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Web誌友会 板/2
1
:
トキ
:2013/01/20(日) 11:50:32 ID:UVsStHb2
「今の教え」と「本流復活」を考える・「web誌友会」 板 です。
*web誌友会についての話題は、このスレッドでお願いします。
このスレッドは、生長の家信徒の人達のweb誌友会のために作成したスレッドです。
上記に関連する話題なら、狭く解釈しないで、広く受け付けます。また
どの立場の人の投稿も歓迎しますが、基本的に生長の家の教義と谷口雅春先生の説かれた教え
を支持、共鳴する人のためにサイトです。生長の家の信仰と谷口雅春先生へのご批判をされる内容
の投稿はご遠慮下さい。
投稿の削除はしない方針ですが、アダルトサイトや出合い系サイトの勧誘を含む内容など
明らかに目的外の投稿は、削除の対象となります。明らかな他団体や特定の霊能力者の宣伝となる投稿も削除の対象になります。
目的外の投稿の判断は、最終的には、管理人である「トキ」の判断になります。
ご理解下さい。
投稿に当たっての注意点
*このサイトは、「生長の家“本流宣言”掲示板」等と違い、自分の発言を自分で削除できません。
削除御希望の場合は、管理人までご一報下さい。(削除要請は、削除希望の記事を投稿したのと同じ端末から投稿をして下さい。)
*必ず、スレッドのトップにある「掲示板の使い方」をご覧下さい。
*インターネットのサイトという性質上、不特定多数の人が閲覧します。プライバシーに触れる問題
や名誉毀損の可能性のある表現などは、控えて下さい。
*サイトの運営方針としては、削除は原則としてしない方針です。他者の投稿が問題のある投稿だと感じた場合は、
「削除要請」ではなく、ご自分の意見を投稿するという方向での解決をお願いします。
*生長の家の共鳴者を対象にしたスレッドです。下品な表現や特定の人物を侮辱する言葉はご遠慮下さい。
たとえ、自分と違う意見の人でも、敬称はつけましょう。相手に対する敬意と礼儀を忘れない様に
お願い申し上げます。
*谷口雅春先生への批判は、目的外ですので、投稿をしないで下さい。
*「したらば」は長文の書き込みをした場合、一部が表現されない場合があります。その場合は、「下部左
部分」にある「全部読む」を押して下さい。
このサイトについて
*宗教法人「生長の家」、「谷口雅春先生を学ぶ会」「ときみつる会」「生長の家社会事業団」「新教育者連盟」
などの諸団体とは関係はありません。
*「ポスティング ジョイ」や「生長の家“本流宣言”掲示板」などのサイトとは一切関係がありません。
管理人からのお願い
*投稿者の身元の詮索は止めましょう。ただし、最初に簡単な自己紹介をして下さると、後のトラブル防止になります。
*「工作員」も歓迎します。同時に、特定の人を「工作員」などと議論をする事はしないで下さい。
*教団援護派、本流復活派、中間派、分裂肯定派など、どなたも歓迎します。また、相手の存在そのものを否定するような内容
の反論はしないで下さい。
*議論が感情的になった場合は、管理人がストップをかけます。その時は、協力をお願いします。
*その他、ご不明の点は、管理人である「トキ」まだお尋ね下さい。
原則として、身元がわかるような内容の自己紹介は避けたほうが無難です。
身元をかくすため、多少の作為(年齢を少しごまかす、住まいを変える)は、悪意がない限り、問題とはしません。
どの立場でも、(教団援護派、学ぶ会など)歓迎しますから、それは明らかにしても大丈夫です。
削除について
投稿した文章を削除して欲しい場合は、削除希望の文章の番号を書いて、同じスレッドに、同じ端末
から「削除要請」と書いて、投稿して下さい。削除要請の文章も削除して欲しい場合は、其の旨も書いて
下さい。削除は、原則として、投稿者本人からの要請があるものに限ります。管理人が気がついたら、削除
しますが、深夜早朝や用事のある時は、気がつくのが遅れる場合があります。ご理解下さい。
出会い系サイト等のリンク、明らかに目的外の投稿、他団体の宣伝、犯罪を予告する書き込み等以外は、削除はしません。
それ以外で、問題となりうる投稿は、原則として、相談の上で、削除します。
その他、御不明の点は、お気軽にお尋ね下さい。
管理人「トキ」 敬白
954
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 13:51:17 ID:2DhH33vQ
訂正 >951
復興G様のお出ましになる5月 → 6月 と訂正します。
955
:
うのはな
:2013/05/05(日) 16:20:23 ID:/oK1kkTI
そして現在、話し合われているのは「誌友会のありかた」です。その趣旨をやり取りしているのですから、「○○さんは、こんな人」など、そんな話は別板でよいはずです。いかがでしょうか。
拜
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これは以前から訊け管理人さんが提案していたことで、トキさんもなにも答えられないので
わたしの意見をいわせてもらいます。
「誌友会のありかた」が論点だといつ誰が決定したのでしょうか?
その誌友会のあり方の中に、ここの投稿者、参加者の話が出るのは自然の流れであって
いちいち、これは別版、これはどこそこと分別するほどのこともないと思います。
なぜなら、さくらさんなどが言いだしてきたことに関して誌友会ともリンクするから話してるのに、
わたしが何か言うとすぐに別版でといわれるのは不条理だと思います。
もう誌友会に出ない理由を書いたので、これ以降も出ることはないと思いますが、
訊け管理人さんが余計な気を回す、口出すことによって、これまでおかしな様相になってたんだから
少しは自重してください。
拝
956
:
復興G
:2013/05/05(日) 19:44:32 ID:AB6RqYXc
>>950
:さくら様
ありがとうございました!
>>951
:
ユタカさ〜〜〜ん!
ありがとう!
今夜からでも、テキストの予習を始めたいって、すごい意気込み!
私も、じっとしていられないから、ユタカさんが持っていないと言われた神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』の、該当箇所の謹写を始めました。もう少ししたら、最初の「無相円相一切相の神示」ご講義文を、アップできると思います。乞うご期待。
957
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 20:03:43 ID:2DhH33vQ
復興G様、
ありがとうございます。本番は6月だと思って、ユタカは何も用意していませんでした。
ただ、本を読みたいと思っただけなのに・・・・
なんと!!! 復興Gさまに火をつけてしまった?? ご無理なさいませぬよう。。。
ユタカは、ファイルが開けなくて下書き場所がありません。。。。
ユタカの家の本の「生命の実相 第3巻」を開くと・・ 表紙をめくると「生命力」と墨で書かれて、 楠本先生のサインと印鑑がおしてありました。
聲字即実相の神示
万教帰一の神示
無相円相一切相の神示
帰幽の神示
信仰生活の神示
懺悔の神示
無病常楽の神示
その場、その場で神様と一体になれば良い、すべて有難い感謝する。
どんな現象を見ようとも自分は神の子で神の姿そのものであると思いなさい。
「私は神の子」 と本に書き込みがあったので、ここに書き写します。
958
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 20:07:55 ID:2DhH33vQ
最後の自然流通の神示が抜けてしまいました。すみません。
これから、もう一度、先月の誌友会を見に行ってきます。
959
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 20:22:03 ID:2DhH33vQ
9時から予習?を始めたいと思っていましたが、予習の前に復習をしたいです。
この板の661〜668をもう一度ゆっくりと読み直しましょう。
960
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:24:23 ID:AB6RqYXc
申し遅れましたが、
志恩様!
ご声援、ご愛念、ありがとうございます!
合掌 拝
SAKURA様!
ありがとうございます!
皆々様!
ありがとうございます!
合掌 拝
961
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:25:25 ID:AB6RqYXc
谷口雅春先生著
神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写
(原文は正漢字・歴史的仮名遣使用。ここでは新かな・当用漢字に書き換えました。)
無相円相一切相の神示
吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。物の生滅(しょうめつ)に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。
物は結局移り変るものであるから、物の御利益(りやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊(こわ)れるのである。
神が病気を治して見せるのは、肉体は心でどうにでも移り変らせることが出来ると言う事実を見せて、『体(たい)』は念(こころ)の影だと言う真理をさとらせるためである。
念(こころ)の影だと言う『体(たい)』とは肉体ばかりのことではない。幽体も霊体もすべて念(こころ)の影である。
『死は無い』と言うのは肉体のことではない。現に肉体細胞は刻々死滅し流転(るてん)している。生き通しであるのは、斯(か)くならしめている『生命』のみである。
『生命』のみが吾れであり汝であり、そのほかに吾れも汝もないのである。
此の『生命』をみたまと言う。みたまの形は珠のように真ん円いからみたまと言うように解するものもあれども、真ん円いのは形のことではない。神は本来形無く、円満具足して自由自在であるから仮りに称して円相と言うのである。
自由自在なるが故に或る時は龍神(りゅうじん)の姿を現じ、或る時は衣冠束帯(いかんそくたい)の姿を現じ、或る時は天使天童の姿を現ずる。いずれの姿も権化(ごんげ)であって偽(いつわり)ではない。しかし一つの形に執(しゅう)してそれのみを吾れであると思うものは、吾が真実を知らざるものである。吾が全相を知らざるものである。
汝ら心して真(まこと)を知れ。汝(なんじ)たちも神の子であるから我れと同じきものである。肉体は汝の一つの現れであって汝の全相ではないのである。(昭和七年四月十日神示)
〔講 義〕
「吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである。これを覚(さと)るものは少い。物の生滅(しょうめつ)に心を捉えられ、物が殖えたときに信仰を高め、物が減ったときに信仰を失い、身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失うが如きは、神を信じているのではなく物を信じているのである。物は結局移り変るものであるから、物の御利益(りやく)の上に建てられた信仰は、物の移り変りによって壊(こわ)れるのである。……」
生長の家の信仰に入られますと、今まで医者にかかっても中々治らなかった病気か治ったり、今まで家族が不調和で家庭地獄が現出していた家族が調和して家庭に天国浄土が実現したりするのであります。戦争で傷ついて不具癈疾者とならなければならなかった筈の人でもおかげを頂いて現在健康で生活している人もあるのであります。
例えば唯今、愛媛県伊予郡松前町大字横田に住んでいられる篠崎健三さんであります。この人は、支那事変のとき近衛歩兵第二聯隊に在隊していましたが、第一線に出て国家のために尽くしたいと思い、ついに意を決して上司へ歎願書を出して、昭和十四年五月四日、東京芝浦港より戦地へ向いました。
篠崎さんの母親は生長の家を信仰していましたので、“言葉の力”で信念を強めてくれまして「健三よ、お前には決して敵の弾丸は中(あた)らないよ」と励ましてくれまして『甘露の法雨』をお守にくれました。それによって信念を得た篠崎さんは幾度戦闘に参加しましても不思議な位弾丸の方が避けてくれるのでした。前後左右に土けむりを立てて飛んで来る弾丸が篠崎さんの前進するに従って、「さながら雨降りに傘をさして歩むが如く」避けて通ってくれるのでした。(この形容は篠崎さん御自身の形容であります)
信念は山をも動かすと言いますが全くその通りであります。
<つづく>
962
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:26:18 ID:AB6RqYXc
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
併し篠崎さんの信念の崩れる時が来たのです。
それは母親が昭和十八年一月十日に死亡したことでした。
それまでは篠崎さんの参加する戦闘には、部隊の皆なが不思議がる程負傷者がなかったのに、四月には中隊長が其の部隊で戦死しました。その戦闘には篠崎さんは残留部隊に入っていて戦闘に参加しなかったのでしたが、中隊長の戦死後、五月に「おのれ仇討(かたきう)ちだ」と決意して勇戦奮闘、最後の突撃というとき、篠崎さんは、思わず、「お母さん、私は此処で見事に戦死いたします」と心で叫んで敵陣におどり込んだのです。
今までは「私には断じて弾丸は中(あた)らぬ」という信念があった、その間は弾丸が雨霰(あられ)と降って来ても中らなかったのに、その信念がくだけると「見事に戦死いたします」などと心に叫ぶようになったのです。
そして「おのれ仇討ちだ」などと、害悪の精神を起すと大調和の精神が破れますから弾丸に中り易くなるのです。そう思った其の瞬間、炸裂(さくれつ)する敵の砲弾に篠崎さんは一間(いっけん)半も吹きとばされ右大腿部に幅十二センチ、長さ二十センチの大穴が開(あ)いて骨がくだけ完全に骨折したため太腿(ふともも)から先の脚部はブラブラになってしまったのでした。
