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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

480例の899:2005/05/03(火) 01:31:10
「自殺の方は知らんが、エリスが巻き込まれたのは俺のせいだ」
「スヴェンさんのせい?」
「彼女は確かに誘拐されたが、それは金銭目当てじゃない。こっちの行動を限定させるた
めの人質みたいなモンだ。俺達が素直にそれに従っている間は、彼女の身はまだ安全だ」
言っていてむなしくなる。
素直に従っている間は、彼女の身は安全。本当にそうだろうか?
俺はエリスの声を聞いていない。無事かどうかさえ確かめようがないのだ。
さらわれた時に抵抗し、ベノンズのヤツらに殴られたかもしれない。監禁され、酷い目に
遭っているかもしれない。考えないようにしていたが、もしかしたら、すでに最悪の事態
になっていて、あの時の電話に出せなかったのかもしれない。
全ては、グレイグの言葉を信じるしかないのである。誘拐犯の言葉を、だ。
そのジレンマが、身体中の血液を激しく上へと追いやり、正常な思考を奪おうとしてた。
肩が小刻みに震えているのに気づく。無意識のうちに、爪が食い込むほど拳を握り締めて
いた。
俺は一つ息を吐き、彼に対して一番重要な点を伝えた。
「だから、今、警察に出張られちゃマズいんだ。リック、お前もだ。分かるだろう」
「でも……!」
彼は食い下がったが、言葉を続けることができなかった。ただ、悲痛な眼差しをこちらへ
向けるだけである。
俺も無言で見つめ返した。
なにをどう言われようと、彼を一緒に連れて行くつもりはない。警官である彼を、これか
ら行われるベノンズとディーンズの会合に同席させるワケにはいかない。エリスだけでな
く、彼も身の破滅を招きかねない。
「エリスを誘拐したのは誰なんですか?」
力ない声で彼は尋ねた。
俺は首を横に振る。
彼はうつむき、夢遊病者のような足取りで俺の横を通り過ぎていった。
もう一度、余計な手を出さぬよう念を押すか、彼の気が少しでも安らぐような言葉をかけ
てやるべきだった。
しかし、俺の心の中に、彼を一刻も早く遠ざけたいという気持ちがあったのかもしれない。
なにも言わず、彼を帰してしまった。
「あれでよかったのかな」
二人きりになった廊下に、トレインの言葉が響く。
思えば、今までに幾度も機会はあった。彼に全てを話し、俺達に協力させることができた。
ジョーから教えられたものを伝えることができた。
今、俺はその最後の機会を逃した。
 日中、出かけ詰めだったため、部屋の窓は今の今まで閉め切ったままであった。
熱せられた空気と、日ごと溜まっていく汗をたっぷりと吸ったシャツ類から発散される不
快な匂いが混ざり合い、沈殿していた。
「こんな部屋じゃ落ちつけねェなあ」
リックを追い帰したことを俺が気に病んでいるとでも思っているのだろうか、トレインは
ことさら明るい調子で言った。
俺は窓を開け、その枠に腰掛けると煙草に火を点ける。
紫煙を肺に入れること数回、ニコチンが血液を通して身体中に染み渡るのを感じると、よ
うやく人心地つくことができた。
「フィー、うめェ」
見ると、トレインが夕食用に二本買っておいたミルクのうちの一本を飲んでいた。
「どんな場所でもコイツが飲めりゃ最高だゼ」
その能天気な笑顔につられ、俺も思わず吹き出してしまう。
二人して声を殺して笑い合う。それが止むと、俺は言った。
「そんなに気を使わなくてもいい。俺は大丈夫だ。待つ、と決めたんだから」
「気がかりはそれだけかい?」
姿勢を直して、トレインが尋ねる。
「他にあったか」
「ほら、それだ。このヒネクレもん」
「そりゃあ、お互い様だ」
「ヘいへい」
トレインは大げさに肩をすくめてみせ、ミルクの残りを飲み干した。
俺が煙草を揉み消すと、それを待っていたのだろう、トレインが装飾銃を取り出し、点検
を始めた。今夜に備えてのことだ。


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