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( ^ω^)冒険者たちのようです
175
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:09 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「……らぁッ!」
体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。
( (∴) 「躱すか」
爪;'ー`)(……こちとら必死だっての)
すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。
この短い立会いの中で既にフォックスの額には、じっとりと冷たい汗が伝っていた。
( (∴) 「……こないのか?」
爪'ー`)「その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」
駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男は鼻を鳴らして、一度手元でナイフを遊ばせた。
会話で気を逸らせながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄い。
この男のナイフ術は、暗殺の業として相当に磨き抜かれている。
より効率的に、より不可視に、人の命を奪う事を生業としている者のそれだ。
この状況からでは出し抜きようがなく、こちらの技量で無力化は難しい。
殺しは元来やらないが、不殺にて無力化するにはそれ以上の実力差が必要となる。
方法があるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。
( (∴) 「なら、行くぞ」
176
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:39 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「……やっぱり、さっきの交渉の続きをしねぇか?」
( (∴) 「はっ」
こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、決して隙を許はしない。
それどころか、一秒ごとに虎視眈々と機先を伺っているようだった。
言う通り、これは機を見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、ほんの僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。
爪'ー`)「ここで俺が死ねば、盗人の征伐を口実に俺らは解散。
仲間同士取り分で揉めたように演出して、死体を転がしときゃあいい具合だ。
あんたみたいな本職まで雇うなんてな……参ったぜ」
( (∴)「……お前の命になんぞ興味ない。
問題は、金になるかならないかだけだ」
爪'ー`)「あんた、命よりも金の方が大事ってタチか。
それなら俺たち四人の命、一人頭300spまでなら出すけど、どうだい?」
仮面の男は口元を手で覆い、視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような様子はない。
殺しを専門にやっている人間もまた、依頼者との信頼関係で成り立っている。
易々と契約を反故にすることは出来ないだろう。
仕事の出来には、自分の命も直結するからだ。
( (∴)「時間稼ぎなんだろうが、さっきは気まぐれで聞いてやっただけだ。
仕事は自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」
爪'ー`)「いやぁ、気にするなよ」
きっかけを作るとするならば、ここしかない。
177
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:03 ID:A6V2HoW60
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。
爪#'ー`)「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!」
( (∴)「俺もさ」
男の言葉と同時、全身を弓の弦のようにしならせると、全力でナイフを投げ放った。
狙いはつける余裕もなかったが、それでも外しはしない。
次の瞬間には、キン、と甲高い破裂音が響いた。
( (∴)「この程度――」
投擲したナイフは呆気なく弾き落される。
だが、すでにフォックスの両足は一直線に全力で男の元へと駆け出していた。
思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃が弧を描いた。
直前に大きく前傾すると、ほぼ同時に後頭部すれすれをナイフが通過した。
長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪とともに背後の宙へ舞う。
勢いづいてしまった状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが決して止まらず走り抜けながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。
爪'ー`)「―ーへッ」
勝利を確信している相手ほど、虚を突かれれば脆いものだ。
確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、たとえ一瞬だろうと侮ったのが運のツキだ。
( (∴)「この……ッ」
178
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:25 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「このフォックス様を――なめんじゃ……ねぇぞッ!」
短刀を手にした右手首をがっしりと掴むことで、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
仮面の男の胸の下へ潜り込むと、走りこんだ勢いをそのままに、
肩から肘にかけてをぶちかましてそのまま地面へと吹き飛ばした。
( (∴)「う、ぐッ」
転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、即座に手首を右膝で押さえつける。
流れるように男の上体へと腰掛けて位置取りし、もう片方の手へは腕を伸ばして封じた。
これで、もはや身じろぎする程度しか出来ない程に完璧に有利な体勢を作り出した。
吹き飛ばされた衝撃で男の仮面の留め紐は外れ、床へと転がっていた。
その素顔にはやはり見覚えがあった。
昼間に酒場の前で見かけた、よそ者の男だ。
爪'ー`)「やっぱり、あんただったか」
('A`)「……」
見紛おうはずもない、背格好から細身の体格、身にまとう雰囲気の全てに覚えがある。
どう見ても堅気ではない男がこんな街にいるのは、大抵の場合潜入や暗殺などの仕事を
抱えている事情があるからだ。
爪'ー`)「知ってる? 殴り合いで馬乗りになっちまえばよ、
もうその時点でほとんど勝負は着いてるんだぜ」
言って、にやりとフォックスは笑った。
一方の暗殺者は苦虫を噛み潰しながらも、腰を浮かして脱出しようとはするが動けない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える右手で顔面を殴りつける事が出来るのだ。
179
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:49 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「そういやアンタ、さっき命より金がどうとか……」
('A`)「だったらどうだってん―ー」
( #)'A)「―ーぐぅッ」
言い終えるより先に、頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、固い猫目石の床を介した衝撃は相当に大きいはずだ。
爪'ー`)「俺さぁ、そういう事言う奴はいけ好かねぇんだ」
爪'ー`)「だから本当は二十発も殴ってやりたいところだけど、優しい俺はさ。
まぁ、なんとか十発ぐらいで気絶してくれりゃあいいなって思うワケよ」
(#'A`)「……」
ここに来て初めて表情に怒りの感情を滲ませた暗殺者の男は、
口の端に血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨めつける。
だが意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にのされてしまった、三人の部下たちに向けてだ。
爪'ー`)「おいおい、お前らー、そろそろ起き上がれよ」
その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。
180
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:12 ID:A6V2HoW60
「あ、あれ………」
「な、なんで、お頭」
「……フォ、フォックスのあに──」
鼻血をぼたぼたと垂らしながらも、それを衣服の袖で拭い取っている。
倒されていた三人の子分たちはどうにかふらつきながら、立ち上がった。
爪'ー`)「しー。そんなとこで寝てたら風邪引くぞ。とっとと帰るこったな」
男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。
爪'ー`)「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った」
目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた部屋へすごすごと退散していった。
そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽き、窓辺から差す月明かりだけが二人の影を照らす。
互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、フォックスは落としどころを探っていた。
('A`)「ガキの子守りとは、随分とお優しい事で……」
爪'ー`)「だろ? 面倒見が良いばかりに気苦労が多いのが悩みの種だけどな」
('A`)「あぁ。全く麗しい師弟愛で、吐き気がするよ」
( #)'A)「うッぐッ」
再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男はそれ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。
181
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:43 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「あんたみたいに、殺しが仕事みたいな奴に理解してもらおうとも思わねぇよ。
だがあいつらを殺してたら、俺もあんたをやっちまってたかも……な」
('A`)「はん、そこらのコソ泥の命が尊いものだとでも?」
爪'ー`)「あぁ……尊いね。一生懸命に生きてる奴の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」
('A`)「盗賊風情がいっぱしに聖人気取りか、欺瞞だな」
爪'ー`)「少なくとも、あんたみたいな人殺しよりはずっとマシさ」
もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、対話を試みようと思った。
何がこの男の琴線に触れたかは判らないが、感情を暴露させている風である。
握った拳を振り上げたまま、少しだけ熱を帯びているその瞳を射貫き返す。
(#'A`)「殺さなければ、殺す。
鼻を垂らしたガキが、それを命じられて殺すのは悪か?」
爪'ー`)「………」
(#'A`)「殺しを省みたところで、罪が消える事などあるのか?」
(#'A`)「そんな虫の良い話なんぞある訳がない」
爪'ー`)「そりゃあ、そうだな」
('A`)「──度殺せば、二度と戻れないんだよ。
泣こうが喚こうが、悔やむだけ時間の無駄だ」
憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
憐憫という訳ではなかった。フォックス自身でも共感できるところはある。
フォックスはしばしの沈黙をおいて語り掛ける。
182
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:06 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「殺した罪はもう消えないから、悔いようとも思わない……ってか?」
('A`)「下らんな」
爪'ー`)「”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ? 多分さ」
('A`)「ふざけやがって……」
爪'ー`)「あんたみたいに腕の立つ男なら、きっと途中で足を洗えたはずだ。
自分の力で道を切り拓いて、な」
( A )「………」
爪'ー`)「けど、省みる事をしなかったのは、あんたの落ち度だろうが。
も一度日向に戻ろうと努力しなかったのは、あんたが世を拗ねて、諦めたからさ」
(#'A`)「もう、黙れ」
爪'ー`)「ガキの頃から人殺しを強いられていたなら、中には同情してくれる奴もいるだろうよ。
けどあんた……結局、悔いようと思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったんだろ」
(# A ) ブチッ
その瞬間、男の顔が歪んだ。
かと思えば、次の瞬間には跨るフォックスの顔を目掛けて何かが吹きかけられた。
血の飛沫だ。
自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しのために噴き出した。
爪;ー)「うぉッ……!」
183
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:35 ID:A6V2HoW60
(#'A`)「フッ――」
左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。
衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆の体勢だ。
気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。
爪;ー)「あー……ちょっと待った、説教臭かったなら謝るぜ」
('A`)「もう喋らなくていいぞ、お前」
無機質で冷たいナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分は死ぬだろう。
諦念が心に影を落とし、覚悟を決めなければいけなかった。
爪; ー)「ったく……しくじった」
('A`)「──じゃあな」
呼吸が上ずり、手足の血の巡りがさぁっと引いていくのを感じた。
いよいよ覚悟を決める時がきたかと、フォックスは身を強張らせる。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこむ。
最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と願った。
やがて、どっ、と体を揺らす音が響く。
首元をナイフが貫く衝撃か――そう思った。
184
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:11 ID:A6V2HoW60
しかし、そうではない。
極限の恐怖が、刃で刺し貫かれる感覚を錯覚させたに過ぎなかった。
「水臭ぇですぜ」
爪;ー )「お、おぉ?」
その声だけですぐに理解した。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、死の淵にあった意識を引き戻す。
( "ゞ)「危なかったら合図してくれりゃあいいのに……。
けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり真逆じゃねぇですか」
暗殺者の腹部を蹴り込んだ体勢のままそこに立っていたのは、デルタだった。
仲間を救出後も、長時間姿を見せないフォックスの窮地を察して助けに来たのだ。
絶対絶命を経て目にした慣れ親しんだ男の背中は、この上無く頼もしかった。
爪;'ー`)「いやはや……死んだと思った。助かったぜ、デルタ」
( "ゞ)「いいって事よ」
目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界では、
男が片腹を押さえて片膝を付いている光景があった。
喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に、ナイフを構えデルタは立つ。
( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせぇと思ってたんだよ、お前さん」
('A`)「新手か……次々と湧いて出てきやがって」
再度ナイフを構え、暗殺者はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。
185
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:50 ID:A6V2HoW60
だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、暗殺者の表情は既に平静だった。
その佇まいからには、焦りを浮かべた様子もない。殺意は未だ健在のようだ。
( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」
('A`)「ここまで嘗められたら、引き下がれるか」
爪'ー`)「お前さん、暗殺ギルドか何かだろ?」
( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも俺たち二人、喧嘩だったら負けねぇぜ?」
('A`)「ハッ……」
デルタが参じたことで形勢は覆り、気持ちに余裕が生まれた。
向こうも容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺える。
互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。
それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、向こうだけのものではない。
片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事も出来る。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかが死ぬ恐れもあるからだ。
186
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:39:21 ID:A6V2HoW60
実質、仕事の依頼などの運営を中心に立って切り盛りしているのはデルタなのだが、
それでもデルタとフォックス、二人のどちらかでも欠けるような事が出てしまえば、
今後のリュメの街での盗賊ギルド全体に、大きな影響が出てしまうだろう。
何より、どんな状況であれ人を殺すのは自分自身の信条に反する。
爪'ー`)「ここで俺達のどっちかを殺しても、最終的にあんた、死ぬぜ」
('A`)「知ったことか。どうあろうと、両方道連れだ」
( "ゞ)「そりゃ勇ましいこって」
睨みあいの最中、先に痺れを切らしたか、男は床に口の中の血を吐き捨てると、
ナイフを片手に携えたまま、ゆっくりと二人の前に歩み出る
ろくに構えもしていないが、その不用意さが逆に恐ろしい程だ。
小さいが手傷を負っているフォックスを庇い立て、デルタが前衛を請け負った。
爪'ー`)「油断すんなよ、デルタ」
( "ゞ)「解ってやす」
('A`)「俺が無様を晒して増長させちまったか。
二対一ねぇ……正直、何の頼みにもならんぞ」
強気な発言は動揺を誘っているのか、不気味な無表情はなお崩れない。
暗殺者はなおも無造作に距離を詰める。
( "ゞ)「………シィッ!」
これ以上間合いを詰められては、刃渡りで劣ると判断したデルタが動く。
男の動きを牽制するために、首元すれすれを目掛けてナイフを振るった。
腕を狙われないよう、あくまで小さく返しの早い振りでだ。
187
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:03 ID:A6V2HoW60
だが、殺意の篭もらないその一撃は、男に見透かされていたようだった。
牽制に動じる事も無く、首皮を裂く程の近距離で振るわれたナイフの軌道を見切っている。
( "ゞ)(ちゃちな脅しは通用しねぇ、か)
('A`)「見本を見せてやろうか」
やがてデルタの前で、暗殺者は奇抜な動きを始めた。
右から左、左から右へとナイフを投げて持ち手を入れ替えながら、弄んでいる。
同時に、とんとんと軽い身のこなしで拍を刻みながら、小刻みに飛び跳ねる。
まるで舞踏のような足運びを交わしながら、攻撃のタイミングを掴ませない。
('A`)「本気で殺すなら、こうやるんだよ」
( "ゞ)「あぁん?」
呟き、暗殺者は、背後の闇に音もなく紛れる。
黒装束が溶け込み、夜目の効く二人でも所在の視認を困難にさせた。
ステップを刻む足音を頼りに位置を把握しようとするが、不規則な動きに勘を乱される。
そうかと思えば、闇の中から風切り音がした。
瞬いたと思った光は、シュルシュルと風を裂き、デルタの眼前に迫っていた。
辛うじて首を傾けたデルタの頬を、回転力を伴った刃物のようなものが斬り裂く。
爪;'ー`)「軌道に気を付けろ!」
188
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:35 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「!?」
それは、遠く西方の国で使われる投擲武器、”飛輪<チャクラム>”だった。
平たく丸い金属の刃は単純な構造なれど、しかし遣い手の技量次第で如何ようにも曲げられる。
現に、デルタの頬を裂いた飛輪は背後で切り返し、飛び出してきた方向へと帰っていく。
刹那、気を取られたデルタの腹下に、極めて低い位置取りから再び暗殺の一撃が飛び出す。
突き出した刃は胸を狙い振るわれたが、デルタはそれに反応出来ていなかった。
引いて全体を見ていたフォックスが代わりに対処し、デルタの肩を突き飛ばして刺突から逃す。
('A`)「―ーそら」
次いで、右手の棚が揺れる音がしたと思えば、三角に飛び上がると共にナイフが振り下ろされる。
フォックスはそれに手持ちのナイフを合わせ撃ち鈍い衝撃を受け止めると、凶刃の主は再び闇に紛れた。
攻撃はより苛烈に、加えて緩急が付けられていた。
それでいて、自身の防御を無視した刺突は大胆であり、速く、鋭く、不可視。
暗所を利用したその闘法は、視覚や聴覚を攪乱する技術を織り交ぜながら行われる、
致死の一撃を繰り出すための”悪意の姿勢”<ヴィシャス・スタンス>。
気を抜けばチャクラムが顔面に突き刺さり、誘われれば思いもよらぬ所から致命打をもらう。
窓辺から差す月明かりだけが、次の一撃を見切るための心もとない灯りだった。
やがて、微かな足音はフォックスの背後に回り込む。
爪;'ー`)「背中、任せたぜ」
(;"ゞ)「分かってやす」
月光の中心に、二人は背中を合わせ周囲の気配に集中していた。
小石か何かが時折飛んでくるが、それに反応した時、あらぬ場所から攻撃が来るだろう。
じりじりと追い詰められながら、二人は背中合わせにゆっくりと円を描く。
189
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:00 ID:A6V2HoW60
そのさなか、空を裂き飛輪が眼前に迫る気配を探知したフォックスが、咄嗟にナイフを突き出す。
がちん、と金属が擦れたかと思えば、手を持っていかれるような衝撃が手元を揺らした。
見れば、フォックスのナイフに飛輪が巻きつき、空回っていた。
爪#'ー`)「―ー来るぞ!」
影の中から男が再び姿を見せた時、右の上段からナイフでデルタに撫でつける構えだった。
このまま無造作に斬りつけようとしているのか、だが、そんな大振りならば容易に避けられる。
そう考えてしまったデルタは、既に体を半身に保ち、避ける構えを見せていた。
だが次の瞬間、咄嗟に声を荒げたフォックスの一声に体が固まる。
爪;'ー`)「違うデルタ! 左が本命だ!」
(;"ゞ)「んなッ!?」
('A`)「―ーご名答」
デルタの視線は、完全に上へと誘導されていた。
見れば、右手に握られていたと思ったナイフは、いつの間にか空を掴んでいる。
左手では既にデルタの胸部に向けて、踏み込みと同時にナイフが突き立てられようとしていた。
右から左へまるで魔法のように持ち手を入れ替えつつ、得物が姿を消す。
フォックスの言葉で、辛うじてそれに気づくことが出来たデルタだったが、
回避の猶予など与えてくれない、あまりに絶妙なタイミングの一撃。
もはや運任せとばかりに、がむしゃらに振り回して致命打を防ぐ他なかった。
(;"ゞ)「―ーく、うおぉッ!」
190
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:31 ID:A6V2HoW60
目の前で火花が散るような衝撃と、遅れてやって来た恐怖。
しかし、手に伝わってきた確かな感触がデルタに生を実感させた。
間隙なく穿たれた凶刃は、デルタの持つナイフの持ち手を避け、
辛うじて、柄の部分で受け止められていた。
('A`)「死ぬのを、想像出来たか?」
(;"ゞ)「───野郎ッ!!」
刃とナイフの柄を重ねた状態から強引に弾いて飛び退くと、デルタは再び距離を取る。
身に着けるベストから露出した腕をさすり、肌が粟立つのを抑え込む。
爪;'ー`)(今ので分かったろ、デルタ)
(;"ゞ)(えぇ………かなり使いやがる)
気を抜いたらすぐにでも肩で息をしてしまいそうな程の疲労感。
それがたった一合の立会いで、デルタの身に一瞬で押し寄せていた。
('A`)「コソ泥と本職との技量の隔たりが理解出来たかい」
(;"ゞ)「へっ、褒められたもんじゃあねぇけどな」
('A`)「どうでもいいさ。
さてお二人さん、無残に死骸を晒すとしようか」
爪'ー`)「………」
やはり、どうあっても引き下がるつもりは無いらしい。
たかだか数ヶ月で消える酒代の為か。
それとも、暗殺者としての矜持か。
そんなものの為に、自分や相手が死ぬのも馬鹿らしいと、フォックスは考えていた。
191
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:02 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)(兄貴……!)
