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創価学会の功罪を考える
356
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 22:23
アネモネさん
出来る限りお答えいたしますが、無理な箇所もあるかもしれません。
その際はご容赦ください。
>>失礼ながらこの掲示板では、池田先生すなわち悪、との決め付けが先行しているように見受けられます
>そんなことはありませんでしょう。それこそ、そのように思いこんでしまう沖浦さんこそ、決め付けや偏見というものです。ご自分ではお気づきになりませんか?
『学会草創期から見た「後世の人間」として判定させて頂きます。学会流広宣流布は第一次・第二次宗門問題をもって挫折したと考えます。』
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
『しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。』
『私は創価に反省を迫っています。殺されるまで聖戦です。』
『れいなさんにつづきアネモネさん.沖浦克治さんはハンドルネームからオンナと見るとすぐにちょっかいをだしますなあ.』
『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
『戸田さんは諸悪の根本、当然のことでしょう。』
『創価学会をやめたわたしは『人間革命』廃紙回収に出して、二度と「人間革命」を口にすることはありませんでした。創価教学、生命論も同様です。飾ってあった池田さんの写真、もらった数珠・ペンダント、色紙の類も、全部、ゴミに出しました。創価学会の指導集もゴミとして捨てました。牧口・戸田・池田の三人を二度と「先生」と呼ぶことはありません。関係を無くすとはこのようなことを言うのです。』
アネモネさん、これ等のご意見は最近のそれぞれの方々のレスです。
何故私の意見が決めつけや偏見ですか?
創価イコール悪、と決めつけている意見ばかりです。
お断りしておきますが、意見そのものに文句を言っているわけではありませんよ。
独断と偏見はどちらですか?
よくお考え下さい。
357
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 22:35
>ここの掲示板ではそのような誹謗中傷はなく、非常に科学的で冷静な検証と、そして公正な判断での事実の積み重ねがなされてきていると感じます。
先ほどのレスが誹謗中傷ではないとお考えならば、それで結構です。
私には故の無い攻撃に思えます。
>しかしまあ話しを戻しますと、学会は学会で聖教新聞などの媒体の見出しなどからして、宗門や日顕さんのことを宗門と同じように口汚く言い、場合によっては、個々の家庭では呪いのような唱題もしていると聞いています。それが本当ならば、どっちもどっちの境涯(境界)といえるでしょう。お互いに近親憎悪の修羅界ではないでしょうか。どこに違いがあるというのでしょう。
私は聖教新聞の啓蒙は一切致しません。
また、ご本尊様に他人の不幸を願う事は、創価学会の中では厳しく禁じられております。
>自分の組織を冷静に客観視することなど出来るものではありません。
私は冷静に創価学会を見ております。
池田先生本仏論や、創価学会には欠点が無いとか考えた事は一度もありません。
また、日顕宗との呼称を使用する事もございません。
日顕法主は、間違いなく日蓮正宗の法主だとも思っております。
ただ、冷静に日蓮正宗は邪宗である、との認識を致しております。
>ひいき目になっているということは、ご自分では全く気がつかれませんか?
常に冷静に見るように心がけております。
>これは、学会に対する悪意でもって書いていることではありません。決め付けているわけでもないです。違うということであれば、反論なさってください。
他の方々と違って、決め付けをなさらないと思えましたので、あなたと対話がしてみたかったのです。
358
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:01
>なぜキリスト教や回教を創価学会が化導しなければならない必要があるのでしょうか。
また、沖浦さんはどの程度、キリスト教や回教をご存知なのですか?
世界で、現在大きな勢力を保っている宗教がこの二つだからです。
世界広布の為には、この二つの宗教を避けては通れないでしょう。
キリスト教は私の創価以前の宗教でした。
回教はキリスト教と同じ神を戴いております。
以前パキスタン人の回教徒を折伏し、入会させました。
彼はチッタゴンに帰国いたしましたが、その後の動乱のせいか連絡は途絶えたままです。
今後のために少しずつ回教について学び始めてめております。
>仏法の為に布教活動をしているとよく聞いたものですが、妙法や正法というものは、人間の為に存在しているということですか?
蓮祖の御書全体を通して、この人間中心の精神に貫かれております。
法のための布教などは、蓮祖敵対の考えです。
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし、日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏法華経も地獄にこそをはしまさずらめ、暗に月の入るがごとく湯に水を入るるがごとく冰に火をたくがごとく日輪にやみをなぐるが如くこそ候はんずれ』(崇峻天皇御書)
人間連帯の精神に満ち溢れるお言葉です。
『然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり、其の故は如来と云うは天台の釈に「如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり」と判じ給へり』(諸法実相抄)
蓮祖は仏に三徳を具備させているものは人間(衆生)である。と仰せです。
>正直いって、私は、日蓮正宗と創価学会は似たようなものだと思っていました。法華講はミニ版の創価学会だったのではないかとさえ思ったものですが、
宗門はすでに役割を終えました。
宗門の役割は、社会環境が整い広宣流布の戦いが開始されるまでの間、蓮祖の法を伝える事でした。
これには権威主義が適当であったのでしょう。
実際に民衆の中に蓮祖の法を広げるためには、権威主義は邪魔なだけです。
民衆は馬鹿ではありません。
威張る人からは必ず離れていきます。
権威主義で広宣流布は不可能です。
創価学会に権威主義はありません。
だからここまで広まったのです。
人間中心主義が創価学会の基本です。
359
:
Jルーカス
:2003/10/24(金) 23:18
>『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
> 先ほどのレスが誹謗中傷ではないとお考えならば、それで結構です。
> 私には故の無い攻撃に思えます。
沖浦様
故はあります。
所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
小笠原師「私に法門を聞きたいとは如何なることか。」
学会員「己れは学会青年部長某である。神本佛迹、それでよいのですか。」
小笠原師「神本佛迹が善いと言う人もあり、又悪いという者もある。」
学会員「そのようなことは聞く必要はない。簡単に悪いか良いか言えば良い。」
小笠原師「君たちは私に法門を聞くのじゃ無くて、議論するのか。議論なれば議論でお相手申す。」
学会員「神本佛迹なぞ大聖人は何処に言っておるのか。」
小笠原師「御義口伝にある。君は御義口伝を見たことがあるのか。」
学会員「見て知っておる。」
小笠原師「知っているならそれで分かるハズじゃ。」
学会員「御義口伝にそのような文はない。」
小笠原師「神力品の講義にある。」
学会員「神力品にそのような文は無い」
小笠原師「それは君が空目暗なだけじゃ。」
とその時、小笠原師の面前に居丈高に座っていた会長戸田城聖氏が
「生意気言うな小笠原」と睨み、右手で小笠原師の左耳の上を強く打ちました。
するとそこにいた会員数人で依ってたかって、殴る蹴るの暴行をしました。
小笠原師が後ろに倒れると、戸田城聖氏は
「命は惜しうないか」と小笠原師に言ったので、彼は開き直って
「不惜身命」と叫ぶと
会員の一青年は
「戸田先生の前に足を出すとは不届きな奴じゃ」と小笠原師の襟首を掴んで引き起し
「衣服を脱がしてしまえ」と小笠原師の衣服(被布・襦袢・給・襟巻)を毟り取りシャツ1枚の裸にしました。その時小笠原師の懐中から財布が落ちたので、小笠原師がそれを拾おうとすると、戸田氏は「それは私が預かる」と奪い取りました。
小笠原師は声を大きく「汝等は追い剥ぎか、強盗か」と叫ぶと、
再び戸田氏は小笠原師の右横頭を殴打しました。
以上「創価学会戸田城聖以下団員 暴行事件の顛末」より要約。
360
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:20
>では、不信の人は、何と呼びますか?
法主不信の意味ならば、その人は正しいですね。
蓮祖不信であれば、法主が教導せねばなりません。
しかし今の宗門には無理な話です。
そもそも信徒の幸福などは二の次です。
>>能化は手段、所化は目的。
言葉が足りませんでした。
所化を能化にする事が、能化の目的です。
所化がいなければ、能化は不必要です。
生徒がいない先生など要らないのと同じです。
信徒がいない法主などに、値打ちはありません。
人間のいないところに仏が出現しても、意味がありません。
>私はそのような役割を定められてしまうような組織信仰の歯車に組み込まれるのは、とても馴染めそうもないですね。
馴染むか馴染まないかの問題ではないと思います。
世の中はそう言う仕組みになっております。
宗教のみが別の形式を取る事は不可能です。
>なんだか、目的別に役割が固定されているようで、とても息苦しそうですね。
この仏法を広めるということは、社会全体がそのような創価学会の組織に組み込まれて、画一化されてしまうというようなことを目標としているというものなのでしょうか
何故そう言う風にお取りになるのかが理解致しかねます。
法主のための信者よりズット民主的だとおもいます。
本尊の為の人間がお好きでしたら、宗門にいかれるべきです。
私どもは、人間のためにご本尊様があると考えております。
>そもそも創価学会では、人類の幸福とは何であるとしているのですか?
大変難しい問題ですが、生死の問題を解決する事だと思います。
死の瞬間に、自分の人生はよかったと、思えることでしょう。
少し見方をかえれば、年老いて自分の人生を振り返った時に無駄が無かった、と思えれば成功した人生だと思います。
361
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:33
>沖浦さんのレスにも、勝敗を常に意識されている文面が多く、ややもすれば闘争的な面が見受けられるようにも思われます。確かに、自由社会とは競争原理に基づいたものかもしれませんが、しかし、だからこそ宗教の教えは、競争原理を超えた精神の解放を望むところに、その意義があるものなのではないでしょうか。
ならば、念仏宗のほうがあなたにはあっているでしょう。
現実の社会の中で勝利せよ、とは蓮祖の仰せです。
『御文あらあらうけ給わりて長き夜のあけとをき道をかへりたるがごとし、夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり、』(四条金吾殿御返事)
>しかし沖浦さんの投稿内容は、具体性に欠けていることもあって、いまひとつ創価学会の功績ということにおいて、何を主張されたいのか、はっきりしませんです。
具体的に言っております。
法主中心や本尊中心主義は間違いであり、人間中心主義の創価学会が正しいと言っております。
>とーんでもない。たとえ袂を分かったとしても、決して無関係の団体とはいえないでしょう。教団の成り立ちや歴史を全く無視したご発言ですね。このように言いなさいと学会で指導されているのですか?
私は昭和54年から宗門は邪宗だと認識しておりました。
指導など関係ありません。
宗門は創価学会を破門致しました。
破門とは以後無関係との意味です。
文句は宗門にお願い致します。
破門後10年待ってから、創価学会は会則から日蓮正宗の名を削りました。
いいですか、夫婦でさえ離婚すれば以後は無関係です。
362
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:40
>私が言うまでもありませんが、牧口さんも戸田さんも、法華講に入ったことから創価学会が始まったようなものですね。
蓮祖も釈迦仏法を学ぶ所からお始めになられました。
>今でも日寛さんの曼荼羅を配布しているとも聞きますから、無関係の団体などといえば、事実を無視した虚偽の発言となります。
大きな過ちですね。
ご本尊様はどなたが書写されようと、全て日蓮大聖人様のご本尊様です。
日寛上人の曼荼羅などはありません。
寛師書写の、蓮祖の曼荼羅です。
我々は蓮祖門下ではありますが、日蓮正宗などという邪宗とは無関係です。
このような混同は大変迷惑に存じます。
363
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:48
>学会の中ではツーカーで通じ許される適当な言葉であっても、学会を知らない私のような者もいる公の掲示板では、残念ながら通用しないのです。
最近になって、私の意見を創価学会の中で発言がしやすくなってきましたが、20年以前は大変でした。
それはさておき、なるべく具体論を述べているのですが、理解が得られなければ仕方が無いと思います。
(何の立場が変ったというのですか。こういってはなんですが、発せられる言葉のひとつひとつが曖昧模糊とした適当な言葉のように感じるんですね。一)
何故この様なことを言われるのですか?
