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第46回衆議院議員総選挙(2013年?)
8347
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:12:38
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000255-mailo-l29
揺れる民意:/中 民主 「風任せ」から脱皮を /奈良
毎日新聞 12月19日(水)16時54分配信
投開票日の夜、小選挙区奈良3区で議席を失った民主の吉川政重氏(49)の事務所は、静まりかえっていた。吉川氏が頭を下げて声を振り絞る。「大敗北となったが、一から出直したい」。最終的な得票数は、維新の候補者を下回った。
追い風に乗って3万票以上の大差で自民の奥野信亮氏(69)を破ったのは3年前の夏。あの日と、何もかもが変わっていた。
集会を開けば、住民から「前回のようには応援できない」と目を背けられる。連合奈良以外の団体の反応も冷たくなった。首長も同様だ。前回選で吉川氏を支援した平岡仁・広陵町長は「吉川さんの人柄は良い。だが、民主は国民の期待を裏切った」として中立の立場を貫いた。自民優位が伝えられた終盤、外からは陣営の雰囲気は意気消沈しているように見えた。吉川氏の秘書は「前回より、本人もスタッフも頑張った」と否定しつつも、「それなのにこの結果とは」と嘆いた。
県内の比例代表の民主票は9万5040票で、前回から4分の1程度に激減。大半は維新に流れたとみられる。政権批判がそのまま反映された形だ。吉川氏も「党のゴタゴタで国民に不信感を与えた」と敗因を挙げた。滝実法相の後を継いだ2区の百武威氏(37)、前回比例復活した4区の大西孝典氏(56)も結果的に維新の後塵を拝した。
全国的な惨敗の中、県内で唯一議席を守ったのが1区の馬淵澄夫氏(52)だ。前回は解散後、他候補の応援演説などで4日間しか県内入りしなかったものの、12万票を獲得した。しかし危機感を強めた今回は解散後、党本部に「地元に張り付かせてほしい」と要請。応援を4日間に減らし、すべて日帰りで影響を最小限に抑えた。
民主にとって1区は、守らなければならない議席だった。民主党県連幹部は「比例復活ではダメ。ここで負けると、県連が立ち直れない」と強調した。
「今までに経験したことのない選挙。政党ではなく、馬淵澄夫という政治家が奈良にとって、国にとって必要かどうかを訴えた」と馬淵氏。演説はイメージを意識したのか、「民主」という政党名を避けているように見えた。
3年前、勢いに乗って政権交代を果たした。しかし追い風は方向を変えて「逆風」となり、なすすべなく敗れた。「党の再建には、次に政権を担う時はこうするというのを一つ一つ積み上げることだと思う」と馬淵氏。「風任せ」からの脱皮は急務だ。
12月19日朝刊
8348
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:13:07
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000180-mailo-l29
揺れる民意:/下 維新 「様子見」の比例首位 /奈良
毎日新聞 12月20日(木)15時53分配信
今年5月、県内の政界を驚かせる出来事があった。自民が推薦する候補と、みんなが推薦の候補が激突した香芝市長選だ。みんなの推薦候補には、維新の大阪府議らが応援に駆け付けた。奈良3区最大の票田の香芝で、既成政党と第三極が新人を推薦し合う構図で、「衆院選の前哨戦」とも言われた。
結果はみんなの推薦候補の勝利。県内でも第三極の勢いを実感する結果となった。「『府民』が多い奈良で維新が躍進するのでは」という憶測が流れた。
その予感は衆院選で一部、現実のものとなった。維新は小選挙区と比例代表で明暗がはっきりと分かれた。
小選挙区の敗因は、知名度不足だ。出身校や勤務先が奈良の候補はいたが、地盤をほとんど持たない「半落下傘候補」とも言える顔ぶれだった。
加えて、準備不足もたたった。4区の松浪武久氏(45)が出馬表明した時は、投開票日まで3週間余りしかなかった。1区の大野祐司氏(52)の陣営は家族や親戚が中心で、2区の並河健氏(33)の選挙運動は、仕事を休んだ父や妻が支えた。選挙経験がなく、事務所探しから街頭活動の方法まですべて手探り。大野氏は「時間が足りなかった」と振り返る。
自民の高市早苗氏(51)は集会で「生駒の山を越えて強い風が吹いてくる」と述べ、維新を警戒したが、小選挙区に限っては杞憂(きゆう)に終わった。太陽の党と合流したことも影響したとみられる。最終日の15日に橋下徹・代表代行が応援に駆け付けたものの、流れは変わらなかった。ある陣営は「もっと早く来てくれればね」とこぼした。
一方、比例は県内で約21万を獲得し、第1党に躍り出た。小選挙区の4人の得票は計約17万票。少なくとも約4万人が他の政党候補に投票しつつ、比例で維新に投じた計算になる。有権者は維新に期待しながらも、今回は「様子見」に回ったとの見方もできる。これから、真価が問われることになる。
今回の衆院選で、来夏に控える参院選、奈良市長選の台風の目になり得ることを数字で示した。奈良維新の会代表の山本進章(のぶあき)県議は参院選について「本部の方針が第一だが、(候補者を)立てるだろう。地方組織をきちんと確立させたい」と自信をのぞかせる。
自民は来年1月中に参院選の候補者を発表する予定だ。再び民主を交えた三つどもえの構図になるのか。水面下の駆け引きは、もう始まっている。(この連載は伊澤拓也、釣田祐喜、熊谷仁志、山本和良、矢追健介が担当しました)
12月20日朝刊
8349
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:22:48
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=536222217
政流転(1) 民意の振り子に戸惑い
早朝から続いたテレビ出演を終え、自民党の役員会に臨む石破茂幹事長=17日午前、東京・永田町の党本部
自民興奮と危機感 民主「風任せでは勝てぬ」
16日投開票された衆院選で自民、公明両党が政権を奪還した。ただ、自民、民主両党が大勝と惨敗を繰り返す激しい議席の変動に、勝者も戸惑う。戦いを振り返り、“流転”を続ける政(まつりごと)の現場を追う。
「歴史的という言葉は、今回のような時のためにある」
17日未明、東京・永田町の自民党本部。前夜から続いた衆院選開票結果の取材対応で終始、謙虚で抑制的だった石破茂幹事長(衆院・鳥取1区)が、帰り際にふと漏らした。政権奪還の宿願を遂げた高ぶりがあった。
安倍晋三総裁から幹事長留任のお墨付きを得て、同日朝から、自民党役員会などの合間に出演したテレビ番組は12本。午前7時のNHKニュースでは「補正予算や税制をどうするか議論する。首相指名を待たずに具体的な作業にかかる」と述べ、政界の実力者としての自負をにじませた。
下野した後、閑散としていた自民党本部に活気が戻った。午前10時半、細田博之総務会長(同・島根1区)の部屋に、農林水産省事務次官ら幹部5人が入った。大型補正予算、新年度予算の編成へ、霞が関の官僚の「自民党詣で」が始まった。
比例57議席どまり
325議席―。連立政権を組む公明党と合わせた議席は、参院で法案を否決されても衆院再可決を可能とする3分の2を超えた。
しかし自民党内に高揚感はない。政権を失った2009年衆院選に至る国会で、衆院の3分の2の議席を持つ自公政権が再議決を繰り返し、批判を受けた。
当時、幹事長だった細田氏は「無理すると参院の問責決議で大変なことになる。夏までは予算案を通すのが仕事」と“安全運転”の必要性を説く。
圧倒的な議席獲得にも、企業・団体からの支持取り付けに動いてきた竹下亘組織運動本部長(衆院・島根2区)の表情はさえない。
「比例代表の議席数が自民党の実情を表している」。自民党の比例代表の得票は前回選に比べ、鳥取は3・9%減、島根は14・1%減った。全国の比例議席は過去最少の前回に比べ2議席増の57議席どまり。自民党の足腰はまだ弱く、振り子のように振れる民意の前では、今回の勝利が続く保証はない。
来夏の参院選が勝負と見る竹下氏は16日深夜、安倍総裁に「留任したい」と直談判した。17日から1週間で「100カ所以上の企業団体を回る」との目標を自らに課し、興奮と危機感が交錯する党本部を後にした。
組織の一新必要
「国会議員でなくなったので、県連代表を辞任したい」。鳥取2区で落選した、湯原俊二民主党鳥取県連代表は17日午前、同党県連幹部に電話で辞意を伝えた。
同じころ、島根1区で敗れた同党の小室寿明島根県連代表は、あいさつ回りで訪れた連合島根の岩田学会長から厳しい言葉を突き付けられていた。
「労組依存から脱皮せんといけん。風任せでは勝てない」
追い風を受けた前回選から3万3千票を減らした惨敗。逆風を受けたとはいえ、3年3カ月、政権与党の座にありながら、支持は広がりを欠いた。
小室氏は17日、メールマガジンで「地を這(は)う決意で踏ん張ります」と配信したが、進退には口を閉ざす。県連幹部の1人は「世代交代を含め、組織体制の一新が必要だ」と漏らした。
('12/12/18 無断転載禁止)
8350
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:23:06
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=536275217
政流転(2) 原発政策際立つ違い
原発再稼働の必要性を強調した自民党の細田博之氏=15日、松江市中原町
自公、連立の土台“先送り”
18日午後、東京・永田町の国会で、自民、公明両党の党首らによる連立政権への協議が始まったが、会合はわずか30分で終わった。
衆院選で最大の焦点となったエネルギー政策や集団的自衛権の行使など、連立政権運営の土台となるべき問題は封印された。
同席した自民党の石破茂幹事長(衆院・鳥取1区)は「独自政策にこだわると(政権)合意できない。取り組むべきは景気対策」と説明した。
「タカ派路線」の安倍晋三総裁が率いる自民党と「平和の党」の公明党。石破氏の言葉には、根本政策に違いがある両政党が連立政権樹立前から軋轢(あつれき)を生じさせれば、政権基盤が壊れかねないとの危機感があった。
参院選へすり合わせ
両党の政策の違いは、原発政策で際立った。島根1区で当選した自民党の細田博之氏は、選挙戦最終日の15日夜、松江市内での演説で「島根原発1〜3号機は安全となった上での稼働は当然だ」と、ひときわ声を張り上げた。
これを受けた選対本部長の細田重雄県議も「原発を抱える注目の選挙区。その細田の訴えが1区の民意だ」と重ねた。
衆院選で細田氏を推薦し、最後の演説に同席した公明党島根県本部の三島治代表は「そこまで踏み込むのか」と驚いた。
公明党の原発問題の公約は「40年運転制限制を厳格に適用」。選挙戦でも「1年でも早く原発をゼロにする」と訴えてきた主張と大きく食い違う。
自民党中枢の細田氏が、2014年に運転開始から40年を迎える1号機の再稼働を容認する発言に三島氏は「参院選に向け、基本政策をすり合わせないと厳しい」と危ぶんだ。
公明党「不要論」も
公明党の斉藤鉄夫幹事長代行(比例中国、島根県邑南町出身)は当選を決めた直後「自民党の右傾化の流れを阻止するハンドル役を果たす」と、党の存在意義を強調した。
しかし自民党は294議席の大勝。憲法改正では日本維新の会との連携もささやかれる中で、31議席の公明党の「不要論」さえ噴き出しかねない。
自公両党が連立政権協議を終えた18日夕、斉藤氏は「憲法改正やエネルギー政策は息の長いテーマ。独立した党としてじっくり議論していけばいい」と述べ、懸案の“先送り”を示唆した。
さらに、民主党と連立政権を組んだ社民党が、沖縄県の米軍普天間基地問題で対立して離脱、党勢衰退に追い込まれたことを例に、こう説明した。
「社民党のようにとんがって連立離脱するようなパフォーマンスではなく、落ち着いた政治をやりたい」
その言葉には、主張を貫くほど、自民党との溝を深める苦しい党の立場がにじんだ。
('12/12/19 無断転載禁止)
8351
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:23:31
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=536278217
政流転(3) 与党で支持広がらず
衆院島根1区で落選し、支援者の前でインタビューに答える小室寿明氏(右)=16日、松江市西嫁島1丁目
民主、地方議員の弱さ露呈
「今回は見送らせてください」
衆院解散の2日後の11月18日朝、民主党島根県連の和田章一郎代表代行は電話の内容に耳を疑った。
電話の相手は、いったんは和田氏の説得を受け入れて衆院島根2区に出馬の意向を固めた石田祥吾氏だった。
石田氏が秘書として仕えていた小室寿明前衆院議員が17日に国会から帰県して慎重姿勢を示したのだ。
小室氏には、自身が2005年に同2区で惨敗した経験があった。松江選出の県議で、2区に支援組織がなかったことも響いた。石田氏も松江市出身で、出雲市内の高校に通った以外、自身で築いた地盤がなかった。
18日夕の2区総支部幹事会で、県議から説得された石田氏は出馬を決断したが、結果は大敗に終わった。
意見交換会168回
敗戦の背景には、民主党が与党になった後も支持組織を増やせなかった現実がある。
衆院選公示前日の3日、民主党島根県連の角智子幹事長は、松江市袖師町の島根県医師会館で、政治団体・県医師連盟(加藤哲夫委員長、約1200人)の関係者から「『支援』との結論になりました」と告げられた。
同連盟は10年参院選で全国団体が民主党支持を打ち出したことから自主投票とし、両党を同等とした。しかし今回の衆院選は島根1、2区で自民党候補のみを推薦。両党に差をつけた。
診療報酬改定などが民主党政権下で実現したが、連盟側は自民党回帰の理由を「過去の衆院選で応援してきたいきさつ」(加藤委員長)と説明した。
民主党県連は与党になった後、業界団体や自治体首長らと予算や政策への要望を聞く意見交換会を168回実施。自民支持団体を切り崩す狙いもあったが、民主支持は限定的だった。
角幹事長は「長年の自民党との太いパイプがあり、変えるのは簡単ではなかった」と認めざるを得なかった。
自民はピラミッド
県内の業界団体との関係について、自民党島根県連の福田正明幹事長は「県政与党だったことで、県の予算編成で連携し、意見交換してきた」と指摘。野党転落後も保ってきた自民党の強さの要因は地方議会とする。
県議会(定数37)で自民党議員連盟23人に対して、民主系の民主県民クラブは9人。業界団体へのあいさつ回りでも、自民党は地方議員が9月以降、170団体にローラー作戦を展開した一方で、民主党は解散後はほとんど回れなかった。角幹事長は「地方議員の差」と反省を込めた。
地方議員は選挙の実動部隊ばかりでなく、国政進出を目指す人材育成の機能も担う。
2年前、参院選島根選挙区に出馬した後、島根県議に転身した岩田浩岳県連幹事長代理は「向こう(自民党)はピラミッド。有権者との接点を増やすには、地方議員を増やさないといけない」と話し、党の土台を広げる必要性を痛感している。
('12/12/20 無断転載禁止)
8352
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:23:55
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=536283217
政流転(4) 苦悩する既存小政党
松江市内で開かれた演説会で、比例中国ブロックの社民党候補の演説を聞く支持者=11日夜、松江市殿町、県民会館
他党と主張重なり埋没
「このままでは島根の農業は壊滅的です」。衆院選島根1区に出馬した共産党の吉儀敬子氏は11月中旬、島根県東部のJA幹部に環太平洋連携協定(TPP)反対の立場を訴えた。
国政選挙で、同党島根県委員会が自民党支持の根強いJAを訪ねたのは初めて。全面協力は得られなかったものの、党名入りの「TPP反対」のポスターをはる支店もあった。
中林隆委員長は「全部(の政策)は無理でも、TPPに絞れば協力ができるのではないか」と、個別の政策で他党の支持層に切り込む狙いだった。
比例票は大幅減
TPPと並んで同党が訴えたのが原発即時廃炉。ところが解散後、原発に反対姿勢を示す日本未来の党が誕生し、公明党、社民党とも主張が重なった。
自民、民主との三つどもえとなった島根1区では、吉儀氏が反TPP、反原発票の受け皿にもなり、前回選に比べて58・8%増の1万4173票を得た。しかし、9年ぶりの議席奪還を狙った比例代表は1区内で28・8%減の9075票。有権者が小選挙区と比例代表の票を“使い分けた”様子が読み取れる。
実際、原発停止を願う、松江市西川津町の介護アルバイト、長岡瞳さん(21)は小選挙区は吉儀氏に投じたが、比例代表は「(原発停止の)意見を通すため、ある程度議席が取れる党」との判断で、日本未来の党に投票した。
中林委員長は「『反対』だけでは駄目ということ。有権者に『共産党はこれだけやってくれた』という実感を抱いてもらえないと、党への信頼は高まらない」と、苦悩を打ち明けた。
危機感あらわに
比例代表の得票が減少した社民党は、組織衰退が深刻だ。
11日夜、松江市内で開かれた比例中国ブロック候補の演説会は、島根県東部で唯一の開催にもかかわらず、来場は35人ほど。
このうち、社民党の「東の牙城」と言われた、旧大東町職員労働組合があった雲南市大東町からの参加は10人に満たず、同組合関係者は数人だった。
旧大東町職労は、市町村合併で雲南市職労(約430人)に吸収。市議選では120人ほどの旧大東町出身者で支援するが、今や国政選挙では自治労に従って民主党を支援する。
旧大東町出身の40代の組合員は「今は組織の少数派。国政選挙で社民党支持を打ち出しにくい」と打ち明ける。
組織の衰退ぶりを象徴するように今回の選挙で、大東町を含む旧大原郡での社民党の得票は前回選比38・8%減の610票。県全体では48・94%減の8804票に終わった。
同党県連の清水勝代表は「1万票を下回るとは想像だにしなかった」と嘆息。党も改選5議席が2議席に減った。「根強い支持者がおり、5議席は確保できると思っていた。国会議員は6人で(政党要件の5人という)下限が迫っている」と、来夏の参院選に向け危機感をあらわにした。
('12/12/21 無断転載禁止)
8353
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:24:11
http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=536304217
政流転(5) 参院2現職個の戦い
松江市内で開かれた演説会で、比例中国ブロックの社民党候補の演説を聞く支持者=11日夜、松江市殿町、県民会館
“第2幕”自民は擁立難航
亀井亜紀子参院議員(島根選挙区)が19日午後、益田市の萩石見空港に降り立った。地元入りは1カ月ぶり。益田市内で支持者に「みどりの風として戦いたい」と、無所属で来夏の参院選に臨む意向を伝えた。
衆院選では国民新党を離党して連立政権を離脱した経緯から「中立」を宣言。衆院の公示中は、亀井氏の秘書が民主党候補の支援に動いたが、亀井氏自身は沈黙。自身が当選した2007年の参院選の「反自民共闘」の再構築は見えない。
民主党県連幹部は「戦うしかないだろう」と話し、対抗馬擁立の模索を始めた。
新しい一歩
「首相補佐官もあと1カ月」。民主党の川上義博参院議員(鳥取選挙区)は衆院選公示前の1日、米子市で開いた自身の後援会会合で「下野」を宣言した。
「政権運営の失敗を糧として新しい一歩を踏み出す」と、鳥取2区の党候補の支援要請もそこそこに、来夏の自らの戦いに備えた。
2区の候補は落選したが、川上氏は自民候補の得票に「これなら勝てる」とつぶやいた。投票率の低下と自民党の得票の伸び悩み。無党派層が動いていない証拠とみえた。
自民党から転身した川上氏は、農林水産業を中心に独自の支持層を形成。それは、自民党衆院議員の支持層とも重なる。
衆院選では石破茂自民党幹事長(鳥取1区)を支援した鳥取市内の建設会社の社長は、選挙が終わると石破氏のポスターを外した。この社長は「(石破氏より)川上が仕事をしている」と話し、選挙によって政党ではなく、候補を選んでいる。
党が力を失った今、川上氏は「川上党で戦う」と、個人の力で勝ち抜く覚悟を見せた。
まだ道半ば
衆院選に大勝した自民党だが、参院は過半数に満たない。石破幹事長は「参院選までが一つの選挙。まだ道半ばだ」と表情を引き締める。実際、山陰両県は自民党候補は未定だ。
島根県では、3年の野党暮らしで、県内の同党の政治団体収入は過去10年ではピークの03年に比べて4割減。
旧59市町村の地域支部を動かす参院選で、資金が不足するとみた党島根県連の福田正明幹事長が6月の県連大会で、候補の条件に「運動資金は自前で用意できる人」とぶち上げた。
竹下亘衆院議員(島根2区)の系列県議1人の名前が取り沙汰されていた中で、飛び出した細田博之衆院議員(同1区)系列の福田氏の発言。竹下系県議は「細田系は資金を出さないつもりか」と反発した。進みかけた候補者選考は今も、もつれたままだ。
県連会長の細田氏は「機は熟した」と選考に自信を見せるが、竹下系県議の1人は「衆院選で勝ち、参院選はまた振り子が振れる。政治不信は変わっていない」と分析。自民党の「連勝」に確信を持てないでいる。
=おわり=
('12/12/22 無断転載禁止)
8354
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:34:40
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20121220-OYT8T01515.htm
[よどむ県政]<上>維新推す知事 自民困惑
支持者らが詰めかけた塩崎の出陣式。陣営幹部が「厳しい選挙になる」と危機感をあおった(12月4日、松山市で) 衆院選投票から一夜明けた17日早朝、雨のJR松山駅前。6選を決めた塩崎恭久(62)(1区、自民党)はあいさつに立った。表情は、晴れ晴れとしていた。
「難しい選挙と思われたが、有権者に大きな期待をいただいた」。得票率52%の大勝は、開戦前に漂った「危機感」をみじんも感じさせない。
◇
3週間ほど前の11月24日午前、松山市内での塩崎の事務所開きで、参加者は塩崎を激励しながら、知事の中村時広(52)をけん制した。
「維新の風に加えて、大きな権力の風が吹いている」と陣営幹部がまゆをひそめた。前知事の加戸守行(78)は「かなうなら、私が現職の知事として応援したいくらいだ」と声を張り上げた。
中村はその3日前、日本維新の会新人の池本俊英(54)を「友人として」支援すると記者会見で明言していた。中村は、維新の橋下代表代行の〈盟友〉だ。池本は中村が松山市長時代に市議として「松山維新の会」を中心になって設立し、中村を支えてきた。
維新が参入し、県のトップが池本を支援したことで、自民支持層が揺れた。
集票を担ってきた業界団体の一部が自主投票とした。「知事との関係を重視したい」と池本支持を決めた建設業界団体もあった。塩崎の陣営幹部は「知事に遠慮して動けない人がいる。これまで人を出していた企業から音沙汰がない」と戸惑った。
塩崎陣営の選対責任者を務めた自民県議の戒能潤之介(50)は、集会の度に「維新に票を食われるのは我々だ」と危機感をあおった。
◇
「厳しい戦い」というアピールは支持者らを引き締めた。ふたを開ければ、自民への追い風以上に、順風だった。
塩崎は、特に経済対策に重点を置いた訴えの「反応の良さ」に、手応えを感じた。自民前議員としての安定感からか、商店街では店主らが「景気をどうにかして」と両手を差し出した。公明党は協力を約束し、塩崎は「1区は塩崎、比例は公明」と訴えて回った。
塩崎の別の陣営幹部は「知事のあからさまな池本への応援が、逆に反発を招いた」との見方を示した。
◇
中村は勝敗が決して一夜明けた17日、臨時の記者会見を開いた。池本の敗因を問われ、少し考え込み、「確かに現職のほうが日々運動しているわけで、(池本の)1か月足らずの運動とでは当然、差はでる」と答えた。そして「投票率が10ポイント低下しており、前向きな高揚感が今ひとつ感じられなかった」と振り返った。
一方の塩崎。万歳後の熱気に包まれた会場で、中村の行動について触れ、「自民を応援してくれた方々が今後、不利な扱いを受けないようにしてもらいたい」と、皮肉ともとれる要望をした。
自民は県議会の最大会派だ。中村との関係は緊張したものとなるだろう。県議の一人は「ノーサイドというわけにはいかない。感情論は残る」と推し量った。(敬称略)
■ ■
衆院選は、自民が県内4小選挙区を独占し、面目を保った。維新は比例復活して2議席を獲得し、民主は全議席を失った。「自民王国」は揺るがなかったが、県の政界に変調の兆しも見え隠れする。選挙戦を振り返る。
■ ■
衆院選は、自民が県内4小選挙区を独占し、面目を保った。維新は比例復活して2議席を獲得し、民主は全議席を失った。「自民王国」は揺るがなかったが、県の政界に変調の兆しも見え隠れする。選挙戦を振り返る。
(2012年12月21日 読売新聞)
8355
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:35:03
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20121221-OYT8T01610.htm
[よどむ県政]<中>組織弱体化 「風」もなく
白石洋一の街頭演説。市街地の交差点でも足を止める人は少なく、陣営幹部は「無視されているように思えた」(6日午後、新居浜市前田町で) 「街頭で何を訴えても、皆から無視されているように思えた」
衆院選公示後まもなく、愛媛3区の民主党候補だった白石洋一(49)の陣営幹部は気を落とした。
1区の永江孝子(52)の陣営幹部も「民主党と言うだけで話を聞いてもらえない。前回とは反応が全然違う」と、浮かない顔で漏らした。
県内小選挙区の民主候補だった3人とも前議員だ。それでも、2009年の前回選とは比較にならないほど、反応が悪かった。
無党派層を取り込む「風」はもはやなかった。そして、民主は県内で1議席も得られなかった。
◇
政権交代以降、もろさを露呈するかのように、県内でも離党者が相次いだ。組織はむしろ、弱体化していった。
民主の参院議員だった友近聡朗(37)は消費税増税に反対し、今年7月、小沢一郎の「国民の生活が第一」に合流。結局は日本未来の党公認で2区から出馬した。その2区では、民主は連合愛媛に、公認候補を立てるよう強く求められていたにも関わらず、擁立できなかった。
4月には、県連幹事長も務めた県議の横山博幸(62)が「増税などのマニフェスト違反は国民への裏切り」と離党していた。
原発政策の違いも反発を呼び、電力労組出身の県議、玉井敏久(49)は「(原発の停止で)仲間が苦しんでいるのを看過できない」として11月、党を離れた。民主系県議は現在2人しかいない。
「思えばいつも仲間内でもめていたような印象。政権を取るのは、早かったのかもしれない」。10年来、支持してきた松山市の会社員男性は、投開票2日前の14日、市内で党幹部の応援演説を聞いた後、つぶやいた。
労組関係者は振り返る。「3年前は、『政権交代』を旗印に、色んな人たちが協力し合えた。いざ与党となると、個々の政策の違いが表面化した。一枚岩になれず、組織の体をなさなくなった」
◇
党の政策と地方の実情のズレは、支持の広がりに影を落とした。
4区の高橋英行(40)は、党の方針に背き、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加に反対した。脱原発の原子力政策にも「伊方原発は地元の雇用の場になっている」と異を唱えた。
「地域重視」を打ち出す姿勢に、自民党寄りの農協や漁協からも支持を得た。地元の道路建設や赤潮対策などを進めるために奔走したことも、「南予のために頑張ってくれている」と評価された。
それでも、地盤である八幡浜市の農業男性は「一人で反対しても、党の決定の前には無力だ」と冷ややかだった。不運にも、選挙期間がミカン収穫の繁忙期と重なり、投票率は伸びなかった。
「コンクリートから人へ」の党の政策は当初、大洲市の「山鳥坂ダム」に反対する市民らから支持されたが、全国でダム工事が再開されるようになると、市民の心は離れた。
「地元のために汗を流してきた」と自負する高橋。敗れてから一夜明けた17日午後、八幡浜市内の事務所に立ち寄った高橋は、さばさばとした表情だった。が、ぽつりと、むなしい思いを口にした。
「この3年3か月間、いったい誰のために、何のために働いてきたんだろう」(敬称略)
(2012年12月22日 読売新聞)
8356
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:35:29
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20121222-OYT8T01146.htm
[よどむ県政]<下>突然の解散 体制整わず
合流が決まり記者の質問に答える横田(左)や池本(左から3人目)ら。横田は「やるからには勝つ」と意気軒高に語った(9月12日、大阪市内で) 「選挙が年内になるとは思わなかった。野田さんの暴走の巻き添えになった」。愛媛維新の会代表の県議、横田弘之(74)は、今でも悔しがる。
