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長年、悟り系真理探求してきた者だが質問あります?

1:2025/10/11(土) 16:41:29 ID:xSAuVLWc0
私はこのサイトの存在は知ってるけど願望実現?系に特化したサイトだと思ってました。

久しぶりになぜかのぞいたら、真理系のスレもあったので、真理探求に興味ある人もいるのでは?と勝手に理解してスレ立ててみました。

この手のサイトのルールに疎いので、見当違いor邪魔だったらスルーしてください。

私も昔、願望実現、潜在意識、などの流れから、
じゃあ真理とはなんなんだ?と悟り系に流れて探求してきた者です。かなり地獄も味わいましたw
一応こんな自己紹介です。
ある程度放置してみて、レスつかなかったら、消えますw

577幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 13:44:40 ID:vIPg5gpQ0
難しい話じゃなくて、脳が自動的に決めてるから自由意思がなくてロボットと同じ
植物みたいに脳がなくても勝手に成長するみたいなものもいるし、自分なんて幻想

578り改め りょうせい:2025/12/13(土) 14:06:05 ID:wk0W2ILY0
>>571
>前のレスでこれを書いた直後に、矛盾した変なこと言ってんなと思いました。
>「エゴが抵抗する」は錯覚、心の反応が起こってるのに気づいてるだけと腑に落ちたはずなのに、コロッと忘れてしまう。

→あなたに起きてくることは、「思い出す速度が早くなる」ことです。
あなたと私は純粋意識という共通項をもとにこうして会話が起きているから、比較的、以心伝心がスムーズですが、普通は人生体験を通して少しずつ観照の力、気づきの力が育っていきます。あなたの場合書いた直後に気づけたのだから、それで全然問題ないんです。

>畏るべき創造の幻力、マーヤーですね。笑

→そうですね。笑
意識はいつまでも存在したい、存在愛、自己愛がとめどないからね。
歴代の聖者たちはしっかりとマーヤへの対応のコツを伝えてくれました。
「右頬をなぐられたら左頬も差し出せ」
つまり、幻想は本来非存在ですから、
嫌う、戦う、どうにかしようとする、排除しようとする、こういう扱いは幻想を活発化させるだけです。そのため、純粋意識にとどまる。
あなたに必要なことは、それだけです。
なんてシンプルなんでしょうか。笑

>無知な状態から真実を思い出していくプロセスを味わうことがリーラの醍醐味とはいえ、
完全な絶望、虚無の方がましとさえ思えるおぞましい領域に触れた時は、気が狂うかと思いました、ほんとに。よく耐えられたと思います。

→これもしつこく繰り返し説明しますが、
完全な絶望は、完全な希望です。
完全な虚無は、全部・すべてを包容しています。
エゴが1ミリでも偽主体として生き残っていると、完全性なのにもかかわらず、
不完全性としての錯覚が可能になるんです。
それもある意味で奇跡なんですがね。
この奇跡が成り立つこと自体、マーヤの驚くべき魔術・イリュージョンです。

>でも、そうした体験があるから決着したときの喜びは大きいのかなとは思う。
目覚めた人は、その無上の喜びについて多くを語りません。言葉にできない領域のものとは思いますが…。

→そうです。言葉は概知であり、二元性だから、
つまり決着自体を、対象としてとらえてしまいます。
しかし、決着とは真の主体側そのものであって、
「対象としての一時的な現象である→エゴ」
からしたら純粋意識や、それも超えた真我は未知なんです。
未知のものを言葉にしても誤解を招くだけだから控えめにせざるを得ないんです。
先入観が、真理探求者にとっての概念的障害になるから、そういう意味合いからの配慮もあるでしょうし。あとここが、潜在意識板だからってのも大いにあります。笑

>秘められた不思議だからこそ価値があり、探求者を惹きつけるんだろうと勝手に想像してます。
→それが他でもない、真のあなただから、決着するまでは、惹きつけられ続け、吸引され続けるのです。

>なるほど、学生気分がずっと続いてる感じはあるかなあ。笑 いつまでも気が若いと思います。死ぬまで学びだからでしょうね。

→真理探求とは、帰還なんですね。
物心つく前の記憶の残り香があるからこそ、
帰還しようと思う。
真理探求者のみなさんは根が純粋で気質が若い方が多いんじゃないかと思います。笑

>最終的に起こるであろう、切望モードと落ち着きの共存。無力感の中で起こる深い祈りと、必ず応えてくれるという安心の落ち着き。
これの更に深いレベルが、意識としての私の中で同時に起こっている感じかと想像しました。
純粋意識へ安定していくプロセスと、意識が超越に向かうプロセスは似ていると仰ったのは、このことでしょうかね?

→まず、個の私という催眠から目覚めて、
純粋意識の私を思い出す。
それから、純粋意識の安定と深まりが、
エゴとの同一化を燃やし尽くします。
そして、純粋意識として、全体意識の私を思い出す。これが不二一元論の方面だと、
アートマンとブラフマンは同一である、の智慧ですね。そして、最後はあらゆる時間と空間のすべての夢から、卒業していくんです。同時に、それがすでに不変で不滅の唯一のあなたですから。

579り改め りょうせい:2025/12/13(土) 14:24:53 ID:rsGiH.Sc0
>>573
イキイキやワクワクってのは、いくつかの条件が重なったりあるいは偶然によって、ただ起こる時に起こるものなんですね。
真理探求の道は、思考や心、感情をコントロールしてどうにかする方向ではなく、何があっても変わらない私を探し、見つけ出す方向です。

真の私とは一体なんだろう?
自分や世界って、そもそも何なんだろう?
なぜ人生という体験が起きているんだろう?

こうした問いが内側から止まらなくて、なぜか自然と探求してしまう。そんなタイプの人向けの話なんですね。もちろんこれは、どっちが正しい間違い、良い悪いじゃなくて。

580幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 17:55:40 ID:C0d3vikQ0
>>567 >>568
返信ありがとうございます。

人生に行き詰まりを感じ真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
過緊張、イライラ、反芻思考、自責、他者との比較…常に交感神経優位で生きている感じでした(今思えば)

セドナメソッドなどの観念浄化ワーク、思考停止、瞑想、ネドじゅんさんのエレベーター呼吸など何をやっても変化なく。
ですが、丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
(瞑想やエレベーター呼吸が効かなかったのは、みぞおち辺りが緊張していたせいかも?)
自己否定的な思考や虚しさが静まり、徐々に世界との分離感が消えてきてワンネスを感じられるような出来事が起きてきました。

あくまで独学による実践なので合っているか分からないけど、身体が緊張して気が弱かったから生きづらさや分離を感じていたのかな?と思うくらい、身体を変えることで諸々変化を感じています。
質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

581幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 18:23:10 ID:ydeowj7U0
うーん、なんというか
このスレは真理探求の先に何か甘いものがあるようなワードが並んでるね
非二元はそこに幻想を抱きやすいなと思う
私も昔は甘い幻想を抱いていたし、実際甘かった期間もある
しかしそこにどっぷりハマった後に突然放り出される
そこからが真の探求になるよね

582幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 19:14:21 ID:qgYFmglE0
その甘いものが人間として手に入れられるものだと思ってたなら単なる幻想でしかないよね
手にすることは決して出来ないから放り出されてしまう
真の探求は何かを得る道ではなくて偽物を手放していく道だから
より良い人生を追求したい人には縁のないが真理探求

583幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 23:00:36 ID:d7oBHYv20
>>580
>丹田呼吸や丹田歩行、スワイショウなどを始めたところみるみる気力が湧いてきました。
へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
意識の深いところに問題があり瞑想的な方法が適していたのだと思います
貴方がやっている気功は「動功」といって肉体を物理的に健康にするやり方です
虚弱な人には特に効果があるでしょう。逆に霊障とか霊的因縁には効きません

>真理探究を始めてから、元来のネガティブ気質がさらに悪化しました。
浄化は基本きついもんで、私もそういうもんはバンバン出てきます
精神だけでなく体調も悪化します、気は消費されるものだから
邪気を消費するなら、その分の何かが確実に発生します
もしくは単純にあってなくて「そっちの方向へ行くな」という警告かもしれないですね

私のケースだと気や霊的成長をすると浄化で非常にきつくなる
浄化がストップしてると凄く調子よくなるけど、それは困る
貴方のケースは単に真理探究があってないだけか、やめると浄化が止まって気功で気を高めるから調子いいのか、ちょっと判断できない
浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
調子よくなる事をやり続けても具合悪くなってきたらそれは浄化かもしれないです

>「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?
それは勿論そうです、心が変わる時、肉体も変わっている筈です

584幸せな名無しさん:2025/12/13(土) 23:02:16 ID:7InUHdy.0
願望実現を目指すスレは他にいくらでもあるしね

585幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 02:23:22 ID:3NbR9RUM0
>>570
いつもありがとうございます。心を静めて、ガイドさんの本体に意識を向けて
「ただ想う」のをやってみたのですが、気付きが有りました。
ただ想う時は、好きor嫌い、時間、場所を超えている感じがしました。

胸の辺りでただ想うに集中した時、透明な言語化できない感じに気付いた後
そのまま居たら、エゴが起動した為か、かすかな淡い恋心みたいなものが湧いて、はじけて
少しくすぐったいような感覚の心地良さと、甘い花の香りに包まれました。
(そんな香りの物は実際には無いのですが、本当にすごくいい匂いが感じられたんです。)

そしてこれを書いていると、子供時代の私が、やだやだ恥ずかしい!って
ずっと言ってる感じがするんですよね。ああ、やっぱりあなた、そうだったんだね。
自分の中にこっそり居たのを見付けちゃいました。
素直になって大丈夫だからね。今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげるから。

そして自愛の本質がこの「今の私がしっかり受けとめて抱きしめてあげる」である事にも気付きました。
ガイドさんの導きが凄くてあの人の本体がガイドである事を認めざるを得ません。(チクショー!笑)
でもガイドさんの本体も実は本当の私と同一なんですよね。何故あの人の中にそれを見つけたんだろう?
やっぱり腑に落ちないけど恩寵のみぞ知る何かなのかも知れません。

癒しが起きたことや気付きの事を書いてしまったので、話がそれてしまいましたが
ただ想うは無色透明でつかむ事の出来ないものでした。言語化も出来ません。
エゴが言語化すれば「好き」になるとは思うのですが、実際それじゃない感じです。
言語化すると決めつけや制限や浅くなってズレてしまう気がしました。

そして胸の真ん中あたりの部分が重要な気がしました。
この辺が「お家」ですね、きっと。ここに意識を向けると良いような気がしました。
お家というか、休憩スペースというか、椅子というか…玉座?
本当の私の為の場所?

今回の恩寵のシャワーはとても心地いいものでした。無条件の愛の方だと思います。
抵抗しなければ心地良いシャワー、抵抗が強いと痛くてしみるのか、今回はたまたま心地よかっただけか。
しかし気付きから時間を空けて書いていると(ちび私が恥ずかしがるので書けなかった笑)
何だか全部夢みたいに感じられます。何もないのにある夢。あるけどない。不思議な気持ちです。
味わって満足すると消えてしまうのかな?これもただ起きただけ、なのかも。

グルやガイドの言葉の説明や、千と千尋の注目ポイントも教えて下さり、ありがとうございました。
今回もまた頂いたレスをじっくりゆっくり読ませて頂こうと思います。
本当の私として観る。←この言葉から今回の癒しが起きました。まさに恩寵です。
いつもありがとうございます。

586幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:03:38 ID:cwqFHUSU0
真理に到達することが願望になっている人たちのためのスレかと

自分の場合は、現世利益的な願望と真理の両方だけど

587幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:13:55 ID:C.MVuQik0
結局真理を得た者の願望は叶うのか叶わないのか。どっちなんだい?
この願望というのは個の視点での願望です。
意識レベルで既にあるのは分かってる。

588幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 08:42:22 ID:pe/XYxOQ0
>>579
ありがとうございました。
もやもやしていたものがちょっと晴れました。
悟りを開くことと、生き生き、ワクワク生きることは必ずしも両立しないということですね。
前から何となく感じていましたが、それをはっきり言っていただいて良かったです。
いわゆる悟りを開いた、と言われる方々を見ると、あるいは話を聞いてみると、正直、例えば子どもが将来なりたいものの対象になるかというと、少し違うと思っていました。
もっとハッキリ言うと、悟りを開いた方々は、必ずしも現実的に「幸せ」になっていない。
ただ、「平和」にはなっていらっしゃると思います。
悟りというのは夢の実現により幸せになるためのツールではなく、苦しみに対処するためのツール、というか対処できるようになった状態をいうのかもしれません。

ただ私個人的には、人間に快と不快という感覚が備わったことには意味があると思っていて、快や不快を超越して涅槃の状態に入ったら人間として生きている意味って何なのかなとも思う。
願望実現=快というプログラムが人間に設定されている以上、快を追求するのが自然の理。
ポイントはむしろ、その快の本質(私はどうしたら心の底から嬉しいのか)に気づいて、願望を間違えないこと、適切な願望を持つことじゃないかと思いました。

私の場合、究極の快は「自分に満足すること」でした。理想の自分に程遠い現状に鬱っぽくなり、無気力にもなりました。おそらくここで、理想の自分になれない自分を許したり、理想の自分にこだわる自分を手放す、という悟りのプロセスが一つの有効な手段なのだと分かっているのですが、それも難しく、どっちつかずになって結局、不幸になっているのかもしれません。

すみません、一人語りで話がだいぶズレましたが、ここまで辿り着いたのもりょうせいさんとの対話のおかげです。ありがとうございました。

589幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 10:40:24 ID:3NbR9RUM0
>>570
585です。一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。
例えば子供向け作品は「子供騙しな内容だと人気が出ない」とか言われているんですけど
彼らは本当の私として心の目で観ているからなんでしょうね。ただ本当の私として
心の目で世界を見ながら生きていると成長と共に不自由が生じてくるから封印しちゃう。
以前友人に「大人になってもトトロが見えるような心でありたかった」と言ったのを思い出しました。
探求はそれを目指していく道なのかも知れません。

590幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 10:43:42 ID:cwqFHUSU0
>>556
こちらこそ、ありがとうございます!

