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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

439例の899:2003/11/22(土) 01:59
「泥棒請負、あの産業スパイか」
泥棒請負人とは、金銭をもって依頼人の望む品を“泥棒”して引き渡すことを生業として
いる連中である。その多くは、ライバル企業の開発した試作段階の製品や、巨額を産み出
す可能性のある企画書などを盗み出す、一昔前の産業スパイと同様の者達であるが、ごく
稀に、コレクターが秘蔵する美術品などを“泥棒”する呼び名通りの働きをする者もいる。
昨年、某国の依頼を受けた泥棒請負人が、この国の研究機関から軍事機密を盗み出した事
件を、俺は思い出していた。結局、ソイツは国境を超えることなく射殺されたが、機密に
対する好奇心とセンセーショナルな報道によって、泥棒請負人の名は世間の耳目を大いに
集めることになってしまった。
「いや、俺が言っているのは、本当の意味での泥棒請負人だ。この道でも数少ない、本物
のヤツさ」
グレイグは頭を振って答えた。
「ソイツに盗ませたって言うのか?」
俺はもう一度、市長の裏帳簿だといわれる書類に目を落とした。
「ああ。前にアンタ達がこの店に来た時、ちょうど客を待たせていてね、その客がそうさ。
だから、アンタ達の話しを聞いた時に、すぐにソイツのことが頭に浮かんだ。俺はソイツ
に盗みの技術を教えたヤツと古くからの知り合いでな、一つだけ貸しがあったんだよ」
グレイグがそこまで言った時、俺は横からの視線に気づいた。顔を向けると、トレインが
目線で俺に確認を求めていた。
俺は軽く肩をすくめて、小さく頭を振った。トレインが見た二人組のことを、今、持ち出
すべきではないと、俺は判断したのだ。
グレイグはかまわずに続ける。
「まぁ、本来なら手掛ける前に警備の配置や逃走経路なんかの調査で一・二週間はかかる
のをたった二日で、しかもあるかどうかさえ分からない市長の不正の証拠を手に入れてく
れなんていう無茶な依頼を、よくもこなしてくれたよ。あの若さでよくやるモンだ」
耳の端にグレイグの言葉を引っ掛けながら、俺は書類のページを繰っていった。そして、
最後の六枚目にさしかかった時、俺の目はある一点に釘付けになった。
一列目の日付はちょうど八日前、二列目に五千万イェン、五列目にTの文字が記入されて
いた。思うに、二列目が収入、三列目が支出、四列目が繰り越し金、五列目が収入に記入
があれば振り込んだ者、支出に記入があれば支払った者のイニシャルだろう。つまり、ヤ
クの運び屋が州境の検問を突破した次の日、市長はTという者から五千万イェン受け取っ
たということだ。Tが何者かは今更言うまでもない。タラダリ・ファミリーだ。
その記述自体、別に目を釘付けにする力など無い。グレイグが偽の裏帳簿を用意したとし
ても、事情を知っているのだからそのくらいの捏造はできる。
俺の目を惹き付けたのは、下の二行だ。
その次の日―――運び屋の一人目が射殺された日だ―――に、市長はMという人物に五百
万イェン支払っている。さらにその次の日、Bという人物に二百万イェン。
「これ、見てみろ」
俺はトレインに六枚目のページを渡した。グレイグの言葉は既に耳に届いていない。
受け取ったトレインは上から順に目を落としていった。その目を俺と同じように一点で止
めて、呟く。
「二百万、B……」
日付と金額からみて、Bというのはジョー=ベイブの名を示していると考えて間違いない
だろう。
グレイグは、ジョーが市長に絡めとられていることを知らないハズだ。もし知っていたと
しても、今度はその事実を俺が掴んでいることを知らない。
グレイグには、そんな記述を入れる意味など無い。この裏帳簿が偽物だった場合、ジョー
への金の流れを俺が知っていなければ、その記述は書類を本物だと思わせる役には立たな
いからだ。
偶然、という可能性を考え、俺の口元から自然と苦笑が漏れる。
「こりゃあ、間違いないかもな」
六枚目を俺に返しながらトレインは言った。同意見らしい。
「ああ。だが、そうすると、一つ前のミスターかミスMが鍵になるかもしれん」
「ミセスMかもしんねェゼ?」
俺は鼻で笑って前に向き直った。
「気に入ってもらえたようだな」
グレイグは、まるで挑戦するような目つきで俺を見据え、言った。


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