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( ^ω^)冒険者たちのようです
1
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:43:58 ID:28mrGroE0
何物にも縛られることなく、自由の風に吹かれて生きる。
”冒険者”という生業に、そんな理想像を抱く者たちは多い。
だが実のところ、命と日銭を天秤にかける日々を送る、難儀な稼業だ。
英雄の冒険譚を聞いて育った腕自慢の中には、胸を躍らせて出立しては、
たった一人で名を上げようと、鼻息を荒くするものも後を絶たない。
この大陸では今、空前の<大冒険者時代>の世と謳われていた。
あらゆる病を打ち消すと噂される、奈落に一度だけ咲く花。
希代の彫刻家が残した、魔力さえも宿すと言われる天球儀。
その血によって不老不死を得るとも言われる、伝説の龍伝承。
そのどれもが、胡散臭い眉唾もののおとぎ話とも思われるだろう。
だが事実として、大陸各地で未曽有の大発見を齎したものたちは、
莫大な富を築いたり、人々の間に語り継がれるだけの栄誉を手にしてきた。
そんな果報者たちも、数える程度にはいるのが現実だ。
しかし、この大陸の未踏区域の厳しさたるや、そう甘いものではない。
自然発生的に現れては、村を襲う妖鬼。
人を食い物として、亡骸をも弄ぶ巨躯の人鬼。
血の通う肉体を求めて夜毎さまよう、屍鬼の類。
商隊を付け狙い、金品を奪うような野党の輩も絶えない。
冒険者とは、そのようなものたちと時に相対することもある。
2
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:45:11 ID:28mrGroE0
更に、開拓区域に住み暮らす人々に問題が起こるのも、日常だ。
便利屋まがいの雑用や荒事に身を捧げては、幾ばくかの銀貨のために命を切り売りする。
彼らはいつも、日々の生をやり過ごすようにして生きている。
肉体や心も、いつしか少しずつ蝕まれては、疲弊していく。
老いか、病か、古傷の痛みか、あるいは心に負った傷か。
冒険者のまま死ぬか、生きるかを迫られる時は、やがて来る。
死に場所を定める、覚悟の猶予。
その時が与えられればまだ良いが、それは今日や明日になるかも知れない。
大きな栄光や富を志すものの多くが、道半ばで儚く命を散らせていく。
いかに鍛え上げられた強靭な肉体であろうとも、高位の魔術の使い手でも同じことだ。
冒険者稼業をしてみれば分かるが、孤高の英雄など、物語の中の話でしかあり得ない。
力無きものほど非力を補い合い、結び付き合い、より強くありたい。
そのために冒険者は、<パーティー>を組む。
互いに奮い立たせ、励まし、それらが持てる力をより以上に発揮する。
強い結束で結ばれた仲間同士ほど、それが顕著に見られるというのが経験談だ。
(金銭や異性がらみのトラブルで解散することもままあるのだが)
3
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:48:19 ID:28mrGroE0
冒険者の資質として、最も大切な物。
それは、”何かを信じる事”なのだと思う。
仲間を信じ、自分を信じ、信念を貫くこと。
自らが信を置けなければ、他者もまた、それを映す水鏡となるだろう。
決して目には見えず、言葉で言っても陳腐になるだけの、不確かなもの。
だが、命を散らすか否かの瀬戸際の絶望の闇の中でこそ、強く光輝く。
信頼が紡ぐ絆は、そんな時こそ大きな力となるはずだ。
ただ一人で困難に抗い、打ち勝ち続ける事が出来るほど、人は強くない。
だからまずは、同好の士を募ってそれを育むといい。
せめて苦楽を共に分かつ事の出来る、信の置ける絆を。
――頁をめくると、少し崩した字でこう締めくくられていた。
冒険者連中には、酒浸りで金の無心ばかりのろくでなしもいれば、
仲間を庇って志半ばに命を落とすような、誰からも惜しまれる人物もいる。
色々な人間がいるから、人間観察が趣味の僕からすれば飽きないものさ。
僕自身、他の人には決して勧めない職業だけれどね。
夢を追い、殉ずる覚悟を決めたもの。
眩き栄光や富のために、野心を燃やすもの。
日銭を稼ぐために、仕方なく身をやつしているもの
あるいは、復讐の炎を心に宿すもの。
人の数だけ冒険があり、やがて終わりがやってくる。
自分で一歩目を踏み出すのは容易い。
けれどその道の先には、決して幸せだけが待ち受けているとは限らない。
だから、心して第一歩を歩むんだ。
<大陸歴 218年 ある冒険者の手記より>
4
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:50:47 ID:28mrGroE0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第1話
「第一歩」
5
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:54:54 ID:28mrGroE0
――交易都市 ヴィップ――
ラウンジ聖教の経典が広まり、その統治下に置かれる新興都市。
大陸の中央に位置しており、多くの商隊の通り道ということもあり、
全土でももっとも栄えている街と言われている。
多くの場所で、冒険者に混じって魔術師や、聖教直属の騎士団の姿も見られる。
それというのも、同じ職を生業とする者達で助け合いながら、
仕事を斡旋する共同体である様々な<ギルド>が存在しているのが理由だ。
魔術師達にとっては見聞を広げ、研鑽を積むもの同士で情報を共有しあう場。
その一方では、主に戦ごとに用いられる傭兵斡旋所や、盗賊ギルドなどもあり、
表だってこそないが、やはり街が大きいほどに、日陰に生きる者も多分に存在する。
貧民層から富裕層までの多くの人々が住み暮らすこの街は、
今や行き交う商人達にとっても決して素通り出来ない場所だ。
その広大な敷地を誇る街の立て看板の前で、若者は一人、肩を落としていた。
(;^ω^)「はぁ……なけなしの50spを落とすとは、ツイてないお」
ずた袋を背負い、決して傍目からは小奇麗とは言いがたい服装。
とぼとぼと歩く後姿には哀愁を誘うものがあった。
ただ、その背中に背負う一振りの長剣だけは光り輝いて見える。
業物の装飾を施した鞘に納まり、彼自身とは見合わぬ程に。
6
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:57:58 ID:28mrGroE0
みすぼらしい服装や、生々しい擦り傷の数々。
かなりの長旅を経てこの場所へ辿り着いたと思わせる事だろう。
肩を落として歩く彼の足取りは、それでも一歩一歩が力強かった。
この大陸では、貴族や商人などといった身分の住み分けこそあれど、
それぞれの人々は安定した暮らしを築く為、日々の仕事に精一杯打ち込んでいた。
同時に、自由の風に吹かれて生きたいと志す者も非常に多い。
それが冒険者という人種である。
取るにも足らない雑用から、揉め事の仲介、遺失物の探索など。
それら冒険者宿で張り出されている依頼を受け、日銭を稼ぐ人々の事だ。
腕利きの冒険者ならば、時に騎士団や領主直々に破格の報酬を与えられることもある。
当然、高額の依頼になるほど危険な依頼も多い。
経験の浅い駆け出しの若者達の大半は、金や名声をと、功名心に鼻息を荒くする。
その志半ばで命を落とす人間ばかりといっても、過言ではない。
彼らの中での冒険の目標は、この大陸の未開の地が踏破される度、常に移り変わる。
ある者は、誰にも知られることのなかった遺物を発掘し、莫大な富を得た智者。
ある者は、人里に多くの被害をもたらした強力な妖魔を、一人で討伐した強者
そうして聞こえてくる風の噂の一つ一つに、彼らは一抹の思いを馳せる。
冒険者を目指す若者は、大陸全土においても特にこのヴィップでは後を絶たない。
やがて、一軒の宿の前で、彼の足は止まる。
装飾のあしらった木製の看板には、書き殴った筆記体でこう書かれていた。
――失われた楽園亭――
7
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 00:59:27 ID:28mrGroE0
酒や食事を提供しながら、各地方からの依頼も扱う冒険者宿だ。
ヴィップの街が今のように栄える前から、この場所に建てられたという。
それだけに歴史を感じさせるような風格もあり、一見して外観は小汚い。
だが、腕利きの冒険者達がよく立ち寄ると評判の、良質な冒険者宿として評判だった。
そんな事情も知らずか、若者は軒先の看板の前でつぶやいた。
( ^ω^)「キザったらしい名前だおね」
使い込まれた木扉を押して中に入ると、その瞬間に活気が流れ込んだ。
それぞれの卓ではまだ日も高いうちから酒盛りをしており、賑わいを見せている。
席につくのは冒険者ばかりで、古い木の臭いに混じり、一仕事を終えた彼らの体臭も鼻を突く。
(’e’)「らっしゃい」
店の主であろうか、体格の良い初老の男性は一瞥して、仕事の手を止める。
一見の客である事、容貌から冒険者である事。
それらの確認をまばたき数度の内に終えたようで、すぐに手元に視線を落とす。
エールグラスを磨きながら、酒盛りをしている冒険者達と会話を続けていた。
8
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:00:44 ID:28mrGroE0
この男率の高さにあっては恐らく店の看板であろう、うら若い娘もいた。
彼女は店主の方へ視線を送った様子だが、店主が平時に戻った様子を見届けると、
入店してきた冒険者の元に、笑顔を振りまきつつ駆け寄る。
ζ(゚ー゚ζ「いらっしゃいませ!
ご注文は?」
一連のやりとりに気付くでもなく、一方の若者は入店してすぐの掲示板の壁面を眺めていた。
びっしりと散りばめられた、様々な依頼の文字を追っていたところだ。
後ろから突然注文を聞かれて、彼は少し驚きながら振り返る。
( ;^ω^)「あのぅ……今は持ち合わせがなくて、依頼だけ受けられないかお?」
その言葉に、周りに居た冒険者と思しき人間達は、彼らの方へと振り返った。
突然の衆目にさらされたことで、若者は少したじろいだ様子だ。
ζ(゚ー゚ ζ「えぇっと……」
看板娘は、少し困惑した様子で再び店主の方へ視線を向けた。
9
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:01:58 ID:28mrGroE0
それというのも、こういった冒険者宿では張り出した依頼を請け負う際には、
飲み物の一杯も頼むというのが、この場を間借りする者たちの暗黙の掟というものなのだ。
少し気恥ずかしそうにしているその態度からは、彼がそういった冒険者ならではの
常識を疎んじていたり、知らなかったという訳でもなかったのだろう。
だが彼と看板娘の中での気まずさは、一人の男性客によって打ち消された。
_
( ゚∀゚)「素人め」
カウンターで酒を飲んでいた冒険者だ。
彼は、若者へチクリと言葉を刺した。
浅黒い肌に映える深い色の瞳をしている。
自分より二回りも年長者である様子だが、端正に整った顔立ち。
身の丈ほどの大剣を背に納めているのが印象的だった。
その彼から随分と冷ややかな視線を向けられていた事に、若者は遅まきながら気づく。
_
( ゚∀゚)「先達者からの計らいだ。
座ってそいつを一杯飲ってから、好きにしな」
( ^ω^)「おっ……」
そう言った彼の隣を選んで、若者はカウンターへと腰かけると、
なみなみと注がれた一杯のエールが、店主によって目の前に運ばれてきた。
10
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:04:23 ID:ojDgJLi20
支援
11
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:05:02 ID:28mrGroE0
(新顔だな、あれ)
(俺もあいつくらいの時分にゃ苦労したもんさ)
ζ(゚ー゚ζ「それじゃあ、ごゆっくり!」
お辞儀をして、カウンターの奥へと引っ込む店娘の背中を見送った。
周りの冒険者連中は、見慣れない新顔を酒の肴にしているのだろう。
揶揄するような冒険者たちの声が届いてはいたが、彼は両手で目の前の
エールグラスを手に取ると、ちびりとグラスの縁を口につける。
口の端に泡をつけたまま、隣の冒険者に礼を伝えようとした。
( ^ω^)「あの」
_
( ゚∀゚)「たかだか銅貨1枚の酒だ、どうでもいい」
( ^ω^)「そんな……ありがとうございますお。
助けられましたお」
_
( ゚∀゚)「酒代ぐらい常に持っとけっつの」
( ;^ω^)「駆け出しなもんで、お恥ずかしいですお。
あ、僕の名前は――」
名乗ろうとした様子を察して、冒険者はそれを手で制して視線を大きく逸らした。
至極面倒臭そうな表情からは、名乗りに対しての嫌悪感すら窺える。
12
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:07:00 ID:28mrGroE0
_
( ゚∀゚)「聞きたくもねぇよ、駆け出しの名前なんか聞いても、
季節が移り変わる頃には、どうせ半分はお陀仏だ」
( ;^ω^)「おっと……こいつは手厳しいお」
_
( ゚∀゚)「酒を酌み交わした帰り道の数刻後ってやつもいたな。
飲み過ぎたばかりに夜盗なんぞにかかって、ぽっくりとな」
( ;^ω^)「結構怖い街、なんですおね」
_
( ゚∀゚)「んで、どっから来た?」
( ^ω^)「ここからずっとずっと西の、田舎の農村ですお。
多分、名前を言っても誰も思い当たらないほどの」
_
( ゚∀゚)「サルダか。
あそこは僻地だが、のどかで人も良かった」
( ^ω^)「おっ、行った事があるんですかお?」
_
( ゚∀゚)「まだまだ大陸も未開の地は多いがな。
新参のお前なんぞより百倍は旅歩いてんだ。
なめんじゃねぇよ」
( ^ω^)「……ですかお」
若者としては、色々と先達者に質問をしたいという思いがあるのだろう。
なかなか懐に入れてはもらえないが、微妙な距離感での会話は続く。
13
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:11:55 ID:28mrGroE0
若者はえいやとばかりに、思い切った質問をぶつけてみた。
( ^ω^)「あの、どうして冒険者になったんですかお?」
_
( ゚∀゚)「あん?
そうさな……一匹、ぶっ殺したい竜がいてな」
( ;^ω^)「竜ってまさか、あの”ドラゴン”ですかお?」
二人の会話を盗み聞いていたと思しきカウンターの背後から、失笑が漏れた。
3人で卓を囲んでいるのは、一目で分かる粗野な冒険者パーティーの一党だ。
かなり酒も回っているのか、挑発的な言葉をカウンターの二人の背中に投げかける。
「おいおい、聞いたかよ。
まさかまさかの、ドラゴン退治の英雄様だと」
「こんなボロ宿でご拝謁給われてなんとやらだな」
「さすがジョルジュの旦那の言う事は違ぇな。
いつも、俺はお前たちとは違ぇ!
……ってな感じだもんなぁ?」
がはは、と大きく仲間内で下卑た笑い声を上げて二人の会話を揶揄する男たちに、
くい、と顎を向けた冒険者だったが、その表情は至って平静なものだった。
_
( ゚∀゚)「新参、ああいうのがいかにもな三下だ。
せめて、あぁはならんようにな」
「……あぁ!?」
(;^ω^)「ちょい、ちょい」
14
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:17:21 ID:28mrGroE0
冷ややかに言い返された酔っぱらいの一人が、乱暴に椅子を倒して席を立つ。
つかつかと歩いてくると、男はジョルジュと呼ばれた冒険者の肩を掴んだ。
しかし即座にその手首を掴み返すと、肩越しに鋭い視線で睨めつける。
「んっ、ぎっ……」
_
( ゚∀゚)「で?」
引き寄せようとした男の手首は、たちまち強く締めあげられて、表情が苦悶に歪む。
明確な力関係の差が、酒場で卓を囲むほかの冒険者たちにも一目で分かっただろう。
手の血色が変わるほどの力でぎりぎりと締め上げられた冒険者は、やがて根を上げた。
「わ、悪かった! 悪かったよ、ジョルジュ……さん」
言葉を聞くと、彼は手に籠めていた力をすぐに手放した。
一連の光景を眺めていた客たちの間では一瞬の沈黙が流れていたが、
ばつが悪そうにすごすごと卓に戻っていった酔っぱらいが席に付き不貞腐れた様子を見届けると、
宿の店内には、再び先ほどまでの賑わいを取り戻した。
_
( ゚∀゚)「へっ、相手見て喧嘩売りやがれ」
(’e’)「ったく……」
ジョルジュと呼ばれた男は、先ほどとなんら変わらぬ様子で話を戻した。
_
( ゚∀゚)「まぁ、こいつはただの昔話なんだがな。
一口に竜っつっても様々よ」
( ^ω^)「はいだお」
ほんのりと酒が回ってきたのか、はたまた、ただの気まぐれか。
ジョルジュと呼ばれた男は、新たに運ばれたエールを呷りながら、ぽつぽつと話した。
15
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:21:27 ID:28mrGroE0
_
( ゚∀゚)「ある日、どこぞの坊ちゃん領主が50人以上からなる騎士団引き連れて、
一匹の竜のねぐらをつついたんだと……すると、どうなったと思う?」
( ^ω^)「どう、なったんですかお?」
_
( ゚∀゚)「面白くもねぇ話だがな。
全員グズグズの肉塊にされて、騎士団は全滅。
その夜明けには、ふもとの村も地図から消えた」
( ^ω^)「………」
_
( ゚∀゚)「女も、ガキも皆食い散らかされるか、奴のブレスで焼き殺された」
琥珀色の液体が満たしたグラスを軽く揺らしながら、彼の目はどこか遠くを眺めていた。
興味本位で聞いた話は、月並みな言葉で励ませるようなものではなかった。
ただ、黙って何かに想いを馳せるような先達冒険者の横顔を、眺めることしか出来ない。
_
( ゚∀゚)「今はねぐらを変えて、どこに身を潜めてるんだかな……」
そう言って、ジョルジュという男はエールグラスの底に残った酒の残りを飲み干す。
押し黙ってその様子を見ていた駆け出し冒険者は、そっと尋ねてみた。
( ^ω^)「ジョルジュさんは、ご家族をそいつに?」
その言葉に答えぬまま、ジョルジュは飲み干したグラスを静かに置いた。
相当量の酒を飲んでいるであろう事は窺えるが、その横顔は、酒に呑まれている様子はない。
16
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:27:05 ID:ojDgJLi20
支援
17
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:28:44 ID:28mrGroE0
_
( ゚∀゚)「しけた話をしちまった。
そろそろずらかるとするか」
答える事のなかった問いには、彼にとって重要な何かがあったのだろう。
少なくとも若者はそう解釈して、それ以後言葉をかけることはしなかった。
大きくため息をついてから、ジョルジュは荷物をまとめて帰り支度を始める。
(’e’)「すぐに発つのか?」
_
( ゚∀゚)「悪ぃなマスター。
次の依頼がまたでかいヤマでな、その下準備だ」
(’e’)「……また来な。
次は上等な酒を仕入れとく」
実に手馴れた動作で軽鎧を着込むと、使い込んだ手甲の紐を、歯を使って小器用に結ぶ。
一連の支度を終えると、男が宿を後にしようとしたところで、若者はその背中に声を掛けた。
( ^ω^)「あのっ」
_
( ゚∀゚)「あ?」
( ^ω^)「ブーンって言いますお。
今度会ったら、僕が奢りますお」
ブーンと名乗った若者に対して、ジョルジュは軽く鼻を鳴らした。
振り返るでもなく、手のひらを二、三度宙にひらひらと躍らせ、別れを告げた。
18
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:32:27 ID:28mrGroE0
_
( ゚∀゚)「生きてたらな」
恐らくは故郷を滅ぼされ、仇討ちのために旅をしているのだろうか。
きっと長年の経験があるのだろう、荒くれどもを軽々といなした所作からも、
冒険者としての優れた力量を感じさせる、まさしく先達者としての姿だった。
去り行くその背中を最後まで見送ると、ブーンもまた席を立つ。
壁面を飾る依頼書へ、再びじっくりと目を走らせた。
( ^ω^) 「依頼は……この辺がいいかおね」
そこから剥ぎ取った依頼書を手に、おずおずと店主の元へと差し向けた。
書かれていた依頼の内容は、”ゴブリン退治”というものだ。
(’e’)「依頼だな、どれ……見てやる」
差し出された依頼書の内容を確認しながら、若者の姿を足元からじろりと見上げる。
通常、こうした宿の責任者には依頼達成に足る実力であるかを、見定める必要がある。
しかし、この失われた楽園亭の店主については、理由はそれだけではなかった。
(’e’)「ゴブリン退治か。
低級妖魔といえど、油断はできんぞ。
ましてや、駆け出しならよっぽどな」
( ^ω^) 「わかってるつもりですお」
言って、背中の鞘へと収まった長剣の刀身を少しだけ抜き出して見せる。
すぐに鞘へと収められたが、楽園亭の店主の厳しい目からには、
大概のものは断ち切れそうな程の切れ味と輝きが、見て取れたことだろう。
19
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:35:51 ID:28mrGroE0
(’e’)「冒険者としてはどうだか知らんが、そっちの方は達者そうだな」
( ^ω^)「ありがたいけど、ご心配には及ばないと思いたいですお」
(’e’)「……ま、悪かぁないか」
冒険者宿を切り盛りする店主ともなれば、駆け出しから熟練まで
日頃宿を利用している冒険者達の顔や性格を、嫌でも覚えてしまうものだ。
それでも、長く付き合いを続けていける人間はその一握りに満たない。
多くの人間は命を落としたり、怪我や病気で一線を退いていく。
その中にあって、失われた楽園亭の店主には気難しい一面があった。
依頼を請け負う冒険者の人となりなどを推し計り、相応しくない場合には却下する事もある。
冒険者の一部からは、”融通の利かない偏屈親父ジョーンズ”として有名だった。
それというのもかつて冒険者を志して旅に出たという息子が、
若くして命を落としたという事実から来ているのだろう。
その人柄の良さと料理の旨さ。
また、店娘の愛嬌もあいまって、この宿は多くの冒険者に愛されている。
ζ(゚ー゚ζ「はーい! ただいまお持ちしますからね〜!」
慌しく働く店の娘を気にかけながらも、店主は依頼書に自分のサインを記した。
お眼鏡にかなって依頼を請け負える事になったのだと言う事を、ブーンは知る由もない。
(’e’)「お前さんの名前が要る。
教えてくれるか?」
20
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:38:13 ID:28mrGroE0
( ^ω^)「ブーン。
"ブーン=フリオニール"ですお」
(’e’)「分かった……それじゃあ、宿帳に記録しておくからな。
明日の朝ここを出たら、東のリュメへ行って依頼人を訪ねろ」
( ^ω^)「リュメ……分かりましたお」
(’e’)「それから、そのナリじゃどうせ無一文だろう。
お代はツケといてやるから、今日は二階の空部屋を使いな。
ただし、ベッドはないがな」
( ^ω^)「あ、ありがとうございますだお!」
(’e’)「他に情報が必要か?」
( ;^ω^)「あの……一食サービス、みたいなのはありますかお?」
(’e’)「……何かと思えばそんな事かい。
心配しなくても今晩と明日の朝は、腕によりをかけてやるさ。
言っとくが、初回利用だけのサービスだがな」
( *^ω^)「あ……ありがとうございますだおぉッ!大将!いや、マスター!」
腹の虫を大きく鳴らせながら、今晩の食事に思いを馳せて、喜びを露わにした。
希望に胸を膨らませる彼の旅路が、これから先、いかなる道程となるものか。
それはまだ、彼自身ですら知るところではなかった。
( ^ω^)(――先ずはこれが最初の一歩、だおね)
ただ一つ言えることは、この交易都市ヴィップにおいてまた一人――
新たな冒険譚の紡ぎ手の、最初の一頁がめくられたということだけだ。
21
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:39:52 ID:28mrGroE0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第1話
「第一歩」
─了─
22
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 01:50:23 ID:ojDgJLi20
おつ
期待の新作
23
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 12:20:46 ID:C14dbdT60
乙乙
格好いい始まり方だ
24
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 12:51:56 ID:AhKPHd9g0
乙乙!!惹きつけられる導入でキャラクタも魅力的ですね!期待!!
25
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 15:26:44 ID:28mrGroE0
支援とご感想、ありがとうございます。
書き直しが終わりましたら次話を投稿します。
26
:
名無しさん
:2024/08/19(月) 17:07:28 ID:ldbP99JM0
乙乙
大変な職業だからこその人情がありますね。
ブーンがこれからどんな風に仕事をこなしていくのか、期待!
27
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:44:23 ID:j2EehhMU0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第2話
「冒涜するもの」
28
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:45:14 ID:j2EehhMU0
光あれば、闇もまた然り。
聖ラウンジの奇跡とは対極の存在として、
今もなお研究されつづけているものがある。
それが、魔術師ギルドに集う者たちによる”魔術”だ。
使い方を誤れば、己が身を滅ぼす事さえあるものだが、
いと弱き者を救う術として存在している聖教の秘術とは違い、
魔術とは、弱者をこそ強者たらしめんとする術である。
用いられる術には、呪うもの、物理現象を発現するものなど様々。
契約精霊に上手く同調して力を使役する事が出来れば、より多くの術を使いこなせる反面。
道の半ばでは、時に魔の深淵に魅入られ、道を外れる者もある。
しかしこの一人の青年は、日々実直に、魔術の研鑽を重ねていた。
(´・ω・`) 「ふぅ……全く。
聞いていた話とは、随分違うな」
29
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:45:58 ID:j2EehhMU0
大陸には、全ての魔術師たちが目標とする場所がある。
そこでの活動は彼らにとって何物にも代えがたい名誉をもたらす、魔術研究機関だ。
名を、”賢者の塔”。
魔術の道を求道して研鑽を積み続けた者たちの中でも、その上澄みの一握り。
塔を登る事を許された実力ある魔術師のみが、その場所で活動を許される。
数多の術を使い分ける名うての術者や、大きな発見で魔術研究に大きく貢献した者など、
明晰であるとされる魔術師の中でも、特に才覚溢れる術者ばかりがひしめく場所だ。
ここでは実際に魔術技能を身に降ろす事や、研究成果の一部を高額な費用で指南も行う。
成果の見込みの無い人間は、研究途中であろうと塔を追われる事もある。
逆に、優れた論文などを上げられる術者たちほど快適な研究環境があてがわれ、
潤沢な費用を持って、じっくりと自らの研究に没頭できるという訳だ。
眼下に森が広がる、塔の中層階にて。
青年は陽光の差す渡り廊下で立ち止まると、沢山の魔道書を両手に抱え外を眺めていた。
30
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:46:49 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「そろそろ一休みしようか」
”ショボン=アーリータイムズ”
南の名家、ストレートバーボン家の次期当主となるはずだった彼は、物心がつく頃には
既に魔術の世界へとのめり込んでいたという。
8歳の時には、老齢の魔術師であっても習得が困難とされる移送方陣を独学にて完成させると、
12歳で、森で遊んでいた際に襲い掛かってきたオークを、炎の球<ファイヤーボール>で撃退したという。
気品に溢れ、智に富んだ彼がいつかその手腕を発揮することを、
バーボン家の人間のみならず、彼を取り巻く多くの人々も待ち望んでいたほどだ。
だが、18になったショボンは、周囲の期待の全てを裏切る行動を取った。
父の強い制止をも振り切り、僅かな手荷物だけをもって生家を後にしたのだ。
広大な領地と、大きな富を有する家督を継ぐ権利の一切の相続を拒んで。
名家に生まれた環境も名も自らで捨て、それでも魔術の深淵を志す道を選んだ。
その後は大陸各地を転々としながらも魔術の研鑽を積み、その才覚がこの賢者の塔の
アークメイジの目に留まり見初められたことで、今この場で学問が行えていた。
しかし、どういうわけかこの頃は研究の合間に、雑用ばかりを余儀なくされている。
(´・ω・`) (使用人にご機嫌伺いをされるのも懲り懲りだが、
こうも雑用ばかり頼まれるのもな……)
常人の数倍の速度で知識を吸収してゆくショボンに、賢者の塔の術者たちも舌を巻いていた。
31
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:47:42 ID:j2EehhMU0
ある時、ショボンの倍以上も歳を重ねているはずの魔術師が、
転移方陣によって自分の身を遠方へと転送する事に成功した。
喜びを露にしてその事を彼に伝えてきた老魔術師だったが、
そこへ言い放ったショボンの言葉がいけなかったのかも知れない。
『それはおめでとうございます。
実は私も15の時に習得したのですが、苦労しましたよ』
老魔術師はそれを聞き、さぞや落胆したことだろう。
長年の己の研鑽が報われたかと思いきや、孫ほども幼い若造から、
とうの昔に通過した道だと聞かされた時には。
彼には悪気ない一言だったが、秀でる者の才能は、それ自体が感情を逆なでる事もある。
賢者の塔内の膨大な量の書物整理を押し付けられているのは、その結果であろう。
事実、今の段階でショボンに比肩する才覚を持つ魔術師は、
この賢者の塔においても、指折り数えるほどしか居なかった。
知識に対しての貪欲なまでに進取的な、発想と行動力。
その積み重ねが作った彼の魔術師としての実力は、誰の目からにも嘱望されしもの。
しかし、いかに有能といえど賢者の塔には術者同士の位というものもある。
才覚ではショボンに劣るとて、これまでの下積みによって魔術の研究に
大きく貢献してきた者達の存在は、決して無下にできない。
(´・ω・`) (妬み……か。
その感情、僕にだって分からなくもないのだがね)
32
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:48:24 ID:j2EehhMU0
恐らくは自分に向けられているであろう負の感情の出所を冷静に整理しながら、
任されていた資料室の整理をひと休みするために、窓の外を眺めていた。
そこへ廊下の奥から、小さく靴音が響く。
黒の外套を体に巻いた、細身の魔術師。
すれ違いざまに、不意に視線を交わした。
( ・∀・)
”モララー=マクベイン”。
彼の多くを知る者は、この賢者の塔にはいないようだが、その名を知らぬ者もいない。
彼の持つ魔術論文の実績の数々は、今後の魔術の在り方に大きな変革をもたらした。
そのいずれもがショボンを唸らせるほどの斬新な切り口であり、革新的な発想。
独自の魔術の研究に余念が無く、それ以外の一切に興味を持たぬほどの男だった。
中でも光そのものを歪曲させ、対象を不可視にするという光魔術の応用においては、
未だ彼を置いて他に、大陸中で実践を成しえた者は居なかった。
ショボンをして、時に自らを苛む劣等感があるのは、彼の存在があるからだ。
真の天才とは、彼のような人物ではないだろうかとも。
ひたすらに魔術の道を究めるため、研究と実践に打ち込んできた。
その共通点においては同じ雰囲気を持つ二人であったが、言葉を交わす機会はなかった。
研究が忙しいというのも理由ではあるが、どこか相容れないものがある。
ショボンは、そんな印象も彼に持っていた。
(´・ω・`)「どうも」
( ・∀・)「ふむ、司書にでもやらせておけばいいものを……」
33
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:49:09 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「私もそう思いますが、どうやら熱烈なご指名を受けまして」
ショボンが両手に抱える書物の束に視線を落として、モララーは嘆息した。
彼がショボンについてどの程度の事を知っているかは分からないが、互いに
似た者同士であり、実力も近いものがあるという事は、きっと感じているだろう。
それだけに、妬み嫉みに足を引っ張られているであろうショボンの境遇も理解した様子だった。
( ・∀・)「ご苦労なことです。
それでは、ごきげんよう」
(´・ω・`)「ええ、ごきげんよう」
会釈をしてからその背中を見送ったショボンは、
たまたま視線を落としたことで、ある事に気づいた。
(´・ω・`)(……血?)
大きめの黒い道衣に身を包むモララーの手首に、赤い物を拭ったような痕跡が見てとれた。
それは血の色のようでもあり、普通ならば気に留める事もない、些末な事柄。
あるいは実験の最中でたまたま傷を作ったものかも知れない、一筋の血痕。
だがそれが何故か、やけにショボンの好奇心を刺激した。
それが賢者の塔においても屈指の魔術師、モララーであったからこそだ。
34
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:50:48 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)(何だろうな、この違和感は)
彼の背中が見えなくなったのを確認してから、
抱えていた魔道書を傍らへと置いて、そっと踏み出した。
一度興味が沸くと抑える事が出来ない性分だと、ショボンは自覚している。
その好奇心こそが、今日までの彼を形作ったのかも知れなかったからだ。
感じた違和感の正体を確かめたいという考えが、思わず体を動かした。
気取られぬ程度に、一定の歩調で彼の後を追う。
専用の研究室まで与えられているモララーの存在は、ショボンにとって大きい。
自分が塔の一員として招き入れられるよりも以前から、彼は既に大陸全土の魔術ギルドから
一目を置かれている存在であったからだ。
自分とさほど変わらぬ若輩が、だ。
確かに、常人が数年かけても習得できない高等魔術を、難なくこなすことができる。
だだ、それらは決して自分一人の研究によって得られた成果ではなかった。
もっとも可能性がある分野を模倣し、必要とあらばそれらの修正点を洗い出す。
それが出来れば、後は自分なりの解釈で理論を実践するだけ。
それだけの事で、自分より遥かに長く魔術に携わる人間達の頭上を、何度も越えてきた。
これまでの間、大きな壁にぶつかったことすらなかった。
決して自分の口から周囲へと放つ事はないが、恐らくは自分が魔術師として
一流の部類に入る人間なのであろうという事も、自覚している。
今日の自分を形成するものは、飽くなき探究心と、効率の良い努力で裏打ちされた自信。
それにより、今まで他人を羨んだりした事などなかった。
それも、モララーという自分の先を行く魔術師が居ると、知る時までは。
劣等感と憧れの狭間で、ここまで興をそそられる人物と出会ったのは初めてだった。
だからこそ、少しばかりの事に、敏感に反応してしまっているのだろうか。
(´・ω・`)(僕が……彼を羨んでいるからかな)
それは違う、ただのいつもの悪い癖だ。そうやって自分を納得させながらも、
自分の足跡はモララーを辿ると、やがて彼の研究室がある辺りまでたどり着いた。
35
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:51:26 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`) (しかし……何か……)
簡素で、何の飾り気も無い研究室の扉。
その前に立ち、指先で扉の取っ手に触れてみる。
詠唱を短く念じて、指先はほのかに黄色く光を放つ。
物体に遮られた場所の様子などを調べる為の探知魔術だ。
目を瞑り、扉の向こうの様子を探ろうとした所で我に返った彼は、その手を離した。
(´・ω・`)「………全く、僕は何をしているんだ」
ただ単に興味を惹かれた、それでは子供と変わりない。
たったそれだけの事で、同じ屋根の下で寝食を共にしている身内に対して、
侵してはならない領域を、あともう少しで侵してしまうところだった。
一旦冷静になると、自己嫌悪が押し寄せて来た。
それらを噛み殺しながら、自嘲気味に呟く。
(´・ω・`)「本当に、この癖は治さなければね……」
短時間の探知魔術で把握できたのは、モララーは研究室には戻っていないという事だけだ。
手首の血の跡が何だというのか。
研究道具か何かで引っ掻いたり、自分自身の血液を媒体とする術式だってある。
下らない事に頭を突っ込むよりも、いち早く完全なる自分だけの魔術を完成させなければ。
踵を返して、研究室の扉の前から立ち退いた。
そこで、ショボンを再び疑念へと駆り立てたものがあった。
日ごろから頭を使う事ばかりしているせいか、俗世の人間達が好む珍味などの味覚にも疎い。
魔道書の活字ばかり追っている眼は、最近ではぼやけてはっきりと見えなくなってきた。
しかし自然に群生した葉などを調合したりもする職業柄、嗅覚は大事な五感の一つ。
間違えようのない、ものだった。
本当に微かながら、自分の鼻腔を突いたもの。
─────僅かな、死臭があった。
36
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:52:05 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)(何故だ)
今度は躊躇わなかった。再びの探知魔術によって、扉の向こうに誰も居ないのを
しっかりと確認した後、取っ手をしっかりと掴み、押し開けようと試みた。
だが、扉はうんともすんとも言わず、手からは滑る感覚に違和感を覚える。
力を加えても、扉からはきしむ音すら聞こえない。
(´・ω・`)(鍵では、ない。
……魔術による錠の感じでもない。
(´・ω・`)(だとすれば、結界か?)
(´・ω・`)(ますます気になるな)
一歩を後ずさった後、ゆっくりと掌を扉へと向ける。
(´・ω・`) 【――行く手阻みし魔の力よ 我が道を示し 解き放たれよ】
短く詠唱を告げると、固く閉じられていたはずの木製の扉は、軽く押すだけで呆気なく開いた。
”解呪の法<ディスペル>”
簡潔な呪いの類や、魔術によって張られた障壁などの魔力を中和する魔法だ。
隔てられていた簡易結界破られた扉の向こうからは、重苦しくも、
息苦しい違和感そのものが溢れ出るのを、ショボンは肌で感じた。
37
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:53:37 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「……随分と、小綺麗なものだが」
見た目には整然と実験器具や触媒、魔導書などが並べられており、よく手が行き届いていた。
ただそれだけに、禁じ得ない違和感がある。
研究室の中へと一歩踏み入った時、
感じていた重圧がより一層強いものに増した。
鼻を突くのは、死の臭いだ。
部屋の中を見渡し、私物や研究成果をしたためた書物などに目を配る。
そこで、ギクリとするような題名のある一冊の書物を見つけて、手に取った。
(´・ω・`)「まさか……これは」
”死をくぐる門”
古ぼけた魔道書の題名には、確かにそうあった。
この著書には、多数の人間の死が密接に関わっている。
今より数十年も昔、ある村で全ての住民が忽然と姿を消してしまうという事件が起こった。
幾度も近隣の騎士団は捜索を試みたが、村中、果ては森狩りをしてまで原因を追究したが、
月日が流れても、手がかりを発見するに事さえ至らなかったという。
三年後に発覚した事実では、神隠しの首魁は、この魔道書を書き綴った人物ということだ。
村の離れにぽつんと建っていたあばら家の地下室で、この著者の亡骸と、
村人達の者と思しき異常なほどの量の人骨が発見されたのだという。
38
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:57:22 ID:j2EehhMU0
一人の魔術師が、夜な夜な”実験材料”として村の人間達を捕らえ、
その命を奪っていたらしい、というのが事の顛末である。
――”死霊術”の実験としての大量虐殺。
後に、騎士団はそう断定した。
かの事件が、現在に至るまで大陸全土においても絶対の禁忌として、
界隈でも忌み嫌われる禁術の一つとして、死霊術を知らしめた元凶である。
命を落とした肉体や朽ち果てた亡骸をも蘇らせ、己が意のままに操る事さえ出来る。
術の触媒に人の死が不可欠で、死者の遺志などお構いなしに、その亡骸を弄ぶものだ。
その禍々しさから、もしも使役が発覚すれば、極刑まで有り得るとされていた。
だが人は、禁忌が目の前にあれば、触れずにはいられない生き物なのだ。
魔術の深淵を覗く上では、高位の術に分類されているということもあり、
それゆえ魔術師たちの中には、人目を忍び、学問としてのみ学ぶ者もいた。
(´・ω・`)(何故、こんなものがここに)
かの術者が惨たらしく村人を実験材料として葬っていく過程をも綴ったこの著書から、
事件の全容が明らかというのが、確か今より5年ほど前だったか。
死神と同一視され、協力極まりない死霊、”レイス”
その霊体を、自らの肉体と数多の人間の死を媒体として、降霊させようとしたのだ。
魔術の道を志す者達には、絶対に破ってはならないタブー。”禁呪”として伝え広められる死霊術。
果たしてレイスを呼び出す事に成功したのか、そのまま取り殺されたのかは誰も知らない。
巻末に記された著者名を見た時、ショボンは確信めいたものを感じた。
――「死をくぐる門」 著者・ マクベイン・ミラーズ――
同じ名を持つモララーの、何物にも心動かさぬような、涼しげな表情がよぎた。
その”原書”が、何故この場にあるのかという衝撃と共に。
39
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:58:40 ID:j2EehhMU0
少し頁をめくる度に、犠牲となった人々の断末魔すら聞こえてきそうだ。
単なる外法の魔術書というだけではない。
多くの犠牲者たちの失われた命が、この書自体に封じられているように感じた。
言い知れぬ威圧感を纏わせたそれは、もはやそれ自体が呪物としての威容。
(;´・ω・`)(何という物を見つけてしまったんだ……しかも、これは)
死霊術において、死者の魂を捕縛するための道具である”黒魂石”。
小さいものだが、見紛うことなきそれらが傍らに置かれている。
混じり気のない黒曜石を削りだし、様々な処理を施したうえで、七夜を月光で照らす。
確か、昔何の気無しに目を通した書物にはそう書いてあった。
恐らくこれらは、その手順にも忠実だ。
それらが何を示しているのかは、たとえショボン以外の術者であっても、簡単に理解が出来る。
(;´・ω・`)(バカな………死霊術だと?)
(;´・ω・`)(この賢者の塔に出入りする魔術師が、そんな外道の法に手を染めるなどと)
肩をわなわなと震わせ、ショボンの心中には様々な感情が交錯していた。
こんな事実が外部に発覚すれば、魔術師ギルドどころか大陸中の魔術師達の沽券に関わる。
よりにもよってモララーは、大陸全土でも象徴たるべき力ある魔術師なのだ。
それがまさか死者を冒涜し、人間の尊厳を貶める外法に手を染めていたなどとは。
共に魔術の更なる深みを探求するはずの身内に、そんな存在があるという事実。
ショボンは背筋の冷たくなるような思いをしていた。
「おや、そこで何を?」
40
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 01:59:31 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「ッ!!」
瞬時に振り返り、向き直る。
( ・∀・)
いつからそこに居たのか、認識する事が出来なかった。
静かな冷笑を口元に浮かべて、いつの間にか背後に佇んでいたのは、
この研究室を預かる、モララー=マクベイン本人。
今となってはその口元の緩みに、不気味さしか感じない。
理由を聞き出す為、ここは毅然とした態度で振舞う覚悟をショボンは決めた。
(´・ω・`)「留守中の勝手な入室、そして非礼をお詫びします。
先ほど、袖口のあたりに血の様な痕をつけておられたもので」
( ・∀・)「ふむ……あぁ、これかい?」
(´・ω・`)「ええ」
( ・∀・)「……たったそれだけの事でわざわざこの僕を追いかけて、
扉に張っておいた結界まで”たまたま”解呪し、今この場にいる。
その認識でよろしいかな?」
(´・ω・`)「………」
( ・∀・)「君は心配性なんだね。
ショボン=ストレートバーボン君、だったか?」
(´・ω・`)「今は、ショボン=アーリータイムズを名乗っています」
( ・∀・)「そうそう…そうだったね、ショボン君」
僕の身を案じてくれるのは有難いが、何の事はない、
ちょっとした実験で手元に跳ねてしまっただけのものさ」
41
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:00:23 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「それは、死の臭いを撒き散らす、このような実験ではないのですね?」
もっともらしく述べるモララーの前に、ショボンは突きつけた。
下手をせずとも異端審問は免れられぬ、動かぬ証拠となる外法の著書を。
それと同時に、今まで薄ら笑いを浮かべていたモララーの表情から、口元の笑みはさっと失せる。
互いに目線を逸らすことなく、永きに渡るような沈黙がその場を支配した。
息苦しさを感じるこの室内の重圧が、さらに一段増したように感ぜられた。
どれほど無言で見詰め合っていたのか、沈黙は、やがてモララーの方から破られる。
( ・∀・)「……くっくっ」
(´・ω・`)「何が、面白いのです?」
( ・∀・)「いやいや……失礼ながら、随分と煮詰まっているようだね。
ショボン君」
( ・∀・)「他の人間の研究成果を盗み見るなんて、
同じ魔道を求道する者として恥ずべき行為だ……違うかい?」
(´・ω・`)(ふん)
ショボンには、この会話を経て初めて気づいた事がある。
これまで魔術の研究に明け暮れてきた、モララー=マクベインという男の、もう一つの顔。
この上なく残虐で下劣な禁忌の魔術を、この男なら行いかねないという確信に触れた気がした。
(´・ω・`)「一体、何故なのです」
( ・∀・)「なぜって、何がだい?」
42
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:01:24 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「質問に答える気など無いのですね?」
柄にも無くショボンは、語気にふつふつとした怒りを滲ませる。
対照的にしらばっくれた様子でのらりくらり言葉を交わすモララーは、
やがて虚空の塵を眺めるかのように、天井を見上げた。
( ・∀・)「………”なぜ?” それはこの私が、あの禁じられている
死霊術に手を染めている、という事実に対してかい?」
(#´・ω・`)「やっぱり、そうなのか……あんたはッ!」
( ・∀・)「なぜなのか…そんな事、これまで考えた事もなかった。
何せ、一度のめり込んだら止まらない性分なんでね」
( ・∀・)「ショボン=アーリータイムズ君。
君だって、そうなんだろう?」
(#´・ω・`)「あなたなんかと同類にされるのは、御免だ」
裏の顔を知ってしまった今、目の前のこの男に対して、強い警戒心が芽生える。
それにも増して沸いてくるのは、この激情。
密かに越えるべき好敵手としてあって欲しかった身内に、
あってはならない、最悪の形で裏切られた為なのかも知れない。
(´・ω・`)「あなたを、告発する」
( ・∀・)「ほう?」
(´・ω・`)「それでたとえ、この賢者の塔で先人達が積み上げてきた名声が、
地の底まで落ちようともだ。
それでも───あなたのような膿は、出し切らなければならない」
43
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:03:46 ID:j2EehhMU0
( ・∀・)「……膿? それは、この私が?……ぷっ、くくっ」
( ∀ )「ははははははははは」
堪える事ができない、とばかりに頭に手を当てて、大声で笑い声を上げた。
対して、ショボンは爪が掌に食い込み皮膚を裂かんばかりに拳を握りこみ、
魂の冒涜者に対しての憎悪を露わにした。
( ・∀・)「ハハッ………あ〜、笑った」
(#´・ω・`)「何が可笑しい?」
ひとしきり笑い終えた後、頭を垂れて俯いていたモララーが再びこちらへと向き直った時、
瞳の奥から冷気さえ感じそうな程に、どこまでも暗く冷たい瞳が、ショボンを戦慄させる。
( ・∀・)「その告発というのは、死んでからも行えるものなのかい?」
(#´・ω・`)(……!)
