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顕正会の実態を検証する
631
:
ラキ
:2005/11/16(水) 21:56:12
私の見間違いではなく”食品衛生管理者&調理責任者”の記載は目に見える場所には記載されていませんでした。
会員限定販売だから、記載されていないと言いかねませんね。
603の独歩さんがおっしゃってる世間一般の常識は”顕正会では通用”してないと思います。
顕正会の歴史が物語ってますしね。
さて、17日に「四信五品抄」と「兄弟抄」の要文講義の冊子が販売されました。(1部200円)
内容は、新聞に掲載された物を冊子にした物で作りは、同人誌程度の製本。
講義の内容は、切文ご都合自論講義なので、大白蓮華以下の講義内容ですね。
「四信五品抄」の講義は、何でも”一念信解”に結びつけるのは、小学生以下のこじつけでしかないように思われて、恥ずかしくないかなぁ〜?・・・
632
:
藤川一郎
:2005/11/27(日) 14:41:36
http://www.kenshokai.or.jp/dvd/mo/cgi-bin/doOrder2.cgi?mode=top
来年から、顕正会はビデオを販売せず、DVD1本にしぼります。
そのため、再生専用DVDプレーヤーを会員価格で販売します。
詳しくは、上記サイトでどうぞ(笑)。
633
:
藤川一郎
:2005/11/29(火) 11:40:25
顕正会の食品管理責任者は第○女子部長だったと思います。
栄養士と調理師といくつかの資格を持っていたと記憶しております。
634
:
ラキ
:2005/11/29(火) 13:15:45
藤川さん。
633の>顕正会の食品管理責任者は第○女子部長だったと思います。
某会館の責任者なのでしょうか?それとも本部の責任者なのでしょうか?
食品の加工製造は調理師免許を持った方が1名、責任者として居なくてはなりません。
食品管理責任者は、会館管理責任者が担当してる可能性もありますが、責任者の証明許可書が掲示されていないから謎ですが、
もしかして無届なのかとも感じます。
元でも現役でも構いません。
芙蓉茶寮にて調理販売に携わった方の情報お待ちしております。
635
:
ラキ
:2005/11/30(水) 23:07:09
顕正会浅井さんは、少しでも顕正会に疑問や矛盾を覚えて質問する人の排除に乗り出したもようです。
顕正会では罪障・罰と功徳は”出る物”で福運は”積む”ものと言っております。
(一部、罪障と罰の使い分けをちゃんとしてる方も居ますが。)
罪障=功徳は”積むもの”で、罰=福運は”出るもの”(現れる現証)のはずですが、正しい使い分けは、どのようにするのでしょうか?
連師在世当時から遊学(他の宗派又は教団)に行く事を、近代までなされていたはずですが、顕正会では、自教団以外の場所に、学びに行く事自体”謗法”と言っております。
もし、他所に学びに行く事が”謗法”なら近代までの出家した僧侶や貫首でさえ、皆”謗法者”に当てはまるり、歴代の本尊を拝んでる顕正会は、謗法者の書いた漫荼羅を拝んでる矛盾が出てくると思いますが?
636
:
ラキ
:2005/12/02(金) 15:02:55
天母原戒壇建立説の話をしていて、大坊棟札が証拠だと言われて、65世日淳上人が否定したと言ったら、”「天母原に」というのは日興上人から口伝されたとあり
文にはないからです(御書ではないですが)”と、歴代又僧侶等から聞いたこともないような珍説が出てきました。
口伝なら歴代の誰かの発言が残っているわけであり、浅井さんは口伝を誰から聞いたのか疑問です。
浅井さんの指導面白すぎです。
637
:
犀角独歩
:2005/12/02(金) 15:37:42
もし、顕正会が「天母原」といっているのであれば、それだけでも、間違っています。文献に残るのは「天生原」だからです。いま、北山の隣にある山は天母山です。しかし、こちらは原ではなく、山です。
640
:
犀角独歩
:2005/12/02(金) 16:49:28
ただし、安永3年(1774)の日穏『五人所破抄一覧』には
「戒壇の地を富士の天生山に撰び置き板御本尊及戒壇堂の額御真筆在り」
とあり、山と変遷しています。また、この文書が興味深いのは、「在り」となっている点です。
この変遷はあまふ―天生原―天生山で、近代でこれが天母山戒壇論へと転訛していった様子が窺えます。
要法寺・日教がこれを語ったのは1488年で、大石寺・日精が言ったのは1657年、169年の隔たりがあります。また、日教があまふの原六万坊から天生山戒壇までには286年の時の経過があります。
以下、天生原、六万坊の記載を挙げます。
初出は要法寺出の日教『類聚翰集私』であろうと思われます。
1488(長享2)類聚翰集私(日教)
「日本国の駿河富士郡大日蓮華山より本門の戒壇院立つて、あまふの原に六万坊立て」
「天生か原に六万坊を立て法花本門の戒壇を立つべきなり」
「天生原に六万坊建立有るべし差図の様を付属の事」
1547(天文16)百五十箇条(日教)
「富士の麓に六万坊立つべき御差図有りと伝へ承るなり」
「戒壇院は広宣流布の時御崇敬有り最も六万坊を建立有るべし」
1545(天文14)申状見聞私(日我)
「冨山六万坊の時王城関東に可き建つ事」
1657(明暦3)富士門家中見聞抄目録(日精)
「今の上野、重須、妙蓮寺、東光寺、西山、久遠寺已上六箇寺之れ有り、自然に六万坊の表事に叶ふ」
1722(享保7)報恩抄文段下末(日寛)
「事の戒壇とは即ち富士山天生原に戒壇堂を建立するなり」
1774(安永3)五人所破抄一覽(日穏)
「戒壇の地を富士の天生山に撰び置き板御本尊及戒壇堂の額御真筆在り」
641
:
犀角独歩
:2005/12/02(金) 18:38:05
【640の訂正】
誤)可き建つ事
正)建つ可き事
642
:
ラキ
:2005/12/02(金) 20:13:29
独歩さん。
詳しい解説ありがとうございます。
大坊棟札が証拠といい、口伝が証拠と言っても、文献にちゃんの存在しているのですね。
浅井さんが見たら喜んで”歴代の文献に書かれているから”正しいと言いかねませんね。w
ま、独歩さんの解説の一文でも使用してれば、パクリの何者でもないでしょう。
今まで、”大坊棟札が証拠”と言っているんですからww
まさか、そ知らぬふりで使用しませんよね?・・・
643
:
犀角独歩
:2005/12/02(金) 21:14:43
ラキさん
今日日、石山でも『大坊棟札』なんか出さないでしょう。
> 口伝
口伝といわれたら、引用する言葉はただ一つ。
「伝教大師云く依憑仏説莫信口伝〔仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ〕等云云」
日蓮は伝教のいましめに従っています。口伝を信じるなです。
644
:
ラキ
:2005/12/02(金) 22:40:57
独歩さん
調べていましたが”大坊棟札”説は65世日淳上人が否定されていました。
”大坊棟札”の真偽は、私にお任せします。興味ないから。ともう、お手上げ(^^;
640の解説を述べたら、「日寛上人のは知ってる。 もちろん2つの文字が使われていることも
そして明治から昭和にかけての五十六代日応上人の御説法本に”天母ケ原”とあります。」と回答を頂きました。
都合の悪い部分は出し惜しみ?なのか、理解不能です。
そして、「富士山の麓に戒壇を建立するのだとの認識で満足」て開き直られました。(^^;
このような話し合いで、顕正会員の各自で認識してる自教団教義にばらつきがあると感じました。
もう、顕正会の正しさを自己証明できない上に、放棄してる時点でお終いですね。
そそ、幹部に面談を求めましたがスルーされました。(^^;
せっかく面談して魑魅魍魎の仲間入りしたかったのに。w
645
:
犀角独歩
:2005/12/03(土) 00:29:27
ラキさん、いずれにしても、重要な点。
天生(あまふ)原、六万坊は要山義であるということです。
その証拠は、それを伝えたのは要法寺出身の日教であることから明白です。それを日教が記したあとも、石山では百数十年、そのことをしらなかったわけです。
富士戒壇論からして、日蓮は言っていないことは『富士一跡門徒存知事』にはっきりしています。
「而るに此の本門寺に於ては、先師何れの国何れの所とも之を定め置かれず」
先師・日蓮は、その場所を指定していないと言うのです。
二箇相承が真っ赤な偽物である証拠です。
また、二箇相承には「富士山本門寺…戒壇」とあります。
では、この文書が在ったとされる場所は、どこか。富士山本門寺です。富士山本門寺にあった文書に富士山本門寺に戒壇を建立と記されているという話に過ぎません。そして、この書は明らかに先の『富士一跡存知事』と矛盾しています。そして、なにより重大な点。二箇相承は、ただの一度も大石寺にはなかったのです。日興が寂した段階で‘富士山本門寺’の跡継ぎは日代でした。石山は日目でしょう。それぞれ別の住職が立っていたわけです。そして、二箇相承が本物であるとすれば、あったのは富士山本門寺(北山)のほうです。となれば、正当な寺院は富士山本門寺、そして、戒壇が建立されるのも富士山本門寺という筋立てです。つまり、石山のあずかり知らない話だということです。
もっといえば、日蓮は晩年にいたり、本門の戒壇を述べることはありませんでした。であればこそ、建立地を特定することもなかったのでしょう。
日蓮は戒壇建築など、考えていなかったというのは、真跡遺文の指示するところでしょう。
また、重須文書に従えば、ここで、建立される戒壇に入れる本尊は仏像であることは日順文書に明確です。
こんなことは、上古文書の常識であって、ここにいまさら記すことでもありません。国立戒壇など、日蓮、日興と何の関係もない後世の夢想に過ぎません。
646
:
犀角独歩
:2005/12/03(土) 14:21:33
国立戒壇ということについて、いえば、これは天皇折伏(天皇を折り伏せるんだそうですが、それはすごい発想)によって成立することであり、ここでは国民信徒は埒外にあります。
ところが、この国民信徒についてはという点でも、これを論じます。
「日本国民全員の入信」だそうで、これが広宣流布なんだそうです。
わたしはこの話に接するとき、いつも言うのですが、「仮に本日ただいま、日本国民全員が日蓮大聖人に帰依して、南無妙法蓮華経、南無日蓮大聖人と言ったとして、100年経てば、誰一人いない、みんな死んでしまうんだから」
要は、厳正な事実を国民全員の入信・広宣流布という屁理屈は、少しも意識していない欠陥があるわけです。
この点は国立戒壇が天皇折伏によって実現されたとしても、その天皇はしばしで崩御されるでしょう。では、次の天皇も同じようにと行くかといけば、そうとは限りません。
以上のような厳正の時の流れ、人の寿命を考えず、二次元的な単純モデルで考えられる国立戒壇は、実現云々以前の問題として、ただの荒唐無稽の夢物語に過ぎないということです。
647
:
ラキ
:2005/12/03(土) 17:17:17
独歩さん
ありがとうございます。
私なりの驚きと発見がありました。「富士一跡門徒存知事」を読んでいて、連師は戒壇の建立場所は確かに言っておりません。
なら富士山と言われているのは、日興上人が「凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり」と、”通例”であるからと言ってるだけで、連祖の意見ではないとなりますね。
これが私のたどり着いた現時点の思いです。
「富士一跡門徒存知事」
一、本門寺を建つ可き在所の事。
五人一同に云く、彼の天台・伝教は存生に之を用いらるるの間・直に寺塔を立てたもう、所謂大唐の天台山・本朝の比叡山是なり而るに彼の本門寺に於ては先師・何の国・何の所とも之を定め置かれずと。
ここに日興云く、凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり、然れば駿河国・富士山は是れ日本第一の名山なり、最も此の砌に於て本門寺を建立すべき由・奏聞し畢んぬ、仍つて広宣流布の時至り国主此の法門を用いらるるの時は必ず富士山に立てらるべきなり。
私の考えですが、連祖が国立戒壇に近い意味合いを言ったか探しましたが見つかりませんでした。
(検索漏れがあるかもしれませんが、)
検索対象は「日本国の戒壇・国の戒壇」で探しました。
もし、国立戒壇を連祖が思っていたなら、「日本国・国」の戒壇と言う言葉がどこかにあるはずだと思ったからです。
646にありますように永続されない国立戒壇は完全無欠の連祖が立てろとは言わないでしょう。
一度国立戒壇で建てば、後の国主がどの信仰を仕様が問題ないて、事はありえませんしね。
ま、私は戒壇建設はありだと思います。
ただ、連祖が言ってもいない国立戒壇や建てる場所云々は、貫首が決める特権事項であり、在家がなんだかんだ言うの者ではないのだと思いました。
648
:
ラスカル
:2005/12/03(土) 18:32:25
やっぱり、漫陀羅が戒壇なのでは無いでしょうか。●本尊三度相伝で伝教大師が引いた「一教の玄義」の「一教」は「法華独一の教え」とありました。文底独一本門に当てはめると文底の法華本門、其のものズバリか判りませんが謎解きの面白さが解ったような気がします。
649
:
犀角独歩
:2005/12/03(土) 19:05:56
ラキさん
ご自身で一つの結論に達することは実に尊いことです。
戒壇住処を蓮師が定めていないという議論は、かなり以前にわたし自身も達した結論でした。ここでも記したと思います。
> …日本国の戒壇・国の戒壇」で探しました
この検索項目は、あまりよろしくないでしょう。
問題にすべき戒壇は本門戒壇です。ですから、検索するとすれば、もしくは「本門の戒壇」となります。しかし、この検索では、三つの法門(三大秘法ではありません)の一つとして、ヒットする限りでしょう。
では、蓮師に本門戒壇構想はなかったと考えることは出来ます。
わたしはこの点で、本門戒壇に対する語義はなにかということで、迹門戒壇を探りました。これは『下山抄』でヒットします。
「教大師像法の末に出現して法華経の迹門の戒定慧の三が内、其の中の円頓の戒壇を叡山に建立し給ひし」
という一節です。ここで、蓮師は迹門の戒定慧の‘戒’から迹門戒壇を仰っていると読めなくもありません。となれば、本門・戒定慧の三が内から、戒壇を考えられるという解釈は成り立ちそうです。しかし、これはやや即断であるとわたしには思えます。その理由は『四信五品抄』にあります。
「末法に入って初心の行者必ず円の三学を具するや不(いな)や。答へて曰く、此の義大事たり。故に経文を勘へ出だして貴辺に送付す。所謂五品の初・二・三品には、仏正しく戒定(かいじょう)の二法を制止して一向に慧の一分に限る。慧又堪へざれば信を以て
慧に代ふ。信の一字を詮と為す」
とあり、末法は以信代慧も簡んで信の一字を詮とするというからです。ここに三学、戒の介在の余地はありません。しかし、この点は、追ってもう少し解明しようと考えております。
> 国立戒壇や建てる場所云々は、貫首が決める特権事項であり、在家がなんだかんだ言うの者ではない
いや、これは色々な意味で違います。まず、蓮師は本弟子六人を定めたのであり、蓮師の思念に貫首なる者は存在しません。次に仮に国立戒壇を建てるとすれば、その場所は、国王が決めることになるでしょう。ただし、「勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例」ですから、国王も富士の地を選んで、建てられるべきだと言うことでしょう。
650
:
犀角独歩
:2005/12/03(土) 19:07:48
文底独一本門というのは、日寛の造語で、日蓮はおろか、日興とも関係在りません。
651
:
ラスカル
:2005/12/03(土) 19:35:21
何分、造語の分解により探索するレベルの話ですので御容赦のほど。
652
:
れん
:2005/12/03(土) 20:42:30
横レス失礼します。
独歩さんとラキさん・ラスカルさんとのお話、勉強になります。
蓮師には真蹟に「本門戒壇」の用語はありますが、その建立地については、独歩さん・ラキさんのご指摘の如く、ついに日蓮は生涯真蹟に残しませんでした。
ただし、日興の「本門寺」構想の原型は真蹟現存の宝軽法重事の「一閻浮提の内に法華経の寿量品の釈迦仏の形像をかきつくれる堂塔いまだ候はず」の“法華経の寿量品の釈迦仏の形像をかきつくれる堂塔”あたりにあるのかなと思います。その堂塔の一つに戒壇も設けられるというのが、やや日蓮の意に近いかもしれません。
さて、視点を蓮・興・目の三師の滅後の石山に移しますと、九世日有にいたり、石山戒壇論を明言するにいたります。保田日要の新池抄聞書に「日有云く、又云く、大石は父の寺・重須は母の寺、父の大石は本尊堂・重須は御影堂、大石は本果妙・重須は本因妙、彼は勅願寺・此は祈願寺、彼は所開・此は能開、彼は所生・此は能生即本因本果本国土妙の三妙合論の事の戒壇なり、開山置状に云く日目・日仙・日代は本門寺の大奉行中にも日代は日興が補処たり文、是は日興は母の得分にて御座すに依て日代には母の方を授け、日目には父の方を授け給へり」と記される如くです。
この石山戒壇論は、恐らく石山を名実ともに掌握した六世日時が初めて唱えたのではないかと推定します。日有自身「若し世も末にならば高祖の御時之事、仏法世間ともに相違する事もやあらんとて日時上人の御時四帖見聞と申す抄を書き置き給ふ間我が申す事私にあらず、上代の事を不2違申1候」と述べて、日有自身が述べた法義は自らの先師である日時の著作に基づいていることを明言しているからです。
こうして見ますと、重須方が、二箇相承を作成して、自山戒壇建立を主張したのは、日時・日有の石山方の主張に対する反動とも見えなくもありませんね。
653
:
ラキ
:2005/12/03(土) 21:52:14
独歩さん
> 国立戒壇や建てる場所云々は、貫首が決める特権事項であり、在家がなんだかんだ言うの者ではない
>>次に仮に国立戒壇を建てるとすれば、その場所は、国王が決めることになるでしょう。ただし、「勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例」ですから、国王も富士の地を選んで、建てられるべきだと言うことでしょう。
勘違いをしておりました。確かに、戒壇を建立するなら”国主”が決める事になります。
れんさん
>視点を蓮・興・目の三師の滅後の石山に移しますと、九世日有にいたり、石山戒壇論を明言するにいたります。
戒壇建立論が明言されたのが日有上人の時代迄遡れるのですね。
それ以前に建立の明確な文献が見当たらないと、連祖が戒壇建立の意思があったのかなかったのか興味がわきます。
654
:
ラキ
:2005/12/03(土) 22:40:53
顕正新聞(11月25日号)に不当逮捕!学会の謀略と本人が発表してる記事がありました。
これって、全然反省していないとしか思えません。
また、折伏理論書の改訂版が販売されましたが、「仏法に背くは者に大罰あり」P23
『「罰」とはいうと、人の億行に対して仏が下す懲らしめや制裁のようにとらわれがちだが、そうではない。罰とは、法に背くことにより自ら招く不幸あるいは不利益のことである。(中略)これらの罰は誰が与えたものでもなく、すべて自ら招いたものである。そして背く法が深くなるにしたがって、その反動たる罰も大きくなる。(中略)そして”法は不知を許さず”という。意識するとしないとにかかわらず、知ると知らないとにかかわらず、仏法に背けば大罰を招くのである。』
