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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

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                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

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47名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:15:27 ID:F94asbco0
さて、後三十分もすればトラギコの読み通り警察が大慌てになる。
この店に来るまでの間に感じた尾行者も、それどころではなくなるだろう。
ホテルを出る際に誰もトラギコを止めなかったことを含めて考えると、警察はトラギコが昨晩の火事の情報を新聞社に流したとは知らないらしい。
トラギコはヅーに対して、この上なく美しい方法を使って中指を立てることに成功したのだ。

(=゚д゚)「よし、これでいいラギ。 それで、例の写真の件ラギ。
    あれはアイリーン・ストリートで撮ったラギね?」

(-@∀@)「その通りです、よく分かりましたね」

(=゚д゚)「市場っつたら、ここぐらいラギ」

(-@∀@)「それで、電話の続きは?」

アサピーに電話で話したのは、これから朝食を食べよう、という提案だった。
勿論この男と朝食を楽しむのが本命ではない。
それぐらい分かると見込んで、あえてそのような言い方をしたのだ。
抜け目のないヅーならば、部屋の中に盗聴器を仕掛けてトラギコの発言から行動を予想し、そこに手を打つと予想したのである。

見込んだ通り、アサピーはトラギコが自分を呼び出した理由を察していた。

(=゚д゚)「お前が撮った人間を探すラギ。
    俺はここで粘るから、お前は市場周辺を探してきてほしいラギ」

(-@∀@)「……ちょっと待ってください、今メモしますから」

懐から再生紙のメモ帳と万年筆を取り出したアサピーを睨み付け、トラギコは低い声で注意した。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 メモは残すな。
    覚えろ」

48名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:18:58 ID:F94asbco0
メモは他人に見られる可能性がある。
落とした時は最悪だ。
それに人間は、メモをしたところで完全には覚えられない。
それならば最初から頭の中にしまっておいた方がいい。

(;-@∀@)「ちょっ、それは無茶ですってば!!」

四つに折り畳んだアサピーの写真を広げて見せ、ショボンとデミタスを指で叩く。

(=゚д゚)「なぁに、簡単ラギ。 この写真の、この二人。
    このどっちかを探してほしいラギ。 手がかりになるのは、こいつらはこの島では新参者ってことラギ」

新聞記者は言葉を覚えるよりも、画像を覚える方が得意なはずだ。
カメラのアングルに気を遣う人間ならば分かるが、過去の経験値から似たシチュエーションを検索し、その当時の撮影方法を活かした撮影をすることがある。
記者の場合はそれに加えて、取材対象の人間の特徴をパーツで記憶することに長けている。
この男も新聞記者の端くれならば、それぐらい出来て当然というわけだ。

(-@∀@)「はぁ、まぁ覚えましたけど…… 結局、この二人は一体何者なんです?」

(=゚д゚)「それは事件が終わったら教えてやるラギ。
    あぁそれと」

(-@∀@)「はい?」

(=゚д゚)「金、貸してくれラギ」

アサピーを呼び出した理由の中でかなり大きな比重を占めているのが、資金の提供だ。
朝食だけで予算の半分を消費していては、とてもではないが操作は続けられない。
下心があったとは言っても、こちらはそれなりのリスクを背負っているのだ。
暫くの間、警察官が血眼になって事件の情報を流した人間を探すことになる。

49名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:23:29 ID:F94asbco0
第一容疑者は、勿論トラギコだ。
逃げるには金が必要だった。

(;-@∀@)「もうありませんよ!! 僕はあなたの財布じゃないんですよ!!」

(=゚д゚)「そうか、分かった。 だから金を貸すラギ」

有無を言わせぬ物言いで、トラギコはもう一度金銭を要求した。
ブツブツと文句を言いながら、アサピーは財布から百ドル金貨を出した。
金貨とアサピーを見比べて、トラギコは素直な感想を口にした。

(=゚д゚)「は?」

足りるはずがない。
この男が手に入れたのは給料だけでなく、名声と信頼も同時に我が物としたのだ。
それまでスクープとは無縁だった男に光が当たり始めるきっかけを作ったのは、他ならぬトラギコ。
それに対する報酬が百ドルのはずがない。

硬貨の角で机の上を叩いて威圧すると、アサピーは必死に弁明を始めた。

(;-@∀@)「手持ちが今これしかないんですよ! 取材をするにしても何も買わずじゃ駄目なんですよ?
      報酬は後から追加で渡しますから、今はこれで勘弁してください」

百ドルあれば二日は捜査が円滑に進められる。
警察も無能ではない。
新聞社に情報をリークした人間がトラギコであることに行きつき、そして捕まえるのと同じ時間だ。

(=゚д゚)「ちっ、必ず払うラギよ。 あぁそれと、俺はしばらくどこかその辺りをほっつくラギ、配達用のバイク貸してくれ。
    お前がここに来るのに使った奴ラギ」

50名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:27:09 ID:F94asbco0
新聞社で広く使われている配達用のバイクと言えば、傑作自動二輪のスーパーカブをおいて他にない。
今の時代で使われているスーパーカブは発掘されたダット――デジタル・アーカイブ・トランスアクター――に残されていた設計図を基に、ラヴニカの職人たちが再現した物だ。
発電・蓄電方法の優秀さも然ることながら、他と一線を画すのはその異常なまでの耐久力だ。
悪路、悪天候、整備不良。

ありとあらゆる最悪の状況下にあってもその運転性能に支障をきたすことがなく、常に運転手を目的地に運んでくれる頼もしいことこの上ない二輪車である。
運転操作も容易で、クラッチ操作は左足で行う。
価格が安価であるため、世界で最も使用されている自動二輪車の一つとして知れ渡っている。

(;-@∀@)「どこまで横暴なんですか!!
      それにどうして、僕がバイクに乗ってきたって分かったので?」

(=゚д゚)「うるせぇ奴ラギね。 んなもん、音に決まってるラギ。
    それよりお前、怪我人に歩けってか? おいおい、とんだ人でなしだぜ、えぇおい。
    ほれ、さっさとキーを貸すラギ」

(;-@∀@)「くそっ……くそぅ……」

アサピーはポケットからキーを出して、トラギコに渡した。
多少無理矢理ではあったが、移動手段の確保に成功した。
窓の外を注視しながらそんな話を済ませ、トラギコは照準器を袖から出して窓の外に向けた。

(=゚д゚)「今後、連絡は俺から取る。 支社に電話するから、覚えておけよ。
    それと、何か昨日変わった事件とかはなかったラギか?」

(-@∀@)「いや、特には聞いていないですね。
      知っての通り、我々の新聞社はこの街では余所者ですから。
      トラさんの情報なんて、この支社始まって以来の快挙ですよ。
      ……いや、一つだけありましたね」

51名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:30:49 ID:F94asbco0
(=゚д゚)「ほう?」

(-@∀@)「ここに来る途中、グレート・ベルの傍にある民宿が工事をしていました。
      何でも昨日の夜、客室に石を投げ込んだ人間がいたとのことで、窓ガラスを交換していました」

心底どうでもいいニュースだった。
大方、火事に乗じて暴れた若者の仕業だろう。

(=゚д゚)「もう少し有益なのはねぇのかよ」

(-@∀@)「んなこと言っても、僕に入ってくる情報なんてそんなも――」

アサピーの言葉が自動的に切断され、トラギコの意識は視界に移るありふれた光景の中に潜む、一点の異質に注がれた。
黒い鞄が、テラス席に置かれている。
ただそれだけだった。
そう。

――誰も座っていない、テラス席に。

(;=゚д゚)「……」

記憶を辿る。
いつから、あの不自然極まりない鞄があったのか。
一体誰があの鞄を置いたのか。
ホットドッグを食べている時にはなかった。

そうすると、アサピーが来てからだ。
アサピーとの会話中も、常に外の変化には目を光らせていた。
流れるような動作で置かれでもしない限り、見逃すことはあり得なかった。
発見するまでの僅かな時間で置かれた不審な荷物。

52名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:35:14 ID:F94asbco0
(;=゚д゚)「おい、ちょっと窓から離れ――!!」

そして――

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            《〉                    /\
              。                | ̄\〉
           \〉 釗 :. ‖                   L_/    August 10th AM04:14
           ̄\|  、从_/  ゚
             ‖:.⌒  .:⌒)、/  o
            |! .:|!     .:⌒)‖       rく ̄〉              __
         ∧ l!l .:‖从    : 从_      L/             /: : :.,/ ̄\
         〈  i!l| .:,|l⌒:.、_从   ::⌒)、                    / ̄ ̄\  .:: :〉
       ..:┴: l!l|  .:⌒≫―(⌒:.   ,;:从                  くミ:;   ::: :.,>./
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――爆音と共に発生した衝撃波で、店中の窓ガラスが大きく震えた。
咄嗟にアサピーの頭を掴んで床に伏せたトラギコは、まず彼の安否を確認した。
音に驚いて気絶していたが、特に目立った傷もない。
倒れた松葉杖を掴んで立ち上がり、階段を飛ぶようにして降りた。

すぐに店の外へと出て、被害状況を確認する。
人の泣き声が聞こえる。
人の悲鳴が聞こえる。
耳に残る悲痛な声と騒然と化したテラス席。

爆心地は大きく抉れ、石畳が無残な姿となっている。
悲鳴を上げるだけの元気を持った軽症者はいるが、重症者が見当たらない。
これもまた、不自然だ。
普通、爆弾を仕掛ける人間は不特定多数を殺傷することを目的とする。

53名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:39:54 ID:F94asbco0
人通りの少なくなっている早朝に爆弾を用いたテロ行為をするのは、あまりにも理に適わない。
標的を殺傷することを目的とした戦略的な攻撃だ。
誰も倒れていないのを見るに、その標的は逃げ果せたようだが。

(=゚д゚)「……」

何かヒントになる物がないかと、黒く焦げた爆心地に向かって近づく。
負傷者に手を貸す程の被害ではないが、警察が駆けつけて現場を封鎖する前に、情報を手に入れなければならなかった。
抉れた石畳の形が明らかに歪なことに、トラギコは気付いた。
普通、爆発の衝撃は中心から円を描いて球体上に広がっていく物だが、その歪みは片側に大きく偏っていたのだ。

指向性の爆弾が使用された証拠だ。
対象は、鞄の北側に座っていた人間という事になる。
しかし肉片も血痕もない。

(=゚д゚)「……すげぇな、逃げたのか」

あれだけの短時間の間に爆弾を仕掛ける人間も然ることながら、逃げ切る方もかなり優秀だ。
トラギコでさえ、鞄の不審さに気付いた時には爆発していた。
つまり、鞄が置かれる前から警戒していたという事になる。
人並みならぬ警戒心と行動力だけが、この状況から生存するために必要な物だ。

対象となる人物。
可能性はいくらでも考えられる。
円卓十二騎士のダニー・エクストプラズマン、ショーン・コネリも暗殺の対象と成り得るし、爆殺から逃れることも可能だ。
それだけを把握し、トラギコは現場から離れることにした。

54名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:43:15 ID:F94asbco0
焦って動いてはいけない。
何事もなかったかのように静かに立ち去るのが鉄則。
新聞社のスーパーカブがスタードッグス・カフェの前で倒れているのを見つけ、アサピーから借りたキーが入るかを確認してから車体を起こした。
再び店内に戻ったトラギコは、気絶しているアサピーの顔を松葉杖で殴って起こした。

(;-@∀@)「い、痛たぁ…… トラさん、さっきのは一体?」

(=゚д゚)「暗殺未遂ラギ。 お前は目撃情報を集めてこい。
    今ならお前の手柄ラギ。
    ついでに人助けをしておくと、好感度が上がるラギよ」

(-@∀@)「や、やった!! こりゃあスクープをゲットせにゃかもだぜ!!」

言語中枢に問題が生じてしまったらしい。
トラギコが殴ったことが原因でないことを願うばかりだが、後は笑顔で階段を駆け下りていった彼が情報をまとめて手に入れてくれるだろう。
今はここから離れ、グレート・ベルに向かわなければならない。
そこを中心に建物の屋上を見て回り、カールを殺した狙撃手の位置を知り、今の爆殺騒ぎとの関連性を見つけることが出来れば大きな進展となる。

後手に回り続けてきたが、捜査はここから始まる。
追い詰めるのはこちらなのだ。
飲みかけのコーヒーの入ったタンブラーを取り、トラギコは早足で店を出た。
地面の焦げた匂い、無知な人間のどよめきがトラギコの頬を緩めた。

嗚呼。
最早。
遠慮は不要。
この事件、トラギコが食い千切るに値するものと認識せざるを得ない。

55名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:45:56 ID:F94asbco0
これだから警察は好きなのだ。
だから警官は楽しいのだ。
常にトラギコを興奮させ、新たな発見をさせてくれる。
この感覚こそが、警官人になった最大の喜びと言える。

オアシズでは出し抜かれたが、もう、そうはさせない。

(=゚д゚)「誰だか知らんが、俺を騎乗位でイカせようだなんてあめぇんだよ」

感情が昂ぶるあまり、トラギコは独り言ちてしまう。
主導権を握られ続けるのは性に合わない。
ここから巻き返す。
ここが逆転の始点。

次なる目標を手に入れたトラギコはバイクに跨り、グレート・ベルを目指してアクセルを捻った。

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/////人ヽハ  ヽ二彡   ::::::`==彡'_, レ「ヽ__          Ammo for Tinker!!編
///// / \_,        ::: :::::::::::::;^iヽ{ヽ\`⌒ゝ―
//// / / / ∧ .::::::::::.   : _   :::ハ} i⌒ゞ―― ト            第五章 了
///}. {/ ///// 、:::::   ヽ:::'´ ィア .///ハ .|  i i i } }
// | ∨{ヽ  ∨ヽ ^ヽ=ニ三彡′/}:l i ノ .}  |            To be continued...
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56名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 22:47:08 ID:F94asbco0
これにて本日の投下は終了となります。
支援ありがとうございました。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

57名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 23:20:05 ID:nf.PkK0o0


58名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 23:41:54 ID:yakj3d/k0
ドリームキャッチャーや他のキングシリーズについて設定はあったりしますか?

59名も無きAAのようです:2015/02/09(月) 00:44:16 ID:V8kG6P8.0
(=゚д゚)
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1655.png

おっさん描くの難しい……

60名も無きAAのようです:2015/02/09(月) 23:01:06 ID:gir2BfEQ0
>>58
勿論ありますし、登場して来る予定ですよ。
他にも「ショーシャンク・リデンプション」なんてのがあったりします。

>>59
此度も素敵なイラストを描いていただいてありがとうございます!
描くのは慣れ次第でどうにかなるんじゃないかなとか無責任なこと言ってみますね

61名も無きAAのようです:2015/02/10(火) 03:57:58 ID:v.2vxf5.O
ショーシャンクは偉大なる名作
異論は認めない

62名も無きAAのようです:2015/03/14(土) 10:31:35 ID:V0j39Rog0
明日VIPでお会いしましょう

63名も無きAAのようです:2015/03/14(土) 11:58:54 ID:U8BCuTa60
乙、待ってるぜ

Rellieve!!編より

(゚、゚トソン
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1683.png

(゚、゚トソン フルカラーver.
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1682.png

64名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:09:20 ID:J8kdJ1IQ0
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それでも我々は、正義を探し求める。

その道を阻むものは、全て蹴散らす。

――警察歌 一番より抜粋

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世界の秩序を守り、正義の代表者として認知されている都市、ジュスティア。
堅牢な壁に囲まれた世界一優れた治安と、世界中に散らばる警察の総本山を抱えた正義の街は八月十日の朝も、いつもと同じように平穏な空気が流れていた。
薄い霧に包まれた街の中を車が走り、人が歩き、徐々に活気が姿を見せ始める。
朝日が水平線の向こうで赤々と燃え、空に群青と目の覚めるようなオレンジのグラデーションを作り出す光景は、新たな世界の誕生のように神々しかった。

しかし。
ジュスティアを象徴する一対の巨大なビル、“ピースメーカー”で早朝から開かれた緊急会議は平穏も幻想的な雰囲気もましてや安寧など皆無で、眠気を吹き飛ばすような緊張感を作り出していた。
朝早くから叩き起こされた重役たちの中には髭を剃っていない者、制服の皺を取っていない者もいたが、不服を漏らす者もそれに対して揚げ足を取ろうとする者は一人としていない。
目の前にある状況は他人の事を気遣う余裕もなければ、楽観視もできない程のものだった。

彼らが直面している唯一の議題は、その日に発行されたモーニング・スター新聞の一面についてだった。
世界最大の新聞社が刊行したその一面には焼け焦げた建物の写真が一枚だけあり、後は文字だけが並んでいる。
問題は、その文字の羅列がもたらす効果だった。
羅列された文字には読者の心を動かし、ジュスティアに対する不信感を膨らませるだけの力があった。