先手を打つべきなのか、逡巡した時、すでにモララーは動いていた。
こちらへ向けて、両の手で三角形を模ると、なんらかの詠唱を始める。
( ・∀・) 【かの身に宿りて 蝕み 喰らえ】
( ・∀・) 【 我が意のままに 枷を破りて やがて朽ち果てよ 】
(;´・ω・`)(……まずい)
44
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:05:34 ID:j2EehhMU0
人目もはばからず、自分を口封じの為にこの場で葬る気か。
モララーの手の中で、黒き光の束が意思を持つかのように集束してゆく。
身構えて魔法で抵抗するには少しばかり遅過ぎた。
何しろ効果も不明なモララーの魔術の詠唱そのものが、短すぎる。
束ねられた光弾と共に光の烙印が自分の胸を打ち抜いた。
(;´・ω・`)「……ぐぅッ!?」
胸を穿たれたのか、一瞬そう錯覚する程に感じる鈍い衝撃。
思わずその場で片膝を付いてしまうほどの痛みであったが、
外傷を確認するために胸元に手を当てて、そこで気づいた。
烙印の光弾は、そのまま焼きごてのように衣服を貫通して、胸板に象形を刻んでいる。
それを見てすぐに立ち上がり、半ば無意識に反撃の魔法を打ち込むべく、その口は呪文を唱えていた。
(;´・ω・`)「くッ……。
【 我が前に立ち塞がる敵を 焼き払え 】」
(;´・ω・`) 【 炎の球よ 顕現し─── 】
( ・∀・)「……ふふん」
人一人を容易く焼き殺せる魔法を詠唱しているにも関わらず、
モララーはこちらを見て鼻を鳴らすほどの余裕さえ見せていた。
違和感に、このまま炎の球<ファイヤーボール>を放つ事を躊躇うほどだ。
45
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:06:30 ID:j2EehhMU0
そんな事を考えている内に、詠唱は突如中断される。
突如として、全身を恐るべき苦痛が這い回ったからだ。
(;´ ω `)「な……ッうぐ!? ぐぁぁッ!」
(;´ ω `)「ガハァッ……ぐ、ぐおぉぉぉぁぁーッ!?」
先ほどモララーによって放たれた魔法、それにつけられた烙印のあたりから。
胸を巨大な手でかき回されるているような、握りしめられるような経験のない激痛。
たまらず膝を付いて、ショボンは吐しゃ物を床にまき散らした。
(;´-ω・`)「……なんだ、これは。
一体、何をした……?」
( ・∀・)「私なりの解釈で完成をみた、”封魔の法”
その――簡易術式と言ったところかな」
(;´・ω・`)(”口封じの法”の発展形?
分からないが、これでは……)
口封じの法とは、魔術に必要である詠唱を行えぬよう、対象の口から一切の言葉を
発するのを阻害してしまう、対術者用の防衛用魔術の一種である。
その程度の魔術であれば、付与された効果を打ち消すアンチスペルもあるにはある。
だが、恐らくモララーが独自に編み出したであろうこの魔法には、
この急場で対応策を練り上げる事など、どう足掻いても不可能である。
( ・∀・)「どうかなショボン君。
魔術なんて、二度と使いたくなくなったんじゃないあないかい?」
46
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:07:23 ID:j2EehhMU0
(;´・ω・`)(……術者の魔力に反応して、この激痛が襲い来るという仕組みか?
恐らく結界も張られている……いかにもまずい)
未だ立ち上がるのも難しい程に、痛みがショボンの身体を蝕んでいる。
自分を睨みつける視線など気にも留めず、モララーはつかつかと歩くと、
机の上に置かれていた小ぶりのナイフの柄を掴み、ショボンへと向き直った。
( ・∀・)「――あぁ、一つ言っておくが叫んでも無駄だよ。
先ほど研究室へ入る際、今度は丁寧に結界を張っておいた。
ここからの声は、外へは漏れない。
その意味は、分かるね?」
(;´-ω-`)(ならば……この場を離れる手段は……)
口封じに葬ったとしても、その後をどうするつもりなのか。
いや、モララーならば、すぐに自分の立場を守るために上手く立ち回るだろう。
ほぼ命を握られている状況だが、一つだけ起死回生の手段を、ショボンは持ち合わせていた。
( ・∀・)「所で君は、実に良い素体となってくれそうなんだ」
( ・∀・)「ほんの少しでいいんだが、一度見せてくれないか?
君の優秀な頭脳を司る、その脳髄でいいんだが」
狂人め、と、そう言い返してやりたかった。
だがそれも出来ないほど、身体が何かに蝕まれている。
ナイフを手に、モララーの足音がゆっくりとこちらへと近づいてくるのが解る。
だが、今は必死に外界からの音を遮断して、目を閉じて集中する事が先決。
47
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:08:41 ID:j2EehhMU0
(;´-ω-`)(……間に合ってくれよ)
イメージする、ここではないどこかの風景を。
そこに多くの人目があれば尚いいのだが、この術では一度自分が立ち寄り、
しっかりとその景色を心象世界に形作れるようなものでなければならない。
どうにかして今この場から、モララーの元から離れる為なら、どこでも良い。
この賢者の塔へと招き入れられる以前に、下界から高みを見上げていた場所を想像する。
モララーは、既に自分の目の前に立っている。
だが、決してイメージに乱れが生じてはならない。しっかりと平静を保ち続ける。
( ・∀・)「なるほど、”転移石”か。
行く当ての心象世界は、しっかり描けたかい?」
(;´-ω-`)(………ッ)
モララーの無機質で透き通る声に、一瞬ゾクリとさせられた。
だが、どうにか間に合ったようだ。
自己の転移方陣”がまもなく発動しようとしている。
(;´・ω・`)「……君には、しかるべき裁きがあらんことを」
精一杯の虚勢で、捨て台詞を吐いた。
その無感情な鉄面皮を、瞼の裏にしっかりと焼き付けながら。
( ・∀・)「案外と臆病なんだね、君は」
最後に目を開けた時、ただ黙ってこちらを見下ろしていたモララーと、目が合う。
目前の冒涜者に逃亡を余儀なくされる屈辱が、胸に刻まれる。
やがて、ショボン自身の肉体と共に、意識は広がった光陣と共に消え去った。
* * *
48
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:10:54 ID:j2EehhMU0
たった今までそこにいた筈のショボンの姿は、もはや影も形もない。
あとに研究室に残されたのは、モララーただ一人だ。
( ・∀・)「冗談、こんなもの、私の枯れ枝のような腕で振るえないよ」
モララー自身も、彼が転移魔術を発動しようとしていたのは気づいていた。
が、わざわざこの場で事を荒立てるよりも最良の結果をもたらすであろう、
ある筋書きが、彼の頭の中で思い描かれていた。
( ・∀・)「しかし、これはこれで楽しめそうだ。
――そうだ、このシナリオでいこうか」
独り言ちて、口元に笑みを浮かべたまま、彼はその場を立ち去った。
* * *
(;´・ω・`)「ハァッ…ハァッ…」
たどり着いた場所は、心象に描いた場所と寸分の誤差もなかった。
賢者の塔の麓から少し離れた断崖で、近くには鬱蒼と緑が生い茂る場所だ。
人目に付かない場所であり、研究の気分転換によく訪れていた。
詠唱を行わずとも、転移方陣を発動し、あの場から逃れた。
それが出来たのは、胸元にぶら下げていたネックレスのおかげだ。
事前に魔術を封じておく事で、即席発動する事が出来る”転移石”を用いた。
最初の手順さえ踏んでおけば、魔術の心得の無い人間でも扱う事の出来る道具だ。
一般に卸されるものとしてはかなりの高額になるものだが、魔術師以外には
実用に耐えない品で、下手をすれば石壁などと同化して即死の可能性もある。
無用の長物だと思っていたそれだが、今回はこれに救われた。
ショボンは手の中の小さな石を眺めながら、安堵のため息を漏らす。
49
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:11:44 ID:j2EehhMU0
(;´・ω・`)「なんという奴だ……同じ魔術師達の目を欺きながら、あんな研究を……」
あざけりながら、口封じの殺害をちらつかせたモララー。
その企みを、白日の下に曝け出す。
そうすれば奴の異端審問は避けられない。
禁術に定められている死霊術のみならず、禁書のはずの一冊を所持している。
ふと、先ほどモララーによって胸へと刻まれた烙印の事を思い出し、手で触れてみた。
(´・ω・`)「……詠唱の必要は無かった、問題は……なさそうか?」
自分の身体に直接焼き付けられたその烙印自体に、不思議と痛みは感じない。
だが、安心しかけたのもつかの間だった。
意識し出してから、突然の胸の苦痛が訪れる。
思わず、息が止まる程のものだった。
(;´ ω `)「……ぐ、ぐおぉッ、あぁぁ、あ、がはッ、かはッ!!」
(;´ ω `)「あ、がぁ、うグぅッ………」
(;´ ω `)(見通しが……甘かった……魔法を使う際の…精神力に感応し…て……!)
爪が肉に食い込み血が出る程の強さで、烙印の刻まれた胸元に指を食い込ませる。
ふらふらと近場の木陰へとたどり着くと、すぐに倒れこみ、そのまま意識を失った。
* * *
50
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:12:20 ID:j2EehhMU0
彼が再び意識を取り戻した時、あたりはもう暗闇に包まれていた。
いつから気を失っていたのか。
運よく野犬などに襲われる事もなく、倒れた時と同じ状態のまま目を覚ました。
(´・ω・`)(どれほど眠っていたんだ…僕は)
(;´-ω-`)「……つッ」
よほど、襲いかかる苦痛を紛らわせたかったのだろう、
胸の烙印の周りに、無意識で爪に抉られた場所から所々出血している。
(´・ω・`)「確かに、魔法なんて懲り懲りになる程の痛みだ。
……下手にもう一度魔法を使えば、本当に死ぬかもな」
この呪いを解呪を出来る魔術師は、果たして賢者の塔にいるだろうか。
術者の陰湿で卑劣な人格を映しているような、そんな術だと思った。
そんな事を考えながら、距離の開いた場所から、賢者の塔の正門入り口へと歩を進める。
荘厳なまでにうず高くそびえる石壁、片手でそれを伝い、逆の手では胸を庇いながら、
やがて正門の前にまで辿り着いた。
日が暮れた今では門は閉ざされ、外部から入るには本来立ち入り許可が必要だ。
しかし門兵と言えど自分の顔は覚えている筈だ、それが許可証の代わりになる。
この組織の内部に、死者の魂を冒涜する輩がいる。
その事実だけは、研究を他の者に任せて普段から日和っているであろうアークメイジを
はじめとしたこの場所の重鎮達に、何が何でも伝えなければならないのだ。
51
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:12:47 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)「開けて頂けませんか!
私です! ショボン=アーリータイムズです!」
しばしの沈黙の後、扉の向こうで多数の人間がざわつく気配。
ややあって、扉は開け放たれる。まず自分の前に出てきたのは、法衣に身を包む一人の僧兵。
( ▲)「おい、本当にショボン=アーリータイムズだぞ!」
どこか様子がおかしい。
叫んだ背後の門兵達が浮き足立つのが解る。
怪訝な表情を浮かべながら、ショボンは僧兵に尋ねる。
(´・ω・`)「何か問題でもありましたか?
それより、火急の用件があるのです」
先ほどの事の顛末を暴くため、少しでも時間が惜しかった。
ざわつく後ろの人間達を背に、正面の門兵がショボンの元へと歩み寄る。
( ▲)「……いや、何も問題などないさ。
まさか、そちらから出向いてくるとは」
(´・ω・`)「話が、見えません」
ショボンの心中そのものである呟きに反応して、背後の僧兵達から怒声が飛ばされる。
それは、予想だにしていない反応であった。
「はぐらかそうとしても無駄だ! 汚らわしいネクロマンサーめ!」
52
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:14:18 ID:j2EehhMU0
「魔術師の風上にも置けない外道がッ! 口を開くな!」
それら怒声が、焦燥に支配されていたショボンの思考を正常な物に取り戻した。
訝しむ視線の数々は自分に向けられているのだと、そこで気づいた。
確かに、冷静に考えればいつもに比べて正門の見張りにこの僧兵の数は多すぎる。
(´・ω・`)「何だって?
今、私の事をなんだと……」
そう尋ねた所で、目の前に立つ僧兵が部下に声をかけた。
彼に持って来させた一冊の本を受け取ると、それをショボンの目の前へと掲げる。
その、煤けた表紙に見覚えのある、一冊の魔道書。
先ほどまでモララー=マクベインの部屋にあったはずの、”死をくぐる門”の原書だ。
( ▲) 「……一体こんな物、どこから手に入れた?
じっくりと話を聞かせてもらう事になるぞ」
(;´・ω・`)(────図られた)
それを見て、ようやく確信できた。
自分はあのモララーの策謀に陥れられたのだと。
ショボン本人が居合わせないのであれば、いくらでも偽装のしようはあった。
何しろ、夜の帳が下りる時刻まで気を失ってしまっていたのだから。
本人の筆跡に真似て、羊皮紙にモララー自身の知るネクロマンシーの知識を書きとめ、
あたかも死霊術においての研究を進めているかのように装うなどでもいい。
その傍らに、あの死者の魂を捕縛する魔石や、この外道がしたためた原書でも置いておけば、
進んで異端者を糾弾したがる、あの働き者の異端審問評議会にとって納得の判断材料にはなるだろう。
この状況を作り出したのは、間違いなくあのモララーという男だ。
53
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:16:05 ID:j2EehhMU0
( ▲) 「共に来てもらおうか。
明日には審問団も到着し、お前の審問を進める」
(´・ω・`)「自分はハメられた……と言った所で、届きませんか?
モララーという男こそが、今の状況を画策しているのです!」
( ▲) 「我々の耳には届かん。
それに、それを判断するのは異端審問評議会だ」
(´・ω・`)(……解っては、いたが)
告発により実刑が出れば、ほぼ処刑が常であるほどの異端審問評議会。
神の代弁者を騙る聖ラウンジ旧派の過激派である彼らが出張ってくるというわけだ。
さしもの審問官達も、誰かが悪意を持って異端者として陥れようとしているのでは、
という一点だけは最初に下調べをするのだという。
そしてその際、必ず魔術師同士の人間関係が洗い出される。
魔術師としての位が低い者からの告発ならば、異端審問評議会も”嫉妬”という部分を疑い、
確たる証拠がなければ処刑されたり、拷問にかけられるような事もない。
だが魔術師の位が高い方の者からの告発ならば、嫌疑にも信憑性も増す。
あとは証拠次第で、名を連ねる場所から除籍されるか、最悪異端認定されるか、だ。
そして、ショボンの今置かれた境遇においては、後者。
確かに期待されて賢者の塔に入ってから半年、まだ新たな魔術を編み出せる気配はない。
兼ねてより独自の魔術を世広めたいという思想を、親しい同僚には語った事もある。
恐らく、それが今回の異端審問の際において、鍵となるだろう。
独自の理論を数々駆使する、モララー=マクベインを意識した発言に取られると見て間違いない。
嫉妬してさえいるのは、ショボン=アーリータイムズ本人という事になるはずだ。
魔術の研究に行き詰まり、その逃げ道として死霊術の研究を行っていた。
この場で思いつくだけでも、適当なでっち上げは作れる。
多少無茶な理由付けでも、異端審問評議会にとっては認定さえ仕上げられればよいのだ。
少なくとも過去、多くの罪なき人々を処刑していた彼らにとっては、元より罪人扱いが濃厚。
54
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:16:43 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)(痛くもない腹を探られ、臓腑まで持っていかれるのは御免だ)
ショボンはちら、と背後を覆う暗闇に包まれた木々たちに目をやる。
体力など全く持ち合わせていない自分だが、この闇に紛れれば追走は撒けるだろうと考えた。
モララーのような自己を対象とした隠匿魔術を習得しておくべきだった。
踵を返し、近寄ってきた門兵達をその場に置いて、一目散に駆け出した。
「……逃げたぞぉぉぉッー!」
「追いかけろッ」
「逃げるな! 卑怯者!」
(;´・ω・`)「ハァッ……ハァッ……!」
つぶさに方向転換を行いながら、多少遠回りになってでも確実に追走を断つ。
途中から四方八方に散らばりこちらを探していたようだったが、木々を利用して
姿を隠しながら進み、森の反対側へと抜ける頃には、少しずつその声も遠ざかっていた。
これまで作った事など殆ど無かった生傷の痛みに、気を留める余裕もない。
まずは荒々しく乱れた呼吸を取り戻すのに、ややしばらくの時が必要だった。
自分の考えを、整理する時間も。
55
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:22:15 ID:j2EehhMU0
(´・ω・`)(ふぅ……もう少し、この場所で研究を続けていたかったが……)
(´・ω・`)(……モララー=マクベイン……)
(´・ω・`)(奴には、必ず痛い目を見せてやらなければならない)
(´・ω・`)(……だが、その為には、まずはこいつの解呪か)
胸の烙印をさすりながら、月夜だけが照らす暗い森を抜け出た所で振り返る。
様々な魔術実験の光が窓から漏れ、妖しく光る賢者の塔の上層を、最後に睨みつけておいた。
その光の一つの中で、自分を陥れたモララーが嘲っているような気がしていたからだ。
(´・ω・`)「今の僕は、”魔法も使えない死霊術師”───か。
全く、笑えないね」
今は仕方なく身を隠すこととした。
そして、モララーの策謀であるという証拠を突き付ける。
それまでの間は逃亡者として過ごさなければならない事が、悩みの種だ。
胸に刻まれた厄介な烙印、”封魔の法”――とやらも。
賢者の塔を囲む森を背にして、ショボンは大きく溜息をついた。
痛む足をさすりながら、真っ直ぐに前を見据えて、どこかへ歩き始めた。
魂の冒涜者への怒りが、ショボンの瞳には滲んでいた。
56
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:22:53 ID:j2EehhMU0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第2話
「冒涜するもの」
─了─
57
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 02:26:18 ID:j2EehhMU0
>>27-56
が2話となります。
58
:
名無しさん
:2024/08/20(火) 21:05:12 ID:KSVMMPw.0
乙!
タイトルの「冒険者たちのようです」の通り、複数のキャラクタの視点で展開される感じかな?応援してます!!
59
:
名無しさん
:2024/08/24(土) 21:47:30 ID:wE7vP4po0
おつおつ
面白い
60
:
名無しさん
:2024/08/25(日) 18:57:54 ID:52TzFc3M0
おつです!期待
61
:
名無しさん
:2024/08/25(日) 21:14:47 ID:CS3FrZFw0
>>58-60
ご感想ありがとうございます、当面群像劇となります
3話は早ければ今週中にと考えています
62
:
名無しさん
:2024/08/25(日) 22:11:34 ID:0gN9BhKg0
えっまんまヴィップワースだよね…?
63
:
名無しさん
:2024/08/25(日) 23:39:08 ID:/xtK8PY60
ヴィップワースとかあまりに懐かしすぎて完全に忘れてたわ
64
:
名無しさん
:2024/08/26(月) 06:07:10 ID:ZYmfHnRo0
貼っとく?
ttp://boonyoudeath.blog.fc2.com/blog-entry-7.html
65
:
名無しさん
:2024/08/26(月) 08:11:15 ID:JxnG3erI0
別の所で板を紹介する機会があったから、もし御本人だったら完結まで駆けてくれるのかも
66
:
名無しさん
:2024/08/26(月) 18:30:14 ID:hRjoT54o0
本人なら泣くほど嬉しいんだが
67
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 11:03:30 ID:ba1RXJdw0
反応ないしやっぱ偽物か
ブーン系でブーン系パクるとかいい度胸してんな
68
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 11:45:43 ID:ARKwtf8Q0
>>67
面白そうだからそのままパクり作者ということでもいいんですが、
過去作を加筆・修正や改変を行って投稿することが問題、ということであれば削除申請しておきます
本人だと言っても証明のしようがありませんもので
69
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 14:50:58 ID:EZNymcwk0
>>68
皆が望んでいるのは削除申請なんかじゃないぞ
ヴィップワースの作者がタイトル改題して内容も手直しして投下してますって
宣言してくれればそれでよかったんだ(そもそも最初にそれを説明しておけば・・・)
本物の証明なら投下を続ければわかるだろ?
創作板で途切れた話の続きを書けるのは作者だけなんだから
あと管理人いないだろうから削除申請してもこのスレは削除されないと思う
70
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 16:16:13 ID:k35zkHFg0
>>68
普通に創作板のスレからの続きを投下してくれれば十分作者様の証明になるかと…
71
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 16:27:48 ID:ARKwtf8Q0
>>69
ごもっともで、逃亡作者ということでわざわざ宣言する事に気恥ずかしいものがあったのと、
今やどうせ誰も知らんだろうという安易な気持ちで手直ししたものを投下していました。
誤解を招きましたこと、お詫び申し上げます。
ご指摘されている通り、ヴィップワースのようですを推敲して修正、設定や人物名などに
一部改変を加えながら完結までを目指す作品であり、その作者本人による投稿です。
たまに見たとき話が進んでいくかも、程度に期待せず見て頂ければと思います。
72
:
名無しさん
:2024/08/31(土) 23:54:37 ID:0vIg07yg0
帰ってきてくれただけで本当にありがたいし嬉しい、ありがとう。
自分のペースで頑張って。楽しみに読ませてもらいます。
73
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 00:38:13 ID:GIq35w5k0
あの量を書き直して投下てどれだけかかるんだ…
ハインvsミルナの結末普通に見せてくれ…
74
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 01:59:33 ID:9tBcNMXI0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第3話
「誰が為の祈り」
75
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:00:55 ID:9tBcNMXI0
――聖教都市ラウンジ――
古くは80年程前からこの地に根付いた、大陸の最大宗派、聖ラウンジ教。
経典は至るところで広く知られ、今や多くの民の心の拠り所でもあった。
しかしその成り立ちは、決して一枚岩ではなかった。
保守派と進取派の派閥による争いで、多くの血を流した恥ずべき過去を持つ。
当時、極東シベリア教会ら異宗教への弾圧を強め、力を持って信仰を捻じ曲げんとする
聖ラウンジにおける過激派は、30年前の宗教戦争以後、”旧ラウンジ聖教”として分派し、
元々の聖ラウンジとは道を違えることとなった。
極東シベリアもラウンジ過激派も、かつての権威や信仰の後ろ盾を失い、
現在ではごく少数のみが大陸の各地に散り、散発的に活動をしているのみだ。
一方の聖ラウンジ穏健派は、改編以後に組織された直下の騎士団である
”円卓”が彼ら教会の盾となり、今日までに大きく信徒を増やすとともに、
聖教都市を中心とした各都市間での問題における治安維持に努めている。
彼らが拠を構えるここ聖教都市の司祭は、平和の象徴として多くの民に寄り添うべき存在。
ラウンジの信徒たちは来る日も来る日も、”ヤルオ=ダパト神”へ礼拝を欠かさない。
いつ報われるとも知れぬ信仰の果て。
やがて、神に見初められた善なる者だけが、奇跡を宿すと言われていた。
飽くなき信仰がもたらす、聖ラウンジの秘術、”聖術”。
心身を癒す祈りの力や、悪意を持った力を通さぬ光の壁などの奇跡がある中で、
聖術の奇跡を賜った者の中でも、直接ヤルオ神の神託を聞いたというものは、
周囲からは畏敬の念を込めて”聖徒”と呼ばれていた。
76
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:02:36 ID:9tBcNMXI0
過去の大陸歴の中でも数少ない聖徒の内の一人、”アルト=デ=レイン”。
彼こそ、30年前の過激派が巻き起こした、血生臭い争いに終止符を打った人物だった。
多くの者たちが命を落としていく中、神の託宣と聖術を賜った彼は争いの終わりを願い、
より多くの命を助けるために戦場となった村や町を駆けずり回ったという。
アルトの存在こそが、聖ラウンジ穏健派が当時の争いの後に主権を取るに至った理由だ。
数ある聖ラウンジ教会において最大の信徒を抱える、聖ラウンジ大聖堂。
それが、彼らが拠を構えるここ聖教都市ラウンジの街にあった。
身寄りの無い子供や身体の不自由な老人が多く訪れては、日々施しを受けている。
――聖ラウンジ 大聖堂――
一人の娘が、信徒たちと共に神に祈りを捧げていた。
青銅の十字架が祀られた巨大なステンドグラスの前で、床に膝を折る。
それはいつもの通りの時間に、いつもと変わらぬ所作で行われていた。
他の信徒の修道服とは違い、一人純白の煌めきを衣服に纏わせていることから、
彼女が特別な存在であるのだという事が、誰の目にも見て取れるだろう。
金色の艶やかな髪は、左右でそれぞれ大きく二つにまとめられていた。
華奢で小柄な体格に、端正な顔立ちの細い輪郭がよく映える。
横顔に幼さすら残す娘は、今日も真摯に祈りと向き合っていた。
ξ-⊿-)ξ (聖ラウンジの神よ、ヤルオ神よ。
どうか迷える我ら信徒に、御言葉をお聞かせ下さい)
77
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:03:11 ID:9tBcNMXI0
「神よ……どうか、この地で苦しむ全ての人々を救いたまえ……」
「我らが信仰をもって、どうかお声を……」
彼女と同じように祈りを共にする来訪者もあった。
修道士達も同様にだ。皆が神への畏敬を持って、口々に祈りを捧ぐ。
人知れず、そこで彼女、”ツン=デ=レイン”は嘆息した。
赤子であった彼女は、当時の司祭に拾われ、その時神に仕えるという身分が定められた。
やがて司教となった育ての親は、ツンが18になると同時にこの世を去る。
何日かは涙の日々だったが、そうも言ってられなかった。
周囲は彼女の覚悟を、そう長くは待ってはくれない。
司教アルト=デ=レインの拾い子であり、そのまま養子となったツン。
彼女は今や、この聖教都市の信徒たちを導いていく助祭の立場にあった。
ξ゚⊿゚)ξ(はぁ……本当に、こんな自分が嫌になるわ)
現存する信徒の中では、かつてのアルト=デ=レインをおいて他の誰にも、
”ヤルオ=ダパト神”の声を直接聞いたと伝えられる者はいない。
それは、こうして信徒らと共に祈りを捧げている、ツンも同様だった。
78
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:04:30 ID:9tBcNMXI0
他の信徒達と同様に、一向に奇跡を賜わる事がない彼女への風当たりは強い。
恵まれた地位にありながら、聖術も使えない聖ラウンジ信徒。
そんなことだから身内びいきだとして、影から他者には妬まれ、僻まれる。
当時の事を知らぬものからは、ヤルオ神の天啓を受けて聖術を賜りながら
戦場を駆けずり回って多くの人々の命を救ったという父の逸話をも、時に
眉唾として揶揄されることさえあった。
このところは喪失感と焦燥の狭間で、心は締め付けられていた。
『全ての人々には等しく、愛される権利があるんだよ』
父アルトは、常々そんなことを口にしていた。
自分を拾い、育ててくれたのは、聖職者だったからなのだろうか。
父が天に旅立ってからは、恩着せがましいとさえ考える事もあった。
立場への重圧が邪念を生み、ここ最近の彼女の祈りを曇らせている。
アルトがこの世を去った昨年から、鬱屈とした気分が晴れる事はなかった。
そんな彼女の毎日に、変化が訪れることもない。
きっと、このまま変わらぬ毎日を暮らしていくのだろうとも感じていた。
外の世界を知らずに暮らし、聖教の象徴であるべき彼女にとって、
聖堂に訪れる街の人々と会話を交わす事だけが、唯一の楽しみである。
79
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:05:14 ID:9tBcNMXI0
ξ;-⊿-)ξ(いけない、たとえお飾りでも私は聖ラウンジの助祭。
神に使える身なんだからね……今のはナシ…今のはナシ…)
後ろの方からひそひそと話し声が漏れてくる。
礼拝の最中だというのに、こちらへ聞こえるのもお構いなしに。
彼女の心をかき乱すそんな雑音、ここ最近は茶飯事であった。
(ねぇ、ツン様の話……聞いた?)
(もうじき、次期司祭候補として選ばれるって話よね)
(あんな小娘がねぇ……まして、拾われた子っていうじゃない)
(確かに聖術の一つも使えないのに、とんでもない話よね)
(ちょっと貴方たち、聞こえるわよ)
ξ-⊿-)ξ「………」
* * *
一通りの礼拝を済ませた後、ツンはすぐに聖堂の二階に上がっていった。
自室でふて寝してしまおうかと思っていたが、父の書斎の戸の前で立ち止まる。
80
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:05:41 ID:9tBcNMXI0
午前は牧会の来訪者もおらず、外の世界の話を人々から聞ける楽しみも無かった。
育ての親を亡くした喪失感も癒えぬまま、司教の忘れ形見として美談に語られる自らの境遇。
その父が逝去してからは、養子である自分の出自が、嫌でも聖教内外で噂されるようになった。
自らが置かれた現状に、心はどこか、ふわふわと定まらぬ場所にあった。
次期司祭の地位への妬み嫉みに、心をすり減らす毎日。
そんな日々に嫌気が差して、父に救いを求めているのかも知れない。
一人考え事をしたい時は、こうして亡き父の書斎を訪れるようになっていた。
あまり掃除が行き届いておらず、窓を開けると埃が風に舞った。
ξ-⊿-)ξ「……お父様。
私には、自信ないや」
いつからだろう、祈る事が、こんなにも嫌になってしまったのは。
どうしてだろう、同じ神を信じる人たちが、こんなにもいがみ合うのは。
窓から外の風景を眺めながら、時折、この場所で物思いに耽るようになった。
最近では、礼拝自体に嫌気がさす気持ちさえ芽生えることがあった。
物心つく前から神の信徒として仕えてきた彼女にとって、あってはならない事だ。
大恩ある父の遺志を継いで、聖教都市のこれからを支えるべき立場ならなおさらに。
81
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:06:22 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「まるで、籠の中の鳥みたい」
いつからか”外の世界を見てみたい”という気持ちが、彼女の中に膨らんでいた。
司祭の座など、本音ではツン自身、どうだっていい事のように思えていた。
祈りを捧げていくだけの毎日、それがこの先に何をもたらすというのか。
神の声を聴くためか、はたまた、ただ聖術を身に宿すためなのか。
漠然とした不安を抱えたまま、今日も正直になり切れない自分に、辟易した。
思った事をそのまま伝えられたら、行動できたらどれほど楽になれるのだろうと思う。
父が残した十字架の重みは、容赦なく自分の背に圧し掛かる。
同じように生きた先で、父のように立派な聖職者になれるという自信はなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「……あれ?」
手慰みに何気なく開いた木机の引き出しの中から、見慣れない書が姿を覗かせた。
父が亡くなった時、身の回りの物は整理したはずだった。
記憶の中では、その時にこんな物はなかった。
どうやら奥の方に納められていたか。
鬱屈した自分の心が、無意識に引き出しを抜く動作に力を込めたせいかも知れない。
ぱらぱらと、その頁をめくってみた。
煤けていて、長年に渡って使い込まれた風合いの一冊。
最初の数ページを捲って、それが日記だとすぐに理解する。
どうやら、十年以上も前から綴られていたもののようだった。
82
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:07:25 ID:9tBcNMXI0
――18年前――
〇月〇日 『今日、一人の赤子を拾った。女の子だ。
傍らに手紙が添えられていたが、名前しかしたためられてはいなかった。
彼女の名前は、ツンというらしい。
親でもない私が顔を覗き込んだからか、大声で泣き喚かれた、元気な娘だ。
この寒空の中で、今日という日にこの子に出会えた奇跡に、感謝を。
彼女を引き取ってくれる者がいないか、明日から探してみよう』
〇月〇日 『子育てというのがこれほど大変なものだとは思わなかった。
……なかなか貰い手が見つからず、どこも大変な様子だという。
これを書いている今まさに、またツンが泣き出した、急げ』
〇月〇日 『神に身を捧げた私が、一人でこの娘の面倒を見ることは難しい。
生涯の独身を貫く私では、きっとこの子の親とはなりえない。
優しい夫婦の元で見てもらえると、一番いいのだが……』
〇月〇日 『今日、ようやく彼女を引き取りたいという女性が現れた。
ツンはこの頃、しっかりと目が見えるようになってきたらしい。
私の顔を、指をしゃぶりながらじっと見つめ返すようになった。
お別れだよ、と告げた私の胸がざわついていたのは、自分でも分かった。
きっともう、彼女に情が移ってしまっていたのだろう。
ツンは私の心を見越したように、この指を握ったまま、離してくれなかった。
それが愛らしく、たまらなくいとおしく思えた。
引き取り手の女性は、私たちを見て肩をすくめていた。
”その子、司祭様が親だと思ってるよ”と、彼女は言った。
そうまで言われては――
覚悟を、決めなければいけないのかも知れない』
ξ゚⊿゚)ξ「これは……お父様の」
83
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:08:00 ID:9tBcNMXI0
――16年前――
〇月〇日 『この頃のツンはとても奔放で、無邪気だ。
あの子が大きくなればなるほど、共に時間を重ねるほど、愛おしさが溢れる。
修道女の皆には、感謝してもしきれない。
礼拝の時にも彼女を連れ出して気にかけてくれるばかりか、
おしめに食事に、手厚いお世話をしてくれていた。
彼女の笑顔や泣き声も、その皆を笑顔にしてくれるようだ。
ツンとの時間が、私の人生にとって今ではとても大切な事のように思える』
日記には、父アルトの想いの丈が綴られていた。
ツンにとって一番のよき理解者であり、愛情深く育ててくれた人。
自身との出会いから今に至るまで、日々の出来事やその心情が綴られている。
ツンの存在によって、情に絆されていく聖職者としてのアルトの葛藤。
それらが、あられもなく書き留められていた。
――10年前――
○月〇日 『ぎこちないながら、ツンも様々な作法が解ってきたようだ。
飲み込みは良い方ではないが、この歳にしてどこか仕草に気品を感じる。
”お父様のように奇跡を起こせるようになる”と言ってのけたが、さて。
彼女ならば、あの時の私のように”声”が聴こえるかも知れないな」
84
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:08:44 ID:9tBcNMXI0
〇月〇日 『教会に訪れる人々は、皆ツンに親しく接してくれる。
また、彼女も皆とのおしゃべりを楽しみにしているようだ。
聖教の外の話を聞いている最中の彼女の瞳は、輝いていた。
……私は、彼女に退屈な日常を押し付けてはいないだろうか。
この場所に、縛りつけてしまっているのかも知れない。
彼女の幸せは、いずれ彼女自身で見つけてもらいたいものだ」
ツンが迎え入れられて、この教会で祈りを捧げるようになった当時の出来事。
父としての自覚が芽生え、聖ラウンジ司祭としての立場の狭間で揺れ動く葛藤。
立場というものに縛られて、父アルトもまた、今のツンのように思い悩んでいたようだった。
流行病で呆気なくこの世を去ってしまった父は、まだ53という若さだった。
日記の最後の日付は、1年ほど前になっていた。
――15年前――
〇月○日 「どうやら、ツンを快く思っていない者もいるようだ。
確かに彼女は粗相もするし、聖典の内容すらまともに覚えてはいない。
それでも、祈りに向き合う事に関しては、きっとこの場所の誰よりも真っ直ぐだ。
今日も親を亡くした子供たちと共に、彼らの両親へと祈りを捧げていた。
その姿は実に堂に入ったもので、一心の想いを感じさせた。
誰であろうと分け隔てなく慈しむ、彼女の純真なる祈り。
きっと孤児たちにとっても、少しの救いにはなっただろう」
85
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:09:46 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ「………これも」
〇月〇日 「ツンが病を得てしまった。
だがつきっきりで看病したお陰か、いや、若さゆえの回復力だろうか。
どうにか快方に向かってくれているようで何よりだ。
だが、今度は私が寝込んでしまっている……年は取りたくないものだ。
ツンの目が覚めた時、悪寒やめまいを悟らせないように必死だった」
そこで日記の何文字かが、伝わり落ちた雫に滲んだ。
厳格であり、清貧こそ美徳であった父の元では、自分を律する事が常だった。
それは、恩義を感じなければならない、という拾い子である出自への負い目や、
聖教都市の多くの民草を導く存在である、司教という身分の父への手前。
自分自身の気持ちを殺して、父や聖教のためにと暮らしてきたつもりだった。
それこそが父の本位であり、周囲が自らに求めている事なのだと思いながら。
籠の中の鳥だとしても、感謝をこそしなくてはならない。
司教の情深さを示すための道具として、体よく扱われたとしても。
時おり顔を覗かせる、そんな黒い感情と向き合うこともあった。
しかし父は、神の信徒という立場や情のために、自分を育てていたのではないのだと知った。
○月〇日 「彼女の祈りは、神よりも、人々の心に寄り添うもののようである。
私の立場でそれが良いとは言わないが、それでも良い、と私は思う。
彼女が祈る聖母のような横顔に、今日も礼拝者がいたく感激していたようだった。
これなら、いずれツンに司祭を任せてもいいかも知れない。
聖ラウンジの威光など関係なく、ツンは、民にこそ救いをもたらす存在になるのではないか。
少なくとも私は、そう感じている」
86
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:11:05 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ「本当に…私の事を見ていてくれたんだ…お父様」
最初の気持ちは、そうだった。
辛い思いをする人々や亡くなった人物が、何一つ思い残す事なく旅立てるように。
共に心から死者を悼み、共に哀しみに浸り、共に祈りの気持ちを分け合う。
これまで当然としてやってきた事を、苦に思った事など無かったはずだった。
しかし、父を亡くした時から、最初の気持ちというものを忘れてしまっていたのかも知れないと気付いた。
去来する、胸をちくりと刺す痛み。
鼻腔の奥がつんとしたかと思えば、気を抜けば、両の瞳からは雫が溢れそうだった。
〇月〇日 「どうやら、私は流行病に侵されてしまったようだ。
自分の身体だ、もう長くはないだろうというのが解る。
それよりも、私にはツンの事が気にかかってならない。
もし私が旅立っても、どうか気を落とさないで欲しい。
君の人々を思いやる優しさと、真っ直ぐで清らかな気持ちは、忘れないでいて欲しい」
――日記の最後の日付は、どうやら亡くなる前日のようだった――
87
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:12:17 ID:9tBcNMXI0
亡き司教、アルト=デ=レインの日記は、ツンへの想いで締めくくられていた。
〇月〇日 「最愛の娘、ツンへ。
あの時、あの橋で君と引き合わせてくれた出会いの全てに、今は感謝したい。
日々成長していく君の笑顔から、これまで私は本当に沢山のものをもらった。
ツンがもし救われたと思っているのならば、それは間違いだ。
君を見つけるまでの間、心に深い傷を負っていた私こそが――君に救われた。
もしこの手記を読む事があったら、これより先は、思うままに生きなさい。
信仰を捨てるのも、続けるのもいい。
もし君に何か言う者がいても、気にすることはない。
私や教会の者たちに遠慮して、君の人生の歩みを止めることなどない。
君が感じた、心のままに生きなさい。
どうか健やかで――またあう時まで」
ξ-⊿-)ξ(お父様……こんなにも、私の事を)
ツンの小さな胸は暖かさに満たされ、心の音は拍動した。
たとえ神と通じ合えず、奇跡を賜れなかったとしてもよい。
それよりも、自分の事を心から愛してくれていた事への、喜びと感謝。
父の愛情を心から信じられなかった己の未熟さを、その時悔いた。
88
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:12:51 ID:9tBcNMXI0
これから、この自分に出来る事は、一体何なのだろう。
それを考えた時、カーテンをはためかせながら自分の顔を撫でるそよ風が、
まるで今初めて体験したものかのように、鮮烈なものに感じられた。
心に影を落としていた雲が払われ、開眼した気分だった。
ξ゚ー゚)ξ(――なんだか、すっきりしたわ)
ξ-⊿-)ξ(私達が安全な場所で、安穏と祈りを捧げる日々の中で……
本当に困っている人たちはこの街の外にいくらでも居る)
ξ゚⊿゚)ξ(疫病や飢饉で命を落とした人々、貧しい孤児たち。
この乱れた世の中には、どれほどいるのかしら)
ξ゚⊿゚)ξ(それなのに、私達は主に救いを求めるために祈るだけなの……?)
「――馬鹿らしいわね!」
一人、ツンは窓の外に向かってそう叫んだ。
ξ゚⊿゚)ξ「神様なんて、どこかで私達を見下ろしているばかり。
……それなら私は、私にしかできない事を――」
奇跡は未だ賜われず、聖術も使えない司祭見習い。
そんな自分でも、出来るだけの事をやってみたかった。
89
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:13:20 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「私は、私の手が届く人たちの助けになりたい」
その一心が、今のツンを支える活発な原動力の源だった。
自分にだって、何か困った人々の力になれる事もあるはずだ。
父が言っていた言葉を借りれば、愛情は全ての人に等しく注がれるべき。
自分が、父からそうしてもらっていたように。
ならば、親を亡くした子供たちや、孤独に死に逝く浮浪者。
そんな人々は、一体誰からその愛情を受け取れば良いというのか。
誰が、彼らの為に祈りを捧げてくれるというのか。
教会で礼拝している自分達は、そんな事に気づく事も無く。
ただただ、誰の為でもなく、形だけの祈りを捧げているのではないのか。
吹っ切れた今の彼女には、これまでうじうじとしていた過去の自分を
省みる時間すら惜しいほどに、旅立ちへの気持ちが溢れ出していた。
* * *
───旅立ちを決めたあの日から、一週間の月日が流れていた───
ξ;゚⊿゚)ξ「ぜぇ……はぁ……」
90
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:14:08 ID:9tBcNMXI0
登りの坂道、白を基調とした修道服の裾は、見る影もなく土ぼこりに塗れていた。
手ごろな木の枝を支えに、険しい山道を登る。
口を開く余裕も無いほどに疲弊し、箱入り娘で培われた自身の体力不足を痛感した。
やがて、勾配のなだらかな頂上付近にまで辿りついた時、木々に囲われている
近くの原っぱを目にして、身体をどっかりと地面へと預けた。
どこまでへも続いている空を見上げて、寝そべる。
身体の疲労は非常に深刻なものだが、それ以上に今は心地よい開放感が得られた。
ξ-⊿-)ξ(あ〜…いいわぁ)
目を瞑ると、今まで住み暮らしてきた聖教都市での出来事が、
まるで遠い昔の日々の出来事のようにも感じられた。
もちろん、周囲へはかなり強引にではあるが、説得を済ませてきた。
引き止める者や仰天する者など反応は様々だったが、口を差し挟ませる余地もなく、
最後には脱兎の如く逃げて来たようなものだ。
今頃、自分を探しているのだろうか。
それとも、空席となった助祭の立場を皆で決め合っているのだろうか。
街を出る前に、毎週礼拝に来ていた家族連れなどには一声を掛けてきた。
旅に出る旨を告げると驚かれこそしたが、自分を激励してくれた。
その激励のおかげで、二日目以降の野宿を乗り切れたようなものだった。
91
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:15:03 ID:9tBcNMXI0
日中であればまだいいが、獣道のような森の中を通り、人里へと通じる道を
外れてしまってうす暗闇に迷いこんでしまった時には、べそをかいて彷徨い歩いたものだ。
だがそれも慣れたもの。
根拠のない万能感が、今のツンを突き動かしていた。
ξ゚⊿゚)ξ「……あっ」
もうしばらくこの心地よさを味わっていたかったが、不意に、頬に冷たい雨粒が当たる。
ひとつ、ふたつ、みっつと続くと、次第にその勢いは強まっていった。
急な夕立に見舞われてしまった。
ひとまずは木陰にでも身を寄せるしかないとは思うが、
ここで足止めされると人里にたどり着くのが明朝以降になるかも知れない。
来るまでに街で手に入れてきた食料もあるが、心もとない。
ξ;゚⊿゚)ξ「う〜ん、どうしようかな」
すぐに夕立が止む保証もない。
先ほどまでかいていたはずの汗がさっと引くとともに、
冷え出した空気が身体を細かく震わせた。
ξ;-⊿-)ξ「……寒っ」
暖を取れるような準備も整えてはおらず、自分の準備不足を嘆いた。
過ぎ去るまで、木陰で身を縮こまらせて待つしかないかに思えた。
92
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:15:45 ID:9tBcNMXI0
しかし、周囲を見渡すと木々に紛れた岩陰に、
ぽっかりと口を開いた洞穴のようなものがある事に気がついた。
奥には暗闇が続いており、少し深さがあるようだ。
どれだけの奥行きがあるかは解らないが、この中に入れば風雨と寒さは凌げそうだった。
ξ゚⊿゚)ξ「これぞ神の思し召し……ね」
ξ;゚⊿゚)ξ(あっ! でも、もし熊とかいたらどうしよう!)