このように浅井さんが述べているのに、謀略と学会のせいにするのはおかしい事であり、自ら招いたものと認識するべきだと思われます。
すこし目に付いたのが「五網判」の「国」の項目が大部書き加えられていました。
655
:
れん
:2005/12/03(土) 22:50:00
ラキさん
>653
有師が戒壇建立論を述べた文をもう一つあげれば
「日有上人の御物語に云く、興師はよくよく高祖の仏意を得させ給ふ、江州薗城寺の天下えの申状は叡山に迹門の理の戒壇を立つ上は薗城寺にも又迹門の事の戒壇を立つ可き申状也、然る間是こそ末代本門の事の戒壇立つ可き証拠なれとて大石寺の重宝と仰せられ給ふ也」(興風叢書四・一三0)
このように、石山において戒壇建立論は日有までは遡れます。それ以前の石山歴代における建立の明確な文献は、今のところ管見に入ってません。
ただ、三位日順の興師在世の著作である法華本門見聞には「先謗法等を対治して後法門一閻浮提に流布せば軈て本門の大戒立つべきなり」とあり、又日順が興師滅後に著した心底抄に「行者既に出現し、久成の定慧広宣流布せば、本門の戒壇其れ豈に立たざらんや。仏像を安置すること本尊の図の如し」と具体的に述べ、日興の重須における後継であった日代も葦名阿闍理御房御返事に「仏像造立の事は本門寺建立の時也、未だ勅裁無し、国主御帰依の時三ケ大事一度に成就せしめ給ふべきの由御本意也、御本尊図は其れが為也」と日順と同義を述べています。石山蔵眼師写本の心底抄の奥書には南条日住の筆にて「当家随分の書と故上人常住御披見也」と記されており、この故上人とは石山九世日有とされており、この記述で日有は心底抄を「当家随分の書」と発言したことが知られるので、日有の戒壇建立論も石山戒壇義以外は日順のそれと同じと考えであったとするのが至当と存じます。
しかし、蓮師に戒壇建立の意志があったか否かは、現存の真蹟には残ってないので、現在は不明というほかはないと思います。
656
:
犀角独歩
:2005/12/04(日) 09:36:09
ラスカルさん、わたしの書き方がぶっきらぼうでしたね。特にそんな意図はなかったのですが、あとから、文章を読みなおしてみると、そんな印象でした。お詫びします。
れんさん、詳細なご教示有り難うございます。
日蓮における戒壇分類は、鑑真を小乗戒壇、伝教を大乗戒壇とするというのが基本で、それが先で引用した『下山抄』では大乗からさらに踏み入り、迹門説を立てています。しかし、本門の戒壇については、所謂、事壇、築壇論としては展開されていないわけですね。ですから、さて、そのような考えがあったかどうかで議論が分かれることになるのですね。
れんさんがご紹介くださったとおり、日興の確実な資料からはそれは窺えませんが伝日順文書、また、『富士一跡門徒存知』などの日蓮から数えて三代先で重須ではこの戒壇義が展開されており、石山では日有ということになるのでしょうか。この両者に脈絡は有りと見られますが、ここに日教がもたらす要山義が日有の時点では留意されることになります。
れんさんのお考えとしては、日有の本門戒壇説は北山、要山、どちらの影響が色濃いと判断なさっておられますか。ご教示いただければ幸甚です。
657
:
犀角独歩
:2005/12/04(日) 09:37:06
ラキさん、書き換えられた顕正会の「国」の部分、アップしてください。
658
:
ラスカル
:2005/12/04(日) 12:05:49
犀角独歩さん、丁寧になさらなくてもいつも説明不足なのは私の方なので。本当は一言一句聞きたいのですが時間が無いですから、2人とも長生きして真蹟研究に付き合うしかないのです。御気遣い無く。
659
:
ラキ
:2005/12/04(日) 18:10:49
れんさん
重ねての詳しいご教授ありがとうございます。
日顕さんが今月で退座される事が正式発表でありましたが、顕正会の「最後に申すべき事」のせいではないです。
浅井さんあたりは、不思議の退座と言いかねませんが、どちらにしても、宗門復帰は出来ないわけであり、顕正会が正しいから退座した。
なら、正しいのなら宗門に復帰できない矛盾が残ると思えます。
660
:
ラキ
:2005/12/04(日) 19:14:13
改定前の「折伏理論解説書」が手元にないので、改定後の文書をUPします。
「国を知る」
国には小乗の国、大乗の国、大小兼学の国など仏法上の因縁はさまざまであるが、この日本国はいかなる仏法上の特質を有するかを知るのが、国を知ることである。
印度に熟脱の教主・釈尊が出現し、日本に下種の本仏・日蓮大聖人が御出現されたのも、決して偶然ではない。すべては仏法上の大因果のしからむるところである。
日本国の特質について、弥勒菩薩は瑜伽論に「東方に小国あり、其の中に唯大乗の種姓のみ有り」と述べている。
この文は、日本国に上行菩薩の再誕・日蓮大聖人が出現し、下種の法華経・三大秘法を流布すべしとの予言である。
弥勒菩薩とは、法華経の会座において寿量品の説法を釈尊に願い出た大菩薩である。この菩薩、法華会座においてまのあたり上行菩薩への三大秘法見るゆえに、この大事を前以て瑜伽論に示したのである。
ゆえに曽谷入道等許御書に云く「弥勒菩薩、自身の付嘱に非ざればこれを弘めずと雖も、親り霊山会上に於て悪世末法時の金言を聴聞せし故に、瑜伽論を説くの時、末法に日本国に於て地涌の菩薩法華経の肝心を流布せしむ可きの由、兼ねて之を示すなり」と。
名は体を表すという。日本の仏法上の特質は、すでに「日本」という国名に表れている。これ霊瑞感通(れいずいかんつう)し嘉名早立(かみょうそうりゅう)するゆえである。
ゆえに四条抄には「天竺をば月氏という、我国をば日本と申す。一閻浮提八万の国の中に、大いなる国は天竺、小なる国は日本なり。名のめでたきは印度第二、扶桑第一なり」と仰せられている。
「日本」の名を仏法上の深意より見る時、つぎの三義がある。
一には、この国に弘められる大法を表して「日本」という。すなわち「日」は本門を譬えている。
ゆえに秀句十勝抄には「日蓮云く、迹門を月に譬へ、本門を日に譬ふるか」と。また「本」は文字通り本門である。まさしく「日本」の二字は文底独一本門の大法を表している。
661
:
ラキ
:2005/12/04(日) 19:14:50
ー続きー
二には、末法下種の御本仏・日蓮大聖人の本国なるゆえに日本と名づける。
ゆえに諌暁八幡抄に云く「天竺国をば月氏国と申すは仏の出現し給うべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出て給わざらむ」と。
また顕仏未来記に云く「五天竺並びに漢土等にも法華経の行者之れ有るか如何。答えて云く、四天下の中に全く二の日無し、四海の内に豈両主有らんや」と。まさしく我が国は日蓮大聖人の本国である。
三には、本門広布の根本を表して日本と名づける。すなわち「日」とは本門の三大秘法、「本」とは広布の根本を意味する。
ゆえに諌暁八幡抄云く「月は西より東に向へり、月氏の仏法の東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」と。
また顕仏未来記に云く「仏法必ず東土の日本より出づべきなり」と。
されば三大秘法はまず日本において広宣流布し、国立戒壇が建てられたのち、全世界へと広まるのである。
以上の三義により、日本国の仏法上の特質を結論すれば、日本国は本因妙の教主・日蓮大聖人の本国にして、本門三大秘法広宣流布の根本の妙国である。かくのごとく知るを国を知るという。
662
:
01
:2005/12/04(日) 19:29:51
名は体をあらわすんだ!
ということは、浅井とは、浅い井戸?
663
:
れん
:2005/12/04(日) 19:42:15
犀角独歩さん
>656
日有の本門戒壇説についてですが、日有の会下には日尊門流出身の左京日教等がおり、当然、尊門の両巻血脈も見たでしょうが、現存かつ公開されている日有文献には左京日教や保田日要のように両巻血脈の引用しての法義展開がありませんから、私の見解としては、日有には要山の影響は薄いと判断します。むしろ、戒壇論に於いて日有に影響を与えたのは、北山…と言うよりも初期重須談所の三位日順の著作(と伝えられている文献)だったと思います。ここで注意すべきは、日道・日行・日時・日有は、先に挙げた日順や日代の文献に見られる戒壇義に反対意見を述べた文献がないことで、この点から初期石山は、石山戒壇建立説以外は、戒壇の儀相その他は日順・日代説と同意だったと推定できると考えます。その点から言えば、文献上は日有の本門戒壇説は要山よりも北山(狭義には初期重須談所)の影響が色濃いと判断致します。
ラキさん
>659
顕師が今月で退座される事が正式発表されたとのこと、まぁ、あの顕正会の体質からいえば、いつもながら新聞で“不思議の…”とやりかねませんよね(笑)。顕正会はいつもの如く騒ぐでしょうが、ラキさんの仰るとおりで、顕師の退座は顕正会その他とは何の因果関係はないでしょう。顕師もご高齢ですから、退座後は持病の治療に専念されるのだろうと思います。
664
:
01
:2005/12/04(日) 21:02:14
「先生、どうやら、日顕は、やめるようですよ」
「そうか、じゃあ、ここで一発、やめる予言をしておけばはずれんかのぉ」
「御意。さようで」
「おぬしもなかなか、悪じゃのぉ」
ここで2人そろって
「ふぉふぉふぉ」と笑う…
なんてやりとりがあったようで(爆)
665
:
ラキ
:2005/12/04(日) 21:19:32
11月総幹部会にて浅井さんの発言抜粋。
TV局のやらせ報道。「警察・TV局のやらせ報道なのだ。その背後には顕正会を怨嫉する巨大な集団がある。
さらに魑魅魍魎どもがTV放映に協力をしておりました。」
「明年5月には1万人の関西大会を開催しようと思っております」
「明年9月には三千人の沖縄大会を開催しようと思っています。」
「明年春には男子部長を派遣して初の台湾の集会を開く事にしたいと思います。」
「台湾の人の読める経本を明年春までには造りたいと思います。」
群馬会館。高知会館。建設。千葉・新潟・八戸会館に別館建設
「今の学会崩れの魑魅魍魎どもを見ると・・・
彼等はあの川辺メモを見て、たちまちに戒壇の大御本尊様への信を失ったのですね。
その濁った頭で狂った教学にはまり込んでいったんです。
疑いの教学です。次から次へと疑いの教学です。・・・
信を離れた理屈がどれほどくだらない事か・・・」
「広布御供養は大聖人様の御心につうづる。だから功徳があるんです。」
「最後に申すべきこと」の反論書に対してネチネチとまた言ってますね。
不思議な事が起こりました。11月7日の御会開の中止に付いて前代未聞の事が11月7日に起こりました。
700年代このような不祥事はない。あたかも、その場にいて見てきたが如く述べています。
もうすぐ、日顕さんは猊座の座から逃げ出す。とも言っておりますが、「私が言ったとおり退座し逃げ出しましたね。」と言いかねませんね。
退座されても、某所に隠居した場所に、とち狂った顕正会員が押しかけていかないか心配ですね。
666
:
01
:2005/12/04(日) 21:28:38
でも、こうしてみると、いってること、やっていること、まるでタネ丸見えの手品みたいで、らぶりーたぬきおやじって感じジャン。
きゃわいいね。
667
:
ラキ
:2005/12/04(日) 22:24:11
日顕さんの退座情報を教えたら、うそつき呼ばわりされて、浅井さんが言ってないから信用しない。て疲れますw
さて、顕正会の正しき信心をすると、ガンなどの病気が治る。と言い切っているのが怖いです。
信だけをとり、現証があるから正しい。と仏法の証明義務も果たせない顕正会員。
御書を示してと言っても示せなく、また御書云々ではなく”信”が大事だど・・・
信は信でも妄信であり、御書を根本にしてない信心は日蓮仏法ではないでしょう。
そそ、日顕さんに3度も諌暁した浅井先生は凄いんだよって、言い分には笑えます。
浅井さんの間違いを指摘してる、魑魅魍魎の学会崩れの私など、もっと凄いのかな?(笑)
ま、「顕正会浅井さんは数年のうちに、会長職を辞任するでしょう。謗法を犯してるので会長を退く。不思議ですね。ご本尊様のお力です。」言ったもん勝ちですね。w
668
:
犀角独歩
:2005/12/05(月) 01:28:34
ラキさん、どうも有り難うございます。先ほどはお電話を頂戴し有り難うございました。
‘国’のアップも有り難うございました。いやはや。まあ、コメントはのちほど、
まあ、どうでもいいですが、わたしは河辺メモをみて「戒壇本尊」(といわれるもの)の信を失ったわけではなく、当初はむしろ弁明側でした。
わたしが、この彫刻はだめじゃないのかといったのは、日禅授与と図形を合わせてみたら、ピタリと重なったからです。
百聞は一見に如かず。まあ、こんなふうに画像写真に顕正会員の興味が行かないように誤魔化しながら、浅井さんが悪口を言う様は実に滑稽で毎日笑いネタに事欠かない楽しい日々を送っておりますが、こんなところでも事実を枉げては、発言の信憑性は名誉毀損から虚偽にまでまたがって、これまたお気の毒と、もはや同情している昨今です(笑)
669
:
犀角独歩
:2005/12/05(月) 03:08:36
なんだか一つ、やり残したことがあると夢見て、目が覚めました。
れんさんのお礼でした。ご教示有り難うございます。
ご見解に賛同します。
ということで、再び休みます。おやすみなさい…と書いても、皆さん、ご覧になる頃は「おはようございます」でしょうか。
670
:
ラキ
:2005/12/13(火) 21:44:39
顕正新聞12月5日号から気になる記事を紹介します。
-------------------------------------------------
ーご注意ー
本部会館周辺の駐車に配慮を!
本部会館に車で来る際は、周辺の路上には駐車せず、
近くの有料駐車場や大宮公園駐車場を利用するなど、
最新の注意を払うようお願いします。
なお大宮第二公園に隣接する大和田公園の駐車場は、
同公園内の市営球状等の施設利用者専用となっておりますので、
駐車しないで下さい。
また周辺路上での煙草やゴミのポイ捨て、
あるいは歩道での打ち合わせは慎む等、
近隣の方々に配慮しつつ広宣流布を進めましょう。
---------------------------------------------------------
このような注意事項を掲載するほど、近隣住民からの苦情があると伺えるのではないでしょうか?
注意事項自体、一般世間の常識だと言える事なので、いかに世法を無視してるか伺えます。
671
:
ラキ
:2005/12/13(火) 22:14:38
ー折伏理論解説書ー
日蓮大聖人の仏法 改訂版 平成16年4月28日 改訂版 第六刷
から十界論の気になる項目をあげます。
「仏界」
御本仏日蓮大聖人の御境界こそ仏界であられる。
生命の極理を証得された大知恵、竜の口で示された絶対威力、大難を忍んで一切衆生に三大秘法を授与せられた大慈悲、まさに全人類にとって主君であり、師匠であり、親であられる。
このような三徳を兼ね備えられた大境界を仏界と申し上げるのである。
以上、十界を簡単に説明したが、この十界のうち地獄、餓鬼、畜生を三悪道、(さんなくどう)それに修羅を加えて四悪道(しあくどう)という。
さらにこの四悪道に人間・天上を加えて六道(ろくどう)といい、声聞より仏界までを四聖(ししょう)という。
また四聖のなかでは声聞・縁覚を二乗といい、経文の中では、小さな悟りに固執するその独善と利己が強く破折されている。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
三悪道(さんあくどう)を「さんなくどう」言う読みは手持ちの書籍では見られませんでした。
また、一般的に四悪趣と書かれているのを、四悪道と記載しているのは驚きでした。
四悪道と書かれている他の書籍では、学会発刊の仏教哲学大辞典だけです。
仏教哲学大辞典では、「三悪道、四悪道、三悪趣、四悪趣」と4種類の記載がありました。
浅井さんの解説文は、どうも一般仏教の解説より独自の解説が採用されていると感じるのでした。
ーつぶやきー
六道の解説は、浅井さんの自身の体験を元に書かれてる解説と関心してしまうのは、私だけでしょうか?(-ェ-o)ボソッ
673
:
とんび
:2005/12/14(水) 23:02:14
ラキさん、こんにちは。
そうですね。
私もかつて活動していたときですが、地元の事務所に参詣する時にも注意があり
ました。
そもそも、そこは一般住宅を事務所にしていました。
ですから専用の駐車場なんてないのですね。
ですから、御書講義とかのビデオ放映などには多くの人が集まります。まだ地方
だから良かったのでしょうが..苦情が来ていたようですね。
ここには停めないで下さい..という通達があったようです。
でも、会員からすると正式な駐車場がないのですから..なるべく近いところで
車が停められそうな所を選んで駐車するということになるのでしょう。
今から思えば、顕正会本部の怠慢かもしれません。
会館なり事務所なりをつくり、多くの人が集まるのなら、それに見合った駐車場を
確保しなれればならないのでしょう。
余談ですが、今の顕正会の折伏なら、キリスト教団関係が、よくマイクで、「世の
終わりが近づいている、キリストに帰依しなさい..」とかいうような宣伝カーが
走っていることがありますが、顕正会も許可をとって、右翼みたいに、マイクで
「日蓮大聖人に背く日本は必ず滅ぶ...」と。折伏したらいいんではないでしょう
か...。
現在の多くの顕正会員の折伏の程度は、そんなものではないでしょうか。
674
:
ラキ
:2005/12/15(木) 03:31:32
とんびさん。こんばんは。
>私もかつて活動していたときですが、地元の事務所に参詣する時にも注意があり
ました。
一般のモラルですが、特に宗教者はなおさら守らないと、いけないと感じております。
ま、学会も似たようなものですがね。
私が知ってる範囲では、宗門寺院や個人宅の集まりでも、駐車スペースがない場合乗り合いで参加とか、公共交通利用をしていて下さいと言われます。
中高年の方でも歩いて参加する方とかいて、他の組織より常識はあるように感じております。
>余談ですが、今の顕正会の折伏なら、キリスト教団関係が、よくマイクで、「世の
終わりが近づいている、キリストに帰依しなさい..」とかいうような宣伝カーが
走っていることがありますが、顕正会も許可をとって、右翼みたいに、マイクで
「日蓮大聖人に背く日本は必ず滅ぶ...」と。折伏したらいいんではないでしょう
か...。
面白いアイデアですね。^^
折伏と言うより勧誘活動ですが、ま、現状は似たようなものですからありかもしれません。w
顕正会の諌暁書は”国主諌暁”ではなく”国民諌暁”と無差別配布であり、”エホバの証人”と同じ勧誘書だと最近は思っています。
675
:
藤川一郎
:2005/12/15(木) 17:17:18
どなたかご存じの方お教え下さい。
顕正会では「広宣流布すると税金が3分の1になる」と言われてますが、浅井さんの指導にそのような物があったのでしょうか?
