで掘り進めたところで、自らの歩みを鈍重にするだけだ。後悔を重ねてあの子を外へ帰せるというのなら、幾らでも後悔してやる。
 現実はそうもいかない。幻想郷が我々の想像していた『理想郷』とは、遥かに異質で血生臭い土地である事を知ってしまった。ひとたび潜れば二度とは戻れぬ、地獄の釜である事も。
 神奈子にとって此処の『異常性』は既に十分な理解として呑み込んでいたが、どうやら幻想郷という閉鎖的な世界にとってはこれが『平常』であるらしいのだ。個の身勝手な感情でこの調和を乱せば、強制的に排されるであろうことは明白。
 座せる椅子は一つだという。九十という大人数を考えれば、随分と狭量な二柱だ。ただでさえこの土地には住処を追われた、或いは行き場を失った神や妖が、希望を求めて辿り着く最後の楽園と聞くのに。
 どう誂えて膳立てした儀かは神奈子の知らぬ所であったが、九十という夥しい生贄の数にも、一席という遥か狭窄な椅子の数にも、恐らくに意味は用意してあるのだろう。不平不満が無いとは言わないが、所詮新参者の神奈子が口を挟める道理もなかった。

735ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:02:02 ID:UVCbRvCA0
 だがそれは、神奈子含む守矢家の三名に限った事情でしかない。
 「こんな土地(せかい)、来るんじゃなかった」などと泣き言を喚ける事情を抱えるのは、新入りである我々だからこそに許された痛恨の念であると。

 だから早苗は苦悩し、嘆き、絶望したというのに。
 だから諏訪子は困惑し、踠き、激昴したというのに。
 だから神奈子は理解し、動き、恭順したというのに。

 泣くも。怒るも。悟るも。私たち三人の家庭事情あっての迷妄だと、神奈子は割り切っていたのに。
 この土地の住人ではなかった我々新参者が、この土地の古い習わしに混乱や義憤を覚えることは、本来ならば当たり前で。
 逆説的には、我々家族以外の参加者(いけにえ)がこの儀式へ反旗を翻そうと動くのは、普通に考えて、普通ではない。
 保身に動きながらも、儀式を成功させんと各々躍起に立つのが、『此処』での普通なのではないのか。元よりこの幻想郷とは、そういう規律を敷いて大結界の成立を保つ特殊環境ではないのか。
 つまり守矢以外の参加者は、基本的には大抵が儀式に『乗る』ものだという前提で、神奈子はこれまで動いてきた。
 無論、彼ら一人一人にも神奈子の計り知れぬ事情ぐらいはあるのだろう。『例外』という存在はどこにでもいるものだ。

 たとえば最初に出会った少年・花京院典明。
 刑務所で〝天人〟を捨てた少女・比那名居天子。
 その隣で彼女を支えていた、活きのいい学ランの少年もだ。
 神奈子の客観では、彼ら彼女らが『例外』といえるのだろう。儀式へ対しあまり積極的な姿勢には見えず、徒党を組んで動いていた。
 この矛盾に対し神奈子は〝あの子らはまだ若いから〟程度のありがちな疑問しか挟まず、深く考えて来なかった。早苗と同じ人種だろう、と。


 ここに来て、心の隅に横たわっていた違和感が膨らみ始めた。それも、急速な勢いを伴って。


 ───儀式に消極的な生贄が、少し多すぎる。


(……どういう事だ? まさか私たち以外にも『新参者』がいるとでも?)


 生贄とは。どのような過程を経ようとも、最終的には一名を除いて全て死ぬ。こういう前提で此度の儀式は始まった。
 当然ながら、生者であれば誰しもが死を厭うだろう。退場を免れる為にあの手この手で儀式を生き抜こうと、武力に自信ある者は武器を取り、知力に長けた者は権謀術数を張り巡らせる筈だ。
 中には儀式そのものを台無しにしようと目論む『例外』も居るかもしれないという僅かな可能性も、神奈子の頭を過ぎったりしたが。そんな人種がいるのなら、きっと早苗と同じくらいに芽が若く、片手で数えられる程度に極少数の者だろう。

 故に、結局。
 最終的にはこの儀式も『成功』で終わる。
 これが予定調和。在るべき所に収まる、自然の律。
 だからこそ神奈子も、郷に入っては郷に従えを体現してきたというのに。




「幻想郷の人間じゃ、ないの? ………………マジ?」




 盲点というか、灯台下暗しというべきだろうか。
 よくよく考えてみれば、考えたことがなかった。


 ───まさか私たち守矢以外にも、『新参者』が居たなんて。


 いや、新参者どころか。
 この少年は確かに発言した。
 幻想郷なんて知らない、と。
 爆弾発言だ。



「………………ちょ、っと……、話を、整理させて」



 何かが、おかしい。
 不穏な予感が眩暈を引き連れて、脳を揺らす。
 目の前で憤る少年へと縋るように、神奈子は次第に違和感の尻尾を探り始めた。

            ◆

736ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:03:30 ID:UVCbRvCA0
 ひとひら、ふたひらと、斑であった白雪も。刻を重ねるにつれて、力強く勢いを増してゆく。
 まるで彼ら一片一片に何者かの強固な意思が混在し、この地に脈動する魍魎を纏めて祓うかの如き指向性を感じる。
 寒い。薄めのセーター1枚という装いであるドッピオには、この環境が暫く続きそうだという空模様には憂いしかなかった。

「……この雪は、アンタの仕業ですか」

 地べたに胡座をかきながら、じっと思いに耽ける神奈子と名乗った女。先程は彼女へ対しひどく攻撃的な態度で迎えたドッピオだが、今では幾分か落ち着き、やや萎縮しつつも警戒心混じりに会話出来ている。
 この小さな洞穴に正体不明の女を招き入れた理由があるのなら、それは彼女が望んだからだ。
 対話を望み。着座を望み。即ち一時的な停戦を彼女が望んでいるから、ドッピオは今このような場を設けている。
 実質的に抗う余地は無い。神奈子という女は、己の望みや我儘といった〝我〟を叶えさせる力を擁している。対峙してすぐ、ドッピオが気付かされた彼女の圧倒的〝格〟であった。
 そうでなければドッピオはとうに攻撃している。彼女の肩に担がれた無骨な銃器が牽制に一役買っていたのは偽りなき事実だが、それ以上に神奈子の纏う空気が尋常でない域のそれだと、ドッピオへ如実に伝えていた。
 早い話、ドッピオは臆した。無言の圧力に屈し、一時の自陣である洞穴へと彼女を迎えた。迎えざるを得なかった。孤軍奮闘という立場上、これはある種の敗北ともいえる。
 とはいえ、このコミュニケーションにもメリットは確かにある。女が何を企んで接触してきたのかは知ったことではないが……

 ───少なくともドッピオは第二回放送の内容を耳にチラとも入れてない。

 あらゆる局面においてこの穴は、大きな躓きを誘発する深い窪みになる。とても二の次に回していい問題ではなかった。

「……チッ。こっちからの質問は歯牙にもかけないってわけか」
「聞こえてるよ。雪(これ)は別に私の力じゃない。さっきのくたびれた里で空から落ちてきた、フードの男の能力だろうさ」
「だがボクには、アンタの周囲を雪が〝避けて〟落ちていくように見えた」
「そりゃ気のせいだ」

 気のせいの一言で一蹴。あくまで爪隠す鷹で通すつもりだろう。当然ではあるが。
 従ってドッピオも、秘中の秘であるエピタフの隠蔽は怠らない。互いに妥協のラインを探りながら、差し出せる札は差し出し、貰える札は根こそぎ奪ってやりたい。相手も同じ思考のはずだ。
 では〝自分が殺し合いに積極的かどうか?〟 これが隠蔽出来ると出来ないとでは今後に大きく響きそうだが、少なくとも今回は現時点で互いに悟っている。ドッピオの方は服の返り血を隠し切れていないし、神奈子の装いや空気も明らかに戦闘者としてのそれだ。

 お互い『乗った側』の姿勢を隠そうともしない。勘繰るまでもなく、まず前提にこれを承知している。
 偽りなき信条が記された名刺。このテーブルは、双方がこれを提示させた段階から合意の卓となっていた。

 ドッピオも当初は、差し当たり放送内容だけでも入手出来れば儲けもの、程度に考えていた。どこかのタイミングで隙を突き、仕留めにいける戦果を得たなら上々の出来。
 だがこのイマイチ浅略の域を出ないプランも、神奈子の口から『幻想郷』という単語が出た辺りで早くも霞みがかっている。

「確認するが、アンタは……いや、アンタもつまり『幻想郷』の人間じゃなく、『外の世界』の人間なのかい?」

 深い思案から放たれた神奈子が、今一度の念押しを試みた。何度問われようと、それに対するドッピオの答えに変化はない。

737ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:04:59 ID:UVCbRvCA0
「その『外の世界』って言葉も、そもそも理解不能なんですけどね。アンタが『界隈』の人間だってんなら、まぁ分からなくもないですけど」

 神奈子が裏社会に生きる人間であれば、外の世界というのはつまり表社会の人間を指す。しかし目の前で真剣に物問う相手のニュアンスを噛み砕けば砕くほど、この解釈は明らかに誤りだと気付く。
 何かちぐはぐだ。会話間に筋がなく、互いが互いの常識観を疑っている。冬が終結すれば春が訪れる──そんな常識以前の根底を、いい歳した男女が真顔で問題としているのだ。
 この違和感を排除するには、問題を一段階先に進める必要がある。

「神奈子さん、でしたね。そろそろ説明してくれてもいいでしょう。……何なんですか、その『幻想郷』というのは」

 ドッピオにとって急を要する情報とは、先程流れたであろう放送の内容。禁止エリア含め生命線にもなり得るこの情報が、先ずはの最優先事項だった。
 しかし考えてみれば自分には、この殺し合いに纏わるあらゆるデータがインプットされていなかった。放送や参加者名簿で齎される情報源を元にして探ろうにも、単騎の身では限度がある。
 ただでさえこの会場にはコウモリのメスガキや兎耳の女、果てにはあのサンタナとかいう怪物が我が物顔で跋扈している。明らかに普通でない世界というのは流石に察していた。

 もしやすれば。
 自分は情報面において、周囲から遅れているのではないか。それも、とんでもなく。
 殺し合い開始から15時間は経つ頃合いにして、あまりに今更な気付きがドッピオを焦りに走らせた。
 焦燥心が事態の急速な把握をせき立て、逆に彼の掲げる狂気を抑え、落ち着きを与えた。表面上では、という話だが。


「…………私も詳しくはないよ」


 そう前置きし。
 神奈子はどこか心ここに在らずというか、散漫な面持ちで『幻想郷』を語り始めた。


            ◆

 我々守矢の三名以外にも『外』の者が居る。
 この新事実が神奈子にとって如何なる意味を齎すか?

 唐突過ぎて、未だ整理出来ずにいる。しかしよくよく思い返してみれば、あの花京院や不良風の少年の装いなどは、現代の男子学生のそれであった。(後者の髪型が果たして現代風と言えるかは判然としないが)
 また老化を操るスーツの男や刑務所のヴァニラ・アイス、諏訪子と共に居た黒髪の女や天候を操るフード男……あまりにも『異邦人』が多い。目の前の少年だってそうだ。国籍すらバラけていると来た。
 神奈子が幻想郷に越して刻は浅い。住民の豊潤なバラエティさに目を通す暇などなかった故に、今までは「こういう場所なのか」くらいにしか思わなかったが。

 九十の生贄は、幻想郷の内外問わずに強制召集されている。

 この可能性に気付いた瞬間。神奈子ら守矢の三名だけが特殊な事情を持つ──という全ての前提が一度に崩れ去るのだ。

738ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:06:03 ID:UVCbRvCA0
 だから何だ。他人の事情など関係ない。
 そう割り切れるほど神奈子は単純ではなかったし、愚昧な神でもなかった。
 少なくとも神奈子がこれまでに下した二人の男は、見て呉れからして『外』の人間だったろう。つまりは、部外者だ。
 自分は新参者とはいえ、こうして幻想郷に籍を置く身だ。土地目線で一纏めに考えるなら、九十の生贄とは言うなら全員『身内』。
 その身内という前提が、実はそうでは無かった。内外問わずというのは、それこそ幻想郷とは完全無関係の参加者も幾多居ると考えていいだろう。

 この『無関係』の内二人の生命を、神奈子は奪った。
 〝内情を何一つ理解しないまま〟に、殺したのだ。
 更にはその真実を、今の今まで知らずにいた。
 独立不撓の神である、この八坂神奈子とあろう者が。

(私は、誰を殺した? 私は、誰を殺そうとしている?)

 心に灯った自問自答を、冷たく思議する。
 静電気に見舞われたような小さな痺れが、我が頬を引き攣らせた。それが苦悶を表す表情だと、神奈子には自覚出来ない。

 彼らは幻想郷に住まう者だから生贄として選ばれた──この常識は、跡形もなく決壊する。
 幻想郷のげの字も知らない人間がこうして現在する以上、九十の生贄それぞれは、恐らく無作為に選ばれた形に近いと予想する。特に外の人間からすれば、あまりに不本意な拉致だ。神隠しでは済まされない。

 これは『生贄』の範疇を逸しているのではないか。

 神奈子とて殺す相手を選り好みしている訳では無い。内の者だろうが外の者だろうが──それがはたまた家族の者だろうが。
 区別せず、自分含め全員が生贄だ。殺す手段に哀憐の差はあれど、そこは変わらない。
 そうでなければ、今までやって来た自分の行いに意味が生まれない。
 意味の無い殺生を行ったその瞬間。八坂神奈子と云う名の神は、真の意味で『死ぬ』のだから。

 しかし。
 だというのに。
 その『生贄』という、そもそもの大前提。
 ここに疑惑が生じた時。


(───私は、今まで通りで在るべきなのか?)