破門以前と破門以後で、立場が変わらないと考える方が不自然でしょう。
364
:
沖浦克治
:2003/10/24(金) 23:57
>嫡々一人というのは、唯受一人血脈相承のことでしょうか?
唯授一人とは、大聖人様から日興上人への血脈相承のことを指すと思いますが、嫡々一人とはそれが代々の法主にそのまま受け継がれ現代の日顕法主に至っているとの考えです。
法主から法主への相承も、唯授一人徒呼ばれる事もあります。
こんなものは絵空事です。
>嫡々一人が何のことなのかわかりませんが、それが正しいことではないということは、どのようなことでおわかりになったのですか?
蓮祖がそのまま法主の姿で存在するはずがありません。
蓮祖が戦時中に神札を受けるわけがありません。
火事で焼け死ぬ蓮祖も考えられません。
蓮祖がおられて、宗門に度々邪儀が入るわけもありません。
法主が蓮祖であるならば、正本堂の建立を許可し、後で取り壊すはずもありません。
その他いくらでもありますが、これぐらいにしておきます。
365
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 00:06
>20億人というのはどういう試算でどなたがはじき出したものでしょうか。
キリスト教とが10億くらいと聞きましたので、その倍ぐらいはと私が思ったのですが、別に15億でも22億でも結構です。
>恐らく、沖浦さんは、私の過去のレスについてはほとんど読んではいらっしゃらないものと思われますが
あなたの過去レスを読んだからこそ、ここにやってきたのです。
>数字を宗教の場で必達目標として掲げられることに大きな違和感を覚えます。はっきりいって、マルチ商法の場のようにさえ感じるのです。
それはご自由ですが、広宣流布に具体的な目標は不可欠です。
>人間の為と言いながら、200年後とか、20億人とか、信者が数字を背負わされていくことで、広める信徒が人間性を失っていたのでは、どうしようもないです。
創価学会における永遠のテーマでしょう。
目標を立てそれに向かう、いつしか目標が目的になる。
目標とは民衆救済の為の手段です。
しかし組織と言うものは、宿命的に目標達成が目的になりやすいものです。
我々は心してかからねばなりません。
366
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 00:41
>>人間の人間による人間の為の宗教が蓮祖の法です。
>このことを示した文証を教えてください
『 問うて云く如説修行の行者は現世安穏なるべし何が故ぞ三類の強敵盛んならんや、答えて云く釈尊は法華経の御為に今度九横の大難に値ひ給ふ、過去の不軽菩薩は法華経の故に杖木瓦石を蒙り竺の道生は蘇山に流され法道三蔵は面に火印をあてられ師子尊者は頭をはねられ天台大師は南三北七にあだまれ伝教大師は六宗ににくまれ給へり、此等の仏菩薩大聖等は法華経の行者として而も大難にあひ給へり、此れ等の人人を如説修行の人と云わずんばいづくにか如説修行の人を尋ねん、』(如説修行抄)
始めに(仏菩薩大聖等)と言われ次に(此れ等の人人)といわれておられます。
仏も菩薩も大聖も、全て人なのです。
>それでは、法を広める信徒と、広められる衆生との間にも、主と従があるのですか?
師弟関係だと私は思います。
>「価値観は揺らぎ」
言葉不足でした。
20世紀は科学の発達が人間の幸福、物質の充足が人を幸せにするとの考え方が主流でした。
しかし科学の発達は公害や核兵器を生み、物質の充足は癌や成人病を誘発し、価値観が転換しょうとしております。
50年前に日本では食品には、カロリーが豊富である事が要求されておりました。
有名なグリコの、一粒300メートル、などはご存じでしょう。
今はカロリーカットが主流ですね。
卑近な例ではこのような現象が身近にあります。
>今に始まったことではないでしょう。古今東西、いつの世も人間のやってきたことは、殺戮や戦争の歴史だったといえるのではないでしょうか。
北朝鮮もシリアもイランもその他の何処もここも、核兵器を持とうとしております。
核戦争が起これば人類は(その他の多くの生命も)絶滅をするでしょう。
魔と仏のスピード競争です。
我々にはあまり時間が無いのです。
今度世界大戦が起これば、確実に人類は滅びます。
古今東西ではありません。
今広宣流布が出来なければ、未来はもうないのです。
>そんなどうしようもない人間の為に法があるというのがよくわかりません。
生命体はこの世にたくさんありますが、そのような他の生命体は法にとっては無意味な存在というものなのでしょうか。
無意味ではないと思いますが、私はあまり詳しくありません。
367
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 00:58
>その根拠を提示してください。
蓮祖が末法のご本仏であるからです。
>「折伏」の意味云々
ハジャクップクです。
『、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。』(如来滅後五五百歳始観心本尊抄)
『其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」と、余善比丘の身為らずと雖も「仏法中怨」の責を遁れんが為に唯大綱を撮つて粗一端を示す。』(立正安国論)
>日蓮さんは法華経を依経とされたわけですが、それはお釈迦さまの直説だという前提のもと、五時八教にのっとって選ばれた経文ということですが、しかし、時代とともに科学的研究が進んできた結果、法華経はお釈迦さまの直説ではなくて、同時に五時八教は理論的に崩れてしまっているとのこと。この点はどのように考えられているのですか?
別に構わないでしょう。
蓮祖の御書が根幹ですから引用文が間違っていても、意味が正しければそれでいいと思います。
>創価学会にはどのような難が競っているのでしょうか。具体的に提示してください。
初代は殺されました。
二代は投獄されました。
三代は中傷批判の真っ只中です。
この掲示板でもそ批判ばかりでしょう。
池田先生が、この人たちにどのような迷惑をかけたのですか?
本来蓮祖のご遺命を奉じて世界広布の戦陣を切るべき宗門は、創価学会を潰そうとしましたよ。
私たちは必死でお金をため、正本堂のご供養をしました。
貧しい人が大半でした。
私はよく知っております。
日顕法主は、我々に何の詫びの言葉も無く、正本堂を破壊しましたよ。
なのに我々の寄進した、368の寺院はそのままです。
こんな法主や能化の存在自体、大難です。
368
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 01:11
>そんなことはないんじゃないですか?
都合の良い情報だけを刷り込まれているということではありませんか?
池田先生がどのような悪い事をされたのか、具体的にお答えください。
>証拠というよりも、学会はすごいんだという自己宣伝ばかりで、何がすごいのかという参考になるような具体的内容も根拠もほとんどなかったですね。残念です。
戸田先生が会長に就任された昭和26年5月3日、創価学会員は約3000人です。
6年半少しで75万所帯。
12年で600万所帯。
きっちりと謗法払いをして、この結果です。
宗門が創価学会を破門して12年。
何所帯に増えたのでしょうか。
少なくとも宗門よりは、我々が何百倍優れています。
>私はかつて8年間いた宗門にも、かつて学会だったという方々が多くおられて
止めた会社のいい事を言う人はいません。
別れた女性(男性も同じです)をよく言う人と会った事がありません。
創価学会を退転した人の創価学会評は、信用すべきではありません。
>要するに、教団の信徒数を増やすことだけに心血を注いでいる団体ということではないでしょうか。
それでは申し訳ないですが、沖浦さんの投稿と同じというか…宗教団体としてあまりにも空疎な教団と思えてしまいますね。
揶揄でもなんでもなく、それが率直なあるがままの私の感想です
ご感想は自由です。
然しながら間違っておられます。
あなたが宗門法華購で求めて得られなかったものが、全て創価学会には存在いたします。
私は、自分の人生をかけて申しあげます。
あなたが創価学会に入会され、もし裏切られるのなら、私は地獄に落ちても結構です。
369
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 01:22
>人間、人間と繰り返す割には、まるで人間性が感じられないのはどうしてでしょう。そう思うのは、私だけでしょうか。
失礼ながら、あなたが日蓮正宗という邪宗の害毒の為、正常な判断力を失われておられているからです。
『悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。』(教行証御書)
>>創価学会とカルトは無関係です。
創価学会は、カルトの状態にはありません。
>むしろ、そのような重要なことにに半ば感情的になって、罵倒し対話を拒絶する態度こそ、不誠実な態度ではないでしょうか。自分の発言に対して、無責任でもあります。
それが法華経の行者の姿なのですか?
問い方がおかしいと思います。
大白や新聞に私専用のものがあるわけが無いでしょう。
人に物を尋ねる態度ではないと思います。
私は法華経の行者などではありません。
そうであればどんなにか嬉しいでしょう。
370
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 01:30
>それにしても、どうして同じ学会に今も席を置く縁ある人に対してまで、そのように喧嘩ごしになるのでしょう。
私専用の新聞や書籍があるのかと訊ねる方が、喧嘩腰だと思います。
>余計なことかもしれませんが、もう少し心にゆとりを持たれてはいかがでしょう。何か、沖浦さん自身が、気持ちが追い詰められて心にゆとりがないのではないでしょうか。私にはそんなふうに見えます。
仏教とは、もっとおおらかな教えなのではないのでしょうか。それとも沖浦さんの信じる仏教が、たまたま違うということでしょうか。
私はすでに3時間、あなたのご質問にお答えすべくキーボードを叩いていりますよ。
創価学会を正しく知っていただきたいからです。
心にゆとりが無ければこの様なことは致しません。
371
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 01:47
>沖浦さんの他での掲示板のご発言を拝見させて頂きましたが、そのようなことが、習慣化されていらっしゃるようですね。
日蓮正宗系の他の掲示板での私に対する書き込みです
『バカ沖浦のやつが戸田城聖が本仏の代理だと言って池田大作否定の論理を延々と言い出すんだよね。
<反脳不能者>のバカ缶さんとバカ缶浦さん。(大爆笑)m(_ _)ノ彡☆バンバンm(_ _)ノ彡☆バンバンm(_ _)ノ彡☆バンバン 』
この様な所では、私も少し柄が悪くなります。
でもあなたには、そんなことは致しません。
>>後は教義の内容に付いての討論は避けたいと思います。
元々納得をされる気の無いところで、討論をしても無駄だと思います。
>しかし日蓮仏法からその教義を投げ出してしまうことは、布教者として自殺行為だったといえるのではないでしょうか。
投げ出したり致しません。
無駄な事はしたくないだけです。
私はれいなさんとも、真面目に対話を致しました。
>今後、教義を避けて、何をここで訴えていかれるおつもりでしょう。人の為にあるというその法も教義を避けては一切語れないのではないですか?
仏教者として致命的な発言をなさっておられませんでしょうか。
私はあなたと対話がしたくてここにやってまいりました。
質問をされればどなたでも一通りはお答えいたしますが、他の方と是非対話を致したいとは思いません。
もしあなたが私との対話をお望みでないのならば、退散いたします。
372
:
MILD SEVEN
:2003/10/25(土) 05:13
<創価学会 内部改善を!>
創価に内部改善の勇士はいないものか?