その昔「広宣流布すると1日に3時間働けば良い」と言うのは浅井さんの指導だと記憶してますが・・・。
676
:
ラキ
:2005/12/15(木) 21:22:21
>675
似たような話を聞いた記憶があります。
学会の戸田さんの指導か何かの話であったような記憶があります。
677
:
去来
:2005/12/15(木) 22:43:17
みなさんはじめまして 元顕正会員の者です
>675
>「広宣流布すると税金が3分の1になる」
ダイレクトに浅井会長からの指導はなかったような気がします。
>「広宣流布すると1日に3時間働けば良い」
この指導から発展した幹部の発言ではないでしょうか?
私の記憶には会長指導としてはなかったと思います。
678
:
ラキ
:2005/12/16(金) 04:27:58
私は聞いたことがありません
私たちはみな凡夫ですからつい舞い上がって調子の良いことを言ってしまったのかもしれませんね
679
:
ラキ
:2005/12/16(金) 04:38:16
去来さん。はじめまして。
>678
私の回答ではなく、紹介者に尋ねて頂いた答えです。
680
:
去来
:2005/12/16(金) 08:19:54
今回のみずほ問題のような、会員の認識ミスかもしれませんね。
1日3時間労働>税金が3分の1
彼等会員幹部の指導は伝言ゲームのように、最新ではない過去の会長の指導は曲がり曲がって、都合よく解釈され伝わっていきそうです。
681
:
元会員
:2005/12/16(金) 23:02:10
>675
ありましたよ。
合宿研修会での指導です。
682
:
去来
:2005/12/16(金) 23:19:41
元会員さん
できれば指導の詳細を教えて頂けませんか?
そもそもこういった発言は
広宣流布>顕正会のみの実績>顕正会派による政治活動>顕正会派による政治統括 という概念があっての発言だと思えますね。
とすると、国家侵略を行っているのは日蓮仏法を用いている顕正会、ということになっていくわけでしょうね。
そういえば昔聞いた会長発言で、現在も本部に存在する部屋がありましたね。
「大宮本部の一室は誰も通さない部屋がある。そこは御遺命復帰を果たした時の大石寺法主を招く部屋である」と。
そして追記して
「更に広宣流布後は時の首相が、時勢を鑑みて政策方針を顕正会会長にお伺いをたてに来る場である」とも。
そういった広宣流布観が顕正会にはずっと根付いていたわけですね。
683
:
藤川一郎
:2005/12/17(土) 15:39:28
>>682
通称、貴賓室ですね。
しかし、私の友人は、掃除するために入ったそうですが(爆)!
684
:
去来
:2005/12/21(水) 03:11:14
質問です。
日顕さんが隠尊となったということで、会員は案の定大騒ぎしていますね。
ところで新たな日如さんはどうゆうスタンスを取る方なのでしょうか。
顕正会が大騒ぎする、しないというのはこの日如さんの考え方によっても違ってくるでしょうにね。
また堂々巡りするのか、或いは小耳に挟んだところでは妙観講などには敵対心を持っていると聞きます。
そうすると顕正会に有利に働く可能性も少なからずあるのでしょうかね。
685
:
ラキ
:2005/12/21(水) 14:02:56
去来さん
>ところで新たな日如さんはどうゆうスタンスを取る方なのでしょうか。
あまり変わらないと思います。
>また堂々巡りするのか、或いは小耳に挟んだところでは妙観講などには敵対心を持っていると聞きます。
妙観講に敵対心はないですが、大草さんに私的な事があり嫌っているのは事実です。
>そうすると顕正会に有利に働く可能性も少なからずあるのでしょうかね。
顕正会に有利には働きません。復帰などもありえません。
国立戒壇の名前に固執してる限り無理です。
686
:
とんび
:2005/12/22(木) 01:16:19
ちょっとこのスレッドの主旨からはずれるかもしれませんが
顕正会の折伏理論書から、どのくらい偽書の疑いのある御書などが引用されているか
アップしたいと思います。(平成三年十月十三日五版)
その一
日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり。
(上野殿御返事、弘安2年4.20)序より
成仏とは、我が身を知るを仏に成るとは申すなり。
(十二因縁御書)P10
我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう。
最蓮房御返事(文永9年4.13)P12
無作の三身の仏果を成就
義浄房御書P12
日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ。信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし。
経王殿御返事P15
口に妙法をよび奉れば、我が身の仏性もよばれて必ず顕はれ給ふ。
法華初心成仏抄P16
南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給ふ。始めはしらねども、漸く月重なれば心の仏夢に見え、悦ばしき心漸く出来し候べし
松野殿御返事(弘安3年9.1)P16
此の御本尊全く余所に求むる事なかれ。只我等衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり
日女御前御返事P17
わずかのページでもたくさん出てきます。
それらの遺文にはやはり、聞き慣れた御書の一節がたくさんあります。
687
:
とんび
:2005/12/22(木) 01:20:06
訂正します。
偽書の疑いのある御書ではなく、真跡がない..日興上人などの信頼できる人の古写本がない御書
と訂正します。それは、厳しくいえば偽書の可能性も残っているということでしょうか。
真偽未決といわれるものでしょうか。
688
:
とんび
:2005/12/23(金) 22:06:15
真跡と書いていたのは、真蹟が正しいですね。
顕正会についての小言です。今の日本の社会に於いては、やはり創価学会が一番宗教団体としては
影響力があるのだろう..と思いますが、過去の成り行きで、顕正会についての疑問。
顕正会では、松野殿御返事(建治2年12.9真蹟なし・古写本なし)から
此の経を持ち申して後、退転なく十如是・自我偈を読み奉り、題目を唱へ申し候なり
の御文を引いて、勤行の御指南としているが、この書を「勤行御指南御書?だったか」
というぐらいなら、その通りに、十如是と自我偈だけを読み題目を唱えればいいのに、
そうしない。
あえて御書を持ち出すなら、月水御書(真蹟なし、古写本なし)の
されば常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ読ませ給ひ候へ
の方が、いい。しかし今度は方便品を長行にしなれればなりませんが。
また、顕正会では、日興上人の二十六ヶ条を引用していた。しかし会員には
その全てを教えないのです。
その日興遺誡置文には、「一箇条に於いても犯す者は日興が末流に有るべからず」
とあります。しかし顕正会の指導はこれに背いているのではないでしょうか。
それとも、二十六ヶ条は、僧侶に対してのもので、在家に与えたものではないと、
弁明するのでしょうか。
これらのことは、個人的な愚痴であります。
689
:
犀角独歩
:2005/12/23(金) 22:59:42
> 688
このご意見には、ほぼ賛同します。
690
:
ラキ
:2005/12/27(火) 19:48:39
顕正新聞H17年12月15,25日合併号より、大阪会館に付いて気になる記事を紹介。
「全員唱題ののなか、中央の御厨子の扉が静かに開かれる。富士大石寺五十五世・日布上人後書写の”大幅”の御本尊がお出ましになる。」
さて、顕正会会館の新設に伴い、本尊安置に使われている日布上人の大幅本尊。
会館・事務所合わせて33箇所以上施設がありますが、その内、7箇所に付いては公式発表にある、歴代の書写本尊が使われています。
残る27箇所以上の施設の本尊は?となりますが、日布上人の大幅本尊です。
この、大幅本尊は(印刷物)日布上人の頃に存在していたと仮定しても、27体の大量に存在している可能性はありえないと思われます。
一末寺に数体も保管されてる事がありえないからです。
どっから沸いてきたのか、出先不明の”大幅本尊”ちゃんと説明出来ない顕正会のお手製としか思えないですね。
691
:
去来
:2005/12/30(金) 02:15:27
日蓮正宗関係の責任者というのは、どこまでが確信的なのでしょうね?
自身では矛盾等がわかっていながら盲目的に信じ込ませる、或いは信じさせて何らかの利益を得るというのであれば、犯罪に限りなく近いものでしょう。
本人が盲信で末端までを同意させているならまだしも、そうでないならばこれは昨今世間を騒がせている一連の偽装事件と同等ではないのか、とつくづく思うものです。
692
:
ラキ
:2006/01/08(日) 19:03:00
顕正会員面白すぎです。
理論闘争の話はしませんと逃げて!破折・折伏をして下さい、と言っても逃げるふがいなさ。
法論を申し込んでも逃げるとは、顕正会の指導りぱですね。
”入会の意思がなければ話をしない”これこそ、勧誘行為そのものでしょう。
693
:
ラキ
:2006/01/15(日) 04:01:29
「顕正会会長 浅井昭衛の”最後に申すべき事”を砕破す」
日顕上人に送付した物と、会員向けに発売した物には全くない文章が付け加えられています。
顕正会会長の姑息な手立ては、言い逃れの出来ない”現証”であり、卑劣な手段だと思います。
顕正会員は”現証”を重視していますが、この文書を付け加える卑劣さをどう思われているか、興味があります。
浅井さんの言葉で「35年諌めた顕正会」との文がありましたが、昭和45年9月号の大日蓮に「天生原・天生山・六万坊の名称と本宗の関係について一考察」との文書が出ております。
記事を読んだ限りでは、ここで論議した内容と同じく、明確に間違いを指摘されております。
35年も経った現在でも、”天生原・天生山”に固執するあまり、同じ事の繰り返しで、説得性のない事ばかりいい続けている、浅井さんの無節操さが垣間見れます。
顕正会員は破折文書を目にしてないと思いますが(全文掲載すると浅井さんの反論できていないのがばれるので、切り文でしか掲載されていませんが)初回から最後にまでの3回に渡る内容は、同じ物の繰り返しであり、公平に見ても明確に反論できていないといえます。
全文を読んでいない顕正会員は、下記のHPにて自分の目で全文を読んで判断をされたく思うのであります。
日顕上人が書こうが、日蓮正宗青年僧侶邪義破折班が書こうが、間違いを指摘されているのは変わらないと言うことです。
そして、反論も出来ないまま、同じ事を繰り返して、会員には宗門が反論できないと”嘘・偽り”を述べているのが明確です。
「自称冨士大石寺顕正会会長浅井昭衛の悪書〝最後に申すべき事〟を砕破す」
http://jagihashaku.main.jp/asai3/index.html
694
:
犀角独歩
:2006/01/15(日) 16:27:02
しかし、この手の文章というのは、なぜ「汝」とか、「貴公」といった現代では使われない、それでも、日蓮遺文に見られる呼びかけとなっているのでしょうかね。
書いている本人は大まじめで上らか見下しているつもりなんでしょうが、端から見ていると時代錯誤で滑稽で、この言葉遣いだけで物笑いの種になることに、気付けないところで、文章全体の質も見られます。
695
:
藤川一郎
:2006/01/16(月) 11:47:57
一応余談ですが、
国語辞典によると
貴公は『二人称。男性が同輩程度の男性に対して用いる語。』
汝は 『二人称。相手を卑しんでいう語」
つまり貴殿、貴公なら決して蔑んだ用語ではありません。
しかし、汝は明らかに「見下す用語」ですね。
696
:
犀角独歩
:2006/01/16(月) 13:16:15
藤川さん、有り難うございます。
おっしゃるとおりですが、顕正会が石山を、石山が顕正会を、もしくは会員間での罵り合いでは、結局、どんな言葉を使ってもそうなっています。
貴殿は、現代的用法ですが、「貴公」は現代では死語というところです。
「汝」の用法は、もちろん、法華經に見られますが、こちらでは、見下す用語ではなく、むしろ、尊敬語として、使用されています。
697
:
ラキ
:2006/01/17(火) 14:29:29
顕正新聞平成18年元旦号より。
「広宣流布の戦いには、小手先の小細工や謀略は必要ないのである。・・・」
『阿部日顕ついにげい座から逃げ出す。「最後に申すべき事」からわずか112日』
新年早々から好き勝手言ってますね。(笑)
「最後に申すべき事」に小細工してるのは浅井会長ではないのでしょうか?(笑)
そして未だに、宗門、学会を諌めたから解散処分になったと、ネチネチといってる器の小さい会長さんですね。
浅井さん〜見てるかな?新横浜会館の日布上人の成就本尊の願主の名前が書いてないのですが、願主の名が無いのは偽物の証明になると思いますが?・・・
さて、言ったもん勝ちなら近いうちに、浅井会長は名誉毀損で告訴されて、顕正新聞に謝罪文掲載!顕正会員に衝撃が走る!
698
:
藤川一郎
:2006/01/17(火) 16:15:34
ラキさん
横レスです。顕正会をフォローする訳ではありませんが、御形木本尊は通常願主はありません。
横浜会館は初期は確かに常住本尊でしたが、現在は御形木本尊に変わっているそうですから、願主が無くても決して不自然ではありません。
もっとも、それとは違う次元で「日布上人大幅御形木本尊」なるものは存在しないそうですが・・・!
699
:
名無し
:2006/03/03(金) 19:29:50
顕正会の人に勧誘されたら、拒否するいいアイデアがありましたら
教えていただけますか?
みなさん、よろしくお願いします。
700
:
通りすがり
:2006/04/02(日) 22:59:44
>699さん
通りすがりのものです。私も一年ほど顕正会員でしたが、いろいろとあって退会しました。
あくまで私の考え方ですが、興味のない意思をハッキリと相手に伝えてはどうでしょうか?
その時の言い方や素振りは、できるだけ友好的な感じで接すると良いと思います。
顕正会員は、会長、浅井さんの言っている事を正しい事だと本当に信じきっています。
けれども事実は戒壇本尊も偽物。浅井さんの言動はちぐはぐ。といった感じで、会員たちは騙されているんです。
699さんと、勧誘してきた方がどのような関係かは存じませんが、相手は本当に誠意で接してきているので、
あからさまに否定するのはお勧めしません。
699さんが入信の意思がなければ、相手の意思を尊重しつつ、入信しないという意思を相手に伝えるのがベストだと思います。
それは、自分なりに考えてみてください。他の方もできればアドバイスしてあげてください。
では、失礼致します。
701
:
飛鳥
:2006/04/03(月) 16:29:41
顕正会について教えてください。
顕正会は学会制作の日寛上人の御本尊については、どのように言及しているのでしょうか。
たとえば、学会から顕正会へ入会した人が、寛尊の本尊を所持していた場合、
どのような対応をするのでしょうか。
顕正会所持の御本尊と取り替えるのでしょうか。
以上、突然ですが、よろしくお願いします。
702
:
ラキ
:2006/04/04(火) 05:34:32
飛鳥さん
私が知ってる範囲では、本尊は本尊なので何通りかの対処方があります。
(1)学会に返す (2)顕正会に預ける。 以上2種類の選択です。
顕正会の本尊と取替えはありませんので、遥拝勤行をすることになります。
703
:
ラキ
:2006/04/04(火) 05:47:51
2月の幹部会で、女系天皇問題を改正されるなら、男子精鋭1万人によるデモ行進をすると言っておりましたが、改正反対の声が高まり、改正されそうにもなくなってから好きな事を言うのが、浅井さんはお好きなようです。
さて、顕正会では宗門叩きのネタがないのか?いまだに日顕さんに対して同じ事を言っているのは、情けないですね。
3月の幹部会の活動報告では、明らかに”嘘”と解るような顕正会に都合のよい、活動報告が見られました。
少し気になる事が最近ありました。
新横浜会館の道路から見える看板が撤去されています。
取替えかと思ったのですが一月以上そのまま。
お花見見物の人達の注意を引かないように撤去したのかなって?w
704
:
飛鳥
:2006/04/04(火) 17:48:40
ラキさん、どうも。
(1)学会に返す (2)顕正会に預ける。 以上2種類の選択です。
これは、やはりニセ本尊という認識なのでしょうかね。
あと、日達上人や日顕上人書写本尊は、どのように対処されているのでしょうか。
これらは、正本尊と認識し、そのまま受持勤行させているのでしょうか。
よろしくお願いします。
705
:
ラキ
:2006/04/04(火) 18:40:31
飛鳥さん
>これは、やはりニセ本尊という認識なのでしょうかね。
浅井さんはじめ、理事クラスの幹部は偽本尊の認識はあると思われます。
>あと、日達上人や日顕上人書写本尊は、どのように対処されているのでしょうか。
(1)お寺に返す。 (2)顕正会に預ける。 (3)受持勤行させる。 の選択がありますが、
顕正会の信心が確りするまで、遥拝勤行の選択もあります。
会員によって認識が違い、本部に確認しても、対応した人によって対応が微妙に違うみたいです。
本尊に対しての対応が明確になってないのが実情だと思われます。
706
:
燕雀安知鴻鵠之志哉
:2006/04/05(水) 01:03:54
横失礼します
>あと、日達上人や日顕上人書写本尊は、どのように対処されているのでしょうか。
克衛男子部体制の時の事ですので参考まで。
御遺命守護完結(顕正会論)前では
「達師・顕師本尊はあくまで法主という立場であるから本尊は本尊である」
として、当時主流だった学会系入信者の自宅拠点で顕師本尊で入会を何人もさせた経緯があります。
御遺命守護完結後では
「御遺命を捨てた貫主の本尊で勤行というのは気持ちが良くない」
として、何人もの石山系からの移動者の所持本尊を本部で預かって顕正会版寛師本尊に取り替えた事実があります。
現在はどうだか知りませんが、そうゆう矛盾した変過があったのは事実です。
当時の克衛の方針なので、実際証拠を出してみよ、と言われれば証拠は出ないものの、取替えさせられた証人はわんさか出てきます。
707
:
藤川一郎
:2006/04/05(水) 10:20:14
横レスです。
私が聞いた話では「顕正会に返す」(御本尊返納願と言う書式有り)と云う言い方をしています。
しかし、顕正会から頂いた訳でもないのに「顕正会に返納願」っていうのも意味不明ですが(笑)。
708
:
飛鳥
:2006/04/05(水) 12:55:20
ラキさんへ
> 浅井さんはじめ、理事クラスの幹部は偽本尊の認識はあると思われます。
そうですか。まぁ学会お手製ですからね。
しかし、顕正会は機関紙上にハッキリと、学会お手製の本尊をニセ本尊だと
言明したことはあるのでしょうか?あるのなら、その箇所を読んでみたいのですが。
総本山では、元の本尊が本物でも、手続き上間違っているというのが見解でしたね。
燕雀安知鴻鵠之志哉 どうも。
なるほど、現場でも統一されてなく、かなり混乱してるようですね。
情報ありがとうございます。
709
:
燕雀安知鴻鵠之志哉
:2006/04/05(水) 18:37:26
追記
当時 達師・顕師本尊で入信した者達が未だに会員としてカウントされ続けている、という事実は会としてどう都合をつけようというのでしょうかね。
それらの本尊で入会した多くの者は退転してしまい、会員だという自覚すら持っていない現実があるわけです。
710
:
ラキ
:2006/04/06(木) 14:00:46
飛鳥さんへ
>顕正会は機関紙上にハッキリと、学会お手製の本尊をニセ本尊だと言明したことはあるのでしょうか?
