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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

1</b><font color=#FF0000>(q6iS3jc2)</font><b>:2003/02/03(月) 16:23
前スレ http://comic2.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1043402443/
少年漫画板レス削除依頼 http://qb.2ch.net/test/read.cgi/saku/1027348203/l50
矢吹先生☆22歳http://members.tripod.co.jp/train_heartnet/y.jpg
絵板(黒猫) http://isweb41.infoseek.co.jp/cinema/marotan7/
sage進行推奨☆「荒らし煽りキティは徹底的無視」推奨☆マターリでよろ
過去ログ倉庫 http://nagi.vis.ne.jp/bcat/
その他>>2-10

335例の899:2003/02/16(日) 02:36
 エレベーターの前に人だかりが出来ていた。降り立った数人を、記者やカメラマンが取
り囲んで、次から次へと質問を浴びせかけている。
「ああ、殺人課のバラックだ。俺も本業に復帰する事にするよ。じゃあな」
カイトはそう言い残して、集団の中に紛れていった。
集団の目線の中心にいる男がバラックなのだろう。ごま塩のボサボサ頭に、よく日に焼け
た厳しい顔つきをし、白のワイシャツはノーネクタイだった。肉付きのいい体をしていて、
全体的に堅物そうな印象を受ける。
回りから飛ぶ様々な質問に対し、顔に似合った濁声で、質問には答えられない、ここでは
迷惑になるから記者発表まで待て、というような事を繰り返し、外に出ようと人波を掻き
分けていた。バラックの後ろには、外見的には俺と同じ位の年齢のヤツが二人―――こち
らは両方ともキチンとネクタイを着用している―――いて、記者達と目を合わせないよう
うつむき加減で先を急いでいた。俺達は、その様子を遠巻きらかぼんやりと眺めていた。
「どう思う?」俺はトレインに尋ねた。
「なにが?」
「ステファノの殺され方だよ。部屋に招き入れてるって事は、知ってる人間だったって事
だろう?だが、自分を始末するような人間だとは思っていなかった」
「ああ。アンタが言う『市長の牙』ってのと合致するな。知ってはいるが、知り過ぎては
いないヤツ。この潜伏に分不相応なホテルも、ソイツが用意したんだと思うゼ。ステファ
ノの名前でな。だが、顔と名前が割れてしまったから消した」
「偽名で予約しなかったのは、身分証を用意できなかったから、か。元々、この潜伏が予
定にはない突発な出来事だったから」
「筋は通っているよな、一応」
そう言ってトレインは、一度大きく伸びをした。
「もしその通りだとしたら、ベノンズのヤツらが言ってた『運搬の引継ぎ』役がそれか」
「ヤツらから、“詰め”られる情報が得られればイイんだがな」
「ああ、そうだな」
俺達はホテルを後にした。

336名無しさん:2003/02/16(日) 03:10
前にSS集めてUPした者だが899は自分の文章保存してるよな?
いろんなスレに散ったからいくつか見逃してしまった

337例の899:2003/02/17(月) 01:07
あ〜多分、鯖飛びEX→難民板→ここだったと思う。
保存はしてるし、もし奇跡的にも完結したら、前の方に少し手を加えてから
ここのナリ掲示板に新規スレ建てて全部うpするよ。
で、ナリがその漫画版を描く、とw


嫌なやつだな、俺。

338例の899:2003/02/17(月) 02:42
悪い、鯖飛びには入れてなかったよ。
とりあえずdet落ちしてない分で、
難民http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1043906366/
>>222>>264ときて、ここの>>156〜〜〜って感じ。

339例の899:2003/02/20(木) 02:31
 俺は、日中をブルーサンズの自室で過ごした。まるで、サウナに長時間浸かっているよ
うなものだったが、少しでも体を回復させておきたかったからだ。汗だくになって歩き回
るより、汗だくになって寝転んでいる方がマシだろう。
夜までする事が無いと分かったトレインは、この後、疲れる仕事が待っているというのに、
「海を前にして泳がないのは、人間として間違っている」
と言って別行動をとっていた。
睡眠が不充分だったのか俺はいつの間にか眠ってしまい、18時を過ぎてから帰ってきたト
レインに起こされた。この辺りの18時といえばまだ陽は沈んでいないハズなのだが、外の
光が射し込み難いこの部屋は既に暗くなっており、起きた瞬間は、かなり遅くまで眠って
しまったと勘違いをして、少し焦ってしまった。
時計を確認してホッと一息吐き、トレインに言われて食事の前に汗を洗い流す事にした。
シャワーを浴びてサッパリとしてからスーツを着込んだが、思うところがあって帽子は被
らなかった。
ファーストフードで軽い夕食を摂り、20時に近くなった頃、アネットから聞いた店へと向
かう事にした。
 メイスペリー市の南東側に、ナイトスポットが密集した区画がある。どこの国でもどん
な時でも、色を売る街というのは同じような顔を見せるモンだ。浮かれる男と気取った女、
店を物色する男や色目を使うのに必死な女。そういったものが、独特のネオンライトに照
らし出され、どこか現実離れした世界を作り上げている。
その中でも比較的落ち着いた雰囲気の通りに、トッシュ=グレイグが女にやらせていると
いう店はあった。
俺は少し離れた路肩に車を停め、中から店の回りを観察した。表には、黒のベストを着た
ヤツが一人立っているだけで、昨晩会った連中は見かけなかった。他にも、怪しい素振り
を見せる人間もいない。
「いけそうだな」
俺は眼帯を外して言った。
「アンタは面が割れてるんだ。俺が先に行くゼ」
トレインは車を降り、人波をかわしながら店に向かって行った。すこし遅れて、俺も続く。
店先に出ていたボーイがトレインに一礼し、中に案内していった。俺がゆっくりとその背
後に近付いたいた時、
「トッシュ=グレイグって人に会いたいんだけど」
とトレインが言った。ボーイは腰を折り、
「生憎、オーナーはまだお見えになっていません」
と答えた。
「いつぐらいなら会えるかな?」
「普段通りでしたら、もうそろそろ顔を見せられると思います。失礼ですが…?」
「約束をしててね、少し急ぐんだ。オーナーがいないんなら、それに近い人は?」
「それでは、伺って参ります。お名前の方を…」
「トレイン=ハートネット」
「こちらの方でお待ち下さい」
ボーイは隅の待合席に案内しようとしたが、トレインはそれを断った。ボーイは再び一礼
をし、座席を縫うようにして奥へと入っていった。そして、一番奥の扉の中に消えた。
「あそこが事務所らしいゼ。行くか?」
トレインは振り返って訊いてきた。
「あのボーイはベノンズとは関係ないだろう。巻き込みたくない」
俺は、扉からは死角になっている位置に体をずらして答えた。
「フム。ま、下手に暴れて警察呼ばれてもアレだしな」
今頃あのボーイは、事務所に詰めているヤツに俺達の人相を告げている事だろう。俺が帽
子を被らなかったのも、店の前で眼帯を外したのもそのためだった。もし、昨晩の連中が
あの中にいても、パッと見の特徴を聞いても俺だとは分からないだろう。

340例の899:2003/02/21(金) 01:47
「誰か一人出た。こっちを覗いている」
トレインが前を向いたまま告げた。恐らく、トレインの名に心当たりが無かったため、ベ
ノンズの誰かが客の顔を確認しようとしているのだろう。
「どんなヤツだ?こっちに来るのか?」
「いや、もう中に戻った。まだ二十歳にもなってなさそうなガキだ」
俺に銃を突き付けていたあの若造だ。ボスと一緒に俺を襲うくらいだ。たとえ10人ほどの
チームだとしても、ベノンズの中ではそこそこ上の立場にある人間なんだろう。そいつが
覗きに来るという事は、中にはヤツより上の人間がいる可能性が高い。
「行こう」
俺はトレインの先に立って、不自然でない速さで店の中を進んだ。途中、カウンターの中
のバーテンダーがこちらを見ていたが、俺は軽く手を挙げただけで前を通り過ぎた。
ボーイが入っていった扉を、二人で挟むようにして立った。
「銃は抜くなよ」小声でトレインに釘を刺す。
「わーってるよ。雑魚相手に抜くほど間抜けじゃねェって」
その時、扉のノブがゆっくりと回った。少し開いたところで、俺は扉を掴んで引いた。
扉に引っ張られるようにして出てきたボーイは、驚いた顔で俺を見上げた。
「ちょ、ちょっと―――」
言いかけたその口を俺は左手で塞ぎ、ボーイの体を中に押し込めた。カッと目を見開いて
モゴモゴとなにかを言おうとしているボーイに顔を近付け、自分の唇の前に人差し指を当
てる。そのままの状態でジッと睨み続け、怯えるボーイが足掻きを止めたところでクルリ
と反転し、店内の方に突き飛ばした。ボーイは床に尻餅をつき、トレインが扉を閉じて鍵
を掛けた。扉を閉めた事で、店内の喧騒が少し低くなった。
「フン縛って転がしときゃイイのに」
トレインがポツリと漏らした。
「心配いらねェよ」
俺は辺りを見回して、自分達のいる場所を確認した。扉を入ってすぐ事務所、というわけ
ではなく、そこは薄暗い照明が灯っている細い廊下だった。奥に向かって扉が二つある。
手前の扉からは明かりが漏れていなかった。多分、物置かなにかに使われているのだろう。
奥の方が事務所に続く扉と思われる。俺達は素早くその前まで移動した。そろそろ、店内
が騒がしくなってきた。あのボーイがそうさせているんだろう。それでも、トレインが心
配するような事態にはならないハズだ。警察に来られてマズいのは、店の方だからだ。ベ
ノンズが扱っているマリファナは、恐らくこの店の中で捌かれている。それに、店の二階
では、娼婦が仕事に精を出している最中だろう。
俺は奥の扉のノブに手をかけ、トレインを見た。トレインはうなずき、俺は扉を開いた。

341例の899:2003/02/24(月) 03:10
部屋に入った俺は、早足で奥に突き進んだ。扉の真横で煙草を吸っていたあの若造は驚き
の声をあげたが、俺の後ろから飛び出してきたトレインに壁へ押し付けられ、顔面に頭突
きを食らわされた。
俺は真っ直ぐ前を目指した。前には、大きいが古びている木製のデスクがあり、その上に
足を載せて椅子にふんぞり返っているチビアロハがいた。昨日とは違う柄だったが、また
アロハを着ている。
「な、なんだオメェら!」
チビアロハは足をデスクから降ろし、引出しの一つを開けようとまさぐった。俺がデスク
を反対側から蹴ると、チビアロハは吹き飛んだデスクの淵と椅子の背もたれに腹を挟まれ、
「ギャ!」
と短い悲鳴をあげた。俺はそのままデスクの上に飛び乗り、サッカーボールの要領で、涎
を垂らすチビアロハの顔面を蹴り上げた。チビアロハは後ろに倒れそうになったが、膝が
デスクに引っ掛かり、再び俺の方に戻ってきた。反動で、頭がガクンガクンと揺れている。
もう一度、側頭部目掛けて蹴りを叩き込んだ。チビアロハの体はようやくデスクから離れ、
椅子と一緒に横倒れになった。
俺は、乱れたスーツの位置を直してから、後ろを振り返った。トレインが若造をうつ伏せ
にし、その背中の上で胡座をかきながら腕を捻り上げている。
俺はテーブルから飛び降り、チビアロハの横に屈み込んだ。髪の毛を掴み顔を引き起こし、
歯が欠けて血塗れになった口を大きく開いて喘ぐチビアロハの顔を覗き込んだ。
「て…テメェら……なにも…だ」
と血の混じった涎を飛ばしながら、チビアロハは弱々しく言った。
「昨日の夜、俺から奪った物はどこだ?」
俺の顔を見つめるチビアロハの目がだんだんと大きく見開かれていった。
「思い出したか?ついでに、俺の拳銃と身分証、それに携帯の場所も思い出してもらいた
いんだが」
「テメェ…こんな事して―――」
「ンな事を聞いてるんじゃねェよ。俺の持ち物はどこだ、って聞いてるんだ!」
俺はそう言うと、掴んだチビアロハの頭を床に叩きつけた。一回、二回。そしてもう一度、
顔を上げさせた。
その時、俺の左後の方からドアが開く音が聞こえた。
俺は反射的に右手を腰の辺りに持っていき、意識してそれを押し留めた。警官は来ないと
思ってはいるが、もしも店員が呼んだ場合、銃を抜くのは俺を射殺する理由を作る事にな
るからだ。
「マーチン!」
トレインに圧し掛かられている若造が叫んだ。
現れたのは、あの黒人デブだった。

342例の899:2003/02/28(金) 02:53
マーチンと呼ばれた黒人デブは、体を横向けにして狭そうに扉をくぐり抜け、威嚇する獣
のような唸り声をあげながら、俺とトレインを交互に見比べた。
マーチンは、ピチピチに伸びきった黒のTシャツに、信じられないくらい腰回りの幅があ
るジーンズという、俺に比べたら随分涼しそうで動き易そうな格好をしている。だが、そ
れでも額に汗をビッショリとかいていた。
「やっちまってくれ!マーチン」
腕を捻られている痛みからか、悲鳴のような声で若造が叫んだ。その後頭部にトレインが
拳骨を落とすと、若造は静かになった。それでもトレインは、胡座の姿勢を変えようとは
せず、澄ました顔で俺を見ていた。『ここはアンタに任せる』という事なのだろう。
俺は小さく舌打ちをし、ゆっくりとデスクを回ってマーチンとの距離を取った。
昨晩の、俺の体を軽々と持ち上げた怪力を考えるに、捕まったら終わりだと思っていいだ
ろう。それどころか、素手の一対一では勝てる気がしない。俺は怪我人なのだ。
マーチンは、まだ低い唸り声をあげながら俺達を見ている。ヤツにしてみれば、トレイン
が座ったままであっても、その意図が掴めない以上、一対二の状況と考えているのだろう。
その隙に、武器に使える手ごろな物がないか、辺りを素早くうかがった。花瓶も箒もない。
チビアロハが座っていた椅子も、マーチンの方が近い。
(トレインみたいに銃を投げつけてやろうか)
ヤバイ状況で、こんな下らない冗談を思い付く自分自身に苦笑した。余裕など見せられる
相手ではないのに。
昨晩は暗がりで襲われたので気付かなかったが、マーチンには、首の左側、付け根から胸
元にかけて、ナイフで斬られたのであろう大きな傷跡があった。チンピラは勿論、マフィ
アでもそう簡単に受ける傷ではない。アレは、戦場でしか作れない類のモノだ。恐らく、
ボスのグレイグが傭兵仲間だったマーチンをベノンズに引っ張ってきたのだろう。
首くらいなら素手でも簡単に圧し折れそうな巨躯の元傭兵を前にして、今更トレインに助
けを求める事もできず、俺は覚悟を決めてゆっくりと前に出た。

343例の899:2003/02/28(金) 03:05
マーチンという名前もそうですが、「首の辺りの傷=傭兵」というくだりは
パイナップル・アーミーからパクリました。ええ、パクリましたとも。

344例の899:2003/03/01(土) 03:32
「グウゥ…ヴウゥ…」
当座の敵は俺だけだと判断したのだろうか、マーチンはこちらを向いて上体を前に倒し、
頭を低く構えた。それでようやく、目線の位置が俺と同じくらいの高さになった程度だが、
そう構えられた事で、お決まりの股間への一撃が不可能になってしまった。リーチの差は
明らかであり、それを埋めるためには懐に飛び込まなくてはならない。だが、マーチンの
構えはタックルを狙ったものであり、俺にはその突進を止める術が無いのだ。無理に狙っ
ても、その前に吹き飛ばされるのがオチだろう。
俺は、左回りで円を描くように位置をずらしていった。その方向には、若造とその背に座
ったトレインがいる。
「おいおい…」
近付く俺に、トレインが呟いた。
俺はそれを無視してさらに近付き、やがて、三者が一線上に並んだ。
「ウゴァ!」
腕を顔の前でクロスさせて、マーチンが動いた。体からは想像できない速さだった。だが、
そのタイミングで来るだろうと予想していたので、かわすのは容易だった。
かわしざまに一撃入れようとすれば捕まる恐れがあるので、ギリギリではなく大きく離れ
るように右に避ける。
俺という目標を失っても、マーチンは方向を変えずに突進を続けた。
「ウソだろ!?」
そう叫んで、トレインはその場を飛び退いた。
それでもマーチンは止まらず、そのまま壁際の棚に突っ込んだ。轟音と共に、多くの板が
圧し折れ、砕ける。まるで、重戦車の突進だった。若造は右腕を踏み潰されていた。

345例の899:2003/03/03(月) 02:40
「なんでこっちに来るんだよ!」
伏せていたトレインは、顔を上げるなり俺に向かって叫んだ。
「テメェ暴れたかったんだろうが!なら、丁度いい相手じゃねェか」
「アンタの問題なんだから、アンタに譲ったんじゃねェかよ!」
「こんな化物相手に一人でやれるか!」
言い合っている内に、全壊した棚から頭を引き抜いたマーチンが、のそりとこちらに振り
返った。なに事も無かったかのように右腕に刺さった小さな木片を抜き、頭を払って木屑
を落とす。そして、
「フウゥゥゥ…」
と唸った。
「帰りたくなってきたゼ」
トレインが呆れたように言って、左手を腰の方にやった。
「俺もだ」
そう答えた途端、マーチンが抜いた木片をトレインに投げつけた。次いで、再び突進する。
トレインは銃を抜いて、銃身で木片を弾き飛ばした。一気に間合いを詰めたマーチンは、
銃を持ったトレインの左手首を掴んで、右手一本だけで体を持ち上げた。
「う、うわぁ。クソ!」
体が宙に浮いたトレインは、地に付かない足をバタバタと振り回し、マーチンの腿や腹に
蹴りを入れた。それでもマーチンは、顔色一つ変えずにトレインを持ち上げ続けた。
やがて、トレインの顔が苦悶に歪みだした。マーチンが、手首を掴む力を強めたのだ。さ
らにマーチンは、空いていた左手でトレインの首を締めた。
「ゲ…ェ…ェ…」
トレインは右手で首を締めるマーチンの手を掴んだ。目を大きく見開き、舌を突き出し、
顔を真っ赤にさせている。
転がっている椅子を取ろうと近付いた俺は、
「動くな!」
というマーチンの一言で凍り付いた。マーチンなら首の骨など簡単に圧し折れる事を思い
出し、俺は生唾を飲み込んだ。

346例の899:2003/03/03(月) 02:41
アクションにスピード感が出せんなぁ、ちくそう
余計な描写を削ってテンポ良く読めるようにすればイイと分かってはいるんだけど…

347例の899:2003/03/10(月) 02:31
マーチンは、チラリと横目で俺が動けないでいるのを確認し、トレインの首を締め続けた。
さっきまで真っ赤だったトレインの顔は、今では蒼白になっている。左手の掌は力無く開
かれ、装飾銃はトリガーが人差し指に引っ掛かってようやく落ちないで済んでる状態だ。
銃を抜くなら今だ、と俺の中にある本能の部分が呼び掛けていたが、また別の冷静な部分
がそれを押し留めていた。銃を抜いただけで、元傭兵が大人しくこちらに従ってくれると
は思えない。抜いたとしても、俺が撃つのを躊躇えば、ヤツはトレインの体を盾にするだ
ろう。
動けないでいる俺の後ろで、ガタガタッと椅子が鳴った。
マーチンは再びこちらを横目で見、
「レイモン。ソイツを押さえろ」
と言った。
レイモンとは、あのチビアロハの名前だろう。ヤツが息を吹き返し、立ち上がったのだ。
「や、やってくれたな、野郎」
ヒューヒューと抜けた息遣いをしながらレイモンが言った。勝ち誇った声だ。場の主導
権は完全に自分達のモノだと確信しているのだろう。
俺は振り返らずにトレインを見ていた。首を締められ、意識を失いそうになっていなが
らも、その目は強い生命力で満ちていた。
レイモンがすぐ後ろまで近付くのを足音で測る。一瞬で良い。マーチンの気をこちらに
向けるのだ。
俺は体をレイモンの方に向け、肩からぶつかっていった。虚を突かれたレイモンは無様
に吹き飛ばされ、椅子に足を取られて仰向けに倒れた。
即座に振り返ると、マーチンと目が合った。怒りに燃えている。
マーチンの目が俺に向けられている隙に、トレインは左手の指一本で装飾銃を放り投げ、
そのまま右手で受け取った。掴んでいるのは銃身の部分で、トリガーに指はかかってい
ない。それでも、腕を伸ばしきって首を締めるマーチンとトレインのリーチの差を埋め
るには充分だった。
トレインは人差し指でセイフティーロックをかけ、顔を向けたマーチンの左目の辺りに、
銃のグリップを叩き付けた。
マーチンは短い悲鳴をあげ、右手で打たれた所を押さえた。
トレインは、必死の形相で顎の下にあるマーチンの手首を自由になった左手で掴み、今
度は左肩の付け根にグリップを振り下ろした。
それとほぼ同時に俺はマーチンに向かって突進し、右膝の上に蹴りを入れた。
マーチンは顔を苦痛に歪めてよろめき、トレインはようやく首吊りから脱出できた。
俺はその場で身を翻し、腰が落ちかけているマーチンの後頭部にバックハンドブローを
叩き込んだ。
マーチンは膝をつき、土下座をするように崩れ落ちた。

348例の899:2003/03/11(火) 00:36
もしかして誰も読んでないんじゃ?と不安になる日々。
乙とかマンセーとかしてくれってわけじゃない。
むしろ批評、ダメ出ししてくれる人キボン。

349名無しさん:2003/03/12(水) 02:22
来るには来てみたがよく考えたら今までの呼んでなかった。
感想にもなってない感想だが1,2巻の焼き直しだった小説版よりかはいいと思うぞ。
ただし黒猫である必然性は全くといっていいほどないが。

350例の899:2003/03/12(水) 02:32
む、

>ただし黒猫である必然性は全くといっていいほどないが。

その通りだ。
思わぬ欠点を指摘されてしまった。
今後もビジョン愛とかトリプル・クイックドローとかの「黒猫らしさ」が
登場する予定も無いので、ちょっと再考せねばならんな。

351名無しさん:2003/03/12(水) 02:35
>>350
ところでJBOOKS版の方は読む予定とかある?