突然の衆院解散により、愛媛1区で日本維新の会候補の擁立に難航した松山維新の会会長、池本俊英(54)(元松山市議)は、結局は自らが立候補するしかなかった。そして衆院選開票日の16日夜、「(負けた)理由にはならないが、時間がもう少しあれば」と、敗戦の弁を述べた。
党本部が擁立を決めた4区の桜内文城(47)を除き、1〜3区で正式に出馬表明ができたのは、公示10日前の11月24日。短期決戦を余儀なくされた。
翼を広げようとしていた県内の維新勢力にとって、解散は大きな〈誤算〉だった。
◇
9月12日夜、横田は高揚していた。大阪市内のホテルに全国の維新支持者ら約4000人が集まり、日本維新の会の結党が宣言された後、松山、愛媛維新の幹部は会場を抜け出し、大阪維新幹部と会談に臨んだ。その場で、松山、愛媛は地方組織として最も早く、日本維新への合流を決めた。横田は「やるからには、(県内4選挙区の)すべてで勝ちたい」と報道陣に話した。
ただ、横田は今になって振り返る。「あのときが、最高の盛り上がりだった」
その後、調子が狂いだした。会談から1か月たっても、維新の党本部とは、肝心の選挙や連携の仕組みについて、すり合わせができなかった。党本部は全国の他の地方組織との連携に難航し、それどころではなかったという。
しばらく後、党本部から松山、愛媛維新に協定書が半ば一方的に送られ、「こちらの事情が考えられていない」と不満が漏れた。面会が松山市内で実現したのは1か月半後の10月30日。県内の維新に配慮するとの方向で連携していくことで決着しそうになったが、結局は解散で先送りとなった。
決定的に「風がピタリとやんだ」のは、第3極の結集に奔走する党本部が、石原慎太郎率いる太陽の党と合流した頃だという。松山維新の市議は「有権者には政策がぶれたように見えた」と冷静に分析する。
県内維新は思うように体制を整えられなかった。そして解散に意表を突かれた。
野田首相が解散を表明した11月14日、横田は「年明け選挙と思っていた。大急ぎで候補者をそろえないと」と慌てた。解散の数日前に海外視察から帰国した松山維新の市議は「帰ったら世の中が変わってしまった」とうろたえた。
◇
4選挙区では全敗した。選挙後、複数の維新関係者が「維新はまだ、全国的な選挙をやる力を持ち合わせていなかった。結局、勢いに頼ってやっていた」と漏らした。
「勢い」は見て取れた。比例四国ブロックでは自民党と同じ2議席を獲得し、県内から桜内と2区の西岡新(39)が復活当選。県内で維新が得た比例票は17万8754票で、自民党の21万8085票に次いだ。桜内の地元・宇和島市では維新が自民を上回った。
「選挙区で候補者個人への評価を受けられるほど時間はなかったが、維新への期待感はあった。『風』に期待しなくても実力で勝てる体制を整え、2年後の県議選に向けて、地道に同志を増やしたい」。横田は強調する。
西岡は「愛媛の維新の支持拡大に努める」と意気込む。桜内は「本当に悔しい。雪辱を期したい」と息巻く。
◇
民主党への不信任、自民党への消極的信任。そこに割り込んだ格好の維新。有権者の期待の「受け皿」は、よどんで見える。(敬称略、衆院選取材班)
(2012年12月23日 読売新聞)
8357
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:36:03
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/new_voyage/ren550201212185313.html
新たなる船出 総括 衆院選えひめ2012年12月18日(火)
来援した安倍晋三自民党総裁(右から2人目)と、加戸守行前知事(左端)。日本維新の会と保守分裂となった=7日、松山市(撮影・樋口和至)[1]保守分裂 自民 知事参戦で緊迫 圧勝も確執の行方懸念
第三極を巻き込んで自民、民主の二大政党が火花を散らした第46回衆院選。県内4小選挙区は自民が完勝する一方、比例四国では日本維新の会が2議席を獲得。選挙戦を終えた愛媛政界の地殻変動を追う。(敬称略)
「何十年もずっと書いてきた名前を(別の候補者に)変えることは、なかなかできるもんじゃないよ」
11月下旬、松山市で緊急に開かれた自民党前職塩崎恭久の後援会代表者会議。離島からはせ参じた元県議は解散直後にもかかわらず、圧勝を確信していた。「本当に維新が強いと思うかい?」
数時間前、松山維新の会会長の池本俊英が日本維新の会からの出馬を県庁で知事中村時広に報告。がっちり手を取り合い、必勝を誓った。前回2009年衆院選で塩崎の選対副本部長を務めた池本を触媒に、中選挙区時代の旧愛媛1区でしのぎを削った塩崎と中村の「代理戦争」が幕を開けた瞬間だった。
11月16日の突然の解散を受け、1カ月の短期決戦に突入した衆院選。「3、6、9月がヤマ場」と政局を見立て、自民は年初から迎撃態勢を整えた。
だが池本―中村連合の参戦により事態は急展開。「『厳しい』が『危ない』に変わってきている」―公示日の4日、出陣式で塩崎陣営幹部は懸命に引き締めた。前知事加戸守行まで引っ張り出し、新旧知事を巻き込んで保守分裂。県都を複雑な空気が支配した。
「(前職)国会議員は官僚の天下り、既得権益とずるずるべったり。改革なんてできっこない」。公務後は連夜、池本のミニ集会に駆け付けた中村は繰り返し口を極めた。
中村、加戸の新旧知事が維新と自民に分裂した1区。中村は「応援はそれぞれ自由。二人の関係がこじれることはない。個人の立場で互いに理解している」と、しこりを案じる声を振り払う。
県民には知事による異例の肩入れに眉をひそめる向きもあるが、「いつでも政治生命を懸けている。退路を断ち、いろんなハレーションが起こっても火の粉をかぶる。自己保身はない」と中村。最後まで「反自民」の手綱を緩めなかった。
対する塩崎。優位な情勢が伝えられる中、選挙戦最終日の15日の決起集会で「さまざまな不当な圧力があり、後援会が動くに動けず心を痛めた」。
中村サイドへの敵意をむき出しに「国の将来、地域の元気づくりと関係のない論理で集票活動がなされ、許せない」と断言。「草の根の民主主義を守る」と気勢を上げた。
塩崎を推した自民県議は「選挙が終わってからが大変。県議会はどうなるのか」とつぶやき、最大会派として支える中村県政との緊張関係に疲れる。
10年の知事選・松山市長選のダブル選から火種が絶えない中村と自民の確執。結果は塩崎の圧勝に終わった衆院選だが、県都の主導権争いは実質、どちらに軍配が上がったのだろう。(西山秀和)
8358
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:36:25
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/new_voyage/ren550201212195341.html
新たなる船出 総括 衆院選えひめ2012年12月19日(水)
事実上の選挙戦に突入した11月21日に開いた民主党県連の緊急常任幹事会。空白だった愛媛2区の候補擁立の結論を出さずに終わった=松山市[2]壊滅 民主 未熟な組織運営 足並み乱れ 解消できず
選挙戦終盤12月13日の宇和島市九島。「1人の名前しか書けない選挙で、誰かをきちんと支持できないならじっとしとるのが首長の立場。だが、高橋(英行)議員、地元の山本(公一)議員には大変お世話になっている。今回は2人にできる限りの応援をしたい」
複雑な胸中を語ったのは宇和島市長の石橋寛久。民主党前職の高橋英行も同席した島民との座談会の場だ。石橋は本年度から本体工事に着工した九島架橋の進行状況を報告し、高橋の貢献を紹介。さらに、衆院解散当日ながらも水産庁への陳情に約束通り同行した高橋を「ここまで地域のために頑張ってくれていたんだなと…」と言葉を詰まらせた。
政権交代という世論の大きな期待を背負った2009年衆院選から3年3カ月。初当選した衆院議員3人を迎えた民主県連は独自の政策集「ビジョンえひめ」を策定したり、オープンな場で首長らと意見交換する地域政策会議を開いたりと新機軸の活動を展開。「地方重視の姿勢やフットワークの軽さは一定評価できる」(中予の首長)との声もあった。
しかし、そうした評価を打ち消して余りある批判や苦言が民主県連には寄せられた。マニフェスト(政権公約)違反や「政治とカネ」の問題、党内抗争―。今回の壊滅的な敗北は党中央に起因した政権への逆風の影響が大きいが、県連が長年抱える課題もある。
未熟な組織の体制や運営はその一つだ。政権与党として地方議員の増員を図ったが、逆に前回衆院選時の県連幹事長が今年4月に離党。11月の解散直後に離党した所属県議には慰留すらしなかった。早い時期から困難視された愛媛2区の候補擁立に執着するあまり、無投票に終わった11月の四国中央市議選では引退議員の後任を準備できず、貴重な議席をみすみす失った。
解散翌日にセットした最大支援組織の連合愛媛幹部への選挙協力要請では、連絡ミスで候補者3人がそろわないという失態も。足並みの乱れが一向に解消できない県連運営は政策決定でことあるごとに迷走した民主政権の姿と重なって見える。
今回の衆院選は小選挙区で全敗しただけでない。前回、県内2議席の獲得を後押しした比例票は、今の体制になった県連で初めて戦った00年衆院選を3割も下回る約9万6千票。これまで積み重ねてきた有権者の支持や期待は一挙に吹き飛んだ。逆風を自らが起こしたともいえる民主県連は過去最大の危機に直面している。(敬称略、加藤太啓)
8359
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:36:52
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/new_voyage/ren550201212205355.html
新たなる船出 総括 衆院選えひめ2012年12月20日(木)
衆院選1区の維新陣営で気勢を上げる中村時広知事(中央右)ら。次なる一手は…=8日、松山市[3]息吹 知事と呼応 維新上昇 期待の風吹かず混乱も
「(愛媛)1、4区を制し、比例四国で2議席を取れれば(比例復活を含め県内候補)4人全員が通る」
「(接戦の)4区で勝てば比例1と合わせて2議席。自民は(比例復活を含め)4人。(県関係国会議員が)4対2なら十分、これからやり合える」
「自民に(県内4小選挙区を)総なめにされたらかなわん。知事(中村時広)の立場がなくなってしまう」
県内4小選挙区で新人4人が自民党に挑んだ日本維新の会。陣営幹部は刻々と入る劣勢情報に見立てを変え、踏ん張った。が、首相野田佳彦に短期決戦へ持ち込まれ、もくろんだほどの「風」も吹かず、弱音も漏れた。
「民主、自民、公明が(党首会談で)談合した第三極つぶしだ」
実際、水面下で擁立作業を進めてはいたものの、11月16日の解散時、愛媛1〜3区の候補者は空白。前回と同じ顔ぶれの自民前職・新人の活動量とは絶望的な差があった。
どう巻き返すか―県都1区では、橋下徹が代表の大阪維新の会と交流してきた松山維新の会の会長池本俊英が決起。「同志」の市議12人と松山圏域が地盤の県議が100万円ずつ資金を用立てた。
ただ維新は比例四国の名簿をめぐっても混乱。順位が高ければ、小選挙区で敗れても惜敗率を基に比例復活の可能性が濃厚になり、バッジが近づく。
最終的には四国4県の小選挙区候補7人が重複立候補し、愛媛の4人が同列1位。県内では特定候補を優遇しない形となったが、愛媛維新の会代表の横田弘之は「いろいろあった」と苦り切る。参院からのくら替え組を単独1位としたブロックもあったからだ。
知事中村に呼応する形で「地域第一、政策中心、国政ニュートラル」を掲げてきた愛媛維新。9〜10月には自民県議2人を引き抜き上昇気流だった。
とはいえ個々には自らの県議選で既成政党の支援を受けていたり、地域事情を背景に、衆院選で身動きを取りにくい局面があったのは事実。連携する西予維新の会の市議8人も維新や自民、民主へと股裂き状態に陥った。
「維新の言う『国政自由』は衆院選まで。選挙が終われば、いろんな思惑が絡んでばらばらになる」。自民県議は「きれい事だけでまとまるはずがない」と当てこすった。
一方、1区で維新に肩入れした中村は「国政ニュートラル」の旗を捨てたのか。
中村は反論してみせた。「(池本を応援したのは)友人としての個人的な立場。維新を自動的に応援するわけではない」
自民に敗れ摩擦熱を蓄えた中村の次なる一手は、もう固まっているのかもしれない。(敬称略、西山秀和)
8360
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:37:13
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/new_voyage/ren550201212215394.html
新たなる船出 総括 衆院選えひめ2012年12月21日(金)
公明党の山口那津男代表(前列中央)と必勝を誓う自民党の塩崎恭久元官房長官(同左)。互いに野党でも選挙協力が続いた=11月23日、松山市[4]協力 連立10年 自公「一体」 民・社 大敗観測受け接近
「呼んでいただき感謝している。ともに国家運営してきた自公は一心同体。(公明の比例四国1議席死守へ)できる限り努力する。不肖、私も苦戦しており、お助けを」
解散から間もない11月下旬、松山市駅前。公明党代表の山口那津男が演説する街宣車に自民党の塩崎恭久が飛び乗り、マイクを握った。連立10年の実績を持つ「友党」ながら異例の光景だった。
「選挙協力」―公認候補が不在の選挙区などで政党が推薦し合ったり、票を融通したりする「互助会」の役割を果たす仕組みだ。
公明は今回、県内4小選挙区のうち4区だけ自民候補を推薦。連立与党だった前回2009年は「1〜4区ともほぼ自動的に推薦が出た」とされ、台風の目とみられた日本維新の会を警戒する自民サイドは焦った。
ただ公明県本部は公示翌日の5日、県庁で緊急会見し「4区は早くから信頼関係が築けていたが(塩崎ら)1〜3区も実質的に推薦」と強調。野党同士の「絆」を打ち出した。
小選挙区での支援の見返りとして、自民候補のある事務所からは最終盤に入り「比例は公明」との電話作戦を展開。自公の合同集会も公示前から全県で繰り広げられていた。
ただ自民県連幹事長の清家俊蔵は「個人レベルの協力。党としては『比例も自民』だ」と建前を崩さない。
一方、前回は共闘し政権交代をもぎ取った民主、社民両党。だが10年参院選を機に県内で関係が冷え込み、劣勢の民主が土壇場になってすがりついた。
「反自民、非共産の基本姿勢は共通」。投票まで残り4日となった12日、民主県連幹事長の渡部昭は社民県連幹事長の石川稔に頭を下げた。
「3年3カ月(の政権交代)前というより(保守色を前面に打ち出す自民圧勝との観測で)戦前に回帰していく感じに危機感を持っている」と護憲を掲げる石川は応じたが、残された時間は短すぎた。
労組を主な支持母体とし、その時々で微妙に間合いを変えてきた両党県連。18年ぶりに自民を下した07年参院選でも共同戦線を張り「全国でも特に良好な間柄になった」。
ところが10年参院選に際し、09年衆院選で自民に敗れた社民候補を民主が引き抜き、公認。「政党間の仁義を知らないのか」と社民を沸騰させ、修復の糸口さえ見いだせないまま2年の月日だけがいたずらに流れた。
実際、解散ムードが漂い始めた8月、民主県連代表の白石洋一は原発や消費税をめぐる路線対立を踏まえ「選挙協力は厳しい」と述べたほどだ。結果として、歩み寄りを促したのは「大勝」の観測が流れた自民という皮肉な外圧となった。
焦燥感に駆り立てられ、再び手を握った民主と社民。それはかりそめか、政権奪還への一里塚か。今や野党同士に時計の針が戻ったのは間違いない。(敬称略。西山秀和、加藤太啓)
8361
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:55:42
佐賀
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2352665.article.html
連載「再逆転」 大勝と惨敗のあとに(上)
落選が報じられて2時間半後の17日午前1時半すぎ。鳥栖市から佐賀市の事務所にとんぼ返りした原口一博(53)は「民主党は焼け野原状態。チャンスをもらい、踏ん張ることができた」とかすれ声で比例復活の謝辞を述べた。
民主党は、改選前の230議席から57議席へと歴史的敗北を喫した。九州の小選挙区は全敗。佐賀1、2区も敗れたものの、接戦に持ち込んだ原口、大串は比例九州の民主3議席の二つを占め、何とか踏みとどまった。
後援会や県連とともに支えたのは、連合佐賀や事実上支援に動いた社民党県連など。原口、大串をはじめ、民主県連幹部は17日午前、早速、お礼に回った。出迎えた武重信一郎連合佐賀会長は「立て直しを含め、共にやっていきたい」と固い握手を交わした。
しかし、自公は、衆院で法案再可決が可能となる325議席を獲得した。立て直しがいばらの道となるのは必至で、民主県連幹部は「冬の時代が来る」と危惧する。
各選挙区の内情は苦しい。終盤の巻き返しで7500票差に迫った原口だが、後援会は高齢化し、消費税増税法案採決の棄権など自身の言動に批判も浴びた。原口は「いろんな政局に無反省に乗っていった。とんこずいて(調子に乗って)支える人たちの心を見失っていた」と悔やむ。後援会の再構築は重要課題だ。
「1票が欠けても議席獲得はならなかった」。大串は2区内の25カ所に後援会を発足させるなど地道な活動を続け、浸透を図ってきた。その草の根の重みを痛感する。2区内は、もともと東高西低の勢力図。次の衆院選では「0増5減」に伴い、佐賀は選挙区が3から2に減り、東西の区割りが有力視されている。現状では原口が東の新1区、大串が西の新2区になる可能性は高い。民主未開の現3区に根付くための新たな活動拠点づくりを迫られる。
野党転落により、主要な政策の実権は自民党側に移った。玄海原発再稼働の是非、諫早湾干拓の開門実現など、政権与党で中途の課題は少なくない。大串は「野党とはいえ、広い視野を持ちながら与党と話し合い、国政を前に進める力になりたい」と野党としても政策実現に意欲を示す。そのためには、参院第1党の勢力維持が欠かせない。
県連は近く常任幹事会を開いて衆院選を総括する。合わせて、公示前に現職の川崎稔参院議員(51)が「消費税増税法案に賛成したけじめ」として来夏の参院選不出馬を表明したことを受け、新たな候補者選定作業の検討に入る。園田泰郎代表代行は「出さない選択肢はない。県民の期待を裏切ることになる」と意欲を示すが、具体的な名前はまだ挙がっていない。
比例当選から一夜明けた朝、テレビ出演を2番組こなし、自身の「原点」とする佐賀市の交差点で行き交う車に手を振った原口。「次の勝負は早い。今から始まっている」。視線は再び前に向いた。(敬称略)
◇
民主党政権に厳しい審判が下された衆院選。民主党が陥落し、自民が政権奪還を果たした。選挙の度に民意が逆転する中、激戦を通じて浮かぶ県内各党の課題を探った。
2012年12月18日更新
8362
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:56:07
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2354031.article.html
連載「再逆転」 大勝と惨敗のあとに(中)
衆院選の投開票から一夜明けた17日朝、佐賀市の県JA会館。小選挙区で当選した自民党の岩田和親、今村雅弘、保利耕輔の3人は、JA佐賀中央会の理事たちに選挙支援への謝辞を述べた。中野吉實会長は「自民党には本当に期待している。引き続き、われわれの思いを十分にくみ取ってほしい」。環太平洋連携協定(TPP)交渉参加への反対をあらためて求め、経済団体の圧力で方針転換がないように念を押した。
自民党は全国で294議席を獲得。佐賀も3選挙区を独占したが、1、2区は苦戦した。相手の民主党候補が逆風の中で健闘し、2人とも比例九州で復活当選したことがそれを裏付ける。
今回、1区岩田と2区今村の得票はともに7万票余り。県内小選挙区の投票率が戦後最低の61・86%だったとはいえ、「政権交代」の波にのまれた前回より1区で5千票、2区で9千票少ない。比例票も微増で、党県連会長の福岡資麿は「自民への積極的な支持ではない。民主への批判で勝ったようなもの」と冷静に受け止める。
県内の自民党員数は現在、6903人(2011年末)。日本遺族会や軍恩連など職域団体の高齢化により、3年間で3千人以上減った。一方、民主党は地方組織が弱いと言われながらも、党員・サポーターは09年の約3千人から3年間で4700人に増えた。
福岡は「今回はTPPがあったので農協が動いてくれたが、毎回明確なテーマがあるわけではない」と来夏の参院選を控え、党勢回復が進まない現状に危機感を示す。陣営幹部は「農協も大卒採用が増えてサラリーマン化している。休みを割いてまで選挙運動はしてくれない」と組織戦のほころびを懸念。新たな戦略の必要性を指摘する。
「TPPは絶対阻止する。安倍(晋三)総裁の側近として、しっかり約束してもらっている」「諫早湾干拓事業の開門調査は必ず直ちにやる」。今村は選挙戦終盤、利害関係が複雑に絡む二つの問題について、強気の「公約」を繰り返した。民主の大串博志と主張に大差がないため、踏み込んで有権者にアピールする狙いもあった。
ただ、TPPに関して安倍総裁は、政権奪還後の交渉参加に含みを持たせる発言をしている。開門調査についても藤津郡太良町のタイラギ漁業者は「ぜひ実現させてほしいが、長崎側の反発は強い。民主党のマニフェストと同じように約束破りにならなければいいが」と注視する。
自民党は選挙中、民主党政権の公約違反や実行力のなさを批判。自らについては「政権を失った反省から、誠実で、謙虚で、正直な党に生まれ変わった」と訴えてきた。
17日朝、佐賀市の交差点には「日本を取り戻す」のプラカードを掲げ、笑顔で手を振る岩田がいた。「国民に真摯(しんし)に向き合い、誠実な対応ができるか、見られている」。厳しい視線を肌身で感じている。
2012年12月19日更新
8363
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:56:37
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2355592.article.html
連載「再逆転」 大勝と惨敗のあとに(下)
「弱小球団の申し入れだが、強く受け止めてほしい」。投開票から2日後の18日、佐賀県庁来賓室。社民党県連代表の中村直人は冗談を交え、古川康知事に来年度予算への申し入れ書を手渡した。「そんなことないですよ」。一瞬の間が空いた後、古川は苦笑いしながら目を通した。
候補者のいない選挙戦。玄海原発が立地する佐賀3区での擁立は、脱原発を掲げる党として至上命題だった。県議の転身も検討したが、断念した。小選挙区での不戦敗は、社民党の斜陽を象徴する。中村は「党の存亡が現実問題になってきている」と危機感を募らせる。
比例に傾注した選挙は、第三極の波にのまれた。得票数は目標とした1万2千票の上積みどころか逆に1万票以上減らし、1万2300票。県内に活動拠点も組織もない日本維新の会や日本未来の党に、あっさりとさらわれた。12ポイントの投票率減を考慮しても、下げ幅は大きすぎた。
社民支持の自治労県本部委員長の宮島康博は「要求を政策に反映できないとすれば、社民以外の選択肢も考えることになる」と語り、「労組依存から市民政党への脱皮が必要」と改革を求める。社民党も問題意識を共有するが、思うように改革は進まない。
新興勢力への対抗手段を含め、県連が目指すのは地方議員の増加。来年1月の唐津市議選に目を向ける。「地方議員が党の足腰。議員増で一から立て直したい」。空白地での1議席奪還を目指す。
同じく少数政党の共産は、社民とは対照的な選挙戦を展開した。佐賀3区に絞ったため、運動が広がらなかった前回の「不完全燃焼」を反省、1〜3区に候補者を立てた。県委員長の平林正勝は「厳しい結果だが、希望が持てる選挙でもあった」と振り返る。
選挙期間中、自民支持の高齢男性が「護憲の一点で共産に入れる」と候補者の手を握ったことを挙げ、「政策への共感が広がっている」と手応えを感じている。低投票率にもかかわらず、党としては1、3区で最多得票を記録。一定の政治不満を取り込んだともいえる。
小選挙区制自体を問題視する共産は「全国で6割の死票があり、自民の圧勝は実態と異なる」と指摘。党勢を見る上で、比例票の動きに注目する。県内でも日本維新の会が6万5千票を獲得するなど第三極が存在感を示したが、共産の得票率はほぼ前回並みで、社民党を初めて上回った。県委員会は「踏みとどまった」と受け止める。
ただ、比例の得票1万6千は佐賀1〜3区の総得票数の半分に満たない。平林は「消極的な支持にとどまった」と分析する。一方で「選挙区に候補者がいるかいないかで、盛り上がりは全く違う」とも感じた。県委員会に悲観ムードは漂っていない。「政党が離合集散する中、ぶれない共産はアピールはできた。次がどうなるか楽しみという感じすらある」と強気。来夏の参院選に向け、すでに擁立作業を進めている。(敬称略)
2012年12月20日更新
8364
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:57:13
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2353050.article.html
衆院選を振り返る 担当記者座談会・1区
政権交代による民主党政権3年3カ月の評価を問うた2012年衆院選は、自民、公明が圧勝し、政権奪還を果たした。解散から1カ月の短期決戦で、佐賀県内の3小選挙区は8人が争い、福島の事故を踏まえた原発政策や環太平洋連携協定(TPP)交渉参加の是非、消費税増税の賛否や景気対策などで舌戦を繰り広げた。自民が3小選挙区を独占、民主2人は比例復活で議席を死守した。担当記者が師走決戦を振り返った。(敬称略)
■1区 組織戦で勝利した岩田氏 原口氏「ぶれた」印象
A 首相や総裁はじめ党幹部が相次いで応援入りし、自民、民主の激戦だった。民主の原口一博が自民新人の岩田和親に敗れた。大逆風の前に、元大臣も形無しだった。
B 自民は組織戦で圧倒した。地方議員から「こんなに組織が動いたのは初めてではないか。これで負けたら、どうやって戦えばいいか分からない」という声さえ漏れた。
A 原口の敗因は何だろう。党の逆風に加え、消費税増税法案採決の棄権や党代表選で野田首相と対立したこともあって最後まで離党予備軍とみられていた。批判的な見方も結構もあった。
C 棄権について、本人が地元で十分な説明をして回らなかったことが響いた。分裂した小沢一郎とも近いイメージがあったし、逆に何で離党しなかったんだという声さえある。菅内閣の不信任案もそうだが、ぶれた印象だけが強く残った。
D 中盤に追加したチラシも、「泣き」が入った内容。苦しさがにじみ出ていた。組織がまとまっていなかったとも聞く。
C 県議時代からの後援会メンバーの一部も離れていた。忙しい大臣を外れた後も地元活動に力が入ってないという声があった。相手が新人の岩田だから比例復活できたが、福岡だったら惨敗だったと陣営も言っている。
D 党代表選で原発の早期ゼロを目指す考えを示したことに、電力労組が反発していたね。
C 原口本人は「九電には気を使ってたんだが」と推薦を得られなかったことを残念がっていた。
A 金星を挙げた岩田はどうだった。
B 組織は動いたが、同じ人、同じ顔が日々会場を移動しているだけという批判もあった。そんな状況に若手議員には本当に自民党が変わらなければ、有権者から見放されるという危機感が強まった。
D 公明との協力関係も強固で、4分の1ほどが公明支持者でずらりと公明のポスターが張られた会場もあった。佐賀市の総決起集会では岩田の真横に比例候補者が並び、自民側も最大限の「配慮」を見せていた。
A ただ、自民、民主どちらにも「裏切られた」という思いの有権者も多かった。
B 選挙カーに乗り込んだ自民県連会長の福岡は「手を振り返してくれるのは郵政選挙の3分の1、政権交代選挙の2分の1」とも言っていた。終始、しらけたムードは否めなかった。
E 共産はJAや森林組合など、自民の票田に接近を図っていた。数字として跳ね返ったかどうかは不明だが、低投票率ながら小選挙区制移行後では最多得票になった。脱原発やTPP反対などで自民、民主との違いを鮮明にした戦略が、政治不満を持つ有権者の受け皿になった面もある。
D 政策に賛同するというより、行き場のない票が共産に流れた感じもあるね。
2012年12月18日更新
初当選を果たし、支持者から花束を受け取る岩田和親さん=16日午後11時20分、佐賀市多布施の事務所
8365
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:57:39
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2353051.article.html
衆院選を振り返る 担当記者座談会・2区
A 自民の今村雅弘が民主の大串博志を破り、前回の雪辱を果たした。激戦を抜け出したのは、農業団体の強力な支援によるところが大きい。
B 農政協議会は今選挙を「TPP反対運動の集大成」と位置付け、全農会長でもある中野吉實JA佐賀中央会長のメンツをかけて戦った。終盤には組合員をしらみつぶしに回る「ローラー作戦」も展開した。組織力の弱体化がいわれ、幹部も「今の時代、ローラーがどれだけ効果あるか分からん」と半信半疑だったけれど、結果は出した。
A 今村陣営は大串を「TPP推進派」と呼び、有権者に「推進派、反対派、どちらを勝たせるのか」と迫った。争点をTPPに絞ったのが成功した?