現状の体質では、いるとしても?難しいのでしょうか?やはり。
でも、創価が体質改善出来なければ、霊的な大戦は避けられないと感じます。
本当の実力者は忍耐していますから。
私は感じます。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
373
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 08:58
アネモネさんに
長々と書きましたが、申しあげたい事はそんなに多くはありません。
私は、何百年以前の法主がどう言ったこう言ったにはあまり興味が無いのです。
同じく、どの経典に何々が載っていて、それが富士門流の正当性にどうしたこうした、にもほとんど無関心です。
興味があるのは、いかにして蓮祖の法を世間に人間として実践し、生活の上に実証を示すか、です。
『一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」云云、(秋元殿御返事)
『知者とは世間の法より外に仏法を追行ぜづ』(趣意)
私の知る限り、過去に創価学会で組織のために極端な活動をした人々の大半は、退転をしています。
信心や学会活動折伏等は、一応は他人のためにやるように見えます。
然しながら、それは違うのです。
それらは、自らの宿命転換のために行なう不可欠の修行です。
日常生活に功徳として顕れ、生活を潤し、人間性を高められなければ蓮祖の門下ではありません。
自分は信心を何十年やっている。
自分はまだ駄目な暮らしだけれど、この教えは間違いありません。
この人は信心をしていないのです。
信心みたいなことをやっているのです。
世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。
374
:
sat
:2003/10/25(土) 10:19
初めまして、ロム専のsatと申します。
>世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
>それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。
で、沖浦克治さん、あなたはそう言われているのでしょうね。
実生活でもネットでも、そう言われていなければ、自語相違になりますよね。
だけど、私はあなたのネットでの発言を見ていると沖浦克治さんのようになりたいとは
思わない。
蓮祖の仏法は必ず可能なのでしょう、おかしいではありませんか。
私は例外とは言わないでくださいね(爆
375
:
犀角独歩
:2003/10/25(土) 11:10
管理人さま:
現代社会の良識ある文書において「邪宗」は明らかに差別・侮蔑用語です。
このような語彙を使用し、特定団体を断定することは
『管理者からのお願い』
「特定の組織をターゲットにした、しかも、一方的な攻撃宣伝は慎んでください」
「【禁止事項】
1「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します」
に該当すると思われます。それにも拘わらず当スレッドでは
271に「日蓮正宗は邪宗である」
306に「宗門を邪宗と断定している」
342に「念仏宗を真言宗に改宗させる行為と同じです。邪宗を、邪宗に転向させる行為」
357に「日蓮正宗は邪宗である」
361に「宗門は邪宗だと」
362に「日蓮正宗などという邪宗」
369に「日蓮正宗という邪宗の害毒」
と一方的「邪宗」と決めつけで“攻撃宣伝”を行っています。
何ら証拠を提示することもなく、「邪宗」という侮蔑表現をもって誹謗しています。
これは日蓮正宗という特定団体を一方的に攻撃宣伝するのみならず、該当団体の構成員の名誉も傷つけています。
殊に369の
> 失礼ながら、あなたが日蓮正宗という邪宗の害毒の為、
> 正常な判断力を失われておられているからです。
『悪鬼入其身して無明の悪酒に酔ひ沈み給うらん。』
という記述は日蓮正宗を邪宗と断定攻撃するのみならず、アネモネさんを正常な判断力を失い、その身に悪い鬼が入り込んだ人間と断定して侮辱し、その人権を侵害しています。
以上の理由から上述投稿271、306、342、357、361362、369の投稿の削除を提案します。
376
:
アネモネ
:2003/10/25(土) 12:22
沖浦克治さん
長文のレス、参考にさせて頂きます。
>もしあなたが私との対話をお望みでないのならば、退散いたします。
この人とは対話をするけれども、あの人とは対話をしたくないなどと、人によって態度を露骨に変えるといった振る舞いは、宗教者のあるまじき行為であると私は考えます。
ここは富士門について、組織の立場やしがらみを超えて、真剣に議論を重ねてきた掲示板です。そのような真面目な姿勢で投稿している人々に対して、沖浦克治さんはあまりにも礼を失しておられます。
また、掲示板への参加不参加は、あくまで個人個人の主体的意思によって決めるべきことです。
人に委ねるものではありません。
ですから、私の言葉如何で参加不参加を決められるなどとするレスを向けられることは、大変迷惑なことです。
私がどうだからこうだからなどと、人に委ねたりせず、自分のことは自分の主体的な意思でお決め下さい。
くれぐれも申し上げますが、自分の参加不参加を、他人のせいにしないで下さい。
それと、人の言葉に自分の意思を委ねるという思考停止は、カルトの特徴のようですよ。ご参考までに。
377
:
路
:2003/10/25(土) 13:42
沖浦克治 さま
はじめまして。 教えて欲しいことがございます。
沖浦さまは創価学会員であることを誇りに思われていらっしゃる。
けれど学会活動においては、選挙活動と聖教新聞啓蒙はなさらない
とおっしゃる。 なぜなのですか? ぶしつけな質問ですので
よろしかったら教えてください。
378
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 14:59
路さん、始めまして沖浦です。
世の中に日顕宗なる宗教団体はありません。
池田教が存在しない事と同じです。
然るに聖教新聞には、日顕宗の文字が随所に出てまいります。
また日顕法主が、最高裁で負け様が勝とうが法の正邪とは無関係です。
この関係の記事も、しばしば登場いたします。
この様な新聞を、人に勧める気にはなれません。
選挙は、いい人が身近にいれば喜んでやります。
この人は、と思う人がいれば私財をなげうってでも応援をします。
最近は、そんな候補に私の選挙区ではめぐり会わないので、選挙活動をいたしません。
然しながら、基本的には公明党の候補に投票しております。
379
:
MILD SEVEN
:2003/10/25(土) 16:20
<<<創価学会が仏教では無く、単なるカルト集団である事の確証>>> 再び投稿。
創価学会は現在、本山から破門され、その教義は仏教を否定し迷路をさまよっています。
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」P63
「釈迦の法はもう過去のもので何の利益もない」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P65
「われわれは釈迦仏教に縁のない民衆であることを知
らねばならない」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P67、P316
「日蓮聖人が末法の御本仏であらせれる」
「釈迦等のとうていおよぶ 分際ではない」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P93
「釈尊出世の本懐である法華経でさえも末法の今日に
は まったく力はない」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P70
「(創価学会の)この大御本尊を拝む以外に末法の
衆生は基本的に幸福になれないのである。」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P303
「釈迦仏法など立てるのは去年の暦と同様で役に立た
ないしろものである。これを使用するから生活に破錠
をきたすのは とうぜんである。」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P321
「俗にいう日蓮宗を代々やっていると家族に不具者が
できたり、知能の足りない子供が生まれたり、はては
発狂する者ができたりして〜」
池田大作監修 創価学会教学部編 「折伏教典」 P330
「仏教は勝負であるから正邪は生活に事実として
正は勝、邪は負の現象が出るのである。」
http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/newpage3.htm
既に私は全日本仏教会にも働きかけています。
この件は微妙ですが、創価の理解が遅ければ、どの様な結果が待っているか?
分かる方は、わかります。
私の目的は一貫して変わりません。
どんな組織でも言える事ですが、少数の意見が物事を変える事があります。
しかし、現状の創価の体質は、改革の勇士がいるとしても、かなりの少数派でしょう。
私は、そんな改革の勇士を応援したいと思っています。
ただ、外部からの改善提案は厳しいものになる場合も多々あります。客観的に見ますから。
世の常です。
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
380
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 16:45
管理人様
日蓮正宗が邪宗と私の表現に苦情を述べる人が、ご自身では、
298『戸田さんは『諸悪の根本、当然のことでしょう。』
との発言をされていますね。
おかしいと思いますが如何でしょうか?
他にも創価学会や池田会長に対して、
『私が創価に言っている事は「悔い改めよ!」です。
『しかし、魔界のロボトミー化した池田狂信者は、基本的に反省出来ない哀れな連中です。』
『私は創価に反省を迫っています。殺されるまで聖戦です。』
『れいなさんにつづきアネモネさん.沖浦克治さんはハンドルネームからオンナと見るとすぐにちょっかいをだしますなあ.』
『どっちにしても会長が暴行魔では、末端が過激でも無理はない。しかし、これが世界一の指導者ですかね(爆)。世界一の暴行魔の間違いでは。』
これらの他の人達のご発言も、同レベルだと思います。
宜しくご判断くださいませ。
381
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 16:47
Jルーカス さん
あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
382
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 17:05
satさん
>だけど、私はあなたのネットでの発言を見ていると沖浦克治さんのようになりたいとは
思わない。
蓮祖の仏法は必ず可能なのでしょう、おかしいではありませんか。
私は例外とは言わないでくださいね(爆
私も、あなたに私の真似をしていただ無くても結構です。
あなたはあなた、私は私です。
ご自分のお立場にて、今後も頑張ってくださいませ。
383
:
sat
:2003/10/25(土) 17:17
>世間の人々から『あの人のようになりたい』と思われねば、蓮祖の門下ではありません。
>それが必ず可能なのが、蓮祖の仏法ですよ。
『あの人のようになりたい』という解釈が真似というのは、理解不能ですが、
では、ご自分はそう思われなくていいということなんですね。
だとすると、蓮祖の門下ではないとの告白ですか?
384
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 17:25
sat さん
あなたと私は面識すらありません。
私には、私の人間性やしている事をあなたが理解しているとは思えないのです。
私も同じくあなたの事を存じません。
知らない者同士が、あなたの様になりたいとか、私のようになって欲しいとかいえるとは私には思えないのです。
385
:
MILD SEVEN
:2003/10/25(土) 17:39
詭弁は空しいですな〜
本質で判断すべきです。
創価は仏教を否定・愚弄する集団です。
創価は、法華経さえも否定し、本性むき出しです。
常人では理解不能な教学ですよ!
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
386
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 17:41
MILD SEVENさん
ご自由にどうぞ
387
:
MILD SEVEN
:2003/10/25(土) 19:33
仏教徒に素直さは無いのですか?
そんな事はないでしょう。
どんな組織でも言える事ですが、少数の意見が物事を変える事があります。
しかし、現状の創価の体質は、改革の勇士がいるとしても、かなりの少数派でしょう。
私は、そんな改革の勇士を応援したいと思っています。
ただ、外部からの改善提案は厳しいものになる場合も多々あります。客観的に見ますから。
世の常です。
私の言いたい事の本質はこれです。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
388
:
sat
:2003/10/25(土) 20:51
ネットの世界では人格は別だと言いたいのでしょうか。
>私には、私の人間性やしている事
意味が分かりません
389
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 21:37
sat さん
あなたは私をどんな人間だと思うのですか?
390
:
Jルーカス
:2003/10/25(土) 22:10
沖浦さん
>381
> Jルーカス さん
> あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
左様ですか。
私もあなたが、どのような人物に傾倒しようと興味はありません。
しかし、あなたの方が先に、356において、人の発言を引き出して「私には故の無い攻撃に思えます」と言われましたので「故ある事実」である根拠を説明させて頂きました。
貴殿の方が、自ら人の発言を引き出しておいて、いざそれに根拠をもって反論されると「私には興味がありません」等と逃避するのは卑怯ではありませんか。
また、その後も、既に反論されたにも関わらず相変わらず、380に私の発言を引き出しておられます。
それはいかなる存念でしょうか。
私の言葉は讒言でも悪口でもありません。
どのような理由があろうとも、1人の老人を数度に渡り、ぶん殴り、また部下に殴る蹴るのリンチ命じ、はたまた御自ら「命は惜しく無いか」等と脅した方を「世界一の方」と仰るのは、世間に誤解を与えますので、「それを言うなら世界一の暴行魔」と言わせて頂きました。
391
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 23:00
Jルーカスさん
この事件のことは、昔現場に居合わせた先輩から直接お聞きいたしました。
それによれば」事実はあなたの書き込み内容とは全く違っております。
先輩はすでに故人にならておられますが、信用の出来る人物でした。
小笠原師は、その後戸田先生に深く傾倒をされ、蓮華寺事件の時は創価学会がわにたって戦われたことは、有名な事実です。
本当に戸田先生に殴打された人物が、そんな態度を取るとは私には思えません。
あなたが、どのようなご意見を述べられようとご自由ですが、私は、あなたの発言を引き出してはおりません。
あなたがご自分で判断されて書き込まれたのです。
あなたが、あなたの責任に於いてご意見を自由におのべになられるように、私が、私の責任に於いて自分の意見を持つ事も、また自由ではないでしょうか?
私は、戸田先生が仮にどのような破廉恥な罪を犯しておられたとしても(そんな事はありませんが)戸田先生を世界一の人物として心の底から尊敬する気持は、決して変わりません。
以前、他の掲示板で、戸田先生におめかけさんが二人いたのに何故尊敬するのか?とのご質問をいただきました。
私は、もしおめかけさんがいたらなぜ尊敬をしてはいけないのか?と不思議に思いました。
これは、それぞれの価値観の問題です。
その方に、私が価値観をあわせなければならない必然性がどこにあるのでしょうか?
