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( ^ω^)冒険者たちのようです

1名無しさん:2024/08/19(月) 00:43:58 ID:28mrGroE0

何物にも縛られることなく、自由の風に吹かれて生きる。
”冒険者”という生業に、そんな理想像を抱く者たちは多い。

だが実のところ、命と日銭を天秤にかける日々を送る、難儀な稼業だ。

英雄の冒険譚を聞いて育った腕自慢の中には、胸を躍らせて出立しては、
たった一人で名を上げようと、鼻息を荒くするものも後を絶たない。

この大陸では今、空前の<大冒険者時代>の世と謳われていた。

あらゆる病を打ち消すと噂される、奈落に一度だけ咲く花。
希代の彫刻家が残した、魔力さえも宿すと言われる天球儀。
その血によって不老不死を得るとも言われる、伝説の龍伝承。

そのどれもが、胡散臭い眉唾もののおとぎ話とも思われるだろう。
だが事実として、大陸各地で未曽有の大発見を齎したものたちは、
莫大な富を築いたり、人々の間に語り継がれるだけの栄誉を手にしてきた。
そんな果報者たちも、数える程度にはいるのが現実だ。

しかし、この大陸の未踏区域の厳しさたるや、そう甘いものではない。

自然発生的に現れては、村を襲う妖鬼。
人を食い物として、亡骸をも弄ぶ巨躯の人鬼。
血の通う肉体を求めて夜毎さまよう、屍鬼の類。
商隊を付け狙い、金品を奪うような野党の輩も絶えない。

冒険者とは、そのようなものたちと時に相対することもある。

2名無しさん:2024/08/19(月) 00:45:11 ID:28mrGroE0

更に、開拓区域に住み暮らす人々に問題が起こるのも、日常だ。
便利屋まがいの雑用や荒事に身を捧げては、幾ばくかの銀貨のために命を切り売りする。
彼らはいつも、日々の生をやり過ごすようにして生きている。

肉体や心も、いつしか少しずつ蝕まれては、疲弊していく。
老いか、病か、古傷の痛みか、あるいは心に負った傷か。
冒険者のまま死ぬか、生きるかを迫られる時は、やがて来る。

死に場所を定める、覚悟の猶予。
その時が与えられればまだ良いが、それは今日や明日になるかも知れない。
大きな栄光や富を志すものの多くが、道半ばで儚く命を散らせていく。

いかに鍛え上げられた強靭な肉体であろうとも、高位の魔術の使い手でも同じことだ。
冒険者稼業をしてみれば分かるが、孤高の英雄など、物語の中の話でしかあり得ない。

力無きものほど非力を補い合い、結び付き合い、より強くありたい。

そのために冒険者は、<パーティー>を組む。
互いに奮い立たせ、励まし、それらが持てる力をより以上に発揮する。
強い結束で結ばれた仲間同士ほど、それが顕著に見られるというのが経験談だ。

(金銭や異性がらみのトラブルで解散することもままあるのだが)

3名無しさん:2024/08/19(月) 00:48:19 ID:28mrGroE0

冒険者の資質として、最も大切な物。
それは、”何かを信じる事”なのだと思う。

仲間を信じ、自分を信じ、信念を貫くこと。
自らが信を置けなければ、他者もまた、それを映す水鏡となるだろう。

決して目には見えず、言葉で言っても陳腐になるだけの、不確かなもの。
だが、命を散らすか否かの瀬戸際の絶望の闇の中でこそ、強く光輝く。

信頼が紡ぐ絆は、そんな時こそ大きな力となるはずだ。

ただ一人で困難に抗い、打ち勝ち続ける事が出来るほど、人は強くない。
だからまずは、同好の士を募ってそれを育むといい。

せめて苦楽を共に分かつ事の出来る、信の置ける絆を。


――頁をめくると、少し崩した字でこう締めくくられていた。


冒険者連中には、酒浸りで金の無心ばかりのろくでなしもいれば、
仲間を庇って志半ばに命を落とすような、誰からも惜しまれる人物もいる。
色々な人間がいるから、人間観察が趣味の僕からすれば飽きないものさ。

僕自身、他の人には決して勧めない職業だけれどね。

夢を追い、殉ずる覚悟を決めたもの。
眩き栄光や富のために、野心を燃やすもの。
日銭を稼ぐために、仕方なく身をやつしているもの
あるいは、復讐の炎を心に宿すもの。

人の数だけ冒険があり、やがて終わりがやってくる。
自分で一歩目を踏み出すのは容易い。
けれどその道の先には、決して幸せだけが待ち受けているとは限らない。

だから、心して第一歩を歩むんだ。



<大陸歴 218年 ある冒険者の手記より>

4名無しさん:2024/08/19(月) 00:50:47 ID:28mrGroE0



     ( ^ω^)冒険者たちのようです

             第1話

            「第一歩」

5名無しさん:2024/08/19(月) 00:54:54 ID:28mrGroE0


――交易都市 ヴィップ――


ラウンジ聖教の経典が広まり、その統治下に置かれる新興都市。
大陸の中央に位置しており、多くの商隊の通り道ということもあり、
全土でももっとも栄えている街と言われている。

多くの場所で、冒険者に混じって魔術師や、聖教直属の騎士団の姿も見られる。

それというのも、同じ職を生業とする者達で助け合いながら、
仕事を斡旋する共同体である様々な<ギルド>が存在しているのが理由だ。

魔術師達にとっては見聞を広げ、研鑽を積むもの同士で情報を共有しあう場。
その一方では、主に戦ごとに用いられる傭兵斡旋所や、盗賊ギルドなどもあり、
表だってこそないが、やはり街が大きいほどに、日陰に生きる者も多分に存在する。

貧民層から富裕層までの多くの人々が住み暮らすこの街は、
今や行き交う商人達にとっても決して素通り出来ない場所だ。

その広大な敷地を誇る街の立て看板の前で、若者は一人、肩を落としていた。


(;^ω^)「はぁ……なけなしの50spを落とすとは、ツイてないお」


ずた袋を背負い、決して傍目からは小奇麗とは言いがたい服装。
とぼとぼと歩く後姿には哀愁を誘うものがあった。

ただ、その背中に背負う一振りの長剣だけは光り輝いて見える。
業物の装飾を施した鞘に納まり、彼自身とは見合わぬ程に。

6名無しさん:2024/08/19(月) 00:57:58 ID:28mrGroE0

みすぼらしい服装や、生々しい擦り傷の数々。
かなりの長旅を経てこの場所へ辿り着いたと思わせる事だろう。
肩を落として歩く彼の足取りは、それでも一歩一歩が力強かった。

この大陸では、貴族や商人などといった身分の住み分けこそあれど、
それぞれの人々は安定した暮らしを築く為、日々の仕事に精一杯打ち込んでいた。

同時に、自由の風に吹かれて生きたいと志す者も非常に多い。
それが冒険者という人種である。

取るにも足らない雑用から、揉め事の仲介、遺失物の探索など。
それら冒険者宿で張り出されている依頼を受け、日銭を稼ぐ人々の事だ。

腕利きの冒険者ならば、時に騎士団や領主直々に破格の報酬を与えられることもある。

当然、高額の依頼になるほど危険な依頼も多い。
経験の浅い駆け出しの若者達の大半は、金や名声をと、功名心に鼻息を荒くする。
その志半ばで命を落とす人間ばかりといっても、過言ではない。

彼らの中での冒険の目標は、この大陸の未開の地が踏破される度、常に移り変わる。

ある者は、誰にも知られることのなかった遺物を発掘し、莫大な富を得た智者。
ある者は、人里に多くの被害をもたらした強力な妖魔を、一人で討伐した強者

そうして聞こえてくる風の噂の一つ一つに、彼らは一抹の思いを馳せる。
冒険者を目指す若者は、大陸全土においても特にこのヴィップでは後を絶たない。

やがて、一軒の宿の前で、彼の足は止まる。
装飾のあしらった木製の看板には、書き殴った筆記体でこう書かれていた。


――失われた楽園亭――

7名無しさん:2024/08/19(月) 00:59:27 ID:28mrGroE0

酒や食事を提供しながら、各地方からの依頼も扱う冒険者宿だ。

ヴィップの街が今のように栄える前から、この場所に建てられたという。
それだけに歴史を感じさせるような風格もあり、一見して外観は小汚い。
だが、腕利きの冒険者達がよく立ち寄ると評判の、良質な冒険者宿として評判だった。

そんな事情も知らずか、若者は軒先の看板の前でつぶやいた。


( ^ω^)「キザったらしい名前だおね」


使い込まれた木扉を押して中に入ると、その瞬間に活気が流れ込んだ。
それぞれの卓ではまだ日も高いうちから酒盛りをしており、賑わいを見せている。
席につくのは冒険者ばかりで、古い木の臭いに混じり、一仕事を終えた彼らの体臭も鼻を突く。


(’e’)「らっしゃい」


店の主であろうか、体格の良い初老の男性は一瞥して、仕事の手を止める。

一見の客である事、容貌から冒険者である事。
それらの確認をまばたき数度の内に終えたようで、すぐに手元に視線を落とす。
エールグラスを磨きながら、酒盛りをしている冒険者達と会話を続けていた。

8名無しさん:2024/08/19(月) 01:00:44 ID:28mrGroE0

この男率の高さにあっては恐らく店の看板であろう、うら若い娘もいた。
彼女は店主の方へ視線を送った様子だが、店主が平時に戻った様子を見届けると、
入店してきた冒険者の元に、笑顔を振りまきつつ駆け寄る。


ζ(゚ー゚ζ「いらっしゃいませ!
     ご注文は?」


一連のやりとりに気付くでもなく、一方の若者は入店してすぐの掲示板の壁面を眺めていた。
びっしりと散りばめられた、様々な依頼の文字を追っていたところだ。

後ろから突然注文を聞かれて、彼は少し驚きながら振り返る。


( ;^ω^)「あのぅ……今は持ち合わせがなくて、依頼だけ受けられないかお?」


その言葉に、周りに居た冒険者と思しき人間達は、彼らの方へと振り返った。
突然の衆目にさらされたことで、若者は少したじろいだ様子だ。


ζ(゚ー゚ ζ「えぇっと……」


看板娘は、少し困惑した様子で再び店主の方へ視線を向けた。

9名無しさん:2024/08/19(月) 01:01:58 ID:28mrGroE0

それというのも、こういった冒険者宿では張り出した依頼を請け負う際には、
飲み物の一杯も頼むというのが、この場を間借りする者たちの暗黙の掟というものなのだ。

少し気恥ずかしそうにしているその態度からは、彼がそういった冒険者ならではの
常識を疎んじていたり、知らなかったという訳でもなかったのだろう。

だが彼と看板娘の中での気まずさは、一人の男性客によって打ち消された。

  _
( ゚∀゚)「素人め」


カウンターで酒を飲んでいた冒険者だ。
彼は、若者へチクリと言葉を刺した。

浅黒い肌に映える深い色の瞳をしている。
自分より二回りも年長者である様子だが、端正に整った顔立ち。
身の丈ほどの大剣を背に納めているのが印象的だった。

その彼から随分と冷ややかな視線を向けられていた事に、若者は遅まきながら気づく。

  _
( ゚∀゚)「先達者からの計らいだ。
     座ってそいつを一杯飲ってから、好きにしな」

( ^ω^)「おっ……」


そう言った彼の隣を選んで、若者はカウンターへと腰かけると、
なみなみと注がれた一杯のエールが、店主によって目の前に運ばれてきた。

10名無しさん:2024/08/19(月) 01:04:23 ID:ojDgJLi20
支援

11名無しさん:2024/08/19(月) 01:05:02 ID:28mrGroE0

(新顔だな、あれ)

(俺もあいつくらいの時分にゃ苦労したもんさ)


ζ(゚ー゚ζ「それじゃあ、ごゆっくり!」


お辞儀をして、カウンターの奥へと引っ込む店娘の背中を見送った。

周りの冒険者連中は、見慣れない新顔を酒の肴にしているのだろう。
揶揄するような冒険者たちの声が届いてはいたが、彼は両手で目の前の
エールグラスを手に取ると、ちびりとグラスの縁を口につける。

口の端に泡をつけたまま、隣の冒険者に礼を伝えようとした。


(  ^ω^)「あの」
  _
( ゚∀゚)「たかだか銅貨1枚の酒だ、どうでもいい」

(  ^ω^)「そんな……ありがとうございますお。
      助けられましたお」
 _
( ゚∀゚)「酒代ぐらい常に持っとけっつの」

( ;^ω^)「駆け出しなもんで、お恥ずかしいですお。
      あ、僕の名前は――」


名乗ろうとした様子を察して、冒険者はそれを手で制して視線を大きく逸らした。
至極面倒臭そうな表情からは、名乗りに対しての嫌悪感すら窺える。

12名無しさん:2024/08/19(月) 01:07:00 ID:28mrGroE0

 _
( ゚∀゚)「聞きたくもねぇよ、駆け出しの名前なんか聞いても、
     季節が移り変わる頃には、どうせ半分はお陀仏だ」

( ;^ω^)「おっと……こいつは手厳しいお」
 _
( ゚∀゚)「酒を酌み交わした帰り道の数刻後ってやつもいたな。
     飲み過ぎたばかりに夜盗なんぞにかかって、ぽっくりとな」