C 大串もTPPは現状では反対の立場だが、自民県連会長の福岡資麿は「いくら個人的に反対でも、チームとして前のめりだと、どんどん突き進んでしまう」と訴えた。大串も敗因の一つに「TPP推進側のイメージを持たれてしまった」と話している。
D 野田首相がTPPに積極姿勢だから。首相補佐官という肩書は実績でもあるけれど、農業票が多い佐賀2区では両刃の剣になったね。
E 今村は健康不安のうわさが絶えなかった。
B 夏から血糖値を抑えるため食事制限して7キロ痩せた。ただ、会う人全てに心配されるから、選挙事務所では「身を削って戦っているよ」とか言ってまんじゅうをほおばっていた。
A 大串は草の根選挙で組織に対抗したが、党への逆風に最後まで苦しんだ。
C ある支援者は「民主と言うだけで話を聞いてもらえない」と嘆いていた。人柄の良さと能力の高さは自民県議らも認めるほどの武器だが、それを伝える機会が失われていた。
B ただ終盤はかなり盛り返したと思う。小城市、鹿島市で開いた総決起大会の熱気はすごかった。もう少し選挙戦が長ければ、違った結果だったかもしれない。
C 草の根中心で善戦したとはいえ、選挙に強くなるには連合以外の組織の力が必要だろう。熱心な支持者は「大串党」を名乗り、結束力もあるが、「大串党」以外への広がりが少ないとの声も聞かれた。
D 共産の上村泰稔は4月の出馬表明後、「0増5減」による定数減を想定して「新2区」の唐津や伊万里を重点的に活動していた。「2区」を実質的に回ったのは解散後で、支持固めが遅れた。
E 共産党らしいエピソードだね。
A 2区では日本維新の会の擁立の動きがあったが、表明直後に断念した。
C 党も本人も選挙を戦う準備が全くできていなかった。今回の選挙は第三極が大きな話題だっただけに、九州の小選挙区で佐賀だけ第三極が出なかったのは残念だったね。
2012年12月18日更新
8366
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:58:30
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2353052.article.html
衆院選を振り返る 担当記者座談会・3区
A 保利耕輔が予想通りの強さで圧勝。12回連続当選を果たした。自民に優位な選挙ではあったが、健在ぶりを示した。
B 投票率が60%を下回り、目標の10万票には届かなかったが、得票率は78%と高かった。民主党も社民党も候補擁立を見送ったのが大きいが、立てていても競ることは難しかったのでは。
C 陣営では「これが最後の選挙」と懸命に動いた人もいたが、自共一騎打ちの構図に「何もしなくて勝てる」という緩みもあった。解散直後、維新の会が東北の元知事を擁立するという話が流れて緊張が走ったこともあったが、結局は無風になった。
A 圧勝とはいえ、共産新人の山口勝弘も2万7千票近くを得た。陣営はどう受け止めているか。
D 有権者の反応がこれまで以上によかったという声はあるが、前回社民候補が得た3万票を取り込めないジレンマも感じる幹部もいた。「消費税や原発に対する政策は近いのに、社民支持層はさじを投げている感じ」と漏らしていた。反自民票をうまくまとめられなかった面はあるようだ。
A 3区には玄海原発がある。エネルギー政策は大きな論戦、争点になったのか。
B 原発について保利は早期再稼働、山口は即時ゼロと、主張は正反対だった。争点にはなったが、お膝元では原発が動かず経済的な打撃も広がっており、有権者の思いは複雑だった。
C というより、推進かゼロかという二項対立の論調が強まる中で、3・11以前のような原発を語ることが息苦しい状況が出始めている感じがした。
D 山口は憲法も争点にしていた。保利が党の憲法改正推進本部長でもあることから、強く護憲を訴えていた。護憲と反原発の訴えは、反自民票の一定の掘り起こしにはつながっていた。
C ただ、3区の無効票は前回を5100票も上回る9200票近くに上った。1、2区の倍以上で、自共対決という両極の意見対立の中で、選択肢がなくて票が行き場を失ったとみることもできる。
A 次の衆院選では県内は2区に再編されることが確実。保利の後継問題も含め今後はどうなるか。
B 保利は何も言っていないが、支持者には今回が最後という見方が大勢。2区で勝利した今村雅弘、唐津市出身の古川康知事、福岡資麿参院議員のくら替えなど、いろんな人が話題に上る。まだこれからだ。
2012年12月18日更新
http://www.saga-s.co.jp/election2012.0.2353053.article.html
衆院選を振り返る 担当記者座談会・比例
A 民主は前回から11万票以上減らし、比例でも大敗した。佐賀1〜3区で全勝した自民も比例は伸び悩んだ。小選挙の勝ちぶりからすると意外な結果だった。
B 民主は前回の「政権交代」の反動が大きい。投票率は前回から12ポイントほど下がり、前回躍進の原動力となった無党派層の動きも鈍かった。マニフェストの実行力や東日本大震災対応などで失点を重ね、有権者が離れた。
A だからといって、離れた有権者が自民に流れたわけではなさそう。
C 自民の得票率は前回を1・59ポイント上回った程度。小選挙区の優勢を反映できず、民主が失った票を取り込んだとはいえない。自民は大勝に備え、県連事務局長を比例候補に立てたが、当選には至らなかった。
A 「第三極」はどうだったか。
D 日本維新の会は6万5千票を獲得し、佐賀でも存在感を示した。自民、民主、共産の3党から選んだ小選挙区とは別の選択肢を求めた結果だろう。維新が、佐賀でも政治不信・不満の一定の受け皿になったといえるのでは。
A 「卒原発」の日本未来の党はあまり目立たなかった。
E 未来の得票は1万2800票。原発反対を唱えた共産は1万6千票、社民は1万2300票で、ほとんど変わらなかった。脱原発票は分散し、大きな追い風にはならなかった。候補者不在だった社民は大苦戦で、県連幹部は「活動を根本的に見直す」と危機感を強めている。
2012年12月18日更新
8367
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:59:01
熊本
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kumamoto/news/20121218-OYT8T01473.htm
[衆院選]戦い終わって<上> 自民 比例得票前回並み
記者会見で衆院選を総括する自民党県連の山本秀久会長(左)と前川收幹事長 衆院選から一夜明けた17日、自民党県連幹部の記者会見。県内5小選挙区で4議席を獲得したというのに、圧勝の高揚感はなかった。
「民主党政権への批判や離合集散した第3極のマイナスイメージがもたらしてくれた勝利。敵失です。緩みや傲慢な態度が出れば、一瞬にして崩れる」。県連幹事長の前川收(おさむ)は来年夏の参院選も意識し、静かな口調でそう分析した。
「敵失」は、比例選の政党別得票率が如実に物語っている。
同党は、県内投票数の32・47%の支持を得たが、大敗した前回選(2009年)と比べると0・69ポイント増えたに過ぎない。一方、前回40・26%を獲得した民主党は26・35ポイント減の13・91%。第3極として注目を集めた日本維新の会は、松野頼久(52)(熊本1区、比例選で復活当選)、園田博之(70)(同4区、当選)と強固な地盤を持つ2人がいながら19・97%にとどまった。
自民党県連幹部は「党の遊説車を走らせても有権者が手を振ってくれたり、対向車がクラクションを鳴らしてくれたりといったことが、ほどんどなかった」。選挙中、報道各社は「自民優位」を伝えたが、その実感はなかったという。
選挙区(1区)で初めて議席を獲得した木原稔(43)も安心はしていない。元民主党の松野と、同党から立った池崎一郎(60)の票数をたすと自身を上回るからだ。
「次の審判へ向けて有権者の評価は始まっている。信頼を勝ち取らねば」。当選翌日の朝のつじ立ちを終え、決意を語った。
◇
民主党県連幹部も17日、選挙結果を受けて記者会見を開いた。「非常に厳しい。参院選までに、どこまで民主の存在価値をアピールできるか。頑張るしかない」。改選を迎える参院議員の松野信夫は苦しげに言った。
松野にとって、今回の衆院選は前哨戦。新人が立った1〜3区に積極的に入って応援し、同時に、参院選も視野に入れた“地固め”も行った。
しかし、新人3人の選挙結果は、いずれも3番目の得票で議席はゼロ。県内の比例選の政党別得票数も全市町村で自民党を下回ったばかりか、維新の会にもリードを許してしまった。
大敗の背景には、県連を支える連合熊本(上田淳会長)の票の伸び悩みも見て取れる。
傘下の組合員は約6万4千人。例えば1区の組織票は3万票とされるが、候補の得票自体が約2万8000票にとどまり、組織の動きが鈍かったのは明らかだ。
上田会長は「新人の知名度を上げるには時間が足りず、傘下労組への浸透ができなかった」と分析。年明けに総括して参院選へ向けて引き締めを図る考えを示した。(敬称略)
◆
衆院選は県内でも圧勝した自民党が政権奪還を果たした。決戦を振り返るとともに、各政党の受け止めを報告する。
(2012年12月19日 読売新聞)
8368
:
チバQ
:2012/12/24(月) 11:59:22
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kumamoto/news/20121219-OYT8T01531.htm
[衆院選]戦い終わって<下> 第3極 組織作り課題
小選挙区で落選し、事務所で支持者に頭を下げる松野頼久氏 第3極として注目を集めた日本維新の会は県民の大きな支持を得たのか、そうでないのか――。県内の比例選の得票率は19・97%で、32・47%だった自民党に次いで2位。公明、民主党を上回った。「県内第2党」だが、選挙を戦った本人にその実感はない。
「大きな組織の壁にはね返された。我々の力不足だ」
熊本1区で自民党の木原稔(43)に敗れた松野頼久(52)。比例選の名簿順位が単独1位だったため、難なく復活当選したが、民主党で4期守り続けてきた小選挙区の議席を奪われ、記者団に悔しさをにじませた。
民主党を離れ、苦しい戦いだった。1区で約3万票の組織票を持つとされる連合熊本の支援を失い、頼みは後援会と維新の会への支持の広がりだった。
結果は木原が9万4368票だったのに対し、6万6195票。その差は連合の組織票分に匹敵する。数字だけで見れば、維新の会効果があったかどうかは不明だ。
維新の会は3区に新人の本田浩一(45)を立てたが、自民党の坂本哲志(62)に大敗。4区は園田博之(70)が圧勝したものの、水面下でかつて所属した自民党の支援を受けており、維新の会の力とは言い難い。
「松野が街頭に立てば人が集まって来て、反応が良かった。それが投票に結びついたのかどうか」。陣営幹部もどう受け止めていいか測りかねている。
県内では、ほかに日本未来の党、みんなの党といった第3極も候補を立てたが、いずれも地方議員がいないなど脆弱(ぜいじゃく)な組織体制で、ふるわなかった。
松野は「県連組織づくりや、後援会の強化を図る。原点に返って立ち向かいたい」と来夏の参院選も見据えて今後を語った。
◇
民主、自民の2大政党や第3極のはざまで、共産党と社民党は埋没した。
共産党は比例選の票の掘り起こしも狙い、県内五つの全選挙区に候補者を擁立したが、小選挙区では全員落選。比例選の得票率も伸びず、前回並みにとどまった。
環太平洋経済連携協定(TPP)や消費増税、原発への反対を主要政策としたが、他党の主張とも重なり存在感を示せなかった形。党県委員長の久保山啓介は「維新の会や、みんなの党などの第3極に票を奪われた。我々自身で風を起こしきれなかった」と分析する。
一方、社民党の中島隆利(69)は5区で自民の金子恭之(51)に2倍強の票差をつけられ完敗。県内で唯一の議席を失った。
「党員が高齢化し組織が弱体化している。党勢の強化拡大が遅れている」と中島。一方で、「政治家としては区切りをつけたい。一党員として、地域の活動をやっていきたい」と自らは一線から身を引く考えを示した。(文中敬称略=北川洋平、緒方裕明、池田圭太が担当しました)
(2012年12月20日 読売新聞)
8369
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:00:06
http://www.asahi.com/area/oita/articles/MTW1212194500001.html
2012年12月19日11時19分
明暗分けた無党派層/検証衆院選1区
選挙戦終盤の「緊急集会」に訪れた支援者に握手を求める吉良州司氏=大分市
16日深夜、大分市のホテル。テレビの選挙速報を見守っていた民主前職の吉良州司(54)は、敗北を悟ると、支持者約120人を前に重い口を開いた。
「国論を二分するテーマも訴えたことに後悔はありません。期待に応えられず、本当に申し訳ない」。比例区の結果を待たず、早々と会場を後にした。
■
民主党政権への批判は厳しく、陣営は序盤から苦戦を強いられた。加えて吉良は消費増税やTPP推進といった議論が激しい政策を声高に訴えた。党や報道各社の情勢調査でも厳しい数字が並んだ。
危機感を抱いた吉良陣営幹部は12月上旬、自治労県本部を訪れた。「非常に厳しい。支援を強めてほしい」。12日には推薦を出した連合大分の選対会議に本人が現れた。関係者によると「神妙な面持ちで深々と」頭を下げたという。
吉良は、公称4万人の後援会「きらきら会」による草の根選挙が特徴だ。「前から『労組は頼りにしない』と言ってきた」(労組関係者)だけに、自治労関係者は「今までこんなことはなかったのに」と驚いた。労組の動きは良くなったが、中には、そうした吉良の姿勢に「今さら遅い」と冷めた反応もあった。
前回14万を超えた得票は約7万5千と半減。連合大分の佐藤寛人事務局長は「まとまったという気持ちでいたが、ずれがあったかもしれない」と振り返る。
無党派層の離反も大きい。朝日新聞の出口調査によると、吉良に投票した無党派層の割合は前回の73%から38%に落ち込んだ。
後援会の関係者も「連合はよくやってくれた。個人票が逃げたのが痛い」と肩を落とす。「吉良は東京に長く居すぎた。演説会は大分弁で話していたのに、最近はすべて東京の言葉。あれでは『顔が見えない』と思われても仕方ない」。地元との関係が希薄になった、と指摘する。
前回、吉良に集まった無党派層は分散した。朝日新聞の出口調査では21%が維新新顔の桑原宏史(42)に向かった。「橋下徹代表代行が応援に来た10日をターニングポイントに反応が格段に良くなった」(陣営)。桑原は結局、知名度ゼロから約3万4千票も取った。民主党サポーターの70代の男性は「吉良支持者の中にさえ『維新もいい』と言う人がいた。票が分かれ、共倒れになった」と悔やむ。
■
「夢を見ているみたいだ」。16日夜、支持者たちの熱気が残る大分市のホテル。当選した自民新顔の穴見陽一(43)が笑顔でインタビューに応じていた。
その様子を横目に、自民県連の幹部は浮かない表情だった。「相手が票を固めきれなかったから勝てただけだ」
穴見は前回2009年、吉良に敗れて落選した翌日から街頭での辻立ちを開始。企業や団体も精力的に回った。自公政権が現実味を帯びてくると反応は良くなり、選挙事務所には各団体からの推薦状が壁いっぱいに張られた。
終盤、吉良の動きが活発になると、自民の県議や市議の支援者名簿を集め、あらためて投票を呼びかけた。最終日も大型店で握手を続ける戦術に出るなど、無党派層も意識した。
だが、獲得した票は8万5千票弱。前回より投票率が下がったとはいえ、約4千票しか積み上がらなかった。自民に風が吹いたにもかかわらず、朝日の出口調査では無党派層の投票は31%にとどまり、今回も吉良を下回った。
別の県連幹部は言う。「自民支持層の票を集めただけで、無党派層を取り込めたわけではない。負けた民主ががんばりだしたら、来夏の参院選は怖いことになる」(敬称略)
◇
16日投開票の衆院選では自民が県内の3議席を独占し、民主2・社民1だった勢力図を塗り替えた。何が勝敗を分けたのか。有権者は何を選んだのか。各区の選挙戦を振り返る。
8370
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:00:45
http://www.asahi.com/area/oita/articles/MTW20121220450420001.html
2012年12月20日
社民出遅れ 自に緩み/検証衆院選2区
村山富市元首相(右)と握手する吉川元氏=8日、臼杵市
8日、臼杵市野津町の公民館で開かれた社民新顔・吉川元(46)の演説会。ぐるりと見回した社民県連合の幹部は思った。「あの人がおらん。あの人も来とらんなあ」
野津町は、脳梗塞(のう・こう・そく)で出馬を断念した前職重野安正(71)の地元だ。幹部は、重野を応援し、よく集会にも来ていた古参支持者の姿がぽつぽつといないことが気になっていたのだ。「社民ではなく重野さんだから応援していた、という人もいたかもしれない」
衆院解散後に出馬表明した吉川は香川県出身で、知名度はほぼゼロ。県連合が選挙区内を連れ回し、村山富市元首相の応援も受けて選挙に臨んだが、4万6786票にとどまった。前回2009年に重野が取った11万2090票からは大幅に減った。
党がかろうじて取った比例区九州ブロックの1議席に惜敗率で引っ掛かったが、「重野」から「吉川」への代替わりが成功したとはとても言えない結果だった。
■
波乱の幕開けは10月中旬、重野が脳梗塞で入院したことに始まる。経過が順調な重野を見て「衆院解散が年明けになれば選挙に出られる」(選対幹部)と希望を持ったというが、その期待が逆に準備を遅らせることになった。
公には「単なる肺炎」とひた隠しにしてきたが、突然の解散で県連合の算段は狂った。11月18日にようやく本当の病名を公表し、擁立断念を決めたが、後継探しは難航。元大分県議の吉田忠智参院議員の擁立は党本部に反対された。県連合の内田淳一代表らが上京して掛け合ったが、かなわなかった。「守りに入っていては党勢の拡大は期待できない。本部の姿勢に失望した」。幹部は嘆息した。
やむなく重野の秘書の吉川を立て、21日に出馬会見を開いたが、吉川が出馬に応じたのは前日の夜遅くとバタバタだった。連合大分から独自推薦をもらい、党と県平和運動センターを中心に組織戦で臨んだが、自民前職の衛藤征士郎(71)にダブルスコアの差をつけられ、地盤のない維新新顔の竹内紀彦(43)に1万5千票差まで迫られた。
「時間がなく、票読みや弱点へのてこ入れができなかった」と県連合幹部は悔やむ。完全な出遅れだった。
前回、民主の推薦を得た重野に向かった民主支持層も、分散した。重野の病状をひそかにつかんでいた民主県連は候補擁立を狙ったが、両党の党本部の調整で断念。与野党に分かれているため、吉川の推薦も支援もしなかった。朝日新聞の出口調査では、吉川に投票した民主支持層は全体の39%にとどまり、28%が衛藤、21%が竹内に入れた。
社民の弱体化は2区だけではない。ある県連合幹部は選挙から一夜明けた17日、選挙結果を報じる朝刊を見ながら自虐的につぶやいた。「解党した方がいいんじゃねえか」
前回09年に社民が県内で得た比例区の票数は8万7131だったが、今回は5万760と落ち込んだ。00年の15万1669から約10年で3分の1に減った。「労組も民主に離れていき、党員も高齢になった」。別の幹部は党勢の衰えを認める。「(吉川の当選は)うれしさ半分、危機感半分やな」。社民の衆院議員は吉川を含めて2人だけ。国政への影響力低下は必至だ。
■
自民の衛藤は前回の雪辱を果たしたものの、得票は10万を切った。自民逆風の前回から1万2千以上も減らし、吉川の復活当選を許した。
報道機関による情勢調査で優勢が報じられ、公示後に選挙区を離れて応援演説にも出かけた。自民県連の幹部は「緩みがあった。『自分が入れなくても勝てる』と思って投票に行かなかった支持者も多かったのではないか」。
「どうせ自民が通る」。有権者からは冷めた声も聞かれた。投票率は63・64%(前回74・52%)で、現在の選挙区割りになって、初めて60%台に落ち込んだ。(敬称略)
8371
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:01:14
http://www.asahi.com/area/oita/articles/MTW20121221450420001.html
2012年12月21日
もろい基盤 公務も響く/検証衆院選3区
横光克彦氏(左)の集会には、環境省の大臣・副大臣としてコンビを組んだ細野豪志・民主党政調会長も駆け付けた=1日、別府市
開票日を翌々日に控えた14日深夜。別府市にある民主前職・横光克彦(69)の選挙事務所では、最後の選挙対策会議が開かれていた。
報道各社の情勢調査では軒並み自民前職の岩屋毅(55)がリード。支持基盤の連合大分の幹部や民主県議らが集まっていたが、重い雰囲気の中、具体的な盛り返し策は出なかった。「惜敗率8割が限界だ。何とか比例で復活できれば」。会議後、出席者の一人は苦しげに首を振った。
野田首相の突然の衆院解散は、身内のはずの横光に不利に働いた。年明けの選挙を想定しており、具体的な準備はほとんどできていなかった。
10月までの1年間は環境副大臣の公務に追われ、かつて中山間地域や農村部で開いていたミニ集会もほとんどやっていなかった。民主県議の離党のあおりで地元・中津市の党支部が解散してしまい、再結成できたのは解散のわずか1週間前だった。
連合大分の支援も遅れた。3区内に約1万5千人もの組合員を抱えているが、トップの決定を隅々まで浸透させるには時間がかかる。産別ごとの動きも鈍く、どこで演説会を開いても客席の半分も埋まらない。陣営幹部は「原発の再稼働に反対する横光と考えが合わない労組もあった」と漏らす。
横光は社民の元副党首だが、古巣との協力も万全ではなかった。社民支持層の中には、2005年の衆院選前に社民から民主にくら替えした横光を快く思わない人も少なくない。09年は社民の推薦を得たこともあり、社民支持層もとりあえずは「反自民」でまとまったが、与野党に分かれた今回は推薦を得られず、説得材料に乏しかった。
10日に国東市であった横光の演説会には、社民系労組のメンバーらが顔をそろえた。壇上で社民の小野弘利県議は「不満はある。ただ、自民は憲法改正を主張している。悪くない方を選ぶという視点で応援して欲しい」と訴えたが、反応は芳しくなかった。
6回の当選を重ねた横光の支援を続けてきた労組の幹部は「連合や社民の選挙協力と無党派の後押しで勝ってきたが、基盤はもろい。過去の当選はツキに恵まれた面もあった」と振り返った。
横光は、今後の去就を明らかにしていない。
■
一方、岩屋は自民への追い風に乗り、最後まで安定した戦いぶりを見せた。
「横光さんは立派な人。与野党関係なく安定した政権を作ることが大切だ」。岩屋は選挙中、しばしばそう語った。「勝てば6期目となり、入閣適齢期」(関係者)。相手候補への批判を控え、品位を保つ余裕すらあった。
朝日新聞の出口調査では、無党派層や民主支持層の一部も取り込んでいたほか、推薦が遅れた公明の支持層も前回を上回る72%が投票。県内の候補者で唯一、得票が10万を超えた。だが、前回からは1万票以上減らした。投票率が10ポイントほど下がった影響もあるとみられるが、陣営幹部は「我々はまだ足腰が弱い。横光さんが票を大きく失っただけで、岩屋が評価された選挙ではない」と自戒する。
■
復活当選はならなかったが、みんな新顔・神雅敏(36)の得票率は14%を超え、「第三極」の面目を保った。
渡辺喜美代表の同席で立候補を表明した3月以降、地道な辻立ちや集会を続けた。労組の一部が支援に回ったほか、公明支持層の一部も取り込んだ。小選挙区での横光と岩屋の対決が5回目となる中、「もう見飽きた。新しい人の話を聞きたい」と言って街頭演説に来る人もいた。
共産新顔の大塚光義(57)は、03年の共産候補の得票よりも約1800票増やしたが、目標の1万5千票には届かず、大きな輪は広がらなかった。(敬称略)
=おわり
8372
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:02:00
http://www.the-miyanichi.co.jp/election/2012/detail.php?id=27&category=feature
【祭りの後で】(上)低投票率
2012年12月18日付宮崎日日新聞
■政治への不信拭えず
「政策も政党もころころ変わる。どこを選ぶべきか分からなかった」。都城市の会社員男性(59)は今回、衆院選としては初めて投票に行かなかった。自民圧勝の選挙区に興味を持てなかったこともあるが、「原発も環太平洋連携協定(TPP)も選挙のためのあいまいな主張ばかり。結局変わってしまう」。一番の理由は政党への不信感だ。
宮崎市の会社員女性(33)も「誰がどこの政党かも覚えられないまま終わった」と言う。野田佳彦首相の解散表明から1カ月あまり。6人が乱立した宮崎1区に「政策で判断するには時間が足りない。違いが分からず投票する気にならなかった」と漏らした。
県内有権者の政治不信は、過去最低55.69%という投票率となって表れた。
◇ ◇
宮崎2区で敗れた民主党の道休誠一郎氏(59)は遊説中、「民主は好かん」と直接批判を浴びた。「政権交代で政治が変わるという期待が大きかった分、失望も大きかったのではないか」と受け止める。既成政党批判の受け皿として飛躍を目指した第三極・日本未来の党から宮崎1区に立候補した外山斎氏(36)は「自民、民主、第三極と乱立し、どこに入れていいのか分からなかったのだろう」と低投票率を分析した。
選挙区を独占した自民も政治不信を肌で感じ取った。2区で4選を果たした江藤拓氏(52)は「自民党にも解散ばかり求めてきたという批判がある。民主とは違う野党を見せたかったが、結局は権力闘争しているだけに見えてしまった」と自戒。宮崎3区から同じく4回目の当選を果たした古川禎久氏(47)も政治への失望感を気配で感じていたといい「国民の中に冷めているような、根深く深刻なものを感じる」と振り返った。
◇ ◇
有権者としての責務を果たすべきだとの意見もある。宮崎市の無職女性(72)は民主に失望し、自民の改憲論には怖さを感じた。第三極の政策も「机上の空論」。それでも「分からないから投票しないでは、何も伝わらない。投票した私には政治を批判する権利がある」と胸を張る。
宮崎大教育文化学部の根岸裕孝准教授(地域経済)は「政策の似た政党が乱立した今回の選挙は、有権者にとって非常に難しかっただろう。政治不信の背景には政治家の説明力不足もある」と指摘。さらに「今の方法では、もはや有権者に伝わらないということを認識しなければならない。有権者の情報収集法も変わっており、ネット選挙の解禁など選挙制度の見直しを本気で考える時期にきている」と語った。
× ×
本県3選挙区を自民が独占した今回の衆院選。しかし、過去最低の投票率が示すように政治不信が収まった気配は感じられない。そんな県民を、政治はどう導いていくのか。関係者の声を拾いながら衆院選後を展望した。
8373
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:02:30
http://www.the-miyanichi.co.jp/election/2012/detail.php?id=28&category=feature
【祭りの後で】(中)自民大勝
2012年12月19日付宮崎日日新聞
■「支持」より「消去法」
ダブルスコア以上の大差で4選を果たした自民党の江藤拓氏(52)=宮崎2区。しかし、当選後に高揚感はなく「『民主党では駄目。まだ以前の方がましだった』という感じの選択だろう。敵失によって与党に戻ることを肝に銘じないといけない」と自らに言い聞かせるように語った。
同じく4回目の当選を決めた古川禎久氏(47)=宮崎3区=の陣営からも同じような考えが聞かれ、幹部の一人は「民主の政策への失望感が要因で、自民がいいわけではない」と話した。
結果ほどには信頼を得ていない−。自民大勝が決まった後、両陣営は同じような感想を持った。
◇ ◇
両陣営の肌感覚は数字にも表れている。共同通信社の11月の世論調査で自民の支持率は25・7%。多党化が進んだため単純比較はできないが、惨敗を喫した前回衆院選前の2009年6月の19・8%から約6ポイント増えたにすぎない。ところが、今回衆院選で自民が獲得した小選挙区の議席は237議席と、全体の80%近くを占めることになった。
「得票率と議席数が極端に違うのが小選挙区制。前回は民主に同じことが起こった」(民主党関係者)との解説もあるが、当の自民からは「それだけではない」との見方も少なくなかった。
今回衆院選では報道各社が自民優位との世論調査結果を報じたが、複数の自民関係者は「風は感じていなかった」と言う。新人の武井俊輔氏(37)を立てて5人と争った宮崎1区でも、そうした感触はあったといい、ある自民の支持団体幹部は「自民の党勢が拡大したというより、民主に対する有権者の不信があった。武井氏がここまで票を伸ばすとは思わなかった」と振り返った。
◇ ◇
有権者からも、そうした声は多く聞かれた。日南市の団体職員男性(64)は「景気を良くし、子供から高齢者まで安心できる社会保障も実現してほしい。自民も一度下野しているので、国民に近い目線でやってほしい」とエールを送ったが、延岡市の会社員男性(35)は「自民の経済対策に期待した。かといって大きな期待ではない」と淡々。
また、2人の子供を持つ宮崎市の主婦(40)は「第三極は選挙のことだけ考えているのが見え見え。選択肢として残ったのが自民。何を期待しているのかと聞かれると、特に思いつかない」と冷めた見方をし、同市の会社員女性(28)は「消去法で自民しかなかった。何をやってくれるのか期待はしていないが、しっかり見極めたい」と冷静に答えた。
こうした声に、自民党県連の坂口博美幹事長は「次回の選挙では今回と反対のことが起こりうる。そうならないために強いリーダーシップの発揮と、国民に対する丁寧な説明などが必要だ」と自戒。県連は今回衆院選を総括するため、役員会を開く予定だ。
8374
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:02:57
http://www.the-miyanichi.co.jp/election/2012/detail.php?id=29&category=feature
【祭りの後で】(下)ねじれ
2012年12月20日付宮崎日日新聞
■政争避け国民第一に
口蹄疫発生から2年8カ月。川南町平田の和牛繁殖農家江藤宗武さん(39)は国政を「スムーズに進めてくれればそれでいい。せないかんことをどんどんしてくれ」という思いで見つめる。ただ、気掛かりなのは殺処分された家畜の埋却地再整備事業の行方。埋却地約10アールを牧草用に使うつもりだが、衆院解散で政府の予算編成が遅れ、国からの補助がまだ決まっていないためだ。
自民党と公明党は連立政権発足で合意し、衆議院では3分の2を占めることになるが、参議院では過半数に届かない。「ねじれ」は続き、越年した2013年度政府予算の編成を含め、重要案件が江藤さんの望む通りスムーズに処理されるかは不透明だ。
江藤さん方の埋却地の発掘禁止期間が明けるのは来年5月末。10月から植え付けを始めるために9月末までには整地を終えておきたい。「あとは予算執行だけ。大丈夫だろうけど、また足の引っ張り合いがあるのではないか」と江藤さん。衆院選では自民候補を信じて票を入れたが、政局の行方には気をもんでいる。
◇ ◇
政局に振り回されるのは地方自治体も同じだ。県財政課の阪本典弘課長補佐はこれまでのねじれ状態ですでに大幅に編成作業が遅れている13年度予算に加え、10兆円規模といわれる景気対策の12年度補正予算の行方も気掛かりという。「いつごろ、どのような規模の補正が行われるか。県としては早く決めてもらうのが一番ありがたい」と動向を注意深く見守る。
河野知事も今後最も懸念されることとして予算編成を挙げ、「県民生活に直結する。衆参のねじれで物事が前に進まない、決定できないことは避けていただきたい。各党間が連携、調整し、政治を前に進めてほしい」と求める。
◇ ◇
衆院選で初当選した自民の武井俊輔氏(37)=宮崎1区=は「民主の政策が全部だめというのではなく、支持される点があることも認めなくてはならない」。2議席を失った民主党県連の田口雄二幹事長は「国民の利益になるもの、党の方針と一致するものは是々非々で進めなくてはならない」。本県の自民、民主両党の言葉から、県民が危惧するような政争を避けたいとの意識はにじむ。
宮崎公立大の有馬晋作教授(行政学)は「自公は来年夏の参院選で過半数を取ろうと努力するだろう。ただ、半分改選で必ずしも大きく勝つわけではない。次の衆院選で再びひっくり返る可能性もある」と指摘。「野党を経験した自民、与党を経験した民主はお互いの立場を理解できるようになったのだから、歩み寄り、国民の迷惑になるような政局がらみのねじれを利用した行動はしないと肝に銘じてほしい」と注文をつけた。
12もの政党が入り乱れて戦った「祭り」は終わった。県民は、その後の政治を注意深く見守っている。
8375
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:03:57
選挙中の記事
http://www.the-miyanichi.co.jp/election/2012/detail.php?id=22&category=feature
乱戦の現場】1区ルポ(上)保守票
2012年12月12日付宮崎日日新聞
■3候補取り込み躍起
「3年前、民主党に政権を渡して農業がどうなったか。気を抜けば負け。最後まで頑張ろう」。自民党新人の武井俊輔(37)の選挙事務所。JA取引業者でつくる会の会合で、農民連盟宮崎中央支部長の藤原榮伸は自民党の政権奪還へ並々ならぬ意欲を表した。事務所隣には公示後、県建設業協会関係者が半日で建てた作業用プレハブ小屋も。保守の地盤を支えてきた団体を挙げて武井陣営を支える。
公認候補として初めての選挙となる武井だが、選挙態勢の強化に呼応するように保守層向けの主張も板に付いてきた。宮崎市で開いた集会では「保守とは外国を攻撃したり右翼的だったりすることではなく、さまざまな考えの人を大きくまとめ、国をよくしていくことだ」と力を込めた。
11日、宮崎2区で立候補している自民前職、江藤拓(52)と来夏の参院選に立候補を予定する元都城市長、長峯誠(43)が同市内で応援演説した。江藤は「何としても武井を国会に引っ張り上げ、ともに日本を立て直す。自民圧勝の報道もあるが危険。必ず投票を」。保守王国を取り戻す総力戦を見せつけた。
元自治相上杉光弘(70)が九州比例で立つ予定だったため危ぶまれた公明党との選挙協力も、公示前日に上杉が中国比例と決まったことで懸念は解消。武井は翌日から演説の要所要所で「比例は公明に。自公が勝つことで安定政権ができる」と声を張る。公明関係者は「協力の機運は高まっている」と認める。
□ ■ □
盤石に見える態勢だが、武井陣営の不安は尽きない。「保守本流」を自任する日本維新の会元職の中山成彬(69)、2007年知事選で保守系候補として出馬した民主党前職の川村秀三郎(63)の存在があるからだ。
雪辱を期す中山は選挙カーでの遊説を保守地盤の強い郡部からスタートさせた。「郡部から中心部に向かう。前回より手応えがある」と中山。東諸県郡の農業男性(64)は「中選挙区時代から応援している。実績を積んで人脈がある」と支持はぶれない。
11日に同市であった決起大会に、日本維新に合流した太陽の党の共同代表で元経済産業相の平沼赳夫が出席。13日は代表の石原慎太郎が市中心部でマイクを握る。かつて自民を支えた重鎮たちが相次いで来県。中山も街頭演説などでは保守層を意識し「必要な公共事業はやっていく」と自民候補と同じような主張を展開する。