それでも死ななかったのは携帯していた『甘露の法雨』のお守のおかげだと後から顧みて篠崎さんは言われます。
そのような重傷を受けながら、しかも直ぐに手当を施されず、四日間も戸板に乗せて搬(はこ)ばれて、やつと野戦病院へたどりついたときには、充分の手当が施されていない傷口は、古くなった鮪(まぐろ)の刺身のようにどす黒くなり既に腐敗しかけているのでした。
野戦病院では大手術は不能であるというので、直ちに済南陸軍病院へ更送されましたが、軍医は、「此の脚は一時も早く切断せぬと生命(いのち)が無い」と言うのでしたが、篠崎さんは、さすがは親孝行な人です。
「親から貰った大切な脚一本失ってはすみません。死ぬにしても今更隻脚になっては死にたくない」と強く強く希望をのべましたので、軍医もやっと納得して、北京陸軍病院の骨折専門の室へ更送され其処で接骨の手術を受けたが、長時間にわたって毛布を二枚敷いた上に寝かされ、絶対動いては骨が接着しないと言われ、それを耐えしのぶのは死よりもひどい苦しみでした。
「戦死した方がよかった」と篠崎さんの心には自分の不幸を悲しむ思いが繰返し繰返し起って来るのでした。悲しみは「水」に変化するのです。やがて右肋膜に水がたまって大きな注射針のようなもので三度も水を吸い取っても、またしても溜って来るのでした。
ついに内地送還となり、小倉病院に落著いたとき、伊予上野市にいられる生長の家の地方講師坪内正一先生が篠崎さんの叔父さんだったので、この先生が病院へ見舞に来てくれました。そのとき坪内先生がはじめて生長の家の教えを篠崎さんに聴かせてくれたのです。
「人間は神の子であって病気や不完全はない。肉体は本来無い、それは想念の影である。傷ついて起ち上れないと思っている限りは起ち上れない。現象の不完全さを見ず、本来完全なる“実相の自分”自由に脚の動く自分を観て立ち上るようにしなさい。」
こう坪内先生は言われて、篠崎さんの背に手を入れて
「起きられるから起きて見なさい」
と言われた。
その頃篠崎さんは衰弱の極に達して骨と皮ばかりで、もうこれ以上は骨が邪魔して痩せられない状態で、脚も長期間固定させていたから筋肉は退行性萎縮で動かないのも当り前でした。篠崎さんは坪内先生に起しかけられたが、半分位起きたとき目が廻りそうになったので、直ぐ寝させて貰うより仕方がありませんでした。
坪内先生がお婦りになった後で、篠崎さんは先生から教えられた生長の家の真理を静かに反芻して考えました。
「今私は起ち上らなかったら生きる事は出来ない。今、私は絶体絶命の境に置かれているのだ。人間が神の子で本当に病気が無いのなら、起きられる筈だ。起きて見よう」と思った。
<つづく>
963
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:27:02 ID:AB6RqYXc
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
「神の子で、神に生かされているのが実相なら、神に呼びかけて神に頼って起き上ってみよう」と篠崎さんは考えて、寝たまま合掌して一心に祈ったのであります。
「神よ、御心ならば私を起たしめ給え」
と繰返し念じていると、不思議なことに、今まで冷たかった足先が電流が通ったようにピリピリとして、急に想像もしなかった力が籠って来たような気持がして、何だか立てそうな気がして来たのです。
「戦場で死んでいても仕方がなかった自分ではないか、もし急に起ち上って死んでも故国日本で死んだら本望ではないか!」
こう思って篠崎さんは背水の陣を布(し)いた気持で寝台の上に起ち上ったのだ。
眼がくらみ耳は鳴り、寝台から板の間に下りたとき本当に足がついているのかどうか解らなかった。しかし「立てた。
本当に立った」と思うと、「ああ、ありがとうございます」と自然に感謝の念が浮んで来ました。
一歩二歩と歩けた時の悦びは何にもたとえられぬものであって、篠崎さんは
「有りがとうこざいます。有りがとうございます」
と泣いてしまった。
それから急に篠崎さんは体力を恢復し、今ではその曲らなかった脚が完全に曲げられるようになり、ちゃんと正坐して神想観ができるようになっているのであります。
読者はこの重傷の篠崎さんの肉体が、完全に恢復されたことを大変なお蔭だとお考えになるでしょうが、肉体が恢復したのは、篠崎さんが「人間・神の子」の正しき信仰を得られ、「背水の陣を布く」という生活と禅の一致の生活態度を獲得し、更に普通の人ならば、両脚が自由に歩けても、それは「当り前」のことであって別に感謝の念が起らないのでありますが、その「当り前」のことが、有りがたくて泣けるほどに感謝できる心境になられたからです。
宗教の御利益というのは肉体が治るよりも、このように心が一変することなのです。
そこで此の神示に就いて考えて見て下さい。
神様は「吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである」とお示しになっているのであります。
神様は肉体的にもお蔭を与えておられるけれども、それは「肉体は心の影である」という真理を知らせるための実験みたいなものに過ぎないのであります。
イエスが二千年前に多くの奇蹟をあらわして多くの病人をいやし、ヤイロの娘やラザロを死より甦らしめられましたが、その癒された人も、甦らされた人も、結局はその肉体は死滅して今は存在しないのであります。
肉体的方面からのみ言いますならば、「死」はイエスの奇蹟に打ち勝ったとも言えるのであります。
併し神は、肉体を癒すのはその目的ではない、魂が真理に目覚めて向上することであります。「肉体が治った」と言ってその肉体のことだけで神に感謝しているのなら、やがて誰でも其の肉体が死ぬ時が来る。その時に感謝し得なくなるから、魂は永遠に救われたという訳には行きません。
肉体の恢復を契機として、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、神から人間に与えられた本当の救いなのであります。
<つづく>
964
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:28:00 ID:AB6RqYXc
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
だから、此の神示には次のように続いて示されているのであります。
「神が病気を治して見せるのは、肉体は心でどうにでも移り変らせることが出来ると云う事実を見せて、『体(たい)』は念(こころ)の影だと云う真理をさとらせるためである。念(こころ)の影だと云う『体(たい)』とは肉体ばかりのことではない。幽体も霊体もすべて念(こころ)の影である。
『死はない』と云うのは肉体ばかりのことではない。現に肉体細胞は刻々死滅し流転している。生き通しであるのは、斯くならしめている『生命』のみである、『生命』のみが吾れであり汝であり、そのほかに吾れも汝もないのである。……」
この神示に明示されておりますように、生長の家に入教されて病気が治るのは、必ずしも患者自身が悟りを本当にひらいて自由自在の心境に達して治るのではなく、「神が病気を治して見せ」られるのであります。
この場合の神というのは、実相に於て既に完全に人間をつくっていられる神が既に“完全なる人間”を癒すということはあり得ないのですから、実相本源の神から使命を受けて人類光明化運動に参加していられる高級霊を爰(ここ)では「神」と称するのであります。
仏教で言うならば「法身の阿弥陀」は尽十方に充ち満ちていられて去来がないが、その弥陀の慈悲を受けて、現象界にも救いを成就するために現象界に出現せられる観世音菩薩のような方が、此の高級霊でありまして、この神示にある「神が病気を治して見せる」という場合の「神」に当るのであります。
このような高級霊の強力な光明霊波に照らされると、病念の具象化であった肉体の波動が、光明の波動に同化されてしまいますから、自然に肉体が健康化されてしまうのであります。
肉体は霊魂が地上生活をいとなんで向上するための道具としての被服であります。その被服の下に、チョッキや、ワイシャツや下シャツを着ているようにエーテル体、幽体、霊体という風な用途を異にする「体(たい)」を幾重(いくえ)にも吾々は着ているのであります。これらの霊魂の体については「帰幽の神示」の解説のときに説明いたしてありますから今は説きませぬ。
それは兎に角、『死は無い』ということは肉体が死なないということではないのであります。
「現に肉体細胞は刻々死滅して」いるのであります。十分間前の自分の肉体の成分と、十分間後の肉体の成分とは既に異っているのであります。
私たちに体温があるということは、私たちの肉体が常に蝋燭(ろうそく)の蝋のように燃えつづけていることであります。しかも昨日の自分と今日の自分とが同じように見えるのは、ガス栓の焔が、瞬々刻々燃えて変化するガスによって成立ちながら同じ焔のような形をつづけていると同じで、同じ形に見えているのは、かくあらしめている「精神的設計」が同じように持続しているからに過ぎないのであります。
その精神的設計の「主体」が『生命』なのであります。物質は燃えつきて常に変るが、その精神的設計の“主体”(生命)は常に変らないので『死は無い』と言い、『人間は生き通し』と言うのであります。
<つづく>
965
:
復興G
:2013/05/05(日) 20:28:47 ID:AB6RqYXc
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
その生き通しの『生命』のみが「本当の自分」であり、諸君自身であり、肉体は単なる作業服であるにすぎないのであります。この『生命』のことを「みたま」と称するのであります。漢字を当て嵌めれば「霊」であり、英語をあてはめればSpiritであります。神示は続いて次の如く教えられています。
「此の『生命』をみたまと云う。みたまの形は珠(たま)のように真ん円(まる)いからみたまと云うように解するものもあれども、真ん円いのは形のことではない。神は本来形無く、空(くう)のうちに円満具足して自由自在であるから仮りに称して円相と云うのである。
自由自在なるが故に或る時は龍神(りゅうじん)の姿を現じ、或る時は衣冠束帯(いかんそくたい)の姿を現じ、或る時は天使天童の姿を現ずる。いずれの姿も権化(ごんげ)であって偽(いつわり)ではない。しかし一つの形に執(しゅう)してそれのみを吾れであると思うものは、吾が真実を知らざるものである。吾が全相を知らざるものである。
汝ら心して真(まこと)を知れ。汝(なんじ)たちも神の子であるから我れと同じきものである。肉体は汝の一つの現れであって汝の全相ではないのである。」
この神示は私がまだ住吉村に住んでいた頃、誌友の畑中猶三(ゆうぞう)という人が三日会という心霊現象研究の会を、毎月三のつく日に開いていたのですが、その席上で、数人の人々が同時に同じ姿の生長の家の神様の白髯(はくぜん)白髪白衣の衣冠束帯の神姿を顕したり、また龍神の姿を拝んだと言う人があったり、或は観世音菩薩の姿を拝したと言う人があったりして、神様を一定の姿をしていられるものだと考え勝ちになろうとしていた昭和七年の其頃、神は円相であって、無限相であり、決して一定の固定した姿ではないのだということを知らせるために渙発(かんぱつ)せられた神示なのであります。
あらゆる姿を完全に全部そなえているのが神であるから、「完全に全部をそなえている」という意味での「円相」であり「みたま」であるとお示しになっているのであります。
この神示で大切なところは「汝(なんじ)ら心して真(まこと)を知れ。汝たちも神の子であるから我れと同じきものである」というところであります。「神」と「神の子」とは一体であり、神が「みたま」であり完全円相であるが如く、人間も「みたま」であり、完全円相であると教えられているのであります。
その神が各人の「生命」であり「真我」であり各人の“I am”なのであります。だから「『生命』のみが吾れであり、汝らであり、そのほかに吾れも汝もないのである」と示されているのであります。
この“I am”は「私は……」(I am)「何々である」という通りに一切のものをあらわすことが出来るのであります。
だから篠崎さんが、「私はこんなに砲弾の炸裂(さくれつ)により大腿部の大骨折を来(きた)したのだから再び起てない」と思っていた間は起ち上ることができなかったのでありますが、「私は神の子であるから病気はない、負傷もないのだ、完全だ」と思うようになったときには完全な健康体に恢復したのであります。
しかも篠崎さんは、「身体が健康になったときに神を讃え、家族の誰かに病気が起ったと言っては信仰を失う」ようなニセモノの信仰に陥るようなことはせられませんでした。
昨年七月四日長男雅男君が“急性マヒ”という症状で、その霊魂が昇天せられました時にも、「人間は肉体ではない、肉体は念の影であって、地上生活の期間中の皮袋にすぎないので、自分の長男は地上生活の使命を終ったのであって、肉体は死んでも長男の生命は生き通しだ」と悟られ、長男の生命保険金三万円を人類光明化運動の基金として献金せられ、八月一日からの本部の教修会にも参加し毎月自宅で誌友会をひらいて、隣人の救済につとめていられるのであります。
篠崎さんのこの体験談は昭和三十三年十一月今治市で生長の家の講習会があったとき発表せられたものであり、その原文は資料部に保管されてあります。
<この項 完>
966
:
トキ
:2013/05/05(日) 20:40:22 ID:5zW6NmK2
ユタカ様、復帰ありがとうございます。歓迎します。
なかなかの情熱ですね。楽しみです。また、復興G様、ご指導をよろしくお願いいたします。
合掌 ありがとうございます
967
:
a hope
:2013/05/05(日) 20:50:43 ID:edEDolt2
ユタカさま、復興Gさま、トキさま、みなさま
ありがとうございます!
<<この板の661〜668をもう一度ゆっくりと読み直しましょう。 >>
了解しました!!
968
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 20:59:47 ID:2DhH33vQ
復興Gさま!!!
