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( ^ω^)冒険者たちのようです

75名無しさん:2024/09/01(日) 02:00:55 ID:9tBcNMXI0

――聖教都市ラウンジ――


古くは80年程前からこの地に根付いた、大陸の最大宗派、聖ラウンジ教。
経典は至るところで広く知られ、今や多くの民の心の拠り所でもあった。
しかしその成り立ちは、決して一枚岩ではなかった。

保守派と進取派の派閥による争いで、多くの血を流した恥ずべき過去を持つ。

当時、極東シベリア教会ら異宗教への弾圧を強め、力を持って信仰を捻じ曲げんとする
聖ラウンジにおける過激派は、30年前の宗教戦争以後、”旧ラウンジ聖教”として分派し、
元々の聖ラウンジとは道を違えることとなった。

極東シベリアもラウンジ過激派も、かつての権威や信仰の後ろ盾を失い、
現在ではごく少数のみが大陸の各地に散り、散発的に活動をしているのみだ。

一方の聖ラウンジ穏健派は、改編以後に組織された直下の騎士団である
”円卓”が彼ら教会の盾となり、今日までに大きく信徒を増やすとともに、
聖教都市を中心とした各都市間での問題における治安維持に努めている。

彼らが拠を構えるここ聖教都市の司祭は、平和の象徴として多くの民に寄り添うべき存在。
ラウンジの信徒たちは来る日も来る日も、”ヤルオ=ダパト神”へ礼拝を欠かさない。

いつ報われるとも知れぬ信仰の果て。
やがて、神に見初められた善なる者だけが、奇跡を宿すと言われていた。
飽くなき信仰がもたらす、聖ラウンジの秘術、”聖術”。

心身を癒す祈りの力や、悪意を持った力を通さぬ光の壁などの奇跡がある中で、
聖術の奇跡を賜った者の中でも、直接ヤルオ神の神託を聞いたというものは、
周囲からは畏敬の念を込めて”聖徒”と呼ばれていた。

76名無しさん:2024/09/01(日) 02:02:36 ID:9tBcNMXI0

過去の大陸歴の中でも数少ない聖徒の内の一人、”アルト=デ=レイン”。
彼こそ、30年前の過激派が巻き起こした、血生臭い争いに終止符を打った人物だった。
多くの者たちが命を落としていく中、神の託宣と聖術を賜った彼は争いの終わりを願い、
より多くの命を助けるために戦場となった村や町を駆けずり回ったという。

アルトの存在こそが、聖ラウンジ穏健派が当時の争いの後に主権を取るに至った理由だ。

数ある聖ラウンジ教会において最大の信徒を抱える、聖ラウンジ大聖堂。
それが、彼らが拠を構えるここ聖教都市ラウンジの街にあった。
身寄りの無い子供や身体の不自由な老人が多く訪れては、日々施しを受けている。


――聖ラウンジ 大聖堂――

一人の娘が、信徒たちと共に神に祈りを捧げていた。

青銅の十字架が祀られた巨大なステンドグラスの前で、床に膝を折る。
それはいつもの通りの時間に、いつもと変わらぬ所作で行われていた。
他の信徒の修道服とは違い、一人純白の煌めきを衣服に纏わせていることから、
彼女が特別な存在であるのだという事が、誰の目にも見て取れるだろう。

金色の艶やかな髪は、左右でそれぞれ大きく二つにまとめられていた。
華奢で小柄な体格に、端正な顔立ちの細い輪郭がよく映える。

横顔に幼さすら残す娘は、今日も真摯に祈りと向き合っていた。

ξ-⊿-)ξ (聖ラウンジの神よ、ヤルオ神よ。
      どうか迷える我ら信徒に、御言葉をお聞かせ下さい)

77名無しさん:2024/09/01(日) 02:03:11 ID:9tBcNMXI0

「神よ……どうか、この地で苦しむ全ての人々を救いたまえ……」

「我らが信仰をもって、どうかお声を……」

彼女と同じように祈りを共にする来訪者もあった。
修道士達も同様にだ。皆が神への畏敬を持って、口々に祈りを捧ぐ。

人知れず、そこで彼女、”ツン=デ=レイン”は嘆息した。

赤子であった彼女は、当時の司祭に拾われ、その時神に仕えるという身分が定められた。
やがて司教となった育ての親は、ツンが18になると同時にこの世を去る。

何日かは涙の日々だったが、そうも言ってられなかった。
周囲は彼女の覚悟を、そう長くは待ってはくれない。
司教アルト=デ=レインの拾い子であり、そのまま養子となったツン。

彼女は今や、この聖教都市の信徒たちを導いていく助祭の立場にあった。


ξ゚⊿゚)ξ(はぁ……本当に、こんな自分が嫌になるわ)


現存する信徒の中では、かつてのアルト=デ=レインをおいて他の誰にも、
”ヤルオ=ダパト神”の声を直接聞いたと伝えられる者はいない。
それは、こうして信徒らと共に祈りを捧げている、ツンも同様だった。

78名無しさん:2024/09/01(日) 02:04:30 ID:9tBcNMXI0

他の信徒達と同様に、一向に奇跡を賜わる事がない彼女への風当たりは強い。
恵まれた地位にありながら、聖術も使えない聖ラウンジ信徒。
そんなことだから身内びいきだとして、影から他者には妬まれ、僻まれる。

当時の事を知らぬものからは、ヤルオ神の天啓を受けて聖術を賜りながら
戦場を駆けずり回って多くの人々の命を救ったという父の逸話をも、時に
眉唾として揶揄されることさえあった。

このところは喪失感と焦燥の狭間で、心は締め付けられていた。


『全ての人々には等しく、愛される権利があるんだよ』


父アルトは、常々そんなことを口にしていた。
自分を拾い、育ててくれたのは、聖職者だったからなのだろうか。
父が天に旅立ってからは、恩着せがましいとさえ考える事もあった。

立場への重圧が邪念を生み、ここ最近の彼女の祈りを曇らせている。

アルトがこの世を去った昨年から、鬱屈とした気分が晴れる事はなかった。

そんな彼女の毎日に、変化が訪れることもない。
きっと、このまま変わらぬ毎日を暮らしていくのだろうとも感じていた。

外の世界を知らずに暮らし、聖教の象徴であるべき彼女にとって、
聖堂に訪れる街の人々と会話を交わす事だけが、唯一の楽しみである。

79名無しさん:2024/09/01(日) 02:05:14 ID:9tBcNMXI0

ξ;-⊿-)ξ(いけない、たとえお飾りでも私は聖ラウンジの助祭。
      神に使える身なんだからね……今のはナシ…今のはナシ…)

後ろの方からひそひそと話し声が漏れてくる。
礼拝の最中だというのに、こちらへ聞こえるのもお構いなしに。

彼女の心をかき乱すそんな雑音、ここ最近は茶飯事であった。


(ねぇ、ツン様の話……聞いた?)

(もうじき、次期司祭候補として選ばれるって話よね)

(あんな小娘がねぇ……まして、拾われた子っていうじゃない)

(確かに聖術の一つも使えないのに、とんでもない話よね)

(ちょっと貴方たち、聞こえるわよ)


ξ-⊿-)ξ「………」




        *  *  *


一通りの礼拝を済ませた後、ツンはすぐに聖堂の二階に上がっていった。
自室でふて寝してしまおうかと思っていたが、父の書斎の戸の前で立ち止まる。

80名無しさん:2024/09/01(日) 02:05:41 ID:9tBcNMXI0

午前は牧会の来訪者もおらず、外の世界の話を人々から聞ける楽しみも無かった。

育ての親を亡くした喪失感も癒えぬまま、司教の忘れ形見として美談に語られる自らの境遇。
その父が逝去してからは、養子である自分の出自が、嫌でも聖教内外で噂されるようになった。
自らが置かれた現状に、心はどこか、ふわふわと定まらぬ場所にあった。

次期司祭の地位への妬み嫉みに、心をすり減らす毎日。
そんな日々に嫌気が差して、父に救いを求めているのかも知れない。
一人考え事をしたい時は、こうして亡き父の書斎を訪れるようになっていた。

あまり掃除が行き届いておらず、窓を開けると埃が風に舞った。


ξ-⊿-)ξ「……お父様。
     私には、自信ないや」


いつからだろう、祈る事が、こんなにも嫌になってしまったのは。
どうしてだろう、同じ神を信じる人たちが、こんなにもいがみ合うのは。

窓から外の風景を眺めながら、時折、この場所で物思いに耽るようになった。

最近では、礼拝自体に嫌気がさす気持ちさえ芽生えることがあった。
物心つく前から神の信徒として仕えてきた彼女にとって、あってはならない事だ。
大恩ある父の遺志を継いで、聖教都市のこれからを支えるべき立場ならなおさらに。

81名無しさん:2024/09/01(日) 02:06:22 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「まるで、籠の中の鳥みたい」


いつからか”外の世界を見てみたい”という気持ちが、彼女の中に膨らんでいた。

司祭の座など、本音ではツン自身、どうだっていい事のように思えていた。
祈りを捧げていくだけの毎日、それがこの先に何をもたらすというのか。
神の声を聴くためか、はたまた、ただ聖術を身に宿すためなのか。

漠然とした不安を抱えたまま、今日も正直になり切れない自分に、辟易した。
思った事をそのまま伝えられたら、行動できたらどれほど楽になれるのだろうと思う。

父が残した十字架の重みは、容赦なく自分の背に圧し掛かる。
同じように生きた先で、父のように立派な聖職者になれるという自信はなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……あれ?」

手慰みに何気なく開いた木机の引き出しの中から、見慣れない書が姿を覗かせた。

父が亡くなった時、身の回りの物は整理したはずだった。
記憶の中では、その時にこんな物はなかった。

どうやら奥の方に納められていたか。
鬱屈した自分の心が、無意識に引き出しを抜く動作に力を込めたせいかも知れない。

ぱらぱらと、その頁をめくってみた。

煤けていて、長年に渡って使い込まれた風合いの一冊。
最初の数ページを捲って、それが日記だとすぐに理解する。

どうやら、十年以上も前から綴られていたもののようだった。

82名無しさん:2024/09/01(日) 02:07:25 ID:9tBcNMXI0

――18年前――


〇月〇日 『今日、一人の赤子を拾った。女の子だ。
      傍らに手紙が添えられていたが、名前しかしたためられてはいなかった。
      彼女の名前は、ツンというらしい。
      親でもない私が顔を覗き込んだからか、大声で泣き喚かれた、元気な娘だ。

      この寒空の中で、今日という日にこの子に出会えた奇跡に、感謝を。
      彼女を引き取ってくれる者がいないか、明日から探してみよう』


〇月〇日 『子育てというのがこれほど大変なものだとは思わなかった。
      ……なかなか貰い手が見つからず、どこも大変な様子だという。
      これを書いている今まさに、またツンが泣き出した、急げ』


〇月〇日 『神に身を捧げた私が、一人でこの娘の面倒を見ることは難しい。
      生涯の独身を貫く私では、きっとこの子の親とはなりえない。
      優しい夫婦の元で見てもらえると、一番いいのだが……』


〇月〇日 『今日、ようやく彼女を引き取りたいという女性が現れた。
      ツンはこの頃、しっかりと目が見えるようになってきたらしい。
      私の顔を、指をしゃぶりながらじっと見つめ返すようになった。

      お別れだよ、と告げた私の胸がざわついていたのは、自分でも分かった。
      きっともう、彼女に情が移ってしまっていたのだろう。
      ツンは私の心を見越したように、この指を握ったまま、離してくれなかった。

      それが愛らしく、たまらなくいとおしく思えた。

      引き取り手の女性は、私たちを見て肩をすくめていた。
      ”その子、司祭様が親だと思ってるよ”と、彼女は言った。

      そうまで言われては――
      覚悟を、決めなければいけないのかも知れない』


ξ゚⊿゚)ξ「これは……お父様の」

83名無しさん:2024/09/01(日) 02:08:00 ID:9tBcNMXI0

――16年前――


〇月〇日 『この頃のツンはとても奔放で、無邪気だ。
      あの子が大きくなればなるほど、共に時間を重ねるほど、愛おしさが溢れる。

      修道女の皆には、感謝してもしきれない。
      礼拝の時にも彼女を連れ出して気にかけてくれるばかりか、
      おしめに食事に、手厚いお世話をしてくれていた。
 
      彼女の笑顔や泣き声も、その皆を笑顔にしてくれるようだ。
      ツンとの時間が、私の人生にとって今ではとても大切な事のように思える』


日記には、父アルトの想いの丈が綴られていた。
ツンにとって一番のよき理解者であり、愛情深く育ててくれた人。
自身との出会いから今に至るまで、日々の出来事やその心情が綴られている。

ツンの存在によって、情に絆されていく聖職者としてのアルトの葛藤。
それらが、あられもなく書き留められていた。


――10年前――


○月〇日 『ぎこちないながら、ツンも様々な作法が解ってきたようだ。
      飲み込みは良い方ではないが、この歳にしてどこか仕草に気品を感じる。
      ”お父様のように奇跡を起こせるようになる”と言ってのけたが、さて。

      彼女ならば、あの時の私のように”声”が聴こえるかも知れないな」

84名無しさん:2024/09/01(日) 02:08:44 ID:9tBcNMXI0

〇月〇日 『教会に訪れる人々は、皆ツンに親しく接してくれる。
      また、彼女も皆とのおしゃべりを楽しみにしているようだ。
      聖教の外の話を聞いている最中の彼女の瞳は、輝いていた。

      ……私は、彼女に退屈な日常を押し付けてはいないだろうか。
      この場所に、縛りつけてしまっているのかも知れない。

      彼女の幸せは、いずれ彼女自身で見つけてもらいたいものだ」


ツンが迎え入れられて、この教会で祈りを捧げるようになった当時の出来事。
父としての自覚が芽生え、聖ラウンジ司祭としての立場の狭間で揺れ動く葛藤。
立場というものに縛られて、父アルトもまた、今のツンのように思い悩んでいたようだった。

流行病で呆気なくこの世を去ってしまった父は、まだ53という若さだった。
日記の最後の日付は、1年ほど前になっていた。



――15年前――


〇月○日 「どうやら、ツンを快く思っていない者もいるようだ。
      確かに彼女は粗相もするし、聖典の内容すらまともに覚えてはいない。
      それでも、祈りに向き合う事に関しては、きっとこの場所の誰よりも真っ直ぐだ。

      今日も親を亡くした子供たちと共に、彼らの両親へと祈りを捧げていた。
      その姿は実に堂に入ったもので、一心の想いを感じさせた。
      誰であろうと分け隔てなく慈しむ、彼女の純真なる祈り。
      きっと孤児たちにとっても、少しの救いにはなっただろう」