一方の川村の公示日の出発式には、かつて自民支持だった企業関係者が出席していた。保守系会派に所属する市議が集会に姿を見せることも。民主系労組を基盤としながら、出身地の綾町などの一部の保守層からも支持されていることを裏付ける。ある陣営幹部は「党を超えた支持を広げたい」と切り崩しを狙う。 (敬称略)
× ×
衆院選の投票日が16日に迫り、論戦は熱を帯びている。6人が立候補し乱戦となっている宮崎1区の現場を歩く。
8376
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:04:20
http://www.the-miyanichi.co.jp/election/2012/detail.php?id=21&category=feature
【乱戦の現場】1区ルポ(下)非自民
2012年12月13日付宮崎日日新聞
■「政党色」前面に訴え
民主党政権への「逆風」にさらされながら再選を目指す民主前職の川村秀三郎(63)。各地で連日開く演説会で「古い体質の政治、しがらみと既得権益で融通のきかない政治に戻すのか」。批判の矛先を、二大政党のもう一方の自民党に向ける。
実現できなかったマニフェストの釈明や党内分裂騒動の説明に終始した衆院解散前とは一転、与党の一員として攻めの姿勢を日に日に強める。「釈明ばかりでは戦えない」と後援会幹部が話すように、演説では子ども手当や東九州自動車道整備など「党の実績」を前面に押し出す。
投票日まで3日となり、支持基盤である民主系労組も活動を加速。9日には緊急会議を開いて集票活動を労組以外にも本格的に広げることを確認した。ある労組幹部は「労組票固めから、次の段階に入った」と強調。川村本人も12日、宮崎市内の住宅街で初の自転車遊説をし「元農水官僚として国とのパイプがある」と訴え続けた。
第三極の候補2人は勢いを生む「風」を気にしながらの戦い。日本維新の会元職の中山成彬(69)は自民党からたちあがれ日本に移り、公示前には太陽の党、日本維新と所属政党が短期間で変わったため、陣営は「中山=維新」を選挙区に行き渡らせるのに躍起だ。
選挙事務所は石原慎太郎代表や橋下徹代表代行のポスターがずらり。市内で中山と街頭演説をした、妻で参院議員の中山恭子(72)は「生まれたばかりの維新の会を育ててほしい」と支持を求めた。13日には石原代表が来県する予定で、中山と日本維新の両方を一気に浸透させる考えだ。
□ ■ □
日本未来の党新人の外山斎(36)は争点を「卒原発」「消費増税凍結」「TPP交渉参加反対」の三つに絞って無党派層に切り込む。「3年前の政権交代時のような風は特別。政策を訴え、自分で風を吹かせるしかない」と陣営幹部。主張を明確にすることで既成政党との違いを際立たせる戦略をとる。
都市部を中心に交差点など人目の多い場所で、5分前後のスポット演説を1日30〜50カ所こなすなど地道な選挙戦を展開。ただ、県内で党名がどれだけ浸透しているかは未知数で、陣営も「新党ができたばかりで仕方ないが、周知が足りない」と自覚する。
二大政党や第三極のはざまで埋没しないよう共産、社民党の候補も懸命。共産新人の松本隆(51)は消費増税阻止などの主要政策を挙げ、有権者にアプローチを図る。目まぐるしい再編を重ねた第三極の成り立ちを逆手に取り「90年の歴史を持ち、一貫して筋を通している」とアピール。一日30回前後演説に立つ、社民新人の松村秀利(56)も長年ぶれずに主張してきた脱原発などを声高に訴える。全国的に苦戦が予想される中、選対幹部は「有権者に正しい選択肢を示したい。一つ一つの選挙を粘り強く戦うことが今後につながる」と党勢回復を見据える。(敬称略)
8377
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:06:04
>>8252-8253
北海道
http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20121218011100003.html
2012年12月18日
【王国崩壊 民主大敗のわけ】
(上)「敵は党そのもの」
安住淳幹事長代行(右)と一緒に街頭演説をする鉢呂吉雄氏=12日、札幌市手稲区
■TPP、消費税・・・不信拡大
【小林直子、芳垣文子】衆院選が投開票された16日夜、落選が決まると、道10区の小平忠正・国家公安委員長(70)は、岩見沢市内の事務所で支持者約60人に頭を下げた。
「私も民主党も、歴史的大敗を喫した」
90年の初当選後、連続7期務めたベテランだが、党地元支部による民主党北海道(道連)への公認申請は10月。他の現職に後れをとった。背景にあったのが、環太平洋経済連携協定(TPP)。野田佳彦首相が積極姿勢を示し、明確に反対姿勢を示さない小平氏にも地元の不信感が広がった。
10区は稲作地帯の空知を抱える。父の故小平忠・元衆院議員は農民運動出身。支持者には、TPP交渉参加への反対論が根強い。
合同選対本部の北準一幹事長は「政府のTPPへの前向きな姿勢が、支援の浸透にブレーキをかけ、団体からの推薦も遅れた」とみる。北氏は、道連を支える道農民政治力会議の代表でもある。
現職閣僚として初めて臨んだ選挙戦。小平氏は一転して反対姿勢を前面に押し出し、「閣議で反対し、TPPを断固阻止する。総理が怒って更迭するならやむを得ない」と訴えたが、支持は広がらなかった。選挙戦中、街頭演説でこう訴えたこともあった。「相手は自民ではない。民主党そのものだ」
■討論会は釈明一方
党本部の選対委員長を務めた4区の鉢呂吉雄氏(64)も落選した。選挙戦中盤の10日夜、小樽市内で開かれた公開討論会は防戦一方だった。TPPや消費増税など、他の3候補から与党批判を浴び続け、時間の大半を釈明に費やした。
終了後、道連の幹部は、こう助言した。「もう政府の意見なんて気にしないで、自分らしくやってほしい」。政府の方針との整合性を意識するあまり、自らの主張ができていないと感じたからだ。
終盤には岡田克也副総理や安住淳幹事長代行らが次々と応援に入ったが、比例の復活当選もならなかった。道連幹部は「態度がはっきりしないから、民主の支持者が離れた」とみる。選挙戦最後の日の15日、鉢呂氏は「民主党政権に対する根強い不信感がずーっと選挙期間中も続いた感じがする」と話し、落選を覚悟していた様子だった。
民主最大の支持母体「連合北海道」の幹部は「重要な役割を担った人ほど党の色が強く、批判をもろに受けた」と分析する。
■「お仕置きの選挙」
かたや、持論の脱原発や護憲を激しく訴えたのが、1区の横路孝弘・前衆院議長(71)だった。自身の街頭演説を優先するため、終盤の党幹部の応援演説は断った。自民党の新顔に競り負けたものの、かろうじて比例で復活当選した。
それでも、衆院議長も務めた横路氏の敗北は「民主王国」北海道崩壊の象徴となった。陣営選対本部委員長の熊沢裕幸氏(52)は「民主支持層をまとめ切れなかった」と振り返る。
労働組合や地方議員の後援会から紹介された有権者に電話で支持を求めても、感触のよしあしを示す記号は「×」の割合がいつもにまして多かった。朝日新聞が16日に実施した出口調査でも、横路氏は民主支持層の3分の2ほどしか固め切れていなかった。
道内の小選挙区の投票率は戦後最低の58・73%。熊沢氏は「投票に行かない民主支持層が多かったのではないか」とみる。そして、「政策論争にならずイメージ合戦になってしまった。民主党に対する『お仕置き』の選挙だったのではないか」とつぶやいた。
◇
「民主王国」北海道で、民主党は2議席にとどまる大敗を喫した。選挙戦を振り返り、敗因を分析する。
8378
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:06:33
http://www.asahi.com/area/hokkaido/articles/MTW20121220011100002.html
2012年12月19日
2012 総選挙
【王国崩壊 民主大敗のわけ】
(下)大地を軽視 票流出
選挙協力交渉が決裂後、会見する民主党北海道の荒井聰代表(手前右)と新党大地の鈴木宗男代表=11月20日、札幌市中央区、堀英治撮影
■強気の選挙区調整、決裂
【小林直子】衆院選の公示が迫った2日夜、新党大地の松木謙公氏(53)は、北見市内の総決起集会で民主党を痛烈に批判した。「消費増税するなんて。自分たちがシロアリになってしまった」
野田佳彦首相が、税金の無駄遣いを削ることをシロアリ退治に例えたことを引き合いに、皮肉ったのだ。
■鈴木氏、周到に準備
民主は2008年、大地と選挙協力の協定を締結し、09年の前回衆院選で15議席を獲得する圧勝につなげた。それが今回は状況が一変した。
民主党北海道(道連)と大地は関係継続を見据え、2月から交渉してきたが、話し合いは平行線をたどった。大地は05、09年の衆院選比例道ブロックで、民主、自民に次ぐ43万票を獲得。鈴木宗男代表は「道内のキャスチングボートは大地が握っている」と強調し、松木氏ら現職がいる11、12区以外の小選挙区での候補擁立も認めるよう求め続けた。
だが、道連は「現職議員の候補内定者がいる選挙区にまで大地が候補者を出し、協力しろと言われても話し合いにならない。認識にギャップがありすぎる」と取り合わなかった。
そして道連は10月27日、11、12区を除く10選挙区で公認候補を決定。その5日後、道連幹部は上京した際、安住淳幹事長代行に大地との交渉の経過を報告した。返ってきた答えは「あれ、もういいよな」。党本部の判断は、大地との選挙協力は不要――。幹部は、そう受け止めたという。
道連側も「大地はそう多くの候補者は出せない」と高をくくっていた。だが、鈴木氏は「不愉快を通り越し、今に見ていろと怒りさえ覚えた」と激怒。周到に擁立の準備を進めていた。
大地が公認候補を発表したのは11月23日。民主との交渉が決裂し、破局が決まってわずか3日後だった。札幌市内での記者会見には、1区に出馬した長野五輪スピードスケート金メダリストの清水宏保氏(38)ら公認6人が顔をそろえた。さらに、鈴木氏の長女貴子氏(26)の擁立も決めた。
■己を過信、判断誤る
鈴木氏が小選挙区にこだわった背景には、「新党大地の灯が消える」(党関係者)との強い危機感があった。鈴木氏は受託収賄などの罪で有罪が確定(再審請求中)。4月に刑期満了を迎えたが、公職選挙法の規定で5年間は選挙に立候補できない。選挙運動も禁じられ、党や候補者への支持を呼びかけられない。
代表不在のなか、比例区で05年から守り続けた1議席を維持するためには、比例票の掘り起こしは不可欠だった。支持が厚い道東に加え、札幌圏や空知、後志の選挙区にも打って出た。
結局、民主は6小選挙区で大地と競合。横路孝弘氏(71)が自民新顔に約6千票差で競り負けた1区では、清水氏が4万5千票近くを獲得した。支持母体の連合北海道幹部は「大地は民主批判で票を伸ばした。今回も協力できれば、民主が勝てた選挙区もあったはずだ」と悔やむ。
対する自民は10区をめぐり、友党の公明党との候補者調整に1年近く苦心した。だが、地元支部が推す渡辺孝一氏(55)を比例単独1位にすえることで、全道規模で自公協力を堅持した。大地との協力が不調に終わった民主とは、あまりに対照的だった。
大地の動きを見誤った道連。惨敗が決定的になった16日夜、記者会見に臨んだ小川勝也選対本部長は、全国的に苦戦した05年の郵政選挙でも、道内小選挙区で8議席を得たことを引き合いに、こう言った。「全国で厳しくても、北海道はふんばれるという自信があった」
8379
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:07:03
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/feature/hokkaido1355798482384_02/news/20121218-OYT8T00615.htm
王国崩壊
<上>無党派層の失望
「後ろ盾」失い 選挙区完敗
街頭で遊説する民主党。足を止めることなく通り過ぎる市民が多かった(1日、札幌市中央区で)=山本高裕撮影 選挙戦終盤の14日午前。元首相の鳩山由紀夫は、後継候補を応援するため、引退表明後、初めて苫小牧市に入った。JR苫小牧駅北口で、寒風に吹かれながら選挙カーの上でコートも着ずに叫んだ。「政権交代は間違っていなかった。私は強く信じております」
政権交代の立役者でありながら、政権つまずきのきっかけとなった鳩山の演説に集まった約200人の多くは、陣営がかき集めた。人垣に吸い寄せられるはずの通行人は、立ち止まることなく素通りした。民主党を押し上げてきた無党派層の反応が、これまでとは全く異なっていた。
◎
小選挙区制が導入されてから過去5回の選挙で、民主党が右肩上がりに議席拡大を続けてきた原動力は、無党派層の強い支持だった。全国的に自民党に追い風が吹いた2005年の郵政選挙でさえ12小選挙区で8勝4敗と勝ち越し、前回09年は11勝1敗と圧勝した。
民主党北海道(道連)は今回、党勢のバロメーターとも言える比例選の目標を、05年と同水準の「100万票」に設定し、3議席確保を目指した。しかし、比例選得票は約48万票しかなく、獲得出来た議席は過去最低の二つだった。
前回09年の衆院選で、読売新聞社が実施した投票行動を探る出口調査では、道内小選挙区の平均で無党派層の7割弱が民主候補に投票した。道9区は、8割弱の無党派層が鳩山に流れ、鳩山は全国最多の20万票を獲得した。しかし、今回は、9区の民主候補に投票した無党派層は2割弱しかなく、自民候補にダブルスコアで敗れた。
今回選挙で無党派層は、事実上の民主、自民両党の一騎打ちとなった小選挙区では自民に、候補乱立になった小選挙区では主に第3極勢力に流れた。無党派層という後ろ盾を失い民主候補は小選挙区で全敗した。
◎
野党時代は、政策の実現可能性よりも、財源論を無視したともいえる政策をアピールすることで、自民党との無党派層の支持集めに競り勝ってきた。09年の選挙では、子ども手当などの独自施策を盛りこんだ政権公約(マニフェスト)に期待が集まり、有権者は競うように冊子を求めた。
しかし、与党の実績が問われた今回、有権者は態度を一変させた。政策的立場の違いから党内対立を続け、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加では、道内の民主候補はそろって党方針に反対。政権担当能力への疑問と党内不一致の印象は、有力な支持層だった無党派層を遠ざけた。
道連の岡田篤幹事長は大敗をこう分析する。「分裂騒ぎを繰り返し、国民の信頼感を失った。全国的な民主批判は、地域で頑張れる力を超えた」。民主党への無党派層の失望が、民主離れという代償になって選挙結果に表れた。
「民主党です」。最大の支持母体である連合北海道が、民主候補の各陣営に入り応援するスタッフの電話作戦。党名を口にするだけで、電話が切られ、連合幹部は「『民主党は期待はずれ』というレッテルは想像以上に強烈だった」と選挙運動を振り返った。
道3区の荒井聰の選挙を手伝った道議も「街頭やっても人が来ない、しんどい選挙だった。体感的に分かるんだ。支持が広がっていないというのは」と語った。
◎
選挙戦最終日の15日夜。道1区の横路孝弘は選挙事務所の入るビルの前で最後の訴えを行った。これまでは、無党派層にアピールするためにススキノで最終日を締めくくってきたが、今回はススキノを選ばなかった。陣営幹部は「ススキノが票につながるか疑問だ」と話した。無党派層より、手堅く支援者を固める陣営の狙いがあった。陣営の判断は、無党派層と民主党の距離感を表していた。
◇
民主王国が崩壊した。崩壊のメカニズムを検証する。(敬称略)
(2012年12月18日 読売新聞)
8380
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:07:25
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/feature/hokkaido1355798482384_02/news/20121219-OYT8T00622.htm
王国崩壊
<中>揺らぐ支持基盤
意識変化 動き鈍る労組
暗くなってからも、必死に選挙カーから支持を訴えるスタッフ(4日、札幌市北区で)=本文とは関係ありません 衆院選の最終日となった15日、JR新札幌駅前。北海道5区に民主党から出馬した中前茂之の陣営が、大集会を開いた。
陣営の一員である労組出身の地方議員は、チラシを配る組合員のある行動を聞いて耳を疑った。通行人と勘違いし、陣営幹部である道議にチラシを手渡したというのだ。
組合員の意識の低さに思わずため息が出たが、厳しく責めるわけにもいかなかった。陣営の別の幹部は「昔は、のぼり旗を立てたり、チラシを配ったりするのにも、特に苦労をせずに組合員が集まってくれた。その後は意識も変わり、いまは集会の動員もままならない」と嘆く。
◎
北海道の「民主王国」を支えてきた大きな柱が、「民主党の大応援団」を自任する連合北海道だ。43の産別労組が加盟しており、「生活者を基盤とする政治勢力の結集」を合言葉に民主党の選挙の実務面を主に担ってきた。
自民党議員と比べ、後援会など各議員の「足元」が弱いとされる民主党にとって、連合の組織力は大きな魅力だ。特に広大な面積を持つ北海道では、連合北海道の協力なしに選挙を戦うのは容易ではなく、両者の結びつきもそれだけ強い。2010年には、北海道教職員組合の幹部が1600万円の違法な政治資金を民主党の元衆院議員の陣営に提供した事件が発覚した。
しかし、その連合北海道も、組織力の低下が否めない。組合員数は1990年の発足時の約32万人がピークで、現在は約26万人まで落ち込んでいる。
◎
連合北海道は衆院解散の6日後の11月22日、「組合員1人5枚」を目標に「支持者紹介カード」を集めるよう傘下の組合に指示したが、準備不足もあって指示が徹底されず、集計するだけの成果が上がらなかった。
「奇策はないが、組合員の隅々まで民主党政権の評価を伝え、必ず投票に行ってもらう以外に道はない」
投開票日を1週間後に控えた9日、札幌市のホテルに集まった産別・単組の役員約50人を前に、連合北海道会長の工藤和男はハッパをかけた。
しかし、民主党を支持する組合員が今回、積極的に投票に行った形跡は見られない。読売新聞社が道内の投票所で実施した出口調査では、組織的な働きかけの影響が大きいとされる期日前投票でも、もともと民主党支持だと答えた人の数が自民党支持者を下回った。
民主党の政策が労組の動きを鈍らせた、という声もある。公約にも掲げた「2030年代に原発稼働ゼロを可能とする」というエネルギー政策には電力総連で、公務員給与の削減には自治労で、それぞれ不満がくすぶっている。
皮肉にも、与党になったことで政策の実現可能性が高まり、組合員の政策に対する「感度」が高まったという。連合幹部は「野党と与党では受け止め方が違う。組合員に支持を浸透させられなかった」と振り返る。
◎
道内では連合以外の支援組織との距離も広がった。
09年の前回選で民主候補7人を推薦した北海道農民連盟は今回、推薦を2人にとどめた。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に積極姿勢をとる党執行部の一部に、不信感を抱いたからだ。道内の民主党候補はそろってTPP反対を明言していたが、「執行部と候補者のどちらが正しいのか、見極めが難しい」(事務局)と推薦を絞った。
民主党の地方組織に詳しい森正・愛知学院大教授はこう指摘する。
「野党時代は、選挙に負けても無党派層が離れただけだった。今回の最大の特徴は、従来の民主支持層が崩れたことだ。党の立て直しには、支持基盤の在り方も再考しないといけない」(敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8381
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:07:45
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/feature/hokkaido1355798482384_02/news/20121220-OYT8T00413.htm
王国崩壊
<下>進まぬ自己改革
世代交代 置き去りに
開票速報を見守り、厳しい表情を見せる民主党北海道合同選対本部の幹部ら(17日、札幌市中央区で) 投開票日翌日の17日午前、民主党北海道代表の荒井聰はなじみの治療院を訪れた。左肩に強い凝りを感じたからだ。
この日の夜、荒井は札幌市のホテルで開いた陣営反省会の挨拶で、「考えてみたら、街宣車から手を振って寒風にさらされていた。冬の選挙戦を力いっぱい限界が来るまでやったと思う」と、治療を受けたことを冗談交じりに明かした。
北海道3区で敗れ、辛うじて比例選で復活を決めた荒井は66歳。同じく比例復活だった71歳の横路孝弘とともに、「王国復活」に向けた戦いの先頭に立つことになる。閣僚や衆院議長を経験したベテラン2人が、道民に「民主党の再生」を印象づけることができるかどうかが、大きな課題だ。
◎
北海道では、民主党の世代交代は進んでいない。今回、道内の小選挙区に出馬した候補者を比較すると、民主党の11候補の平均は、投開票日時点の年齢が58・9歳、衆院の当選回数が3・81回だった。これに対し、自民党の11候補は54・2歳、1・72回だ。自民党にはいなかった70歳代の候補が、民主党には3人いた。
「民主王国」と呼ばれた北海道では、多くの有力議員が当選を重ねてきた。今回で11回目の当選となる横路、6回目の荒井、今回で引退した元首相の鳩山由紀夫らだ。
しかし、長年にわたって党を支えてきた国家公安委員長の小平忠正や元経済産業相の鉢呂吉雄は今回、そろって落選した。衆院選の完敗で、こんな見方も出てきている。
北海道の民主党は、党の特徴だった「清新さ」を失い、過去の自民党のような旧態依然の組織になっていたのではないか――。
◎
北海道での党再生のシンボルとなるような次世代のリーダーの姿は、まだ見えてこない。道連が期待を寄せるのが、数多くの地方議員の存在だ。
民主党は全国的には、国会議員がいても地方議員は少ない「逆ピラミッド」の組織構造と言われている。総務省の党派別議員調査(2011年12月末現在)によると、全国の都道府県議会では自民党議員が46・6%(1271人)を占めており、民主党は16・7%(455人)に過ぎない。
これに対し、北海道議会では民主党議員は32・7%を占め、自民党の42・3%に次ぐ勢力だ。道内の市議会でも、自民党と拮抗(きっこう)する勢力となっている。この分厚い「地層」を、新たなリーダーを生み、道民の支持を再び伸ばすための土壌にしようというわけだ。
ただ、こうした地方議員には、国会議員以上に労組との距離が近い議員も少なくない。「脱・労組依存」が求められる党再生には、新たな人材発掘が不可欠だ。
◎
19日夕、道連は「代表選挙に関する緊急要請」と題した文書を、党幹事長の輿石東宛てに提出した。辞任表明した党代表の野田佳彦の後継を選ぶ代表選を国会議員だけで行わず、都道府県連も3票ずつ投票権を持つ臨時党大会を開催すべきだとする内容だ。
衆院ではわずか2議席となった北海道の声を、どう党内に伝え、影響力を保持するのか。道連には、これも無視できない問題だ。
「歴史的な大敗北を喫して、民主党はまさに解党的出直しを迫られている」「『民主党は生まれ変わった』とアピールすることが第一歩だ」
道連が緊急要請で党本部に突きつけた課題は、そのまま自らにも当てはまる。王国復活の成否は、大胆な自己改革に踏み出せるかどうかにかかっている。
(敬称略、おわり)
(2012年12月20日 読売新聞)
8382
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:09:35
>>8260-8264
岩手
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/feature/morioka1355756775366_02/news/20121218-OYT8T00030.htm
伯仲県政界
<上>未来 小沢氏カリスマ性に陰り
異例の地元入りで有権者に支持を訴える小沢一郎氏(15日、北上市で) まばらな「オザワコール」がむなしく響き渡った。
選挙戦最終日の15日午後。未来の党の小沢一郎氏は、同党の畑浩治氏の苦戦が伝えられる2区の滝沢村に入り、マイクを握った。
「国民を代弁する勢力であり続けなければならない」。小沢氏がそう力説すると、1人の男性が「オ・ザ・ワ!」と叫んだが、300人の聴衆のほとんどは同調しなかった。
沿岸部を回った13日は熱心な支持者に囲まれたが、「今さら来るなんて」という被災者の反発も買い、釜石市の仮設住宅では住民に握手を拒否される場面もあった。
4日間を費やした異例の県内遊説が浮き彫りにした小沢氏の苦境は、選挙結果に如実に表れた。
1〜3区での敗戦に加え、小沢氏が当選した4区の得票は10万票を大きく割り込む7万8057票。得票率は45%と現行制度下で初めて5割を切り、次点候補に比例復活を許した。陣営幹部は「ふわっとした雰囲気で票が流れ、取り戻せなかった」と苦戦を振り返る。
小沢氏が民主党を離脱したのは今年7月。その後、「国民の生活が第一」結党、未来の党への合流と、目まぐるしく党派名が変わったこの半年間は、政党の「創造と破壊」を繰り返してきた小沢氏の政治人生の凝縮だ。
小沢系県議は言う。「政党の党首でもない状態で、有権者に期待を持たせるのは難しかった」。古希を迎えた小沢氏のカリスマ性は、確実に衰えている。
一方、県内では「小沢氏の力はまだ残っている」とする見方も出ている。
全小選挙区を合計した政党別の得票率では、未来の党が34・69%で、自民党(34・33%)、民主党(22・49%)を押さえて1位だったためだ。2区で敗れた畑氏は、東北6県で1議席の比例選当選枠に滑り込み、未来の党の県内議席が小沢氏のみとなる事態は、ぎりぎりで回避された。
小沢氏に師事する達増知事は17日朝、記者団に「県内の比例選では自民党に次ぐ得票で、一定の高い評価を得ている」と語り、強気の姿勢を崩さなかった。
知事らが見据えるのは、小沢氏と決別した平野復興相が改選する来夏の参院選だ。全県1区の参院選で平野氏から議席を奪えれば、小沢氏の県内の権勢が健在であることを誇示できる。だが、もし敗れれば、県民の「小沢離れ」は一層、明確になる。
「王国」の消長を占う天王山。小沢氏側近は17日、「きょうから参院選の準備に入る」と気合を入れた。
(2012年12月18日 読売新聞)
8383
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:10:22
下はアップされてない
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/feature/morioka1355756775366_02/news/20121219-OYT8T00110.htm
伯仲県政界
<中>自民 「野党体質」脱皮遂げるか
「よし!また当確だ」
衆院選の開票が続く16日夜、北上市にある自民党の藤原崇氏の事務所では、テレビで東北6県の同党候補の当選確実の速報が流れる度に、支援者が歓声を上げた。
この時、すでに藤原氏の4区での敗北は確実。支援者は、ただ同志の吉報を祝していたのではない。比例復活の“ライバル”が減っていくのを喜んでいたのだ。
自民党の比例選東北ブロックの当選順位は、小選挙区との重複候補24人全員が1位。小選挙区で落選した陣営は、他の小選挙区で当選して「勝ち抜け」する人数が多いほど、比例選の当選枠に入る確率が上がる。結局、自民党は東北で当選枠5を獲得。重複候補の小選挙区の落選者も5人で、藤原氏は難なく復活当選した。
現行制度下で最多の県内4議席を得た自民党県連は、「これ以上ない喜び」(千葉伝幹事長)に沸く。藤原陣営幹部は16日、日本未来の党の小沢一郎氏との対決に負けているにもかかわらず、「小沢王国は完全に崩壊した」と興奮気味に豪語した。
だが、自民党の足元は決して盤石とは言えない。
比例復活となった(右から)高橋比奈子氏、橋本英教氏、藤原崇氏。自民党が「野党体質」から抜け出すため、活動に注目が集まる 藤原氏の小選挙区での惜敗率は61・34%で、東北6県の中では15位。藤原氏より惜敗率の高い他党の候補者のうち8人は、党の当選枠が少ないために落選した。来年の通常国会では比例定数の削減が議論されると見られ、「定数が減れば当選圏内には入れない」との指摘もある。
ほかの比例復活当選者はさらに深刻だ。2度目の衆院選挑戦だった1区の高橋比奈子氏は、惜敗率こそ東北3位だったが、小選挙区での得票率は27%。逆風下にあった前回選の26%とほぼ同じで、追い風に恵まれたのに支持をほとんど伸ばせなかった。3度目の挑戦の3区の橋本英教氏は得票率24%で、前回選の31%よりも下がっている。
背景には、地元の県議や市町村議の動きが鈍いことがある。ある選挙区では、選挙前から「もう同じ候補者で戦いたくない」との声が半ば公然と出ていたほか、選挙戦中盤には「次の衆院選では、たとえ現職でも候補差し替えだ」と語る議員すらいた。
「まさか岩手でこんなに多く当選する時代が来ると思わなかったので、支援態勢を含めた候補選定がなおざりだった面は否めない」。県連関係者はそう打ち明ける。
1993年に小沢氏が離脱して以降、自民党県連は県政界で非主流派に甘んじてきた。「野党体質」からの脱皮が求められている。
(2012年12月19日 読売新聞)
8384
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:12:00
>>8265-8270
宮城
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/feature/tohoku1355794824383_02/news/20121218-OYT8T00447.htm
12衆院選 検証
自民 感触なき圧勝
比例復活での当選から一夜明け、支持者と握手する大久保さん(17日午前9時29分、石巻市中央で) 県内6選挙区で「5勝1敗」と大勝した自民党。2009年前回選の「1勝5敗」をひっくり返した上に、唯一議席をとれなかった5区も比例選で復活当選し、「6勝」に近い結果となった。
だが、同党県連に漂う空気は、圧勝というほどの高揚感とは程遠い。「前々回勝った時も、前回負けた時も、その『根拠』となる手応えはあった。でも、今回はそうした感触がつかめないまま、勝ってしまった」。県連のある幹部はそう漏らした。
公示期間中の11日、仙台市青葉区の同党県連事務所に、愛知治郎参院議員ら幹部が顔をそろえた。各選挙区の担当者からの報告と、期日前投票での「出口調査」の結果をもとに判断した終盤情勢の結論はこうだった。
「小選挙区は5勝1敗。投票率は60%超」
◇
小選挙区の結果は予想通り。負けを見込んでいた5区の比例復活は予想外の成果だった。
5区は、震災で最も被害が深刻な石巻市などを抱える。小選挙区制の導入以来、5区では民主党の前に連戦連敗となっていたが、復活当選で議席を得たことにより、与党として復興政策をアピールしやすくなった。民主党の強固な地盤にくさびを打ち込む好機が巡ってきた。
にもかかわらず、自民党県連にとってそれ以上に予想外で衝撃的だったのは、戦後最低となった55・24%という投票率の低さだ。予想を5ポイントも下回る低投票率に、県連幹部の一人は「被災地で投票率が下がる傾向にあることは織り込んでいたが、政治不信がここまで進んでいるとは……」と、圧勝劇の後とは思えない深刻な表情を浮かべた。
◇
来夏には参院選が控える。自民にとって、国会の「ねじれ」解消が目標となるが、そのための課題となるのが各種団体との関係の再構築だ。衆院選に比べ、参院選の投票率は、全国同様に県内でも低い傾向にあるだけに組織票の動向が鍵を握る。
今回の衆院選では、長く自民を支援してきた県農協政治連盟が初めて、4区では民主候補を推薦した。
衆院選の争点となった「環太平洋経済連携協定(TPP)」には、自民、民主の両候補とも反対の姿勢を示したが、県農政連の幹部は「(民主候補のほうが)反TPP集会への出席が多く、原発事故による風評被害の賠償請求にも協力してくれた」と理由を説明する。今後の支援についても「どの党に所属しているかで推薦を決めることはないだろう」とシビアな目を向ける。
5選を決めた小野寺五典・県連会長は、当選から一夜明けた17日、報道陣を前に最後まで厳しい表情を崩さなかった。「復興は県選出議員の使命だ。政権運営に少しでも綻びが出れば、また我々に矛先が向けられる」
(2012年12月18日 読売新聞)
8385
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:12:28
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/feature/tohoku1355794824383_02/news/20121220-OYT8T00057.htm
12衆院選 検証
民主組織の弱さ露呈
小選挙区での落選が確実となり、支持者に向かって頭を下げる郡氏(右)と岡崎県連選対本部長(16日午後10時56分、仙台市青葉区で) 「政権運営への慢心があった。相手候補ではなく、有権者の政治不信と戦った選挙だった」
16日深夜、民主党の郡和子氏は、選挙区での落選が確実になると、仙台市青葉区の事務所で支持者らを前に敗戦の弁を述べた。6人が出馬した1区で、前回の2009年の衆院選では6万票差をつけた同じ自民候補を相手に、今回は2万票以上の差をつけられた。
12日間の選挙戦で、復興政務官として被災地の復旧に携わった実績を強調し、教育、社会保障への取り組みを訴え続けた。だが、足を止めてくれる人はほとんどいなかった。
同席した党県連選対本部長を務める岡崎トミ子参院議員も「党運営のあり方の未熟さがこの結果を招いた」と、郡氏と並んで頭を下げた。「物事が決まる度に党が分裂を繰り返し、不安を与えた。政策を訴えても有権者に聞く耳を持ってもらえなかった」
政権与党として3年3か月。民主党の候補者たちは、「復興に全力を尽くした」と口々に訴えた。しかし、被災地には、候補者たちが連呼する「復興」の言葉とは程遠い風景が広がる。住宅再建や雇用回復は進まず、原発事故による風評被害への賠償手続きも遅れている。
岡崎参院議員は「人や暮らしを大切にする政治にかじを切ったことは大きな成果」と政権交代の意義を強調したが、今後の党運営については「党として出直す部分はあるが、野党としての責任を果たしていきたい」と述べるのが精いっぱいだった。
◇
来年夏には参院選が控える。党の立て直しが急務となるが、組織は「空中分解」の危機に直面している。
同党の最大の支援組織・連合宮城。今回の衆院選でも全面的に民主党候補の戦いを支えたが、不満はくすぶる。「組織力が弱いところに、急転直下の解散となり、選挙準備は遅れ、勝敗は明らかだった」。連合宮城の山崎透会長は、11月に解散を強行した野田首相の判断がもたらした当然の結果と突き放した。そして、こう警告する。「今後も低調が続くようなら、いつかはそっぽを向く時が来るかもしれない」
党所属の国会議員の数が減ったことで、政党助成金の額も大幅に減る。落選候補をつなぎ留める資金が乏しくなれば、「人材の流出は避けられない」と県連幹部は危惧する。
地方組織の強化も課題として残る。衆院選を迎えた時点での県内の系列県議や市町村議は二十数人に過ぎない。「風」頼みの体質は変わっていない。
◇
日付が替わった17日未明、郡氏の事務所に比例復活の知らせが届いた。待ちに待った吉報に、郡氏は「何とか、何とか国政で仕事をさせていただくことになった」と笑顔をみせた。しかし、過去最低となった投票率の話になると険しい表情に戻った。