(───私は、今まで通りで在れるのか?)


 不条理といえば不条理。
 だが考えようによっては、条理ともいえる。
 幻想郷維持の為にこの儀式を行う必要があるのなら、内同士で争わせて数を減らしたのでは本末転倒だ。
 だから外の人間も連れてくる。理にかなうし、そもそも『生贄』とは元来、不条理な習わしである。

 筋は、通る。
 しかし、何一つ知らされず命を喰った側の神奈子にとっては。


(───何なんだ? この、幻想郷という地は)


(───そして、あの二柱の神も)


(───分からない)


 あろうことか神奈子は。
 外の世界の神という立場でありながら、幻想郷の最高神であろう二柱に疑心の目を向けた。

 八坂の神として、あってはならない事。
 是正すべき、心理状態だ。


 さもなくば…………本格的に、ブレてしまう。

739ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:09:06 ID:UVCbRvCA0





「───……奈子さん?」



 暗い海に転覆していた視界が、光の下へ急激に引き揚げられる。


 神奈子の沈黙を不審に感じた少年が、目元を窺うようにして覗き込んできていた。神奈子は自身が思う以上に動揺していたらしく、こうして声を掛けられ、ようやっと意識を浮上させた。

「あ、あぁ。悪いね、私としたことが」

 その一言を以て、神奈子の強張りが抜けた。堅と柔を自由に応変させるその気質が、浮き足立つ気持ちに早急な挽回を促す。メンタルリセットという点で、こういった長丁場では重要なスキルと言えた。
 どうやら精神が一服を求めていることを自覚する。神奈子は息を吐き出し、小休止の意味も込めて支給品から一枚の紙を取り出した。
 手近な地面に落ちていた大きめの樹葉を数枚、手元に引き寄せて一箇所にまとめる。エニグマの紙を広げてひっくり返し、中からなだれ込んで来た菓子類を荒く落とした。樹葉は受け皿代わりだった。

「客側である私が言う台詞じゃあないが、まあ食べなよ。お茶請け代わりさ。茶は無いけどね」
「……菓子?」

 少年がいかにも怪訝そうに、神奈子の用意した菓子の数々を睨み付けた。
 当然の反応だ。あちらからすれば、神奈子は唐突に姿を見せた得体の知れない敵のようなもの。罠のひとつも勘繰らない方がおかしい。
 だが正真正銘、このお菓子はおかしくない。元々はヴァニラの所持していた支給品の一つであり、和菓子・洋菓子入り乱れる至って普通の菓子類だ。安物だが。
 戦場において糖分の類は貴重であり、重要な栄養ソースであるのは言うまでもない。言ってみればこの支給品はハズレの部類ではあるが、殺し合いが後半に進むにつれ、こういった『遊』の要素も精神的な支えになるのは自明だった。
 更に言えば、幻想郷に越したからには二度と御目にかかれないであろうと踏んでいたこの手の現代嗜好品に巡り会えたという点においても、神奈子の気休めになる程度には好感触だった。

「毒なんか入ってないよ。単なるおやつさ」

 自らの発言を証明するように、神奈子は色とりどりの菓子から一つ、適当に見繕って手に取った。日本ではどこにでも売られているような、ごく一般的なバタークッキーだ。
 手際良く包装を剥がし、心地よい音を刻みながらクッキーの半分に齧り付く。馴染んだ味わいの通りに甘ったるい感触が舌を通り抜け、胃の中が洗われるような小さな幸福感が口の中を支配した。
 やはり甘い物というのは良い。こうした甘味は戦前と現代とを比べれば遥かに流通も増大し、今日では気楽に手に入る嗜好品として広く親しまれている。神の視点から見た人間の歩み……その一つとして数えてもいい、慈しむべき美点に違いなかった。
 このスイーツという発明、ひいては食の発展そのものが、人の歴史に生まれた壮大なユーモアを体現しているみたいに感じられ、テイストも含めて神奈子は好きだった。
 残った半分のクッキーも放り込むように口へ入れ、神奈子は間食を終える。神が人間の目の前でポイ捨てを行うというのは流石にバツが悪く、残ったゴミも几帳面に紙の中へと戻しながら。

「どうしたの? 遠慮しなくていいわ。単に情報提供感謝の意味だから」

 撒かれた菓子をじっと訝しむ少年へ、今一度誘いをかけてみる。あくまで兜の緒を緩めようという趣向を含んだおやつタイムであり、実際神奈子にもそれ以外の他意などない。
 あるとすれば……儀式には既に前向きであろうこの少年の出方を見てみたい、というのが心底に隠された狙いといえば狙いだった。

740ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:10:41 ID:UVCbRvCA0

「……では、遠慮なく」

 唐突に少年が菓子へと手を伸ばす。掴み取った一つの菓子は、これまた日本では有名な老舗菓子。どこの店の棚にも並ぶような、ありふれたミニロールケーキの洋菓子だ。
 それを意外にも丁寧な手つきで、包装を取り除いてゆく。少年の顔立ちからして、彼は欧州出の人間らしかった。出身国はきっとスイーツに熱のある方面なのだろうと、神奈子は無根拠な想像をたてる。
 「毒など入ってない」とは念押したし、実際入ってないのだが、あからさまな敵から渡された不審物を警戒するのは世の条理だ。定石に倣うべきであるこの少年は、今まで随分とこちらを警戒していたにもかかわらず、次の瞬間あっさりと菓子を口に入れた。
 まるである時点から『毒などない』と把握したみたいに、次へ移す行動に戸惑いがない。なよなよしとした見た目に反し度胸があるのか。神奈子からすれば好ましい対応なのは確かだが。
 少年が頬張った一口サイズの菓子が、咀嚼と共にゴクリと胃に潜り込んだのを見届ける。残った空の包装紙を彼は、神奈子へ反目するようにその辺へと粗末に投げ捨てた。この悪質な行為に目敏く喝を入れるほど、神奈子も頓珍漢ではないが。


 さて。かなり話が逸れてしまった。
 尤もそれは、神奈子の抱える事情が自発的に陥没へと向かったような自爆。イレギュラーな交通事故でしかない。
 本来この少年に会いに来た理由は、とある参加者に興味が出たからであった。今は自分自身の都合など、考えるに詮無きことだ。

「で、そろそろ話を進めようかしら。ドッピオ君」
「〝君〟はやめろ……ッ!」
「失礼。じゃあ、そうだね……」

 一体何から話すべきかと、神奈子は顎に指を当てて逡巡する。確認しておきたい事柄が、思ったより多かったからだった。
 神奈子とこの少年──ドッピオは、既に最低限の情報は交わされている。名前は勿論ながら、ここ『幻想郷』という土地の大まかな概要と、神奈子が外の世界から来た『神』であること、先に行われた第二回放送内容、等々。
 これらを聞いたドッピオも流石に目を丸くし、暫く俯きながら何事かを思案している様子を見せた。時折小さく震え、頭を抱える素振りも見せていた。
 言葉が出ないのは、先の理由により神奈子も同様である。二人して一様に頬を打たれたような気分を味わったのだ。しかも神奈子に至っては、自身の存在意義にも影響しかねない新情報が明らかとなったのだから。

 だが……『存在意義』という話で語るなら。
 どうやらそれは、神奈子のみの特殊事情という訳でもなさそうだ。


「色々と話したい事もあるけど、まずは───アンタの名前についてだね。〝ヴィネガー・ドッピオ〟」


 初めにこの少年から名を尋ねた時より疑問だったのだ。まずはこの矛盾を紐解いていきたい。
 神奈子は荷から一枚の名簿を取り出し、ドッピオの眼前で軽くぱしんと指で叩いて見せた。

「どうしてアンタの名前がこの名簿上に記述されてないか。コイツは大きな謎だ」
「知るかッ! あのクソ主催共に聞け主催共に!」

 数度に渡って名を問い質してみたが、少年の返答は頑なに一本調子の内容で返される。嘘を吐いている様子にも見えなかったので、彼の名は実際にヴィネガー・ドッピオと考えていいのだろう。
 しかし幾ら名簿の上から下まで目を往復させようと、ドッピオの名は存在していなかった。参加者の一名を取り零すなどと、こんな初歩的な大ポカが有り得るだろうか?

「有り得ねえだろッ! 別に無くて困るようなモンでもねーが、奴ら絶対オレをナメてやがるぜッ!」
「キレるな、ドッピオ……」

 前触れもなくいきり立つドッピオへ対し、神奈子は早くも慣れたように「どうどう」と抑える。
 どうやら彼はかなりの癇癪持ちというか、ともすれば二重人格の様な変貌を時折に見せてくれる。基本的には自己主張の少ない、比較的穏やかな少年なのだろうが……ギャップもあって、どうにも扱いづらかった。
 従って神奈子は、これ以上彼自身の癇に障るような真似を避けるべく、現段階で考えても解けそうにない名簿の謎は切り上げることとした。

 本題に入りたい。
 考えようによっては、ドッピオにとっての『爆弾』は寧ろこっちの話題だろう。

741ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:12:01 ID:UVCbRvCA0

「分かった分かった、ドッピオ。ひとまずこの話は隅に置いておこう。私がアンタを訪ねてここに足を運んだのは、まだ理由があるんだ」

 これまでと違い、ここから先は向こうの『領域』だ。
 それも他人には不可侵である筈の、神聖なエリア。土足で迂闊に上がり込むこの行為を何よりも嫌っていたのは、他ならぬ自分自身であった。

 それを今。
 神奈子は敢えて侵す。



「〝ディアボロ〟……ってのァ、誰のことだい」



 音が鳴った。外からだ。
 着雪の重さに耐えかねて、先端をポッキリと折らせた樹枝の───冬山の音だった。
 湯呑みにヒビが入るような……不吉な予兆を含む音色。


「───口には気を付けろ、テメェ」


 先程の。
 喚き散らすような幼稚な怒気とは、また別種の。
 捉えどころなく。薄気味悪い悪魔のような『殺意』が……神奈子の襟首を掴んでいた。

「離しなよ」

 神色自若の態度で、神奈子は厳かに警告を伝える。不遜の過ぎるドッピオの振る舞いに対し、微動だにせず坐を保っていた。
 神の襟首を掴むという大無礼を遂行せしめたドッピオの眼光は、殺意を振り撒く機械同然の様に冷たい。道徳などとうに捨てた者が作る貌だ。
 右手には鉄製の丸い鈍器が握られていた。夥しい量の返り血がこびり付いた、人の血を吸った武器だ。

 それが今、神奈子に向けられようとしている。
 人間の童が、神に武器を向けようとしている。


「もう一度だけ、言う。───離せ」


 言葉による重圧。神奈子が発した言霊には、人の力では不可抗力の重力が漲っていた。
 未知数。ただの一言で気圧されたドッピオは、冷汗垂らす心中にて八坂神奈子を端的にそう表現した。
 思わず眉根を歪めるドッピオ。握ったと思われたイニシアチブは、いつの間にか不動のままに握り返されていた。

「…………〜〜〜ッ!」
「血気盛んなのはお互い様、だけどね。とはいえ、しかし。無遠慮だったのは、寧ろこちらの方……」

 悪かった。
 素直に。誠心のままに。
 神奈子はそう言って、謝罪した。
 先程の威圧が、嘘のように霧散していた。

 有無を言わさぬ負荷を押し付けられたかと思えば、次の瞬間に自ら頭を下げる。変遷の激しい神の姿を前に、ドッピオは出す言葉を失った。

「デリケートな話題だってのは承知の上さ。アンタと〝ディアボロ〟の間に垂らされた糸が、ただならぬ関係にある事くらい。それは例えば──家族の様な。誰しもが持つ、他人には踏み越えられたくない、生まれながらの垣根って奴だ」
「…………家、族」
「ああそうさ。私も『あの場』に居た。ディアボロという人間が、自分の娘を手に掛けたあの地獄にね」

742ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:13:02 ID:UVCbRvCA0

 家族とは何か? この命題に明確な解は出ない。
 地上に星の数ほどある家族という環。彼らそれぞれがそれぞれに苦悩し、喘ぎ、人外から見れば短い生を踏破する過程で、自ずと悟るイデア。そも、他人の助言によって解釈を得るのでは的外れなのだ。
 だからこそ重要視するべくは家族間でのみ紡がれる『絆』であり、神奈子もこれを絶対的な聖域だと捉えている。
 トリッシュと呼ばれたあの少女とディアボロとは、父娘の関係なのだろう。そこには家族という特殊な繋がりがあった筈だ。
 是非はさておき、ディアボロはこの唯一なる『絆』を自ら断ち切った。現状の神奈子ではとうとう達成に至り切れなかった行為だ。

 理由を、知りたかった。
 ディアボロがこれに至った心情……経緯……覚悟……その片鱗でも、と。

 それはまさしく神奈子が嫌っていた、他人の家庭事情に土足で立ち入ろうとする行い。不道徳だという自覚あるがゆえ、先程神奈子は誠意をもってドッピオへと謝罪したに過ぎない。
 本来なら頭を下げる対象は、ディアボロが望ましい。彼の行為の真意を知りたいならドッピオでなく、ディアボロ本人へと問い質せばいい。


 そうしたいのは、山々だ。
 そう出来ない事情が、出来上がってしまった。
 悔やまれること、と言っていいのだろうか。


「───ディアボロ本人がもう死んじまってる以上、当事者と言えるのはアンタぐらいかと思ってね」
「…………。」


 ドッピオには既に伝えていた事実だ。
 先の放送において『ディアボロ』は、名前を呼ばれている。娘を殺害したディアボロはあの後、何処かですぐに死亡したという訃報だった。
 この事実を聞いたドッピオは何を語るでもなく、静かに目を伏せた。深く思慮するように、死者へと想いを馳せていたのだろう。