85名無しさん:2024/09/01(日) 02:09:46 ID:9tBcNMXI0

ξ ⊿ )ξ「………これも」


〇月〇日 「ツンが病を得てしまった。
      だがつきっきりで看病したお陰か、いや、若さゆえの回復力だろうか。
      どうにか快方に向かってくれているようで何よりだ。
      だが、今度は私が寝込んでしまっている……年は取りたくないものだ。

      ツンの目が覚めた時、悪寒やめまいを悟らせないように必死だった」


そこで日記の何文字かが、伝わり落ちた雫に滲んだ。

厳格であり、清貧こそ美徳であった父の元では、自分を律する事が常だった。
それは、恩義を感じなければならない、という拾い子である出自への負い目や、
聖教都市の多くの民草を導く存在である、司教という身分の父への手前。

自分自身の気持ちを殺して、父や聖教のためにと暮らしてきたつもりだった。
それこそが父の本位であり、周囲が自らに求めている事なのだと思いながら。

籠の中の鳥だとしても、感謝をこそしなくてはならない。
司教の情深さを示すための道具として、体よく扱われたとしても。
時おり顔を覗かせる、そんな黒い感情と向き合うこともあった。

しかし父は、神の信徒という立場や情のために、自分を育てていたのではないのだと知った。


○月〇日 「彼女の祈りは、神よりも、人々の心に寄り添うもののようである。
      私の立場でそれが良いとは言わないが、それでも良い、と私は思う。
      彼女が祈る聖母のような横顔に、今日も礼拝者がいたく感激していたようだった。

      これなら、いずれツンに司祭を任せてもいいかも知れない。
      聖ラウンジの威光など関係なく、ツンは、民にこそ救いをもたらす存在になるのではないか。
      少なくとも私は、そう感じている」

86名無しさん:2024/09/01(日) 02:11:05 ID:9tBcNMXI0


ξ ⊿ )ξ「本当に…私の事を見ていてくれたんだ…お父様」


最初の気持ちは、そうだった。

辛い思いをする人々や亡くなった人物が、何一つ思い残す事なく旅立てるように。
共に心から死者を悼み、共に哀しみに浸り、共に祈りの気持ちを分け合う。
これまで当然としてやってきた事を、苦に思った事など無かったはずだった。

しかし、父を亡くした時から、最初の気持ちというものを忘れてしまっていたのかも知れないと気付いた。

去来する、胸をちくりと刺す痛み。
鼻腔の奥がつんとしたかと思えば、気を抜けば、両の瞳からは雫が溢れそうだった。


〇月〇日 「どうやら、私は流行病に侵されてしまったようだ。
      自分の身体だ、もう長くはないだろうというのが解る。

      それよりも、私にはツンの事が気にかかってならない。

      もし私が旅立っても、どうか気を落とさないで欲しい。
      君の人々を思いやる優しさと、真っ直ぐで清らかな気持ちは、忘れないでいて欲しい」


――日記の最後の日付は、どうやら亡くなる前日のようだった――

87名無しさん:2024/09/01(日) 02:12:17 ID:9tBcNMXI0


亡き司教、アルト=デ=レインの日記は、ツンへの想いで締めくくられていた。


〇月〇日 「最愛の娘、ツンへ。
      あの時、あの橋で君と引き合わせてくれた出会いの全てに、今は感謝したい。

      日々成長していく君の笑顔から、これまで私は本当に沢山のものをもらった。
      ツンがもし救われたと思っているのならば、それは間違いだ。
      君を見つけるまでの間、心に深い傷を負っていた私こそが――君に救われた。

      もしこの手記を読む事があったら、これより先は、思うままに生きなさい。

      信仰を捨てるのも、続けるのもいい。
      もし君に何か言う者がいても、気にすることはない。
      私や教会の者たちに遠慮して、君の人生の歩みを止めることなどない。
      
      君が感じた、心のままに生きなさい。
      どうか健やかで――またあう時まで」


ξ-⊿-)ξ(お父様……こんなにも、私の事を)


ツンの小さな胸は暖かさに満たされ、心の音は拍動した。

たとえ神と通じ合えず、奇跡を賜れなかったとしてもよい。
それよりも、自分の事を心から愛してくれていた事への、喜びと感謝。
父の愛情を心から信じられなかった己の未熟さを、その時悔いた。

88名無しさん:2024/09/01(日) 02:12:51 ID:9tBcNMXI0

これから、この自分に出来る事は、一体何なのだろう。
それを考えた時、カーテンをはためかせながら自分の顔を撫でるそよ風が、
まるで今初めて体験したものかのように、鮮烈なものに感じられた。

心に影を落としていた雲が払われ、開眼した気分だった。


ξ゚ー゚)ξ(――なんだか、すっきりしたわ)


ξ-⊿-)ξ(私達が安全な場所で、安穏と祈りを捧げる日々の中で……
      本当に困っている人たちはこの街の外にいくらでも居る)

ξ゚⊿゚)ξ(疫病や飢饉で命を落とした人々、貧しい孤児たち。
      この乱れた世の中には、どれほどいるのかしら)

ξ゚⊿゚)ξ(それなのに、私達は主に救いを求めるために祈るだけなの……?)



「――馬鹿らしいわね!」


一人、ツンは窓の外に向かってそう叫んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「神様なんて、どこかで私達を見下ろしているばかり。
     ……それなら私は、私にしかできない事を――」

奇跡は未だ賜われず、聖術も使えない司祭見習い。
そんな自分でも、出来るだけの事をやってみたかった。

89名無しさん:2024/09/01(日) 02:13:20 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「私は、私の手が届く人たちの助けになりたい」


その一心が、今のツンを支える活発な原動力の源だった。


自分にだって、何か困った人々の力になれる事もあるはずだ。
父が言っていた言葉を借りれば、愛情は全ての人に等しく注がれるべき。
自分が、父からそうしてもらっていたように。

ならば、親を亡くした子供たちや、孤独に死に逝く浮浪者。
そんな人々は、一体誰からその愛情を受け取れば良いというのか。
誰が、彼らの為に祈りを捧げてくれるというのか。

教会で礼拝している自分達は、そんな事に気づく事も無く。
ただただ、誰の為でもなく、形だけの祈りを捧げているのではないのか。

吹っ切れた今の彼女には、これまでうじうじとしていた過去の自分を
省みる時間すら惜しいほどに、旅立ちへの気持ちが溢れ出していた。



        *  *  *




───旅立ちを決めたあの日から、一週間の月日が流れていた───


ξ;゚⊿゚)ξ「ぜぇ……はぁ……」

90名無しさん:2024/09/01(日) 02:14:08 ID:9tBcNMXI0

登りの坂道、白を基調とした修道服の裾は、見る影もなく土ぼこりに塗れていた。
手ごろな木の枝を支えに、険しい山道を登る。

口を開く余裕も無いほどに疲弊し、箱入り娘で培われた自身の体力不足を痛感した。

やがて、勾配のなだらかな頂上付近にまで辿りついた時、木々に囲われている
近くの原っぱを目にして、身体をどっかりと地面へと預けた。

どこまでへも続いている空を見上げて、寝そべる。
身体の疲労は非常に深刻なものだが、それ以上に今は心地よい開放感が得られた。


ξ-⊿-)ξ(あ〜…いいわぁ)


目を瞑ると、今まで住み暮らしてきた聖教都市での出来事が、
まるで遠い昔の日々の出来事のようにも感じられた。

もちろん、周囲へはかなり強引にではあるが、説得を済ませてきた。
引き止める者や仰天する者など反応は様々だったが、口を差し挟ませる余地もなく、
最後には脱兎の如く逃げて来たようなものだ。

今頃、自分を探しているのだろうか。
それとも、空席となった助祭の立場を皆で決め合っているのだろうか。

街を出る前に、毎週礼拝に来ていた家族連れなどには一声を掛けてきた。
旅に出る旨を告げると驚かれこそしたが、自分を激励してくれた。
その激励のおかげで、二日目以降の野宿を乗り切れたようなものだった。

91名無しさん:2024/09/01(日) 02:15:03 ID:9tBcNMXI0

日中であればまだいいが、獣道のような森の中を通り、人里へと通じる道を
外れてしまってうす暗闇に迷いこんでしまった時には、べそをかいて彷徨い歩いたものだ。

だがそれも慣れたもの。
根拠のない万能感が、今のツンを突き動かしていた。


ξ゚⊿゚)ξ「……あっ」


もうしばらくこの心地よさを味わっていたかったが、不意に、頬に冷たい雨粒が当たる。
ひとつ、ふたつ、みっつと続くと、次第にその勢いは強まっていった。

急な夕立に見舞われてしまった。
ひとまずは木陰にでも身を寄せるしかないとは思うが、
ここで足止めされると人里にたどり着くのが明朝以降になるかも知れない。

来るまでに街で手に入れてきた食料もあるが、心もとない。


ξ;゚⊿゚)ξ「う〜ん、どうしようかな」


すぐに夕立が止む保証もない。
先ほどまでかいていたはずの汗がさっと引くとともに、
冷え出した空気が身体を細かく震わせた。


ξ;-⊿-)ξ「……寒っ」


暖を取れるような準備も整えてはおらず、自分の準備不足を嘆いた。
過ぎ去るまで、木陰で身を縮こまらせて待つしかないかに思えた。

92名無しさん:2024/09/01(日) 02:15:45 ID:9tBcNMXI0

しかし、周囲を見渡すと木々に紛れた岩陰に、
ぽっかりと口を開いた洞穴のようなものがある事に気がついた。

奥には暗闇が続いており、少し深さがあるようだ。
どれだけの奥行きがあるかは解らないが、この中に入れば風雨と寒さは凌げそうだった。


ξ゚⊿゚)ξ「これぞ神の思し召し……ね」

ξ;゚⊿゚)ξ(あっ! でも、もし熊とかいたらどうしよう!)

ξ;-⊿-)ξ(羆に村を襲われた人の話とか聞く限り、
       私みたいにか弱い娘はイチコロだろうし……)


あれこれと思案する内、木の葉から伝わり落ちる雨の雫が
首元から背中へと伝わり落ちて、小さく悲鳴を漏らしてしまった。


ξ -⊿-)ξ「でも、ま……この際、背に腹は代えられないか」

野生動物や、話にしか聞いた事のないゴブリンなどの妖魔が
中に居ないかを警戒しつつ、じりじりと洞窟の中へと歩みを進める。

思った以上に奥深い。

次第に入り口から聞こえる雨音は、しんしんと遠いものになっていく。
中は暗いが、獣臭がしたりはしない事に安堵した。

それどころか、かすかに薪を炊いた燃えかすなどがあった事に驚く。

93名無しさん:2024/09/01(日) 02:17:03 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「人が……居たの?」


生活の痕跡が、少しずつ暗さに慣れてきた視界に捉えられた。
火を起こした場所のすぐ近くの壁面には、固い土壁を石か何かで削り文字を刻んだ跡。
どういう規則性になっているのかよくよく見てみると、暦を描いたもののようだった。


ξ;゚⊿゚)ξ(こんな場所に住んでる人なんているのかしら。
      もし帰って来ちゃったら、どうしよう…)

こんな場所で山賊にでも襲ってこられたら、逃げようも無い。
雨風に晒された寒気が、ツンの身を震わせる。

不意に、人の声とも物音ともつかぬ何かが、奥から聞こえてきた。


ξ;゚⊿゚)ξ「誰か……いますか?」


慌てて2、3歩後ずさると、壁を背にした。
聞こえてきたのは、やはり人の声に似ている。
声の主は、影を引き連れて徐々に近づいてくる。

「うー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ひゃっ!」

気付くと胸のすぐ下で聞こえた声に、思わず一歩飛びのいた。

94名無しさん:2024/09/01(日) 02:17:57 ID:9tBcNMXI0

よく目を凝らして見てみると、小さな体格に、細い体つき。
目をこすりながら、うわごとのように喋っているのは、子供だった。


(ノoヽ)「おあ、ぅああ……?」

ξ;゚⊿゚)ξ「び……びっくりしたわ」


目やにだらけで、こちらの姿がおぼろげにしか見えていなさそうだ。
衣服ともいえないようなぼろの布切れを、身体にくくりつけていた。
顔は煤けていて、ろくに衛生的な暮らしなど出来ていないのだろうと分かる。

聖教都市でよく見かける、元気に走り回って遊ぶ肌つやの良い子供達とは対照的。
年の頃は同じほどであろうが、その身体はあばらの骨が浮き出る程に痩せ細っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「……ふぅ、ごめんなさい。
     ここは、あなたのお家だったのね」

(ノoヽ)「あう」

ξ゚⊿゚)ξ「こんにちは」

驚かされはしたが、山賊や熊なんかよりもずっと可愛らしい。
なぜこんな場所にいるのかを尋ねようとしたが、ある事に気付く。
敵意はない様子ながら、彼とは会話が成立していない。

(ノoヽ)「うぁう、おうあー」

ξ゚⊿゚)ξ(そうか……聞こえてないんだ、私の声が)

95名無しさん:2024/09/01(日) 02:18:43 ID:9tBcNMXI0

少年は、聾唖(ろうあ)のようだった。
耳が聞こえないばかりか、ものを喋る事も出来ない。
やせ細った子供が、こんな場所で一体どうやって生きていたのかと想像する。


ξ゚⊿゚)ξ「君は、一人?」

(ノoヽ)「ううんあ、あうおあ」

ξ゚⊿゚)ξ「違う……って? 唇の動きで、言葉が解るの?」


だがツンの問いかけに、少年は懸命に身振りを交えて意思表示をしているようである。
読み取ろうと悩むツンの元に少年はそろそろと近づくと、その衣服の端をつまんだ。

触れられた箇所ははたちどころに真っ黒く汚れたが、気に留めることもせず、
少年に先導されるまま、ツンは洞穴の少し奥へと誘われていった。

その先には、壁に背をもたれた人影があった。
指差した少年は、ツンの顔を見ながら飛び跳ねている。

(ノoヽ)「おあう! おあう!」

ξ;゚⊿゚)ξ「……!」

一瞬、悲鳴が漏れそうになったのを堪えた。
少年が指差す場所には、首をうなだれ倒れている男性の姿があった。

亡くなったのは、ここ数日であろうか。
その身なりは少年と似たようなもので、がらがらにやせ細っていた。
餓死か、病死のどちらかであろう。


ξ-⊿-)ξ「……そうだったの」

96名無しさん:2024/09/01(日) 02:19:26 ID:9tBcNMXI0

この子の親なのか、血縁関係はわからない。
だが少年は男と共に暮らしていたから、ここにこうして生きている。
一人残されて、きっと亡骸の傍で涙したであろう少年の姿が浮かんだ。

