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顕正会の実態を検証する

647ラキ:2005/12/03(土) 17:17:17
独歩さん
ありがとうございます。
私なりの驚きと発見がありました。「富士一跡門徒存知事」を読んでいて、連師は戒壇の建立場所は確かに言っておりません。
なら富士山と言われているのは、日興上人が「凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり」と、”通例”であるからと言ってるだけで、連祖の意見ではないとなりますね。
これが私のたどり着いた現時点の思いです。

「富士一跡門徒存知事」
一、本門寺を建つ可き在所の事。
 五人一同に云く、彼の天台・伝教は存生に之を用いらるるの間・直に寺塔を立てたもう、所謂大唐の天台山・本朝の比叡山是なり而るに彼の本門寺に於ては先師・何の国・何の所とも之を定め置かれずと。
 ここに日興云く、凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり、然れば駿河国・富士山は是れ日本第一の名山なり、最も此の砌に於て本門寺を建立すべき由・奏聞し畢んぬ、仍つて広宣流布の時至り国主此の法門を用いらるるの時は必ず富士山に立てらるべきなり。

私の考えですが、連祖が国立戒壇に近い意味合いを言ったか探しましたが見つかりませんでした。
(検索漏れがあるかもしれませんが、)
検索対象は「日本国の戒壇・国の戒壇」で探しました。
もし、国立戒壇を連祖が思っていたなら、「日本国・国」の戒壇と言う言葉がどこかにあるはずだと思ったからです。
646にありますように永続されない国立戒壇は完全無欠の連祖が立てろとは言わないでしょう。
一度国立戒壇で建てば、後の国主がどの信仰を仕様が問題ないて、事はありえませんしね。
ま、私は戒壇建設はありだと思います。
ただ、連祖が言ってもいない国立戒壇や建てる場所云々は、貫首が決める特権事項であり、在家がなんだかんだ言うの者ではないのだと思いました。


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