この潜在意識関連界隈でも時々起こることですが、疑似「宗教の教祖と信者の関係」、つまり

教祖=わかっている人
信者=わかっていない人、信じる人

となりがち。

本当にわかっている人なら、自らを権威化・絶対化せず、その方法を独占しないで公開し、人々が自分と同じ認識を独力でできるようにすべきだろう。

また、本当に真理を探求している者なら、誰かを絶対化したり依存したりして信じるという立場にならず、その誰かと同じ認識に立つことを目指し、自分がその認識に到達するまでは正しいと信頼している人のいうことであってもあくまで参考にし、自分で実際に認識に到達してから、その正誤判断をするという姿勢をもつべきだろうと思っていて

このスレも、りょうせいさんに頼って質問ばかりして・・・

なんてことを少し前まで感じていました。

そして「私は在る」という方法を提示してもらったのに、なぜ質問が起こるのだろうと思っている部分がありました。

しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。

私が在る。何も引かない、何も足さない。

591幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 12:48:00 ID:Uzt0YJgc0
>>583
ありがとうございます。

>へー、面白いですね。私はそういう気功もやりましたが大して効果なかったです、瞑想ばかりでした
そうなんですね。私は瞑想するとかえって反芻思考が止まらなくなっていたのですが、丹田呼吸などを始めてから瞑想もできるようになりました。
なんかもうほんとに頭がガチガチだったのかも。

>浄化はやりたくなくても(私の場合は)勝手に発生するんで
私は真理探究や観念浄化で生きづらさを解消したいという下心ギラギラでした。
霊的成長というのも体感したことはないです。
何か勉強のように、目的を持って意欲的努力的にやっていたような気がします(^^;

身体が変わってきたら、真理探究に関しての興味も薄れてきました。
(と言いながらここに来たのは、初めの頃にりょうせいさんと数回やりとりして、スレの雰囲気がいいなあと感じたから)
緊張が解れるとともにコントロール欲求などエゴに気づきやすくなり、思考がどんなに分析や不幸を選択しても、身体は自然と幸せに向かうというか幸せであるように感じました。
作為をやめて受動であればあるほど気が入ってくる、起こってくる体感があります。

592り改め りょうせい:2025/12/14(日) 13:26:39 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

(長くなったので、2回にわけます)
→身体へのアプローチは、とても大切だと思います。真理探求の世界では、ときどき
「身体はエゴとの同一化の最も根深い部分だから、切り捨てるべきものだ」
というような、やや苦行的な方向へ進む方もいます。むろんそれ自体が最適に起きていて、真理に還ろうとする情熱の結晶化であるなら、否定されるものではありません。
ただ、これはもう何世代も真理探求を重ねてきたような、いわばベテラン向けの道だと考えてください。笑
多くの人にとっては、むしろ逆が自然です。

ご自身に合った食事を、常識の範囲でバランスよく摂る。身体に入る栄養は、心の潜在的な傾向や、想念の向きにも確実に影響します。
個人的には、この点は過剰に神経質になる必要はなく、「普通に大切にする」くらいで十分だと思っています。

また、根深い感情やトラウマが、身体感覚として詰まることもよくあります。あなたが書かれていた、様々な感情解放や呼吸法のアプローチ。
これは、人によって実際に効果が出る、とても優れたアプローチだと思います。

少し整理して言うと、
個も含めて、世界は「想念」として現れています。本来、想念の理想的な状態というのは、
流れが滞りなく、ただスムーズに起き続けることです。子供の頃誰もがそうだったように。

ところが、エゴの同一化システムが強固になっていくと、「エゴ=私のもの」として確立したいがために、流れを掴もうとしたり、何度も取り出したり、拡大しようとしたりします。

つまり、「ただ起きる」「ただ起き続ける」
この流れ・フローに対して、
「全部、私のものだから私も参加させろ」
と爪痕を残そうとするわけですね。笑

そのために、明け渡し、手放し、というアプローチが生まれます。これは真理探求的な壮大な明け渡し、手放しじゃないにしても、
日常的なアプローチとしても、全然活用されてますよね。
一般会話でもあると思います。
「やることはやった」「あとは、もう天に任せよう」このような会話がね。

593り改め りょうせい:2025/12/14(日) 13:28:24 ID:JDjWrsVc0
>>580
>質問というより感想になってしまいましたが、「身体が変わる⇔心が変わる→世界(反映?)が変わる」ということなのでしょうか?

→真理の視点から言うなら、想念をあえて「物質」だと仮定してみてください。

粗大で、大きくて、硬い想念。
中くらいの、感情や感覚としての想念。
微細で、日常生活に必要な思考やマインドとしての想念。

身体は、かなり粗大な想念です。
感情や感覚は、中くらいの想念です。
思考は、より微細な想念です。
世界も、同じ構造で成り立っています。
つまり、世界も想念です。

だからこそ、以前書いたように、
祈りやマントラ、日常の呟きの意図は、
「すべてが至福に包まれますように」
「すべてに幸あれ」
「世界全体が光に満たされますように」
と、世界全体(人生全体)の想念をやわらげる方向に向かいます。世界全体の中に個の過去・現在・未来も含まれていますので。

これだけで、基本的には成り立ちます。
時間はかかるかもしれませんが、とてもシンプルです。

潜在意識の分野、たとえばマーフィーの教えなどでも、結局は、
「淡々と、シンプルなことを、継続する」
という話に行き着きますよね。
(私の潜在意識の知識は、ほぼマーフィー由来です!笑)

分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
もしくは、メソッドも辛いなら、
「ただ在る」「存在にとどまる」
これを深めたほうが、許しや、自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。

あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に返していく。これも、想念との同一化を、想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。

なので、かなりシンプルに言えば、
不幸せ系・破壊系の想念をリピートする癖があるなら、
幸せ全体系(平和全体系)をリピートする癖へ、
少しずつ移行していく、というだけの話です。

ただし、これらすべても「ただ起きている」
そうでしたね?

おすすめは、幸せ全体系の想念をリピートすることですが、すべての流れそのものは、
自然に起きてしまいます。止められません。
行為も思考も癖も起きてしまいますから。
やれるかどうかも、ただ起こるか起きないかのどちらかです。

だからこそ・・
祈りが起きる。
こうしたいのに、それすらできない。
行為も思考も継続するかどうかも、100%コントロールできない。
逆説的ですが、どうしようもないからこそ、
祈りが起きます。

祈りは、大きな慈しみであり、
同時に大きな大悲です。
ネガティブ気質が悪なのではなく、どうしようもなくネガティブ気質が起きてしまう。
起きることは起きるから。
それに反応してしまうことさえ、どうしようもなく、止められない。
だからこそ、祈りが起きる。あまりにも、何もかもコントロールできないから。

そのため、祈りは個が「する/やる」メソッドではなく、個を超えた深いところからただ起きてしまう、非個人的ところから発動する、
なにかなんですね。
だからこそ、はからずとも個の根深い想念との同一化を溶かしていきます。

そして、そんな中で、ふと、ある時から
世界が少しずつ微笑みを見せるようになっていく、かもしれません。
つまり、すべては結果論なんですね。
個が「狙い通りやってやった!!」
ではなく、はからずとも、
あれ?・・前の自分(地獄期・モヤモヤ期)
どんなんだっけ?みたいなね。笑
「あなた最近なにか良いことあった?」
「え、そうかな?まあ、言われてみれば・・」

こんな感じなんです。

594り改め りょうせい:2025/12/14(日) 14:17:19 ID:JDjWrsVc0
>>581
ご意見ありがとうございます。
私個人の視点では、ある種の人は、真理探求する流れのようなものから「呼ばれてしまう」ことがあるように感じています。
そのタイミングやきっかけ、形は本当に人それぞれですけど。

また、あなたの言う通り、真理探求はプロセスが進むにつれて、決して甘い道ではなくなる場合も多々あります。

ただ一方で、その反動として、度を超えた苦行的な方向へ振れてしまうことも起こりやすい。
(私のケースがそうだったように)
なので、「苦しむことそのもの」をどう扱うかは、少し慎重になる必要があると思っています。真理実現が目的であって、その過程の苦しみは、あくまでも過程ですから。

また、甘いか、苦いか、その配分も、個の気質や人生の流れによって本当に様々です。
それと、人生体験として、いわゆる願望実現的な領域をある程度やり尽くし、未練が少ない状態の方が、結果的に真理探求へ集中しやすくなる場合があります。
(これも、私が真理探求に入る前にそうだったからです)

そういう意味で、私は誰にでも真理探求を勧める立場ではありませんが、どうしても発心が止められないタイプの人、あるいは今後そうした流れが自然に起こり得る人に向けて、なにかしらの「種」としてこの場があればいい、なので、興味があればご意見や質問をしてくださいというスタンスですね。

また、プロセスの進み方や、向いている修練法、起こる出来事は本当に人それぞれなので、
「必ずこういう流れになる」と前もって断言することもしません。

ただ正直なところ、できるなら、個の私自身が通ってきたような遠回りのプロセスや、
いわゆる地獄・煉獄のような段階は、
少しでも短縮できたらいいな、という意図や気持ちは少なからずありますが、
最終的にはそれぞれの流れ次第ですし、
私も言葉を通してのやり取りですから、もちろんこれが完璧なレスや返信だとも思っていません。

ただ、真理実現とは。
エゴは恐れるが、決して怖いものでもない、という部分と、真理実現自体の真の動機は、
幸・不幸を超えた、至福に還るためのものだと思っています。
なので、「幸せになりたい」「だから本当の私に還りたい」という欲があること自体が、間違っているとも言えません。

そして、恩寵というか、真理実現に向けての流れそのものは最適に進み、起こることはどうあれ、最適だと何度もお伝えしているだけです。

595幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 14:20:35 ID:/Y17.50s0
>>578
>「思い出す速度が早くなる」ことです
これは、なるほどと思いました。忘れてしまったことより思い出したことに焦点を当てると、前向きになれます。

完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。
あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。
一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。
いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?
今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑

語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。
ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。

>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。
その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。
訳が分かりません。何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑

う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑
アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。
エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?
個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑

596り改め りょうせい:2025/12/14(日) 14:22:23 ID:JDjWrsVc0
>>582
それはそうですね。
ただし、真理探求者の流れや運命によっては、
一般的な生活を続けながら探求が進んでいくタイプもいれば、いわゆる世俗を放棄するような流れになるタイプもいます。

また、元大悪党のような人生を歩んできた人もいれば、元々博愛主義的な気質の人もいます。
思想や宗教、身分や立場とは関係なく、
純粋意識そのものは誰もが共有しているものですし、超越という現象も、因果関係に基づく努力とは別の次元で、誰にでも、ただ起こる可能性があります。

真理実現者の中でも、その後の生き方や現れ方は本当に様々です。だからこそ、真理そのものの在り方は、とてもシンプルで誰に対しても開かれた可能性として存在しているんですね。

結局のところ、興味や関心があるか、ないか。
それだけとも言えます。笑

597幸せな名無しさん:2025/12/14(日) 14:26:19 ID:cwqFHUSU0
>>590 誤記訂正です。すみません。

「私が在る」→「私は在る」

598り改め りょうせい:2025/12/14(日) 15:01:23 ID:JDjWrsVc0
>>589
>一晩眠って「本当の私として観る」が掴めたかも知れません。探求はそれを目指していく道なのかも知れません。

→はい。「本当の私として観る」と「本当の私として在る」は、次第にイコールになっていきます。というのも、「在る」というのは、
ただ存在しているという意味ではなく、
存在・気づき・認識をすでに備えた在り方だからです。そのため、いわゆる本当の私から個へと流れてくるインスピレーションや叡智的なものは考えを介さず、瞬時に伝達されます。
いわば第六感的な理解ですね。