言葉も満足に喋れないこの子にとっては、あまりにも過酷な現実。
無垢な表情を見ているこちらが、悲痛な面持ちを浮かべてしまう程に。

ツンがこの場で出来る事は、たった一つしかなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「……主よ、聖ラウンジの神よ」

ξ-⊿-)ξ「その御許に、この魂をお導き下さい」

ξ-⊿-)ξ「守るべきものを置いて命の灯を絶やした彼の魂が、
     悔いを残して彷徨う事がありませんよう」

きっとこの場所で少年を護ってきたであろう、彼に祈りを手向ける。
相も変わらず主の声を聞く事はないが、もうそれを気にする必要もない。

今のツンが彼らに出来る事は、これしかない。
亡骸の前に跪き、しばしの時、手を合わせていた。
様子が変わったツンを見て、少年はきょとんとしているばかりだった。

生きる力のない幼子を残して、この世を去るという事。
親ならば、それがどれほど悔いを残すであろうかと、察するに余りある。

だから、せめて天上からこの子を見守ってくれているようにと、祈った。

どれほどの間祈りを捧げていただろうか。
やがて眼を開いた時、ツンの顔を恐る恐る覗きこんだ少年と目が合う。

97名無しさん:2024/09/01(日) 02:20:11 ID:9tBcNMXI0

(ノoヽ)「んん〜……あう?」

事実を告げるのは、酷だろうか。

逡巡はしたが、すぐに思い至った。
いずれにしても、これからこの子は必ず受け止めて、乗り越えなければならない。

移ろい、やがて散ってゆく。
そんな命の在り方を伝えなければと思った。

ξ゚⊿゚)ξ「……あなたのお父さん、かな。
     お父さんは、あのお空の星の、一つになったの」

出来るだけ大きく唇を動かす事を意識して語りかけながら、
空が閉ざされた洞窟にあって、頭上を指差して語りかける。

首を傾げながらも、彼なりに理解しようとツンの口の動きを読んでいる様子だ。

ξ゚⊿゚)ξ「これが……命を失う、という事なの。
     あなたのお父さんは、もう動かないし、お話することもできない」

ξ-⊿-)ξ「だけどいつか、きっとまたどこかで会えるはず」

(ノoヽ)「んんん、うあう」

ツンの言葉は、全てではないにしろ伝わっているように思えた。
先ほどより神妙な面持ちで、ツンの真剣な眼差しを受け止めている。
出来るだけしとやかに、落ち着いた口調で、言葉を選んだ。

98名無しさん:2024/09/01(日) 02:21:22 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「だから、寂しくなんかないよ。
     お姉さんが、ちゃんと神様とお父さんにお願いしておいたからね。
     お空の星から、ずっと君を見守ってくれますように――って」

ξ゚ー゚)ξ「……ねっ?」

(ノoヽ)「……うう、うん」

ξ゚ー゚)ξ「お姉さんはね、お祈りするのが得意なの。
     だから、きっと聞いてくれてるよ」


子供というのは、大人などよりよほど物事の機微に敏感だ。
たとえ知識が無く完全には理解できなくとも、これからの自分の境遇について、
なんとはなしに感じているものがあるかも知れない。

胸元に少年を抱き寄せた時、その小さな肩は震えていた。
ツンの修道服の胸元には、少年の静かな涙がじんわりと広がる。
失った悲しみか、人と触れ合った事への安堵か。
あるいはそれら全ての、堪えていた感情が溢れ出したのかも知れない。


(ノoヽ)「ぅぅ……ぅう」

ξ ー )ξ「よしよし……大丈夫、だからね」


天上の主に願った、実を結ぶとも知れぬ祈り。
少年には自信を持って伝えた手前、彼をここに放ってはおけなかった。

99名無しさん:2024/09/01(日) 02:22:08 ID:9tBcNMXI0

彼の今後を助けてくれる場所を見つけるまで、ツンは共に居ようと決めた。
外に目をやると、どうやら先ほどまでの夕立もぱたと止んだようだ。
それなら出来るだけ早く坂を下り、距離を稼ぎ人里を目指そう。

そう思って少年の手を引こうとした時、人の声がした。
ツンらは、思わず身動きを止めて息をひそめる。


「やっと雨宿り出来ると思ったのによぉ」

「ったく、……今頃になって止みやがるなんてな」

「まぁいい、ちょっとここで休んでいくとしようぜ」


数人の男達の声が、入り口から響いてきた。
荒っぽい口調に野太い声は、ツンの心を張り詰めさせる。

本能的に危機感を察知しては、すぐに少年を自分の後ろへ庇った。


ξ;゚⊿゚)ξ(喋っちゃ、だめ)

(ノoヽ)(………あう)

ξ;゚ー゚)ξ(そう……いい子ね)


少年が頷いたのを確認すると、ツンは自分の元へと抱き寄せる。
洞窟の奥へ下がりつつ、極力音を立てないように闇に身を隠した。

足音からはどうやら、3人ほどの男がこの中に入ってきたようだ。
うっすらと見える影からは、大柄な男と、中肉中背、そして小柄の三人。

先ほどの荒っぽい口調も頷けた。
その三人のいずれもが、鉈や剣をぶら下げているのが見えてしまったからだ。

100名無しさん:2024/09/01(日) 02:22:57 ID:9tBcNMXI0

ξ;゚⊿゚)ξ(本当に山賊なんかと出会っちゃうなんて……ツイてないわね)

こちらの存在に気付かれれば、たちまち襲われるであろう。
そのことを、彼らの纏う雰囲気から察していた。
山賊たちの会話は、さらに怖気のするものだった。


「ケッ、きったねぇとこだなぁオイ」

「やっぱ雨上がりは湿気がひでぇや」

「こうジメジメしてるとよ、スカーッと、女抱きたくなるよな?」

「オメェは年がら年中だろうがよ!」

「ひゃひゃ。こないだの上玉みてぇに、無茶苦茶に犯してやりてぇぜ」

「おい、またケツに棍棒突っ込むのは無しだぜ? 後から使う俺たちが困らぁ」

「お前はどうせぶっ殺してからやるんだから、構いやしねぇだろうが!」

「ちげぇねぇ」


がはは、と笑い声が上がる。
ツン達の目と鼻の先で、物騒な会話が交わされていた。

ξ;ー )ξ(大丈夫、大丈夫……)

少年の頭をそっと撫でながら、そう言い聞かせる。
それは、恐怖に震える自分に打ち克つための言葉でもあった。

101名無しさん:2024/09/01(日) 02:23:36 ID:9tBcNMXI0

洞窟内の暗さが幸いしてか、山賊と思しき連中たちには
奥の方で身を縮こめる自分達の存在には、まだ気づいていない。

だが、少し目を凝らせば違和感に気づくだろう。
ましてや、自分が纏う白の衣服ならば、余計に目立ちやすい。

早く出て行ってくれる事を願うも、一人は寝転がってしまった。
うだうだと話をしながら、当分出ていく雰囲気はなさそうだった。
このままでは、気づかれるのも時間の問題だろう。

それならば、とツンは覚悟を決めた。


ξ;゚⊿゚)ξ(いい……? 合図をしたら、外まで走るの)

(ノoヽ)(うん、あう)


ξ;゚⊿゚)ξ(お姉さんの手を離したら駄目だからね)

(ノoヽ)(……うう?)

ξ;-⊿-)ξ(でも、もし手が離れたら、絶対に振り返らないで走りなさい)

ξ;゚⊿゚)ξ(人のたくさんいる場所まで、走り続けるのよ)

(ノoヽ)(うあ、うぁん……)

ツンの瞳には、少年の不安げな表情が映った。
だがツンの唇の動きと表情から強い感情を読み取ったか、彼はゆっくりと頷く。

102名無しさん:2024/09/01(日) 02:24:18 ID:9tBcNMXI0

何とか大丈夫、いや、きっと上手くいく。
そう思った矢先だった。

足元で、枯れ枝を踏みしだいた音が響いた。


ξ;゚⊿゚)ξ(――焚き、木?)


その一瞬で、思考は白く塗りつぶされていく。

火を起こした後の燃えかすか何かを踏んでしまったようだった。
それは、自分が願うよりもずっと大きな音を立てて、
しつこいほどにに洞窟の壁から壁へと跳ね返り、響く。

正しく、痛恨の極みだった。


「んぁあ?」

山賊たちは、音に気付いた。
完全には視認されていないが、この純白の修道服は憎いほどに目立つ。
山賊の一人は、目を凝らしながら闇の中の違和感に首を傾げている様子だった。

身を潜める二人の元に、影はゆっくりと近づいてくる。

今となっては、先ほどの企みを実行しても、格段に成功の見込みは薄い。
それでもせめて、この少年だけでも逃げてくれれば、それでいい。

虚を突くなら、今しかない。

103名無しさん:2024/09/01(日) 02:25:12 ID:9tBcNMXI0

ξ;゚⊿゚)ξ「――今よッ!!」

繋いだ手を固く結んで、修道服の裾をたくし上げながら、全力で駆け出した。
突然聞こえた声と走り来る人影の姿に、近づいてきた山賊の一人は低く呻いて驚き、
ツン達の進路を飛びのいて尻もちをついたようだった。


「うぉッ!?」

ξ;゚⊿゚)ξ「走って!」

無我夢中、この手だけは離さぬようにと全力で走った。
今まで生きてきた中でも、これほどの緊張感に苛まれた事はあっただろうか。

体中から冷や汗が吹き出し、血は冷たく凍りついたかのように感じられる。
ほんのわずかの距離だが、その一歩一歩がとても遠かった。

「おっ……女ァッ?!」

素っ頓狂な声を上げたその山賊は、通り過ぎる間際に腕を伸ばしてきた。
ツンは走りながら、自由な方の腕でそれを振り払った。


ξ;゚⊿゚)ξ(……外に! どこかの草木で身を隠せば……!)


あともう少し、あと数歩でたどり着く距離に、
洞窟の出口がぽっかりと口を覗かせている。

104名無しさん:2024/09/01(日) 02:26:23 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ(もう、これでー―)

そこで、ツンの足は止められた。

女という言葉に敏感に反応したのか、洞窟の出口前で待ち構えていた
一番の大男に、ツンは脇から腕をがっしりと掴まれる。

力は強く、振り払う事もできそうにないと判断すると、
ツンは即座に掴んでいた少年の小さな手を離した。
一瞬少年がこちらを振り返った時、力の限りを振り絞ってツンは叫ぶ。


ξ#゚⊿゚)ξ「何してんの、行きなさい! 早くッ、走るのッ!」

(;ノoヽ)「……う、うぅ……うあぁぁぁぁーっ!!」


鬼面の如き表情を浮かべて、怒声混じりのツンの叫び。
子供はびくっと驚きながらも、ツンの身を案じてか一度だけ振り返り、
やがて洞窟を抜けて、いずこかへと、走り去っていった。

「おいおい、なんだってこんなシケた場所に尼さんがいるんだぁ?」

「うほほぉぉっ! それよか、極上の上玉だぜ、こいつはよぉッ!」

「さぁさ、中に戻ってさ……一緒に楽しもうじゃねえか、嬢ちゃん」

腕を掴まれたまま、ツンはその場に両膝から地面に崩れ落ちた。


ξ;゚⊿゚)ξ(無事に彼が、人里に辿り着けますように……)

105名無しさん:2024/09/01(日) 02:27:17 ID:9tBcNMXI0

        *  *  *


(;ノoヽ)「うぁっ、うぁっ、ふぐぅ……!」

言いつけ通りに駆け出した少年は、洞窟に置いてきたツンの事が気がかりだった。
何度もそちらの方へと振り返ったが、彼女が後を付いてくる様子はない。

頭は混乱するまま、ツンの言いつけを守って、ただひた走った。
だから、目の前から誰か人の姿があった事に、気づく事が出来なかったのだろう。

勢いのままに少年は目の前の人物とぶつかり、跳ね返された勢いで地面に倒れ伏せる。

その相手に叩かれるのではないかと思って、思わず少年は頭を手で覆った。
だが息を切らせていた少年に、その旅人は手を差し伸べている。


(´・ω・`)「何か、あったのかい?」


一人の旅人は、たまたまそこへ通りがかった。
外套の下、僅かにはだけた胸元の下には、それを覆い隠すようにして、布が巻かれている。

”ショボン=アーリータイムズ”

大陸全土の魔術師がその場所に籍を置く者を羨望の眼差しで見るという
かの魔術研究機関”賢者の塔”にその名を連ねるという栄誉。

その彼が脚光を浴びていたのも、つい最近までの話だった。

106名無しさん:2024/09/01(日) 02:28:04 ID:9tBcNMXI0

(;ノoヽ)「あ――あぅう、おぉう!」

(´・ω・`)「一度、落ち着いてくれるかい?
      何を焦っているのか、教えてくれれば……」

ショボンは立ち上がった少年の背丈にまで身を屈めると、再度手を差し出した。
そんな二人の前に、どこか遠くから女性の叫び声が響いた。


(――その汚い手を離しなさいよ! 小悪党どもッ!――)


少年は声の聞こえた先を指差しながら、ショボンの外套を引っ張った。
引き寄せられるまま、急ぐ少年に歩調を合わせて少しの距離を歩くと、
やがてショボンの目には、一人の女性が三人組の男たちに腕を引かれている光景があった。

はた、とその歩みを止めると、すぐに少年と共に近場の木陰に身を隠す。
明らかにただならぬ雰囲気を感じ取り、彼らが助けを必要としているのを理解した。


(´・ω・`)「あの人が、囚われているのか」

(ノoヽ)「あ、あうぅ、あうぅあ」


ショボンは少年の口元を手で覆い、彼が大声を上げる事を制した。
洞穴の前でもみ合っている様子を伺える場所にまで移動し、向こうからの死角を位置取る。

107名無しさん:2024/09/01(日) 02:29:32 ID:9tBcNMXI0

女性が襲われていて、この少年はそこから逃げてきたのだという事実を整理し、
助けを求められている現状での立ち回り方を模索していた。

(´・ω・`)(野盗だな……数は、3人)

胸の前で作った握りこぶしを眺めて、歯噛みする。
武器と言えるような一切を所持しておらず、数の頼みもない。

だが彼は本体、凶暴極まりない人鬼ですらをも叩き伏せる、魔術の遣い手である。
その分野では冴え渡っているはずのショボンが、この時ばかりは思案にあぐねていた。

(;ノoヽ)「おぉあ、あうええっ」

(´・ω・`)(……彼らを助け出そうというのか、この、非力な身で)