私が知ってる限りでは、言明した事はないです。
仮に言明したら、顕正会の日布本尊の偽物疑惑を叩かれるから避けていると思われます。
>総本山では、元の本尊が本物でも、手続き上間違っているというのが見解でしたね。
授与書きを抹消して作られた偽本尊と宗門では言っております。
その他の理由として。(以下、創価学会員への折伏教本P22から)
(1)御法主上人の許可を受けていない。
(2)総本山から下附されたものではない。
(3)創価学会が勝手に製作したものである。
711
:
燕雀安知鴻鵠之志哉
:2006/04/12(水) 15:50:01
顕正会の機関紙に台湾版の経本が発売されることになったようです。
注目すべき点は経典内容が、十如是・自我喝・唱題になっている点です。
方便・長行削除の根拠として松野殿御返事を文示しています。
そういえば過去の顕正会内での六巻抄講義で、会長は「いずれ題目だけになっていくだろう」という旨の発言をしていたことを思い出しました。
712
:
ラキ
:2006/05/02(火) 17:06:24
新「高知会館」着工が始まりますが、収容人員600名が可能ととなっておりますが!3階の建物全体で600名は、参詣室の収容人員が最大で500名程度ではないかと思います。
さて、自称100万の会員がいるのに、600名が限度の会館とは、高知方面の実働会員数がいかに少ないか、物語っているのではと思います。
一つ気になる記事がありましたので紹介いたします。
「中国は日本を併合する」著 者 平松茂雄 発行所=講談社インターナショナル(顕正新聞には、出版元の記載はなし)
浅井さんは、この書籍を自己の都合よく利用して同書を紹介しております。
顕正新聞で概要を5回に分けて、解説、紹介する。と述べておりますが、同書籍からの内容の無断転用をして”中国が攻めてくる!浅井先生の警告がまじかに迫っている”ような、ご都合主義の記載は、許される行為ではないと申し上げたい。
出版元に確認しましたが、使用の許可を得ていないので、掲載は、著作権侵害!をしている事になります。
浅井さん〜新聞に掲載を中止しないと、著作権侵害で訴えられますよ!
出版元に通報しましたので(笑)
713
:
犀角独歩
:2006/05/02(火) 19:56:57
ラキさん
よけいなことかもしれませんが、同書を、石山法華講員として名高い櫻井よしこも引用していましたね。
もはや避けられない悪夢か 中国による日本併合を防ぐ道は真の独立国になること
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2006/01/post_411.html
714
:
ラキ
:2006/05/02(火) 22:06:53
独歩さん
櫻井よしこ氏が法華講員て初めて知りました。(^^;
邪推ではありますが、櫻井氏の記事を見て、浅井さんもみんなが忘れた頃になった今頃、紙面で反応したのかなって?感じます。
若し、もっと前から知っていたなら、喜んで発刊と同時に引用していそうなので?・・・
それにしても、本日の地震で浅井さんが喜んでいそうな気がするのは、私だけでしょうか?(-ェ-o)ボソッ
715
:
さかなこ
:2006/05/31(水) 14:36:03
ひさびさにこそーりかきこみ…どきどき。まったりしぶとく生きてます。
お絵かき教室行ったり神社仏閣めぐりしてのんびりと…。
櫻井さんって法華講員だったんですか!全然知りませんでした〜。
昔からなんでしょうか…熱心な会員さんなんでしょうか…
昨日衆議院の教育基本法特別委員会に参考人として参加されて
ましたけど櫻井さんのお考えは正宗の思想がバックボーン
なんでしょうかね…。
716
:
犀角独歩
:2006/05/31(水) 16:15:06
さかなこさん、お久しぶりです、お元気そうで、何よりです。
櫻井さんの法華講所属は、法華講ならではの情報といったところでしょうか。
野球の落合さん、タレントの杉田かおるさんなど、皆、創価学会からの移講であったと思います。
今回の櫻井さんの中国脅威論、その元ネタ、浅井さんもご愛用の平松茂雄説はしかし、防衛大や、国家公安レベルでは、そんなに重視されるものではなく、「そんな考えもある」程度のものであることを確認しました。また、櫻井さんは、大の中国嫌いなんだそうです。
しかし、この女史が軍事増強指向であるというのには、やや驚かされたものでした。
717
:
藤川一郎
:2006/06/01(木) 09:37:11
>>715
,716
昨日、情報通の方から確認しました。
櫻井氏は所謂「学会からの脱会法華講員」では無く、純粋法華講員だそうです。
寺院名まで書きますとプライバシーの侵害になりますので控えますが、数代続いているそうです。
ただし、彼女の考え方は日蓮正宗とは別の視点からの独自の観点でものを申されております。
また中国嫌いの日本人は多いです。とくに「中華思想」「事大主義」等の考え方については。
昨今、中国の高官とお会いして、臣下として拝してきた日本人元大臣がおりましたが、そのような諂いは私も大嫌いです。
718
:
犀角独歩
:2006/06/01(木) 10:07:49
藤川さん、ご批正、有り難うございます。
そうですか、櫻井さんは、数代法華ですか。
櫻井さんの考えは、開目抄、本尊抄にいうところとは、矛盾していませんね。
ただ、現在の日本仏教界における非武装主張とは相違しています。
また、日本は中国の臣下ではないし、また、アメリカと談合、追従すべきでもない。しかし、そうなると、自主軍隊の問題が出る。ところが、今でさえ、世界のトップに入る軍事費を使っている。それが退役軍人・自衛隊を含む人件費で食い潰されているというのはいったいどういう構造なのか。また、相次ぐ自衛隊の不祥事など、国民の信頼を得られず、軍備増強に走れば、戦前の天皇を傀儡にした軍事政権の再来の恐怖があります。そうでなくても、天皇は象徴であって、軍需利権者のやりたい放題ではないかという危惧はあります。
櫻井さんの主張は、軍事増強に関して、人件費と不祥事による無駄遣いという自衛隊の膿と患部をしっかりと摘出手術してから、論じられなければ、今の原発のように利権に走るばかりで安全管理が杜撰な有様と同様の危機を日本と国民に与えるだけの、利権に趣旨があり、国家安全保障がその肴のツマ状態となることは必至です。
このような政治と特定利権者の糾弾は、しかし、わたしより、藤川さんと‘その周辺’のほうが問題意識はさらに高いところでしょうね。
719
:
犀角独歩
:2006/06/01(木) 10:48:20
まあ、しかし、藤川さんは、批正はよくしてくれますが、質問したことには答えずじまいが多いですね(笑)
720
:
パンナコッタ
:2006/07/03(月) 13:32:19
また顕正会の施設に、家宅捜索がはいったみたいですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20060703/20060703-00000028-jnn-soci.html
(更新して、リンクが切れる場合があります)
721
:
藤川一郎
:2006/07/03(月) 17:12:55
今回は50代の会員が、71歳の方を、10発以上殴ったらしいですね。
映像で、被害者の方のインタビューが出てました。
まあ、どちらにしても若気の至りでは済まされない年齢ですね。
722
:
ラキ
:2006/07/03(月) 20:16:03
まだ、映像が見れます。
http://newstopics.dion.ne.jp/pubnews/videonews/story/?vid=3326529&genre=society
#
723
:
犀角独歩
:2006/07/04(火) 20:44:10
創価学会における7・3の意義は
一つに昭和20年7月3日、のちに2代会長になる戸田城聖氏がこの日、巣鴨刑務所を出獄、昭和32年7月3日、一つに、のちに3代会長になる池田大作氏が15日間留置で出入獄が同じ日であったので、7・3出入獄記念日といわれるようになりました。
「出獄と 入獄の日に 師弟あり」
と、池田氏が歌を詠んで、会員の熱い感情をあおる日です。
この日に、今回の報道がなされたことから「創価学会の陰謀」というようなことを、また、言い出すのだろうかと予想しています。まあ、そこまで、僧科学会史の知識が顕正会、浅井さんにあればの話ですが。
724
:
犀角独歩
:2006/07/04(火) 20:51:51
【723の訂正】
誤)僧科学会史
正)創価学会史
725
:
犀角独歩
:2006/07/05(水) 05:07:50
あっという間にリンクが切れるのですが、ニュースは。
報道は以下でした。
*** 転載はじめ ***
傷害容疑で「顕正会」施設など家宅捜索
宗教法人の勧誘をめぐり捜査のメスが入りました。宗教法人「顕正会」の会員が入会を断った元短大教授の男性を殴ってけがをさせた疑いが強まり、群馬県警は、この会員を逮捕するとともに「顕正会」の施設などの一斉捜索に乗り出しました。
家宅捜索を受けているのは、宗教法人「顕正会」の群馬県高崎市にある施設など2か所です。捜索の直接の容疑は傷害です。
館林市に住む「顕正会」会員の中沢誠容疑者(58)が今年5月、市内の料理店で入会を断った元短大教授の男性(71)の顔を数回殴り、けがを負わせたというものです。調べに対して中沢容疑者は、「入会を断られて腹が立った」と容疑を認めているということです。
「顕正会」は、さいたま市に本部がある仏教系の宗教法人で、ホームページでは「日蓮大聖人に背く日本は必ず滅びる」などと終末思想を唱えています。強引な勧誘活動をめぐり、これまでにもトラブルが相次いでいました。
群馬県警は、3日の捜索で押収した資料を分析し、「顕正会」の実態解明を進める方針です。(03日11:21)
[3日12時36分更新]
*** 転載おわり ***
726
:
ラキ
:2006/07/05(水) 12:48:09
今回の事件に関して会員は、TV報道がなされた事で学会の謀略と捉える方も居ます。
TV報道されたから、謀略とは安易な発想であります。
顕正会員はTV番組で警察密着取材等を扱った番組を見たことがないのか不思議です。
警察署本部等には、担当の報道関係者がいる訳であり、情報などはある程度公開されているのですし。
また、昨年の神奈川で起きた事件2件が記憶に新しいですが、国家権力による弾圧だと勘違いされている会員も多々おり、反省する心がないから同じような事件が起きたとも言えるのではないでしょうか?
顕正会員は学会員が起こした事件は、家宅捜査がないから”学会の謀略”と訳のわからない言い分を述べていますが、顕正会員が起こした事件と、学会員が起こした事件は内容が別物である認識に掛けている事が理解できていないのではと思われます。
学会の事件は、個人が起こした事件であり、顕正会の場合は”勧誘”と組織活動に伴う事件だから、組織の会館に家宅捜査が入るのは当たり前の常識との認識がない、と言えます。
ま、私は、2日日曜日に橋本元首相が亡くなったのは、平成9年のかんぎょう書を受け取っていながら、中国に加担した罰と言ってる脈略もない言いがかり発言に対して、顕正会に対して、諸天の”罰”が出たのではと思っています。
方や罰の現証が出るのに数年。方や1日で現証が出てきた凄さ!(笑)
功徳・罰の現証で何でも語る顕正会員には過去最短の1日の現証に衝撃!を受けたのか聞きたいです。w
功徳・罰で宗教の価値を計るのではなく、信仰者としての慈悲の心を大切にして、常識ある行動が出来るのが宗教をしてる大切さではないかと私は思います。
727
:
ラキ
:2006/07/26(水) 00:14:41
久しぶりの顕正会ネタです。
本日顕正会員が自宅訪問してきました。(時間は非常識な時間帯)
高崎事件の事をたずねたら、お決まりの”学会の謀略”とあいも変わらず言っていました。
「高崎の事件では、実名報道がされていないと」謀略説を述べていましたが、高崎事件も実名報道されている事すら知らないとは、困ったものです。
ついでに、新横浜の事件も学会の謀略だと力説していましたが、その根拠になるのが、当事者の新聞での発表が事実だからと述べていたのが印象的です。
起訴猶予だから、犯罪を犯してないと言いたかったみたいですが、起訴猶予の解説をしようとしても法律に詳しくないからと、話は中断でした。
さて、もっと面白いのがあと、”10年で広宣流布”するそうです。
根拠を聞こうとしたら、時間切れで聴けませんでした。
広宣流布の概念はと聴いたら、日本国民が全員顕正会に入信したらと述べていましたが、宗門はどうするのか?と謎が募るばかりです。
あと、10年と言うことは、年間1200万人が入信しなければ単純に無理ですね。
10年経っても500万人の会員も居ないような気がすると思うの今日この頃です。( ̄o ̄;)ボソッ
728
:
ラキ
:2006/07/30(日) 14:53:57
7月の総幹部会は、相変わらず酷い内容でした。
高崎事件は結局謀略説でスルーして、説明責任の義務の放棄!
事件2日後の北朝鮮のミサイル発射が、諸天が怒ってミサイルを発射した。と述べていましたが、
北のキムさんて諸天なのでしょうかね?・・・
顕正会を迫害したから、ミサイル発射した。とは、変な事を言ってると感じます。
見る側の主観で考えれば、正しき顕正会が間違った事をしたから、諸天が怒り、ミサイルを発射したとも言えるのですが・・・
顕正会がなんであれ、ミサイル発射の因果関係などないと言えます。
謀略とエンドレスで言っていますが、「因果具時」「因果応報」と原因を作ってるのは顕正会であり、学会のせいにするのは、仏法の道理を無視した変な発言だと感じます。
それにしても、晴天のなかくつろいでいたら、顕正会員が訪問してきて、せっかくの憩いの時間が台無し・・・
10年後に広宣流布すると前回述べたことに付いて、根拠を示してと言ったら、根拠も示さないで、逃げ帰っていきました。
勝手な事を言うのは構わないですが、根拠もないデマ・詐欺まがいの発言はやめて欲しいものです。
729
:
藤川一郎
:2006/07/30(日) 15:47:38
ミサイル発射は、私藤川一郎に対して仕事の上の関係者が誹謗をした翌日に
起きたので、私への誹謗に諸天善神が怒ったのです。
何ちゃって(笑)!
こんな冗談言うと、顕正会員の怒りを買うかな?
730
:
アンチ城衛
:2006/07/30(日) 16:55:14
大丈夫です。
顕正会員の怒りよりも浅井一族ファミリーの怒りを買うだけです。
何ちゃって!
731
:
藤川一郎
:2006/11/13(月) 11:16:11
http://www.sankei.co.jp/news/061111/sha023.htm
また、逮捕者か?
