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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

1</b><font color=#FF0000>(q6iS3jc2)</font><b>:2003/02/03(月) 16:23
前スレ http://comic2.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1043402443/
少年漫画板レス削除依頼 http://qb.2ch.net/test/read.cgi/saku/1027348203/l50
矢吹先生☆22歳http://members.tripod.co.jp/train_heartnet/y.jpg
絵板(黒猫) http://isweb41.infoseek.co.jp/cinema/marotan7/
sage進行推奨☆「荒らし煽りキティは徹底的無視」推奨☆マターリでよろ
過去ログ倉庫 http://nagi.vis.ne.jp/bcat/
その他>>2-10

435名無しさん:2003/11/05(水) 22:48
実は力尽きたと思ってた

436例の899:2003/11/11(火) 01:54
>>434-435
まぁそれでも平気で一週間くらいブッチするんだけどね
チョト反省

437例の899:2003/11/11(火) 01:54
関係の無い話題が長々と続いているが、俺の心は乱れることはなく、逆に鋭く研ぎ澄まさ
れていた。
グレイグは、饒舌過ぎる。
そこに焦りなどは感じられないが、俺には『腹の中まで見せているぞ』『俺はお前達の味
方だぞ』というジェスチャーのように見えた。
掃除屋になってまだ日が浅いトレインは、会話による駆け引きを心得ていない。部屋に漂
っている張り詰めた空気を嫌い、雑談でガスを抜いて緩めようとしただけなのだろう。
この思わぬ収穫に、とてもじゃないが食えそうもないグレイグがこれから見せようとする
“面白い物”というのがどれだけ信用できる物なのか、厳しい目で判断しなければならな
いと改めて心構えた。
「それじゃあ、そろそろ見てもらおうか。きっと気に入って貰えると思うゼ」
そう言ってグレイグは、書類を俺の方に押しやった。
書類は六枚ほどの束である。チラッと見ただけでは、なにやら表の中に数字が書いてある
ことしか分からなかった。
俺はゆっくりとした動作で手元に引き寄せ、書類の内容に目を通していった。

――― 3/25  500,0000           6588,4550  D
――― 4/ 6            20,0000  6568,4550  T

五列に分割された表には、一列目に日付らしきものが記され、二列目と三列目、四列目に
数万から数千万桁の数字が、最後にアルファベットの一文字が入っていた。
見終わった一枚目をトレインに渡し、二枚目に移るとそこにも同じような表があった。日
付だけが少しずつ進んでいる。三枚目をめくってみたが、やはり同じだった。
「出納帳……か」
俺は呟いた。
「市長の?」
「しかも裏帳簿だ」
トレインの疑問に、グレイグが答えた。
俺は顔を上げてグレイグを見た。
本物ならば確かに面白い代物である。しかし、そんな物を手に入れられるハズもなく、ま
たそれらしく見えるような物など誰にでも簡単に作成できるのだ。
俺の眉根は自然と皺を作っていた。
そんな俺の視線を受けて、グレイグは『本物だ』といわんばかりに大きく頷いてみせた。
「どうやって手に入れたか、説明くらいはしてくれるんだろうな」
俺の頭の中には、トレインが見たという二人組のことが浮かんでいた。一人は女で、もう
一人はこの店の従業員だったと、あの時トレインは言っていた。
グレイグは懐から煙草を取り出し、火を点けた。
「泥棒請負人って……知ってるか?」

438例の899:2003/11/11(火) 01:58
数字の4桁コンマとか、結構芸が細かいと自分で自分を誉めてみる
人名が○○・○○じゃなくて○○=○○だとか、
小文字のぇは必ずカタカナのェと表記するとか…

原作(←なんて言いたかねぇよ( ゚д゚)、ペッ)に忠実でしょ

439例の899:2003/11/22(土) 01:59
「泥棒請負、あの産業スパイか」
泥棒請負人とは、金銭をもって依頼人の望む品を“泥棒”して引き渡すことを生業として
いる連中である。その多くは、ライバル企業の開発した試作段階の製品や、巨額を産み出
す可能性のある企画書などを盗み出す、一昔前の産業スパイと同様の者達であるが、ごく
稀に、コレクターが秘蔵する美術品などを“泥棒”する呼び名通りの働きをする者もいる。
昨年、某国の依頼を受けた泥棒請負人が、この国の研究機関から軍事機密を盗み出した事
件を、俺は思い出していた。結局、ソイツは国境を超えることなく射殺されたが、機密に
対する好奇心とセンセーショナルな報道によって、泥棒請負人の名は世間の耳目を大いに
集めることになってしまった。
「いや、俺が言っているのは、本当の意味での泥棒請負人だ。この道でも数少ない、本物
のヤツさ」
グレイグは頭を振って答えた。
「ソイツに盗ませたって言うのか?」
俺はもう一度、市長の裏帳簿だといわれる書類に目を落とした。
「ああ。前にアンタ達がこの店に来た時、ちょうど客を待たせていてね、その客がそうさ。
だから、アンタ達の話しを聞いた時に、すぐにソイツのことが頭に浮かんだ。俺はソイツ
に盗みの技術を教えたヤツと古くからの知り合いでな、一つだけ貸しがあったんだよ」
グレイグがそこまで言った時、俺は横からの視線に気づいた。顔を向けると、トレインが
目線で俺に確認を求めていた。
俺は軽く肩をすくめて、小さく頭を振った。トレインが見た二人組のことを、今、持ち出
すべきではないと、俺は判断したのだ。
グレイグはかまわずに続ける。
「まぁ、本来なら手掛ける前に警備の配置や逃走経路なんかの調査で一・二週間はかかる
のをたった二日で、しかもあるかどうかさえ分からない市長の不正の証拠を手に入れてく
れなんていう無茶な依頼を、よくもこなしてくれたよ。あの若さでよくやるモンだ」
耳の端にグレイグの言葉を引っ掛けながら、俺は書類のページを繰っていった。そして、
最後の六枚目にさしかかった時、俺の目はある一点に釘付けになった。
一列目の日付はちょうど八日前、二列目に五千万イェン、五列目にTの文字が記入されて
いた。思うに、二列目が収入、三列目が支出、四列目が繰り越し金、五列目が収入に記入
があれば振り込んだ者、支出に記入があれば支払った者のイニシャルだろう。つまり、ヤ
クの運び屋が州境の検問を突破した次の日、市長はTという者から五千万イェン受け取っ
たということだ。Tが何者かは今更言うまでもない。タラダリ・ファミリーだ。
その記述自体、別に目を釘付けにする力など無い。グレイグが偽の裏帳簿を用意したとし
ても、事情を知っているのだからそのくらいの捏造はできる。
俺の目を惹き付けたのは、下の二行だ。
その次の日―――運び屋の一人目が射殺された日だ―――に、市長はMという人物に五百
万イェン支払っている。さらにその次の日、Bという人物に二百万イェン。
「これ、見てみろ」
俺はトレインに六枚目のページを渡した。グレイグの言葉は既に耳に届いていない。
受け取ったトレインは上から順に目を落としていった。その目を俺と同じように一点で止
めて、呟く。
「二百万、B……」
日付と金額からみて、Bというのはジョー=ベイブの名を示していると考えて間違いない
だろう。
グレイグは、ジョーが市長に絡めとられていることを知らないハズだ。もし知っていたと
しても、今度はその事実を俺が掴んでいることを知らない。
グレイグには、そんな記述を入れる意味など無い。この裏帳簿が偽物だった場合、ジョー
への金の流れを俺が知っていなければ、その記述は書類を本物だと思わせる役には立たな
いからだ。
偶然、という可能性を考え、俺の口元から自然と苦笑が漏れる。
「こりゃあ、間違いないかもな」
六枚目を俺に返しながらトレインは言った。同意見らしい。
「ああ。だが、そうすると、一つ前のミスターかミスMが鍵になるかもしれん」
「ミセスMかもしんねェゼ?」
俺は鼻で笑って前に向き直った。
「気に入ってもらえたようだな」
グレイグは、まるで挑戦するような目つきで俺を見据え、言った。

440例の899:2003/12/01(月) 03:10
「内容には、な」
俺は書類をテーブルの中央に置いた。
「内容だけか」
「そうだ」
違法行為によって得られた物は、裁判において証拠とは認められない。それを“証拠能力
が無い”という。まさしく、この裏帳簿に“証拠能力”は無い。
そんな物を突き付けて市長に逮捕を迫っても、逆にこちらが不法侵入及び窃盗罪で捕まっ
てしまうのがオチだ。
「だが、行動を決定付けることはできる。そうだろ?」
口調は親しげだが、グレイグは相変わらず挑むような視線である。
しかし、その言葉には同感だった。この書類によって俺は市長とジョーの繋がりを確信し
たし、使い方さえ間違わなければ書類の存在を巧く活かせることができるかもしれない。
「確かにな。他にも使い方は、あるかもしれん」
俺が答えると、グレイグは静かに立ち上がり、奥のデスクへ向かった。
再びソファに戻ってきた時、その手には一枚のフロッピーディスクがあった。
「裏帳簿は執務室のPCに保存されていたらしい。書類はこっちでプリントアウトした物
で、コイツがそのコピーデータだ。中には他にも銀行名と口座名義、口座番号が記録され
ている。さすがに暗証番号までは書かれちゃいないが、アンタ達が使ってくれ」
そう言って、グレイグはフロッピーディスクを無造作に書類の上へ放り投げた。
俺は、フロッピーディスクを見やりながら、尋ねた。
「盗みに入られたことを市長側は気付いていると思うか?」
「本人が言うには、足跡は残しちゃいないがPCを弄った形跡は見つけられるかもしれな
いそうだ。元々が無茶な依頼だったんで完璧というわけにはいかないが、上出来も上出来、
こっちとしちゃ大満足だ。女だてらに、よくやってくれたモンだよ」
グレイグは、その泥棒請負人が女だと言った。やはり、トレインの見た二人組の女の方が
それだったのだ。しかし、今の俺には、そんなものはどうでもいいことだった。
「バレるかも知れないからといって、勘違いしてくれるなよ。アンタ達を嵌めようなんざ
気は持っちゃいねェ。そんなことしたって、こっちは一イェンの得にもなりゃしないんだ
からな。俺の望みは、アンタ達が本来の仕事をキチンとこなしてくれて、ダラタリがこの
街に手を出すのを阻止することだ」
グレイグはそう言うと、口の端に笑みを浮かべた。
「ああ、覚えておくよ」
と答えて、俺はそのフロッピーディスクを手に取った。それを合図のように、トレインが
立ち上がる。俺もそれに続いた。
「一つ、訊いていいか?」
トレインがドアノブに手をかけた時、グレイグが声を掛けてきた。
「そのディスク、どう使うつもりだい?」
俺は少しだけ振り返り、また前に戻してから答えた。
「そうだな、あぶり出しでもしてみようか」
「あぶり出しねェ。うん、そりゃあイイかもしれねェな」
大仰に驚いくグレイグの言葉を背に、俺達は部屋を出た。
 店の前で、俺は煙草を取り出した。最後の一本だった。
「スマン。ちょっと煙草を買ってくる。お前は先に車へ戻っていてくれ」
トレインに車の鍵を投げ渡し、俺は煙草の自販機へ向かった。
自販機でいつもの銘柄を選択し、落ちてきた煙草を取り出そうと屈んだ時、後ろから俺を
呼ぶ声がした。
「スヴェンさん?」
そのままの姿勢で声の方向を見ると、そこには制服姿のリックが立っていた。
「こんな所でなにを?」
横に寄って来たリックが尋ねる。
「煙草を切らしちまってな」
答えた俺は、煙草を取り出して立ち上がった。
リックは不満そうに小さく唸った。
俺は小さく溜息を吐いた。
「そっちはここでなにをやってるんだ?」
「それは―――」
リックは言いよどんだ後、息を飲んだ。俺の言いたいことに思い当たったらしい。
掃除屋と警察は商売敵だ。同じヤマを追っているのならなおさらである。協力の申し出を
断っている以上、捜査の内情を話すわけにはいかない。お互いに。
「そうですよね。言えるわけ、ありませんよね」
苦笑まじりに、リックは言った。その目には、俺をいらつかせる強い光が宿っている。
ふと、これから俺が行う“あぶり出し”に、リックも協力させようかという考えが沸き起
こった。それと同時に、スーザンの言葉を思い出した。
『もし、この先、彼が捜査で危険な目にあうようなことがあれば、お願いだから助けてあ
げてね』
しかし、俺は心の奥底から聞こえてくるその声に耳を閉ざしてしまった。
「人を待たせているんだ。じゃあな」
そう言い残し、リックに背を向けた。
後日、俺はそのことを後悔することになる。

441例の899:2003/12/17(水) 03:02
 街中で最も寂れていると思われる裏通りに面しているブルーサンズ周辺では、夜中にな
ると人の姿が早々に途絶えてしまう。
そんな変化に乏しい夜の街並みを、俺は車の中から眺めていた。
 市長の裏帳簿をグレイグより譲り受けてから、二日が経過している。手に入れたその日
のうちにいくつかの行動を起こし、夜はこうして車中で過ごすことにしたのだ。
車は、ブルーサンズの反対側、三軒離れたビルの駐車スペースへ、頭から突っ込む形で停
めてある。そこは、一定の間隔で立ち並ぶ街灯が落とす灯りと灯りのちょうど死角になる
位置で、隣りにはもう一台、誰のだか知らない別の車が停められていた。
俺のすることといえば、シートを倒して仰向けに寝転がり、エンジン音がこちらに向かっ
てくるのを聞きつけると、その車の様子をルームミラーを眺めるだけだ。ルームミラーの
角度は、ブルーサンズの玄関付近が見えるように調整してある。
俺は待っていた。昨日の夜も、こうして待っていた。今日来なければ、明日も待つ。
 首を傾げてチラと覗いた車のデジタル時計は、午前三時十五分を数えていた。
ここ二時間以上、車も人も全く通らなかった。夜もここまで更けてしまうと、他に音をた
てる存在が無いせいか、半分だけ開けてあるドアウィンドウから、波の音が奇妙なほどに
近く聞こえる。
俺は苦痛を感じ始めていた。
昼間のうちに数時間の仮眠をとっておいたとはいえ、退屈もここまでくると流石に生あく
びが絶えない。そんな鈍ろうとする瞼と頭の中を覚醒させておくため、俺は努めて意識を
保たなくてはならなかった。そのため、煙草の消費数が増えるのだが、体は喫煙によって
反応しても、使わない頭の中は無意識に余計な思考を開始しようとする。その中身は、決
まってジョーのことだった。
市長の裏帳簿により、俺の中で、ジョーが買収に応じたという疑いが強まってしまった。
そんなジョーの姿など、以前の俺には想像もつかなかった。
だが、一度点いた疑惑の火は勢いを増し、今の俺は、この事件を追ったことを、この街へ
来たことを後悔するばかりであった。
頭の中がそういった思考を始めると、俺は、まるで腹の奥底を見えない万力で締め上げら
れるような激痛にも似た不快感を味わう。そして、頭を振ってその思考を追い払うのだ。
この一連の出来事を、俺は昨晩の同じような時間帯でも経験していた。もし、明日も待た
なければならないのだとしたら、役割をトレインと交替しようかなどと考えつつ、半開き
のドアウィンドウへ紫煙を吐き出した。
苦痛は過ぎ去り、再び退屈がやってきた。
 車のエンジン音が聞こえてきた。音の動きからみて、本道からこちらの裏通りへと曲が
ってきたようだ。
車内のデジタル表示が、今を午前四時四十分過ぎと教えている。最も可能性のある時間帯
だ。