ξ;-⊿-)ξ(羆に村を襲われた人の話とか聞く限り、
私みたいにか弱い娘はイチコロだろうし……)
あれこれと思案する内、木の葉から伝わり落ちる雨の雫が
首元から背中へと伝わり落ちて、小さく悲鳴を漏らしてしまった。
ξ -⊿-)ξ「でも、ま……この際、背に腹は代えられないか」
野生動物や、話にしか聞いた事のないゴブリンなどの妖魔が
中に居ないかを警戒しつつ、じりじりと洞窟の中へと歩みを進める。
思った以上に奥深い。
次第に入り口から聞こえる雨音は、しんしんと遠いものになっていく。
中は暗いが、獣臭がしたりはしない事に安堵した。
それどころか、かすかに薪を炊いた燃えかすなどがあった事に驚く。
93
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:17:03 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「人が……居たの?」
生活の痕跡が、少しずつ暗さに慣れてきた視界に捉えられた。
火を起こした場所のすぐ近くの壁面には、固い土壁を石か何かで削り文字を刻んだ跡。
どういう規則性になっているのかよくよく見てみると、暦を描いたもののようだった。
ξ;゚⊿゚)ξ(こんな場所に住んでる人なんているのかしら。
もし帰って来ちゃったら、どうしよう…)
こんな場所で山賊にでも襲ってこられたら、逃げようも無い。
雨風に晒された寒気が、ツンの身を震わせる。
不意に、人の声とも物音ともつかぬ何かが、奥から聞こえてきた。
ξ;゚⊿゚)ξ「誰か……いますか?」
慌てて2、3歩後ずさると、壁を背にした。
聞こえてきたのは、やはり人の声に似ている。
声の主は、影を引き連れて徐々に近づいてくる。
「うー」
ξ;゚⊿゚)ξ「ひゃっ!」
気付くと胸のすぐ下で聞こえた声に、思わず一歩飛びのいた。
94
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:17:57 ID:9tBcNMXI0
よく目を凝らして見てみると、小さな体格に、細い体つき。
目をこすりながら、うわごとのように喋っているのは、子供だった。
(ノoヽ)「おあ、ぅああ……?」
ξ;゚⊿゚)ξ「び……びっくりしたわ」
目やにだらけで、こちらの姿がおぼろげにしか見えていなさそうだ。
衣服ともいえないようなぼろの布切れを、身体にくくりつけていた。
顔は煤けていて、ろくに衛生的な暮らしなど出来ていないのだろうと分かる。
聖教都市でよく見かける、元気に走り回って遊ぶ肌つやの良い子供達とは対照的。
年の頃は同じほどであろうが、その身体はあばらの骨が浮き出る程に痩せ細っていた。
ξ゚⊿゚)ξ「……ふぅ、ごめんなさい。
ここは、あなたのお家だったのね」
(ノoヽ)「あう」
ξ゚⊿゚)ξ「こんにちは」
驚かされはしたが、山賊や熊なんかよりもずっと可愛らしい。
なぜこんな場所にいるのかを尋ねようとしたが、ある事に気付く。
敵意はない様子ながら、彼とは会話が成立していない。
(ノoヽ)「うぁう、おうあー」
ξ゚⊿゚)ξ(そうか……聞こえてないんだ、私の声が)
95
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:18:43 ID:9tBcNMXI0
少年は、聾唖(ろうあ)のようだった。
耳が聞こえないばかりか、ものを喋る事も出来ない。
やせ細った子供が、こんな場所で一体どうやって生きていたのかと想像する。
ξ゚⊿゚)ξ「君は、一人?」
(ノoヽ)「ううんあ、あうおあ」
ξ゚⊿゚)ξ「違う……って? 唇の動きで、言葉が解るの?」
だがツンの問いかけに、少年は懸命に身振りを交えて意思表示をしているようである。
読み取ろうと悩むツンの元に少年はそろそろと近づくと、その衣服の端をつまんだ。
触れられた箇所ははたちどころに真っ黒く汚れたが、気に留めることもせず、
少年に先導されるまま、ツンは洞穴の少し奥へと誘われていった。
その先には、壁に背をもたれた人影があった。
指差した少年は、ツンの顔を見ながら飛び跳ねている。
(ノoヽ)「おあう! おあう!」
ξ;゚⊿゚)ξ「……!」
一瞬、悲鳴が漏れそうになったのを堪えた。
少年が指差す場所には、首をうなだれ倒れている男性の姿があった。
亡くなったのは、ここ数日であろうか。
その身なりは少年と似たようなもので、がらがらにやせ細っていた。
餓死か、病死のどちらかであろう。
ξ-⊿-)ξ「……そうだったの」
96
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:19:26 ID:9tBcNMXI0
この子の親なのか、血縁関係はわからない。
だが少年は男と共に暮らしていたから、ここにこうして生きている。
一人残されて、きっと亡骸の傍で涙したであろう少年の姿が浮かんだ。
言葉も満足に喋れないこの子にとっては、あまりにも過酷な現実。
無垢な表情を見ているこちらが、悲痛な面持ちを浮かべてしまう程に。
ツンがこの場で出来る事は、たった一つしかなかった。
ξ゚⊿゚)ξ「……主よ、聖ラウンジの神よ」
ξ-⊿-)ξ「その御許に、この魂をお導き下さい」
ξ-⊿-)ξ「守るべきものを置いて命の灯を絶やした彼の魂が、
悔いを残して彷徨う事がありませんよう」
きっとこの場所で少年を護ってきたであろう、彼に祈りを手向ける。
相も変わらず主の声を聞く事はないが、もうそれを気にする必要もない。
今のツンが彼らに出来る事は、これしかない。
亡骸の前に跪き、しばしの時、手を合わせていた。
様子が変わったツンを見て、少年はきょとんとしているばかりだった。
生きる力のない幼子を残して、この世を去るという事。
親ならば、それがどれほど悔いを残すであろうかと、察するに余りある。
だから、せめて天上からこの子を見守ってくれているようにと、祈った。
どれほどの間祈りを捧げていただろうか。
やがて眼を開いた時、ツンの顔を恐る恐る覗きこんだ少年と目が合う。
97
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:20:11 ID:9tBcNMXI0
(ノoヽ)「んん〜……あう?」
事実を告げるのは、酷だろうか。
逡巡はしたが、すぐに思い至った。
いずれにしても、これからこの子は必ず受け止めて、乗り越えなければならない。
移ろい、やがて散ってゆく。
そんな命の在り方を伝えなければと思った。
ξ゚⊿゚)ξ「……あなたのお父さん、かな。
お父さんは、あのお空の星の、一つになったの」
出来るだけ大きく唇を動かす事を意識して語りかけながら、
空が閉ざされた洞窟にあって、頭上を指差して語りかける。
首を傾げながらも、彼なりに理解しようとツンの口の動きを読んでいる様子だ。
ξ゚⊿゚)ξ「これが……命を失う、という事なの。
あなたのお父さんは、もう動かないし、お話することもできない」
ξ-⊿-)ξ「だけどいつか、きっとまたどこかで会えるはず」
(ノoヽ)「んんん、うあう」
ツンの言葉は、全てではないにしろ伝わっているように思えた。
先ほどより神妙な面持ちで、ツンの真剣な眼差しを受け止めている。
出来るだけしとやかに、落ち着いた口調で、言葉を選んだ。
98
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:21:22 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「だから、寂しくなんかないよ。
お姉さんが、ちゃんと神様とお父さんにお願いしておいたからね。
お空の星から、ずっと君を見守ってくれますように――って」
ξ゚ー゚)ξ「……ねっ?」
(ノoヽ)「……うう、うん」
ξ゚ー゚)ξ「お姉さんはね、お祈りするのが得意なの。
だから、きっと聞いてくれてるよ」
子供というのは、大人などよりよほど物事の機微に敏感だ。
たとえ知識が無く完全には理解できなくとも、これからの自分の境遇について、
なんとはなしに感じているものがあるかも知れない。
胸元に少年を抱き寄せた時、その小さな肩は震えていた。
ツンの修道服の胸元には、少年の静かな涙がじんわりと広がる。
失った悲しみか、人と触れ合った事への安堵か。
あるいはそれら全ての、堪えていた感情が溢れ出したのかも知れない。
(ノoヽ)「ぅぅ……ぅう」
ξ ー )ξ「よしよし……大丈夫、だからね」
天上の主に願った、実を結ぶとも知れぬ祈り。
少年には自信を持って伝えた手前、彼をここに放ってはおけなかった。
99
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:22:08 ID:9tBcNMXI0
彼の今後を助けてくれる場所を見つけるまで、ツンは共に居ようと決めた。
外に目をやると、どうやら先ほどまでの夕立もぱたと止んだようだ。
それなら出来るだけ早く坂を下り、距離を稼ぎ人里を目指そう。
そう思って少年の手を引こうとした時、人の声がした。
ツンらは、思わず身動きを止めて息をひそめる。
「やっと雨宿り出来ると思ったのによぉ」
「ったく、……今頃になって止みやがるなんてな」
「まぁいい、ちょっとここで休んでいくとしようぜ」
数人の男達の声が、入り口から響いてきた。
荒っぽい口調に野太い声は、ツンの心を張り詰めさせる。
本能的に危機感を察知しては、すぐに少年を自分の後ろへ庇った。
ξ;゚⊿゚)ξ(喋っちゃ、だめ)
(ノoヽ)(………あう)
ξ;゚ー゚)ξ(そう……いい子ね)
少年が頷いたのを確認すると、ツンは自分の元へと抱き寄せる。
洞窟の奥へ下がりつつ、極力音を立てないように闇に身を隠した。
足音からはどうやら、3人ほどの男がこの中に入ってきたようだ。
うっすらと見える影からは、大柄な男と、中肉中背、そして小柄の三人。
先ほどの荒っぽい口調も頷けた。
その三人のいずれもが、鉈や剣をぶら下げているのが見えてしまったからだ。
100
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:22:57 ID:9tBcNMXI0
ξ;゚⊿゚)ξ(本当に山賊なんかと出会っちゃうなんて……ツイてないわね)
こちらの存在に気付かれれば、たちまち襲われるであろう。
そのことを、彼らの纏う雰囲気から察していた。
山賊たちの会話は、さらに怖気のするものだった。
「ケッ、きったねぇとこだなぁオイ」
「やっぱ雨上がりは湿気がひでぇや」
「こうジメジメしてるとよ、スカーッと、女抱きたくなるよな?」
「オメェは年がら年中だろうがよ!」
「ひゃひゃ。こないだの上玉みてぇに、無茶苦茶に犯してやりてぇぜ」
「おい、またケツに棍棒突っ込むのは無しだぜ? 後から使う俺たちが困らぁ」
「お前はどうせぶっ殺してからやるんだから、構いやしねぇだろうが!」
「ちげぇねぇ」
がはは、と笑い声が上がる。
ツン達の目と鼻の先で、物騒な会話が交わされていた。
ξ;ー )ξ(大丈夫、大丈夫……)
少年の頭をそっと撫でながら、そう言い聞かせる。
それは、恐怖に震える自分に打ち克つための言葉でもあった。
101
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:23:36 ID:9tBcNMXI0
洞窟内の暗さが幸いしてか、山賊と思しき連中たちには
奥の方で身を縮こめる自分達の存在には、まだ気づいていない。
だが、少し目を凝らせば違和感に気づくだろう。
ましてや、自分が纏う白の衣服ならば、余計に目立ちやすい。
早く出て行ってくれる事を願うも、一人は寝転がってしまった。
うだうだと話をしながら、当分出ていく雰囲気はなさそうだった。
このままでは、気づかれるのも時間の問題だろう。
それならば、とツンは覚悟を決めた。
ξ;゚⊿゚)ξ(いい……? 合図をしたら、外まで走るの)
(ノoヽ)(うん、あう)
ξ;゚⊿゚)ξ(お姉さんの手を離したら駄目だからね)
(ノoヽ)(……うう?)
ξ;-⊿-)ξ(でも、もし手が離れたら、絶対に振り返らないで走りなさい)
ξ;゚⊿゚)ξ(人のたくさんいる場所まで、走り続けるのよ)
(ノoヽ)(うあ、うぁん……)
ツンの瞳には、少年の不安げな表情が映った。
だがツンの唇の動きと表情から強い感情を読み取ったか、彼はゆっくりと頷く。
102
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:24:18 ID:9tBcNMXI0
何とか大丈夫、いや、きっと上手くいく。
そう思った矢先だった。
足元で、枯れ枝を踏みしだいた音が響いた。
ξ;゚⊿゚)ξ(――焚き、木?)
その一瞬で、思考は白く塗りつぶされていく。
火を起こした後の燃えかすか何かを踏んでしまったようだった。
それは、自分が願うよりもずっと大きな音を立てて、
しつこいほどにに洞窟の壁から壁へと跳ね返り、響く。
正しく、痛恨の極みだった。
「んぁあ?」
山賊たちは、音に気付いた。
完全には視認されていないが、この純白の修道服は憎いほどに目立つ。
山賊の一人は、目を凝らしながら闇の中の違和感に首を傾げている様子だった。
身を潜める二人の元に、影はゆっくりと近づいてくる。
今となっては、先ほどの企みを実行しても、格段に成功の見込みは薄い。
それでもせめて、この少年だけでも逃げてくれれば、それでいい。
虚を突くなら、今しかない。
103
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:25:12 ID:9tBcNMXI0
ξ;゚⊿゚)ξ「――今よッ!!」
繋いだ手を固く結んで、修道服の裾をたくし上げながら、全力で駆け出した。
突然聞こえた声と走り来る人影の姿に、近づいてきた山賊の一人は低く呻いて驚き、
ツン達の進路を飛びのいて尻もちをついたようだった。
「うぉッ!?」
ξ;゚⊿゚)ξ「走って!」
無我夢中、この手だけは離さぬようにと全力で走った。
今まで生きてきた中でも、これほどの緊張感に苛まれた事はあっただろうか。
体中から冷や汗が吹き出し、血は冷たく凍りついたかのように感じられる。
ほんのわずかの距離だが、その一歩一歩がとても遠かった。
「おっ……女ァッ?!」
素っ頓狂な声を上げたその山賊は、通り過ぎる間際に腕を伸ばしてきた。
ツンは走りながら、自由な方の腕でそれを振り払った。
ξ;゚⊿゚)ξ(……外に! どこかの草木で身を隠せば……!)
あともう少し、あと数歩でたどり着く距離に、
洞窟の出口がぽっかりと口を覗かせている。
104
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:26:23 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ(もう、これでー―)
そこで、ツンの足は止められた。
女という言葉に敏感に反応したのか、洞窟の出口前で待ち構えていた
一番の大男に、ツンは脇から腕をがっしりと掴まれる。
力は強く、振り払う事もできそうにないと判断すると、
ツンは即座に掴んでいた少年の小さな手を離した。
一瞬少年がこちらを振り返った時、力の限りを振り絞ってツンは叫ぶ。
ξ#゚⊿゚)ξ「何してんの、行きなさい! 早くッ、走るのッ!」
(;ノoヽ)「……う、うぅ……うあぁぁぁぁーっ!!」
鬼面の如き表情を浮かべて、怒声混じりのツンの叫び。
子供はびくっと驚きながらも、ツンの身を案じてか一度だけ振り返り、
やがて洞窟を抜けて、いずこかへと、走り去っていった。
「おいおい、なんだってこんなシケた場所に尼さんがいるんだぁ?」
「うほほぉぉっ! それよか、極上の上玉だぜ、こいつはよぉッ!」
「さぁさ、中に戻ってさ……一緒に楽しもうじゃねえか、嬢ちゃん」
腕を掴まれたまま、ツンはその場に両膝から地面に崩れ落ちた。
ξ;゚⊿゚)ξ(無事に彼が、人里に辿り着けますように……)
105
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:27:17 ID:9tBcNMXI0
* * *
(;ノoヽ)「うぁっ、うぁっ、ふぐぅ……!」
言いつけ通りに駆け出した少年は、洞窟に置いてきたツンの事が気がかりだった。
何度もそちらの方へと振り返ったが、彼女が後を付いてくる様子はない。
頭は混乱するまま、ツンの言いつけを守って、ただひた走った。
だから、目の前から誰か人の姿があった事に、気づく事が出来なかったのだろう。
勢いのままに少年は目の前の人物とぶつかり、跳ね返された勢いで地面に倒れ伏せる。
その相手に叩かれるのではないかと思って、思わず少年は頭を手で覆った。
だが息を切らせていた少年に、その旅人は手を差し伸べている。
(´・ω・`)「何か、あったのかい?」
一人の旅人は、たまたまそこへ通りがかった。
外套の下、僅かにはだけた胸元の下には、それを覆い隠すようにして、布が巻かれている。
”ショボン=アーリータイムズ”
大陸全土の魔術師がその場所に籍を置く者を羨望の眼差しで見るという
かの魔術研究機関”賢者の塔”にその名を連ねるという栄誉。
その彼が脚光を浴びていたのも、つい最近までの話だった。
106
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:28:04 ID:9tBcNMXI0
(;ノoヽ)「あ――あぅう、おぉう!」
(´・ω・`)「一度、落ち着いてくれるかい?
何を焦っているのか、教えてくれれば……」
ショボンは立ち上がった少年の背丈にまで身を屈めると、再度手を差し出した。
そんな二人の前に、どこか遠くから女性の叫び声が響いた。
(――その汚い手を離しなさいよ! 小悪党どもッ!――)
少年は声の聞こえた先を指差しながら、ショボンの外套を引っ張った。
引き寄せられるまま、急ぐ少年に歩調を合わせて少しの距離を歩くと、
やがてショボンの目には、一人の女性が三人組の男たちに腕を引かれている光景があった。
はた、とその歩みを止めると、すぐに少年と共に近場の木陰に身を隠す。
明らかにただならぬ雰囲気を感じ取り、彼らが助けを必要としているのを理解した。
(´・ω・`)「あの人が、囚われているのか」
(ノoヽ)「あ、あうぅ、あうぅあ」
ショボンは少年の口元を手で覆い、彼が大声を上げる事を制した。
洞穴の前でもみ合っている様子を伺える場所にまで移動し、向こうからの死角を位置取る。
107
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:29:32 ID:9tBcNMXI0
女性が襲われていて、この少年はそこから逃げてきたのだという事実を整理し、
助けを求められている現状での立ち回り方を模索していた。
(´・ω・`)(野盗だな……数は、3人)
胸の前で作った握りこぶしを眺めて、歯噛みする。
武器と言えるような一切を所持しておらず、数の頼みもない。
だが彼は本体、凶暴極まりない人鬼ですらをも叩き伏せる、魔術の遣い手である。
その分野では冴え渡っているはずのショボンが、この時ばかりは思案にあぐねていた。
(;ノoヽ)「おぉあ、あうええっ」
(´・ω・`)(……彼らを助け出そうというのか、この、非力な身で)
聾唖の少年は、哀願するかのような眼差しをショボンに向けている。
こんな状況では、助けを求められれば応じるしかないという腹づもりではある。
だが芽生えた正義感とは裏腹に、野盗と渡り合えるだけの力がないという事実。
最悪、身包みを剥がされて亡骸を野に晒されて終わりだ。
本来、魔術を操るはずの彼ならば、その限りではないはずなのだが。
「いやっ……離してッ!」
幸いにして、けたたましく喚く彼女の様子から、まだ時間の猶予はあると思えた。
108
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:30:10 ID:9tBcNMXI0
先ほど覗かせた修道服を見る限り、教会の人間だろう。
穢れを知らぬ彼女らが、このままでは卑劣漢どもの慰みものとして、
いずれ抵抗する気力すらも根こそぎ奪われる程の憂き目に遭うのは必然。
苦々しくも、想像に易かった。
(´・ω・`)(だが、見過ごせるはずもない)
周囲を見渡して、状況を打開出来るような道具を探してみるものの、
手近な場所にあったのは、両手に収まる程度の大きさの石ころくらいだった。
その石を拾って手に取ると、不安げな少年の方へ頷いた。
(´・ω・`)(使えるな)
「いいの……!? アンタそれ、食いちぎってやるんだから!」
(´・ω・`)「やれやれ、威勢の良い事だ)
「やッ、やめなさい、アンタ達! 死んだら絶対地獄に落ちるんだからね!」
(´・ω・`)(なら、それに甘えて、もう少しだけ機を待たせてもらうとしよう)
女が浴びせる罵倒の数々に、ショボンは思わず苦笑した。
いずれ訪れるであろう好機を狙い済まして、
ショボンは奥へと連れ去られていった女性を助けるべく、潜みながら近づいていった。
109
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:31:06 ID:9tBcNMXI0
* * *
どうにか少年だけでも逃す事が出来た。、
だが、この野山をぼろの布切れ一枚羽織って駆け回るというのは、
年端もいかぬ幼子にとっては、酷な思いをさせることになるだろう。
だがツンを取り巻く状況は、それ以上に厳しかった。
必死の抵抗も空しく、一番の体格を誇る大男にかかっては、
軽々と洞窟の中へと押し込められてしまっていた。
すぐに地面へと組み伏されると、子分格らしき二人が腕を伸ばして、
じたばたと抵抗し続けるツンの四肢を拘束する。
ξ#゚⊿゚)ξ「やめなさい! こんな事して、ただじゃおかないんだからね!」
「えひゃひゃひゃ、随分と元気が有り余ってるじゃねぇか」
「こんなヒラヒラした服着てよう、俺らを誘ってんだろ?」
「ひゃひゃ……こいつぁいい。しかもこの女、どうやら尼さんだぜ?」
庶民と比べては、ツンの身なりはかなり特異で目立つだろう。
男たちは物珍しそうに唸りながら、気丈に抗うツンの表情からそのつま先までをも、
じっとりと舐めるようにして眺めている。
男たちの視線に激しい嫌悪感を露にして、ツンはそれでも毅然と睨み返す。
「いやぁ……たまんねぇ、まさかこんなべっぴんとやれるなんてな」
110
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:32:13 ID:9tBcNMXI0
「おう、こいつは神様からの贈り物だぜ。」
「ってこたぁ勿論、初物なんだろうなぁ……うひゃひゃ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「――下劣な!」
若さというそれ自体が光沢を放っているかのように、
瑞々しさの溢れるツンの柔肌を、欲望のままに貪ろうとする山賊達。
他者を踏みにじってでも欲を満たさんとする彼らの姿は、
ツンの目には妖魔の類とそれほどの差はなかった。
下卑た卑劣な笑顔に、救われるべき人間ばかりではないのか、という考えが過ぎた。
ついに薄汚い手が、ツンの衣服を捲り上げようと伸びた。
必死に手で押さえながら、足で何度も蹴り上げ、全力で抵抗する。
だが、自分の力ない攻撃では、怯ませる事も出来ない。
「そら、祈ってみなよ! 案外助けてくれるかも知れねえぜ?」
「そりゃあいい、ひゃっひゃひゃッ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「い、いやッ……」
神に助けを乞うたが、心は既に挫けつつあった。
その願いが聞き届けられる事はないのだろう。
111
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:33:06 ID:9tBcNMXI0
いよいよ気色の悪い感触が、ツンの白い太腿へとのたうちながら入り込んでくる。
身体全体をびくっと硬直させ、そうして抗う事も忘れてしまい、
何も考えられず、身体を這いずりまわる、恐怖だけが──
ξ ⊿ )ξ「い……」
ξ;⊿;)ξ「……いやぁッ……!」
自身の身体が蹂躙され、穢されていく事への恐怖に震える。
短い悲鳴と共に、自然と瞳からは涙がこぼれていた。
「がぁっ」
ξ;⊿;)ξ「……?」
突如、自分の太腿へ手を這わせていた一人の男が、突然素っ頓狂な声を上げた。
間をおいて、白目を向いて倒れ込んだ男から、怯えて身をかわす。
自分の元にごろごろと転がってきたのは、両の手ほどの大きさの石だった。
「な、なんでぇ!?」
どこからからか飛んできた石が見事に男の頭部を直撃し、
そのまま一人は気を失ったようだった。
山賊たちは一瞬、落石を疑って洞窟の天井を眺めて動きを止めた。
ツンの衣服を捲くりあげていた山賊の一人は大男の一瞥で促されると、
後方の様子を確認する為、恐る恐る入り口まで歩いていった。
その男が外の様子を覗き込んだ時、男が声を上げる。
112
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:34:09 ID:9tBcNMXI0
「な、なんでぇ! おまッ……!」
言いかけた時には、ごつんという鈍い音が響いた。
どうやら、岩陰から手が振り下ろされていた。
こちらまで響くほどの鈍い音の直後、そこで男の意識は途絶えた。
頭を抑えながら地面へと力なく倒れこむと、すぐに気を失ったようだ。
「チッ……なんだぁ、テメェ?」
残された一人の山賊、大男は思い切り顔をしかめながら舌打ちした。
同時に腰元にぶら下げた剣を、すらりと抜き出す。
やがて睨みつける視線の先に、外套を纏う一人の男が姿を現す。
(´・ω・`)「もっと他愛無いと思ったけど、案外難しいものだ」
洞穴内に差し込む逆光を背に立っていたのは、外套に身を包む一人の旅人風の男。
両手に大きな石を抱えて、その場に佇んでいた。
先ほどの男は、脳天にそれを振り下ろされたのだろう。
こんな人気の無い場所で助けが来るなど、そうある話ではない。
諦めかけていた折のこの事態に、ツン自身も驚きを隠せなかった。
「何のつもりだッ! てめぇ……!」
(´・ω・`)「まぁ、立場上は君達以上の悪党なんだが」
(´・ω・`)「卑劣な真似を見過ごすことが出来ない、損な性分とだけ」
そう言って石を顔の近くで構えると、重心を少し落とした。
113
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:35:18 ID:9tBcNMXI0
彼は戦うつもりのようだった。
そんな、武器と呼ぶにはあまりに頼りない、石くれ一つで。
一方の大男はろくに手入れもしていないであろうが、剣を持っている。
体格でも武器でも劣るその男がやられてしまうのは、火を見るより明らかだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「……無謀よ!……逃げてっ!」
「御託並べてんじゃねぇッ!」
ツンの叫び声と同時に、山賊は剣を手に突っ込んで行った。
上半身に向けて振るわれたそれから、旅人は辛くも身を逸らした。
(;´・ω・`)「ふッ」
「オラァッ、ぶち殺してやらぁ!」
続けざまに一振り、二振り。
もみ合うようになりながら、懐に潜り込んでそれらも避けた。
だが、その直後に膝で腹を蹴り上げられる。
(;´・ω-`)「ぐぉッ」
低く呻き怯んだそこで、間髪入れず山賊の拳が顔面に振り下ろされた。
勢い良く吹き飛ばされると、そのまま地面に引きずられる。
ξ;゚⊿゚)ξ「危ないッ!」
旅人はまだ立ち上がれない。
だが、山賊はその頭に容赦の無い剣の一撃を、一直線に振り下ろす。
眼前で血の飛沫が舞うのを想像し、ツンは思わず目を背けた。
直後に、金属が叩かれる破裂音が甲高く轟く。
ややあって、恐る恐る瞼を開けると、旅人はまだその場に立っていた。
114
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:36:22 ID:9tBcNMXI0
「……おぉ。しぶてぇなぁ」
(;´・ω・`)「ふぅ、ふぅ」
肩を大きく上下させながら、荒い息遣いがこちらにまで聞こえた。
顔の中心で石を構え、剣の打ち込みを辛うじて弾いていた。
だが、たった一度凌げた所で、そこから状況を変えるには至らない。
かと思えば、顔の前で掲げていた石を地面に転がした彼は、両の手を力なく放り出した。
もはや防ぎきれないと思って、諦めてしまったのだろうか。
だが、詮無き事ではある。
たった一人で二人の山賊までをも石ころだけで倒してのけた。
その事実だけで、十分な感謝と賞賛に値する。
「さてと……喉か、心臓か、目か。どこをえぐられてぇ?」
そう言って山賊は旅人の肩を強い力で鷲掴みにして、
彼に向けた剣の切っ先で、ぺたぺたとその頬を叩いた。
(;´-ω-`)「参ったね」
ξ;゚⊿゚)ξ「だ……駄目……!」
自分を助けようとしてくれた旅人が、目の前で殺されてしまう。
光景を目の当たりにしたツンは立ち上がり、山賊の大男に叫んだ。
115
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:37:17 ID:9tBcNMXI0
ξ#゚⊿゚)ξ「私なら、どうなってもいい……」
ξ#゚⊿゚)ξ「だから、その人をすぐに離しなさい!」
力一杯に怒気を孕んだツンの叫びも、山賊からしてみれば
まるで空気のようなものとしか感じていないだろう。
肩越しに冷たくツンを一瞥する、濁った瞳。
「駄目だな」
ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあ、どうすればッ──!」
「こいつを殺すまで大人しく待ってな、すぐに可愛がってやるからよ」
ツンの柔腕では、何一つ力になれる事など無い。
自分を助けてくれようとした人間が殺されようとしているのに、
そんな場面にあっても、ツンにはただ指を加えて成り行きを見守ることしかできない。
その後には自分は辱めを受けて、身も心も汚されるだろう。
無力さに、俯いて肩を落としてツンは呟いた。
ξ;゚⊿゚)ξ「……何も出来ないじゃない……私なんて……」
そんな無力感が、旅の出立を決意した自身への自責の刃として容赦なく心を抉る。
顔を両手で覆うと、感情が昂ぶり、こみ上げてくる。
指の隙間からは、またも涙の雫が地面へと伝い落ちた。
116
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:38:10 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ(結局自分なんか……誰の役にも立てないんだ)
(´・ω・`)「………」
視界の端に、その場に膝を折ったツンを、気にかける旅人。
剣を突きつける山賊の頭を通り越し、どこを見るでもなく天を仰ぎながら
淡々とした口調で、ツンにゆっくりと語りかけた。
(´・ω・`)「……どうやら、君は優しい女性のようだね」
ξ゚⊿゚)ξ「――え?」
(´・ω・`)「普通の人間ならば、まず自分が助かる事を願うはずだ」
「うるせぇぞ」
剣の切っ先を彼の喉へと向けて睨みつける山賊を目の前にして、
彼は極めて平静を保ったまま、なおも言葉を紡いだ。
(´・ω・`)「それを、自分が助かるなどどうでもいい、とばかりに君は言う」
(´・ω・`)「なればこそ命を投げ打つ……その覚悟を決める、価値もある」
ξ゚⊿゚)ξ「何を……」
「最後の言葉はそれでいいのか? じゃあ、そろそろおっ死んじまいな」
117
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:40:27 ID:9tBcNMXI0
山賊が、いよいよ剣を振り上げた。
だが、命を投げ打つ覚悟を、と口にした今の旅人の顔は、
これから死にゆく人間のそれには、思えなかった。
(´・ω・`)【我が身に漲る 魔力の奔流よ】
そう唱えて、垂れていた手を胸の前でかざした。
(´・ω・`)【光を紡ぎて 闇を穿たん】
指差しを形作ると、自分に剣を突きつける山賊の方へとそれを向けた。
(´・ω・`)「――【魔法の矢】」
ξ゚⊿゚)ξ「ッ!?」
一筋の閃光が、眩く闇を照らした。
束ねられた帯状の光が、意思を持ったかのように収束し、解き放たれた。
瞬きの間の出来事であり、それはまるで、光で模られた一本の矢のようであった。
「ぐ、ぎゃあっ!」
その矢は、男の太腿あたりを文字通り貫いた。
質量を持たぬはずの光がもたらした外傷に、たまらず山賊はその場に崩れ落ちた。
賢者の塔が授け伝える、”魔術”によるものだった。
ξ;゚⊿゚)ξ(――この人、魔術師だ)
118
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:41:15 ID:9tBcNMXI0
下肢を撃ち貫かれた痛みに喘ぎ、苦痛に顔を歪める大男は剣を取り落としていた。
転がっていたそれを、旅人は即座に後ろへと蹴り飛ばした。
「ぐぅッ……て、てめぇ……魔法か!?」
(´・ω・`)「やれやれ……」
地面に片膝をつき、傷口を手で押さえながら、山賊は顔を歪める。
事もなげに、旅人は外套の土ぼこりを手で払いのけると、立ち上がった。
(´・ω・`)「時間がない。
さっき自分でも言ったが、僕は君らのような賊なんぞよりも、
よほどたちの悪い悪党なんだ――それこそ、手配書が出回る程にね」
(´・ω・`)「次はこの心の臓を、今のように射抜いても構わないんだが」
「な……や、やめろ!」
その手から放った光の矢によって瞬く間に形勢を逆転させた男は、
途端に饒舌になって喋りだすと、それまでとは違って威圧的な口調だ。
(´・ω・`)「だが、今は君達なんかに興味は無い」
そう言って、ちらりとツンの方へと視線を送る旅人。
片目をぱち、と一度だけ深く閉じこみ、合図を送っているようだった。
垂れ眉の旅人が話す言葉こそ物騒なものではあるが、
ツンの目からはそれほどの悪漢には到底見えなかった。
(´・ω・`)「それよりも、そこにいる綺麗なお嬢さんが、
僕の実験の、実に良い素体になってくれそうなんでね」
119
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:42:56 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「だが、どうしてもこの場を退けないというのなら、仕方ない」
(´・ω・`)「代わりに君達の身体の器官一つ一つを取り出して、
実験材料にさせてもらうとするよ」
ξ゚⊿゚)ξ「………」
呆気に取られて、ツンはその光景をただ眺めていた。
魔術師は、どこか台詞めいたように言葉を語っている。
命の危険を冒してこの場に現れた彼が、そのような悪人だとは感じられなかった
一応は自分も怯える素振りなどをして、山賊たちに見せておいたほうが
彼の助けになるのかと思ったが、どうやらそれは杞憂だった。
「ひぃっ、頼む! やめてくれッ!」
身体に風穴を開けられた大男は、予想以上に怯えを見せている。
先ほどの魔術がよほど堪えたのだろう。
山賊の反応を見て、愉しむかのようになおも魔術師は続けた。
(´・ω・`)「……それなら、早くお仲間を連れてここから立ち去ることだ。
その出血量だと、下手をしたら一刻もすれば命に関わるよ。
すぐに、どこかで手当てをお勧めするなぁ」
その顔を見上げる山賊には、自分の目の前に立って不敵な笑みを浮かべる魔術師が、
よほどの大悪党に見えているのかも知れなかった。
山賊の大男は片足を引きずりながら、急いで仲間を叩き起こして回る。
120
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:44:38 ID:9tBcNMXI0
「お、おい! お前らッ、起きねぇか!」
頭に石を叩きつけられて気を失っていた山賊達は、意識も朦朧とする中、
苦痛に顔を歪めながら自分たちの頬を何度も叩く大男の異様な様子を察したようだ。
(´・ω・`)「一人もこの場に残さないように頼むよ」
魔術師は手に指差しを象り、なおも山賊に向けている。
リーダー格のただならぬ慌てふためきように、
一人、二人と叩き起こされると、混乱している様子だったが、
首根っこを掴まれ引きずるようにして洞窟から連れ出されて行く。
振り返る事も無く脱兎の如く洞窟を飛び出すと、そのまま山中へと消えていった。
その背中を見送った後、魔術師はその手を下ろした。
後に残されたのは、ツンと魔術師の彼だけだった。
ふぅ、と嘆息した後に、魔術師はツンの様子を気遣い言葉をかける。
(´・ω・`)「大丈夫かい?」
その問いかけに、ツンは現実へと意識を引き戻された。
先ほどまではもはや山賊どもの慰みものとされてしまう恐怖に怯えていた。
だが、突如現れたこの一人の旅の魔術師によって、自分は救われたのだ。
121
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:45:24 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「……は、はい!」
危ない所を助けて頂いて、本当にありが──」
ぺこりと頭を垂れるツンの仕草は、手で遮られた。
人助けをした直後だというのに、見ればその表情は晴れやかなものではなかった。
(´・ω・`)「いいのさ、自分が好きでやったことだ。
それよりさっきも言ったが、時間がないからよく聞いて欲しい。
(´・ω・`)「これから、僕は死ぬかも知れない」
ξ゚⊿゚)ξ「……はい?」
(´・ω・`)「正確には”死ぬ程の苦痛にのた打ち回る”だろう。
あるいは――本当に死ぬかも知れない」
(´・ω・`)「だが、あいにくと君ではどうする事も出来ない。
だから、僕の事は気にせず下山するといい、助けはいらない」
ξ;゚⊿゚)ξ「ど、どうして?」
(´・ω・`)「……発症するまでの感覚がこれまでに無く長い。
これは、いよいよ覚悟が必要そうだ」
ξ;゚⊿゚)ξ「あ、あのそれはどういう……」
まるで事態の飲み込めていないツンを置き去りにしたまま、
魔術師は一人語る。胸元に手を置て、身体の節々を眺めては、
何かを確かめるように、厳しい表情だった。
122
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:46:09 ID:9tBcNMXI0
完全に置き去りにされ、状況の理解が出来ぬツンを傍目に、
魔術師が再び口を開きかけた、その時だった。
彼の身に、異変が起きた。
(´・ω・`)「さっき僕が、命を賭ける価値があると言ったのは、こういう……」
(;´ ω `)「ッ!? ……ぐぅッ、ごほぉッ!!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと!?」
突如として胸を押さえ、彼の四つん這いになって、地面へと崩れ落ちた。
手足はぶるぶると痙攣し、手の平を一心に見つめて、正気を保とうとしているようだ。
(;´ ω `)「がはッ!ぐぶぅッ」
だが、すぐに地面へと横ばいになると、口からは夥しい量の血を吐き出した。
声にならない声を上げて、大きく背中を反らせてのたうち回り始めたのだ。
先ほど、彼自身が言っていた現象が、現実として起きている。
病の一種だとしても、、医学の知識を持たぬツンには理解が及ばない。
だが、彼の命が危機的状況にあるという事だけは、すぐに分かった。
ξ;゚⊿゚)ξ「大丈夫ですか!? しっかり……しっかりしてッ!」
苦しそうに押さえている胸元の手を握り、ツンは膝に彼の頭を寝かせる。
吐血がツンの純白の衣服を染め上げていくが、身体をさするので精一杯で、
それどころではなかった。
口からはやがて血泡を吹き、胸を掻き毟るようにして苦痛に喘いでいる。
異常な状態だというのは解るが、解決すべき策は見当たらない。
123
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:47:28 ID:9tBcNMXI0
薬もなく、医者も居ない。
今ここに居るのは、自分の身一つだけ。
人里へ降りて助けを呼ぶにも、そんな時間が残されているとも思えない。
この旅人を救える人間は、今この場に、ツンしかいなかった。
祈りを捧ぐことしか出来ない、非力なこの身しか。
(;´ ω `)「ぅ……うぅッうぅ……ッ!」
獣のようにうなり声を上げ、もはや白目を剥いている。
意識が途絶えるのも時間の問題だろう。
意識してのものかはわからなかったが、その魔術師の手は、
ツンの白く小さな手を、ぎゅっと握り返した。
ξ;゚⊿゚)ξ「……苦しい、んだよね……死にたく、ないよね……」
強くツンの柔指を握り締めるその手からは、体温とともに、
徐々にそれを握る力も失われていく。
彼は死の淵で、必死にもがいているようだった。
ツンの手がまるで生死の境目であるかのように、離すことはなかった。
ξ-⊿-)ξ「私に、出来ることは……」
彼の苦痛を和らげるように努めることで精いっぱいだったが、
その中で、ツンは一つの可能性に託す事を考えていた。
何かに秀でたわけでもなく、命を救う術に長けたわけでもない。
だが、たった一つの事にこれまでの人生の多くを捧げてきた。
自分は聖ラウンジの信徒であり、名高き司教、アルト=デ=レインの娘――
ξ-⊿-)ξ「……そうよ」
124
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:48:46 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「祈る事しか出来ない私だからこそ、たった一つ可能性はあるじゃない」
もはや力ない手を握り締めながら俯くツン。
そう呟いた彼女が再び顔を上げた時、彼女の瞳には、まだ諦めの色はなかった。
ξ-⊿-)ξ「来る日も来る日も一心に祈りを捧げて……
神に見初められた信徒だけが賜る、”聖ラウンジの奇跡”ですって……?」
ξ#゚⊿゚)ξ「……舐めんじゃないわよッ!」
ξ#゚⊿゚)ξ「私はこの人に助けられたんだから……だから、絶対助ける」
ξ#゚⊿゚)ξ「普段から崇められて、祀られて、沢山の人たちに祈らせてるんだから。
……たまにはこっちのお願いを聞いてくれたって、罰は当たらないわよね!」
この大陸で儚く消えていく命たちに対して、何か出来る事はないだろうか。
そんな力が自分にもしあれば、どういう風に使っていくのだろうか。
――教会の窓から、物憂げに外を眺めて浸っていた、夢のような話ではない。
幼い子供とツン自身を救ってくれた人間が、まさに目の前で命を落としかけている。
ここにいるのは、自らの力不足にうなだれていた、さっきまでの自分ではない。
ただ、この命を救う事だけを願った。
”奇跡を起こす”という事を、己に課した祈りを捧げる。
ξ-⊿-)ξ(どうか、何も取り柄のないこの娘の言葉をお聞き入れ下さい。
聖ラウンジの神、”ヤルオ=ダパト”よ。
この地に住まい、救いをもたらす我らが主よ)
125
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:49:57 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ(どうか……どうかこの人の命を、助けてあげて下さい)
それは、聖教都市で学んだような、形式ばった言葉ではなかった。
いつしか日々の勤めとして枠に囚われていた、聖職者として恰好のつく言葉ではない。
ただ、命のぬくもりをつなぎ留めたいがための、偽りなき彼女自身の願い。
心の叫びを、ただ一つの願いを託して、祈りに込めた。
心の中で唱えながら、ツンの柔腕に力なく身体を預ける魔術師の顔を見る。
呼吸も困難になってきたようだった。
唇は震えて顔は青ざめ、その瞳はもはや空ろで、意識も失っている。
(;´ ω `)「……」
神への懇願は、やがて自然と口に出ていた。
今、救いが必要なのは誰とも知らぬ多くの民草ではない。
危険を顧みずに必死に自分を救い出してくれた、ここにいる一人の男性。
ξ-⊿-)ξ「一生の……お願いです」
数十年に渡って従順な聖ラウンジの信徒であり続けた父ですら、
実際に主、ヤルオ=ダパトの声を聞けた事は一度きりだったという。
今、ツンは真に神の信徒として見初められた存在でなければ賜れぬという、
聖ラウンジの奇跡に全ての想いを託して、ただ祈った。
呟いた後、空虚な沈黙が支配する。
126
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:50:38 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「………(すぅぅぅぅぅ)………」
大きく息を吸い込んだあと、諦めず一心に強く、強く祈った。
体温が冷たく引いていく彼の手を両の手で握りながら、その手ごと、額に当てて願う。
ξ ⊿ )ξ「奇跡を、起こして───」
願いのを言葉にしたその瞬間、ツンの意識は───空を飛んだ。
* * *
気がつけば、全てが白き光に染め上げられていた。
その中にあって、身体の感覚がないのか。
あるいは、この場に自分という実体自体がないようにも感じられた。
ただただ真っ白に、うすぼんやりと光がを差す場所。
まるで白昼夢見ているかのようだったが、その境界すらも認識できない程に、
現実か虚構かがあやふやな、不可思議な暖かさに包まれた場所だった。
ややあって、頭の中に直接語りかける声が、近づいて来るように感じた。
耳を澄ますように意識してみれば、確かに声が聞こえるのだ。
127
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:54:38 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (● \
| (__人__) | ──我こそはヤルオ=ダパト──
\ ` ⌒´ /
それは、煌びやかな白い光たちに引き連れられるようにして、
ぼんやりとその大きな顔を浮かび上がらせた。
この場に自分の身があるのであれば、驚きのあまり大声を上げていた。
限りなく非現実的なこの状況だが、一つだけ確信があった。
今自分は、父アルトが聞いたとの同じように。
聖ラウンジが崇める神、”ヤルオ=ダパト”の声を聞いているのだと。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (● \
| (__人__) | ──そなたの、一点の曇りなき願いは届いた──
\ ` ⌒´ /
128
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:58:49 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──自分を省みず 他者を助けたいと真摯に願うそなたにならば 託そう──
\ ` ⌒´ /
語りかける声は心地よく、優しく包むような、
暖かい安堵感がもたらされていた。
この時ばかりは、逼迫していた現実の状況というものを忘れていた。
心に焦燥はなく、ただ、主の温もりに触れていた。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──聖ラウンジの秘術 奇跡の御業を そなたは望むか──
\ ` ⌒´ /
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──そなたが願うのならば 切なる祈りは 確かな力となる──
\ ` ⌒´ /
129
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:59:46 ID:9tBcNMXI0
AA崩れてました
130
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:01:48 ID:9tBcNMXI0
聖ラウンジの秘術、聖術の奇跡。
ヤルオ=ダパト神を信仰するものばかりでもなく、
それが得られるのならば、きっと誰もが欲する”力”となり得るだろう。
それを何と言ったか、この自分に授けると聞こえた。
自分は”力”などいらない、だが、それで誰かを救えるというのならば──
誰かに”救い”をもたらせる”力”ならば欲すると、ツンは今一度願った。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) |──そうか 確かに授けた 我が名はヤルオ=ダパト──
\ `⌒´ ,/
131
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:03:55 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) |──かつてニュソクの地で生まれ 多くの人の想いが造りし神──
\ `⌒´ ,/
____
/⌒ ⌒\
/( ●) (●)\
/::::::⌒(__人__)⌒:::::\ ──いずれまた会おうお? 心きれいな娘さん?──
| |r┬-| |
\ `ー'´ /
どうやら、主はツンの心象世界での願いを聞き入れたようだった。
最後に、その屈託ない笑みと、少しどころでなくくだけた神の言葉を耳にした。
意識全体が、今度は真っ黒な渦に吸い込まれていく。
来た時と同じように、意識は再び別の場所へと飛ばされた。
* * *
132
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:04:36 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ「………ん!」
ツンが意識を再び取り戻した時、そこはなんら変わらぬ景色だった。
(;´ ω `)
腕の中には、まだ旅人が辛うじて息をしている。
意識を失ってはいるが、なんとか呼吸だけはしている。
今、自分は、一瞬だけまどろんでいたのか。
今しがたの夢現の出来事と現状とが混ざり合い、記憶に混乱が生じていた。
記憶を遡ろうとしたところで、自分の身に起きた異変に気付いた。
ξ゚⊿゚)ξ「これって……」
自身の手や身体を、うっすらと覆う、翠色の光。
それらは自分の内側に宿るようであり、身体の周囲を巡っては、霧消していく。
だがそれでも、次々と泉のように湧き出てくるようだ。
ξ゚⊿゚)ξ「まさか、本当に……」
これならば、いける。
ツンはその事への、確信を得た。
抱きかかえていた彼の身体を地面へとそっと横たえると、
迷いのない動作で、彼の胸元を覆っていた包帯を取り払った。
ξ゚⊿゚)ξ「!」
133
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:05:17 ID:9tBcNMXI0
ツンがの瞳に映ったのは、まるで自らを閉じ込める胸板を突き破ろうとするように、
薄皮のすぐ下で縦横無尽に黒い発光体が暴れ回っている光景。
だが、実際の生物か何かが入っている訳では無さそうで、
実体があるかもあやふやなそれは、まるで何らかの呪いを受けたかのようだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「生き物、なの? それとも……」
(;´ ω `)「………ッ……!」
あれこれと詮索を入れている時間は、もうほとんど無さそうだった。
胸の中で何かが暴れるたび、彼の身体は大きく仰け反っている。
たとえ精通した名医であっても、こんな症状を快癒させる事は不可能に思える。
だがもし仮に、”奇跡”が起こり得るのならば───
ξ゚⊿゚)ξ「……どうみたって悪性の物よね、これは」
ξ゚⊿゚)ξ「見てなさい」
ξ-⊿-)ξ「今の私になら……出来ると、そう信じてる」
発光体が怪しく蠢くその胸部へ、そっと両の手をかざした。
目を瞑ると、心の中で祈りを捧げながら、言葉を唱える。
134
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:06:14 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「……【聖ラウンジの偉大な主の名の下に】」
ξ-⊿-)ξ「【消え去れ 生者の命を脅かす 悪しき存在よ】」
ξ゚⊿゚)ξ「【そして儚い命の灯に 再び光があらん事を】ッ!」
一点の曇りなき願いの塊を、心の中で一息に爆発させた。
────そして、辺りは光に包まれる。
とても眩く、暖かく、そして優しい光が、満ちる。
手をかざしていたツン自身が驚いてしまうほどのものだった。
それでも、怯む事なく、蠢くものを消し去る事だけを念じた。
ξ゚⊿゚)ξ「――苦しんで、いるの?」
ツンが創造した奇跡の前に、今まで以上に暴力的に這い回る胸の影。
もう、すぐにでも胸を突き破って飛び出てきそうなほどだった。
(;´ ω `)「………かはっ!」
魔術師は、そこで呼吸を取り戻した。
深く息を吐き出しながら、大きく一度咳き込んだ。
それが、きっかけになったかのようだった。
ついにその影は、眩い光に吸い上げられるようにして、
ゆっくりとツンの目の前にまで姿を現した。
135
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:07:07 ID:9tBcNMXI0
ξ;゚⊿゚)ξ「こんなものが……身体の中に……」
ピギョォッ ギョォーッ
浮かび上がった不定形が、蠢く。
この気色の悪い影は、意思を持っているようであった。
小さな声ともつかぬ奇怪な音色は、不快で耳障りなものだ。
聞いているだけで、肌に怖気が走ってしまう程に。
(;´ ω `)「……ハァ……ゴホッ、フゥ……」
ξ ⊿ )ξ(良かった……本当に)
彼の様子を気に掛けると、胸から異物が取り除かれたことで、
徐々に肌は赤みを取り戻しつつあり、呼吸も先ほどよりか落ち着きつつある。
後は、”これ”を完全に消し去るだけだ。
ピギョォッ ピギャァッ
ξ゚⊿゚)ξ「さて……なんだか可哀想な気もするけど」
ξ゚⊿゚)ξ「あなたは、きっと育っちゃいけない存在なの」
136
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:07:42 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「だから───さよなら」
眼前に浮かび上がったそれに向けて、両手を突き出す。
たったそれだけの事で、光の中で影は一層もがき苦しんだ。
光の粒に溶け込んでいくようにして、やがて───それは完全に消え失せた。
* * *
(;´・ω・`)「こいつは驚いたな」
それから程なくして、意識を完全に取り戻した魔術師は、
意識を失っていた間の事の顛末をツンから聞き及ぶと、
驚きのあまり自分の身体と、ツンのその表情とを幾度も見比べていた。
ξ゚⊿゚)ξ「私もよく分かってはいないんだけど……
信じられません、よね?」
にわかには自分でも信じがたいと、ツンは思う。
父がそうであったように、幾年、幾歳月を信仰に使い果たした
名のある信徒であっても、かの聖ラウンジの秘術を用いる術を
得られる者など、ほんの一握りの人間だけであった。
それを、まだ齢にしてたった十八の自分が、その一人に選ばれた。
実際に主の声を聞きながら、聖術の奇跡を賜ったのだ。
奇跡以外に言いようのない事実に対して、未だ実感は沸かなかった。
137
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:08:21 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「いや、勿論信じているさ。
この胸にあったはずの、あの厄介な烙印が、嘘のように癒えている。
それこそが、何よりの証拠だ」
(´・ω・`)「───本当にありがとう」
ξ゚ー゚)ξ「こちらこそ……!」
そこで、二人に初めて笑みがこぼれた。
お互いがお互いを助け合い、誰も死なずに済んだことに、安堵が沸き起こる。
笑みが浮かぶと共に、聖ラウンジの秘術を賜ったという事への実感。
誰かを救える力を手にした事への喜びを、少しずつ噛みしめていた。
(´・ω・`)(それにしても、”封魔の法”───そういう事だったか)
(´・ω・`)(人の身に、魔力を食い物にする魔法生物の類を封じ込める)
(´・ω・`)(魔術を使う者の精神力を糧にそれを成長させ、
やがては対象の術者を死に至らしめる、という訳か……)
(´・ω・`)「……やはり恐るべき才能か、モララー・マクベイン」
ξ゚⊿゚)ξ「え?」
考え事をしていたかと思えば、ぼそりと何事かを呟いた彼の様子に、
ツンが一瞬怪訝な表情を浮かべる。
(´・ω・`)「いや失礼、ただの独り言さ。それより──」
そう言って、すっくと立ち上がり外套の砂埃を払うと、
魔術師はツンの正面へとしっかり向き直り、礼を示した。
138
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:09:01 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「自己紹介がまだだったね。
名を、”ショボン=アーリータイムズ”。
ご周知かとは思うが、これでも魔術師の端くれさ」
ξ゚ー゚)ξ「”ツン=デ=レイン”、聖ラウンジの信仰者です。
大陸の各地を旅して、少しでも自分が力になれればな、って」
(´・ω・`)「そうか、それは……きっとなれるさ。
その力は、何物にも代え難い。
自分がそれに助けられたことで、実感したよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あなたも……旅を?」
(´・ω・`)「まぁ、今の所はね。
信頼していた人物に裏切られて、貴重な研究の機会を逃してしまって」
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……よくわからないけど、大変ですね」
(´・ω・`)「君も、ね」
頷き、ショボン=アーリータイムズは洞窟の外を眺めた。
天候が既に落ち着いているのを見て、出立をと考えたのだろう。
投げ出してきた自らの手荷物を取りに行こうとした所で、出口で立ち止まった。
(;ノoヽ)「お、あう……?」
(´・ω・`)「……おっと」
おずおずと洞窟の入り口から覗き込んできた子供の目が、ショボンのものと合った。
少しうろたえた様子で、背後のツンの表情を伺う。
139
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:10:16 ID:9tBcNMXI0
ξ゚ー゚)ξ「もしかして……この人を呼びに戻ってきてくれたの!?」
(´・ω・`)「その通り。
ありがとう――君のおかげで、彼女を救うことが出来たよ」
そう言って少年の頭に手を置こうとしたショボンの脇を素早く通り抜けると、
その奥に立つツンの傍へと駆け寄って、彼女の背後に隠れてしまった。
ξ゚ー゚)ξノoヽ)「おあう〜!」
ξ゚ー゚)ξ「大丈夫、怖い人はもう居ないからね」
(´・ω・`)「ふふ、懐かれているようだね。
……どうやら、耳が聞こえないようだが」
ξ゚⊿゚)ξ「──私、この子を連れて街を目指したいと思います。
聖ラウンジ教会なら、きっとこの子を預かってくれると思うから」
強い眼差しは、その言葉を曲げることはないだろうと感じさせた。
それにショボンは、一度だけ大きく頷いた。
恐らくはやり遂げるだろうという、彼女の決意を確認して。
(´・ω・`)「承知した。それなら、ここからだとヴィップの街が近い。
早ければ一日、遅くとも、まぁそれに加えて数刻だろう」
ξ゚⊿゚)ξ「交易都市ヴィップ……一度、行ってみたかったんです。
多くの人で賑わっている街だとか」
140
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:11:05 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「うん。少し休みたい所だろうが、山の天候は崩れやすいと聞く。
この先、途中で山小屋の一つくらいはあるだろうから、そこで休もう」
(´・ω・`)「もしさっきの野盗共と出くわしたら、本来の力を取り戻したこの僕が、
今度はより華麗に撃退してお目にかけるとしよう」
ξ゚⊿゚)ξ「……えっと、ショボンさんは……?」
(´・ω・`)「僕の胸の烙印、”封魔の法”を打ち消してくれたお礼とでも
考えてくれればいい。女性と子供の二人では、危険過ぎる」
ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうございます!」
(´・ω・`)「さて、出立しよう」
ショボンが支度を整え終わるのを待って、ツンの後ろで
隠れていた子供は、一瞬だけショボンの前に立って、一言。
(ノoヽ)「あ……”あうがおっ”」
(´・ω・`)「………?」
ξ゚ー゚)ξ「………!」
耳が聞こえないために、正しく声を発音する事ができない子供の
その一言は、どうやらツンの方にだけは伝わったらしかった。
141
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:11:53 ID:9tBcNMXI0
――その後、洞窟の中で横たえられていた一人の死者を埋葬した――
聾唖の少年の親だったであろう遺体の事をツンが話すと、ショボンはこれも引き受けた。
かくして、ショボン、少年、そしてツンの三人で力を合わせて、近くの野原を掘り起こした。
彼を埋葬する際、少年は一度姿を消すと、近くの野草や草花を取ってきて、遺体に握らせた。
これが永遠の別れになることと、餞の気持ちを理解出来たのだろうか。
ツンが膝を付き手を合わせる所作を、少年もまた、見よう見まねで行っていたようだ。
* * *
こうして、奇妙な取り合わせの三人は山を降りる。
”交易都市ヴィップ”を目指すために、ゆっくりと歩き始めた。
疲労感が、なぜだか心地よかった。
充足感が、澄んだ風と共に頬を撫ぜる。
(´・ω・`)「あまり走り回って、滑落するなよ?」
ツンの純白だったはずの修道服は見る影もなく砂ぼこりにまみれ、
黄色みがかってしまった部分を払うと、裾をぎゅっと結んだ。
そして、靴ずれした足で、彼女は再び歩き始めた。
あちこちへと興味津々に駆け回り、ショボンとツンの後を
あとからついて来る聾唖の子供の姿を目で追いながら、想う。
ξ゚ー゚)ξ(そうよ……救いを求めるばかりが信仰じゃない)
ξ゚ー゚)ξ(私は救われるよりも……こうやって、誰かを救いたいんだ)
少年の背中を見て思い返すのは、愛情深く育ててくれた父との日々。
彼女の胸の中を今、鮮やかに彩られた清風が駆け抜けていた。
142
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:12:41 ID:9tBcNMXI0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第3話
「誰が為の祈り」
─了─
143
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:15:24 ID:9tBcNMXI0
>>74-142
が3話です
途中、AAが大幅に崩れていますのでお見苦しいかと思います
144
:
名無しさん
:2024/09/02(月) 12:28:05 ID:XV0YxuRU0
乙
ツンとショボンの出会い…いいね!