65名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:15:20 ID:J8kdJ1IQ0
眠気覚ましのために淹れられたコーヒーの匂いが充満する会議室には椅子がなく、誰も座っていなかった。
正確に言えば、椅子は全て壁沿いに移動されており、会議の参加者は全員長方形の机を囲むようにして立っていた。
手元にはホチキス止めされた資料と新聞の切り抜きのコピーがあり、何が起こったのかを的確に、そして正確に参加者に伝えた。
会議の第一声は警察副長官のジィ・ベルハウスの怒号で始まった。

爪#゚-゚)「どうなってるんだ!!」

机に新聞を叩き付け、ジィは憤りを部下たちにぶつけたが誰も答えない。
勿論、ジィは答えを求めているわけではない。
この場にいる人間で答えを出せるとは思えないし、出せるはずがないと云うのは百も承知だ。
だが彼女が憤慨するのも当然だった。

全世界で最も読者のいる新聞社の今日の一面には、本来書かれるはずのない、秘匿された情報を基にした記事が掲載されていたのだ。
ティンカーベルという島で起こった火事が事故ではなく放火によるもので、それだけでなく暴漢による侵入をジュスティア警察が許してしまったという事。
それに加えて、民間人の被害者――よりにもよって射殺体――が出てしまったことまで書かれていたのだから、現場に関係している人間で激怒しない者はいない。
火事の隠蔽はどうにでも出来たかも知れないが、射殺された死体について述べられるとどうしようもなく、正直に認める他ないのである。

当然、これは決して公にはしたくない情報だった。
信用問題に大きく関係するだけでなく、世界からの評価が悪くなってしまう。
それだけに、現場となったエラルテ記念病院の関係者全員には厳重に口止めをしていた。
それでも、情報は漏れてしまった。

病院関係者しか知り得ない情報が流出したのは、情報封鎖の初動の段階で大きな失態があったという事を意味している。
その失態を産むのは、現場の指揮者の指揮能力のせいだ。
現在、ティンカーベルで指揮を執っているのは軍の総帥、クロガネ・タカラ・トミー。
彼は軍人であり、警察官ではない。

66名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:17:08 ID:pL9VCxjU0
きた 支援

67名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:20:02 ID:J8kdJ1IQ0
軍による情報統制など、最初から期待せずに警察に一任すればよかったのだ。
繊細な行動は彼らに期待できないという事が、今回よく分かった。 
怒りの矛先は彼だけではなく、万が一に備えて派遣したライダル・ヅーにも向けられていた。
秘書風情がこの事件を処理し切れると信じてしまったのが悔やまれる。

だがタカラよりは、よほど上手に情報をコントロールできただろう。
最低でも漏洩などという情けない事態は回避できたはずだ。
激怒しながらも、ジィは今やらねばならぬことが状況の把握にあることを忘れなかった。

爪#゚-゚)「情報の出処は?!」

彼女の部下たちは首を横に振った。
期待はしていなかった。
そもそも、この短時間の間で離れた場所の正確な状況や背景を把握できれば、今頃は別の場所で難事件解決を担当している。
この場に集まったのは優秀な人間に違いはないが、別分野で活躍をしている人間達だ。

検挙率や書類上の実績ではなく、もっと能力のある人間が必要だった。
しかし外見や書類では、能力の有無は分からない。
部下たちの中で誰が有能なのか、誰がこの種の事件に強いのか、ジィは把握していなかった。
警察を離れたある男が言い放った言葉を思い出し、自分自身に苛立った。

――“あんたは正義じゃなくて、正義に酔う自分しか見てないんだよ”

かつての同僚。
そして、かつての部下。
恩人であり、そして友人だと信じていた男。
今、どこで何をしているのかも知らないが、共に正義について語り合った仲だった。

その彼が残した言葉が、毒のようにジィを責め立てる。
意味もなく当たり散らす自分の姿こそが、その証拠だと自分自身が責め立てる。

68名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:26:41 ID:J8kdJ1IQ0
爪#゚-゚)「くっそ、こんな……こんな事……!!」

ティンカーベルでの失態はこれで二度目になる。
重犯罪者の脱獄、そして厳戒態勢の中で起こった放火。
世間に知られているのは後者だが、前者が知られるのも時間の問題だ。
脱獄不可能と言われたジェイル島から二名の犯罪者を逃がしてしまったことは、ジュスティアの歴史に刻まれるべき大問題だ。

出来れば表に出すことなく、闇に葬りたい。
このままではそれすら困難になる。
避けなければならない。
早急に解決しなければならない。

とり急いで行うべきは脱獄者の抹殺。
それに尽きる。
脱獄者さえ殺せれば、放火の責任を全て彼らに被せることが出来るのだ。
それが最善の手だろう。

そうなると、問題になるのは指揮者だ。
タカラは警察が普段行っているような慎重な捜査には不向きな指揮者であり、ヅーでは管理し切れない人間性をしている。
また、ヅーも指揮者としては不向きな性格をしており、補佐の位置にいてこそ発揮する能力を有している。
つまり、理想的な展開に持ち込むための作戦を考え、指揮する人間がティンカーベルにはいないということだ。

最悪である。
では、誰ならば解決できるのか。
解決できる人間はあの島にはいないのか、と言えば答えは否。
一人だけいる。

警察きっての鼻つまみ者であり、警察でも屈指の捜査能力を有する男。
恐らくは情報を新聞社に流した諸悪の根源――

69名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:31:47 ID:J8kdJ1IQ0
爪#゚-゚)「虎か……」

――“虎”の渾名で忌避される、トラギコ・マウンテンライト。
あの刑事が入院していたのは、奇しくも放火されたエラルテ記念病院だ。
放火された後に彼が保護されたとの報告があったが、彼が新聞社の人間と接したとの情報もある事から、無関係とは言い難い。
捜査のかく乱が目的ではないにしろ、捜査に対して多大なる妨害をしたことは事実だ。

怒りを抑えるために、ジィは握り拳を作って改めて机を叩いた。
どれだけ怒ったところで、今は島に介入することは出来ない。
全ての海路、陸路を封鎖し、脱獄犯たちの逃げ場を絶たなければこれまでの全てが水泡に帰してしまう。
不本意極まりないが、今は待つしかない。

あの島で、誰かが事件を解決してくれることを。
新聞を握り潰し、それを捨てようとした時、会議室の扉が突如として開いた。
現れたのは報道担当部に所属していることを示す階級章を胸につけた、経験浅そうな若い男だった。

( ''づ)「ほ、報告いたします!!」

爪#゚-゚)「……何だ?」

これでどうでもいい報告がされた場合、ジィは握った新聞紙を投げつける用意があった。
しかし、不運にもこの男は非常に有益な情報をジィに話したがために、その怒りを買うことになる。

( ''づ)「ティンカーベルで爆破テロが起こりました!!」

怒りを越えた時、人は物理的な破壊と威嚇行動に出るのだと、その場の全員が学習することとなった。

70名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:35:15 ID:J8kdJ1IQ0
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           ./'ー'^: : : :::: :::::、:::::;:;:;:;:;:;:;:'!             第六章【reaction-反応-】
          ノ: .  . : :: :.:.:.::_;;ヽ:::;:;:;:;:;:;:;'l
           i、. . .___-、ー,='"ヽ|^!::;:;:;;::;:;:;|   __.........___
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             l i !_ ,   _,.、  ハ:;/ i:ノ||!    : :::::::::::::::::::::::::ヽ August 10th
            ,...|::;ヽ、=ニ...ノ / /リ j|||||},    : :::::::::::::::::::::::::'i        AM 04:32
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スタードッグス・カフェの正面で起こった爆破テロはすぐに駆け付けた警察によって対処され、現場は完全に封鎖された。
こればかりはエラルテ記念病院の時とは違い、誤魔化しようがなく、警察は隠蔽ではなくその対処と処理に追われることになる。
幸いにして死者と重傷者がいないため、テロは未遂に終わったと公表されるか、気の狂った男による犯行で犯人は逮捕、拘留されたと発表することだろう。
爆発の規模も小さく、そこまで取り立てて騒ぎ立てるものではなかったのが警察にとっての幸運だ。

一方で、松葉杖を突きながら物思いにふける男にとっては、爆破テロなどあまり興味がなかった。
今しがた起こった爆破テロよりも、昨晩の放火にこそ注視するべきだと考えていた。
トラギコ・マウンテンライトは騒ぎの収まらぬアイリーン・ストリートから離れ、事件解決に必要な情報収集を行っていた。
探しているのは、彼の友人だったカール・クリンプトンを射殺した犯人の手がかりだ。

思い出す限りで分かるのは、銃弾は病院の東側から飛んできた可能性が高いということぐらい。
専門家ではないため、僅かな情報から精確な距離や位置までは分析できない。
有益な情報があるとしたら射殺された時間帯に病院の東側にいた人間なのは、間違いない。
ある程度の高さのある建物から狙撃したのであれば、その銃声や発砲炎が目撃されている可能性がある。

71名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:42:06 ID:J8kdJ1IQ0
それが分かれば、発砲場所の特定につなげられる。
発砲場所には何かしらの痕跡が残っている可能性があり、真っ先に捜査するべき場所でもある。
特に、海が近くにある場所だと風雨の影響をもろに受け、証拠が失われる可能性が高い。
早急に狙撃地点を割り出し、情報が鮮度を保った状態の時に捜査を行わなければならない。

例えば薬莢に残された指紋。
例えば宿泊履歴に残された名前や筆跡。
例えば毛髪や体液など、個人を特定する何かが現場に残されていないとも限らない。
全ては可能性の話ではあるが、とにかく調べなければ可能性はゼロにすらならないのだ。

捜査の基本は自らの足を使うことにある。
例え怪我をしていようが、死にかけであろうが、追われている身であろうが関係はない。
他人の力だけで情報収集するなど、刑事として失格だ。
あくまでも他から仕入れた情報は自分の推理を固めるための材料でなければならず、主導権を手放した時点で刑事ではなくなる。

事件解決の主導権を握ったままにするには、自分で動きながら情報を収集するのが一番簡単で確実な方法なのである。

(=゚д゚)「ちょっといいか?」

Ie゚U゚eI「……何だい?」

まず訪れたのは、ティンカーベルを“鐘の音街”と言わしめる巨大な鐘楼グレート・ベルのすぐ隣に並ぶ、木造二階建ての宿泊施設だった。
木製の扉を開くや否や警察手帳を見せて、トラギコは店主が余計なことを口にしないように先手を打った。
カウンターの前で宿泊名簿を開いて準備をしていた六十代前半の店主は溜息を隠そうともせずに吐いてそれを乱暴に閉じ、トラギコを見た。
短身で小太り、白髪は短く刈り揃えられ、団子鼻の下に蓄えた顎髭が特徴的な男だ。

薄汚れた白いシャツと色褪せたデニムのオーバーオールという姿は、宿屋というよりかは八百屋の店主に相応しい。
観光客には受けがいいだろうが、トラギコには受けが悪い。
腕を組んでトラギコに目を向ける姿は、高圧的を通り越して挑発的にしか見えない。
ならば、礼儀は不要。

72名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:46:26 ID:J8kdJ1IQ0
左手に持っていた黒いアタッシュケースを乱暴にカウンターの上に乗せ、トラギコは質問を始めた。

(=゚д゚)「昨晩のことでいくつか聞きたいことがあるラギ」

Ie゚U゚eI「出来る事でしたら」

(=゚д゚)「昨日、銃声を聞いたラギか?」

Ie゚U゚eI「さぁ、聞いていませんね。 聞いてたら騒ぎになりますよ」

それはそうだ。
銃声は市街地では非常に目立つ。
次に知りたいのは、閉鎖的な街の情報網を駆使した目撃情報だ。

(=゚д゚)「不審者は?」

Ie゚U゚eI「さぁ、昨日のことはよく覚えていないもので」

そっけなくそう答えると店主はこれ見よがしに帳簿を開き、それに目を走らせ始めた。
明らかに敵意のある態度であり、何かを知っていて隠そうとする態度だ。
どうやら、この店主はトラギコに対してかなり強い不信感を持っているようだ。
先ほどの爆発騒ぎだけでなく、放火のことについて新聞で知っているのかもしれない。

となれば、その不信感の矛先はトラギコだけでなく警察全体に向けられている。
誰が頼んだところで、協力的な姿勢は望めない。

(=゚д゚)「何なら、思い出すのを手伝ってやってもいいラギよ?」

Ie゚U゚eI「警官がそんなこと言うと問題になるんじゃないですかね?」

73名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:51:09 ID:J8kdJ1IQ0
(=゚д゚)「……!!」

理性はあった。
このような小物の発言に対して理性を失うほど、トラギコは愚かではない。
むしろ、あまりにも矮小すぎて同情すら禁じ得ない次元の人間にしか見えていない。
それでも、この先の障害になるようであれば排除するべきだという判断は揺るがなかった。

十分すぎるほどの理性を持ちながら、トラギコはカウンター越しに店主の髪を掴んで引き寄せる。
髪の毛が数十本単位で千切れ、その顔が恐怖と痛みに歪む。
噛み付かんばかりの勢いでトラギコは顔を寄せ、声を潜めて言った。

(=゚д゚)「何が、どう問題だって?」

Ie゚U゚eI「ちょ、ちょっと……!!」

まさか、警官が手を出すとは思っていなかっただろう。
それが正常な認識だ。
この男にとっての不幸は、その認識がトラギコには適応されないという事を知らなかった事だ。
確かに、警察官の規定には無暗やたらに暴力を振るってはならないと定められているが、トラギコの場合は必要に応じて振るっているだけだ。

相手が女だろうが子供だろうが老人だろうが、トラギコに必要な情報を持っているのであれば、手は出す。
腱を切って逃げる手段を奪うのも、トラギコのやり方の一つだ。
これまでに一千件近くのクレームがあったが、その全てをトラギコは無視してきた。
処理は上の人間の仕事だからだ。

(=゚д゚)「非協力的な奴にゃ、いくらでも罪状付けてムショにぶち込めるんだよ。
    いいから教えろ、不審者の事を」

片足でも、民間人を脅すぐらないなら支障はない。
たちまち素直に怯え始めた店主だが、トラギコの求める答えは口にしなかった。

74名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 20:59:30 ID:J8kdJ1IQ0
Ie゚U゚eI「ほ、本当に知らないんですって!!」

(=゚д゚)「知らない? 覚えてないじゃなくて?」

動揺する店主に殴りかかろうとした、その時。
背後で扉が開く音がした。
もしもこの時、トラギコが長年の経験で培った癖で音の方を見ていなければ、この先の展開が大きく変わった事だろう。

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         |i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:||i:;ィ-=====-ミ,i:i||i:i:i:i||il             AM 04:37
          ',i:i:i:i:||i:i:i:i:i:||ネァ´      }.}||i:i:i:ij|il
          トi:i:i:||i:i:i:i:i:||{.{       .ノノ||i:i:i:j}iケ
         __ ヾi||i:i:i:i:i:||i:iゝ-===-彡i:ij|i:i:i:ア _
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(::0::0::)「……」

黒い目だし帽。
黒いジャケット。
黒い皮の手袋。
黒いショットガン。

75名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:07:51 ID:J8kdJ1IQ0
ただならぬ雰囲気以前に、その風体は一瞬でトラギコの意識を戦いに必要な物へと切り替えさせるには十分すぎた。
意識が切り替わって行動するまでに必要なのは、コンマ五秒。
その間にトラギコは一瞬で状況を理解し、的確な動きをしなければならない。
一枚の写真を見て瞬時に理解するように、複数同時の処理がトラギコの脳内で行われた。

ショットガンの射程は短い。
だが、その攻撃範囲は離れれば離れるだけ広くなり、その分だけ威力が落ちる。
筋肉の付き方から男であることが分かるのと同時に、腰だめから肩付けに構え直したのは素人の証。
トラギコと男との距離は約七フィート、ショットガンにとっては必殺の距離だ。

何かが起こるよりも前にカウンターの向こうに飛び込んだのは、脊髄反射的な物だった。
それで正解だった。
答え合わせは、トラギコの行動からコンマ一秒後に執行された。
店主の悲鳴と肉が飛び散る湿った音、そして銃声がトラギコの頭上で響く。

余りある威力に吹き飛ばされた店主は壁に叩き付けられ、血の帯を壁に残して力なく頽れた。
床に自分の肩が触れるのと同時にトラギコは懐からM8000を取り出し、上半身を起こして木製のカウンターの裏から応戦した。
威力と弾道に影響が出るが、パラベラム弾でも厚みのある木を撃ち抜くことは可能だ。
狙いが逸れた弾が窓を割り、どこかから女の悲鳴が聞こえた。

