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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

466例の899:2005/04/04(月) 01:04:00
 ホテルに戻るまで、誰からも道をふさがれることはなかった。
報奨金の発生まで当該する掃除屋の情報を伏せる保護規定を申請していたので、警察は逮
捕した者であり被害者でもある俺達のことを、掃除屋であるとしか発表していない。その
おかげで、俺達は写真を撮られたりしつこくつきまとう記者連中の質問攻めにあったりし
てこれからの行動を邪魔される心配をしなくてすむのだ。
報奨金の申請は明日出され、その日の夕方か遅くても次の日の午前中には口座へ金が振り
込まれるだろう。俺達が身軽に動けるタイム・リミットはそれまでだ。
しかし、俺はホテルへ戻った途端、ベッドに倒れ込んだ。二夜連続の張り込みに長時間の
取調べを経た身体を動かせるほど、俺の心と身体は丈夫には出来ていなかった。
寝るにあたって、再び襲撃者がやってくるかもという心配はなかった。向こう側に、まだ
荒事を任せられるような乱暴かつ口の堅い協力者がいるかもしれない。しかし、しばらく
は市警やIBIがホテル周りを張っているはずである。市長の協力者の中に警察関係者が
いることが確実となった今、ヤツらがホテルを襲撃することはあり得ない。
果たして、帰宅時と同様、誰からも睡眠の邪魔をされることはなかった。
 目が覚めた時には外はもう暗くなっていた。時間を確認しようと、ベッド横の張り出し
の上に置いてある腕時計を取ろうと手を伸ばしたが、それは空を切った。
バランスを崩して倒れそうになるのを抑えながら、ここが二〇六号室ではなく隣の二〇七
号室であったことを思い出した。最初に泊まっていた二〇六号室が、今では鑑識の手によ
りまるで爆撃を受けたあとのような状態にあり、使用した化学薬品の匂いが部屋中に充満
していたため、荷物も移さずに隣の部屋で寝てしまったのだった。
汗まみれの身体を起こし、眉間の辺りを強く揉んだ。顔がむくんでいるような気がする。
脱がずにそのまま寝たので、シャツはこれ以上ないというくらい皺だらけになっていた。
部屋には俺一人しかいない。書き置きの類もなかったが、気にしないことにした。
今はなによりもまず、汗を洗い流したかった。
先日来の付き合いである打撲は黒ずみはじめ、再び鈍い痛みを訴えていた。
冷水のシャワーを浴び終え、着ていた衣類を汚れ物入れのビニール袋の中へ押し込み、一
応は人前に出られる格好に着替えてから隣の部屋から荷物を移し変えた。
一段落ついたところで携帯電話を確認すると、着信履歴が五件あった。全てアネットから
だった。
午後三時前に戻り、今が九時半過ぎだから、寝ていたのは六時間くらいだ。着信はきっち
り一時間おきである。緊急の連絡かもしれない。
右肩と耳で携帯を挟んで呼び出し音を聞きながら、電源を入れた小型TVを窓枠に置いた。
「こちらカフェ・ケットシー」
「俺だ。なにかあったのか?」
上手く受像できるようにアンテナの方向を弄りながら訊いた。
「なにかじゃないよ!あったのはアンタ達の方じゃないさ!」
アンテナの方向を間違えたのか、それとも聴覚への衝撃が視覚にも伝わったのか、小型T
Vの画像が激しく歪んだ。
俺は携帯を反対側の耳へまわした。TVのチャンネルをニュースに合わせる。
「ああ、そのことか」
「じゃ、やっぱりアンタ達の仕事なんだね?」
「そりゃあそうだけど、そんなことを確かめるためになん度も電話寄こしたのか?明日か
明後日にはBIG・SHOTで発表されるじゃねェか」
「とぼけんじゃないよ。アンタ、もう一度、自分達がどれだけツケを貯めてるか、事細か
にアタシに説明させたいのかい?」
「ああ、それか。あー……そのことなんだがな……」
自分でも情けなくなるくらい声が上ずった。咳払いをする。
「どうした?言いたいことがあるんなら、じっくり聞いてやろうじゃないのさ」
アネットの挑戦的な言い方に、俺はますます弱ってしまった。肉体的にも、精神的にも。
「あのな、俺達が捕まえたのは殺人未遂犯であって、最初に予定していた薬物所持犯じゃ
ないんだよ。それに数日前からカードも止められているし、今回の捜査にもいろいろと物
入りがあってだな、その……そういった諸々の事情によりだな、そちらへのツケに回せる
だけの金が……だ、その……」
この頃になってようやく、寝起きで鈍った俺の頭でも、なぜ今トレインがいないか分かっ
た。ヤツへの呪いの言葉なら溢れ出すほど湧いてくるのに、アネットへの弁明の言葉がな
かなか出てこない。
「そのってなんだい?ツケは払えないってのかい?」
言い出せなかった言葉を、彼女の方からさらっと切り出してくれた。
「うん、まぁ、そういうこと、かな」
俺の方は相変わらず歯切れが悪い。


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