「こういう状況を招いたのが私たちだとしたら、政治家として自分自身を鍛え直さないといけない」
(2012年12月19日 読売新聞)
8386
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:12:50
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/feature/tohoku1355794824383_02/news/20121220-OYT8T00053.htm
12衆院選 検証
第3極一定の存在感
比例選での復活当選が決まり、拳を突き上げて喜ぶ林氏(17日午前0時34分、仙台市青葉区の事務所で) 仙台市青葉区にある雑居ビル2階の事務所。日付が替わった17日の未明、みんなの党の林宙紀氏(35)が比例選での復活が確実との知らせが届くと、手狭な事務所は歓声に包まれた。
事務所に詰めていたスタッフの多くが林氏と同じ30歳代。選挙運動にかかわったのはこれが初めてという人がほとんど。やがて、事務所に現れた林氏が「新たな政治、政策への期待感が、このような結果に結びついた」とあいさつすると、興奮はピークに達した。
震災を機に政治を変えようと思い立った林氏。組織も地盤もなく、選挙運動はもっぱら街頭演説だった。公示後は母校・仙台一高の同窓生らの支援を受け、既成政党への批判を繰り広げた。
◇
12政党が乱立した衆院選では、民主、自民の二大政党の向こうを張り、「第3極」の新興政党に注目が集まった。
県内の6選挙区にも、みんなの党が2人、日本維新の会が2人、日本未来の党が3人の候補者を擁立。選挙期間中も党首クラスが相次いで県内入りするなどし、てこ入れを図った。しかし、第3極の政党が獲得した議席は、林氏が比例復活で得た1議席のみにとどまった。
思うように支持を伸ばせなかった最大の理由が準備不足。公示の10日前に維新の公認候補に決まった東京都新宿区議(47)は、公示当日になって「家族から反対された」として立候補を断念。公示2日前に日本未来の公認を得た5区の新人女性(49)は、陣営スタッフは家族や親族ら身内が中心で、事務所に電話を設置する間もないバタバタぶりだった。
◇
それでも、第3極の政党は、県内でも比例選で確実に票を積み上げ、一定の存在感を示した。
県内の比例選での政党別の得票率は、自民の28%、民主の18%に次いで、維新が17%となり、民主に1ポイント差まで迫った。みんなの9%(5位)と日本未来の7%(6位)を合わせた第3極3党の合計では3割を超える票を集めた。仙台市では維新の得票が、民主の得票を1万票以上も上回り、都市型政党の「お株」を奪ってみせた。
「これまで東北地方の議席はゼロだった。一つ壁を突破できた」。みんなの林氏は選挙戦でつかんだ手応えをそう話した。
一方、西日本での躍進とは対照的に、県内では「ゼロ」に終わった維新の東北本部長を務めた西田薫・大阪府議は「県連など地域の拠点を早急につくっていきたい」と、党としての脆弱(ぜいじゃく)さを認めた。
衆院選で「台風の目」となった第3極の各党が、地域に根ざした政党へと脱皮できるかどうかは今のところ不透明だ。来夏にはその第一関門となる参院選が控える。
(2012年12月20日 読売新聞)
8387
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:13:48
>>8271-8273
秋田
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1355758327908_02/news/20121218-OYT8T00051.htm
衆院選2012 検証
(上)寺田氏 浮動票頼み露呈
1区
小選挙区での落選が決定的となり、支持者に頭を下げる寺田さん(右)(16日、秋田市のホテルで) 「政権交代に期待した方々の失望感が、厳しい逆風としてあった」。民主党の寺田学(36)は16日午後8時過ぎ、小選挙区での落選が確実になると、秋田市のホテルで取材に応じ、淡々とした口調で戦いを振り返った。
党への逆風から、若さと首相補佐官の実績という「個人」を広くアピール。陣営は、顔を大写しにしたポスターや拡声機の使用を勧めたが、寺田は「市民の目の前で政策を訴えたい」と主張し、3連勝した過去の選挙同様、選挙カーからは訴えず、連日個人演説会を開く戦術を選択した。
特定の組織や団体に頼らない寺田にとって、民主党県連の支持母体・連合秋田の存在は大きい。事実、連合秋田と社民党県連との「3者共闘」で知事選と参院選を2度ずつ勝ってきた。
だが、2009年の前回知事選と同衆院選で、候補者選定を巡って共闘が崩れ、連合秋田内には、当時の県連代表である寺田への不満と反発が根強い。連合秋田は今回、寺田の推薦を決めたが、最大の構成組織である自治労県本部など傘下の一部労組は支援を見送った。
自治労幹部は「(寺田の手法は)人の道を外れている。謝罪どころか説明にも来ない。彼だけは絶対応援できない」と話し、溝の深さを隠そうともしなかった。
県連の運営方針などを一部にしか明かさない寺田の“秘密主義”にも、県連内部から不満が漏れる。党所属のある地方議員は「(寺田の)若さとがむしゃらさが県連を伸ばした」と評価する反面、「我々にも種明かしをせず、党を作ってきた年配の人たちを方向性の違いで追い出した。『やり方を直さないとダメだ』と言っても聞く耳を持たない」とため息をつく。
社民党県連代表の石川ひとみ(62)は「今の民主党県連は寺田氏の『個人党』。周囲の意見を聞かず、自分の考えに合わない人材は排除し、仲間内だけでやっているように見える」と批判する。
「秋田市生まれ、秋田市育ち」「私はウソをつかない」。自民党の冨樫博之(57)は、横手市出身で、首相補佐官として民主党政権の中枢にいた寺田を意識した発言が目立った。
冨樫の戦い方は、寺田とは対照的だった。秋田市内全域を網羅する後援会組織を整備し、企業・団体をきめ細かく回った。知名度の低さをカバーしようと街頭演説やイベント参加を重ね、「昔ながらのオーソドックスな選挙」(陣営幹部)を展開。組織が一丸となり、寺田に約2万4000票差をつけた。
寺田陣営にとって、過去の勝利を支えてきた浮動票を思うように取り込めない誤算もあった。読売新聞社と日本テレビ系列各局が16日に共同実施した出口調査で、1区では有権者1081人から回答を得たところ、無党派層の4割が冨樫、2割が第3極の候補2人にそれぞれ流れ、寺田は3分の1にとどまった。
逆風下の今回選、寺田の戦術は通用しなかった。陣営の一人は「順風の時は支持基盤がなくても問題は無い。だが、ひとたび劣勢に立った時、もろさが一気に露呈した」とつぶやいた。(敬称略)
(大郷秀爾、糸井裕哉)
(2012年12月18日 読売新聞)
8388
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:14:19
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1355758327908_02/news/20121219-OYT8T00012.htm
衆院選2012 検証
(中)野呂田大国 財産生かし
当選が確実となり、野呂田・元農相(右)と並んで万歳する金田さん(16日、能代市の事務所で) 「比例東北で紹介される身はつらい」。自民党の金田勝年(63)は8日夜、男鹿市で開いた個人演説会で、約160人の支援者に吐露した。「小選挙区でしっかり勝って、バッジをつけさせてほしい」
前回選で、金田は1351票の小差で民主党の川口博(65)に敗れ、比例選で復活当選した。地元のイベントに出席すると、席順や紹介順などで「川口の下座」を意識させられた。
今回選、約3万4000票の大差で川口の比例復活も許さなかった金田は16日夜、事務所で、「皆さんから託された思いが、私の政治家としてのベースになる」とあいさつ。肩身の狭い思いから脱し、満足げだった。
政治家・金田を語る上で切っても切り離せないのが、野呂田芳成・元農相(83)の存在だ。金田は、国会議員を30年以上務めた野呂田から後継指名を受け、地盤と組織を受け継いで前回選を戦い、川口に敗れた。
捲土(けんど)重来を期した金田は、旧野呂田後援会を母体に旧市町村単位の後援会組織を37から56に増強。自民系の地方議員や業界団体の支援を取り付け、組織の引き締めを図った。
前回選、川口に惨敗した大館市での国政報告会や会合、イベント出席は、今年だけで200回を超えた。15日夜の最後の演説は本拠地の能代市でなく、大館市を選ぶなど、徹底して浸透を図った。官僚出身で、時に傲岸不遜と評されるが、有権者に深々と頭を垂れて一人ひとりの手を握り、合掌してみせるなど、イメージチェンジも怠らなかった。
一方の川口は、地元の小坂町以外に後援会を持たなかった。民主党県連の会合で、旧市町村単位の後援会を設立する話は度々議題に上ったが、設立に携わる市議や町議の人材不足で実現せず。川口陣営は、川口が実績を自負する「地域再生」を旗印に「人物本位の選択」のアピールに終始せざるを得なかった。
その結果、金田は能代市で川口のほぼ2倍の票を得ただけでなく、大館市でも約5000票の差をつけた。川口が勝ったのは、地盤の小坂町と隣接する鹿角市だけ。陣営幹部は「支援の点が線、線が面に広がらず、大きな網をかぶせられなかった。自民党のノウハウと組織力の勝利」と力不足を認めた。
野呂田も金田の応援で健在ぶりを示した。「金田は大蔵省(現・財務省)の金看板の主計官を務めた。経済、財政、農林、厚生、外交も身に着けている。これほど能力を備えた人がいるだろうか」と持ち上げた。
その野呂田は、かつての自分の後援会幹部たちに、金田が大臣のポストに手が届く位置にいるとして、支援を求めたとされる。その元幹部らは現在、首長や県議といった地域のリーダーだ。
その一人、野呂田の元秘書で、元参院議員の斉藤滋宣・能代市長(59)は言う。「金田はオヤジの後援会を引き継いだのが一番の財産。野呂田王国の幹部が、そのまま残っている。これから、どれだけ自分の組織をつくれるか。形だけでなく、自分の血や肉にできる組織をだ」
(敬称略)
(神秀穂、工藤彩香)
(2012年12月19日 読売新聞)
8389
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:14:38
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1355758327908_02/news/20121219-OYT8T01541.htm
衆院選2012 検証
(下)地域対決から共存へ
松田知己・美郷町長(左)と門脇光浩・仙北市長(右)に挟まれ、当選を祝ってお茶で乾杯する御法川さん(16日、大仙市の事務所で) 「これからは、皆さんのご厚情に報いるために粉骨砕身頑張る。それだけです」。16日午後8時過ぎ、当選を確信した自民党の御法川信英(48)は、大仙市の事務所で、言葉をかみしめるようにあいさつした。悲願の国政返り咲き。壇上で万歳三唱や祝杯の音頭を取るなどし、地元国会議員の復活を祝った大仙、仙北、美郷の3市町長の姿が、この戦いを象徴していた。
5党が候補を立てた3区だったが、現実は御法川と日本維新の会の村岡敏英(52)の事実上の一騎打ちだった。ともに父親は自民党の元衆院議員。御法川が大仙・仙北地域、村岡は由利本荘・にかほ地域の地盤をそれぞれ受け継いでおり、戦いは北と西から自民系支持層の票を奪い合う「地域対決」の様相を呈した。
地元首長らが前面に出るのは村岡も同じだ。公示前の11月22日、由利本荘市のホテルで開かれた村岡陣営の緊急集会では、同市の長谷部誠市長(61)が「応援団長」となり、「地元市長として、国に対する様々な課題を解決するために、村岡さんを国政に送らねばならない」と声を張り上げた。同市とにかほ市の市議計11人も登壇した。
支援者たちが口にするのは、どちらも「地元から議員を」。地域の利害が交錯し、県農協政治連盟や公明党が推薦の一本化を見送るなか、双方の戦い方は対照的だった。
浪人時代の3年3か月、選挙区内の小集落にも足を運んで浸透を図ってきた御法川は、ジリジリと戦線を押し上げる「塹壕(ざんごう)戦」タイプ。出馬表明が公示17日前と最も遅かった村岡は、維新の会の石原代表や橋下代表代行という大物の来県で「第3極」への追い風を狙った「電撃戦」に近い。
両陣営とも当落のカギを握ると注目したのが、3区で最多となる8万超の有権者を擁する横手市だ。5候補の強固な組織もない“空白地帯”。村岡の後援会会長の大越英雄(58)は「横手市で票を上回らなければ勝てない」と断言した。御法川陣営も「横手だけは読めない」と気を引き締めた。
自民党政権で官房長官も務めた村岡の父・兼造(81)は、横手市の建設業界から同市の支持を広げようと働きかけ、村岡も選挙戦最終日、地盤を離れ、横手市に入った。
開票の結果、双方とも地盤では他を圧倒。注目の横手市の得票率は、御法川が約38%、村岡が約28%と、ポイント差は選挙区全体とほぼ同じで、大越の読みが正しかったことを裏付けた。
実は、地盤の有権者数で及ばず、出遅れもあった村岡陣営は「小選挙区での勝利は難しい」とみていた。ただ、御法川に肉薄し、惜敗率が高ければ「注目度の高い維新の比例票は期待できる。比例復活はできる」とも打算していた。
選挙戦終盤、御法川を支援する地元の建設業界からは「比例は村岡さんを復活させるため、維新に入れようと思う」との声が漏れていた。「公共工事を考えれば、3区の議員は1人でも多い方がいい」という思いからだ。
壮絶な地域対決で有権者が導き出したのは、2人の「共存」だった。地域の疲弊で追いつめられた有権者たちの本音が透けて見える。(敬称略)
(浅水智紀、石黒慎祐)
(2012年12月20日 読売新聞)
8390
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:15:35
>>8274-7279
山形
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/feature/yamagata1355791913867_02/news/20121218-OYT8T00356.htm
勝者なき戦い
自民3区に残る火種
敗戦が決まって支援者へのあいさつに向かう加藤(16日午後11時43分、鶴岡市大東町の事務所で) 1区で当選を決めた遠藤利明は16日夜、地元の民放番組に出演中、「加藤紘一落選」の報を聞くと、それまでの明るい表情を一変させた。「加藤さんとはずっと一緒に行動してきた。落選されたのは残念だし、悔しい」
17日の党所属県議の議員総会でも、主な議題は、会長職の辞意を示した加藤の後任選び。祝勝ムードは影を潜め、2区で当選した鈴木憲和があいさつに訪れた数分間を除き、選挙結果に触れる場面はなかった。
幹事長の志田英紀は「とてもじゃないが手放しで喜べない」と声を落とした。
◇
党関係者が憂慮するのは、自民支持層が3区で分裂状態に陥ったことだ。
2010年参院選の公認問題を巡って、加藤との確執が伝えられる参院議員の岸宏一。加藤は公示直前の2日、新庄市の集会で岸本人に向かい、「岸さんに嫌な思いをさせ、最上地区の自民党関係者につらい思いをさせたことは申し訳ない」と謝罪した。
集会終了後、岸も記者団に「すっきりした」と語ったが、額面通りに受け止める関係者は少ない。3区で加藤を破った阿部寿一は17日、自民党入党について記者団に問われると、「岸先生にも十分相談して今後の対応を決めていきたい」と述べ、岸との親密ぶりを隠さなかった。
前酒田市長の阿部は、過去3回の市長選で自民推薦を得て当選。阿部本人は現在も党友であると話す。阿部を支援した同党市議らからは、入党を期待する声も上がっている。
だが、加藤の後援会幹部は「自民党には入れさせない。今後の選挙は酒田との戦いだ」と怒りをあらわにするなど、「酒田対鶴岡」の地域対立を予感させる発言も飛び出す。岸への反感も高まっており、県連内に新たな火種を抱え込んだ形だ。
◇
公明党関係者には徒労感が残った。県内では「比例選得票数、過去最高の10万票」を掲げ、小選挙区での協力の見返りに比例選での投票を求めて、自民候補を積極的に支援した。しかし、ふたを開けてみれば比例選は5万8000票余りで、2000年以降、最低の結果となった。
「比例は公明」と呼びかける自民候補の姿は目立ったが、結果として得票を減らしたことに、党県本部には「自民党にただ働きをさせられたのか」などと支持者の怒りの声も届いているという。
代表の菊池文昭は「100点満点で58点。大変残念な結果だ」と話した後、こう続けた。「自民党にはもっと協力してほしい」(文中敬称略)
◇
自民党が政権奪還を果たした衆院選。結果を巡って揺れる各党の姿を追う。
(2012年12月18日 読売新聞)
8391
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:15:57
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/feature/yamagata1355791913867_02/news/20121219-OYT8T00058.htm
勝者なき戦い
民主後援会にほころび
小選挙区で敗れ、険しい表情で敗因を語る鹿野さん(16日午後8時14分、山形市芳野の事務所で) 「近藤洋介が2区で落選すると、鹿野道彦が比例復活できなくなる。近藤を応援しろ」
選挙戦最終盤の13日朝、民主党を支持する連合山形会長の大泉敏男は、傘下の労組に号令をかけた。
最大組織の自治労県本部は、2区で「反自民の自主投票」としていた。自治労は社民党に近く、公務員給与などへの対応で近藤への不信感が強い。だが、全面支援する1区の鹿野は敗色濃厚。接戦が伝えられる近藤が当選すれば、鹿野に比例復活の芽が残る――。大泉の号令に先立つ10日、近藤支援にかじを切った。
◇
民主は公示前の小選挙区2議席を失い、県連所属の国会議員は比例復活した近藤だけとなった。全国的には「風頼み」の脆弱(ぜいじゃく)な基盤が敗因に指摘されるが、本県の場合は事情が異なる。
もともと自民党で「清和会(現町村派)のプリンス」と呼ばれた鹿野。父親が同党衆院議員で労相も務めた近藤。2人は後援会組織を土台に、一時の風に左右されない地盤を築いてきた。これに連合の労組票を加え、無党派層を上乗せするのが「勝利の方程式」だった。
だが今回、政権運営能力の乏しさを露呈した党への強烈な逆風は、無党派層の離反に直結。リーマン・ショック以降の不況に急激な円高が重なり、製造業を中心に従業員のリストラなどが進んだ影響で、労組の動きも鈍かった。
頼みの綱の後援会だが、鹿野の場合、高齢化で活動力が大きく低下。選対本部は連合が実務を取り仕切る状態だった。
◇
とどめを刺されたのが、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加問題だ。
野田首相が交渉参加に積極的な姿勢を示したことを受け、県内のJAなど16団体は公示前の11月29日、TPP反対の集会を開いた。戸別所得補償制度の導入を掲げ、民主が前回衆院選で取り込んだ農業票は、自民回帰が鮮明となった。
集会で鹿野はTPP反対を掲げたが、近藤は「TPP参加断固阻止」と書かれた鉢巻きをただ一人締めず、「農業を守った上でTPPに参加する」と主張。野田との近さをアピールしてきた経緯もあり、農業関係者は強く反発した。
「敗因はTPP。後援会すら少なからず切り崩された」。近藤陣営の関係者は影響を認める。
◇
近藤の今回の得票数は約8万1000。前回の約16万6000票から半分以上も減らした。陣営にとって衝撃だったのは、基礎票と踏んでいた後援会組織にほころびが見えたことだ。
「活動に問題があったのかもしれない。これから立て直しを図る。一から出直す」。近藤の言葉は、県連再生の課題と重なる。(文中敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8392
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:18
茨城
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121218-00000027-mailo-l08
票流:2012衆院選/1 業界団体の敗北 TPP問題、争点にならず /茨城
毎日新聞 12月18日(火)12時18分配信
今回の衆院選で、県内7小選挙区のうち自民は5選挙区で勝利した。うち4選挙区は05年の郵政解散選挙で獲得し、09年の政権交代選挙で民主に奪われた議席を取り戻したものだ。振り子のように入れ替わる政党。しかし今回の投票率は過去3番目に低く、2回の選挙と違い風は吹かなかった。有権者の投票行動に影響を与えたのは、埋没した争点か、既存の集票組織の限界か、乱立した第三極か−−。「自民王国復権」の実態と、揺れる民意に迫る。
◇JAグループの誤算
16日午後11時55分、水戸市笠原町の事務所。ぶぜんとした表情で現れた民主前職の福島伸享氏は「力がなかった。不徳の致すところ」と深々と頭を下げた。その場に、衆院選で初めて民主候補を推薦したJAグループの政治団体「県農協政治連盟」委員長を務めるJA県5連の加倉井豊邦会長の姿はなかった。
JAは環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加反対を候補者推薦の「絶対条件」とし、衆院選で最大の争点に据えた。特に加倉井会長の福島氏に対する思い入れは強く、昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で野田佳彦首相がTPP参加に踏み込むのを「体を張って止めた」と評価。福島氏を「最大の功労者」と持ち上げた。
焦ったのはこれまで友好関係を保ってきた自民県連だ。「慎重に対応してほしい」。岡田広会長は先月20日夜、加倉井会長の携帯電話を鳴らし、翻意を促した。鳩山由紀夫元首相がTPP推進方針への賛成を公認の条件とされたことで政界引退を決めたことを受け、福島氏も公認されない可能性があると主張したのだった。JAは岡田会長に配慮し推薦発表を当初予定より4日遅らせたが、結論は変わらなかった。
脅威に感じた自民新人、田所嘉徳氏の陣営は引き締めを図った。1区内のJA組合員は4万6000人。田所氏を支える自民県議、市議の支援者にはJA関係者が多い。演説で田所氏はTPP反対を何度も訴え「農家の皆さんと気持ちは同じ」と口説いた。投票日の16日、田所氏当選を受けて岡田会長はこう振り返った。「加倉井さんは青果市場にも自ら電話するなど相当頑張った。それで逆にこっちが引き締まった」
もっとも「反TPP」は争点として有権者の心に響かなかった。16日に投票所となった水戸市の県JA会館で有権者にTPP問題を判断基準にしたかを尋ねたところ「農家の生まれなので反対だが、国際的な流れなのでどうしようもない」という無職男性(70)や「全く影響しない。参加するのが流れ」と話す教員の男性(37)、民主に投票しながら「今やらなかったら世界に取り残される」と賛成する医師の男性(55)など、「反TPP」が福島氏への投票に結び付いていなかった。
同会館では17日午後、県農政連が選対本部会議を開き、選挙結果を総括した。加倉井会長は終了後、福島氏の敗北に関し「TPPについて有権者に理解してもらう努力をしなければいけなかった」と反省の弁を述べた。=つづく
12月18日朝刊
8393
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:38
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000092-mailo-l08
票流:2012衆院選/2 原発問題 推進か脱原発か、議論上滑り /茨城
毎日新聞 12月19日(水)12時41分配信
◇存続の余地を残す
「子どもたちに脱原発のプレゼントを」
今月7日夜、水戸市笠原町の日本原子力発電茨城総合事務所が入る県開発公社ビル前。東海第2原子力発電所の廃炉を求め、約30人が声を上げていた。7月から毎週金曜に行われている抗議行動は、この日も気温5度と冷え込む中、1時間半にわたり続いた。
4日公示の衆院選では原発問題が大きな争点とされた。第三極の日本未来の党は「卒原発」を旗印に結成。民主など既存の各党も「脱原発依存」を公約に掲げた。毎日新聞社の特別世論調査では「最も重視する争点」とした有権者は9%で、消費増税・財政再建と並び3番目だった。
そんな中、東海第2原発のおひざもと、4区では、原発問題を巡る論戦は低調だった。
「私は原発推進派でも脱原発派でもありません。廃炉技術を確立するため、人材育成は必要だ」。民主前職の高野守氏は14日、東海村内で開いた演説会で、日本原子力研究開発機構の再編強化を説いた。東海第2原発には触れなかった。聴衆は約80人。「脱原発」について踏み込んだ発言を期待していた40代の主婦は「表面的な話で駄目だった」と不満を口にした。
東海第2原発に触れないのは、支持団体への配慮からだ。東海村、ひたちなか市、那珂市には原子力関連の労働者が多く、彼らは党の支持組織、連合茨城の一員だからだ。高野氏が「原発推進ではない」と発言したことに「がっかりした」と漏らす組合員もいた。
一方、自民前職の梶山弘志氏は15日夕、東海村のスーパー前で街頭演説。「他の政党は『脱原発』と簡単に表現するが、本当にそれで皆幸せになれるのか」と呼び掛けると、聞いていた約80人の中から「なれない!」と合いの手。「自民も可能な限り、原発の比率を少なくしていくという方針だ。推進とか反対じゃない。皆で考えよう」と訴えると拍手がわいた。
東海第2原発の定期検査で村外から訪れる作業員を当てにサービス業を営む有権者は原発維持を望む。村内の旅館経営者の男性(85)は「原発が止まると影響は大きい」と訴える。梶山氏の訴えは「脱原発も分かるが、働く人もいる」と態度を決めかねる村民の心もつかんだ。
4区の有権者は、将来の原発存続に余地を残す自民候補を選んだ。高野氏陣営幹部は「『原発推進』の自民との差を明確にしたかったが、できなかった」と悔やんだ。東海村の村上達也村長は「原発問題は生活レベルの話ではなく、国のあり方の問題」と指摘、「原発維持は国家優先。脱原発は国民優先。その流れが選挙には反映されない」と嘆いた。=つづく
12月19日朝刊
8394
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:54
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000133-mailo-l08
票流:2012衆院選/3 「医師の乱」 候補乱立、元職返り咲き /茨城
毎日新聞 12月20日(木)14時40分配信
◇6区の「再乱」は不発
県内最多の6人が立候補し、注目された6区は、全国で最も早く当選確実の報道がされた。16日午後8時過ぎ、NHKテレビの開票速報が、丹羽雄哉氏の当確を伝えた。約10分後には、民主前職の大泉博子氏が土浦市の事務所で「不徳のいたすところです。支援団体の郵政研、医師会、連合に申し訳ない」と頭を下げた。
大泉氏は前回選挙で、自民党から大量離党し民主党を支持した「医師の乱」により、丹羽氏に3万票以上の差をつけ初当選した。それから3年4カ月。今回は、医師の乱を主導した原中勝征前日本医師会長が選対本部長に就任し「乱再び」を狙ったが、あっけない幕切れとなった。原中氏の姿はその場になく、大泉氏の敗戦の弁を聞くことはなかった。
同日夜、県医師連盟幹部は医師の乱を「結局はブーム」と総括した。「前回は後期高齢者医療制度というシングルイシューで一般会員も一生懸命応援したが、今回は全然違う。民主党政権は身内の争いばかりで、会員はしらけていた」と明かした。
「皆さん、前へお集まりください」。13日夜、つくば市での大泉氏演説会。300人収容の会場に集まったのはわずか100人ほど。陣営は盛り上げるため必死。呼び掛けに応じ2列目に座った60代男性は「連合はだらしがない。投票3日前に動員をかけられないなんて」とこぼした。批判された連合茨城幹部は16日夜、「民主党の地方議員はもともと脆弱(ぜいじゃく)」と民主党のフットワーク不足を指摘した。
6区は県内で最も人口が多く、半数以上が新住民とされる都市型選挙区。候補6人の乱立で「激戦区」と目されたが、ふたを開ければ丹羽氏が次点候補に2倍以上の差を付け圧勝した。しかし、丹羽氏はそんなに民意を集めていたのだろうか。
衆院解散までは丹羽、大泉両氏の事実上の一騎打ちとみられ「2人とも力量不足。投票する人がいない」と選挙区内の首長や議員らの間でしきりとささやかれていた。しかし無所属新人の狩野岳也氏が地元を留守にしがちな丹羽氏への批判票をすくい上げる形で自民党に離党届を提出し出馬。比例復活を狙う第三極が次々参戦し、結果的に浮動票は分散した。
狩野、大泉両氏の今回の得票に維新新人の深沢裕氏の票を足せば、丹羽氏を3万票上回る。丹羽氏は15日夜の打ち上げ後、「本当に勝てるのだろうか。実感はない」と話していた。県内小選挙区中最低の投票率(57・31%)にも助けられ、組織力に物を言わせる丹羽氏の返り咲きを許した。=つづく
12月20日朝刊
8395
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:18:19
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000007-mailo-l08
票流:2012衆院選/4 「自民王国」復活 民主の失政に助けられ /茨城
毎日新聞 12月21日(金)10時34分配信
◇新しい風、吹かせるか
自民は今回、比例復活を含めて1〜7区で立候補した全員が当選した。比例代表の得票数は全市町村でトップ。しかし比例代表の得票率31・0%は、09年と比較して2・6ポイント増加したにすぎない。一方の民主は前回から27・3ポイント減の15・7%と大幅に得票を減らした。自民県連幹部は「民主が弱かっただけ」と総括した。
復権したかに見える「自民王国」だが、足元は危うい。6区で自民県議から転身し、自民元職の丹羽雄哉氏に対抗する形で出馬した狩野岳也氏に対し、19日の党紀委員会で「処分なし」と結論付けたのだ。
岡田広会長は、狩野氏が先月離党届を提出した際には受理せず「預かり」とし、「丹羽氏以外を支援したら反党行為」と明言していた。しかし19日には「手続きの勘違い」で、会長の預かりで受理したことになったと説明。記者団に「長期的な考え方での離党受理だ。政治は一寸先は闇」と語った。
県連幹部は「おとがめなし」の背景を「丹羽氏も高齢だということ」と明かす。表だった支援を受けずに4万5000票を獲得した実績は魅力だ。さらに狩野氏の父は衆参両院議員を務めた故明男氏、母は元参院議員の安氏。有力候補として確保しておきたい思惑が透けて見える。
こうした玉虫色の決着は、県連の規律が緩んでいることの表れだ。別の県連幹部は「親分がいなくなって、たがが外れた」と警鐘を鳴らす。「親分」とは県議を55年務め、引退した山口武平氏。6区が保守分裂にもつれ込んだことに対しても「親分がいたらこんなことはなかった」と嘆く。
支持団体も離れ始めている。民主への政権交代前に自民の有力支持団体だったJAグループは今回、衆院選で初めて民主候補を推薦し、県医師連盟も1選挙区を除いて全てで民主候補を推薦した。結果は全敗だったが、JA5連の加倉井豊邦会長は「全く後悔していない。今後も人柄と政治姿勢で決める」と断言。県医師連盟の小松満委員長も「自民支持に戻ることはない」と言い切った。
「自民党に風が吹いているとは特に感じなかった。民主党に対する失望感と、世代交代してほしい、国政に新しい風を送ってほしいという期待が非常に大きかった」
5区の自民新人、石川昭政氏は、比例復活で初当選が決まった16日夜、こう語った。自民候補で唯一、業界団体や公明党から推薦を受けなかった。つじ立ちや街頭演説など「どぶ板」に徹した結果だった。
親分の権威。親の代からの世襲候補。組織選挙。「古い自民党」から脱却し、新しい風を吹かせることができるかどうかが今、問われている。=つづく
12月21日朝刊
8396
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:18:47
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121222-00000030-mailo-l08
票流:2012衆院選/5止 民主大敗の深層 逆風に選挙戦術も迷走 /茨城
毎日新聞 12月22日(土)11時13分配信
◇総括と党改革急務
「申し訳なかったな。党が重荷になったよ」
20日夕、水戸市の民主党県連。衆院選に立候補した前職6人のうち唯一当選した大畠章宏氏が、落選した福島伸享氏に語り掛け、握手を交わした。大畠氏も当選したとはいえ、得票は05年の郵政解散選挙より約1万3000票も減らした。ともに党への逆風を食らった仲間へのねぎらいの言葉だった。
民主は今回、小選挙区制導入後最多となった候補30人乱立の影響をまともに受けた。09年と比べ、候補者の得票率は軒並み半減。特に6人が立った6区の大泉博子氏は73・5ポイント減、5人の7区、柳田和己氏が71・8ポイント減らした。投票率が戦後3番目の低さだったことを差し引いても、前回の3割にも届かない得票に終わる大惨敗。比例代表の得票率も27・3ポイント減らし、15・7%。日本維新の会(18・0%)を下回り、第3党に転落した。
しかし、結果は選挙戦術の迷走ぶりから来るものでもある。逆風を少しでも避けようと各候補者は民主色を薄め、「党より人」と訴えた。特に福島氏は「党のことに触れると有権者から『裏切り者』『うそつき』と批判される。個人の実績を訴えなければ」と強調。選挙カーに党名を掲げず、政策ビラでの呼び掛けも「比例は政党名」と「民主」を明記しない徹底ぶりだった。
しかし「民主党隠し」は政権交代の実績をアピールする機会を放棄することにもつながる。結果として個人、比例とも票が伸び悩み、県内の民主候補で比例復活はゼロ。福島氏は選挙戦終了後、「党に対する嫌悪感、拒否感の中で、自分個人を売っていくのは非常に厳しい」と総括した。
20日の常任幹事会では、農相を退く郡司彰参院議員が空席となっていた会長に復帰することと、高野守会長代行、長谷川修平幹事長ら役員の留任が決まった。大惨敗にもかかわらず留任する理由を記者団に問われた長谷川幹事長は「県の我々が一生懸命やってどうこうというレベルではなかった」と述べた。会合では、野田佳彦首相ら党執行部が消費増税を進めて党分裂を招いた「純化路線」への批判が相次いだという。
来夏の参院選は、民主が県内の比例票で維新に2番手の座を奪われて初めて臨む戦いになる。しかし県連は衆院選大敗の総括を来年2月の定期大会へ先送りした。有権者に見放された現状と一刻も早く向き合わなければ、未来は決して見えてこない。=おわり
◇ ◇
この連載は酒井雅浩、福沢光一、山内真弓、鈴木敬子、杣谷健太が担当しました。
12月22日朝刊
8397
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:20
>>8283-8284
栃木
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000141-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/上 民、自の立場逆転−−1区 /栃木
毎日新聞 12月19日(水)14時53分配信
◇背水の船田氏、油断せず
「前回(09年)はラブコールを送ったが、来てもらえなかった……」。公示翌日の5日夕、宇都宮市のオリオン通りでの街頭演説で、民主・石森久嗣氏は応援に来た蓮舫・前行政刷新担当相を横に自虐気味に語った。「今回こうして来てもらったということは、かなり厳しいということ」