聾唖の少年は、哀願するかのような眼差しをショボンに向けている。

こんな状況では、助けを求められれば応じるしかないという腹づもりではある。
だが芽生えた正義感とは裏腹に、野盗と渡り合えるだけの力がないという事実。
最悪、身包みを剥がされて亡骸を野に晒されて終わりだ。

本来、魔術を操るはずの彼ならば、その限りではないはずなのだが。


「いやっ……離してッ!」

幸いにして、けたたましく喚く彼女の様子から、まだ時間の猶予はあると思えた。

108名無しさん:2024/09/01(日) 02:30:10 ID:9tBcNMXI0

先ほど覗かせた修道服を見る限り、教会の人間だろう。
穢れを知らぬ彼女らが、このままでは卑劣漢どもの慰みものとして、
いずれ抵抗する気力すらも根こそぎ奪われる程の憂き目に遭うのは必然。

苦々しくも、想像に易かった。


(´・ω・`)(だが、見過ごせるはずもない)


周囲を見渡して、状況を打開出来るような道具を探してみるものの、
手近な場所にあったのは、両手に収まる程度の大きさの石ころくらいだった。

その石を拾って手に取ると、不安げな少年の方へ頷いた。


(´・ω・`)(使えるな)

「いいの……!? アンタそれ、食いちぎってやるんだから!」

(´・ω・`)「やれやれ、威勢の良い事だ)

「やッ、やめなさい、アンタ達! 死んだら絶対地獄に落ちるんだからね!」

(´・ω・`)(なら、それに甘えて、もう少しだけ機を待たせてもらうとしよう)


女が浴びせる罵倒の数々に、ショボンは思わず苦笑した。

いずれ訪れるであろう好機を狙い済まして、
ショボンは奥へと連れ去られていった女性を助けるべく、潜みながら近づいていった。

109名無しさん:2024/09/01(日) 02:31:06 ID:9tBcNMXI0

        *  *  *


どうにか少年だけでも逃す事が出来た。、
だが、この野山をぼろの布切れ一枚羽織って駆け回るというのは、
年端もいかぬ幼子にとっては、酷な思いをさせることになるだろう。

だがツンを取り巻く状況は、それ以上に厳しかった。

必死の抵抗も空しく、一番の体格を誇る大男にかかっては、
軽々と洞窟の中へと押し込められてしまっていた。

すぐに地面へと組み伏されると、子分格らしき二人が腕を伸ばして、
じたばたと抵抗し続けるツンの四肢を拘束する。

ξ#゚⊿゚)ξ「やめなさい! こんな事して、ただじゃおかないんだからね!」

「えひゃひゃひゃ、随分と元気が有り余ってるじゃねぇか」

「こんなヒラヒラした服着てよう、俺らを誘ってんだろ?」

「ひゃひゃ……こいつぁいい。しかもこの女、どうやら尼さんだぜ?」

庶民と比べては、ツンの身なりはかなり特異で目立つだろう。
男たちは物珍しそうに唸りながら、気丈に抗うツンの表情からそのつま先までをも、
じっとりと舐めるようにして眺めている。

男たちの視線に激しい嫌悪感を露にして、ツンはそれでも毅然と睨み返す。

「いやぁ……たまんねぇ、まさかこんなべっぴんとやれるなんてな」

110名無しさん:2024/09/01(日) 02:32:13 ID:9tBcNMXI0

「おう、こいつは神様からの贈り物だぜ。」

「ってこたぁ勿論、初物なんだろうなぁ……うひゃひゃ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「――下劣な!」

若さというそれ自体が光沢を放っているかのように、
瑞々しさの溢れるツンの柔肌を、欲望のままに貪ろうとする山賊達。

他者を踏みにじってでも欲を満たさんとする彼らの姿は、
ツンの目には妖魔の類とそれほどの差はなかった。

下卑た卑劣な笑顔に、救われるべき人間ばかりではないのか、という考えが過ぎた。

ついに薄汚い手が、ツンの衣服を捲り上げようと伸びた。
必死に手で押さえながら、足で何度も蹴り上げ、全力で抵抗する。
だが、自分の力ない攻撃では、怯ませる事も出来ない。

「そら、祈ってみなよ! 案外助けてくれるかも知れねえぜ?」

「そりゃあいい、ひゃっひゃひゃッ!」

ξ;゚⊿゚)ξ「い、いやッ……」


神に助けを乞うたが、心は既に挫けつつあった。
その願いが聞き届けられる事はないのだろう。

111名無しさん:2024/09/01(日) 02:33:06 ID:9tBcNMXI0

いよいよ気色の悪い感触が、ツンの白い太腿へとのたうちながら入り込んでくる。
身体全体をびくっと硬直させ、そうして抗う事も忘れてしまい、
何も考えられず、身体を這いずりまわる、恐怖だけが──


ξ ⊿ )ξ「い……」

ξ;⊿;)ξ「……いやぁッ……!」


自身の身体が蹂躙され、穢されていく事への恐怖に震える。
短い悲鳴と共に、自然と瞳からは涙がこぼれていた。


「がぁっ」

ξ;⊿;)ξ「……?」


突如、自分の太腿へ手を這わせていた一人の男が、突然素っ頓狂な声を上げた。
間をおいて、白目を向いて倒れ込んだ男から、怯えて身をかわす。

自分の元にごろごろと転がってきたのは、両の手ほどの大きさの石だった。

「な、なんでぇ!?」

どこからからか飛んできた石が見事に男の頭部を直撃し、
そのまま一人は気を失ったようだった。

山賊たちは一瞬、落石を疑って洞窟の天井を眺めて動きを止めた。
ツンの衣服を捲くりあげていた山賊の一人は大男の一瞥で促されると、
後方の様子を確認する為、恐る恐る入り口まで歩いていった。

その男が外の様子を覗き込んだ時、男が声を上げる。

112名無しさん:2024/09/01(日) 02:34:09 ID:9tBcNMXI0

「な、なんでぇ! おまッ……!」

言いかけた時には、ごつんという鈍い音が響いた。
どうやら、岩陰から手が振り下ろされていた。

こちらまで響くほどの鈍い音の直後、そこで男の意識は途絶えた。
頭を抑えながら地面へと力なく倒れこむと、すぐに気を失ったようだ。

「チッ……なんだぁ、テメェ?」

残された一人の山賊、大男は思い切り顔をしかめながら舌打ちした。
同時に腰元にぶら下げた剣を、すらりと抜き出す。

やがて睨みつける視線の先に、外套を纏う一人の男が姿を現す。

(´・ω・`)「もっと他愛無いと思ったけど、案外難しいものだ」

洞穴内に差し込む逆光を背に立っていたのは、外套に身を包む一人の旅人風の男。
両手に大きな石を抱えて、その場に佇んでいた。

先ほどの男は、脳天にそれを振り下ろされたのだろう。

こんな人気の無い場所で助けが来るなど、そうある話ではない。
諦めかけていた折のこの事態に、ツン自身も驚きを隠せなかった。

「何のつもりだッ! てめぇ……!」

(´・ω・`)「まぁ、立場上は君達以上の悪党なんだが」

(´・ω・`)「卑劣な真似を見過ごすことが出来ない、損な性分とだけ」

そう言って石を顔の近くで構えると、重心を少し落とした。

113名無しさん:2024/09/01(日) 02:35:18 ID:9tBcNMXI0

彼は戦うつもりのようだった。
そんな、武器と呼ぶにはあまりに頼りない、石くれ一つで。

一方の大男はろくに手入れもしていないであろうが、剣を持っている。
体格でも武器でも劣るその男がやられてしまうのは、火を見るより明らかだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……無謀よ!……逃げてっ!」

「御託並べてんじゃねぇッ!」

ツンの叫び声と同時に、山賊は剣を手に突っ込んで行った。
上半身に向けて振るわれたそれから、旅人は辛くも身を逸らした。

(;´・ω・`)「ふッ」


「オラァッ、ぶち殺してやらぁ!」

続けざまに一振り、二振り。
もみ合うようになりながら、懐に潜り込んでそれらも避けた。
だが、その直後に膝で腹を蹴り上げられる。

(;´・ω-`)「ぐぉッ」

低く呻き怯んだそこで、間髪入れず山賊の拳が顔面に振り下ろされた。
勢い良く吹き飛ばされると、そのまま地面に引きずられる。

ξ;゚⊿゚)ξ「危ないッ!」

旅人はまだ立ち上がれない。
だが、山賊はその頭に容赦の無い剣の一撃を、一直線に振り下ろす。

眼前で血の飛沫が舞うのを想像し、ツンは思わず目を背けた。
直後に、金属が叩かれる破裂音が甲高く轟く。
ややあって、恐る恐る瞼を開けると、旅人はまだその場に立っていた。

114名無しさん:2024/09/01(日) 02:36:22 ID:9tBcNMXI0

「……おぉ。しぶてぇなぁ」

(;´・ω・`)「ふぅ、ふぅ」

肩を大きく上下させながら、荒い息遣いがこちらにまで聞こえた。
顔の中心で石を構え、剣の打ち込みを辛うじて弾いていた。

だが、たった一度凌げた所で、そこから状況を変えるには至らない。
かと思えば、顔の前で掲げていた石を地面に転がした彼は、両の手を力なく放り出した。
もはや防ぎきれないと思って、諦めてしまったのだろうか。

だが、詮無き事ではある。
たった一人で二人の山賊までをも石ころだけで倒してのけた。
その事実だけで、十分な感謝と賞賛に値する。

「さてと……喉か、心臓か、目か。どこをえぐられてぇ?」

そう言って山賊は旅人の肩を強い力で鷲掴みにして、
彼に向けた剣の切っ先で、ぺたぺたとその頬を叩いた。

(;´-ω-`)「参ったね」

ξ;゚⊿゚)ξ「だ……駄目……!」


自分を助けようとしてくれた旅人が、目の前で殺されてしまう。
光景を目の当たりにしたツンは立ち上がり、山賊の大男に叫んだ。

115名無しさん:2024/09/01(日) 02:37:17 ID:9tBcNMXI0

ξ#゚⊿゚)ξ「私なら、どうなってもいい……」

ξ#゚⊿゚)ξ「だから、その人をすぐに離しなさい!」

力一杯に怒気を孕んだツンの叫びも、山賊からしてみれば
まるで空気のようなものとしか感じていないだろう。
肩越しに冷たくツンを一瞥する、濁った瞳。


「駄目だな」

ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあ、どうすればッ──!」

「こいつを殺すまで大人しく待ってな、すぐに可愛がってやるからよ」


ツンの柔腕では、何一つ力になれる事など無い。

自分を助けてくれようとした人間が殺されようとしているのに、
そんな場面にあっても、ツンにはただ指を加えて成り行きを見守ることしかできない。
その後には自分は辱めを受けて、身も心も汚されるだろう。

無力さに、俯いて肩を落としてツンは呟いた。


ξ;゚⊿゚)ξ「……何も出来ないじゃない……私なんて……」

そんな無力感が、旅の出立を決意した自身への自責の刃として容赦なく心を抉る。

顔を両手で覆うと、感情が昂ぶり、こみ上げてくる。
指の隙間からは、またも涙の雫が地面へと伝い落ちた。

116名無しさん:2024/09/01(日) 02:38:10 ID:9tBcNMXI0

ξ ⊿ )ξ(結局自分なんか……誰の役にも立てないんだ)

(´・ω・`)「………」


視界の端に、その場に膝を折ったツンを、気にかける旅人。
剣を突きつける山賊の頭を通り越し、どこを見るでもなく天を仰ぎながら
淡々とした口調で、ツンにゆっくりと語りかけた。

(´・ω・`)「……どうやら、君は優しい女性のようだね」

ξ゚⊿゚)ξ「――え?」

(´・ω・`)「普通の人間ならば、まず自分が助かる事を願うはずだ」

「うるせぇぞ」

剣の切っ先を彼の喉へと向けて睨みつける山賊を目の前にして、
彼は極めて平静を保ったまま、なおも言葉を紡いだ。


(´・ω・`)「それを、自分が助かるなどどうでもいい、とばかりに君は言う」

(´・ω・`)「なればこそ命を投げ打つ……その覚悟を決める、価値もある」

ξ゚⊿゚)ξ「何を……」


「最後の言葉はそれでいいのか? じゃあ、そろそろおっ死んじまいな」

117名無しさん:2024/09/01(日) 02:40:27 ID:9tBcNMXI0

山賊が、いよいよ剣を振り上げた。

だが、命を投げ打つ覚悟を、と口にした今の旅人の顔は、
これから死にゆく人間のそれには、思えなかった。


(´・ω・`)【我が身に漲る 魔力の奔流よ】

そう唱えて、垂れていた手を胸の前でかざした。

(´・ω・`)【光を紡ぎて 闇を穿たん】

指差しを形作ると、自分に剣を突きつける山賊の方へとそれを向けた。

(´・ω・`)「――【魔法の矢】」

ξ゚⊿゚)ξ「ッ!?」


一筋の閃光が、眩く闇を照らした。
束ねられた帯状の光が、意思を持ったかのように収束し、解き放たれた。
瞬きの間の出来事であり、それはまるで、光で模られた一本の矢のようであった。

「ぐ、ぎゃあっ!」

その矢は、男の太腿あたりを文字通り貫いた。
質量を持たぬはずの光がもたらした外傷に、たまらず山賊はその場に崩れ落ちた。

賢者の塔が授け伝える、”魔術”によるものだった。

ξ;゚⊿゚)ξ(――この人、魔術師だ)

118名無しさん:2024/09/01(日) 02:41:15 ID:9tBcNMXI0

下肢を撃ち貫かれた痛みに喘ぎ、苦痛に顔を歪める大男は剣を取り落としていた。
転がっていたそれを、旅人は即座に後ろへと蹴り飛ばした。

「ぐぅッ……て、てめぇ……魔法か!?」

(´・ω・`)「やれやれ……」

地面に片膝をつき、傷口を手で押さえながら、山賊は顔を歪める。
事もなげに、旅人は外套の土ぼこりを手で払いのけると、立ち上がった。

(´・ω・`)「時間がない。
      さっき自分でも言ったが、僕は君らのような賊なんぞよりも、
      よほどたちの悪い悪党なんだ――それこそ、手配書が出回る程にね」