この場を納めるためには、最大限にリスクを軽減し、誰もが損をしなければいい。
目配せを送ってきたデルタを手で制し、ナイフを持つその手を下ろさせた。
今度は下手な駆け引きからではない。
お互いの命が卓の上に乗った交渉を、フォックスは最後の機会として暗殺者に語り掛けた。
爪'ー`)「……最後に、もう一度だけ交渉いいか?」
('A`)「さっきの今で聞き入れると思うのか?
お前の拳骨、相応に高いものについたぞ」
爪'ー`)「正直思わねぇけどな……俺ってば、殺しができねぇ主義なのよ。
だけど、あんたにとってもきっと悪い話じゃないはずさ」
('A`)「ほう?」
二対一を歯牙にもかけていないという態度は、案外と虚勢なのかも知れないと思った。
そこらの喧嘩自慢とは一線を画す、フォックスとデルタの二人を相手取るということ。
それは、いかに手練れの暗殺者と言えども少なからず手を焼くはずだった。
まだ多少は、話し合う余地が残されているのではないかと考えた。
爪'ー`)「交渉の前に、一度だけ言っておくぜ?」
爪'ー`)「この最後の交渉が決裂して殺し合いになっても、そりゃ確かに俺達は素人だ。
あんたの言う通り、どっちかは道連れにされて死ぬかも知れねぇ」
('A`)「……」
爪'ー`)「だがな……例えどちらかがあんたに刺されても、そいつはあんたの動きを止めて、
もう一人が確実にあんたの喉首を掻っ切る。断言するぜ──これだけは」
192
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:48 ID:A6V2HoW60
('A`)「はっ」
強い意志が込められたフォックスの瞳と、言葉。
しばしその言葉にじっと耳を傾けていた様子の男だったが、
最後にはおどけたように、肩をすくめて見せた。
( "ゞ)「お頭、何を……?」
爪'ー`)「いい、デルタ。お前今いくら持ってる?」
この期に及んで交渉を持ちかけたフォックスに戸惑うデルタをよそに、
デルタの腰元に付けられた銀貨入りの麻袋をひったくると、その中身を確認していた。
爪'ー`)「ひぃ、ふぅ……ま、ざっと800spってとこか」
(;"ゞ)「ちょ、お頭?」
さらに、自分の腰元に結び付けられていた銀貨入り袋を取り出すと、
それら二つを束ねて男の方へと投げ渡した。空いた方の手でそれをはし、と掴む。
('A`)「何のつもりだ?」
男の様子を気に掛ける事もせず、フォックスは続けた。
爪'ー`)「しめて1300sp、俺の首代にゃあ足りねぇが。
……そいつを受け取って、ゴードンの所に帰ってくれ。
そんで、今日ここで見た事は全て忘れるこった」
(;"ゞ)「ちょ、それじゃあ俺の今月の生活が……!」
('A`)「ハッ……臆したか」
193
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:43:31 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「いーや、違うな。仮に俺らと刺し違えたところで、どう上手く事が
運んでも、安いプライドだけを抱えたまま、あんたもあの世行きだ」
爪'ー`)「それなら何事も無くその金と、上手くすりゃあコソ泥を始末した
追加報酬を持って立ち去った方が利口ってもんだろ?」
('A`)「追加報酬だと?」
爪'ー`)「あぁ、ゴードン=ニダーランの奴にはこう報告すればいい」
爪'ー`)「”アンタの家に忍び込んでいたのは、盗賊ギルドのグレイ=フォックスだ。
抵抗したから殺した。発覚を避けるため死体はもう処分した”……ってな」
そう言って、胸元にぶら下げていたペンダントを取り外す。
付近の床に広がっていた部下たちの血痕にそれを擦り付けると、
フォックスは暗殺者の方へと放って血の付いたペンダントを投げ渡した。
('A`)「……何だこれは?」
爪'ー`)「俺の首代わりにでも。手土産は、必要だろ?」
フォックス達の手持ちだった1300sp、そして暗殺者が言う通りの報酬額ならば、
上手くすれば2800spもの金を手にすることになる。
それには、フォックスがこの暗殺者の手にかかり死ぬことが条件なのだが。
爪'ー`)「ゴードンは態度はでかいが小心者だ、俺を殺した事に進んで関与はしたがらないだろう。
死体の確認までも求めないとは思うぜ、あんたみたいに肝が据わっちゃいねぇからな」
('A`)「現にお前がここに生きているだろうが」
爪'ー`)「なぁに、そこはアンタが一芝居打ってくれりゃあ丸く収まるさ。
俺は、今日を限りにこの街から消える―ーそれなら、あんたの仕事にも傷がつかねぇ。
俺一人が盗みを働いていたのを見かけて、殺した事にでもしといてくれ」
194
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:03 ID:A6V2HoW60
フォックスの言葉に唖然とするデルタを置いて、話はとんとんと進んでいった。
暗殺者の男も毒気を抜かれた様子で、先ほどと違って顎をさすりながら、思案にあぐねている。
だがデルタからしてみれば他人事として聞き捨てられる話の内容ではない。
慌ててフォックスに問い詰め、説明を求める。
(;"ゞ)「―ーな、何言ってんです! そんな事したらお頭だけじゃなくウチの
奴らも全員治安隊の奴らにしょっぴかれるんじゃないですかい!」
爪'ー`)「大丈夫だ。幸い床には血の痕もあるし、ゴードンの奴は馬鹿だから騙せるさ。
盗みを働いていたからって、俺を殺した事を役人にまで公表はしねぇはずだ。
あいつも俺らや、路地裏の奴らに恨みを持たれるのが怖ぇだろうからな」
('A`)「……ふぅん……それで2800sp、か」
爪'ー`)「了承してくれれば勿論俺はすぐにでもこの町から消えるし、
あんたの信用に傷を付けるような事を吹聴しねぇつもりだ。
二度とこの町に顔は出さねぇよ」
(;"ゞ)「消えるって……なーに言ってやがんですかいッ!」
つらっとして、淡々と自らが即席で考えた筋書きを語るフォックス。
自分が置き去りにされたまま話は進んでいき、デルタは狼狽するしかない。
二人を傍目に、手元の銀貨入りの袋を眺めながら、男は考えこんでいた。
一対一で渡り合っていた先ほどならば、そんな要求を呑む事は有り得なかっただろう。
だが状況は変わり、侵入者を三人とも取り逃がした上に、二対一という劣勢。
仮にフォックスら二人を斃したところで、1500spの報酬しか手に入らない。
195
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:46 ID:A6V2HoW60
デルタと一緒の今ならば、決して勝てない状況ではないだろう。
たとえどちらかが死んでも、文字通り命を賭ければこの暗殺者を討ち果たせると思っていた。
だが、数の有利にも臆することなく戦闘をも辞さないこの男は、荒事に長けた凄腕だ。
だからこそ、二人どちらかの命が脅かされる大きなリスクは、回避できるに越したことはない。
現在の盗賊ギルドの支柱として欠いてはならない存在は自分ではないのだと、フォックスは一人想う。
男が、やがて長らくつぐんでいた口を開いた。
('A`)「まぁ……悪くないか」
フォックスにとっては、願ってもない。
聞きたかったのはその言葉だ。
長考の後、男はそう言って暴威を振るうナイフを懐に収めた。
リスクとプライド、そして金を天秤に掛けて、納得がいくだけの交渉内容だったようだ。
爪'ー`)「いいのかい?」
('A`)「ま、いいだろう……交渉成立だ」
爪'ー`)「―ーなら確認だ、俺たちはこれから無事に逃がしてもらうが、
ここで起きた俺たちのやり取りの他言は無用だ。
俺はあんたに殺された。それで、後は好きにしてくれ」
(;"ゞ)「………!」
デルタがフォックスの肩をぐっと手で掴み、強い視線を投げかける。
だが、フォックスはそれを意図して無視し続けていた。
('A`)「ま……いいだろう。こっちもさっきの獲物を取り逃がした損失を埋められる」
196
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:45:31 ID:A6V2HoW60
('A`)「だが、こちらにも条件がある」
('A`)「俺はあと二日間この街で滞在するつもりだ。
その間に一度でもお前の姿を見かけたなら、確実に殺す。
……寝込みだろうが、酒場でもな」
爪'ー`)「解ってる、さっきも言っただろ? 今夜の内に行方を眩ますさ」
('A`)「それでいい。依頼人への報告に矛盾が生じては、信用も失墜するからな」
爪'ー`)「それを聞いて安心したぜ、正直、もうあんたとやり合いたくはねぇ」
('A`)「はんっ、地元を捨ててまでかよ、生き汚ねぇな」
殺意を向けてきた相手が、一時的に敵では無くなる事への安堵。
張り詰めていた部分を逃がすかのように、フォックスは大きくため息を漏らした。
爪'ー`)「そりゃあ死にたくはねぇ。誰だって、死んでるより生きてるほうが嬉しいだろう?
