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顕正会の実態を検証する
804
:
一刀両断
:2008/04/04(金) 16:30:19
久しくこの掲示板より離れておりました。
犀角独歩さんや皆様のご活躍ぶりを拝見して、本当に尊敬の念に堪えません。
敢えて私が記すまでもなく多くの方々がご回答下さっていらっしゃいますので、書き込む必要もないかと思いましたが、
のぶしさんに名指しされましたので、少々所見をと思いました。
教学的な面はすでにみなさんがご回答下さっていらっしゃいますので、私自身がのぶしさんに申し上げられることは何もないのですが、
敢えて言わせて頂くならば、「組織による信仰は必ず矛盾が生じ、限界がくる」とうことです。
顕正会で活動されていた事がある方ならば当然のようにご理解できる事とは存じますが、実に改めて過去の自身の活動内容を振り返りますと、
全てが組織防衛の為の理論でしかなかったと痛感されることと思います。
真実を見極め、実践すべき宗教が、組織による信仰になった途端に自組織を自然と防衛する偏った理論展開をせざるを得なくなってしまうのです。
ゆえに「この組織こそ唯一正しき正統である」などという組織ほど、信仰理論を身勝手に都合良く解釈し、それを組織に徹底する羽目になり、結局矛盾に満ちた結論しか導き出せなくなってしまうように思います。
そしてこれをあたかも宗派の根本教義のように組織に徹底してしまう事で、組織内では都合のよい、組織外には全く馬鹿げた風に思える理論が成り立っていくように感じます。
私はこの考えが固まった上で、学会の方、法華講の方とも話しましたが、とどのつまり組織のトップの方に対する疑問を投げかけた所、「絶対にそんなことは有り得ない、TOPを信じられないならもういいです」と体よくお引き取り頂いたものです。w
私は現在、組織信仰の人達のさす、信仰を実践している事にはならないのでしょう。
組織の都合で教義が左右される信仰は、すでに信仰ではないと思っております。
本当の組織の指導者とは本当の信仰者であり、組織防衛などの概念があってはいけない、と考えています。
勝手な言葉ばかり並べて何も回答になっておりませんが、私自身が今、宗教、宗教団体に対する考えを披露させて頂きたいと思いました。
失礼いたしました。
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