(´・ω・`)「次はこの心の臓を、今のように射抜いても構わないんだが」


「な……や、やめろ!」


その手から放った光の矢によって瞬く間に形勢を逆転させた男は、
途端に饒舌になって喋りだすと、それまでとは違って威圧的な口調だ。

(´・ω・`)「だが、今は君達なんかに興味は無い」

そう言って、ちらりとツンの方へと視線を送る旅人。
片目をぱち、と一度だけ深く閉じこみ、合図を送っているようだった。
垂れ眉の旅人が話す言葉こそ物騒なものではあるが、
ツンの目からはそれほどの悪漢には到底見えなかった。

(´・ω・`)「それよりも、そこにいる綺麗なお嬢さんが、
       僕の実験の、実に良い素体になってくれそうなんでね」

119名無しさん:2024/09/01(日) 02:42:56 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「だが、どうしてもこの場を退けないというのなら、仕方ない」

(´・ω・`)「代わりに君達の身体の器官一つ一つを取り出して、
      実験材料にさせてもらうとするよ」

ξ゚⊿゚)ξ「………」

呆気に取られて、ツンはその光景をただ眺めていた。
魔術師は、どこか台詞めいたように言葉を語っている。
命の危険を冒してこの場に現れた彼が、そのような悪人だとは感じられなかった

一応は自分も怯える素振りなどをして、山賊たちに見せておいたほうが
彼の助けになるのかと思ったが、どうやらそれは杞憂だった。

「ひぃっ、頼む! やめてくれッ!」

身体に風穴を開けられた大男は、予想以上に怯えを見せている。
先ほどの魔術がよほど堪えたのだろう。
山賊の反応を見て、愉しむかのようになおも魔術師は続けた。

(´・ω・`)「……それなら、早くお仲間を連れてここから立ち去ることだ。
      その出血量だと、下手をしたら一刻もすれば命に関わるよ。
      すぐに、どこかで手当てをお勧めするなぁ」

その顔を見上げる山賊には、自分の目の前に立って不敵な笑みを浮かべる魔術師が、
よほどの大悪党に見えているのかも知れなかった。

山賊の大男は片足を引きずりながら、急いで仲間を叩き起こして回る。

120名無しさん:2024/09/01(日) 02:44:38 ID:9tBcNMXI0

「お、おい! お前らッ、起きねぇか!」

頭に石を叩きつけられて気を失っていた山賊達は、意識も朦朧とする中、
苦痛に顔を歪めながら自分たちの頬を何度も叩く大男の異様な様子を察したようだ。


(´・ω・`)「一人もこの場に残さないように頼むよ」


魔術師は手に指差しを象り、なおも山賊に向けている。

リーダー格のただならぬ慌てふためきように、
一人、二人と叩き起こされると、混乱している様子だったが、
首根っこを掴まれ引きずるようにして洞窟から連れ出されて行く。

振り返る事も無く脱兎の如く洞窟を飛び出すと、そのまま山中へと消えていった。

その背中を見送った後、魔術師はその手を下ろした。
後に残されたのは、ツンと魔術師の彼だけだった。

ふぅ、と嘆息した後に、魔術師はツンの様子を気遣い言葉をかける。


(´・ω・`)「大丈夫かい?」

その問いかけに、ツンは現実へと意識を引き戻された。
先ほどまではもはや山賊どもの慰みものとされてしまう恐怖に怯えていた。
だが、突如現れたこの一人の旅の魔術師によって、自分は救われたのだ。

121名無しさん:2024/09/01(日) 02:45:24 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「……は、はい!」
     危ない所を助けて頂いて、本当にありが──」

ぺこりと頭を垂れるツンの仕草は、手で遮られた。
人助けをした直後だというのに、見ればその表情は晴れやかなものではなかった。


(´・ω・`)「いいのさ、自分が好きでやったことだ。
      それよりさっきも言ったが、時間がないからよく聞いて欲しい。

(´・ω・`)「これから、僕は死ぬかも知れない」

ξ゚⊿゚)ξ「……はい?」

(´・ω・`)「正確には”死ぬ程の苦痛にのた打ち回る”だろう。
      あるいは――本当に死ぬかも知れない」

(´・ω・`)「だが、あいにくと君ではどうする事も出来ない。
       だから、僕の事は気にせず下山するといい、助けはいらない」

ξ;゚⊿゚)ξ「ど、どうして?」

(´・ω・`)「……発症するまでの感覚がこれまでに無く長い。
      これは、いよいよ覚悟が必要そうだ」

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、あのそれはどういう……」

まるで事態の飲み込めていないツンを置き去りにしたまま、
魔術師は一人語る。胸元に手を置て、身体の節々を眺めては、
何かを確かめるように、厳しい表情だった。

122名無しさん:2024/09/01(日) 02:46:09 ID:9tBcNMXI0

完全に置き去りにされ、状況の理解が出来ぬツンを傍目に、
魔術師が再び口を開きかけた、その時だった。

彼の身に、異変が起きた。

(´・ω・`)「さっき僕が、命を賭ける価値があると言ったのは、こういう……」

(;´ ω `)「ッ!? ……ぐぅッ、ごほぉッ!!」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと!?」

突如として胸を押さえ、彼の四つん這いになって、地面へと崩れ落ちた。
手足はぶるぶると痙攣し、手の平を一心に見つめて、正気を保とうとしているようだ。

(;´ ω `)「がはッ!ぐぶぅッ」

だが、すぐに地面へと横ばいになると、口からは夥しい量の血を吐き出した。
声にならない声を上げて、大きく背中を反らせてのたうち回り始めたのだ。

先ほど、彼自身が言っていた現象が、現実として起きている。

病の一種だとしても、、医学の知識を持たぬツンには理解が及ばない。
だが、彼の命が危機的状況にあるという事だけは、すぐに分かった。

ξ;゚⊿゚)ξ「大丈夫ですか!? しっかり……しっかりしてッ!」

苦しそうに押さえている胸元の手を握り、ツンは膝に彼の頭を寝かせる。
吐血がツンの純白の衣服を染め上げていくが、身体をさするので精一杯で、
それどころではなかった。

口からはやがて血泡を吹き、胸を掻き毟るようにして苦痛に喘いでいる。
異常な状態だというのは解るが、解決すべき策は見当たらない。

123名無しさん:2024/09/01(日) 02:47:28 ID:9tBcNMXI0

薬もなく、医者も居ない。
今ここに居るのは、自分の身一つだけ。
人里へ降りて助けを呼ぶにも、そんな時間が残されているとも思えない。

この旅人を救える人間は、今この場に、ツンしかいなかった。
祈りを捧ぐことしか出来ない、非力なこの身しか。


(;´ ω `)「ぅ……うぅッうぅ……ッ!」


獣のようにうなり声を上げ、もはや白目を剥いている。
意識が途絶えるのも時間の問題だろう。
意識してのものかはわからなかったが、その魔術師の手は、
ツンの白く小さな手を、ぎゅっと握り返した。


ξ;゚⊿゚)ξ「……苦しい、んだよね……死にたく、ないよね……」


強くツンの柔指を握り締めるその手からは、体温とともに、
徐々にそれを握る力も失われていく。
彼は死の淵で、必死にもがいているようだった。
ツンの手がまるで生死の境目であるかのように、離すことはなかった。


ξ-⊿-)ξ「私に、出来ることは……」


彼の苦痛を和らげるように努めることで精いっぱいだったが、
その中で、ツンは一つの可能性に託す事を考えていた。

何かに秀でたわけでもなく、命を救う術に長けたわけでもない。
だが、たった一つの事にこれまでの人生の多くを捧げてきた。

自分は聖ラウンジの信徒であり、名高き司教、アルト=デ=レインの娘――


ξ-⊿-)ξ「……そうよ」

124名無しさん:2024/09/01(日) 02:48:46 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「祈る事しか出来ない私だからこそ、たった一つ可能性はあるじゃない」


もはや力ない手を握り締めながら俯くツン。
そう呟いた彼女が再び顔を上げた時、彼女の瞳には、まだ諦めの色はなかった。

ξ-⊿-)ξ「来る日も来る日も一心に祈りを捧げて……
     神に見初められた信徒だけが賜る、”聖ラウンジの奇跡”ですって……?」

ξ#゚⊿゚)ξ「……舐めんじゃないわよッ!」

ξ#゚⊿゚)ξ「私はこの人に助けられたんだから……だから、絶対助ける」

ξ#゚⊿゚)ξ「普段から崇められて、祀られて、沢山の人たちに祈らせてるんだから。
      ……たまにはこっちのお願いを聞いてくれたって、罰は当たらないわよね!」


この大陸で儚く消えていく命たちに対して、何か出来る事はないだろうか。
そんな力が自分にもしあれば、どういう風に使っていくのだろうか。
――教会の窓から、物憂げに外を眺めて浸っていた、夢のような話ではない。

幼い子供とツン自身を救ってくれた人間が、まさに目の前で命を落としかけている。
ここにいるのは、自らの力不足にうなだれていた、さっきまでの自分ではない。

ただ、この命を救う事だけを願った。
”奇跡を起こす”という事を、己に課した祈りを捧げる。

ξ-⊿-)ξ(どうか、何も取り柄のないこの娘の言葉をお聞き入れ下さい。
     聖ラウンジの神、”ヤルオ=ダパト”よ。
     この地に住まい、救いをもたらす我らが主よ)

125名無しさん:2024/09/01(日) 02:49:57 ID:9tBcNMXI0

ξ-⊿-)ξ(どうか……どうかこの人の命を、助けてあげて下さい)


それは、聖教都市で学んだような、形式ばった言葉ではなかった。
いつしか日々の勤めとして枠に囚われていた、聖職者として恰好のつく言葉ではない。
ただ、命のぬくもりをつなぎ留めたいがための、偽りなき彼女自身の願い。

心の叫びを、ただ一つの願いを託して、祈りに込めた。

心の中で唱えながら、ツンの柔腕に力なく身体を預ける魔術師の顔を見る。
呼吸も困難になってきたようだった。
唇は震えて顔は青ざめ、その瞳はもはや空ろで、意識も失っている。


(;´ ω `)「……」


神への懇願は、やがて自然と口に出ていた。
今、救いが必要なのは誰とも知らぬ多くの民草ではない。

危険を顧みずに必死に自分を救い出してくれた、ここにいる一人の男性。


ξ-⊿-)ξ「一生の……お願いです」

数十年に渡って従順な聖ラウンジの信徒であり続けた父ですら、
実際に主、ヤルオ=ダパトの声を聞けた事は一度きりだったという。

今、ツンは真に神の信徒として見初められた存在でなければ賜れぬという、
聖ラウンジの奇跡に全ての想いを託して、ただ祈った。

呟いた後、空虚な沈黙が支配する。

126名無しさん:2024/09/01(日) 02:50:38 ID:9tBcNMXI0

ξ-⊿-)ξ「………(すぅぅぅぅぅ)………」

大きく息を吸い込んだあと、諦めず一心に強く、強く祈った。
体温が冷たく引いていく彼の手を両の手で握りながら、その手ごと、額に当てて願う。


ξ ⊿ )ξ「奇跡を、起こして───」

願いのを言葉にしたその瞬間、ツンの意識は───空を飛んだ。




        *  *  *



気がつけば、全てが白き光に染め上げられていた。
その中にあって、身体の感覚がないのか。
あるいは、この場に自分という実体自体がないようにも感じられた。

ただただ真っ白に、うすぼんやりと光がを差す場所。
まるで白昼夢見ているかのようだったが、その境界すらも認識できない程に、
現実か虚構かがあやふやな、不可思議な暖かさに包まれた場所だった。

ややあって、頭の中に直接語りかける声が、近づいて来るように感じた。
耳を澄ますように意識してみれば、確かに声が聞こえるのだ。

127名無しさん:2024/09/01(日) 02:54:38 ID:9tBcNMXI0

       ____
     /      \
   / ─    ─ \
  /  (●) (● \
  |    (__人__)   | ──我こそはヤルオ=ダパト──
  \   ` ⌒´   /



それは、煌びやかな白い光たちに引き連れられるようにして、
ぼんやりとその大きな顔を浮かび上がらせた。

この場に自分の身があるのであれば、驚きのあまり大声を上げていた。
限りなく非現実的なこの状況だが、一つだけ確信があった。

今自分は、父アルトが聞いたとの同じように。
聖ラウンジが崇める神、”ヤルオ=ダパト”の声を聞いているのだと。


       ____
     /      \
   / ─    ─ \
  /  (●) (● \
  |    (__人__)   | ──そなたの、一点の曇りなき願いは届いた──
  \   ` ⌒´   /

128名無しさん:2024/09/01(日) 02:58:49 ID:9tBcNMXI0
      ____
     /      \
   / ─    ─  \
  /  (●)  (●) \
  |      (__人__)   | ──自分を省みず 他者を助けたいと真摯に願うそなたにならば 託そう──
  \     ` ⌒´     /

語りかける声は心地よく、優しく包むような、
暖かい安堵感がもたらされていた。
この時ばかりは、逼迫していた現実の状況というものを忘れていた。
心に焦燥はなく、ただ、主の温もりに触れていた。

      ____
     /      \
   / ─    ─  \
  /  (●)  (●) \
  |     (__人__)   | ──聖ラウンジの秘術 奇跡の御業を そなたは望むか──
  \   ` ⌒´     /


      ____
     /      \
   / ─    ─  \
  /  (●)  (●) \
  |      (__人__)   | ──そなたが願うのならば 切なる祈りは 確かな力となる──
  \     ` ⌒´     /

129名無しさん:2024/09/01(日) 02:59:46 ID:9tBcNMXI0
AA崩れてました

130名無しさん:2024/09/01(日) 03:01:48 ID:9tBcNMXI0

聖ラウンジの秘術、聖術の奇跡。
ヤルオ=ダパト神を信仰するものばかりでもなく、
それが得られるのならば、きっと誰もが欲する”力”となり得るだろう。

それを何と言ったか、この自分に授けると聞こえた。
自分は”力”などいらない、だが、それで誰かを救えるというのならば──

誰かに”救い”をもたらせる”力”ならば欲すると、ツンは今一度願った。

               ____
             /      \
           / ─    ─ \
          /   (●)  (●)  \
            |      (__人__)     |──そうか 確かに授けた 我が名はヤルオ=ダパト──
          \     `⌒´    ,/

131名無しさん:2024/09/01(日) 03:03:55 ID:9tBcNMXI0
               ____
             /      \
           / ─    ─ \
          /   (●)  (●)  \
            |      (__人__)     |──かつてニュソクの地で生まれ 多くの人の想いが造りし神──
          \     `⌒´    ,/