二人とも善人だったからこその出会いだね
145
:
名無しさん
:2024/09/03(火) 23:51:29 ID:7NA/cZ8o0
乙です!
芽の出なかった子が事件をきっかけに力に覚醒する展開!こーゆーのがいいんですよね!
剣士、魔術師、僧侶ときたら、次は盗賊かなぁ?
146
:
名無しさん
:2024/09/05(木) 22:54:02 ID:Eo72dpzQ0
>>144-145
焼き直しの話ではありますが、ご感想ありがとうございます
整合性を見直す必要があり、今は特に前半を書き直して投稿しておりますが、
ヴィップワースからの続きを早く書きたいなとは思っております
幸いこの板は流れがとてもゆっくりそうなので、それに合わせてやっていきます
147
:
名無しさん
:2024/09/07(土) 09:53:23 ID:sf0mk.MU0
ヴィップワースの方は読んだことないけど
正統派JRPGのようでこれは期待
148
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:21:23 ID:A6V2HoW60
( ^ω^)冒険者たちのようです
第4話
「力無き故に」
149
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:21:50 ID:A6V2HoW60
―大陸東側 リュメの街―
交易都市ヴィップの街から東へ二日程度の距離に、リュメの街はある。
この岩山に囲まれた荒れ果てた土壌の為、作物もあまり育たない。
必需品は行商などで賄うが、生産的な職に就くのはごく一部の人々だ。
各地に大きな影響力を持つ聖ラウンジの信仰も、この地に根付く事は無かった。
今ではがらんどうの教会は月に一度、各地から持ち回りで宣教師が滞在する程度。
ほとんどは子供の遊び場か、そうでない時は浮浪者の寝床と化していた。
自分の農地や商業の販路を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
路銀を稼ぐのが難しい者たちは、日ごろから貧しい生活を強いられていた。
それを見て育つ子供達は、物心つく前より人から盗みを働いたり、日がな物乞いや話術で
小銭を稼ぎながら逞しくも、浅ましく日々を暮らす。
あまつさえ、それを斡旋しているのは時に大人という事もある。
この街では仲介や情報の売買を交わす、情報屋ギルドが大きく幅を利かせている。
ただそれは表向きの姿であり、彼らには盗品の買取や金の洗浄などの裏稼業とされる
盗賊ギルドとしての側面もあった。
大きな都市から見れば治安は悪いとされる街だが、その分人々の結びつきは強い。
貧困層も中流層も、困った時には助け合って生活している事が多い街だ。
そんな日々の貧しさを必死に生きる人々にとっては、ある種の拠り所もあった。
この街には、”義賊”として名の知れた一人の男がいるということだ。
150
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:22:15 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「おーう。お前ら、今日も辛気臭い顔してんなぁ」
「あ、フォックス!」
「あとでカードしようぜ〜」
爪'ー`)「ああ、見回り終わったらな」
遅めの起床に身体を伸ばし、気だるげな様子で宿の二階から降りてくる男。
気安く彼に声をかけているのは、この場所をたまり場としている悪童たちだ。
適当に返事を返しながら、”グレイ=フォックス”は大きなあくびを一つした。
リュメを根城とする情報屋ギルドの頭目の彼の元には、多くの人が集まる。
彼らの活動は特定の組織や権力者が統括しているということはなく、組合に属する
ギルドとして正式な共同体の体裁を為しているというわけではなかった。
彼らが立ち寄る酒場に自然と人が集まるようになったというのが事の始まりで、
やがてスリで生計を立てる子供や、脛に傷を持つ食いつめ者たちも集うようになった。
時に御法に触れる事も行うのだが、個人の結びつきはあれど、彼ら自身は権力者に依存しない。
いつからか、通称を”情報屋ギルド”と呼ばれるようになった。
151
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:22:40 ID:A6V2HoW60
「フォックスじゃん! 今晩遊んでいく?」
爪'ー`)「おー、気が向いたら行くわ」
親しみやすい雰囲気を持つフォックスには街を歩く道すがら、
娼婦から老人や子供に至るまで、誰もが気軽に声をかけてくる。
”金はある所から盗む”
”殺しはやらない”
”困った時は助け合い”
そんな無頼の思想のもとに行動する彼は、食い詰めた人々に口利きや援助も行う。
時に法を犯すような行いはすれども、それを人のために施すフォックスに対しては、
それでもなお頼りになる”義賊”として、街民からは感謝される事が多い。
今日もふらふらと街の様子を見渡し、このまま酒場へと行こうとしていた。
その後を追って来たのは、フォックスが長い付き合いをしている男だった。
( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」
爪'ー`)y-「ん……デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」
( "ゞ)「勿論、お目付け役としてお供しますぜ」
この街では、フォックス同様に彼を知らぬものは多くない。
”デルタ=スカーリー”は彼の兄弟分であり、その補佐を行う右腕だ。
情報の売買や収集を中心的に行い、多くの部下を実質的にまとめ上げている。
こうしてよく仕事を抜け出しさぼる頭目に付き合う、目付け役でもあった。
152
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:23:01 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「所でよ、皆いつになく元気無くないか?
花売りのティコんとこの婆さんも寝込んでるみたいじゃん」
( "ゞ)「へぇ、何でもゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」
爪'ー`)y-「またか……あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」
( "ゞ)「また今夜あたり息巻いた若い衆があいつの倉庫を狙うって話ですけどね」
<ニダー商会>は、リュメで最も富める者として名高い”ゴードン=ニダーラン”が営む商会だ。
リュメの食料品や飲食店などの流通をひとしきりまとめあげ、娼館などにも手を伸ばす
ゴードンに睨まれた商売人は、この街で商品を仕入れる事も出来なくなり、商売もままならない。
最も発言力を持っており、流通価格も彼の一存で決められる範囲では自由自在。
金と権力を欲しいままに、豪商として名を馳せている男である。
あくまでこの街では、という話ではあるが、住民にとってニダー商会の存在はとても大きい。
爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ……
けど、子分どもにはこれ以上やり過ぎるなって伝えといてくれ」
( "ゞ)「勿論伝えましたぜ、先月の事もありやすし」
そのニダー商会の倉庫には、フォックスら盗賊が仕事に入る事がある。
実入りが大きい分、それに味を占めて派手な動きをしないようにとは言い聞かせているが、
先月、鼻も高々に金や高価なワインなどの戦利品を持って帰った少年がいた。
名前はナッシュと言ったが、ザルのような警備をいいことにその時の彼は盗み過ぎた。
二人の前で、ヘマを踏んだかも知れないと話した事を、二人は思い返していた。
153
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:23:28 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「それと、一つ気になる事がありましてね」
爪'ー`)y-「やっこさんとこの守衛がまた賄賂でも吹っ掛けてきたか?」
( "ゞ)「いや。何でも素性の知れねぇよそ者が今この街にいるみてぇで」
そこまで話した所で、行く手の酒場から一人で出てきた男の姿にデルタは合図を送る。
前から来る男の様子を観察しながら、フォックスも同調して歩調を合わせた。
( ▲ )
うつむきがちにフードを目深に被った男の表情は窺い知る事が出来ない。
だが、入念に準備を整えたかのような斥候<スカウト>の軽装によく似ていた。
深い濃紺の装束に身を包む細身の男のしなやかな身振りから、衣服の下には鍛えた肉体を想像させる。
煙草を地面に捨てて、足でにじり消すフォックス達を男は横切った。
すれ違う間際にその男の横顔を一瞥したが、こちらを見る事もない。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎていった。
爪'ー`)(……ふぅん)
154
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:01 ID:A6V2HoW60
すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
フォックスはその背中に何かを感じた様子であり、デルタが小声で囁く。
( "ゞ)「あいつです、お頭」
爪'ー`)y-「ああ、そうだろうな」
( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」
爪'ー`)y-「さぁな……」
フォックスの眼には、先ほどの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が胸元の内側に、刃物らしき大きさのものを忍ばせていたのを。
血の気が多い情報屋ギルドの面々のことだ
よそ者が自分達の領域に入り込む事を良しとせず、知れば問題が起こり得る。
それを避けるためにも、こちらからは干渉したくはない。
爪'ー`)y-「だけど、ありゃあ堅気じゃねぇな」
( "ゞ)「危うきに近寄らず……ですかね」
爪'ー`)y-「ん。さぁ、物騒な話はさておきだ。まずは一杯やろうぜ」
( "ゞ)「またこんな陽の高いうちから飲んじまうんだから」
爪'ー`)y-「飲み比べだ、負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」
( "ゞ)「お頭にゃあ負けませんってば」
フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場へと入っていった。
155
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:26 ID:A6V2HoW60
――烏合の酒徒亭――
庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、安いエールを出す酒場こそ人気だ。
それがこの店が多くの人が利用する理由であり、またフォックス達の行き付けでもあった。
カウンターから、馴染みのマスターの顔がフォックスらを迎える。
(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー! お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」
爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、親父」
( "ゞ)(……シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)
爪'ー`)y-(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)
(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
ウチのお得意さんに出す”緋桜”を3本も開けやがったアルよ!?」
( "ゞ)「そのお得意さんが……俺らだろ?」
(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」
せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で二十年修行をして来たという<烏合の酒徒亭>のマスターの料理は絶品だった。
酒以外の目的にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。
血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。
156
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:46 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「そう言うなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
でも今日はあいにくとそこまで持ち合わせがねぇからさ……また今度ってことで」
(#`ハ´)「あぁ、もう! こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」
( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那」
───「マスター、注文まだかい?」───
───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───
(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!
お前ら、その内毒入りの酒飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」
そう言って、カウンターからずんずんと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。
爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)
( "ゞ)(いや、全く)
必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。
* * *
157
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:25:06 ID:A6V2HoW60
会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽いていく。
そうして夜の帳が下りる頃には、既にお互い、12杯目のエールを飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔の互いの視線が卓上で交わされると、またエールを注ぐ。
爪'ー`)「プハァ……そういや、何年になるかな」
( "ゞ)「ゲフッ……あの”貧民窟”から、俺らが街に出てきてからですか?」
爪'ー`)「あぁ。もう十五年にはなるか?」
( "ゞ)「俺もお頭もあん時はまだ五つぐらいのガキだったから……それぐらいかねぇ」
さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールが目減りする事はない。
二人ともペースを落として、昔の事を思い出しながら語らい始めていた。
爪'ー`)「やっぱり、今でも思うんだよな」
( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」
爪'ー`)y-「……そうさ」
────話は遡る。
* * *
158
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:25:31 ID:A6V2HoW60
――15年前――
大陸各所には、俗に、”貧民窟”と言われる場所がある。
フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置するこの洞窟で生まれ育った。
大きな都市部からほど近い場所などに点々と存在する、仮住まいの竪穴だ。
そこには行き場のない浮浪者や孤児、あるいは過去に罪を犯したもの。
世間ではつまはじかれ、まともに暮らしていかれなくなった者たちが、
この場所で身を寄せ合い、寒さと飢えに苦しみながらも、共に暮らしていた。
食事も衛生も、まともに行き届いた生活を送れるわけもない。
人としての最下層の暮らしを送る人々が寄せ集まった、吹き溜まりのような場所だ。
だが、どのような場所にあっても、人と人は誰しも平等とはなり得ない。
暴力で他者を従えるものもいれば、病を得て弱りながら死んでいくものもいる。
貧民窟では食料を調達したり年寄りの世話をさせられているのは、力の弱い子供ばかりだった。
同じ境遇の狭い共同体の中にあっても、いつの世も弱きは強きに搾取され、支配される。
それはこのような狭い場所に住み暮らす彼らにも同じことだった。
「この馬鹿ガキ、こんなもんで足りるかよッ!」
爪; o )「うわっ」
周りの居住者よりやや身なりの良い髭面の強面が、少年に怒声を浴びせて突き飛ばす。
他の者たちにとっては慣れた光景なのか、老人ばかりが多いこの場所では、強面を止める者もない。
一人駆け寄ったのは同じような年ごろの両目に大きな火傷痕を持つ少年、デルタだけだった。
(;"ゞ)「あんちゃん!」
159
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:26:08 ID:A6V2HoW60
「てめぇら二人で明日もう一回行ってこい!今度はこんなもんじゃねぇからな」
爪; -;)「いてて……」
野山などから調達してきた食料が、男の要求に満たないというのが暴力の理由だった。
こうして地面に転がされては、身体を煤や灰まみれにするのが、この少年の日常であり、
誰からともなく、"灰かぶりのフォックス"と呼ばれるようになっていた。
(;"ゞ)「ちぇっ、なんだよ……自分ばっかりいっぱい食ってるくせにさ」
フォックスとデルタはいつも二人で行動しており、生まれは違うが兄弟のように暮らしていた。
だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうかも、定かではなかった。
彼らは物心ついた時から、この貧しく弱った大人達と生活を共にしていた。
「……すまねぇなぁ、お前さんたちにこんな役目させちまってばかりでよう……」
それを良しとしない考えの者もいたが、この集落では他の大半は老人ばかり。
まだ若く力の強い髭面の強面は体格もよく、皆が彼の言いなりのようになっていた。
爪'-`)「いいよ。それより、これあげる」
「お前さん、これは……」
爪'-`)「じいちゃんも食ってないだろ。あとでこっそり食べて」
( "ゞ)「兄ちゃん、俺のは?」
爪'-`)「あるある。あいつが寝るまで我慢だぜ」
(*"ゞ)「やった、腹ペコだったんだ」
「ありがとうよ……フォックス、デルタ……」
住む家も無く、野山の野草や果実を摘んでそれを糧として生きる。
そんな彼らに衛生などは行き届く訳が無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
糞尿などの悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。
そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
彼らが貧民窟を抜けたのは、洞窟に刻まれた暦の上で、彼らが五歳を迎えた時である。
それは、冷たい風雨が吹き荒れる日だった。
160
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:26:29 ID:A6V2HoW60
ある日を境に、フォックス達の住む貧民窟には疫病が蔓延する。
不潔な身なりをしている抵抗力の弱い老人などから、たちどころに病魔に侵されていった。
ほとんどが高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、ただ命尽きるまでを耐えるばかり。
互いの顔も薄ぼんやりとしか見えない暗い洞窟の中には、苦しむ育ての親達の呻き声が木霊していた。
――「苦しい……助けてくれ、デルタや……」――
――「み、水を汲んできてくれ………フォックス」――
「お、おいお前ら……このジジイどもを、叩き、出せ……!」
救いを求めるしゃがれた声に、獣のような眼差しを向けて悪寒に悶える怖い大人。
糞尿の悪臭や獣臭さに死臭とが入り混じり、呼吸するのも憚られるほどだった。
まだ幼い少年二人に、そんな状況を変える力などなかった。
生き地獄の様な光景に怯える気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えた。
悔しさに握りこぶしを震わす聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。
やがて、フォックスがデルタに呟く。
爪 - )「もう……いやだ」
( "ゞ)「……うん」
それに相槌を打つデルタが、頷くとともに涙を零した。
食料も金も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装の幼子。
それがこの場を離れたとて、人里まで辿り着ける保証など何一つなかった。
それでもフォックスは、この時決意していた。
「デルタ、逃げよう――ここから」
涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、デルタはその意を汲んだ。
かくして、二人の幼子の逃避行が始まった。
「………うん」
161
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:27:13 ID:A6V2HoW60
フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩歩いて、人里を目指した。
やがて辿り着いたリュメへの街道で力尽き、衰弱していた所を情報屋ギルドの人間に拾われる。
盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から暗い野山で育ったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、人を惹き付ける天性で多数の人間からも好かれていった。
飄々とした雰囲気は親しみやすさを醸し、懐に入り込んだり、卓越したナイフ捌きや開錠など、
小器用で多彩な技術に長けた彼は、盗賊や斥候としての高い資質を持ち合わせていた。
一方で、情に厚いというだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。
自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
次代の情報屋ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタは二人でその地盤を固めていく。
貧民窟での呼び名から、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後からだった。
* * *
爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」
( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」
爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな……」
( "ゞ)「俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった。
――それで、いいじゃあねぇですか」
162
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:27:44 ID:A6V2HoW60
酒が悪い方に入った時のフォックスの事を、デルタはよく知っていた。
少し遠い所を眺めるように視線を外して、デルタの言葉に無言で頷いている。
それは自らを納得させるように、しかしどこかで飲み込めてはいないかのように。
かつて手からすり抜けていった育ての親たちの命を、偲ぶ気持ちが燻っているのだ。
( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……。
今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」
爪'ー`)y-「まぁ、今さらの話、だったな」
( "ゞ)「……へい」
卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙った。
昔の話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになる事がある。
場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。
( "ゞ)「そうそう。そういやお頭、この噂知ってます?」
爪'ー`)y-「どんな噂だ?」
( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って国を治めてた、
お偉い王様の墓があるって話でね」
爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、オサム王とかって奴だろ」
( "ゞ)「そうそう。確かその時に治めてた領地の名前もそのジジイの名前で、
そいつの墓があるオッサムっていう村は、今でもあるそうです」
爪'ー`)y-「ふーん」
( "ゞ)「で、そこにはどうやらまだお宝もたんまり眠ってるみたいですぜ?
金銀財宝か、抜けば玉散る鋭い魔剣か……はたまた――」
163
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:28:09 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」
爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」
( "ゞ)「……まぁ、そうなんですけど」
フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ない。
それというのも、この街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
街民の経済に圧制を強いているゴードンから、貧しい人々を庇護するためだ。
彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸るわけでもなく、ただやりたい事をしている。
今までも幾度か一部の富裕層の倉庫や邸宅に侵入し、金品や食物を盗んできた。
一部を自分達の酒代に換えると、残りの多くを困窮者や身内に富の再分配をするのだ。
偽善と言われる行為であろうと、事実としてそんな助けがなければ生きられぬ家族もある。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を、肩を寄せ合い過ごしてきた経験。
それが、フォックスとデルタをそのような行動に突き動かしている。
持たざる者を見殺しにできないというのが、この街で育った彼らの性分だった。
爪'ー`)y-「冒険者ねぇ。憧れた事もあったな」
( "ゞ)「あっしもです」
164
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:28:40 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」
( "ゞ)「”どうしても行くというのなら、あたしも連れてって!”」
爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」
爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ――女子供は邪魔なだけだ”」
( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」
(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!」
その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。
ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。
爪'ー`)y-「………ありゃ」
165
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:29:14 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」
(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」
( "ゞ)「わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那」
爪'ー`)y-「いつも感謝してるぜ親父」
(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!
お代はツケといてやるから、今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」
( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」
爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」
(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」
緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉にシナーは一掴みの塩を全力で投げつけた。
自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスは上機嫌を取り戻していた。
酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。
いつもならそうだ。
だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。
166
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:29:41 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」
鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。
( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」
街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった
爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」
( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」
爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」
( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」
遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。
邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から内部へと侵入していったようだった。
その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視しながら、フォックスが三本目の葉巻を消した頃、デルタが不安を口にした。
( "ゞ)「遅いな……」
爪'ー`)y-「あぁ」
167
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:30:13 ID:A6V2HoW60
この街で盗賊をやるのなら、丁度良い具合にやれ、と部下達には伝えている。
路地裏を根城にする歳の離れた弟分達は、威厳など微塵も無いフォックスに対しては、
必要最低限の礼儀すら払おうとはしないし、フォックスもそんな彼らに多くは求めない。
だが、仕事に関しては話は別だ。
自分達は人様の食い扶持を奪ったり、情報を冒険者に売ったりして食いつないでいく。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、日陰者なりに適度に仕事をするべきだ。
丁度良く、というのは重要で、標的が破滅に至るほどの被害を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬまま世は事も無く巡るだろう。
だが、一度やり過ぎてしまえば多くを失い、やがては日の当たる場所にいられなくなる。
色気を出したばかりに、身に余る戦果を持ち去ろうとして足が着く。
そんな愚鈍な盗人は、フォックスの周辺には一人もいないはずだと思っていた。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには育てているつもりなのだ。
それが三人がかりで仕事に掛かり、一向に離脱してこないという事は、何かがあったとしか思えない。
爪'ー`)「なぁ、デルタ」
( "ゞ)「何ですかい?」
爪'ー`)「ゴードンとこ、前回は先月だったか」
( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人でたんまり掻っ攫って来た時ですね」
爪'ー`)「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」
( "ゞ)「………と、言いやすと?」
168
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:30:50 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「あん時、ナッシュは仕事を気取られかけたって話してたよな」
( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」
爪'ー`)「以前からちょくちょく拝借してた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」
( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から40spニダ!”とかほざくもんだから、
てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」
爪'ー`)「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」
( "ゞ)「お供します」
フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや険しさを帯びていた。
これまでこの街でフォックスらが盗みに入ったという事実が露見した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。
しかし、ギルドの頭目としてフォックスの名前と顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分たちがゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、
今まで通りこの街に住み暮らす事は難しくなるだろう。
だが、ただ自分がやりたいがための事をしてちっぽけな自尊心を満たす、
そんなうわべだけの偽善を汲んで、その元に動いてくれている子分たちが
みすみす治安隊に突き出されるのを、指を咥えて見送るというのもご免だった。
二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。
爪'ー`)「合図するまで、お前は外で待っててくれ」
万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。
三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。
* * *
169
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:16 ID:A6V2HoW60
降りた先の場所の暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
足音を殺しながらそろそろと壁沿いに隣の部屋へと伝うと、広大な備蓄庫があった。
封のなされた食料品などには子分たちの仕業か、いくつか物色した痕跡が見て取れる。
爪'ー`)(そっちの部屋か)
耳をそばだてると、隣の部屋から物音があった。
音も無く速やかに物陰へ身を寄せると、僅かに身を乗り出し目を凝らす。
携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影。
先に邸宅に盗みに入った三人ともが地べたへと倒れ伏せている光景だった。
その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして、佇む男の姿があった。
程なくしてフォックスの気配に気づいたか、影が振り返る。
( (∴) 「………」
目深に黒いフードを被り、小さな穴が開いた仮面を着けている男。
その脱力したような佇まいからは、何の感情も読み取る事が出来ない。
驚く様子でもなく、機先を伺うフォックスの姿を、仮面の奥の瞳に捉え続ける。
ただ、無機質な殺気だけを身に纏っていた。
爪'ー`)「ウチの奴らが世話になったかい」
( (∴) 「……」
その問いに答える事はなく、仮面の男は悠然と歩を進める。
見れば、三人の部下達は一様に床に転がされてのびている。
全員死んではいないようだが、大量の出血が見て取れた。
鼻を折られて、そのまま昏倒させられたのだろう。
力自慢の冒険者ほどではないにしろ、喧嘩などに慣れているならず者三人だ。
それを争いの形跡も残さず一方的に叩きのめしたであろう力量を、推して測る事ができる。
呑まれる事のないよう決して顔に動揺は出さないが、フォックスは内心に焦燥があった。
170
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:37 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
そこの馬鹿三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」
( (∴) 「………」
爪'ー`)「代わりといってはなんだが、アンタ個人には一人につき150sp。
いや……キリのいいところで500spの礼は約束する」
やがて数歩の距離のところで立ち止まった仮面の男に、交渉を持ちかけた。
出来うる限り後腐れなく、波風を立てずに穏便に収められれば最上だった。
しかしこの場に仲間が盗みに押し入っているという事実は揺るがず、大儀は向こうにある。
この男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。
やはり子分の無茶な動きから、ゴードンは倉庫の品が抜かれている事に気づいた。
そこへ来て、その対処のためにあてがわれたのがこの男なのだろう。
問題は、この男が命までを求めるかどうかというところだ。
爪'ー`)「手付けとして、まずはここに200spある。
そいつらの無事を無事渡してくれれば、残りはこの後すぐにでも払うさ」
( (∴)「……こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」
爪'ー`)「そうかい、それならこっちはー―」
( (∴)「いいや。たった今仕事内容が変わった。交渉決裂だ」
仮面の男は覇気の無い声色でそう言った。
男が手を入れた胸元から、鈍色の光が松明を照り返し煌めく。
それは、一振りの短剣だった。
171
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:59 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「……俺も頭数に入れば、600spってことか?」
言い終わるか終わらないかの内に、仮面の男は一息に彼我の距離を詰める。
その速さはフォックスの動体視力をして、尋常のものではなかった。
瞬時に、それが殺しに精通している者の動きだという事を理解する。
大きく体を反らしたフォックスの顎の先を、白刃が残影を残した。
空を斬り裂く音が遅れて届いたかと思えば、次には胸を狙った刺突が襲い来る。
その手を払いつつ横に身体を流すと、男は逆の手にいつの間にか短刀を移していた。
( (∴) 「違うな」
爪;'ー`)「うおっ……!」
仮面の男が独楽のように大きく身を翻すと、鋭い斬撃がフォックスの頬を掠めた。
遅れて紅く細い線が浮かび、血を滲ませる。
一撃ごとに、確実に急所を狙っている。
紙一重で躱しているが、その業前はお目にかかった事はない程のものだ。
恐らくは暗殺者。それも達人級の。
爪;'ー`)「狙いは、俺の首だったか?」
( (∴) 「……」
その沈黙こそが答えだった。
172
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:32:34 ID:A6V2HoW60
実質的に情報屋ギルドを仕切っているフォックスを亡き者にする。
ゴードンはそのためにこの暗殺者を雇ったのだと、そこで思い至った。
情報屋ギルドは主に貧困層を中心に民意の支持がある。
衛兵や各所への賄賂などでもこれまで上手く立ち回ってきたつもりだったが、
ゴードンら富裕層からすればその貧困層に施しをする自分たちが、商いに邪魔なのだ。
活かさず殺さず、自分たちのさじ加減一つで庶民の暮らしを逼迫させ、食うに困った
家庭の若い娘などは系列の娼館などへと召し上げて、そこからさらに分け前を跳ねる。
そんな具合に、情報屋ギルドが無くなれば貧富の差は歴然となるだろう。
富める者は更に富み、今よりも強権を行使する事ができる。
だが表立って自分を葬れば、ゴードンは強く反感を買うはずだとフォックスは考える。
それどころか、嬉しくもないが周りの子分たちも黙ってはいまい。
今回の三人の仕事は、ゴードンの指示で泳がされていた撒き餌なのだ。
仲間を餌にギルドの頭目であるフォックスをおびき寄せ、人知れず亡き者にする。
大義名分を掲げ、堂々と目の上のたんこぶである情報屋ギルドを一網打尽にするために。
それがかなわぬとも、仲間を引き連れて盗みを繰り返していた首魁として治安隊に突き出せば、同じことだ。
爪'ー`)「……ゴードンは俺の首にいくらの値を付けた?
俺を殺すと、後々面倒な事が起こるぜ」
173
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:33:15 ID:A6V2HoW60
そんな言葉も、暗殺者にとっては何の意味もないだろうと知っている。
自分も腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へ構える。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来るか、つぶさに観察する。
仮面の男は緩慢な動作で、逆手に掴んでいる短刀の刃先をフォックスへと突き向ける。
鈍色に輝く先端が大きく湾曲した刃の造形は、見る者を威圧する凶暴な威容を放っていた。
( (∴) 「首一つ、1500sp―ー不足はないな」
爪'ー`)(随分な嫌われようだったのな、俺ってば)
地に落ちて燃え尽きようとしている松明の明かりの残滓が、
間もなく完全な闇に落ちるであろう室内を、ほのかに照らしていた。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受け、闇に一筋の光を放つ。
フォックスらが得手とする投擲の為の投げナイフとは、大きく形状が異なる。
重厚で骨すらも断ち切る事が可能なほどに、叩き斬る事、切り裂く事に特化した大振りの凶器。
だが、異質なほどに対照的なのは仮面の男自身の存在感だ。
まるで幽霊が立つかのように、黒の装束を纏い、無機質に待ち構えている。
( (∴) 「ちんけな得物だな」
フォックスの手元にすっぽりと収まるほどの心もとないナイフを見て、
表情が変わる事も無い幽霊がひどく冷淡な声色で口にした。
爪'ー`)「いやぁ、大きければいいってもんでもないさ」
内心に抱いている焦燥を、まだ悟られている様子はない。
フォックスもまた、表面上の冷静さを崩さぬまま取り繕い、身体の動きを確認する。
174
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:33:40 ID:A6V2HoW60
禍々しいとさえ思えるナイフを相手取りながらも、フォックスは虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺いながら。
所持していたナイフは刃渡りが手のひらにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
殺傷力は歴然だが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。
倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。
爪'ー`)(どうでるか、ね)
( (∴) 「――シィッ」
先手を繰り出したのは、仮面の暗殺者。
身を包む黒い外套により素人目であれば闇に溶け込んだその刃が、
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。
爪'ー`)「――ふッ」
だが、陽の差さぬ場所で生まれ育ち、盗賊を生業に培ったフォックスの夜目には
急激な軌道の変化をも見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
その実ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで狙う為の攻撃だ。
刃物を用いた喧嘩を経験した事があるからこそ、致命傷となり得る手首に対し
狙いを付けてくる事も読めていた。瞬時に上へと腕の構えを上げ、振りを躱す。
再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざまに初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、
フォックスの顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。
顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
白刃が顎の先端に僅かな裂傷を負わせた。
毒を使われていたら、もう終わっていただろう。
175
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:09 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「……らぁッ!」
体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。
( (∴) 「躱すか」
爪;'ー`)(……こちとら必死だっての)
すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。
この短い立会いの中で既にフォックスの額には、じっとりと冷たい汗が伝っていた。
( (∴) 「……こないのか?」
爪'ー`)「その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」
駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男は鼻を鳴らして、一度手元でナイフを遊ばせた。
会話で気を逸らせながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄い。
この男のナイフ術は、暗殺の業として相当に磨き抜かれている。
より効率的に、より不可視に、人の命を奪う事を生業としている者のそれだ。
この状況からでは出し抜きようがなく、こちらの技量で無力化は難しい。
殺しは元来やらないが、不殺にて無力化するにはそれ以上の実力差が必要となる。
方法があるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。
( (∴) 「なら、行くぞ」
176
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:39 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「……やっぱり、さっきの交渉の続きをしねぇか?」
( (∴) 「はっ」
こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、決して隙を許はしない。
それどころか、一秒ごとに虎視眈々と機先を伺っているようだった。
言う通り、これは機を見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、ほんの僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。
爪'ー`)「ここで俺が死ねば、盗人の征伐を口実に俺らは解散。
仲間同士取り分で揉めたように演出して、死体を転がしときゃあいい具合だ。
あんたみたいな本職まで雇うなんてな……参ったぜ」
( (∴)「……お前の命になんぞ興味ない。
問題は、金になるかならないかだけだ」
爪'ー`)「あんた、命よりも金の方が大事ってタチか。
それなら俺たち四人の命、一人頭300spまでなら出すけど、どうだい?」
仮面の男は口元を手で覆い、視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような様子はない。
殺しを専門にやっている人間もまた、依頼者との信頼関係で成り立っている。
易々と契約を反故にすることは出来ないだろう。
仕事の出来には、自分の命も直結するからだ。
( (∴)「時間稼ぎなんだろうが、さっきは気まぐれで聞いてやっただけだ。
仕事は自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」
爪'ー`)「いやぁ、気にするなよ」
きっかけを作るとするならば、ここしかない。
177
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:03 ID:A6V2HoW60
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。
爪#'ー`)「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!」
( (∴)「俺もさ」
男の言葉と同時、全身を弓の弦のようにしならせると、全力でナイフを投げ放った。
狙いはつける余裕もなかったが、それでも外しはしない。
次の瞬間には、キン、と甲高い破裂音が響いた。
( (∴)「この程度――」
投擲したナイフは呆気なく弾き落される。
だが、すでにフォックスの両足は一直線に全力で男の元へと駆け出していた。
思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃が弧を描いた。
直前に大きく前傾すると、ほぼ同時に後頭部すれすれをナイフが通過した。
長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪とともに背後の宙へ舞う。
勢いづいてしまった状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが決して止まらず走り抜けながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。
爪'ー`)「―ーへッ」
勝利を確信している相手ほど、虚を突かれれば脆いものだ。
確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、たとえ一瞬だろうと侮ったのが運のツキだ。
( (∴)「この……ッ」
178
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:25 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「このフォックス様を――なめんじゃ……ねぇぞッ!」
短刀を手にした右手首をがっしりと掴むことで、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
仮面の男の胸の下へ潜り込むと、走りこんだ勢いをそのままに、
肩から肘にかけてをぶちかましてそのまま地面へと吹き飛ばした。
( (∴)「う、ぐッ」
転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、即座に手首を右膝で押さえつける。
流れるように男の上体へと腰掛けて位置取りし、もう片方の手へは腕を伸ばして封じた。
これで、もはや身じろぎする程度しか出来ない程に完璧に有利な体勢を作り出した。
吹き飛ばされた衝撃で男の仮面の留め紐は外れ、床へと転がっていた。
その素顔にはやはり見覚えがあった。
昼間に酒場の前で見かけた、よそ者の男だ。
爪'ー`)「やっぱり、あんただったか」
('A`)「……」
見紛おうはずもない、背格好から細身の体格、身にまとう雰囲気の全てに覚えがある。
どう見ても堅気ではない男がこんな街にいるのは、大抵の場合潜入や暗殺などの仕事を
抱えている事情があるからだ。
爪'ー`)「知ってる? 殴り合いで馬乗りになっちまえばよ、
もうその時点でほとんど勝負は着いてるんだぜ」
言って、にやりとフォックスは笑った。
一方の暗殺者は苦虫を噛み潰しながらも、腰を浮かして脱出しようとはするが動けない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える右手で顔面を殴りつける事が出来るのだ。
179
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:49 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「そういやアンタ、さっき命より金がどうとか……」
('A`)「だったらどうだってん―ー」
( #)'A)「―ーぐぅッ」
言い終えるより先に、頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、固い猫目石の床を介した衝撃は相当に大きいはずだ。
爪'ー`)「俺さぁ、そういう事言う奴はいけ好かねぇんだ」
爪'ー`)「だから本当は二十発も殴ってやりたいところだけど、優しい俺はさ。
まぁ、なんとか十発ぐらいで気絶してくれりゃあいいなって思うワケよ」
(#'A`)「……」
ここに来て初めて表情に怒りの感情を滲ませた暗殺者の男は、
口の端に血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨めつける。
だが意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にのされてしまった、三人の部下たちに向けてだ。
爪'ー`)「おいおい、お前らー、そろそろ起き上がれよ」
その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。
180
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:12 ID:A6V2HoW60
「あ、あれ………」
「な、なんで、お頭」
「……フォ、フォックスのあに──」
鼻血をぼたぼたと垂らしながらも、それを衣服の袖で拭い取っている。
倒されていた三人の子分たちはどうにかふらつきながら、立ち上がった。
爪'ー`)「しー。そんなとこで寝てたら風邪引くぞ。とっとと帰るこったな」
男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。
爪'ー`)「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った」
目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた部屋へすごすごと退散していった。
そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽き、窓辺から差す月明かりだけが二人の影を照らす。
互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、フォックスは落としどころを探っていた。
('A`)「ガキの子守りとは、随分とお優しい事で……」
爪'ー`)「だろ? 面倒見が良いばかりに気苦労が多いのが悩みの種だけどな」
('A`)「あぁ。全く麗しい師弟愛で、吐き気がするよ」
( #)'A)「うッぐッ」
再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男はそれ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。
181
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:43 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「あんたみたいに、殺しが仕事みたいな奴に理解してもらおうとも思わねぇよ。
だがあいつらを殺してたら、俺もあんたをやっちまってたかも……な」
('A`)「はん、そこらのコソ泥の命が尊いものだとでも?」
爪'ー`)「あぁ……尊いね。一生懸命に生きてる奴の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」
('A`)「盗賊風情がいっぱしに聖人気取りか、欺瞞だな」
爪'ー`)「少なくとも、あんたみたいな人殺しよりはずっとマシさ」
もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、対話を試みようと思った。
何がこの男の琴線に触れたかは判らないが、感情を暴露させている風である。
握った拳を振り上げたまま、少しだけ熱を帯びているその瞳を射貫き返す。
(#'A`)「殺さなければ、殺す。
鼻を垂らしたガキが、それを命じられて殺すのは悪か?」
爪'ー`)「………」
(#'A`)「殺しを省みたところで、罪が消える事などあるのか?」
(#'A`)「そんな虫の良い話なんぞある訳がない」
爪'ー`)「そりゃあ、そうだな」
('A`)「──度殺せば、二度と戻れないんだよ。
泣こうが喚こうが、悔やむだけ時間の無駄だ」
憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
憐憫という訳ではなかった。フォックス自身でも共感できるところはある。
フォックスはしばしの沈黙をおいて語り掛ける。
182
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:06 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「殺した罪はもう消えないから、悔いようとも思わない……ってか?」
('A`)「下らんな」
爪'ー`)「”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ? 多分さ」
('A`)「ふざけやがって……」
爪'ー`)「あんたみたいに腕の立つ男なら、きっと途中で足を洗えたはずだ。
自分の力で道を切り拓いて、な」
( A )「………」
爪'ー`)「けど、省みる事をしなかったのは、あんたの落ち度だろうが。
も一度日向に戻ろうと努力しなかったのは、あんたが世を拗ねて、諦めたからさ」
(#'A`)「もう、黙れ」
爪'ー`)「ガキの頃から人殺しを強いられていたなら、中には同情してくれる奴もいるだろうよ。
けどあんた……結局、悔いようと思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったんだろ」
(# A ) ブチッ
その瞬間、男の顔が歪んだ。
かと思えば、次の瞬間には跨るフォックスの顔を目掛けて何かが吹きかけられた。
血の飛沫だ。
自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しのために噴き出した。
爪;ー)「うぉッ……!」
183
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:35 ID:A6V2HoW60
(#'A`)「フッ――」
左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。
衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆の体勢だ。
気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。
爪;ー)「あー……ちょっと待った、説教臭かったなら謝るぜ」
('A`)「もう喋らなくていいぞ、お前」
無機質で冷たいナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分は死ぬだろう。
諦念が心に影を落とし、覚悟を決めなければいけなかった。
爪; ー)「ったく……しくじった」
('A`)「──じゃあな」
呼吸が上ずり、手足の血の巡りがさぁっと引いていくのを感じた。
いよいよ覚悟を決める時がきたかと、フォックスは身を強張らせる。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこむ。
最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と願った。
やがて、どっ、と体を揺らす音が響く。
首元をナイフが貫く衝撃か――そう思った。
184
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:11 ID:A6V2HoW60
しかし、そうではない。
極限の恐怖が、刃で刺し貫かれる感覚を錯覚させたに過ぎなかった。
「水臭ぇですぜ」
爪;ー )「お、おぉ?」
その声だけですぐに理解した。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、死の淵にあった意識を引き戻す。
( "ゞ)「危なかったら合図してくれりゃあいいのに……。
けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり真逆じゃねぇですか」
暗殺者の腹部を蹴り込んだ体勢のままそこに立っていたのは、デルタだった。
仲間を救出後も、長時間姿を見せないフォックスの窮地を察して助けに来たのだ。
絶対絶命を経て目にした慣れ親しんだ男の背中は、この上無く頼もしかった。
爪;'ー`)「いやはや……死んだと思った。助かったぜ、デルタ」
( "ゞ)「いいって事よ」
目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界では、
男が片腹を押さえて片膝を付いている光景があった。
喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に、ナイフを構えデルタは立つ。
( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせぇと思ってたんだよ、お前さん」
('A`)「新手か……次々と湧いて出てきやがって」
再度ナイフを構え、暗殺者はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。
185
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:50 ID:A6V2HoW60
だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、暗殺者の表情は既に平静だった。
その佇まいからには、焦りを浮かべた様子もない。殺意は未だ健在のようだ。
( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」
('A`)「ここまで嘗められたら、引き下がれるか」
爪'ー`)「お前さん、暗殺ギルドか何かだろ?」
( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも俺たち二人、喧嘩だったら負けねぇぜ?」
('A`)「ハッ……」
デルタが参じたことで形勢は覆り、気持ちに余裕が生まれた。
向こうも容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺える。
互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。
それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、向こうだけのものではない。
片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事も出来る。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかが死ぬ恐れもあるからだ。
186
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:39:21 ID:A6V2HoW60
実質、仕事の依頼などの運営を中心に立って切り盛りしているのはデルタなのだが、
それでもデルタとフォックス、二人のどちらかでも欠けるような事が出てしまえば、
今後のリュメの街での盗賊ギルド全体に、大きな影響が出てしまうだろう。
何より、どんな状況であれ人を殺すのは自分自身の信条に反する。
爪'ー`)「ここで俺達のどっちかを殺しても、最終的にあんた、死ぬぜ」
('A`)「知ったことか。どうあろうと、両方道連れだ」
( "ゞ)「そりゃ勇ましいこって」
睨みあいの最中、先に痺れを切らしたか、男は床に口の中の血を吐き捨てると、
ナイフを片手に携えたまま、ゆっくりと二人の前に歩み出る
ろくに構えもしていないが、その不用意さが逆に恐ろしい程だ。
小さいが手傷を負っているフォックスを庇い立て、デルタが前衛を請け負った。
爪'ー`)「油断すんなよ、デルタ」
( "ゞ)「解ってやす」
('A`)「俺が無様を晒して増長させちまったか。
二対一ねぇ……正直、何の頼みにもならんぞ」
強気な発言は動揺を誘っているのか、不気味な無表情はなお崩れない。
暗殺者はなおも無造作に距離を詰める。
( "ゞ)「………シィッ!」
これ以上間合いを詰められては、刃渡りで劣ると判断したデルタが動く。
男の動きを牽制するために、首元すれすれを目掛けてナイフを振るった。
腕を狙われないよう、あくまで小さく返しの早い振りでだ。
187
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:03 ID:A6V2HoW60
だが、殺意の篭もらないその一撃は、男に見透かされていたようだった。
牽制に動じる事も無く、首皮を裂く程の近距離で振るわれたナイフの軌道を見切っている。
( "ゞ)(ちゃちな脅しは通用しねぇ、か)
('A`)「見本を見せてやろうか」
やがてデルタの前で、暗殺者は奇抜な動きを始めた。
右から左、左から右へとナイフを投げて持ち手を入れ替えながら、弄んでいる。
同時に、とんとんと軽い身のこなしで拍を刻みながら、小刻みに飛び跳ねる。
まるで舞踏のような足運びを交わしながら、攻撃のタイミングを掴ませない。
('A`)「本気で殺すなら、こうやるんだよ」
( "ゞ)「あぁん?」
呟き、暗殺者は、背後の闇に音もなく紛れる。
黒装束が溶け込み、夜目の効く二人でも所在の視認を困難にさせた。
ステップを刻む足音を頼りに位置を把握しようとするが、不規則な動きに勘を乱される。
そうかと思えば、闇の中から風切り音がした。
瞬いたと思った光は、シュルシュルと風を裂き、デルタの眼前に迫っていた。
辛うじて首を傾けたデルタの頬を、回転力を伴った刃物のようなものが斬り裂く。
爪;'ー`)「軌道に気を付けろ!」
188
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:35 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「!?」
それは、遠く西方の国で使われる投擲武器、”飛輪<チャクラム>”だった。
平たく丸い金属の刃は単純な構造なれど、しかし遣い手の技量次第で如何ようにも曲げられる。
現に、デルタの頬を裂いた飛輪は背後で切り返し、飛び出してきた方向へと帰っていく。
刹那、気を取られたデルタの腹下に、極めて低い位置取りから再び暗殺の一撃が飛び出す。
突き出した刃は胸を狙い振るわれたが、デルタはそれに反応出来ていなかった。
引いて全体を見ていたフォックスが代わりに対処し、デルタの肩を突き飛ばして刺突から逃す。
('A`)「―ーそら」
次いで、右手の棚が揺れる音がしたと思えば、三角に飛び上がると共にナイフが振り下ろされる。
フォックスはそれに手持ちのナイフを合わせ撃ち鈍い衝撃を受け止めると、凶刃の主は再び闇に紛れた。
攻撃はより苛烈に、加えて緩急が付けられていた。
それでいて、自身の防御を無視した刺突は大胆であり、速く、鋭く、不可視。
暗所を利用したその闘法は、視覚や聴覚を攪乱する技術を織り交ぜながら行われる、
致死の一撃を繰り出すための”悪意の姿勢”<ヴィシャス・スタンス>。
気を抜けばチャクラムが顔面に突き刺さり、誘われれば思いもよらぬ所から致命打をもらう。
窓辺から差す月明かりだけが、次の一撃を見切るための心もとない灯りだった。
やがて、微かな足音はフォックスの背後に回り込む。
爪;'ー`)「背中、任せたぜ」
(;"ゞ)「分かってやす」
月光の中心に、二人は背中を合わせ周囲の気配に集中していた。
小石か何かが時折飛んでくるが、それに反応した時、あらぬ場所から攻撃が来るだろう。
じりじりと追い詰められながら、二人は背中合わせにゆっくりと円を描く。
189
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:00 ID:A6V2HoW60
そのさなか、空を裂き飛輪が眼前に迫る気配を探知したフォックスが、咄嗟にナイフを突き出す。
がちん、と金属が擦れたかと思えば、手を持っていかれるような衝撃が手元を揺らした。
見れば、フォックスのナイフに飛輪が巻きつき、空回っていた。
爪#'ー`)「―ー来るぞ!」
影の中から男が再び姿を見せた時、右の上段からナイフでデルタに撫でつける構えだった。
このまま無造作に斬りつけようとしているのか、だが、そんな大振りならば容易に避けられる。
そう考えてしまったデルタは、既に体を半身に保ち、避ける構えを見せていた。
だが次の瞬間、咄嗟に声を荒げたフォックスの一声に体が固まる。
爪;'ー`)「違うデルタ! 左が本命だ!」
(;"ゞ)「んなッ!?」
('A`)「―ーご名答」
デルタの視線は、完全に上へと誘導されていた。
見れば、右手に握られていたと思ったナイフは、いつの間にか空を掴んでいる。
左手では既にデルタの胸部に向けて、踏み込みと同時にナイフが突き立てられようとしていた。
右から左へまるで魔法のように持ち手を入れ替えつつ、得物が姿を消す。
フォックスの言葉で、辛うじてそれに気づくことが出来たデルタだったが、
回避の猶予など与えてくれない、あまりに絶妙なタイミングの一撃。
もはや運任せとばかりに、がむしゃらに振り回して致命打を防ぐ他なかった。
(;"ゞ)「―ーく、うおぉッ!」
190
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:31 ID:A6V2HoW60
目の前で火花が散るような衝撃と、遅れてやって来た恐怖。
しかし、手に伝わってきた確かな感触がデルタに生を実感させた。
間隙なく穿たれた凶刃は、デルタの持つナイフの持ち手を避け、
辛うじて、柄の部分で受け止められていた。
('A`)「死ぬのを、想像出来たか?」
(;"ゞ)「───野郎ッ!!」
刃とナイフの柄を重ねた状態から強引に弾いて飛び退くと、デルタは再び距離を取る。
身に着けるベストから露出した腕をさすり、肌が粟立つのを抑え込む。
爪;'ー`)(今ので分かったろ、デルタ)
(;"ゞ)(えぇ………かなり使いやがる)
気を抜いたらすぐにでも肩で息をしてしまいそうな程の疲労感。
それがたった一合の立会いで、デルタの身に一瞬で押し寄せていた。
('A`)「コソ泥と本職との技量の隔たりが理解出来たかい」
(;"ゞ)「へっ、褒められたもんじゃあねぇけどな」
('A`)「どうでもいいさ。
さてお二人さん、無残に死骸を晒すとしようか」
爪'ー`)「………」
やはり、どうあっても引き下がるつもりは無いらしい。
たかだか数ヶ月で消える酒代の為か。
それとも、暗殺者としての矜持か。
そんなものの為に、自分や相手が死ぬのも馬鹿らしいと、フォックスは考えていた。
191
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:02 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)(兄貴……!)