732
:
パンナコッタ
:2006/11/30(木) 14:36:05
お守りを切って、逮捕者が出たようですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn/20061130/20061130-00000026-nnn-soci.html
『入会迫り、お守り切る 顕正会会員2人逮捕
埼玉・行田市のレストランで今年4月、48歳の主婦に入会を執ように迫った末、
主婦が持っていたお守りのストラップをはさみで切ったとして、宗教法人「顕正会」会員・●●●●容疑者(47)
ら2人が器物損壊の疑いで逮捕された。
また、同じように勧誘中に相手のお守りを切り刻んだとして、別の顕正会の会員2人も警察に逮捕されている』
733
:
顕正居士
:2006/12/08(金) 15:20:02
お守り事件はさすがに幾らか良識が残存している会員にはショックを与えているよう。
ところでカルト信仰の心理は共通である。次は福音派。
偶像の処分を考える
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1135750978/l50
734
:
みかん
:2007/01/11(木) 09:56:09
顕正会本部、家宅捜索へ、だそうです。
(一般マスコミとしては、いち早くサンデー毎日で顕正会問題を取り上げた、同じ会社の毎日新聞ですね)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20070111k0000m040140000c.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070111-00000013-mai-soci
<宗教法人>「顕正会」本部捜索へ 会員が入会強要容疑
宗教法人:「顕正会」本部捜索へ 会員が入会強要容疑
仏教系宗教法人「顕正会」(本部・さいたま市大宮区)の会員が強引な入会勧誘をしたとして、神奈川県警公安1課と厚木署は11日にも、強要容疑で会員の男3人を逮捕するとともに、同本部への強制捜査に乗り出す方針を固めた。99年以降、神奈川、千葉、群馬、秋田の4県で会員計8人が暴行、監禁などの容疑で逮捕されており、県警は本部の家宅捜索で、勧誘実態とともに法人の組織的関与も調べる。
調べでは、強要容疑が持たれているのは神奈川県内に住む少年1人を含む顕正会員の男3人。昨年9月、同県内のゲームセンターで、男子大学生に会員になるよう繰り返し誘い、入会を強要したとみられている。
顕正会ホームページによると、同会は日蓮正宗の信徒団体として1957年に発足した。74年に日蓮正宗から解散処分を受けたが、公称約112万人(05年12月現在)の会員がいる。一方、入会勧誘のトラブルなどがあり、被害を訴える声も目立っている。
県警は05年7月、横浜市瀬谷区内で大学生を監禁した疑いで会員2人を逮捕し、横浜地検は「監禁したとされる時間が比較的短時間」として起訴猶予とした。県警は同年11月にも、厚木市内の男子大学生に入会を迫った男性会員1人を暴行容疑で横浜地検に書類送検した。
毎日新聞 2007年1月11日 3時00分
735
:
みかん
:2007/01/11(木) 11:34:47
逮捕者がでました。家宅捜索は8箇所だそうです。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007011100259
2007/01/11-11:26 顕正会本部を家宅捜索=信者3人を逮捕−大学生に入信迫る・神奈川県警
宗教法人顕正会(本部さいたま市大宮区)への入信を迫ったとして、神奈川県警公安1課などは11日、強要容疑で、同会信者の同県大井町、会社員の少年(19)と同県南足柄市中沼、会社員●●●●容疑者(28)、同県小田原市清水新田、会社員●●●●容疑者(30)を逮捕した。
同課などは同会が組織的に強引な勧誘をさせた疑いがあるとみて、同会本部など8カ所を家宅捜索した。
調べによると、少年らは昨年9月24日、同県小田原市内の同会小田原会館に、同県厚木市の男子大学生(20)を連れて行き、午後9時から11時の間、住所氏名を無理やり言わせ、お祈りをさせるなどして入信を強要した疑い。
736
:
ラキ
:2007/01/13(土) 00:49:06
顕正会公式HPが更新されました。
12月の幹部会の一部抜粋です。
さすがに事件続きで外部にアピールしていると会員に思わせたいからの更新ではないかと感じますね。
http://kensho.main.jp/k_18_12/index.htm
737
:
犀角独歩
:2007/01/15(月) 07:59:19
石山では、顕正会と無関係であることをHPで公式に発表していたんですね。
「顕正会は宗門と無関係 (2006.7.4)
最近、顕正会員が引き起こした反社会的問題が、度々マスコミで取り沙汰され、時には、同会が日蓮正宗の信徒団体であるなどと、全く事実無根の報道がなされる場合があります。
顕正会は、元「妙信講」との名称であり、妙縁寺(東京都)に所属する一講中でありました。
しかし、宗門の公式決定に背いたため、昭和49年に解散処分に付しました。
その後、「妙信講」は名称を改め、「宗教法人顕正会」、あるいは「冨士大石寺顕正会」などと名乗って活動しているようですが、日蓮正宗および総本山大石寺とは、全く無関係な団体であります。
解散処分から30年以上も経過し、その間、顕正会は独自の活動を行なっていることからも、宗門とは無関係であることは明らかですが、昨今の誤報に鑑み、念のためお知らせいたします。
日蓮正宗 宗務院」
http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/topix/200607_j.htm
738
:
ラキ
:2007/02/01(木) 04:21:01
「顕正会の2人を書類送検、入会強要未遂の容疑」
宗教法人「冨士大石寺顕正会」(本部・さいたま市)の会員が知人男性に同会への入会を迫ったとして、
警視庁板橋署は30日、いずれも同会の会員で、
さいたま市北区の無職の男(43)と埼玉県鴻巣市の会社員の男(30)の2人を強要未遂の疑いで東京地検に書類送検した。
調べによると、2人は昨年7月2日夕、東京都板橋区常盤台1の同会東京会館で、
中野区のアルバイト男性(34)を、「住所を書かないと帰らせない。入会しないと不幸になる」などと脅迫。
男性が同会館から立ち去ろうとしたところ、腕をつかんで無理に立ち止まらせたり、
最寄りの私鉄駅で、券売機の硬貨投入口を手でふさいだりするなどして、強引に入会を迫った疑い。
同会を巡っては、神奈川県警が今月、知人大学生に入会を迫ったとして、同会の会員3人を強要容疑で逮捕するなど、
強引な入会勧誘活動に対するトラブルや苦情が相次いでいる。
(2007年1月31日12時8分 読売新聞)
一昨年の横浜での事件以降、同じような事件が起きると言っていたのが連続して起こっています。
浅井さんの予言より、私の予測の方が当たってるなぁ〜と(笑)
広宣流布前夜の最終第二段階て、第三段階もあるのかなぁ〜と思いつつ、顕正会崩壊の最終段階に突入したのではと思う今日この頃です。
739
:
犀角独歩
:2007/02/01(木) 11:32:56
大宮の青年会館がなくなるというのは本当でしょうか。
740
:
ラキ
:2007/02/01(木) 20:10:03
青年会館がなくなるのではなく、1月いっぱいで閉鎖。
2月以降使用禁止になりました。
1月の幹部会での発表で、理由は「青年会館が耐震強度不足のため」だそうです。
青年会館の建物を借りるときに、耐震強度は考慮に入れていたはずです。
また、姉歯さんの偽装問題の時も、問題があるようなコメントはしていなかったと記憶しております。
なぜ、今頃になって耐震強度に問題があると言い出したのか疑問ですが、本部家宅捜査での影響ではと考えられます。
耐震強度不足がわかった時点で直ぐに使用禁止にしないで、一週間以上使用し続けるのは、いつ地震が来てもおかしくないと日頃から言っているのに、使用してる数日間の間に巨大地震がきたら、会館を使用している会員に被害が出ないとも限らないのに、なんとも無慈悲というか、説得力に欠ける使用禁止の理由だと思われます。
741
:
犀角独歩
:2007/02/02(金) 21:06:29
ラキさん、とらえ方が真面目ですね(笑)
そんな名目通りのことでしょうか。
事件多発と、賃貸契約の途中解約。
耐震強度云々の問題かどうか、世間一般の批判の激震に絶えられなかったということはありませんか。
742
:
ラキ
:2007/02/04(日) 02:07:29
独歩さんに真面目て言われてしまい、反応に困ってしまいます。(^^;
青年会館使用禁止の本当の理由は、「右翼団体との不適切なる関係」出ていますので、本部捜査に伴いそれが、露呈するのを恐れたがために取った処置ではないかと思っています。
(青年会館は20年の賃貸契約を結んでいたらしいです。)
一昨年の横浜事件を発端に、立て続けに逮捕摘発されてきてるにも関わらず、学会の謀略。魔の妨害。と平然と言ってのける浅井会長が、世間の一般の批判など気にしてるようには感じません。
1月28日の日曜勤行の中で、憲法20条の信仰の自由の弾圧だ!て言ってるぐらいですし(笑)
743
:
ラキ
:2007/02/13(火) 00:04:49
顕正会公式HPが更新されました。
平成19年1月度 総幹部会
http://kensho.main.jp/
中に入ってタイトルを見ると・・・
「冨士大石寺顕正会 平成19年12月度 総幹部会」となってます(笑)
珍しく更新が早いと思ったのに10ヶ月先の幹部会の内容て?・・・
笑のネタを提供してるのかなって?(笑)
744
:
ラキ
:2007/02/25(日) 23:44:48
面白い映像を見つけました。
「富士大石寺顕正会 被害者救済ネット」製作の映像です。
「強制捜査された顕正会 の実態ビデオ」
http://www.youtube.com/watch?v=n5AFtzSDm2w&mode=related&search=
745
:
ラキ
:2007/04/04(水) 21:58:14
顕正会会館の本尊の画像が4月1日のプログに掲載
公開されています。
「バスタータイム」
http://blog.livedoor.jp/bustertimes/
746
:
ラキ
:2007/06/09(土) 20:10:10
顕正会の幹部会の会長講演が見れます。
本年1〜5月までと、東北大会の映像もあり。
http://www.mediafire.com/?9unxyqxmt2i
747
:
ラキ
:2007/06/09(土) 20:13:05
>>746
のアドレスは、5月の日曜勤行のファイルアドレスでした。
幹部会映像はこちらです。
http://www.youtube.com/profile?user=sanmon99
748
:
犀角独歩
:2007/06/09(土) 21:16:52
ラキさん
顕正会の紹介もいいですが、石山のずっこけもぜひ紹介してください。
本家本元の間違いのほうがずっと重要ですからね。
749
:
犀角独歩
:2007/10/04(木) 07:20:08
新たな展開がいよいよ始まりました。
以下、紹介します。
公開お伺い書など、重要な内容が載ります。
「富士大石寺顕正会是正協議会サイト」に開示しました。
http://www.kensho.jpn.org/p/
765
:
管理者
:2007/10/11(木) 06:26:13
とんび さん
>「無礼」・・・「非礼」
これらの語句は、既に当掲示板のルールとして定着しています。もし、それが適切でない思われるなら、改めて掲示板のルールの変更をご提案されては如何でしょうか。
当掲示板の禁止事項の2には「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します。もし、そのような表現や発言が見うけられた場合は、管理者がその都度、御注意申し上げると共に、その該当する表現、発言を含むレス全体を削除致します。なお、管理者の制止を無視して、侮辱表現、侮辱発言を続けられた場合は、以後の投稿をお断りする事になりますので、予め、御承知置き下さい。」としています。
礼節を重んじるということが、何らかの問題を生じる、と考えるのは、常識的には困難ですね。なぜなら、礼節を重んじない典型は、インターネットの掲示板では「荒らし」と呼ばれる行為だからです。もし、非礼、無礼という言葉が「傲慢」であるとしても、管理者は、「荒らし」から当掲示板を護るためなら、この掲示板が「傲慢な掲示板である」と言われようとも、何ら痛痒を感じるものではありません。甘んじてそのような非難を受けたいと思います。一番大切なことはむ、ご参加戴いておられる方々に対する人格攻撃を遮断して、自由な議論が出来る場所を確保することが、管理者の責務で有ると考えております。ご理解賜りますれば幸いです。
犀角独歩さんから、750〜757レスの削除希望が出されています。犀角独歩さんの、「非礼、無礼」と言う表現は、当掲示板のルールの上からは何ら問題性がありません。もし、ルールに問題ありとされるなら、独歩さんに対して言われるのではなくて、管理者に対して、ルールの変更を主張されるべきだと考えます。このようなカタチでの独歩さんに対する非難は、当掲示板のルールの上からは、そうした発言自体が、禁止事項の「侮蔑表現」に該当していると管理者は考えます。どうぞ、掲示板にご参加になるからには、掲示板のルールに従っていただきたく存じます。独歩さんの削除希望は、当掲示板のルールに照らせば、妥当であると考えますので、削除いたします。ただ、これは、とんびさんの、今後の掲示板へのご参加を妨げるものでは何らありません。ルールを遵守頂いて、今回の削除に懲りることなく、ご参加賜りたいと存じます。
769
:
管理者
:2007/10/12(金) 06:29:28
とんび さん
管理者は、ルールに従って掲示板を管理いたします。そして、それだけです。
管理者がとんびさんの発言を削除したということは、ルールに抵触していると判断したからです。
今回は、犀角独歩さんに対する人格攻撃があったと判断したからです。
768の「相手を見下すような意図を持っていない...という可能性があるということです。」というご発言は、残念ながら、独歩さんに対する人格攻撃を続行している、と判断せざるを得ません。
相手の「無礼」を指摘することは、当掲示板においては、何らの問題性もありません。当掲示板では相手に対する礼節の無い発言は容認されません。なぜならそれが当掲示板のルールだからです。
礼節を欠く発言は削除させていただきます。ご了承戴きたいと存じます。
770
:
とんび
:2007/10/19(金) 21:35:38
管理人さん、礼節を欠く発言があり申し訳ありませんでした。
今後注意しますが、何か感じられましたら、また削除して下さい。
実際の本人と、掲示板で感じられるイメージには、ギャプがあると思います。
言葉だけの世界ですから。
今後とも、ご指導よろしくお願いします。
771
:
管理者
:2007/10/19(金) 21:57:59
とんびさん
管理者は、ルールに従って掲示板を管理するのが任務であり、それが全てです。どうど、現在のルールを尊重して、ご参加戴きますようお願い申し上げます。
772
:
犀角独歩
:2007/10/21(日) 18:42:20
すぐにリンクが切れると思いますが、彗星の尾の見事な写真。
ttp://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/tenmon/0703/te_703_07030201.jpg
南米チリで撮影されたのだそうですが、ここでは他国侵逼難や、自界叛逆難は起きないのでしょうか(笑)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/tenmon/0703/te_703_070302.htm?from=goo
773
:
とんび
:2007/11/13(火) 00:01:07
皆様、出てこないつもりが、また顔を出してしまいました。
顕正会では、御遺命が一番大事だと言っていますね。
その理屈からすると釈尊の御遺命が一番大事だという理屈になりませんか。
とすれば、涅槃経の方が、法華経より大事だということになります。
私の、記憶の範囲内では、釈尊の遺言は、「自明灯」、自らをよりどころにせよと。
中村元著の「ブッダ入門」を読みましたが、御遺命が分からない。
さて、日蓮聖人の場合は、何の御書・言葉が大事になってくるのでしょう。
博学の、皆様の意見を戴ければ幸いです。
774
:
犀角独歩
:2008/01/28(月) 18:34:13
'08年1月度の総幹部会で、浅井さんが「犀角独歩」と口走ったそうで、なかなか愉快です。
もうお一方の引き合いに出されたのですが、ご当人から許可をいただいたわけではないので、お名前を上げるのは差し控えます。
しかし、「仏敵」って、そりゃまあ、日蓮本仏なんてまやかしの仏の敵と言われれば、愉快になるしかありません(大笑)
775
:
問答迷人
:2008/01/28(月) 18:58:04
犀角独歩さん
>浅井さんが「犀角独歩」と口走った
>「仏敵」って、
それはそれは。
独歩さんの指摘が的を得ていて論破不能であると、やっと気が付いたということですね。
戒壇本尊が真っ赤な偽物と暴かれてしまったのですから、浅井さんとしては極めて都合が悪い。
「仏敵」というレッテルを貼り付けて、会員の目を逸らすしか手が見つからない・・・
兎も角、どういう形にしろ、ご努力が高く評価されたわけですから、目出度い事には違いないと思います。
776
:
犀角独歩
:2008/01/28(月) 20:36:57
問答名人さん
レス、恐縮です。
今回の主役は、「もう一方の方」です。
また、所謂「本門戒壇の大御本尊」と日禅授与本尊の類似から、川辺メモに誰よりも早く注目されたのは、問答名人さんでした。その頃、まだ、わたしは彫刻の弁護に周っていたほどでした。むしろ、そこにも、当掲示板の2000年以降の存在意義がありました。
その先見の明に、改めて敬意を表すると共に、今回の名誉ある「仏敵」の称号(笑)のお陰を、問答さんに帰し、感謝申し上げる次第です。
777
:
問答迷人
:2008/01/28(月) 22:43:20
犀角独歩さん
>今回の名誉ある「仏敵」の称号(笑)のお陰を、問答さんに帰し、感謝申し上げる次第です。
誠に有り難いお言葉、嬉しい限りです。ただ、相手が顕正会ですから、くれぐれもご用心なされて下さい。日蓮聖人が細心のご注意を四条金吾殿にされていますが、僕には、あのご注意は、今の独歩さんの為と思えてなりません。くれぐれも用心なされて下さい。浅井氏に洗脳された顕正会員が独歩さんの命を付け狙うのは間違いないと危惧しております。
778
:
偶ロム偶ログ
:2008/01/29(火) 01:38:19
浅井会長は宗教社会学者の西山茂氏と親しいそうです。
西山氏は研究者の立場で浅井さんと会ったのでしょうが、西山氏は日蓮系他宗派
の関係者でもあります。
これは謗法との親近にはならないんでしょうかね?
あとひとつ、浅井さんは、まだお板を信じているんですかね。
信じてもいないのに信じているふりをしているのなら、やはり石山の共犯とい
うことになりますね。
だいたい、現在の顕正会員のほとんどは、お板の姿かたちすら知らないわけで。
まあ、浅井さんが、独歩さんの考察についてまともに対応するはずもありませ
んが、もう少し、日蓮さんの教えに対して真摯であってほしいものです。
ともあれ独歩さん、「名誉仏敵」でなく「仏敵」でよかったです。
仏敵の共犯者からの「仏敵」呼ばわりは名誉なことです。
779
:
偶ロム偶ログ
:2008/01/29(火) 02:12:13
補訂です。
「仏敵の共犯者からの「仏敵」呼ばわりは名誉なことです。」
を、以下のように補訂します。
仏敵(石山)の共犯者(浅井さん)からの「仏敵」呼ばわりは名誉なことです(苦笑)。
780
:
犀角独歩
:2008/01/29(火) 18:50:41
>問答さんへの御礼を他に書いてしまいました。
こちらでも深く御礼申し上げます。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015557630/1910
>偶ロム偶ログさん
> 浅井会長は宗教社会学者の西山茂氏と親しいそうです。
この話は西山さん本人から直接聞きました。「会えば、『よおっ』ていう関係だ」と言ってしましたね。まあ、宗教学やら、社会学という学問的に公平な立場にありながら、「本化」などというのは、信仰と学問の公私混同、岩本師が言う僧学の亜流のような印象ですね。
一方、浅井さんも、仰るとおりで、わたしを謗法呼ばわりしながら、西山さんは野放しはアンフェアですね(笑)
まあ、そんなところだろうと思います。
■岩本師の「僧学」(世界の宗教7『布施と救済』淡交社 P234)
「これは耳新しい言葉であろう。もちろん、辞書にも見あたらない。というのも、不思議はない。著者の新造語であるからである。
著者は昭和39年11月27日から同年12月11日までの間に6回にわたって「中外日報」紙上に『仏教学を批判する』という一文を書き、現在のわが国の仏教学が抱きかかえている種々の問題をえぐり出してみたのであるが、そのなかで「僧学」という言葉を用いたのである。と言う意味はつぎのようである。
わが国仏教学という学問が存在する。そして、仏教学者なるものがいる。ところが、いわゆる仏教学者の99パーセントまでが僧侶である。したがって、僧侶なるがゆえに先入観があり、また護教的でないまでも護身的ならざるをえないのではないか。いいかえると、僧侶なるがゆえに身分上の制約があるのではないか。とすれば、そこに仏教の科学的研究がはたしてあるだろうか。ここに疑問を発したとき、僧侶である仏教学者の研究する仏教学なるものは、たといそこに文献的方法を援用したり歴史的考察を加えたりしても、結局それは学問研究の鬘か仮面をかぶった鵺(ぬえ)的な存在にすぎないと言わざるをえないのであろう。そこで、著者はそういう学問をしている人びとすなわち僧侶出身のいわゆる仏教学者を「僧学」と呼んだのである」
また、『佛教入門』(中公新書)に「実に佛教と学問を混同し、学術的研究と教学とを同一視し、両者の区別を付けられないのがわが国のいわゆる佛教学者、特に僧侶で佛教学者といわれる人が多いことも知っておく必要があろう。このような人々はかれらが学術的論文と称するものにおいても説教を忘れない」(はじめより)とは、まったく勇気ある指摘であると感歎したものでした。
まあ、西山さんは坊さんではないにせよ、公然と「本化」を自称する以上、その現場では、学問と信仰の公私混同、アンフェアとならざるを得ないのでしょうね。さらに、いまこれだけ世を騒がせている集団の長となあなあの関係というのは、学者としての良識と言うより、社会的に問題を感じます。
781
:
犀角独歩
:2008/02/14(木) 20:38:24
ブログで「『顕正新聞』を読む」の連載をはじめました。
第1回目は2010年に、“御本仏の守護”で会員1億人達成を宣言した第24回総会の浅井さん発言。
皆様のご高覧をお願い申し上げます。
『顕正新聞』を読む(1)
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51254826.html
782
:
問答迷人
:2008/02/14(木) 22:24:11
凄いですね、浅井さんの大風呂敷。一億人ですか・・・
それにしても、余りにもかけ離れた数字に驚かされました。現在の顕正会員さんたちは、この大風呂敷、見た事あるのでしょうかねぇ
783
:
犀角独歩
:2008/02/14(木) 22:47:49
問答さん
レス、有り難うございます。
昨日今日入った会員は何も知らないのでしょうね。
浅井さんのまったく当たらなかった予言、実現できなかった決意を『顕正新聞』の現物から拾って、記していきます。
784
:
犀角独歩
:2008/02/15(金) 20:44:59
皆さんのご発言を、いまはまずゆっくりと拝読させていただいております。
本日は第2回、顕正会には日布本尊は1体と、かつて浅井さんが語った動かぬ証拠。
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51255783.html
785
:
S
:2008/03/15(土) 13:05:05
Sです。
以前、息子ともどもオフに参加させていただいたことがあります。
(もうずいぶん以前です。独歩さま、ご無沙汰しております)
先般顕正会から、例のトンデモ本が届きました。
(すごくうれしかったです。わはは。)
封筒の裏を見ますと、個人名と携帯の番号が書いてあります。
もちろん個人名に覚えはありません。
不審に思ったのは、一面識もない人が、なぜ僕の住所を知っているのか?