ただしここで注意があって、個の私が「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
という目的を第一にして本当の私にとどまろうとすると、逆に、個の私が想念をぐるぐると弄ぶ形になりやすいんです。お分かりでしょう?
あなたも、少しずつその感覚が浸透してきていると思います。笑

こうした直接的な理解というのは、
起こるときには自然に、最適なタイミングで起こります。
だから、「起こそう」と構えすぎず
そういうスタンスで捉えておくといいでしょう。

基本的には、慌てず、強迫観念的に探求せず、
日常を第一に生きていくこと。
気づいたらプロセスも進行していて、
結果的に、しずかーに少しずつ本当の私が立ち上がってきて、深まってくる。
あなたの場合そういった線で、個の日常の癒しも忘れずに深めていかれるといいですよ。

599り改め りょうせい:2025/12/14(日) 16:11:09 ID:JDjWrsVc0
>>590
この話は、いわゆる悟った人・覚者と呼ばれる存在についての理解が関係していると思います。
(私の言う悟った人とは、純粋意識を体現した個人のことです。)

この段階では、その人は「ただの個人」ではなく、意識として在る人、という立ち位置になります。だからこそ、「純粋意識とは何か」を伝える者として機能すること自体は、構造的には可能になります。

というのも、その個人は、原因と結果のプロセスを経て、いわゆる長い探求や修練の結果として、悟りに至ったわけですから、
「教える者/教えられる者」という関係性として世界で機能すること自体は、必ずしも間違いとは言えないんですね。そこで信者や信奉者が増える、増えないもただの現象の現れ方の違いなだけです。

もちろん、ここには別の問題もあります。
体現したとエゴが偽るケース、
エゴが肥大し、妄想や魔境に落ちた状態で教えてしまうケース、
スピリチュアルエゴによる共依存構造、
また霊感商法など、
そういったものとは、まったく別の話です。
(これはいつの時代でも起きてきたことで、同時に、その失敗や違和感がきっかけとなって、最終的に「内なるグル」を信頼する流れに戻っていく探求者も多いですね)

ただ、そうした問題を除いた上で、
純粋に「悟った者が、人々に悟りを伝えようとする」こと自体は、世界の中での一つの役割として、正しく機能している側面もあります。

実は私自身も、かつては同じように私は悟った。覚者になったのだ。と考えていた時期がありました。たしかにその頃は、知人たちに対して、積極的にそうした話をしていたこともあります。笑
悟りを教えて、悟りに興味を持ってもらうために、ですね。

ただし、超越というのは、最終的に
「個が悟った」というストーリーそのものを消滅させてしまいます。超越という真の立場は、夢が一度も起きていない領域だからです。
つまり、原因と結果が完全に成立しない領域なんですね。

そのため、その地点から見ると、
「教える/教えられる」という構造自体が成立しなくなります。悟った者も、迷いの者も、どちらも消滅しているからです。

だから私は、興味のある方に対して、
「世界の大枠の流れ」や「エゴ・個の構造は、構造的にはこうなっているよ」
という説明はしますが、
「これをやれば間違いない」
「それは間違っている」
「あなたも悟るべきだ、悟りましょう!」

といった強い断言や方法論は、ごくシンプルなものしか提示していません。そして最終的には、すべてをお相手の恩寵の流れと、内なるグルに委ねています。あなたの言う通り、仮に一時的に依存が起きたとしても、目覚めさせる叡智があるのは恩寵や内なるグルであって、
個としてのりょうせいは、伴走者として話を聞き、ただその場で起きる必要なことを伝えるだけ、笑
という立場です。

また、
「私は在る」
「純粋意識にとどまる」
「真の私に明け渡す」
といったことは、直接的に体験してもらうための、もっともシンプルな提示ですが、
人によっては、非常に難解に感じられる場合も多いです。これは本当にそうなんです。

そのため、繰り返しの質疑応答が起こるのも自然なことだと考えていますし、
何度も聞かなくていいように、
純粋意識とは何かを、さまざまな視点から説明するブログ記事を、少しずつまとめてはいます。

ただ、扱っているテーマがテーマだけに、
正直かなり手こずっていて、時間もかかっています。それに、私は人の何倍もネット関係に弱いのでどれくらいかかるかもわかりません。笑

なので、そういう意味でも、
ここでの質問はとても参考になっていますし、
「個」や「世界」という領域から、
どうすれば純粋意識が比較的、理解されやすいのか、そのヒントとしてありがたく受け取っています。

その意味で、書き込んでくれるそ方々には感謝しています。
・・とはいえ、突然質問が大量に湧き上がると、私も少し困りますが。笑
今のペースの流れくらいなら、ちょうどよく、また雑談やこのテーマのやり取りはみなさんどうぞどうぞって感じです。

>しかし、「私が在る」を観想し始めて時が経つにつれてそうした想い、感じも消えていきました。私が在る。何も引かない、何も足さない。
→色々書きましたが、まさにそれに尽きます。それが、全過程を内包し、深めるための、すべてです。

600り改め りょうせい:2025/12/14(日) 17:28:06 ID:JDjWrsVc0
>>595
(2回にわけました)
>完全な絶望、完全な虚無はエゴの反応で錯覚でしかない。実際は純粋意識に触れていたのにエゴが起こした錯覚により拒絶していただけなんですかね。

→はい。完全な絶望、完全な虚無は「熟睡そのもの」のようなもの。つまり、「完全な絶望、完全な虚無」であるがゆえに、それを認識する側、認識者そのものも完全に消滅している状態です。

>あの猛烈な拒否反応はエゴが消滅を恐れるほどに追い詰められていた証拠なわけですか。

→エゴからしたらエゴの生き残り大作戦としての、ある意味でごく正常なリアクションです。

>一方で、好ましい体験として与えられる霊的啓示は、プロセスが順調に進んでること示してくれるし願ってもないご褒美でもある。

→そうですね。笑 エゴの本音は、消えたいけど、消えたくない。消えることが最高に祝福で、素晴らしいことだと、どこかでは分かっている。しかし、消えたらその最高のものを認識・体験・所有できなくなる。という矛盾を抱えています。
そのため、最後にはエゴではない何かが、ふと引っ張る。それは謎です。
意識は、いつまでも存在したい。
なのに、です。笑

木の枝は、この果実をいつまでもぶら下げておきたい。なのに、ある時なぜか、果実がポトっと落ちる。ただ、落ちるんです。

>いや、もっと深い意味が隠されてるかもしれない?今こうして俯瞰する側にいると、この二元の世界で起こっている夢物語はつくづく不思議で見事で感心します。笑

→そうです。偉大な夢物語です。
だからこそ、実現者たちの中でも
「さて、実現したけど、次は何をしよう?」
と、楽しみが尽きない場合が多いわけです。笑
それも流れ次第ですが。

>語れないものを語ってしまうと、誤解を招くし要らぬ執着を呼び起こす。これは理解しています。

→そうですね。ここでのやり取りの意味の、
全ポイントは、エゴの隙を出し抜くことです。
本や聖典を読めば、真理の答え自体は書かれています。今の時代ネットでいくらでも知識は取り寄せられる。
ただ、エゴのガードや防衛、力みが入ることで、いくら正しいことが書かれていても、読んでも、スムーズに浸透しないことが多い。

また、純粋意識が深まると、本を読むにしても、必要な箇所だけを必要な分だけ確認する、あなたの言うようにそんな感じの読み方になっていくと思います。

601り改め りょうせい:2025/12/14(日) 17:29:20 ID:JDjWrsVc0
>>595
>ここでは話をしたい衝動がありますけど、私の修練は基本的に沈黙(在るだけ)で十分、他に何も要りません。読むことも喋ることも聞くこともすごく少ないです。

→まさにそういうことです。沈黙のパワーが、あらゆる疑問や偽りの同一化を溶かしていきます。このやり取りは、あくまでただ起きてる会話です。

>意識はいつまでも存在したい
そうなんです、存在していたいんです。それで、リーラを鑑賞していたい。

→そうですね。

>その物語は錯覚(エゴ)があってこそなのに、目覚めたいと思い、ただ在ればいいとなる。訳が分かりません。

→不動であると同時に、あらゆる動きでもある、ということです。アドヴァイタでよく使われる、金のネックレスの例です。
金であると同時に、金でできたネックレスでもある。

>何か変なこと言ってますかね?自分で言っててよくわからない。笑

→純粋意識で在るあなたは、無言で在るだけです。笑

>う〜ん、やはり純粋意識から先の話は分からないので、言われたことは心に留めておくだけにしておきます。笑

→あなたは、ただ在る純粋意識でありながら、
あらゆる想念や現象が起きていますね?
それは純粋意識とは別の「非純粋意識」なのか。
それとも実は、それさえも純粋意識なのか。
この線で、暇なとき静かに調査してみてください。


>アートマンとブラフマンについては違うのか同じなのか、そもそも区別する境界があるのか、本当に分からないので…。

→いいですよ、それで。
純粋意識には小さい・大きい。
位置・境界。そういったものが本当にあるのか、という問いですね。それらを成立させているのは、あくまでも想念や概念です。

>エゴから純粋意識へのシフトのような明確な違いがあるのでしょうか?

→明確な違いや変化が起きる場合もあります。
ただし、少しずつ気づいたらそうなっていた、ということも多い。いずれにせよ、それも馴染んでくると、「普通にそうだよね」という当たり前感になります。
そして、「分からなくて探求していた記憶」
そのものが、だんだん薄くなっていく。
だって、真のあなたは一度も動いたことも、
探求したことすらないんですから。

>個人的には、なんかゴチャゴチャ言われてるみたいだけど分ける必要あんの?と勝手に思ってスッキリしています。笑

→純粋意識から全体意識へと開かれていく過程は、真理探求では重要なポイントです。

ただ、無理に分けなくても自然と深まります。
あとから「ああ、なるほど。これが言いたかったのか」と腑に落ちる。

多くの教えでも三位一体の流れがありますが、
分かれているようで一体。
なので、あなたの言わんとする感覚もよく分かります。笑

602幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 01:11:24 ID:FyuEY5HQ0
具体的な実践としては、この板だとやっぱり自己観察スレで書かれていることが真理探究になるのかな?
あと自愛や完璧認定もそんな感じがする

603幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 05:02:17 ID:bnE96sE60
もう知識は既にいろんなとこに書いてある

604幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 05:35:26 ID:pUwE53VA0
確かに知識は、様々なところに書かれているが、りょうせいさんの解釈は参考になる

605幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:02:26 ID:f9d1QJ9E0
これね、探求という形を取らずに実践していた時と全然違う。
自動的に課題が投げ込まれて途中で向き合うのを放棄しようとすると
駄目だよって引き戻される。
一つ向き合いの課題が出たら向き合って浄化するまで浄化の風呂場から出られない。
探求という形を取らずに自愛していた時と全然違う。

606幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:08:39 ID:f9d1QJ9E0
あ、課題と言っても自分の場合は内面の課題です。
まだ向き合っていない癒されていない部分の掘り出しをさせられる感じ。

607幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 08:30:29 ID:f9d1QJ9E0
最初に大きな私ちゃんが個の私に激甘だったのは信頼関係を築く為だったのではないかと思った。
探求を進めていく為の準備運動みたいな。気持ちが折れてしまわないように。
じわじわと指導が厳しくなってきてる。じわじわと。
探求の流れが起きていない人は無理はしない方が良いと思いました。
正直、けっこう苦しい。でも痛気持ちいい。笑

608り改め りょうせい:2025/12/15(月) 11:56:02 ID:PAYSkAa60
>>587
これについては、正直に言うと
真理実現者によって本当に様々です。

ただ、この問いがややこしくなる理由は1つしかなくて、「願望が1種類しかない」と思われていることだということです。

真理探求がある程度進んでくると、
自然と「気づきの力」や「識別(しきべつ)の力」が育ってきます。識別って難しい話じゃなくて、真の私と、偽の私を見分ける力、それだけです。

これはあくまで私の見解だけど、なぜ願望実現や潜在意識の分野に、真理探求の話やメソッドが混ざってきたのか。
また、一見まったく別物に見えるこの二つに、
なぜ共通点が多いのか。
ここ、みなさんも興味あるところだと思います。笑