442例の899:2003/12/17(水) 03:02
俺は手動でドアウィンドウを閉め、シートを起こした。身を低くして、ルームミラーの中
を注視する。
ブルーサンズ正面の通りに、二つ並んだ光が進入してきた。その光は、ゆっくりとした速
度でこちらへ向かってくる。そして、ブルーサンズより20mほど手前にさしかかった辺
りで、光が消えた。
それでも、ルームミラーの中でぼんやりと写る車は、まだこちらに近付いてきていた。
俺は耳を澄ましてみた。車のエンジン音は聞こえない。
つまり、走行中にギアをニュートラルに入れ、ライトを消してエンジンを切ったのだ。
間違いない。俺は確信して、助手席に置いてあった携帯電話を手に取った。
コール音二回で相手は出た。
「お客さんが来た。後は手筈通りだ」
「ああ。横向きの銃の位置さえ分かれば、一発で仕留めてみせるゼ」
電話の向こうで、トレインは声を少しだけ高揚させていた。ヤツも待ち焦がれていたのだ。
通話の切れた携帯電話を助手席のシートの上へ放り投げ、慎重に辺りの様子を覗き見る。
エンジンの切れた車は、惰性だけを頼りに進行を続けていた。ブルーサンズを通り過ぎ、
少し離れた場所で路肩に寄せ、ブレーキランプを点灯させた。こちらと同じように、街灯
の死角になる位置だ。
しばらく、車には動きが無かった。一分ほど経ってから、運転席のドアが開いて人が降り
立った。暗がりの中で、男なのか女なのか、相手の背格好もおぼろげにしか分からない。
ソイツは辺りをうかがう素振りも見せず、堂々とした足取りでブルーサンズの方角へ向か
っていた。それでも、恐らく意識的に街灯の灯りを避けて通っているので、顔の確認はで
きずじまいだったが、俺の乗った車の後方を通り過ぎた時に、スーツ姿の男であることが
見て取れた。
男は、ブルーサンズの横手の狭い通路に入った。そこには、正面玄関と同じタイプのチャ
チな鍵が一つだけ付いている裏口がある。鍵は、細いナイフか針金でも一本あれば、腕に
覚えの無い素人でも五分とかからずに解くことができると思われる。玄人ならば、一分以
内で仕事を終えられるだろう。
俺は車内でゴム底の靴に履き替えた。そして、男が横道へ消えてから三十秒程ほど待ち、
車を降りて男とは逆側の横道へと向かった。
俺には、大きな期待と少しの恐怖があった。
 グレイグとの二度目の会見を終えた直後に、俺はアネットへ連絡を取っていた。彼女に
状況を説明し、協力を求めるためであった。
情報屋であるアネットの仕事は、情報を収集し、分析し、それを必要とする人物に売りつ
けることである。だが、その立場を利用し、新たな情報を作り出すこともできるのだ。
俺は、アネットに『今、メイスペリー市にいる掃除屋が、市長の裏帳簿のコピーを握って
いる』という情報を、ダラタリに繋がっている情報屋筋に流してくれるよう頼んだ。
アネットの情報を扱う腕には全幅の信頼がおける。決して、情報の発信源を特定されるよ
うなヘマは犯さない。
果たして、あぶり出しは成功した。
ダラタリにとって、死者を二人も出している事件と市長が直接的な関わり持っているとい
う疑惑の種は、たとえ噂程度だとしても無視することはできないのだ。
そのために送られたのが、今の男である。俺達が待っていたものもそれだ。
男は夜明けの近い今の時刻にやってきた。
午前五時前後に人間の脳の活動は最も低下する。襲撃をかけるにはベストの時間帯だ。
道理を知らない素人は、午前二時頃に作戦も内部地図も持たないまま敵地へ突入したりす
るが、裏の世界の人間にとってそれは常識であった。
つまり、この時間に現れた男は、裏の住人かこの世界のことを知っている人間だというこ
とだ。そういう男を寄越したダラタリ、もしくは市長の意図は明らかである。

443例の899:2003/12/17(水) 03:05
>午前五時前後に人間の脳の活動は最も低下する。襲撃をかけるにはベストの時間帯だ。
>道理を知らない素人は、午前二時頃に作戦も内部地図も持たないまま敵地へ突入したりす
>るが、裏の世界の人間にとってそれは常識であった。

このネタを書きたいがために、本編で島へ突入した回の時に
本スレで突っ込まずにおいといた
ようやく本懐を遂げたw
あの時は、まさかここまで時間がかかるとは思ってもみなかった
おかげで完全にネタが風化している _| ̄|○

444名無しさん:2004/01/03(土) 22:59
899生きてる?

445例の899:2004/01/06(火) 01:19
生きてるよ

446例の899:2004/01/17(土) 02:38
 狭い路地を歩き、一階のある部屋の窓に手をかけた。二日前から、この部屋のドアも窓
も鍵を外してあるのだ。
部屋の中へ移動した俺は、息を殺して扉の覗き窓に目をやった。
夏の五時ごろといえば、すでに東の空から漏れた日の光が辺りを照らし出しているころだ
が、隙間無く両側に建物があり、採光窓などの洒落たものなど設置されていないこのホテ
ルの中は、まだまだ暗い。男の姿を認めることは不可能だった。
諦めて、俺は目の替わりに耳を押し付けた。上へ昇る足音がかすかに聞き取れた。
(下手糞な歩き方だ)
俺は鼻で笑い、扉から耳を離した。
 男の行動に迷いは無い。ホテルの位置も部屋の番号も全て調べ上げて頭の中に入ってい
るのだろう。
男が現れるまで、俺達には相手がどんな手を使ってくるのか分からなかった。ヤツらの目
的は、俺達の抹殺の他に、裏帳簿のコピーを見つけ出し、それを消去することである。だ
から、遠距離からの狙撃やすれ違いざまの襲撃は無いと俺達は考えていた。裏帳簿の消去
が困難になるし、外出時に殺されたヤツの部屋が荒らされていれば、警察に“奪いたかっ
た物”の存在を匂わせることになるからだ。また、ホテルへの放火も成否が不透明である
ことから除外できる。
俺達が最も懸念していたのは、相手が部屋の階下に爆弾を仕掛け、裏帳簿ごと灰にする方
法を取った場合だった。辺りに人が少なく侵入し易いこのホテルで、それを防ぐのは簡単
なことではない。本来なら、部品を入手する時間とある程度の技術を必要とするが、相手
が警察関係の人間だとすれば、可能性は低いがあり得ないことではないと思われる。爆破
を選んだ場合、仕掛けられるのは俺達が泊まっている206号室の真下である106号室
ということになる。俺の今いる部屋がそうだ。
しかし、男は二階へとあがっていった。この襲撃に爆破は使われないということだ。
 俺は、予め部屋の中に用意しておいたマグライトをベルトの内側に差し込んだ。俺が普
段から使っているマグライトは、より強い光源を出すために電球を付け替えてある。電池
の消耗は激しいが、市販のままと比べると二倍近い光を射出することができる。
慎重に扉を開き、階段を覗いた。男は既にそこにはいなかった。
扉を摺り抜け、階段の真下へと移動する。息を殺して耳を澄ますと、キリキリと金属の回
る音が微かに聞こえた。サイレンサーを装着する音だとあたりを付け、俺はそっと腰の銃
に手をやった。
そのままの姿勢でしばらく待った。男が、鍵を開けずに扉を蹴破って一気に部屋へ突入し
た場合に備え、すぐに階段を駆け上がって対応できるようにだ。
だが、扉の破れる音はせず、かわりに金属同士が触れ合う小さな音が断続的に聞こえてき
た。目を覚ました様子はないか、部屋の中の物音を確かめながら作業しているのだろう。
同タイプの鍵を破るのは二度目なためか、内部で道具のやり場に迷うような、不必要に引
っ掻き回す音は少ない。
三十秒ほど経つと、物音は一切聞こえなくなった。
大詰めが近い。
俺は、辺りの空気が肩や足腰に纏わり付き、重く圧し掛かってくるような錯覚に陥った。
手に持つマグライトまでが、急にその重量を増したような気がする。
だが、俺はその感覚を無理に振り払おうとはせず、階段を一段一段ゆっくりと昇った。
三階建てのブルーサンズには、一階につき全く同じ部屋が七つ用意されており、建物の中
央に中腹の踊り場で正反対に折れ曲がる階段が備え付けられてある。一階の階段を昇って
いくと、目の前に204号室の扉が現れ、左手が203号室、右手が205号室へと続い
ていく。
踊り場から一歩踏み出した時、右側から床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。男が部屋の中
へ侵入したのだ。
そのままの態勢でいると、続いて空気が抜けるような短い音が四回鳴った。

447例の899:2004/01/22(木) 02:32
階段の残りを一気にかけ上がり、右に折れた。206号室の扉が開いている。
マグライトを逆手に持って左肩で担ぐように構え、右手でヒップホルスターからコンバッ
トマグナムを引き抜いた。
鼓動は最高潮に達し、心臓が耳元で脈打っているかのようだ。
男は既に俺の足音に気付き、銃口を戸口へ向けていることだろう。敵の攻撃が届く範囲に
生身を晒すのは、恐怖以外の何物でもない。
ホンの数メートルしかないはずの廊下が、なぜか長く感じる。
萎えそうになる足を前へ押し出し、戸口の前に出る瞬間、屈み込んだ。同時にマグライト
を点灯させ、銃を構える。
「動くな!」
暗闇に慣れた目に突然強烈な光を浴びせられた男は、左手で目の前を覆いつつ顔を背けた。
マグライトの光に向かって、男の銃口が下げられる。
それでも俺は引き金をしぼることなく、身を反転させて扉から離れた。
廊下の壁に火花が舞った。
(今だ!)
そう思った瞬間、轟音が鼓膜を震わせた。思わず身を竦めさせてしまいそうな、腹の底に
まで響く音だった。
部屋の中へ飛び込み、銃を構えたままマグライトで確認すると、右手首を押さえて床にう
ずくまる男の姿が照らし出された。
俺は短く息を吐き出し、扉の横にあるスイッチを手探りでオンにした。少しのタイムラグ
があり、鈍い光が部屋の中に満ちる。
俺は床に落ちているオートマチックを、男から離れるように蹴りやった。男の襟首を掴み、
引き立たせて壁際に貼り付けた。
「ま、待ってくれ。俺は警察―――」
従いながらも、男は切羽詰った声で弁解しようとした。俺の答えは、延髄に銃口を押し付
けることだった。
若い男だった。見た目では、俺と同じか少し下くらいの年齢だろう。その顔には少しだけ
見覚えがあった。手首が赤く腫れている。骨に異常はないだろうが、酷い捻挫を起こして
いるようだった。
男を立たせている壁板には、こぶし大の割れ穴が開いていた。先ほどの轟音により作られ
た穴だった。
俺達は、なにも賞金首を無傷で捕らえようなどと思ってはいない。相手も武装している以
上、余計な手心はこちらの寿命を縮めることになる。
しかし、今回に限っては、相手をなるべく無傷で捕らえたいと思っていた。聞きたいこと
があるからだ。抵抗されて、相手に大怪我でも負わせたら、とても会話を交わすことなど
できはしない。
また、相手を押さえるタイミングも重要だった。ホテル内へ入っただけでは捕まえられな
い。不法侵入にあたるのだが、相手が警察官であった場合、いくらでも言い逃れることが
できるのだ。そのため、相手に一度発砲させておく必要があった。それも、決して言い逃
れのできない発砲である。ベッドの上に丸めたシーツを人が寝ているような形に置いて、
それを撃たせるというような。
その前提で迎え撃つ作戦を考え、隣の207号室にトレインを待たせておき、壁越しに相
手の銃を弾き飛ばすことにしたのだ。
銃だけを撃ち落して無傷で済ませるためには、トレインから見て相手が横向きで銃を構え
る状況が必要だった。そのため、囮として俺が戸口に身を晒し、男に撃たせた。その時、
男の体は隣の壁と平行になり、発射音が姿を見ることの出来ないトレインに銃の位置を教
えてくれたというわけだ。
言葉にすればそれだけのことである。ただ、普段は抜けたところの多いトレインが見せる、
一瞬の集中力が産み出す神業とでもいうべき射撃技術には、素直に驚嘆せざるを得ない。

448例の899:2004/01/22(木) 02:33
ご都合主義全開だな、まったく
書いていて辛い

449例の899:2004/02/01(日) 23:30
またぞろリアルで大変忙しくなってきました
次回がいつになるのやら、全く分からない状況です
一応、完結まではなんとかやり遂げたいと思っていますので、
可哀想だから最後まで付き合ってやるという奇特な方、
「ああ、そういえばそんなヤシいたな」
と記憶の片隅にでも放り込んでおいて頂けたら幸いです。

450名無しさん:2004/02/03(火) 16:55
うむ

451例の899:2004/03/13(土) 02:10
俺は男を壁に押し付けたまま、左右の踵を蹴って足幅を大きくとらせた。上着の内ポケッ
トから身分証を取り出し、男の眼前に突き付ける。
「掃除屋権限により、お前を殺人未遂で現行犯逮捕する。お前には黙秘する権利がある。
しかし、警察への引渡しが完了するまで、お前に弁護士を呼ぶ権利は無い」
警告を終えたところへ、トレインがやって来た。得意満面の笑みを浮かべ、装飾銃を回し
てみせた。
「どうだい?一発で仕留めたろ」
早速、自慢だ。
「はいはい。凄腕ガンマンさんは、そこらに転がってる銃を確保しておいてくれ」
トレインは肩をすくめて床に屈み、俺は男の身体検査を開始した。
男は無言だった。
ダークグレイの地味なスーツを着て、濃い色の金髪が襟元にまで届くほど伸びていた。身
長は俺より少し高い。見たところ、俺と同じか一、二歳上といったところだろう。その横
顔は屈辱に歪み、薄いブラウンの目は憎悪で濁っていた。驚いたことに、真夏の早朝だと
いうのにシャツのボタンを首の付け根までキッチリと留め、モスグリーンのネクタイを締
めていた。
男の体をまさぐっていた俺の手が、懐の盛り上がりに触れた。ショルダーホルスターに吊
られたオートマチックだった。
よりキツク銃口を押し付け、慎重にその銃を抜き取ってトレインへ渡す。
背広の胸ポケットから手帳を、ヒップポケットから財布を見つけ、財布だけトレインに放
り投げた。
片手で手帳を開くと、そこには男の顔写真と名前、所属や住所などが記されていた。
「メイスペリー市警、殺人課、ジェイク・レイノルズ巡査長……ね」
俺は声を出して読み、男の顔に目を移した。
レイノルズの表情は未だ険しく、口をしっかりと引き結んでいた。
先ほどは、銃を弾き落とされたショックと手首の痛みで動揺し、思わず無駄な弁解を試み
てしまったが、今では、余計な口を開いて墓穴を掘るまいとしているようだ。その様子に、
俺は記憶がかすかに刺激されるのを感じていた。
 この男が市長の裏帳簿に記されていたM氏ではなかったことは、少なからず俺を落胆さ
せた。ジョーに二百万イェンが振り込まれる前日に五百万イェンを受け取っているM氏が
怪しいと睨んだ俺の考えが間違っていたのか、それとも、そのM氏がレイノルズ巡査長を
使って俺達を襲わせようとしたのか。
レイノルズの年齢からいって、後者の可能性が高い。恐らく、市長とレイノルズの間には、
もう一人の人間が連絡役として存在しているのだろう。その人物こそがM氏だと思われる。
だとすると、レイノルズがどの辺りまで事情を把握しているかが問題となる。通常、暗殺
や襲撃といった直接的な行動を選択した場合、余程深い共犯関係でもない限り、実行犯に
は背景を詳しく伝えないものである。万が一失敗した時、その口から情報が漏れて類の及
ぶ範囲を最小限に食い止めるためだ。彼はどこまで知っているのだろう?
レイノルズの目的は、俺達と裏帳簿を消し去ることだ。それには、税金の掛からない収入
や表のリストには載せられないダラタリ・ファミリーなどの献金者が名を連ねるという裏
帳簿の性格を知っている必要がある。だからこそ、市長と強い結びつきのある人物、M氏
が俺の前に現れるだろうと考えていた。しかし、実際に現れたレイノルズの身分を見て、
俺は別の可能性に気付いた。