相手の姿が見えない中、音だけがトラギコにとっての判断材料になるため、その悲鳴は邪魔だった。
第二射がこない事から考えられるのは、敵が逃げたか、負傷したか、それとも移動したかだ。
結果を確認するために弾痕から向こう側を覗くと、覆面の男が胸を押さえて倒れていた。
血溜まりの中で痙攣しているのを見ると、防弾着は着ていなかったらしい。

一先ず事態を納めることが出来たことに安堵の溜息を吐き、ふと横を見る。
胸がグロテスクに抉れた店主の死体と目が合った。
情報は聞き出せないが、タイミングの良さを考慮すると相手はこちらを尾行していたと考えられる。
同時に、襲撃者が一人では済まないことを悟った。

76名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:10:21 ID:J8kdJ1IQ0
敵はどうあってもトラギコには消えてもらいたいと考えているらしく、情報が伝わる速度が想像以上に速いことから相当な手練が後ろにいるのだと分かる。
ならば、事態をかき回す存在であるトラギコは早急に消しておきたいだろう。
アサピー・ポストマンと一緒にいたところも目撃されていたと考えると、彼も今後は危険に晒される立場となる。
互いに利用しているだけの関係であるため、アサピーが襲われてもトラギコは一向にかまわなかった。

万が一人質となったら、喜んで見捨てるつもりだった。
念のために上半身を晒すよりも先にカウンター上に手を伸ばし、アタッシュケースを回収する。
これこそがトラギコの持つ強化外骨格――通称“棺桶”――“ブリッツ”だ。
緊急時における強化外骨格との近接戦闘に特化したこの強化外骨格は、対人間との戦闘でもその力を発揮することが出来る。

肉弾戦ともなれば、頭を殴り潰すことさえも可能だ。
アタッシュケースに見えるのは運搬用のコンテナで、非常に堅牢な作りをしている。
ライフル弾でさえも防ぎ得る硬度を持ちながらも重量は非常に軽く、下手な楯を持ち運ぶよりも利便性がいい。
M8000を構えながら、トラギコは片手をついてゆっくりと体を起こす。

目の前にあった入り口の扉には穴が空き、質素な窓ガラスは砕け散っていた。
その小さな窓の向こうに見える通りには人が集まり、何事かと騒いでいる。
これでいい。
人目がある以上、迂闊な追撃は来ない。

カウンターを乗り越え、床に転がっていた二本の松葉杖の内一本だけ掴んだ。
店主が殺されたのは、偶然ではない。
第一射で仕留めるなら、間違いなくトラギコを狙う。
それが、どうしてか店主が先に撃ち殺された。

狙いを誤ったにしては、店主の胸に空いた穴の位置が不自然だ。
敵はトラギコと店主の二人を標的として捉え、店主を優先的に殺したように見える。
今は撃ち殺したばかりの男の顔を見るよりも、上の階を目指すことを優先した。
銃声が真下の部屋から鳴り響いたにも関わらず誰も出てこないのは、銃声におびえているのか、それとも誰もいないのかのどちらかだ。

77名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:11:50 ID:9Z2m0VmM0
支援

78名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:16:57 ID:J8kdJ1IQ0
何にせよ好都合だ。
これで捜査がしやすくなった。
店主が殺された理由は後で考えるとして、まずは狙撃手の証拠を集めるのが先決だ。
仮にこの建物から発砲されたのなら二階ではなく、もっとも高さのある屋上からでなければならない。

その高さが十分かどうかも見定めるためにも、トラギコは階段を上って二階に向かった。
二階の廊下に出た時、トラギコは首筋に嫌な寒気を感じた。
何か凶暴な生物がいる。
そんな感覚だ。

まるで、知らず知らずの内に熊の巣に入り込んでしまったかのような感覚には、覚えがある。
若い頃、聞き込み対象の部屋と間違えて三人組の殺し屋が仕事をしている現場に遭遇したことがある。
後に分かった事だが、彼らは“ケコッズ三人組”という通り名で知られる殺し屋集団で、本部も内々に捜査をしようと狙っていたらしい。
結果として現行犯逮捕一名、射殺二名という結末の貢献者となったトラギコは彼を快く思わない人間からより一層嫌われることになった。

漂う空気と感覚は、その瞬間に似ている。

(=゚д゚)「……いきなり大当たりラギか」

アサピーの写真からトラギコが推測したのは、ショボン・パドローネ達がアイリーン・ストリートの近くに潜伏している可能性だった。
あくまでも、可能性の話だ。
捜査における可能性が正解になる確率は、果てしなく低い。
しかしながら、それは言い換えれば可能性が一発で正解に直結する場合も稀にあるという事だ。

適当に選んだ一軒の施設が正解であることもまた、可能性としては十分にあり得るのだ。
正解に辿り着くとは、正直、想像してもみなかった。
喜ばしいことではあるが、体調面も含めて戦闘に必要な準備が整っていないのは致命的だ。
いつ襲われてもおかしくない状況の中、トラギコはゆっくりと、周囲を警戒しながら歩く。

79名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:20:30 ID:J8kdJ1IQ0
屋上に出るには、天井裏へと通じる階段を降ろす必要がある。
それがどの場所にあるのか、それを聞く相手は死んでしまった。
自力で探すほかない。
恐らく、廊下のどこかに付いているのだろうが、もし見つからなければ部屋を虱潰しに見て周る他ない。

五部屋の中に二種類の正解が潜んでいると考えると、心臓がむず痒くなる。
天井だけでなく部屋にも注意を向けながら、ゆっくりと。
歩く。
ただそれだけの行為にこれほど緊張するのは久しぶりだった。

自然と笑みがこぼれる。
生きている実感が体中に満ち溢れる。
恐ろしいまでの静寂が満ちる廊下には、ブーツの底が床板を踏みつける音と松葉杖が立てる音のみが流れている。
五感の内、トラギコの聴覚は最大限にその能力を発揮すべく、意識のほとんどがそこに注がれていた。

――それが、仇となった。

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                 /  ハ:::j/ィ‐‐、ヽ㍉
                /   ∧l/:.`、 (ッ Y }
              /l    '、ハ!:::ヽゞー-ソノlリ '´リ:.:/∠云ヾ、
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80名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:25:22 ID:J8kdJ1IQ0
静寂を打ち砕くように響いた巨大な鐘の音。
グレート・ベルの鐘には大きく二つの役割がある。
一時間刻みに時刻を知らせる時鍾、そして島全体に緊急事態を知らせる警鐘の役割だ。
耳を押さえながらも腕時計を見ると、時間は朝の四時四十五分。

時鍾ではない。
先ほどの爆破騒ぎを知らせるために鳴らされた警鐘と考えられるが、タイミングが最悪だ。
爆音にも思えるその音の中、トラギコは手前から二番目の扉が開くのを見た。

lw´‐ _‐ノv

(;=゚д゚)

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現れたのは、喪服のように黒一色の服装をした女だった。
黒いレースの帽子と長手袋、黒いロングヘアー、シースルーの黒いワンピースの下には黒い下着が見える。
背負った黒いコンテナは棺桶に酷似しており、服装と相まって葬式に出た露出狂か変質者のそれだが、その正体は違う。
誘拐魔“バンダースナッチ”こと、シュール・ディンケラッカーだ。

81名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:31:01 ID:J8kdJ1IQ0
両肩に正方形の小型コンテナ――ミサイル発射装置だろうか――が載っており、両腕にはメッシュ装甲の籠手が付いている。
通常の戦闘に特化した棺桶なら、ライフルの一挺や二挺持っているはずだ。
更に、起動コードに使用された言葉は少なくとも量産型のそれではないことを考えると、トラギコのブリッツと同じく、単一の目的に作られたコンセプト・シリーズのものだろう。
その名前はおろか、性能さえトラギコには分からなかった。

何より恐ろしいのが、コンセプト・シリーズには共通した強みがある点だ。
一点特化型。
言い換えれば、初見の場合には何に特化しているのかが判別不可能だという事。
二、三度会って初めてその性能が分かる場合もあるぐらいだ。

感情や目的に左右されず、迂闊に仕掛けない方が賢い。

(=゚д゚)「シュール・ディンケラッカーだな?」

√[:::|::]レ『そうね、だとしたらどうするつもり?』

(=゚д゚)「ダルマにしてやるラギ!!」

高周波刀のスイッチを入れ、いつでも装甲を切断できる状態にしておく。
勝てる見込みはない。
中遠距離を得意とする相手なら、勝機はない。
近距離ならば、一割以上の確率で勝てる。

問題は、どちらかという事だ。

√[:::|::]レ『ふふ、怖い言葉を使うのね』

相手は動かない。
余裕の表れだろうか。
それとも、こちらが動くのを待っているのだろうか。

82名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:33:44 ID:J8kdJ1IQ0
(=゚д゚)「こいよ、阿婆擦れ」

√[:::|::]レ『そっちが来たら? 加齢臭』

(=゚д゚)「言ってくれるラギね……」

戦闘慣れしていないのが、今の会話で分かった。
会話をする時間があれば襲い掛かるぐらいでなければ、プロではない。
子供に特化した人攫いを専門にしている女ならば、戦闘に慣れていないのは道理。
勝てる見込みがあるが、性能差という問題が消せるわけではない。

√[:::|::]レ『来ないなら、こっちから行くわよ』

再び響いた鐘の音が、トラギコの聴覚を支配する。
シュールの声は、もう聞こえない。
その左手がゆっくりと持ち上がったかと思った瞬間、トラギコは倒れていた。
何が起きたのか分からなかった。

何をされたのかすら、解らなかった。

(;=゚д゚)「あ……ん……が……」

鐘の音に紛れて耳障りな音が聞こえたのは分かった。
それだけで、トラギコの全身から力が抜け落ち、高周波刀を手放してしまった。
意味が分からない。
殺す意欲はあった。

なのに。
なのに、両手両足が言う事を聞かなかったのだ。

83名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:39:13 ID:J8kdJ1IQ0
√[:::|::]レ『実験通りね。 ありがと、虎さん』

重い跫音が近付いてくる。
禍々しい姿近づいてくる。
だが体は動かない。

(;=゚д゚)「こ、の……こい、よ……」

力がどうしても入らない。
初めての感覚だ。
筋肉が言う事を聞かず、意識だけが空回りする。
毒を使われた可能性が高かった。

√[:::|::]レ『SAYONARA-Bye Bye』

余裕をもって殺される。
踏み潰すもよし、殴り殺すもよし。
今、トラギコは指を一本動かすだけでも困難な状態にあった。
鐘の音を残しながらも直接的に送り込まれる甲高い不協和音は、トラギコの体から力を奪い、戦う意欲を削いだ。

(;=゚д゚)「……」

死を覚悟する時が来るとしたら、きっと、この瞬間なのだろう。
だがトラギコには、そんな覚悟は出来なかった。
今ここで死んでも仕方がないと自分を納得させることなど、不可能だったからだ。
力の抜けた腕で高周波刀を掴み、気休めにもならないが投げつける用意をする。

84名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:43:14 ID:J8kdJ1IQ0
シュールはある程度の距離を保ったまま、それ以上は近づこうとはしない。
流石に馬鹿ではないようだ。
投擲される刃物は距離が開くほどにその軌道が読みやすくなる。
飛び道具を持っている以上は、飛び道具で戦うのが最善だ。

ブリッツが高周波刀の攻撃に特化していることは、一目で分かる。
多少トラギコについて勉強していれば、その弱点も分かってしまう。
小型のAクラス故に正体不明の攻撃に対して防御の手段がないことも、この女は知っているのだ。
知っていて勝負を仕掛け、そして制した。

偏頭痛に似た頭痛が始まり、思わずブリッツを手放して耳を押さえた。
とにかく、頭の奥が痛かった。
脳の奥でガラスの鐘が狂ったように鳴り響いているようだ。
音による攻撃なのだと分かったところで、トラギコにはなす術もない。

両手で耳を押さえながら本能的に体を丸め、防御の姿勢を取るも効果がない。
いっそ鼓膜がなければ、とさえ思うほどの痛み。
脳の片隅に残った僅かな理性で懐に手を伸ばし、M8000の銃把を握りしめる。
一か八か、装甲の隙間を狙って攻撃を中断させる。

その思考が伝わったのか、音がその大きさと残忍さを増した。
最早、反撃どころではなかった。

『ちょっとぉ、それは駄目よぉ』

場違い極まりない陽気な声が、シュールの攻撃を中断させた。
背後から聞こえた聞き覚えのある声は、鐘の音が鳴り響く中でもはっきりとトラギコの耳に届く。

从'ー'从「その刑事さんを殺すのはぁ、この私よぉ?」

85名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:47:57 ID:J8kdJ1IQ0
快楽殺人鬼、ワタナベ・ビルケンシュトック。
ショボンと同じ組織に属する女であり、ニクラメンで行われた虐殺に加担した女だ。
最悪の状況に最悪の女が現れた。
冷静に考えれば、ここにいても不思議ではない。

オアシズの到着と同時に姿を消し、尚且つ所属するのはショボンの組織。
つまり、認識としてはシュールたちと同じ存在なのだ。
敵であり、追うべき標的でもある。

√[:::|::]レ『初耳』

从'ー'从「今初めて言ったものぉ、当然でしょう?」

耳を押さえながら、トラギコは顔だけをワタナベに向けた。
鳶色の瞳はシュールに向けられ、相変わらず無垢そうな笑顔で殺意を垂れ流しにしている。
染み一つない白いレースのワンピース、そして黒いアタッシュケース。
否、あれはコンテナだ。

トラギコのブリッツと同じく、棺桶を運ぶためのものだ。
以前はBクラスの棺桶を使っていたと記憶しているが、新たな物に切り替えたのだろう。
勿論、棺桶は一人一機とは限らない。
毒ガスを使われたら、間違いなくトラギコは死ぬ。

それどころか、周囲の民間人にも死者が出る。
考え得る限り最悪の状況だった。

√[:::|::]レ『でも、殺すなら同じでしょ』

从'ー'从「全然違うわよぉ」

86名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:52:12 ID:J8kdJ1IQ0
ワタナベは愛おしそうにコンテナを胸の前で抱きしめる。

√[:::|::]レ『ん?』

从'ー'从「私が殺さないと意味がないのよぉ」

助けに来てくれたというわけではなく、獲物の奪い合いに来たらしい。
状況は変わらず、最悪のままだ。
二人の動き次第で、どう殺されるのかが変わってくる。
ただ、それだけの話だった。

√[:::|::]レ『意味不明。 何でもいいけど殺すなら殺せばいいんじゃない?』

从'ー'从「えぇ、殺すわよぉ。
     でもその前に、お痛をした罰は受けないとねぇ」

√[:::|::]レ『……は? オオイタ?
     何のためにそんな無駄な事を――』

从'ー'从『この手では最愛を抱く事さえ叶わない』

起動コードの入力、そしてコンテナの解放。
内蔵された装着補助装置の力を借り、それまで小枝のようにほっそりとした長い女性の指が一瞬の内に醜い鉤爪を纏った。
一見すれば長手袋に見えなくもないが、金属を削り出して作られたような色合いをしたその鉤爪は、優雅さとは無縁の造形をしている。
特徴的な一フィートはあろうかいう長い爪は、鏡のように磨き上げられた鋭利な刃物の形状をしており、それ以外は脈打つ鎧そのものだった。

間違いなく、コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高周波装置が発生させる独特の音が、その鉤爪から鳴り響く。
近接戦闘に特化した作りなのは間違いない。

87名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:55:49 ID:J8kdJ1IQ0
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              /\             / .l ∧
                 /  ゝ           / l.  ∧
                /   \ 、        ./  l   ∧
               /    \` ̄l  __,r≦/   l   .∧二ニ=- _
  ./\         ,'      \ ∧ニニニ/   l    .∧ \ \ \
  / \ 丶、     ,'        \∧ニニl   .l     ∧\ \ \ \   August 10th
. i   \  `ー- __l        / `∧l\l    l      ./ニニ\\ \ \      AM 04:44
 i     \     .l       ./    / . l   .l     ./\ニニ\ ──-∨
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щ从'ー'从щ「指あたり、もらおうかしらぁ」

仲間割れを起こしてくれるのなら望むところだ。
その間に退却するのが今は望ましい。
音の支配から解放されたトラギコはブリッツを掴み、スイッチを入れた。

√[:::|::]レ『共闘するつもり? というか、裏切るの?』

从'ー'从「笑えない冗談ねぇ」

88名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:57:40 ID:9Z2m0VmM0
支援

89名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 21:58:58 ID:J8kdJ1IQ0
(;=゚д゚)「……阿婆擦れ会議なら勝手にやってろラギ!!」