「知ったふうな口を……と思われるかもしれないけどね。アンタにとってディアボロは凄く大切だったんだろう?」

 ストレートな切り口。配慮がないと、自分でも思った。相手は只者でないとはいえ年端も行かぬ少年で、大切な人物を喪った事実をつい今しがた知らされた所なのだ。

「……アンタは要するに、何を知りたいってんですか」
「ディアボロがどうして、娘トリッシュを手に掛けたのか。アンタなら知ってるかと思ってね」
「何故です。アンタは完全に部外者のはずだ。何故、それを知りたがる?」
「私個人の私情であり、エゴみたいなもんさ。血の通った家族を殺そうとしているのは、何もディアボロだけではない。先達に倣うってわけじゃあないけど、いつまで経ってもうじうじしている自分に何か切欠が欲しいのも事実よ」

 神奈子は手札の一部を早々に明かした。自らに陥った事情を潔く語るというのは、相手に弱味を握らせる愚行と同義だ。しかもそれが神聖であるはずの己が領域──家族に関する事情だというのだから、これはもう突けば角を出す急所を曝け出すようなものだった。
 だがこれも利害得失の代償と考えれば、当然の精算であるとも思う。神奈子は今、それだけ業の深い双手を伸ばして相手の泣き所を間探ろうとしているのだから。その上ドッピオにとってみれば神奈子の一身上の都合など、本当につまらない話だろう。何もかも打ち明けるつもりは毛頭ないが、少なくとも彼の心に響く対話にはなるまい。
 聞こえは良くないが、神奈子の身の上話を駄賃にして『ディアボロ』についての話を聞きたかった。自分で言ったように、これはエゴ以外の何物でもない。

「境遇こそ異なる。でも結局のところ、向かう到達点はディアボロと大差ないんだろうさ。私もいずれ『娘』を殺す。理から外れたこの大罪を円滑に、穏便に済ますには……少し遠回りが必要かと思ってね」

 如何にも唐突で、正当性は見当たらない神奈子の理屈。ドッピオもこれに不条理を感じたか、冷静に反論する。

「我が家の事情をお涙頂戴のように愚痴り、相手にもそれを強要する。……酒の席じゃないんだ。流石に通らないでしょう、それは。神奈子さん、貴方の理屈は烏滸がましく、そして破綻している」
「正論だ。アンタがそれを話したくないってんなら、私は黙ってここを立ち去るさ。話す話さないってのは、当人が決定する当然の選択肢だからね」
「…………話す、話さない。それもちょっと間違いだ。ボクにはその二択を決定する権利なんか、ないですよ。あの人について第三者に語る権利は、ボクには与えられていないんです。『話せない』、が正しい」

 滑らかな拒否を示すドッピオ。その態度はどこか断定的で、機械的。まるで兵士だ。
 話したくない、ではなく、話せない。この言い回しから予想出来るドッピオとディアボロの関係性は、神奈子の思っていた以上に序列を含みそうだ。封建的、とも言えるかもしれない。

743ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:01 ID:UVCbRvCA0
 神奈子は目の前のドッピオにも悟られないくらいに小さく、ふぅと息を吐いた。
 本人が話せないと言い切っている個人事情を、無理やりにこじ開けるつもりは神奈子にも無い。半分ほど予想していた答えでもあり、さして落胆は無かった。

 ディアボロについては、諦めよう。
 元より『死人』なのだ、彼は。
 今も何処かで生きている早苗や諏訪子よりも優先して探る程の寄り道ではない。


(……私はこの期に及んで、何を惚けている)


 この足踏みがドッピオの指摘した通り、烏滸がましく、破綻した、それでいて無意味な時間だと。ふと気付く。

 他人に話して、楽になりたかった?
 それとも、引き留めて欲しかった?
 馬鹿な。そうなった所で、結局最後に苦しむのは自分や家族なのだ。分かりきった事じゃないか。
 寄り道だなんだと都合の良く聞こえる言葉は、逃げ道でしかない。こんなのは問題の先延ばしに過ぎないじゃないか。

 ディアボロは、もういい。
 死んだ者より、生きた者だ。
 私の〝これから〟は、此処に居るドッピオに向けるべきだ。

 神奈子は半ば自棄のように手を伸ばし、目の前に積んだ菓子の山へと突っ込んだ。
 甘ったるい砂糖菓子。外の世界の駄菓子の一種であり、早苗の小さい頃はよくこれを与えて喜ばせていた。
 やや乱暴に包装を剥ぎ、一口サイズのそれを口に放る。多量に振り掛けられた砂糖と果汁本来の酸味。この塩梅が、今の神奈子にとっては丁度良い刺激となった。

「相分かった。すまんね、変な話を持ち掛けて。忘れてくれ」
「いえ……。ボクの方も色々と教えて貰った事ですし」

 体面だけではあろうが、ドッピオも温柔な物腰で応じる。爆発的に感情を露わにするかと思えば、この様に低姿勢で物事を慎重に進めたりする。
 彼という二面性は、ディアボロ抜きにしても神奈子の興味を惹かずにはいられない。此処が殺し殺されの場でなければ、もう少しからかってみたりもしたかったが。


 それだけに……惜しい。


「アンタは……いや、アンタも優勝狙いなんだろう? ディアボロも死んだ今、孤軍奮闘を余儀なくされていると見える」
「……そう、見えますかね」

 わざわざ確認する程でもない。
 少年は現在、間違いなく単騎の身。今なら、どうとでも扱える。
 正直、神奈子の中でこの儀式そのものに向ける疑念は膨れつつあった。今まで通り、とは行かないかもしれない。
 それでも今更路線を切り替えるなど、愚かもいい所。ましてやこのドッピオは紛うことなき危険人物であり、放置すれば早苗たちにも危害があるだろう。そうなれば何の意味もない。

 家族間での決着は、あくまで家族間で。
 そうでなければ甲斐もなく。
 そうだからこそ、震盪する。



(───殺すか。今、この場で)



 決心までには一歩至らぬ、その邪念。
 底意がふつと沸き上がり、他者を害さんとする明確な形貌へ変異を遂げる───刹那だった。



「ボクと手を組みませんか」



 その言葉は、神奈子が今まさに手を下さんとする相手の喉奥から、ゆらりと這い出た先制の申出だった。

744ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:14:36 ID:UVCbRvCA0


「………………何だって?」


 恐ろしく間が抜けた反応を示したもんだと、自分でも呆れた。ドッピオが放った言葉の意味が、一瞬なんのことだか理解出来なかったのだ。

「シンプルな提案ですよ。ボクも貴方も殺し合いに乗っている。しかし互いに単独の、謂わばアウトサイダーの身だ。支援の期待できない戦場に長く身を置くってのは精神的にも折れる。だから仲間のひとりも作っておきたい……ってのが、常人の心情でしょう。『神サマ』にとってどうかは知らないけどね」

 青天の霹靂に近い体感というべきか。圧倒的強者としての視点を持つ神奈子からすれば、それは不意を食らったような提案だった。
 人を殺しておきながら常人の心情を語るとは見上げた根性だが、そもそも神奈子には今まで〝仲間を作る〟という発想がまるで無かったのだ。
 儀式が始まって今に至るまで、記憶を掘り返すまでもなく、徒党を組んで動いている者たちを見てきた。あの不良コンビといった彼らのように、懸命に生きようとする姿に感銘は覚えても、その仲間意識に疑問を挟むことは今までなかった。
 それは結局の所、彼ら人間達に対して、神奈子はどこか『格下』を見下ろす気持ちで対してきたからだろう。神の生まれである以上、これは種族意識に近い自然現象の様なものだ。

 弱者ゆえ。人間ゆえに徒党を組む。
 自然界では当たり前の事象だ。
 神である自分が、その『集』という枠組みに収まろうとする。これにより発生するメリットや不具合などの掌握・処理の必要性、といった戦略以前に……まず考えにも及ばなかった着想だ。

「私が……よりにもよって『人間』と組む、か…………」

 無為にぼそりと零した言葉は、人間であるドッピオを見下すような意味にも捉われかねない。彼女にその意図は無かったろうが、日常的に人間を下に見ている節はありありと見て取れる台詞だった。
 これを耳に入れたドッピオは、少し目線を細めるだけで特に反応しない。単純な戦闘力で言えば明らかに神奈子以下である彼からすれば、この場で彼女の機嫌を悪くする訳にもいかなかった。

 形としては、ドッピオの交渉といえた。しかも話を切り出すタイミングと言えば、まさしく完璧だと言わざるを得なかった。
 さっき、神奈子の心証は間違いなくドッピオの始末という選択肢に傾いていた。今まさに手を出そうとする意識を遮るように、彼はこの『共闘』を持ち掛けたのだ。
 そして実際に神奈子は、その思わぬ提案を悪くない選択だと考え、首を縦に振ろうかと思い始めている。

 結果のみを見れば、ドッピオは寸での所で救われたのかもしれない。
 この事実が単なる幸運として片付けられるのか、はたまた彼の持つ『得体の知れない何か』が、未来を視るようにして凶兆を回避させたのか。分からなかったが、神奈子はこれをドッピオ自身の手腕として認識した。
 時折に彼の底から感じ取れる、得体の知れなさ。不気味な両面のある性格や、いざという時に人を殺せる程の冷徹さだけでなく、ドッピオの奥底に秘められた『切り札』のような何か。それを感じる。
 味方に付けるには底が見えないが、漠然とした頼もしさもあるにはある。まだまだ敵は多く、神奈子を脅かしかねない現存勢力も不明瞭。徒党はやはり、今後必要になるのかもしれない。

 自分の方針は変えるつもりもないが、今までが少し堅すぎたという自覚が出てきた。
 もう少し、柔軟に行ってみるか。

745ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:15:14 ID:UVCbRvCA0



「……ああ。それも、良いのかもしれないね」











 ───本当に、良いのか?


 長い思惟を終えた神奈子が、納得尽くである筈の答えを再確認するように自問を掛ける。
 再び陥る長考の迷路。既に口放ってしまった答えに、ドッピオが何やら確認を投げつけている気がしたが、今の神奈子の耳には大して聞こえていなかった。

 人間と組む。それ自体は神奈子の矜恃を崩すことは無い。そもそもこれは、神としてのプライドがどうのという話ではなかった。
 たとえドッピオが今、心中で神奈子に向けて舌を出していようが。この提案が神奈子の牙を避ける為に仕掛けた、一時的な苦肉の策であろうが。
 問題はそこじゃない。自分自身の心根に問い掛ける、信念への疑問を呈しているという発覚が、神奈子の足を今また沼へと引き摺りこもうとしていた。

 神奈子は今。ドッピオを殺す、生かすの二択を迫られていた。
 そして一見、耳障りの良い言葉・理屈で丸め込まれ、生かす──『手を組む』という選択肢を取ろうとしている。
 間違いではないだろう。囁かれた旨味は確かに存在し、互いにとって望む方向へ進むのであればwin-winだ。口八丁で言いくるめられた、などという浅慮は浮かばない。褒めるべくは相手の先見の明だと。

 彼女が足を搦める理由は、ドッピオを生かす選択を取ったこと、ではなく。
 彼を此処で『殺す』という選択を取れなかったことに起因する。
 ドッピオの提案を聞いた時、あまりにも自然に『生かす』方向へと意識が寄った。そして自分なりに納得のいく理由付けを、見る見るうちに積み重ねて行った。挙句には、彼の秘める先見性のような才を持ち上げる始末。


 甘いんじゃあないのか。
 都合の良い誤魔化しに、また逃げてやしないか。

 ───殺せよ。

 何が神。何が家族。
 これでよくもまあ、娘を殺すなどと大言を吐けたもんだ。
 目の前の童ひとりに、いいように抑えられて。

 ───殺せばいい。

 ディアボロも死んだ。
 ドッピオから引き出せる情報はもう無い。
 現実を見ろ。幻想は棄てろ。
 我々の理想する幻想郷は、此処には無かった。
 なればもう、見据えるべき終点は一つだろう。

 ───殺すべきだ。

 次は諏訪子だぞ。早苗だって残ってるんだ。
 あの子らに再会した時、お前はどう向き合うつもりなんだ?
 お前があの子らを殺せなければ、別の悪意に殺されるだけだ。

 家族だろ。
 家族なら、───よ。



 ──────────────。



 ───────。



 ──。

746ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:09 ID:UVCbRvCA0






 頭の中に色々な声が混ざって。

 それは幻想郷の事だとか。

 家族の事だとか。

 様々な、声とか、色とか、景色とか、他にも、



 ……………………、……って。


 …………。


 あぁ。














「──────……では、ボクは先に行きますね」
「ああ。健闘を祈るよ、ドッピオ」




 いつの間にか、話は先に進んでいた。


 とうとう神奈子は、ドッピオをここでは『生かす』……手を組んでみようという結論に落ち着いていた。
 何もかも真っ白だったわけじゃない。寧ろ様々に物を考え、先々を見据え、現状を認識した上で出した結論、だったように思う。
 話を進行させていく上で神奈子は、東風谷早苗、洩矢諏訪子の二人には絶対に手を出すな、だとか。
 手は組むが、行動は別々にしよう、だとか。
 次に何時、どこどこで落ち合おう、だとか。
 そんな当たり障りもない内容を、交わしていた……ように思う。

 当たり障りもない、内容。
 可も不可もない、適当な落ちどころ。
 無難すぎて、笑けてしまいそうだった。

 薄白色の思惑が飛び交う中、幻想郷についての疑念も当然、頭を掠めたりもしていた。
 その中で、ふと……本当に、ふと。
 新たな疑問が湧いた。今まで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだった。

 八雲紫が『生贄』に混ざっているのは、明らかに不自然だ、という疑問。


「あぁ、ちょい待ち」
「はい……?」


 八雲紫という女にも、取り敢えず手は出さないで欲しい。ディアボロが娘を手に掛けた現場にいた、紫色の装飾を纏った金髪の妖しげな女。アンタも見たはずさ。
 そのような内容を念押しした……ように思う。虚ろな思考の最中であったので、きちんと伝わったか自信がなかった。

 八雲紫。幻想郷においては本当に数少ない、少しは人となりを知る人物。少しは、だ。
 彼女は幻想郷の重鎮中の重鎮。郷の最古参であり、現行の幻想郷を創った賢者の一人と聞いている。
 そんな者が何故、他の生贄と同様に首を並べ、この儀式へさも当然のように参戦しているのか? 名簿上だけでなく、先刻諏訪子と行動を共にしていた場面だって漏れなく目撃している。百歩譲って何やら事情があるにせよ、八雲は儀式に『乗る側』なのが幻想郷にとっては好ましいと思うのだが、先の様子を見る限りそんな風でもなかった。
 本来であれば彼女の座すべき椅子は、あの最高神の隣であるべきではなかろうか? 目的は依然不明だが普通に考えて、此度の儀式を開催し、取り仕切る側の役職が彼女なのではないか? あの二柱と八雲紫の関係は?