有難うございます!! 素晴らしい速さですし御愛念の賜物です。大量投稿に圧倒されつつ感謝して喜んで使用させていただきます。誠にありがとうございます。(ハート)
ではお祈りから。始めます。
住吉大神様 住吉大神様 谷口雅春先生 谷口雅春先生有難うございます、有難うございます。
生きとし生けるものを生かし給える御祖神元津霊ゆ幸へ給へ
吾が生くるは吾力ならず、天地を貫きて生くる祖神の生命
吾が業は吾が為すにあらず、天地を貫きて生くる祖神の権能
天地の祖神の道を伝へんと顕れましし生長の家の大神まもりませ
住吉大神様、本日の 生長の家 本流復活について考える WEB誌友会板 に於ける
今夜の生命の実相 輪読誌友会で、生長の家の御教えを正しく把握し、広く伝道するための 必要な霊の選士を集え給うて、真理の研鑽を導き給う。
住吉大神様 勉強会を正しく導き給う 住吉大神様 勉強会を正しく導きたもう。
今夜の参加者お一人、お一人を浄化し給うて、使命を授け給う。
有難うございます 有難うございます 有難うございます 有難うございます 有難うございます
世界平和の祈り
神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。
光明思念の歌
天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり
天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり
それでは、お勉強会を始めます。9時30分までは4月の誌友会 661より少し前〜668まで読見返し
何か書き込み自由として、9時30分から復興Gさまの謹写されたのを中心にして?予習をはじめましょう。
969
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 21:12:40 ID:2DhH33vQ
>「『言葉』が実相を語らず、不調和で濁っている」というのは、人間の想念及び言語が実相の円満さをそのまま讃美し感嘆するような言葉を内容とせず、対立感情で悪口を互いに言い合っているような言葉で濁っていることなのです。
実相の世界は、神の創造そのままでありますから、実相の世界には、生活苦や、病気や、天災や、戦争など色々の不調和なことはないのであります。それなのに現象世界にそのような不調和ばかり頻繁に起っているのは、「実相世界」の風光が現象世界に展開する過程に於て、人間の「心のレンズ」が曇っていて、実相と同調しない濁った想念(コトバ)を発しているからなのであります。
しかし、『生命の實相』の本が出た以上は、それに書かれている言葉は、言々これ実相の言葉でありますから、「言葉の本が正されることになったのだから何事も急転直下してよくなる」と示されているのであります。
(嘗て、鶴見の総持寺の管長で、一代の傑僧と言われた伊藤道海老師が『生命の實相』を『宇宙』誌上で評して「言々これ佛の語(ことば)」と書いたことがありました。)
コトバって重要ですね。。。
これからは実相のコトバを沢山発していきます。 神示はいろいろな事を教えてくれているので一度読んだだけでは勿体ないですね。
読んで、実行しないと意味が無いです。実相のコトバ! を語ろう!っと!
970
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 21:15:26 ID:2DhH33vQ
a hopeさま
こんばんは! ユタカ一人誌友会かな?と思っていたので、感謝です!
ゆったりと時間をかけて楽しみましょう!! よろしくおねがいします。合掌
971
:
トキ
:2013/05/05(日) 21:29:23 ID:5zW6NmK2
>>964
>>「神が病気を治して見せるのは、肉体は心でどうにでも移り変らせることが出来ると云う事実を見せて、『体(たい)』は念(こころ)の影だと云う真理をさとらせるためである。念(こころ)の影だと云う『体(たい)』とは肉体ばかりのことではない。幽体も霊体もすべて念(こころ)の影である。
これはリアルに何度も体験しました。真理に触れて日が浅い人が、病気が治るのは、そういうケースが多いみたいですね。
でも、不思議な事だと思います。
972
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 21:30:49 ID:2DhH33vQ
9時30分ですが、復習書き込みがありましたら、続けて書き込んでください。
今からは復興G様のお書き下さいました文章を読みます。
973
:
a hope
:2013/05/05(日) 21:32:03 ID:edEDolt2
(a hopeメモ)
「白髪の老翁」=「宇宙根源の神」=「七つの燈台に燈を点ずるもの」=「久遠のキリスト」
三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男=「キリスト」の応化身
本当のキリスト=真理=仏性=ミコト
※間違ってたら、ご指導お願いします。
974
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 21:37:11 ID:2DhH33vQ
トキさんまで!!(涙・・・)感激!です、トキさん、ご参加と見守りを有難うございます!!
あと、復習部分での話にあったので。。 歌舞伎座は現在同じ作りで図〜〜〜っ伝統を続けているので、
本部も全く同じ形の塔や建物を生長の家のシンボルとしてずーっと伝統として残すべきと思います。
975
:
a hope
:2013/05/05(日) 21:47:56 ID:edEDolt2
>>973
今、テキストちゃんと見直したら、
「キリスト」の【応化身】ではなくて、【応現身】でした。
976
:
a hope
:2013/05/05(日) 21:49:59 ID:edEDolt2
>>975
【応化身】と【応現身】は同じ意味でしょうか?
977
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 21:55:33 ID:2DhH33vQ
a hope様
読み直して出てきた質問を復興G様のご都合の良い時に回答していただきましょう。
私は、>>汝ら心して真(まこと)を知れ。汝(なんじ)たちも神の子であるから我れと同じきものである。肉体は汝の一つの現れであって汝の全相ではないのである。」
我と同じ着物? 我と同じき 者? とどっちかな?っていつも思うんですよ。。。
978
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:06:08 ID:2DhH33vQ
予習って大事だなぁ〜〜!
次回のWEB誌友会までに読んで、感想や質問を予めもって参加するとさらに充実したWEB誌友会になるなぁ。
なんか、今日はやってよかったなぁ。神示講義って深いなぁ、帰幽の神示ですが、なにか、今の教団の状況にあてはめても考えられるし・・・
勉強になるな・・・ 時間をかけて良く読んで理解して、じっくり考えて自分たちの共通の悩みにあてはめて考えて見たい気もするね。。。。
979
:
a hope
:2013/05/05(日) 22:12:33 ID:edEDolt2
>>977
ユタカさま
わたしは、『我と同じき 者』だと思ってましたが、
肉体は、御霊の着物ともいいますから『着物』もありえるのかな?
でも、ここ、悩むとこなのですか?(笑)
980
:
復興G
:2013/05/05(日) 22:18:25 ID:AB6RqYXc
ユタカ様、a hope様、トキ様、皆々様。
自主的な予習をされるなんて、すごい熱意ですね。
ありがとうございます。
ところで、私は明日午前中からリアルの誌友会担当があり、その準備に取りかかっています。それで、明日夕方またお目にかかります。
この予習についてのお手伝いは、神示講義のご文章アップだけでお許しください。
では、また。
ありがとうございます。
981
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:25:06 ID:2DhH33vQ
a hopeさま、
ちょっと、いつもどっちかな?って・・・ 着物を自分の頭の中で肉体の事を言っているのかな?・なんて思いながら読んでいました。
今は、復興Gさまの下さったのを読みまして
>>併し神は、肉体を癒すのはその目的ではない、魂が真理に目覚めて向上することであります。「肉体が治った」と言ってその肉体のことだけで神に感謝しているのなら、やがて誰でも其の肉体が死ぬ時が来る。その時に感謝し得なくなるから、魂は永遠に救われたという訳には行きません。
肉体の恢復を契機として、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、神から人間に与えられた本当の救いなのであります。
<つづく>
の、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、神から人間に与えられた本当の救いなのであります。
が印象的でした。。。
同時に現教団がどんなに 変質しても現象の盛衰に引っかからずに感謝しないといけないのかな??って思いました。
しかし、それは現象教団でなく、実相の生長の家教団に感謝だと思います。
982
:
a hope
:2013/05/05(日) 22:28:29 ID:edEDolt2
『自由自在なるが故に或る時は龍神(りゅうじん)の姿を現じ、或る時は衣冠束帯(いかんそくたい)の姿を現じ、
或る時は天使天童の姿を現ずる。いずれの姿も権化(ごんげ)であって偽(いつわり)ではない。』
ここに、権化(ごんげ)という言葉がでてきましたが、確か、【権化身】という言葉も聞いたことがあるような…。
たぶん、ここに出て来る、龍神とか、衣冠束帯の姿、天使天童も、きっと応現身なのですね。
983
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:34:21 ID:2DhH33vQ
復興G様・・・
明日の神様の天降るリアル誌友会の前のお忙しい時間に・・・ 充分すぎるほどの御愛念をいただきました。有難うございました。
明日のご活躍をお祈りいたします。
984
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:38:41 ID:2DhH33vQ
>982
私も応現身と』思います、そして、それらは一人神さまの。
それでは、今から、生命の実相のはしがきをゆっくり読みましょう。
985
:
a hope
:2013/05/05(日) 22:43:17 ID:edEDolt2
>>981
ユタカさま
最近、「訊け」ブログで徳久先生のご講話を拝聴しるんですが、
その中で、徳久先生はお医者さんなので、あるお母さんの肉体の病気を治してあげたら、
ご家族にとても喜ばれたのだけれど、その後間もなく自殺してしまわれた…。
みたいなお話があったと思うのですが(すみません間違いだったらどなたかご指摘ください)、
肉体の病気が治っても、心が病んだままでは意味がないという事ですね。
『肉体の恢復を契機として、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、
「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、
神から人間に与えられた本当の救いなのであります。』
これを、人々に悟らせるのが本来の「生長の家」の人類光明化運動なのでしょうね。
986
:
a hope
:2013/05/05(日) 22:48:25 ID:edEDolt2
>>984
ユタカさま
はい、わかりました。
987
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:48:40 ID:2DhH33vQ
はしがきは復習で読みましたが、ここ重要な箇所ではないですか?
自己破壊願望について復興Gさまと話しをしたいと思いました。
人間は本来霊だから肉体を嫌うのでしょうか? では、なぜ地上に誕生したい霊魂が競争して生まれたいと望んで生誕したのでしょうか?
現象が幸福な人は自己破壊願望のない人なのかな?
988
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 22:56:37 ID:2DhH33vQ
>985
そうなのですか・・・。
本当に永遠の生命の真理をそのような方々に知らせてあげたいですね。。。
現在も社会は大混乱していますしね。谷口雅春先生のおっしゃる伝道の刻下の急務は現在も続けていかないと思います。
989
:
a hope
:2013/05/05(日) 23:03:00 ID:edEDolt2
>>897
ユタカさま
<<現象が幸福な人は自己破壊願望のない人なのかな? >>
幸福感を感じているときはないのではないでしょうか?
でも、現象が一変して、不幸が訪れたらわかりませんね。
ここは、わたしも、復興Gさまのご指導を是非受けたいです。
990
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 23:05:28 ID:2DhH33vQ
a hope様、みなさま、
時間になりました、おつきあいをしてくださり有難うございました。
予習は次回のWEB誌友会をより充実させると分かりました。
最後のお祈りです。世界平和の祈り
神の無限の愛、吾に流れ入り給いて、愛の霊光燦然と輝き給う。その光いよいよ輝きを増して全地上を覆い給い、すべての人々の心に愛と平和と秩序と中心帰一の真理を満たし給う。
光明思念の歌
天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり
天照す御親の神の大調和の生命射照し宇宙静かなり
終わります。ありがとうございました。合掌
991
:
a hope
:2013/05/05(日) 23:06:32 ID:edEDolt2
ユタカさま、みなさま
ありがとうございました。
そして、おやすみなさい。
992
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 23:08:43 ID:2DhH33vQ
a hopeさま
最後まで有難うございました。書き込みの途中だといけませんので、ユタカはまだ見ています。
993
:
a hope
:2013/05/05(日) 23:11:11 ID:edEDolt2
ユタカさま
わたしの書き込みは終わりました。
もう、寝ます。
また、よろしくお願いいたします。
994
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 23:11:13 ID:2DhH33vQ
あ、わかりました・・・
おやすみなさい。。。 復興Gさま、a hopeさま、トキさま、ありがとうございました。。。
では終わります。
995
:
ユタカ
:2013/05/05(日) 23:12:31 ID:2DhH33vQ
こちらこそ、よろしくおねがいいたします。
996
:
トキ
:2013/05/05(日) 23:12:35 ID:5zW6NmK2
おやすみなさい。
また、復興G様、いつも見守って下さり、心から感謝申し上げます。
ユタカ様、a hope様、ありがとうございます。
皆様、ありがとうございます。
合掌 ありがとうございます
997
:
トキ
:2013/05/05(日) 23:36:55 ID:5zW6NmK2
「訊け」管理人様、司会を引き受けて下さるとの事、深く感謝申し上げます。
よろしくお願い申し上げます。
合掌 ありがとうございます
998
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 00:38:51 ID:2DhH33vQ
ありがとうございました。
999
:
「訊け」管理人
:2013/05/06(月) 06:12:59 ID:???