352例の899:2003/03/12(水) 02:45
予定はない。ってか、読みたくもないw
既読者の感想を聞いてお腹一杯。

353名無しさん:2003/03/12(水) 05:01
今、相手しているヤシいるか?

354名無しさん:2003/03/12(水) 12:47
899さんはこっちで頑張ってたのか・・・
それはそうと、したらば黒猫板のURL忘れちゃったんだけど
誰かおせーてくんなまし?

355名無しさん:2003/03/12(水) 12:52
>>354
2chの本スレに張られてるよ。

356名無しさん:2003/03/12(水) 13:07
>>355
サンクス。

357名無しさん:2003/03/12(水) 14:10
>>350
黒猫らしさを追求したらハードボイルドどころか
思いっきり厨臭くなる気がするのだが

358例の899:2003/03/15(土) 02:40
鍛えていない拳で固い頭蓋骨をブン殴ったために、右手の甲が酷く痛んだ。
「…ッテ〜…おい、大丈夫か?」
俺は顔をしかめ、手首から先を振りながらトレインを振り返った。
トレインは首を押さえて激しく咳き込んでいた。それが少し治まると、
「なんとか、な……しかし、酷い目に会ったゼ」
と言ってから、大きく深呼吸をした。そして、力無く立ち上がって俺の隣りに並んだ。
「雑魚だっつって侮るからだ」
「ったく、デッカイ雑魚だな」
気を失って倒れるマーチンを見下ろして、トレインが自嘲気味に言った。
 その時、店の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「こっちです。早く」
「何かが壊れる音とかしてました」
内容からして、数人の店員が誰かをこの部屋に案内しているのだろう。
俺とトレインは目を見合わせた。
「どうする?ポリは無いと思うが、新手かもよ」
トレインはそう言うと、デスクの上に腰を下ろした。
「いや、多分―――」
俺が言い終わる前に、声の集団は部屋の前に辿り着き、扉が開かれた。
「ハッ!なんとまァ…」
開かれた扉の奥に立つ昨晩会ったスーツ姿の男―――トッシュ=グレイグは、部屋の有様
に、両手を大きく広げて呆れたような口調で驚きの言葉を発した。
グレイグの回りには、ボーイが二人と、パールホワイトのイブニングドレスを纏った女性
がいる。
グレイグは、真っ赤なシャツに昨日とは違う黒一色のスーツを着ていた。前ボタンは留め
られている。髪の毛もキチンと撫で付けられており、一端の青年実業家といった感じだ。
「ここはいいから、お前達は店に戻れ」
散乱する家具類と血を流して倒れているベノンズのメンバーを見て、恐怖や不安、驚きな
どが混ぜ合わさった顔をしているボーイ達に、グレイグはそう言った。その言葉に、二人
のボーイは全ての厄介事から開放されたかのように顔を一瞬輝かせ、グレイグとドレスの
女性に一礼してから、そそくさと下がっていった。
グレイグはボーイ達が通路から店へと入るまで見送ると、女性の方に視線を向けた。あの
ドレスの女性が、この店を任されているグレイグの女なのだろう。
「お前はあの客の所へ行け。少し遅れるが、上手く取り繕っておいてくれ。少々、気難し
いヤツだからな」
グレイグは、心配そうな表情をしているドレスの女性の肩を掴んで、ぐっと突き放した。
女性はチラリとこちらに目をやり、ゆっくりと後ずさって俺の視界から消えていった。
 グレイグは部屋の中に踏み入り、後ろ手で扉を閉めた。
「来るとは思っていたが、こうも早くとはな」
グレイグは俺の目を見据え、口の端を歪めて、
「一日でこの店を割り出せるなんて、ウチも随分有名になったモンだ」
と言った。
「余裕だな」
俺は厳しい調子で言った。ヤツの態度が気に入らなかったからだ。
他のメンバーを引き連れているわけでもなく、店員や自分の女に店の営業に戻れと促す。
まるで、大した事のない、ちょっとした接客でもするかのような雰囲気だ。
「そうでもないさ。内心、ビクビクしてるよ」
グレイグはそう言って、スーツの懐に手を伸ばした。

359例の899:2003/03/15(土) 02:46
>>357
クロノスとかを話に上手く絡められたら、黒猫らしくありながら
ハードボイルドするってのも可能かと。まぁ、そんなのが出てくる予定なんて無いけど。
ハードボイルドを「男のセンチメンタリズム」と定義した場合、
CBとほぼ同じ設定だからしがらみだとか意地だとかを描けるだろう。
ただ、いかんせん俺にその力は無いのだけれど。

360例の899:2003/03/19(水) 02:35
俺は咄嗟に上着を跳ね上げ、腰のホルスターからコンバットマグナムを引き抜いた。腕を
前に突き出さず、肘から先だけを曲げて銃を構える。
「妙な真似は止してもらいたいモンだな」
銃を突き付けられ、グレイグは動きを止めた。だが、その表情にはなにも変化が無い。
追い詰められた焦りも、手下を痛めつけられた怒りも無く、先程と変わらぬどこか余裕さ
え感じられる顔をしていた。
「良い抜きっぷりだな。IBI式コンバット・シューティングか。さすがは元デカだ」
グレイグはわざとらしい感嘆の声をあげた。
「そっちこそ、銃を前にして大した度胸だ。さすがは元傭兵」
俺は感情を押し殺して言い返した。
「ハッ!そんな事まで調べ上げられてンのか」
今度は本当に驚いているようだ。
「欲しい物をすぐに出してくれる、魔法使いみたいな情報屋がいるのさ」
恐らく、グレイグは会話によって間合いを外し、こちらの隙を覗うつもりなのだろう。
俺は軽口を返しながらも、注意深くグレイグを見つめていた。
「なるほど。魔法使いがいたんじゃ仕方ねェな」
「撃てないと思ってるのか」
他愛のない会話を打ち切り、ピシャリと言い放った。俺のほうが優位にいる事を再確認さ
せ、間合いをこちらに引き戻すためだ。
「撃つだろうな、アンタは。そういうタイプの人間だ」
グレイグはそう言うと、もう一度、口の端を歪めて笑った。
「ゆっくりだ。ゆっくりと手を出せ」
俺が命じると、グレイグは短く嘆息を吐き、ジリジリと懐から手を抜き出した。
スーツの内側から手が全て現れた時、俺は思わず眉を寄せてしまった。
グレイグが握っていたのは、煙草の箱だった。

361例の899:2003/03/22(土) 02:52
「吸ってもいいか?」
グレイグは箱を振り、中の煙草をカタカタ鳴らしながら訊いてきた。
俺は頭に血が昇るのを感じ、奥歯をグッと噛み締めた。
「なめ―――」
「ちょい待ち」
低い声で俺が言いかけた時、トレインが手を挙げて割って入ってきた。トレインはグレイ
グの方に顔を向けて、
「アンタがなにを試そうとしてンのかは知らねェけどさ、俺達は―――顎で俺の方を指し
―――コイツの持ち物を返してもらいに来ただけなんだよ。どうやらアンタ、俺達と構え
る気はねェみたいだが、まずはこっちの用事を済ませてからにしてくンねェか?」
グレイグは箱を振るのを止め、目だけ動かして俺とトレインを交互に見比べた。そうして
しばらく間をとり、やがて、短く鼻で笑った。
「アンタの持ち物なら、そっちの兄さんが座っているデスクの上から二段目の引出しに入
ってるゼ」
グレイグがそう言うと、トレインはデスクに座ったまま尻を滑らせて180度回転した。
身を屈めて引出しを開け、ゴソゴソと中をまさぐる。
「あったゼ」
トレインは、俺の身分証と銃をこちらに見えるように掲げた。
「財布と携帯もあるハズだ。それと、ナイフ」
俺の呼び掛けに、トレインはさらに奥へ手を伸ばし、
「えーと…あったあった。これで全部か?」
と、一つずつデスクの上に並べていった。
「それで全部だ。…トレイン、お前がさっき言った事だが…」
「うん?」
「コイツが試そうとしているっての、あれはなんだ?」
「ああ、それか。このオッサンさ、アンタを怒らせて、どう対応するか試してるんだよ。
余計な会話で情報を聞き出したり、わざと銃を抜かせたり、さ」
トレインの言葉に、俺は眉をしかめた。そう言われれば、と思い当たる部分もあるが、そ
れを試してグレイグになんの得があるのか分からなかった。
「なんのために?」
「そいつは俺にも分からねェよ。ただ、このオッサンはこの状況を打破しようとはせず、
なぜかアンタの掃除屋としての実力を測ってる、と感じただけさ」
俺はグレイグの目をジッと見つめ、その心の奥を測ろうとした。
グレイグはその目線を事も無げに受け流し、
「吸っていいか?」
と言って、もう一度だけ箱をカタンと鳴らした。
トレインは低い溜息を吐き、デスクの上に転がっていたのだろう金色のライターをグレイ
グに向かって放り投げた。
「アンタの部屋なんだから好きにすりゃイイさ。それとスヴェン、このオッサン、抵抗す
る気が無いらしいからさ、その銃、仕舞ってもイイんじゃねェ?」
「まだだ。コイツらから、運び屋の情報を聞き出さなきゃならん」
「でもよ、銃を向けられたから吐くってタマじゃねェよ、このオッサンは」
「気を抜くな、トレイン」
実際、その通りだった。俺の右後ろに座っているトレインの方向から、緩みきった空気が
漂っている。そしてそれは、足許に転がっていたレイモンが起き上がろうとしても変わら
なかった。
ガタガタッという音に、俺は思わず振り返った。椅子に足を絡ませて倒れていたレイモン
が、そこから引き抜こうと足掻いていた。
それを制しようともせずに、所在無さげに足をぶらつかせているトレインに、
「おい!」
と注意を促しても、肩をすくませて、
「大丈夫だって」
と答えるだけで動こうとはしなかった。
「気がついたか?レイモン」
グレイグが声をかけた。
「へ、へい。すんません…」
レイモンは情けない声をあげ、ようやく上体だけ起こした。
俺はグレイグに目線を戻した。銃口はグレイグに向けたまま変えなかった。
「俺の言った通りだったろう。コイツはすぐにやって来るって」
グレイグの言葉に、レイモンは答えなかった。
俺がレイモンの方を見ていた間も、グレイグは位置を変えず同じ場所に立っていた。俺に
向けられている目線も、煙草の箱を持ち上げているのも、そっくり同じだった。
「お前も覚えておくといい。こういうのが、本物ってンだ。タフってヤツだな。どれだけ
痛めつけても諦めたりはしない。骨は折れても心まで挫く事はできない、本物のタフだ。
味方にすりゃ心強いが、敵に回せば底抜けに厄介なタイプさ」
グレイグはそう言うと、俺を見ながらニヤリと笑った。

362例の899:2003/03/22(土) 02:53
最後の台詞は色々とパクってます。分かる人にはモロ分かりだと思います。

363例の899:2003/03/25(火) 02:55
「お前は言ってる事とやってる事がバラバラだ。来るのが分かってたのなら、あの時、俺
をバラしときゃ良かったんだ。なのに、中途半端に痛めつけただけで、骨の一本すら折っ
ちゃいない」
「だから、本物かどうか試したのさ。アンタが本物なら、必ずウチのアジトを突き止めて
乗り込んでくるだろう、ってな。で、その俺の勘は、こうして実証されたわけだ」
グレイグは煙草を一本取り出し、それにライターの火を近づけた。
「試したところでどうする。お前になんの得がある?その結果、手下をやられて、自分は
銃を突き付けられているじゃねェか。一体、なにがしたいんだ?」
俺の問いに、グレイグは大きく紫煙を吐き出してから答えた。
「言ったろう?『味方にすりゃ心強いが、敵に回せば底抜けに厄介』だと」
「おいおい」
トレインが低く呟く。
「悪党に貸す手は持ってないゼ」
俺はグレイグを睨み付けながら言い放った。
「別に仲間になれって言ってるわけじゃない。俺が勝手に協力するだけさ。アンタ達はヤ
クの運び屋の情報が欲しいんだろ?俺はそれを提供する。アンタ達は運び屋を捕まえる。
それだけさ。別に俺達は、運び屋の身柄が欲しいんじゃないからな」
「………」
俺はグレイグを注視したまま、思考を巡らせていた。
コイツを信用していいのだろうか。いや、信用できるハズもない。小さいとはいえ、仮に
も犯罪集団のボスだ。そんなヤツが差し出した情報という餌に、ホイホイと尻尾を振って
飛び付くなんて、馬鹿のする事だ。だいたい、今、有利な立場にいるのは俺達の方なのだ
から。しかし、気になる事もある。ヤツらが運び屋を押さえさせようとする理由だ。もし、
本当にそんな理由があるのだとしたら…。
「話だけでも聞いておこうゼ、スヴェン」
トレインはサラッと言ってのけた。
「確かに、このオッサンは信用できねェ。だが、こっちは元々、その信用できねェオッサ
ンに情報を貰いに来てンだゼ?もしかしたら、“詰め”られるようなネタを持ってるかも
しれねェし、持ってなかったとしても、聞くのはタダだしな」
トレインはそう言うと、デスクから腰を上げて俺の隣に立った。
俺は銃を構えたまま、首を回して部屋を見渡した。
グレイグは美味そうに煙草をふかしている。椅子から足を抜いたレイモンは、床に座り込
んだまま、怒りに染まった表情で俺を見ている。どうやら、コイツもこれ以上、抵抗する
気は無いらしい。マーチンと若造は、共に突っ伏したままだった。
俺の中から先程までの緊張感が無くなりつつあるのが分かった。というのも、グレイグが
吐き出した煙を嗅いでいるうちに、自分も煙草が吸いたくなってきているのだ。
相手には抵抗する気が無く、相棒も既にリラックスしている。俺一人がマジになっている
のが馬鹿らしくなってきた。
そんな俺の気持ちの揺らぎを感じ取ったのだろうか、グレイグが
「受けるか?」
と訊いてきた。
俺はしばらく間を取り、銃のトリガーから指を離した。

364例の899:2003/03/27(木) 02:32
「お前らが運び屋を押さえたがっている理由。自分達ではなく、俺達に押さえさせようと
している理由。それを先に話して貰おうか」
俺の言葉にグレイグは一度だけうなずき、
「この部屋は散らかっているからな、こっちで話そう」
と言って、左側にある隣りの部屋に通じる扉を指した。マーチンが現れた扉だ。
「レイモン、お前とマシューズは医者に診てもらえ。いつもの所でな」
「マーチンはどうしやしょう?」
「今、起こすと面倒だ。寝かせておけ」
グレイグはレイモンとの会話を終えると、俺達を置いて先に隣りの部屋へ移っていった。
俺とトレインは顔を見合わせてから、少し遅れてそれに続いた。
 その部屋の照明の数は今までいた事務部屋よりも少ないらしく、視界は薄ぼんやりとし
たものになった。中央には上辺がガラス張りの低い長方形テーブルがあり、右側に一人用
のソファが二つ、左側にテーブルと同じ長さのソファが一つ置かれていた。
目が慣れてくると、奥の方にあるのが本棚であることが分かった。上半分が本棚で、下に
はオーディオ機器のスペースに使われている。分厚い背表紙の本が、几帳面にも高さを揃
えて並べられていた。この間合いでは、本に手垢が付いているかどうかは見分けられない
ので、実用なのかインテリアとして飾っているだけなのかは判別できなかった。
その右隣、部屋の隅には木製の設置台とデカイ壷が置かれていた。壷の表面には照明を反
射した光沢があり、蔦の葉が複雑に伸びている模様が描かれている。エイジア調の陶磁器
で、そこそこ値が張りそうだ。
ソファの右側には樫の木で造られたデスクが置かれ、デスクトップPCや電話、様々な書
類が並べられていた。デスクの後ろにはハメ込み式の窓があるが、今はブラインドが降ろ
されていた。
部屋の左側の壁には、時計と絵画が掛けられている。絵画はフェルメールの『手紙を書く
女性』のイミテーションだった。その下に、ガラス窓のキャビネットが置かれていた。
事務部屋とは調度品の質が明らかに違っていた。この部屋は支配人室なのだろう。
 グレイグは長椅子の方を手で示して、
「座ってくれ」
と言い、キャビネットを開いてワインボトル一本とグラスを取り出した。
俺はソファに左側に腰を降ろし、煙草を取り出した。テーブルのほぼ中央には、灰皿と卓
上ライター、煙草入れが並べられている。三つとも同じ大理石の造りだった。灰皿だけを
手前に寄せ、愛用のジッポで咥えた煙草に火を点けると、大きく吸い込みながらソファの
背もたれに体を預けた。
肘掛に手をやり感触を確かめると、このソファも本皮のようだ。座り心地は悪くないが、
妙に大きな凹み癖がある。マーチンのだな、と思った。あのデカイ尻では、座れる椅子が
限られている。店にいる時は、大抵、このソファで座るか寝るかしているんだろう。
グレイグは、テーブルにグラスを三つ置き、ワインボトルのコルクを抜こうとした。
俺はその間にグラスを一つ手に取り、口を下に向けて置き直した。
「いらないのか?」
「長居するつもりは無い」
さすが酒を供する店らしく、グレイグが持っているワインはボルゴーヌの上質なヤツで、
ウイスキー党の俺でもつい飲みたくなるような代物だったが、ペースに巻き込まれるのを
嫌ってそれを拒否した。
そんな俺の気持ちを無視してトレインは、
「俺はミルクが欲しい」
と言った。
俺は苦渋に満ちた顔で、溜息と共に紫煙を吐き出した。