452例の899:2004/03/13(土) 02:11
制服警官ではない殺人課の私服刑事であるレイノルズを寄越せるのは、彼より上の階級に
属する人物である。同じ課の人間かもしれない。首尾良く仕事を済ませたレイノルズが、
俺達の死体の第一発見者として通報し、彼にこの襲撃を命令(依頼?)した人物が事件を
担当するようになれば、被害者の所持品の一部を隠蔽することも容易く行える。つまり、
その人物は、レイノルズに深い部分まで教える必要が無いのだ。
俺は裏帳簿の使い方を間違ったのだろうか。だとしても、今更、過去に戻ることはできな
い。俺が今やらなければならないことは、レイノルズから出来るだけ多くの、そして有用
な情報を聞き出すことなのだ。
 俺は、掃除屋が現行犯逮捕した被疑者は直ぐに警察へ引渡しされなければならないとい
う手続的規則を無視し、レイノルズを壁に押し付けた態勢のまま質問を開始した。
「まさか、勤務時間外に副業でベッドメイクをしているわけじゃないだろう?」
「…………」
「俺はアンタに恨まれる覚えはないゼ」
「…………」
「誰に頼まれたんだい?」
「…………」
「もう察しはついているだろうが、コイツは俺達が仕組んだ罠だ。餌をちらつかせ、獲物
が掛かるのを待っていたんだ。だから、本当のことを言えば、俺達は襲われた理由を知っ
ているし、そこまでして俺達を消したがっているヤツのことも、もちろん知っている」
「…………」
レイノルズの視線は、一度として俺達に向けられなかった。
「スヴェン、コイツってあの時―――」
後ろからトレインが口を出したが、俺は左手を軽く挙げてそれを止めた。どうやら、トレ
インも思い出したらしいが、まだそれを使うには早いと考えたからだ。
トレインの台詞は、レイノルズの動揺をホンの少しだけ呼び起こすことに成功した。結果
的には良い援護射撃になったようだ。
揺さ振るには今だと思い、俺は短く息を吐いた。
「ジョー=ベイブを殺したのもお前か?」
濁った目が俺をとらえた。
「お前が持ってきたオートマチックは、ジョーとヤクの運び屋を殺ったのと同じじゃねェ
のか?」
と、俺はさらに畳みかけた。
レイノルズは口を開きかけ、直ぐにそれを閉じて顔を壁に向けた。

453名無しさん:2004/03/18(木) 21:34


454例の899:2004/04/18(日) 22:06
「少しくらいヘマをやらかしても、お前にその銃を渡したお仲間がうまく口裏を合わせて
くれる手はずになってたんだろう。このホテルに入るところを誰かに見られていても、そ
れが当然の行為だったと証言してくれたり、銃声が二発しか聞こえなかったことに目をつ
ぶってくれる上の人間がな。だが、お前は最悪の失敗をしてしまった。逆に捕まってしま
うという致命的な失敗だ。しかし、お前のお仲間はそれも見越してお前にその銃を渡した
んだ。そうすりゃ、警官殺しも、ヤクの売人殺しも全部お前が背負ってくれるからな。こ
うなっちまったからには、お前がどれだけ喚こうとも、どれだけ自分が嵌められたと訴え
ようとも、誰も信用しちゃくれないさ。殺人未遂を犯したばかりの下っ端刑事の言葉と、
役職にある刑事の言葉とどちらに説得力があるかなんて考えるまでもない」
レイノルズは右肩越しに聞こえる俺の言葉から逃れようとしたのか、左へ顔を背けた。無
意味な行為だ。壁についた両手が拳を作っている。それが微かに震えているのを、俺は見
逃さなかった。
レイノルズの仲間が役職にあるような上の人間だという推察は、まるで根拠の無い思いつ
きのようなものであったが、彼の態度がその考えを強力に肯定してくれた。
毎日のように様々な犯罪者と顔を突き合わせ、欺瞞に溢れた日常を過ごしている現役のタ
フな刑事であっても、肉体的にも精神的にも予期せぬ衝撃を与えられたら冷静ではいられ
なくなるということだ。
「お前は生贄にされたんだよ」
それが止めの言葉だった。
「違う!」
彼は様々な感情が混ざり合った悲鳴のような声をあげた。
「なにも違わないさ。お前は、その銃が使われた事件がどう処理されたのか知っているハ
ズだ。その現場で、俺はお前を一度見かけている。ホテル・サンダルマンで、運び屋の死
体が発見された時にな」
ホテルの階段を下りてきた三人の刑事のうち、うつむきながら後ろを歩いていた男の一人
がレイノルズだった。俺達に捕まり口を閉ざそうとしていた表情と、あの時、記者達の質
問から逃れようとしていた表情が重なり、俺にそのことを思い出させたのだ。
俺は努めて冷静な口調で続けた。
「あの事件はIBIが取り扱うことになり、お前達市警は捜査の規模を縮小させられた。
内通者のいないヤツらがでしゃばってきたおかげで、自分達で事件を処理することも、人
目につくとヤバイ証拠を消すことも、捜査の混乱を図ることも難しくなってしまった。今
度の場合も一緒だ。IBIはトコトン追い詰めるぜ。お前がゲロって自分達のケツにまで
火が点く前に、全てをお前におっ被せるってのは、そう悪い手じゃねェ」
俺はレイノルズの体を銃口だけで押さえ付け、空いた左手をトレインの方へ出した。その
掌にオートマチックの銃身が置かれる。それを握り締め、レイノルズの眼前へ突き付けた。
彼は、まるで初めてその銃の存在を知ったかのような驚きの表情でオートマチックを見つ
めた。
「分かるか?お前がこの銃を持っている以上、誰もお前を助けちゃくれない。IBIは喜
んでお前を絞り上げるだろうし、お仲間は笑って突き落とそうとする。このままじゃお前
は終わりだ」
「う、嘘だ!違う!」
レイノルズの眼球は忙しなく動き回っている。混乱状態にある人間が見せる典型的な反応
だ。追い詰めるのはもう充分に思えた。後はきっかけさえ与えれば、決壊した防波堤のよ
うに喋りだすだろう。
俺は、半ば狂乱しかけているレイノルズの意識をこちらに向けさせるために、銃杷で彼の
脇腹を強く打った。そして、混乱した頭でも理解できるように、一語一語をゆっくりと発
音しながら語りかけた。
「いいか、よく聞け。仲間に陥れられ、IBIに全ての事件の主犯として逮捕されるお前
が助かる道は一つだ。全てを明らかにすることだ。今、ここで!」
血走った目が俺を捉えた。口は酸欠寸前の魚のように、開いたり閉じたりしている。

455例の899:2004/04/18(日) 22:18
妄想妄言的独り言

チョト時期が過ぎちゃったけど、自分なりのファーストコンタクトネタを考えてたりしていた。
なんか、こうもだらだらと長い間続けてるためか、それなりにスヴェンに愛着を持ってたりするもんで。
それは本編のスヴェンに対するものじゃなく、思い上がった素人の馬鹿丸出し発言で言うところの
自分版スヴェン(wに対する愛着なのですが。
まぁそれでも一応、マロの次に好きなキャラと言えなくもないわけで、
だからこそあの出会い編は堪えた…

456例の899:2004/04/25(日) 02:34
「そんなことをしたって、どうにもならん……」
レイノルズは、喉の奥から無理に搾り出したような声で言った。
「俺達は、お前がホンボシじゃないことを知っている。他に黒幕がいることを知っている。
お前が嵌められたってことを証明できるのは、もう俺達しかいないんだ」
その時、遠くの方から弱々しいサイレンが聞こえてきた。音はゆっくりと力を増していく。
レイノルズは息を呑んで窓へ顔を向けた。彼にとっては、毎日のように耳元で聞き慣れて
いるハズの音だった。
先ほどトレインの放った銃声を聞いた誰かが通報したのだろう。
俺は、レイノルズの耳元で囁くように言う。
「タイム・アップが近いゼ。これからここに来るのはお前の仲間でもなんでもねェ。お前
はもう、ヤツらと同じデカとして扱っちゃもらえねェんだ。マフィアに抱き込まれ、運び
屋一人と仲間の警官を一人撃ち殺し、よりにもよって掃除屋にとっ捕まった糞野郎として
小突き回されるのさ。それをムショまで背負っていくか、反撃するか。二つに一つだ。決
断しろ、今すぐ!」
サイレンは、すぐそこまで近付いていた。

 到着した警官達と過ごす間、俺達は酷く嫌な気分を味わい続けていた。応援の巡回車や
夜勤の刑事達がやって来てからも、それは変わらなかった。犯罪の現場に掃除屋が先にい
ていい顔をする警官はいないが、今回の現場はそれ以上に彼らにとって気に入らないもの
だったからだ。
警官達は、夜明け前に掃除屋の泊まっているホテルの部屋で壁に押し付けられているレイ
ノルズを見て顔色を変えた。その内の一人が、俺達の掃除屋許可証に特殊ライトを当てて、
本物であることを確認すると、
「今日は最悪の一日だ」
と呟いた。
遅れてやって来た刑事達は、うなだれている同僚に矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
指紋の付いた拳銃、ホテル近くに停めてある車、錠前破りに使った道具など、状況証拠が
山のように揃っているのを理解しているのためか、レイノルズは刑事達にただ一言、
「弁護士に連絡してくれ」
と言ったきり、後は沈黙を守っていた。
そのために、刑事達の矛先は、自然と俺の方へ向くことになった。
彼らの質問に、俺は裏帳簿の存在だけを隠し、残りを全て正直に答えた。
やがて、この時間にしてはやけに目をパッチリ開いた鑑識係りが三人ばかりやって来て、
詳しい現場検証を始めた。
俺はまた同じような質問を浴び、身振りを交えて同じように答えた。
その間中ずっと、彼らは俺に対して、愛情も感謝も生まれてこのかた表現したことのない
人間のような態度で接し続けていた。
ようやく一段落着き、俺はぐったりしてホテルから出た。空はすでに明るくなりかけてお
り、ビルの隙間から陽光が差し込んでいる。埃がキラキラと反射して目に痛い。
入り口に立ち番の警官が二人いたが、野次馬は数人しかいなかった。好奇も寝起きのとこ
ろにはあまり役に立たないらしく、皆どんよりとした視線を俺に送っている。寄って来る
者もいない。リゾート地では、新聞記者もよく眠らせてもらえるらしい。
俺はゆっくりと歩いて彼らから離れ、自分の車を停めてある場所へ向かった。そこでは、
どうやったのかは知らないが、現場検証の最中にこっそりと抜け出したトレインがミルク
を美味そうに飲んでいた。ボンネットの上に、コンビニのレジ袋が置いてある。
トレインは俺がやって来るのを見て取ると、袋の中から缶ビールを一本取り出し、
「ほらよ」
と俺の方へ投げて寄こした。
俺は受け取った缶ビールを開けることもせず、ジッとそれを見つめていた。
「まぁ、一件落着とまではいかなかったけどさ、それでも一仕事終えたんだ。殺人未遂犯
を逮捕。これくらいの贅沢は許されるんじゃねェの?」
とぼけた調子でトレインが言った。
俺は、
「そうだな」
と答え、プルトップを引き開けてビールに一口つけた。
俺達にはこれで充分だった。
レイルノズがなにも決断しなかったことを除けば。

457例の899:2004/06/23(水) 01:28
 俺達はホテルから警察署へと移動し、面倒な調書取りに付き合わされた。
担当の刑事達は、相応の悪意を込めた質問を繰り返し、俺はうんざりしながらもそれに従
った。
質問役の刑事は一通り訊き終わると別の刑事と交代して休憩を取っていたが、俺に休憩が
与えられることはなかった。顔が変わるだけで、また同じ質問を最初から始めるのだ。
彼らは皿の底に残った溶け残りのオニオンをすくうような執念で、俺の返答の細かい点を
突いてくる。そうやって、供述に綻びが出てくるのを待っているのだ。
まるで、こちらが被疑者であるような扱われ方だったが、それは掃除屋なら誰でも経験し
ていることだ。特に、今回は事情が事情なだけに、彼らがなんとか俺達の化けの皮を剥が
そうと躍起になる気持ちも分からなくもない。
俺は、答えるべき質問には正直に答え、後は使われたオートマチックの前科を調べろとだ
け付け加えていた。
 何時間経ったのか、今のおおよその時刻も分からないくらい頭をぼんやりとさせて、こ
れも何度目なのか分からない交代時の僅かな合間に、俺は十何本目かの煙草を吸っていた。
こうしている間に大統領が二人くらい変わってしまったと教えられても、そう驚きはしな
いだろう。
顔中に脂がのっていて、髪の生え際と髭の辺りが酷く痒い。それでも、冷房はささやかに
仕事をしてくれていたので、俺は人権の尊さを説いた人物に感謝していた。
 ドアが開かれ、また『始めまして』と挨拶しなければならない刑事が現れた。
190近い長身で、肩幅もそれに負けないくらい広い。腕にも首にも、実用的な筋肉がし
っかりと盛り上がっている。肌の色は赤みを帯びた白で、少々薄い銀髪を丁寧に後ろへ撫
で付け、太く毛先の長い眉毛も同じ銀色だった。大きな耳と垂れ下がった目尻が柔和そう
な印象を与え、疲れが溜まっているためか目の下に隈ができている。それでも、瞳の奥の
輝きが、俺をくつろいだ気分にさせてはくれなかった。
見た感じ、40代後半から50代といったところだろうか。途中で曲がった鼻が、厳しい
現場で長い間過ごしてきたことをうかがわせる。
頑丈そうな角張った顎には無精髭が生えていた。夜勤明けでそのままこの事件の担当にな
ったのかもしれない。その証拠に、白のワイシャツはついさっき着替えたばかりのように
皺一つ無かった。
男は俺の反対側に音を立てて腰を下ろし、俺の目の前に置いてあった灰皿を机の真ん中へ
移動させた。胸ポケットから取り出した煙草に火を点け、大きく吸い込んでから上へ向か
って吐き出した。そのまま、無言で頭上を漂う紫煙に顔を向けていた。
無意味な時間が過ぎていった。男は煙草を揉み消してからも、なにも喋らなかった。俺も
口を開かなかった。
俺の中で無言の圧力が薄らいだように感じ、新たな煙草に火を点けようとライターへ手を
伸ばした時、彼が初めてその声を聞かせてくれた。
「俺はスタン=キーリン警部補だ。どうだね、疲れたか?」
低いがよく通る声だった。そこには、微かな南部訛りが感じられた。
「一週間くらいはベッドから動きたくないね」
俺は正直に答えた。煙草に火を点ける。
「同感だ。俺もさっき三時間ばかり仮眠を取ったばかりだが、それまではずっと働き詰め
でね。こんな生活がここ二週間ばかり続いているよ。普段は静かなこの街も、毎年この時
期だけは忙しいモンなんだが、今年は特に酷い。酔っ払った観光客同士の喧嘩や、港の倉
庫荒らし、若造どもの乱暴な運転の取り締まり。まぁこれだけ人間が寄ってくりゃ、どう
したって歪みは出てくるモンだがな」
キーリンの目がゆっくりと俺の方へ降りてきた。俺は、土産屋の置物のような無表情で見
返した。
「それでも、今度のはイケねェ。警官殺しにヤクの運び屋殺しが続き、しかも仲間が殺ら
れたってのに上からの圧力で事件を取り上げられちまった。俺らの中でも、まだ諦めずに
極秘で捜査を続けている輩もいないでもないんだが、そんなやり方じゃホシを挙げること
なんて到底できやしないだろう。俺らの面子は丸潰れだよ。そして、止めが刑事の掃除屋
襲撃だ。これには参った。このままだと、俺達は看板を下ろさなきゃならなくなる。バッ
ジを振り回そうにも、周りがそれを認めちゃくれないだろう」
彼はそう言うと、力の無い溜め息を吐いた。心身ともに、限界まで疲れきった人間がする
溜め息だった。
俺はなにも言わなかった。かけるべき言葉が見つからなかったからだ。
お互い黙ったままで一分ほど過ごした。壁のスピーカーが、フルメール通りでホールドア
ップが発生したという緊急連絡をがなりだした。二十代から三十代とみられる黒人の男が
32口径を所持したまま逃走中であることを教えてくれた。いつもの癖で、四日分の食費
だと頭が勝手に判断した。