この場を納めるためには、最大限にリスクを軽減し、誰もが損をしなければいい。
目配せを送ってきたデルタを手で制し、ナイフを持つその手を下ろさせた。
今度は下手な駆け引きからではない。
お互いの命が卓の上に乗った交渉を、フォックスは最後の機会として暗殺者に語り掛けた。
爪'ー`)「……最後に、もう一度だけ交渉いいか?」
('A`)「さっきの今で聞き入れると思うのか?
お前の拳骨、相応に高いものについたぞ」
爪'ー`)「正直思わねぇけどな……俺ってば、殺しができねぇ主義なのよ。
だけど、あんたにとってもきっと悪い話じゃないはずさ」
('A`)「ほう?」
二対一を歯牙にもかけていないという態度は、案外と虚勢なのかも知れないと思った。
そこらの喧嘩自慢とは一線を画す、フォックスとデルタの二人を相手取るということ。
それは、いかに手練れの暗殺者と言えども少なからず手を焼くはずだった。
まだ多少は、話し合う余地が残されているのではないかと考えた。
爪'ー`)「交渉の前に、一度だけ言っておくぜ?」
爪'ー`)「この最後の交渉が決裂して殺し合いになっても、そりゃ確かに俺達は素人だ。
あんたの言う通り、どっちかは道連れにされて死ぬかも知れねぇ」
('A`)「……」
爪'ー`)「だがな……例えどちらかがあんたに刺されても、そいつはあんたの動きを止めて、
もう一人が確実にあんたの喉首を掻っ切る。断言するぜ──これだけは」
192
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:48 ID:A6V2HoW60
('A`)「はっ」
強い意志が込められたフォックスの瞳と、言葉。
しばしその言葉にじっと耳を傾けていた様子の男だったが、
最後にはおどけたように、肩をすくめて見せた。
( "ゞ)「お頭、何を……?」
爪'ー`)「いい、デルタ。お前今いくら持ってる?」
この期に及んで交渉を持ちかけたフォックスに戸惑うデルタをよそに、
デルタの腰元に付けられた銀貨入りの麻袋をひったくると、その中身を確認していた。
爪'ー`)「ひぃ、ふぅ……ま、ざっと800spってとこか」
(;"ゞ)「ちょ、お頭?」
さらに、自分の腰元に結び付けられていた銀貨入り袋を取り出すと、
それら二つを束ねて男の方へと投げ渡した。空いた方の手でそれをはし、と掴む。
('A`)「何のつもりだ?」
男の様子を気に掛ける事もせず、フォックスは続けた。
爪'ー`)「しめて1300sp、俺の首代にゃあ足りねぇが。
……そいつを受け取って、ゴードンの所に帰ってくれ。
そんで、今日ここで見た事は全て忘れるこった」
(;"ゞ)「ちょ、それじゃあ俺の今月の生活が……!」
('A`)「ハッ……臆したか」
193
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:43:31 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「いーや、違うな。仮に俺らと刺し違えたところで、どう上手く事が
運んでも、安いプライドだけを抱えたまま、あんたもあの世行きだ」
爪'ー`)「それなら何事も無くその金と、上手くすりゃあコソ泥を始末した
追加報酬を持って立ち去った方が利口ってもんだろ?」
('A`)「追加報酬だと?」
爪'ー`)「あぁ、ゴードン=ニダーランの奴にはこう報告すればいい」
爪'ー`)「”アンタの家に忍び込んでいたのは、盗賊ギルドのグレイ=フォックスだ。
抵抗したから殺した。発覚を避けるため死体はもう処分した”……ってな」
そう言って、胸元にぶら下げていたペンダントを取り外す。
付近の床に広がっていた部下たちの血痕にそれを擦り付けると、
フォックスは暗殺者の方へと放って血の付いたペンダントを投げ渡した。
('A`)「……何だこれは?」
爪'ー`)「俺の首代わりにでも。手土産は、必要だろ?」
フォックス達の手持ちだった1300sp、そして暗殺者が言う通りの報酬額ならば、
上手くすれば2800spもの金を手にすることになる。
それには、フォックスがこの暗殺者の手にかかり死ぬことが条件なのだが。
爪'ー`)「ゴードンは態度はでかいが小心者だ、俺を殺した事に進んで関与はしたがらないだろう。
死体の確認までも求めないとは思うぜ、あんたみたいに肝が据わっちゃいねぇからな」
('A`)「現にお前がここに生きているだろうが」
爪'ー`)「なぁに、そこはアンタが一芝居打ってくれりゃあ丸く収まるさ。
俺は、今日を限りにこの街から消える―ーそれなら、あんたの仕事にも傷がつかねぇ。
俺一人が盗みを働いていたのを見かけて、殺した事にでもしといてくれ」
194
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:03 ID:A6V2HoW60
フォックスの言葉に唖然とするデルタを置いて、話はとんとんと進んでいった。
暗殺者の男も毒気を抜かれた様子で、先ほどと違って顎をさすりながら、思案にあぐねている。
だがデルタからしてみれば他人事として聞き捨てられる話の内容ではない。
慌ててフォックスに問い詰め、説明を求める。
(;"ゞ)「―ーな、何言ってんです! そんな事したらお頭だけじゃなくウチの
奴らも全員治安隊の奴らにしょっぴかれるんじゃないですかい!」
爪'ー`)「大丈夫だ。幸い床には血の痕もあるし、ゴードンの奴は馬鹿だから騙せるさ。
盗みを働いていたからって、俺を殺した事を役人にまで公表はしねぇはずだ。
あいつも俺らや、路地裏の奴らに恨みを持たれるのが怖ぇだろうからな」
('A`)「……ふぅん……それで2800sp、か」
爪'ー`)「了承してくれれば勿論俺はすぐにでもこの町から消えるし、
あんたの信用に傷を付けるような事を吹聴しねぇつもりだ。
二度とこの町に顔は出さねぇよ」
(;"ゞ)「消えるって……なーに言ってやがんですかいッ!」
つらっとして、淡々と自らが即席で考えた筋書きを語るフォックス。
自分が置き去りにされたまま話は進んでいき、デルタは狼狽するしかない。
二人を傍目に、手元の銀貨入りの袋を眺めながら、男は考えこんでいた。
一対一で渡り合っていた先ほどならば、そんな要求を呑む事は有り得なかっただろう。
だが状況は変わり、侵入者を三人とも取り逃がした上に、二対一という劣勢。
仮にフォックスら二人を斃したところで、1500spの報酬しか手に入らない。
195
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:46 ID:A6V2HoW60
デルタと一緒の今ならば、決して勝てない状況ではないだろう。
たとえどちらかが死んでも、文字通り命を賭ければこの暗殺者を討ち果たせると思っていた。
だが、数の有利にも臆することなく戦闘をも辞さないこの男は、荒事に長けた凄腕だ。
だからこそ、二人どちらかの命が脅かされる大きなリスクは、回避できるに越したことはない。
現在の盗賊ギルドの支柱として欠いてはならない存在は自分ではないのだと、フォックスは一人想う。
男が、やがて長らくつぐんでいた口を開いた。
('A`)「まぁ……悪くないか」
フォックスにとっては、願ってもない。
聞きたかったのはその言葉だ。
長考の後、男はそう言って暴威を振るうナイフを懐に収めた。
リスクとプライド、そして金を天秤に掛けて、納得がいくだけの交渉内容だったようだ。
爪'ー`)「いいのかい?」
('A`)「ま、いいだろう……交渉成立だ」
爪'ー`)「―ーなら確認だ、俺たちはこれから無事に逃がしてもらうが、
ここで起きた俺たちのやり取りの他言は無用だ。
俺はあんたに殺された。それで、後は好きにしてくれ」
(;"ゞ)「………!」
デルタがフォックスの肩をぐっと手で掴み、強い視線を投げかける。
だが、フォックスはそれを意図して無視し続けていた。
('A`)「ま……いいだろう。こっちもさっきの獲物を取り逃がした損失を埋められる」
196
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:45:31 ID:A6V2HoW60
('A`)「だが、こちらにも条件がある」
('A`)「俺はあと二日間この街で滞在するつもりだ。
その間に一度でもお前の姿を見かけたなら、確実に殺す。
……寝込みだろうが、酒場でもな」
爪'ー`)「解ってる、さっきも言っただろ? 今夜の内に行方を眩ますさ」
('A`)「それでいい。依頼人への報告に矛盾が生じては、信用も失墜するからな」
爪'ー`)「それを聞いて安心したぜ、正直、もうあんたとやり合いたくはねぇ」
('A`)「はんっ、地元を捨ててまでかよ、生き汚ねぇな」
殺意を向けてきた相手が、一時的に敵では無くなる事への安堵。
張り詰めていた部分を逃がすかのように、フォックスは大きくため息を漏らした。
爪'ー`)「そりゃあ死にたくはねぇ。誰だって、死んでるより生きてるほうが嬉しいだろう?
けどな、一番はこの街のガキ共のためさ」
('A`)「コソ泥にしては聞こえのいい言い訳だな」
爪'ー`)「あんたも見たとこ、生まれ育ちは悪そうだから解んだろ。
……路地裏で石投げられたり、他人の残飯漁って生き抜く辛さをよ。
仮住まいだとしても、俺はこの街の奴らに恩がある」
( "ゞ)「兄貴、あんたが居なくなったらー―」
爪'ー`)「いいんだデルタ―ーお前がいる。お前が、ガキどもを育ててやってくれ。
あいつらが、俺らみたいな思いをしないで済むようにな」
('A`)「……ふん」
197
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:05 ID:A6V2HoW60
フォックスやデルタにとって、もはやリュメは故郷と言ってもいい。
今は貧しさに身を寄せ合う皆が、いつか笑って暮らせるようにしたかった。
だからこれからも情報屋ギルドの共同体はより成長し、力を付けていかなければならない。
だが情報屋ギルドの頭を失えば、そんな日々が訪れる機会はもう失われるだろう。
自分の中では忘れ去りたくもあった、故郷を想うという気持ち。
それは、フォックスが貧民窟で置き去りにしてしまった親達の姿を、
圧制に苦しむ困窮した街の人々の姿に投影していたからなのかも知れない。
爪'ー`)「これで話はついたな……さて、どっか行ってもらえるか?」
やれやれ、と暗殺者はため息をつくと、床に落ちてひび割れた仮面を拾った。
部屋の入り口の脇へと逸れて、腕を組みながら壁に背をもたれると、顎を引いて合図で促す。
('A`)「背中にナイフを突き立てられたらかなわんからな……先に行け」
爪'ー`)「気遣いどうも。まぁ、さすがにそんな卑劣なマネはしないけどな」
('A`)「盗人がよく言うぜ……」
何事もなかったように、フォックスは前だけを見て出口へと歩く。
かたやデルタは警戒を完全に取り払う事なく、男の動向に警戒を払いながら、フォックスに続いた。
男とすれ違う瞬間、ぼそりと一言だけ呟いた。
('A`)「ドクオ」
爪'ー`)「ん?」
198
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:30 ID:A6V2HoW60
('A`)「俺の名前だ。いつかどこかで会う事があれば、殴られた礼はする」
爪'ー`)「──あんた、根に持つタイプだろ」
互いに一言だけ交わすと、視線を合わせる事も無く
正面のドアを押し開け、堂々と外へ出た。
* * *
地面を踏みしめて久々の外気に触れると、火照った生傷に痛みを取り戻す。
倉庫の中で繰り広げられた戦闘が嘘のように、外の世界はただ日常だった。
デルタが再度、フォックスへと詰め寄った。
(;"ゞ)「お頭……本気ですかい!?どうするつもりなんです、これから」
爪'ー`)y-「どーするもこーするも、あいつ絶対どっかの暗殺ギルドの奴だぜ?」
爪'ー`)y-「約束守らなきゃ、俺が暗殺されちゃうよ」
(;"ゞ)「って、無茶苦茶言い出したのはお頭じゃないですか!」
( "ゞ)「またなんだって、こんなこと……」
ぶつぶつと文句を垂れるデルタの様子から、やはり相当な不満が見て取れる。
”お前を失えないからさ”。
そう思ってはいても、おどけて適当にはぐらかした。
これから、デルタにはより重圧を掛けてしまう事になるのかも知れない。
199
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:05 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「まぁ、マイナス1300spの思わぬ赤字になっちまったけど……」
(# "ゞ)「お頭……? 大半はあっしの金ですからね」
爪'ー`)y-「いやぁ、まぁ……お互いに転機じゃない?」
爪'ー`)y-「とりあえず俺はしばらく旅に出るさ……。
その道すがらで、昼間の酒呑み話みたいな事があったら面白ぇなぁとか思いつつ」
( "ゞ)「まだ腑に落ちやせんが、当て所ない旅はいいですねぇ。是非あっしも──」
言いかけて、デルタは肩をすくめた。
納得は出来ないが、フォックスの命やギルドの存続には代えられない事を、飲み込んだ。
( "ゞ)「………と、言いたいのはやまやまなんすが、今回みたいな事が無いように、
ウチの奴らをまだまだしっかり面倒見ないといけねぇ」
爪'ー`)y-「解ってんじゃんか、デルタ。自分がギルドにとって必要な人材だって事をさ」
( "ゞ)「………留守の間、街の皆の事はあっしに任せて下さい」
爪'ー`)y-「おう、頼もしいな。ま、ほとぼりの冷めた頃に帰って来るよ」
爪'ー`)y-「ゴードンの親父の土地を店ごと買い上げられるぐらいの金を持って、さ」
爪'ー`)y-「じゃあ、ここでお別れだ」
街の西口で、交易都市ヴィップへと続く道と、ギルドのアジトへと続く道。
枝分かれした岐路で、二人はやがて立ち止まった。
200
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:47 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「ひとまずはどちらへ?」
爪'ー`)y-「まずはヴィップでも目指すさ」
( "ゞ)「二日の道のりですぜ……文無しでですかい?」
デルタの心配ももっともだ。
街へ着いても、野垂れ死んでは元も子も無い。
だが、その心配をよそに、フォックスは胸元からそっと何かを取り出した。
月光を受けて光輝く宝石、それは大粒の翡翠だ。
持っていく所へ持って行けば、200spは下らぬであろう。
爪'ー`)y-「道中で行商人とでも出くわしたら、こいつを安値で捌くさ」
( "ゞ)「ヘヘッ、抜け目ねぇなあ…」
翡翠を懐へしまい、くるりと背を向けたフォックスは、
ニ、三度後ろ手に手を振ると、深い暗闇が包む森の奥へと消えていく。
その背中が見えなくなるまで、デルタはその場所で見送っていた。
201
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:48:20 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「……達者で、兄貴……!」
最後にその背中に声をかけると、自らもすぐに踵を返し帰路へと着く。
あまりに唐突に、別れの時は呆気なく訪れた。
だが、またいつか会える確信があるからこそ、湿っぽい別れ方だけは避けた。
いずれフォックスがリュメに帰ってくる時の為、部下達をまとめ、鍛え上げる。
この時すでに、ギルドと街の繁栄の為に注力しようという意志が固まっていた。
たとえフォックスが居なくても、やっていく。
その決意が、デルタの足取りにも現れていた。
* * *
暗い森を往く。
持っている物といえば、一振りのナイフと、大粒の翡翠。
爪'ー`)y-「”冒険者”って響き……悪い気はしないね」
だが、自然とその足取りは軽い。
妙な開放感に期待ばかりが膨らみ、不思議と旅への不安は無かった。
爪'ー`)y-「大陸全土を股にかけて冒険たぁ、ロマンがあって結構結構」
爪'ー`)y-「さぁて。風の向くまま、気の向くまま……ってね」
20年の歳月を生きてきて、初めて臨む自分一人だけの冒険の旅路。
フォックスは、今その生まれて初めての経験が生む期待に、心を躍らせていた。
デルタや街の皆としばらく会えない寂しさがあるといえば嘘になる。
だが、それ以上に生まれてからこれまで、貧民窟、そしてリュメの街しか知らない
閉塞的な生活を送ってきた彼にとって―ー故郷からの一歩を踏み出した風景は、何もかもが新鮮に彩られていた。
202
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:49:32 ID:A6V2HoW60
( ^ω^)冒険者たちのようです
第4話
「力無き故に」
─了─
203
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:51:40 ID:A6V2HoW60
>>148-202
が第4話となります
勢い任せで書いた部分で加筆修正が多くなってしまったのでとても辛かったです
次回は個人的に好きな最後の導入部となりますので、よろしくお願いします。
204
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 23:12:06 ID:lpux1o9U0
まだ2話までしか追いつけてないけど楽しく読ませてもらってます
面白い。乙!
205
:
名無しさん
:2024/09/15(日) 15:12:02 ID:vEhUS7ZA0
おつ!
ヴィップワースの作者であること信じて続きを待っています
気になってたんだけどspと銀貨銅貨ってどういう関係?
銀貨1枚=1sp、銅貨1枚=0.1spみたいな感じ?
206
:
名無しさん
:2024/09/15(日) 21:05:29 ID:zt/6BeYM0
>>204-205
感想ありがとうございます!
spはシルバーポイントの略で銀貨を表します。
ネタ元となるカードワースでも明言されている部分ではないので、なんとなくこれぐらいかな〜
という感じに想像して頂ければと思いますが、貨幣価値のイメージは自分の中でもそんな感じです
207
:
名無しさん
:2024/09/20(金) 21:54:39 ID:rZYyh41M0
おつおつお
208
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:57:39 ID:SlYPMgKc0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第5話
「行く手の空は、灰色で」
209
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:58:18 ID:SlYPMgKc0
荒れ果て、閑散としたダイニング。
まだ少女といえる面影を横顔に残した麗人は、そこに居た。
他には家財もなく、ただ一つ置かれたのは食卓だけだ。
その上に腰掛けて俯きながら、彼女は膝を抱え一人佇んでいた。
この空間の空気を、打ち捨てられた廃墟の景色を、懐かしむように。
この場所に来たのはたまたまだった。
先だって受けた地質調査の依頼で、偶然この場所を通りがかったからだ。
――生家だった。
彼女は確かにこの家で生まれ、そして育った。
人里の離れに建てられた家だが、建て構え自体は立派なものだ。
物取りの輩が押し入ったような形跡も無い。
もっとも、盗れるような物も残されてはいなかった。
この場所に残されていたのは、彼女がここで暮らした日々の微かな想い出だけだ。
210
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:58:51 ID:SlYPMgKc0
室内を見回すと、記憶の中の残骸がそのままに晒されていた。
視界に入った煤ぼけたイーゼルには、風化した紙切れが残されている。
腰掛けていた食卓から降りると、そこに挟まれた画布の表面をさっと手で払ってみる。
すると、長きの歳月で積もった砂埃が、床に降った。
払った画布の下には、人肌のような赤みが書きなぐられている。
ところどころが劣化しているが、全体像にはどことなく想像がついている。
はにかんだ笑みを浮かべて、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳の少女。
絵心もさほど無いはずの父親が、幼少時代の彼女自身を描いた油絵だった。
ぼんやりとその油絵を眺めながら、彼女はまた空想に耽っていった。
* * *
――十年前 大陸東部 ロアリアの街――
今より二十年前から、大陸東部には宗派による争いが戦火をもたらしていた。
211
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 01:59:22 ID:SlYPMgKc0
火中の只中にあったのは、この東部地方に本拠を置く”極東シベリア教会”。
当時、異宗教への弾圧を強めていた聖ラウンジ教会の過激派らによって、
対立を深めていくなか、宗教戦争の火蓋が切って落とされる事になる。
元々は聖ラウンジの教えが広まっていたこの地に、シベリア教会が流れ着く。
その後、彼らが少しずつ教義を広め始めていったのが最初のきっかけだった。
当時から最大の宗教派閥であった聖ラウンジに、シベリアの信徒達は後に迫害される。
最初は些細な諍いだったそれは、幾度も積もり重なっていく内、過熱していった。
シベリアの信徒達はいつしか武器を取り、武力での抗戦を始めた。
小さな小競り合いから発展した争いの火種は、傍観者だった民衆にも飛び火する。
ロアリアには聖ラウンジの信徒だけではなかったが、シベリア信徒も無信仰の者も、
闘争が過熱を辿る程に、自らの信仰をひた隠すようになっていった。
その理由は、聖ラウンジ過激派の異端審問官の存在によるものだ。
ラウンジの異端審問団は日ごとに各家々を巡回し、自らが”異端”と認定した
シベリア教会の信仰者を、ことごとく審問という名の拷問に処した。
それが無宗教の人間であっても、追求しては、弾劾していった。
日頃より、一つの神を信じ、全ての民の救済を願う。
それが聖ラウンジ教であるはずだが、必ずしも一枚岩ではなかった。
それはこのロアリアの街に限った話でもなかった。
212
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:00:01 ID:SlYPMgKc0
この時、既に大陸各地で数多の信徒達を抱えていた聖ラウンジによる
一神教への信仰は、いつしか彼ら自らが内包する莫大な思念の渦に揉まれ、
醜い正義に歪んだ一面をも見せるようになっていったのだ。
地元の領主達も、暴徒と化した教会から敵視される事を恐れ、騒動の鎮圧に腰を上げようとはしなかった。
それほどに、自らの信仰を盲信した一部の過激派の暴走は歯止めが効かなかったのだ。
やがて大本営である聖教都市ラウンジの信徒達の預かり知らぬ所では、
”異端裁判”と称して、その場の裁量をもってして火刑までが行われるようになった。
未だその動きは完全に消えることなく、この大陸東部地方ロアリアの街で燻り続けていた。
* * *
──十年前 大陸東部 ロアリアの町──
ルクレール家の当主は、雑多な事柄に関心を持つ熱心な研究者だった。
自然に群生する、珍しい植物や生物を持ち帰って来ては、
その生態や特性をじっくりと研究した。
213
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:00:43 ID:SlYPMgKc0
かつて当主が一番に打ち込んだのは、魔術の研究だった。
一介の魔術師でもない当主パンゼルは、それを独学で行っていたという。
ある時を境に、冷気を操る魔術をも身につける才覚があったとは本人の談だ。
もっとも、手のひらに少しの冷気を集め、触れたものをじんわり冷やす程度。
本職の魔術師が使うそれと比べてはあまりに粗末な手品のようなものだが。
それでも、愛娘の”クー=ルクレール”にしてみれば、十分な笑顔の魔法だった。
「アンナ、今夜はよく冷えた葡萄酒で乾杯といこうか」
川 ' ー')「あら、またご自慢の手品をお披露目したいだけなんでしょ?」
「はは、見破られたな……」
貯蔵庫から取り出してきた一本の葡萄酒の瓶を抱えながら、
妻であるアンナの鋭い指摘に、父親のパンゼルは気さくな笑顔を見せる。
娘のクーの瞳は、両親達の晩餐のお供であるその葡萄酒に釘付けだった。
川゚-゚)「ちちうえ、私もぶどうしゅ飲みたい」
「いいとも! 待ってろよ、今お父さんの魔法で……」
川 ' -')「駄目よあなた、クーはまだ八つなんだから」
川;゚-゚)「えー!」
214
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:01:14 ID:SlYPMgKc0
「堅い事を言うなよアンナ……」
クーとパンゼルは、二人とも気落ちした様子で肩を落とした。
二人を尻目に、アンナはてきぱきと食卓の上に料理を並べていく。
また談笑が始まると、食卓を囲んで暖かな空気が広がる。
夕刻、屋敷一階の食堂は家族の団らんに賑わっていた。
だがある時、三人がナイフやフォークを動かす手は、はた、と止まる。
唐突に、重苦しい音が響いた。
雨音混じりに、門扉を激しく叩く音が鳴り響いているようだった。
どんどん、どんどんと。幾度も、次第にその音は強まっている。
川゚-゚)「だれかきたっ」
不意の訪問者に、娘のクーは戸口へ出て行こうとしたが、
母親のアンナはすぐにその腕を引き掴んで、静止する。
川 ' -')「待ちなさい、クー」
その眼差しはいつもの母からすればやや鋭いもので、彼女は言う通りにした。
手に持っていた葡萄酒の瓶をことりと食卓の上に置くと、パンゼルは
無言で門を叩くその音の方へと振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
川 ' -')「……あなた……」
215
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:02:08 ID:SlYPMgKc0
「大丈夫だ……二人とも、そこに居なさい」
心配そうな面持ちのアンナと、小首を傾げたクーの視線を背中に受けながら、
パンゼルは食堂を出て、依然として叩かれ続けていた玄関の門扉の鍵を開けた。
そこに立っていたのは、そぼ濡れた黒の外套に身を包む、数人の男の姿。
訝しむ目で一瞥すると、ドアの隙間から体を割り込ませてパンゼルは問うた。
「……何です、貴方がたは」
(≠Å≠)「随分と待たせてくれたものだな、見られて困るものでも隠していたか?」
パンゼルには、ある程度予想がついていた事でもあった。
聖ラウンジの過激派、異端審問団の一団だとすぐに思い至る。
今でこそ民衆の声や聖教都市の布令によって大きな力を失いつつはあるが、
それでも彼らは独自に、異宗派を排斥する為の活動を続けていた。
聖ラウンジ内部でも分裂があり、聖教都市の影響力はこの東部地方にまで及んでいなかった。
「あなた達は、ラウンジ聖教の……」
(≠Å≠)「いかにも。真に主を信仰する、聖ラウンジの者だ。
名を”イスト=シェラザール”という。
偉大なヤルオ神の信仰者にして、敬愛なる神の声の執行者である」
審問官の横柄なその態度に、内心にパンゼルは苦虫を噛み潰す思いをしていた。
同じ信仰を持つ人間に対して、教会の権威を笠に力を誇示するかのような振る舞い。
そして思い上がった言動に、パンゼルの瞳にはありありと蔑みの色が映っていただろう。
だがそれ以上に、早まる鼓動を抑えて、平静を取り繕う思いに必死だった。
216
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:02:57 ID:SlYPMgKc0
「……こんな夜更けに、何の御用で?」
(≠Å≠)「ふむ、随分とご立派な屋敷じゃないか――いいぞ、入れ」
その一言に、審問官の一団はどかどかとパンゼルを押しのけるようにして屋内に雪崩れ込む。
土足で上がり込むと、彼らを束ねる一際横柄イストという審問官は、舐るような目つきで周囲を見渡した。
一家の長として、パンゼルはそれにも毅然として向き合わなければならなかった。
「いきなり何を! 今は忙しい、出て行ってくれ!」
(≠Å≠)「……なにぃ?」
「この十字架を見れば、私が貴方がたと同じ聖ラウンジの信徒だという事がわかるはずだ。
貴方がたも、同じように主を信じるのだろう?」
同じ聖ラウンジとは言いつつも、異なる宗派を弾劾し続ける過激派は、
東部の人々にとって災いに他ならない。その存在に、みな戦々恐々としていた。
それは勿論のこと、パンゼル達も同様にだ。
パンゼルは首から下げたチェーンを首元から外へと押しやると、
銀の十字架を覗かせて、審問官の目の前でそれを握りこむ。
イストは少しくすんだその十字架を凝視した後、大仰な仕草で急に叫んだ。
(≠Å≠)「――信徒の、振りをしているッ!」
「何を……!」
217
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:03:29 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「……と、まぁそんな場合もあるのでな。
しっかりと、入念に、邸宅内を見回らせてもらおうか」
「待ってくれ、勝手な事をされては困る!」
静止など聞かず、審問官は引き連れた従者らと共に屋敷内の物色を始めた。
そこらを引っ張りまわし、物が転げ落ちて壊れたりするのもお構いなしだ。
やがて、一団はクーとアンナの居る食堂の隣に面していた父の書斎の扉を開けた。
食堂と書斎は扉一枚に隔てられており、怒声にも近い審問官との不穏なやり取りは、
不安そうに見守るクーとアンナの二人には筒抜けだ。
(≠Å≠)「……ほぉ。なんだ? この部屋は」
「私は昔学者を目指していた。日ごろから趣味半分に
動植物に関する様々な研究をしている……その、研究室だ」
まずい、とパンゼルは歯噛みしていた。
異端審問団が興味を持つようなものが、この部屋にはあるかも知れない。
扉の向こうにいるクーとアンナの不安げな面持ちが思い浮かぶ。
せめてこのまま二人と対面せずに引き上げてくれる事を願っていた。
だが、審問官の目つきはこの書斎に入るなり明らかに変わった。
ふむ、ほぉ、と一人頷きながら、書棚の中身や、卓上に転がっている
器具の一つ一つを、手に取って見て回り始めた。
218
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:03:54 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「臭うな……実に臭うぞ」
確かに、硝子製の様々な器具が置かれ、薬漬けにした薬草や木の根。
果ては昆虫類の標本まで乱雑に置かれたこの部屋は、傍目からには
あまり一般的なものには見えないだろう。
クーが生まれてすぐにパンゼルは魔術の研究を諦めた。
動植物の観測や、生態調査を主として研究を切り替えたパンゼルにとって
聖ラウンジへの信仰に疑いが漏れるような物は、何もないはずだった。
書棚の奥で埃を被っていた、その――ただ一冊の書物を覗いては。
一見して研究の範疇という物ならば、さして問題のなさそうなその一冊。
基本的な事項を綴った入門用とされる魔術書が、書棚の奥から審問官の手に取られた。
聖ラウンジ教会は、賢者の塔の魔術師連盟とは対極にある存在だ。
魔術とは時に人の生命を奪う術であり、良からぬものを媒介とする事もある。
穏健派の信徒たちならばいざ知らず、よりにもよってそれをこの異端審問官に見られた。
自分たちの暴走した信仰を疑う事もせず、狂気じみた妄執に憑りつかれた、狂気の集団に。
そして、疑わしきは裁く事こそが、異端審問団のやり方だった。
(≠Å≠)「魔術書だと……? なんだ、これは」
「そ、それは……」
(≠Å≠)「言え、このような物、一体何に使おうというのだ?」
「違う! それは昔に学んだ資料で、ただの興味本位で……!」
219
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:04:21 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「もういい!」
イスト審問官はパンゼルの前に指を突き出して、二の句を制した。
額に指を押し当て何事かをぶつぶつと呟くその間を、得体の知れぬ静寂が場を支配する。
間をおいて、さも何かを考え付いたかのように、イストは告げた。
(≠Å≠)「……少なくとも貴様は、シベリアの信徒か、その他の邪教」
(≠Å≠)「私の中で、その疑問は今とても大きく膨れつつある。
魔術……聖ラウンジの信徒がこれはいかんな。度し難い」
その言葉に、パンゼルは額から伝う冷や汗を一度手で拭った。
もし異端者としての烙印を押されてしまえば、最後に待つのは死だ。
いかなる真実を説こうとも、長きに渡る拷問の末に心を折られて。
「聞いてくれ……確かに、私は過去に魔術に好奇心を覚えて調べていた。
その真似事をしてみようと思い譲り受けた参考書というだけで……」
(≠Å≠)「はっ、これ以上の問答は無用!
まずは貴様の身に問うて、糾弾するかはそれから決める事とする。
もはや有無を言わさぬ険しい表情で、イストは一方的に言葉を突き付ける。
従者達に連行を促されるパンゼルは、腰から下の力が抜け、崩れ落ちる思いだった。
彼ら異端審問団は、死よりも辛い拷問をも課すという。
身の潔白を訴える人々の叫びなど空しく、いつしか自分の身にあらぬ
その疑いを認めてしまい、苦痛から逃れる為に、自ら死を選ぶのだ。
220
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:04:43 ID:SlYPMgKc0
(……それでも、アンナとクーだけでも、無事ならば……)
審問官達が聞く耳を持たない事など、分かっていた。
しかし、自分一人だけがその審問を受けて済むのならば止むを得ない。
もしかすると、命までを取られるという噂は噂であり、杞憂かも知れない。
降って湧いたそんな楽観的な考えで、パンゼルは辛うじて正気を保つ。
自分が苦痛を与えられるだけで、家族さえ無事ならば、それだけでいい。
妻と娘の存在をやり過ごせたと思ったパンゼルは、それだけを案じていた。
だが───彼の願いは、最悪の形で裏切られる。
「待って下さい!」
突然、食堂と研究室とを隔てる扉は、勢い良く開け放たれる。
そこに立っていた妻、アンナの姿を見て、パンゼルは表情を歪めた。
背中に、娘のクーを庇いながら、彼女は毅然として言った。
川 ' -')「……その人を、連れて行かないで下さい」
パンゼルは落胆し、悲哀に暮れた。
このまま自分一人だけが連行されてしまえば、それで済んだかも知れない。
だが彼女は、自分の身の危険を省みずにこの場に来てしまった。
221
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:05:34 ID:SlYPMgKc0
川 ' -')「本当に色々な研究が好きでした……。
それが高じてしまった、それだけなんです」
(≠Å≠)「………ほぉ」
悲哀と焦りの入り混じるパンゼルと、毅然と向き合うアンナの表情は対照的だった。
にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、イストはそれらを見比べる。
(≠Å≠)「隠していたな? その女を」
「違う……私は……!」
(#≠Å≠)「貴様ぁ! 聖ラウンジの庇護を受けし、我ら異端審問団をたばかるかぁッ!」
川;゚-゚)「ふぇ………」
震えるような怒声に、アンナの背後に隠れたクーはただ怯えるしかなかった。
イスト達とアンナ達とを遮るようにして、パンゼルはその前に立ち塞がる。
「私は大丈夫だ、アンナ。クーを連れて下がるんだ」
川;' -')「でも……!」
(≠Å≠)「なるほどなるほど。貴様は――
そこの”魔女”に骨抜きにされているという訳だな?」
宗派の争いのさなか、”魔女裁判”を謳い、異端審問が行われる事もあった。
審問は女性に限られ、他を惑わす発言や世を忍ぶ暮らし方、あるいは醜悪な容姿など。
そんな人の個性や外見に難癖を付けるような形で、最後には人としての尊厳や命を奪う。
歪んだ正義を振りかざす異端審問官たちによるこうした独断専行は、未だ蔓延っていた。
222
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:06:10 ID:SlYPMgKc0
東部の僻地に位置するロアリアを訪れる人々も少なく、彼らの非道が本営に露見する事はなかった。
たとえ聖教都市へ出向き直訴したとして、そこで審問に遭うのではという恐怖があったからだ。
それに付け込む異端審問団の行いは、ますます嗜虐的に増長を続けている。
魔女認定を受ければ火刑に処され、認めざるを問わずして、死の拷問は続く。
「どういう……意味だッ!」
(≠Å≠)「どうもこうもない、十分な証言だ。
ルクレール当主よ、勇気ある告白をよくぞしてくれた」
不気味な含み笑いをしながら、審問官は腕組みをして
背後に従えていた数人の信徒達の方へと振り返り、あごで合図した。
(≠Å≠)「……女を連れて行け」
川;' -')「きゃあっ」
「おいッ! 彼女に何をするッ!?」
川;-;)「うえぇぇぇんっ、うぇぇぇん」
装束の一団は靴音を立てながら、アンナとパンゼルを拘束する。
泣き叫ぶクーの方を向いて二人は抗おうとするも、力で捻じ伏せられる。
223
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:06:37 ID:SlYPMgKc0
連れ去られて行く二人は、それでも娘の身を案じていた。
川;' -')「……大丈夫! きっと、きっと迎えに来るから!」
「……クーッ! 必ず迎えに来るからな、待ってるんだぞッ!」
その両親の叫びも、次第に遠ざかっていった。
訳もわからず泣きじゃくる一人の少女を、一人その場に置いて。
(……貴様ら!アンナから手を離せぇッ!)