あなたに対しても同じ気持です。
戸田先生が、小笠原師を殴るようなお方ではないことを、私はよく知っておりますが、たとえ殴った事が事実であったとしても、別に私にはどうでももいいことです。
あなたがこだわるのはご自由ですが、私にはそんな事は余事にすぎません。
殴っていようといまいと、どうでもいいのです。
あなたは問題意識を持ち、私は持たない。
それだけのお話です。
何故むきになって私を責められるのか、理解に苦しみます。
392
:
沖浦克治
:2003/10/25(土) 23:18
Jルーカスさん
発言は全体の流れの中で判断せなばなりません。
ご指摘の私の発言はあなたの発言を責めたものではありません。
参考までに、ご指摘のレスをあげておきます。
『何故私の意見が決めつけや偏見ですか?
創価イコール悪、と決めつけている意見ばかりです。
お断りしておきますが、意見そのものに文句を言っているわけではありませんよ。』
アネモネさんが、私の意見が決め付けにすぎると、のご指摘を私にに対してなさいましたので、他の皆様方のご発言も決め付けであることの証拠として、あなたのご意見を引用いたしました。
あなたのご意見そのものに文句を言っているわけではありません。
また、この様な掲示板にてご自分の書き込みを他人に引用される事が嫌であるのならば、ご意見などおだしにならない方がいいと思います。
広く公開されているこの様な掲示板に於て、意見を出すと言う事は、社会全体に対して自らの立場を意見として公開をしている事になります。
営業やビジネスに、無断で利用されるならば著作権等の権利を主張なさるべきですが、一般論として他人の意見を引用して何の問題も無い事は、すでに世論的にも民事法的にも常識となっております。
393
:
愚鈍凡夫
:2003/10/25(土) 23:39
横レス失礼。「蓮華寺事件」をご存知ない方のために
「"蓮華寺事件"と呼ばれている正宗寺院の本山離脱事件は、いま考えると宗門と創価学会の関係をかなり象徴する面を含んでいるようだ。ちなみに、蓮華寺は、宗門で能化寺と呼ばれるほど格式の高い寺院であった。
この蓮華寺に、昭和二九年から三〇年にかけて、創価学会員多数がピケを張り、寺にくる信者を追い返すという事件があった。当時の住職崎尾正道に、創価学会に批判的言動が多い、ということからはじまった事件である。
ピケや創価学会特有の"口コミデマ"に対して、崎尾は、同寺で御授戒を受けた会員に、御本尊を返却しろと迫った。時の会長戸田城聖の意をうけた宗門の庶務部長ほ、管長の諒解もとらずに、崎尾を檀家もほとんどない田舎の寺に左遷しようとした。その辞令に押された管長印は、庶務部長が盗用したものといわれている。この庶務部長が、後の細井日達管長であった。
崎尾はこの左遷辞令を拒否、事態は硬直したまま御法主上人の代が替った。
新御法主・堀米日淳上人は、この辞令の破棄を命ぜられて、崎尾は元通り蓮華寺住職の身分を保証された。
こうして事件は一応落着したが、その後日達管長の時代になって、創価学会を非難・攻撃する者は地獄に落ちる、彼らを尊敬し手本として信心せよ、という訓諭などがきっかけとなり、創価学会に牛耳られた宗門にはついていけぬということで、本山支配から離脱してしまった。この事件で注目すべきことが二つある。
一つは、創価学会の傲慢な要求に迎合した役憎が、細井日達管長であったという事実。もう一つは蓮華寺離脱の理由として、(イ)池田の法華講総講頭任命、(ロ)末寺総代に必ず創価学会員を入れる、(ハ)その意をうけて末寺住職を左遷する、など宗務当局は創価学会の傀儡と化していることなどを挙げていることである。蓮華寺・崎尾正道住職の創価学会と宗務当局に対する怒りは、本来全僧侶の怒りでなければならなかったはずだ。
ところが、世間でも名刹とされる蓮華寺の創価学会専横に対する怒りは、宗門内では、四国大乗寺の例などもありながら、ほとんど孤立していた。
この時期、創価学会の驕慢をたしなめる声が宗門僧侶たちの間に強く、また管長がそれを汲んで善処していたならば、後日両者の紛争が週刊誌等の興味本意の報道によって世間に醜を晒すこともなかったであろう。ところが実際には、管長以下宗門僧侶のほとんどは、創価学会の勢力に恐れをなし、競ってこれに阿諛迎合していた。たとえば論法同座の「日蓮聖人展」の場合も、諌暁したのは妙信講のみというのが実情であった。」(「私は創価学会のスパイだった」 下山正行著 P88〜90)
山崎正友氏によると、
「この事件の当初に、創価学会は、御法主上人及び宗務院に対し、「もし崎尾をきちっと処置しなけれは、創価学会は本山と対決する」と威嚇し、恫喝までしていた。」
とのことです。戸田さんの性格なら無碍もなしだと思います。
小笠原慈聞氏は、前のことがあって、戸田さんの脅しに屈したとの論証にはなりそうですね。
394
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 00:00
ご意見は参考になりました。
感謝いたします。
宗門が創価学会の勢いに押されたとのご意見は、充分考えられますね。
現在は、すでに宗門と創価学会は無関係な宗教団体ですが、これらの事件も離別の遠因の一部でしょう。
蓮華寺の住職には、それなりの役割が有ったように思えます。
これ等の事件の延長線上に、現在の独立した創価学会の実現があるわけです。
その観点から見れば、蓮華寺の住職も逆縁ながら広宣流布に功績があるのでしょう。
いすれにせよ、宗門とようやく縁が切れ、いい時代になったものですね。
395
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 00:32
宗門にとっても創価学会と縁が切れて、いい時代になったと思っているでしょう。
金と数に物を言わせて、無理難題を押しつける厄介者がいなくなったわけですから。
創価学会が邪義とは何かを身を以て証明したことは、富士門にとって多大な貢献だと思います。まぁ、善知識といえるでしょうか。
396
:
Leo
:2003/10/26(日) 00:41
宗門とようやく縁が切れ、いい時代になったのであるならば、
『聖教新聞』の座談会や寸鉄にみられるような宗門攻撃などやる必要なく
自主独立して堂々としていればいいのではないかと思うのですが。
それから、宗門攻撃だけでなく、学会活動で直接平和・文化・教育に関する
活動がほとんどなくひたすら折伏(勧誘)と法戦(選挙支援)だけだったので疑問でした。
397
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 01:17
愚鈍凡夫 さん
ご意見をおのべになられる権利を尊重いたします。
その上で申しあげますが、お互いに無関係になったことを認め、喜んでいるのですからあなた方が創価学会の現在の方針や、以前のいきさつに関して異を唱えられる必要はもはや無いと思います。
私は別に宗門が真言宗になろうと、念仏宗と名乗ろうと興味はありません。
たとえば卑近ですが、離婚した女房が誰と再婚し様が気にならないのと同じです。
気になるのでしたら、始めから離婚などせねばいいのです。
宗門法華講の方々が、創価学会の運営や活動方針に干渉されるお気持が理解できません。
他所の事はほうっておいて、自分たちの布教や運動方針に専念されれば如何か、と思います。
398
:
探訪者007
:2003/10/26(日) 01:29
横からゴメン、。一応読ませてもらいましたが、どーも「??」です。 沖浦様が「問題を御提案され、他のかたが御意見を申され」ての「実り在る御議論〜御検察〜御思考〜御展望、」を期待しておりましたが、??のようですネ、。 マー今後には期待します、が、。
399
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 01:33
沖浦克治さん、何か勘違いをされているようですね。
小生は、「蓮華寺事件」をご存知ない方の為に資料を提供したまでです。
それに対してあなたがコメントを書き込んだ。それで小生がコメントを返した。それだけのことですよ。以前にも記しましたが、小生は歴史は大事だと思います。
あなたが尊敬する戸田さんも歴史は好きだったようですよ。それに、あなたが信奉する池田さんも統一ドイツ大統領の言葉を引用して、学会員に歴史の重要性を指導しています。
> 宗門法華講の方々が、創価学会の運営や活動方針に干渉されるお気持が理解できません。
> 他所の事はほうっておいて、自分たちの布教や運動方針に専念されれば如何か、と思います。
干渉などしていませんよ。ここの掲示板で小生の思う処を投稿しているだけです。嫌なら、無視すればいいだけです。それだけのことですよ。
400
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 01:41
Leoさん
私は、宗門を攻撃する聖教新聞は啓蒙しない、とこの掲示板でも宣言をしておりますよ。
あなたが聖教新聞の記事にご不満がおありでしたら、直接聖教新聞社とお話をして下さい。
私は、宗門などは捨てておいて勝手に立ち腐れさせておくべきだ、と常に創価学会内部でも発言をしております。
創価学会を退転して、法華講に行った人達を脱講させる運動等はやる気もありません。
はっきり言いまして、どのような組織や団体にも、付いていけない人間必ず存在いたします。
出て行きたい者は、出て行かせればいいのです。
もちろん、いればいいのにな、とは思いますよ。
然しながら、嫌になって出て行った人をに戻っていただく必要などありません。
そんな暇があれば、世間におられる優秀な人材を折伏すべきです。
もちろんの事、全ての人間は一念三千の当体であり、それぞれが優れた人材なのですから、それらの新しい人材で世界広布をすればいいのです。
出て言った人など捨てておくべきです。
かえって来い、などと馬鹿馬鹿しいことを言う事、はナンセンスでしかありません。
私は創価学会を一度退転したような人間には、二度と帰ってほしくはないのです。
ついでですが、あなたが創価学会の方針や活動にご不満がおありでしたら、創価学会員となってわが身のこととして訴えなければ、無駄な事でしょう。
遠いところからいくら意見を大声で述べて見ても、何の効果もありませんよ。
401
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 01:46
探訪者007 さん
真にごもっともなご意見です。
それでは改めて問題提起をさせていただきます。
この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。
402
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 02:01
愚鈍凡夫さん
あなたも私も立場は違いますが、蓮華寺事件等を原因として創宗が離別した事は喜ばしい出来事である、との見解は同じなわけです。
ならば双方ともに結果に不満がないのですから、それ以上のいらざる干渉は双方ともに止めるべきではないか、と提案を致します。
それよりも、今後の広宣流布について語り合う方が価値的だ、と思いますが如何でしょうか。
403
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 02:08
資料の整理が終わって、寝よう思って覗いてみたらまだこんなこと言ってんの。
>この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。
で、あなたはどうなんですか。
自信たっぷりなようですので、ワクワクしながら読ませて頂きます。 (^_^)v
それではお休みなさい。
尚、都合が悪ければ、無視して頂いて結構ですよ。
404
:
探訪者007
:2003/10/26(日) 02:38
最近リストラの懸念から不眠症気味で「ネット・サーフイン」をトライ中。 沖浦様からの御指名をいただきましたので「眼をショボショボしながら、なれないキーボードをたたいております」。 沖浦様も深夜にも拘わらず「御熱心に、、?」とは「それなりにいくばくかの苦悩のさなか、、?」か、かなとぞんじもうしあげます、、。 小生も「この麗しいおことば=世界公布なるお言葉」に心底シビレ感応しておりました、、。 (阪神タイガースも今は同価値です、、)
又「仕手株式の扇動にも同様な現象在り」です。 世の中「アキラメ切れない症候群」という「新規のウツ病が蔓延中(03/09/22日経夕刊:青山精神科医)」とのことです。 「完璧主義者は要注意」とのことです。 「世界公布]という「完璧主義者」に「???」を投げかけ「その目標断念」することから「今在るものも、それほど悪くないナ、、」という「余裕」が生まれるそうです、、。
405
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 07:06
探訪者007 さん
おはようございます。
リストラの可能性を知り大変な事、と感じております。
貴兄がこの生活の大難を乗り越えられ事を、祈念いたします。
私は27年前に生活苦と決別を致しました。
自分の貧乏の宿命と真正面から取り組み、宿命転換して以来、そんなに豊ではありませんが不自由をする事はなくなりました。
リストラが迫る今が、あなたの宿命転換のチャンスだと思います。
大変失礼な事を申しあげている事は重々承知いたしておりますが、ネットで知り合ったご縁に免じてお許しくださいませ。
願わくば祈りに祈って、この機会をチャンスと捉え、この後の人生に勝利されん事を心より願っています。
406
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 07:30
愚鈍凡夫 さん
私は唯の人間です。
自信など少しもありません。
ただ41年間の創価学会員としての人生中で、振り返れば信心をしていてよかったと思う場面が何度かありました。
現実に今の自分は過去の存在の積み重ねです。
同じように現在の積み重ねが臨終に続く来世を決定する事は間違いない出しょう。
100年は生きられない短い人生です。
過ぎ去った過去の出来事よりも、未来に目を向ける事が価値的だと思い、提案を致しました。
罵りあいよりは、ともに未来を語り合う方がいいのではないでしょうか?