365例の899:2003/04/06(日) 03:06
「ミルクは…店の方の冷蔵庫にならあるが」
既にトレインの性格を掴んでいるのだろうか、それとも、少々“ズレ”たヤツの対処に慣
れているのか、グレイグは冷静に訊き返してきた。
「気にするな。さっさと進めてくれ」
俺は忙しげに煙草をふかしながら、不機嫌な声で言った。
「フム、そうか。どこから話せばいいだろうな…」
そこまで言ってグレイグは思案顔でワインを舐め、ゆっくりと喉に流し込んだ。
「ヤツらが運んでいるヤクの種類、知ってるか?」
「発表では、先に捕まったヤツらが持っていたのは10kgのマリファナだったな」
「ああ、そうだ。一人目も二人目もマリファナを10kgだった。
おかしいと思わないか?ダラタリがそんなせこいブツだけを大量に仕入れるなんて」
マリファナは、他のヤクに比べて中毒性が低い。煙草以下とも言われている。
中毒性の高いヤクなら、一度、二度と打ったヤツは再び打ちたくなるモンだ。打つために
金を払い、また打ち、また買う。イイ金づるの出来あがりだ。ヘロインやコカインなどの
中毒性の高いヤクは、売る方にとっては金になる商品なのだ。
中毒性の低いマリファナは、あまり金にならない。ガキがファッションとして吸ったり、
ちょっとしたリラックス効果を求めて煙草感覚で使われるようなブツだ。裏の世界でも、
マリファナは他の商品を仕入れる際にオマケとして付けられる事がある。
ダラタリのような大きな―――表の世界にも影響力を持つような―――組織が、他のヤク
を持たず金にならない商品だけを大量に仕入れるというのは、確かに妙な話しである。
その疑問は随分前から持ってはいたが、マフィアのする事だと深く考えなかった。
「おかしいとは思うがな、それとお前らが運び屋を追うのと、なんの関係がある?」
「ヤツらの狙いは、この街の港なのさ」
「港を狙っている?」
「ああ。マフィアにとっても、港ってのは大きな利益を生むからな。当然だ。
この街には、ウチの他にも小さな組織が幾つかある。その中の、ディーンズってチームは
ダラタリの息が掛かっていて、ウチと対立しているのさ。表面上、ウチは赤龍の下部組織
だからな。ダラタリと赤龍は、俺達を使い、この街で代理戦争をさせていやがるんだ」
グレイグはそこで話しを一旦止め、新しい煙草に火を点けた。
俺は、自分の煙草が長い灰を作っているのに気付き、それを灰皿に落とした。
グレイグは二、三度、ゆっくりと煙草を吹かしてから、続きを話し始めた。
「知っての通り、俺は元傭兵だ。主戦場は東エイジアだった。引退後、その頃に得たコネ
クションを利用して、チナマフィアの赤龍を通してマリファナの密輸をやっている。他の
ヤクは扱ってねェ。
だから、ダラタリは大量のマリファナを仕入れて、ヤツらの手下のチームに卸そうとして
いやがるのさ。この街にマリファナを廉価でばら撒き、ウチの力を削ぎ落とすために」
「発汗療法ってヤツか」
「そんな御大層なモンじゃねェけどな。狙いは一緒だ」
「発汗療法?」
横からトレインが訊いてきた。

366例の899:2003/04/06(日) 03:09
ブラック・ジャイアント伝説だったか

367例の899:2003/04/09(水) 02:31
「19世紀末に、ロックタイムズ財閥のスタンピード社が、対立する同業者の取り込みに
使った戦術だ。自社の保有する大量の石油を市場に放出し、価格を大幅に下落させて同業
者が競争力を失ったところを買収する。その手で、スタンピード社は殆どの石油会社を取
り込んで、一大石油メジャーとして君臨したんだ。反トラスト法によって解体されるまで
な。この手だと、体力の有る方が必ず勝つんだ。学校で習わなかったか?」
「だって俺、義務教育の途中までしか受けてねェもん」
トレインがサラリと言ってのけたので、俺は少し言葉に詰まってしまった。俺はトレイン
の過去を知っているが、その全てを知っているわけではないのだ。
「と、とにかく、マリファナの売りでダラタリが同じ手を使うつもりだってンだ。で、そ
の情報を赤龍から教えられたって事か」
「ああ、そうだ」
グレイグは笑みを浮かべながら答えた。俺は心の中でトレインに呪いの言葉を投げつけた。
「だが、それを狙うにしても30kgじゃチト少なくねェか?」
トレインが言った。
「ヤツらにしてみりゃ、マリファナのルートは少ししか持っていないからな。掻き集めて
いる途中なのさ。ヤツらのホームは中南アメリア、特にニカジェラスといった共産圏の麻
薬地帯だ。そこらはケシの栽培が主で、マリファナの量は極めて少ない。それで、タイボ
ジアのルートに接触してきたところを、赤龍に察知されたってわけだ」
「つまり、今度の30kg分の他にも仕入れて、量が集まってからばら撒くって事か」
俺の言葉に、グレイグは首肯した。その顔に、もはや笑みは無い。
「タイボジアマフィアには、チナ系の他にオロジア系と手を組んでいるのも多い。表立っ
て取り引きを妨害するわけにもいかず、運び屋の情報をサツにリークして押さえさせよう
としたのさ。だが、そっちでも失敗し、今度は俺達にお鉢が回ってきた」
「一つを潰したところで、これからもドンドンとやって来るんだろ?それを全部押さえよ
うってのかい。ご苦労なこった」
トレインが呆れたように言った。
「いや。一つを押さえれば、ヤツらも慎重にならざるを得ない。サツのマークも厳しくな
るしな。その間に、タイボジアや他の麻薬地帯への根回しもできる」
グレイグは紫煙を吐き出しながら答えた。
俺は短くなった煙草を灰皿ですり潰し、少し思案した。
ダラタリがこの街を狙っているのは、市長とカジノの件からも確かだろう。そうなれば、
邪魔なのは赤龍と繋がりのあるベノンズであり、それを排除しようとするのは当然の事だ。
発汗療法によるマリファナ価格の下落も、ダラタリがこの街近辺でのみヤクを捌いている
わけでもなく、微々たる損失で充分な効果が期待できる。
グレイグの話は一応は筋が通っており、今のところ、俺達を嵌めようとする意図も罠の存
在も感じられなかった。
俺は話を進める事にした。
「それで、昨日までは自分達で運び屋を押さえようとしていたよな。それが、今になって
俺達にやらせようってのは、なぜだ?」
「俺達は元々ヤクザ者なんでな、人探しは得意じゃねェんだ。おかげで、昨日はアンタに
迷惑を掛けちまった。なら、信頼できる本職のヤツに協力した方が可能性が高いだろう?」
「昨日、『ヤクの運搬を引き継ぐ』って言ってたよな。その情報も赤龍からか」
「そうだ。一人目が撃ち殺された後、アジトの方から『替わりの者を寄越すから、メイス
ペリー市に向かえ』っつぅ指令が残りの二人に出されたのを、赤龍の方で掴んだそうだ。
最初は、ディーンズのヤツらが引き継ぎ役だと思っていたんだが、潜伏先と思われる場所
はサツのマークが厳しくてな、ヤツらの方も動きが取れなくなっていた。それで俺達は、
今、この街に多くやって来ている余所者、つまり、掃除屋連中をマークしていたんだ。マ
フィアに抱き込まれているヤツも多いからな。
で、アンタだ」
グレイグは俺を指差した。俺は答えなかった。
「アンタが顔を出したケニス港の三番倉庫付近ってのは、ディーンズが取り引きなんかに
よく使う場所だったんだ。それで俺達は、アンタが引き継ぎ役だと判断した」
「不幸な事故だな」
トレインが口を挟む。

368例の899:2003/04/09(水) 02:36
気絶するほどどうでもいい話だけど、「ロックタイムズ財閥」ってのは
「クロノス」の前身っていう裏設定だったりする。
はっきり言って悪ノリ。

369名無しさん:2003/04/09(水) 10:05
赤流ってのはやっぱレッドドラゴンのパロ?

370例の899:2003/04/10(木) 00:58
>>369
「蛇は龍を殺す事などできぬ」とか言う長老がいます

371例の899:2003/04/14(月) 03:13
「今となっちゃ、そいつもお相子だろう。こっちもかなり痛い目にあったしな。しかし、
おかげで俺達は、アンタ達という本物の掃除屋に出会えた。昨日、アンタを取り囲んだ時
に直感したんだ。『コイツは本物だ』ってね。匂った、とも言えるな」
「匂った、ねェ」
「刑事をやってたんなら分かるだろう?刑事が犯罪者を嗅ぎ分けるように、犯罪者も刑事
を嗅ぎ分ける事ができる。戦場や裏の世界に長くいると、知らないうちにそういう能力が
身に付く。いや、そういう能力を持っているからこそ、こんな世界に長くいる事ができる
んだろうな」
「………」
思い当たるところもあった。そういう、職業的な勘というものは確かにあるだろう。
「連れの方も、変わった匂いがしている。本物だが、刑事や掃除屋とは違う。どちらかと
言えば、傭兵に似ているな。キツイ血の匂いがする。トレインって呼んでたな。どこかで
聞いたような名だ」
俺がチラリと隣を見ると、トレインは目を閉じて短く鼻で笑った。
グレイグは肩をすくめて、
「ま、そこには触れないでおくよ」
と言った。
俺は新しい煙草を取り出し、火を点けた。内心、“黒猫”の名前が出てこなくてホッとし
ていた。
「さて、こっちの事情は話し終えたし、そろそろ本題に入るゼ」
グレイグはそう言って身を乗り出した。
「こちらは知り得る限りの情報は提供するし、必要なら収集もする。アンタ達はヤクの運
び屋を捕らえて、ダラタリにブツが渡るのを阻止する。どっちにしろ、アンタ達は運び屋
を追ってるんだから、悪くない話だろ?」
「もし、押さえる事に失敗したら?」
俺の質問に、グレイグは少し考えるような表情をしてから答えた。
「ん…さっきも言ったが、こっちが勝手に協力するだけで、別にギブアンドテイクを求め
ているわけじゃない。だが、それじゃ信用できないってんなら、そうだな…失敗したら、
俺達はディーンズのヤツらと構える事になる。そん時に、ちょっと手伝ってもらおうか。
それでどうだ、受けるか?」
グレイグの厳しい視線を浴びながら、俺もトレインも、しばらく黙っていた。
エアコンの唸り声と掛け時計の秒針が進む音が、酷く耳障りなものに思えた。
ややあってから、俺は大きな溜息を吐いた。
「裏も無さそうだし受けてもイイんだがな、アンタの持っている情報はもう役に立たねェ
と思うゼ」
「でもよ、この街の事についちゃ、俺達より詳しいハズだゼ。説明してやりゃ、なにか出
てくるかもよ?」
トレインが俺の方を向いて言った。
「どういう事だ?」
こんな返事は予想していなかったのだろう、グレイグの口調は少し苛ついていた。
「引き継ぎはもう終わっている。最初にヤクを運んでいたヤツは、今朝、死体で見つかっ
たよ」
トレインの言葉に、グレイグは体を震わせて驚いた。
「なんだと!?」
「ホテル・サンダルマンで殺しがあったのは知ってるだろう?今日のニュースでもやって
いたアレだ。しかも、タイミングの良い事に、昨日、警察が三人目の身元を割り出してな、
ホントなら今日の昼くらいに公開ネットで発表されるハズだったのさ。だから、警察はガ
イシャが運び屋だってすぐに分かったし、持ち物にヤクが無いのにも気付いた」
「それじゃあ、ダラタリが…」
俺の説明で、グレイグは直ぐに悟った。
「だろうな」
「ああ…クソッ!」
グレイグは天を仰いで毒吐いた。
俺はトレインを見た。目線で、俺達が掴んでいる情報を全て伝えるかどうかを問う。
トレインは、仕方ないという感じの疲れた顔をして肯いた。
ここへは情報を貰いに来たのに、今では逆に情報を与えようとしている。俺もトレインと
同じように、今の状況に少し困惑を覚えていた。
俺は二本目の煙草を揉み消してから、今まで掴んだ情報とそれによって導き出した推理を、
ゆっくりと話し始めた。
グレイグは、時折、眉をしかめたり目つきを鋭くさせたりするくらいで、話の内容に驚く
事も相槌を打つ事も無く、ただジッと耳を傾けていた。
俺の説明が一段落つくと、グレイグは、
「そうか…市長がな」
と低く呟いた。

372例の899:2003/04/24(木) 03:26
俺は、三本目の煙草に火を点けながら言った。
「市長が出したカジノ計画にダラタリが噛んでいるとしたら、アンタの言う、ダラタリが
この街の港を狙っているって話とも合ってくる。それを証明する物はなにも持ってないが、
両者の関係は、まず間違い無いとみていいだろう」
大金が行き交うカジノは、汚い金の洗浄や、様々な取り引きの会合に使う事ができる。そ
の膝元に港があれば、得られる利益も跳ね上がるだろう。
俺の言葉にグレイグは一つ頷くと、グラスを呷って残りのワインを飲み干し、
「ヤクが市長の手に渡っているとしたら、それを押さえるのは厄介だな」
と言った。
「アンタに訊きたいんだがな、市長が、そういう汚い仕事を任せられるほど信頼している
人物に心当たりはないか?」
グレイグは思案顔で空になったワイングラスを見つめ、しばらくしてから首を横に振った。
「ダラタリもディーンズも身動き取れないから市長に頼ったんだろう?それで、その二つ
の組織以外で、“殺し”までやる市長の手の者となると、ちょっと思い浮かばないな」
そう言ってグレイグは、右手で顎を擦った。
「市長の回りにボディガードとかはいないのか?」
「市長は急進派で政策的な敵は多いが、身を守らなきゃならないほどというわけでもない。
公的にも私的にも、そういうヤツらを雇っているという話を聞いた事はないな」
グレイグは残念そうに首を振った。
「そうか……」
淡い期待だったとはいえ、空振りというものは人を落胆させるモンだ。だが、気落ちしな
がらも、俺は頭の中で次に向かう場所について考えていた。
他に可能性のある場所といえば、ディーンズのところだ。それも、ボスに会わなければな
らない。下っ端程度では、市長の手の者どころかダラタリと市長の繋がりさえ知らないと
思われるからだ。ボスか、それに準ずる立場の者に情報を訊くには、今日と同じような荒
事は避けられないだろう。
俺は背もたれに深く身を沈め、疲れた溜息を吐いた。
標的へ辿り着くまでの過程は、あくまでもスマートに行わなければならないと、俺は考え
ているのだ。荒事はなるべく避けたい、と。こういう事を言うと、決まってトレインは、
鼻で笑って馬鹿ばかしいという身振りを示す。その結果、ヤツが対象を確保する時、回り
の建造物や取り合った相手(警官や他の掃除屋)に被害を与える事になるのだが。
そういえば、昔、ジョーにも言われた事がある。あれは、窃盗グループのアジトを急襲し、
外に逃げ出した一人を追って人込みに分け入った時の事だ。ソイツを追っていた俺は、余
計な被害を出さないように、ホシが人込みから抜け出すまで逮捕を待とうとした。別の刑
事に正面へ回り込まれ、ホシは路地裏へ逃れるしか手が無い……ハズだった。前後を挟ま
れたホシは、傍を歩いていた少女を捕まえ人質としたのだ。まだ経験の浅い若造だった俺
は、予想外の事態にうろたえてしまい、その後、満足な働きはできなかった。ホシは、遅
れて来た警官隊に包囲されて投降、事件は呆気なく解決した。引き上げて行く隊列の足音
を聞きながら、俺はその場に座り込んでいた。そんな落ち込む俺に、ジョーは言った。
「捜査はスマートに。逮捕は確実に。だが、全てはケース・バイ・ケースだ。お前さんの
ミスは、追い詰められて極限状態にあったホシが、自分の思う通りに行動すると思い込ん
だ事だ。確実に逮捕できると踏んだら、その時は躊躇うな」
ジョーは、俺の頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。俺がユーク市警に来て、半年経った頃
の話だ。

373例の899:2003/04/24(木) 03:28
なんかねー
読んでる人も殆どいないと思うけどねー
今、続きを書く気が失せてるんスよ

畜生、矢吹め…
俺のマロタンを、マロタンを…゚・(ノД`)・゚。゚

374名無しさん:2003/04/26(土) 04:58
取り敢えず最後までやり遂げてくれ

375名無しさん:2003/04/26(土) 21:42
そういえば今は全体的な構想のどのくらいまで進んでるんだ?

376例の899:2003/04/28(月) 02:14
俺が色々な事に思考を巡らせていると、不意にグレイグがそれを遮った。
「確かに、今、俺はアンタ達の役に立つような情報は持っていない。だが、話を聞いたお
かげで、役に立てるかもしれない方法を思い付いたゼ」
「方法?どんなだ?」
「俺も一人、魔法使いを知っているのさ」
「あん?」
「とにかく、三日……いや、二日くれ。上手くいきゃ、市長まで挙げる事ができるかもし
れん」
グレイグは口の端を上げて言った。その表情は、自信に溢れていた。
俺とトレインは顔を見合わせた。トレインも、不審そうな顔をしている。俺も同様だ。
「マズっても、アンタ達まで疑われるような事はない。心配するな。上手く行ったら、こ
ちらから連絡する。携帯の番号は変えないでおいてくれよ」
グレイグは、その方法とやらを俺達に説明する気は無いようだ。説明できないほどヤバイ
方法なのか、ただ俺達を驚かせようとしているのかは分からないが、内容を聞く事ができ
ない以上、この場に用は無かった。
俺は立ち上がりざま、グレイグに言った。
「無理にやらなくったってイイんだゼ」
「いやいや、俺達にしてみりゃ、アンタ達に頑張ってもらわなきゃならないんでな。存分
に協力させてもらうよ」
グレイグの返答に、俺はフンと鼻を鳴らした。
 店内を通って出ようとする俺達を、カウンターの中から店員の一人が呼び止めた。
店員は、カウンターテーブルにコースターを置き、
「こちらは、支配人からです」
と言って、白い液体の入ったカクテルグラスを差し出した。
「粋だねェ」
たちまちトレインは陽気な顔になり、グラスを持ち上げて一口流し込んだ。
「うん……ブレッシングミルクか。お洒落さんだな」
そう言って、残りを一気にあおった。トレインを見つめる店員は、ポカンと口を開けて間
抜けな顔をしていた。トレインには、早撃ちや身の軽さだけでなく、“利きミルク”とい
う特技もあるのだ。曰く、『世界中の全てのミルクを制覇する』んだそうだ。
 店を出てすぐに、俺は溜まった鬱憤をぶつけた。
「トレイン。どうにかならんのか、その主体性の無さは」
「なんだよ、いきなり」
「お前、最初の頃は、『マフィアのイザコザに荷担するのは嫌だ』なんて言って、運び屋
追うのをゴネてたじゃねェか。それがどうだ。今になって、掌を返したようにアイツの申
し出を受けやがって」
「それは、アー……猫特有の気紛れ……かな」
「『気紛れかな』じゃねェよ。そんなんじゃ長生きできねェゼ?お前そのうち、“殺す”
“殺さない”とかでも、コロコロと主張を変えかねんな」
「んな事は無い……ハズ……と思う」
最後の方は小声だった。俺はガックリとうな垂れる。
「やれやれ……半人前だな」

