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顕正会の実態を検証する
649
:
犀角独歩
:2005/12/03(土) 19:05:56
ラキさん
ご自身で一つの結論に達することは実に尊いことです。
戒壇住処を蓮師が定めていないという議論は、かなり以前にわたし自身も達した結論でした。ここでも記したと思います。
> …日本国の戒壇・国の戒壇」で探しました
この検索項目は、あまりよろしくないでしょう。
問題にすべき戒壇は本門戒壇です。ですから、検索するとすれば、もしくは「本門の戒壇」となります。しかし、この検索では、三つの法門(三大秘法ではありません)の一つとして、ヒットする限りでしょう。
では、蓮師に本門戒壇構想はなかったと考えることは出来ます。
わたしはこの点で、本門戒壇に対する語義はなにかということで、迹門戒壇を探りました。これは『下山抄』でヒットします。
「教大師像法の末に出現して法華経の迹門の戒定慧の三が内、其の中の円頓の戒壇を叡山に建立し給ひし」
という一節です。ここで、蓮師は迹門の戒定慧の‘戒’から迹門戒壇を仰っていると読めなくもありません。となれば、本門・戒定慧の三が内から、戒壇を考えられるという解釈は成り立ちそうです。しかし、これはやや即断であるとわたしには思えます。その理由は『四信五品抄』にあります。
「末法に入って初心の行者必ず円の三学を具するや不(いな)や。答へて曰く、此の義大事たり。故に経文を勘へ出だして貴辺に送付す。所謂五品の初・二・三品には、仏正しく戒定(かいじょう)の二法を制止して一向に慧の一分に限る。慧又堪へざれば信を以て
慧に代ふ。信の一字を詮と為す」
とあり、末法は以信代慧も簡んで信の一字を詮とするというからです。ここに三学、戒の介在の余地はありません。しかし、この点は、追ってもう少し解明しようと考えております。
> 国立戒壇や建てる場所云々は、貫首が決める特権事項であり、在家がなんだかんだ言うの者ではない
いや、これは色々な意味で違います。まず、蓮師は本弟子六人を定めたのであり、蓮師の思念に貫首なる者は存在しません。次に仮に国立戒壇を建てるとすれば、その場所は、国王が決めることになるでしょう。ただし、「勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例」ですから、国王も富士の地を選んで、建てられるべきだと言うことでしょう。
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