ということでした。ですので、早速電話をかけ(相手は中年の女性でした)、
問いただしましたところ、僕と同じ町内にかつて学会員で、現在は顕正会の人がおり、
その人物から名簿を譲り受け、手当たりしだいに送っているとのこと。
僕は苗字しか名乗らなかったのですが、
電話の向こうで名簿を繰っている様子がして、
「あなたは×番地の○さんですか?それとも△番地の□さんですか?」
と誰何されたのには、プライバシーを侵害されたような気分がして
ひどく気分を害しましたデス。
ま、こういう方とは、長く話していてもラチがあきません。
いくつかの宿題を差し上げて、電話を切りました。
かならず回答をします、というご返事でしたが、
1週間ほど経った現在、もちろん連絡はありません。
こちらも贈呈したいものがあるので、住所を教えてくださいと
伝えているのですが、やはりこちらも返事がありません。
#あり?どこが正々堂々なんだろう?
会から離れさせた息子は、志望校に受かったものの、
アルバイト付けで本末転倒のありさまです。
でもまあ、会にいたこと頃と比べると、はるかに生き生きしております。
僕は僕で仕事に追いまくられておりますが、
常にROMしておりますので、また機会がありましたら、
オフに参加させていただきたいと思っております。
それでは。
786
:
犀角独歩
:2008/03/16(日) 08:02:19
Sさん
お久しぶりですね。ご子息の脱会体験談とお父さんのリレー体験は、いまも記憶に残っています。また、参加されていた顕正会被害者家族の多くの方が、勇気づけられました。有り難うございました。
さて、今件ですが、Sさんのご子息は正式に『脱会届』を出されたのでしたっけ? あの本は、まだ会員に買わせて配布する商売を、顕正会は続けていたわけですね。内容は他愛のない創作教学に基づく単純且つ稚拙なもので、仏法や、日蓮の言説に疎い、煽動されやすい人々にしか通用しない稚拙なものですが、こうした物品を衝動買いさせ、配布する商法は、いずこの問題ある団体の、特に宗教を看板にする商売では常套手段ですね。
購入し、配布する本人達は、善いことをやっているつもりですが、実は、仕組まれた商売で、浅井さん家内商店の利益に操られているだけであることに気づけません。
それにしても、その購入配布をさせるために、脱会した人々の名簿を流用するとは、相変わらず呆れた手口だと思いました。Sさんの名簿を使用した人は、いわば与えられた側で、あの本の購買をさせるために、こうした残存名簿を手渡された“被害者”といえるのではないでしょうか。
こんな本を配るだけで広宣流布だ、幸福になるなどと思う単純志向は、同情するほかありません。キリスト教カルトと同様の手口ですが、脱会者の名簿を悪用する点で、特異性がありますね。個人情報は簡単に教えないこと、『脱会届』に、顕正会内名簿から、自分の個人情報を削除する一文を加える必要があることが学べました。
また、是非ともお寄りください。
お会いできることを楽しみにしております。
787
:
S
:2008/03/16(日) 10:04:45
独歩さま
早々にレスをいただき、ありがとうございます!
>Sさんのご子息は正式に『脱会届』を出されたのでしたっけ?
いいえ。私も息子も出しておりません。
以前本部に電話をかけ、脱会したい旨申し出ましたが、
「そもそも脱会届の用紙がない」とのことで、ハナから相手にしてもらえませんでした。
ですから、私も息子もいまだに「顕正会員」ではあるわけです。
#除名してくれないかしら?
すいません。少々言葉足らずでしたので補足申し上げます。
785で申し上げた「名簿」とは、町内会名簿なのです。
それを横流しして、トンデモ本を送る際に利用するなんて、
まったくモラルというか、良識を疑いたくなるような行為で、
腹立たしいかぎりです。これって問題にならないのでしょうか?
いちおう町内会長に確認をいたしましたところ、変な本が送られてきた、
という報告や相談は入っていないそうですが、
親睦目的以外に利用されたこと、なによりもまったく無関係な第三者に
渡してしまうような人が町内にいることにがっかりされているようでした。
>また、是非ともお寄りください。
>お会いできることを楽しみにしております。
ありがとうございます。
連絡させていただきます。
楠山先生にもお会いしたいです。
788
:
犀角独歩
:2008/03/16(日) 10:13:38
Sさん、「さん」付けでお気軽に。
町内会名簿ですか。では、上記のわたしの顕正会流用発言は取り消しておくことといたします。
『脱会届』はお出しになったほうがよろしいでしょうね。
たとえば、「オウム真理教」の元メンバーは、名簿が国家にわたり、運転免許の更新、ビザの発行などの制限資料となっております。
年がら年中、家宅捜査をされている団体です。名簿に関しては、押収されないようにしているようですが、万が一ということもあります。
追って事件でも起こし、カルト団体として、オウムと同じような扱いになるとも限りません。
はやくお名前を削除するよう、届けをお出しになることをおすすめいたします。
楠山師には、よろしくお伝えします。
789
:
のぶし
:2008/03/18(火) 10:42:43
初めまして。一応現役顕正会員(ほぼ退転)の者です。
アネモネさん、犀角独歩さん、一刀両断さん、他皆様に質問させて頂きます。
1年ほど前から様々な顕正会批判のHPを見るようになりまして、組織に対する
多くの疑問、不信感がつのり、現在はほとんど活動しておりません。(立場上
形だけ連なっている状態)
半年ほど前までは、法華講の方のHPを中心に閲覧し、正本堂問題などを中心に
いったい顕正会と宗門のどちらが正しいのか、ということを考えておりました。
そのうちに、日蓮大聖人の仏法で説かれる(あくまで顕正会で学んだ)、
現世利益と一生成仏とは、本当にあるのか、ということも考えるようになりました。
まだ、この掲示板の170番くらいまでしか読んでいないのですが、
アネモネさんや犀角独歩さん、一刀両断さんがおっしゃるように、
顕正会にも創価学会にも、また日蓮正宗にも宗教心がない、という議論は、
もう少し読み込まなければ自分にはちゃんと理解できないとは思いますが、
そのとおりだなあと思いました。
そして一つ疑問が出てきたのですが、アネモネさん、犀角独歩さん、一刀両断さんは、
日蓮正宗で説くところの、現世利益・死後の成仏(臨終の相)等はまやかしであると
考えているのでしょうか?そんなものは実際にないと。
自分は、近い将来顕正会を離れ、法華講の方とも話をしたいと思っていますが、
ほかの宗教も学んで、自分の人生に本当に必要な宗教を見つけたいと思っています。
また、死後の成仏というものが実際あるのなら、そうなりたいと思っています。
アネモネさん、犀角独歩さん、一刀両断さんは、成仏などはない、今生きている人生を
穏やかに生きることが一番大切である、だからこそ特定の宗教団体に縛られるのではなく
宗教心を育むことこそが大切である、とお考えであると理解してよろしいでしょうか。
うまく質問できていませんが、お答え頂けると有難いです。よろしくお願いします。
790
:
のぶし
:2008/03/18(火) 10:54:23
上記の書き込みの趣旨がわかりにくいと思いますので、書き加えます。
この掲示板ご覧になっている皆さんにお聞きしたいのですが、
死後の成仏というのを信じていますか?
この点について多くの方の意見を聞かせていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
791
:
S
:2008/03/18(火) 13:07:28
独歩さん
>はやくお名前を削除するよう、届けをお出しになることをおすすめいたします。
息子ともども、昨日付けの内容証明郵便で脱会届を出しました。
アドバイス、ありがとうございました。
とてもスッキリいたしました。
792
:
顕正居士
:2008/03/18(火) 14:40:29
「成仏」というのは本来は「仏になる」ことで「仏」とは「ブッダ(知った人)」の音を漢字にしたもの。
釈尊の時代には当時の有名な思想家がこの称号で呼ばれた。したがって有名な思想家なみに
宇宙と人生の根本的な仕組みを理解した状態の意味になります。
けれども日本人が日常にいう「成仏」は祖霊が現世の人に悪さをしない状態のことです。
日本人の信仰では祖霊は「草葉の陰」などこの同じ現世におります。「幽霊を成仏させる」とか
「不成仏霊を祓う」とかいいますね。
この二つがなぜ結びついたのかといいますと、インド人の考えでは悟ったお方は二度とこの世
に生まれて来ません。したがって死後に戒名を授け仏教の葬礼を行なうことは亡くなった方が
現世の人に悪さをしない効果があるとイメージされます。
「成仏の相」というのはそういう現世の人にとって安全な状態に故人があるしるしとされます。
しかし死相の種類は亡くなった原因で決まるのであり、平穏な臨終であれば死後の硬直が
おさまった後、通常は「成仏の相」に近いものとなります。また死者には一定の化粧をします。
現世の利益に関してはそういう信仰をしている方々が一般の人より幸福な状態にあるようには
見えません。
794
:
犀角独歩
:2008/03/19(水) 19:38:15
のぶしさん
はじめましてでしたか。
> 日蓮正宗で説くところの、現世利益・死後の成仏(臨終の相)等はまやかし…実際にないと。
わたしは「日蓮正宗」の本尊と教義がまやかしであり、偽造品であると検証しました。本尊が偽物であるわけですから、本物に功徳があるというコンセプトで成り立つこの周辺の信念体系は自滅することになるだろうということです。
ただし、なにを現世利益と感じるかというのは個人的リアリティに属しますから、ガソリンスタンドでティッシュペーパーをもらって「功徳」だという元顕正会員の感動を、個人が現世利益と思うのは勝手だということになりましょうか。
視野を広げて言えば、なにごとにも「有り難い」と感謝の一念でとらえることのできる人にとっては何事も功徳であり、利益と映じるでしょう。
けれど、自分(達)だけが絶対に正しいと信じ込んでいる人からすれば、他人に対しては憎悪と憤怒を懐くでしょう。そして、正しいという前提から相手をどんなに貶してもよいとも考えます。しかし、それが正義ではないことは、常識と冷静をもってすれば、すぐにわかることです。そうした意味で、顕正会のみならず、法華講の人との会話もまた、不毛に終わることは100%間違いがありません。世間一般からみれば、顕正会も、法華講も、「日蓮正宗」も、創価学会も、十把一絡げ、同じ穴の狢、なにも違って見えません。実際、わたしからみても、みな同じに見えます。違うのはそれらの群れのボスの違いだけです。わたしになす攻撃も、わたしの検証に、反証をもって応じるのではなく、「大謗法」「魑魅魍魎」「狂」などという侮辱をもって人格を貶め、会員信徒がわたしを蔑むように操作することで、わたしの言への信頼を封じ込める悪辣な手段しか執りません。こんなことしかできない人の集まりに正義も、真実もあるはずはありません。
さて、御利益といわれることは、どの集団でもいわれることで、とりたて、「日蓮正宗」や、顕正会で限ることではないのです。ところが「自分たちの功徳こそ、本物であり、他を嘘だ」と、他を見たこともないものが主張するところに、これら集団の情報操作の実態があることを見抜く必要があります。(余談ですが、現世「利益」であるのに、それが「功徳」といわれる語法は、そもそも間違っています。初歩的なミスです)
「死後の成仏」ということですが、法華経をもっていえば、「記別」は死後の成仏など説かれていません。記別とは未来に仏になることを仏が預言することです。成仏については、顕正居士さんがご賢察を述べられていますので、わたしが記すまでもありません。
ただ、ひとつだけ記せば、死んで白くて軽いのは成仏の相だというのは、御書にも、本来の記述とも違っています。原文を挙げます。
「人は臨終の時、地獄に堕る者は黒色となる上、其身重き事千引の石の如し。善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒者なれども、臨終に色変じて白色となる。又軽き事鷲毛の如し、軟なる事兜羅綿の如し。」(千日尼御前御返事)
一読すれば、わかりとおり、臨終で色白く・軽く・柔らかいのは成仏の相ではなく、「善人」であるというのみです。善人とは人です。成仏とは仏です。この決定的な差を、枉げて成仏の相ということおかしなことではないですか。また、この御文の、そのあとに「いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん」といいます。つまり、死後の成仏を述べるのではなく、死後霊鷲山往詣をいうのが、先の文章の続きです。
そして、さらにいえば、この御文は真筆が残っていません。
> 法華講の方とも話をしたいと思っています
おやめになったほうがよろしいでしょう。そこには事実も、道もありません。
> ほかの宗教も学んで、自分の人生に本当に必要な宗教を見つけたいと思っています。
これはけっこうなことであると存じます。「日蓮正宗」、顕正会、創価学会、もっといえば、富士門という小さなコップの外の広漠たる景観をはやく御覧になることです。
> 死後の成仏というものが実際あるのなら、そうなりたいと思っています。
こうした考えは、ほかの宗教を学んでから、おいおい目標とされるほうがよろしいでしょうね。
> 成仏などはない、今生きている人生を穏やかに生きることが一番大切…特定の宗教団体に縛られるのではなく…宗教心を育むことこそが大切
わたし個人のことで申し上げれば、概ねそうですが、成仏は、先に顕正居士がさんがお示しの元意からすれば、とうぜん、あると考えています。関連しますが、「人生を穏やかに生きる」ことが目的ではなく、苦の克服が目標です。
795
:
犀角独歩
:2008/03/19(水) 19:39:49
Sさん
すでに心の脱会をお済みでしたでしょうが、ここに事務的な脱会もおえらえたとのこと。
心から祝福申し上げます。おめでとうございます。
796
:
のぶし
:2008/03/20(木) 09:22:59
顕正居士さん、犀角独歩さん、お返事ありがとうございます。
大変参考になりました。
さらに質問させていただいてよろしいでしょうか。
顕正居士さんへ
>「成仏」というのは本来は「仏になる」ことで「仏」とは「ブッダ(知った人)」の音を漢字にしたもの。
>釈尊の時代には当時の有名な思想家がこの称号で呼ばれた。したがって有名な思想家なみに
>宇宙と人生の根本的な仕組みを理解した状態の意味になります。
>けれども日本人が日常にいう「成仏」は祖霊が現世の人に悪さをしない状態のことです。
・顕正居士さんが今まで接してきた方の中で、「有名な思想家なみに宇宙と人生の根本的な仕組みを理解した状態」
にあるかたはいますか? いないとすると、現代においてはどのような人がそれに近いとお考えですか?
・「祖霊が現世の人に悪さを」する、ということはあるのでしょうか?
犀角独歩さんへ
>「死後の成仏」ということですが、法華経をもっていえば、「記別」は死後の成仏など説かれていません。
>記別とは未来に仏になることを仏が預言することです。成仏については、顕正居士さんがご賢察を述べられていますので、わたしが記すまでもありません。
・日蓮大聖人は「死後の成仏」を説いていないのでしょうか?
>「人生を穏やかに生きる」ことが目的ではなく、苦の克服が目標です。
・「苦の克服」と顕正居士さんの仰る「成仏」というものを得ることは同義でしょうか?
・犀角独歩さんが今まで接してきた方の中で、苦を克服した方はいますか?
よろしくお願いします。
797
:
犀角独歩
:2008/03/20(木) 12:13:17
のぶしさん
> 日蓮大聖人は「死後の成仏」を説いていないのでしょうか?
この点は、日蓮門下の葬儀に関わる重大事でしょう。わたしが、それを信仰しているかどうかは今はおきますが、生身得忍・即身成仏を説いているでしょう。曽存ながら『木絵二像開眼之事』に、
「人死すれば魂去、其身に鬼神入替て亡子孫。餓鬼といふは我をくらふといふ是也。智者あって法華経を讃歎して骨の魂となせば、死人の身は人身、心は法身。生身得忍といへる法門是也。華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す。涅槃経に身雖人身心同仏心いへる是也。生身得忍の現証は純陀也。法華を悟れる智者死骨を供養せば生身即法身。是を即身といふ。さりぬる魂を取返て死骨に入れて彼魂を変て仏意と成す。成仏是也。即身の二字は色法、成仏の二字は心法。死人の色心を変て無始の妙境妙智と成す。是則即身成仏也。故法華経云 所謂諸法如是相[死人ノ身]如是性[同ク心]如是体[同ク色心等]云云。又云、深達罪福相閣照於十方微妙浄法身具相三十二等云云。上二句は生身得忍。下の二句は即身成仏。即身成仏の手本は龍女是。生身得忍の手本は純陀是也」
とあります。つまり、臨終の相で成仏が決まるのではなく、法華を悟れる智者死骨を供養すれば、生身得忍・即身成仏するといいます。
この文面の紙背に徹すれば、どのように遺骨を供養するかという秘法を、弟子に相伝していたと思われます。わたしは、その弟子につらない在俗ですから、その内容は存じません。以上の如き、秘儀があれば、在俗の執行する葬儀では即身成仏はないことになります。
> 「苦の克服」と顕正居士さんの仰る「成仏」というものを得ることは同義でしょうか?
顕正居士さんが仰るとおり、仏陀とは、知る人、もしくは目覚めた人ということとして、わたしも述べました。これは日蓮義とはもちろん、別意です。この原意の成仏(知る人・目覚めた人)が得た智によって克服されるのが苦であるという脈絡と考えます。
> 接してきた方の中で、苦を克服した方はいますか?