けどな、一番はこの街のガキ共のためさ」
('A`)「コソ泥にしては聞こえのいい言い訳だな」
爪'ー`)「あんたも見たとこ、生まれ育ちは悪そうだから解んだろ。
……路地裏で石投げられたり、他人の残飯漁って生き抜く辛さをよ。
仮住まいだとしても、俺はこの街の奴らに恩がある」
( "ゞ)「兄貴、あんたが居なくなったらー―」
爪'ー`)「いいんだデルタ―ーお前がいる。お前が、ガキどもを育ててやってくれ。
あいつらが、俺らみたいな思いをしないで済むようにな」
('A`)「……ふん」
197
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:05 ID:A6V2HoW60
フォックスやデルタにとって、もはやリュメは故郷と言ってもいい。
今は貧しさに身を寄せ合う皆が、いつか笑って暮らせるようにしたかった。
だからこれからも情報屋ギルドの共同体はより成長し、力を付けていかなければならない。
だが情報屋ギルドの頭を失えば、そんな日々が訪れる機会はもう失われるだろう。
自分の中では忘れ去りたくもあった、故郷を想うという気持ち。
それは、フォックスが貧民窟で置き去りにしてしまった親達の姿を、
圧制に苦しむ困窮した街の人々の姿に投影していたからなのかも知れない。
爪'ー`)「これで話はついたな……さて、どっか行ってもらえるか?」
やれやれ、と暗殺者はため息をつくと、床に落ちてひび割れた仮面を拾った。
部屋の入り口の脇へと逸れて、腕を組みながら壁に背をもたれると、顎を引いて合図で促す。
('A`)「背中にナイフを突き立てられたらかなわんからな……先に行け」
爪'ー`)「気遣いどうも。まぁ、さすがにそんな卑劣なマネはしないけどな」
('A`)「盗人がよく言うぜ……」
何事もなかったように、フォックスは前だけを見て出口へと歩く。
かたやデルタは警戒を完全に取り払う事なく、男の動向に警戒を払いながら、フォックスに続いた。
男とすれ違う瞬間、ぼそりと一言だけ呟いた。
('A`)「ドクオ」
爪'ー`)「ん?」
198
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:30 ID:A6V2HoW60
('A`)「俺の名前だ。いつかどこかで会う事があれば、殴られた礼はする」
爪'ー`)「──あんた、根に持つタイプだろ」
互いに一言だけ交わすと、視線を合わせる事も無く
正面のドアを押し開け、堂々と外へ出た。
* * *
地面を踏みしめて久々の外気に触れると、火照った生傷に痛みを取り戻す。
倉庫の中で繰り広げられた戦闘が嘘のように、外の世界はただ日常だった。
デルタが再度、フォックスへと詰め寄った。
(;"ゞ)「お頭……本気ですかい!?どうするつもりなんです、これから」
爪'ー`)y-「どーするもこーするも、あいつ絶対どっかの暗殺ギルドの奴だぜ?」
爪'ー`)y-「約束守らなきゃ、俺が暗殺されちゃうよ」
(;"ゞ)「って、無茶苦茶言い出したのはお頭じゃないですか!」
( "ゞ)「またなんだって、こんなこと……」
ぶつぶつと文句を垂れるデルタの様子から、やはり相当な不満が見て取れる。
”お前を失えないからさ”。
そう思ってはいても、おどけて適当にはぐらかした。
これから、デルタにはより重圧を掛けてしまう事になるのかも知れない。
199
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:05 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「まぁ、マイナス1300spの思わぬ赤字になっちまったけど……」
(# "ゞ)「お頭……? 大半はあっしの金ですからね」
爪'ー`)y-「いやぁ、まぁ……お互いに転機じゃない?」
爪'ー`)y-「とりあえず俺はしばらく旅に出るさ……。
その道すがらで、昼間の酒呑み話みたいな事があったら面白ぇなぁとか思いつつ」
( "ゞ)「まだ腑に落ちやせんが、当て所ない旅はいいですねぇ。是非あっしも──」
言いかけて、デルタは肩をすくめた。
納得は出来ないが、フォックスの命やギルドの存続には代えられない事を、飲み込んだ。
( "ゞ)「………と、言いたいのはやまやまなんすが、今回みたいな事が無いように、
ウチの奴らをまだまだしっかり面倒見ないといけねぇ」
爪'ー`)y-「解ってんじゃんか、デルタ。自分がギルドにとって必要な人材だって事をさ」
( "ゞ)「………留守の間、街の皆の事はあっしに任せて下さい」
爪'ー`)y-「おう、頼もしいな。ま、ほとぼりの冷めた頃に帰って来るよ」
爪'ー`)y-「ゴードンの親父の土地を店ごと買い上げられるぐらいの金を持って、さ」
爪'ー`)y-「じゃあ、ここでお別れだ」
街の西口で、交易都市ヴィップへと続く道と、ギルドのアジトへと続く道。
枝分かれした岐路で、二人はやがて立ち止まった。
200
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:47 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「ひとまずはどちらへ?」
爪'ー`)y-「まずはヴィップでも目指すさ」
( "ゞ)「二日の道のりですぜ……文無しでですかい?」
デルタの心配ももっともだ。
街へ着いても、野垂れ死んでは元も子も無い。
だが、その心配をよそに、フォックスは胸元からそっと何かを取り出した。
月光を受けて光輝く宝石、それは大粒の翡翠だ。
持っていく所へ持って行けば、200spは下らぬであろう。
爪'ー`)y-「道中で行商人とでも出くわしたら、こいつを安値で捌くさ」
( "ゞ)「ヘヘッ、抜け目ねぇなあ…」
翡翠を懐へしまい、くるりと背を向けたフォックスは、
ニ、三度後ろ手に手を振ると、深い暗闇が包む森の奥へと消えていく。
その背中が見えなくなるまで、デルタはその場所で見送っていた。
201
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:48:20 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「……達者で、兄貴……!」
最後にその背中に声をかけると、自らもすぐに踵を返し帰路へと着く。
あまりに唐突に、別れの時は呆気なく訪れた。
だが、またいつか会える確信があるからこそ、湿っぽい別れ方だけは避けた。
いずれフォックスがリュメに帰ってくる時の為、部下達をまとめ、鍛え上げる。
この時すでに、ギルドと街の繁栄の為に注力しようという意志が固まっていた。
たとえフォックスが居なくても、やっていく。
その決意が、デルタの足取りにも現れていた。
* * *
暗い森を往く。
持っている物といえば、一振りのナイフと、大粒の翡翠。
爪'ー`)y-「”冒険者”って響き……悪い気はしないね」
だが、自然とその足取りは軽い。
妙な開放感に期待ばかりが膨らみ、不思議と旅への不安は無かった。
爪'ー`)y-「大陸全土を股にかけて冒険たぁ、ロマンがあって結構結構」
爪'ー`)y-「さぁて。風の向くまま、気の向くまま……ってね」
20年の歳月を生きてきて、初めて臨む自分一人だけの冒険の旅路。
フォックスは、今その生まれて初めての経験が生む期待に、心を躍らせていた。
デルタや街の皆としばらく会えない寂しさがあるといえば嘘になる。
だが、それ以上に生まれてからこれまで、貧民窟、そしてリュメの街しか知らない
閉塞的な生活を送ってきた彼にとって―ー故郷からの一歩を踏み出した風景は、何もかもが新鮮に彩られていた。
202
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:49:32 ID:A6V2HoW60
( ^ω^)冒険者たちのようです
第4話
「力無き故に」
─了─
203
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:51:40 ID:A6V2HoW60
>>148-202
が第4話となります
勢い任せで書いた部分で加筆修正が多くなってしまったのでとても辛かったです
次回は個人的に好きな最後の導入部となりますので、よろしくお願いします。
204
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 23:12:06 ID:lpux1o9U0
まだ2話までしか追いつけてないけど楽しく読ませてもらってます
面白い。乙!
205
:
名無しさん
:2024/09/15(日) 15:12:02 ID:vEhUS7ZA0
おつ!
ヴィップワースの作者であること信じて続きを待っています
気になってたんだけどspと銀貨銅貨ってどういう関係?
銀貨1枚=1sp、銅貨1枚=0.1spみたいな感じ?
206
:
名無しさん
:2024/09/15(日) 21:05:29 ID:zt/6BeYM0
>>204-205
感想ありがとうございます!
spはシルバーポイントの略で銀貨を表します。
ネタ元となるカードワースでも明言されている部分ではないので、なんとなくこれぐらいかな〜
という感じに想像して頂ければと思いますが、貨幣価値のイメージは自分の中でもそんな感じです
207
:
名無しさん
:2024/09/20(金) 21:54:39 ID:rZYyh41M0
おつおつお
208
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:57:39 ID:SlYPMgKc0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第5話
「行く手の空は、灰色で」
209
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:58:18 ID:SlYPMgKc0
荒れ果て、閑散としたダイニング。
まだ少女といえる面影を横顔に残した麗人は、そこに居た。
他には家財もなく、ただ一つ置かれたのは食卓だけだ。
その上に腰掛けて俯きながら、彼女は膝を抱え一人佇んでいた。
この空間の空気を、打ち捨てられた廃墟の景色を、懐かしむように。
この場所に来たのはたまたまだった。
先だって受けた地質調査の依頼で、偶然この場所を通りがかったからだ。
――生家だった。
彼女は確かにこの家で生まれ、そして育った。
人里の離れに建てられた家だが、建て構え自体は立派なものだ。
物取りの輩が押し入ったような形跡も無い。
もっとも、盗れるような物も残されてはいなかった。
この場所に残されていたのは、彼女がここで暮らした日々の微かな想い出だけだ。
210
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:58:51 ID:SlYPMgKc0
室内を見回すと、記憶の中の残骸がそのままに晒されていた。
視界に入った煤ぼけたイーゼルには、風化した紙切れが残されている。
腰掛けていた食卓から降りると、そこに挟まれた画布の表面をさっと手で払ってみる。
すると、長きの歳月で積もった砂埃が、床に降った。
払った画布の下には、人肌のような赤みが書きなぐられている。
ところどころが劣化しているが、全体像にはどことなく想像がついている。
はにかんだ笑みを浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳の少女。
絵心もさほど無いはずの父親が、幼少時代の彼女自身を描いた油絵だった。
ぼんやりとその油絵を眺めながら、彼女はまた空想に耽っていった。
* * *
――十年前 大陸東部 ロアリアの街――
今より二十年前から、大陸東部には宗派による争いが戦火をもたらしていた。
211
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:59:22 ID:SlYPMgKc0
火中の只中にあったのは、この東部地方に本拠を置く”極東シベリア教会”。
当時、異宗教への弾圧を強めていた聖ラウンジ教会の過激派らによって、
対立を深めていくなか、宗教戦争の火蓋が切って落とされる事になる。
元々は聖ラウンジの教えが広まっていたこの地に、シベリア教会が流れ着く。
その後、彼らが少しずつ教義を広め始めていったのが最初のきっかけだった。
当時から最大の宗教派閥であった聖ラウンジに、シベリアの信徒達は後に迫害される。
最初は些細な諍いだったそれは、幾度も積もり重なっていく内、過熱していった。
シベリアの信徒達はいつしか武器を取り、武力での抗戦を始めた。
小さな小競り合いから発展した争いの火種は、傍観者だった民衆にも飛び火する。
ロアリアには聖ラウンジの信徒だけではなかったが、シベリア信徒も無信仰の者も、
闘争が過熱を辿る程に、自らの信仰をひた隠すようになっていった。
その理由は、聖ラウンジ過激派の異端審問官の存在によるものだ。
ラウンジの異端審問団は日ごとに各家々を巡回し、自らが”異端”と認定した
シベリア教会の信仰者を、ことごとく審問という名の拷問に処した。
それが無宗教の人間であっても、追求しては、弾劾していった。
日頃より、一つの神を信じ、全ての民の救済を願う。
それが聖ラウンジ教であるはずだが、必ずしも一枚岩ではなかった。
それはこのロアリアの街に限った話でもなかった。
212
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:00:01 ID:SlYPMgKc0
この時、既に大陸各地で数多の信徒達を抱えていた聖ラウンジによる
一神教への信仰は、いつしか彼ら自らが内包する莫大な思念の渦に揉まれ、
醜い正義に歪んだ一面をも見せるようになっていったのだ。
地元の領主達も、暴徒と化した教会から敵視される事を恐れ、騒動の鎮圧に腰を上げようとはしなかった。
それほどに、自らの信仰を盲信した一部の過激派の暴走は歯止めが効かなかったのだ。
やがて大本営である聖教都市ラウンジの信徒達の預かり知らぬ所では、
”異端裁判”と称して、その場の裁量をもってして火刑までが行われるようになった。
未だその動きは完全に消えることなく、この大陸東部地方ロアリアの街で燻り続けていた。
* * *
──十年前 大陸東部 ロアリアの町──
ルクレール家の当主は、雑多な事柄に関心を持つ熱心な研究者だった。
自然に群生する、珍しい植物や生物を持ち帰って来ては、
その生態や特性をじっくりと研究した。
213
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:00:43 ID:SlYPMgKc0