>>復興Gさま
>>誌友会参加の皆様
おお、早速誌友会が開始されておりますね。しかも『到彼岸の神示』よりのご謹写文まで掲載されておりまして、ビックリ致しました。と云うことで以下で、感想などを少々披露させて頂きます。よろしくお願い致します。
・・・・さて、復興Gさまご謹写の「無相円相一切相の神示」ですが、いろいろの論点があり興味深いものです。「天地一切との和解」という切り口からも語れますし、「自壊作用」という面からも語れます。ですがここでは、敢えて以下一点に関してのみ感想を、述べてみたいと思います。いや、以下の箇所こそが私が生長の家の教えに触れて「『スゴイ』と思った」という、そんな箇所のひとつなのです。それは、
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
>>964
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
この神示に明示されておりますように、生長の家に入教されて病気が治るのは、必ずしも患者自身が悟りを本当にひらいて自由自在の心境に達して治るのではなく、「神が病気を治して見せ」られるのであります。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
の箇所です。ここは実に、他に類書を求めることの出来ない概念だと思っております。同時に、私のような「いい加減な人間」でも救われることが分ります。私のような者はこの箇所ですが、読めば歓喜する箇所であると思っております。
・・・さて、雅春先生は(『生命の實相』20巻で)「心が変らなくても、救ってくださる神が欲しい」という趣旨の、慟哭にも似た感情を述べておられます。「心を支配すれば、人生が変わる。」そして、「その理屈は分る」と述べられて後、それでも「心という暴れ馬を乗りこなせない」との心情を吐露されておられました。いやこれ、大半の者が悩むテーマなのではないでしょうか。
そして「ホレ、心を乗りこなしてみよ。そしたら救ってやるよ」なんて〝無理難題〟を吹っかける者を、果たして「神と称してよいのか」とも思えます。特に私のようないい加減な人間は・・・・(笑)。
・・・・ところで投稿文ですが、長文化を回避します。「聖典板」に該当する文を掲載致します。掲載するのは「榎本惠吾」先生の御文章です。この御文章を読みますとしみじみと、「實相の完全円満さ」ですが、ありがたく感じられて参ります。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
○榎本惠吾御文章
その1
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/2252
その2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/2253
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴
「生長の家に入教されて病気が治るのは、必ずしも患者自身が悟りを本当にひらいて自由自在の心境に達して治るのではなく、『神が病気を治して見せ』られるのであります。」(
>>964
『到彼岸の神示』より) ―― この〝事実〟の有難さをしみじみと感じえた、今回のご謹写・投稿の御文章でございました。ありがとうございました。
拜
1000
:
「訊け」管理人
:2013/05/06(月) 06:22:41 ID:???
<訂正>
(×)○榎本惠吾御文章
(○)○榎本惠吾先生御文章
・・・・ところで。
同先生の御文章から以下を紹介いたしますが、あらためて感動しております。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
ですから、實相にはこちらの力というものが要らないのです。ただただ實相のみの世界なのです。實相を現象に顕すといっても、實相が自分で顕れて来るのであり、實相だけがすべてのすべてなのです。顕れる、顕れないは現象であって、顕れても顕れなくてもどちらも無いのであって、實相だけを喜んでいればよいというのが「今を生きよ」ということなのです。實相は「今」完全であり、實相だけでよい、というのが「今」ということなのです。顕すための心や時間というものは要らないということなのです。
(榎本先生御文章その1
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11346/1322022766/2252
より)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
心と云うものを与え、そして、その心が「暴れ馬」だとしましょう。さらには、その暴れ馬を「乗りこなしてみせたら救ってやろう」などと言う者が、あるとしましょう。 ―― まあ、そんな事を言う者は「神ではない」ですよね(笑)。「改心しないままでも救ってくださる」、それこそが完全だと思います。ですのでこの、榎本惠吾先生の御文章は、しみじみと有難く感じられます。(しかし、雅春先生が発見された神とは、実に荘厳なものですね)
拜
1001
:
閲覧者
:2013/05/06(月) 08:18:55 ID:???
>>938
雅春先生のお言葉を気軽に「コピー&ペースト」で公開してほしくないのです。
たいへんなら打ち込まなくてもいいのではないですか?
誌友会用に別の板に心をこめて打っておいて、真理の吟唱をお唱えするときに皆様はそちらを開いて、唱えればいいことなのではないでしょうか?
「したくないのに誰もする人がいないからしている」というホープさんですが、そんな気持ちで雅春先生の誌友会を開いてほしくないです。
生命の實相も長々と公開してほしくないというのも本音です。
1002
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 08:30:57 ID:2DhH33vQ
訊けさん、こんにちは、ご無沙汰してすみません。
早速ですが、以下の文章についてはどう思われますか? 訊けさんの生長の家に入教されて「紙が病気を治してみせる」のは最初だけ。。
とどこかで書いていますし、実際の組織で人をみていると、皆さん最初は奇跡が起きて入信されていますが、最初だけのような気がします。
ただ、実相の内容を学んで、実相だけを喜んで讃嘆して生活することは神の子の生活で素晴らしいと思います。榎本先生のおっしゃることに納得します。
宗教の御利益というのは肉体が治るよりも、このように心が一変することなのです。
そこで此の神示に就いて考えて見て下さい。
神様は「吾が臨(きた)れるは物のためではない、生命のためである。肉のためではない、霊のためである」とお示しになっているのであります。
神様は肉体的にもお蔭を与えておられるけれども、それは「肉体は心の影である」という真理を知らせるための実験みたいなものに過ぎないのであります。
イエスが二千年前に多くの奇蹟をあらわして多くの病人をいやし、ヤイロの娘やラザロを死より甦らしめられましたが、その癒された人も、甦らされた人も、結局はその肉体は死滅して今は存在しないのであります。
肉体的方面からのみ言いますならば、「死」はイエスの奇蹟に打ち勝ったとも言えるのであります。
併し神は、肉体を癒すのはその目的ではない、魂が真理に目覚めて向上することであります。「肉体が治った」と言ってその肉体のことだけで神に感謝しているのなら、やがて誰でも其の肉体が死ぬ時が来る。その時に感謝し得なくなるから、魂は永遠に救われたという訳には行きません。
肉体の恢復を契機として、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、神から人間に与えられた本当の救いなのであります。
<つづく>
964 :復興G:2013/05/05(日) 20:28:00 ID:AB6RqYXc
<神示講義・自覚の巻『到彼岸の神示』より 謹写つづき>
だから、此の神示には次のように続いて示されているのであります。
「神が病気を治して見せるのは、肉体は心でどうにでも移り変らせることが出来ると云う事実を見せて、『体(たい)』は念(こころ)の影だと云う真理をさとらせるためである。念(こころ)の影だと云う『体(たい)』とは肉体ばかりのことではない。幽体も霊体もすべて念(こころ)の影である。
『死はない』と云うのは肉体ばかりのことではない。現に肉体細胞は刻々死滅し流転している。生き通しであるのは、斯くならしめている『生命』のみである、『生命』のみが吾れであり汝であり、そのほかに吾れも汝もないのである。……」
この神示に明示されておりますように、生長の家に入教されて病気が治るのは、必ずしも患者自身が悟りを本当にひらいて自由自在の心境に達して治るのではなく、「神が病気を治して見せ」られるのであります。
この場合の神というのは、実相に於て既に完全に人間をつくっていられる神が既に“完全なる人間”を癒すということはあり得ないのですから、実相本源の神から使命を受けて人類光明化運動に参加していられる高級霊を爰(ここ)では「神」と称するのであります。
仏教で言うならば「法身の阿弥陀」は尽十方に充ち満ちていられて去来がないが、その弥陀の慈悲を受けて、現象界にも救いを成就するために現象界に出現せられる観世音菩薩のような方が、此の高級霊でありまして、この神示にある「神が病気を治して見せる」という場合の「神」に当るのであります。
完全なる人間を癒すのはありえない。と言う箇所が実相世界ですよね。 訊けさんは実相は自分で出てくるという榎本先生の文章を持ってきて感動して、他方で肉体を神が癒して見せるに感動していますね。結局、肉体を癒したのは内なる自分に宿る神だから感動したと言うことですか?
もう少し、訊けさんの感想文を長く書いていただければ、訊けさんの言いたい事が明確に伝わる気がしますが? 良く分からなかったので上記の文についてはどう思いますか?とお聞きしました。と言う自分も自身の言いたいことがよく分かっていないです。
1003
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 08:33:53 ID:2DhH33vQ
訂正
紙 → 神
1004
:
参加することに躊躇している者
:2013/05/06(月) 08:41:07 ID:???
雅春先生は、最初に誌友会をどのような目的で、どういう主旨において、開催をされたのだろう…。
私なりには、真理を皆で輪読したり講話を拝聴することで、魂の喜びを、皆で分かち合う事だと思っているが、雅春先生はどのように思われていたのだろう。
真理の講話を、著名な先生から拝聴することや、輪読や誌友会も大切な勉強になるが、家庭や職場で真理を実践する生活を行っていくなかで、自ら真理の書を拝読していくことも、貴重な勉強だと感じる。
しかし、こういう場での誌友会を否定している者ではない。
ただ、雅春先生の誌友会に対する、初心の思いを知りたいと思う。
1005
:
志恩
:2013/05/06(月) 08:48:32 ID:.QY5jUA6
横スレ、すみません。
訊けさん
こちら、来客中のため、急いで書かせて頂きます。
書き込み、拝見しました。ありがとうございます。
仲良しの ユタカさんが,戻られて、よかったですね。
たしか、ユタカさんと訊けさんは、過去にどこかでWEB誌友会をされていらしたことが
あったと、記憶しておりますが、私の記憶違いかも知れません。
昨夜の予習であるWEB誌友会の模様も拝見しましたが、
さすが、ユタカさんは、この誌友会の企画立案者であるだけあって進めかたが、うまいなあと感心しました。
閲覧者の皆様にも、(私も含め)「生命の實相」が、より楽しく、分り易くなると 感じました。
それに、訊けさんが加われば、華やかさが増しますね。
それから、訊けさん
復興G様のあなた宛ての以下の質問を見落とされてますよ。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
923 :復興G:2013/05/04(土) 23:43:31 ID:AB6RqYXc
>>922
:「訊け」管理人殿。
了解。
では、5月は休んで、6月7日(金)〜8日(土)はどうでしょう。
1006
:
a hope
:2013/05/06(月) 08:58:45 ID:edEDolt2
>>1001
解説者さま
この投稿文は、わたしへ a hope宛のものでしょうか?
もし、
<<「したくないのに誰もする人がいないからしている」というホープさんですが、そんな気持ちで雅春先生の誌友会を開いてほしくないです。>>
もう、わたしはweb誌友会の主導権は手放しましたから、ご依頼がなければみなさまがお望みではなければ、
「真理の吟唱」の謹写の控えます。
ですが、真理の吟唱の謹写を
<<「したくないのに誰もする人がいないからしている」>>
などと発言した覚えは一度もありません。
わたしは、毎回喜んでさせていただいています。
解説者さま、さくらさまや初心者さまにも以前お願いしましたが、わたしの発言を引用するときは、
コピー&ペーストでお願いできませんか?
解説者さまのご投稿文は毎回、要点をついていて、とても分かりやすく、そして、信仰もとても深くていらっしゃるのが良くわかります。
できれば、復興Gさまや。トキさま、訊け管理人さま、ユタカさまなどと共に、運営をお願い出来たら素晴らしいな、
と、一参加者である a hopeは、感じています。
1007
:
解説者
:2013/05/06(月) 09:07:41 ID:???
a hope様
>>1006
>>1001
は私が投稿したものではございません。
1008
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 09:10:53 ID:2DhH33vQ
a hopeさまへ
ユタカは長らく休んでいたので、この板の過去文をざっと読んだのですが・・
何かを見落としているかも知れません。。。
a hope様、ここまで、WEB誌友会を継続なさることは、自分の時間を長時間割いてその時間に自己の生活時間を合わせ、また、準備に相当な努力がいる事ですから、
それをしていない人から見たらその見えないご苦労がまったく分からないし伝わらないので、いろいろとありますが・・・ 大変だったのですよね?
有難うございました。感謝とお詫びを申し上げます。 勝手な推測ですが、a hopeさまは謹写の功徳で今まさに、自壊作用が起こってきていていろいろなことを言われておられるのでしたら・・・
ここは、観世音菩薩の示現と認めて、ひたすら感謝・感謝でまいりましょう。「ただ、ただ、合掌ありがとうございます。」で受けて何かが消えました、と同時にまたまた感謝で受けていきましょう。
ここでの勉強の実践ですね。
謹写はなさらないで、これからはWEB誌友会を楽しみましょう!!
ウインドウが小さくて自分の書き込み文、乱文誤字脱字を見直ししてないですみません。
1009
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 09:15:35 ID:2DhH33vQ
>1006
a hopeさま 喜んで謹写されていた由、今理解しました!!
ありがとうございます!! ではこれからも、ずーーーっと仲良く楽しくゆったりと
やれたらいいですね。有難うございます! よろしくお願いします!
1010
:
さくら
:2013/05/06(月) 09:18:22 ID:nqdx2mHk
今回からは、司会でイキイキとした訊けさま、情熱的なユタカさまももどって、垣根のない、新しく生まれ変わったさわやかな誌友会板を拝見でき、うれしくなりました。
わたしは自分のつまらない、笑、信念上、投稿はしませんが、
このようなみなさまの熱意ある誌友会は、多くの方に希望を与え、学びになりますことをお祈りしております。
これからも一読者として、楽しみにしています。
復興G様、トキさま、参加者のみなさま、ありがとうございました。
感謝拝
1011
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 09:22:23 ID:2DhH33vQ
志恩さん、
いつも、応援をありがとうございます。
実相世界の住民の志恩さんはいつも讃嘆、讃嘆ばかりで、良いことばかりが見えて、良いことばかりを口にしますね。。。
私達のお手本を有難うございます。 今回、復興G様がWEB誌友会に先立って資料を下さったのでよろしければ、本番まで時間がありますので感想などをもってご参加お待ちしております。。
いつも見守りをありがとうございます!