( ;^ω^)「結構怖い街、なんですおね」
  _
( ゚∀゚)「んで、どっから来た?」

(  ^ω^)「ここからずっとずっと西の、田舎の農村ですお。
      多分、名前を言っても誰も思い当たらないほどの」
 _
( ゚∀゚)「サルダか。
     あそこは僻地だが、のどかで人も良かった」

(  ^ω^)「おっ、行った事があるんですかお?」
 _
( ゚∀゚)「まだまだ大陸も未開の地は多いがな。
     新参のお前なんぞより百倍は旅歩いてんだ。
     なめんじゃねぇよ」

(  ^ω^)「……ですかお」

若者としては、色々と先達者に質問をしたいという思いがあるのだろう。
なかなか懐に入れてはもらえないが、微妙な距離感での会話は続く。

13名無しさん:2024/08/19(月) 01:11:55 ID:28mrGroE0


若者はえいやとばかりに、思い切った質問をぶつけてみた。


(  ^ω^)「あの、どうして冒険者になったんですかお?」
 _
( ゚∀゚)「あん?
     そうさな……一匹、ぶっ殺したい竜がいてな」

( ;^ω^)「竜ってまさか、あの”ドラゴン”ですかお?」


二人の会話を盗み聞いていたと思しきカウンターの背後から、失笑が漏れた。
3人で卓を囲んでいるのは、一目で分かる粗野な冒険者パーティーの一党だ。
かなり酒も回っているのか、挑発的な言葉をカウンターの二人の背中に投げかける。


「おいおい、聞いたかよ。
 まさかまさかの、ドラゴン退治の英雄様だと」

「こんなボロ宿でご拝謁給われてなんとやらだな」

「さすがジョルジュの旦那の言う事は違ぇな。
 いつも、俺はお前たちとは違ぇ!
 ……ってな感じだもんなぁ?」


がはは、と大きく仲間内で下卑た笑い声を上げて二人の会話を揶揄する男たちに、
くい、と顎を向けた冒険者だったが、その表情は至って平静なものだった。

 _
( ゚∀゚)「新参、ああいうのがいかにもな三下だ。
     せめて、あぁはならんようにな」

「……あぁ!?」

(;^ω^)「ちょい、ちょい」

14名無しさん:2024/08/19(月) 01:17:21 ID:28mrGroE0

冷ややかに言い返された酔っぱらいの一人が、乱暴に椅子を倒して席を立つ。
つかつかと歩いてくると、男はジョルジュと呼ばれた冒険者の肩を掴んだ。
しかし即座にその手首を掴み返すと、肩越しに鋭い視線で睨めつける。


「んっ、ぎっ……」
 _
( ゚∀゚)「で?」


引き寄せようとした男の手首は、たちまち強く締めあげられて、表情が苦悶に歪む。
明確な力関係の差が、酒場で卓を囲むほかの冒険者たちにも一目で分かっただろう。
手の血色が変わるほどの力でぎりぎりと締め上げられた冒険者は、やがて根を上げた。


「わ、悪かった! 悪かったよ、ジョルジュ……さん」


言葉を聞くと、彼は手に籠めていた力をすぐに手放した。
一連の光景を眺めていた客たちの間では一瞬の沈黙が流れていたが、
ばつが悪そうにすごすごと卓に戻っていった酔っぱらいが席に付き不貞腐れた様子を見届けると、
宿の店内には、再び先ほどまでの賑わいを取り戻した。

 _
( ゚∀゚)「へっ、相手見て喧嘩売りやがれ」

(’e’)「ったく……」


ジョルジュと呼ばれた男は、先ほどとなんら変わらぬ様子で話を戻した。

 _
( ゚∀゚)「まぁ、こいつはただの昔話なんだがな。
     一口に竜っつっても様々よ」

( ^ω^)「はいだお」


ほんのりと酒が回ってきたのか、はたまた、ただの気まぐれか。
ジョルジュと呼ばれた男は、新たに運ばれたエールを呷りながら、ぽつぽつと話した。

15名無しさん:2024/08/19(月) 01:21:27 ID:28mrGroE0
 _
( ゚∀゚)「ある日、どこぞの坊ちゃん領主が50人以上からなる騎士団引き連れて、
     一匹の竜のねぐらをつついたんだと……すると、どうなったと思う?」

( ^ω^)「どう、なったんですかお?」

 _
( ゚∀゚)「面白くもねぇ話だがな。
     全員グズグズの肉塊にされて、騎士団は全滅。
     その夜明けには、ふもとの村も地図から消えた」

(  ^ω^)「………」
 _
( ゚∀゚)「女も、ガキも皆食い散らかされるか、奴のブレスで焼き殺された」


琥珀色の液体が満たしたグラスを軽く揺らしながら、彼の目はどこか遠くを眺めていた。
興味本位で聞いた話は、月並みな言葉で励ませるようなものではなかった。
ただ、黙って何かに想いを馳せるような先達冒険者の横顔を、眺めることしか出来ない。

  _
( ゚∀゚)「今はねぐらを変えて、どこに身を潜めてるんだかな……」


そう言って、ジョルジュという男はエールグラスの底に残った酒の残りを飲み干す。
押し黙ってその様子を見ていた駆け出し冒険者は、そっと尋ねてみた。


(  ^ω^)「ジョルジュさんは、ご家族をそいつに?」


その言葉に答えぬまま、ジョルジュは飲み干したグラスを静かに置いた。
相当量の酒を飲んでいるであろう事は窺えるが、その横顔は、酒に呑まれている様子はない。

16名無しさん:2024/08/19(月) 01:27:05 ID:ojDgJLi20
支援

17名無しさん:2024/08/19(月) 01:28:44 ID:28mrGroE0

 _
( ゚∀゚)「しけた話をしちまった。
     そろそろずらかるとするか」


答える事のなかった問いには、彼にとって重要な何かがあったのだろう。
少なくとも若者はそう解釈して、それ以後言葉をかけることはしなかった。
大きくため息をついてから、ジョルジュは荷物をまとめて帰り支度を始める。


(’e’)「すぐに発つのか?」
  _
( ゚∀゚)「悪ぃなマスター。
     次の依頼がまたでかいヤマでな、その下準備だ」

(’e’)「……また来な。
   次は上等な酒を仕入れとく」


実に手馴れた動作で軽鎧を着込むと、使い込んだ手甲の紐を、歯を使って小器用に結ぶ。
一連の支度を終えると、男が宿を後にしようとしたところで、若者はその背中に声を掛けた。


(  ^ω^)「あのっ」
  _
( ゚∀゚)「あ?」

(  ^ω^)「ブーンって言いますお。
      今度会ったら、僕が奢りますお」


ブーンと名乗った若者に対して、ジョルジュは軽く鼻を鳴らした。
振り返るでもなく、手のひらを二、三度宙にひらひらと躍らせ、別れを告げた。

18名無しさん:2024/08/19(月) 01:32:27 ID:28mrGroE0
  _
( ゚∀゚)「生きてたらな」

恐らくは故郷を滅ぼされ、仇討ちのために旅をしているのだろうか。
きっと長年の経験があるのだろう、荒くれどもを軽々といなした所作からも、
冒険者としての優れた力量を感じさせる、まさしく先達者としての姿だった。

去り行くその背中を最後まで見送ると、ブーンもまた席を立つ。
壁面を飾る依頼書へ、再びじっくりと目を走らせた。


(  ^ω^) 「依頼は……この辺がいいかおね」

そこから剥ぎ取った依頼書を手に、おずおずと店主の元へと差し向けた。
書かれていた依頼の内容は、”ゴブリン退治”というものだ。


(’e’)「依頼だな、どれ……見てやる」

差し出された依頼書の内容を確認しながら、若者の姿を足元からじろりと見上げる。
通常、こうした宿の責任者には依頼達成に足る実力であるかを、見定める必要がある。
しかし、この失われた楽園亭の店主については、理由はそれだけではなかった。


(’e’)「ゴブリン退治か。
   低級妖魔といえど、油断はできんぞ。
   ましてや、駆け出しならよっぽどな」

(  ^ω^) 「わかってるつもりですお」


言って、背中の鞘へと収まった長剣の刀身を少しだけ抜き出して見せる。
すぐに鞘へと収められたが、楽園亭の店主の厳しい目からには、
大概のものは断ち切れそうな程の切れ味と輝きが、見て取れたことだろう。

19名無しさん:2024/08/19(月) 01:35:51 ID:28mrGroE0

(’e’)「冒険者としてはどうだか知らんが、そっちの方は達者そうだな」

(  ^ω^)「ありがたいけど、ご心配には及ばないと思いたいですお」

(’e’)「……ま、悪かぁないか」


冒険者宿を切り盛りする店主ともなれば、駆け出しから熟練まで
日頃宿を利用している冒険者達の顔や性格を、嫌でも覚えてしまうものだ。

それでも、長く付き合いを続けていける人間はその一握りに満たない。

多くの人間は命を落としたり、怪我や病気で一線を退いていく。
その中にあって、失われた楽園亭の店主には気難しい一面があった。
依頼を請け負う冒険者の人となりなどを推し計り、相応しくない場合には却下する事もある。

冒険者の一部からは、”融通の利かない偏屈親父ジョーンズ”として有名だった。

それというのもかつて冒険者を志して旅に出たという息子が、
若くして命を落としたという事実から来ているのだろう。

その人柄の良さと料理の旨さ。
また、店娘の愛嬌もあいまって、この宿は多くの冒険者に愛されている。

ζ(゚ー゚ζ「はーい! ただいまお持ちしますからね〜!」

慌しく働く店の娘を気にかけながらも、店主は依頼書に自分のサインを記した。
お眼鏡にかなって依頼を請け負える事になったのだと言う事を、ブーンは知る由もない。


(’e’)「お前さんの名前が要る。
   教えてくれるか?」

20名無しさん:2024/08/19(月) 01:38:13 ID:28mrGroE0

(  ^ω^)「ブーン。
      "ブーン=フリオニール"ですお」

(’e’)「分かった……それじゃあ、宿帳に記録しておくからな。
   明日の朝ここを出たら、東のリュメへ行って依頼人を訪ねろ」

( ^ω^)「リュメ……分かりましたお」

(’e’)「それから、そのナリじゃどうせ無一文だろう。
   お代はツケといてやるから、今日は二階の空部屋を使いな。
   ただし、ベッドはないがな」

(  ^ω^)「あ、ありがとうございますだお!」

(’e’)「他に情報が必要か?」

( ;^ω^)「あの……一食サービス、みたいなのはありますかお?」

(’e’)「……何かと思えばそんな事かい。
   心配しなくても今晩と明日の朝は、腕によりをかけてやるさ。
   言っとくが、初回利用だけのサービスだがな」

( *^ω^)「あ……ありがとうございますだおぉッ!大将!いや、マスター!」


腹の虫を大きく鳴らせながら、今晩の食事に思いを馳せて、喜びを露わにした。
希望に胸を膨らませる彼の旅路が、これから先、いかなる道程となるものか。
それはまだ、彼自身ですら知るところではなかった。


(  ^ω^)(――先ずはこれが最初の一歩、だおね)


ただ一つ言えることは、この交易都市ヴィップにおいてまた一人――
新たな冒険譚の紡ぎ手の、最初の一頁がめくられたということだけだ。

21名無しさん:2024/08/19(月) 01:39:52 ID:28mrGroE0



     ( ^ω^)冒険者たちのようです

             第1話

            「第一歩」


             ─了─

22名無しさん:2024/08/19(月) 01:50:23 ID:ojDgJLi20
おつ
期待の新作

23名無しさん:2024/08/19(月) 12:20:46 ID:C14dbdT60
乙乙
格好いい始まり方だ

24名無しさん:2024/08/19(月) 12:51:56 ID:AhKPHd9g0
乙乙!!惹きつけられる導入でキャラクタも魅力的ですね!期待!!

25名無しさん:2024/08/19(月) 15:26:44 ID:28mrGroE0
支援とご感想、ありがとうございます。
書き直しが終わりましたら次話を投稿します。

26名無しさん:2024/08/19(月) 17:07:28 ID:ldbP99JM0
乙乙
大変な職業だからこその人情がありますね。
ブーンがこれからどんな風に仕事をこなしていくのか、期待!