377例の899:2003/04/28(月) 02:14
俺達は停めてあった車の前に立ち、なにか仕掛けられていないかどうか、車体のチェック
を始めた。駐車中、離れている間に爆弾や発信機などは取り付けられていないか、タイヤ
やブレーキなどの足回りに細工を施されてはいないか、一通り確かめなければならない。
俺達に痛めつけられたレイモンが仕返しをしようとするかもしれないし、グレイグだって
信用ならない。ダラタリや市長の手先が張っているかもしれないし、他にも敵がいるかも
しれないからだ。
まず、左側二本のタイヤを足で押してみる。空気の抜ける音はしていない。トレインも右
側で同じように確認をしていた。
次に、表面になにかしらの“イタズラ”がされていないか見て回る。異常は無かった。
車には、鍵穴やサイドウインドウに異物が挿し込まれたり、ボンネットを抉じ開けようと
すると警報が鳴り響くよう、自作のセキュリティーが掛けてある。そのため、チェックは
自然と下部がその殆どを占めるのだ。
俺は膝を折って、車体の底を丹念に調べ始めた。
これは無駄な行為だった。色々な仕掛けができる時間的な余裕はあったが、今のような時
間でも、この通りは人の行き交いに事欠かない。車上荒しが多発するようなスラムならい
ざ知らず、ここで誰かが怪しい真似をすれば、すぐ人を呼ばれるだろう。この状況ででき
る仕掛けといえば、車体の下になにかを落とし、それを拾うフリをして小型の爆弾や発信
機を取り付ける程度だ。つまり、下部は手の届く範囲を確認すれば充分なのだ。
それでも俺は、できるだけ頭を低くして、車体の底をくまなく調べ、タイヤの裏からバン
パーの陰の部分まで目を通した。
臆病なほどの慎重さは、長生きの秘訣だ。それに、この確認は、すでに習慣にもなってい
るのだ。いまさら止めるわけにもいかない。おかげで、今ではこの作業もかなりの短時間
で終える事ができるようになっていた。
全ての確認を終えて体を起こした俺に、トレインが声を掛けてきた。
「さっきの話だけどよ、アンタだってミスを犯してるゼ」
「あん?」
「あのオッサンが懐に手を入れた時、アンタ、銃を抜いたろ?でも、トリガーに指は掛か
っていなかった。あのデブの頭を殴った時に手を痛めたんだろ。それで指が痺れて、トリ
ガーに合わせられなかった」
俺の顔が、無意識に一瞬だけ引き攣ったのが分かる。見抜かれていた。
「それで?」
「銃使いが考え無しに殴り掛かっちゃイケねェって事!特に、固い頭目掛けてなんて、な。
あの時は、得物を使うのが正解だった」
そう言ってトレインは、車に寄り掛かって笑みを投げてきた。俺はそれに、両手を挙げて
答えた。降参のポーズだ。
「全く、俺達は揃って半人前だな」
「二人合わせて一人前……ってのも、ゾッとしないな」
「ああ。情けねェ話だ」
 俺達はホテルへと戻り、アネットに連絡を入れた。目新しい情報は無い、との事だった。
これで今日の仕事は全て終わりとし、シャワーで汗と埃を落としてから床に就いた。
寝る前までに、缶ビールを三本空けた。

378例の899:2003/04/28(月) 02:25
>>374
アリガ㌧
がむばるよ

>>375
一応、もう一つ小さなヤマがあって、
最後の詰めの(にしては全く盛り上がらない)ヤマ、
って考えてるんだけど、時間軸の関係でもう一ヤマ欲しい。
でも良いネタが無い。思い付くネタは、行数が掛かり過ぎたり
俺の知識では扱えないようなネタばっかり。それに大詰めに
繋がる仕掛けも欲しいし。今までの中にもあるにはあるんだけど、
数が少ない上にショボイからなぁ。
どうしよ…
残りは年表で終わらせようか。



お茶濁しにどうでもいいネタ

ブレッシングミルク→メグミルク
お洒落さん→久勃起w

379名無しさん:2003/05/01(木) 20:46
武士沢でも構わないが黒猫世界の年表とかどうなってんだろ…


そういや黒猫のノベルがまた出るそうな

380名無しさん:2003/06/02(月) 22:09
もう一ヶ月放置常態か…

381例の899:2003/06/07(土) 03:02
もうクッキーも消えてたよ。
リアルで忙しくてね。

382例の899:2003/06/07(土) 03:02
 俺達がベノンズの店に向かっていた頃に『Big・SHOT』が更新され、三人目の運
び屋の名前と顔写真が公表された。同時に、ホテル・サンダルマンで発見された死体がそ
れである事も、掃除屋全員の知るところとなっていた。
翌日、俺達の他にブルーサンズに泊まっていた六組の掃除屋連中は、午前を過ぎる前に、
全員がチェックアウトしていた。死体だけでブツは発見されなかったという発表から、既
に市外へと逃げられたと見たのか、引き続き運び屋を追うのは無理だと判断したのか、多
くの掃除屋がこの街から引き上げていったようだ。
また、短期間に二件の殺人事件が発生したため、多くの観光客が、不安がってだろうかバ
カンスを切り上げ、この街から出ていっている。
普段にも増して人の流出が活発になったが、それでも運び屋は街から出ないと、俺達は判
断した。
警察は、三人目が死体で発見された事から捜査地域の範囲をこの街に限定し、市外に繋が
るあらゆる公道で昼夜の検問を敷き、駅や港には、麻薬犬を連れた捜査官を張り付かせて
いる。
今、この街から出る者は、全員が警察の厳しい監視にあっているのだ。運び屋の引き継ぎ
役がこの街の人間なら、そんな中に飛び込むという危険を犯すとは思えない。
だから、街の中に残って探すのが正解なのだ。
 その日は午前中から、俺とトレインはそれぞれ別の場所にいた。
最初は、ディーンズのメンバーが普段集まるといわれている場所を三箇所ほど訊きつけて、
今後の確認がてらに覗きに行ったのだが、三箇所とも警官の姿がチラホラ見かけられ、面
倒な事にならないうちに引き上げたのだ。
ディーンズの方は警察に監視してもらう事に決め、俺は市長と繋がりのある有力退役軍人
や退職警官の洗い出しを、トレインは市庁舎の監視する事にした。
俺の方は、市内の退役軍人会事務所に顔を出したり、ネットのニュース系データベースを
探ったりしてみたが、一向に成果は挙がらなかった。
俺は部屋の中で、灰皿の上に山を作っている吸殻を苦々しい思いで見つめながら、次の手
について思案を巡らせていた。横に置かれたPCのモニターには、トマス=ヤンデンが市
長職に就いてからの市政を分析している地元紙の論評が映されている。時計の針は、午後
四時を少し過ぎたところを指していた。
額にへばり付く前髪を掻き揚げ、新しい煙草を抜き出そうと手を伸ばした時、携帯電話に
着信があった。
トレインからだった。

383例の899:2003/06/07(土) 03:03
「どうした。何か動きがあったのか?」
「ああ。今、ちょっと面白いモノを見ている。三十分ほど前に、後姿しか見えなかったけ
ど、カメラとかを持ったどこかの記者みたいな二人組が庁舎に入っていったんだ。市長に
インタビューでもするんだろうと思ってたんだがよ、その二人組がちょうど出てきたとこ
ろでな、顔を確認した。一人は見た事も無い女だが、もう一人は、こいつぁ昨日、あの店
で見たヤツだゼ」
「ベノンズの?」
「つっても、メンバーの方じゃない。店員だ」
「ボーイか」
「そう。遠目からだが間違いない。確かに見た顔だゼ。カメラ持ってて、なんか助手みた
いな感じで付き添ってやがる」
「それで、女の方はどんなヤツだ?」
「あー、眼鏡にパンツスーツの若い女だ……けど、髪もウイッグだし化粧も濃いし、変装
臭いな」
「ソイツら、今どうしてる?」
「車に乗り込むところだ。赤のクーペ。それで、どうする?ヤツらをツケるか、このまま
市長の監視を続けるか」
「当然、その二人組だが……車か。できるか?」
「大丈夫、イケるゼ」
「なら、ソイツらの周囲に目を配ってくれ。もし、他の尾行者がいたら―――」
「押さえるか?」
「いや、まだ俺達は前面に出たくない」
「じゃあ、泳がせるか」
「ああ。いたら、ソイツが誰かさえ分かりゃいい」
「わかった」
 通話を終えた俺は、窓際に立って煙草に火を点けた。大きく吸い込み、肺の中がニコチ
ンで充満するのを感じながら、その二人組の正体について考える。
まず考えられるのが、昨夜グレイグが思い付いたと言っていた『役に立てるかもしれない
方法』だろう。その場合、あの二人組を送り込んだくらいで市長がボロを出すとは思えな
いので、次の手に備える布石だと考えられる。
もう一つの可能性は、店員の方が市長の手の者だった場合だ。俺達とグレイグのやり取り
を聞いたか、グレイグが市長になにかを仕掛けようとする命令を手下に下した事から知っ
たのか、市長に疑いを向ける者の存在を注進しに行ったとも考えられる。しかし、そんな
事は電話やメールでも用が足りるし、昼日中にわざわざ変装までして市長に面会する必要
などない。この可能性は否定できそうだ。
やはり、あの二人組はグレイグの指示で市長の元まで出向き、インタビューと称してなん
らかの言質を取ったか、カマでもかけたりしたのだろう。
もし、市長がその時の二人組の言動や仕草に不審なものを感じていたら、ヤツらに尾行を
つけているかもしれない。
トレインもその辺りの事が分かっているらしく、意思の疎通もスムーズに行われた。アイ
ツも、その二人組はグレイグが送り込んだと考えているのだろう。
俺は、狭い壁と壁の隙間に紫煙を流し込みながら、
(これで動いてくれりゃ、儲けものだな)
と思った。

384名無しさん:2003/06/09(月) 15:15
久しぶりだな

385例の899:2003/06/10(火) 03:10
 トレインからの連絡は、一時間もしないうちにかかってきた。
結局、回りに怪しい人影は見当たらなく、二人組は少し遠回りをしただけで店に戻ったそ
うだ。
「俺、思うんだけどよ……」
助手席に座るトレインが言った。
「あの二人組が魔法使いなのかもな」
「魔法使い?」
ハンドルを握る俺が訊き返す。
「ああ。グレイグが言ってたじゃねェか。そういうヤツを知ってるって」
二人組の尾行を終えたトレインを車で迎えに行き、そのままどこかで晩飯を済ませようと
しているところだった。それまで呆けたように外を眺めていたトレインが、不意に話し掛
けてきた。
「だとしたら、女の方か」
「かもな。でも、二人揃って、って事も考えられるゼ。そもそも、魔法使いってのはアン
タがアネットを指して言った言葉だろ?」
「ああ。その二人組も、なにかの道のプロなのかものな。そんな風に見えたか?」
「その筋のプロが、顔に『プロですよ』って書いてるわけないだろ」
「そりゃそうだ」
俺達は、お互いに短く笑った。しばらく間があり、
「グレイグに訊くわけにゃいかないよな」
とトレインが言った。
「そりゃそうさ。訊いて教えてくれるようだったら、昨日の時点でネタバラししている。
俺達がヤツを信用していないのと同じで、向こうも俺達の事を仲間だと思っちゃいない。
利用しようとしているだけだ」
「そうだな。俺が言いたいのはさ……」
トレインは、そう言って開け放った窓枠に肘を掛けた。
「分からない事を気に掛けていても仕方ねェって事さ。なんの目的なのか、どういうヤツ
らなのか知りようもないんだからさ、あの二人組は無視してイイんじゃねェの?」
「…………」
俺は、すぐには答えなかった。
確かに、トレインの言う事にも一理ある。しかし、俺にはどうしても捨て切れなかった。
「そりゃあ、ヤツらの動きが分かれば、イロイロやりようはあるかもしれないさ。今日は
空振りだったけど、そのうち、ヤツらに反応して市長の方が動くかもしれない。でも、実
際のところ、ヤツらの動きを俺達は掴めないんだからさ。まさか、俺達の方から、市長に
ベノンズが怪しいって教えて、燻り出すわけにもいかねェだろ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあよ―――」
「いや、お前の言う通りだ。この線は無視しよう」
俺は、それまでの調査で成果が挙がらなかった事から、盲目的になっていたのかもしれな
い。やっと掴んだ新たな動きに期待し過ぎていたようだ。二人組の尾行も空振りに終わっ
たのを聞かされた時と、今の俺の表情から、そんな俺の感情をトレインは読み取ったのだ
ろう。
(まさか、コイツに諌められるとはな)
俺は苦笑した。
「なに笑ってんだよ?」
「いや……頼もしい相棒だよ、お前は」
トレインは複雑な顔になった。
 ファストフードのドライブスルーを利用して簡素な夕食を摂り、俺達はホテルに戻った。
時計は八時少し前というところである。
車をブルーサンズから少し離れた浜辺の無料駐車場(錆びるが金が無い)に停め、ホテル
の階段をのぼっていた俺は、自室のドアの前に人影が見えて足を止めた。
「どうした?」
後に続いていたトレインが、俺に並んで訊いてきた。
ドアの前の人影は、床を軋ませる足音が止まった事からか、こちらに気付いて振り向いた。
「お前……」
俺は呟いた。
「おやおや」
トレインがとぼけた声をあげた。
「お久し振りです」
私服姿のリック=オースティンは、そう言って俺達に挨拶した。

386例の899:2003/06/12(木) 03:16
 突然の訪問に、俺は少々面食らっていた。ろくな挨拶もせず、ドアの鍵を開ける。
「すいません。突然、押し掛けたりして」
部屋の中に入ると、リックはまず、謝罪の言葉を述べた。
「いや……」
俺は、帽子を壁に掛け、自分のベッドに座った。トレインは奥まで進み、窓枠に腰掛ける。
「それと、この間はすいませんでした。生意気な事を言って」
初めて会った時の態度の事を言っているのだろう。ドアを背に立ったままリックは言った。
薄いブルーのスラックスに黄色がかったシャツを着て、黒の革張り鞄を両手で持っている。
「気にしちゃいないが……好きなところに座ってくれ。狭い部屋で申し訳無いが、客用の
椅子も無いんだ」
警官が私服姿で、つまり、仕事を離れて掃除屋を訪ねるのは、あまり無い事である。そん
なに親しい間柄でもなく、ましてやリックは掃除屋を毛嫌いしている。よほどの事情があ
るのだろう。ストレートに用件を尋ねるよりも、座るか座らないかで、すぐに済むか長い
話になるかを試したわけだが、リックはうつむいて答えなかった。
(まだ、話をするかどうか迷っているのか)
こういう場合は、話し易い当たり障りのない事柄から触れるのが常道である。
「今日は非番だったのか?」
俺の問いに、リックは顔を上げた。
「いえ、さっき仕事を終えたところです」
「そうか。それにしても、一度しか言ってないのによく覚えていたな。部屋番号まで」
リックはかぶりを振り、
「ここの宿主に教えてもらったんです。今、泊まっているのはこの部屋の一組だけだって。
彼は、僕が警官なのを知っていますから」
と言って、一度視線を床に落とし、やがて意を決したように俺の顔を見た。
「ボルフィードさんは、ダラタリ・ファミリーの麻薬の運び屋を追っているんですか?」
「うん?……まぁそうだが―――」
「なにか耳寄りな情報でも教えてくれるのか?」
トレインが口を挟んできた。
「これを見てください」
そう言って、リックは鞄の中から一束の書類を取り出して、俺の方に差し出した。
俺は、すぐには手に取らず、なん度かリックと書類を交互に見てから受け取った。
A4サイズの用紙が五枚、几帳面に角を揃えて、左上をホッチキスで留められてある。
作成者は、犯罪課科学捜査班。表題には、
<ニコラス=ステファノ殺害に使用された弾丸に関する鑑定報告書>
と書かれていた。

387例の899:2003/06/16(月) 02:33
「おい。これって……」
俺は、眉をしかめてリックを仰ぎ見た。
「話しだけじゃなく、実際に読んでもらった方がいいと判断しました」
リックは、思いつめたような表情で答えた。
警察の内部報告書を無断で持ち出し、しかも部外者に見せるという行為は、たとえどんな
事情があったとしても許されるものではない。さきほどまでの態度も納得できる。恐らく、
ここに来るまでにも随分悩んだ事だろう。
俺は決心して、鑑定報告書に目を通していった。
IBIで刑事をしていた時、なん度も見てきた類の書類だ。理解するのにさして苦労はな
かった。
読み進めていくうちに、ある一文が目に留まった。俺は、その内容に体が震えるような衝
撃を受けた。
急いで次のページにめくり、一字一句見落とさないように目で追っていく。
「どうした?」
いつの間にか近寄り、書類の文面を覗き込もうとしているトレインが言った。
知らず知らずのうちに、奥歯が痛くなるほど口をキツク噛み締めていた。体中が緊張で強
張っている。俺は、体の力を抜き、深い溜息を吐いた。
「スヴェン?」
「ホテル・サンダルマンで殺された運び屋の死体から検出された弾丸が、ジョーの時に使
われた弾丸と一致したそうだ」
「へぇ」
トレインは気のない返事をしたが、言葉の中に少しだけ動揺の色がみえる。
俺は、書類をリックに返し、
「俺達の持っている、運び屋の情報が欲しいのか?」
と訊いた。
「いえ、そうじゃなく……」
書類を両手で受け取ったリックは、答えを濁して再び黙ってしまった。
ここまで来たら、リックにはもう戻るという選択肢が無い事を、俺は知っている。だから、
待った。
ほどなくして、リックは口を開いた。
「部長に言われたんです。もし、困った事が起こったらアナタを頼れって」
「ジョーが?」
「あの日、ボルフィードさん達と分かれた後、部長からアナタの事をたくさん聞かされま
した。一年間という短い付き合いだったけど、その短い期間に全てを吸収していった。あ
んなに覚えの早いヤツは知らない……と。
その時に、まるで冗談めかした口調で言ったんです。もし、この先、俺がいなくなっても、
困った時にはアイツを頼ればいい。今は掃除屋らしいが、アイツは刑事の生き方しかでき
ないヤツだから、必ず力になってくれる。
そう言っていたんです」
「…………」
「今になって思うと、部長は、ああなる事を予想していたのかもしれません」
「それは無い」
俺の言葉に、リックは顔を上げた。彼の目は、俺にその理由を要求していた。
「殺されるかもしれないと考えていたのなら、ジョーはそんな相手を前にして不用意に背
中なんか見せない。それに、その気になりゃ、防弾チョッキなり着込んでおく事だってで
きたハズだ」
「それじゃ、僕の思い過ごしだと?」
「いや、そうじゃない。ジョーは予想していたんだろう。しかし、トラブルになる可能性
は予想していたが、殺されるとまでは考えていなかった」
答えながら、俺の頭の中には、犯人像がぼんやりと浮かんできていた。ジョーに、そんな
風に思わせる人物に心当たりがある。

388例の899:2003/06/17(火) 02:37
「俺が怪しいと思わなかいか?」
「え?」
唐突な質問に、リックは面食らったようだ。意図が理解できないでいるらしい。
「ジョーに、トラブルになっても殺されないだろうと思わせ、ジョーを殺したのと同じ銃
で運び屋を殺し、部屋からヤクだけ持ち去るヤツ」
「まんま、アンタだな」
トレインが言った。俺はそれに肯いて、
「そう。俺には動機があるし、ジョーに背中を向けさせる事もできる」
と言った。
「そんな。それじゃ、あの時、部長がアナタを頼れって言ったのと矛盾します」
リックは声を荒げて反駁した。
「ジョーがそう言っていたから、お前は俺を対象から外したのか?」
「どういう事です?」
「いや、なに。ジョーが殺されたのを知ってから、ずっと不思議に思っていたんだ。なぜ、
俺のところへ事情聴取に来ないんだろうって。お前が俺の事を上司に報告しているモンだ
と思っていたが、その様子だとどうやら……」
「はい、伝えていません」
あっさりと首肯した。
「それも、自分で判断しての事か?」
「そうです。ボルフィードさんは、部長の件には関係していないと判断しました」
リックの答えに、俺は少し脱力した。
警察組織の中にあって、警官というものは駒である。考える頭は上の方にあり、駒は頭が
考えた通りに動く。これは別に、警察に限ったものではない。どこの組織でも、大きけれ
ば大きいほど、その傾向が顕著になる。その方が、歯車も回り易いし、無用な混乱も少な
くすむのだ。
言うまでも無い事だが、これには少し誇張がある。実際には、現場の警官もしっかりと頭
を働かせている。ただ、扱う事件のおおまかな展望や証拠品の取捨は、上の人間、または、
多くの人間が寄り集まって決める事だ。一人の者の判断に任せるような代物ではない。
リックは、俺という人間の存在を、上司に報告するべきだったのだ。その際、ジョーとの
会話で感じたものを、自分の意見として添えるなりすればいい。その上で、今後の方針や
指示を仰ぐのが、警官として当然の行動といえる。
(一体、どういう教育をされたんだか)
俺は呆れて、後頭部の辺りをボリボリと掻いた。
同時に、俺自身、組織の一員でありながら、どこか組織とはかけ離れた刑事であった事を
思い出し、妙な懐かしさを覚えていた。
「それで、さ」
トレインが言った。
「アンタはどう協力して欲しいんだ?このボルフィードさんに」
「実は、ボルフィードさんに―――」
「スヴェンでいい」
遮って、俺は言った。
「は、はい、スヴェン……さん」
リックは、しどろもどろになりながらも、話しを続けた。
「実は、もう一つお知らせする事があるんです。これは昨日の事なんですが、部長の奥さ
んの銀行口座へ無記名で200万イェン振り込まれているのが分かりました。振り込みの
日付は事件の数日前だったんですが、当日、それも死亡推定時刻の三時間前に、200万
イェン全額が引き出されていたんです。それも、部長本人の手で」