1012
:
a hope
:2013/05/06(月) 09:26:32 ID:edEDolt2
閲覧者さま 解説者さま
たいへん失礼いたしました。
なんか、おかしいと思いました。
以後、名前の見間違いのないよう、十分注意します。
すぐに、ご本人からご指摘いただきよかったです。
感謝 合掌。
あらためまして、閲覧者さま
この投稿文は、わたしへ a hope宛のものでしょうか?
もし、
<<「したくないのに誰もする人がいないからしている」というホープさんですが、そんな気持ちで雅春先生の誌友会を開いてほしくないです。>>
もう、わたしはweb誌友会の主導権は手放しましたから、ご依頼がなければみなさまがお望みではなければ、
「真理の吟唱」の謹写の控えます。
ですが、真理の吟唱の謹写を
<<「したくないのに誰もする人がいないからしている」>>
などと発言した覚えは一度もありません。
わたしは、毎回喜んでさせていただいています。
閲覧者さま、さくらさまや初心者さまにも以前お願いしましたが、わたしの発言を引用するときは、
コピー&ペーストでお願いできませんか?
そして解説者さま
解説者さまのご投稿文は毎回、要点をついていて、とても分かりやすく、そして、信仰もとても深くていらっしゃるのが良くわかります。
できれば、復興Gさまや。トキさま、訊け管理人さま、ユタカさまなどと共に、運営をお願い出来たら素晴らしいな、
と、一参加者である a hopeは、感じています。
1013
:
志恩
:2013/05/06(月) 09:30:10 ID:.QY5jUA6
1001:閲覧者様
>>雅春先生のお言葉を気軽に「コピー&ペースト」で公開してほしくないのです。
たいへんなら打ち込まなくてもいいのではないですか?>>
この件は、先に、私とahopeさんが、あなたにお答えしていますが、
ahopeさんのお答えは、
気軽に「コピー&ペースト」しているのではないと、書かれてましたでしょ。
当日の朝、お祈りされた後に謹写(打ち込むこと)されて、それを保存しておかれて、
使っているそうですから、何も問題ないと思いますけれど。
閲覧者様曰く
>>誌友会用に別の板に心をこめて打っておいて、真理の吟唱をお唱えするときに皆様はそちらを開いて、
唱えればいいことなのではないでしょうか?>>
これにつきましても、最初と終わりの真理の言葉は、そんなには,長文では、ありませんから、
ここのWEB誌友会板に載せる場合もありますが、
別の、かなりの長文を載せるときは、今朝の訊け様のやり方のように、ここの板ではなく、聖典板の方に,載せて、
そちらを見て下さい。という場合もあります。
それは、閲覧者がご覧になってるわけですから、閲覧者が、読み易くあればよいのではないでしょうか。
ですから、その都度、臨機応変に考えれば、いいのではないでしょうか?
と、私の場合は、考えております。
閲覧者様曰く
>>「したくないのに誰もする人がいないからしている」というホープさんですが、
そんな気持ちで雅春先生の誌友会を開いてほしくないです。>>
これにつきましては、ahopeさんが答えられていますから、ご了解下さったでしょうか?
閲覧者様曰く
>>生命の實相も長々と公開してほしくないというのも本音です。<<
なんで、生命の實相を長々と公開してほしくないのですか?
教団のおかたでしょうか?そうすると、なにか、不都合が おありなのでしょうか?
それが本音だとおっしゃった そのあなたの理由を具体的にお書き下さいませんか?
1014
:
a hope
:2013/05/06(月) 09:46:19 ID:edEDolt2
>>1008
>>1009
ユタカさま
昨晩はとても充実した時間をすごせました。
わたしは、すべての出来事に意味があり、すべては自分の魂の向上のためであると思っています。
<<ありがとうございます!! ではこれからも、ずーーーっと仲良く楽しくゆったりと
やれたらいいですね。有難うございます! よろしくお願いします!>>
本当ですね。ずーーーっとみなで仲良く楽しくゆったりとやっていきましょうね!
志恩さま
お礼がおくれてしまいましたが、わたしフォローをしてくださりありがとうございます。
いつも溌剌としている志恩さまがこの掲示板にいてくださいますと、この掲示板が活性化しますね。
いつも心から感謝しています。 合掌。
1015
:
志恩
:2013/05/06(月) 09:56:28 ID:.QY5jUA6
ユタカ様
コメント、ありがとう。
「生命の實相」は、2000万部も売れたそうですから、戦前から全国のすごく多くの方々が
読まれておられたわけで、
ご家庭に蔵書として置かれてあれば、
買われたご本人だけでなく、ご家族のどなたかも読まれたはずだと思うんです。
売れたのは、2000万部ですけれど、読者数は、もっと膨大にあったはず。
ですから
隠れ、もともとの生長の家、隠れ、生命の實相ファンは、世の中にたくさんたくさん
おられると思います。
PCをやってる方々モ、増えているそうですし、、、
こういう時期に
WEB誌友会で生命の實相の輪読会を発案して下さって、復興G様に指導者の白羽の矢を
ユタカ様が、立ててくださったことは、
本来の生長の家の蘇りの一環として
なにかのお導きがあったのかもしれないと、思います。ありがとうございます。
私、来客中でして、少しだけ、急いで書かせて頂きましたが。
今後も、WEB誌友会のことももちろんですけれど、掲示板で
いろいろと教えてくださいませね。
1016
:
ローラ
:2013/05/06(月) 11:03:36 ID:???
>>1001
なんと偏狭な! 公開して欲しく無いとは
雅春先生が世界に広めたかった真理を特別な選ばれし人々
だけのものにしたいのですね
1017
:
トキ
:2013/05/06(月) 11:53:07 ID:eaw/TCPU
>>1004
谷口雅春先生が兵庫県におられた頃は、本を読んで感激をした人が自発的に集まり
信仰の喜びを語り合った場のようです。中には、遠隔地から参加された方も多く、
そういう人が、谷口雅春先生のお許しを得て、自宅を解放して、志を同じくする
人達を集めて、信仰を語り合う場を開きました。これが、現在の誌友会の始まりです。
戦前、青年部(当時)として活躍された本部講師(故人)から聞いた話では、
「昔は今ほど講師がいなかったので、主に神誌を輪読した会が主流だった。それが
戦争が激しくなり紙がなくなり神誌が出せなくなったので、”これからは、お話の会
が主流になります”という事になり、現在のような講話中心の形態になった。」
と言われていました。また、講師が来られての誌友会の場合、家が満杯になり、
入りきれない場合が多く、中には、ために家の床が抜けた、という話まであり
ました。
しかし、信仰を同じくする人達が集まり、学び、意見を述べ合うという形態が
基本だと思います。
以上は私が先達から聞いた話です。
合掌 ありがとうございます
1018
:
「訊け」管理人
:2013/05/06(月) 12:16:49 ID:???
>>1002
ユタカさま
お久しぶりです。さて、下記の件に返信致します。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
>>1002
完全なる人間を癒すのはありえない。と言う箇所が実相世界ですよね。 訊けさんは実相は自分で出てくるという榎本先生の文章を持ってきて感動して、他方で肉体を神が癒して見せるに感動していますね。結局、肉体を癒したのは内なる自分に宿る神だから感動したと言うことですか?
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
簡潔に書きますと、感動したのは「救われ済みだった」点になります。既に救われていた点、即ち「自力などまったく不要である」点、これが私が感動した点になります。こんな説明で了解頂けるでありましょうか。
もう少し語を接いでみます。
神が心と云うものを与えかつ、「それを乗りこなせ」と人間に命じているとすれば、それは不完全だと思うのです。もしも神がそんな事を言っておられるならば、「それは神ではない」と思いたくもなります。なぜなら心ですが、なかなか乗りこなせるものではナイからです。(あくまでも現象から見た場合です)
ところで道を求めて読書する層ですが、「心を制御すればよい」というのは知っています。ですが、なかなか出来ません。そんな心を「乗りこなせたら救ってやる」と言われているかのような、そんな状況に置かれているのが(ある程度の)読書階級の者だと思うのです。そう云う点で雅春先生の発見された神は「偉大だ」と言わざるを得ないのです。それが、
>>999
>>1000
投稿文の背景にあった、私の感想です。
「自力解決に乗り出すのではナイのだ」「救われ済みだったのだ」ということです。そして、救われ済みであるからこそ、「救われるのだ」という・・・・それが感動したポイントです。
拜
追伸
でたぶん、話は「ご利益なしでも信仰する」云々の、そんなテーマに移るのだと予測しております。
で、誤解を覚悟で述べますが私は、「ご利益のナイ信仰など興味がありません」になります。私は商売人であり、功徳のナイ思想・哲学には興味が持てぬのです。そして、そんな私 ―― 元無神論者+唯物論者 ―― すらも感化せしめる雅春先生は、やはり偉大だと思います。さらにそして、貴殿が書かれた「実相の内容を学んで、実相だけを喜んで讃嘆して生活することは神の子の生活で素晴らしいと思います。」ですが、返信するとするならば「そんな生き方をしているからこそ、功徳もあるのだ」となるでしょうか(意味が伝われば好いのですが・・・)。
・・・・まあ再度、誤解を恐れずに述べますが私の場合は、「ご利益のナイ信仰など興味がありません」になります。私は商売人であり、功徳のナイ思想・哲学には興味が持てぬのです。
1019
:
「訊け」管理人
:2013/05/06(月) 12:25:02 ID:???
>>1001
閲覧者さま
ところで、東京まで行くのに「歩いて行く人は真剣」なのでしょうか。そして、「電車を使う人は不真面目」でしょうか。まあ、どこに焦点を合わせるかによって話がかわりましょうが・・・
さてその、「気楽にコピペして欲しくない」云々に関してです。これですが、上記の「歩きか電車か」に似ていると思います。どちらであれ、謹写・投稿されるのは雅春先生の御文章です。もう、善いのではありませんか。投稿意図が不真面目だろうがマジメだろうが・・・
拜
追伸
まあ、不真面目に謹写した御文章であれ、人を救うことはあると思うのです。それが「真理」であります。なにせ、「家に置いていたダケで、病が癒やされた」てな話も、普通にありますから・・・そしてこれが、雅春先生・光明思想の特徴のひとつではないでしょうか。家にポンと、(不真面目に)置かれた『生命の實相』であれ、人を癒やすのです。投稿者の心情がどうであれ、救われる方が出てくるのであれば、善いのではないでしょうか。(また、事前にコピペ文を用意しておくことなどは、誉められこそすれ、非難されることではナイと思います。主催者側は、大変なのですから)
1020
:
トキ
:2013/05/06(月) 14:15:49 ID:eaw/TCPU
>>1001
閲覧者 様
ご投稿、ありがとうございました。
たぶん、聖典は大事に扱って欲しい、というお気持ちかと思います。
その気持ちは尊いと思います。
ただ、京都第二教区の長村婦美子先生は、生命の実相をバラバラにして、携帯されていた
とも聞いています。コピペでも、それで救われる人がいたら、良いかと考えています。
個人的には、a hope様には、いつも素晴らしい御文章を投稿して下さり、感謝しています。
ただ、これは個人的な意見ですから、ご理解下さい。
合掌 ありがとうございます
1021
:
閲覧者
:2013/05/06(月) 18:01:30 ID:5IWBubYo
>>1016
一字一字絶対間違いがないと言えるでしょうか?
改行場所は聖典そのままでしょうか?
1022
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 18:04:56 ID:2DhH33vQ
>1018 訊け様
なるほど・・・ご利益信仰で、信仰によって稼ごうとしているわけでなく、宇宙の法則を知って繁栄していこうという意味ですよね?
栄える会には商売人が沢山いて、異業種交流もしていますよ。
これから、訊けさんはご利益が好きな人と理解して読むと納得できます。
1023
:
閲覧者
:2013/05/06(月) 18:11:22 ID:5IWBubYo
>>1019
ネットの世界です。素晴らしいご文章を他人がいとも簡単に書き換えることができます。間違った文章をそのまま生命の實相が後世に伝えられればとんでもないことになってしまいます。
1024
:
志恩
:2013/05/06(月) 18:49:15 ID:.QY5jUA6
閲覧者様
生命の實相や、他の真理の著書について、とても大切に真面目に考えておられるお方と存じます。
ここへ謹写してくださる「生命の實相」等の、ご文章は、全国の閲覧者の中には、
持っておられないお方や、
出かけ先で、ご覧の皆様にでも、参加できるようにという
復興G様,はじめ皆様の
ご愛念による謹写なのだと、うかがっております。
ですが、
われわれ掲示板の仲間や、その他の生長の家の方々は、生長の家の信徒でしたら、「生命の實相」、
全巻を持っておりますから、
われわれは、手元にある「生命の實相」「真理の吟唱」「聖光録」を、傍において、
掲示板の書き込まれたご文章と照合しながら、参加しておりますので、
あなた様の、そのご心配は、無用と存じます。
1025
:
志恩
:2013/05/06(月) 19:31:17 ID:.QY5jUA6
閲覧者様
>>1001
:
の最後の行のところに、閲覧者様は
【生命の實相も 長々と公開してほしくない というのも 本音 です。】
と,書かれましたよね。
で、私は「その理由を具体的に教えて下さい」,と
あなた様にお願いしましたが、まだ、お答えを頂いておりません。
閲覧者様、そのお答えを、はやく書いて下さいませんか。
もしも、無視されますと、
変にあなた様が誤解されると思うのです。
あぁ【生命の實相も 長々と公開してほしくない というのも 本音 です。】なんていうお方は、
生命の實相を、この世から消してしまいたいと、本音では 想われてる
あのお方かしら? なんて、変な誤解が空中を とびまくりますといけませんし、
そうしますと、あのお方に、申し訳ありません。
ですから、、すぐに理由を書いたお返事を!!