 またしても、分からない謎が増えてしまった。だがこの謎は、本人をとっ捕まえる事で造作もなく解決する。
 八雲紫さえ抑えれば、幻想郷についてや今回の儀式への作為、果てはそれを切欠にして、家族への最後の踏ん切りも……と、芋づる式に憂色が晴れる事も期待できる。なんなら彼女自身に拘る必要はなく、お郷の顔役がもし他に居るならばそっちでも構わない。

 とにかく、優先事項と呼べる指標が増えた。
 心に多少は余裕が生まれた事への、弊害だろうか。


 次第に黄昏色へ染まる雪景色。
 下界へ急ぐように、ほとほとと降る雪粉の軒下へ出ようとするドッピオを、神奈子はくだらない疑問によって引き留めた。

747ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:16:53 ID:UVCbRvCA0


「───アンタはどうして、誰かを殺すんだい?」


 言い終えて気付く。この疑問は何の脈絡もない、不意で無意味な質問でしかないことに。
 しまった、と後悔した。凡そ彼女の性格には相応しくない、無駄という名の追求。
 はっとした時点では遅かった。ドッピオはそれを背で受け、ゆっくりとこちらを振り返る。その瞳には、さっき神奈子へと見せたような冷たさがあった。
 今、神奈子が最も欲しているかもしれない冷酷さ。もしかして自分は、彼のその瞳に惹かれたから殺す気が失せたのかもしれない。そう思った。

 揺蕩う自分と少年とを見比べて、彼の秘める『原動力』がふと、気になっただけ。
 あるいは、どこかで彼を羨ましく思ったのかもしれない。

 だから、尋ねた。
 我慢できず、尋ねてしまった。
 大した意味もなく。

 冷徹を携えた眼光のままに、少年は唇を開く。


「……それは、何故ボクが優勝を狙うって意味ですか」


 愚問だ、とでも言いたげな視線。神奈子が後悔した理由が、その視線の中にあった。
 悪かった。訊くまでもなかったね、と。
 くだらぬ質問なんて取り下げ、ドッピオには早くここから去って欲しい気持ちが我が身に充満した。
 だが、訊いてしまった。馬鹿げた問いと分かりきっていながら、降って湧いた興趣を抑える気が起きなかった。
 彼の持つ不思議な原動力が、神奈子の〝これから〟にとって少しでもの『糧』になればいい。
 僅かながらの、そんな期待も込められた問い掛けだった。

「あぁ、そうとも。どうしてアンタは、この殺し合いを最後まで生き抜こうとする?」

 だが、ひとたび口走った疑問はもう、自らの意思で留めることは出来なかった。

 「命じられたから」と言って欲しかった。あの二柱の最高神から「生贄同士で争え」と。
 または「死にたくないから」とか、そういう尤もな理由。同情を引ける理由。
 神奈子が求めている答えは、そういう無難で、人として当然で、些些たる理由。

 それで良かった。それで納得できる。
 殺されたくないから、殺す。
 生物学的。原始的。そんな理由で、十分。


「命じられたから、ってのも大きいですがね」


 神奈子の求める答えが、少年の口から形違わず現れた。
 ほんの一瞬、安堵の笑みを覗かせる神奈子。
 そうでなければならない。元より我々は、巻き込まれた側の者なのだから。
 どれだけ人道に反しようと、誰しもが己が身を。または身内を重んじる。神奈子にその行為を否定する権利はない。

 しかし彼の答え……その意味する所は、神奈子の望みからは正反対の位置にあった。


「でも、あのクソ主催共に命令されたからじゃない。ボクに命令を下せる方は、この世で唯一人です。
 『ボス』に命令されたから、殺す。そしてボク自身も、あの方を優勝させる為に誰かを殺す。全部、あの方の為です。その為ならボクは、命だって捧げられる」


 少年の瞳は、黒く輝き放っていた。


「──────?」

 閉口する神奈子。その瞳に射竦められるように、全身が硬直する。
 言っている意味が、わからない。

748ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:17:46 ID:UVCbRvCA0

「アンタは勘違いしている。ボクは優勝なんか狙ってない。最後の『二人』になるまで参加者ブッ殺して、後は胸にナイフを自ら立てれば終わり。勝つのはボスだ。これがボスの望んだ───永遠の『絶頂』だからだ」
「アン、タ……何を言って───」


「ボスは生きている。死んでなんかいない。ボクにはそれが分かる。だからこれからも、ボクはあの方の為だけに動く。それだけだ」


 自分の胸中に忍ばせていた価値観が、否定された気がした。


「それまでボクはアンタを利用するし、アンタもボクを利用するといい」


 ボス──つまり放送で確かに名を呼ばれた、死人となった筈の『ディアボロ』の生存を、少年は自ずから信じていた。
 絶望に打ちひしがれての。
 幻想に逃げ、縋りつこうと盲目する類の。
 なりふり構わなくなった者が最後に浮かべる脆弱な、虚飾の瞳ではなかった。
 少年の瞳は黒く濁りつつも、その中心には純粋なひたむきさを感じた。誰かを心から信じる者特有の、ある意味では純粋無垢な瞳だった。

 その彼が、大切な者の為に誰かを殺し。
 そして自らも、死ぬという。


「東風谷早苗と、洩矢諏訪子……あとは八雲紫、だったっけ。この三人には手を出しませんよ。取り敢えずはね」


 次に落ち合う場所と時間……忘れないでくださいね。
 じゃあ───アンタも精々、頑張って。

 最後にそう言い残し、今度こそドッピオは神奈子の視界から消えた。



「…………ボスの為に、自分も死ぬ、か」


 すっかり孤独となった洞穴の中で、神奈子の独り言だけが虚しく木霊した。
 無意識に手元の菓子へと手を伸ばしていた。手持ち無沙汰のように、包まれた紙をくる、くる、と弄る。その度にぱりぱりとした感触が、皮膚を伝って神奈子の意識へと語りかける。

 ドッピオの最後の言葉は、神奈子の心に大きく傷痕を残していった。
 ディアボロが生きている。それを今すぐに確かめる術は現状無いし、仮にそうであっても大した問題ではない。冷静に見るなら、ドッピオの希望的観測と捉えるのが現実的だ。

 だが、重要なのはそこではなかった。

 ドッピオが自分に無いモノを掲げていたからだ。それが神奈子の視点では誇らしく見え、まるで正道を歩む者のように感じた。

 神奈子は───家族を殺そうとする者である。
 それはこの儀式が既に自分の力でどうこう出来る範疇の規模にないと悟り、またこの儀式が幻想郷の維持には必要不可欠の類であるものだと認識しているから。それが一つの理由。
 そしてもう一つは、中断不可能であるこの儀式に放られた我が家族に訪れる『最期』とは、必ず惨たらしく醜悪な末路となる未来を予期したからだった。まだ力の弱い早苗は、特にその不安が大きい。

 せめてもの。せめてもの救いと呼べる『抗い』こそが、家族による『最期』を宛てがう行為。
 これしか無かった。幻想郷へと来てしまった時点で既に決定事項となった我々家族の末路は、最後の一人となる以外には〝死〟……つまり、供物となる他ない。

 だったら、せめて。
 せめて血の繋がった家族の最期だけは、唯一無二の『家族愛』こそが救いの気持ちとなる。たとえ気休めであろうと、神奈子はそれを信じていた。
 否。信じる以外の道が、初めから用意されていなかった。

 八坂神奈子には、自らの命を供物にしてまで家族を生き残らせるという選択肢が無かった。つまりそれは、早苗を最後の椅子に座らせるというシナリオを指す。
 この発想が無かった。仮にそれをやったとして、家族を失い独りとなった早苗が、その後の人生を幸福に過ごせるなどとも思わない。


「…………でも、あの少年は違った」


 ドッピオは、神奈子が取ろうとも思わなかった選択肢を持っていた。彼にとっての『家族』がディアボロというのなら、神奈子とドッピオはよく似ていた。

749ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:18:43 ID:UVCbRvCA0
 家族を生かすために他を殺すドッピオ。
 家族を生かすために自ら死を選べるドッピオ。

 家族を殺すために他も殺す自分。
 自分には、家族を生かす選択が無かった。
 それどころか一刻も早く殺してやらなければ、と焦ってさえいた。
 早苗を最後まで生き残らせて、そして自ら命を絶つ、などという選択も……思いもよらなかった。

 あの少年は幾つだろう? 十五? 十六?
 どちらにせよ、子供だ。
 果てしない長命である神奈子と違い、奴はまだ子供。
 そんな年端も行かない子供が、心臓を捧げようとしている。
 大事な者の為に。

 神奈子には選べなかった、尊い決意。
 神奈子では為せない、艱難辛苦の道。
 今更、道徳を問題にはしない。
 だが、確かに。
 不本意な形ではあろうが、あの少年は。
 神奈子の価値観、その全てを否定した。
 粉々にされたとまで断言してよかった。
 まるで矮小な自分を嘲笑うように、見下された惨めな気分さえ浮かんだ。


 手の中にあった正方形型ミニチョコレートの包装を、カサカサと破いて捨てた。口に入れたビターチョコレートの味はとても苦く、吐いて捨てたい衝動に駆られて……自重する。


 腕が震えていた。
 怒りか、悔しさか。空しさか。
 それは誰への感情なのか。
 分からないままに、どうでも良くなった。


「私は、早苗を…………殺さなければならない」


 心からの本音でない言葉なのは、当たり前であるはずなのに。
 家族としての義務か。義務感から、娘を殺そうとしているのか。
 はたまた、その権利が与えられたからか。家族を殺す権利などという、犬も食わない屑物を与えた秩序の仕組みになんの憤慨も抱かないというのか。


「私は…………あの子、を」


 殺す、殺す、と。
 私はここに来てから、頻りにこの言葉を多用している気がする。

 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す。
 早苗を殺す。
 諏訪子を殺す、と。

 好きでもない単語を、わざわざ口に出して。まるで田舎のチンピラ共みたいに。滑稽で、薄っぺらで、子供っぽくて、中身の無い言葉だ。『殺す』なんて馬鹿げた台詞は。
 真に相手を斃す腹積もりであるなら、そんな単語を口にする必要など無いのではないだろうか。決心を固め、それを全うさせる技量の持ち主であれば、わざわざ殺すなどと口にする迄もなく、心の中で思ったなら、既にその凶行を終えているものだろう。
 少なくとも私にはそう思える。その上で私と来たら、相も変わらず早苗を殺す、諏訪子を殺す、などと。しかもその『殺す』とやらの絶好の機会に他ならない猶予が、早苗・諏訪子両方共に一度あったというのに。

 むざと見過ごしている。
 見過ごした上でまた、私はあの子らを殺すなどと口に出している。性懲りもなく、だ。

 何故……? ───考えるまでもない。


「…………結局、目を背けていたのは私の方、か」


 落としていた視線を、不明瞭な独言と共に持ち上げる。
 やがて意を決したように立ち上がり、ますます勢いが増しつつある雪模様を忌々しげに睨みつけた。
 先走りを始める感情に歯止めが効かない危うさを自覚しつつも……今度ばかりは、制御する気さえ起きなかった。

 胃袋に染みたチョコレートの味が、この世のどんな苦渋よりも苦々しく感じた。


            ◆

750ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:19:21 ID:UVCbRvCA0

「クソ! 何、だよあの女は……! 何処そこの神だとかぬかしていたが、ンな事ァどっちでもいい……!」

 荒ぶらんとする武神を寸での間際で鎮めきったドッピオ。その功労者となったエピタフの予知が無ければ、きっと奴はその美貌の裏に隠した牙(ガトリング)をもって破壊の限りを尽くしたに違いない。
 浮き現れた予知の通りに神奈子の意識を遮り、体のよく聞こえる共闘案を持ち出したドッピオの腹は、実のところ焦る気持ちでいっぱいだった。
 矢も盾もたまらない神奈子の攻勢を懸念したドッピオだったが、それは杞憂に終わった。結果的にはこの提案が実を結び、そこから先は拍子抜けするほどトントン拍子で事が進んだのだ。

 かくして迫る災害を見事逸らしたドッピオは、悪態を吐きながら今に至る。小心者な性格など何処吹く風ぞ、と言わんばかりに、彼の悪い面の顔がおもむろに出ていた。
 あの場から脱することさえ出来たなら最早何だって良かったが、終わってみれば神奈子を味方につけるような成果さえ得られたのは、僥倖だと言えるだろうか。
 単騎でマトモにぶつかったなら、とてもではないが勝てる相手には見えない。そんな強者と(ひとまずではあるが)共同戦線を結べたのだから、上出来だろう。欲を言えば何とか仕留めたかったものだが。