     ____
   /⌒  ⌒\
  /( ●)  (●)\
/::::::⌒(__人__)⌒:::::\ ──いずれまた会おうお? 心きれいな娘さん?──
|     |r┬-|     |
\      `ー'´     /


どうやら、主はツンの心象世界での願いを聞き入れたようだった。
最後に、その屈託ない笑みと、少しどころでなくくだけた神の言葉を耳にした。

意識全体が、今度は真っ黒な渦に吸い込まれていく。
来た時と同じように、意識は再び別の場所へと飛ばされた。


        *  *  *

132名無しさん:2024/09/01(日) 03:04:36 ID:9tBcNMXI0

ξ ⊿ )ξ「………ん!」

ツンが意識を再び取り戻した時、そこはなんら変わらぬ景色だった。

(;´ ω `)

腕の中には、まだ旅人が辛うじて息をしている。
意識を失ってはいるが、なんとか呼吸だけはしている。

今、自分は、一瞬だけまどろんでいたのか。

今しがたの夢現の出来事と現状とが混ざり合い、記憶に混乱が生じていた。
記憶を遡ろうとしたところで、自分の身に起きた異変に気付いた。


ξ゚⊿゚)ξ「これって……」

自身の手や身体を、うっすらと覆う、翠色の光。
それらは自分の内側に宿るようであり、身体の周囲を巡っては、霧消していく。
だがそれでも、次々と泉のように湧き出てくるようだ。

ξ゚⊿゚)ξ「まさか、本当に……」

これならば、いける。
ツンはその事への、確信を得た。

抱きかかえていた彼の身体を地面へとそっと横たえると、
迷いのない動作で、彼の胸元を覆っていた包帯を取り払った。

ξ゚⊿゚)ξ「!」

133名無しさん:2024/09/01(日) 03:05:17 ID:9tBcNMXI0

ツンがの瞳に映ったのは、まるで自らを閉じ込める胸板を突き破ろうとするように、
薄皮のすぐ下で縦横無尽に黒い発光体が暴れ回っている光景。

だが、実際の生物か何かが入っている訳では無さそうで、
実体があるかもあやふやなそれは、まるで何らかの呪いを受けたかのようだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「生き物、なの? それとも……」

(;´ ω `)「………ッ……!」

あれこれと詮索を入れている時間は、もうほとんど無さそうだった。

胸の中で何かが暴れるたび、彼の身体は大きく仰け反っている。
たとえ精通した名医であっても、こんな症状を快癒させる事は不可能に思える。

だがもし仮に、”奇跡”が起こり得るのならば───


ξ゚⊿゚)ξ「……どうみたって悪性の物よね、これは」


ξ゚⊿゚)ξ「見てなさい」

ξ-⊿-)ξ「今の私になら……出来ると、そう信じてる」

発光体が怪しく蠢くその胸部へ、そっと両の手をかざした。
目を瞑ると、心の中で祈りを捧げながら、言葉を唱える。

134名無しさん:2024/09/01(日) 03:06:14 ID:9tBcNMXI0

ξ-⊿-)ξ「……【聖ラウンジの偉大な主の名の下に】」

ξ-⊿-)ξ「【消え去れ 生者の命を脅かす 悪しき存在よ】」

ξ゚⊿゚)ξ「【そして儚い命の灯に 再び光があらん事を】ッ!」

一点の曇りなき願いの塊を、心の中で一息に爆発させた。

────そして、辺りは光に包まれる。


とても眩く、暖かく、そして優しい光が、満ちる。
手をかざしていたツン自身が驚いてしまうほどのものだった。
それでも、怯む事なく、蠢くものを消し去る事だけを念じた。

ξ゚⊿゚)ξ「――苦しんで、いるの?」

ツンが創造した奇跡の前に、今まで以上に暴力的に這い回る胸の影。
もう、すぐにでも胸を突き破って飛び出てきそうなほどだった。

(;´ ω `)「………かはっ!」

魔術師は、そこで呼吸を取り戻した。
深く息を吐き出しながら、大きく一度咳き込んだ。
それが、きっかけになったかのようだった。

ついにその影は、眩い光に吸い上げられるようにして、
ゆっくりとツンの目の前にまで姿を現した。

135名無しさん:2024/09/01(日) 03:07:07 ID:9tBcNMXI0

ξ;゚⊿゚)ξ「こんなものが……身体の中に……」

ピギョォッ ギョォーッ

浮かび上がった不定形が、蠢く。

この気色の悪い影は、意思を持っているようであった。
小さな声ともつかぬ奇怪な音色は、不快で耳障りなものだ。
聞いているだけで、肌に怖気が走ってしまう程に。

(;´ ω `)「……ハァ……ゴホッ、フゥ……」

ξ ⊿ )ξ(良かった……本当に)

彼の様子を気に掛けると、胸から異物が取り除かれたことで、
徐々に肌は赤みを取り戻しつつあり、呼吸も先ほどよりか落ち着きつつある。

後は、”これ”を完全に消し去るだけだ。

ピギョォッ ピギャァッ

ξ゚⊿゚)ξ「さて……なんだか可哀想な気もするけど」

ξ゚⊿゚)ξ「あなたは、きっと育っちゃいけない存在なの」

136名無しさん:2024/09/01(日) 03:07:42 ID:9tBcNMXI0

ξ-⊿-)ξ「だから───さよなら」


眼前に浮かび上がったそれに向けて、両手を突き出す。
たったそれだけの事で、光の中で影は一層もがき苦しんだ。

光の粒に溶け込んでいくようにして、やがて───それは完全に消え失せた。



        *  *  *


(;´・ω・`)「こいつは驚いたな」

それから程なくして、意識を完全に取り戻した魔術師は、
意識を失っていた間の事の顛末をツンから聞き及ぶと、
驚きのあまり自分の身体と、ツンのその表情とを幾度も見比べていた。

ξ゚⊿゚)ξ「私もよく分かってはいないんだけど……
     信じられません、よね?」

にわかには自分でも信じがたいと、ツンは思う。

父がそうであったように、幾年、幾歳月を信仰に使い果たした
名のある信徒であっても、かの聖ラウンジの秘術を用いる術を
得られる者など、ほんの一握りの人間だけであった。

それを、まだ齢にしてたった十八の自分が、その一人に選ばれた。
実際に主の声を聞きながら、聖術の奇跡を賜ったのだ。
奇跡以外に言いようのない事実に対して、未だ実感は沸かなかった。

137名無しさん:2024/09/01(日) 03:08:21 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「いや、勿論信じているさ。
      この胸にあったはずの、あの厄介な烙印が、嘘のように癒えている。
      それこそが、何よりの証拠だ」

(´・ω・`)「───本当にありがとう」

ξ゚ー゚)ξ「こちらこそ……!」

そこで、二人に初めて笑みがこぼれた。
お互いがお互いを助け合い、誰も死なずに済んだことに、安堵が沸き起こる。

笑みが浮かぶと共に、聖ラウンジの秘術を賜ったという事への実感。
誰かを救える力を手にした事への喜びを、少しずつ噛みしめていた。

(´・ω・`)(それにしても、”封魔の法”───そういう事だったか)

(´・ω・`)(人の身に、魔力を食い物にする魔法生物の類を封じ込める)

(´・ω・`)(魔術を使う者の精神力を糧にそれを成長させ、
       やがては対象の術者を死に至らしめる、という訳か……)

(´・ω・`)「……やはり恐るべき才能か、モララー・マクベイン」

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

考え事をしていたかと思えば、ぼそりと何事かを呟いた彼の様子に、
ツンが一瞬怪訝な表情を浮かべる。

(´・ω・`)「いや失礼、ただの独り言さ。それより──」

そう言って、すっくと立ち上がり外套の砂埃を払うと、
魔術師はツンの正面へとしっかり向き直り、礼を示した。

138名無しさん:2024/09/01(日) 03:09:01 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「自己紹介がまだだったね。
      名を、”ショボン=アーリータイムズ”。
       ご周知かとは思うが、これでも魔術師の端くれさ」

ξ゚ー゚)ξ「”ツン=デ=レイン”、聖ラウンジの信仰者です。
     大陸の各地を旅して、少しでも自分が力になれればな、って」

(´・ω・`)「そうか、それは……きっとなれるさ。
      その力は、何物にも代え難い。
      自分がそれに助けられたことで、実感したよ」


ξ゚⊿゚)ξ「あなたも……旅を?」

(´・ω・`)「まぁ、今の所はね。
      信頼していた人物に裏切られて、貴重な研究の機会を逃してしまって」

ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……よくわからないけど、大変ですね」

(´・ω・`)「君も、ね」

頷き、ショボン=アーリータイムズは洞窟の外を眺めた。
天候が既に落ち着いているのを見て、出立をと考えたのだろう。
投げ出してきた自らの手荷物を取りに行こうとした所で、出口で立ち止まった。

(;ノoヽ)「お、あう……?」

(´・ω・`)「……おっと」

おずおずと洞窟の入り口から覗き込んできた子供の目が、ショボンのものと合った。
少しうろたえた様子で、背後のツンの表情を伺う。

139名無しさん:2024/09/01(日) 03:10:16 ID:9tBcNMXI0

ξ゚ー゚)ξ「もしかして……この人を呼びに戻ってきてくれたの!?」

(´・ω・`)「その通り。
      ありがとう――君のおかげで、彼女を救うことが出来たよ」

そう言って少年の頭に手を置こうとしたショボンの脇を素早く通り抜けると、
その奥に立つツンの傍へと駆け寄って、彼女の背後に隠れてしまった。

ξ゚ー゚)ξノoヽ)「おあう〜!」


ξ゚ー゚)ξ「大丈夫、怖い人はもう居ないからね」

(´・ω・`)「ふふ、懐かれているようだね。
      ……どうやら、耳が聞こえないようだが」

ξ゚⊿゚)ξ「──私、この子を連れて街を目指したいと思います。
     聖ラウンジ教会なら、きっとこの子を預かってくれると思うから」

強い眼差しは、その言葉を曲げることはないだろうと感じさせた。
それにショボンは、一度だけ大きく頷いた。
恐らくはやり遂げるだろうという、彼女の決意を確認して。

(´・ω・`)「承知した。それなら、ここからだとヴィップの街が近い。
       早ければ一日、遅くとも、まぁそれに加えて数刻だろう」

ξ゚⊿゚)ξ「交易都市ヴィップ……一度、行ってみたかったんです。
     多くの人で賑わっている街だとか」

140名無しさん:2024/09/01(日) 03:11:05 ID:9tBcNMXI0

(´・ω・`)「うん。少し休みたい所だろうが、山の天候は崩れやすいと聞く。
      この先、途中で山小屋の一つくらいはあるだろうから、そこで休もう」

(´・ω・`)「もしさっきの野盗共と出くわしたら、本来の力を取り戻したこの僕が、
      今度はより華麗に撃退してお目にかけるとしよう」

ξ゚⊿゚)ξ「……えっと、ショボンさんは……?」


(´・ω・`)「僕の胸の烙印、”封魔の法”を打ち消してくれたお礼とでも
      考えてくれればいい。女性と子供の二人では、危険過ぎる」

ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうございます!」

(´・ω・`)「さて、出立しよう」

ショボンが支度を整え終わるのを待って、ツンの後ろで
隠れていた子供は、一瞬だけショボンの前に立って、一言。

(ノoヽ)「あ……”あうがおっ”」

(´・ω・`)「………?」

ξ゚ー゚)ξ「………!」

耳が聞こえないために、正しく声を発音する事ができない子供の
その一言は、どうやらツンの方にだけは伝わったらしかった。

141名無しさん:2024/09/01(日) 03:11:53 ID:9tBcNMXI0

――その後、洞窟の中で横たえられていた一人の死者を埋葬した――

聾唖の少年の親だったであろう遺体の事をツンが話すと、ショボンはこれも引き受けた。

かくして、ショボン、少年、そしてツンの三人で力を合わせて、近くの野原を掘り起こした。
彼を埋葬する際、少年は一度姿を消すと、近くの野草や草花を取ってきて、遺体に握らせた。

これが永遠の別れになることと、餞の気持ちを理解出来たのだろうか。
ツンが膝を付き手を合わせる所作を、少年もまた、見よう見まねで行っていたようだ。


        *  *  *


こうして、奇妙な取り合わせの三人は山を降りる。
”交易都市ヴィップ”を目指すために、ゆっくりと歩き始めた。

疲労感が、なぜだか心地よかった。
充足感が、澄んだ風と共に頬を撫ぜる。

(´・ω・`)「あまり走り回って、滑落するなよ?」

ツンの純白だったはずの修道服は見る影もなく砂ぼこりにまみれ、
黄色みがかってしまった部分を払うと、裾をぎゅっと結んだ。
そして、靴ずれした足で、彼女は再び歩き始めた。

あちこちへと興味津々に駆け回り、ショボンとツンの後を
あとからついて来る聾唖の子供の姿を目で追いながら、想う。

ξ゚ー゚)ξ(そうよ……救いを求めるばかりが信仰じゃない)

ξ゚ー゚)ξ(私は救われるよりも……こうやって、誰かを救いたいんだ)


少年の背中を見て思い返すのは、愛情深く育ててくれた父との日々。
彼女の胸の中を今、鮮やかに彩られた清風が駆け抜けていた。

142名無しさん:2024/09/01(日) 03:12:41 ID:9tBcNMXI0
 

    ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第3話

          「誰が為の祈り」


            ─了─

143名無しさん:2024/09/01(日) 03:15:24 ID:9tBcNMXI0
>>74-142が3話です
途中、AAが大幅に崩れていますのでお見苦しいかと思います

144名無しさん:2024/09/02(月) 12:28:05 ID:XV0YxuRU0

ツンとショボンの出会い…いいね!
二人とも善人だったからこその出会いだね

145名無しさん:2024/09/03(火) 23:51:29 ID:7NA/cZ8o0
乙です!
芽の出なかった子が事件をきっかけに力に覚醒する展開!こーゆーのがいいんですよね!

剣士、魔術師、僧侶ときたら、次は盗賊かなぁ?