元より、苦の克服とは各個人における気分でしょうから、他者であるわたしが、「誰々が」と申し上げる筋合いのものではないと考えます。
ただ、生前、死期を悟った母が、わたしの手を握り、「お世話になりました。これから、お前は一人になってしまう。けれど、ずっと私がお前を守っているから」といい、「南無妙法蓮華経」と伏したまま、唱えた相は、八十有余の制の苦しみを終え、死後の不安も残さない穏やかな姿でした。
数知れず、多くの人々の死に接してきましたが、宗派の相違など関係なく、死を悟り、死に臨む人々の表情は穏やかであり、生身得忍を待つまでも、こうごうしいものでした。
798
:
犀角独歩
:2008/03/20(木) 12:15:50
【797の訂正】
誤)八十有余の制の苦しみを終え
正)八十有余の生の苦しみを終え
誤)生身得忍を待つまでも、こうごうしいものでした
生)生身得忍を待つまでもなく、こうごうしいものでした
799
:
問答迷人
:2008/03/20(木) 21:05:11
犀角独歩さん
>ただ、生前、死期を悟った母が、わたしの手を握り、「お世話になりました。これから、お前は一人になってしまう。けれど、ずっと私がお前を守っているから」といい、「南無妙法蓮華経」と伏したまま、唱えた相は、八十有余の生の苦しみを終え、死後の不安も残さない穏やかな姿でした。
そうでしたか。すばらしい事です。僕も臨終に、そのような姿でありたいと願うばかりです。
800
:
しゅんかん
:2008/03/20(木) 22:51:10
私がこちらの掲示板を知る事となって2年半程になります。
当初、スクロールする毎に目から鱗でした。
それは組織の人(第三者)に操られないさまを文面から感じ取ったからでしょう。
自らの感性を他者が共有してくれないと不安であるが、自らの感性の共有化を他者へ働きかけない
所に、私は「目から鱗」だったのだろうと他ネット上での石山系の方の論を拝見し感じる今日この頃です。
801
:
顕正居士
:2008/03/21(金) 02:36:16
のぶしさん。
およそ凡人がブッダと称されるような方と同様の知性に至る可能性はありません。なのになぜ
あらゆる生類がブッダになれるというのか。インド人は生まれ変わりを信じますので今世で努力
しますと来世はその分高い素質で生まれるとするからです。凡人も無限の生まれ変わりの後に
はブッダになれると。しかし素質は両親の遺伝のみで決定されます。以外の原因はありません。
輪廻転生は遺伝のみで素質が決まることを知らなかった時代の発想だと思います。たしかに
遺伝形質がいわば転生していくのですがそれは親子の線でです。努力の結果も遺伝しません。
けれどもあらゆる先人の努力は文明として蓄積されます。われわれは学びさえすれば釈尊の
時代の人とは比較を絶する認識に到達できます。輪廻転生の思想は今日では文明の発達と
理解すべきかと思います。将来には遺伝形質自体の改善や知性自体の向上も可能になること
でしょう。そういう意味で現代人とその子孫ははみなブッダに至る急速な過程にあるといえます。
日本人の先祖儀礼は顕著な人物を神として祀ることはしますが、現世の人を守護してもらうと
いう期待は少なく、生前に思い残した事柄を慰めるという意向が強いと思います。思い残した
ことがある方が幽霊や鬼になるとはわたしは考えませんが、志を果たせず亡くなった無数の
祖先におもいをいたすことはその恩恵で生活しているわたしたちにとって必要な事柄でしょう。
802
:
犀角独歩
:2008/03/21(金) 16:36:44
799 名前:問答名人さん
レス、恐縮至極に存じます。有り難うございました。
803
:
犀角独歩
:2008/03/21(金) 17:53:04
『木絵二像開眼之事』の「智者死骨を供養せば生身即法身。是を即身といふ。さりぬる魂を取返て死骨に入れて彼魂を変て仏意と成す。成仏是也。」は即身成仏は智者によるというコンセプトに基づきます。
ところが『化儀抄』では「仏事引導の時、理の廻向有るべからず智者の解行は観行即の宗旨なるが故なり、何かにも信者なるが故に事の廻向然るべきなり、迷人愚人の上の宗旨の建立なるが故なり、夫れとは経を読み題目を唱へて此の経の功用に依つて成仏す等云云。」といい、智者でなく、愚人によるという。『化儀抄』は『木絵二像開眼之事』の意図とは違う説を立てている。
ところがの『当家引導雑々記』には「引導師は智者に非らずんば叶ふべからず、其の故は死人は無心にして草木の如し、而も無心の者に心を入るゝ事は且らく導師の心地に有るべきなり」といい、石山では、この文にも拠っている。
もとより、真蹟遺文にみられる「引導」は、『化儀抄』『当家引導雑々記』にいうような引導とは意味が異なっています。
「十方の仏陀は一乗を眼目として衆生を引導し給ふ」(兄弟鈔)
「悉達太子は閻浮第一の孝子也。父の王の命を背てこそ、父母をば引導し給しか。」(下山御消息)
智者の供養というところが、迷人愚人の引導となったり、智者の引導となったりという経年の相違がみられます。供養を引導と言うようになるのはまだしも、智者でなければ叶わないはずが、それを迷人愚人としたり、はたまた智者による言を用いたり、この一貫性のなさが、いかにも石山で言われる相伝のあやふやさを露呈した証拠であると感じます。
804
:
一刀両断
:2008/04/04(金) 16:30:19
久しくこの掲示板より離れておりました。
犀角独歩さんや皆様のご活躍ぶりを拝見して、本当に尊敬の念に堪えません。
敢えて私が記すまでもなく多くの方々がご回答下さっていらっしゃいますので、書き込む必要もないかと思いましたが、
のぶしさんに名指しされましたので、少々所見をと思いました。
教学的な面はすでにみなさんがご回答下さっていらっしゃいますので、私自身がのぶしさんに申し上げられることは何もないのですが、
敢えて言わせて頂くならば、「組織による信仰は必ず矛盾が生じ、限界がくる」とうことです。
顕正会で活動されていた事がある方ならば当然のようにご理解できる事とは存じますが、実に改めて過去の自身の活動内容を振り返りますと、
全てが組織防衛の為の理論でしかなかったと痛感されることと思います。
真実を見極め、実践すべき宗教が、組織による信仰になった途端に自組織を自然と防衛する偏った理論展開をせざるを得なくなってしまうのです。
ゆえに「この組織こそ唯一正しき正統である」などという組織ほど、信仰理論を身勝手に都合良く解釈し、それを組織に徹底する羽目になり、結局矛盾に満ちた結論しか導き出せなくなってしまうように思います。
そしてこれをあたかも宗派の根本教義のように組織に徹底してしまう事で、組織内では都合のよい、組織外には全く馬鹿げた風に思える理論が成り立っていくように感じます。
私はこの考えが固まった上で、学会の方、法華講の方とも話しましたが、とどのつまり組織のトップの方に対する疑問を投げかけた所、「絶対にそんなことは有り得ない、TOPを信じられないならもういいです」と体よくお引き取り頂いたものです。w
私は現在、組織信仰の人達のさす、信仰を実践している事にはならないのでしょう。
組織の都合で教義が左右される信仰は、すでに信仰ではないと思っております。
本当の組織の指導者とは本当の信仰者であり、組織防衛などの概念があってはいけない、と考えています。
勝手な言葉ばかり並べて何も回答になっておりませんが、私自身が今、宗教、宗教団体に対する考えを披露させて頂きたいと思いました。
失礼いたしました。
805
:
犀角独歩
:2008/04/05(土) 14:16:46
一刀両断さん、お久しぶりです。
仰るところ、わたしも深く同感いたします。
806
:
顕正居士
:2008/04/05(土) 15:17:41
>>804
一刀両断さん。正確に言いますと団体を防衛しているのではなくその現執行部を防衛しているのですね。
団体が発展を続けるためにはある段階では現執行部の退陣が必要になります。団体の発展を犠牲にして
現執行部を防衛するのです。これは今の日本社会の一特色です。主要な会社は「株式持合」をしており
独立株主の発言を封じています。したがって儲からないことばかりしている現経営陣を退陣させること
ができません。
807
:
旦
:2008/05/08(木) 23:16:41
他のスレッドより独歩さんより質問を頂き
答えを求められましたので、以下簡潔に書きたいと思います。
(1)誓願当時のことは詳しく存じませんが
一億折伏は「日蓮大聖人に背く日本は必ず亡ぶ」の書、及び新聞広告で成されたのではないのでしょうか。
(2)おそらくコピーし奉られたからではないのでしょうか。
御影を寸分も狂わずに写していますから、信徒としては信を取らせて頂きます。
808
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/09(金) 02:37:04
横レス失礼。
(1)
本とか新聞広告が折伏というなら、創価学会は昭和20年代から天文学的数字の折伏を
やってきたという論理も成り立つ。
また、事実としては延べ一千数百万人を結縁させたということにもなる。
一対一で相対して行なうのが折伏であって、出版だの広告だのはたんなるコマーシャル
にしかすぎないでしょう。
また一人に対して複数で行なう説得も折伏ではなく強要行為にしかすぎない。
(2)
顕正会の信徒としては問題ないのかもしれませんね。
ただそれでは、伝統的大石寺信仰や日蓮正宗信仰とは相容れない「信」ですね。
かつて創価学会が本尊模刻を行ない問題となったとき、顕正会は批判したように
記憶しているのですが、事象としては全く同類の行為ですね。
それを正当化する論拠は、日蓮の信徒であるならば、「御書」から導かねば
ならないわけです。
ところが顕正会には「御書」がありませんね。
学会版は論外なのでしょうが、正宗の「平成新編」も、顕正会とは無関係な
教団の「御書」ですから、使用できるテキストがないですよね。
そうなると、真蹟の写真集を解読して使用するしかありませんが、顕正会では
どうしているのでしょうか。
また、真蹟以外の写本しかない「御書」も講義したり引用したりしていますが、
それらは基本的に顕正会からすれば「謗法」の教団が出所です。
それを使用することは「謗法与同」にはならないのでしょうか。
いづれにしても、顕正会も創価学会にしても、日蓮正宗の教義教学のつまみ食い
をしているだけではないですか。
もっとも、日蓮正宗にしたところで、他山他門のパクリで成り立っている宗教で
あることは、こちらの掲示板で縷々論証されたことです。
本尊コピーの正統性を主張されるのであれば、正宗教学をきれいさっぱりと捨て
顕正会独自の教学を立てられるべきでしょうね。
809
:
旦
:2008/05/09(金) 05:40:00
(1)なるほど、成り立ちますね。
(2)コピーの御本尊はコピーだからこそ慎重にしなければならないと考えます。
コピーだから偽というのは、どういう御書がより所なのでしょうか。
写本を引用してはならないとすると、羅什訳の法華経も真跡以外は全て謗法となりますが
御書を見る限り、宗祖はそういう事は仰せられていないように拝します。
810
:
犀角独歩
:2008/05/09(金) 06:08:37
(1) 新聞広告で1億人折伏ですか。昭和48年7月15日付『顕正新聞』では、1億人折伏の前段として、100万達成は1996年、1000万は2003年としています。'96年、'03年の、広告折伏を具体的に挙げてください。
(2) 「御影を寸分も狂わずに写していま」ということですが、どうやって写したのでしょうか。
811
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/09(金) 16:22:10
>>809
>コピーだから偽というのは、どういう御書がより所なのでしょうか。
私の立場は簡単です、真蹟は本物、真蹟を書いた本人の知らないところで作られた
ものは「似せもの」「まがいもの」である、と考えます。
コピーを「偽」とは思いませんよ。
ただ、素直にコピーであるというだけのしろものです。
したがって、御書云々以前のことと考えます。
>写本を引用してはならないとすると、羅什訳の法華経も真跡以外は全て謗法となりますが
大昔は今日いわれるような経典の成立年代とか成立過程はほとんど考慮されて
いませんでした。
他宗伝来の経典であっても、当時の仏教僧は経典じたいを仏語と信じていました。
他宗を毀謗するようなこともあまりなく、日蓮の他宗批判は釈・疏・言説・行為
に対してであり、浄土三部經それじたいを難ずることはされていません。
いっぽう「御書」についていえば、真蹟および直弟の写本以外の「御書」は、
たいていの場合、直弟死亡後に出現しています。
もちろん中には直弟が書状などで引用していたものもごく少数あり、それらは
真蹟に準ずるものとして考えることも可能です。
しかし、ほとんどの場合は、その当時の門流なり寺院なり僧侶なりが、各自の
置かれた状況によって何らかの必要に駆られて創作したものと考えられます。
写本については、ほとんどの場合、初出がわかります。
そしてそのほとんどは大石寺系以外つまり大石寺からは謗法とされるところから
「写本」として世に出てきているのです。
他山他門のものでも、自分に都合がよければ利用する、というのはご都合主義と
いわれても仕方のないことであると考えます。
A、真蹟
B、直弟の写本
C、直弟死亡後に出現した写本
「御書」と言えるのは厳密には、Aだけです。
Bは、複数の直弟が写本を殘していればとりあえず「御書」と考えても良いでしょう。
Cは、たとえ内容が信仰に資するものであっても「御書」ではありません。
あくまでも「門流文書」として読まれるべきなのです。
蛇足になりますが、よく「文証」という言葉が使われます。
これも厳密には、經・釈・疏に限られます。
日蓮は、法華最勝・法華最大一、を論証するために經・釈・疏を引用しました。
「御書」を「文証」としてあげる場合、使用できるものは「御妙判」だけです。
正宗系を含む日蓮系の他宗教・他教団・他門流を批判とか「破折」するときに
「御書」を出してもそれは「文証」とは言いません。
たんに「引用」にすぎないのです。
正宗系を含む日蓮系の他宗教・他教団・他門流が法華経に違背しているという
のであれば、そのときには經・釈・疏ならびに「御妙判」を「文証」として
批判すれば良いのです。
尚、日蓮在世当時の仏教において、末法無仏、は常識でした。
これは日蓮とても例外ではありません。
無仏世界だからこそ菩薩が出現する、これが日蓮の解釈であり立場でした。
当時の仏教において、釈尊滅後に出現し衆生を救済する仏は弥勒仏である、と
考えられていました。
この考えを否定する日蓮の「御書」は存在しません。
釈尊滅後から弥勒仏出現までの無仏期間、代わりに衆生を済度するのは菩薩なのです。
かりに「日蓮本仏論」を主張する場合は、これもまた、「文証」として使用できるのは
經・釈・疏だけに限られることは言うまでもないことです。。
812
:
犀角独歩
:2008/05/09(金) 21:56:10
旦さんは、遁走したようですね。
それにしても現役の顕正会員が、顕正会の本尊模造を認めたうえで、偽造品でも信を取るといった発言は、顕正会も、創価学会の本尊独自頒布と同じ第3ラウンドに入った観があります。
寸分違わなければよいのだそうですが、顕正会の模造本尊は授与書きの削除、縮小拡大率を変えたりしていますから、寸分違わない模造品ではないですね。
また、写真技術を使っているので、これを写本とは言いません。お気の毒です。
813
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/10(土) 22:35:08
>>写真技術を使っているので、これを写本とは言いません。
写(真技術)本、ということでっしゃろ(苦笑)。
814
:
旦
:2008/05/11(日) 00:15:18
>>812
顕正会は同じ尺度と思いますが
縮小拡大云々は創価学会の
日寛上人の御本尊の話ではないのでしょうか。
しかし、そもそも倍率や尺度が少し変った時点で、
全く御本尊に成り得ないという暴論が成り立つなら
法華経においても、真蹟かどうか
独歩氏のような重箱の隅を執拗につつくような論は
不可欠だったものと考えますが
日蓮大聖人は全くそういうことは言及なされていない。
天台大師も伝教大師もそのようなことは論じていない。
下種仏法は大網と拝するのが富士門流と考えます。
815
:
旦
:2008/05/11(日) 00:17:29
日蓮大聖人、伝教大師、天台大師から
全く外れた視点から仏教を再考するというのは
もはや外道ではないでしょうか。
本人は全く気づいてないとすればお気の毒です。
816
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/11(日) 01:39:02
>>814
・815
信仰者と研究者・探究者は立場も姿勢も異なります。
互いが互いの相違点をどのように理解するか、それによってその人の器が見え
るものです。
さて、問題は縮尺云々ということではないのでは?
どこの誰がなにを本尊にしようが、基本的にはその人の勝手ではあります。
しかし、仏教には儀軌というものがあり、特に本尊に関する儀軌は細かく定め
られています。
天台伝教と続く日本天台の流れにおいても同様です。
日蓮は日本天台の流れを汲む僧侶でしたから、とうぜん天台法華の儀軌を破る
ようなことはなかったはづであります。
顕正会の本尊の問題は、どのような儀軌をもとに当該本尊を作り祀ったのか、
という点が明らかではありません。
少なくとも「冨士大石寺」とか「日蓮正宗」などの流れを汲みかつその正統を
主張するのであれば、当該本尊の件について説明するべきでしょう。
もちろん、その説明の論拠は、日蓮を下限とし歴代の文書など用いるべきでは
ないことはいうまでもありません。
また、その際に用いられる日蓮の文書にいわゆる「相伝書」などを含むことも
論外であります。
どうしても用いなければ説明できない、となればそれだけで信用性に疑問符が
つけられることになります。
なぜならば、いわゆる「相伝書」は他門・他山にも存在するものであり、その
内容がそれぞれ同一ではないからです。
さらに、顕正会は「大石寺」「日蓮正宗」系というのですから、北山・西山・
保田・要法寺など他山伝来の「相伝書」を用いず、「大石寺の相伝書」だけを
用いるべきです。
さて、このような方法論で、
1、在家が本尊を作ることの正当性
2、その本尊は書写されたものでなくても良い理由
3、その本尊は写真技術を使ったものでもよい理由
4、そのようにして作った本尊を祀ってもよい理由
5、そうして祀った本尊を拝んでもよい理由
6、そうして祀った本尊を会員信徒に拝ませてもよい理由
少なくとも、以上についての説明がなされてしかるべきでしょう。
そしてなによりも、そうして作られた本尊がなぜ本尊であるといえるのかを、
上記の方法論で説明できなければならないでしょう。
法華経その他の経典の真偽についての日蓮当時の一般的な考え方については、
すでに述べていますので繰り返しません。
冨士門流といえど日蓮門下です。
門流教学の視点での論は門流内では通用するかもしれませんが、門流外では、
とても通用するものではありえません。
独歩さんは、学会版御書全集、正宗の昭和新定、正宗の学林版天台三大部、
富士宗学要集などを繰り返し精読しています。
その上で批判を展開しているのです。
>>日蓮大聖人、伝教大師、天台大師から
これは、逆次に読むという意味でしょうか。
たしかに逆次の読みというものはありますが、一連の議論の流れは順次でなけ
ればならないことは「論議講説」の絶対的方法論ではありませんか。
>>全く外れた視点から仏教を再考する
前述のように、独歩さんの視点は、学会版御書全集、正宗の昭和新定、正宗の
学林版天台三大部、富士宗学要集などを精読した上でのものであって、全く外
れた視点というわけではないと思います。
>>もはや外道
本来、外典外道とは内典内道に対する言い方ではありますが、そこに非難する
ような意味合いは含まれていません。
日蓮も日興も外典外道を知悉しており、外典外道を謗法視するような言動は、
全くありません。
また基本的に日蓮日興段階での外典外道とはおおまかに言えば「道教、神道、
陰陽道」などですが、大石寺じたいが外典外道を典拠として「四神相応の地」
に建立されたことは、堀日亨『富士日興上人詳伝』でも指摘されています。
もっといえば、外典外道なしに日本仏教も日蓮の教えも成り立たないのです。
顕正会流の日蓮正宗教学解釈は、本家である日蓮正宗教学よりもいびつなもの
になっているのではありませんか?