政権与党の候補者として最後まで苦しんだ。党への逆風は収まらず、自身も6月の消費増税法案の採決で棄権するなど揺れた。
態勢を整えたのは解散2日後の11月18日の事務所開きから。議員となって3年3カ月。地元での活動は不十分と感じていた。公示直前には後援会総連合会内で人事を巡る「内紛」があるなど、一枚岩とは言い難かった。
「船田氏優勢」と報じられ、県連内でも「2倍の差だ」と危機感を募らせた。巻き返しを図り、今月8日の必勝集会には会場に入りきれない支援者を集めたが、結果は船田元氏に4万票以上の差を付けられての大敗。前回に比べ約9万票の減だ。「解散時期はこれでよかったのか。石森さんは厳しい戦いの犠牲になった」。落選が決まった16日夜、谷博之・県連代表がこぼした。
◆ ◆
16日、「当確」の一報で船田氏の事務所に「バンザイ」の声がこだましたのは投票終了直後の午後8時過ぎ。「早すぎて動転した」。予測を超える結果に、船田氏も驚きを隠さなかった。
2回目の落選を経ての今回は背水の陣。それまで当選9回の「政界のプリンス」にとっても、なりふり構う余裕はない。イメージカラーは従来の青から「熱意」の赤へ。「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)というか、忸怩(じくじ)たる思いがあった。本人が言い出してね」と陣営関係者が明かす。
「優勢」の報道で、陣営はかえって引き締まった。ある幹部は「『これくらい取るんだったら、投票しなくていいだろう』となる。最後まで気は抜かなかった」と振り返る。ミニ集会は250回以上こなした。結果は得票数10万133での10選。低投票率で目標の「11万票以上」はならなかったが、他候補を寄せ付けなかった。
◆ ◆
低投票率を嘆いたのはみんな・荒木大樹氏陣営だ。「60%」と予測した1区は53・03%。党として企業や労組などの組織票が計算できないだけに、地元県議らが票の掘り起こしに奔走したが、県民の政治への諦念は思った以上に深刻だった。ある幹部は「反応はよかったが、投票行動に結びつけられなかった」。県内での比例代表の得票数は21万618票と、自民の24万3262票に次いだ。「勝機はなかったわけではない」。視線を来夏の参院選に向けた。【中津成美、岩壁峻】
× ×
県内5小選挙区で自民が4議席を獲得した衆院選。「保守王国」復活となった戦いを選挙区ごとに振り返る。
12月19日朝刊
8398
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:37
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000097-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/中 複数の衆院議員誕生−−2、3区 /栃木
毎日新聞 12月20日(木)12時31分配信
◇連携や切磋琢磨に期待
◆2区
自民の西川公也氏が返り咲いた栃木2区。激戦を反映して、民主・福田昭夫氏と、みんな・柏倉祐司氏も比例で復活当選。4候補のうち3人の衆院議員が誕生した。
「高揚感のない選挙だった」。西川氏を支援した和田公伸・日光市議が振り返った。政策を丁寧に説明しても、有権者の手応えが鈍い。「政党が多すぎる」「どこに入れていいか分からない」という声を聞かされた。
民主党が自滅しただけで「しょうがないから自民が支持されただけ。だから次が怖い」とも。多くが棄権した結果の低投票率。小選挙区全体で54・71%は全国ワースト3位だった。「民主不信を通り越して政治不信に達したのでは」
だが、ある市議は「3人が切磋琢磨(せっさたくま)し地方の問題を今以上に考えてくれれば」と期待する。「冷ややかな勝利」は絶妙な民意を反映したとの指摘もある。
柏倉氏のお膝元、鹿沼市の佐藤信市長は「それぞれの持ち味を生かしてほしい」と、地方の制度や政策の要望では、党派を超えた協力を働きかける考えだ。
日光市議会の斎藤敏夫議長も、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)では3人が問題点を指摘しており「日光のためになることは連携して後押ししてほしい」と要望する。
◆3区
「3区の新しい時代の扉が開くことになった」。16日、自民・簗和生氏の比例区復活当選が決まると、選対本部長を務めた三森文徳県議はマイクを握って叫んだ。みんな・渡辺喜美氏が父美智雄氏の地盤を引き継ぎ、親子で半世紀近く培った「牙城」に挑み、小選挙区で3万5000票台の大差で敗れはしたが、そこにくさびを打ち込んだ。
3年前に渡辺氏が離党して以来、空白区となり、独走を許してきた自民。今回は公募で決定した簗氏をぶつけ、TPP(還太平洋パートナーシップ協定)の「断固反対」を訴えて農業団体に食い込んだ。
一方、渡辺氏は「生きるか死ぬかの戦い」と背水の陣。小選挙区一本に絞って覚悟を示し、支持者に「地元の渡辺を落としてはならない」との心理を広げ、民主など反自民票も取り込んだ。
渡辺氏不在の当選報告会では「第三極のリーダーは渡辺喜美しかいない。自民がおごりの政治でダメになった時が出番。渡辺政権目指して頑張ろう」の声が響いた。簗氏陣営は「国政への自民ラインがつながった。次は小選挙区で悲願を果たす」と息上がる。
対立の激化は必至の情勢だが、ある有権者は「2人の衆院議員がそろった意義は大きい。切磋琢磨して3区の発展に尽くしてほしい」と話した。【浅見茂晴、柴田光二】
12月20日朝刊
8399
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:54
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000029-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/下 民主離党前職の落選−−4、5区 /栃木
毎日新聞 12月21日(金)11時1分配信
◇「個人」票失い、浮動票分散
◆4区
「ここまで崩れるとは思わなかった」
前回の得票数から10万票以上を失い、未来・山岡賢次氏の陣営関係者は衝撃を受けた。公示前から予兆はあった。後援会員に支援を頼んで回ると「前回の選挙以降、一度も顔を見せてくれなかった」と断られたことが2度や3度ではなかった。陣営関係者は「前回勝ちすぎたのかもしれない。国会で忙しいかもしれないが、前はもっと地元に気を使ってくれた」とつぶやいた。
民主党離党により組合票を失っただけでなく、長年積み上げた個人後援会の「牙城」も崩れた山岡氏。公示直前の新党合流で浮動票の取り込みに望みをかけたが、浸透しなかった。
◆ ◆
選挙戦最終日の15日にJR小山駅前で開かれた大演説会。前回の雪辱を期す自民・佐藤勉氏は「絶対についてこられないくらいの票で当選したい」と声を張り上げた。分刻みでミニ集会を重ね、12日間で約230回。回数の多さが今回にかける思いを表していた。
佐藤氏に次ぐ得票数を得たみんな・藤岡隆雄氏だが、選対組織がまとまったのは公示の約1週間前。アピールした「若さ」の悪い面も露呈した。県内最多の5人が立候補した4区で、無党派層の票の分散にも泣いた。
「時間が足りなかった」と悔しさをにじませたのは工藤仁美氏陣営。北海道から国替えした工藤氏の後援会名簿は全くの白紙だった。3万5000枚刷った選挙はがき。送れたのは3万枚に達しなかった。「すべてを出すことすらできなかった」と嘆いた。
◆5区
「消費税増税は将来的には避けて通れないと思う……」。11月28日に佐野市で開かれた公開討論会。民主を離党し、みんなの党入りした富岡芳忠氏にとって、この日は有権者に直接向き合う初めての機会だった。さらに続ける。
「ただ、厳しいデフレ経済や国民生活を考えれば、身を切る改革が必要であり、総理がそれらを前提条件と約束したので苦渋の決断をした」。民主を離党した理由を切々と訴えた。「約束をほごにされた」
5区は自民・茂木敏充氏が10万1533票を獲得。富岡氏は3万8626票とはるかに及ばず、前回得票の半分にも届かない惨敗だった。
公示後は「増税の前にやるべきことがある」と強調した富岡氏。「国政を目指した時から脱官僚政治、脱中央集権が最大のテーマ」と主張の一貫性を訴えたが、「地元の皆さんに理解いただく時間がなかった」と肩を落とした。
ただ、比例代表の5区の自民獲得票は4万7508票(公明1万8565票)。これに対し、みんなは3万3877票を獲得し、健闘した。
共産・川上均氏も県内5小選挙区で立候補した共産候補5人の中で唯一1万票台に乗せた。【松本晃、長田舞子、太田穣】
12月21日朝刊
8400
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:09
>>8285-8286
群馬 下の記事アップされてない
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/feature/maebashi1355844777299_02/news/20121219-OYT8T00073.htm
2012衆院選 検証
【上】王国復活 組織が勝因
選挙応援「自民だからやった」
■2区陣営 県連会長が指揮
選挙戦最終日に、安倍総裁の応援演説を受ける井野氏(15日、JR桐生駅前で) 「市長、県議の皆様ありがとうございました。色々な方に支えられ、勝ち抜くことができました」。2区の自民・井野俊郎氏は16日午後8時過ぎ、当選確実が伝えられると、硬い表情で感謝を伝えた。
井野氏は最大のライバル・日本維新の会の石関貴史氏に3万5469票の差をつけたが、4か月前には勝利が危ぶまれていた。
衆院選の候補者となる選挙区支部長に公募で選ばれた井野氏は昨年10月以降、「街頭演説や7万軒のあいさつ回りを行った」というが、一般有権者からの支持の広がりを欠き、危機感が漂った。
そのため、今年8月に民自公の党首会談で「近いうちに国民の信を問う」ことが合意され、衆院解散が現実味を増すと、同党県連内で井野氏への不満が表面化し、立候補予定者の差し替え論が噴出した。
勢いがあった地域政党「大阪維新の会」が国政進出を検討しており、前回選で自民公認の笹川尭・元党総務会長を破った民主(当時)の石関氏の、維新合流が間近に迫っていたことも影響した。
「『民主の石関』と『維新の石関』では意味合いが違ってくる」。須藤昭男・県連幹事長は、石関氏が維新の会に吹く追い風を得て、さらに強力な敵となることに焦りを隠さなかった。
一部の県連幹部が、知名度のある山本一太参院議員に出馬を打診。県連幹部による2日間の議論の末、2区の陣頭指揮を中曽根弘文県連会長が執る異例の態勢を敷くことで、予定通り井野氏出馬で決着した。
選挙戦では組織を前面に押し出した。終盤に福田康夫元首相がみどり市へ、投票日前日の15日には安倍総裁が桐生へ入るなど大物が次々に訪れ、党を挙げて井野氏を押し上げた。
意外な“援護射撃”もあった。民主・桑原功氏の陣営が、離党した石関氏の批判に終始し、「追い風になった」(井野氏の選対幹部)のだ。さらに、維新旋風も下火となり、維新の会の浸透が思うほど進まなかったことも幸いした。
井野氏の選対幹部は「『井野』ではなくて『自民党の井野』で応援をもらった」と振り返った。別の幹部も「今回は民主のオウンゴールと、自民の組織力の勝利だ」と総括した。
8401
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:19
■総裁外来 尾身氏支援 1区
佐田玄一郎氏が他候補を圧倒した1区も事情は変わらなかった。
支援を表明した尾身氏(左)とがっちり握手をする佐田氏(11月23日、前橋市総社町で) 16日午後8時過ぎ、佐田氏の事務所では早々と万歳三唱が行われた。選対役員は一様に安堵(あんど)の表情を浮かべた。
「動きが遅い。大丈夫だろうか」
今夏、1区の党関係者は佐田氏の選挙準備の遅れにやきもきしていた。佐田氏は前回選、尾身幸次元財務相との「コスタリカ方式」で比例単独に回った。個人名を投票する小選挙区選から7年間遠ざかっていて、後援会の再整備が不安視されていた。
公示日の4日、前橋市内での出陣式。あいさつに立った同党県連の小川せつ子女性部長は「高齢化した後援会は刷新した方がいいと何回も言ったが、ちっとも動かない。危機感がない」と苦言を呈した。課題を解消しきれぬまま選挙戦に突入した。
しかし、状況は佐田氏有利に動いていた。中選挙区時代にしのぎを削り、佐田氏との関係が必ずしも良好とは言えない尾身氏が、公示2週間前になって「政権奪還のため」と支援を表明した。安倍総裁が直接依頼し、尾身氏を動かしたのだ。
無党派層の民主党政権への失望も味方した。前橋選対事務局長を務めた狩野浩志県議は「今回は反応がよかった。まるで与党での選挙のようだった」と話した。
また、5人という立候補者の多さも有利に働いた。票が分散し、当選ラインが下がったからだ。ある自民党県連幹部は「基礎票がある自民に分があった」と振り返った。
■比例選得票数は微増にとどまる
今回、自民は党組織を挙げての戦いが目立ち、候補者個人への支援の声は必ずしも高まらなかった。佐田氏の選対幹部は「尾身さんの支援は、佐田さん個人へではなく党へのものだ」と苦笑した。ある候補の選対幹部は「候補者がすげ替わってもかまわない。自民党だからやったんだ」と言ってはばからない。
一方で、県内の比例選得票数を見ると、自民は今回29万6518票で、民主に敗れた前回(34万7040票)の方が多い。得票率を見ても今回は32・72%で、前回(31・73%)をわずか1ポイント上回ったにすぎない。組織戦の限界とも言える。
当選者が1人の小選挙区制は、中選挙区制に比べ政党を選ぶ意味合いが強い。その中で、いかに「個人ファン」を増やし、党が逆風を受けても耐えられるよう、組織票に個人票を上積みできるか。当選者たちは、与えられた任期の中で政治家個人の真価を高めることが求められている。
(2012年12月18日 読売新聞)
8402
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:51
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/feature/maebashi1355844777299_02/news/20121219-OYT8T00083.htm?from=popin
2012衆院選 検証
【中】民主自壊 大敗の道
県連長期対立 自民票の半分以下
敗戦の弁を述べ、妻(左)とともに支持者らの前で頭を下げる柿沼氏(16日、太田市内の事務所で) 「ダブル以上の(差の)敗北。笑って負けましょう。こんな大差じゃ」
衆院選投開票日の16日夜。落選した3区の民主党県連会長・柿沼正明氏は、自嘲気味に支援者と握手を交わしたが、目には悔しさで光るものがあった。
2009年の前回衆院選では、「自民王国」と言われた県内でも小選挙区で3勝するなど、民主党の県関係国会議員は2人から7人に増え、自民党(5人)を一気に上回った。だが今回は一転、1998年の結党後、初めて県関係国会議員がゼロになった。
■機能不全
今回の敗因を、「迷走を続けた民主党政権への大変な批判の結果」(落選した1区・宮崎岳志氏)と、全国レベルでの党への逆風に求める向きは多い。だが、小選挙区の民主の得票がすべて自民の半分以下という群馬の惨敗ぶりには、「県連が組織として体をなしていなかった」(後藤克己・同党県連幹事長)との指摘も出ている。
そもそも同党県連は、2006年に政治資金収支報告書の記載漏れなどの不正経理問題で「石関貴史氏や中島政希氏と他のメンバーとの対立が深まり、機能不全の状態が続いた」(角倉邦良県議)経緯がある。
09年衆院選では、全国的な追い風に乗って勝利を収めたものの、風がやんだ翌10年の参院選では、富岡由紀夫・県連会長(当時)が自民候補に惨敗。その後、意見対立が再び表面化し、会長が空席の事態が今年4月まで1年半以上続いた。
追い打ちをかけたのが、八ッ場ダムの建設問題や消費税法改正案の採決を巡る混乱だった。県連所属の国会議員はくしの歯が欠けるように減り、解散時には最盛期の半分以下の3人となっていた。
今年10月には、離党者が相次いだことや体調不良を理由に、桑原功氏が県連会長を辞職。7年ぶりに県連大会を開き、衆院選に向けた新体制をスタートさせた約2か月後には選挙に突入を余儀なくされた。
柿沼氏の選対本部長を務めた黒沢孝行県議は16日夜、記者団に「県連として『民主党何やっているの』と見られていた」と振り返り、県連組織の自壊を大敗の要因に挙げた。
■2区の擁立公示6日前
空白区の候補選定も、急場しのぎで行われた。
党本部は、選挙協力する予定だった国民の生活が第一(当時)の三宅雪子氏の千葉4区への国替えが解散日に決まったことを受け、引退した自民の福田康夫元首相の長男・達夫氏に対抗する「脱世襲」の象徴として、群馬4区への擁立を強く求めた。
だが人選は進まず、しびれを切らした党本部が4区への落下傘候補を用意している旨を伝えたという。県連は、三宅氏など過去の落下傘候補が離党したり、国替えしたりして地元に根付かなかったことへの「アレルギー」から固辞。三宅氏の秘書だった青木和也氏に白羽の矢を立てたが、もはや準備不足は誰の目にも明らかだった。
また県連は、9月に民主を離党し、日本維新の会に移った2区の石関氏の対抗馬を擁立するのに躍起で、「かかしでも立てる」(角田義一県連顧問)と執念を見せた。だが、こちらも人選は難航。衆院解散後に引退の意向を示していた桑原氏を担ぎ出したのは公示のわずか6日前だった。
来夏の参院選に向け、県連の立て直しは急務だ。全国的な逆風の中でも、地元に根を生やした活動で、小選挙区や比例復活で生き残った県連もあるだけに、群馬県連内では「群馬もそういう組織を学ぶ必要がある。逆風でも民主に入った票はある」(選対関係者)との声が出ている。後藤幹事長は、分裂含みだった県連運営を振り返りながら、「労組系と距離を置いていた石関氏らの離党で、連合との距離は近くなった」と、県連再生に向けた結束にわずかな希望を見いだした。
8403
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:23:09
■維新得票 民主超す
県内3候補のうち、1区の上野宏史氏と2区の石関氏が比例で復活当選した日本維新の会。4区に立候補した宮原田綾香氏を含め、県内の小選挙区で計14万1211票を獲得し、民主4候補の10万9871票を上回った。比例北関東ブロックでは、県別の得票率が4県でトップ(20・12%)となるなど、一定の存在感も示した。
ただ、肝心の政策で各氏の考えの温度差は大きく、今後の県連の運営には不安材料もある。
支持者におわびのあいさつする宮原田氏(16日、高崎市上中居町の事務所で) 維新の会は、原発再稼働について石原代表と橋下代表代行の意見が割れている。読売新聞が衆院選前に行った立候補予定者対象のアンケート調査によると、安全が確認された原発の再稼働について、県内の3氏は、「再開やや賛成」(石関氏)、「再開反対」(宮原田氏)と意見が割れ、上野氏は「どちらともいえず」と姿勢を明確にしなかった。
八ッ場ダムの建設問題でも3者の姿勢はバラバラだ。
宮原田氏は八ッ場ダム建設反対を掲げた著書がある。一方、今衆院選で県建設業協会の支持を受けた上野氏は「効果と費用を見れば間違いなくやるべきだ」と明言する。石関氏は民主党時代は八ッ場ダム建設反対の姿勢を示していたが、離党後は「これ以上混乱を長引かせることは良くない。早くやるべきだ」と主張している。
(2012年12月19日 読売新聞)
8404
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:04
埼玉
>>8287-8289
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121217-OYT8T01861.htm
2012・衆院選 審判
上 民主 組織化不足響く
支持者らを前に敗戦の弁を述べる五十嵐文彦氏(16日午後11時1分、狭山市の事務所で) 「小選挙区で5議席、比例復活で3議席の獲得が目標だった。今となっては、願望に過ぎなかったが……」
衆院選の開票から一夜明けた17日、民主党支援を掲げる労働団体、連合埼玉の幹部は肩を落とした。
今回、小選挙区で民主が議席を獲得したのは5区の枝野幸男だけだ。1区の武正公一、6区の大島敦はかろうじて比例復活したが、連合埼玉の目標にはほど遠い結果となった。
逆風と言われた2005年の郵政選挙でも、小選挙区3、比例4の計7議席を得ていただけに、県連内部では「予想以上の厳しさだ。解党的なダメージだ」と動揺が広がっている。
「出てきたばかりの第3極に完全に票を奪われた」と、9区で落選した五十嵐文彦。だが、惨敗の予兆は、衆院解散・総選挙が現実味を帯びる前からあった。
参院選では、07年には2議席獲得できたが、10年7月には、1議席しか確保できなかった。11年4月の県議選では、民主は候補25人を立て、現職12人のうち6人が落選。さいたま市議選などでも、現職が相次いで落選した。
今年7月、消費増税に反対する小宮山泰子と松崎哲久が民主から「国民の生活が第一」(当時)に移った際は、こうした内部分裂を抑えられなかった党のありようへの反発などから、10人以上の地方議員が離党した。
09年の衆院選では小選挙区で14勝した“民主王国”で起きた地殻変動。県連幹部は「選挙区ごとの支部長を務める衆院議員が、地方議員との信頼関係を十分築けていなかった」と分析する。
地方議員は国政選挙の際に実働部隊となる重要な存在だが、民主に圧倒的に有利な風が吹いた09年衆院選で当選した同党議員たちには「自力で勝てたという慢心があり、地方議員との関係を軽視していた」(連合関係者)との見方もある。
4区の神風英男に地盤を譲った知事の上田清司は17日、敗因について「新たな神風ファンを作っていない。(上田の)遺産だけで食っている。自分で態勢を作らなければいけない」と指摘した。
比例復活した武正や大島は、後援会や地元での活動に力を入れていた。武正は、旅行やパーティーなど、支持者と触れ合う催しを積極的に展開。後援会幹部は「比例復活できたのは20年来築いてきた後援会の力のたまもの」と話す。
県連代表の山根隆治は、悔しさをにじませた。「民主党への支持層はあるが、組織化されていなかった」
(敬称略)
(2012年12月18日 読売新聞)
8405
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:24
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121218-OYT8T01679.htm
2012・衆院選 審判
中 圧勝自民「次が怖い」
当選後初の会合で、自民党県連幹部と握手を交わす豊田真由子氏(18日午後、さいたま市浦和区で) 「ありがとうございました。これから頑張ります」
18日午後、さいたま市浦和区の自民党県連。埼玉4区で初当選した自民新人の豊田真由子は、幹部や同僚議員に笑顔で駆け寄り、握手を交わした。
選挙戦で確かな手応えを感じた、という豊田。選挙カーに乗れば人々が手を振り、ウグイス嬢が「こんなに反応がいいってすごいですよ」と驚く。駅に立てば、「期日前投票で入れてきたよ」と声をかけられた。
「でも、何でなのかわからない。何ででしょう」。豊田自身が、その余りの好感触の理由をはかりかね、戸惑いも覚えていた。
2009年の前回選では15小選挙区すべてで議席を失った自民だが、今回は13議席を獲得。小選挙区で敗れた5区、11区も比例で復活当選を決めた。このうち7人が公募で擁立した新人だ。県連会長の新藤義孝は「新生自民の証しだ」と満足げに語る。
新人の多くは当初、手探りの選挙準備を強いられた。県連幹部は「新人には『自民党の看板は貸すが、あとは自力でやれ』と言っている。15選挙区もあり、後援会作りまで面倒は見られない」と自助努力を求めた。
「支援者回りをしろと言われても、どうやれば良いのか分からない。党は何も教えてくれない」。そんな新人を、選挙区の県議たちが支えた。選挙戦本番では新人候補に張り付き「ここで手を振って」「今、頭を下げて」と逐一指示したり、支援者へのあいさつ回りに同行したりした。前回の大敗の危機感から「県議団がフル活動した」(新藤)。
公明の支援も勝因だった。6区で民主の大島敦を198票差で振り切った中根一幸の陣営は、自民県議の島田正一が公明県議の石渡豊に「公明の推薦がないと戦えない。頼む」と頭を下げ、推薦を取り付けた。前回選では公明の推薦なしで戦い、10万票余りの差で大島に負けた。自民関係者は「公明の支援がなければ負けていた」と振り返る。
だが、決定的だったのは、民主への逆風と、第3極が民主票を奪う“漁夫の利”だったとも言える。自民の得票率は39%で、民主に大敗を喫した前回に比べ3ポイント増に過ぎない。次期衆院選に向け、議員自身が、盤石な後援会組織や地方議員との連携を構築できるかが焦点となる。
維新や無所属から前自民県議3人が出馬した、分裂選挙区の問題も抱える。来夏の参院選に向け、安穏とはしていられない状況だ。
新藤は投開票から一夜明けた17日、圧勝を喜ぶより先に、こう口にした。
「次が怖い」(敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8406
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:46
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121220-OYT8T00068.htm
2012・衆院選 審判
下 第3極カギは県内組織
第46回衆院選の選挙戦最終日、駅前で支援を呼びかける坂本祐之輔氏。維新は県内では、坂本氏含め2人が比例選で復活当選した(15日、東松山市で) 「比例票が伸びている。復活当選するかもしれない」
前東松山市長で日本維新の会の坂本祐之輔陣営では、開票日の16日深夜、東松山市の事務所で、スタッフがテレビの開票速報を見ながら、計算機をたたいていた。北関東ブロックの他の維新候補の惜敗率と比べ、復活の可能性を探った。埼玉10区では自民の山口泰明が早々に5選を決めたが、坂本の惜敗率は65・8%。当選への期待をつないだ。
いったんは比例復活の望みもあきらめかけたが、17日午前1時すぎ、復活の連絡が入ると、事務所は沸き返った。坂本は「ありがとうございます」と礼を述べ、支援者らは抱き合って喜んだ。
公示直前に結党した維新。小選挙区の議席は獲得できなかったが、北関東ブロックでは、民主より1多い4議席を獲得。うち2議席は埼玉勢が占めた。
選挙期間中、坂本は毎朝、東武東上線の駅前に立ち、「維新の坂本です」と連呼した。「維新、がんばってください」と声をかける有権者も多く、副市長として坂本を支えた後援会長の御沢洋一は、ほぼ毎日、党本部に大物の応援演説を要請した。
公示2日後の6日、橋下代表代行は、維新候補がいない12区の熊谷駅前で、街頭演説をぶった。橋下の傍らには、維新推薦を受けたみんなの永沼宏之がいた。「熊谷だけではなく、10区にも来てくれれば、流れは変わった」と御沢。関係者の間では、「小選挙区の候補者がいない熊谷などに来たのは、比例の得票を増やすためでは」との臆測も広がった。
第3極が受け皿になるには、県組織も必要だ。維新の党本部で埼玉県を担当した大阪市議は、北海道の対応にも忙殺され、県内にあまり入れなかった。「比例で反映された得票を生かしたい」と話し、県組織設置の可能性を示唆する。
みんなの党も課題は同じだ。衆院選の比例票は前回選より13万票も積み増したが、しっかりした県連組織がなく、県議や市議で作る地方議員団があるだけだ。県議の藤沢慎也は「県連の設置は本部の判断だが、組織を強化し、発信力を高めるべきだ」と話す。
日本未来の党は、県内では、民主を離れた小宮山泰子1人が比例復活で当選した。小宮山は「国会が始まって党本部の態勢ができてから(県連の)検討をしたい」と言葉少なだ。同じ時期に民主を離れたある地方議員は「今は、政党の体をなしていない」とこぼす。
明暗を分けた各党。来夏の参院選に向け、戦いは既に始まっている。(敬称略)
(衆院選取材班)
(2012年12月20日 読売新聞)
8407
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:25:53
千葉
>>8290-8292
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121219/CK2012121902000133.html
衆院選 ちばの民意(上) 民主なぜ負けた(5区の場合) 無党派票 維新、みんなへ
2012年12月19日
5区のJR新浦安駅前であった野田首相の街頭演説。人は集まったが熱気は、いまひとつだった=2日、浦安市で
衆院解散直後の先月二十一日、民主党の岡田克也副総理が来県した。千葉5区(浦安市、市川市南部)の主要駅JR本八幡駅前の街頭演説は、多くの市民が足を止めた。だが「約束を守れ」などとヤジも飛んだ。民主前職の村越祐民氏の陣営幹部は「こんなことは初めて」とため息をついた。
選挙結果も、村越氏は自民党元職の薗浦健太郎氏に三万票余りの差で敗れた。
共同通信の出口調査でみると、村越氏は民主支持層の88%を固めた。4区の野田佳彦首相の97%には及ばないが、決して低いわけではない。だが、得票は前回の十二万七千五百八十八票から、七万六千票余りも減らした。投票率低下があったとはいえ、大量の目減りは頼みの無党派層をつかめなかったからだ。
支持政党なしの無党派層で、村越氏に投票したのは出口調査で25%にとどまった。この数字は薗浦氏と全く同じだ。無党派票が同じならば、薗浦氏には推薦を受けた公明党票など一定の組織票が上乗せされ、得票差につながる。
前回、村越氏の十二万票超を後押しした無党派層は、どこに流れたのか。出口調査では、日本維新の会とみんなの党にそれぞれ、16%ずつが投票したと答え、日本未来の党も8%だった。
民主の比例代表で復活当選した生方幸夫(6区)、奥野総一郎(9区)、若井康彦(13区)の前職三氏は、無党派層の30〜38%を固めていた。いずれも無党派層の争奪でも、自民の相手候補を上回っていた。
民主の中には無党派層の獲得が今回、二割を下回った候補もいる。2区の新人樋口博康氏もその一人で17%。民主支持層も72%しか固め切れず、維新新人に次ぐ三位に終わった。出馬が決まったのは十一月末だった。
同様に、出馬決定が解散後になった7区の新人中沢健氏も、無党派層は11%にとどまり、民主支持層さえ54%しか固められなかった。結果は三位。二人をみると、出遅れも敗北の要因に挙げられそうだ。
◇
県内でも、小選挙区十一勝二敗の自民大勝で終わった衆院選。民主の十一勝二敗だった前回二〇〇九年とは、正反対の結果になった。県内の民意はどう動いたのだろうか。共同通信出口調査の結果などからひも解く。
◇開票結果(右端の数字は得票率) 5区(7)
当 81,772 薗浦健太郎 自元<2>35.30
51,206 村越祐民 民前 22.10
39,653 木村長人 維新 17.12
28,707 渡辺耕士 み新 12.39
14,913 相原史乃 未<前> 6.43
12,583 浅野史子 共新 5.43
2,770 赤塚裕彦 無新 1.19
8408
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:26:23
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121220/CK2012122002000125.html
衆院選 ちばの民意(中) 自民は勝ったのか(6区の場合) 得票率横ばい、敵失自認
2012年12月20日
当選者のポスターにバラを付けて祝う松野会長(左)ら自民県連幹部。笑みはこぼれるが…=千葉市で
衆院選から一夜明けた十七日、自民党の松野博一県連会長は、県内小選挙区の圧勝について「前回(衆院選)から票は伸びておらず、与党側の自滅と第三極の乱立で票が分散した結果が大きい」と述べ、敵失が主因と自ら認めた。
3区の議席を奪還した松野氏自身も前回より五千票減らした。6区で返り咲いた自民元職の渡辺博道氏も敗れた前回より二千七百票の減。目減りは投票率低下の影響とばかりいってはいられない。
6区の出口調査では、自民支持層の85%、公明党の支持層の58%が、渡辺氏に投票したと答えた。渡辺氏が所属政党や推薦を受けた友党の支援を手堅く取り付けていたことがうかがえる。
ただ、得票率でみると、渡辺氏は前回33%から今回35%にアップしたが、ほぼ横ばいといってもいい。勝利はしたものの、支持に広がりはみられなかったといえる。
出口調査回答者の二割以上を占めた無党派層でも、渡辺氏に投票したのは24%。比例で復活当選した民主党前職の30%を下回った。
年代別では、七十歳以上の42%を筆頭に、各世代がまんべんなく渡辺氏に投票した。ただ、四十代の投票先は渡辺氏(24%)と民主前職(24%)、日本維新の会元職(23%)が拮抗(きっこう)した。
8区でやはり返り咲いた自民元職の桜田義孝氏も、敗れた前回よりも三千票ほど減らしながら、九万三千八百八十二票で議席を奪還した。自民支持層の87%、公明支持層の56%と、それぞれ支持基盤を固めたのも渡辺氏と同じだ。
渡辺氏と違うのは、無党派層の投票先で、桜田氏が31%と他の候補のうちで、最も割合が高かった点だ。とはいえ、民主前職、日本未来の党とみんなの党の新人二人の計三人に入れたとする回答は合わせれば、倍の61%になる。
得票率も桜田氏は今回41%で、前回37%からやや上積みしたにすぎない。
出口調査の分析からみる限り、同じ圧勝でも自民に二〇〇五年の郵政選挙ほどの勢いはなかった。
◇開票結果(右端の数字は得票率)6区(6)
当 69,689 渡辺博道 自元<5>35.37
《比》 46,331 生方幸夫 民前 23.52
29,956 遠藤宣彦 維元 15.20
24,350 鴈野聡 み新 12.36
13,511 三輪由美 共新 6.85
13,139 白石純子 未新 6.67
8409
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:27:10
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121222/CK2012122202000097.html
衆院選 ちばの民意(下)埋没した未来(3区の場合) 民主と維新に支持分断
2012年12月22日
落選が決まり支持者にあいさつする岡島一正氏(中)=市原市で
「第三極の主張が百家争鳴になり、自民党、民主党に対するアンチテーゼになりきれなかった」。日本未来の党前職で県連代表の岡島一正氏は十七日未明、千葉3区(千葉市緑区、市原市)で落選が決まると、支援者三十人を前に深々と頭を下げた。
岡島氏は民主公認だった前回衆院選で、十一万二千三十五票を得て二期目の当選を果たした。だが、今回は八万票も減らし、得票率も55%から17%に大きく落ち込んだ。
「卒原発」を掲げた未来の支持層は出口調査で、岡島氏に92%が投票したと答えた。ただ、同じ調査で3区の未来の支持率は7%。3%だった全国の支持率に比べれば高いが、3区では第二党の民主16%、日本維新の会13%の二分の一にとどまる。3区の未来の比例票も一万五千二百五十票で、維新の三万五千四百八十三票とも差がついた。
無党派層の投票先も、自民前職の33%に対し、岡島氏は23%で、民主新人の20%、維新新人の16%と分け合った。岡島氏が以前所属した民主支持層の投票先は、民主新人に66%(岡島氏は19%)が流れ、得票の落ち込みにつながった。