1026
:
復興G
:2013/05/06(月) 20:55:44 ID:AB6RqYXc
皆様、ありがとうございます。
今日は朝からリアルの誌友会担当などがあり、今帰ってきてPCを開いているところです。
昨夜はweb誌友会の自主的な復習・予習の勉強会が活発に行われ、その後もたくさんの投稿が溢れていることに、驚きと、感銘を受けています。
そして、これからのweb誌友会の方向付け・あり方に、貴重な示唆がいっぱいあると感じます。
まずは昨夜の自主勉強会についての感想――。
ユタカ様の呼びかけにa hope様が応じられて、トキ様のご協力ご指導もいただいて行われた“予習”の自主勉強誌友会だったわけですね。ユタカ様が
>>990
で
>>予習は次回のWEB誌友会をより充実させると分かりました。<<
と書かれているとおりで、これこそ、トキ様が
>>1017
で書かれているような、生長の家草創期の誌友会に近い、自然発生的な自主性をもった集まりであり、有意義なものだと思います。讃嘆感謝し、エールを送ります。
そこで出されたご質問を含む投稿文を拝読してのコメントですが――。
まず
>>970
でユタカ様が
>>コトバって重要ですね。。。
これからは実相のコトバを沢山発していきます。 神示はいろいろな事を教えてくれているので一度読んだだけでは勿体ないですね。
読んで、実行しないと意味が無いです。実相のコトバ! を語ろう!っと! <<
と書かれていますが、本当にそうですね。それについて私の失敗・反省談を書かせていただきます。
最近私はあるところに招かれて体験講話をすることになり、テキストは『365章』でした。その163頁以下にこう書かれています。
幸福の鍵は何処にあるか
若しあなたに「どんな幸福の扉でも開く鍵があるのですが、あなたはそれを欲しくありませんか」と言われるならば屹度(きっと)あなたは、「本当にそんなものがあるならば、それを得たいものだ」と思われるでしょう。その鍵は決して金属でできているものでも、楠や檜の板で出来ているものではありません。そんな物質で出来ているものは結局はこわれるものであります。虫食い錆くさるものに幸福を求めてはならないと教えられました。
その鍵は“霊的なもの”で出来ているのです。そして他物にそれを求めても得られるものではなく、自分自身の内にその鍵があるのです。その鍵を『生命の実相』と呼ぶのです。それは必ずしも書籍の名前ではありません。『生命の實相』の本はその鍵の在所を示した本ですからそのように名づけたのです。
その鍵はすべての人が自己の内にもっている万人具有の鍵であります。人間の生命のうちには「無限」が宿っているのです。その無限に気がついたとき、その人はその鍵を発見したのです。自分自身の生命のうちに「無限」が宿っている、何という素晴しい事でしょう。
「コトバの力」の正しい使い方
自己の内に「幸福を開く鍵」が宿っていることを知っても、その鍵をどのように使えば本当に「幸福の扉」が開くか、その使い道を知らなければ、鍵はありと知りながらも、その扉を開くことが出来ないでしょう。その鍵を動かす力は“コトバの力”によるのです。その力をどちらへ回転するか、どの方向へ向けて動かすかによって、どのような大きな幸福がおとずれるか、小さな幸福しか与えられないかの相異がでて来るのである。
時には“コトバの力”を逆回転させると、そこから不幸が飛び出して来ることもあります。“コトバの力”は両刃の剣であり、自己が間違えば自己が斬られ、敵が間違えば敵が斬られるのです。それは十字であり、×となる時は「必殺」であり、正しく構えるとき「復活」である。“コトバの力”を順に廻すということは、人を称め讃える称讃の言葉を使うことであり、自己の受けたる恩恵を感謝する言葉を使うことである。称讃と感謝の方向に鍵を廻転することが大切である。
<つづく>
1027
:
復興G
:2013/05/06(月) 20:56:15 ID:AB6RqYXc
<つづき>
「だから、こういう言葉を使いましょう」と、皆さんで以下のような言葉を朗唱する実習をしました。
○この口は神の口である。善き言葉以外のもの、美しき言葉以外のもの、讃嘆の言葉以外のものはなにも語らないのである。この口は神の口である。毎日毎日いっそうその実相の完全なる話力があらわれつつあるのである。自分の口は神の口である。人々の善さのほか、美しさのほか、完全さのほかはなにものをも語らないのである。
○今日はいい日だなあ。今日は神様の日だ。
隣の人はいい人だ。隣の人は神様だ。
前の人はいい人だ。前の人は神様だ。
後ろの人はいい人だ。後ろの人は神様だ。
みんな、みんないい人だ。みんな、みんな神様だ。
私はすばらしい神の子だ。
○私の父は良い父だ。私の父は神様だ。
私の母は良い母だ。私の母は神様だ。
私の良人(おっと)(妻)は良い人だ。
私の良人(妻)は神様だ。
私の息子(娘)は良い息子(娘)だ。
私の息子(娘)は神様だ。
我が家の嫁は良い嫁だ。我が家の嫁は神様だ。
私の孫は良い孫だ。私の孫は神様だ。
私は世界一の幸せ者だ。ありがとうございます。
○あ(わ)たし幸せ!
あなたのおかげ!
ありがとう!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そうしていい気持ちで帰宅してみたら、家族は留守で、玄関に鍵がかかっていました。
私も玄関の鍵は持っていましたから、鍵を廻して開けようとしたのですが、その鍵がこわれて、開かないのです。
幸福の扉を開く鍵の話をして実習までして、帰ってきたら、自分の家の玄関の扉を開く鍵がこわれて開かない。
「なぜだろう?」
――「偶然はない」という教えが浮かんできました。
「私は、誰かを締め出すようなことをした結果ではないだろうか」と思いました。
そしたら、私は「web誌友会板で、SAKURAさんを締め出すような言葉を吐いたのではなかったか。」という思いが浮かんできました。
「SAKURAさん、ごめんなさい」と心の中で謝り、祈りました。
結果は、妻が帰ってきて鍵屋さんを呼んでくれて、玄関は開いたのですが、そんなことがありました。
「人生は、学校である。そして其処での失敗は、成功よりもすぐれた教師である」と、トルストイの人生読本にも書かれていた箴言が浮かんできました。
ここで改めて、一所懸命投稿してくださっていたSAKUARAさんに、きつい“締め出し”のような言葉を吐いてしまったことをお詫びし、気付きを与えてくださったことに感謝いたします。ありがとうございます。
1028
:
復興G
:2013/05/06(月) 21:01:43 ID:AB6RqYXc
>>1026
修正です。
テキストは『365章』でした。→テキストは『生活の智慧365章』でした。
お詫びします。
1029
:
参加することに躊躇している者
:2013/05/06(月) 21:05:34 ID:???
トキ様
ご丁寧に谷口雅春先生が御存命の頃の、誌友会の情報を教えて下さり、ありがとうございました。
その時代にタイムスリップして参加してみたい気がします。
是非、ここの誌友会が、その頃の誌友会のような会になっていくことを、願っています。
誌友会に(教団の)参加すると、純粋に真理が学べないし、行事参加の約束を取り付けられたりとか、普及誌を購読してなど
誌友会が保険の営業みたいになっていて、正直気が重いのが現実です。
普及誌も感動が殆どないから、人に勧めれるものではありません。
1030
:
解説者
:2013/05/06(月) 21:57:33 ID:???
ユタカ様
はじめまして。解説者と申します。
今後ともよろしくお願いいたします。
>>コトバって重要ですね。。。
これからは実相のコトバを沢山発していきます。 神示はいろいろな事を教えてくれているので一度読んだだけでは勿体ないですね。
読んで、実行しないと意味が無いです。実相のコトバ! を語ろう!っと! <<
本当におっしゃる通りですね。
私は最近、訊け様がブログにアップしてくださった講話の音声ファイル
をずっと拝聴させていただいていますが、同じことを思っていました。
運命はコトバによって創られますからね。
私自身も“実相のコトバ”を使っていこうと思いました。
復興G様
>>1026
>>1027
>○この口は神の口である。善き言葉以外のもの、美しき言葉以外のもの、讃嘆の言葉以外のものはなにも語らないのである。この口は神の口である。毎日毎日いっそうその実相の完全なる話力があらわれつつあるのである。自分の口は神の口である。人々の善さのほか、美しさのほか、完全さのほかはなにものをも語らないのである。
私は朝起きてから家族と顔を合わせたときにニッコリと笑うことを心がけています。
それまでは眠いし、寝ても疲れは取れないしでブスッとしていたと思うのです。
朝にニッコリと笑うことをはじめると、その日一日、何をやっても明るく楽しく
過ごすことができるのです。
復興G様がご紹介してくださった「この口は神の口である…」も併せて
実践しようと思いました。
ありがとうございました。
感謝合掌
1031
:
復興G
:2013/05/06(月) 22:04:36 ID:AB6RqYXc
web誌友会予習勉強会へのコメントのつづきです。
>>973
の a hope様の問題提起――
>>「白髪の老翁」=「宇宙根源の神」=「七つの燈台に燈を点ずるもの」=「久遠のキリスト」
三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男=「キリスト」の応化身
本当のキリスト=真理=仏性=ミコト
※間違ってたら、ご指導お願いします。<<
というところですが――私は、こう思います。
「白髪の老翁」は、永遠のいのちの象徴であるけれども、「宇宙根源の神」そのものではない。
「宇宙根源の神」は、時間・空間を超えて(現象界を超え、身を隠して)おられて、老翁の姿を現されることもない。姿を現された時点で、それは応現神(応化神と言ってもよい)というべきだと思います。古事記神話で言えば、「宇宙根源の神」=「天之御中主神」であって「身(みみ)を隠し給いき」であります。
「白髪の老翁」=「七つの燈台に燈を点ずるもの」=「久遠のキリスト」
だけでよろしいと思います。
それから、
>>三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男=「キリスト」の応化身<<
という言葉には、少し違和感を覚えますが、間違いとは言えないでしょうね。違和感を覚えるわけは、「三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男」という言い方には、尊敬の気持が感じられないからです。
>>976
>>【応化身】と【応現身】は同じ意味でしょうか? <<
その通り、【応化身】と【応現身】(【応化神】と【応現神】)は同じ意味だと思います。
≪観音菩薩はその身を三十三に変じて人々を済度するといいます。その変化する姿を称して「応現身(おうげんしん)」あるいは「応化身(おうげしん)」と呼びます。≫
というのがネット上にありました。
>>977
>>私は、>>汝ら心して真(まこと)を知れ。汝(なんじ)たちも神の子であるから我れと同じきものである。肉体は汝の一つの現れであって汝の全相ではないのである。」
我と同じ着物? 我と同じき 者? とどっちかな?っていつも思うんですよ。。。 <<
これには、思わず笑ってしまいました。
a hope様が
>>わたしは、『我と同じき 者』だと思ってましたが、
肉体は、御霊の着物ともいいますから『着物』もありえるのかな? でも、ここ、悩むとこなのですか?(笑) <<
と書かれてましたが、私もこれは『我と同じき 者』だと思います。
「同じき」というのは昔の文語体で今はあまり使わなくなっている語法なので、若いユタカさんは「同じ着物」かなって思われたんでしょうね。
「ふるさと」の歌の「兎追いしかの山」を、今の若い人は、漢字を見る前は「兎美味し」ととる(思う)そうですから。
<つづく>
1032
:
復興G
:2013/05/06(月) 22:32:39 ID:AB6RqYXc
web誌友会予習勉強会へのコメントのつづきです。
>>985
>>肉体の病気が治っても、心が病んだままでは意味がないという事ですね。
『肉体の恢復を契機として、人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になれることこそ、神から人間に与えられた本当の救いなのであります。』
これを、人々に悟らせるのが本来の「生長の家」の人類光明化運動なのでしょうね。 <<
――その通りだと思います。
これは、現在の運動で、環境保全「炭素排出ゼロ」にこだわりすぎて<<人間は神の子であって、霊的存在であると気付き、「永遠の生命」をさとり、現象の消長、盛衰、変遷に引っかからず、常に感謝の心境になる>>ということがおろそかになったのでは、いくら環境保全にがんばっても、やがて地球だって死滅するんですから、無意味になってしまう――とも思います。
>>987
>>はしがきは復習で読みましたが、ここ重要な箇所ではないですか? 自己破壊願望について復興Gさまと話しをしたいと思いました。
人間は本来霊だから肉体を嫌うのでしょうか? では、なぜ地上に誕生したい霊魂が競争して生まれたいと望んで生誕したのでしょうか?
