したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

457例の899:2004/06/23(水) 01:28
 俺達はホテルから警察署へと移動し、面倒な調書取りに付き合わされた。
担当の刑事達は、相応の悪意を込めた質問を繰り返し、俺はうんざりしながらもそれに従
った。
質問役の刑事は一通り訊き終わると別の刑事と交代して休憩を取っていたが、俺に休憩が
与えられることはなかった。顔が変わるだけで、また同じ質問を最初から始めるのだ。
彼らは皿の底に残った溶け残りのオニオンをすくうような執念で、俺の返答の細かい点を
突いてくる。そうやって、供述に綻びが出てくるのを待っているのだ。
まるで、こちらが被疑者であるような扱われ方だったが、それは掃除屋なら誰でも経験し
ていることだ。特に、今回は事情が事情なだけに、彼らがなんとか俺達の化けの皮を剥が
そうと躍起になる気持ちも分からなくもない。
俺は、答えるべき質問には正直に答え、後は使われたオートマチックの前科を調べろとだ
け付け加えていた。
 何時間経ったのか、今のおおよその時刻も分からないくらい頭をぼんやりとさせて、こ
れも何度目なのか分からない交代時の僅かな合間に、俺は十何本目かの煙草を吸っていた。
こうしている間に大統領が二人くらい変わってしまったと教えられても、そう驚きはしな
いだろう。
顔中に脂がのっていて、髪の生え際と髭の辺りが酷く痒い。それでも、冷房はささやかに
仕事をしてくれていたので、俺は人権の尊さを説いた人物に感謝していた。
 ドアが開かれ、また『始めまして』と挨拶しなければならない刑事が現れた。
190近い長身で、肩幅もそれに負けないくらい広い。腕にも首にも、実用的な筋肉がし
っかりと盛り上がっている。肌の色は赤みを帯びた白で、少々薄い銀髪を丁寧に後ろへ撫
で付け、太く毛先の長い眉毛も同じ銀色だった。大きな耳と垂れ下がった目尻が柔和そう
な印象を与え、疲れが溜まっているためか目の下に隈ができている。それでも、瞳の奥の
輝きが、俺をくつろいだ気分にさせてはくれなかった。
見た感じ、40代後半から50代といったところだろうか。途中で曲がった鼻が、厳しい
現場で長い間過ごしてきたことをうかがわせる。
頑丈そうな角張った顎には無精髭が生えていた。夜勤明けでそのままこの事件の担当にな
ったのかもしれない。その証拠に、白のワイシャツはついさっき着替えたばかりのように
皺一つ無かった。
男は俺の反対側に音を立てて腰を下ろし、俺の目の前に置いてあった灰皿を机の真ん中へ
移動させた。胸ポケットから取り出した煙草に火を点け、大きく吸い込んでから上へ向か
って吐き出した。そのまま、無言で頭上を漂う紫煙に顔を向けていた。
無意味な時間が過ぎていった。男は煙草を揉み消してからも、なにも喋らなかった。俺も
口を開かなかった。
俺の中で無言の圧力が薄らいだように感じ、新たな煙草に火を点けようとライターへ手を
伸ばした時、彼が初めてその声を聞かせてくれた。
「俺はスタン=キーリン警部補だ。どうだね、疲れたか?」
低いがよく通る声だった。そこには、微かな南部訛りが感じられた。
「一週間くらいはベッドから動きたくないね」
俺は正直に答えた。煙草に火を点ける。
「同感だ。俺もさっき三時間ばかり仮眠を取ったばかりだが、それまではずっと働き詰め
でね。こんな生活がここ二週間ばかり続いているよ。普段は静かなこの街も、毎年この時
期だけは忙しいモンなんだが、今年は特に酷い。酔っ払った観光客同士の喧嘩や、港の倉
庫荒らし、若造どもの乱暴な運転の取り締まり。まぁこれだけ人間が寄ってくりゃ、どう
したって歪みは出てくるモンだがな」
キーリンの目がゆっくりと俺の方へ降りてきた。俺は、土産屋の置物のような無表情で見
返した。
「それでも、今度のはイケねェ。警官殺しにヤクの運び屋殺しが続き、しかも仲間が殺ら
れたってのに上からの圧力で事件を取り上げられちまった。俺らの中でも、まだ諦めずに
極秘で捜査を続けている輩もいないでもないんだが、そんなやり方じゃホシを挙げること
なんて到底できやしないだろう。俺らの面子は丸潰れだよ。そして、止めが刑事の掃除屋
襲撃だ。これには参った。このままだと、俺達は看板を下ろさなきゃならなくなる。バッ
ジを振り回そうにも、周りがそれを認めちゃくれないだろう」
彼はそう言うと、力の無い溜め息を吐いた。心身ともに、限界まで疲れきった人間がする
溜め息だった。
俺はなにも言わなかった。かけるべき言葉が見つからなかったからだ。
お互い黙ったままで一分ほど過ごした。壁のスピーカーが、フルメール通りでホールドア
ップが発生したという緊急連絡をがなりだした。二十代から三十代とみられる黒人の男が
32口径を所持したまま逃走中であることを教えてくれた。いつもの癖で、四日分の食費
だと頭が勝手に判断した。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板