27名無しさん:2024/08/20(火) 01:44:23 ID:j2EehhMU0



     ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第2話

          「冒涜するもの」

28名無しさん:2024/08/20(火) 01:45:14 ID:j2EehhMU0

光あれば、闇もまた然り。

聖ラウンジの奇跡とは対極の存在として、
今もなお研究されつづけているものがある。

それが、魔術師ギルドに集う者たちによる”魔術”だ。

使い方を誤れば、己が身を滅ぼす事さえあるものだが、
いと弱き者を救う術として存在している聖教の秘術とは違い、
魔術とは、弱者をこそ強者たらしめんとする術である。

用いられる術には、呪うもの、物理現象を発現するものなど様々。
契約精霊に上手く同調して力を使役する事が出来れば、より多くの術を使いこなせる反面。
道の半ばでは、時に魔の深淵に魅入られ、道を外れる者もある。

しかしこの一人の青年は、日々実直に、魔術の研鑽を重ねていた。


(´・ω・`) 「ふぅ……全く。
       聞いていた話とは、随分違うな」

29名無しさん:2024/08/20(火) 01:45:58 ID:j2EehhMU0

大陸には、全ての魔術師たちが目標とする場所がある。
そこでの活動は彼らにとって何物にも代えがたい名誉をもたらす、魔術研究機関だ。

名を、”賢者の塔”。

魔術の道を求道して研鑽を積み続けた者たちの中でも、その上澄みの一握り。
塔を登る事を許された実力ある魔術師のみが、その場所で活動を許される。

数多の術を使い分ける名うての術者や、大きな発見で魔術研究に大きく貢献した者など、
明晰であるとされる魔術師の中でも、特に才覚溢れる術者ばかりがひしめく場所だ。
ここでは実際に魔術技能を身に降ろす事や、研究成果の一部を高額な費用で指南も行う。

成果の見込みの無い人間は、研究途中であろうと塔を追われる事もある。
逆に、優れた論文などを上げられる術者たちほど快適な研究環境があてがわれ、
潤沢な費用を持って、じっくりと自らの研究に没頭できるという訳だ。

眼下に森が広がる、塔の中層階にて。
青年は陽光の差す渡り廊下で立ち止まると、沢山の魔道書を両手に抱え外を眺めていた。

30名無しさん:2024/08/20(火) 01:46:49 ID:j2EehhMU0


(´・ω・`)「そろそろ一休みしようか」

”ショボン=アーリータイムズ”

南の名家、ストレートバーボン家の次期当主となるはずだった彼は、物心がつく頃には
既に魔術の世界へとのめり込んでいたという。

8歳の時には、老齢の魔術師であっても習得が困難とされる移送方陣を独学にて完成させると、
12歳で、森で遊んでいた際に襲い掛かってきたオークを、炎の球<ファイヤーボール>で撃退したという。

気品に溢れ、智に富んだ彼がいつかその手腕を発揮することを、
バーボン家の人間のみならず、彼を取り巻く多くの人々も待ち望んでいたほどだ。

だが、18になったショボンは、周囲の期待の全てを裏切る行動を取った。
父の強い制止をも振り切り、僅かな手荷物だけをもって生家を後にしたのだ。
広大な領地と、大きな富を有する家督を継ぐ権利の一切の相続を拒んで。

名家に生まれた環境も名も自らで捨て、それでも魔術の深淵を志す道を選んだ。
その後は大陸各地を転々としながらも魔術の研鑽を積み、その才覚がこの賢者の塔の
アークメイジの目に留まり見初められたことで、今この場で学問が行えていた。

しかし、どういうわけかこの頃は研究の合間に、雑用ばかりを余儀なくされている。

(´・ω・`) (使用人にご機嫌伺いをされるのも懲り懲りだが、
       こうも雑用ばかり頼まれるのもな……)


常人の数倍の速度で知識を吸収してゆくショボンに、賢者の塔の術者たちも舌を巻いていた。

31名無しさん:2024/08/20(火) 01:47:42 ID:j2EehhMU0

ある時、ショボンの倍以上も歳を重ねているはずの魔術師が、
転移方陣によって自分の身を遠方へと転送する事に成功した。

喜びを露にしてその事を彼に伝えてきた老魔術師だったが、
そこへ言い放ったショボンの言葉がいけなかったのかも知れない。

『それはおめでとうございます。
 実は私も15の時に習得したのですが、苦労しましたよ』

老魔術師はそれを聞き、さぞや落胆したことだろう。
長年の己の研鑽が報われたかと思いきや、孫ほども幼い若造から、
とうの昔に通過した道だと聞かされた時には。

彼には悪気ない一言だったが、秀でる者の才能は、それ自体が感情を逆なでる事もある。
賢者の塔内の膨大な量の書物整理を押し付けられているのは、その結果であろう。

事実、今の段階でショボンに比肩する才覚を持つ魔術師は、
この賢者の塔においても、指折り数えるほどしか居なかった。

知識に対しての貪欲なまでに進取的な、発想と行動力。
その積み重ねが作った彼の魔術師としての実力は、誰の目からにも嘱望されしもの。

しかし、いかに有能といえど賢者の塔には術者同士の位というものもある。
才覚ではショボンに劣るとて、これまでの下積みによって魔術の研究に
大きく貢献してきた者達の存在は、決して無下にできない。

(´・ω・`) (妬み……か。
       その感情、僕にだって分からなくもないのだがね)

32名無しさん:2024/08/20(火) 01:48:24 ID:j2EehhMU0

恐らくは自分に向けられているであろう負の感情の出所を冷静に整理しながら、
任されていた資料室の整理をひと休みするために、窓の外を眺めていた。

そこへ廊下の奥から、小さく靴音が響く。

黒の外套を体に巻いた、細身の魔術師。
すれ違いざまに、不意に視線を交わした。

( ・∀・)

”モララー=マクベイン”。

彼の多くを知る者は、この賢者の塔にはいないようだが、その名を知らぬ者もいない。

彼の持つ魔術論文の実績の数々は、今後の魔術の在り方に大きな変革をもたらした。
そのいずれもがショボンを唸らせるほどの斬新な切り口であり、革新的な発想。
独自の魔術の研究に余念が無く、それ以外の一切に興味を持たぬほどの男だった。

中でも光そのものを歪曲させ、対象を不可視にするという光魔術の応用においては、
未だ彼を置いて他に、大陸中で実践を成しえた者は居なかった。

ショボンをして、時に自らを苛む劣等感があるのは、彼の存在があるからだ。
真の天才とは、彼のような人物ではないだろうかとも。

ひたすらに魔術の道を究めるため、研究と実践に打ち込んできた。
その共通点においては同じ雰囲気を持つ二人であったが、言葉を交わす機会はなかった。
研究が忙しいというのも理由ではあるが、どこか相容れないものがある。

ショボンは、そんな印象も彼に持っていた。


(´・ω・`)「どうも」

( ・∀・)「ふむ、司書にでもやらせておけばいいものを……」

33名無しさん:2024/08/20(火) 01:49:09 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)「私もそう思いますが、どうやら熱烈なご指名を受けまして」

ショボンが両手に抱える書物の束に視線を落として、モララーは嘆息した。
彼がショボンについてどの程度の事を知っているかは分からないが、互いに
似た者同士であり、実力も近いものがあるという事は、きっと感じているだろう。

それだけに、妬み嫉みに足を引っ張られているであろうショボンの境遇も理解した様子だった。


( ・∀・)「ご苦労なことです。
      それでは、ごきげんよう」

(´・ω・`)「ええ、ごきげんよう」


会釈をしてからその背中を見送ったショボンは、
たまたま視線を落としたことで、ある事に気づいた。


(´・ω・`)(……血?)


大きめの黒い道衣に身を包むモララーの手首に、赤い物を拭ったような痕跡が見てとれた。
それは血の色のようでもあり、普通ならば気に留める事もない、些末な事柄。

あるいは実験の最中でたまたま傷を作ったものかも知れない、一筋の血痕。
だがそれが何故か、やけにショボンの好奇心を刺激した。

それが賢者の塔においても屈指の魔術師、モララーであったからこそだ。

34名無しさん:2024/08/20(火) 01:50:48 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)(何だろうな、この違和感は)

彼の背中が見えなくなったのを確認してから、
抱えていた魔道書を傍らへと置いて、そっと踏み出した。

一度興味が沸くと抑える事が出来ない性分だと、ショボンは自覚している。
その好奇心こそが、今日までの彼を形作ったのかも知れなかったからだ。

感じた違和感の正体を確かめたいという考えが、思わず体を動かした。

気取られぬ程度に、一定の歩調で彼の後を追う。
専用の研究室まで与えられているモララーの存在は、ショボンにとって大きい。
自分が塔の一員として招き入れられるよりも以前から、彼は既に大陸全土の魔術ギルドから
一目を置かれている存在であったからだ。

自分とさほど変わらぬ若輩が、だ。

確かに、常人が数年かけても習得できない高等魔術を、難なくこなすことができる。
だだ、それらは決して自分一人の研究によって得られた成果ではなかった。

もっとも可能性がある分野を模倣し、必要とあらばそれらの修正点を洗い出す。
それが出来れば、後は自分なりの解釈で理論を実践するだけ。

それだけの事で、自分より遥かに長く魔術に携わる人間達の頭上を、何度も越えてきた。
これまでの間、大きな壁にぶつかったことすらなかった。

決して自分の口から周囲へと放つ事はないが、恐らくは自分が魔術師として
一流の部類に入る人間なのであろうという事も、自覚している。

今日の自分を形成するものは、飽くなき探究心と、効率の良い努力で裏打ちされた自信。
それにより、今まで他人を羨んだりした事などなかった。

それも、モララーという自分の先を行く魔術師が居ると、知る時までは。

劣等感と憧れの狭間で、ここまで興をそそられる人物と出会ったのは初めてだった。
だからこそ、少しばかりの事に、敏感に反応してしまっているのだろうか。

(´・ω・`)(僕が……彼を羨んでいるからかな)

それは違う、ただのいつもの悪い癖だ。そうやって自分を納得させながらも、
自分の足跡はモララーを辿ると、やがて彼の研究室がある辺りまでたどり着いた。

35名無しさん:2024/08/20(火) 01:51:26 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`) (しかし……何か……)

簡素で、何の飾り気も無い研究室の扉。
その前に立ち、指先で扉の取っ手に触れてみる。

詠唱を短く念じて、指先はほのかに黄色く光を放つ。
物体に遮られた場所の様子などを調べる為の探知魔術だ。

目を瞑り、扉の向こうの様子を探ろうとした所で我に返った彼は、その手を離した。

(´・ω・`)「………全く、僕は何をしているんだ」

ただ単に興味を惹かれた、それでは子供と変わりない。
たったそれだけの事で、同じ屋根の下で寝食を共にしている身内に対して、
侵してはならない領域を、あともう少しで侵してしまうところだった。

一旦冷静になると、自己嫌悪が押し寄せて来た。
それらを噛み殺しながら、自嘲気味に呟く。

(´・ω・`)「本当に、この癖は治さなければね……」

短時間の探知魔術で把握できたのは、モララーは研究室には戻っていないという事だけだ。

手首の血の跡が何だというのか。
研究道具か何かで引っ掻いたり、自分自身の血液を媒体とする術式だってある。
下らない事に頭を突っ込むよりも、いち早く完全なる自分だけの魔術を完成させなければ。

踵を返して、研究室の扉の前から立ち退いた。
そこで、ショボンを再び疑念へと駆り立てたものがあった。

日ごろから頭を使う事ばかりしているせいか、俗世の人間達が好む珍味などの味覚にも疎い。
魔道書の活字ばかり追っている眼は、最近ではぼやけてはっきりと見えなくなってきた。

しかし自然に群生した葉などを調合したりもする職業柄、嗅覚は大事な五感の一つ。
間違えようのない、ものだった。

本当に微かながら、自分の鼻腔を突いたもの。


─────僅かな、死臭があった。

36名無しさん:2024/08/20(火) 01:52:05 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)(何故だ)

今度は躊躇わなかった。再びの探知魔術によって、扉の向こうに誰も居ないのを
しっかりと確認した後、取っ手をしっかりと掴み、押し開けようと試みた。

だが、扉はうんともすんとも言わず、手からは滑る感覚に違和感を覚える。
力を加えても、扉からはきしむ音すら聞こえない。

(´・ω・`)(鍵では、ない。
       ……魔術による錠の感じでもない。

(´・ω・`)(だとすれば、結界か?)

(´・ω・`)(ますます気になるな)


一歩を後ずさった後、ゆっくりと掌を扉へと向ける。

(´・ω・`) 【――行く手阻みし魔の力よ 我が道を示し 解き放たれよ】

短く詠唱を告げると、固く閉じられていたはずの木製の扉は、軽く押すだけで呆気なく開いた。

”解呪の法<ディスペル>”
簡潔な呪いの類や、魔術によって張られた障壁などの魔力を中和する魔法だ。

隔てられていた簡易結界破られた扉の向こうからは、重苦しくも、
息苦しい違和感そのものが溢れ出るのを、ショボンは肌で感じた。

37名無しさん:2024/08/20(火) 01:53:37 ID:j2EehhMU0


(´・ω・`)「……随分と、小綺麗なものだが」

見た目には整然と実験器具や触媒、魔導書などが並べられており、よく手が行き届いていた。
ただそれだけに、禁じ得ない違和感がある。

研究室の中へと一歩踏み入った時、
感じていた重圧がより一層強いものに増した。

鼻を突くのは、死の臭いだ。


部屋の中を見渡し、私物や研究成果をしたためた書物などに目を配る。
そこで、ギクリとするような題名のある一冊の書物を見つけて、手に取った。


(´・ω・`)「まさか……これは」


”死をくぐる門”

古ぼけた魔道書の題名には、確かにそうあった。
この著書には、多数の人間の死が密接に関わっている。

今より数十年も昔、ある村で全ての住民が忽然と姿を消してしまうという事件が起こった。
幾度も近隣の騎士団は捜索を試みたが、村中、果ては森狩りをしてまで原因を追究したが、
月日が流れても、手がかりを発見するに事さえ至らなかったという。

三年後に発覚した事実では、神隠しの首魁は、この魔道書を書き綴った人物ということだ。

村の離れにぽつんと建っていたあばら家の地下室で、この著者の亡骸と、
村人達の者と思しき異常なほどの量の人骨が発見されたのだという。

38名無しさん:2024/08/20(火) 01:57:22 ID:j2EehhMU0

一人の魔術師が、夜な夜な”実験材料”として村の人間達を捕らえ、
その命を奪っていたらしい、というのが事の顛末である。

――”死霊術”の実験としての大量虐殺。

後に、騎士団はそう断定した。
かの事件が、現在に至るまで大陸全土においても絶対の禁忌として、
界隈でも忌み嫌われる禁術の一つとして、死霊術を知らしめた元凶である。