”クー=ルクレール”は、この屋敷にただ一人取り残される事となった。
その日を境に、父と母が再び家に戻って来る事はなかったのだ。
いつからか、使用人や縁者がクーの面倒を見に家を訪れるようになった。
だが、両親の居場所をいくら尋ねても、彼らは無言で俯くばかりだった。
* * *
群れを成した盲目の羊達は、信仰というただ一つの光を妄信し、
その後も、次々とロアリアの街で白羽の矢は立てられていった。
いつ焼きつけられるかも分からない、自分達への異端の烙印。
それを恐れる余り、人々は互いに猜疑心を持ち始める。
224
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:07:18 ID:SlYPMgKc0
他の住民の信仰に関して、虚偽の噂を聖ラウンジの者達に密告し、
審問を免れるといった自分可愛さも、次第に目立つようになっていった。
街中や、そのすぐ外では毎日のように繰り返されるシベリアとラウンジによる信徒同士の諍い。
住民達は皆家に閉じこもり、外出しようともしない。
美しい緑に彩られていたはずのこの街の広場には、まだ血の痕がこびり付いている。
だが、この街にで起こる血塗られた争いの続きに。
そして罪の無い人々の命を脅かす異端審問官達の暴挙に。
やがて――この地を訪れた一人の男が、終止符を打つ事となる。
( ゚д゚ ) 「美しい街だと聞いていたが……随分、閑散としたものだな」
各地を放浪し、やがて長い旅を経てこの街たどり着いた。
”ミルナ=バレンシア”は、通りすがりの、冒険者だった。
225
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:07:40 ID:SlYPMgKc0
─── 一週間後 ルクレール家 屋敷前 ───
川 -) 「………」
屋敷の正門、石段の上に腰掛けて、クーはずっと膝を抱えていた。
両親が連れさられて、7日もの月日が経とうというのに、朝早くから
日暮れまで、彼女はずっとこうして両親の帰りを待ち続けていた。
大きな不安を抱えている彼女を支えようと、世話人や縁者は入れ替わり
立ち替わり、彼女の隣でずっと両親の無事を唱えていた。
だがいつまで経っても心を開かない彼女に業を煮やし、5日目には屋敷を訪れる事はなかった。
川 -) 「……おとうさん……おかあさん……」
大人たちは、クーの両親がもう帰っては来られないであろう事を、知っていたのだ。
それでも、寝食も忘れたようにして、クーはひたすらに両親を待ち続けていた。
川;-;) 「あいたいよ……」
来る日も来る日も、夕焼けを目にする度に思い浮かんでいた。
数日前までの、何よりも楽しかった家族皆で過ごす団らんの光景が。
思い返すたびに、次から次から、目からは涙が溢れた。
街の離れに位置するルクレール家の屋敷周辺には人通りなどなく、
クーは両親が居なくなってからの毎日を、同じように過ごしていた。
だが、この日はいつもの毎日と少し違っていた。
226
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:08:16 ID:SlYPMgKc0
がさっ
川;-;)「?」
がさがさ、と屋敷の右手の雑木林から物音が聞こえた。
すると、見慣れない人物が独り言を呟きながらその姿を現した。
( ゚д゚ )「やれやれ……人っ子一人外を出歩いてないとは、一体どうなってる?」
ぱんぱんと体に纏わり付いた木の葉を払っている一人の男の姿があった。
それをじっと見つめるクーの瞳に、男ははたと動きを止め顔を上げる。
川;-;)「……おじちゃん、だれ?」
Σ( ゚д゚ ;)「おじっ……」
クーから一度視線を外して、こほんと後ろで一度咳払いをすると、また向き直った。
( ゚д゚ ;)「まぁ……このぐらいの歳の子供からしたら、十分おじさんか」
川;-;)「……わるいひと?」
( ゚д゚ )「いいや、怪しい者じゃないぞ」
少女の真っ直ぐな質問に対して物怖じする事なく、改まったように
腰に手を当てて自分の顔を親指を立てて指した。
( ゚д゚ )「俺はな、”ミルナ”っていうんだ。お嬢ちゃんの名前は?」
川;-;)「……クー」
( ゚д゚ )「ほう、クーっていうのか、この家の子か?」
川;-;)「……」
無言でこくりと頷くクーの顔を見て、ミルナと名乗った男は剣呑な何かを察したようだった。
クーのもとにしゃがみ込むと、目線を合わせて、静かに問いかけた。
227
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:09:10 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「どうした? こんなに泣き腫らして、何かあったのか?」
川;-;)「……ふぇっ……!」
( ゚д゚ ;)「!!」
それから数分ほどの間、堰を切ったように大声を上げてクーは泣き喚いた。
それをなだめすかし、機嫌を取り戻すためにミルナは必死だった。
やがて満足行くまで泣いたか、ぐずりながらもクーは泣き止むと、
その頭に手をぽんと置いて、ミルナは再度尋ねてみた。
川 p-q)「ぐしゅっ」
( ゚д゚ )「――で、一体何があったんだ?」
川゚-゚)「おとうさんとおかあさんが、つれてかれたの」
( ゚д゚ )「誰にだ?」
川゚-゚)「わかんない……でも、らうんじとかなんとか、いってた」
( ゚д゚ )「……そう、か」
過激化するシベリア教会と聖ラウンジ教会による宗教戦争。
それが今や異端審問と称して、民衆にまで飛び火していたという噂は、
ロアリアの街を離れた一部の者達から、近隣の村々に広がっていた。
それを知ってか知らずか、ミルナは一人呟くようにして空を仰ぎ見て、瞳を閉じる。
( ゚д゚ )「……それなら、この街の静けさにも合点が行く」
川゚-゚)「なんで?」
228
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:09:56 ID:SlYPMgKc0
この時、ミルナの横顔を覗き込んで首を傾げたクーだったが、
何かを決意したかのような、ミルナの表情の機微に気づく事はなかった。
唐突に、ミルナはそれをクーへと切り出す。
( ゚д゚ )「父さんと母さんに、会いたいか?」
川゚-゚)「うん! 会えるの?」
( ゚д゚ )「だったら……俺に付いてくるといい」
そう言うと、ミルナはクーに手を差し出し、その場から立ち上がらせた。
ぱたぱたと彼の背を追うクーの瞳には、逞しい背中越しに自分を導くその大人の姿が、
両親の居ない世界で最も信用できそうなものに──そう、映っていた。
ミルナの外套の端を掴み、歩き始めた彼の後を追い、自然と体は動いていた。
* * *
───ロアリア市街 聖ラウンジ聖堂───
この土地は曇りがちな天候の為、灰色に淀んだ空模様になる事が少なくない。
一雨きそうな、いつも通りの天候に加えて、雷鳴の轟きが響いた。
閑散とした町々をしかめた面で眺めて、教会の軒先に立つのは、黒尽くめの男。
この街の聖ラウンジ教徒として、実質一番の執行力を持つ異端審問官、イストだ。
同じように黒のローブを纏った教徒が、イストに声をかける。
( ▲)「イスト審問官」
229
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:10:31 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「……何だ」
イストは声の方に視線を向ける事も無く、人っ子一人出歩かずに
家の戸を閉め切り、閑散としている通りを見渡していた。
( ▲)「先日審問に掛けた露天商の中年が、舌を噛み切って自害を」
(≠Å≠)「下らん……命を自ら絶つような不信の輩などどうでもいい。いらん情報を持ってくるな」
( ▲)「……申し訳ありません」
(≠Å≠)「そんな事より、ルクレール夫妻の方はどうした?」
( ▲)「相変わらずです……聖ラウンジへの信仰心に、変わりはない、と……」
(≠Å≠)「ふぅん……? 貴様、躊躇しているようだな?」
末端の審問官もまた、この男の狂気を宿した瞳に射貫かれる事を怯えていた。
身内であろうとも、己の意に染まぬ者は異端者の烙印を押して断罪してしまえばよい。
そのような考えを持つ危険な男であることを、染まりきらぬ者たちの間では周知されていたからだ。
( ▲)「……いえ、そのような事はありません」
(≠Å≠)「ならば、男の方は更に念入りに、もっと徹底的に痛めつけろ。
そうだな――両手両足の腱を切るぐらいして構わん」
( ▲)「ハッ……」
230
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:11:36 ID:SlYPMgKc0
(≠Å≠)「それから、今日でそろそろ一週間になる。女の方は火刑の準備をしろ」
( ▲)「ッ……ですが、女の方からはまだ、異端と言えるだけの証拠は……」
ローブの審問官がそこまで言った時、イストが自分の方に顔だけ振り向いた。
両の眼をかっと見開いて自らを射抜く視線に、彼は言葉を詰まらせた。
(≠Å≠)「私は……火刑の準備をしろと、そう言ったはずだな……うん?」
( ▲)「ハッ!」
(#≠Å≠)「それが何だ……貴様、魔女の肩を持つとは、まさか貴様も異端者かぁッ!?」
( ▲)「……滅相も……ございません」
(≠Å≠)「フン……魔女認定など、この私の裁量を持ってしてこの場で与える」
( ▲)「それではすぐに……火刑の準備を……」
審問官イストの言葉に深く頭を垂れると、末端の信徒は
彼の前から逃げるようにして、足早に聖堂へと戻って行った。
イスト=シェラザールは、今やこのロアリアを実質的に支配していた。
自ら死を願うほどに人としての尊厳を奪い、生き地獄のような責め苦。
それらの恐怖を持ってして、正しき行いであるとそれでも信じていた。
それに違和感を覚える者など、いようはずもないとまでに。
231
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:12:28 ID:SlYPMgKc0
異端認定の権限を持ち、審問官たちを束ねるイストに対しては、
皆が恐怖に飼いならされた子羊のように従順に、あるいは心を殺して、従う他なかった。
自分が過ちを犯していると認識できている者であろうとも。
(≠Å≠)「疑わしきは裁く、それでいいのだ」
拷問狂なのか、と水面下では決して本人に悟られぬように囁かれてはいた。
真の盲目故に、道を違えた事にも気づかず血塗られた階段を上り続ける。
イストにとって、それは純然たる信仰心そのものだった。
異端として裁く為ならば、身体の機能を生涯奪う事であっても厭わない。
糞尿を巻き散らして死を懇願する妊婦の前でも、眉一つを動かさない。
淡々と拷問を続ける事ができる、氷のような心をこの男は持っていた。
指摘出来る者など決していないが、誰の眼にも明らかな、狂人だ。
(≠Å≠)「嵐が来るな」
ふん、と鼻を鳴らし、肩口にぽつりと雨粒が落ちたのを感じて、
黒衣の修道服をはためかせながら、イストは踵を返した。
時折どこからから悲鳴ともつかぬ呻き声が漏れる、聖堂の中へと消えていった。
* * *
ミルナとクーは、忽然と人が消えたように静かな街を見渡しては、時折立ち止まる。
寂れた遊具が打ち捨てられた公園を抜けて、昔栄えていた通りの中央を歩いていた。
( ゚д゚ )「いつから……こんな、静かな街になったんだ?」
232
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:12:49 ID:SlYPMgKc0
川゚-゚)「わかんない。おそとであそんだこと、あんまりないの」
( ゚д゚ )「友達とか、いないのか?」
川゚-゚)「まえはね、よくおうちにきてた子がいたんだよ?……でもね」
( ゚д゚ )「でも……?」
川゚-゚)「おとうさんのしごとのつごうで、もうあえないって、とうさんがいってた」
( ゚д゚ )「……そうか」
この娘の両親は、真実を伏せたのだろう。
それを想って、ミルナは内心に深く息をついた。
露天商が多く、市場が賑わっている街だという噂を聞いたのが、5年ほど前。
それが今では、これほどまでに外を出歩くのを恐れ、住民は皆門戸を閉め切っている。
明らかに異常な事態だというのに、領主や他の町の人間は何とも思わないのか。
そんな事を考えながら歩いているものだから、少女の言葉も自然と耳から抜けていく。
うんうんと相槌を打ちながらも、頭の中では別の事を考えていた。
そして、その考えは、いつになく険しい表情をしている自分の顔にも、表れていた。
川>-<)「いたっ」
突然立ち止まったミルナの背に、顔面ごとぶつかって尻餅を付くクー。
233
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:13:34 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「雨、か……」
少しずつ雨粒が増えてゆく空を一瞬見上げると、頬を膨らましていた
背後のクーの様子に気づいて、すまんな、と手を差し伸べて身を起こした。
川;゚-゚)「さむい……」
( ゚д゚ )「冷えてきたな……どうする?
自分の屋敷で待っていてもいいんだぞ」
川゚-゚)「それはやだもん、おとうさんとおかあさんに会う!」
( ゚д゚ )「そうか……ま、もうすぐだ」
( ゚д゚ )「ただな。少しばかり、怖い目に合うかも知れない」
川゚-゚)「どうして?」
( ゚д゚ )「これから、クーの父さんと母さんを連れて行った、悪い奴らを懲らしめるからだ」
川゚-゚)「……いっぱい、こわい人がいたよ?」
( ゚д゚ )「それでも、できるさ」
川゚-゚)「まもって、くれるの……?」
( ゚д゚ )「そうだな。俺の背中に居れば、安全だ」
いくつか会話を交わしながら、やがて二人の足は、一つの建物の前で止まる。
白い外壁に、赤茶色の屋根の頂上に、大きな十字架が掲げられた、聖ラウンジ聖堂の前で。
この建物の周りだけ、何かを焼いたような、すえた臭いが鼻に付く。
二人ともその悪臭に顔をしかめていた。
そして、ミルナだけは感じ取っていた。
寂しげに佇むこの聖堂の締め切られた扉から既に、人の悪意のようなものが流れ出ているのを。
234
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:14:43 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「少し、うるさくなるぞ」
そう言って、こちらを見つめるクーの顔を見ながら、門扉の正面に立って片足を上げた。
そして、クーがミルナの言葉に頷くよりも少し早く、高く掲げられた剛脚は、
門扉の裏側であてがわれていたであろう閂すらもへし折る程の力で穿たれる。
次の瞬間には扉ごと蹴破り、門扉は勢いよく開け放たれた。
広い聖堂内に、轟音が鳴り響く。
その音に、祭壇に祈りを捧げていた多数の黒衣の信者達の全員が、こちらを振り向いた。
( ▲)「何事だ!」
全員が全員、ずかずかと中へ上がりこむミルナへ、視線を集中させた。
浮き足立つ者が殆どだが、数名は即座に走り出し、壁のラックにしまわれていた
鎖で鉄球を繋いでいる、フレイルの柄へと手を伸ばしていた。
( ▲)「貴様……何という事を! ここは神聖なる聖ラウンジの神のおわす所ぞ!」
( ゚д゚ )「ほう……神聖、ねぇ」
言って、くっくと含み笑いを不敵に隠そうともしないミルナの姿に、
フレイルを手にした信者達が、じりじりとにじり寄っていく。
( ゚д゚ )「神がいると? ……こんな、掃き溜めにか?」
( ▲)「なんと……我ら聖ラウンジを、愚弄するか!」
( ゚д゚ )「笑わせるな。俺は、この子の両親を連れ戻しに来ただけだ」
自分の背中にぴったりと張り付き、少しだけ震えるクーの肩を掴むと、
ミルナは黒衣の信者達の前に、その顔だけ向けさせた。
川;゚-゚)「……このひとたち、だ」
235
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:15:39 ID:SlYPMgKc0
その言葉を引き出すと、怯えるクーの瞳をしっかり見据えて、
ミルナは一度小さく頷いた。そして、すぐにクーを自分の背中に戻す。
( ゚д゚ )「……だ、そうだ。貴様らがこの娘の両親を連れ去ったのを、認めるな?」
「……あれは、確かルクレール家の……」
「娘がどうしてこんな男と……いや、それよりも……」
( ▲)「何者だ、貴様?」
ミルナとクーの前に立つ黒衣の信者の後ろでは、少しずつ声高に、
まるで呪詛を唱えるかのように、一つの言葉がぽつぽつと囁かれ始める。
「異端者……」
「そうだ……イスト様に認定を頂くまでもない……」
「そうだ、紛う事なき、異端者……」
「裁いてしまえばいい」
二人を扇状に取り囲みながら、十数人もの黒衣の信者達は、一様に呪詛を唱えた。
がっしりと背中に取り付くクーの体が、小さく震えているのがミルナの背に伝わる。
ここまで覚悟を決めて、この幼子は両親を取り戻すために来た。
その意に報いる事ができるのはこの自分だけなのだと、ミルナも同じく覚悟を決めた。
震える少女を安心させるために、怯むこともなく、高らかに言い放った。
236
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:16:11 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「ミタジマ流喧嘩拳術、”男闘虎塾”門下が一人、ミルナ=バレンシア!」
聖堂中に響き渡る程の大声に、一瞬信者達はびくっと身じろいだ。
若干の沈黙の後、背中のクーを少しだけ手で遠ざけて、フレイルを携える
幾人もの黒衣の信者達の前へと、ずかずかと歩み出た。
( ゚д゚ )「――通りすがりの、冒険者だ。
この娘の両親を取り戻すために来た。道を開けてもらおうか」
( ▲)「……この男ッ、何を図々しく!」
( ゚д゚ )「生憎と俺はよそ者なんでな、多少の無茶は、押し通させてもらおうか」
言い終えるや否や───左方から飛び出た一人がミルナの側面から、
その側頭部を目掛けて、唸りを上げてフレイルを振るった。
( ゚д゚ )「……言っておくがな」
人間の頭部など軽々と陥没してしまうであろう鉄球は、すぐ間近。
だが、それに気を取られる事も無く、口では言葉を紡ぎながら、
ミルナは左手を自分の顔のあたりまで持ち上げて、左方へと突き出した。
自分の頭部目掛けて振り下ろされた、フレイルの鉄球に対して。
次の瞬間、鈍く重い金属音が、鳴り響く。
この場にいる誰もが、致死に至る一撃だと確信していただろう。
良くて昏倒する、ミルナの姿を想像していたはずだ。
237
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:16:50 ID:SlYPMgKc0
( ▲)「……ぷごぉ、うッ…」
だが───堅く握り締められたミルナの拳は、その鉄球を弾いた。
勢い余って、それはフレイルを振りかざした信者の顔面へと叩き返される。
同じか、それ以上の質量を持って弾かれた鉄球の勢いは凄まじく、
振り下ろした当の本人は顔面こそ潰れてはいないが、鼻と歯ぐらいは折れただろう。
すぐに膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れこんだ。
( ゚д゚ )「”鉄撃”………俺の身体は、全身が凶器だ」
驚愕の技を目の当たりにした信者達は、皆ローブの下で驚嘆の表情を浮かべていた。
重く質量のあるフレイルの鉄球を、素手ではじき返したのだから。
( ゚д゚ )「”千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす”───」
( ゚д゚ )「そうして、いつしか己の身は鉄にも劣らぬ硬度と、強度を帯びていく」
( ゚д゚ )「ま……ミタジマ流喧嘩拳術においては基礎も基礎だが、貴様ら相手なら十分だろう」
「み、見たか今の……!?」
「手だけで、いとも軽々と……」
「うろたえる事はない……囲んでしまえば……」
ざわついていた信者達を尻目に、後方からは一人の男が歩み出ようとしていた。
肩を掴まれた信者の一人が硬直し、それを視認した信者達に、次々に動揺が走る。
(≠Å≠)「……ほぉ〜?……随分とまた、潔い異端者だな。これは」
審問官、イストだった。
238
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:17:35 ID:SlYPMgKc0
物珍しそうに獲物を見定めるかのような視線を、ミルナに投げかける。
その手に握られているのは、拷問にも使われる鋼杖であり、血が黒くこびり付いている。
先端には、鋭利な装飾が施されており、幾多の犠牲者を甚振った道具なのが見て取れた。
(≠Å≠)「そうだな……この頃の働きぶりのおかげか、仕事も減ってきた所だ」
(≠Å≠)「その不心得者を今この場で裁けば、諸君らの良い余興にもなろう」
首をごきごきと鳴らした後に、勿体を付けるようにして、大仰にミルナを指差した。
不敵に、口元ではにやにやと口角を吊り上げている。
傍若無人に振る舞うイストを睨みつけながら、
ミルナは初めて外套を取り去ると、背後のクーへと投げ渡した。
( ゚д゚ )「そのマント、預かっててくれないか」
偉そうな立ち振る舞いのこの男を見るなり、クーが今まで以上に
怯えはじめたのにふと気づくと、その心情を察し、気にかけた。
川;゚-゚)「あぅ……あ、あの……ひと」
( ゚д゚ )(……相当、心に大きなキズとなっているのか)
二人のやり取りなどお構いなしに、一寸だけ考え込んだ振りをして、
仰々しく大手を振りかぶり、この場の信者全員の注目を、自分へと向けさせた。
そして、イストは高らかに宣言する。
(≠Å≠)「……よろしい、私の権限を持ってして、今この場で特別に許可しよう!」
(≠Å≠)「叩き潰せ……そうだな、”肉塊の刑”だ」
239
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:18:25 ID:SlYPMgKc0
ミルナに対して執行されるべき刑をイストが口にしてから、
武器を手にした信者達の動揺はおさまった。再び、全員がミルナに注視する。
今、彼ら信徒の心中もまた、恐らくは恐怖に駆り立てられている。
立ちふさがる者たちの中には、そんな目をしている者ばかりだった。
( ゚д゚ )「教えてやる……ミタジマ流の極意は、技にあらず」
( ゚д゚ )「”心”、それこそが、”芯”」
( ゚д゚ )「己の信念、”志”だけは、絶対に曲げぬという事だ」
(#≠Å≠)「ひゃははッ! 断罪しろぉぉッ!」
イストの号令と同時に、武器を手にした信者達が一斉にミルナへと飛び掛る。
その真っ只中、最奥で狂笑を浮かべる黒衣の審問官イストへ向けて、ミルナは怒気を飛ばした。
(# ゚д゚ )「年端もゆかぬ幼子から両親を取り上げるような、貴様らの様な外道に対してはなッ!」
信徒らが手にするのはどれも、人の命を奪うには十分とされる凶器ばかりだ。
そんな手勢を十数人と相手取り包囲されながらも、ミルナは堅く拳を握り込む。
そして、その中心を突っ切っていった。
( ゚д゚ )(一対多の争いならば、頭を押さえてしまえば――!)
そう考えた所で、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべる色白の男。
異彩を放ったいでたちのイストを、ミルナは標的として見定める。
だが、十数人もの人の壁に阻まれれば、そう易々と近づく事は出来ない。
( ▲)「取り囲め!」
イストの前に立つ黒尽くめの一人が、部下達に檄を飛ばす。
瞬時に僧兵達は散開し、ミルナの斜め後方からも襲いかかれる布陣を整えつつあった。
240
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:19:14 ID:SlYPMgKc0
(# ゚д゚ )「どけッ!」
そこへ、力強く一歩を踏み込んだ。
たったそれだけの動作で、5〜6歩は間合いの空いていたはずの、
正面に立っていた一人の眼前にまで一気に距離を詰める。
(;▲)「おわ───ッ!」
慌てふためき、すぐにフレイルを振りかざそうとする。
だが、瞬時の反応速度に、あまりにも隔たりがありすぎた。
すかさず顔面へと落とされた裏拳は、僧兵を後方まで吹き飛ばす。
( ▲)「おのれェッ!」
一人が倒された時点でようやく攻勢へと転じた周囲の僧兵が、
数人がかりで、ほぼ同時にフレイルを振り下ろす。
( ゚д゚ )「フッ、ハエが止まるな」
次々と脳天を目掛けて振り下ろされる破壊力の塊。
だがそれらはまるで陽炎を叩こうとしているかのように、かすりさえもしない。
後ろにも目があるかのように、斜め後方からの攻撃にも身を傾け、
前方からの三つはそれぞれ掻い潜り、さらには直後に反撃すらこなしてみせる。
(# ゚д゚ )「はぁッ!」
(;▲)「ぶぐッ!?」
大きく仰け反った一人がまた崩れ落ちるも、後方に控えていた僧兵が
すぐに穴の開いた布陣を補強するかのように躍り出た。
241
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:19:49 ID:SlYPMgKc0
再びの睨み合い。今度は更に多くの人数に囲まれたミルナは、両手を
前方で軽く交差させ構えながら、周囲の気配に気を張り巡らせた。
この尋常ならざる戦闘能力に、僧兵らは大多数の手勢ながら、明らかに狼狽していた。
( ゚д゚ )(とはいえ……)
見れば、フレイルを構える僧兵の後ろには、短刀を携える者の姿も見えた。
振りかぶらなければ攻撃の動作を行えない、溜めの大きなフレイルならば容易い。
が、それに紛れて様々な武器でこられれば、この人数相手では無傷というのは難しい。
( ゚д゚ )(この人数差、なかなか面倒ではあるな)
ふと、後方で震えているクーの様子を肩越しに覗き見た。
不安そうな面持ちでミルナの外套をがっしりと握りしめているが、
その瞳には驚きの方が大きいようでもあった。
川;゚-゚)「……ふぇぇ……」
( ゚д゚ )「……待ってろ、すぐに終わらせてやる」
少しばかり弱気の虫に食われそうになった自分を、戒める。
再び強い意志を込めた視線を、最奥──壇上に立つイストへ向けてぶつけた。
(≠Å≠)「ふむ……!」
先ほどから、ミルナの一挙手一投足をただただ無言で眺めていた。
だが、そこで二人の目と目が合った時、イストはハッとしたような顔を見せる。
242
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:20:29 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「……?」
一瞬、ミルナにはそれが理解出来なかった。
しかし、イストが頭上を越えた自分の後方を指差した時、事態を察知した。
(≠Å≠)「──その娘を捕らえろッ! この異端者と同じ、同罪人だッ!」
イストの本意など、考える事に時間を割くまでも無く知れた事だった。
ご大層な大義名分を掲げて、自分達が両親を奪ったこの娘っ子を、人質に取る。
そして、ミルナの動きを止めるのが狙い──確かに、相対するのが
この正道を歩く気概の塊の様な男ならば、あまりにも合理的な方法だ。
だがミルナの張り裂けんばかりの怒声が聖堂に木霊し、僧兵達の耳を劈く。
(# д )「――貴様らぁッ!!」
それに一瞬たじろいだのは、僧兵達。
ミルナの怒気に対しても。また、イストの命令に対しても、だ。
(#≠Å≠)「どうしたァッ!? 命令は下されたぞ!?」
( ▲)「………!」
狼狽しつつも、僧兵達が動き出す。
イストの掲げる正義に、臣従せざるを得ない子羊達が。
ミルナの後方、クーの立つ場所に一番近い僧兵の一人が、手を伸ばす。
川;゚-゚)「いやっ!」
243
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:21:51 ID:SlYPMgKc0
(# ゚д゚ )「───クーッ!!」
勢い良く身体の向きを反転させると、クーの叫び声の聞こえた方へと
疾駆した。周りに居た僧兵達が武器を振るって来たが、それらは全て
激情に駆られたミルナの駿足の下に、空を斬るに留まった。
(;▲)「くっ……このッ」
川;゚-゚)「やだ!助けてっ!」
クーの腕が掴まれた所で、辛くも間に合った。
(# ゚д゚ )「───せりゃあッ!!」
ミルナの剛脚が即座に僧兵の頭をすぱんと打ち抜く。
一瞬で意識が飛ばされたであろうその身は、中空で大きく後方に回転すると、
勢いそのままに、体の正面からもろに地面へと叩きつけられた。
川;゚-゚)「おじさん!」
胸元へと駆け寄るクーを、両手で受け止める。
彼女の肩を軽く自分の方へと引き寄せると、小さく呟いた。
( ゚д゚ )「……すまんな」
その胸にクーの温もりが伝わり、卑劣な行為に我を忘れかけていた自らを取り戻す。
ミルナの背後では、鎖が擦れ合う金属音が鳴り響いていた。
( ▲)「うおぉぉぁぁッ!」
一人が、喚きながらミルナの背中へと駆け出していた。
すぐに振り向いて、身をかわす事は容易だった。
244
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:22:34 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「……チィッ!」
だが、それをしてしまえばクーの身が危うい。
迎撃しようかとも迷ったが、対処の遅れに気づいたミルナは、そのまま背中を丸めた。
結果、大きく助走をつけたフレイルの鉄球は、ミルナの背中へ唸りを上げて叩きつけられる。
( д )「――ぐ、ぬぅッ!」
衝撃に目の焦点がぶれ、意思とは無関係に膝間接が折れ曲がる。
だが、倒れるのを堪えて踏み止まると、クーの身を抱きかかえた。
再び、脚を踏ん張って立ち上がる。
( ▲)「はぁ……はぁ……どうだ!」
(#≠Å≠)「続けてかかれッ! 粉々に粉砕しろッ!」
甲高いイストの叫びを耳にしながら、抱きかかえていた両腕を離し、
ミルナはそっとクーを自分の身から押しやり、遠ざけた。
川;゚-゚)「おじさん!?」
( д )「─────のか」
喚き散らしながらさらに襲い来る僧兵達。
常人ならば背骨が砕ける程の威力をその身に受けながらも、なお健在だった。
ミルナは再び振り返ると、僧兵たちの前に立ち塞がる。
245
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:23:53 ID:SlYPMgKc0
( д )「──貴様らの騙る”神”は」
( ゚д゚ )「こんなにもか弱い命すら、奪おうというのか──」
目の前には、イストによる強烈な圧力とミルナへの畏怖がせめぎ合い、
ローブの下で半ば狂乱に満ちた瞳を浮かべる多数の僧兵達が、武器を振りかざす姿。
( ▲)「ウオオオォォォォッ!!」
一人が振るったフレイルは、ミルナの頭上に影を形作っていた。
そこに顔を上げたミルナは、天に風穴を開けるかのような突きを繰り出す。
(#゚д゚ )「────ならば、神など死ねィッ!」
その叫び。裂帛の咆哮と同時に、砲弾のような炸裂音が鳴り響いた。
かと思えば、鉄球を叩き込んだはずの男の拳が、目の前にある。
尚且つ、フレイルの柄から繋がった鎖の先端部が千切れており、
重量感のある鉄球の姿そのものは、忽然と鎖の先から消えていたのだ。
( ▲)「………えっ………?」
聖堂に居た全員ともが、その時何が起きたのかわからなかっただろう。
(≠Å≠)「なんだッ!?」
僧兵の振り上げたフレイルから消えたはずの鉄球は、イストの背後。
祭壇の上空で掲げられていたはずの、巨大な聖十字の象徴の中心へと、
深々とその全体をめり込ませていた。
次の瞬間には大きな亀裂を全体へと走らせて、偶像物はその姿を無残な瓦礫へと変えた。
246
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:24:36 ID:SlYPMgKc0
(;▲)「そん……な……」
崇める象徴がごとごとと崩れ落ちてゆく、その光景は異様ともいえた。
僧兵達は口々にか細く、ため息めいた弱弱しい声を口の端から漏らしている。
彼らの身を竦ませるのには十二分過ぎるほど、文字通りの圧倒的な衝撃。
それは、すぐに落雷が伝うようにして一瞬の内に彼らの胸の内に恐怖を伝染させた。
川;゚-゚)「すごい」
あんぐりと口を開けるクーの瞳には、その光景が強烈に焼き付けられていた。
めっぽうどころではなく腕っぷしが強い、不動のままに立つその冒険者の背中が。
(# ゚д゚ )「立ち塞がるなら───もう手加減はせんぞ」
「バカなッ!!」
瓦礫が全て崩れ落ち、中には呆然と口を開けて武器を取り落とす僧兵も居る中、
ただ一人、イストだけは断じて認めない、とばかりにミルナの方を指差していた。
(;≠Å≠)「こんッ……そんな事はあり得ない……認めんぞォッ!」
声がしゃがれるのではないかという程に、ただ一人、驚愕に叫ぶイスト。
だが、自身の想定を遥かに超えた恐るべき練度の暴力の化身の前に、表情には恐怖さえ覗かせた。
( ゚д゚ )「後悔するんだな」
言って、壇上で半狂乱に「奴を殺せ」と騒ぎ立てるイストに、近づいていく。
これほど人間離れした業を見せられては、イストに圧力をかけられた僧兵達の
戦意も、もはや完全に消えうせてしまっていた。
247
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:25:31 ID:SlYPMgKc0
(;▲)「………ひっ」
ミルナの行く手を今まで遮っていた人の壁。
それらが、まるでまじないを掛けたかの様にすんなりと道が通された。
( ゚д゚ )「この身に飼いならす”螺旋の蛇”を呼び起こさせたのは、貴様らだ」
やがて、ミルナがイストの目の前に立ち止まった。
互いの鼻息がかかるほども、距離が近い。
( ゚д゚ )「この娘の両親はどこだ? あと、貴様らが拷問にかけている住民達もな」
(;≠Å≠)「な、何故そんな事を貴様に言わなければならんのだ――」
イストがそう口を開いた直後、ミルナは左の拳を壁に叩きつける。
煉瓦の暖炉の一部を瓦礫に変え、降り注ぐ飛礫をイストに浴びせつけた。
この拳が人体の顔面に振るわれればどうなるかが、イストにも想像がついたようだった。
(;≠Å≠)「あ……ひっ」
(# ゚д゚ )「もう一度だけ、訊くぞ」
(;≠Å≠)「ち……地下……でスゥ……」
胸倉を掴み顔を引きずり寄せると、先ほどまではあれほど不遜な態度だった
イストも、自分の瞳を真っ直ぐに射抜くミルナから視線を背けながら、
絞り出すようなか細い声で、あっさりと口を割った。
いつの間にかミルナの傍らに居たクーが、後ろで大声を上げる。
川*゚-゚)「おかあさん!……おとうさんにもあえるの!?」
( ゚д゚ )「………」
初めてミルナが目にした、瞳を輝かせたクーの顔を見つめると、
イスト審問官の胸倉を掴み上げながら、無言で浅く頷いた。
248
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:26:06 ID:SlYPMgKc0
困惑の表情を浮かべながら、一連のやり取りを見守っていた残る僧兵達を
ミルナは仕草だけで追い払い散らせて、人払いを済ませる。
クーを引き連れて、襟首を引っつかんだままのイストの案内のもと、
聖堂の地下室へと続く階段を一歩一歩降りていった。
─────────
──────
───
等間隔に、松明の炎が妖しく照らし出す暗がり。
階段を下りるにつれて、幾重にも重なった呻き声が耳に届く。
神の名を称える聖堂の地下に、決して地上の光が当たる事のない拷問場。
その雰囲気を感じ取っているのか、傍らのクーは次第に不安げな表情を浮かべる。
歯軋りしながらイストを引っつかむミルナの手にも、次第に力が入っていた。
川;゚-゚)「………なんか、こわい」
( ゚д゚ )「悪趣味だな……ここが貴様らの拷問場所という訳か?」
(;≠Å≠)「ここは私のし、神聖なる審問場だ……グエッ」
思い出したように強気を口にしたイストの襟首を一層強く締め上げ、
紡ごうとしていた言葉を中断させる。
長い階段をようやく下り終えた時、やはりそこに広がっていたのは、
思わず目を塞いでしまいたくなるような、惨たらしい光景だった。
鉄格子に囲われた部屋が何棟もあり、その一室では多数の死体が折り重なっている。
暗闇を照らす松明の橙色が、皮膚が剥がされて赤黒く露出した傷口を、不気味に染め上げる。
249
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:26:44 ID:SlYPMgKc0
(; ゚д゚ )「なんと惨い……」
見れば、逆さに釣られた状態で、身をよじらなければ水槽に頭部が浸かってしまう者や、
毛髪を一本残らず抜かれ、顔には幾度も焼きごてを押し付けられた女性が、うな垂れる姿があった。
どれも、極限まで心身を追い詰められ、力尽きてしまう寸前の人間ばかりだった。
川;゚-゚)「……おかあさん! おとうさん!?」
突然ミルナの脇をすり抜けて走り出したクー。
すぐに後を追おうとしたが、自分が締め上げるイストの存在が気に掛かった。
ふと、そこらに散らばっていた鉄の手錠に視線が留まり、それを拾い上げる。
( ゚д゚ )「そこから、動くなよ」
(;≠Å≠)「………ふん」
イストの身を後ろ手に手近な鉄格子へと押し付けると、手錠を掛け、すぐにクーの後を追った。
クーは鉄格子の中の一人一人へ、声を掛けてまわっている。
その中の一人の女性が、クーの言葉に反応したようだ。
「ア……」
川;゚-゚)「おか……おかあさん?」
( ゚д゚ )「クーっ!」
「……アンタァァァーッ!」
格子の外から語りかけたクーの方へと、女性は一直線に飛び掛かる。
だがしがみついたのは鉄格子で、クーに危害が加えられる事はなかった。
拷問を経て錯乱した女性の一人のようだ。
250
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:27:39 ID:SlYPMgKc0
「私をここから出せェッ!こんな…こんな顔にしやがってッ!」
「殺してやる、呪ってやる」格子を挟んでそう怒鳴り散らしながら、
がちゃがちゃと鉄格子を掴み揺らすその女性の瞳には、もはや正気はなかった。
一瞬呆然と立ち尽くしていたクーの目を塞ぎ、ミルナは身体を割って入れた。
( ゚д゚ )「……違うな? お前のお母さんではないな?」
川;゚-゚)「……う、うん」
驚いた様子のクーの頭を抱え、背中をぽんぽんと叩きながら落ち着かせる。
もし神とやらが本当にこの世にいるのならば、せめてこの娘と両親を、
五体満足に会わせてやって欲しい───そう、ミルナは願った。
限りなく絶望的な、儚い願いかも知れないが、
そんな事があるのならば、神に祈るのも悪くはないというのに。
───不意に、背後の鉄格子の中から、一人のしゃがれた男性の声がした。
「……まさ、か………」
( ゚д゚ )「………?」
声の方へと目をやると、そこには格子の奥で壁にもたれて寄り添う、二人の男女。
そのうちの男性の一人が、次に口にした言葉に、目を大きく見開いた。
「その、その子は………クー、か………?」
川;゚-゚)「おと、おとうさんの声だ……」
( ゚д゚ )「!!」
251
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:28:31 ID:SlYPMgKc0
クーの両親に間違いない、そう確信したミルナは、すぐに鉄格子へ駆け寄る。
外側から掛けられた錠を確認すると、高々と掲げた手刀をそこへ全力で振り下ろした。
(# ゚д゚ )(─────”緑閃刀撃”ッ)
鉄錠が呆気なく真っ二つに叩き割られ、かちゃりと地面へと落ちると、
錆付いた鉄格子を開けきるよりも早く、クーは両親の元へと駆け出していた。
川;-;)「おとうさん……おかあさん!さびしかったよう……!」
「本当に……クーだ……私は……夢、でも……?」
背中をもたれる父親の胸元へ飛び込み、今まで堪えていた涙の分まで、
全力で泣き続けるクー。父親はその頭をぎこちなく撫でながら、ミルナへ視線を送った。
「あな……た……が?」
( ゚д゚ )「……ああ。ここで拷問にかけられている人々を、助けに来た」
「……どうやって……感謝の意を……送れば、いい、か……」
喉を焼かれているのか、まだ自分とそれほど歳も変わらぬ若年の喉からは、
老人のようにしゃがれた声で、言葉がどうにか搾り出される。
そして、クーと再開して虚ろな瞳に若干の生気が戻ってはいるが、
立ち上がりクーを抱きかかえる事が出来ない理由に、気づいた。
252
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:29:40 ID:SlYPMgKc0
(; ゚д゚ )(手足の腱が……全て切られている……)
もう、立ち上がる事も、物を掴む事も一生かなわないであろう父親の胸で、
それに気づく事もなくクーはえんえんと泣き続ける。
一度深く視線を落としたミルナだったが、すぐに隣で壁にもたれる
クーの母親の様子が気に掛かり、その傍にしゃがみこんだ。
(; д )「─────ッ」
「……かの……じょ……は……」
川 - )
息を、していない。
端正な目鼻立ちのその女性は、眠ったような横顔をたたえているだけだ。
「さっきから……語りかけても……返事、が……」
川;-;)「ねぇ、おとうさん……おかあさんは?」
娘のその言葉に、父親はゆっくりクーの首元に腕を回して引き寄せると、
肩を小刻みに震わせ、歯をかちかちと鳴らしながら、嗚咽を堪えている。
突然仲を引き裂かれ、この娘は親の死に目にも会えなかったのか。
その大きな心の傷を抱えて、生きていかねばならないというのか。
断じて───そんな不条理、納得できる訳がない。
( д )(今の俺に、出来るかはわからんが……)
253
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:30:17 ID:SlYPMgKc0
生気の抜けたクーの母親の前に立つと、呼吸を整えて精神集中を試みる。
修行に明け暮れていたあの時から、腕は鈍っていないはずだ。
( д )(”ミタジマ流”は活殺自在の拳撃流派……)
( ゚д゚ )(人の、生命力を引き出す技もある――俺ならば、出来るはずだ)
目を閉じ、両手を前へ突き出すと、クーの母親の身体を、
その手を透して見やるかのように、全力で何かを探っていた。
( д )(僅かだが───感じるぞ)
全神経を集中させたミルナに、周囲の何もかもの雑音は、今や届かない。
( д )(この女性の身体には、まだ”気”が残っている───)
( ゚д゚ )(─────ならばッ!)
突然かっ、と目を見開いたミルナは、クーの母親を引き寄せると、
両の手から数本の指を突き出し、彼女の首元へ深く挿し入れた。
( ゚д゚ )(ミタジマ流孔術……"湧泉孔"ッ!)
身体の至る場所に点在する”孔”には、人体の活力を司る箇所がある。
それらの点を的確に突く事により、人を生かす事も、殺す事も出来る技だ。
これはその一端、生命力を再び湧き上がらせる為の、活の秘孔だった。
クーの母親の首を指で押さえたまま微動だにせず、ミルナはその
険しい表情を緩めない。次いで、二度、三度、手付きと箇所を変えていく。
254
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:30:54 ID:SlYPMgKc0
だが、幾度”湧泉孔”を確実に突こうとも、クーの母親が息を吹き返す気配は無い。
そうして、五度目の孔を突いた所に、隣にいた父親がミルナへ声を掛けた。
「……もう……いいんです……彼女、は……」
川;゚-゚)「おかあさん……は?おかあさんは……どうしたの?」
(; д )(俺の孔術では……手に負えないのか……?)