強化外骨格の装甲さえ切り刻み得るブリッツならば、木製の床を切り抜くなどあまりにも用意なことだ。
刀を深々と床に突き刺し、自分の周囲の床を円形に切り裂いた。
床板と共に背中から一階に落下したトラギコは埃が濛々と舞う中すぐに立ち上がり、M8000を懐から抜いて天井に向けた。
追撃はない。

視線を感じて店の入り口を向くと、そこには制服姿の警官が二人立っていた。
すでに周囲はテープとロープ、そして目隠し用のブルーシートで封鎖され、関係者以外は立ち入れなくなっている。
警戒態勢中という事もあり、到着と仕事の速さは流石だ。
二人は今まさに扉を開けたところのようで、トラギコが降ってきた光景を見て扉にかかった手が途中で止まっていた。

川_ゝ川「……」

( 0"ゞ0)「……」

(;=゚д゚)「……」

銃口を向けるべきか否かを逡巡し、トラギコはこれ以上自分が不利な状況に陥らないようにそれを抑え込んだ。
上の階にコンテナを置いたままであるため、近々ここに戻らなければならない。
ここで警官を脅したり殺したりしようものなら、それはもう無理になる。
流石に同業者殺しは気が引けた。

この状況を切り抜ける方法を考えるために、トラギコは時間稼ぎをしなければならない。
一つ、十八番の技を使うことにした。

(=゚д゚)σ「上の階で警官が戦ってるラギ!!」

90名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:02:40 ID:J8kdJ1IQ0
健全な警察官は正義感に溢れている。
その彼らが最も反応するのが、同僚の危機だ。
優先順位と彼らの好むものを与えてやれば、馬鹿は勝手に食らいつく。
警察学校で懲罰問題に発展しかけた時に、トラギコが教官の目を欺くために使った手段だ。

( 0"ゞ0)「行くぞ!!」

川_ゝ川「応!!」

勇み足で扉を開き、二人は階段を駆け上がっていった。
馬鹿は扱いやすくて助かる。
あわよくばシュールとワタナベを始末してくれればと思うが、無理だろう。
予感はすぐに当たる事となった。

跫音が頭上で乱暴に響き、悲鳴が続いた。
トラギコの空けた穴から制服の付いた腕が落ち、腸がはみ出た男が落ちてきた。
そして僅かに遅れて、目と耳から血を流した男がその上に折り重なった。
いくらなんでも弱すぎる。

(;=゚д゚)「やっぱ駄目ラギか」

時間稼ぎにもならなかったが、捕まえられる心配はなくなった。
今は、あの二人が仲間割れの末に一人に減ってくれることを願うばかりだ。
騒々しく聞こえてくる跫音の多さが二人の立ち回りを教えてくれる。
あの様子では宿泊客が皆起きて、巻き込まれ兼ねない。

そこでやるべきことを思い出した。
宿泊名簿を手に入れるなら、今だ。
ブリッツを杖にして立ち上がり、カウンターに向かう。
血と弾痕で汚れたそこから宿泊名簿を見つけ出し、全てのページを千切り取る。

91名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:05:11 ID:J8kdJ1IQ0
他に何かシュールの手がかりになるような物はないかと探すと、店主が生前大切にしていた帳簿を見つけた。
かなり細かな部分まで収支が書かれており、備品や食事、光熱費まで全てが書かれている。
そんな中で、不自然な金額が目についた。
アマギカンパニーから寄付という名目で得た、七十万ドルの収入。

格安の宿泊施設を経営するアマギカンパニーと言えば、内藤財団の子会社だ。
つまり、内藤財団から資金提供があったことになる。

(;=゚д゚)「内藤財団がどうして……」

この宿の立地条件は確かにいい。
名物の真横という好立地だが、宿泊客は定着しない。
グレート・ベルの音によって叩き起こされれば、一日だって耐えられない。
その証拠に、一泊限りの客がほとんどだ。

大企業が目をつけるに値するとは思えない。
寄付金という名目ではあるが、買収するのが目的なのだろう。
買収するにしては魅力に欠ける宿だ。
何故、街一つを運営するだけの大企業がこの宿に寄付金を出したのか。

(;=゚д゚)「……」

帳簿の該当するページを千切り、懐にしまった。
これは間違いなく、大きな証拠だ。
先ほどトラギコが殺した男は、これを隠すために来たのかもしれない。
だとすると、ショボンが所属している組織の背後には内藤財団の影が――

(=゚д゚)「……んなわけねぇか」

92名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:10:08 ID:J8kdJ1IQ0
あるとしたら、内藤財団の中に隠れた別の思惑を持つ人間達だろう。
大企業を隠れ蓑にすれば、怪しまれることはない。
やっと尻尾を捕まえた。
頭上から聞こえていた跫音が止み、戦いが終わった事を告げる。

生き残った方を確認するまでもない。
今は、ここから逃げる。

(;=゚д゚)「……どっちでもいいけど、もう少し粘れよ」

置き去りにしていたもう一本の松葉杖を拾い上げ、宿から急いで出た。
追手がないことを確かめながら、トラギコは慎重にブルーシートの向こうに出て行った。
両手の籠手を外してカブの後ろ籠に高周波刀と共に乗せ、その場を走り去る。
コンテナを失ったのはかなりの痛手だ。

特に、コンセプト・シリーズのコンテナは中身と同じくそれ専用の物だ。
世界に一機しか存在しないという事は、収納して持ち運ぶだけでなく、充電を行うための装置も一つしかないのだ。
回収しなければ、充電が出来ない。
充電が出来なければ、ブリッツは使えないのだ。

そしてもう一つ、トラギコがあの場に置いて行ったものがある。
手製の松葉杖だ。
狙撃銃の代用として使うつもりだったのだが、これで失われた。
手痛い忘れ物というわけではないが、手製の物だけに残念だった。

狙撃地点の割り出しは出来なかったが、十分な収穫があった。
ショボンの組織は、内藤財団内に隠れ潜む者たちが首謀者だ。
が。
それが、カール・クリンプトン殺害の解決に通じるものとは考えにくい。

93名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:14:22 ID:J8kdJ1IQ0
もっと確実な証拠が必要だ。

(=゚д゚)「……くっそ」

アサピーと合流する手もあるが、今は避けておいた方がいい。
こうしてトラギコが襲われたという事は、アサピーの方にも追手が向かっていることだろう。
彼には悪いが自分の身は自分で守ってもらわなければならないし、新聞記者たるもの、そうでなければ真実を追うことなど出来ない。
これで生き延びることが出来れば、彼の出世は現実味を帯びることだろう。

生き延びることが出来れば、の話だが。

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        `ヽ、__,,,,,..、-―=ニ二,,_    ̄ゝ‐、            \
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    ̄   /   〉l 'J|'´ ̄| 、 ヽ--、_/' /      〉   _ ` ̄ ̄≦_   AM 05:33
        ├‐-/__,ツ     \ `   /     /  /,.-、\ ヽ   了`
       ヽ.⊥l        `'ー‐''´     /,  / / ヽ' l   `  \
         | `ヽ               /,〃/  )  〉, |       ミ、
         ',                  '/'"'´ く_ / /     /´
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その部屋には一人しかいなかった。
雑然とした机上。
タバコの匂いと黄ばみが染み付いた壁。
窓から差し込む日差しは、室内が埃と煙で白んでいることを教えてくれる。

94名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:17:10 ID:J8kdJ1IQ0
部屋には五つの机があり、その内の四つは向かい合わせで一つの島を作り、残った一つはその島を離れた位置から見守るようにして配置されていた。
本来であれば向かい側に座る人間の顔が見えるようにと配慮されているのだが、山のように積み重なった書類によってそのささやかな配慮は無意味なものとなっていた。
互いに作り上げたごみのバリケード、もしくは目張りから分かるのは働いている人間の行動パターンだ。
それは、彼らが社内にあまり滞在せず、頻繁に外部に足を伸ばしていることの表れでもある。

普段はタバコをふかしながら雑談にふける時もあるが、いざとなれば彼らはコミュニケーションよりも優先すべきことのために動く。
朝日が昇り、朝刊が発行され、配達され、そして得られた反応は彼らの埃を被っていた闘争心に火を点けた。
いち早く情報を手に入れ、いち早く公にするという闘争心。
即ち、記者魂と呼ばれる闘争心に他ならない。

部屋に一人残るアサピー・ポストマンは今朝の朝刊で掲載されたビッグニュースがもたらした反響を全身で感じ、そして感動していた。
自分の書いた記事が一面に載るという事は、新聞を読む人間の目に真っ先に止まり、真っ先に読まれるという事だ。
それは、アサピーの言葉を人々が読み、飲み込み、信じ、そして口にするという事。
モーニング・スター新聞が世界で最も読まれている新聞である以上、今、自分が世界の流れを作っていると言っても過言ではない。

偶然手に入れた情報がアサピーに与えたのは、その感動だけではなかった。
本社の最上階にある最も高価な椅子に座る“新聞王”から、今後に期待していると電話をもらったのだ。
これはつまり、昇進が約束されたような物なのだ。
来年にはどこかで優雅に旅行特集の記事を担当できるかもしれない。

旅行記事は記者にとって、有休のようなものだ。
期間が長ければ長いだけその観光地で羽を伸ばせるし、費用は全て会社持ち。
心行くまで旅行を楽しんだ後に書く記事が魅力的になるのは、当然のことだろう。
その地位に就くには、ビッグニュースになり得る記事を数本書かなければならない。

アサピーは今の自分が、その一歩手前であると判断していた。
何もないはずの島から、世界一正義に五月蠅い街の失態を手に入れたのだ。
このスクープは必ずや、後世に語り継がれることだろう。
支部長には先ほど、ボーナスの約束を取り付けたところだ。

95名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:21:28 ID:J8kdJ1IQ0
ボーナスを使って、デジタル一眼レフカメラを購入すれば更なる撮影の幅が広がる。
そうすれば、夢に近づける。
新たな希望を胸に抱き、アサピーはトラギコに頼まれた爆破テロの目撃情報とその記事化に勤しむことにした。
タイプライターを使って記事を作成しようと自分の席に着き、眼鏡の縁を持ち上げた。

一文字目をタイプしようとした時、視線を感じて唯一の出入り口である引き戸に目を向けた。
そこには、見知らぬ男が立っていた。
禿頭の男だった。
皺だらけのワイシャツを身に纏い、傷だらけのジーンズをはいた男だ。

眉と目は垂れ下がり、年老いた老犬に似た面構えをしていた。
無精ひげには白髪が混じり、顔には細かな傷が複数あった。
ずっしりとした体つきをしており、特に上半身は中年太りとは無縁そうな健康体。
軍人か警官か、もしくは格闘技を嗜んでいる人間のそれだった。

壁に寄りかかり、視線をアサピーに向けている男の顔に見覚えはない。
何かを背負っている事に気付き、首を傾けてその正体を見る。
それはまるで、死者を納める棺桶のような形をしており――

(;-@∀@)「ややや、けったいな…… あ、あの、どちらさまで?」

(´・ω・`)「……あ、僕?」

男は自分を指さしてそう言い、アサピーは首を縦に振った。
体に似合わず飄々とした態度に、一瞬だけ警戒心が解ける。

(´・ω・`)「あぁ、気にしなくていいよ。 それより悪いけどさ、死んでもらえないかな?」

96名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:24:11 ID:J8kdJ1IQ0
挨拶よりも実に自然と口にした言葉の意味は、十分すぎるほどに理解できた。
この男はアサピーに死んでもらいたくて、アサピーは死んだ方が喜ばれる。
実に単純な図式だ。
それ故にアサピーは、改めて確認するしかなかった。

例え、その答えが明白だとしても、だ。

(;-@∀@)「え、え? 死んでもらうって、僕が死ななきゃいけないかもで?」

(´^ω^`)「あぁそうか、殺されるのは初めてなんだね。
     大丈夫、優しく殺してあげるよ。
     結構上手いんだ、こう見えて。
     なぁに、君の同僚も痛そうにはしてなかったから安心してよ。

     悲鳴、聞こえなかったでしょ?」

訊き返したアサピーに対して男は満面の笑みを浮かべ、殺伐とした言葉を楽しげに並べ始めた。
悲鳴。
そして、殺す。
最早疑うまでもなく、最早確認するまでもない。

この男は、自分を殺すつもりなのだ。

(;-@∀@)「いや、いやややや!!」

(´^ω^`)「ははは、かわいらしい声で鳴くねぇ」

97名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:28:27 ID:J8kdJ1IQ0
男の言葉が正しければ、社内に残っていたアサピーの同僚は皆殺されたことになる。
記事のネタを手に入れようと街に繰り出した同僚以外、全員が。
音もなく。
悲鳴もなく、殺された。

それは手練の証明であり証拠でもある。
ひ弱な自分など、こともなげに殺すことが出来るはずだ。

(;-@∀@)「ひいっ!! こいつぁコトだ!!」

机の上にあった堅そうなものを、手当たり次第に投げつける。
飛んでくる文鎮やペンケースを避けながら、男は一歩ずつ近づいてくる。
それに合わせてアサピーは物を投げながら後退し、どうにか活路を見出そうと思考を巡らせた。
だが浮かぶのは、ただ逃げるという事だけ。

警察に電話をしたり、近隣の人間に助けを求めるために窓ガラスを割って逃げるという事は、考え付きもしなかった。
同僚の机にあったカッターを手に取って刃を三インチまで伸ばし、アサピーはそれを投げた。
しかし所詮は非凡な男の非力な投擲。
軽い手つきでそれを払いのけ、男は笑顔を崩さずに新たな言葉でアサピーを恐怖させる。

(´^ω^`)「ほらほら、そんなに暴れなくても大丈夫だから。
      絞殺ってね、思いのほか気持ちいいんだよ?」

確かに、聞いたことがある。
首を絞めて窒息する中で得られる快感は、一度味わえば病みつきになるという噂を。
年に十数件報告される自慰行為、または性行為中の窒息死が後を絶たないのはそのためだ。
だがそれは一度間違えば死に直結する危険な行為であり、快感のために死を選ぶ可能性もある諸刃の剣であることを示している。

死ぬまでに味わう苦痛は少なく、代わりに快感を得ることが出来るとは言っても、殺されることに変わりはない。
殺されるのだけはどうしても受け入れられなかった。

98名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:31:46 ID:J8kdJ1IQ0
(;-@∀@)「く、来るな、このファック野郎!!」

走って出入り口を目指すが、男は常に最短距離でアサピーの正面から迫ってくる。
机を乗り越えられるのにそれをしないのは、この男が追うのを楽しんでいるからだ。
よく見れば男の股間は盛り上がり、性的に興奮していることが分かる。
変態だ。

(´^ω^`)「あははははは!! 待ってくれよ!!」

遂に男は机の上に乗り、書類やごみの山を蹴散らしてアサピーに浴びせ、退路を塞いできた。
足を止め、アサピーは最後の抵抗を試みることにした。
最後の武器としてアサピーが選んだのは、胸にさしていたラミーの万年筆だった。
キャップを取り、ペン先を男に向けながら何か気の利いた台詞でもと思うが、何も言葉は出てこない。

(´^ω^`)「冷めるからそういうのやめろよ」

必死の抵抗も虚しく、男はただ足を動かし、ただ万年筆を蹴り飛ばしただけだった。
ペンは剣よりも弱く、蹴りよりも弱かった。
武器は失われ、抵抗する気力も失われた。
目の前に降りてきた男は笑顔を絶やすことなく、その逞しい両腕でアサピーの両肩を力強く掴んだ。

恋人を抱擁するようにして、男はアサピーを抱きしめた。
気色の悪さよりも恐怖が勝った。
指先一つ動かせず、アサピーは男のなすがままにされる。
抱擁を解いた男の手は優しく首まで這い、ごつごつとした指の皮を喉に感じ――

(;-@∀@)「くっ……」

――男のすぐ背後の窓ガラスが砕け散り、黒い影が現れたのを見て取った。

99名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:35:06 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「……君は、呼んでないんだけどなぁ」

溜息を吐きながら男は両手をアサピーから離し、振り返った。

(´・_・`)「呼ばれた覚えもないがな、ショボン・パドローネ!!」

現れたのは、垂れた眉毛とつぶらな瞳の男だった。
歳は四十から五十代だろう。
ネイビーブルーの迷彩服を身に纏い、黒い箱を背負っている。
一目で軍人であることが分かるのと同時に、只者ではないことが分かる。