現象が幸福な人は自己破壊願望のない人なのかな?<<
――この「はしがき」は、おっしゃるとおり、とても大切な根本問題です。基本中の基本でしょう。
罪の意識――自己破壊願望――について、私自身の体験を語りたいと思いますが、長くなるので、また明日以後にさせてください。
では、今日はおやすみなさい。
1033
:
ユタカ
:2013/05/06(月) 22:56:55 ID:2DhH33vQ
復興G様 ありがとうございます。お帰りなさい。
自主勉強の事前サポートと問題提起の解説を有難うございます。
コトバの鍵の使い方など詳細が素晴らしいです、ここまで谷口先生は説明してくださっているのですね。
そうすると、「生命の実相」だけでなく復興G様が紹介して下さったあらゆる本を使用することによって詳細が分かってきて、ワクワクします。
復興Gさまがお出ましになると、嬉しくて、楽しくて、ワクワクします。。これからもよろしくお願いいたします。明日がまた楽しみです。
1034
:
志恩
:2013/05/06(月) 23:18:16 ID:.QY5jUA6
復興G様
本日は,朝からお仕事で出かけられて、遅くに帰宅されましたのに、
たくさんのためになる真理のお話を,伺うことが出来まして、感謝いたしております。
教えて頂きましたこと、私も、実行させて頂きます。
ありがとうございました。
1035
:
a hope
:2013/05/07(火) 00:06:59 ID:edEDolt2
復興Gさま
>>1026
と
>>1027
の鍵のお話と復興Gさまの気づきのお話とても感動しました。
ありがとうございます。合掌。
また、お忙しい中、昨晩の予習に関してのご指導をありがとうございます。
あの、「a hopeメモ」は、復興Gさま謹写の
>>662
>>663
の内容をまとめたものです。
どうも、「生命の實相」を拝読していると、たくさんの神さまがでてこられて、混乱してしまうので、
今回のweb誌友会内容の「万教帰一の神示」の時にしっかり理解したいと思っていました。
<<「白髪の老翁」は、永遠のいのちの象徴であるけれども、「宇宙根源の神」そのものではない。
「宇宙根源の神」は、時間・空間を超えて(現象界を超え、身を隠して)おられて、老翁の姿を現されることもない。
姿を現された時点で、それは応現神(応化神と言ってもよい)というべきだと思います。
古事記神話で言えば、「宇宙根源の神」=「天之御中主神」であって「身(みみ)を隠し給いき」であります。
「白髪の老翁」=「七つの燈台に燈を点ずるもの」=「久遠のキリスト」
だけでよろしいと思います。>>
今日、第13回web誌友会の後半にある、復興Gさまが改めて再投稿してくださった1年前のweb誌友会の内容
>>723
〜
>>732
を拝読しなおしましたら、だいぶ理解が深まりました。
「宇宙根源の神」=「天之御中主神」が第一義の神で、
「白髪の老翁」=「七つの燈台に燈を点ずるもの」=「久遠のキリスト」が第二義の神、となるわけですね。
そして、第二義の神が別名、【応化身】と【応現身】(【応化神】と【応現神】)とよばれる場合があり、
住吉の大神は現れの面から言えば、応化神(第二義の神)といえるのですね。
<<それから、>>三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男=「キリスト」の応化身<<
という言葉には、少し違和感を覚えますが、間違いとは言えないでしょうね。
違和感を覚えるわけは、「三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男」という言い方には、尊敬の気持が感じられないからです。>>
につきましては、「三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男」という言葉にはわたしも違和感を覚えましたが、
今回は「メモ」でしたからテキストの言葉をそのまま引用しました。
>>633
のテキストには
<<肉体のキリストは三十三歳で死んだけれども、「本当のキリスト」は、久遠不滅であらせられるのです。
『生命の實相』の中には真理と書いて、「キリスト」とフリ仮名をつけてある箇処が所々にあるのであります。
「キリスト」というと、三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男の事だと、こう思っている人もありますけれども、
あれはキリストの応現身であって、肉体的に或る時代に適するように応じて現れた姿であって、
「本当のキリスト」は「真理」そのものであり、始めなく終りなく宇宙に充ちている所の真理そのものである訳なのです。
その真理そのものは久遠不滅であるから、初めであり終りであり、永遠に不滅である、
というので白髪の老翁の長寿の姿をもって人格化して出て来られている――こういう事になっている訳であります。>>
とありました。
復興Gさま、わたし自身は、現象人間のキリストさまも『神の子』として心から尊敬させていただいていますのでご安心ください(笑)。
復興Gさまがこの掲示板でご指導してくださっているからこそ、わたしはここで安心してお勉強させていただけるのです。
これからも、復興Gさまの生活に合わせたペースでかまいませんので、今まで通りの素晴らしいご指導どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、みなさま、おやすみなさい。
1036
:
復興G
:2013/05/07(火) 07:07:24 ID:AB6RqYXc
>>1035
:a hope様。
おはようございます。
よくわかりました。「三十三歳でハリツケになったユダヤ人の男」というのも。
それは、谷口雅春先生がおっしゃった言葉だったのですね。
a hope様は、現象人間のキリストさまも『神の子』として心から尊敬していらっしゃるそうで、安心しました。
丁寧なレスをいただき、ありがとうございました。
1037
:
復興G
:2013/05/07(火) 07:21:37 ID:AB6RqYXc
あ、その前に
>>1033
:ユタカ様
>>1034
:志恩様
から、早々に、うれしい、ありがたいレスをいただいていました。感謝が遅れまして、すみません。ありがとうございました!
なおその前、
>>1029
:「参加することに躊躇している者」様
からのコメントもありましたね。どうぞ、これから躊躇することなくご参加いただけたらうれしいですね。
ありがとうございます!
1038
:
志恩
:2013/05/07(火) 14:59:37 ID:.QY5jUA6
訊けさん、以下の復興G様の質問に、まだ お答えを されてませんよ。
>>923 :復興G:2013/05/04(土) 23:43:31 ID:AB6RqYXc
>>922
:「訊け」管理人殿。
では、5月は休んで、6月7日(金)〜8日(土)はどうでしょう。 <<
1039
:
復興G
:2013/05/07(火) 15:12:46 ID:AB6RqYXc
>>999
「訊け」管理人殿
書き込みに感謝します。
貴殿登場によりユタカ様もよろこんで出て来られたと思います。
遅くなりましたが、
>>999
・
>>1000
の貴殿書き込みについてのコメントです。
>>・・・さて、雅春先生は(『生命の實相』20巻で)「心が変らなくても、救ってくださる神が欲しい」という趣旨の、慟哭にも似た感情を述べておられます。「心を支配すれば、人生が変わる。」そして、「その理屈は分る」と述べられて後、それでも「心という暴れ馬を乗りこなせない」との心情を吐露されておられました。いやこれ、大半の者が悩むテーマなのではないでしょうか。
そして「ホレ、心を乗りこなしてみよ。そしたら救ってやるよ」なんて〝無理難題〟を吹っかける者を、果たして「神と称してよいのか」とも思えます。特に私のようないい加減な人間は・・・・(笑)。<<
ということで、榎本恵吾先生のご文章を引用されました。
榎本先生は、ご自身の悟りの境地から、ユニークなすばらしいご文章を書いてくださっていますが、谷口雅春先生の『人生は心で支配せよ』というご本について、それは、ひと言で言えば、「人間の心で支配するのではなく、神の心で支配せよ」と書かれているのだ、と言われたことがあります。
『人生は心で支配せよ』(谷口雅春著作集 第10巻)の巻頭には、先生直筆の御揮毫が印刷されて掲載されており、そこには
「自ら其の鋭を挫き光を和らげ言を慎む」
と書かれています。
これは老子の
「其の鋭を挫(くじ)き、其の紛を解く。其の光を和し(和らげ)、其の塵に同ず」
(『老子』第4章より。<道を体得した者は、まずもって己の鋭さをくじかねばならぬ。また、糸のもつれたのを解きほぐさなければならない。次にきらびやかな光をぼかさねばならぬ。そして世の俗流とその歩調をあわせて行くがよい。>―諸橋徹次 解説。ここから「和光同塵」という四字熟語が生まれている)
という言葉を採用して書かれたものと思われます。つまり、自己主張をつつしめという意味の言葉が、『人生は心で支配せよ』の巻頭に掲げられているのです。ということは、「心で支配せよ」の「心」とは自我の心ではないぞ、と示されているのだと思います。
そして『人生は心で支配せよ』の第4章49頁には、次のような詩的なご文章が書かれています。
「世界は生きている。
神の脈搏を打っている。
神の呼吸を息している。
この世界を支うるものは感性を備えた心である。
この世界のたましいは神である。
自然現象一切は生命の発現である。
葡萄(ぶどう)の幹を流れる樹液にも、
穀物の中に生きている胚種にも、
樹梢(こずえ)に芽を吹く花蕾(つぼみ)にも、
神の生命は脈動する。」
と。そして、
「吾等はは生命の脈動が常に搏(う)っている生ける宇宙の中に生活するのである。この宇宙は、創造を司る一つの霊によって造られたのである。……」
その霊は愛であり、無限であり、完全である。吾等も神の子として神に結ばれているのだ、と書かれていて、まさに榎本先生がおっしゃるとおり、それはひと言で言えば、「人間の心で支配するのではなく、神の心で支配せよ」と書かれているのだと言えるでしょう。
それが、谷口雅春先生のお悟りだったのだ。それで、榎本先生は
≪「實相は完全であるからこちらの力は何も要らない」というふうに、喜ぶのを遠慮しないことが「實相を観ずる」とか「自覚する」とかいうことであったのです。……≫
と書かれているのだと、私は思いました。
1040
:
復興G
:2013/05/07(火) 16:05:10 ID:AB6RqYXc
さて、
>>1001
で 閲覧者 様が、
>>雅春先生のお言葉を気軽に「コピー&ペースト」で公開してほしくないのです。……生命の實相も長々と公開してほしくないというのも本音です。<<
と書かれ、
>>一字一字絶対間違いがないと言えるでしょうか? 改行場所は聖典そのままでしょうか?<<(
>>1021
)
>>間違った文章をそのまま生命の實相が後世に伝えられればとんでもないことになってしまいます。<<
とも書かれていますね。
それについて、考えてみました。
著作権法から言っても、聖典を長々と公開するのは、違反(著作権侵害)になるかと思います。私もやってしまっていました。
他人の著作物を引用する場合は、「自分の意見が主で、引用は従でなければならない」ということが決まりであったと思います。
それで、聖典を引用する場合でも、それについての感想を述べることが主であれば、許されるのではないでしょうか。
この掲示板で聖典の勉強をする場合、
「生命の實相も長々と公開してほしくない」
とおっしゃるのは、どういう立場からおっしゃっているのか疑問の点がありますが、著作権上の問題があるとは私も考えます。
勉強のために一時公開は許されるとしても、web誌友会が終わったら、消去、削除していただいた方が宜しいのではないでしょうか。
トキ管理人様、私が謹写アップさせていただいた
>>961
〜
>>965
は、誌友会終了後は削除してくださいませんか。よろしくお願い申し上げます。
さて、それで、
>>一字一字絶対間違いがないと言えるでしょうか? 改行場所は聖典そのままでしょうか?<<
ということについてですが、それは、人間の作業に完璧と言うことはあり得ません。
現に、正式に出版されている日本教文社刊の聖典にも、誤植はあります。私も、何回か気がついて編集部にお知らせし、訂正していただいたことがあります。
プロの編集者が校正しても、見落としはあり、誤植があり得ます。ましてや、素人の作業が完璧ということは難しいでしょう。
完璧でなければいけないのだったら、著作物の出版は不可能になります。
細心の注意を払って、誤植がないように気をつけて、学習に必要な聖典の箇所を引用させていただくことは許されるのではないかと、私は思ってやってきました。
もし、著作権者から、それが不当だと言われれば、やめるようにいたしましょう。
>>改行場所は聖典そのままでしょうか?<<
この掲示板にアップした場合、行間が詰まって掲示されるので、聖典のそのままでは真っ黒な団子みたいになってとても読みづらくなります。ですから私はあえて改行を増やし読みやすくしてアップさせて頂いています。
もしそれがいけないとなれば、原典通りの字数で止めては1行あける、ということを繰り返すのもひとつの方法かと思います。
以上は、私が思ったことです。
1041
:
復興G
:2013/05/07(火) 16:54:41 ID:AB6RqYXc
>>1038
:志恩様。
ご愛念、ありがとうございます。
「訊け」管理人殿。
今度のweb誌友会日程についてですが――
もう、半分終わったようになってますね。
第14回web誌友会は終わった、次は第15回――と考えてよいような気さえします。
貴殿とユタカさんとが組んで進めてもらえば、そんなに間を空けなくても、浮きに2回ぐらいできるのではないですか?