私は世界広布とは遠くにあるものではない、と思っています。
世界広布を、広宣流布に置き換えてお話を致します。
自分の現実の生活を如何にすれば広宣流布に結び付けられるかは、それぞれの個人が悩み、行動をし、結果を出す以外には無いでしょう。
私とあなたが同じ行動を取る必要はありませんし、自分が誰かを目指す必要も無いでしょう。
私は現在3年計画で、世間の友人からよい評価をされるべく微力を尽くしております。
達成できれば、自らの広宣流布の武器にし、世間と対話をするつもりです。
所用で出かけますので、夜に帰宅してからご意見があれば読ませていただきます。
407
:
Leo
:2003/10/26(日) 08:52
沖浦克治さん。
>私は、宗門を攻撃する聖教新聞は啓蒙しない、とこの掲示板でも宣言をしておりますよ。
>あなたが聖教新聞の記事にご不満がおありでしたら、直接聖教新聞社とお話をして下さい。
私は経験から聖教新聞社が学会組織の一部(独立した会社登記のある会社でない)であり
トップダウンの新聞で、苦情を一切受け付けないということを知っています。
聖教新聞の記事の問題を衆知のものとしそれが淘汰圧となることを期待しています。
そういうことが真の新聞啓蒙であると思っております。
>ついでですが、あなたが創価学会の方針や活動にご不満がおありでしたら、創価学会員と
>なってわが身のこととして訴えなければ、無駄な事でしょう。
>遠いところからいくら意見を大声で述べて見ても、何の効果もありませんよ。
そうです。ですから、私は創価学会員ですがやめていません。内部で訴えつづけております。
(今のところ議論するより折伏して来いなどという回答にならない幹部指導を貰っていますが...(苦笑))
408
:
ガンコ
:2003/10/26(日) 10:40
愚鈍凡夫さん
話が脱線して恐縮ですが、「私は創価学会のスパイだった」には、浅井の記念すべき第一回目の諌暁書である「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」が全文(?)掲載されています。これについて、どのような感想をお持ちであられるか、ご披露ねがえませんでしょうか?
409
:
Leo
:2003/10/26(日) 10:50
>出て行きたい者は、出て行かせればいいのです。
>もちろん、いればいいのにな、とは思いますよ。
>然しながら、嫌になって出て行った人をに戻っていただく必要などありません。
私は学会が宗教権威者の権威のようなものも比較的少ないし(少ないといってもありますが)、
迷信も比較的少ないので(少ないといってもありますが)気に入っております。
やめる気はいまのところありません。
しかし、「トップのトップによるトップのための学会」でなく、
「会員の会員による会員のための学会」となって欲しいと思っております。
今の学会の状態や指導は支持しません。ではなぜ私が残っているかというと、
日本の与党の非支持者が外国へ移住したり外国へ追放されないのと同様であると
思っているからです。
>そんな暇があれば、世間におられる優秀な人材を折伏すべきです。
>もちろんの事、全ての人間は一念三千の当体であり、それぞれが優れた人材なのですから、
>それらの新しい人材で世界広布をすればいいのです。出て言った人など捨てておくべきです。
人材を確保するのですか?学会内にも結構人材はいます。学術部がありますが、ぱっと
した結果をきいたことがありません。専属弁護士もいますが会員のために動いたという
こともきいたことがありません。そういう状態なのにいくら人材を確保しても無駄では
ないのではないでしょうか(人材の飼い殺しあるいはトップにだけの貢献)。
私は個人個人のプチ人間革命までは否定しませんが、学会の提唱した偉大なる人間革命
は1960年代末ぐらいから挫折したと考えます。過去の失敗から学ぶ必要があるのでは
ないでしょうか。
(参考資料)
「第三の大学……創価大学 激動の現代を生きる若者の論理」 (池田諭氏 、1970年8月)
http://www.asahi-net.or.jp/%7Ekd6k-ymmt/daisa.html
「 一千万人の会員一人一人を本当に英才に育てあげ、その人達が団結し、協力して、人間の世紀、
生命の世紀を実現しようとするなら、それは容易に実現されよう。一千万人をすべて、英才にする
指導と教育が至難な仕事であって、それができるということは、人間の世紀、生命の世紀が実現した
ということである。そのように断言してもよいであろう。」
410
:
Leo
:2003/10/26(日) 10:58
私はこのような指導を受けて、内部(学会員への)の折伏を行う決心をしました。
411
:
Leo
:2003/10/26(日) 10:58
自己レス 引用がぬけていました >410
>(今のところ議論するより折伏して来いなどという回答にならない幹部指導を貰っていますが...(苦笑))
私はこのような指導を受けて、内部(学会員への)の折伏を行う決心をしました。
412
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 13:17
あっ、ガンコさん、ご無沙汰しております。
小生は、「私は創価学会のスパイだった」を持っているわけではなく、学会関係の事件に関するファイルを入れたフォルダの中にあったので引用したまでです。
したがって、「正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う」という浅井さんの論文の存在は存じていますが、拝見したことはありません。
聞くところから想像しますと、終末思想の上から現状を分析して、"未だ広宣流布せず"との論理展開をし、「正本堂」を「本門の戒壇」と呼ぶのは間違っているとの主旨の論文だと思いますが、結果的に池田さんの「本門の戒壇」建立の野望を阻止した(「本門の戒壇」と騒いでいたのは池田さんだけですから)という意味では、浅井さんの諌曉は評価すべき行為だと思います。
ただ、池田さんとすれば、見切り発車で既成事実を先に作り、後は宗門を締め付けて「正本堂」が「本門の戒壇」であることを認めさせようとしたんでしょうが、思いの外頑強な日達師の抵抗に遭い、頓挫したというのが真相かと思います。
413
:
路
:2003/10/26(日) 14:28
沖浦さま お返事ありがとうございます。
私見ですが、上部からの打ち出し、指導を取捨選択できるのは
沖浦さまに「役職」がないからだと思います。
学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。
414
:
ガンコ
:2003/10/26(日) 16:02
愚鈍さん
じつは、顕正会で出している書籍には、この「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」がないのです。
もともとないのか、あるいは途中で引っ込めてしまったのか、わかりません。
記念すべき第一回目の諌暁書なのになぜなんだろう? っていうのが聞きたかったんですが、そんなこと愚鈍さんがご存知のわけないですよね?
どなたか、知ってる方、ご教示ください。
415
:
愚鈍凡夫
:2003/10/26(日) 18:11
一言
「パス」 はいよっ!( ̄  ̄ )ノ"⌒▽〜〜ヾ(^^;;
416
:
ワラシナ
:2003/10/26(日) 20:11
「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる書籍について。
0、ガンコさま、始めまして。もと顕正会だったワラシナです。
1、54年の今ころ妙信講に入った時先輩から、あれ読まなければ御遺命守護の精神はわからない、と言われて「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」のテキストを渡されましたが、それは教学理論誌「冨士」の特集での再版掲載だったと記憶してます。
ただ御観察の如く、あれ以来復刻版みたいな形で一般会員に配布される機会は、本当に少ない、奇妙に感じられる程「今では」少ないですね。
ですが、当時はごくありふれていて、「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」が掲載されてる復刻版の「冨士」が本部窓口で(在庫があれば)買えたのです。そう記憶してます。間違ってたら古参講員の情報提供をお願いします。
今でも、もっと誇らかに扱ってもよさそうに感じますが、「御遺命守護は完結した」とされる今ですから今後登場する機会はもっと少なくなると思います。
2、HPでは櫻川さんの処で探してもなかった。以前有った「世雄会」には全文掲載されていたと記憶しますが。
3、ですから、「私は創価学会のスパイだった」の末尾での全文掲載には、大きく目を見開かされた時に味わうような感動を憶えました。
教団外部書籍ではあの当時唯一まともな形で妙信講情報が公開されたものではなかったでしょうか。
その著者「下山」氏も「正本堂に就き宗務御当局を糺し訴う」を講員から借りた「冨士」で初めて知った筈です。
4、従って、今それを目にする機会がめっきり減った原因は「冨士」の廃刊に求められそうに思います。
417
:
ガンコ
:2003/10/26(日) 21:05
ワラシナさん、どうもです。
ご教示ありがとうございました。
わたくしは、あなたよりもずいぶんあとに入信したものです。詳しくは申せませんが、解散弾圧十周年記念特集「御遺命守護の戦い」(冨士二百五十号)を学んだクチです。あの本には、「糺し訴う」の序文と末文が抜粋して載っているだけですし、わたくしの記憶では、いちどたりとも第一回諌暁書の全文を学んだことはありません。
たまたま、学会より入会してきた方に「スパイだった」をいただきまして、最初に読んだときはよくわからなかったけど、最近、読み直してみて、けっこう感動しました。
ですから、復刊してもよさそうなものだと思いました。
418
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 22:44
路さん
私に役職はありませんが、あっても同じです。
また創価学会の役職は、強制的に任命されるものではありません。
役職のある人と無い人では、圧倒的に役職の無い人のほうが多いことも事実です。
もしあなたが言われるように、役職を持つと上からの打ち出しに反対でき無いことが事実であるならば、役職に付くときは慎重にすべきです。
最後は本人がそれらを考慮し判断したらいいでしょう。
私は男子部では部長でした。
壮年部では役職は要りませんとお断りいたしました。
昭和54年ごろから、宗門は邪宗であることを確信しておりましたから、登山会に参加することが汚らわしく思えて嫌だったからです。
役職があれば立場上お互いに困ったでしょうね。
それでも知らないうちに、壮年部の副B長になっておりました。
あるとき支部幹部が家庭訪問に訪れ、登山会に参加するよう言われたので、私ははっきりと『あのような謗法の場所には行きたくありません』とお答えいたしました。
大変ご立腹でお帰りになりましたが、後で大問題になり私は要注意人物になったようです。
その後転居し、本当に役職とは縁が切れました。
今要請があれば役職に付いても言いと思いますが、最初に嫌な事はしない旨はっきりと言うでしょうね。
419
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 22:58
路さん
>学会は、個人が意見を自由に言えて、自由に選択して活動できる
組織ではないと思っています。
創価学会は大変自由な組織だと思います。
友人が法華講におります。
所帯数の少ない(200程度か?)お寺の所属です。
元学会の圏幹部がいるそうです。
その人は創価学会のことをぼろくそに言うそうです。
私は思います、先ず自分が創価学会で、中心者として指導をしていた時のことを反省すべきでしょう。
そして、その人と昔からいる壇徒の方で強烈な勢力争いがあり、僧侶は自分の生活の事のみ考え、この間で困っている信徒の立場には、無関心だそうです。
驚いた事には、ほとんどのお寺がこの様な状態にあり、新入信者がいてもすぐに活動しなくなってしまうとの事でした。
多くの信徒は言いたい事など言えず、住職と根檀家の役員と元圏幹部の顔色を伺い、いつも下を向いてビクビクしているようです。
こんな組織より、創価学会は100倍はましでしょう。
420
:
沖浦克治
:2003/10/26(日) 23:07
Leo さん
創価学会を辞めてはいけません。
ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
それを目指されるべきだと思います。
421
:
Leo
:2003/10/27(月) 00:10
沖浦克治さん。
>創価学会を辞めてはいけません。
学会が将来はっきり仏教団体であることを放棄すれば、その時は辞めると思いますし、
万が一学会が将来日蓮正宗に復帰するようなことがあれば私の今までの言動から辞めざる
を得ないと思っております。自分の思うところを主張して、辞めざるを得なくなる
あるいは辞めさせられるということがあれば、その時はその時と覚悟しております。
>ご自分が世間実証を示せば、回りの幹部等は何も言わなくなります。
>それを目指されるべきだと思います。
幹部指導を受けに行けば「文句があるなら折伏して来い」という指導しか貰えませんが、
特に幹部指導を受けに行かなければなにも言われなくなり放置されるので、今のところ
問題ない状況です。
422
:
MILD SEVEN
:2003/10/27(月) 02:20
<タイムリーな問題>
これ以上、創価が体質改善無きまま政権に食い込むと、国民の税金を何に使われるか?不安です。
カルトの布教の為に世界に資金流失等、池田氏個人の勲章取りの費用かな?