かつて当主が一番に打ち込んだのは、魔術の研究だった。
一介の魔術師でもない当主パンゼルは、それを独学で行っていたという。
ある時を境に、冷気を操る魔術をも身につける才覚があったとは本人の談だ。
もっとも、手のひらに少しの冷気を集め、触れたものをじんわり冷やす程度。
本職の魔術師が使うそれと比べてはあまりに粗末な手品のようなものだが。
それでも、愛娘の”クー=ルクレール”にしてみれば、十分な笑顔の魔法だった。
「アンナ、今夜はよく冷えた葡萄酒で乾杯といこうか」
川 ' ー')「あら、またご自慢の手品をお披露目したいだけなんでしょ?」
「はは、見破られたな……」
貯蔵庫から取り出してきた一本の葡萄酒の瓶を抱えながら、
妻であるアンナの鋭い指摘に、父親のパンゼルは気さくな笑顔を見せる。
娘のクーの瞳は、両親達の晩餐のお供であるその葡萄酒に釘付けだった。
川゚-゚)「ちちうえ、私もぶどうしゅ飲みたい」
「いいとも! 待ってろよ、今お父さんの魔法で……」
川 ' -')「駄目よあなた、クーはまだ八つなんだから」
川;゚-゚)「えー!」
214
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:01:14 ID:SlYPMgKc0
「堅い事を言うなよアンナ……」
クーとパンゼルは、二人とも気落ちした様子で肩を落とした。
二人を尻目に、アンナはてきぱきと食卓の上に料理を並べていく。
また談笑が始まると、食卓を囲んで暖かな空気が広がる。
夕刻、屋敷一階の食堂は家族の団らんに賑わっていた。
だがある時、三人がナイフやフォークを動かす手は、はた、と止まる。
唐突に、重苦しい音が響いた。
雨音混じりに、門扉を激しく叩く音が鳴り響いているようだった。
どんどん、どんどんと。幾度も、次第にその音は強まっている。
川゚-゚)「だれかきたっ」
不意の訪問者に、娘のクーは戸口へ出て行こうとしたが、
母親のアンナはすぐにその腕を引き掴んで、静止する。
川 ' -')「待ちなさい、クー」
その眼差しはいつもの母からすればやや鋭いもので、彼女は言う通りにした。
手に持っていた葡萄酒の瓶をことりと食卓の上に置くと、パンゼルは
無言で門を叩くその音の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
川 ' -')「……あなた……」
215
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:02:08 ID:SlYPMgKc0
「大丈夫だ……二人とも、そこに居なさい」
心配そうな面持ちのアンナと、小首を傾げたクーの視線を背中に受けながら、
パンゼルは食堂を出て、依然として叩かれ続けていた玄関の門扉の鍵を開けた。
そこに立っていたのは、そぼ濡れた黒の外套に身を包む、数人の男の姿。
訝しむ目で一瞥すると、ドアの隙間から体を割り込ませてパンゼルは問うた。
「……何です、貴方がたは」
(≠Å≠)「随分と待たせてくれたものだな、見られて困るものでも隠していたか?」
パンゼルには、ある程度予想がついていた事でもあった。
聖ラウンジの過激派、異端審問団の一団だとすぐに思い至る。
今でこそ民衆の声や聖教都市の布令によって大きな力を失いつつはあるが、
それでも彼らは独自に、異宗派を排斥する為の活動を続けていた。
聖ラウンジ内部でも分裂があり、聖教都市の影響力はこの東部地方にまで及んでいなかった。
「あなた達は、ラウンジ聖教の……」
(≠Å≠)「いかにも。真に主を信仰する、聖ラウンジの者だ。
名を”イスト=シェラザール”という。
偉大なヤルオ神の信仰者にして、敬愛なる神の声の執行者である」
審問官の横柄なその態度に、内心にパンゼルは苦虫を噛み潰す思いをしていた。
同じ信仰を持つ人間に対して、教会の権威を笠に力を誇示するかのような振る舞い。
そして思い上がった言動に、パンゼルの瞳にはありありと蔑みの色が映っていただろう。
だがそれ以上に、早まる鼓動を抑えて、平静を取り繕う思いに必死だった。
216
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:02:57 ID:SlYPMgKc0
「……こんな夜更けに、何の御用で?」
(≠Å≠)「ふむ、随分とご立派な屋敷じゃないか――いいぞ、入れ」
その一言に、審問官の一団はどかどかとパンゼルを押しのけるようにして屋内に雪崩れ込む。
土足で上がり込むと、彼らを束ねる一際横柄イストという審問官は、舐るような目つきで周囲を見渡した。
一家の長として、パンゼルはそれにも毅然として向き合わなければならなかった。
「いきなり何を! 今は忙しい、出て行ってくれ!」
(≠Å≠)「……なにぃ?」
「この十字架を見れば、私が貴方がたと同じ聖ラウンジの信徒だという事がわかるはずだ。
貴方がたも、同じように主を信じるのだろう?」
同じ聖ラウンジとは言いつつも、異なる宗派を弾劾し続ける過激派は、
東部の人々にとって災いに他ならない。その存在に、みな戦々恐々としていた。
それは勿論のこと、パンゼル達も同様にだ。
パンゼルは首から下げたチェーンを首元から外へと押しやると、
銀の十字架を覗かせて、審問官の目の前でそれを握りこむ。
イストは少しくすんだその十字架を凝視した後、大仰な仕草で急に叫んだ。
(≠Å≠)「――信徒の、振りをしているッ!」
「何を……!」
217
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:03:29 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「……と、まぁそんな場合もあるのでな。
しっかりと、入念に、邸宅内を見回らせてもらおうか」
「待ってくれ、勝手な事をされては困る!」
静止など聞かず、審問官は引き連れた従者らと共に屋敷内の物色を始めた。
そこらを引っ張りまわし、物が転げ落ちて壊れたりするのもお構いなしだ。
やがて、一団はクーとアンナの居る食堂の隣に面していた父の書斎の扉を開けた。
食堂と書斎は扉一枚に隔てられており、怒声にも近い審問官との不穏なやり取りは、
不安そうに見守るクーとアンナの二人には筒抜けだ。
(≠Å≠)「……ほぉ。なんだ? この部屋は」
「私は昔学者を目指していた。日ごろから趣味半分に
動植物に関する様々な研究をしている……その、研究室だ」
まずい、とパンゼルは歯噛みしていた。
異端審問団が興味を持つようなものが、この部屋にはあるかも知れない。
扉の向こうにいるクーとアンナの不安げな面持ちが思い浮かぶ。
せめてこのまま二人と対面せずに引き上げてくれる事を願っていた。
だが、審問官の目つきはこの書斎に入るなり明らかに変わった。
ふむ、ほぉ、と一人頷きながら、書棚の中身や、卓上に転がっている
器具の一つ一つを、手に取って見て回り始めた。
218
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:03:54 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「臭うな……実に臭うぞ」
確かに、硝子製の様々な器具が置かれ、薬漬けにした薬草や木の根。
果ては昆虫類の標本まで乱雑に置かれたこの部屋は、傍目からには
あまり一般的なものには見えないだろう。
クーが生まれてすぐにパンゼルは魔術の研究を諦めた。
動植物の観測や、生態調査を主として研究を切り替えたパンゼルにとって
聖ラウンジへの信仰に疑いが漏れるような物は、何もないはずだった。
書棚の奥で埃を被っていた、その――ただ一冊の書物を覗いては。
一見して研究の範疇という物ならば、さして問題のなさそうなその一冊。
基本的な事項を綴った入門用とされる魔術書が、書棚の奥から審問官の手に取られた。
聖ラウンジ教会は、賢者の塔の魔術師連盟とは対極にある存在だ。
魔術とは時に人の生命を奪う術であり、良からぬものを媒介とする事もある。
穏健派の信徒たちならばいざ知らず、よりにもよってそれをこの異端審問官に見られた。
自分たちの暴走した信仰を疑う事もせず、狂気じみた妄執に憑りつかれた、狂気の集団に。
そして、疑わしきは裁く事こそが、異端審問団のやり方だった。
(≠Å≠)「魔術書だと……? なんだ、これは」
「そ、それは……」
(≠Å≠)「言え、このような物、一体何に使おうというのだ?」
「違う! それは昔に学んだ資料で、ただの興味本位で……!」
219
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:04:21 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「もういい!」
イスト審問官はパンゼルの前に指を突き出して、二の句を制した。
額に指を押し当て何事かをぶつぶつと呟くその間を、得体の知れぬ静寂が場を支配する。
間をおいて、さも何かを考え付いたかのように、イストは告げた。
(≠Å≠)「……少なくとも貴様は、シベリアの信徒か、その他の邪教」
(≠Å≠)「私の中で、その疑問は今とても大きく膨れつつある。
魔術……聖ラウンジの信徒がこれはいかんな。度し難い」
その言葉に、パンゼルは額から伝う冷や汗を一度手で拭った。
もし異端者としての烙印を押されてしまえば、最後に待つのは死だ。
いかなる真実を説こうとも、長きに渡る拷問の末に心を折られて。
「聞いてくれ……確かに、私は過去に魔術に好奇心を覚えて調べていた。
その真似事をしてみようと思い譲り受けた参考書というだけで……」
(≠Å≠)「はっ、これ以上の問答は無用!
まずは貴様の身に問うて、糾弾するかはそれから決める事とする。
もはや有無を言わさぬ険しい表情で、イストは一方的に言葉を突き付ける。
従者達に連行を促されるパンゼルは、腰から下の力が抜け、崩れ落ちる思いだった。
彼ら異端審問団は、死よりも辛い拷問をも課すという。
身の潔白を訴える人々の叫びなど空しく、いつしか自分の身にあらぬ
その疑いを認めてしまい、苦痛から逃れる為に、自ら死を選ぶのだ。
220
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:04:43 ID:SlYPMgKc0
(……それでも、アンナとクーだけでも、無事ならば……)
審問官達が聞く耳を持たない事など、分かっていた。
しかし、自分一人だけがその審問を受けて済むのならば止むを得ない。
もしかすると、命までを取られるという噂は噂であり、杞憂かも知れない。
降って湧いたそんな楽観的な考えで、パンゼルは辛うじて正気を保つ。
自分が苦痛を与えられるだけで、家族さえ無事ならば、それだけでいい。
妻と娘の存在をやり過ごせたと思ったパンゼルは、それだけを案じていた。
だが───彼の願いは、最悪の形で裏切られる。
「待って下さい!」
突然、食堂と研究室とを隔てる扉は、勢い良く開け放たれる。
そこに立っていた妻、アンナの姿を見て、パンゼルは表情を歪めた。
背中に、娘のクーを庇いながら、彼女は毅然として言った。
川 ' -')「……その人を、連れて行かないで下さい」
パンゼルは落胆し、悲哀に暮れた。
このまま自分一人だけが連行されてしまえば、それで済んだかも知れない。
だが彼女は、自分の身の危険を省みずにこの場に来てしまった。
221
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:05:34 ID:SlYPMgKc0
川 ' -')「本当に色々な研究が好きでした……。
それが高じてしまった、それだけなんです」
(≠Å≠)「………ほぉ」
悲哀と焦りの入り混じるパンゼルと、毅然と向き合うアンナの表情は対照的だった。
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、イストはそれらを見比べる。
(≠Å≠)「隠していたな? その女を」
「違う……私は……!」
(#≠Å≠)「貴様ぁ! 聖ラウンジの庇護を受けし、我ら異端審問団をたばかるかぁッ!」
川;゚-゚)「ふぇ………」
震えるような怒声に、アンナの背後に隠れたクーはただ怯えるしかなかった。
イスト達とアンナ達とを遮るようにして、パンゼルはその前に立ち塞がる。
「私は大丈夫だ、アンナ。クーを連れて下がるんだ」
川;' -')「でも……!」
(≠Å≠)「なるほどなるほど。貴様は――
そこの”魔女”に骨抜きにされているという訳だな?」
宗派の争いのさなか、”魔女裁判”を謳い、異端審問が行われる事もあった。
審問は女性に限られ、他を惑わす発言や世を忍ぶ暮らし方、あるいは醜悪な容姿など。
そんな人の個性や外見に難癖を付けるような形で、最後には人としての尊厳や命を奪う。
歪んだ正義を振りかざす異端審問官たちによるこうした独断専行は、未だ蔓延っていた。
222
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:06:10 ID:SlYPMgKc0
東部の僻地に位置するロアリアを訪れる人々も少なく、彼らの非道が本営に露見する事はなかった。
たとえ聖教都市へ出向き直訴したとして、そこで審問に遭うのではという恐怖があったからだ。
それに付け込む異端審問団の行いは、ますます嗜虐的に増長を続けている。
魔女認定を受ければ火刑に処され、認めざるを問わずして、死の拷問は続く。
「どういう……意味だッ!」
(≠Å≠)「どうもこうもない、十分な証言だ。
ルクレール当主よ、勇気ある告白をよくぞしてくれた」
不気味な含み笑いをしながら、審問官は腕組みをして
背後に従えていた数人の信徒達の方へと振り返り、あごで合図した。
(≠Å≠)「……女を連れて行け」
川;' -')「きゃあっ」
「おいッ! 彼女に何をするッ!?」
川;-;)「うえぇぇぇんっ、うぇぇぇん」
装束の一団は靴音を立てながら、アンナとパンゼルを拘束する。
泣き叫ぶクーの方を向いて二人は抗おうとするも、力で捻じ伏せられる。
223
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:06:37 ID:SlYPMgKc0
連れ去られて行く二人は、それでも娘の身を案じていた。
川;' -')「……大丈夫! きっと、きっと迎えに来るから!」
「……クーッ! 必ず迎えに来るからな、待ってるんだぞッ!」
その両親の叫びも、次第に遠ざかっていった。
訳もわからず泣きじゃくる一人の少女を、一人その場に置いて。
(……貴様ら!アンナから手を離せぇッ!)