389例の899:2003/06/22(日) 02:26
「バカな!」そう言いそうになるのを、俺は必死で飲み込んだ。到底、信じられなかった。
「奥さんは、その入金の事は初耳で、部長からそれに関係する話も聞かされていなかった
そうです」
俺は、ジッと一点を見つめたまま、右手で煙草の箱を探した。とにかく、煙草が吸いたい。
「警察は、その金がトラブルの元だとしていたんですが、今日、この鑑定結果が出た事に
より、部長が麻薬事件に絡んで金銭を得ていたと考えています」
俺は、煙草を大きく吸い込んだ。
警察の考えは間違ってはいない。いや、そう考えるのが当然だとも言える。だからこそ、
俺にはショックが大き過ぎるのだ。
「内部では、麻薬の事件とニコラス殺しの方に力を入れ、同じホシだからという理由で部
長の件をうやむやに処理しようとしています。身内の不祥事を隠そうと。噂では、上の方
から所長直々に指示があったとも言われています。それで、部長の件にあたっていた刑事
も、ほとんどが麻薬の方に回されました」
通常、警官殺しは警察への挑戦ととられ、威信をかけて全力を挙げて捜査される。そのた
め、同時に起こった事件は、自然とあてられる人員が少なくなるのだ。今、それは逆転し
ているらしい。
(ディーンズのヤツらのところにまで警官が配置されていたのはそれでか)
俺は、心の中で合点した。
「ちょっとイイか?」
リックの説明を、トレインが手を挙げて遮った。
「あのさ、アンタ警ら課だったよな。なんでそんなに捜査の内実に詳しいんだ?」
「それは、僕が部長とコンビだったので、応援という形で現場に近いところに置いてもら
っていたからです。ほとんどの資料にも目を通させてもらっています」
リックの答えを受けて、トレインは俺の方をチラリと見やった。
俺は、それに肯いて返した。リックの話に、おかしなところは無い。
「口挟んで悪かったな。続けてくれ」
トレインは言った。
リックは俺の方に向き直り、一層厳しい顔つきになった。
「今のままでは、部長の名誉は傷付けられたままになってしまいます。ニコラス殺しのホ
シを挙げても、部長の件は深く追求せずに立件するでしょう。でも、部長は犯罪に荷担す
るような人ではありません、絶対に。全てを明らかにできれば、必ず部長の汚名は払拭さ
れるハズです。お願いです、スヴェンさん。僕に力を貸して下さい!」
リックの顔には、悲壮めいたものがあった。眉根に細い皺を作り、口を真一文字に結んで
いる。目には、今にも俺に飛び掛ってきそうなほどの凄みがあった。
それは、ジョーの不当な扱いに対する憤りと、自分の不甲斐無さに対する苛立ちだろう。
彼は、警察の内部文書を持ち出したり、捜査の進展を部外者に漏らしてしまうほどに追い
詰められているのだ。そして、それほどまでにジョーの事を尊敬しているのだ。
リックの視線を、俺は厳しい目つきで睨み返していた。その心の中で、リックの事を眩し
く思っていた。
(昔の俺はこんな目をしていただろうか)
そんな事を考えていた。

390例の899:2003/06/24(火) 23:56
俺は、しばらく紫煙をくゆらせながら、リックを見つめていた。
その間、リックは辛抱強く待っていた。
トレインは、これに関する選択権を全て俺に預けるつもりなのだろう、意識しなければそ
こにいる事さえ忘れてしまいそうになるほど、気配をひそめて立っていた。
部屋に張り詰めた空気が、外から入る音をひどく五月蝿いものに感じさせた。目の前を漂
う煙も、ゆっくりと流れている。
「蒸すな、この部屋は……」
俺はリックから目を外し、左手で首の裏筋を撫でた。
「スヴェンさん?」
「帰りな」
リックは答えなかった。ただ一度、短く息を呑んだ。
俺は、先端の火がジリジリと煙草を短くしていくのを眺めていた。
リックが今どういう態度をとっているのか確かめてみたいという欲求があった。怒りの目
を俺に向けているのだろうか。それとも、失望に肩を落としているのだろうか。
だが、俺は意識してその欲求を退け、リックを見ないようにしていた。今、見てしまえば、
俺の決意が揺らいでしまいそうだったからだ。
「なぜです?」
喉の奥から搾り出したような声でリックは言った。
「情報をくれた事には感謝する。確かにジョーは俺の恩人だが、今の俺は掃除屋だ。掃除
屋のやり方で掃除屋の仕事をする。それだけだ」
「興味があるのは首に掛かった懸賞金だけで、部長の名誉はお構いなしという事ですか」
リックの声は、怒りで震えていた。当然だろう。
俺は、冷静な声に聞こえるよう、努めて話さなければならなかった。
「賞金首は、俺が掃除屋として捕らえる。捕らえるには、事件の全容を解明する必要があ
るだろう。俺はそのために動き、全てを明らかにする。だが、お前に協力する事はできん。
ポリが近くにいたんじゃ、俺達の協力者が逃げ出しちまう。裏のヤツらが多いんでな」
「僕は、アナタ達やアナタ達の協力者を捕まえようとはしません。例え、犯罪行為に近い
事をしていたとしても」
「どうやってそれをヤツらに納得させるんだ?念書でも書くか?裏の住人に、そんな物は
通用しない」
しばらくリックは押し黙り、俺は煙草を吸い続けた。
やがて、リックが呟くように言った。
「アナタ達の邪魔はしません。来るなと言われれば離れて待っています。僕はただ、部長
の―――」
「じゃあ今すぐ帰れ。真相はいずれ分かる。知りたいだけなら、俺達と一緒にいる必要は
無いハズだ。付いて来たがるのは、お前がジョーの名誉の事だけ考えているんじゃないか
らだ。サツの捜査が、自分が思うのとは違う方向に進むのが気に入らないからだ。だから、
自分一人では難しい捜査に、俺達の協力を得ようとした。なんの事は無い。自分の思う通
りの捜査がしてみたいだけだ。邪魔はしません?ふざけるな。ヒヨッコにうろつかれるだ
けで邪魔なんだよ」
俺は、煙草の火を見つめたまま言い切った。キツク言い過ぎたかもしれないが、諦めさせ
るにはこれくらいが必要だと思った。
俺の言葉が効いたのか、少しの間、リックは棒立ちになっていた。やがて、
「失礼します」
と力無い声を出し、踵を返した。
「待てよ」
トレインが止めた。
「情報だけ貰って追い返したんじゃ目覚めが悪い。情報には情報を、がこの世界のルール
だからな、こっちが掴んでいる情報を一つだけ教えてやるゼ」
俺はトレインを睨んだ。
しかし、トレインは全く意に介さなかった。
「ダラタリはこの街に大量のヤクをばら蒔こうとしている。この街にあるチームの力を削
いで、自分のモノにしようとしているんだ。だから今、ヤクを集めているのさ」
「それは、どういう……?」
リックはもう一度振り返り、訊いた。
「さあな。サツなんだから、それくらい自分で調べろよ。ただ、ダラタリがこの街にヤク
をばら蒔く際、その橋頭堡になるのがディーンズの連中だ。ヤツらにはそういう役目があ
るから、それまでは大人しくしているよう指示されているハズだ」
「ディーンズを張っても無駄という事ですか?」
「今のうちにヤツらを押さえ込めば、ダラタリの目論見も潰せるかもしれんがな。俺は情
報に情報で返しただけ。ソイツをお前さんがどう使おうと知らねェよ」
「…………」
つかの間、リックは無言で考え込んでいた。そして、
「分かりました」
と言って部屋を出ようとし、扉の前で立ち止まった。
「スヴェンさん。一つ、お聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
リックの目を見ずに返事した。短くなった煙草を、携帯用灰皿に押し込む。
「先ほど、アナタは一番怪しいのは自分だと仰いましたが、あれは、ホシは掃除屋だとい
う意味ですか?」
俺は首を横に振った。
「ホシの目星はついている?」
「かもな」
「そうですか……」
リックは、残念そうな声をこぼした。

391例の899:2003/06/29(日) 01:07
 リックが部屋を去った後、体に重たい疲労感が残った。俺は、こめかみを指で揉みなが
ら溜息を一つ吐いた。
「黙って帰しゃいいのに」
そう言ってトレインを責めた。
「あの程度なら大丈夫さ。アレを上に報告したって、ウラを取ってからでなきゃサツは動
けねェよ」
「そうれはそうだが……」
俺は、余計な情報を与えて警察に先を越されることが心配だったわけじゃない。リックが
独走しやしないかを心配しているのだ。そのために、アイツを傷付ける言い方をして諦め
させようとしたのだ。
「あれくらいのお返しをやっとかないと、アイツ、署に戻ったらアンタのことを容疑者と
して報告するかもしれないゼ」
俺は驚いてトレインを見た。その可能性は考えていなかった。
トレインは、俺と目が合うとニヤッと笑った。
俺はもう一度溜息を吐き、新しい煙草に火を点けた。
しばらく、沈黙が流れた。リックがいた時とは違う、落ち着いた沈黙だった。
俺は、感傷的な気分に浸った。あれでよかったのだろうかと、自問自答を繰り返す。
「辛そうだな」
トレインが口を開いた。
「そう見えるか?」
「ああ。後悔しているように見える」
俺は、心の中を封じているタガが外れるのを感じた。自然と言葉が溢れ出す。
「デカとしての俺を育てたのはジョーだ。掃除屋としても、俺の大部分はジョーに貰った
ものだ。彼がいなかったら、今の俺は無い。感謝しているし、尊敬もしている。今でもだ。
そのジョーが、リックに俺を頼れと言った。ジョーは、リックを一人前に育てたかったん
だろう。俺に付かせて、デカというものを学ばせたかったんだ。俺はそうするべきだった。
いや、俺自身、そうしてやりたいと思った。俺がジョーから学んだモノを、ジョーが俺に
伝えたモノを、俺がリックに伝える。そいつは、キザな言い方をすれば、デカの血を受け
継ぐってことかもしれん。俺の中にある、ジョーから受け継いだデカの血を今度はリック
に受け渡す。そうすりゃ、ジョーは死んでも、リックの中にジョーというデカの血が生き
ていることになる」
「だが、追い返した」
「どんな世界であれ、人を育てるということには、責任ってモンが付いてくる。中途半端
で終わってはいけない。最後までキチッと見守る覚悟がいる。掃除屋を続ける俺には、そ
の覚悟も責任も持てない。この件が片付くまでの間、先輩の真似事をするくらいなら、い
っそのこと突き放しちまった方がいい。それに―――」
俺は、一度言葉を切って煙草の大きく吸い込んだ。そして、煙を勢いよく吐き出してから
続けた。
「リックは仲間を疑えない」
「……『市長の牙』は現職のデカ」
トレインの言葉に、俺は肯いた。

392例の899:2003/06/29(日) 01:07
「恐らく、そうだろう。ジョーの件を調べていた時、俺はその可能性をすぐに否定した。
デカが仲間を撃ち殺すなんて想像できなかった。ジョーも俺と同じように考えたんだろう。
だから、簡単に背中を見せた。
ステファノ殺しと同一犯なら、ジョーの死体を隠さなかったことも説明がつく。普通、死
体を隠せば、サツは行方不明者として捜査するだろう。だが、死体が見つかると、捜査は
殺人事件として行われる。ステファノをホテルに匿っている身としては、行方不明で捜査
されちゃマズイと考えた。殺人事件なら対象は人だが、行方不明の対象は場所だからな。
しかも、現職警官の行方不明なら、捜査は失踪と殺しの両方の線で行われる。人と場所、
それこそ街中にサツの目が行き渡ることになる。内情に詳しいヤツの犯行だ」
「それと、振り込まれた200万イェンもな。そのジョーっていうデカに渡してんだから、
他のデカにも渡していたっておかしくない」
「ジョーが同僚の不正に気付き、金はその口止め料として振り込まれたもので、それを返
しにケニス港へ行ったのだろうか」
俺の頭の中に、ジョーの『聞いてみてもらいたい』という言葉が甦った。あの時ジョーは、
俺に同僚の不正についての意見を求めようとしていたのかもしれない。
「ありえない話じゃないと思うゼ。だが、それでオッサンの名誉が回復するとしても、ア
イツは仲間を挙げる捜査に協力はできないだろう」
「もう一つ、リックは署内でホシと顔を合わせる機会が多い。俺達の考えをアイツに教え
ると、向こうにそれを知られる危険もある」
「ああ」
「そう頭で理解していても、心のどこかで捜査にリックを連れて行きたいと思っている。
ジョーが俺にしてくれたように、リックを鍛えてやりたいと思っている。ジョーが果たせ
なかったことだから」
「…………」
「くだらない感傷だと思うか、過去に縛られた」
俺は、中空を見つめて言った。
「正直に言うと、時々、羨ましく思うことがあるよ。俺は過去を捨てようとしているから」
そう言うと、トレインは短く鼻で笑った。自嘲の笑みだった。
「どうした?」
俺が尋ねると、トレインは肩をすくめて首を振った。
「いや、昔のことを思い出したんだ。話したことあったっけな、まだガキだった俺に殺し
の技術を叩き込んだヤツのこと。アンタとジョーってオッサンの関係と同じように、ソイ
ツは殺し屋としての俺の大部分を占めているんだ。ソイツは途中でおっ死んじまったけど、
もし中途半端で終わらずに最後まで俺を育て切っていたら、俺は今でも殺し屋をやってい
るかもしれないと思ってな」
俺は煙草を吸い、溜息とともに吐き出した。さっきまで心を押し潰していたモノが、少し
だけ軽くなったような気がしていた。
「過去を捨てるのは難しい」
トレインが呟いた。
「まったくだ」
俺は、煙草の煙を目で追いながら答えた。

393例の899:2003/07/01(火) 00:58
俺が不憫だと…

394名無しさん:2003/07/01(火) 01:10
>>393


395名無しさん:2003/07/06(日) 20:37
いや、楽しませてもらっとりますよ。

396例の899:2003/07/08(火) 01:47
 俺は、再び『コンポス』を訪れた。リックが帰って、しばらく経ってから出かけたのだ。
今回はトレインも一緒である。
目的は別にあったが、酒も呑むつもりだったので徒歩で向かった。
時間は十時半を少し過ぎたところで、店の中は席が七分ほど埋まっていた。これから人が
増え出す時間帯なのだろう。
汗とアルコールと煙草の混じった甘酸っぱい匂いが充満している。
「やっぱ、いつ嗅いでもこの匂いは気に入らねェ」
トレインがぼやいた。確かに、酒も煙草もやらない者にとってこの匂いは不快感しか与え
ない。俺は、その空気を鼻から大きく吸い込んで、辺りを見回した。
店内は、流れているBGMの曲名が分からないほど騒がしく、酒が充分に入っているのだ
ろう濁声で言い争いをしているのがどこからか聞こえる。前回来た時はいなかったウェイ
ターがテーブル席の間を忙しくかけ回っていた。
俺達はそういった中を掻き分け、カウンターを目指した。
バーテンダーは、見かけからは想像もつかないような手際の良さで、客の注文をこなして
いっていた。だが、その仕事に手一杯なためか、カウンターに近づく新たな客である俺達
に気づく素振りはなかった。
カウンターの右側に二つ空いているストゥールに向かおうとした時、反対側から声を掛け
られた。
「おーい、こっちだこっちだ!」
回りの騒がしさに消されないよう声を張り上げたのだろう。俺には、その声の主が誰だか
すぐに分かった。
カイト=フームだった。
目が合うと、カイトは手を振ってこちらに来るよう促した。
俺とトレインはカイトの右隣に腰を下ろした。カイトの顔は、橙灯の下でも分かるほど赤
く染まっていた。かなりの時間、呑み続けているのだろう。カウンターテーブルには、溶
けて小さくなった氷の浮かぶバーボンが置かれている。
俺は灰皿を手元に引き寄せてから、煙草に火を点けた。
「愛想のいい人間は嫌われるゼ」
「まぁそう言うなよ。今日はいつもの連中が集まらなくて暇してたんだ。一人で呑むのに
この店は合わねェからな」
そう言って俺の方に顔を近づけ、
「それに、ほとんどの掃除屋が帰っちまって、せっかくの稼ぎ時を逃がしちまったしな」
と小声で付け足した。息から酒の匂いがぷんと漂ってくる。
「儲かったのかい?」
俺が尋ねると、カイトは肩をすくめて首を横に振った。
ようやくこちらに気づいたバーテンダーに、俺はビールを注文した。続いてトレインが注
文を告げると、バーテンダーは険しい顔をして戻っていった。
「そっちのお兄さんは酒がダメないのかい?そういや、前に会った時もミルクだったな」
「まだ未成年なんだ」
トレインの返答に、カイトは短く吹き出した。
やがて、カウンターテーブルにコップと栓の抜かれたハイネケン、横に牛の絵が描かれた
牛乳瓶が置かれた。
「まさか、ただ呑みに来たってわけじゃないだろう?」
期待のこもった声でカイトが訊いてきた。
「ああ」
「よし」
カイトはストゥールから滑り降り、グラスを掴んで歩いていった。
俺は咥え煙草で両手にそれぞれコップと瓶を持ち、トレインとともに続いた。

397例の899:2003/07/08(火) 01:50
 中二階の五組置かれたテーブル席は、その三つに先客がいた。中央の空席は避けて、右
手前のテーブルに座った。
俺は自分のコップにハイネケンを注ぎ、一気に飲み干した。喉が乾いていたのだ。
二杯目を注ぎ出したところで、カイトが訊いてきた。
「知りたい情報はなんだい?」
「市警察のことだ」
「市警察?」
カイトは眉をしかめてオウム返しした。
「またジョーのことか?」
「ジョーも含めて、市警察全体だ」
「…………」
しばらく怪訝な表情で俺を見ていたカイトは、やがて首を振って言った。
「ブン屋の癖が出ちまった。今は情報屋に転職中なんだから、客のことを詮索しようとし
ちゃいけねェんだった。で、市警のなにが知りたいんだ?」
「まずはジョーだ。彼は金に困っていたか?」
すぐには答えが返ってこなかった。うつむき、グラスの中身に視線を落としている。
「……なんでそんなこと訊くんだい」
下の階の喧騒にかき消されそうなほど小さな声だった。それは、肯定したのと同じだ。
鼓動が高まり、拳を固く握り締める。
俺は、ゆっくりと深呼吸をしてから言った。
「客の詮索をしないのが情報屋なんだろ。知っているんだな?」
「ああ」
カイトは、グラスをチビリと舐めて答えた。
「下の娘か」
言って、自分の声が震えているのが分かった。
カイトは、驚いたような顔を俺に向けた。
「ジョーから喘息だと聞いていたが、違ったのか」
「ああ。事件があってすぐ、俺はジョーの身辺を洗ったよ。気に入ってたポリコだったか
ら気が引けたけど、仕事だからな。きな臭い話がありゃ記事にできるし、些細なことでも
情報屋として売りつけられる。
俺は彼の友人や親戚をあたったんだ。ここから少し離れたところに、ジョーのカミさんの
妹夫婦が住んでいてな。本人は話したがらなかったが、近所の住人が時々ジョーを見たと
言っていた。『きっと返す』とか『なん度もすまない』とか、しきりに礼を言っているの
を聞いたそうだ。
調べてみると、マルチナっていう下の娘が入退院を繰り返していた。その子を診ている病
院の職員に知り合いがいたから、ソイツに握らせて探ってもらって分かった。先天性の肺
病なんだそうだ。ソイツは医者じゃなくてただの職員なんで専門的なことは説明できなか
ったが、かなり重いらしい。
ジョーは、治療費の金策に苦労していたみたいだ」
話し終えると、カイトはグラスの残りを一気にあおった。
俺は、全身の力が抜けるような思いだった。予想していたとはいえ、事実として目の前で
明らかにされると、やはり心に堪える。
ジョーは金に困っていた。当然、警察もそれを掴んでいるだろう。だから、ジョーに多額
の振り込みがあったことを受けて、彼が事件の被害者ではなく共犯者である可能性を恐れ
て、彼の事件への関与に蓋をしようとしているのだ。もし、ジョーがこれほど金に困って
いなければ、もっと好意的に解釈されたハズである。俺がそうしたように。
俺は、大きく吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出した。