本格的に世界征服の野望を燃やすでしょう。あの名誉会長連中は。
貧乏するのは一般国民・・・なんてことは阻止しましょう
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
423
:
みかん
:2003/10/27(月) 16:47
ガンコさん
「夫一心に十法界を具す。」
「故に成道の時、此の本理に称ひて一身一念法界に遍し」
これと、「梵我一如」はまったく違います。
己心や一心は因縁生起するもので、アートマン(我 が)とはことなるからです
また法界も因縁生起するもので、ブラフマン(梵)とは異なるからです
424
:
犀角独歩
:2003/10/27(月) 19:04
何日か前にウイルスを食らい、メインのコンピュータが使えず、投稿ができずにいました。今の段階でも、サブコンピュータで訥々と入力できる程度です。
勝手気ままな放言が横行しているのに辟易とロムしていました。言いたいところは山ほどありますが、まず述べなければいけないところを先に記します。
(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません。「邪宗」は一般流通文書に使えない不適切な差別語であるのに対して、「諸悪の根元」は一般に表記される成句です。また、わたしが戸田さんについて、かくのごとき結論を出すのは過去50年間の我が家の被害に基づく記述です。また、かつて創価学会・戸田さんは「日蓮正宗を国教化し国立戒壇を建てる」と言って、人心を煽動したけれど、そのような創価学会の方針はいとも簡単に反故ににされた、それ故、その創価学会・戸田さんの指導に従った人々は多大な被害を被り、その脱会者は1000万人も上るものとなった。また、戦後、日本社会において「折伏闘争」と称する常識を逸した勧誘行為を繰り返し、さらに昭和45年に池田さんが社会に謝罪をしなければならなくなった言論出版妨害という自由への迫害など、それらの創価学会の「罪」のその元々の原因は戸田さんに求められる故に「諸悪の根元」と説明の上で記したわけです。それと不適切・差別語を弄して自分の所属する団体と敵対関係にある団体に暴言を吐くことと同レベルではありません。
(2) 寛師漫荼羅という意見がありますが、寛師が書写したものを「寛師漫荼羅」ということ富士門では一般的なところです。しかしながら、寛師の漫荼羅が蓮祖の漫荼羅を写したものであるから、それは蓮祖漫荼羅であるというのはいちおうの意見として受け取れないことはありません。しかしながら、この場合、寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。近代の導師漫荼羅を否定したのは創価学会でしたから、この線に則れば、この寛師漫荼羅は単純に蓮祖漫荼羅と呼ぶことはできないことになります。また、蓮その漫荼羅を書写したものはすべて蓮祖漫荼羅であるというのであれば、他五老方が書写したものも、現在の顕師の書写したものもすべて蓮祖漫荼羅ということになるでしょう。つまり、それを否定することは蓮祖漫荼羅を否定することになります。「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
(3) 社会の戦禍その他に目を向けよという意見はいいでしょう。では、その創価学会は何をしてきたのか、イラン、イラク、イスラエル、北朝鮮という核問題にも関わる国に対して、どのような折伏・広宣流布をしてきたのかという問いに対して、「これからする」という答えが返ってきました。これは要するに創価学会は過去半世紀、何の平和行動も実際の戦禍に対しては行ってこなかったことを意味します。また、その世界危機の重要人物であると目されるブッシュ、フセイン、ラディン、金という人々にどのような折伏をしてきたのかという問いに対しても「これからする」というわけです。
結局のところ、戦禍からの脱却のための平和のための実際行動をいままで何一つやってこなかったのが創価学会の実態であることが明らかとなりました。それにも関わらず、あたかも世界に向けて折伏・広宣流布を行っているように見せかけ、巨額の「広布基金」「特別財務」という寄付を集めるその口上に「広宣流布には金がかかる」と言ってきた実際の広宣流布なき収奪をわたしはそうか創価学会の「罪」の一つとして、明示したいと思います。これまた「そうは思わない」という無責任な不同意とは無縁の提示です。
もし、創価学会池田さんが上述の国家、人物に折伏をし、世界平和のために広宣流布をすい試飲しているというのであればその実例を挙げる以外の「思う・思わない」という個人の判断はここでは意味をなしません。
(以上でいう広宣流布は創価学会の用法を奪って論じたもので、わたしの各資料から考えるその語彙の原意とは隔たっています)
427
:
MILD SEVEN
:2003/10/27(月) 19:08
キリスト教界で異端とされる三位一体を認めない教派。エホバの証人。モルモン教。統一教会。
一方、池田創価は釈迦や法華経さえも否定しています。
やっている事は池田経でしょう。
これ以上、創価が体質改善無きまま政権に食い込むと、国民の税金を何に使われるか?不安です。
カルトの布教の為に世界に資金流失等、池田氏個人の勲章取りの費用かな?
本格的に世界征服の野望を燃やすでしょう。あの名誉会長連中は。
貧乏するのは一般国民・・・なんてことは阻止しましょう。
創価学会は変ですね。<法華経を否定する池田大作大先生>に従うなら、学会の御本尊など燃やしてしまえばいいのに。
どうせ、本山のものと違うものだから。
池田経で、ご本尊でも創作すればいいのに。
それとも詭弁経かな?
これからは、創価学会・池田経と呼びましょう。
http://bbs.infoseek.co.jp/Board01?user=kokoroqq
http://8022.teacup.com/momo7/bbs
428
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:00
犀角独歩さん
PCのウイルスは日々新しいもんがでて来ます。
ウイルスバスターの導入は効果があると思います。
私はネットで購入いたしました。
ワクチンの新しいものを、毎日送ってくれますよ。
>(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません。
同じレベルであろうとなかろうと、他者を攻撃してる事には変わりがありません。
あなたは私が日蓮正宗を『邪宗』ではなく諸悪の根源』と呼べばご満足でしょうが、私がそう呼べば、必ずまたそなたかが苦情を言って来ると思いますよ。
>また、わたしが戸田さんについて、かくのごとき結論を出すのは過去50年間の我が家の被害に基づく記述です。
なたのご家庭ではそうでも、私は、一家を挙げて大変よい影響を受けたのです。
へーそんな人もいるのだな、ぐらいの感がいたします。
>かつて創価学会・戸田さんは「日蓮正宗を国教化し国立戒壇を建てる」と言って、人心を煽動したけれど
私の持っている録音の中で戸田先生は『日蓮正宗を国教には絶対にしない 』とご発言です。
私はあなたよりも、戸田先生を信じます。
>それ故、その創価学会・戸田さんの指導に従った人々は多大な被害を被り、その脱会者は1000万人も上るものとなった。
大変ユニークなご意見ですが、私の周りにそんな人は存在致しておりません。
>戦後、日本社会において「折伏闘争」と称する常識を逸した勧誘行為を繰り返し、
蓮祖のご遺命ですから、文句は蓮祖にお願いいたします。
>さらに昭和45年に池田さんが社会に謝罪をしなければならなくなった言論出版妨害という自由への迫害など、
この問題は戸田先生の折伏とは無関係です、少し論理が飛躍していますよ。
>それらの創価学会の「罪」のその元々の原因は戸田さんに求められる故に「諸悪の根元」と説明の上で記したわけです。
あなたのご家庭で不幸な出来事があり、あなたは戸田先生のせいだと思っいる。
あなたが何を思いどうを主張され様とご自由です。
同じく、私が戸田先生を『地涌の菩薩の棟梁』として敬い、人生の師匠として心の底から尊敬申しあげることも自由です。
>それと不適切・差別語を弄して自分の所属する団体と敵対関係にある団体に暴言を吐くことと同レベルではありません。
あなたの発言は私には暴言であり、私の発言はあなたには暴言なのです。
立場が違うのですから双方が満足できる表現は存在しないでしょう。
お互いに耐えられ無ければ、無視するか、掲示板を去るしかないと思います。
429
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:21
>(2) 寛師漫荼羅という意見がありますが、寛師が書写したものを「寛師漫荼羅」ということ富士門では一般的なところです。
この表現自体に、宗門の思い上がりが顕れています。
自分達の法主は蓮祖と同格だ!との恫喝を私は感じます。
もちろん、あなたがお感じになられないことは、ご自由ですよ。
>寛師の漫荼羅が蓮祖の漫荼羅を写したものであるから、それは蓮祖漫荼羅であるというのはいちおうの意見として受け取れないことはありません。
寛師の曼荼羅などこの世に存在いたしません。
寛師書写の蓮祖の曼荼羅です。
一応であろうが、再応であろうがお力のある曼荼羅は、蓮祖のものしかありません。
それ以外は、蓮祖敵対の邪儀です。
>寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。
何が問題なのですか?
蓮祖の曼荼羅と相貌が違うのならば、偽曼荼羅です。
寛師が書いた事が事実ならば、寛師はその程度の法主です。
さもありなんとは思いますが、事実を知りませんのでおいておきましょう。
>他五老方が書写したものも、現在の顕師の書写したものもすべて蓮祖漫荼羅ということになるでしょう。
あたりまえです。
>それを否定することは蓮祖漫荼羅を否定することになります。
不思議な人ですね、何故くどとあたりまえの事を声高に述べているのですか?
432
:
沖浦克治
:2003/10/27(月) 22:53
>(3) 社会の戦禍その他に目を向けよという意見はいいでしょう。
いい意見などではありません。
意見として捉えている事態、蓮祖門下とは呼べないと思います。
広宣流布は蓮祖のご遺命です。
>その創価学会は何をしてきたのか、
宗門の反対を押し切りSGIを創設いたしました。
>イラン、イラク、イスラエル、北朝鮮という核問題にも関わる国に対して、どのような折伏・広宣流布をしてきたのかという問いに対して、「これからする」という答えが返ってきました
その通りこれから本格的にやるのです。
あなた方は何をやるのですか?