”クー=ルクレール”は、この屋敷にただ一人取り残される事となった。
その日を境に、父と母が再び家に戻って来る事はなかったのだ。
いつからか、使用人や縁者がクーの面倒を見に家を訪れるようになった。
だが、両親の居場所をいくら尋ねても、彼らは無言で俯くばかりだった。
* * *
群れを成した盲目の羊達は、信仰というただ一つの光を妄信し、
その後も、次々とロアリアの街で白羽の矢は立てられていった。
いつ焼きつけられるかも分からない、自分達への異端の烙印。
それを恐れる余り、人々は互いに猜疑心を持ち始める。
224
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:07:18 ID:SlYPMgKc0
他の住民の信仰に関して、虚偽の噂を聖ラウンジの者達に密告し、
審問を免れるといった自分可愛さも、次第に目立つようになっていった。
街中や、そのすぐ外では毎日のように繰り返されるシベリアとラウンジによる信徒同士の諍い。
住民達は皆家に閉じこもり、外出しようともしない。
美しい緑に彩られていたはずのこの街の広場には、まだ血の痕がこびり付いている。
だが、この街にで起こる血塗られた争いの続きに。
そして罪の無い人々の命を脅かす異端審問官達の暴挙に。
やがて――この地を訪れた一人の男が、終止符を打つ事となる。
( ゚д゚ ) 「美しい街だと聞いていたが……随分、閑散としたものだな」
各地を放浪し、やがて長い旅を経てこの街たどり着いた。
”ミルナ=バレンシア”は、通りすがりの、冒険者だった。
225
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:07:40 ID:SlYPMgKc0
─── 一週間後 ルクレール家 屋敷前 ───
川 -) 「………」
屋敷の正門、石段の上に腰掛けて、クーはずっと膝を抱えていた。
両親が連れさられて、7日もの月日が経とうというのに、朝早くから
日暮れまで、彼女はずっとこうして両親の帰りを待ち続けていた。
大きな不安を抱えている彼女を支えようと、世話人や縁者は入れ替わり
立ち替わり、彼女の隣でずっと両親の無事を唱えていた。
だがいつまで経っても心を開かない彼女に業を煮やし、5日目には屋敷を訪れる事はなかった。
川 -) 「……おとうさん……おかあさん……」
大人たちは、クーの両親がもう帰っては来られないであろう事を、知っていたのだ。
それでも、寝食も忘れたようにして、クーはひたすらに両親を待ち続けていた。
川;-;) 「あいたいよ……」
来る日も来る日も、夕焼けを目にする度に思い浮かんでいた。
数日前までの、何よりも楽しかった家族皆で過ごす団らんの光景が。
思い返すたびに、次から次から、目からは涙が溢れた。
街の離れに位置するルクレール家の屋敷周辺には人通りなどなく、
クーは両親が居なくなってからの毎日を、同じように過ごしていた。
だが、この日はいつもの毎日と少し違っていた。
226
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:08:16 ID:SlYPMgKc0
がさっ
川;-;)「?」
がさがさ、と屋敷の右手の雑木林から物音が聞こえた。
すると、見慣れない人物が独り言を呟きながらその姿を現した。
( ゚д゚ )「やれやれ……人っ子一人外を出歩いてないとは、一体どうなってる?」
ぱんぱんと体に纏わり付いた木の葉を払っている一人の男の姿があった。
それをじっと見つめるクーの瞳に、男ははたと動きを止め顔を上げる。
川;-;)「……おじちゃん、だれ?」
Σ( ゚д゚ ;)「おじっ……」
クーから一度視線を外して、こほんと後ろで一度咳払いをすると、また向き直った。
( ゚д゚ ;)「まぁ……このぐらいの歳の子供からしたら、十分おじさんか」
川;-;)「……わるいひと?」
( ゚д゚ )「いいや、怪しい者じゃないぞ」
少女の真っ直ぐな質問に対して物怖じする事なく、改まったように
腰に手を当てて自分の顔を親指を立てて指した。
( ゚д゚ )「俺はな、”ミルナ”っていうんだ。お嬢ちゃんの名前は?」
川;-;)「……クー」
( ゚д゚ )「ほう、クーっていうのか、この家の子か?」
川;-;)「……」
無言でこくりと頷くクーの顔を見て、ミルナと名乗った男は剣呑な何かを察したようだった。
クーのもとにしゃがみ込むと、目線を合わせて、静かに問いかけた。
227
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:09:10 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「どうした? こんなに泣き腫らして、何かあったのか?」
川;-;)「……ふぇっ……!」
( ゚д゚ ;)「!!」
それから数分ほどの間、堰を切ったように大声を上げてクーは泣き喚いた。
それをなだめすかし、機嫌を取り戻すためにミルナは必死だった。
やがて満足行くまで泣いたか、ぐずりながらもクーは泣き止むと、
その頭に手をぽんと置いて、ミルナは再度尋ねてみた。
川 p-q)「ぐしゅっ」
( ゚д゚ )「――で、一体何があったんだ?」
川゚-゚)「おとうさんとおかあさんが、つれてかれたの」
( ゚д゚ )「誰にだ?」
川゚-゚)「わかんない……でも、らうんじとかなんとか、いってた」
( ゚д゚ )「……そう、か」
過激化するシベリア教会と聖ラウンジ教会による宗教戦争。
それが今や異端審問と称して、民衆にまで飛び火していたという噂は、
ロアリアの街を離れた一部の者達から、近隣の村々に広がっていた。
それを知ってか知らずか、ミルナは一人呟くようにして空を仰ぎ見て、瞳を閉じる。
( ゚д゚ )「……それなら、この街の静けさにも合点が行く」
川゚-゚)「なんで?」
228
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:09:56 ID:SlYPMgKc0
この時、ミルナの横顔を覗き込んで首を傾げたクーだったが、
何かを決意したかのような、ミルナの表情の機微に気づく事はなかった。
唐突に、ミルナはそれをクーへと切り出す。
( ゚д゚ )「父さんと母さんに、会いたいか?」
川゚-゚)「うん! 会えるの?」
( ゚д゚ )「だったら……俺に付いてくるといい」
そう言うと、ミルナはクーに手を差し出し、その場から立ち上がらせた。
ぱたぱたと彼の背を追うクーの瞳には、逞しい背中越しに自分を導くその大人の姿が、
両親の居ない世界で最も信用できそうなものに──そう、映っていた。
ミルナの外套の端を掴み、歩き始めた彼の後を追い、自然と体は動いていた。
* * *
───ロアリア市街 聖ラウンジ聖堂───
この土地は曇りがちな天候の為、灰色に淀んだ空模様になる事が少なくない。
一雨きそうな、いつも通りの天候に加えて、雷鳴の轟きが響いた。
閑散とした町々をしかめた面で眺めて、教会の軒先に立つのは、黒尽くめの男。
この街の聖ラウンジ教徒として、実質一番の執行力を持つ異端審問官、イストだ。
同じように黒のローブを纏った教徒が、イストに声をかける。
( ▲)「イスト審問官」
229
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:10:31 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「……何だ」
イストは声の方に視線を向ける事も無く、人っ子一人出歩かずに
家の戸を閉め切り、閑散としている通りを見渡していた。
( ▲)「先日審問に掛けた露天商の中年が、舌を噛み切って自害を」
(≠Å≠)「下らん……命を自ら絶つような不信の輩などどうでもいい。いらん情報を持ってくるな」
( ▲)「……申し訳ありません」
(≠Å≠)「そんな事より、ルクレール夫妻の方はどうした?」
( ▲)「相変わらずです……聖ラウンジへの信仰心に、変わりはない、と……」
(≠Å≠)「ふぅん……? 貴様、躊躇しているようだな?」
末端の審問官もまた、この男の狂気を宿した瞳に射貫かれる事を怯えていた。
身内であろうとも、己の意に染まぬ者は異端者の烙印を押して断罪してしまえばよい。
そのような考えを持つ危険な男であることを、染まりきらぬ者たちの間では周知されていたからだ。
( ▲)「……いえ、そのような事はありません」
(≠Å≠)「ならば、男の方は更に念入りに、もっと徹底的に痛めつけろ。
そうだな――両手両足の腱を切るぐらいして構わん」
( ▲)「ハッ……」
230
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:11:36 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「それから、今日でそろそろ一週間になる。女の方は火刑の準備をしろ」
( ▲)「ッ……ですが、女の方からはまだ、異端と言えるだけの証拠は……」
ローブの審問官がそこまで言った時、イストが自分の方に顔だけ振り向いた。
両の眼をかっと見開いて自らを射抜く視線に、彼は言葉を詰まらせた。
(≠Å≠)「私は……火刑の準備をしろと、そう言ったはずだな……うん?」
( ▲)「ハッ!」
(#≠Å≠)「それが何だ……貴様、魔女の肩を持つとは、まさか貴様も異端者かぁッ!?」
( ▲)「……滅相も……ございません」
(≠Å≠)「フン……魔女認定など、この私の裁量を持ってしてこの場で与える」
( ▲)「それではすぐに……火刑の準備を……」
審問官イストの言葉に深く頭を垂れると、末端の信徒は
彼の前から逃げるようにして、足早に聖堂へと戻って行った。
イスト=シェラザールは、今やこのロアリアを実質的に支配していた。
自ら死を願うほどに人としての尊厳を奪い、生き地獄のような責め苦。
それらの恐怖を持ってして、正しき行いであるとそれでも信じていた。
それに違和感を覚える者など、いようはずもないとまでに。
231
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:12:28 ID:SlYPMgKc0
異端認定の権限を持ち、審問官たちを束ねるイストに対しては、
皆が恐怖に飼いならされた子羊のように従順に、あるいは心を殺して、従う他なかった。
自分が過ちを犯していると認識できている者であろうとも。
(≠Å≠)「疑わしきは裁く、それでいいのだ」
拷問狂なのか、と水面下では決して本人に悟られぬように囁かれてはいた。
真の盲目故に、道を違えた事にも気づかず血塗られた階段を上り続ける。
イストにとって、それは純然たる信仰心そのものだった。
異端として裁く為ならば、身体の機能を生涯奪う事であっても厭わない。
糞尿を巻き散らして死を懇願する妊婦の前でも、眉一つを動かさない。
淡々と拷問を続ける事ができる、氷のような心をこの男は持っていた。
指摘出来る者など決していないが、誰の眼にも明らかな、狂人だ。
(≠Å≠)「嵐が来るな」
ふん、と鼻を鳴らし、肩口にぽつりと雨粒が落ちたのを感じて、
黒衣の修道服をはためかせながら、イストは踵を返した。
時折どこからから悲鳴ともつかぬ呻き声が漏れる、聖堂の中へと消えていった。
* * *
ミルナとクーは、忽然と人が消えたように静かな街を見渡しては、時折立ち止まる。
寂れた遊具が打ち捨てられた公園を抜けて、昔栄えていた通りの中央を歩いていた。
( ゚д゚ )「いつから……こんな、静かな街になったんだ?」
232
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:12:49 ID:SlYPMgKc0
川゚-゚)「わかんない。おそとであそんだこと、あんまりないの」
( ゚д゚ )「友達とか、いないのか?」
川゚-゚)「まえはね、よくおうちにきてた子がいたんだよ?……でもね」
( ゚д゚ )「でも……?」
川゚-゚)「おとうさんのしごとのつごうで、もうあえないって、とうさんがいってた」
( ゚д゚ )「……そうか」
この娘の両親は、真実を伏せたのだろう。
それを想って、ミルナは内心に深く息をついた。
露天商が多く、市場が賑わっている街だという噂を聞いたのが、5年ほど前。
それが今では、これほどまでに外を出歩くのを恐れ、住民は皆門戸を閉め切っている。
明らかに異常な事態だというのに、領主や他の町の人間は何とも思わないのか。
そんな事を考えながら歩いているものだから、少女の言葉も自然と耳から抜けていく。
うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中では別の事を考えていた。
そして、その考えは、いつになく険しい表情をしている自分の顔にも、表れていた。
川>-<)「いたっ」
突然立ち止まったミルナの背に、顔面ごとぶつかって尻餅を付くクー。
233
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:13:34 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「雨、か……」
少しずつ雨粒が増えてゆく空を一瞬見上げると、頬を膨らましていた
背後のクーの様子に気づいて、すまんな、と手を差し伸べて身を起こした。
川;゚-゚)「さむい……」
( ゚д゚ )「冷えてきたな……どうする?
自分の屋敷で待っていてもいいんだぞ」
川゚-゚)「それはやだもん、おとうさんとおかあさんに会う!」
( ゚д゚ )「そうか……ま、もうすぐだ」
( ゚д゚ )「ただな。少しばかり、怖い目に合うかも知れない」
川゚-゚)「どうして?」
( ゚д゚ )「これから、クーの父さんと母さんを連れて行った、悪い奴らを懲らしめるからだ」
川゚-゚)「……いっぱい、こわい人がいたよ?」
( ゚д゚ )「それでも、できるさ」
川゚-゚)「まもって、くれるの……?」
( ゚д゚ )「そうだな。俺の背中に居れば、安全だ」
いくつか会話を交わしながら、やがて二人の足は、一つの建物の前で止まる。
白い外壁に、赤茶色の屋根の頂上に、大きな十字架が掲げられた、聖ラウンジ聖堂の前で。
この建物の周りだけ、何かを焼いたような、すえた臭いが鼻に付く。
二人ともその悪臭に顔をしかめていた。
そして、ミルナだけは感じ取っていた。
寂しげに佇むこの聖堂の締め切られた扉から既に、人の悪意のようなものが流れ出ているのを。
234
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:14:43 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「少し、うるさくなるぞ」
そう言って、こちらを見つめるクーの顔を見ながら、門扉の正面に立って片足を上げた。
そして、クーがミルナの言葉に頷くよりも少し早く、高く掲げられた剛脚は、
門扉の裏側であてがわれていたであろう閂すらもへし折る程の力で穿たれる。
次の瞬間には扉ごと蹴破り、門扉は勢いよく開け放たれた。
広い聖堂内に、轟音が鳴り響く。
その音に、祭壇に祈りを捧げていた多数の黒衣の信者達の全員が、こちらを振り向いた。
( ▲)「何事だ!」
全員が全員、ずかずかと中へ上がりこむミルナへ、視線を集中させた。
浮き足立つ者が殆どだが、数名は即座に走り出し、壁のラックにしまわれていた
鎖で鉄球を繋いでいる、フレイルの柄へと手を伸ばしていた。
( ▲)「貴様……何という事を! ここは神聖なる聖ラウンジの神のおわす所ぞ!」
( ゚д゚ )「ほう……神聖、ねぇ」
言って、くっくと含み笑いを不敵に隠そうともしないミルナの姿に、
フレイルを手にした信者達が、じりじりとにじり寄っていく。
( ゚д゚ )「神がいると? ……こんな、掃き溜めにか?」
( ▲)「なんと……我ら聖ラウンジを、愚弄するか!」
( ゚д゚ )「笑わせるな。俺は、この子の両親を連れ戻しに来ただけだ」
自分の背中にぴったりと張り付き、少しだけ震えるクーの肩を掴むと、
ミルナは黒衣の信者達の前に、その顔だけ向けさせた。
川;゚-゚)「……このひとたち、だ」
235
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:15:39 ID:SlYPMgKc0
その言葉を引き出すと、怯えるクーの瞳をしっかり見据えて、
ミルナは一度小さく頷いた。そして、すぐにクーを自分の背中に戻す。
( ゚д゚ )「……だ、そうだ。貴様らがこの娘の両親を連れ去ったのを、認めるな?」
「……あれは、確かルクレール家の……」
「娘がどうしてこんな男と……いや、それよりも……」
( ▲)「何者だ、貴様?」
ミルナとクーの前に立つ黒衣の信者の後ろでは、少しずつ声高に、
まるで呪詛を唱えるかのように、一つの言葉がぽつぽつと囁かれ始める。
「異端者……」
「そうだ……イスト様に認定を頂くまでもない……」
「そうだ、紛う事なき、異端者……」
「裁いてしまえばいい」
二人を扇状に取り囲みながら、十数人もの黒衣の信者達は、一様に呪詛を唱えた。
がっしりと背中に取り付くクーの体が、小さく震えているのがミルナの背に伝わる。
ここまで覚悟を決めて、この幼子は両親を取り戻すために来た。
その意に報いる事ができるのはこの自分だけなのだと、ミルナも同じく覚悟を決めた。
震える少女を安心させるために、怯むこともなく、高らかに言い放った。
236
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:16:11 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「ミタジマ流喧嘩拳術、”男闘虎塾”門下が一人、ミルナ=バレンシア!」
聖堂中に響き渡る程の大声に、一瞬信者達はびくっと身じろいだ。
若干の沈黙の後、背中のクーを少しだけ手で遠ざけて、フレイルを携える
幾人もの黒衣の信者達の前へと、ずかずかと歩み出た。
( ゚д゚ )「――通りすがりの、冒険者だ。
この娘の両親を取り戻すために来た。道を開けてもらおうか」
( ▲)「……この男ッ、何を図々しく!」
( ゚д゚ )「生憎と俺はよそ者なんでな、多少の無茶は、押し通させてもらおうか」
言い終えるや否や───左方から飛び出た一人がミルナの側面から、
その側頭部を目掛けて、唸りを上げてフレイルを振るった。
( ゚д゚ )「……言っておくがな」
人間の頭部など軽々と陥没してしまうであろう鉄球は、すぐ間近。
だが、それに気を取られる事も無く、口では言葉を紡ぎながら、
ミルナは左手を自分の顔のあたりまで持ち上げて、左方へと突き出した。
自分の頭部目掛けて振り下ろされた、フレイルの鉄球に対して。
次の瞬間、鈍く重い金属音が、鳴り響く。
この場にいる誰もが、致死に至る一撃だと確信していただろう。
良くて昏倒する、ミルナの姿を想像していたはずだ。
237
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:16:50 ID:SlYPMgKc0
( ▲)「……ぷごぉ、うッ…」
だが───堅く握り締められたミルナの拳は、その鉄球を弾いた。
勢い余って、それはフレイルを振りかざした信者の顔面へと叩き返される。
同じか、それ以上の質量を持って弾かれた鉄球の勢いは凄まじく、
振り下ろした当の本人は顔面こそ潰れてはいないが、鼻と歯ぐらいは折れただろう。
すぐに膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れこんだ。
( ゚д゚ )「”鉄撃”………俺の身体は、全身が凶器だ」
驚愕の技を目の当たりにした信者達は、皆ローブの下で驚嘆の表情を浮かべていた。
重く質量のあるフレイルの鉄球を、素手ではじき返したのだから。
( ゚д゚ )「”千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす”───」
( ゚д゚ )「そうして、いつしか己の身は鉄にも劣らぬ硬度と、強度を帯びていく」
( ゚д゚ )「ま……ミタジマ流喧嘩拳術においては基礎も基礎だが、貴様ら相手なら十分だろう」
「み、見たか今の……!?」
「手だけで、いとも軽々と……」
「うろたえる事はない……囲んでしまえば……」
ざわついていた信者達を尻目に、後方からは一人の男が歩み出ようとしていた。
肩を掴まれた信者の一人が硬直し、それを視認した信者達に、次々に動揺が走る。
(≠Å≠)「……ほぉ〜?……随分とまた、潔い異端者だな。これは」
審問官、イストだった。
238
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:17:35 ID:SlYPMgKc0
物珍しそうに獲物を見定めるかのような視線を、ミルナに投げかける。
その手に握られているのは、拷問にも使われる鋼杖であり、血が黒くこびり付いている。
先端には、鋭利な装飾が施されており、幾多の犠牲者を甚振った道具なのが見て取れた。
(≠Å≠)「そうだな……この頃の働きぶりのおかげか、仕事も減ってきた所だ」
(≠Å≠)「その不心得者を今この場で裁けば、諸君らの良い余興にもなろう」
首をごきごきと鳴らした後に、勿体を付けるようにして、大仰にミルナを指差した。
不敵に、口元ではにやにやと口角を吊り上げている。
傍若無人に振る舞うイストを睨みつけながら、
ミルナは初めて外套を取り去ると、背後のクーへと投げ渡した。
( ゚д゚ )「そのマント、預かっててくれないか」
偉そうな立ち振る舞いのこの男を見るなり、クーが今まで以上に
怯えはじめたのにふと気づくと、その心情を察し、気にかけた。
川;゚-゚)「あぅ……あ、あの……ひと」
( ゚д゚ )(……相当、心に大きなキズとなっているのか)
二人のやり取りなどお構いなしに、一寸だけ考え込んだ振りをして、
仰々しく大手を振りかぶり、この場の信者全員の注目を、自分へと向けさせた。
そして、イストは高らかに宣言する。
(≠Å≠)「……よろしい、私の権限を持ってして、今この場で特別に許可しよう!」
(≠Å≠)「叩き潰せ……そうだな、”肉塊の刑”だ」
239
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:18:25 ID:SlYPMgKc0
ミルナに対して執行されるべき刑をイストが口にしてから、
武器を手にした信者達の動揺はおさまった。再び、全員がミルナに注視する。
今、彼ら信徒の心中もまた、恐らくは恐怖に駆り立てられている。
立ちふさがる者たちの中には、そんな目をしている者ばかりだった。
( ゚д゚ )「教えてやる……ミタジマ流の極意は、技にあらず」
( ゚д゚ )「”心”、それこそが、”芯”」
( ゚д゚ )「己の信念、”志”だけは、絶対に曲げぬという事だ」
(#≠Å≠)「ひゃははッ! 断罪しろぉぉッ!」
イストの号令と同時に、武器を手にした信者達が一斉にミルナへと飛び掛る。
その真っ只中、最奥で狂笑を浮かべる黒衣の審問官イストへ向けて、ミルナは怒気を飛ばした。
(# ゚д゚ )「年端もゆかぬ幼子から両親を取り上げるような、貴様らの様な外道に対してはなッ!」
信徒らが手にするのはどれも、人の命を奪うには十分とされる凶器ばかりだ。
そんな手勢を十数人と相手取り包囲されながらも、ミルナは堅く拳を握り込む。
そして、その中心を突っ切っていった。
( ゚д゚ )(一対多の争いならば、頭を押さえてしまえば――!)