命を落とした肉体や朽ち果てた亡骸をも蘇らせ、己が意のままに操る事さえ出来る。
術の触媒に人の死が不可欠で、死者の遺志などお構いなしに、その亡骸を弄ぶものだ。
その禍々しさから、もしも使役が発覚すれば、極刑まで有り得るとされていた。

だが人は、禁忌が目の前にあれば、触れずにはいられない生き物なのだ。

魔術の深淵を覗く上では、高位の術に分類されているということもあり、
それゆえ魔術師たちの中には、人目を忍び、学問としてのみ学ぶ者もいた。

(´・ω・`)(何故、こんなものがここに)

かの術者が惨たらしく村人を実験材料として葬っていく過程をも綴ったこの著書から、
事件の全容が明らかというのが、確か今より5年ほど前だったか。

死神と同一視され、協力極まりない死霊、”レイス”
その霊体を、自らの肉体と数多の人間の死を媒体として、降霊させようとしたのだ。

魔術の道を志す者達には、絶対に破ってはならないタブー。”禁呪”として伝え広められる死霊術。
果たしてレイスを呼び出す事に成功したのか、そのまま取り殺されたのかは誰も知らない。

巻末に記された著者名を見た時、ショボンは確信めいたものを感じた。

――「死をくぐる門」 著者・ マクベイン・ミラーズ――

同じ名を持つモララーの、何物にも心動かさぬような、涼しげな表情がよぎた。
その”原書”が、何故この場にあるのかという衝撃と共に。

39名無しさん:2024/08/20(火) 01:58:40 ID:j2EehhMU0

少し頁をめくる度に、犠牲となった人々の断末魔すら聞こえてきそうだ。

単なる外法の魔術書というだけではない。
多くの犠牲者たちの失われた命が、この書自体に封じられているように感じた。
言い知れぬ威圧感を纏わせたそれは、もはやそれ自体が呪物としての威容。

(;´・ω・`)(何という物を見つけてしまったんだ……しかも、これは)

死霊術において、死者の魂を捕縛するための道具である”黒魂石”。
小さいものだが、見紛うことなきそれらが傍らに置かれている。

混じり気のない黒曜石を削りだし、様々な処理を施したうえで、七夜を月光で照らす。
確か、昔何の気無しに目を通した書物にはそう書いてあった。
恐らくこれらは、その手順にも忠実だ。

それらが何を示しているのかは、たとえショボン以外の術者であっても、簡単に理解が出来る。

(;´・ω・`)(バカな………死霊術だと?)

(;´・ω・`)(この賢者の塔に出入りする魔術師が、そんな外道の法に手を染めるなどと)

肩をわなわなと震わせ、ショボンの心中には様々な感情が交錯していた。
こんな事実が外部に発覚すれば、魔術師ギルドどころか大陸中の魔術師達の沽券に関わる。

よりにもよってモララーは、大陸全土でも象徴たるべき力ある魔術師なのだ。
それがまさか死者を冒涜し、人間の尊厳を貶める外法に手を染めていたなどとは。
共に魔術の更なる深みを探求するはずの身内に、そんな存在があるという事実。
ショボンは背筋の冷たくなるような思いをしていた。

「おや、そこで何を?」

40名無しさん:2024/08/20(火) 01:59:31 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)「ッ!!」

瞬時に振り返り、向き直る。

( ・∀・)

いつからそこに居たのか、認識する事が出来なかった。

静かな冷笑を口元に浮かべて、いつの間にか背後に佇んでいたのは、
この研究室を預かる、モララー=マクベイン本人。

今となってはその口元の緩みに、不気味さしか感じない。
理由を聞き出す為、ここは毅然とした態度で振舞う覚悟をショボンは決めた。

(´・ω・`)「留守中の勝手な入室、そして非礼をお詫びします。
      先ほど、袖口のあたりに血の様な痕をつけておられたもので」

( ・∀・)「ふむ……あぁ、これかい?」

(´・ω・`)「ええ」

( ・∀・)「……たったそれだけの事でわざわざこの僕を追いかけて、
      扉に張っておいた結界まで”たまたま”解呪し、今この場にいる。
      その認識でよろしいかな?」

(´・ω・`)「………」

( ・∀・)「君は心配性なんだね。
      ショボン=ストレートバーボン君、だったか?」

(´・ω・`)「今は、ショボン=アーリータイムズを名乗っています」

( ・∀・)「そうそう…そうだったね、ショボン君」
      僕の身を案じてくれるのは有難いが、何の事はない、
      ちょっとした実験で手元に跳ねてしまっただけのものさ」

41名無しさん:2024/08/20(火) 02:00:23 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)「それは、死の臭いを撒き散らす、このような実験ではないのですね?」

もっともらしく述べるモララーの前に、ショボンは突きつけた。
下手をせずとも異端審問は免れられぬ、動かぬ証拠となる外法の著書を。
それと同時に、今まで薄ら笑いを浮かべていたモララーの表情から、口元の笑みはさっと失せる。

互いに目線を逸らすことなく、永きに渡るような沈黙がその場を支配した。
息苦しさを感じるこの室内の重圧が、さらに一段増したように感ぜられた。

どれほど無言で見詰め合っていたのか、沈黙は、やがてモララーの方から破られる。

( ・∀・)「……くっくっ」

(´・ω・`)「何が、面白いのです?」

( ・∀・)「いやいや……失礼ながら、随分と煮詰まっているようだね。
      ショボン君」

( ・∀・)「他の人間の研究成果を盗み見るなんて、
      同じ魔道を求道する者として恥ずべき行為だ……違うかい?」

(´・ω・`)(ふん)

ショボンには、この会話を経て初めて気づいた事がある。

これまで魔術の研究に明け暮れてきた、モララー=マクベインという男の、もう一つの顔。
この上なく残虐で下劣な禁忌の魔術を、この男なら行いかねないという確信に触れた気がした。

(´・ω・`)「一体、何故なのです」

( ・∀・)「なぜって、何がだい?」

42名無しさん:2024/08/20(火) 02:01:24 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)「質問に答える気など無いのですね?」

柄にも無くショボンは、語気にふつふつとした怒りを滲ませる。
対照的にしらばっくれた様子でのらりくらり言葉を交わすモララーは、
やがて虚空の塵を眺めるかのように、天井を見上げた。

( ・∀・)「………”なぜ?” それはこの私が、あの禁じられている
      死霊術に手を染めている、という事実に対してかい?」

(#´・ω・`)「やっぱり、そうなのか……あんたはッ!」

( ・∀・)「なぜなのか…そんな事、これまで考えた事もなかった。
      何せ、一度のめり込んだら止まらない性分なんでね」

( ・∀・)「ショボン=アーリータイムズ君。
      君だって、そうなんだろう?」

(#´・ω・`)「あなたなんかと同類にされるのは、御免だ」

裏の顔を知ってしまった今、目の前のこの男に対して、強い警戒心が芽生える。

それにも増して沸いてくるのは、この激情。
密かに越えるべき好敵手としてあって欲しかった身内に、
あってはならない、最悪の形で裏切られた為なのかも知れない。

(´・ω・`)「あなたを、告発する」

( ・∀・)「ほう?」

(´・ω・`)「それでたとえ、この賢者の塔で先人達が積み上げてきた名声が、
      地の底まで落ちようともだ。
      それでも───あなたのような膿は、出し切らなければならない」

43名無しさん:2024/08/20(火) 02:03:46 ID:j2EehhMU0

( ・∀・)「……膿? それは、この私が?……ぷっ、くくっ」

(  ∀ )「ははははははははは」

堪える事ができない、とばかりに頭に手を当てて、大声で笑い声を上げた。
対して、ショボンは爪が掌に食い込み皮膚を裂かんばかりに拳を握りこみ、
魂の冒涜者に対しての憎悪を露わにした。


( ・∀・)「ハハッ………あ〜、笑った」

(#´・ω・`)「何が可笑しい?」


ひとしきり笑い終えた後、頭を垂れて俯いていたモララーが再びこちらへと向き直った時、
瞳の奥から冷気さえ感じそうな程に、どこまでも暗く冷たい瞳が、ショボンを戦慄させる。


( ・∀・)「その告発というのは、死んでからも行えるものなのかい?」

(#´・ω・`)(……!)

先手を打つべきなのか、逡巡した時、すでにモララーは動いていた。
こちらへ向けて、両の手で三角形を模ると、なんらかの詠唱を始める。

( ・∀・) 【かの身に宿りて 蝕み 喰らえ】

( ・∀・) 【 我が意のままに 枷を破りて やがて朽ち果てよ 】

(;´・ω・`)(……まずい)

44名無しさん:2024/08/20(火) 02:05:34 ID:j2EehhMU0

人目もはばからず、自分を口封じの為にこの場で葬る気か。

モララーの手の中で、黒き光の束が意思を持つかのように集束してゆく。
身構えて魔法で抵抗するには少しばかり遅過ぎた。

何しろ効果も不明なモララーの魔術の詠唱そのものが、短すぎる。
束ねられた光弾と共に光の烙印が自分の胸を打ち抜いた。

(;´・ω・`)「……ぐぅッ!?」

胸を穿たれたのか、一瞬そう錯覚する程に感じる鈍い衝撃。

思わずその場で片膝を付いてしまうほどの痛みであったが、
外傷を確認するために胸元に手を当てて、そこで気づいた。
烙印の光弾は、そのまま焼きごてのように衣服を貫通して、胸板に象形を刻んでいる。


それを見てすぐに立ち上がり、半ば無意識に反撃の魔法を打ち込むべく、その口は呪文を唱えていた。

(;´・ω・`)「くッ……。
       【 我が前に立ち塞がる敵を 焼き払え 】」

(;´・ω・`) 【 炎の球よ 顕現し─── 】

( ・∀・)「……ふふん」

人一人を容易く焼き殺せる魔法を詠唱しているにも関わらず、
モララーはこちらを見て鼻を鳴らすほどの余裕さえ見せていた。
違和感に、このまま炎の球<ファイヤーボール>を放つ事を躊躇うほどだ。

45名無しさん:2024/08/20(火) 02:06:30 ID:j2EehhMU0

そんな事を考えている内に、詠唱は突如中断される。
突如として、全身を恐るべき苦痛が這い回ったからだ。

(;´ ω `)「な……ッうぐ!? ぐぁぁッ!」

(;´ ω `)「ガハァッ……ぐ、ぐおぉぉぉぁぁーッ!?」

先ほどモララーによって放たれた魔法、それにつけられた烙印のあたりから。
胸を巨大な手でかき回されるているような、握りしめられるような経験のない激痛。
たまらず膝を付いて、ショボンは吐しゃ物を床にまき散らした。

(;´-ω・`)「……なんだ、これは。
       一体、何をした……?」

( ・∀・)「私なりの解釈で完成をみた、”封魔の法”
      その――簡易術式と言ったところかな」

(;´・ω・`)(”口封じの法”の発展形?
        分からないが、これでは……)


口封じの法とは、魔術に必要である詠唱を行えぬよう、対象の口から一切の言葉を
発するのを阻害してしまう、対術者用の防衛用魔術の一種である。

その程度の魔術であれば、付与された効果を打ち消すアンチスペルもあるにはある。

だが、恐らくモララーが独自に編み出したであろうこの魔法には、
この急場で対応策を練り上げる事など、どう足掻いても不可能である。

( ・∀・)「どうかなショボン君。
      魔術なんて、二度と使いたくなくなったんじゃないあないかい?」

46名無しさん:2024/08/20(火) 02:07:23 ID:j2EehhMU0

(;´・ω・`)(……術者の魔力に反応して、この激痛が襲い来るという仕組みか?
        恐らく結界も張られている……いかにもまずい)

未だ立ち上がるのも難しい程に、痛みがショボンの身体を蝕んでいる。
自分を睨みつける視線など気にも留めず、モララーはつかつかと歩くと、
机の上に置かれていた小ぶりのナイフの柄を掴み、ショボンへと向き直った。

( ・∀・)「――あぁ、一つ言っておくが叫んでも無駄だよ。
      先ほど研究室へ入る際、今度は丁寧に結界を張っておいた。
      ここからの声は、外へは漏れない。
      その意味は、分かるね?」

(;´-ω-`)(ならば……この場を離れる手段は……)


口封じに葬ったとしても、その後をどうするつもりなのか。
いや、モララーならば、すぐに自分の立場を守るために上手く立ち回るだろう。
ほぼ命を握られている状況だが、一つだけ起死回生の手段を、ショボンは持ち合わせていた。


( ・∀・)「所で君は、実に良い素体となってくれそうなんだ」

( ・∀・)「ほんの少しでいいんだが、一度見せてくれないか?
      君の優秀な頭脳を司る、その脳髄でいいんだが」


狂人め、と、そう言い返してやりたかった。
だがそれも出来ないほど、身体が何かに蝕まれている。
ナイフを手に、モララーの足音がゆっくりとこちらへと近づいてくるのが解る。
だが、今は必死に外界からの音を遮断して、目を閉じて集中する事が先決。

47名無しさん:2024/08/20(火) 02:08:41 ID:j2EehhMU0

(;´-ω-`)(……間に合ってくれよ)