458例の899:2004/06/23(水) 01:29
部屋の中が一旦静かになると、キーリンは呟くように言った。
「そろそろ本当のことを話してはくれんか?」
「話せることは、ちゃんと全部話しているよ」
と、俺は答え、少しだけ身を持ち上げて座る位置を直した。長時間、座り続けているので、
尻が痛くなっているのだ。
彼は、首を横に振り、
「いいや。お前さんは一番大事なところを話しちゃいない」
と、責めるような口調で言った。
「偶然、その時間に外にいるとホテルに侵入しようとしているヤツを見つけた。偶然、一
階の窓が開いていたのでそこから入った。偶然、もう一人は泊まっている部屋の隣にいた。
侵入直後からその動きを捉えていたにも関わらず、取り押さえることも警告することもせ
ずにいると、侵入者は自分達の部屋へ入った。サイレンサーの音を聞いて飛び出すと二発
撃ってきたので、こちらも銃を使って応戦し、取り押さえた。そして、部屋には銃撃の痕
以外に争ったような形跡は無く、なのに通報は銃声を聞いた二軒隣の商店経営者の妻がし
ている。これだけ揃って、お前さん達がこの襲撃を前もって予想していたと考えないよう
なヤツは、あいにく全員出払っていて署内には残っていないんだよ」
言い終わると、彼は肩を軽くすくめてみせた。
「そんなに利口者が揃っているのなら、事件はすぐに解決するさ」
俺の皮肉に、彼は片眉を軽く吊り上げただけで、それ以上の反応は見せなかった。
「襲撃を予想していたのなら、その襲撃は今お前さん達が追っている事件に関係している
ことだろう。ここ暫くの間、この街にいる掃除屋が追っている事件といえば、ダラタリ・
ファミリーの運び屋の件だ。その運び屋は殺され、しかもこの街の警官殺しと同じ銃が使
われている。お前さんは今度の事件に使われた銃の鑑定を急げと言う。また、警官殺しの
事件で俺達市警に圧力をかけてきたのはIBIだ。そしてお前さんは―――」
「俺とIBIは、もうなんの関係も無い」
俺はキーリンの言葉を遮って言った。
彼は喉の奥で低く唸り、やがて静かに口を開いた。
「だが、その殺された警官とは昔からの知り合いだった」
俺はなにも言わなかった。一人、二人の掃除屋の経歴を洗うには充分な時間が経っていた。
ふと、トレインの経歴についてどのような解答が得られたのだろうという興味が、心の片
隅に湧いた。
キーリンは続けた。
「今度の一連の事件は一つの輪になっているようだ。警官殺し、ヤクの運び屋殺し、刑事
の掃除屋襲撃。その全てにお前さんが関わっている。俺達の中には、お前さんがダラタリ・
ファミリーに飼われている殺し屋じゃないかと疑っているヤツも多い。昔の知り合いを金
で抱き込もうとして断られ、顔の割れた運び屋を始末し、襲ってきた刑事を逆にハメる。
確かに、筋は通っている」
彼は一人で納得したような溜め息を吐いた。

459例の899:2004/06/23(水) 01:30
「レイノルズにそう供述しろと助言したヤツがいるのか?」
俺の問いに、彼はなにも答えてはくれなかった。ただ、じっとこちらの反応を窺っている
だけだった。俺も同様に、彼を観察していた。
また、沈黙が続く。知らない間に、指に挟んだ煙草がフィルターだけを残して長い灰を作
っていた。疲労で現実感を失いそうになる心をこの場に留める引っ掛かりとして、俺はそ
れを捨てずに挟み続けていた。
廊下を走り回る大勢の人間の靴の音が鳴り響いている。建物の外からは、車の発進する音、
入ってくる音がひっきりなしに聞こえていた。
やがて、注意していなければそれらの音に紛れてしまいそうなほど小さな声で、キーリン
は言った。
「アイツは完全に黙秘しているよ」
俺の肩に力が入り、煙草の灰が音もたてずに床へ落ちた。
キーリンは腕を組んで椅子の背もたれを鳴らした。それがどうした、とでも言いたげな態
度だった。
簡単に受け入れられるようなことじゃない。仲間が拳銃を放ち、それについての供述を拒
否しているのだ。罪を認めているも同然である。
しかし、彼はそんな感情を面に出さず、平然と構えていた。本物の刑事だった。
俺はフィルターだけになってしまった吸殻を灰皿に落とし、
「それで、レイノルズは黙秘している。俺も供述を変えない。だとしたら、一体俺はいつ
までここにいればいいんだ?」
と、訊いた。
キーリンは首を左右に曲げて骨を鳴らし、大きく伸びをした。
「さて、と」
呟くように言うと、彼は立ち上がってドアを目指した。
「おい」
俺の呼びかけに、彼はドアノブを掴んだところで動きを止めた。ゆっくりと、機械仕掛け
の人形のようにこちらを向く。
また、しばらくの間、お互いの目を見据えたまま時間が過ぎていった。
俺の目には、彼は困ったような、迷っているような表情に見えた。
キーリンはためらうように小さく息を吸い込み、俺が全く予想もしていなかった台詞を吐
いた。
「鑑識の結果、レイノルズの使ったオートマチックに前科は無かった」
彼は部屋を出ていった。
一人残された俺は、子供の迷子のようだった。

460例の899:2004/06/27(日) 02:17
 最後に入ってきた刑事部長を名乗る男は、今日中に現行犯による殺人未遂犯逮捕の認定
を州裁判所が出し明日にも報奨金の申請が行われる旨を告げ、四枚の書類を差し出した。
俺はそれらにサインをし、銃器類を返却してもらってから、ようやく自由の身になった。
だが、俺は開放感を満喫することなく、頭の中でキーリンが最後に言った台詞について考
えを巡らせていた。
どうにも納得のいかない、形の合わないパズルのピースを無理やりはめ込もうとしている
ような気分だった。
署内のエレベーターを降り、玄関フロアへ向かってゆっくりと歩いている俺を多くの人間
が忙しそうに追い抜いていった。
パズルのピースをいじくり回すのに飽きて顔を上げた俺の目線が、艶やかな黒髪を肩で切
り揃えた制服警官の女性の目線と合った。
彼女は軽く頭を下げて会釈したので、俺も帽子を持ち上げて応えた。俺が同僚の刑事を捕
まえた憎き掃除屋であることを、彼女は知らないのだろう。そのままなにごとも無くすれ
違った。
フロアの柱に背をあずけたトレインが手を挙げて俺を迎えた。タフなのか鈍感なのか、頭
にくるほど疲れのない表情をしている。普段通りの抜けた顔だ。不思議なことに、無精髭
さえ生えていない。
「よお、ずいぶん歳食ったみてェだな」
これもまた普段通りの軽口だ。
普段の俺ならここで軽口を返すところだが、今はそんな時ではない。
「ちゃんとできただろうな?」
「心配性だな、アンタは。だーいじょうぶだって。だいたい俺がゲロってたら、連中、ア
ンタにそれをぶつけてるハズだろ?」
「んなことデカイ声で言うな、馬鹿……あ……うぅ」
自然と俺の声もデカくなっていた。
トレインは俺の肩をポンポンと二度叩いて、
「大丈夫。余計なことは言ってないし、それと悟られるような真似もしていない。神とお
袋と銃に誓う」
と、小声で言った。
「なら、いいけどよ」
「でも、もうチョイ信用してもらいてェモンだなぁ。俺だって、掃除屋になってからかな
り取調べを経験してるんだゼ?」
「掃除屋になってから、か」
言ってすぐ『しまった』と思った。疲れが思考を鈍くさせてしまっている。俺の言い方は、
凄腕の殺し屋時代に一度も取調べを受けなかったということをほのめかしていた。ヤツの
過去に、無遠慮に触れてしまった。
しかし、トレインは顔一杯に渋面を作って肩をすくめ、その後すぐに笑顔を見せた。
気にしてないから気にするな、というサインだった。

461例の899 大番長終わりません:2004/08/01(日) 02:20
 玄関の回転式扉をくぐったところで横から名を呼ばれた。リック=オースティンだった。
「少し、よろしいですか?」
俺はうんざりしていた。今すぐにでもベッドへ飛び込みたいのだ。
「んじゃ、俺は先に行ってるゼ」
それを察したわけでもないのだろうが、トレインはそう言って背を向けて歩き出した。
俺は小さな溜め息を吐き、
「トレイン!」
と、呼び止めた。振り向いたところへ、車の鍵を投げて渡した。
「中を冷やしておいてくれ……ああ、そうだ。バッテリーが弱ってきてるからな、強にす
るんじゃねェぞ」
「ヘイヘイ」
トレインは、指で鍵をクルクルと回しながら駐車スペースへと向かった。
「スヴェンさん―――」
「場所を変えよう。ここじゃ周りの迷惑になる」
俺は先に立って敷地の隅、建物から伸びる日陰のところへ歩いていった。後ろをリックが
続く。
「さて、他の刑事達の目に付くような場所で声をかけてきたのは、一体どういうワケだ?」
少しひんやりとした壁にもたれ、煙草を取り出しながら俺は尋ねた。
「すいません、ご迷惑になることも考えずに」
彼は素直に謝り、続けた。
「でも、どうしてもすぐにお話を聞きたかったんです」
俺は大きく一服して、リックと反対の方向へ勢いよく吐き出した。
「ふむ。それで、聞きたい話とは?」
「はい。あの、本当にレイノルズ巡査長が?」
「アンタが聞いた通りさ。俺もトレインも、嘘は吐いていないゼ」
二口目の紫煙を長い息遣いで吐き出し、俺は言った。
リックは慌てて頭を振った。
「いえ、そういう意味ではないんです。レイノルズ巡査長が……その……」
「ジョーを殺したのか、か?」
「は、はい」
彼は肯いた。
俺は三口目を口に運んだ。彼はその様子をジッと見守っていた。
「ジョーと運び屋を殺した銃と、レイノルズが持っていた銃とは一致しなかったんだゼ?」
「聞きました。でも、未登録の銃を新たに用意すれば……」
リックは語尾を濁した。同僚に、もう一つ罪を負わせようとしていることに対する罪悪感
からだろう。
俺は指で灰を落としながら言った。
「かもしれんな。だが、レイノルズの自宅を漁っても、問題の銃はおろか運び屋の部屋か
ら持ち出した10kgのヤクも見つからないと思うゼ」
「…………」
彼は眉間に皺を寄せて黙ってしまった。
俺は煙草をゆっくり味わった。その長さが半分ほどになった時、彼はようやく口を開いた。
「レイノルズ巡査長がアナタ達を襲ったのは、彼がダラタリ・ファミリーに抱きこまれて
いるからですか?」
俺は首をゆっくりと回し、骨の乾いた音を響かせた。
「なぜ、そんなことを俺に訊く?ヤツの供述調書を見るなり、担当のデカに訊くのが筋だ
ろう」
「僕は……」
そう言って、リックは下唇をきつく噛んだ。
「同僚が信じられなくなったのか」
俺の台詞に、彼の体が雷に打たれたように震えた。
今のリックの心情が、俺には痛いほどよく分かる。
研修で配属されたネオユークで、俺は警察という組織の裏側を見た。酒場や週刊誌などで
まことしやかに囁かれている警官の汚職。そういったものは、大統領から路地裏のヤク中
まで知れ渡っている。だが、それは全てではなかった。組織はもっと深いところから病ん
でいた。そして、その病はIBIとて同様だった。打算や保身、度の過ぎた野望、傲慢な
ほどの特権意識がそこにはあった。
個々の細胞が病んでいるから組織全体も病んだのか、全体が病んでいるから細胞も病んだ
のかは分からない。ただ、その時、俺が感じていたものは、組織全体に対する不信だった。
そして、リックも今、警察全体に対して不信を抱いている。
「警察は正義だと思っていました」
彼はやっとのことで声を絞り出した。
「汚い警官はいないなんて子供みたいなことを言うつもりはありません。聞くだけじゃな
くて、いろいろと見てきたつもりです。でも、今度のは……まるで殺し屋じゃないですか」
俺は特に感想を漏らさなかった。ただ、昔のことを思い出していた。