ご返事をお願いいたします。
>これは要するに創価学会は過去半世紀、何の平和行動も実際の戦禍に対しては行ってこなかったことを意味します。
反戦活動を精力的に行い、世界の識者たちからは高く評価をされております。
揚げ足をとっての決め付けは、どうかと思いますね。
ところで、あなた方は具体的にこの50年間、この問題に対してどのような行動をされていたのかを、お教えくださいませ。
>その世界危機の重要人物であると目されるブッシュ、フセイン、ラディン、金という人々にどのような折伏をしてきたのかという問いに対しても「これからする」というわけです。
あなたは少し蓮祖の法から外れているように感じられます。
『去ぬる建長五年[太歳癸丑]四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷今は郡なり、天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり、』(聖人御難事)
権力の移動により右大将家の立てた御くりやが日本第一となった、と仰せです。
主権在民の今、国家の元首を折伏し広宣流布を実現するとの思想は妄説にすぎません。
また、主権在民でない国は、いまだに機根が整っていないのです。
『、止観に云く「若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」と、弘決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」と』(災難対治抄)
蓮祖もこの様に仰せです。
ところであなた方はこの問題には如何に取り組まれるのでしょうか。
お聞かせください。
>結局のところ、云々
この部分はあなたの思ですから、私には関係の無い事です。
いくらでも思っていればいいと思います。
以上返事をさしあげました。
私は今回あなたに3つの質問を致しました。
先ずそれにお答えください。
その後次に(あればですが)進みましょう。
ご返答をお待ちいたします。
434
:
Jルーカス
:2003/10/27(月) 23:06
独歩さん
>寛師が書写した導師漫荼羅は蓮祖漫荼羅とその相貌が違うがこれを
蓮祖漫荼羅をできるのかという問題がまずあります。
横レスですが、別に無理に導師漫荼羅を出さずとも(これが一番分かり
やすいですが)日興上人も日目上人も蓮祖とは相貌の違う御本尊を書写
してますよね。
436
:
Leo
:2003/10/27(月) 23:32
他の掲示板で「荒らしの分類学」というスレをたて、荒らし対策のエチケットを解説
されているお方がおられます。その方のご意見や資料を参考にしますと、荒らし無視が一番
(しかない)とのことです。独歩さん、皆さんどうか話が通じる人とだけ議論される
ようお願いしたいと思います。一部の学会指導では「一言われたら百言い返して来い」
とされていますから、レスするだけ無駄と思います。
437
:
愚鈍凡夫
:2003/10/27(月) 23:40
>>406
:沖浦克治さん、
「広宣流布論」の続きを期待しながら待っているのですが。
あれで終わりですか。別に書き込んで頂くほどの内容ではないと思いますが。
> 罵りあいよりは、ともに未来を語り合う方がいいのではないでしょうか?
同じ事を何度も言わせないでください。小生はあなたを罵った覚えはないですよ。
あなたかがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
答えるふりをして論点をずらすのであれば、お辞めなさい。
それにいらざる干渉などしていません。自分の思う処をレスしているだけです。
あなたこそいらぬ干渉など無用です。
438
:
探訪者007
:2003/10/27(月) 23:47
、、、「サスガは荒らしのテクニック中盤戦、、??」の「御展開、、?」のようかと存じました、が。ハイ、。 今後も「ウデを磨いた荒らし人、、?」が続々と御登場かもネ、、? 大歓迎しましょうか、?
440
:
愚鈍凡夫
:2003/10/27(月) 23:58
訂正
誤→ あなたかがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
正→ あなたがレスした言葉をそのまま返したことはありますが、それはお互い様です。
あなたが邪宗という言葉で宗門を呼ぶならば、小生もこれからは創価学会を邪宗と呼ぶことにします。
441
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 00:15
愚鈍凡夫 さん
>「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
これは私に対する質問です。
すでに私がお答えしたのです。
私の質門にお答えください。
その後違ったご意見を述べて下さい。
442
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:21
沖浦克治さん
続けてその後のレスを読ませて頂きましたけれども、まあなんといいますか、「関係ない」「興味がない」「対話したくない」などと、ことごとく返答や議論を交わしたレスが多いですね。
丹念に読み直してみますと、沖浦さんが議論や対話を交わした内容とは、まさに証拠の提示を要求されたところであったといえます。
一応以下ざっと抜粋してみると、戸田さんが世界一だということから始まって、国立戒壇にしても、蓮祖直属にしても、いずれも「関係ない」「興味がない」「対話したくない」で証拠の提示を切り抜けているわけです。
証拠を求められてその提示を無視してレスを続けるという、大変、卑怯な手段でもって持論を強引に展開されてきておられることに気がつきました。
結局、それが創価学会という教団を象徴したものなのだと思いました。
*以下抜粋*********************
>224
>>国立戒壇の件
>興味がありません。
>衆立の意味なれば検討に値するでしょう。
>247
>> 蓮祖直属ならば、世界一ではありませんか。
>なぜ、蓮祖直属ならば、世界一なのでしょうか。
>また、戸田さんがなぜ蓮祖直属なのでしょうか。
(*返信内容がルール違反に抵触し、レス削除)
>345
>>学会が蓮祖直属であるその根拠は何でしょうか。
>>御書を拝する限り創価学会は蓮祖に反しているように思います
>お望みであればいくらでもお話をいたしますが、何故お知りになりたいのでしょうか?
>もし、ご自分が創価学会に真面目な興味をお持ちになられるのでしたら、対話をしたく存じます。
>この様な無礼名質問は無視いたします。
今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。
>355
>>大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。
>私は別に矛盾とは思いませんが、あなたがそう思われる事はご自由です
>>関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません。
>あなたには関係の無い事です。
>首を突っ込まなくてもいいのではないですか?
>359
>>故はあります。
所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
>381
>あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
以上*****************************
443
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:21
(つづき)
広宣流布の話や学会の将来像の前に、まずは抜粋したところについて誠実に答えて頂きたいものです。答えられないのであれば、沖浦さんのこれまでの主張は全て、根拠の示せないただの妄説ということになります。
>この掲示板にいらっしゃる皆様方は、今後の世界広布についてどのようなお考えをお持ちであるのか、お聞かせくださいませ。
>それよりも、今後の広宣流布について語り合う方が価値的だ、と思いますが如何でしょうか。
この掲示板は、世界広布を考える以前に、広めようとしている教えとは真に何だったのかを真面目に検証してきました。
ましてやこのスレッドは、創価学会の功罪を議論することを目的としているのであって、創価学会の世界広布や将来展望を語る目的で立てたものではありません。
スレッドのテーマを無視して、勝手なテーマを持ち出さないでほしいです。
>私は唯の人間です。
自信など少しもありません。
ならば、沖浦さんのご発言は全面的には信用できないということになりますね。
>ただ41年間の創価学会員としての人生中で、振り返れば信心をしていてよかったと思う場面が何度かありました。
私は、沖浦さんの投稿を読ませて頂いて、失礼ながら創価学会に縁がなくてよかったとつくづく思ってしまいました。辞めた方のお気持ちもわかる気がしました。
あなたはあなたですが、私は私で主張させて頂きます。
>397
>その上で申しあげますが、お互いに無関係になったことを認め、喜んでいるのですからあなた方が創価学会の現在の方針や、以前のいきさつに関して異を唱えられる必要はもはや無いと思います。
そんなことはないでしょう。これから広宣流布と称して、大きくなろうとしている組織なのですから、有縁無縁に関わらず、社会的見地からもからその動向について意見を持ち発言する権利は誰にでもあります。
また、沖浦さんは、宗門とは無関係だと主張されますが、関係を本当に断っていくというのであれば、まずは、邪宗だとみなす日蓮正宗大石寺から下付された本尊を全てお寺に返却すべきではないでしょうか。いまだに安置し拝んでいるならば、関係がないということは言えません。
444
:
アネモネ
:2003/10/28(火) 00:22
(つづき)
>392
>発言は全体の流れの中で判断せなばなりません。
まさに仰る通り。
しかしそう言っている沖浦さんは、この掲示板のこれまでの流れを全く無視して一方的な発言を続けられてきました。他人の家に土足で上がりこんで好き放題しているようなものです。
この掲示板では、御書の提示についてもその真偽について慎重に対処しております。少なくとも、真の日蓮仏法を真摯に追及する為に、証拠主義を重んじてきた経緯があるわけです。
ところが、沖浦さんの投稿は、その流れを全く無視した形で、一方的な個人の思いであるにも関わらず、極めて断定的に主張してこられているわけです。まるで論理的な説明になっていないばかりか、根拠を求められる質問が向けられると、「関係ない」「興味がない」「対話したくない」と回答を避ける姿勢。これでは、議論になっていません。
参加されるというのであれば、これまでのスタンスの流れのなかで、この度、抜粋した点についての根拠をまずは論理的に提示してください。
証拠や根拠が提示できないのなら、提示できないことを認めてください。
また証拠主義に異論があるならば、その理由を論理的に述べてください。
証拠主義のスタンスが理解できないならば、まずは過去ログをしっかり読んでください。
そのようなことに興味がない、関係がない、他の話がしたいというならば、沖浦さんこそ無理してこの掲示板に参加される必要はないはずです。よく考えてください。
犀角独歩ん、問答迷人さん、愚鈍凡夫さん、Jルーカスさん、Leoさん…は、投稿頻度は様々ですが、長くこの掲示板に参加されてきた論客方です。私とは違って、創価学会をよくご存知であり、教義の研鑚にも余念がありません。ですから、この方々の一連のレスは、まさにあなたの思いばかりの投稿に対して、反論の証拠を突きつけた内容だったわけです。ところが当の沖浦さんは、その突きつけられた証拠に対して、興味がない、関心がない、無駄だ、対話したくない、そうは思わないなどと交わすことで、突きつけられた証拠から目を背けてしまっているわけです。ですからその時点で、沖浦さんの持論に根拠なしの妄説ということになるでしよう。
しかし、前にも書きましたが、
>後は教義の内容に付いての討論は避けたいと思います。
と宣言されておられるのですから、実際にはこの時点で沖浦さんの論は事実上の敗北です。
>371
>投げ出したり致しません。
>無駄な事はしたくないだけです。
無駄なことだと強がってはいますが、要するに投げ出したことには変りないわけですね。教義を投げ出せば、それは、敗北宣言に変わりはありません。
敗北した人が、どんなに強がって断定的にものごとを言っても、それは負け犬の遠吠えです。
しかし負けを認めたくないのなら、教義討論で自らの主張をあくまで論理的に立証してみせて下さい。
>345
>自分の妄説を、他人に押し付ける事は愚かです。
教義討論を投げ出した沖浦さんこそ、何を言っても妄説となります。
妄説でないならば、無駄だと逃げずに、ここで証拠や根拠を示すことです。
創価学会の広宣流布も将来像の話もそれからにして下さい。
445
:
愚鈍凡夫
:2003/10/28(火) 00:25
>「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
>これは私に対する質問です。
これってどういう意味ですか?
他の人とのやり取りをどうこう言っているわけではないですよ。あなたは時々訳の分からぬ事を言い出しますね。それも一つの戦術ですか。誰のレスのことを言っているのかな?
それにあなたのは、如何なる質問に対しても答えにはなっていません。ただの決意発表です。
決意発表なら座談会でおやりなさい(しまった。今月は終わったんだ)。
>私の質門にお答えください。
何か質問されました。 (?_?)
遅いので強は寝ます。お休みなさい。
448
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:22
アネモネさん
創価学会の功罪を考えるとのスレッドに、学会批判しかなく、私のようにな創価学会員を皆様方で袋叩きにしている余蘊お見受け致しますよ。
>大石寺と無関係といいながら、その大石寺の26代住職・寛師漫荼羅を拝むこの矛盾。
寛師曼荼羅など存在いたしません。
あるのは寛師が書写した連尊曼荼羅です。(すでに何度も言っておりますよ)
>>関係がないのであれば、大石寺漫荼羅を拝むのは即刻やめましょう。止めません。
>あなたには関係の無い事です。
大石寺曼荼羅等はありません。
蓮祖の曼荼羅がたまたま大石寺にあるだけです。
>>>所謂、狸祭り事件の事につき、記録に基づき書いておきます。
どのような判断されるかは御自由に。
>>381
>>あなたのご指摘はご自由ですが、私には興味がありません。
391での私のレスです。
何も摩り替えていませんよ。
『この事件のことは、昔現場に居合わせた先輩から直接お聞きいたしました。
それによれば」事実はあなたの書き込み内容とは全く違っております。
先輩はすでに故人にならておられますが、信用の出来る人物でした。
小笠原師は、その後戸田先生に深く傾倒をされ、蓮華寺事件の時は創価学会がわにたって戦われたことは、有名な事実です。
本当に戸田先生に殴打された人物が、そんな態度を取るとは私には思えません。
あなたが、どのようなご意見を述べられようとご自由ですが、私は、あなたの発言を引き出してはおりません。
あなたがご自分で判断されて書き込まれたのです。
あなたが、あなたの責任に於いてご意見を自由におのべになられるように、私が、私の責任に於いて自分の意見を持つ事も、また自由ではないでしょうか?
