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顕正会の実態を検証する
797
:
犀角独歩
:2008/03/20(木) 12:13:17
のぶしさん
> 日蓮大聖人は「死後の成仏」を説いていないのでしょうか?
この点は、日蓮門下の葬儀に関わる重大事でしょう。わたしが、それを信仰しているかどうかは今はおきますが、生身得忍・即身成仏を説いているでしょう。曽存ながら『木絵二像開眼之事』に、
「人死すれば魂去、其身に鬼神入替て亡子孫。餓鬼といふは我をくらふといふ是也。智者あって法華経を讃歎して骨の魂となせば、死人の身は人身、心は法身。生身得忍といへる法門是也。華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す。涅槃経に身雖人身心同仏心いへる是也。生身得忍の現証は純陀也。法華を悟れる智者死骨を供養せば生身即法身。是を即身といふ。さりぬる魂を取返て死骨に入れて彼魂を変て仏意と成す。成仏是也。即身の二字は色法、成仏の二字は心法。死人の色心を変て無始の妙境妙智と成す。是則即身成仏也。故法華経云 所謂諸法如是相[死人ノ身]如是性[同ク心]如是体[同ク色心等]云云。又云、深達罪福相閣照於十方微妙浄法身具相三十二等云云。上二句は生身得忍。下の二句は即身成仏。即身成仏の手本は龍女是。生身得忍の手本は純陀是也」
とあります。つまり、臨終の相で成仏が決まるのではなく、法華を悟れる智者死骨を供養すれば、生身得忍・即身成仏するといいます。
この文面の紙背に徹すれば、どのように遺骨を供養するかという秘法を、弟子に相伝していたと思われます。わたしは、その弟子につらない在俗ですから、その内容は存じません。以上の如き、秘儀があれば、在俗の執行する葬儀では即身成仏はないことになります。
> 「苦の克服」と顕正居士さんの仰る「成仏」というものを得ることは同義でしょうか?
顕正居士さんが仰るとおり、仏陀とは、知る人、もしくは目覚めた人ということとして、わたしも述べました。これは日蓮義とはもちろん、別意です。この原意の成仏(知る人・目覚めた人)が得た智によって克服されるのが苦であるという脈絡と考えます。
> 接してきた方の中で、苦を克服した方はいますか?
元より、苦の克服とは各個人における気分でしょうから、他者であるわたしが、「誰々が」と申し上げる筋合いのものではないと考えます。
ただ、生前、死期を悟った母が、わたしの手を握り、「お世話になりました。これから、お前は一人になってしまう。けれど、ずっと私がお前を守っているから」といい、「南無妙法蓮華経」と伏したまま、唱えた相は、八十有余の制の苦しみを終え、死後の不安も残さない穏やかな姿でした。
数知れず、多くの人々の死に接してきましたが、宗派の相違など関係なく、死を悟り、死に臨む人々の表情は穏やかであり、生身得忍を待つまでも、こうごうしいものでした。
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