462例の899 でも面白いな大番長:2004/08/01(日) 02:21
 ネオユークでの研修が終わりに差しかかった頃、俺は一人の犯罪者を担当することにな
った。彼女は、殺人者だった。
彼女には小さな子供がいた。父親はその子が産まれてすぐに消えた。今どこにいるのかも、
消えた理由も分からない。ただ、彼女は小さな食品加工会社の経理事務と福祉を頼りにそ
の子を育てていた。生活は苦しいという段階をとおの昔に過ぎていた。しかし、頼れる親
類縁者もおらず、その子の面倒を彼女一人でみなければならないため、それ以上の時間を
仕事にまわすゆとりも無かった。
そんな彼女に、一人の男が近づいた。会社の上司である男は、彼女に横領を持ちかけた。
なに、ちょっと数字を間違ってくれるだけでいい。仕事上のミスだが、誰にも気づかれな
いだけ。その男の役職と、彼女が毎日顔を突きつけている書類があれば、それは簡単なこ
とだった。誰にも気づかれなければ。
なによりも彼女の気を引いたのは、分け前として得られる金額だった。それだけあれば、
ベビーシッターを一年間は雇えるのだから。
彼女は罪を犯した。ゴミに埋もれた街の典型的なプアーホワイトの家庭に育った彼女にと
って、それが生まれて始めて犯した罪だったかどうかは分からない。ただ、彼女はやり遂
げた。
男は約束の金を彼女に渡さなかった。金は全て独り占め。横領を働いたのは彼女一人。自
分は提出された書類に目を通したが、不正を見抜けなかった。彼女を信頼していたからだ。
それがミスなのだとしたら、自分は確かにミスをした。ホテルの一室で、男は彼女にそう
語った。
彼女は激昂し、男に詰め寄った。男は逆に、彼女を脅迫した。そして、彼女は男を殺した。
一時は取り乱しもしたがやがて我を取り戻し、彼女はその場で警察へ電話をした。自殺も
考えたが、止めにした。生命保険に入っていなかったからだと、彼女は俺に語った。
やり取りを後ろで黙って聞いていたジョーと一緒に取調室を出た俺は、こみ上げる吐き気
を抑えながら彼に尋ねた。
『警察は正義なんですか?』
我ながら馬鹿げた質問だと思った。だが、心の底からわき上がってきた疑問だった。
デスクの上の法律書には、彼女は第二級故殺犯であり、横領の共同正犯だと書いてある。
しかし、俺の心はそれだけでは到底納得がいかなかった。あの時、俺を支配していたもの
は、なにかをしなければならないのになにもできないという、強烈な無力感だった。
ジョーは、落第寸前の生徒を導くような優しい口調で俺に語った。
『この商売をやってるとな、時々自分がなに者なのかを見失ってしまうことがある。人に
対しての高圧的な態度も、職務のためと分かってはいても俺は最初からこんな人間だった
んじゃないかって気になってくる。狂った犯罪者どもの相手をしている内に、だんだんと
ヤツらの考えていることが分かるようになってくるのも、それはヤツらと渡り合うために
は必要なことなんだが、その内それも、俺という人間が最初から持っていた素質なんじゃ
ないかと思えてくる。俺も狂ってるんじゃないか、とな。でも、それは全部間違いなんだ。
俺達は、ただ単に刑事であるだけなんだ。だから、飢えた子供のために盗みを働いた女も、
その日のヤクを買うために八十の婆さんを殺したガキも、俺達は同じように扱わなければ
ならない。それが、ただの人間でしかない刑事にできる、たった一つのことだ』
 俺は壁から背を離し、携帯灰皿で煙草を揉み消した。
「そいつは多分、間違いだ」
リックは顔を上げた。俺は携帯灰皿を見つめたまま、喋り続けた。
「警察は正義だ。上の人間が汚い取り引きをしていようが、下の人間が職権を利用して悪
さをしていようが、それでも警察が正義なんだよ」
リックをそこに残し、俺は歩き出した。その背中に、彼は声をかけた。
「アナタは刑事を辞めて正解でした」
俺は振り向くこともせず、ただ右手を軽く挙げてそれに答えた。
あの時、語り終えたジョーに俺はなんと言ったんだろう?そんなことを考えていた。
頭の中のパズルが、綺麗に並んでいた。

463名無しさん:2004/11/09(火) 00:53
半年振りに見たがちゃんと書いてたんだな・・・ちょっと感動したよ

464名無しさん:2005/03/18(金) 21:18:50
すんごい良い所で切れてるな。
気になるけどもう作者いないんだろうなぁ…

465例の899:2005/03/31(木) 02:18:41
いるよ
書いてるよ、ジリジリと
全部書き終わったら一気に放出して逃げようと思ってたけど、
ちょっと書いては一週間くらい平気で放置したりしてまだまだ終わりそうにないし
もう少し書いたら一段落、つっても大した量じゃないけど、するのでそこで一度出そうと思います
全部書いたら一応本スレで報告でもしとくか
ハァ?って言われそうだが

466例の899:2005/04/04(月) 01:04:00
 ホテルに戻るまで、誰からも道をふさがれることはなかった。
報奨金の発生まで当該する掃除屋の情報を伏せる保護規定を申請していたので、警察は逮
捕した者であり被害者でもある俺達のことを、掃除屋であるとしか発表していない。その
おかげで、俺達は写真を撮られたりしつこくつきまとう記者連中の質問攻めにあったりし
てこれからの行動を邪魔される心配をしなくてすむのだ。
報奨金の申請は明日出され、その日の夕方か遅くても次の日の午前中には口座へ金が振り
込まれるだろう。俺達が身軽に動けるタイム・リミットはそれまでだ。
しかし、俺はホテルへ戻った途端、ベッドに倒れ込んだ。二夜連続の張り込みに長時間の
取調べを経た身体を動かせるほど、俺の心と身体は丈夫には出来ていなかった。
寝るにあたって、再び襲撃者がやってくるかもという心配はなかった。向こう側に、まだ
荒事を任せられるような乱暴かつ口の堅い協力者がいるかもしれない。しかし、しばらく
は市警やIBIがホテル周りを張っているはずである。市長の協力者の中に警察関係者が
いることが確実となった今、ヤツらがホテルを襲撃することはあり得ない。
果たして、帰宅時と同様、誰からも睡眠の邪魔をされることはなかった。
 目が覚めた時には外はもう暗くなっていた。時間を確認しようと、ベッド横の張り出し
の上に置いてある腕時計を取ろうと手を伸ばしたが、それは空を切った。
バランスを崩して倒れそうになるのを抑えながら、ここが二〇六号室ではなく隣の二〇七
号室であったことを思い出した。最初に泊まっていた二〇六号室が、今では鑑識の手によ
りまるで爆撃を受けたあとのような状態にあり、使用した化学薬品の匂いが部屋中に充満
していたため、荷物も移さずに隣の部屋で寝てしまったのだった。
汗まみれの身体を起こし、眉間の辺りを強く揉んだ。顔がむくんでいるような気がする。
脱がずにそのまま寝たので、シャツはこれ以上ないというくらい皺だらけになっていた。
部屋には俺一人しかいない。書き置きの類もなかったが、気にしないことにした。
今はなによりもまず、汗を洗い流したかった。
先日来の付き合いである打撲は黒ずみはじめ、再び鈍い痛みを訴えていた。
冷水のシャワーを浴び終え、着ていた衣類を汚れ物入れのビニール袋の中へ押し込み、一
応は人前に出られる格好に着替えてから隣の部屋から荷物を移し変えた。
一段落ついたところで携帯電話を確認すると、着信履歴が五件あった。全てアネットから
だった。
午後三時前に戻り、今が九時半過ぎだから、寝ていたのは六時間くらいだ。着信はきっち
り一時間おきである。緊急の連絡かもしれない。
右肩と耳で携帯を挟んで呼び出し音を聞きながら、電源を入れた小型TVを窓枠に置いた。
「こちらカフェ・ケットシー」
「俺だ。なにかあったのか?」
上手く受像できるようにアンテナの方向を弄りながら訊いた。
「なにかじゃないよ!あったのはアンタ達の方じゃないさ!」
アンテナの方向を間違えたのか、それとも聴覚への衝撃が視覚にも伝わったのか、小型T
Vの画像が激しく歪んだ。
俺は携帯を反対側の耳へまわした。TVのチャンネルをニュースに合わせる。
「ああ、そのことか」
「じゃ、やっぱりアンタ達の仕事なんだね?」
「そりゃあそうだけど、そんなことを確かめるためになん度も電話寄こしたのか?明日か
明後日にはBIG・SHOTで発表されるじゃねェか」
「とぼけんじゃないよ。アンタ、もう一度、自分達がどれだけツケを貯めてるか、事細か
にアタシに説明させたいのかい?」
「ああ、それか。あー……そのことなんだがな……」
自分でも情けなくなるくらい声が上ずった。咳払いをする。
「どうした?言いたいことがあるんなら、じっくり聞いてやろうじゃないのさ」
アネットの挑戦的な言い方に、俺はますます弱ってしまった。肉体的にも、精神的にも。
「あのな、俺達が捕まえたのは殺人未遂犯であって、最初に予定していた薬物所持犯じゃ
ないんだよ。それに数日前からカードも止められているし、今回の捜査にもいろいろと物
入りがあってだな、その……そういった諸々の事情によりだな、そちらへのツケに回せる
だけの金が……だ、その……」
この頃になってようやく、寝起きで鈍った俺の頭でも、なぜ今トレインがいないか分かっ
た。ヤツへの呪いの言葉なら溢れ出すほど湧いてくるのに、アネットへの弁明の言葉がな
かなか出てこない。
「そのってなんだい?ツケは払えないってのかい?」
言い出せなかった言葉を、彼女の方からさらっと切り出してくれた。
「うん、まぁ、そういうこと、かな」
俺の方は相変わらず歯切れが悪い。

467例の899:2005/04/04(月) 01:05:38
「ふぅん、そりゃあ仕方ないねェ」
「そう、仕方ないんだよ」
「馬鹿言ってんじゃないよ!!」
もう片方の耳もやられた。もう一度、携帯を右耳へ回す。
「こっちは今回の件でアンタ達に優先で情報を送ったり人を紹介してやったりしたんだよ。
それもこれも、アンタ達に稼いでもらってツケを払ってもらうためじゃないさ!そこまで
しといてもらって、こっちへの金の払いは後回しってどういうことだい!?」
「その言い分はもっともだと思うよ。思うんだが、ここは一つ勘弁してくれないか?」
「だいたいアンタ達はね……」
彼女はその後二十分近く、俺達がいかに無能で恥知らずで恩知らずで地獄へ落ちるべき人
間であるかということを、様々な表現を使って教えてくれた。
 ようやくのことでアネットから開放され、次の行動を起こす気力がなくなっていた俺は、
ベッドに寝そべりぼんやりとニュース番組を見ていた。
現職刑事の掃除屋襲撃という事件は、当然というべきか世間の耳目を集めているらしく、
夜のニュースでもヘッドライン扱いにされていた。その中で、同じ街で警官が一人撃ち殺
されているという事件にも触れられていたが、後はここ数ヶ月の間に起きている警察の不
祥事を羅列し、その体質に苦言を呈すという無難な作りになっていた。
 画面が今日のスポーツの結果を映し始めた頃、トレインが帰ってきた。
「お、やってるやってる」
トレインは、まるで最初からそれが目的だったかのように、自分のベッドに腰掛けてさも
興味深そうにTV画面を見つめた。もちろん、俺は騙されない。
「そういうヤツだよ、お前は」
「向き不向きさ。交渉事はアンタ。危ない仕事は俺」
悪びれもせず言ってのける。
俺は鼻を鳴らして軽い不満の意を表明した。危ない仕事をトレイン一人に任せたことなど
ないのだから。
「まぁそんなに怒らないでくれよ。やることはやってきたんだから」
そう言ってトレインは、いつものとぼけた人懐っこい笑みを見せた。それにも俺は騙され
ない。しかし、報告だけは聞くことにした。
「どうだった?」
「尾行はついてたよ。まぁ、当然だけどな。市庁舎の方まで行ってみたけど、手を出して
くることもなかったしバタバタする素振りもなかった。餌にするつもりだよ、俺らを」
「では、市長やダラタリ・ファミリーの方から仕掛けてこない限り、警察もIBIもただ
の見物人だな」
「俺らに対してはそうだろうけどよ、警察やIBIはこのヤマのことをどの程度まで掴ん
でいて、この先どう動くんだ?」
「市警はレイノルズ止まりさ。その先は見えちゃいないし、レイノルズが吐かなきゃ動き
ようがない。ただ、署長の首は確実に飛ぶだろうな。現署長は一度、カジノの建設計画で
市長と対立している。計画の中止には住民の意向もあったから、その時は市長自身のイメ
ージを大事にして首のすげ替えは出来なかったが、今度のことでその意趣返しができる」
「黒幕は自分の癖にか」
「そんな世界さ」
煙草を取り出して火を点ける。
「じゃあ、IBIは?」
「ヤツらのターゲットは市長であり、その先のジェシー=ヤンデン上院議員だ。その息子
のトマス=ヤンデン市長とダラタリの関係も掴んじゃいるが、確証がない。あったとして
も、議員が指を一本動かすだけで簡単に潰されちまうようなモンだろうな。それに、俺達
が刑事に襲われたことで、市長と市警の関係も疑っているかもしれないが、レイノルズの
身柄引き渡し要求を市警は呑まないはずだ。市警察にとって、ヤツは唯一の手札だからな。
つまり、こと市長に関しては、IBIも大した動きは出来ないってことだ。市長と俺達に
見張りをつけるくらいで、殆どの人員は上院議員の周囲とダラタリ・ファミリーの締め付
けに回っているだろう」
「じゃあ、俺達が引っかき回すのを望んでいるってことか」
トレインは、指をくるくる回してかき混ぜるジェスチャーをした。
「いや、逆だ。引っかき回されることは望んじゃいない。恐らく持久戦狙いだろうな」
言い終わると、俺は煙草を一口吸った。紫煙を中空に向かって吐き出すと、トレインは肘
を立てた腕枕を作って寝転んだ。
「ふーん。でさ、ヤツらはそれでいいとして、俺達はこれからどう動くんだ?」
「それだよ」
俺は煙草の先でトレインを指して言った。

468例の899:2005/04/04(月) 01:06:16
「いい手が思い浮かばないんだ。ただヤツらに打撃を与えるだけなら、IBIに裏帳簿の
データを渡すだけでいいんだが、それだと脱税の罪でしかぶち込めない。脱税ってのは、
刑自体は軽いものなんだが、懲罰税の方がとてつもなく重い。額が多けりゃ多いほどな。
それはそれで、ヤツらにとっちゃとんでもない痛手にはなるだろうが、言えばそれだけだ。
ダラタリとの繋がりは以前不明のままだし、今度の事件に市長が関わっていることを証明
したわけでもない。ジョーを殺したヤツも分からないままだ。それに、まだ一番大きな問
題が残っている」
俺がそこで言葉を切ると、後をトレインが引き継いだ。
「俺達は一イェンの儲けにもならない」
「そう、俺達の目的は、あくまでも輸送中の麻薬だ。それを引っ張り出さなきゃならん」
「で、その方法が見つからない、と」
事の重大性を全く理解していない、他人事のような話し振りだ。
俺が眉根を寄せて睨むと、トレインは愛想笑いを浮かべて弁解するようにつけ加えた。
「ヤクの方に手はなくても、もう一つの方だったら手はある」
「もう一つの方?」
「警官殺しの方さ。アンタ、警察署からここへ戻るまでの間、車ん中でずっと黙り込んで
たろ。俺が話しかけても、てんで上の空でさ。アンタは、なにか重大なことを気づいたか
見つけたかした時に、決まってそんな感じになる。ヤクの方に手がないってんなら、殺し
の方でなにか掴んだんじゃねェの?ホシに繋がるような、なにか」
俺は煙草を一口吸い、大きく吐き出した。
気づかれているとは思っていなかった。警察署前でリックとの会話を終えた頃、俺は一つ
の可能性に思い至った。しかしそれは、証拠もなにもないただの推測である。だから、俺
はまだトレインにその考えを打ち明けていなかったのだ。
「確かに、そっちの方から追っていくしか手はないか」
「やっぱりあるんだな」
したり顔のトレインが言った。
俺は軽く鼻を鳴らして、煙草を揉み消す。
「なにかの証拠を掴んだってわけじゃない。こいつは、ただの思いつきみたいなモンだ。
でもな、この考えでいくと、全てが説明できるんだよ。ジョーが背後から撃たれたことも、
同じ拳銃でヤクの運び屋が殺されたことも―――」
俺は話した。
 長い話ではなかった。重要な点は一つだけである。二本目の煙草に火を点け、その長さ
が半分になる頃には全てを話し終えていた。
「どうだ?」
途中で口を挟むことなく黙って聞いていたトレインに、感想を求めた。
「うーん」
ベッドに横たわったままのトレインが思案顔で唸る。ゆっくりと身を起こし、頭をボリボ
リとかいた。
「確かに、納得はいくよ。辻褄は合ってるし、納得もいく。でもな、動機が分かんねェよ。
ソイツが人のいない港の倉庫前まで行って、しかも警官を撃つってことが」
「まぁな。しかし、俺はこれが警官殺しのカラクリだと思う。動機についても、掘り下げ
て調べてみりゃ必ず見つかるだろう」
「だいたいの目星はついてんのか」
「ああ」
「んじゃ、明日っからそっちの線でいってみようゼ。具体的にどうするかは、全部アンタ
に任せるからさ」
トレインはそう言うと、大きく伸びをした。
 翌日、午前の早い時間から動き出した俺達は、ケニス港の三番倉庫付近を調べ直した。
もっとも、世界的に有名なヤク中の名探偵などではない俺達では、警察がさんざん調べ回
り訊き回った、しかも事件発生から一週間が経った場所から新しい証拠や証人を見つけら
れるわけがなかった。
もっとも、俺の推測を裏付けてくれるような物証が見つかるなどとは、最初から考えては
いなかった。ただ、俺の推測が正しければ、この場所は別の意味でも出発点なのだ。
今度の事件、それも麻薬の運搬の件に関しては、ダラタリ・ファミリーというプロの犯罪
者を多く抱えている組織が行っているものだ。この街の市長を抱き込み、警察内部の人間
も抱き込み、IBIの追求をかわそうとしている。そこになにか手違いが発生し、一人の
警官を撃ち殺した。背後から二発。当然、俺はプロの手並みだと判断した。しかし、身元
の割れた運び屋を殺した時に、同じ銃を使っている。
妙な話である。警官殺しに使った銃は、さっさと処分するのが普通だ。それをせず、しか
ももう一度使うなどといった行為は、およそプロらしくない。それと同時に、警官殺しと
運び屋殺しの犯人が別人であるというのも考えられないのだ。