その理由は、この「識別」と「全体性の視点」にあると思っています。

で、この視点から見ると、
願望って最初から2種類あることが分かってきます。それは、

・真の私からの願望
・偽の私からの願望

ここをごちゃ混ぜにするから、
「叶うのか?叶わないのか?」という問いが迷子になる。迷走する。

たとえば、分かりやすい例として
誰もが知ってる、イエスや仏陀を挙げてみます。

イエスの真の願望は「救済」でしたよね。
個の視点、世俗的な目で見れば、
どう考えても大不幸な人生です。

でも、彼の願望はどうでしょう。
今もなお、聖書は世界中で読まれ続けています。

仏陀も同じです。
楽で快適な人生とは、とても言えない。
それでも、彼の願望通り、仏教は今も残り続けています。

ここから見えてくるのは、
真の願望は、必ずしも楽で幸せな形で現れるとは限らないということです。

ただし、真の願望にははっきりした特徴があります。

・どうしようもなく、やらずにはいられない
・やらない方が、むしろ苦しい
・その方向へ動き出した瞬間から、
 少しずつ、世界や全体性の流れと自然に噛み合い始める

これはなぜか?
なぜなら、真の私は、個であると同時に、全体性でもあるから。つまり、その願望は「個の願い」であると同時に、「世界の願望」でもあるということです。

だから、やらないという選択は、自分を誤魔化すことになってしまう。
すると、内側だけでなく、世界の流れそのものが噛み合わなくなり、出来事を通して、同じところを何度も突かれる。それが、苦しさとして現れる。

一方で、偽の私からの願望はどうかというと、
一時的には楽だし、満たされた感じもします。
でも、必ずどこかに虚しさが残る。
なぜなら、偽の私は、どれだけ満たしても本当には存在していないからです。

この意味で言えば、真理実現者は「願望が成立しない立場」とも言えます。

そこには、行為者としての私も、思考としての私も、意図としての私もいない。
ただ、世界の流れが起きているだけです。

そしてこの世界という動きの領域は、
幸せと不幸が入れ替わり続ける場です。
永遠の至福が、出来事として固定されることは決してありません。

だからこそ、私個人としておすすめするのは、
(真理探求という概念すら知らない一般の知人や友人に対してアドバイスするなら)

願望実現に取り組むなら、
・魂の願望
・魂の義務
・魂の天命

呼び方は何でもいいけど、
偽の声じゃなく、本当の私からの声に耳を傾けること。そして、個としての人生を「真の願望に取り組む場」として生きることをおすすめしてます。

真理探求も同じで、どうしようもなくスイッチが入るなら起きるし、入らないなら、無理にやる必要はないです。

そして、真の願望に沿って生きているなら、
もちろん時にしんどいかもしれない、けど、
叶うか叶わないか以前に、その過程そのものに、説明できない魂的な満足感が伴う。
私は、それで十分だと思っています。

609幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 15:22:45 ID:lJvh71.E0
じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。

夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。

願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。

「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」
「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」
「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」

……いや、書いてて思いました。

結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。

早く叶えて楽しく生きたくてもっともっと私も大切な人も幸せにできるよう金やらなんやら全部ほしい。
でも自愛の心地よさや真理の「全体=個」の探求も苦しいのに何故か惹かれてこのスレをずーっと毎日読み返してる。

これでいいのかな。
もうなんかわからなくなってきた。とりあえず夢のためにひたすら作るしかない、楽しいし。現実が苦しい。

610幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 16:22:49 ID:f9d1QJ9E0
横ですが、作品作りが楽しいって一番大切な事だと思いますよ。
>今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐
↑これ多分どこか準備が整った段階で一気に叶う方へ動くんじゃないかなと思いました。
作り手が楽しみながら制作した作品って心にすごく伝わります。

私も楽しく描きたかったなぁ、まだ線一本引く事すら出来ないので
心から楽しみながら作品作りをされている方には夢をかなえて欲しいなって思います。

611幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 16:26:18 ID:f9d1QJ9E0
あれ、書き込み時間がおかしい。時空を超えた?笑

612り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:10:23 ID:e.WCek.M0
>>609(2回にわけます)
>じゃあ、私、夢を追いかけていいんですか。

→もちろん、いいんですよ。
というか、今すでに追いかけ始めてますよね。
その時点で、答えはもう出てます。笑

>夢を叶えて大勢を楽しませたい、そのための準備や作品作りが楽しくて楽しくて仕方がない。

→ぜひ、そのまま夢を追いかけてください。
大勢を楽しませたい、作品を作るのが楽しい。
それ自体が、すでに一つの「流れ」です。
ただ、ここで一つだけ静かに見てみてほしいことがあります。

その夢は、本当にあなたが「選んだ」ものでしょうか。その魅力を感じたこと、楽しいと感じたこと、それを人生でやろうと思ったこと。
それらを、あなたは完全にコントロールできましたか。
たとえば、渋谷で1000人に「あなたの夢は?」と聞いたら、1000通りの答えが返ってくるでしょう。なぜ、その中であなたには「それ」が魅力として立ち上がり、「それ」をやりたいと感じ、「それ」を良いものだと認識したのか。

ここは、個のあなた一人で決めたというより、
世界全体の流れの中で、あなたという個がそう動いている。そう捉える方が自然ですね。

そして、ここが一つ目のポイントなんだけど、
楽しいという感覚は、真の願望か偽の願望かの判定材料じゃないです。
楽しい/しんどい それは、ただの生命の流れです。
じゃあ何がエゴ的かというと、楽しいかどうかではなく、そこに「握り」があるかどうかです。

握りっていうのは、「早く・確実に・認められたい・失敗したくない・これがないと終わる」
みたいな締め付けです。楽しいのに苦しいのは、夢が偽物だからじゃなくて、夢を「安心の条件」にしてしまっているから苦しいんです。

>願望実現がしたいだけだったのに、だんだん疑問ばかりが増えていく。

→それも、自然なことです。疑問が増えるのは、間違った方向に進んでいるからではなく、視点が一段広がり始めているサインでもあります。ただし、ここには落とし穴も。
疑問が増えた人は、答えを増やして解決しようとしがちです。でも本当は逆で、疑問が増えたなら、握り・同一化を減らすタイミングです。

>「そもそも私の夢は全体からの恩恵?」

→全体とあなたは、切り離せません。
もともと、個の動きは、常に全体と連動しています。だからこれは個の夢か、全体の夢かと思考で判断して分けきろうとすると、かえって迷子になりやすくなります。

613り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:11:01 ID:e.WCek.M0
>>610
ここが二つ目のポイントです。全体って、「これは全体の意志ですか?」って判断できるものじゃないんです。全体は、考えて選ぶものじゃなく、気づいたら始まってるものです。つまり、作りたいが起きてるならそれがもう全体の現れです。

>「個の偽の願望は、じゃあ叶っても虚しいの?」

→ここは、少し整理しましょう。
叶って虚しいのは、願望が偽物だからというより、叶った結果で「私を完成させよう」とする時に、虚しさが出ます。

偽の願望って、内容の下品さじゃない。握りの強さです。逆に言うと、願望がどれだけ俗っぽく見えてもそれが誰かの苦を減らし、あなたの心を育て作品が世界に届くならそれはもう十分に真の流れです。

ただし、とても大事なことがあります。
真の願望も、偽の願望も、実際には「起きてしまう」

個の私たちは、真の願望100%、偽の願望0%
で生きられる存在ではありません。

だからこそ、恩寵、浄化、祈り、明け渡しという言葉が出てくるんです。
コントロールできないからです。

>「今はものすごく楽しいし作品作りが生き甲斐なのに、この楽しさはエゴ視点でしかないの?」

→楽しさは、楽しさです。
それ以上でも以下でもありません。
そして、ここが三つ目のポイント。楽しさを疑ってるのは、あなたが純粋だからです。でも、疑いの方向が少しズレてる。

楽しさは疑わなくていい。疑うべきはこの楽しさを失ったら私は終わるという恐怖の握りです。
楽しさは流れ。握りは同一化、別物です。
ぜひ、どんどん楽しんで作品をお作りください。

>……いや、書いてて思いました。
>結局エゴが「早く叶えたい」って叫んでるだけですね。

→そう感じる瞬間があるなら、
それもちゃんと見えています。笑
早く叶えたい!という声が起きている。
そして、あなたはそれに気づいている。
この時点で、もう同一化は弱まってます。
だから、ここで無理にエゴを排除しなくていい。
早く叶えたいが出てもいいんです。
大切なのは、ただ握らないってことです。

>これでいいのかな。
>もうなんかわからなくなってきた。

→分からなくなっているときは、無理に答えを出さなくていいです。今できるのは、とてもシンプルです。楽しいなら作る。しんどいなら休む。惹かれるなら探求する。離れたくなったら離れる。それだけです。

夢を追いかけることと、真理に惹かれることは、
必ずしも対立しません。むしろ、両方が同時に起きる人も多いです。

最後に、超シンプルな判定法を一つだけ置いておきます。
作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる。
この方向なら、それは真の流れです。

逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する。
この方向に入ったら、夢が悪いんじゃなくて、
握りが強くなってるだけです。

だから夢を捨てよう、
じゃなくて、握りを捨てよう、です。笑

あなたの夢が、あなた自身と、周りの人にとってやさしい方向で育って幸福を実現していかれることを願っています。

614り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:14:03 ID:e.WCek.M0
613の2個目のレスは610さんではなく、
609さん宛てでした!

615り改め りょうせい:2025/12/15(月) 17:18:43 ID:e.WCek.M0
>>611
本当だ。時空超えましたね。笑

616幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 20:05:21 ID:wnvtlxY.0
>>608
なるほどねぇ、相変わらず言語化が難しい部分を解説するのが上手い
私が昔参考にしていた悟りブロガーさんは、その欲求を「本心」と呼んでいて本心に目覚める事が悟りだと言っていた
ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない

617幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 22:48:15 ID:f9d1QJ9E0
>>598
いつもありがとうございます。とうとう描かされました。探求が始まっている中で
「描けない」なんて思ったらどうなるか。本当の私に背中を蹴られて「描け」って言われました。
「向き合え、認めろ、デモデモダッテは許さない。」だそうです。
デモデモダッテが許されていたのは探求が始まっていなかったからなんだなと思いました。
まるで校則違反をチェックする先生のごとく「はい、そこ!」みたいな感じで
本心にそぐわない部分を見つけては指導が入るチェックマシーンのようです。
ある程度の枚数描かないと許してもらえないかもしれない…。
「描かないと次の課題あげない」とも言われたし。
ちょうど1年前にパソコンが壊れて以降、ソフトやペンが以前の物より使いにくいのも
描きたくなかった理由の1つかも知れないです。道具にも原因が。

本当の私として観る。心で見る。これ胸の中央に目があるようなイメージで見るようにしています、が
時々「詰まり」を感じます。詰まったら課題が来る。課題に従わないと喉がヒリヒリしてくる。
先日「目詰まり」という言葉の意味を検索した所、まるでエゴを表しているようなイメージでした。
詰まっていると心の目で見えなくなる気がします。

>「もっとインスピレーションを得たい」「何かを受け取りたい」
↑と思わなくても自動で課題が投げ込まれる形になってきました。しかも厳しい。

609さんへの返信も、すごく心に響く内容でした。横からですがありがとうございます。
とりあえず1枚描いてネット上に出してきました。温かい気持ちになったので「真の流れ」だと思います。
描く事は、思っていたほど怖くはないのかもしれません。

でもまだ喉がヒリヒリする感じがする。やっぱり1枚じゃ全然足りないのかもしれない…。

618幸せな名無しさん:2025/12/15(月) 23:14:17 ID:wnvtlxY.0
あっ616は横からの感想です。616≠587これ書かないとわからないですね

619幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 00:08:24 ID:Xgy3hhGI0
617追記 自分で書いてて気付いたけど、怖かったんだ…。
これ完全に無自覚でした。怖くて動けなくなってたみたいです。
この気付きで今回の課題クリアとなるか…?