(´・ω・`)「ったく、面倒なのが出てきたね。
     円卓十二騎士は夏季休暇中なのかな、ショーン・コネリ。
     それとも、仕事を首にでもなったのかな?」

ショボン・パドローネ。
アサピーはその名前を聞いた覚えがある。
ジュスティア警察の人間で、得意の推理で難事件を次々と解決した凄腕の男だ。
一時期、彼の解決した事件を基にした小説も出ていたほどの影響力を持っていた。

そして円卓十二騎士。
ジュスティアが誇る騎士の称号を持つ、十二人の騎士。
公にはなっていないが、十二人の中でも特に優れた能力と経歴を持つ七人は内々で“レジェンドセブン”と呼ばれているらしい。
ショボンの言葉が正しければ、ショーン・コネリはセカンドロック刑務所の所長でもある。

本物の円卓十二騎士が世間に姿を現すのは、何年ぶりの話だろうか。
その存在は長らく神話的に語り継がれ、噂として生きていた。
何が起きたにしても言えることは、円卓十二騎士の一人がアサピーの窮地を救ってくれたという事だ。

(´・_・`)「セカンドロックで好き勝手にやってくれたおかげで、しばらく休みはないんでな」

100名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:40:30 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「どういたしまして。 休みたかったら、残った人生を全部有休消化すればいい」

二人が会話に花を咲かせている隙に、アサピーは少しずつ後退る。
逃げ切れば勝ちだが、カメラを手に取って写真に収めれば大勝利になる。
この状況でスクープを狙わないのは、記者として失格だ。
ここでの選択が、必ずや大きな分岐点になる。

今、アサピーがその選択権を持っているのだ。
他の誰でもなく、アサピーだけが持っているのである。
これを逃すわけにはいかない。
これは使命だ。

(´・_・`)「有給など、死んでから取ればいい」

(´・ω・`)「今それをしろって言ったつもりだったんだけど、ジョークが通じないのか」

(´・_・`)「貴様のジョークは分かりづらい。
    もっと分かりやすいのを用意するべきだ」

ショボンの手の届かない位置まで後退できたアサピーは、散らかった机上に横たわる一眼レフカメラを掴んだ。
距離は五フィート。
油断をすればすぐに捕まる位置。
しかし臨場感、そして迫力ある絵が撮れる位置でもある。

レンズキャップを外し、電源を入れる。
ファインダーを覗き込みながら、ピントを合わせる。
引き気味に捉えた二人の像が重なっているため、映し出せるのはショボンの背中だけだ。
着実に距離を置きながら、アサピーは机を挟んだ位置から二人を撮ることに決めた。

101名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:45:25 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「ジョークを知らないだけだろ、君の場合は。
     まぁ、僕の動きを読めたことは褒めてあげるよ。
     教えてくれないかな、せめて死ぬ前に。
     誰だい? 僕がここに来るって予想したのは。

     ライダル・ヅーかな、それともトラギコ?」

(´・_・`)「貴様とこれ以上話すつもりはない」

肌に感じていたピリピリとした空気が一変し、静寂に切り替わった。
察したアサピーは駆け、狙っていた位置に着く。
そしてカメラを構え、シャッターを切った。

(´・_・`)『我らは巌。 我らは礎。 我らは第九の誓いを守護する者也』

(´・ω・`)「だから君たちは嫌いなんだよ。
     “英雄の報酬は、銃弾を撃ち込まれることだ”」

二人の体が、背負っているコンテナに取り込まれる。
ほぼ同時に、形の異なる強化外骨格が姿を現した。
黒い棺桶と土色の棺桶が対峙する構図を写真に収める。

<::[-::::,|,:::]『いざ』

黒い棺桶は無駄がなく、人間の体に限りなく近い形をしている。
両腕に見えるのは大口径の銃身。
背中のバッテリーパックの横に付いた鞘には長い刀が刺さっている。
青く光る双眸が静かに正面を見据え、重心は僅かに前にかかっている。

(::[-=-])『……』

102名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:49:18 ID:J8kdJ1IQ0
ショボンが吐いた短い息を合図に、長身の刀が一瞬で抜刀され、横薙ぎの刃が空を切る音を残してショボンのいた空間を通り過ぎた。
軽やかな跳躍によってその一閃を回避したショボンは、着地と同時にとび回し蹴りを放つ。
膝を覆う巨大な鎧が一瞬の内に両踝側に展開し、鋭利な先端部分が踵の方に下がることによって二股の槍の形となる。
首を撥ね飛ばすかと思われた一撃は、ショーンの返す刀の切り払いによって防がれ、未遂に終わる。

二秒弱の間に行われた攻防は、これまでにアサピーが見たどの戦いよりも速く激しく美しかった。
飛び散る火花の輝き。
高周波発生装置が放つ耳障りな音。
全てが未体験の領域だった。

ショーンは得物の長さなど感じさせない動きで刀を操り、ショボンに対して切りかかる。
その激しさは暴風の様相を呈しているが、優雅さはダンサーのそれ。
前に攻め入ろうとするショーンに対して、ショボンは両足の楯を巧みに操りそれを防ぐ。
一見して拮抗しているようにも見えるが、ショーンの踏み込みが深くなるにつれ、気圧されたようにショボンが少しずつ後退を始めているのは優劣の差が現れている証。

技量によるものか、それとも別の要因が働いているのかは素人であるアサピーには判断できない。
だが円卓十二騎士という肩書が伊達ではないのは分かる。
ただの剣術にこれほどまでの美しさがあるなど知りもしなかった。
切り刻まれていくオフィスを、アサピーは固唾を飲んで見守るしかない。

何を思ったのかショーンは刀を片手に持ち替え、左手をショボンに向けた。
左腕にあるのは銃口。
接近戦からの素早い切り替えに面食らうアサピーの目の前で、次々と銃声が響いた。
連射速度はそれほどでもないが、その音は砲声のように低く、そして重い。

一瞬のことにもかかわらず、ショボンは素早い対応を見せた。
特徴的な足の鎧を前面に掲げて上半身を守りつつ跳躍し、ショボンはそれを受けた。
衝撃に押し出されるようにしてショボンの体が空中で後退する。
楯の絶妙な角度によって弾かれた銃弾は天井、床、壁に大穴を空け、窓ガラスを砕いた。

103名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:53:25 ID:J8kdJ1IQ0
たまらず伏せようとしたアサピーだったが、その光景の壮絶さに目を離すことを惜しんで前屈みの状態で傍観していた。

(::[-=-])『ふふ、頼みの綱が効かないね。
      どうする?』

<::[-::::,|,:::]『よく防いだと褒めておくが、その装甲の厚みはよく知っている。
       次はないぞ下郎!!』

刀を両手で握り、ショーンは青白い目の輝きを残して疾駆した。
距離を縮めたショーンは先ほど以上の剣撃でショボンを攻め、部屋の隅へと追いやる。
攻めるショーンも恐ろしいが、それを防ぐショボンも恐ろしい。
斬撃の合間にショボンは何度も爪先で刀を弾き、隙あらば反撃しようとしている。

だが、ショーンの動きはそれを許さない。
剣先で距離を保ち、自分にとって有利な間合いで戦いを挑んでいる。
そして、残響音に混じって銃声が響いた。
刀を操る傍ら、ショーンは両腕の銃を使って銃撃を加え始めたのだ。

振るわれる高周波刀の一撃は必殺に等しく、発砲される銃弾は中空とはいえ棺桶を押し返す威力を持っているのだから、当たるわけにはいかないだろう。
目にも止まらぬ速度の斬撃に加えた銃撃はまさに必滅の攻撃だ。
二枚の楯では全ての攻撃を防ぎ切ることが不可能と判断したのか、楯は左右に分かれて独立した動きで銃弾と刃からショボンの上半身を守り始める。
倍に増えた防御手段だが、その分だけ要所要所が手薄になっている。

先ほどまでとは比較にならない猛攻に、流石のショボンも防御に徹して後退せざるを得ない。
瞬く間に壁際まで追い詰められたショボンだったが、これで終わるとは思えなかった。
そんなアサピーの予想に反せず、戦闘は次の展開に移る。
ショーンが必殺の想いと共に繰り出したであろう袈裟斬りは、それまでショボンがいた壁を深々と切り裂いただけで、実像は無傷のまま。

104名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:53:59 ID:9Z2m0VmM0
支援

105名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 22:56:25 ID:J8kdJ1IQ0
何が起こったのかを瞬時に理解できたのは、ショーンよりも離れた位置にいるアサピーの方だった。
上段に構えたその動きに合わせ、ショボンはショーンの頭上を飛び越えたのだ。
構えた直後の状態からでは、刀は十分な速度を得られない。
それを証明するかのようにショボンは刀を踏み台にし、ショーンの背後に回り込むことに成功した。

そして、その顔と体はアサピーを向いている。
赤く光る機械の目と眼が合い、ショボンの目的がアサピーの殺害であることをようやく思い出した。
これまでの全てはショーンをアサピーから遠ざけ、尚且つ接近するための攻防戦だったのだ。
そもそもの目的を遂行できれば、一対一の勝負の勝敗などどうでもいい。

徹底的なまでの合理主義者の考えだ。

(::[-=-])『サヨナラだ!!』

(;-@∀@)「うひっ!」

人間が棺桶に勝つには武器が必要だ。
アサピーの武器はカメラのみ。
話にならない。
マスコミの持つ力は時には武力を凌駕するが、それは限られた条件下での話だ。

これまでの記憶が走馬灯のように蘇り、己の避けられない死を確信した。
だがそれを防ぐ騎士がいた。

<::[-::::,|,:::]『甘い!!』

ショボンが跳び蹴りをアサピーに放つのと同時に、ショーンの左腕が砲火を吹いた。
背中に銃弾を受けたショボンは空中で体制を崩し、狙いが逸れてアサピーの背後にあった壁を蹴り砕いて廊下に飛び出した。
好機。
急いでその場から立ち退き、ショーンの方へと駆け寄る。

106名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:00:20 ID:J8kdJ1IQ0
(;-@∀@)「た、助けて!!」

<::[-::::,|,:::]『窓から逃げろ!!』

言われた通り、アサピーは砕け散った窓から外に一目散に逃げ出した。
礼を言うことも振り返ることもなく、一心不乱に人通りの多い場所を目指して駆ける。
すれ違う人間が訝しげにアサピーを振り返るが、今の彼にはそれに意識を向けるだけの余裕はない。
命の危機にさらされた興奮、そしてスクープの目撃者となったからには、無理からぬことだろう。

写真に収めたあの二人の戦いをどのようにして世間に広めるべきかと考えられるようになったのは、商店の並ぶ通りに出た時だった。
十分ほど走り続けたため、呼吸は荒く喉の奥から血の香りがした。
アドレナリンがもたらす高揚は薄れ、太腿に感じる疲労感は足を止めるには十分な効果を持っていた。

(;-@∀@)「ひ、ひっ……ふぅ……
      こ、ここまでくれば大丈夫……」

見覚えのある店の名前から、ここがグレート・ベルの北にあるジューダン・ストリートの一角であることを理解する。
行き交う人々は皆、アサピーの様子を見ても興味を示すそぶりを見せない。
何かがおかしい。
まるで、銃声など聞こえていなかったかのようだ。

(;-@∀@)「……聞こえてなかったのか?」

そういえば、とアサピーは思い出す。
この島では日常的に鐘の音が鳴り響き、それが人々の生活の中に沁みついている。
時間を知らせる場合や、火災や津波などの災害の際には島民にその危険を知らせる役割を担っているからだ。
独特の音色は遠くから聞けば神聖な雰囲気さえ感じさせるが、間近にいる人間にとっては騒音でしかない。

107名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:02:11 ID:J8kdJ1IQ0
その鐘が鳴っている間、銃声は人々が耳に届くのは非常に難しい。
新聞社の近くに住んでいる人間ならば気が付くだろうが、鐘の近くにいた人間にその音が届くことはない。
爆破テロが起こったことにより、鐘は今こうしている間にも島全体にその危機を伝えている。
島で暮らす内に気にならなくなり、いつしかアサピーは鐘の音がもたらす影響を完全に忘れていた。

ここに着て日の浅いアサピーがそうであれば、産まれながらに住んでいる人間には鐘の音が響いてる間の音は無音として認識される。
つまり、鐘の音が響いている間は新聞社で殺されかけたことなど島の人間には認知されぬことなのだ。
あれだけの戦闘がありながらも、誰にも認知されないという事には二つの効果がある。
一つは隠匿、そしてもう一つは、希少性である。

ともあれ、写真に収めた二人の戦う姿は社会に大きな波紋を産むだろう。
そうなればアサピーの夢は叶うに違いない。
だが、写真を現像したところでそれを新聞にする術をアサピーは知らない。
彼は記者ではあったが、印刷機の使い方も知らなければ広告の入れ方も知らないのだ。

少なくともティンカーベル支社は崩壊した。
この島の外にある支社から本部へとデータを送らなければならないが、島外への移動は現在禁止されている。
脱獄犯の事件が解決しなければ、この島から外へは出られない。
夢の実現のためには、トラギコへの協力が絶対なのだと再認識した。

彼に会う前に、爆破テロに関する情報を手に入れ、整理し、その大まかな概要を提出する準備を整えておけば後が楽になる。
短い時間ではあるが手に入れたのは、爆破直前に現れた不審な人物の目撃情報と、その行方。
テロ前に見られた何かの前兆など、聞き込みによって得られたものがほとんどだが、一つだけ有力な情報があった。
爆発する直前、席を急いで立った三人の目撃情報だ。

女性が二人、そして子供が一人。
この三人についての目撃情報は複数あり、爆発後に現場を去りバイクでどこかへと走り去ったという。
人相について得られたのは、女性二人の年齢は若く、二十代前半から後半で整った目鼻立ちをしていたとのこと。
一人は赤茶色のセミロングで、もう一人は見事な金髪のロングをしていたらしい。

108名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:02:53 ID:J8kdJ1IQ0
子供はニット帽を被り、俯きがちになっていたために人相と性別は分からない。
これはかなり有力な情報のはずだった。
何せ、標的となったかもしれない人間の情報なのだ。
彼女たちが何者なのかが分かれば、事件の解決につながる可能性がある。

そしてそのためには、島に散り散りになった記者仲間との合流がそれを助けてくれるはずだ。
複数同時にやらなければならないことが待っているが、全ては繋がっている。
複数に分裂した尾を辿れば、その先に待っているのは栄光。
明るい未来は、アサピー次第ですぐにでも手に入るのだ。

(-@∀@)「……あれ?」

自分の腹に触れる服に湿り気を感じ、そこに目を向けるとネルシャツに赤黒い染みが出来ていた。
暖かく、そして冷たいという矛盾した感覚。
指で触れると、若干の粘り気のある感触を指先に感じた。
直後に熱を感じ、痛みを覚え、そして倒れた。

――銃声など、聞こえなかったというのに。

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                               _ ,,/ ,__\
                      _ _ ,l|lヽ,,_∠_ __彡  ̄ヽ  August 10th
                  /  ̄      ̄    \       |⌒ヽ AM 05:52
                 /          /     l       l   l
    ___       _ ─'/_.,., / ̄  ̄ 一一<     |      丿__丿
   <"\\ ̄  ̄ ̄  /__、 i!         |     /      / ̄
   \_//\ヽ_ _/ヾ\ _l一一一─_ _l|_彡//´` ̄´
      \ /ノ   ヽ─″ ̄Ammo for Tinker!!編 第六章 了
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109名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:04:32 ID:J8kdJ1IQ0
支援ありがとうございました。
これにて本日の投下は終了となります。
質問、指摘、感想などあれば幸いです。

>>63
いつも素敵なイラストありがとうございます!
おかげで頑張れます!

110名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:16:24 ID:9Z2m0VmM0
乙。

111名も無きAAのようです:2015/03/15(日) 23:21:13 ID:EWLoMb.U0


アサピー・

112名も無きAAのようです:2015/03/16(月) 00:14:22 ID:.8aMbPjI0
おつん
ここでデレシア一行の影か
ショーン格好いいけど毎回ショーン・コネリの語感で笑うw

113名も無きAAのようです:2015/03/16(月) 14:24:46 ID:5Xxnivy60
そうかそうか

114名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 13:18:05 ID:bvzKnUg.0
今気付いたけど>>80-81の間抜けてるっぽいね

115名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 19:33:15 ID:3zCqeYac0
>>114
うわあああああああああああああああああああああああああ
抜けてたあああああああああああああああああああああああ!!