私は、「5月は休んで、6月7日(金)〜8日(土)はどうでしょう」 と前に書きましたが、ユタカさんと相談して、もっと早く、数多く開いて頂いて結構ですよ。
ユタカさん
>>987
>>はしがきは復習で読みましたが、ここ重要な箇所ではないですか? 自己破壊願望について復興Gさまと話しをしたいと思いました。
人間は本来霊だから肉体を嫌うのでしょうか? では、なぜ地上に誕生したい霊魂が競争して生まれたいと望んで生誕したのでしょうか? 現象が幸福な人は自己破壊願望のない人なのかな?<<
――とおっしゃったので、
≪(『生命の實相』第3巻の)「はしがき」は、おっしゃるとおり、とても大切な根本問題です。基本中の基本でしょう。
罪の意識――自己破壊願望――について、私自身の体験を語りたいと思いますが、長くなるので、また明日以後にさせてください。≫
と昨夜、書きましたね。
それについては、もう少しお時間をください。
第3巻の「はしがき」に
≪わたしは最近、アメリカの精神身体医学の大家カ−ル・メニンジャ−博士の『おのれに背くもの』を日本教文社発行の翻訳で読んだが、これは人間の自己破壊の矛盾的な欲望を自殺本能とし、慢性病を一種の慢性自殺としてその精神過程を分析している大変興味ある書物である。……≫
と書かれている、カ−ル・メニンジャ−博士の『おのれに背くもの』という本を、今から60年近く前の学生時代に買って読んだことがあります。しかし、今探しても見つかりません。本があまり多くなりすぎたので、引っ越しの時に一部処分したことがあるので、この本もそのとき処分してしまったのかも知れません。それで、アマゾンを通して中古本をまた買って読みなおすことにしました。
そうして私自身の体験を織り交ぜ、人類の罪意識による自己破壊願望から戦争も起こるというメニンジャ−博士の分析を、もう一度学びなおし、考えてみたいと思っています。
よろしくお願いします。
1042
:
復興G
:2013/05/07(火) 16:59:37 ID:AB6RqYXc
>>1041
訂正です。
浮きに2回ぐらい → 月に2回ぐらい
でした。
1043
:
うのはな
:2013/05/07(火) 17:46:09 ID:eKS7l5CQ
239 :「訊け」管理人:2012/11/08(木) 13:41:18
「どしどし決め付けていけばよい」、基本線はこれです。ネガキャンの手法はこれら、手馴れた方のものをご参考に。なんの根拠もない話ですが、読み手は論拠までは求めてきませんからね(笑)ですんでどしどし決め付けて行きましょう。曰く「逃げるのは訊け」とか、「論点回避するのは訊け」等。もう、効果的です。「訊けクン返答はなしよ」と(冷静なトーンで)付記されれば、さらに完璧でしょう。弁解機会を奪いながら、どしどしヤルのがコツです。
既述繰返しですが、どんどんやってください。ネガキャン要員の方々。
思いっきり下品な言葉で称されるのも、効果絶大です。さらには私以外の方へのハラスメント、これも効果的です。この訊けですが、他人がイジメられていると黙っておれぬ性分です。そこを衝きましょう。手馴れた方はすでに、随分前から実行なさってますよ。私がスルーしていてもその私が、「どんなハラスメントならば参入してくるか」。よく理解しておられます。
私は、自分へのハラスメントは平気です。ですんで、どうしても私に相手をして欲しい場合は「ブログ読者をイジメて」みましょう。そうすればこの「訊け」管理人ですが、参入してくるかもしれません。「止めろ」という感じで。
そしてこのタイミングを、逃さぬことです。訊けが「止めろ」と申してきた際に、貴方たちはこう連呼すれば、よいのです。「攻撃された!」と。そして、「和解派のクセに、争そいが絶えない!」と・・・・作業はこれだけです。これだけで和解派を、追い込むことが出来ます。簡単でしょう?
追伸
誌友会の司会ですが、受けられるわけがありません。
「参加希望者へのハラスメント」ですが、これが堂々とまかり通ります。誰も注意しません。そこで司会者として制止に入れば、「和解派のクセに」です。そして後日には「前代未聞の誌友会」なんて断言され、反復掲載されます。ネガキャン要員の方々は、これを参考にされるとよいです。そうすればもっと、効果的なネガキャンになりましょう。がんばってくださいね。
1044
:
トキ
:2013/05/07(火) 18:40:14 ID:EcYhkS1g
法律に詳しい友人に、閲覧者 様のご意見について、考えを尋ねてみました。
例えば、刑法では、「原本」を偽造したらそれだけで犯罪になりますが、「写し」を偽造しても、それだけでは犯罪になりません。
もちろん例外はありますが、それは、ファックスやコピーのように、機械で複写をする場合に、電子的に文書を改竄して複製を作る
場合で、これは、ファックスやコピ−は、原本の内容をそのまま複製するという考え方が社会通念上、あるからだそうです。
つまり、「写し」の場合は、内容が正確ではない、という考え方が一般に存在しているとも言えます。また、読み手もその事実を
前提に、文章を読むと考える人が多いと思います。
例えば、図書館などが珍しい本を公開する場合は、だいたいが、PDFで公開しています。それは、研究者などが調査をする資料に
使う場合が多いので、正確さを担保する必要があるからです。
これに対して、掲示板での聖典の引用の場合、研究、調査の対象というよりは、その本を読んで、自分の信仰を高めるという目的
があります。たいていの場合、原本は別に広く存在しますし、もし、調査研究目的の場合は、この掲示板での引用ではなく、古本屋
さんに行くか、図書館に行って「原本」を探します。
もちろん、だからと言って、誤字脱字は、意図的な表現の改竄はタブーです。が、それ以外については、段落などの改編は問題は
ないと考えています。さらには、谷口雅春先生は、旧かなづかいを大切にされていましたが、現在、刊行されている聖典の多くは、
新仮名遣いです。それらを考えると、基本的には、内容、表現以外の部分については、投稿者様の良識に任せるべき問題かと考えて
おります。
むしろ、聖典を紹介し、原本を見るように勧める事や、既に絶版になった本を紹介して信仰心の向上につとめる事は、それが
著作権法に抵触しない限り、大いに賞賛されるべき事かと考えます。
合掌 ありがとうございます
1045
:
トキ
:2013/05/07(火) 18:41:06 ID:EcYhkS1g
追伸
もちろん、聖典を尊重し、大事に扱うべきで、その点は、閲覧者様の貴重なご意見に深く
感謝申し上げます。
合掌 ありがとうございます
1046
:
トキ
:2013/05/07(火) 18:46:51 ID:EcYhkS1g
>>1040
個人的には、復興G様のご指導の内容ですから、残したいという気持ちはありますが、
御希望の通りにさせていただきます。削除する時が参りましたら、ご教示下さい。
合掌 ありがとうございます
1047
:
復興G
:2013/05/07(火) 19:01:24 ID:AB6RqYXc
>>999
「訊け」管理人殿
>>1039
の補足をさせてください。
『人生は心で支配せよ』(谷口雅春先生著)の第1章に、次のように書かれています。(抜粋)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
第1章 心の法則
(前略) 生命の實相哲学が諸君に順次解明せんとすることは、宇宙の最始源には、ただ「心」即ち超物質的存在なる「霊」のみがあったと云うことである。……創造せられたる一切のものは霊を材料として造られたのだと言わざるを得ない。心は想念(コトバ)によってのみ活動することが出来る。それ故心は想念(コトバ)と呼ばれる材料をもって、見ゆる形に一切のものを創造したのである。一切のものは、想念(コトバ)によって、はじめてその形を現したのである。然らば創造とは想念(コトバ)の活動の過程を言い現したものにすぎない。想念(コトバ)は一切のものの原因であり、一切のものはその結果である。 (中略)
吾々の哲学は、吾々は如何にすれば吾々の国家を、社会を、肉体を、環境を、すべての者の運命を支配してこれを栄えあらしめる事が出来るかを明らかにするのである。と云うのは、吾々の光明哲学は人間が小宇宙であること、大宇宙において行われた創造の過程は小宇宙においても真であること、――換言すれば想念は物に化(な)ると云うことを明らかにするからである。そして宇宙を支配する法則を暁(さと)って、これと調和するならば、人間は無限の自由を獲得し、あらゆる制約を超越して、無礙無縛(むげむばく)の状態になり得ることを明らかにするのである。 (中略)
吾等は、吾々自身が自力で思い煩うことなくして、宇宙精神の創造力に委せ切って自分の欲する事物をほしいままに得ることが出来るのである。吾らは創造力を自分で造るのではない。大生命に委せ切って宇宙の創造力に働いて頂くのである。吾らの委せ切りの心が深まれば深まるほど、その程度に従って宇宙の自浄力(いやすちから)が吾らのために無限にはたらいてくれるのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
上記のご文章を読んでも、『人生は心で支配せよ』とは、
「人間の心ではなく、神の心に支配せしめよ」
「神の心(すなわち実相)に任せよ」
という意味であることが、明らかだと思います。
榎本先生が
≪ああしてから、こうしてからは止めて、今そのまま素っ裸のままで喜ばせてくださるのが生長の家の御教えなのです。≫
とおっしゃっている通りですね。
1048
:
復興G
:2013/05/07(火) 19:10:08 ID:AB6RqYXc
>>1044
〜1046: トキ様
お世話をかけます。ありがとうございます。
感謝 合掌
1051
:
ユタカ
:2013/05/07(火) 21:13:27 ID:2DhH33vQ
トキ様が法律の詳しい方のお話を聞かれたお答えを呼んで安心いたしました。
すみませんが、読み返しをしたいので、聖典の写しはなるべく削除なさらないで下さる事を希望いたします。
1052
:
ユタカ
:2013/05/07(火) 21:16:02 ID:2DhH33vQ
a hopeさまへ
何かの参考になればと思い貼り付けます。
>>『教義の大綱』について
谷口雅春先生は生長の家を教化団体として貫こうとされていましたが、文部省の強く宗教結社となるように指導があり、昭和15年4月1日、それまでの教化団体から宗教結社生長の家として出発することになりました。
生長の家が宗教結社となったため、「教義の大綱」、「奉斎主神、安置仏等の称号」が次ぎのように決められました。
教義の大綱
「国体を明徴にして皇室の尊厳を明にし、各宗の真髄を天皇信仰に帰一せしめ、尽忠報国、忠孝一本の国民精神を昂揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、処、相応の大調和を得せしめ、兼て天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す」
奉斎主神、
安置仏等の称号
道場又は集会室に特に顕斎せる主神又は安置仏なし。心に幽斎する主神としては宇宙大生命(みおやのかみ)(その幽之幽なる神として天之御中主神、幽なる神として天照皇大神、現人神として天皇)を礼拝す。宇宙大生命は宏大無辺にしてその仁徳一切に及び一切を包容するが故に、各自は祖先伝来の宗教を信じ又は自宅にて如何なる斎神又は安置仏を奉ずるも差支えなし。宇宙大生命の道を顕楊し、日本国威を発揚し、皇威を顕楊する東道(みちびき)の神として心の幽斎する副神として生長の家大神(『古事記』『日本書紀』に顕れたる住吉大神即ち後に塩椎神、仏典に顕れたる釈迦、観世音菩薩及びその応化仏、基督教の『黙示録』第一章に現れたる七つの燈台の点燈者)を礼拝す。
宇宙大生命(みおやのかみ)は宇宙生命の根本実相にして、宗派に偏らざる哲学的表現を用うれば「生命の實相」なり。この意味にて道場又は集会室に「生命の實相」又は単に「實相」の掛軸を掲出することあり。
谷口雅春先生により、ここに教義の大綱が示されています。ここには生長の家発祥の根本が説かれています。
谷口雅春先生は一貫して「国体の明徴化」「ご皇室の尊厳の闡明化」「各宗の真髄を天皇信仰に帰一化」することを生長の家の根本使命とし、大調和、総感謝、中心帰一、永遠至福の地上天国実現の大目標ために実際運動を起すことを宣言されています。
生長の家は根本に「天皇国日本の国体を護持」する使命を持って実際運動をしていく宗教団体でなければなりません。その上で、人時処に相応した實相世界の至福を個人個人に実現し、以って社会全体、世界全体を實相世界の映しとして、天皇陛下を中心しとした一君万民の大調和世界を実現していく使命があります。そこの根本を失った時、生長の家は生長の家でなくなります。
そのために、今一度 『教義の大綱』 に帰って、谷口雅春先生のご意志をかみ締めたいものです
1053
:
a hope
:2013/05/07(火) 23:11:41 ID:edEDolt2
>>1052
ユタカさま
すごい文章ですね。
漢字が多くて目が回りそうになりましたよ(笑)
二つ質問させてください。
これは、「生長の家」が(人類光明化のための)教化団体から宗教団体に移行するときに発表されたものなのですね。
ということは、それ以前はこのような「教義の大綱」や「奉斎主神、安置仏等の称号」はなかったということでしょうか?
最後に、<< 谷口雅春先生により、ここに教義の大綱が示されています。ここには生長の家発祥の根本が説かれています。…>>
と述べられていますが、この文章は誰が書かれたのでしょうか?
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