そう考えた所で、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべる色白の男。
異彩を放ったいでたちのイストを、ミルナは標的として見定める。
だが、十数人もの人の壁に阻まれれば、そう易々と近づく事は出来ない。
( ▲)「取り囲め!」
イストの前に立つ黒尽くめの一人が、部下達に檄を飛ばす。
瞬時に僧兵達は散開し、ミルナの斜め後方からも襲いかかれる布陣を整えつつあった。
240
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:19:14 ID:SlYPMgKc0
(# ゚д゚ )「どけッ!」
そこへ、力強く一歩を踏み込んだ。
たったそれだけの動作で、5〜6歩は間合いの空いていたはずの、
正面に立っていた一人の眼前にまで一気に距離を詰める。
(;▲)「おわ───ッ!」
慌てふためき、すぐにフレイルを振りかざそうとする。
だが、瞬時の反応速度に、あまりにも隔たりがありすぎた。
すかさず顔面へと落とされた裏拳は、僧兵を後方まで吹き飛ばす。
( ▲)「おのれェッ!」
一人が倒された時点でようやく攻勢へと転じた周囲の僧兵が、
数人がかりで、ほぼ同時にフレイルを振り下ろす。
( ゚д゚ )「フッ、ハエが止まるな」
次々と脳天を目掛けて振り下ろされる破壊力の塊。
だがそれらはまるで陽炎を叩こうとしているかのように、かすりさえもしない。
後ろにも目があるかのように、斜め後方からの攻撃にも身を傾け、
前方からの三つはそれぞれ掻い潜り、さらには直後に反撃すらこなしてみせる。
(# ゚д゚ )「はぁッ!」
(;▲)「ぶぐッ!?」
大きく仰け反った一人がまた崩れ落ちるも、後方に控えていた僧兵が
すぐに穴の開いた布陣を補強するかのように躍り出た。
241
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:19:49 ID:SlYPMgKc0
再びの睨み合い。今度は更に多くの人数に囲まれたミルナは、両手を
前方で軽く交差させ構えながら、周囲の気配に気を張り巡らせた。
この尋常ならざる戦闘能力に、僧兵らは大多数の手勢ながら、明らかに狼狽していた。
( ゚д゚ )(とはいえ……)
見れば、フレイルを構える僧兵の後ろには、短刀を携える者の姿も見えた。
振りかぶらなければ攻撃の動作を行えない、溜めの大きなフレイルならば容易い。
が、それに紛れて様々な武器でこられれば、この人数相手では無傷というのは難しい。
( ゚д゚ )(この人数差、なかなか面倒ではあるな)
ふと、後方で震えているクーの様子を肩越しに覗き見た。
不安そうな面持ちでミルナの外套をがっしりと握りしめているが、
その瞳には驚きの方が大きいようでもあった。
川;゚-゚)「……ふぇぇ……」
( ゚д゚ )「……待ってろ、すぐに終わらせてやる」
少しばかり弱気の虫に食われそうになった自分を、戒める。
再び強い意志を込めた視線を、最奥──壇上に立つイストへ向けてぶつけた。
(≠Å≠)「ふむ……!」
先ほどから、ミルナの一挙手一投足をただただ無言で眺めていた。
だが、そこで二人の目と目が合った時、イストはハッとしたような顔を見せる。
242
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:20:29 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「……?」
一瞬、ミルナにはそれが理解出来なかった。
しかし、イストが頭上を越えた自分の後方を指差した時、事態を察知した。
(≠Å≠)「──その娘を捕らえろッ! この異端者と同じ、同罪人だッ!」
イストの本意など、考える事に時間を割くまでも無く知れた事だった。
ご大層な大義名分を掲げて、自分達が両親を奪ったこの娘っ子を、人質に取る。
そして、ミルナの動きを止めるのが狙い──確かに、相対するのが
この正道を歩く気概の塊の様な男ならば、あまりにも合理的な方法だ。
だがミルナの張り裂けんばかりの怒声が聖堂に木霊し、僧兵達の耳を劈く。
(# д )「――貴様らぁッ!!」
それに一瞬たじろいだのは、僧兵達。
ミルナの怒気に対しても。また、イストの命令に対しても、だ。
(#≠Å≠)「どうしたァッ!? 命令は下されたぞ!?」
( ▲)「………!」
狼狽しつつも、僧兵達が動き出す。
イストの掲げる正義に、臣従せざるを得ない子羊達が。
ミルナの後方、クーの立つ場所に一番近い僧兵の一人が、手を伸ばす。
川;゚-゚)「いやっ!」
243
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:21:51 ID:SlYPMgKc0
(# ゚д゚ )「───クーッ!!」
勢い良く身体の向きを反転させると、クーの叫び声の聞こえた方へと
疾駆した。周りに居た僧兵達が武器を振るって来たが、それらは全て
激情に駆られたミルナの駿足の下に、空を斬るに留まった。
(;▲)「くっ……このッ」
川;゚-゚)「やだ!助けてっ!」
クーの腕が掴まれた所で、辛くも間に合った。
(# ゚д゚ )「───せりゃあッ!!」
ミルナの剛脚が即座に僧兵の頭をすぱんと打ち抜く。
一瞬で意識が飛ばされたであろうその身は、中空で大きく後方に回転すると、
勢いそのままに、体の正面からもろに地面へと叩きつけられた。
川;゚-゚)「おじさん!」
胸元へと駆け寄るクーを、両手で受け止める。
彼女の肩を軽く自分の方へと引き寄せると、小さく呟いた。
( ゚д゚ )「……すまんな」
その胸にクーの温もりが伝わり、卑劣な行為に我を忘れかけていた自らを取り戻す。
ミルナの背後では、鎖が擦れ合う金属音が鳴り響いていた。
( ▲)「うおぉぉぁぁッ!」
一人が、喚きながらミルナの背中へと駆け出していた。
すぐに振り向いて、身をかわす事は容易だった。
244
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:22:34 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「……チィッ!」
だが、それをしてしまえばクーの身が危うい。
迎撃しようかとも迷ったが、対処の遅れに気づいたミルナは、そのまま背中を丸めた。
結果、大きく助走をつけたフレイルの鉄球は、ミルナの背中へ唸りを上げて叩きつけられる。
( д )「――ぐ、ぬぅッ!」
衝撃に目の焦点がぶれ、意思とは無関係に膝間接が折れ曲がる。
だが、倒れるのを堪えて踏み止まると、クーの身を抱きかかえた。
再び、脚を踏ん張って立ち上がる。
( ▲)「はぁ……はぁ……どうだ!」
(#≠Å≠)「続けてかかれッ! 粉々に粉砕しろッ!」
甲高いイストの叫びを耳にしながら、抱きかかえていた両腕を離し、
ミルナはそっとクーを自分の身から押しやり、遠ざけた。
川;゚-゚)「おじさん!?」
( д )「─────のか」
喚き散らしながらさらに襲い来る僧兵達。
常人ならば背骨が砕ける程の威力をその身に受けながらも、なお健在だった。
ミルナは再び振り返ると、僧兵たちの前に立ち塞がる。
245
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:23:53 ID:SlYPMgKc0
( д )「──貴様らの騙る”神”は」
( ゚д゚ )「こんなにもか弱い命すら、奪おうというのか──」
目の前には、イストによる強烈な圧力とミルナへの畏怖がせめぎ合い、
ローブの下で半ば狂乱に満ちた瞳を浮かべる多数の僧兵達が、武器を振りかざす姿。
( ▲)「ウオオオォォォォッ!!」
一人が振るったフレイルは、ミルナの頭上に影を形作っていた。
そこに顔を上げたミルナは、天に風穴を開けるかのような突きを繰り出す。
(#゚д゚ )「────ならば、神など死ねィッ!」
その叫び。裂帛の咆哮と同時に、砲弾のような炸裂音が鳴り響いた。
かと思えば、鉄球を叩き込んだはずの男の拳が、目の前にある。
尚且つ、フレイルの柄から繋がった鎖の先端部が千切れており、
重量感のある鉄球の姿そのものは、忽然と鎖の先から消えていたのだ。
( ▲)「………えっ………?」
聖堂に居た全員ともが、その時何が起きたのかわからなかっただろう。
(≠Å≠)「なんだッ!?」
僧兵の振り上げたフレイルから消えたはずの鉄球は、イストの背後。
祭壇の上空で掲げられていたはずの、巨大な聖十字の象徴の中心へと、
深々とその全体をめり込ませていた。
次の瞬間には大きな亀裂を全体へと走らせて、偶像物はその姿を無残な瓦礫へと変えた。
246
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:24:36 ID:SlYPMgKc0
(;▲)「そん……な……」
崇める象徴がごとごとと崩れ落ちてゆく、その光景は異様ともいえた。
僧兵達は口々にか細く、ため息めいた弱弱しい声を口の端から漏らしている。
彼らの身を竦ませるのには十二分過ぎるほど、文字通りの圧倒的な衝撃。
それは、すぐに落雷が伝うようにして一瞬の内に彼らの胸の内に恐怖を伝染させた。
川;゚-゚)「すごい」
あんぐりと口を開けるクーの瞳には、その光景が強烈に焼き付けられていた。
めっぽうどころではなく腕っぷしが強い、不動のままに立つその冒険者の背中が。
(# ゚д゚ )「立ち塞がるなら───もう手加減はせんぞ」
「バカなッ!!」
瓦礫が全て崩れ落ち、中には呆然と口を開けて武器を取り落とす僧兵も居る中、
ただ一人、イストだけは断じて認めない、とばかりにミルナの方を指差していた。
(;≠Å≠)「こんッ……そんな事はあり得ない……認めんぞォッ!」
声がしゃがれるのではないかという程に、ただ一人、驚愕に叫ぶイスト。
だが、自身の想定を遥かに超えた恐るべき練度の暴力の化身の前に、表情には恐怖さえ覗かせた。
( ゚д゚ )「後悔するんだな」
言って、壇上で半狂乱に「奴を殺せ」と騒ぎ立てるイストに、近づいていく。
これほど人間離れした業を見せられては、イストに圧力をかけられた僧兵達の
戦意も、もはや完全に消えうせてしまっていた。
247
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:25:31 ID:SlYPMgKc0
(;▲)「………ひっ」
ミルナの行く手を今まで遮っていた人の壁。
それらが、まるでまじないを掛けたかの様にすんなりと道が通された。
( ゚д゚ )「この身に飼いならす”螺旋の蛇”を呼び起こさせたのは、貴様らだ」
やがて、ミルナがイストの目の前に立ち止まった。
互いの鼻息がかかるほども、距離が近い。
( ゚д゚ )「この娘の両親はどこだ? あと、貴様らが拷問にかけている住民達もな」
(;≠Å≠)「な、何故そんな事を貴様に言わなければならんのだ――」
イストがそう口を開いた直後、ミルナは左の拳を壁に叩きつける。
煉瓦の暖炉の一部を瓦礫に変え、降り注ぐ飛礫をイストに浴びせつけた。
この拳が人体の顔面に振るわれればどうなるかが、イストにも想像がついたようだった。
(;≠Å≠)「あ……ひっ」
(# ゚д゚ )「もう一度だけ、訊くぞ」
(;≠Å≠)「ち……地下……でスゥ……」
胸倉を掴み顔を引きずり寄せると、先ほどまではあれほど不遜な態度だった
イストも、自分の瞳を真っ直ぐに射抜くミルナから視線を背けながら、
絞り出すようなか細い声で、あっさりと口を割った。
いつの間にかミルナの傍らに居たクーが、後ろで大声を上げる。
川*゚-゚)「おかあさん!……おとうさんにもあえるの!?」
( ゚д゚ )「………」
初めてミルナが目にした、瞳を輝かせたクーの顔を見つめると、
イスト審問官の胸倉を掴み上げながら、無言で浅く頷いた。
248
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:26:06 ID:SlYPMgKc0
困惑の表情を浮かべながら、一連のやり取りを見守っていた残る僧兵達を
ミルナは仕草だけで追い払い散らせて、人払いを済ませる。
クーを引き連れて、襟首を引っつかんだままのイストの案内のもと、
聖堂の地下室へと続く階段を一歩一歩降りていった。
─────────
──────
───
等間隔に、松明の炎が妖しく照らし出す暗がり。
階段を下りるにつれて、幾重にも重なった呻き声が耳に届く。
神の名を称える聖堂の地下に、決して地上の光が当たる事のない拷問場。
その雰囲気を感じ取っているのか、傍らのクーは次第に不安げな表情を浮かべる。
歯軋りしながらイストを引っつかむミルナの手にも、次第に力が入っていた。
川;゚-゚)「………なんか、こわい」
( ゚д゚ )「悪趣味だな……ここが貴様らの拷問場所という訳か?」
(;≠Å≠)「ここは私のし、神聖なる審問場だ……グエッ」
思い出したように強気を口にしたイストの襟首を一層強く締め上げ、
紡ごうとしていた言葉を中断させる。
長い階段をようやく下り終えた時、やはりそこに広がっていたのは、
思わず目を塞いでしまいたくなるような、惨たらしい光景だった。
鉄格子に囲われた部屋が何棟もあり、その一室では多数の死体が折り重なっている。
暗闇を照らす松明の橙色が、皮膚が剥がされて赤黒く露出した傷口を、不気味に染め上げる。
249
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:26:44 ID:SlYPMgKc0
(; ゚д゚ )「なんと惨い……」
見れば、逆さに釣られた状態で、身をよじらなければ水槽に頭部が浸かってしまう者や、
毛髪を一本残らず抜かれ、顔には幾度も焼きごてを押し付けられた女性が、うな垂れる姿があった。
どれも、極限まで心身を追い詰められ、力尽きてしまう寸前の人間ばかりだった。
川;゚-゚)「……おかあさん! おとうさん!?」
突然ミルナの脇をすり抜けて走り出したクー。
すぐに後を追おうとしたが、自分が締め上げるイストの存在が気に掛かった。
ふと、そこらに散らばっていた鉄の手錠に視線が留まり、それを拾い上げる。
( ゚д゚ )「そこから、動くなよ」
(;≠Å≠)「………ふん」
イストの身を後ろ手に手近な鉄格子へと押し付けると、手錠を掛け、すぐにクーの後を追った。