469例の899:2005/04/04(月) 01:07:06
つまり、その二件の殺しにある矛盾を生み出したなにかが、この場所で起こったのだ。
そのなにかを俺は推測し、探り出そうとしている。ならば、たとえ手掛かりがなくとも、
この場所から捜査を始めるというのは、俺にとっては意味のあることだった。
結局、午後を少し回る時間まで、俺達は倉庫の周囲を歩き回って過ごした。
 テーブルの上には、実に数週間ぶりのまともなランチが並んでいる。冷房の効いた店内
には、客はまばらにしか入っていなかった。昼食というには少し遅い時間だった。
次の予定は、カイトに会うことだった。俺達が求めている情報はかなり特殊なもので、彼
がそれを知っているかどうかは怪しい。なにしろ、特定の刑事のプライベートである。
もし、カイトもその情報を持っていないのなら、彼にも協力してその方面に探りを入れて
もらうつもりだ。そして、俺達はその刑事を尾行するのだ。全くもって無茶な計画である。
「なぁ、スヴェン」
トレインが話しかけてきた。その前には、カルボナーラに、別に注文したミルクを足した
コイツ特製のパスタがある。俺のはマトンのアイリッシュシチューだ。この後も車の運転
があるので、アルコールはここにはない。
「うん?」
「やっぱさ、リックにも協力してもらった方がイイんじゃねェか?」
俺は答えなかった。答えるまでもないことだからだ。
協力を頼める者達の中で、俺達が求めているモノの一番近くにいるのがリックであること
は、どんな馬鹿にでも分かる理屈である。なのに、俺はアイツをこの事件から遠ざけよう
としていた。いや、事件からではない。俺から、だ。
トレインは、特製カルボナーラをフォークでかき混ぜながら溜め息を吐いた。
「なーんか変なんだよなぁ。普段のアンタならさ、どんなに嫌な野郎でも利用できる相手
ならトコトン利用するハズなのに、リックのことになると途端にナーバスになる。そりゃ
あ、アイツがアンタの恩人の元相棒だからってのも分かるんだけどさ」
「別に嫌っているワケじゃないさ」
そう、嫌ってはいない。俺はただ、彼に嫉妬しているだけなのだ。
 携帯電話の振動がテーブルを鳴らした。非通知だった。
食事の手を止め、携帯を持って外へ出る。
「スヴェンだ」
「グレイグだ。なかなか派手にやったそうじゃないか」
「なんの用だ」
「なに、成果のほどを訊こうと思ってな。殺人課の刑事一人を釣り上げたんだって?」
「ヤツは捨て駒だよ」
「ほぅ。じゃあ、このままだとソイツ一人が容疑を全部引っ被ってお終いってワケだ」
「かもな」
「なら、約束を果たしてもらおうか」
「約束?」
「前に言ったろ?失敗したら、俺達がディーンズとことを構える時に手伝ってもらう、と。
今夜、ヤツらと取り引きをする。アンタ達も来てくれよ」
「その話は確かに聞いたがな、約束にOKした覚えはないね。チクったりしないから好き
にやりな」
「その場に市長も来るんだゼ?」
「市長が―――!?」
思わず声が大きくなってしまい、通りすがりの女性が驚いてこちらを見た。俺は彼女に背
を向け、声のトーンを落として尋ねた。
「どういうことだ」
「なに、このままだとこの街はダラタリのものになっちまうんでな。それなら、いっその
こと俺達もダラタリ・ファミリーの一員になろうかと思ってね。とはいえ、こっちにはヤ
ツらとのコネが全くないから、市長に口添えの協力を願ったというワケさ」
「裏帳簿を使ったのか」
「ああ、アンタ達があの刑事を逆に捕まえちまったもんだから、市長の方も随分と困って
いたようだ。快くOKしてくれたよ。もちろん、アンタ達も帳簿の存在を忘れるっていう
条件付きだがね」
「随分とムシのイイ話だな。流石はチンピラだ。道理を知らねェ」
「断るのかい?」
「当たり前だろう」
「じゃあ、その道理を知らないチンピラが、アンタの知り合いのお嬢さんを一人預かって
いると言ったら、どうだ?」
息が詰まった。直ぐに言葉が出てこない。周りの喧騒が、遥か彼方から聞こえてくるよう
な錯覚に陥った。

470例の899:2005/04/04(月) 01:08:55
「誰だって?」
「ユーク時代の同僚の娘さんだよ」
どこか楽しんでいるような口調だった。エリスのことだ。
動悸が耳に痛い。膝も震える。
「馬鹿な真似をしたモンだ」
乾いた唇を無理に動かして、俺は言った。
「そうか?」
「ああ、後はここの警察がお前らを潰して、それで終わりさ」
「どうかな」
「終わりだよ、じゃあな」
俺は一方的に通話を切った。
急いで店内に戻り、伝票を掴み取った。
「どうした?」
「行くぞ」
多くを語らなくても、俺の表情からなにかが起こったことを悟ったようだ。
「あいよ」
すぐにトレインは席を立った。
車に戻り、発進させる。
「なにが起こったんだ?」
「グレイグの野郎が、エリスを誘拐したそうだ」
「エリス?」
「ジョーの娘だ」
「なんでまたそんなことを」
「ヤツは赤龍を切ってダラタリにつくつもりだ。その手打ちに、今夜ディーンズのヤツら
と取り引きをするらしい。市長も同席でな。俺達が裏帳簿の存在を忘れることも、手打ち
の条件の一つらしい。その場に、俺達も引っ張り出すつもりだ」
「それで人質かよ。んで、どうするんだい?」
「今の電話だけじゃ、本当にエリスがヤツらと一緒にいるのかどうか分からない。だから、
まずはウラとりだ」
「ハッタリじゃあないだろう」
「で、あってくれればいいんだが、違うだろうな。しかし、どこでさらわれたかだけでも
分かればいい。ヤツらは、俺達がレイノルズを捕まえたことを知ってから誘拐を計画した
ハズだ。捕まえたのが小物だったから、自分達で行動を起こす気になったんだ。下調べな
どの準備もロクにせずに、な。目撃者がいるかもしれないし、エリスの悲鳴かタイヤのス
キッド音くらいは聞いている人間がいると思う。手掛かりならなんでもいい。少しでもヤ
ツらに近づくことができるんなら」
 外観を見る限りでは、その家は数日前に訪れた時となんら変わりがなかった。
それが余計に、俺の不安をかきたてる。
チャイムを鳴らした。
家の中で、犬が吠えた。
パタパタと走り寄る音がした。ドアが開かれ、
「エリス?」
と、スーザンが尋ねた。その彼女は、俺の顔を見て驚いた。
「スヴェン……」
「スーザン、エリスはどこです!」
「エリス?朝、病院へ行ったきり、まだ帰ってこないのよ。連絡もしてこないし、携帯
も繋がらないの。事故にでもあったのかと心配で……。でも、どうしてアナタがエリス
を……まさかあの子!?」
彼女の顔が恐怖の色に染まった。警官の家族、とくに女房ともなると、この手の被害へ
の恐怖は、常に頭のどこかにある。
「ど、どうして!?ジョーは死んでしまったわ!なのに、なぜあの子が!?」
俺は、彼女の両肩を力強く掴んだ。
「落ち着いて、スーザン。お願いだから、俺の話を聞いてくれ」
一時的な恐慌状態にあった彼女の瞳が、ゆっくりと光を取り戻していく。
やがて、彼女は身体を小刻みに震わせながら、弱々しく口を開いた。
「アナタに関係しているの?」
胸に突き刺さる。しかし、答えないわけにはいかない。
「すまない」
「ああ、神様!」
彼女は両手で顔を覆った。

471例の899:2005/04/04(月) 01:09:33
「こんなことを言える義理じゃないんだが、エリスは俺が必ず助け出す。ヤツらの目的は
俺なんだ。彼女の身柄と引き換えに、俺を引っ張り出そうとしているんだ。ヤツらは金銭
目当てのチンピラじゃない、犯罪のプロだ。だから、大人しく要求をのめば、ヤツらは彼
女に絶対危害を加えない。それだけは……」
言葉が続かなかった。娘を拉致された母親に、犯人は危害を加えないから大丈夫だなどと、
どの口で言えよう。
スーザンは顔を覆ったまま身体を震わせている。
俺は舌で唇を湿らせた。
「俺を信じてくれないか」
「警察には届けるなっていうの?」
「ああ」
彼女は答えずに、くるりと振り返って中へ戻った。
俺はしばらく動くことができず、扉の外側で背中をじりじりと焼かれていた。
 彼女の言葉が重く心に圧し掛かる。警官の女房だった人に、警察に被害を報告するな、
と俺は頼んでいるのだ。これほど馬鹿げた話はない。
しかし、今、警察に動かれてグレイグ達を追い詰めるのは不味い手だ。裏帳簿の存在があ
るとはいえ、誘拐の罪で組織もろとも叩き潰されてしまえば、それも意味がなくなる。市
長とダラタリ・ファミリーのディーンズがグレイグ達ベノンズの申し出を受けたのは、取
り引きに使える材料を持っていないからだ。ところが、ヤツらが誘拐に手を染めているこ
とを知れば、市長は警察を使ってベノンズを取り囲み、裏帳簿との取り引きの材料に使う
ことができる。それどころか、警察内部の協力者にグレイグを消させるかもしれない。警
察に強硬手段に出られて追い詰められた者が人質をどう扱うかなど、誰にも予測できるも
のではない。グレイグはそれが分かっているからこそ、俺が警察に通報しないと考えてい
るのだ。
では、IBIはどうだ。裏帳簿のコピーを見せ、今夜の取り引きのことも伝えたら、スミ
スは協力してくれるかもしれない。しかし、ヤツらの目的は、あくまでも市長でありその
親父のジェシー=ヤンデン上院議員という大物二人だ。それも、シーン部長が長年追い続
けている案件である。官僚的なスミスは、いざとなれば、人質のことなど考えずに突入を
かけるだろう。絶対にそうなるとは言えないが、エリスの身の安全こそ絶対でなければな
らない。
やはり、ここはヤツらの要求通りに動きつつエリスの居所を探り出し、なんとしても隙を
見つけて救出する、という手しかないように思われる。当然、グレイグもそう考えて、手
の出しにくい場所にエリスを隠しているだろうが。
最悪の場合は、最後までヤツらにつき合って、彼女の解放を求めるしかない。
 俺は、彼女にかなり遅れて家の中へ入った。
スーザンはリビングのソファに身を沈ませ、まるで自分を抱き締めるように両手を胸の前
で組み合わせていた。彼女の脛に、黒のトイプードルが身を寄せている。
「スーザン」
呼びかけても彼女は反応も示さない。
それでも構わず言葉を繋げる。
「身勝手なのは承知している。警察を馬鹿にした言い草なのも分かっている。でも、俺の
責任だから俺に任せてくれと言ってるんじゃない。エリスの無事を一番に考えると、警察
に出てこられちゃマズいんだ」
「アナタの責任じゃないわ」
彼女は力なく呟いた。
「元々は、あの人にあるんですもの。妙なお金を受け取って、殺されて―――」
「それは違う!」
俺は声を荒げて否定した。
「今度の誘拐にジョーの件は関係ない。全くの無関係と言えば嘘になるが、それでもこの
件に関しては違う。全部俺の責任なんだ!」
スーザンはジッとしたまま動かない。大声に驚いたトイプードルが頭を低くしている。
静寂が耳に痛かった。
「すまない、大声を出して」
彼女は首を横に振る。そして、俺には目もくれずに、
「なにかアテがあるの?」
と訊いた。
俺は少し迷い、
「今はまだ、なにもない。確証も、手掛かりも」
と答えた。
スーザンは短く息を吐いた。
「不器用ね、アナタって。不器用で、正直者で、そして残酷だわ」
「すまない」
嘘を吐いてでも彼女を安心させてやるべきなのに、俺にはそれができなかった。
俺は確かに、不器用だ。

472例の899:2005/04/04(月) 01:10:35
 ベイブ家を辞し、車に戻るとトレインが外に出て待っていた。
「どうだった?」
「病院へ見舞いに行ったっきり、行方が分からないらしい」
答えて、俺は煙草に火を点けた。
「そうか。じゃあ先ずは病院だな」
「ああ」
二人で車に乗り込んだ。
 助手席のトレインに、スーザンから聞いた病院の住所を地図で確認させ、道順を指示し
てもらう。
病院まではいくつかのルートがあるが、エリスはいつも決まった道を行くらしい。
彼女はその道程を徒歩で行くか、途中でバスに乗るかのどちらかだと教えられていた。
恐らく、今日は徒歩で行っていたのだろう。別の場所へ寄っていなければ、その道筋のど
こかで白昼堂々と襲われたと思われる。
俺達は、どの辺りが人通りが少ないか、どこかで騒ぎになってはいないかを注意深く確か
めながら進んでいた。
その途中、俺の携帯が着信を告げた。
車を路肩に寄せる。非通知だった。
通話ボタンを押し、なにも言わずに耳に当てる。
「よう、確認はとれたか?」
「彼女は無事なんだろうな」
「この電話に出すことはできないがね。アンタ達がこちらの言う通りに動いてくれさえす
りゃ、傷一つつけずに帰すよ」
「分かった。だが、今言ったことを忘れるなよ」
「うん?」
「どんな小さな傷だろうと彼女についていたら、その時はテメェら皆殺しだ。言っておく
が、俺は少々頭に血が昇りやすい性質でな。上手くコントロールしたいなら、せいぜい気
をつけることだ」
電話の向こうでグレイグが笑った。
「OKOK。見張りにはしっかりと言い聞かせてあるから安心しな。こっちはパーティー
に出席してくれりゃ文句はない」
ハンドルに拳を叩きつけそうになった。
通話口に手を突っ込んで、首を絞め殺してやりたい。
トレインが煙草のケースを俺に差し出した。鼻で深呼吸をし、一本抜く。
グレイグは俺を怒らせようとしているのだ。それに乗せられて冷静さを失ってはいけない。
「それで、俺になにをさせようってんだ?」
俺は紫煙を吐き出しながら尋ねる。
「なに、俺と一緒にいてくれるだけでいい。ああ、裏帳簿のコピーが入ったディスクを忘
れずにな」
「そんなものを持っていったところで、向こうは納得しないだろう」
「裏帳簿のことを知っているという確認さ。納得なんてさせる必要はない。こっちは脅迫
している立場なんだからな。後は、ヤツらに一言『全て忘れる』と言ってやれば、アンタ
達も配当にありつけるってワケさ」
コイツ、俺達を売るつもりじゃないのか?
紫煙を肺に吸い込み、少し冷えた頭にそんな考えが浮かんだ。
「ヤツらが素直に応じない場合はどうする」
「こっちとしては、穏便にすませるのが望みなんだがね。それが叶わないとして、手を出
すとすりゃ向こうからだ。その場合、無論こっちも応戦する。アンタ達に来てもらいたい
のは、どちらかと言えばその時のためさ」
「では、丸腰になる必要はないってことか」
「ああ、そうさ」
グレイグはこともなげに言った。どこか楽しんでいるような口調でもあった。
売るつもりなら、俺達に銃を持たせるハズがない。人質をとられているのだから、丸腰で
出て来いと言われても俺達はそれに従わざるを得ないのだから。
それとも、あまりにも手詰まりの状況に追い込み過ぎると、警察に駆け込まれるとでも考
えているのだろうか。
まぁいい。せっかく持ってきてもよいという申し出だ。存分に役立たせてもらおう。
俺はそう心を決め、煙草を揉み消した。
「時間と場所は?」
「時間は今夜の二十三時。場所はまだ決まっていない。約束の一時間前までに、向こうか
ら指示が来ることになっている。まぁ、悪党同士のパーティーに市長が同席するんだ。い
ろいろと小細工をしたくなるだろうさ。アンタ達も、せいぜい用心してくれよ」
通話が切れると、俺は大声で、
「糞野郎が!」
と叫んだ。
「落ち着け、スヴェン。落ち着いて話してくれよ」
俺は二、三度肩で大きく息をし、会話のあらましをトレインに伝えた。
「分がいいのか悪いのか、よく分かんねェな」
聞き終えたトレインが頭をボリボリとかいた。
「銃が使えるんだ。分がいいと思おう」
俺はサイドブレーキを下ろした。