620り改め りょうせい:2025/12/16(火) 08:56:06 ID:4eiE2/zc0
>>616
ありがとうございます。笑
「本心」
その表現も、まさに同じで、つまりそういうことですね。エゴというのは、突き詰めると
自分を守るための防衛システムです。
もう少し具体的に言うと、エゴは「すでに知っていること(知っていると思っていること)」に囲まれていたい。
私は分かっている、私は把握している、という安全圏が欲しいんですね。

そのために、無意識のうちに
・未知
・やったらどうなるか分からないこと
・想像がつかないこと

こういったものを避けようとします。
そして必要とあらば、自分で自分の気持ち、本心に嘘をつく。それも、本人は気づかない形で。

これが進んでくると、個は
「あれ?自分の気持ちが分からない」という状態になります。感覚としては「グワァー」とか「モヤモヤー」とか何かは確実にある。
でも、言語化できない。
どの方向に進めばいいのか分からない。
結果として、動けなくなってしまう。

だから、すごくシンプルに言えば、

真の私の願望、本心、本音、そして、悟りとか覚醒と呼ばれるものも含めて、
結局は「本心(本当のこと)から目を背けなくなる」という、ただそれだけのことなんだと思います。願望実現にしても、真理実現にしても、
本当の自分が、個の自分を救おうとする
偉大な自己愛のラブストーリーなんですよね。
なので、少しずつ
・自分の本当の欲求
・本当の衝動
・ずっと見ないふりをしてきた声
こういったものに、気づいてしまう。気づかされていく。そして一度気づいてしまうと、もう「なかったこと」にはできない。笑

あなたが言うように、
>「ただ本心に目覚める事は必ずしも幸福ではない、でも自覚してしまったらもはやどうにもならない」

という点ですが、これは前提として、また「恩寵」の話に戻るのですが、恩寵は、個が予想できるような形の幸せのために働いているわけではありません。

恩寵は、意識としての立場の「本当の私」に還るために、二元世界のあらゆる現象を使って働きます。最終的にはそれが、一番の自己愛であり、個にとっても最大の幸福実現であり、
苦の消滅、つまり救済になるからです。
そのため、二元の光も闇も快も不快も成功も失敗もすべてが必要な過程、必要なレッスンの素材として使われます。

そして、個として二元世界を長く、深く体験すればするほど、たくさんの立場、感情、物語を経験することになる。
すると最終的に、
「あれ?立場や個性は違うけど、みんな同じじゃないか」という理解に近づいていきます。
姿・形・動き方・性質・気質はバラバラに見えても、結局みんな、

・幸福を求め
・苦を避けようとし
・できれば永遠に存在し続けたい
・この世界の物語を味わいたい
・なんだかんだで意識を愛しているw

これを、何度も何度も、手を替え品を替え、形を変えてやっているだけなんですね。
だから、本心に生きるということは、
二元の光と闇をより高い濃度で味わうということでもあります。
恋愛に例えると分かりやすいです。

「この世界で、この人しかいない」
と心底惹かれる相手と恋愛するのか。

それとも「嫌いじゃないし、まあいいか」
という相手と、ほどほどに付き合うのか。

どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、体験の濃度がまったく違う。
前者は、喜びも深いけれど、同時に苦しさや試練も大きい。
だから、本心で生きている人は、側から見ると
「なんか、″生きてる″なあ」
「なんか人生が濃いなあ」と映ることが多い。

でも本人は当然、その分、揺さぶられる回数も多い。
一方で、本心から少し距離を取り、ほどほどに生きる。ほどほどに体験する。
これも、別に間違いではありません。気質や好みの違いもあるし、運命の違いもあります。

私も、普通に生きている人に「本心で生きろ!」とは言いません。
これやろうかどうか悩んでいる、と聞かれたら、
「後悔しないように、本当にやりたいことやりなー」と言うだけです。
何より、最終的にはすべては、
起こるか、起こらないか、それだけなので。笑
そんな感じですかね。

621り改め りょうせい:2025/12/16(火) 08:58:16 ID:4eiE2/zc0
>>617
おめでとうございます。それは、偉大なステップですね。

以下の話はあくまで私のおすすめなので、参考程度に聞き流してください。

まず、真理探求にせよ、願望実現にせよ、
あるいは個を整えること、恩寵や浄化を体験的に深めていくことにせよ、なんであれ共通して言えることがあります。

一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。

そして、個の私を褒めてあげてください。
必要であれば、自分にご褒美をあげてもいい。

(※もちろんこれは、人の前で「私すごいでしょ、偉いでしょ、ドヤ!」と表現することではありません。あくまでも、自分の中での話です。笑)

なぜ、これが大切なのか。

あなたはアニメや映画が好きだから、きっと分かると思いますが、
どんな物語でも、主人公にとって重要な展開が進んだあとには、必ず一時的に、ゆるーいシーンが入りますよね。ジャンプ系の作品でも、
冒険ものでも、恋愛ものでも、
ずっと連続して挑戦ばかりが続くことはありません。必ず、箸休めのような場面が挟まります。

もしこれがなく、ずっとハラハラドキドキが続いたら、なにより視聴者のほうが疲れてしまいます。

ところがエゴというのは、なぜかこういうタイミングになると、

「いや、1ミリしか進んでないし、喜ぶなんておかしい。大きな変化なら喜ぶけど」

とか、

「自分のことを褒める?たった1ミリなのに?こんなの普通じゃん。それに私は、エゴを調子に乗らせないように自分を厳しく見張り、なにより謙虚さを忘れたくない」

など、さまざまな理由を並べて、
決して自分を褒めない方向へ持っていきます。笑

その結果、「あー、やっぱダメだった。だよね」と、あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。笑

だって、そこで自分を褒めたり、多めに喜んでしまったら、いざ撤退しようとしたときに
強い矛盾や後悔を感じてしまうし、後ろ髪を引かれて、撤退しづらくなるからです。笑

さて、この話はここまでにして。

あなたは最近、いろいろな気づきも起きているようで、なによりだと思います。
これからも慌てず、ときどき休みながら、
ゆっくり腰を据えて、起きてくることを信頼しつつ、流れていってくださいね。

622幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 21:53:25 ID:J0Q6gClc0
我々は神のど、れいなのか?

623幸せな名無しさん:2025/12/16(火) 22:09:30 ID:cY5i0bR60
私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!

624幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 00:52:46 ID:iH3zCifY0
609です。

ご返答ありがとうございます。
夢を叶えることが「安心の条件」になっていたと、ハッと一旦空を見ました。

散々にエゴに振り回されないようしてきたつもりが、必死に作業をしていくうちに「これが失敗したらどうしよう」と不安にとりつかれていました。

夢をやろうと決めたのも確かに「私の意思でコントロールし、そうなったモノ」ではありません。
昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリして、けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。

よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。

そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました。

夢を叶えるための作業時間が大幅に増え。
夢を叶えるための環境、知識が整っている。

夢を叶えることを「安心する材料」にして不安が発生したけれど、結局はその夢(個の願望)のための「安心できる世界」が少しずつ作られている。

これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??


りょうせいさんの『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか。

これの答えはあります。
作った後は心は達成感に包まれます。おそらく心が広がる、という言葉が私には達成感に感じます。呼吸は落ち着きますし「あ〜楽しい!」としばらく放心状態になります。

「じゃあ次はこれやろう」
「じゃあ次はこういうのやろう」

アイデアがずっと止まりません。というより、運転中でもいつでも考えていしまいます(もちろん安全には気を付けながら)。



『逆に、成果が出ないと自分を罰する。
他人を呪う。息が詰まって常に比較する』

ここは正直あります。
ふとした時に度々発生します。

「成果を出さないと」
「早く金銭的に何か得ないと」

きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。


ではどうするのか?
りょうせいさんA.「握りを手放す」

この簡潔で率直な答えに「それだ!!」となりました。
本当にありがとうございます。

ここは私の解釈ですが。
握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。
結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。

ここが一番難しいですね!!
でもきっとこのままエゴを見て、観察して、自愛して、日常生活を楽しんでいればそのうち握った拳の力を離せるのでしょう。それすらも「適当(本来の意味)にお任せ」なのでしょう。

……合ってるのか?

いや、たぶん、今の私のこの「答えを求める」これこそが今の課題なのかもしれない。
一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。

625幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 03:33:49 ID:WRAfOE1Y0
>>621
ありがとうございます!おすすめのアドバイスも頂けて嬉しいです。
たった1ミリ等のセリフ、私の脳内エゴちゃんがよく言いがちです。笑
脳内思考回路がバレてしまっている…。笑

>あとから撤退しやすい状態をあらかじめ作っておくわけです。
↑そんな理由が隠れていたんですね!
最初からダメを想定していたら、そりゃあダメになりますよね、確かに。笑

>一歩でも進んだら。たとえ、なんてことない一歩でも、そこに流れが起こり、変化が起こり、
>少しでも良い方向に動いたなら、必ず、多めに喜んであげてください。やや大袈裟でも構いません。
↑これはとても大切な事かもしれないと思いました。一歩でも進めば全く変化がないと言う事は
無いですもんね。変化が無いと言っているのはエゴであり真実ではない。
素直に喜んでいきたいなって思いました。
ゆるーいシーン良いですね、日常回ギャグ回好きです。笑

そういえば、数日前に見つけたインチャが統合出来ないの何でだろう、と思っていたら
実はこれは自分のある部分についての根底を覆す大事件だったんですよね。
「恋愛?何それ美味しいの?やっぱり分からない。誰かを好きになるなんて私には無理。」
ずっとそう思い込んでいたこれが嘘だったって暴かれちゃったんですよね。
この噓を信じたまま生きていても特に問題は生じていなかったはずなのに。(←それも嘘の可能性…)
しかし、どうしてそうなってしまったか、には複数色々なものが絡まっている気がするので
そこはやっぱり解きほぐして行きたいなと思いました。
タイミングが来たらまた恩寵の風呂場へ連行される…。笑

そして恩寵からの新しい課題は、その辺の部分に絡んだもので
「さて、あの時の私は本当はどんな気持ちだったでしょうか?涙が出たら正解です。」
こんなテストをされました。とりあえず1問は正解したけど、きついですね〜。笑

どう考えても時効な事で心をえぐられちゃうのが探求なのかっ!?とも思ったりしますが
古傷もきれいに治していかなきゃですよねぇ…。泣き笑い。

蓋をしたままでも問題ないならそれでも良いはずなのに
自分はやっぱりキレイに浄化される事を望んでいるんだろうなと思いました。
探求の流れも必然で起きたのだと思います。
いつもアドバイス下さり、ありがとうございます。

それにしても以前メソッドとして行っていたはずの、心と会話する方法を使って
恩寵から厳しい指導を次々と受ける事になるとは想定外でした。笑
しかし出題がハイペースだ…。

626幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 03:46:37 ID:WFnzNBE20
仕事したくない
専業主婦になりたい
これを思い続けてても叶ってない
どうしたら叶う?

627幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 08:45:50 ID:Xgy3hhGI0
625です追記 この浄化作業は一体何の為?と思いながら寝たら答えが来ました。
潜在意識の実践を始めて以降、日常生活で物事のタイミングが良くなったり
小さな幸運が良く起きるようになりました。でも何かがスッキリしない。
ずっと心にもやがかかった感じ。体は生きてるけど心が死んでるみたいな感じ。
何がしたいのか、何が好きなのか、今買ってきたグッズは本当に欲しかったのか、
今見ている作品は本当に好きなのか。そしてそんな状態になっている事さえ気づかないふり。
自分で自分に嘘をついているんじゃないかな?とは思っていたけど
想像を超えるかなりの嘘つきさんかも知れないです。探求を進めることで奥にある物も全部
洗い出しされていく気がしました。むしろどんどん洗ってくれって感じです。
日常の方にも少しだけ不穏な動きが出てきたようなそうでもないような。
恩寵を信じて進みます。

628幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 08:50:54 ID:Xgy3hhGI0
このスレだけ時々時空が狂うのね?みんなタイムトラベラーなのね??笑

629幸せな名無しさん:2025/12/17(水) 12:19:03 ID:jgBhM9Sg0
>>593
返信ありがとうございます。
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑

>分離的な思考に入ると、何年も構造分析に没頭することもできます。
>でも、アプローチやメソッドを頭で分析するより、シンプルなことを淡々と続ける。
>もしくは、メソッドもつらいなら、「ただ在る」「存在にとどまる」
>これを深めたほうが、許しや自己愛も含めて、体感的な理解は早まります。
>あるいは、明け渡し、手放し、すべてを「真の主体」に還していく。
>これも、想念との同一化を想念が放出される以前の静寂へと戻す行為です。

「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。
働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)
この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。

りょうせいさんに「私は小さい頃こうでああで、今こういう状態で…(だからどうにかしなきゃ)」って話してきましたけど、
今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。
大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。

うーん、言語化が難しいです笑。伝わってくれたらうれしいです。

630り改め りょうせい:2025/12/17(水) 16:51:30 ID:sRniCWyo0
>>622

>我々は神のどれいなのか?

→これは、文脈によります。
たとえば、「個としての私」という立場から
「神とは何か?」と問うなら、私の答えはこうなります。
一なる神は、真のあなたです。
多数の神は、あらゆるすべてです。

個のあなたが、
一なる神を愛すならば、その神は、非常に愛に満ちたイメージとして現れるでしょう。

一なる神を憎み、恐れれば、その神は、非常に恐ろしく、畏怖に満ちたイメージとして現れるでしょう。

同じことが、多数の神にも言えます。
多数の神とは、あらゆる存在、あらゆる出来事、あらゆる現象そのものです。

それらを愛すなら、世界は鏡のように、
愛に満ちたイメージとして、個のあなたに映ります。
それらを憎み、恐れれば、世界はその通りのイメージとして、個のあなたに映るでしょう。
(要するに、朱に交われば赤くなるというわけですね。)

つまり、意識である真のあなたが、最適に、完璧なダンス(運動)を踊っている。
個のあなたのリアクション、感想、思考、疑問、行為。それらすべてが、神の表現です。

そして、その神の表現の流れの中で、あなたの内に「個の私は神のどれいなのか?」
という問いが、自然に立ち上がった。わき起こった。ただそれだけのことです。

また、「どれい」という表現自体が必ずしも悪いとは限りません。

もし主人が不完全で、無慈悲で、気まぐれなら、「どれい」は不幸でしょう。
しかし、もし主人が最適で、完璧で、全知全能で、しかも慈悲深い存在だとしたら、それはもはや、私たちが想像する「どれい」とは
まったく別の感覚や表現になるかもしれません。

では、「え?じゃあ、シンプルに神を愛したほうが得じゃないか?」
あなたが、素直にこのように思ったとしましょう。

さて、そうだとしても、
それを、「個が継続的に信念として思い続けられるかどうか」これさえコントロールできません。

そのため、それもまた、起きるときは起きるし、起きないときは、この話は最適に、
記憶から忘れ去られるでしょう。笑

つまり、何を聞いても知っても、それを受け入れるか、拒否するか、それを実際的に活かすかどうかさえ。起こるか、起こらないか。
究極的にはそれだけです。

※「愛/恐れ」だと、どうも抽象的でイメージしづらい方は、愛=善きもの 恐れ=悪しきもので構いません。
あなたにとって、しっくりくるイメージに置き換えてください。

631り改め りょうせい:2025/12/17(水) 16:54:58 ID:sRniCWyo0
>>623
>私は生きてていいのか!?ずっとその事を考えている!!!乱文失礼!