「にしても……ボスが放送で呼ばれたらしいってのは、どういう事だ? 普通に考えれば運営側のミスか、何か意図があっての虚報か……」

 既にドッピオの意識は、神奈子から敬愛するボスへと移っている。一度はジョルノ・ジョバァーナに敗北を喫したとはいえ、彼の中での『頂点』は未だ揺るぎない帝王の椅子に座するボスだけだ。
 従ってドッピオは、ボスの訃報など毛の先ほども信じていなかった。この自分すらがこうして生きているのだ。なれば帝王が自分を差し置いて退くなど、この世で一番ありえない出来事だ。
 ボスは『トリッシュ・ウナ』の肉体を乗っ取り、そのまま闇へ消えた。放送で名が呼ばれた理由こそ不明だが、そこのカラクリにどういう形かで関わっている可能性も考えられる。

 とにかく、ボスは生きている。生きているならば、それで十分。
 これ以上を考える必要もなかった。考えるまでもなく、既にドッピオのやるべき事は決まっていたのだから。

 どうでもいい事だが。
 あの女は、自分の娘を殺すだとか言っていた。
 誰を指しているのか。多分、話に出ていた『東風谷早苗』か『洩矢諏訪子』のどちらか、或いは両方か。
 彼女らには手を出すなと釘を刺されている。一介の神がギャングに忠告とは、業の深い話だ。手を出すなというのはつまり、率先して殺して下さいと言ってる事と同じだろう。


「早苗か諏訪子……コイツらを優先的に狙うべきか」


 神奈子とその家族に如何なる確執があるのかは知らないし、どうだっていい。しかしあの様子だと、どちらにせよ娘は神奈子のアキレス腱になる筈だ。
 ギャングに忠告するとはいい度胸。娘を人質に取るのは職業柄お手の物だ。あの愚かな暗殺チーム共がボスに対抗して取った行動と同じく、家族を人質に取るってのは、交渉ごとをこれ以上なく有利に進められる有効手段なのだ。
 正面からぶつかるには厳しい神奈子を手玉に取れる糸口。娘の指でも数本切断して写真でも送り付けてやれば、泣きつくぐらいはしてくるかもな。

 近い将来に必ず立ち塞がる驚異へ対し、極めて悪どい算段で対抗策を立てるドッピオ。
 周囲への注意力が散漫となるのも、必然といえた。

 だが彼の持つ『強み』とは、周囲への危機管理に依存する必要がなかった。
 だからこそ強みと言える。依存するは周囲でなく、視界いっぱいに映される『予知』にのみ終始すればよい。

 大抵の場合、この力で事なきを得る。
 今回も、そうに違いなかった。

751ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:20:25 ID:UVCbRvCA0


「──────ッ!?」


 普段のドッピオの身体能力では決して避けきれない攻撃が、背後から音もなく飛んできた。
 一直線の糸──『釣り針』だった。射線上に棒立ちのままであれば、間違いなく直撃していた。
 身体を飛び込ませるようにして、これを大袈裟に避ける。一見して殺傷力の低そうなこの投擲を、ドッピオは一瞥する事もなく逆向きの姿勢で回避を選んだ。
 この行動が正解だったと、直後に悟る。あらぬ方向に飛んだ釣り針の先端は、前方の木の幹に深々と突き刺さり──否。水面に潜るようにして、針が幹の中へ潜行していた。明らかにスタンドだ。

「驚いた。アンタ、背中に目でも付いてるのかい?」
「てめぇ……っ!」

 地面に這い蹲ったまま、ドッピオは自分が歩いてきた方向へ振り返った。


「また会ったね。ドッピオ君」


 地面を踏み抜くような酷く重々しい威圧感。その一歩一歩が、まるで人の形をとった岩石の如き重量を伴っているようだった。
 初めに邂逅した時よりも彼女のそれは、明白な違いが見て取れた。

 ───殺気である。

「〝君〟はやめろと言った筈だよなァ……!」

 立ち上がり、構えるドッピオの瞳には焦燥と怒り、そして覚悟が混ざり合っていた。これから命のやり取りを行使する者特有の目だ。
 現れた神奈子の腕には『釣竿』が構えられている。あれが奴のスタンドなのだろう。初撃の不意打ちを避けられたのは100%予知のお陰であり、心構えさえあれば追撃の回避も難しくないと推測する。

 だが、彼女の最も厄介な武装は他にあった。
 アレを全て回避する術が、現時点で見付からない。
 こうして向き合ってしまった瞬間から、詰みだった。

「フザけんなッ! いきなり裏切るつもりかてめぇ!」
「八つ当たり、と言われたらそうかもしれない。妬み、やっかみ、羨望……どっちにしろ、ロクでもない理由なのは確かさ。協定を違えたことだけは、謝っとくよ」

 理不尽な怒りを込めた猛りは、柳のように受け流す神奈子の全身を呆気なく通り過ぎる。
 心変わりしたのか、初めからこうするつもりでドッピオへ接触してきたのか。ともかく掌を返すような彼女の行動は、かつてないほどドッピオの命を脅かしている。

「アンタは私が成れなかった、理想のままの姿を体現している。その歳でよくやるよ。嘘偽りなく、私はアンタを尊敬しよう」

 神奈子が釣竿を手放した。しかしそれは正確ではなく、ただスタンドを解除したに過ぎない。
 両手を使用可能としたのだ。彼女に配られた『第二の矛』の威力と散弾範囲は、先のちっぽけな釣り針とは桁が違う。
 その穂先が今、ドッピオの胸を捉えていた。幾ら未来が視えても、防御の手段も無い状態であの掃射を回避するというには、この場所はあまりに開けすぎている。

「お、おい待て……!」

 武器であるアメリカンクラッカーを手に取り、すかさず構えるドッピオ。その視線の先には、数十秒後に訪れるであろう予知の光景がぼんやり浮かび始める。

 エピタフの予知は絶対だ。

 訪れる未来が希望に満ちた光景であれば、心晴れやかに足を踏み出すことが出来る。

 訪れる未来が絶望に染まる光景であれば───彼は、絶望を希望に変える為に足掻こうとする。

 ドッピオという少年は、それが出来る人間だった。

752ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:21:12 ID:UVCbRvCA0

「だから、せめて最後は敬意を表す。暴れてくれるな、無駄に苦しませたくないんでね」


 ただ、そんな時。彼の隣にはいつも。

 自分にとって何より大切な、親のような存在───家族(ファミッリァ)が支えてくれていた。


「エピタフ(墓碑銘)───!!」


 エピタフの予知が、先の未来を伝えた。

 彼は、思わず──そう、いつもの手癖で──荷物から〝それ〟を探そうとしていた。



「ボ、ス──────」



 もう二度と〝それ〟が繋がることなど無いと……分かりきっていながら。

 予知の中の自分が、孤独の中で〝それ〟を握り締め、朽ち果てていた事も知りながら。

 ただ、ひどい未来を変えたい一心で。

 子が、親へと救いを求めるように。

 ただ、縋るように。

 懸命に。

 握り、


            ◆

 雪の花畑に、紅の池が生まれた。
 池の中心に咲く、少年だったものを神奈子は立ち尽くすようにして見下ろしていた。
 どうしようもない喪失感が、この胸に渦巻いている。何故こんなに悪い気分になっているかが、神奈子には分からずにいた。
 彼を至らしめるのも、いずれ訪れる当然の未来だと分かっていたはずなのに。こんなのは、いつ死ぬか、いつ殺すかという時機の問題でしかないというのに。


「ドッピオ。……アンタは凄いね。大切な奴ひとりの為に、自分を犠牲にしてまで守ろうとする」


 お話の中の世界では、そんなキャラクターは当たり前。王道で、純粋で、誰からも好かれるような……そんな尊ぶべき精神。童話の世界だ。


「でも、私にゃあそれが出来なかった。それどころか、思いもしなかったんだ。なあ。それって、そんなに悪いことなのかい? 私は、愚か者か?」


 末路のわりには、少年の身体は驚くほど原型を保っていた。
 だがそれがもう、口を語ることなどない。
 少年の左手に握られた『受話器』の意味を、神奈子は悟れずにいた。

 それでも、分かる。
 少年にとっての〝それ〟が、他者には理解できないほどに大きな意味を持つ物だと。


「白状するよ。私はアンタが本当に羨ましい。そしてそれと同じくらいに、アンタが憎く見えた」


 だから殺した、と。
 そこまでを口に出すことは、憚られた。

753ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:00 ID:UVCbRvCA0
 神奈子はここに来て……否。この現世に受肉して初めて、自らの意思──個の感情で、他者を屠った。
 神としての使命、だとか。
 贄としての意義、だとか。
 それらの様に与えられた大義、表面的な建前など……一切関係なく。
 初めて、自分本位の感情で死をもたらした。
 〝彼は危険だから〟という、まだ体裁の保てる正当的な理由を捨て去って……〝憎しみ〟から、殺した。
 恥も外聞もない、八坂の神らしからぬ醜態だ。
 まるで、愚かな人間そのもの。


「私はこれからもきっと、アンタにやったように人を殺す。私は私なりのやり方で、家族への決着を付けさせて貰うさ」


 家族を守る為に戦い続け、そして自ら死のうとしたドッピオ。
 八坂神奈子の心が彼を倣おうとするには、未だ迷いがある。自分は彼のように、純粋ではなかった。
 幻想郷……八雲紫……疑問点は新たに出てきた。自分が今後どうすべきかは、これへの接触によって大きく変わる可能性がある。

 本当に、今更な話。
 神奈子は心で悔やんだ。そして、憎んだ。
 我々家族を取り巻く、こんな悲劇に対し。
 これもまた、あまりに今更。

 行き場のない感情を発露させるとしたら、今では八雲紫しかなかった。目下の所、神奈子の所持する情報では彼女が最も『幻想郷』に近しい人物だからだ。


「行く、か」


 気怠い気持ちを払うように、ガトリング銃を肩に掛け直す。


「──────。」


 その時、声が聞こえた気がした。
 振り返ってみても、ひとつの死体だけが冷たい雪を被ろうとするのみ。
 間違いなく、死体だ。
 そして考えられるなら、死体の持つ受話器。電話機本体にも繋がっていない、玩具同然のそれだ。

 その少年にとって唯一の肉親──『家族』を求める声は、神奈子に届かない。
 聞こえないふりをして。女はそこに背を向け、去った。


 ヴィネガー・ドッピオ。
 少年の名が何故、名簿に記されていなかったか。
 女はもう、そんな些細な疑問は忘れていた。
 彼という存在が神奈子にとって『三人目』の障害であった事実は、神奈子の中のみに証として在るだけでいい。

 そして、証とはそれだけだった。

 ヴィネガー・ドッピオなどという名の人間は、初めからこの儀式には存在していない。
 そして、この世にすらも産まれていなかった具象なのかもしれない。
 ディアボロという男の『影』か『光』か。その表裏すらも曖昧なままに、少年は此処で朽ちた。
 いつしかディアボロから分離し、己のルーツすら不明であった人間。そんな人間がひとり消えたところで、儀式には何の影響も与えないに違いなかった。
 きっと、今後来るだろう放送の記録にだって残ったりしない。

 誰も彼もドッピオの真実など分からぬままに、これからも儀式は何事なく、変わらず続く。

 何事もなく、続いてゆく。


【ヴィネガー・ドッピオ@ジョジョの奇妙な冒険 第5部 黄金の風】死亡
【残り生存者数───影響なし】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

754ビターにはなりきれない:2020/11/04(水) 18:22:27 ID:UVCbRvCA0
【午後】E-3 名居守の祠

【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(小)、霊力消費(中)、右腕損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃(残弾65%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」
[道具]:基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:儀式そのものへの疑惑はあるが、優勝は目指す。
1:『家族』を手に掛けることが守ることに繋がるのか。……分からない。
2:八雲紫を尋問し、幻想郷についての正しい知識を知りたい。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
 東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
 (該当者は秋静葉、秋穣子、河城にとり、射命丸文、姫海棠はたて、博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、橙)

※ E-3名居守の祠近辺に「お菓子の山」が散らばっています。

〇支給品説明
「お菓子の山@現実」
ヴァニラ・アイスに支給。
色とりどりに包装された和菓子・洋菓子がゴージャスパックで纏められている。昔懐かしい駄菓子から誰もが知るあの菓子この菓子など、老若男女問わず人気のある商品が多い。杜王銘菓ごま蜜団子は無い。

755 ◆qSXL3X4ics:2020/11/04(水) 18:23:14 ID:UVCbRvCA0
投下終了です。

756名無しさん:2020/11/04(水) 23:40:48 ID:N1VAaz320
投下乙
久々に見たがまだやってたんか、がんばれ
ドッピオ図らずも逆鱗に触れたのは運が無かったな
神奈子はやっと自分の現状に疑問を持てたけどこっから後戻りができるのか楽しみだ

757名無しさん:2020/11/05(木) 00:23:28 ID:RgHjOR8k0
まだやってたんかとか書く気もない役立たずの読み手様がふざけたこと抜かすなよ

758 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:18:43 ID:7dG6hTvE0
投下致します。

759一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:19:53 ID:7dG6hTvE0


【夕方】C-3 地下水道





日の射さぬ地下の寒さに、重ね掛けされた灯りの乏しさ。
更には会場内の降雪の影響もやはり色濃く、服一枚では活動にも一苦労するであろう冷えた空気が全面に入り込んでいる。
近代要素を少しずつ内包し変わり果てた幻想郷、もといこの会場内でも地下道は一際夜の暗さを強調してくる場所と言っても過言ではない。
常人には暗夜の礫を恐れずにはいられない、そんな暗澹たる回廊にタップダンスを踊るかのような足取りで闊歩する女が一人。
屈託無き純粋な笑顔にその歩調、半袖を意に介さず、しかもボロボロになったその被服。そして赤に塗れ煌々と輝く右腕。
一挙一動が紛れもなく、夜を恐れぬ人外である事の証左である事を悠々と物語っている。