私は、戸田先生が仮にどのような破廉恥な罪を犯しておられたとしても(そんな事はありませんが)戸田先生を世界一の人物として心の底から尊敬する気持は、決して変わりません。
以前、他の掲示板で、戸田先生におめかけさんが二人いたのに何故尊敬するのか?とのご質問をいただきました。
私は、もしおめかけさんがいたらなぜ尊敬をしてはいけないのか?と不思議に思いました。
これは、それぞれの価値観の問題です。
その方に、私が価値観をあわせなければならない必然性がどこにあるのでしょうか?
あなたに対しても同じ気持です。
戸田先生が、小笠原師を殴るようなお方ではないことを、私はよく知っておりますが、たとえ殴った事が事実であったとしても、別に私にはどうでももいいことです。
あなたがこだわるのはご自由ですが、私にはそんな事は余事にすぎません。
殴っていようといまいと、どうでもいいのです。
あなたは問題意識を持ち、私は持たない。
それだけのお話です。
何故むきになって私を責められるのか、理解に苦しみます。』
449
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:35
アネモネさん(つづき)
>>>国立戒壇の件
>興味がありません。
国立戒壇を民主立(民主主義ですから当然そうなります)として議論を行なうのならば参加致しますが、国家権力に夜戒壇の建立は邪儀であり間違いです。
>> 蓮祖直属ならば、世界一ではありませんか。
>なぜ、蓮祖直属ならば、世界一なのでしょうか。
ご本仏直属が世界一でナイト考えるのであれば、蓮祖の門を去るべきでしょう。
このようなどご質問には驚きえお覚えますね。
『問う汝が弟子一分の解無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何、答う此の人は但四味三教の極位並びに爾前の円人に超過するのみに非ず将た又真言等の諸宗の元祖畏厳恩蔵宣摩導等に勝出すること百千万億倍なり、請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈熈連一恒の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ、妙楽の云く「若し悩乱する者は頭七分に破れ供養する 』(四信五品抄)
『又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事かへすがへす不思議にをぼへ候、そのゆへは僧となりぬ其の上一閻浮提にありがたき法門なるべし、設い等覚の菩薩なりともなにとかをもうべき、まして梵天帝釈等は我等が親父釈迦如来の御所領をあづかりて正法の僧をやしなうべき者につけられて候、毘沙門等は四天下の主此等が門まほり又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし、其の上日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず但嶋の長なるべし、長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上面目なんど申すは旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始はわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう房がごとし、わ御房もそれていになりて天のにくまれかほるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうるでう物くるわし、定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん、ねずみがかわほりになりたるやうに鳥にもあらずねずみにもあらず田舎法師にもあらず京法師にもにずせう房がやうになりぬとをぼゆ、言をば但いなかことばにてあるべしなかなかあしきやうにて有るなり、尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名かかたがた不思議なるべし。』( 法門申さるべき様の事)
450
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 01:51
>また、戸田さんがなぜ蓮祖直属なのでしょうか。
この件につきましては、何度も具体的に申しあげております。
>今後もこの様なことを続けるのでしたら、あなたとの対話はお断りいたします。
この方は、私専用の新聞や本が創価学会にあるのかとの、ご質問をされました。
そんなものがあるはずが無い事は明らかです。
単なる揶揄です。
相手にする必要はありません。
>広宣流布の話や学会の将来像の前に、まずは抜粋したところについて誠実に答えて頂きたいものです。答えられないのであれば、沖浦さんのこれまでの主張は全て、根拠の示せないただの妄説ということになります。
すでに示しました。
>この掲示板は、世界広布を考える以前に、広めようとしている教えとは真に何だったのかを真面目に検証してきました。
ましてやこのスレッドは、創価学会の功罪を議論することを目的としているのであって、創価学会の世界広布や将来展望を語る目的で立てたものではありません。
スレッドのテーマを無視して、勝手なテーマを持ち出さないでほしいです。
であるならば『創価学会の過去の功罪を議論する』となさるべきであったでしょう。
済んでしまった出来事よりも、今後の功罪の方が重要だと思います。
>ならば、沖浦さんのご発言は全面的には信用できないということになりますね。
あなたはご自分に、そんなに自信がおありなのですか?
私は成長途上の人間です。
自信などありません。
だから自信が持てるべく、必死で努力をしている最中です。
>私は、沖浦さんの投稿を読ませて頂いて、失礼ながら創価学会に縁がなくてよかったとつくづく思ってしまいました。辞めた方のお気持ちもわかる気がしました。
あなたはあなたですが、私は私で主張させて頂きます。
創価学会の信心を体験した事の無いあなたが、そのようなことを言われる事は不思議です。
452
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 02:09
>そんなことはないでしょう。これから広宣流布と称して、大きくなろうとしている組織なのですから、有縁無縁に関わらず、社会的見地からもからその動向について意見を持ち発言する権利は誰にでもあります。
発言はご自由でしょう。
内政干渉は不必要だといっているのです。
宗門が念仏になろうと、真言を唱えようと私は構いません。
それは宗門の問題であり、創価学会の問題ではないからです。
隣の家庭のおかずの内容にけちをつけつような行為は、慎むべきです。
>また、沖浦さんは、宗門とは無関係だと主張されますが、関係を本当に断っていくというのであれば、まずは、邪宗だとみなす日蓮正宗大石寺から下付された本尊を全てお寺に返却すべきではないでしょうか。いまだに安置し拝んでいるならば、関係がないということは言えません。
何度も言いますが、日蓮正宗大石寺から下付されたご本尊は、私のの家庭にはありません。
>この掲示板では、御書の提示についてもその真偽について慎重に対処しております。少なくとも、真の日蓮仏法を真摯に追及する為に、証拠主義を重んじてきた経緯があるわけです。
それはどなたがお決めになられたのでしょうか。
また何故最初に断り書きを入れておかないのですか。
>犀角独歩ん、問答迷人さん、愚鈍凡夫さん、Jルーカスさん、Leoさん…は、投稿頻度は様々ですが、長くこの掲示板に参加されてきた論客方です。私とは違って、創価学会をよくご存知であり、教義の研鑚にも余念がありません。
この方々が創価学会の真実を知っておられるとは、私にはとても信じられません。
参加経歴は、真実とは無関係だと思いますよ。
>まさにあなたの思いばかりの投稿に対して、反論の証拠を突きつけた内容だったわけです。ところが当の沖浦さんは、その突きつけられた証拠に対して、興味がない、関心がない、無駄だ、対話したくない、そうは思わないなどと交わすことで、突きつけられた証拠から目を背けてしまっているわけです。ですからその時点で、沖浦さんの持論に根拠なしの妄説ということになるでしよう。
おかしな事をおっしゃいますね。
何故私の意見が思い付きですか。
失礼な言葉です!
私は昭和52年から、悩みぬいてこれらの結論に到達したのです。
少なくとも私は、蓮祖の教えを教えてくれた創価学会を守ろうと思っています。
都合が悪くなると逃げ出して創価学会の悪口を言っている、どこかの法華講の元学会幹部などとは違うのです。
453
:
沖浦克治
:2003/10/28(火) 02:25
アネモネさん
犀角独歩さんの425のレスです。
>(1) 石山を「邪宗」ということ、戸田さんを「諸悪の根元」というのは同レベルではありません、云々。
明らかに私に対するものです。
レス380での
『 沖浦克治 投稿日: 2003/10/25(土) 16:45
管理人様
日蓮正宗が邪宗と私の表現に苦情を述べる人が、ご自身では、
298『戸田さんは『諸悪の根本、当然のことでしょう。』
との発言をされていますね。
おかしいと思いますが如何でしょうか?』
私の発言にたいする返答であることは明らかです。
(2)(3)についても明らかに私に対するご意見です。
それに対して私は誠実にレス432で答え、最後に
『
以上返事をさしあげました。
私は今回あなたに3つの質問を致しました。
先ずそれにお答えください。
その後次に(あればですが)進みましょう。
ご返答をお待ちいたします。』
と結んでおります。
質問やご意見に誠実にお答えし、その後当方が質門を返しました。
その後にまた新たな対話をしょう、と提案もしておりますよ。
彼の答えです。
『 >「そうは思わない」などという無責任な不同意はここでは論外とします。
>これは私に対する質問です。
これってどういう意味ですか?
他の人とのやり取りをどうこう言っているわけではないですよ。あなたは時々訳の分からぬ事を言い出しますね。それも一つの戦術ですか。誰のレスのことを言っているのかな?
それにあなたのは、如何なる質問に対しても答えにはなっていません。ただの決意発表です。
決意発表なら座談会でおやりなさい(しまった。今月は終わったんだ)。
>私の質門にお答えください。
何か質問されました。 (?_?)
遅いので強は寝ます。お休みなさい。 』
大変不誠実に感じます。
自らは質問をし回答に窮すると話を摩り替えているのは、私ではなくこの人ですよ。
455
:
ドプチェク </b><font color=#FF0000>(Liye31iI)</font><b>
:2003/10/28(火) 02:50
ここ最近、他に用があって、日蓮関係や創価学会関係の掲示板には、滅多に書き込みをする事がない私で、こちらの他のスレッドにおけるレスも、まだしていない状態なのですが、今日は久々に少しばかり。
こちらの掲示板は、最近、ある御仁によるいきなりの乱入?の為、他の人たちがずいぶんと迷惑されているようですね。
私は以前、創価学会関係の掲示板でバリバリ系の盲信的・狂信的創価学会員たちによって、まるで私が学会を潰す陰謀を企てている人間であるかの如く、事実無根のレッテルを貼られ、理不尽極まる到底許し難い攻撃を受けた事があります。
私の経験上からこれだけは断言できますのは、その手の連中は、何よりも「自分たちの方が絶対に正しくて、相手の方が絶対に間違っている」といった極端なまでの独善的で偏狭な考えを前提にして、話を進めようとしているわけなのですから、普通の感覚の人たちとの間で、到底マトモな話し合いなど成立するはずがありませんよ。
ちなみに、その事と関連した内容の書き込みを下記の掲示板にある「金満虎研究」という所に記しています。
http://www19.big.or.jp/~sunshine/soukagakkai/sonota/theme-touron.cgi
とにかく、そんな類の連中なんて本気で相手にしてもほとんど何の意味もなく、時間の無駄に他ならず、まさに百害あって一利なしで、まぁ、単なる暇潰しの相手として関るぐらいなら、いいんじゃないかと。
たとえ自分の考えとは異なったものであったとしても、他者の意見に対して謙虚に耳を傾ける、そういった人間としての基本的な姿勢に欠けている幼児レヴェルの人間の事は、436でLeoさんがおっしゃっていますように、出来るだけ無視して行く方が良いのではないかと思うんですけどね。
ところで、こちらに乱入された人の書き込み内容や思考法・反論の仕方は無論の事、文章に表れる微妙なトーン・行動パターン等を見ていると、以前、複数の創価学会系の掲示板に登場していた(実は今でも、複数のHNを使い分けて登場しているのではないか?との疑惑がある)、ある御仁のそれと本当によく似ているような気がして来るんですが、私の単なる思い違いなんでしょうか?(^ー^)
まぁ、とにかく、これにて失礼させていただきます。
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