398例の899:2003/07/20(日) 01:53
沈んだ気分になっている俺を尻目に、トレインが口を開いた。
「他にそれを知っていそうなヤツはいるかい?」
「うん?」
「例えば、職場の仲間に借金を申し込んだりはしていないか?」
トレインは、心持ち身を乗り出して訊いた。
「どうだろうな。ただ、そういうことが以前からあれば、噂くらいは俺の耳にも入ってい
たハズだ。多分、無かったと思うゼ」
「そ、か」
トレインはそう言うと、背もたれに身を戻した。
俺にはその質問の意図が掴めていた。
ジョーが金に困っていることを知っていた者が、金を使って彼を仲間に引き入れようとし、
トレインはその可能性のある人物を聞き出したかったのだ。
だが、本当にジョーは市長の、そしてダラタリの仲間になったのだろうか。俺は思い違い
をしてはいないだろうか。
ジョーの金銭的な苦境は、篭絡しようとする者にとっては付け入る隙だったかもしれない。
それでも、彼は口座に振り込まれた金を殺される直前に持ち出している。恐らく、密会の
相手に返そうとしたのだ。ユーク時代の彼は、刑事の不正を良しとしなかった。そのため、
同僚との間に摩擦が起こっていたが、彼はその姿勢を貫いていた。今回の場合も、彼は犯
罪への加担を拒否したのではないだろうか。
しかし、不審な点もある。入金された口座が、ジョーの妻であるスーザンのものだったこ
とだ。その口座に振り込んだのは、市長かその協力者である警察の人間だろう。ジョーの
口座番号であれば、署の人事記録に載っているものを見れば知ることができるが、夫人の
ものとなるとジョー本人から聞かされない限り知りようがない。それはつまり、ジョー自
身が金銭を受け取る意思があったということになる。
結局のところ、事実がどうであるのかは関係者に直接訊いてみなければ分からないようだ。
(なら、ジョーを殺したヤツを引きずり出すまでだ)
俺は灰皿に煙草を押しつけ、カイトに尋ねた。
「アンタ前に、カジノ建設の時に、警察の中で署長派と市長派に別れたって言ってたよな。
市長派の中で、特に市長との結びつきが強いヤツに心当たりはないか?」
「そういうヤツなら、そうだな。交通課のクラメンス課長。コイツの嫁さんは市長夫人と
仲が良い。夜会にもつるんで出かけている。他には……モーリスがいるな。殺人課のジェ
シー=モーリス。市長の腰巾着と呼ばれている市議の娘婿だ。すぐに思いつくのはこれく
らいだな」
「殺人課か」
トレインが呟いた。
「市長派の連中をリストアップできるかい?」
俺の頼みに、カイトは顔をしかめて、言った。
「主だった連中くらいならできるだろうが、全員は難しいな。なにせ、同じ組織内で二派
に別れて対立していたんだ。連中にしてみれば、触れられたくない部分だから、口も固く
なるってモンさ」
「そうか。仕方がない、別の方法を探してみるとしよう。あともう一つ、ジョーの住所を
教えてくれ」
「……会いに行くのか?」
「ああ。今はどんな些細なことでも知りたいんだ」
「そうか」
カイトは懐から例の古ぼけた手帳を取り出し、薄暗い照明の下でペンを走らせた。書き終
わると、そのページを破り取り、俺の方に差し出した。
俺はそれを受け取った。

399例の899:2003/07/21(月) 02:21
 『コンポス』を出ると、トレインが俺に話し掛けてきた。
「スヴェン」
「ん?」
「話、聞いてて思ったんだけどよ……」
俺とトレインは、並んで歩き出した。
「ジョーってオッサンを金で転ばせようとしたのが、沈黙させるためじゃなくて協力させ
るためだったとしたら、その目的はなんだったと思う?」
「目的?」
「ヤツらがやりたいのは、ヤクの運搬なんだ。で、トラブルが起こってこの街にヤクが持
ち込まれた。デカイ道は検問されてるし、他の道も掃除屋が張っている。その包囲網から
抜け出すためだったんじゃねェかな」
「どうやって?それとジョーを転ばすのとどう関係する?」
『転ぶ』『転ばす』というのは、『寝返る』や『裏切らせる』という意味だ。
「だからさ、警察車両さ。それも覆面とかじゃなく―――指を上に挙げてクルクル回し―
――上にパトランプがついている、さ」
「…………」
「それなら簡単に突破できると思うんだ。まさか、パトカーがヤクの運搬してるなんて誰
も思わねェだろうからな」
「ああ、確かに」
「で、だ。ヤツらは、元々、警察の中に仲間を持っている。だが、ソイツは一目見て警察
車両だと分かるようなのを使える立場じゃなかったのさ。だから、警ら課の警官を一人、
抱き込みに掛かった」
「お前、それでさっき―――」
「ああ。俺は殺人課のヤツに、ちょっと引っ掛かる。それはそうと……」
「どうした?」
「後ろ振り向くなよ。ツケられてるゼ」
「ホントか?」
俺は慌てて、しかし極力首を回さずに辺りをうかがった。
すでに十一時半に近く、人通りはまばらだった。数人が、俺達と反対方向へ進んでいる。
トレインは、俺の耳では拾えない一定間隔で着いてくる足音を捉えているのだろう。
「行きにもそれっぽいのはいたんだけど、それと同じヤツらみたいだ」
「行きにもいたのか」
「あん時は人が多かったからな、考え過ぎかと思ってた」
「仕方がない。次で曲がるぞ」
「ああ」
フォルト通りを歩いていた俺達は、メイ通りの一つ手前の狭い路地で折れた。
そこはビルの裏手側が並ぶ通りで、他の通行人は全くいなかった。
5mほど入ったところで俺とトレインは足を止めて、本通りの方を監視して待つことにし
た。ビルの通用門の上に備え付けられた青色の防蛾用蛍光灯が、時折、ジッジッと音を出
していた。
そのまま二分経っても、それらしいヤツは現れなかった。
更に一分待ったところで、トレインが痺れを切らしたように呟いた。
「来ねェな」
「俺達が勘付いたことを悟って引き上げたようだな。まだそれほどこっちを重要視してい
ないのか、それとも泳がせておこうとしているのか。そのどちらかだ」
「でもよォ、かなり巧い尾行だったゼ。ちゃんとした訓練を受けているヤツみたいな」
「ってことは、マフィアじゃねェな。警察の方か」
「多分、な」
俺は、壁にもたれ掛かって腕組みをした。
リックの言っていたことが本当だとすると、警察は未だ俺とジョーの関係を知らないハズ
だ。だからといって、俺達が運び屋の引き継ぎ役と疑われないわけでもない。
また、市長の協力者の線もある。俺達が色々と嗅ぎ回っていることを知り、動きを見張ら
せているのかもしれない。
「なかなか疲れる展開だな」
俺は、溜息混じりに言った。

400例の899:2003/07/21(月) 02:28
やばいです。
初期の頃に考えてたラストではしょぼ過ぎるので、
もう少し盛り上がる展開をあれこれ考えてたら
色々付け足しちゃってかなり長くなってしまいました。
てなわけで、後少しだったのがもうちょっと続きます。
亀仙人がコマの隅でそう言ってます。m(_ _)m

401名無しさん:2003/07/22(火) 22:56
のんびりいこう。

402例の899:2003/07/23(水) 02:54
 翌日、午前中のうちに、俺は車でジョーの家族が住む家に向かった。別行動のトレイン
は、なにをするわけでもなく街中をぶらついている。
昨夜のこともあったので、道中、時折ルームミラーで後ろを確認しながら車を走らせた。
繁華街から住宅地へと入るにつれ、交通量はぐんと減っていく。
地図で確認した目印のコンビニエンスストアがある角を右折すると、遅れてシルバーグレ
イのクラッスラー300Lが曲がってきた。40mほど後方だ。
もし、あれが尾行者なら、他の車を間に挟むことができないため、こちらに見つけられて
いることを向こうも承知しているハズだ。
速度を上げて相手がそれに遅れずに付いてくるか確かめるためにアクセルを踏み込んでみ
たが、エンジンは不機嫌な音をたてて、これ以上回転数が上がらないことを伝えてきた。
俺は舌打ちを一つして、車を路肩に停車させた。
300Lは停まることなく、猛スピードで横を追い越して行った。
ドアミラーは全面スモークで覆われており、運転者の顔を確認することはできなかった。
俺はサイドブレーキを引き、シートにもたれ掛かった。
昨夜と同じで、俺達に対して尾行、監視以上のアクションを起こす気配がない。妙な話だ。
もし、今の車が警察のものだとすれば、昨夜の時点で俺達が監視されていることを察知し
ている以上、もはや尻尾を掴ませるような行動をとらないと考えるハズである。つまり、
俺達がダラタリに雇われた次の運び屋兼殺し屋だとして、それを泳がせても裏で操ってい
る人間を炙り出すことはできなくなっているのだ。ならば、先ほどのように通り過ぎたり
せずに、停車して俺の身柄を抑えに掛かるだろう。車の中から、ヤクや拳銃などの証拠が
出てくれば、それで事件は解決である。ダラタリへと繋がる糸口も見つかるかもしれない。
今の車は、警察ではなく市長の協力者なのだろうか。しかし―――。
俺は、あることを確認するために、携帯でトレインに連絡を入れた。
「もしもし」
「俺だ。どうだ、ツケてくるヤツはいるか?」
「ああ、いるゼ、二人組。そっちは?」
「こっちもだ。だが、停まったら向こうは通り過ぎやがった」
「アンタの方は車だよな。それとは別にこっちへも二人ってことは、泊まっているホテル
からマークされていたのか。随分、組織的だな。市長の協力者ってそんな大勢なんかね?」
俺と同じ疑問を、トレインも持ったようだ。
「ジョーを仲間に引き入れようとした理由がお前の考えた通りなら、そんなに人数はいな
いと思うんだがな」
「だよな。やっぱ警察か。だとしたらアレじゃねェの?俺達を見張るのじゃなくて、見張
られていることを分からせるための尾行」
「俺達の動きを縛り付けるためのか?確かに、ヤツらの動きからはそんな感じがするけど、
それでなんの得がある。そんなモンに人手を割くくらいなら、さっさと噛んじまった方が
早いだろう」
「じゃあ、俺が直接訊いてみようか?」
「止めとけ。アチラさんはまだ事を構えたくないと思っているんだから、わざわざこっち
から手を出すこともない。そのうち向こうからやって来るさ。お前は簡単に拉致されるよ
うなタマじゃないから、それでも遅くはないだろう」
「ヘッ!お互いにな」
通話を終えた俺は、煙草を取り出して火を点けた。しばらく停車させたまま待って、他に
監視する者が現れないのを確認してから、サイドブレーキを下ろしてウィンカーを出した。

403例の899:2003/07/23(水) 02:56
なんか説明ばっかで読み難くて訳分からん文章だな
巧く纏まんない

404一応:2003/07/28(月) 16:09
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405例の899:2003/08/01(金) 02:15
 ベイブ家は、市内でも海岸線からかなり離れた一角にあった。
住宅街の道はかなり広く造られ、多くの緑が植えられている。通行者は人も車もほとんど
なく、静かなたたずまいをみせていた。
俺は、ベイブ家から少し離れたところに車を停めた。降り立って目的の方角に向かうと、
その敷地の奥で犬が吠え、番犬の役目を果たそうとしていた。キャンキャンという、小型
犬のものだ。
白壁で二階建てのその家は、前面の庭に芝を張り、背の低い植え込みで囲まれた中にテラ
スを持っていた。
一階も二階も、全ての窓にカーテンが引かれている。事前に電話で在宅を確認しておくべ
きだったかと思ったが、呼び鈴を押して犬の鳴き声を一層けたたましくさせると、ドアの
奥の方から、
「はいはい、人が来たのね。分かったわよ、マリー」
という力の無い声が聞こえてきた。
胸の締め付けられるような声だった。懐かしい声でもあったが、俺の覚えているスーザン
の声は、いつも溌剌とした声を出していた。
唐突に、ロイドの殉職を家族に伝えた時の記憶が甦り、俺は慌てて頭を振った。
ドアが開かれると、スーザンは突然の来訪者の顔を見て、目を丸くさせた。
「あ……」
「お久し振りです」
「スヴェン……」
その時、スーザンの足の下から小さな黒いモノが潜り抜けてきた。その黒いトイプードル
は、俺の足に前足を掛け、尻尾を忙しなく振りながら人懐こい声で鳴いた。
「ああ、マリー」
スーザンは俺の足許からマリーをヒョイと抱え上げると、俺の顔を優しい表情で眺めた。
「ホント、よく来てくれたわね。有難う」
そう言って、片手を俺の首に回し、軽い抱擁の挨拶をした。
「この度は、本当に―――」
スーザンは首を振って俺の言葉を遮り、
「入って」
と招き入れた。
 リビングを抜けて客間に案内すると、スーザンは俺にソファを勧めてカーテンを引き開
けた。
「家の中を暗くしていると、気分まで暗くなってしまうのに。ダメね、こんなことじゃ」
「留守かと思いました」
「ごめんなさいね。色々と尋ねてくる人も多くて、少し疲れていたの」
実際、スーザンの化粧気のない顔には疲労の色が濃い。後ろで纏めた髪の毛にも艶がなく、
ジョーの死が家族へ与えた衝撃の重さを推し量るには充分だった。
「警官の妻になった時に、こういうことになるかもしれないと覚悟していたハズなのに、
やっぱり辛いわ。やりきれない……」
「誰だってそうです。家族の死を、仕方がないと割り切ることなんてできやしません」
「そうね。でも、それだけじゃないの。警察が、あの人の死をうやむやにしようとしてい
るって話もあるの」
スーザンは、床を見つめたまま吐き出すように言った。
「その話はどこで?」
俺が尋ねると、彼女は顔を上げて言った。
「あの人と組んでいた部下の人が来て教えてくれたわ」
リックのことだろう。昔、俺がジョーの家族と時間を共にしたように、リックもこの家に
時々訪れていたと思われる。
「二十年近く警察のために身を粉にして頑張ってきたのに……ごめんなさい。まるでアナ
タにあたっているみたいね、私。少し待ってて」
そう言うと、スーザンは俺を残して部屋を出ていった。

406例の899:2003/08/09(土) 02:44
 一人残った俺は、客間の窓から外を眺めた。
閑静な住宅街に夏の日差しが降りかかる、平和そのものの眺めだった。だが、この家の中
の雰囲気は、それら外の様子とは全くかけ離れていた。殺人という非日常的な事件に飲み
込まれ、重く沈んだ空気が充満している。
俺の記憶では、スーザンの歳はジョーと同じだったハズで、先ほどの彼女は、体型こそあ
まり変化は無かったが、それ以外の点では四十という年齢よりも老けて見えていた。
夫を失い、難病の娘を抱えた彼女の行く末を思うと、自然と溜息が出てしまう。
刑事をしていた時も掃除屋になってからも、犯罪被害者というものを数多く見てきたつも
りだ。親しい人間が被害者になったこともある。だが、いくら経験しても、それに慣れる
ことはない。俺はそれほど器用な人間ではないのだ。
 カップを二つ乗せたトレイを持って戻ってきたスーザンは、
「確か、ミルク入りの砂糖抜きで良かったわね」
と片方を俺の前に置き、対面のソファに腰を下ろした。
「それにしてもアナタ、その右目はどうしたの?」
俺は右目に軽く触れて答えた。
「こいつは、俺の甘さが招いた代償のようなものというか……」
「そう。どうしてそんなに危険な仕事をするのかしら。仕事なら他にも一杯あるのに」
スーザンは、顔を横に向けて呟いた。その言葉は、俺ではない誰かに語り掛けているよう
に聞こえた。
「確かに、こういう仕事には危険が付き物です。誰だって危険な目にあいたくはないし、
他に、もっと自分に合った、楽な仕事があるのかもしれない。でも、危険が多い分、他の
仕事では味わえないほどのやり甲斐を得られるんです。恐怖を感じれば感じるほど、そこ
から解放された時、言葉にならない気分になる。正義を守った、市民を助けたという誇り。
それを味わってしまうと、自分にはこの仕事しか無いと思ってしまうんです。これが天職
だと思い込んでしまう。そんな思いが、危険の中に飛び込むことになんの疑問も感じなく
させてしまうんです。正義感の強い人ほど、その思いはより強いかもしれません。男って
のはみんな、子供の頃、正義の味方に憧れるモンですから」
ジッと俺の説を聞いていたスーザンは、微かに笑みをこぼして言った。
「アナタが刑事をするのも、同じ理由から?」
「俺の場合は、ホンの少し違いました。それに俺は、もう刑事じゃないんです。IBIは
辞めました」
覚悟していたとはいえ、驚くスーザンの顔を見せられると、心が小さく痛んだ。あの時の、
落胆したジョーの顔が甦る。
「辞めた?」
「もう五年くらい前になります。当時のIBIは、設立当初の目的から離れた組織になっ
ていました。多発する国境を超えた犯罪、麻薬や武器の密輸入に対抗するための超国家的
組織のハズが、思うような成果が得られず、掃除屋に頼るようになっていたんです。その
うち、組織としての価値を失い、いつの間にかただの警察の上部組織になってしまってい
たんです」
俺は、一息吐いてコーヒーを口に含んだ。妙な気分だった。あの時、ジョーに話せなかっ
たことが、今は自然と口に出せてしまう。
スーザンが俺の後ろにジョーを見て語り掛けていたように、俺もスーザンの後ろにジョー
を見ているのかもしれない。

407例の899:2003/08/11(月) 00:46
「それが理由で?」
「いや……」
俺は少しためらった。刑事である夫を亡くしたばかりであるスーザンに、仲間の、それも
妻子を持つ刑事の死が直接の原因であることを伝えるのは、酷なことではないだろうか。
だが、そんな心の迷いとは裏腹に、口が勝手に言葉を続けた。
「理由はもう一つあります。きっかけとしては、こっちの方が強い。俺のミスで相棒を死
なせてしまったんです。ソイツ―――ロイドとは二年近くコンビを組んでいました。ある
時、俺達は麻薬組織のボスを塀の中に送り込んだんですが、ドジッた俺はその手下共に捕
まり、監禁されてしまったんです。俺を助けるためにロイドは一人で乗り込んできて……。
この右目は、その時に失いました。今は、死んだ相棒の目が移植されています」
スーザンは、明らかに困惑していた。掛けるべき言葉が見つからないといった様子だ。
俺の口は更に続けた。
「ロイドは本当に良い刑事でした。でも、上層部はその事件を特に重く扱わず、掃除屋偏
重の方針を固めるのに利用しただけでした。俺は、そんな組織に命を預ける気にはなれな
かった。アイツの家族にも、なんて伝えたらいいのか……」
スーザンは、憐れみのこもった目で俺を見つめていた。
俺は再びコーヒーカップを持ち上げた。
「そう。それで刑事を辞めたのね」
「ええ」
コーヒーを一口舐める。
「それで、今はどうしているの?」
「……掃除屋をやっています。ロイドから右目を貰いながら、全てを捨て去ることはでき
ませんでした。なんらかの形で、犯罪の取り締まりに関わりたかったんです」
「右目を失うほど危ない目に遭って、仲間を殺されても、まだ、危険な仕事から離れられ
ないのね、アナタは」
その言葉は俺の心を突き刺した。スーザンの憐れみの表情は変わらない。
「自分でも、もっと上手く生きられないかと思う時があります。ただ、今の俺があるのは、
色々な人に影響を受け、育てられ、関わってきたからです。確かに、その人達は、俺がこ
の世界から手を引いて安全な暮らしを選んだとしても、『裏切られた』とは思わないでし
ょう。でも、そんな生き方は、俺自身が許せない。俺は、俺自身を裏切りたくないんです」
スーザンは手を口に当てて短く笑った。
「ごめんなさい、少し思い出したの。『紳士たれ』っていうのがアナタの口癖だったもの
ね、昔から。紳士は、地位や格好じゃない。生き方だって……変わってないわね」
照れもあって、俺は苦笑を返した。
スーザンは、膝の上に両手を組んで、優しい笑みを浮かべた。
「それで、今日、来たのは昔の友人として?それとも、掃除屋として?」
いよいよ、本題に入る。俺は姿勢を正して答えた。
「両方です」
「そう、やっぱり」
「あの日、俺はジョーに会っているんです」
スーザンの顔から笑みが消えた。