イメージする、ここではないどこかの風景を。
そこに多くの人目があれば尚いいのだが、この術では一度自分が立ち寄り、
しっかりとその景色を心象世界に形作れるようなものでなければならない。

どうにかして今この場から、モララーの元から離れる為なら、どこでも良い。
この賢者の塔へと招き入れられる以前に、下界から高みを見上げていた場所を想像する。

モララーは、既に自分の目の前に立っている。
だが、決してイメージに乱れが生じてはならない。しっかりと平静を保ち続ける。

( ・∀・)「なるほど、”転移石”か。
      行く当ての心象世界は、しっかり描けたかい?」

(;´-ω-`)(………ッ)

モララーの無機質で透き通る声に、一瞬ゾクリとさせられた。
だが、どうにか間に合ったようだ。
自己の転移方陣”がまもなく発動しようとしている。

(;´・ω・`)「……君には、しかるべき裁きがあらんことを」

精一杯の虚勢で、捨て台詞を吐いた。
その無感情な鉄面皮を、瞼の裏にしっかりと焼き付けながら。

( ・∀・)「案外と臆病なんだね、君は」

最後に目を開けた時、ただ黙ってこちらを見下ろしていたモララーと、目が合う。
目前の冒涜者に逃亡を余儀なくされる屈辱が、胸に刻まれる。

やがて、ショボン自身の肉体と共に、意識は広がった光陣と共に消え去った。


        *  *  *

48名無しさん:2024/08/20(火) 02:10:54 ID:j2EehhMU0


たった今までそこにいた筈のショボンの姿は、もはや影も形もない。
あとに研究室に残されたのは、モララーただ一人だ。

( ・∀・)「冗談、こんなもの、私の枯れ枝のような腕で振るえないよ」

モララー自身も、彼が転移魔術を発動しようとしていたのは気づいていた。
が、わざわざこの場で事を荒立てるよりも最良の結果をもたらすであろう、
ある筋書きが、彼の頭の中で思い描かれていた。

( ・∀・)「しかし、これはこれで楽しめそうだ。
      ――そうだ、このシナリオでいこうか」


独り言ちて、口元に笑みを浮かべたまま、彼はその場を立ち去った。



        *  *  *



(;´・ω・`)「ハァッ…ハァッ…」

たどり着いた場所は、心象に描いた場所と寸分の誤差もなかった。
賢者の塔の麓から少し離れた断崖で、近くには鬱蒼と緑が生い茂る場所だ。
人目に付かない場所であり、研究の気分転換によく訪れていた。

詠唱を行わずとも、転移方陣を発動し、あの場から逃れた。

それが出来たのは、胸元にぶら下げていたネックレスのおかげだ。
事前に魔術を封じておく事で、即席発動する事が出来る”転移石”を用いた。
最初の手順さえ踏んでおけば、魔術の心得の無い人間でも扱う事の出来る道具だ。

一般に卸されるものとしてはかなりの高額になるものだが、魔術師以外には
実用に耐えない品で、下手をすれば石壁などと同化して即死の可能性もある。
無用の長物だと思っていたそれだが、今回はこれに救われた。

ショボンは手の中の小さな石を眺めながら、安堵のため息を漏らす。

49名無しさん:2024/08/20(火) 02:11:44 ID:j2EehhMU0

(;´・ω・`)「なんという奴だ……同じ魔術師達の目を欺きながら、あんな研究を……」

あざけりながら、口封じの殺害をちらつかせたモララー。

その企みを、白日の下に曝け出す。
そうすれば奴の異端審問は避けられない。
禁術に定められている死霊術のみならず、禁書のはずの一冊を所持している。

ふと、先ほどモララーによって胸へと刻まれた烙印の事を思い出し、手で触れてみた。

(´・ω・`)「……詠唱の必要は無かった、問題は……なさそうか?」

自分の身体に直接焼き付けられたその烙印自体に、不思議と痛みは感じない。
だが、安心しかけたのもつかの間だった。
意識し出してから、突然の胸の苦痛が訪れる。

思わず、息が止まる程のものだった。


(;´ ω `)「……ぐ、ぐおぉッ、あぁぁ、あ、がはッ、かはッ!!」

(;´ ω `)「あ、がぁ、うグぅッ………」

(;´ ω `)(見通しが……甘かった……魔法を使う際の…精神力に感応し…て……!)


爪が肉に食い込み血が出る程の強さで、烙印の刻まれた胸元に指を食い込ませる。
ふらふらと近場の木陰へとたどり着くと、すぐに倒れこみ、そのまま意識を失った。



        *  *  *

50名無しさん:2024/08/20(火) 02:12:20 ID:j2EehhMU0

彼が再び意識を取り戻した時、あたりはもう暗闇に包まれていた。
いつから気を失っていたのか。
運よく野犬などに襲われる事もなく、倒れた時と同じ状態のまま目を覚ました。

(´・ω・`)(どれほど眠っていたんだ…僕は)

(;´-ω-`)「……つッ」

よほど、襲いかかる苦痛を紛らわせたかったのだろう、
胸の烙印の周りに、無意識で爪に抉られた場所から所々出血している。

(´・ω・`)「確かに、魔法なんて懲り懲りになる程の痛みだ。
       ……下手にもう一度魔法を使えば、本当に死ぬかもな」

この呪いを解呪を出来る魔術師は、果たして賢者の塔にいるだろうか。
術者の陰湿で卑劣な人格を映しているような、そんな術だと思った。
そんな事を考えながら、距離の開いた場所から、賢者の塔の正門入り口へと歩を進める。

荘厳なまでにうず高くそびえる石壁、片手でそれを伝い、逆の手では胸を庇いながら、
やがて正門の前にまで辿り着いた。

日が暮れた今では門は閉ざされ、外部から入るには本来立ち入り許可が必要だ。
しかし門兵と言えど自分の顔は覚えている筈だ、それが許可証の代わりになる。

この組織の内部に、死者の魂を冒涜する輩がいる。
その事実だけは、研究を他の者に任せて普段から日和っているであろうアークメイジを
はじめとしたこの場所の重鎮達に、何が何でも伝えなければならないのだ。

51名無しさん:2024/08/20(火) 02:12:47 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)「開けて頂けませんか!
      私です! ショボン=アーリータイムズです!」

しばしの沈黙の後、扉の向こうで多数の人間がざわつく気配。
ややあって、扉は開け放たれる。まず自分の前に出てきたのは、法衣に身を包む一人の僧兵。

(  ▲)「おい、本当にショボン=アーリータイムズだぞ!」


どこか様子がおかしい。

叫んだ背後の門兵達が浮き足立つのが解る。
怪訝な表情を浮かべながら、ショボンは僧兵に尋ねる。

(´・ω・`)「何か問題でもありましたか?
      それより、火急の用件があるのです」


先ほどの事の顛末を暴くため、少しでも時間が惜しかった。
ざわつく後ろの人間達を背に、正面の門兵がショボンの元へと歩み寄る。

(  ▲)「……いや、何も問題などないさ。
     まさか、そちらから出向いてくるとは」

(´・ω・`)「話が、見えません」

ショボンの心中そのものである呟きに反応して、背後の僧兵達から怒声が飛ばされる。
それは、予想だにしていない反応であった。


「はぐらかそうとしても無駄だ! 汚らわしいネクロマンサーめ!」

52名無しさん:2024/08/20(火) 02:14:18 ID:j2EehhMU0

「魔術師の風上にも置けない外道がッ! 口を開くな!」

それら怒声が、焦燥に支配されていたショボンの思考を正常な物に取り戻した。
訝しむ視線の数々は自分に向けられているのだと、そこで気づいた。

確かに、冷静に考えればいつもに比べて正門の見張りにこの僧兵の数は多すぎる。

(´・ω・`)「何だって?
      今、私の事をなんだと……」

そう尋ねた所で、目の前に立つ僧兵が部下に声をかけた。
彼に持って来させた一冊の本を受け取ると、それをショボンの目の前へと掲げる。

その、煤けた表紙に見覚えのある、一冊の魔道書。
先ほどまでモララー=マクベインの部屋にあったはずの、”死をくぐる門”の原書だ。

( ▲) 「……一体こんな物、どこから手に入れた?
     じっくりと話を聞かせてもらう事になるぞ」

(;´・ω・`)(────図られた)

それを見て、ようやく確信できた。
自分はあのモララーの策謀に陥れられたのだと。

ショボン本人が居合わせないのであれば、いくらでも偽装のしようはあった。
何しろ、夜の帳が下りる時刻まで気を失ってしまっていたのだから。

本人の筆跡に真似て、羊皮紙にモララー自身の知るネクロマンシーの知識を書きとめ、
あたかも死霊術においての研究を進めているかのように装うなどでもいい。
その傍らに、あの死者の魂を捕縛する魔石や、この外道がしたためた原書でも置いておけば、
進んで異端者を糾弾したがる、あの働き者の異端審問評議会にとって納得の判断材料にはなるだろう。

この状況を作り出したのは、間違いなくあのモララーという男だ。

53名無しさん:2024/08/20(火) 02:16:05 ID:j2EehhMU0

( ▲) 「共に来てもらおうか。
     明日には審問団も到着し、お前の審問を進める」

(´・ω・`)「自分はハメられた……と言った所で、届きませんか?
      モララーという男こそが、今の状況を画策しているのです!」

( ▲) 「我々の耳には届かん。
     それに、それを判断するのは異端審問評議会だ」

(´・ω・`)(……解っては、いたが)


告発により実刑が出れば、ほぼ処刑が常であるほどの異端審問評議会。
神の代弁者を騙る聖ラウンジ旧派の過激派である彼らが出張ってくるというわけだ。
さしもの審問官達も、誰かが悪意を持って異端者として陥れようとしているのでは、
という一点だけは最初に下調べをするのだという。

そしてその際、必ず魔術師同士の人間関係が洗い出される。
魔術師としての位が低い者からの告発ならば、異端審問評議会も”嫉妬”という部分を疑い、
確たる証拠がなければ処刑されたり、拷問にかけられるような事もない。

だが魔術師の位が高い方の者からの告発ならば、嫌疑にも信憑性も増す。
あとは証拠次第で、名を連ねる場所から除籍されるか、最悪異端認定されるか、だ。

そして、ショボンの今置かれた境遇においては、後者。

確かに期待されて賢者の塔に入ってから半年、まだ新たな魔術を編み出せる気配はない。
兼ねてより独自の魔術を世広めたいという思想を、親しい同僚には語った事もある。
恐らく、それが今回の異端審問の際において、鍵となるだろう。

独自の理論を数々駆使する、モララー=マクベインを意識した発言に取られると見て間違いない。
嫉妬してさえいるのは、ショボン=アーリータイムズ本人という事になるはずだ。
魔術の研究に行き詰まり、その逃げ道として死霊術の研究を行っていた。
この場で思いつくだけでも、適当なでっち上げは作れる。

多少無茶な理由付けでも、異端審問評議会にとっては認定さえ仕上げられればよいのだ。
少なくとも過去、多くの罪なき人々を処刑していた彼らにとっては、元より罪人扱いが濃厚。

54名無しさん:2024/08/20(火) 02:16:43 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)(痛くもない腹を探られ、臓腑まで持っていかれるのは御免だ)

ショボンはちら、と背後を覆う暗闇に包まれた木々たちに目をやる。

体力など全く持ち合わせていない自分だが、この闇に紛れれば追走は撒けるだろうと考えた。
モララーのような自己を対象とした隠匿魔術を習得しておくべきだった。
踵を返し、近寄ってきた門兵達をその場に置いて、一目散に駆け出した。

「……逃げたぞぉぉぉッー!」

「追いかけろッ」

「逃げるな! 卑怯者!」

(;´・ω・`)「ハァッ……ハァッ……!」

つぶさに方向転換を行いながら、多少遠回りになってでも確実に追走を断つ。
途中から四方八方に散らばりこちらを探していたようだったが、木々を利用して
姿を隠しながら進み、森の反対側へと抜ける頃には、少しずつその声も遠ざかっていた。

これまで作った事など殆ど無かった生傷の痛みに、気を留める余裕もない。
まずは荒々しく乱れた呼吸を取り戻すのに、ややしばらくの時が必要だった。

自分の考えを、整理する時間も。

55名無しさん:2024/08/20(火) 02:22:15 ID:j2EehhMU0

(´・ω・`)(ふぅ……もう少し、この場所で研究を続けていたかったが……)

(´・ω・`)(……モララー=マクベイン……)

(´・ω・`)(奴には、必ず痛い目を見せてやらなければならない)

(´・ω・`)(……だが、その為には、まずはこいつの解呪か)

胸の烙印をさすりながら、月夜だけが照らす暗い森を抜け出た所で振り返る。
様々な魔術実験の光が窓から漏れ、妖しく光る賢者の塔の上層を、最後に睨みつけておいた。
その光の一つの中で、自分を陥れたモララーが嘲っているような気がしていたからだ。

(´・ω・`)「今の僕は、”魔法も使えない死霊術師”───か。
      全く、笑えないね」

今は仕方なく身を隠すこととした。
そして、モララーの策謀であるという証拠を突き付ける。
それまでの間は逃亡者として過ごさなければならない事が、悩みの種だ。

胸に刻まれた厄介な烙印、”封魔の法”――とやらも。

賢者の塔を囲む森を背にして、ショボンは大きく溜息をついた。
痛む足をさすりながら、真っ直ぐに前を見据えて、どこかへ歩き始めた。

魂の冒涜者への怒りが、ショボンの瞳には滲んでいた。

56名無しさん:2024/08/20(火) 02:22:53 ID:j2EehhMU0

     ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第2話

          「冒涜するもの」


             ─了─

57名無しさん:2024/08/20(火) 02:26:18 ID:j2EehhMU0
>>27-56 が2話となります。

58名無しさん:2024/08/20(火) 21:05:12 ID:KSVMMPw.0
乙!
タイトルの「冒険者たちのようです」の通り、複数のキャラクタの視点で展開される感じかな?応援してます!!