→ もちろん、YESです!
なぜなら、あなたはすでに「事実として」生きているからです。

それ自体が、意識である、本当のあなたから出ている答えです。
「生きていいのか?」
と問えていることそのものが、
すでに生きている証であり、否定ではなく、確認が起きている状態です。
だから、許可を出す必要すらありません。生きている。それが、もう答えです。

632り改め りょうせい:2025/12/17(水) 18:09:13 ID:sRniCWyo0
>>624
>昔は夢なんて最初から潰して見て見ぬフリしていた。

→振り返ってみると、その「見て見ぬフリ」をしていた期間も、実はとても重要でしたね。
これは後からでないと分からない、結果論としての理解ですね。

>けれど結局は夢を叶える作業をしている間だけが唯一安心できる時間でした。

→その時間が唯一安心できたのは、あなたにとって、その瞬間「内側の本当のあなた」と繋がれていたからです。
これは、純粋意識にとどまるアプローチと本質的に同じです。何度も何度もそこに会いに行くことで、だんだん「戻る」ことが自然になっていきます。ぜひその作業を大切にしてください。

>よく考えれば、夢を見て見ぬフリして、本心を押し殺して生きてきた時期に学んだことは、全て私が作る作品に直結する知識です。

→その通りです。過去・現在・未来という枠を超えて、それらは最適なタイミングで使われていきます。つまり、全体としては「うまくできている」ということですね。

>そういえばある願望実現を叶えたとき、ついでのようにあまり働かなくてもよくなりました〜これが恩恵? 不安でもなにがあっても大丈夫、これが世界の流れというヤツ??

→そうです。恐れは、やがて疑いに変わり、
疑いは半信半疑に変わり、少しずつ「信頼する力」が回復していきます。その信頼は自己信頼へ、そして最終的には、世界そのものへの信頼へと広がっていきます。

>『作ったあと、心が少しでも広がる。呼吸が自然になる。人に優しくなれる』かどうか〜
>きっと多くの人間が私のような焦りを抱いて願望へ手を伸ばすのでしょう。

→ここで、これだけは覚えていってください。
意識が生み出すこの世界は、時空の制約を受けています。だから、プロセスは必ず「ゆっくり」「のろのろと」進みます。ただし、それは止まっているのではありません。
土の中で芽が育つように、水面下では確実に進んでいます。あるタイミングで、アスファルトを突き破る。それが「飛躍」です。飛躍の前は、必ず地味なプロセスが続きます。
急がば回れ、ローマは一日にして成らず、ですね。同じことを繰り返しているように見えても、螺旋階段のように、ちゃんと上へ進んでいます。

そして、個のあなたが静かに平和へ戻っていくための、とてもシンプルな方法があります。
もし覚えていたら参考にしてみてくださいね。
それはこれです↓

・夢を叶えて、大勢を楽しませたいと願っている世界中の人
・その夢のために、今まさに準備を続けている人
・作品を作ることが楽しくて、楽しくて仕方がない人
・そしてすでにそれを形にし、必要な分のお金を受け取り、周りの人や環境にも自然と幸せを循環させている人

こうした人たちを、ひとまとめに思い浮かべてください。そして「この人たちが、みんな幸せでありますように」と、定期的に祈ってみてください。力を入れる必要はありません。
感情を盛り上げる必要もありません。
淡々と、静かで良し。そのあとは、普段どおり、あなたがやるべき作業を、ただ淡々と続けてください。祈りは「操作」ではありません。
未来をコントロールするための道具でもありません。
それは、世界(人生)に向けて蒔く種のようなものです。芽が出るタイミングも、どんな形で返ってくるかも、個のあなたが決める必要はありません。ただ確実なのは、その祈りの種は、巡り巡って、必ずあなた自身の平和として戻ってくる、ということです。

>握りを手放すというのは、たぶん、ここで散々話されている「全の私」に「んじゃ適当(※本来の意味)によろしく!」することなのではと。結局は夢を抱いた理由も現実も結果もコントロールできないのだから、お任せするしかないのではと。

→ポイントは、実は最初からそうなっている、ということです。コントロールできているか、できていないか。そのどちらであっても、すべては全自動で進んでいます。

機会があれば、夜眠る前に、朝からその日一日がどう流れてきたかを振り返ってみてください。ドミノが倒れていくのを後から眺めるように。最初の一枚が倒れた瞬間から、次の動きはもう止めようがなかった。
自分で選んだと思っていた行動も、すでに倒れ始めていた流れの一部だったと見えてくるかもしれません。

>ここが一番難しいですね!!でもきっとこのまま〜
>一旦俯瞰して見て、同一化をゆっくり解除していくのが課題なのかもしれない。

→それらの思考や試行錯誤も、起こるなら起こる、それだけです。
あなたはA地点から電車に乗りました。
電車はB地点へ向かっています。
あなたは大きなバッグを持っています。
・バッグを荷物棚に置いて、座って景色を楽しむのもよし。
・バッグを抱えたまま、立ち続けるのもよし。
なんであれ、どれを選んでも、
電車は走り続け、必ずB地点に到着します。

あなたの夢の実現お祈りします。

633幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 02:06:03 ID:1Fm2t3lk0
「起こる」が解ったかもしれない。
私は(627です)ある瞬間、確かに探求のスイッチが押されて、それが起こった。
引力が働いてベルトコンベアに載せられて動き出すような感じが確かにあった。
自力で探求の流れを起こそうとしていた時とは明らかに違っていた。この感じか…!

恩寵からの精神面での課題の影響で気持ちが落ちているのに
メルカリで欲しい物が売り切れてて更にどん底気分になった時に気付いた。
気持ちは落ちる所まで落ちたら、次は少しだけ上がるみたい。

以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど
そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。
横レスですが、気付きをありがとうございます。

634幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 03:36:07 ID:BStvz1Mo0
りょうせいさんには、夢がありますか?
どんな夢が叶いましたか?

635幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 08:50:08 ID:1Fm2t3lk0
起こる を言い換えると 発動する じゃないか。言葉の意味そのまま。
何で気付かなかったんだろう。何か一歩でも進めたらそこには確かに 動 があるし。
部屋が倉庫化したのも何か発動しちゃったよねコレ、とか思ってた。気付いたら巨大化してる。
あの部屋が気付きに繋がるとは予想外。片付けを発生させなきゃだけど、まあそれはそれとして…。笑
1つずつ進めていく事が大切という言葉の真意に気付けた気がした。
実は私だけが気付いていなくて、もうみんな既に知っているのかもしれない気もするけど…。笑

636幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 09:17:42 ID:1Fm2t3lk0
世界では常にどこかで何かが、どこにでも大小さまざま発生・発動し続けている。
そういう視点で過ごしていると面白いのかもしれない。
もしかしたらそれが「ただ在る」なのかもしれない。
そしてこの気付きもすぐ忘れてしまうのかもしれない。笑

637幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 09:38:18 ID:JJ9g2C.c0
エゴすらも神が創ったものであるからエゴに支配されることすら完璧ということですか?

638幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 11:57:43 ID:4xdNxMQY0
世界が完璧であるならばエゴも完壁であり好きなことをすれば良いということでしょうか

639幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 17:23:47 ID:1Fm2t3lk0
朝に気付きが起きても1日普通に過ごすとエゴ目線になってしまいますなぁ。笑
昨日完全に一度エゴが撃沈したけどもう復活してしまっている。笑

640幸せな名無しさん:2025/12/18(木) 20:03:59 ID:1Fm2t3lk0
深刻さは無いですけどね、幻術師エゴちゃんにやられてしまいましたわ…みたいな感じ。
恩寵からのお題は一時休止なのかな。今のうちに休んでおこう。笑

641幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 02:07:30 ID:l6uaRd.s0
640追記
今ふと「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」と思いました。

642幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 12:06:09 ID:l6uaRd.s0
違う方向から揺さぶりがかかった。小さな事ではあるけれども
「本質とズレた事を強いられて嫌だけど従うしかなかった」ので
エゴ着火!となる所だったけど某アニメきしめんさん回だったのでエゴが鎮火した。笑

そしてふと気付いた。対象は何でも良いんだけど
純粋に「大好き」な気持ちに浸る事がとても大切なのではないかと。
大好きは真の私からのものだと思うから。温かくて優しい気持ちになれるから。
アニメ好き・可愛いもの好きで良かった。大好きな対象いっぱいある。笑

643幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 12:48:43 ID:l6uaRd.s0
否、そうじゃなくて、好き嫌いを超えた所に本当の平穏がある、気がする。
平穏にはそもそも好き嫌いなんて存在しない。

「魂のルフラン」の歌詞を見ていると何か掴めそうな気がするんだけれども
掴もうとすると指の間からすり抜けて行っちゃうんだよね…。
「心よ原始に戻れ」という歌も有るのかー。
エヴァ詳しくないけど地元ローカル局で再放送されてて少し気になってる。

644幸せな名無しさん:2025/12/19(金) 13:40:40 ID:l6uaRd.s0
やっぱり641で書いた「エゴに惑わされていても惑わされていなくても私は私だ」
これでいいことにする。恩寵からの課題が来ないので探求の流れは止まったかも。
考えていても答えは出ない。答えは自分じゃない所から来るから。

645り改め りょうせい:2025/12/19(金) 14:51:53 ID:1DHEjB4.0
>>629
潜在意識の知識がマーフィー由来というのは私もです!笑

→おぉー、そうでしたか。
あくまで私個人の理解というか見解ですが、
マーフィーの思想的背景には、エマソン的な新思考運動や、ユング的な無意識観、
さらにその奥には、聖書、とくに福音書的な構造が重なっているように感じています。

つまり、潜在意識や引き寄せの話の根底には、
福音書に見られる「蒔いた種が、そのまま実を結ぶ」という構造が流れている、というシンプルな理解です。

ただし、ここで言う聖典とは、
個の現世利益のために説かれたわけでも、
個を満足させるための成功法則としての聖典、という意味ではありません。

もともと福音とは、個という錯覚や眠りから目覚めるための「知らせ」という側面を強く持っていた。つまり、個という大きな誤解をほどくための福音だった、という見方もできると思っています。

心の強力な潜在的傾向や習慣は、
催眠のように個を覆い、多くの人は、無自覚なままそこに巻き込まれて生きています。
そういう意味で、聖書が今も世界で最も読まれている、というのは象徴的だな、と感じます。

>「想念が放出される以前の静寂へと戻る」のに、私の場合は身体への働きかけが合っていたようです。

→人によっては、身体へのアプローチはとても重要です。合っていると感じるなら、ぜひ続けてください。実際に効果があるでしょう。

>働きかけといってもそれで何かをコントロールして得よう!というより、作為をやめるための作為みたいな感じです(伝わるでしょうか…)この界隈でよく耳にしていて???だった「ただ在る」も、マインドがざわつき始めたときにそのパワーや素晴らしさを実感しました。

→伝わっています。とてもいい表現です。

「作為/無作為」という二元を超えるために、
まず第一に、そもそも「ただ在る」ことこそが主体だった、という事実に気づく必要があります。あなたが言うように、そのパワーや素晴らしさは、言語で説明できる類のものではありません。
静寂、サイレント。それ自体が、すでに完結している事実です。

>今は、私という一人の人間を見つめすぎて考えすぎて没頭しすぎた結果、同化してしまったように感じます。
本当の私はそのストーリーを生み出している大元のような存在であるという感覚になりました。大元のほうが自分であることを忘れ、一人、世界に対峙してジタバタ頑張っていたような。

→素晴らしい。まさに、その通りです。
大元が突然現れ、身体と、私は個であるという想念と重なりました。
入口に戻ると、まず「大元であるあなた」が、
静寂・サイレントを通して、すべての想念(物語)が強烈な催眠だったことを、静かにゆっくりと明かしていってくれます。