408例の899:2003/08/16(土) 02:16
「俺は、ある事件を追ってこの街に来ました。一週間くらい前のことです。そして、事件
の起こった丁度その日に、彼と会いました。昼頃で、ジョーの部下のリックにもその時に
会っています。事件のことは、二日後の新聞で知りました。本当は、もっと早くにこちら
にうかがうべきだったのに……すいません」
スーザンは手を振って答えた。
「それはイイの。あれ以来、ずっと刑事さんやら記者さんやらがやって来るし、知人も多
く慰めに来たりして休まる暇が無かったんですもの。少し落ちついてから来てくれた方が
嬉しいわ」
「そう言っていただけると……」
「それで、会った時、ジョーはなんて?」
「再会を喜んでくれました。ただ、その時に、『お前に聞いてもらいたいことがある』と
言っていました。彼は、仕事のことでなにか悩んでいたりはしませんでしたか?」
俺の問いに、スーザンは視線を床に落とした。
「仕事のことでの悩みは知らないわ。家庭では、仕事の話は滅多にしない人だったから」
「同僚の名前とかも出てこなかった?」
「ええ。リックがこの家に遊びに来た時くらいかしら、仕事の話をするのは。でも、他の
人の名前は出てこなかったわ。ただ……」
「…………」
「あの人は、家族の問題で悩みを抱えていたの」
スーザンは、ゆっくりと首を振りながら言った。
「ジョーから聞きました。下のお嬢さんが病気だそうで。彼は喘息だと言っていましたが、
本当はもう少し重い病気であることも知っています」
「調べたのね」
俺は頷いた。再び、心が痛みを発した。
「掃除屋としてうかがった理由を全て話します。俺が追っていた事件というのは、麻薬の
運び屋でした。その運び屋は殺され、今は別の人間がその役を引き継いでいます。恐らく、
運び屋を殺した犯人がそれだと思われます。問題なのは、その殺された運び屋の体から、
ジョーの事件で使われたのと同じ銃で発射されたと思われる弾が見つかったことです。こ
の話は、リックから聞きました。それと、アナタの口座に無記名で200万イェンが振り
込まれていたことも」
俺が話し終わると、スーザンは目を閉じて言った。
「そう……アナタの言いたいこと、聞きたいことは分かったわ。そうね、そう思うのが当
然だわ」
「それを疑っているから、警察はジョーの事件をうやむやに処理しようとしているんです」
「リックはそれが許せなかったのね。だから、殺された運び屋とジョーの事件の関係を私
に教えてくれて、アナタにも話した。リックから聞いたということは、彼はアナタに協力
を求めたんでしょう?」
「ええ。でも、断りました。彼は警官で、俺は掃除屋です。目的は同じでも、やり方が全
く違う。それに、もし俺達と一緒に行動して事件を解決したら、彼は警察を辞めなければ
ならなくなるかもしれない。職を失わずに済んだとしても、一生、出世はできなくなるで
しょう。上の指示に逆らうことになるんですから」
「リックはアナタに似ているわ。真面目で、優しくて、勇敢で、そして頑固なところがあ
るの。多分、彼は諦めてないハズよ。今も、一人で捜査を続けようとしているのかもしれ
ない。もし、この先、彼が捜査で危険な目にあうようなことがあれば、お願いだから助け
てあげてね」
スーザンは俺の目を見据えて言った。
「……はい」
俺が答えると、スーザンは安心したように目を閉じて頷いた。彼女は彼女なりに、ジョー
の部下だったリックの身を案じているのだろう。
「それで、アナタは、ジョーが事件にどう関わっていると考えているの?」
スーザンは、俺に視線を戻して言った。

409例の899:2003/08/27(水) 02:59
「俺は……正直に言って、よく分かりません。200万イェンは、ジョーが犯罪に荷担し
て得たものかもしれないし、なにかの秘密を握られた者がその口止めとして払ったものか
もしれない。その場合、ジョーに無断で振り込まれたのかもしれない。可能性はいろいろ
と想像できますが、問題なのは、ジョーは金銭的に困っていることと、俺が彼の昔を知っ
ているということです。俺の知る彼は、不正とは無縁の人物でした。買収も取り引きも応
じない。むしろ、それを憎んでいました。確かに、八年は人が変わるには充分な年月です。
しかし、リックがあれほど熱心にジョーの無実を訴えているのをみると、俺の知るジョー
とリックの知るジョーは、そんなに変わりがないように思える」
「残念だけど、私はその答えを持っていないわ。200万イェンのことを知らなかったの
もホントよ。ジョーは、そのことについてなにも話してくれなかった。あの日も、少し遅
くなるって電話があっただけで……」
スーザンは表情を曇らせ、窓の方に顔を向けた。
「おかしなものね。私とジョーは、学生の頃からの付き合いだったわ。お腹に子供がいた
から、彼が警察官になったのと同時に結婚して、人生の半分近くを共に過ごしてきた。そ
う思っていたわ。彼の全てを知っていると。でも、そうじゃなかったわね」
「ジョーは、家族を巻き込みたくなかったんです。だから、父親としてではなく、警官と
して事態を処理しようとしたんだと思います」
「私もそう思うわ。彼は、警察という仕事を愛していた。警官であることを誇りにしてい
た。ただ、それ以上に、家族のことを愛していたわ。私に言えるのはそれだけよ」
最後の言葉が、俺の心に深く残った。それが、俺の疑問に対する彼女なりの答えなのだ。
もう、これ以上の情報は得られないだろう。また、それを求めるのは彼女にとっても酷な
ことだと、俺は判断した。
 礼と再会の約束を済まし、戸口をくぐろうとしたところで、俺はスーザンに呼び止めら
れた。
「ちょっと待って、スヴェン。一つ、言っておきたいことがあるの」
「なんです?」
「アナタはジョーのためを思ってこの事件を解決しようと考えているのだろうけど、あん
まり自分を追い詰めたりはしないで欲しいの。私は、アナタに全てを押し付けるつもりは
無いわ。それだけは、覚えておいて」
「……はい」
俺が答えると、スーザンの顔に優しい微笑みが戻った。そして、戸口の外になにかを見つ
けて、
「あら、ちょうどイイわ」
と喜んだ。
スーザンの視線を追って振り返った俺の視界に、一人の少女が立っているのが映っていた。

410例の899:2003/09/04(木) 03:07
眩しい日差しの中に浮かび上がったその姿に、俺の目はしばらくくぎ付けになった。
少女は美しかった。
きめ細かい褐色の肌は太陽に照らされて輝き、艶のある黒髪をアップで纏め、黒のタンク
トップに少し色褪せたジーンズを履きこなしている。両手で少し大きめのボストンバック
を持っていた。控えめに膨らむ二つの丘に、程よく引き締まった腰のくびれは、男の目を
嫌でも惹き付けるだろう。肩から腰にかけてのラインが女性と呼ぶにはまだ未成熟だが、
蕾が花開く直前の僅かな瞬間しか存在し得ない儚げな美しさがそこにはあった。全身から、
若さというエネルギーが満ち溢れていた。
少女は目を見開き、驚きの表情で俺を見つめていた。その目許はスーザンによく似ている。
二、三度、目をしばたたき、外見によく似合ったハスキーな声で言った。
「スヴェン、来てたんだ」
見惚れていた俺は、呟くように言った。
「こりゃあ驚いた……そうだよな、八年も経ってるんだよな。あの小さかったエリスが、
もう立派なレディだ」
俺の台詞が大げさだと感じたのか、エリスは照れたようにうつむいた。所在無さげに肩を
小さく揺らし、バックを左右に振っている。その仕草もチャーミングだった。
「アナタの言い方、歳とったオジさんみたいよ」
背後でスーザンが短く笑いながら言った。
「本心だよ。ホントに綺麗になった」
俺は、正直な気持ちを感嘆の溜息混じりに述べた。
俺は普段、紳士として女性を敬うようにはしているが、浮ついた台詞を彼女達に投げかけ
ることは少ない。見惚れていたとはいえ、エリスの容姿を素直に褒め称えるのは、未だ心
のどこかで彼女を子供扱いしているからだろうか。
そんな俺の思いなど気付かないエリスは、
「ありがとう」
と、はにかんだ微笑みを返した。
「この夏から美大生になってね。ホントならもう向こうの下宿先で落ち着いてなきゃなら
ない時期なんだけど、こんなことになったでしょ?それでこっちに留まって、家のことを
手伝ってくれてるの。今も、マルチナのお見舞いと差し入れに行ってもらっていたところ。
ちょうどイイ時に帰ってきたわ」
スーザンは、エリスの持っていたボストンバックを受け取りながら、俺にそう教えてくれ
た。多分、バックの中には入院中しているマルチナの洗濯物が入っているのだろう。
バックを渡した後も、エリスはなにかを話すこともなく、その場でうつむいたまま立って
いた。
子供の頃に親しかった大人と成長してから再会した際、その態度はだいたい決まっている。
大人としての社交性を発揮するより恥ずかしさが先に立ち、どうしていいか分からずにた
だその場で黙りこくってしまうのだ。彼女くらいの年頃の女性なら特に。
俺がしつこく留まるとエリスを困らせるだろうと考え、早々に退散することに決めた。
「そう。いろいろなことが重なって大変だろうけど、スーザンや妹を助けてあげなきゃな。
俺はなんの役にも立てないだろうけど、応援しているよ。もちろん、ジョーも天国で見守
ってくれているハズだから。今日はエリスに会えてホントに嬉しかったよ。スーザンも。
それじゃあ……」
別れの挨拶を済ませ、前庭の通路を中程まで進むと、今度はエリスに呼び止められた。
「あ、ちょっと……」
「ん?」
俺が振り向くと、エリスは躊躇うような仕草を見せた。なにかを言おうと口を開き、それ
を閉じる。
「いえ……イイの。ゴメンナサイ」
「そうか」
俺は、後ろ髪を引かれる思いでベイブ家を後にすることになった。
 歩道に出て、車を停めておいた場所を見た俺は、思わず煙草を取り出す手を止めた。俺
の車の直前に、来た時には無かった車が停まっていたからだ。
先ほどの尾行車だろうかと思ったが、少しだけ近付くとそうでないことが分かった。停ま
っている車はキャドリックのゼヴィル。尾行するには相応しくない高級車である。
(さっきのヤツらとはまた別の敵か?)
俺は車から5mほど離れたところで立ち止まった。左側には、体を充分隠せる太さのブナ
の木が植えられている。
まさか、昼間の住宅街でいきなり発砲してくるということは無いだろうが、自分の拳銃を
車の中に置いてきたことを、俺は後悔した。
その時、ゼヴィルの左後部ドアが開かれた。俺は右足を半歩、後ろにずらす。
車からスーツ姿の男が降り立ち、ゆっくりと俺の方を向いた。
現れたのは、一目見て力仕事より頭を使う方が得意だと分かる男だった。だが、どこか引
っ掛かるところがある。
俺は思い出した。
スーツ姿の男は、IBI時代の同僚だった。

411例の899:2003/09/10(水) 02:28
 俺とその男―――パット=スミスは、IBIに同じ時期に入局した。ハルバート大学か
らIBIというお決まりのエリートコースを進み、同期の中でも特に官僚的な考え方をす
るヤツだった。スミスは、ミスをしないことを第一とし、そのため、強引な捜査をするヤ
ツら―――その中には俺も含まれる―――とは対立することが多かった。IBIは、表面
上は実力主義を謳っているが、実際は失点の少ない者が上へ行く。仕事上のミスは、経歴
の傷として一生背負わなければならないのだ。スミスは、誰にも増して出世願望の強い人
間だった。しかし、彼は決して無能な捜査官ではなかった。刑事という仕事に誇りを持ち、
IBIが国境を超えて巨大化する犯罪組織に対抗し得る存在になると信じていた。だから
こそ、彼は現在の掃除屋に依存するIBIの体質に不満を持ち、上に立って組織を改革し
ようとやっきになっていたのだ。
そんなスミスにとって、IBIを抜けて掃除屋に転身した俺は、裏切り者でしかなかった。
 スミスは、挑むような視線で俺を見据えていた。
俺は、腹の中から湧き上がる様々な感情を押し殺し、平静を装ってゆっくりと自分の車へ
と向かった。それに呼応するように、スミスも俺の車の横へ移動する。
俺達は、車を挟んで対峙した。
ボンネットが邪魔で腰から下が隠れているが、俺はスミスを足許から顔へと値踏みするよ
うに見ていった。
濃紺色したシルクのスーツは、一目見てオーダーメイドと分かるほど仕立てが良く、頭髪
も綺麗にオールバックに撫で付けられている。この炎天下にあって、スミスの広い額には
汗の一滴も浮かんでいなかった。
俺は、視線をスミスの目に戻し、口を開いた。
「昨夜から俺達を尾行けていたのはお前らか」
「そうだ。正確には、昨日の昼過ぎからだが」
「へぇ、随分と俺達を重要視しているんだな。それで、尾行にも気付かれたんで、とうと
う指揮官自らお出ましってワケか」
「昨日の時点では、対象者の身元が俺のところにまで伝わっていなかったのだ。お前だと
知っていたら、無駄なことなどさせずに最初から俺が出向いていたよ」
「それは有り難いことで。だが、こっちはお前と話すことは無いがな」
俺はポケットから車の鍵を取り出した。
「市長の件から手を引け」
スミスの低く抑えられた声には、有無を言わさぬ命令のような凄味があった。
「それこそお前と話すようなことじゃない。これは俺の仕事だからな。文句なら、掃除屋
協会を通して言ってくれ」
そう言い放ち、俺は鍵を差し込んだ。ロックを解いて運転席に着くと、助手席にスミスが
滑り込んできた。
「おい」
「駐車したままだと人目に付く。出せ」
「取り引きはしないゼ」
「俺が勝手に喋るだけだ。イイから出せ」
スミスはフロントガラスに顔を向けたまま言った。俺はその横顔をしばらく見つめていた
が、諦めてエンジンをスタートさせた。

412例の899:2003/09/10(水) 02:30
もうホントに誰もいないんじゃ…(;゚Д゚)

413名無しさん:2003/09/10(水) 08:15
見てるには見てるけどなんか途中で横槍入れるのもなんなので。

414例の899:2003/09/15(月) 02:19
 車を路肩から車線に復帰させると、ルームミラーでキャドリックが後からついてきてい
るのが確認できた。しかし、ヤツらが俺達を監視していたということは、俺達がどこの宿
に泊まっているのかも知っているハズだ。だから、俺はなにも言わずに来た道を戻るコー
スを辿った。
炎天下に晒されていた車内の温度を快適なモノにするため、エアコンは派手な音を立てて
忠実に仕事をこなしていた。しかし、その音がこれからの会話の邪魔になると判断したの
だろうスミスが、俺に断り無しにエアコンの温度設定を弄りだした。右目が眼帯で遮られ
ているため、助手席の様子をうかがうには首を九十度曲げなくてはならない。俺はホンの
一瞬だけスミスを見ると、すぐに顔を進行方向に戻し、ベイブ家を出てから吸いたくて我
慢できなくなっていた煙草を取り出した。
住宅街の道路を抜けて本通りに合流する交差点で信号に捕まった。その隙に、口に咥えた
煙草に火を点けようとした俺の目の前に、スミスが一枚の紙片を差し出した。
「これが今の俺だ」
俺はスミスから名刺を受け取った。
名刺には、<IBI・US 第二捜査部四課 課長補佐>とあった。
「順調に出世してるようだな。もしかして出世頭か?」
俺の問いに、スミスは答えなかった。
俺は名刺をサインバイザーの隙間に挟み込み、煙草に火を点けた。
信号が青に変わり、車を発進させる。
スミスが口を開いた。
「状況を手短に教えてやる。二週間前、密告を受けて三課がポートグローブ空港を張って
いた。しかし、三課が押さえたのは囮の方だった。本命はさっさとゲートをくぐり抜け、
こっちのヤツらにブツを引き渡した。三課は州警察に協力を要請し、一斉検問でレゴン州
の交通網を完封した。その直後、州警察の方に新たな密告があったらしい。『運び屋はフ
ォルニア州ではなくクリントン州の方に向かう』と。それを知った三課は、俺達に情報の
提供を求めた」
IBI・USは、南北アメリア大陸全土をフォローする。しかし、一つの組織で全てをま
かなうには、その地域は広大過ぎた。そのため、IBI・USは大陸を四つに分け、それ
に伴って捜査部も四つに分けているのだ。そして、犯罪の発生した地域の捜査部が、その
事件を担当するという形を採っている。第一捜査部が北米東側、第二捜査部が北米西側、
第三捜査部が中米と南米北側、第四捜査部が南米南側だ。
更に、各捜査部はその対象や扱う事案によって、内部にいくつかの課を設けていた。三課
は麻薬犯罪を扱うことから、麻薬取締部(麻取)とも呼ばれている。俺がかつて所属して
いた第二捜査部四課は、組織犯罪を対象にしていた。マフィアの動向を探り、勢力図を把
握し、壊滅もしくはコントロールする。
各捜査部には縄張りというものが無い。IBIが相手にするのは国際刑事法に違反した犯
罪者であり、そういった犯罪者の中には、犯行後に州境や国境を跨ぐヤツが多い。第一捜
査部の担当地域で犯罪を犯したヤツが第三捜査部の担当地域に逃げ込んでも、その事件を
担当する第一捜査部の人員は、そのまま第三捜査部の担当地域で捜査を継続することがで
きる。その場合、第三捜査部の方でも軽重の協力を行い、それはIBI・USとIBI・
EUの間でも変わらない。人員、情報といったものは、IBIという組織の中ではフレキ
シブルに扱われている。
しかし、それはあくまでも建前であり、実際のところ、捜査官は別部署の担当地域に出向
するのを嫌っている。なぜなら、その出向は、自らの担当地域から犯罪者を逃がしてしま
ったことの証明になるからだ。そして、担当地域へ犯罪者に入り込まれてしまった方の捜
査官は、出向してきた担当刑事達のことを、陰で『無能』と罵る。こうなってしまうと、
相互に有用な協力関係は望めなくなる。これもまた、IBIの検挙率を悪くさせ、上層部
の掃除屋偏重を後押ししている。
こうした体質の改善を望んでいるスミスならば、三課からの要請に全力でもって応えてい
るだろうことは想像に難くない。

415例の899:2003/09/15(月) 02:20
>>413
よかった
ホントによかったよ、一人でもいてくれて(;´Д⊂)

416名無しさん:2003/09/16(火) 16:56
>>415
俺も読ませてもらってます。超頑張ってください。

417例の899:2003/09/20(土) 01:17
風呂上りに少し

>>416
あんまり頑張る気しません
本編とあんまり矛盾しないようにと気をつけてるんだけどね
あれはないよな
敵地への潜入で一塊になって行動するなっての
一連射で全滅じゃないか、馬鹿
大沢在昌曰く、「お喋り好きの女子高生じゃないんだ、一箇所に固まるな」

あと、本スレの>>69は大正解

418名無しさん:2003/09/21(日) 02:47
知欠に戦略とかそんなもん求めても無駄。
あっちの世界では頭脳派と言われるセフィリアでさえパーなんだから

419名無しさん:2003/09/23(火) 01:07
しかしここってナリの掲示板のはずなのにナリちっとも来ないよな。

420例の899:2003/09/24(水) 02:04
>>419
実は以前からそれが気になっていたりする
>>413と同じ理由でそっとしておいてくれているのか、
全く見向きされてないのか…
どうも後者のような気がしてならない