116>>80-81の間に入るはずだったもの:2015/03/18(水) 19:34:11 ID:3zCqeYac0
ほっそりとした顔、魔女を思わせる鷲鼻、愁いを湛えた表情をより一層妖艶にする紫色の口紅と紫のアイシャドウ。
憂鬱気に開かれたブラウンの瞳が、トラギコを見る。
帽子の鍔を摘まみ、妖艶な笑みを浮かべてシュールは言葉を発した。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか?
       これは二度と囚われぬ者たちの歌』

歌うように滑らかに発せられたのは、明らかに挨拶の台詞ではない。
間違いなく棺桶の起動コード。
背負っていたコンテナにその体が招き入れられるのを見るのと同時に、トラギコも応じて口にした。

(#=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

叫んだのは、ブリッツの起動コード。
アタッシュケースが開き、機械仕掛けの籠手が飛び出す。
それを両腕に装着し、収まっていた高周波刀の柄を左手で握りしめる。
松葉杖をその場に投げ捨て、M8000を懐にしまう。

シュールが背負っていたコンテナの大きさは彼女の身長とほぼ同じ、約六フィート。
つまり、Bクラスの棺桶という事だ。
そうなると拳銃弾は通じない。
高周波刀だけが、シュールの棺桶を打ち破れる。

望んでいた相手とはいえ、状況は不利だ。
眼前のコンテナが開き、現れたのは六フィート弱のトリコロールカラーの棺桶。
丸みの多い装甲は見た目にも厚みがあり、アクセントとして黒い線が装甲の淵に塗られている。
威圧感を与えるカラーリングで、尚且つ注目を浴びるようなデザインは悪趣味という他ない。

117名も無きAAのようです:2015/03/18(水) 20:49:44 ID:VNeIzLqI0
やっぱりそうだったのか
VIPで追ってた時いつの間にか解除されてて?ってなったけど
そのまま指摘忘れてたすまん

118名も無きAAのようです:2015/03/19(木) 21:33:59 ID:ui9qwufQ0
作者でごわす。
上記の恥ずかしいミスを修正した物をブログにて公開いたしました。
もしよろしければこちらをご覧いただければと思います。

ttp://guruguruhaguruma.blog38.fc2.com/blog-entry-287.html

119名も無きAAのようです:2015/04/10(金) 21:41:50 ID:ImNmCLvM0
乙です!今回もめっちゃ面白かったです!
しかしカギ爪とベルだとガンソードを思い出すわ

120名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 19:41:08 ID:jAWZD5rY0
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真実に挑む虎が一匹。
真実に手を伸ばす女が一人。
真実を見届けようとする男が一人。

己の運命、宿命、命運を操るのは己自身。

彼らに覚悟はあるのか。
失い、追われ、襲われ、襲い、追い、奪うだけの覚悟が。
全てを知らぬ彼らに、全てを知り得ぬ彼らにその備えがあるのだろうか。

所詮彼らは――

Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章
        【driver-ドライバー-】
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明日、VIPにてお会いしましょう

121名も無きAAのようです:2015/04/11(土) 22:33:42 ID:c7Vk9JKw0
待ってる!

122名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:39:48 ID:u7PlYkbY0
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真を追う者は真に追われる覚悟を。
力を求める者は力を要求される覚悟を。
夢を見る者は夢を捨てる覚悟を。
愛を得ようとする者は、それを失う瞬間を覚悟しなければならない。

                                           ――イルトリアの諺

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123名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:45:46 ID:u7PlYkbY0
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,r ヽ.__,,.、                        __    ,r' メ-‐、_   __
     '〜´ ̄ニ=一_---__- -ー―--_― ''  ̄´  `v⌒    .::.⌒'´ ヽ_
ー--―--__-一-_-二ニ_ー-- ̄- ̄ニ  二_一=ニ 込ィ1 :.:.:::.:.:.:.:.:...:..
  ,.-y'父ヽ         ̄ ―--―  ,、 ̄ニ一__ ̄- .,ィid1`′二_,.-‐‐-、
^^´/公 ヘ `ー、_,x‐,ュ三ニヽ‐- .__ ,ィヽ´ヽ\_,.-、一_ / 「l´ ヽ'´ ヽ\_へ ヾ
--一--ー---‐‐--====ー--一--=====ー--ー-一. |」 丶-―--ー‐一
                     August 10th AM08:12
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アイリーン・ストリートは漁港から島の中心部にあるグレート・ベルに向けて伸びる道で、多様な店と市場が並んでいることから、観光客や生活用品を買い求める島民が多く利用する。
商品を買い求める客足は夜明けから徐々に増え始め、朝の七時になる頃には牛歩の如き速度でしか移動できない場所も発生する。
観光客は宿泊しているホテルではなく地元の食材と料理を振る舞う定食屋に寄って朝食を済ませ、ほとんどの店が開く十時手前に改めて買い物に出かけるのが最も一般的な動きだ。
しかし、その日は朝の八時の段階で外出している観光客はいなかった。

普段は客でにぎわう土産物店の中にも、早々にシャッターを下ろしている店まである始末だ。
恐らく、十時を過ぎても観光客はホテルや宿から足を延ばして買い物に行くことはないだろう。
そうなることを予想してシャッターを下ろした店の判断は正解だと言える。
ではなぜ、店主は客足が途絶えることを予期できたのだろうか。

主な理由は二つある。
一つ目は、逃亡犯が島に逃げ込んだために行われた厳戒な封鎖。
そして二つ目が、その緊迫した状況下にありながら起こった爆弾テロの騒ぎである。
旅行先のどこかで起こった小さな犯罪程度ならまだしも、それが島の安全を根幹から脅かす大事件へと発展したのであれば外出を避け、宿泊施設に留まるのは当然だと考えられるからだ。

現に、宿泊施設では観光を取りやめた客対応のために朝早くから多忙を極め、調理場は戦場と比喩される年末年始の宴会並に慌ただしかった。
唐突に訪れた商機に経営者は大喜びであったが、この事態に慣れぬ従業員は人手不足と材料不足に怒った。
特に、漁に出る船が軒並みで主な食糧である魚は防波堤から釣り糸を垂らす磯釣りでしか入手できない事が、何よりも手痛い。
磯釣りで手に入る魚の量と種類は飲食店からしたら微々たるもので、長期間に渡る供給はとてもではないが不可能だ。

124名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:51:36 ID:u7PlYkbY0
飲食に関わる店で最も致命的となるのは、仕入れが出来なくなることだ。
島街であるティンカーベルは多くの島で構成されているため、それぞれが分担して農作物・畜産を管理することで、小さな領土内でも食糧に困ることのないようにしている。
収穫物は船や橋を渡って異なる島の市場へと定期的に出荷されるのだが、内外への移動が完全に禁止されてしまっているために、どうしても食材が不足してしまう。
一日程度ならば備蓄していた分でどうにか維持できるのだが、その島内で生産していない食材を使う料理は早々に提供が停止する。

分担生産による弊害は避けられなかったが、飲食店への打撃は経済学者が思うよりも小さく済んでいた。
材料不足を心配するのは多種多様な料理をメニューに載せている宿泊施設ぐらいで、小さな飲食店などは状況が不利と判断してすぐに店を閉じ、メニューの変更を視野に入れて休業していた。
提供できないのに店を開くのは愚かだし、それ以前に客が来なければ店を開いて準備をするだけ時間と材料と光熱費の無駄だと判断しての事だ。
特に速い反応を示したのは、アイリーン・ストリート周辺の店だった。

爆発が起こり、パニックが起こってから僅か一時間足らずの間に七割の店がシャッターを下ろし、二時間後には業突く張りな土産物屋以外全ての店が営業を停止した。
アイリーン・ストリートの近辺にある店がいち早く反応したのは彼らが優れた感性を持っていただけではなく、事件そのものがアイリーン・ストリートで起こったからだった。
朝市で市場が賑わい始めた午前四時頃にスタードッグス・カフェのテラス席に置かれた鞄が爆破し、市場を一瞬にして恐怖の坩堝へと変えた瞬間、店主たちは二つの決断に迫られた。
店を閉めるか、店を開いて店を求める客を手に入れるか。

緊急時における決断力の速さは商人としての優秀さを示し、結果的に大きな利益を生み出せるのであればそれは商人の鑑だ。
だが、彼らは店を閉めて救護活動に手を貸すことを即決し、店の利益を放棄したのだ。
人間らしさ、つまりは他者を助ける優しさが人一倍強い島民ならではの反応だったと言えよう。
互いに助け合うという事の多い島という環境が彼らを突き動かし、結果的には店の損失を最小限に抑え、商人としても正しい成果を得たのである。

幸いにして爆発による死傷者はおらず、音に驚いた拍子で転んで捻挫したり破片で擦過傷を負ったりした程度で済んでいた。
爆発という非日常的な事態にも関わらず混乱が経度で済んだのは、通報よりも先に駆け付けた警察官たちの努力の賜物だった。
偶然現場付近に居合わせたイブケ・ゼタニガ巡査は即座に一般人を現場から遠ざけ、更には民間人に協力を仰いで全体の混乱を回避させた。
彼は人間の心理を操る術を心得ており、一方的に命令を下すよりも協力を要請することで全体が秩序を保った状態で動くことを知っていたのだ。

斯くして事件現場の調査は迅速に執り行われ、負傷者の搬送と目撃者からの事情聴取などを終えた後、島全体に流す放送を通じて警察から島民への説明が行われることになった。
時刻は朝の八時十二分。
島民は誰もが目覚め、各々仕事に動き出す時間帯だった。
純度の高い金属がぶつかり合い、巨大な音を生み出す。

125名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:55:19 ID:u7PlYkbY0
予告なしに鳴り響くグレート・ベルの鐘の音が、その音を聞く人間に静聴を求めた。
静寂。
市場が、港が、民家が、学校が。
ティンカーベルにある全ての施設から雑音が消え、凪いだ海のように静かになる。

ノイズが僅かに入り、それから続けて報道担当官と名乗る若い男の落ち着き払った声が島中に響き渡る。

『警察報道担当官のベルベット・オールスターです。
ティンカーベルの皆さんにお知らせいたします』

それから続けて放送された内容は一連の事件を簡潔にまとめたもので、余計な装飾は一切なく、当然のことだが面白みもなかった。
故に全ての情報はそれを聞いた人間に伝わり、その後の余計な質問の一切を封じた。
パズルを組み立てるように順序だって並べられた話は、聞く者に余計な考えを生み出させないようにと計算されたものだったが、誰もそれに気付くことはなかった。
自らの意志で情報を選別し、その結果自力で理解したのだと思えば、疑問に思うはずもない。

犯人は精神的な疾患と妄執を抱いた人物であり、以前から警察が目をつけていた三十代前半の男――ジョン・ドゥベール――はすぐに逮捕・拘留された。
同時に、その犯人が昨夜のエラルテ記念病院で起こった火事に関与し、目撃者であったカール・クリンプトン医師を殺害したことを供述したとも説明がされた。
その情報を伏せてきたのは犯人を刺激して新たな事件を起こさせないようにするためだったのだが、
モーニング・スター新聞が発行した今朝の朝刊の一面がその思惑を完膚なきまでに台無しにし、事件発生の動機の一つを担ってしまったと強い口調で報道担当官は付け加えて説明と発表を締めくくる。

こうして、ジュスティアに向けられつつあった矛先は世界最大手の新聞社へと向けられ、逆にジュスティアは好印象を得ることとなった。
放送直後に開かれた記者会見の場に現れた警察長官専属秘書、ライダル・ヅーは手短にコメントを言い放って異例の速さで会見を終了させた。

瓜゚-゚)「二日以内に、円卓十二騎士を動員してこの島からあらゆる犯罪者を駆逐します」

126名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 19:57:46 ID:u7PlYkbY0
それだけで、島民はもちろんだが会見を聞いていた人間はこれから何が起こるのかを察した。
正義の代弁者を自負するジュスティアが駆逐するというのならば、それは、犯罪者にとっては事実上の死刑宣告に値する。
更に人々を動揺せしめたのは、彼女が口にした円卓十二騎士という存在の大きさだ。
お伽噺として語り継がれ、伝説と化した騎士の階級を持つ十二人。

表立った行動を避けてきた彼らが動くという事は、警察だけでなくジュスティアという街全体が事件解決に動くという事を意味している。
記者会見に参加した多くの島民、そして記者たちは皆一様に同じ気持ちを抱いた。
果たして、どのような愚か者がジュスティアを怒らせたのだろうか、と。
そしてその答えは、すぐに分かる事となった。

瓜゚-゚)「では、第一手」

――軍服姿の男達に連れ去られたモーニング・スター新聞社の人間は、その唐突さに喚く事さえできなかった。

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                    Ammo→Re!!のようです
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八時半を回ったあたりから、日差しは強さを増した。
非常に高い場所に浮かぶ薄い雲を除けば、目立つ雲は水平線の向こうにしか見当たらない。
波は穏やかで、海は澄んでいた。
強い日差しは健在だが、穏やかに島中を駆け巡る風は涼しげだ。

127名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:01:02 ID:u7PlYkbY0
現場検証に立ち会うことになったボブ・ガガーリンは勤続十七年のベテラン警部で、これまでに十数件の事件の解決に助力してきた経験者だ。
新聞やラジオで報道されたような難事件にも関わり、他の新人の警官に比べれば現場の捜査を行った経験が豊富だと自負していた。
しかし、テロ行為の跡から犯人に結び付くような状況証拠を見つけ出す経験は一度もなかった。
ブルーシートで完全に封鎖された現場は、注意深く見なければ瓦礫と小さな爆心地以外に何も見当たらない。

爆心地となった場所には小さなテーブルとイスがあったのだが、木っ端微塵に砕け散って広範囲に散らばっている。
テーブルは金属とプラスチックで作られ、椅子はプラスチック製だった。
熱で溶けたプラスチック片が足元に落ちているのを見て、これが椅子の物なのか、テーブルの物なのか、それとも別の物なのかは分からない。
離れた場所には歪に折れ曲がった金属の棒が転がっており、その曲がり方から爆弾の近くにあったパラソルだろうか。

その他諸々の証拠品になり得るものを一人で収集し、分類してラベル貼りをするのかと思うと、非常に気が滅入る。
いつもならば新入りの警官や鑑識に命令して集めて分析させるのだが、現状ではボブ以外に現場慣れした人間はいなかった。
というよりも、この現場検証を担当する人間がボブ一人と、現場を封鎖するために必要な護衛が四人――平均年齢六十歳の駐在――だけだというのだから、自分でやる他選択肢はない。
汗水たらしてボブが集めた証拠品はこれまで自分がそうしてきたのと同じように、より優れた人間が捜査の材料にすることになる。

悔しいかどうかと尋ねられれば、ボブは迷わずに頷くだろう。
事件を自らの手で解決することはこの上ない快感だし、正義のためにこの身を使っているのだと実感できる数少ない機会を他人に持っていかれるのだ。
ジュスティアの人間なら、悔しくないはずがない。
だが命令は命令だし、優れた人間が捜査を担当するのは当然のことで、下っ端がその補助をするのもまた当然である。

白い手袋を指先までしっかりと嵌めて、ボブはそこで次に何をするべきかを考え始めた。
現場の総指揮を執るライダル・ヅーの配慮によって、この事件は解決したことになっているが、実際は何も分かっていない。
犯人像、犯人の目的、そして使用された爆発物の正体さえ分かっていない。
現場検証に関して言えば、ボブは素人だった。

持っている知識だけで現場から情報を収集し、何が起きたのかを分析するには荷が重かった。
それでもやらなければならないのが、この仕事の辛いところだ。
最大の証拠品となる爆弾はすでに運び出され、分析が進められている。
残るのは文字通りの残骸。

128名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:08:07 ID:u7PlYkbY0
その骸から探すのは、あるのかどうかも分からない手がかり。
途方もない宝探し。
砂浜で漂流物探しをした方が、まだ正解を引き当てる確立が高い。

(::゚J゚::)「ふぅ……」

手始めに、粉々に砕けて飛散したテーブルと椅子の破片を集めることにした。
元の色が何色だったのかも識別できない程に焼けた物もあれば、辛うじて白い表面を残している物もある。
これらをパズルのように組み合わせれば元々の形状などが分かるそうだが、それが分かったところで事件解決の手がかりになるとは思えない。
だが専門家に言わせれば、こうして得た情報を少しずつ形にしていく事が大事なのだそうだ。

屈んで小さな破片を集め、それを積み上げていく。
プラスチック片を探す中で、砕けたティーカップや先の折れたスプーンが見つかった。
死人が出なかったのは奇跡としか言えない。
通常、爆弾テロと言えば不特定多数の人間を殺傷するのが目的であり、ここまで被害の少ないテロは初耳だ。