例えるなら、友達と一緒に寝て、朝起きたら、
その友達が寝ぼけまなこで、
さっきまで見ていた夢の内容を、
やけに真剣な口調で語り始めるようなものです。
「こんな主人公で、こんな名前で、こんな世界で、こんな人たちが現れて、こんな展開になって、それで〜」
あなたにできるのは、相手が少し冷静に静まったタイミングを見計らい、
「そうなんだ。大変だったね。でも、それは夢だよ」と伝えることです。
あなたは「そんな!!ふざけないで。人の気も知らないで!ひどい」と責められるか、
「・・あ、そうだったわ。ありがとう」と静かに感謝されるかどちらかでしょう。笑

646り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:08:57 ID:1DHEjB4.0
>>634
この質問ですが、仮にもしあなたに夢があって、叶えたくて仕方ないってことでしたら、
それはぜひ、叶えるために進んでくださいね。

そのうえで、少し視点を分けて答えますね。

まず、あなたが「個」として世界を見ている立場からなら、
りょうせいがいて、あなたがいて、
主体としてのあなたが質問し、
対象としてのりょうせいが答える。
そういう構図になりますよね。
それが、いわゆる二元の世界です。

その前提で物語として語るなら、
個の私(りょうせい)の人生の流れはこうでした。

真理探求が本格的に起こる前、
私はとにかく無我夢中で、
自分のやりたいことや欲望に忠実なタイプでした。マズローで言えば、承認欲求と自己実現をかなり徹底的にやったと思います。
主観的には、
「もうこれ以上はないな」
というところまで行った感覚はありました。

あるとき、まるでタイミングを見計らったように、個や人生の前提をひっくり返すような出来事が起き、そこから本格的に、真理実現だけが関心になる流れに入っていきました。(後から振り返れば、それ以前から実は探求は始まっていたことを知るのですが)
なので人生全体としては、
〇〇編 → 〇〇編 → 〇〇編と、大きくモードが切り替わってきた感覚ですね。

だから私は、真理探求のスイッチがまだ入っていない人に対しては、本格的に始める前によく考えてほしいと思っています。
特に、「個としての世界に対しての夢や、あるいは未練」が強く残っている場合は、無理にやる必要はない。これは、かなり強くそう思っています。

では、今の私に「夢はありますか?目標はありますか?」と聞かれると、正直とても答えにくいです。(沈黙で返信したいくらいです。笑)

なぜかというと、「あなたは今、どんな立場ですか?」と問われたとき、私=真のあなたの立場から見ると、
世界も、個も、意識も、対象としては認識できず、言葉や概念として成立しないからです。

たとえば、あなたも熟睡しているときに、

「どんな夢がありますか?」
「どんな記憶がありますか?」
「どんな人生でしたか?」

と聞かれても、答えがないどころか、質問自体が成立しないですよね。
ブラックホールの中で、あらゆるものが消えてしまう感覚に近い。

なので、「夢があるか/ないか」
「どんな夢が叶ったか」という問いは、
個の視点では成立しますが、

立場が変わると、夢から覚めたあとにその夢自体が消えてしまうように、問いごと溶けてしまいます。それは、主体と対象が完全に消えてしまうからです。

それを踏まえたうえで、
あえて個の視点に沿って答えるなら、
シンプルに、世界次第ですね。

個のりょうせいは、個の傾向のまま、ただ流れが起きているだけです。
真理探求というフィルターが完全に抜け落ちるだけで、動きそのものや、喜怒哀楽、好み、
生活や趣味などは、別に他の人と何か特別に違うわけではありません。
仮に違いがあるとしても、それはあくまで、もともとの個性や気質、趣味嗜好、あるいは運命の違い、というだけの話です。
(ただ、本当のことを言えば、その「個」自体は意識が見せている夢なんです)

そんな感じですね。

647り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:14:01 ID:1DHEjB4.0
>>637
エゴすらも神が創ったものであるなら、エゴに支配されている状態さえ、実相のレベルでは「良い/悪い」「正しい/間違い」といった評価の対象にはなりません。

その文脈で言えば、実相として存在しているのは、ただ「神」だけです。

エゴ、
創った/創られた、
支配/どれい
完璧/不完璧

これらはすべて、二元的な想念として現れている区別であって、実相そのものには存在していません。
ただしこれは、個の視点や立場で「どう生きるべきか」「何を選ぶべきか」という話とは、次元の違う視点のお話です。

648り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:16:45 ID:1DHEjB4.0
>>638
「好きなことをしていいかどうか?」
という質問であれば、ぜひ好きなことをしてください。

私は、「やりたいことがある」と言う知人や友人に対しては、「いいじゃん。犯罪以外なら、好きなことやるべし」と普通に勧めています。笑

ただし、ここで言っている「完璧」とは、
究極のそれそのものを、個や世界の側から指し示したときの表現です。

それそのものは、
「完璧である」とすら知りません。
なぜなら、そこには完璧を知る主体も、不完璧と区別する対象も、そもそも存在していないからです。
なので私は、「世界そのものや個が完璧である」とは言っていません。

夢の中に、最初から最後まで一切の欠けも揺れもない完璧な夢は成立しません。
夢とは、起承転結そのものだからです。
もし、ずっと完璧だけが続いていたら、
物語は成立しません。あるとしたら、それは
夢の開始前、そして夢の終わりの後にしかありません。
それにもかかわらず、その「完璧(言葉で指すしかないそれ)」があるからこそ、
夢は放出され、動き回り、展開していく。

また、夢の中でも、一時的に熟睡のような状態に入ったり、何かを達成して追い回すことが止まり、ただ存在している瞬間には、完璧に近い満たされた平和を感じることはあるでしょう。

なぜ、そのように感じられるのか。
それは、実際に完璧なそれそのものは、常に在るからです。
分厚い雲が薄くなったときに、太陽が現れたように見えるのと同じ仕組みですね。

649り改め りょうせい:2025/12/19(金) 15:19:27 ID:1DHEjB4.0
>>633
>以前、神社とかでお祈りする時に「みんな幸せになりますように」ってお願いしていたはずなんだけど

→それは素晴らしいですね。これは道徳的に立派だ、という話というより、自己愛なんです。
そして、その自己愛こそが本当のあなたの立場でもあります。

>そういえばずっと忘れていた。みんなの中に自分も入っているんですよね。

→そうです。
真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている、ということですね。

あなたはとてもハイペースで吸収しようとする姿勢や意欲があって、それ自体は本当に素晴らしいです。ただ、その分だけ、消化の時間も必ず取ってください。ここで言う消化とは、
探求的な想念から一度離れる時間のことです。

意識的に「考えない」「追わない」時間を挟んだほうが、結果的に遠回りせずに済みます。
休み時間は、身も、心も、マインドものんびりさせてくださいね♪

650幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 03:01:16 ID:iECPWFe60
私は恋人ができたことがないのですが、これは人生の流れとして起きてきたことなのでしょうか?

651幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 03:27:00 ID:S1fy1ZEg0
>>649
いつもありがとうございます。一時休止かと思っていたら課題出てました。じわじわと圧を
掛けられ無力感凄くてああ私は空っぽだと思った時、ん?空っぽ?偽りの私の中身は無いって事?
と気付いて課題クリアでした。恩寵が休ませてくれないです、何故か。笑

>自己愛
皆幸せになる→皆優しい気持ちになる→私も優しい世界を生きられる
と考えると、確かに自己愛かも!と思いました。
そして絵の事をお願いした神社に描けましたとお礼に行きました。

>真の自分の中に、個のあなたも、個のみんなも入っている
これはまだよくピンと来ないです。以前はよく真の私が個の私を包んでくれていましたが
実は個の私だけを包んでいたのではなく、全てを包んでいたという感じでしょうか。

最近は包まれ感をあまり感じられないのですが、これについては
真の私と個の私は常に一緒に居るので、抱いてと言っても既に抱かれているので
これ以上抱きようがないから感触を感じないのかなと思いました。じゃあもういっその事
もっともっとぎゅーっとくっついたらどうなるか。全身全霊で真の私と抱擁を交わしたら。
そうしていたらある時ヒュッと吸い込まれそうになったんですよね。
びっくりしてイメージの中で突き放してしまった。チャンスを逃してしまったのかも。

イメージの中で個の私を自我が芽生える前の赤ちゃんにして
はいどうぞと真の私に手渡した事も有ったんですけど
その後プチ体調不良になったので手渡した赤ちゃん返してもらいました。笑

心に聞くが出来なくなってしまったなぁと思っていたら「絵を描くならネタ提供するよ」と
返答が有りました。なぁんだ通話出来るじゃないか。という事で
「探求の指導はお手柔らかにお願いします」「えーどうしよっかなー」
「もし探求を止めたいと言ったら?」「いいよ」この時心の苦しさが和らいだので
やはり探求用として精神に圧を掛けられているという事が解りました。
「やっぱり止めない」「おけ」で再び圧が掛かりました。笑

しかし個の私が違うここじゃない還りたい還りたいと言い続けているし課題は出続けるしで
もう祈ることにしました。大きな私をただ想う、ただ祈る。をしていたら
「もう両手上げて降参して私がそれでしたって認めるだけ」と返答が来て
えっそれだけ!?とその時は思ったけど後から考えるとよく解らない。
自分のバージョンが高い時と低い時があって、高い時に気付いた事って低い時には理解不能。
高い時にそれが出来たら行けるのかなぁと思ったりしています。

でも何で答えを教えたんだろう。「大きな私ちゃん、祈られると弱い?」「うん」
そうなのね!?じゃあ祈るし想うわ〜!
そして課題が止まったタイミングで休憩もしっかり入れていきたいと思います。

652幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 10:22:39 ID:S1fy1ZEg0
真の私への祈りが、そのまま私に沁み込んで来る

653幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 11:37:23 ID:S1fy1ZEg0
私への祈りになっちゃったみたい

654り改め りょうせい:2025/12/20(土) 13:40:31 ID:FiWzNaRE0
>>650
あなたがこれまでに恋人ができたことがないのなら、それは確かに「流れとして」起きてきました。そしてその流れは、これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれません。
どちらも、この時点では正解でも不正解でもありません。

まず整理しましょう。
そもそも、恋人とは何でしょうか。
人生で一度だけすれ違う通行人は、恋人ではありませんね。知り合いですらありません。
けれど、その通行人を認識し、挨拶を交わし、
会話をし、時間を共有し、あなたの意識の中で相手の登場回数が増えていくと、それは知り合いになります。

さらに、会話やコミュニケーションの濃度が増し、感情が動き、関心が向き合うようになると、その関係が恋人と呼ばれるものになります。

つまり、恋人とは突然どこかから現れる存在ではなく、関係が育った結果として立ち上がるものです。
ここで、ひとつ現実的なたとえを出しますね。
あなたが職業紹介所に行き、
「仕事を探しています。まだ一度も働いたことがありません」と伝えたとしましょう。
紹介担当者は「それなら、今ご案内できるのはこの仕事ですね」と言います。

あなたが「もっと条件のいい仕事はありませんか?」と聞くと、
「それにはスキルや経験が必要です。今はこの条件になります」と、こう返される。

このとき、あなたの選択肢は二つです。
・まず、できる仕事から始めて、経験を積み、ステップアップする
・紹介は断って、自力で仕事を探す

これは、恋愛で言えば、
「付き合えれば誰でもいいのか」それとも
「自分の理想の相手じゃないと付き合いたくないのか」という選択と、ほぼ同じ構造です。

もし後者を選ぶなら、自分で相手と出会い、
関係を作り、ときに断られ、傷つきながらも挑戦を重ねる必要があります。

恋愛も、構造はほぼ同じです。
ここで、多くの人が一番しんどくなるポイントがあります。それは、どちらも選ばないまま、時間だけが過ぎていくこと。理想じゃないから動かない。でも、自力で探す覚悟も持たない。

これは、
・できる仕事を断り
・フリーで探す努力もしない
のと、まったく同じです。
何も選んでいないのに、人生だけは確実に進んでいくわけです。

恋人ができなかった理由は、あなたに価値がないからでも、魅力がないからでもありません。
ただ一つ、これだけです。選択に伴う代償を、まだ引き受けていなかった。

だからといって、いきなり「たった一人の恋人」を探す必要はありません。
まずは、
「この人と知り合いたい」
「この人と話してみたい」
そう思われる状態を、少しずつ増やしていきましょう。たとえば10人くらいに、「一緒にいてもいいな」と思ってもらえる在り方を育てる。
そのモードに入ると、恋人が生まれる可能性は自然に広がります。

そして、何より大切なのは、ここです。
まず、「自分が自分と一緒に存在していること自体に、″価値があるという感覚″を、少しずつ思い出すこと。」
自分の価値を否定するクセを、いきなり消そうとしなくていいです。ただ、少しずつ減らしていく。

あなたは、自分に価値がないから恋人ができないのではありません。
「自分には価値がない」という強烈な誤った催眠があるために、その催眠を壊しかねない出来事、つまり、恋人ができる流れそのものを、
無意識のレベルで避けているというケースが本当に多いのです。

だから、恋人と恋愛する前に、
「恋人と恋愛している日常」に向かう種を蒔く。そして同時に、「自分には価値がない」という種まきを、徐々にやめていく。

最後に、ひとつだけ大事な話をします。
「私には価値がある」
「私には価値がない」
この二つは、どちらも、まったくの幻想です。

真理そのものは不変だから、変えられません。
だけど、幻想は幻想だからこそ、変えられます。恋人ができるかどうかは、単に「起こるか・起こらないか」だけの話ではありません。

あなたは恋人が欲しい。そうですよね?