変わらず寝顔をたたえるその顔を再び見つめると、がくりと肩を落とし、
ミルナは立ち上がると、やるせなさそうに彼女に背中を向けた。
(;゚д゚ )(ミタジマ流の看板を背負って立つ一號生と言っても……所詮はこの程度……)
このロアリアの街に来てから初めての事だった。
自分の心に影を落とす暗い想念に、ミルナの心は初めて目の前の現実に屈した。
生命の原動力である”気”も───もはや彼女の身体から感じ取る事は出来ない。
悔しさに下唇をかみ締めると、さらに憎らしい程に込み上げてくるのだ。
いくら精神と肉体を鍛えたからといって、幼子一人救ってやれない自身の無力さが。
だが───
”神”は、いじらしい娘子の気持ちを、汲み取ってくれたのだろうか。
断じて、それはこんな自分のように情けない男の、我が儘の為ではないだろう。
川 ' -') 「─────クー……?」
今にも消え入りそうなその声、だが、確実にミルナの背で聞こえた。
255
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:32:25 ID:SlYPMgKc0
川*゚-゚)「───おかあさん!」
( ゚д゚ )「………ッ!」
自らの孔術によって蘇生したなどと、自惚れはしない。
ただその奇跡に、驚きの形相を浮かべてミルナは振り返る。
川 ' -')「……まさか、もう一度……逢えるだなんて……」
川l;-;)「あいたかった、あいたかったんだよう……おかあさん!」
顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙が頬を伝うのも構わず、今度は母親の胸に飛び込むクー。
だが、腹の底からどうにか搾り出しているかのような声色の
クーの両親の衰弱具合は、どう見ても尋常なものではない。
クーにとってはあまりに無慈悲な事実であろうが、ミルナは悟っていた。
───両親ともに、もう長くは持たないであろう事を。
今この瞬間こそが奇跡であり、これが最期の家族との対面になるだろう。
「アン……ナ?……なんという……奇跡だ……!」
川 ' ー')「よし、よし……迎えに、行けなくて……ごめんね……?」
256
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:33:13 ID:SlYPMgKc0
( ゚д゚ )「………」
あの審問官達の拷問により、心身共に極限にまで追い詰められているはずだ。
だが、それでも───咽び泣く我が子の頭を二人して撫で上げ、その顔に
優しげな笑みを浮かべながら二人して見守る姿に、ミルナは心を打たれていた。
──────親というものは、強い。自分などより、よほど。
どれほど鍛錬を重ねて、その身に奥義の数々を会得しようとも、
どれほど血反吐を吐いて、打てど響かぬ鋼の肉体を得ようとも。
親が子を想うこの気持ちというものには、決して自分はかなわない。
この状況にあって、そんな、複雑な感情の波が心に押し寄せていた。
残された時間は、わずかだった。
両親にとっては、自分達の愛の結晶を愛でる事の出来る、最期に残された短い時間。
クーにとっては、自分が両親に愛されていた証を、最後に胸へ刻み付ける為の短い時間。
せめてクーが泣き止むまで、自分のような邪魔者は消えよう。
そう思って、ミルナは三人を残して格子の一室を立ち去った。
部屋から出ると、格子に繋がれた自身の手錠をがちゃがちゃと
揺らしていた、イストの姿があった。
257
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:33:51 ID:SlYPMgKc0
(;≠Å≠)「………ちっ」
ミルナと目が合うなり、ばつの悪そうにそっぽを向く、イスト。
( ゚д゚ )「………貴様が、あの娘の両親をいたぶったのか?」
(;≠Å≠)「ふん、いかにも……ルクレール夫妻に異端認定を下したのは、この私だ」
(≠Å≠)「だが、それがどうしたッ!?」
( ゚д゚ )「………」
(≠Å≠)「この大陸には、神を信じぬ不心得者の輩ばかり……」
すぅっと息を吸い込むと、この階下の鉄牢全体に響き渡る程の
大声で、イストは声を荒げてミルナに叫ぶ。
(#≠Å≠)「他人を殺してのうのうと日々を生きている者が、一体何人居るッ!?」
(#≠Å≠)「他者に生活の糧を奪われ、嘆きながら命を落とす者が何人居るのだッ!!」
(≠Å≠)「ならば、全部裁いてしまえばいい………」
(#≠Å≠)「疑わしきは裁く……この私の行いにより、邪教徒はこの街から駆逐されたのだぞッ!!」
( ゚д゚ )「……それでも、裁かれるべき人間を決めていいのは、お前じゃあない」
( ゚д゚ )「お前は、”神の代弁者”を気取って行使する力で、優越に浸っていたに過ぎん」
258
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:34:43 ID:SlYPMgKc0
(#≠Å≠)「……グ、違うゥゥッ!取り消せ貴様ァッ!」
( ゚д゚ )(……最初は、そうでなかったのかも知れんがな……)
イストに聞こえない程度の小声でそう呟くと、一度視線を外した。
ミルナの言葉は、恐らくこの男の琴線に触れたのだろう。
依然として鬼の形相から視線が向けられているのを感じたが、
単純に憎むべき男、というだけにも今のミルナには思えなかった。
ある意味では、この男も哀れな一人の子羊なのかも知れない。
いつしか後ろ盾である神の信徒という力が強まって行った中で、
この男の信じる正義は、裁くべき対象を見失ってしまったのだろう。
───「歪んでしまったんだよ、お前は」と、心の中で呟く。
そして、イストの目の前に立つと、最後の言葉を投げかけた。
( ゚д゚ )「残された時を……お得意の神とやらに懺悔しながら生きればいいさ」
(#≠Å≠)「貴様のような流れ者などにッ!何を言われる筋合いもないわぁッ!」
ミルナの二本の指がそっと突き出されると、今にも噛み付かんばかりの
剣幕で吠え立てるイストの首元へとあてがわれると、ずぶりと挿し入れられた。
259
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:35:22 ID:SlYPMgKc0
(#≠Å≠)「取り消せ、先ほどのッ………んぐむッ?」
一拍の間を置いて、言葉に詰まったイストの首が、異様に膨れ上がる。
顔を真っ赤に染めたまま地面に崩れ落ちたが、まだその視線はミルナへ向けられていた。
何か言いたげに言葉を紡ごうとするが、顔には太い血管が浮き上がり、
意思と反するように、四肢はじたばたと暴れさせている。
( ゚д゚ )「………じゃあな。
お前の信じる神に会えたら伝えとけ。
――”いつかぶん殴ってやる”、とな」
その言葉が、口の端から泡を吹いているイストの耳に届いたかどうかは、定かではない。
だが、どの道この男も、そう長くは持たないだろう。
これは、真に鍛え抜かれた肉体でなければ、命の危機に関わる程に危険な秘孔だ。
人の潜在能力の極限までを引き出す、”螺旋孔”を突いたのだから。
顔の赤みは更に増していき、身体は次第に痙攣、間接は硬直を始めた。
その姿を見下ろしながら、少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべる。
( д )「───俺も」
――歪んでいるのか。
そう言いかけた口の動きを、捻じ伏せる。
闘争が日常であっても厭わない自分は、命のやり取りに微塵も恐怖を感じないのだ。
260
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:35:48 ID:SlYPMgKc0
これまで修行の日々で培ってきた鋼の心は、今日のように他者の命を
生かすのにも、あるいは殺すのにも───あまり深く考える事はしなかった。
だが、身近な人の死を見せられた、残された人間の心には、
それが果たして、どれほど痛切な痛みや悲しみをもたらすのか。
向き合ったことなどなかった感情に、自分でも困惑していた。
ミタジマ流拳撃術道場───”男闘虎塾”筆頭一號生、ミルナ=バレンシア。
生れ落ちてから25年、日々を闘いに明け暮れてきた彼の肉体は鋼。
されど、心はまだそうなってはいなかった。
この時、ミルナにふとした気の迷いが生まれた瞬間であった。
* * *
この日を境にして、ロアリアの街から聖ラウンジへの一切の信仰が失われた。
民衆へ非道の限りを尽くした異端審問団の行いも、住民の直訴の下、ついに明るみとなる。
261
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:36:12 ID:SlYPMgKc0
聖ラウンジ教の大本営を賜る聖教都市ラウンジ、時の司教”アルト=デ=レイン”
彼は、真偽の調査を行うため、すぐさま教徒ら十数名を調査団として組織し、派遣した。
その先で住民達の口から聞かされる、異端審問団によるあまりに惨たらしい仕打ち。
それらはどれも口を覆うような凄惨さで語られ、アルト司教が審問団から一切の権限を奪い、
自分達聖ラウンジの庇護から切り離す事を決意させるのに、さほど時間は掛からなかった。
聖堂の地下で発見されたイスト=シェラザール審問官を殺害したのが何者なのか、
結局それだけはわからなかったが、敵対する極東シベリア教徒の一部の者であろう
という噂話は、住民達の間でまことしやかに囁かれていたようだ。
今でも時折極東教会の人間がロアリアへ巡礼に訪れるが、それも、住民達の信仰に対して
訝しむ視線の数々に気圧されて、ごくごく稀にしかその姿を見る事は無くなっていった。
この街の人々は、今では、信仰そのものを排斥するようになっていた。
* * *
( ゚д゚ )「随分と、遠くまで来たな」
川 ゚-゚)「そうだな」
高々と聳える山岳の頂上付近からは、うっすらと雨雲がその上を覆っている
ロアリアの街が、今では遥か遠くに見える。
あれから───もう2年もの月日が流れているのだ。
262
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:36:47 ID:SlYPMgKc0
最近では、クーに自分の無骨な口調が映ったか、言葉を真似するようになっていた。
無愛想な娘に育ってしまうのではないかという事を、少しだけ危惧する。
あの事件の後、縁者数人らが集まり、ルクレール夫妻の葬儀はしめやかに執り行われた。
身分を隠して、ミルナ自身もそれに立ち会っていたのだ。
あの時のクーの表情は、今でも忘れられない。
精も根も尽き果て、一生分の涙をすでに流してしまったのではないかと、心配した。
ミルナ自身も一番信用できそうな人柄に感じた、ルクレール当主の弟。
彼はクーを引き取り、自分が死ぬまで面倒を見ると、ミルナを前に力強く語った。
だが、その場に居たクーはその申し出を押しのけると、
ミルナまでもが思わず目を剥いてしまうような事を言い放ったのだ。
川゚-゚)「ミルナおじさんに……ついてく!」
周りからの猛反対の中、強情に自分の考えを曲げようとしないクーの意思を
尊重して、結局折れたのは自分だった。半ば強引にクーを連れ、ロアリアを発った。
今ではこうして自分の旅に伴っているという訳だ。
( ゚д゚ )「さぁ、後は山道を下れば、ヴィップの街に着く」
川 ゚-゚)「らくしょーだな」
( ゚д゚ )「甘く見るな。山は登るよりも、下りの方が大変なんだ」
クーに様々な事を教えながら、寝食を共にする。
たったそれだけの事だけで、ここ最近では自分の荒んだ冒険の日々にも
ずいぶんと安らぎが与えられているのは、クーのおかげでもある。
幼くして旅に出るきっかけとなった両親の死を、乗り越えつつあった。
容姿も端麗な娘だ。
が、きっとそれ以上に───芯の強い娘に育つ。
そう、思えた。
263
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:37:39 ID:SlYPMgKc0
だが、幾夜の旅をクーと共にする内に、自分自身の中で芽生えていく感情。
それに心が揺さぶられて、ミルナにはどうしても寝付けない夜があった。
ある夜、クーは寝言でこんな一言を漏らしたのだった。
川 - )「……ん……おかあ……さん……」
( д )「…………」
─────”罪悪感”。
クーの両親を救えなかった。その事実が自分を攻め立てる。
いつか、クーにその事を責められる時が来るのではないかと、考える度に影を落とした。
無論、自分がいなければ、クーが両親と再会を果たす事はかなわなかっただろう。
だが、自分がもっと早く現れていれば、あるいは、自分の孔術にもっと人の活力を
取り戻す効力を秘めていれば───クーの両親が命を落とす事は、なかったかも知れない。
自惚れも過ぎたものだ、などと自分自身を気恥ずかしくも思う。
しかし、クーが寝床の枕元を涙で濡らしている場面を見るたび、心をちくりと刺す感情。
確かにクーと一緒の日々は、今までとは違う自分にとって満たされる日々だった。
だがそれに対して、冒険者という、風に吹かれて消えゆくような存在の自分。
彼女という太陽に依存しては、いけない。
また、彼女自身も、自分のような者に依存してはいけないのだ。
せめてクーには普通に人生を歩み、普通に幸せを掴み、
そしていつか子宝を授かる、そんな普通の人生を歩んで欲しいと願うようになった。
自らの罪悪感を切り離す為ではない、そう自分の胸に言い聞かせながら、
この日は朝から決意した事があった。
( ゚д゚ )「見えてきたな……ヴィップだ」
川*゚-゚)「おっきぃ街だなっ」
264
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:38:17 ID:SlYPMgKc0
───夕刻 交易都市ヴィップ───
ミルナは何度か来たことがある冒険者宿、”失われた楽園亭”を今晩の宿にした。
川*゚-゚)「ふかふかのベッドが私を待ってるんだっ」
席に着くなり夕食を済ませると、早々にクーは二階の寝室へと上がっていった。
客もまばらになった夜分を見計らって、久方ぶりの酒に頬を紅潮させながら、
ミルナは宿のマスターへ、ある頼みごとをした。
( ゚д゚ )「………そういう訳だ、どうにか、頼めないだろうか」
(’e’)「まぁ構わんが……女々しい男だな、お前さん」
( ゚д゚ )「…………女々しい、か」
マスターが言っている事の意味は分かる。
確かに、クー自身がおくびにも出そうとしない過去の出来事を、
彼女を傷つけまいと何よりも一番気に掛けているのは、自分の方なのだろう。
やはり自分は、罪悪感を切り離そうとしているだけに過ぎない。
今は純粋な笑顔を自分へと向けてくれる彼女に、いつかどこかで
自分を恨む気持ちが芽生える事を、恐れているのだ。
たとえそうだとしても───もはや決めた事だった。
265
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:38:48 ID:SlYPMgKc0
少しばかり酔いの回った自分は、皿洗いをしていたマスターの前に拳を突き出す。
それに気づいたマスターも、濡れ手に拳を握ると、自分のものへと軽くぶつけた。
こちらの頼みごとを、快く承諾してくれた、その合図だった。
その後、泊まり客の誰もが寝静まった中、木板の階段をゆっくりと軋ませながら
二階へ上がると、クーが先に休んでいる寝室の扉をそっと押し開ける。
川 - )「むにゃ……」
( д )(……恨んで……当たり前だろうな)
その安らかな寝顔を見届けると、胸元から取り出した一枚の羊皮紙を
クーの眠るベッドの枕もとへ置いて、ミルナはまた静かに寝室を後にした。
( ゚д゚ )(だが……いつまでも共に過ごせる訳でも、ないんだ)
* * *
川 o )「ふぁ……あ〜ぁ」
翌朝クーが目覚めると、彼女はそこにいつもの光景がない事に気づいた。
毎日自分より早くに目を覚ますはずの、ミルナの姿がなかった。
川 ゚-゚)「ミルナ………?」
266
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:39:35 ID:SlYPMgKc0
いつも自分より遅く眠りについて、早くに目が覚めるミルナ。
そんな日常の光景が自分の周囲に見当たらない事に、若干の違和感を感じる。
川 ゚-゚)「買い物にでも……行ったのかな?」
あくびをしながら目を擦り、ベッドから出ようと手を伸ばした所で、
手元に膨らんだ麻袋と一緒に、書き置きのようなものがある事に気づいた。
川 ゚-゚)「あれ……なんだ、これ」
ミルナが忘れていったのだろうか。
麻袋の方には銀貨が随分な重量分も詰まっているようだった。
普段金銭を見せびらかさないミルナが、これほどの金額を持っていたのは知らなかった。
そして、傍らに置かれていた羊皮紙の文字に、たどたどしく目を通す。
川 - )「………え?」
羊皮紙に書かれていた全文を読み終えた時、ついぞ、そんな一言が口を突いた。
まだ幼さを残すクーには、そこに書かれていた現実が、一瞬理解できなかった。
受け容れる事が出来ないほどに衝撃的な内容が、一文字一文字に含まれていた。
何度も読み直し、一縷の期待を込めて裏面をめくってみるも、そこには何もない。
川;- )「嘘だよ!……そんなの、嘘だと言ってよ……ミルナ!?」
手紙の内容には極めて簡潔に、こう書かれていた。
267
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:40:02 ID:SlYPMgKc0
”目が覚めたら、この宿のマスターについていけ。
身寄りが無いお前の面倒を見てくれる孤児院へ、案内してくれるはずだ。
また、何か困ったら遠慮なくマスターを頼るんだ、彼の人柄は俺が保障する。”
また、手紙の最後は、こう締めくくられていた。
”それと───俺のようには、なるな”
川;-;)「こんなの……ひどいよ、ミルナ……」
二千spあまりもの銀貨と一枚の手紙だけをクーの枕元に残し、
ミルナ=バレンシアは、彼女の元から立ち去った。
ミルナからの手紙には極めて簡潔に、用件しか書きこまれていなかった。
しかしそれは紛れもなく、クーの人生を憂慮しての、苦悩を交えた決断だった。
──── それからしばらくして ”現在" ────
────────
────
268
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:40:51 ID:SlYPMgKc0
再び味わう、大事な人が自分の元を去る悲しみ。
やがてその痛みが癒えて、また自分で歩き出せるようになるまでには、
やはり心の傷は大きく、幾月もの歳月を要した。
しかしその後の彼女はというと、悲しい過去を吹き飛ばすかのような
活発さに満ち溢れた女性となった。ちょくちょくヴィップの孤児院を抜け出すと、
女だてら、子供だてらに冒険者を志すという事は、周囲の人間に話していた。
15の時にはついに”失われた楽園亭”で依頼を受け、宿で帰りを待ちながら
頭を抱えるマスターの元に、初の依頼で見事に依頼完了の知らせを届けた。
その後もヴィップを拠点として、一端の冒険者と言えるだけの経験を重ね、
冒険者仲間の間でも、そこそこ顔の知れた人間となってきたようだ。
(,,゚Д゚)「オーイ、まだか?」
その彼女を、屋敷の階下で依頼を共にする同僚が、今も呼んでいた。
川 ゚ -゚)「今行く」
そう階下の仲間へ伝えると、かつて父が書き上げた彼女自身の
肖像画を、置かれたイーゼルへそっと戻した。
ロアリア周辺の地質調査の依頼はもう完了しており、
あとは依頼人の元へと帰るだけだった。
その道すがら、変わることなくこの場所に建っていた自分の生家。
やはりこの家に来れば、様々な過去を思い出して複雑な想いを抱いた。
当然、あの人物の事も。
川 - )(人は何度も挫けて……)
川 - )(……それでも、また何度でも歩き出せるのかな……)
269
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:41:26 ID:SlYPMgKc0
川 ゚ -゚)「────ミルナ」
旅を共にしたのは短い月日ではあったが、ミルナの存在は、
失った時を境に、日増しに彼女の中で大きなものとなっていた。
それが、今こうして”クー=ルクレール”が冒険者として存在する理由でもある。
旅の途中でふらりと立ち寄った、想い出の篝火。
仲間とともに屋敷を後にすると、振り返る事もなく、
クーは次の目的地である依頼人の元へ向かい、帰路を歩む。
川 ゚ -゚)(いつか……また会えるんだろう?)
心の中で呟き、どこまでも続くこのロアリアの灰色の空を見上げた。
きっと、今もどこかの地を踏みしめているであろう、一人の男に想いを馳せて。
────そうして、また彼女は歩き始めた。
270
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:42:00 ID:SlYPMgKc0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第5話
「行く手の空は、灰色で」
─了─
271
:
名無しさん
:2024/09/21(土) 02:42:50 ID:SlYPMgKc0
>>208-270
が5話となります
272
:
名無しさん
:2024/09/22(日) 17:05:50 ID:xQ5BEo360
乙!そして、スレあげときますね!
273
:
名無しさん
:2024/09/22(日) 17:06:30 ID:xQ5BEo360
sageのままだったよ…….
274
:
名無しさん
:2024/10/04(金) 22:48:32 ID:BvZnQqa20
乙です!
前身の作品?は知らず今回初めて読みましたが、めっちゃ続きが気になります!
続き待ってます
275
:
名無しさん
:2024/10/06(日) 00:41:35 ID:sL42KNso0
>>272-274
ありがとうございます!
( ^ω^)ヴィップワースのようです が以前投稿していた作品となります。
今後加筆修正をなるべく抑えて、ある程度のスパンで投稿出来るようにしたいと思います。
276
:
名無しさん
:2024/10/09(水) 08:27:55 ID:OKLsDoW20
これ確かどこぞのゲームのシナリオ投稿が元ネタだったよね
277
:
名無しさん
:2024/10/09(水) 22:58:01 ID:VL8f0iTM0
>>276
カードワースの名作シナリオの設定を一部拝借してるパクり作者です!
278
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:51:58 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第6話
「名のあるゴブリン」
279
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:52:59 ID:Si4yTBmk0
ヴィップの街から東におよそ二日を歩いた距離。
マスターによればそこに、リュメの街はあるという話だった。
馬車を使えばわずか一日で辿り着ける程度の道のりだ。
しかしそんな贅沢な事は、楽園亭のマスターに朝晩と散々ツケで
飯を食わせてもらったブーンの懐具合では、出来ようはずもない。
己の見聞を広めるためにも、冒険者にとっては結局、自分の足で歩くのが一番だった。
この道は、リュメの街から交易都市ヴィップ、そこから更に北の城壁都市、
バルグミュラーのあるブルムシュタイン地方へと行商して歩く商人達が多く行き交う。
その為治安も悪くは無く、時折道すがらでは一般人の姿も目についた。
早朝に宿を出立してからというもの歩き続け、気付くと、
木々の合間からは漏れる陽光が、燦燦と頭上を照りつけていた。
( ^ω^)「暑くなってきたおね。もう、昼かお」
これまで一度も休憩を挟むことなく、道のりにすれば、三割は踏破した所か。
ここらで少し休むこととして、近場の樹木にもたれて腰を下ろした。
身に着けていた腕甲や手甲の紐を緩め、熱の篭っていた身体に外気を取り入れる。
念の為、所持品なども再度点検しておいたが、問題無い。
毒にも薬にもなる”コカの葉”や、万一怪我をした時に塗りこむ薬草も常備している。
携帯する食料は、マスターからツケで貰い受けたわずかばかりの干し肉だけだが、
二日程度の道のりであればそれでも問題ないだろう。
何しろ、50spしか持たずに故郷の村を発ったはいいが、その後全財産の入った
銀貨袋を落として、ヴィップを目指して旅歩く3日もの間を、沢の水だけで飢えを
しのがざるを得なかったぐらいだ。
280
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:53:41 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)(ありゃあキツかったお……もう御免だおね)
虫や鳥達の声を耳にしながら、そんなつい最近までの自分を振り返っていると、
向こうの方からどこか飄々とした長い銀髪の男がこちらへ歩いて来た。
特に何も思わずその姿を見送ろうと思ったが、自分と目が合ったその男は、
「よう」と馴れ馴れしい口調で片手を軽く向けると、傍まで歩み寄って来た。
「ちょいと、隣に失礼していいかい?」
( ^ω^)「…………」
そう言って、突然自分の隣に座り込もうとする男。
視線を交わしたまま、ブーンは軽く身構えた。
爪'ー`)「あぁ、その、なんだ」
ブーンの目には実際それほど危険そうな男には見えなかったのだが、
どんな時でも警戒心を解かないというのは、冒険者にとって最低限だ。
どうやら、自分でも気づかない内に彼に訝しげな視線を送っていた。
爪'ー`)y-「まぁ、そう警戒しなさんなって。
こいつで一服つくついで、話でもと思っただけさ」
一本の煙草を口にくわえると、取り出した火打ち石を叩いて火を点けた。
大きく一度吸い込むと、上を向いてその煙を吐き出す。
爪'ー`)y-「あー……休憩してるとこ悪いね、邪魔だったか?」
( ^ω^)「いや、気にしないお」
どうやら、軽々しい口調ながら、悪い人柄の男では無さそうだった。
少し強張っていた体の力を緩めると、片足を前に投げ出して警戒を解いた。
爪'ー`)y-「お前さん、もしかしてヴィップから来たとか?」
281
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:54:02 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「そうだお。これから仕事の依頼でリュメの街に行くんだお」
爪'ー`)y-「おぉ? そいつぁ、俺と全く反対だなぁ」
( ^ω^)「ヴィップを目指してるのかお?」
爪'ー`)y-「ああ。実は、冒険者家業を始めようかと思ってね」
( ^ω^)「冒険者……それなら、僕も一緒だお!」
爪'ー`)y-「へぇー! あんた、冒険者なのかい?」
そういうと、銀髪の男は一段と瞳を輝かせると、ブーンの元へと詰め寄る。
端麗と言って差支えない容姿に見えるが、その振る舞いには幼さすら感じさせた。
爪'ー`)y-「それなら、武勇伝の一つでも聞かせてくれよ」
そう言いながら、彼はさらにブーンに向けてずい、と顔を近づける。
煌めいた瞳からは、冒険者という職業に対しての憧れを思わせた。
(;^ω^)「あ…いや……」
爪'ー`)y-「その鞘に納まった長物……見たとこ俺と歳も変わんなそうだけど、
さぞかし危険な冒険の数々に挑んでるんだろうなぁ、うんうん」
(;^ω^)「ち、違うんだお。実は僕もまだ駆け出しで……
今は、初めての依頼をこなそうとしている所……なんだお」
爪'ー`)y-「ありゃ……なんだ、俺と似たようなもんか」
呟いて元の位置へ腰を下ろすと、銀髪はまた上を向いて煙を吐き始める。
よくよく笑顔の似合う、端正な顔立ちの男だとブーンは思った。
282
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:54:58 ID:Si4yTBmk0
爪'ー`)y-「初の依頼ね。ま、成功を祈るよ」
( ^ω^)「頑張ってみるつもりだお」
さて、と身体を伸ばしながら重そうに腰を上げると、
銀髪の男は煙草を地面でにじり消して、休憩を終えたようだ。
不意に、思い出したかのように手を叩くと、ブーンの方を指さした。
爪'ー`)y-「そう! そういやさ、ヴィップでおすすめの冒険者宿ってあるか?」
( ^ω^)「”失われた楽園亭”だおね……料理も旨くて、最高だお」
爪'ー`)y-「楽園亭ね……参考になったぜ。ありがとな。
地面に弾き飛ばした煙草の吸い殻に、足で土をかけながら、
彼は不意に「フォックスってんだ」と名乗った。
爪'ー`)「じゃあ俺からも。もしリュメで情報が必要なら"烏合の酒徒亭"に行ってみな。
そこの、デルタって奴なら悪いようにはしないはずさ」
( ^ω^)「ふむふむ……リュメは初めてだったから、助かるお。
ありがとうだお!」
情報は足を動かし、見聞き、話して集めなければいけないものだ。
その経験から得たものは、時として自分の命を守る事にも繋がる。
大きな街には情報屋という類の商売もあることを、ブーンは思い出していた。
全てを鵜呑みにするべきではないが、ふとした出会いで情報を拾える事もあるのだな、と思った。
283
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:55:44 ID:Si4yTBmk0
爪'ー`)「お互い様よ。またどこかで会うかもな、それじゃあそろそろ行くぜ」
( ^ω^)「"ブーン"だお。また、どこかで」
こちらへ視線へ向けながら肩越しに一度親指を立てると、
来た時と同じように、自分が歩いてきた方へと去っていった。
その背中を見送り終えると、取り外していた装備品を、再び身に付ける。
あまりぐずぐずしてもばかりいられない。依頼人の心証を損ねて
報酬が減額されるなんて事になって、マスターへのツケの支払いが
滞ってしまったら目も当てられない。
( ^ω^)「さて……明日の分の道のりも、前倒してしまうかおね」
所々が縫い合わせられ、かなりの使用感が滲み出ている麻袋を
背中に背負うと、ブーンもまた再びリュメの街へと繋がる道を、歩き出した。
──【大陸中央東 リュメの街】───
その後の道中では、一度の野宿と三度の休憩を挟みながら歩き続けると、
少し深くなってきていた森を抜けた先で、ようやくその光景は広がった。
リュメは、大陸中央部のやや東部、山間にある街だ。
かつては石工職人などを目的とした歓楽街として生まれた側面がある。
当時は小さな集落から集まり、現在の姿へと開拓されていった。
多くの人々が移り住み、繁栄する事を嘱望されていた街である。
だが、今となっては情報屋ギルドが幅を利かせており、
夕刻には宿の前で客を呼び込む、多数の娼婦達の姿が見られる。
富は一部に集約され、多くの者は貧しい生活を強いられる為、非行へと走る若者も多い。
――楽園亭のマスターは、ブーンにそうして様々な事を教えてくれた。
284
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:56:46 ID:Si4yTBmk0
実際に見てみると、ヴィップのように煌びやかな建物はほとんど無く、
家々も小ぢんまりとした平屋ばかりが多く立ち並んでいる寂しげな景観。
やはりヴィップと比べては数段も寂れた印象を受ける町並みではあるが、
そこらへ腰を下ろして談笑している人々や、店に呼び込もうとする商店の主らからは、
ささやかながらも活気と、人との触れ合いを感じる事が出来た。
( ^ω^)「さってと……依頼人を探すとするかおねぇ」
冒険者として、手引きに沿った忠実な行動を取る事とした。
依頼を受ける為に依頼人にその仕事の内容を聞き、そこで受諾するかの判断だ。
さほど広くは無い街だが、名前しか聞かされていないその依頼人を、
まずは聞き込みによって探し出さなくてはならない。
そこらで走り回っていた少年達を呼びとめ、声を掛ける。
( ^ω^)「あー、フランクリンっていう人を知らないかお?」
ブーンの言葉に首を傾げる少年達だったが、一人が
ぱっと閃いたかのように、言葉を返した。
「酒場に行けば? ここいらの大人たちはみんなお酒が楽しみなんだ」
( ^ω^)「酒場かお。ちなみに、それはどこにあるかおね?」
「”烏合の酒徒亭”……あれさ」
昨日言葉を交わしたフォックスという男が言っていた通りだ。
烏合の酒徒亭という酒場は、彼の言う通り存在しているらしい。
少年が指差す先を見やると、酒場の看板は目と鼻の先にあった。
( ^ω^)「おっ……ボク達、ありがとうだお!」
「ちぇっ、駄賃もくれないのかよ」
そうこぼした子供達に大きく手を振り、ブーンは颯爽と酒場の中へと入って行った。
285
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:57:09 ID:Si4yTBmk0
────【烏合の酒徒亭】────
冒険者宿では多くの街で見られる形態である酒場、兼、宿。
だが、どうやらこのこの酒場では依頼の受付などを兼ねてはいないようだ。
あくまで酒を飲ませる食事どころとして、商いをしている。
(;^ω^)「活気ある店だおね」
厨房ではマスターがせせこましく鉄鍋を振るい、炒め物をする姿。
その必死な姿には鬼気迫るものがあり、一見の客である自分などには
酒など頼みづらい雰囲気がビリビリと伝わってくる。
( `ハ´)「らっしゃいアルーッ! 適当に座っとくアル!」
こちらの姿に気づいた店主が、大きな火力を御しながらこちらへ叫ぶ。
手持ちに一枚たりとも銀貨を持ち合わせていない自分は、
早々に用件を済ませて立ち去るのが得策だろう。
そそくさと卓を囲んで酒を飲んでいる数人に、聞き込む。
( ^ω^)「あの……」
( "ゞ)「ん?」
ブーンの言葉に振り返った、一人の男。
目を病んでいるのか、火傷のような跡があり、白く濁った瞳をしている。
だが見たところ、しっかりとブーンの瞳を見つめ返して受け応えてくれた。
286
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:57:35 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「この街で、フランクリンって人を知らないかお?」
( "ゞ)「お前さん、ここいらじゃ見かけないツラだな」
( ^ω^)「仕事の依頼でこの街に来た、冒険者なんだお」
( "ゞ)「ふぅん……まぁ、いいけどな」
「さ、出しな」
そう言って手を上に向けて差し出し、わきわきと握っている。
ブーンには最初、その行動の意図する所が理解できなかった。
( ^ω^)「………おっ?」
男の手と、その顔を幾度か見比べた後、小首を傾げるブーンは、
それが握手を求めているものだと理解して、手を差し伸べようとする。
そのやり取りの最中苛立ちを募らせた男は、席に踏ん反り返って、椅子ごと向き直った。
(;"ゞ)「だぁぁーっ!……わっかんねぇ奴だな。情報料だよ、情報料!」
卓を囲む男達の服装をよくよく見てみれば、胸元にナイフを忍ばせる者、
また腰元には様々な開錠鍵などの小道具をぶら下げている者などもいる。
皆一様に細身の身体つきで、無駄な脂肪がそぎ落とされた体型をしている。
ぴっちりとしたベストに身を包み、一般人と比べれば明らかに擦れた雰囲気の男たち。
彼らがかの盗賊という人種か、という事にようやく思い至った。
287
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:58:34 ID:Si4yTBmk0
( "ゞ)「見てわかんねーか? 俺らは、情報屋ギルドのもんだ」
(;^ω^)「……情報屋ってのは、そんな事ぐらいでお金取るのかお?」
( "ゞ)「あぁ、慈善事業なんてやんねーぞ。こちとら情報は命なんだぜ?
対価も払わない奴にゃあ、知ってる事も教えられんね」
確かに正論かも知れない、とブーンは思う。
ここまでの旅をしてくるにあたり、正しい情報というものの重要さは、
山道で幾度も道を間違え、極限状態に近い状態にまで追い込まれた自分にしてみれば、
やはり重要なものだという事が、骨身にしみて感じていた。
通常、情報屋ギルドの繋がりを生かした収入源の一つとして、
情報というものは冒険者達などに向けて売り買いされてもいるのだ。
( ^ω^)「その……フランクリンの情報ってのは、いかほどだお?」
( "ゞ)「払う気があるのは結構な事だ。そんぐらいならまぁ……3spでいいぜ」
(;^ω^)「3sp……あいにくと、こちらは1spも持ち合わせていないお」
( "ゞ)「あー、だったら帰った帰った。自分で探し───」
( ^ω^)「だから、せめて───”これ”で勘弁して欲しいお」
288
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:59:11 ID:Si4yTBmk0
そう言って、麻袋から取り出した干し肉を手づかみすると、
ひらひらと手を払う盗賊の手を取り、その中へ直に握らせた。
一瞬あんぐりと口を開け、ブーンと、自分の手の中の干し肉を見やる男。
( "ゞ)「……なんだ、こりゃ」
( ^ω^)「干し肉、だお……僕が今晩夜食にするはずだった……大事な、大事な……」
(;"ゞ)「お前……こんなもんで……!」
あきれ返って言葉も出ない、といった様子の男を尻目に、人目もはばからず
”こんなもの”と言われた干し肉を指差して、ブーンは急に怒気を荒げた。
( #^ω^)「こんなもんとは何だお!マスターが作ってくれたこの干し肉は
この上なく風味豊かで、外側はカリカリながらその実、中は───」
(;"ゞ)「あー………面倒くせ。もういい、分かった分かった!
教えてやるから、とっとと俺の前から消えてくれ」
握らされた干し肉の旨みを熱弁し出したブーンに、完全に調子を崩したようだ。
情報屋ギルドの男は頭を掻きながら、嫌々に指先で外の通りを描くと、道案内を始めた。
( "ゞ)「酒場を出たらそこの通りを突き当たって、左手の角から3軒目の裏手だ……」
( ^ω^)「おっおっ! そこがフランクリンさんの家かお?」
( "ゞ)「あぁ……面倒くせぇからとっとと行ってくれ。
お前さんの顔見てたら、なんだか酒がまずくなりそうなんでな」
( ^ω^)「持ち合わせがなかったから助かったお、恩に着るお!」
( "ゞ)「着なくていい、綺麗さっぱり忘れてくんな」
289
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 02:59:33 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「フォックスっていう人が言ってたお、ここじゃデルタって人が良くしてくれるって。
せめてその人に、ブーンがお礼を言っていた事を伝えて欲しいお」
( "ゞ)「……確かに伝えとくよ」
(;`ハ´)「――あっ、あんた! 注文もせずに帰るアルかーッ!」
”烏合の酒徒亭”のマスターの怒号をその背中に受けながら、必要なだけの
情報を受け取ったブーンは、来た時と同じように、颯爽と酒場を後にした。
───【フランクリン宅 前】───
あの男に教えられた通りの道順を辿ると、言っていた通りの場所に
外壁の表面が少しだけ剥がれ落ちた、寂しげな邸宅があった。
盗賊などもなかなか話せる人種ではないか、とブーンはその場で一度頷く。
早速、話を伺うべくドアをノックしてみた。
見ず知らずの他人の家に上がりこむのだ、仕事を請け負う以上、
最低限の礼儀は欠かしてはならないだろう。
( '_/') 「はい?」
身だしなみを確認している内に扉を開けて出てきたのは、真面目そうな一人の男性だった。
こちらと目が合うと、それだけでブーンが訪問してきた意図を察したらしい。
290
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:00:22 ID:Si4yTBmk0
( '_/')「もしかして、失われた楽園亭の冒険者の方ですか……?」
( ^ω^)「はいですお。その件で、お話を聞かせて聞かせてもらえますかお?」
( '_/')「そうでしたか……! さぁ、中へお入り下さい」
家の中は、外からも想像できる通り殺風景な作り。
無駄な物は置かれておらず、切り詰めた生活をしているのか、生活臭は希薄だ。
依頼人のフランクリンの案内に従うまま、応接用の小さなソファに腰掛ける。
( '_/')「ご挨拶がまだでした、私は依頼人のフランクリン。そして……」
ノ|| '_') 「妻のマディです」
( ^ω^)「冒険者の、ブーンですお」
依頼前にしっかりと依頼内容、また報酬の内容などを確認しておくのは重要な事だ。
一言一句聞き漏らさず、依頼が終了した際にトラブルなどを起こさぬためにも。
そう思ってか、ブーンは座り直してしっかり話を聞く体勢に入った。
( '_/')「依頼内容というのは、ゴブリン退治なのです」
( ^ω^)「あの……下級妖魔のですおね」
ゴブリンというのは、大陸全土の至るところに出没する妖魔だ。
基本的には非力で、体格も人間の子供ほどのものだが、武器を用いる頭脳はある。
また繁殖力が強く、常に群れを成して行動している事から、時に人間が襲われる事もある。
もっとも、ゴブリンがらみで一番多いのは、家畜や農作物への被害だが。
291
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:01:48 ID:Si4yTBmk0
( '_/')「……えぇ、このリュメの北側にある森の奥。
そこに、ぽっかりと穴を開けた洞窟があるのです」
( ^ω^)「その洞窟の中のゴブリンを一掃する、それが、依頼内容ですかお?」
( '_/')「その、生息しているゴブリンの数までは把握出来ていないのです」
ノ|| '_') 「十匹くらい……いいえ、もしかしたらそれ以上いるかも知れません」
( ^ω^)「………」
そこまで話を聞いてから、一度考えを整理する。
村で生活していた頃は、ゴブリンに襲われて命を落としたという話はあまり聞いた事がなかった。
クワや棒切れなどを持った農民などでも、十分に対抗できる程度の相手だからだ。
まして、冒険者として行動する上で自分の身を守る手段の一つに、剣を帯びる。
ブーンには、ゴブリン程度ならば容易な相手だろうという考えがあった。
いかに武器を用いる知能があるところで、人間の子供程度の体格しかない妖魔だ。
しかし、いち早く解決してもらいたい依頼人の立場になって考えてみる。
もしもその場所に依頼そのものを断られてしまいかねない危険が潜んでいるとしても、
それをわざわざ冒険者へ伝えるような事は、良心のある人間でなければしないだろう。
依頼前の受け答えで、依頼における依頼人の本意を見抜く。
したたかさを持った熟練の冒険者は、危険の潜む依頼を避けるためにそうあるべきだ。
もちろん、使命感や誇りを持って、逆にそういった依頼を拒まない者も一部には居るが。
( ^ω^)「それをこの街の治安隊には、訴え出たりはしなかったんですかお?」
( '_/')「以前から、私達は何度も訴え出ました。ですが、領主に直訴することなど、とても……」
ノ|| '_')「何度行っても門前払いで……領主は、このリュメなどどうなってもいいのだと思います」
( '_/')「そうです。一部の金持ちにだけいい顔をして、貧しいばかりの私達の生活など……」
292
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:02:34 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「………」
事情を聞いているうち、フランクリンの話に熱が入りかけたところで、
一歩引いて冷静に話を伺っていたブーンの視線に気づき、彼は一度平静を取り戻す。
( '_/')「失礼しました……無関係のあなたに、お聞き苦しい事を」
( ^ω^)「気にしてないですお。事情は大体理解できましたお───で、確か報酬は」
ノ|| '_') 「無事依頼を終えて戻られた際には200spを。私達の今持てる蓄えの、全てです」
依頼の内容に不満は無かった、一人とは言え、たかだか下級妖魔のゴブリン。
5〜6匹までなら、よほどの事が無ければ命を落とすほどの危険はないはずだ。
だが、話を聞いてる内にふと生まれた一つの疑問が、どうしても気になって止まない。
それは、領主に談判してまで、北の森のゴブリンを退治する"理由"だ。
冒険者としてのあるべき本分よりも、好奇心の方がやや勝り、それを尋ねてみた。
ノ|| '_')「それは、あなたから……」
( '_/')「……お聞かせします、なぜ私達がゴブリン退治に拘っているのかを」
─────
──────────
───────────────
───【リュメ 北の森】───
結局、あのフランクリン夫妻の依頼は引き受けた。
これまで安らぎながら旅歩いてきた時と違い、今はこれから達成しなければならない
依頼に向けて、身体中をほどよい緊張感が支配している。
旅の疲れはもちろんあるが、まだ日の出ている今日の内に依頼を終えてしまいたかった。
293
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:03:12 ID:Si4yTBmk0
森の中ほどまで歩き続けたところだろうか、鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けた先に、
少し開けた岩場が見えた。どうやら、これが夫妻の言っていた洞窟のようだ。
ブーンのすでに歩調は慎重になっている。
木々に背を持たれ、身を隠しながらゆっくりと洞窟へと近づいてゆく。
( ^ω^)(外側からじゃ……中の深さはうかがい知れないおね)
遠巻きにぽっかりと口を開けたその洞窟の入り口を覗き込んでいると、
そこから緩慢な動作で姿を表した存在を視認して、すぐさま頭を低くかがめる。
( ^ω^)(………!)
洞窟の入り口からその姿を現したのは、緑色の肌に、窪んだ眼窩の奥で赤く濁った瞳。
────1匹のゴブリンだ。
歩哨としての役目を担っているのだろうか、洞窟の周辺へと目を配っているようだ。
集団で生活する習性を持つゴブリン達は、同じ種同士でこういった連携を取る習性がある。
(#℃_°#)「キキッ」
雑木林に囲われた場所だが、入り口までの距離には木々が少なく、洞窟側からは開けた視界。
それにより、洞窟内に篭って外敵から身を守る側としては有利だろう。
( ^ω^)(まだこちらには気づいてないようだお……)
茂みに身を隠しているブーンの姿は、今はまだ歩哨の一匹には視認されていない。
だが、気弱なゴブリン達の事だ。もしその姿が見つかれば、すぐに仲間達へ報せるだろう。
そうなれば、洞窟内で多数のゴブリンに迎え撃たれる可能性がある。
( ^ω^)(最善なのは、仲間の誰にも気づかせずに排除する事……だおね?)
背の鞘から抜きかけていた剣を一度しまうと、手近な石ころを掴み取った。
歩哨の動きに注視し、機を見計らいながらそれを手元で弄ぶ。
そして、洞窟側へと歩哨が背を向けた瞬間に、その石を少し離れた茂みの奥へと投げ込んだ。
294
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:03:52 ID:Si4yTBmk0
(#℃_°#)「キキッ……!」
がさがさと枝の何本かを揺らしながら、石ころはブーンの目論見どおり、
ゴブリンの注意を引く事に成功したようだ。
( ^ω^)(………よし)
音がした方の様子を見ようと、歩哨が洞窟の入り口から離れ、ブーンに背を向ける。
その隙を突いて、出来る限り音を立てずにその場から駆け出した。
(#℃_°#)「………キキィ?」
先ほど石ころが投げ込まれた茂みの方を眺めながら、ゴブリンは首を傾げている。
───その背後に立ち、鞘からゆっくりと長剣を抜き出すブーンの存在に気づくことも無く。
(# C_ ;#)「キ────グゲゴッ!」
そして、胴と首が分かたれる瞬間に一寸呻き、すぐにその身は倒れ伏した。
(;^ω^)「………まず、一匹」
妖魔とは言え、剣で何かの生き物の命を奪うのは、やはり良心が咎める。
降りかかる危険から身を守る為に今までも幾度かあった事だが、今は依頼の達成だけを考えなければならない。
刃に付着した血を、剣を振るう事で地面へと払い落とした。
ここからは中に入ればすぐに戦闘が控えているかも知れない。
心に迫る鈍い感情を押し殺しながら、剣を片手に携えたまま、ブーンは洞窟内へと足を踏み入れた。
295
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:04:30 ID:Si4yTBmk0
───【ゴブリン洞窟 内部】───
壁面沿いに身を隠しながら、ゆっくりと深部へと進んでゆく。
まだ外は日が出ている為、わずかながら日の光が洞窟内にも届き、差し込んでいる。
だが松明などの明かりを持って来ていない為、日が沈むまでにはカタをつけなければならない。
( ^ω^)(思った以上に、暗いお)
壁を手で伝いながら、逆の手で握る長剣の柄には力が入る。
いかに最下級の妖魔とは言えど、その巣の中にいるのだ。
数が不確定な以上、決して安全な依頼ではない。
『ゴブリンといえど、油断はできんぞ』
ヴィップを発つ前に、そう忠告してくれた楽園亭のマスターの言葉が不意に頭をよぎた。
しかし、ここまでは順調。
誰にも気づかれずに住処の中へと侵入できたのなら、後は隙あらば一網打尽にする機会もある。
ゴブリンたちがこの暗さの中どうやって過ごしているのか気になっていたが、壁面を伝うように
群生している光苔の類が、どうやらうっすらと発光して、わずかに道先が見えるようになっている。
ゴブリンの知恵ではなく、たまたまこの環境を利用しているのだろう。
だが、洞窟深部への注意をし過ぎるあまり、足元への注意が散漫になっていた。
ぱきっと音を立てて、靴底でかすかに枯れ枝がへしゃげた感覚が伝わる。
気を取られる事なく進もうとするブーンのすぐそばで、反応があった。
296
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:05:09 ID:Si4yTBmk0
「キキッ」
もう一度聞こえたその声は、自分の胸のすぐ下あたりからだ。
(;^ω^)「………!?」
(#℃_°#)「──キッ!」
出会い頭、一匹のゴブリンに姿を見られてしまった。
なまじ体格が小さなものだから、すぐには気づく事ができなかった。
向こうもかなり驚いていたのか、ブーンの姿を見上げながら目を剥いている。
すぐに振り返ったゴブリンは、もう仲間を呼びに行こうと走り出している。
(; ω )(させ………ないおッ!!)
ここで逃げられれば、後々大きな不利に働くかも知れない。
どうあっても、ここで逃がす訳にはいかない。
大きく踏み込んで、がむしゃらな体勢から右腕一本で突きを繰り出した。
(# C_ ;#)「ぐぶっ!」
辛うじて刃が届くか届かないか、ぎりぎりの所だった。
首の後ろから差し込まれた長剣の刃は、そのままゴブリンの喉元を刺し貫いた。
倒れ込んでなお手足を暴れさせていたものの、ややあって絶命した。
(; ω )「ふぅ………これで、2匹」
夫妻の話ではあと3〜4匹かも知れないが、ここは多く見積もっておくべきだろう。
中に入ってみて初めて分かったが、外から見るよりも、かなり広々とした洞窟だ。
297
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:05:45 ID:Si4yTBmk0
これまでは一本道だったが、どうやらこの先は道が枝分かれしている。
その先が部屋のようになっているとしたら、どこかで複数のゴブリンに遭遇してもおかしくない。
一匹一匹の固体は弱いといえど、武器を扱う知能もあるだけに、やはり油断は出来ない。
( ^ω^)(………東の、方からかお?)
次にどう動くべきかを思案している内に、ごそごそと聞こえる何かの物音に気づいた。
どうやら、複数のゴブリンが一部屋にまとまっていると考えて、相違なさそうだった。
( ^ω^)(上手く不意を突いてやれば……一網打尽に出来るかも知れないお)
ゆっくりと、音の聞こえた方へと歩を進めてゆく。
その先にあったのは、大人一人が通るのがやっとのような、一つの縦穴だ。
当然ながら、中の様子は伺えない。ここまでくれば日の光もほとんど届かず、
あとは暗くおぼろげな視界の中で剣を振るうしかない。
( ^ω^)(………初っ端から、打って出るかお?)
身を屈めながら、その縦穴へと身を潜り込ませてゆく。
ここにたどり着くまでに、自分という侵入者の存在には気づいていないはずだ。
事態を把握されるより前に、派手に暴れるもよし。
出来るだけ気づかれないように、一匹ずつ仕留めるのもよし。
そう考えている内に、縦穴の出口にたどり着いたようだ。
──そこは、思った以上の静けさだった。
中のゴブリンは寝てでもいるのだろうか、そうであればありがたいが。
一瞬気後れはしたが、思い切って部屋の中へと躍り出た。
ようやく動きやすい体勢になり、しっかりと両手で剣を握り締める。
まだ完全に洞窟の暗さに慣れていない眼を皿にして、辺りを見渡す。
298
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:06:18 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)(………いない?)
おかしい、先ほどは確かに物音が聞こえたはずだ。
──ーなのに、一匹のゴブリンの姿も見えない。
とんっ
しばし呆然としていたブーン。
その足元へ、何か小さなものが当たった音が聞こえる。
(;^ω^)「………矢?」
地面に突き刺さっていたそれを見た時───すぐに頭の中で警鐘が鳴らされる。
(#℃_°#)「キキッ! キキーッ!」
視線を再び上げた瞬間、ようやく今自分が置かれた状況に気づく。
あまりにも自分の対処が遅れていたことを、省みるほどの余裕もなかった。
暗闇の中自分を見下ろす、幾つもの赤い瞳。
それに紛れて煌めいて見えたのは、自分を目掛けて引き絞られる弓矢にあてがわれた、矢じりだった。
(;`ω´)「ッ───おおぉ!」
すぐさまその場を横っ飛びに飛びのいて、狙いを逸らす。
どうにか避ける事が出来た。
ほぼ同時に、先ほどまで自分が立っていた位置を次々と穿つ矢を見て、背中からは冷や汗が噴き出す。
弓矢までも扱う知能があるとは、思ってもいなかった。
だが、それよりも───
299
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:06:56 ID:Si4yTBmk0
(; ω )(こっちの侵入が、感づかれていたのかお――!)
最下級妖魔と侮り甘く見ていた驕り、それが自分の中にあった。
だがその事への反省は、この場をどうにか切り抜けてからだ。
また次なる矢が降り注がれるかと思い身構えたが、それはなかった。
今度は、目の前から2〜3匹のゴブリンが一度に駆け出して来ていた。
(#'℃_°'#)「グオオォッ!」
木製の棍棒を持つ一匹は、傍目からもわかる程に明らかに巨躯。
恐らくは、これがリーダー格のような存在だろう。
狙う相手は、既に決まった。
(#^ω^)「ふおおぉッ!!」
巨躯のゴブリンは、一直線に自分の元まで来るとすぐさま棍棒を振り下ろした。
だが、避けるともせず、その腕ごと両断するつもりで、ブーンもまた剣を振り上げる。
(#'℃_°'#)「グ……ゥッ!」
だが、ブーンの一刀は棍棒の中ほどまで刃が食い込み、止められた。
並みのゴブリンの打ち込み程度であれば棍棒ごと叩き斬る自信はあったが、
他の倍はあろうかという体格のこのゴブリンは、ブーンの膂力を耐え凌いでみせた。
(;^ω^)「………っ!」
人並み以上の腕っ節の他に誇れるものはない、自分の打ち込み。
それが低級の妖魔、ゴブリン程度に防がれてしまったという事実。
つい先ほどまでのブーンの余裕は、もはや完全に打ち砕かれていた。
このまま剣が封じられてしまう事を恐れ、すぐに力を込めて剣を引く。
捻りを加えながら乱暴に引っ張ったが、棍棒を手放させる事は出来なかったようだ。
300
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:07:35 ID:Si4yTBmk0
(#'℃_°'#)「……グワゥ……!」
ゴブリンの群れに紛れ、怯んだリーダー格が後退していくのが見えた。
ゴブリンというのは極めて気弱な種族だ、拠り所となる存在がいなくなれば、
その下っ端たちは士気が下がり、混乱を与える事が出来たかも知れない。
だが、今の好機を仕損じてしまったのは、いかにも痛い。
舌打ちしていたブーンの両側面からは、すでに手斧をもったゴブリンどもが迫っていた。
(#^ω^)「――来いお!」
弓矢による攻撃は怖かったが、味方がこれだけ近くに居れば撃てないかも知れない。
気迫を込めた言葉とは裏腹に、頭の中は意外と冷静に全体を見て動けている。
この土壇場に、集中力が最大限に高まっているのかも知れないな、と思った。
(#℃_°#)「キキッ!キーッ!」
もっとも近くの左方の一匹に向き直り、剣を構えてじりじりと距離を詰める。
数では勝っているものの、ブーンの気迫に気圧されてか、後退している。
小さな石斧と自分の持つ長剣では、一対一では端から勝負にならない。
それゆえ後退を余儀なくされる一匹へと距離を詰めるが、背後から迫っている
もう一匹の気配を、背中越しに肌で感じ取っていた。
二匹のゴブリンに前後を挟まれているのだ。一匹に隙を見せれば、もう一匹に付け込まれる。
だが、それに対抗する策はあった。
ゴブリンの身の丈ほどの長さを有する、長剣だからこそ成せる業が。
挟撃を真っ向から受け入れ、機を伺っていたのはブーンの方だ。
( ^ω^)(前後────)
(#℃_°#)「ゥ……ギキキィッ!!」
前方の一匹へと踏み込む素振りを見せた瞬間、背中に浴びせられるもう一匹の声。
一匹に気を取られたブーンの背後へ向けて、石斧を振りかざさんと飛び出している。
だが、まるで気にもくれず、ブーンはただ目の前の一匹に向き合い、深く腰を落とした。
( ^ω^)(────同時にッ!)