クーは鉄格子の中の一人一人へ、声を掛けてまわっている。
その中の一人の女性が、クーの言葉に反応したようだ。
「ア……」
川;゚-゚)「おか……おかあさん?」
( ゚д゚ )「クーっ!」
「……アンタァァァーッ!」
格子の外から語りかけたクーの方へと、女性は一直線に飛び掛かる。
だがしがみついたのは鉄格子で、クーに危害が加えられる事はなかった。
拷問を経て錯乱した女性の一人のようだ。
250
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:27:39 ID:SlYPMgKc0
「私をここから出せェッ!こんな…こんな顔にしやがってッ!」
「殺してやる、呪ってやる」格子を挟んでそう怒鳴り散らしながら、
がちゃがちゃと鉄格子を掴み揺らすその女性の瞳には、もはや正気はなかった。
一瞬呆然と立ち尽くしていたクーの目を塞ぎ、ミルナは身体を割って入れた。
( ゚д゚ )「……違うな? お前のお母さんではないな?」
川;゚-゚)「……う、うん」
驚いた様子のクーの頭を抱え、背中をぽんぽんと叩きながら落ち着かせる。
もし神とやらが本当にこの世にいるのならば、せめてこの娘と両親を、
五体満足に会わせてやって欲しい───そう、ミルナは願った。
限りなく絶望的な、儚い願いかも知れないが、
そんな事があるのならば、神に祈るのも悪くはないというのに。
───不意に、背後の鉄格子の中から、一人のしゃがれた男性の声がした。
「……まさ、か………」
( ゚д゚ )「………?」
声の方へと目をやると、そこには格子の奥で壁にもたれて寄り添う、二人の男女。
そのうちの男性の一人が、次に口にした言葉に、目を大きく見開いた。
「その、その子は………クー、か………?」
川;゚-゚)「おと、おとうさんの声だ……」
( ゚д゚ )「!!」
251
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:28:31 ID:SlYPMgKc0
クーの両親に間違いない、そう確信したミルナは、すぐに鉄格子へ駆け寄る。
外側から掛けられた錠を確認すると、高々と掲げた手刀をそこへ全力で振り下ろした。
(# ゚д゚ )(─────”緑閃刀撃”ッ)
鉄錠が呆気なく真っ二つに叩き割られ、かちゃりと地面へと落ちると、
錆付いた鉄格子を開けきるよりも早く、クーは両親の元へと駆け出していた。
川;-;)「おとうさん……おかあさん!さびしかったよう……!」
「本当に……クーだ……私は……夢、でも……?」
背中をもたれる父親の胸元へ飛び込み、今まで堪えていた涙の分まで、
全力で泣き続けるクー。父親はその頭をぎこちなく撫でながら、ミルナへ視線を送った。
「あな……た……が?」
( ゚д゚ )「……ああ。ここで拷問にかけられている人々を、助けに来た」
「……どうやって……感謝の意を……送れば、いい、か……」
喉を焼かれているのか、まだ自分とそれほど歳も変わらぬ若年の喉からは、
老人のようにしゃがれた声で、言葉がどうにか搾り出される。
そして、クーと再開して虚ろな瞳に若干の生気が戻ってはいるが、
立ち上がりクーを抱きかかえる事が出来ない理由に、気づいた。
252
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:29:40 ID:SlYPMgKc0
(; ゚д゚ )(手足の腱が……全て切られている……)
もう、立ち上がる事も、物を掴む事も一生かなわないであろう父親の胸で、
それに気づく事もなくクーはえんえんと泣き続ける。
一度深く視線を落としたミルナだったが、すぐに隣で壁にもたれる
クーの母親の様子が気に掛かり、その傍にしゃがみこんだ。
(; д )「─────ッ」
「……かの……じょ……は……」
川 - )
息を、していない。
端正な目鼻立ちのその女性は、眠ったような横顔をたたえているだけだ。
「さっきから……語りかけても……返事、が……」
川;-;)「ねぇ、おとうさん……おかあさんは?」
娘のその言葉に、父親はゆっくりクーの首元に腕を回して引き寄せると、
肩を小刻みに震わせ、歯をかちかちと鳴らしながら、嗚咽を堪えている。
突然仲を引き裂かれ、この娘は親の死に目にも会えなかったのか。
その大きな心の傷を抱えて、生きていかねばならないというのか。
断じて───そんな不条理、納得できる訳がない。
( д )(今の俺に、出来るかはわからんが……)
253
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:30:17 ID:SlYPMgKc0
生気の抜けたクーの母親の前に立つと、呼吸を整えて精神集中を試みる。
修行に明け暮れていたあの時から、腕は鈍っていないはずだ。
( д )(”ミタジマ流”は活殺自在の拳撃流派……)
( ゚д゚ )(人の、生命力を引き出す技もある――俺ならば、出来るはずだ)
目を閉じ、両手を前へ突き出すと、クーの母親の身体を、
その手を透して見やるかのように、全力で何かを探っていた。
( д )(僅かだが───感じるぞ)
全神経を集中させたミルナに、周囲の何もかもの雑音は、今や届かない。
( д )(この女性の身体には、まだ”気”が残っている───)
( ゚д゚ )(─────ならばッ!)
突然かっ、と目を見開いたミルナは、クーの母親を引き寄せると、
両の手から数本の指を突き出し、彼女の首元へ深く挿し入れた。
( ゚д゚ )(ミタジマ流孔術……"湧泉孔"ッ!)
身体の至る場所に点在する”孔”には、人体の活力を司る箇所がある。
それらの点を的確に突く事により、人を生かす事も、殺す事も出来る技だ。
これはその一端、生命力を再び湧き上がらせる為の、活の秘孔だった。
クーの母親の首を指で押さえたまま微動だにせず、ミルナはその
険しい表情を緩めない。次いで、二度、三度、手付きと箇所を変えていく。
254
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:30:54 ID:SlYPMgKc0
だが、幾度”湧泉孔”を確実に突こうとも、クーの母親が息を吹き返す気配は無い。
そうして、五度目の孔を突いた所に、隣にいた父親がミルナへ声を掛けた。
「……もう……いいんです……彼女、は……」
川;゚-゚)「おかあさん……は?おかあさんは……どうしたの?」
(; д )(俺の孔術では……手に負えないのか……?)
変わらず寝顔をたたえるその顔を再び見つめると、がくりと肩を落とし、
ミルナは立ち上がると、やるせなさそうに彼女に背中を向けた。
(;゚д゚ )(ミタジマ流の看板を背負って立つ一號生と言っても……所詮はこの程度……)
このロアリアの街に来てから初めての事だった。
自分の心に影を落とす暗い想念に、ミルナの心は初めて目の前の現実に屈した。
生命の原動力である”気”も───もはや彼女の身体から感じ取る事は出来ない。
悔しさに下唇をかみ締めると、さらに憎らしい程に込み上げてくるのだ。
いくら精神と肉体を鍛えたからといって、幼子一人救ってやれない自身の無力さが。
だが───
”神”は、いじらしい娘子の気持ちを、汲み取ってくれたのだろうか。
断じて、それはこんな自分のように情けない男の、我が儘の為ではないだろう。
川 ' -') 「─────クー……?」
今にも消え入りそうなその声、だが、確実にミルナの背で聞こえた。
255
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:32:25 ID:SlYPMgKc0
川*゚-゚)「───おかあさん!」
( ゚д゚ )「………ッ!」
自らの孔術によって蘇生したなどと、自惚れはしない。
ただその奇跡に、驚きの形相を浮かべてミルナは振り返る。
川 ' -')「……まさか、もう一度……逢えるだなんて……」
川l;-;)「あいたかった、あいたかったんだよう……おかあさん!」
顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙が頬を伝うのも構わず、今度は母親の胸に飛び込むクー。
だが、腹の底からどうにか搾り出しているかのような声色の
クーの両親の衰弱具合は、どう見ても尋常なものではない。
クーにとってはあまりに無慈悲な事実であろうが、ミルナは悟っていた。
───両親ともに、もう長くは持たないであろう事を。
今この瞬間こそが奇跡であり、これが最期の家族との対面になるだろう。
「アン……ナ?……なんという……奇跡だ……!」
川 ' ー')「よし、よし……迎えに、行けなくて……ごめんね……?」
256
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:33:13 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「………」
あの審問官達の拷問により、心身共に極限にまで追い詰められているはずだ。
だが、それでも───咽び泣く我が子の頭を二人して撫で上げ、その顔に
優しげな笑みを浮かべながら二人して見守る姿に、ミルナは心を打たれていた。
──────親というものは、強い。自分などより、よほど。
どれほど鍛錬を重ねて、その身に奥義の数々を会得しようとも、
どれほど血反吐を吐いて、打てど響かぬ鋼の肉体を得ようとも。
親が子を想うこの気持ちというものには、決して自分はかなわない。
この状況にあって、そんな、複雑な感情の波が心に押し寄せていた。
残された時間は、わずかだった。
両親にとっては、自分達の愛の結晶を愛でる事の出来る、最期に残された短い時間。
クーにとっては、自分が両親に愛されていた証を、最後に胸へ刻み付ける為の短い時間。
せめてクーが泣き止むまで、自分のような邪魔者は消えよう。
そう思って、ミルナは三人を残して格子の一室を立ち去った。
部屋から出ると、格子に繋がれた自身の手錠をがちゃがちゃと
揺らしていた、イストの姿があった。
257
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:33:51 ID:SlYPMgKc0
(;≠Å≠)「………ちっ」
ミルナと目が合うなり、ばつの悪そうにそっぽを向く、イスト。
( ゚д゚ )「………貴様が、あの娘の両親をいたぶったのか?」
(;≠Å≠)「ふん、いかにも……ルクレール夫妻に異端認定を下したのは、この私だ」
(≠Å≠)「だが、それがどうしたッ!?」
( ゚д゚ )「………」
(≠Å≠)「この大陸には、神を信じぬ不心得者の輩ばかり……」
すぅっと息を吸い込むと、この階下の鉄牢全体に響き渡る程の
大声で、イストは声を荒げてミルナに叫ぶ。
(#≠Å≠)「他人を殺してのうのうと日々を生きている者が、一体何人居るッ!?」
(#≠Å≠)「他者に生活の糧を奪われ、嘆きながら命を落とす者が何人居るのだッ!!」
(≠Å≠)「ならば、全部裁いてしまえばいい………」
(#≠Å≠)「疑わしきは裁く……この私の行いにより、邪教徒はこの街から駆逐されたのだぞッ!!」
( ゚д゚ )「……それでも、裁かれるべき人間を決めていいのは、お前じゃあない」
( ゚д゚ )「お前は、”神の代弁者”を気取って行使する力で、優越に浸っていたに過ぎん」
258
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:34:43 ID:SlYPMgKc0
(#≠Å≠)「……グ、違うゥゥッ!取り消せ貴様ァッ!」
( ゚д゚ )(……最初は、そうでなかったのかも知れんがな……)
イストに聞こえない程度の小声でそう呟くと、一度視線を外した。
ミルナの言葉は、恐らくこの男の琴線に触れたのだろう。
依然として鬼の形相から視線が向けられているのを感じたが、
単純に憎むべき男、というだけにも今のミルナには思えなかった。
ある意味では、この男も哀れな一人の子羊なのかも知れない。
いつしか後ろ盾である神の信徒という力が強まって行った中で、
この男の信じる正義は、裁くべき対象を見失ってしまったのだろう。
───「歪んでしまったんだよ、お前は」と、心の中で呟く。
そして、イストの目の前に立つと、最後の言葉を投げかけた。
( ゚д゚ )「残された時を……お得意の神とやらに懺悔しながら生きればいいさ」
(#≠Å≠)「貴様のような流れ者などにッ!何を言われる筋合いもないわぁッ!」
ミルナの二本の指がそっと突き出されると、今にも噛み付かんばかりの
剣幕で吠え立てるイストの首元へとあてがわれると、ずぶりと挿し入れられた。
259
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:35:22 ID:SlYPMgKc0
(#≠Å≠)「取り消せ、先ほどのッ………んぐむッ?」
一拍の間を置いて、言葉に詰まったイストの首が、異様に膨れ上がる。
顔を真っ赤に染めたまま地面に崩れ落ちたが、まだその視線はミルナへ向けられていた。
何か言いたげに言葉を紡ごうとするが、顔には太い血管が浮き上がり、
意思と反するように、四肢はじたばたと暴れさせている。
( ゚д゚ )「………じゃあな。
お前の信じる神に会えたら伝えとけ。
――”いつかぶん殴ってやる”、とな」
その言葉が、口の端から泡を吹いているイストの耳に届いたかどうかは、定かではない。
だが、どの道この男も、そう長くは持たないだろう。
これは、真に鍛え抜かれた肉体でなければ、命の危機に関わる程に危険な秘孔だ。
人の潜在能力の極限までを引き出す、”螺旋孔”を突いたのだから。
顔の赤みは更に増していき、身体は次第に痙攣、間接は硬直を始めた。
その姿を見下ろしながら、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべる。
( д )「───俺も」
――歪んでいるのか。
そう言いかけた口の動きを、捻じ伏せる。
闘争が日常であっても厭わない自分は、命のやり取りに微塵も恐怖を感じないのだ。
260
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:35:48 ID:SlYPMgKc0
これまで修行の日々で培ってきた鋼の心は、今日のように他者の命を