女の名は、霍青娥。
自らの欲に溺れ、陶酔し、殉じる事を善しとする邪性の仙人。
そして、八雲紫をその手で弑した幻想郷に仇なすモノ。

否。彼女自身に幻想郷に敵対した等という自覚は微塵も存在し得ない。
ただ結果的にそうなったというだけの話。邪仙の目線から語ればそれはただの済んだ禍根で、欲を満たす方法で、他に尽くす道標だったに過ぎない。
愉悦を一網打尽にする最短距離を選んだらたまたまあのにっくき賢者サマが死んでしまいました、という一文で調書は終了である。
食欲を満たすという目的の為、懐石料理みたいな味気なさの連続なんかより中華料理の大皿ばかりのフルコースを選んだ、それと同列に語れるだけの事項。
満漢全席を鱈腹、とまでは行かなかったにしろ珠玉の一皿を貪り尽くせば上機嫌になるのも至極当然であろう。


吾不足止、未不知足也。
しかしながら、探究心も好奇心も彼女の生涯では留まる事など有り得ない。
停滞こそが不浄であり、欲を満たそうとしなくなってしまえば精神的な死が明白となる。

それでも尚、この高揚に酔いしれるのは得た物の大きさ故か。


「〜〜♪」


どこに誰が潜んでいるのか分からないにも関わらず、彼女は存在を誇示するかのように自らの音色を奏で続ける。
古き元神の鼻歌は、澄み切った音とは裏腹にどこか高らかで混じり気の無い歪さで遠く遠くの客席へとその存在感を顕にし。
ポツポツと点在する灯りをスポットライトかの様にその全身で浴びながら、この世界は自分の独壇場だと謳うように。
誰か敵が来るかもしれないという懸念も置き去りにしたかの様に光学迷彩すら紙の中、青と白で構成されたお気に入りの服装で舞い踊る。
放たれた音色を耳にしてくれる聴衆なんかどこにも存在しないにも関わらず、邪仙自らの為だけに爛々と響き続けるのだ。


その姿は舞台装置の上に据えられた偶像にどこか似ていて。

まさしく、帳に遮られたアンダーグラウンドの世界に相応しい。

760一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:21:15 ID:7dG6hTvE0


ふと、自らの腕で掴んだままであった『戦利品』に目を遣ってみる。
ディエゴに渡されたジャンクスタンドDISCに八雲紫の魂を内包して完成した、娘々3分間クッキングも唸るお手製の『精神DISC』。
即ち八雲紫という大妖怪の歩んだ軌跡の一端であり、幻想郷と共に歩き見守り歴史を紡いだ巻物の別側面。
そんな大それたシロモノがまさか部外者で一介の矮小な仙人の手に収まっているだなんて失笑を禁じ得ない。
天国の大妖怪もこれにはニッコリしているに違いないだろう。彼女の場合は地獄行きに決まっているだろうけれども。

しかし、かの賢者サマの生の大トリを飾ってしまったのは他ならぬ青娥自身でこそあって、別にその中身を有難く頂戴する事に面白味は全くの皆無である。
寧ろそれをDIO様に渡す事こそが歓びであり、そうであって初めて真価を発揮する物。
かの天国を覗き見、並びに飽くなき探究心を満たす為に必要な歯車の一つでこそあるが、事実として彼女には使い道の無い──文字通りの無用の長物。
齎す物に意義はあれど、物品自体は全体的な最終目的に比べれば伽藍の堂。

しかし、それはあくまで傍から見た事実の羅列でしかない。
天国への道筋へと繋がるパズルのピースに、また一つ噛み合う事の出来た高揚感。
嘘と嘘で塗り固められた友人ごっこを最期の刻まで堪能した大妖怪を自らの手で奈落の底まで突き崩した光悦感。
自らから湧き出たそんな欲望を身に纏い堪能し次なるフルコースへと身を躍らせるその姿こそが、彼女が何を思っているのかを口以上に雄弁と語っている。
天へと昇らんとする仙女に似つかわしくないその激情、その欲望こそが青娥を邪仙足らしめているのだ。
羽衣のように舞い、羽衣のように掴み所が無く。感情もすぐ移ろう様はまるで方向性を欲のみに定めているかのよう。
その忠実さは、ある意味では人間以上に人間臭いとまで評せよう。


その人外でありながらヒトであるが故に、高尚な種族でありながらも低俗なままで身を窶す。
当人もそれは理解していたが、それでもなお現状の新しい欲で塗り潰してもすぐボウフラかのように浮き上がるたった一つの感情が許せなかった。

理解などとうに諦めている。そうやって考える事で払拭しようにも無尽に楯突くその疑念。
憤怒が過ぎ、悦楽に身体を委ねても、喉元にチリチリと残って離れない小骨のようなしつこさで脳髄を追い回す。
こんな時にまで底から這い出て来なくて良いのに、そうは許されないのかと顰め面。

脳裏に想起されるはかの最期。血塗られた右腕に残る感触の波濤。
ズブズブと肉を掻き分けて掻き分けて、臓腑を物ともせずに突き破ってさあ御開帳と対面して。
その幕引きといえばマエリベリー・ハーン──否、八雲紫が遺した欲の欠片も感じ取れない妄言。
妄言と掃いて捨てるには失笑も笑顔も上っ面。そもそも唾棄出来る程に価値が無い物かすらも分からない。

ただそこにあった物として明言出来るのは、陳腐で安っぽい夢物語を描いていたかのようなその安らかな死に化粧。
『少女になりたかった』等と宣った、何事にも取れて何事にも取れない上っ面だけの少女の遺言だけが脳裏で鬩ぎ。
さながらは見た目年相応の、将来を信じて止まぬその純粋さの延長線上。
自身の執着心とは対角線を描くように、全てに安堵したのか夢を追いかけた事を悔やもうともしなかったあの姿勢。



(不愉快ですわね、まるであの凡夫〈わたし〉のようではありませんか)


それだけは、看過出来ない。

761一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:22:59 ID:7dG6hTvE0


中華、清代始めの短編小説集に『聊齋志異』という書物がある。
著者は蒲松齢、ジャンルは怪奇譚の文言小説、全十二巻。同じく清代に書かれた紅楼夢と比べるとイマイチ知名度が低い。
されどもこんな世まで脈々と保管され続けているのだから、少なくとも駄文の羅列などではないのだろう。
さて、その七巻に『青娥』というタイトルのごくごく短い物語が瀝々と紡がれている。

曰く。秀才な男と結婚して、それでも幼き頃の憧憬を手放せずに俗世を捨てた女。
そして、その幸せを捨てきれずに妻を追い掛け仙人へと羽化するまでに至った男。
傍から見れば、畢竟には仙人の躰でも人の幸せを描く事が出来た夫婦の話。

しかし、それはあくまでも時代の遷移で磐石劫の如く擦り切れる口伝の民間伝承のパッチワーク。
何せ執筆時期と元々の出来事には二桁世紀もの隔たりが存在している。到底正しく伝わっている訳が無い。
斑鳩の聖人が厩で生まれたという伝承が後世に取って付けられて未来の説話で浸透していくように、事実は往々に異なる物である。
当事者から見ればこんな物語等、男が救われない物語を著者か伝承者のお気持ちかそこらで無理矢理改変させられたようなもの。
現実は向こう見ず、理想郷の腕の中に抱かれながら安らかに救いを得ようとするその姿勢。
ハラワタを指という指で掻き回されたかのような、痛みを伴う嫌悪感が己の臓腑を満たす。


確かに文中の少女と同じく、父に憧れ何仙姑に焦がれ道を目指した幼少期を送った事は変わらない。
霍桓という男と簪を通じて結ばれ、それでも道術に恋してやがては形骸だけの家族を捨てたのも全くの同じ。
だが、説話は物語。喩え夢見た幻想がそこに存在していても、空想の域を抜けれぬモノであって現実では無い。
埋葬と同時に霍桓の持っていた簪はすり替えて今は手元にあるし、そもそも事実としてあれ以来霍桓と会う事すら無かった。
きっと本来のアレは失意の内に病床に伏せたに違いない。
それなのに、とりわけ愉快な話でもないハズなのに、その経緯だけは何故か忘れられずにこの頭に明晰な映像を流し出して。




ああ、それでも。

こんなに雨垂れが石を穿てる程の時間が過ぎ去っても。


あの光景は、間違いなく仙人としての原点で――――。

762一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:24:45 ID:7dG6hTvE0



「あら」


肌をくすぐる地下の冷気の奔流の中に、撫でるかの様に仄かに吹き掛ける暖かい風。
受容器の一点の齎したその情報によって、思い返されたさそうに後ろで控えていた昔の記憶が雲散霧消してゆく。
別に感傷までは必要無かったのに何故ムキになったのかなんて軽く思えども、そんな考えすら瞬く間にどこかへ追いやられ。
数秒前までは煮え滾ったお湯の様であった釜も、今や残った感情はと言えば精々どうでもいいという微細な倦厭のみとなっている。
それでも温風はそんな青娥の思考の漂白とは関係無く、ひっきりなしに白磁めいた素肌をなぞり続けている。その暖かさはまるで人肌の温もりのよう。

この風が地上かもしくは地下施設のどこから流れてくるのか、状況証拠だけでは青娥には判別出来なかったけれども、微かに感じたソレは少なくとも今後の進路を決めるのには充分だった。
風吹くままどこへやら、羽衣の流れるままにユラユラと。深海で光を放ちながら漂うクラゲの様に、その身がどこへ向かうのかは青娥自身も分かっちゃいない。
一刻も早く八雲紫の愛くるしい遺品を届けようなんて考えも今や露と消えて跡形も無く、さほど高尚な動機付けも無いまま前進していく様。
未来へ繋ぐ訳でもなく、されども過去に一生苛まれ続けて先に進めない訳でもない。受け継いだ者でも飢えた者でもない。
邪仙は今を生きる生物である。愉しければそれで良し、美しさ見たさに直情的。

だから人を逸脱した。だから天に昇れなかった。
それだけだ。



次第に眼前から吹いてくる風が強まっているのを全身で感じながら、青娥は自分が間違っていないと言わんばかりに笑みを浮かべる。
となれば手に持ったままであった記憶DISCを『オアシス』の能力で背中に隠し持ち、フリーになった両腕をブンブンと振り回しながら歩くのみ。
この先に何が待ち受けているのかを考えているだけで昂ぶりを抑えずにはいられない、そんなウキウキさがそこかしもから漏れ出ているのを咎める相手などどこにも居ないのだ。
向かい風を一身に受けてもその歩みを留めようとする気配なんて微塵もなく、意気揚々と余裕綽々と。
それは立ち止まる事が勿体無いというだけなのか、それとも過去を振り返る必要すら無いという意思表示なのか。
もしかすれば後方遥かに掌を重ねる二つの死骸が存在していた事なんて、もうとっくのとうに忘却の彼方に吹き飛ばしてしまったのかもしれない。
或いは、自らがその結末まで鑑賞したそのドラマの中身がただの陳腐なお涙頂戴物だったという事実に心底どうでも良くなったのか。それを舞台袖から覗く事は叶わない。
長々と続く一本道が段々と光に晒されて色彩を取り戻していく様は、青娥の歩調も加味すればまるで花道を上る歌舞伎役者のそれのよう。
煌々と地面に滴る朱色を除けばモノクロの世界に停留し続けているそれらを闇の中に捨て置いて、青娥は光の方向へと着実に進んでいく。


「――この風、いつになったら止むのかしら」


少しだけ、後悔の音がした。

763一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:25:52 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────



光に呑まれて行き着く先。ボヤけた視界が鮮明さを取り戻すと共に、青娥は眼前に広がった光景に息を呑んだ。
最初に目に入ってきたのはその空間に存在する住居、岩肌、人工物、その全てにスクリーンを掛けたかの様に広がる橙色の氾濫。
そして柔らかく一帯を包む橙色の中、天蓋に関してのみが黒茶色を凛として主張し、そこに連なる桜色が一層輝きを増していく。
さて地上を注視してやれば地面に等間隔に並べられては灯されたまま鎮座している行灯、あらゆる軒という軒を囲んでは建物一つ一つを照らし上げる赤提灯の数々。
それらに照らされて見える範囲全ての暖簾は上がっており、そこが店であり殆んどが呑み処である事が漠然と窺い知れる。
しかも住居や店舗の建物が均等にかつ大通りの奥深くまで際限なく続いていて、まるで道が無限に続くかとさえ知覚させてくるのだ。
だが、その通りの先の先に小さいながらも他の建築物とは一線を画した色調の豪邸らしき物が見られるのも薄らと分かった。
これが噂に聞き及んだ旧地獄そのもの、それならばあれは地霊殿とやらであろう。

浮き足立つ足並みを抑える様にして足を踏み出していくと、趣を感じさせてくる物々に興味を惹かれずにはいられない。
酒屋、暖簾無し、暖簾無し、内装が暗くて分からない、呑み屋、通りを挟んで食事処、酒屋、暖簾無し、呑み屋、暖簾無し、また小路を挟む。
大通りを中心にしては他の通りを碁盤の目の様に規則正しく配列させて構想されたであろうその町並みの様相は、青娥に唐代の都を朧げに思い出させるには充分過ぎる物。
だが悲しいかな、あの地にはあの活気と意地と生気と怪異が満ちていたのに、こちらには人の営みがまるで存在していない。
それはある日突然全ての妖怪が有無を言わせず忽然と消失した痕跡かの様にも思われた。
遥か高くで天を満たしている岩肌の荒涼さが、何故か奇妙な程に一帯の雰囲気と合致している。

ここでも本来なら地底の妖怪が喧騒を繰り広げ、空気そのものが酒気に塗れ、昼夜の境も関係無い叫喚が響き渡っていたのだろう。
青娥は旧地獄に足を運んだ事は無かったが、それでも人伝の情報と縁起の記載からすればその想像には難くない。
特に酒乱に満ちた澱みは警戒する所であったものの、いざこの光景を目にすれば些か拍子抜けだったという物。
澄み切った空気では寧ろ恍惚に酔う隙すら与えてこない、そんな色模様さえも感じてしまう程。
今は青娥ただ一人、閑散たる様だけが無音という形で伝播してきている。
こんな様子では閑古鳥も泣けやしない。