59名無しさん:2024/08/24(土) 21:47:30 ID:wE7vP4po0
おつおつ
面白い

60名無しさん:2024/08/25(日) 18:57:54 ID:52TzFc3M0
おつです!期待

61名無しさん:2024/08/25(日) 21:14:47 ID:CS3FrZFw0
>>58-60
ご感想ありがとうございます、当面群像劇となります
3話は早ければ今週中にと考えています

62名無しさん:2024/08/25(日) 22:11:34 ID:0gN9BhKg0
えっまんまヴィップワースだよね…?

63名無しさん:2024/08/25(日) 23:39:08 ID:/xtK8PY60
ヴィップワースとかあまりに懐かしすぎて完全に忘れてたわ

64名無しさん:2024/08/26(月) 06:07:10 ID:ZYmfHnRo0
貼っとく?

ttp://boonyoudeath.blog.fc2.com/blog-entry-7.html

65名無しさん:2024/08/26(月) 08:11:15 ID:JxnG3erI0
別の所で板を紹介する機会があったから、もし御本人だったら完結まで駆けてくれるのかも

66名無しさん:2024/08/26(月) 18:30:14 ID:hRjoT54o0
本人なら泣くほど嬉しいんだが

67名無しさん:2024/08/31(土) 11:03:30 ID:ba1RXJdw0
反応ないしやっぱ偽物か
ブーン系でブーン系パクるとかいい度胸してんな

68名無しさん:2024/08/31(土) 11:45:43 ID:ARKwtf8Q0
>>67
面白そうだからそのままパクり作者ということでもいいんですが、
過去作を加筆・修正や改変を行って投稿することが問題、ということであれば削除申請しておきます
本人だと言っても証明のしようがありませんもので

69名無しさん:2024/08/31(土) 14:50:58 ID:EZNymcwk0
>>68
皆が望んでいるのは削除申請なんかじゃないぞ
ヴィップワースの作者がタイトル改題して内容も手直しして投下してますって
宣言してくれればそれでよかったんだ(そもそも最初にそれを説明しておけば・・・)

本物の証明なら投下を続ければわかるだろ?
創作板で途切れた話の続きを書けるのは作者だけなんだから

あと管理人いないだろうから削除申請してもこのスレは削除されないと思う

70名無しさん:2024/08/31(土) 16:16:13 ID:k35zkHFg0
>>68
普通に創作板のスレからの続きを投下してくれれば十分作者様の証明になるかと…

71名無しさん:2024/08/31(土) 16:27:48 ID:ARKwtf8Q0
>>69
ごもっともで、逃亡作者ということでわざわざ宣言する事に気恥ずかしいものがあったのと、
今やどうせ誰も知らんだろうという安易な気持ちで手直ししたものを投下していました。
誤解を招きましたこと、お詫び申し上げます。

ご指摘されている通り、ヴィップワースのようですを推敲して修正、設定や人物名などに
一部改変を加えながら完結までを目指す作品であり、その作者本人による投稿です。
たまに見たとき話が進んでいくかも、程度に期待せず見て頂ければと思います。

72名無しさん:2024/08/31(土) 23:54:37 ID:0vIg07yg0
帰ってきてくれただけで本当にありがたいし嬉しい、ありがとう。
自分のペースで頑張って。楽しみに読ませてもらいます。

73名無しさん:2024/09/01(日) 00:38:13 ID:GIq35w5k0
あの量を書き直して投下てどれだけかかるんだ…
ハインvsミルナの結末普通に見せてくれ…

74名無しさん:2024/09/01(日) 01:59:33 ID:9tBcNMXI0


     ( ^ω^)冒険者たちのようです

            第3話

          「誰が為の祈り」

75名無しさん:2024/09/01(日) 02:00:55 ID:9tBcNMXI0

――聖教都市ラウンジ――


古くは80年程前からこの地に根付いた、大陸の最大宗派、聖ラウンジ教。
経典は至るところで広く知られ、今や多くの民の心の拠り所でもあった。
しかしその成り立ちは、決して一枚岩ではなかった。

保守派と進取派の派閥による争いで、多くの血を流した恥ずべき過去を持つ。

当時、極東シベリア教会ら異宗教への弾圧を強め、力を持って信仰を捻じ曲げんとする
聖ラウンジにおける過激派は、30年前の宗教戦争以後、”旧ラウンジ聖教”として分派し、
元々の聖ラウンジとは道を違えることとなった。

極東シベリアもラウンジ過激派も、かつての権威や信仰の後ろ盾を失い、
現在ではごく少数のみが大陸の各地に散り、散発的に活動をしているのみだ。

一方の聖ラウンジ穏健派は、改編以後に組織された直下の騎士団である
”円卓”が彼ら教会の盾となり、今日までに大きく信徒を増やすとともに、
聖教都市を中心とした各都市間での問題における治安維持に努めている。

彼らが拠を構えるここ聖教都市の司祭は、平和の象徴として多くの民に寄り添うべき存在。
ラウンジの信徒たちは来る日も来る日も、”ヤルオ=ダパト神”へ礼拝を欠かさない。

いつ報われるとも知れぬ信仰の果て。
やがて、神に見初められた善なる者だけが、奇跡を宿すと言われていた。
飽くなき信仰がもたらす、聖ラウンジの秘術、”聖術”。

心身を癒す祈りの力や、悪意を持った力を通さぬ光の壁などの奇跡がある中で、
聖術の奇跡を賜った者の中でも、直接ヤルオ神の神託を聞いたというものは、
周囲からは畏敬の念を込めて”聖徒”と呼ばれていた。

76名無しさん:2024/09/01(日) 02:02:36 ID:9tBcNMXI0

過去の大陸歴の中でも数少ない聖徒の内の一人、”アルト=デ=レイン”。
彼こそ、30年前の過激派が巻き起こした、血生臭い争いに終止符を打った人物だった。
多くの者たちが命を落としていく中、神の託宣と聖術を賜った彼は争いの終わりを願い、
より多くの命を助けるために戦場となった村や町を駆けずり回ったという。

アルトの存在こそが、聖ラウンジ穏健派が当時の争いの後に主権を取るに至った理由だ。

数ある聖ラウンジ教会において最大の信徒を抱える、聖ラウンジ大聖堂。
それが、彼らが拠を構えるここ聖教都市ラウンジの街にあった。
身寄りの無い子供や身体の不自由な老人が多く訪れては、日々施しを受けている。


――聖ラウンジ 大聖堂――

一人の娘が、信徒たちと共に神に祈りを捧げていた。

青銅の十字架が祀られた巨大なステンドグラスの前で、床に膝を折る。
それはいつもの通りの時間に、いつもと変わらぬ所作で行われていた。
他の信徒の修道服とは違い、一人純白の煌めきを衣服に纏わせていることから、
彼女が特別な存在であるのだという事が、誰の目にも見て取れるだろう。

金色の艶やかな髪は、左右でそれぞれ大きく二つにまとめられていた。
華奢で小柄な体格に、端正な顔立ちの細い輪郭がよく映える。

横顔に幼さすら残す娘は、今日も真摯に祈りと向き合っていた。

ξ-⊿-)ξ (聖ラウンジの神よ、ヤルオ神よ。
      どうか迷える我ら信徒に、御言葉をお聞かせ下さい)

77名無しさん:2024/09/01(日) 02:03:11 ID:9tBcNMXI0

「神よ……どうか、この地で苦しむ全ての人々を救いたまえ……」

「我らが信仰をもって、どうかお声を……」

彼女と同じように祈りを共にする来訪者もあった。
修道士達も同様にだ。皆が神への畏敬を持って、口々に祈りを捧ぐ。

人知れず、そこで彼女、”ツン=デ=レイン”は嘆息した。

赤子であった彼女は、当時の司祭に拾われ、その時神に仕えるという身分が定められた。
やがて司教となった育ての親は、ツンが18になると同時にこの世を去る。

何日かは涙の日々だったが、そうも言ってられなかった。
周囲は彼女の覚悟を、そう長くは待ってはくれない。
司教アルト=デ=レインの拾い子であり、そのまま養子となったツン。

彼女は今や、この聖教都市の信徒たちを導いていく助祭の立場にあった。


ξ゚⊿゚)ξ(はぁ……本当に、こんな自分が嫌になるわ)


現存する信徒の中では、かつてのアルト=デ=レインをおいて他の誰にも、
”ヤルオ=ダパト神”の声を直接聞いたと伝えられる者はいない。
それは、こうして信徒らと共に祈りを捧げている、ツンも同様だった。

78名無しさん:2024/09/01(日) 02:04:30 ID:9tBcNMXI0

他の信徒達と同様に、一向に奇跡を賜わる事がない彼女への風当たりは強い。
恵まれた地位にありながら、聖術も使えない聖ラウンジ信徒。
そんなことだから身内びいきだとして、影から他者には妬まれ、僻まれる。

当時の事を知らぬものからは、ヤルオ神の天啓を受けて聖術を賜りながら
戦場を駆けずり回って多くの人々の命を救ったという父の逸話をも、時に
眉唾として揶揄されることさえあった。

このところは喪失感と焦燥の狭間で、心は締め付けられていた。


『全ての人々には等しく、愛される権利があるんだよ』


父アルトは、常々そんなことを口にしていた。
自分を拾い、育ててくれたのは、聖職者だったからなのだろうか。
父が天に旅立ってからは、恩着せがましいとさえ考える事もあった。

立場への重圧が邪念を生み、ここ最近の彼女の祈りを曇らせている。

アルトがこの世を去った昨年から、鬱屈とした気分が晴れる事はなかった。

そんな彼女の毎日に、変化が訪れることもない。
きっと、このまま変わらぬ毎日を暮らしていくのだろうとも感じていた。

外の世界を知らずに暮らし、聖教の象徴であるべき彼女にとって、
聖堂に訪れる街の人々と会話を交わす事だけが、唯一の楽しみである。

79名無しさん:2024/09/01(日) 02:05:14 ID:9tBcNMXI0

ξ;-⊿-)ξ(いけない、たとえお飾りでも私は聖ラウンジの助祭。
      神に使える身なんだからね……今のはナシ…今のはナシ…)

後ろの方からひそひそと話し声が漏れてくる。
礼拝の最中だというのに、こちらへ聞こえるのもお構いなしに。

彼女の心をかき乱すそんな雑音、ここ最近は茶飯事であった。


(ねぇ、ツン様の話……聞いた?)

(もうじき、次期司祭候補として選ばれるって話よね)

(あんな小娘がねぇ……まして、拾われた子っていうじゃない)

(確かに聖術の一つも使えないのに、とんでもない話よね)

(ちょっと貴方たち、聞こえるわよ)


ξ-⊿-)ξ「………」




        *  *  *


一通りの礼拝を済ませた後、ツンはすぐに聖堂の二階に上がっていった。
自室でふて寝してしまおうかと思っていたが、父の書斎の戸の前で立ち止まる。

80名無しさん:2024/09/01(日) 02:05:41 ID:9tBcNMXI0

午前は牧会の来訪者もおらず、外の世界の話を人々から聞ける楽しみも無かった。

育ての親を亡くした喪失感も癒えぬまま、司教の忘れ形見として美談に語られる自らの境遇。
その父が逝去してからは、養子である自分の出自が、嫌でも聖教内外で噂されるようになった。
自らが置かれた現状に、心はどこか、ふわふわと定まらぬ場所にあった。

次期司祭の地位への妬み嫉みに、心をすり減らす毎日。
そんな日々に嫌気が差して、父に救いを求めているのかも知れない。
一人考え事をしたい時は、こうして亡き父の書斎を訪れるようになっていた。

あまり掃除が行き届いておらず、窓を開けると埃が風に舞った。


ξ-⊿-)ξ「……お父様。
     私には、自信ないや」


いつからだろう、祈る事が、こんなにも嫌になってしまったのは。
どうしてだろう、同じ神を信じる人たちが、こんなにもいがみ合うのは。

窓から外の風景を眺めながら、時折、この場所で物思いに耽るようになった。

最近では、礼拝自体に嫌気がさす気持ちさえ芽生えることがあった。
物心つく前から神の信徒として仕えてきた彼女にとって、あってはならない事だ。
大恩ある父の遺志を継いで、聖教都市のこれからを支えるべき立場ならなおさらに。

81名無しさん:2024/09/01(日) 02:06:22 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「まるで、籠の中の鳥みたい」


いつからか”外の世界を見てみたい”という気持ちが、彼女の中に膨らんでいた。

司祭の座など、本音ではツン自身、どうだっていい事のように思えていた。
祈りを捧げていくだけの毎日、それがこの先に何をもたらすというのか。
神の声を聴くためか、はたまた、ただ聖術を身に宿すためなのか。