生かすのにも、あるいは殺すのにも───あまり深く考える事はしなかった。
だが、身近な人の死を見せられた、残された人間の心には、
それが果たして、どれほど痛切な痛みや悲しみをもたらすのか。
向き合ったことなどなかった感情に、自分でも困惑していた。
ミタジマ流拳撃術道場───”男闘虎塾”筆頭一號生、ミルナ=バレンシア。
生れ落ちてから25年、日々を闘いに明け暮れてきた彼の肉体は鋼。
されど、心はまだそうなってはいなかった。
この時、ミルナにふとした気の迷いが生まれた瞬間であった。
* * *
この日を境にして、ロアリアの街から聖ラウンジへの一切の信仰が失われた。
民衆へ非道の限りを尽くした異端審問団の行いも、住民の直訴の下、ついに明るみとなる。
261
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:36:12 ID:SlYPMgKc0
聖ラウンジ教の大本営を賜る聖教都市ラウンジ、時の司教”アルト=デ=レイン”
彼は、真偽の調査を行うため、すぐさま教徒ら十数名を調査団として組織し、派遣した。
その先で住民達の口から聞かされる、異端審問団によるあまりに惨たらしい仕打ち。
それらはどれも口を覆うような凄惨さで語られ、アルト司教が審問団から一切の権限を奪い、
自分達聖ラウンジの庇護から切り離す事を決意させるのに、さほど時間は掛からなかった。
聖堂の地下で発見されたイスト=シェラザール審問官を殺害したのが何者なのか、
結局それだけはわからなかったが、敵対する極東シベリア教徒の一部の者であろう
という噂話は、住民達の間でまことしやかに囁かれていたようだ。
今でも時折極東教会の人間がロアリアへ巡礼に訪れるが、それも、住民達の信仰に対して
訝しむ視線の数々に気圧されて、ごくごく稀にしかその姿を見る事は無くなっていった。
この街の人々は、今では、信仰そのものを排斥するようになっていた。
* * *
( ゚д゚ )「随分と、遠くまで来たな」
川 ゚-゚)「そうだな」
高々と聳える山岳の頂上付近からは、うっすらと雨雲がその上を覆っている
ロアリアの街が、今では遥か遠くに見える。
あれから───もう2年もの月日が流れているのだ。
262
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:36:47 ID:SlYPMgKc0
最近では、クーに自分の無骨な口調が映ったか、言葉を真似するようになっていた。
無愛想な娘に育ってしまうのではないかという事を、少しだけ危惧する。
あの事件の後、縁者数人らが集まり、ルクレール夫妻の葬儀はしめやかに執り行われた。
身分を隠して、ミルナ自身もそれに立ち会っていたのだ。
あの時のクーの表情は、今でも忘れられない。
精も根も尽き果て、一生分の涙をすでに流してしまったのではないかと、心配した。
ミルナ自身も一番信用できそうな人柄に感じた、ルクレール当主の弟。
彼はクーを引き取り、自分が死ぬまで面倒を見ると、ミルナを前に力強く語った。
だが、その場に居たクーはその申し出を押しのけると、
ミルナまでもが思わず目を剥いてしまうような事を言い放ったのだ。
川゚-゚)「ミルナおじさんに……ついてく!」
周りからの猛反対の中、強情に自分の考えを曲げようとしないクーの意思を
尊重して、結局折れたのは自分だった。半ば強引にクーを連れ、ロアリアを発った。
今ではこうして自分の旅に伴っているという訳だ。
( ゚д゚ )「さぁ、後は山道を下れば、ヴィップの街に着く」
川 ゚-゚)「らくしょーだな」
( ゚д゚ )「甘く見るな。山は登るよりも、下りの方が大変なんだ」
クーに様々な事を教えながら、寝食を共にする。
たったそれだけの事だけで、ここ最近では自分の荒んだ冒険の日々にも
ずいぶんと安らぎが与えられているのは、クーのおかげでもある。
幼くして旅に出るきっかけとなった両親の死を、乗り越えつつあった。
容姿も端麗な娘だ。
が、きっとそれ以上に───芯の強い娘に育つ。
そう、思えた。
263
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:37:39 ID:SlYPMgKc0
だが、幾夜の旅をクーと共にする内に、自分自身の中で芽生えていく感情。
それに心が揺さぶられて、ミルナにはどうしても寝付けない夜があった。
ある夜、クーは寝言でこんな一言を漏らしたのだった。
川 - )「……ん……おかあ……さん……」
( д )「…………」
─────”罪悪感”。
クーの両親を救えなかった。その事実が自分を攻め立てる。
いつか、クーにその事を責められる時が来るのではないかと、考える度に影を落とした。
無論、自分がいなければ、クーが両親と再会を果たす事はかなわなかっただろう。
だが、自分がもっと早く現れていれば、あるいは、自分の孔術にもっと人の活力を
取り戻す効力を秘めていれば───クーの両親が命を落とす事は、なかったかも知れない。
自惚れも過ぎたものだ、などと自分自身を気恥ずかしくも思う。
しかし、クーが寝床の枕元を涙で濡らしている場面を見るたび、心をちくりと刺す感情。
確かにクーと一緒の日々は、今までとは違う自分にとって満たされる日々だった。
だがそれに対して、冒険者という、風に吹かれて消えゆくような存在の自分。
彼女という太陽に依存しては、いけない。
また、彼女自身も、自分のような者に依存してはいけないのだ。
せめてクーには普通に人生を歩み、普通に幸せを掴み、
そしていつか子宝を授かる、そんな普通の人生を歩んで欲しいと願うようになった。
自らの罪悪感を切り離す為ではない、そう自分の胸に言い聞かせながら、
この日は朝から決意した事があった。
( ゚д゚ )「見えてきたな……ヴィップだ」
川*゚-゚)「おっきぃ街だなっ」
264
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:38:17 ID:SlYPMgKc0
───夕刻 交易都市ヴィップ───
ミルナは何度か来たことがある冒険者宿、”失われた楽園亭”を今晩の宿にした。
川*゚-゚)「ふかふかのベッドが私を待ってるんだっ」
席に着くなり夕食を済ませると、早々にクーは二階の寝室へと上がっていった。
客もまばらになった夜分を見計らって、久方ぶりの酒に頬を紅潮させながら、
ミルナは宿のマスターへ、ある頼みごとをした。
( ゚д゚ )「………そういう訳だ、どうにか、頼めないだろうか」
(’e’)「まぁ構わんが……女々しい男だな、お前さん」
( ゚д゚ )「…………女々しい、か」
マスターが言っている事の意味は分かる。
確かに、クー自身がおくびにも出そうとしない過去の出来事を、
彼女を傷つけまいと何よりも一番気に掛けているのは、自分の方なのだろう。
やはり自分は、罪悪感を切り離そうとしているだけに過ぎない。
今は純粋な笑顔を自分へと向けてくれる彼女に、いつかどこかで
自分を恨む気持ちが芽生える事を、恐れているのだ。
たとえそうだとしても───もはや決めた事だった。
265
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:38:48 ID:SlYPMgKc0
少しばかり酔いの回った自分は、皿洗いをしていたマスターの前に拳を突き出す。
それに気づいたマスターも、濡れ手に拳を握ると、自分のものへと軽くぶつけた。
こちらの頼みごとを、快く承諾してくれた、その合図だった。
その後、泊まり客の誰もが寝静まった中、木板の階段をゆっくりと軋ませながら
二階へ上がると、クーが先に休んでいる寝室の扉をそっと押し開ける。
川 - )「むにゃ……」
( д )(……恨んで……当たり前だろうな)
その安らかな寝顔を見届けると、胸元から取り出した一枚の羊皮紙を
クーの眠るベッドの枕もとへ置いて、ミルナはまた静かに寝室を後にした。
( ゚д゚ )(だが……いつまでも共に過ごせる訳でも、ないんだ)
* * *
川 o )「ふぁ……あ〜ぁ」
翌朝クーが目覚めると、彼女はそこにいつもの光景がない事に気づいた。
毎日自分より早くに目を覚ますはずの、ミルナの姿がなかった。
川 ゚-゚)「ミルナ………?」
266
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:39:35 ID:SlYPMgKc0
いつも自分より遅く眠りについて、早くに目が覚めるミルナ。
そんな日常の光景が自分の周囲に見当たらない事に、若干の違和感を感じる。
川 ゚-゚)「買い物にでも……行ったのかな?」
あくびをしながら目を擦り、ベッドから出ようと手を伸ばした所で、
手元に膨らんだ麻袋と一緒に、書き置きのようなものがある事に気づいた。
川 ゚-゚)「あれ……なんだ、これ」
ミルナが忘れていったのだろうか。
麻袋の方には銀貨が随分な重量分も詰まっているようだった。
普段金銭を見せびらかさないミルナが、これほどの金額を持っていたのは知らなかった。
そして、傍らに置かれていた羊皮紙の文字に、たどたどしく目を通す。
川 - )「………え?」
羊皮紙に書かれていた全文を読み終えた時、ついぞ、そんな一言が口を突いた。
まだ幼さを残すクーには、そこに書かれていた現実が、一瞬理解できなかった。
受け容れる事が出来ないほどに衝撃的な内容が、一文字一文字に含まれていた。
何度も読み直し、一縷の期待を込めて裏面をめくってみるも、そこには何もない。
川;- )「嘘だよ!……そんなの、嘘だと言ってよ……ミルナ!?」
手紙の内容には極めて簡潔に、こう書かれていた。
267
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:40:02 ID:SlYPMgKc0
”目が覚めたら、この宿のマスターについていけ。
身寄りが無いお前の面倒を見てくれる孤児院へ、案内してくれるはずだ。
また、何か困ったら遠慮なくマスターを頼るんだ、彼の人柄は俺が保障する。”
また、手紙の最後は、こう締めくくられていた。
”それと───俺のようには、なるな”
川;-;)「こんなの……ひどいよ、ミルナ……」
二千spあまりもの銀貨と一枚の手紙だけをクーの枕元に残し、
ミルナ=バレンシアは、彼女の元から立ち去った。
ミルナからの手紙には極めて簡潔に、用件しか書きこまれていなかった。
しかしそれは紛れもなく、クーの人生を憂慮しての、苦悩を交えた決断だった。
──── それからしばらくして ”現在" ────
────────
────
268
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:40:51 ID:SlYPMgKc0
再び味わう、大事な人が自分の元を去る悲しみ。
やがてその痛みが癒えて、また自分で歩き出せるようになるまでには、
やはり心の傷は大きく、幾月もの歳月を要した。
しかしその後の彼女はというと、悲しい過去を吹き飛ばすかのような
活発さに満ち溢れた女性となった。ちょくちょくヴィップの孤児院を抜け出すと、
女だてら、子供だてらに冒険者を志すという事は、周囲の人間に話していた。
15の時にはついに”失われた楽園亭”で依頼を受け、宿で帰りを待ちながら
頭を抱えるマスターの元に、初の依頼で見事に依頼完了の知らせを届けた。
その後もヴィップを拠点として、一端の冒険者と言えるだけの経験を重ね、
冒険者仲間の間でも、そこそこ顔の知れた人間となってきたようだ。
(,,゚Д゚)「オーイ、まだか?」
その彼女を、屋敷の階下で依頼を共にする同僚が、今も呼んでいた。
川 ゚ -゚)「今行く」
そう階下の仲間へ伝えると、かつて父が書き上げた彼女自身の
肖像画を、置かれたイーゼルへそっと戻した。
ロアリア周辺の地質調査の依頼はもう完了しており、
あとは依頼人の元へと帰るだけだった。
その道すがら、変わることなくこの場所に建っていた自分の生家。
やはりこの家に来れば、様々な過去を思い出して複雑な想いを抱いた。
当然、あの人物の事も。
川 - )(人は何度も挫けて……)
川 - )(……それでも、また何度でも歩き出せるのかな……)
269
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:41:26 ID:SlYPMgKc0
川 ゚ -゚)「────ミルナ」
旅を共にしたのは短い月日ではあったが、ミルナの存在は、
失った時を境に、日増しに彼女の中で大きなものとなっていた。
それが、今こうして”クー=ルクレール”が冒険者として存在する理由でもある。
旅の途中でふらりと立ち寄った、想い出の篝火。
仲間とともに屋敷を後にすると、振り返る事もなく、
クーは次の目的地である依頼人の元へ向かい、帰路を歩む。
川 ゚ -゚)(いつか……また会えるんだろう?)
心の中で呟き、どこまでも続くこのロアリアの灰色の空を見上げた。
きっと、今もどこかの地を踏みしめているであろう、一人の男に想いを馳せて。
────そうして、また彼女は歩き始めた。
270
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:42:00 ID:SlYPMgKc0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第5話
「行く手の空は、灰色で」
─了─
271
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:42:50 ID:SlYPMgKc0
>>208-270
が5話となります
272
:
名無しさん
:2024/09/22(日) 17:05:50 ID:xQ5BEo360
乙!そして、スレあげときますね!
273
:
名無しさん
:2024/09/22(日) 17:06:30 ID:xQ5BEo360
sageのままだったよ…….
274
:
名無しさん
:2024/10/04(金) 22:48:32 ID:BvZnQqa20
乙です!
前身の作品?は知らず今回初めて読みましたが、めっちゃ続きが気になります!
続き待ってます
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