146名無しさん:2024/09/05(木) 22:54:02 ID:Eo72dpzQ0
>>144-145
焼き直しの話ではありますが、ご感想ありがとうございます
整合性を見直す必要があり、今は特に前半を書き直して投稿しておりますが、
ヴィップワースからの続きを早く書きたいなとは思っております
幸いこの板は流れがとてもゆっくりそうなので、それに合わせてやっていきます

147名無しさん:2024/09/07(土) 09:53:23 ID:sf0mk.MU0
ヴィップワースの方は読んだことないけど
正統派JRPGのようでこれは期待

148名無しさん:2024/09/14(土) 02:21:23 ID:A6V2HoW60


   ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第4話

           「力無き故に」

149名無しさん:2024/09/14(土) 02:21:50 ID:A6V2HoW60

―大陸東側 リュメの街―


交易都市ヴィップの街から東へ二日程度の距離に、リュメの街はある。

この岩山に囲まれた荒れ果てた土壌の為、作物もあまり育たない。
必需品は行商などで賄うが、生産的な職に就くのはごく一部の人々だ。

各地に大きな影響力を持つ聖ラウンジの信仰も、この地に根付く事は無かった。
今ではがらんどうの教会は月に一度、各地から持ち回りで宣教師が滞在する程度。
ほとんどは子供の遊び場か、そうでない時は浮浪者の寝床と化していた。

自分の農地や商業の販路を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
路銀を稼ぐのが難しい者たちは、日ごろから貧しい生活を強いられていた。
それを見て育つ子供達は、物心つく前より人から盗みを働いたり、日がな物乞いや話術で
小銭を稼ぎながら逞しくも、浅ましく日々を暮らす。

あまつさえ、それを斡旋しているのは時に大人という事もある。
この街では仲介や情報の売買を交わす、情報屋ギルドが大きく幅を利かせている。
ただそれは表向きの姿であり、彼らには盗品の買取や金の洗浄などの裏稼業とされる
盗賊ギルドとしての側面もあった。

大きな都市から見れば治安は悪いとされる街だが、その分人々の結びつきは強い。
貧困層も中流層も、困った時には助け合って生活している事が多い街だ。
そんな日々の貧しさを必死に生きる人々にとっては、ある種の拠り所もあった。

この街には、”義賊”として名の知れた一人の男がいるということだ。

150名無しさん:2024/09/14(土) 02:22:15 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「おーう。お前ら、今日も辛気臭い顔してんなぁ」

「あ、フォックス!」

「あとでカードしようぜ〜」

爪'ー`)「ああ、見回り終わったらな」


遅めの起床に身体を伸ばし、気だるげな様子で宿の二階から降りてくる男。
気安く彼に声をかけているのは、この場所をたまり場としている悪童たちだ。

適当に返事を返しながら、”グレイ=フォックス”は大きなあくびを一つした。

リュメを根城とする情報屋ギルドの頭目の彼の元には、多くの人が集まる。
彼らの活動は特定の組織や権力者が統括しているということはなく、組合に属する
ギルドとして正式な共同体の体裁を為しているというわけではなかった。

彼らが立ち寄る酒場に自然と人が集まるようになったというのが事の始まりで、
やがてスリで生計を立てる子供や、脛に傷を持つ食いつめ者たちも集うようになった。
時に御法に触れる事も行うのだが、個人の結びつきはあれど、彼ら自身は権力者に依存しない。

いつからか、通称を”情報屋ギルド”と呼ばれるようになった。

151名無しさん:2024/09/14(土) 02:22:40 ID:A6V2HoW60

「フォックスじゃん! 今晩遊んでいく?」

爪'ー`)「おー、気が向いたら行くわ」


親しみやすい雰囲気を持つフォックスには街を歩く道すがら、
娼婦から老人や子供に至るまで、誰もが気軽に声をかけてくる。

”金はある所から盗む”
”殺しはやらない”
”困った時は助け合い”

そんな無頼の思想のもとに行動する彼は、食い詰めた人々に口利きや援助も行う。
時に法を犯すような行いはすれども、それを人のために施すフォックスに対しては、
それでもなお頼りになる”義賊”として、街民からは感謝される事が多い。

今日もふらふらと街の様子を見渡し、このまま酒場へと行こうとしていた。
その後を追って来たのは、フォックスが長い付き合いをしている男だった。


( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」

爪'ー`)y-「ん……デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」

( "ゞ)「勿論、お目付け役としてお供しますぜ」


この街では、フォックス同様に彼を知らぬものは多くない。
”デルタ=スカーリー”は彼の兄弟分であり、その補佐を行う右腕だ。
情報の売買や収集を中心的に行い、多くの部下を実質的にまとめ上げている。

こうしてよく仕事を抜け出しさぼる頭目に付き合う、目付け役でもあった。

152名無しさん:2024/09/14(土) 02:23:01 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「所でよ、皆いつになく元気無くないか?
     花売りのティコんとこの婆さんも寝込んでるみたいじゃん」

( "ゞ)「へぇ、何でもゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」

爪'ー`)y-「またか……あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」

( "ゞ)「また今夜あたり息巻いた若い衆があいつの倉庫を狙うって話ですけどね」

<ニダー商会>は、リュメで最も富める者として名高い”ゴードン=ニダーラン”が営む商会だ。
リュメの食料品や飲食店などの流通をひとしきりまとめあげ、娼館などにも手を伸ばす
ゴードンに睨まれた商売人は、この街で商品を仕入れる事も出来なくなり、商売もままならない。

最も発言力を持っており、流通価格も彼の一存で決められる範囲では自由自在。
金と権力を欲しいままに、豪商として名を馳せている男である。

あくまでこの街では、という話ではあるが、住民にとってニダー商会の存在はとても大きい。

爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ……
     けど、子分どもにはこれ以上やり過ぎるなって伝えといてくれ」

( "ゞ)「勿論伝えましたぜ、先月の事もありやすし」

そのニダー商会の倉庫には、フォックスら盗賊が仕事に入る事がある。
実入りが大きい分、それに味を占めて派手な動きをしないようにとは言い聞かせているが、
先月、鼻も高々に金や高価なワインなどの戦利品を持って帰った少年がいた。

名前はナッシュと言ったが、ザルのような警備をいいことにその時の彼は盗み過ぎた。
二人の前で、ヘマを踏んだかも知れないと話した事を、二人は思い返していた。

153名無しさん:2024/09/14(土) 02:23:28 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「それと、一つ気になる事がありましてね」

爪'ー`)y-「やっこさんとこの守衛がまた賄賂でも吹っ掛けてきたか?」

( "ゞ)「いや。何でも素性の知れねぇよそ者が今この街にいるみてぇで」


そこまで話した所で、行く手の酒場から一人で出てきた男の姿にデルタは合図を送る。
前から来る男の様子を観察しながら、フォックスも同調して歩調を合わせた。


( ▲ )

うつむきがちにフードを目深に被った男の表情は窺い知る事が出来ない。

だが、入念に準備を整えたかのような斥候<スカウト>の軽装によく似ていた。
深い濃紺の装束に身を包む細身の男のしなやかな身振りから、衣服の下には鍛えた肉体を想像させる。

煙草を地面に捨てて、足でにじり消すフォックス達を男は横切った。
すれ違う間際にその男の横顔を一瞥したが、こちらを見る事もない。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎていった。


爪'ー`)(……ふぅん)

154名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:01 ID:A6V2HoW60

すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
フォックスはその背中に何かを感じた様子であり、デルタが小声で囁く。


( "ゞ)「あいつです、お頭」

爪'ー`)y-「ああ、そうだろうな」

( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」

爪'ー`)y-「さぁな……」


フォックスの眼には、先ほどの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が胸元の内側に、刃物らしき大きさのものを忍ばせていたのを。

血の気が多い情報屋ギルドの面々のことだ
よそ者が自分達の領域に入り込む事を良しとせず、知れば問題が起こり得る。
それを避けるためにも、こちらからは干渉したくはない。

爪'ー`)y-「だけど、ありゃあ堅気じゃねぇな」

( "ゞ)「危うきに近寄らず……ですかね」

爪'ー`)y-「ん。さぁ、物騒な話はさておきだ。まずは一杯やろうぜ」

( "ゞ)「またこんな陽の高いうちから飲んじまうんだから」

爪'ー`)y-「飲み比べだ、負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」

( "ゞ)「お頭にゃあ負けませんってば」

フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場へと入っていった。

155名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:26 ID:A6V2HoW60

――烏合の酒徒亭――


庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、安いエールを出す酒場こそ人気だ。
それがこの店が多くの人が利用する理由であり、またフォックス達の行き付けでもあった。
カウンターから、馴染みのマスターの顔がフォックスらを迎える。

(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー! お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」

爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、親父」

( "ゞ)(……シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)

爪'ー`)y-(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)

(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
      ウチのお得意さんに出す”緋桜”を3本も開けやがったアルよ!?」

( "ゞ)「そのお得意さんが……俺らだろ?」

(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
      底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」


せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で二十年修行をして来たという<烏合の酒徒亭>のマスターの料理は絶品だった。
酒以外の目的にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。

血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。

156名無しさん:2024/09/14(土) 02:24:46 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「そう言うなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
     でも今日はあいにくとそこまで持ち合わせがねぇからさ……また今度ってことで」

(#`ハ´)「あぁ、もう! こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」

( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那」


───「マスター、注文まだかい?」───

───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───


(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!
      お前ら、その内毒入りの酒飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」

そう言って、カウンターからずんずんと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。

爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)

( "ゞ)(いや、全く)

必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。



        *  *  *

157名無しさん:2024/09/14(土) 02:25:06 ID:A6V2HoW60

会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽いていく。

そうして夜の帳が下りる頃には、既にお互い、12杯目のエールを飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔の互いの視線が卓上で交わされると、またエールを注ぐ。

爪'ー`)「プハァ……そういや、何年になるかな」

( "ゞ)「ゲフッ……あの”貧民窟”から、俺らが街に出てきてからですか?」

爪'ー`)「あぁ。もう十五年にはなるか?」

( "ゞ)「俺もお頭もあん時はまだ五つぐらいのガキだったから……それぐらいかねぇ」

さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールが目減りする事はない。
二人ともペースを落として、昔の事を思い出しながら語らい始めていた。

爪'ー`)「やっぱり、今でも思うんだよな」

( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」

爪'ー`)y-「……そうさ」


────話は遡る。




        *  *  *

158名無しさん:2024/09/14(土) 02:25:31 ID:A6V2HoW60

――15年前――


大陸各所には、俗に、”貧民窟”と言われる場所がある。
フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置するこの洞窟で生まれ育った。

大きな都市部からほど近い場所などに点々と存在する、仮住まいの竪穴だ。
そこには行き場のない浮浪者や孤児、あるいは過去に罪を犯したもの。
世間ではつまはじかれ、まともに暮らしていかれなくなった者たちが、
この場所で身を寄せ合い、寒さと飢えに苦しみながらも、共に暮らしていた。

食事も衛生も、まともに行き届いた生活を送れるわけもない。
人としての最下層の暮らしを送る人々が寄せ集まった、吹き溜まりのような場所だ。

だが、どのような場所にあっても、人と人は誰しも平等とはなり得ない。
暴力で他者を従えるものもいれば、病を得て弱りながら死んでいくものもいる。
貧民窟では食料を調達したり年寄りの世話をさせられているのは、力の弱い子供ばかりだった。

同じ境遇の狭い共同体の中にあっても、いつの世も弱きは強きに搾取され、支配される。
それはこのような狭い場所に住み暮らす彼らにも同じことだった。


「この馬鹿ガキ、こんなもんで足りるかよッ!」

爪; o )「うわっ」

周りの居住者よりやや身なりの良い髭面の強面が、少年に怒声を浴びせて突き飛ばす。
他の者たちにとっては慣れた光景なのか、老人ばかりが多いこの場所では、強面を止める者もない。

一人駆け寄ったのは同じような年ごろの両目に大きな火傷痕を持つ少年、デルタだけだった。

(;"ゞ)「あんちゃん!」

159名無しさん:2024/09/14(土) 02:26:08 ID:A6V2HoW60

「てめぇら二人で明日もう一回行ってこい!今度はこんなもんじゃねぇからな」

爪; -;)「いてて……」

野山などから調達してきた食料が、男の要求に満たないというのが暴力の理由だった。
こうして地面に転がされては、身体を煤や灰まみれにするのが、この少年の日常であり、
誰からともなく、"灰かぶりのフォックス"と呼ばれるようになっていた。

(;"ゞ)「ちぇっ、なんだよ……自分ばっかりいっぱい食ってるくせにさ」

フォックスとデルタはいつも二人で行動しており、生まれは違うが兄弟のように暮らしていた。
だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうかも、定かではなかった。

彼らは物心ついた時から、この貧しく弱った大人達と生活を共にしていた。

「……すまねぇなぁ、お前さんたちにこんな役目させちまってばかりでよう……」


それを良しとしない考えの者もいたが、この集落では他の大半は老人ばかり。
まだ若く力の強い髭面の強面は体格もよく、皆が彼の言いなりのようになっていた。

爪'-`)「いいよ。それより、これあげる」

「お前さん、これは……」

爪'-`)「じいちゃんも食ってないだろ。あとでこっそり食べて」

( "ゞ)「兄ちゃん、俺のは?」

爪'-`)「あるある。あいつが寝るまで我慢だぜ」

(*"ゞ)「やった、腹ペコだったんだ」

「ありがとうよ……フォックス、デルタ……」

住む家も無く、野山の野草や果実を摘んでそれを糧として生きる。
そんな彼らに衛生などは行き届く訳が無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
糞尿などの悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。

そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
彼らが貧民窟を抜けたのは、洞窟に刻まれた暦の上で、彼らが五歳を迎えた時である。

それは、冷たい風雨が吹き荒れる日だった。

160名無しさん:2024/09/14(土) 02:26:29 ID:A6V2HoW60

ある日を境に、フォックス達の住む貧民窟には疫病が蔓延する。
不潔な身なりをしている抵抗力の弱い老人などから、たちどころに病魔に侵されていった。
ほとんどが高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、ただ命尽きるまでを耐えるばかり。
互いの顔も薄ぼんやりとしか見えない暗い洞窟の中には、苦しむ育ての親達の呻き声が木霊していた。


――「苦しい……助けてくれ、デルタや……」――

――「み、水を汲んできてくれ………フォックス」――


「お、おいお前ら……このジジイどもを、叩き、出せ……!」

救いを求めるしゃがれた声に、獣のような眼差しを向けて悪寒に悶える怖い大人。
糞尿の悪臭や獣臭さに死臭とが入り混じり、呼吸するのも憚られるほどだった。

まだ幼い少年二人に、そんな状況を変える力などなかった。
生き地獄の様な光景に怯える気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えた。
悔しさに握りこぶしを震わす聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。

やがて、フォックスがデルタに呟く。

爪 - )「もう……いやだ」

( "ゞ)「……うん」

それに相槌を打つデルタが、頷くとともに涙を零した。

食料も金も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装の幼子。
それがこの場を離れたとて、人里まで辿り着ける保証など何一つなかった。
それでもフォックスは、この時決意していた。

「デルタ、逃げよう――ここから」

涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、デルタはその意を汲んだ。
かくして、二人の幼子の逃避行が始まった。

「………うん」

161名無しさん:2024/09/14(土) 02:27:13 ID:A6V2HoW60

フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩歩いて、人里を目指した。
やがて辿り着いたリュメへの街道で力尽き、衰弱していた所を情報屋ギルドの人間に拾われる。

盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から暗い野山で育ったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、人を惹き付ける天性で多数の人間からも好かれていった。
飄々とした雰囲気は親しみやすさを醸し、懐に入り込んだり、卓越したナイフ捌きや開錠など、
小器用で多彩な技術に長けた彼は、盗賊や斥候としての高い資質を持ち合わせていた。

一方で、情に厚いというだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。

自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
次代の情報屋ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタは二人でその地盤を固めていく。

貧民窟での呼び名から、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後からだった。



        *  *  *



爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」

( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」

爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな……」

( "ゞ)「俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった。
    ――それで、いいじゃあねぇですか」

162名無しさん:2024/09/14(土) 02:27:44 ID:A6V2HoW60

酒が悪い方に入った時のフォックスの事を、デルタはよく知っていた。

少し遠い所を眺めるように視線を外して、デルタの言葉に無言で頷いている。
それは自らを納得させるように、しかしどこかで飲み込めてはいないかのように。
かつて手からすり抜けていった育ての親たちの命を、偲ぶ気持ちが燻っているのだ。

( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……。
    今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」

爪'ー`)y-「まぁ、今さらの話、だったな」

( "ゞ)「……へい」

卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙った。
昔の話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになる事がある。
場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。

( "ゞ)「そうそう。そういやお頭、この噂知ってます?」

爪'ー`)y-「どんな噂だ?」

( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って国を治めてた、
    お偉い王様の墓があるって話でね」

爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、オサム王とかって奴だろ」

( "ゞ)「そうそう。確かその時に治めてた領地の名前もそのジジイの名前で、
    そいつの墓があるオッサムっていう村は、今でもあるそうです」

爪'ー`)y-「ふーん」

( "ゞ)「で、そこにはどうやらまだお宝もたんまり眠ってるみたいですぜ?
    金銀財宝か、抜けば玉散る鋭い魔剣か……はたまた――」

163名無しさん:2024/09/14(土) 02:28:09 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
     どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」

爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」

( "ゞ)「……まぁ、そうなんですけど」


フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ない。

それというのも、この街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
街民の経済に圧制を強いているゴードンから、貧しい人々を庇護するためだ。

彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸るわけでもなく、ただやりたい事をしている。
今までも幾度か一部の富裕層の倉庫や邸宅に侵入し、金品や食物を盗んできた。
一部を自分達の酒代に換えると、残りの多くを困窮者や身内に富の再分配をするのだ。

偽善と言われる行為であろうと、事実としてそんな助けがなければ生きられぬ家族もある。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を、肩を寄せ合い過ごしてきた経験。
それが、フォックスとデルタをそのような行動に突き動かしている。

持たざる者を見殺しにできないというのが、この街で育った彼らの性分だった。


爪'ー`)y-「冒険者ねぇ。憧れた事もあったな」

( "ゞ)「あっしもです」

164名無しさん:2024/09/14(土) 02:28:40 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
     一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」

( "ゞ)「”どうしても行くというのなら、あたしも連れてって!”」

爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」

爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ――女子供は邪魔なだけだ”」

( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」


(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!」


その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。

ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。


爪'ー`)y-「………ありゃ」

165名無しさん:2024/09/14(土) 02:29:14 ID:A6V2HoW60

( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」

(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」

( "ゞ)「わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那」

爪'ー`)y-「いつも感謝してるぜ親父」

(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!
      お代はツケといてやるから、今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」

( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」

爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」

(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」


緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉にシナーは一掴みの塩を全力で投げつけた。

自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスは上機嫌を取り戻していた。

酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。

いつもならそうだ。

だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。

166名無しさん:2024/09/14(土) 02:29:41 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」

鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。

( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」

街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった

爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」

( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」

爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」

( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」

遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。

邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から内部へと侵入していったようだった。

その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視しながら、フォックスが三本目の葉巻を消した頃、デルタが不安を口にした。


( "ゞ)「遅いな……」

爪'ー`)y-「あぁ」

167名無しさん:2024/09/14(土) 02:30:13 ID:A6V2HoW60

この街で盗賊をやるのなら、丁度良い具合にやれ、と部下達には伝えている。

路地裏を根城にする歳の離れた弟分達は、威厳など微塵も無いフォックスに対しては、
必要最低限の礼儀すら払おうとはしないし、フォックスもそんな彼らに多くは求めない。

だが、仕事に関しては話は別だ。

自分達は人様の食い扶持を奪ったり、情報を冒険者に売ったりして食いつないでいく。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、日陰者なりに適度に仕事をするべきだ。

丁度良く、というのは重要で、標的が破滅に至るほどの被害を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬまま世は事も無く巡るだろう。

だが、一度やり過ぎてしまえば多くを失い、やがては日の当たる場所にいられなくなる。

色気を出したばかりに、身に余る戦果を持ち去ろうとして足が着く。
そんな愚鈍な盗人は、フォックスの周辺には一人もいないはずだと思っていた。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには育てているつもりなのだ。

それが三人がかりで仕事に掛かり、一向に離脱してこないという事は、何かがあったとしか思えない。

爪'ー`)「なぁ、デルタ」

( "ゞ)「何ですかい?」

爪'ー`)「ゴードンとこ、前回は先月だったか」

( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人でたんまり掻っ攫って来た時ですね」

爪'ー`)「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
     心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」

( "ゞ)「………と、言いやすと?」

168名無しさん:2024/09/14(土) 02:30:50 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「あん時、ナッシュは仕事を気取られかけたって話してたよな」

( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」

爪'ー`)「以前からちょくちょく拝借してた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」

( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
    気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から40spニダ!”とかほざくもんだから、
    てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」

爪'ー`)「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」

( "ゞ)「お供します」


フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや険しさを帯びていた。
これまでこの街でフォックスらが盗みに入ったという事実が露見した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。

しかし、ギルドの頭目としてフォックスの名前と顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分たちがゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、
今まで通りこの街に住み暮らす事は難しくなるだろう。

だが、ただ自分がやりたいがための事をしてちっぽけな自尊心を満たす、
そんなうわべだけの偽善を汲んで、その元に動いてくれている子分たちが
みすみす治安隊に突き出されるのを、指を咥えて見送るというのもご免だった。

二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。

爪'ー`)「合図するまで、お前は外で待っててくれ」

万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。

三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。




        *  *  *

169名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:16 ID:A6V2HoW60

降りた先の場所の暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
足音を殺しながらそろそろと壁沿いに隣の部屋へと伝うと、広大な備蓄庫があった。
封のなされた食料品などには子分たちの仕業か、いくつか物色した痕跡が見て取れる。

爪'ー`)(そっちの部屋か)

耳をそばだてると、隣の部屋から物音があった。
音も無く速やかに物陰へ身を寄せると、僅かに身を乗り出し目を凝らす。

携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影。

先に邸宅に盗みに入った三人ともが地べたへと倒れ伏せている光景だった。
その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして、佇む男の姿があった。

程なくしてフォックスの気配に気づいたか、影が振り返る。


( (∴) 「………」


目深に黒いフードを被り、小さな穴が開いた仮面を着けている男。
その脱力したような佇まいからは、何の感情も読み取る事が出来ない。
驚く様子でもなく、機先を伺うフォックスの姿を、仮面の奥の瞳に捉え続ける。

ただ、無機質な殺気だけを身に纏っていた。

爪'ー`)「ウチの奴らが世話になったかい」

( (∴) 「……」

その問いに答える事はなく、仮面の男は悠然と歩を進める。

見れば、三人の部下達は一様に床に転がされてのびている。
全員死んではいないようだが、大量の出血が見て取れた。
鼻を折られて、そのまま昏倒させられたのだろう。

力自慢の冒険者ほどではないにしろ、喧嘩などに慣れているならず者三人だ。
それを争いの形跡も残さず一方的に叩きのめしたであろう力量を、推して測る事ができる。
呑まれる事のないよう決して顔に動揺は出さないが、フォックスは内心に焦燥があった。

170名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:37 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
    そこの馬鹿三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」

( (∴) 「………」

爪'ー`)「代わりといってはなんだが、アンタ個人には一人につき150sp。
    いや……キリのいいところで500spの礼は約束する」

やがて数歩の距離のところで立ち止まった仮面の男に、交渉を持ちかけた。

出来うる限り後腐れなく、波風を立てずに穏便に収められれば最上だった。
しかしこの場に仲間が盗みに押し入っているという事実は揺るがず、大儀は向こうにある。
この男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。

やはり子分の無茶な動きから、ゴードンは倉庫の品が抜かれている事に気づいた。
そこへ来て、その対処のためにあてがわれたのがこの男なのだろう。

問題は、この男が命までを求めるかどうかというところだ。


爪'ー`)「手付けとして、まずはここに200spある。
    そいつらの無事を無事渡してくれれば、残りはこの後すぐにでも払うさ」

( (∴)「……こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」

爪'ー`)「そうかい、それならこっちはー―」

( (∴)「いいや。たった今仕事内容が変わった。交渉決裂だ」

仮面の男は覇気の無い声色でそう言った。
男が手を入れた胸元から、鈍色の光が松明を照り返し煌めく。

それは、一振りの短剣だった。

171名無しさん:2024/09/14(土) 02:31:59 ID:A6V2HoW60

爪'ー`)「……俺も頭数に入れば、600spってことか?」

言い終わるか終わらないかの内に、仮面の男は一息に彼我の距離を詰める。
その速さはフォックスの動体視力をして、尋常のものではなかった。
瞬時に、それが殺しに精通している者の動きだという事を理解する。

大きく体を反らしたフォックスの顎の先を、白刃が残影を残した。
空を斬り裂く音が遅れて届いたかと思えば、次には胸を狙った刺突が襲い来る。

その手を払いつつ横に身体を流すと、男は逆の手にいつの間にか短刀を移していた。


( (∴) 「違うな」

爪;'ー`)「うおっ……!」


仮面の男が独楽のように大きく身を翻すと、鋭い斬撃がフォックスの頬を掠めた。
遅れて紅く細い線が浮かび、血を滲ませる。

一撃ごとに、確実に急所を狙っている。
紙一重で躱しているが、その業前はお目にかかった事はない程のものだ。

恐らくは暗殺者。それも達人級の。


爪;'ー`)「狙いは、俺の首だったか?」

( (∴) 「……」


その沈黙こそが答えだった。

172名無しさん:2024/09/14(土) 02:32:34 ID:A6V2HoW60

実質的に情報屋ギルドを仕切っているフォックスを亡き者にする。
ゴードンはそのためにこの暗殺者を雇ったのだと、そこで思い至った。

情報屋ギルドは主に貧困層を中心に民意の支持がある。
衛兵や各所への賄賂などでもこれまで上手く立ち回ってきたつもりだったが、
ゴードンら富裕層からすればその貧困層に施しをする自分たちが、商いに邪魔なのだ。

活かさず殺さず、自分たちのさじ加減一つで庶民の暮らしを逼迫させ、食うに困った
家庭の若い娘などは系列の娼館などへと召し上げて、そこからさらに分け前を跳ねる。
そんな具合に、情報屋ギルドが無くなれば貧富の差は歴然となるだろう。
富める者は更に富み、今よりも強権を行使する事ができる。

だが表立って自分を葬れば、ゴードンは強く反感を買うはずだとフォックスは考える。
それどころか、嬉しくもないが周りの子分たちも黙ってはいまい。
今回の三人の仕事は、ゴードンの指示で泳がされていた撒き餌なのだ。

仲間を餌にギルドの頭目であるフォックスをおびき寄せ、人知れず亡き者にする。
大義名分を掲げ、堂々と目の上のたんこぶである情報屋ギルドを一網打尽にするために。
それがかなわぬとも、仲間を引き連れて盗みを繰り返していた首魁として治安隊に突き出せば、同じことだ。


爪'ー`)「……ゴードンは俺の首にいくらの値を付けた?
    俺を殺すと、後々面倒な事が起こるぜ」

173名無しさん:2024/09/14(土) 02:33:15 ID:A6V2HoW60

そんな言葉も、暗殺者にとっては何の意味もないだろうと知っている。

自分も腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へ構える。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来るか、つぶさに観察する。

仮面の男は緩慢な動作で、逆手に掴んでいる短刀の刃先をフォックスへと突き向ける。
鈍色に輝く先端が大きく湾曲した刃の造形は、見る者を威圧する凶暴な威容を放っていた。


( (∴) 「首一つ、1500sp―ー不足はないな」

爪'ー`)(随分な嫌われようだったのな、俺ってば)


地に落ちて燃え尽きようとしている松明の明かりの残滓が、
間もなく完全な闇に落ちるであろう室内を、ほのかに照らしていた。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受け、闇に一筋の光を放つ。

フォックスらが得手とする投擲の為の投げナイフとは、大きく形状が異なる。
重厚で骨すらも断ち切る事が可能なほどに、叩き斬る事、切り裂く事に特化した大振りの凶器。

だが、異質なほどに対照的なのは仮面の男自身の存在感だ。
まるで幽霊が立つかのように、黒の装束を纏い、無機質に待ち構えている。

( (∴) 「ちんけな得物だな」

フォックスの手元にすっぽりと収まるほどの心もとないナイフを見て、
表情が変わる事も無い幽霊がひどく冷淡な声色で口にした。

爪'ー`)「いやぁ、大きければいいってもんでもないさ」

内心に抱いている焦燥を、まだ悟られている様子はない。
フォックスもまた、表面上の冷静さを崩さぬまま取り繕い、身体の動きを確認する。

174名無しさん:2024/09/14(土) 02:33:40 ID:A6V2HoW60

禍々しいとさえ思えるナイフを相手取りながらも、フォックスは虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺いながら。

所持していたナイフは刃渡りが手のひらにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
殺傷力は歴然だが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。

倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。

爪'ー`)(どうでるか、ね)

( (∴) 「――シィッ」

先手を繰り出したのは、仮面の暗殺者。
身を包む黒い外套により素人目であれば闇に溶け込んだその刃が、
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。

爪'ー`)「――ふッ」

だが、陽の差さぬ場所で生まれ育ち、盗賊を生業に培ったフォックスの夜目には
急激な軌道の変化をも見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
その実ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで狙う為の攻撃だ。

刃物を用いた喧嘩を経験した事があるからこそ、致命傷となり得る手首に対し
狙いを付けてくる事も読めていた。瞬時に上へと腕の構えを上げ、振りを躱す。

再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざまに初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、
フォックスの顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。

顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
白刃が顎の先端に僅かな裂傷を負わせた。

毒を使われていたら、もう終わっていただろう。


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