473例の899:2005/04/04(月) 01:17:46
八ヶ月かけて書く量じゃないよな

474名無しさん:2005/04/05(火) 19:45:11
頑張って完走してくだされ。
楽しみに待っております。

475例の899@:2005/05/01(日) 00:44:11
 エリスが向かったという総合病院に着いた時、トレインが驚きの声をあげた。
「おいおい、アレ見てみろよ」
トレインが指し示した駐車スペースに、警察車両が二台停まっていた。
「通報しちまったのか?」
「いや、スーザンは同意してくれたよ。彼女じゃない。もしかしたら、目撃者がいたのか
もしれねェな」
「だとしたら、俺達がここで誘拐のことを嗅ぎまわったりすれば、厄介なことになりゃし
ねェか?」
「警察にこの誘拐がベノンズの仕業だって知られることを心配しているんだったら、それ
は大丈夫だ。なんせ俺達は掃除屋なんだからな。事件が起こりゃ嗅ぎまわるのが当然だ。
それに、被害者の知り合いとくりゃあな。後は、つまらんことさえ喋らなければいい」
「それはつまり、俺は喋るなってことか?」
「物分りがよくて助かるよ」
車から降り、辺りを見回す。
「違うな」
俺は一人ごちた。
「なにがだい?」
「警察の車は、さっきの二台しかない。どこも封鎖していないし、聞き込みに走り回って
いる様子もない。こりゃあ、誘拐とは違うぞ」
「じゃあ、別の事件かな」
トレインは腰に左手を当てて小首を傾げる。
「ああ、もっと小さな事件だろう。引ったくりか置き引きか、その辺りの」
「入り口ん所に制服がいやがるゼ。一応、訊いておくか?」
「必要ない。エリスが来たかどうか確かめるのが先だ」
 一人で立ちん坊をしている制服警官を無視し、自動ドアを潜る。
病院の中は、まだ少しだけ暑さを感じる程度の冷房しか効いていなかった。
午後もかなり過ぎ、診療客はほとんどおらず、職員以外は見舞い客とパジャマ姿の入院患
者が数人歩いているだけだった。皆、一様にうつむき、床を見て歩いている。なにかしら
重い雰囲気が辺りに漂っていた。
受付カウンターの、横幅のわりには疲れた顔をしている中年女性に掃除屋許可証を提示し、
マルチナ=ベイブが入院している病棟を尋ねた。
彼女はそれを胡散臭そうに眺め回したかと思うと、これほど忙しい人間にくだらない手間
をかけさすのはロクデナシであるという気持ちを隠すことなく、小児科病棟の場所を教え
てくれた。
ついでに警察が来ていることについて訊こうと思っていたのだが、彼女のそんな態度を見
て俺は考えを改めた。
エレベーターホールへ向かうと、そこにも制服警官が一人立っていた。
「あ、リックの坊やだ」
トレインが気の抜けた声で呟く。
俺が舌打ちして回れ右するより先に、向こうもこちらに気づいたらしい。
「スヴェンさん。どうしてこちらへ?」
走り寄り、俺達に軽く一礼してリックは尋ねた。
「見舞いだ。そっちこそどうした」
「この病院の職員に不幸がありまして、その事情聴取に同行させていただいています。掃
除屋が必要な事件じゃありませんよ」
「心配するな、首を突っ込みに来たんじゃない」
俺が苦笑すると、リックは慌てて手を振った。
「皮肉で言ったんじゃありません。すいませんでした。それより、お見舞いってマルチナ
ですか?でしたら、エリスに会いませんでしたか?今日来るハズだったのに来ないって、
マルチナが言っていたもので」
「おやまぁ、大変だな」
余計な相づちをうったトレインを、俺はジロリと睨みつける。
「あのう、どうかしましたか?」
俺達の様子をいぶかしむようにリックが尋ねた。
「なんでもない。エリスには今日は会っていないよ。見かけたら病院へ行くよう伝えてお
こう」
「そうですか。お願いします」
 リックと別れ、いったん病棟の中へ入った俺達は、壁掛けの院内地図で入ってきた時と
反対側の方角にもう一つ出入り口があることを確認し、そちらへ向かった。
「つまらんことは喋るなって言ったろうが、ったく」

476例の899@Wiz外伝PoBやってる:2005/05/01(日) 00:45:51
駐車場に出た瞬間、我慢が切れて俺はこぼした。
「ただ今日来てないってだけで誘拐のことはなにも知らないヤツに、なにが大変だな、だ」
「わりぃ。つい、な」
「つい、じゃねェよ全く。まぁ、少しは変に思われただろうが、ヤバイことに巻き込まれ
ているとまでは感づかれちゃいないだろう。だが、頼むゼ?これには、エリスの身の安全
がかかってるんだからな」
「分かったよ。それで、次はどうすんだい?ここへ来る途中にさらわれたようだが、もう
一度来た道を引き返すか?」
トレインはそう言って助手席へ乗り込む。
「無駄だろうな。それに、時間も少な過ぎる」
遅れて運転席に身体を滑り込ませ、俺は答えた。
「じゃあどうすんだよ」
「ベノンズのヤツらに関係がある場所を一つだけ知っているだろう、俺達は」
車内時計に目をやる。
「まだ開店前だが、誰か一人くらいいるだろう。臨時休業してさえいなけりゃ、な」
エンジンをスタートさせ、連中がアジトにしているクラブへと向かった。
 店の前に着いた頃には、時計の針は午後三時半を指していた。
前回訪れた時に、店員から開店は午後五時からだと聞いていたので、店を開けるのならそ
の準備が中では行われているハズである。
「ここで待っていてくれ」
車を停め、共に降り立つと、俺はトレインに言った。
「裏口を張っていた方がよくねェか?」
「ヤツらはそんな間抜けじゃないさ」
トレインの異議を即座に否定する。逃げ出す必要のあるヤツなど、この店にはいないのだ
から。
グレイグの方も、俺達がこの店を訪れることは予測しているだろう。もし、店を臨時休業
にでもして誰も置いていないのならばそれまでだが、たとえいたとしても、その人物は誘
拐のことなどなに一つ知らない可能性の方が高い。その場合は、ベノンズのメンバーの居
場所かそれを知っていると思われる者の名前を、その人物から聞き出す必要がある。
トレインは眉間に皺を寄せ、しばらく俺の顔を見つめ続けた。
そして、仕方がないといった感じの溜め息を一つ吐き、
「任せるよ」
と軽く両手を挙げた。
「そんなには待たせないさ」
前回と同様、“close”の札が下げられた扉を開け、一人で店内へ入った。
中の様子もまた、前回と同じであった。
はめ殺しの電灯が鈍い光を辺りに投げかけるだけの店内に、ボーイがたった一人で床掃除
をしている。違うのは、前回のボーイは開店前の来客者に即座に反応したのに対し、今い
るボーイはこちらをチラリと見ただけで、すぐにまた床のモップがけに戻ったことだ。
俺は無言でボーイに近づいた。
彼は近くに立った俺の足元を一瞥し、掃除をした直後の床を踏み汚されたのが癪に障った
のか、こちらにかろうじて聞き取れる程度の舌打ちをし、
「なんすか?」
と、顔を上げて不機嫌な応対をした。
どこか身体を壊しているのではないかと思うほど、薄気味の悪い男だった。肉を削ぎ落と
したかのような頬に、彫りの深さとはまた違う目の窪みようである。猥雑に縮れた金髪を
肩まで伸ばしている。若いのかある程度歳を取っているのか、それともまだ十代なのか、
一目では間単に判断できそうにない。
「オーナーはいるかい?」
俺が尋ねると、ボーイはあからさまに胡散臭そうな目つきで俺の全身をねめつけた。
取り締まりの警察の人間と疑い、しかし自分の記憶にあるこの街の刑事の顔とは一致しな
いことを、さらに不審がっているかのようだ。
「どうなんだ?」
俺が促すと、
「いねェよ」
とぶっきらぼうに答え、モップを床にこすりつける作業に戻った。どうやら、考えるのが
面倒くさくなったらしい。
頭を使うのが苦手なタイプの男だと、俺は判断した。
グレイグにとって、最も使いやすい男だといえる。自分ではなにも考えようとはせず、た
だ命じられた通りのことしかしない。こういう男は、裏の世界では最も重宝がられ、そし
て使い捨てにされるのだ。恐らく、まだ正式な構成員にはなっておらず、ボーイとして働
かせているのだろう。

477例の899@もうクリアはしたけどね:2005/05/01(日) 00:47:27
この手の男に、言葉は必要ない。なまじ難しい話をすると怒り出すからだ。あれこれと会
話をして情報を引き出そうとしても無駄だろう。もっと原始的な方法が最適である。
俺はボーイのモップの柄を蹴飛ばした。
「あ!」
ボーイは短く叫ぶと、倒れたモップをしばらく見ていた。
そして、いきなり振り返り、俺に拳を叩きつけようとする。
言葉より先に手が出ることが分かっていたので、俺はその振り返りざまを逃さずにボーイ
の鼻へ軽い一撃を入れた。
悲鳴を上げ、右手で鼻を押さえてよろけるボーイの襟首を掴み、クロスをかけられたまま
のテーブルへ突っ伏させる。
「な、なにしやがんだよ!なんでこんな―――」
喚き、手足をバタつかせるボーイの頭をテーブルに打ちつけ、左手を捻りあげる。
「ベノンズの連中が立ち寄りそうな場所を知らないか?」
「なに言ってんのか分かんねェよ!なんでこんなことすんだよ!殺してやる!クソッ!」
捻りあげる角度をキツくすると、ボーイは汚い言葉のかわりに甲高い悲鳴を上げた。
「や、止めてくれよ!俺は関係ないんだよ!店で働いてるだけなんだよ!」
その言葉を無視し、さらに捻る。あと少し強くすると、肘が挫けるか肩が脱臼するという
ギリギリのところだ。
ボーイは涙と涎で顔中を汚し、もはやろくに喋ることもできないでいた。喉の奥から、蚊
の鳴くようなか細い喘ぎを途切れ途切れ漏らすのがやっとであった。
俺は顔を傾けて、ボーイの目を覗き込んだ。
「ベノンズのメンバーなら誰でもいい。居場所を教えろ」
気の毒なほど怯えた眼差しをしたボーイは、痙攣する唇を二度ほど力なく動かし、声が出
せないと知ると首をブルブルと横に振って答えた。
このまま腕を折ってしまおうか。そう思った時、
「やめなさい!」
という女性の声が店内に響いた。
声のした方へ振り向くと、そこにはラメの入ったグリーンのドレスを着た女性が、事務室
へと通じるドアのノブに手をかけて立っていた。あの時に見た、この店を任されていると
いうグレイグの女だ。
「彼を離しなさい。警察を呼びます」
切れ長の吊り目で俺に鋭い視線を投げかけ、彼女は言った。
俺はボーイを押さえつけたまま、その視線を正面から受け止める。
「呼べるのかい?今、警察に周りをうろつかれると、あんたの愛人が困るんじゃねェのか」
「なにを言っているのか分かりません。離しなさい!」
そう言いはするが、電話に近づく素振りも見せずにその場にジッとしている。
俺はしばらく無言で彼女と見つめ合い、ボーイを突き放した。
「あぁ、畜生!畜生!イテェ、畜生!」
ボーイは右手の肘を押さえて一通り呻くと、女性が現れたことで再び好戦的になり、
「殺してやる!」
と立ち上がるなり俺に殴りかかってきた。
俺は余裕を持ってそれを受け止めた。ボーイの右手はまだ使い物にならないので、左さえ
押さえてしまえばなにもできなくなる。
受け止めた左手を引きつけてボーイの体勢を崩し、今度は加減せずに顎を打ち抜く。
脳を揺らされたボーイは、悲鳴を上げることもなく床に倒れた。
念のため、こめかみの辺りを靴のつま先で蹴った。こうすることで、気絶から覚醒するま
での時間を延ばすことができる。
「さて、今度はアンタに尋ねるとしようか」
俺はドレスの女性に近づいた。それでも、彼女は身じろぎ一つせずに、先ほどから変わら
ない挑戦的な視線を投げかけている。
「グレイグが、今、なにをしているのかは知っているんだろう?」
「なんのことだか分からないわ」
「まぁいい。こっちはただ、ヤツがさらった人間を返してもらいたいだけだ。どこで監禁
しているのかさえ教えてくれりゃあ、後はこっちでやる。アンタに迷惑はかけない」
「知らないものは教えようがないわ。さっさと出ていってちょうだい!」
俺は溜め息を一つ吐いた。
「女には手をあげないのが俺の信条なんだが、あまり手間をかけさせるようだと、それも
捨てなくちゃならん。なにしろ、時間がないんでね」
「ケチな脅し文句ね。なにをされようとも答えは変わらないわ。知らないのだから」
いい度胸をしている。なるほど、グレイグが信用してこの店に残しておくわけだ。