漠然とした不安を抱えたまま、今日も正直になり切れない自分に、辟易した。
思った事をそのまま伝えられたら、行動できたらどれほど楽になれるのだろうと思う。

父が残した十字架の重みは、容赦なく自分の背に圧し掛かる。
同じように生きた先で、父のように立派な聖職者になれるという自信はなかった。

ξ゚⊿゚)ξ「……あれ?」

手慰みに何気なく開いた木机の引き出しの中から、見慣れない書が姿を覗かせた。

父が亡くなった時、身の回りの物は整理したはずだった。
記憶の中では、その時にこんな物はなかった。

どうやら奥の方に納められていたか。
鬱屈した自分の心が、無意識に引き出しを抜く動作に力を込めたせいかも知れない。

ぱらぱらと、その頁をめくってみた。

煤けていて、長年に渡って使い込まれた風合いの一冊。
最初の数ページを捲って、それが日記だとすぐに理解する。

どうやら、十年以上も前から綴られていたもののようだった。

82名無しさん:2024/09/01(日) 02:07:25 ID:9tBcNMXI0

――18年前――


〇月〇日 『今日、一人の赤子を拾った。女の子だ。
      傍らに手紙が添えられていたが、名前しかしたためられてはいなかった。
      彼女の名前は、ツンというらしい。
      親でもない私が顔を覗き込んだからか、大声で泣き喚かれた、元気な娘だ。

      この寒空の中で、今日という日にこの子に出会えた奇跡に、感謝を。
      彼女を引き取ってくれる者がいないか、明日から探してみよう』


〇月〇日 『子育てというのがこれほど大変なものだとは思わなかった。
      ……なかなか貰い手が見つからず、どこも大変な様子だという。
      これを書いている今まさに、またツンが泣き出した、急げ』


〇月〇日 『神に身を捧げた私が、一人でこの娘の面倒を見ることは難しい。
      生涯の独身を貫く私では、きっとこの子の親とはなりえない。
      優しい夫婦の元で見てもらえると、一番いいのだが……』


〇月〇日 『今日、ようやく彼女を引き取りたいという女性が現れた。
      ツンはこの頃、しっかりと目が見えるようになってきたらしい。
      私の顔を、指をしゃぶりながらじっと見つめ返すようになった。

      お別れだよ、と告げた私の胸がざわついていたのは、自分でも分かった。
      きっともう、彼女に情が移ってしまっていたのだろう。
      ツンは私の心を見越したように、この指を握ったまま、離してくれなかった。

      それが愛らしく、たまらなくいとおしく思えた。

      引き取り手の女性は、私たちを見て肩をすくめていた。
      ”その子、司祭様が親だと思ってるよ”と、彼女は言った。

      そうまで言われては――
      覚悟を、決めなければいけないのかも知れない』


ξ゚⊿゚)ξ「これは……お父様の」

83名無しさん:2024/09/01(日) 02:08:00 ID:9tBcNMXI0

――16年前――


〇月〇日 『この頃のツンはとても奔放で、無邪気だ。
      あの子が大きくなればなるほど、共に時間を重ねるほど、愛おしさが溢れる。

      修道女の皆には、感謝してもしきれない。
      礼拝の時にも彼女を連れ出して気にかけてくれるばかりか、
      おしめに食事に、手厚いお世話をしてくれていた。
 
      彼女の笑顔や泣き声も、その皆を笑顔にしてくれるようだ。
      ツンとの時間が、私の人生にとって今ではとても大切な事のように思える』


日記には、父アルトの想いの丈が綴られていた。
ツンにとって一番のよき理解者であり、愛情深く育ててくれた人。
自身との出会いから今に至るまで、日々の出来事やその心情が綴られている。

ツンの存在によって、情に絆されていく聖職者としてのアルトの葛藤。
それらが、あられもなく書き留められていた。


――10年前――


○月〇日 『ぎこちないながら、ツンも様々な作法が解ってきたようだ。
      飲み込みは良い方ではないが、この歳にしてどこか仕草に気品を感じる。
      ”お父様のように奇跡を起こせるようになる”と言ってのけたが、さて。

      彼女ならば、あの時の私のように”声”が聴こえるかも知れないな」

84名無しさん:2024/09/01(日) 02:08:44 ID:9tBcNMXI0

〇月〇日 『教会に訪れる人々は、皆ツンに親しく接してくれる。
      また、彼女も皆とのおしゃべりを楽しみにしているようだ。
      聖教の外の話を聞いている最中の彼女の瞳は、輝いていた。

      ……私は、彼女に退屈な日常を押し付けてはいないだろうか。
      この場所に、縛りつけてしまっているのかも知れない。

      彼女の幸せは、いずれ彼女自身で見つけてもらいたいものだ」


ツンが迎え入れられて、この教会で祈りを捧げるようになった当時の出来事。
父としての自覚が芽生え、聖ラウンジ司祭としての立場の狭間で揺れ動く葛藤。
立場というものに縛られて、父アルトもまた、今のツンのように思い悩んでいたようだった。

流行病で呆気なくこの世を去ってしまった父は、まだ53という若さだった。
日記の最後の日付は、1年ほど前になっていた。



――15年前――


〇月○日 「どうやら、ツンを快く思っていない者もいるようだ。
      確かに彼女は粗相もするし、聖典の内容すらまともに覚えてはいない。
      それでも、祈りに向き合う事に関しては、きっとこの場所の誰よりも真っ直ぐだ。

      今日も親を亡くした子供たちと共に、彼らの両親へと祈りを捧げていた。
      その姿は実に堂に入ったもので、一心の想いを感じさせた。
      誰であろうと分け隔てなく慈しむ、彼女の純真なる祈り。
      きっと孤児たちにとっても、少しの救いにはなっただろう」

85名無しさん:2024/09/01(日) 02:09:46 ID:9tBcNMXI0

ξ ⊿ )ξ「………これも」


〇月〇日 「ツンが病を得てしまった。
      だがつきっきりで看病したお陰か、いや、若さゆえの回復力だろうか。
      どうにか快方に向かってくれているようで何よりだ。
      だが、今度は私が寝込んでしまっている……年は取りたくないものだ。

      ツンの目が覚めた時、悪寒やめまいを悟らせないように必死だった」


そこで日記の何文字かが、伝わり落ちた雫に滲んだ。

厳格であり、清貧こそ美徳であった父の元では、自分を律する事が常だった。
それは、恩義を感じなければならない、という拾い子である出自への負い目や、
聖教都市の多くの民草を導く存在である、司教という身分の父への手前。

自分自身の気持ちを殺して、父や聖教のためにと暮らしてきたつもりだった。
それこそが父の本位であり、周囲が自らに求めている事なのだと思いながら。

籠の中の鳥だとしても、感謝をこそしなくてはならない。
司教の情深さを示すための道具として、体よく扱われたとしても。
時おり顔を覗かせる、そんな黒い感情と向き合うこともあった。

しかし父は、神の信徒という立場や情のために、自分を育てていたのではないのだと知った。


○月〇日 「彼女の祈りは、神よりも、人々の心に寄り添うもののようである。
      私の立場でそれが良いとは言わないが、それでも良い、と私は思う。
      彼女が祈る聖母のような横顔に、今日も礼拝者がいたく感激していたようだった。

      これなら、いずれツンに司祭を任せてもいいかも知れない。
      聖ラウンジの威光など関係なく、ツンは、民にこそ救いをもたらす存在になるのではないか。
      少なくとも私は、そう感じている」

86名無しさん:2024/09/01(日) 02:11:05 ID:9tBcNMXI0


ξ ⊿ )ξ「本当に…私の事を見ていてくれたんだ…お父様」


最初の気持ちは、そうだった。

辛い思いをする人々や亡くなった人物が、何一つ思い残す事なく旅立てるように。
共に心から死者を悼み、共に哀しみに浸り、共に祈りの気持ちを分け合う。
これまで当然としてやってきた事を、苦に思った事など無かったはずだった。

しかし、父を亡くした時から、最初の気持ちというものを忘れてしまっていたのかも知れないと気付いた。

去来する、胸をちくりと刺す痛み。
鼻腔の奥がつんとしたかと思えば、気を抜けば、両の瞳からは雫が溢れそうだった。


〇月〇日 「どうやら、私は流行病に侵されてしまったようだ。
      自分の身体だ、もう長くはないだろうというのが解る。

      それよりも、私にはツンの事が気にかかってならない。

      もし私が旅立っても、どうか気を落とさないで欲しい。
      君の人々を思いやる優しさと、真っ直ぐで清らかな気持ちは、忘れないでいて欲しい」


――日記の最後の日付は、どうやら亡くなる前日のようだった――

87名無しさん:2024/09/01(日) 02:12:17 ID:9tBcNMXI0


亡き司教、アルト=デ=レインの日記は、ツンへの想いで締めくくられていた。


〇月〇日 「最愛の娘、ツンへ。
      あの時、あの橋で君と引き合わせてくれた出会いの全てに、今は感謝したい。

      日々成長していく君の笑顔から、これまで私は本当に沢山のものをもらった。
      ツンがもし救われたと思っているのならば、それは間違いだ。
      君を見つけるまでの間、心に深い傷を負っていた私こそが――君に救われた。

      もしこの手記を読む事があったら、これより先は、思うままに生きなさい。

      信仰を捨てるのも、続けるのもいい。
      もし君に何か言う者がいても、気にすることはない。
      私や教会の者たちに遠慮して、君の人生の歩みを止めることなどない。
      
      君が感じた、心のままに生きなさい。
      どうか健やかで――またあう時まで」


ξ-⊿-)ξ(お父様……こんなにも、私の事を)


ツンの小さな胸は暖かさに満たされ、心の音は拍動した。

たとえ神と通じ合えず、奇跡を賜れなかったとしてもよい。
それよりも、自分の事を心から愛してくれていた事への、喜びと感謝。
父の愛情を心から信じられなかった己の未熟さを、その時悔いた。

88名無しさん:2024/09/01(日) 02:12:51 ID:9tBcNMXI0

これから、この自分に出来る事は、一体何なのだろう。
それを考えた時、カーテンをはためかせながら自分の顔を撫でるそよ風が、
まるで今初めて体験したものかのように、鮮烈なものに感じられた。

心に影を落としていた雲が払われ、開眼した気分だった。


ξ゚ー゚)ξ(――なんだか、すっきりしたわ)


ξ-⊿-)ξ(私達が安全な場所で、安穏と祈りを捧げる日々の中で……
      本当に困っている人たちはこの街の外にいくらでも居る)

ξ゚⊿゚)ξ(疫病や飢饉で命を落とした人々、貧しい孤児たち。
      この乱れた世の中には、どれほどいるのかしら)

ξ゚⊿゚)ξ(それなのに、私達は主に救いを求めるために祈るだけなの……?)



「――馬鹿らしいわね!」


一人、ツンは窓の外に向かってそう叫んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「神様なんて、どこかで私達を見下ろしているばかり。
     ……それなら私は、私にしかできない事を――」

奇跡は未だ賜われず、聖術も使えない司祭見習い。
そんな自分でも、出来るだけの事をやってみたかった。

89名無しさん:2024/09/01(日) 02:13:20 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「私は、私の手が届く人たちの助けになりたい」


その一心が、今のツンを支える活発な原動力の源だった。


自分にだって、何か困った人々の力になれる事もあるはずだ。
父が言っていた言葉を借りれば、愛情は全ての人に等しく注がれるべき。
自分が、父からそうしてもらっていたように。

ならば、親を亡くした子供たちや、孤独に死に逝く浮浪者。
そんな人々は、一体誰からその愛情を受け取れば良いというのか。
誰が、彼らの為に祈りを捧げてくれるというのか。

教会で礼拝している自分達は、そんな事に気づく事も無く。
ただただ、誰の為でもなく、形だけの祈りを捧げているのではないのか。

吹っ切れた今の彼女には、これまでうじうじとしていた過去の自分を
省みる時間すら惜しいほどに、旅立ちへの気持ちが溢れ出していた。



        *  *  *




───旅立ちを決めたあの日から、一週間の月日が流れていた───


ξ;゚⊿゚)ξ「ぜぇ……はぁ……」

90名無しさん:2024/09/01(日) 02:14:08 ID:9tBcNMXI0

登りの坂道、白を基調とした修道服の裾は、見る影もなく土ぼこりに塗れていた。
手ごろな木の枝を支えに、険しい山道を登る。

口を開く余裕も無いほどに疲弊し、箱入り娘で培われた自身の体力不足を痛感した。

やがて、勾配のなだらかな頂上付近にまで辿りついた時、木々に囲われている
近くの原っぱを目にして、身体をどっかりと地面へと預けた。

どこまでへも続いている空を見上げて、寝そべる。
身体の疲労は非常に深刻なものだが、それ以上に今は心地よい開放感が得られた。


ξ-⊿-)ξ(あ〜…いいわぁ)


目を瞑ると、今まで住み暮らしてきた聖教都市での出来事が、
まるで遠い昔の日々の出来事のようにも感じられた。

もちろん、周囲へはかなり強引にではあるが、説得を済ませてきた。
引き止める者や仰天する者など反応は様々だったが、口を差し挟ませる余地もなく、
最後には脱兎の如く逃げて来たようなものだ。

今頃、自分を探しているのだろうか。
それとも、空席となった助祭の立場を皆で決め合っているのだろうか。

街を出る前に、毎週礼拝に来ていた家族連れなどには一声を掛けてきた。
旅に出る旨を告げると驚かれこそしたが、自分を激励してくれた。
その激励のおかげで、二日目以降の野宿を乗り切れたようなものだった。

91名無しさん:2024/09/01(日) 02:15:03 ID:9tBcNMXI0

日中であればまだいいが、獣道のような森の中を通り、人里へと通じる道を
外れてしまってうす暗闇に迷いこんでしまった時には、べそをかいて彷徨い歩いたものだ。

だがそれも慣れたもの。
根拠のない万能感が、今のツンを突き動かしていた。


ξ゚⊿゚)ξ「……あっ」


もうしばらくこの心地よさを味わっていたかったが、不意に、頬に冷たい雨粒が当たる。
ひとつ、ふたつ、みっつと続くと、次第にその勢いは強まっていった。

急な夕立に見舞われてしまった。
ひとまずは木陰にでも身を寄せるしかないとは思うが、
ここで足止めされると人里にたどり着くのが明朝以降になるかも知れない。

来るまでに街で手に入れてきた食料もあるが、心もとない。


ξ;゚⊿゚)ξ「う〜ん、どうしようかな」


すぐに夕立が止む保証もない。
先ほどまでかいていたはずの汗がさっと引くとともに、
冷え出した空気が身体を細かく震わせた。


ξ;-⊿-)ξ「……寒っ」


暖を取れるような準備も整えてはおらず、自分の準備不足を嘆いた。
過ぎ去るまで、木陰で身を縮こまらせて待つしかないかに思えた。

92名無しさん:2024/09/01(日) 02:15:45 ID:9tBcNMXI0

しかし、周囲を見渡すと木々に紛れた岩陰に、
ぽっかりと口を開いた洞穴のようなものがある事に気がついた。

奥には暗闇が続いており、少し深さがあるようだ。
どれだけの奥行きがあるかは解らないが、この中に入れば風雨と寒さは凌げそうだった。


ξ゚⊿゚)ξ「これぞ神の思し召し……ね」

ξ;゚⊿゚)ξ(あっ! でも、もし熊とかいたらどうしよう!)