一つ一つの品を見ながら、ボブは物思いにふけった。
いつしかその手は止まり、柄だけとなったスプーンを弄び始めた。

瓜゚-゚)「……やる気がないのなら、最初からそう言ってください」

剃刀のように冷たく鋭い声は、ボブの正面、頭上から落ちてきた。
声に応じて顔を上げると、断頭台に乗せられた死刑囚の気持ちが分かった。
長官の秘書、ライダル・ヅーだ。
フレームレスの眼鏡の向こうにあるはずの鳶色の瞳は陰ってよく見えないが、その声から彼女の機嫌がこの上なく悪いことが分かる。

跫音一つ、気配一つ感じ取れなかった事に対する脅威よりも、醜態を晒した自分に待ち受ける処遇の方が恐ろしい。

(::゚J゚::)ゞ「お、おっお疲れ様です!!」

129名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:10:27 ID:u7PlYkbY0
文字通り飛び上がったボブは急いで敬礼をしたが、ヅーは無表情のままそれを無視した。
警察官は法の体現者としての訓練を受け、それを肝に銘じて職務を遂行するが、ヅーは別格だ。
彼女はジュスティアの規律そのものであり、執行人にして法の化身。
迂闊にも一度怒らせれば綱の切れたギロチンのように無慈悲に決断を下し、障害となる一切合切を排除する女だ。

一瞬とはいえ気を抜いていた姿を見られたボブは、彼女が寛容な人間であることを願うばかりだったが、そのような身勝手な願いは通じない。
結果には結末を。
銃爪を引いたら何が起こるのかを説明するが如く。
鋼鉄を彷彿とさせる冷たい視線を向け、ヅーは強い口調で言い放つ。

瓜゚-゚)「もう結構です、ボブ・ガガーリン警部。
    お守りがいなければ事件現場一つ捜査出来ないとは知りませんでした。
    現場は私が調べますので、一般人が入ってこないように警備していてください」

(::゚J゚::)「し、しかし」

瓜゚-゚)「意見や弁明を求めてなどいません。
    自分一人で出来ることを最大限行い、その結果を追い求める事も出来ない無能はこの現場に必要ないと言っているだけです」

ヅーにはいくつもの渾名があるが、そのほとんどは身内によってつけられたものだ。
歩く断頭台、鉄仮面、粘着女、ジュスティアのギロチン。
全てに共通しているのは、彼女の人間性があまりにも温かみに欠けている事を表現していることだ。
無論、本人もその渾名の数々は知っている。

だからと言って、ただの一歩も譲歩しない姿勢はある意味で尊敬の対象に値する。
ボブもその在り方には尊敬の念を抱いているのだが、いざ目の前で見せつけられるといい気はしない。
不快感を通り越し、己の無力さに怒りを覚える。
大人しくヅーの言葉に従い、ボブはブルーシートの向こうに消えた。

130名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:14:20 ID:u7PlYkbY0
残ったヅーは、さっそく現場検証を行うことにした。
散った破片に法則性がある事は、一目で分かった。
瓦礫が四方八方に散る中でも、爆心地の北に向けてそれが集中して散らばっている。
これが意味するのは、指向性の爆弾が使われたという事だ。

つまり、殺すべき対象がその方向に座っていたことを意味している。
テロではなく殺害が目的だったのだ。
殺害されかけた人物についての聞き込みを行わなければならないのだが、今は人手が足りない。
情報収集をもっと早い段階で行えていれば、人々の記憶が新鮮な内に情報を手に入れられただろう。

現場を封鎖した警察官は確かにいい判断をしたが、肝心の調査についてはほぼ手出しをしていないのが惜しまれる。
命令がなければ捜査を始めないのは、警察の悪い習慣の一つだ。
組織である以上命令に従うのは当然だが、状況を読んで独自の判断を下せなければ事件の早期解決は夢と化す。
常に会議で槍玉にあげられるトラギコ・マウンテンライトは、その点で言えば一流だった。

勤続年数と手柄に見合わない刑事という階級にも関わらず、彼は事件解決のプロフェッショナルだ。
警部の立場にありながら、事件の直接解決に貢献したことのないボブ・ガガーリンなど比較対象にならない程の高次元に位置する人間だった。
暴力による解決方法は容認しがたいものではあるが、それでも彼は事件を解決し続けてきた。
解決力という一点においては、ヅーはトラギコの事を尊敬していた。

尊敬の念を抱く一方で、束縛を嫌う自由主義に嫌気がさしているのもまた事実。
集団行動や組織的な行動というものに協力的ではなく、警察という組織に属している以上はチームワークを重んじてほしいところである。
現に、軍の追跡班を使ってトラギコの動向を調べたところ、爆発発生時にこの現場にいたとの目撃証言を手に入れている。
その後姿を晦ましていることから彼はこの爆破事件を目撃し、何かしらの証拠を手に入れたのだと推測が出来たが、チームで動いていれば爆破を防げたかもしれない。

いつまでもトラギコの身勝手な行動に頭を抱えている暇もなく、ヅーはもはや彼を追うことを諦めていた。
諦めざるを得ないのだ。
爆破事件の後に二つも新たに事件が発生し、そちらの隠蔽でヅーは手一杯だった。
警察官二人と民間人一名の使者を出した発砲事件と、モーニング・スター新聞社で起こった大量殺人事件。

131名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:17:23 ID:u7PlYkbY0
前者の目撃情報はなく、後者に至っては円卓十二騎士のショーン・コネリがショボン・パドローネと戦闘を行っており、新聞社という最悪の現場であった。
同僚の死を理由に記者たちが騒ぎ立てるのは必至であり、それを回避するためにヅーはモーニング・スター新聞の生存者たちを全員捕えたのだ。
捕えたと言えば聞こえが悪いが、事実上彼らを保護したのだ。
それでも、隠し通すのは無理だ。

絶対にどこかで綻びが生じ、そこから表に流出してしまう。
そのため、ヅーは二日以内という期限を設けた。
この期限内に解決出来なければ、事件は全て公になる。
隠し通せて二日。

全力で隠蔽を図っても残り、二日。
しかもそれは希望的な観測を含めての二日だ。
トラギコのせいで火事の件が公になったのは、もはや些細な問題だった。
それより何より、今は一刻も早く脱獄犯を捕まえなければならない。

捜査の混乱は幸いにして起こっていないが、何かに着手しようとするたびに別の事件が起こる事が問題だ。
そのせいで対応に追われ、どれ一つとして解決の糸口が見つかっていない。
今はトラギコを捕えるよりも彼を自由にして事件を解決させた方が、いくらか賢い。
こちらも事件解決に向けて動いているが、進展はない。

標的となった人間の座っていたと思われる座席の付近に近づき、何か手がかりがないかどうかを探す。
人物の特定につながるような物があればいいのだが、一見したところそのような物はない。

瓜゚-゚)「くっ!」

毒づいたところで、証拠品が見つかるわけではない。
物がないのならば、とヅーは考えを変える。
腹を撃たれて病院に搬送されたばかりだが、トラギコと接触して更にショボンに命を狙われた新聞記者がいたのだ。
多少の怪我をしていても、口を使って情報を提供することは出来るだろう。

132名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:22:34 ID:u7PlYkbY0
記者の名は、アサピー・ポストマン。
トラギコが情報収集の駒として彼を使っていたのは目撃証言からも明らかだし、爆発直後に現場で聴取していたのも彼だ。
つまり、この新聞記者がもたらす情報は双方にとっての問題解決のカギとなる。
遅かれ早かれ、トラギコもこの男を追ってくるだろう。

病院で待ち伏せして合流し、改めて脱獄犯狩りに協力を要請するしかない。
犯人を追っている軍は一向にその手がかりを掴めずにおり、何一つ期待が出来ない。
そのため、捜査を行っている警察からは軍に対する不満が少しずつ噴出し始めていた。
今朝の記者会見の直前にも、軍人と警官との間でひと悶着があったぐらいだ。

軍の努力も分かるが、彼らは捜索にあまりにも不慣れだった。
派遣されたのは人狩り専門の部隊でテロリストたちのアジトに対して強襲を仕掛けたり、街中で爆殺したりすることには長けているが、人探しは素人同然の能力だった。
二人一組の厳めしい男がところ構わず家に押し入り、情報の提供を強要し、怪しげだと判断した建物には問答無用で突入するような神経をしているのだから、いつまで経っても人は見つからない。
物事はスマートに行わなければならないのだが、軍人には無理な話だった。

そもそも得意分野が違うのだから、戦闘は軍、捜査は警察という具合に分担して行うべきなのだ。
ジュスティア軍元帥タカラ・クロガネ・トミーによってその提案が却下された段階で、ヅーはこうなることを予見していた。

瓜゚-゚)「派閥争いを現場に持ち込むとは……」

長官のツー・カレンスキーとタカラは縄張り意識が強く、互いに敵対心を持っていた。
昔ながらの考えをしているタカラにとって、ジュスティアの代表とも言える警察の長官を女性が担当しているのが気に入らないのだろう。
警察内部にも快く思っていない人間がいるぐらいだ。
愚かしいことこの上ない。

一通り現場を観察、調査したヅーはブルーシートを捲りあげて外に出た。
病院なら、バケツと水と雑巾ぐらいはあるだろう。
その三つの道具があれば、簡単な拷問が出来る。
水責めはヅーの得意分野だ。

133名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:26:25 ID:u7PlYkbY0
(::゚J゚::)「お、お疲れ様です!!」

瓜゚-゚)「誰も現場に入れないでください。 できますか?」

(::゚J゚::)ゞ「はっ!!」

ボブは上ずった声で返答し、ヅーはそれを聞き流しながら停めていた白いセダンに乗り込んだ。
エンジンをかけ、アサピーが入院しているエラルテ記念病院に向かう。
火事騒ぎは沈静化できたがその後の処理がまだ数多く残っており、方々に指示を出さなければならない。
現場検証の指示や、情報収集の指示などやることは山のようにある。

頭を痛めるのは何もその采配が面倒だとか苦痛に感じるからではなく、一つ一つの精度や質がおろそかになってしまうからだ。
いくら効果的な捜査をさせても濃度の薄いスープを飲み続けるような物で、まるで意味がない。
それというのも、人員が不足しているためだ。
事件が起こるたびに人数を裂き、あちらこちらに警官が散ってしまうせいで主戦力が――

瓜;゚-゚)「まさか、これが狙い?」

だが警官を散らして何をするというのだろうか。
頼りないことこの上ないが、一応軍人まで動いているのに何を狙っているのか。
彼らは、ショボンたちは一体何を狙っているのだろうかと、改めてヅーは頭を回転させた。
島で起こった全ての事件がショボンの犯行と考えると、彼らは何かを追っている事が分かる。

追っていることを悟られないように、そして邪魔をされないように警官たちを散らしているのだとしたら。
ショボンたちの次の手を読むために必要なのは、彼らが追っている人物を見つけることだ。
見つけられずとも、誰を追っているのかが分かるだけでもかなりの進歩になる。
これはトラギコとも共有しておいた方がいいだろう。

アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

134名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:31:43 ID:u7PlYkbY0
アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

瓜゚-゚)「……」

ハンドルを握りしめながら、ヅーは昨晩のことを思い出していた。
森の中から突如として現れたバイクとSUVはヅーの目の前でカーチェイスを繰り広げ、久しぶりに彼女を興奮させた。
SUVに乗っていた一人は昨夜の内に捕えて護送させ、現在は軍の駐屯地で尋問の最中である。
が、その後ヅーが追ったバイクの運転手が極めて曲者だった。

ヅーの扱う強化外骨格、“イージー・ライダー”は舗装された路面を高速移動することに特化した物でその出力や機動性はバイクを遥かに凌ぐ物だ。
単一の目的をもって設計された唯一の棺桶であるコンセプト・シリーズは、初見の相手に最も効果を発揮する。
公の場で棺桶を使うことがないヅーにとって、イージー・ライダーは犯人追跡の切り札とも言えた。
つまり、ヅーがイージー・ライダーを使うという事は、犯人を、そして目撃者を確実に捕らえるという事に他ならない。

にも拘らず、運転手はイージー・ライダーの弱点である山道に素早く進路を変更し、まんまと逃げおおせたのだ。
人相は愚か性別すら分からず、正確な人数も分からずじまいだった。
ナンバープレートを目視しようとしたが、プレートは上向きに曲げられていて確認は出来なかった。
それらに加えて、使われていたのはただのバイクではなく、大型ツアラータイプの物に改造を加えて爆発的な加速と機動性、そして荒地での対応力を両立させていたことが追跡を困難にさせた。

ただし、どれだけ単車の性能が良くても運転手が使いこなせなければ意味がない。
その点、ヅーを出し抜いた運転手は非の打ちどころのない完璧な人間だった。
無駄な蛇行運転をすることもなく、迎撃をするわけでもない。
直前までSUVに追われていたことなど微塵も感じさせない冷静さで、イージー・ライダーの姿が迫るや否やすぐに進路を変えて対応したのである。

ある意味で、あの夜の出会いが思考を手助けしてくれたのだ。
追う者と追われる者、この二者の構図はショボンと彼が追う標的に重なる部分があった。
ヅーが追い、逃げられた人物がショボンの獲物だとしたら。
捕まえた男がショボンの仲間だと分かれば、追っていた人間の正体なども分かるはずだ。

135名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:34:32 ID:u7PlYkbY0
そちらの方はタカラに任せてあるため、尋問はスムーズにいくだろう。
報告は後で聞き、今は貴重な情報を持っているアサピーの方に向かい、彼から情報を吸い出すことだけを考える。
一度命を狙われて生き延びた彼を、ショボンは絶対に逃がさないはずだ。
到着してから彼の身辺を警護する手筈を整えておくことも念頭に置き、アクセルを踏む。

ショボンがアサピーの存在を消す前に会わなければならないため、公道の制限速度を無視してセダンを加速させる。
一般車の間を縫うように、そして無駄のない動きですり抜けて一直線に病院を目指した。
その甲斐あって僅か三分で病院に到着したヅーは、セダンから降りるなり走ってアサピーの病室に向かう。
三人の軍人を護衛に付けてあるため、ショボンといえども突破は容易ではないはず。

病室の前でカービンライフルを構える軍人に一瞥をくれることもなく、ヅーはそのまま室内に入った。

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Ammo→Re!!のようです

                                       ノト     |
                                      彳ミ    ノiミ
                       __,,.. .-‐ '''""~~""''' ‐-彡彡ミ .彡ミ..,,____
                  _,..-'''"              彡彡ミミ 彡;;;ミミ
         __,,.. .-‐ '''""~                        彡彡ミミミミ彡彡ミミミ
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Ammo for Tinker!!編   第七章 【driver-ドライバー-】

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136名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:38:23 ID:u7PlYkbY0
右手に広がる森は鬱蒼と茂りながらも、丁寧に枝打ちされた木々の下に広がる豊かな土壌に太陽の光が程よく注がれ、朽木でさえ神秘的に見える。
高速で道路を駆け抜けていれば気付かない自然の美しさに、トラギコ・マウンテンライトは少しだけだが荒れた心が癒される思いがしたが、それは気のせいだった。
脚は痛み、二日酔いのような頭痛がまだ抜けきっていない。
一本だけとなった松葉杖を突くその手には、黒い輝きを放つ鋼鉄の籠手が嵌められていた。

その正体は、彼の持つ強化外骨格“ブリッツ”である。
しかし今、身体能力の補助を目的として設計されたその籠手は、電源が切られた状態でまるで効果を発揮していなかった。
それどころか防御用の手段ぐらいにしか使えず、その重量もあって今は邪魔だった。
それでも彼はブリッツを捨てることはおろか、手放すという考えを一瞬たりとも思い浮かべなかった。

強化外骨格は戦うための道具であり、彼にとっては命綱でもあったのだ。

(;=゚д゚)「あー……くそっ……」

命からがらシュール・ディンケラッカー達から逃げ延びたトラギコは、警察の目から逃れるために山道を経由して島の北西部を目指すことにした。
街中を走って移動すれば必ず人目に付くため、原動機付自転車で山道を越えるプランを選んだのだが、どうにも速度が上がらなかった。
坂道が多く続いたせいでバッテリーを激しく消費し、燃費がいいはずの車種にも関わらずバッテリーは恐ろしい勢いで減っていった。
そして遂に上り坂の途中でバッテリーが底をつき、トラギコはそれを道端に乗り捨てることを選んだのであった。

徒歩での移動に伴い積んでいた籠手を装着し、高周波刀はバイクのシートを切り裂いて作った鞘に納めて背負った。

(;=゚д゚)「あちぃ…… いてぇ…… 殺してぇ……」

そこから先は徒歩で移動を行い、引き続きカール・クリンプトン殺害に繋がる証言や証拠を集めることになる。
移動手段として重宝する予定だったスーパー・カブが使えなくなった今、トラギコは己の両足を頼らざるを得ない。
“鷹の眼”カラマロス・ロングディスタンスに脚を撃たれたのは正直なところ、不覚としか言えない。
昨日から常に動き続けている影響か、痛みは一向に収まらない。