ふと、提灯や行灯の光の乱雑具合がいつかの夢殿を思い起こさせる。
低俗な小神霊共が広大な空間の中で右往左往に揺れ動く様がそれと重なったのだろうが、あくまでそんなこともありましたわね程度の事柄。
確かに懐かしい事ではあったけれども、そんな過去に一々心を揺さぶられる訳でも無く。


「さて、家探しでも始めましょうか」


それは今から泥棒活動に勤しみますよ、という邪仙なりの意思表示。
穿ユという単語は間違いなく、今の青娥のやろうとしている行動の為だけに作られたのだと誰もが認めてしまう程の白々しさすらあろう。
適当に見繕った建物の前に立つ。暖簾の掛かっていない家々に混じって、一軒だけ窓も扉も付いていない事実が目に付いたのだ。
壁抜けの邪仙には密室や鍵など効力のこの字も存在せず、衝撃を加えてやれば簡単に砕け落ちるガラス容器と同義である。
こんにちは、と家主に挨拶するかの様なノリで宣言するや否や、身に纏った『オアシス』のスーツと共に飛び込むかの様に華麗に侵入。
屋内に入ってすぐさまスタンドを解除し、足音立てずに着地。かくも鮮やかな工程は10点満点のレビューが付いても許されるだろう。
この出来には青娥もニッコリ。場所が場所なら効果音でも鳴りそうなガッツポーズを自信満々に繰り出した。

764一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:28:08 ID:7dG6hTvE0


「これは……酒蔵ですわね、一発目からツイてますわあ」


さて、その中はギッシリという擬音がこの場所の為だけに作られたと言っても許される程に充満した酒瓶、酒樽。
幻想郷で見られる全ての酒という酒が一つの酒蔵に歴史と共に詰まっているという実感が湧いてくる程の酒の量に、ただ圧巻されるのみ。
実際は古今東西ありとあらゆるなんて言葉で言い表すには、過去から今に掛けて製造された酒の銘の数が多過ぎる気がしないでもない。
中華三千年の歴史と共に歩んできた青娥にとってすれば、まぁ皇帝の宮殿における百年分ぐらいかしらね程度にも捉えられないことはない。
それはともかくとして、普遍的な人里の酒造とは比べ物にならない、そもそも規模に歴然とした差すら存在しかねない程に酒がある事だけは確かである。
さぞかしここに安置された酒の数々も青娥に見付けて貰って喜んでいる事だろう。


「地底妖怪用に醸造されたお酒なら意趣返しにも出来ますわね、私ったらあったま良い〜」


それはさる先刻の戦いの怨恨か反省か。過ぎ去った事だが、どちらにせよ邪仙には単なる嫌がらせに過ぎない。
そもそも意趣返しという言葉をわざわざ選んで使っている時点で、そんな怨恨だか復讐だかの心なんてたかが知れているのだ。
実際仙人の肝も胆も一筋縄ではいかない強さだったからこそ良かったし、その結果は青娥自身も十二分に理解している。
そんなシロモノに比類する物をただの人の身に投与すれば劇毒でしかないのだが、それを気にする素振りは一切見受けられそうに無い。
陰湿、悪趣味。どう罵られても気にする事でも無い。ケチを付けられる謂れも無い。
酒瓶を二本程度選りすぐって紙に投入する。


「折角ですしコレも入れてみましょうか」


青娥の目線の先には大きいとしか形容の出来ぬ酒樽の数々。青娥の身長はより若干高い程のそれらは、一つ取っても一石はゆうに超えているだろう。
木々を上手く継ぎ合わせ注連縄で形を整えたその見た目は、素人目に見ても鬼の様な巨躯でも無いと作れそうにない。
そんな精魂込めて醸造したであろう酒樽であったとしても、持ち主も通りすがりも誰も居ない場所では泥棒してくださいと言っている様なものだ。
どちらかと言えばこれは単純に呑んでみたいとかそういった興味本位に過ぎない行動ではあったし、少なくとも実利目的の行動ではない。
それを先程の一升瓶たちと同等に語っているのはまさしく青娥らしさの塊なのだろう。
その中の一つに足を向けて、エニグマの紙をそっと押し当てれば、途端に酒樽が一個丸々紙の中へ吸い込まれて消えていく。
残ったのは酒樽の羅列の中で際立つ大きな空白のみで、まさか泥棒が盗んだ痕跡だとは誰も思うまい。

それにしても、この質量や形態を全部無視して収納可能なこの紙のなんとも万能な事かと青娥は一人驚いていた。
紙面を仙界に繋げて仕舞い込むにしても、その紙の大きさよりも遥かに大きな物まで入るとなれば大掛かりな術式を組まざるを得ない。
手段を明晰に思案してかつそれを実行に移せる仙人が居るか、もしくは例を挙げてみるならばスキマ妖怪の術式が使えれば再現出来る事だろう。
出来そうな人妖を二人記憶の淵から思い当たっては、つい青娥は苦笑を漏らしてしてしまった。
豊聡耳神子も、八雲紫も、等しく青娥自身が弑した相手である。この手段は無かった事になるだろう。


「まぁ豊聡耳様は刀剣でしたから……竹風情とは比べ物にならなかったのでしょうね」


どこか懐かしさや寂しさ、羨ましさといった感情を複雑に表面化させた顔を浮かべて、青娥は遠くへ視線を投げ打った。
その根底にあるのは仙人としての純然たる思いだというのを理解しているからこそ、余計に何かが口惜しく思えてくるのか。
直視するに耐えない己の内面がふと覗いて来た気がして、その情を引っ込めるのに数秒を要してしまうのが、青娥には口苦くてならない。


「……。次の建物でも探しましょうか」


気分転換の方向を探る様に、言葉を投げやった。
口調は軽く繕っても、数歩の間の足取りは先程までとはいかないのに気付かぬまま。

765一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:30:25 ID:7dG6hTvE0


そしてお眼鏡に適う次の建物は、予想していた以上に早く見付かった。
さっきまで居た酒蔵から、通り一本分先にあった何の変哲も無い一軒家と思しきその建物。
暖簾が掛かっていないという事実から妖怪かそこらの住居である事は容易に想像出来るが、それにつけても見た目のボロさに拍車が掛かっていた。
あばら家とまでは言わないにしろ、その無骨な装いをした外観は寧ろ青娥のセンサーに得体の知れない何かがありそうと確信にまで至らせている。
呑み屋と食事処の間で居竦まる様に縮こまったその姿は可愛らしいものだが、そんな雰囲気に惑わされる青娥ではない。
木を隠すなら森の中、一見だけでは価値が分からないけど実は高価な物は安価なガラクタの中に混じっていると相場は決まっているのだ。
考えただけでも胸が躍ろう。重火器近接武器嗜好品なんでもござれである。


「ん〜〜〜〜ん?」


いざ『オアシス』のスーツを起動しようとして建物に近付いて、そこでふと感じてしまった違和感。
扉に鍵が掛かっていない無防備さどころか、扉がやや半開きになって壁と間隙を生み出しているのが見て取れる。
人が現在進行形で中に居るのか、それとももう家探しを終えてもぬけの殻なのかまでは分からないにしろ、少なくとも誰かが存在していた形跡は今目の前にあるのだ。
眉を顰めてみるものの、こういう時に限って光学迷彩スーツのバッテリーは再充電の真っ只中。こればっかりはどうしようもない。
しかし姿を隠せないからというだけで、中に何があるのかをその目で確かめずにむざむざ手ぶらで帰るだなんてそうは問屋が卸さない。


逡巡している時間なんて物は必要無かった。
ええいままよ、と言わんばかりにスライド式の扉に手を掛ける間も無くドアに突っ込む――そのの勢いで、『オアシス』のスーツを使って扉を透過。
体が触れた部分から扉は液状化していき、体が離れた部分から次第に元に戻っていくのは、扉を液面に見立てた飛び込み競技かの様。
それにこの動作と侵入が一体となった手法は、青娥には簪を使っている時と同じくらいに気分が良かった。
そもそも疚しい事なんてこれっぽっちもしていないのに何を恐れる必要があるのだろうかと思ってしまえば、行動に移るのは簡単だったのだから。



そしてやっぱりと言うべきか、部屋の隅に先客は居た。

一部屋で構成された屋内の一番奥手の柱にもたれかかって、片膝立ててスヤスヤと眠る一人の少女。
ボロさの残る室内と同じくその体には軽い傷の跡が見え隠れしているが、その艶と輝く黒髪はそれらと比べると場違いな雰囲気さえ放っているかのよう。
普段の青娥であれば芝居掛かった雰囲気であらあらあらあら、とニンマリ笑うところであったが、そうは至れない神妙さがそこにはある。

外見さえ見てくれは服が違うとは言え縁起に聞こゆ藤原妹紅のその姿なのに、挿絵の白髪とはうってかわって目の前のその髪は黒色。
直接会った事は無けれども、その白と黒という正反対の色への変貌は流石に見紛う事は出来ないのだ。
髪の艶やかなのは別に構わない。これでもヘッドセットには気を遣う邪仙なのだから、適当にトリートメントの材料を聞き出せば良いだけのこと。
しかしその黒色、見れば見る程に漆黒を湛えてどこまでも深くて異質で禍々しく。
逆に何をもってすればその様な変化をその身にありありと表現しようか。
ここまでの変容が起こったその経緯とは如何程な物か皆目検討も付かない。

だが、青娥をその黒髪以上に惹き付けるモノがあるのもまた確かで。


「あらあらあらあらあらあら〜〜〜〜〜〜!!」


失敬とでも言わんがばかりの満面の笑み。口からその歓喜を余す所無く高らかに優雅に溢れさせていく。
口角も目尻も、ヒトのそれとは思えぬ程にその感情を満遍なく表現していた。

766一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:31:35 ID:7dG6hTvE0


かつて、青娥は豊聡耳神子に尋ねた事があった。

『完璧な不老不死について、如何お考えですか?』と。

完璧な不老不死。尸解仙の様な死神との縁の切れぬ形骸的な不老不死ではなく、神仙を目指す者の究極の憧れの一つ。
神霊として縁起に記録され、生前を遥かに凌ぐ力を付けて尚、それに向かって進み続ける一番弟子に対しての究極な問い掛けであった。
彼女とて青娥とて浅学とはとても言い表せない求道者で、少なくとも死神を追い返す事など造作も無い取るに足らぬ力を持っている。
それでもなお、その一点は譲れないと他の術以上に熱心に勉む彼女に、当時何を思ったかなどもう定かではない。

ただ驚いた事に、その少し意地悪な質問に対して、神子は最初っから決まっていますとでも言うかの様に口を開いたのだ。


『安寧、ですかね。青娥や私が最終的に目指している道のその先とは別物でしょうけれど』


『例えば屠自古なんかは霊体ですから死神による終焉は齎されません。ですが、他所からの畏れを失えば消えてしまうのもまた妖です。
 その理すら及ばない完全性、自己完結。それこそが完璧で純然たる不老不死だと思いますが、一方で魂の在り方を変えなければ辿り着けぬ境地かと』


『ですからね、青娥。私は死という存在が単純に怖いのですよ。何人にもそれは平等に降りかかって、跡形も無く全てを消し去っていく。
 私という存在が死によって掻き消されてしまうのがたまらなく恐ろしくて、不安でたまらないだなんて聖人が聞いて呆れるでしょう?』


『仏教だって心の安寧を保証していますけれども、仏像のその瞳は虎視眈々と死を見据えている。現世での救いをあれらは何一つとして成し得ない。
 私は救いを求めているのかもしれませんね。――この話は屠自古や布都には内緒ですよ?』


その時の俗っぽい笑顔と、知らしめられた欲の強大さは今でも忘れられない。
生前の豊聡耳様への印象は、視野に広がる全てに対する冷徹さと非情さと求心力。その一方で道への並々ならぬ熱意と縋り付きが多くを占めていた。
俗人の全てを見透かすその耳と、師弟関係すら曖昧になる程に叡智を持った生まれながらの聖人でありながら、その実そればかりを強く希い続けていたのだ。
もしかすれば、邪仙の心に火が灯されたのはこの時だったのかもしれないし、そうでは無かったかもしれない。
けれどもこの人の死に際はさぞ強烈なのでしょうね、とその時心の底から思ってしまったのは否定のし様が無いだろう。
但し一つ言える事があるとするならば、豊聡耳神子という人物はそれを成し遂げてしまえる程の力量があったのだ。
力量だけでなく、その才知までも。その仙骨さえも、全てが凡庸とは一線を画した一級品。
だからこそ『力を持つといつかは欲望に身を滅ぼされる』という事実をそっくりそのまま体現して潰えたのかもしれない。

767一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:32:39 ID:7dG6hTvE0


では、目の前のこの少女はどうだろうか?
藤原妹紅。縁起に堂々と書かれた『死なない程度の能力』。毛髪一本さえ残っていれば再生が可能とも書かれた不老不死。
天人ではない、さりとて同じ道を歩む者でも無さそうな文面。あの時は幻想郷においてはそんな人間腐る程おります故、なあんて一読して記憶の片隅に留めただけで終わりだった。
同じ腐る存在であれば芳香ちゃんの方が何倍も価値があるに違いないし、芳香ちゃんの世話よりも優先度が低いのは実際当たり前であったのだ。
豊聡耳様は藤原氏という苗字に何か思う所があったらしいけれども、歴史の当事者の回顧なんて知った話では無い。