ξ;-⊿-)ξ(羆に村を襲われた人の話とか聞く限り、
       私みたいにか弱い娘はイチコロだろうし……)


あれこれと思案する内、木の葉から伝わり落ちる雨の雫が
首元から背中へと伝わり落ちて、小さく悲鳴を漏らしてしまった。


ξ -⊿-)ξ「でも、ま……この際、背に腹は代えられないか」

野生動物や、話にしか聞いた事のないゴブリンなどの妖魔が
中に居ないかを警戒しつつ、じりじりと洞窟の中へと歩みを進める。

思った以上に奥深い。

次第に入り口から聞こえる雨音は、しんしんと遠いものになっていく。
中は暗いが、獣臭がしたりはしない事に安堵した。

それどころか、かすかに薪を炊いた燃えかすなどがあった事に驚く。

93名無しさん:2024/09/01(日) 02:17:03 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「人が……居たの?」


生活の痕跡が、少しずつ暗さに慣れてきた視界に捉えられた。
火を起こした場所のすぐ近くの壁面には、固い土壁を石か何かで削り文字を刻んだ跡。
どういう規則性になっているのかよくよく見てみると、暦を描いたもののようだった。


ξ;゚⊿゚)ξ(こんな場所に住んでる人なんているのかしら。
      もし帰って来ちゃったら、どうしよう…)

こんな場所で山賊にでも襲ってこられたら、逃げようも無い。
雨風に晒された寒気が、ツンの身を震わせる。

不意に、人の声とも物音ともつかぬ何かが、奥から聞こえてきた。


ξ;゚⊿゚)ξ「誰か……いますか?」


慌てて2、3歩後ずさると、壁を背にした。
聞こえてきたのは、やはり人の声に似ている。
声の主は、影を引き連れて徐々に近づいてくる。

「うー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ひゃっ!」

気付くと胸のすぐ下で聞こえた声に、思わず一歩飛びのいた。

94名無しさん:2024/09/01(日) 02:17:57 ID:9tBcNMXI0

よく目を凝らして見てみると、小さな体格に、細い体つき。
目をこすりながら、うわごとのように喋っているのは、子供だった。


(ノoヽ)「おあ、ぅああ……?」

ξ;゚⊿゚)ξ「び……びっくりしたわ」


目やにだらけで、こちらの姿がおぼろげにしか見えていなさそうだ。
衣服ともいえないようなぼろの布切れを、身体にくくりつけていた。
顔は煤けていて、ろくに衛生的な暮らしなど出来ていないのだろうと分かる。

聖教都市でよく見かける、元気に走り回って遊ぶ肌つやの良い子供達とは対照的。
年の頃は同じほどであろうが、その身体はあばらの骨が浮き出る程に痩せ細っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「……ふぅ、ごめんなさい。
     ここは、あなたのお家だったのね」

(ノoヽ)「あう」

ξ゚⊿゚)ξ「こんにちは」

驚かされはしたが、山賊や熊なんかよりもずっと可愛らしい。
なぜこんな場所にいるのかを尋ねようとしたが、ある事に気付く。
敵意はない様子ながら、彼とは会話が成立していない。

(ノoヽ)「うぁう、おうあー」

ξ゚⊿゚)ξ(そうか……聞こえてないんだ、私の声が)

95名無しさん:2024/09/01(日) 02:18:43 ID:9tBcNMXI0

少年は、聾唖(ろうあ)のようだった。
耳が聞こえないばかりか、ものを喋る事も出来ない。
やせ細った子供が、こんな場所で一体どうやって生きていたのかと想像する。


ξ゚⊿゚)ξ「君は、一人?」

(ノoヽ)「ううんあ、あうおあ」

ξ゚⊿゚)ξ「違う……って? 唇の動きで、言葉が解るの?」


だがツンの問いかけに、少年は懸命に身振りを交えて意思表示をしているようである。
読み取ろうと悩むツンの元に少年はそろそろと近づくと、その衣服の端をつまんだ。

触れられた箇所ははたちどころに真っ黒く汚れたが、気に留めることもせず、
少年に先導されるまま、ツンは洞穴の少し奥へと誘われていった。

その先には、壁に背をもたれた人影があった。
指差した少年は、ツンの顔を見ながら飛び跳ねている。

(ノoヽ)「おあう! おあう!」

ξ;゚⊿゚)ξ「……!」

一瞬、悲鳴が漏れそうになったのを堪えた。
少年が指差す場所には、首をうなだれ倒れている男性の姿があった。

亡くなったのは、ここ数日であろうか。
その身なりは少年と似たようなもので、がらがらにやせ細っていた。
餓死か、病死のどちらかであろう。


ξ-⊿-)ξ「……そうだったの」

96名無しさん:2024/09/01(日) 02:19:26 ID:9tBcNMXI0

この子の親なのか、血縁関係はわからない。
だが少年は男と共に暮らしていたから、ここにこうして生きている。
一人残されて、きっと亡骸の傍で涙したであろう少年の姿が浮かんだ。

言葉も満足に喋れないこの子にとっては、あまりにも過酷な現実。
無垢な表情を見ているこちらが、悲痛な面持ちを浮かべてしまう程に。

ツンがこの場で出来る事は、たった一つしかなかった。


ξ゚⊿゚)ξ「……主よ、聖ラウンジの神よ」

ξ-⊿-)ξ「その御許に、この魂をお導き下さい」

ξ-⊿-)ξ「守るべきものを置いて命の灯を絶やした彼の魂が、
     悔いを残して彷徨う事がありませんよう」

きっとこの場所で少年を護ってきたであろう、彼に祈りを手向ける。
相も変わらず主の声を聞く事はないが、もうそれを気にする必要もない。

今のツンが彼らに出来る事は、これしかない。
亡骸の前に跪き、しばしの時、手を合わせていた。
様子が変わったツンを見て、少年はきょとんとしているばかりだった。

生きる力のない幼子を残して、この世を去るという事。
親ならば、それがどれほど悔いを残すであろうかと、察するに余りある。

だから、せめて天上からこの子を見守ってくれているようにと、祈った。

どれほどの間祈りを捧げていただろうか。
やがて眼を開いた時、ツンの顔を恐る恐る覗きこんだ少年と目が合う。

97名無しさん:2024/09/01(日) 02:20:11 ID:9tBcNMXI0

(ノoヽ)「んん〜……あう?」

事実を告げるのは、酷だろうか。

逡巡はしたが、すぐに思い至った。
いずれにしても、これからこの子は必ず受け止めて、乗り越えなければならない。

移ろい、やがて散ってゆく。
そんな命の在り方を伝えなければと思った。

ξ゚⊿゚)ξ「……あなたのお父さん、かな。
     お父さんは、あのお空の星の、一つになったの」

出来るだけ大きく唇を動かす事を意識して語りかけながら、
空が閉ざされた洞窟にあって、頭上を指差して語りかける。

首を傾げながらも、彼なりに理解しようとツンの口の動きを読んでいる様子だ。

ξ゚⊿゚)ξ「これが……命を失う、という事なの。
     あなたのお父さんは、もう動かないし、お話することもできない」

ξ-⊿-)ξ「だけどいつか、きっとまたどこかで会えるはず」

(ノoヽ)「んんん、うあう」

ツンの言葉は、全てではないにしろ伝わっているように思えた。
先ほどより神妙な面持ちで、ツンの真剣な眼差しを受け止めている。
出来るだけしとやかに、落ち着いた口調で、言葉を選んだ。

98名無しさん:2024/09/01(日) 02:21:22 ID:9tBcNMXI0

ξ゚⊿゚)ξ「だから、寂しくなんかないよ。
     お姉さんが、ちゃんと神様とお父さんにお願いしておいたからね。
     お空の星から、ずっと君を見守ってくれますように――って」

ξ゚ー゚)ξ「……ねっ?」

(ノoヽ)「……うう、うん」

ξ゚ー゚)ξ「お姉さんはね、お祈りするのが得意なの。
     だから、きっと聞いてくれてるよ」


子供というのは、大人などよりよほど物事の機微に敏感だ。
たとえ知識が無く完全には理解できなくとも、これからの自分の境遇について、
なんとはなしに感じているものがあるかも知れない。

胸元に少年を抱き寄せた時、その小さな肩は震えていた。
ツンの修道服の胸元には、少年の静かな涙がじんわりと広がる。
失った悲しみか、人と触れ合った事への安堵か。
あるいはそれら全ての、堪えていた感情が溢れ出したのかも知れない。


(ノoヽ)「ぅぅ……ぅう」

ξ ー )ξ「よしよし……大丈夫、だからね」


天上の主に願った、実を結ぶとも知れぬ祈り。
少年には自信を持って伝えた手前、彼をここに放ってはおけなかった。

99名無しさん:2024/09/01(日) 02:22:08 ID:9tBcNMXI0

彼の今後を助けてくれる場所を見つけるまで、ツンは共に居ようと決めた。
外に目をやると、どうやら先ほどまでの夕立もぱたと止んだようだ。
それなら出来るだけ早く坂を下り、距離を稼ぎ人里を目指そう。

そう思って少年の手を引こうとした時、人の声がした。
ツンらは、思わず身動きを止めて息をひそめる。


「やっと雨宿り出来ると思ったのによぉ」

「ったく、……今頃になって止みやがるなんてな」

「まぁいい、ちょっとここで休んでいくとしようぜ」


数人の男達の声が、入り口から響いてきた。
荒っぽい口調に野太い声は、ツンの心を張り詰めさせる。

本能的に危機感を察知しては、すぐに少年を自分の後ろへ庇った。


ξ;゚⊿゚)ξ(喋っちゃ、だめ)

(ノoヽ)(………あう)

ξ;゚ー゚)ξ(そう……いい子ね)


少年が頷いたのを確認すると、ツンは自分の元へと抱き寄せる。
洞窟の奥へ下がりつつ、極力音を立てないように闇に身を隠した。

足音からはどうやら、3人ほどの男がこの中に入ってきたようだ。
うっすらと見える影からは、大柄な男と、中肉中背、そして小柄の三人。

先ほどの荒っぽい口調も頷けた。
その三人のいずれもが、鉈や剣をぶら下げているのが見えてしまったからだ。

100名無しさん:2024/09/01(日) 02:22:57 ID:9tBcNMXI0

ξ;゚⊿゚)ξ(本当に山賊なんかと出会っちゃうなんて……ツイてないわね)

こちらの存在に気付かれれば、たちまち襲われるであろう。
そのことを、彼らの纏う雰囲気から察していた。
山賊たちの会話は、さらに怖気のするものだった。


「ケッ、きったねぇとこだなぁオイ」

「やっぱ雨上がりは湿気がひでぇや」

「こうジメジメしてるとよ、スカーッと、女抱きたくなるよな?」

「オメェは年がら年中だろうがよ!」

「ひゃひゃ。こないだの上玉みてぇに、無茶苦茶に犯してやりてぇぜ」

「おい、またケツに棍棒突っ込むのは無しだぜ? 後から使う俺たちが困らぁ」

「お前はどうせぶっ殺してからやるんだから、構いやしねぇだろうが!」

「ちげぇねぇ」


がはは、と笑い声が上がる。
ツン達の目と鼻の先で、物騒な会話が交わされていた。

ξ;ー )ξ(大丈夫、大丈夫……)

少年の頭をそっと撫でながら、そう言い聞かせる。
それは、恐怖に震える自分に打ち克つための言葉でもあった。


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