817
:
犀角独歩
:2008/05/11(日) 10:59:13
一晩、閲覧しないうちに畢ってしまいましたか。
まあ、今回の件では、顕正会の折伏は新聞広告による。本尊は模造している。という2点を現職顕正会員を名乗る人物が投稿したことには意味がありました。しかし、顕正会本部に、この人物、実名が割れたら、除名になるのではないでしょうかね。それくらい、顕正会にとっては、困る発言ではないですか。
まあ、もっとも、創価学会が、本尊頒布に踏み切ったのと同様、近々顕正会もはじめる前哨戦とみなすこともできます。創価学会も会館の本尊模刻、そして、会員頒布という順番でした。顕正会もよろしく先輩の見習っているということになります。
まあしかし、新聞広告が折伏というのは、なんともはや、でしたら、もう世間の迷惑になっている、嘘を言って連れ出し囲んで勧誘といった「折伏」(こんなものは折伏ではなく一種の詐欺でしょうが)は、やめて、毎日、新聞広告を出していればよいのでしょうね。
この2点については、顕正会の公式見解を聞きたいものです。
818
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/12(月) 01:47:16
件の顕正会員さんのサイトでの書き込み、あまりにも低劣ですが、参考のために
以下にふたつに分けてコピペします。
みなさんはどのような感想を抱かれるでしょうか。
私は、マザー・テレサを悪魔と言った日蓮正宗の僧侶と同類であり、彼らに仏法
とか日蓮を語る資格はないと考えます。
【太平洋戦争で誹謗正法の日本人を大量に虐殺したからアメリカは名実共に、世
界一の国となった】という暴論
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第二次世界大戦以降、アメリカは名実共に、世界一の国となった。なぜそうな
れたのか、というと、太平洋戦争で誹謗正法の日本人を大量に虐殺したから、
と言えるかもしれない。いきなりこう切り出すと、突拍子もない論のように見
えるかもしれないが、以下に詳しく書きたい。
大聖人は、法華経の敵を殺せば、大功徳を積むことが出来る、と確かに仰せ
られている。当時の日本は、廃仏毀釈という思想が浸透し、仏を排斥し、神道
を崇めるという明治政府の国教制度が行き届いた。しかし、仏と神の勝劣は、
仏が勝ち神は劣る、と大聖人は指南する。仏は主で神は所従と仰せられる。も
し、主君の仏を蔑ろにし、所従の神を崇めれば、かえって神は仏に従い、廃仏
した者は、仏は勿論、神からも見離されてしまうと説かれる。なぜ、仏が勝り
神が劣るのか、と言うと、聖徳太子の時代に仏法が日本に伝来した時、物部と
蘇我が、日本の神を崇めるか、外国の仏を崇めるか、という宗教戦争をおこし
、仏派の蘇我一派が勝利し、仏を崇めるということで一度決着がついているか
らといわれている。この通りなら、明治政府のしたことは、仏と神の秩序を乱
す大謗法の行為に当たるといえる。太平洋戦争には、天皇中心の一神教のよう
な宗教が浸透した。これは、大聖人が日本に留め置かれた、一大秘法の本門戒
壇の大御本尊を押し倒す邪義といえる。よって、仏法の法味をなめ、日本を守
護する諸天は去り、かえって法華経の大怨敵と化した日本を、激しく攻撃する
反ファシズムのアメリカに、仏法を守護する諸天善神は味方をした。大謗法と
化した日本人を空爆で大量に殺したことで、アメリカは大功徳を積むことがで
きたということになる。以上は己義ではなく経文にまかせた論である。
819
:
偶ロム偶ログ
:2008/05/12(月) 01:57:36
件の顕正会員のもうひとつの主張です。
【ダライ・ラマは悪魔】という考え方を肯定することはできません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダライラマという名の悪魔。
日一は顕正会なりや?日蓮正宗なりや?という質問をいただいた。率直に言
うと、日一は本門戒壇の大御本尊に御味方申し上げる宗の者ということになる
。もし、どちらか選ばなければならないとなると、大石寺になるのでは、と考
える。ちなみに、顕正会の会則には、広宣流布し国立戒壇が建立する暁には、
日蓮正宗に会の財産をすべて供養し解散するとある。両者の教義によると、ど
ちらも最終的には日蓮正宗が広まるということで一致していることになる。日
一の自宅にまします御本尊は、日寛上人御書写の小幅の御形木御本尊である。
チベット問題について、日蓮正宗、顕正会の公式見解は出ているのか、とい
う問をいただいた。顕正会では中国を絶対悪としている。日蓮正宗はよくわか
らないが、おそらく世間の風潮と同じように、チベットをかばうのでは…と考
える。しかし、日蓮大聖人の御書に依ると、阿羅漢に似た一闡提のダライラマ
こそ悪人ということになるのでは…と日一は思う。立正安国論の通りなら、チ
ベット密教が根付いている限り、チベット独立の日は遠のき、他国から兵乱を
招くということになる。ダライラマの他力本願な主張をかばうと、念仏無間、
真言亡国、禅天魔、律国賊と喝破あそばされた、上行所伝の南無妙法蓮華経で
はなくなってしまう。チベットを腐らせているのはチベット密教なのである。
このことを知らせないといけない。
イスラム社会では一般市民がアメリカ軍に殺され、キリスト社会ではイスラ
ムによるテロが絶えない。一閻浮堤広宣流布の暁には、チベット密教もイスラ
ム教もキリスト教もすべて根絶されて、一同に本門戒壇の南無妙法蓮華経とい
うことになる。そのためには、まずは出来るところから、すなわち日本の広宣
流布のはずである。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。
820
:
富士川一郎
:2008/05/12(月) 09:31:46
>>顕正会の会則には、広宣流布し国立戒壇が建立する暁には、日蓮正宗に会の財産をすべて供養し解散するとある。
実はこれは大きな誤解です。
宗教法人顕正会の解散条項は
「第三条の目的が達せられたときには」
とあります。
では第三条は何か?長いですが、そのまま転載します。
「この法人は、日蓮大聖人を末法下種の本仏と崇敬し、大聖人出世の本懐たる弘安二年の「本門戒壇の大御本尊」を帰命依止の本尊とし、血脈付法の二祖日興上人を末法下種の僧宝と仰ぎ、日蓮大聖人の御遺命たる広宣流布・国立戒壇建立を成就して真の日本国安泰および世界平和を顕現することを目的とする。」
つまり
「広宣流布し国立戒壇が建立」だけでは解散条項としては不十分でありまして
「真の日本国安泰および世界平和を顕現」
までが必要なのです。
しかし、そもそも「真の日本国安泰および世界平和を顕現」が抽象的ですので、「顕正会が真の日本国安泰および世界平和が顕現したと認めた時」解散となると考えることが出来ます。
もっともこの法人には前身があります。現在の顕正会員には知らない方が多いですが、宗教法人顕正寺です。
その法人を名称、主たる事務所、目的、役員を全面的に変更したのが、該法人です。
なお、旧法人規則にはこうあります。
第三条 この法人は、日蓮大聖人が弘安二年十月十二日に御建立あそばされた本門戒壇の大御本尊を信仰の主体者とし、二祖日興上人以来日蓮正宗大石寺の歴代法主上人に伝わる血脈付属を護持し、国立戒壇建立の大理想を放棄せざる以前の日蓮正宗の教義にもとづいて折伏弘通および儀式行事を行い、日蓮正宗に日蓮大聖人の御遺命たる国立戒壇の正義を蘇らせることを目
的とし、そのために必要な業務および事業を行うものとする。
第三十二条 この法人の目的が達せられたときは、この法人の境内地および境内建物を日蓮正宗大石寺法主上人に供養し、法人の存続等については、法主上人の指示に従うものとする。
つまり解散とはうたっておりませんが、「御遺命守護完結の時に境内地および境内建物を日蓮正宗に供養する」となっておりますので、事実上解散条項だったのです。
参照
顕正会本部(当時、東京都板橋区常盤台)にて御遺命守護完結奉告法要行われる「平成10年4月」
821
:
犀角独歩
:2008/05/12(月) 18:59:37
富士川さん
>「広宣流布し国立戒壇が建立」だけでは解散条項としては不十分でありまして
>「真の日本国安泰および世界平和を顕現」
会員たちは、国立戒壇が建てば、日本は安泰、世界は平和、1日3時間働くだけでよいとか何とか信じ込まされているんじゃないですか。つまり、国立戒壇建立=日本安泰・世界平和という単純明快なトコロテン的に考えているということでしょう。
しかしまあ、平成10年には御遺命達成したことになっているわけですか?
822
:
犀角独歩
:2008/05/12(月) 19:01:58
まあ、どうでもいいことですが、日蓮を敬わないと他国から攻められて国が滅びるそうですが、中国も、アメリカも他国から攻められることもなく、国が栄えているのはどうしてなんでしょうかね(笑)
823
:
富士川一郎
:2008/07/24(木) 12:07:00
顕正会が入信の時に職員等が読む「入信勤行の栞(昭和版)」と「同(平成版)」を見比べておりました。
面白い違いがあります。
平成版の初頭には「入信勤行に当たり、会長浅井先生の指導を、一言、ここに代理として伝えさせて頂きます。」が加わり、浅井先生が強調されているが昭和版には無い。
また昭和版には
『いま入信勤行に当たって眼前に拝する御本尊は、「本門戒壇の御本尊」を大石寺法主上人が書写あそばされたものであれば、』
と言う文字があり、
曲がりなりにも“法主上人”の語があるが平成版には無い。
つまり平成版では目の前の本尊がいかなるものかの説明すら無いので、本気で「戒壇の御本尊」を「富士大石寺に相伝され、現在は顕正会本部にある」と言い切った会員すらいる。
本尊の曖昧化と言う意味では創価学会に似ているように感じた。
824
:
犀角独歩
:2008/07/25(金) 22:54:30
富士川さん、
昭和と平成の比較、これはなかなか面白いですね。
しかし、こうしてみると、顕正会の改変は、ほんとうに創価学会と同じですね。
825
:
伏せ名
:2008/07/27(日) 21:57:59
会長独自の論述展開がなされる「六巻抄講義録」をお聞きになった方はいられますでしょうか?
かつて顕正会公式頒布品だったので、反論を目論んで「これはテープに細工がなされている」などと言う会員がいたら笑いものになってしまいますが、
この講義の内容がかなり面白みがあります。
六巻抄講義、とは言うものの前置きにて、敢えて会長が一部端折ることを断言している編もあるのですが。
過去と現在の会の方向性の違いが浮き彫りになってきます。
何と言っても生々しく会長自ら生き生きと語っているところが味噌です。
826
:
富士川一郎
:2008/07/28(月) 10:48:16
私は成増の区民センター(場所は記憶不鮮明)で聞いたことがあります。
また、一番最後まで横浜会館でテープ販売されてましたが、買わずに脱会しました。
今はどうなのかな?
確か、最終的講義では、当家三衣抄をやらずに終了したように思います。
827
:
犀角独歩
:2008/07/28(月) 14:01:37
> 当家三衣抄をやらずに終了
さもや、ありなんといったところですね。
たしかに『六巻抄』は、よく書けていますね。
要は一大秘法から三大秘法、六秘という開合が太い幹にあって、そこになっている果(み)は下種三宝を念じて唱える題目(因)によって即身成仏できる。その一大秘法をもっているのが、大石寺の歴代の住職だという結論(当家三衣抄)なわけです。
だから、この物語を、本気で説明すると、結局のところ、僧の、それも、大石寺「御法主上人猊下」は素晴らしいという当住論になるわけですから、坊さんの称賛であるわけです。
しかし、創価学会にしても、顕正会にしても、この本当の結論を言うと「先生」より偉いものを説明してしまうことになりますね。戸田さんあたりは自分に絶対の自信があったから、いくら石山当住を褒め称えても、それがかえって自分の威厳を高め、登山会にみんな駆け出し、ひいては自分のポケットにお金が入るという“経済機構”と民衆扇動が繋がっていたわけです。まあ、天才的といえるでしょう。
浅井さんの『六巻抄』講義は、この結論を省いての放言でしょう。要は画竜点睛を欠くといった趣。もっとも晴(ひとみ)を点じたところで、それが後世の捏造物では話にならないわけです。
不思議に思うのは、浅井さんの話というのは聞いても「何を言ってんだか」と一笑に付すようなものばかりなのに、何故、会員や、中には脱会者まで、「浅井先生の話はうまい」なんていうのでしょうか。たとえば、天動説で科学を如何にうまく喋ったところで嘘は嘘。「講釈師見てきたような嘘をつき」「講釈師扇で嘘を叩き出し」 の類から一歩も出ないわけです。
こんなことを書くと、また、「魑魅魍魎」「創価学会崩れ」と、やられますかね(笑)
828
:
富士川一郎
:2008/07/28(月) 14:48:35
魑魅魍魎さんへ(笑)と言うのは嘘で独歩さんへ。
別スレッドからの続きです。
>>顕正会の5分唱題というのは面白いですね。
これについて、お前(富士川)の私見だと言われるのを避けるために文献をあげておきましょう。
顕正会には石山とは別の勤行要典があるのですが、観念文が違うのは有名ですが、もうひとつ違う点がありました。
唱題の部分に(百偏、五分位)の記載があるのです。
つまりまさに唱題は五分だと決まっているのですね。
さらには浅井さんの指導の中にメトロノームで1分に20〜23回位が適当だと指導しましたが、これも余り根拠が希薄ですね。
ちなみに昔の(今もかも知れませんが)顕正会本部にはリズムボックスがあり、そのメトロノームが常にカチカチと鳴ってましたね。
829
:
犀角独歩
:2008/07/28(月) 15:08:51
富士川さん
この手の物証、ぜひ蓄積しておいてください。いい資料になりますね。
しかし、メトロノームですか。面白いですね。
そういえば、わたしが小学校の頃、創価学会の組織でカウンター(数取り器)が販売されたことがありました。本部からのものであったのか、大田区だけであったのか、はたまた、地域の個人販売であったのかわかりませんが、唱題の時にこれを使っていた時期があります。
どちらもしかし、信仰の具としては似つかわしくないですよね。
830
:
富士川一郎
:2008/07/29(火) 13:49:19
亀レスで恐縮ですが独歩さんという一人の人物に対して「魑魅魍魎」は可笑しいと気付きました。
と申しますのは、
魑魅魍魎のうち、「魑魅」は山の怪、「魍魎」は川の怪であります。
独歩さんんは体は一つなのに山の妖怪と川の妖怪の両方になってしまうのです。
ちょっと思いましたので、書いてみました(笑)。
831
:
犀角独歩
:2008/07/29(火) 16:05:35
富士川さん
一体で二体分の妖怪だといいたいのでしょう(笑)
832
:
富士川一郎
:2008/10/01(水) 13:35:38
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080930/crm0809302249046-n1.htm
顕正会員またまた逮捕。
833
:
宗教はアヘン
:2009/01/12(月) 01:06:31
金がないのでマクドナルドで安いハンバーガーを食べていたら、顕正会という教団に勧誘されたことがあるが、
とにかく教祖の浅井という男を絶賛する話ばかりしていた。まさに北朝鮮の首領様だ。
どうして日本人は一人の人間を奉るのが好きなのか?戦時中は天皇陛下を神様扱いにしたしたし、
戦後は各宗教団体が教祖を昔の天皇のように敬う対象にしている。教祖に金を収奪され
搾取される奴隷になるだけである。私は質問した。浅井教祖はどうして唯一正しいなんて言えるの?
人間だろ?完璧な人間なんて世の中には存在しないよ。それと要するに会費取るんだろ。
無料なら入ってやるよ。くだらない勧誘活動してないで派遣村へ行って
もっと本当に他人の役に立つことをしなさいと。こういうとすごすごと逃亡したよ。
くだらないねえ。日蓮大聖人や親鸞聖人や弘法大師や、それぞれは苦労して
修行もされたのだろうし、立派なことも言われたのだろうけれど、
結局、弟子が馬鹿ばかりだったのか、何も伝わっていないんだよね。
今ではどこの神社も仏閣も堕落でしょう。定額給付金の財源は宗教団体に課税
するのが一番です。楽してもうけてばかりじゃ労働者はばからしいですから。
834
:
一刀両断
:2010/02/25(木) 08:59:13
先日、かつて活動を共にした者が、顕正会から法華講へ移ったということで連絡を頂きました。
会う機会をまだ得ていませんが、簡単に信仰をスライドさせながらも正宗信仰に人生を見出す姿に驚かされました。
それに平行するように今度はやはり共に活動していた者に街でばったり会ってしまいました。
その際、こちらの主張は一切出さず今の会の現状を淡々と聞かせて頂きましたが、あまりにも無残な会の活動内容を聞いて落胆してしまいました。
そして最後に小冊子を分けて頂き少し読ませて頂いたが、一部愕然とする内容が掲載されていて、悲しくなりました。
平成33年までに300万を達成することを誓願する、とまたも会長の妄言の記載。
過去の不適切かつ会員を路頭に迷わす結果となった数々の無責任な発言には一つの言及もせずに、また勝手な願望をでっち上げて会員を翻弄しようと企てていたのです。
これには心底悲しくなり、また憤りすら湧いてきました。
私自信は、この破綻した宗教から縁遠くなり、普通に生活を送っていましたが、かつて縁あって知り合った大勢の者、私が手引きして入会させてしまった多数の者達が、私の知らぬ所で今尚葛藤を繰り返しながらも、人生を翻弄されている事実を見たとき、
過去の私の清算が何も終わっていない事を痛感いたしました。
昨年末、大掃除をした際に出てきた顕正会の膨大な資料、貪るように聞き入っていた会長の六巻抄講義録など、
今会員が会長の声のままのこの指導を聞いたら、目の玉が飛び出るような内容が多く詰まっておりました。
よって改めてHPの活動再開と、こちらで活発に論議されている大変貴重なコメントを改めて見直させて頂き、勉強させて頂きたいと存じます。
なにとぞ宜しくお願いいたします。
835
:
櫻川 忠
:2010/02/25(木) 13:20:39
一刀両断さん、はじめまして。
「過去の不適切かつ会員を路頭に迷わす結果となった数々の無責任な発言には一つの言及もせずに、また勝手な願望をでっち上げて会員を翻弄」、もう浅井昭衛会長が変わる見込みはありませんね。
HPの活動再開、期待しています。過去の膨大な資料を駆使して、顕正会の実態を分析・解明し一刀両断してください。
836
:
一歩二歩散歩
:2010/02/25(木) 21:36:32
悪党がのさばり、若い者、弱者が先に逝くこの現実。そんなこの世の不条理に、今、蟹工船のブームが物語るように、
かりそめの世なのかとの諦観的発想が湧いてきます。
真実を知りたいと思いながら、彷徨える我々。
創価や顕正やその他のカルト教団の出現は、永遠に人々が安泰な世を求める証。
そのマインドコントロールにより、権力を握った悪魔の罠に引っかかる。
そして、今も人々は、救世主を待っている。
837
:
年中夢中
:2010/02/25(木) 22:30:30
一歩二歩散歩さん
はじめまして
>今も人々は、救世主を待っている。
そうなんでしょうね。空しいです。複雑怪奇なこの世の仕組み。そして、この不況は弱い僕達を打ちのめします。
僕はだけど、救世主を待つのは止めにしました。世を救えなくても良いから、せめて自分だけでも自分が救いたいと思います。もし、自分が踏み潰されずに生き延びることが出来たら、どうやって生き延びたる事が出来たのかを伝えたい、そして、余力がもし少しでも有れば、手助けを出来る様になれないものか、と願っています。ホンのささやかな願いです。
838
:
一刀両断
:2010/03/30(火) 17:20:51
前HPはアクセスできなくなってしまい、新たにHPを移行しました。
疑問や問題点などを徐々にまとめていきたいと考えています。
大した内容ではないのですが、少しでも何かの役に立てば幸いだと考えています。
http://www.geocities.jp/sinen_kaiyo/index.html
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