301
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:08:13 ID:Si4yTBmk0
思い切ったように、そのまま眼前のゴブリン目掛け大振りの横薙ぎを繰り出す。
ぶん、と耳にまで聞こえる風切り音が、刃から唸りを上げた。
あまりに間合いが遠すぎたのか、あご先すれすれという所で────それは空を切る。
しかし、振るわれた剣の軌道は、半月を描いてもまだ止められる事がなかった。
半月はそのまま満月へと軌道を描き、ブーンの体の真後ろまで、全力で振り切られる。
当然、背後まで迫っていたゴブリンは、背中に石斧を振るおうとしたばかりに
ブーンの剣の届く位置にまで近づいていた。
予想もつかない方向から襲い掛かった刃は、抵抗も出来ないままのゴブリンの上半身を吹き飛ばした。
(#^ω^)「───ふぅッ!」
その短い断末魔を聞き捨てながら、剣を振り回した反動を利用して、
身ごと大きく駒のように回転すると、そのままもう一度前方のゴブリンへと大振りを見舞った。
(# C_ ;#)「アバッ」
どうやら顎から上を吹き飛ばしたようだが、その確認は柄から手元へと
伝わった感触だけで十分。それよりも、すぐに残りへと対処しなければならなかった。
二度満月の剣閃を描いたあと、こんどは勢いよく背後へと振り返る。
(#'℃_°'#)「ギィィッ!ギィッ!」
広場の中央に立っていたのは、先ほどのリーダー格。
剣の打ち込みによって欠けた棍棒を掲げて、叫びを上げていた。
302
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:09:03 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「………?」
”弓を射て”という合図か───そう思ったが、違う。
先ほどまで弓を引き絞っていたゴブリン達が、広場の上層に位置する高所から続々と降りて来る。
「ギキキィッ!」 (#℃_°#)
(#℃_°#) 「ギキッ」 (#℃_°#)
「キャキィッ!」 (#℃_°#)
その数、4〜5匹は居るだろうか。
リーダー格の一匹が、不利な今の状況を考えて、自分の身を守らせるつもりなのだろう。
暗闇の中ではおぼろげにしか見えないそれらの影の内のひとつ。
その中に、これまで倒したゴブリン達と比べて、違和感を覚える一匹の姿があった。
/__\
〈 (℃_) 〉「ギャッギッ!」
腰みのを身に着けているだけの他のゴブリンとは違う。
僧侶などがよく着るローブのような布を羽織った、一匹の亜種が紛れていた。
頭部が妙に肥大しており、頭に被っているフードからも他との違いが見て取れる。
(;^ω^)「何だお、お前……!」
そして、獣のように低く吼え声を上げる、他のゴブリンよりも細身なもう一匹の亜種の姿があった。
( ζ )「うがううぅぅぅ……っ」
303
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:09:44 ID:Si4yTBmk0
───広場の中心、ブーンの目の前には、総勢五匹のゴブリンが集結している。
(;^ω^)(帰ったら……報酬の値上げ交渉、やってみるかお)
ため息をつく間も無く、それを生唾とともに飲み下した。
高台から降りて来たゴブリン達が、ブーンの前に散開してゆく。
(#'℃_°'#)「ギィィィィィィッ………」
中央には、巨体の一匹。
/___\
〈 (℃_) 〉「………」
その後方には、ローブを纏った一匹。
やがて最後尾に控えたローブのゴブリンが、ブーンの方に指で指し示す。
すると傍らに付き添っていた小型のゴブリン同様、リーダー格のゴブリンも動き始めた。
(#'℃_°'#)「ギィユァッ!!」
まず、リーダー格が襲いかかってきた。
大声で喚きたてながら、ただ闇雲に棍棒を自分の頭の上に振るい落とそうとしている。
仮にまともにもらってしまえば昏倒して、総出で袋叩きの肉塊にされるだろう。
だが、自分の剣のリーチの方が、遥か勝る。
(# ^ω^)「ふッ――!」
今ばかりは、先ほどのように力比べをする余裕はない。
遠い間合いから浅い手傷を負わせるよりも、より確実に仕留めるための一撃が必要だ。
腰を落とした状態で、ゴブリンの棍棒が届くぎりぎりの所まで、引き付ける。
寸前にまで迫ったその時を見計らって、後ろに引いていた剣を、横一文字に薙いだ
304
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:10:18 ID:Si4yTBmk0
(#'℃_°';#)「―――ギャッ、ブゥッ!」
ゴブリンの振るった棍棒は僅か届かず、耳元で唸りを上げるだけに留まった。
確認するまでも無いが、リーダー格のゴブリンの胴体には一本の赤い線が走っている。
傷口からぼたぼたと零れる血で地面を汚しながら、斬られた痛みに苦痛の呻きを漏らす。
その場でたたらを踏んではいる瀕死の状態ではあるが、手の中の棍棒はまだ離そうとしない。
(#'℃_°';#)「……ウ、ウゴォォォッ!」
(;^ω^)「!」
最後の力を振り絞ってか、もう一度棍棒を振りかざそうとしている。
剣を向けたまま、後方へ飛び跳ねて素早く距離を取る。
もう一度見舞うべきか。
そう逡巡しているわずかな間に、低い断末魔を一度上げた。
自分の血溜まりの中へ膝から崩れ落ちて、それきりだった。
(;^ω^)(よしッ、これで………!)
これで、残りのゴブリンの士気はガタ落ち───思惑では、そのはずだった。
(#℃_°#)「ギキィーィッ!」
2匹のゴブリンに既に接近されていたにも関わらず、一瞬剣を下ろしたのがまずかった。
右翼から回り込んで来た一匹が振るった、石斧。
それを自分の右肩へ叩き込む程の隙を、許してしまっていた。
(; ω )「ッ……うぐッ!?」
305
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:11:10 ID:Si4yTBmk0
鈍い痛みが電撃のように右肩より下へと迸り、たちどころに機能を麻痺させる。
剣の柄を力強く握り締めていたはずの右手が、思うように上がってくれないのだ。
肉を断ち切るような鋭利さは無いにせよ、肉と骨の調度継ぎ目──当たり所が、悪かった。
骨を震わした衝撃は、もはや力を込めて両手で剣を振るう事をさせてはくれない。
(; °ω°)「!……うぐッ、おぉぉぉッ!」
それでも、左手一本で剣を振り回した。
自分の右肩に石斧を穿ったゴブリンの肩口から、胸元までを切り裂く。
目の前に残るのは、あとたったの4匹─────
右腕を使えなくなる前と後で、随分と冴えない太刀筋になってしまったと、また舌打ちした。
鈍重なゴブリンであっても数匹同時に襲って来られたら、今のように反撃できるかは分からない。
左手一本で持つには、この長剣は重過ぎるのだ。
(;^ω^)(リーダーを倒したはず……なのになんで、逃げないんだお?)
重い感覚しかもたらさない右腕を宙にだらりと投げ出しながら、長剣の切っ先を突きつける。
その相手──ローブのフードを深く頭に被るゴブリンが、言葉を発した。
/___\
〈 (℃_) 〉【──سيل من القوة السحرية يجري 】
共通の言語も無いかに思えていた妖魔の口が発しているのは、しかし確かに何かの言葉だ。
(;^ω^)「じ……人語、なのかお!?」
306
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:12:02 ID:Si4yTBmk0
あまりの驚きに思わず大声を上げたその時に、気づいた。
取り巻きのゴブリンがまだ威勢を失っていないのも、群れの長の存在からか。
先ほどの巨躯のゴブリンが助けを求めていたのは、このゴブリンに対してだったのだ。
(;^ω^)(完全に……さっきの奴がリーダーだと、思い込んでいたお)
見れば木のステッキのようなものしか持っていないが。
先ほどの巨体が力で群れを守る個体だとするならば、このゴブリンは知恵を持ち合わせ、
群れの頭脳として機能している特殊な個体なのであろうか。
だとすれば、まだ完全に集団の戦意を削げてはいない。
先ほどの巨体のゴブリンほどの脅威はないかに思えるが、何か策でもあるのかと勘繰った。
肥大化した後頭部以外はさほど他のゴブリンと体格差はないもの、警戒を強める。
石斧の攻撃を受けた右腕の痺れは、まだすぐには取れそうに無い。
窮地と言える状況を、今は左手一本で看破するしかなかった。
(;^ω^)(……あと4匹。落ち着くお……)
ブーンを負傷させて調子付いたか、ゴブリンらはブーンの周囲をぐるりと巡る。
少しずつその包囲を狭めつつあり、さながら集団で狩りをするかのような様相だ。
完全に四方を囲まれた状況にあって、左腕一本では満足な力が入らない。
さっきのような回転斬りを繰り出しても、掻い潜られれば反撃を受ける。
(;^ω^)(なら……本当のリーダー格がこいつと分かった以上、狙うは──)
(#℃_°;#)「キィッ!?」
完全に包囲の距離を詰められて袋叩きにされる前に、一直線に駆け出した。
307
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:13:28 ID:Si4yTBmk0
進路を塞ぐゴブリンはそれに身構えたが、走りこみながら、横腹を思い切り蹴飛ばして脇に転がす。
後ろから慌ててブーンを追いかけるいくつもの足音が聞こえたが、構っている暇などない。
狙いはただ一匹、ローブの一匹だけだ。
だが、ブーンがその目の前にまで迫った時、その場に異変が起きた。
(;^ω^)「な………!?」
何が起こっているのか───分かるはずも無い。
動揺し、思わず剣を振り上げる事に躊躇してしまった。
光もほとんど差し込まないこの暗い洞窟の空間を、白く染め上げる光。
それがローブのゴブリンの手から放たれているものだという事を理解するのに、しばしの時間を要した。
その口からはまるで呪詛のように、人のものではない奇妙な声で、言葉が紡がれる。
/___\
〈 (℃_) 〉「【في جسدي، يشكل قوتك】」
刹那、ゴブリンの手の中で収束してゆく光は、瞬く間に凝縮し、形を為した。
それがやがて一本の矢のような姿を形作ると、その先端は、ブーンへと向けられていた。
(;`ω´)「まッ………」
一瞬、時の流れが遅く感じられた気がしていた。
その間を、様々な疑問が頭を駆け巡る。
――光、言葉――魔法?
群れのリーダーがこのゴブリンである事に合点がいった。
308
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:14:18 ID:Si4yTBmk0
実際に見たことはなかったが、魔術師といえば、悪の代名詞のようなもの。
育った村では幼馴染達と、そんな風に役柄を決めてごっこ遊びをしていた。
無から有を生み出し、武器を持った人間であろうとも、いとも簡単に倒せてしまう術師。
その術を───まさか、ゴブリンのような下級妖魔が使いこなすというのか。
故郷での憧憬が一瞬思い浮かぶと、これが魔法である事として認識した。
暗所にあって唐突に眩い光を浴びせられ、前後不覚の状態で左に全身を投げ出す。
飛んだ先は岩場だったが、光の軌跡を逃れるために、一も二も無く飛び込んだ。
(; ω )「────だおぉぉっ!」
ほぼ、同時だった。
飛び出す瞬間、自分の立っていた位置を通り過ぎた光から、背中越しに強い熱を感じた。
光弾は影を引き連れながら、洞窟内部の闇を突き抜けてゆく。
一瞬の後、ブーンはしたたかに身体を岩場へと打ちつけ、全身の痛みに顔を歪めていた。
ほぼ無意識に素早く身を起こすと、追撃に備えて再び剣を手に取り、立ち上がる。
(# C_ ;#)「……ゴブッ…ギ……」
ブーンが身をかわした事で、その背後に居たであろうゴブリンの一匹が、光の矢に穿たれたようだ。
抑えている胸板には手指ほどの大きさの穴が開いて、一寸の間を置いて大量に血を噴き出した。
傷口を押さえながら力なく倒れるその姿を見ながら、背筋には冷たい汗が伝った。
もしあれを食らっていたら、自分もああなっていたのだ。
これほどの攻撃手段を持つ敵を前に、二の足を踏んでいる場合ではなかった。
魔法を唱えるためには、前もって何かしらの手順が必要なはずだと踏んだ。
(;^ω^)(さっきぶつぶつ唱えていたのが、必要な前準備なのかお?)
もしそうだとするならば、少しの時間も与えてはならない。
309
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:15:08 ID:Si4yTBmk0
/____\
〈 (℃_;) 〉「グ………!」
ローブのゴブリンもまた、自分が放った光の矢が避けられた事に動揺を見せていた。
運良く同士討ちとなってくれた事もあり、残るゴブリンは雑魚を含めても3匹。
再びあの魔法が来るよりも早く攻め込めば、勝利は目の前だ。
(#^ω^)「させるかお!」
全身の痛みを庇うより先に、再びローブのゴブリンの元へ駆ける。
ごつごつとした岩場で挫いてしまいそうな足を、気にも留めず前へと走らせた。
(#℃_°#)「ギキッ!ギキッ!」
そのブーンの進路へ、また一匹が立ち塞がる。
(#^ω^)「……邪魔だおッ!」
重心が損なわれ、剣ごと左腕に全身が振り回されながらも、一息にその首を刎ねる。
大きく体勢が崩れたが、まだそこに立ち尽くす首から下だけのゴブリンを肘で押しのけた。
/___\
〈 (℃_;) 〉「【سيل من القوة السحرية يجري ――】」
また、先ほどと同じようにあの言葉を紡いでいる。
既にゴブリンは眼前───剣の届く距離にある。
際どい状況に、会心の一撃を繰り出すには左腕の力だけで振るうのでは、足りない。
やがて至近距離で相対し、互いに目と目があった。
ゴブリンの手からは再びあの光が、発現し始めていた。
/___\
〈 (℃_;) 〉「【في جسدي، يشكل قوتك】」
(; °ω°)「────ふぅ……ッ!」
310
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:17:06 ID:Si4yTBmk0
ブーンもまた、左腕に握った剣を肩越しに背中へと回していた。
上体を弓のようにしならせて、左腕一本で背中に剣を預けた。
そこから一気に振りかぶった勢いを、そのまま振り下ろす力に換える。
魔法が発動するのと、自分が斬りかかるのとは、ほぼ同時だった。
/___\
〈 (℃_;) 〉
「────ッ!」
(;`ω´)
身体を貫かれる恐怖に抗うようにして、何かを叫んだような気がした。
そして────白い閃光は視界を奪い、目の前全てを塗りつぶしていく。
数舜、呼吸を忘れていたように思う。
──────
────────────
──────────────────
311
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:17:35 ID:Si4yTBmk0
(;^ω^)「はは、は………生きてるお」
やがて光が晴れた後、その場にへなへなと尻からへたり込んだ。
まだ周囲に残っていた雑魚のゴブリンは、リーダーが崩れ落ちるのを目にして逃げ去ったようだ。
打ち漏らしたとはいえ、今回の依頼の達成には、全てを倒す必要はないだろう。
これほど群れを叩き潰されれば、人間への恐怖もしっかりと刻み込んだはずだ。
あとはせいぜい大人しく生きていけばいい。
傍らで、天を仰ぐローブのゴブリンの表情を、じっと覗き込む。
まだ息はあるが、自分に切り落とされた右腕の肩口から大量に出血しており、瞳は空ろ。
死ぬのも、時間の問題だろう。
(;^ω^)(たかが、ゴブリン……その認識を改める必要があるおね)
あの魔法が自分を貫くであろう一瞬、剣を振り下ろしながら半身になって、身をよじったのだ。
迸った閃光の矢が革鎧の腹を掠めて焦がしながらも、すんでの所で腕を両断した。
一撃で絶命させるには至らなかったが、それにより狙いも逸れた事が大きかった。
一人で洞窟に侵入し、待ち受けるゴブリンの殆どを撃破して、勝利を収める事が出来た。
最後に控えていた、この魔法を使う一匹には心底驚かされたものの。
/ ___\
〈( C_;) 〉「アァァ……ウヴグゥ」
( ^ω^)「………」
魔術を使うほどの妖魔の頭の出来ならば、自分の死が迫っているという事も理解できるはずだ。
苦痛の声を漏らしながら、時折もぞもぞと身体をよじって立ち上がろうとする姿に、複雑な感情を抱く。
312
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:18:08 ID:Si4yTBmk0
絶対的な悪として、いつからか大陸各地で確認されてきた妖魔たちの存在。
決して相容れる事なく、共生の道を歩むことなど無い、人と妖魔。
だが、この大陸が人の統べる地として決めたのは、一体誰が最初なのか。
もしかすると、妖魔こそがこの大陸の先住民であり、その彼らの住まう土地を荒らし、
辺境へと追いやって繁栄を続けてゆく人間こそが────
( ^ω^)(───僕もまた人間。同じ人間の悪口を言う資格は、ないおね)
そこまで考えて、思考を中断した。
死に逝こうとしているゴブリンの姿を目にし、安っぽい感傷に浸りかけたのを、拭い去る。
誰の事であろうとも、つい深く首を突っ込んでしまいたくなってしまうのは、悪い癖だ。
彼らの境遇には同情を禁じえないが、妖魔とて人を襲うという事実を思い浮かべ、重い腰を上げる。
石斧で叩かれた右腕を軽く回してみると、どうやら感覚も戻りつつあるようだ。
( ^ω^)「……せめて、もう苦しまないようにしてやるお」
つかつかと目の前にまで歩み寄ると、両手でゆっくりと長剣を振りかぶる。
/ ___\
〈( C_;) 〉「………」
もはや、抵抗する気力も無いらしい。
このゴブリンにとってはブーンは憎悪の対象でしかないだろうが、止めを刺してやるのは、
たとえ種が違えど、自分にとってのせめてもの情けだった。
( ω )「………」
”どすっ”
313
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:18:45 ID:Si4yTBmk0
鈍い音を立てて、長剣はゴブリンの心臓を確実に貫いた。
最期には目を見開き、驚愕しきったような表情のまま、瞳は光を失い、完全に濁ってゆく。
これにて、ゴブリン退治の依頼は達成─────
仲間達も、もうこの洞窟へと帰ってくる事はないだろう。
死んだゴブリンに、そっと踵を返した。
剣先に塗れた血を地面にふるい落とすと、肩へと担ぐ。
だが、どうやら最後にもう一つだけ、片付けなければならない仕事が残っているようだ。
( ^ω^)「さて………」
さっきも、一度だけちらりとその姿を目にした、最後の一匹。
それがブーンの目の前に立ち、獣のように唸っていた。
ζ°ゝ) 「うがううぅぅぅッ……!」
( ^ω^)「────君が、"ロベルト"君だおね?」
ゴブリン達とブーンがやりあうのを、先ほどからずっと遠巻きに眺めていた、彼。
だが、金色がかった髪の生えたゴブリンなど、この大陸全土を探してもいる訳がない。
なぜなら彼は、人間なのだから。
( ^ω^)(まさか……)
────話は、フランクリン宅で依頼の理由を確認していた時にまで遡る。
──────
────────────
──────────────────
314
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:19:33 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「なぜ、あなたがたはそれほどゴブリン退治にこだわるんだお?」
聞けば、今現在近隣でこのリュメに対してゴブリンたちが被害をもたらしている訳ではないという。
しかし、フランクリン夫妻の意思は巣穴の駆除が必要だと、確固たる意志で語る。
それには、何か理由があるはずだとブーンは感じていた。
ノ|| '_')「……あなた」
( '_/')「それは、私の口から……」
( ^ω^)「聞かせてもらえるかお?」
どうやら、フランクリンは良識のある方の依頼人らしい。
話半分には聞いておいて、それが自分にとって納得のいく理由であるかどうかが問題だ。
( '_/')「……私達には、息子がいます。
やっとの思いで授かった、太陽のような存在です。
いや──居た、と言うべきなのか……」
妻のマディはフランクリンが話し始めると少し伏目がちになり、どこか遠くを見ていた。
フランクリンの話に頷きながら、少しだけその様子が気にかかった。
( ^ω^)「その、息子さんは?」
( '_/')「二年前の……ある日の事です。妻と息子は、北の森を散歩していました」
( '_/')「まだ三つだったあの子は、久しぶりの散歩にはしゃいでしまっていたのでしょうね……」
ノ||;_;)「……ロベルト」
( ^ω^)「………」
妻、マディが目に涙を浮かべて顔を手で覆う。
その様子からある程度の察しはつくが、またフランクリンの目を見据えて、話に耳を傾ける。
315
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:20:32 ID:Si4yTBmk0
( '_/')「突然横手の茂みから現れたゴブリンに、妻は襲われました。
必死の抵抗をして、なんとか命の危機は彼女に訪れなかった……でも」
ノ||;_;)「ですが! その私の代わりに、あの子が……ロベルトが攫われた!」
( ^ω^)「───それから、2年も……?」
依頼に関して、大体の理由は分かった。
そこから黙り込んで、手を膝の腕硬く握り締めながら視線を落とす夫妻の様子から、
彼らの心情は、痛いほどに伝わってくる。
どうして、それを誰にも助けを求める事が出来なかったのか。
( '_/')「恥ずかしながら、私の仕事は人様の靴磨き……それしか出来ません。
──この通り、生まれつきに足が不自由で、どうにか歩く事がやっとです」
そう言って椅子から立ち上がって見せたフランクリンは、確かに傾いて姿勢を保ち、
先ほど案内してくれた時にも歩き方が普通でなかったのにはすぐに解った。
貧しい街にあって、仕事が無い事は死活問題だ。
靴磨きなどは、それこそこの街で見かけた子供でも出来る仕事だ。
体の不自由さや貧しさから、食うにもやっとの始末なのであろう。
( ^ω^)「その間、誰にも助けは求められなかったのかお?」
( '_/')「他所の街からわざわざこの街へ遊びに来る酔狂な冒険者など、そうはいない。
稼ぎも少ない中、この街の荒くれもの達に頼む事も考えはしました。
ですが──私も、マディも、信頼に足る集団とは思えなかったのです」
316
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:21:17 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「──彼らは、意外に話せる奴らだお」
ノ|| ;_;)「そうなのでしょうね……けど、人づてに聞く話からは、良い噂ばかりじゃなかった。
私たちの生きていく糧を守るためにも、公権を持った方々にばかり助けを求めていました」
確かに酒場であった男は話の通じる男だった。
全体がそうであるとは限らないし、頼み事をして、金があると知れば何か行動に走られるかも知れない。
自分たちとは違う毛色の人々の事を、信じる気にはなれなかったのだろう。
( '_/')「私と同様、妻もそれほど体が強い方ではありません。
息子が居なくなってしまってからは、ふさぎ込むようになってしまって……
ですがようやく前を向こうと思い、今回この依頼をお願いしたのです」
結果として、領主らからは袖にされ、長く日が経ってしまってから、
こんな駆け出しの冒険者にまで頼らざるを得ない事態になった。
生きていくためを第一と考えるなら、それは苦渋の決断だったろう。
( '_/')「だから日に3枚から、多くても5枚の銀貨を稼ぐのがせいぜいの私達にとって、
やっとの思いで貯めた、あなたにご依頼する為の200spは、全てなのです」
お世辞にも繁栄を謳歌しているなどといえない、リュメの街。
誰も助けてはくれず、日々を耐え凌ぎながら生活し続けている彼らにとって、
冒険者を雇って依頼を頼むという事がどれほど大変な事なのか、理解する事が出来た。
( '_/')「だから……お願いします、あの子を───」
夫妻は恐らく必死で息子を探し、誰かに頼ろうともしたのだろう。
それでも、体や心の弱さから、それを出来る状態ではなかった。
息子の無事を、どれだけか祈った事だろう。
ノ|| '_')「あの子の、形見になるだけでも……。
ロベルトを、せめて生まれたこの家に帰してやりたいんです」
冷静さを取り戻した妻の瞳が、しっかりとブーンの瞳を見据えていた。
彼らの頼みごとは、よく分かった。
一介の冒険者などに、よくぞここまで自分達の心情を吐露してくれたものだ。
( ^ω^)「分かったお」
なら────後は、自分がその気持ちに応えてやるだけだ。
317
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:22:05 ID:Si4yTBmk0
( '_/')「それでは……!」
( ^ω^)「えぇ、依頼はお引き受けいたしますお」
ノ|| '_')「どうか、あの子の事をお願いします」
( ^ω^)「だけど……こっちにも言っておかなければならない事があるお」
( '_/')「それは、何でしょう?」
( ^ω^)「僕は、今回が初の依頼。まだ、駆け出しの冒険者……なんだおね」
ノ||;'_')「え……そ、そうなんですか?」
( ^ω^)「だけど、必ずロベルト君の痕跡を取り戻して、ゴブリンを殲滅してきますお」
( '_/')「……」
( ^ω^)「───こんな駆け出しの冒険者を、信じてくれますかお?」
わざわざ自分から、ずぶの素人だという事を露呈するのは愚策かも知れない。
自分の依頼が初めての冒険者などと知れれば、本当に難題を抱えた依頼人ならば、
受注する冒険者に怪訝な眼差しを向け、依頼を取り下げたくなるのが普通だろう。
そんな事をわざわざ明かしたのは、ブーン自身、隠し事が苦手だった事もある。
依頼人から本当の意味での信頼を得ること。
そこで初めて、依頼を達成するために、自分の全力を傾ける事が出来ると思った。
( '_/')「……勿論です。信じて、いますよ」
ノ|| '_')「私も、夫と同じ気持ちです」
─────
──────────
───────────────
318
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:22:56 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)(まさか……生きていたとは驚きだお)
亡骸を見つけて、息子の形見だけでも手に入れるつもりだったフランクリン夫妻。
その夫妻の愛息子は、今自分の前に居る───
2年の空白の歳月を経て、確かに生きながらえていたのだ。
体格から、年の頃は5〜6歳といったところだろうか、失踪した年齢とも重なる。
だが、明らかに飢えて栄養が足りていない貧相な体つきをしていた。
年齢にはおおよそ見合わないほどに、体格が伴わず小柄だ。
血走った眼。そして、獣のように吼え声で唸るその姿に、一目でピンと来た。
育てられたのだ───ゴブリンに。
そうでなければ、今こうして生きていられる訳などない。
ゴブリン達の子育てなど聞いた事もないが、さっきの言葉を話す個体のように
知恵を持ったゴブリンが居る群れでならば、存外あり得る話なのかも知れないと思った。
( ^ω^)「ロベルト! 助けに来たんだお、君を!」
ζ°ゝ) 「ウ、ガウウゥッ!」
( ^ω^)(正気を、失っているのかお?)
名前の呼びかけにも、応じる事はない。
その様子から、こちらに完全な敵意を向けているのが見て取れた。
育ての親を殺された事に、憎悪を燃やしているのだろうか。
だが、並のゴブリンと比べても体格のさほど変わらぬ、人間の子供。
もし襲い掛かってきても、相手にするのはたやすい。
問題は、彼を大人しく連れて帰る事が出来るのだろうかという事だ。
319
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:23:47 ID:Si4yTBmk0
ζ°ゝ)「ふぅぅッ!!」
視界の端から一瞬で消えると、闇の中へと紛れ込んだ。
その気配を目で追うが、大した速さを身に着けているようだ。
闇の中をジグザグに走りながら、手にした石斧で自分の首を狙いに来ている。
ゴブリンなどよりよほど素早い身のこなしだが、かといって彼を斬る訳にもいかない。
ζ°ゝ)「うがぁッ!」
(;^ω^)「くっ!」
飛び掛ってきたその手を、辛うじて払いのける。
そのまま上半身に纏ったぼろな布切れの胸倉を掴むと、多少乱暴に地面へと引き倒した。
ζ; ゝ)「あ……あうっ」
(#^ω^)「大人しく……するおッ!」
剣を傍らに投げ捨て、彼の腕ごと腹の上に乗りかかった。
細い子供の割りには大した腕力、それでもブーンの体格の前には抗うべくもない。
(#^ω^)「君自身がゴブリンにでもなったつもりかお!?」
ζ#°ゝ)「ギヤァアイッ!」
瞳を真っ直ぐに見据えながら、言い聞かせるようにして頬を何度も強く張る。
だが、その顔はますます憎しみに皺を刻んでいくばかりだ。
(;^ω^)(これじゃ……こんな状態で……連れ帰っても)
歯をガチガチと強く噛み合わせ、威嚇しているのか。
獣と寸分違わぬ姿の彼、ロベルトの顔を覗き込みながら、ブーンは肩を落とす。
320
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:25:59 ID:Si4yTBmk0
もう一度人の世界に放り込んだとして、それがこの子の幸せになるのだろうか。
息子はもう帰ってこない、そう覚悟を決めていたフランクリン夫妻。
その彼らに、獣のように変貌してしまった彼を差し出しても、両親にとっては
果たして本当に喜ばしい事なのだろうかと、己に問うた。
募る疑問は、依頼達成への最後の障害となって、降りかかっていた。
(;^ω^)「………」
傍に転がっていた長剣を拾い上げると、その柄に手を伸ばしてみた。
ここで彼は死すべきなのだろうかと、暗い考えがよぎる。
口の周りには赤黒い汚れがいくつもこびり付いている。
それは野生動物のものか、はたまたゴブリン達と共に人間を襲って喰らっていたのか。
まるで人が変わってしまったであろうこの子を、本当に解放してやるべきなのか分からない。
ゴブリンに育てられた彼が、また元の普通の子供に戻れるのだろうか。
もっとも、こんな考えも当の本人にとってはただ身勝手な、周囲による傲慢でしかないのだろう。
ζ#°ゝ)「ぎぃぃぃぃーッ!」
考えても、良い方法は浮かばなかった。
両親の喜ぶ顔を見ようなどという甘い幻想は、一旦この場において置く事にする。
ロベルトの上体を踏みつけながら、剣を手にその姿を見下ろす。
あいも変わらず拘束から逃れようと四肢を暴れさせるが、ブーンの持つ長剣を目にして、
若干その顔色が変わったようだった。
321
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:26:22 ID:Si4yTBmk0
ζ;°ゝ)「………う、うぁあ?」
ゆっくりと振り上げられてゆく剣に、ロベルトの身が強張り、表情が曇ってゆくのが分かる。
やがて後頭部にまで高く剣を掲げると、その剣先をぴたりと止めた。
ブーンの無表情から何かを感じ取ったのか、ロベルトの表情もまた、完全に凍りつく。
( ω )「化け物ごっこは、もう終わりだお」
ζ;°ゝ)「あ、あぅ……い……あ」
────────そして、剣は唸りを上げて振り下ろされた。
──────────────────
────────────
──────
322
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:28:41 ID:Si4yTBmk0
一瞬の火花を伴って、轟音が少年の耳を劈いた。
振り下ろされる瞬間に横を向いて目を瞑ったロベルトの、その眼前へとつき立てられた剣。
ζ;ゝ) 「……あ……ひぐっ」
彼の目には、本気の殺意を持って振り下ろされたものに見えただろう。
ブーンの剣は、確かに力強く突き立てられた───だが、それは頭一つ分方向を外れた、地面にだ。
それでも、年端もゆかぬ少年の下半身は、度を超えた恐怖によって湿っていた。
静寂の中で堰を切ったようにして響き渡るのは、ロベルトの嗚咽。
それは、確かに彼がまだ人間である事。
恐怖を覚える人としての感情がある事を、証明してくれた。
たとえ人里に彼の身がうつされようとも、妖魔に育てられた彼だ。
受け入れられるどころか、周囲の人間達からは迫害されるかも知れない。
しかしそんな心配事も、彼の泣き顔を見た瞬間にどこかへと飛んでいってしまった。
この子供らしい元気な泣き声を聞いている内、きっとすぐに元の生活に溶け込める、そう感じた。
それに、たとえ周囲が白い目で見ようとも関係はないだろう。
この子の帰りを一番に待ち望んでいるのは、両親だけだ。
( ^ω^)「ロベルト……目を覚ますんだお」
泣き止まない少年の傍らにしゃがみ込み、その頭にぽんと手を置いて、言い聞かせる。
先ほどのように怒気を孕んだものとは対照的に、優しく、語りかけるように。
( ^ω^)「君はゴブリンじゃない―ー”人”、なんだお?」
ζ;ゝ)「うぅ……うああぁぁぁぁぁんッ」
ぽんぽんと彼の頭の上で、手のひらを優しく上下させ続ける。
その作業は、やがて彼が泣き止み、大人しくブーンに手を引かれるようになるまで続けられた。
323
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:29:16 ID:Si4yTBmk0
* * *
彼の手を引き、洞窟の入り口を抜ける頃には、すっかり大人しくなっていた。
外はもうとっぷりと日が暮れ始めており、今からリュメに帰れば夜だろう。
今晩は一晩ゆっくりとリュメで休息し、明日の朝ヴィップに発とう。
そう思い、出てきた洞窟の方へと何気なく振り返ってみた。
(#℃_°#)「………」
すると、洞窟の入り口の真上に位置する茂みの奥に、一匹のゴブリンの姿があった。
敵意を向けるつもりはないのか、立ち尽くすブーン達を、ただ黙って見下ろしている。
さっきの戦闘から逃げおおせた、生き残りのゴブリンであろう。
沈みゆく夕日を背に、ゴブリンとブーンはしばし見つめ合っていた
それを傍目に、突如ロベルトが言葉を発する。
ζ・ゝ)「───ば、い」
彼もまた、茂みのゴブリンの視線に気づいていたようだった。
手を振りながら、人間流の別れの挨拶を岩場のゴブリンへと送った事に驚いた。
324
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:29:49 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「お前たちが心配しなくても──この子はきっと、元気に暮らしていけるお!」
ブーンも、見下ろすゴブリンに対してそう叫んだ。
ロベルトに対しての、親や兄弟としての感情。
もしかするとそんな情深さが、彼らの間には宿っていたのかも知れない。
洞窟の攻略は、時間にしてみればものの一刻に満たぬ間だった。
たったそれだけで、そこに暮らしていたゴブリン達の生活を全てぶち壊した。
さっきの獣のようなロベルトは鳴りを潜め、帰途に就く今ではしおらしいものだ。
思えば、親兄弟の仇を目の前にしたのならば、自分もさっきの彼のようになっていたかも知れない。
ロベルトにしてみれば育ての親である彼らを残酷に殺したのは、外ならぬ自分だ。
その事実と向きあうにはロベルトには酷であろうと、ブーンの心はずんと痛んだ。
(#℃_°#)「………っ」
口を動かし、何か呟いたようだが、ここまでは聞こえてこなかった。
ゴブリンが自分達に背を向けて去っていったのを確認すると、自分もまた洞窟へ背を向ける。
依頼達成の報告をフランクリン夫妻へと届けるため、あざ道を帰路へと目指した。
ζ ゝ)「ばい、ばい」
* * *
325
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:30:30 ID:Si4yTBmk0
────【リュメの街 フランクリン宅前】────
街に入り、人の姿が目に入ると、ロベルトは急にブーンの手を振り払って暴れようとする。
だが、この子の両親の元へ連れていくまでは、決してこの手を離すつもりはない。
手甲に噛り付かれたりもしたが、痛そうに口を開けて泣きそうな顔をするのは、まだまだ子供の証だ。
( ^ω^)「さ……着いたお?」
ζ・ゝ)「………?」
どこか、懐かしいと感じているのかも知れない。
ドアの向こうで灯された明かりに、吸い寄せられるようにフラフラと歩いてゆく。
そこを、自分がノックしてやった。
「………はい!」
ブーンだと思ったのだろう、ドアの向こうで慌しく、こちらへと駆けてくるフランクリン。
がちゃ、とドアが開けられた時の彼の表情は、この時のブーンの脳裏に深く刻み込まれた。
( '_/')「待っていました、ブーンさ───」
ζ・ゝ)「………あ」
(°_/°)「────ん」
( ^ω^)「戻ったお、フランクリンさん。
─────約束通り、”ロベルト君を連れて”」
326
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:31:20 ID:Si4yTBmk0
その後のフランクリンの歓喜の様子は、凄まじいものだった。
夜分にも関わらず、近隣にも轟くほどの大声で、けたたましく妻を呼びつける。
( ;_/;)「マ……マディーッ! マディッ!」
ノ|| '_')「何ですか、あなたそんなに………って、え!?」
玄関口に立つ、少しばかり背丈の大きくなった愛息子の姿を目の当たりにした瞬間、
彼女もまた口を手で押さえて、溢れ出す言葉をどうにか抑えとめていたようだ。
言葉をかける間も挟ませず走り出すと、ロベルトの前に膝をつき、その身体を力強く抱きしめた。
ζ>_ゝ)「あうっ!」
ノ|| ;_;)「あぁ……ロベルトッ! 私達の、ロベルトなのね!?」
最初、暴れだすかとも思って待機していたが、意外にも母親に抱きとめられ、
その身をだらりと投げ出し、されるがままになっていた。
多少苦しそうではあるが、その表情にも次第に変化が見て取れる。
( ;_/;)「……まさか、まさか生きていてくれただなんてッ!」
目頭を押さえて、そこからも大粒の涙が伝うフランクリン。
その、両親ともが号泣している状況に釣られてか、あるいは───
ζ;_ゝ)「あ”ぁぁぁぁッ」
ついにはロベルトも泣き出し始めた、リュメの夜空。
フランクリン親子の泣き声の、三重奏が響き渡っていった。
生家に戻った事で、様々な記憶が蘇ったのだろう。
ロベルトは両親の事をやはり忘れてはいなかったようだ。
だが彼の涙には、もしかすると共に暮らしたゴブリン達の死を悼むものでもあるかも知れない。
327
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:32:11 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)(良かった……本当に、良かったお)
寄り添う三人に踵を返し、邪魔者は消える事としよう。
今夜は二年越しの親子水入らずを、ゆっくりと楽しんで欲しいものだ。
冷たい夜風が、火照った頬を撫で付ける。
心地よい涼しに、はたと星空を見上げてみる。
( ^ω^)(どこへでも繋がってるんだおね……この、空は)
空で光り輝く星たちに、一抹の思いを馳せる。
柄にもなく詩的な一節が口から出てくるのは、依頼を無事達成した事に対して
熱を帯び、どこか舞い上がっている自分がいるのだろうか。
( ^ω^)(ならブーンも、どこへでも行けるお………どこへでも)
そして彼の足は、今も背後で聞こえる泣き声に振り返る事も無く、再びヴィップへの帰路へと踏み出した。
* * *
────かに思えたが、唐突に何かを思い出して、フランクリン宅へと駆け戻った。
(; ω )「………ッ!!」
(; °ω°)「いっけね!!」
(; °ω°)「成功報酬!!」
(; °ω°)「もらってねぇおぉぉぉぉぉぉッ!!」
───そして、すぐにばつの悪そうに顔を合わせる事となった───
328
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:33:10 ID:Si4yTBmk0
* * *
それから、宿泊を促すフランクリンから成功報酬だけを受け取ると、泊めてもらう事は遠慮しておいた。
代わりに夫妻から、幾度もの感謝の言葉と、力強い握手を何度も交わし、この胸はそれだけで満足だ。
( ^ω^)「親子水入らずを、楽しんで欲しいお」
それだけ告げ、最後に泣き疲れて眠ったロベルトの寝顔を見て、安心して再び帰路へと発った。
夜分にも関わらず、街を後にするブーンの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
胸にロベルトを抱いたそんなフランクリン夫妻の姿が─────印象的であった。
そして、二日後。
────【交易都市ヴィップ 失われた楽園亭】────
(’e’)「───言葉を喋るゴブリン、ねぇ」
マスターは知っていたらしい。さすがは、様々な冒険者が集まる宿を切り盛りする店主だ。
ゴブリンの中にも様々な種類が居て、自分が相対したのは、数百匹に一匹の割合で
人間並みの知能を兼ね備えた、”ゴブリンシャーマン”というものらしい。
それならば、ロベルトを育てて仲間へ引き入れようとしていた行動にも、納得がいく。
329
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:34:33 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「いやぁ、もうびっくりしたお! ま、ブーンの敵じゃあなかったけどお、ね」
(’e’)「ま、所詮ゴブリンだしな」
(;^ω^)「いやいや、それが十……数匹? ものゴブリンに囲まれたブーンには、
聞くも苦労、語るも苦労のドラマがそこにはあったんだお!」
(’e’)「おーおー、そりゃすごい」
────辟易とした表情で、店主は頬杖を突きながら相槌を打った。
(’e’)「ま……俺の店の馴染みにゃあ、オーガ三匹に囲まれたとて、
涼しい顔して剣一本でブッ倒しちまう奴もいるぐらいだからなぁ」
( ^ω^)「オーガって、あの……人鬼のオーガかお? それは話盛ってないかお?」
(’e’)「こないだ俺の店に来てただろ。あのジョルジュって奴、あいつさ」
(;^ω^)「あの人……そんなに強い冒険者だったのかお?」
(’e’)「ま……勝てない相手に喧嘩を売るのが、あいつの生き方だからな」
ヴィップに戻るなり、世話になった店主に冒険談を聞かせたいがため、いの一番にカウンターへと座り込んだ。
武勇伝を盛って話すブーンに対して、マスターからは淡々とあしらわれるような返し方をされ続けている。
だが時折、少しだけマスターも嬉しそうな笑みを浮かべてくれるのが、ありがたかった。
330
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:35:05 ID:Si4yTBmk0
(’e’)「ま、そんな事よりも」
( ^ω^)「?」
エールグラスを磨く手を止め、じっと顔を覗き込んできたマスター。
(’e’)「お前さん……こないだよりも、いい顔になったな」
(*^ω^)「止すお、マスター」
(’e’)「本心さ。これで一皮向けて、冒険者になったな」
そう言って、背を向けたマスターは樽からエールをグラスへと注ぐ。
注ぎ終わったあと、再びブーンの方へと振り返ると、目の前へと置いた。
(’e’)「オゴリだ。こいつは俺からの、門出の祝いさ」
( ^ω^)「! ………ありがたく、頂きますだお!」
そのやりとりを見ていた一人の酔っ払いが、ブーンの首元へと手を回して、後ろから組み付いてきた。
まだ昼間だというのに赤ら顔で、何献酒を平らげたのか、吐く息は思わず顔を背けたくなるほどだ。
爪*'ー`)「よぉぉぉぉッ! 奇跡の再会だなッ、友よぉぉぉぉッ!」
(;^ω^)「な……なッ」
(’e’)「うるせーぞ、フォックス!」
爪*'ー`)「んぅ、おカタい事言いなさんなよぉ、マスターぁあん」
331
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:35:45 ID:Si4yTBmk0
(;^ω^)「……フォックス。もう楽園亭に、来てたのかお?」
(’e’)「ん?お前さん、こいつと知り合いか?」
(;^ω^)「ん、まぁ……知り合いには違いないけどお」
(’e’)「お前さんが出立してから、入れ違いでヴィップに来たんだとよ、こいつは。
店の客の迷惑も考えねぇで女は引っ掛けようとするし、酒は底なしだし、全くかなわんよ」
爪*'ー`)「んむむ………デレちゅわ〜ん!」
ζ(゚ー゚*;ζ「あの……フォックスさん……他のお客さんの迷惑になるんで……」
(’e’#)「てめぇッ! ウチの看板娘に手ぇ出しやがったら、叩き出すぞ!」
爪*'ー`)「……ちぇっ、分かったよ」
爪*'ー`)(今度あのハゲ親父に内緒でデートしようぜ、デレちゃん)
ζ(゚ー゚*;ζ「いや……あの……あはは」
(’e’#)「聞こえてんだぞ……」
苦笑いで何を逃れた店娘のデレは、客に呼ばれたのを良いきっかけに、卓へと駆けていった。
その後ろ姿に鼻の下を伸ばしていたフォックスが、またブーンのもとへと歩み寄る。
爪*'ー`)「依頼さ、達成したんだってな。おめでとさん」
( ^ω^)「大変だったけど、何とかこなせたお」
332
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:36:48 ID:Si4yTBmk0
爪*'ー`)「やるねぇ、このこの……実はさ、俺も冒険者になるぜ!
とは意気込んではみたものの、俺そういうのぜーんぜんわかんねぇんだわ」
( ^ω^)「ブーンもよく読んでた手引き書の内容を、曖昧に覚えている程度だお?」
爪*'ー`)「注意力とか洞察力、あとは手先の器用さには自信があるんだけどさぁ」
爪*'ー`)「どうにも、俺みたいなタイプが一人で一匹狼気取るのは、ちっとキツイんだわ」
( ^ω^)「確かに……ブーンもゴブリン相手とは言え、一人っきりは辛かったお」
爪*'ー`)「そこで、だ……パーティー組まないか? この、俺とだ」
( ^ω^)「パーティー?」
爪*'ー`)「あぁ、損はさせねぇさ。ブーン&フォックス! あいつらがあの伝説の───!」
爪*'ー`)「……なーんつって言われるようになるかも、知んねーだろ?」
フォックスからの突然の申し出、頭に手を置いて、ブーンはじっくりと考えてみた。
危険な旅は、人数が多いほうが良い。それも、信用できる人間ならなおさら有難い。
フォックスの人間性については、ここまでで数度しか会話を交わしていないが、
ある程度自分に近い感じを受け、受け入れやすい人柄だと思っていた。
依頼の報酬は減るが、背中を任せられる相棒が出来るのは、頼もしい事だった。
( ^ω^)(ずっと一人って訳にも行かないし、良い機会……かも知れないお)
爪*'ー`)「……どうだ?」
333
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:37:30 ID:Si4yTBmk0
( ^ω^)「その申し出、喜んで引き受けるお」
爪*'ー`)「……よっしゃ!今日から俺とお前は仲間だ、ブーン!」
(’e’)「おいおい、こんな奴と組んじまっていいのか?」
( ^ω^)「ブーンの目に、狂いはない!……と信じたいお」
爪*'ー`)「まーまー、損はさせねぇってば。
あ、改めて自己紹介しとくぜ」
爪*'ー`)「”グレイ=フォックス”、生まれはどこだか忘れちまった。
が、当分はヴィップを根城にする。楽園亭に骨を埋める覚悟だ、よろしくな」
(’e’)「おいおい……勘弁してくれねぇかな」
( ^ω^)「”ブーン=フリオニール”、生まれはサルダの村だお。
まだまだ駆け出しだけど、こっちこそよろしくだお!」
無事依頼を達成したブーンの元へ現れた、フォックス。
偶然にも再会した二人は、旅を共にする事となった。
酒を酌み交わし始める二人の姿を見ながら、これまでよりも煩い店内になってしまった
失われた楽園亭のマスターは、頬杖をついて厄介そうにため息をついていた。
だがこの翌日、さらにこの店を騒がしくしてしまう来訪者が訪れる事を、マスターはまだ知らない。
334
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:38:04 ID:Si4yTBmk0
* * *
(´・ω・`)「───見えてきたね、ヴィップが」
ξ;゚⊿゚)ξ「や、やっと……柔らかいベッドの上で寝られるんだわ……」
( ^ω^)冒険者たちのようです
第6話
「名のあるゴブリン」
─了─
335
:
名無しさん
:2024/10/10(木) 03:41:02 ID:Si4yTBmk0
>>278-334
が、ゴブリンをよく狩る人には怒られそうな第6話となります。
焼き直し作品ですので基本sage進行でかまいません。
336
:
名無しさん
:2024/10/11(金) 23:21:30 ID:58yxKtJ20
乙津
337
:
名無しさん
:2025/01/26(日) 16:15:09 ID:sTdmUGKk0
飽きるの早すぎんか…
338
:
名無しさん
:2025/02/17(月) 15:38:41 ID:GsdDy/eU0
クオリティ高いな。
カードワース題材というのもしぶい。
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