だが、昔交わした会話の中身を照らし合わせ、いざ目の前で寝入っている実物とご対面となればどうしても分かってしまえる物がある。

眼下の少女は紛れもなく、真の不老不死を体現せしめている存在なのだと。

豊聡耳様ですら辿り着けなかった境地に至った存在であるのだと。

この様な状況に置かれさえしなければ、死という物が永遠に訪れる事が無かっただろうにと。


不思議な話かもしれない。
溢れんばかりの聖人オーラを撒き散らす事憚られなかった彼女には成し得ず、こんなどこの馬の骨とも知らぬ平凡そうな雰囲気の生娘がそれを会得しているのだ。
尸解の術を斑鳩の地で掛けて以来長らく各地を放蕩していたと言うのに、その噂話を今まで小耳に挟む事すらなかったというのも余計に謎めいている。

その不老不死の原理を幻想郷に居る内に知っておきたかったという感情も無くは無いが、正直な所今この場においてその事実はさしたる重要性を持たない。
精々不思議でどうしようもなく機会に恵まれなかっただけの話であって、どうせまた次の機会はいつか来る。

問題はそこではない。


完璧な不老不死には魂の在り方から変えなければ辿り着けないのだと、あの時豊聡耳様は口にしていたのだ。
自身がそんな在り方を目指すつもりなど毛頭無かったが、彼女程の聡明なヒトが仰られるのであればそれはきっと真理なのだろう。
一介の人間の魂魄では死を迎えれば気が散り散りになって二度とは戻らないのだから、その魂から変えてやらなければならないのは確かに理に適っている。
それも少なくとも尸解仙の様な魄の再定義とは訳が違う、無から魄を復活させる程の大掛かりな術式や修行が必要不可欠に違いない。
死神によるお迎えすら存在しない、文字通りの完璧な魂魄の兼ね備え。

であるならば当然。


「私ってばほんとツイてますわね、妖怪の賢者に次ぐ程の魂の持ち主とこんな場所で出会えるだなんて〜〜!!」


それこそは、天国行きの往復切符と成るであろう材料への値踏み。
旧地獄などという天界からしてみれば真反対の概念の場所でありながら、そこへの近道がこんなボロ小屋に転がっていただなんて誰も普通は考えやしない。
それでも彼女はやってのけてしまった。本来であれば虱潰しに探しでもしなければ見付からない代物に、僅か二回の探索で到達してしまったのだ。
短時間でアタリを引き続けるその豪運とまたしても噛み合う歯車を一つ得た高揚感が、今の青娥の感情を占める大半である。

768一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:34:27 ID:7dG6hTvE0


その場でルンルンウキウキと羽衣を舞わせながら踊っても許されるだろう、なんて言わんばかりの優雅な動作も、それを顕著に表している。
被服のボロボロさすら意に介してないと示し付けるかの様に、その場の空気をふわふわと巻き込んでは微細な気流を作り出して。
すぐ傍に寝ている最中の少女が居るというのに、そんな事知ったこっちゃないとお構い無しに足を動かす、手を揺らす。
もしかしたら、青娥は最初から藤原妹紅という存在を少女として見ていないのだろうか。
もしかすれば彼女の視界における眼下の少女は、目的へ一直線に邁進する為だけの道具としてしか存在していないのかもしれない。


「いやはや本当に良い体じゃない、終わったらこの子の体でキョンシーを作るのも悪くなかったりねえ?」


そう言って青娥は覗き込むかの様に、顔をグイと妹紅の顔の方に近付ける。
それは本当に些細な動作。立っていたままの姿勢から若干腰を屈めて、目線を合わせようとしただけの行動。
寝たままの少女がどんな顔をしているのかちょっと拝謁してみようか、ぐらいの軽い気持ちで行われたに過ぎない。

けれども、妹紅にとって青娥のその行動は全く別の意味。
体を休めて寝息を立てていたとしても、本人がそれを望んでいなくとも、眠りは浅いままの状態で維持されていた。
それによって誰かが近くに居るという気配を寝ながらも捕捉されてしまったのは幸か不幸か。
妹紅が意図していなかったと言えど、その体に染み付いた慣行は決して忘れられる事は無いのだ。


寝ていたはずの妹紅の足の筋肉がやや強ばったかと思えば、室内で掃除されずに薄く積もった土埃が舞き上げられ。
次の瞬間には眼前の少女が跳躍していたという事実を、青娥の脳が遅れて警鐘を鳴らしていたとしても時既に遅く。
瞬きをする間も無く、地べたと平行線を描いていたその片足は気付けば軽い炎を纏って中空に丁寧な弧を描いていた。

それはここが私の制空権だと言わんばかりに、反射的に繰り出されたサマーソルトキック。
頭から垂れ下がる黒髪がその動きに同期して艶かしく広がり、その脚は残像を持ってして風を断つに至る。
ただ妹紅の領空に入ってしまったというその一点の事実のみで放たれてしまった自動攻撃。
使い手の記憶が混濁していたとしても、寝込みを襲う賊に対して編み出した過去の成果の腕は鈍らずに、ただ無警戒に近付いた相手を刈り取るのみ。
纏った火の粉さえも揺れ動く髪と似て黒々しく、されど薄暗い部屋の中では煌々とした輝きを見せ付けて。
間一髪でその首を横に寄せた青娥の頬に、軽々しい見た目からは想像出来ない程に鈍重な蹴り上げがチリリと掠る。
だが悲しいかな、その挙動はグレイズには数フレームで間に合っておらず。
その白磁かの様な皮膚をコンマ以下の浅さで幅数センチ抉っていた事に青娥が気付くのと、遅れて舞った黒炎の一端が頬に軽い火傷痕を作るのはほぼ同時であった。

769一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:36:28 ID:7dG6hTvE0


「うううぅぅううう……お前は誰だあああぁぁぁぁぁア?」


優雅な一回転の蹴りを終えた藤原妹紅が床に着地して青娥の側を睥睨する。
酔拳にも及ばぬ程、そもそもそう言い表す事が酔拳に失礼な程にグチャグチャの体幹で上半身を、その黒い長髪をユラユラと揺らして。
瞳に光は宿らずに髪と等しく黒一色、更には藪睨みどころか両眼球がそれぞれ別方向を捉えている。彼女の視界が正しい物を映しているのかも怪しい。
体勢も語調も彼女を表す全てがしどろもどろ。常人とは掛け離れた物以外を感じさせない蓬莱の人の形がそこに居る。

その様相から、青娥は瞬時に理解してしまった。
眼前の彼女が狂いに狂って元の鞘に戻れなくなってしまったのだろうという事を。
藤原妹紅の個はバラバラに砕けてしまったのだという事を。


全てに倦厭して気を狂えてしまったのか、さてはてこの会場にて何か心を壊される様な何かがあったのか。
今まで死を恐れてもいなかった身に急に襲いかかるようになってしまったその恐怖に身も心も支配されてしまったのか。
色々と彼女の身に何が起きたのかの選択肢はあるだろうが、その考えが沸いたとしてもそんな些事を気に留める程の青娥ではない。
だが魂魄を操る事に秀でた道士としての己が、少なくともその内の魂から来る気の淀みを肌で感じ取っていた。
張り巡らされた神経系の一部が断線していると形容するのが正しいのだろうか、妹紅の心を支える回線が数箇所破損しているかの様な感覚。
目で見ずともそれを理解させてしまう程に、藤原妹紅の精神は異常を来たしている。


「誰でもイいかぁ、わたし以外の誰だってぇ」


その言葉を皮切りに、まるで妹紅自身が薪であるかの如く、妹紅の周囲に炎が揺らめき立つ。
そもそもこれは炎と呼称されるべき物なのか、湧く揺らぎ湧く揺らぎその全てが黒。黒。黒。
辛うじて形だけが炎らしさを保っているからこそ炎と認識出来るだけで、本来の炎の醸し出す紅蓮とは到底似つかず。
可視光線のスペクトルを無視した炎色反応。奇術としては悪趣味な、光を全て吸収してしまいそうな底の無い黒一色であった。

それ即ち、攻撃の予感。黄色点滅の余暇すらも許さない赤信号の氾濫を感じずにはいられない程の殺意の数々。
藤原妹紅という個人の魂魄では収まりきらぬ程の怨嗟と憎悪で身を焦がされるのだろうという空気で今居る屋内が満たされる。
今まで会場で味わってきた生ぬるい敵意も、そもそも邪仙になって以来襲来してきた死神の手練手管も、今のそれには劣るだろう。

ちょっと失礼、と言ったか言わなかったか定かで無くなる程のスピードで、青娥は『オアシス』のスーツと共に地面に飛び込む。
水にまつわる擬音で表せそうな波模様を地面に描き、そのスタンド能力で完全に退避したのも束の間。


爆音けたたましく、爆炎の勢いは激しく。

藤原妹紅が爆心地となって、寺や田圃で行われるどんど焼きすらも凌ぐかの如く迸る火柱が周囲を埋め尽くす。
天蓋にまで届きそうな高さまで及んでひたすらに黒色が泳ぐ様は、まるで鯉が点額を描きそうな程の大瀑布。
ベクトルを一歩別に向ければ建物を等しく見境無く軒並み巻き込みそうな程の火力を以て、元来あった荒びた家屋を中心に半径数メートルが業火に包まれた。

770一世の夢と名も無き鳥 ◆e9TEVgec3U:2020/11/09(月) 01:38:29 ID:7dG6hTvE0

─────────────────────────────



黒炎が止む。雷が落ちて去ったかの様に、周辺家屋の整列の中に一点だけ空白を残して。
炭化し黒ずみ骨組みの一部だけが辛うじて残存し立っているだけのその姿が、未だ燻り続ける煙と併せてそこに元々木造家屋があったのだという事を主張している。

だからこそ、その痕跡の中で惨状を何事も無かったかの様に佇んでいる藤原妹紅の存在は異質でしかない。


「うーん、居なくなっちゃった。幻覚だったのかな、消し飛ばしちゃったかなあ」


周囲を見渡しても、妹紅の周りには誰も居ない。輝夜も永琳も、今までに出会い頭に攻撃してきたロクデナシ共も。
最初っから何も起こっていないとでも言いたげに、剥き出しの建物だった残骸を静けさだけが埋め尽くす。
ただ少なくともこれだけは言えた。己に近付いてくるヒトの皮を被ったバケモノ共は、間違いなく殺しても良い相手なのだと。


「全身青女とか見てくれとしてどうなのよ、赤青半々のアイツとどっこいどっこいじゃない」


『貴方は正しいわ妹紅。立ち塞がる物は全部殺して、殺して、殺し尽くす。そうでしょう?』


誰も居ないハズなのに耳介を通して響き渡る誰かさんの声。鬱陶しいったらありゃしないけど、聞こえないフリ。
幻聴が聞こえるだなんてそれこそ私が『異常者』みたいで癪に障る。異常なのは私以外全員だっての。正常じゃないヤツが正常性を語らないで欲しい。
無論、蓬莱の薬を私が未だに持っていると勘違いして攻撃を仕掛けているのであれば話は別だけれども、等しく殺してやれば関係無いのは正しい。
そもそも蓬莱の薬を誰に盗まれたんだろうか。盗んだならちゃんと盗んだって言って欲しい。
アレさえ飲めば私が糾弾される事もあんな幻聴が聞こえるだなんて事も無くなるだろうってのに。

でも、今からまた蓬莱の薬を新たに手に入れるってのもアリかもしれない。
岩笠だったかそんな名前の人間の一団と、蓬莱の薬を富士山の頂上で燃やす旅に同行した時に火口で変な女が言っていた気がする。
八ヶ岳?に行ってイワナかヤマメかそういう感じの女と蓬莱の薬について話をしろ、だっけか。よく覚えていない。
そこで薬を燃やす算段だったけど、手ぶらで行けばもしかしたら蓬莱の薬を恵んでくれるかもしれない。

だけれど結局私はそこから逃げて逃げてこんな変な場所に居る。
あの後男の部下が怪物に襲われたのか全滅して、残った男と一緒に行こうって話になった気がするけど私はアイツを蹴落とした。
勿論物理的に。富士山を下る時に後ろからドンと一突き。悪い事をしたかもしれない。でも生きる為の行動に犠牲は付き物だから。
だからと言ってなんで私が攻撃されなきゃいけないんだろう。
八ヶ岳に行かない私をあの女は怒っているのか?それとも蓬莱の薬を奪ったから帝が追っ手を差し向けているのか?それとも岩笠が実は生きててその差金?
どれでも理由としてありそうだが、少なくともそんな事で私がこんな目に遭わなきゃならないなんておかしいじゃないか。
ただただ生きようとしているだけなのに横槍入れてくるだなんて失礼にも程がある。


『自分が生きる為に他の攻撃してくる相手を皆殺しにするのは何も間違っちゃいない、妹紅にはそれが分かっているでしょう?』


ほら、この幻聴だって私の考えている事を無視してずっと同じ様な事ばっか。
私は今から蓬莱の薬を新しく手に入れる算段を思い付いたってのにそんな事で水を差さないで欲しい。
取り敢えず、今から私は八ヶ岳に行ってヤマメと話して不老不死を得なくっちゃならないのは確かだ。
だから、ええっと……?


「ハロー、また会いましたわね」


「……は?」


突然。しかも地面から生えてきたとしか言い表せない方法で再出現したさっきの全身青女を前に、素っ頓狂な声が出し抜けに出てしまった。
そもそもさっき消し飛ばしたハズなのになんでピンピンしてるのか、地面から生えてきたかの様なこのコイツは一体全体なんだって言うのか。
だから、それらの事実に気を取られた。目の前のコイツが何をしようと現れたのか、考える事が出来なかった。

左足に重石を付けられたかの様な違和感。
何かそこから新しい部位でも生えてきたとでも言いたげに、左足だけが重力に強く引っ張られている様な感触がある。
目の前のコイツがやったのか?私に攻撃してくるならもっと別の事をしてくるだろうに、何の為に?
恐る恐る目線を地面の方から私の真下の方へと向けると。


一本の酒瓶が、私の左足にまるで吸い付くかの様に”くっ付いて”いた。


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