岡島氏の得票率17%に維新と民主の両新人の得票率を加えると、50%に達し、前回岡島氏が獲得した55%に近づく。当選した自民前職の得票率44%は前回とほぼ横ばいで、岡島氏の敗北は民主と維新に支持が分断し、埋没したといえそうだ。
未来は県内小選挙区に十人を擁立したが、岡島氏ら前回も県内から出馬した五人以外の女性候補はいずれも、これまで群馬や近畿など県外で政治活動し、出馬が決まったのは衆院解散前後だった。
比例代表で未来に投票した人に対し、出口調査で選挙区の投票先を聞いたところ、未来の五人の女性候補に投票した人は4区以外は八割を割り込み、最も低い9区は60%。地域に浸透しきれなかった様子も見て取れる。
脱原発への意識が高まりながら、なぜ未来は比例復活も県内からできなかったのだろうか。党首力が投票の決め手になったかと尋ねたところ、比例で三人が復活当選した維新支持層の65%が「決め手になった」と答えたのに対し、未来支持層は52%にとどまった数字もある。
(この企画は堀場達、小川直人、砂上麻子が担当しました)
◆開票結果(右端の数字は得票率) 3区(6)
当 80,710 松野博一 自<前><5>44.24
31,161 岡島一正 未前 17.08
30,565 小林隆 維新 16.75
28,979 青山明日香 民新 15.88
9,298 石川正 共新 5.09
1,723 井上由紀子 無新 0.94
8410
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:09
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121217-OYT8T01750.htm
[衆院選] 振り子の衝撃
<上> 実感ない大勝 自民不安
「国民はわが自民党に最後のチャンスを与えてくれたと考えるべきだ」
自民党県連幹事長の竹内英明は衆院選の投開票から一夜明けた17日、選挙結果を「最後のチャンス」と表現し、党組織の引き締めや地方組織との連携強化を求める要請文を安倍総裁と石破幹事長に対して送った。
比例復活も含め、自民党が擁立した17小選挙区の候補者全員が当選という結果は竹内にとっても想定外だった。
竹内は2007年から幹事長を務め、大敗した09年衆院選も経験した。17日の記者会見では手を大きく左右に揺り動かし、「(大きな振れ幅の)振り子が戻ったというだけのことだ。3年間、みんなで頑張ってきたが、実感と実体のない勝利だ」と語った。
党本部で開票を見守った甘利明も17日、TBSの番組で感想を求められ、「ちょっと怖い。我々の責任は相当なものだ」と指摘。6区で当選した公明党県本部代表の上田勇は、有権者の反応について、「民主党はダメだという強い気持ちはあったが、自公政権を手放しで支持しているわけではなかった」と振り返った。
自民党県連内には、巨大な与党の運営に早くも不安が出ている。政府や党のポストで当選回数の順送りや派閥尊重人事を行ったり、公共事業の予算配分を巡って族議員の横行を許したりすれば、「どこかで見た光景に対し、批判が殺到しかねない」(幹部)ためだ。
当選を決め、地元漁業者から届けられたタイを掲げる自民党の小泉進次郎さん(16日夜、横須賀市の事務所で) 小泉進次郎は選挙期間中、「この3年間、民主党はひどかったが、過去の自民党に戻すのは嫌だという人はいっぱいいる。自民党を若返らせなければならない」と繰り返し訴えてきた。
来夏の参院選では県内の改選数は3から4に増える。各党間ではさや当ても始まっている。最大の焦点は自民党が衆院選の勢いに乗り、候補者を2人出すかどうかだ。竹内は「菅義偉県連会長と早々に相談したい」と検討する考えを示した。
自民票が2人に分散すれば、当選ラインは下がる。参院選に出馬予定の日本維新の会の参院議員水戸将史は17日、記者会見で「自民党さんはこれだけ勝ったんだから、2議席取りにいきましょう」と求めた。
自民党県連には、1998年の参院選で2人を擁立し、共倒れになった苦い経験もある。今回の衆院選で返り咲きを果たした候補者の一人は不安を隠さない。「世論の支持は移ろいやすい。これだけ勝っても、半年先の風向きも読めない」
(敬称略)
(2012年12月18日 読売新聞)
8411
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:33
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121219-OYT8T00021.htm
[衆院選] 振り子の衝撃
<中> 民主惨敗、立て直し急務
振り子の衝撃 ? 「大変に厳しいということを通り越したような選挙結果だが、国民の審判を受け止めるしかない」
民主党県連代表で財務相の城島光力は18日、財務省で開いた閣議後の記者会見で、自らの落選を含め、党が喫した惨敗を淡々とした表情でこう評した。
金融相の中塚一宏は「政権運営のまずさ、党のガバナンスにあまりにも厳しい国民の判断を頂き、政策の話までなかなかいかなかった」と悔しさをにじませた。
一夜明けて駅頭で決意を話す笠さん(17日午前6時49分、小田急新百合ヶ丘駅で) 民主党県連は今回の衆院選に擁立した17人のうち、15人が落選し、体制立て直しが急務になっている。
投開票から一夜明けた17日午前6時半過ぎ。川崎市麻生区の小田急新百合ヶ丘駅前に、小選挙区で唯一踏みとどまった笠浩史の姿があった。
「私どもは少数野党として再出発することになりますが、巨大与党と対峙(たいじ)し、しっかりと政策論争をしていきます」
凍えるような風が吹く中、笠は何度も頭を下げた。握手を求めてきた通行人の1人から「猛省してください」と声をかけられる場面もあった。
来夏に迫る参院選は笠と、比例復活した若手の後藤祐一が中心になって乗り切らなければならない。22日に党の新代表が選出されるのに合わせ、県連も新体制の議論をスタートさせる予定だ。
党内では、14議席を獲得し、大勝した前回とはあまりに対照的な選挙結果に、民意の揺り戻しを期待する向きもある。落選した若手の1人は「自民党はあまりにも勝ちすぎた。安倍新政権が批判を浴びるのは時間の問題で、次の追い風はうちに吹く可能性が高い」と予想する。
ただ、衆院選の結果を見れば、その見方は楽観的過ぎるかもしれない。民主党候補は今回、計10小選挙区で第3極に競り負け、比例選の得票でも、県内では70万3165票と3位にとどまり、81万2282票の日本維新の会に及ばなかった。
次の選挙では、振り子は自民党から民主党には向かわず、民主党は簡単には再浮上できない可能性もある。日本維新の会幹部からは「来夏の参院選で民主党候補を落とせば、我々は『第3極』からステップアップだ」との声が上がる。
民主党県連幹事長の谷田部孝一は危機感を募らせる。「今度はどういう風が吹くかは分からない。次は大丈夫だという楽観的な立て直しはできない」
(敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8412
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:58
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121221-OYT8T00083.htm?from=popin
[衆院選] 振り子の衝撃
<下> 雪辱期す第3極に警戒
振り子の衝撃 ? 「我が党はわずか18議席ですが、これまで訴えてきた政策を少しでも実現させるべく全力を挙げます」
比例復活当選した、みんなの党の青柳陽一郎は17日以降も、毎日午前6時半から駅前で街頭演説を続けてきた。
青柳は6区で公明党の上田勇と争い、支援する自民党の安倍総裁まで駆けつけるなど自公総力戦の前に最後は敗れた。しかし、第3極の新人候補として善戦、注目を浴びた。
青柳は今回、自民党に大きく振れた「振り子」の次の動きに注目し、雪辱に燃えている。「業界団体丸抱えの自民党では改革に限界があり、安倍新政権はいずれ支持を失う。その時、我が党が政界再編の起爆剤になり、民意の受け皿になりたい」
みんなの党は2009年8月の結党宣言に「非自民勢力の結集」「政界再編」を掲げた。今回の選挙でも他党との連携を模索したが、各地で日本維新の会、日本未来の党と競合したことで勢いをそがれた。
当選確実の一報が入り、支持者から花束を受け取る江田さん(右、16日、横浜市青葉区の事務所で) 幹事長の江田憲司は18日の記者会見で「当初は第3極乱立ということもあり、我が党は残念ながら埋没気味だった」と感想を述べた。渡辺代表は19日のテレビ朝日の番組で「(競合は)本当に愚かだった。(自民党にとって)完璧な漁夫の利だ」と嘆いた。
実際、今回の比例選得票をみると、県内では、みんなの党と維新の会の合計は140万9750票で、自民党を27万票以上も上回った。自民党内では「第3極がもし一本化すれば、民主党以上に厄介だ」(参院幹部)との脅威論が出ている。無党派層への浸透を目指す第3極の票は読みにくい。票の切り崩しなどの選挙対策を立てにくく、結果として圧勝した自民党も対応に苦慮した。
17区で初当選した自民党の牧島かれんは19日、県庁で当選証書を受け取り、「本当に重いものです」と改めて喜びをかみしめた。
17区は自民と民主、共産に加え、みんなの党と日本未来の党が出馬する乱戦となり、みんなの党の井上義行が2位に入った。牧島は選挙戦を振り返り、第3極との戦いにくさを強調した。
「与党で一定の応援団がいる民主党が強いのかなと思っていた。しかし、選挙では誰とどう戦っているのか、手応えがなかった。今後の選挙が、どういう展開になるかも分からない」
(敬称略)
(この連載は、黒見周平と藤亮平が担当しました)
(2012年12月20日 読売新聞)
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:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:30:27
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20121222ddlk14070175000c.html
現場から:衆院選、振り返って 相次ぐ新党、直前の国替え…候補者や支援者、混乱 /神奈川
毎日新聞 2012年12月22日 地方版
野田佳彦首相の唐突な解散表明で始まった衆院選は、県内18の小選挙区で15議席を得た自民・公明の圧勝で終わった。相次ぐ新党誕生に公示直前の候補擁立。異例ずくめの選挙戦を振り返った。【まとめ・高橋直純、山田麻未】
◇6人増え83人
解散時点で県内では72人が出馬表明をしていた。4日の公示までに2人が取りやめ新たに13人が立候補。最終的な候補者数は前回比6人増の83人だった。
4区は民主議員が11月21日に不出馬表明。急きょ後任候補に決まった荻原隆宏氏=落選=は横浜市議を辞職し、公示直前に鎌倉市に転居した。候補者は身分が不安定と見られたため、新居探しに苦労したという。前回は8区で比例復活当選した山崎誠氏=落選=は民主離党後、「みどりの風」から8区出馬を予定していたが、比例単独に変わり、未来合流で7区に国替えした。
11区の民主、林公太郎氏=落選=も公認内定は11月13日。前回、比例復活当選した横粂勝仁氏=落選=は「菅直人元首相と戦う」と離党し国替え。林氏は「民主への逆風より前任者への不信がきつかった。後援会名簿もなく引き継げない」。
横浜市内から出馬を模索していた旧太陽の党の松田学氏は、維新吸収後も処遇が決まらなかった。最終的に比例南関東の単独候補となり、名簿2位と厚遇され当選を果たした。
地方議員も翻弄(ほんろう)された。川崎市では大阪維新の会の「維新政治塾」に参加した県議が民主を離党し、親しい市議も離党を表明した。18区の樋高剛氏=落選=も民主を離党。公示直前に鹿児島から18区に国替えした網屋信介氏=落選=の応援を巡って市議団内部で対応が割れ、しこりが残った。
14区で出馬予定だった太田祐介氏=落選=は、みんなの公認を得られず維新候補として13区から出馬。みんなは14区に藤沢市出身の松本雅威氏=落選=を立てたが、「地元に相談なく上の判断で候補を変えた」と離党する相模原市議が出た。
◇厳しい有権者
「日の丸持参で応援しましょう〜♪」。自民の安倍晋三総裁の演説日程は、個人ブログやツイッターで紹介され、11月29日の横浜駅前の演説は多数の日の丸が揺れた。
外交、防衛の話題が出ると大きな拍手が起こり、「原発反対」のプラカードを持った女性に、複数の男性が「そんなもの掲げるなよ!」と詰め寄る一幕もあった。
民主幹部には厳しい言葉がぶつけられた。県内主要駅で応援演説を行った野田首相には「ウソつき」「最低だ!」と怒号が飛んだ。長く要人警護を経験した警察官は「首相、総裁クラスの街頭演説で汚いヤジを聞いたのは初めて」と驚いた。
民主で人気があったのは細野豪志政調会長。10区では横に並んでアピールする城島光力財務相=落選=を指さし「あの人が邪魔で写真撮れない」と言う若い女性がいた。
一方、全国の投票率は戦後最低で、県内でも前回より8・39ポイント低い59・87%だった。有効投票数が前回の約487万票から約425万票に減る一方、白紙や候補者名以外などを書いた無効票は9万7629票から14万827票に増加した。
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:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:30:46
◇個人と党の考え
各候補者の考え方を読者に伝えるため、毎日新聞はアンケートを実施したが、回収は手間取った。当初スタッフがほとんどいなかった維新の候補は、携帯電話に電話すると「そこまで手が回らない」と悲痛な返事。
回答内容を分析すると、自民、民主、維新、未来は比較的、候補者個人の考えが書かれていた。その分、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)やエネルギー政策などの主要課題で、党内の意見が一致していないことも浮き彫りになった。
共産とみんなは、ほとんどの候補者の回答内容が同じだった。みんなのある候補は当初、自分の言葉で回答してきたが、しばらくして他候補と同内容に差し替えてきた。
◇低調な投票率、参院選「顔」見せて
「こんなに政党があって候補者がいるのに投票したい人がいない。どうやって選んだらいいのか」。そんな声をあちこちで聞いた。低調な投票率が示すように、選挙戦が盛り上がったとは言えない。公示ぎりぎりまで構図が変化し続けるという点では躍動感があったとの見方もできるが、むなしさが募っていった。党利党略や候補者の保身が透けて見えたからだ。
選挙直前にその地域にやってきて、街頭では自身の主張より党名や党首の名前を連呼する。アンケートには、判で押したように党内で同じ答えを載せたり、パンフレットの文言を写すだけだったり。有権者には、候補の顔が見えなかった。
もちろん、各選挙区で1人しか当選しない小選挙区制では、政党が政権をかけて対決する形になる。国民全体の代表という視点から見れば、所属政党は重要な選択基準になる。
しかし、直接会って話を聞くと、熱い思いが伝わってくる候補者も多かった。急で短期間だった今回の選挙戦には、候補者自身が歯がゆかっただろう。
それでも自身の考えをもっと示してほしかった。有権者は政党や政策だけでなく、候補者の人柄、能力を見ている。考えを示した候補者は敗れたとしても次につながるであろう票を獲得していた。
来夏は参院選がある。各候補者は時間をかけ、じっくり自分の考えを伝えてほしい。【高橋直純、山田麻未】
8415
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:31:23
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000100-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/上 進んだ候補者若返り 比例票減、「厳しい期待感」 /山梨
毎日新聞 12月19日(水)12時54分配信
衆院選は自民党が圧勝し、政権に返り咲いた。県内では山梨1区で宮川典子氏が12年ぶりに民主党から議席を奪還。2区の堀内詔子氏、3区の中谷真一氏も比例復活し、3新人が当選を果たして復調した。09年夏の衆院選で有権者から厳しい「ノー」を突き付けられて大敗し、下野した自民党。3年3カ月を経て生まれ変わったのか。山梨の現場から問う。【水脇友輔】
「新しい自民党を望んだ皆さんの勝利」−−。当選の夜、中谷氏は、甲斐市の事務所で支持者を前に声を張り上げた。選挙区では民主前職の後藤斎氏にわずか172票差に肉薄した。
09年衆院選で民主党に3議席を独占され、衆参議員ゼロの屈辱を味わった自民党。一挙に3人を国会に輩出した同党県連の皆川巌幹事長は「1勝2敗ではない。(比例も含めて)3勝だ」と手放しで喜んだ。
派閥政治、族議員、世襲−−。前回の敗北を踏まえ、自民党本部は「党再生会議」を設置して改革を急いだ。県連も候補者の若返りを進めた。宮川氏は33歳、堀内氏は47歳、中谷氏は36歳。女性候補が2人。清新さで「新生自民党」を訴え、3候補とも当選した。
だが、有権者の動向をみると甘くない現実が浮かび上がる。毎日新聞が投票前に行った世論調査では、「首相にふさわしい人物」は維新の石原慎太郎代表が最も多く、望ましい政権の枠組みも「民主、自民以外」が最多だった。県内投票率は63・67%(前回74・29%)と低迷。自民党の比例代表の得票は11万8000票余りで9党派では最多だが、大敗した09年よりも約1万8000票減らしている。
「今あるのは厳しい期待感。二度と失敗はできない。よほど気を引き締めないと」。宮川氏は16日、初当選の喜び冷めやらぬ甲府市の事務所で険しい表情を見せた。維新前職の小沢鋭仁氏、民主前職の斎藤勁氏らに大差で勝利したが、得票は5万4930票と陣営目標の7万票には遠かった。山梨の衆院選挙区で初の女性議員となった宮川氏。「有権者は女性ということや年齢も考慮してくれたのでは」と振り返る。
宮川氏は3年余りの野党生活がもたらした変化を二つ挙げる。1点目は「国民政党の軸を取り戻した」こと。同氏は10年参院選で落選し、地域での集会などを重ねた。「かつての自民党は足を運んで物事に触れることを怠っていた」と指摘する。2点目は若い候補者の台頭だ。自身も県連の公募に応じて候補者になった。「国や地域のために働きたい。そんな志を持つ若い候補を引き上げる態勢ができた」と語る。中谷氏は09年以前の自民党について「政権維持が目的となっていた」と分析。「原点に戻って政策を実現しなければならない。立党精神である日本人の価値観の入った憲法を作り直す」と言う。
一方、09年衆院選の「政権交代」への熱気を肌で知る自民県議はこう自戒する。「大勝するとおごりが心配。フリーハンドで政権を任されたわけではない。来夏の参院選で民主の轍(てつ)を踏んではいけない」
12月19日朝刊
8416
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:32:47
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000125-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/中 旧態依然の世襲頼み 2区に2人の自民系議員、内紛の火種残る /山梨
毎日新聞 12月20日(木)13時51分配信
衆院選公示後の早朝、通勤途中の車が行き交う中央市の幹線道路。山梨2区の自民新人、堀内詔子氏(47)とおそろいのピンクのダウンジャケットに身を包み、手を振る夫光一郎氏(52)の姿があった。光一郎氏は富士急行社長。衆院議員を10期を務めた自民党の重鎮、堀内光雄・元通商産業相(82)の長男だ。
2区は、無所属元職の長崎幸太郎氏(44)と「堀内家」の激しい争いとなった。
因縁の対決だった。長崎氏は05年郵政選挙で、郵政造反組の堀内光雄氏への「刺客」として自民党公認で出馬(比例復活当選)。しかし、09年選挙は堀内光雄氏が公認され、長崎氏は無所属で出馬。民主の坂口岳洋氏に敗れ、両氏とも落選した。
今回の衆院選で、自民党県連は当初、堀内光雄氏の元秘書の山下政樹県議の擁立を決定。しかし、山下氏が出馬を辞退し、急きょ堀内光雄氏の義理の娘である堀内詔子氏の擁立が解散直前に決まった。富士急の創業家である堀内家。堀内光雄氏の祖父、父も衆院議員で、詔子氏で4代目となる。
自民党は前回09年衆院選の政権公約で引退議員の3親等以内の親族らを同じ選挙区で公認しないと明記。だが選挙後、公募などを条件に世襲容認に転じた。毎日新聞の調査では、今回の衆院選で、自民党の世襲当選者は90人に上り、前回の56人から大幅に増えた。
堀内氏陣営は「公募も経たので批判は当たらない」と強調する。ただ「公募」への応募は堀内氏のみで事実上の信任手続き。不戦敗を懸念した県連側が「堀内家頼み」で説得し、堀内家側も「混乱の責任を取った」(県議)との見方が強い。
長崎氏陣営は激しい「反堀内」キャンペーンを張った。選挙区内には「山梨2区は誰のもの?」「世襲政治にNO!」「企業支配にNO!」などと染め抜いたのぼりが林立。長崎氏は「世襲と大企業。強大な壁を崩さねば」と訴え、長崎氏の選対本部長に就いた中村正則県議は「世襲は政党の私物化」と批判した。これに対し、堀内氏陣営は「女性」や「家庭」を前面に出し、世襲批判を必死にかわした。
結果は長崎氏6万2135票、堀内氏5万5012票。「激戦」の予測もあったが、7000票差が付いた。ある自民県議は、長崎氏が落選後に選挙区内を地道に回ったことなどに加えて「世襲批判が追い打ちをかけた」と指摘し、長崎氏の訴えが有権者に受け入れられたとみる。
今回の結果は、自民党内に深刻な火種を残した。
長崎氏は「出自は自民党」などと語り、復党への意欲を隠さない。「いかに仕事で成果を出すか。実績を積み上げれば、党も放っておかない」と長崎氏。「世襲より実力」を強調する。
一方、選挙区で敗れた堀内氏も比例で復活当選。2区に「自民系議員」が2人いる状態になった。県連の清水武則会長は長崎氏の復党について「あり得ない。党本部からの話でも突っぱねる」と語気を強める。
来夏の参院選、さらに次期衆院選が控える中、旧態依然の内紛が続けば有権者の信頼は揺らぐことになる。【水脇友輔、小田切敏雄、片平知宏】
12月20日朝刊
8417
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:33:28
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000147-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/下 県議会2会派、反目続く 参院選へくすぶる懸念 /山梨
毎日新聞 12月21日(金)13時0分配信
「議席奪還へ挙党一致で戦ってもらいたい」。衆院解散当日の11月16日午前、自民党県連の総合選対本部設置会合。出席者の一人が執行部に求めると、拍手がわいた。皆川巌・県連幹事長は「会派の壁を乗り越え、心を一つに戦うことをお誓いする」と神妙な表情で応じた。ある県議は「ああ答えるしかないよね」と苦笑した。
衆院選勝利に沸く自民党だが、県連を構成する県議の間には深い亀裂が入ったままだ。県議会には自民系会派が二つある。最大会派「自民党・県民クラブ」と第2会派「創明会」。互いに反目しているが、議会の関係がそのまま県連内に持ち込まれている。
県連執行部である清水武則会長、皆川幹事長、鈴木幹夫政調会長らは創明会に所属する県議。3氏らは議会運営などを巡って県民クラブを脱退し、今年7月に同会を結成した。議会内の確執は、衆院選候補者の選定作業にも影を落とした。
県民クラブに所属し、県連副会長だった臼井成夫氏が11月21日、急きょ記者会見を開いた。山梨2区について、党公認の堀内詔子氏ではなく、対立候補の長崎幸太郎氏(無所属)を推すと表明したのだ。長崎氏は05年郵政選挙では党公認の「刺客」として出馬した経緯がある。
8期のベテラン県議の「反旗」に、清水会長らは県連に臼井氏を呼んで「他候補を利すれば処分も辞さない」と通告。しかし、臼井氏は態度を変えず、小選挙区では長崎氏が当選した。「いつまでもこんな様ではだめだよね」。ある県議は顔を曇らせる。「文句を言うだけ言って、いざ選挙になっても結局協力しない県議もいる」と自嘲気味だ。
自民党は変わったのか。清水会長は「民主政権の素人政治を見て反省した」と言う。では、県内で延々と続く政争は「玄人政治」なのか。
12月定例県議会は26日に閉会する予定だ。分裂した会派が連携する動きは見られない。他方、県連は投開票から2日後の今月18日、長崎氏を支援した臼井氏を「党規則などに反した」として除名処分にした。
自民圧勝で終わった今回の衆院選。来夏には参院選が控える。「県議がしっかり足元を固めないと、またすぐに痛い目に遭う」。選挙に携わった陣営スタッフは懸念する。
今回選挙で県内では比例復活が相次ぎ、自民新人3氏を含む7氏が当選した。一方、次期衆院選では定数是正策「0増5減」が行われ、県内選挙区は3から2に減少する見通し。生き残りに向けたし烈な争いが予想される。今回は民主の「敵失」に助けられた自民党。足元はいまだ心もとない。【水脇友輔】
12月21日朝刊
8418
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 16:53:03
寺田は地元でも親父の威光を傘に来た鼻つまみ者になってたから秋田での再起はもう無理だろ
8419
:
えり
:2012/12/25(火) 20:01:53
前代未聞
集スト被害者のデモ行進
http://www.youtube.com/watch?v=PlsDG7dTBVo&feature=youtu.be
被害を認識出来なければ、被害にはなりえません。
単なる偶然で不幸の連鎖が起こっていると片付けられるでしょう。
潜在的な被害者が全国にたくさんいます。
8420
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 21:54:08
http://www.google.com/gwt/x?gl=JP&hl=ja-JP&u=http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/senkyo.htm&client=ms-nttr_docomo_gws_aw-jp&source=sg&q=%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A++%E4%BE%9B%E8%A8%97%E9%87%91%E6%B2%A1%E5%8F%8E
8421
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 21:57:18
↑
のデータ面白かったんで、チバさんに教えてあげます。無論他のみんなにも。知ってたらゴメン。
8422
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:26:33
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121219/elc12121902100014-n1.htm
風はどう吹いたか(1)極端な振り子、自民も不安
2012.12.19 02:04 (1/3ページ)[静岡県]
事務所外の特設ステージで万歳三唱をする城内実氏=16日、浜松市
「川田のことをセンセイって呼ぶことになったりしてな」
選挙戦中盤、自民のベテラン県議は冗談めかして笑ったが、その言葉は現実になった。
「川田」とは、自民の比例単独候補で県連事務局長の川田隆氏(55)。党本部の指示で公示3日前に立候補を決め、名簿33位に登載。東海4県からの重複立候補者全員のさらに下位だった。
しかし、開票が始まると、自民の重複立候補者が破竹の勢いで次々と選挙区で当選したため、最後の1議席に滑り込んだ。12日間全く選挙運動をしないまま、本人も周囲も予想しなかった、まさに“棚からぼた餅”の衆院議員の誕生だった。
■恵まれた選挙戦
「こんなに恵まれた選挙は最初で最後。強い後援会組織と党のサポートがあり、関係団体からも数多くの推薦をいただいた」
3回目ながら、自民党公認としては初めての当選を果たした7区の城内実氏(47)は、選挙戦最終日、しみじみとこう語っていた。
事務所の壁に貼りめぐらされた推薦状は、前回のざっと3倍の74枚。無所属だった前回や前々回には大きく制限されていたチラシやポスター、政見放送の枠も、格段に増えた。「“選挙道具”が多く、使いこなすのが難しかった」とぜいたくな悩みを打ち明ける余裕さえあった。
城内氏の後援会組織は、結束力では定評がある。その地盤の上に、自民公認という“ブランド”が加わり、民主候補に3倍以上の大差をつけた。
■逆風から一転
前回は“民主の風”に吹き飛ばされた1区の上川陽子氏(59)にも、今回は順風が吹いた。
公示日、週末、最終日と選挙期間中3回も静岡市内の公園で大規模集会を開き、そのたびに500人規模で動員。回を重ねるごとに集会は盛り上がり、前回選にはなかった勢いを感じさせた。
しかし陣営の幹部は「うちは組織、組織、組織。風に乗った票をあてにするやり方はしない」と、自民ならではの組織力の勝利だとして、“風頼み”の戦いではなかったと胸を張った。
新人も風を受けた。民主の牙城である県東部の6区で、民主のベテラン、渡辺周氏(51)を1万2千票差まで追い詰めた自民の勝俣孝明氏(36)。渡辺陣営は「候補者本人の強さは感じなかった」と、あくまでも自民への追い風と民主への逆風が苦戦の原因だと分析していた。
■勝者の戸惑い
前回選で川田氏と同様にまったく選挙活動をしないまま議席を獲得した議員がいる。民主(当時)の比例単独候補として名簿登載された小林正枝氏(41)だ。今回は日本未来の党公認で選挙区から出馬、惜敗率15%の惨敗に終わった。
自民県連の杉山盛雄幹事長は選挙結果が確定した17日朝、こう述べた。
「今回は支持をいただいたが、一人一人がしっかりしないと、次回の選挙でまた自民党は駄目だということになる」
小選挙区制の下であまりに極端に揺れ動く民意の振り子。その言葉からは、勝者のはずの自民が抱く、強い戸惑いと不安が伝わってきた。
◇
1選挙区から1人の議員を選ぶ小選挙区制には、得票数の差以上に結果が偏る特性があり、世相や時代の雰囲気に左右されやすいといわれる。前々回は自民への小泉旋風、前回は政権交代の風が吹いた衆院選。そして今回は、どんな風が吹いたのか。師走の寒風下に繰り広げられた、熱い戦いを振り返る。
8423
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:27:40
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121221/elc12122102010000-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(2)
2012.12.21 02:01 [静岡県]
■民主、大惨敗に屋台骨失う
「まさか、ここまで迫られるとは…」
16日午後11時半過ぎ。6区から出馬した民主党前職、渡辺周氏(51)の事務所にようやく当確の一報が入ったとき、支持者たちは一様にこわばった表情を浮かべた。
渡辺氏は衆院議員16年の大ベテランで、6区は“鉄壁の地盤”のはずだった。それが、自民党新人の勝俣孝明氏(36)に1万2千票まで肉薄された。まさに薄氷の勝利だった。
結果判明後も渡辺氏に笑顔はなく、恒例の万歳三唱もなし。口から出たのは、「全国的にも歴史的な大敗。原因は、与党として成果を出せなかったことだ」と、まるで敗者のような弁明だった。
民主県連では公示前に、選挙区で7勝1敗だった前回から一転して、「4勝4敗なら…」と弱気なそろばんをはじいていた。しかし、結果は2勝6敗の大惨敗に終わった。
県連の岡本護・選挙対策委員長は、「逆風なんてものじゃない。台風だ」と、苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。
■予想以上の逆風
渡辺氏を最後まで苦しめたのは、陣営の危機感の欠如と、民主への予想以上の逆風だった。
解散直前まで防衛副大臣を務めていたため、地元入りの回数は減り、有権者と接する機会も減った。公示直後から準備不足を訴えて組織引き締めを図ったが、「いくら危機感を訴えても『周さんは大丈夫』と思い込んでいる人が多く、末端まで浸透しなかった」(選対幹部)。
それでも陣営は、苦戦の原因は準備不足や渡辺氏への批判ではなく、「自民への追い風の強さと、民主への逆風。渡辺はいいが民主はダメという声が多く、風当たりは半端ではなかった」と分析。県連の岡本委員長も「党そのものを背負っていたので、逆風をもろに受けた」とかばった。
■ゼロから出直し
「牧野氏がわずか数人の聴衆に向かって演説していた」
選挙戦中盤。党の統括副幹事長や経済産業副大臣を務めたベテランで、県連会長でもある牧野聖修氏(67)について、そんな噂が何度もささやかれた。持ち前の「人なつっこい笑顔」を武器に街の隅々まで回る“どぶ板選挙”を展開した牧野氏だが、有権者の反応は予想以上に冷ややかで、自民党元職の上川陽子氏(59)に終始リードされたまま敗北した。
選挙後、牧野氏は目を赤くして「3年前の大きな期待を裏切った。逆風に始まり逆風に終わる厳しい選挙だった」と、振り返った。
惨敗ショックに茫然(ぼうぜん)自失の県連。岡本委員長は「全くゼロから出直しをしないと、支持は得られない」として、国会議員が県連会長に就任する慣例の見直しを含め、抜本的な党立て直しを行う考えを示した。
民主党は今、“台風”に屋台骨まで吹き飛ばされ、大きな岐路に立たされている。
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:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:28:47
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121222/elc12122202010002-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(3)「維新」の名前生かせず
2012.12.22 02:00 [静岡県]
選挙戦唯一の日曜日だった9日、静岡市葵区の青葉公園周辺で、「橋下徹 東国原」と大書された手作りのプラカードを掲げた若者が声を張り上げていた。
「橋下さんと東国原さんの演説が始まりまーす」
「橋下効果」はすさまじく、気温6度の寒空のもと、ざっと見て1500人、主催者側の発表では2千人以上が集まった。
■候補者名はなし
日本維新の会の橋下徹代表代行と東国原英夫氏が来た目的は、1区の維新候補、尾崎剛司氏(36)らの応援だった。しかし、プラカードにも、呼び込みの声にも尾崎氏の名前はなかった。
両氏の演説終了後、維新の関係者は「いやあ、思ったよりも人が集まった」とご満悦だったが、記者団に「この勢いをどうやって尾崎氏自身の得票につなげるのか」と突っ込まれると、絶句。「そう、それが大事ですよね」と口ごもった。
橋下氏と東国原氏のネームバリューに寄りかかった戦術は、尾崎氏の存在を希薄にし、結果はあえなく落選に終わってしまう。
静岡維新の会の柏木健代表も「あの勢いを尾崎氏の票につなげられなかった」と、敗因を分析した。
■「浜岡廃炉」一筋
維新で県内ではただ一人、比例で復活当選を果たした鈴木望氏(63)は、元磐田市長で元原発県民投票運動の主導者という経歴の持ち主だ。
浜岡原発を抱える3区で、主張を「原発廃炉」一本にしぼった鈴木氏の運動には、全国的に大きな注目が集まっていた。