137名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:45:04 ID:u7PlYkbY0
ティンカーベルは避暑地として非常に優秀な土地だが、それでも夏の日差しを浴びながら山道を徒歩で上るのは非常に辛い。
体力と水分を奪われ、最悪は身動きが取れなくなってしまう。
加えて上り坂。
泣き面に蜂とはこの事である。

汗が徐々に額に浮かび、熱さが体の中心部から蓄積され始める。
道中で車を見つけたら、ヒッチハイクをするしかないと考えていたその時。
麓の方からタイヤが地面を踏みしめる音が聞こえ、思わず振り返る。
黒塗りのセダンだ。

高級車ではあったが、全体的に土埃で薄汚れているのが何とも言い難い。
全面スモークガラスであることから、金持ちが運転している可能性が高かった。
金持ちがヒッチハイカーを乗せるとは思えないが、トラギコには万人が喜んでハイカーを乗せる便利な術を知っていた。
懐からベレッタM8000を抜いて地面に向けて発砲し、すぐにそれを運転席に向ける。

セダンはゆっくりとトラギコの前で停車し、トラギコは銃口で車から降りるよう命じた。
ドアが開き、まず現れたのは両手だった。
次いで脂ぎった白髪交じりのブラウンヘアが現れ、いかにも学者といった風体の男が姿を現した。
トラギコが五十代後半であろう男に対して学者、という印象を抱いたのには理由がある。

一つ目は右手の指にペンダコが見られたこと。
二つ目は非力極まりそうな体つきをしていながらも、妙に鋭い眼光を秘めた青い目。
三つめは実用的な身なりの中にも品を感じさせ、胸ポケットにペンが二本刺さっていたこと。
そして、知識を豊富に持った人間が放つ独特の雰囲気を漂わせていたことだ。

(=゚д゚)「ヒッチハイクだ」

(’e’)「それは構わないんだけどね、君。
   これから仕事に向かう途中でね、それでもいいかな?」

138名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:49:45 ID:u7PlYkbY0
銃口に怯える様子を見せない。
御しやすいと言えばそうだし、扱いにくいと言えばそうだ。
恐怖こそが人間を操る核心であり、それがなければ意のままに動かすことは難しい。
掴みどころのない男だったが、今は移動手段を手に入れたことを喜ぶべきだ。

(=゚д゚)「あぁ、構わねぇラギ」

助手席側に回り込んで乗り込み、男も車に戻る。
両手を降ろしていいかどうかと目で訴えられたので、トラギコは頷いた。
銃を懐にしまい、シートベルトを締める。
車内はエアコンがよく効いていて、涼しかった。

が、それ以上に土と鉄の匂いが印象的だった。

(’e’)「紹介が遅れたが、私はイーディン・セント・ジョーンズ。
   気軽にジョーンズと呼んで構わないよ」

(=゚д゚)「よろしく、ジョーンズ博士」

(’e’)「ほう、どうして私が博士だと?」

(=゚д゚)「見りゃ分かるラギ。 研究は何を?」

感心した風に唸るジョーンズは車を走らせながら、トラギコの質問に答える。
暴れたり抵抗する様子がないのはありがたい。

(’e’)「主に考古学を研究していてね。
   発掘もやるが、出土した品の復元なんかも手掛けている。
   先日まではフィリカに行っていてね、その帰り道にここに寄ったんだが、如何せんこれだろう?
   せっかくだから思う存分発掘しようと思ってね」

139名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:53:46 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「復元ってぇと、ダットとかラギか?」

                           Digital  Archive  Transactor
現代における高性能な電子機器の代表、デジタル・アーカイブ・トランスアクター。
太古の技術で作られた最新の情報機器で、高度な計算は勿論だが様々なデータの管理や作成に長けた物だ。
それ一つあるだけで街の運営も十分に可能な品ではあるが、精密機械であることに加えて膨大な量の専門知識を要求されることから、発掘された状態からの復元は非常に難しい。
知識と技術、そして貴金属などの希少な資材がなければ復元は不可能である。

(’e’)「それもするんだが、私はもっぱら棺桶だ。
   棺桶っていうのは――」

(=゚д゚)「軍用第三世代強化外骨格、だろ?」

学者が好きそうな正式名称で即答したトラギコに対して、ジョーンズは得意げな笑顔を浮かべながら首を横に振った。
まるで出来の悪い生徒に対して正答を教える教師の様だった。

(’e’)「正しくは、軍用第七世代強化外骨格だ。
   詳しい事情はまだ分からないが、発見された資料には第七世代と明記されているんだよ」

世代が何故異なるのか、そのようなことはトラギコの興味の範疇を遥かに超えていた。
第三であろうが第七であろうが、棺桶は棺桶。
軟弱な老人すらも兵士に仕立て上げる兵器に変わりはない。

(=゚д゚)「心底どうでもいい話ラギね」

(’e’)「正しい情報は常に正しいのだよ、君。
   ところで、君の名前は?」

140名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:58:26 ID:u7PlYkbY0
トラギコは一瞬、返答に迷った。
己の名前を名乗れば後々面倒に巻き込まれるのは目に見えているが、信頼関係構築のために正直に話せば協力が得られるかもしれない。
偽るか、それとも素直になるか。
出した答えは、前者だった。

これ以上余計な足跡を残せば、また襲われかねない。
得られるメリットとデメリットを天秤にかければ、欲張らない方が賢明だ。
ましてや、本名かどうかなどこの男が知るはずもないのだから。

(=゚д゚)「トム・ブラントだ」

(’e’)「よろしく、ブラント君。
   気になっていたんだが、君は何故その棺桶を付けているんだい?
   確かそれは“ブリッツ”だろう? アタッシュケース型のコンテナが付属しているはずだが」

籠手の形をした強化外骨格は多くあるが、ジョーンズは一目見ただけで知っている人間の限られるコンセプト・シリーズの名前を言い当てた。
“マハトマ”と見間違えることなく、ブリッツの名を出せたという事は見る目があり、知識があるという事。
この男は、思った以上に棺桶に精通しているようだ。
下手に嘘は吐かない方が賢明だと判断したトラギコだが、だからこそ理由を正直に言うわけにはいかない。

(=゚д゚)「……ちょっといろいろあってな」

(’e’)「充電が出来ないと不便だろうに。
   ちょうどいい、私の職場でコードを用意してあげよう」

茶会への招待のように出てきた提案に、トラギコは目を丸くした。
棺桶についての知識が豊富にあるにしては、随分とおかしな提案だったのだ。

(=゚д゚)「だけどコンテナがないと充電出来ないんじゃねぇのか?」

141名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 20:59:08 ID:u7PlYkbY0
そう訊き返したトラギコを見て、ジョーンズは鼻で笑った。
成程、いかにも一般人が持っている知識だとばかりに。

(’e’)「おいおい、そんなわけないだろう。
   効率は落ちるが、充電なら道具があれば出来るさ。
   起動コードの入力が要求されることから分かる通り、コンテナは他人に使われないように安全に保管する目的の方が強いんだ。
   一度起動させてしまえばコンテナの守りは失われるから、後は外部からの侵入も変更も可能になるわけで、それ以外にコンテナは使わないだろう?

   コンテナがないと装着補助が失われてしまうのが難点なんだが、ブリッツの場合にはあまり気にならないはずだ。
   特に持ち運びが可能な小型のAクラスはそれが利点でもあるわけだしね。
   ケーブルはほとんどのAクラスで規格が統一されているから、それをデータ送受信口に直接繋げば大丈夫なはずさ」

警察で学んだ強化外骨格の知識が誤っていたことに対して、トラギコは恥じると共に憤った。
充電が出来ないというのは聞いていたが、実際に試したことはなかった。
現場で働く学者の方が正確な情報を持っており、あの街で得た知識は時代遅れという事になる。
一応、ジュスティアも独自に棺桶の研究を行っているはずなのだが、それが追いついていないのは問題だ。

機会があれば、この男をジュスティアは特別講師として招いた方がいいかもしれない。
あの街にはかなりの数のコンセプト・シリーズが配備されており、これが分かるだけでも仕事の効率が変わるだろう。
しかし意外な場所でこれほどまでに有意義なことを学べたのは幸運と言える。

(’e’)「まぁ、君のブリッツは特殊だから例外と言えば例外なんだけどね。
   棺桶はまだまだ不明な点が多いし、このことは公にはされていなかったから君が知らなかったのも無理はない。
   そう怒る必要はないよ」

妙に上から目線の発言だが、ジョーンズは学者として優秀なため特に苛立ちはしない。
むしろ警戒した方がよさそうだ。
何故ならブリッツはこの世に一つしかない強化外骨格で、それを持っている人間は一人に限られる。
つまり、トラギコが偽名を使っていることもその正体を知ることもこのジョーンズには可能だという事だ。

142名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:02:33 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「ん……イーディン・S・ジョーンズ?
   そういや俺の勘違いだったら悪いんだが、あんた教科書に載ってなかったか?」

(’e’)「あぁ、歴史系の本に載っているよ。
   そんな下らないことよりも、もう少し棺桶について話をしないかい?」

(=゚д゚)「つっても、俺は素人ラギよ」

(’e’)「構わないよ。 学者はね、教えたがりで話したがりなんだ。
   それに、私の職場までは大分時間がかかるからね。
   この島の北側に発掘現場があるんだが、警察が通行規制をしている部分を避けないと辿り着けないんだ」

銃で脅されたにしては、肝が据わっているのか間抜けなのか分からないぐらいに楽観的だ。
自分が殺されないと思っているのだろう。
これまでに何度かそういう場面に遭遇した経験があるのかもしれない。

(=゚д゚)「発掘現場ってぇと、何かの遺跡が見つかったラギか?」

(’e’)「あぁ、戦場跡が見つかったんだ。
   どうやらここは物資保管の拠点らしくて、未使用の銃器や保存状態のいい棺桶がたくさんあってね。
   発掘冥利に尽きるよ。
   コンセプト・シリーズも見つかっているし、楽しいことこの上ない」

現代で使用されている銃器も、元を辿れば過去に使用されていた物を分解して構造を理解したうえで再製造しているもので、発掘は発明に匹敵するほど重要な行為だ。
繊細さと根気強さが要求される作業だが、一獲千金の博打に似た要素が強く依存性が強い職業の一つである。
特に戦場跡から発掘される物の中で喜ばれるのが棺桶だ。
使用者はとうの昔に骨すら残らない程風化しているが、その遺体を包んでいる強化外骨格は劣化がほとんどない。

143名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:04:58 ID:u7PlYkbY0
多少のメンテナンスは必要だが、復元不能なダメージを受けていなければ改めて使うことが出来るのだ。
地域によって多く出土する棺桶の種類は疎らだが、希に最も貴重とされるコンセプト・シリーズが発見されることがある。
特化した性能を有している実用性と、世界に一機だけという希少性から非常に高額で取引される。
乱暴に扱っているがトラギコのブリッツも、一般市民の生涯年収を遥かに超える値段のはずだ。

(=゚д゚)「戦場ってことは、戦争がここであったのか」

(’e’)「あぁ、偶然にも一世紀ちょっと前にも戦争があってね。
   これは史実として資料も残っているんだが、イルトリアとジュスティアの兵隊がここで大規模な戦闘を行ったんだ。
   あの“魔女”、ペニサス・ノースフェイスが参戦したやつさ」

(=゚д゚)「デイジー紛争だっけか?」

昔からジュスティアと軍事都市イルトリアは犬猿の仲で、今でこそ見られなくなったが以前は小競り合いが頻発していた。
未だに互いの街に攻め入っていないのは先人が起こした過ちを繰り返さないためか、それとも無益だと知っているのかは分からない。
デイジー紛争は密漁船がイルトリア海軍により沈められたことをきっかけに起こった紛争で、これがジュスティアとティンカーベルの関係を構築するための大きなきっかけになったと言われている。
当時はイルトリアがティンカーベルの漁業を支援していた関係もあり、警備という名目で配置された海軍に対してジュスティアが陸軍を派兵し、泥沼の争いへと発展したという。

紛争後、当時の市長エラルテ・ニエバズが三十三年の月日をかけてジュスティアと交渉を行い、セカンドロックをジュスティアと共有する話がつけられたというのが一応の史実だ。
トラギコの学んだことが間違っていなければ、だが。

(’e’)「そうそう、あの戦闘がきっかけで発見されたのが今回の遺跡なんだ。
   最近、軍事基地の一部が見つかって大忙しさ。
   セキュリティがまだ生きているんだから恐ろしいものだよ」

(=゚д゚)「で、ここであった大昔の戦争は?」

(’e’)「第三次世界大戦の一部だとは思うけど、詳しくはこれから調べる予定だよ。
   といっても、いつもと同じように分からないだろうけどね」

144名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:09:06 ID:u7PlYkbY0
栄華を極めた文明を崩壊させ、世界を終わらせたとされる第三次世界大戦は謎の多い戦争だ。
判明していることはほとんどなく、当時の詳細な資料も発見されていない。
強化外骨格という兵器の登場によって戦争が激化し、大国の支援を受けた発展途上国も参戦したことで戦争の火種が世界中に飛び火して終焉が加速したというのが歴史学者たちの考察だ。

(=゚д゚)「じゃあそんな棺桶マニアのあんたに訊くが、音を操作する棺桶を知ってるラギか?
    トリコロールカラーの悪趣味な奴ラギ」

上機嫌になっているジョーンズに、トラギコはダメもとで質問をした。
もしも何かヒントになるような物があれば、と思ったのだ。
青、赤、白、そして黒で彩られた忌々しい強化外骨格の情報が何か手に入れば、次に活かすことが出来る。

(’e’)「勿論知っているよ。 現存する中でそんなカラーリングをしているのは、“レ・ミゼラブル”だけだ。
   暴徒鎮圧に特化した強化外骨格でね、敵意ある者に対して有効な音響攻撃が主兵装なんだよ。
   だから目立ちやすいカラーリングなのさ。 あの色なら敵は全員注視するし、意識を向けさせられる。
   つまり、敵対心を持つ人間には絶大な効果を持っているわけだ。

   しかし、ブラント君は珍しい棺桶を知っているんだね。
   あれはまだ復元したばかり――」

次の瞬間、トラギコの右手は躊躇いなく銃を抜き放った。
その速度は電光石火の早業で何一つ余計な動作がなく、安全装置を解除するのと撃鉄が起こされたのは同時。
拳銃を用いた近接戦闘において絶対的優位性を確保できる中間軸再照準(※注釈: 胸の前に銃を構える方法の一つ)の構えを取り、
指先に僅かでも力が込められれば、豊富な棺桶の知識が詰まった脳漿はパワーウィンドに飛び散ってグロテスクな装飾を施す準備を整えた。

(=゚д゚)「ショボン・パドローネはどこラギ?」

(’e’)「いきなりどうしたんだい?」

(=゚д゚)「いいから言え」

145名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:11:09 ID:oHcI4UCw0
支援

146名も無きAAのようです:2015/04/12(日) 21:12:23 ID:u7PlYkbY0
(’e’)「落ち着きたま――」

ジョーンズの鼻先を銃弾が掠め、パワーウィンドが砕けた。

(=゚д゚)「――言え」

発掘したにしても、それがシュール・ディンケラッカーの手元に渡るためにはショボンを挟む必要がある。
もしくは、ショボンの組織を介さなければそれを手に入れることは出来ない。
シュールが脱獄したのは二日前の八月八日のことだ。
短期間でコンセプト・シリーズの棺桶を一人で用意するのは不可能。

詳しいことはこれから聞き出すが、ジョーンズは間違いなくショボン達に対して協力的な立場の人間なのである。
ジョーンズの性格が幸いして、思わぬ拾い物をした。

(’e’)「……まいったな。 もう少し紳士的に話し合いが出来ると思っていたんだが」

(=゚д゚)「頭をぶち抜かれなかっただけ紳士的だと思え」

ここで逃がす手はない。
何が何でも情報を手に入れ、手掛かりとし、足掛かりとする。

(’e’)「しかしね、それを答えたところで私には何もメリットがないんだ。
   君は私の情報が欲しいから、私を殺すわけにはいかない、そうだろう?
   もちろん私も死にたくはないし、君を怒らせて早死にしたくもない。
   今は私の職場に着くまで落ち着くのが互いにベストだと思うんだがね」

(=゚д゚)「手前の職場に着いたところで、俺が無事だという保証がないラギ。
    で、奴はどこラギ?」


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