478例の899@でもまだ潜って宝探し:2005/05/01(日) 00:48:15
だが、こちらも引き下がるわけにはいかない。
「なら、知っているヤツに聞いてみようか」
俺は彼女の腕を取った。
「なにをするの!?」
抵抗する彼女を引っ張り、カウンター席に向かった。
電話を確認し、受話器を取って差し出す。
「グレイグに電話してもらおう」
彼女は無言で俺を睨んでいた。
「電話して聞いてみなよ。俺が一緒にここにいると伝えりゃ、ヤツも察しがつくだろうさ。
人質交換ってワケだ。ああ、そうだ。かけ先は警察でも構わんゼ。アンタに任せるよ」
そう言って、俺は彼女の手の中に受話器を押し込んだ。
彼女はしばらく受話器のプッシュホンの辺りを見つめていた。ややあって、なにかを決心
したように顔をキッと上げ、こちらに受話器を放り投げた。
「どちらもお断りだわ」
そう言うと、彼女はそっぽを向いた。その口元は、決意の固さを示すように硬く引き結ば
れている。
俺は奥歯を固く噛み締めた。胸で受け止めた受話器をギュッと握る。
「ヤツがさらったのは、まだ十八の女の子だ。その娘は最近父親を亡くした。撃ち殺され
たんだ。俺は彼女を助けたい。一刻も早く助け出してやりたい!もし……もし彼女が、さ
らわれた以上の酷い目に遭わされたりしたら、もしヤツらに―――」
この先が言えなかった。言いたくなかった。想像もしたくなかった。
「―――もしそんなことになったら、俺はグレイグを殺す」
自分でもゾッとするほど冷たい声が出た。
「…………」
「頼む!今の俺は、あの娘を助けたいだけなんだ。グレイグをどうこうする気はないんだ!
だから、お願いだ!協力してくれ!」
再び受話器を彼女へ差し出し、哀願した。駆け引きもなにもない、純粋な気持ちだった。
しかし、彼女は顎を僅かに引いただけで、こちらを向くことも声を出すこともなかった。
俺は受話器を持った手を振り上げた。そのまま力任せに床へ叩きつけようとし、すんでの
ところでその感情を押し留めた。
受話器をカウンターテーブルの上に置き、倒れたままのボーイをチラリと一瞥してから、
ドレスの女性へ背を向けた。
「邪魔をした」
扉に近づいた時、後ろから声をかけられた。
「一つ、聞いていいかしら」
立ち止まり、首だけ振り向かせる。
「なぜ私を連れ去らないの?私をここから連れ出せば、こちらから連絡しなくても、この
子の意識が戻った時にグレイグに伝わるわ。アナタがそれに気づいていないとは思えない。
人質交換しようと思えばできるハズよ。なのに、なぜかしら?」
確かに、その方法は俺も考えていた。しかし、俺はそれを捨てた。
「グレイグは若い女を人質に取る卑怯者だ。俺は……」
前に向き直り、ドアノブに手をかける。
「俺は、ただの臆病者だ」
言い残し、店を出た。

479例の899:2005/05/03(火) 01:30:35
 外で待っていたトレインに首を横に振るだけで首尾を伝え、俺達は車に乗り込んだ。
「これから、どうするよ」
頭の後ろで腕を組み、座席に深くもたれたトレインが言った。
俺はハンドルに両手を乗せ、目を閉じて考えを巡らせた。
なにか手はあるだろうか。ベノンズのヤツらは、この街に根を下ろして商売をしている。
さらった人間を監禁しておける場所も多く持っているだろう。やみくもに動き回るだけで
は到底突き止められるハズもなく、知る限りの情報を元に、一つ一つの糸を辿っていくし
かない。そして、その糸はこの店で途切れてしまった。
「どうしようもないな」
俺は素直に事実を認めた。お手上げだった。
車中に、徒労感と無力感が重く漂う。
「しんどいな、掃除屋ってのは」
自分に言い聞かすような口調でトレインが言う。
「なんでもかんでも都合のいいようにことが運ぶワケじゃないさ。癪に障る話だがな」
そう答えると、俺はキーを回した。
エンジンが、二、三度咳き込むように震え、アクセルを軽く踏むと不機嫌そうな唸りを上
げた。
 車の中で、俺達は向こうから次の連絡があるまで大人しく待つことに決めた。
途中、手軽にとれる夕食を買い込み、ホテルへと戻る。
部屋の前に、リックが立っていた。
「スヴェンさん」
俺達の姿を認めると、彼は廊下をこちらへ駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「エリスは誘拐されたんですか!?」
「うん?」
「とぼけないでください!心配になって家まで行ったんです。そうしたら、スーザンがア
ナタに訊けって。どうなんです!?」
「……彼女はそれ以外になにか言っていたか?」
「いえ、なにも。あ、ただ、私からはなにも言えないけど、と」
「そうか」
リックをここに寄こしたのはスーザンだった。しかし、彼女を責めることはできない。
警察に連絡しないでくれと頼んだのは俺なのだから。
リックも警察の一員であるため、スーザンもどう話せばいいのか迷ったに違いない。
彼女が俺からリックに説明をさせようとしたのなら、『訊けばきっと教えてくれる』とで
も言っただろう。だが、彼女はただ『スヴェンに訊け』とだけしか言わなかったらしい。
それはつまり、リックへどのように伝えるかは俺の判断に任せる、という意味だろう。
そう考えながら、俺はあご髭の辺りをさすって間を持たせていた。
「やっぱり、なにかに事件に巻き込まれたんですか!?」
なかなか答えない俺に痺れを切らし、掴みかからんばかりの勢いでリックは言った。
「ああ、そうだ」
俺が白状すると、横でトレインが大きく息を吐いた。
「誘拐ですか!?なぜです!?誰にですか!?」
リックは俺の襟を掴んで叫んだ。
俺はその手を掴み返して諭す。
「落ちつけ!彼女を助けたいのなら、落ちついて俺の話を聞け!」
「落ちついてなんていられませんよ!なぜ彼女達ばかりがこんな……今日だって!」
「今日?」
そういえば、午後の早い時間にリックとは病院で出会っている。警官の彼が、他の警官達
と一緒に、下の娘のマルチナが入院している病院にいたのだ。その時、彼は今日来るハズ
のエリスがまだ来ていないことをマルチナから聞いたと言っていた。仕事で病院へ来てい
る警官が、知り合いとはいえ、どうして入院患者と会話できたのだ?
「まさか、妹の方にもなにかあったのか!?」
今度は俺が掴みかかる番だった。
「い、いえ、マルチナにはなにもありません。ただ、彼女の担当についていた看護婦が自
殺をしたんです」
「自殺……看護婦が。いつだ?」
「今朝、自室の浴槽で手首を切った姿で発見されたそうです。その件でマルチナは非常に
ショックを受けていて。それなのに、エリスまで……!なぜ、彼女達の周りでこんなこと
ばかりが連続して起こるんですか?」
会話をしている間に少しだけ冷静さを取り戻したようだ。先ほどまでの噛みつくような勢
いが少しだけ和らいでいた。
これなら、事情を教えても理解してくれるだろう。

480例の899:2005/05/03(火) 01:31:10
「自殺の方は知らんが、エリスが巻き込まれたのは俺のせいだ」
「スヴェンさんのせい?」
「彼女は確かに誘拐されたが、それは金銭目当てじゃない。こっちの行動を限定させるた
めの人質みたいなモンだ。俺達が素直にそれに従っている間は、彼女の身はまだ安全だ」
言っていてむなしくなる。
素直に従っている間は、彼女の身は安全。本当にそうだろうか?
俺はエリスの声を聞いていない。無事かどうかさえ確かめようがないのだ。
さらわれた時に抵抗し、ベノンズのヤツらに殴られたかもしれない。監禁され、酷い目に
遭っているかもしれない。考えないようにしていたが、もしかしたら、すでに最悪の事態
になっていて、あの時の電話に出せなかったのかもしれない。
全ては、グレイグの言葉を信じるしかないのである。誘拐犯の言葉を、だ。
そのジレンマが、身体中の血液を激しく上へと追いやり、正常な思考を奪おうとしてた。
肩が小刻みに震えているのに気づく。無意識のうちに、爪が食い込むほど拳を握り締めて
いた。
俺は一つ息を吐き、彼に対して一番重要な点を伝えた。
「だから、今、警察に出張られちゃマズいんだ。リック、お前もだ。分かるだろう」
「でも……!」
彼は食い下がったが、言葉を続けることができなかった。ただ、悲痛な眼差しをこちらへ
向けるだけである。
俺も無言で見つめ返した。
なにをどう言われようと、彼を一緒に連れて行くつもりはない。警官である彼を、これか
ら行われるベノンズとディーンズの会合に同席させるワケにはいかない。エリスだけでな
く、彼も身の破滅を招きかねない。
「エリスを誘拐したのは誰なんですか?」
力ない声で彼は尋ねた。
俺は首を横に振る。
彼はうつむき、夢遊病者のような足取りで俺の横を通り過ぎていった。
もう一度、余計な手を出さぬよう念を押すか、彼の気が少しでも安らぐような言葉をかけ
てやるべきだった。
しかし、俺の心の中に、彼を一刻も早く遠ざけたいという気持ちがあったのかもしれない。
なにも言わず、彼を帰してしまった。
「あれでよかったのかな」
二人きりになった廊下に、トレインの言葉が響く。
思えば、今までに幾度も機会はあった。彼に全てを話し、俺達に協力させることができた。
ジョーから教えられたものを伝えることができた。
今、俺はその最後の機会を逃した。
 日中、出かけ詰めだったため、部屋の窓は今の今まで閉め切ったままであった。
熱せられた空気と、日ごと溜まっていく汗をたっぷりと吸ったシャツ類から発散される不
快な匂いが混ざり合い、沈殿していた。
「こんな部屋じゃ落ちつけねェなあ」
リックを追い帰したことを俺が気に病んでいるとでも思っているのだろうか、トレインは
ことさら明るい調子で言った。
俺は窓を開け、その枠に腰掛けると煙草に火を点ける。
紫煙を肺に入れること数回、ニコチンが血液を通して身体中に染み渡るのを感じると、よ
うやく人心地つくことができた。
「フィー、うめェ」
見ると、トレインが夕食用に二本買っておいたミルクのうちの一本を飲んでいた。
「どんな場所でもコイツが飲めりゃ最高だゼ」
その能天気な笑顔につられ、俺も思わず吹き出してしまう。
二人して声を殺して笑い合う。それが止むと、俺は言った。
「そんなに気を使わなくてもいい。俺は大丈夫だ。待つ、と決めたんだから」
「気がかりはそれだけかい?」
姿勢を直して、トレインが尋ねる。
「他にあったか」
「ほら、それだ。このヒネクレもん」
「そりゃあ、お互い様だ」
「ヘいへい」
トレインは大げさに肩をすくめてみせ、ミルクの残りを飲み干した。
俺が煙草を揉み消すと、それを待っていたのだろう、トレインが装飾銃を取り出し、点検
を始めた。今夜に備えてのことだ。

481例の899:2005/05/03(火) 01:31:31
俺の方は、なにかをすることもなく、ただぼんやりと装飾銃を眺めていた。
銃を見ていることで、頭の中は自然と今夜のことへと移っていく。
しばらく考えていると、突然、閃きに似たものが天から降ってきた。
「トレイン」
「あん?」
「もしかしたら、ハメられたかもしれん」
「ハメられたってなんだよ。人質も取られて、とっくの昔にズブズブにハメられてるじゃ
ねェか」
「そういうことじゃない。今夜のは、ベノンズとディーンズの手打ちって話しだが、考え
てもみろよ。ベノンズ、いや、グレイグにとって、最高の結果ってなんだ?」
「最高の結果?そりゃあ、今夜の手打ちが円満に終わることじゃねェの?」
「逆さ。ヤツにとって最高の結果とは、市長が死ぬことだ」
「市長?」
銃口を覗いていたトレインは、作業の手を止めてこちらを見た。
「市長を排除できれば、この街におけるダラタリ・ファミリーの影響力をかなり低下させ
ることができる。マリファナのばら撒きにケチがつき、ジェシー=ヤンデン上院議員の件
でIBIに締めつけられているダラタリを、この街から撤退させることもできるだろう。
そうすりゃ、赤龍と手を切らずに済むし、ダラタリのバックアップを失ったディーンズを
飲み込むのも容易い」
俺が説明を終えると、トレインは首を捻って考えだした。
「えーと……それはつまり、グレイグの野郎は市長を―――」
「今夜、殺るつもりだろうな。そしてその犯人は―――自分を指差し、次いでにトレイン
を指す―――というわけだ」
「どうやって?」
「そうだな。たとえば、俺達を先に殺り、俺かお前の銃で市長を弾く、とかな。他には、
多分こっちが本命だと思うんだが、ディーンズとの取り引きを不調に終わらせ、その場で
抗争に持ち込む。俺達に銃を持ったままでいいと言っているしな。そうすりゃ、エリスを
取り返すまでは逃げ出せない俺達だって、巻き込まれりゃ応戦しないワケにはいかない。
何発かは撃つだろうさ。気がづくと、市長が殺られている。後は人質を盾にとって俺達を、
ってところか」
「警察はどうすんだよ?俺達が市長を殺って、動機は?」
「裏帳簿のコピーがある。俺達は、それを元に金を脅し取るつもりで市長を呼び出したが、
支払いを拒否されたので思わず撃った」
俺は手で銃の形を作り、撃つ真似をする。
「まさか、グレイグのヤツはそこまで読み切って裏帳簿を……」
「それはない。気づいたらお膳立てができていた、ってところだろう。考え過ぎさ」
「しっかし、なんかスゲェ不利っぽくねェか?」
トレインは渋面を作って言った。
「そうでもないだろう。向こうの手が分かったってことは、対策を立てることができる。
先手だって打てるかもしれん。それにな、グレイグは現場にエリスを連れてくるぞ」
「なぜ、そう思うのさ」
「人質を使うにしても、目の前にいるのといないのとじゃあ、追い込まれ方の度合いが違
うからな。確実に俺達を自分の意のままに動かそうとするのなら、ヤツは必ずエリスを近
くに置いておくハズさ」
「そっか。俺達に人質を奪われるリスクより、人質を捨てて敵に回られるリスクの方がヤ
バいってことか」
「ヤツは元傭兵だからな。より確実な方を選ぶハズだ。大事なものを捨てて自棄になった
敵より、助け出した人質を抱えて逃げ出す敵の方が仕留め易いと考えるだろう。仕留める
だけの腕も持っているし、な」
トレインは装飾銃を膝の上に置き、腕組みをした。
「ってことは、俺達は―――」
その後を、俺が続ける。
「エリスを助け出し、ヤツらの攻撃をかわして逃げ切る」
グレイグは知らない。ヤツが人質を連れて逃げる敵を仕留める腕を持っているように、俺
一人では無理だとしても、人質を連れて逃げ切られるだけの腕を持っている男がここにい
ることを。
「さーて、今夜に備えて、そろそろ晩飯にすっか」
その男は整備し終えた装飾銃を放り出し、二本目のミルクを取り出した。
 二十一時半を少し過ぎた頃、携帯にグレイグから連絡が入った。
時間は今夜の零時、場所はケニス港の三番倉庫とだけ伝え、通話は一方的に切られた。

482例の899:2005/05/03(火) 01:40:21
ようやくここまで来たという感じ
こっからラストの山場(のつもり)なわけでして
山場(のつもり)は山場(のつもり)なりに、小出しにするより
全部書き上がってから一度に出したいというこちらの勝手な要望がありまして、
今しばらくご猶予を戴きたいと思います
大筋は頭ん中でできてるけど細かい部分を全く考えてなかったり、
大筋の部分だけでもなんかメチャクチャ長くなりそうな予感があったりで
いつになるのかは分かりませんが、まぁ八ヶ月も空けるなんてことはもうないと…
いや、多分…そうであればいいな、というか…
一体何人の奇特な方にまだ見ていただけているのか分かりませんが、先に謝っておきます
ごめんなさい

483名無しさん:2005/05/05(木) 00:25:04
アニメ化記念で覗いてみたが、まだやってたんだね
まあマターリがんがりな

484名無しさん:2006/01/08(日) 02:08:19
8ヶ月空いとるがな


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