しかし、選挙戦に突入すると、「一部地域では浜岡廃炉は堂々と主張しにくい雰囲気だった」と鈴木氏はいう。
原発のおひざ元では、立場によって原発への見解はまるで違う。廃炉の主張は、浜岡原発が立地する御前崎市では困惑されることが多く、むしろ、10キロ程度離れた掛川市や袋井市で受けいれられたという。
■党の主張と矛盾
もう一つ鈴木陣営を悩ませたのは、鈴木氏の主張が維新のものと矛盾しているという点だった。
元来、鈴木氏の主張と、原発への立場を明確にしていない維新の方針とは合致しない。それでも、「浜岡廃炉」一本では戦えないと感じた鈴木陣営は、東国原氏や橋下氏と合同演説を行い、維新の看板や橋下、石原(慎太郎前都知事)両氏のブランド力に頼る作戦に出た。
鈴木氏自身も選挙戦中盤以降は、「浜岡原発があることによって他産業の工場が立地しにくくなり、産業振興に影響している」と、当初の浜岡廃炉の主張をアレンジして訴えるなど、軟着陸を図った。
選挙前は注目を集めた第三極だが、ふたを開けてみれば選挙区での当選はゼロであり、比例復活を果たしたのはみんなの党の小池政就氏(38)と鈴木氏のみ。
期待された第三極への追い風もなく、反原発の争点化も不発に終わった中、尾崎氏と鈴木氏の明暗を分けたのは、元々の知名度の差でしかなかった。
8425
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:29:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121225/elc12122502000001-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(4)
2012.12.25 02:00 [静岡県]
■知事選・参院選への影響必至
衆院選直後の19日、浜松市内のホテルで、盛大なパーティーが開かれた。
パーティーの名は「川勝平太氏の出版を祝う会」。川勝平太知事が、初めて開いた政治資金パーティーだった。
「4年、8年と言わず理想の県をつくるまで、370万県民を引っ張っていってほしい」。宴席ではスズキの鈴木修会長兼社長から、知事の再登板を期待するメッセージが代読された。この“ラブコール”にどう応えるか注目された川勝知事だが、結局この日も来夏の知事選への出馬宣言はなかった。
もっとも鈴木会長のメッセージには、「(知事への評価は)100%ではなく50%くらい」とも記されており、破天荒な学者知事に対する財界人の複雑な心境の一端をうかがわせた。
■自・民ともに自信
衆院選が終わり、県政界ではにわかに来夏の知事選に向けた各党の思惑が表面化している。
「自民が誰を出そうとしているのか知らないが、川勝氏に勝てる人はそうそういない」。民主のベテラン県議は自身満々だった。3年半前の知事選で、公示直前に大学学長だった川勝氏を引っ張り出した一人だ。
川勝氏擁立にあたって、当時の自民県議の一部を巻き込むことに成功したとあって、「川勝知事は自民の政策と相いれない人ではない。最終的には自民は乗ってくるだろう」と、「川勝知事への自・民相乗り」を予言した。
秋波を送られた格好の自民だが、衆院選大勝を受けて自民県連の杉山盛雄幹事長は、「川勝知事は『民主党の知事』と認識している」とにべもない。「自民として候補者選定を急ぐ。党本部もそういう意向で、自民党を挙げて静岡の知事を取り戻す」と、対抗心をむき出しにして独自候補擁立を宣言した。
別の自民のベテラン県議も「人材はいる。隠し球もある」と、こちらも自信たっぷりだった。
■2人擁立の誘惑
当然ながら、衆院選の結果は、来夏の参院選にも大きな影響を与える。
静岡選挙区は長年、自民と民主が議席を分け合っているが、勢いに乗る自民県連は「党本部からは、もう1人擁立を、という要望が来るだろう」(杉山幹事長)と、2議席独占を目指して動き出した。
一方の民主には3年前の前回参院選での苦い経験がある。候補者を1人に絞って手堅い勝利を狙った民主県連に対し、政権交代直後で上げ潮ムードだった党本部が2人目擁立を強行。両者の間に深い溝ができた。
結果は自民と民主がそれぞれ1議席のままで、民主の一人芝居に終わったのだが、直近の衆院選で大勝した余勢を駆って2議席独占を狙いたいのは、今の自民も全く同じ。前回の民主の二の舞を、今度は自民が演じないとはかぎらない。
自民の大勝と民主の惨敗、それに伴う政権交代で、県内の政界地図は大きく塗り変わった。知事選は無風、参院選は自民と民主の指定席−師走の政権交代を受けた真夏の決戦が、そんな分かりやすい構図で収まりそうもないことは確かだ。=おわり
◇
(この企画は田中万紀、大坪玲央、広池慶一、飯田耕司が担当しました)
8426
:
チバQ
:2012/12/25(火) 23:21:50
>>6052
更新
高齢代議士リスト
(1942年以上=2012年に70歳を記載)
石原慎太郎1932年09月30日東京比例
保利耕輔1934年09月23日佐賀県3区 当選回数12回
亀井静香1936年11月01日広島県6区 当選回数12回
伊吹文明1938年01月09日京都府1区
二階俊博1939年02月17日和歌山3区
保岡興治1939年05月11日鹿児島1区 当選回数12回
平沼赳夫1939年08月03日岡山県3区 当選回数11回
麻生太郎1940年09月20日福岡県8区 当選回数11回
竹本直一1940年11月23日大阪府15区(比例復活)
宮路和明1940年11月29日鹿児島県3区(比例復活)
横路孝弘1941年01月3日北海道1区(比例復活)当選回数11回
衛藤征士郎1941年04月29日大分県2区 当選回数11回
谷川弥一1941年08月12日長崎県3区
野田毅_1941年10月03日熊本県2区 当選回数 14回
泉原保二1941年10月06日四国比例下位
土屋正忠1942年01月13日東京都18区
園田博之1942年02月19日熊本県4区
高村正彦1942年03月15日山口県1区 当選回数11回
上杉光弘1942年04月12日中国比例下位
小沢一郎1942年05月24日岩手県4区 当選15回
河村建夫1942年11月10日山口県3区
金子一義1942年12月20日岐阜県4区
西川公也1942年12月26日栃木県2区
参考)
中村喜四郎1949年4月10日当選回数12回
鳩山邦夫1948年9月13日当選回数 12回
菅直人 1946年10月10日当選回数 11回
8427
:
名無しさん
:2012/12/27(木) 17:57:05
http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012122701001264.html
鳩山邦夫氏が自民党復党 党紀委員会了承
自民党は27日の党紀委員会で、鳩山邦夫元総務相(衆院福岡6区)の復党を了承した。復党は28日付。
鳩山氏は自民党が野党だった2010年3月、当時の執行部を批判して離党したが、昨年12月に復党願を提出。先の衆院選では自民党推薦の無所属で当選し、安倍晋三首相(党総裁)に早期復党を求めていた。
2012/12/27 17:09 【共同通信】
8428
:
名無しさん
:2012/12/28(金) 19:48:00
>>8427
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121228-OYT1T01101.htm?from=ylist
自民党、鳩山邦夫氏の衆院会派入会届を提出
衆院の会派「日本未来の党」は28日、阿部知子、亀井静香両氏の会派離脱届を衆院事務局に提出した。
会派「自民党」も、同日付で復党した鳩山邦夫氏の入会届を衆院事務局に提出した。衆院の新勢力分野は次の通り。
自民党294▽民主党・無所属クラブ56▽日本維新の会54▽公明党31▽みんなの党18▽共産党8▽日本未来の党7▽社民党・市民連合2▽無所属10
(2012年12月28日19時27分 読売新聞)
8429
:
チバQ
:2012/12/28(金) 22:16:25
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012122890170655.html
関市「民意の縮図」また証明
2012年12月28日 17時06分
2009年までの過去3回の衆院選比例代表の政党別得票率で、本紙が中部6県の全111市を調べた結果、全国の数値に最も近かった岐阜県関市。政党乱立で対決構図が変わった今回の衆院選でも、全国に近い傾向を示した。「民意の縮図」ぶりをあらためて証明した関市内で、動きだした安倍政権への期待を聞いた。
今回の比例代表の得票率は、自民党が全国27・6%、関市28・8%。民主党は全国16・0%に対し、関市は16・8%だった。過去三回に続き、いずれも0〜1ポイント台の小差で、二大政党の得票率は全国に極めて近かった。
今回、全国で20・4%と二位に躍進した日本維新の会は、関市でも17・2%と民主を上回った。日本未来の党は全国5・7%に対し、関市は7・4%。全国より維新が低く、未来が高くなった背景には、関市の入る岐阜3区で未来が候補者を立て、比例票も流れたためとみられる。
その他の中小政党でも、全国と関市の差は最大1・3ポイント。みんなの党と共産党ではほぼ一致した。
尾関健治・関市長(40)は「今回、得票率がどうなるかと気になっていたが、やっぱり関市民はバランスが取れているんですね」と納得の様子。新政権に対して「公共事業を進めてもらうのはありがたいが、赤字が膨らむ国民健康保険など社会保障の議論も進めてほしい」と望む。
関の刃物は欧米でも需要があり、岐阜県関刃物産業連合会の山藤茂事務局長(64)は「今の円安傾向を持続させてほしい」と期待。関青年会議所の宮部英門(ひでゆき)理事長(38)は「市内で自民への期待が高まっている雰囲気は特にないが、景気を良くしてもらえれば」と語った。
(中日新聞)
8430
:
チバQ
:2012/12/28(金) 22:33:13
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW1212260700003.html
2012年12月26日06時29分
資質より擁立ありき 各党ドタバタ
●「空白区」回避へ
今回の衆院選では、民主、自民両党に加え、第三極の新党も候補者擁立でドタバタ劇を繰り広げた。空白区をつくらないことを「公党の責任」と強調したが、国会議員になるにふさわしい資質を本当に見極めたのか――。選考過程を見る限り、不安になる。
本文)解散後の候補擁立、自民は「未知数」、民主は「身内」
「もう、不戦敗だろ」
解散の前日、自民党福島3区支部の有力市議が嘆いた。
強固な支持基盤をもつ民主党の玄葉光一郎氏。自民は過去2回、選挙が迫ってから地元とは縁のない「落下傘候補」を立て、大敗を喫した。解散後、自民県連が期待した中島村出身の柏市議(千葉県)も結局、辞退を伝えてきた。
「政権奪還を目指す党として、空白区は作れない」と焦る県連。そこに、「誰もいないのなら」と名乗りを上げたのが、菅野佐智子氏だった。
「田村市で塾を経営し、政治のことを真剣に考えてきた人」。その程度の情報だけで県連は飛びついた。
県連会長の岩城光英参院議員らが会見して擁立を発表したのは、11月20日。司会者が名前を間違える、あわただしい会見を終えると、県連幹部らは安堵(あんど)の表情を浮かべ、「民主は決まったんかい?」。
◇
民主も空白区対策に苦しんだ。消費増税法案に反発して、1区の石原洋三郎、2区の太田和美両氏が離党したのが7月。選考を一任された県連代表の増子輝彦参院議員は「お盆明けには結論を出せる」と自信を示していた。
1区は南相馬市の農業関係者、2区は郡山市の若手弁護士らに打診したが、民主への逆風もあってことごとく失敗。比例区選出の前職にも、固辞された。
11月下旬になっても、1、2区の候補者が決まらない。「与党になってから若手を育ててこなかったから、こんなことになった」。支持団体の連合福島幹部はいらだちを隠さなかった。
結局、1区は玄葉氏の元秘書、2区は増子氏の秘書と、「身内」を担ぎ出し、不戦敗だけはしのいだ。「最初から立てていれば、『身内』でも違ったかもしれないが、土壇場になってからでは……」。連合幹部は投票前から突き放していた。
◇
菅野氏は3区で、4万8796票を獲得。当選した玄葉氏に対する惜敗率は45.3%だった。比例東北ブロックで自民党が5議席を勝ち取り、名簿に並ぶ他候補が小選挙区で次々と当選して勝ち抜け、議席が回ってきた。一方、大逆風を受けた民主党の2人は惨敗した。
「不戦敗阻止」の党のメンツだけを印象づけた候補擁立劇。菅野氏の選挙を支えてきた先崎温容(よしなか)県議(田村市・田村郡)にいま、国会議員誕生の高揚感はない。
「圧勝した党本部も県連も浮かれてなんかおれない。復興に尽くす、とは簡単なことではない。国会議員の資質が今、問われている」と引き締める。菅野氏には、こう注文をつけた。
「地元選出議員として、批判や非難も受け止め、足でかせぎ、汗をかいて県民の声を国政に届けられるかが問われる」(西村隆次、小沢邦男)
8431
:
名無しさん
:2012/12/30(日) 14:56:26
【調査】「落選させたかった議員」1位は菅直人氏-J-CASTニュース
実は落選させたかった政治家は誰ですか?――先の衆院選後にJ-CASTニュースがネットアンケートを募ったところ、
3日も経たないうちに1万票超の参加があった。12月29日(2012年)朝現在、1位は28%の菅直人氏で、2位以下を引き離している。
衆院選の投開票翌日の2012年12月17日、J-CASTニュースは、「1人1票のワンクリック投票」で、
「実は落選させたかった政治家は誰ですか?」のアンケートを始めた。
■3位は辻元氏
選択肢には、当選した衆院議員の中から、菅直人元首相ら何かと注目を集めた14人を編集部の独断で選び、
「その他」を加えた計15項目(下記メモ参照)を並べた。
ほかに、当時の首相、野田佳彦氏、選挙直前に「日本未来の党」結成に動いた
小沢一郎氏らを挙げた。「日本維新の会」の石原慎太郎代表や、
「小沢ガールズ」で唯一人当選(未来の党で比例復活)した青木愛氏の名前も入れた。
アンケート開始から3日も経たない12月20日朝には参加が1万票を超えた。29日朝時点(2万100票超)で、
1位は菅氏(28.2%)で、2位の小沢氏(21.5%)を7ポイント近くリードしている。3位は辻元氏(10%)。
この順位傾向は、開始ほどなくから変わらず続いている。ほかには例えば、石原慎太郎氏7.1%(4位)、
東国原英夫氏が7.0%(5位)など。
1位と2位を占める菅氏と小沢氏といえば、民主党から立候補断念に追い込まれた鳩山由紀夫氏とともに、
かつて「トロイカ体制」を組んだ顔ぶれだ。政権を託してみたものの「ダメだった民主党」のある意味象徴的な存在だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121229-00000006-jct-soci
8432
:
名無しさん
:2012/12/30(日) 15:00:28
>>8431
がんばったのに
ひどいなぁー
http://pbs.twimg.com/media/A9k2HIkCQAA9erA.jpg
8433
:
名無しさん
:2013/01/03(木) 22:13:20
.
8434
:
名無しさん
:2013/01/04(金) 08:41:59
未来世紀ジパング
8435
:
名無しさん
:2013/01/04(金) 11:26:10
‘可愛すぎる!!’と話題のSOD女子社員最新作!!
http://yorutomo1.blog77.fc2.com/blog-entry-2034.html
8436
:
チバQ
:2013/01/06(日) 21:32:08
日刊ゲンダイだけど
http://gendai.net/articles/view/syakai/140287
【2012年 あれからどうなった? 事件な現場と話題な人たち】12・16 落選者の凍える新年
【政治・経済】
2012年12月30日 掲載
<仙谷由人>
うつろな目で完敗のおわびを繰り返した民主党の仙谷由人(66・徳島1区)。進退については「選挙結果を分析し、よく考えたい」と茫然自失だった。
地元の秘書は「3カ月くらいは白紙です。年末年始はお世話になったところに挨拶回りをします」と言うが、年齢を考えても、このまま引退となる可能性が高い。自民は選挙前から「0増5減」の定数削減を主張していて、徳島は削減対象になっているからなおさらだ。
<田中美絵子>
女刺客となった民主党の田中美絵子(37・東京15区)。落選後、AV出演を依頼されたとか、キャスター転身をTV関係者に打診したとかウワサされるが、次も同じ選挙区で出馬する気だ。
「選挙用ではない正式な事務所を探したいと言っていました。既に選挙区の江東区に住まいを移しています」(関係者)
<横粂勝仁>
孤独な無所属で菅直人に挑んだ横粂勝仁(31・東京18区)も、再挑戦を決めたという。1000万円に膨らんだ借金の返済が当面の課題だが、弁護士資格を使うのではなく、文化人活動で稼ぐつもりだ。
「芸能事務所と契約を結びました。タレントではなく、政治を経験した『文化人』枠です。メディアから声を掛けていただけたら、いろいろと発言していきたい。現役時代に断っていたクイズ番組にも興味はあります」(横粂本人)
<福田衣里子>
普通の女の子に戻った日本未来の党の福田衣里子(32・比例近畿)は、既に旦那のいる大阪に引っ越し、「次は白紙」とのこと。
講演活動に力を入れるという。
<磯谷香代子>
09年に比例でタナボタ当選し、「フリーター議員」「女・杉村タイゾー」と呼ばれた民主党の磯谷香代子(47・愛知14区)は引退宣言。
「愛知に戻って、仕事を探します。スーパーの『イオン』でレジ打ちのバイトでもやろうかなあ。岡田さん(克也)に雇ってくれないか頼もう!」(磯谷本人)
無職で迎える新年は、寒さが一層こたえそうだ。
8437
:
名無しさん
:2013/01/11(金) 16:35:07
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130111/stt13011114560002-n1.htm
衆院選落選の民主・仲野博子氏が政界引退表明 北海道7区
2013.1.11 14:54
衆院議員を3期務め、昨年の衆院選北海道7区で落選した民主党の仲野博子氏(53)が11日、釧路市で記者会見し、政界からの引退を表明した。
仲野氏は青森県横浜町出身。北海道根室市で市議を務めた後、2003年の衆院選で初当選。11年には農水政務官に就いた。昨年の衆院選では自民党現職らと争い敗れた。
8438
:
名無しさん
:2013/01/12(土) 01:59:28
.
8439
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:13:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130114/stt13011418000004-n1.htm
【高木桂一の『ここだけ』の話】
たった24日で国会議員になった男
2013.1.14 18:00 (1/4ページ)[衆院選]
羽田孜元首相の後継として後援会「千曲会」の立候補要請を受け、記者団の取材に応じる寺島義幸氏=平成24年11月21日、長野県庁(太田浩信撮影)
この世には、どれだけ国会議員になりたいと長年頑張っても、なれない人がいれば、もともと国会議員になりたい気持ちがなかったのに、あっさりなってしまう人もいる。自民党の圧勝に終わった昨年暮れの衆院選で、壊滅的敗北を喫した民主党で新人候補53人のうち唯一当選した寺島義幸衆院議員(59)=長野3区=は後者の方だ。まさに青天の霹靂(へきれき)で出馬が決まってから当選するまで24日間。人間万事塞翁(さいおう)が馬とはいえ、選挙とは時に“弾み”で人の運命をガラリと変えてしまうものなのだ。
超短期決戦
寺島氏は衆院解散で政界を引退した羽田孜元首相(77)の後継者として出馬し、みんなの党新人の井出庸生氏、自民党新人の木内均氏らに競り勝った。寺島氏にとっては、息つく暇もないほどの「超短期決戦」だった。
羽田元首相が平成22年9月、次期衆院選に出馬せず政界を引退する意向を表明した後、羽田氏の後援会「千曲会」は、元首相の後継者として、長男で民主党参院議員の雄一郎前国土交通相(45)=参院長野県区=を擁立することを既定路線として準備を進めた。雄一郎氏も参院からの鞍替え出馬する腹を固めていた。
これは表向き、現職国会議員の親族が同一選挙区から立候補することを禁止する民主党の「世襲制限」の内規に抵触するものだった。しかし羽田氏サイドは、参院当選3回に加え、閣僚も経験した雄一郎氏は、自民党の世襲候補で定番となっている「国会議員としての経験、実績もなく、単に地盤を引き継いで出馬する世襲候補者」とは根本的に異なるとして鞍替え出馬の正当性を主張し、党側と綱引きを繰り広げてきた。
土壇場で「本命」撤退
そこで野田佳彦前首相は昨年11月16日の衆院解散後、「『脱世襲』の方針を貫く」と宣言した。野田氏には自民党との違いを鮮明にする狙いがあった。
それでも雄一郎氏は一時、無所属でも出馬する道を模索したが、最終的に苦渋の決断で「脱世襲」を受け入れた。雄一郎氏が参院からの鞍替え出馬「断念」の記者会見を参院議員会館で開いたのは、同月20日のことだった。
長野3区をめぐる元首相の後継レースは、当初から地元で本命視されていた雄一郎氏が土壇場で撤退したため、振り出しに戻った。後継を確定すべき12月4日の公示まで残された時間は約2週間だった。
すぐさま後継候補は元首相の後援会「千曲会」の主導で、元首相の公設秘書で首相秘書官も務めた北沢英男氏、長野県長和町長の羽田健一郎氏、元首相の秘書経験のある長野県議の寺島氏ーの3人に絞られた。だが決定までは電光石火だった。
「死ぬ気で頑張ってくれ!」
関係者によると、羽田長和町長は町長を辞めれば町民に迷惑をかけるため固辞し、北沢氏も健康問題を理由に出馬を断った。このため瞬く間に寺島氏一本に絞られた。打ち明けるのは元首相周辺だ。
「雄一郎氏の鞍替え断念の記者会見の最中、長野県佐久市内で北沢氏が羽田元首相の名代として寺島氏と会い『一緒に戦おう』と説得した。そこで寺島氏も腹を固めた」(元首相)
これを受け「千曲会」の正副会長会は11月21日、寺島氏に出馬要請することを全会一致で決定した。寺島氏は翌22日に元首相を東京・成城の自宅にたずね、羽田元首相に出馬の報告し了解をとった。
「死ぬ気で頑張ってくれ!」
そう激励した羽田氏は、「お守り」として、かつて登院した際に国会で用いていた「羽田孜」の名札を寺島氏に手渡した。
8440
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:13:38
寺島氏は23日に佐久市内のホテルで記者会見して正式に出馬を表明し、党本部からの公認も得た。雄一郎氏の鞍替え断念記者会見からわずか「中2日」で、「寺島候補」が名実ともに誕生したのだ。
寺島氏は昭和28年、長野県立科町の農家に生まれた。54年、成城大学経済学部を卒業し、民間企業に9年間勤務。62年から平成3年にかけて羽田元首相の秘書を務めた後、同年4月、長野県議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選。県議は6期目で、議長も歴任した。
「無欲」の男
出馬表明の記者会見で寺島氏は、「薫陶を受けた孜先生の志を引き継ぐ」と決意を表明したが、その数日前まで自身がまさか国政選挙に出馬する日が来るとは思っていなかった。選挙戦で訴える政策についても「短期間で(出馬を)決断したので、細かな政策はできていない」と述べた。
「無欲の男だからこそ元首相の後継者になれた」と語るのは、寺島氏に近い関係者だ。
同関係者は、国政転身に一時揺れた寺島氏の背中をこう押したという。
「あなたが自分から、いっちょう国会議員をやってやろうかと欲をもっていたら、俺たちは分不相応だとして相手にしなかった。今回は神様があなたの前に降りてきて『寺島、出番だよ』と声をかけてくれた。こういう機会だったんだ」
しかし、寺島氏は衆院選出馬が決まるまで民主党歴もなく、入党手続きや選挙ポスター、ビラの作成…と突貫工事の連続だった。
旧長野2区時代から元首相の父・武嗣郎氏、孜氏と半世紀も続いた「羽田王国」を死守しなければならないプレッシャーも大きかった。
「私も共に戦う」
公示日の12月4日、羽田元首相は寺島氏の出陣式にこんなメッセージを寄せた。
「私も彼の心に己の魂のすべてを宿し、この思い尽きるまで、ともに戦って参ります。力を尽くし、心を尽くし、最後まで全力で頑張りましょう」
手探りのまま短時間で迎えた同月16日の投開票日。選挙戦の「出遅れ」は響いた。しかし得票数は前回選の羽田元首相の約13万8600票からほぼ半減させたものの、戦いが三つどもえとなったことで票が割れて大接戦となり、これを制することができた。
初当選を受け、寺島氏は「時間がない中で千曲会、各種団体、仲間の県議、すべての皆様にスピーディーに取り組んでいただいたことが結果につながった」と喜びを語った。
前回143人の新人を大量当選させた民主党にあって寺島氏は「たったひとりの1年生議員」となったが、同党への大逆風のなかで勝利できたのも、盤石だった「羽田王国」の後継者としてのアドバンテージも大きかっただろう。
「世襲議員」を超えられるか
「羽田先生の長年培ってきた地盤と、歴史の重みを実感している。うれしいというより、よかったという思いだ」。寺島氏は元首相から受け継いだ国会議員バッジの“重み”をこう強調するが、いつまでも「よかった」と浮かれている余裕はないはずだ。
緊急避難的”に代議士となった寺島氏の真価がこれから問われるが、荒波を乗り越えた民主党唯一の新人議員が、自民党の定番といえる「世襲議員」を凌駕する“実力”を発揮しなければ、同党の再建はおぼつかないだろう。まずはお手並みを拝見である。(政治部編集委員)
8441
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:14:38
むっちゃん激やせだなあ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121229/stt12122907010001-n1.htm
【高木桂一の『ここだけ』の話】
ひっそり43年の議員生活に幕 羽田元首相“現役”最後の「納会」
2012.12.29 07:00 (1/3ページ)[高木桂一の『ここだけ』の話]
「納会」で仲良むつまじいところを見せる羽田孜元首相と綏子夫人=28日、東京・平河町(高木桂一撮影)
御用納めの28日、先の衆院選に出馬せず政界を引退した、民主党の羽田孜元首相(77)=前党最高顧問=を囲む「納会」が都内のレストランで開かれた。安倍晋三首相の再登板による自公連立政権発足から2日、故金丸信元自民党副総裁に「平時の羽田」と称された元首相はゆかりの永田町関係者らに見送られつつ、43年間の議員生活に名実ともに幕を下ろした。
くしくも羽田氏が昭和44年12月27日投開票の総選挙で初当選し政界入りて丸43年。羽田氏が主宰する納会は毎年御用納めの恒例行事となっていたが、この日が“現役”として最後の納会となった。羽田氏の家族、親類のほか、元秘書や「羽田シンパ」の民主党関係者、ジャーナリストら総勢100人が出席した。
羽田氏の長男、雄一郎前国土交通相は乾杯のあいさつで、父親への長年の支援に謝意を表明する一方、「大臣の引き継ぎを無事終えてホッとしている」と述べ、約半年間にわたり共に汗を流した約6万人の国交省職員の労をねぎった。
羽田氏の長野3区の後継者として衆院選に出馬し、民主党新人候補で唯一当選した元長野県議会議長の寺島義幸衆院議員(59)は「羽田先生の長年培ってきた地盤と、歴史の重みを実感している。うれしいというより、よかったという思いだ」と語り、羽田氏から受け継いだ国会議員バッジの“重み”を強調した。
次いで羽田氏の綏子(あやこ)夫人がこう述べ、出席者に深々と頭を下げると、出席者からは大きな拍手が送られた。
「この43年間、本当にお世話になりました。あと年々元気でいられるか分かりませんが、(世田谷区)成城の自宅で夫婦で幸せに暮らしてます。これからは雄一郎と二男の次郎のことをよろしくお願いします」
羽田氏の側近、北沢俊美元防衛相は「今年の納会はひときわ感慨深いものがある。憲政の神様のような人が国会を去られることは残念でならない」と語った上で、衆院選で惨敗した民主党について「捲土(けんど)重来(ちょうらい)を期して一致団結していけば、今回の自民党のように選挙で大勝できる」と訴えた。
羽田氏自身は民主党の「未来」に関して筆者にこう述べ、傷心の後輩たちにハッパをかけた。
「(衆院選惨敗は)天から与えられた機会と思って、じっくり時間をかけて立て直していけばいい。焦ることはない」
首相経験者では羽田氏のみならず、自民党の森喜朗、福田康夫両氏も先の衆院選に出馬せず、議員バッジを外した。一方、政界での影響力が一気に陰った、かつての「盟友」小沢一郎元民主党代表は相も変わらず「党を創っては壊す」を繰り返している。
羽田氏は長年苦楽をともにした小沢氏のドタバタ劇を横目にひっそり政界を後にするが、関係者によると、羽田氏自身は今後も国会近くに事務所を置き、日本の政治を“外野”から静かに見守り続けていくという。(政治部編集委員)
8442
:
チバQ
:2013/01/23(水) 23:30:38
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013012301067
小宮山元厚労相が引退
昨年12月の衆院選で落選した民主党の小宮山洋子元厚生労働相は、次期衆院選に立候補せず、政界を引退する意向を固めた。関係者が23日明らかにした。当落にかかわらず先の衆院選を最後の選挙とするつもりだったという。
小宮山氏はNHKアナウンサー出身で、1998年の参院選比例代表で初当選。2003年の衆院補選にくら替え出馬し当選して以降、4期務めた。 (2013/01/23-22:54)
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8443
:
チバQ
:2013/01/24(木) 22:53:37
http://www.news-postseven.com/archives/20130124_167410.html
衆院選落選の姫井由美子氏 司法書士しながら国会復帰目指す
2013.01.24 16:00
【司法書士として働きながら政治活動続ける姫井由美子氏】
昨年の総選挙では、多くの女性候補者たちが話題をさらったが、落選した候補者たちは、いまどうしているのか?
6年前の参院選では、「姫の虎退治」で名をあげた姫井由美子氏(53)は、昨年の総選挙では「姫の放射線退治」として、日本未来の党から千葉8区で出馬した(現在は生活の党)。
「選挙区の千葉8区(旧・沼南町を除く柏市と我孫子市)は放射線量が高く、よりいっそうの除染を訴えました。(岡山からの)国替えも突然だったので、もう少し時間があれば、という思いはあります」(姫井氏)
現在は司法書士として働きながら「いつか国会に戻ってくる」と、政治活動も続けている。
撮影■渡辺利博
※週刊ポスト2013年2月1日号
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8444
:
チバQ
:2013/01/26(土) 07:31:39
http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=27473
加藤学氏 政治活動を休止
更新:2013-1-26 6:00 昨年12月の衆院選に「日本未来の党」公認で立候補、落選した加藤学前衆院議員(44)=飯田市=は25日、同市内の事務所で会見し、「いったん、全ての政治活動を休止させていただく」と述べ、衆参両院を含め国政から退く意思を表明した。すでに後援会は解散し、伊那市内の事務所も引き払った。飯田市高羽町の事務所は今月末に閉じて上田市の実家に戻り、就職活動に専念する。
加藤氏は落選後、支援を受けた中島衛元衆院議員や家族と相談し、大差で負けた選挙結果を踏まえて政治活動の休止を決めた。支援者には25日付であいさつ状を郵送し、意思を伝える。「機会があれば活動再開もあり得るが、現段階で将来は未定」と述べ、「引退」の表現は避けたものの次期衆院選への出馬は否定した。
会見では「7年半にわたって支えていただいた地域の皆様に感謝申し上げる」と謝意を表し、民主党政権時代を振り返って「党自らがマニフェストを破り、国民の期待に応えられなかったことをおわびしたい」と述べた。
議員生活では「リニア中央新幹線のルート問題では、県やJRと話をして決着にこぎつけ、歴史が決まる1ページを担えたことはうれしかった」と述べた。
加藤氏は民主党の公募候補として2005年に5区から立候補。09年に初当選後1期を務めた。昨年7月に消費税増税に反対して離党し、「国民の生活が第一」に参加。昨年12月の選挙では合流した未来の党から立候補し、約3万票の得票で次点になった。
8445
:
チバQ
:2013/01/30(水) 23:24:29
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/politics/39696.html
民主党の松宮勲氏が政界引退 昨年衆院選で落選、福井3区
(2013年1月30日午後6時10分)
昨年12月の衆院選で福井3区から立候補して落選した民主党の松宮勲前経済産業副大臣(68)は政界から引退する意向を固めた。1月末で越前市内の事務所を引き払い、東京に生活、活動の拠点を移す。松宮氏は福井新聞の取材に対し「(衆院選が)これで最後の戦いのつもりだと言ってきた。それがすべて」と語った。
松宮氏は、衆院選の結果について「厳しい有権者の審判だった。想定したよりももっと厳しい現実だった」と総括。今後福井県内から国政に出馬することはないとした。「福井のためにやるべきことはやった。長らく県政課題であったプロジェクトは、みんなと力を合わせて方向性を出すなり成就するなりした。悔いはない」とも述べた。
松宮氏は鯖江市出身。東京大卒業後、通産省審議官を経て2000年に自民党から福井1区に出馬し初当選した。03年には第2次小泉内閣で外務政務官を務めたが、郵政民営化に反対して05年の総選挙で落選して離党。その後民主党入りし、09年に福井3区から出馬し落選、比例代表で復活当選した。
民主党政権では衆院科学技術・イノベーション推進特別委員長などを務め、第3次野田内閣で経産副大臣に就任した。
8446
:
チバQ
:2013/01/31(木) 22:15:36
http://news24.jp/nnn/news8716177.html
衆院選で事前運動容疑 金沢市議を書類送検
(石川県)去年12月の衆議院選挙で、公示前に候補者への投票を呼び掛けたとして、県警は31日までに社民党の森一敏金沢市議を書類送検した。
公職選挙法違反の疑いで書類送検されたのは、社民党県連合副代表の森一敏金沢市議だ。森市議は12月の衆議院選挙で、石川2区から立候補した細野祐治氏(落選)を当選させる目的で、公示日より前に自らの後援会関係者や支持者、出身高校の同窓生らに投票を依頼する文書を送った疑いだ。県警は容疑が固まったとして1月28日に書類送検した。一方の森市議はテレビ金沢の取材に対し、「送った文書は、細野氏の後援会への入会案内で、投票を依頼する意図ではない」と認識の違いを示している。また、自らの進退については「これまでと変わらず取り組んでいく」としている。
[ 1/31 20:13 テレビ金沢]
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