まぁ構われたら構われたでお約束の言葉で返しちゃいそうなんだけど

421例の899:2003/09/24(水) 02:05
「クリントン州に本拠を構え、現在、ヤクの取り引きを派手に行い、情報の収集に長けた
デカイ組織と対立しているということで、ダラタリ・ファミリーの仕事だと俺達は判断し
た。三課に協力して、俺達はダラタリの監視と運び屋役の身元割り出しを急いだが、なに
しろデカイ組織だ。末端構成員に至るまで、その動きを掴むまで随分と時間がかかった。
手間取っているうちに二人目の運び屋が発見されて、状況はガラリと変わってしまった。
スヴェン、お前がこのヤマを追い出したのはいつ頃だ?」
「……確か、一人目が見つかった翌日からだったか。その次の日に、この街に来た」
「ほぅ。そんなに早くから、ここに目をつけていたのか」
「潜伏する場所を決めてかかるしか手が無かっただけだ」
俺の答えを、スミスは鼻であしらった。
「四課では、メイスペリー市のヤンデン市長がダラタリと繋がっていることを随分と前か
ら掴んでいた。それらしき動きを見せたら、すぐに噛んでやろうと目を光らせていたのだ。
それもあって、二人目がこの街の近くで発見された時点で、このヤマは三課と四課の合同
で受け持つことになった。市長とダラタリの繋がりは、お前も知っているだろう?相棒に
市庁舎を張らせていたくらいだ」
「そうか。昨日の昼からってのはそういうことか」
昨日の昼間、トレインは市庁舎を監視していた。市長とダラタリの繋がりを知っていた四
課も、同様のことをしていたのだ。二人組の貧乏掃除屋と違い、IBIなら市庁舎がよく
見える近くのビルの一室を借りることもできる。他の監視者の存在に気付けるのはどちら
かなど、比べるまでも無い。
「掃除屋連中の存在も無視するわけにはいかないんでな。この街にやってきている掃除屋
は、全員リストアップしていた。三人目の運び屋が、名前と顔写真の発表前というあから
さまな消され方をして、ほとんどの掃除屋が街から去っていったハズなのに、市庁舎に張
りついているヤツ、しかもリストにある掃除屋と分かって、現場の方では慌てたらしい。
その掃除屋は訪問客の一人を追い出したので、即座にチームを組んで尾行にあたらせた。
今日になって、その報告が俺のところに届けられたというわけだ。
それともう一つ、お前がどうやって市長とダラタリの繋がりを掴んだのかは知らんが、つ
いでに教えてやる。二十七年前、ヤンデン市長の父であるジェシー=ヤンデンが、ダラタ
リの経営する会社との癒着が噂されたことがあった。その時、捜査の指揮を取ったのが、
シーン第二捜査部部長だ」
その名前は、俺にある種の衝撃を与えた。ゼブ=シーンは、俺がIBIに在籍していた頃
の第二捜査部四課課長であり、課の皆から『親父さん』と慕われていた人物である。

422例の899:2003/09/24(水) 02:18
「そうか、親父さんが……。そんな因縁があったんじゃ、今回の捜査の指揮にも力が入っ
ているだろうな」
「分かったのなら、お前はこの件から手を引くんだ」
再び、有無を言わさぬ命令口調だ。まるで、上官が下っ端の一般兵に下すような。俺は少
しだけカチンときたが、努めて冷静を装って答えた。
「悪いが、それはできない」
「金か、そんなに金が欲しいのか!」
スミスは、怒りと侮蔑を込めて言い放った。
「掃除屋だからな、賞金には全く興味が無いと言えば嘘になる。だが、賞金首なら他にも
いるし、親父さんには世話になった。課長が―――今は部長か、部長が長年追い続けてい
たヤマなら、俺もそれを邪魔したくはない」
「そう思うのならば―――」
「ただ、俺にも金の他にこのヤマから手を引けない理由がある。一週間ほど前に殺された
市警察の巡査部長、彼は俺の恩人だ。IBI入局前の一年研修でネオ・ユーク市警に出向
した時、俺の面倒を見てくれたのが彼だ」
「……ジョー=ベイブ巡査部長か。しかし、彼の死は今度の件とは―――」
「隠さなくてもいい。ジョーに使われたのと三人目の運び屋に使われたのが同じ銃だった
という鑑定結果も、彼が不審な入金を受けていたことも、俺は知っている」
「なぜそれを!?」
「親切にも教えてくれるヤツがいてな。頭ごなしに圧力をかけて押さえ込んだつもりでも、
下の方には不満を持っているヤツが多くいることを忘れるな」
「なにを!」
「親切なヤツが教えてくれたよ。市警察が、運び屋の方を扱うだけでジョーの件をうやむ
やに処理することに決めたってな。おかしいと思わんか?不祥事絡みとはいえ、警官を一
人殺されてるんだ。本来なら、そういう事件は全力で解決しようとするし、身内の恥だか
ら隠そうと考えても、そう簡単に隠せるモンじゃない。本部から監査だって来るハズだ。
それに、聞いた話じゃここの署長はそういった職務に不誠実な対応をすることを嫌うよう
な人物に思える―――」
そこでいったん言葉を止め、スミスの顔をチラリとうかがった。口を真一文字に結ぶその
表情に、大した変化は見つからない。
俺は、視線を前に戻して続けた。
「―――つまり、手を引いたんじゃなくて、引かされたんだ。お前らが圧力をかけてな。
大方、監査を黙らせることを条件に、市警を押さえつけたんだろう。自分達が市長を手に
入れるまでは、邪魔をして欲しくないってことか」
「……捜査協力の要請は、正規の手続きにのっとって行われている」
「警察としての職分を全うしないことが捜査協力か。傲慢な言い方だな。反吐が出るゼ!」
「貴様にそんなことを言える資格など無い!」
スミスの言葉は、今にも俺に掴みかかりそうな怒気を孕んでいた。

423</b><font color=#FF0000>(Nari/uzA)</font><b>:2003/09/26(金) 04:37
本スレで随分嫌われてるみたいだから書き込みしづらかったナリよ(´・ω・`)

424名無しさん:2003/09/26(金) 07:57
>>423
そうか、でも本スレでは氏ね。

425例の899:2003/10/03(金) 02:26
「資格だと?」
「IBIを裏切った貴様が、今更どの口で俺達を非難するというのだ!」
「…………」
俺は、なにも言えなくなってしまった。
「貴様も覚えているハズだ。IBIを変える、変えなきゃならない。あの頃の俺達は、二
言目にはそう唱えてホシを追っていた。共通の目標があった。俺も、貴様も、ロイドもだ。
なのに貴様は、ロイドの遺志を踏みにじった!俺達があれほど嫌っていた掃除屋に、恥知
らずにも寝返った!その貴様が、また邪魔をするというのか!」
そうだ。俺は裏切り者であり、ロイドの死という痛みから逃げ出した卑怯者だ。
ジョーの失望、スーザンの困惑、そしてスミスの怒り。それらは全て、俺が受け止めなく
てはならない罰だった。
沈黙する俺に向かってスミスは続けた。
「今度の事件、ヤンデン市長が目的ではない。それは通過点だ。最終的な目標は、ダラタ
リとジェシー=ヤンデン上院議員の関係、その全貌を突き止めることにある。過去の事件
から現在進行しているだろう事件、その全てを暴き出し、世間と上層部の石頭どもに対し
て、IBIの有用性を証明してみせねばならんのだ!それを……!」
怒りに任せてまくしたてたスミスは、そこで言葉を一旦切り、荒くなった呼吸を整えた。
そして、幾分の冷静さを取り戻して言った。
「IBIを裏切った貴様だからこそ、この件から手を引かなければならない。まだ少しで
もあの頃の思いが残っているのなら、分かるハズだ」
スミスの言いたいことは痛いほど分かる。IBIを正すには、まず現場の有用性を実証し、
上層部の掃除屋偏重の姿勢を崩さなければならない。上層部への不信感は、現場の士気を
低下させる。それだけはなんとしても避けなければならない。
俺は答えに窮していた。手を引くべきだという思いがあった。
相手はダラタリという巨大な犯罪組織と、上院議員を父に持つ現役市長という権力者だ。
たった二人の掃除屋では限界がある。建前や、ちっぽけな自尊心など通用しない。末端の
犯罪者だけでなく、そんなヤツらまで引っ張るにはIBIのような組織が適任なのだ。
それに、親父さんに対する恩義もある。スミスは直接的にその思いを利用しようとはしな
かったが、それでも俺の心は激しく乱れていた。
だが、それ以上に、手を引きたくないという思いが強かった。
俺は一体、この事件のなににこだわっているのだろう。
金のためだろうか。ジョーの仇を討ちたいからだろうか。掃除屋としてのちっぽけな自尊
心を満たすためだろうか。それとも、ロイドの死を利用したIBIへの恨みからだろうか。
俺はIBIを恨んでいる。だがそれは、今のIBIの体質をだ。ロイドの死を、IBIは
自らの方針の材料として利用した。現場に流れた血をIBIの痛みとは考えていないのだ。
捜査員一人一人は、ただの兵隊である。それに異存は無い。組織とはそういうものだから。
しかし、兵隊でも傷を負えば血を流す人間なのだ。ロイドの件で、IBIは兵隊を人間と
して扱わなかった。それが、俺には許せない。

426例の899:2003/10/03(金) 02:27
IBIを恨むことと、IBI局員を恨むことは違う。あの頃の仲間達は、今でも先の見え
ない戦いを続けている。スミスもその一人だ。
俺は、かつて自分も持った理想を今でも追い続ける仲間達の思いを、IBIという組織に
対するあてつけだけで踏みにじろうとしているのだろうか。俺はそこまで卑屈な人間なの
だろうか。
俺の心の中に、この事件から離れたくないという思いが、決して落とせぬ染みようにこび
り付いている。
「スヴェン」
焦れたスミスは、俺に返答を促した。
俺は車を路肩に寄せ、ハザードランプを点けて停めた。慌てたように、キャドリックが前
のスペースに停車する。
「これで全員から裏切り者と罵られるだろうな」
俺は浅い笑みを浮かべて言った。
「どうしても聞き入れんというのか!」
スミスは再び激昂した。
「お前は捜査官として、俺は掃除屋として、お互いの職務を全うする。それだけだ」
俺は意識して冷たい言葉を選んだ。
スミスは息をのんで、絶句した。怒りで上がった体温が横にいる俺の肌にも伝わってきそ
うなほど、威圧感を発していた。
俺がロックを解除すると、スミスはドアを開けて降り立った。ドアを閉めずに俺の方へ体
を向け、言い放った。
「貴様を逮捕することもできるのだぞ!」
「そんなことしてみろ。掃除屋協会とマスコミに叩かれるのはお前だ。IBIの立場をま
すます悪くするだけだ」
俺が答えると、スミスは喉の奥で唸った。
もし、スミスが冷静だったら、そんな恫喝が俺には通用しないことくらい承知していたハ
ズだ。警察機構と掃除屋は商売敵であるため、掃除屋の逮捕は嫌でもマスコミの注目を惹
く。明かな証拠でもない限り、協会も非難の声明を出して会員を守ろうとするだろう。
スミスは、自らの理想のため、この事件に多数の捜査員を動かし、メイスペリー市警に圧
力を掛けることまでしている。我を忘れてしまうほど、必死なのだ。
スミスは力任せにドアを車体に叩き付け、キャドリックの後部席に乗り移った。
俺はヘッドレストに頭を預け、キャドリックが去り行くのをぼんやりと眺めていた。
見えなくなって数分が経過しても、俺はそこから車を動かさなかった。

427例の899:2003/10/03(金) 02:28
特に理由も無く、ルームミラーを自分の方へ向けた。そして、気付いた。
俺がこの件から手を引きたくない理由は、リックだった。今、鏡に写っている男が失った
目を、リックが持っていたからだ。
スーザンは、俺とリックが似ていると言った。だが、一つだけ決定的に違うところがある。
リックの目には、敵を追い詰める獰猛なまでの意思と、正義を行使するという誇りと輝き
があった。
鏡の中でぼんやりと俺を見つめている男の目には、誇りも輝きも無い。右目とロイドを失
い、刑事を辞めた時に失ってしまった。
昨日、その失った目をリックが持っているのに気付き、俺は嫉妬したのだろうか。ジョー
の刑事としての魂をリックに受け渡したいと思いながら、意識の底でリックを遠ざけよう
としたのか。だから、いろいろな理由をつけて、リックの同行を拒んだのかもしれない。
ルームミラーから目を逸らし、フロントガラス越しに街並みを眺めた。
心の中が締め付けられる思いだった。
粘り付くような陰鬱とした空気を、内ポケットの振動が破った。非通知で着信があった。
通話ボタンを押し、耳にあてた。
「もしもし?」
「俺だ。分かるか?」
一瞬、俺は眉をひそめた。だが、すぐに記憶から、その声の持ち主が浮かんできた。
「グレイグか」
「連絡するって約束してただろう」
電話の向こう側の声は明るかった。それが、今の俺には癪に障る。
「ご機嫌そうだな」
「おかげさんでな。そっちは不景気そうだが、まぁいいさ。面白い物が手に入った。俺は
今、アンタらが乗り込んできた店にいるんだが、これから来られるか?」
グレイグは前回、『魔法使いを知っている』と言った。『市長まで挙げることができるか
もしれん』とも。そして、それらしき動きをトレインが察知した。
グレイグの招待は、そのことについてであろう。少しだけ心拍数が上がった。
「面白い物とはなんだ?」
「それは着いてのお楽しみだ。俺もたった今、届けられたのを見たばかりだしな。すぐに
来られるんなら、俺はここにいるとしよう。今が駄目なら、今日の夜まで待ってもらわな
くちゃならん。あと二時間もすりゃ、開店準備で店の中は忙しくなるからな」
「分かった。三十分で行こう」
今すぐトレインに連絡をとり、ヤツを乗せて店に向かう時間を計算して俺は答えた。
「そうしてくれ。あぁ、そうだ。ミルクを用意しておいた方がいいか?」
「頼む」
俺は苦笑して答えた。

428例の899:2003/10/04(土) 02:24
792 名前:名無しさんの次レスにご期待下さい[sage] 投稿日:03/10/04 01:50 ID:XA9Z0Xf5
    _
   / /|) 乱入だし機種依存文字使ってるし、俺ってヤシは…!
   | ̄|
 / /

793 名前: ◆Nari/0aqvw [sage] 投稿日:03/10/04 01:53 ID:9llZlByN
>>792
許さんナリよヽ(´∀`)ノ




>>792=俺だったりする
かなりショックだ
そんなこんなで今日は一行どころか一文字も書いてない

429419:2003/10/04(土) 08:41
俺がここで名前を出したせいで向こうに来たような気がして正直責任感じるんだが。

430</b><font color=#FF0000>(Nari/uzA)</font><b>:2003/10/04(土) 20:58
>>428
ごめんなさいナリよ(;´σ`)
悪気はなかったんナリよー(;´д⊂

431名無しさん:2003/10/05(日) 17:50
>>430
悪気がないならついでだから本スレには2度と来ないでくれると助かる。

432例の899:2003/11/04(火) 03:05
モニターが死にやがった
ようやく直った

433例の899:2003/11/04(火) 03:05
 電話を受けてから四十分弱が経過した。午後二時を少しまわっていた。
車内で、尾行者の正体がIBIだったことと、これからはプレッシャーを与えるために見
つかることを前提とした尾行は行われない―――実際、運転中に尾行者の存在は感知でき
なかった―――だろうということをトレインに説明した。
「ま、ソッチはいざとなったら全部アンタに任せるよ」
トレインの感想はそれだけだった。
グレイグの店は電飾が全て落とされ、扉の前に“close”の札が掲げられていた。
店の周りに見た顔は無いのを確認し、俺はドアノブを回した。トレインも後に続く。
天井に嵌め込まれているライトだけが灯された薄暗い店内で、制服を身に着けたボーイが
一人、テーブルの間で動いていた。床をモップで磨いているようだ。
俺達に気付いたボーイは手を止めた。モップをテーブルに立て掛け、礼儀正しく一礼して
から言った。
「申し訳ありません。開店は五時からとなっております」
「グレイグ氏に会いに来たんだ。アポも取ってある」
「失礼しました。オーナーは奥の支配人室にいらっしゃいます。どうぞ」
言い終わるとボーイはカウンター奥へ移動し、うずくまった。ブーンという電気が通る音
がして、中央のシャンデリアと白色蛍光灯が辺りを照らす。
俺とトレインは明るくなった店内を横切り、奥へと繋がる扉をくぐった。
事務所の扉は開かれたままになっていた。室内には誰もいなかった。前回、訪れて乱闘に
なった際、マーチンと呼ばれていた黒人デブが現れた左側の扉を見た。その扉の奥が、グ
レイグと話し合いを行った部屋だ。扉には“PLESIDENT ROOM”のプレート
が貼り付けられてある。
俺は短く息を吐いてから、扉をノックした。
「おう、イイぞ」
反対側から俺達を招き入れる尊大ぶった声がした。
部屋の中には二人の男がいた。樫製のデスクの上に並べられた書類に目を通しているグレ
イグと、その横でまるでボディーガードのように腰の後ろで手を組んでいる黒人デブ――
―マーチンが、こちらを睨み付けながら立っていた。
「少し遅刻だな」
書類から顔を上げてグレイグが言った。
俺はそれに答えず、前に座ったのと同じソファに腰を下ろした。トレインも同様の位置に
つく。
「早速だが、面白い物とやらを見せてもらおうか」
座るなり俺は言ったが、グレイグは手を挙げてそれを制した。
手を挙げてから五秒もしないうちに扉がノックされ、先ほどまで店内を掃除していたボー
イが片手にトレイを持って入ってきた。
「失礼します」
ボーイはそう言うと、ソファに囲まれているガラステーブルにコーヒーを二つ、ミルクを
二つ静かに並べ、扉の前で一礼してから出ていった。
「さて」
グレイグは、手にしていた書類でデスクを叩いて紙の端を揃え直し、それを持ったまま俺
達の対面のソファに座った。
俺はその書類に強く興味を惹かれていたが、それを回りに悟られないように煙草に火を点
けた。
「アンタもミルク派かい?」
トレインが訊いた。
「いや、これはマーチンのだ」
グレイグはコーヒーカップを手にした。
「ヘェ、アンタか。気が合いそうだな」
トレインはマーチンに話し掛けたが、マーチンは直立の姿勢を変えず黙したままだった。
「なんだよ、愛想ワリィな。この間やったこと、怒ってンのか?」
口調とは裏腹にミルクが飲めて嬉しそうなトレインに、微笑を浮かべたグレイグが答えた。
「元々そういうヤツなんだよ、コイツは。余計なことは喋らない、というより、喋るのが
苦手なんだ。俺と同じ傭兵出身なんだが、俺と違って傭兵の腕が一流過ぎて人付き合いに
慣れていないのさ」
「ヘェ、そういうモンかい」
トレインは気の抜けた返事をして、ミルクに口をつけた。
「ああ、そうさ。格闘戦じゃあコイツは傭兵の中でも少しは名が売れていたし、米海兵隊
の格闘技教官ともいい勝負したほどなんだゼ。数年前に、賭け事のイザコザである国軍の
部隊長を殺しちまい、指名手配を受けて傭兵を続けられなくなったところをこっちに呼び
寄せたんだが、それさえなきゃ今頃一流の名声とそれなりの地位に着いていてもおかしく
ないようなヤツだったのさ。こんな性格だから、自分は人の上に立てる人間じゃない、誰
かの下に仕えてこそ生きる人間だなんて言いやがるから、拾われた俺に恩義を感じ、ボデ
ィーガードという今の地位に満足してるらしいがな。コイツはボディーガードとしても一
流さ。だから、この前アンタ達が二人掛かりとはいえ、素手でマーチンを倒したのを見て、
ホント驚かされたよ。ま、俺にしてみりゃ、腕のいい掃除屋を探していたところだったか
ら、驚いた後に嬉しくなったモンだがね」
グレイグはそう言ってもう一度笑い、トレインは軽く肩をすくめた。

434名無しさん:2003/11/04(火) 20:17
一ヶ月音沙汰無かったのでひょっとして力尽きたのでは…と思った俺をお許しください。


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