これをどれだけ真剣に望んでいるかは、
その願いのためにどれだけ「これがなくなったら困る自分」を失う(捨てる)覚悟があるかで決まります。
・孤独に慣れること
・期待しないふり
・どうせ無理という保険
・傷つかないための距離
それらを残したままの「恋人が欲しい」という願いは、願いではなく、願望の形をした安全装置です。

実際には、本当のあなたの価値は、誰にも証明できず、誰からも与えられません。
それは、ただ在ります。思い出されるか、忘れられたままか。違いは、それだけです

あなたに、必要な出会いと流れが訪れることを祈っています。

655幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 18:01:37 ID:DkS3bHB20
>>654
私はこの質問をした者ではないですが強烈に腹が立ってしまいました。
全ては流れである、起こることは起こるけれど起こらないことは起こらないと言いながらあなたが選択するのを怖がってるから先延ばしになってるだけだってどういうことですか??
広い目で見たら全ては恩寵によって動かされている、けれど寄って見たら自分が選ぶことが出来るって事ですか?それってどういう事ですか?
エゴ(?)には一生分からないんですか?私のエゴの理解度が低いんですか?でもその理論って本当に新興宗教の教えと同じロジックじゃないですか?
あなたにはまだ分からないから意見を言う資格がないんだって言われてしまえば、もう誰も何も言えないし、だったらネットに書き込む意味も分かりません。
そもそも恋人が欲しいと思う事も、だけど人と一緒にいたくないと思う事も、人と一緒にいたくないという思いが浮かぶ過程も、全部自分で選んだことじゃないですよね?
私は少なくともそう思います。怠惰だと言われようと、潜在意識なんか調べようとする奴なんか頭おかしいことなんて分かっていても、それでも調べざるを得なかったんです。それくらい追い込まれたのはそれまでの人生で、努力して、挑戦して、選択して、苦労して、傷ついて傷ついて、もう動くのが怖くなるほど弱って追い詰められたからです。
ふわふわと風水を信じるように潜在意識の世界に迷い込んで、それで何となく願望が叶ったり真理(?)に到達するタイプもいるでしょうが、そうじゃない人だってたくさんいます。
自分には価値があるという事も価値がないと思う事も等価だというのは、まあ頭ではそうだろうと思いますが、それを納得したいが為にみんな願望を持って、それを叶えるために苦しんでるんじゃないですか?
幸も不幸も広い目で見れば同じだというのは、例えば日本で戦争が起こって徴兵されて酷い死に方をしようが、億万長者になって人に愛されて何不自由なく暮らそうが、それは一緒だって事ですか?
だとしてもそれを納得できる日なんて一生来ないと思います。

656幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 20:29:57 ID:jqCZZtvA0
何AI回答に怒ってるの?けつあつがあがるよ。私なんてAIに高倉犬って名前つけてるからいつも高倉健になりきった犬が回答するわ。けつあつはさげろ。

657幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 21:32:16 ID:DkS3bHB20
>>656
もうちょっと建設的な返答とか出来ない?
別に見当違いな反論してるつもりないんだけど。
怒るな、だけ?

658幸せな名無しさん:2025/12/20(土) 22:34:16 ID:yPS1/bqk0
>>655
ヨコですが、全く同感。

659幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 01:20:31 ID:c4z8wOKk0
やっぱり回答AIかー
長いから読んでなかったけど

660幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 06:54:13 ID:cl0SeREc0
>>654 好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。

661幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 06:56:20 ID:cl0SeREc0
そもそも人間不信させたこの世界が悪いだろ。だから自分はこんな人間に生まれたわけであって

662幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 07:19:43 ID:cl0SeREc0
aiだったのか。なんか納得した

663幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 10:43:05 ID:EeoJbpKo0
仮にAI(生成AI?)だったとしても、りょうせいさんと何回かやりとりさせていただいて、私個人は学ぶことがあったのでよかったと思います。

ちなみに、ChatGPTとやりとりしたことがありますが、りょうせいさんとのようなやりとりほどのやりとりはできませんでした。ほとんど学ぶべきことはありませんでした。

664幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:12:16 ID:LnEzloGw0
毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので、もしかしたらAIも活用されながら
ご自身の体験等を織り交ぜてお話しして下さっているのかなとも思っていました。
りょうせいさんとレスのやり取りをさせて頂く中で探求を進めて行く事が出来ているので
本当に大感謝なのですが、それを個のりょうせいさんにお伝えしても
「恩寵ですね」とだけ返答されそうな気はしています。笑 確かに間違いなく恩寵です。

665幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:38:05 ID:EeoJbpKo0
>>232 で、りょうせいさんは

>また、早く文字打つとどうしても文が乱れるので、誤字脱字チェック用のAIアプリは噛ませています(彼らはほんと、咀嚼が早い)。

と書いています。

内容、立論はご自身でされて、誤字脱字チェックだけでのAI利用ではないでしょうか。

666幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:52:40 ID:Drs7VvPw0
達人さんはAIだったのさ
〜完〜

667幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 11:58:47 ID:EeoJbpKo0
>>664
>毎回凄い情報量の書き込みをして下さるので

自分は生成AI登場前に、仕事で部下に指示出ししたり質問の受け答えをしたりしながら、書類やメールをものすごいスピードで入力し、誤りなく次から次へと仕上げていく人を見たことがあるので、その人の情報処理量に比べるとまだ少ない(失礼!)ので、素であり得るだろうと思っていました。

668幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 12:28:07 ID:LnEzloGw0
>>667
確かに!物事の処理スピードが尋常じゃなく早いし質も高い
超人みたいな方って実際にいらっしゃいますよね。
りょうせいさんもその方々と同じなのかも知れないなと思いました。
自分の処理スピードが亀さん過ぎるので気付けませんでした。笑
ありがとうございます!

669幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 13:01:43 ID:LnEzloGw0
りょうせいさんに質問しちゃいますです。
真の私に祈るとそれが自分の胸に届く感覚はあります。
祈りが大切なのは解りましたが、用事をこなしながら隙間時間にずっと祈っていたら
何に対して何を祈っているのかが解らなくなりました。
大きな私ちゃんに質問しても「恍惚…!」と言う返答が来て意味不明です。
この状態は一体何なのでしょうか。

670り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:25:46 ID:h3zprBpo0
>>660
>好きな人に勇気を出して連絡したけど拒否されました。

→それは素晴らしい勇気ですね。ナイスです。
個の私たちは、どれほど悪夢を見ようとも、
悪夢が消える瞬間、つまり、飛躍が起きると、
喉元過ぎれば熱さを忘れるように、
また、オセロでたくさんの黒が白に反転するように、

「はぁ、本当に良かったw 悪夢?なんだったっけ?」と嘘のようにトンネルから解放されます。(つまり、ほんとに嘘だったわけです。笑)なので、以前の流れはまったく関係ありません。
これからのあなたは、素晴らしい恋愛をすること、また恋人を作ることを強く望んでしまうのだとしたら、その可能性をすでに所有しているのです。

そして、その一歩の起こりが偉大なんです。
結果はどうあれ、理想の恋人とお付き合いした際、付き合いを長く継続させていく過程で、
その過去の小さな一歩の勇気は必ず活かされます。
今は、段階的に少しずつ、モヤモヤ(恋人実現は困難だという世界観)を晴らしていかれるのがいいかと思います。

>自分はやっぱり人間向いてないんだなって思いました。

→真のあなたは、人間であり、同時に想像を超えた最も偉大な存在です。これはどうかお忘れなく。

これはあくまで個のりょうせいの物語ですが、若いとき恋愛系の学びが多かったので、これまで片想い系からグレーゾーン系の恋愛wまで、恋愛系の悩みを聞く機会が多かったんですね。
男女問わずあらゆる物語にたくさん触れてきましたが、恋愛の構造。また、実現のために大切なことはほんとにシンプルです。

1.個の精神的傾向を少しずつ恋愛成功体質に整え、数多く恋愛につながる、恋愛運の流れを少しずつ上げていく。
2.できる範囲で異性にアプローチする流れの種を蒔き続ける。
3.そして、疲れたら休む。(これが重要)
時に周りの人に励ましてもらいながら勇気を燃やし続ける。笑 回復したらまた動く。
※注意ポイントは、他人の恋愛の成功に否定的になりすぎないことです。

このサイクルが、進めば進むほど、
あなたには当たり前に愛される価値がすでに備わっていることを、少しずつ思い出していかれると思います。

もちろん、ここは掲示板ですし、個の物語や気質・性質に沿った、段階的な返信には限界がありますが、大枠の構造の描写はそんな感じです。

私から起きる表現も、ほとんどが、
エゴ、心とはどう動くか?の大枠な構造描写や力学の説明なので、個のあなたの気質に合致しているかどうかはなんともいえません。

少しでも参考になるなら良いですが、真理探求のレイヤーの話とはまったく方向違いのテーマなので、こういった個人的な私の意見は聞き流し程度で構いません。笑

671り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:35:00 ID:h3zprBpo0
>>665
私、一気にドーンと出てくるので、
誤字脱字の校正通さないと、
ほんとに誤字脱字が多いんですよ。笑

一応質問をコピー&メモ帳にペーストして、
書いたあと、読み直しチェックはしていますが、出先や、時間ない時はAIに校正チェックさせています。
ずいぶん前に書いたレスを覚えててくれてありがとうございます。はい、ちゃんと個が書いてます。笑

672幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 15:52:46 ID:5yFTUvT20
りょうせいさん、655さんの質問にもこたえてあげて。
ここは非常に重要な点。
結局、あなたは個人の意思や行動が必要だと考えているのか、それともそれとは関係なく、「起こることは起きるし、起きないことは起きない」と考えているのか。

673り改め りょうせい:2025/12/21(日) 15:54:34 ID:h3zprBpo0
>>669
真の祈りとは、「私は私で在る」という、
常に変わらぬ、生まれてからこれまで、
一切変わらない、真の自己として在るということです。

つまり、祈る主体・祈られる対象、これが一つに合一(合体)している状態の描写説明なんですね。

なので、あなたの日常で祈りが起こる。
それは、初めは個が″やること″かもしれない。
それでも、段々と深まっていくと、「私は私である」(もちろん、これは個の私ではなく、真の私です。)
という、意識そのものの立場が増えてくるわけです。

ポイントは、この回数が増えていくことです。
それを時間をかけて、何度も何度も起こしていくわけです。つまり、この思い出すことの頻度のアップが、「私は在る」が深まる段階です。

「私は在る」つまり、本当の私として在るという立場は、個が、「私は理解した」「私は知識を手に入れた」というレイヤーではありません。

「私は在る」から、概念や想念が流出され動き回ります。

それでも、「私は在る」は依然として「私は在る」としてあり続けています。

恍惚が起きた。それはそれで起きたこととして否定する必要はまったくありませんが、
ポイントは、恍惚が起こる以前、また、その最中、また、それ以後も、真のあなたは、真のあなたとしてただ在り続けています。

その描写は常に動き回る個や世界からしたら、
「静寂」「サイレント」「平和」(他にも様々ありますね)として描写されています。

674り改め りょうせい:2025/12/21(日) 16:53:37 ID:h3zprBpo0
>>672
お答えします。結論から言うと、両方です。
個と世界のレイヤーでは人は意思を持ち、
考え、行動し、選択して生きています。
このレイヤーでは、行動しなければ何も起きません。これは責めでも指示でもなく、単なる構造の話です

一方で、意識・全体性のレイヤーから見ると、
その選択や行動そのものも含めて、すべては流れとして起きています。どちらかが正しく、どちらかが間違いなのではありません。
視点の立場(レイヤー)が違うだけです。

このスレでは、質問の内容や温度に応じて、
どのレイヤーから答えるかが自然に変わります。
そのため、第三者から見ると表現が揺れて見えることがありますが、それは矛盾ではなく、
前提としている視点が違うだけです。

675幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 18:51:48 ID:5B9Zuu/o0
前世の記憶があって、それをもとに、生まれてきた環境、親、自分の性質などが、「内面の投影」として現れているのでしょうか。
「生まれる前に計画を立ててきた」というようなことを、よく聞くと思うのですが、それは、意識・全体性のレイヤーから、「それぞれの個の私」に対して計画を立てた、ということでしょうか。よろしくお願い致します。

676幸せな名無しさん:2025/12/21(日) 20:03:19 ID:KeoEvVYw0
>>674
ということは、結局「個」の立場から三次元的な願望を叶えるには行動が必要ということですね。それは起きるから起きるのではなく、個の私が起こさないといけないということですね。


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